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2024年4月

2024.04.30

安田剛士『青のミブロ』第13巻 芹沢鴨が託した願いと呪い

 秋からアニメの放送を控え、そして連載の方では第二部「新選組編」スタートと、乗りに乗っている『青のミブロ』、この単行本第13巻では、芹沢暗殺編がクライマックスに突入します。ついに寝所に踏み込んだ土方たちを、今や遅しと待ち構えていた芹沢。いま、芹沢を中心に様々な想いが交錯します。

 新見錦の切腹をきっかけに、芹沢暗殺へと突き進んでいく近藤一派。しかし宴席の帰りを襲撃すべく準備された土方らの策は失敗、芹沢襲撃は、八木邸の芹沢の寝所で行われることになります。
 しかしそこで待ち受けていたのは芹沢一派。土方たちの行動を読んだように万全の体制を取っていた芹沢に戸惑いを隠せぬまま、土方たちはもはや引き返せない戦いに踏み込むことになります。

 そしてはじめが芹沢の下に向かう太郎を剣にかけても止めようとする一方で、におは近藤を芹沢の下に向かわせようと言葉を尽くすのですが……


 と、それぞれの場所でそれぞれの戦いが繰り広げられるという、クライマックスに相応しい展開の連続となるこの巻ですが、その中心となるのが、芹沢と土方・沖田の戦いであることは言うまでもありません。
 しかしここで描かれるのは、戦いそのものだけではありません。それと同時に、お梅という思わぬ乱入者を含めて、ここでは芹沢を討とうとする者、阻もうとする者たち――それぞれの戦う理由、それぞれが刀を手にする理由が描かれるのです。

 お梅は自分を弄んできたこの世界に復讐するため、沖田は近藤と土方の命を果たすため、そして土方は自分たちの大望を阻むものを討つため――ここで戦う者には、それぞれの理由があります。
 いうなれば、ここで描かれるのは芹沢を巡る戦いであると同時に、その理由の再確認――そしてそれは、芹沢という存在を通して、それぞれの生き方が問われているともいえるでしょう。

 そしてそこで驚かされるのは、土方の心の揺らぎが描かれることであります。出自は農民であり、それ故に、名ばかりの武士に反感を抱いてきた土方。しかしそんな彼が名実ともに武士というべき豪傑・芹沢と出会ってしまった時、どうするべきか?
 その問いかけに揺れる土方の姿は、これまでの姿を見ていれば意外である一方で、しかし同時に納得できるようにも感じられます。

 そして土方が、迷いながらも芹沢との戦いを通じて自分自分の生き方を見つけ、そしてそれら芹沢の心に届くのですが――しかし芹沢を代償にそれを見つけたことによって、彼はそれ以外の道を選べなくなったのではないかと感じます。
 いわばここで描かれたのは、土方に対する芹沢の願いと呪いだったのではないか――その後の歴史を見ればそう思えるのです。


 しかしその芹沢の願いと呪いを最も強く引き受けることになるのは、他ならぬ近藤勇であります。

 におの説得によって、芹沢の望みである一騎打ちを叶えるために現れた近藤。歴史上あり得ない、だからこそ夢の対決の中で、近藤は傷だらけの芹沢と、律儀ともいうべき態度で剣を交えることになります。その中で芹沢が近藤に語りかける言葉――それは、芹沢という男が死の間際だからこそ見せられる内面として、そして同時に自分が真に認めた男に託す言葉として、大きな感動を呼びます。

 しかし裏を返せば、芹沢ほどの男にそこまで言わせた言葉を、近藤は――彼が芹沢が認めた通りの男であるからこそ――決して裏切ることはできないでしょう。それは芹沢から託された彼の使命であると同時に、やはり呪いであったのではないでしょうか。そしてそれは、土方や他の人物以上に強固なものであることは間違いないのです。


 もちろんこれは、新選組ファンの勝手な深読みかもしれません。しかし近藤や土方が、ここで芹沢から多くのものを託されたのは事実であります。そしてそれは、芹沢と共にあるためにはじめと激しく激突した太郎にとっても、図らずも近藤と芹沢の対決の見届け人となったにおにとっても同様でしょう。

 彼ら託された者たちが歩む道とは――次巻でその答えの一端を描いて、この物語の第一部は完結することになります。


 しかし、前巻にも同じようなことを書いたのにしつこくて恐縮ですが、お梅の扱いだけは唐突にしか見えないのが本当に勿体なく感じられます。もう少し時間を取って彼女が描かれていれば、さらにドラマが盛り上がったものを――と強く思います。


『青のミブロ』第13巻(安田剛士 講談社週刊少年マガジンコミックス) Amazon

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2024.04.29

『鬼武者』 第参話「魘」

 さよを先導に、金山の砦へ裏道を行く武蔵一行。あまりの難路に音を上げつつ、ようやく水場で一息入れる武蔵たちだが、さよは違和感を覚える。はたして、山道を作り替えていた敵の罠にはまり、一行は骸骨兵士たちの襲撃を受ける。何とか骸骨兵士たちを蹴散らした一行だが、その時思わぬ惨劇が……

 アバンタイトルでは、前回落とされた吊り橋の向こう側で様子を窺う間者(藩の手の者?)を、谷のこちら側から槍を投げつけて殺害するという謎の三人組が登場。しかもその末弟と思しき男は、谷を往来する手段を持っているようですが――謎といいつつ、字幕を表示しているとキャラクター名が表示されるので、正体はすぐにわかってしまうのですがそれはまた後で……

