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2024.01.24

上田早夕里『播磨国妖綺譚 伊佐々王の記』

 室町時代の播磨国を舞台に、庶民のために活動する法師陰陽師兄弟、律秀・呂秀の物語の続編であります。播磨の物の怪たちを操る謎の妖人・ガモウダイゴの暗躍を止めるべく奔走する兄弟と式神のあきつ鬼。しかし正体不明の敵の力は強大で……

 室町時代は嘉吉の頃、播磨国に、在野の陰陽師・法師陰陽師として活動する蘆屋道満の末裔の兄弟――理詰めの性格で強力な陰陽師の力を持つ薬師の律秀と、人ならざる者を見る力を持つ僧侶呂秀。土地の人々のために働く兄弟は、ある日、寺の井戸にまつわる奇妙な噂を調べる中で、井戸の中に蘆屋道満が封じた式神と出会うことになります。
 恐ろしげな姿をしたこの式神に「あきつ神」という名をつけ、従えることになった呂秀。それ以来、二人と一体は、播磨で起きる様々な怪事に挑むことに……

 という第一作『播磨妖綺譚 あきつ鬼の記』(本作と同時に刊行された文庫版より副題がつく形で改題)を受けて描かれる本作は、連作短編集であった前作に比べ、より物語の連続性を感じさせる内容となっています。
 山中で製鉄を行う農民たちから、川で砂鉄を採っていると何者かに突き飛ばされるという相談を受けて調査に向かった兄弟は、そこで怒れる坊主たちの姿を目撃して――という第一話に始まる本作は、前作でもその姿を見せた謎の陰陽師・ガモウダイゴとの対決が軸となるのです。

 白い狩衣をまとった優美な姿で現れるガモウダイゴ――しかしその行動は、播磨に潜む様々な物の怪を扇動したり、人々の間に害毒を撒いたりと、極めて悪質なものであります。そして兄弟にとっては、かつて母が亡くなった時に現れ、その魂を連れ去ったという因縁を持つ相手でもあります。
 今再び彼らの前に現れたガモウダイゴは、あきつ鬼を我が物にすることを宣言。もちろん呂秀も、そしてあきつ鬼本人もそれに従うはずもありませんが、しかし敵の力は強大です。

 特に本作の副題となっている伊佐々王は、播磨の伝説に残る巨大な鹿の王――かつて仲間を率いて散々に人間の土地を荒らし、朝廷の軍の討伐を受けて激闘の末にようやく退治されたという伝説の存在であります。ガモウダイゴは、このほとんど邪神というべき存在をも蘇らせ、使役しようというのですから、尋常な人間とは思えません。
 はたして彼は何者なのか。そして彼の邪なる力から自分たちを、そしてあきつ鬼や周囲の人々をどうすれば守り、戦えるのか――本作の中心となるのは、そんな兄弟の苦闘であります。

 しかしそんな中にあっても、兄弟の――特に、人ならざるものを見て、言葉を交わす力を持つ呂秀の為すことは変わりません。
 彼らにとっては、人もそれ以外――亡霊や動物、妖怪や神々も、等しくこの播磨に、この世界に在るものたちにほかなりません。そんな隣人である彼らの悩みを解決し、共に平和に、より良く暮らすために、二人は心を砕き、汗を流すのです。
(そしてその在り方は、伊佐々王と人間の不幸な出会い、そして戦いとまさに対極にあるといってよいでしょう)

 たとえその出会いが不幸な行き違いから始まったとしても、衝突を最小限にし、この先共存していけるかもしれない。たとえ人知の及ばぬ自然・超自然の猛威に苦しめられても、助けられる手だてがあるかもしれない。
 相手を倒すためではなく、共存し、救うために力を尽くす――そんな二人の姿は、本作に大きな暖かみと爽やかさをもたらします。

 もちろん、これまで述べてきたように、ガモウダイゴとの戦いが中心になっていく物語の中では、それも時に薄れがちになっていきます。
 それでも、本作の中では番外的なエピソードである「鵜飼と童子」――能の一座(前作にも登場し、兄弟と関わった人々)で努力の末にようやくシテとして鵜飼の翁を演じることになった男が、役をものにするために悩み苦しむ中で、不思議な童子と出会う物語――は、この人間とそれ以外の関係性を、優しくそして切なくも美しく描き、強く印象に残るのです。


 しかし時に人の歴史は、そんな人とそれ以外の繋がりを吹き飛ばすほどの激動をもたらします。本作のラストで語られるのは、播磨を戦乱に包むこととなる、ある大事件の勃発であり――そしてそれは兄弟をも意外な形で巻き込んでいくことになるのですから。
 はたして兄弟は、その中で自分たちの為すことを貫き、そしてガモウダイゴの魔手に打ち勝つことができるのか。本作では残念ながら顔見せレベルで終わった伊佐々王との対峙も含めて、この物語の先に描かれるものを――兄弟の向かう先を期待したいと思います。それはおそらく、この世界に在る者たちの望ましい生き方を描くことになるでしょうから……


『播磨国妖綺譚 伊佐々王の記』(上田早夕里 文藝春秋) Amazon


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