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2024年3月

2024.03.31

安達智『あおのたつき』第13巻 悪意なき偽りの世界で

 もう紙の単行本と同時発売も当たり前となった『あおのたつき』、この第十三巻からは新章「八重の待ち人」が展開します。気鬱になった花魁・八重花を助けたいという新造・初花の訪いを受けた薄神白狐社。彼女からあおたちが聞く、花魁の真実とは……

 冥府の吉原の薄神白狐社で、わだかまりを抱えて訪れる者たちを救ってきたあお。前巻では、自分が亡くなった後にすれ違う想いに苦しむ遊女と幇間を図らずも救うことになったあおですが、この巻では、新たな難事に巻き込まれることになります。

 ある日、冥府の吉原に現れた新造・初花。生者でありながら冥府に迷い込む彼女は、もはや癖になっているという溜息が示すように深い悩みを――それも自分のではなく、彼女がついている角町扇屋の花魁・八重花を救いたいという悩みを抱えていたのです。
 愛する間夫が登楼せず、気鬱になってしまったという八重花。しかし、現世で八重花の部屋を訪れたあおと楽丸は、そこで異様なものを目の当たりにすることになります。

 全く文面が変わらない間夫からの無数の手紙、そして二階の格子窓の外から声をかける間夫と言葉を交わす八重花――そう、間夫の貞様こと貞右衛門とは、彼女にだけ見える相手だったのです。
 それお彼女がまだ吉原の花魁・八重花ではなく、町家で暮らす少女・お花であった頃から……


 かくて、この巻の約半分を割いて描かれるのは、八重花、いやお花の半生の物語。元は大店に嫁入りできるほどの家の娘であったお花が、何故吉原の遊女となったのか――丹念に丹念に描かれるその物語は、言うまでもなく彼女と「貞様」の物語でもあります。

 幼い頃から「普通の」娘として暮らすことができず、やがて非在の想い人を見出すようになったお花。子供の頃にいわゆるイマジナリーフレンドを見るのはさまで珍しいものではないかと思いますが、しかし彼女の場合はその度合いが並みではないことが、周囲の何ともリアルな反応を通じて描かれていくのが実にキツい。
 これはもう、幾ら言葉を重ねても伝わらない凄まじさであると――ほとんど敗北宣言に等しい言葉で恐縮ですが――唸るほかないのです。
(リアルといえば、八重花に悩む初花の挙動も、実際に誰かに取材したのではないかというレベルに感じられます)

 いや、何よりもキツいのは、お花はもちろんのこと、周囲の人々も含めて、誰も「悪い」わけではないことでしょう。そこにあるのは、一人の少々特殊な少女と、彼女に対する周囲の無理解と行き違いであり――もちろんそれがお花を追い込み、そして周囲を巻き込んだ悲劇をもたらしたのは間違いないものの、しかし基本的に誰一人として彼女を不幸にしてやろうと思っていたわけではないことが、やり切れなさを強めます。

 そして、誰一人として彼女を不幸にしてやろうと思っていないのはいまの吉原でも同様です。(欲得尽くは絡んではいるものの)初花をはじめ、見世の者たちも八重花の心の均衡を保つため、彼女の言葉に合わせて振る舞っているのですから。
 しかしそれが真に彼女のためになるのか。この巻のラストで初花にあおがぶつける言葉は、まさにそれを真っ正面から問いかけるのですが――本当にそれでこの悪意なき偽りの世界の全てが解決できるのか。実はそれも第三者のエゴではないのか……

 そんな不安を感じさせながら、物語は次巻に続きます。


 一方、巻末に収録された番外編「雪見舟」は、うって変わって、幼馴染みだった遊女を身請けしようとするお店者を描いた物語。

 幼い頃の他愛もない約束を「覚えていようはずもない」という青年の葛藤が、ふとした瞬間に消え去っていく感動を受けて、思わぬキャラクターの「覚えていようはずもない」という独白で締められる泣き笑いの結末が実に見事な一編であります。
(オチを見るまで、本作が『あおのたつき』のエピソードであることを忘れていたほど……)


『あおのたつき』第12巻(安達智 コアミックス) Amazon

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2024.03.30

武川佑『真田の具足師』 武士ならぬ身で己の戦場を戦った者の物語

 先日、文庫で『悪将軍暗殺』(『千里をゆけ』改題)が刊行された武川佑が、戦国時代末期の真田家をユニークな視点から描く歴史小説であります。徳川軍を震え上がらせた真田の不死身の具足――その秘密の奪取を命じられた具足屋・岩井与左衛門と真田家の、長きに渡るドラマであります。

 生まれつき不自由な片手の指を抱えながらも、家業である具足師として懸命に修行を積んできた与左衛門。しかし彼の作った甲冑が不良品であったため、戦で家康が傷を負ったという理由で勘当された彼は、その家康から、ある秘命を受けることになります。
 上田城の戦で徳川勢を惨敗させた真田兵――その強さの源が、彼らが身につけた「不死身の具足」にあると見た家康。その秘密を探るため、与左衛門は甲賀の女忍び・乃々とともに、上田潜入を命じられたのです。

 上田に着いて早々に真田の忍びの襲撃を受け、具足師としては致命的な傷を負わされてしまった与左衛門。しかし彼はその時の真田が置かれた状況を見抜き、逆に真田昌幸の懐に飛び込んで、「具足屋」として頭角を現すことになります。
 真田家を支えつつも、不死身の具足の秘密を探る与左衛門。やがてその秘密を握るのが謎の天狗面の男・源三郎だと知る与左衛門ですが、その意外な正体とは……


 実に三十年という(エピローグを含めれば更に長い)年月を舞台に描かれる本作は、デビュー以来武田家を多く題材としてきた作者が、その武田家滅亡後をしたたかに渡り歩いた真田家を描く物語です。
 戦国時代のスターというべき真田家の興亡を描いた作品は無数にあります。しかし本作が極めてユニークなのは、それを武士・武将ではなく、具足師の眼から描く点であります。

 非戦闘員であるものの、戦闘に間接的に携わる技術者たる具足師。しかし彼らの使命は、似たような立場の刀鍛冶とは、また異なるものがあります。
 相手を殺すことではなく、着る者を守ることを最大の役目としつつ、時にそれに加えて、着る者が何者であるかをアピールする役割を持つ具足――それを作る者の視点は、当然、他の者とは異なるものとなって然るべきでしょう。

 作者はこれまで多くの作品で戦場を描きつつも、しかし決して勇ましく戦う者ではなく、いやむしろそんな姿勢に懐疑的な視点から物語を描いてきました。
 その視点は、上に述べたような特異な存在であるこの具足師を中心とする本作において、特に明確であります。そしてそれは、作中である理由から悩み苦しむ与左衛門に対する乃々の言葉――「戦うのは武士だけではない。進め、あなたの戦場を」に、はっきりと表れていると感じます。

 そしてまた、戦いに対して懐疑的な視点を向けるのは、与左衛門だけではありません。本作の前半で強い印象を残す人物――真田信繁が「源三郎兄」と呼ぶ謎の天狗面の男もまた、優れた具足師でありながらも、戦うことに悩む者であります。
 その伝奇的な出自(それが明かされた時の驚きたるや!)と相まって、陰の主人公といいたくなるほどの存在感を持つ源三郎。与左衛門とは全く異なる立場にありつつ、しかし具足という点で以て重なる彼の存在は、与左衛門の「戦い」に大きく影響を与えるのです。


 本作は、そんな源三郎をはじめとする人々との出会いを経て、与左衛門が真田家で頭角を表していく一代期という側面を持ちます――途中までは。
 豊臣家の下で大きな犠牲を払った末に、本領を安堵された真田家。そこでなくてはならぬ存在となった与左衛門ですが、しかし彼が徳川のスパイであることは、それでも変わりません。その不安定な立場が物語にどのような影響を与えるか――後半で描かれるその答えには、言葉を失います。

 しかしそれでもなお、与左衛門の、真田の戦いは続きます。物語の結末である大坂の陣――戦国時代の終わりであるこの戦で、与左衛門は、ある役割を果たすことになります。
 正直なところ、特に信繁の行動がもたらすものが、あまりにそれまでの物語の空気と変わっている感が強く、この辺りは唐突な印象は印象は否めません。
 しかし周囲の者を巻き込み、巻き込まれつつも、己の戦場を戦った者が見た一つの結末として、そして真田家という特異な家を巡る物語の結末として、それは受け止めるべきでしょう。

 決して平坦ではなく、理想だけでは成り立たない道を懸命に進んだ者の物語――それは時に目を背けたくなるほど凄絶で、時に予定調和を拒む理不尽さすら感じさせながらも、不思議な余韻を残すのです。


『真田の具足師』(武川佑 PHP研究所)

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2024.03.29

『戦国妖狐』 第12話「迅火と道錬と竹吉とバリー」

 道練の奥義に大ダメージを受けながらも、とんでもない手段で復活した迅火。今度は彼の奥義が道錬に放たれた時、その場に思いもよらぬ存在が現れる。一方、真介と烈深は空を舞台に激闘を繰り広げる。二つの戦いが終わり、劣勢に立たされた野禅は泰山を発動させるが、そこに山の神が現れる……

 いよいよ最終回一話前、一番盛り上がる時分ですが、今回は二大決戦が決着、そしてとんでもない番外(?)戦が――とクライマックスに相応しい盛り上がりとなります。その中で、「ん? なんじゃこれは」的な謎の場面もあるのですが……
(しかし、原作の「迅火と道錬」「竹吉とバリー」という二つをそのままくっつけた今回のサブタイトルはどうかと思います)

 前回ラスト、道錬の千尋拳と烈深の轟震海、それぞれの超必殺技的な攻撃が放たれてヒキになりましたが、轟震海はあっさりと躱された一方で、千尋拳を防御するを選んだ迅火は大ダメージ。それもそのはず、千尋拳は単なる連打技ではなく、時空を歪めて、無数の拳筋の可能性を同時に存在させるという、原理的にはとんでもない技だったのですから……
 いやいやいや、武術特化のバトルマニアだとばかり思っていましたが、正直これは神雲より凄いのでは。そしてグロッキー状態の迅火は――何をとち狂ったか、前回生えた霊気の腕を自分の頭に突っ込んで引っ掻き回したので、戦っている方も見ている方も皆ドン引き。結果としてまた尾が増えましたが、どちらかというと烈深がやりそう(やられてそう)なパワーアップではないでしょうか。

 そんなわけで七本尾となった迅火は、二本の尾でダブルブリザードをかまして道錬の逃げ場をなくし、そこに五行魂を放つという戦法に出ますが、道錬は技の発動前に懐に飛び込もうとして――ここで今回の一番の問題シーン、いきなり二人の間を、何の脈絡もなく通り過ぎる謎のフードの人物たち。二人に全く注意を払うでもなく、そしてたまたちも全く気付かない、二人にしか見えなかった謎の人々――あまりに不気味な存在に気を取られた道錬は、結果として棒立ちで五行魂を真正面からくらい、黒焦げに……
 さすがに壮絶ノックダウンですが、それでも満足げに倒れる時も前のめりだったのは、最強の男ならではでしょうか。

 一方、真介と烈深の戦いは、狭い地下で、烈深の猛攻を真介が荒吹で躱す、というかもう自分の意思を持ってる荒吹が躱しまくるという展開。原作では偶然でしたが、こちらではクレバーに相手の攻撃を誘って天井に穴を開けさせた真介いや荒吹は、空に逃れますが――しかし中途半端な実写メカみたいな状態の烈深も空を飛ぶ! 問答無用で空中戦を繰り広げる姿には、時代劇アニメとはなにかと考えさせられますが、その中でただ一人(?)戦いから離れたものを見ていたのは荒吹――憎しみに囚われてぶつかり合う二人を尻目に、空を自由に舞うことの素晴らしさを語る荒吹には、確かに真介が愚痴めいたことを言いたくなるのもよくわかります(この場面、原作では真介も烈深も、どうしようもなく囚われ、迷っていることが二人のセリフで描かれていたのですが、カットされてしまったのはかなり残念)。
 しかしそんな真介の目に映ったのは、灼岩が散った日に彼女の上にあったのと同じ、鳥が舞う広くて青い空。そして荒吹に促されながらも彼が放ったのは、彼が物語冒頭から唯一得意とした真っ向上段――その名も天地割り! このシチュエーションに灼岩のカットイン付きで放たれた技が効かないはずもなく、見事に烈深を一刀両断するのでした。
 が、それでも終わらない二人の戦い。訳のわからない叫びを上げながら目を血走らせて突っ込んでくる体一面に符を貼った男という、かなり怖い状態の烈深と正面から殴り合う真介ですが――しかし何発目かの巨武志を食らった烈深は、そのまま体がバラバラに裂けるという、本作有数の無惨な死を遂げます。最後に聞こえるか聞こえないほど小さく「ママ」と呟きながら……

 悲しみとも怒りともつかない凄まじい叫びを上げた末に、それでも立ち上がった真介。それでも気遣うたまに、「それまではおれもまだ鬼をやるぜ」と告げたのは、とりも直さず彼が鬼になったのではなく、鬼の仮面を意識して被っていることを示すものでしょう。そして何となく対等の友達という感じになった真介と迅火ですが――そこでヤケになった野禅が、泰山を完全にトランスフォーメーション!
 が、ある意味それは待ち望んだ瞬間。りんずの魂寄せで現れた山の神は、泰山の巨体をさらに上回る巨大な姿で蹴りを入れて――もはや戦いがまさしく神々の領域に達したところで、最終回に続きます。


 しかし今回本名が出た山の神、オオヤマツミではなく、オオヤマミツチ(ヒメ)なのですね。ちょっと面白い。


『戦国妖狐 世直し姉弟編』下巻(フリュー Blu-rayソフト) Amazon

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2024.03.28

椎橋寛『岩元先輩ノ推薦』第8巻 異国からの脅威 新たなる腸詰男!

 怪奇現象の背後に潜む能力者に対し、時にこれを捕らえ、時にこれを保護し、陸軍エリィト養成校に「推薦」する岩元先輩の活躍を描く本作、第八巻は最近偶数巻では定例の長編エピソードであります。今回岩本先輩たちの前に立ちふさがるのは腸詰男――いかにもおぞましい名を持つ男の能力とは!?

