木原敏江『完全版 白妖の娘』(その二) あくまでも己の足で立ってみせた二人の物語として
木原敏江の現時点の最新作である、『白妖の娘』の完全版の紹介の後編であります。旧版に加えられた286ページもの描きおろし。それはどの部分かといえば……
ここで我ながら酔狂にも各話のページ数を比較してみたのですが、描き下ろしの大半となる260ページ弱は、完全版の下巻に集中――それも旧版の最終巻に収録された5話分のページ数は、第16話が6割増し、それ以降の第17話から第19話にかけては2倍以上、最終話に至っては約3.3倍なのですから、その凄まじさを思うべし。
巻末のあとがきによれば、そもそもが本作は連載の時点で全5巻を想定していたというのですから、まさにこれこそが本来の形、完全版なのでしょう。
そしてその内容はといえば、これは圧倒的に登場人物たち――それも直と十鴇だけでなく、玄雪や織草、はては白妖といったメインどころほぼ全員の、過去にまつわる部分が中心となっています。
もちろん、終盤のクライマックスというべき直の冥界下りの部分も大きく描写が加えられていますが、しかし特に目に付くのは、この過去描写の部分であることは間違いありません。
(これは後半ではありませんが、十鴇に復讐されるあの××貴族にも描写の追加があったのにも驚き――もっともこれは十鴇の姉についてのものと思うべきでしょうか)
正直なところ、旧版読者としては、物語の筋は変わらずに登場人物の過去話が一気に増えたのに少々驚かされるのですが、しかし内容としては、そのいずれもが、「現在」を語るのに必要な――つまりは何故その人物が現在そのように振る舞うかを語るためのものであると理解できます。
何よりも、過去の巡る因果の水車に翻弄される人々を、そしてそれでも現在を生き、そしてその先の未来に向かおうとする者を描く物語として、これが必要な部分であることは間違いないでしょう。
(そして現在――これも今回描きおろされた、クライマックスでの直の言葉を聞いた十鴇の表情だけでも、この描きおろしの価値はあったと感じます)
そしてまた、個人的に大きく唸らされたのは、ラストシーンであります。本作が、岡本綺堂の『玉藻の前』を踏まえたものであることは既に述べましたが、この場面には、『玉藻の前』の結末を意識した描写があると感じられます。
もちろんそれは私個人の印象かもしれません。しかしあるいはこのまま、旧版と異なる結末を迎えるのでは、と一瞬危ぶんだところから、鮮やかに爽やかに立ち上がってみせるこの描写が素晴らしいことは間違いないでしょう。
そしてそれは単に大妖に利用された犠牲者ではなく、あくまでも己の意思で以て大妖と行動を共にし、その運命を生き抜いた十鴇と、そんな彼女のために己の全てを擲とうとしながらも、なおそれだけが彼女を愛する形だけではないと理解した直と――あくまでも己の足で立ってみせる二人の物語に相応しい結末であり、そしてそれこそが、玉藻前の伝説を現代に描いてみせた一つの意味であると感じるのです。
この完全版によって、本作は見事な本歌取りを成し遂げてみせた――そう感じるのです。
分厚い上下巻セットで五千円超えというスタイルにたじろぐ方も少なくはないと思います。私もそうでした。
しかし旧版をご覧になり、本作に惹かれた方であれば――あるいは未読でも作者のファン、玉藻前ファンであれば、ぜひ手にとって欲しい、それだけの価値はある作品であります。
(お求めやすい六分冊の電子書籍版も出ていますので……)
『完全版 白妖の娘』上巻+下巻(木原敏江 集英社愛蔵版コミックス) Amazon
関連記事
木原敏江『白妖の娘』第1巻 私は私、の妖狐伝
木原敏江『白妖の娘』第2巻 復讐という「意思」、それぞれの「意思」
木原敏江『白妖の娘』第3巻 陽だけでなく陰だけでないキャラクターたちの魅力
木原敏江『白妖の娘』第4巻 大団円 大妖の前に立つ人間の意思が生んだもの
| 固定リンク