 一方、退路を絶たれた武蔵一行は、全ての元凶である伊右衛門が立て籠もっているであろう金山の砦に向け、さよの案内で裏道を行くのですが――道が険しすぎて五郎丸と平九郎、そして誰よりも武蔵がダウン。せ、戦闘力はあっても持久力がないだけだから――と勝手に心中で言い訳しながら見ていたら、ほとんど同じことを佐兵衛が言っていたのは可笑しかったですが、しかしいくら山歩きしているといってもあまりへばっていなかった佐兵衛はやはり怪しい、と見ているこちらは疑心暗鬼に囚われます。

 それはさておき、水を補給しようと水場に移動したものの、どうも思っていた場所よりも上流に出たと首を捻るさよ。そんなことは気にしない武蔵たちですが、実はこれは山の木を抜いて道を作り替えるという、ゾンビ労働力を擁する連中ならではの大技による罠でありました。要するに死地に追い込まれたということで、早速ワラワラと骸骨兵士――といっても斬ったら血が出るので正確にはミイラっぽい感じ(ネットフリックスのサイトでサムネに出てくるやつ)ですが、前回登場したゾンビ相手で慣れたのか、鬼の篭手を使うまでもなく武蔵たちは敵を一蹴して……

 と、一息ついて、決めた、佐兵衛と会ったら――と口にする五郎丸。アッ、この流れはいかん! と思っていたら、突然遥か遠くから飛んできた槍に串刺しにされる五郎丸。愛鷹の太郎丸ともども、あまりに呆気ない最期となりましたが、妙にキャラが立っていたし、今回はさよと色々と会話して、厭な予感がしていたとこだったので、やはり――という感じであります。
 そして突然の惨劇に驚いている間に、忽然とその場に現れてさよを攫っていく覆面の男。いうまでもなく冒頭の三人組の仕業ですが、彼らはさよの身柄と引き換えに、武蔵が山の上の寺に来るように要求するのでした。

 この男たちの名は、清十郎・伝七郎・亦七郎――武蔵に深い恨みを持つという彼らの正体は(クレジットによれば)吉岡三兄弟。彼らこそは、かつて武蔵によって次々と倒され、一門壊滅の憂き目にあった吉岡家の兄弟――なのかは現時点で判断できないのがちょっとややこしい。
 そもそも語り継がれる武蔵の事績自体、どこまでが史実でどこまでがフィクションかかなりややこしいのですが、吉岡一門の生死にとってもまた同様。それ以前に、史実では吉岡家の兄弟は清十郎・伝七郎という名ではなく、亦七郎(又七郎)も末弟だったり伝七郎の子だったりと様々だったりするわけで、その辺りを踏まえると、本作の吉岡兄弟がどのような運命を辿ったのかは、ちょっとわからないのです。

 そして仮に彼らがかつて武蔵に討たれていたとすれば、どうやって彼らは甦ったのか――というのは気が早いかもしれませんが、やはり気になるところであります。
 そもそも、死んだ時期も場所もかなり離れているであろう人間を、甦らせることができるのか? というのが一番気になるところですが……
 何はともあれ、さよを取り戻すために武蔵が出向かないわけにはいかない――と思いきや、僧侶でありながらガチガチのリアリストだった海全が無視しようと言い出して平九郎に殴られたりする混沌とした状況で、武蔵は突然雨の中で素振りを始めるという謎の行動(たぶんウォーミングアップとか精神集中とかの理由だとは思うのですが)を延々と続けて、今回は終わります。


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2024.04.28

モコ『化け絵 石燕妖怪噺』第2巻

 老境の鳥山石燕が、飛頭蛮(ろくろ首)の女性と生活を共にしながら様々な妖怪と出会う、ショート妖怪漫画集の第二巻にして最終巻です。可笑しいもの恐ろしいもの哀しいもの、今日も今日とて石燕は様々な妖怪と関わりを持ち、絵に残すことになります。

 ある晩、一夜を過ごした吉原で飛頭蛮(ろくろ首)の遊女・お遊と出会い、彼女を身請けした石燕。人間と妖怪と関係なく、仲睦まじまく暮らす二人ですが、そのためか、石燕の前には様々な妖怪たちが姿を現すことになります。
 かくて、石燕やお遊、弟子の北川豊章(後の喜多川歌麿)は、妖怪が引き起こす騒動に次々と巻き込まれることに……

 という基本設定の本作ですが、今回も石燕は様々な妖怪と出会うことになります。
 岸涯小僧・貉・濡れ女・逆柱・機尋・火間虫入道・返魂香・鳴釜・雪女・しょうけら・面霊気・小袖の手・野槌・鉄鼠・雲外鏡・ぬらりひょん・宝船――
 収録された全十七話は、今回も一話八ページということで良くも悪くもあっさり目の味付けなのですが、その中で各回の妖怪の特色を出し、石燕らと絡めることでドラマを生み出しているのは、なかなか大変な試みだったのではないかと感じます。


 その中で幾つか特に印象に残ったエピソードを挙げましょう。

「機尋」
 町中で迷子の子供と出会い、家に連れ帰った石燕。聞けば五年前に行商に出たっきり帰ってこない父を探して、江戸に出てきたというのですが……
 よくある話のようでありながら、子供の身なりや話の内容に、どこか不自然なものを感じさせられていると、それが――という一編。イイ話が多めでも、怖い話もしっかり含まれているのが、本作の面白さかもしれません。

「野槌」
 子供の寄り道にいちいち目くじらを立てる寺子屋の先生。その教え子の弟が、野槌を探して行方不明になったと聞いた先生は……
 ツチノコの元祖(?)として有名な野槌ですが、本作はその野槌を変化球で描いた作品。直接登場するわけではない野槌が、現在に残す暗い影の存在を描いて、何とも言えない後味を残します。

