三好昌子『無根の樹』
江戸時代の京を舞台に、謎と因縁に満ちたドラマを得意とする作者が、京都の西町奉行所同心を主人公に描く物語であります。堀川に揚がった相対死の水死体。それをきっかけに、主人公は京を揺るがす事件に巻き込まれていくことになります。そしてそれは、彼自身の過去にも繋がることに……
二十年前、役目の最中に命を落とした父同様、京都の西町奉行所同心として忙しい毎日を送る榊玄一郎。今日も手下の小吉の知らせで堀川に駆けつけた玄一郎は、相対死と思しい男女の水死体を前にすることになります。
その場に居合わせた絵画商の松永堂から、二人が絵師の北川夕斎と彼の家の女中であると聞かされた玄一郎。心中は晒し者にされるのが定法ですが、しかし松永堂は、何とか心中ではない扱いにしてほしいと持ちかけてくるのでした。
その言葉を支持したのは、西町奉行の侍医・久我島――今回のように役目を超えて口を出してくることから評判の悪い男ですが、玄一郎はやむなくその言葉を受け入れることになります。
しかし二人の死に不審を抱き、小吉とともに調べを続ける玄一郎は、夕斎の描いた幽霊画が好事家の間で評判になっていたことを知ります。さらに夕斎の妻・美和と町家から迎えた自分の妻・多恵が、かつて絵の師弟関係であったと知るのでした。
そして夕斎にまつわるある事実を知った玄一郎は、ついに真相にたどり着くのですが……
この絵師の心中を巡る第一話「鴛鴦図の女」と、第二話「天馬の男」から構成される本作。いずれも作者の得意とする題材である「絵/絵師」を中心に据えた物語ですが、この第一話は、絵師の死にまつわる謎の中から、複雑な男女の情が浮かび上がるという趣向の物語であります。
何故夕斎は心中したのか、何故松永堂は、そして久我島はそれを隠そうとしたのか――やがて明らかになる悲劇の根底にあった絵師の性と、夫婦の愛の姿が、強く印象に残ります。
そしてその余韻を更に強めるのが、クライマックスの幻想性であります。幻想性の強さもまた作者の作品の特徴ですが、本作は作者が「これは幻想味を五段階で表すならば、「一度」といったところでしょうか。」と語るようにかなり抑え目ではあるものの、その的確な使い方は、流石はと感じさせられるのです。
そしてこの第一話とは独立した物語ではありつつも、そちらをいわばプロローグ的な扱いとして描かれるのが、分量的に全体の2/3を占める第二話であります。
第一話から数ヶ月後、何者かに殺害された松永堂。松永堂が好事家の会合を通じて表に出せない絵画の贋作を売っていたことを知る玄一郎は、やがて松永堂が、二十年前に起きた「降馬事件」に関わっていたことを知ります。
馬の絵が天から降ってきたと騒ぎになったこの事件――実はその後の宝暦事件の先駆けというべき、宮中の急進的尊王論者が引き起こしたこの事件の直後、玄一郎の父は命を落としていたのでした。
今回の事件は、降馬事件が発端なのか――世話になっている隠居与力からその馬の絵を見せられ、探索を進める玄一郎の前に現れるのは、猩々児を名乗る謎めいた男。さらに事件の因縁は、玄一郎だけでなく、彼の周囲にも及ぶことに……
というわけで、第一話から大きくスケールアップして、史実にも関わる事件が描かれる第二話。降馬事件自体は架空の出来事と思われますが、しかしなるほど、いかにもこの時代にあっておかしくないという内容に感心させられます。
こうしたマクロな歴史だけでなく、玄一郎とその周囲にまつわるミクロな歴史――すなわち因縁に関わっていく物語展開は、まさに作者の最も得意とするものであります。そしてそんな複雑怪奇な物語が描かれたその先に、様々な「親」と「子」の愛、肉親の愛の形が描き出されるという一種のロマンチシズムも、作者の真骨頂というべきでしょう。
私は以前、作者の『朱花の恋 易学者・新井白蛾奇譚』の解説で、作者の作品を『「美」と「奇」と「謎」の糸で「心」を織りなす』と表しましたが、本作もまた、その一つであることは間違いありません。
タイトルとなっている「無根の樹」とは、枝、葉、幹、根の全て落とした後に残る真実の意。複雑怪奇な謎の先にあった真実は――それは人の情愛なのでしょう。
上で触れたように幻想味は控え目ではありますが、作者らしい人の心の不思議な美しさを描き出した佳品といってよいかと思います。
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