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2023.07.10

魅月乱『あがりたる世と蜘蛛御前』

 『鵺天妖四十八景』の魅月乱による、もう一つの人間と妖(およずれ)の物語――恐るべき力を持ちながらも時に人を救う美しき蜘蛛の妖・蜘蛛御前を通じ、人間と妖の不思議な関係を描く連作集であります。妖でありながらも人に魅せられ、人を救う蜘蛛御前の背負ったものとは……

 人間と妖が共存していたかつての時代(おそらくは天保期)、人間たちに時に恐れられ、時に敬われていた妖・蜘蛛御前。
 人間の美女の姿を取りながらも刀を佩いて男装し、時に本名である夜絹を名乗って人間の中に入り交じって現れる。人間や妖を喰らうと思えば、その糸で以て人間の失われた四肢の移植手術を行うなど、蘭学に精通した優れた療法師として敬われる――そんな幾つもの顔を持つ不思議な妖であります。

 本作はその蜘蛛御前が各地で出会う人間との交流を通じて、人間と人間、人間と妖の関係性を浮き彫りにする連作。単行本全2巻に全6話が収録されています。

 狐の呪いをかけられ、異形に変貌していく母子。物乞いの親から、人目を惹くために腕を奪われかけた娘。ギヤマンで出来た人魚の尾を纏って歌う片足の少年。仲間を殺した蜘蛛御前に復讐するため付け狙う妖。親の借金のためにその身を擲つ人魚の少女。人間の母子に憧れる蛾の妖……
 好んで人を喰らう妖が主人公だった同じ作者の『鵺天妖四十八景』に比べると、本作は基本的に人を助ける主人公だけにおどろおどろしさは抑えめですが――しかしそれでもなかなかよそではお目にかかれない、なかなか題材にされないものを物語に組み込んでいるのはさすがと言うべきでしょうか。

 しかしそれがどきついという印象だけで終わらないのは、繰り返し述べているように蜘蛛御前が基本的に人助けをしているのはもちろんのこと、作中で人間と妖の関係性について、そして自分が自分であることについて、真摯な目を向けているからにほかなりません。
 何故妖は人間を食らうのか。何故妖は人間の姿を取るのか。何故妖は自分の子を成そうとするのか――いずれも妖怪ものではある意味当たり前の、「そういうものだから」で片づけられかねないそれに、本作は丁寧に答えを用意し、そして物語に絡めて描いていきます。

 もちろんその答えの多くは、蜘蛛御前にも当てはまるするものですが――しかしそれだけでなく、見方を変えれば、それは人間たちにもまた、当てはまるものであると感じられます。
 生きるとはどういうことなのか。自分らしさは何なのか。命を繋ぐということは何を意味するのか――特に最後については、6つのエピソードの全てに、大なり小なり関わる点であり、特に最終話で描かれる蜘蛛御前の過去を思えば、本作の主要なテーマといっても良いかと思われます。
(作者が今、育児漫画を描いているのもむべなるかな――というのは短絡的すぎるかもしれませんが)


 ただ、蜘蛛御前がある現象を説明する際などに、妙に詳しすぎる言葉を――要するに現代の言葉を――使ってしまう点が少々気になりました。普段であれば、こうした用法はあまり気にしないのですが、特に最終話のクライマックスで、「本当は××××××××なんでしょう!!」と、妙に細かい名前が出たのは、ちょっとムードという点ではどうなのかなあ、と思ってしまった次第です。

 などと細かいことを言ってしまいましたが、人間と妖を巡るファンタジーのスタイルで、ひどく残酷で重いテーマを扱いつつも、命そして親と子について真摯に問いかける物語は、どこか暖かさや爽やかさが感じられるものであり――前作同様の佳品である事は間違いありません。


 ちなみに本作は、「妖」を「およずれ」と読むなど、前作との世界観の繋がりを感じさせたのですが、ちょっとそれは考え過ぎかな――と思いきや、第二巻ラストのおまけ漫画では前作の主人公・鵺天と脇役の射干が登場。
 ファンサービスと思いきや、本作の物語を補完する人間と妖の関わりを描く内容にもなっていて、感心いたしました。
(オチはまあ、実におまけ漫画らしいのですが……)


『あがりたる世と蜘蛛御前』(魅月乱 秋田書店ボニータ・コミックス) 第1巻 Amazon / 第2巻 Amazon

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