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2024年1月

2024.01.31

和夏弘雨『粛清新選組』第2巻 異形の山﨑烝と異形の物語 新選組譚の極北、完結

 新選組の監察方を題材としつつ、隊規に背いて粛清された隊士たちの姿を描く、新選組漫画数ある中でもある意味極北の作品――その第二巻にして最終巻であります。士道不覚悟を処断する山崎烝と林信太郎、彼らの非情のルーツとは……

 幕末最強の武闘派集団である一方で、粛清により多くの隊士が命を落とすことになった新選組。その粛清をある意味支えた存在が、隊士たちの監視・不正の摘発等を行った諸士調役兼監察、いわゆる監察方であります。
 本作はその監察方として後世に名を残す山﨑烝、そして彼の従弟である林信太郎の視点から描かれた物語――彼ら二人によって粛清の対象となった隊士たちを描く、いわば負の新選組隊士列伝というべき物語です。

 鋭敏な頭脳と記憶力を持ちながらも、スキンヘッドにひん剥いた四白眼、冷淡で皮肉な態度と、一目見たら絶対忘れられない強烈なキャラクターである本作の山﨑。
 そしてその彼が、隊士たちを冷徹に調査し、時に罠に嵌めてまで裁く姿はそれ以上に強烈で、悪事を働いた隊士の外道ぶりも相まって、ほとんどトラウマもののインパクトを残す――そんな作品であります。


 この巻の冒頭で描かれるのは前巻から続く「国事探偵方」後編、そして今弁慶と異名を取った松原忠司のエピソード。そして残りの分量約3/4では時系列を遡り、林信太郎・山崎烝の入隊秘話、そして新選組とほぼ同時に誕生することになった監察方の初期の、そして最大の粛清を描くことになります。

 その対象は芹沢鴨――いうまでもなく新選組の前身である壬生浪士組の筆頭局長にして、その傍若無人ぶりから近藤一派に暗殺された芹沢は、なるほど『粛清新選組』という作品の結末にして始まりを飾るに、これ以上の適任はいないでしょう。

 かくて在りし日の芹沢の姿を描きつつ、佐々木愛次郎・佐伯又三郎(登場する時はほとんどワンセットで描かれ、そしてイヤな気分になる話の多い二人)、そして新見錦のエピソードを経て、芹沢の最期が描かれるのですが――しかしこの一連のエピソードで描かれる芹沢像が、「いかにも」な悪役ではないのが、実に本作らしく面白いのです。
 確かに本作の芹沢も、狷介な性格であり、酒が入ればさらに粗暴になる人物ではありますが――しかしその欠点を除けば一軍の将に相応しい大人物(しかも子供好き)。ほとんどのフィクションでは犬猿の仲である土方が、むしろ心酔するほどの人物であり、それは非情の山﨑ですら同様なのであります。

 思えば本作は、粛清という行為を招く人間の昏い部分を描きつつも、それだけに留まらない複雑な心理の在り方を描いてきました。そして同時に、粛清という結末(を予感させる言葉)があるからこそ、その裏を行くような意外性のあるエピソードをも幾つも描いてきた作品でもあります。
 そしてこの芹沢鴨の粛清は、そうした本作の総決算というべき内容となっていることは間違いありません。暴走する芹沢の胸中にある想いは何か、そしてその芹沢の想いを、土方は、山﨑は如何に受け止めるのか?

 ここで山﨑は芹沢暗殺には加わっていない――という史実をこう話に活かしてくるか、と驚かされるような、まさに「鬼」のような展開も見事であります。
 しかしそこからさらに一歩踏み込んで最後の最後に示されるものは、まさに本作の結末に相応しいものであったといえるでしょう。


 隊士の死――それも仲間に与えられる死である粛清を描きつつも、その時だからこそ浮かび上がる命の姿を生々しく描く。主人公の山﨑同様、異形でありつつも、その中に人の情を感じさせる物語であります。


『粛清新選組』第2巻(和夏弘雨&荒木俊明 日本文芸社ニチブンコミックス) Amazon

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2024.01.30

倉田三ノ路『アサシンクリード チャイナ』(漫画版)

 以前ご紹介した『アサシン クリード クロニクル チャイナ』の、『天穹は遥か』『薬屋のひとりごと』の倉田三ノ路による漫画化であります。ゲームの内容を踏まえつつ、ゲームになかった現代パートを加えることで、より「アサクリ」っぽさを感じさせる作品です。

 16世紀、明の嘉靖帝(世宗)の時代――テンプル騎士団と結んだ宦官集団・八虎によって中国のアサシン教団は壊滅。そのわずかな生き残りであるシャオ・ユンも、伝説のアサシン・エツィオから託された「箱」を奪われることとなります。
 マスターであるワン・ヤンミン(王陽明)も倒されたシャオ・ユンは、「箱」を取り戻し八虎を壊滅させるべく、孤独な復讐の道を行くことに……

 という内容であった『アサシンクリード クロニクル チャイナ』。本作はその漫画化であり、ゲーム内の流れにほぼ忠実に、シャオ・ユンの戦いを描いています。石窟寺院から始まり、マカオ、紫禁城を経て、長城での決戦まで――正直なところ、ゲームのダイジェスト的な印象は否めないのですが、作中のちょっとしたアクションや場面に、ゲームをプレイしているとニヤリとさせられる部分があるのは、お約束とはいえ嬉しいところではあります。

 この辺りは作者自身がシリーズのファンだという点が大きいと思いますが、冒頭に挙げたように中華(風)世界を舞台とした作品を描いてきた作者を起用したのは適材適所というほかありません。


 しかしこの漫画版の特長は、原作再現のみにあるのではありません。むしろその最大の特長は、原作ゲームにない、しかしアサシンクリードシリーズにはお馴染みの要素――現代編を追加していることにこそあります。

 現代編の主人公となるのは、ある事件がきっかけで学校を退学し、引きこもっている少女・黄里紗。自分の中の暴力衝動に悩む彼女は、世界的大企業アブスターゴ社が運営するクリニックで、DNAから遺伝的記憶(先祖の記憶)を探る装置・アニムスによる「治療」を受けることになります。
 そしてその中で里紗が見たものこそが、彼女の先祖であるシャオ・ユンの戦いだった――というのが本作の基本構造となります。

 実はテンプル騎士団の現代における隠れ蓑であるアブスターゴ社によってアニムスの被験者となったアサシンの子孫が、先祖の記憶を辿る――というのは、シリーズの定番展開。
 しかし実は原作はシリーズの番外編的性格のためか、この現代編が存在しなかったものを、本作においては新たに描いてみせたというのは、これは原作プレイ済の人間にとっても、大いに気になるところであります。

 正直なところ、ゲームをプレイしている時には別になくても(というかむしろない方が……)と思ってしまう現代編ですが、しかしこうして追加されると嬉しくなってしまうのがファン心理――というのはさておき、こういう形で漫画の独自性を出してくるのは大歓迎であります。

 さらにこの現代編、シリーズのアメコミ版(現代編についてはゲームよりも実質こちらがメインになっている部分もあるので恐ろしい)で活躍した日本のヤクザアサシン、キヨシ・タカクラが里紗を導く役どころで登場。
 また、里紗をアニムスにかけるアブスターゴの女性技術者・加賀美は、映画版で描かれた事件がきっかけで左遷された過去があったりと、ゲーム以外のメディアも複雑に絡んでいくシリーズらしい要素が満載されているのも楽しいところです。

 もちろん本作の内容が正史と断言されたわけではないのですが、上記のとおり漫画の設定が公式となっている部分も多く、もちろん本作もUBIの監修を受けていることを思えば、公式となる可能性も大きいと思われます。

 そしてそうしたマニア的な興味だけでなく、自分自身の存在に嫌悪感を抱いていた里紗が、ある意味自分のルーツであるシャオ・ユンの戦いを知ることによって自分自身を肯定し、新たな一歩を踏み出す――そしてそれはシャオ・ユン自身がアサシンとして復讐を超えた道を歩み出すのと重なる――のは、物語の結末として実に美しいと感じます。


 そしてもう一つ、本作オリジナルのシャオ・ユンの弟子・小虎の父が実は日本の三浦氏の出身で、北条早雲との戦(油壺の語源になったあの戦)に敗れて中国に渡ったという設定があり、そして小虎が日本でアサシン教団を作るという展開が本作の結末では語られるのですが――この辺り、戦国時代の日本を舞台とする, ゲームの次回作に関わってくるのかどうか、というのも楽しみにしているところであります。


『アサシンクリード チャイナ』(倉田三ノ路&ユービーアイソフト 小学館サンデーGXコミックス全4巻) Amazon


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2024.01.29

柿崎正澄『闘獣士ベスティアリウス』 剣闘士と獣たちがローマ帝国と戦った理由

『RAINBOW 二舎六房の七人』など、一般誌で活躍してきた柿崎正澄が、2011年より足掛け八年に渡り「週刊少年サンデー」等で連載してきた、古代ローマが舞台のバイオレンスファンタジーであります。己の自由と守るべき者のために戦う剣闘士たち、彼らとローマ帝国との戦いの行方は……

 暴君ドミティアヌス帝の下、亜人種や獣が住む土地にまで侵攻を続けていたローマ帝国。その結果国を追われた亜人種、罪人、そして身寄りを失った奴隷たちは、闘技場で生死を賭けた死闘を繰り広げていました。

 その中で一人異彩を放つ青年フィン――幼い頃に兵士だった父を喪い天涯孤独の身となった彼は、最後の翼竜族(ワイバーン)・デュランダルを師として腕を磨いていたのでした。
 そんな彼に目をつけ、勝利した者に自由を与えるという試合を組むドミティアヌス。そこで彼の前に現れたのはデュランダルだったのであります。

 フィンの父を殺したのは自分だと告げ、本気で襲いかかるデュランダル。はたして死闘の結末は……


 そんな第一章から始まる本作は、このフィンとデュランダルを中心としつつ、権力者の暴虐に自由と誇りを一度は奪われながらも、同じ立場の人々と、そして亜人種や獣たちと繋がり合い、立ち上がる人々の戦いを、一種の列伝形式で描きます。
 フィンに先立つこと十二年前、ミノタウロスの「兄」と共に闘技場で戦い抜き、自由を勝ち取った剣士・ゼノ。
 人間と亜人が共存する故郷を焼き払われた上に幼なじみのエレインを奪われ、フィンの指導の下に腕を磨き、親友二人と共にローマに乗り込んだ少年・アーサー。
 ローマの正義を信じて戦いながらも裏切られ、家族のために冷酷な処刑者となりながらも、三百年前に封印された伝説の巨人と共に立ち上がる元百人隊長・ルキウスディアス。

 いずれのエピソードも、目を覆わんばかりの暴力と、それをもたらす人間の悪意が紙面に溢れており、読み通すにはそれなりの体力が必要となりますが――それを超える主人公たちの戦う意志とそれがもたらす力、それを振り絞っての傷だらけの勝利の姿は、むしろ爽快さすら感じさせます。
(冷静に考えると、同じシチュエーションが繰り返されている気もしますが――ドミティアヌス、何回命を救われているのか)

 もっともこの辺りは、いわゆる「剣闘士もの」――自由を奪われ、戦闘奴隷にされた者が自らの力で甦り、復讐を果たす物語の定番といえるかもしれません。
 しかし本作の特長の一つは、現実に存在したローマ帝国を舞台としつつ、そこにワイバーンやミノタウロス、ゴーレムといったファンタジー世界の住人たちを登場させることで、物語にも、そしてバトルにも厚みを出してみせる点でしょう。

 もちろん彼らは被侵略民族のメタファーであろうとは思うものの、あり得べからざる存在たちをそこに設定することで、滅び行く者たちの姿を、より印象的にしているとも言えるでしょう。
 そして彼らが歴史上に残らなかったその理由を説明する終盤の展開は、一種の伝奇ものとしての興趣を感じさせるのです。
(というより、伝奇ものとしていえば、ゴーレムの「正体」が明かされた時には猛烈に興奮させられましたが……)


 そしてそれ以上に本作の特長となっているのは、主人公たちの戦いが、決して復讐のため(だけ)のものではないことでしょう。
 復讐のためであれば、自分を直接的にその境遇に落とした者を討てば終わります。あるいは、それを命じさせたドミティアヌスを討てば全てが終わるかもしれません。

 しかし本作の主人公たちはそれをしようとはしません。たとえ戦いで相手を倒したとしても、それは更なる戦いの幕開けであり、そしてその先に待つのは、より数では劣る自分たちの敗北以外ないなのですから。
 それでは、彼らには最後の勝利はないのか。ただ圧倒的な力にすり潰されるのを待つだけなのか。そんな中で彼らは何故戦うのか――全ての物語が結びついた末に、デュランダルの故郷であるアルビオン(ブリタニア)で繰り広げられる最後の戦いで示されるその答えは、見事というほかありません。

 歴史の陰に埋もれながらも、決して消されることのなかった者たちの物語――それが本作であります。


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2024.01.28

泰三子『だんドーン』第2巻 新たな出会いと大きな悲劇 原動力を失った物語?

 日本警察の父・川路利良の若き日の姿を描く、見た目コミカルその実シリアスな歴史漫画の第二巻であります。斉彬と共に島津に帰った川路に迫る、井伊家の隠密の頭領・怪物タカ。川路は彼女を阻むことができるのか、そしてその後も続く暗闘の行方は――川路を新たな出会いと大きな悲劇が待ちます。

 その才を藩主・斉彬に愛され、西郷隆盛を英雄に仕立て上げることを命じられた島津藩士・川路利良。敬愛する主君の無茶振りに応えるべく奔走する川路は、斉彬の政敵である井伊直弼方と数々の暗闘を繰り広げることとなります。
 そんな中、斉彬の参勤交代に同行して国元に帰った川路と西郷。しかしそれと前後して、井伊家の隠密・多賀者の頭領で怪物と異名をもつ女・タカも潜入していて……

 作中でもタカ自身が「生きては帰れぬ薩摩飛脚」と語っているように、時代劇界隈では忍びに対するガードが異常に堅いことで有名な薩摩。そこに単身あっさりと潜入してしまうタカは、まさに怪物というべきでしょうか。
 しかしそこはさすがに薩摩、というより川路であります。この怪物を罠にはめ、むしろあっさりと捕らえた手腕は、警察は警察でも公安警察の方では(そりゃナポレオンに対するフーシェになれ、などと斉彬に言われるわけで)――というのはさておき、ここは川路の方が上手と思いきや、ここからタカの恐ろしさが描かれることになります。

 川路の詮議を飄々と躱し、周囲の薩摩武士たちを煙に巻くタカ。その不気味なまでの余裕を支えるもの、彼女の背後にいた存在は――なるほどそう来るか! と意表を突かれる存在です。
 これまで斉彬が大好きすぎる川路視点で描かれてきただけにうっかり忘れていましたが、当時の薩摩は決して一枚岩とはいえない状況――斉彬はむしろ父の斉興から疎まれ、それが御家騒動を起こしたほどだったのであります。
(しかしあの人物は騒動の後に死んだと勝手に思いこんでましたが、普通に生きていましたね……)

 そしてその対立の中で西郷を罠にかけたのが、あの小松帯刀! と、流れるように次々と、当時の薩摩周辺の状況、そして人物を――コミカルでキャッチーなネタを散りばめつつ――投入し、物語を成立させているのには感心させられます。
 この先の展開も含めて、描かれている内容は陰湿な暗闘、斉彬言うところの「きたねー政治工作」が大半にもかかわらず、妙にあっけらかんとした味わいがあるのは、この語り口の巧みさにあるというべきでしょうか。


