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2023年9月

2023.09.30

『るろうに剣心』 第十三話「死闘の果て」

 剣心たちと御庭番衆の死闘が終わったところに現れ、ガトリング砲を乱射する武田観柳。蒼紫を守り、剣心を行かせるために次々と御庭番衆が身を挺した末、観柳は剣心に叩きのめされる。そして観柳は逮捕され、恵の罪も不問となったものの、全てを失った蒼紫は、剣心打倒を胸に闇に消えることに……

 今回で第一クールもラスト、そして観柳・御庭番衆編もラストと、大きな区切りとなった今回。ここで描かれるのは、観柳との決着とその後始末、恵と蒼紫の去就であります。

 というわけで前回ついに伝家の砲塔を持ち出し、ガトガト大暴走した観柳ですが、今回もお前そんなこと原作で絶対言ってなかったろ的なガトリングへの愛(妄執)とインチキ英語連発で再び大暴走。今原作を読み返してみると、この章は記憶していた以上に観柳の影が薄かったのですが、しかし今回のアニメでは(前回も触れましたが)その後の様々なメディアでのイメージを逆輸入して、観柳の印象が大きく強化されていたかと思います。
(そして今回の、誰も信用せずただ一人ガトリングを乱射して自滅する姿は、北海道編を読んだ後だとなるほど、と思わされる、というのはさておき)

 しかしここまで観柳が大暴れすると、命という名の盾になって散った御庭番衆たちの印象が薄くなってしまうのですが(しかし火男、観柳の目の前まで行ったんだったら、もっとどうにかできたのでは)、そんな中でオリジナル描写で目を惹いたのが般若でした。
 ガトリングを引きつけながら疾走する般若の心をよぎるもの、それはかつて仲間たちの前で蒼紫に稽古をつけられていた時の思い出――と、いうわけで描かれる般若の回想シーン。ここで描写的に般若が一番新参っぽいのがちょっと意外というのはさておき、仲間たちと他愛もないやり取りをする素顔の般若が笑っていたと蒼紫が指摘し、般若もそれを納得する――このくだりは、異形を通じて人の情を描くという点で、実に原作者らしいテイストが出ていたと感じます。

 色々とフォローされてはいたものの、一歩間違えれば悪役たちの勝手な結びつきともなりかねなかった御庭番衆の絆を、はっきりと情の通ったものとして描いてみせたのは実に良かったと思います。
 もう一つ、式尉の剣心への言葉がラストに語られるのも、(内容的にはそこまで引っ張るものではないような気もするものの)御庭番衆たちの記憶を残しているのは蒼紫だけではないということを示す意味で印象的でした。

 さて、この後、観柳も倒され、警察の介入から恵を庇うために、自分の過去の権力(?)を利用する剣心という、冷静に考えればかなり珍しいシーンが描かれるのですが――過去の所業への悔恨は悔恨として、自分が死んで償うのではなく、今自分のできることで償って生きるよう恵に語るのは、今まさにそうしている剣心ならではの説得力があるのはいうまでもないでしょう。
 そしてそれは、死んでいった者たちに報いるために生きながら修羅道に堕ちた蒼紫とは、対照的な生き方であるといってもよいかと思います。(もっとも、ある意味その生き方を与えたのも剣心なのですが……)


 何はともあれ、色々な意味で物語の折り返し地点には相応しい締めとなった今回の結末。正直なところ作画的には微妙なところもあったような気がしますが、後半戦にも期待したいと思います。


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2023.09.29

張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第10巻

 『捜神記』を題材に妖狐・廣天の冒険(?)を描く本作もついに単行本二桁に突入。都の妖考事部に入った廣天を描く「捜神怪談編」も、いよいよこの巻で完結であります。思わぬ出来事から深手を負った末、殺人犯として獄に繋がれてしまった廣天の運命は、そして石良の夢の真実とは……

 道術大会の仲間たちと別れ、色々あって都の怪奇事件を担当する妖考事部に入った廣天(と神木)。そこで異常に暗がりを恐れる青年役人・石良とチームを組んだ廣天は、次々と事件を解決していくのですが――石良の親戚で異常に彼に執着する大富豪・石崇に目を付けられてしまうのでした。
 そんな中、とある宿に現れる狐の化物を逃がそうとして、わざと負った傷が想像以上に深手だった廣天。さらに狐に戻って倒れてしまったところを、よりによって石崇に目撃されてしまった彼女は、石崇の手回しによって殺人の冤罪を着せられ、妖考事部も解散することに……

 という風雲急を告げる展開から始まるこの第十巻。廣天が牢に入れられるのは確か第一巻以来ですが、その時以降、廣天と比較的長期に渡って行動を共にするのは、基本的に彼女の正体を知っている者ばかりであったように思います。
 そのため、廣天が狐と知れて大事になるのは不思議な気がしてしまいましたが、それはこちらの感覚が麻痺してしまっただけなのでしょう。

 それはさておき、廣天の方も傷を負っていたとはいえ、第一巻で牢に入れられた時の余裕ぶりとは異なる印象があるのは、彼女が様々な「人間」と触れ合い、そして「人間」として暮らしてきたから――というのは、彼女の妖考事部への馴染みっぷりを思えば、決して考え過ぎではないと感じられます。

 思えばこれまでも、廣天は「狐」なのか「人間」なのか、はたまた「妖」なのか、様々な形で問われてきました。それを思えば、人間たちの暮らす街に入り交じって現れる妖たちを描いてきた「捜神怪談編」のクライマックスに、これは相応しい展開というべきかもしれません。

 しかしあくまでも「廣天」は「廣天」。彼女が何者かを決めるのは、彼女本人と、そして彼女と行動を共にした者ではないでしょうか。だとすればこの「捜神怪談編」で廣天以外にそれを決められるのは――そう、石良であります。
 その石良が何を想い、どのように行動したか、それはここで詳しく述べる必要はないでしょう。しかしそんな彼の存在が、廣天にとって、そして彼女を見守ってきた我々にとっても、一つの救いであることは間違いありません。
(しかし、石良が連れてきた証人のインパクトがありすぎて……)


 さて、この「捜神怪談編」には、もう一つ解決されるべき問題、石良を苦しめてきた悪夢の存在があります。
 熱を出して寝ていた子供が、高い窓から覗き込んでいる何者かに気付き、部屋から抜け出して廊下の闇の中で何かを見る――第八巻の、すなわち「捜神怪談編」の冒頭で描かれ、石良が異常なまでに暗がりを恐れることとなったその原因である悪夢の正体は一体何なのか?

 ここで廣天の導きで自分の夢の中に入った石良が見た真実は――これも詳しくは述べませんが、そうか、そうきたか! といいたくなるような一種ミステリのトリック的な内容には唸らされました。
 これまでのエピソードでも小さな伏線を積み上げて、思いも寄らぬ、しかし納得の真実を描いてきた本作ですが、それはこの章においても健在というほかありません。

 そしてその悪夢から解放された石良が見る夢は――それは何と恐ろしくも、何と魅力的であることか。もちろんそれは、この「捜神怪談編」全体にも当てはまる言葉なのですが……


 これまでと違い、次章のタイトルや内容がまだ決まっていない様子なのは少々気になりますが、またいずれ遠くない日に、新たな一歩を踏み出した廣天の姿を見ることができるのを楽しみにしてます。


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2023.09.28

『アンデッドガール・マーダーファルス』 第13話「犯人の名前」

 〈鳥籠使い〉・ロイズ・〈夜宴〉の三つ巴の戦いの末に、睨み合う人間たちと人狼たちの前に現れた鴉夜。一連の殺人事件の犯人の名を挙げた彼女の呼びかけに答え、ついに犯人が人々の前にその姿を現す。その正体と一連の犯行のトリックは、そしてその動機とは……

 ついに最終回、人間と人狼、二つの村を股にかけた殺人/殺人狼事件の謎解きも大詰めです。前回の最後の最後に全ての謎を解いたと告げた鴉夜ですが、彼女が皆を集めてさてという前に、いつものOP曲に乗って繰り広げられるのは、前回のEDで繰り広げられた三つ巴の戦いの続き――アリスvsクロウリー、カイルvsヴィクター、静句vsカミーラの三元バトルであります。そこに津軽も乱入してさらに賑やかに、そして(さすがにOP後にも食い込んだものの)相当にハイテンポで展開するバトルは、それだけでもなかなかの見応えですが、これが謎解きの前座なのですから、この回の密度を思うべしであります。
 特にこのバトルの中でも、色々な意味で描写が難しそうだった静句vsカミーラ戦は、色彩的にも画的にもちょっと想像していなかったような演出で驚かされました。
(ただ、それぞれの戦後の描写が大胆にカットされたのは残念。津軽とクロウリーの会話は見たかった……)

 そして前々回に静句が、そして十三年前にローザが登らされた羊の櫓の前で睨み合う、二つの村の人々の前に現れた鴉夜が語る内容こそが、今回の事件の「犯人の名前」。密室からルイーゼを攫ったのは何者なのか。一年前から二つの村を震撼させた連続殺人/殺人狼事件の真実とは。そしてルイーゼとノラを殺したのは……
 正直なところ、ルイーゼの事件については犯人の予想がついていた方は少なくなかったかと思いますが、事件の全体像としてみると、まさに「本格」と言いたくなるようなその豪快なトリックには改めて驚かされます。内容的には、文章であればともかく、映像にするのは結構難しいものがあったわけですが、それをうまく成立させてみせたのには感心するほかありません。

 しかし感心したといえば、この複雑な事件の鴉夜による説明が、ほぼAパートで終わったことで――どうやら最終回の脚本には原作者も協力したようですが、これまで同様にかなり細かい部分は省略しているとはいえ、やはり巧みなアレンジであります。

 それでは後半は、といえば、逃走した犯人と津軽との対決、そして犯人が語る真の動機の提示という、さらなるクライマックスが用意されているのがまた心憎い。津軽のラストバトルは、冷静に考えるとこれもどうやって映像化するのか、という内容だったのですが、それを本作らしいビジュアルで見せてくれたのもお見事。もっとも、ちょっとテンポが早すぎて、あっさり決まってしまった感があったのは残念ですが……(あのオチの落差は、敵の強力さがあってこそ引き立つと思うので)
 しかし、戦いの最中に津軽が相手にかける言葉は、彼らしい諧謔に満ちたものでありつつも、ドキッとするような鋭さに満ちたもので、ある意味この物語を象徴するものであったと感じます。

 一方、犯人の真の動機ですが――犯行のトリックをほぼ完璧に見破った鴉夜が、唯一見破れなかったその動機は、明かされてみれば、どこまでも切実なものでありました。正直なところ、アニメの描写のみで真相にたどり着くのはかなり厳しいように思いますが――それでもなお、この環境、この犯人だからこそのものでありながら、しかし同時にある種の普遍性を持つからこそ、この動機からは、胸に突き刺さるような衝撃を受けます。そしてだからこそ、鴉夜のラストの選択も十分に納得できるのです。

 誰もが何かを失ったともいえるこの事件――しかしそれでもどこか爽快感が残るのは、ここで描かれたのが、束縛からの解放の物語であったからなのでしょう。

 そして元々何にも束縛されていないように見える津軽の言葉(?)で終わるこのアニメ版。原作の胸躍るエピローグが描かれなかったのは残念ですが、しかし怪物・怪人たちとの再会を予感されるラストは、これはこれで不思議な広がりを感じさせてくれます。


 仮にアニメの第二期があったとしても相当先のことになるかとは思いますが――しかしその日を期待して待ち続けたくなる快作でした。


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『アンデッドガール・マーダーファルス』 第10話「霧の窪地」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第11話「狼の棲家」
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青崎有吾『アンデッドガール・マーダーファルス 3』恐るべきは人か人狼か 連続殺人/殺人狼事件!? 

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2023.09.27

篠綾子『翔べ、今弁慶! 元新選組隊長 松原忠司異聞』

 タイムスリップ時代劇は今では珍しくありませんが、現代から過去ではなく、過去から過去へのタイムスリップはまだ珍しい類であります。本作はその一つとして、今弁慶の異名を取った新選組の松原忠司が、源平合戦の最中に現れるという奇想天外な、しかしどこかウェットな物語であります。

 八月十八日の政変の際、坊主頭に白い鉢巻、大薙刀という姿で禁裏の門を守護したことから「今弁慶」の異名を持つ新選組四番隊隊長・松原忠司。しかし親しかった山南が切腹した後、身に覚えのない嫌疑で捕らえられた忠司は、切腹を命じられることになります。
 想いを交わしていた島津家の奥女中・おるいに累が及ばぬよう、彼女を逃がすことを決意した忠司は切腹の場から逃走、追っ手と斬り合った末に、壮絶な死を遂げた……

 はずだったのですが、気がついてみればそこは見知らぬ地。そこで「弁慶殿」と声をかけられた忠司は、なんと自分がいるのが、壇ノ浦の合戦直前の源氏の陣と気付くのでした。
 しかし不審人物として捕らえられ、惟宗三郎なる人物に一旦預けられた忠司は、そこで畠山重忠と知り合うことになります。

 やがて合戦が終わって解放され、京に上った忠司は重忠と再会。そこで重忠が、平宗盛の子でまだ八歳の副将君を救おうとしていることを知った忠司は、彼の企てに協力することになります。
 惟宗三郎に見つかりかけながらも副将を救うことに成功し、重忠の領国である武蔵国へと伴った忠司。そこで重忠の妹・貞姫と知り合い、一時の平和な時間を過ごす忠司は、義経と重忠、頼朝と惟宗三郎、そして貞姫を巡る様々な因縁の存在を知ることに……


 冒頭に述べたように、様々なパターンのあるタイムスリップ時代劇ですが、過去から過去というのはまだ珍しい部類に入ります(その中には、本作の解説で触れられているように、新撰組全体が戦国時代にタイムスリップしてしまう『戦国新撰組』がありますが……)
 そんな中で本作は、「今弁慶」が、源平時代にタイムスリップして本物の弁慶と出会ってしまうという、極めてユニークな作品であります。

 しかしタイムスリップと書いたものの、死んだと思ったら壇ノ浦に居たというのは、どちらかというと最近の転生もの感がありますが――とはいえ本作の忠司は、源平合戦の大まかな知識があるのみで、目立った「未来人」としてのスキルはなく、過去の時代で大活躍するわけでもありません。

 またタイトルを見た時の予想に比べると意外に感じられたのは、忠司と弁慶の絡みは想像以上に少なく、物語のメインとなるのは完全に忠司と畠山重忠と惟宗三郎忠久――「三忠」の交流である点であります。
 正直なところ、弁慶の代わりに忠司が義経に付き従って戦う――という話を想像していましたが、あまりに安直であったと反省いたしました。


 そんなわけで本作は、忠司の存在を通じて、源平合戦直後の武士たちの人間模様を描く、想像以上に地に足の付いた物語であります。

 生まれも育ちも異なるものの、やがて強い友情で結ばれる三忠や、まだ幼いうちから一族郎党と死に別れた幼い副将との交流――仲間と愛する人、所属する場所と帰る場所全てを失った忠司にとって、この時代に出会った人々の存在が救いとなり、生きる理由となる様は、なかなかに味わい深いものがあります。

 特に複雑な出生ゆえになかなか本心を見せぬものの、やがて心を開いていく三郎との友情は、やがて明かされる一つの因縁とともに、本作の大きな要素(あるいは仕掛け)といえるでしょう。


