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2024年2月

2024.02.29

瀬川貴次『紫式部と清少納言 二大女房大決戦』 奇妙なバディ、宮中の霊鬼に挑む!?

 いま書店では紫式部や源氏物語、平安時代の関連書籍が様々並んでいますが、平安ホラーコメディの名手が送る本作もその一つ。彰子の女房として出仕した紫式部が、宮中で皇后・定子の霊鬼騒動に巻き込まれ、そこに清少納言が参戦――と、副題通りの、そしてそれにとどまらない快作です。

 源氏物語でその筆名を上げたものの、故あって執筆を中断していた紫式部。しかし中宮・彰子の女房として宮中に招かれた彼女は、彰子の父の藤原道長から、源氏物語執筆の催促を受けることになります。
 源氏物語の続きをダシに、帝の関心を彰子に向けさせようという道長に内申反発しつつも、先輩女房である赤染衛門の強い勧めもあり、やむなく執筆を再開する式部。

 しかし夜更けまで執筆していた彼女の部屋で怪異としか思えぬ現象が起きた上、白い靄のようなものまで目撃してしまったのです。噂によれば、亡き皇宮・定子の霊が宮中を彷徨っているというのですが……

 そんな騒ぎもあり、また恋愛経験の乏しさ(?)もあって、執筆に行き詰まってしまった式部ですが、そこで彼女が思い出したのは、少し前に目撃した光景でした。
 定子が亡くなって零落し、尼になったという清少納言。その屋敷の前で彼女を嘲った男たちを一喝した少納言が印象に残っていた式部は、定子在りし頃の宮中の様子を聞き出そうと考えたのです。

 素性を隠して接近し、気難しい少納言に源氏物語を腐されて憤激しつつも、当時の様子を聞くことができた式部。しかしうっかり定子の霊鬼の噂を口走ってしまったことから、少納言がエキサイト――二人揃って、霊鬼の正体を見極める羽目に……


 ほぼ同時代人であり、そして共に現代に至るまでその文学作品が残っていることもあり、並び称されることが多い紫式部と清少納言。本作のタイトルは、その状況を表しているともいえます。
 その一方で、仕えた相手が一条天皇の中宮と皇后と、いわばライバル関係にあった二人。さらに紫式部が日記の中で清少納言をこき下ろしていることもあって、フィクションの中では、この二人はライバルあるいは険悪な関係として描かれることが多い状況です。本作の副題はそれを表している、かどうかはわかりませんが……

 例えばその典型である岡田鯱彦の『薫大将と匂の宮』のように、その場合は大抵清少納言が損な役回りとなります。しかし本作は二人を対等な立場、というよりそれぞれの立場に敬意を持って描くのです。

 本作の紫式部は、基本的に等身大の女性として描かれるキャラクターであります。
 愛する娘を女手一つで育てるため、慣れない宮仕えで奮闘する。自分の作品である源氏物語に振り回されながらも、作品を愛し評価に一喜一憂する。霊鬼の存在を信じ、恐れる――もちろん豊かな才能は持つものの、彼女はあくまでも「普通の」女性なのです。

 一方の清少納言は、宮中から退き、侘び住まいに暮らしながらも、気持ちは枯れずに強い自負心を持つ人物。他人に対しても他人の作品に対しても歯に衣着せぬ言葉をぶつけ、そして今は亡き主人を騙る(?)霊鬼も恐れない――そんな「強い」女性であります。
 もちろん紫式部に比べて清少納言の方がどう見てもアクが強いキャラクターですが、それは決して悪いのでも劣っているのでもない。あくまでも一つの個性である――そんな本作の視点から描かれる清少納言の存在感は爽快ですらあります。

 思えば作者は『ばけもの好む中将』シリーズにおいて、時に陰に陽に、自分自身の生きる道を求め、それを貫こうとする女性たちの姿を描いてきました。その姿勢は、本作においても健在といえるでしょう。
 そしてクライマックスで明かされる霊鬼の正体(これがまた、「歴史ミステリ」として実に見事なのですが)と、それに対する言葉にもその姿勢は明確に示されています。本作は二大女房という奇妙なバディの活躍を通じて、懸命に己の生を生きようとする/生きた女性たち全てに向けた大いなる肯定の物語である――そういってもよいかもしれません。

 個性豊かな(そして史実を巧みに拾った)二大女房のキャラクター、そして巧みな平安ホラー色&コメディ色と、作者らしさが横溢する本作。意外すぎる(そしてある意味適任すぎる)人物の解説も含め、実に内容の濃い一冊であります。


 ちなみに本作には実はもう一人、第三の女房――和泉式部が登場します。タイトルには入っていないものの、二人とは全く異なる、そして凄まじく説得力のあるそのキャラ造形は必見。これは確かにモテる……!


『紫式部と清少納言 二大女房大決戦』(瀬川貴次 集英社文庫) Amazon

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2024.02.28

平谷美樹『貸し物屋お庸謎解き帖 髪結いの亭主』

 白泉社招き猫文庫で四作、そしてこのだいわ文庫で四作目、通算八作目となり、長期シリーズとなってきた『貸し物屋お庸』。江戸のレンタルショップを舞台に、品物を借りに来る客たちの人間模様が、そしてそれにまつわる幾つもの謎が、今回も描かれることになります。

 故あって貸し物屋・湊屋の両国出店を預かっている少女・お庸。顔は可愛いが口は悪い、そして好奇心とおせっかい焼きでは右に出るもののない彼女は、手代の松之助や店を手伝う陰間長屋の面々を振り回しつつ、今日も威勢よく働いております。

 そんなある日、店にやって来たのは、台箱(髪結いの道具を入れる箱)を借りたいという初老の男。以前髪結いをしていたが、今は棒手振りをしているという男は、髪結いを再開するために道具を借りにきたというのですが――お庸の勘は、何やら裏の事情があることを感じとるのでした。
 そこで男の様子を調べた追いかけ屋(店が詐欺にかけられたり、品物が犯罪に使われたりするのを避けるため、客の身辺調査を行う役)によって、おかしな状況が判明するのでした。

 折角借りた台箱を使うこともなく、住処に置きっぱなしだという男。しかも男は棒手振りの傍ら、面体を隠して、普段商売に行くのとは別の町を歩いているというではありませんか。
 はたして男は何のために台箱を借りたのか。そして男は何のために町を歩いているのか――やがてお庸は、男の過去にまつわる、ある事情を知ることに……

 本書はそんな表題作「髪結いの亭主」から始まります。髪結いの亭主といえば、妻に働かせて自分は左うちわの男を指す言葉ですが、さて本作では――と、一種の「日常の謎」が描かれることになります。
 そしてその謎の先にあるのは、何ともほろ苦く、そして切ない事情――ある一つの事実から、男の行動の意味が明らかになっていくミステリ味はもちろんのこと、そこに強く漂う人情味も含めて、ある意味本シリーズらしいエピソードといえるでしょう。


 そして本書には、この他に以下の四編、全部で五編が収録されています。

 割れた鼈甲櫛を拾った少年の枕元に若い女の幽霊が出現、少年が櫛を店に持ち込んだことをきっかけに、お庸が人のエゴのぶつかり合いに巻き込まれる「割れた鼈甲櫛」
 幼なじみの叔父が、店から上物の釣り竿を借りたものの、家に置いたまま毎夕出かけていくという謎に挑む「六尺の釣り竿」
 火の用心の拍子木を借りに来た元鳶の親方とお庸の短い道行きを描く「火の用心さっしゃりやしょう」
 法事で親戚が集まるので大火鉢を借りたいという呉服屋にお庸が感じた小さな違和感が大事件に発展する「凶刃と大火鉢」

 今回も人情あり、幽霊との対峙あり、事件の謎解きありと、バラエティに富んだ内容であります。(特に本物の幽霊が登場するのは、本シリーズならではの特色の一つでしょう)
 正直なところ、ちょっと内容的に小粒かな、という印象もあるのですが、しかしどのエピソードも、作中にキラリと光るものがあるのは間違いありません。

 特に「火の用心さっしゃりやしょう」は、掌編といっていい分量ながら、個人的には今回のベストと感じる作品です
 若い衆が自分愛用の拍子木を忘れてきてしまったので、代わりを借りに来たという隠居した鳶の親方。若ぇ者を鍛えるという親方を面白がり、番屋まで同行することになったお庸は、言葉を交わしながら夜道を行くのですが……

 実は同様の趣向のエピソードは以前にもあったのですが、もちろんこちらはまた別の一捻りが加わった内容。もの悲しいようで、どこか粋さを感じさせる結末が印象に残ります。

 また、「凶刃と大火鉢」は、本書の掉尾を飾るのに相応しいオールスターキャストのエピソード。これまでお庸を支えてきた面々が力を合わせてのクライマックスは、ある意味彼女のこれまで辿ってきた成長の道のりを示すものかもしれません。

 その一方で気になるのは、主の清五郎に対するお庸の想いの変化であります。他の面ではまだまだ大人らしさよりも自分らしさ優先のお庸ですが、はたして彼女は彼女はこのまま「成長」して終わってしまうのか。まだまだ先が気になる物語です。


『貸し物屋お庸謎解き帖 髪結いの亭主』(平谷美樹 だいわ文庫) Amazon


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2024.02.27

都筑道夫『新顎十郎捕物帳』

 久生十蘭が生み出した極めて特異な捕物帳ヒーロー・顎十郎。その設定を受け継いで都筑道夫が描く、新たな顎十郎の活躍であります。ユニークな探偵がトリッキーな事件の数々に挑む、時代ミステリの名編ぞろいの連作短編集です。

 与力である叔父・森川庄兵衛の伝手で北町奉行所例繰方の役についている仙波阿古十郎――顔の半分を顎が占めているような異相で、ついたあだ名が顎十郎の阿古十郎ですが、しかし実は素晴らしく頭の回転の早い推理名人。
 難事件に弱った庄兵衛が謎解きを持ち込んでくると、御用聞きのひょろ松をお供にスッパリと謎を解いては、叔父から小遣いをせしめる――というのが、久生十蘭の『顎十郎捕物帳』であります。

 残念ながら今ではいささかマイナーな部類ではあるものの、今の目で見てもミステリとして見ても実によくできたこの『顎十郎捕物帳』。それにかねてから惚れ込み、自身の『なめくじ長屋捕物さわぎ』のルーツの一つと公言している作者が、作者の遺族の了承を受けて手掛けたのが本書。
 文体などは作者自身のものを用いていますが、登場人物や背景となる時代設定は原典のものを用いて、新たなエピソードを描いたというべき作品であります。
(ちなみに顎十郎、原典の後半では奉行所を辞めて駕籠かきになるというとんでもない展開なのですが、「新」の方はさすがに奉行所時代のお話となっています)

 さて、その原典譲りのミステリとしての面白さは、冒頭の「児雷也昇天」から発揮されています。
 湯島天神の境内の小屋でかかっていた児雷也の芝居の上演中に起きた怪事件。児雷也が大蛇の精の菖蒲太夫を斬り、捕手を妖術できりきり舞いさせて逃げおおせる――そんな内容そのままに、児雷也演じる市川登美五郎が、菖蒲太夫演じる岩井珊瑚を舞台上で本当に斬り殺し、蟇になって、飛び去って消えたというのです。

 話に尾ひれがついた部分はあるものの、珊瑚が斬り殺され、登美五郎が舞台から消えたというのは事実。何のかんの文句を言いながら乗り出した顎十郎ですが、やがて新たな殺人が起きて――という一編であります。
 この冒頭のまさしく外連味たっぷりな謎の提示も嬉しいのですが、それだけに留まらず、新たな事件が起き、そしてそこから、そもそも何故顎十郎が――というところまで踏み込んでみせる本作。凝った構成が実に面白い(そして話の落とし方もなんとも愉快な)、幕開けに相応しい内容です。

この作品を含めて、本書に収録されているのは全七篇。こちらもユニークな時代ミステリ揃いであります。
 大盗・伏鐘の重三郎が江戸に帰ってきた噂が流れる中、浅草寺一帯が消えてしまったのを見たと語る男が現れる「浅草寺消失」
 高輪東禅寺の英吉利領事館で、副領事の袂時計が消失した謎を解くため、顎十郎が出馬する「えげれす伊呂波」
 盗賊を追っていたひょろ松が誤って別人を殺し、死骸を両国の見世物小屋に隠したという疑いを晴らす「からくり土佐衛門」
 迎えに来た駕籠に乗せられていった先で姫君に憑いた狐を落とすことになったのが、意外な顛末をたどる「きつね姫」
 二人の女性の幽霊が出るという旗本屋敷に拐かされた娘を取り返しに向かった先で、当主が被害者の密室殺人が起きる「幽霊旗本」
 南町同心・藤波友衛とともにとある武家屋敷に拉致された顎十郎が、「あるはずのないものがあったり、あるはずのものがなくなった」謎を解く羽目になる「闇かぐら」

 いずれもあらすじの時点で一筋縄ではいかないのがわかる――だからこそミステリとして素晴らしく楽しい名品ばかりであります。

 特に、原典でも二度登場し、とんでもない大掛かりな事件を引き起こした伏鐘の重三郎がまたもやとんでもない事件を起こす「浅草寺消失」、原典でも顎十郎の(一方的な)ライバルとして登場する藤波友衛と呉越同舟、共に謎を解くことになる「闇かぐら」など、シリーズの設定を踏まえつつ、捻った展開が実に面白い。
 また、いかにも幕末らしい設定の「えげれす伊呂波」は、ミステリファンは思わずニッコリのオチも楽しく――と、仕掛けが満載された作品揃いです。

 意表を突いた謎の解決(それ自体がいずれもフェアで実に面白いのですが)だけに終わらず、そこからさらに物語に隠された謎と仕掛けが浮かび上がる、凝った構成の作品がほとんどというのも、作者の気合の入りようが窺えるようで楽しい本書。
 後半六作品を収録した第二弾、そして原典そのものの、いずれ近いうちにご紹介できればと思います。


『新顎十郎捕物帳』(都筑道夫 講談社文庫) Amazon

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2024.02.26

『明治撃剣 1874』 第伍話「死闘」

 ついに始まった撃剱会本選。急遽真剣の使用が許可された中、第一試合では雷岩梶五郎と対峙した静馬が何とか勝利。続いて、中澤琴も追い詰められた状況から二刀を用いて勝利する。第三試合以降は雨で翌日に順延されるが、その晩、狂死郎は毒を盛られることに……

 というわけでいよいよ始まった大日本撃剱会の本選トーナメント。会場はド派手な四神の像に三、四階建ての客席、試合開始前には大太鼓が打ち鳴らされ、公然と勝敗を賭けた賭博が――と派手にやりたい放題なのにご満悦の守屋組長ですが、撃剱会の運営は狂死郎に任されていたということは、これは彼のセンスなのでしょうか。それはさておき、今回展開するのは、前回選出された八人の選手の激突ですが、しかしその裏側では様々な事態が動いていることはいうまでもありません。

 第一試合は静馬vs雷岩梶五郎――殺人力士の異名を持つ梶五郎とは、前回ちょっとした因縁があった静馬ですが力はともかく、技の面では勝るとも劣りません。しかし木刀同士の勝負では、すぐに得物が折れてしまい――というところで、いきなり真剣の使用もOKというルール変更。そういうのはアンダーグラウンドで行うものでは、と心配になりますが、御前のバックがあるからということか、組長は気にも留めません。
 そんなわけでこれまで以上に命懸けになった勝負ですが、静馬は梶五郎の攻撃をもろにくらいながらも、技もへったくれもない馬鹿力で相手をブン投げて逆転勝利。正直なところ、もう少し技でも使って欲しかったところではあります。

