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2023年10月

2023.10.31

高田崇史『江ノ島奇譚』 稚児ヶ淵の真実 高田流時代奇譚

 独自の視点から歴史を再解釈するミステリを得意とする作者の、おそらく初の時代小説であります。今も昔も変わらぬ景勝地・江ノ島を舞台に、破戒僧と飯盛り女が対峙する悪夢の世界とは。稚児ヶ淵伝説を題材に、奇妙な物語が展開します。

 幼い頃から入っていた寺を、自分でも記憶のない理由から出奔し、以来下働きをしながら各地を転々としてきた勝道。今は藤沢宿の茶屋の飯盛り女・お初の間夫となって暮らす勝道は、ある日お初から、どこか大きな寺社にお参りに行きたいと言われるのでした。
 理由を尋ねてみれば、三晩続けて目も鼻も口も耳もない「ぬっぺっぽうみたいな」僧侶に暗闇から手招きされる悪夢を見たというお初。魑魅魍魎の類いは一切信じない一方で、なぜか「ぬっぺっぽう」だけは恐ろしい勝道は、江島明神の弁財天詣でに行くことを提案します。

 何度か坊主の身投げがあったという噂にお初は尻込みしたものの、結局は江ノ島に行くことになった二人。一通り詣でた後、本宮岩屋に向かう二人は、途中の茶屋でかつて起きたという悲恋物語を聞かされるのでした。

 江ノ島への百日参りの最中に一人の美童に目を奪われた、建長寺広徳庵の僧・自休。その稚児が鶴岡相承院の稚児・白菊と知った自休は、恋に狂い、白菊に頻りと文を送ったのですが――自休の想いに弱り果てた白菊は江ノ島から淵に身を投げ、自休もまたその後を追ったというのです。

 その物語の内容にある矛盾を感じつつも、お初とともに岩屋に向かった勝道。その奧で、二人は一心不乱に祈る僧と出会うのですが……


 僧と稚児の悲恋物語として、今なお伝わる稚児ヶ淵の伝説。その内容は上で述べた通りですが、本作は主人公カップルが出会った恐怖を通じて、その伝説の「真実」を語ることとなります。
 面白いのは、勝道とお初の物語の合間に、伝説の一方の主役である自休その人の物語が挟まれることで――少しずつ語られる過去の物語を通じて、「真実」にある種の説得力を与えている構成には、なるほどと感じます。

 その一方で、時として物語の本筋以上にふんだんに語られる蘊蓄の数々は、いつも通りといえばいつも通りなのですが、知らないで読むと違和感を持つ方もあるのでは、とは感じます。
 全体の約三割を、「高田山宗」なる作者の通し狂言「稲荷山恋者火花」の台本が占めているのも(これまた作者らしい内容ではあるのですが)驚かされるところではあります。

 その意味では、作者のファン向けの一冊という印象は強くある作品ではあります。


 冒頭で触れたように、本作は作者初の時代小説(『鬼神伝』はやっぱり歴史ものの範疇ということでしょうか)ということですが、勝道とお初の設定や、二人のやり取りなどはなかなか良い(実質エピローグに当たる「芝居がはねて、江戸の宵闇」の章の情感など)だけに、惜しいような、これはこれでよいような――何とも不思議な味わいの一冊です。


『江ノ島奇譚』(高田崇史 講談社) Amazon

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2023.10.30

藤田和日郎『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』第6巻 大団円 そして「怪物」たちが選んだ道

 『黒博物館』シリーズ第三弾も、これにて完結であります。ついに開催されたヴィクトリア女王のプランタジネット舞踏会に現れる六人の美しき暗殺者――これに挑むはただ一人、エルシィのみ。はたして血戦の行方は、そして戦いが終わった時、エルシィとメアリーは――いま、物語は大団円を迎えます。

 プランタジネット舞踏会で女王の命を狙う〈7人の姉妹〉と戦うために生み出された「人造人間」エルシィ。その誕生に隠された重大な秘密を知ったメアリーはエルシィを戦いの運命から解き放とうとするのですが――時同じくして自分の記憶を取り戻したエルシィは、己の使命を果たすため、かつての姉妹たちに宣戦布告するのでした。
 メアリーとエルシィ、そして彼女たちを見守るパーシーやエイダ、ジャージダ――様々な人々の想いと共に、いま舞踏会が始まります。

 かくてこの最終巻では、舞踏会に向かうエルシィとティモシー卿邸のメイドたちの別れから始まり、後はラストまでほとんど全てが舞踏会――すなわち、エルシィと姉妹たちの血戦がほぼ全編に渡って描かれることになります。

 〈悲哀〉〈陰気〉〈冷血〉〈憂鬱〉〈執着〉〈嘆き〉――ついにその姿を現した姉妹たち(一人一人のコスチュームが素晴らしい!)を前に、見事なまでのかませ犬っぷりを発揮した近衛兵の皆さんに替わり、ただ一人、女王を守るために立ちふさがったエルシィ。かくてここからはエルシィと妹たちの舞踏――いや闘いの時間であります。

 基本となる回転剣術は同じながら、それぞれ手にする得物と戦法は異なる六人相手に繰り広げられる闘いは、まさしく作者の真骨頂。装飾を凝らした衣装をまとっての激しく複雑な動きの闘いを、ここまできっちりと「見える」形で描いてみせるのは、これはもう作者ならではというほかありません。

 そしてバトルだけでなく、その妹たち――かつての同門としてまさしく姉妹同然に育った者たちとの対峙の中で、エルシィと彼女たちを分けたものが、言い換えればエルシィの成長が描かれるのも泣かせるところであります。

 メアリーとの出会いがなければ、彼女もまたその中にいたであろう姉妹たち。エルシィと妹たちとの違いは、真っ暗な宇宙の中で、地球を、すなわち自分の生の中心とすべき者を見つけることができたか否か――言い換えれば己が命の遣り取り以外で他者と結びつくことができたか否かの違いなのだと感じます。
(連載当時はちょっと違和感のあった、最終回でエルシィが女王に返した言葉の意味も、今であれば納得できます)


 というわけで、闘いの盛り上がりととそれを繰り広げる者の高ぶりがシンクロして、まさに本作のクライマックスに相応しい内容となったこの最終巻なのですが――敵が六人というのは、ちょっと多かったかな、というのが正直な印象ではあります。
(何だかちょっと強引じゃない!? という仕掛けを用意する敵もいたりして……)
 これは仕方ないことではありますが、バトルの間はメアリーたちが完全に驚き役にならざるを得ず、それが連続するのは――と、ひねくれた読者としては言いたくなってしまうのです。

 しかしそんなひねくれた読者も号泣必至なのが結末であります。
 舞踏会にまつわる物語を語り終えたメアリーと、それから七年後に語られる後日譚――それが描くもののは、物語が皆の期待どおりの結末を迎えたことと同時に、「怪物」と呼ばれた女性たちがその「怪物」とどのように向き合ったか、でした。

 自分が自分らしくあるために生き、そのために「怪物」と呼ばれた女性たち。しかしそれでも、いやそれだからこそ私は私らしく生きていく――そう高らかに謳い上げる姿は、本作の結末に誠に相応しいというほかありません。


 犯罪や事件にまつわる証拠品という、時代の暗部の象徴をモチーフとしながら、人の心の最も輝かしい部分を描き出してきたこの『黒博物館』シリーズ。その現時点で最大長編の結末に相応しい幕切れであります。


『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』第6巻(藤田和日郎 講談社モーニングコミックス) Amazon

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2023.10.29

真園めぐみ『やおよろず神異録 鎌倉奇聞』 鎌倉初期に展開する人と神の物語

 鎌倉時代初期を舞台に、人と精霊と神の入り交じる世界で、運命に翻弄される二人の青年を描く物語であります。精霊の恵み豊かな遠谷の地で生まれた幼なじみ同士の真人と颯。しかし遠谷が謎の武士の一団に襲われたことから、二人の運命が大きく動き出します。

 鎌倉幕府二代将軍の時代、神が姿を現し、精霊の恵み豊かな遠谷に生まれ、今は薬の行商で各地を回る青年・真人と、彼の幼なじみで、鎌倉で商人として暮らす颯。村の掟で、村祭りのために帰郷した二人ですが――しかし祭りを目前としたある日に、村を奇怪な物の怪を連れた正体不明の武士が襲撃し、村長の屋敷の人々を殺害するのでした。
 その時、村の神社にいた二人ですが、殺した人間たちの身を使って神域を穢した武士たちは神社の結界の中に入り込み、祀られていた御神刀を奪うのでした。

 精霊神の力を借りて己の力を増すことができる真人は、その場に現れた金色の神の力を借りて物の怪たちを倒したものの、体力を消耗し尽くした末に意識を失うことに。そして意識を取り戻した時、真人は颯が武士たちに連れ去られたと聞かされて……


 源頼朝と北条政子の間に生まれ、鎌倉幕府第二代将軍となりながらも、いわゆる鎌倉殿の13人に実権を奪われた源頼家。本作はその頼家の時代を背景に描かれる時代ファンタジーであります。
 この時代を舞台とするフィクションは決して多いわけではありませんが、その中でも本作が特にユニークなのは、人の世界以上に、神や精霊の世界を描くことでしょう。

 人が暮らす世界の傍らに存在し、時に人に恵みをもたらし、あるいは害をもたらす精霊や神。本作の主人公・真人は、生まれつきそれらの存在を鮮明に見る力を持ち、そしてその力を借りることによって、人並み外れた力を発し、そして物の怪や狂った神を祓い、鎮める力を持つのであります。

 しかしその力故に、真人はその生き方を他者から決められる運命にあります。遠谷の人々の暮らしを支える清香人参を育てるために必要な神の恵み――その神を迎え、送り出すために必要とされる「室守」の役目を背負うことを、村長をはじめとする村人たちから、彼は求められているのです。

 真人が余所者の血を引き、そして既に両親を亡くしているために、室守の役目を押しつけられたと信じる颯。しかし真人は、自分が引き受けなければ颯がその役目を命じられると、甘んじて受けることに――と、二人の想いの微妙なすれ違いもさることながら、神や精霊が当たり前にいる世界でも、微妙にオメラス的な犠牲によって成り立つ閉鎖的な村という生々しさが、妙に印象に残ります。

 と、物語はこの遠谷が謎の武士団の襲撃を受け、真人も室守どころではなくなる辺りから大きく動き出すのですが――ここから真人と颯の運命は、先に触れた頼家と北条家らとの対立と密接に絡んでいくことになります。
 この世界に二本あるという、神を斬る剣。その一本は北条時房が持ち、もう一本は――と、政治の世界とは最も縁遠いように見える神(を斬る剣)が、この時代の政治と関わっていく様はなかなかにユニークです。

 そしてそれ以上に、後半明かされるあるキャラクターの内面がなかなかに重く、そこからどんどん深みにはまっていくドラマが、なかなかに読ませるところであります。


 しかし、正直なところ本作の第一印象は、本作ならではの固有名詞とルールが多い! ということに尽きます。

 精霊・精霊神・凝・怨穢・流れ神・隠れ・淵祇・山神・堕神・和魂・荒魂――全体の二割行かない辺りまででこれだけの本作独自(の使い方の)の用語が登場し、その説明が入るのは、正直にいってついていくのがやっと。
 物語の本筋にはそれほどかからずに入るのですが、そこに至るまでが長く感じられたのは、この固有名詞と説明の多さによるものでしょう。
(あるいは本作、元々は異世界ものだったのでは――などと意地悪な想像をしたくなるほど)

 そのために人によっては冒頭で躓きかねないのが残念なところではありますが、裏を返せば借り物ではない、本作ならではの世界を作り上げているということでもあります。
 真人と颯のドラマは、この上巻の時点で一つの帰結を見るのですが、さて下巻で何が描かれるのか――それはまたいずれ。


『やおよろず神異録 鎌倉奇聞』上巻(真園めぐみ 創元推理文庫) Amazon

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2023.10.28

畠中恵『忍びの副業』上巻 甲賀者復活!? 太平の世の忍びを描く本格派

 妖が登場する作品、あるいは青春ものを中心に描いてきた作者が忍者ものを描くと聞けば、黙ってはいられません。そして手にした物語の内容は――これが作者らしい変化球の、しかし同時に驚くほどに本格的な作品。西の丸・徳川家基に仕えることになった若き三人の甲賀者たちの奮闘の行方は……

 時は江戸時代後期、戦国時代の活躍は遠く、今は江戸城の大手御門の警備役として変わらぬ毎日を過ごす甲賀者。そんな中でも、先祖伝来の技を会得し、上忍と呼ばれる三人の若者――滝川弥九郎、望月十郎、土山蔵人は、常につるんでいる親友同士であります。

 そんなある日、風に飛ばされて本丸御殿の屋根に乗ってしまった書類を拾ってほしいという依頼を受けた三人。蔵人の姉・吉乃の嫁入りで金が必要なこともあり、引き受けた弥九郎たちですが、次いで富士見櫓に登ってしまった猫を下ろしてほしいという依頼が入ります。そしてこの二つの依頼が、弥九郎たちの運命を変えることになるのでした。

十代将軍家治の嫡子として、次の将軍と目される西之丸・徳川家基。しかしその家基を亡き者にしようとする企みがある――その警護のために忍びを用いるとしても、伊賀者は警備箇所の関係で大奥とも関係がある。それならば、と、しがらみのない甲賀者に声がかかったのです。

 これまで日の当たらなかった甲賀者たちの運が開き始めたと、勇躍立ち上がった弥九郎たちは、これまで使う当てもなく修行して身につけた忍術を振るって活躍しようとするのですが……


 というわけで、太平の時代に駆り出されることになった忍びたちの奮闘を描く本作。太平の時代の忍びというシチュエーション自体は、もちろん本作独自というわけではありませんが、しかしここで描かれるのが、家基と甲賀者という組み合わせというのが、なんともユニークであります。

 作中でも述べられているように、戦国時代が終わり、幕府に召し抱えられたものの、鉄砲同心として大手御門などを守る役となり、「忍び」とは程遠い存在となってしまった甲賀者。フィクションの世界でも、大奥警護など、いかにもそれっぽい(?)役があった伊賀者が様々な出番がある一方で、どうにも影が薄い印象があります。
 そして、そんなこの時代の甲賀者を象徴するのが本作のタイトルであります。彼らにとって本業は御門の警護――忍びの技を使っての務め(本作でいえば西之丸の警護)は、あくまで副業なのですから!