 しかし全体を通してみると、タイムスリップしてこの時代ならではの物語が描かれたかといえば、やはりどうかな、という印象を受けてしまうのも正直なところではあります。

 特に終章とその直前の展開は、それぞれがメインになってもおかしくない内容だけに、かなり駆け足に感じられて――もちろん、そこに至るまでの経緯こそが本作の中心という意図なのだとは思いますが――どうにももったいないという印象が強いのです。


『翔べ、今弁慶! 元新選組隊長 松原忠司異聞』(篠綾子 光文社文庫) Amazon

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2023.09.26

谷津矢車ほか『どうした、家康』(その二)

 家康の生涯を超短編で綴ったアンソロジーの紹介の後編であります。

「鯉」(谷津矢車)
 岡崎城で飼われていた、信長下賜の鯉を食べた咎で捕らえられた鈴木久三郎。どうやら諫言のためらしいと気付いた家康ですが、許された久三郎は不遜な言葉を残すのでした。
 数年後、三方原の戦いで絶体絶命の窮地に陥った家康の前に現れた久三郎が取った行動は……

 三河武士といえば、家康への忠誠で団結していた印象がありますが、しかしそれが必ずしも事実ではないのは、一向一揆の際の状況を見ればわかります。本作はそんな家康の難しい立ち位置を、一人の三河武士との関係性から浮き彫りにするという視点の妙に唸らされます。

 そしてクライマックス、家康の生涯でも最大の危機といえる三方原で彼を救ったのは――単純に感動的な、と表現して終わらせるわけにはいかないその真実を、しかし家康の成長を以て昇華させた上にに、「鯉」の意味が絡み合う結末もまた、巧みと評するしかありません。


「親なりし」(上田秀人)
 大坂冬の陣でついに豊臣家を滅ぼした家康。大坂城を包む炎を目の当たりにして、「愚か者が」と呟いた家康の真意は……

 大坂の陣終結直後に、家康が徳川頼宣に語って聞かせるという趣向の本作は、老練な年長者が未熟な後進に説明してやる(説教する)という、作者の作品ではお馴染みのスタイルで描かれます。
 豊臣家だけでなく、秀吉を、さらには信長を愚か者と言い切る家康の真意は奈辺にあるのか。そこで描かれるのは、作者の作品に通底する「継承」という概念なのですが――そこに含まれる家康の悔恨を知った上でタイトルを見れば、なるほどと感じさせられます。

 舞台となる時系列順に作品が配置された本書の中では中頃に収録されているにもかかわらず、大坂の陣が描かれているのを不思議に思いましたが、この家康の想いが何に対するものであったかを知れば納得です。


「賭けの行方 神君伊賀越え」(永井紗耶子)
 茶屋四郎次郎に本能寺の変の発生を知らされ、一時は死を考えた家康。しかし四郎次郎の言葉に思いとどまった家康は、決死の帰還を試みるのですが……

 本能寺の変の直後、堺にいた家康が領国に帰還するために必死の思いで敢行した伊賀越え。家康の生涯でも有数の危機を、その立役者の一人である茶屋四郎次郎を通じて描いた作品です。
 内容的にはシンプルではありますが、面白いのは、ここであっさりと切腹しようかと考え、そしてそれを思いとどまる家康の心の動きでしょう。家康がここで死のうとして周囲に諫められたのは史実のようですが、本作の視点はユニークかつ納得させられるものがあります。

 もう一人の立役者である服部半蔵が語る、伊賀が危険な理由もまた納得の視点で、人間心理に向ける視線が印象に残る作品です。


「燃える城」(稲田幸久)
 大坂冬の陣で豊臣家を追いつめ、勝利を目前とした家康。大久保彦左衛門と共に本陣で悠然と構えていた家康ですが、そこに真田幸村が迫ります。追い詰められた家康がそこで見たものは……

 戦国最後の戦いというべき大坂の陣も終結目前となり、ある種の余裕ある家康を描く本作。戦国の世の出来事を物語にまとめたいという彦左衛門が、「三方原には参戦していないので、馬印を倒すほど慌てふためいて逃げ帰ったのは見ていない」と語るというフラグ以外の何ものでもないものを立てておいての幸村襲来はちょっと笑ってしまいましたが、物語はそこからが本番であります。

 そこで幸村を通じて家康が見たものは、対峙したものはなんだったのか。ちょっと格好良すぎる気もしますが、本書の掉尾を飾るに相応しい結末であります。


 というわけで、超短編で家康の生涯を描いた本書ですが、一作品毎の分量の少なさから、作品によって色々と差が出ていたのは仕方のないところでしょうか。
 何はともあれ、個性的な歴史時代小説アンソロジーを手掛けさせたら右に出るものがいない、講談社ならではの一冊であることは間違いありません。


『どうした、家康』(講談社文庫) Amazon

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2023.09.25

矢野隆ほか『どうした、家康』(その一)

 今年の大河ドラマもそろそろクライマックスですが、意外と少なめだった印象のある今年の家康関連書籍。そんな中でも、そのタイトルで一際目を引いたアンソロジーであります。家康の生涯を豪華執筆陣が超短編で描くユニークな企画の本書の全十三編のうち、印象に残った作品をご紹介します。

「囚われ童とうつけ者」(矢野隆)
 父の命じるままに今川家の人質になった――はずが、配下の裏切りで織田家に送られた幼い竹千代。現状を受け容れるしかない彼の前に、ある日奇妙な青年が現れて……

 本書の劈頭を飾るのは、まだ六歳の家康と、うつけ者――信長の出会いを描く物語。理不尽な状況に翻弄されるばかりで忍耐するしかない家康と、テンションが高くエキセントリックな物言いの信長というのは、ある意味定番のキャラクター像ではあります。
 しかし家康にあえて残酷な現実をぶつけてくる信長と、それによって初めて本当の顔を見せる家康が最後に結ぶ絆は実に熱く、一貫して戦う男を描いてきた作者ならではの物語と感じます。


「生さぬ仲」(砂原浩太朗)
 元康の生母であるお大を妻に迎えた久松弥九郎のもとを訪ねてきた元康。しかし時は今川と織田の決戦の直前、織田方である俊勝は、母子の再会の後、元康を抹殺することを決意するのですが……

 家康を生んだ後に松平広忠に離縁され、久松俊勝(弥九郎)に嫁いだお大。今川と織田に挟まれ、それぞれの顔を伺う父や夫に翻弄されたその経歴は、後の天下人の母とは思えぬ過酷さを感じさせます。

 そして本作はその夫の弥九郎が主人公という、意表を突いた設定の作品。色々な意味で何とも微妙な立ち位置の弥九郎ですが、決戦の直前にわざわざ自分の懐に飛び込んできた元康を見逃すはずもなく――と、ここからの展開はある意味予想通りではありますが、その結末に対して抱いた弥九郎の感慨が、ほろ苦くもどこか爽やかでもあります。

 個人的には本書でもベストの作品でした。


「三河より起こる」(吉森大祐)
 三河の一向一揆で家中が真っ二つに割れる中、家康の正室・瀬名が一向宗側の茶会に顔を出したと聞かされた石川与七郎(数正)。瀬名を問いただした与七郎が聞かされた彼女の思いは……

 家康の正室でありながら、後に悲劇的な運命を辿ることとなった瀬名。これまで悪妻として描かれることも多かった彼女を、本作はいささか異なる角度から切り取ってみせます。
 今川と徳川の間に挟まれた自分の立場を弁えないのでなく、ただ翻弄されるでもない――十二分に己の立場を理解し、その上で必死に生きようとする本作の彼女の姿は、彼女が語る(その時点の)家康像ともども、大いに納得がいくものであります。

 その一方で、彼女がぬけぬけと語る、向こう側につかなかった理由もすっとぼけていて(もちろんこれも一つの象徴なのですが)、彼女の未来を予感させる結末の一ひねりも含めて、一筋縄ではいかない物語であります。


「徳川改姓始末記」(井原忠政)
 ある日、関白・近衛前久から呼び出された神祇大副の吉田兼右。三河守への叙爵を望む家康から働きかけを受けたにもかかわらず、太政官から「先例がない」と拒絶された家康のため、兼右は賄の分け前目当てに先例を調べるのですが……

 いま徳川家と三河武士を書かせたら最も旬な作家の作品は、意外にも京の公家の世界を舞台とした物語。源氏であるはずの家康が、一時期藤原氏を公称していた謎(?)から始まり、公家たちの複雑怪奇な世界が描かれることになります。

 箔をつけたい戦国大名と、金がない貧乏公家の組み合わせだけでも面白いところに、思わぬ出来事が家康の叙爵を妨げていたという展開もユニークなのですが、関係者にとっては面白いではすまされません。家康からの賄を手にするために、兼右たちが取った手段とは――いやはや、いつの時代もこうした世界は変わらないものです。


 次回に続きます。


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2023.09.24

東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第13巻

 ついに漫画版『警視庁草紙』もこの巻で完結の時を迎えます。これまで明治史の裏側で丁々発止の戦いを繰り広げてきた兵四郎たちと警視庁の戦いは、如何なる結末を迎えるのか――明治史の、日本史の一大転機を背景に描く最終章「泣く子も黙る抜刀隊」であります。

 下野した西郷がついに鹿児島で決起し、お馴染みの面々が所属する警視庁の警視隊も抜刀隊と改名され、出撃を待つ頃――築地の海軍兵学校で行われる、からくり儀右衛門の軽気球の飛行実験を見物に来ていた兵四郎とお蝶たち。
 しかしそこで警察に正体が露見してしまった兵四郎は、警官たちに取り囲まれるのですが――警官の手がお蝶にまで及んだことに激昂した彼は、瞬く間に二人の警官を斬り捨ててしまうのでした。

 警官まで殺してしまい、絶体絶命の窮地に陥った兵四郎を救ったのは、軽気球を奪ったお蝶。軽気球に飛び乗ってその場は逃れた兵四郎とお蝶ですが、果たして二人の行く先は……


 と、急転直下、大変な事態になってしまったこのエピソード。最終章だから当たり前というべきかもしれませんが、原作は全十八章であったところが、この漫画版は第七章まで終わったその次にこの最終章が来たのですから、慌ただしく感じられるのも無理もないかもしれません。
 つまりは原作の半分までいかずに完結を迎えてしまったということで(「残月剣士伝」など通常の倍以上の分量であったことを考えれば)、この辺りには原作ファンとしては言いたいことは色々ある、というのが正直なところではあります。

 特に各エピソードが緩やかに繋がり、やがて大きな物語の形を示す本作のようなスタイルにおいては、後半のエピソードがごっそりなかったことで盛り上がりに欠けるのは否めません。
 また、最終章での隅のご隠居と川路大警視の対決シーンで、原作にあった国家論の部分がカットされている(これは以前のエピソードでも同様なことがありましたが)のも、原作者の国家観・明治維新を描いていないという点では物足りないところではあります。


 そういう意味では残念ではあったのですが――しかし、兵四郎個人の物語としてみると、かなり綺麗にまとまっているのもまた事実であります。
 特に「残月剣士伝」辺りから明確になった、死に損ねてしまった侍としての兵四郎(そのことを考えると、「残月剣士伝」の長さも実はそれなりに納得できます)が、ここでついに――という結末は、この構成だからこそ、という印象があります。

 また原作との比較でいえば、原作では兵四郎が自分の考えを明確に台詞でお蝶に(すなわち読者に)説明しているのに対し、ギリギリのところまで伏せているというのは、こちらの方が適切という印象すらあります。また、警視庁側の主人公というべき藤田が、兵四郎を斬首と思いきや――という展開も、結末をより印象的にするアレンジといえるでしょう。
(元々原作の最終章は、作者が地の文で自らツッコむほどご都合主義の部分があったのですが、そこが解消されているのもいい)

 さらにいえば、逃避行の最中のお蝶の姿が輝くばかりに美しく――というのはさておき、この漫画版は漫画版なりに、最も美しい着陸をしてみせたのは、間違いないと感じます。


 アレンジを加えた部分も少なくなく、時にそれが気になることもありましたが、ほとんどの場合、それがこの漫画版独自の魅力として――特に「人も獣も天地の虫」と「幻談大名小路」のラストは、原作以上に印象的でした――生きていた本作。
 なかなか難しいかもしれませんが、いつかまた、このスタッフでの山風明治ものを読んでみたいと、心から思っているところです。


『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第13巻(東直輝&山田風太郎ほか 講談社モーニングコミックス) Amazon

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2023.09.23

『るろうに剣心』 第十二話「御頭・四乃森蒼紫」

 御庭番衆たちを倒し、ついに四乃森蒼紫と対峙した剣心。小太刀と拳法を自在に操る蒼紫に苦戦する剣心は、蒼紫が幕末に機会を与えられなかった無念を晴らすため戦っていると知る。激闘の末、蒼紫の繰り出した奥義・回天剣舞に一度は倒れつつも、ついに蒼紫を倒した剣心だが、そこに観柳が現れ……

 現在のエピソードもおそらくはあと二話ということで、ラスト一話前に相応しい激闘――事実上の大将戦である剣心vs蒼紫が繰り広げられる今回。これまで自分で動くことはなかった蒼紫ですが、御庭番衆の頭領に相応しい実力を発揮、その前に剣心は般若との戦いでダメージを負っていたとはいえ、ほとんど対等の条件で戦って剣心と互角以上の戦いを見せたのは、やはりこれまでで最強の敵と呼んでよいでしょう。
 そんなわけで激闘を繰り広げた剣心と蒼紫ですが、原作では今見てみると以外と地味な戦いが、今回のアニメでは、これまで同様、きっちり動きを見せる殺陣になっているのは見所の一つといえます。

 しかし個人的には、その戦いの最中で語られる、蒼紫の「動く理由」が、より印象的に感じられます。江戸城を守る御庭番衆として最強を自負しながら、慶喜の敵前逃亡から恭順、そして江戸城無血開城によって戦う機会を奪われた蒼紫たち。自分たちが戦っていれば幕府が勝っていたはずという無念の想い、やり場のない闘争心を持て余していた彼らの気持ちはわからないでもないものの、しかしその戦いを起こしていれば生じていたであろう周囲の犠牲を考慮しないその態度は、やはり一種の妄執と感じます。
 どちらかというとその後の、就職先のない他の御庭番衆を抱えて――という方が印象に残る蒼紫ですが、やはりここで剣心を激昂させたその妄執こそが蒼紫の道を誤らせた大きな理由であり、そして前回左之助が式尉に語った剣心と蒼紫の違いが、図らずも正鵠を得たものであったことを示すものでしょう。

 そんな蒼紫を止めるには、剣で以て敗北を与えるしかないわけですが、しかし蒼紫の流水の動きに翻弄され、そして回転剣舞を喰らって一度はダウンした剣心。しかしそこから蒼紫の攻撃に合わせて拳に拳を叩きつけること二回、そして自分の刀を捨て、えっ、この構えは波動拳!? と一瞬素で思ってしまうような両手の構えから、蒼紫の小太刀をガッチリと両手で受け止めたではありませんか。真剣白刃取りかと思いきや、そこからさらに両手の指を咬むように組み合わせて、相手の武器の動きを封じる。これぞ飛天御剣流「龍咬閃」! ――知らない技です。
 実はこれは原作者考案の新技ということで、知らないのも当たり前ですが、原作ではここは普通の(?)真剣白刃取り。「剣術五百余流派通じて唯一の徒手空拳技」と称していましたが、まあまず唯一ではないので、ここで修正ともども新技に変更するのは良いかと思います。
(後に白刃取りのエキスパートになる人間が後ろで見ているので、普通の白刃取りをしても――という気もいたします)

 と、実はこの蒼紫戦決着まででAパート。もう今回一回分使うかと思いましたが、以外に早い決着であります(密度が濃かったので不満はありませんが)。だとすればBパートは――そう、観柳の出番であります。もちろん彼一人ではなく、あの相棒とともに。
 以前、Cパートでわざわざ登場を予告されていた観柳最愛の相棒――ガトリングガン。その後のあれこれによって、もはや観柳といえばガトリングというレベルにまでなってしまったガトリングガンが文字通り火を噴きます。観柳の「ガトガト」連呼付きで!