「雲外鏡」
 酔っ払って寝てしまった石燕の横で一枚の鏡を見つけたお遊。実は妖怪だったその鏡の中にお遊が閉じ込められてしまう一方で、偽物のお遊は石燕にしなだれかかって……
 本作の特徴の一つである、石燕とお遊の大人の関係を活かした一編。偽物が石燕に迫っていく描写がなかなか色っぽく、その様を見せられる本物のお遊さんにとっては災難以外ではないのですが――そこで偽物に対して石燕が見せる態度が何とも心憎い。オチのちょっと艶っぽい一ひねりも、どこか微笑ましさを感じさせます。


 といったところで、ラストはやはりこれしかない、という(石燕の四冊目にして最後の妖怪画集『百鬼徒然袋』の掉尾を飾る)「宝船」で幕を下ろす本作。
 正直なところ、題材となる石燕の妖怪画も、石燕の周囲の人物もまだまだたくさんあるだけに、ここで終わるのは勿体無いのですが――しかし、賑やかで、同時にどこかあっけらかんとした味わいを残す内容は、本作にお相応しい大団円の姿であることは間違いないとも感じられます。


『化け絵 石燕妖怪噺』第2巻(モコ 講談社モーニングコミックス) Amazon


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2024.04.27

栗美あい『白花繚乱 白き少女と天才軍師』第3巻 怪しい男と都で待つもう一つの戦い

 「梁山伯と祝英台」ミーツ梁・北魏戦争というべき、少女漫画版『奔流』(田中芳樹原作)の第3巻は、一端最前線から離れて梁の都・建康が舞台となります。都の繁栄に驚く祝英台ですが、そこで待ち受けていたのはもう一つの戦い。知将でも及ばぬその戦いを前にした祝英台の想いは……

 兄と慕う梁山伯を追って、北魏の名将・楊大眼が包囲した河南城に、陳慶之とただ二人駆けつけた祝英台。そこで陳慶之の神算鬼謀、そして守将の王茂と祝英台の武勇で楊大眼を退けたものの、しかし梁軍は河南城を捨てての撤退を余儀なくされます。
 その混乱の中で姿を消した梁山伯に心を痛める祝英台。王に戦況の報告に戻る陳慶之は、梁山伯捜索を直訴しようと祝英台に告げて……


 というわけで、北魏との戦いは雨季に入ることもあって膠着状態となり、その間に物語の舞台は建康に移ることになります。
 前巻ではただ二人、敵の重囲の中に乗り込んだ陳慶之と祝英台は、今度は最前線から遠く離れた都を訪れるわけですが――その途中、馬車の中に半裸の女性を幾人も侍らした男に声をかけてられることになります。

 陳慶之に何やら馴れ馴れしい態度を見せる、いかにも怪しいこの男こそは、梁の名将・曹景宗将軍――登場シーンからわかるように豪傑肌で型破りな男ですが、タイプは正反対の陳慶之を高く買い、何かと可愛がってきた人物であります。
 ちなみにこの曹景宗、史実では後の梁王・蕭衍を支えて梁建国に大功のあった名将(やっぱり好色で知られたとのことですが……)。陳慶之も蕭衍に早くから仕えていたので、それが一つの縁というべきでしょうか。

 さて、この曹景宗と共に建康を訪れた陳慶之と祝英台ですが、ごく普通の(?)山出しである祝英台は都の繁栄に驚くばかり。しかし、えてしてこういう繁栄には裏の顔があるわけですが――早速祝英台はそれを痛感させられることになります。
 陳慶之と共に、梁王と対面の機会を得た祝英台。旧知の間柄の陳慶之に親しげに言葉をかけ、楊大眼を撃退した「英雄」祝英台に興味津々の梁王ですが――しかし梁山伯捜索の願いも、陳慶之の白馬の騎兵隊設立の願いも、王の周囲の高官たちの差し出口に阻まれてしまったのです。

 そして曹景宗と共に宮中の宴に出ることになった二人を待つのは、もう一つの戦い――宴席にかこつけて、陳慶之たちを辱めようとする陰険な高官たちとの対決で……


 というわけで、今回祝英台が巻き込まれることになった、これまでとは全く別の意味での戦い。それはこれまでの北魏の戦い以上に、祝英台にとっては未知の戦いですが、しかしここでも祝英台の怖いもの知らずが爆発することになります。
 王を前にしても物怖じせずにズバズバと直言し、宴席でも高官相手に一歩も引かない祝英台。その姿はあまりに「漫画的」で、見ているこちらの方がヒヤヒヤしますが、しかし心からの言葉が人を動かすのはいつの時代も同じであります。

 そして宴席では、また別の形で祝英台がきっかけとなって人の心を動かすのですが――このくだりは史実を踏まえているものの、祝英台がきっかけというのはもちろんフィクションではあります。しかしその史実を祝英台自身に重ね合わせて描くのは、なるほど納得できる趣向であります。

 実は、原作では王との対面も宴席も、祝英台は参加しない――つまり、この辺りは完全に漫画オリジナルなのですが、しかし祝英台中心に展開するこの漫画版においては、これもアリでしょう。

 そして力を合わせて(いや、陳慶之はあまり働いてないですが)難局を乗り切り、都に来た目的を果たした陳慶之と祝英台ですが――都ではまだ波乱がある様子。それがこの先、如何に二人に絡むかは、次巻のお楽しみであります。


