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2023.10.12

「梅道人ノ巻」――ではなく夢枕獏『陰陽師 烏天狗ノ巻」

 前巻から少々の間をおいて刊行された、『陰陽師』シリーズ最新巻であります。収録されているのは全八編――お馴染みの世界で展開される作品に加えて、道満を主人公とした異色作、そしてファンが騒然となったあの作品まで、バラエティに富んだ内容であります。

 大陰陽師・安倍晴明と、笛の名手・源博雅の二人が、都で起きる様々な怪異を「ゆこう」「ゆこう」と解決していくのが基本であるこの『陰陽師』シリーズ。
 その約二年ぶりの新刊となった本書も、大半の作品がそのスタイルを踏まえた内容となっています。

 日夜体中を痒みが襲うようになった藤原兼家の依頼を受け、その意外な由来を晴明が解き明かす「兼家奇々掻痒」
 金木犀の花が香る晩、晴明と博雅の前に現れた体中に痣と吹出物がある老婆の秘密「金木犀の夜」
 独りでに動く小さな不動像を烏に奪われた上に、夜毎烏天狗に身体を踏みつけられる行者に二人が救いを求められる「ちび不動」
 口から血の臭いを発し、鼠を生きたまま食らうようになった妻から逃げた男の前に道満が現れる「媚珠」
 露子姫の前に現れた唐の神仙・なたが追いかけてきた妖退治に晴明が協力する「なた太子」
 七草の日に人事不省となった露子の父・按察使大納言の奇妙な体験を描く「按察使大納言 不思議のこと」

 晴明が博雅に会う前に事件を解決してしまう「兼家奇々掻痒」、晴明たちが登場しない「媚珠」のようなエピソードもあるものの、これらは基本的にまずシリーズの定番を踏まえた作品であります。


 それに対して「梅道人」「殺生石」は、ある意味異色作と呼んでよい作品であります。
 その一つ、まず後者の「殺生石」は、「オール讀物」2022年8月号の「特集「陰陽師」の世界」の一編として以前紹介しているので詳細は省きますが、道満を主人公とした、分量的には他の作品の倍程度ある中編です。

 消息を絶った知り合いを求めてみちのくに向かった道満が、周囲に毒を撒き散らす方形の石の傍らに住む怪しの美女と出会い――という内容は、タイトルからわかるように(本来は『陰陽師』よりも後の時代を舞台とした)九尾の狐伝説をベースとしたものであります。
 しかし物語には、一風変わった趣向が取り入れられています。それは石の放つ毒が周囲の生物の姿が変容させることから何となく想像できるように、原発事故をモチーフにしている点であります。

 この辺りは一歩間違えると生硬な印象を受けかねませんが、道満とビッグネームの妖の対決というイベント性、そしてそこで描かれる道満のキャラクターの掘り下げと、『陰陽師』の一編としてきっちり面白いのは見事というほかありません。今後の展開が気になるラストも巧みです。


 しかし、本書に収録されたどの作品よりも強烈なインパクトを受けるのは、「梅道人」であります。
 晴明と博雅が、晴明の館で庭を眺めながら酒を酌み交わすという、定番中の定番から始まる本作。しかし博雅が「決めたよ、晴明――」と口にしたことから、二人の関係性が大きく動くことになります。

 その内容については、ぜひ直接読んでいただきたいところですが――これまで変わらない、動かない時の中で続けられてきた『陰陽師』という物語が動き出した、いやその一つの終わりの姿を見据えて一歩踏み出したというべき展開は、やはり衝撃的というほかありませ。
 物語そのものは、大病の末に、美女たちが住まう不思議な山に迷い込んだ歌詠みの老人が、山での満ち足りた暮らしに飽きたらず、下山してみれば――という内容なのですが、結末の晴明の言葉が、この冒頭の博雅の言葉を受け、また突き刺さるのです。

 実は作者は、がんで『陰陽師』を一時期休載しており、本作が復帰作だったのですが、そこに生命の行く末を見つめた作者の想いが現れていることは言うまでもありません。
(なお、本作に大きな影響を受けたのが、「殺生石」と同じ特集に掲載され、現在『妖異幻怪 陰陽師・安倍晴明トリビュート』に収録されている蝉谷めぐ実「耳穴の虫」であります。こちらもご一読を)


 ――いや、衝撃的といえば一番衝撃的なのは、宣伝などで引用されている「晴明よ、おまえ、おれのことが好きであろう」という台詞(とそれに対する晴明のリアクション)なのですが。


『陰陽師 烏天狗ノ巻』(夢枕獏 文藝春秋) Amazon

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