« 2023年7月 | トップページ | 2023年9月 »

2023年8月

2023.08.31

『アンデッドガール・マーダーファルス』 第9話「人狼」

 人狼を狙うモリアーティたちを追い、ドイツの山奥の村・ホイレンドルフを目指す<鳥籠使い>一行。しかしそこでは一年ほど前から少女たちが人狼に殺される事件が相次ぎ、昨日もルイーゼという少女が自分の部屋で人狼に襲われ行方不明になっていた。早速調査を始める鴉夜たちだが……

 いよいよ今回からアニメ版の最終章であろう「人狼編」がスタート。オープニングに登場していた賑やかなメンバーの大半が登場しなくなってしまうのは寂しい限りですが、ミステリの濃度としてはこれまで以上のエピソードだけに、期待は高まります。

 その第一回である今回は、原作の冒頭にあった津軽の列車強盗十四人抜きや、ホームズとロイズのエージェント二人との対峙はばっさりカット。(もしかすると後者は次回触れられるかもしれませんが)色々と面白いシーンだっただけ勿体ないところではあるものの、テンポを考えれば<鳥籠使い>たちの登場シーンからスタートするのは正解でしょう。
(個人的にはまたホームズが割りを食わされた感もありますが、ここはここで負けイベント感があるので、まあ……)

 それはさておき、今回は冒頭から津軽の長弁舌は絶好調。アルプスで落語の「愛宕山」を演るというのも愉快ですが(鴉夜のツッコミもごもっとも)、その後の鴉夜による人狼の説明に、高座に上がった津軽と(何故か)静句のやりとりを被せてみせるのはお見事というほかありません。
 特に後者はアニメオリジナルの演出ですが、こういう見せ方はアニメでなければできないもので、大歓迎であります。

 そしてそこから流れるように事件に巻き込まれ、毎度毎度の生首騒動を経て捜査開始――とテンポ良く進んでいきますが、ここで語られる過去一年間の事件はかなり凄惨なもの。そして丹念に鴉夜が捜査する本題の事件も、なるほど人狼が起こした事件を丁寧に描けばこういう描写になるのか、と感心させられるのですが――勘の良い方であれば、既に今回の時点でこの事件の真相には気付いているかもしれません。

 しかしどう考えても、今回提示された謎を解けば、それだけで終わるとは思えません。そもそも鴉夜たちの目的である<牙の森>にもまだ解かねばならぬ謎があるようですし(村長の素っ頓狂なリアクションが実に可笑しい)、アバンタイトルで描かれたホイレンドルフ村で八年前に起きた事件も当然これから絡むでしょう。
 というより事件の全体像自体まだまだ――というのはさておき、大体今回の内容は原作の一、二割程度。まだまだ登場人物も出揃っていない状況であr、次回以降も楽しみは尽きません。


 ちなみに今回、鴉夜のある台詞が原作と少々変わっていたのが興味深かったのですが――変わっていたといえば原作では白かった津軽の枕が、何ともトンチキなものに変更されていたのも楽しいアレンジでした。


『アンデッドガール・マーダーファルス』Blu-ray BOX(Happinet) Amazon

関連記事
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第1話「鬼殺し」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第2話「吸血鬼」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第3話「不死と鬼」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第4話「真打登場」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第5話「倫敦の不死者」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第6話「怪盗と探偵」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第7話「混戦遊戯」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第8話「夜宴」

青崎有吾『アンデッドガール・マーダーファルス 3』恐るべきは人か人狼か 連続殺人/殺人狼事件!? 

|

2023.08.30

たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第8巻

 ついに蒙古軍が上陸し、カタストロフが目前となった博多。その混乱の最中、迅三郎は同じ義経流の使い手・両蔵から、蒙古に義経流が伝わった真実を聞くことになります。そして博多を捨て、太宰府に撤退した日本武士団は、決死の反攻に出ようとするのですが……

 蒙古軍の博多上陸を阻むべく死闘を繰り広げたものの、衆寡敵せず一気に不利な状況に追い込まれた日本武士団。そんな中、暴走する高麗軍の金センと激突することとなった朽井迅三郎は、同じ義経流を操る蒙古軍の両蔵と協力してその場を乗り切るのでした。
 そしてこの巻の前半では、謎に包まれていた蒙古の義経流の正体が語られることになります。

 かつて平家を滅ぼしながらも兄に疎まれ、奥州平泉に追いつめられた源義経。しかし弁慶の犠牲もあって生き延びた義経は、残った六人の郎党を連れて北上し、交流のあったアイヌを頼って蝦夷地に渡ったというのです。
 そしてアイヌに力を貸す形で樺太に渡り、ニヴフ人との戦の助っ人となった義経は、後の間宮海峡を越え、大陸に渡ったというのですが――それから数十年後、その義経の武芸は、蒙古の兵・両蔵としてサハリンのアイヌの敵となったのであります。

 かくて樺太のアイヌに、そして日本にと、牙を剥く形で帰ってきた義経流。義経とモンゴルといえば、やはり義経=チンギスハン説が浮かぶものの、まさか今それをそのまま採用はしないだろうと思いましたが、なるほどこのような変化球で来るとは面白いところです。
(もっとも、義経=オキクルミ説を断言に近い形で書いているのは、どうかと思いますが……)

 そして、迅三郎に対して蒙古に渡った後に完成された自分の方の義経流こそが正統と誇る両蔵ですが――その主張の是非はさておき、源流を同じくする技が海を隔てた敵同士として対峙する様は、武術の何たるかを示しているようにも感じられます。


 さて、対馬の惨劇を再現するかのように、博多から多大な犠牲を払いつつ太宰府に後退した迅三郎たちですが、奇妙な運命というべきか、さらに思わぬ形で対馬を再現するかのような構図となります。
 かつて七世紀の唐との戦の際に太宰府に築かれた水城に拠ることとなった迅三郎。しかし、数百年を経て実戦に臨むことになった城に拠るというのは、対馬で迅三郎たちが拠った金田城を思い出させるではありませんか。

 あの時は迅三郎たちの奮戦むなしく、多勢の蒙古軍を相手に少しずつ守りは綻び、ついには城は総崩れという悲劇となったわけですが――さて、あまりにも不吉すぎる戦いの流れは再現されてしまうのか。
 そしてその予感を裏付けるような、あまりにも情けない事態が発生してしまうのですが、そんな中、天草太夫大蔵太子の企てを聞いた迅三郎は……

 はたしてこれが逆転の烽火となるのか? 全く先は読めぬ中、最後かもしれない戦いが始まります。


『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第8巻(たかぎ七彦 カドカワコミックス・エース) Amazon

関連記事
 たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第1巻 集結、御家人衆 しかし……?
 たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第2巻 決戦開始!? あの男が戦場に立つ
 たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第3巻 日蒙激突! そして合流する二つの物語
 たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第4巻 ついに主人公参陣! そして二人の新顔
 たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第5巻 まさかの出現!? そして神風吹く……?
 たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第6巻 「神風」吹かず そして総司令官時宗の真実
 たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第7巻 死闘の中の「対馬」と呉越同舟

 『アンゴルモア 元寇合戦記』第1巻 「戦争」に埋もれぬ主人公の戦い始まる
 たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』第2巻・第3巻 敵を破る痛快さと蹂躙される悲惨さと
 たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』第4巻 史実と虚構の狭間の因縁
 たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』第5-7巻 彼らの「一所」を巡る戦い
 たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』第8巻 戦いの理由、それぞれの理由
 たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』第9-10巻 史実の壁の前に立ちすくむ者たちへ

|

2023.08.29

コナン・ドイル『クルンバの悲劇』

 コナン・ドイルの代表作がシャーロック・ホームズ譚であることは言うまでもありませんが、もちろんその他にも、興味深い作品が数多くあります。本作はその一つ、荒涼としたスコットランド南西部を舞台に、奇矯な言動をとる館の主の秘密を描く物語であります。

 叔父の所有する土地と財産管理のため、父や妹のエスタとともに、ウイグタウン州ブランクサムに引っ越してきた青年ジョン・フォザギル・ウエスト。荒涼とした土地で日々を過ごすウエスト家の人々ですが、近くの無人であったクルンバ館に、ある晩、灯が点っているのを目撃することになります。
 クルンバ館に向かったジョンは、そこに新たな住人であるヘザストン少将一家が越してきたことを知るのですが――四十年前、インドで輝かしい戦果を上げたという少将は、極めて猜疑心の強い、奇矯な言動をとる人物だったのです。

 館の周囲に高い塀を巡らせたと思えば、夜には館中に煌々と灯りを灯す――そんなヘザストンの行動を不審に思うジョンですが、やがてほとんど軟禁同然だったヘザストンの息子・モーダントと娘のゲブリエルと知り合い、密かに交流を深めていくことになります。
 そしてモーダントから、毎年10月5日に少将の恐怖が頂点に達すると聞かされたジョンですが――その日の数日前に近くの湾で船が難破し、遭難したと思われたものの奇跡的に生還した三人のインド人僧侶の存在を知ることになります。

 その一人と言葉を交わし、極めて高い知性と、高潔な人柄に感銘を受けるジョン。しかし僧侶たちの存在を知った少将の反応は……


 荒涼とした僻地に立つ館、何かに怯える奇矯な住人、そして異国からの使者――一種の典型といえる要素で構成された本作。シチュエーション的に、同じドイルの『四つの署名』を連想される方も多いと思いますが、はっきり言ってしまえば、そちらと近い内容の物語であることは間違いありません。

 尤も本作は、探偵による理性的な謎解きの物語ではなく、超自然的な要素が含まれる、一種の怪奇小説であります。
 今の目で見れば、作中で描かれるその要素自体は控えめで、鐘の音に象徴される一種の前兆と、そして仄めかしによるものなのですが――しかしそれでも一種の重苦しさすら感じさせる迫力があるのは、舞台設定と、第三者の視点を通じた物語展開の妙でしょう。

 ちなみに作中の一種の心霊科学を肯定する視線からは、てっきりドイル晩年の作品と思ったのですが、それどころか本作は『緋色の研究』と前後して執筆された、最初期の作品だというのが面白い。
 場合によっては、ドイルはホームズではなく最初からこちらの方向に進む可能性があったのでは――と想像するのは、なかなか面白いものです。


 というわけで最初期の作品ながら十分に読ませる本作なのですが、実は途中からどこかで本作を読んだことがある、という気分になりました。その謎は、三人の僧の登場の辺りでようやく解けたのですが――実は本作は、水木しげるの長編怪奇漫画『鈴の音』の翻案元なのであります。
 水木しげるの初期作品に、欧米の怪奇小説の翻案がしばしば含まれているのは有名な話ですが、初読時には気付かなかった『鈴の音』にも元があったとは……

 比べてみると、なるほどこのように翻案するのか、とその巧みさに感心させられるのですが――特にラストに登場するある場所の描写の凄まじさ、そしてあの世への不思議な憧憬などは、水木しげるならではのものがあり、機会があればぜひ読み比べていただきたいと思います。


 ちなみに本作を読んでいなかったのは、長い間絶版になっていたためでしたが――元々収録されていた新潮文庫のドイル傑作集の中で、本作は他よりも再版に恵まれなかったのでは?――現在は電子書籍として容易にアクセス可能なのは、実にありがたいところであります。


『クルンバの悲劇』(コナン・ドイル 新潮文庫) Amazon

関連記事
「鈴の音」 「音」の途方もない存在感

|

2023.08.28

赤名修『賊軍 土方歳三』第9巻

 ついに蝦夷に上陸し、最後の夢を賭けて戦う土方。五稜郭を穫った彼の次なる戦いは松前城――そこで彼を意外な強敵が待ち受けます。時限爆弾を抱え、限られた時間の中、土方たちの活躍は……

 会津での戦いに敗北し、榎本武揚の艦隊と合流して蝦夷地を目指すことになった土方と新選組。蝦夷地に上陸し、五稜郭に向けて進軍する中で熊と対決したりしながら、五稜郭を占領した旧幕府軍の次なる目的地は、かつての幕府の北の守り・松前城なのですが……

 松前藩が北からの脅威に備えて防備を固めていた松前城。結局それが異国に対して用いられることはありませんでしたが、しかし皮肉にもそれが旧幕府軍に対して、文字通り火を噴くことになります。
 しかもそれを率いる人間がただ者ではありません。その名は三上超順――法華宗の僧侶にして松前藩の参謀。その筋骨隆々たる身を僧衣だけでなく軍服に包んで松前城を指揮し、その厳重な防備は、土方たちどころか、海上の榎本艦隊をも苦しめることになります。

 しかし新天地を目前にして、土方が簡単に屈するはずもありません。ある意味反則技によって松前城を抜き、超順に迫る土方ですが――しかし本当の戦いはある意味ここからであります。新選組で怪力といえばこの人、の島田魁をもぶちのめす力を持つ超順。これに対して、土方もタイマン勝負を挑むことに……

 作中でも触れられるように、力自慢として知られた超順。もちろん史実でも僧侶兼軍人だったわけですが、ここまで彼がフィクションでフィーチャーされたのは、本作が初めてではないでしょうか。
 しかもここで土方が「新選組が二度も坊主に負けるわけにはいかねェんだ」と言うのですが、ここでいう一度目とは――と思いきや、なんと拳骨和尚のことなのが嬉しい。拳骨和尚こと物外不遷が椀二つで近藤勇を完封したという逸話は、今ではあまり知られていないのではないかと思いますが、こういう形で取り上げてくれるのは、実に嬉しいところです。
(もっとも、京の仇を蝦夷地で討たれる形になった超順は災難でしたが……)


 さて、激闘の末、ついに五稜郭に次いで松前を攻略し、勢いに乗る土方と旧幕府軍ですが、しかし本作の土方はとんでもない爆弾を抱えていることが、前巻明らかになりました。

 労咳にかかったということなのか。血を吐くようになった土方。それはあるいは、史実では江戸に置いてきた沖田総司を連れているからこそ起きたことかもしれませんが――いずれにせよ、彼の戦いに一種のタイムリミットが設定されてしまったことは間違いありません。
 もっとも、そこですかさず(?)彼を支える美女が登場するのが、また土方らしいという気がしないでもありませんが……

 しかしそんな状況下で、新兵器を引っ提げた黒田清隆の影が迫ります。榎本の大失策で開陽丸が失われてしまった旧幕府軍に打つ手はあるのか?
 次巻、宮古湾海戦であります。


『賊軍 土方歳三』第9巻(赤名修 講談社イブニングKC) Amazon

関連記事
赤名修『賊軍 土方歳三』第1巻 奇想天外で「らしい」最後の新選組物語
赤名修『賊軍 土方歳三』第2巻 土方の前に立つ二人の仇敵!?
赤名修『賊軍 土方歳三』第3巻 天海の「秘中の秘」 日本南北戦争勃発!?
赤名修『賊軍 土方歳三』第4巻 激突、沖田総司vs薬丸自顕流!
赤名修『賊軍 土方歳三』第5巻 会津候暗殺作戦! 救い主は誰だ!?
赤名修『賊軍 土方歳三』第6巻 迫る復讐鬼 そして義を衛る男!
赤名修『賊軍 土方歳三』第7巻 賊軍返上ならず そして舞台は北へ
赤名修『賊軍 土方歳三』第8巻 蝦夷共和国編突入! 爆弾を背負った土方!?

|

2023.08.27

山崎峰水『くだんのピストル』四

 異能を持つ少年・くだんが、擬人化された犬たちが闊歩する幕末を目撃する異色の時代漫画の第4巻であります。ついに上海に渡った高杉晋作とくだんが、五代才助から受けた意外な依頼。そしていよいよ国内情勢も緊迫する中、帰国したくだんと岡田以蔵が見たものとは……