 と、実はこの巻で王茂が祝英台の秘密をついに看破するのですが、この秘密、それよりも先に巻頭の登場人物紹介にはっきりと書かれていたのにびっくり――というか、読み返してみたら第二巻の登場人物紹介に既に書かれていてまたびっくり……
(いやまあ、バレバレではあったのですが、それでも)


『白花繚乱 白き少女と天才軍師』第4巻(栗美あい&田中芳樹 秋田書店プリンセス・コミックス) Amazon

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2024.04.26

『君とゆきて咲く~新選組青春録~』 第1話「運命の出会い」

 幕末の京で、小さな茶屋を営む父と暮らしていた深草丘十郎。しかし店に逃げ込んできた男を匿ったために父は長州藩士・庄内に斬殺されてしまう。父の敵を討つために壬生浪士組の入隊試験を受けた丘十郎は、同じ応募者の鎌切大作との立ち会いを命じられる。しかし剣の達人の大作には全く歯が立たず……

 テレビ朝日の「シン・時代劇」なる枠で、手塚治虫の『新選組』を原作とした作品が放送されると知ったのは今年の一月だったかと思いますが、ついにこの四月末から放送がスタートしました。

 本作の特徴は、やはり二人の主人公である丘十郎と大作を『仮面ライダーリバイス』に出演した二人が演じる(ちなみに丘十郎の父親もリバイス出演者から特別出演)ほか、キャストを『仮面ライダーギーツ』『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』『魔進戦隊キラメイジャー』といった東映の特撮作品、あるいはいわゆる2.5次元ミュージカル出演者が大半を占めることでしょう。

 正直なところ、これらの作品には疎い(特に主役二人が出ていたリバイス)ので、そちらの方面からの適切な評価は私にはできないのですが、しかしこれまでも東映の特撮出演者をメインとした時代劇がVシネマなどで製作されてきたことを思えば、その延長線上の作品として納得できます。
 そしてなによりも、それがテレビで連続ドラマとして放映される意味は大きいと言うべきでしょう。

 もちろん、それも時代劇として成り立っていなければ本末転倒なのですが、冒頭のあまりにカラフルな花火(まあ、時期的にはギリギリセーフかな……)、月代という文化はどこへ行った感のある髪型を除けば、これはこういうものとして、楽しめる内容でした。
 特に、この第一話のクライマックスである、入門試験での丘十郎と大作の対峙は、(丘十郎は剣の素人という設定もあって)かなり無茶ながらとにかく動こうという剣戟はなかなか面白かったと思います。
(その後のドキドキハプニングは、まあどうかなあ、とは思いますが……)

 そしてまた、主役二人以外の実在の新選組のキャストも、こちらの持っているイメージから基本的に大きく外れないビジュアル化なのも嬉しいところで――明らかに主人公二人よりも上の年代として(一歩引いた形で)描かれていた原作に比べ、同年代として描くことで、彼らの存在感も増しているように感じられるのは、本作の独自性でしょう。


 ここで小うるさいマニアとして原作と比較しておくと、この第一話の内容は、原作に基本的に沿ったものではあります(冒頭の二人の姿は原作ではここで描かれるものではありませんが)。
 一番大きく異なるのは、原作では入隊試験で丘十郎と大作が対決するものの、すぐに大作と近藤が入れ替わり、近藤が丘十郎を叩きのめす展開になることですが――ここは主人公二人の関係性を描くためということで納得のアレンジでしょう。

 一方、キャラクター配置で一番気になるのは、原作では丘十郎を付け狙う凄腕の浪人だった南無之介が、新選組の一員になっていることですが――彼の存在は原作では数少ない女性キャラと密接に関わるものだっただけに、もしかしてその辺りが大きくアレンジされるのでしょうか。
(と思って公式サイトの相関図を見ると、どうも女性キャラとのロマンスは本気で排除しにかかっているような……)

 その他、浪人の子だった丘十郎が(おそらく)町人の子になっていたり、丘十郎の父の仇が土佐藩士から長州藩士になっていたりと細かい異同は色々とありますが、その辺りの意味はこの先見えてくるのかもしれません。後者は新選組の敵=長州という連想から来ているのかもしれませんが……

 あ、大作の丘ちゃん呼びは原作由来です。


 と、導入部として色々な意味で楽しめた第一話ですが、そういえば原作でも悪役として大きな存在感があった芹沢鴨は――と思ったら、最後の最後に姿を登場することになります。
 これがどう見ても三浦涼介だよなあと思っていたら本当にそうだったのですが、いかにもお似合いの妖しげなビジュアルはちょっと今までの芹沢像にはないもので、作中でどのような芹沢が描かれるのか、こちらも楽しみなところです。


関連サイト
公式サイト

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2024.04.25

白井恵理子『黒の李氷・夜話』第6巻

 悠久の時を巡り、永遠の恋人・セイを求める黒衣の少年・李氷の物語もいよいよ終盤となります。この巻で語られるのは長エピソード「炮神演義」――そのタイトルから想像できるように、舞台となるのは殷王朝末期に暴君・紂王と彼を倒すために立ち上がった周公旦の戦い。その背後に潜む真実とは……

 殷(商)の紂王の時代、周の武王の弟・周公旦周の妻の腹を裂いて生まれた子供――女でも男でもない、そして子供ながら人間の肉体を破壊するほどの力を持つその怪物は、自分の「父」に取り引きを持ちかけます。
 密かに権力を欲していた周公旦はその言葉に乗り、数年で成人した子供を「妲己」という名で紂王に献上。その存在に狂わされたように、紂王は暴政を行い、無数の人々を死に追いやるのでした。

