『名探偵の生まれる夜 大正謎百景』(その三)
青柳碧人のユニークな大正ミステリ短編集の紹介の最終回であります。他の作品と些か趣向が異なるラストの中編で描かれるものとは……
「遠野はまだ朝もやの中」
故あって早朝に住んでいた家を飛び出して来たところで、褌一丁に赤ら顔でわけのわからないことを呟く老人と、黒ずきんに黒い箕で面白い話を聞かせろという男と出会った花子。
遠野に伝わる天狗とざんだ坊主と出会ってしまったと震え上がる花子ですが、ざんだ坊主は、花子が語った河童の話を面白がりつつ、思わぬ解釈をしてみせるのでした。さらにそれを聞いた天狗までもがそこに加わり……
題名の通り、遠野を舞台に展開する本作は、自身が昔話から飛び出してきたような二人の異形の男が、昔話の真実を推理するという趣向の物語。前々回の冒頭に述べたように、最近の作者は昔話を題材としたミステリを得意としていますが、それを実在の人物を探偵役にして描いてみせるのが本作の楽しいところであります。
二人の探偵役が何者なのか――それはここでは伏せますが(わかる方は、作品を読めばすぐに気付くことでしょう)、その顔合わせの妙もさることながら、そこからこの時代に大きく発展した科学の目の大切さを語るスタンスは、本書ならでしょう。
しかしそこの先に待ち受けている結末とは――終盤に登場するもう一人の人物に相応しい一ひねりにニヤリとさせられます。
「姉さま人形八景」
昭和三十一年、東京のデパートで、山下清の展覧会を観覧することになった平塚らいてう。特に展覧会に興味はなかった彼女ですが、二人の着物姿の女性が海を眺めている貼り絵に不思議な印象を受けることになります。
そこでらいてうと対面した清は、二人の着物に使っている千代紙は、もともと姉さま人形に使われていたものだと語ります。人形を手にしたとき、この絵の光景が浮かんできたのだと語る清ですが……
本書の最後の作品である本作は、全体の二割以上を占める中編であり、様々な趣向が凝らされた物語であります。その最たるものは、章番号が八から始まり、以降七、六と減っていくのと合わせて、作中の時間が遡っていくことでしょう。
そんな構成の物語の中心となるのは、清が作品の材料に使い、らいてうに不思議な感銘を与えた姉さま人形の来歴であります。本作はその来歴を探るという点では一種のミステリではありますが、しかし探偵役がいるわけではなく、物語はいわば神の視点から、人形が辿る、いや人形を手にした人々の数奇な運命を語るのです。
その人々の名は? それを一人一人挙げるのは本作の興を削ぐことになりますので避けますが、いずれも女性であり、そして必ずしも幸せな運命を辿らなかった――特にその人生の結末において――者が大半を占めるということは述べてもよいでしょう。
実に本書に収録された作品は、ここまで基本的にハッピーエンドであり、大正という時代を肯定的に描いたものが大半であったといえます。それが本作において、初めて負の側面を――幸せとはいえない人生を辿った者の姿を描くことになるのです。
しかしそれでも本作の描こうとするものは、本書の他の作品と異なるものではないことが、結末において――再び「八」に戻った時に、語られることになります。仮に不幸な結末、思うに任せない人生を辿ったとしても、それは明治までの時代には得られなかったもの、大正という時代において初めて得られたものであったと――彼女たちは大正という時代で、自分自身の生き方を見つけたのだと語ることによって……
ラストのらいてうと清の会話で語られる、ある有名な言葉は、彼女たちの輝かしい生き様を示すものといってもよいでしょう。
明治には望んでも得られなかったものに殉じた者たちの姿を、昭和の世から遡って見つめ直す――それによって大正という時代の輝きを捉えてみせた本作は、ミステリというよりも、多分にに歴史小説というべきだと感じられます。
実在の人物を用いたフィクションという形で、大正という時代を浮き彫りにしてみせた本書の掉尾を飾るに相応しい物語であります。
(といいつつ、結末につけられるオチにひっくり返ったりするのですが……)
『名探偵の生まれる夜 大正謎百景』(青柳碧人 KADOKAWA) Amazon
| 固定リンク