 自分以外、ほとんどの者が擬人化した犬がという幕末をさすらう、周囲の人間の心を読み取る力を持つ少年・くだん。そんな中、ピストールの力に魅せられた二人の青年、高杉晋作と岡田以蔵と、くだんは親しく交わることとなります。
 そして視察のために長州藩の人間として上海に渡る晋作を追いかけるように、自分も上海に渡ろうとするくだん。どこか謎めいた薩摩の青年・五代才助の協力を得て、ついに上海に降り立ったくだんですが……

 というわけで、この巻の前半は、物語の中心人物の一人である晋作とくだんの目に映った上海の姿が描かれることとなります。この時代の上海は、アヘン戦争の敗北によって清国内に生まれた外国領である租界であり――いわば、日本にとって最も近い欧米というべき地であります。
 太平天国に揺れる清国と、それを更に利用しようとする諸外国――一歩間違えれば日本もこうなりかねない地で、晋作とくだんが見たものとはなんであったか。幕末の上海を描いた、そして幕末の日本を海の向こうから描いた作品は存外に少ないだけに、その描写は印象に残ります。
(しかし上海租界はその後も広がり続け、日本もその占領者に加わることを思えば、何とも複雑な感慨を催すのですが)

 そしてここでクローズアップされるのが、スキンドルと五代才助であります。くだんが日本で行動をともにしていた謎のすたすた坊主から紹介されたスキンドルは、ピストールはおろか、黒船までも売っている商人。一方の五代才助は、後身の実業家・五代友厚としての名が歴史に残りますが、ここでは得体の知れない薩摩のエージェントというべき存在として描かれます。

 そしてここでくだんと晋作が才助から協力を求められた、スキンドルからの依頼とは――これがまたとてつもない内容なのですが、しかしここでの経験が、晋作にとっての「クウデタア」の始まりになったのではないかと、感じさせられます。


 さて、そんな波乱の末に帰国したくだんと晋作ですが、本作のもう一人の中心人物である岡田以蔵は、相変わらず武市半平太をはじめとする周囲の思惑と、「人斬り以蔵」の虚名にら振り回されるばかり。
 以前の吉田東洋に続き、今回も再び暗殺を命じられてしまった以蔵ですが、実はいまだに人を斬ったことがない上に、周囲には嫉妬の目で彼を見る者もいて八方ふさがり。何とか避けられないかジタバタした末に、彼はくだんと再会するのですが、再会したのはくだんだけでなく……

 というわけで、晋作は晋作で悩みが多かったわけですが、他人の命がかかっているという点ではより深刻な以蔵。こういう時に頼りになるのはくだんですが、ここで彼の前に現れたのは、両者にとって旧知の龍馬であります。
 しかし本作の龍馬は、いまやグラバーと組んでなにやら企むフィクサーめいた怪しげな人物。今回も、ボクシング賭博を企画して金を集めるという、何とも胡散臭い行動に出るのですが、そこで思いも寄らぬ人物が登場します。

 それはもう一人のくだん――長州の山県狂介の「飼い犬」だという寅吉であります。くだん同様、人々の言の端を聞き取る力を持ちながらも、素手で人を殺める技と、それを実行する心を持つ寅吉――くだんだけにその姿は犬ではなく人ですが、しかし遥かに危険な存在であります。

 本作においては、この世の外に踏み出した、ある種の自由な精神を持った者が、犬ではなく人間の姿で描かれてきました。だとすれば彼もそうなのか。しかしその心のあり方は、くだんとは同じとは思えません。
 そもそもくだんとは何なのか――そんな疑問も浮かぶ、急展開であります。


『くだんのピストル』四(山崎峰水&大塚英志 KADOKAWA角川コミックス・エース) Amazon

関連記事
山崎峰水『くだんのピストル』壱 少年の目に映った幕末を生きる者たちの姿
山崎峰水『くだんのピストル』弐 時代を打破する力に魅せられた二人の青年
山崎峰水『くだんのピストル』参 以蔵と晋作 垣間見えた青年たちの「顔」

|

2023.08.26

田中啓文『誰が千姫を殺したか 蛇身探偵豊臣秀頼』

 近年はミステリ色そして伝奇色の強い、何よりも他では読めないような唯一無二の時代小説を次々と発表している作者が送る、奇想天外としかいいようのない作品です。大坂の陣から四十五年後、大坂城の地下から発見された豊臣秀頼が、大坂の陣終結直前に殺されていたという千姫の謎に挑むのですが……

 大坂夏の陣終結から四十五年後、かつての大坂城を破却した上に建造された新たな大坂城の焔硝倉に落雷、大爆発した結果、露わとなったかつての大坂城の土台。そこで発見された地下に続く石段の先に潜んでいたのは――豊臣秀頼と名乗る者、それも首から下は蛇身と化した存在でした。

 大坂城落城の際、豊臣方の武将や真田十勇士たちが次々命を落としていく中、辛うじて生き延びた真田幸村の導きで、淀君と共に、大坂城の抜け穴に落ち延びた秀頼。
 しかし穴は大坂城地下から先に通じておらず、幸村と淀君が命を落とした一方で、秀頼は壁に生えた苔を食べて生き延び――そしてその苔の力か、その身は徐々に蛇身と化して今に至ったいうではありませんか。

 大坂城の役人から聴取を受ける一方で、四十五年後の世の中の有様を聞く秀頼。しかし彼は、かつての妻・千姫が天寿院と名乗っていまだに存命であることに、大きな驚きを見せるのでした。
 というのも、千姫は大坂落城の数日前に、厳重に警備された密室の中で幽閉状態の中で何者かに殺され、大坂城から落ち延びたのは、それを隠すための替え玉だったというのです。

 そしていま、幕府の中で隠然たる力を持ち、暗躍しているという天寿院。はたして彼女は何を企んでいるのか。そして本物の千姫は何故殺されたか? 生きていた猿飛佐助、真田大助らとともに、秀頼は謎に挑むのですが……


 というわけで、本作の基本設定を聞いた時点で、ほとんどの方が絶句するであろう本作。これまでも作者には、秀吉や光秀、勝家が孤島に集められて次々と――という『信長島の惨劇』など、奇想天外な作品はありましたが、その中でもダントツであることは間違いありません。
 作品の宣伝で「どうしてこんな作品を書いてしまったのか自分にもわからない。田中啓文」とありましたが、それも思わず納得であります。

 しかしそんな設定の一方で、本作は着実に謎を積み上げ、それに答えていく形で展開していきます。何故秀頼が蛇身になったか? という点にもそれなりに納得がいく説明がありますし、過去の千姫殺害のハウダニットもさることながら、ホワイダニットについては、歴史ものとして見ても、なるほどと思わされるところであります。
(すっかり忘れていましたが、あの人物とあの人物は結構悪役をやっていましたし……)

 そしてその一方で、現在の千姫を巡っては派手な伝奇活劇が展開することになります。これについてはあまり詳しくは述べられないのですが、二人の千姫の存在が、物語の状況をさらに複雑なものとしているのが、ある意味実にミステリらしいと感じるところです。


 とはいえ、首を傾げるところも少なくないのも事実。特に、偽千姫は動き出すまでちょっとノンビリしすぎではないか――言い換えれば何故この年代を舞台としたのか――というのはひっかかるところです。
 また、サブタイトル等からすれば、本作には安楽椅子探偵ものを期待してしまう方が大半だと思いますが、実際には謎解き要素は思った以上に少ないのが残念なところではあります。

 個々の要素は面白いものの、やはり意外性を追いすぎて、まとまりに些か無理が感じられる――というのは厳しすぎる評価でしょうか。


『誰が千姫を殺したか 蛇身探偵豊臣秀頼』(田中啓文 講談社文庫) Amazon

関連記事
田中啓文『信長島の惨劇』 秀吉・勝家・右近・家康――戦国武将、孤島に死す!?

|

2023.08.25

椎名高志『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第5巻

 クライマックスに向けて絶好調のコミカライズ版『半妖の夜叉姫』、この巻では過去の悲劇と現在の戦いの理由がついに語られることになります。これまで思っていた以上に重い使命を課せられた上に、「朔」で妖力を喪った夜叉姫たちですが、それに負けることなく彼女たちは立ち上がります。

 今を去ること五百年前、地球に接近した妖霊星を迎撃する守り手に選ばれた犬の大将と麒麟丸。少年(?)殺生丸が見つめる中、二人の大妖怪は、見事地上に降り注いだ妖霊星の欠片を破壊したかに見えたのですが、――かし妖霊星の真の狙いは、守り手の近親者を狙うことで……
 という大いなる悲劇から始まる第5巻。この辺りの展開は完全に本作オリジナルですが、ここで妖霊星とりおんの死を繋げるか! と大いに納得(アニメでの彼女の死因は、あれはあれで虚しさがあってよいのですが)。そして悲しみに暮れる麒麟丸に近づくのは――という展開もまた巧みであります。

 そして麒麟丸が禁忌の術法を発動させようとしている一方で、是露のアニメよりもパワーアップした呪いが――というわけで、ここで過去に犬夜叉・かごめ・りんの身に起きた出来事も、一気に説明されることなり、ほぼこの辺りの謎は語られたといってよいでしょう。
 もっとも、特に犬夜叉の封印の際に殺生丸が語った言葉など、まだ謎の部分はあるのですがが……
(ちなみに謎といえば、アニメでは何となく出てきて何となく納得させられた阿久留と時代樹について、妖霊星の誕生と絡めて説明されたのは素晴らしい)

 もっとも、この殺生丸の謎の言葉関連や、是露の真珠とその作用については、少々情報が駆け足で提示された感はあるのですが……


 さて、親世代の物語が語られる一方で、夜叉姫たちの冒険ももちろん続きます。是露の配下が迫る緊迫した状況で、よりによって半妖/四半妖が月に一度妖力を失う「朔」の状態になってしまい大ピンチ――と思いきや、それで収まらないのが彼女たちであります。
 かつて犬夜叉が朔で苦しんだのは、彼が一人だったから。いま彼女たちには同じ境遇の仲間がいる――いや、彼女たちを慮ってくれた仲間たちがいる! と、決してこの状況に無力ではなく、それどころか妖力を失ったのを逆用して反撃に転じる様にはグッと来るばかりです。

 尤も、幼い頃から様々な訓練を積んでいたせつなともろはに比べれば、とわは不利であります。そのため、今回の戦いでも妙な形で待機状態だったのですが、しかしそこで彼女の秘められた能力が――と、アニメ版でいささか弱かった、とわ自身が他の二人と互角以上に戦える理由を補っているのにも納得です。

 そしてもう一つ驚かされるのが、ここで三人の前に立ち塞がる敵が、魔夜中であること――アニメでは愛する人間に裏切られ神宝を奪われたことから暴走した土地神でしたが、ここではその設定を活かしつつ、愛する人のために妄執に囚われて、是露の配下として現れることになります。
 もちろん本作のベースはアニメであり、これまでもそのアニメの要素を様々な形で取り入れてきましたが、単発エピソードの敵役をここで持ってくるとは――しかも元のエピソードを活かしつつ、彼と同様に人間の女性を愛した妖/半妖の子である夜叉姫たちと対決させることで、妖/半妖と人間の愛の意味を描き出すのには、ただ唸るほかありません。

 そして「神」だけあって、やたらと得られるものが豪華だった魔夜中を倒した余勢を駆って是露の屋敷に乗り込んだ夜叉姫。もちろん是露が早々簡単に打倒できるはずもありませんが――次巻「第一部クライマックス!!!」とあるのはどうしたことでしょうか。
 はたして第二部はあるのか――と真っ先に気になってしまうところですが、もちろんその前にクライマックスに何が描かれるのか、それが楽しみであることは言うまでもありません。


 それにしても、もろはまでときめかせてしまう、とわの無意識イケメンぶりよ……


『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第5巻(椎名高志&高橋留美子ほか 小学館少年サンデーコミックス) 

関連記事
椎名高志『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第1巻 これぞコミカライズのお手本、椎名版夜叉姫見参!
椎名高志『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第2巻 共闘新旧世代 そして親世代の抱える想い

椎名高志『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第3巻 夢の胡蝶 その真実
椎名高志『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第4巻 史実とのリンク? 思いもよらぬ大物ゲスト登場!?

|

2023.08.24

『アンデッドガール・マーダーファルス』 第8話「夜宴」

 <最後から二番目の夜>をルパンが手にしたと思われたとき、乱入してきた五人の怪人・怪物たち。フォッグ邸の各所で卍巴の戦いが繰り広げられる中、ホームズと鴉夜の前に、それぞれに因縁を持つモリアーティ教授が現れる。はたして教授の狙いとは、そしてダイヤの行方は……

 早いものでアニメ第2章「ダイヤ争奪編」も今回で完結。<最後から二番目の夜>を巡る頭脳戦はルパンの勝利に終わりましたが、そこに乱入してきた怪物たちをも交えた怪盗vs名探偵vs怪物vs怪物専門探偵の大乱戦が引き続き展開します。
 津軽vsルパンvsレイノルド
 ファントムvsファティマ
 静句vsカーミラ
 ホームズ&ワトソンvsクロウリー
このメンバーの中に大本命である人斬り――ではなく切り裂きジャックが加わりもう滅茶苦茶な混線模様。いずれも時間にしてみればあっという間なのですが、しかしそれぞれが自分の能力、自分の持ち味を存分に(一部例外あり)活かしていたかと思います。
 特にファントムは、この面子の中で活躍できるのだろうか? というこちらの第一印象を覆すような出自と能力と舞台の噛み合い方が説得力十分の活躍で、前回も触れましたが音響面の素晴らしさもあって、ファンとしては大いに納得でした。

 その一方で大いに納得できないのがホームズで――このバトルの中で最大の見せ場である「場律(バリツ)」の発動シーンに説明がないことから何が起きているかわからない上に、(これはバトルシーンではありませんが)ラストの<最後から二番目の夜>の暗号の謎解きも原作ではホームズの役割だったのが鴉夜に取られる有様。前回の描写も合わせると、ホームズ一人が割りを食っている印象が強くあります。
 ルパンや鴉夜を上げるための描写かもしれませんが、原典ありのクロスオーバーであれば、どの作品も、どの登場人物も、基本的には皆等しく扱ってほしい――と思います。ホームズの演技自体は相変わらず素晴らしい(モリアーティの復活を前に、往年の活力が戻ったかのような声音になるところなど特に)だけに、残念でなりません。
(ライヘンバッハの滝の描写も良かったですね)

 と、ホームズファン的には不満の残る内容ではありましたが、『アンデッドガール・マーダーファルス』という作品としては、今回は満足のいく内容であったことは確かなところではあります。特に津軽の飄々としてどこまでも底を見せないキャラクターは今回も好調で、ラストのエンディングに被せての大逆転劇は痛快の一言でありました。


 そして次回からは「人狼編」突入ですが――人狼編で5話使うのでしょうか。分量的にはそれくらいでもおかしくはありませんが……


『アンデッドガール・マーダーファルス』Blu-ray BOX(Happinet) Amazon

関連記事
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第1話「鬼殺し」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第2話「吸血鬼」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第3話「不死と鬼」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第4話「真打登場」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第5話「倫敦の不死者」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第6話「怪盗と探偵」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第7話「混戦遊戯」

青崎有吾『アンデッドガール・マーダーファルス 2』 名探偵対怪盗対超人対怪物団対怪物探偵

|

2023.08.23

高橋留美子『MAO』第17巻

 御降家の後継者候補の最後の(?)一人というべき大五の復活により、さらに混迷を極めることになった『MAO』。大五の復活に関わっていたと思しき夏野は何者なのか。真実を求めて不知火を追った摩緒は、思わぬ言葉を聞かされることに……

 一千年前、御降家の五人の後継者候補の中で、真っ先に何者かに命を奪われた大五。しかし何者かがバラバラになった五体を集めたことにより、彼は己の意識を持たぬままに、大正の世に復活することになります。
 猫鬼が糸を引くと思しきその復活の謎も解けぬ間に姿を消した大五ですが――ここで問題となるのは、同じ土の術者である夏野の存在です。

 一千年前、病に侵されて余命幾ばくもない状態で、何者かとの取引によって体を維持してきた夏野。以来、大正の世に至るまで、彼女はその何者かの命じるままに、大五のそれであろう体の一部を集めてきました。
 そしてこの巻の冒頭では、新御降家の一人である双馬と摩緒・菜花の戦いに加わる形となった夏野が、思わぬ「正体」を見せることとなります。

 これまでの描写から、読者にとってはある程度予想がついていた夏野の正体ですが、しかし本来であれば真っ先に気付いてしかるべき摩緒たち術者が、これまで気付いていなかったというのは、考えてみれば確かに不思議な話。大五の復活を考えれば、彼女に力を貸していたのは猫鬼とも考えられますが、しかし本当にそうなのか……?