 そんな時代に現れた李氷が出会ったのは、セイが転生した姜子牙――かつて成湯として商を開いた彼女が、自らその国を滅ぼす皮肉に胸を痛めつつ、李氷は周の軍勢と行動を共にすることになります。
 一方、天界で女カが天を支えるために建て、その後天帝が過去現在未来の歴史を刻んだという歴史柱がひび割れるのを目撃した二郎真君。そのひびが殷周革命の頃から生じていたのをなぞるように、彼は天帝より紂王護衛の命を受けるのでした。

 何故天帝が紂王を選んだのか――疑いを抱きつつもその命に服する二郎真君。やがて彼と李氷、セイ、そして妲己の運命は、紂王の前で交錯することに……


 殷周革命を背景に、女カの怒りを買った末に妖姫・妲己に狂わされ、暴君と化した紂王と、周を扶けて紂王を滅ぼさんとする太公望姜子牙らの戦いを描いた奇想天外なファンタジー『封神演義』。
 この巻のエピソードは、この封神演義を下敷きにしたものではありますが、本作らしくとてつもないアレンジが加えられています。

 何しろ「妲己」を紂王に献じたのが周公旦であり、彼は商を滅ぼすべく「妲己」によって紂王を狂わせ、革命の大義名分を得ようとしたというのですから。
 そして封神演義では楊センの名で太公望と共に戦った二郎真君が、こともあろうに紂王側につき(何故か比干を名乗っているのは不思議といえば不思議――胸を切り開かれるくだりのためだと思われますが)、李氷や太公望と対峙するのであります。

 そして封神演義といえば有名なあの人造人間が、意外極まりない形で登場し――と、意表を突いた展開の連続ですが、そこにこの『黒の李氷・夜話』の縦糸というべき物語が結びつくことにより、さらに物語は複雑さの度合いを増していきます。


 その縦糸とは、これまでに語られてきた、何故セイは転生を繰り返して歴史の分岐点というべき時と場に現れるのか――そして李氷は何故彼女を追い続けるのか、という謎。
 その答えの一端として、セイこそがかつて天地を分かち、人間を生み出した女神・女カ(ここでも封神演義との繋がりが!)であり――李氷は彼女の心臓である五色の宝珠の一つを胸に宿す存在であることが、これまで語られてきました。

 いわばセイと李氷は、二人揃って一つというべき存在。だからこそ二人は幾度となく歴史の中でめぐり逢い、互いに惹かれ合うのか、と理解できますが――だとすれば何故二人は常に引き裂かれるのか。
 いや、セイ=女カであるならば、何故それだけの力を持つ彼女が、転生を繰り返さなければいけないのか?

 この謎の答えを握るのは、二郎真君の父である天帝と、李氷を作り出した太上老君という、対立する立場にある二つの存在であって――と、いよいよ物語はとてつもない(そしてある意味封神演義に相応しい)スケールへと広がっていくことになります。
 正直なところ、この物語が始まった時は、ここまで大仕掛けな内容になるとは思っていませんでしたが、しかしこれだけ長大な歴史を舞台とした物語の物語のクライマックスとして、相応しいものであることは間違いありません。

 ただいささか残念なのは、ここまでスケールが大きくなると、李氷は成り行きに翻弄されるばかりとなってしまうこと。この巻のラストは、まさに彼不在で物語が進んでしまった感が強くあります。
 物語も残すところはあと一巻。そこで李氷が主人公として全ての謎と対峙し、そして己の運命に決着をつけ、セイと結ばれることができるのか? 物語の最後の幕は、意外な時代を舞台に描かれるのですが――それはまたいずれ。


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2024.04.24

山田風太郎『女人国伝奇』 「伝奇」という切り口から描く綺麗事なしの吉原

 現在、東京藝術大学大学美術館で「大吉原展」が開催されていますが、その吉原――女人(ありんす)国を舞台に、山田風太郎が描く短編集です。1950年代後半という比較初期の作品ではありますが、「伝奇」の名に相応しく、様々な「実在」の人物を配しつつ、奇想を展開した作品が並びます。

 江戸にあって、ありんす言葉をはじめとする独特の文化ともいうべきものが存在していた吉原。男たちの欲望のはけ口となる場でありつつも、一種の文化サロン的性格もあった奇妙なこの「女人国」を舞台とした六編が、本書には収録されています。

 その内容は以下の通り――

 弟の詫びに来たことをきっかけに、吉原一と謳われた花魁・松葉屋の薫と駆け引きを繰り広げる羽目になった男の地獄「傾城将棋」
 津軽侯を執拗に付け狙った末に捕らえられた下斗米秀之進を恋人と慕う遊女が、彼のために辿る運命を描く「剣鬼と遊女」
 生まれてくる子供のため、指一本に十両払うという奇妙な遊女・小式部と関わった勝小吉が、江戸で暗躍する謎の一党や、怪人腕きり頭巾と対決する「ゆびきり地獄」
 薫の客に手を出した末に鉄砲河岸に身を落とした遊女を巡り、間夫の次郎吉から始まる悪因縁と武士道の無惨を描く「蕭蕭くるわ噺」
 薫が津軽侯を振ったことをきっかけに、薫の枕絵を描こうとする絵師、画狂老人・葛飾北斎、そして投込寺の奇妙な老人が交錯する「怪異投込寺」
 水戸徳川家の家督相続を巡り、吉原帰りに悪漢に捕らえられた徳川斉昭、漁夫の利を得ようとする河内山宗春、そして謎の青年「金さん」が繰り広げる「夜ざくら大名」