 第二試合は中澤琴vsブレイズ・ミラー。イギリス人のわりには(?)十文字槍を用いるミラーですが、相変わらずの時間を気にしながらの猛攻に追い詰められた琴は、これを二刀を使って封じ、交差しながらの一閃で勝利。しかし忘れかけていましたが、元々静馬たちは二刀を使う辻斬りを追いかけて撃剱会に参加した身だったわけで、これで琴も容疑者の仲間入りです。

 そして第三試合――というところで雨が降り、文字通りの水入り。しかしその晩、せんりのインタビューを受けていた狂死郎が雛鶴に毒殺されかけるという事件が発生。客人よりも先に盃に口を付けるという出来の悪い三下のおかげで助かったようなものですが、どれだけ強力な毒だったのか、狂死郎は一口飲んだだけで瀕死の状態に……
 それでも翌日の試合は進行し、第三試合は藤田五郎vs宝井幸太郎。鎖鎌を使う宝井に刀を奪われて追い詰められる藤田ですが、眼鏡を取ってやたら目つきの悪くなった彼は行司の軍配を奪って攻撃を封じ、そこからさらに行司の脇差で一撃――行司が本身を差していたばかりに、ついに大会に死者が出るのでした。

 そしてついに第四試合――ヨレヨレになりながらも何とか出場した狂死郎ですが、ここで対戦相手の吉川冬吉の意外な真実が判明。実は彼の正体は、清水次郎長一家の小政――うかつにも見落としていましたが、吉川冬吉は小政の本名、そして史実での小政も、居合の達人と言われております。時々思わぬところで面白い史実を拾ってくる本作ですが、なるほど、前回ちょっとした大物扱いされていたのはこのためか、と納得であります。
 さて、体調不良に加えて相手も悪いと窮地の狂死郎でしたが、しかしこちらも二刀を用いて相手の居合いを封じるという戦法で辛勝するのでした。
(ちなみに死因はともかく、死んだ年も史実通りであります)

 しかし狂死郎の受難は続きます。翌日、二人がかりで狂死郎を襲う牧野巡査と小山内。やはり牧野が御前の暗殺者・鴉――なのかはまだわかりませんが、そうであるとすればそのダシにされてしまった小山内は、狂死郎の凶刃を受けることに……
 そしてその頃、琴との勝負で実にみっともなくKOされた静馬。梶五郎戦のしょっぱさに続き、主人公にあるまじき展開の連続に、ただでさえ物語の核心から遠い位置にいる彼の今後が不安であります。おそらく元婚約者はあんなに裏で大暴れしているというのに……


 それにしても明治時代の後ろ暗いところのある商人は、何故ガトリング砲が好きなのか……


関連サイト
公式サイト

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2024.02.25

山根和俊『黄金バット 大正髑髏奇譚』第2巻

 令和に甦った昭和のヒーローが大正を駆ける、異形のヒーローアクション第二巻であります。黄金バットの依代として復活した月城少尉の前に立ちふさがるもう一人のバット・暗闇バット。任務で欧州に渡った月城たちですが、そこで彼と黄金バットの思惑がすれ違うことに……

 極秘任務で太古の邪神・ナゾーの巫女暗殺に向かったものの、人ならざる力を持つ彼女に返り討ちされ、一度は命を落とした月城少尉。しかし彼はナゾーと戦う謎の怪人・黄金バットの依代として復活。同様に命を落とし、機械人間として再生された先輩・笹倉中尉とともに、ナゾーの眷属たちと戦いを繰り広げることになります。
 しかし軍の内部も一枚岩ではなく、ナゾーに付いた一派の刺客が月城たちを襲います。そしてその中には、太古から黄金バットと戦ってきた暗闇バットの姿が……

 というわけで、二人のバットの戦いから幕を開けたこの第二巻。普通の人間では決して殺せないナゾーの眷属を、いとも容易く倒してしまう黄金バット――と、本作の作中パワーバランスはかなり極端なのですが、そんな中で、黄金バットと同格の存在が登場したことになります。
 いや、この時点の暗闇バットは黄金バットよりも実力は上。月城と黄金バットはあくまでも別の存在、未だに黄金バットと共に在る自分に違和感を持つ月城は、黄金バットと完全に一体化したわけではない一方で、暗闇バットとその依代の連続殺人鬼・白木虎雄は、破壊と殺戮を好むという点で一致しているのですから。

 かくて暗闇バットに圧倒される黄金バット。故あってその場は命を拾った月城ですが、彼と黄金バットとの間の思惑の違いは、続く展開――この巻のメインである、欧州での戦いで明確に示されることになります。

 後に第二次世界大戦と呼ばれる戦いの真っ直中であったこの時代――欧州で激戦が繰り広げられる中、上官から月城と笹倉に下された任務。それは敵国であるはずの独逸に渡り、そこで物資輸送の責任者である将校を護衛するというものでした。一見、利敵行為のようですが、そこにはできるだけこの戦いを長引かせ、そこから得られる利を貪ろうという上層部の思惑があったのです。

 普通のヒーローものであればあり得ないようなシチュエーションですが、しかし月城はヒーローではなく軍人。そして人間の自由意志を重んじる黄金バットも、その理非を意に介さない――と思いきや、ここで思わぬ事態となります。

 そう、この任務で月城が相手にするのは、敵とはいえあくまでも普通の人間。決してナゾーと無関係の人間に力を振るおうとしない黄金バットは、月城に力を貸すのを拒否――そのために月城の肉体もまた、常人に戻ってしまったのです。

 上で述べたように、人間の自由意志を重んじ、それを守ろうとする黄金バット。しかし彼のそれは、その結果、人間が争い滅んでもそれを許容するという、ある意味非常にドラスティックなものでもあります。
 その点で、人類を滅びから回避するために自らの意志の下で(人間の意志は無視しても)完全に管理しようというナゾーと、黄金バットとは非常に対照的な存在であります。そして人類初の世界大戦が行われている時代こそが、この両者の戦いの舞台にふさわしいともいえますが――しかしまさに神の視点としか言いようのない両者の戦いに巻き込まれた人間こそ、いい迷惑といえるでしょう。

 命令とあらば殺人も厭わずも、ナゾーが関わらなければ人間の命が失われていくのを座視する黄金バットに対して、違和感と疑問を抱く月城。しかしそれこそは、黄金バットが守ろうとする人間の意志の表れでしょう。
 だからこそ月城は黄金バットはと共に戦う「相棒」足り得る――この巻の終盤、ドイツから舞台をロシアに移して繰り広げられる戦いの中で描かれる、黄金バットと月城の関係性には、大いに頷けるものがあります。
(まあこの辺り、よせばいいのに月城たちを追ってきた暗闇バットのオウンゴールという印象もありますが……)

 そんな月城に対し、ナゾーの「配下」と化したラスプーチン(!)。両者の戦いはいかなる展開を見せるのか――そこには本作の向かう先があるのかもしれません。


『黄金バット 大正髑髏奇譚』第2巻(山根和俊&神楽坂淳ほか 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon


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2024.02.24

安田剛士『青のミブロ』第12巻 決戦の、そして芹沢劇場の始まり

 週刊少年マガジンでの連載はいままさに最高潮ですが、単行本の方でも芹沢暗殺編のクライマックスに突入した『青のミブロ』。暴走する芹沢を暗殺する決意を固めた近藤・土方たちですが、新見の遺志を継いだ芹沢は万全の体制で待ち受けます。そして両者の間に立たされた、におたち三人の選択は……

 幾多の暴走と悲劇を経た末に、新見が自決を遂げ、ついに芹沢排除の意思を固めた土方。それまで抑える側に回ってきた近藤もそれを認める――いや自らが陣頭に立とうとすらする――ことになります。
 いつ、どこで、誰がやるのか、土方が、沖田が、原田が、山南が、藤堂が、永倉が、それぞれの想いを胸に行動する中、におは己が何をなすべきか、一人悩むのでした。

 そして迎えた運命の文久三年九月十六日。八月十八日の政変での活躍を祝する宴会の帰り道で、土方たちは芹沢を暗殺するはずだったのですが――その目論見は次々と崩れていくことになります。
 何事もなく八木邸に戻ってしまった芹沢の寝所に踏み込む決意を固めた土方たちですが、そこに待っていたのは……


 ある意味、この物語が始まった時から、ここに至ることは決定付けられていた芹沢暗殺。それは決して変えられない、厳然たる史実でありますが、しかしそこに至るまでの経緯と、そして戦いが始まってからの経過は、我々が知るものと、大きく異なることになります。

 その分岐点の一つが、新見の死であることは間違いないでしょう。本作においては、芹沢の幼馴染であり、腹心でありつつも一定の距離を置き、むしろ監察役として独自の立ち位置を占めていた新見。その彼も、史実同様に切腹することになりますが――その理由は何であったか。
 前巻のラストでは、その直前に彼が芹沢と正面から向き合い、楽しげな笑みを浮かべながら何やら語り合う姿が描かれましたが、それこそが彼と芹沢が組んだ最後の企ての場だったのです。

 土方たちが密かに暗殺準備を進める一方で、それを完全に読み――いやむしろ誘導すらした上で――万全の体制で待ち受ける芹沢。そう、ここから始まるのは一方的な暗殺などではなく、双方の力と知恵を尽くした戦闘なのです。


 これまで幾度も述べてきましたが、本作の芹沢は単純な暴君ではなく、ガキ大将がそのまま大きくなったような部分と、多くの仲間を惹きつける将器を合わせ持つ人物として描かれてきました。それが、凶暴なのにどこか親しみやすさを感じさせる人物像に繋がってきたといえます。
 そんな彼に相応しい最期とは何か――それは泥酔したところで寝込みを襲われて女と共に殺されるという、ある意味武士にあるまじきものではないでしょう。少なくとも、本作の芹沢と新見はそう考えなかった。それだからこそ、本作の芹沢は、自分の最期に相応しいステージを、自ら作り上げてみせたのであります。

 土方たちを「最高傑作」と呼び、嬉々として迎え撃つ芹沢の姿は、まさに芹沢劇場。役者が違うとしか言いようがありません。

 しかしそれと同時に、これ程自由に見えた芹沢もまた、様々なものに囚われていることが、やがて浮き彫りとなっていきます。己の望むままに生きてきたような芹沢が手に入れられなかったもの――それはなんであったか。
 その一端は、この巻の名場面の一つ、その晩の宴に向かう際、にお・太郎・はじめの三人に対する言葉にも表れているように感じられますが――だとしたら、それに対してにおはどのように相対するのか。

 彼が滅多に見せない激情で以って近藤に挑んだ結果、何が起こるのか。そしてそれが芹沢に何をもたらすのか。八木邸での決戦が続く中、その答えが描かれるのはまだ先であります。


 しかしこれだけ完成度の高いドラマが展開する中、お梅のくだりだけは唐突感が高すぎるのが勿体なさすぎる……


『青のミブロ』第12巻(安田剛士 講談社週刊少年マガジンコミックス) Amazon

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2024.02.23

『戦国妖狐』 第7話「火岩と芍薬」

 岩の闇に歓待される最中、里にやって来た旅の妊婦を里で休ませるたま一行。しかし妊婦が産気づいた矢先に、迅火抹殺の命を受けた道練と烈深が現れる。激しく男と男の拳を交わす迅火と道練。しかしその間に烈深が放った巨岩が、妊婦たちのいる小屋目がけて転がっていくのを見た灼岩は……

 原作読者にはついに来てしまったか、という他ない今回。OPなしでいきなり始まるところからも、ただならぬ雰囲気が伝わります。

 といっても前半はいつもどおりのゆるいムード主体の展開。強くなりたいと夜の素振りを欠かさない真介と、そこに現れた灼岩の、ラブコメ感満載のやり取りにはニヤニヤさせられます(ここで芍薬と火岩と、文字通りの一人芝居を見せる黒沢ともよの演技が楽しい)。あまりの小っ恥ずかしさに、その場に出ていかずにツッコミを入れるたまですが、迅火もたまの隣にいるために闇になりたがっている時点で大概だと思います。
(それにしても真介に剣を教えたのが、武士の幽霊だったのにはびっくり。語られなかったものの、原作でもそのつもりだったとか)

 しかしそんな甘酸っぱい展開の後、妊婦に名前を問われて、人としての名である芍薬ではなく、灼岩と名乗ってしまう彼女が切ないのですが――それを受けて妊婦が女の子なら芍薬と名付けると語る(そして迅火が男の子だったら火岩を勧める)のにグッと来ます。しかしあれもこれも、皆ある意味前フリだったとは!

 一方中盤では、前回酒を酌み交わした道錬が刺客として迅火の前に登場することになります。とにかく強い相手と戦うのが生きがいという道錬は、技はボクシング――いや撲神ながら、相手の攻撃を全て受けとめた上で勝つというプロレスタイル。自分は傷付かずに圧倒的な火力で瞬殺する迅火とは正反対の相手ですが、そんな道錬と真正面から打ち合うバトルはなかなか気合の入った作画で、きっちりバトルものとして盛り上がります。
 戦っているうちに変な脳内麻薬が出たのか、アヒャヒャヒャと笑いながら殴り合う迅火は確かに怖えですが……

 さて、前半でラブコメ、中盤でバトルと、シチュエーションとテンションを変えながら展開してきたこのエピソードですが、ラストに待つのは悲劇であります。それも極めつけの。
 道錬と迅火の熱戦を尻目に、妊婦が今まさに赤子を産もうとしている小屋めがけて、大岩を転がす烈深。混乱の中の道錬パンチで迅火はダウン、たまは妊婦の世話、真介には打つ手なし――という場で、立ち上がるのは灼岩。その力で大岩を受け止める灼岩ですが、しかしその時……

 もうこの先の展開は原作で何度も読み返して(そしてそのたびにボロボロと泣かされて)いるのですが、ここに動きと声がついた時の破壊力たるや凄まじい。
「だ…大丈夫す バケモンすから」
「安心して生まれてくるす 大丈夫 守るから」
「ようこそ世界へ しっかりがんばるすよ」
と泣かせる台詞の連続(ここで原作にない「幸せ…わたす幸せでした」と言わせるのもニクい)と来て、原作では(間違いなくあえて)描かれなかった赤子の泣き声を響かせる演出は、ある意味どストレートながら、だからこそ胸に刺さりまくります。そしてここでとどめに赤子の名が――とくれば、もうこちらも迅火の如く「おおおお」と呻くしかないのです。

 誰かをアレして泣かせるというのは、作劇としてはあまり褒められたものではないのかもしれません。しかしここでは、おそらくは本当の喪失を知らなかった迅火と真介が、それを真正面から突きつけられる――そしてそれとほとんど同時に、命の誕生を目の当たりにするという点で、すなわち生と死の在り方を目の当たりにしたという点で、大きな意味があったと感じます。
(そんな姿を、おそらくはこれまで無数の生と死を見てきたであろうたまが見守るのもいい)

 人と闇という軸に加えて、生と死という軸が描かれた今回。そのまま今回限定のEDに雪崩込むのも、大きな余韻を残すエピソードでした。


『戦国妖狐 世直し姉弟編』上巻(フリュー Blu-rayソフト) Amazon


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2024.02.22

椎名高志『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第6巻 感動、親子の再会 そして理玖の生きる目的