 絶対やると思いましたが、原作には当時なかった――後の宝塚版で登場、そして北海道編を経ての――ガトガト逆輸入によって一気に御庭番衆の存在感をかき消してしまった観柳。それどころか蒼紫たちの命まで風前の灯火に、というところで次回に続きます。


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2023.09.22

細川忠孝『ツワモノガタリ』第8巻 幕末頂上決戦 近藤勇の真髄

 新選組の強者たちの戦いを描いてきた『ツワモノガタリ』も、いよいよ完結であります。最後の戦い、本段は池田屋事件――激しい実戦の場で繰り広げられる最後の死闘で対峙する強者たちは誰なのか!? ついに新選組最強の男が立ち上がります。

 酒席での新選組の強者たちの剣談から数日後、発覚した攘夷浪士たちの巨大な陰謀。京の町に火をつけ、その混乱の中で京都守護職を暗殺、帝を拉致する――この暴挙を防ぐために出撃した新選組は、浪士たちが集結した池田屋に突入することに……

 かくて始まった本段 池田屋事件。言うまでもなく新選組最大の晴れ舞台ですが、言い換えれば最大の激戦。一人一人であれば無敵の強者も、多数を相手にしては――やはり強かった! 数の上では勝る相手に、近藤が、沖田が、藤堂が、永倉が、谷が激闘を繰り広げる中、戦いは新選組有利に進む中、三つの死合が繰り広げられることになります。

 その一つは、天然理心流 沖田総司 対 宝蔵院流槍術 吉田稔麿――武術の方の印象は薄い吉田ですが、本作においては喀血の直後とはいえ、沖田と互角に戦う槍術の達人。共に一度池田屋から離れ、援軍を呼びに行ったところでの遭遇という、一種運命的な出会いとなった二人の戦いは、刀と槍という点で、吉田と同門の高杉と原田左之助の戦いを逆転させた構図といえるかもしれません。


 しかしこの勝負はある意味番外編、真の戦いはこの後に待ち受けます。
 北辰一刀流 藤堂平助 対 神道無念流 桂小五郎
 天然理心流 近藤勇 対 神道無念流 桂小五郎

 二の段では田中新兵衛と死闘を繰り広げた平助と、彼自身の剣談はほとんど語られていないものの、この池田屋事件で凄まじい戦いぶりを見せたばかりの近藤――強豪二人に、「逃げの小五郎」と呼ばれた桂が相手になるのか? と思わざるを得ませんが、しかし桂は江戸三大道場の一つ・神道無念流練兵館で塾頭を務めた男。当然、弱かろうはずがありません。
 しかし史実では桂が剣を抜いたという記録はほとんどないというのもまた事実。そんな桂と、超実戦集団・新選組の猛者が激突する――なるほど、本作の掉尾を飾るに相応しい、意外にして納得、そして夢の勝負であります。

 もっとも、この対戦カードを見れば、平助が割を食うのは目に見えているのですが、しかし新選組ファンであれば、平助が池田屋で重傷を負ったのはよくご存じのはず。なるほど、史実の裏付けがあるなら仕方ない――かどうかはともかく、ここは桂の実力を引き出す役をきっちり務めてくれたと言うべきでしょう。

 そしてラストの近藤対桂は、単に剣の上での最強対決というだけでなく、幕末の二大勢力の頂上対決という意味も持つ大一番。本作においては、そこに桂の恐るべき意志が秘められていたことが描かれますが――しかしどんな陰謀も小細工もものとはしない、無双の安定感を持つのが本作の近藤であります。

 そのどっしりとした、見ただけでむしろ安心感を抱いてしまうほどの盤石の構えから放たれる近藤の剣とは、そして桂はそれをどう受けるのか?
 剣の斬り合いが、心のぶつかり合い、それぞれの生き方や思想――「歴史」の勝負となるのは、格闘漫画的な文法を取り入れてきた本作ならではのスタイルでした。この戦いも、時間(分量)こそ短いものの、描かれたものは実に濃厚で、ザ・近藤と言いたくなるような近藤の精髄を見せていただいた思いです。
(そしてまた、二人の流派と使う技が、一の段と対応するものであるのが、またグッとくるところであります)


 かくて結末を迎えた『ツワモノガタリ』。幕末最強の剣客は誰か? というシンプルかつ魅力的なテーマを、新選組の強者たちを通じて存分に描いてみせた、新選組ファン・幕末ファン・剣術ファンにはたまらない作品であり、最後の最後まで楽しませていただきました。(個人的には、一の段以外の異次元対決の決着を史実とどう折り合いをつけるのか、という点も楽しみにしておりました)


『ツワモノガタリ』第8巻(細川忠孝&山村竜也 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon

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2023.09.21

『アンデッドガール・マーダーファルス』 第12話「流れの交わる場所」

 ヴィクターの乱入により、ロイズから逃れて人狼村に入った鴉夜と津軽。ノラの遺体発見現場に向かった二人は、そこで人間の村に通じる地下道を発見する。再び人狼村に戻った二人だが、人間たちを引き連れたロイズが地下道から人狼村に乱入、阿鼻叫喚の事態となる。その中で墓場に向かった鴉夜は……

 いよいよ残すところは今回を含めてわずか二話と、ラスト前の最も盛り上がる時ですが、事態はここに来てますます混迷の度合いを深めることになります。〈鳥籠使い〉、ロイズのエージェント、〈夜宴〉、ホイレンドルフの人間たち、ヴォルフィンヘーレの人狼たち、そして殺人事件と殺人狼事件それぞれの犯人――いまだに犯人の正体が謎であるだけに、宝石争奪戦以上に複雑に感じられる状況ですが、今回犯人以外の人々が一挙に交わり、もう手の着けられない大混戦に突入してしまうのであります。

 前回描かれたノラ殺しの犯人が消えた謎(そしてこれまで人狼の少女たちを射殺した銃声が聞こえなかった謎)は、秘密の地下道があった、ということでひとまず判明。秘密の地下道というのは、ミステリでは一歩間違えれば反則技ではありますが、しかしこれが十三年前にユッテの母・ローザがヴォルフィンヘーレから逃れた手段でもあるとすれば、物語の根底に関わるものであるともいえるでしょう。しかしだとすれば、八年前に母子が焼き殺されたのは……

 何はともあれ、この地下道においては三人の人狼の少女とノラが殺された現場が発見されただけでなく、前々回人狼と化して消えたはずのアルマの死体まで発見され、さらには550日あまり何者かが監禁されていた跡が発見され――と、勘の鋭い方であれば、ここまでで事件の輪郭がほぼわかるのではないかと思いますが、それはひとまず置いて、この後はアクションのターンであります。

 一度はホイレンドルフに戻り、またヴォルフィンヘーレに戻るという忙しい動きを見せることになった〈鳥籠使い〉ですが、津軽は鴉夜たちの陽動として、単身人狼たちの自警団三人と対決。いかに鬼の力を持つとはいえ、前々回は人狼相手に大苦戦した津軽ですが、その時は様子見で手を抜いていたのか、はたまた相手が強すぎたのか――今回は鬼の力ではなく、むしろ人間の技で人狼を圧倒するというシビれる展開を見せてくれることになります。
 特に三人目を相手のバトルでは、巨大な満月をバックにしての空中戦という、原作に比べてケレン味マシマシのド派手かつ華麗な一撃を決めてくれたのは、主役(の一人)の面目躍如たるものがあります。

 しかし津軽の戦いが人間と人狼の力比べ・技比べというべき、むしろ痛快なものであったのに対し、この後に繰り広げられる人間と人狼の戦いは、むしろ陰惨な殺し合いというべき印象。ルイーゼの死体が発見され、そしてロイズに扇動されて火がついたホイレンドルフの人々はロイズとともに人狼を虐殺、これに人狼も反撃し、もうどちらかが全滅しないと収まりがつかない空気になります。

 そしてそんな大混乱の中、静句はカミーラと、アリスはクロウリーと、カイルはヴィクターと遭遇。それぞれの対峙がカットで交錯する特殊EDのラスト、ヴェラを臨時助手に墓を暴いていた鴉夜が見つけた最後の手がかりとは……

 はたして鴉夜が語る真相はいかなるものなのか、そしてその真相は人間と人狼の絶望的な争いを止めることができるものなのか? そして原作では残り三割くらいの分量を一話でまとめられるのか? 次回、あらゆる意味で必見の最終話であります。


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青崎有吾『アンデッドガール・マーダーファルス 3』恐るべきは人か人狼か 連続殺人/殺人狼事件!? 

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2023.09.20

安田剛士『青のミブロ』第10巻

 失意のどん底から這い上がり、再び理想に向けて歩み始めたにお。そしてミブロも新たな段階に突入したものの、大きな問題が発生することになります。これまで以上に暴走を始めた芹沢鴨を誰が押さえるのか、そして芹沢は、ミブロはどこに向かうのか……

 血の立志団を倒し、京を守ったものの、払った犠牲の大きさに、一度は力尽きたにお。しかし周囲の仲間たちの有形無形の励ましに立ち上がったにおは、再び理想を掲げ、希望に向けて進むことを決意するのでした。
 そして揃いの羽織をまとい、江戸に帰る将軍家茂を見送るミブロ。ここに新たな一歩を踏み出したミブロですが――しかし、その行く先に暗雲が漂うことになります。

 家茂見送りの帰り、大坂で過ごしていたミブロですが、そこで芹沢が力士を斬るという事件が発生。激昂した仲間の力士たちが押し寄せたことによって大乱闘に発展、さらに芹沢による犠牲者が増えることになるのでした。
 芹沢の暴走史の中でも、その相手のインパクトによって一際印象に残る、この大坂力士乱闘事件。本作においては、それは実は(自分が与えた太刀を差した)太郎を嘲った力士に対する無礼討ちに端を発するものだったのですが、しかし芹沢がそれを口にするはずもありません。太郎から事情を聞いた近藤は、にお、山崎と共に、事件を担当する内山与力の下へ……

 というわけでいきなり緊迫の第十巻ですが、近藤のある意味らしくもない迫力でその場は収まり、むしろメインとなるのはその後。芹沢とのサシ飲みを望んだ近藤が、芹沢に語るのは、そして芹沢の答えは――と、こちらは、互いが実にらしさ溢れるやりとりを繰り広げることになります。
 口数が極端に少ない木訥とした近藤と、暴力的ではあるものの不思議な愛嬌を持つ芹沢。(特に後者は)本作独自のキャラクターを持つ二人が、屋台で噛み合っているような噛み合っていないようなやり取りをする姿には、本作ならではの何ともいえぬ味わいがあります。
(特に近藤から「私はあなたを信じています」と言われた時の芹沢の表情がいい)

 そしてその一方で、今回の事件を踏まえてにおが提案したのが、隊士の大幅増強というのも面白く、ここから京での隊士募集に繋げてくるか、と感心しました。
(ここでクローズアップされるのが、何故か尾関兄弟なのがちょっと楽しい)


 しかし隊士を増強してもなお――というよりもそれがさらに芹沢の暴走に拍車をかけることとなり、土方と芹沢はついに一触即発の状況となります。

 もっとも本作の新見は、芹沢を慮るが故に土方たちに協力する人物として描かれるため、現時点では二派の決定的な決別とまではなりません。それでも――ということで、土方が頭を捻った末の打開策が局長三人制、さらに監察の設置(新見は監察のトップというべき立場)というのは、これはなかなか面白い設定。
 そしてにおも監察の一人に――というのは、そうきたか! と唸らされた次第です。

 もちろんそれで芹沢の行動が収まるわけではありません。しかしこの巻の終盤では、自分の悪評を流した水口藩士に対する芹沢の意外な行動が描かれ、本作における芹沢の一筋縄ではいかない姿を垣間見せてくれます。

 その一方で太郎が目撃した芹沢の異変は何を意味するのか。そしてミブロの外側の人間としては、桂小五郎や坂本龍馬も新たに登場し、この先に待ち受ける内外の波乱の大きさを予感させるのです。


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2023.09.19

夕木春央『時計泥棒と悪人たち』(その二)

 (元)泥棒の蓮野と画家の井口、どこかすっとぼけたコンビが次々と奇妙な事件に巻き込まれる短編集の紹介、後編です。

「誘拐と大雪 大雪の章」
 蓮野と井口が懸命に犯人の跡を追う間、その身に危険が迫っていた峯子。しかし犯人の一人に気絶させられた彼女が目覚めた時、思わぬ状態に――というわけで、ここから先の物語は二転三転。廃農場を舞台に、密室の謎あり、一大攻防戦ありと、誘拐事件とは思えぬ(?)スペクタクルが待ち受けます。
 しかしそんな中にもホワイダニットが織り込まれているのが本作ならでは。人殺しを何とも思わないような極悪人たちが、何故このように手間のかかる悪事に手を染めたのか――その謎解きと繋がる結末の、滑稽ともほろ苦いともいえる味わいは、実に本作らしいと感じます。


「晴海氏の外国手紙」
 数ヶ月前に亡くなった二人目の妻宛に仏蘭西から来た手紙について、晴海氏から相談を受けた蓮野と井口。実は晴海氏の二人の妻は双子だったと聞かされた蓮野は、妻の親類から、晴海氏の結婚にまつわる過去を聞き……

 日常の謎的味わいの本作は、作者の大正もので主人公たちの後ろ盾となる晴海氏の過去にまつわる物語。晴海氏と妻の実家の不思議な因縁は、晴海氏の若き日の奇妙な事件とも結び付き、思いもよらぬ真実を描き出すことになります。
 そこに秘められた人の心に思いを馳せれば何とも不思議な気持ちになりますが――ラスト一行に込められているのは、紛れもなく「幸福」なのでしょう。


「光川丸の妖しい晩餐」
 成金の広川主催の秘密倶楽部が、虎を食材にした晩餐会を開くという大型貨物船・光川丸。客の一人を探していた会の給仕・照江は、その客の無惨な屍体を発見するのですが――彼女が知らせに行っている間に、死体は消えてしまったのでした。
 ある理由で晩餐会に参加していた蓮野・井口・大月は、照江の証言を信じて屍体を探すうちに、巷を騒がしている猟奇殺人鬼が船の客の中にいることを知るのですが……

 航行不能になった船上に猟奇殺人鬼が、という紛うことなきクローズドサークルものである本作は、分量的には中編というべき力作。いつもの二人に、『絞首商會』でも活躍した奇人画家・大月も加わって賑やかな展開ですが、舞台といい内容といい、事件そのものは陰惨極まりありません。
 そもそも猟奇殺人鬼と晩餐会という組み合わせ時点で非常に厭な予感がするわけですが――最後の最後に明かされる「動機」の最悪さたるや、一周回って最高というほかないのであります。