 二つの作品で主役を張る松葉屋の薫をはじめとして、登場人物や設定を共有しつつも、基本的に独立した、緩い連作というべきこの六編。
 中編というべき「ゆびきり地獄」「夜ざくら大名」のほかは短編ではありますが、短い中に込められたものは多く、特に登場する実在の人物の顔ぶれには驚かされます。

 大田南畝、下斗米秀之進、三千歳、直侍、山田浅右衛門、勝小吉、鼠小僧次郎吉、葛飾北斎、徳川斉昭、藤田東湖、河内山宗俊――物語の核心に触れない程度でも、これだけの面々が吉原という場に集い(居合わせ)、絡み合い、物語が生まれる様は、作者の後年の明治伝奇に通じる味わいがあるというべきでしょう。


 そして、そんな作品の中で、「蕭蕭くるわ噺」と「怪異投込寺」からは、特に作者らしい味わいが感じられるように思います。

 後世に義賊として知られる男の無軌道な行動が、武士道というある意味人の情を拒否した精神性と結びついたことで生まれる地獄を描く「蕭蕭くるわ噺」。
 大田南畝が称賛した花魁・薫の意地と張りがきっかけで起きた奇妙な出来事から、葛飾北斎の登場、そして凄惨かつ妖美な結末――と思いきや意外な方向に物語が展開、「犯人」の動機に慄然とさせられる「怪異投込寺」。

 どちらも強烈な皮肉とともに、苦い――というより索漠とした味わいすら感じさせる結末の物語ですが、作者の作品の持つニヒリズムは、この時期から通底したものであることを、再確認させられます。


 もっともその一方で、今の目で見るとちょっと食い足りない部分もあることは否めません。
 例えば謎の老人の正体がどう見ても明らかな「剣鬼と遊女」や、同じく金さんの存在で結末が予想できてしまう「夜ざくら大名」など、実に勿体無いと感じます。
(個人的には、後者のラストである人物による「金公、やるぜ、やるじゃあねえか。」という言葉からスパン、と終わる結末はかなり好きなのですが)

 その意味ではやはり初期の作品だな、という印象もあるのですが――しかし同時に、今読み返してみても、様々に得るものがある一冊であることも、また間違いないと感じるのです。
 綺麗事なしの女人国を舞台に繰り広げられる人間たちの様々な営みを、「伝奇」という切り口から皮肉たっぷりに描いた、作者ならではの作品集であります。


『女人国伝奇』(山田風太郎 春陽堂文庫) Amazon

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2024.04.23

川原正敏『陸奥圓明流外伝 修羅の刻』第20巻 新章開始 鬼と修羅と人と

 平安ものが何かと元気な昨今ですが、久々登場の『修羅の刻』も舞台は平安時代、それも題材はあの酒呑童子であります。「辟邪の武」として京を守護するする源頼光が伊吹山で出会った異形の少年・庚。やがて陸奥を名乗る彼の登場によって物語が動き出します。

 京で鬼が跋扈するという噂が流れる十世紀後半、帝の出家に備えるという名目で、近江に出かけた源頼光主従。その彼らが足柄山の辺りで目撃したのは、童子髪の少年が熊と相撲を取る――いや、熊を襲う姿でした。

 鬼の子であると語るその少年・庚に興味を持ち、勝手に彼を金太郎と名付けると、自分の家礼になれと持ちかける頼光。それを断る庚に対し、頼光は自分の四天王に勝てば認めると、強引に勝負を仕掛けます。
 巨漢で豪力の碓井貞光、弓の名手・卜部季武をあっさりと退けた庚。しかしそれでも全く悪びれない頼光に毒気を抜かれたか、庚は飯を食わせてもらったら困った時には合力してやると言う言葉を残すと姿を消して……


 というわけで、この巻の前半で頼光の前に登場したのが、今回の主人公である(であろう)庚。金太郎と呼ばれたり坂田金時と呼ばれたり、この時点では姓がなかったものが後で陸奥を名乗ったりとややこしいですが、なるほど、この時代の陸奥として「彼」が登場するのは納得できます。
 伝説でのその特異な出自ゆえか、特に最近の頼光四天王もの(?)では、鬼たちに近い側の存在として描かれることが多い坂田金時。その意味では、鬼とも修羅とも言われる陸奥を名乗るのは、相応しいように思えます。

 しかし庚は陸奥圓明流千年の歴史でも珍しい「実在の」人物(後は百数十年後に登場する鬼一くらいでしょうか)ですが、しかし「熊に跨がりお馬の稽古」が、「熊を裏投げ気味に投げた後に喉元に膝を叩き落として絶命フィニッシュ」になるとは、あまりの陸奥らしいアレンジに絶句であります。
 その一方で、食い物に釣られて厄介を背負いやすいのも、これまた実に陸奥らしいのですが……


 しかし、頼光四天王といえばもう一人、そしてフィクションではしばしば金時とコンビを組むのが渡辺綱。では本作では――と思えば、これが金時以上に意外な登場をすることになります。

 庚との出会いから八年後、「勇士武略之長」と呼ばれる藤原保昌と夜語りしているうちに、ゆこうゆこうと、鬼が出没するという羅生門に出向くことになった頼光。
 そこで現れたのは、見るからに只者ではない水干姿の若者(水干で袖に腕を通さないという格好を漫画で見るのは珍しい)。怪しの者と挑みかかる保昌と刀で打ち合い、取りひしいでみせた若者は、綱と名乗り、頼光の家礼になると告げるのでした。