 そしてそんな状況からさらに謎は深まります。御降家最後の日のことを調べるため、不知火の口から当時の状況を聞き出すべく策を巡らす摩緒。策は当たり、不知火と対峙する摩緒と菜花、夏野、華紋ですが――そこで不知火は、姉弟子であり華紋の恋人であった真砂の死について、思わぬ「真実」を語るのです。真砂を殺した妖は、紗那が操ったものであると。

 その理由として不知火が語る、紗那は決して清らかな天女などではなく、嫉妬や憎悪の念を持つ人間に過ぎないという言葉は、もちろん彼の邪推に過ぎないのかもしれません。
 それでも、人間の持つ昏い想い――表の顔からは想像もつかぬ陰の部分をこれまで様々な形で描いてきた作者の筆によれば、それもあるいは真実なのかもしれないと感じさせられれます。

 しかし、その言葉の毒に触れて怒りの感情を露わにした摩緒が、後で菜花に語るその理由も、人間の心の自然として理解できるものであります。
 そしてその一方で、彼の言葉の裏側にあるものを察しつつ、それでも彼の言葉に頷いてしまう――そんな菜花の姿もまた人間らしいなあと、そしてそんな不器用な二人の姿に、微笑ましさと好もしさを感じるのです。


 そしてこの巻の終盤では、人間を妖に変え、周囲の人間たちを襲わせるという悍ましい呪具・化生の箱が出現。その箱を追って、摩緒たちと、新御降家が対決することになります。
 犠牲者を求めて次から次へと居場所を変えていく箱を先に見つけるのはどちらの側か――戦いは続きます。

(ちなみにここで、蓮次と流石、華紋と百火というコンビがそれぞれ登場するのですが、どちらも妙に息が合っているのが、ちょっと楽しいところではあります)


『MAO』第17巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

関連記事
高橋留美子『MAO』第1-2巻 少女が追う現代と大正と結ぶ怪異
高橋留美子『MAO』第3巻 解けゆく菜花の謎と、深まる摩緒の謎
高橋留美子『MAO』第4巻 現代-大正-平安 1000年を結ぶ謎と呪い
高橋留美子『MAO』第5巻 謎が謎呼ぶ三人目と四人目の兄弟子?
高橋留美子『MAO』第6巻 深まりゆくなぞ そして五人目……?
高橋留美子『MAO』第7巻 最後の弟子 そして運命を狂わされた者たちの戦い
高橋留美子『MAO』第8巻 激突する獣たち 菜花大奮闘!
高橋留美子『MAO』第9巻 夏野の過去、幽羅子の過去、菜花のいま
高橋留美子『MAO』第10巻 幽羅子の罠、白眉の目的
高橋留美子『MAO』第11巻 菜花の新たなる力? なおも続く白眉一派との戦い
高橋留美子『MAO』第12巻 菜花のパワーアップ、そして右腕のゆくえ
高橋留美子『MAO』第13巻 彼女の死の謎 彼女の復讐の理由
高橋留美子『MAO』第14巻 摩緒と菜花と三つの事件
高橋留美子『MAO』第15巻 幽羅子の真実、あの男の存在?
高橋留美子『MAO』第16巻 本当の始まりはここから? 復活した最初の男

|

2023.08.22

『アンデッドガール・マーダーファルス』の時代

 アニメ版の『アンデッドガール・マーダーファルス』の「ダイヤ争奪編」もいよいよクライマックスですが、この物語の舞台は1899年と設定されています。様々な作品から集まったキャラクターたちは、この時期、それぞれの作中ではどのような状況にあったのでしょうか。野暮を承知で紹介いたします。

○19世紀末という時代
 まず本作全体の舞台背景について触れておきましょう。19世紀末は一言でいえば帝国主義の時代――欧米列強、そして日清戦争で勝利した日本といった近代国家が、世界各地に植民地を獲得し、そしてそれを巡って争っていた時代です。
 また、科学技術という点で見れば、19世紀は近世に発見されていた様々な現象が体系化されました。また、19世紀末にはディーゼル機関やX線、ブラウン管など、現代にまで繋がっていく様々な発見が行われています。

 このように近代の名の下に様々なものが不可逆的に変化していく姿は、本作の怪物たちの境遇に重なって見える――というのは牽強付会でしょうか。


○シャーロック・ホームズ
 ホームズの原典の作中では、1899年は『シャーロック・ホームズの帰還』所収の「犯人は二人」が起きています。同書は1894年に起きた「空き家の冒険」に始まる短編集ですが、ホームズが空白の三年間から帰還した時期――いわばその活動の後期にあるといえます。
 ちなみに1891年には、「最後の事件」の中で、ホームズモリアーティ教授とともにライヘンバッハの滝に消え、教授はここで命を落としたと思われたのですが――というわけで、八年越しの因縁が描かれることになります。
 また、この1899年を舞台としたガイ・アダムスのパスティーシュ『シャーロック・ホームズ 神の息吹殺人事件』では、ホームズは名だたるオカルト探偵とともに、アレイスター・クロウリーと対決しております。


○アルセーヌ・ルパン
 1899年、ルパンは『怪盗紳士ルパン』所収の「アルセーヌ・ルパンの逮捕」で初めて逮捕されることになります。これは1901年という説もありますが、いずれにせよルパンが本格的に活動し始めたのが1894年が舞台の『カリオストロ伯爵夫人』であることを考えれば、まだまだ派手に売り出し中の時期であったことは間違いありません。
 ちなみに逮捕された翌年には、「遅かりしエルロック・ショルメス」で、イギリスの名探偵と対決していますが、まあ上の人とは(今は)別人ということで……


○オペラ座の怪人
 原作では年代設定は明示されていない『オペラ座の怪人』ですが、アンドリュー・ロイド・ウェーバーのミュージカル版は1881年(同作の映画版では1879年)の出来事となっています。
 つまり本作の時点ではファントムは失恋の痛手を抱えながらなおもオペラ座に潜んでいたことになりますが――ルパンに外の世界に引っ張り出されたのは、案外よい気分転換になっているのかもしれません。


○カーミラ
 やはり原典では年代設定は明示されていませんが、かつてのカーミラの肖像画が1698年に描かれているという設定があるので、まあ本作の時点では齢三百歳近いのでしょう。原作でも女の子大好きなのは有名な話です。


○ヴィクター
 フランケンシュタイン博士の手記を元に作られた人造人間であって、フランケンシュタインの怪物その人ではないヴィクター。『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』のラストシーンは1799年と本作のちょうど百年前に当たるため、それなりの時間が流れていることになります。
 一方、映像化として有名なユニバーサル映画の『フランケンシュタイン』は、本作と同じ年の出来事なのがちょっと面白いですね。


○切り裂きジャック
 数少ない実在の人物その一であるジャックですが、1888年に少なくとも五人の女性を殺したこの人物はいまだにその正体は一切不明となっています。
 ちなみに完全に同時期の人間であるシャーロック・ホームズとは、エラリー・クイーンの『恐怖の研究』などのパスティーシュの中で対決していますが、本作では?


○アレイスター・クロウリー
 実在の人物その二のクロウリーは、本作の前年の1898年に、イェイツなど著名人も多数参加していた魔術結社「黄金の夜明け団」に参入、色々あって1900年には追い出された時期に当たります。さすがに警官を何人もバンバン殺したりなどはしませんでしたが、この後も色々と世間を騒がせ、「世界で最も邪悪な男」などと呼ばれてしまうなど、何かと毀誉褒貶の激しい生涯を送った人物です。


 と、いうわけで、各作品・各人物のファンには常識かとは思いますが、つらつらと書かせていただきました。
 なお、この記事の内容は、原作の描写やそこから私が推測したものである旨、ご承知おき下さい。

 なお、最後にもう一つ、この前年の1898年(「吸血鬼編」の舞台)は、有名キャラクロスオーバーの大先達というべきアラン・ムーアの『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン』の作中で、怪人同盟が結成されています。
 作中では本作と共通するある人物がこちらでも暗躍しているのは、面白い偶然というか、いかにもやりそうというか……


『アンデッドガール・マーダーファルス』Blu-ray BOX(Happinet) Amazon

関連記事
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第1話「鬼殺し」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第2話「吸血鬼」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第3話「不死と鬼」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第4話「真打登場」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第5話「倫敦の不死者」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第6話「怪盗と探偵」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第7話「混戦遊戯」

青崎有吾『アンデッドガール・マーダーファルス 2』 名探偵対怪盗対超人対怪物団対怪物探偵

|

2023.08.21

平谷美樹『賢治と妖精琥珀』の解説を担当しました

 本日発売の『賢治と妖精琥珀』(平谷美樹 集英社文庫)の解説を担当しました。あの宮沢賢治が、妖精の封じ込められた琥珀を巡り、怪僧ラスプーチンと対峙するという、奇想天外な伝奇ファンタジーであります。

 大正12年(1923年)、前年最愛の妹・トシを喪った痛手を抱えたまま、樺太に旅立とうとしていた宮沢賢治。そこに訪ねてきた男から、賢治は妖精が中に封じられている琥珀を見せられることになります。
 かつては二体の妖精が封じられていたものの、二つに割られて片方が失われたという琥珀。以来、怪事が相次いでいるという琥珀を託したいという相手から、賢治は深く考えずに琥珀を受け取るのですが……

 という出だしの本作。実は失われた片割れはあのラスプーチンの手に渡っており、賢治は妖精琥珀を狙うラスプーチンと、それを阻もうとする特務機関との戦いのまっただ中に放り込まれる、というお話であります。

 というわけで帯に引用いただいてるように、本作は「宮沢賢治にまつわる作品のなかでも、最もユニークなもの」です。賢治という作家は、自分自身がフィクションの題材となりやすい――というのはかねてよりの持論でしたが(その辺りも実例を挙げて解説で語らせていただいています)、それでもこれほどユニークな物語はなかったと思います。

 とはいえ本作は奇をてらっただけの物語ではありません。賢治ファンの方はよくご存じかと思いますが、この今から百年前の賢治の樺太旅行は史実――それだけでなく、賢治の人生、賢治の作家生活に大きな影響を及ぼしたものであります。
 その樺太旅行を本作がどのように描いているか、そしてそこにどのような意味があるのか、そしてもう一つ、何故賢治は現代に至るまで人々に愛されているのか――解説ではこうした点に触れさせていただきました。

 奇想天外な伝奇物語であると同時に、賢治の魂の遍歴を描いた本作。奇想に満ちた時代伝奇小説と骨太の歴史小説を並行して手掛ける作者ならではの、不思議で奥深い物語に、是非触れていただければと思います。
 どうぞよろしくお願いいたします。


『賢治と妖精琥珀』(平谷美樹 集英社文庫) Amazon

|

2023.08.20

『るろうに剣心』 第七話「人斬りふたり」

 薫を人質に取った鵜堂刃衛の呼び出し場所に向かう剣心。薫を救うために抜刀斎に戻る決心をする剣心だが、まだ戻り切っていないと見て取った刃衛は薫に心の一方をかけ、呼吸困難な状態にするのだった。怒りで完全に抜刀斎に戻った剣心は刃衛を圧倒、その刃が刃衛に振り下ろされるが……

 というわけで刃衛編の後編となった今回、冒頭からオリジナル展開として、新選組時代の刃衛が、剣心いや抜刀斎と対峙していたことが語られます。

 しかし平隊士の刃衛は四人がかりで抜刀斎に襲いかかるも、壁を走るわ上から襲いかかってくるわの抜刀斎の幕末クオリティの前に惨敗。自分以外の三人は殺され、刃衛のみは伝令役として生かされる――って抜刀斎の残酷悪役ムーブに引きますが、この場合刃衛は士道不覚悟で切腹にならないか心配になります(というか、もしかしてこれがきっかけで刃衛は新選組を抜けたのでは……)
 さらに恐ろしいのは、前回剣心が「奴は新選組隊士だったそうだ」と伝聞で言っていることで、もしかして刃衛と既に会っていると意識していなかったのでは……

 と、いずれにせよ刃衛の壮絶な一方通行ぶりに巻き込まれた薫こそいい面の皮ですが、もちろん一番怒っているのは剣心。口調も一人称「拙者」の語尾「ござる」ではなく、一人称「俺」で語尾は普通という、抜刀斎状態――ということは、剣心はキャラ作っていたのか、と今更ながらに気付かされます――となり、激しい剣戟を繰り広げます。
(今回のアニメ版の特長の一つは、連撃や一瞬の交錯などで済まさず、斬り合いの中を割っていることですが、今回もなかなか見ごたえがある殺陣でした。まあ、肩を刺されてああいう風に吹っ飛ぶかは疑問ですが……)

 しかしそれでも満足できない刃衛が一種の舐めプというか、抜刀斎を本気にするために、薫を心の一方で呼吸困難にして、自分を殺すか薫を見殺しにするかと突きつけてしまったからさあ大変。普通、不殺の誓いをしているキャラがこういう選択を迫られたら色々と逡巡するものですが、抜刀斎の場合、殺すと即断。そこから鉄の棒というか鉄の板で躊躇うことなく相手の鼻をぶっ叩きにいく冷徹さには、見ているこちらもゾッとさせられます。(鼻血が出ると色々と運動能力が落ちることまで計算していたのかしら……)

 もちろんこの剣心/抜刀斎の姿は、刃衛が最後に残した「人斬りは所詮死ぬまで人斬り」という言葉を体現するものでしょう。しかしその一方で、そして剣心を人斬りに戻したくない一心で心の一方を解いた薫の姿を見れば、そこから逃れる道もまた、同時に提示されているといえます。そしてこの薫の存在が、自身の言葉通りに人斬りのままで死んだ刃衛と、剣心を分かつものであるのでしょう。
(そしてこの薫を念入りにアレした人誅編は、この辺りをさらに突き詰めたものだったのだなあ、と再確認)

 原作では分量的にここで一区切りということもあり、物語のテーマを集約してみせた感のあるこのエピソード。原作であった二人の朝帰りオチがなくなったのはちょっと残念でしたが、一クールの折り返し地点に相応しいエピソードだったかもしれません。


『るろうに剣心』3(Blu-rayソフト アニプレックス) Amazon

関連サイト
公式サイト

関連記事
『るろうに剣心』 第一話「剣心・緋村抜刀斎」
『るろうに剣心』 第二話「東京府士族・明神弥彦」
『るろうに剣心』 第三話「活心流・再始動」
『るろうに剣心』 第四話「喧嘩の男・相楽左之助」/第五話「そして仲間がまた一人」
『るろうに剣心』 第六話「黒笠」

|

2023.08.19

「コミック乱ツインズ」2023年9月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」9月号の紹介の後編であります。

『そば屋幻庵』(かどたひろし&梶研吾)
 一年二ヶ月ぶりの登場となった今回は、今回は玄太郎の嫡男で牧野家の現当主・栄次郎を中心としたエピソード。勘定方として部下の分まで代わって仕事を片付けたりと非常に忙しい日常を送る栄次郎ですが、ようやく休暇を与えられたと思えば、お役目上の接待のために、駿河や伊豆の食材を調べに行くことに――と、そこに玄太郎と平吉が同行するという趣向です。