 本作はそんな忍びたちの表の顔と裏の顔を、丹念に描き出します。決して派手なばかりではない(そしてもちろん地味なだけでもない)その姿は、太平の世の忍びの姿として何とも説得力が感じられます。

 その代表が、弥九郎たちの前に立ち塞がる「敵」です。副業とはいえようやく忍びの腕の使い所を得た弥九郎たちですが、しかし彼らの前には思わぬ苦難が待っていたのであります。
 西之丸に元々使える武士たちからの偏見と疑いの目、姿なき敵方の忍びの暗躍――特に忍び同士の対決はともかく、味方であるはずの西之丸の武士たちとの付き合いに悩まされるのは、弥九郎はもちろんのこと、読者にとっても意外な展開であります。

 この辺りの何ともいえぬ、現実にありそうな苦味は、ユーモラスな空気――本作もやはり、どこか暢気な弥九郎のキャラクターもあって、必要以上の緊迫感は薄い作風ではあります――の一方で、フッと人の世のシビアで重い部分を突きつけられる作者の作品ならではと感じさせられるのです。
(御門警護では同僚である根来組が、甲賀組にあやかろうと何かと近寄ってきたり恩を売ってくるのも何とも「らしい」)


 この上巻のラストでは、そんな幾重もの困難の末に、弥九郎はある苦渋の決断を迫られることになるのですが――忍びとしての甲賀者の復活という悲願を断つようなその決断から、弥九郎たちは再び立ち上がることができるのか。
 そして歴史ファンであればよくご存知である、家基にまつわる史実を思えば、この先の展開が大いに気になってしまうことは間違いありません。

 幾つもの波乱が待ち受ける下巻も、近日中にご紹介いたします。


『忍びの副業』上巻(畠中恵 講談社) Amazon

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2023.10.27

『るろうに剣心』 第十七話「決着」

 雷十太の飛飯綱で右腕に深手を負った由太郎。怒りに燃える剣心は、由太郎らの見守る中、雷十太と対決する。飛飯綱と纏飯綱の連携に追い詰められたかに見えた剣心だが、飛龍閃の一撃が雷十太を打ち破る。しかし心身に深い傷を負い独逸に旅立つ由太郎に、かける言葉もない剣心たちだが、弥彦は……

 いよいよ雷十太編も今回がラスト。作者が監修に入ったこのアニメ版の真価が問われることとなる(言いすぎ)回であります。はたしてその結果は――基本的に原作の流れを忠実に踏まえつつも、しかし随所に施されたアレンジで、印象としては大きく踏み出した内容となっておりました。

 前回、飛飯綱の不意打ちで右腕を負傷した剣心ですが、しかし同じ右腕の負傷であれば剣術は絶望的となった由太郎の方が重い。原作ほどでないにせよ、かなりの怒りが感じられる姿で雷十太戦に向かう剣心ですが――おっ、と思わされたのは、ここで戦いを見守るのが、左之助・薫・弥彦に加えて、由太郎である点でしょう。
 原作では直接戦いを見ていない(病院にいた)由太郎ですが、ここで一度は師と仰いだ雷十太の姿を見ることは、これはこれで残酷ではあるものの、大きな意味があるといえるでしょう。

 そして雷十太戦は――今回のアニメ版らしい動きの良さで飯綱連打を放つ雷十太と、それを超機動で躱す剣心の攻防がなかなか見応えがありましたが、注目すべきは決まり手であります。同じ飛天御剣流・飛龍閃ではあるものの、原作では柄頭の一撃一発でKOだったのが、アニメ版ではそこから追い打ちで(刀を鞘に納めながらの)一撃、さらに龍槌閃チックに鐺でもう一撃と、強敵に相応しいフィニッシュぶり(単に容赦がなかっただけかもしれない)。その後の弥彦を人質にとって逆に弥彦に煽られるという最高に格好悪い雷十太のムーブは変わらないものの、元祖うぐぅを晒して廃人になることもなく、まずはマシな結末であったといえるでしょう。
(Aパートで始末されたのはさておき)

 しかしこの回の真の見所はこの先にあります。右腕の傷を癒やすために世界で一番医学が進んだ独逸(まあ、ポーラールートとかあるし……)に向かうことになった由太郎の傷ついた心に、弥彦の手厳しい叱咤激励が火をつける――という原作通りの展開もいいのですが、驚かされたのはその次――剣心と薫の会話の話題の中心となったのはなんと雷十太だったのであります。
 「剣の才能は確かだった。だがなまじ才能があったから、剣の本質を問うことなく、ただただ技だけを追い求めてしまった」とまでここで剣心に言わしめる雷十太。確かにガード不能の飛び道具を連打するのは、(この後も含めて)本作の誰もがなしえなかった偉業ではありますが、そこで留まってしまい、剣とは、剣術とは何かを考えることをしなかった。おそらくは雷十太にとっては、それを考えること自体が道場剣法の惰弱さに繋がるものと見做したのだと思いますが――だからこそ彼は徒に攻撃性に流れ、頻りに殺人剣を称揚することになったのでしょう。そんなことに拘らなければ、本当に新しい剣術を明治の世に根付かせることができたかもしれないのに……

 そして剣心は語ります。「人を殺めなかった、その一線を越えなかったことが救いなのだと、あの男が気付けばよいのだが」と。雷十太の虚勢を決定的に暴くことになった、人を斬っていないという事実が、このような形で彼にとっての救いとして語られるとは――脱帽であります。


 しかし本作は実はこれだけで終わりません。Cパート――おそらくは雷十太が敗れ、剣心たちが立ち去ったその後、雷十太は人斬りという経験を積むため、もう誰でもいいと路傍の地蔵に祈る娘と老婆に血走った目を向けるのですが――まさかここで経験を積んでしまうのか!? とちょっぴり不安になったところで、彼の刃が断ったモノは……
 その皮肉な、しかし何とも示唆的なモノの前に膝を屈し、身も世もない泣き声をあげる雷十太。それは一人の剣客の心が折れた末の絶望ではなく、新たな剣客の産声だったと思いたいものです。


 というわけで、雷十太を雷十太として描きつつ、しかしそのキャラクターを救ってみせるという離れ業を見せてくれた今回。やがては真の剣客となった彼が北の大地に姿を現す――かどうかは知りませんが、ある種の希望を見せてくれたことは間違いありません。

 そして次回、雷十太に並ぶオーバースペックを持つ男が……


(しかし原作にある台詞なのですが、いま左之助が「真打登場」というと、どうにもおかしい)


『るろうに剣心』6(Blu-rayソフト アニプレックス) Amazon

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公式サイト

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『るろうに剣心』 第三話「活心流・再始動」
『るろうに剣心』 第四話「喧嘩の男・相楽左之助」/第五話「そして仲間がまた一人」
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『るろうに剣心』 第十二話「御頭・四乃森蒼紫」
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『るろうに剣心』 第十四話 「弥彦の戦い」
『るろうに剣心』 第十五話「その男・雷十太」
『るろうに剣心』 第十六話「理想の男」

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2023.10.26

松下寿治『西域剣士列伝 天山疾風記』 小説よりも奇なる破天荒な男・陳湯見参!

 前漢の頃、西域に配属された破天荒な漢の武官・陳湯が烏孫王国の姫・星星を匈奴から救ったことから始まる、歴史活劇であります。西域制圧をもくろむ郅支単于に対し、陳湯の剣は、策は及ぶのか。囚われの星星を救うため、陳湯の活躍が始まります。

 前漢の頃、元は市井で無頼同然の暮しを送りながら、成り行きから軍に入り、その才を発揮した陳湯。その後、西域との国境を守る西域都護府に配置された彼は、僚友の段会宗と共に、不穏な動きがあるという匈奴を探るため、烏孫王国に向かうことになります。

 図らずも、烏孫に向かう途中、烏孫の公主・星星が匈奴の兵に襲撃を受けていたのを発見した陳湯たち。匈奴の将・伊奴毒と兵を蹴散らした陳湯と段会宗は、剽悍な匈奴の王・郅支単于に烏孫が狙われていることを星星から聞かされることになります。
 彼女と共に烏孫に向かい、漢に対する期待と反感の入り交じった人々の想いを知る陳湯たち。しかし自分たちの権力争いに汲々とする中央の人間たちが当てにならないのは、何より陳湯が良く知るところであります。

 そんな中、郅支単于の策にはまり捕らわれてしまった星星を救わんとして自らも捕らえられた陳湯。牢から脱出して郅支単于の城から星星を救い出そうとする陳湯ですが、郅支単于との一騎打ちの末、深手を負うことに……


 本作は、いわゆるライトノベルの古参文学賞である第十三回ファンタジア大賞佳作にして、一般向けでも珍しい、紀元前の西域を舞台とした歴史ものであります。
 まず驚かされるのは、本作に登場するキャラクターが、星星のような一部を除いて実在の人物であり、そしてここで描かれる陳湯と郅支単于の戦いも、史実に基づいていることです。

 もちろん、本作の登場人物のキャラクター造形が、本作独自のものであることは間違いありません。普段は飄々としてやる気のないようでいて、本気になるととてつもなく強く熱い男である陳湯。その相棒で、弓を持たせれば右に出る者のない段会宗。二人の上官であり、横紙破りの陳湯に毎回振り回される甘延寿……
 いずれも実在の人物ながら、本作においては、如何にも歴史活劇らしいキャラ付けの中にも一ひねりが加えられ、遙か二千年以上昔に生きたとは思えない存在感を放ちます。
(特に終盤で描かれる甘延寿の姿には、驚愕と喝采必至!)

 そしてそれは、本作における敵方――匈奴方のキャラクターにおいても変わることはありません。
 本作最大の強敵であり、凶王と呼ぶに相応しい郅支単于、冒頭以降も陳湯と様々な因縁を持つ猛将・伊奴毒、伊奴毒の義弟である寡黙な黒衣の将・屠墨――いずれも一見いかにもなキャラクターに見えるのですが、しかし作中の巧みな描写によって、一瞬でキャラ立ちさせてみせるのには感心させられます。

 しかしある意味本作最大のサプライズは、後半描かれる陳湯の行動でしょう。強大な郅支単于の軍が迫る中で烏孫を救うには、西域の軍を動かさなければならない。しかし辺境の動きに無関心の上、万事事なかれ主義の中央が、すぐに許可を出すはずがありません。だとすればどうするか……
 ここでの陳湯の行動は、とんでもないといえばとんでもない、痛快といえば痛快と評するしかないものなのですが――これが実はほとんど史実通りとは!

 いやはや、事実は小説より奇なりとはまさにこのことですが、しかしここはもちろん、その事実を選び、小説として面白く描いてみせた本作の功績というべきでしょう。


 デビュー作でありながらも、題材選びの面白さとキャラクター描写の巧みさで、いま読んでもなお、ほとんど古びたところのない本作。残念ながら作者は本作の後、一作を発表したのみなのですが――それでもなお、いやそれだからこそ、本作は今なお読む価値があると感じるのです。

『西域剣士列伝 天山疾風記』(松下寿治 富士見ファンタジア文庫) Amazon

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2023.10.25

波津彬子『あらあらかしこ』第1巻 名前のない手紙が語る不思議の物語

 端麗な不思議の世界を画いては右に出る者のいない作者の新作は、明治末から大正あたりの時代を舞台に、送り手の名前のない手紙が語る不思議な物語を綴る連作。小説家の書生の少年が垣間見る、各地の不思議とは……

 小説家・高村紫汞先生に憧れて弟子入りを志願するも断られ、その代わりに住み込みの書生となった少年・深山杏之介。家事や事務仕事の手伝い、猫の櫨染さんの世話をすることになった彼は、先生の作品の清書も任せられるようになります。

 ある日、先生の元に届いた、送り手の名前のない手紙。それを題材に先生が書いた随筆を清書することになった杏之介は、その内容に驚くのでした。
 日本中を旅しているという送り手が、奈良で聞いた不思議な話。それは、そこで転んだ者は猫になってしまうという「猫坂」にまつわるもので……


 これまでも『雨柳堂夢咄』をはじめとして、静かで美しく、時にユーモラスで時に暖かく、そして時にヒヤリとさせられる不思議の世界を描いてきた作者。本作ももちろんその系譜に属する作品ですが、何ともユニークなのは、枠物語としての設定であります。
 上で述べたように、本作の中心になるのは、送り手の名前のない手紙に綴られた物語。どうやら先生の親しい知人であるらしい女性が記すその手紙には、日本中を旅する彼女が行く先々で出会った不思議な物語が――という作品構造の時点で、なるほど! と感心させられます。

 作品の主人公自体は(おそらく)東京に居る一方で、しかし不思議な手紙を通じて、諸国の物語が語られる――そんな二重構造が何とも巧みなだけでなく、遠くで語られた物語であるはずのものが、時に杏之介の日常に影響したりする、その不思議の匙加減が何とも絶妙なのです。
(ちなみに先生の家自体、元武家屋敷で、皿の数が増えたり減ったりするというのも楽しい)

 描かれる物語の内容も、各話のタイトル――「猫坂」「狸の皿」「天狗」「幽霊の掛軸」「福猫」「嫁入り狐」――が示すように、どこか古き良き不思議の長閑さを感じさせるものばかり。上品な、それでいて堅苦しくない内容からは、どこか居心地の良さすら感じさせられます。
 もちろんそれもまた、作者の作品ならではの味わいですが……

 ちなみにもう一点見逃せないのは、本作に登場する猫たちの(可愛)らしさ。先生の家で飼われている櫨染さんなど、実に漫画的な猫ではあるのですが、しかしフッとした仕草に実物の猫らしさが漂うのは、やはり愛猫家の作者ならでは――と感じます。


 どうやら杏之介自身、何やらワケありのようですが――そちらの展開も気になるものの、もう少しこのゆったりした浸っていたいと心から思わされる、そんな素敵な物語であります。


『あらあらかしこ』(波津彬子 小学館フラワーコミックス) Amazon

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2023.10.24

霜月りつ『帝都ハイカラ探偵帖 少年探偵ダイアモンドは怪異を謎解く』

 『神様の用心棒』から約三十年後、舞台を函館から東京は銀座に移して繰り広げられる探偵物語であります。名門パーシバル商会の血を引く美少年探偵と、その秘書の青年が挑むのは、怪奇な、そして人の心の暗がりを描くような事件の数々。そしてその先に探偵が求める真実とは……

 時は明治四十四年、銀座に探偵事務所を開設した少年ダイアモンド・パーシバル。中学生になったばかりながら、人並み優れた観察眼を持ち、先祖代々のドルイドの血を引く彼は、ある目的から探偵となったのですが――しかし学業優先で日曜しか開業できないため、閑古鳥が鳴いている状態。
 今日も幼い頃から身近に仕える専属秘書の青年・久谷十和と無聊をかこっていたダイアモンドは、千里眼実験の催しの看板を見つけ、好奇心から十和を連れて足を運ぶことになります。

 はじめは疑いの目で見ていたものの、舞台で後ろを向いた状態から次々と正面のものを当てる少女・瑪瑙を本物だと信じるダイアモンド。その瑪瑙は舞台上で突然、銀座のどこかの店に盗人が入ると予言するのでした。
 折しも銀座を騒がす、頭の前後に二つの面を被った強盗団・両面宿儺――予言通りにこの両面宿儺が強盗に入ったことから、瑪瑙は評判を呼ぶことになります。見えないものが見える者同士親近感を抱いたダイアモンドは、瑪瑙と友達になるのですが……


 箱館戦争から十年後の函館を舞台に、神の手で死から甦って神社の用心棒となった青年の奮闘を描いた『神様の用心棒』シリーズ。このシリーズには、ドルイドの血を引く外国人商人アーチー・パーシバルと、その姪のリズ(エリザベス)がレギュラーとして登場しますが――同じ世界の約三十年後の物語である本作の主人公・ダイアモンド少年は、リズの妹の子という設定であります。

 本作は、そのダイアモンドが、私立探偵として活躍する連作。探偵といってもまだ十二歳ですが、その視える目と切れる頭、そして幼い頃から忠実に使える十和たちに助けられて、不可思議な事件に挑んでいくことになります。

 上で紹介した第一話「少年探偵と超能力少女」に続く第二話「隠れん坊の幽霊」では、ダイアモンドは品川の幽霊屋敷の調査に当たります。
 屋敷を建てたイギリス人家族が不幸にも次々と亡くなり、次に屋敷を手に入れたアメリカ人夫妻は殺し合いの末に亡くなったというこの屋敷。その次に手に入れた日本人も、ひどい頭痛と幽霊に悩まされた末に入院し、新たな所有者から依頼されたダイアモンドは、勇躍屋敷に乗り込むことになります。

 そしてラストの第三話「黄昏の馬車」では、彼は自分が探偵を志した理由である、ある事件の手掛かりを掴むのですが……


 自分を「吾輩」と呼ぶのも微笑ましいダイアモンド少年(しかし実はそこにはある切実な理由が……)と、彼を幼い頃から「坊ン」と呼びつつ忠実に使える十和。そんな二人のやり取りを見ているだけでも、本作は楽しい楽しい作品であります。
 この辺りの呼吸は、『神様の用心棒』と変わらぬ楽しさであることは間違いありませんが――しかしそれだけではありません。この楽しいキャラ配置とやり取りの一方で、彼らが対峙する事件は、シビアで、人間の心の昏い部分を描くものばかりなのですから。

 思えば『神様の用心棒』も、人情やアクションをふんだんに描きつつ、様々な意味でドキッとさせられるような、厳しく重いものを描いてきました。そのスピンオフである本作も、そのテイストを存分に受け継いでいるのであります。
 というか第一話から、いきなりの地獄風味でさすがに驚かされた(もう少し手加減しても)のですが――しかしその一方で、どのエピソードも、こうした重い部分と、泣かせる部分の塩梅が絶妙なのは流石というほかありません。

 特にハッとさせられる形で、鮮やかに哀しみを昇華してみせる第三話の見事なラストなど、相変わらず緩急自在の描写には、感情を揺さぶられまくった次第です。

 そんなわけで、『神様の用心棒』の世界観とテイストは踏まえつつ、新たな舞台で、新たな世界を展開してみせた本作。『神様の用心棒』だけでなく、こちらの物語ももっと読んでみたい――そんな佳品であります。


 ちなみに本作には『神様の用心棒』のキャラクターが一人、レギュラーとして登場します。なるほど、キャラ同士の関わりにしても、キャラとしての面白さからも納得の人選なのですが――やっぱりまだ独り身なんですかね?(ゲス顔


『帝都ハイカラ探偵帖 少年探偵ダイアモンドは怪異を謎解く』(霜月りつ マイナビ出版ファン文庫)

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2023.10.23

山本巧次『岩鼠の城 定廻り同心 新九郎、時を超える』 町同心、再び戦国にタイムスリップ!

