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2023.08.26

田中啓文『誰が千姫を殺したか 蛇身探偵豊臣秀頼』

 近年はミステリ色そして伝奇色の強い、何よりも他では読めないような唯一無二の時代小説を次々と発表している作者が送る、奇想天外としかいいようのない作品です。大坂の陣から四十五年後、大坂城の地下から発見された豊臣秀頼が、大坂の陣終結直前に殺されていたという千姫の謎に挑むのですが……

 大坂夏の陣終結から四十五年後、かつての大坂城を破却した上に建造された新たな大坂城の焔硝倉に落雷、大爆発した結果、露わとなったかつての大坂城の土台。そこで発見された地下に続く石段の先に潜んでいたのは――豊臣秀頼と名乗る者、それも首から下は蛇身と化した存在でした。

 大坂城落城の際、豊臣方の武将や真田十勇士たちが次々命を落としていく中、辛うじて生き延びた真田幸村の導きで、淀君と共に、大坂城の抜け穴に落ち延びた秀頼。
 しかし穴は大坂城地下から先に通じておらず、幸村と淀君が命を落とした一方で、秀頼は壁に生えた苔を食べて生き延び――そしてその苔の力か、その身は徐々に蛇身と化して今に至ったいうではありませんか。

 大坂城の役人から聴取を受ける一方で、四十五年後の世の中の有様を聞く秀頼。しかし彼は、かつての妻・千姫が天寿院と名乗っていまだに存命であることに、大きな驚きを見せるのでした。
 というのも、千姫は大坂落城の数日前に、厳重に警備された密室の中で幽閉状態の中で何者かに殺され、大坂城から落ち延びたのは、それを隠すための替え玉だったというのです。

 そしていま、幕府の中で隠然たる力を持ち、暗躍しているという天寿院。はたして彼女は何を企んでいるのか。そして本物の千姫は何故殺されたか? 生きていた猿飛佐助、真田大助らとともに、秀頼は謎に挑むのですが……


 というわけで、本作の基本設定を聞いた時点で、ほとんどの方が絶句するであろう本作。これまでも作者には、秀吉や光秀、勝家が孤島に集められて次々と――という『信長島の惨劇』など、奇想天外な作品はありましたが、その中でもダントツであることは間違いありません。
 作品の宣伝で「どうしてこんな作品を書いてしまったのか自分にもわからない。田中啓文」とありましたが、それも思わず納得であります。

 しかしそんな設定の一方で、本作は着実に謎を積み上げ、それに答えていく形で展開していきます。何故秀頼が蛇身になったか? という点にもそれなりに納得がいく説明がありますし、過去の千姫殺害のハウダニットもさることながら、ホワイダニットについては、歴史ものとして見ても、なるほどと思わされるところであります。
(すっかり忘れていましたが、あの人物とあの人物は結構悪役をやっていましたし……)

 そしてその一方で、現在の千姫を巡っては派手な伝奇活劇が展開することになります。これについてはあまり詳しくは述べられないのですが、二人の千姫の存在が、物語の状況をさらに複雑なものとしているのが、ある意味実にミステリらしいと感じるところです。


 とはいえ、首を傾げるところも少なくないのも事実。特に、偽千姫は動き出すまでちょっとノンビリしすぎではないか――言い換えれば何故この年代を舞台としたのか――というのはひっかかるところです。
 また、サブタイトル等からすれば、本作には安楽椅子探偵ものを期待してしまう方が大半だと思いますが、実際には謎解き要素は思った以上に少ないのが残念なところではあります。

 個々の要素は面白いものの、やはり意外性を追いすぎて、まとまりに些か無理が感じられる――というのは厳しすぎる評価でしょうか。


『誰が千姫を殺したか 蛇身探偵豊臣秀頼』(田中啓文 講談社文庫) Amazon

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