 こうした流れのために、どちらかというとそばよりも、三島の鰻や沼津のギンデイなど、各地の名物が印象に残るのですが――しかししかしそれがどれを見ても旨そうなのがたまりません。もちろんそばの方も、大磯の生しらすと大根おろしを載せたそばなど、実に食べたくなるのですが、しかしラストに描かれる「かけ」が一番に思えるのは、本作ならではのマジックでしょう。

 そしてそんな流れの中で、お堅い栄次郎が徐々にほぐれていき、そして一見正反対の玄太郎という人物を、誰よりも理解していることが描かれるのも実にいい(まあ、確かに玄太郎は色々とズルい!)。
 しかしそれ以上に、藤丸姐さんが幻庵のそばを一言で評する言葉はこれ以上ないほど的確で、幻庵の方の最大の理解者はこの方だなあと感心するのです。


『真剣にシす』(盛田賢司&川端ジュン一・西岡拓哉/グループSNE)
 前回、騙し合いの末に長州を破った夜市ですが、今度の相手は薩摩。交易路を賭けての対戦に、薩摩に向かう夜市一行ですが――いきなりそこでチェストォな武士たちの歓待を受けることになります。そして薩摩隼人の宴会といえば、そう肝練り――というわけで(?)、点火した火縄銃を上から吊してグルグル回しながら飲むという、あたおかな状況になるわけですが、隣の人間が頭打ち抜かれても平然としている夜市もまた大概であります。
 そんなこんなで島津斉興と対面した夜市ですが、ここで姿を現した薩摩の真剣士は――調所広郷! 広郷が博奕というのは意外なようなそうでもないような、という感じですが、しかし駆け引きの上手さと修羅場を潜った胆力という点では、納得の人選ではないでしょうか。

 そしてここで繰り広げられる勝負は「菱刈勇士」――プレーヤーは金山に潜る鉱夫となって、坑道に模した襖を開けるか止めるかを宣言、開けて宝を持った腰元が出てくればポイント、山賊役の武士が出てくれば(物理的にも)ダメージ――というルールであります。
 今回はルール紹介のため勝負はこれからですが(宝が出るか山賊が出るかはどうやって決まるのか?)、さて今回から既に勝負の伏線が張られているような気がするだけに、油断はできません。


『カムヤライド』(久正人)
 天津神との五対五の激闘に辛うじて勝利を収め、一時の安らぎを得たかと思いきや、ヤマトの兵たちに捕らえられてしまったモンコたち。「殖す葬る」をしたりしていたのですっかり忘れていましたが、モンコたちはお尋ね者――特にモンコはすぐに処刑されてもおかしくない身ですが、何と大王にストップをかけたのはタケゥチだというではありませんか。

 実は、モンコと同一人物だとばかり思われていたたノミの宿禰の足跡を追う中で、逆に同一人物ではありえない証拠を見つけてしまったタケゥチ。彼の職業倫理からすれば、その事実を無視したままモンコを殺させるわけにはいきません。折しも国津神と蝦夷が同盟を組んだ情報を掴んだ彼は、東征軍を率いるヤマトタケル=神薙剣のパワーアップ手段として、大王にある提案を……

 と、先にノツチとモンコの出会いが描かれたことで、既に解決したような気分になっていたモンコの過去と彼の正体。しかしここでタケゥチが提示した数々の事実により、改めて、いやこれまで以上にその謎は深まることになります。
 特に驚かされるのは、モンコ本人とは別にノミの宿禰が存在し、しかも第三勢力的に活動しているらしきことですが――それは何を意味しているのか。とりあえず、ネガカムヤライド登場の可能性が高まったのでは、と勝手に期待しているところです。

 何はともあれ次回から新展開、再び共に旅することになったモンコとヤマトタケルですが、はたして二人の関係はかつてのように戻ることができるのか。ヤマトタケルが救われる日を祈りたいと思います。
(にしてもトレホ親方さぁ……)


 次号は表紙が『鬼役』、巻頭カラーが『真剣にシす』であります。


「コミック乱ツインズ」2023年9月号(リイド社) Amazon

関連記事
「コミック乱ツインズ」2023年1月号
「コミック乱ツインズ」2023年2月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2023年2月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2023年3月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2023年3月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2023年4月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2023年4月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2023年4月号(その三)
「コミック乱ツインズ」2023年5月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2023年5月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2023年5月号(その三)
「コミック乱ツインズ」2023年6月号
「コミック乱ツインズ」2023年7月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2023年7月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2023年8月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2023年8月号(その二)

|

2023.08.18

「コミック乱ツインズ」2023年9月号(その一)

 「コミック乱ツインズ」9月号は、表紙が久々登場の『そば屋幻庵』、巻頭カラーはついに最終回の『暁の犬』であります。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介します。

『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 というわけで巻頭カラーという最高の形で最終回を迎えた本作。前回丸々使って展開した、佐内にとっては最後の標的にして父の仇である坂東との決戦はなおも続き、今回も実に冒頭14ページにわたり台詞なしの激闘が繰り広げられることになります。

 佐内がこれまでの死闘で編み出した狼走の太刀をも超える真・二胴に対して、己の原点である富田流の霞返しを加味して挑んだ佐内の一撃の行方は……
 ここから先は何を書いてもネタバレとなってしまうのですが毒食らわば皿までの精神で書いてしまえば、ここから先の展開は、原作にはないオリジナル。いや、原作では描けなかった内容というべきでしょうか。

 その詳細はさすがにここでは伏せますが、物語展開はほぼ同一でありながらも、本作が原作とは異なるアナザーエンディングとなった理由――それは、作中で折りに触れて描かれてきた、佐内と周囲の人々の関係性によるものといってよいでしょう。

 剣客にとって、死合の場において頼れる者は己ただ一人。しかし実はそれだけではない、それだけでは生きていけない――本作の佐内は、刺客仲間や相良たち、そしておしまや満枝を通じて、それを学んできたといえます。そしてそれこそが、彼が無明の闇の中に一人消えることなく、暁を迎えることができた理由なのでしょう。

 歴史の流れの中においては、あくまでも佐内たちはただの走狗、名もない剣客に過ぎません。しかし彼はその流れに押し流されることなく、そこに己自身を見出すことができた――ラストの佐内の表情には、その尊さ、素晴らしいさが表れています。まさに大団円というべき、見事な結末であります。
(しかし突き詰めればアナザーエンディングのキーは相良ということに……)


『ビジャの女王』(森秀樹)
 モンゴル軍に奇襲をかけたはずが内通によって逆襲を受け、腹に深々と槍が突き刺さるという瀕死の重傷を負ってビジャに帰ったブブ。彼を救うためには手術しかありませんが、その技術を持つのは、まさに内通者であるジファルその人のみ……

 ジファルがブブを殺そうと思えば容易いこの状況下で、はたしてブブの運命は? という緊迫した状況から始まる今回。インド墨者の一人・モズを助手に執刀するジファルの行動は――と思いきや、意外にも真摯に施術に及び、ちょっと思いもよらぬ真実も明らかになって、希望の光が差し込みます。
 いやそれどころかモズの言葉(この人も大概呑気)に笑みを見せたりと、ジファルはほとんど二重人格者のような態度を示すではありませんか。

 そして一命を取り留め、ジイ(若い頃はなかなかのイケメン)から、ジファルの過去を聞くブブ。実はモンゴル軍に故郷を滅ぼされた亡国の王子だったジファルは、二十年前、わずか十歳の時に、同年代の供・イーブンのみを連れてビジャに亡命したというのですが――直前にイーブンの名を聞いたジファルがいきなり態度を硬化させたりと、何やら相当ワケありの様子です。
 というか気が早い予想で恐縮ですが、このイーブンに該当しそうな人物がここに一人いるわけですが――さて。


『江戸の不倫は死の香り』(山口譲司)
 江戸の不義密通を題材とした物語の第二話は、湯屋の主人・源助と妻のおしずを巡る物語。幼い頃にそば屋の店主・右衛門に引き取られて育てられ、源助に嫁いだおしずですが、実は彼女は右衛門と男女の関係。嫁いだ後も続くその関係を知らずにいた源助が、ついに真実を知ってしまった時……

 と、文書で書くとそれほどでもない今回ですが、釜を炊くおしずの元にやってきた右衛門が――というくだり(風呂に入っていた連中がそれに気付くシチュエーションも含めて)が実に生々しく、その後の周囲の厭なリアクションも含めて、何とも重いものが残る内容です。
(正直なところ、もう少し源助とおしずの姿を描いておいた方が、ラストのインパクトは強まったとは思いますが……)

 第一話は実話ベースであったのに対し、今回は色々と調べていたものの原話を見つけ出すことができず、どうも創作ではないかと思うのですが、いずれにせよ男女の間の生臭さは変わらず感じさせられる作品です。


 次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2023年9月号(リイド社) Amazon

関連記事
「コミック乱ツインズ」2023年1月号
「コミック乱ツインズ」2023年2月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2023年2月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2023年3月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2023年3月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2023年4月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2023年4月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2023年4月号(その三)
「コミック乱ツインズ」2023年5月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2023年5月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2023年5月号(その三)
「コミック乱ツインズ」2023年6月号
「コミック乱ツインズ」2023年7月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2023年7月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2023年8月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2023年8月号(その二)

|

2023.08.17

『アンデッドガール・マーダーファルス』 第7話「混戦遊戯」

 密閉された余罪の間に流れ込む水が引いた時、その場から消えていた金庫。状況が二転三転する中、ダイヤはルパンの手に渡るが、思いもよらぬ手段で鴉夜が逃げたルパンの居場所を突き止める。ルパンを追い詰める津軽だが、そこに屋敷に五人の怪人が乱入する。かくて屋敷の各所で、新たな戦いが……

 金庫がある「余罪の間」の鍵を内側から射撃して壊し、中に入れなくするという無茶苦茶な対策を取ったホームズに対し、ルパンは部屋に唯一ある空気取りの穴から水を流し込むという挙に出て――という展開から始まった今回。ロイズのエージェント、ファティマの矢によって水は抜けましたが、そこからさらにホームズとルパンの一進一退の攻防が繰り広げられ――と、この辺りは今回一回分をかけるくらいでじっくり描かれるのかと思いきや、かなり圧縮された印象です。

 特にホームズは、ルパンが変装した人物を捕らえての「諸君、アルセーヌ・ルパン君をご紹介しましょう!」の定番ムーブは実に良かったのですが、その後のルパンとのやりとりが削られたおかげで、名探偵の印象が薄くなったのが残念なところです。ルパンが<最後から二番目の夜>を奪取するくだりも、何故ルパンが在処を見抜くことができたかという説明がなかったので――原作では原典の名作をひきあいにした、ルパンの心憎い説明があったのですが――一方的に出し抜かれたように見えてしまうのが、ファンとしては残念です。

 もっとも、ホームズの代わりに(?)これまで後ろに下がっていた分、真打登場とばかりに活躍を見せるのは<鳥籠使い>。津軽の名調子による「釜泥」に合わせて明らかになった鴉夜の秘策(その直前の鴉夜の表情が描かれるのも楽しい)が炸裂し、まさに「首を突っ込んで」きた鴉夜によってさしものルパンもたじたじになるのは、本作ならではの楽しさでしょう。

 が、そこにロイズのエージェントが、さらに外部から五人の怪人が乱入して――と、ミステリから異能バトルに突入する形でまさに大混戦の後半戦に突入。
 津軽vsルパンvsレイノルド
 ファントムvsファティマ
 静句vsカーミラ
 ホームズ&ワトソンvsクロウリー
 バトル的にはまさにここからが本番、よくぞここまでとんでもない(というか混沌とした)対戦カードを――と唖然としますが、個人的に感心したのはファントムの描写です。

 これまでは普通に良い声という感じのファントムだったのですが、乱戦の中でフォッグ邸の倉庫という閉鎖空間でファティマと対峙した途端、声の深みといい響きといい、まさに「オペラ座の怪人」! と思わされるのには、ファンとして実に嬉しい。閉鎖空間で美女と対峙というのは、彼のために作られたステージだけに、この後の活躍にも期待したいと思います。

 また、ネットでの反響などを見ると、唯一(というわけではないですが)実在の人物なのに、いまいち知名度が低いのが悲しいクロウリーですが、劇中のイメージカットでオカルトファンにはお馴染みの、妙に美形な見下ろし写真を彷彿とさせるものがあったのはちょっと嬉しかったところではあります。
(指パッチンで大量虐殺というのは、全く関係ない作品を思い出す、というのはさておき……)


 何はともあれ、卍巴のバトルはここからが本番。ペース的に次回で「ダイヤ争奪編」はラストではないかと思いますが、もう少しじっくりやって欲しかった――とは思うものの、気が付けばもう話数的に折り返し地点を過ぎたと思えば仕方ないのかもしれません。
 クライマックス連発であろう次回も楽しみです。特にホームズの活躍が!


『アンデッドガール・マーダーファルス』Blu-ray BOX(Happinet) Amazon

関連記事
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第1話「鬼殺し」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第2話「吸血鬼」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第3話「不死と鬼」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第4話「真打登場」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第5話「倫敦の不死者」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第6話「怪盗と探偵」

青崎有吾『アンデッドガール・マーダーファルス 2』 名探偵対怪盗対超人対怪物団対怪物探偵

|

2023.08.16

9月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 今年の新刊紹介も、今回を入れてあと四回。残すところあとわずかですが、正直なところ来月は新刊点数自体もかなり少ない印象があります。だからというわけではありませんが、単行本の新刊も交えて紹介する9月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 というわけで本当に数の少ない新作ですが、文庫の方で一番の注目は、『無情の琵琶 戯作者喜三郎覚え書』(三好昌子 PHP文芸文庫)。京・芸術・妖・謎と、作者らしい作品のようです。
 そのほかシリーズものの新作としては、『隠密鑑定秘禄 三 下達』(上田秀人 徳間文庫)と『唐国の検屍乙女 水都の紅き花嫁』(小島環 講談社タイガ)が。後者は前作が見る人が見れば――だっただけに、どうなっているか気になります。

 また、復刊文庫化は、『鷹の城』(山本巧次 光文社文庫)と『二十面相 暁に死す』(辻真先 光文社文庫)がオススメ。『青天 包判官事件簿』(井上祐美子 中公文庫)は、先に復刊された『桃花源奇譚』に続いての登場です。


 一方、単行本の方は、数は少なくとも一騎当千という印象。作者久々の新刊である『風と雅の帝(仮)』(荒山徹 PHP研究所)は、タイトル的に――ですが、それだけに何が飛び出すかわかりません。
 また、『真田の具足師』(武川佑 PHP研究所)は、タイトルのとおり、具足師を主人公にしつつ真田を描くという趣向で、デビュー以来ユニークな戦国ものを描いてきた作者らしい作品になりそうです。
 そして『剣、花に殉ず』(木下昌輝 KADOKAWA)は、宮本武蔵最後の決闘相手という説もある雲林院弥四郎を描く物語。作者はこれまで二つの長編で宮本武蔵を描いてきましたが、そちらに連なる作品になるのか? 大いに気になります。

 もう一作、『百鬼園事件帖』(三上延 KADOKAWA)は、タイトルのとおりあの百鬼園先生を主人公としたミステリということで、これは期待せずにはいられません。


 さて、漫画の方はいつも通り時代順に挙げれば、『逃げ上手の若君』第12巻(松井優征 集英社ジャンプコミックス)、『新九郎、奔る!』第14巻(ゆうきまさみ 小学館ビッグコミックス〔スペシャル〕)、『青のミブロ』第10巻(安田剛士 講談社コミックス)、『ツワモノガタリ』第8巻(細川忠孝&山村竜也 講談社ヤンマガKCスペシャル)、『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第13巻(東直輝&山田風太郎ほか 講談社モーニングKC)という状況。
 数が少ない中で、半分以上の作品に顔を出している斎藤一は何者なのでしょう。