 江戸の町奉行所同心・瀬波新九郎が戦国時代にタイムスリップして怪事件を解決した『鷹の城』の、まさかの続編であります。再び戦国時代に行ってしまった新九郎が挑むのは、自分たちの先祖が嫌疑をかけられた太閤秀吉の側衆殺し。石田三成から事件解決を命じられた新九郎の推理は……

 江戸南町奉行所・定廻り同心として、今日も常磐津の師匠殺しの探索に忙しい瀬波新九郎。しかしその途中、池に落ちた子供を助けようとした彼は自分も転落、気付いてみれば――そこは関白秀次とその妻妾たちが処刑されたばかりの文禄年間の伏見!
 そこでかつてタイムスリップした際に事件を解決し、その身を救った青野城城主・鶴岡式部が謀叛に連座した疑いをかけられ、憧れの人であった奈津姫も窮地に陥っていると知った新九郎。しかも、式部の家臣の硬骨漢・湯上谷が、主を讒言した秀吉の側衆・田渕を殺した疑いをかけられているというではありませんか。

 実は奈津と湯上谷は自分の先祖、そうでなくとも旧知の相手を放っておくわけにはいかないと考えた新九郎は、石田三成たちによる奈津の詮議の場に潜り込み、湯上谷が下手人とした場合の矛盾点を突いてみせるのでした。
 それが元で三成に認められた新九郎は、湯上谷の無実を証明するため、限られた日数で事件の解決に挑むことになるのですが……


 江戸時代から戦国時代という、珍しい過去から過去へのタイムスリップを用いた時代ミステリとして、唯一無二の作品であった『鷹の城』。内容的に一作限りのアイディアと思われた同作ですが、何とその文庫版の刊行の翌月に、書き下ろしで登場したのが本作であります。
 それにしてもあの内容でどうすれば続編が――と思いきや、前作のラストで語られた鶴岡家の歴史を踏まえて、同家の第二の危機というべき事件を用意してみせたのには感心させられます。(タイムスリップの理屈については、まあ前作同様)

 そして新たに新九郎が挑む事件も、派手さはないもののきっちりとミステリしているのが嬉しいところです。
 田渕が自邸の庭で殺害された当時訪れていた三人の客。それぞれに怪しく感じられる彼らの犯行前後の動きを分析し、そこから生まれる隙間や矛盾を丹念に潰していく――当然の捜査手法ですが、しかしこの時代にそれをある種の経験知を踏まえて実行できるのは、なるほど世界最大の都市である江戸で一種の職業探偵を務めていた町同心の新九郎だけでしょう。

 もちろん事件の方は一筋縄ではいかず、捜査中に新たな事件が、というのもある意味定番ですが、しかし設定が設定だけになかなか盛り上がります。さらに捜査の途中に何者かの刺客に襲われた新九郎を救ったのは、石田三成といえば――のあの人物なのにもニンマリさせられます。

 先に本作の事件には派手さはないなどと書いてしまいましたが、しかしその代わりというべきか、史実の登場人物が幾人も絡み、戦国ものとしての魅力は前作以上という印象がある本作。いや、そもそも物語の発端自体、関白秀次の処刑という史実であることを思えば、本作は歴史ミステリとして実に魅力的な作品というほかありません。
(そうしたマクロな歴史が描かれる一方で、新九郎が自分の先祖の危難に挑むというマクロな歴史の物語であるのも楽しい)

 それにしても気になるのは『岩鼠の城』というタイトルですが――終盤で語られるその意味には、大きく変質していく戦国という時代と、その象徴ともいうべき存在を浮き彫りにするものとして、なかなか巧みといえるでしょう。
 戦国時代の事件が、江戸時代の事件に繋がるという結末も良く、良く出来た変格歴史ミステリというべき作品であります。


 と、前作の続編としても綺麗に終わっている本作ではありますが、これは設定的にもう一作あるのでは……


『岩鼠の城 定廻り同心 新九郎、時を超える』(山本巧次 光文社文庫) Amazon

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2023.10.22

士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第9巻 死霊と異邦人の愛の結末 そして物語は「岬」へ

 いよいよ単行本二桁も目前となった新どろろ、この巻の冒頭で鯖目との戦いは決着して物語は新たな展開を迎えます。どろろの背中の地図に描かれた地を前に、どろろと百鬼丸の前に現れた者たちとは――新たな戦いの予感が漂います。

 旅の最中、尼僧の幽霊と巨大な赤子の妖怪に導かれ、皆同じ顔の女たちと百姓が暮らす不気味な村にたどり着いたどろろと百鬼丸。領主の死んだ目のような男・鯖目とその妻・舞姫に歓待される二人ですが、やがて鯖目と舞姫は驚くべき正体を現します。
 百鬼丸の体を奪った死霊の一人である鯖目と、宇宙から漂着した異邦人である舞姫――故郷に帰ろうとする舞姫、そして彼女と結んで世界を制覇しようとする鯖目と、百鬼丸は激闘を繰り広げることになります。

 しかし鯖目との戦いは前巻でほぼ決着し、この巻の冒頭で描かれるのは、鯖目と舞姫の物語のエピローグというべき内容であります。百鬼丸に敗れた鯖目の前で、宇宙からの迎えが訪れた舞姫。しかし彼女たちに殺された子供たちの幽霊は、舞姫を斬れと百鬼丸とどろろに求めます。はたして二人の選択は……

 と、これは前巻でも描かれていましたが、原作ではむしろ村人を扇動して、幽霊たちとともに、舞姫の子である尼僧たちを殺しにかかっていたのとは対照的に、どろろは舞姫たちに情けをかけようとします。
 もちろん犠牲者である幽霊たちにとって、舞姫とその眷属は憎んでもあまりある存在であり、第三者であるどろろが、その是非を判断できるものではないかもしれません。しかし故郷に帰りたいと嘆く存在を前に、非情にはなれないという想いもまた、どろろには相応しいと感じられるのです。

 これまでも、原作で悲劇に終わった内容を(時に完全でないものの)回避し、より希望ある物語を描いてきた本作。だとすればここで描かれる鯖目と舞姫の愛の結末も、本作に相応しいものというべきなのでしょう。


 そして「鯖目の伝」に続くのは、疫病で滅びかけた村の池に潜む怪を描くオリジナルストーリー「水に潜みしものの伝」。腹を膨らませ、制止されても憑かれたように水を飲み続ける村人たちと、その村人たちを支配する「水」、そしてそこに潜む存在など、怪奇色濃厚な展開は、これはこれで実に「らしい」と感じます。

 が、その正体がメジャーすぎてインパクトが小さいのが残念なところで、ある意味本筋に関わらない、番外編的な印象も強い内容ではあります。(本編の「未来」を舞台にしたプロローグとエピローグも、効果的とは言い難い印象)
 もっとも、この章のメインは、水に見せられた幻覚の中でどろろが思い出す母との思い出と、そこから抜け出したどろろに百鬼丸がかける言葉なのかもしれませんが……


 そしてこの巻の後半でスタートする「背負いしさだめの伝」では、季節は変わり、いつの間にか百鬼丸も三十三匹の死霊を斬ったことが語られます。
 残すところあと十五匹と、二人の旅も佳境に入ったことが窺われますが――ここで二人が見つけたのは、どろろの背中に描かれた地図の風景。そしてそこに現れたのは、そこに隠された財宝を狙う、どろろの父の部下だった男・イタチ……

 と、原作では後半の一つの山場であった「無情岬」のエピソードにいよいよ突入することになります。野盗たちの首領でありながら妙に人の良いところのあるイタチ、不気味な存在感を放つ少年・不知火と、早くも役者が揃ってきましたが、しかし本作ではそこに新たな人物が加わる様子であります。

 それは多宝丸――本作においては生き延び、そして百鬼丸とは和解した彼が、この巻のラストでは、自分の生き方を見つめなおした末に、すっかりいい顔の男になって再登場。なんだか百鬼丸よりも主役らしい雰囲気すら得た彼が、この先物語にどのように絡むのか、大河ドラマならではの楽しみがあります。


『どろろと百鬼丸伝』第9巻(士貴智志&手塚治虫 秋田書店チャンピオンREDコミックス)

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士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第8巻 人間と死霊と異邦人 相容れぬ存在の間に

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2023.10.21

乾緑郎『ねなしぐさ 平賀源内の殺人』 その殺人と最期から描く源内伝

 天下の奇人・才人として知られた平賀源内――その彼が人を殺して入牢し、そこで亡くなったというのは、それなりに知られた史実でしょう。本作はその源内の謎めいた最期を中核に、彼の後半生にスポットを当てた作品であります。はたして平賀源内とは何者であったのか?

 安永八年十一月二十一日、旧知の友人である平賀源内が人を殺したと知らされて駆けつけた杉田玄白。そこで彼が見たものは、弟子の死体の前で脇差を手に呆然とする源内の姿でした。
 玄白に何があったかを問われても答えず、自ら自刃しようとすらした(しかし痛がって失敗)源内ですが、その後、前の晩に彼を訪ねていた勘定奉行の用人の死体も近くで発見され、いよいよ立場は悪くなっていきます。

 そのまま殺人の咎で牢屋敷に入れられた源内を何とか救おうとする玄白たちですが、しかしほどなくして源内は牢内で病死したと知らされ、死体すら下げ渡されることなく源内はこの世から消え去るのでした。
 しかし、あまりに不可解な一連の出来事の陰に、玄白は何者かの影を感じ取って……

 というあらすじ(そしてタイトル)を見れば、なるほど源内の死の真相を巡るミステリなのだな、と思わされる本作。しかし本作は、巻頭からそれに留まらない複雑な姿を示すことになります。

 何しろこの源内の殺人に先立って冒頭で描かれるのは、その五年後の佐野善左衛門による田沼意知殺し。次いで描かれるのは、同じく八年後、中止された蝦夷地探検から帰還する最上徳内と彼を見送る老人の姿、そしてその次は源内の死の三年前、田沼意次とその愛妾の前でエレキテルを披露する源内の姿……
 と、時系列をシャッフルして、様々な時と場所を舞台に――時に源内と無関係に見えるものも含めて――本作の物語が紡がれていくのであります。


 そもそも平賀源内は、何を手がけ、何を業績として残した人物であったか? 源内という人物を考える際に頭に浮かぶこの疑問は、極めて基本的であると同時に、本質的である問いかけといえます。

 本業は本草学者でありつつも、同じ作者が後に発表した『戯場國の怪人』(それなりに本作と源内のキャラが重なっているのがお面白い)で描かれたように、『根南志具佐』『風流志道軒伝』といった戯作を著し、医学・蘭学の知識もあり、鉱山開発にも活躍――と、実に様々な分野で活躍した源内。

 しかしその業績、後世に残るような業績はと問われれば、悩んでしまうというのもまた事実であります。様々な分野を手がけ、そのそれぞれで人並み以上の成果を上げつつも、しかしこれ、というものがない――そんな源内の姿には、作中でも触れられるように、「器用貧乏」という言葉すら浮かびます。

 いや、源内といえばエレキテルでは、という方も多いとは思いますが――本作におけるエレキテルにまつわる描写を見れば、そのイメージは一変するでしょう。後世の人々にとっては源内の才知の象徴であるそれが、源内にとっては何の象徴であったのか――それをひどく痛切に本作は描くのですから。


 先に述べたように、時系列をシャッフルして、源内の後半生を――その死の前後を描く本作。作者らしく、源内の殺人の真相とその最期については、一種伝奇的な味付けもありますが、むしろ本作はそれを終点にして起点として描く平賀源内伝――一種の人物伝、歴史小説という色彩が強くあります。

 そこに登場するのは、杉田玄白や工藤平内といった彼の友人や、田沼意次のような権力者、あるいは丸山遊郭の遊女・志乃まで虚実様々な人々であり、こうした人々とのかかわり合いの中で、源内の姿が徐々に浮かび上がっていく――本作はそんな作品であります。

 正直なところ、この人物像自体がそこまで意外ではないこと、また謎解き自体もそれなりに予想がつくものであったりという点はあります。しかしそれでも、本作で描かれる根無し草のような源内の生き様と、それに対してある人物が結末で語る想いは、不思議な魅力と暖かみを残してくれるのです。


『ねなしぐさ 平賀源内の殺人』(乾緑郎 宝島社文庫) Amazon

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2023.10.20

『るろうに剣心』 第十六話「理想の男」

 自分の誘いを断った剣心に襲いかかる雷十太だが、剣心に刀を折られ、その場は引き下がる。翌日、神谷道場を訪れ、弥彦に勝負を挑む由太郎。しかし彼の竹刀の持ち方がデタラメなのを見た薫は、由太郎に剣術を教える。道場に馴染んでいくものの、雷十太の下で強くなりたいと語る由太郎だが……

 雷十太編の第二回となった今回、アバンがほぼ丸々前回の振り返りだったのはもったいない気もしますが、本編では冒頭から雷十太が凄まじい勢いで剣心に襲いかかります。この辺りの、力任せのような、ちゃんと技があるような――という動きはなかなか面白いですが、刀を折られて引き下がるのは、ギリギリ大物の対面を守ったムーブというべきでしょうか。

 しかし今回のメインは、雷十太よりも弟子の由太郎の方。前回はイキリまくった小僧という感じでしたが、今回はそんな彼が何故強さを求め、雷十太の弟子になったか、そして神谷道場の人びととの交流が描かれることになります。
 そもそも由太郎が神谷道場に足を踏み入れることになったのは、弥彦と勝負するためでしたが、そこで竹刀の持ち方を知らないことがバレてしまう――という展開は、それだけで彼が置かれている境遇や彼のキャラクターが現れていて、今見ても秀逸と感じます。

 そんな彼が、薫や弥彦と交流するうちに――というのは実に微笑ましくも、それ自体が雷十太の思想のアンチテーゼとなっているのが興味深いのですが、しかし彼が強くなろうとする理由は、それなりに「明治」を感じさせるものといえるでしょう。
 士族の出でありつつも商人の道を選び、そして強盗に襲われても土下座するしかない――そんな父を見返し、士族として生きるためというのは、ある意味弥彦とは対照的な理由。そこで彼が出会ったのが雷十太ではなく、剣心たちであったなら――この先の展開を見れば、そう思わざるを得ません。

 そう、雷十太にとっては由太郎はスポンサーの子に過ぎず、そして知り合ったきっかけである強盗から救ったのも、仕込みだった――やっぱり比留間兄弟並みの悪知恵の持ち主だった雷十太ですが、しかし技だけは一流。『るろうに剣心』の中でも純粋な遠距離剣術(という言葉があるのかどうか)である「飛飯綱」がついに炸裂であります。
 仕掛けがあるわけではなく(少なくとも原作の時点では)、純粋に剣の振りだけで旋風を起こして空を裂き斬るこの技を、独学で会得したらしいのは驚きですが、しかし剣心に放ったのは避けられ、由太郎に当たってしまったのは色々な意味で大誤算。原作のように「生き地獄を味わわせてやる」とまでは言われなかったものの、抜刀斎の地が出た剣心を前に、ついに冷や汗タラリ――次回、本当に地獄を味わうことになるのか、それともアニメオリジナル描写で面目を保つのか、雷十太というキャラクターの未来がかかっているだけに必見です。


 と、途中で気付いたのですが、原作で神谷道場を襲撃した弟子四人は、このアニメ版ではカット。なくてもそれなりに繋がる展開なので、スピードアップのためなのかもしれませんが(そしてこういうアレンジは大歓迎なのですが)――ということは本作の雷十太、もしかして同志ゼロ?
 一部にはそれなりにあった人望も失われた(ように見えてしまう)雷十太が、次回どのような決着を迎えるのか、心配というか楽しみというか……


『るろうに剣心』6(Blu-rayソフト アニプレックス) Amazon

関連サイト
公式サイト

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『るろうに剣心』 第十三話「死闘の果て」
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2023.10.19

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第14巻 新九郎、社会的に色々と成長す!?