 独自路線を行きつつも、これが見たかった! と言いたくなるような展開が続くコミカライズ版『半妖の夜叉姫』、前巻は親世代復活か!? という引きで終わりましたが、まだまだ意外な展開は続きます。是露を追い、九州に旅立つこととなった夜叉姫一行。その前に、新たな半妖の娘が……

 京で是露の襲撃を受けて辛うじて逃れた中、過去に何が起きたのか、そして自分たちの親が何故姿を消したのか知ったとわたち。さらに「朔」の影響で妖力を失い、苦戦しながらも、彼女たちは是露の配下・魔夜中を打ち破ることに成功します。
 神としての姿を取り戻した魔夜中の加護により力を得たとわたちは、その勢いで是露に挑むものの、流石に相手は大妖――窮地に陥ったその時、犬夜叉・かごめ・りんが現れて……

 と、猛烈に盛り上がったところで終わった前巻でしたが、あくまでもここに現れた犬夜叉たちはかりそめの姿。実際に戦う力はなかったはずなのですが――しかしそこで是露の身に意外な異変が起きることになります。
 しかしそれ以上にこの場面で印象に残るのは、りんの姿でしょう。冷静に考えればここで登場しても戦力にはならないりんですが――しかし彼女が語るとわたちの強さの源は、親と引き離されても決してとわたちは孤独ではなかったことを語るものであり、戦う力を持たない彼女だからこその言葉に大きく頷くしかありません。

 そしてそこに真打ち・殺生丸が登場、ついに是露もその場を逃れるのですが――ここから、この巻のクライマックスの一つというべき場面が描かれることになります。そう、夜叉姫たちとその親たちの束の間の再会、そして別れが……
 ここは一つ一つのやりとりが泣かせの連続なのですが――ここでもその場を攫っていくのが殺生丸。前巻で仄めかされた、殺生丸が置かれたある状況――それを踏まえながらも描かれる、不器用で無愛想な彼なりの妻と子への愛の姿は、もうエモいとかいうレベルではないのであります。


 さて、ここまでがこの巻の三割程度、ここからは新展開となります。肥前国にあるという麒麟丸の根城へと旅することになった三人の夜叉姫と理玖・りおん。堺から西に海路で向かおうとする一行ですが、しかし海に強力な妖怪が出現するようになったため、船が出なくなってしまったというのです。
 そこで海専門の退治屋の船に同乗することになった一行(ここで登場する屍屋の支店のくだりが実に楽しい。足下兄弟か!?)ですが、さてここで登場する海の退治屋を率いるのは――なんと紫織!?

 この紫織、アニメでは第20話に登場しましたが、元々は『犬夜叉』のキャラクター。百鬼蝙蝠の父と人間の母の間に生まれた半妖であり、非常に強力な結界を張る力を持つ少女であります。アニメでは、身寄りのない半妖の子供を匿う隠れ里を作り、子供の頃のせつなが世話になった人物として描かれました。

 それが何故ここで大男を顎で使う海の女に――という気もしますが、しかし元々地黒だった彼女のビジュアルは、妙に似合うのもまた事実であります。
 そして何よりも、半妖の娘としてはとわたちの先輩に当たる彼女が、一種のロールモデルとして活躍するのも、大いに納得できるところでしょう。

 さて、彼女とその一党、そしてとわたち一行の前に現れたのは、ワダツミズチなる女妖。海のメデューサというべきそのビジュアルと能力は、アニメの第26話に登場した海蛇女(元々の名前は「わたつみのたまひ」)がベースでしょう。
 アニメでは悲しい過去の妖怪でしたが、こちらでは特にそういうところもない敵のワダツミズチ。しかしとわたちが総力戦を強いられることになったのですから、かなりの実力者であったことは間違いありません。

 とはいえ、このエピソードで中心となったのは、理玖という印象があります。アニメでは結構立ち位置が曖昧だった理玖ですが、こちらでは早々に殺生丸の協力者として行動、心ならずとはいえ、麒麟丸や是露とは早々に敵対する立場となります。
 しかしそれだけに今の彼の立場は微妙なところにあります。もはや行く先もなく、為すべきこともない理玖。元々、麒麟丸によって作られた存在である彼は、己には心すらないと思い定めていたのですが……

 それがそうではなかったと戦いの中で気付き、そして新たな自分の生の目的を定める姿が、実にいい。そしてそれを形にしてみれば――これにもなるほど、と納得させられるのです。

 そして新たな味方を加えて、いよいよ麒麟丸の城に迫るとわたち。はたしてその前に待つのは――いよいよクライマックスは近いのでしょう。


『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第6巻(椎名高志&高橋留美子ほか 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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2024.02.21

高橋留美子『MAO』第19巻 夏野の命の真実 夏野の想いの行方

 平安時代からの怨念と因縁を縦糸に、そして大正時代での怪異との戦いを横糸に展開する『MAO』、第19巻では前巻より続く人身御供の村を巡る戦いに続き、夏野の身に起きた出来事の真実が描かれることになります。そしてそれらの中で、己の力で摩緒を助けるべく奮闘する菜花ですが……

 長きにわたり雨乞いのための人身御供の儀式を続ける山中の村。そこで水を巡る異変が起きていることを知った摩緒と菜花は、その異変の主――新御降家の水の術者・流石と対峙することになります。
 この村の出身であり、かつて家族を奪われて復讐を望む男に雇われた流石に対し、それでもこの村に今も生きるものがいると止めようとする摩緒たち。しかしその戦いの最中も人身御供の儀式は続き――というところで、前巻からの続きとなっています。

 いつもであれば新御降家の陰謀を摩緒たちが打ち砕いて――という展開になるわけですが、しかし今回はあまりにも因習村のやり方が陰惨であるために、単純に善悪言い難いのも事実。そして新御降家側が流石――能天気で軽く女の子に弱いという、高橋作品に定番の陽性キャラであることもあって、何だか妙な空気が漂います。

 それでももちろん、村にはそこで生活を送る人々がいるのも事実。それを無視できず、土剋水だからと流石に挑む菜花ですが――その結末は予想できたものの、その先のこのエピソードの落着のさせ方はお見事というべきでしょう。
 ある意味新御降家で一番の強敵かもしれない流石のキャラクターを活かし、そして人身御供の少女・幸子が一歩踏み出す姿を描いての結末には納得です。
(幸子でスゴいオチをつけるのも含めて……)


 さて、次なるエピソードでは、震災後に被災者たちが住む不忍池に夜毎現れる妖をきっかけに物語が始まるのですが――ここでの中心となるのは夏野であります。
 土の術者であり、五人の候補者に含まれていなかったにもかかわらず、平安時代から大正まで生きながらえてきた夏野。それは謎の土人形との契約で、候補者の一人で土の術者・大五の五体を集めるのと引き換えの命だったのですが――ここで意外とあっさりと、彼女を生かしていた者の正体と、彼女の命の源が明かされることになります。

 それは半分は予想が付き、半分は予想外のものでしたが、いずれにせよここで明らかになった真実は、更なる謎と秘密を語るものであることは間違いありません。
 何故大五は蘇らされたのか。いやそもそも大五は誰に、何故殺されたのか? そしてそれは同時に、かりそめの命を持つ夏野の今後に繋がるものなのでしょう。

 そしてこの巻の後半で描かれるエピソードは、そんな彼女の想いの一端が描かれたものと言えるかもしれません。

 かつて悪逆無惨な盗賊だった鵺丸が改心して仏道に入り、即身仏となったものが祀られていたという鵺丸塚。その塚が壊されたのと共に、周囲に怪事が続発していることを知った夏野は、菜花を調査に誘います。
 悪霊退治ができるかもしれないという夏野の言葉通りに現れた不気味な怪物(その真実の陰惨さがまた、実に作者らしい)を前に、彼女は菜花にただ一人、祓ってみせるよう告げるのですが……

 本作における二人の主人公でありつつも、物語が始まった時点でほとんど完成したキャラクターである(それは平安組のキャラはほぼ全員そうなのですが)摩緒に対して、まだまだ発展途上のキャラとして描かれている菜花。
 そんな彼女の姿は、先に述べた人身御供の村でも描かれましたが、この鵺丸塚のエピソードでは、彼女がまた一段成長する様が描かれることになります。

 そしてそれは同時に、彼女を導いた夏野の姿を描くことでもあります。
 今は、幽羅子の口からかつての真実を知ることを「生きる」目的としている夏野。そんな彼女が、菜花を導こうとしているのは――あるいは自分の「余命」を悟っているからなのでしょうか。

 先に平安組はいずれも完成したキャラと述べましたが、その中で唯一大きく不安定な要素を抱えた彼女だけに、その向かう先が気になるのです。


『MAO』第19巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon


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2024.02.20

『明治撃剣 1874』 第肆話「撃剱」

 町で起きた辻斬りの犠牲者が大日本撃剱会の出場者であったことから、捜査のために身分を隠し、出場することになった静馬。そこには数々の強豪と共に、あの修羅神狂死郎も参加していた。一方、謎の人物・御前が行う阿片の密貿易を巡り、狂死郎が世話になっている守屋組長らの思惑が複雑に絡み……

 二回も休みが入ったためもあってか、まだ第四回だったのか!? という気がする本作ですが、今回はタイトルというかサブタイトルの通りに激剣会が登場。それにふさわしくというべきか様々な剣士たちが登場し、その一方で物語の裏側の動きも活発化して一気に物語は複雑になってきた印象があります。

 そしてその縦糸になるのはいうまでもなく撃剣会であります。言ってみれば剣術試合を興行化した撃剣会ですが、本作においては、謎の人物・御前とも深いつながりのある守屋組が取り仕切る興行、そしてそれを任されたのが、組長の龍三と杯を交わした狂死郎で――というわけで、色々と裏があるとしか思えません。しかしそれはさておいたとしても、多額の賞金に釣られて腕自慢たちが集まってくる、というのは定番ながらやはり盛り上がるパターンであります。

 もちろん本来であればこうしたグレーゾーンのイベントに巡査である静馬が関わるはずもありませんが、彼が取り扱うことになった辻斬り事件の被害者が出場予定者、そして目撃された犯人が二刀流ということで、これも剣客ならば撃剣会絡みの可能性がある――というわけで捜査のため、偽名で彼も出場することになります。
 さらに参加者の中には何故か藤田五郎がいるのですが(ここで静馬が何となく見覚えがあるような顔をしながら名前に覚えがなかったのは、藤田名乗りは斗南藩移住の時なので平仄はあっています)、さらに嬉しいのは中澤琴の登場です。
 女性ながら男装して新徴組に参加したという、嘘のような実在の剣士である中澤琴。さらに自分より強い者と結婚すると決めていた(その結果生涯独身だった)とまで来るとキャラが立ちすぎているためか、意外とフィクションに登場することは少なかった彼女が登場するだけでも本作の価値はある、というのはもちろん言い過ぎですが……

 さらに土俵で相手を殺して追放された殺人力士・雷岩梶五郎、紳士然とした態度ながら自分のペースのためには残虐行為も厭わないイギリス人ブレイズ・ミラー、やたらと運が良い短躯のおっさん・宝井幸太郎、賭場でのいざこざで刀を交えた狂死郎をも驚かせた居合使い・吉川冬吉――といずれも一癖も二癖もある面々に、静馬・藤田・琴、そして狂死郎も加わった八人でトーナメントが! と、いきなりメジャーな展開になるのには驚きましたが、ストーリーが比較的地味だっただけに、歓迎したいと思います。

 さて、このトーナメント自体は次回開幕ですが、それと並行してきな臭さを見せているのが、第一話から登場している謎の金髪侍・御前サイドの動きであります。新政府打倒のために色々と企んでいるらしいこの御前、その一環として阿片の密貿易を行っていますが、一味の守屋組長と商人の藤島が、阿片を横流しして私腹を肥やそうとしているなど、一枚岩ではない様子。
 さらにそこに目をつけた狂死郎は、配下たちを使ってこの横流しを妨害(しかしそれを阻んだ狐面の用心棒も、もしや……)。その目的はまだ不明ですが、御前の側は狂死郎、いやその前身の庄内藩士・池上宗一郎の存在を知り、自分の敵であると認識しています。どうやら幕末にはドイツと手を結んで薩長に対抗しようとしていたらしい狂死郎が、何故御前を狙うのか――おそらくはその辺りに本作の物語の核があるのでしょう。

 そして組長への牽制と敵の排除、一挙両得とばかりに、雛鶴が狂死郎抹殺を狙う一方で、御前は「鴉」なる者を呼んだようですが――その直後に登場した巡査の牧野がいかにも不審な動きを見せたと思えば、金欲しさにその動きに巻き込まれそうなのが小山内巡査――と、あちこちで動きが出てきました。
 さらにここに辻斬り事件がどう絡むのか、様々な勢力と登場人物が現れ、事態が複雑化していくのは伝奇の華、次回以降が楽しみです。
(これでキャラデザがもう少しわかりやすいと良いのですが――メインどころ以外はかなり地味なのでキャラを混同しやすい)


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2024.02.19

柳川一『三人書房』 乱歩と有名人たちの探偵秘録

 その業績故か、フィクションの中では自身が探偵役を務めることも少なくない江戸川乱歩。本作もそんな作品の一つですが、シチュエーションのユニークさが印象に残ります。乱歩が乱歩になる前、平井太郎と二人の弟が団子坂上で開いていた古本屋・三人書房を舞台とした連作であります。

 三重から上京し、弟の通と敏男の三人で、団子坂上に古本屋「三人書房」を開業していた平井太郎。彼の三重時代からの友人であり、三人書房の二階に居候していた井上青年や通と共に、太郎は探偵小説談義を戦わせる毎日を送っていたのですが――そこにある謎が持ち込まれます。

 恋人の島村抱月の跡を追うように自殺した松井須磨子――その死の衝撃がまだ世間に残っていた折り、太郎たちが買い取った須磨子の随筆集の中に挟まれていた、一通の手紙が事の発端でした。
 「私はやっぱり先生の所へ行かなければならないのです」と書きつつ、相手への想いを綴ったその手紙。それがもし須磨子のものであったとしたら、自殺の意味も大きく変わってくる――そう考えた太郎たちは、手紙の真偽を調べ始めます。

 その際に問題になったのは、手紙の末尾に記された「十二」という数字。本文と関係のないこの数字に何の意味があるのか? 太郎が解き明かしたその意味が示すものとは……


 この表題作「三人書房」から始まる本作は、乱歩が三人書房を営んでいた時代を中心に、彼が探偵役を務める全五編から構成される連作短編集であります。

 浮世絵研究の第一人者が写楽の贋作売買に関わったというスキャンダルの謎を、同じ浮世絵愛好家である宮沢賢治の示唆によって乱歩が解き明かす「北の詩人からの手紙」
 町を騒がす奇妙な娘師(土蔵破り)の出没と、敏男が入れあげる浅草の美人怪力芸人の舞台での失敗が、奇妙な形で交錯する「謎の娘師」
 ある寺の秘仏堂に忍び込んだ盗賊が、化け物を見て逃げ出したという事件を宮武外骨から聞いた乱歩が、寺に関わるある絵師にまつわる謎を横山大観に明かす「秘仏堂幻影」
 高村光太郎の作ったブロンズ像の首ばかりが盗まれ、さらにそのモデルの一人が人が変わったようになってしまった謎を、乱歩が解く「光太郎の〈首〉」