 陸軍栖鳳中学校の中でも肉体派エリィトが集まる「前線部隊」の一員として、陸軍の密偵任務に就いていた三年生の権藤。しかしその最中に彼が見た光景は、彼の想像を絶する、世にもおぞましいものだったのです。
 これはあいつ向けの分野だと、岩元に協力を求め、家具のオークション現場に潜入した権藤と岩元。そこに再び現れた男は、石化した人間の肉体が埋め込まれた家具を落札するや、自らの「能力」で、その肉体を生身に戻していったではありませんか。

 これこそ先に権藤が見た光景――男が手を動かすや、無機物が「肉片」に変わってしまう、いや生身の肉体も「腸詰」に変えてしまうその男。その名はユルゲン・ニーマン=ブルストマン――すなわち「腸詰男」、ドイツの能力者であります。
 日本各地に現れ、家具や人形に封じられた人体を蘇らせていく彼の目的は、はたして何なのか……


 ここしばらく、奇数巻は短編エピソード集、偶数巻は怪奇で危険な能力者との戦いを描く長編エピソード「××男」編という構成だった本作。この巻もその流れからは外れることなく、「腸詰男」編となります。
 見るからに厭な予感が漂うこの男の能力は、手で捏ねたものを腸詰にすること――それだけであれば何となく無害にも思えますが、しかし相手の内臓の一部を腸詰に変えるだけで簡単に殺すことができる、恐ろしい能力であります。

 しかし今回、腸詰男が狙うのは、19世紀の人間石化技術によって作り出されたというアンティーク家具――人間の肉体の一部や臓器を石化し、装飾として使用したという、猟奇にもほどがある家具に使われた人体の存在です。
 はたしてそんなものをわざわざ彼が――それもドイツという国家をバックにつけて――狙うのは何故か。人体のパーツが使われている、ということから、何となく予想が就くような気がしますが、いずれにせよ、恐るべき企てであろうことは間違いありません。

 そして相手がドイツの――異国の能力者ということで、久々に大英帝国の魔女軍団も参戦。今回は共通の敵に挑む同盟者的立場として、助っ人的な立ち回りを見せてくれるのも、嬉しいところであります。


 しかし、本作の長編エピソードは、単純に能力者を倒すべき敵としてのみ描くものではありません。彼は何者なのか、何を思ってその能力を振るうのか――如何に怪人いや怪物というべき存在であっても、そこにある情や想いの存在を描くことは、本作において一貫しているのです。
 そしてそれが、国や軍に時にその能力を利用され、時に実験動物としてすら扱われる能力者を保護しようとする岩元の姿勢に繋がっていくのですが――しかし今回の腸詰男は、自らの能力を積極的に用いてのし上がろうとする、かなり「生臭い」存在といえます。

 なるほど、能力者は哀れな、保護されるべき存在なのか、能力者はその能力を自分のために用いてはいけないのか? それはある意味当然の疑問であるといえるでしょう。しかしそれを目的に動いた時、能力者を待つものは何か――それがこのエピソードでは描かれるのではないでしょうか。


 そしてこの強敵を相手に、戦力出し惜しみなしで挑む岩元たち。これまでも英国魔女戦で活躍した雨男・佐々眼流雨に加えて、今回は人形をこよなく愛する淡魂瑞火が参戦することになります。
 特に淡魂は、日本人形を常に抱きかかえ、人間に対するように語りかけるというその普段のビジュアルだけでインパクト満点ですが、今回ついにその能力を発揮――苦手な方であればトラウマになりそうなその能力もまた、強烈であります。

 さらに前巻に登場した能力者たちも協力して、腸詰男を阻まんとするのですが――はたしてその凶行を止めることができるのか。物語は巻をまたいで、次巻に続きます。


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2024.03.27

『明治撃剣 1874』 第拾話「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」

 皇城に向かう気球を追いかけて戦いを繰り広げる警官隊・修羅神・平松一味。澄江の助けもあり、皇城を守った静馬は松平容保と対面、蜂起を止めるよう訴える。一方、平松を追って洋上の黒船に乗り込んだ修羅神は、生きていた後藤の襲撃を受ける。そこに静馬も駆けつけ、最後の戦いが始まった……

 いきなりサブタイトルが12倍に長くなった最終回、時間の方も長くなって実に29分数十秒、途中のCMもなしで、これは確かに一時間スペシャルでなければ放送できないわけです。

 さて、物語の方は前回から続き、皇城を目指す気球に飛び乗った修羅神、そして静馬が一味を追う展開。宿敵同士となったダリオとビリーの決着が地味につけられた後、ダリオの攻撃で守屋組長の気球は不時着、組長を脅して平松の居所を聞き出した修羅神はさっさとそちらに向かいます。一方、静馬の方は、前回から急に青龍刀を持ち出した平松の側近・皆川と対決するもこれを一蹴。とどめを刺す間もなくこちらも皇城へ……
 とはいえ、既に一味は皇城に到着、しかも近衛の一部も抱き込まれていたという信じられない事態。静馬も取り囲まれて大ピンチとなるのですが――それを目撃した澄江が思わず銃で静馬を援護し、その他の叛徒たちも、駆けつけた警官隊に鎮圧されるのでした。

 しかし澄江も当然その一味、捕縛されるところを庇った静馬は藤田と対決。地味に同僚だと知らなかった静馬ですが、あくまでも刀は抜かずに、藤田をひっ捕まえて頭突き一閃! これまでの傷もあったとは思いますが、正義が女に負けるとは――と自嘲する藤田を置いて、澄江と共にその場から逃走します。
 そして二人の向かった先は――てっきり平松のところかと思いきや、松平容保のもと。先日から平松の言葉にほとんど答えないのでスルーするつもりかと思いきや、結構乗り気だったらしい容保を、静馬は言葉を尽くして押し留めます。ついには「ならぬものはならぬのです」が飛び出し、容保もついに決起を諦めたその時、その場に現れたのは……

 一方、佃島沖に停泊した黒船に単身乗り込んだ修羅神ですが、彼を待っていたのは何と後藤、それも何か凄い色の甲冑(たぶん元々は平松用)をまとった! 前々回、死んだシーンは描かれていなかった後藤は、修羅神憎しの念で暴走。組長を意味なく殺した上で、平松の元に現れたのです。そこで平松特製阿片を与えられて完全におかしくなった後藤に、流石の修羅神も苦戦を強いられます。
 そんな修羅神を煽りに来た平松ですが、しかしそこに静馬が駆けつけたことで状況に変化が生じます。静馬に後藤を押しつけて平松を追う修羅神。静馬は後藤の頭にランプを落として火をつけた上に、盲滅法突っ込んでくるところを躱せば後藤は爆裂弾の中に突っ込んで大爆発! 黒船に火が回り始めます。

 さて、怨敵・平松に斬りかかる修羅神ですが、意外にもというべきか、平松も強い! 修羅神が連戦で疲れているとはいえ、五角以上の腕前で応戦します。武士を捨てて極道になった男と、西洋に生まれて今なお武士の姿を取る男――平松のアナクロぶりへの修羅神の「勝手な憧れ拗らせやがって」とは言い得て妙ですが、しかし修羅神が一瞬の隙を突いて背中に一刀! そこに追いついた静馬の言葉で容保も蜂起しないことを知り、敗北を認めた平松は武士らしく切腹を望み、修羅神が介錯を――っと、そこで修羅神が斬ったのは首ではなく髷! 己が武士であることに何よりも誇りを持つ男にとっては、死にも勝る屈辱であることは間違いありません(史実では和服を着ても髷を結ってなかった平松に髷を結わせていたのはこのためであったか……)。
 狂乱する平松を置いて甲板に出た二人。そして静馬は「修羅神狂死郎、お前を逮捕する!」と挑みかかるのですが――えっ、修羅神何か悪いことしたっけ(色々してます)とこちらが驚く間にも繰り広げられる二人の戦い。実力伯仲の二人ですが、修羅神は長ドスなので鍔がないので指を斬られそうで結構見ていて怖い。鍔って意外と大事――などと思わされつつも二人の戦いは続きます。その時、その場に現れたのは……

 かくて戦いは終わり、せんり(相変わらず超有能)の働きで、「エルドラド」がかつて蝦夷地に作られ、今は新政府に受け入れられぬ人々のコロニーだったことが判明。どうやらポリスを続けているらしい静馬がそこを訪ねる場面で、物語は終わることになります。


 正直なところ終盤に至っても(終盤ほど)絵的には苦しかった感はあり、色々と苦戦ぶりが伺われたものの、平松の正体をはじめとして、オッと思わされる題材が随所に盛り込まれていた本作。正直なところ放送開始までは完全にダークホースでしたが、かなり楽しめた作品でした。(ただ、最終回にほとんど全く同じパターンで重要キャラを二人も退場させたのはさすがにどうかと……)

 ちなみに西郷暗殺の処理、まさかの大量の西郷の×××には愕然かつ仰天。このアイディアは今までなかったのではないでしょうか。脱帽です。


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2024.03.26

『明治撃剣 1874』 第玖話「夜天」

 小山内殺害犯の牧野を捕らえたことで、平松の存在を知る静馬。一方、工場から逃れた一行を追ったせんりも、平松の陰謀の正体を知る。故郷へ帰る琴から託された刀を手にポリスに復職し、平松と守屋組を急襲する静馬だが、その最中に狂死郎もまた、平松を狙って現れ、乱戦が始まる……

 最終回スペシャルということで一挙二話まとめての放送で録画できているか大いに焦った(大丈夫でした)本作、まずはラスト一話前からご紹介します。
 前回、平松一味の秘密工場での大乱闘の果てに睨み合う静馬と狂死郎ですが、鴉こと牧野が逃走したのを取り押さえている間に狂死郎は姿を消して水入り。静馬は牧野が小山内殺しの真相を白状したのをきっかけに、最終回一話前にしてようやく平松の存在を知ることになります。

 大久保暗殺犯である澄江を逃がしたことは何となく不問にされて、再び川路の誘いでポリスに復職した静馬。その腰にあるのは、己の想いを伏せて中澤琴が国(利根町出身だったんですね)に帰る時に託していった刀であります。
 一方、前回秘密工場から大量の荷物を乗せて逃げた馬車に忍び込んだせんりは、ついに平松の陰謀の全容を掴み(たぶん本作一有能)、藤田にもそれを伝えます。折悪しく、本気で疑っていなかったらしい狂死郎たちにその現場を見つかってしまい、深手を負わされながらも逃走した藤田によって情報は川路にも伝わり、いよいよ風雲急を告げる事態となります。

 前回描かれた、月が消えて木彫りの鯛が空から降ってくるという怪現象の正体――それは夜間に気球の飛行試験を行い、その際に気球から木彫りの鯉を落としていたというもの。気球の存在自体は簡単に予想できましたが、鯉を落としたのは飛行経路の確認のため、そして何故鯉かといえば、龍の刺青を入れた守屋組長が、鯉の滝登り→龍の連想で選んだというのは、さすがに思い至りませんでした。
 何はともあれ、この平松一味の計画も決行寸前、平松はまだ松平容保を戴くために説得中ですが、決起の理由が、西洋の猿真似で功利主義の文明に冒された新政府を倒して再び武士の世を――という、一体お前は何時の時代の何処の人間だ、といいたくなるような時代錯誤な代物だったのには吃驚であります。

 しかしもちろん大久保・川路たちがそれを座視しているはずもありません。守屋組を、そして平松たちの気球の発着場を急襲し、守屋組と大乱闘を繰り広げる静馬たち警官隊。これに長ドスで反抗する守屋組の皆さんも大概だと思いますが、そこに紛れてビリーがライフルを撃ってくるので警官の側も油断はできません。
 そしてそこに狂死郎たちも駆けつけますが、狂死郎と幻丞はいいとして、ダリオは前回ビリーに撃たれた傷が悪化したために腕を切り落とし、片腕アーチャー状態。戦力の低下は否めないところですが、幻丞は一人残って幻覚線香攻撃で警官隊を足止めします。静馬も会津落城の地獄絵図を見せられるのですが――この光景は夢で何度も見てきた! と主人公らしい理由で静馬は幻覚を振り払い、幻丞に一撃! それでも幻丞は、どこにそんなの隠してたの、と言いたくなるような爆弾を出してきて自爆、最後の最後まで足止めをしてのけるのでした。(しかし如何にも曰くありげなキャラだったのに過去が語られなかったのは実に勿体無い……)

 そして次々と気球が離陸する最中、その一つに飛び乗る狂死郎。その気球の向かう先は――なんと皇城! 俺なら皇城を空から攻めるねと、武士道にはうるさいがその辺のアレには疎そうな平松の暴挙であります。一方、密かに東京に呼ばれた西郷もあっさり暗殺され、大久保の仕業と喧伝することで新政府を揺るがそうという策まで展開、無茶苦茶なのか案外考えているのか、よくわからない平松が有頂天となっている中、最終回になだれ込みます。


 ちなみにせんりの調査と平行して、パークスが本国の友人に月と鯉の一件の謎解きを求めていたのですが、この友人がもしかして――と思ったらやはりマイクロフト。パークスもディオゲネスクラブの一員だったという設定にはニッコリです。ちなみにマイクロフトの弟もチラリと登場しましたが、この時彼は二十歳、「グロリア・スコット号」を解決した頃で、まだ探偵ではない頃ですね。


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2024.03.25

松原利光&青崎有吾『ガス灯野良犬探偵団』第2巻 新たな仲間、少年の牙!

 19世紀末のロンドン、あの名探偵シャーロック・ホームズの「猟犬」として彼を出し抜くべく奮闘する少年・リューイを主人公とした、意外極まりないイレギュラーストーリーの続巻であります。中国マフィア絡みの事件に巻き込まれたリューイが、そこで出会った人物は……

 姉貴分として慕っていた少女・ニナを、何者かに殺された靴磨きの少年・リューイ。持ち前の観察眼で、犯人を追う彼がその最中に出会ったのは、浮浪児を人間とも思わない傲岸不遜な諮問探偵シャーロック・ホームズ――ニナが彼の仕事を請け負っている最中に死んだと知ったリューイは、ホームズのやり口を全て盗んだ上で、いつか殺すと宣言して……


 と、何ともユニークかつ殺伐とした設定で展開する本作。ホームズが浮浪児を「ベイカー街不正規連隊」として雇い、捜査を手伝わせていたのは有名な話ですが、本作におけるホームズとリューイは、互いを「野良犬」「クズ」と呼び合う間柄――ホームズはあくまでも上から目線、リューイはなんとか出し抜こうという、そんな緊張関係と、二人の推理対決が、本作の魅力の一つであります。
 しかし本作のタイトルは「探偵団」。団ということは団員は複数いるはず――というわけで、この巻での前半では、リューイの初めての仲間が登場することになります。

 ある日、浮浪者に襲われていた少女・パメラと出会ったリューイ。彼女を助けようとするも全く歯が立たなかった一方で、同年代の少年が現れ、相手を叩きのめすのでした。
 首筋に刺青を入れた彼こそは、街で恐れられる中国マフィア・磁刀会のジエン――そのジエンを出し抜いてパメラと逃げたリューイは、彼女が磁刀会のメンバー殺しの目撃者であることを知ります。

 これ以上パメラが追われないようにするため、殺人事件の犯人を探す決意を固めたリューイですが、現場の倉庫でジエンと再会してしまい……

 と、わかりやすく剣呑極まりない相手と事を構えることになったリューイ。彼は時にホームズを瞠目させるほどの頭脳の持ち主である一方で、腕っぷしは普通の子供並みであることが、物語冒頭から描かれてきました。

 しかし、残念ながら、子供だからと手加減してくれるような者などいない荒んだロンドンで、頭脳のみで乗り切っていくのは無理があります(何しろ当のホームズですら、原典では時に実力行使に出る羽目になっているのですから)。
 だとすればどうすればいいか――腕っぷしの強い奴を味方につける、という答えはなるほど納得ではあります。しかし、そんな相手をどうすれば味方にできるのか?

 そんな難問をロジカルに、そしてリューイの観察眼の基本である靴を起点とすることでエモーショナルに描く物語は巧みというべきでしょう。
 もちろん、何かと意地を張り合う年頃の少年二人が距離を縮める――それも腕っぷしの強いジエンの方が――のは簡単ではありませんが、その様を単発エピソードで描くのも、(殺伐とした場面が多かっただけに)ホッさせられるところです。


 そしてリューイがホームズの代わりにレストレードからの依頼を受ける短編エピソード(ラストで、レストレードからのある問いに、意味深な笑みを浮かべるホームズがいい)を経て、この巻の終盤では、ちょっと天然気味の軽業少女・アビーが登場。
 サーカス入団を目指す彼女が、思わぬ事件に巻き込まれて――ところでこの巻は終わりますが、さて彼女は本作にどのように絡むのか。

 はたしてリューイは彼女を救えるのか、そして彼女が二番目の仲間になるのか? この先の展開が、色々と楽しみであります。


『ガス灯野良犬探偵団』第2巻(松原利光&青崎有吾 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon


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2024.03.24

出口真人『前田慶次かぶき旅』第15巻 旅は日本一のうつけ殿から日本一の不忠者へ!?