 しかしこの先に待ち受ける「史実」は、さすがにギャグで誤魔化したり流したりするわけにはいきません。そう、川路と西郷が敬愛する人物であり、彼らを動かし、彼らもその期待に応えるべく動いてきた人物が、ここで退場するのですから。
 言い換えれば物語を動かしてきた原動力が失われてしまったという、わずか二巻にして大ピンチの状況から如何に川路たちが立ち上がるのか? それを描くくだりは、ギャグをふんだんに織り交ぜながらも、しかし十分に感動的で――そしてさらにそこからある史実に繋げていくのですから嘆息するほかありません。

 そして弔い合戦とばかりに多賀者を向こうに回して繰り広げられる――そして何故か「俺ちょっとやらしい雰囲気にして来ます!」なことになる(敵側が)――デッドヒートの末に勝利を収めたかにみえた川路たち。
 しかしその先にまつものは――いやはや本当に油断のできない物語であります。


 それにしても、前巻登場した「島田」が、あの島田左近だったとはうかつにも気付かず――史実を思うと、薩摩サイドだけでなく、「敵」方の今後にも気になってしまうところです。


『だんドーン』第2巻(泰三子 講談社モーニングコミックス) Amazon


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2024.01.27

『戦国妖狐』 第3話「永禄七年」

 断怪衆の総本山に殴り込み、僧兵たちを蹴散らす迅火。しかしその奥の城に迫った時、突如立ち上がった城が繰り出した拳で、迅火は遥か彼方に殴り飛ばされてしまう。一方、自分たちの前に現れた霊力改造人間から真介たちを守ろうとした灼岩は、自分の所業を思い出してしまうことに……

 ここまでで、いきなり現れた断怪衆にいきなり喧嘩を売った迅火がいきなり叩きのめされて――という展開だった本作ですが、ここまでが贅沢なプロローグだったという印象。慌ただしい展開が続きましたが、今回はその中で登場人物たちの行動原理を問いかける内容でもあったと感じます。

 前回の引きで、霊力僧兵の一斉攻撃を食らっても全く堪えず、逆に一撃で吹き飛ばしてみせた迅火は、その直後に、今回の黒幕というべき老人・野禅と遭遇、自分に差し向けられた霊力改造人間を一蹴。しかしその彼も、霊力改造人間製造の本拠と思しき城に突入しようとしたところで、その城そのものに殴り飛ばされて……
 と、目まぐるしい展開ですが、この城「泰山」の出現はある意味今回のクライマックスというべき文字通りの大ネタでしょう。しかし原作では一ページで変形、次の見開きでは迅火に拳が迫って――という、思わず唖然としてしまうような、実に作者らしいすっとぼけた意外性が良かったのですが、アニメでは城が立ち上がり拳を繰り出すまでをきっちり見せようとして、逆にそのスピーディーな意外性を殺してしまったのは実に勿体ない。動きを見せるのはアニメの利点ですが、なかなかメディアの違いと表現の関係は難しいと今更ながらに感じさせられます。

 一方、真介周りのアニメオリジナルの描写は、相変わらず細かく厚みを増している印象で、熊(?)の霊力改造人間に襲撃を受けた際に、身を挺してたまと灼岩を庇い(ここでヘラヘラとツッコミを入れていたたま、一体どうするつもりだったのか。というか基本的にたまが戦闘で活躍した印象が薄い……)、ビビりながらも自分は逃げず、二人を逃がそうとする真介がその理由を語る部分はアニメオリジナル。彼なりの強さを求めての行動の帰結であることを示すその言葉の内容は、語らずとも行動を見れば感じられるものではありますが、しかしそれが彼の意思として明確に示されるのは、やはり大きな意味があると感じます。
 もっとも彼の場合、意思に力が伴わないのが残念なところですが、それに対して力が意思を上回って暴走してしまったのが灼岩。彼女の暴走は前回も描かれましたが、今回はそれと微妙に異なる描写で――彼女自身の視点で、もう一度その様が、より細かく描かれるのが(もちろん良い意味で)キツい。特に怪物状態の灼岩に追い詰められた父親が、地面に散らばった銭をかき集めようとした描写など、実に厭らしい(褒め言葉)のですが、だからこそ彼女のどうしようもない絶望感が際立ちます。

 そして人から闇になりかけて得た力に溺れ親を殺めた者がいる一方で、力がなかったために人に親代わりの闇を殺された者もいる――と、灼岩と迅火が一種の対照的な存在として描かれる一方で、真介はその力を求めた灼岩のあり方を人間として肯定してみせつつも、だからこそその結果の哀しさに堪えきれず涙を流す……
 ここで語られたそれぞれにとっての力の在り方は、舞台となる永禄七年――戦国時代真っ只中の殺伐とした時代ゆえのものであるといえます。だからこそ、その力のより善き使い方をたまが示すことは、そのまま彼女がこれまで語ってきた世直しの理想の実現であり、この時代に抗うものでもあるのです。


 と、改めてみるとなかなかに巧みな構成なのですが、客観的に見れば喧嘩を売って返り討ちにされ、追っ手から逃げているというシチュエーションは、やはりスッキリしないところではあります。Cパートで襲来が予告された次なる強敵との対峙がそれを変えるのか――見てのお楽しみであります。


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2024.01.26

コナン・ドイル『霧の国』 啓蒙かプロパガンダか チャレンジャー教授、心霊の世界に挑む

 コナン・ドイル晩年の作品にしてチャレンジャー教授ものの第三作、そして大いなる異色作(というか問題作)であります。今回チャレンジャー教授とマローンたちが挑む驚異は心霊の世界――はたして心霊は、死後の世界は存在するのか? 激烈に反発するチャレンジャー教授ですが……

 新聞の取材で、近頃話題の心霊教会を取材することになったエドワード・マローンと、チャレンジャー教授の娘・イーニッド。初めは心霊の存在を胡散臭く思っていたマローンですが、今は亡き盟友・サマリー教授の霊が現れた事に衝撃を受けます。
 その後も交霊会への出席や霊媒たちとの交流、ロクストン卿も加わっての幽霊屋敷での冒険を経て、マローンは心霊の世界は存在すると確信するようになるのでした。

 しかしチャレンジャー教授は、心霊の存在を真っ向から否定し、心霊主義を激烈に攻撃するのですが……


 『失われた世界』で登場し、それ以降も『毒ガス帯』(本作の後の)『地球の叫び』『物質分解器』でも活躍するチャレンジャー教授。明晰な頭脳と類い希な行動力を持ちつつつも、そのエキセントリックかつ攻撃的な性格から、周囲との間で軋轢を引き起こさずにはいられない名物男であります。

 本作はそんなチャレンジャー教授ものではありますが、物語の実質的な主人公は『失われた世界』以来、チャレンジャー教授の冒険に同行する新聞記者マローンとなります。
 初登場時は血気盛んな青年だった彼も、ある程度の年月を経て落ち着いてきた姿が描かれ、あろうことか(?)チャレンジャー教授の愛娘イーニッドとの間にロマンスを育んでいるのですが――本作はそんな彼が出会う様々な心霊現象と、その存在を信じるに至った彼がチャレンジャー教授を「改宗」させようと奮闘する姿が描かれます。

 という粗筋で何となく想像がつくのではないかと思いまずが、本作は良くいえば心霊主義の啓蒙小説、悪くいえばプロパガンダにほかなりません。当時(でも)色眼鏡で見られていた心霊主義の科学性とその主張の正当性、素晴らしさを謳い上げる――その目的のために描かれているのですから。
 特にその晩年、ドイルが心霊主義に深く傾倒したことはつとに知られていますが、その一つの表れが、本作なのであります。

 正直なところ、当時の読者がどのような反応を見せたかは寡聞にしてわからないのですが、しかし戸惑う読者が多かったのではないか、というのは容易に想像できます。
 個人的にも、「人々を善導する、そして語る事が絶対的に正しい心霊」という存在に大きな疑わしさを感じてしまうだけに、本作を読み通すのはなかなかに骨であったというのが正直なところであります。

 ところがその一方で、本作は二つの点でそれなりに面白い(あるいは興味深い)のもまた事実です。その一つは、小説としての面白さ――正直なところ、心霊主義者たちの主張は(訳文が古いこともあって)辛いのですが、それ以外の部分は意外に面白いのです。

 本作はある種連作短編的に様々なエピソードが描かれるのですが、マローンとロクストン卿の幽霊屋敷探検は、さすがにホラー小説においても数々の佳品を著したドイルならではという迫力であります。(また、交霊会の最中に、得体の知れない類人猿めいた存在が現れる場面の理不尽さもいい)
 また、本作に登場する霊媒の中でも中心的な人物である善良なリンデン氏が警察のおとり捜査にひっかかり告訴されるくだり、またボクサー崩れで霊媒詐欺をもくろむリンデン氏の弟のどうしようもない悪党ぶりなど、なかなか読ませる内容で、この辺りはエンターテイメント作家・ドイルの地力を感じます。

 そしてもう一点は、当時の心霊主義界隈のルポルタージュとしての側面であります。もちろん本作で描かれている個々の内容はフィクションではありますが、本作の目指すところを思えば、それはかなりのところ、当時の「現実」を示すものと思うべきでしょう。
 そしてそれは心霊主義のポジティブな面だけでなく、上で触れた詐欺のような悪用する者やその危険性、また心霊主義に対する世間の目をも克明に描いているのです。
(惜しむらくは、邦訳にその辺りの注釈が乏しく、どこまでが現実でどこまでがフィクションかわからない点ですが……)


 思えば恐竜生存説、エーテル宇宙観、地球生命体説と、異説と呼ばれた科学にその名の通り挑戦してきたチャレンジャー教授。その挑戦者ぶりは、本作も健在であったというべきでしょうか。(結局、いずれも異説は異説だったわけですが……)
 決して万民にはお勧めできませんし、現在ある意味幻の作品となっているのも納得ではありますが、興味深い作品ではあります。


『霧の国』(コナン・ドイル 創元SF文庫) Amazon

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2024.01.25

『明治撃剣 1874』 第弐話「渡世」

 堂山組を皆殺しにし、守屋組の客人に迎えられる狂死郎。一方、川路にスカウトされてポリスとなった静馬は、警邏中に鎮台の兵士と乱闘になる。静馬に捕らえられた仲間を奪還するために屯所を鎮台の兵士たちが襲撃する中、故あって狂死郎は静馬に助太刀して戦うことに……

 負傷して海に漂う兵士が、何者かに救出される姿がから始まる今回。この兵士こそがかつての狂死郎だったようですが――状況から見るに、彼も戊辰戦争で旧幕側の人間であったということでしょうか。
 その狂死郎は絵に描いたような仁義を切って守屋組に草鞋を脱ごうとしますが、前回の失態を糊塗しようとした堂山組が悪評を流していたために失敗。それならばと今度は堂山組に殴り込みをかけて皆殺しにした狂死郎、看板を奪って献上して守屋組の親分に気に入られると客人に迎えられるのでした。

 なんとなくどちらが主人公かわからない状況ですが、静馬は前回の岩倉襲撃一味との戦いぶりを認められた末、ストーカーじみた川路のスカウトによって、巡査の職に就くことになります(川路暇なのかしら、と思う一方で、川路だしな……という気も)。そこでコンビを組むことになったのは、前回彼を岩倉襲撃犯と思い込んで捕らえようとした薩摩出身の小山内、戊辰からの因縁もありギクシャクした二人ですが――そこに鎮台の兵士との乱闘騒動が発生します。
 前年の徴兵令で平民から集められた兵士たちと、士族出身者が占められる巡査と――この半世紀後にまで続く軍隊と警察の不仲が思わぬところで飛び火した形ですが、芝居小屋で暴れる兵士を、静馬が菊五郎(時期的に五代目)の真似をした芝居がかった所作で取り押さえたことから、芝居マニアの小山内と打ち解けるという展開は、よくできていたと思います。

 しかし収まらないのは鎮台の兵隊たち、こともあろうに仲間たちが捕らえられた屯所を襲撃して救出せんとする挙に出たことで、大乱闘となります。ここで救援に駆けつけようとした静馬の前にも鎮台の兵隊たちが立ち塞がるのですが(どれだけ暇なのだこいつら)――刀ではなく棒では勝手が違うということか、手傷まで負ってしまった静馬の思わぬ助っ人となったのが狂死郎であります。
 鎮台の兵士に煙草入れを奪われたという守屋組傘下の人足の訴えを積極的に無視しようとした組長ですが、それを止めて、鎮台との厄介事を買って出た狂死郎。もちろん静馬がその事情を知るよしもありませんが、ここに静馬と狂死郎が背中合わせで、鎮台の兵士相手に大立ち回りを繰り広げることになります。

 正直なところ驚くほど地味なクライマックスは、二人がそれぞれに大暴れした後に駆けつけた川路たちによって収められます。いや、それ以上にその場を収めることになったのは、佐賀に下った江藤新平が乱を起こした(正確には乱の首領に祭り上げられた)という報せだったわけですが……

 そんな天下の動きの背後で暗躍しているのは、前回も登場した謎の碧眼侍と謎の芸者・雛鶴一党。裏の顔を持つ商人や守屋組長まで加わるこの一党が、一連の動乱を仕組んでいるようですが、いまいち散発的な動きなのが奇妙に映ります。
 この謎の一党、狂死郎一党、パークス、そして警視庁と今のところ四つの勢力が存在するように見える物語ですが、はたしてどこに向かおうとしているのか……
(前回見た時は佐賀の乱が一つの山場になるかと思いましたが、そういえば速攻で鎮圧されたのでした)

 ちなみにパークスのスパイの謎の記者・せんりが、獄中の岩倉襲撃犯の武市に近づいた時、警備に見せた英文の許可証(の偽物)、何故かメアリ・シェリーの『フランケンシュタイン』……(時代的にはおかしくないのですが)


関連サイト
公式サイト

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『明治撃剣 1874』 第壱話「東京」

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2024.01.24

上田早夕里『播磨国妖綺譚 伊佐々王の記』

 室町時代の播磨国を舞台に、庶民のために活動する法師陰陽師兄弟、律秀・呂秀の物語の続編であります。播磨の物の怪たちを操る謎の妖人・ガモウダイゴの暗躍を止めるべく奔走する兄弟と式神のあきつ鬼。しかし正体不明の敵の力は強大で……

 室町時代は嘉吉の頃、播磨国に、在野の陰陽師・法師陰陽師として活動する蘆屋道満の末裔の兄弟――理詰めの性格で強力な陰陽師の力を持つ薬師の律秀と、人ならざる者を見る力を持つ僧侶呂秀。土地の人々のために働く兄弟は、ある日、寺の井戸にまつわる奇妙な噂を調べる中で、井戸の中に蘆屋道満が封じた式神と出会うことになります。
 恐ろしげな姿をしたこの式神に「あきつ神」という名をつけ、従えることになった呂秀。それ以来、二人と一体は、播磨で起きる様々な怪事に挑むことに……

 という第一作『播磨妖綺譚 あきつ鬼の記』(本作と同時に刊行された文庫版より副題がつく形で改題)を受けて描かれる本作は、連作短編集であった前作に比べ、より物語の連続性を感じさせる内容となっています。
 山中で製鉄を行う農民たちから、川で砂鉄を採っていると何者かに突き飛ばされるという相談を受けて調査に向かった兄弟は、そこで怒れる坊主たちの姿を目撃して――という第一話に始まる本作は、前作でもその姿を見せた謎の陰陽師・ガモウダイゴとの対決が軸となるのです。

 白い狩衣をまとった優美な姿で現れるガモウダイゴ――しかしその行動は、播磨に潜む様々な物の怪を扇動したり、人々の間に害毒を撒いたりと、極めて悪質なものであります。そして兄弟にとっては、かつて母が亡くなった時に現れ、その魂を連れ去ったという因縁を持つ相手でもあります。
 今再び彼らの前に現れたガモウダイゴは、あきつ鬼を我が物にすることを宣言。もちろん呂秀も、そしてあきつ鬼本人もそれに従うはずもありませんが、しかし敵の力は強大です。