 ここに収められた物語の何よりもユニークな点は、登場人物の多くが、実在の人物であるという点でしょう。乱歩と二人の弟や、上に挙げた宮沢賢治、宮武外骨、横山大観、岡倉天心はもちろんのこと、乱歩の友人の井上も、乱歩のエッセイに記された人物なのですから。
 そんな実在の人物たちがデビュー前後の乱歩と出会い、ある者は乱歩に謎の解決を託し、ある者は共に謎に挑む――有名人探偵ものでは定番の趣向ではありますが、やはり大いに盛り上がるところであります。

 もちろんミステリとしても魅力的であることは間違いなく、特に表題作は、松井須磨子の死の謎にまつわる「暗号」解読と、さらにその先に――という構成の巧みさが印象に残ります。
 また混沌としたムードの浅草を背景に、日常の謎的出来事から展開していく「謎の娘師」なども(乱歩の趣味のおかげである真相に辿り着くのも含め)乱歩らしさの漂う作品であったかと思います。


 その一方で、本作の最大の特徴である乱歩と有名人の邂逅に違和感があるのも正直なところです。史実の上では(私の知る限りでは)関わりのなかった人物と乱歩との取り合わせ自体は興味深いのですが――それが何故表に出なかったのか、という点で本作は説得力が弱いものが多かったのが残念でした。
(また、「秘仏堂幻影」の真相も、さすがに飛躍のしすぎではないかと……)

 さらにいえば、「光太郎の〈首〉」は(既に三人書房を閉めた後の話であることもあって)そもそも乱歩が探偵役を務める必然性も薄いのでは――と、色々厳しいことを書いてしまいましたが、魅力的な題材だけに(そしてこういう趣向が個人的に大好きなだけに)気になってしまった、というのが正直なところです。

 できれば、三人書房時代の語られざるエピソードを見てみたい――そう感じた次第です。


『三人書房』(柳川一 東京創元社ミステリ・フロンティア) Amazon

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2024.02.18

「コミック乱ツインズ」2024年3月号

 「コミック乱ツインズ」2024年3月号は、ちょっと気の早い桜をバックにした若又市の『前巷説百物語』が表紙、『江戸の不倫は死の匂い』が巻頭カラーであります。今回も印象に残った作品を一つずつ取り上げます。

『前巷説百物語』(日高建男&京極夏彦)
 というわけで花を背負って表紙を飾った又市ですが、本編の方は、提灯一つの灯りのみの暗闇の中、登場人物たちの言葉のやり取りが続くという、ちょっと舞台劇的な味わいのある回。主要キャラクターたちが揃ったところで、首を吊ろうとしていたお葉の口から、そののっぴきならない理由が語られることになります。

 聞けば、彼女が慕う音吉がかみさんに殺され、さらに彼女から自分まで殺されかかったところで逆に殺してしまったという状況。そんな八方塞がりのお葉を、後の又市であれば妖怪の仕業にして救ってみせるところですが、今の又市にできるのは、狡かろうが汚かろうが惨めたらしかろうが人は生きてこそ、と『必殺必中仕事屋稼業』の最終回みたいな言葉をかけるくらいしかできません。
 そんな中、この損を三十両で買うと角助が言い出して――いよいよ次回、仕掛けが始まります。


『ビジャの女王』(森秀樹)
 まだまだまだ続くモンゴル軍の総攻撃、三本の攻城塔の一本は倒し、モンゴル軍の突撃戦法を何とか防いではいるものの、やはりビジャ側がジリ貧であることは否めません。そしてついに攻城塔が城壁に取り付き、こういう時に役に立ちそうな火矢の攻撃もしっかりと対策が取られているという危機的な状況で、モズが取った策とは……

 なるほど、確かにちょっと勿体ないですが、こういう風にすればいいのか! と勉強になる(いや、利用する機会はないですが)展開。何とか一矢報いたものの、しかしまだ逆転にはほど遠い状況で、頼みの綱はモンゴル軍の中のインド墨者の働き以外にないと思われますが……


『真剣にシす』(盛田賢司&河端ジュン一・西岡拓哉/グループSNE)
 大坂城で大塩平八郎を相手に繰り広げられるカードゲーム「蔵騒動」もいよいよ佳境。大塩が金と米、銃の札を集めてゲームの勝利と実利を求める一方で、夜市は何故か酒の札を集めるのに拘って――という展開からは明らかに大塩有利に見えますが、夜市の場合はここからが怖いのはいうまでもありません。

 大塩のスカウトも煙に巻き、飄々とプレイを続ける夜市の真意と勝算は――と、白熱の勝負が繰り広げられるのですが、ちょっとルールがややこしくて点数の計算が頭の中で追いつかないのが辛い。ゲーム自体はよくできているのですが、プレイの内容自体は札のやり取りなので、地味に見えてしまうのも勿体ないところです。

 そしてゲームの方は思わぬ展開を迎えたところで、次回最終回――ってここで!? ちょっとどころではなく残念ですが、どのように締めくくるのか見届けたいと思います。


『カムヤライド』(久正人)
 ヤマトタケルの東征に対して、いよいよ激化する蝦夷&国津神連合軍の攻撃。もっともこちらはモンコ・ヤマトタケル・オトタチバナ・タケゥチとたった四人とはいえ、国津神特効持ちが二人に、無敵のタンク役、さらに速度と技術に全振りした攪乱役もいるという構成で、隙はありません。
 コール付きの新フォームを二つも披露と、神薙剣も絶好調ですが――しかしここで(国津)神絶対殺すマンである彼の、意外な弱点が判明することとなります。

 一歩間違えれば文字通り命取りになるこの弱点ですが、それを知りながら何故モンコが放置しているか――その理由が、彼の揺るがないヒーロー精神、いやそれ以上にヤマトタケルへの友情と信頼を示すようで、大いにグッときます。

 が、グッと来るのはそれだけではありません。オオウスを奪われて以来、殺伐とした気配を隠さず、その苛立ちを蝦夷たちにぶつけようとしたオトタチバナ。その彼女にモンコが差し出したのは……
 モンコのキャラクターのある側面が大きな意味を持つこの展開には、そう来たか! と大いに納得&テンションが上がりました。

 飄々としつつも、さらりと人を守り救うことへの固く熱い信念を見せるモンコを見ていると、本作がヒーロー漫画である所以は、単にカムヤライドという変身ヒーローが登場するからだけでないと、改めて感じるのです。


 次号は『ビジャの女王』が表紙、 巻頭カラーは『そぞろ源内』とのことです。


「コミック乱ツインズ」2024年3月号(リイド社) Amazon

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2024.02.17

久正人『カムヤライド』第10巻 嵐の前の静けさ!? 新たなる敵の影

 連載五十回突破、単行本もこれで第十巻と、長期連載となった『カムヤライド』、この巻は天津神との全面対決が終わり、嵐の前の静けさという印象ですが――しかしそこで語られるものは、驚くべき事実の数々。モンコたちを更なる戦いに誘う、新たなる(?)敵とは……

 驚愕の「殖す葬る」から一転、ヒーローたちと怪人たち、五対五の頂上決戦が描かれてきた本作。それぞれに犠牲を払いつつ繰り広げられた激闘は、アマツ・ノリットとミラールをカムヤライドと神薙剣がそれぞれ撃破――これにより天津神たちが撤退したことから、ひとまず終わりを告げることになります。

 この巻の冒頭では、そのアマツ・ノリットとミラールが、それぞれの好敵手、あるいは想いを寄せた相手との別れが描かれるのですが――特にノリットにとっては、あの殖す葬るは、戦いにも血を流したり相手を傷つけたりせず、終わればノーサイドになるものがあることを教えるものだったのか、と感心させられます。
(……ん、師匠なんかやってなかったか?)
 しかしこれで戦いが終わったわけではありません。よく考えればモンコはヤマトのお尋ね者、そもそも神薙剣とヤマトヒメたちも、モンコを追って現れたのですから。

 かくて捕らえられた上、トレホ親方たちを人質にされたモンコですが、ここで意外な事実を語ったのがタケゥチであります。
 彼が手に入れたノミの宿禰の指の指紋とモンコの指紋の間のある関係性を、そして東国の民と国津神が同盟を締結、その仲立ちとなったのは以前に彼が追っていた謎の三人の老人と、「ノミ様」なる人物であったことを!

 しかしノミの宿禰は、ヤマトでの処刑からは生き延びたものの、その後確かに死んだはず。それは今回、色々とノミの宿禰(の造形)には詳しいトレホ親方によっても確認されたはず。だとすれば、東国に現れたのは何者なのか。そして何よりも、モンコとの関係は――?

 かくて東国征伐に向かうヤマトタケルの軍に同行することになったモンコ。それは人質を取られた囚われ人としての旅ではあります。しかしそれ以上に彼にとっては、ヤマトタケルの目を覚まさせる――出会った頃の彼に戻すための旅というのがまた泣かせるところであります。
 そして誰かを取り戻すための旅というのは、オトタチバナも同じ。かつて己の力を誰にも受け容れられずに荒れ狂っていた彼女を認め、「盾」とし生きることを教えてくれたワカタケを天津神から奪還するために、彼女もまた東征に加わります。


 かくて旅立つ三大ヒーロー+タケゥチ。しかし相変わらず飄々としたモンコと、何を考えているかわからないヤマトタケル、殺気立つオトタチバナと、向いている方向がバラバラ。あのタケゥチがツッコミ役に回らざるを得ないのですから先が思いやられます。
 そしてそこに意外なところから「敵」が襲いかかります。その「敵」の戦う理由の哀しさに対し、モンコが語るのは――ヒーローという存在がある意味必然的に抱えざるを得ない陰を、「守る」という言葉で全て受け止めてみせる彼の姿には、ひたすら痺れるしかありません。

 そこからカムヤライドの新たな能力と神薙剣との対峙、そしてさらに物語の始まりに繋がる存在の提示――と、物語は一気にアクセルを入れて展開。再び嵐に突入したその先はまだまだ見えないのであります。


 それにしてもこの巻で思いもよらぬ活躍――というより要所要所を押さえて見せるのがタケゥチです。この巻では彼の思わぬ秘密が明かされますが、それを以て記紀の描写との整合性を取ってみせるのには脱帽であります。
(そしてこの巻のラストでは、彼が思わぬ人情を見せますが、あれはあれである種のフラグを背負わせたような……)


『カムヤライド』第10巻(久正人 リイド社SPコミックス) Amazon

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2024.02.16

『戦国妖狐』 第6話「ふこう」

 火岩の故郷に向かう途中、酒を醸す闇・猩々と出会ったたまたちは、猩々たちの友だという四獣将・道錬と酒を酌み交わす。その後、結界に包まれた村に行き当たった一行の内、一人内部に潜入したたまは、「ふこう」と名乗る闇と出会う。一方、外に残った迅火たちに四獣将・烈深が襲いかかる……

 前回ラストで神雲対策を決めた一方で、灼岩の希望で、火岩の故郷に向かうことになった一行――というわけで今回は比較的独立したエピソード集的な内容。原作では「最強剣豪伝説」「ふこう」「猩々の酒」の三話分が一回にまとめられています。
 といっても最初のエピソードは冒頭部分、真介が雷蔵から魔剣・荒吹を託された部分のみが語られて、その後の刀使いの闇・八本松剣鬼と真介の決闘はバッサリカット。八本松、何気に最後の最後まで何度も登場する面白キャラですし、真介が奮闘するエピソードではありましたが、本当に単発感の高い話なのでこれはまあ、仕方ないでしょう。

 そして前半に登場するのは、原作と順番が入れ替わって四獣将・道錬。断怪衆四獣将の一人ながら、闇である猩々たちと交誼を結び、それどころか断怪衆的にはお尋ね者である迅火たちと平然と酒を酌み交わす、色々とスケールの大きな好漢であります。
 ここで冷静に考えれば、印河と央鳳(灼岩を追っていた二人組の坊さん)以外の断怪衆と迅火たちが語り合うのはここが初めてなわけで、一体君たちは何をやっているんだ――という気もしますが(原作に登場したまともな断怪衆の坊さんもカットされたので、そもそも断怪衆が何を考えているかわからない)、たまがかつてそうであったように、人間と闇はわかり合えるものであるということを、闇に対する最強の戦力自身が示すというのは、やはりある意味本作を象徴しているといえるのでしょう。

 そして後半は今回のサブタイトルとなっている闇・ふこうが登場するエピソード。笑顔の絵文字のような顔に黒い軟体の体という異様な姿のふこうですが、その態度は友好的で、結界の村を、そして結界の中に入ってきたたまをも守ると語る、奇妙な存在であります。その彼(?)が村を守った結果はどうなったか――その皮肉すぎる結末も含めて、これも人間と闇の関わり方の一つではあるでしょう。
 そしてここでたまが、迅火の父・山戸源蔵との関わりを語ることでまた別の関わり方を、それと同時に人間と闇の決定的な違いを語るのも印象に残ります(Aパートで、たまが酒を教わったのは源蔵から、というオリジナル描写があるのも面白い)。

 その一方で、これまた今回初登場の四獣将・烈深は――今回のところは唐突に妙なのが出てきたな的な印象で、人間状態の迅火と互角なのもちょっと困ったところ。それでもここで烈深との初対決が描かれなかったら、ふこうのエピソード自体カットされていたような気もしますが……
(そして道錬と順番が入れ替わったのは、ここでバトルが入るからなのだろうな、と想像)

 何はともあれ、道錬も烈深も出番はこの後が本番。Cパートで辿り着いた火岩の故郷では、とんでもないサイズの長老が現れましたが、さて――このペースだと次回、あのシーンが描かれるかと思うと、今から胸がズンと重く……


『戦国妖狐 世直し姉弟編』上巻(フリュー Blu-rayソフト) Amazon


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2024.02.15

『Ebenezer and the Invisible World』 クリスマス・キャロル後日譚!? スクルージ、メトロイドヴァニアに見参

 クリスマスを舞台とした物語として誰もが知るディケンズの『クリスマス・キャロル』。その後日譚に当たる物語が、なんとメトロイドヴァニア(2D探索アクションゲーム)として登場しました。改心したエベニーザ・スクルージが、迷える魂を救うために、ロンドンの見えない世界を奔走します。

 かつて皆の鼻つまみ者の守銭奴だったエベニーザ・スクルージ。しかしあるクリスマス、三人の精霊に自分の過去・現在・未来を見せられた彼は、それまでの自分を悔い改め、クリスマスの博愛の精神を体現した人物として、周囲から敬愛されるようになった――ディケンズの名作『クリスマス・キャロル』であります。

 そして本作はそのスクルージを主人公にしたゲーム。すっかり皆から敬われる紳士となったスクルージの前に現れた幽霊・エリック。大実業家であり巨大な工場主であるマルサス家――その現当主であるキャスパーと生前親友だったエリックは、キャスパーの魂を救ってくれとスクルージに頼むのでした。

 労働者を目の敵にし、彼らを滅ぼして自分たちが豊かになることに血道を上げてきた父・ガイウスの計画を引き継ぐことになったキャスパー。彼の身を案じたエリックは(かつてスクルージの前にジェイコブ・マーレイが現れたように)キャスパーに三人の精霊が現れると警告、その通りにキャスパーは自分の過去・現在・未来を見せられたのです。
 そこで見た己の悲惨な未来に一度は自分の誤りを悟ったキャスパー。しかしその前に現れた邪悪な霊に影響され、彼は改心を思いとどまってしまったのです。しかも一度未来を垣間見たことで、自分が行おうとしていた計画の完成図をも見てしまった彼は、早くもその計画を発動しようとしていたのでした。