 新たに奥村助右衛門を同行者に加え、まだまだ続く前田慶次の西国漫遊。周防岩国で、西軍を敗北させた天下一のうつけ殿・吉川広家を訪ねた慶次は、そこで吉川家と毛利家の内輪もめに首を突っ込むことになります。吉川家の小姓の仇討ちに、助太刀として参戦した慶次ですが……

 豊前での冒険の後、それまでの仲間たちと別れたものの、莫逆の友・奥村助右衛門と再会した慶次。そこで彼らが向かった先は周防岩国――吉川広家のもとであります。
 広家といえば、西軍に属した毛利家の人間ながら、家康と通じ、西軍を敗北させた立役者――ということは慶次たちにとっては怨敵でもおかしくない相手ですが、しかし一廉の漢大好きの慶次がそんなことに拘るはずもありません。

 はたして広家が、毛利家を守るために敢えて裏切り者の汚名を背負ったことを知る慶次。折しも、吉川家の小姓が毛利家の直臣・田所に斬殺され、朋輩が仇討ちをしようとしていることを知った慶次ですが……


 というわけで、こういう時に水を得た魚のようになるのが慶次という男なのは、今さら言うまでもない話。仇討ちを名乗り出たあからさまに細い青年に定番の必勝法を授け、自分は相手方の助太刀の相手をするという寸法であります。
 この相手がまた分藩の藩主・毛利秀元の威を借りた上に、完全に慶次を舐めて大言壮語、無駄に仲間を駆り集めてデカい顔をするという、もはや死亡フラグの数え役満のような男。前田慶次など過去の遺物、と思い込むのは、まあ史実では慶次は70近いので、無理もない気もしますが……

 もちろん、その結末は言うまでもありませが、ここで印象に残るのは、うつけ殿はどこへの威風堂々たる広家の姿はもちろんのこと、この騒動をあくまでも仇討として、余人の介入を断固許さない毛利家の人々の硬骨ぶりであります。
(普通だったら絶対ギャグ枠の、面白いビジュアルの執政・佐世元壽もいい漢ぶりを見せるのがいい)

 そのついでに、秀元も何となく男らしい奴になっているのはご愛嬌ですが、しかしいつもながらに気持ちの良い幕切れであります。


 さて、そんなわけで周防岩国編は完結したのですが、そこから思わぬ縁で続いていくのが次の章であります。

 毛利輝元――つまり従兄弟の娘である古満姫が、備前岡山まで行きたがっているのに頭を痛める広家。婚家から離縁され、毛利家に戻っていた姫ですが、その結婚相手というのが何と小早川秀秋! ある意味、広家以上に関ヶ原的にはアレな人物であります。
 ひ弱な人間や卑怯者には極めて厳しい世界観だけに、秀秋はどんな人物なのか――とドキドキさせられますが、ここで初登場した秀秋は、確かに線は細いものの、決してうつけ者でも臆病者でもない印象の若者であります。

 古満姫を離縁したのも秀吉の養子となっていた秀秋が、猜疑心の塊となっていた秀吉にいつ殺されるかわからない立場だったために、累が及ぶのを避けるため――と、(本作においては)これはこれで細やかな心遣いの秀秋。当然ながら(?)古満姫の中には、彼への愛がいまだ残っているのです。

 しかしそれでも家の都合で嫁入りをさせられるのが武家の習い。新たな縁談が出ている中、せめてその前に一度秀秋に逢いたいという姫の切なる願いなのですが――それを見過ごせる慶次ではないのも言うまでもない話です。
 かくて慶次たちの次なる目的地は備前岡山――これまで本作にはいなかったタイプである天下一の不忠者・秀秋と慶次、二人の出会いがいかなる化学反応をもたらすのか? ある意味、これまでで最も気になる顔合わせであります。


『前田慶次かぶき旅』第15巻(出口真人&原哲夫・堀江信彦 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon


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2024.03.23

峰守ひろかず『少年泉鏡花の明治奇談録 城下のあやかし』

 『ゲゲゲの鬼太郎』第6期のノベライズを担当する等、妖怪もので大活躍中の作者が描く、少年時代の泉鏡花(鏡太郎)の物語――怪異をこよなく愛する鏡太郎と車夫の義信が、金沢で起きる様々な怪異の謎を解く連作、待望の続編であります。

 私塾の寄宿生でありながら、英語の講師を務める泉鏡太郎――実は無類のおばけずきである彼は、怪異譚をこよなく愛し、実際におばけに出会うことを夢見る変わり者の美少年。故あって人力車夫として働く傍ら、英語を学ぼうとする青年・武良越義信は、本物の怪異に出会うことができたら受講料を免除するという条件で、その鏡太郎に怪異にまつわる噂を持ち込むことになります。
 そして怪異の仕業としか思えない様々な事件に遭遇する二人。鏡太郎は、事件の背後に潜む意外な真実を次々と解き明かしていくのですが……

 本作は、そんな前作の物語からそのまま続く、正当続編であります。前作では実は仇討のために英語を学んでいた義信ですが、ラストである意味目的を果たした彼には、もう鏡太郎に学ぶ必要はないのでは――と思われましたが、観光地の車夫としては知っておいた方が良いから、という理由であっさりクリア。
かくて、今回も鏡太郎と義信のコンビが金沢の怪異を追うことになります。

そんな二人を描く物語は、以下の全五話で構成されています。

 陸軍少佐夫人の家庭教師を依頼された鏡太郎が、魚の化生ではないかと噂される彼女の周囲の不気味な暗合を知る「海神別荘」
 天狗に神隠しされてから別人のように真面目になっただけでなく、奇妙な行動を取る医者の息子の謎「茸の舞姫」
 山で偶然河童らしき影を目撃した義信が、鏡お化けを撃ちたいという有力者の息子を鏡太郎と案内する「貝の穴に河童の居る事」
 貸本屋の娘・瀧の許嫁が山で神隠しに遭い、帰ってくるまでに見たという奇妙なお堂と美女の不思議「竜潭譚」
 金沢の町の方々に様々な者たちが赤い旗を立て、近いうちに金沢で大火事が起こるという噂を流すという怪事――その背後にある人物の存在を悟った鏡太郎と義信が、意外な真実を目の当たりにする「朱日記」

 前作同様、今回もやはり、いずれのエピソードも鏡花の作品をサブタイトルに据えており、元作品を知っている方であれば、内容が読めてしまうのでは――と心配になるところはあります。
 しかし鏡花の作品ではあくまでも妖異幻想的な世界の物語の出来事であるものを、巧みに現実世界に移し換え、一つの解(時にしかし――という余地を残しつつ)を与えるという、前作同様、というより作者お得意の趣向は健在であります。

 そしてまた、本作が後の鏡花の二つの精神性の源を、その少年時代である鏡太郎の中に見出すのも同様であります。一つは、失われていくものへの愛惜。そしてもう一つは、虐げられる者たちへの共感と憤り――それが描かれているからこそ、本作は鏡花の作品の内容を単純に踏まえるだけはない、物語としての味わいが生まれていると感じます。


 そんな鏡太郎の、そして本作の姿が最も強く現れているのがラストエピソードであることは間違いありません。そしてそこで描かれるのは、決してヒーローではなく、一種の傍観者でしかない鏡太郎の姿なのです。

 そう、鏡太郎にできるのは、怪異の真実を明らかにすることだけであり、その根源を取り除く力は、彼にはありません。
 それでも、いやそれだからこそ、最後の事件において、彼にはどうにもできない現実に追い詰められた者を前に、ただ必死に心からの言葉をかけることしかできない彼の姿が、強く印象に残ります。

 その一方で、直後に現実を超えた「ここではないどこか」への強い憧れに囚われてしまう姿もまた、実に鏡花らしいのですが――しかし本作においては、彼は決して一人ではないこと、そして現実に生きる人間であることを示す結末もまた、心を温めてくれるのです。


 二度あることは三度ある――三度、鏡太郎と義信が怪異と出会い、そしてその背後にある心に寄り添う姿を見たいものです。


 ちなみに本作の第三話で示された「河童」の正体、これはもしかすると最近の四国での出来事を踏まえているのかもしれませんが、いずれにせよ斬新な(そしてあまりに切ない)解釈であることは間違いないでしょう。


『少年泉鏡花の明治奇談録 城下のあやかし』(峰守ひろかず ポプラ文庫ピュアフル) Amazon


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2024.03.22

『戦国妖狐』 第11話「断怪衆最強の男」

 神雲と千夜が封じられたこと、迅火の霊力がさらに高まったことを知り、闘志を燃やす道錬。迅火の傷もひとまず癒え、たまたちも断怪衆総本山に向かう決意を固める。正面から乗り込むことを選んだ一行の前に立ち塞がる、断怪衆最強の男・道錬と激突する迅火。一方、真介も烈深と対峙するが……

 いよいよ第一部も残すところ今回を入れて後三話。今回から決戦に突入であります。身も蓋もないことをいえば、バトルが中心になってくると書くことも少なくなるわけですが、その中でも印象に残るのは冒頭に描かれる迅火と真介の姿であります。

 妖精眼に目覚め、心に余裕が出たのか、屈託のない笑顔を見せる迅火。灼岩の死を引き摺り続け、今また迅火が片腕を失い(本人はあまり気にしていないのですが)、さらに背負った影が重くなる真介。物語冒頭の二人の姿とは、その雰囲気がほとんど逆転してしまったようにすら感じられます。
 しかしその一方で二人に共通するのは、それぞれを含めた周囲を「仲間」と認める意識――特に真介をそう認める迅火は、物語冒頭の姿を思えば、最も大きく成長したと感じます。(もっとも、たまへの態度を見ていると、成長というか増長というか……)

 そんな中である意味揺るがないのはたまで、闇たちが助太刀したがっているとりんずに言われて、これは私怨ではなく義による世直し
と言い切る姿は、良くも悪くも変わらないものがあります。正直なところ、彼女のいう世直しで誰か救われたか、というと疑問なのですが……

 何はともあれ、主人公側が盛り上がっていく一方で、断怪衆側も神雲が封印されたことで、むしろ逆に道錬の闘志に完全に火が付いた状態。新型の霊力改造人間・開天の十聖に絡まれたのをあっさりと返り討ちにして(というか、ポッと出のスペック上は高い量産型というのは、フラグ以外の何物でもないのですが)、ウォーミングアップも万全です。

 そして、本当に無駄にエロい精霊転化シーンでこちらも絶好調の迅火を迎え撃つ形で、ついに始まった頂上決戦。道錬は撲神(ぼくしん)の捨風(すてふう)を解禁(って、確かに戦国では異次元の動きですがそんなに効果あるのかしら……)すれば、迅火も山の神に左腕の跡に埋め込まれた種から腕を生やして大ハッスルであります。
 一方、その隙に襲いかかってきた烈深と、それを向かえうつ真介は、互いの本名を呼びかけあって、余人の窺い知れない雰囲気を醸し出します。

 そして道錬が無数の気塊から千尋拳を、いかにも最終形態的に巨大メカに埋め込まれた烈深が轟震海を――それぞれのおそらくは最終奥義を放ったところで、次回に続きます。


『戦国妖狐 世直し姉弟編』下巻(フリュー Blu-rayソフト) Amazon

関連サイト
公式サイト

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『戦国妖狐』 第2話「灼岩」
『戦国妖狐』 第3話「永禄七年」
『戦国妖狐』 第4話「迅火と人間」
『戦国妖狐』 第5話「氷岩」
『戦国妖狐』 第6話「ふこう」
『戦国妖狐』 第7話「火岩と芍薬」
『戦国妖狐』 第8話「魔剣士」
『戦国妖狐』 第9話「山の神(前)」
『戦国妖狐』 第10話「山の神(後)」

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2024.03.21

第2回新潟国際アニメーション映画祭 オールナイト時代劇アニメ特集(その二)

 第2回新潟国際アニメーション映画祭のオールナイト時代劇アニメ特集――そのうち、トークイベントの概要について前回触れましたが、今回は上映作品についての會川昇氏をはじめとするコメントと、私自身の作品を観ての感想です。

◯今回の上映作品について
會:『ストレンヂア』は『獣兵衛忍風帖』のあと、時代劇アニメでもっともパラダイムシフトを起こした作品。物語がチャンバラをするためのものになっている。
會:『レッド・サン』や『EAST MEETS WEST』『ウエスタン武芸帳』のように西部劇と時代劇がクロスオーバーした作品はあるが、本作はその逆の構図となっているのが素晴らしい。
會:一番素晴らしいのは、昔のアニメはどこかで実写の様式美に囚われ、実写を模倣したアクションになっていた。描こうと思えば動きを全部描けるのに、省略してしまうなど。『ストレンヂア』はそれがなく、アクションが全て次に繋がっている。
會:何故パラダイムシフトかというと、これを見てこんなのは出来ないと皆手を引いてしまった作品だから。
虚:15年前に『ストレンヂア』を見た時は脚本に乗り切れなかった。冒頭から自分が期待するものからどんどんずれていた。それがわかって観てみると凄まじく面白い。

會:『機巧奇傳ヒヲウ戦記』は今回全話リマスターされたが、第21話は内容的に第二部第一回という感じなので、ここから見ても大丈夫なのでは、と選んだ。また、後にコンビを組む水島精二さんがコンテを描いている回でもある。

會:『妖刀伝』は正直今見ると厳しいところはある。若い人がはしゃいで作っているので、真面目に観ると恥ずかしいかもしれない。

會:『少年猿飛佐助』はあくまでも記念碑的なものとして見てもらおうと思ったが、見直してみると美術が凄い。こんなのは見たことがないというレベルの美術が続く。ディズニー的なものを日本が作るとどうなるのか、という試みによるもの。


 最後に(作品の紹介については個別の記事にしているものもあるので)、今回の上映作品について簡単に私の感想を書かせていただきます。


『ストレンヂア 無皇刃譚』
 上で触れたパラダイムシフトという言葉を聞いた後では、凄まじいアクションの意味に、大いに納得できるものがあります(敵が中国の剣士というのも、そのアクションを成立させるための工夫なのでしょう)。
 ただ、実は初めて観た時から感じていた(以前書いた記事では触れていませんが)、うまく言語化できないモヤモヤが、今回も解消されず。ストーリーの方向性ではなく、クライマックスの主人公の立ち回りが、二つの勢力があらかた潰し合いをした後なのが、物語展開的にスッキリしないのかも……

 個人的に完全に勘違いをしていたのに気づいたのはラストシーン。仔太郎は(名無しがアレしたのに気づいて)泣き顔になってると思い込んでいましたが、笑っていましたね。


『機巧奇傳ヒヲウ戦記』第21話
 冒頭から寺田屋事件(薩摩の同士討ちの方)といういきなり濃いエピソードなのに改めて驚く今回。いつものことながらアバンタイトルの濃度はものすごいものがあります。

 本編については以前紹介をした記事ではあまり良くは書いていなかったのですが、正直なところ観直しても印象は変わらず――しかし振り返ってみると、結構その時の気分でものを言っている高杉の大人気なさがいちいちおかしい(そしてそれがまた高杉らしい)。
 しかしジョウブが自分の三味線に合わせてカラクリ人形を踊らせたのに気分を害するくだりが、クライマックスである第25話のラストシーンに繋がるかと思うとグッと来ます。

 グッと来るといえば、エンディング曲はやはり名曲――涙腺を刺激させられました。


『劇場版 戦国奇譚妖刀伝』
 劇場版は初見でしたが、特に第三話がかなり端折られている印象で、トークイベントで會川氏が語っていた、アニメに初めて登場した織田信雄がカットされたのは残念。
 内容やビジュアル、演出などは――一言でいえば、「あの頃のOVA」そのものという感じで、その集大成作品だったと改めて感じます。そして、それと同時に、作り手たちにとっての時代劇観の集大成だったとも。そこには確かに一つのジャンルに対する愛と熱意が感じられます。

 しかし確かに言われてみれば綾之介は猛烈に鳴海丈キャラです。この頃から既に……


『少年猿飛佐助』
 初見。正直なところ、オールナイトの最後に見るにはなかなか厳しいものがありました(特に動物周りのシーン。この辺りは白雪姫を意識しているのかな、と思いますが)。
 しかし確かに背景美術は何だか怖くなるほど――同時代の他の作品とレベル・方向性が違いすぎて――素晴らしく、冒頭から驚かされます。オオサンショウウオが潜む湖のシーンは、水の質感だけで本当の意味で怖い。

 そして怖いといえば悪役の夜叉姫――怨念で捻じ曲がった女の悪霊という設定を見事に体現したキャラで、こればかりはディズニーを超えたと感じます。山賊の親分とのじめっとしたやり取りも厭に印象に残りました。


 というわけでトークイベントといい、オールナイト上映といい、非常に得難い機会だった今回。特に會川氏の、ファンでありクリエイターである視点からの時代劇アニメ史観は目から鱗で、大いに刺激を受けました。
 個人的には他のメディアの時代劇をレイヤーとして重ねると色々と面白いのではないかと感じているので、いずれ自分なりに調べてみたいと考えています。

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2024.03.20

第2回新潟国際アニメーション映画祭 オールナイト時代劇アニメ特集(その一)

 3/19夜に開催された第2回新潟国際アニメーション映画祭オールナイト時代劇アニメ特集に行ってまいりました。上映作品自体もさることながら、目玉はなんといってもトークイベント――會川昇×虚淵玄「時代劇アニメの魅力、ファンタジー全盛期のいま作られるべきものとは?」であります。

 結果として虚淵氏はリモート参加だったのが残念ではありましたが、代わりに途中から『REVENGER』の脚本を担当したニトロプラスの大樹連司氏の参加もあり、あっという間の一時間半でした。
 全体の流れを追った記事は既に他のサイトに掲載されているので、個人的に印象に残ったものを箇条書きします。
(以下 會:會川昇、虚:虚淵玄、大:大樹連司 各氏の略)


○時代劇への思い入れについて
虚:他のアニメにはないような暗さが許されるのが時代劇。後は人の命の軽さ。日常の脇で人が死ぬという世界でのドラマツルギーに興味がある。

會:時代劇アニメは多いが、うねりになっていないというのが今回整理してみての感想。単発でヒットしても、それに続く作品がなく、ジャンルにならない。

〇資料の「日本・時代劇アニメ年表」を見ながら
會:『カムイの剣』や『浮浪雲』は時代劇に拘りのある虫プロ・マッドハウスのスタッフが作った。その前に『佐武と市捕物控』もあった。その流れが『獣兵衛忍風帖』に帰結している。我々の世代にはその影響から逃れられていないところがある。