 特に本作の副題となっている伊佐々王は、播磨の伝説に残る巨大な鹿の王――かつて仲間を率いて散々に人間の土地を荒らし、朝廷の軍の討伐を受けて激闘の末にようやく退治されたという伝説の存在であります。ガモウダイゴは、このほとんど邪神というべき存在をも蘇らせ、使役しようというのですから、尋常な人間とは思えません。
 はたして彼は何者なのか。そして彼の邪なる力から自分たちを、そしてあきつ鬼や周囲の人々をどうすれば守り、戦えるのか――本作の中心となるのは、そんな兄弟の苦闘であります。

 しかしそんな中にあっても、兄弟の――特に、人ならざるものを見て、言葉を交わす力を持つ呂秀の為すことは変わりません。
 彼らにとっては、人もそれ以外――亡霊や動物、妖怪や神々も、等しくこの播磨に、この世界に在るものたちにほかなりません。そんな隣人である彼らの悩みを解決し、共に平和に、より良く暮らすために、二人は心を砕き、汗を流すのです。
(そしてその在り方は、伊佐々王と人間の不幸な出会い、そして戦いとまさに対極にあるといってよいでしょう)

 たとえその出会いが不幸な行き違いから始まったとしても、衝突を最小限にし、この先共存していけるかもしれない。たとえ人知の及ばぬ自然・超自然の猛威に苦しめられても、助けられる手だてがあるかもしれない。
 相手を倒すためではなく、共存し、救うために力を尽くす――そんな二人の姿は、本作に大きな暖かみと爽やかさをもたらします。

 もちろん、これまで述べてきたように、ガモウダイゴとの戦いが中心になっていく物語の中では、それも時に薄れがちになっていきます。
 それでも、本作の中では番外的なエピソードである「鵜飼と童子」――能の一座(前作にも登場し、兄弟と関わった人々)で努力の末にようやくシテとして鵜飼の翁を演じることになった男が、役をものにするために悩み苦しむ中で、不思議な童子と出会う物語――は、この人間とそれ以外の関係性を、優しくそして切なくも美しく描き、強く印象に残るのです。


 しかし時に人の歴史は、そんな人とそれ以外の繋がりを吹き飛ばすほどの激動をもたらします。本作のラストで語られるのは、播磨を戦乱に包むこととなる、ある大事件の勃発であり――そしてそれは兄弟をも意外な形で巻き込んでいくことになるのですから。
 はたして兄弟は、その中で自分たちの為すことを貫き、そしてガモウダイゴの魔手に打ち勝つことができるのか。本作では残念ながら顔見せレベルで終わった伊佐々王との対峙も含めて、この物語の先に描かれるものを――兄弟の向かう先を期待したいと思います。それはおそらく、この世界に在る者たちの望ましい生き方を描くことになるでしょうから……


『播磨国妖綺譚 伊佐々王の記』(上田早夕里 文藝春秋) Amazon


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2024.01.23

『明治撃剣 1874』 第壱話「東京」

 時は明治七年、東京で車夫をしながら、戊辰戦争で生死不明となった許嫁を探す元会津藩士・折笠静馬。ある日、岩倉具視襲撃の疑いをかけられた彼は、数日前に乗せた士族の男・武市が犯人と睨み、一人追い始める。続いて武市一味が大久保利通を襲撃した場に駆けつけた静馬だが……

 前情報なしで、しかも豪華キャストでスタートしたことで驚かされた『明治撃剣 1874』、遅ればせながら第一話の紹介であります。

 冒頭、会津戦争から始まる本作ですが、主人公は会津藩で「会津の鬼殺し」という異名を取った剣の達人の青年、会津戦争で奮戦したものの、親友で許嫁の兄から妹を託され、戦乱の中で行方不明となった彼女を明治七年の今も探している――という設定であります。
 そんな静馬が客として乗せた男・武市熊吉が下駄の鼻緒を切らし、代わりに下駄を買い求めたのがきっかけで、岩倉具視襲撃事件の犯人として疑われ、自分で疑いを晴らすために武市を追う――というのが今回のメインとなります。
 この襲撃事件はいわゆる喰違の変と呼ばれる歴史上の事件ですが、実は武市も実在の人物。作中では博奕に入れあげた上に、後述の騒動で叩きのめされたヤクザから財布を持ち逃げするなど微妙な描写でしたが、史実では西郷隆盛らの命で、軍事探偵として中国で活動していたという過去を持つ人物であります。ここで武市の下駄が決め手となって――というのも史実通りと、想像以上に史実に絡めた内容なのにまず驚かされます。

 その一方で思い切りフィクションに振っているのは、武市が顔を出していた賭場に現れてイカサマを見破った上に、仕切っていた堂山一家の面々を挑発、仲間たちと共に瞬く間に叩きのめした男――修羅神狂死郎であります。
 あまりにインパクトのありすぎる名前の上に、白髪の長髪に片目に鍔で眼帯というこれまたビジュアルショックな風体、そして声は三上哲という隙のないこの男――今回は堂山一家を叩き潰すだけ叩き潰して去って行くだけで、まだまだその目的も正体も不明ですが、幻術使い・体術&苦無使い・弓術使いとこれまた只者ではない三人の配下を連れたこの人物が、本作のフィクション面を大きく引っ張っていくことになるのでしょう。
(しかし弓術使いの弓、いくら無数の矢を放つといって、喰らって一拍置いて大きく吹き飛ばされるのはさすがに(描写に)無理が……)

 その他にもパークス英国公使のスパイを務める美女、謎の金毛碧眼の大人物(声が山路和弘なので)に仕える芸者に扮した謎の美女と、スパイ役の美女が二人も出てくるので最初は同一人物かと混乱した――というのはともかく、なかなか面白げなキャラクターの登場は良いと思います。
 その一方で、ある意味直球の主人公タイプの静馬(もちろん彼もフィクションのキャラクターであります)が、狂死郎などに比べるとかなり地味に見えてしまうのも確かなところで、はたして彼がこの先どのくらい派手に暴れてくれるかが、物語の盛り上がりにかかっているのではないでしょうか。

 今回のラストには江藤新平が顔を見せたりと、明治七年という舞台を考えればクライマックスはあの事件になるのかな、とも思いますが――まずは貴重なオリジナル時代アニメということで追いかけたいと思います。


 それにしても本作、冒頭に述べたように事前情報がほとんどなかったり、エンドクレジットが全て英語だったり、色々と謎を感じさせますが――その辺りはあまり気にしないことにします。


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2024.01.22

横山起也『編み物ざむらい 二 一つ目小僧騒動』 伝奇ホラーミステリ!? 奇想天外な新たな絵柄の物語

 メリヤス編みが取り柄の青年・感九郎を主人公とした奇想天外な時代小説――第12回歴史時代作家協会文庫書き下ろし新人賞受賞前作に続くシリーズ第二弾であります。感九郎が思わぬ成り行きで参加した、悪党を懲らしめる「仕組み」の仲間の一人で、人気戯作者のコキリが失踪。一つ目小僧に攫われたという噂も流れる中、彼女を探して向かった先で感九郎たちを待つものは……

 持ち前の生真面目さが災いし、不正を告発しようとしてかえって主家と生家から追われてしまった黒瀬感九郎。偶然出会った御前・ジュノ・コキリといった奇妙な面々に誘われた彼は、「仕組み」なる裏稼業に加わり、唯一の取り柄である編み物を活かして悪党を退治するのでした。その中で彼は、自分の中に眠る能力――人の心中にあるわだかまりを解く力に目覚めることに……

 という前作の後もジュノたちの暮らす屋敷に転がり込んで、内職に精を出していた感九郎ですが、本作の冒頭では、突然にコキリが姿を消してしまったことが語られます。
 前作の事件で、コキリと因縁を持つという悪徳医師・久世を制裁しながらも、結局は取り逃がす形となり、それが失踪の原因ではないかと内罰的に気に病んでいた感九郎。そんなこともあって、彼はジュノと共にコキリの行方を探すことになります。

 彼女が一つ目小僧に攫われたらしいという奇妙な噂も流れる中、ようやく彼女が武蔵国五日市宿の大旅籠の離れにいると突き止めた二人。成り行きからついてきた感九郎の許嫁・真魚とともに宿に向かった感九郎とジュノですが、しかしコキリはまたも一つ目小僧に攫われたと騒動になっていたのであります。
 コキリが滞在していた山中の離れ――様々な趣向を凝らした温泉宿で歓待される一行。しかしそこでも次々と奇妙な、そして思わぬ出来事が起きます。離れの隣に立つ「迷い家」という異名で呼ばれる山中の屋敷、辺りから響く異様な叫び声、倒れていく仲間たち、失われた帰り道――その果てに感九郎たちが知る、あまりに意外な真実とは……


 というわけで、一種のクローズドサークルもの的な物語が展開する本作。前作はいわゆる仕事人もの、あるいは不可能ミッションものというテイストであっただけに――そして引き続き感九郎はそこでの仲間たちと行動を共にするだけに――今回も同様の趣向で描かれるとばかり思ってみれば、まさかホラー色、伝奇色も漂うミステリだったとは! と驚かされます。
 特に中盤の、次から次に怪事件が起こり、一体何が起こっているのかわからないままに感九郎たちが翻弄される辺りは、この先一体どこに向かっているのかも全くわからず、(良い意味の)不安にさせられます。

 そしてそんな物語におけるキーパーソンが、コキリであります。前作ではジュノ・感九郎とトリオで「仕組み」を実行した彼女は、どう見ても年若い娘ながら、人気戯作者・乱津可不可の正体と名乗るだけでなく、かつて人魚の肉を食わされたおかげで不老不死になったと自称する、奇妙な人物であります。
 しかし彼女のいうことをどこまで真に受けて良いかは前作の段階では迷うところであります。内容的には(感九郎の「能力」周りの描写はあるものの)比較的地に足のついた世界観の物語だけに、これは眉唾物だと思っていたのですが――ここにきて、彼女の言葉の真実が語られることになります。

 その詳細については伏せますが、その衝撃的な告白に留まらず、さらに――という仕掛けの巧みさには感嘆させられるところで、そこに漂う濃厚な伝奇性も含めて、大いに楽しませていただきました。


 その一方で、○○かと思ったら実は××でした、と腰砕けなオチに終わる展開も多かったり、何よりもコキリの物語のインパクトが大きすぎるためか、感九郎の側の物語の印象が弱まってしまうのは、いささか残念なところではあります。
 特に後者は、感九郎自身だけでなく、コキリへの一つの救いへと繋がっていく要素であるだけに勿体ないと感じさせられます。コキリの過去の重さに比べればを思えば無理もないところではあり、そしてそのどこかアンバランスな物語展開も一つの魅力ではあるのですが……

 そんな部分はありつつも、ある意味普遍的なテーマ――本作においては自分とはなにか、過去と今とはなにかという――を奇想天外な物語の中に織り込み、そして物語が完成した時、それが美しい一つの絵柄として浮かび上がるという前作同様のスタイルは、変わらず魅力的であることは間違いありません。

 さて、第一作を見ていれば、ジュノにもなにやら重い過去がある様子。おそらくは次はそれが描かれるのではないかと思いますが――そんな予想を軽々と超えていくような予感も強くあります。
 今はただ本作の余韻を味わいつつ、次なる物語の絵柄を楽しみにするとしましょう。


『編み物ざむらい 二 一つ目小僧騒動』(横山起也 角川文庫) Amazon


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横山起也『編み物ざむらい』 特技はメリヤス編み!? 生きづらさを解きほぐし、編み直す侍

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2024.01.21

手塚治虫『新選組』 悩める少年が新選組で知ったもの

 先日「シン・時代劇」なる枠でドラマ化が報じられた、そして2022年の八月納涼歌舞伎で新作歌舞伎として上演された手塚治虫の新選組漫画であります。父の仇討ちのために新選組に入隊した若き隊士がそこで見るものは……

 家に逃げ込んできた男を匿ったばかりに、追っ手の土佐藩士たちに父を斬殺された少年・深草丘十郎。その場に通りかかった近藤勇によって藩士たちは斬られたものの、中心人物の庄内半蔵はその場を逃れてしまうのでした。
 そして仇討ちのために新選組に入隊を希望した丘十郎が入隊試験の場で出会ったのは、同年代の少年・鎌切大作。神道無念流の達人であり、人を斬った後に平然と饅頭を食べるような大作ですが、丘十郎とは不思議にウマが合うのでした。

 一方、その頃の新選組は、局長の芹沢鴨が専横甚だしく、近藤たちは眉を顰める毎日。そんな芹沢に強く反発する丘十郎と大作。ある日、丘十郎はその芹沢の命で裏切り者の隊士の粛清に向かうのですが――その一人・松永主計に斬りかかられて反撃するも、とどめを刺せず見逃すことになります。
 しかし松永はその後息絶え、その娘・八重は、妖刀村雨を持つ浪人・仏南無之介を助太刀に、丘十郎を付け狙うのでした。

 幾度も傷つきながら必死に腕を磨き、沖田をも上回る腕となった末に、大作の助太刀でついに庄内を斬る丘十郎。しかし今度は土佐藩士たちから仇として付け狙われることになった丘十郎は、戦いの虚しさを痛感することになります。
 丘十郎の悩みを聞き、彼に一冊の洋書を貸す坂本龍馬。しかしそれを芹沢に奪われた丘十郎は、ついに堪忍袋の緒が切らし、大作とともに、芹沢のもとに乗り込むことに……


 生真面目で純粋、努力家肌の丘十郎と、天才だが飄々と得体のしれない大作――本作はこの二人の架空の隊士を通じて、初期から池田屋事件までの新選組を背景に描かれる物語です。
 敵役の一人として芹沢鴨が配置されるのは、この時期の新選組を描いた物語としては定番ではありますが――その一方で丘十郎に仇討ちという目的を設定し、それに絡んで様々な強敵が現れ、そして丘十郎の心境も変わっていくのが本作の大きな特色でしょう。

 そしてその中で浮き彫りとなっていくのは、戦いの空しさというべきものであります。
 仇討ちのために新選組に入隊し、執念で達人の域に達した丘十郎。しかしその過程では、彼は斬りたくもない人間を斬らされた上にその娘から仇呼ばわりをされ――つまりは自分と同じ立場の人間を生み出し――そしてようやく仇を討ったと思えば、今度は自分が大勢から狙われることになるのです。

 ひたすらに傲岸不遜で横暴な芹沢、武士として正々堂々と生きる近藤と、大人たちがそれぞれにある意味ブレない姿を見せる一方で、仇討ちといういかにも時代ものらしい大義を抱えながらも悩み苦しむ丘十郎の姿は、今の目で見てもなかなか新鮮に映ります。
 その一方で、妙に冷酷なようで丘十郎に優しく、超甘党で町のしるこ屋の常連という大作のキャラクターは、これはこれで面白く、今であれば絶対こちらのほうが人気が出そう出あります。

 閑話休題、先に述べたように、本作においては近藤はかなり格好良く描かれているのですが、しかし本作の中では決してその生き方が100%肯定されているわけではありません。
 それは先に挙げた本作の主題を思えば当然ではありますが、そんな彼に代表されるように、過去の幕末もののように悪役として描くのではなく、かといってヒーローとして描くのでもない新選組像は印象に残ります。

 本作が連載されたのは1962年、奇しくも現在の新選組観をある意味決定づけた司馬遼太郎の『新選組血風録』とほぼ同時期の作品――つまりは、新選組漫画の中ではかなり初期のものといえる作品であります。
 しかしその中で新選組という存在を、そしてそこから幕末という時代を一種客観視してみせたのは、さすがは――というのは褒めすぎかもしれませんが、新選組漫画が毎月のように刊行される今でも、一読の価値はある作品であります。


