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2023.10.28

畠中恵『忍びの副業』上巻 甲賀者復活!? 太平の世の忍びを描く本格派

 妖が登場する作品、あるいは青春ものを中心に描いてきた作者が忍者ものを描くと聞けば、黙ってはいられません。そして手にした物語の内容は――これが作者らしい変化球の、しかし同時に驚くほどに本格的な作品。西の丸・徳川家基に仕えることになった若き三人の甲賀者たちの奮闘の行方は……

 時は江戸時代後期、戦国時代の活躍は遠く、今は江戸城の大手御門の警備役として変わらぬ毎日を過ごす甲賀者。そんな中でも、先祖伝来の技を会得し、上忍と呼ばれる三人の若者――滝川弥九郎、望月十郎、土山蔵人は、常につるんでいる親友同士であります。

 そんなある日、風に飛ばされて本丸御殿の屋根に乗ってしまった書類を拾ってほしいという依頼を受けた三人。蔵人の姉・吉乃の嫁入りで金が必要なこともあり、引き受けた弥九郎たちですが、次いで富士見櫓に登ってしまった猫を下ろしてほしいという依頼が入ります。そしてこの二つの依頼が、弥九郎たちの運命を変えることになるのでした。

十代将軍家治の嫡子として、次の将軍と目される西之丸・徳川家基。しかしその家基を亡き者にしようとする企みがある――その警護のために忍びを用いるとしても、伊賀者は警備箇所の関係で大奥とも関係がある。それならば、と、しがらみのない甲賀者に声がかかったのです。

 これまで日の当たらなかった甲賀者たちの運が開き始めたと、勇躍立ち上がった弥九郎たちは、これまで使う当てもなく修行して身につけた忍術を振るって活躍しようとするのですが……


 というわけで、太平の時代に駆り出されることになった忍びたちの奮闘を描く本作。太平の時代の忍びというシチュエーション自体は、もちろん本作独自というわけではありませんが、しかしここで描かれるのが、家基と甲賀者という組み合わせというのが、なんともユニークであります。

 作中でも述べられているように、戦国時代が終わり、幕府に召し抱えられたものの、鉄砲同心として大手御門などを守る役となり、「忍び」とは程遠い存在となってしまった甲賀者。フィクションの世界でも、大奥警護など、いかにもそれっぽい(?)役があった伊賀者が様々な出番がある一方で、どうにも影が薄い印象があります。
 そして、そんなこの時代の甲賀者を象徴するのが本作のタイトルであります。彼らにとって本業は御門の警護――忍びの技を使っての務め(本作でいえば西之丸の警護)は、あくまで副業なのですから!


 本作はそんな忍びたちの表の顔と裏の顔を、丹念に描き出します。決して派手なばかりではない(そしてもちろん地味なだけでもない)その姿は、太平の世の忍びの姿として何とも説得力が感じられます。

 その代表が、弥九郎たちの前に立ち塞がる「敵」です。副業とはいえようやく忍びの腕の使い所を得た弥九郎たちですが、しかし彼らの前には思わぬ苦難が待っていたのであります。
 西之丸に元々使える武士たちからの偏見と疑いの目、姿なき敵方の忍びの暗躍――特に忍び同士の対決はともかく、味方であるはずの西之丸の武士たちとの付き合いに悩まされるのは、弥九郎はもちろんのこと、読者にとっても意外な展開であります。

 この辺りの何ともいえぬ、現実にありそうな苦味は、ユーモラスな空気――本作もやはり、どこか暢気な弥九郎のキャラクターもあって、必要以上の緊迫感は薄い作風ではあります――の一方で、フッと人の世のシビアで重い部分を突きつけられる作者の作品ならではと感じさせられるのです。
(御門警護では同僚である根来組が、甲賀組にあやかろうと何かと近寄ってきたり恩を売ってくるのも何とも「らしい」)


 この上巻のラストでは、そんな幾重もの困難の末に、弥九郎はある苦渋の決断を迫られることになるのですが――忍びとしての甲賀者の復活という悲願を断つようなその決断から、弥九郎たちは再び立ち上がることができるのか。
 そして歴史ファンであればよくご存知である、家基にまつわる史実を思えば、この先の展開が大いに気になってしまうことは間違いありません。

 幾つもの波乱が待ち受ける下巻も、近日中にご紹介いたします。


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