會:OVAは川尻善昭が作った歴史といえる。『妖獣都市』一本がOVAを代表していると言っても過言ではない。大人向けに面白いものをちゃんとつくるのはこういうことだ、と作られてしまった。さらに『獣兵衛忍風帖』がバーンと出てて、これを見たかったんでしょと言われたら、こちらとしてはもう何も言えない。
會:その一方で忍者ものアニメの完成版はまだないと思う。山田風太郎の映像化も『バジリスク』くらいしかない。『獣兵衛忍風帖』で山風的なものをやってしまったので、忍者ものはもうできなくなったという印象があるのかもしれない。

〇『REVENGER』について
虚:『REVENGER』は「あのスタイル」の時代劇をアニメ化したいというリードがあった企画。テンプレートがあったので企画段階では苦労はなかった。
會:同じニトロプラスで時代劇的なものとして『刀剣乱舞』があるが、そちらで培われたものがあるか?
虚:『刀剣乱舞』は継続的に愛されるコンテンツなのでキャラを使い切るのはNG。『REVENGER』はそういう縛りがない。人の命が燃え尽きていくというドラマツルギーを描いた。
會:あのラストは最初から決まっていたのか?
虚:キャラ設定の初期から決まっていた。

大:僕はアニメ時代劇の原体験は『るろうに剣心』だった。
會:『るろうに剣心』は他に時代劇がない時代にジャンプでいきなり始まったが、時代劇慣れない世代としてはどうだったか?
大:中学生には刀好きのDNAがある。西洋ファンタジーゲームにもサムライがいてムラマサとか出てくる。だから受け入れていたのでは。

會:『REVENGER』はパラレルではなく本当の歴史でやろうと思わなかったか?
虚:アニメなので実写ではやれないような嘘を作りたかった。ロケできないだろうという絵を作りたかった。

虚:今後ますます厳しくなるかもしれないが、時代劇はポリコレと絶望的に相性が悪い。女性が活躍できない。今回は開き直って男だらけにしたが、世界観があるゆえの女性キャラの動かしにくさがあった。
會:そこはパラレルワールドということでできるのでは。
虚:我々の価値観からずれたディストピアな世界で物語を作るのは外したくなかった。

〇これからの時代劇アニメ
會:やっと日本の時代劇アニメはこう作らなければならないというのが抜けてきたのではないか。マッドハウス的なものと関係なく、自分のテーマを描くのに時代劇を選ぶというようになってきた。選択肢の一つとして気楽に選べるジャンルになればいい

虚:『鬼滅の刃』や『ゴールデンカムイ』のような、ディストピア封建社会から外れた祝祭的な世界は自分の中からは出てこない。その点で殺し屋ものは渡りに船だった。
會:大樹さんは祝祭感があるものは認められるか?
大:物心ついた時のTV時代劇は、もう『水戸黄門』や『暴れん坊将軍』だけだった世代なので、そもそも暗いという印象がない。


 個別の作品についてのコメント(と各作品への私個人の感想)は次回に掲載します。

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2024.03.19

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第108話「金属の風車」/第109話「明け方の風」

 盲目の美少女修法師が、付喪神をはじめとする怪異に挑む連作シリーズの新章であります。ここ最近は、異国の呪法に端を発したスケールの大きな物語が続いていましたが、今回ご紹介する二話は、原点回帰と言うべき内容となっております。

 異国の呪法により、新たな神となる運命を背負った少女・むつとの北への旅を終え、江戸に帰ってきた百夜と左吉。
 前章では、神仏からの試練や未来から来た男との遭遇など、スケールの大きな事態に巻き込まれてきた百夜ですが、江戸に帰ってからはこれまで通りの修法師としての仕事を――というわけで、年の瀬の彼女のもとに持ち込まれた二つの事件が描かれます。


「金属の風車」
 とある蝋燭問屋で続発する、親指と他の指がくっついて離れなくなってしまうという奇妙な障り。障り自体は数日で治るものの、さらに体に布を巻きつけた南蛮人らしき亡魂が現れ、それに加えて、金属の風車らしき謎の物体が現れるというのです。
 顔馴染みの女修験者・桔梗に紹介された百夜は、まず問屋と南蛮人の関わりを調べるのですが……

 江戸の庶民のもとで奇妙な事件が起こり、その解決に百夜が招かれる――そんな、シリーズの定番というべきスタイルの本作。そんな中での付喪神が引き起こした事件が多い本シリーズにおいては、力押しで解決することは少なく、その正体を解き明かし、その想いを汲み取ることこそが、解決策となります。
 その意味ではミステリ的な色彩の強いシリーズであるわけですが、特に今回は全く関係のなさそうな三つの怪異が絡むのが、ユニークな点でしょう。

 しかしさらにユニークなのは、実は怪異を起こしている存在自体は、物語の中盤で明らかになることであります。そこから先で描かれるのは、いかにしてその怪異の想いを汲み取り、「カミアガリ」させるか、ということなのです。
 そしてその先に浮かび上がるのは、古今東西を問わず存在する職人の魂――それが付喪神と共鳴する結末には不思議な爽やかさがあります。


「明け方の風」
 部屋で寝ていると、毎早朝、顔に風がふうっと当たるという奇妙な現象に悩まされてる茶問屋の主人。さらに事態は進み、風が当たると同時に部屋中が真っ赤に染まるに至り、彼は溜まりかねて百夜の元に依頼に来たのでした。
 店で夜明かしをして同様の現象に出くわした百夜は、怪異の源が茶道具蔵の地下に眠っていると気付くのですが……

 怪異の内容はもちろん全く異なるものの、そこから辿る展開は実は前話とかなり重なるものがある本作。また異なるのは、折角百夜が見抜いた怪異の源を、金惜しさに無視してしまう人間の存在ですが――まあ、そういう人間が手痛いしっぺ返しを受けるのは当然でしょう。

 しかしそれ以上に印象に残るのは、怪異が起こす現象と、その正体の繋がりであります。正直なところ、(前話同様に)その姿を知っても予備知識がなければほとんど全く正体不明の存在なのですが、それが明らかになった時、怪奇現象に綺麗に平仄が合うのは、やはりミステリ的な快感があります。


 というわけで、展開的にはかなり近いものがあるものの、それぞれに味わいが異なるこの二話。この先のエピソードも原点回帰となるかはわかりませんが、江戸に帰ってきた百夜の、普段着の活躍を楽しみにしたいと思います。


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「百夜・百鬼夜行帖109 明け方の風」(平谷美樹 小学館) Amazon


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 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第6章の1『願いの手』 第6章の2『ちゃんちゃんこを着た猫』 第6章の3『潮の魔縁』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第6章の4『四神の嘆き』 第6章の5『四十二人の侠客』 第6章の6『神無月』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第7章の1『花桐』 第7章の2『玉菊灯籠の頃』 第7章の3『雁ヶ音長屋』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第7章の4『青輪の龍』 第7章の5『於能碁呂の舞』 第7章の6『紅い牙』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第8章の1『笑い榎』 第8章の2『俄雨』 第8章の3『引きずり幽霊』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第8章の4『大川のみづち』 第8章の5『杲琵墅』 第8章の6『芝居正月』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第9章の1『千駄木の辻刺し』 第9章の2『鋼の呪縛』 第9章の3『重陽の童』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第9章の4『天気雨』 第9章の5『小豆洗い』 第9章の6『竜宮の使い』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第10章の1『光り物』 第10章の2『大筆小筆』 第10章の3『波』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第10章の4『瓢箪お化け』 第10章の5『駒ヶ岳の山賊』 第10章の6『首無し鬼』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第11章の1『紅い花弁』 第11章の2『桜色の勾玉』 第11章の3『駆ける童』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第11章の4『桑畑の翁』 第11章の5『異形の群(上)』 第11章の6『異形の群(下)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第12章の1『犬張子の夜』 第12章の2『梅一番』 第12章の3『還ってきた男(上)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第12章の4『還ってきた男(下)』 第12章の5『高野丸(上)』 第12章の6『高野丸(下)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第13章の1『百夜の霍乱』 第13章の2『溶けた黄金』 第13章の3『祈りの滝』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第13章の4『四十七羽の鴉』 第13章の5『錆』 第13章の6『あきらめ聖』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第14章の1『あぐろおう』 第14章の2『妖刀』 第14章の3『幽霊屋敷』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第14章の4『強請(上)』 第14章の5『強請(中)』 第14章の6『強請(下)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第15章の1『白い影(上)』 第15章の2『白い影(中)』 第15章の3『白い影(下)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第15章の4『水琴』 第15章の5『千鬼夜行』 第15章の6『三つ巴の戦い』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第16章の1『のざらし』 第16章の2『坊主に断られた回向』 第16章の3『百万遍』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第16章の4『鐵次』 第16章の5『白木村のなみ』 第16章の6『首くくり村』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 通算第100話記念特別長編『邪教の呪法』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第18章の1「渡裸の渡し」 第18章の2「九つの目の老人」
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第18章の3「聖の思惑」 第18章の4「宿坊の夜」
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第18章の5「むつとの別れ・上 八卦置き」 第18章の6「むつとの別れ・下 宇曾利山」

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2024.03.18

『明治撃剣 1874』 第捌話「卍巴」

 大久保利通暗殺を狙うも、寸前に静馬に阻まれた澄江。衝撃を受けながらも静馬は澄江を見つけるという目的を果たし、警察を辞職する。一方、東京では月が消えて木彫りの鯛が空から降ってくる怪現象が発生。調査にあたるせんりは、山中の奇怪な工場を発見。そこには狂死郎たちも目を付けていたが……

 実は今回を入れて残すところわずか三話という終盤に突入している本作。今回の前半だけでも、大久保暗殺失敗→静馬と澄江=雛鶴の再会→静馬が警察を退職→中澤琴と澄江の対面 と、色々と事態は動きました。特にこの後の展開も含めて、これまで蚊帳の外状態だった静馬がようやく物語に噛み始めたのは嬉しいことではあります。
(これまたこの後の展開も含めて、傷を負いすぎな主人公ですが……)

 そんな中で、いきなり起きたのは、月が消えて木彫りの鯛が空から降ってくるという、字面だけでは何が起きているのか全く分からない怪現象。映像を見ると、まあその通りなのですが、幻術使いはいても妖術使いはいない(はずの)作品なので、何か種はあるのだと思われますが――まあ、どちらも空が絡んでいることで、何となく予想はつくところではあります。
 そしてそれが後半のクライマックスである、平松の秘密工場での激突に繋がっていくことになります。何故か大久保暗殺よりもこちらを重視するパークスに依頼されて、怪現象の謎を追うせんりは、目撃証言を遡ることで山中の工場を発見。ところが目の前で幻丞が二人組の用心棒のうちの一人・ビリーに撃たれてダウン、捕らえられたことがきっかけで、狂死郎と藤田・ダリオが工場に急ぐことになります。さらに誰がどう見ても暗殺者・鴉としか思えない牧野巡査の知らせで狂死郎を追ってきた静馬も駆けつけることに……

 既に工場の役割は済んでいたのか、そこで作っていた何かを運び出すや、工場に火を放つ御前一派。しかしそこに残ったのはビリーとギャロの用心棒コンビ、そして狂死郎に恨みを持つ守屋組若頭・後藤という顔ぶれで、狂死郎たちを迎え撃っての大乱戦がスタートいたします。
 ダリオvsビリーは、スナイパー同士の対決なのに途中でデカい声を出したダリオの負け(しかし生存)、狂死郎vsギャロ・後藤は、またもやガトリング砲を持ち出してきて守屋組の連中を平気で巻き込むギャロを後藤が殺すという内輪揉めが発生。その隙に逃れた狂死郎と幻丞の前に、危うくまたも蚊帳の外になるところだった静馬と牧野が――という、目まぐるしい戦いの上に、火が燃え広がった工場がガンガン崩れてくるのでもう大混乱であります。

 しかしギャロが幻丞から奪った幻覚線香を持っていたことで、後藤はその煙に巻かれ、異常にバケモノチックになった狂死郎(幻丞の線香、相手の深層心理の恐怖を増大させるということなので、まあそうなのでしょう)と戦った末に炎の中に消え、そして牧野も倒れてきた柱に潰されたところを静馬に助けられたものの、その際に小山内を殺した短剣を見られ、よせばいいうのに口封じをしようとして返り討ち――と、プチトーナメントバトルの末に最後に残ったのは、静馬と狂死郎・幻丞・ダリオ・藤田という顔ぶれとなりました。

 一方、政府の側では、大久保にまで平松の魔手が及んだことで、西郷隆盛を呼び戻すことを決定。しかしこれこそが新政府に混乱を招き、弱体化させようという平松の思う壺なのか、当の平松は、松平容保を担ぎ出して最後の詰めに出たようですが――しかし前回の口封じの件といい、平松は少なくとも表面上は松平容保のことを敬っているのが意外といえば意外、納得といえば納得。実は利用していただけだった、ということにはならず、彼は彼なりの忠義があった、としてくれると盛り上がりますが――容保といえば藤田とは縁浅からぬ仲(いや静馬もそうなのかもしれませんが)ゆえ、気になるところです。


 それにしてもクレジットを見るまで気付きませんでしたが、西郷隆盛を演じるのは大川透さんでしたか! 相変わらず妙なところでキャストが豪華――本作の西郷、ステーキを手づかみで食ったり、猪を生で食ったりする、色々と怒られそうなキャラですが……


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2024.03.17

「コミック乱ツインズ」2024年4月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」4月号の紹介の続きであります。

『真剣にシす』(盛田賢司&河端ジュン一・西岡拓哉/グループSNE)
 大塩平八郎とのカードゲーム「蔵騒動」勝負もいよいよ決着というところで、いきなり最終回という本作。非常に残念ではありますが、まずはこの勝負の行方を見届けるべきでしょう。

 終始夜市を押していたはずが、いつの間にか追い込まれていた大塩。そして勝負は最終手、そこで迎えた決着とは――と、ルールとしては面白いのだけれども勝負が見えにくいゲームであったためか、大塩が何故追い込まれたのか、最後までこちらにもわかりにくいのが残念ではあります。
 しかしむしろ今回の眼目は決着の後でしょう。思わぬことを言い出した夜市の行動は何を意味するのか、そしてそれがもたらした結果は――ある意味実に頭脳バトルものらしい結末ではあるのですが、そこに夜市のしたたかさだけでなく、大塩の生硬さ、ある種の視野の狭さを浮き彫りにしてみせるのには驚かされます。
(確かに、大塩については様々な評価があるだけに……)

 ギャンブルものとしての面白さだけでなく、歴史ものとしての視点の巧みさを、ここでも示してみせた本作。ここで終わりというのが、何とも残念であります。ラスト1ページ半で描かれた、その「未来」がとんでもないものだけになおさら……


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 まだまだ続く直家と三村元親の戦い。前回、直家の弟・忠家の大活躍が描かれたので、何となくもう勝った気になっていましたが、双方の大将を擁する主力の兵力差は1:2と、普通に大変な状況であります。

 ここで助っ人に現れたのは、明石全登――の父! というネタにはひっくり返りましたが、直家の策が、周囲が期待したり敵が警戒したりするような類のものではなく、普通に乾坤一擲の、そして彼が普通に捨てていそうな絆を信じたものであった、というのはグッときます。
 彼が得意とする暗殺などの「卑怯」な手段も、決して命惜しさなどではなく、追い詰められても必ず勝って生き残るためのものである――そんなことをさりげなく再確認させられるエピソードです。


『カムヤライド』(久正人)
 蝦夷・国津神連合軍と戦いつつ、東征を続けるヤマトタケル一行。その姿を陰から見つめる天津神ウズメの姿は以前から描かれていましたが、てっきり連合軍に天津神が一枚噛んでいるかと思いきや――という意外な事実が判明する今回、物語は天津神サイドから語られることになります。

 彼らが見たこともない国津神の存在、そして彼らにも不可能な国津神との共同戦線――はたしてそれを可能としているのは何者なのか。それは既に読者に対しては語られているのですが、今回ついに真正面から描かれたその姿(モン子?)には、少々驚かされます。
 もっとも、天津神はまだその正体を知らないわけですが、いずれにせよ彼らの狙いはヤマトタケルの体の中のニ=ギの肉。第三者に横取りされるわけにはいかない――と、彼らもついに覚悟を固めることになります。その覚悟を支えるものは――おそらくモンコたちはこの先も知る由もない気もしますが、彼らには彼らなりの戦う理由があることを、我々は覚えておく必要があるでしょう。

 そしてラスト、ヤマトタケル一行が到着した土地は――ついにこの時が来てしまったか! と天を仰ぎたくなってしまうその名を知れば、この先の展開を見るのが、恐ろしくて仕方ないのです。


 しかしトレホ親方的にはあの姿はアリなのだろうか……(台無し)


 次号は特別読み切り大攻勢ということで、『凛九郎』『口八丁堀』とこれまで登場してきたシリーズに加え、なんと碧也ぴんくが初登場! これは楽しみであります。


「コミック乱ツインズ」2024年4月号(リイド社) Amazon

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2024.03.16

「コミック乱ツインズ」2024年4月号(その一)

 号数とわかっていても4月と聞くとちょっとギョッとする、「コミック乱ツインズ」4月号であります。今月は表紙が『ビジャの女王』、巻頭カラーは『そぞろ源内 大江戸さぐり控え帳』――今回も、印象に残った作品を一つずつ紹介します。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 ブブがよくわからないところで休んでいる間に、モズの指揮で蒙古軍の攻撃を防ぐビジャ。前回はオリーブオイルの意外な効用で難攻不落の攻城塔を見事に炎上させ、ビジャ側は死者ゼロの状況で、残る塔はあと一本となりました。
 そしてそのあと一本残も、城壁への渡り板を全て叩き落とされ、もはや攻城塔の意味なし――と、ビジャの勝利かと思いきや、そこで蒙古側の軍師というべき「名無し」に意外(?)な策が……

 意外というか、この手段をモズが考えていなかった方が意外だよ! という展開になりましたが、蒙古側にとっては城内に入り込んでしまえば勝ったも同然のこの戦い。はたして蒙古軍の大逆転勝利となるのか?


