田中芳樹『アップフェルラント物語』 元気、自由、快活! 少年は少女のために駆ける
田中芳樹が得意とするヨーロッパものの代表作、ヨーロッパの架空の小国・アップフェルラント王国を舞台に、ボーイミーツガールから始まる冒険活劇であります。捕らわれの美少女を救い出そうとするスリの少年の奮闘は、恐るべき兵器の秘密と王国の独立を巡る大活劇へと展開していくことに……
時は1905年、ヨーロッパの小国・アップフェルラント王国――そこでスリを生業とする天涯孤独の少年・ヴェルは、ある日傲岸不遜な男からスリ取った財布の中から、一人の美少女の写真を見つけます。
好奇心から男が乗る列車を調べたヴェルは、写真の少女が鎖で繋がれているのを発見、義憤から助けようとしたものの、自分も警備の人間たちに襲われ、その場からやっとの思いで一人逃げ出すのでした。
何としても彼女を助け出すべく、腐れ縁のフライシャー警部に助けを求めるヴェル。敵の隠れ家の情報を手に入れたヴェルとフライシャーは、大乱戦の末に少女――フリーダの救出に成功したものの、彼女を捕らえていた一味は逃走してしまうのでした。
何はともあれ自由の身となり、女王との謁見を求めるフリーダ。そこで彼女は、祖父がオーバーケルテン岩塩坑に恐るべき兵器の秘密を隠したと語ります。
その秘密を探るために探検隊に加わるヴェルとフリーダ、フライシャーですが、岩塩坑に入り込んだ一行を、悪漢たちの一味が襲います。
そしてそれと平行して、ドイツとの併合を悲願とするノルベルト陸軍大臣はクーデターを決行、その機に乗じてドイツ軍がアップフェルラントに侵攻することに……
近代のヨーロッパの架空の国を舞台に繰り広げられる冒険活劇――作者が提唱した「ルリタニア・テーマ」を体現する作品が本作であります。ルリタニアとはアンソニー・ホープの古典的名作『ゼンダ城の虜』の舞台となった国の名ですが、あちらがアラサーの貴族を主人公とするのに対して、本作の主人公は十四歳のスリの少年・ヴェル。
そんなヴェルが、囚われのフリーダのために打算抜きの純な心で奮闘する姿は、まさしく本作のキャッチフレーズともいうべき(作中で探検隊の標語として女王から贈られた)「元気、自由、快活」という言葉が相応しいといえるでしょう。
その一方で、欧州の列強と国境を接する小国を舞台とすることで――そして登場人物の一人の故国を既に滅んだものとして設定することで――力で人の自由を奪う者たちへの怒りと、それに屈せず戦う人々の姿を描くのもまた、実に作者らしいと感じるところであります。
(しかし作中では痛快であった女王の秘密兵器は、今この時の現実と見比べると、あくまでもフィクションの中のものでしかないと感じられるのが悲しいところですが……)
そしてまた、作中ではもう一人の主人公といってよいほどの活躍を見せるフライシャー警部のドラマは、オトナのファンタジーとして印象に残ります。
いずれにせよ、ボーイミーツガールの爽やかさを存分に描きながらも、それだけに終わらず様々な魅力を持つ本作は、作者のヨーロッパものの(おそらくは)出発点に相応しい名品といってよいでしょう。
そして本作は、ふくやまけいこによる漫画版が刊行されています。
こちらは原作を踏まえつつも、オリジナルキャラとしてヴェルの親友の少年・エーリッヒが登場。物語序盤のフリーダ救出までの攻防を整理し、終盤の戦闘シーンを大きくカットすることで、単行本一巻に収めつつ、物語の流れをスムーズに、過不足なく再構成しています。
このエーリッヒの登場と、フライシャー警部のドラマの刈り込みによって、ボーイミーツガールの要素がより大きく前面に出されている感がありますが、ふくやまけいこの温かみと優しさのある画には、そのアレンジに非常によく馴染んでいると感じます。
原作で猫好きとしては非常に違和感があった(猫は猫でもブラジル猫とはいえ、あまりにも可哀想すぎる……)展開も、納得のいく形に改編されており、もう一つの『アップフェルラント物語』と呼ぶに相応しい作品といえるでしょう。
(終盤、アップフェルラントの危機に立ち上がる人々の顔ぶれにも胸が熱くなりますし、フリーダの祖父の遺産の解説にあの夫妻が登場するのもいい)
原作を気に入った方には、ぜひこちらも読んでいただきたいと思います。
『アップフェルラント物語』(田中芳樹 らいとすたっふ文庫) Amazon
『アップフェルラント物語』(ふくやまけいこ&田中芳樹 講談社KCデラックス) Amazon
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