 借財という大敵を何とか退け、そしてついに無役から脱出して三冠王を返上した新九郎。さらに新九郎の身に大きな変化が訪れることになります。しかしその間にも世の状況はめまぐるしく動き、関東でも決定的な変化が……

 膨らみ続ける借財を前に、一度は伊勢家解散の危機に陥ったものの、分一徳政を使って心ならずも借財をクリアした新九郎。さらに将軍義尚の奉公衆、それも申次の役に就き――と、無位・無冠・無役の三冠王からついに脱出であります。
 そして、新九郎の身の上はまだ動き続けます。それは嫁取り――ついに新九郎も妻を迎えることになったのです。しかし、職にもついたし、次は嫁でも――などという軽い(?)ノリではないのが本作らしいところであります。何しろそこには、義尚の屈託、そして義政との軋轢があるのですから。

 ようやく将軍位に就いたものの、その上にはなお義政の存在が厳然として存在する義尚。若い彼にとってその状況は楽しいはずはもちろんありませんが、それが彼の乱行に繋がれば、周囲の者も穏やかではいられません。
 彼に寵愛(意味深)され引き立てられた元猿楽師・広沢彦次郎尚正への周囲の反発(細川政元のリアクションには爆笑)、義尚の奉公方と、大御所に近い奉行衆の対立――そんな状況下で、娘のぬいを義尚に仕えさせるよう求められていた小笠原政清は、新九郎に声をかけ……

 と書くと政略結婚、というより押しつけのようですが、しかし新九郎にとってもこれは願ってもない、いや自ら望んだ婚姻。新九郎自身の想いだけでなく、ぬいはこれまでもその明るさと拘りのなさで、伊勢家の郎党たちに絶大な人気を得ていたのですから。
 かくて結ばれた新九郎とぬい。生真面目で細かい新九郎と、鷹揚でアバウトなぬいと――似てないからこそぴったりと合う、そんな微笑ましい夫婦の姿には、不穏な展開が続くからこそ、ホッとさせられます。

 しかしこの辺りの、新九郎の家庭事情と、幕府の状況を絡め、有機的に物語を描いてみせる手法は、これまでも同様ではあるのですが――ようやく社会的に一人前になってきた新九郎の結婚という人生の一大イベントと重ね合わせる形で(というかそのイベントのみを描くのではなく)、平時においても内部では嵐の予兆渦巻く幕府の状況を描くのには、ただただ、巧いなあと嘆息させられるのです。
(巧いといえばこの巻の表紙――ただ一つの絵で二人の関係性を感じさせるのもまた実に巧い)


 しかし、そんな中で、生真面目だった新九郎の中にも、徐々に「黒い」部分が窺われるようになります。
 これまで世知に長けた相手に翻弄されるばかりだった従兄弟の盛頼に対しても対等に渡り合い、そして伊勢家の所領を巡っても、彼自身が驚くような黒い内容を呟き――彼もまた乱世の申し子と、後の「活躍」を思わせる姿は、頼もしいと喜ぶべきか、スレたと悲しむべきか、複雑な気持ちになります。

 そして、その「活躍」の舞台となる関東も、激動前夜というべき状況となります。
 前巻で堀越公方・足利政知が下したある決断が、京の状況と結びついたことで後の波乱を予感させ(ここで描かれるあるキャラの表情がまた絶品!)、そしてやはり前巻での新九郎の仕掛けが遠因となったか、彼にとって越えられない壁であった太田道灌がついに……

 新九郎の出番はもう少し先ではありますが、しかしもう一つの物語の舞台として、全く目が離せない関東の情勢。さらに次巻ではそこに、再び駿河の状況が描かれるというのですから――身を固めたとはいえ、新九郎の周囲はこれまで以上に慌ただしくなることは間違いないのであります。


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2023.10.18

細川忠孝『アダバナ 仇花』 新選組の「人斬り」 その知られざる青春

 先日、新選組マンガ『ツワモノガタリ』が大団円を迎えた作者が、2016年に「ヤングキング」誌に連載した作品であります。新選組で人斬り鍬次郎と恐れられ、龍馬を斬ったとされる男・大石鍬次郎。その鍬次郎の秘められた物語とは……

 一橋家の近習番として仕えてきた大石家の嫡男・金之助(鍬次郎)は、「武士は弱きを助ける者」という父の教えを守り生きてきた腕自慢の青年。ようやく父の跡を継ぎ、出仕することになった鍬次郎ですが――しかしその直後、自分を慕う近所の子供たちが一橋家の家老に無礼討ちで斬られるという事件が起きます。
 上役による無礼討ちという状況に、口を噤んだ父に対し、自分の信念のもとに立ち上がり、家老を斬った鍬次郎。しかしそれが元で父は処刑、妹ら一家は離散し、自分は役人に追われることになるのでした。

 追っ手の一人で小太刀を得意とする狂的な男・佐々木只三郎に追い詰められ、あわやというところ鍬次郎を助けた男――坂本龍馬は、鍬次郎を同志に誘い、同郷の友人だという岡田以蔵と引き合わせるのですが……


 人斬り集団・新選組の中であえて「人斬り鍬次郎」と呼ばれて恐れられた大石鍬次郎。監察という役目に就き、暗殺にその刃を振るった――伊東甲子太郎暗殺も彼の仕業だった――というダーティなイメージから、フィクションの世界でもしばしばネガティブな姿で描かれる印象が強い人物であります。坂本龍馬が暗殺した際に実行犯として疑われ、拷問を受けたというのも、このイメージが災いしてという気がしないでもありません。

 そんな鍬次郎ですが、本作は彼は「武士は弱きを助ける者」という信念を愚直に守る青年として造形し、そしてそれ故に次々と窮地に陥る姿を描くことになります。
 なんの罪科もない子供を殺した家老を叩き斬り(これはこれで大概ですが)、佐々木只三郎に殺されかかる。龍馬と知遇を得たかと思いきや、今度は岡田以蔵に命を狙われる……

 いずれも源を辿れば彼の愚直な生き様が招いたものではありますが、しかしそのたびに凄絶な剣戟を繰り広げ、ボロボロになりつつも必死に生き延びる姿には、これはこれで大丈夫の生き様――というのは言い過ぎにしても、従来のダーティなイメージとは全く異なる、ある種の清々しさすら感じさせる姿であります。

 その一方で、彼の前に現れる連中はいずれも曲者揃いであります。自分より大きい相手の前では異常にビビるのに、小太刀を手にすると異様なテンションで暴れる佐々木只三郎。一見「いつもの」キャラのようでいて、この巻の終盤でその真の顔を見せる龍馬(これはこれで実に「らしい」と思います)。その中では以蔵が一番「いつもの」キャラを感じさせますが、その殺意が向けられる相手は――と、独自性を感じさせるのが面白いところです。

 その以蔵はさておき、後に命のやり取りという点でいささか複雑な関係となる鍬次郎と只三郎と龍馬の三者の因縁が、この時点でなんとなく察せられるのもまた、本作ならではでしょう。

 とはいえ本作は単行本に第一巻と記されているものの(ただし電子書籍版は販売サイトに巻数が表記されていない)、その後約七年間にわたり、動きがない状態であります。
 本書がなかなか面白いところで終わっており、また『ツワモノガタリ』の存在もあって、続きを読んでみたいところではありますが……


 なお、本書の巻末には、連載前に掲載された読み切り版の『アダバナ 仇花』が収録されています。
 こちらはより強烈かつストレートな形での鍬次郎と龍馬の因縁の始まりとその結末が描かれていますが、あるいは連載版もここに向かっていたのかもしれない――と想像してみるのは、なかなか面白いものではあります。


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2023.10.17

「コミック乱ツインズ」2023年11月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」11月号の紹介の続きであります。

『江戸の不倫は死の香り』
 江戸時代、不義密通が招く惨劇を描く連作シリーズも早くも第四回。今回は鋳物師の重次郎とその妻・おさ多を巡る物語であります。
 留守中におさ多が男を引っ張り込んでいた現場を見て激昂、包丁でおさ多の首に切りつけた重次郎。幸いおさ多の命に別状はなかったものの、離縁することになった重次郎ですが、一年後、二人はよりを戻すことに――と、ここで二人が幸せなキス(とその後の色々)をして終了であればエロイイ話で終わるのですが、その後、仲睦まじく暮らしたかに見えた二人を待っていたのは……

 いやはや、クライマックスでの重次郎の叫びは非常にごもっともではあるのですが、しかしさすがにこれは――とドン引きさせられる結末は、ある意味突き抜けすぎていて驚かされます。
 しかしやはり毎回毎回惨劇で終わるのはさすがに辛いというのも正直な気分ではあります。いや、シリーズのコンセプト的に仕方ない、というかタイトルの時点でそうなるしかないのですが……


『真剣にシす』(盛田賢司&河端ジュン一・西岡拓哉/グループSNE)
 ついに調所広郷との「菱刈勇士」勝負も今回で決着であります。三回チャレンジして合計点を競うこの勝負ですが、広郷は最初の回で先行すると、後は数学的に最良の選択を続けるという、勝つためには正しいけど見ていて全く面白くないプレイを披露。後を追う夜市は、命がけの選択を強いられることになりますが、広郷の塩っぷりに我慢できなくなった薩摩隼人たちは「チェストいけっ!」コールで夜市を応援することに……

 と、まあこのシチュエーションで夜市が負けるという展開はどう考えてもないわけで、ちょっと盛り上がりに欠けた感のある「菱刈勇士」勝負。夜市が語る、真の最良の選択の内容はなかなか面白かったのですが、結局は度胸と運で勝負が決まってしまったのは、これはゲーム自体にプレイヤーの操作の余地が小さかったためでしょう。
 広郷が仕掛けた「延長戦」も、なるほど賭場の作法と言われれば納得なのですが、やはり往生際が悪いというほかなく、勝負自体はかなりいい描写だっただけに勿体ない印象が残りました。


『カムヤライド』(久正人)
 気がつけば第50話となかなかの長期連載となってきた本作。前回はオトタチバナの過去が語られ、モンコ・ヤマトタケル・オトタチバナそしてタケゥチが、それぞれの戦う理由を胸に、旅立つことになります。
 旅自体は、ノミの宿禰を思わせる謎の男の暗躍により国津神と結んだという蝦夷を攻めるため、ヤマトタケルが一軍を率いて東征するという形ですが――今回の舞台は廬原、今の富士川と大井川の間と、本当にずいぶん東にやってきました。

 そこで川辺で野営することになったのを危ぶむタケゥチは、さすがに密偵らしい本作一の分析眼を披露する一方で、相変わらずマイペースなモンコは兵士に絡まれて――というところで新たに登場したのは、かつてヤマトでの戦いで、モンコによって命を救われたと語る膳夫・フシエミ。いかにも本作らしい(作者らしい)渋いオヤジキャラですが、彼の考案した鰻のワサビ焼きは普通に旨そうであります。
 が、そこから繋がる思わぬ展開。国津神の接近には異常に敏感なヤマトタケルの裏をかく「敵」の策とは――物語展開的にこうなるよなあ、というのはメタな見方でよろしくないのですが、しかし形としてはこう来るとは! と驚かされつつ、次回からの激戦に期待が高まります(どう考えても相手が悪すぎるのでは、という気がしますが……)

 しかし、ヤマトタケルは人間を辞めていますし、オトタチバナは塞ぎ込み、タケゥチはタケゥチだし(夜中のモンコへのリアクションが実にヒドイ)――と、普通の人間のリアクションができるのはモンコのみというのはなかなか大変な話で、彼にかかる負担が心配であります。


 次号は巻頭カラーが『鬼役』、表紙はなんと『江戸の不倫は死の香り』、先に触れたとおり、『口八丁堀』が連続掲載、ラズウェル細木の新連載もあるとのことです。


「コミック乱ツインズ」2023年11月号(リイド社)
 

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2023.10.16

「コミック乱ツインズ」2023年11月号(その一)

 号数の上では今年も残り二号となった「コミック乱ツインズ」、今回は表紙が最終回目前の『勘定吟味役異聞』、巻頭カラーが『そぞろ源内 大江戸さぐり控え帳』、特別読切は『口八丁堀』が登場であります。今回も印象に残った作品を一つずつ取り上げます。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 前回で終わったかと思いきや、今回も続くジファルの過去編、というより回想編。本物のジファル王子を殺し、成り代わったラクダの世話役の子・イーブン=現・ジファル。泣き虫で甘ったれの真ジファルに手を焼きながらも、自由市場の町・バザで、蒙古軍(小さい頃から今の面影がありすぎるラジンが)のラクダを盗もうと考えたイーブンですが、あくまでも子供の身の上、自分も怖気づいてしまうのでした。
 そんな中、やたらとガタイのでかい上半身裸の子供が、蒙古軍相手に槍一本で大暴れしているのを見て、勇気を得たイーブンは、ラクダを盗み出し……

 と、実はかつてジファルもブブもラジンもニアミスしていた、という今回。さすがに出来すぎた因縁という気もしますが、少年ブブのやたらと勢いのいいアクションの前には、その辺の印象も吹っ飛びます。
 そして以前、いきなり登場した冬人夏草が今回も登場。わかったようなわからないような解説は相変わらずですが、あるいは今後も出番はあるのか(しかし、もう随分前の回想での登場であったし……)、謎は深まります。


『口八丁堀』(鈴木あつむ)
 もう常連になりつつある印象の本作、例繰方同心にして北町奉行所一の減らず口と言われる平津内之介が、難題を吹っ掛ける相手を「言の刃仕合」で論破する、変形の法律ドラマであります。
 しかしこれまでは仕合の相手は同じ役人でしたが、今回は、両替屋ゆうずう屋の主・岩五郎という、かなり意外な相手との勝負となります。

 同郷の娘を女衒から買い取るため、店の集金の金・十一両に手を付けた末、自ら番屋に名乗り出た若者・慎助。天涯孤独となった慎助を引き取り、自分の子同様に可愛がってきた岩五郎ですが、しかし罪は罪と言い張り、減刑を求めようともしません。
 それを知った内之介は、なんとか岩五郎を説得しようと――と、共に慎助を救いたいと考えているにも関わらず、役人よりも道理にうるさい石頭の岩五郎との仕合が繰り広げられることになります。

 十両盗めば首が飛ぶと言われた時代に、どうすれば慎助を救えるか、というだけでも難しいところに、岩五郎の説得までと二重の困難が描かれる今回。しかし実は今回はそのうちの後者のみが描かれることとなります。
 慎助への裁きは次号に続く――と、もはや読切ではないような気もしますが、ラストには切れ者で知られる彼の上司が登場。どう考えても次回の仕合の相手になりそうですが、さて。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 紀文の送り込んだ暗殺者・庵から家継を守るため、お役目を超えて奮戦した聡四郎。その中で傷を追うことになった聡四郎は――今回はなんと冒頭のみの出番。次回最終回という時に一体、と心配になりますが、今回メインとなるのは吉宗と永渕――前回、暗殺騒動のどさくさに紛れて大奥から持ち出された、柳沢吉里が綱吉の子であるという書付を巡るドラマが展開することになります。

 もはや八代将軍を巡り、敵となるのは吉里のみとなった吉宗。吉保の恩から、吉宗を付け狙う永渕は、本業である徒目付として、吉宗の無断出府を咎めるという名目(賢い!)で再び吉宗暗殺を狙うのですが――しかし書付の存在を知っても不敵に笑う吉宗は何を思うのか。再び貫目で負けた永渕が知ったのは……
 と、もう完全に勘定吟味役の担当から外れた世界の話になってきましたが、今回は聡四郎の敵として、本作の裏の主役であった紀文がついに退場することになります。既に以前退場したような形でしたが、庵の失敗と吉里の動きを経て、ついに完全に店仕舞を決意。これも一つの象徴というべきでしょうか。

 そして次回――聡四郎の出番は!?