 そのほか、海外を舞台とした作品では『千年狐~干宝「捜神記」より~』第10巻(張六郎 KADOKAWAMFコミックスフラッパーシリーズ)、『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』第5巻(藤田和日郎 講談社モーニングKC)が楽しみなところです。


 と、数についてはネガティブなことばかり書いてしまった気がしますが、内容自体はかなり楽しみな作品が並ぶ9月であります。



|

2023.08.15

月村了衛『コルトM1847羽衣』

 現代を舞台とした骨太のアクションを得意とする作者ですが、時代小説の分野においてもユニークな作品を発表してます。本作はコルトM1847を背負った女渡世人が、失踪した想い人を追って渡った佐渡で、謎の邪教集団と対決するという、一大伝奇アクションであります。

 時は一八五二年、将来を誓い合った想い人・青峰信三郎を探して佐渡に現れた女渡世人・羽衣お炎。数年前に突如姿を消し、いかなる理由か無宿人の権三として金山送りになったという信三郎を追ってきたお炎ですが――しかし佐渡に上陸して早々、謎の一団の襲撃を受けることになります。

 多勢に無勢、窮地に陥ったかに見えるお炎ですが――そこで彼女が取り出したのは、コルトM1847ウォーカ。最新式のシングルアクションリボルバーの威力で、お炎は敵を薙ぎ払うのでした。
 かつて信三郎を探して諸国を旅する途中、長崎の豪商・四海屋の命を救ったのがきっかけで、その知遇を得たお炎。四海屋はお炎にアメリカから流れてきたガンマンを紹介し、彼を師に腕を磨いたお炎は、四海屋から譲られたコルトM1847を背に、佐渡に乗り込んできたのであります。

 佐渡で出会った元軽業師で手裏剣の達人であるおみんを乾分にして、探索を続けるお炎。そこで二人は、佐渡の人々の間で「オドロ様」なる謎の存在が崇められているのを、すぐに知ることになります。
 金山で働く者たちの間から始まったというオドロ様信仰――今では奉行所も手を出せぬほどの力を持つその正体を探る二人に迫る危機。弾も尽き、窮地に陥った彼女たちは、そこに駆けつけた四海屋の援軍――表に出せない荒事を扱う「玄人」衆に救われるのでした。

 そして彼らの助けで金山に潜入し、オドロ様の正体を知るお炎。驚くべき真実に衝撃を受けながらもオドロ様と対決する決意を固めた彼女は、オドロ様とその宮司を名乗る蝉麻呂、そして佐渡で暗躍する薩摩武士たちを相手に戦いを開始します。
 信三郎の行方は。オドロ様が起こすという奇跡の正体は。そしてオドロ様と蝉麻呂、そして薩摩武士たちは佐渡で何を企んでいるのか。驚くべき陰謀の正体を知ったお炎たちは、企てを阻むために決戦を挑むことに……


 本作の前に作者が「コルト」をタイトルに冠した「コルトM1851残月」――こちらは時代小説とコルトという取り合わせながら、ジャンル的にはノワールものというべき内容の作品でした。そのため、本作も初めは同様の趣向の作品かと思いましたが――いざ読んでみれば直球ど真ん中の時代伝奇活劇であったのには大いに驚き、かつ喜ばされました。

 姿を消した恋人、鉱山で進む陰謀、謎の邪教集団、大藩の暗躍等々、本作を構成するこれらは、正直なところ、オールドファッションな時代伝奇ものの題材という印象があります(特にオドロ様の「力」の源など)。
 しかし本作はそこに銃を――それも古色蒼然とした短筒などではなく、一尺三寸もの長さの最新式のコルトを――手にした女渡世人(しかも天女の二つ名の通り、白の被衣がトレードマーク!)を投入してみせたのが素晴らしい。

 かくてこれまでにないアクションと戦いを展開する本作は、見事に時代伝奇小説をアップデートさせてみせたといえるでしょう。


 しかし本作で見逃せないのは、敵も味方も、中心となるのが武士ではない、いやそれ以前にこの世の裏街道を行く者たちであることでしょう。

 渡世人のお炎はもちろんのこと、彼女の頼もしい助っ人となる玄人衆は、表の社会では生きられない者たち――人別もなく、金であらゆる仕事を請け負うアウトローです。
 一方、そんな彼女たちの敵(の一つ)であるオドロ様の信者たちの中心となるのは、金山に送り込まれた無宿者たち――まさしく日の当たらない場所で生きる者たちなのです。

 そんなある意味同族と、お炎は何故、何のために戦うのか――もちろん、世のため人のためという「ありきたりな」理由であろうはずがありません。そしてそれは、敵の中心人物である蝉麻呂、さらにはオドロ様がそれぞれ終盤に明かす痛切な想いとも、重なり合うものなのであります。

 そんな両者のぶつかり合いを描いてみせることによって、本作はド派手な活劇を描きつつも、そこに中にも深みを備えた物語として成立している――そう感じます。


 古典的な題材を用いつつも、派手なガンアクションと同時に、哀しくも熱いアウトローたちの意地の激突を描いた秀作であります。


『コルトM1847羽衣』(月村了衛 文春文庫) Amazon

|

2023.08.14

坂ノ睦『明治ココノコ』第5巻

 明治の世に復活した九尾の狐「たち」の戦いを描く物語も、この第五巻で完結を迎えることになります。ニゴリモノたちを操り、川路に深い恨みを抱く怪人・ナノラズと最後の決戦に挑むビャクと尾たちの戦いの行方は、ナノラズの正体とは、そして九尾の狐は真に復活するのか!?

 かつて天狐に封印されて明治の世に不完全な形で復活、川路利良配下の妖狐邏卒隊として、己を見失った物の怪――ニゴリモノと戦ってきた元九尾の狐のビャクと尻尾たち。
 浅草の漆黒の楼閣で周囲に災厄をばら撒いていた最後の尾・コクとの対決の末、ついに全ての尾を集めたビャクですが、コクの背後には、彼を使嗾していた真の敵――正体不明の「ナノラズ」というべき謎の怪人がいました。

 ビャクと川路が二人がかりでも敵わず、辛うじてその場から脱するのがやっとであったほどの力を持つナノラズ。何故か川路に深い恨みを持ち、公務で海外に向かうこととなった川路を付け狙うナノラズに対し、雷神の力を持つ助っ人・藤田五郎を加え、ビャクと八尾は迎え撃つための体制を固めるのでした。

 が、万全の体制で臨むかと思われたものの、敵に先手を打たれた形で異界「狭間」に引きずり込まれてしまった一行。敵の攻撃から川路を守るべく陣を固めたビャクたちの前には、ニゴリモノと化した恐るべき大物妖怪たちが現れます。
 さらに迫るナノラズに対し、その正体を暴くべく、それぞれの力を振り絞るビャクと尻尾たちの、最後の戦いが始まることに……


 かくてこの巻ほとんど一冊全てを使って描かれる、ナノラズとの決戦。その戦いの行方を左右する鍵であり、そして何よりも物語における最大の謎が、ナノラズの正体であることは言うまでもありません。

 ビャクをも上回る強大な力を持ちながらも、単純な物の怪でもニゴリモノでもない。川路利良に深い恨みを抱くことから、どうやら元は人間らしいと思われるナノラズ――このナノラズが一体何者なのかは初登場時から大いに気になったところですが、ここで描かれるこの正体は、こちらの個人的な予想とは全く異なるものでした。
 その予想の内容を語ってしまえば、そのままナノラズの正体を明かすことになるためにここでは伏せますが――その正体は「えっ」と少々驚かされると同時に、「なるほど……」と納得させられるものであったのは間違いありません。

 そしてその正体を見れば、ナノラズもまた、これまで物語で描かれてきたニゴリモノたちと同様の――明治という新たな時代が巻き起こしたうねりの中に巻き込まれ、苦しんだ末に己を見失った存在であったと感じさせられます。そして一歩間違えれば、ビャクもまたそうなりかねないものであったとも。

 しかしビャクはニゴリモノになることはなく、そしてその一方で、過去の己と同一の存在に戻ることもなく、新たな道を選ぶことになります。その結末は、これまでこの物語で描かれてきたものがあってこそなのでしょう。
 正直なところ、これまでの妖目線から描かれてきた物語には違和感を感じないでもなかったのですが――結末に至り、(ナノラズとの対決を通じて)ビャクにようやく共感できるようになったと感じます。

 せっかく登場した斎藤の出番が少なかったのは少々残念ですが、彼はこの先も続く、人間と妖の繋がりを引き継ぐ役目なのでしょう。そう、この先も妖は滅びることなく在り続けていく――そんな本作の結末は、大きな希望に満ちたものと言うべきなのかもしれません。


『明治ココノコ』第5巻(坂ノ睦 小学館ゲッサン少年サンデーコミックス) 


関連記事
坂ノ睦『明治ココノコ』第1巻 明治の物の怪と対峙するもの、その名は……
坂ノ睦『明治ココノコ』第2巻 尾をなくした九尾狐とニゴリモノの間にあるもの
坂ノ睦『明治ココノコ』第3巻 突入、黒き楼閣 激突、黒白の狐
坂ノ睦『明治ココノコ』第4巻 崩れゆく漆黒の楼閣!! そして新たなる架け橋の男!?

|

2023.08.13

『るろうに剣心』 第六話「黒笠」

 元維新志士たちを次々と惨殺している剣客・鵜堂刃衛。署長の依頼で、剣心と左之助は、刃衛に斬奸状を送りつけられた要人を警護することになる。予告どおり現れた刃衛を撃退した剣心だが、刃衛は次の標的として剣心を選ぶ。周囲に迷惑をかけないように道場を出る剣心だが、薫は彼を追ってきて……

 今回から鵜堂刃衛編に突入したアニメ版。これまでは剣心の敵が地回りや横暴な役人くらいだったのに対して、いよいよ登場した幕末超人の生き残り第一号、実写映画版第一作ではラスボス役を担った大敵であります。ビジュアル的には色々と突っ込まれるガン――じゃなくて刃衛ですが、今回はほとんど変更なし、漫画『キネマ版』での猟奇的アレンジもなしで、至極真っ当な(?)強敵としての佇まいであります。

 さて今回も原作からほとんど変わらない内容となっていますが、前半部分は、刃衛に狙われたいかにもダメそうな高官を剣心と左之助が警護(二日連続で予告状の時間待ちをする八代拓)するくだりですが――高官が雇った用心棒たちの中に、金太郎の腹掛けをしている奴がいるのまで原作通り。しかし原作では一コマで処理されていた刃衛が用心棒たちを撫で斬りにするシーンが、きちんと描かれていたのは、これはこのアニメ版らしいところというべきかもしれません。
(何だか軽めのヌメッとした動きだったのは狙ったのかわかりませんが、それはそれでらしい)

 この刃衛の使うのは、オールド時代伝奇ファンには嬉しい二階堂平法「心の一方」(なにげに、「心の一方」の知名度を上げたりは――してないですかね)。作中の描写が、「史実」とほとんど変わらないという、世界の怪剣・奇剣の筆頭ですが、しかし本作では達人クラスであれば防御・解除可能の扱い。後で剣心が語る刃衛の過去話を聞くとやっぱり幕末の京は人外魔境だと改めて思わされるのですが、当時の新選組から逃げ切ったのはお見事と思うものの、心の一方では(この手のデバフには耐性高そうだとはいえ)左之助も初見で完全には動きを封じられなかったところを見ると、相手と運が良かったのかな――と失礼なことを思わないでもありません。
(というか十年間野放しにするな藤田五郎)

 とはいえ、こういうタイプはしつこいのが定番、刃衛もターゲットを剣心に切り替えて――というわけで、後半で剣心は、刃衛を誘き出すために神谷道場を出て河原に移る(増水した川に落とされたら助からない――などという用心をしている剣心には、さすがは実戦派と妙に感心させられます)のですが、ここで印象に残るのは、なんといっても薫の言動でしょう。

 剣心が道場に帰らず河原に行ってしまったと知り、そのまままた旅に出てしまうかもしれないと涙ながらに飛び出していったり、河原で剣心を見つけるも帰れと説得されると、自分の一番お気に入りのリボンを剣心に押し付けたり――特に後者は何度見ても無茶苦茶な言動なのですが、今見てみると一周回ってこれはこれでリアルに感じられるのが面白いところです。
 普段は明るく振る舞っていても、やはり剣心と自分の住む(住んでいた)世界が違いすぎていることを気にしていたのだな――と感じさせられるところに、それを自分のお気に入りの品(しかも相手には全く関係ない)で繋ぎ止めようという一種の幼さに、どこか切なさを感じさせる薫。そんな彼女を笑顔で受け止める剣心や、仕方ねえなあと笑って見送る左之助は、大人だなあ、とも感じさせられます。
(しかし元妻帯者で28歳の剣心はともかく、19歳の左之助は――まあ、維新の生き残りではあるので)

 が、この何とも初々しいやり取りの直後、いきなり小舟で薫を掻っ攫って去っていく(増水した川の流れの伏線がここで!)刃衛は、これも原作通りなのですが、動きがつくと妙に面白いのがちょっと困ってしまうところ。河原ワラワラと(言ってません)現れて「見たぞ見たぞ抜刀斎!!」と言い放つ刃衛は、ラブコメのキャラのようなノリであります。まあ、その直前のシーンを見るに間違えてはいないのですが……
 「この小娘お前の女と見た!!」と、ダメ押しするような刃衛の台詞が妙に頭に残るヒキで続きます。


『るろうに剣心』2(Blu-rayソフト アニプレックス) Amazon

関連サイト
公式サイト

関連記事
『るろうに剣心』 第一話「剣心・緋村抜刀斎」
『るろうに剣心』 第二話「東京府士族・明神弥彦」
『るろうに剣心』 第三話「活心流・再始動」
『るろうに剣心』 第四話「喧嘩の男・相楽左之助」/第五話「そして仲間がまた一人」

|

2023.08.12

清音圭『化け狐の忠心』第1巻

 人間と異類のロマンスは古今を問わず多くの人々を惹きつけるものですが、本作もその一つ。戦国時代のとある国を舞台に、生真面目でお人好しな若武者と、人間に恨みを持つ強大な化け狐の間に、ちょっと変わったドラマが生まれることになります。はたして化け狐が抱くのは忠心か恋心か……

 時は戦国、とある城の落城の混乱の中で、封印から解き放たれた化け狐の玉藻。かつて人間に一族を滅ぼされ、その恨みから数々の国を傾けてきた彼女は、解放されたのをこれ幸いと、再び暴れ回ろうとするのですが――しかしそんな玉藻の前に現れた若武者・梅多直澄は、彼女を戦に巻き込まれた不幸な女性と信じ込むと、彼女を自分の城に連れ帰って住まわせるのでした。

 ひとまず、直澄の近くで周囲の目から隠れて――と考える玉藻ですが、愚直なまでに清廉で生真面目な直澄は、実の父や継母をはじめとする人々に疎まれ、密かに命を狙われる身の上でした。それを知った玉藻は、全く周囲を疑おうとしない直澄を守ろうと奔走するのですが……


 という基本設定の本作は、戦国時代のとある国を舞台としたファンタジー色の強い作品。人間の男性と狐の女性というのは、これはもう一千年以上前からの定番(?)ですが、本作の面白いところは、(今のところ)男性=直澄の方が、全く女性=玉藻が狐であると気付いていないところでしょう。
 ラブコメで、片方が度を超した鈍感で、相手の想いに気付かないというのは定番展開ですが、本作はそれに相手の想いだけでなく、正体までも気付かないという、二つのシチュエーションを重ね合わせているのが、何とも楽しく、切ないところです。

 想いを知られれば相手に拒まれるかもしれないどころか、正体を知られたら確実に相手に拒まれる――恋する相手に自分のことを知ってほしいというのは極めて自然な想いですが、それが叶わない、というよりその時が別れの時というのは、実に悩ましいところであります。