「宝石泥棒と置時計」
 加右衛門氏の一件の置時計が盗まれた上に、元の持ち主が来日するというのに頭を抱える井口。しかし置時計だけでなく、井口の妻や峯子の周囲で、ルビーをあしらった貴重品ばかりが盗まれていることが明らかになります。いずれも不可能としか思えない状況下で起きた盗難の謎を追う二人ですが……

 様々な時計泥棒と悪人たちの物語を描いた上で、冒頭の加右衛門氏の置時計が再び題材になるという本作。描かれる事件は三つですが、中心となるのは女優の浅間光枝の下から盗まれたドレスの謎であります。
 本物のルビーをあしらったドレスと、そっくりな人造ルビーをあしらった三着のドレス――計四着のドレスの中から、本物だけ盗まれるという謎の設定と、そのトリックには大いに唸らされました。犯人がすぐにわかるのがちょっと残念ですが、ラストの蓮野の皮肉な述懐といい、味のある〆の一作です。

 ちなみに浅間光枝といえば『サーカスから来た執達吏』読者にはニッコリとさせられる名前であることはいうまてもありません。


 というわけで全七編の本書ですが、とにかく感心させられるのは、バラエティ豊かな事件のシチュエーションと、まさに本格というべき端正なその謎解きの面白さであります。特に冒頭から述べてきたように、ホワイダニットの巧みさには、ため息が出るばかりです。

 大正ものとしては、長編ほど「ならでは」の要素は強くありませんでしたが、しかし舞台の雰囲気の良さは十分、そして登場するだけで妙に安心してしまう主人公コンビの存在感も相変わらずで、存分に楽しませていただきました。
(個人的には『絞首商會』での蓮野はグロッキー状態が多かった印象なので、元気にしていたのが嬉しい)

 当然ながら、さらなる大正ものの登場にも期待している次第です。


『時計泥棒と悪人たち』(夕木春央 講談社) Amazon

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2023.09.18

夕木春央『時計泥棒と悪人たち』(その一)

 銀行員から泥棒に転職したである美青年・蓮野と、その親友で画家の井口――作者のデビュー作『絞首商會』で活躍したコンビが帰ってきました。しかも今回は前作で触れられた語られざる事件の数々を描いた、奇想溢れる、そしてバラエティーに富んだ全七編の短編集であります。

 帝大卒の銀行員でありながら、生来の人嫌いが高じた末に、人と接しなくてよい職業――泥棒に転職した美青年・蓮野。その蓮野の親友であり、危なっかしい友の世話を焼きつつも、本人もどこか浮き世離れした画家の井口。このコンビが無政府主義結社・絞首商會が起こした殺人事件に挑む姿が描かれたのが『絞首商會』でした。

 同作では、蓮野と井口、そして周囲の人間たちが過去に幾度も事件に巻き込まれてきたことが語られ、大いに興味をそそられたのですが――それが、本書において一気に語られることになります。
 いわば『絞首商會』の前日譚であり、ファンにとっては二人をはじめとする個性的な面々に再び会える、嬉しい機会なのですが、もちろんこの作者のこと、ただで済むはずがありません。

 特にホワイダニットに力を入れた本格ミステリ集である本書を、一作ずつ紹介します。


「加右衛門氏の美術館」
 実業家の加右衛門氏に、かつて父が贋物の置時計を売ってしまったと知った井口。その時計を盗み出そうとする蓮野と井口は、加右衛門氏が建設中の美術館に時計が収められていることを知ります。
 美術館への侵入を決行した二人ですが、蓮野はある事実に気付き……

 タイトルの「時計泥棒」を主人公コンビが働くことになる本作の舞台となるのは、余命幾ばくもない加右衛門氏の美術館。しかしこの美術館、辺鄙な土地に建てられた上に建物も不格好、展示物の並べ方もほとんど規則性がなく――と、奇妙な代物であります。
 本作は、加右衛門氏は一体何故このような奇妙な美術館を建てたのか? という一種のホワイダニットを描くのですが――なかなかに豪腕ながら、美術館潜入のスリルが一気に謎解きに繋がっていく展開も巧みで、本作ならではの設定を活かした快作です。


「悪人一家の密室」
 一家五人の大半が悪人という蓑田家で働く女中の亜津子。ある晩、用事で庭に出た彼女は、一家で唯一の良識人の明正が、改修中の離れの閂がかかった部屋で、奇妙な姿で殺されているのを発見してしまい……

 ほとんど全員が悪人――というか社会不適合者、ダメ人間という特殊環境の一家を舞台とする本作。そんな面々が唯一苦手とする、海外滞在中の当主が、家の離れの改修を命じてきた中で、密室殺人が起こるという趣向です。
 正直なところ、トリックやその動機は、この環境あってこそのもので、相当豪腕な印象を受けるのですが、しかし主人公となる亜津子の盗み聞き癖が思わぬ役割を果たすのは面白いところです。


「誘拐と大雪 誘拐の章」
 誘拐された姪・峯子を救出するため手を貸してほしいと井口に頼まれた蓮野。誘拐から身代金引渡しに間がなさすぎることに気がついた蓮野は、犯人の狙いがどこにあるかを解き明かします。
 どうやら犯人は強盗団らしいとわかったものの、手がかりとなる男はすでに殺された後。犯人を追い、引渡し場所に潜む二人ですが……

 『絞首商會』でも活躍したり大変な目にあったりした峯子がかつて巻き込まれたと語られ、大いに気になっていた誘拐事件の顛末を顛末を描く「誘拐と大雪」。その前編である「誘拐の章」はまだプロローグ的な内容ですが、冒頭から挨拶代わりに、何故峯子は誘拐されたのか、というホワイダニットが描かれるのが、らしいところです。

 犯人は派手に時計店で時計を強奪(ここでも時計泥棒)するなど派手に暴れまわる強盗一味、しかも主犯格は極めて凶悪と、緊迫感は高まるのですが――しかしそんな中でもどこか落ち着いたムードなのは、やはりどんな時でも取り乱さない蓮野のキャラクターあってでしょう。
(ちなみにここで、トレードマークである礼服を、蓮野が泥棒時代にも着ていたという事実が判明してさらにおかしさが募ります)

 しかし繰り返しになりますが相手は凶悪犯、峯子の安否が気遣われるわけで――というわけで「誘拐の章」に続きますが、この文章も次回に続きます。


『時計泥棒と悪人たち』(夕木春央 講談社) Amazon

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2023.09.17

『るろうに剣心』 第十一話「壮烈の般若・創痍の式尉」

 恵を奪還すべく観柳邸に突入した剣心たちの前に立ち塞がる般若。拳法の達人である般若の技に、剣心は思わぬ苦戦を強いられる。一方、左之助は全身に傷を持つ巨漢・式尉に単身挑む。正面からの力自慢同士の勝負を繰り広げるも、式尉の強烈な攻撃に追いつめられた左之助が、式尉に返した言葉は……

 雑魚を一層し、いよいよ御庭番衆との一対一のバトルがという、少年漫画の王道展開が繰り広げられる今回、勝負の一番目は剣心対般若であります。
 これまでも幾度となく顔を見せ、一度は剣心の刀を受けてみせた強敵ですが、その技は拳法。素手の武術ですが、左之助の素手ゴロとは明確に異なる動きで描かれている上に、その後に明かされる技の正体を思うと、何となく伏線(?)が感じられる動きとなっているように感じられるのが面白いところです。
(決着シーンは一瞬の交錯で見せてしまうのはどうかなぁと思いましたが、やられた!? と思いきや――パターンなのでこれは仕方ないか)

 一方、二番目となる式尉戦は、「ここは俺に任せて先に行け!」パターンで左之助が残っての戦いとなりますが、バトルの内容的にアレンジが入っているのが楽しい。原作ではあっさり鎖鉄球を手放してしまった式尉ですが、ここでは男の決闘はこれだよな、的に鎖を使ってのチェーンデスマッチを提案――といっても左之助がデスマッチのスタイルを理解しないうちに式尉が攻め立てて、ジャーマンスープレックスまで決めてしまったのは、これはむしろこういう不意打ちのテクニックだったのでは、という気がしないでもありません。
 そして戦いの決着は、原作は左之助の真っ向からの拳一発だったのに対して、こちらでは思いっきり階段の上から吹き飛ばしたところを追いかけて、一緒に飛んで落下しながらさらに拳を顔面に叩き込んで床に叩きつけるという説得力がありすぎる(普通は死ぬ)フィニッシュだったのにも驚かされました。

 しかしこの二番のバトルに共通するのは、剣心たちと御庭番衆、それぞれの「動く理由」の違いでしょう。特に左之助が式尉相手に語っていたのが明確ですが、自分自身のために戦うのか、他人のために戦うのか――観柳邸に向かう前に、左之助自身が剣心に問われた内容ではありますが、彼の心の中でも再確認できたということでしょうか。
 もちろん、この先の物語の中で、御庭番衆には御庭番衆なりの理由があったことは語られるのですが、しかしだからといって不幸な人間を生み出したり犠牲にしてはいけないよね――というのは甘っちょろい戯れ言なのですが、しかし自分の血を流してもそれを貫くのが剣心という人間なので……

 しかしそんな信念のぶつかり合いが描かれる中で、ダントツで情けないのは観柳。アニメオリジナルの描写で、監禁された恵の部屋の前にやってきて、哀れっぽく一緒にやり直そうと訴えかけ(ドアを開けないのは何故かといえば、蒼紫に鍵を取られたから、という理由が最高)、聞き入れられないとみるや、全責任を恵に押しつけて駄々をこねる醜態は、私利私欲とか自分勝手という言葉しか浮かばない、ある意味名シーンではありました。
(前半の切々と訴えかけるシーンは、ちょっと雅桐倫倶っぽくて、おっ、と思ったのですが――ちょっとでも期待した拙者がバカだったでござる)


 というわけで三者三様の「動く理由」が描かれた今回ですが、いよいよ残るは大将戦、剣心対蒼紫のみ――というところで次回に続きます。
(が、蒼紫のところまで律儀に弥彦を抱えて走ってきた剣心がちょっとオカシい……)


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2023.09.16

「コミック乱ツインズ」2023年10月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」10月号の紹介の後編であります。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 ジファルの手術により、辛くも一命を取り留めたブブ。時に善き魂を示し、時に奸悪な心を見せるジファルの過去に疑問を抱いたブブは、ジイに彼の過去のことを訪ねるのですが――というわけで今回のメインはジファルの過去編です。

 実はモンゴルに滅ぼされたオアシス都市・サドラの王子だったジファルは、同い年のラクダの世話役の子・イーブンと共にビジャに向けて苦しい旅を続けて来たのですが――ラクダ酔いでジファルはダウン。ビジャに助けを求めたイーブンですが、ジファルは命を取り留めたものの、イーブンの方が命を落とし……

 と、ブブならずとも怪しいと思ってしまうところですが、はたして彼の過去に本当にあったのは何だったのか。その辺りは予想通りではあったのですが、イーブンという友の名が皮肉に感じられるその過去には、なるほどさてこそは、と納得であります。
 とはいえ過去に秘密を持つのはブブも同じ。記憶喪失だという彼の過去の真実が明らかになるのは、まだ先のようです。


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 三村元親の大軍が迫る中、お福へと一世一代の告白を敢行した直家。普段のキャラとは全く似合わない純情路線の直家に対して、お福の答えは……
 とそれはまあ予想通りではあるのですが、彼女の方も打算抜きでも色々真面目に直家ラヴなのは、逆に色々心配にならないでもありません。

 しかしここで気付かされるのは、家と夫を失い、息子を抱えてなお気丈に生きるお福の姿が、直家の母に重なるということであります。あるいはだからこそ直家はお福に惹かれた――というのは言い過ぎかもしれませんが、戦国乱世を自分のやり方で生き抜こうとする女性たちの姿には、胸を熱くさせられるものがあります。
 そして胸を熱くさせると言えば、お福の子・桃寿丸と直家の「約束」で――こちらは間違いなく直家がかつての自分の姿を見ての行動と思えば、陰謀の鬼が見せる真摯な誓いの姿は、感動的ですらあります。


『カムヤライド』(久正人)
 前回はタケゥチが語る意外な真実と、モンコとヤマトタケルの新たな旅立ちが描かれましたが、今回はその旅立ちの前に、もう一人の重要人物・オトタチバナの過去が描かれます。

 かつては平凡な村娘――ではもちろんなく、その剛力で暴れ回り、周囲に手を焼かせていたオトタチバナ。ついに、村を襲う国津神の生贄に選ばれてしまった彼女ですが、もちろん黙って生贄になるはずもなく、緊縛ノルマもほとんど一瞬のうちに、素手で国津神を叩きのめすという豪腕ぶりを発揮します。
 あるいは神話的偉業と讃えられてもおかしくない彼女の勝利ですが、しかし神の猛威を恐れる人々にとってはとんだ罰当たり。身内にまで石もて追われ、荒んだなりで放浪する彼女の前に現れたのは……

 かつて、記憶喪失であり本能のままに暴れ回っていたモンコがヒーローとして立ち上がったのには、戦う理由を与えた恩人・ノツチの存在がありました。それと同様に、オトタチバナにもまた戦う理由を与えてくれた人物がいたというのは、少々意外のようでもあるものの、彼女の純粋さを思えば、むしろ納得させられるものがあります(しかしどちらもその相手が単純に異性ではないのがちょっと面白い)。
 問題は、その相手は今――ということですが、それを取り戻すためにモンコ・ヤマトタケルに同行するというのは納得の展開ではあります。いよいよ三人のヒーローが勢ぞろいし、新たな旅の始まりであります。

(しかし、モヒカンではないオトタチバナは普通にカワイイ……)


 次号は表紙が完結目前の『勘定吟味役異聞』、巻頭カラーは『そぞろ源内 大江戸さぐり控え帳』。特別読切で『口八丁堀』が登場であります。


「コミック乱ツインズ」2023年10月号(リイド社) Amazon

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2023.09.15

「コミック乱ツインズ」2023年10月号(その一)

 号数の上ではもう10月の「コミック乱ツインズ」、表紙は『鬼役』、巻頭カラーは『真剣にシす』、特別読切は『懊悩寺おつとめ日鑑』となります。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『真剣にシす』(盛田賢司&河端ジュン一・西岡拓哉/グループSNE)
 いよいよ調所広郷との「菱刈勇士」勝負に挑む夜市。簡単にいえば黄金6個と障害3×2個がある中からランダムに提示され、その内容を踏まえて、さらなる黄金を求めて「進む」か、そこまでの収穫でよしとして「退く」かをプレイヤーが選択するという内容であります。(ちなみに同じ障害が二度出ると死ぬ(物理的に))

 つまり二人のプレイヤーに対して提示されるものは同じ、異なるのはプレイヤーそれぞれの選択のみと、ある意味非常に平等かつ、プレイヤーの判断が試されるゲームなのですが――逆にいうと、プレイヤーにできるのは進むか退くかの二択のみ、あとはランダムに進行するので盛り上がりに欠ける印象です。
 しかも(というかこれが盛り上がりに欠ける最大の理由なのですが)広郷は、確率論的に負けない選択を繰り返すという、数学得意キャラにありがちなしょっぱいプレイを堂々とやってくるので、味方のはずの藩主まで何だか虚しくなってきている状況であります。