 その他の作品は次回ご紹介します。


「コミック乱ツインズ」2023年11月号(リイド社)
 

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2023.10.15

『るろうに剣心』 第十五話「その男・雷十太」

 出稽古に向かった薫と共に前川道場を訪れた剣心。だがそこに剣術の行く末を憂うと称する壮漢・石動雷十太が現れ、道場破りを仕掛けてきた。師範を叩きのめして看板を奪おうとする雷十太と対峙する剣心だが、雷十太は自ら引き下がるのだった。後日、剣心を招いた雷十太は、自分の存念を述べるが……

 いま一番北海道編への登場が待ち望まれると言われ(というか私が言った)、かつ今回のアニメ版への登場が危ぶまれた男・石動雷十太が、今回から無事に登場であります。
 キャラクターのコンセプトとしては面白かった(そして何気に刀から飛び道具を放つという、作品全体を通じても珍しい技の使い手だった)ものの、何故かあらぬ方向に突き進んでいき、最後はなんとも締まらない結末を迎えた雷十太。そのために作者からは失敗扱いされていたこともあり、ファンからは妙に愛されているものの、作者自身が監修に当たっている今回のアニメ化では、なかったことにされるのでは――と個人的には心配していたのですが、こうして登場するということは、おそらく描写や扱いにもそれなりの変化があるということなのでしょう。

 それを裏付けるように――といってよいかはわかりませんが、今回の脚本を担当したのは、おそらく作者の次にるろ剣に精通しているであろう黒碕薫。内容的には原作に忠実ながら、ほとんどの台詞に手が加わり、細かい描写に変化があったことで、印象が変わった場面もありました。
 もちろんその影響を一番受けたのは雷十太であります。特に、前川道場での剣心との試合で必殺の秘剣・飯綱(ここでの太刀筋の描写はなかなか面白かった)を躱されて自ら退いた後、帰り道で冷や汗タラリ――という原作での一幕がなくなったのは、何気に大きかったと思います。

 それにしても今回アニメで見直してみると、雷十太という男は、道場破りという時代遅れの蛮行――特に今回、原作とは違い、折れた竹刀で意識を失った前川の顔を攻撃しようとするという、やりすぎな行動が印象に残ります――を働く一方で、塚山家に剣術師範として入り込んでいる(そしておそらくそこを足がかりに自らの目的を果たそうとしている)辺り、単なる暴力バカではなく、一種の社会性が感じられるのが面白いところであります。
 塚山家で剣心を迎えた際も、道場破りの際のいかにも古流の剣術家らしい天狗めいた格好から一転、羽織袴姿で現れるなど、これまでの敵とは一風変わったどこかクレバーな部分があるのが、ユニークであります。
(もっとも原作ではこの先がアレだったので、振り返ってみれば社会性や知性といっても、比留間兄のソレと同レベルに見えてしまうわけですが……)

 いずれにせよ、これまでの刃衛や蒼紫といった強敵とは、平和な明治の世において戦いに執着するという点では等しいのですが――しかし幕末の影を色濃く背負っている二人とは異なり、むしろそこから遥かに過去の古流剣術を称しつつも、剣術の行く末を憂うというある意味未来を見据えた持論を唱える雷十太。
 さらにいえば、西洋銃火器にも負けぬ剣術を目指すというのは、ある意味、後の劍客兵器にも通じる思想が――というのは牽強付会に過ぎますが、これまでだけでなく、この先も含めて、『るろうに剣心』という作品に登場する敵キャラクターの中でも異彩を放っている存在であることは間違いありません。

 もちろん、それが結局は――だったのが大問題だったわけですが、はたして今回のアニメ版ではその辺りに変化をつけてくるのか。この先の展開が大きく気になっている次第です。


 ちなみに原作では前川宮内に「まえかわみやうち」とふりがなが付いていた前川師範、今回は「まえかわくない」となっていたのは、やはりこちらの方が正しいということなのでしょう……(何気に江戸二十傑から地味に十二傑と八人ランクアップしていたのもちょっと面白い)

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2023.10.14

さいとうちほ『輝夜伝』第13巻 月の使者迎撃を阻む人のエゴ!?

 竹取物語をなぞるように、ついにかぐやのもとにやって来た月からの迎えと、それを迎え撃とうとする都の人々。万全のはずの備えが次々と破られる中、ついに繭の中から復活した月詠の姿とは――そして一つの苦難を乗り越えた先に待つ、さらなる混乱とは……

 ついに竹速と結ばれた月詠が繭に包まれた後も事態は進行し、ついに次の満月の晩には月からの迎えがかぐやの元にやって来るという状況になった都。もちろんこれを人々が座視するはずもなく、北面と八咫烏は、月からの迎えを迎撃すべく、準備を整えます。
 その中心となるのは、八咫烏の長老・金鵄が発案した、月からの迎えの目を眩ませ、天女の身代わりを連れ帰らせようという作戦――そしてその身代わりに志願したのは、元々月に帰りたがっていた艶であったことが、事態を大きく悪化させることになります。

 艶が地上から去ることに大反対した治天の命によって、艶の代わりに身代わりに立てられることになった、かつて比叡山から月に帰った天女の末裔・琵琶。なるほど、彼女たちも天女の血を引いているのは確かですが、しかし彼女に想いを寄せている(?)凄王が黙っているはずもありません。

 すったもんだの末、身代わりに選ばれたのは、ここしばらく妙なところで目立っていたあのキャラで――と、月の使いがやってくる前に都人側が自然崩壊しかねないエゴのぶつかり合いであります。
 その果てに、ついにやってきた月の使者の前で、最悪の事態が最悪のタイミングで発生することになってしまうのですが……


 と、竹取物語でいえばクライマックスの部分に差し掛かった本作ですが、あちらに比べて都人側も有効打を用意していたはずが、一体皆どうしたの、と言いたくなるようなエゴをむき出しにした結果、あわやという状況に至ることになります。

 その窮地を打開できるのは――そう、主人公しかいません。繭を破って飛び出した月詠は、新コスチューム(表紙を参照)で大活躍、ついに月の使者たちを撃破するのですが――しかし、それはあくまでも一時しのぎにすぎません。何しろ月がそこにある限り、月の使者は満月のたびに訪れるのですから。それに対して都人側が今回と同じ手段で対抗できるとは思えません。

 いやそれよりも何よりも、原典通り(?)の変貌を遂げてしまったかぐや姫が、新たな問題を引き起こします。
 月の使者との遭遇の末に地上人への情をなくし、身も心も月の天女と化してしまったかのようなかぐや姫。しかし地上人への情をなくしたとしても、同じ天女に対しては――と、大変な方向に転がっていくのです。

 その変貌ぶりについては、ついに月詠の前に姿を現した月の女王が語る、月の天女たちの生と性が一つの答えとなるのですが――いやはや、そのとてつもない真実の前には、艶様の暴走が可愛らしくみえるほどであります。
 もちろんそれが彼女たちの持って生まれたものであれば、責めるわけにはいかないのですが――しかしこの真実を前にして、はたしてどのような解があるのか、途方に暮れるほかありません。
(それにしても、ここまで天女たちの存在を突き詰めた作品があったでしょうか?)


 いや、解がないわけではありません。それは戦って相手を攻め滅ぼすことであります。その道を選んだかに見える都人の男たちは、月人に対する有効打に成り得る「武器」を手に意気あがるのですが――それが元は何であったかと思えば、とても一緒に喜ぶ気にはなれません。
 八方塞がりにも見える状況の中、はたして皆が幸せになれる答えはあり得るのか? いよいよクライマックスであります。


『輝夜伝』第13巻(さいとうちほ 小学館フラワーコミックスアルファ) 

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2023.10.13

貘九三口造『ABURA』第3巻

 御陵衛士サイドから油小路の戦いを描くという、非常にユニークなコンセプトの新選組漫画も、この第三巻で完結であります。油小路の戦いの果てに生き残った者たちは、いかなる道を歩むのか。そしてその果てに彼らが見たものは何か――勝利者のいない戦いの結末が描かれます。

 御陵衛士の長・伊東甲子太郎を暗殺し、その遺骸を油小路七条の辻に放置した新選組。罠と知りつつも、遺骸を取り戻すために向かう七人の御陵衛士を待ち受けるは幾層倍の新選組の群れ――必殺の死地を前に藤堂平助が、毛内有之助が斃れ、いま、鬼神も三舎を避ける勢いで奮闘した服部武雄もまた……

 一部では新選組最強説もある服部武雄が、それを裏付けるような大激斗を繰り広げた前巻。しかし、力尽きたかに見えた服部は、なおも刀を振るい続けます。
 そして、倒れる時は前のめりといわんばかりに、最後の最後まで一歩も引かなかった彼の最期を以て、油小路の戦いは終わりを告げます。仲間たちの犠牲の末に、四人の御陵衛士が逃げ延びるという結果を残して。


 と、実はこの最終巻の冒頭二割くらいで油小路の戦いは終わり、残りは生き残った御陵衛士たちの、その後の戦いが描かれることになります。

 いわゆる墨染事件――伏見墨染で近藤勇を狙撃した阿部十郎たち。甲陽鎮撫隊の大久保大和として出頭した近藤勇の正体を暴いた加納道之助。そして薩摩藩兵として越後出雲崎に潜入・探索の最中に正体が露見して捕らわれながらも脱出、最後の最後まで死力を尽くして戦った富山弥兵衛……

 正直なところ、近藤勇絡みの二つのエピソードは、非常に有名であり、近藤勇そして新選組そのものの運命に繋がるものであるために幾度も語られてきましたが、富山弥兵衛の逸話は、あるいは漫画化されるのは初めてではないか、とすら思わされます。
 ある意味(これも藤堂絡みで描かれることの多い)油小路の戦いを描くよりも珍しい、本作ならではのエピソードであったといえるでしょう。

 そして幾多の戦いの果てに、明治二年の江戸で対面することとなった永倉新八と鈴木三樹三郎。そこで二人の間に流れたものは……
 正直にいってこの辺りの永倉に関する描写は(確かにこの逸話も残されているのですが)どうかなあと個人的には思ってしまうものの、いわば仇敵二人の出会いが、それぞれの行動を通じて昇華されるという結末そのものは悪くないと感じます。


 かくて大団円を迎えた本作ですが、正直なことを申し上げれば、やはり油小路の戦いだけを描くのはなかなか難しいものがあったという印象があります。
 もちろん、そこで描かれた激闘の数々――というより服部武雄の戦いぶり――は見事でしたが、それだけに、生き残った御陵衛士たちの(富山弥兵衛以外の)その後を見せてほしかった、という気持ちはいたします。

 仲間たちによって生き残った彼らが、自分の命をこの先どのように使ったのか――その後半生は平凡なものであったかもしれませんが、それだからこそそれを記すのには意味があると思った次第です。


『ABURA』第3巻(貘九三口造&NUMBER8 小学館裏少年サンデーコミックス) Amazon

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2023.10.12

「梅道人ノ巻」――ではなく夢枕獏『陰陽師 烏天狗ノ巻」

 前巻から少々の間をおいて刊行された、『陰陽師』シリーズ最新巻であります。収録されているのは全八編――お馴染みの世界で展開される作品に加えて、道満を主人公とした異色作、そしてファンが騒然となったあの作品まで、バラエティに富んだ内容であります。

 大陰陽師・安倍晴明と、笛の名手・源博雅の二人が、都で起きる様々な怪異を「ゆこう」「ゆこう」と解決していくのが基本であるこの『陰陽師』シリーズ。
 その約二年ぶりの新刊となった本書も、大半の作品がそのスタイルを踏まえた内容となっています。

 日夜体中を痒みが襲うようになった藤原兼家の依頼を受け、その意外な由来を晴明が解き明かす「兼家奇々掻痒」
 金木犀の花が香る晩、晴明と博雅の前に現れた体中に痣と吹出物がある老婆の秘密「金木犀の夜」
 独りでに動く小さな不動像を烏に奪われた上に、夜毎烏天狗に身体を踏みつけられる行者に二人が救いを求められる「ちび不動」
 口から血の臭いを発し、鼠を生きたまま食らうようになった妻から逃げた男の前に道満が現れる「媚珠」
 露子姫の前に現れた唐の神仙・なたが追いかけてきた妖退治に晴明が協力する「なた太子」
 七草の日に人事不省となった露子の父・按察使大納言の奇妙な体験を描く「按察使大納言 不思議のこと」

 晴明が博雅に会う前に事件を解決してしまう「兼家奇々掻痒」、晴明たちが登場しない「媚珠」のようなエピソードもあるものの、これらは基本的にまずシリーズの定番を踏まえた作品であります。


 それに対して「梅道人」「殺生石」は、ある意味異色作と呼んでよい作品であります。
 その一つ、まず後者の「殺生石」は、「オール讀物」2022年8月号の「特集「陰陽師」の世界」の一編として以前紹介しているので詳細は省きますが、道満を主人公とした、分量的には他の作品の倍程度ある中編です。

 消息を絶った知り合いを求めてみちのくに向かった道満が、周囲に毒を撒き散らす方形の石の傍らに住む怪しの美女と出会い――という内容は、タイトルからわかるように(本来は『陰陽師』よりも後の時代を舞台とした)九尾の狐伝説をベースとしたものであります。
 しかし物語には、一風変わった趣向が取り入れられています。それは石の放つ毒が周囲の生物の姿が変容させることから何となく想像できるように、原発事故をモチーフにしている点であります。

 この辺りは一歩間違えると生硬な印象を受けかねませんが、道満とビッグネームの妖の対決というイベント性、そしてそこで描かれる道満のキャラクターの掘り下げと、『陰陽師』の一編としてきっちり面白いのは見事というほかありません。今後の展開が気になるラストも巧みです。


