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2023.10.25

波津彬子『あらあらかしこ』第1巻 名前のない手紙が語る不思議の物語

 端麗な不思議の世界を画いては右に出る者のいない作者の新作は、明治末から大正あたりの時代を舞台に、送り手の名前のない手紙が語る不思議な物語を綴る連作。小説家の書生の少年が垣間見る、各地の不思議とは……

 小説家・高村紫汞先生に憧れて弟子入りを志願するも断られ、その代わりに住み込みの書生となった少年・深山杏之介。家事や事務仕事の手伝い、猫の櫨染さんの世話をすることになった彼は、先生の作品の清書も任せられるようになります。

 ある日、先生の元に届いた、送り手の名前のない手紙。それを題材に先生が書いた随筆を清書することになった杏之介は、その内容に驚くのでした。
 日本中を旅しているという送り手が、奈良で聞いた不思議な話。それは、そこで転んだ者は猫になってしまうという「猫坂」にまつわるもので……


 これまでも『雨柳堂夢咄』をはじめとして、静かで美しく、時にユーモラスで時に暖かく、そして時にヒヤリとさせられる不思議の世界を描いてきた作者。本作ももちろんその系譜に属する作品ですが、何ともユニークなのは、枠物語としての設定であります。
 上で述べたように、本作の中心になるのは、送り手の名前のない手紙に綴られた物語。どうやら先生の親しい知人であるらしい女性が記すその手紙には、日本中を旅する彼女が行く先々で出会った不思議な物語が――という作品構造の時点で、なるほど! と感心させられます。

 作品の主人公自体は(おそらく)東京に居る一方で、しかし不思議な手紙を通じて、諸国の物語が語られる――そんな二重構造が何とも巧みなだけでなく、遠くで語られた物語であるはずのものが、時に杏之介の日常に影響したりする、その不思議の匙加減が何とも絶妙なのです。
(ちなみに先生の家自体、元武家屋敷で、皿の数が増えたり減ったりするというのも楽しい)

 描かれる物語の内容も、各話のタイトル――「猫坂」「狸の皿」「天狗」「幽霊の掛軸」「福猫」「嫁入り狐」――が示すように、どこか古き良き不思議の長閑さを感じさせるものばかり。上品な、それでいて堅苦しくない内容からは、どこか居心地の良さすら感じさせられます。
 もちろんそれもまた、作者の作品ならではの味わいですが……

 ちなみにもう一点見逃せないのは、本作に登場する猫たちの(可愛)らしさ。先生の家で飼われている櫨染さんなど、実に漫画的な猫ではあるのですが、しかしフッとした仕草に実物の猫らしさが漂うのは、やはり愛猫家の作者ならでは――と感じます。


 どうやら杏之介自身、何やらワケありのようですが――そちらの展開も気になるものの、もう少しこのゆったりした浸っていたいと心から思わされる、そんな素敵な物語であります。


『あらあらかしこ』(波津彬子 小学館フラワーコミックス) Amazon

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