 ついには観客の薩摩武士たちから、夜市に対するチェストコール(これはこれで無責任)が出る有様ですが、しかし勝負には勝たなければ意味がありません。もはやゲーム終盤、広郷に点差をつけられた夜市に打つ手は――強運とか勝負度胸以外の打開策を見たいところです。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 ついに動きだした紀文の暗殺者・庵。警護の者たちをものともせず、将軍家継を一直線に狙うその凶刃の前に、管轄違いは覚悟の上の聡四郎が立ち塞がって――と、将軍暗殺という、ある意味ラストにふさわしい展開を迎えた本作。しかし越権の咎めは覚悟の上とはいえ、さすがに刀は抜けない聡四郎は思わぬ苦戦をすることになり、結局勝負は御広敷伊賀者が決することになります。
 しかし、ここで聡四郎が家継を守ったことで伊賀組も首が繋がり、組頭ももう聡四郎を狙わないと宣言、敵ばかり増える本作においては珍しい和解か――と思いきや、勝手言うなと聡四郎は不快感を示します。言われてみれば確かに勝手に襲ってきて勝手に和解というのも迷惑な話。とはいえ、これも一つの結末であることは間違いありません。

 その一方で、将軍暗殺騒動を尻目に柳沢吉里配下の忍びはまんまと目的を果たしましたが、これがどう転ぶのか。そしてもはや勝者の余裕の吉宗の後をつける永渕の動向も気になるところであります。いよいよ残すところは後二話――完結目前であります。


『懊悩寺おつとめ日鑑』(芳家圭三)
 江戸の大寺院で修行する青年僧・道慎が、当時の仏教界のウラを垣間見るシリーズ連載、今回の題材は通夜参籠。寺の参籠堂に泊まり込み、夜通しで勤行をするというものですが、寺にお泊まりということで、まあ予想がつくように奥女中などに悪用されたとも言われております。
 もちろん道慎には無縁の話ではありますが、ある晩使いの帰りに彼が助けたのは、傷を負った奥女中。実は彼女は寺社奉行・槙坂淡路守家中の武士の娘で……

 というわけで今回は人名を見ればわかるように、脇坂淡路守が裁いた谷中延命院一件をモデルにしたエピソード。しかし本作のメインは事件が解決してから、そして物語の中心となるのも、事件を解決に導いた女性――道慎が助けた仁枝であります。
 父に「報いを受けさせてほしい」と自ら願い、文字通り体を張って調べを行った仁枝。彼女の心底にあるものは――と、ここからの人情話はなかなかに読ませます。

 道慎の覚悟と長老の情け、仁枝の父の想い――それぞれが絡み合ってのラストの通夜参籠の使い方に唸らされた次第です。


 次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2023年10月号(リイド社) Amazon

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2023.09.14

『アンデッドガール・マーダーファルス』 第11話「狼の棲家」

 人狼との戦いで滝に落ちた静句。人狼の村に流れ着いた彼女は、ノラ・ヴェラ・カーヤという三人の人狼の少女に匿われる。実はこの村でも、四ヶ月に一度、少女たちが銃で殺されていると知る静句だが、他の人狼たちに見つかり、犯人として人狼たちの儀式にかけられる。しかしその最中に銃声が……

 冒頭とラスト以外、ほぼ全て静句が出ずっぱりの静句回となった今回。舞台は人狼の村へと移りますが、そこでも連続殺人(殺人狼)事件が――と、物語は意外な様相を呈することになります。いわばここからは起承転結の転といったところ、ミステリとしての本作は、ここからがいよいよ本番であります。

 と、その静句は前回ラストに鴉夜を助けるために川に落ち、そのまま滝壺まで流されたわけですが――そこに行き着くために数々の苦労を重ねた人狼の村に流されたのは、幸運というべきか不運というべきか。何しろ人間の村で人狼を見つけ次第殺そうとしているのと同様、人狼の村でも人間即殺すという状況なのですから。
 もちろん、種族的に不幸な過去もあるのでしょうが、いまその最大の理由は、四ヶ月毎に、雨の晩に人狼の少女が殺害されているという連続殺人が起きているからにほかなりません。まるで人間の村で起きているのと表裏一体、無惨な死体となって発見されるのは同じで、異なるのは爪で引き裂かれているか、散弾銃で撃たれているかという点のみですが――静句ならずとも、二つの連続殺人の関係が気になるところであります。
(特に被害者たちのビジュアルを見てみると……)

 なんとなく初めて描かれたような気もする静句のメイドスキルでティータイムとなり、その場も雰囲気も少し和みましたが(しかしこの辺りで原作にあった「掟」に対する静句とノラの会話がカットされていたのが残念。何気に大きな意味を持つ内容だったので……)、しかし事件は続きます。ここまで人間と人狼、二つの村での事件が符合するとすれば、もう一つ――と不吉なことを思っていたらその予感は当たり、今度はノラが射殺された姿で発見されたのであります。
 折よくなどとは間違えても言えませんが、その時は色々あって村の人狼たちに存在が露見した静句が、原作以上の大立ち回りの末に捕らわれ、尋問とは名ばかりの無茶苦茶な儀式の贄にされかかっていた真っ最中。当然これ以上のアリバイはないわけですが、これで疑いが晴れてああよかった、なるはずもありません。

 ここは自分が鴉夜様の代わりに探偵役を――と頑張って推理する静句ですが、さすがに鴉夜のようにはうまくいかず、しょんぼりするばかり……

 という状況で鴉夜と津軽がどうしていたかといえば、ロイズのエージェントとともに、いまいちわかりにくい感じで現れた<牙の森>を追って、津軽が小咄(これが声の使い分けがお見事)などやりながら細い山道を歩いていたら、上からとんでもない質量弾が――という感じで、冒頭とラストのみの登場。
 残すはわずか二回、はたしてここから首尾よく静句と合流し、<夜宴>やロイズや人狼たちと戦いながら、人間・人狼合わせて計八件もの殺人の謎を解くことができるのか――なんだか心配になってきましたが、さて。


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『アンデッドガール・マーダーファルス』 第5話「倫敦の不死者」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第6話「怪盗と探偵」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第7話「混戦遊戯」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第8話「夜宴」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第9話「人狼」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第10話「霧の窪地」

青崎有吾『アンデッドガール・マーダーファルス 3』恐るべきは人か人狼か 連続殺人/殺人狼事件!? 

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2023.09.13

とみ新蔵『愛剣 剣術抄』

 歴史上で真剣勝負を演じてきた様々な剣士たちの姿を描く『剣術抄』シリーズの最新作は、なんと女剣士・萌香が主人公。しかし舞台は肥後細川家、萌香の姓が阿部と聞けば、粛然たる気持ちにならざるを得ません。そう、本作のモチーフは阿部一族なのですから……

 藩の重臣・阿部弥一右衛門の娘であり、宮本武蔵の下で剣を学ぶ萌香。相弟子である天草平九郎と共に剣を磨く彼女の日常は、藩主・細川忠利の死により、一変することになります。
 忠利に殉死する者が次々出る一方で、殉死しない弥一右衛門に向けられる周囲の冷たい目。実は忠利から次代のために死を止められていた弥一右衛門でしたが、しかし周囲の嘲りに、ついに切腹することになります。

 しかしそれは既に殉死禁止令が出た後のことであり、藩命に背いたという扱いで処分を受ける阿部一族。憤懣やる方ない長男は髻を切って抗議するも、逆賊扱いされて捕縛、斬首されるのでした。
 藩のあまりの扱いに怒り長男の首を奪還、屋敷に立て籠もって徹底抗戦の構えを取る萌香たち一族。これに対して藩が送り込んだ腕利き揃いの討伐隊の中には、萌香に想いを寄せる平九郎の姿が……


 主君の命を守って殉死しなければ後ろ指をさされ、殉死すれば法度に背いたと処分され、不満を示せば逆賊扱いで処刑され、ついに一族あげて立て籠もるも――という、つくづく武士ってイヤだなあと思わされる阿部一族の物語。森鴎外によって小説化され、以後も様々な形で描かれてきた物語を、本作は意外な形でアレンジして描きます。

 その一つは、宮本武蔵の存在であります。武蔵が晩年に細川忠利に招かれ、客分として肥後に暮らしたのはよく知られた話ですが、だとすれば阿部一族の事件の際にも、当然武蔵は肥後にいたはず。
 というより、鴎外の「阿部一族」の終盤にも、ちらりと武蔵が顔を出しているのですが――本作はそれとは全く異なる形で、主人公たちの師として登場することになります。
(ちなみに武蔵は『剣術抄』シリーズでも『五輪書・独行道』の主役を務めています)

 出番こそ多くはないものの、結末を締めた上に、この事件が実は――と、最晩年の武蔵の行動に結びついているのも巧みで、なるほどこう絡めるのか、と大いに唸らされます。


 しかし本作においては、主人公が萌香という女性だということが、最大のアレンジ、最大の特長であることは言うまでもありません。

 これまでほとんど女性剣士は登場していなかったと記憶している『剣術抄』シリーズ。クライマックスにおいて主人公が真剣を振るうことがほとんどの『剣術抄』においては、それもやむなしという気がしておりましたが――しかし武蔵が言うように「刀は軽く触れても切れるもの」。
 何よりも本作でこれまで描かれてきた剣術は、力任せに振るわれるものではなく、精妙な技の理法でした。だとすれば女性剣士が登場しても不思議ではありません。

 とはいえ女性が剣を振るう場が、はたしてどれだけあるかどうか――というところで、一族郎党こぞって戦った阿部一族の一件を持ってくるのが本作のすさまじいところであります。
 鴎外の「阿部一族」では一族の女は事前に身内の手で殺されたことになっていますが、本作は萌香だけでなく、母や兄嫁たちも薙刀を手に戦うというのは、実に作者らしいところでしょう。

 そしてその中で萌香は剣士として武蔵直伝の見事な技をみせるのですが――実戦での二刀流を、こういう理由で使ってみせるというのは初めて見たように思います。さすがは剣術抄というべきでしょうか。


 そしてクライマックス、ついに対峙する萌香と平九郎。同門であり、互いに憎からず想い合う二人が剣を交えるのですが……

 本作のタイトル「愛剣」は、討ち手に選ばれた我が身を嘆く平九郎に対して、その父が慈しみの剣を振るえと語った中にあった言葉。しかし振るえば相手を斬る剣に、はたして慈しみなどあるのか?
 その答えは、二人の対峙の結末の中に示されているのでしょう。

 女性が振るう剣とは何か、如何なる時に女性は剣を振るうのか。そしてその先にあるものは――これまで様々な剣士を描いてきた作者ならではの物語であります。


 しかし弥一右衛門を貶めた武士の名は、何というかもう少し……


『愛剣 剣術抄』(とみ新蔵 リイド社SPコミックス) 

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2023.09.12

あさばみゆき『大正もののけ闇祓い バッケ坂の怪異』 水と油の二人が挑む怪異と育む関係性

 最近は大正を舞台としたもののけものが少なくありませんが、新たにユニークな作品が加わりました。四角四面な堅物の剣術師範と、見るからにうさんくさげでぐうたらな八卦見という水と油の二人が、数々の怪異に巻き込まれる物語であります。

 時は大正初期、目白で父親の跡を継いで剣術道場の師範を務める柳田宗一郎は、自他ともに認める堅物。人付き合いも苦手なために、道場は門弟が一人しかいない状況で、中学校への出稽古で糊口をしのぐ日々であります。
 そんなある日、出稽古に向かう途中の宗一郎が出会ったのは、道端で女性相手に商売する八卦見の優男・旭左門。見るからにうさんくさく、いい加減そうな左門に反感を感じる宗一郎ですが、こともあろうに左門は彼の顔を見て「死相が出ている」、さらに「女難」に遭うと告げたではありませんか。

 憤懣やるかたなくその場を離れる宗一郎。しかし出稽古の帰り、道場のある「バッケ坂」の入り口で、気分が悪くなった女性・あけ乃を助けた宗一郎は、彼女を家に送っていくのですが――その屋敷から出られなくなってしまうのでした。
 時間と空間が乱れたような屋敷に、何やら怪しげな態度を取るあけ乃とともに閉じこめられてしまった宗一郎。しかしそんなところに、屋敷の外からあの左門が入ってきて……


 この第一話に始まる本作は、石頭どころか鉄頭と呼ばれるほどの堅物の宗一郎と、ぐうたらでいい加減だけれども人たらしの左門という、何もかも正反対の二人がバディとなって怪異に挑む、全五話の連作集。
 すでに文明開化という言葉も過去になったような(しかし自然も十分残っている)大正時代の東京のど真ん中――今でいう新宿区~千代田区、豊島区辺り――を舞台に、現実からちょっと踏み出したところに待ちかまえる不可思議な世界が描かれることになります。

 裏山の祠の宝珠を持ち出した子供たちが次々と姿を消していく、夢に現れた猫と言葉を交わすうちに夢の繰り返しに囚われていく――様々なシチュエーションで描かれる怪異の内容も面白い(特にここで挙げた宝珠のエピソードのクライマックスはかなり怖い)のですが、ユニークなのはその発生のメカニズムであります。

 本作で描かれる怪異の正体は、左門が語るところによれば、バランスが崩れた氣の異常から生まれた「氣生」なる存在。それはある意味因果因縁を具現化した妖に見えますが――実際に因がなくとも、あると信じることが積み重なれば、そこに果が生まれるというのが実に面白い。
 この辺の怪異発生のメカニズムは、近代の都市部ならではのものを感じる――といっては牽強付会に過ぎるでしょうか。


 しかしそれ以上にユニークで、本作ならではの味わいを生み出しているのが、宗一郎と左門の関係性であることはいうまでもありません。

 性格や生き方は正反対で、生業も剣術家と八卦見と、これも共通点のない二人。そんな凸凹コンビが、それぞれの特技を活かして怪異に挑むというのは、定番ではありますが、やはり大いに盛り上がります。
 特に怪異の存在など信じず、文字通り気の迷いと決めつけている宗一郎が、気合いで氣生をどうにかしてしまう点など、実に愉快であります。(しかしこれが実は大きな意味を持つのですが……)

 そして正反対の二人が、事件を乗り越えていくうちに互いを理解して――というのも定番ながら、本作はその点を丁寧に描いていくのが実に魅力的です。
 宗一郎も左門も、剛と柔が極端すぎて、最初はいささか感情移入しにくい印象を受けます。しかし物語が進んでいくにつれて、ある意味頑なそれぞれの心の中に、一種の綻びがあることに気付いた時――そこに浮かび上がるのは、血の通った人間としての二人の姿なのです。

 そしてそれぞれ互いに欠けたもの、互いが持っているものに気付いたとき――そこから生まれる二人の交感は、それまでが水と油だっただけに、感動的ですらあります。


 こうして互いを理解し、そしてそれを通じて自分を見つめ直すことで、真のバディとなっていく二人。そんな二人のこれからの姿も、ぜひ見たいと感じるのです。


『大正もののけ闇祓い バッケ坂の怪異』(あさばみゆき ポプラ文庫ピュアフル) Amazon

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2023.09.11

松浦だるま『太陽と月の鋼』第7巻

 通力使いたちに攫われた愛妻・月を求める竜土鋼之助の戦いは続きます。下総での博打勝負を突破し、ついに月の姿を己の目で捉えた鋼之助の前に、彼にとっては因縁の相手である夜刀川瞠介とその妹が立ちふさがります。それぞれに恐るべき通力を操る夜刀川兄妹に、鋼之助たちの力は及ぶのか……

