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2023.12.16

みなと菫『白き花の姫王 ヴァジュラの剣』 天平の少女と時空を超えた秘宝

 天平の頃を舞台に、幼い頃の不幸な出来事で言葉を失った姫王が、思わぬことから帝の座を狙う一派の陰謀に巻き込まれる、ファンタジー要素も強い児童文学であります。姫王が知ってしまった怪僧の企みとは、海の向こうからもたらされたという滅びの剣の正体は、そして姫王の想いの行方は……

 王の家に生まれたものの、幼い頃に父が何者かに目の前で殺された場面を目撃し、それ以来、歌を詠むこと以外、口が利けなくなった音琴姫王。母も亡くなり、後ろ盾を失った彼女は、長らく心を病んでいた皇后に采女として仕えることになります。
 しかし皇后は幻恍法師なる僧の治療で回復し、その快気祝いの席で音琴は、その才気と気取らない人柄で人気を集める帝の甥・雄冬王から突然の求婚を受け、彼の妻となるのでした。

 しかし妻になったとはいえ何事があるわけでもなく屋敷に放っておかれ、引き続き采女の仕事を続ける音琴。そんなある日、彼女は、幻恍がただならぬ雰囲気の中で、次の帝を帝の望むのとは別人にすべしと皇后に吹き込んでいるのを聞いてしまうのでした。
 しかしその事実を雄冬王に伝えたものの姫王は相手にされず、それどころか彼は彼女を置いて、遣唐使として海を渡ってしまうのでした。

 途方に暮れる音琴に、彼女の父が、かつて唐で異端の仙道を学んだ上、異国の秘宝を奪い帰ったと告げる幻恍。混乱する音琴は、幻恍の寺の様子を窺う不思議な天竺の僧・ヴァジュラと従者の少年・羽鳥と出会います。盗まれた滅びの剣を探し、異国からやって来たというヴァジュラの言葉に驚く音琴ですが……


 如何にもファンタジー的で、そして異国のムードがあるタイトルながら、物語は開始後しばらくは純和風に(?)展開していく本作。しかし中盤から物語は一気にそのスケールを広げ、そのタイトルに相応しい物語となっていきます。
 当時の日本に比較的近い関係にあった唐だけでなく、崑崙、そして天竺まで――少女の苦労譚として始まったものが、時空を超えた宝剣を巡る物語に変わっていくのには驚かされますが、それが違和感なく、一つの物語として成立しているのが、本作の巧みなところでしょう。

 そしてそんな本作を彩るキャラクター設定も印象に残ります。
 何よりも特徴的なのは、やはり主人公の音琴姫王であります。幼い頃の心の傷によって喋ることが出来なくなった一方で、類い希な歌の才を持ち、そして歌のみは美しい声で歌うことができる――ハンデを負った主人公が懸命な努力と周囲の助けで幸せを掴むというのは定番ですが、ここまで重く、それでいてある種の雅やかさを持った設定は珍しいと感じます。

 中盤の雄冬王との喧嘩のくだりも、深刻なはずが、その設定によって独特のムードとなっているのが実に面白いのですが――その雄冬王が、姫琴の前に突然現れて求婚してくる強引で言葉足らずなイケメンという、ある意味定番の王子様キャラなのも楽しい。
 読者としては彼の心中は容易に予想はつくのですが、本当にもう少し口に出して――と色々な意味でハラハラさせられます。
(終盤で明かされるある事実にはひっくり返りましたが)

 そしてもう一人、忘れてはいけないのがヴァジュラであります。本作のタイトルに名が挙がる彼は、中盤以降の登場にもかかわらず、物語の鍵を握る謎めいたキャラクター。作中では最も超然とした存在ではあるのですが――ラストで明かされるその胸中は、なかなかに印象に残るものがありました。


 個人的な拘りをいえば、天平二年から十二年の間と年代設定が明確であるに関わらず、帝周辺の人物設定は完全に史実とはパラレルなものとなっているのは気になるところではあります。

 帝のモデルは聖武天皇、彼が次の帝に望む皇女は孝謙天皇だとは思いますが事績は年代に合わず、また、幻恍のモデルは玄昉だと思われるものの、彼が治療したのは帝の室ではなく母であるなど――
 もちろん、内容的にこの辺りはパラレルで処理しないと描けないのは仕方ないところではありますが、ファンタジーの部分がなかなか面白かっただけに、もう少し史実と摺り合わせてもらえればなお嬉しかった――というのはマニアの勝手な感想ではありますが。


『白き花の姫王 ヴァジュラの剣』(みなと菫 講談社) Amazon

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