『前巷説百物語』(日高建男&京極夏彦)
 神田の小間物問屋・睦美屋で起きたという怪事件。朝が遅いという女将・おもとが寝起きしている離れに、使用人が昼餉を持っていってみれば、部屋の中に何かが充満して、襖や障子が膨れあがっていて――恐る恐る触ってみれば、それは以外にも肉で……

 という、エピソードのサブタイトル「寝肥」らしくなった今回。しかしあくまでも今回は伝聞のみ、南町の定町廻り同心・志方兵吾が、店のものから聞き取りをするだけ――という、又市サイドのキャラクターは(一名を除いて)登場ナシ、(一名を除いて)一般人たちばかりが登場する回であります。
 それでも妙に印象的なのは、これは登場人物一人一人のビジュアルの味ゆえという気がします。普通であれば主人公になりそうな骨太のビジュアルの兵吾をはじめとする登場人物たちは、リアルさとディフォルメが絶妙に混じり合い、漫画として実にいい塩梅。省略された顔つきなのに妙にカワイイ使用人たちや、悪女の極みというべきおもとも、出番は少ないのに実に個性的で印象に残ります。
(そして終盤に登場する、ただ一人只者ではない久瀬棠庵のビジュアルももちろんイイ)

 そしてそのビジュアルでついに描かれる寝肥の姿は――次回は6月号というのがもどかしいところであります。


『江戸の不倫は死の香り』(山口譲司)
 毎回毎回、エロいことをしているうちに悲惨な死人が出る本作、今回は谷中のとある寺院――門前の豆腐屋に、身寄りのない姪・おかるを二階に置いて欲しいと頼む住持・厳醇、とくれば予想がつくように、実はおかるは厳醇の姪ではなく囲い者。おかるを寺に呼んでは弄ぶ厳醇ですが……

 と、いつも(?)であればおかるが間男を引っ張り込んで惨事に――というところですが、今回はちょっと趣向が違います。おつとめは色々な意味で大変なものの、今の境遇をそれなりに受け容れているおかる。であれば何の問題が――と思いきや、問題は寺の外からやって来たのですから。
 思わぬ窮地から、おかるはどのようにして逃れるのか――と、いつもとはだいぶ異なる展開を辿るこのエピソード。当然ながら展開も結末も、いつもとはだいぶ変わるのですが、これはこれでアリでしょう。タイトルに偽りありになってしまいましたが、いつもの通りばかりだと気も滅入るので……


次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2024年4月号(リイド社) Amazon

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2024.03.15

『戦国妖狐』 第10話「山の神(後)」

 己の妖精眼を解放し、修行をクリアした迅火。一方、偶然千夜を殺す機会を得た真介だが、まだ子供である相手に手を下すことはできなかった。全員修行を終えた一行に、断怪衆の総本山に向かうよう促す山の神に対し、敢えてたまは神雲との戦いを選ぶ。戦いの中に山の神を巻き込もうとするたまだが……

 冒頭描かれるのは、迅火の修行の続きですが、前回文字通り開眼した迅火の妖精眼は相手の気の動きを読む力で、これを応用して幻術を見破るのはなかなか面白い使い方。さらにこの妖精眼によって、彼は人間も闇も等しくこの世界に生きる者と気付くわけですが――それがきっかけでりんずに丁寧な言葉をかけた、というわけではないかな、やっぱり。

 一方、一足早く修行を終えた真介は、山の神が雑に異空間から放り出した勢いで、偶然山を彷徨っていた千夜を押し倒して首元に刀を当てるというラッキースケベならぬラッキーキル(そんな言葉はない)の状態に本当にとんでもない偶然の産物ですが、しかしそんな好機であっても、千夜がまだ人形で遊ぶような子供であるのを見て手を下すのを躊躇うのは、いかに目の下に隈を作っても、あくまでも真介は真介だという証でしょう。
 結果として自らの命を差し出す羽目となる真介ですが、しかしそんな矛盾だらけの彼の行動が、むしろ千夜の迷いを呼び、命拾いすることになります。そしてそれは、この先の大きな大きな分岐点となるのですが――それはまだ先の話であります。

 そしてある意味真っ当な(力技と言えないこともない)方法で修行を終えたたまを加え、再び集まった三人。自分が神雲を抑えている間に総本山へ迎えという山の神の言葉に反し、たまはここで敢えて神雲との対決を選択――ようは自分たちよりも遙かに、そして神雲よりも強いであろう山の神を戦いの中に巻き込んでしまおうという、まあバクチといえばバクチな手ではあります。そもそも、本当に山の神は強いのか、という疑問もありますが……

 とはいえ、初めは自分たちが戦うしかないわけですが、いきなり千夜の妨害が入ってたまと引き離され、迅火が生身で神雲と対峙するという誤算が発生。これはもう九分九厘死んだ――と思ったところに、奇跡的な偶然が発生、しかも二回も! と、その前に山の神がうさんくさいセミナー講師的に、最初に奇跡が起きれば勝てる、というとおりになってしまったわけですが、何はともあれここからがバトルの本番。たまを救出して、空を飛びながら精霊転化というロマン溢れるシーンに始まり、ここからのバトルがこの回のハイライトであることは間違いありません。
 パワーアップしたとしてもまだまだ大きい実力の差を埋めるため、正面からぶつかるだけでなく、相手の動きを読んでの動き、隙を突く――様々な動きを見せる迅火の戦いは見事ですが、しかしそれでも竜の力を前には、痛み分けがやっとであります。それもかけがえもないものを犠牲にして……

 それでもこの土壇場に二本も新たな尻尾を発現した迅火を脅威と見て、自らも奥義を放つ神雲。そこでようやくたまの策が当たり、山の神が戦いに介入、子供姿の分身の状態でありながら、神雲の火の出そうな渾身の急速落下蹴りを、一瞬にして岩と樹の中に封じてしまうのだから凄まじい。やっぱり山の神は強かった!
 それでもなお、その封印を吹き飛ばして戦おうとする神雲も神雲ですが、しかしそれをさらに地の底深く封印した上に、神雲との意外な関係を口走った千夜も合わせて封印――ラスボスとも思われた神雲と、千魔混沌とまでいわれた千夜は、ここに全く思わぬ形で退場することになったのです。

 なるほど、前回と今回のサブタイトルになるに相応しかった、と思い知らされた山の神ですが、その助力の代償は、たまか迅火の魂――この旅が終わった後に取り立てるという山の神の言葉に、何とも重い気持ちになりながら、最後の目的地への旅が始まります。
(やっぱり基本的にたまも迅火も考えが甘いという気が……)


『戦国妖狐 世直し姉弟編』下巻(フリュー Blu-rayソフト) Amazon

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2024.03.14

さいとうちほ『輝夜伝』第14巻 決戦、月の女王 そして少女の決別と自立

 天女を巡って長きにわたり繰り広げられてきた謎と戦いと愛の物語も、ついに終わりの時を迎えます。一度は月の使者を撃退したものの変貌してしまったかぐや。そのかぐやを、そして自分を迎えに来る月の使者を撃退せんと、月詠は都の人々とともに満月の夜に戦いを挑みます。はたして決戦の行方は……

 満月の夜、かぐやを迎えに来る月の使者に対し、替玉を立てることで月の使者を騙そうという企て。しかしそれは治天の妨害と、その場にかぐやが現れたことで失敗、さらに彼女は不死の薬を飲まされ、別人のような性格に変貌してしまうという結末を迎えます。
 月の使者は、繭から復活した月詠の力で撃退したものの、しかし満月のたびに使者はやって来ます。そして月の女王は、地上で生まれた天女であり強い力を持つ月詠を、己のものにしようと企み……

 「竹取物語」ラストでの、人間的な感情を失ってしまったかぐや姫という、冷静に考えれば非常に恐ろしい描写。それをなぞったように、本作のかぐやもまた、別人のように変貌してしまうことになります。
 最愛の人であった帝を忘れ去ってしまっただけでなく、強き戦士として月詠を慕い、彼女の妨害を阻むためにとんでもない奇行(帝もドン引き)に走る――後者は彼女に憑いた月の女王の為したこととはいえ、これまで物語の原動力であった、彼女の帝への愛とそれを貫こうという意志が失われてしまったのは、大きな喪失感を感じさせます。

 もちろん、人間たちも黙って月の使者に屈しているだけではありません。死んだ月の使者が変化する日輪石が、彼女たちの弱点であることを知った八咫烏と北面は、それを武器に加工して決戦に備えます。
 冷静に考えれば人倫に悖る行為にも思えますが、なりふりは構っていられない――そして月詠もまた、同じ素材で作られた刀・日月天女剣(武侠もの的ネーミングで実に格好良い)を手に、戦う決意をいよいよ高めます。

 そして彼女を守る男たち――もはや月詠と相思相愛で目の毒な竹速、そしてそんな二人に複雑な想いを抱きながらも、大神もまた命をかけて月詠を守る覚悟を固めます。
 そして一致団結し、天からやってくる月の使者を待ち受ける凄王や北面たち、金鵄率いる八咫烏、さらには陰陽師たち。しかし敵は思わぬところから現れることに……


 前巻まででほぼ全ての謎が明かされたこともあり、決戦の準備、そしてついに訪れた決戦のゆくえが、ほとんど全編に渡り描かれた感がある最終巻。

 地上の人間と月の天女――姿は近くとも、その生態もメンタリティも大きく異なる者同士、もはや戦うしかないというのは、残念ではありますがやむを得ないことなのでしょう。
 かくて決戦に相応しい総力戦が繰り広げられるのですが(そんな中で月側が披露する意外な攻撃方法が面白い)、しかしたとえ月使者たちに大打撃を与えたとしても、月がそこにある限り、敵はまた現れます。だとすれば、この戦いは人間側の負けで終わるしかないのか?

 ……ってそこで出てくるのがあなた方か!
 と、半分思わぬ結末を迎えるこの戦い。半分と書いたのは、うち一人の行動はある程度予想できたものの、それに伴うもう一人の行動は流石に想像を絶していて――というわけで、いやはや最後の最後までこの人たちは好き放題動いたな! という印象はありますが、しかしこれで全てが収まるところに収まったのも事実でしょう。


 そして本作は、「竹取物語」で描かれたものを敷衍しつつも、また本作ならではの味わいを加えた結末を向かえることになります。それは一つの決別の形でもあり――なるほど本作は少女の自立、特に親からの自立を描く物語でもあった、と改めて感じ入った次第です。

 あるいは、これは根本的な解決ではないかもしれません(特に月はあの後大丈夫なのかしら……)。しかしここで描かれた結末が、少なくとも今のときは全てが収まるべきところに収まった、大団円であることは間違いありません。
 まさしく夜に輝く満月のような……


『輝夜伝』第14巻(さいとうちほ 小学館フラワーコミックスアルファ) Amazon


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2024.03.13

奈々巻かなこ『声音師 幕末維新 ないしょの草紙』 幕末と明治の因縁をほどく百と八つの声

 このブログ的は『神域のシャラソウジュ』の奈々巻かなこの初期作品であり、単行本化されていなかった短編連作であります。明治初期、誰の声音でも自在に真似する声音師にして元公儀隠密の主人公が、幕末から続く因縁の糸をほぐします。

 百と八つの声を使いわけると言われ、人気役者の声音はおろか、観客の声まで自在に真似してみせる声音師・扇屋俊介。今日も相棒の少女・乃江の音曲に合わせて、その喉を披露していた俊介ですが、その前に現れた黒眼鏡の男はとんでもない依頼をしてくるのでした。
 ある女の声をまねて、そしてその声でおれに抱かれてほしいと……

 ところがその女の名に聞き覚えがあった俊介は、密かに女の元に忍び込むと、件の男の声で語りかけます。そしてその声に女が思わず口走った名前もまた、俊介の記憶に残るものだったのです。
 江戸開城後、彰義隊と官軍の無用の衝突を避けるため、公儀隠密として密かに動いていた俊介。そんな中である事件が起きて……


 この「声音師」に始まる本シリーズは、明治の今は声色の芸人、幕末の昔は公儀隠密という俊介を主人公とした連作であります。明治の世に俊介が巻き込まれた奇妙な事件が、幕末に彼が経験した出来事と不思議な繋がりを見せ、その因縁を解きほぐすために、俊介が得意の喉を活かす――というのが基本的な展開となります。

 続く第二話の「狐宿」は、今は海軍参謀局の諜報少尉だったかつての同僚・片岡と新橋の妓楼で飲んでいた俊介が、そこで井上聞多が執心する芸妓・琴松が狐憑きになった、という噂を聞くことから始まる物語。

 「狐憑き」になった琴松が、密かに井上を包丁で刺そうとしていたのを巧みに抑えた俊介ですが、井上は幕末に彼の監視対象だった長州藩士の一人。その頃は青春真っ只中だった彼らにどこか心惹かれていた俊介は、今の権柄ずくの井上の姿に驚くことになります。
 そしてある出来事が原因で、琴松が井上を深く恨んでいることを知った俊介は、井上のよく知る人物の声音で井上の前に現れ……

 と、その人物が誰であるかはすぐに予想はつくのですが、しかしその人物が(そしてそれは俊介自身のものでもあるのですが)井上に問いかける言葉と、それに対する井上の言葉が胸を打ちます。
 本作は完全な悪人というものが登場せず、誰もが心の中に哀しい部分を抱えているのですが、それを声音が暴き、そして癒やすという点では、このエピソードが最も印象に残るかもしれません。


 そしてラストの「呼返し地蔵」は、裏手の淵に入水しようとする者に「返せや返せや」と呼びかける地蔵の伝説が残る麻布の寺を舞台に、俊介自身の過去が描かれることになります。
 淵にさる政府高官の令嬢が浮かんだ事件の調査を、片岡から半ば望んで引き受けた俊介。実は幕末に、その寺に身を寄せていたある人物の警護を務めていた俊介は、その淵で死にかけて地蔵の声を聞いたというのですが――さてそれは誰の声であったのか。

 普段は飄々と暮らしている彼が何を背負っているのか、そして何に救われたのか。幕末秘史(史実から考えるとまずない話なのですが、しかし内容としては実に面白い)と絡めつつ、彼の魂の彷徨を描く本作は、シリーズのひとまずの結末に相応しいものといえるように思います。


 冒頭に述べたように、作者の初期の作品――四半世紀近く前の作品ではあるのですが、しかし今読んでみてもそのキャラクターの独自性やそれを活かした物語展開、そして歴史ものとしてのひねりなど、実に魅力的な本作。
 さすがに新作を、というのは無理だとは思いますが、いまこうして電子書籍の形で読むことが出来たのは、何よりの僥倖であります。

(と、調べていたら、本シリーズにはまだ作品があるようなのですが――ぜひそちらも読みたいものです)