 もはや頼れるのは、かつて三人の精霊と出会って改心した過去を持ち、そしてその際の経験から、「見えない世界」――精霊や幽霊たちを見ることにできるようになったスクルージのみと語るエリック。もちろん、今や迷える人に惜しみなく手を差し伸べるスクルージも、これを拒むものではありません。かくてスクルージは、クリスマスを目前にしたロンドンの表と裏を駆け巡ることに……


 いやはや、『クリスマス・キャロル』をゲーム化、それもメトロイドヴァニアにすると聞いた時は、一体頭のどこからそのようなアイディアが出るものか、と驚きましたが、こうして見るとなかなか「らしい」ストーリーなのに感心させられます。
 頼り甲斐のある善人(しかもかなりのイケオジ)として活躍するスクルージを見れるのは嬉しいものですし、未来の精霊が未来を見せたことがマイナスに働いてしまうという設定も、なるほどこう来たか、という印象です。(その他、エベニーザを助けるオプション的な存在として、現在の精霊が連れていた子供たちが協力する設定も巧い)

 何よりもニヤリとさせられたのは、敵役の姓が「マルサス」であることです。我々の知るマルサスといえば、トマス・ロバート・マルサス――ディケンズとほぼ同時代人の経済学者であり、その「人口論」における一種の自己責任論を通じて、弱者救済にネガティブな立場を取った人物でしょう。
 ディケンズの『クリスマス・キャロル』をはじめとするクリスマスを舞台に慈悲・慈愛の精神を謳った作品は、このマルサス的思想に対する一種のカウンターであったとも言われているわけで――ここでそのマルサスを持ってくるのに唸らされた次第です。


 さて、ゲームとしての本作ですが、どこか温かみのある(あるいは凄みのある)手書き調のグラフィックは物語の雰囲気をよく表していると感じますし、そこに登場する様々な幽霊たち(一人一人にフレーバーテキストが用意されている)もなかなかいい。
 そしてスクルージが――華麗なバックステップ回避や身長よりも高いジャンプを見せるのはご愛敬――幽霊たちの力を借りることで、壁を壊したり、二段ジャンプや壁抜け出来るようになるのも面白いところです。

 その一方で、ゲームとしては装備の付け替え等、UIその他が熟れていなかったり、セーブポイントやファストトラベルが微妙に使いにくかったりとストレスが溜まりやすく、妙なところで難易度が上がっているのも事実。また、日本語版はあるものの、肝心なところ(エンディング後の一枚絵とか!)で文字化けしていたり、妙な誤訳があったりするのも残念なところです。

 結局、余程の伝奇マニアか、メトロイドヴァニアファンでもないと勧めにくい作品になってしまっているのですが――それでも名作がこんな形でゲーム化されたというのは、なかなか楽しい気持ちになります。それなりに愛すべき作品というべきでしょうか。


『Ebenezer and the Invisible World』(Play on Worlds PC用ソフトほか)

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2024.02.14

北山猛邦『人魚姫 探偵グリムの手稿』 少年アンデルセンが挑む人魚姫後日譚の謎

 人間の王子を愛し、魔女の力で人間になったものの、想いは叶わず、儚く消えた人魚姫――誰もが知るアンデルセン童話「人魚姫」の後日譚に、少年時代のアンデルセン本人と人魚姫の姉、そしてグリム兄弟の末弟が挑む、奇想天外な物語であります。はたして人魚姫が愛した王子を殺したのは誰なのか?

 父を亡くし憂鬱な日々を送る中、父の形見の人形を落としてしまった少年・ハンス。偶然知り合った画家を名乗る黒衣の青年・ルートヴィッヒと共に、人形を探して海辺に出た彼は、そこに倒れていた美しい少女を見つけます。
 自分の足で歩くのに苦労し、奇矯な言動を取るその少女・セレナをルートヴィッヒの宿に連れて行った二人は、そこで思いもよらぬ話を聞かされることになります。

 半年前に、婚礼の翌日に何者かに殺された王子。その前日に姿を消した口の利けない侍女に嫌疑がかけられたものの、今も真相は不明なままのこの事件を解き明かすために、セレナは海からやってきたというのです。

 そう、姿を消した侍女こそは、人魚姫。かつて海で助けた王子を愛するあまり、魔女と取引して自分の声と引き換えに人間の姿となった彼女は、王子の愛を得られなければ泡となって消えてしまう運命にありました。
 その運命から救うため、彼女の五人の姉たちは魔女から手に入れた短剣を渡し、これで王子を刺すように告げたのですが――しかし愛する人を手にかけることを拒んだ人魚姫は、泡となって消えたのです。

 しかし王子はその直後に何者かに殺され、疑いは人魚姫にかけられてしまいました。この不名誉を放置しておけば、やがて海の中の国の間で大きな争いに繋がりかねない――それを避けるため、五人の姉の一人であるセレナは、魔女に自分の心臓と引き換えに人間にしてもらい、地上にやってきたというのです。
 心臓を失ったセレナが力尽きるまでわずか七日――それを知ったハンスとルードヴィッヒは、彼女を助ける決意を固めます。

 しかし犯行場所は王宮の中、一庶民に過ぎないハンス・アンデルセンが入れるはずもありません。しかしルードヴィッヒ・グリムは、高名な兄という伝手を使い、王宮に入り込んで調査を始めることに……


 歴史上に名を残す有名人が探偵役を務め、謎めいた事件を解決する――そして多くの場合、その時の経験が、彼のその後の業績に大きな影響を与える――という、いわゆる有名人探偵ものというべき作品があります。これまでこうした作品を色々と読んできましたが、しかしその中でもこれだけユニークな作品はちょっとないと断言できます。

 何しろ探偵役はアンデルセン童話のアンデルセンと、グリム童話の(ヤコブとヴィルヘルムの弟のルードヴィッヒ・)グリム、そして題材はアンデルセンの代表作であり、我々もよく知る「人魚姫」なのですから。
 それも「人魚姫」を思わせるとか、擬えたというレベルではなく、「人魚姫」の物語は現実に存在し、人魚姫の姉と共にその後日譚に彼らが巻き込まれるというのですから、その奇想をなんと評すべきでしょうか!?

 しかも事件そのものはガチガチの密室殺人&アリバイ崩しという本格ど真ん中(クライマックスに炸裂する「物理の北山」にはひっくり返りました)。それでいて、魔女が存在する世界観故に魔法による殺人の可能性も慎重に吟味されるのが楽しいのですが――さらにヒロインの命というタイムリミットまで設けられているのには脱帽です。

 アンデルセンたちの物語の合間に、別視点の人魚と魔女の物語が挿入される物語構成も、両者の間に奇妙な齟齬があることからこれは何かあると身構えていたのですが――にもかかわらず、やがて明かされる真実には、そうきたか! と愕然とさせられること請け合いです。
 虚構と現実という二つの世界が交錯する――どころではなく、虚構が歴史と結びつくその瞬間は、まさに歴史ミステリ、いや伝奇ものの醍醐味といってよいでしょう。


 しかし個人的にもっとも心に残ったのは、この様々な意味で複雑怪奇な事件の見届け人となったアンデルセン少年の姿であります。
 愛する父を失い、残った母は虚脱したままに暮らし、学校にも自分の居場所がない――そんな孤独な少年であったアンデルセン。その彼が経験した七日間の冒険は、彼にとっては日常と非日常、庶民と王族、陸と海、現実と虚構――様々な二つの世界が、本来であればあり得ない形で交わるものであったといえるでしょう。

 その交錯から生まれた物語は、確かに悲しみや苦しみが多いものではありました。しかしそこでアンデルセン少年が得たものはそれだけではないことは、結末でルードヴィッヒが描いた一枚の「画」が示してくれます。
 いやそれだけでなく、後にアンデルセンが「人魚姫」という物語で描いたもの――つまり本作で語られたものを、彼がどのような形で「人魚姫」として昇華したのかを思えば、そこに込められた祈りにも似た美しい想いに、胸を熱くせずにはいられないのです。

 有名人探偵ものとして、本格ミステリとして、名作パロディとして、伝奇物語として、そして少年の成長譚として――数多くの顔が高いレベルで結びついた名品であります。


『人魚姫 探偵グリムの手稿』(北山猛邦 徳間文庫) Amazon

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2024.02.13

白井恵理子『黒の李氷・夜話』第3巻

 長きに渡る時の中で、様々な時と場所に現れる黒衣の少年・李氷――彼と永遠の美女・セイの、歴史の中で繰り返される出会いと別れを描く連作の第三巻であります。秦の始皇帝の時代、意外な姿に転生していたセイと出会った李氷。のっぴきならぬ運命の彼女を救おうとする李氷の前にライバルが……

 天に赤気が現れ、五行が乱れる中、秦の国に出現した李氷。神薙剣赤気により思うように力を発揮できない李氷は、荊軻に転生したセイに助けられることになります。
 父の名を継いで荊軻を名乗る彼女は、父を殺した秦王・政に復讐を誓い、剣の腕を磨いていたのですが――李氷の前に、荊軻の親友・高漸離、実は天界の神将・顕聖二郎真君が現れます。

 天に赤気現れる時、地上に現れる妖刀「徐夫人の匕首」――人の運命を変え歴史を変えてしまうこの匕首が荊軻の手に渡り、後の始皇帝である政を殺すことを阻止するため、二郎真君は地上に降り立ったのです。
 しかし荊軻を殺し匕首を奪うはずが、彼女に恋してしまったため手を下せなくなってしまった二郎真君。しかし、いよいよ政のもとに向かう荊軻に対して、彼が一計を案じたことを知り、激しい怒りをぶつける李氷ですが……


 これまで四度セイと巡り合いながらも、その度に皮肉な運命によって引き裂かれ、時に憎まれまですることになった李氷。しかしこの「徐夫人の匕首」では、その彼の前に、恋のライバルが登場することになります。
(ちなみにこの前に元にいたのに今回秦なのは、単に時系列をシャッフルして描いているためかと思いきや、李氷自身が時を遡ったことに戸惑っている様子なのがちょっと面白い)

 それがまた顕聖二郎真君という天界の超大物というのが面白いのですが、よりによって荊軻に転生したセイ(「あんたってどうしていっつもそんな重い人生を…」という李氷の言葉にはただただ同意)を挟んで、彼女を救うか、政を救うかというある意味究極の二択となるのが、このエピソードの見どころでしょう。

 その果てに二郎真君が選んだ道が、ある意味実に神様らしい冷徹なものである一方で、普段は斜に構えて皮肉な態度を見せてきた李氷が、心の底から愛を叫ぶという対比も良いのですが――この人知を超えた両者の激突と、史記に記された荊軻の姿を並行して描くというクライマックスは、実は政と荊軻が幼馴染であり、政が唯一心を許した相手だったという設定も相まって、大いに盛り上がるところです。

 そしてその果てに、真の姿を見せて秦の宮殿に殴り込んだ李氷が、これはある地味実に彼らしい皮肉な態度を見せる結末もまた、本作らしいといえるでしょう。
 その一方で、これまで作中で老師として登場してきた李氷の育ての親(?)がその正体を現したことで、李氷自身にも大きな秘密があることが窺われるなど、ある意味作品のターニングポイントというべきエピソードであります。


 また、続く「殺気神」は、漢の景帝の時代を舞台に、中山靖王劉勝と、彼に仕える異民族の少女剣士・暁珍を巡る奇譚。皇帝の後継者レースから脱落した無能者で色好みの劉勝と、彼を狙う呪詛と対決することになった李氷と暁珍の姿が描かれることになります。

 ここでのヒロイン・暁珍はセイに似ているけれども別人で、つまりは本筋を離れてはいるのですが、それだけにこのエピソードは気軽に読めるものがあります。
 その一方で、サブタイトルの殺気神――暁珍の部族で語られる、武器を持った人に宿る狂気の存在と、底抜けのお人好しというべき劉勝を対比して、人の在るべき姿を思わぬ形で浮かび上がらせるのもユニークなところです。
(ちなみにこの劉勝の子孫こそが、あの劉備玄徳であって――その意味では、実に作者らしい題材というべきかもしれません。)

 またこの巻の巻末には、第二次大戦中を題材にした掌編「死相船」を収録。李氷は顔見せ程度の登場ですが、殺気神の行き着く果てを描いたともいうべき内容で、「殺気神」と対応する内容と言ってよいのかもしれません。


『黒の李氷・夜話』第3巻(白井恵理子 eBookJapan Plus) Amazon

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2024.02.12

大島幸也『平安とりかえ物語 居眠り姫と凶相の皇子』第3巻

 山本風碧原作の『平安とりかえ物語 居眠り姫と凶相の皇子』の漫画版、第三巻にして最終巻であります。千尋との関係にドキドキが止まらない小夜ですが、ある日発見した暦のずれが、思いも寄らぬ事態に繋がっていくことになります。はたして二人の運命を変えることはできるのか――?

 宿曜師・賀茂信明の病弱な息子と入れ替わることで、陰陽寮に入り、星を見るという夢を叶えた大納言の姫・小夜。そこでふとした事(路上で居眠りしているのを見つかった)から出会った中務省の長官・千尋に、彼女は何故か気に入られてしまうのでした。
 実は千尋は、かつて小夜がその星を占った忌子と言われる親王その人。その時から小夜を忘れられない千尋は、何かと彼女に迫るのですが、小夜は自分の正体がバレていると思っていない&バレていたとしても自分などが好かれるはずがないと、壮絶なすれ違いを演じることに……

 と、傍からは男同士がいちゃついているようにしか見えない(おかげで千尋のお付きからは白眼視される小夜)という展開が続いた本作でしたが、この巻では一気に物語が動き出すことになります。

 星を観ているうちに、暦と星が大きくズレていることに気付いた小夜。それが自分の誤りではないと春分の日に確かめた小夜は、中務省長官――すなわち陰陽寮を所管する千尋とともに、暦博士・賀茂明保を訪ねたものの、けんもほろろの扱いを受けるのでした。
 一方、こういう時に頼りになるかと思われた信明も、千尋に近づきすぎるなと冷たくあしらってきた上に、千尋まで脅しにかかる始末。孤立無援となった小夜ですが、ある出来事をきっかけに、意外な事実に気付くことに……


 凶日に生まれたために凶相の皇子と呼ばれ、父をはじめとする周囲から疎まれて孤独に生きてきた千尋。そもそも千尋が小夜に惹かれるようになったのは、そんな自分に対して、彼女が未来に希望を感じさせる宿曜を読んだからなのですが――しかしそれでも、彼の持って生まれた星は変わるものではありません。
 それでは千尋は凶相の皇子のままなのか。小夜の読んだ宿曜は誤っていたのか――二人(?)の恋の行方以上に気になる星の行方が、ここで物語に大きな動きをもたらすことになります。

 さらに以前からうさんくさかったものが、ここに来てさらにその度合いを増した信明。その彼の行動理由も加え、本作の中心となる三人の運命が、そして彼女たちの行動の因と果が一気に結び付き、大団円へと――それも、本作ならではの要素を活かした形で――突き進んでいくのには、こうして漫画で読んでみても、改めて感心させられました。
(また、漫画でビジュアルとして読むと、信明の胡散臭さが幾層倍にも感じられるわけで……)

 もちろんここで描かれるものは相当に荒唐無稽ではあります。しかし、一人の少女が自分自身の道を貫くために努力し、そしてそれが回り回って一人の青年の孤独を救うという構図は、やはり美しいと言うべきでしょう。
 星を、すなわち未来を読む彼女でも――という結末も洒落ていて、やはりよく出来た「ファンタジー」であると、原作を読んだ時同様に感じた次第です。

 そしてすぐ上で荒唐無稽と申し上げたものの、それを美しい画の力によって、そこに確かにあるものとして描き抜いてみせた筆もまた、大いに好感が持てるものであったことは言うまでもないのです。


『平安とりかえ物語 居眠り姫と凶相の皇子』第3巻(大島幸也&山本風碧ほか KADOKAWA BRIDGE COMICS) Amazon

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2024.02.11

畠中恵『いつまで』 若だんなタイムスリップ!? 厄災の未来を変えろ

 『しゃばけ』シリーズ第22作は、なんと2006年の『うそうそ』以来、実に17年振りの長編であります。西から若だんなと長崎屋に迫る厄災。姿を消した妖のためにある決断を下した若だんなは、なんと五年後の未来に飛び出すことになります。しかしその間に、長崎屋は思わぬ窮地に陥っていて……

 西からやってきた妖怪医師・火幻を迎えてさらに賑やかになった長崎屋。しかし悪夢を食べる場久が、そして火幻が姿を消し、二人の行方を追う若だんなは、西から来た妖・以津真天の仕業だと知るのでした。
 二人を救うためには悪夢の中に飛び込めという以津真天の言葉に従う若だんなですが――飛び出した先は江戸ながら、なんとなく違和感を感じる世界。それもそのはず、若だんなは五年の時を飛び越えてしまったのであります!

