夕木春央『時計泥棒と悪人たち』(その二)
(元)泥棒の蓮野と画家の井口、どこかすっとぼけたコンビが次々と奇妙な事件に巻き込まれる短編集の紹介、後編です。
「誘拐と大雪 大雪の章」
蓮野と井口が懸命に犯人の跡を追う間、その身に危険が迫っていた峯子。しかし犯人の一人に気絶させられた彼女が目覚めた時、思わぬ状態に――というわけで、ここから先の物語は二転三転。廃農場を舞台に、密室の謎あり、一大攻防戦ありと、誘拐事件とは思えぬ(?)スペクタクルが待ち受けます。
しかしそんな中にもホワイダニットが織り込まれているのが本作ならでは。人殺しを何とも思わないような極悪人たちが、何故このように手間のかかる悪事に手を染めたのか――その謎解きと繋がる結末の、滑稽ともほろ苦いともいえる味わいは、実に本作らしいと感じます。
「晴海氏の外国手紙」
数ヶ月前に亡くなった二人目の妻宛に仏蘭西から来た手紙について、晴海氏から相談を受けた蓮野と井口。実は晴海氏の二人の妻は双子だったと聞かされた蓮野は、妻の親類から、晴海氏の結婚にまつわる過去を聞き……
日常の謎的味わいの本作は、作者の大正もので主人公たちの後ろ盾となる晴海氏の過去にまつわる物語。晴海氏と妻の実家の不思議な因縁は、晴海氏の若き日の奇妙な事件とも結び付き、思いもよらぬ真実を描き出すことになります。
そこに秘められた人の心に思いを馳せれば何とも不思議な気持ちになりますが――ラスト一行に込められているのは、紛れもなく「幸福」なのでしょう。
「光川丸の妖しい晩餐」
成金の広川主催の秘密倶楽部が、虎を食材にした晩餐会を開くという大型貨物船・光川丸。客の一人を探していた会の給仕・照江は、その客の無惨な屍体を発見するのですが――彼女が知らせに行っている間に、死体は消えてしまったのでした。
ある理由で晩餐会に参加していた蓮野・井口・大月は、照江の証言を信じて屍体を探すうちに、巷を騒がしている猟奇殺人鬼が船の客の中にいることを知るのですが……
航行不能になった船上に猟奇殺人鬼が、という紛うことなきクローズドサークルものである本作は、分量的には中編というべき力作。いつもの二人に、『絞首商會』でも活躍した奇人画家・大月も加わって賑やかな展開ですが、舞台といい内容といい、事件そのものは陰惨極まりありません。
そもそも猟奇殺人鬼と晩餐会という組み合わせ時点で非常に厭な予感がするわけですが――最後の最後に明かされる「動機」の最悪さたるや、一周回って最高というほかないのであります。
「宝石泥棒と置時計」
加右衛門氏の一件の置時計が盗まれた上に、元の持ち主が来日するというのに頭を抱える井口。しかし置時計だけでなく、井口の妻や峯子の周囲で、ルビーをあしらった貴重品ばかりが盗まれていることが明らかになります。いずれも不可能としか思えない状況下で起きた盗難の謎を追う二人ですが……
様々な時計泥棒と悪人たちの物語を描いた上で、冒頭の加右衛門氏の置時計が再び題材になるという本作。描かれる事件は三つですが、中心となるのは女優の浅間光枝の下から盗まれたドレスの謎であります。
本物のルビーをあしらったドレスと、そっくりな人造ルビーをあしらった三着のドレス――計四着のドレスの中から、本物だけ盗まれるという謎の設定と、そのトリックには大いに唸らされました。犯人がすぐにわかるのがちょっと残念ですが、ラストの蓮野の皮肉な述懐といい、味のある〆の一作です。
ちなみに浅間光枝といえば『サーカスから来た執達吏』読者にはニッコリとさせられる名前であることはいうまてもありません。
というわけで全七編の本書ですが、とにかく感心させられるのは、バラエティ豊かな事件のシチュエーションと、まさに本格というべき端正なその謎解きの面白さであります。特に冒頭から述べてきたように、ホワイダニットの巧みさには、ため息が出るばかりです。
大正ものとしては、長編ほど「ならでは」の要素は強くありませんでしたが、しかし舞台の雰囲気の良さは十分、そして登場するだけで妙に安心してしまう主人公コンビの存在感も相変わらずで、存分に楽しませていただきました。
(個人的には『絞首商會』での蓮野はグロッキー状態が多かった印象なので、元気にしていたのが嬉しい)
当然ながら、さらなる大正ものの登場にも期待している次第です。
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