 もっとも、本作のさらに面白いところは、(少なくとも初めは)玉藻の側も直澄に恋心を抱いているわけではない点でしょう。というより、自分の食い物のはずがどうにも危なっかしい相手を、他の連中に取られぬように世話を焼いているうちに、どうにも気になるようになって――という、これも人間と異類の関係性では定番ではありますが、やはり良いものは良いというほかありません。

 そんな何ともくすぐったくも尊い、忠心と恋心のせめぎ合いが、本作の最大の魅力というべきでしょう。


 しかし、ただでさえその立場が危うい直澄の傍らに、化け狐がいるということが明らかになれば――直澄がその事実を知るか知らぬかを問わず――大問題であることは間違いありません。
 そんな危なっかしい状況の中で、また別の意味で危なっかしい二人の関係はどうなってしまうのか――鈍感美青年武士とツンデレ化け狐の行く末を見守りたくなってしまう物語であります。


『化け狐の忠心』第1巻(清音圭 白泉社花とゆめコミックス) Amazon

|

2023.08.11

『アンデッドガール・マーダーファルス』 第6話「怪盗と探偵」

 大胆不敵にもホームズに変装してベーカー街に現れ本人と言葉を交わすルパン。その帰路、ルパンは<鳥籠使い>一行と遭遇、格闘で津軽をKOして姿を消すのだった。そして予告時間が近づき、フォッグ邸でそれぞれ配置につく探偵たち。思わぬ方法で「鍵」を封じるホームズだが、ルパンの打った手は……

 タイトル通り、ルパンとホームズ――特にルパンが主役といってもよい姿を見せる今回。二人とも有名人だけに、前回顔を見せられただけでもう色々と納得してしまっていましたが、本作における二人の姿が、ここでより詳しく描かれることになります。

 特に冒頭のシーン――ベーカー街に訪ねてきたワトスンに気づかれることなく、堂々とホームズとして応対するルパンは(これはファンの欲「耳」ではないと思いますが)本当に微妙に喋りを若っぽくする芸の細かさで、変装の名人ぶりをアピールするのがたまりません(そこで変装を見破るのがマイクロフトというのもうれしい)
 そして続く二人の出会いは、ついにルパンが(エルロック・ショルメではなく)本物のホームズと対峙、しかもホームズのホームグラウンドであるロンドンで――と、ファン以外はよくわからない感慨を抱かせる、らしさ横溢の名場面。もうこれだけで今回の元は取った(?)という気分になりますが、しかし紳士的にその場は別れたものの、後で振り返ってみると、既にこの時点で二人の戦いが始まっていた――というのもまたグッとくるところであります。

 しかしルパンの活躍はこれで終わらず、「鳥」違いという津軽の小咄みたいな展開で行方不明になった鴉夜を追う騒動(鴉夜のあのシーンはアニメでどう描くかと思いきや、なるほどこういう演出にするのね、と納得)にそうとは知らず加わった末に、津軽と対決することに――なるのですが、ここでビー玉を用いた謎のアクションを見せるルパンが面白い。
 正直なところ、ここまでくると技というより異能というビジュアルになってしまっていますし、津軽と正面から打ち合うのはやりすぎ感がありますが、しかしルパンが単なる気障な変装野郎ではないと、ここではっきりと示しておくのは意味があることでしょう。尤も、ルパンのキラキラアッパー(で絵に描いたようなダウンを喫した津軽も、まだまだ本気を出しているとは思えないわけですが……

 そんなわけで、もうここまででも満足してしまいそうな場面の連続なのですが、物語の本筋はこれから。予告の時間にフォッグ邸に集まる探偵たちと警備陣に、あのガニマール警部まで加わり、問題の金庫が置かれた余罪の間には、フォッグ氏とパスパルトゥー、ホームズとワトスン、レストレード、ガニマールが詰めて――と、定番の展開ではありますが、やはり盛り上がります。
 ところがそこで定番ではないとんでもないことを(しかしきっちりと伏線は張った上で)仕出かすのがホームズという人物。ガニマール以外は完全にあたおかな人を見る視線でホームズを見る中、ついに訪れた予告時間に起きたのは――これはルパンというよりむしろ二十面相なのでは、という気がしないでもありませんが、いきなりホームズは敗北、そして<鳥籠使い>は見当違いな場所に――と、いきなり探偵サイド敗北か!? という絵に描いたようなクリフハンガーで次回に続きます。


 と、普通に紹介してしまいましたが、原作と読み比べてみると、今回もディテールはかなり省いていることに気付かされますが――気付かされますというのは、あくまでも本筋自体は原作に忠実に、省いても通じる部分はバッサリとやっているために、ほとんど違和感を感じないからにほかなりません。
 細かいことを言えば、シャーロキアンであればニッコリだったワトスンの「ノーバリ」がカットされたり、上で触れたルパンvs津軽のルパンならではのアクションが改変されていたり、終盤のクライマックス直前に警官を襲撃するファントムのくだりがカットされていたりするのですが――しかしその分、物語がテンポ良く、情報過多にならずに展開しているのは、やはりこのアニメ版ならではの長所だと、改めて感じた次第です。

(しかしこのアレンジのおかげで、津軽戦でのファントムの行動が、原作に比べるとルパンと異常に息が合って見えるのが面白い……)


『アンデッドガール・マーダーファルス』Blu-ray BOX(Happinet) Amazon

関連記事
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第1話「鬼殺し」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第2話「吸血鬼」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第3話「不死と鬼」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第4話「真打登場」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第5話「倫敦の不死者」

青崎有吾『アンデッドガール・マーダーファルス 2』 名探偵対怪盗対超人対怪物団対怪物探偵

|

2023.08.10

真じろう『剣仙鏢局 ケンセンヒョウキョク』第3巻

 鏢局に命を救われ、自らも鏢師となった亡国の王子・セツカの冒険譚の完結編であります。祖国を滅ぼしたレン国の覇業に対する周辺国の反抗もいよいよ激しくなる中、許嫁であったシラハが政略結婚させられることを知ったセツカは、鏢局の仲間たちと奪還に臨むのですが……

 幼なじみのレン国の王子・スイレンによって瞬く間に祖国・ジャン国を滅ぼされ、コクヨウ率いる花乱鏢局によって救出されたセツカ。いつかスイレンの掌中にあるシラハを救うため、セツカは鏢局に加わり、鏢師として成長していくことになります。

 そんな中、かつてジャン国の軍師であったカオラオの故郷へ、荷を運ぶ依頼を受けた鏢局。その任務に加わったセツカは、武林を追放された達人たち・爪甲山北斗七星のうち二人の襲撃を受けることになります。
 実は荷の中身を偽り、レン国に抵抗するための新兵器を運ぼうとしていたカオラオ。偽られたことに憤りながらも、セツカたちは任務を全うするために、実力で遙かに勝る北斗七星に挑むことに……

 という前巻からのエピソードから始まるこの最終巻。一見鏢局としての仕事を描く単独エピソードのようですが――しかしその背景となるのはレン国の覇業と周辺国の反抗であり、そして妨害する相手はコクヨウとは因縁の宿敵である蛇牙鉄屍率いる北斗七星と、物語の縦糸と深く関わる内容であります。

 江湖に暮らす人々を結ぶ稼業である鏢局と、国々の興亡は一見無関係に見えます。しかし日々の生活と政治が切っても切れない関係にあるように、両者の繋がりは決して無視できるものではありません。そしてその繋がりを象徴する存在であるセツカを通じて、物語はクライマックスに向かって突き進んでいくことになります。

 セツカたちが運んだ武器によるカオラオたちの反抗と連携して、レン国に激しく抵抗するラカン国。そのラカン国からの婚儀の求めに、スイレンはシラハを送り出すことになります。シラハがラカン国の将軍と政略結婚する――その報を聞き、セツカはコクヨウたちに、シラハを「運び出す」よう依頼し、コクヨウもそれを受けるのでした。

 そしてラカン国に向かうシラハの一行が宿を取る天狼客桟に、奇想天外な罠を仕掛けるコクヨウたち。しかしラカン国がシラハの輿入れを望むのに裏があることを知ったスイレンは、蛇牙鉄屍以下北斗七星を送り込んでいたのであります。
 かくて天狼客桟を舞台に、シラハ奪還作戦と花乱鏢局vs北斗七星の総力戦が展開することに……


 先に触れたように、スイレンの下に残されたシラハを救い出すことを目的に、鏢師となったセツカ。そのことを考えれば、本作全体のクライマックスとして、シラハ奪還を持ってくるのは当然というべきでしょう。
 それだけでなく、実はシラハの身には秘密が隠されており、そしてそれこそはコクヨウと蛇牙鉄屍の深い因縁に繋がりが――という形で、コクヨウたちに仕事以上の戦う理由(と見せ場)を与えているのも巧みなところであります。

 さらにシラハの婚儀の相手にも、セツカとは――ある意味この物語の根源に繋がる――因縁があったりと、幾重にも張り巡らされた糸が絡み合い、結びついたクライマックスの盛り上がりは素晴らしいもので、この辺りは原作者の力量というものだろうと、感嘆した次第です。
(北斗七星の面々も、全て描かれたわけではないにせよ、それぞれにはぐれ者となった理由があり、単純な悪役ではないように設定されているのもまた唸らされます)


 というわけで大いに盛り上がるこのクライマックスですが、やはり一巻(といっても分量的には実は二巻分近くあるのですが)で終わるというのは、少々、いやかなり惜しいという印象は否めません。
 もう少しだけ達人同士の武功のぶつかり合いを見ていたかった、という思いがあるのはもちろんですが、結局のところ、セツカとスイレンのドラマがほとんどニアミス状態のままで終わってしまったのは、やはり残念ではあります。

 もちろん、結末でセツカが至った境地は、彼が既にこのドラマに一つの回答を得ているのを示すものではあるのですが――おそらくは本作が架空世界を舞台にしている最大の理由である――スイレンの行動、スイレンの想いと、彼が直接対峙するところを見たかった、と感じます。

 鏢局という、武侠ものではお馴染みの、しかし一般には知られていない題材を扱った作品だけに、もう少し長く読んで見たかったというのも、正直な想いなのです。


『剣仙鏢局 ケンセンヒョウキョク』第3巻(真じろう&深見真 スクウェア・エニックスビッグガンガンコミックス) Amazon

関連記事
真じろう『剣仙鏢局 ケンセンヒョウキョク』第1巻 大陸を駆けるプロフェッショナル見参
真じろう『剣仙鏢局 ケンセンヒョウキョク』第2巻 亡国の王子が知る鏢局の存在意義

|

2023.08.09

モコ『化け絵 石燕妖怪噺』第1巻

 江戸時代の妖怪画といえば、まず真っ先に名前が挙がる鳥山石燕。本作は飛頭蛮の女性と暮らす老境の石燕が、様々な妖怪と出会いながら、その姿を絵に残していく、ユニークな連作漫画であります。

 江戸時代は妖怪という存在が一種のキャラクター化され、現代に通じる姿が確立していった時代と言えますが、その中で大きな役割を果たしたのが、絵師たちによるビジュアライゼーションであったといえます。そしてそんな妖怪絵師の筆頭に挙げるべきが、鳥山石燕であることは間違いないでしょう。

 市井に暮らして絵を生業とする狩野派の絵師(いわゆる町狩野)である石燕は十八世紀の中盤から後半にかけて活躍、当時の浮世絵界で大きな地位を占めるとともに、俳諧など他ジャンルとも積極的に交わった人物ですが――現在最も知られるのは、やはりその妖怪画においてでしょう。
 『画図百鬼夜行』『今昔画図続百鬼』『今昔百鬼拾遺』『百器徒然袋』の四作品に描かれた様々な妖怪たちは、恐ろしさだけでなく、微笑ましさや洒落っ気もある存在で、水木しげるにも大きな影響を与えたことを考えれば、後世の妖怪像を確立した一人といえるのではないでしょうか。

 そんな石燕だけに、フィクションの世界に登場する時は、かなりの高確率で、実際に妖怪を目撃していた、触れ合っていた――と描かれることになるのですが、本作もまたそうした作品の一つであります。

 ある月夜の晩、吉原で一夜を過ごした遊女・お遊が、夜になると首が伸びて寝床を抜け出す飛頭蛮(ろくろ首)であると知った石燕。お遊の境遇を知った石燕は、彼女を身請けして、共に暮らすことに――という基本設定で、以後石燕とお遊の前に次々と姿を現す妖怪たちとの交流が描かれることになります。
 面白いのは本作の石燕は既に老境に入っていることですが――史実では石燕が上に挙げた妖怪画を発表したのは六十代半ば、そんな年齢で石燕が妖怪を描くようになったのは、その時期から妖怪と出会うようになったからだ、というのは、なかなかに面白い解釈といえるでしょう。


 さて、そんな本作に登場する妖怪たちはといえば、冒頭の飛頭蛮に続いて、河童、人面樹、天井嘗、幽谷響、影女、蜃気楼、人魚、おとろし、毛倡妓、犬神・白児、人魂、天狗、古庫裏婆、鬼一口と――有名なものからそうでないものまで(もちろん石燕の妖怪画ファンには有名なものばかりですが)様々。
 正直なところ、一話8ページという分量のため、内容的にはかなりあっさり目ではあるのですが、時におかしく、時に恐ろしく、時に艶っぽく描かれる物語は、バラエティ豊かでなかなかに楽しめます。

 何よりも、物語の基調にあるのが石燕とお遊の仲睦まじい姿というのが、本作の印象を大きく陽性のものにしているといえるでしょう。


 先に触れたように、石燕の妖怪画は全四作、そこに収録された妖怪の数は二百を超えます。また、この巻では北川豊章(後の喜多川歌麿。ちなみに石燕が歌麿の師であるのは史実であります)がゲスト出演していますが、史実では石燕の周りにはまだまだ面白い人物がいます。
 この先何が描かれるのか、何を描くのか、楽しみにしたいと思います。


『化け絵 石燕妖怪噺』第1巻(モコ 講談社モーニングコミックス) Amazon

|

2023.08.08

平松伸二『大江戸ブラック・エンジェルズ』第4巻

 江戸の黒い天使たちの物語も快調に巻を重ねて第四巻。この巻で主役を張るのは、あの松田であります。火事が頻発する中、材木問屋・木曽屋の娘・お美世に惚れられた松田。しかし彼は木曽屋の陰に潜む無惨な因縁の存在を知ることになって――と、一巻丸々使っての「木曽屋炎上篇」が展開します。

 浮世絵師になるために葛飾村から出てきたものの、まだまだ絵だけでは食べていけず、その怪力を活かして木曽屋の人足として働いていた松田。そんな中、江戸で最近頻発する火事がまたも発生、雪士たちの住む長屋に迫ったことから、松田は雪士のもとに急ぐことになります。
 雪士たちは無事であったものの、火事の勢いは衰えない状況を見るに見かねた松田は、屋根から落ちた南の壱組の纏持ち・精児から纏を奪い取り、八面六臂の大暴れで火事を止めるのでした。

 もちろん面子を潰されて黙っていられないのは精児たち火消したち。もちろん彼らが集団で襲いかかってこようと松田に敵うはずもありませんが、しまし松田は面子を潰してすまなかったと土下座して詫びを入れ、かえって精児に惚れ込まれてしまうのでした。
 いや、惚れ込んだのは彼だけではありません。木曽屋の娘・お美世も松田にベタ惚れ、実はとんだ色狂いだった彼女は松田に迫りますが――松田が相手にするはずがありません。