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2024.01.20

『戦国妖狐』 第2話「灼岩」

 灼岩の前から一旦退却し、断怪衆の僧に事情を尋ねた迅火たちは、灼岩が断怪衆によって生み出された霊力改造人間であり、暴走して生まれ故郷を滅ぼしたことを知る。文字通り灼岩を粉砕し元の姿に戻した迅火は、この事態を引き起こした断怪衆に制裁を加えるため、総本山に殴り込みをかけるが……

 今回からOP映像がつきましたが、そこでレギュラーとして顔を出している(人間の時の)灼岩の登場回。まさか前回から暴れまわってるアッザムみたいなのがツインテールの美少女になるとは思わない――というより因果関係が逆ですが、今回のメインとなるのは、ある意味この灼岩誕生にまつわるエピソードであります。

 断怪衆の霊力改造人間の素材として、とある農村で父親に売られ、改造直後に暴走・脱走して故郷の住民を親を含めて皆殺しにし、その後も道行く人々や追手を襲っていた――あまりに悲惨な設定の灼岩。その話を聞いて真介がシリアスに涙を流し憤る一方で、たまは脳天気なテンションで「後のことは我ら世直し姉弟に任せよ?」と言い出すので、こちらの感情をどの辺りに置いてみればいいのか、混乱してきます。

 この辺りの感情移入のしにくさというのはやっぱり本作の序盤にはどうしてもあって、たまは脳天気(の上に自分では戦わない)、迅火は中二病、真介は実力が伴わない、そしてある意味一番重い過去を背負っている灼岩はその部分の記憶を失っていると、誰に共感して良いかわからないというのはちょっと辛いな、と正直なところ思います。
 もちろん、断怪衆の実験が非道であることは間違いないのですが、今のところその辺りが当の断怪衆の口から語られるのみなので、そこもちょっと素直に怒って良いのかな、という複雑な気分になります。

 などと思いつつも、ここはやはり素直に真介に感情移入するべきなのでしょう。このアニメ版では、少しずつ描写を足すことで真介の印象を強くしていることは前回の紹介でも述べましたが、今回も、山中の総本山に向けて進む中で、さりげなく灼岩に手を貸す場面があったりと、人の良さを感じさせてくれます。

 しかし真介関連で今回一番印象に残るのはやはり、宿代代わりに薪を割りつつ、真介が灼岩の所業に想いを馳せるシーン(というか前回の素振りをしながら自分の過去を思い出すシーンといい、何か振り下ろしている時にほかのこと考える質なのかしら)でしょう。この部分はアニメのオリジナルですが、闇の姿に改造された灼岩が、金で自分を売った父や自分を迫害してきた村人たちを殺す場面を、直接描写するのではなく、音と流れる血等を通じて間接的に描かれることになります。
 特に父親のくだりは、(おそらくは知らずとはいえ)灼岩を化物呼ばわりし、腕には彼女を売った銭を抱えたままという姿で父が描かれ、次のシーンでは葉が舞い散る中で、重いものが振り下ろされる音と銭が散らばる音が響き、ややあって水路が真っ赤に染まる――という描写は出色であったと思います。
(ちなみにこの葉、もしかしてシャクヤクの葉だったりして、と思いましたが、葉の形を見た限りではさすがに考えすぎでした)

 その一方で削られたのは、総本山を前にして精霊転化のために迅火がたまの血を吸う、ちょっと妖しげなシーン。何となくこの辺りはウリなのかと思っていましたが、カットされたのはちょっと不思議……


 などと、今回も重箱の隅にばかり目が行ってしまいましたが、次回はおそらくアクションの連続、余計なことを考えている暇はないのではないかと思います。
 ちなみにコン会ちらりとシルエットで登場した野禅、年寄り声の津田健次郎はちょっと意外でしたが、これはこれで良いかと思います。


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『戦国妖狐』 第1話「我ら乱世を憂う者」

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2024.01.19

白川紺子『花菱夫妻の退魔帖 三』 怨霊を祓うこと 怨霊を理解すること

 大正時代を舞台に、幽霊を見る力を持つ鈴子と、先祖代々ある因縁を抱えた孝冬の花菱夫妻が、様々な幽霊にまつわる事件に挑む連作シリーズの好評第三弾であります。この巻では二人は花菱家の本邸のある淡路島を訪問。そこで幽霊を喰らう怨霊・淡路の君の正体を探る二人ですが……

 ある日突然、神職華族・花菱男爵家の当主・孝冬から求婚された瀧川侯爵の庶子・鈴子。先祖代々淡路の君なる怨霊に憑かれている孝冬は、幽霊を見る力を持ち、淡路の君に気に入られたらしい鈴子を妻に迎えようとしたのですが――幽霊にまつわる事件に巻き込まれるうちに、二人はそれぞれが抱える過去と悩みを知り、本当の夫婦としての絆を深めていくことになります。

 そして本作では、二人は花菱家で当主が先祖代々行っている神事のために、淡路島を訪れることになります。そこで二人が出会うのは、花菱家の分家の人々――孝冬の大叔父の吉衛と、その息子の吉継・喜佐夫妻、そして吉継の子である幹雄・富貴子兄妹であります。

 しかし幹雄と富貴子はともかく、他の人々は孝冬には複雑な、あるいははっきりと冷淡な態度を取ります。花菱家のルーツの地でありながら、孝冬にとってはアウェーでもある淡路で戸惑う鈴子ですが、立ち止まってはいられません。鈴子と孝冬には、淡路の君を祓うという大きな目標があるのですから。
 そのために、幹雄と富貴子の力を借りて、花菱家の過去を調べ、淡路の君の正体を見出そうとする二人。しかしその間にも幽霊絡みの事件に巻き込まれることに……


 これまでは基本的に東京を舞台としてきた本シリーズですが、本作の舞台は淡路。東京で生まれ育った鈴子にとってはほとんど異境のような場所ですが、しかし風光明媚な土地柄と(シリーズの密かな魅力である)食の豊かさは、なかなか魅力的に映ります。
 しかしその一方で人間の方はなかなかそうもいきません。特にいかにも旧家の(前)当主らしい頑迷な態度を見せる吉衛と、京の実家を鼻にかけた喜佐は、孝冬にことある毎に冷たい態度を取り、鈴子の、そして読者の神経を逆撫でしてくれます。
(もっとも、そういう要素を長く引き摺らないのも、本シリーズらしいところですが……)

 しかし本シリーズで時として人間、いや生者以上に印象的なのが、幽霊であります。ある意味その人間の生前の記憶が、場所や物に焼き付いた存在ともいえる幽霊。それだけにその姿は、人間の存在を、時として生前以上に強く示していると感じられます。
 本作に登場する幽霊たち――特に第一話に登場したどこか奇妙な幽霊などは、の点が色濃く感じられ、複雑でどこかもの悲しい人間関係を浮き彫りにすることになります。その姿を見ていれば、鈴子が幽霊もまた一人の人間として扱い、救うために奔走するのが、よく理解できるほどに。

 しかし、そんな幽霊の、そして鈴子の天敵というべき存在が淡路の君であります。幽霊を自らの餌として容赦なく喰らってしまう淡路の君――彼女に喰われた幽霊は、成仏や解放といったものとは無縁に、ただ消えてしまう、まるで最初からいなかったのように存在を抹消されてしまうのですから。
(しかし力で幽霊を祓う術を持たない鈴子たちにとって、危険な怨霊に抗するには淡路の君の力を借りるしかない、というのも皮肉な事実なのですが……)

 そんな淡路の君を祓わんとする二人。しかしそれが容易いものではないことも言うまでもありません。そしてこれまで二人がそうしてきたように、幽霊を祓う――解放することが、相手を理解することと背中合わせであることを思えば、まず淡路の君のことを知らなければならないのです。

 そこで、かねてより花菱家の歴史に興味を持って調べてきた幹雄とともに、調査を始める二人ですが――その中で、淡路の君の「正体」の手がかりが少しずつ浮かび上がり、それを手がかりに推理が積み上げられていく過程が、素晴らしく面白い。
 幽霊や怨霊といった存在とはまた別の意味で、このくだりには強烈に伝奇性というものを感じさせられたところです。


 そしてその中で鈴子がたどり着いた一つの「答え」――それが正しいかどうかはまだわかりませんが、間違いなくそれは、鈴子でなければたどり着けなかったものでしょう。それがこの先、物語に何をもたらすのか、それも大いに楽しみであります。
(そしてこの「答え」はもしかすると、本作にも姿を見せた、あの集団に関わる者の行動にも繋がっているのではないか、などとも考えてしまうのですが……)


『花菱夫妻の退魔帖 三』(白川紺子 光文社キャラクター文庫) Amazon

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2024.01.18

「コミック乱ツインズ」2024年2月号(その二)

 今年最初の「コミック乱ツインズ」2月号の紹介の続きです。

『風雲ピヨもっこす』(森本サンゴ)
 シリーズ連載の本作ですが、ここ数回、やたらと印象に残るのが、ピヨ一家(?)の母・ピヨでっぷりの存在。ピヨもっこすの様子を見に行った家族が戻ってこないのに業を煮やして自分もやってきたピヨでっぷりですが、今回はその彼女とピヨもっこすの京見物――といっても当然ながら平和に終わるはずがありません。
 押し込み、拐かしと物騒極まりない京ですが、そんな悪党たちよりも一目でより物騒とわかるピヨでっぷりの暴れっぷりが実に素晴らしい。特に三人の押し込みを相手にしてのアクションは、わずか一ページ、いや実質三コマの中で激しい動きを感じさせるもので、漫画表現というもののセンスを感じさせてくれます。

 しかし確かにピヨ一家のサイズ感は謎――女性の方が体が大きくなる種族なのかしら。


『江戸の不倫は死の香り』(山口譲司)
 不義密通が毎回悲惨な結末を招く様を描くエロ残酷物語というべき本作――今回冒頭で描かれるのは、古道具屋を訪れて刀を探す冴えない中年の男。店の主人が出してきた刀を手にした男は、その刀を抜くと――という、見るからに不穏な場面から始まります。
 そして時を遡って描かれるのは、この男、水油商・越後屋の主人・大介の物語。十三歳年が離れた女郎・お兼を妻に迎えた大介ですが、真面目で気が弱く、男っぷりも悪い大介にお兼が満足するはずもなく――と、見ているだけでお腹が痛くなる展開であります。

 そしてその果てに冒頭に繋がるわけですが――基本的に不義密通の果てに人殺しをして獄門、というパターンが多い本作。たまには違うパターンを見たいと思っていましたが、こういうのじゃない、こういうのじゃないんだ……! と心をかきむしられるような結末であります。


『真剣にシす』(盛田賢司&河端ジュン一・西岡拓哉/グループSNE)
 大坂城での大塩平八郎との勝負もいよいよスタート、カードゲーム「蔵騒動」での対決が始まります。
 金・銀・陶磁器・米・銃・酒の六種類の品札を手札・場札にして行われるこのゲーム、要はそれぞれ点数が設定された品札をできるだけ集めて、より高い点数を集めれば勝ち――ではありますが、この場合非常に面白いのは、ゲームで取った品札と同じものをもらうことができる、という点でしょう。
(ちなみに今回の勝負、ちょっと手札と場札の区別が付きにくいところを除けば比較的状況もわかりやすく、ルールの複雑さもちょうど良いくらいで、これまでのゲームの中でも出色かと感じます)

 相手のプレイヤーが大塩平八郎とくればなんとなく想像できますが、彼が狙うのは金と米と銃――ゲームに勝つだけでなく実際に蜂起のための物資までもらえるのですから、彼にとっては一挙両得でしょう。というか、ルール紹介の時点からそんな気がしていましたが、これはどう考えても主催者が大塩を煽っているのでは……
 審判のビジュアル的に京の香りがしますし、天下博徒御前試合を利用して倒幕とか企んでない? といささか心配になってきました。

 それはさておき、ゲームは大塩優勢、それどころか大塩にスカウトされてしまった夜市ですが、今回わざわざ酒の札を集めているのは、前回の描写合わせて考えれば、もちろん伏線なのでしょう。さて、それが次回炸裂するのか?


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 案外楽勝かと思えば激戦が続く三村元親戦、父子ともどもに苦しめられる形になった直家ですが、謀略家の常か、正面からの力押しに弱いということでしょうか。
 もっとも、彼は一人で戦っているわけではありません。昔から彼を支えてきた異母弟・忠家――普段は兄の言動のツッコミ役、というより不用意なことを口にして粛正されかけ役というべき彼が、ついに本領を発揮するようですが……

 直家と対照的な存在として描かれてきた三村元親もこれから前面に出てくるものと思われますし、まだ一山二山はありそうです。


 次号は表紙が『前巷説百物語』、巻頭カラーが『江戸の不倫は死の香り』とのことです。
(しかし今号、いわゆる剣豪が主人公の作品が『鬼役』のみというのが、ある意味本誌らしくてなかなか印象的ではあります)


「コミック乱ツインズ」2024年2月号(リイド社) Amazon


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「コミック乱ツインズ」2024年1月号

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2024.01.17

「コミック乱ツインズ」2024年2月号(その一)

 先日1月号が出たと思ったらもう2月号――と、正月が終わったことをしみじみと感じる、今年最初の「コミック乱ツインズ」2月号であります。表紙は『そぞろ源内大江戸さぐり控え帳』、巻頭カラーは『玉転師』、そして新連載は『前巷説百物語』であります。今回も印象に残った作品を一つずつ取り上げます。

『玉転師』(有賀照人&富沢義彦)
 というわけで久々登場の『玉転師』、今回の舞台は江戸を離れて安房白浜――現代でも名物として知られるあわびを巡るお話であります。
 仕事で安房白浜にやってきたものの、あわびを食べたくて仕方がない十郎。しかしあわびは売り切れで落ち込んでいたところに、通りすがりの海女の娘・潮にあわび取りを頼むも――と、結構ツンデレな潮との出会いから、玉転師たちが動くことになります。

 玉転がしが女性を売り飛ばして金を得る稼業なら、玉転師は女性を磨き上げて本人も買い主も(もちろん自分たちも)満たされる稼業。それだけにその売り方・買い方も一通りではありません。今回の結末は特にそれを感じさせますが、美人になりました、好きな人と一緒になりましたというだけでない、自己実現の姿を描いているのに納得いたしました。
 心なしかこれまでよりも力が入って見える描線も印象的で、久々の登場に相応しい回であったかと思います。

 しかしあわび料理――絶対やるとは思いました。


『前巷説百物語』(日高建男&京極夏彦)
 新連載の本作は、久々登場の『巷説百物語』シリーズ――第四作の漫画化であります。原作は京極夏彦、そして作画を担当するのは言うまでもなく日高建男――これまでシリーズを『後巷説百物語』(の前半)まで漫画化してきた、この人しかいないという組み合わせであります。

 日高版の又市は、御行姿も決まったクールなイケメンという印象で実に良かったのですが、『前』では御行になる前の「双六売り」の又市。はたしてどんな姿かと思えば、これが実に威勢だけはいい口先だけの若造感溢れるキャラクター。又市も昔はこんな感じだったのかと感慨深くなります。
 そして顔といえば次々と登場するキャラクターたちも印象に残ります。日高版では初登場の長耳の仲蔵(アニメ版の印象が強いですがこれはこれで)、角助、そして林蔵――って林蔵、『巷説百物語』で登場した時と全然顔が違う! 一体何があったんだ林蔵(この後あるんですよ)というのはともかく、それぞれ「らしい」ビジュアルで楽しませてくれます。
(ちなみに顔といえば、おちかさんのビジュアルがまた絶品なのですが――この先のことを考えるとちょっと……)