 土御門家の当主・晴雄の配下の通力使いたちに攫われた月を求め、高山嘉津間の導きで下総に向かった鋼之助。迷い込んだ賭場で天朸と名乗る男に助けられた鋼之助ですが、実は彼こそは土御門家配下十二天将が一人――恐るべき強運を持つ天朸と、月の命を賭けたサイコロ賭博を余儀なくされた鋼之助は、卜竹の助けで、辛うじて勝利するのでした。

 そして天朸から、月が那須の殺生石にいると聞き、鋼之助一行は那須に飛ぶのですが――ついに再会した鋼之助と月の間に立ちふさがるのは、やはり十二天将の夜刀川瞠介と刮であります。
 鋼之助にとって瞠介は月を攫った相手であると同時に、忠僕の乙吉を殺した仇。因縁の相手を前に、怒りに燃えて挑む鋼之助ですが、通力使いとしてのレベルが違いすぎる相手に、大苦戦を強いられることに……


 前巻ラストで、その意外すぎる正体の一端が明かされた月と、実に第一巻以来の再会を果たした鋼之助。しかしもちろん、ここで鋼之助と月が手を取り合って終わるはずもありません。
 鋼之助の前に現れるのは、これも第一巻以来の因縁である夜刀川瞠介――これまでも嘉津間が語る晴雄との過去編にも登場していた、晴雄の側近的な男です。

 なるほど月と鋼之助の間とは因縁の相手だけあって、その力は絶大――周囲の水を自在に操るという、シンプルにして応用性が高すぎる能力に加えて、コンビで行動する妹の刮は、火を自在に操るという、これまた強敵であります。
 このストレートに強力な二人の敵に対して、その力をこれまで幾度も発現させているもののまだ荒削りな鋼之助一人では、あまりに不利。かくて天朸戦でも大活躍した、相手の心を読む力を持つ卜竹、そして絶対変えられない未来を視るという、地味ながら反則級の力を持つ明の三人が力を合わせることになります。

 そしてまだまだ物語の形が全く見えていなかった第一巻の時点からは想像もつかないような本格的な能力バトルが展開することになるのですが――その内容には大いに手に汗握らされつつも、しかしそれだけで終わらないのは、やはり本作ならではと感じます。


 幾度も述べたように、鋼之助にとっては物語冒頭からの因縁の相手である瞠介。しかし嘉津間の語りの中に登場するその過去の姿は、むしろ悩める晴雄の身を慮る常識人に見えました。しかしそんな彼が、あの時とは大きく変わってしまった主の命を――それが非道なものであっても――唯々諾々と聞いている姿には、少々違和感があります。

 それは単に強い忠誠心のためなのか、あるいは――と思っていたところに描かれるのは、なるほど、と納得させられる理由。(それが、物語の謎の一つの、大きなヒントとなっているのも巧みであります)
 思えば天朸も、その前に鋼之助が戦った蟲使いの斑も、本作の敵役は、いずれも心の中に様々な過去を――彼/彼女たちが体を張って戦う理由を持っていました。

 もちろん、戦う理由があれば良いというものではないでしょう。しかし敵役も含め、登場人物たちがそれぞれの過去を背負って現在ここに居ることを描くのは、過去と現在、時に未来すらも交錯するこの物語において、大きな意味があると感じます。


 しかし、相手がどのような過去を持とうとも、鋼之助には譲れないものがあります。そのためには、時に卑劣とすらいえる手段も厭わず用いるしかないのですが――その果てにさらに恐るべきものを解き放ってしまうとは。
 月との再会も束の間、絶対的な窮地はまだ続きます。


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2023.09.10

10月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 ほとんどこちらを潰しにかかっているような勢いの暑さがまだ続いていますが、しかし今年ももう後半戦。新刊情報も残すところあと三回――というわけで10月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 しかしこの数ヶ月同様、どうにも寂しい状況の10月。とはいえ、その中にもインパクトのある作品がもちろんあります。

 まず文庫では、タイトルから想像もつかない展開に驚かされた横山起也『編み物ざむらい』の第2巻が登場。そして驚きといえば、あの展開で続編が!? の山本巧次『岩鼠の城 定廻り同心 新九郎、時空を超える』も楽しみなところです。
 その他文庫の新刊は菊川あすか『大奥の御幽筆 永遠に願う恋桜』、復刊・文庫化では風野真知雄『新・若さま同心徳川竜之助  二 化物の村』〈新装版〉、冲方丁『剣樹抄 不動智の章』そしてここのところ新装版が続く井上祐美子『朱唇 中華妓女短篇集』くらいですが……

 しかし、単行本の方で、ある意味最大の衝撃が待ちかまえます。久々の刊行となる夢枕獏『陰陽師 烏天狗ノ巻』には、雑誌掲載時点で一部の読者を狂喜(狂気)させた「梅道人」を収録。単行本派の反応が楽しみです。
 また、18世紀の英国軍艦を舞台としたミステリ、岡本好貴『帆船軍艦の殺人』も気になるところです。


 さて、漫画の方はなんといっても、ユニークな警察漫画であった『ハコヅメ 交番女子の逆襲』の泰三子が、今度は警察の生みの親を描く『だんドーン』第1巻が最も注目でしょう。
 そのほか、どちらもパラレルが入っている(特に後者)黒船ものの新作が何故か二作、リョマジ『クロフネ・オブ・ザ・デッド』第1巻と加藤文孝『空来船打払令』第1巻がありますが、ちょっとこのブログで紹介するかどうかは未定です。

 そのほか続巻では、ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第14巻、士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第9巻、かどたひろし『勘定吟味役異聞』第14巻、貘九三口造『ABURA』第3巻が登場。
 また、さいとうちほの『輝夜伝』第13巻と『VSルパン』第7巻が同時刊行、そしてついにクライマックス突入の藤田和日郎『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』第6巻が楽しみなところです。



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2023.09.09

『るろうに剣心』 第十話「動く理由」

 御庭番衆を撃退していらい平穏な日々が続き、神谷道場にも馴染み始めた恵。しかしそんなある日、恵の前に現れた観柳は神谷道場に火をつけると脅迫、恵は置き手紙を残して観柳の元に向かう。しかし恵の態度に不自然さを感じた剣心たちは観柳邸に向かい、私兵団たちを突破して邸内に突入する……

 前回、御庭番衆の刺客を撃退して恵の素性とこれまでの行動の理由も判明――と、一段落ついた感もある展開も受けて、冒頭で描かれるのは、すっかり道場の居候四号として違和感ない恵の姿。前回も触れましたが、このエピソード当時の原作の絵から一番離れたキャラクターデザインのためか、恵もすっかり柔らかい人物になった印象で、そんな彼女を阿片女と小学生並に直球のあだ名で呼ぶ左之助が困った人間に見えます。(そんな左之助の心情をいちいち解説してくれる剣心はいいやつ)

 しかしそんな恵を貸本屋に変装した般若を使って呼び出し、ネチタラ迫るくだりでは、観柳は今までの悪役とは違う一種のクレバーさを見せます。阿片作りに手を染めた過去を挙げ、親族に会いたいという恵の未来の望みを潰した上で、現在彼女が身を寄せる神谷道場に迷惑がかかるという、現在過去未来三段構えの脅迫で、自ら恵が道場を去らざるを得ない形に追い込む辺りの厭らしさはさすが――というか、これも前回触れましたが、やはり観柳はネタキャラ扱いするにはちょっと洒落にならない悪質さを感じさせます。
 しかし御庭番衆もこの観柳の命令に基本的に従っているわけで、この先色々と事情は語られはしますが、この時期の蒼紫も大概タチが悪い――という印象は否めません。
(後半、観柳から結構やな感じで殴る蹴るの暴力を振るわれる恵を平然と見ていたりとか)

 そんなわけで形の上では自主的に去るという内容の手紙を残して去った恵ですが、しかし剣心は速攻で背後事情まで見抜く観察眼を発揮。仮に見抜いたとしても、わざわざ恵を追いかけて動く理由がない――と観柳は考えたでしょうし、左之助もその通りのことを言うわけですが、そこで動くか動かないかがヒーローかどうかの分かれ目であります。

 剣心――というより抜刀斎顔で恵の心情を教えられて意地を張るのをやめた左之助と、前回恵に命を助けられた(というか命が危なくなったのも恵のためなんですが)弥彦と、観柳邸に殴りこむ剣心。大勢が待ちかまえているところに剣心が乗り込むシチュエーションは実は三回目なのですが、さすがに観柳邸は層が厚い。出陣しないけど小姓隊なんてものがいるくらい層が厚い(いったい何のためにいるんだ……)。
 特に今回は結構な人数の銃士隊が待ちかまえていましたが、しかし実写版でお馴染みの(って原作でもやってるよ!)ズザサッという感じの動きで剣心はよけるわ、弥彦が飛んでくるわで、やはりどれだけいても雑魚は雑魚。中抜きのアクションで私兵団を蹴散らされた上に、門灯の柱を叩き斬ってぶつけられそうになる(原作でも思いましたが、やっぱり物理的に無理がある動きでは……)と散々な観柳ですが、まあやってることは洒落にならなくとも、ムーブとしてはやはり小悪党が似合います。

 そんなわけで実際に剣心と左之助の相手になるのは御庭番衆――死亡遊戯形式で待ちかまえる一番手は般若。いきなり実力者の登場に、剣心側は――というところで次回に続きます。


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『るろうに剣心』 第二話「東京府士族・明神弥彦」
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『るろうに剣心』 第七話「人斬りふたり」
『るろうに剣心』 第八話「逃走麗女」/第九話「御庭番強襲」

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2023.09.08

『アンデッドガール・マーダーファルス』 第10話「霧の窪地」

 <牙の森>の謎を知るため、ホイレンドルフで起きた人狼事件の犯人を突き止めることを請け負う鴉夜たち。外から来た住人たちに話を聞く一行だが、その前にロイズのエージェントたちが現れる。さらに村に人狼が出現、戦いを挑む津軽と静句だが、巻き込まれた鴉夜を救うために静句は滝壺に……

 本作も今回を入れて残すところあと四話、「人狼編」は起承転結の「承」といったところ。ホイレンドルフ村で今起きている人狼による殺人事件、そして八年前に起きた人狼退治にまつわるディテールが、明らかになっていきます。
 そんなわけで今回の前半は、関係者・容疑者への聞き込みパート。探偵ものの定番というべき展開ですが、その対象となるのは、「よそ者」たち、すなわち素性がはっきりしている村土着以外の、村の外からやってきた者たち――技師のクヌート、画家のアルマ、医師のハイネマンの三名であります。
 聞き込みというのは基本的に地味なものではありますが、ここでは八年前のエピソードを絡めたり、津軽と鴉夜のボケとツッコミを交えることによって、退屈さとは無縁なものとしているのは、毎度のことながらさすがというべきでしょう。

 そして後半は一転、津軽たちが二つのバトルを繰り広げることになります。一つは前回ラストに顔を見せたアリス・ラピッドショットとカイル・チェーンテイル、ロイズのエージェントの二人――というか、正確にはアリスと津軽との対決。文字通り前哨戦というべき内容ではありますが、室内での(はた迷惑な)一瞬の攻防というシチュエーションは、津軽とアリスの正反対のキャラもあってなかなか楽しめました。
 が、個人的にはそれよりもホームズの出番が台詞で済まされたことが、やはり残念だったのですが……
(あれじゃまるで<鳥籠使い>への敵愾心から情報売ったと勘違いされるのでは。ホームズのパワーアップ宣言や、ワトスンへの非常にエモいホームズの台詞があったのに!)

 それはさておき、もう一つのバトルが今回の本命というべきか、ついに津軽と人狼が激突。ある意味意外な(しかし疑おうと思えばいくらでも疑える)シチュエーションで出現した人狼に対して、いつもの戦闘スタイルというべき身軽になって挑む津軽ですが――彼の鬼の力を持ってしても、というより彼の鬼の力をブロックしつつ互角以上に戦う姿は、人狼という存在の恐ろしさを十分アピールしていたといえるでしょう。
 別に一対一の見世物でもなし、と遠距離から放つ静句の銀の弾丸の一撃も効かず、さらに気合いの入った作画からの接近戦も及ばず――と、ここで人狼のもう一つの恐ろしさ、人間並み(以上?)の狡猾さが発揮されることになります。ここで人狼が<鳥籠使い>というより静句の最大の弱点が――その直前のシーンでの隠せないイラつきっぷりはある意味伏線と言うべきか――突いたことで、物語は意外な展開を迎えることになります。

 ここまでで原作の約1/3、ここから先の怒濤の「転」にも期待が持てそうです。


 ちなみにカイルはプロポーション的に性別変わったかと一瞬思いましたが、あれは純粋に胸の筋肉ということでよいのでしょうね……


『アンデッドガール・マーダーファルス』Blu-ray BOX(Happinet) Amazon

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『アンデッドガール・マーダーファルス』 第6話「怪盗と探偵」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第7話「混戦遊戯」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第8話「夜宴」
『アンデッドガール・マーダーファルス』 第9話「人狼」

青崎有吾『アンデッドガール・マーダーファルス 3』恐るべきは人か人狼か 連続殺人/殺人狼事件!? 

