« 星野之宣『妖女伝説 砂漠の女王』 | トップページ | 『るろうに剣心』 第二話「東京府士族・明神弥彦」 »

2023.07.14

翁まひろ『菊乃、黄泉より参る! よみがえり少女と天下の降魔師』

 病で齢28歳で亡くなった武家の女性・菊乃が、15年後に何故か子供の姿で復活、腕は立つがひねくれ者の破戒僧・鶴松とコンビを組んで江戸を騒がす化け物に挑む、角川文庫キャラクター小説大賞&読者賞受賞作であります。一見賑やかな物語ですが、その陰で、重く苦い味わいを持つドラマが展開します。

 幼い頃から男姫の異名を持つ女傑であり、長じた後は旗本・宇佐見家に嫁いだ菊乃。しかし病に倒れた彼女は、一子・善太郎を遺して二十八歳の若さで亡くなったのですが――それから十五年後、五代将軍綱吉が亡くなった直後の時期に、何故かこの世に甦ったのでした。しかも幼い少女の姿で。

 自分が甦った理由も、何故幼女の姿なのかもわからず途方に暮れる菊乃は、町を彷徨う中、金色の重瞳を持つ自称天下の降魔師・鶴松と出会い、亡者として祓われかけるのですが――そこに奇怪な泥の塊のような化け物が出現、二人に襲いかかります。
 成り行きから協力することになった二人ですが、しかしその中で鶴松は腕を痛め、術を満足に使えない身となってしまうのでした。

 そんな中、以前から世話になっている船宿の女将・左衛門からの依頼で、薬種問屋・長崎屋に現れる獣の化け物を祓うこととなった鶴松。行く宛もなく、また鶴松の怪我に責任を感じた菊乃は、彼の弟子として同行することになります。
 折しも町では、犬をいじめた人間が犬のように吠える身となってしまうという、原因不明の「犬病」が流行。泥のような化け物と犬病、長崎屋の獣――数々の事件は、二人の周囲の人々をも巻き込み、思いもよらぬ真実を浮かび上がらせることに……


 というわけで、何故か幼女姿で(しかし尋常でない怪力の持ち主として)この世に甦ってしまった元武家の奥方と、実力は確かなものの色々と胡散臭い破戒僧が、バディとして化け物退治に挑む本作。
 こう書くと非常にキャッチーに感じられますが、しかしその実、作中では主人公二人をはじめ、かなりシビアで重いものを背負った人々のドラマが描かれることになります。

 幼い頃から義侠の剣客に憧れてきたものの、果たせるはずもなく持参金目当ての相手に嫁ぎ、愛のない結婚生活を送った末に夭折した菊乃。鶴松も、赤子の頃に寺の門前に捨てられ、寺ではその重瞳を珍重されるも、僧たちから虐待を受けて飛び出し、いまだにその時のことがトラウマとなっている身であります。
 甦って早々に菊乃が再会した息子・善太郎も、旗本の嫡男のはずが尾羽打ち枯らした浪人姿、しかも自分の親を畜生呼ばわりする荒みっぷり。その他、登場するキャラクターの大半が、重い過去を持ち、今もそれに苦しんでいるのです。(個人的に左衛門の設定には言葉を失いました)

 そして本作の中心となる事件の真相も、相当陰惨なものなのですが――その中で責めるべき(倒すべき)悪人はごくわずかで、後は弱さを抱えた者ばかりというのが、さらに物語の苦みを強めます。


 と、シビアさ・重さばかりを強調してしまいましたが、もちろん本作はそれだけで終わる物語ではありません。なぜならば、菊乃も鶴松も、たとえ一時は過去の悔恨に項垂れることがあっても、決してそのままでは終わらない――必ず前を見て歩き出せる強さを持っているのですから。

 その強さを引き出すのは、一人では難しいことではあるかもしれません。しかし二人でなら、二人で足りなければ周囲の人々が一緒にいれば……
 そして二人はもちろん、助けられるばかりの存在ではありません。二人に救われた人々が、手を携えて困難に、恐怖に立ち向かうクライマックスは――それまでに描かれた物語のピースが一つに集まっていく快感も相俟って――実に感動的であります。

 その中でも特に、菊乃と善太郎という少々変わった「母子」の物語は、物語を構成する太い柱と感じられます。そこには、人間と人間を真に繋ぎ合わせるものが何であるか、その答えがあるのですから……


 ラストには思いもよらぬ、そして何とも豪快な真相が明かされますが、ぜひ続編を――菊乃と鶴松という、奇妙で息のあったバディの、この先の物語を描いてほしいと思います。


『菊乃、黄泉より参る! よみがえり少女と天下の降魔師』(翁まひろ KADOKAWA角川文庫) Amazon

|

« 星野之宣『妖女伝説 砂漠の女王』 | トップページ | 『るろうに剣心』 第二話「東京府士族・明神弥彦」 »