 物語は顔見せ&導入編ですが、四度も身請けされた女という魅力的な謎を語っておいてのこの引きは、この先がやはり楽しみであります。


『ビジャの女王』(森秀樹)
 まだまだ続くビジャへのモンゴル軍の総攻撃――三本の攻城塔の一つは倒したものの、残る二本はまだまだ健在。そして対攻城塔の切り札と思われた弩砲は、門から出てきたらすかさず突入するという、結構プリミティブなモンゴル軍の戦法に封じられた形で――と、双方膠着状態であります。

 もちろんインド墨者がこの事態を予想していないとは思えず、残る四人の墨者が陰で動いているはずなのですが――それはまだまだ見えません。そんな状況で印象に残るのは、だいぶ復活した様子のブブとジファルの会話であります。
 先に描かれた過去編を踏まえて、ブブ・ジファル・ラジンの奇縁を語るジファルですが――何を想うかブブが黙して語らぬのに対して、色々と複雑な内面を見せ、そして何よりもブブに対する言葉使いが丁寧なものに変わっていく彼の姿は、注目に値します。

 そして奇縁のもう一人、ラジンも一歩も退かぬ構えですが……


 次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2024年2月号(リイド社) Amazon


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2024.01.16

田中啓文『医は仁術というものの 十手笛おみく捕物帳 二』

 ぴーひゃらとにぎやかで痛快な、捕物活劇の待望の続編であります。普段は飴売り、しかし事件が起きれば不思議な十手笛を手に目明かしとして活躍するおみくの物語、今回は人形浄瑠璃と歌舞伎の全面対決の間で起きた人形による歌舞伎役者殺し(?)を描く中編をはじめとする、二編が収録されています。

 数年前に目明かしの父を何者かに殺され、病身の母・ぬいを、笛で客寄せをする飴売りで養うおみく。ある時、彼女は父をはじめとする人々を殺めてきた「見越し入道」の存在を知ることになります。
 ぬいや老同心・江面可児之進、そして先祖代々伝わる仏像の中にあった十手笛から現れた謎の精霊・垣内光左衛門らに助けられ、見事に見越し入道の正体を暴いた彼女は、それからも十手笛を手に事件に挑むことに……

 という基本設定の本シリーズですが、本書に収録された中編「鬼小町譽華十手」は、外題調のタイトルにも表れているように、大坂の演劇界を舞台とした、なかなかにユニークなエピソードであります。

 ある日飴売りの最中に、女目明かしを名乗る女性が、男たちとにらみ合っているところに出くわしたおみく。同業の存在に喜びつつ助太刀に馳せ参じてみれば、実は彼女は人形浄瑠璃作者の横縦衣織――女目明しを主人公とした人形浄瑠璃「鬼小町譽華十手」の狂言を書くため、立ち回りを工夫していたという彼女に、おみくは協力することになります。

 しかし、完成した衣織の台本が、手違いで歌舞伎の座頭・大谷雉右衛門引き渡されてしまったことで大騒動が起きることになります。「鬼小町譽華十手」を上演するのは人形浄瑠璃か歌舞伎のどちらなのか――お互い一歩も譲らぬ言い争いはエスカレートしていきます。
 ついに荒っぽい人間の多い歌舞伎側が人形浄瑠璃の芝居小屋に乱入、売れっ子役者の嵐烏三郎が、人形を刀で斬るという事件が発生。件の人形を持って直談判に乗り込んだ人形浄瑠璃の座長・竹本色太夫を鼻であしらった烏三郎ですが――あろうことかその後、人形の頭が載せられた彼の死体が発見されて……

 という、あたかも人形に役者が噛み殺されたかのような、怪奇風味の殺人事件を描くこのエピソード。しかしそれだけでなく、ミステリとしてもきっちり面白いのが心憎いところであります。

 憎まれ役のボンクラ同心・斧寺伊右衛門に下手人と決めつけられて捕らえられた色太夫。どうしてもそれを信じられないおみくは、彼のアリバイを立証するために奔走することになります。
 はたして色太夫のアリバイは立証できるのか。地道な捜査から真実が浮かび上がっていくのですが、しかしそれがなんと――とここから先はちょっと書けないのですが、ミステリとして、おっ! といいたくなるような仕掛けが用意されているのに驚かされました。

 そしてそれと負けるとも劣らぬこのエピソードの魅力は、当時の大坂の人形浄瑠璃と歌舞伎を取り巻く状況と、それを受けての演劇人たちの想いの描写にあると感じます。
 かつては歌舞伎と比べものにならない人気を誇ったものの、今では逆転され、凋落の一途を辿る人形浄瑠璃。今は人気を独占しているものの、演目がマンネリ化し、人気役者も江戸に取られて下り坂となった歌舞伎――そんな状況を変えようとする人々の意地のぶつかり合いが、物語の背景にはあります。

 そんな意地の掛け違いが悲劇を生み、そして史実をなぞった些か物悲しい結末を迎えることになるのですが――しかしその先にもう一つの史実を描くことで希望を見せるのにもグッとくるところです。


 もう一編の表題作「医は仁術というものの」は、廻船問屋の主人がスズメバチに刺されて死んだことから始まる事件を描きます。

 このエピソードの縦糸横糸になるのは、かつて同じような形で人が死んだ際に、事件性を立証できなかった苦い過去を持つ江面可児之進の姿と、ぬいの治療をきっかけにおみくが出会った二人の対照的な医者の存在。
 ミステリ的にはトリックはストレートなのですが、そこにいくつもの人の情を絡め、サブタイトルに収斂させてみせるのは、さすがというべきでしょう。


 今回の二つのエピソードは、いずれも人死には出るものの、それでもどこかカラッとした味わいを感じさせます。それはもちろん、明るくにぎやかなおみくのキャラの妙と、作品にその彼女の成長物語としての味わいがあるからでしょう。
 正直なところ、今回は垣内光左衛門の出番が少ない(もちろん要所要所でいい仕事をするのですが)のがちょっと残念ではありますが、こちらは次回に期待するとしましょう。


『医は仁術というものの 十手笛おみく捕物帳 二』(田中啓文 集英社文庫) Amazon


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2024.01.15

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第15巻 帰駿の最大の敵は龍王丸自身!?

 時代の情勢に、周囲の思惑に振り回されてきた新九郎ですが、またもや転機が、それも大きな転機が訪れます。いよいよ帰還することになった甥の今川龍王丸の後見人として、駿河に向かう新九郎。しかし長らく離れていた者が容易く受け入れられるはずもなく、そして龍王丸本人も問題だらけで……

 役を得た次にはついに結婚し、さらに嫡男にも恵まれた新九郎。家庭内はまず円満ですが――しかし家庭といえば問題は同じ姉の子・龍王丸の帰駿であります。
 父・義忠を早くに失い、家中を二分する争いの末に、母親ともども新九郎、というか京の伊勢家を頼ってきた龍王丸。そんな彼も元服ともなれば、いよいよ駿河に戻り、駿河守護の座を継ぐことになります。

 とはいえ、そもそもの京に出てきた事情を考えれば、帰還が諸手を挙げて賛成されるはずもないのは、もちろんの話。彼が成人するまで家督代行してきたのは小鹿新五郎範満――本人は野心がないとしても、彼の与党が黙っているはずがありません。
 もっとも、不利な点ばかりではありません。義忠の死の直後には様々な形で干渉してきた扇谷家や堀越公方ですが、あれから周囲の状況も様々に変わりました。何よりも、最大の強敵であり新五郎の後ろ盾であった太田道灌が前巻のラストで退場した今、「敵」の勢力は大きく減じたといえるでしょう。

 ――が、ここで最大の障害となるのが龍王丸自身だったとは! これまでも物語の中で、折に触れてマイペース――というより何を考えているのかわからない姿が描かれてきましたが、それが収まるどころか、むしろ帰駿を怖がるのですから、武家の長としては大問題であります。そしてそんな彼の姿は、駿河に帰り家臣や土地の武士たちと対面した時も全く変わらず……


 冒頭に触れた通り、伊勢新九郎の生涯において、大きな転機となる今川龍王丸を奉じての駿河入り。甥云々を抜きにしても、一国の守護の座を左右する立場は、これまでで一番の大きなお役目と言ってよいでしょう。

 しかし駿河入りする以前に、まず京を離れるだけで一苦労。何しろ今や新九郎は将軍義尚の申次という歴とした役付き、勝手に休んで駿河に行くわけにはいきません。
 この辺り、社会人としては身につまされる話ですが、それだけではありません。将軍という座に強いこだわりを持つ義尚の場合、自分に仕える新九郎が、ある意味「私事」で駿河に行くことを面白く思わないという状況があるのですから。

 実際、目の上のたんこぶであった大御所・義政の存在だけでなく、将軍位を別の者にすげ替えようという動きが義尚の周囲にはあったわけですが――ここでその張本人である細川政元が絡んでくるのが面白い。
 新九郎とも面識のある堀越公方・足利政知の子を次の将軍位に据えようと目論む政元。政知とのいわば繋ぎとなることを条件に、その政元の口利きで新九郎はようやく駿河に向かえることになります。

 本作はこれまでも、中央が中央だけで、地方が地方だけで存在しているのではなく、その複雑な相互作用の中で両者が存在する様を折に触れて描いてきました。そして都と駿河(あるいは都と領地の荏原)の間で頭を悩ます新九郎の姿は、その象徴といえます。
 どうしても駿河一国の行方を巡るエピソードとして捉えてしまう今回の展開ですが、しかしやはり駿河だけで収まる話ではなく、中央の動きとも直接・間接的に関わるものであった――それを新九郎が京を離れるくだりを通じて描いてしまうところに、本作の巧みさと面白さがあると、一体何度目かわからない感心をしてしまうのです。


 いや、本作の中で相互作用するのは中央と地方だけではありません。もう一つ本作において核となるのは伊勢家――つまりは家族・一族であります。
 これまでは伊勢家の中でのそれが描かれてきましたが、新九郎と龍王丸を繋ぐのが、主従関係ではなく血縁関係であることを思えば、新九郎の駿河入りにも、この要素が大きく作用していることは間違いありません。

 実際、新九郎が龍王丸の煮えきらない――というより客観的に見ればやはり「うつけ」にしか見えない態度に頭を悩ませる姿は、将来の守護を支える後見人というより、甥を教育する叔父として映ります。
 以前も感じましたが、これまで教えられる側だった新九郎が、教え育てる側に回っているというのには一つの感慨があるのですが――それがうまくいくとは限りません。

 どうやら龍王丸としてもそれに応えようとしているようですが、はたして彼のやる気がこの先ポジティブに働くのか。既に彼を挟んで、新九郎を含めた大人たちはついに刀を抜いてしまったのですが……


『新九郎、奔る!』第15巻(ゆうきまさみ 小学館ビッグコミックススペシャル) Amazon


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2024.01.14

鳥羽亮『剣狼の掟』 剣豪が人を斬る者であった頃の物語たち

 今なお時代小説界のトップランナーの一人である鳥羽亮の、比較的珍しい短編を集めた作品集であります。作者のシリーズキャラクターによるハードな剣豪小説を中心とした全五編が収録されています。

 1990年に江戸川乱歩賞を受賞、デビュー当初の現代ミステリから、1994年の『三鬼の剣』以降は剣豪ものを中心に、時代小説で活躍を続ける鳥羽亮。ここしばらくの時代小説界のトレンドを反映してか、長編(連作短編)が圧倒的割合を占める作者ですが、本作はその中でも独立した作品、シリーズの外伝的作品を中心に収録されています。

 個人的に楽しみにしてたのは、なんといっても「人斬り佐内 秘剣腕落し」――タイトルだけでピンとくる方もいるかと思いますが、昨年大団円を迎えた高瀬理恵による漫画『暁の犬』の原作『必殺剣「二胴」』と主人公を同じくする物語です。

 江戸で相次ぐ、腕を斬られた辻斬り事件――それが自分の富田流居合術の秘剣・腕落しを意識したものではないかと考える道場主と刺客の二つの顔を持つ小野寺佐内。その前に現れた材木問屋を名乗る男・藤兵衛は、正規のルートを経由せずに佐内に高砂の森蔵なるやくざの親分を斬るよう依頼するのでした。
 依頼が深川を巡る縄張り争いに関するものと知った佐内は、かつて道場を訪れた一刀流の使い手・斎藤十左衛門が辻斬りの下手人であり、森蔵側に雇われているものと推測。首尾良く森蔵は斬ったものの、十左衛門が現れなかったことに不審を抱く佐内ですが……

 『必殺剣「二胴」』に先立つ1995年に雑誌掲載され、アンソロジーに収録された本作。よく読むと「二胴」とは別ユニバース(?)の物語なのですが――佐内の面倒を見る口うるさいおしまや、名前のみの登場ながら益子屋の存在、そして下戸で役者のような風貌の佐内と、馴染みのある設定となっています。
 そして何よりも、剣で人を斬る刺客を生業とすることに半ば自嘲的でありながらも、剣客としての意地と闘志を失わない佐内のキャラクターは、この時点で完成していることがわかります。(おそらくは本作がパイロット版的位置づけなのでしょう)

 そして物語の方も、作者の初期の作品らしく、ミステリ的な一ひねりも二ひねりもある内容。はたして辻斬りは十左衛門なのか。何故彼は現れなかったのか。そして彼の秘剣・鳥影と腕落しの対決の行方は……
 剣客としての決闘に加え、刺客としての落とし前をつける佐内の姿も印象的で、ハードボイルドともノワールともいうべきハードな物語であります。
(そしてこれも同じ作者で漫画化してもらいたい……)


 その他印象に残ったのは、市井の試刀家にして介錯人(時々刺客)でもある狩谷唐十郎が登場する「首斬御用承候」。唐十郎は長編主体の「介錯人・野晒唐十郎」シリーズの主人公ですが、本作は独立した短編です。

 名刀の収集家である幕府の役人・横瀬外記から、養女を連れて逃げた家臣・八郎左衛門を斬ってほしいと依頼された唐十郎。しかも外記の持つ備州長船で、という条件に違和感を持ちつつも、唐十郎は心隠刀流の達人である八郎左衛門と対決することに……
 そんな剣客同士のハードな対決に加え、複雑な人の心理に彩られた、ひねりの入った物語展開が魅力の本作。そしてその中で、介錯人にして試刀家という立場から意地を貫く唐十郎の姿が、痛快ですらあります。

 また、2016年発表と収録作中一番新しい「怒りの簪」は、山田浅右衛門の高弟・片桐京之助が、首を斬ることになった死罪人の女から、激しい怒りの言葉と共に簪を託されたことから始まる物語。
 真相自体はあまり意外ではありませんが、そこにたどり着くまでの丹念な積み重ねと、その上で京之助が選ぶある意味スマートな決着の付け方が、印象に残ります。


 その他、実在の剣豪・秋山要助を主人公にした『剣狼秋山要助 秘剣風哭』の一編であり、宿場町で泥臭く殺し合う剣客たちを描く「剣狼」、時代ミステリ『波之助推理日記』の一編であり、相次ぐ幽霊の出現と大金の盗難の謎を解く「幽霊党」の、全五編が収録された本書。
 ここしばらくのトレンドでは、剣豪ものもだいぶマイルドになった印象がありますが(「怒りの簪」の内容はそれを踏まえたものといえるかもしれません)、それ以前の昏くギラギラとした剣豪ものを――剣豪が人を斬る者であった頃の物語を、久々に見せてもらった思いです。


『剣狼の掟』(鳥羽亮 角川文庫) Amazon


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2024.01.13

美谷尤『鉄腕ザビエル』第1巻

 おそらくは日本で最も知られている宣教師フランシスコ・ザビエル。戦国時代の日本にキリスト教を伝えたこのザビエルが、超人的な肉体を持った男だった、という設定で繰り広げられるギャグ(?)漫画であります。日本人青年アンジロウが見た、ザビエルの真実とは……