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2023.09.07

滝沢志郎『エクアドール』 海を越える同胞愛と明日に踏み出す人びとの物語

 中世の琉球王国に始まり、東南アジアへと展開していく、希有壮大にして爽快な海洋冒険ロマンであります。琉球を外敵から守るため、ポルトガル人から新型兵器を手に入れんとする琉球王府の人々の旅の行方は……

 時は種子島に鉄砲が伝来する二年前――倭寇だった過去を持つ琉球王府の下級役人・眞五羅は、湾に迷い込んできた倭寇船との交渉に当たる中、倭寇時代の友・弥次郎と再会することになります。
 弥次郎と共にかつて所属していた船団を明国の仏朗機砲で壊滅させられ、九死に一生を得た過去を持つ眞五羅。彼は琉球を倭寇から守るため、港に仏朗機砲を設置することを思いつき、上役の王農大親に提言するのでした。

 その提言は受け入れられ、仏朗機砲入手のため、眞五羅は使節団の一員として、ポルトガル人が占領しているマラッカに向かうことになります。同行するのは王農大親と名門与那城家の嫡男・樽金、通詞の梁元宝、そして弥次郎――さらに途中のアユタヤから、近頃頭角を現している倭寇の頭目・王直、そしてポルトガルの貿易商人・メンデスとその通訳の少年・マフムードが加わり、生まれも育ちも異なる面々による旅が繰り広げられます。

 そしてついにたどり着いたマラッカ。かつてのマラッカ王国がポルトガルに滅ぼされて以来、三十年ぶりにマラッカを訪れた琉球一行は、そこでポルトガルの長官を相手に交渉を行うことになります。
 しかしこの当時のマラッカ海峡周辺は、マラッカ、ジョホール、アチェが三つ巴でにらみ合う一触即発の地。やがてその争いの中に巻き込まれることとなった一行の選択は……


 海に囲まれた国のわりにはには――それは間違いなく鎖国政策の存在があるわけですが――決して数が多くはない海洋歴史時代小説。しかしそれだけに記憶に残る作品が少なくないわけで、本作もその一つであることは間違いありません。

 本作の始まりとなるのは十六世紀半ばの琉球ですが、この当時は第二尚氏による琉球統一から百年弱が経過して中央集権が確立し、最もその版図を広げた時代といえます。
 それだけに、琉球に暮らす人々も様々なルーツを持ちます。琉球本島だけでなく周辺の島々、朝鮮、中国、そして「日本」――対馬人の父と朝鮮人の母の間に生まれて倭寇として暮らし、そして今は琉球の役人となっている本作の主人公格の眞五羅は、その多様性の象徴といえるでしょう。

 当時のヨーロッパでは、誇り高く同胞愛の強い人々として、半ば伝説となっていた琉球人(レキオス)。その「同胞」の意味は、決して民族的、血縁的に繋がったものではない――本作で語られるその姿は、狭い同胞意識が広がる現代に生きる者にとって、強い印象を残します。


 そして本作において印象的なのは、そして魅力的なのは、それだけではありません。
 様々な出自を持つ本作の登場人物は、それだけに背負うものも様々です。仲間たちが仏朗機砲によって皆殺しにされたことにより、いわゆるPTSDを背負う弥次郎。レキオスに強い憧れを抱く舌先三寸の面白キャラと思いきや――というメンデス。そしてこの時代のマラッカを象徴するようなその出自が物語に大きく影響するマフムード……

 彼らのほかの登場人物の誰もがそれまでの人生で背負ってきた、それぞれの過去。本作で描かれる旅路の中で、彼らはその過去と、それぞれのやり方で向き合うことになります。
 しかし本作の素晴らしいのは、それが贖罪や犠牲といった形ではなく、いずれも一歩前に踏み出すという形を取る点であります。それだから本作の物語は、時に流血を伴う激しい戦いを描きつつも、どこまでも前向きで、そしてだからこそ感動的なのです。


 海洋という広大な世界を舞台に交錯する様々な人々の姿を通じて、人間愛ともいうべき「同胞愛」の在り方と、過去から一歩踏み出して明日に踏み出す人々の姿を描く本作。美しいラストシーンに至るまで、ひたすら痛快で爽快で、そして心を熱くする物語であります。


『エクアドール』(滝沢志郎 双葉社) Amazon

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2023.09.06

松井優征『逃げ上手の若君』第12巻

 何とアニメ化も決定した『逃げ上手の若君』ですが、単行本最新巻の方では、一つの節目、大きなクライマックスを迎えることになります。足利直義を打ち破り、ついに鎌倉に帰還した時行と仲間たち。しかしそこに足利尊氏の軍が迫ります。もちろん、万全の体勢で迎え撃つ北条勢ですが……

 女影原に続き、小手指ヶ原でも関東庇番衆を打ち破り、鎌倉を押さえていた足利直義と激突した北条時行と仲間たち。一度は直義の仕掛けてきた言葉による戦に押されながらも、それを純粋な想いで押し返した時行は、ついに直義を撃破し、鎌倉に入ることになります。

 父祖代々の地である鎌倉に帰還し、喜びを露わにする時行と、彼と共に一時の平和を楽しむ逃者党と諏訪頼重たち。時行が鎌倉を奪取して北条政権を復興し、めでたしめでたし――となりそうなこの巻の前半までの展開ですが、ここで終わっていたら、後世にこの辺りの戦いが「中先代の乱」と呼ばれることにはならないでしょう。

 この事態に手をこまねいて見ているはずもなく、(征夷大将軍任命こそ後醍醐天皇によって拒否されたものの)佐々木道誉や高師直らと共に出陣した尊氏。当然この事態を北条方も予想していたにも関わらず、瞬く間に尊氏は鎌倉に迫り――と、この巻の前半と後半は急転直下というも生ぬるい、まさに天国と地獄というべき強烈な状況の変化が描かれることになります。


 正直なところこの辺りの歴史は、教科書ではわずか数行で済まされてしまう印象があります。しかしもちろん、その時代に実際に生きていた人々にとっては、そんな程度の分量で済まされるものでも、また結果論で語れるものでもありません。
 それはこの巻でいえば北条家の帰還を喜ぶ人々の姿に表れておりますし、そして何よりも本作そのものが、歴史上の出来事とその中で生きた人々をわずか数行で描くことへのアンチテーゼともいえるでしょう。しかしだからといって、歴史に記された結末を変えることはもちろんできません。

 そしてその歴史に記された内容が、冷静に考えればとんでもないものなのですから、さあ大変。出陣を目前に控えた北条方を襲った大風、そして尊氏と対陣した際の北条方の反応――身も蓋もないことを言ってしまえば、ほとんどインチキ、これが通るならば何でもあり、常人にはもうどうしようもない展開の連続であります。

 負けイベントにしてももう少し理屈が通りそうな展開ですが、しかしこれが史実だから仕方がない――というのは歴史ものとしてはアウトギリギリな気もしますが、しかしこの理不尽さこそが、むしろこの物語の巧みさなのでしょう。
 神ならぬ人の身で、どれだけ巨大な歴史の流れに抗うことができるか――そこには当然、戦うだけでなく、逃げることも含むのですが――それを本作は描いているのですから。
(そしてこの構造が、頼重が語る尊氏を倒さなければならない本当の理由に重なるのも、また納得)


 しかしそれにしても、もう少し救いがあってもよいのではないか――という勢いで盛大に敗北した北条方。いや、単に敗れるならまだしも、えっ、お前一体何やってるの的な展開まであり(しかもほぼ反則な形で逃げ道を封じる鬼っぷり)、希望を徹底的に奪ってきます。

 この絶望の中で、時行をさらに容赦のない展開が待つのですが――さて、前半に新キャラが登場したことも完璧に忘れさせるような勢いで、上げてそこから叩き落とすこの流れの中から、時行と仲間たちは立ち上がることができるのか。ある意味勝負の次巻に続きます。


 しかし今川家は、あれは個人の暴走ではなかったんだな……


『逃げ上手の若君』第12巻(松井優征 集英社ジャンプコミックス) Amazon

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2023.09.05

峰守ひろかず『少年泉鏡花の明治奇談録』

 実在の有名人が登場するフィクションは様々にありますが、本作の主人公は、まだ15歳の少年時代の泉鏡花。金沢で暮らす「おばけずき」の少年である彼が、現実の(?)怪異に出会うために出向いた先で出会う、怪事件の数々を描く物語であります。

 時は明治21年、金沢で人力車夫として働く青年・武良越義信が英語を学ぶために訪れた私塾で出会ったのは、寄宿生にして英語講師でもあるという少年・泉鏡太郎。しかし少々高い受講料に入塾を断念しようとする義信ですが、そこで鏡太郎は奇妙な条件を出すのでした。
 それは「怪異な噂」を持ってくること――噂だけでも受講料の支払いを待つし、、さらに本物の怪異に出会うことができればなんと受講料を免除するというではありませんか。実は鏡太郎は無類のおばけずき、何とか本物のおばけに出会うことを夢見ていたというのです。

 その条件を呑んで、鏡太郎の下に様々なうわさ話を持ち込む義信。それだけでなく、成り行きから鏡太郎と行動を共にすることになった義信は、この世のものとは思えない出来事に次々と遭遇することになるのですが……


 冒頭に触れたように、実在の有名人が登場するフィクションは数多くあり、泉鏡花もまた、その個性的な言動から、様々な作品に登場しています。しかし本作はその鏡花が主人公、しかもまだ金沢に暮らす十代の少年であった頃を題材にしたという点で、非常にユニークな作品であります。
 元々金沢生まれの鏡花は、明治21年時点では通っていたミッションスクールを退学し、同郷の教育者・井波他次郎の私塾に寄宿して英語の講師をしていた時期。そこで大好きな小説類を没収されたり外出禁止を言い渡されたりしたものの、しばしばランプの油を買いに行くと称して、貸本屋に通った――という、いかにもなエピソードは、本作にも登場するとおりです。

 さて、本作はそんな鏡花、いや鏡太郎が、後年知られるようになるおばけずきぶりを発揮し、金沢で起きる様々な怪奇事件に首を突っ込むことになります。しかしおばけずきの例に漏れず(?)真怪と偽怪の違いにうるさい鏡太郎は、図らずも事件の背後に潜む真実を探偵役として解き明かしていくことになって――という趣向であります。

 そんな本作は全五話構成。数々の妖が出没するという化物屋敷、人間を獣に変えてしまうという山中の美女、巫女役が必ず自ら命を絶つという雨乞いの祭、金沢城跡に浮かび上がるかつての城の姿――こうした数々の怪異を描くエピソードには、「草迷宮」「高野聖」「夜叉ヶ池」「天守物語」「化鳥」と題されています。
 これはいうまでもなく後に彼が著す名作の数々から取られたものですが、その内容、すなわち鏡太郎が経験した事件の内容とその真実が、後の作品の影響に与えた――という趣向は、有名人(探偵)ものの定番であるものの、やはり楽しいことは間違いありません。

 また楽しいといえば鏡太郎のキャラクターで、おばけの話となるととたんに早口で止まらなくなるのも、まず微笑ましい(それが本を引き写したような内容なのは、まあそれはそれで微笑ましさの一部なのでしょう)。
 そして何よりもおかしいのは、鏡太郎の年上女性好きであります。自分と同年代の少女には塩対応なのが、高貴で神秘的な雰囲気の年上美女にはコロッと参ってしまうのは――後年の鏡花作品のヒロインを見ればやっぱり納得で――何とも愉快としかいいようがありません。

 しかしそれが単なるおかしさだけでなく、鏡太郎というキャラクターの陰影につながっているのもまた巧みな点でしょう。いや、鏡太郎だけでなく、登場人物の多くは、それぞれの形で過去を背負い、そしてその重みに喘ぐ者であることが、物語の中で明らかになっていきます。
 明治維新、文明開化の荒波の中で悩む者たちの姿を、怪異を通して描く――作中のその姿は多くの場合、儚さともの悲しさがつきまといますが、それもまた、鏡花を主人公とし、そして鏡花を描く物語ならではというべきでしょうか。


 展開的に続編は難しいように思うものの、できればその後の鏡太郎少年の姿を、彼が「泉鏡花」になるまでを描いてほしいという気持ちも、もちろんあります。


『少年泉鏡花の明治奇談録』(峰守ひろかず ポプラ文庫ピュアフル) Amazon

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峰守ひろかず『少年泉鏡花の明治奇談録』

 実在の有名人が登場するフィクションは様々にありますが、本作の主人公は、まだ15歳の少年時代の泉鏡花。金沢で暮らす「おばけずき」の少年である彼が、現実の(?)怪異に出会うために出向いた先で出会う、怪事件の数々を描く物語であります。

 時は明治21年、金沢で人力車夫として働く青年・武良越義信が英語を学ぶために訪れた私塾で出会ったのは、寄宿生にして英語講師でもあるという少年・泉鏡太郎。しかし少々高い受講料に入塾を断念しようとする義信ですが、そこで鏡太郎は奇妙な条件を出すのでした。
 それは「怪異な噂」を持ってくること――噂だけでも受講料の支払いを待つし、、さらに本物の怪異に出会うことができればなんと受講料を免除するというではありませんか。実は鏡太郎は無類のおばけずき、何とか本物のおばけに出会うことを夢見ていたというのです。

 その条件を呑んで、鏡太郎の下に様々なうわさ話を持ち込む義信。それだけでなく、成り行きから鏡太郎と行動を共にすることになった義信は、この世のものとは思えない出来事に次々と遭遇することになるのですが……


 冒頭に触れたように、実在の有名人が登場するフィクションは数多くあり、泉鏡花もまた、その個性的な言動から、様々な作品に登場しています。しかし本作はその鏡花が主人公、しかもまだ金沢に暮らす十代の少年であった頃を題材にしたという点で、非常にユニークな作品であります。
 元々金沢生まれの鏡花は、明治21年時点では通っていたミッションスクールを退学し、同郷の教育者・井波他次郎の私塾に寄宿して英語の講師をしていた時期。そこで大好きな小説類を没収されたり外出禁止を言い渡されたりしたものの、しばしばランプの油を買いに行くと称して、貸本屋に通った――という、いかにもなエピソードは、本作にも登場するとおりです。

 さて、本作はそんな鏡花、いや鏡太郎が、後年知られるようになるおばけずきぶりを発揮し、金沢で起きる様々な怪奇事件に首を突っ込むことになります。しかしおばけずきの例に漏れず(?)真怪と偽怪の違いにうるさい鏡太郎は、図らずも事件の背後に潜む真実を探偵役として解き明かしていくことになって――という趣向であります。

 そんな本作は全五話構成。数々の妖が出没するという化物屋敷、人間を獣に変えてしまうという山中の美女、巫女役が必ず自ら命を絶つという雨乞いの祭、金沢城跡に浮かび上がるかつての城の姿――こうした数々の怪異を描くエピソードには、「草迷宮」「高野聖」「夜叉ヶ池」「天守物語」「化鳥」と題されています。
 これはいうまでもなく後に彼が著す名作の数々から取られたものですが、その内容、すなわち鏡太郎が経験した事件の内容とその真実が、後の作品の影響に与えた――という趣向は、有名人(探偵)ものの定番であるものの、やはり楽しいことは間違いありません。

 また楽しいといえば鏡太郎のキャラクターで、おばけの話となるととたんに早口で止まらなくなるのも、まず微笑ましい(それが本を引き写したような内容なのは、まあそれはそれで微笑ましさの一部なのでしょう)。
 そして何よりもおかしいのは、鏡太郎の年上女性好きであります。自分と同年代の少女には塩対応なのが、高貴で神秘的な雰囲気の年上美女にはコロッと参ってしまうのは――後年の鏡花作品のヒロインを見ればやっぱり納得で――何とも愉快としかいいようがありません。

 しかしそれが単なるおかしさだけでなく、鏡太郎というキャラクターの陰影につながっているのもまた巧みな点でしょう。いや、鏡太郎だけでなく、登場人物の多くは、それぞれの形で過去を背負い、そしてその重みに喘ぐ者であることが、物語の中で明らかになっていきます。
 明治維新、文明開化の荒波の中で悩む者たちの姿を、怪異を通して描く――作中のその姿は多くの場合、儚さともの悲しさがつきまといますが、それもまた、鏡花を主人公とし、そして鏡花を描く物語ならではというべきでしょうか。


 展開的に続編は難しいように思うものの、できればその後の鏡太郎少年の姿を、彼が「泉鏡花」になるまでを描いてほしいという気持ちも、もちろんあります。


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2023.09.04

東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第12巻

 いよいよクライマックス目前の漫画版『警視庁草紙』第12巻は、「幻燈煉瓦街」編がラストまで描かれます。銀座煉瓦街で起きた奇怪な密室殺人事件は、思わぬ大乱闘に発展。しかもそこに参戦するのは、なんと……

 隅のご隠居、河竹黙阿弥、幸田鉄四郎少年と銀座煉瓦街に出かけた兵四郎。からくり儀右衛門のオルゴールやら、奇妙なのぞきからくりを見物した兵四郎たちですが、その晩に怪事件が起こります。
 夜毎三味線の音が響くという噂の調査に出かけたお馴染みの巡査たちは、件ののぞきからくり会場で首を裂かれた男の死体を発見。しかもそれは、のぞきからくりの題材となっていた尾去沢鉱山の醜聞の張本人だったのです。

 当然疑われるのはのぞきからくり一座ですが、夜は戸締まりされている上に、昼はまさしく衆人監視の状態。そんな「密室」に忽然と死体が現れたからくりとは……


 怪事件に翻弄される警察の鼻を明かすため、兵四郎たちが謎解きに乗り出すという、ある意味原点回帰の感もある今回のエピソード――しかしミステリとしてなかなか魅力的な内容であるものの、実は謎自体はこの巻の冒頭で、兵四郎たちが解き明かすことになります。

 それではその後に描かれるのはといえば、この事件が生んだ巨大な波紋というべき大乱闘――被害者の背後にいた元・大蔵大輔の井上馨が、川路大警視が事件捜査にのらりくらりとしているのに業を煮やし、鉱山のあらくれ山師たちを引き連れて、銀座に押し寄せてきたのであります。

 山師たちに襲われたのぞきからくり一座の中に、いつぞやの事件で知り合った東条青年がいることを知った兵四郎も助太刀に加わり、さらに大入道めいた一座の座長も参戦するも、多勢に無勢。のぞきからくり側が叩きのめされて終わるかと思われたその時――諸肌脱いで助太刀に現れたのは、どこかで見たようなみなさんではありませんか!

