白川紺子『花菱夫妻の退魔帖 三』 怨霊を祓うこと 怨霊を理解すること
大正時代を舞台に、幽霊を見る力を持つ鈴子と、先祖代々ある因縁を抱えた孝冬の花菱夫妻が、様々な幽霊にまつわる事件に挑む連作シリーズの好評第三弾であります。この巻では二人は花菱家の本邸のある淡路島を訪問。そこで幽霊を喰らう怨霊・淡路の君の正体を探る二人ですが……
ある日突然、神職華族・花菱男爵家の当主・孝冬から求婚された瀧川侯爵の庶子・鈴子。先祖代々淡路の君なる怨霊に憑かれている孝冬は、幽霊を見る力を持ち、淡路の君に気に入られたらしい鈴子を妻に迎えようとしたのですが――幽霊にまつわる事件に巻き込まれるうちに、二人はそれぞれが抱える過去と悩みを知り、本当の夫婦としての絆を深めていくことになります。
そして本作では、二人は花菱家で当主が先祖代々行っている神事のために、淡路島を訪れることになります。そこで二人が出会うのは、花菱家の分家の人々――孝冬の大叔父の吉衛と、その息子の吉継・喜佐夫妻、そして吉継の子である幹雄・富貴子兄妹であります。
しかし幹雄と富貴子はともかく、他の人々は孝冬には複雑な、あるいははっきりと冷淡な態度を取ります。花菱家のルーツの地でありながら、孝冬にとってはアウェーでもある淡路で戸惑う鈴子ですが、立ち止まってはいられません。鈴子と孝冬には、淡路の君を祓うという大きな目標があるのですから。
そのために、幹雄と富貴子の力を借りて、花菱家の過去を調べ、淡路の君の正体を見出そうとする二人。しかしその間にも幽霊絡みの事件に巻き込まれることに……
これまでは基本的に東京を舞台としてきた本シリーズですが、本作の舞台は淡路。東京で生まれ育った鈴子にとってはほとんど異境のような場所ですが、しかし風光明媚な土地柄と(シリーズの密かな魅力である)食の豊かさは、なかなか魅力的に映ります。
しかしその一方で人間の方はなかなかそうもいきません。特にいかにも旧家の(前)当主らしい頑迷な態度を見せる吉衛と、京の実家を鼻にかけた喜佐は、孝冬にことある毎に冷たい態度を取り、鈴子の、そして読者の神経を逆撫でしてくれます。
(もっとも、そういう要素を長く引き摺らないのも、本シリーズらしいところですが……)
しかし本シリーズで時として人間、いや生者以上に印象的なのが、幽霊であります。ある意味その人間の生前の記憶が、場所や物に焼き付いた存在ともいえる幽霊。それだけにその姿は、人間の存在を、時として生前以上に強く示していると感じられます。
本作に登場する幽霊たち――特に第一話に登場したどこか奇妙な幽霊などは、の点が色濃く感じられ、複雑でどこかもの悲しい人間関係を浮き彫りにすることになります。その姿を見ていれば、鈴子が幽霊もまた一人の人間として扱い、救うために奔走するのが、よく理解できるほどに。
しかし、そんな幽霊の、そして鈴子の天敵というべき存在が淡路の君であります。幽霊を自らの餌として容赦なく喰らってしまう淡路の君――彼女に喰われた幽霊は、成仏や解放といったものとは無縁に、ただ消えてしまう、まるで最初からいなかったのように存在を抹消されてしまうのですから。
(しかし力で幽霊を祓う術を持たない鈴子たちにとって、危険な怨霊に抗するには淡路の君の力を借りるしかない、というのも皮肉な事実なのですが……)
そんな淡路の君を祓わんとする二人。しかしそれが容易いものではないことも言うまでもありません。そしてこれまで二人がそうしてきたように、幽霊を祓う――解放することが、相手を理解することと背中合わせであることを思えば、まず淡路の君のことを知らなければならないのです。
そこで、かねてより花菱家の歴史に興味を持って調べてきた幹雄とともに、調査を始める二人ですが――その中で、淡路の君の「正体」の手がかりが少しずつ浮かび上がり、それを手がかりに推理が積み上げられていく過程が、素晴らしく面白い。
幽霊や怨霊といった存在とはまた別の意味で、このくだりには強烈に伝奇性というものを感じさせられたところです。
そしてその中で鈴子がたどり着いた一つの「答え」――それが正しいかどうかはまだわかりませんが、間違いなくそれは、鈴子でなければたどり着けなかったものでしょう。それがこの先、物語に何をもたらすのか、それも大いに楽しみであります。
(そしてこの「答え」はもしかすると、本作にも姿を見せた、あの集団に関わる者の行動にも繋がっているのではないか、などとも考えてしまうのですが……)
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