 そんな騒動の中で、頻発する火事と木曽屋の間に、黒い繋がりがあると偶然知ってしまった松田。さらに木曽屋とお美世には、意外な過去の因縁が……


 というわけで完全にこのエピソードの主人公である松田。いよいよここでも松田が物語を乗っ取りにきたか――と警戒してしまいますが、しかしこれは、前巻で奉行所の拷問を受けた雪士の傷がまだ治っていないという理由があることは間違いありません。
 ひねくれた見方は置いておくとして、ここでの松田は――特に精児たち火消し相手に見せた態度は――確かに男の中の男としか言いようがないもので、どうしても陰性のキャラである雪士では、なるほどこのドラマは描けなかった、と感心させられます。

 さて、物語の方は、頻発する火事とそこで荒稼ぎする材木問屋――というシチュエーションをみれば展開は大体予想できますし、確かにその通りの内容ではあるのですが、しかしその木曽屋側のドラマを、松田側のそれ以上に丹念に、そして幾つもの捻りを加えて描いているのが印象に残ります。
 血塗られた過去を持ちながらも、今は静かに生きようとする木曽屋。その過去を引きずって生きる息子の秀蔵。二人とは悪因縁としか言いようのない縁で結びついた美世。秀蔵はともかく、他の二人は、悪人と呼ぶのは容易いようでいて、しかしどこか躊躇われてしまう――そんな彼女たちを単純に断罪して終わりとはならないドラマ展開には、正直なところ驚かされました。

 そしてクライマックス――そんな木曽屋一家と松田の運命が、炎が竜のように荒れ狂う火事場で交錯する場面はまさしく圧巻で、「秘密兵器」で炎の竜に真っ正面から立ち向かう松田の姿は、全てが規格外のこの男らしい名場面というべきでしょう。
(しかし松田には事前に何も言わず、兄貴なら扱える! と、この無茶苦茶な秘密兵器を用意してしまう精児は精児で、ヤバい奴としか……)

 もう一つ、雪士や松田に疑いを抱き、マークしてきた火盗改めの冴島とその手下の存在も、松田たちへの一種のカウンターとしてドラマを引き締めているのも巧みなところであって――総じて、本家以上にドラマ面の充実を感じる今回のエピソードには、舞台を江戸時代に移したというだけでは終わらない、ベテランの凄みを見た思いであります。


 それにしても精児、髪型的には飛鳥だったので、花札を飛ばす殺し技を使うのでは、と(タイミング的に)ヒヤヒヤさせられましたが、幸いそんなことはなかった……


『大江戸ブラック・エンジェルズ』第4巻(平松伸二 リイド社SPコミックス) Amazon

関連記事
平松伸二『大江戸ブラック・エンジェルズ』第1巻 黒い天使、江戸に現る!
平松伸二『大江戸ブラック・エンジェルズ』第2巻 豪腕! 帰ってきた(?)あの男
平松伸二『大江戸ブラック・エンジェルズ』第3巻 黒き絶望! 雪士、最大の危機と悲劇

|

2023.08.07

『るろうに剣心』 第四話「喧嘩の男・相楽左之助」/第五話「そして仲間がまた一人」

 アニメ『るろうに剣心』の第四話・第五話は、喧嘩屋・相良左之助登場編。故あって二話まとめて紹介します。

 第3話のラストで菱万愚連隊を叩きのめしてついに登場の左之助ですが、声優の演技にはまずは違和感なし。二日連続(勝手に連続にするな)の明治ステゴロキャラですが、こちらは相変わらずストレートすぎるくらいにストレートな熱血漢ぶりであります。
 しかし喧嘩の前にわざわざ京都まで行って抜刀斎のことを調べてみるというのは、ちょっと意外なくらいの用意周到さで、今になって観るとこの時が一番クレバーだったのでは――と思わないでもありません。
(もっともこの展開が、後述する薫の台詞に繋がるわけですが)

 それはさておき、第4話の方は正直なところほとんど原作そのままで、期待通りに愉快だった比留間弟(高木渉がはまり役)の左之助の真似が一番印象に残ったくらいだったのですが、第5話はかなり左之助の回想シーンに力を入れ、描写を膨らませていたのが好感が持てます。
 少年時代の左之助と共に、後世に爆弾テロリスト(というか爆弾開発者)として名を馳せることになる少年時代の月岡津南が登場するのも良いのですが、それ以上に、東山道を行く赤報隊の姿を描いているのが面白いところではあります。冷静に考えてみると原作ではいきなり登場して、解説で説明される形となった赤報隊ですが、大半の読者には馴染みがなかったであろうことを考えると、このアニメでは(やはりナレーションで解説されるとはいえ)その前に描写を膨らましておくのは適切でしょう。特に、地元民に歓迎される姿は、その後との対比との意味でも……

 そしてさらに印象深いのは、左之助との会話で追加された、(原作ではここから回想がスタートした)左之助との会話での相楽総三の言葉でしょう。眼下に見下ろす村から、食事の支度の煙が上がっているのを見て「くべる薪があり、口にする食事があるということだ」「俺はこれまで、火の立たぬ村を幾つも見てきた」と語り、無邪気にこの先のことを語る左之助に「赤報隊の未来も安泰だな」と笑顔で告げる――いずれも分量的にはわずかではありますが、本作における相楽総三と赤報隊の姿に、厚みを増す描写であることは間違いないでしょう。

 実のところ、現在ではかつての――それこそ原作が発表された頃の――ように、相楽総三と赤報隊を悲劇の主人公としてのみ受け止めるのは難しい状況にあります。それでもなお、幕末と明治という時代を描く本作において左之助というキャラクターの行動原理を描く上で、「本作における」相楽総三と赤報隊の存在を丹念に描くことは、不可欠であることは言うまでもありません。
(意地悪なことを言ってしまえば、真実がどうであれ、左之助の中で相楽総三と赤報隊の最期をどう受け止めているかが重要であるわけで……)

 そして、維新志士の一人である抜刀斎という過去を背負っている剣心と、「ニセ官軍」である赤報隊という過去を背負っている左之助と――そんな一種の代理戦争の様相を呈した戦いを止める一因になったのが、左之助の「情報収集」が過去に対するものでしかないことを突いた薫の言葉であったのは、こうしてみればなるほど、と納得させられます。

 何はともあれ、個人的には思い入れのあるエピソードを、描写を膨らませつつ描いてくれたのは評価できるのですが――ここに来てこの二話で一気にアニメのクオリティ的に息切れした印象があるのは残念ではあります。特に第五話で、比留間弟が薫と弥彦に襲いかかるシーンは、さすがにいかがなものか、と思います。
(その直後、「土龍閃」がなくなったのは、リアリティレベルの問題なのか何なのか、これはこれで気になるところですが……)

 もう一つ、これはクオリティ云々とは関係ないのですが、第五話のラストシーンで原作にあったギャグっぽい描写が幾つかカットされていたのは、これはこういう路線でいくということなのでしょうか――それはそれでよいのですが。


 そしてCパートでは鵜堂刃衛が登場。声が杉田智和というのはだいぶ若返ったというかなんというかですが、初の「強い悪役」の登場というところで、期待したいと思います。


『るろうに剣心』1(Blu-rayソフト アニプレックス) Amazon

関連サイト
公式サイト

関連記事
『るろうに剣心』 第一話「剣心・緋村抜刀斎」
『るろうに剣心』 第二話「東京府士族・明神弥彦」
『るろうに剣心』 第三話「活心流・再始動」

|

2023.08.06

『アンデッドガール・マーダーファルス』 第5話「倫敦の不死者」

 仇敵の手がかりを追ってロンドンを訪れた〈鳥籠使い〉一行は、怪盗ルパンが狙う人造ダイヤ「最後から二番目の夜」を守りたいという大富豪フォッグ氏から依頼を受ける。厳重な警備に守られたフォッグ邸には、彼らの他に名探偵ホームズ、さらにロイズのエージェントたちまでもが現れるが……

 いよいよ今回からアニメ版第二章というべき「ダイヤ争奪編」に突入。原作では第二巻に当たりますが、とにかく敵も味方も多士済々、夢のクロスオーバーの連続で、個人的には「本編」といいたくなってしまうエピソードだけに、期待は膨らみます。
 その初回となる今回は、キャラクターと舞台の紹介編というべき内容で、物語的にはプロローグといった印象ですが、とにかく豪華すぎるキャラクターを見ているだけで満腹になります。

 なにしろ、「敵」となるのは怪盗紳士アルセーヌ・ルパン(「怪物」級の存在だからと〈鳥籠使い〉が駆り出されるのも納得)とオペラ座の怪人、ライバル役としてシャーロック・ホームズとワトスンというだけでニッコリですが、脇を固めるのが『八十日間世界一周』のフィリアス・フォッグとパスパルトゥーというのも嬉しい。さらに今回の時点ではまだ顔見せですが、そこに「教授」とジャック、カーミラにクロウリー、人造人間が加わり(さらに本作オリジナルのロイズ保険機構のエージェントもいますが、この中では色々な意味で分が悪すぎる)、あの主役トリオもうかうかしていられないような濃すぎる面子であります。
 さらに嬉しいのは、この綺羅星の中でも中核と言うべきホームズを三木眞一郎(『エレメンタリー』を思い出しますな)、ルパンを宮野真守と、芸達者が演じていることで――落ち着いた中にも鋭利さと尊大さを感じさせるホームズ、気障で才気煥発な若きルパンと、それぞれ口を開いて一言話すだけで、キャラクターのイメージのど真ん中を行く存在感で、それぞれが主役の作品を観たい! と思わされるほどであります。

 さて、内容の方はといえば、さすがにこれだけの面子をまとめるためか、本筋はきっちりと踏まえながらも、かなり細部はばっさりと剪定した印象があります。会話劇が楽しい本作だけに、細かい台詞がカットされているのは少々残念――というよりむしろ勿体無いところですが、まあ放っておくと津軽が延々とボケ倒すので仕方ないといえば仕方ないのでしょう。
 個人的には冒頭のホームズ&ワトスン組の「えっ、この二人、滅茶苦茶武闘派……」という、「この世界」を感じさせるバトルシーンが丸々カットされたのは残念ですが、それは後のお楽しみということなのでしょう(その後の護送車の中のシーンは、むしろアニメの方がテンポが良くて好きかもしれません)。もう一つ冒頭で、ルパンとファントムが会話している場所が、エギュイ・クルーズといいつつ船の上だったのには、意味がわかるまでしばらくかかりましたが……(地口とは津軽か!)

 ちなみにこの第五話で大体原作の内容の五分の一といったところですが、さて全体でどのくらいのペースで描いてくれるのか――そして何よりも、この先も見せ場だらけの物語をどのように捌き、魅せてくれるのか。これまででアニメの内容にはほとんど不安はないので、頭脳戦も肉弾戦もパンパンに詰め込まれた物語の先行きを、ただただ期待して待ちたいと思います。


 しかしアニメではサラリと流されましたが、冒頭で教授たちの居所を知るために鴉夜たちはステッキ屋から顧客名簿を盗み出しているわけで、時と場合によっては簡単に泥棒側にも回る探偵というのは、混沌とした本作の主役にはやはり相応しいのかもしれません。


『アンデッドガール・マーダーファルス』Blu-ray BOX(Happinet) Amazon

関連記事
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第1話「鬼殺し」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第2話「吸血鬼」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第3話「不死と鬼」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第4話「真打登場」

青崎有吾『アンデッドガール・マーダーファルス 2』 名探偵対怪盗対超人対怪物団対怪物探偵

|

2023.08.05

「架空史大年表 妖異の世界史」更新(朝松健 一休もの年表を掲載しました)

 このブログのほかに運営している、史実とフィクション織り交ぜ年表サイト「架空史大年表 妖異の世界史」を更新しました。今回のメインは、『ぬばたま一休』『一休どくろ譚』など、朝松健の一休ものの作品年表です。現時点までの44作品を設定年代順にまとめ、同じ年に起きた史実を記載しています。
(作中に年代が明記されていないものは、作中の描写から推定しています)

 当然ながら一休だらけの年表で、我ながら作ってみて圧倒されましたが、実に四半世紀近くに渡り書き継がれている室町伝奇の世界に分け入るご参考になれば幸いです。

 その他、年表に追加した作品は以下のとおりです(年代順)
『妖女伝説 砂漠の女王』『六四五年への過去わたり』『火の鳥 羽衣編』火の鳥 乱世編』『揺籃の都』『一休魔仏行』『室町妖異伝』『火の鳥 異形編』『エクアドール』『殺生伝』『首ざむらい』『隠密鑑定秘禄』『紅灯のハンタマルヤ』『ムザンエ』『大江戸奇巌城』『コルトM1847羽衣』『無限の住人 幕末ノ章』『異人の守り手』『勇気あるものより散れ』『異次元の色彩』『シャーロック・ホームズとミスカトニックの怪』『カルパチア綺想曲』『花菱夫妻の退魔帖』『月光条例』

|

2023.08.04

青崎有吾『アンデッドガール・マーダーファルス 4』(その二)

 過去編から構成された『アンデッドガール・マーダーファルス』第4巻の紹介の後編であります。

「鬼人芸」
 明治政府の「怪奇一掃」政策の実働部隊として活動する「鬼殺し」チームの一つ、荒屋苦楽率いる部隊に加わっていたかつての真打津軽。気心の知れた仲間六人とともに向かった次の目的地は、鬼が目撃されたという岩手県遠野だったのですが――そこで彼らの前に、見知らぬ外国人が立ちふさがります。
 素手の相手に瞬く間に叩き伏せられた津軽たちに待っていた地獄とは……

 というわけで本作で描かれるのは津軽の過去。彼のかつてのチームメイトたちは、いずれも一人一芸の達人たち、ロイズともいい勝負ができるのでは、と思ってしまいますが、しかしそんな猛者たちがあっという間に叩き潰されていくのがこの作品世界であります。
 鬼の血を注入され、もはや絶望しか残されていない状況で津軽が見るものは――と、そこで回想の形で描かれるのは、彼が鬼殺しになる以前の過去。つまり二つの過去が描かれる本作ですが、それに触れれば、鴉夜をして思考が人外と言わしめた津軽の誕生の理由が、一端なりとも理解できるように思えます。(にしても土転びを相手にした津軽のアクションは異常すぎる……)

 しかし冷静に考えれば、悪の科学者に改造され、仲間の犠牲でただ一人脱出を――という仮面ライダーみたいな過去を背負っていて、脱出してやることがアレというのは(如何に敵わぬ相手だとはいえ)、確かに人外の思考というべきかもしれません。


「言の葉一匙、雪に添え」
 生まれた時から鴉夜と過ごしてきた駒井静句。先祖代々、鴉夜に仕えてきた駒井家の一員として、この先も家族とともに鴉夜に仕えると思われた静句には、一つの秘めた願いがありました。しかしある晩の襲撃が、全てを狂わすことに……

 鴉夜、津軽と来て静句主役の本作で描かれるのは、鴉夜の首から下が奪われ、静句も一族を失ったあの事件に至る物語。駒井家の出自や鴉夜の生活など、伝奇ものとしても面白いのですが――しかし中心になるのは、あくまでも静句の鴉夜への想いであります。

 このジャンルについては疎い私であっても、はっきりとこれは「百合」だとわかる本作。特にラスト一ページで明かされる(こういう表現は普段は使わないのですが)クソデカ感情たるや! それは確かに、自分と鴉夜様の間に挟まる似非噺家野郎に殺意を抱いても仕方ないかと……


「人魚裁判」
 そして本書のラストは、時系列的には冒頭のエピソードに続く物語。〈鳥籠使い〉の語られざる物語――第一章にて「ノルウェーで人魚にかけられた殺人の嫌疑を晴らし」たとのみ語られていた事件であります。

 ノルウェーの古都で行われる<異形裁判>――捕らえられた怪物が人語を発し、無罪を主張した場合に、怪物を被告として審問官と弁護人が争い、裁判長が判決を下すシステムであります。十数年ぶりに行われるこの裁判の被告は地元の名士を殺して食おうとしたとされる人魚、審問官は〈獅子鷲殺し〉の異名を持つ英雄――もはや人魚の有罪は明らかと思われたところに、弁護人として現れたのは、珍妙な三人組で……