『声音師 幕末維新 ないしょの草紙』(奈々巻かなこ 電書バト) Amazon

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2024.03.12

『明治撃剣 1874』 第漆話「因縁」

 平松の反撃から藤田に助けられた狂死郎は、藤田に己の過去を語る。戊辰戦争の最中、平松の仲介で武器と軍事援助を求めて父とプロイセンに渡った狂死郎は、騙された上に口封じのために平松に父を殺され、自らも深傷を負ったのだった。一方、狂死郎を小山内殺しの犯人として追う静馬だが……

 静馬が今回も冒頭とラストくらいにしか出てこない一方で、大半を狂死郎の過去話に費やした今回。もはや狂死郎が真・主人公感がありますが――彼の過去は、それに相応しい数奇な内容であります。

 これまで積み重ねてきた数々の策謀の末、ついに怨敵である御前=平松武兵衛ことジョン・ヘンリー・スネルに手が届くところまできたものの、逆に罠にはめられ、同志の一人・愚円を失った狂死郎。そんな彼らを救ったのが、いきなり馬車で突入してきた藤田だったわけですが――それで藤田を信用したのか、求められるままに狂死郎は彼に過去を語ります。
 これまでもその正体は庄内藩士・池上宗一郎であると語られてきた狂死郎ですが、彼の家は相当高い地位だったらしく、会津藩の代表として現れた平松、そしてプロイセン公使との交渉の際には彼の父・池上宗典が藩の全権を任せられていたほど。それでも初対面の時から平松のことを疑わしく思っていた狂死郎ですが、それでも追い詰められた庄内藩には他に選択肢はないと、池上親子はプロイセンとの交渉に向かうことになります。しかし鉄血宰相ビスマルクと対面した宗典が知ったのは、武器の供与そしてプロイセン軍の軍事援助の代償・黄金五百万両に当たる条件が、蝦夷地「租借」であったはずのものが、「割譲」となっていたという事実でした。

 如何に窮状にあろうとも、異国に領土を割譲のはいかがなものか、と煩悶しながらも契約を結んだ宗典。しかし彼らが帰国する前に会津と庄内は敗北、プロイセンや平松の企ては水泡に帰してしまったのですが――そこで口封じのために(自分自身のためでなく、松平容保のためというのは立派ではあります)宗典と船の乗組員を皆殺しにする平松。狂死郎も平松の手によって背中に深手を負い、片目も奪われて海に落ちることに……
 それでも運良く日本人の船に拾われ、日本に戻って平松を探す狂死郎。しかし探し求めていた平松が嵐で海の藻屑となったことを知り絶望することになるのですが――彼を拾った船に乗っていた幻丞、新政府の兵士と悶着を起こした彼を狙った賞金稼ぎの愚円、切支丹として囚われていたところを助けたダリオと知り合い、四人でチームを組むことになるのでした。

 そして平松が死を偽装して生きていることを知った狂死郎は、同志とともに平松を追って東京に現れて……

 というわけで、出自といい過去といい目的といい、実に主人公に相応しいドラマが語られた狂死郎。
 一方、静馬は小山内殺しの犯人が狂死郎だと思い込み、何故か行動を共にする中澤琴と一緒に守屋組の三下を締め上げたり、同僚が極秘で持ち出した捜査資料を調べたりと動き回るも今のところ成果なし。そして彼のそもそもの行動の目的であった婚約者である澄江=雛鶴は、病に冒された身でありそして暗殺者として暗躍してきた自身は彼に相応しくないと、暗殺者として死ぬ決意を固めるのでした。

 しかしついに澄江の存在を知り、彼女の後を追う静馬。その頃彼女は、招魂社で暗殺者として大久保を待ち受け……


 かくて幕末からの因縁、そして御前が進める謎の計画を巡り、大久保と川路、御前と守屋、狂死郎一党、そして静馬たちが入り乱れることになった物語。その中でこれまでしつこく言い続けてきたように、静馬の存在感があまりにも薄いのが心配なところですが、さてこれから大逆転はあるのか。残すところあと三話であります。


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2024.03.11

有谷実『楊家将奇譚』第3巻 そして解き明かされる彼女の運命と物語の終わり

 『楊家将演義』の世界に現代の女子高生・鈴が転生するという異色の歴史ロマンス、完結巻であります。遼の密偵に狙われたことをきっかけに、急速に距離を縮めていく鈴と四郎。しかし遼との戦いが迫る中、鈴は五台山を目指すことになります。はたしてそこで彼女が知る真実とは……

 雷に打たれたのをきっかけに、千年以上昔の宋国に飛んでしまった女子高生・鈴。遼との最前線で戦う楊家の四男・四郎に助けられた鈴は、主の楊業夫妻とその七男二女に受け入れられ、束の間の平安を得ることになります。
 しかし楊家軍の中に間者を送り込んできた遼によって鈴は誘拐され、単身後を追った四郎も深手を負ってしまうことになります。しかしその時、鈴が普段の彼女とは異なる人格を見せて……

 という展開で終わった前巻ですが、鈴の謎の人格はすぐに消え去り、彼女と四郎の間は、急接近することになります。
 元々、鈴が宋に現れた直後から縁のある四郎ですが、彼女に対する態度は妙に冷淡。しかし命がけの戦いを二人でくぐり抜けたことが距離を縮めたのか、四郎も不器用な優しさを見せ、二人で開封府の祭りに出かけるなど、かなりイイ感じになるのでした。
(この辺、滅茶苦茶理解のある楊家の人々)


 しかし、甘い時間は長くは続きません。捕らえた遼の間者から、狙いが実は自分であったことを知る鈴ですが、間者はさらに意外なことを語ったのであります。

 楊家将にとっては宿敵である、遼の中心人物・簫太后――いつまでも若さを失わぬこの謎の人物と鈴は瓜二つ。さらに簫太后には、かつて六歳で亡くなった娘・瓊娥公主がおり、生きていれば鈴と同じくらいの年頃だというのです。
 実は同じ六歳の頃、交通事故で両親を失うとともに、自分も死線をさまよった過去を持つ鈴。そのことが簫太后、そして瓊娥公主と何らかの関係を持つのか?

 誰にも打ち明けられぬ悩みを抱える鈴ですが、その間も遼との戦いは激化――鈴は戦場に向かう楊家の人々と別れ、五台山に向かうことになります。
 元々、五台山の老師が予言した、楊家の運命を左右する仙女ではないかと言われていた鈴。その五台山に行くことで、自分にまつわる謎が解けるかもしれない――護衛を買って出た四郎とともに旅路を急ぐ鈴ですが、思わぬ襲撃を受けた末に……


 というわけで、本作の物語の中心である鈴の正体――彼女が何故宋に現れたのか、楊家将そして遼王家との因縁は、という謎が、この第三巻ではついに明かされることになります。

 その真実とは――さすがにここでそれを明かせないのが何とももどかしい。窮地に陥った鈴の前に現れたのが、伝説の人物というべきとんでもない大物だったのに驚かされたと思えば、その人物が語る真実たるや、まさに仰天という言葉が相応しいものなのですから。

 なるほど本作はタイムスリップものというより転生もの、そしてそれと同時に△△△ものであったか――と驚かされたと思えば、その運命の始まりが、本作の原典というべき『楊家将演義』でもお馴染みの、あの出来事であるのにまた感心。
 しかしそこからさらに一捻りされて、一人の少女の壮絶で哀しい愛の物語が描かれ――と、そうかそうであったか! と、本作ならではの仕掛けに膝を打ちました。

 冷静に考えればとんでもない話ですが、まあ××が絡んでいれば大抵のことはOK。そしていきなり登場したかに見えるこの超大物も、実は既に登場していたそのライバル(?)ともども、よく考えたら原典に登場していたわけで、この辺りの起用にもニッコリであります。

 と、ほとんど一人で納得している状態で申し訳ないのですが、『楊家将演義』をご存じの方であれば、こういう切り口があったか! と感心いただける内容であるのは間違いないかと思います。


 ただし――問題は、ほとんどこの最大の謎が解けた時点で、物語が完結してしまうことであります。確かに鈴が選んだ選択には納得であり、そしてそれが△△△ものとしての本作に繋がるのも見事なのですが――だからこそ、そこで終わってしまうのが残念でなりません。

 日本には馴染みの薄い題材を用いつつも、その内容を踏まえて巧みなアレンジを加え、そしてそれを美麗な作画が彩る――良作であっただけに、その先を読みたかったと、心から思います。


『楊家将奇譚』第3巻(有谷実&井上実也 KADOKAWAフロースコミック) Amazon

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2024.03.10

4月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 まだ年度末で忙しいのにとクラクラしますが、もう来月は4月。というわけで4月の時代伝奇発売スケジュールです。4月は点数はそれほど多くないものの、気になる作品が色々とあるようです。

 さて、文庫小説で目に付くのは、これも大河ドラマ効果で安倍晴明ものの多さ。まず4月公開の映画のノベライズ『陰陽師0』(佐藤嗣麻子&夢枕獏 文春文庫)がありますが、その他にも『安倍晴明くれない秘抄』(六道慧 徳間文庫)、『晴明の娘 白狐姫、京の闇を祓う』(天野頌子 ポプラ文庫ピュアフル)と晴明ものが並びます。

 その他は早くも新作登場の『捻れ家 古道具屋 皆塵堂』(輪渡颯介 講談社文庫)、同じ月に漫画版『勘定吟味役異聞』の完結巻が発売される『惣目付臨検仕る 6 意趣(仮)』(上田秀人 光文社文庫)でしょうか。
 それに加えて『史実は謎を呼ぶ 時代ミステリ傑作選』(細谷正充 中公文庫)は、題材的に非常に気になるところです。

 また、扱いとしてはコミックのようですが内容は小説(タイトルでも謳ってる)の復刻版『小説 落第忍者乱太郎 ドクタケ忍者隊 最強の軍師』(阪口和久&尼子騒兵衛 朝日新聞出版あさひコミックス)は、ファンを狂騒させた新作映画の原作の復刻であります。(電書で今でも読むことはできますが……)


 また、漫画の方では、巻は20巻でも新章・平安編開始の『修羅の刻』第20巻(川原正敏 講談社コミックス月刊マガジン)が何といっても注目。
 そのほか、シリーズものの新刊として『逃げ上手の若君』第15巻(松井優征 集英社ジャンプコミックス)、『新九郎、奔る!』第16巻(ゆうきまさみ 小学館ビッグ コミックス〔スペシャル〕)、『鬼切丸伝』第19巻(楠桂 リイド社SPコミックス)、『化け絵 石燕妖怪噺』第2巻(モコ 講談社モーニングKC)、『だんドーン』第3巻(泰三子 講談社モーニングKC)、『青のミブロ』第13巻(安田剛士 講談社コミックス)が並びます。

 また、海外が舞台の作品としては『白花繚乱 ―白き少女と天才軍師―』第3巻(栗美あい&田中芳樹 秋田書店プリンセス・コミックス)と『天上恋歌 ~金の皇女と火の薬師~』第9巻(青木朋 秋田書店ボニータ・コミックス)があります。


 もう一つ、これは3月の新刊の追加ですが、単行本がかなりの充実ぶり。
 安史の乱三部作のラストである『火輪の翼』(千葉ともこ 文藝春秋)、中華アクションファン歓喜の『両京十五日 2: 天命』(馬伯庸 ハヤカワ・ミステリ)のほか、『新陰の大河 上泉信綱伝』(上田秀人 小学館)、『佐渡絢爛』(赤神諒 徳間書店)、そして大正ミステリシリーズの最新巻『サロメの断頭台』(夕木春央 講談社)と注目作揃いであります。



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2024.03.09

田中芳樹『バルト海の復讐』 ハンザ同盟を舞台に繰り広げる青年の復讐譚

 田中芳樹のヨーロッパものではおそらく数少ない、中世ヨーロッパを舞台とした冒険物語であります。船長としての初航海で友人たちから裏切られ海に投げ込まれた青年が、魔女を名乗る奇妙な老婆に救われたことから、復讐の幕が開くことになります。

 時は1492年の冬、22歳にしてリューベックの豪商・グスマンから一本柱帆船を任され、初仕事でリトアニアで琥珀を買い付ける航海に出たエリック。しかしその帰路、彼は友人だと信じていたブルーノら三人の船員の裏切りに遭い、縛られて海に投げ込まれる羽目になるのでした。
 しかし一味の一人・メテラーが手首の縄に切れ目を入れてくれたおかげで辛うじて岸に泳ぎ着いたエリックは、断崖の上の小屋に住み魔女と噂されるホゲ婆さんに助けられて命拾いすることになります。

 ホゲ婆さんの援助を受け、黒猫の「白」をお供に密かにリューベックに戻るエリックですが、そこで知ったのは自分が積荷を持ち逃げした罪を着せられていたこと。いや、それどころか真犯人のブルーノたちの背後で糸を引いていたのはグスマンだったのです。
 口封じの襲撃を受けたところを思わぬ助けで逃れ、辛うじてリューベックを脱出したエリック。グスマンたちの企みを知った彼は、復讐を望むのですが……


 本作は、15世紀のヨーロッパ、それもハンザ同盟を舞台とした、日本の小説としてはかなり珍しい作品であります。ハンザ同盟とは、簡単にいえば北ドイツの諸都市を中心に結成され、北海・バルト海を中心とする貿易を独占した自由都市の連合体――その中心であったリューベックを中心に、物語は展開します。

 本作の舞台となった15世紀末は、周辺の諸勢力が力を持ち始めて既に最盛期は過ぎていたものの、しかし艦隊まで擁して国家とやりあってきたハンザ同盟の威光は健在であります。
 その中でも一番の、つまりヨーロッパで最も豊かだった町を舞台に繰り広げられるのは、ある意味それに相応しい醜い欲と嫉妬に駆られた悪人たちの陰謀――そこに餌食として巻き込まれた世間知らずの主人公の冒険が本作では描かれることになります。

 周囲の裏切りによりどん底に落とされた主人公が、ある種の幸運を掴んで再起、自分を陥れた者たちに復讐を企てる――というのは、エンターテイメントの王道の一つであることはいうまでもありません。
 こうした作品には、必然的に殺伐とした空気が流れるものですが、しかし本作の場合どこか暢気な味わいがあるのは、主人公を助ける周囲のキャラクターの存在感ゆえでしょう。正体不明ながら大物感漂うホゲ婆さんや、彼女に頼まれてエリックを助ける胡散臭い騎士ギュンターといった面々の造形は、作者ならではの味わいがあります。

 もっともその一方で、仇の面々は、それぞれタイプの異なる悪人であり、救いようのない連中ばかりであります。特に名前は伏せますが、その中でもあるキャラなど、むしろ愚者というべき存在なのですが――これを最後まで容赦なく、本当にどうしようもない存在として描くのには、ちょっと驚かされました。

 このように脇役たちはなかなかに味があるのですが、いささか残念なのは、主人公がある意味幸運だけで助かっている印象が強く、そのために彼自身の力で復讐を果たしたというカタルシスが薄いことでしょうか。
 もっとも本作は復讐ものであると同時にビルドゥングスロマン――主人公が何もできないのは、むしろ当然なのかもしれませんが……

 題材やキャラクターは面白く、最後まで肩の凝らない活劇として楽しめるものの、それ以上の深掘りが欲しかった――そんな気持ちが残るのも正直なところではあります。


 それにしても作中に登場した慈善好きなアウクスブルクの豪商とは、やはり当時のフッガー家の当主でしょうか。だとしたらあの人物の「強さ」も納得です。


『バルト海の復讐』(田中芳樹 らいとすたっふ文庫) Amazon

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2024.03.08

『戦国妖狐』 第9話「山の神(前)」

 断怪衆に洗脳された泰山の目を覚ますため、迅火一行に協力するという山の神。たまは、泰山に並ぶ断怪衆の大戦力に、自分の母・くずのはがいるのに仰天する。そして神雲が迫る中、山の神から修行を課せられる迅火・たま・真介。時の流れが止まった空間で、それぞれ自分に向き合う三人だが……

 よく考えてみたら話数的にはもう後半の本作、そこまで来てタイトルは前後編なのが謎ですが、内容的には色々と新事実の判明とパワーアップ(のための修行)、そして迅火の内面吐露に、今後の展開を大きく左右する出来事の発生と、かなりの充実ぶりであります。

 そんな今回の中心となっているのは、前回から登場した山の神(なるほど、サブタイトルになるだけはある)。主人公たちが行き詰まりつつあるところに現れて事態を一気に解決の方向に持って行ってくれるのは、ある意味神様ならではですが、ビジュアル的には、頭の三方から木の枝を生やした胸元をはだけたお姉さんという、何とも形容しがたいものなのがユニークといえばユニークです。
(よく迫る気になったな黒月斎……)

