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2023.07.22

小田桐道明『本阿弥名刀秘録』

 今なお刀剣人気は衰えませんが、本作は豊臣秀吉が天下人となった頃を舞台に、名刀の鑑定で知られた本阿弥光徳を通じて、歴史に名を残す様々な名刀と、それを巡るドラマを描く連作であります。武士の在り方が変わっていく中、名刀の在り方もまた……

 足利尊氏以来、足利将軍の同朋衆として仕え、刀剣の研磨や手入れそして鑑定を生業としてきた本阿弥家。それから二百数十年後、足利幕府は滅びましたが、天下人となった豊臣秀吉に本阿弥家九代光徳が重用され、光徳は本阿弥家中興の祖といわれることになります。

 本作はその光徳が豊臣家の御刀役として名刀と相対する姿を、そしてその名刀にまつわる様々なドラマを描いた全八話の連作であります。

 ある日、秀吉に呼び出され、京の聚楽第に向かった光徳。そこで彼は、秀吉が弟の秀長から献上されたという藤四郎吉光を見せられるのですが――しかしその秀吉の言葉に対し、研ぎが甘く吉光であるかはわからないと反論し、不興を被るのでした。
 その場は千利休に取りなされた(利休から時流を弁えろと窘められるのが何とも皮肉)光徳ですが、刀剣に対する己の目と感覚は裏切れません。命がかかっていることを承知で、刀を研いだ末に光徳が見たものは……

 この序章が一つのパターンとなっているように、本作の物語は、光徳と秀吉の対峙が基本となります。自らも刀を愛するものの、伝統や故事来歴には無頓着、傲岸不遜に振る舞う天下人・秀吉と、彼に仕える一介の御刀役でありながらも、本阿弥家の誇りにかけて、阿諛追従で己を曲げることができない光徳――そんな二人の緊張感に満ちたドラマの中で、数々の名刀の姿が描かれるのです。

その中で描かれる名刀(各話のサブタイトルでもあります)は以下の通り――
 鬼丸国綱
 童子切安綱
 伝光代
 一期一振
 小烏丸
 蕨手刀子
 本庄正宗

 盗掘にあった古墳近くから上古の刀を光徳が見つけ、研いでみれば――という異色作「蕨手刀子」を除けば、いずれもなるほど、と納得するほかないラインナップであります。

 各話のクライマックス(?)は、これら名刀の詳細な図解なのですが、そこに至るまでに、刀の来歴と、そこに絡められた光徳と秀吉のドラマが織り込まれ、各話の分量は決して多いわけではありませんが、重厚な読み応えを感じさせます。


 そして本作のユニークな点は、名刀を描くのと当時に、それと照らして天下人・秀吉の姿を、そしてこの時代の武士の姿を描いている点でしょう。

 天下人としてもはや向かうところ敵なし、一期一振を磨り上げさせたり、古備前の刀を勝手に小烏丸と呼んだりとやりたい放題の秀吉。しかしそんな秀吉でも、油断ならぬ東海の雄・家康や、伝統を背景に陰で嘲笑う公家たちとの関係に頭を悩ます姿が、本作では描かれます。
 そして天下人といっても彼も人間――幼くして病に倒れた子・鶴松への想いは、他の親と変わるところではありません。特にここで病気平癒のため、光徳の守り刀である蕨手刀子を借り受けた時の姿は、それまでとは全く異なるものとして、特に印象に残ります。

 またラストの「本庄正宗」では、本庄繁長――合戦の中でこの刀に斬りつけられ、辛くも兜で防いだという戦場往来の逸話を持つ猛者――が、秀吉の隠居城(後の伏見城)建築の普請奉行を勤めるも経費が足りず、その補填のためにこの名刀を売る姿が描かれます。
 ここで描かされる繁長の姿は、戦国が終わりに近づき、戦いの場から離れざるを得なかった武士と、その武士が手にして振るった武器であった刀と、その両者の変質を示すものというべきでしょう。

 思えば本作で描かれる刀は、その大半が秀吉に献上され、あるいは装飾品として、あるいは褒賞として、あるいは美術品として扱われるものでした。もちろんそれまでも、美術品的に扱われてきた刀は少なくはありませんが、しかしその扱いが、この時代に、大きく変わったことは間違いありません。

 そんな刀たちを見つめてきた光徳は、そしてその主として彼を振り回してきた秀吉は、これらの名刀を描く物語の主人公として、確かに相応しい存在と言うべきでしょう。


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