 その間、若だんなは行方不明であったことから両親は商いどころではない状態。しかも騒動の直前に若だんなが発明した、長崎屋の薬の調合を簡単にできる薬升が同業の大久呂屋に盗まれ、調合を真似されたことで、長崎屋の経営は大きく傾いていたのであります。
 ようやく若だんなに再会できた長崎屋の妖たちは大喜びですが、しかし問題は山積み。場久と火幻はどこに行ったのか。長崎屋を救うことはできるのか。そして何よりも、若だんなはどうすれば五年前に帰ることができるのか。(そもそも帰るべきなのか?)

 兄やたちは長崎屋にかかりきり、大久呂屋は血眼になって若だんなを探す中、若だんなと妖たちは広徳寺の寛朝や禰々子の手を借りつつ奔走するのですが……


 長きに渡るシリーズでも三作目の長編となった本作は、若だんなと長崎屋に最大の厄災が迫ることになります。それもその引き金となるのがタイムスリップという意表を突いた展開――狂ってしまった未来を変え、正しい世界に変えるために奮闘するというのは、比較的見られるパターンですが、それがまさかこのシリーズで見られるとは! と驚かされました。(ある意味、時間の流れが非常に緩やかなシリーズということもあり……)

 それにしても本作において(大げさに言えば)歴史が狂うきっかけになるのが、若だんなのタイムスリップというのは突飛なようである意味納得ですが――それと同時に、若だんなと妖たちが明るく暮らす世界というのは長崎屋あってのものだというのも、言われてみればまた納得であります。
 そんな長崎屋が傾いている状態で展開する物語は、物語を支えている柱が傾いている状態。そのために物語全体がなんとも不穏かつ不安な空気に満ちており、長きに渡るシリーズの中でも、ここまでのピンチはほとんどなかったのではないかと感じます。

 そんな状況では長崎屋の妖たちもなんとなく精彩を欠くのですが、そこで大暴れしてくれるのが禰々子と河童一党であります。これまでの物語の中でも、颯爽と登場しては気持ちの良い活躍を見せてくれた禰々子姐さんですが、こういう不安な状況での頼もしさはピカイチ。様々な形で若だんなたちを助けてくれるその姿からは、本作における数少ない希望の光が感じられます。(が、それが終盤、とんでもない状況に繋がっていくのですが……)


 というわけで、若だんなと長崎屋の危機どころか、クライマックスには江戸壊滅の危機にまでスケールアップして展開していくという、長編に相応しい実に賑やかな内容であると同時に、「しゃばけ」らしいある種の苦さに満ちた本作。
 確かに、後半まで本当に先が見えない展開ということもあってか、展開が意表を突きすぎていてスッキリしない部分はなきにしもあらずであります。また、事態が深刻すぎて、今回の事件を引き起こした妖の掘り下げがちょっと足りない(そのために扱いに釈然としない)印象はあるのですが――それでも、シリーズの枠を踏まえつつそれを乗り越え、全く新しい物語を描いてみせたのは、大いに評価できるところです。

(シリーズのヒロイン格のはずなのに出番がほとんどなかった「彼女」が、これ以上若だんなに相応しい人はいない、と思えたのも大きな収穫ではないかと思います)


『いつまで』(畠中恵 新潮社) Amazon


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しゃばけ
「ぬしさまへ」 妖の在りようと人の在りようの狭間で
「ねこのばば」 間口が広くて奥も深い、理想的世界
「おまけのこ」 しゃばけというジャンル
「うそうそ」 いつまでも訪ね求める道程
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「ころころろ」(その一) 若だんなの光を追いかけて
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「ゆんでめて」 消える過去、残る未来
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「ひなこまち」 若だんなと五つの人助け
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『すえずえ』 若だんなと妖怪たちの行く末に
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畠中恵『おおあたり』 嬉しくも苦い大当たりの味
畠中恵『とるとだす』 若だんな、妙薬を求めて奔走す
畠中恵『むすびつき』(その一) 若だんなの前世・今世・来世
畠中恵『むすびつき』(その二) 変わるものと変わらぬものの間の願い
畠中恵『てんげんつう』 妖より怖い人のエゴと若だんなの成長
畠中恵『いちねんかん』(その一) 若だんな、長崎屋の主人になる!?(ただし一年間限定
畠中恵『いちねんかん』(その二) あっという間に過ぎ去る一年間の果てに
 畠中恵『もういちど』 二十年目の原点回帰!? 若だんな、もう一度の生
畠中恵『こいごころ』 しゃばけ、久々の純粋な短編集

「みぃつけた」 愉しく、心和む一冊
『えどさがし』(その一) 旅の果てに彼が見出したもの
『えどさがし』(その二) 旅の先に彼が探すもの
畠中恵『またあおう』(その一) 久しぶりの「しゃばけ」外伝集登場!
畠中恵『またあおう』(その二) 後を継いだ者たちの奮闘

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2024.02.10

3月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 年を越したと思ったらもう年度末の3月ですが、今回は(今回も)かなりアイテム数は少ない印象。残念ではありますが、何はともあれ2024年3月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 というわけで文庫小説は特に点数が少ないのですが、その中でも最も注目すべきは武内涼『あらごと、わごと 呪師開眼』(徳間文庫)。最近は歴史小説が続いていた作者ですが、平将門の乱を題材とした伝奇ものということで、大いに期待が高まります。
 その他、シリーズものの新刊では(発売日が2月からずれた)峰守ひろかず『少年泉鏡花の明治奇談録 城下のあやかし』(ポプラ文庫ピュアフル)と、上田秀人『武商繚乱記 3 流言』(講談社文庫)があります。

 また、文庫化では何といっても千葉ともこ『戴天』(文春文庫)が一押し。また、夢枕獏『白鯨 MOBY-DICK』上下巻(角川文庫)も楽しみです。


 漫画の方は新登場はありませんが、続巻としては、おそらく最終巻のさいとうちほ『輝夜伝』第14巻(小学館フラワーCアルファ)のほか、たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第9巻(KADOKAWA角川コミックス・エース)、出口真人『前田慶次かぶき旅』第15巻(コアミックスゼノンコミックス)、安達智『あおのたつき』第13巻(コアミックスゼノンコミックスBD)、赤名修『賊軍土方歳三』第10巻(講談社イブニングKC)、椎橋寛『岩元先輩ノ推薦』第8巻(集英社ヤングジャンプコミックス)があります。
 なお、岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第12巻(少年画報社YKコミックス)は、崗田屋愉一『ひらひら』(少年画報社YKコミックス)と同時発売であります。
 また、海外を舞台とした作品としては有谷実『楊家将奇譚』第3(KADOKAWAフロースコミック)、森秀樹『ビジャの女王』第5巻(リイド社SPコミックス)、松原利光『ガス灯野良犬探偵団』第2巻(集英社ヤングジャンプコミックス)があります。

 その他、石ノ森章太郎+平井和正『〈完全版〉 新・幻魔大戦 COMIC&NOVEL』は下巻が刊行されます。


 こうして見ると漫画はそこまで少なくないか? という気もしてきました3月であります。


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2024.02.09

小島環『唐国の検屍乙女 水都の紅き花嫁』

 宋代を舞台に、戦場帰りの医学少女・許紅花と、髑髏を抱いた変人美少年・高九曜のバディが怪事件に挑むシリーズ第二弾であります。ある日、花に飾られた美しい水死体に遭遇し、その謎を追うことになった二人。しかしそんな中、紅花は祖父が勝手に決めた相手と婚礼を行うことになって……?

 医者一家に生まれて父とともに従軍していた許紅花。しかし医者に取って命ともいえる手を負傷し、ショックで実家に引きこもっていた彼女は、姉の代わりに出かけたある検屍現場で、「髑髏真君」を名乗る驕慢な美少年・高九曜と出会うことになります。
 九曜の言動に戸惑い反発する紅花ですが、死体は殺されたという見解で一致、彼と犯人を探して行動を共にするうちに、その頭脳の冴えに魅せられるようになります。そして宮中にまで及ぶ騒動の末、二人は見事に事件を解決し、紅花は心の傷を克服するのでした。

 そんな前作での冒険を経て絆を深めてきた紅花と九曜が今回遭遇するのは、渠水を流れてきた、白い寒牡丹に彩られた美しい水死体。例によって勝手に九曜が検屍したために犯人の疑いをかけられた二人は、死体の首に突き刺さっていた翡翠の簪を手がかりに、真犯人を探し始めます。

 そんな中、許家に現れた紅花の祖父は、外を飛び回る紅花を一方的に非難し、一族の繁栄のためにもさっさと嫁ぐべきだと、勝手に彼女の結婚を決めてしまうのでした。
 その相手が、顔見知りであり、都の高官である美青年・天佑であると知った紅花。しかし医師としての彼女を理解し、許容してくれる天佑を前にしても、家に縛られることへの紅花の違和感は消えません。

 そんな彼女の想いを無視して祖父は準備を進め、ついに婚礼の日を迎えてしまった紅花。思いあまって家を飛び出し、九曜と共に事件調査を続ける紅花ですが、謎の人物に捕らえられてしまい……


 というわけで、今回も自ら事件に突入し、騒動を大きくしながらも核心に迫っていく九曜と紅花の二人(というか、そんな九曜にくっついていく紅花)を描く本作。
 正直なところ、前作はあるドラマに酷似した内容であったこともあって、どうかなあと思っていましたが、そうした部分はなりを潜め(時々あれ、と思うところはありますが。銛とか)、純粋に二人の活躍を楽しむことができました。

 殺された上に美しく飾られた美青年という実に猟奇的な事件を彩るのは、当時の改革派と守旧派(新法・旧法の争いの前身でしょうか)の対立を背景とした二つの家の争いに加え、その名家の内部の後継争いで――と、いかにもこの時代らしいドロドロしたドラマ。
 さらに九曜の○○○○○が出現、さらに殺人美少年が紅花を狙い――と、賑やかな展開が繰り広げられます。


 しかし、本作のもう一つの主軸となるのは、そうした事件と並行して描かれる紅花の葛藤であることは間違いありません。

 幼い頃から医術と武術を修め、戦場に向かうという、当時の女性からすれば破格の自由な行動を許されてきた紅花。しかしそれはあくまでも他者から許されてきたからに過ぎなかったことが、今回彼女の祖父の登場によって描かれることになります。
 この家父長制の権化のような祖父によって、強引に結婚話を進められる紅花。それはそれで紅花を慮っての行動であるかもしれませんが、しかし彼女自身の「意志」を慮ってのものではない――少なくとも、祖父は彼女自身の意志を考慮するに値するものではないと考えていることを、明確に示します。

 あるいは戦場から帰った直後の、引きこもっていた彼女であればそれは良かったかもしれません。しかし彼女は九曜との出会いを通じて、自分が真に望むものを知ってしまいました。そして九曜を通じて、それを貫くことの素晴らしさを知ってしまいました。
 自分の意志と自由を代償に幸せを得るよりも、たとえ不安定で心身ともに無事でなくとも己の意のままに生きる――それは決して楽な道のりではないからこそ、輝いて見えます。そしてそれを得るために奮闘する紅花の姿もまた、同様に輝くのです。


 とはいえ、物語的にその紅花の選択がうまくいっているように見えないのも正直なところで、行き当たりばったりで痛い目にあったり、周囲の人間の協力(あるいは犠牲)でそれが成り立っていたりするように見えるのは、彼女自身の責任ではないにしても、スッキリはしないところではあります。
 もちろん、そのままならなさも、また一つの真実ではあるでしょう。その先にある真の自由に彼女がたどり着くことができるのか――それはこの先の物語で描かれるのかもしれません。まだちょっと遠そうですが……

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2024.02.08

『戦国妖狐』 第5話「氷岩」

 迅火に倒された雷蔵を匿い、剣を教わる真介。しかしその雷蔵の妹・氷乃が次なる刺客・断怪衆四獣将・氷岩として現れる。自分と融合した火岩と同族と融合した氷乃を止めようとする灼岩だが、その前に龍の匂いをまとった男・神雲と子供が現れる。龍はダメだとその場から逃げ出す迅火たちだが……

 いよいよ断怪衆との戦いが本格化する今回ですが、前回迅火を追い詰めた雷蔵の妹にして四獣将(退魔僧集団のネーミングじゃない……)の一番手・氷岩との対決がメイン――と思いきや、灼岩と一体化していた闇・火岩の登場、そして迅火もビビる最強の敵・神雲と得体の知れない少年・千夜の出現と、結構重要な展開が目白押しであります。

 この先の展開で大きくクローズアップされる神雲と千夜はそちらに譲るとして、注目は灼岩で、迅火に替わって参戦というのはいかにもバトルものっぽくていい――というのはさておき、実は「灼岩」は人間の芍薬と闇の火岩が融合した存在だった、ということが今回判明。今まではいわば芍薬のパーソナリティが表に出ていたのが、氷乃いや氷岩と融合した蒼岩(何だかややこしい)を前に、火岩が前面に出ることになります。
 これまで「◯◯す」と気の抜けたような喋り方だったのから一転、シリアス(?)で力の入った喋り方となるのには、別キャストなのかと思わず確認してしまったほどの見事な演じ分けでしたが、それだけ異なる存在が同じ体に共存しているというのは、ある意味、本作で描かれる人間と闇の共存の一つの在り方と言ってもよいのかもしれません(もっとも、最初は暴走して大変なことになりましたが……)。