 庚と似た雰囲気ながら庚ではない綱に戸惑い顔の頼光ですが、庚は弟と聞かされ納得。陸奥の名を継いだ弟には敵わないと、色々あった末に士官することにしたという綱を喜んで受け入れる頼光ですが、そこに恐ろしいまでの気を放ち、「鬼」を自称する巨漢と、鬼の面を被った者が現れ……

 と、なんと庚の縁者として登場した綱。ここでは伏せるものの、さらにもう一ひねり、とんでもない設定が加わっている綱ですが、小さめの体躯といい、飄々とした減らず口といい、やはり陸奥の血筋と納得させられます。
 しかし自分は陸奥ではない陸奥、鬼でも修羅でもない人と名乗るのがちょっとややこしいのですが、そこにさらに「鬼」を名乗る奴が現れるのですからややこしい。

 まだこの巻の時点では名乗っていないこの男が酒呑童子――かどうかはわかりませんが、鬼と修羅と人とが、この先入り乱れることになるのでしょう。


 庚と綱と、図らずもとてつもない力を抱えることになった頼光が「辟邪の武」として戦う相手は、この鬼たちなのか。「酒呑童子編」は全三巻とのこと、まだ物語は始まったばかりで、どこに向かうかはまだわかりません。


『陸奥圓明流外伝 修羅の刻』第20巻(川原正敏 月刊少年マガジンコミックス) Amazon


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2024.04.22

『妖雲里見快挙伝』完結篇

 新東宝版・南総里見八犬伝である『妖雲里見快挙伝』、前篇に続いて完結篇が公開されています。馬加大記と網乾左母二郎の奸計によって一度は滅ぼされた里見家。はたして伏姫の予言した八犬士は現れるのか、そして逆襲の機会はいつ訪れるのか――あまりに意外な最後の犬士の正体に注目です。

(以降、ラストまでの詳細に触れますのでご注意下さい)
 というわけで、二部構成の後篇である本作は、前篇のラスト、馬加大記の讒言によって謀反の罪を着せられ、攻められた里見義実の滝田城が落城した場面から物語は始まります。

 信乃と現八は奪われた村雨丸を取り返そうとするも果たせず、滝田城の苦境を知って戻るも時既に遅し。義実は辛うじて伏姫の亡霊に守られて小文吾の隠れ家に逃れ、道節は左母二郎に捕らえられて牢に捕らえられた妹・浜路の元に向かい――と、それぞれに大変な状況で唯一の救いは、義実の奥方である五十子を守る親兵衛のもとに、第五の犬士として珠が現れたことでしょうか。
 また、本作では馬加家の家臣の荘助は、その剛直ぶりを疎まれて牢に入れられながらも全く屈せず(本当に屈してなくて、責めに来た他の家臣が怯えるくらいなのが可笑しい。さすが荘助!)、旦開野は女田楽一座を率いて馬加を付け狙い――とそれぞれに意気軒昂であります(あれ、もう一人は……)

 その一方で、本作での悪役を一手に引き受けることになった馬加大記も、これはこれでスゴい奴。何しろ旦開野だけでなく道節の父を殺し、里見家の城を奪い――と、原典でいえば、馬加大記だけでなく扇谷定正と蟇田素藤の役を兼ねている上に、配下は網乾左母二郎と船虫、赤岩一角というオールスターであります。
 この大記を演じるのはベテラン阿部九洲男、太い眉にギョロリとした目で浮かべる表情は奸悪そのもの――大悪役として貫禄たっぷり、これを信じる足利成氏はどこに目を付けているのか、というほかありません。


 さて、里見家を徹底的に滅ぼすまで手を緩めない大記は、五十子に扮した化猫・赤岩一角と妖怪軍団に命じて、義実を拐かすのですが、追ってきた小文吾を妖怪と誤認して襲いかかったのが通りすがりの犬村角太郎。そこに現れたのは本物の赤岩一角であります。
 成り行きで赤岩一角と戦うことになった角太郎(しかし妖怪一角が「恨み重なる赤岩一角の一族、いま息の根を止めてくれる」と言っているところを見ると、妖怪一角と角太郎の関係は、原典と同じなのかしらん)ですが、そこにそこに追っ手を逃れて隠れていた信乃と現八が現れ、四人の犬士が勢揃い。さしもの一角も討たれて義実は奪還されましたが、その間も馬加と網乾の奸策は続きます。

 牢の浜路に手を出そうとしたり、牢の荘助を殺そうとしたり、何しろ正義の味方は何人もいるのに悪役の実働部隊は網乾一人なので、とにかく出番が多い。主役並みの活躍ですが――何はともあれ潜入した道節の手で荘助は脱出(やっぱりこの二人は縁があるのだなあ……)、さすがに馬加を見限って里見につきます。
 しかし網乾の方も囮を使って犬士たちの目を惹きつけ、本物の村雨丸をまんまと成氏に献上、ついに里見家は逆臣とされ、領地は馬加に与えられることに……

 もはや里見家は家も名分も失った流浪のレジスタンス状態、まだ七人しか揃っていない犬士たちも悲壮な覚悟で最後の戦いを決意します。が、ここで馬加が調子に乗って成氏を宴に招いて毒殺せんと企んだのが運の尽き。宴に侍っていた旦開野、実は犬坂毛野がこれを見破って成氏に知らせたことで事が破れ、さらに七犬士が殴り込んだことで一挙に形勢逆転であります。
 馬加は道節と毛野に討たれ、その場から村雨丸を持って飛び出した浜路を追う網乾、その網乾を追う信乃は激しい戦いの末、網乾は斃れるのですが――ここで衝撃の真実が!

 最後まで姿を見せなかった八人目の犬士、その正体は――浜路だったのであります!