 しかし、本書に収録されたどの作品よりも強烈なインパクトを受けるのは、「梅道人」であります。
 晴明と博雅が、晴明の館で庭を眺めながら酒を酌み交わすという、定番中の定番から始まる本作。しかし博雅が「決めたよ、晴明――」と口にしたことから、二人の関係性が大きく動くことになります。

 その内容については、ぜひ直接読んでいただきたいところですが――これまで変わらない、動かない時の中で続けられてきた『陰陽師』という物語が動き出した、いやその一つの終わりの姿を見据えて一歩踏み出したというべき展開は、やはり衝撃的というほかありませ。
 物語そのものは、大病の末に、美女たちが住まう不思議な山に迷い込んだ歌詠みの老人が、山での満ち足りた暮らしに飽きたらず、下山してみれば――という内容なのですが、結末の晴明の言葉が、この冒頭の博雅の言葉を受け、また突き刺さるのです。

 実は作者は、がんで『陰陽師』を一時期休載しており、本作が復帰作だったのですが、そこに生命の行く末を見つめた作者の想いが現れていることは言うまでもありません。
(なお、本作に大きな影響を受けたのが、「殺生石」と同じ特集に掲載され、現在『妖異幻怪 陰陽師・安倍晴明トリビュート』に収録されている蝉谷めぐ実「耳穴の虫」であります。こちらもご一読を)


 ――いや、衝撃的といえば一番衝撃的なのは、宣伝などで引用されている「晴明よ、おまえ、おれのことが好きであろう」という台詞(とそれに対する晴明のリアクション)なのですが。


『陰陽師 烏天狗ノ巻』(夢枕獏 文藝春秋) Amazon

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2023.10.11

さいとうちほ『VSルパン』第7巻 『八点鐘』開幕 紳士と美女、対等な冒険の始まり

 前巻で「緑の目の令嬢」編が完結した『VSルパン』は、この巻から「八点鐘」編に突入。薄幸の美女・オルタンスとルパンを思わせる快男児・レニーヌ伯爵が、八つの謎に挑むことになります0。はたして廃墟に響く時計の鐘が意味するものとは……

 狂人の夫と結婚した上、持参金は夫の叔父・エーグルロッシュ伯爵に奪われ、駕籠の鳥の状態の美女・オルタンス。自棄になってつまらぬ男と駆け落ちをしようとしたオルタンスですが――その前に青年貴族レニーヌ公爵が現れ、駆け落ちを妨害するのでした。
 そのまま、彼女を近くの廃墟・アラングル荘に誘うレニーヌ。彼の巧みな手腕で二十年間放置されていた屋敷に入り込んだ二人ですが、突然古時計が動き出し、八時の鐘が鳴り響いたではありませんか。

 そして古時計の中に隠されていた望遠鏡を見つけたレニーヌは、見晴らし台の銃眼から、数百メートル先の塔を覗いてみるのですが、そこにあった恐ろしいものとは……


 不幸な結婚に苦しむ美女と、謎めいた冒険家の紳士、そして怪奇なムード漂う事件――と、冒頭からびっくりするくらいルブラン風味濃厚な第一話「塔のてっぺんで」。
 ここでレニーヌとオルタンスが見つけたのは、無惨にも白骨化した二人の死体。その死体の謎を鮮やかに解いてみせるレニーヌですが、それは同時に、オルタンスの身を自由にすることでもあって――と、ここから『八点鐘』という物語が真にスタートすることになります。

 あまりに鮮やかなレニーヌの手並みを目の当たりにして、一体何者なのかと問うオルタンスに対し、単なる冒険家だと語るレニーヌ。
 しかしレニーヌはそれだけでなく、オルタンスを冒険に誘うのです。
「今日の冒険はあなた自身の人生に関することでした でも他人のためにする冒険だって感動的です」
「救いを求める人があったら力を合わせて救い 犯罪の匂いや苦痛の叫びに気付いたら出かけていくんです」

 もちろんそんな誘いに疑いを抱くのが当然ですが、それに対してもきっちりと「契約」を交わすのがレニーヌの紳士たる由縁です。
 最初の冒険で古時計が八時を打った――すなわち八点鐘を鳴らしたのにちなんで、今後三ヶ月の間に、今日のものも含めて八つの冒険をしましょう。もちろん途中で面白くなくなれば抜けて結構。しかし最後まで付き合ってくれたなら、最後に自分の願い(と言って彼女の唇をじっと見つめる)を聞き届けて欲しい、と……

 いやはや、全八話の連作短編のスタートして、これ以上のものはないくらい魅力的な滑り出しではありませんか!


 しかし本作で真に感動的なのは、レニーヌがオルタンスを「救い出す」のでもなく、「彼女のために」冒険する(してあげる)のでもなく、彼女を冒険に誘うことでしょう。

 ここでレニーヌが「ぼくの相棒におなりなさい」と誘い、いやになったといつでも抜けて良いと語るのに明らかなように、彼とオルタンスはあくまでも対等な関係であり、彼女の主体性・自主性をどこまでも重んじているといえます。
 それは駕籠の鳥として自由を奪われ、そして寄ってくるのも贅沢な生活を送らせる=何かを与えてやるという男だった彼女にとって、何よりの救いであり、その死にかけていた心を甦らせたのではないでしょうか。

 原作の時点で非常にロマンチックで、前章の『緑の目の令嬢』とは別の意味で少女漫画向きの『八点鐘』。しかしこうして本作で読み返してみると、原作で描かれていたものは、今なお全く古びていない、いや新たな輝きを放って感じるのです。


 と、第一話の時点でテンションが上がりまくってしまいましたが、その後のエピソードももちろん魅力的な内容揃いであります。
 カフェで叫び声を上げた男と出会ったことから、無実の男を救うために事態が二転三転、最後は思わぬトリックも飛び出して緊迫したサスペンスが展開する「水瓶」
 オルタンスの妹・ローズが出演する映画を観たレニーヌが、ローズに異常な視線を向ける端役に注意を惹かれる「映画があばく恋」

 元々原作はミステリとしても高く評価されている作品ですが、各話毎に全く趣向の異なる物語を楽しませていただきました。

 そしてこの冒険は残すところあと五つ、少しでも早く次なる冒険を見たいというのが、偽らざる心境であります。
(ちなみに「映画があばく恋」は原作では第四話だったのですが、本来の第三話は次巻に収録されるようで一安心)


『VSルパン』第7巻(さいとうちほ&モーリス・ルブラン 小学館フラワーコミックス) Amazon

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2023.10.10

やまざき貴子『LEGAの13』第5巻

 恋と冒険と錬金術の伝奇絵巻もクライマックス目前、父を探してフィレンツェを訪れたレガーレの前に現れるのは、懐かしい人々の姿であります。しかしそれだけでなく、いよいよ動き出す彼を巡る因縁。はたしてレガーレに秘められた謎とは……

 権力者の間で翻弄された末、離島に軟禁されて錬金術の研究をする羽目になったレガーレ。しかし軟禁先の屋敷の主ネピ・ロマーノは何とレガーレの父・ゲオルグの旧友。さらにそこでレガーレはクリストバルとピエロの二人の友人に再会するのでした。
 そこで偶然蘇生薬を創り出したレガーレは、魔女としてあわや処刑されかけたところを、元首夫人の計らいで脱出。彼は、ネピや友人たちと共に、行方不明の父が目撃されたというフィレンツェに向かうことに……

 というわけで、舞台をヴェネチアからフィレンツェに移し、終章に向けて動き始めたこの物語。この巻の冒頭に収録されたエピソード「葡萄屋敷の娘」は、旅の途中にレガーレたちが立ち寄った葡萄園のじゃじゃ馬娘を巡る番外編的エピソードですが、そこでレガーレは、父らしき人物が目撃されたフィレンツェ近くの教会の存在を知ることになります。

 そこで次のエピソード「エセ錬金術師」では、ついにフィレンツェに到着したレガーレが、父の目を惹こうと錬金術師として大道芸を演ずることになります。
 が、レガーレの前に現れたのはゲオルグではなく、コルヴォ・ポポラーレ――ある時は神父、ある時は大使、ある時は投資家と様々な顔を持つ怪人物であり、レガーレを波乱の人生に引っ張り込んだ張本人であります。

 しかし考えてみれば第三巻の最初のエピソード以来、しばらく顔を見せていなかったコルヴォですが――そのエピソードで尼僧院にて不埒な振る舞いに及んでいた司祭たちを告発しようとして逆に殺されかけ、表向きは死んだことにして身を潜めていたというのですから穏やかではありません。
 今はフィレンツェのとある寡婦の家に滞在しているというコルヴォですが、レガーレの冒険を黙ってみているはずもなく、あれやこれやと口を出してくるのですが……

 と、一癖も二癖もある人物が登場する本作においても、極めつけに胡散臭いポポラーレの復活で、さらに賑やかになった物語。海賊に育てられた過去があったり、レガーレにしか見えないはずの幽霊(?)の少女・クラリーチェを見ることができたりと謎の多いコルヴォですが、しかし裏世界の事情に異常に詳しかったりと、頼りになる人物であることは間違いありません。

 ここでも独自にゲオルグの行方を調べるなど大活躍ですが――しかしレガーレを付け狙う頬に傷持つ暗殺者・ジアン・ガレアッツォが、コルヴォの顔を見て驚いたことから、意外な方向に物語は展開します。
 何やら暗殺者自身、複雑な過去を持つようですが、それがレガーレと、そしてコルヴォとどのように結びつくのか――ここではまだ全てが明らかにはなりませんが、レガーレの母と思われる女性の存在が語られたことで、さらに謎が深まるのです。
(ちなみにこのエピソード、上に述べたこととは関係なく、本作では屈指の鬱エンドであります……)


 そしてラストの「花咲く都の花盗人」で登場するのは、レガーレの最愛の人・アルフォンシーナ――本作を通じてのヒロインというべき人物なのですが、しかしやはり久々の登場となった彼女は、何故か男装してフィレンツェの貴族たちから宝石を盗む怪盗アルフォンソを名乗っているという、イメチェンにもほどがある姿で登場することになります。
(ちなみにこの怪盗、前巻でちゃんと伏線が描かれているのが心憎い)

 しかし彼女はヴェネチアの前元首の娘。結婚を嫌って尼僧院(上で触れたもの)に入ったものの、父が陰謀で失脚して後ろ盾がなくなり――という状況だったはずが、一体いかなる理由で怪盗になったのか?
 それにはもちろん理由があるのですが――とはいえ、端正に物語を構築している本作にしては少々乱暴なのは否めませんが――しかし一番大事なことは、レガーレが心から愛し愛される相手と再会できたことであります。

 もちろんレガーレもアルフォンシーナも、為すべきことがあります。そのために今は一時別れたとしても、必ずまた巡り会える――そう感じられることは、これまでの苦難を思えば、大いに希望の光に満ちあふれていると感じられるのです。


 さて、コルヴォとアルフォンシーナが再登場し、いよいよ役者が揃った本作。結局この巻でも謎は増え続けていますが、いよいよ次巻最終巻にて、全ての謎が怒濤のごとく解き明かされることになります。
 その次巻の紹介は、また近日中に。


『LEGAの13』第5巻(やまざき貴子 小学館フラワーコミックスα) Amazon

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2023.10.09

山本巧次『満鉄探偵 欧亜急行の殺人』

 『八丁堀のおゆう』をはじめとする時代ミステリを得意としつつ、その経歴を活かして鉄道ミステリでも活躍する作者が、満鉄こと戦前の南満州鉄道を舞台に描くミステリであります。満鉄の内部調査員――満鉄探偵が追うのは社内の書類紛失事件。しかし事件は殺人に発展し、さらに軍を巻き込んだ大事に……

 満鉄の資料課に勤務しつつ、社内で起きた不祥事の内部調査員というもう一つの顔を持つ青年・詫間耕一。総裁の松岡洋右から今回彼が調査を命じられたのは、社内の書類紛失――社内で様々な書類が行方不明になっているという事件でした。

 どうやら満鉄に出入りしている満州浪人・塙の仕業と睨んだ耕一ですが、何と塙は自宅で何者かに撲殺された姿で発見され、詫間も憲兵隊に連行されることになります。
 諸澄少佐率いる特務機関の横槍ですぐに釈放された耕一ですが、もちろん調査を止めるわけにはいきません。松岡から相棒として付けられた正体不明の青年・辻村と共に調査を続ける耕一は、塙が憲兵隊と特務にマークされているロシア人・ボリスコフと接触していたことを知ります。

 大連を離れるボリスコフを追って、同じ欧亜急行に乗り込んだ耕一と辻村。同じく乗客となっていた諸澄少佐、調査の行く先々に現れる謎の美女・春燕らの姿に、落ち着かない時間を過ごす耕一ですが――そんな中で匪賊の一団が列車を襲撃。そしてその最中に大事件が……


 今は亡き幻の鉄道として、満州を舞台とした作品ではほとんど必ず題材となる満鉄。しかし本作は、どちらかというと背景として使われることが多い印象のある満鉄を、その内部――それも上層部ではなく一調査員を主人公として描く、かなりユニークな作品であります。
(そもそも、戦時ではない「平和な」満州を題材とする点も、一種の独自性といえるかもしれません)

 そしてそこで描かれる事件も、社内の書類紛失事件という小さな発端から始まったと思えば容疑者が殺され、さらには鉄道ミステリらしく(?)車内での密室殺人が発生と盛りだくさん。
 特に密室殺人は、元々動く密室である列車内の個室という二重の密室、しかも匪賊の襲撃の最中という緊急事態での殺人という凝りようで、なかなか楽しませてくれます。

 しかし物語において殺人事件以上に大きなウェイトが割かれるのはスパイ戦――満州で各国のスパイが活発に活動を行っていたのは常識(?)ですが、本作の背景となるのはこのスパイ戦であります。
 憲兵隊や陸軍特務まで乱入しての虚々実々の駆け引きの中に足を踏み入れた耕一は、探偵ではあってもスパイの世界は素人。そんな彼の目を通じて描かれるスパイ戦は、それだけに新鮮な印象もあります。


 もっとも、それだけにそのスパイ戦の全容を把握している諸澄少佐が――特に物語のメインとなる鉄道乗車中に――物語を完全にリードすることになり、耕一はその後をついていくという構図となっているのが、いささか気になるところではあります。

 また、犯人がやたらこき下ろされるのが個人的には気になったところで――確かに小人物ではあるものの、それだけに動機には理解できるところもあって、むしろそれを断罪する耕一の方の行動原理が「仕事」以上のものでない(さらに厳しい言い方をすれば「走狗」である)だけに、何ともすっきりしないものが残りました。

 もう一点、登場人物が日本人ばかりなので、折角の満州が舞台の物語なのに、日本視点だけで物語が進んでしまう点は、ラストでまあ解消されてはいるのですが……
 というわけで、独自性はありつつも、引っかかる点もそれなりにある作品であります。


『満鉄探偵 欧亜急行の殺人』(山本巧次 PHP文芸文庫) Amazon

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2023.10.08

11月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 ようやく秋らしくなってきたと思えば、もう今年も残りわずか。少しにぎやかになってきた11月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 さて、11月の小説でまず注目は、久々に第三弾登場の大正民俗伝奇ミステリ『奇譚蒐集録 鉄環の娘と来訪神』(清水朔 新潮文庫)。今回もタイトルからして民俗味濃厚であります(今回はできるだけ不幸な人が減りますように……)
 また、シリーズものの新巻では、『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 抹茶の香る密室草庵』(山本巧次 宝島社文庫)、『日雇い浪人生活録 15 金の蠢動』(上田秀人 角川春樹事務所時代小説文庫)があります。

 また、単行本では『松籟邸の隣人 一の巻 青夏の章(仮)』(宮本昌孝 PHP研究所)が登場。戦国時代を得意とする作者ですが、本作は何と少年時代の吉田茂を主人公にしたミステリということで、非常に気になります。