 そんな山の神が手を貸してくれる気になったのは、以前断怪衆の総本山に殴り込んだ迅火を文字通りブッ飛ばした城・泰山――元々は山の神の一人である彼の目を覚ます手伝いをさせるため。聞けば泰山は断怪衆の三つの大戦力――泰山、龍の男・神雲、妖狐・くずのは――の一つに数えられるということですが、くずのはの名を聞いて愕然としたのは同じ妖狐の、というか、くずのはの子だったたまであります。
 かつて研究好きの一法力僧に過ぎなかった(しかし原作にあった「つまらない男」という表現がなくなったのでだいぶ印象が異なる)野禅が、討伐に行った先で互いに一目惚れ、他の僧を皆殺しにしてまで添い遂げたというくずのは。たまにとっては唾棄すべき存在のようですが、愛する男(?)を精霊転化させるという点では同じ――それでいて一方の相手は闇を人間に、もう一方は人間を闇にしようとしているのも面白い――なのが、やはり親子というべきかもしれません。

 まあ野禅べったりであろうくずのは(しかし表向きは討伐されたことになっているくずのはが、大戦力扱いというのはどうなのかしら)はともかく、泰山は山の神が対応するとして、残る神雲は、もうすぐ近くまで迫っている状態。タヌ吉朗が漫画よりもさらに派手にギリギリ大サービスしたりしても(ここで珍しい神雲の親心)時間稼ぎにしかならないところで、山の神は親切に迅火・たま・真介の三人を修行場に案内するのですが――これがまあ、仕掛けが豊富なナントカの部屋みたいな時間の流れがほとんどない閉鎖空間であります。
 一人一人分断された上、それぞれ違う修行をつけられる三人。迅火は山の神の巫女・りんず(好きだという相手の腕を平気で斧でブッた切る狂――いや加減を知らない子)との勝負を、たまは水で囲まれた地からの脱出を、真介は巨岩で出口を塞がれた窪地からの脱出を――と、それぞれ何となく深層心理を踏まえて設定されている感じですが、いずれも力押しでは突破できない難関であります。

 その中で一番力でどうにかできそうなのは迅火の試練ですが、しかし戦うのは小娘の上に武術も仙術も使いこなす――そしてこの空間の特性を知り尽くした相手。しかも彼自身は武器もなく、ましてや精霊転化もできないという、無一物の状態であります。
 さらにその場に顔を出した山の神が、精霊眼のことを教えると称して、迅火の双子の兄弟のことを――そして彼が幼い頃に山戸家から引き離されたというトラウマをガンガンついたりキツいことを言ってくるのだからタチが悪い。肉体の攻撃はともかく、思わぬ精神攻撃でギリギリまで追いつめられた迅火が、思わず吐露した真情は、そしてその果てに気付いたことは……

 この辺り、意地悪にいうと自己啓発セミナーめいて見えるのですが、しかし山の神の一種のカウンセリングで、迅火が己を「見つめ」直したのは事実。そしてその経験が覚醒させた彼の妖精眼の力は、漫画とはまた少し異なる美しいエフェクトが加わって、彼の得た真理を描くに相応しいものを感じさせます。


 しかしその一方で、修行を一番最初にクリアしたのは真介。迅火が無手だったのに対して荒吹をこの空間に持ち込んでいたり、実は結構柔軟な心の持ち主であることをうかがわせますが、ここで山の神が雑に放り出したことで、思いも寄らぬ事態が発生します。実はこれが、この先の物語に猛烈に大きな影響を与えることになるのですが――それは如何なる形によってなのかは、また次回で。


『戦国妖狐 世直し姉弟編』下巻(フリュー Blu-rayソフト) Amazon

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2024.03.07

大塚已愛『友喰い 鬼食役人のあやかし退治帖』 食うか食われるか!? 血みどろ伝奇大活劇!

 『鬼憑き十兵衛』『ネガレアリテの悪魔』と、新鮮かつ独自性の高い伝奇活劇を発表してきた作者の久々の新作は、とんでもなく尖った伝奇ホラー。江戸時代末期、富士のふもとで山廻役人を務める主人公コンビの任務は、山に潜む怪異との対決――喰うか喰われるか血みどろの死闘が繰り広げられます。

(以下、内容の詳細に触れる部分がありますのでご承知下さい)
 江戸時代は嘉永年間、富士のふもとの甲斐国で山廻役人を務める加当平九郎と坂下勇悟。その務めは、無断で山の樹木を伐る不届き者の見張り――というのは表向き、真の任務は、林奉行・小野寺甚五郎の命を受け、山に出没する有害な化け物が外に出ないように見張ることであります。
 しかし何かと受難体質の加当は、事件のたびに化け物に目玉を抉られ、四肢を奪われと、文字通り食い物にされて瀕死になる有様。一方の坂下の方は、化け物が大好物――人間離れした化け物を喰らうのを何よりも楽しみとしている、如何物食いであります。

 今日も化け物に滅茶苦茶にされる加当と、その化け物を美味しくいただく坂下。しかしそんな人の道から外れた彼らにも、それぞれ重い過去があります。そしてその過去の因縁が思わぬ形で蘇る一方で、富士周辺では奇怪な事件が続発、やがてとてつもない事態に……


 というわけで、ジャンル的にはゴーストハンターもの、退魔ものというべき本作、人間世界に侵入する魔物たちを迎え撃つ異能のヒーローたち――というお馴染みの、そして大いに盛り上がる構図なのですが、しかしその異能が独特すぎてもう阿鼻叫喚であります。

 そんな本作の主人公の一人・坂下は、飄々として人当たりの良い色男ですが、飢饉で自分を残して親兄弟が死に絶えたという過去の持ち主。そんな状況からどうやって生き延びたかといえば、周囲の――人魂を食っていたというのだから仰天であります。それ以来、人ならざるモノが大好物となった彼にとって、なるほどこのお勤めは天職というべきかもしれません。

 しかし坂下はある意味まだまし(?)であります。彼とは対照的に生真面目で無愛想な加当は、かつて「生贄」であったという過去のためか、人ならざるモノに妙に好かれる体質。いや、その好かれるが基本的に食物・供物としてなのが問題で、毎回彼の周囲、というか彼自身が大惨事という有様なのです。
 第一話からして人喰いの魔にじっくりと解体され、四肢を喰われたと思えば、次のエピソードでは、蟲の大群に体の内側から――と、この辺りで止めておきますが、いずれにせよ、万事マイルドになっていくエンターテイメント界においてよくぞ、というかよくもまあ、という狼藉ぶりであります。
(しかし冷静に考えれば、『ネガレアリテの悪魔』も背骨のくだりなど大概だったような……)

 ちなみにそんな目にあって何故加当が無事かといえば、その後、上役の小野寺が失った部分を縫いつけてくれるからなのですが――第一話で、小野寺がかつて伏見中納言に仕えていたとサラリと語るのにはもうニッコリ――傷は治っても喰われる時は痛いわけで、同情するほかありません。


 そんなわけで、万民にオススメできるとはなかなか言い難い本作ではありますが、しかしその手の描写が得意ではない私でも楽しく読めたのは、一つには物語全般にただようあっけらかんとした、どこかユーモラスな空気のためでしょう。
 そしてまた、そんな半ば人外体質の主人公コンビであっても、心まで人外ではない――そんな身であっても、むしろそんな身だからこそ、相棒や上役に対する情誼をなくさない彼ら(いや、坂下はどうかなあ……)の姿は、一種の爽やかさを感じさせます。
(そしてこの一種逆説的な人間臭さは、作者の作品に通底するものと感じられるのです)

 もう一つ見逃せないのは、伝奇ものとしての本作の設定・世界観の巧みさでしょう。彼らは何のために、何を相手に戦っているのか。そして何故舞台がこの地なのか?
 それは伝奇ものとしてはある意味定番の内容かもしれませんが、しかしなかなかに奥深く魅力的な――そして何よりも曲者主人公たちによく似合う――この設定は、一作で終わらせるにはあまりにももったいないと感じます。

 ぜひまたこのとんでもない2人+1が、ふらりとこの世界に現れて、化け物たちを喰らう(喰らわれる)姿を見たいものです。


『友喰い 鬼食役人のあやかし退治帖』(大塚已愛 新潮文庫nex) Amazon


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2024.03.06

松浦だるま『太陽と月の鋼』第8巻

 奪われた妻を求める武士の追跡行と、異能の通力使いたちの戦いが交錯する『太陽と月の鋼』、第八巻では夜刀川兄妹との死闘を終え、ついに鋼之助と月が再会するのですが――そこで次々と明らかになる新事実。一方、己の悲惨な半生を思い起こした卜竹は……

 土御門家晴雄配下の通力使いたちに攫われた愛妻・月を追い、明・卜竹とともに旅を続けてきた竜土鋼之助。那須でついに月に追いついた鋼之助一行ですが、そこに水を操る瞠介と火を操る刮の夜刀川兄妹が立ちふさがります。
 月が封印を解いた殺生石の力により、通力の力が上がっていく中、卜竹そして明の助けにより、ついに兄妹を斬った鋼之助。しかしその時、刮の中に在った古代の女神・カガツヒメの魂が復活、恐るべき力を振るい……

 という絶体絶命の窮地を迎えた鋼之助ですが、彼が振るう刀の「像」の通力を目の当たりにしたカガツヒメは、何を思ったか攻撃を止め、去っていくことになります。鋼之助の通力こそは、土御門晴雄が恐れる力、呪を断ち切る力であり、そしてその力はやがて恐ろしい厄災を引き起こすと言い残して。

 こうして窮地を逃れ、月を再びその手に抱いた鋼之助ですが、しかし激闘の爪痕はあまりに深く残ります。そこでただ一人意識のあった明は、様子を見にやってきた卜竹の相棒・斬念の力を借りて、猪苗代の殺生石に飛ぶのでした。
 そこで彼女が頼ったのは、彼女の故郷であり、巫女ばかりが住む弓呼村――通力使いと一般人がごく普通に共存する村であります。

 そこで「大ワカの婆さま」の呪で傷を直してもらった一行ですが――実は婆さまこそは十二天将の一人・「天后」の猪守。彼女は、二本中の殺生石の封印が解かれて通力使いたちの力が増せば、通力使いが差別される世が変わるのではないかと語り、月を土御門に差し出すか否か悩んでいると告げて……


 通力使い同士の激しい能力バトルが繰り広げられた末に、古代の神までが出現した前巻。それに比べれば、激しい戦いのないこの巻は、凪といってもよいかもしれません。。

 しかしそれはもちろん、内容が薄いということでは決してありません。冒頭のカガツヒメの言葉からして、物語の根幹にガンガンと切り込む(しかし肝心なところは絶妙に伏せられている)ものでありますし、それに加えてサラッと(?)晴雄の中に眠る魂の正体が語られたりと、相当の情報量なのですから。
 そしてこれまでにその意外過ぎる正体の一端が語られた月と、さらにその能力の謎が深まった鋼之助の関係も、いよいよ不穏さを増していくばかりなのですから。

 そんな物語の中心にあるのは、通力とそれを持つ者たちの存在であることは間違いありません。これまで作中には敵味方様々な通力使いが登場してきましたが、共通するのは、己の力に苦しみ、そして人らしい暮らしをすることが認められてこなかったことであります。

 そしてこの巻のある意味メインとなる卜竹――実は十二天将の一人・「貴人」に当たる彼の壮絶な過去は、まさに彼ら通力使いが辿ってきた悲惨な運命の象徴というべきかもしれません。
 仮にその運命から逃れることができるとすれば――それを思えば婆さまの言葉を非難することはできません。そして卜竹が弓呼村の平穏な暮らしに、ある種の疑いを持ってしまうのも、理解できるところでもあります。

 しかしその一方で、そんな世界を変える鍵である月が、この巻のラストで語る彼女の選択もまた、人として強く頷くことができるものであります。
 通力を、強すぎる通力を持ちながらも、人は人として生きることができるのか――この物語において鋼之助と月が示しているのは、その問いかけなのではないかと、今更ながらに気付かされた次第です。


 しかし少なくとも今のところはまだ、それが難しいのは間違いありません。この巻も猛烈に気になるところに終わり、またもこの先は嵐が待ち受けている予感であります。


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2024.03.05

『明治撃剣 1874』 第陸話「襲撃」

 琴との試合で、彼女が辻斬り犯ではないと確信した静馬。しかしもう一人の容疑者である狂死郎に小山内が殺されたと聞かされた静馬は激昂して試合に乱入、返り討ちに遭う。一方、狂死郎の仕掛けで守屋と藤島の抗争が勃発、御前が調停に乗り出すが、それこそが狂死郎の望んだ機会だった……

 全十話ということで、後半に突入した本作。物語の方も一気に核心に迫る展開となってきましたが――そこにほとんど主人公が関わっていないという、ある意味スゴい内容となっています。

 前回ラスト、もの凄い顔で中澤琴に惨敗した静馬ですが、実はそれはわざとだった――というのは勝った琴が一番わかっていること(確かに、相撲取り相手にタフネスと腕力で勝った相手だった)。怒る琴に、戦ってみて彼女が容疑者ではないと信じた静馬は、正直に自分の身分を明かすのですが、その直後、小山内が何者かに殺害されたと聞かされて激昂。キービジュアルにいたのに何だか雑に動いた末に死んだ小山内ですが、静馬は背後の事情を知ることもなく、下手人は狂死郎という言葉を信じてしまうのでした。それを告げたのは、小山内を使嗾し、その死の直前に行動を共にしていた牧野巡査であったのですが……

 どう考えてもこいつが暗殺者・鴉だとしかいいようのない牧野の思惑に乗せられたか、試合前の狂死郎に斬りかかる静馬。しかし実力差か激昂していたのが悪かったか、返り討ちにされた彼は、辛うじて本来の対戦相手である藤田五郎に救われるも大怪我でリタイア。狂死郎に関する捜査が上から実質もみ消されたことで川路に怒鳴り込んだ以外出番なし。その間になんとなく琴とフラグが立ったと思えば、ようやく自分の生存を知った雛鶴=澄江にその姿を目撃されてフラグが折れたりとそれなりに色々ありはしましたが……

 さて、その間に忙しく動いていたのは狂死郎。撃剱会での優勝こそ逃したものの、会自体は大盛況で会長からの信頼はますます上がりますが、その一方、同志たちを使って煽ってきた阿片を巡る守屋組と藤島の仲違いは既に血を見なければ収まらない状況に。そしてガドリング砲に加えて、禿頭の手斧使いと髭のガンマンという微妙にキャラの立った用心棒を擁する藤島が先制攻撃を加えることになります。
 やくざが殴り込みをかけられて黙っていられるはずもなく、ついに全面抗争寸前――というところに動いたのは御前。さすがに自分の配下たちが同士討ちをするのを座視しているわけにもいかず、双方の代表を招いて手打ちさせようとするのですが――それこそが狂死郎の狙いでした。いまや守屋の片腕としてその場に同行した狂死郎。しかしその場で彼は御前に――いや金髪碧眼の武士・平松武兵衛に襲いかかります。

 平松武兵衛! 既に公式サイトでは思い切り最初から名前が明かされていましたが、どう見ても外国人なのに侍装束のこの怪人もまた実在の人物――その名もジョン・ヘンリー・スネル。幕末に武器商人として主に奥羽越列藩同盟と取引を行い、軍事顧問としても活動し、松平容保から平松武兵衛の名を与えられた、正体不明の人物であります。

 その彼が何故いまだに髷を結ってるのか――はいいとして、何故新政府に抗するような形で暗躍しているのか。そして何故狂死郎は彼を討とうとしているのか。それはこれから明かされることですが、今回そのヒントになりそうな描写があります。
 謀を巡らせる狂死郎を追う中、破れ寺に集まる僧侶や盲人たち――明治の世に行き場をなくした者たちを、狂死郎の同志・幻丞が船で何処かに誘おうとしていることを知ったせんり。幻丞の口からは、エルドラドという言葉が出ましたが、それは実は平松武兵衛ことスネルにも関わる地名であって……

 さて、ここで正体がバレて窮地に陥ったせんりを救ったのが藤田五郎ですが、彼はその後、御前を罠にかけたつもりが自分が嵌められ、同志ともども絶体絶命の窮地に陥った狂死郎を救うため、豪快に会談場所の門を馬車でぶち抜いて突入という荒業まで披露。先の静馬の件も合わせて、今回異様に人助けをする男ですが、彼の方もまた、狂死郎に死なれては困る理由がある様子です。
 スネルと狂死郎の因縁、そしてかつて庄内藩士だった狂死郎が進めていた企て――それが物語の全てを結びつけるのでしょう。