 戦国時代の堺で配下を連れて練り歩くうつけ者・信長。火縄銃に目を留めて買い入れた信長に対し、そこに居合わせた一人の南蛮人は、「剣を持つ取る者は皆剣で滅びる」と説くのでした。
 生意気な、とその南蛮人に対して信長が十丁もの火縄銃を向けた次の瞬間――南蛮人がその拳で大地を打てば、砕かれた土塊が信長や兵たちを吹き飛ばしたではありませんか!
 そう、その南蛮人こそはフランシスコ・ザビエル――厳しい修行を積んだイエズス会の猛者たちの中でも、その膂力を以て知られた豪の者であります。

 そして彼の通訳を務めるアンジロウがザビエルに出会ったのは、遡ること四年前、マラッカの教会での結婚式。そこでザビエルが見せたのは、壊れた椅子を空気椅子でしのぎ、花嫁を奪いにやってきた幼馴染を遠くに放擲し、サイズ違いの指輪を握力で縮め、そして天高く飛び上がると落雷を受け止め――明らかに常人ではない行動でありました。

 そんなザビエルを怪しみ、監視のために彼と行動を共にするうち、布教のためにザビエルと薩摩に上陸したアンジロウ。そこでは島津家を二つに割った合戦の真っ只中――その最中で、図らずも貴久の勝利に貢献してしまったザビエルは、貴久に歓待されるのですが……


 キリスト教を日本に伝えたという業績もさることながら、教科書に載っているあの(誰もが落書きしたくなる)肖像画のインパクトで、多くの人の記憶に残るザビエル。
 本作は、そのザビエルが異能の持ち主だった――というより、力こそパワーの人だったという、ある意味設定の時点で勝利している作品であります。
(ちなみに本作のザビエルは頭頂部を剃ったトンスラにしていませんが、件の肖像画自体後世のもので、正確性については疑問符がついている、ということで)

 元々、本作にもちょこちょこ顔を出す創始者イグナチオ・デ・ロヨラの前半生が軍人だったこともあり、イエズス会は体育会系のノリが強い組織。その特徴である「霊操」が、「体操」で身体を鍛える如く、霊魂を鍛えるべし、という概念であることからも推して測るべきでしょう。
 そしてキリスト教が伝わっていない≒西欧人が足をあまり踏み入れていない地は、何かと危険が大きいことは言うまでもありません。そこで本作のロヨラのように、「宣教師こそが最強でなければならない」という主張が生まれるのも、まあ理解できます。

 が、本作のザビエルはある意味その言葉を忠実に実現してしまった男――地を割り、空を駈け、海(上)を走る、先に述べたように超人的な肉体の持ち主なのであります。そんな彼が、戦国時代の日本という修羅の国に解き放たれたのですから、これはただですむはずがないでしょう
 それも(これは史実通りですが)よりによってあの島津の領地に……


 というわけで、バイオレンスでナンセンスなザビエルの空気を読まない活躍ぶりに、アンジロウ同様ただただ驚かされる本作ですが――正直なところ、まだノリが中途半端という印象があるのも事実ではあります。

 (これは個人の趣味の問題かもしれませんが)現実世界に超人を放り込むのであれば、それはあくまでも限られた存在であってほしいものですし、そしてその超人性にも、一定の理屈はほしいと感じます。
 その意味では、島津貴久がザビエル並みの膂力を誇るのはともかく、(馬というブースターありとはいえ)ザビエルと互角に空中戦を演じるのはどうかなあと思いますし――海上走りの時に付された、無茶苦茶ながら現実に即したロジックをもっと見せてほしいと感じるのです。

 ザビエルの日本で最初に洗礼を行ったベルナルドがさりげなく(?)登場したりと、史実を踏まえてニヤリとさせられる部分は嬉しいのですが、現実は現実として描いたほうが、より本作のザビエルの暴れっぷりが楽しめるのではないか――そう感じたところです。


『鉄腕ザビエル』第1巻(美谷尤 講談社コミックDAYSコミックス) Amazon

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2024.01.12

『戦国妖狐』 第1話「我ら乱世を憂う者」

 時は永禄七年、妖狐・たまと仙道・迅火が野武士を撃退するのを目撃した自称・武芸者の青年・兵藤真介。野武士集団・鬼兜組に乗り込んだ三人は、頭領が闇(かたわら)であることを知るが、迅火はこれを精霊転化の術で倒す。旅を続ける三人は、巨大な岩の闇と僧兵集団・断怪衆の戦いに遭遇し……

 2008年から2016年まで連載された水上悟志の『戦国妖狐』が、八年後にまさかのアニメ化であります。しかも三クール構成で全編アニメというのにも驚かされますが、後半にいくにつれて尻上がりに面白くなる作品だけに、最後まで映像化が決まっているのは欣快の至りです。

 というわけでスタートしたアニメ第一話は、原作の第一話・第二話をほぼ忠実に再現。といってもここしばらく流行の(?)原作から一言一句変えないというものではなく、おそらくは今後の流れを踏まえた描写の追加等のアレンジが行われているのに好感が持てます。

 そしてそのその描写の中心となるのが、真介の視点・内面の追加であります。原作ではたま・迅火と野武士の対峙から始まった物語ですが、本作ではその前に野武士たちの姿を真介が窺う姿からスタート。そこから上記の場面を目撃するわけですが、これはある意味本作においては(特に冒頭部分では)読者視点の人物として存在していた真介の存在を、意識したものといえるかもしれません。
 また、夜中に宿の外で刀を振っている場面に彼の過去の一部が挿入されるのも原作ではなかった部分(そもそも原作ではここでは刀を振るポーズで昼間のことを思い出していただけ)であり、常人であれば恐怖を抱くような闇の世界に強く興味を抱く様子があったりと、少しずつではありますが、彼のキャラクターを掘り下げている印象があります。

 正直なところ、原作冒頭の真介は、上記のとおり読者目線の人物ではあるものの、周囲に比べれば能力的にあまりに弱く、またたまと迅火がえらくマイペースなキャラであることもあって、身も蓋もないことをいえば、足手まとい感が強くありました。
 実はこの先、特に第二部に当たる「千魔混沌編」ではほとんど彼の存在が物語の鍵となることもあって、その辺りからの逆算での描写なのではないか――というのはこちらの勝手な想像ではありますが、当たらずとも遠からずではないかと思います。
(というよりリアルタイムで原作を読んでいた時は、この頃の真介は本当にどこに転んでいくかわからない、また感情移入もしにくいキャラであったわけで……)

 その一方で、たまと迅火の描写は大して変わっていない印象で、原作通り鬼兜組の頭領(の兜に隠れた闇)を精霊転化で叩き潰したり、それなりに経験を積んでいそうな断怪衆二人(というかこの二人も今後長く登場するのでした)がかりで抑えられない灼岩に挑んだりと元気に暴れていますが――いま観てみると、たまのある種脳天気な理想主義も、迅火の厨二病的な態度も、この先待つものに比べれば井の中の蛙だったのだよなあと思うと、それなりに味わい深くあります。

 そして暴れるといえば、アクションや術の描写などはかなり頑張っていた印象(真介を逃がすために蹴りを入れる断怪僧の描写が妙に細かくておかしい)でしたが、この辺りは第1話であればある意味当然ではあるので、この先どれだけペースを保っていけるかというところでしょう。
 もう一つ、時代アニメとして見た本作ですが――永禄七年という設定が具体的な意味を持ってくるのは、この先の第二部に入ってからなので、そこは今のところ気にしなくてよいのかな、と思います。


 しかし久々に見ると、灼岩はこんなに早く出ていたのだなあ――と感慨深くなったり
(まさかこれが後に真介の○になるとは……)


『戦国妖狐 世直し姉弟編』上巻(フリュー Blu-rayソフト) Amazon


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2024.01.11

宮本福助『三島屋変調百物語』第2巻

 宮本福助による、宮部みゆきの『おそろし 三島屋変調百物語事始』の漫画化、第二巻であります。おちかが聞き手となって始まった奇妙な百物語のうち、この巻では「凶宅」の中盤以降と「邪恋」全編を収録。そこでおちかは聞くだけでなく、ついに自ら語ることに……

 ある事件をきっかけに、実家を離れて叔父の伊兵衛が営む江戸の袋物屋・三島屋に身を寄せるおちか。ある日、伊兵衛の代わりに来客の応対をすることになったおちかは、そこで曼珠沙華を異様に恐れる客の過去に秘められた物語の聞き役となります。
 その出来事をきっかけに、不思議な話を知っている人間を集めて、おちかに相手から話を聞かせる場を作ると言い出した伊兵衛。戸惑いを感じながらも、その最初の客を迎えたおちかですが……

 という形で、ついに始まった三島屋変調百物語。しかしその最初の物語「凶宅」の時点で、大きな波乱を招くことになります。

 その最初の語り手であるおたかという美しい女性が語るのは、かつて自分が経験したというお化け屋敷の物語であります。
 ある日偶然足を踏み入れた屋敷で、番頭から珍しい木製の錠前の鍵をこしらえてほしいという依頼を受けたおたかの父で錠前直しの辰二郎。彼から相談を受けた錠前職人の清六親方はその錠前を預かるも、何かに取り憑かれたようになった末に、錠前を火に焼べてしまうのでした。

 その謝罪に屋敷を訪れた辰二郎は、そこで番頭から、思わぬ提案をされることになります。一年間、一家でこの屋敷に住んでくれれば百両やろう、と。周囲からは反対されながらも、百両という大金に動かされた辰二郎に引っ張られ、その屋敷に住むことになったおたかたちでしたが……

 と、明らかに危険で異常な状況に、おちか同様、読んでいるこちらも身構えてしまう物語ですが、おたかの語りは思わぬ結末を迎えることになります。しかしもちろん物語はそこで終わりではありません。おちかに対しておたかが告げる言葉をきっかけに、物語は思わぬ方向に向かっていくのですから。

 この先については詳細は伏せますが、ここで語られるのは、幽霊屋敷もの怪談でも有数の恐ろしさを持つ、時代劇版シャイニングともいうべき物語――あまりにも恐ろしく忌まわしい物語であります。
 そして原作の時点で猛烈に怖いこの「凶宅」ですが、本作は内容を原作に忠実に描きつつ、しかしそれ以上の恐ろしさを加えてみせます。それを生み出したのは人の表情――第一話の「曼珠沙華」でも唸らされたその描写が、本作においても存分に活かされているのであります。

 特に原作では特に怖いと思わなかったある部分が、そこで表情を描かれると爆発的に恐ろしいものとなる――ほとんど不意打ち状態のそのシーンには、思わず涙目になってしまったほどであります。


 そしてこの表情の妙は、続く第三話「邪恋」において、さらに効果を発揮することになります。おちかが聞き手ではなく語り手として登場するこのエピソードは、冒頭からほのめかされてきた彼女の過去に起きた事件――彼女の心に消せない傷を残した事件を描くことになります。

 川崎宿の旅籠・丸千の娘として生まれ育ったおちか。彼女の周囲には兄の喜一と、幼い頃から共に育ってきた松太郎がいました。
 ある寒い冬の晩、街道沿いの斜面に引っかかっていたところを助けられた松太郎。己の過去の事をほとんど全く語らないものの、丸千で家族同様に遇されてきた彼に、おちかは恋心を抱いていたのですが――しかし同じ宿の旅籠の息子・良助との縁談が持ち上がった時に、彼女は家族の真意を知ることになるのです。

 特に超自然的な出来事が起きるわけでもないこの「邪恋」ですが、しかしそこでは時にそれよりも遙かに恐ろしい人の情――それも悪意などではなく、時に善意とすら見えるものの存在が描かれることになります。
 この辺り、原作者が得意とするところではありますが――本作はそれが静かに積み重ねられた末に、ついに不幸な形で爆発する様には震えが来るばかりであります。

 しかしそこにあるのは恐怖だけではありません。同時に強くこちらの心に突き刺さるのは、どうしようもない哀しみ――ふとしたすれ違いから取り返しのつかない状況に追い込まれていく人間という存在への哀しみであります。
 特にここでのもう一人の主人公というべき、松太郎が終盤で見せる表情たるや……


 というわけで、とにかく今回も圧倒されるばかりだったこの漫画版。原作は残すところあと二話ですが、そのクライマックスを如何に描くのか――いよいよ期待は高まるばかりなのです。

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2024.01.10

木原敏江『完全版 白妖の娘』(その二) あくまでも己の足で立ってみせた二人の物語として

 木原敏江の現時点の最新作である、『白妖の娘』の完全版の紹介の後編であります。旧版に加えられた286ページもの描きおろし。それはどの部分かといえば……

 ここで我ながら酔狂にも各話のページ数を比較してみたのですが、描き下ろしの大半となる260ページ弱は、完全版の下巻に集中――それも旧版の最終巻に収録された5話分のページ数は、第16話が6割増し、それ以降の第17話から第19話にかけては2倍以上、最終話に至っては約3.3倍なのですから、その凄まじさを思うべし。
 巻末のあとがきによれば、そもそもが本作は連載の時点で全5巻を想定していたというのですから、まさにこれこそが本来の形、完全版なのでしょう。

 そしてその内容はといえば、これは圧倒的に登場人物たち――それも直と十鴇だけでなく、玄雪や織草、はては白妖といったメインどころほぼ全員の、過去にまつわる部分が中心となっています。
 もちろん、終盤のクライマックスというべき直の冥界下りの部分も大きく描写が加えられていますが、しかし特に目に付くのは、この過去描写の部分であることは間違いありません。
(これは後半ではありませんが、十鴇に復讐されるあの××貴族にも描写の追加があったのにも驚き――もっともこれは十鴇の姉についてのものと思うべきでしょうか)

 正直なところ、旧版読者としては、物語の筋は変わらずに登場人物の過去話が一気に増えたのに少々驚かされるのですが、しかし内容としては、そのいずれもが、「現在」を語るのに必要な――つまりは何故その人物が現在そのように振る舞うかを語るためのものであると理解できます。
 何よりも、過去の巡る因果の水車に翻弄される人々を、そしてそれでも現在を生き、そしてその先の未来に向かおうとする者を描く物語として、これが必要な部分であることは間違いないでしょう。
(そして現在――これも今回描きおろされた、クライマックスでの直の言葉を聞いた十鴇の表情だけでも、この描きおろしの価値はあったと感じます)


 そしてまた、個人的に大きく唸らされたのは、ラストシーンであります。本作が、岡本綺堂の『玉藻の前』を踏まえたものであることは既に述べましたが、この場面には、『玉藻の前』の結末を意識した描写があると感じられます。
 もちろんそれは私個人の印象かもしれません。しかしあるいはこのまま、旧版と異なる結末を迎えるのでは、と一瞬危ぶんだところから、鮮やかに爽やかに立ち上がってみせるこの描写が素晴らしいことは間違いないでしょう。

 そしてそれは単に大妖に利用された犠牲者ではなく、あくまでも己の意思で以て大妖と行動を共にし、その運命を生き抜いた十鴇と、そんな彼女のために己の全てを擲とうとしながらも、なおそれだけが彼女を愛する形だけではないと理解した直と――あくまでも己の足で立ってみせる二人の物語に相応しい結末であり、そしてそれこそが、玉藻前の伝説を現代に描いてみせた一つの意味であると感じるのです。
 この完全版によって、本作は見事な本歌取りを成し遂げてみせた――そう感じるのです。


 分厚い上下巻セットで五千円超えというスタイルにたじろぐ方も少なくはないと思います。私もそうでした。
 しかし旧版をご覧になり、本作に惹かれた方であれば――あるいは未読でも作者のファン、玉藻前ファンであれば、ぜひ手にとって欲しい、それだけの価値はある作品であります。
(お求めやすい六分冊の電子書籍版も出ていますので……)


『完全版 白妖の娘』上巻+下巻(木原敏江 集英社愛蔵版コミックス) Amazon


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2024.01.09

木原敏江『完全版 白妖の娘』(その一) 驚きの描きおろし286ページ!?