 そしてこれと対照的な存在が氷乃であることは言うまでもありません。自ら望んで闇をその身に取り込んだものの、決してそれは闇と共存するのではなく、相手の意識は喰らい尽くして力のみを自分のものとする――なるほど、霊力改造人間というものがそういう存在であれば、迅火でなくとも顔をしかめたくなるような邪法というべきでしょう(というより、灼岩はかなり規格外の存在なのか?)。そんな彼女が自らを氷乃でも蒼岩でもない氷岩と名乗るのは、芍薬と火岩が二魂一身の灼岩であるのとは、似て非なるものであることは言うまでもありません。
 物悲しいのは、居場所を失い親に売られて改造された灼岩と、自ら望んだとはいえ裏の世界から表舞台に立つ(兄を立たせる)ために改造された氷岩には、どこか共通項があることでしょう。それでも、ありのままの自分を受け入れてくれる者がいた灼岩と、自分が支えようとしていた兄の心を理解できずにいた氷岩は、決定的に道を違えることになったわけですが――人間でも闇でもない存在になったはずが、闇に飲まれ、人間になりたいと訴えながら散った氷岩の姿は、あまりに悲しいものがあります。


 さて、そんなドラマが展開する一方で、迅火は思い切り食われていた、というか締まらない印象。氷岩を殺すと見栄を切りながら(まあ、殺す殺すと宣言して実際に殺す奴はあまりいない)灼岩に出番を譲ったのはともかく、神雲を前に尻尾を巻いて逃走、その後もたまに発破をかけられるまで戦意喪失と、普段の中二病的態度が態度だけに、何とも残念としか言いようがありません。
 まあ今回は負けイベントなので後は捲土重来ということで、たまが勝利へのステップを宣言して終わるわけですが――「正義を騙り 対話を拒み 力を行使する あの思い上がったクソガキ」って、君たちがいうか……
(というか迅火はまだ悩める部分が描かれているからよいとして、たまはここまでアレなキャラだったか )


『戦国妖狐 世直し姉弟編』上巻(フリュー Blu-rayソフト) Amazon


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関連記事
『戦国妖狐』 第1話「我ら乱世を憂う者」
『戦国妖狐』 第2話「灼岩」
『戦国妖狐』 第3話「永禄七年」
『戦国妖狐』 第4話「迅火と人間」

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2024.02.07

天野純希『吉野朝残党伝』 南朝の少年兵が見た戦いの形

 南北朝合一後も吉野に潜み、足利幕府に対して戦いを繰り広げてきた吉野朝(南朝)残党。本作はその吉野朝残党にいわば少年兵として加わった多聞をはじめ、様々な人々の視点から足利義教期の混沌とした世界を描く物語であります。南朝再興のため、あらゆる手段を用いる吉野朝残党の向かう先は……

 馬借の下人として幼い頃からこきつかわれてきた少年・多聞。大和の山中で荷を運ぶ最中に何者かの襲撃を受け、そのどさくさに襲ってきた主を殺した彼は、襲撃者を率いる後醍醐帝の後胤・玉川宮敦子と後鳥羽帝の後裔・鳥羽尊秀に出会い、同志に誘われることになります。

 敦子の武術に叩きのめされ、そして人が人として生きていくために幕府を倒すという尊秀の言葉に興味を持ち同志に加わった多聞。彼は数年間の過酷な修練の末、子供ばかりで構成された吉野朝の隠密部隊・菊童子の一員として任務に就くことになります。
 暗殺、奇襲、破壊工作――敦子や尊秀が幕府打倒、吉野朝復興のために様々に動く背後で、多聞たち菊童子は、表に出せない後ろ暗い仕事に従事していくのでした。

 時あたかも万人恐怖と呼ばれた足利義教の独裁政権の頃、吉野朝は時に義教の弟・義昭を迎え、時に鎌倉公方・持氏との連携を模索することになります。それでも次々と幕府方の攻撃の前に劣勢に立たされる中、吉野朝は義教と折り合いの悪い赤松家と手を組み、義教の首を狙うのでした。
 そして訪れる運命の嘉吉元年。その動乱の中で多聞たちが知る真実とは……


 足利尊氏と後醍醐帝の争いをきっかけに二つの皇統が存在するという、この国始まっての事態となった南北朝時代。足利義満によって皇統は再び一つとなったものの、それを認めぬ南朝残党は、その後も数十年に渡り、室町幕府の不安定な状況に乗じて活動を続けてきました。
 いわゆる後南朝とも呼ばれるその一派は、これまでも様々な形でフィクションの題材となってきました。本作はそれを踏まえつつも、歴史小説として、そして何よりもエンターテイメントとしてユニークな作品として成立しています。

 そしてその最大の特徴が、菊童子の存在であることはいうまでもありません。吉野朝の影の戦力として、様々な戦い・政略の背後で動いてきた菊童子――ほとんど忍者のような活躍を見せる彼らの存在は、物語にアクション性と伝奇性を濃厚に与える効果を挙げています。
 しかしそれだけでなく、歴史の表面から見ると散発的な点に見える吉野朝方の、そして反幕府方の動きを、菊童子の存在は裏側で繋ぎ、一本の線として見せることを可能としているのです。それは本作の物語構造の巧みさというべきでしょう。

 それだけではありません。多聞をはじめとして、いずれも身寄りのない、そしてほとんどが庶民の出身である菊童子の視点を通じることで、本作はこの時代の動乱を複層的に描くことを可能にしているといえます。
 南朝と北朝の正統争いも、武士たちの主導権争いも、所詮はそれ以外の人々にとっては雲の上の争い。多聞らの目から描くことにより、本作はその争いを相対化し、主義主張の正しさ(もっともらしさ)とは別の観点から描いているのであります。


 しかし、その菊童子こそは吉野朝のために働く走狗というべき存在ではないのか。何よりも身寄りのない子供たちを自分たちの主義主張に染めて手駒とする、テロリストの少年兵と同様のやり方は許されるのか? 冒頭からつきまとう疑問は、物語が進むにつれて――吉野朝側だけでなく、幕府側・武士の側から義教と対峙するキャラクターが登場する中盤以降、強まっていくことになります。

 その一種の矛盾あるいは負の側面に、本作はどのように答えてみせるのか? それは本作の重要な展開に触れるためにここでは伏せますが、一つだけ言うことができるのは、物語の流れ的にここがクライマックスになるかと思われた嘉吉の乱はあくまでも幕開けに過ぎない、ということであります。
 むしろ本作はその直後に起きた、もう一つの歴史的事件をクローズアップするのですが――その背後で繰り広げられたもう一つの戦いをクライマックスとする展開には大いに驚かされました。

 元々作者は、歴史上の事件を描きつつ、その背後にエンターテイメント的・伝奇的要素を絡めたクライマックスを描いてみせるのに長けた印象がありますが、本作もまた、その系譜に属する作品というべきでしょう。

 正直なところ、一人の人物に全ての罪を着せて終わらせてしまった印象は大きいのですが――皇族と武士と庶民が入り乱れ、殺し合う混沌の時代にこれまでと別の角度から切り込み、そしてその中から思いもよらぬ希望の形までを描いてみせた本作は、やはり作者ならではの大作として大いに評価されるべきと感じます。


 ちなみに少しだけ明かしてしまうと、尊秀という人物は、史実では南朝残党が御所に乱入し剣と神璽を奪った、禁闕の変の首謀者と言われている人物なのですが――それをこう活かしてみせたか、と最後の最後まで脱帽であります。


『吉野朝残党伝』(天野純希 潮出版社) Amazon

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2024.02.06

『明治撃剣 1874』 第参話「狩人」

 行方不明者の服を売る古着屋を捕らえたことから、数多くの人間が殺害されていたことを知った静馬。背後に狩人倶楽部なる団体があることを知り、古着屋が出入りしていた商人・蔵屋に調査に向かった静馬だが、主の善兵衛に追い出される。さらに善兵衛は木戸孝允に圧力をかけ、捜査を中止させるが……

 何故か放送が一週空いての今回は、いきなりの人間狩りネタ。これまでそれなりに史実を踏まえた物語が描かれてきましたが、突然、政界にも顔が利き、警察の捜査も手の及ばない黒幕が――という展開には、どういう顔をしたらよいのかわからなくなります。
 この人間狩りは、戊辰戦争の中で人を狩り、殺すことに味をしめた元武家、今は大商人である蔵屋善兵衛が、配下を使って人間を拐かし、狩人倶楽部なる団体に人を集めて、密かに行っていたというもの。密かにといっても、そこら辺で攫ってくるのですぐに騒ぎになるし、殺された人間から剥ぎ取った血染めの服を、雑に古着屋に卸しているのですから、見つからない方が不思議であります。
(ちなみにこの善兵衛、絵に描いたような変態なのですが、料亭で吸い物の味が薄いと、自分の指を切って出した血で味付けするシーンは頭がおかしくて良かったです)

 木戸孝允でなくとも呆れそうな犯行ですが、その木戸も圧力をかけられ(狩人倶楽部の参加者に長州出身者が何人も含まれていたとはいえ)、警察の捜査を中止してしまうのは、まあいくらでも後ろ暗いところのありそうな桂小五郎だし――というのは冗談としても、病院に担ぎ込まれた古着屋を堂々と襲って殺した上、巡査にまで深手を負わせるほどの無茶をするとは、何とも大味な展開に天を仰ぎたくなります。
(一応、江藤新平の乱の対応に大久保利通が忙殺されて、こちらにまで目が向けられなかった、という史実を踏まえたエクスキューズはあるのですが……)
 こういう時に腹芸でごまかしてなんとかするのが川路のキャラかと思いきや意外と役に立たず、大久保にチクって木戸を抑えるというあまりパッとしないやり方で対応するのも残念なところではありました(もっともラストでは――こちらは後述します)。そんな中、静馬は「ならんものはならん!」と会津魂全開ではみ出し警官ぶりを発揮しますが、基本的に能力値が常人レベルなので善兵衛に鉄拳制裁したくらいしか見せ場がないのが何とも……


 しかしその中で、思わぬドラマが描かれたのが、謎の御前の下で暗躍する謎の芸者・雛鶴であります。これまで大久保利通襲撃や江藤新平の下野等で暗躍してきた彼女は、実は善兵衛に深い恨みを持つ者だった――というわけで、ある意味私怨ながら、今回ばかりは悪を討つ立場にあったといえます(尤も、これまでの行動も彼女なりに悪を討っていたのだと思いますが)。
 そしてその彼女を姉のように慕う小梅は、雛鶴を助けようとするあまり、単身善兵衛を襲撃して失敗、人間狩りの標的に――というところで静馬と接点が出来たわけですが、彼が探す澄江と同じ折り方のウサギを折ることが出来ることから、この先静馬のドラマにも関わるのでしょう(というか、しばらく彼女が澄江なのだと思っていました……)。

 また、ラストになって一人逃げ延びようとした蔵屋の番頭格をいきなり悪即何とかした新キャラが――と思えば、これが藤田五郎。「明治で警察が出てきたら藤田、そうでなければ川路と思え」という格言があるくらいですが(ありません)、やはり本作にも登場しました。ここでは川路の密命を受けて悪即何とかしているようですが、川路が表で動かなかったのも彼の存在があったからでしょうか。

 そしてもう一人、何となく物語の中で、元庄内藩士・池上宗一郎が正体らしいと語られた狂死郎。今回も守谷組長のために地味な仕事を派手にやり遂げていましたが、東北諸藩最強の軍事力を持ち、ほとんど最後まで新政府軍と互角に戦い抜いた(ある意味会津藩とは好一対である)庄内藩と絡んでいるとすれば、やはりこの先面白い存在になりそうです。


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『明治撃剣 1874』 第壱話「東京」

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2024.02.05

後藤竜二『野心あらためず 日高見国伝』 乱を起こすものと、それに屈せず歩み続けること

 数々の作品を残してきた児童文学者・後藤竜二が、いわゆる宝亀の乱を題材にし、野間児童文芸賞を受賞した名作であります。かつて大和の人々に奪われた日高見の地に帰還した少年・アビを通じて描かれる、蝦夷と大和の人々の姿とは……

 代々暮らしてきた日高見の地を奪われた末、父は殺され、母は流刑の途中に自分を産んで亡くなった少年アビ。親代わりの老人・オンガと共に流刑地を逃亡し、鮫狩りとして暮らしていた彼は、密かに思いを寄せていた奴婢の少女・宇伽が売られていったことを知ります。そして彼女を追って、アビはオンガと共に、密貿易商人の灘麿の船で、陸奥介・大伴真綱と共に日高見に向かうのでした。

 土地の豪族出身ながら大和でも勢力を振るう存在であり、アビ一族の仇である道嶋家。彼らが力を振るう日高見では、数年前に蝦夷が蜂起して以来、アテルイやモレの抵抗が続き、一触即発の状況が続いていました。
 そんな中、蝦夷出身の郡長官として人々の対立を収めるのに腐心してきた伊治城主の呰麻呂は、恋人のルシメが政略結婚で道嶋家の長男・大楯に嫁がされることになり、大きな衝撃を受けます。しかしルシメは大楯を嫌って婚礼前に出奔、それを恨みに思った大楯は、蝦夷の武力弾圧を強行に主張するようになります。そんな中、伊治城で働くことになったアビは、宇伽と再会するのでした。

 折しも、冷害と戦乱で浮浪民となって伊治城に流入した人々を受け入れる呰麻呂。しかし大楯の陰謀により、農民たちと浮浪民たちは対立、険悪な状況は深まっていきます。一方、陸奥守・紀広純は己の功績のため、伊治城以北に新たな築城を決定。しかしその動きの鈍さに不満を持った大楯は、ある覚悟を固めるのでした。
 そして日高見の動きを利用して紀家の勢力を削ごうとする中央の藤原家の思惑も絡んだ末、ついに決定的な出来事が起きることに……


 宝亀十一年(780年)、陸奥で伊治呰麻呂が起こした反乱である宝亀の乱。詳細は本作の展開に触れることになるので伏せますが、この反乱をきっかけに、後のアテルイたちと坂上田村麻呂の激突をはじめとする、蝦夷と大和の対立が激化していくことになります。
 本作は、この知名度はあまり高くないものの重要な戦いの秘話というべき物語ですが――先祖の地へのアビの帰還という始まりを考えれば、彼が乱の中で活躍する物語と想像する方も多いと思います。アビが、蝦夷を苦しめる大和の暴政に対して立ち上がる物語なのだろうと……

 しかし本作でアビの存在は、むしろ目撃者に近い立場であります。実はこの物語の中心となるのは呰麻呂――蝦夷と大和、貴族と平民、農民と浮浪民という相反する立場の人々に挟まれながらも、平和共存の道を求める男の姿を本作は描きます。
 しかしそんな呰麻呂が、何故乱の首謀者とされたのか? そこに至るまでの人々の思惑の複雑な交錯をこそ、本作は浮き彫りにするのです。

 そして同時に本作は、単純に蝦夷を善、大和を悪として描くものでもありません。
 確かにその中でも大楯は悪役と呼んでよい存在であります。しかし彼は同時に大和側の人々の中でもひどく浮いた存在――その極端な言動を白眼視され、嘲笑されている存在として描かれます。本作の大和側の人々の多くは、蝦夷を蔑視しつつも積極的に排除するわけでもなく、私腹を肥やし、あるいは事なかれで暮らす、そんな存在なのです。

 そしてその一方で、蝦夷も一枚岩ではありません。モレのように大和に戦いを挑む者、あるいは大和の人々の前で頭を低くしてやり過ごす者、そして呰麻呂のように共存を求める者――そんな人々が入り乱れる状況の中では、むしろ乱が起きることの方が不思議に思われます。
 しかしそれでも乱が起きてしまうのは何故か――それの原因である「政治的」動きを本作は丹念に描きます。ドラマチックさとは無縁の、卑小な人間の営みの中で、多くの人々の命に関わる出来事が起きる――そんなやりきれない現実を、本作は描くのです。
(その意味では、ドラマ的にはヒーローとなっておかしくない立ち位置にありながら、結局は状況に翻弄されるしかない大伴真綱の存在は、象徴的といえるかもしれません)


