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2023.07.13

星野之宣『妖女伝説 砂漠の女王』

 SF漫画の巨匠である星野之宣の作品においては、歴史もの・伝奇ものも大きなウェイトを占めています。その中でも代表作の一つである『妖女伝説』における最大の連作「砂漠の女王」であります。クレオパトラ、サロメ、ゼノビア――転生を続けながら生き続ける不滅の女王の運命の行き着く先は……

 アクティウム沖海戦で敗れ、愛人であったアントニウスの首を差し出してオクタビアヌスに擦り寄ろうとするも拒まれたクレオパトラ。捕虜として黄金の鎖に繋がれ、ローマに連行されるのをよしとはしない彼女は、何時から生きているとも知れぬ大神官ソロンから、王家に伝わる「バアの秘法」を受けるのでした。
 生まれ変わりの秘法である「バアの秘法」を受けた後、自らの命を絶ったクレオパトラは、ユダヤの王女サロメに転生。そして彼女は、預言者として捕らえられたヨハネと、その弟子であるイエスと出会うのですが……


 世界三大美女(というのは日本だけの概念のようですが)であるクレオパトラ、踊りの褒美として預言者ヨハネの首を求めたサロメ、パルミアの女王としてローマと対決したゼノビア――考えてみれば、歴史に名を残した三人の女性が、ほど近い地域にわずか二三百年の間に存在していたというのは、興味深いことかもしれません。
 そしてそこに着目し、あろうことかこの三人が魂の上では同一人物――すなわち生まれ変わりであった、という奇想を展開したのが、本作であります。

 しかし本作の面白さは、この転生というアイディアのみに留まるものではありません。
 序章的位置づけであるクレオパトラの物語に続くサロメの物語では、前世の魂を受け継ぎ、野望や理想に生きる男たちをあざ笑い、彼等を翻弄せんとするサロメの姿が描かれるのですが――その姿はむしろ、ヨハネとイエスという、対照的な二人の男の姿を描き出すことになります。

 もちろん、物語のクライマックスは上で触れたヨハネの首のくだりとなるのですが、そこに至るまで、サロメが男たちを翻弄しているのか、男たち――いやイエスがサロメを翻弄しているのかわからなくなっていく、皮肉な構図が浮かび上がります。
 その果てにサロメが気付いた、救世主と悪魔の真実とは――その恐るべき倒錯の姿は、ある意味非常に作者らしい構図というべきでしょうか。


 一方(作品としてはクレオパトラとサロメの物語の十年近く後に発表されることとなった)ゼノビアの物語では、当時対立していたローマとペルシャの二大帝国に加えて、彼女のパルミアが三つ目の帝国として、奇しくも東の大陸で三国が鼎立していたのと同様の構図を描くのにまず目が惹かれます。
(もっともこの点は、あくまでも似ているレベルで、それ以上展開しないのが勿体無いように思えますが)

 しかしそれ以上に本作は、「砂漠の女王」という物語の完結編として、意外な展開を見せることになります。クレオパトラにバアの秘法を施した大神官ソロン――その後、サロメの、そしてゼノビアの前に現れ、側に従ったこの人物の真意ははたして何だったのか?
 この物語の幕を開けたというべきこの人物の(ある意味トリックと言いたくなるような)正体と、そこからさらに広がる作品世界のスケールには、これまたこの作者ならではと唸らされるのです。


 さて、この『妖女伝説』は、おそらく今一番手に入れやすいと思われるビッグコミックススペシャル版では十編が収録されています。しかし実は実在の女性を扱っているのは本作のほか、ルクレツィア・ボルジアが重要な役割を果たす「ボルジア家の毒薬」とマタ・ハリが顔を見せる一種の怪作「歴史は夜つくられる」くらいと、意外に数はありません。

 『妖女伝説』を構成する作品自体、そのアプローチは様々であり、その多様性が一つの魅力であることは間違いありません。
 しかしその中でも、実在の女性と彼女たちが生きた時代を、そしてそこから生まれた伝説を題材とした本作は、ある意味最も『妖女伝説』のタイトルに相応しいのではないか――そんな印象を受けるのです。


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