 木原敏江が2018年から2019年にかけて連載した『白妖の娘』の完全版が刊行されました。平安時代を舞台に、一人の少女の復讐譚と九尾の狐伝説が交錯する名作ですが、今回刊行されたものは、連載版になんと286ページ描き下ろしという、まさに「完全版」の名に相応しいものとなっています。

 都の貴族に騙されて死んだ姉の復讐に燃える少女・十鴇と、彼女のために先祖が封印した禁忌の森の白妖の存在を教えた青年・葛城直。妖魔の封印を解いた末、十鴇は白妖の器としてその身を差し出して都に向かい、責任を感じて厳しい修行を積んだ直は、さらに腕を磨くため陰陽師・安倍泰親に弟子入りすることになります。

 直が京で出会った変わり者の青年貴族・藤原玄雪を後見人に、泰親の下で修行に励む一方で、玄雪の親友だった青年・五葉織草を仲間に引き入れ、復讐を果たした十鴇。
 しかし身分だけで他人を判断する貴族たちをひれ伏させるという十鴇の想いと、この国を混沌と恐怖で包もうという白妖の狙いが合わさり、十鴇は玉藻の名で法皇の寵姫にまで上り詰めることになります。そして雨乞い勝負で泰親を破った十鴇は、法皇を操り、女帝の座を狙うのですが……

 という物語自体は、この完全版においても、連載版(以下「旧版」)と全く変わらず、また物語における人々の去就も変わるものではありません。

 もとより本作は岡本綺堂の『玉藻の前』をベースにしつつも、十鴇と直をはじめとする登場人物たちを本作ならではの造形とすることにより、大きく踏み出してみせた作品であります。
 そしてそんな登場人物たちによる物語は極めてエモーショナルであって、そしてその先の結末は何度読んでも涙を堪えきれない、名作の名にふさわしい作品であります。


 しかし、本書が刊行されると聞いた時に思ったのは、「完全版」が刊行される理由もさることながら、どの辺りが完全版となるのか、ということでした。
 まことに失礼ながらこれまで完全版と銘打たれて刊行されたものを思えば、「雑誌連載時のカラーページを収録+数ページ描きおろし」という印象があります。しかも本作は四年前の作品。連載終了からわずかな期間の後に完全版が刊行されるとは――と、疑問に思っていたところに飛び込んできたのは、帯の「新規描きおろし計286p収録!!」の記載であります。

 これは思わず目を疑うほどの分量であります。何しろ、旧版の単行本が大体185ページ前後であったことを考えれば、つまりこの完全版は、単行本一冊以上の追加があるということなのですから!
 そして実際に読んでみれば、なるほどこの描きおろしの分量はもちろん偽りなしの大増版。描きおろしに伴い、それ以外の部分も相当手を加えていることにも驚かされます。

 しかしどの部分がこれほどまでに追加されているのでしょうか。それは――長くなりますので、次回に続きます。


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2024.01.08

岡村星『テンタクル』第5巻 武士を離れた自由の境地へ

 黒船来航直前の時代を舞台に、九州独立の企てを巡る暗闘を描いてきた本作もこの第五巻で完結であります。藩側と蜂起側の全面衝突の中で、自分自身の道を選び、藩を捨てる形となった津春。そのまま蜂起の首謀者である周子とともに佐賀に急ぐ彼を待つものは……

 幕末の福岡藩で繰り広げられてきた暗闘――前藩主と皇族の女性の間に生まれた二刀流の達人・周子を奉じて九州独立を目指す一党と、それを阻もうとする藩側との戦い。その中で親友と師を失った医学生・長岡津春は、周子を仇と狙いつつも、本当に正しい道は何なのか、迷うことになります。
 そして両派の全面衝突の最中、周子の幼い弟・仁緒が深手を負わされたのを見た津春は、戦うことしか知らぬ周囲に反発。仁緒を治療した津春は、成り行きから周子、そして自らの師である真木田とともに逃れることに……

 という意外な展開を経て、これまでの宿敵であった周子と共に佐賀に向かうことになった津春。途中、因習村ならぬ阿片村に踏み込んだ津春は、真木田と仁緒とはぐれることになるのですが――そこで思わぬ成り行きから医術の腕を振るうことになり、己の将来向かうべき道を強く認識することになります。
(そしてその中で周子からの好感度もアップ)

 そして武士の世をひっくり返そうとする商人・深川新左の配下たちに助けられ、無事に佐賀に入った二人。ついに周子の望みが叶うまであと一歩かと思われたものの、福岡藩と通じた佐賀藩の武士たちによって周子の身の証となる刀は奪われてしまいます。そして二人の前には、津春の元上司というべき福岡藩の大目付・曾我が現れ……


 物語の冒頭から、宿敵として相まみえてきた津春と周子。立場は勿論のこと、夢想権之助の杖術と宮本武蔵の二刀流という、用いる武術の流派同士も因縁を持っていた二人が、この物語の終盤に来て行動を共にすることになるわけですが――それは意外ながらも、何故か納得できるものがあります。
 それは人を殺す武士である以前に人を救う医学の徒たらんとする津春と、過去の経験から武士という存在に絶望した周子と――それぞれに、武士という軛から逃れようとするという共通点を持っていたからなのでしょう。

 思えば本作の登場人物には、武士の世を拒否する者たち、あるいは武士でありつつもそこからはみ出した者たち(本作における津春と周子の最強の敵というべき、寺内&十和カップルはその最たるものでしょう)が数多く登場してきました。
 その意味で本作で描かれたのは、似た者同士たちが相争う姿だったのかもしれません。

 しかし多くの者たちがその戦いを当然のものとして、あるいはやむを得ないものとして受け容れた中で、ただ一人それを拒否してみせた者が津春であったことは間違いありません。そしてそれだからこそ、本作の結末はこのような形となったのでしょう。


 正直なことをいえば、かなり駆け足となった感は否めません(新左の配下たちや阿片村の元締め、そして真木田など、面白そうなキャラクターたちがほとんど活躍できなかったのは残念)。そのためもあってか、この最終巻は、登場人物たちが思想をぶつけ合って終わった感もあります。

 そしてまた、ラストシーンの年代を考えれば、まだこれから激しい戦いが彼らを待ち受けていることとなるのですが――それであったとしても、彼らがたどり着いた一つの自由の境地へは、これはこれで美しい結末であることは間違いないのでしょう。


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2024.01.07

2月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 年を越してすぐに2月の予定というのもあまりゾッとしない話ですが、本の話であれば別。2024年2月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 といってもやはり2月は日数が少ないためかどうか、新刊の方は少なめの印象。文庫新刊の新登場では、上田秀人『振り出し 旗本出世双六 一』(中公文庫)がありますが、その他はシリーズものの新作として峰守ひろかず『少年泉鏡花の明治奇談録 あやかし火、燃ゆる』(ポプラ文庫ピュアフル)、平谷美樹『貸し物や屋お庸謎解き帖 髪結いの亭主』(大和書房だいわ文庫)が目に付くところです。
 なお、大河ドラマ合わせの平安ものとしては、夏山かほる『平安京は眠らない わかむらさきの事件記』(中公文庫)、遠藤遼『源氏物語あやとき草子  二』(双葉文庫)があります。

 また、文庫化としては、タイトルが『千里をゆけ くじ引き将軍と隻腕女』からずいぶんシンプルになった武川佑『悪将軍暗殺』(文春文庫)、近藤史恵『幽霊絵師火狂 筆のみが知る』、桃野雑派『老虎残夢』(講談社文庫)があります。

 そして個人的には大事件なのは、『長安二十四時』『三国機密』の原作者・馬伯庸の長編の初翻訳となる『両京十五日 1 凶兆』(ハヤカワ・ミステリ)です。これを機に、他の作品の邦訳も期待したいところであります。


 一方、漫画の方は『信長の忍び』第21巻(白泉社ヤングアニマルコミックス)と同時発売の重野なおき『石田三成の妻は大変』第1巻(双葉社アクションコミックス)のほかは、いずれも以下の通りシリーズものの最新巻となります。
 久正人『カムヤライド』第10巻(リイド社乱コミックス)、大島幸也『平安とりかえ物語 居眠り姫と凶相の皇子』第3巻(KADOKAWA BRIDGE COMICS)、松井優征『逃げ上手の若君』第14巻(集英社ジャンプコミックス)、松浦だるま『太陽と月の鋼』第8巻(小学館ビッグコミックス)、安田剛士『青のミブロ』第12巻(講談社コミックス)、高橋留美子『MAO』第19巻(小学館少年サンデーコミックス)、椎名高志『~異伝・絵本草子~ 半妖の夜叉姫』第6巻(小学館少年サンデーコミックス〔スペシャル〕)、山根和俊『黄金バット 大正髑髏奇譚』第2巻(秋田書店チャンピオンREDコミックス)

 漫画の方はそれなりに点数がありますが、やはり大人しめの月という印象は否めないというところでしょうか。



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2024.01.06

『水滸伝 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典』 ビギナーからマニアまで満足の一冊

 角川ソフィア文庫の「ビギナーズ・クラシックス」で中国の古典小説の刊行がスタートしました。その第一弾はなんと『水滸伝』! しかし文庫一冊では無理があるのではと心配になりますが――実際に手に取ってみれば、ある意味入門レベルを超える見事な一冊となっていました。

 「いちばんやさしい「古典」の文庫」と銘打たれて、川ソフィア文庫から刊行されている古典入門文庫レーベル「ビギナーズ・クラシックス」。これまでもこのレーベルで中国の古典は刊行されていましたが、それは思想書や歴史書、あるいは詩が題材となったもので、小説はこれまで刊行されていませんでした。
 その中国の古典小説の記念すべき第一弾が水滸伝というわけですが――いうまでもなく水滸伝は基本となるバージョンでも全百回と、かなりの分量。それを一冊でというのは、結構無理があるのではないかと、まず心配なったというのが正直なところでした。

 その意味では、確かに本書のあらすじ部分はダイジェストにならざるを得ない(それでも、重要な部分は訳文を載せているのはもちろんですが)ところではあります。しかし本書がそれだけで終わっていないのは、解説部分の充実ぶりによるところが大であることは間違いありません。

 そこで本書の編著者の名を見れば、わかる方には納得していただけるのではないかと思います。その名は小松謙――中国の古典演劇や四大奇書に関する著作を発表している中国文学者であります。
 しかし水滸伝ファン的にはなんといっても「図解雑学 水滸伝」――いかにも概説本らしいタイトルとは裏腹に、当時の水滸伝研究の最新情報を豊富に盛り込んだ内容でファンを驚かせた一冊の著者の一人という時点で、大きな安心感があります。

 何よりも著者は現在、作品そのものはもちろんのこと、それに付された李卓吾や金聖嘆の注釈までも全訳した、「詳注全訳水滸伝」全13巻の刊行という壮挙に挑んでいるまっただ中。
 いわば水滸伝を知り尽くし、ビギナーからマニア、いや研究者まで満足させ得る人物であり、本書の著者として、まずこれ以上はないと感じられます。


 そしてそんな著者だけに、本書は水滸伝の成立過程や、当時の文化風俗の紹介、そして「江湖」という世界観の解説に至るまで、わかりやすく、そして大いに充実したものとなっています。

 元々が大衆芸能や民間伝承から始まり、そしてそれが様々な知識人の手を経て成立した水滸伝。その想像以上に複雑で、そして魅力的な成立史だけで、一つの伝奇物語のような面白さがありますが、そこに織り込まれたある種の視点・思想の存在には、そうであったか!? と驚かされるばかりであります。

 そしてまた、そういうものだと普通に読み流していたような登場人物の作中の行動(たとえば酒楼で「牛肉はありません」と言われた李逵が何故激怒したか、など)を当時の社会事情を踏まえて解説したり、あるいは文学的に見た人物描写の妙など、それなり以上に水滸伝には親しんでいるつもりの人間でも楽しめる内容が、本作には満ちています。

 何よりも感心させられたのは「宋江は何故梁山泊のリーダーなのか」という、それこそビギナーからマニアまで必ず疑問に思う、ある意味水滸伝最大の謎についてであります。
 それに対して本書において、宋江自身ではなく、李逵や武松といった彼と親しく接してきた人物の内面の視点から記されるその答えは、明確であるだけでなく感動的ですらある――なるほど、宋江という人物がある意味水滸伝という極めて多様性に満ちた物語の象徴であると、大いに納得した次第です。

 そして、こうした精緻な分析の一方で、わからない部分ははっきりとわからない、と記すのも好感が持てますし――その一方で「意地悪な金聖嘆」という表現や、七十一回以降の戦争パートをつまらないとはっきり記したり、水滸伝ファン的には微笑ましくなるような、ある種の正直さがあるのもまた楽しいのです。


 このように、ビギナーはもちろんのこと、マニアであっても大いに楽しめる期待以上の内容の本書。
 巻末には、さらに水滸伝に興味を持った際に読むべき原典のバージョン等にも触れられており(そこでまず挙げられている書籍についても大いに納得)、知られているようで知られていない物語の全容に初めて触れるのに、そして水滸伝という物語を見つめ直すのに、優れた一冊というべきでしょう。


『水滸伝 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典』(小松謙編 角川ソフィア文庫) Amazon

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2024.01.05

瀬川貴次『もののけ寺の白菊丸』 稚児と白い獣の危うい綺譚

 平安ホラーコメディの名手・瀬川貴次の新作は、とある曰く付きの山寺を舞台に、実母から引き離されて稚児となった少年・白菊丸の姿を描く綺譚。物の怪の骸が納められているという寺の宝蔵を、ある理由から訪れた白菊丸がそこで見たものは――少年と物の怪の奇怪な交流が始まります。

 幼い頃から実母の叔父である中納言夫婦を親代わりに、屋敷の奥で育てられてきた白菊丸。しかし十二歳となった彼は、実母たちと引き離され、稚児となるために大和国にある勿径寺なる寺に向かうことになります。
 寺の近くで山賊一味に襲われてしまった白菊丸一行ですが、そこに現れたのは寺の定心和尚と従者の大童子・我竜――瞬く間に山賊を蹴散らした二人に連れられ、白菊丸は寺に入るのでした。

 面倒くさがりで知られる定心和尚がわざわざ出迎えに行ったと、寺の稚児たちの間で話題となる白菊丸。さらに絵の授業で、稚児たちの中でもカリスマ的存在の千手丸よりも巧みな絵を描いたことから、周囲の彼を見る目が変わっていきます。

 そしてある日、先輩稚児たちから、新しく寺に入った者は、胆力を鍛えるため、夜中に一人で宝蔵に行かなければならないと言われる白菊丸。新人いびりの嘘とも知らず、彼はその晩、一人で宝蔵に入り込むのでした。
 しかし勿径寺の宝蔵は、力ある物の怪たちの骸が封印されているという噂の、曰く付きの場所。そして白菊丸は、そこで巨大な白い獣の物の怪と出会うことに……


 こうして白菊丸と白い物の怪が宝蔵で出会ったことで始まる本作は、全四章の緩やかな連作スタイルの物語であります。
 上記の第一章「もののけ寺の白菊丸」、とある幼い姫君が持つ母の形見の人形が招く怪異を描く「黒いうねり」、ある理由で山に登った千手丸たちが立烏帽子姿の不気味な美女と遭遇する「赤紫の花を求めて」、首だけから復活した伝説の大鬼・大嶽丸が白菊丸を襲う「黄色い獣」――いずれも章題に色を冠されたエピソードが収められています。