 また復刊・文庫化では、気がつけばスーパーファンタジー文庫分も残り二冊となった『暗夜鬼譚 綺羅星群舞(仮)』(瀬川貴次 集英社文庫)のほか、『もういちど』(畠中恵 新潮文庫)が登場です。
 また、海外作品ではクトゥルー・ケースブックの完結編『シャーロック・ホームズとサセックスの海魔』(ジェイムズ・ラヴグローヴ 早川書房ハヤカワ文庫FT)が要チェックであります。


 漫画の方は、再アニメ化も快調な『るろうに剣心』の北海道編第9巻(和月伸宏&黒碕薫 集英社ジャンプコミックス)が登場。そのほか、文庫では『るろうに剣心 アナザーストーリーズ』(和月伸宏 集英社文庫コミック版)が刊行されますが、これは完結後に発表された作品が収録されるのでしょうか?
 そしてアニメ化といえば、この先アニメ化を控えた『戦国妖狐』新装版 第1巻・第2巻(水上悟志 マッグガーデンBLADEコミックス)、『青のミブロ』第11巻(安田剛士 講談社コミックス)、『逃げ上手の若君』第13巻(松井優征 集英社ジャンプコミックス)も刊行されます。

 また、ついに書籍版と電子版が同時発売?(あるいは書籍版が先?)の『あおのたつき』第12巻(安達智 コアミックスゼノンコミックスBD)、ずいぶん待った気がしますが『明治浪漫綺話』第6巻(音中さわき KADOKAWAあすかコミックスDX)も登場です。

 そのほかにも、続巻では『鬼切丸伝』第18巻(楠桂 リイド社SPコミックス)、『応天の門』第18巻(灰原薬 新潮社バンチコミックス)、『化け狐の忠心』第2巻(清音圭 白泉社花とゆめコミックス)、『前田慶次かぶき旅』第14巻(出口真人&原哲夫・堀江信彦ほか コアミックスゼノンコミックス)、『ZINGNIZE』第10巻(わらいなく 徳間書店リュウコミックス)、『無限の住人~幕末ノ章~』第9巻(陶延リュウ&滝川廉治ほか 講談社アフタヌーンKC)、『MAO』第18巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス)、『岩元先輩ノ推薦』第7巻(椎橋寛 集英社ヤングジャンプコミックス)、『天上恋歌~金の皇女と火の薬師~』第8巻(青木朋 秋田書店ボニータ・コミックス)が楽しみなところです。

 そして最後に、原作を踏まえつつ、全く異なる大団円を迎えた『暁の犬』第6巻(高瀬理恵&鳥羽亮 リイド社SPコミックス)は見逃せません。


 と、夏枯れを越えて実りの秋という印象の11月であります。



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2023.10.07

『るろうに剣心』 第十四話 「弥彦の戦い」

 稽古を抜け出してはどこかに出かけていく弥彦。弥彦の行く先をつけた剣心・薫・左之助は、弥彦が赤べこで下働きをしていると知る。そこで自分と共に働く少女・燕が、赤べこに押し込みを企むかつての主家の男・長岡に協力させられていると知った弥彦は、止めに入るが……

 今回から2クール目に突入でOPEDも変更になった今回。OPは歌い手がちょっと意外に感じられましたが、映像はそれなりに凝っているけれども前クールに比べるとアクションが少ないのが残念――というよりるろうにキャットがいなくなったのが悲しい。というのはさておき、2クール目の最初のエピソードが、原作では「番外編」と銘打たれた弥彦主役回、しかもかなり地味な話なのはいかがなものか――と思いましたが、実際に観てみればこれがなかなか良い話なのです。

 物語の方は、赤べこでバイトを始めた弥彦が、そこで知り合った燕がかつての主家の男に脅されて店の鍵の型を取らされているという、事を企てている男が呆れるほど頭が悪い(取り巻きも結構困っているのが可笑しい)のを除けば、いやな感じにジメッとした窮状にあるのを知って助けようとするも――という展開。
 もう市井のゴロツキの相手はいいよ――というのが正直な気分ではあるのですが、しかしまだまだ普通の少年でしかない弥彦の奮闘と、それを見守る剣心たち三人という内容は、普通にイイ話で、思わず見入ってしまいました。

 弥彦が多勢に無勢で袋叩きに遭っているところをあえて助けず、その後に多勢相手の戦い方のアドバイスを求められた時にはじめて(地味に生々しく実戦的な内容を)教える剣心。そしてなんだかんだ言いながら剣心が黙ってみていられないことを見抜いて先回りしている左之助(屋根の上の会話での、気の置けないダチ感が何とも)と、それぞれの立ち位置から弥彦を間接的に助ける二人。
 しかしそれ以上に印象に残るのは、薫が語る神谷活心流の、活人剣の精神であります。
「一本の剣に自分と守ろうとする者の二つの命運をかける」
「負ければ自分は勿論守ろうとした者の命運も尽きる」
「活人剣を振るう者は如何なる敗北も許されない」
――「人を殺さない」というのとはまた異なる形で活人剣を語るこの言葉は、実は原作では剣心が語っているのですが、これはどう考えても薫からに変更して大正解。自分の流派の話だから、というだけでなく、今はさておき、これまで殺人剣である飛天御剣流を振ってきた剣心ではなく、これまでも、これからも活人剣を振るう薫が語るからこそ、その覚悟にも重みが出るのですから。
(まあ、ここで語らないと、燕を諭すくらいしか出番がないですし……)

 何はともあれ、そんな大人たちの言葉を胸に弥彦は見事に勝利し、剣士としての第一歩を飾った――というわけで、弥彦が本作においては未来の象徴であることを思えば、やはり大事な回であったというべきでしょう。
 彼のバイト理由も含めて、「弥彦の逆刃刀」や『北海道編』で描かれる弥彦の姿を思えば、なかなか感慨深いものがあります。

 「結構するでござるよ」「するのか……」×2のアニメオリジナルのオチも、剣心と弥彦の演技もあいまって、なかなか味がありました。


 そして次回、このエピソードのためにアニメ化に作者が関わる意味があったといっても過言ではない(過言です)あの男がついに……
(出番カットされなくてよかったです)


『るろうに剣心』5(Blu-rayソフト アニプレックス) Amazon

関連サイト
公式サイト

関連記事
『るろうに剣心』 第一話「剣心・緋村抜刀斎」
『るろうに剣心』 第二話「東京府士族・明神弥彦」
『るろうに剣心』 第三話「活心流・再始動」
『るろうに剣心』 第四話「喧嘩の男・相楽左之助」/第五話「そして仲間がまた一人」
『るろうに剣心』 第六話「黒笠」
『るろうに剣心』 第七話「人斬りふたり」
『るろうに剣心』 第八話「逃走麗女」/第九話「御庭番強襲」
『るろうに剣心』 第十話「動く理由」
『るろうに剣心』 第十一話「壮烈の般若・創痍の式尉」
『るろうに剣心』 第十二話「御頭・四乃森蒼紫」
『るろうに剣心』 第十三話「死闘の果て」

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2023.10.06

速水螺旋人『スターリングラードの凶賊』第1巻

 第二次世界大戦において、ソ連とドイツが激突し、史上最大の市街戦と呼ばれたスターリングラードの戦い。この凄惨な戦いを背景に、二丁拳銃の美少年殺し屋と、得体の知れぬ東洋人ペテン師のコンビが暴れ回る、何とも奇妙な漫画であります。

 1942年、NKVDに処刑されかけていたところを、二丁拳銃の美少年に救われた東洋人の男。ならず者たちだけが住む町・十字路砦の顔役の命で、スターリンがトルコに持ち込む予定だった一万ポンドを狙ってミゲルスクに向かった二人ですが、町は既にドイツ軍に占領された後でありました。
 ここで突然、自分は日本軍の特務機関の将校だと名乗り、ドイツ軍に保護を求めた東洋人の男。彼の裏切りで、殺し屋の美少年はドイツ軍に捕らえられてしまうのですが……

 と、殺し屋の美少年=ルスランカと、東洋人のペテン師=トーシャ(トシヤ)の二人が、痛快にドイツ軍を出し抜く第一話(このエピソードだけでも独立した作品として楽しめるほどの完成度)に始まる本作。
 この後、悪党しかいない十字路砦の住人となったトーシャは、ルスランカとコンビを組んで、様々なトラブルを片づけていくのですが――ドイツ軍の進撃に伴い、十字路砦はスターリングラードに拠点を移すことになります。

 しかし、そのスターリングラードにドイツ軍が突入、街を瓦礫に変える激しい市街戦が繰り広げられる中、二人は相変わらず悪党稼業に精を出すのですが……


 1942年9月に始まり、翌2月に終結したスターリングラード攻防戦。東進するドイツ軍(枢軸軍)に対してソ連軍が激しく抵抗し、双方併せて200万人の死者を出しただけでなく、スターリングラードの住人も凄まじい犠牲を払った、歴史に残る凄惨な市街戦であります。
 本作はその戦いを背景に、凶賊――殺し屋とペテン師のコンビを中心とする悪党たちがしのぎを削る物語であります。

 というより登場人物はほとんど全員が悪党か、そうでなければ外道。自分が生きるためであれば、人が死ぬことも、人を殺すことも何とも思わないとんでもない連中(その代表格がルスランカ)が殺し合うのですが――そこに逆に爽快さすら感じられるのは、その背景である戦争が陰惨過ぎるからにほかなりません。
 イデオロギーや愛国心といった大義名分の下に、それが当然であるかのように人が人を殺し、殺される戦争。それに比べれば、自分たちの欲望のために悪党が殺し合う姿は、それが自分に正直であるだけに、むしろカラッとしたものに感じられるのです(もちろんそれは一種の錯覚なのですが)。

 そしてそんなスタンスを通じて、本作はソ連軍とドイツ軍のどちらかの視点に立つのではなく、そのどちらも――要は戦争するやつはどちらも――等しくク○であると、はっきりと描き出すのです。
(といいつつ、悪党たちが集う十字街もまた、そんな「戦争」と無縁でないことを、本作は第二話でこれでもかとばかりに描いているのですが……)

 さらにまた、そんな洒落にならない陰惨な世界を、時にサラリと、時にコミカルに描けるのは、この構造もさることながら、作者のディフォルメの効いた、時に可愛らしい画の力によるところが大きいこともまた、言うまでもありません。


 閑話休題、そんな本作に漂う空気は、戦争ものというよりむしろ、マカロニウェスタンのそれに感じられるのですが――実は本作の冒頭には、「二人のセルジオへ。敬意とともに」という言葉が掲げられています。
 ここでいう二人のセルジオとは、おそらくコルブッチとレオーネ――共にマカロニウェスタンの巨匠というべき監督のことでしょう。

 なるほど、こちらの印象は正しかった――というのはともかく(そういえば各話の合間のページに描かれている、イイ顔の男たちは……)、この先も自分の欲望に正直な悪党たちが、大義名分を振りかざす戦争を後目に大暴れする姿を見ることができそうです。

 もっとも、マカロニウェスタンの世界では、そんな連中もまた、あっさりと死んでいくのですが……


『スターリングラードの凶賊』第1巻(速水螺旋人 白泉社楽園コミックス) Amazon

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2023.10.05

平谷美樹『虎と十字架 南部藩虎騒動』

 時代小説と歴史小説を中心に活躍する平谷美樹ですが、時代小説においては実はミステリ色が強い作品を得意とする作家でもあります。本作はそれが前面に出た作品――家康から拝領した二匹の虎の脱走を巡って南部藩を揺るがす大騒動に、藩の徒目付が挑みます。複雑怪奇な事件の背後に潜む真犯人とは……

 かつてカンボジアから徳川家康に贈られた二匹の虎・乱菊丸と牡丹丸を拝領し、盛岡城内で飼っていた南部利直。しかしある晩、この二匹が檻から脱走するという大事件が発生します。
 これまで様々な事件を解決してきた藩の徒目付・米内平四郎は、城下に逃れた乱菊丸を巧みに誘導して捕らえたのですが――もう一頭の牡丹丸は、とかくの噂がある若殿・南部重直に鉄砲で撃ち殺されてしまうのでした。

 城では檻の番人が切腹しているのが発見され、初めは番人の鍵の掛け忘れが原因と思われたものの、実は番人は他殺であったと判明。さらにその晩、餌として虎に与えられた二人の切支丹の死体が、檻から消えていることも明らかになり、事態は混迷の度合いを深めます。

 はたして犯人は内部の人間なのか、はたまた外部からの侵入者なのか――調べを任された平四郎は、領内の朴木金山に潜伏しているという切支丹たちに目をつけるのですが……


 江戸時代初期に、南部藩で家康から拝領した虎が飼われていたという嘘のような史実、よく見つけてきたものだと感心してしまうような史実を題材とした本作。これはどこまで史実かはわかりませんが、虎が脱走して一頭射殺された(これは重直ではなく利直が撃ったとも)、という逸話も伝わっているのには驚かされます。
 しかし本作は、事実は小説よりも奇なりの更に上を行くような奇想の一編であります。この虎の脱走が、事故ではなく仕組まれたものであったとしたら――本作はこの奇想を元に、精緻に組み立てられたミステリであります。

 しかし一歩間違えれば自分も危ういような虎の解放を、誰が行うのか? 当然浮かぶ疑問を、本作は当時の南部藩を巡る情勢を踏まえて、丹念に潰していきます。
 外様大名が次々と取り潰されていく江戸時代初期という時期、傍若無人な振る舞いが目立つ重直を後継者とすることに対して分裂している南部家中、各地で弾圧され南部領内の鉱山に流入した切支丹、戦国時代の遺恨を引きずる南部の土豪……

 重直追い落としを狙う派閥の工作か、藩お取り潰しを狙う復讐者の陰謀か、死体を奪還しようとした切支丹の企てか――これだけ動機があり、容疑者がいる状態に加えて、重直の兄・政直とその周囲の不審死などまで重なり、調査に当たる平四郎の苦労が思いやられます。

 特に普通は物語が、つまり調査が進めば事件の全体像は固まり、容疑者が絞られていくものですが、本作の場合は逆に、結末に近づくに連れて混沌とした状況になっていくのが、何とも面白い――といっては平四郎には申し訳ないのですが――点なのであります。


 しかしもちろん、物語には結末があります。そこで明かされる真犯人とは――なるほどそう来たか! という人物であることは間違いありません。
 ただ個人的には、ミステリとして見れば意外ではあるけれども、歴史ものとして見れば納得――というより、この人物であれば当たり前にやるだろうからあまり意外性はない、という犯人像には、いささか戸惑ったことも事実ですが……

 とはいえ、先に述べたように、意外極まりない史実を踏まえて、複雑怪奇なミステリを構築してみせたのは流石というべきであるのは間違いありません。奇想に満ちた時代小説と骨太の歴史小説を平行して手がけてきた作者ならではの歴史ミステリであります。


『虎と十字架』(平谷美樹 実業之日本社) Amazon

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2023.10.04

乾緑郎『戯場國の怪人』 史実と虚構、この世とあの世を股にかけたスーパー伝奇

 ミステリと並行して独自の時代伝奇小説を描いてきた作者によるオペラ座の怪人オマージュ――に留まらない、凄まじい奇想に満ち満ちた物語であります。女形の溺死の謎を追ううち、市村座に潜む謎の怪人と対峙することになる平賀源内や深井志道軒。はたして一連の怪事の背後に潜むのは……

(以下、物語の趣向に触れますのでご留意ください)
 宝暦十三年の夏、舟遊びをしていた市村座の役者たちの一人・荻野八重桐が謎めいた死を遂げた事件を、作品にするよう依頼された戯作者修行中の平賀源内。江戸にその人ありと知られた講釈師・深井志道軒を頼った源内は、志道軒とその娘のお廉と共に、八重桐を姉と慕う名女形・瀬川菊之丞を訪ねることになります。