 というわけで、何と本作は法廷もの。審問官が証人たちから引き出す証言の内容に対して反対尋問を行う――しかし、状況は明らかに被告に対して不利(そもそもこの異形裁判自体が、制度的に出来レース的なものであります)な中で、いかに証言の矛盾を引き出していくか?
 人魚の命がかかっているだけに緊迫した展開ではありますが、いつもながらに津軽と鴉夜のボケとツッコミが良い意味で緊張感を損ないます。

 それでいて明かされる真相は――なるほど、唸るほかない、きっちりと本格している内容で大満足。以前から名前だけ出ていたルールタビーユが傍聴人として登場、鴉夜以外に彼のみは事件の矛盾に気付いてるという描写にもグッときます。
 最後のスゴいオチも決まって、ある意味最も「らしい」物語であります。


 以上五編、ミステリ要素は冒頭とラストに集中していますが、いずれも物語世界を補完する、魅力的な物語であることは間違いありません。過去を固めた作品世界でこの先何が描かれるのか、いよいよ楽しみ――というより、続巻を早く読みたいという気持ちで一杯になる、そんな一冊であります。


『アンデッドガール・マーダーファルス 4』(青崎有吾 講談社タイガ) Amazon

関連記事
青崎有吾『アンデッドガール・マーダーファルス 1』 二重の怪物探偵が挑むクロスオーバーミステリ
青崎有吾『アンデッドガール・マーダーファルス 2』 名探偵対怪盗対超人対怪物団対怪物探偵
青崎有吾『アンデッドガール・マーダーファルス 3』恐るべきは人か人狼か 連続殺人/殺人狼事件!?

|

2023.08.03

青崎有吾『アンデッドガール・マーダーファルス 4』(その一)

 アニメが想像を上回る出来で毎週楽しみで仕方ない『アンデッドガール・マーダーファルス』ですが、そのアニメスタートと同じに刊行された原作第四弾であります。今回は時間軸を戻して、〈鳥籠使い〉の面々の知られざる過去を描く、豪華全五編の短編集です。

 日本でいえば明治時代後期、西暦でいえば十九世紀末――鬼の血を注入されたことであらゆる怪物を滅ぼす力を得た鬼殺し・真打津軽と、不死の肉体を持ちながらも半人半鬼に首から下を奪われた輪堂鴉夜、そして鴉夜に先祖代々仕える駒井静句の三人が、鴉夜の身体を取り戻すため、欧州で繰り広げる笑劇めいた騒動を描く本シリーズ。
 物語は、怪物専門の探偵〈鳥籠使い〉を名乗る三人が出会う様々な事件を描きますが、本書は彼女たちが如何なる過去を持つのか、そして何故探偵稼業を始めたのかを描きます。以下、一話ずつ内容を紹介しましょう。


「知られぬ日本の面影」
 津軽と鴉夜・静句が出会った翌日――町で一騒動を起こした三人と出会った風変わりな男・小泉八雲。津軽と鴉夜が怪物と知っても恐れぬ八雲は、彼の教え子の屋敷に夜毎のっぺらぼうの幽霊が現れ、奥方を怖がらせているばかりか、護衛の男二人が斬殺されたと悩みを打ち明けるのでした。
 この国を出るまでの住処と引き替えに、八雲の相談を引き受けた鴉夜ですが……

 物語の序章で出会い、そして第一章でフランスに現れた時には、既に探偵として名を上げていた一行。しかし彼らは何故、そして何時から探偵となったのか――その始まりの物語が本作であります。
 しかもその依頼人があの小泉八雲、そして対する相手はのっぺらぼう(さらに……)と、様々なクロスオーバーが魅力の一つである本作ですが、こうくるか――と驚かされます。

 そしてミステリとしては、のっぺらぼうの幽霊の謎があるわけですが――ここで鴉夜が(経験上)幽霊など存在しないと言い切るのも楽しい。いかなる謎も(それが極めて特殊なものであっても)必ず論理と物理法則の下に解き明かす、本作ならではの展開というべきでしょうか。

 もう一つ見逃せないのは、結末で明かされる犯人の動機であります。いささか唐突に見えるかもしれませんが、彼もまた、近代国家というものに排除され、奪われた者であるとすれば、それは怪物たちと同様の存在ではないのか――そんなことを考えさせられます。
 もっとも、我らが怪物たちは、そんなことは意に介さないかのように、明るく旅立っていくのですが……


「輪る夜の彼方へ流す小笹船」
 ここから三話は、〈鳥籠使い〉の三人の過去を――過去の「喪失」を描く物語。そして本作は、おそらくはこの『アンデッドガール・マーダーファルス』という物語でも、時系列的に最も古い物語でしょう。舞台は平安時代、鴉夜が「不死」になった時の物語なのですから。

 赤子の頃に難破船で一人生き残っているところを見つけられ、それ以来、奇妙な美女・蘆屋道満に育てられた鴉夜。陰陽師を名乗り、都の陰陽寮に出入りするほどの腕前を持ちながら、魔法的な術の存在を否定し、奇矯な言動を繰り返す道満ですが、鴉夜はそんな彼女を一心に慕いながら成長していきます。
 しかしそんな中、様々な人の死を目の当たりにし、死を恐れるようになった鴉夜。道満はそんな彼女にある術を施し……

 実のところ、鴉夜を「不死」にしたのが蘆屋道満であることは、前巻で寝起きの鴉夜が「ドウ様」と口にした点で予想していました。しかしここで描かれる物語は、予想だにしなかった展開の連続となります。
 そう、何故鴉夜は不死になったのか、何故鴉夜は不死にされたのか――ある意味本作最大の謎の答えがここで明らかになるのですが、その答えは……

 いやいやいや、そこでそのクロスオーバーが来るって絶対誰も予想できないから!! と盛大にツッコみたくなってしまうその真相は、しかし謎の答えとして、ある意味非常に整合性が取れたものであることは確かであります。(実は原典の設定から考えると、ちょっと疑問符がつくのですが)
 そしてそこに込められた、残酷で自分勝手で、そして切なる想いは、強く印象に残るのです。

 しかしだとしたら、この物語の結末は――と不穏な空気が漂いますが、それも一つのトリックであるかもしれません。ここはとりあえず、物語の描写をそのまま受け止めるとしましょう。


 残る三話は次回ご紹介いたします。


『アンデッドガール・マーダーファルス 4』(青崎有吾 講談社タイガ) Amazon

関連記事
青崎有吾『アンデッドガール・マーダーファルス 1』 二重の怪物探偵が挑むクロスオーバーミステリ
青崎有吾『アンデッドガール・マーダーファルス 2』 名探偵対怪盗対超人対怪物団対怪物探偵
青崎有吾『アンデッドガール・マーダーファルス 3』恐るべきは人か人狼か 連続殺人/殺人狼事件!?

|

2023.08.02

三好昌子『無根の樹』

 江戸時代の京を舞台に、謎と因縁に満ちたドラマを得意とする作者が、京都の西町奉行所同心を主人公に描く物語であります。堀川に揚がった相対死の水死体。それをきっかけに、主人公は京を揺るがす事件に巻き込まれていくことになります。そしてそれは、彼自身の過去にも繋がることに……

 二十年前、役目の最中に命を落とした父同様、京都の西町奉行所同心として忙しい毎日を送る榊玄一郎。今日も手下の小吉の知らせで堀川に駆けつけた玄一郎は、相対死と思しい男女の水死体を前にすることになります。
 その場に居合わせた絵画商の松永堂から、二人が絵師の北川夕斎と彼の家の女中であると聞かされた玄一郎。心中は晒し者にされるのが定法ですが、しかし松永堂は、何とか心中ではない扱いにしてほしいと持ちかけてくるのでした。

 その言葉を支持したのは、西町奉行の侍医・久我島――今回のように役目を超えて口を出してくることから評判の悪い男ですが、玄一郎はやむなくその言葉を受け入れることになります。
 しかし二人の死に不審を抱き、小吉とともに調べを続ける玄一郎は、夕斎の描いた幽霊画が好事家の間で評判になっていたことを知ります。さらに夕斎の妻・美和と町家から迎えた自分の妻・多恵が、かつて絵の師弟関係であったと知るのでした。

 そして夕斎にまつわるある事実を知った玄一郎は、ついに真相にたどり着くのですが……

 この絵師の心中を巡る第一話「鴛鴦図の女」と、第二話「天馬の男」から構成される本作。いずれも作者の得意とする題材である「絵/絵師」を中心に据えた物語ですが、この第一話は、絵師の死にまつわる謎の中から、複雑な男女の情が浮かび上がるという趣向の物語であります。
 何故夕斎は心中したのか、何故松永堂は、そして久我島はそれを隠そうとしたのか――やがて明らかになる悲劇の根底にあった絵師の性と、夫婦の愛の姿が、強く印象に残ります。

 そしてその余韻を更に強めるのが、クライマックスの幻想性であります。幻想性の強さもまた作者の作品の特徴ですが、本作は作者が「これは幻想味を五段階で表すならば、「一度」といったところでしょうか。」と語るようにかなり抑え目ではあるものの、その的確な使い方は、流石はと感じさせられるのです。


 そしてこの第一話とは独立した物語ではありつつも、そちらをいわばプロローグ的な扱いとして描かれるのが、分量的に全体の2/3を占める第二話であります。

 第一話から数ヶ月後、何者かに殺害された松永堂。松永堂が好事家の会合を通じて表に出せない絵画の贋作を売っていたことを知る玄一郎は、やがて松永堂が、二十年前に起きた「降馬事件」に関わっていたことを知ります。
 馬の絵が天から降ってきたと騒ぎになったこの事件――実はその後の宝暦事件の先駆けというべき、宮中の急進的尊王論者が引き起こしたこの事件の直後、玄一郎の父は命を落としていたのでした。

 今回の事件は、降馬事件が発端なのか――世話になっている隠居与力からその馬の絵を見せられ、探索を進める玄一郎の前に現れるのは、猩々児を名乗る謎めいた男。さらに事件の因縁は、玄一郎だけでなく、彼の周囲にも及ぶことに……

 というわけで、第一話から大きくスケールアップして、史実にも関わる事件が描かれる第二話。降馬事件自体は架空の出来事と思われますが、しかしなるほど、いかにもこの時代にあっておかしくないという内容に感心させられます。
 こうしたマクロな歴史だけでなく、玄一郎とその周囲にまつわるミクロな歴史――すなわち因縁に関わっていく物語展開は、まさに作者の最も得意とするものであります。そしてそんな複雑怪奇な物語が描かれたその先に、様々な「親」と「子」の愛、肉親の愛の形が描き出されるという一種のロマンチシズムも、作者の真骨頂というべきでしょう。

 私は以前、作者の『朱花の恋 易学者・新井白蛾奇譚』の解説で、作者の作品を『「美」と「奇」と「謎」の糸で「心」を織りなす』と表しましたが、本作もまた、その一つであることは間違いありません。


 タイトルとなっている「無根の樹」とは、枝、葉、幹、根の全て落とした後に残る真実の意。複雑怪奇な謎の先にあった真実は――それは人の情愛なのでしょう。

 上で触れたように幻想味は控え目ではありますが、作者らしい人の心の不思議な美しさを描き出した佳品といってよいかと思います。


『無根の樹』(三好昌子 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon

関連記事
三好昌子『朱花の恋 易学者・新井白蛾奇譚』の解説を担当しました

|

2023.08.01

立沢克美『イクサガミ』第2巻

 金十万円を賭けたデスゲームに参加した武芸の達人たちが繰り広げる死闘を描いた今村翔吾の『イクサガミ』の漫画版第二巻であります。非力な双葉を連れた不利な旅を続ける愁二郎の前に現れる骨肉の因縁。そして原作読者も知らぬ敵が登場、物語は新たなステージに進みます。

 明治11年、金十万円の賞金を掲げて京都天龍寺に集められた武芸の達人たち。しかしそこで提示されたのは、京都から東京まで、七つのチェックポイントを通過するために繰り広げられるデスゲーム「こどく」――参加者に一枚ずつ与えられた木札を奪い合う、血みどろの戦いだったのです。
 参加者の一人である嵯峨愁二郎は、同じく参加者ながら非力な少女・香月双葉を見過ごしにできず、不利を承知で彼女を守りながらの旅に足を踏み入れることに……

 という基本設定で展開するこの『イクサガミ』、前巻ではようやく三条大橋まで来たところで現れた謎の忍び・柘植響陣に同盟を持ちかけられた二人。答えを聞くのはまだ先だと響陣は姿を消し、再び二人旅を続ける愁二郎と双葉の前に、新たな敵たちが姿を現します。
 その筆頭は、斬撃の軌道を自在に変えるという奥義を操る衣笠彩八。この「こどく」参加者では数少ない女性ですが、その技の恐ろしさ以上に、愁二郎にはやりにくい相手であります。というのも彼女は愁二郎にとっては血の繋がらない兄弟妹の一人――かつて京八流の伝承者候補として育てられた八人の孤児の一人なのですから。

 代々、八つの奥義をそれぞれ八人の候補者に伝え、候補者同士が殺し合い、技を奪い合うことで最後の一人が正式な伝承者となる京八流。愁二郎はその運命を厭い、継承戦の直前に逃げたのですが――しかしほとんどの候補者がこの「こどく」に参加しているというではありませんか。
 一度は避けた争いが再び追ってくる――愁二郎にとっては何とも残酷で皮肉な状況ですが、さらに残酷なのは、彼が「こどく」と京八流の継承争いと、二つの戦いの中に身を置くことになったことでしょう。「こどく」とはは「蠱毒」の意――複数の候補を争わせ、最強を生み出すという点では、京八流と同様の思想、いわば二重の蠱毒を、彼は戦うことになったのですから。

 そんな愁二郎の心中たるや、察するに余りあるものがありますが――しかし戦いは続きます。アイヌの天才射手であるカムイコチャとの戦いは、双葉の存在もあって避けることができたものの、その双葉を攫って襲撃してきたのは、手甲鉤・棒・弓をそれぞれ操る三人の敵。それこそは武田の三ツ者の末裔・徳良三兄弟、一人一人の技量はさほどではなくとも、三位一体の攻撃を仕掛ける強敵であります。

 ――と、原作読者の方はお気づきかと思いますが、この三兄弟は原作小説には登場しない、漫画オリジナルのキャラクター。オリジナルキャラは前巻にも登場しましたが、どうやらこの漫画版では、随所にオリジナルキャラを配置する趣向のようです。
 原作にない戦いを描いてくれるのは、こちらとしては大歓迎、これからも期待したいところですが――しかしちょっとこの三兄弟は、ビジュアル的には地味目の印象だったのが残念なところではあります。

 このビジュアル面については実は三兄弟だけでなく、例えばこの巻ではほかにも、作中では最強キャラの一人である人斬り・貫地谷無骨も、もうちょっとインパクトがある外見でもいいのではないなあ――と個人的には思わされたところです。
 もちろん、舞台背景を考えれば、それほど奇抜な格好のキャラクターは出せないのはわかりますが、だからこそ少しでも漫画映えする、外連味のあるキャラを見たい――そう感じてしまうのも正直なところではあります。
(もっともカムイコチャは、原作から受けていた印象とはかなり異なるビジュアルのキャラでなかなか良かったのですが……)

 双葉の立ち位置、存在する意味などを原作以上に分かり易く描くなど、評価できる点も多いだけに、さらなる漫画としての面白さを期待したいところです。


『イクサガミ』第2巻(立沢克美&今村翔吾 講談社モーニングコミックス) Amazon

関連記事
立沢克美『イクサガミ』第1巻 サプライズ連発、もう一つのデスゲーム開幕

今村翔吾『イクサガミ 天』 開幕、明治11年のデスゲーム!

|

« 2023年7月 | トップページ | 2023年9月 »