 純粋で生真面目な少年が、変人の先輩/師匠などユーモラスな周囲の人間に振り回されつつ、真剣に怖い怪異と遭遇するというのは、作者の作品の一つのスタイルであります。そして本作も、まさにそのスタイルを踏まえた物語と言ってよいでしょう。
(もっとも、どちらかというと白菊丸は純粋すぎる変人で、振り回されるのは千手丸の方なのですが)
 しかし本作に強烈な個性を与えているのは、ヒロインともいうべき立ち位置にある白い物の怪「たまずさ」であることは間違いありません。

 真っ白くて長毛、細長い頭部に糖蜜色の目と小さな耳、長い脚を持つ四足獣。イメージ的には狐に近いものの、それとも微妙に異なる姿(大西実生子の表紙イラストが絶妙なのでこちらをご覧下さい)のたまずさ。
 そしてその声は若くも年配でもなく、品があると同時に艶めかしくもある女性のもの――女性で「狐」とくれば、その正体は何となく想像がつきますが、いずれにせよ曰く付きの蔵に封印されていた時点で並みの存在であるはずがないでしょう。

 作中では半ばきまぐれで白菊丸に力を貸してくれるものの、しかしその気になったら何を仕出かすかわからないミステリアスな彼女。それだけでも何ともユニークな存在ですが、面白いのは白菊丸が、そんな彼女にどこか「母親」を感じていることであります。

 物心ついた時から、血のつながりのない相手を両親と呼ばされ、そして物語冒頭で実母と引き離された白菊丸。そんな彼女にとって、包容力(?)と頼りがいがある女性に、母親を見てしまうのは、ある意味当然なのかもしれません。
 しかしそれはどうみても危ういバランスで成り立つ感情であります。もし白菊丸が成長して分別がついたら、あるいは母性が必要でなくなったとしたら。あるいはたまずさがきまぐれを起こしたら――二人の関係がどう転ぶのか、それはわからないのです。
(『暗夜鬼譚』『鬼舞』と、作者には一種のモラトリアムの終わりを描く作品が多いだけに――というのは牽強付会が過ぎますが)

 なお、白菊丸の出生の秘密は、作中の比較的早い段階で明かされるのですが、それが白菊丸とたまずさの関係性に影響を与えているという設定も、また巧みであります。


 愛らしく純粋な稚児を主人公にしつつ、どこかフェティッシュな香りを強く漂わせる本作。飄々としていい加減な生臭坊主のくせに全く底が見えないという、いかにも強キャラ感漂う定心和尚のキャラクターも非常に面白く、この先を見てみたい物語が、また増えた思いです。


『もののけ寺の白菊丸』(瀬川貴次 集英社オレンジ文庫) Amazon

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2024.01.04

井上祐美子『乱紅の琵琶 長安異神伝』 武神の抱えた屈託と弱さ

 唐の都・長安を舞台に、地上で暮らす半人半神の武神・顕聖楊二郎真君の活躍を描く『長安異神伝』のシリーズ第二弾であります。かつての悪夢に悩まされる二郎の前に現れたのは、天界から糾問にやって来た将軍と、謎めいた琵琶占いの女芸人。それぞれの運命が交錯する時に起きるものは……

 長安に出没する悪霊たちを滅ぼすという名目で、二郎が諌議大夫の魏徴の屋敷に居候して半年――二郎は先の事件で出会った天界の宝珠の生まれ変わりの美少女・翠心と惹かれ合いながらも仲は進展しないのに悩む一方で、自分の過去にまつわる悪夢に苦しむ日々を送っていました。

 そんなある日、市でごろつきに絡まれていた、琵琶を抱えた美女・崔巧雲を助けた二郎。演奏だけでなく、琵琶で人の心を占うことで評判の崔巧雲は二郎に気のあるそぶりを見せます。
 しかし彼女の正体に気付いた二郎は、東方朔に彼女の住処を調べさせると同時に、彼女と同じくかつて琵琶占いを得意とした芸人の行方探しを魏徴に依頼するのでした。

 そんな中で天界からやって来たのは、長らく地上に滞在する二郎の糾問のためにやってきた韋護将軍。謀反の疑いがあるというのを相手にせず、軽くあしらう二郎ですが、頭が固く神としてのプライドが高い韋護は収まりがつきません。

 一方、崔巧雲に自分のことを占わせた二郎と東方朔たちは、悪夢の源である二郎の過去の戦いの様を見せられることに……


 玉皇大帝の甥で天界随一の実力を持つ武神であり、地上では颯爽たる好男子として、長安の花街でもモテモテの二郎。いかにも非の打ち所がないヒーローぶりですが、しかし初登場の前巻においても、彼は時折屈託めいたものを見せることがありました。
 本作ではそんな二郎の内面が、そしてそんな二郎の過去――天界の武神として活躍していた頃の出来事が、大きくクローズアップされることとなります。

 そしてその神としての二郎の過去に大きく関わってくるのが、本作のゲストキャラクターの一人・韋護であります。仏教における韋駄天であり、『封神演義』においては降魔杵を振るい、二郎神君に当たる楊センと共に太公望の下で活躍した韋護。しかし本作の韋護は、極めて頭が固く地上のことを見下す、二郎の後輩キャラとして登場することになります。
 そんな彼が二郎はもちろんのこと、口から先に生まれたような東方朔にいじられる姿が実に可笑しいのですが、しかし二郎の糾問のためにやってきた――つまり今なお存在する二郎と天界との繋がりを象徴する彼の存在は、本作の台風の目の一つとなります。

 さらにもう一人、本作に波乱を巻き起こすのが、謎めいた琵琶芸人の美女・崔巧雲であります。冒頭から二郎に対して意味深な態度を示す彼女は、人が心に秘めたものを読み取る力を持つ人物であり――そして二郎とは敵対する立場にある存在であります。
 作中では二郎そして韋護と、想像を遙かに上回る実力で大立ち回りを演じる崔巧雲。しかし本作における彼女の存在は、むしろそれとは別の関わりで波乱を起こすことになります。二郎の中の人間的な部分――「心」に関わる部分において。


 こうしたゲストキャラたちがかき回す物語は、二郎の痛快な冒険譚を期待していれば意外にも思えるかもしれません。
 しかし、こと「武」においてはほとんど無敵の力を持つ武神である二郎が、「心」においては決して無敵ではない――それどころか、人間と変わらぬ屈託と弱さを見せる姿は、彼のキャラクターを弱めるどころか、むしろ深める形となっていると感じられます。

 天界から来た最強の武神も我々人間と変わらぬ心を持ち、そして見かけの明るさだけでない屈託を抱える――その事実は、彼もまた我々と変わらぬ涙の味を知る者であり、我々の世界に共に暮らす隣人であることを示しているのですから。

 そしてもう一人、ヒロインとしては受け身の印象が強かった翠心のキャラクターも、本作を通じて大きく肉付けされた印象があります。


 二郎・韋護・崔巧雲そして翠心の四人の心の交錯を中心にして描かれる、シリーズものの第二作としては異色作とも感じられる内容の本作。しかしここで描かれるドラマの豊かさは、本シリーズが、題材の面白さや派手さのみに頼るものでないことを、明確に示すものといえるでしょう。
 その点でも、シリーズの中で大きな意味を持つ作品であります。


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2024.01.03

逢坂みえこ『獣医者正宗捕物帳』第5巻 「その先の部分」を描く換骨奪胎の巧みさ

 獣医者兼岡っ引きの正宗と子分の佐助が、様々な古典ミステリを題材とした事件に挑む時代ミステリ漫画シリーズの最新巻が刊行されました。数々の怪事件の背後に見え隠れする人間の心理の綾を、正宗の推理が解き明かします。

 獣医者を営む傍ら、怪事件があれば岡っ引きとして子分の佐助とともに乗り出す正宗を主人公とした本シリーズ。今回もこれまで同様、全三話が収録されています。

「失踪当時のお着物は」
 正宗の顔馴染みの女絵師・鱗粉亭小蝶が持ち込んできた一揃いの衣装――木のウロの中にあったのを、遊んでいた子供たちが見つけたというその衣装は、材木問屋に婿入りした若旦那のものだと小蝶は証言します。
 捜査に向かった正宗と佐助は、現場近くで様子を窺う、妙に足の早い老人を発見。後を追った二人は、旅芸人一座と出会うのですが、若旦那の手がかりはつかめません。

 一旦、若旦那の妻のもとに向かった二人は、彼から明日戻るという手紙が届いているのを見せられるのですが……


「見知らぬ浴客」
 湯屋に行った帰り、知らない男に追われているというお米に助けを求められた正宗と佐助。権左というその男を取り押さえてみれば、権左は、お米に「女房はダメでも、あんただけでも助かってくれ」とわけのわからないことをいうばかり。
 話を聞いてみれば、夫婦仲の悪いことに悩んでいた権左は、ある日出かけた湯屋で、同じように悪妻に苦しんでいるという男・涼太郎と出会い意気投合――しかしそのうちに女房たちは死んで当然と言い出した涼太郎は、それぞれの女房を交換殺人しようと言い出したというのです。

 その場は逃げ出した権左ですが、翌日家に帰れば、まさに涼太郎が妻を殺した直後。妻殺しで捕らえられたくなければ、妻のお米を殺せと涼太郎に脅された権左は、悩んだ末にお米に警告に及んだというのですが……


「幻の蝶」
 ある日突然、自身番に連れて行かれ、見知らぬ男・吉之介の面通しをさせられた小蝶。同居していた恋人の男・夕夜が殺された翌朝、血のついた足で帰ってきたところを正宗に捕らえられた吉之介ですが――しかし愛する夕夜を殺すはずがない、何より前の晩、ずっと小蝶と一緒だったと主張しているというのです。

 吉之介の無罪を信じた小蝶は、自分を騙る別の女がいるに違いないと、正宗や吉之介の親友・信三郎を交えて、前夜の吉之介の足取りを追うのですが……


 衣服を残して失踪した男、見知らぬ男が持ちかける交換殺人、アリバイの証人となる幻の女――と聞けば、ミステリファンの方であれば、おや? と思われるかもしれません。
 それもそのはず、冒頭に触れたように、本作は海外ミステリを江戸時代を舞台に描いてみせるという趣向。第三巻まではシャーロック・ホームズものが中心でしたが(この巻にも一話ホームズものがあるものの)、この巻ではウォー、ハイスミス、アイリッシュといった作家の作品が題材となっています。

 しかしいつもながらに感心させられるのは、その換骨奪胎の巧みさです。

 ミステリのオマージュ/パロディということは、元作品を知っていればその内容はある程度想像がついてしまうのではないか――と思われるかもしれません。
 もちろん、原典そのままでなく、ある程度アレンジされているのは当然ですが(「見知らぬ浴客」の冒頭のシチュエーションの不可解さはお見事)――それ以上に本作が見事なのは、事件が解決したその先の部分、謎を解いた後の人物描写の巧みさにあると感じられます。

 ハウダニット、ホワイダニット――事件そのものの謎は解けたとしても、それで全てが解決したわけではない。その後も被害者や関係者の、いや犯人自身の心にも事件の爪痕は残ります。
 正宗であってもどうにもできない、その複雑な心の綾に、人々が如何に向き合うか――その答えの出ない問題を描くことで、本作は切ない余韻を生み出すのです。


 残念ながらこれまでとは違い、現在のところこの巻は電子書籍のみの発売のようですが――これからも巧みな「その先の部分」を描いていってほしいと、心から願う次第です。


『獣医者正宗捕物帳』第5巻(逢坂みえこ 小学館フラワーコミックスアルファ) Amazon

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2024.01.02

TAKUMIサメ男『フォーロン・ホープ 警視庁抜刀隊戦記』第1巻 達人次々死亡!? 抜刀隊設立秘聞

 西南戦争において薩摩軍に押される政府軍の切り札として投入され、戦況を変えたと言われる警視庁抜刀隊。本作は共にその抜刀隊に所属しつつ、対照的な性格の二人の剣士の姿を描く物語であります。幕末に敵味方として対峙した拓磨と礼二郎――二人は、数奇な運命の末に抜刀隊で再会することに……

 数では圧倒的に勝るはずの政府軍が、次々と血祭りに上げられていく西南戦争――その地獄の中でも特に恐れられた西郷軍の雷撃隊の猛者を、ただ一人で逆に叩き斬っていく警視庁抜刀隊所属の青年・石動拓磨。
 その場に現れたもう一人の抜刀隊員・最上礼二郎とともに雷撃隊を壊滅させた拓磨ですが、既に残ったのは二人のみ。二人は決戦を前に、ともに戦ってきた抜刀隊の仲間たちの姿を思い浮かべて……

 と、冒頭から如何にも恐るべき達人に見えた者たちが、さらなる達人たちによってあっさり倒されていく姿に度肝を抜かれる本作ですが――物語は、この西南戦争の死闘を序章に、抜刀隊設立当初に遡って語られることになります。

 明治維新を迎え、邏卒として市民の暮らしを守る、ある意味平穏な日々を送っていた拓磨。しかしある晩、不審な男たちの跡を追った拓磨は、山中の寺で真剣での闘技場が開催されているのを目撃することになります。
 そしてその中に礼二郎――かつて上野戦争で敵として相対したものの、その獣のような気迫が強烈な印象を残した相手がいるのを見た拓磨は、成り行きから彼と多数の相手の戦いの中に踏み込むのでした。

 我を忘れて戦った末、同僚の急報で警官隊が駆けつけた時には、その手を血に染めていた拓磨。しかし死を覚悟した拓磨の前に現れた川路利良は、彼に抜刀隊への入隊を命じるのでした。
 そして抜刀隊に集められた、いずれも一筋縄ではいかない「同僚」たちと対面する拓磨。その中には、幼い頃から川路の下で共に育った妹分の麗、そして礼二郎の姿が……


 冒頭で述べたように、西南戦争で多大な戦果を挙げたという抜刀隊。徴兵制によって集められた近代軍隊が、その経験と士気の差で西郷軍の元士族たちに敗北していった中、臨時に結成された部隊であります。
 文字通り抜刀して近接戦闘を繰り広げるという荒っぽい戦法はいかにもフィクション向きに感じられますが、本作はその抜刀隊に集まった面子が、いずれもはみ出し者というかならず者というか、とんでもない連中ばかりだった! という趣向で展開していくことになります。

 なにしろ、仲間内でも簡単に殺し合うし、そんな奴は容赦なく粛正されるしと、文字通り殺伐とした連中。上で述べたように、いかにも強そうな奴がいきなり殺されるという展開には、またしても驚かされます。
 正直なところ、この第一巻を通じてこの展開が続くのですが――一体誰が死ぬのか、誰が生き残るのかわからないため、誰に感情移入すればいいのかわからないのは、ちょっと困ったところではあります。
(冒頭に拓磨と礼二郎が回想する面子は、まあ終盤まで生き残るのだと思いますが……)


 もちろん、この油断ならない展開が、本作ならではの、刺激的な味わいであることは間違いありません(言うまでもなく、それにはクライマックスから語り起こすというスタイルが大きく作用しています)。

 この巻のラストでは、抜刀隊の初任務である岩倉具視暗殺阻止作戦が描かれますが、この時点でまたもや誰が死んでもおかしくない戦いが展開されます。はたしてこの戦いが――そしてこの物語がどこに落着するのか、この先も何が起きてもおかしくない物語を注視したいと思います。


 ちなみに本作、シリアスに人が死ぬ一方で、コミカルな描写も多いのですが――頭に常に折れた刀身を刺している奴は、笑っていいのかどうなのか、大きく心をかき乱されるところであります。
(これがまた結構強豪っぽいキャラだけに……)


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2024.01.01

あけましておめでとうございます

 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
 ここ数年、私事で色々とあわただしかったのですが、何とか乗り切ってきました。イベント等も再び増えてきましたので、積極的に参加したと思います。
 今年はこれまで以上にインプットアウトプットに力を入れていきたいと思います(特にタイムリーであることに留意して……)。
 引き続き、ご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。

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