 思いもよらぬ実在の人物の登場で盛り上がってきましたが、問題はそこに主人公がどう絡むか見えないことで――この調子で最後まで門外漢ということになりはしないか、その点はヒヤヒヤさせられます。


 にしても悪徳商人がガトリング砲を持つと、どうしてこういうことになるのか……


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2024.03.04

重野なおき『石田三成の妻は大変』第1巻 戦国時代を生きる夫婦の生活の始まり

 最近は重野なおきの歴史四コマが単行本化される際は、二冊以上同時発売されるという印象がありますが、今回『信長の忍び』第21巻と同時発売されたのが本作。あの石田三成の若き日を、その妻・うたの姿を通じて描くという、非常にユニークな作品であります。

 時は天正五年、羽柴秀吉に引き合わされた石田三成とうた。相手がひそかに憧れていた三成と知って夢見心地のうたですが、三成の方は「妻にしたいとは全く思いません!!」といきなり断言するではありませんか。
 自分はまだ修行中の身、妻に費やす時間があるなら、少しでも自分を磨き、秀吉の役に立てるようになりたい――もっともなようでヒドいことを言い出す三成ですが、秀吉の説得した末、算術で分析した結果「得」になるという理由で、結婚を承諾するのでした。

 いきなり大変なことになったうたですが、腹をくくってこの縁談を受け、晴れて夫婦になった二人――になる前に、婚礼の儀でもひと悶着。その後も過ぎるほどの堅物の三成を支え、うたは妻として大変な日々を過ごすことに……


 実は逸話はおろか、その本名もよくわかっていない三成の妻。「うた」と呼ばれてはいたようですが、これは実家が宇多氏だったからという気もします。
 また、三成も物語の始まりである天正五年には秀吉に仕えていたと思われるものの、まだまだ家臣の一人として埋もれた状態で、歴史の表舞台には出てこない時期であります。

 そんな二人を主人公にするというのは、かなり思い切ったなあというのが正直な印象ですが、そこをきっちり仕上げてくるのが、作者ならではというべきでしょう。

 確かにこの時期、三成はまだ戦場には出ていませんが、武士の仕事は戦場だけにあるわけではありません。そして何よりも、武士も人間としての暮らしを送っているのです。
 本作で(この巻の段階で)三成とうたという、ある意味ごく普通の新婚夫婦を通じて描かれるのは、そんな武士の生活なのであります。

 もちろん、そこで作品のフックになるのが、三成の普通どころではない強烈なキャラクターであることは言うまでもありません。
 うたが密かに憧れていたように(そして結婚後も折りに触れてときめいているように)、美形の三成。しかしその内面は、全て算術で判断する堅物の超合理主義者――当然ながら人付き合いも超ニガテな、ちょっとどころではない問題児なのですから。
(そんな人間を心服させて使っているのだから、やはり秀吉はスゴかったんだ――と変なところで感心)

 この辺りの造形はもちろん、その後の歴史が示す行動や逸話からのいわば逆算ではありますが(美形というのは細面の肖像画から来ているのかなと)――そこからディフォルメして(ギャグ)漫画のキャラクターとして成立させてみせるテクニックは、これはもう作者の自家薬籠中の物というほかないでしょう。


 しかしもう一つの、そして最大の本作の魅力というべきは、三成とうたの間の、夫婦の愛情の姿です。
 上に述べたように人間としては問題多すぎの三成と、しっかりものとはいい難いうた――まだまだ色々な意味で未熟な二人が、それでも夫婦として共に暮らすうちに少しずつその距離を縮め、絆を強くしていく姿を、本作はゆっくりと、そして着実に描きます。
 その姿は実におかしくも微笑ましく、遠い過去に生きる二人に親しみをもたせるものであることは間違いありません。

 そしてそんな中でも特に印象に残るのは、胃腸の弱い三成のためにと、うたが自らニラ雑炊を作るくだりでしょう。何とも微笑ましいエピソード、その後にくるオチもまた実に楽しいのですが――三成の事績に詳しい方であれば、アッとなるところでしょう。
 そうかそういうことか! と驚かされる(そして先の――というか一番ラストの展開を想像してグッとくる)展開は、歴史四コマ漫画の第一人者ならではと、唸るほかないのです。


 さて、天正五年といえば、織田家は各方面に敵を抱え、いわゆる第三次信長包囲網という時期。当然ながら秀吉も最前線で戦い、そしてやがて三成もそこに加わることになります。
 そこで何が待つのか、そしてその中で三成とうたは何を見るのか――戦国時代を生きる夫婦の物語は、ここからが本番なのかもしれません。


『石田三成の妻は大変』第1巻(双葉社アクションコミックス) Amazon


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重野なおき『信長の忍び』第21巻 決着、愛の忍びたちの戦い そして向かう新たな地

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2024.03.03

重野なおき『信長の忍び』第21巻 決着、愛の忍びたちの戦い そして向かう新たな地

 第二次天正伊賀の乱のはずが、まさかのラブラブ忍者バトル編に突入した『信長の忍び』――この巻の前半では、伊賀の中枢に突入した千鳥と助蔵の戦いの結末が描かれます。そして後半では思わぬ(?)新展開、千鳥ははたして何処に向かうのか……

 再びの伊賀攻めを決意した信長に対し、暗殺という挙に出た伊賀忍びの襲撃を、辛うじて退けた千鳥と助蔵。しかし千鳥は、信長から伊賀攻めへの従軍を禁じられることになります。
 しかし伊賀忍びが信長を苦しめることが許せない千鳥は、命に逆らっても、忍術上手十一人を倒すべく伊賀に向かいます。当然それに助蔵も同行し、二人の孤独な戦いが始まることになるのでした。

 と思ったら、戦いの前の助蔵の告白にまさかのOKが出て、何だかちょっと変わった戦いのムード。明るい未来に盛り上がる二人(というか助蔵)ですが、これはもしかして(助蔵にとって)フラグでは……


 という色々な意味で意外な展開となった第二次天正伊賀の乱。まさか本作で本格忍者バトルが始まるとは! と前巻の時点で驚かされましたが、そのテンションは全く衰えることなく、城戸弥左衛門・楯岡道順・藤林長門守そして百地丹波――と、名だたる大忍者たちとの死闘に物語は突入していくことになります。

 しかしこれまでの忍術上手との死闘で二人ともボロボロ。というか助蔵はこれやっぱり死んだんじゃ――という状況ですが、愛の力は強し! 千鳥はこんなにラブラブいう(言ってない)キャラだったか――というのはさておき、二人が背中合わせで強敵たちに挑む姿は、やはり大いに盛り上がります。

 特に百地丹波は、伝説の忍びに相応しい強豪ぶりが素晴らしい最後の敵。本当にここまで全うに忍者バトルを繰り広げられるとは、忍者ものファンとしてはニッコリであります。
 もちろん、そんなシリアス展開の中で、ギャグもきっちり織り交ぜてくるのも素晴らしい。また、ボロボロになった状態からの千鳥の覚醒も、一歩間違えればズルなのですが、このギャグを交えて緩急を見事につけてくることによって、違和感を感じさせないのも巧みです。

 そんなわけで大いに盛り上がった忍者バトルですが、しかしそれが骨肉の争いであります。
 千鳥は基本的に、こちらがどん引きするほど信長の敵には全く容赦しないキャラではありますが、それでも戦いの終わりに見せる姿には、これまでと異なるものがあることは間違いありません。

 もっともそれは、自分自身が信長の命に逆らい、そして忍びというものの恐ろしさを信長に示してしまったことに対する、絶望に依るものが大きいのではありますが……
(しかしこうして見ると、そういう葛藤が全くない助蔵はコワい)


 かくて終わりを告げた第二次天正伊賀の乱。しかし千鳥にとって、その代償は決して小さなものではありません。死闘のダメージが癒えぬ傷として残っただけでなく、信長から引き離され、彼女(と助蔵)は、信長麾下の武将に預けられることになったのですから。
 さて、その武将は――と、これがまたこう来るか! と驚かされる人物。なるほど、ここで信長から視点を転じるとすれば、確かにこの人物が適切というべきでしょう。

 そして始まる、信長最後の年。「その時」に至るまでに何が起きるのか、そしてその中で千鳥が何を見るのか――この巻の後半の展開は、そこで大きな意味を持つものなのでしょう。
 まだクライマックスはもう少し先になるかとは思いますが、今からそれを見たいような、見たくないような――そんな気持ちになる展開であります。


『信長の忍び』第21巻(重野なおき 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon


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重野なおき『信長の忍び』第20巻 真っ向勝負 二人vs十一人! そしてでっかいフラグ

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2024.03.02

白井恵理子『黒の李氷・夜話』第4巻

 時を超えて生き続ける黒衣の少年・李氷と、様々な時代に転生して彼と出会い、惹かれ合い、そして憎しみ別れる美女・セイの物語もこの巻で折り返し地点となります。前漢の武帝の時代を舞台に展開する悲劇の中、二郎真君が語る大いなる謎とは……

 古代から近代に至るまで、中国大陸の歴史の様々な場面に現れる少年・李氷。老師こと太上老君を親代わりとし、妖鳥・畢方が変化した黒衣をまとう、皮肉な少年である彼は、夏朝末期に出会った美女・成湯に強く惹かれるものの、皮肉な成り行きで引き裂かれ――その後も、転生した「セイちゃん」と出会い、別れる運命にあります。

 そしてこの巻の前半の「蠱」の舞台となるのは、前漢の武帝の時代。川で溺れていた子供・阿古を助けた李氷。実は阿古が武帝の孫だったことから、李氷はその護衛役である霍子侯(霍去病の子)として転生したセイと出会い、阿古のもとに留まることになります。

 そんな李氷の前に現れ、天界から逃げ出した邪気が、災いを起こそうとしていると語る二郎真君。はたして長安の周辺では奇怪な巫蠱――呪いのかけられた木彫りの人形を手にしたものは、たちどころに顔が崩れ落ちて死ぬ――が流行していたのです。
 これに対し、武帝の寵臣・江充は、これが皇太子・劉拠の仕業と唱え、ついに武帝と劉拠の軍が激突するに至るのでした。
 巫蠱を放っているのは何者なのか。そして何故、誰を狙っているのか。やがてあまりに残酷な真実を知った李氷は……


 前漢の全盛期であった武帝の時代の末期、長安を騒がした巫蠱が、ついには骨肉の争いにまで発展することとなった巫蠱の禍(あるいは巫蠱の乱)。
 これまでも様々な呪術・妖術を題材としてきた本作ですが、実在の(?)呪術を扱ったこのエピソードで描かれる巫蠱は、老若男女を問わず顔が崩れ落ちるというビジュアル的にインパクトの大きなもの――しかも李氷ですら手を焼く凶悪さで、天界から二郎真君が乗り出すのも納得であります。
(ちなみに二郎真君がセイと初めて出会ったのは、彼女が荊軻に転生した時なので、彼にとっては「荊ちゃん」なのが可笑しい)

 しかし真に凶悪なのは、クライマックスに明かされる、その巫蠱の術者であります。あるタブーが元で生まれたという、何ともやりきれない存在である上に、およそ普通の主人公であれば手出しできそうにない相手なのですが――だからこそ李氷が、ということになるものの、しかしそれでも彼の選択は、あまりにもやりきれないものであります。
 どこか似たもの同士である故か、二郎真君を前にしては生の感情を出す傾向にある李氷ですが――本作のラストでの叫びは強く印象に残るのです。

 しかしもう一つ見逃せないのは、作中で二郎真君が口にする、ある疑問でしょう。何故天帝はセイを――それも大陸に異変が起きる時に――転生させるのか。そして李氷は何者で、誰が仕組んで何故セイの転生を追わされているのか?
 これまである意味自明のものと思われていた李氷とセイの関係性の謎は、この先、後半の物語を引っ張っていくこととなります。


 そしてこの巻の後半の「妖貴妃」は、サブタイトルで察せられるように、唐の楊貴妃を題材とした物語であります。

 おかしな縁で、天才的な腕を持つ彫り物師・柳青と出会った李氷。そこで彼が出会ったのは、柳青の幼馴染の少女・玉環でした。
 幼いうちから李氷を驚かせるほどの無意識の蠱惑的な魅力を持ち、成長していくにつれてさらにその力は強くなっていく玉環。しかし柳青は玉環から寄せられる好意を拒み、彼女はやがて宮中に上がることになります。

 そしてその後の彼女の運命は歴史が示すとおり――ついに国を乱すまでとなった彼女の存在。誰もが彼女に惹かれ、そして憎む中、自分の心の中と向き合った柳青が彫った彼女の姿は……

 セイは登場しない、いわば脇筋ではあるものの、それぞれ一方方向に終わる男女の情の哀しさが印象に残るこのエピソード。
 玉環の妙にリアルな存在感(安禄山が、彼女のあまりに蠱惑的な美を恐れて逃げ出し、乱を起こす描写に不思議な説得力)もさることながら、クライマックスに柳青が彫った彼女の姿が、不思議な余韻を残します。

 あれはやはり真実の姿だったのか、それともそれもまた、男の勝手な視線に過ぎなかったのか、と……
(ちなみにラストを見るに、柳青の存在は、天津の楊柳青木版年画からの逆算なのでしょう)


『黒の李氷・夜話』第4巻(白井恵理子 eBookJapan Plus) Amazon

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2024.03.01

『戦国妖狐』 第8話「魔剣士」

 旅の途中、闇が守る村を訪れた一行。しかしその闇が生贄を求めていることに反発して飛び出した真介は、闇を倒した烈深と出くわす。灼岩の仇である烈深を前に激高し、戦いを挑む真介だが、実力差は歴然で叩きのめされてしまう。そんな中、真介の精神に魔剣・荒吹が語りかけてくるが……

 前話のあまりに衝撃的な結末(原作を読んだ時はあまりに衝撃的だったので、その後のこの辺りのエピソードのことがほとんど頭から抜け落ちかかっていました……)を受けて、物語やキャラクターの雰囲気も変わったような気がする本作。その中でも最も変わったのが真介であるのはいうまでもありません。

 そして今回の前半は、その真介がメイン。別人のように据わった目と濃い隈で、ひと目でヤバい精神状態にあることがわかる真介ですが、さらにその状態で想像会話によって魔剣とブツブツやり取りしているのですから、なおさらヤバさは際立ちます。
 そんな真介は村を守る代わりに生贄を取る闇・かごもりを斬りに行くのですが――それを止めようとするたまのロジック(この辺り、普段の理想論からいきなり闇側に傾いた感あり)に噛み付いたかと思えば、彼女の幻術を一喝で破ったりと、かなりの変わりようであります。とはいえ、精神状況がシビアになれば強くなれるのであれば苦労はないわけで、迅火たちを追ってきた烈深には手も足も出ず叩きのめされてしまうのですが――しかし流れ的にはこれこそ覚醒のチャンスであります。

 はたしてダウンしたところに魔剣・荒吹の精神が現れ、「力が欲し(略)」と語りかけてくるのですが――ここであっさりとその言葉を受け入れたりしないのがまた本作らしいというか作者らしいところ。そもそも、剣の力を我が物にするために、剣の仮想人格と想像会話するというやり方自体が実に「らしい」。ここでの真介のパワーアップは、その独特のロジックに則って、何とも不思議な説得力があります。
 といってもまだまだ烈深の方が技というか文字通り手数では上。あっさり逆転されたかと思いきや、ここでまさかの男の解除不可武装・巨武志が炸裂! 迅火ではなく真介の方が受け継いでいた(?)のは意外な気もする――というのはさておき、さらにかごもりの思わぬ追い打ちで烈深はダウン。無抵抗な相手に刃を向ける真介ですが――ここでとどめを刺すか(灼岩たちの幻が見えたとはいえ)一瞬ためらってしまうのは、まだ彼が彼である証拠なのでしょう。
 そして思わぬ水入りが入り、それぞれ真の名を名乗り合って別れる真介と烈深。これは互いがそれぞれの立場や地位抜きでやり合うべき相手と認めたからでしょうか、悪因縁ではありますがこれも一つのライバル関係ではあるのでしょう。

 と、前半だけでかなり濃密な回でしたが、後半は打って変わって(?)味方と名乗る美女・山の神が登場。たまが対神雲対策を立てはしたものの、実質無策に近かったところに文字通り救いの神が現れたわけですが――しかし彼女が語る前に、当の神雲たちが現れ、山の神が残した二人の巨大な天狗は、神雲の連れた少年・千夜の奇怪な「腕」によってあっさりと倒され――というところで次回に続きます。

 にしてもたまよ、妖精眼のことを知らなかったのか――『散人左道』ファンであれば常識なのに!(無茶言うな)


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