 もちろん本作は、そんな生々しい物語だけに終わるものではありません。そんなやりきれない現実の中でも「野心あらためず」――すなわち他人に屈することなく、己の求める道のために歩み続ける人間の逞しさと、その営みが未来に繋ぐものを、本作は同時に描くのです。
 そして本作においてその役割を担うのが、アビや宇伽、あるいは灘麿といった無名の人々であることを思えば、作者が何に希望を見出していたのか理解できるように思えます。

 それはまた、本作が児童文学の一般的イメージを超える内容でありつつも、それでも児童文学として描かれた意味であるとも感じられるのです。


『野心あらためず 日高見国伝』(後藤竜二 光文社文庫) Amazon

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2024.02.04

松井優征『逃げ上手の若君』第14巻 時行、新たな戦いの構図へ

 時行たちの大敗北という結果で「中先代の乱」は終わり、そしてプレ南北朝の動乱というべき争いが始まった本作。新章というべき展開の中で、時行も再び動き出します。伊豆に潜伏していた時行の前に単身現れたのは新たなる変態、いや英傑。彼の導きで時行が向かう戦場とは……

 尊氏の神懸かった力の前に惨敗した末、諏訪頼重父子をはじめとする人々の貴い犠牲の末に、鎌倉から落ち延びることとなった時行と逃者党の面々。最高の忠臣であり、父親というべき存在でもあった頼重を失う痛みに耐えながらも、時行は、仲間たちと伊豆に潜むことになります。
 一方、時行の蜂起をきっかけに後醍醐帝に反旗を翻した尊氏は、時に敗北を喫しながらもまたも神懸かった力で大逆転。逃げるという点では時行以上であったはずの楠木正成も戦場に散り、もはや尊氏を阻む者はないように見えますが……

 という中、温泉に入ったり海の幸に舌鼓を打ったり、新技を開発したりUNKを収集したり仮面の下は実はイケメンだったのがわかったり――と、伊豆で色々やっていた時行たちも、ついにこの戦いの中に加わることになります。

 後醍醐帝に自己アピール文を送った時行の前に、供を一人連れただけで現れた人物。その正体は――北畠顕家!
 貴顕の身でありながら卓越した武を誇る傑物、後醍醐帝の下では義良親王を奉じて奥羽に下り、そして尊氏造反後は鎮守府将軍として一度は尊氏を九州にまで追いやった超人的人物を、本作はどう描いたか?

 ――花を背負ったキメキメの超美形にして、超上から目線で言葉責め大好きの変態でした。


 というわけで、主人公が大敗北からの雌伏を経ての奮起という、超盛り上がる展開を前に、一人で全てをかっさらった感のある顕家。前巻で文字通り顔見せがあった際には、そのあまりに「らしい」ビジュアルに感心しましたが、本作が歴史上の有名人でも(いやだからこそ)大変なアレンジをしてくるのを忘れていました……

 しかし本作の極端なアレンジは、キャラ立てのためというのはもちろんですが、当時の時代背景を描くためのものでもあります。ここでの顕家の超高飛車ウエメセキャラは、当時の公家と武士の関係性の一端を示すものであり――そして基本的に武士vs武士という武士の主導権争いであったこれまでの戦いから、物語の中心が公家・武士vs武士という国の在り方を巡るものに移っていくことを示してもいるのでしょう。
(しかしこの時代も相変わらずバーサーカー扱いの東国武士……)

 そしてその戦いの新たな構図の中に、時行も置かれることになります。時行はこれまで頼重の指揮監督下とはいえ、武士の一方の頂点に立つ者として活躍してきました。
 しかしその彼が公家の配下の一武士として、まさに「さぶらふ」立場として動かされることには、正直なところ違和感を感じるところではあります。

 とはいえ、それでもなお、時行には戦う理由があり、戦う意思があるということなのでしょう。そして何より、彼の前には倒すべき敵が待ち受けます。
 かつて中先代の乱において時行たちの前に立ち塞がり、その多くが命を落とした関東庇番衆の一人・斯波孫二郎改め家長。その後、直義の跡を継ぐ形で奥州総大将兼関東執事となった彼が、同じく今は副執事となった上杉憲顕と共に、鎌倉防衛のために顕家をそして時行を阻むことになります。

 かつての戦いでもその才を活かして時行を苦しめましたが、敗北からさらに成長して今では顕家を翻弄するほどになった家長。緒戦の利根川での戦いでは、生存を伏せていた時行の登場もあって勝利することができたものの、彼の本領発揮はこれからでしょう。

 しかしもちろん顕家の、そしてパワーアップした時行たちの本領発揮もこれからであります。特に今回はまだ顔見せ段階の顕家麾下の将たちの変態――いや活躍ぶりも楽しみなところ、再起した時行の戦いは、いきなりクライマックスに突入したという印象で次巻に続きます。


 それにしても顕家麾下の変態といえば、誰もが驚く結城宗広でしょう。以前登場していた保科配下のモブ顔殺人鬼がまさかの伏線だったというのがまず驚きですが、原作(?)再現しただけなのにインパクトありすぎるこの設定に、もはやこの先、彼から目が離せないのであります。

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2024.02.03

架空史大年表を更新しました

 年表サイト「架空史大年表 妖異の世界史」を更新しました。古今東西の史実の出来事と、小説・漫画・映像・ゲーム等の中の出来事、人物の生没年を手当たり次第記載しています。

 前回更新からほぼ半年、あまり作品数を増やしすぎず厳選しよう――と思いつつ、あれもこれもと欲張っていたら65作品も追加することに……
 追加作品は以下の通りです。(年代順)
『陋巷に在り』『達人伝 9万里を風に乗り』『天山疾風記』『闘獣士ベスティアリウス』『グラディエーター』『奔流』『風よ、万里を翔けよ』『長歌行』『海皇伝』『SIREN』『野心あらためず』『オーディンの舟葬』『敦煌』『ダ・ヴィンチ・コード』『シュトヘル』『傾城水滸伝』『海と夕焼』『吉野朝残党伝』『ドラキュラZERO』『鷹の城』『不思議な少年』『LEGAの13』『岩鼠の城』『虎と十字架』『阿部一族』『愛剣 剣術抄』『銭形平次捕物控』『誰が千姫を殺したか 蛇身探偵豊臣秀頼』『変身忍者嵐(漫画)』『旗本退屈男』『池田大助捕物帳』『超高速! 参勤交代』『天下御免』『モヒカン族の最後』『怪談牡丹灯籠』『戯場國の怪人』『忍びの副業』『勇将ジェラールの回想』『人形佐七捕物帳』『びいどろで候』『零 zero』『白鯨(映画)』『月長石』『片喰と黄金』『白衣の女』『明楽と孫蔵』『燃えよ! カンフー』『クルンバの悲劇』『博物館の少女 騒がしい幽霊』『カトリと霧の国の遺産』『ホグワーツ・レガシー』『リングにかけろ』『真説ルパン対ホームズ』『アップフェルラント物語』『シャーロック・ホームズとサセックスの海魔』『アムンゼンの天幕』『黄金バット 大正髑髏奇譚』『最後の挨拶』『名作の生まれる夜』『琥珀色の遺言』『地球の悲鳴』『賢治と妖精琥珀』『霧の国』『百鬼園事件帖』『エドワードランディ』

 また、サイトのサブ年表である鬼切丸伝年表も、最新巻(第18巻)分まで更新しています。

 なお、今回は更新していませんが、同サイト内の伝奇時代劇地図「伝奇時代劇事件地図」もオススメです。

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2024.02.02

『戦国妖狐』 第4話「迅火と人間」

 人間を喰らう闇の成敗に向かった迅火とたまの前に現れた闇喰い人・雷堂斬蔵。風を操る魔剣・荒吹を用いるだけでなく、卓越した剣技を持つ斬蔵に迅火は敗れるが、斬蔵は命を奪わず見逃す。しかし断怪衆から妹の命と引き替えに迅火の確実な抹殺を命じられた斬蔵は、再び果たし合いを挑むのだった。

 冒頭から突っ走ってきましたが、何だかんだでたま・迅火・真介・灼岩が四人一組で暮らすことになって、ちょっと落ち着いた感のある本作。今回冒頭では、顔見知りの闇の知らせで、村人に生贄を出させている闇のことをたまが知るわけですが、知らせに来た闇とのやり取りや、村人に対して見返りに他者に善行を施すよう促す姿など、前回までの殴り込みはあくまでも例外で、たま(と迅火)はこうして地道にやってきたのだなあ、と感じさせられるところです。――いや、文句を言う子供も人を食う闇もぶん殴っているので、結局こういう行動しかなかったのかも……

 と、ここで村の子供の母親を人質に取るという闇のイヤらしい戦術に対して、迅火は当然のごとく無視しようとするも、しかし――という前振りを経て、今回の真打である「人間」斬蔵が登場。迅火とほぼ互角にやり合う力を持つ魔剣を持ちながらも、真のスキルは純粋な剣術という玄人好み(?)の人物で、そのやさぐれた風貌も相まって、主人公を圧倒して成長させて退場するゲストキャラ感溢れる人物であります。
 まあ実際には退場はしないのが本作のよいところですが、闇から解放した母子を今度は自分が人質にして迅火に対決を迫ったり、人間の技術の精華である剣術で迅火を圧倒したり、それでも迅火を討たずに大人の余裕を見せたり、律儀に斃した闇はきちんと食べたり、そしてこんなナリと稼業でも妹は大事にしていたり――と改めて見てみるとこんなにいいキャラだったのだなあと感心させられます。後で触れるように今回は「人間」「人間性」が意味を持つエピソードですが、その様々な象徴として、重要なキャラクターであるというべきでしょう。
(人間臭いといえば、迅火には実家を潰すと脅し、斬蔵には妹の命がかかっていると脅しつつ、「難しく考えるな。『脅しとは卑怯だぞ』と言っておけばいいのだ」と妙に味のあることを言う名もない断怪衆も、これもある意味「らしい」と感じます)

 一方の迅火はといえば、己の圧倒的なパワーで蹴散らすことのできない相手の登場に焦り、死すら覚悟した末に、再戦では完全に飲まれて決定的なミスを犯す(この辺り、斬蔵がどこまで意図していたかはわかりませんが、狙い通りであったとしたら面白い)ことになるのですが――そこからの大逆転の手段がムチャクチャなものなのが実に面白く、その八方破れぶりが斬蔵の技を破るという展開にある種の説得力をもたらしていると言ってよいのではないでしょうか。
 もちろんこんな技は普通の「人間」にはできないのですが、走馬燈まで見て頭が真っ白になるというのは、これはこれで実に人間らしい(そもそも闇闇拘っている時点でめちゃくちゃ人間らしいわけで……)。先に触れた人質のくだり、そして明るく接してくる灼岩やある意味真っ直ぐなリアクションの真介との触れ合いも含めて――今回はタイトル通りに迅火が様々な人間に触れて人間性を学び、自分の中にも残っている人間性を自覚するエピソードなのでしょう。

 しかし迅火がその人間性を捨てようとしている一方で、既に捨て去ってしまった者もいて、というのはフライングですが、闇とは人間ではないモノを指すのか、人間性を捨てればそれは闇なのか――その辺りに着目すると、やはり興味深い物語であります。


『戦国妖狐 世直し姉弟編』上巻(フリュー Blu-rayソフト) Amazon


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『戦国妖狐』 第1話「我ら乱世を憂う者」
『戦国妖狐』 第2話「灼岩」
『戦国妖狐』 第3話「永禄七年」

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2024.02.01

白井恵理子『黒の李氷・夜話』第2巻

 永きに渡る中国(時々日本)の歴史に幾度となく顔を出す不老不死の少年・李氷を狂言回しとした全七巻の連作シリーズの第二巻であります。幾度も悲劇を招いてきた李氷が愛してやまぬ永遠の美女・セイとの出会いは、今回思わぬ形で描かれることに…

 皮肉屋で女好き、強力な呪術の力を持ち、飄々と世を渡る少年・李氷。歴史上の様々な時と場所に現れる李氷は、暴政で人々を苦しめる夏を倒そうとする美女・成湯と出会い、力を貸すことになります。
 彼女と強く惹かれあうもののすれ違い、憎まれすらして別れることとなった李氷。その後も彼は、後漢、唐と様々な時代で、成湯――セイちゃんが転生した美女と出会い、その度に別れを経験することに……


 そんな設定で展開する本作ですが、第二巻に収録された「鬼神来迎」では、元寇を背景に、奇怪な転生が招く悲劇が描かれることになります。

 ある日、着衣のまま水に飛び込んだ娘を助けた李氷。セイの転生である彼女は元の軍人・胡凱を名乗り、皇帝フビライの命により、近々水軍を率いて日本に侵攻することになると語るのでした。
 フビライが日本の神のお告げで侵攻を決めたと知り、一足先に日本に渡った李氷は、鎌倉で神に祈る者たちを束ねる陰陽師・安倍晴亮と対面。しかし李氷が神から感じたのは血なまぐさい気配でした。

 そして鎌倉で李氷が出会った武士・竹崎季長の顔は、胡凱と瓜二つで……

 元寇という、これまでに比べると日本でも馴染み深い題材を扱うこのエピソードですが、何と言っても目を惹くのは、セイの魂が二つに分かれ、元と日本に同時に転生しているというシチュエーションでしょう。
 はたして愛する者が二人同時に存在した時に、李氷はいかなる道を選ぶのか――というのは興味深いところですが、しかし物語はそちらの方面よりも、むしろ李氷と安倍晴亮、そして謎の神との対決の方にフォーカスされることになります。

 正直なところこのエピソード、神の正体も企ても、真相が分かっても今ひとつピンとこない(さらにいえば安倍家がこの神を奉じているという設定もどうかと)ため、物語自体もスッキリしないものとなっているのが何とも残念であります。
 神に人々が翻弄された末に爆発する李氷の激情が――という結末自体は悪くないだけに、勿体ない印象が残ります。


 また、この巻に収録された「随尸鏡」は時代を遡って後漢末が舞台の中編。育ての親である老師がかつて碁で負けたカタで持ち去られた秘宝・随尸鏡を取り戻すため、李氷江東の有力者・喬国老のもとに向かうという物語であります。
 実は喬国老には大喬・小喬という美しい二人の娘がいて――とくれば、なるほど『STOP! 劉備くん』をはじめとして硬軟様々に三国志を題材にしている作者らしいと納得できるところであります。

 ここで三国志の世界に足を踏み入れた李氷が、大喬に婿入りすることになる、というだけで大変ですが、さらに大喬が何者かの襲撃を受け、大喬・小喬といえば当然あの人物も登場して物語を引っかき回す――と三国志外伝として、非常にユニークな物語が展開していくことになります。

 実はこのエピソードはセイが登場しないという、ある意味脇筋の内容ではありますが、長い長い時を舞台とする本作であれば、それもまた大いにありだといえるでしょう。

 ちなみにこの巻にはもう一編、第一次大戦後の日本を舞台とした短編「赤い風車」を収録しています。ページの都合で李氷がSDになってしまったという人を喰ったシチュエーションですが、描かれる物語はかなり重いファンタジーといったところ。
 こうした趣向の物語も、人の世界の外側に立つ李氷が主人公だからこそできる物語というべきかもしれません。


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