 井上の横暴に憤る中、大警視の「お上から賜った制服で出向いたら、警視庁の名に傷が付くわい」という言葉をバカ正直に解釈して(?)駆けつけた巡査たち。かくて呉越同舟、背中を合わせて戦う宿敵同士ですが、それでもなお劣勢は覆せません。しかしその時立ち上がったのは……


 というわけで、いかにもこの漫画版らしく、派手な展開となった「幻燈煉瓦街」編。原作でもこの乱闘は描かれるのですが、しかし展開はだいぶ異なり、警視庁の助っ人やその後の展開もなし。つまりこの巻のかなりの割合は漫画オリジナルなのですが、警視庁にスポットを当てるのは、本作らしいアレンジといえるでしょう。

 しかしその一方で、原作では描かれた大入道の正体がすっぽり抜けていたり、河内山宗春の仲間の――というくだりに説明がなくてちょっとわかりにくい結果になっていたり(原作はこの点が、もの悲しくも粋なオチになっていたのですが)と、いささか不満も残ります。
 アレンジはアレンジでもちろんよいのですが、原作の肝心な部分は活かしておいてほしい――というのが正直なところで、なんとも勿体ない結末になってしまったように思います。
(もちろん、それも原作との比較においてではありますが……)


 そして物語はこの巻のラストから最終章「泣く子も黙る抜刀隊」に突入。いきなり最終章!? という気持ちは非常にありますが、泣いても笑ってもこれでラスト、次巻最終巻を待ちたいと思います。


『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第12巻(東直輝&山田風太郎ほか 講談社モーニングコミックス) Amazon

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東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第11巻

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東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第12巻

 いよいよクライマックス目前の漫画版『警視庁草紙』第12巻は、「幻燈煉瓦街」編がラストまで描かれます。銀座煉瓦街で起きた奇怪な密室殺人事件は、思わぬ大乱闘に発展。しかもそこに参戦するのは、なんと……

 隅のご隠居、河竹黙阿弥、幸田鉄四郎少年と銀座煉瓦街に出かけた兵四郎。からくり儀右衛門のオルゴールやら、奇妙なのぞきからくりを見物した兵四郎たちですが、その晩に怪事件が起こります。
 夜毎三味線の音が響くという噂の調査に出かけたお馴染みの巡査たちは、件ののぞきからくり会場で首を裂かれた男の死体を発見。しかもそれは、のぞきからくりの題材となっていた尾去沢鉱山の醜聞の張本人だったのです。

 当然疑われるのはのぞきからくり一座ですが、夜は戸締まりされている上に、昼はまさしく衆人監視の状態。そんな「密室」に忽然と死体が現れたからくりとは……


 怪事件に翻弄される警察の鼻を明かすため、兵四郎たちが謎解きに乗り出すという、ある意味原点回帰の感もある今回のエピソード――しかしミステリとしてなかなか魅力的な内容であるものの、実は謎自体はこの巻の冒頭で、兵四郎たちが解き明かすことになります。

 それではその後に描かれるのはといえば、この事件が生んだ巨大な波紋というべき大乱闘――被害者の背後にいた元・大蔵大輔の井上馨が、川路大警視が事件捜査にのらりくらりとしているのに業を煮やし、鉱山のあらくれ山師たちを引き連れて、銀座に押し寄せてきたのであります。

 山師たちに襲われたのぞきからくり一座の中に、いつぞやの事件で知り合った東条青年がいることを知った兵四郎も助太刀に加わり、さらに大入道めいた一座の座長も参戦するも、多勢に無勢。のぞきからくり側が叩きのめされて終わるかと思われたその時――諸肌脱いで助太刀に現れたのは、どこかで見たようなみなさんではありませんか!

 井上の横暴に憤る中、大警視の「お上から賜った制服で出向いたら、警視庁の名に傷が付くわい」という言葉をバカ正直に解釈して(?)駆けつけた巡査たち。かくて呉越同舟、背中を合わせて戦う宿敵同士ですが、それでもなお劣勢は覆せません。しかしその時立ち上がったのは……


 というわけで、いかにもこの漫画版らしく、派手な展開となった「幻燈煉瓦街」編。原作でもこの乱闘は描かれるのですが、しかし展開はだいぶ異なり、警視庁の助っ人やその後の展開もなし。つまりこの巻のかなりの割合は漫画オリジナルなのですが、警視庁にスポットを当てるのは、本作らしいアレンジといえるでしょう。

 しかしその一方で、原作では描かれた大入道の正体がすっぽり抜けていたり、河内山宗春の仲間の――というくだりに説明がなくてちょっとわかりにくい結果になっていたり(原作はこの点が、もの悲しくも粋なオチになっていたのですが)と、いささか不満も残ります。
 アレンジはアレンジでもちろんよいのですが、原作の肝心な部分は活かしておいてほしい――というのが正直なところで、なんとも勿体ない結末になってしまったように思います。
(もちろん、それも原作との比較においてではありますが……)


 そして物語はこの巻のラストから最終章「泣く子も黙る抜刀隊」に突入。いきなり最終章!? という気持ちは非常にありますが、泣いても笑ってもこれでラスト、次巻最終巻を待ちたいと思います。


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2023.09.03

伝奇時代劇事件地図を公開しました

 以前から少しずつ準備していた、「伝奇時代劇事件地図」を公開しました。その名の通り、伝奇時代劇に登場した土地を記した地図です。(直接リンクはこちら

 以前から年表は作成・公開していましたが、時間の次は空間、年表の次は地図でしょう、とは思っていたものの、はたしてどのような形で公開するのがよいのか――しばらく試行錯誤しました。
 その結果、一番弄りやすいということで、Googleのマイマップで作成しています(通し番号を自動で振ったりできるのは非常に便利でした)。

 今回掲載したのは51箇所、できるだけ各地にバランスよくと思いましたが、何しろ実際に作品がなくてはならず、チョイスはなかなか難しいところで、結局現在の形となりました。
(ご覧いただければおわかりいただけるかと思いますが、関東甲信越と近畿には多い一方で、日本海側や四国は少ない……)

 難しいといえば、年表を作るよりも場所がはっきりしている地図の方が易しいのでは――と思いきや、ぼかしていたり架空だったりして位置がはっきりしていない場合も多く、苦労しましたが、その辺りはまあ、大体で設定していますのでご寛恕下さい。

 今後は作品・土地の数を増やしたり、日本の外も、と思いますが、江戸や京をクローズアップしたものも作った方がいいのかも――と夢は大きいですが、まあマイペースでついかしていきます。


 なお、「伝奇時代劇事件地図」というネーミングは、私が自分で年表や地図を作ってみたいと思う源流である、横田順彌の「SF事典」収録の「日本SF事件地図」にリスペクトを捧げております。

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2023.09.02

『るろうに剣心』 第八話「逃走麗女」/第九話「御庭番強襲」

 賭場に出かけた剣心と左之助の前に現れた謎の女・高荷恵。彼女を捕らえようとする男たちを撃退する剣心たちだが、相手は武田観柳の私兵だった。恵を神谷道場に匿う剣心たちだが、そこに御庭番衆・火男が襲撃を仕掛ける。剣心と左之助が火男を倒す一方で、恵を庇った弥彦が毒に倒れ……

 第八話・第九話をまとめて紹介。第八話から、原作では単行本約二巻を費やした長編エピソードに突入、敵の数もさることながら、より入り組んだ物語が展開することになります。

 そしてここからは高荷恵・四乃森蒼紫・武田観柳と、三人の(メイン)キャラクターが一気に登場。その中でも、この二話で中心となるのはやはり高荷恵でしょう。今回のエピソードでは、剣心たちを戦いに巻き込む役回りですが、黒笠の時の薫のように囚われのヒロイン役(も後に演じることになるのですがそれはさておき)とは少し違い、一種のトラブルメーカーという役割なのは、薫との差別化が為されているというべきでしょうか。
 とはいえ、そのトラブルメーカーぶりが、狙い通りとはいえ色々と鼻につくのも事実。阿片製造の片棒を担いでいたのはともかく(ともかく!?)、蓮っ葉で悪ぶった言動はあまり印象が良いものではなく、連載当時もそうですが、いまのファンにどう受け止められるのか気になります。もちろんその辺りは彼女の悲しい過去によるものではあるのですが、同じ幕末という時代に翻弄されて様々なものを失っていても、陽性のキャラクターであった一方で、恵の場合は自分で戦う力を持たないキャラということもあってか、どうにも陰性の印象があります。

 ちなみに個人的なことを言えば、私が原作を読んでいた時には、言動やキャラクター性よりも、(ある意味濃い)ビジュアルがちょっと苦手だったのですが――このアニメ版では今の絵柄になっていることもあって、もしかすると原作から一番イメージが変わったかもしれません。
(ビジュアルが変わっているといえば、原作初登場時の蒼紫ですが――こちらが変更されていることは言うまでもなく)

 一方、蒼紫と観柳の方は、まだあまり出番は多くなく、顔見せという印象もありますが、観柳の声が『武装錬金』のパピヨン役だった真殿光昭のにはひっくり返りました。既に第九話のCパートでは(オリジナルで)例のブツを手に入れて大ハッスルする姿が描かれ、その後の各メディアや北海道編から逆算したこの先の暴走っぷりに期待が集まります。もっとも、後のイメージからしてみると、今回のエピソードでの外道ぶりはかなりドン引きするわけですが――特に第八話でのヘマをした子分の扱いなど、洒落になりません。
 しかし観柳といえば、またかなり息切れしてきた作画が、観柳のところで特に目立つのも気になるところではあります。いや、火男も大概でしたが――というか、以前の比留間弟もひどかったことを考えると、もしかして……

 ちなみに火男といえばvs剣心のくだり、原作では火男のことを大道芸呼ばわりしつつ、剣心の方がビジュアル的にはかなり凄いことになっていたのが、今回のアニメでは比較的抑え目になっていたのが面白いところであります。
 また、変更といえばもう一つ、剣心が恵が会津出身者だと気付く理由が変更されていましたが、これはこれで厳しい気がするものの、原作の描写はさすがにちょっと無理があったという印象だったので納得であります。
(出歯亀は変わっていませんでしたが――この辺はまあ、現代語訳が施されているのだと思うことにします)


 何はともあれ、この二話で何となく話はまとまった感じではありますが、もちろんこのエピソードは、ここからが本番。先に触れたCパートの観柳もそうですが、蒼紫の本領発揮も楽しみなところであります。


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関連サイト
公式サイト

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2023.09.01

山根和俊『黄金バット 大正髑髏奇譚』第1巻

 おそらくは日本最初のスーパーヒーローである黄金バットがまさかの復活であります。大正時代を舞台に、軍部に接近する太古の邪神ナゾーに挑むため、黄金髑髏の怪人・黄金バットの依代となった青年軍人・月城の戦いが始まります。

 軍の極秘任務で、とある洋館の住人の殺害に向かった青年軍人・月城竜史と、その先輩・笹倉。しかしうら若き美女に見えた任務対象は、眉間を撃ち抜かれたにも関わらず笹倉に逆襲して殺害、その手で月城の心臓をも貫くのでした。
 もはや死を待つばかりとなった月城の前に現れたのは、マントをまとった黄金の髑髏怪人――黄金バットと名乗る怪人に依代に選ばれた月城は、傷一つない身で甦るのでした。

 自分たちを殺したのが、太古の邪神・ナゾーを崇める教団の巫女と知った月城。彼は軍部の極秘技術により機械人間として甦った笹倉と共に、軍部の一部勢力に接近するナゾーの配下たちに戦いを挑むのですが……


 昭和初期に紙芝居で初登場して人気を博し、戦後には絵物語や映画、アニメとして復活と、百年近く前からその命脈を保つ黄金バット。おそらくは日本最初のスーパーヒーローでありつつも、高笑いする黄金の髑髏という、「怪人」と呼んだ方が相応しいような、強烈なビジュアルの存在であります。
 正直なところ、私も辛うじて触れたことはあるのがアニメのみという状態ですが――その意味ではほとんど初めて触れたこのヒーローは、これまでの版とは全く異なる新たな設定ということもあり、新鮮な気分で楽しむことができました。

 何よりも特徴的なのは、主人公・月城と黄金バットが二心一体という点でしょう。もちろん、人間の主人公と、人外のヒーローが二心一体というのは決して珍しいものではありませんが、それが黄金バットで、というのが面白い。黄金バットは月城と常に行動を共にしているものの、しかしその姿を見ることができるのは基本的に(この巻の後半に登場するバットの眷属を名乗る幼女・マリーなどを除けば)彼自身のみ。
 なるほど、あの強烈なビジュアルが普段から街を歩けば大変なことになりますが、主人公のみが姿を見て、言葉を交わせるというのは、これはこれで異様なもので、それが黄金バットの不気味さにマッチしているようにも思えます。

 そしてユニークなのは、かつては神と呼ばれたという黄金バットと一体化することにより、月城からは人間的な感覚が失われ、その一方で黄金バットの方は、どこか人間くさくなっていく点でしょう。
 黄金バットの特徴の一つである高笑いは本作でも健在ですが、それが月城の存在を通すと、何やら極めて虚ろなものとして聞こえてくるように感じられます。
(特に銭湯に行った月城と黄金バットの会話シーンは印象的です)


 その一方で、物語展開が起伏に乏しい印象で、基本的に月城と笹倉が二人でいるところに向こうから襲ってくる、二人が任務に出た先でナゾーの配下と対決するというパターンの繰り返しなのが、少々残念なところです。
 また肝心のナゾーの力の大きさ、そして何を企んでいるかが現時点ではあまりよく見えない――主人公側も任務が来ないと動かない存在なので、相手の謎を積極的に追うわけでもない――ため、いささか緊迫感に欠ける印象もあります。

 もちろん、それでも物語の諸処に本作ならではの魅力があることは事実でありますし、特にラストには、黄金バットのライバルといえば――のあのキャラクターが登場するのも、気になるところです。
 この先、月城と黄金バットがどのような戦いを繰り広げるのか、追いたいと思います。


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