 菊之丞から、舟遊びの日に謎めいた烏帽子姿の貴人に口説かれたと聞かされた三人。さらに源内たちは、その貴人とおぼしき謎の人物が市村座の五番桟敷を常に押さえ、その桟敷に入った者は様々な怪異に襲われると知ることになります。
 そこで菊之丞の身辺警護役を務めることになったお廉は、菊之丞の床山を務める髪結いの青年・仙吉と共に市村座に張り込むのですが――菊之丞を巡るある怪異の噂を耳にするのでした。

 そんな中、五番桟敷に通された広島藩の前藩主とその供が怪異に襲われる事件が発生、供の一人・稲生武太夫がこれを撃退するも、武太夫は市村座で容易ならざる事態が起きていることを知ることになります。
 かくて武太夫を仲間に加え、怪異に挑むお廉・源内・仙吉の面々。深夜の市村座である人物を待ち伏せるお廉たちは、ついに怪異の正体を目の当たりにすることになります。

 はたして怪異は何故市村座に出没するのか。菊之丞に迫る烏帽子姿の貴人とは何者なのか。そして志道軒が語る、芝居狂いが落ちる地獄・戯場國とは。千年の因縁も絡み、戯場國で奇怪な舞台の幕が上がることに……


 オペラ座の地下に潜み、美しき歌姫に懸想する仮面の怪人を描いた、ガストン・ルルーの『オペラ座の怪人』。タイトルや、美しき女形に懸想し、地下や桟敷席(それが五番なのにはニヤリ)に出没する怪人をみれば、本作がその時代劇オマージュであることは間違いないでしょう。
 しかし本作は物語が進むにつれ、そこから大きく離れた奇怪な世界観を見せることになるのです。

 その世界観の中心となるのが、タイトルにある「戯場國」なる世界であります。博覧強記の志道軒が語るには、博打狂いや傾城狂いがそれぞれ落ちる地獄があるように、芝居狂いが落ちる地獄――それが戯場國。そこでは今は存在しない山村座に、生島新五郎や二代目市川團十郎といった亡き名優たちが集い、芝居好きの亡者たちが観客となって、いつ果てるとも知れぬ芝居が上演されているというのです。

 ここまで来ればわかるように、本作は伝奇も伝奇、スーパー伝奇と言いたくなるような、史実と虚構、この世とあの世を股にかけて繰り広げられる物語であります。
 登場人物も上で触れたように多士済々ですが(個人的には稲生武太夫が登場するのがもうたまりません)、題材となっているのは『根南志具佐』『風流志道軒伝』といった源内の戯作、さらに初代團十郎刺殺事件や江島生島事件といった芝居にまつわる実際の事件まで、多岐に渡ります。

 そしてさらにその物語の中心に潜む怪人の正体こそはなんと――と、さすがにこれは伏せますが、いやはや、一体何をどうすればこのような物語が思いつくのかと、天を仰ぐしかありません。
 もとより作者の時代伝奇は、いかにも「らしい」題材を用いつつも、やがてそこから遙かに飛翔して余人には真似の出来ぬ世界を描いてきました。本作はその最新の成果なのであります。


 虚実どころか彼岸と此岸、更には現在と過去が複雑に入り乱れるだけに、物語が入り組み、それぞれの登場人物に感情移入をしにくいきらいはありますが――しかしそれでもなお、本作で現実と舞台の上が絡み合い溶け合った末に生まれる、どこか解放感に満ちた世界は、不思議な魅力的に満ちていることは間違いありません。

 さらにいえば、実はオマージュ元では比重が小さかったように感じられる、舞台の持つ魔力というものについて、非常に自覚的である点もまた、本作ならではの魅力というべきではないかと感じる次第です。


『戯場國の怪人』(乾緑郎 新潮社) Amazon

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2023.10.03

藤田和日郎『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』第5巻 今明かされる衝撃の真実 そしてフランケンシュタインという物語

 雑誌連載の方は一足先に大団円を迎えましたが、単行本の方は今こそクライマックス。ついにメアリーがエルシィの「正体」を知った一方で、エルシィもまた、己が何者であったか思い出すことになります。はたして舞踏会を目前に、二人は何を選ぶのか……

 女王陛下のプランタジネット舞踏会に送り込まれる〈7人の姉妹〉を迎え撃つため、その一人の身体と村娘の頭を繋ぎ合わせて生まれたエルシィと、彼女の貴婦人修行の教師に選ばれたメアリー・シェリー。
 本番前の予行として参加した舞踏会で、暗殺者の末妹であるジャージダの襲撃を受け、追い込まれたエルシィは、あることをきっかけに別人のような動きを見せてジャージダを撃退――一方メアリーは、息子のパーシーとエルシィの接近に悩みつつも、エルシィの「正体」に疑問を抱き、その真実を探ることを決意するのでした。

 そしてある疑惑を深めたメアリーは、エルシィの生みの親であるディッペル博士の研究室に乗り込むのですが――というわけで、ここからがこの巻の最初のクライマックス。メアリーの小説のフランケンシュタインよろしく死体からエルシィを生み出した博士に、メアリーはある「事実」を突きつけることになります。
 その「事実」についてはここでは述べません。しかし物語当初から微かに違和感を感じていたにもかかわらず、設定的に何となく納得していた点を一気にクローズアップしてみせた時――ほとんどミステリのトリックが明かされた瞬間のような衝撃を受けることは、間違いありません。

 しかし衝撃を受けるのはそれだけではありません。そこで明かされた「犯人」のあまりに非道な行為は、読んでいる我々も、それを聞いたメアリーと同じような表情になるほどのものなのですから。
 しかし、そこからのメアリーの行動は、これまでの彼女の奮闘と苦しみを見てきたからこそ、喝采を上げたくなるのもまた、間違いありません。
(尤も、暴を以て暴に易うが自立の証と読めなくもないのは――もちろん誤読なのですが――どうにもモヤモヤするところですが)


 さて、メアリーが真実に直面する一方で、エルシィもまたほぼ同時期に、己の真実を知ることになります。その時、彼女が何を選ぶのか――本作はその重要極まりない場面を、本作を構成するもう一つの要素と結びつけることで、この上なく感動的に描きます。
 真実を知ったものの、はたしてエルシィに如何に向き合うべきか、答えのないままに帰ってきたメアリー。かつて『フランケンシュタイン』を発表した時の世間の態度を思い出し、迷い続けるメアリーが、そこで見た光景とは……

 いうまでもなく、本作の重要なモチーフであり、作中で様々な意味を持たされている『フランケンシュタイン』という物語。それは人造人間エルシィのイメージの原点であり、メアリーがエルシィと関わるきっかけであり、そしてすぐ上で触れたようにメアリーにとっての大きな成果にしてトラウマであります。
 そしてここで『フランケンシュタイン』にもう一つ、新たな意味が加わります。ここで与えられた意味とは……

 これまた詳細は触れませんが、ここでどうしても思い出してしまうのは、誰もが知る物語を新たな角度から見つめ直し、語り直してみせた作者の『月光条例』。あちらでは物語の登場人物を一度狂わせることでその物語の意味を問うてみせたわけですが、本作は「人造人間」自身に人造人間の物語を触れさせることで、それと同じ効果を挙げてみせたと感じます。
(そしてそれが共に陰の存在である「月」をモチーフにしているのは実に興味深い――というのは蛇足ですが)


 いずれにせよメアリーは、そしてエルシィもまた、自分の意志で決断し動き始めました。その決断の先にある結末は――次巻、バッキンガム宮殿に舞台を移して、いよいよ最終章であります。


『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』第5巻(藤田和日郎 講談社モーニングコミックス) 

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2023.10.02

三好昌子『無情の琵琶 戯作者喜三郎覚え書』

 京を舞台に、美と妖と情を描く時代小説を発表してきた作者の最新作であります。戯作者を夢見る呉服屋の三男坊が、不可思議な力を持つ美貌の琵琶法師と出会う時、妖と因縁の物語の幕が上がることになります。

 江戸時代中期の京で、周囲の反対にもめげず戯作者を目指す呉服屋の三男坊・喜三郎。しかしある日、父に呼ばれた彼は、酒屋・一蝶堂の娘・千夜に婿入りするように命じられます。
 商売上手の美人として知られながらも、許婚になった男が次々命を落としたため「婿殺し」と呼ばれる彼女に恐れをなして、「心魔の祓い」を行う顔馴染みの清韻和尚を訪ねる喜三郎。そこで見知らぬ美貌の琵琶法師の琵琶の音を耳にした彼は、あり得べからざる幻の景色を垣間見るのでした。

 その幻はさておき、清韻に自分の縁談について相談する喜三郎ですが、無情と名乗る琵琶法師は、苦しんでいるのは千夜の方であり、彼女を救わなければならないと語り、釈然としないながらも喜三郎は縁談を受ける羽目になります。

 その最中に、以前から自分が手に入れようとしていた、主が亡くなって以来閉まっている祇園の芝居小屋・鴻鵠楼を、千夜が買おうとしていると知る喜三郎。さらに鴻鵠楼では、夜毎灯籠に火が灯り、鳴り物の音が聞こえるという怪事が起きているというではありませんか。
 なりゆきから千夜とともに夜の鴻鵠楼を訪れることとなった喜三郎は、その怪異を目の当たりにするのですが……


 戯作者志望の喜三郎が、不可思議な魔力の籠もった琵琶を手にした琵琶法師・無情とともに出会う怪異の数々を描く、全四話構成の本作。
 この第一話「鴻鵠楼の怪」で、無情の琵琶の力で鴻鵠楼の怪異の正体と、千夜の秘めた想いを知った喜三郎は、千夜から鴻鵠楼の再建を任されることになるのですが――その後も様々な怪異に出会うことになります。

 かつて子供を拐かされ、探し続けた母親が非業の死を遂げた辻に建てられた地蔵像が壊されて以来、幼子の拐かしが連続する「子隠の辻」
 茶道具屋で持ち合わせがないと侍が置いていった刀を抜いた店の嫡男が狂乱して周囲に切りつけ、その後も触れた者を刀が狂わせていく「蜘蛛手切り」

 いずれもこの世のものならざる怪異を描く物語でありながらも、しかしその中心にあるのは、異界の魔ではなく人間の情。それだからこそ、物語から受ける印象は恐ろしさよりもむしろ哀しさであり――その中で、自分勝手な若者であった喜三郎は少しずつ成長していくことになります。
 そしてそんな彼に対して、直接教え諭すことはないものの、どこか見守り、導く態で接する存在が、無情であります。物語に登場する怪異に秘められた想いを形にし、導いていく彼の琵琶――まさしく「無情の琵琶」が物語を動かすことになります。

 しかしそんな無情も、見かけは美貌の若者でありながらも年齢は清韻よりも上であり、時にその長髪が黒から白に、白から黒にと一瞬で変わるという、自身が怪異のような存在であります。
 最終話「呼魂の琵琶」では、そんな無情の過去と、ついに再建された鴻鵠楼のこけら落としが描かれるのですが――ここで描かれるもの悲しくも美しい因縁と情の姿は(作者のファンであればある程度予想できる構図ではあるものの)、物語の掉尾を見事に飾るものとして印象に残ります。

 実は本作は、物語から十数年後、功成り遂げた喜三郎が、兄に対して秘められた過去の出来事と、そこから生まれた想いを語るという構成を取ります。その上で終章で示される意外な真実も鮮やかに決まる、作者らしい佳品であります。


『無情の琵琶 戯作者喜三郎覚え書』(三好昌子 PHP文芸文庫) Amazon

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2023.10.01

やまざき貴子『LEGAの13』第4巻

 16世紀末のイタリアを舞台に繰り広げられる絢爛な錬金術伝奇もいよいよ後半に突入、物語は大きく動き出します。元首の監禁からようやく解放されるかと思いきや、次の元首の囚われ人となったレガーレは、軟禁先の島で、奇妙な老人と出会うことになります。そして懐かしい友人たちにも……

 薬師の父・ゲオルグの下で薬師見習いをしながらも密かに錬金術の研究を行っていたのが露見し、ヴェネチアの元首パスクアーレの下に監禁されて黄金作りの研究を強制されることとなった青年・レガーレ。
 しかし囚われ人といいつつもマイペースに研究を続け、時に外の世界にも抜け出していたレガーレの運命にも、大きな転機が訪れることになります。

 パスクアーレが陰謀によって失脚、新たな元首マリーノによって、厳重な監視の下で黄金作りの研究を強いられるレガーレ。しかし元首の妻・カテリーナと思わぬ関わりを持ったことから、ひとまず元首の監視下からは離れることに……


 ここでレガーレが過ごすことになったのは、孤島にある変わり者の学者ネピ・ロマーノの屋敷。最初のエピソード「変な爺ィ」では、彼はネピの執事だというセバスチアーノに、次々と謎かけを出されることになります。
 その一方で、ネピの美しい二人の姪から、どちらが早く彼を落とすかの賭けの対象とされるなど、相変わらず美女に縁があるレガーレ。そして変な爺ィの謎かけと美女二人の鞘当てが思わぬところで結びつき、彼の運命を大きく動かすことになるのです。

 前巻では牢獄に放り込まれた末に、元首が変わったことで周囲の人々からも引き離され、一際孤独な状態に置かれたレガーレですが――この巻ではネピ・ロマーノという新たな知己を得たことで、一気に状況は好転していくことになります。
 実はネピこそはゲオルグの旧友であり、彼の過去を知る人物。大学で天文学と幾何学の教鞭を取る彼がいわば後見人となったことで、レガーレの人生は、そして彼の錬金術の研究は、大きく前進することになるのですから。

 そしてその好転は、次のエピソード「ロマーノの魔女」でも続きます。美女たちとの鞘当ての最中にホレ薬(と称する蒸留酒)を作り出したレガーレ。ネピの後見で、魔女に扮してこのホレ薬を売り出したレガーレですが、そこに客として現れたのは、トルコの商人・クリストバルと、その右腕であるオルベテロの二人――いずれもレガーレとは縁浅からぬ若者たちであります。

 かつて道ならぬ恋に悩む最中、レガーレと出会い救われた、彼の悪友・クリストバル。レガーレの弟子となり、献身的に仕えるも、彼が牢獄に入れられたため引き離されたピエロ・オルベテロ。
 それぞれ、レガーレが腹蔵なく語り合える(=安心してバカをできる)友人たちの登場は、これまで自分よりも立場が上の存在に翻弄されることが多かったレガーレにとって、大きな救いと感じられます。

 そしてこの出会いは、思わぬ形でレガーレの運命を変えることになります。不慮の事故で重傷を負ったクリストバルを救うため、レガーレが作りだし使った薬、それは錬金術師であれば誰もが夢見るもので……


 しかし好事魔多し――この巻のラストエピソード「仮面」で、胸を張って久しぶりにヴェネチアを訪れたレガーレ一行(素顔を隠すために仮面をつけて市場をぶらつく三人が、普通の若者っぽくてイイ)ですが、待ち受けていたのは意外な決定。
 さらに自分の正体を知るらしい仮面の暗殺者に狙われ、逃げ込んだ貧民街の少年を救ったことで、レガーレは魔女として捕らわれることに……

 一難去ってまた一難どころではない運命の変転に晒されるレガーレですが、しかしこれは真実に向かう第一歩。ヴェネツィアを離れ、ゲオルグとネピが若き日を過ごし、そして今また、行方不明のゲオルグが目撃されたというフィレンツェへ――仲間たちとともに、レガーレの新たな旅が始まります。


『LEGAの13』第4巻(やまざき貴子 小学館フラワーコミックスα) 

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