 ……
 ……
 えっ、直前に毛野も名乗りを上げたし、これまで色々と出番があった上に、成氏毒殺を止めた殊勲者なのに――確かに浜路も本作で一番苦労した感はありますし、姓も犬山さんではありますが、しかし……
(正直、入れ替えるのであれば一番出番の少ない角太郎の方が……)


 と、最後の最後で八犬伝ファンほど驚かされる誰得の一大改変が飛び出しましたが、まあ大胆な改変は八犬伝には付きもの。前篇・完結篇、合わせてわずか二時間強で賑やかに一気に駆け抜けた八犬伝、難しいことを考えずに観るには実に楽しい作品でありました。


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2024.04.21

輪渡颯介『捻れ家 古道具屋 皆塵堂』 曰く付きの建物連発、消えた若旦那は何処に

 快調に巻を重ねる『古道具屋皆塵堂』最新作は、皆塵堂版「変な家」というべき、建物にまつわる怪談。飲み仲間の若旦那と奇妙な建物に迷い込み、自分だけ帰還した職人・念次郎。皆塵堂の面々とともに、若旦那の行方を追う念次郎ですが、まだまだ建物にまつわる怪異は終わらず……

 中秋の名月の晩、飲み仲間である取引先の若旦那・松助と飲み歩いていた筆職人の念次郎。しかし二人が気付いてみれば、そこは見覚えのない料理屋の一室――三人分の膳が出ていたものの、自分たち以外の人間は見当たらず、しかも料理屋の中を歩き回っても、元の部屋に戻ってしまうではありませんか。
 実は幼い頃から二階に気をつけろ等、奇妙な教えを受けてきたという松助。背に腹はかえられず、出口を求めて二階に登った二人ですが、そこでも状況は変わらないどころか、松助はどこかに消え、念次郎は煙に巻かれて意識を失うのでした。

 そして意識を取り戻してみれば、季節外れの桜の枝と、見覚えのない掛け軸を手に、ただ一人外で寝ていた念次郎。偶然通りかかった皆塵堂の大家・清左衛門に助けられ、事のあらましを語った念次郎は、こういう事件なら――と、皆塵堂に行くよう促されるのでした。

 やがて、松助の祖父そして父がそれぞれ十八年おきに行方不明となり、死体で発見されていたことを知る念次郎ですが、何やら知っているらしい松助の叔父は、理由を明かさずに江戸中を探している様子。
 念次郎も、皆塵堂の面々の助けを借りながら松助の行方を探すものの、何故か目が覚めた時に見覚えのない建物の中にいて、幽霊に出会ったりと、恐ろしい目に何度も遭う羽目になります。

 はたして松助の行方は、そして彼の家系に、かつて何が起こったのか……?


 というわけで、今回のテーマは「建物」。時空が捻れたような料理屋、封印された長屋、幽霊が現れる風呂屋、勤める者が次々と倒れていく大店――直接的な怪異もあれば、間接的なものもありますが、建物だから近寄らなければいい、というわけにもいかないのが恐ろしい。
 そこに「在る」曰く付きの建物に、知らぬ間に引き寄せられていくのには、何ともいえぬ湿度の高い不気味さがあります。

 もっとも、そこに絡むのが皆塵堂のお馴染みの面々のおかげで、物語に暢気な味わいがあるのはいつものことではあります。
 特に今回は、勘当された(元)若旦那・円九郎が、準主役的な出番の多さで登場。ダメなやつには基本的に容赦のないシリーズですが、いつまでも反省しない彼のいい加減さに、「こいつならいいや」的に厭な目に遭いまくる姿には、同情したり笑ったり――と何ともユーモラスです。

 しかし、皆塵堂側が可笑しいからといって、怪異の側は全く手を抜かず大真面目なのも、また本シリーズならではであります。
 特に今回は、一歩間違えれば、いや過去に何度も人死が起きている、洒落にならない展開(終盤に明かされる、そのロジックが地味に恐ろしい!)。そんな中で現れる幽霊は何者なのか――少しずつ謎が明らかになっていく過程もまた、本作の醍醐味でしょう。


 ただ本作は、ちょっと残念なところもシリーズ定番ではあります。

 いつもながらに霊感が冴え渡るシリーズレギュラーの太一郎は、そもそもの料理屋の謎自体はある理由から解き明かせないものの、それ以外については相変わらずの千里眼ぶり。途中の事件など、彼一人でほとんど全てを解き明かしてしまうのは、さすがにやりすぎに感じられます。

 前作はその辺りをうまく回避していましたが、彼の能力をいかに封じるかが、物語の面白さに繋がってくるというのは、やはり困ったもの。
 物語もキャラクターも楽しめる作品だけに、その点は(シリーズのファンだからこそ)どうにも勿体なく感じてしまうのです。


 ちなみに本作は、これまでシリーズで不明だった作中年代が初めて特定できる記念すべき作品――と喜んでいるのは私だけかもしれませんが、年表マニア的には嬉しいことです。


『捻れ家 古道具屋 皆塵堂』(輪渡颯介 講談社文庫) Amazon

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2024.04.20

青木朋『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第9巻 始まる新たな物語 新しい三人の関係?

 燕京を陥としたのも束の間、皇帝アグダを喪った金。アイラも、自分の想いに区切りを付けて金に帰国して――それから一年、第二部とでもいうべきこの巻では、ちょっと変化した人間関係の中で、新たな物語が始まります。金・宋・遼、三国の間で張り巡らされる陰謀の陰にいるのは……

 金が寡兵で攻め落とした燕京に手も足も出なかったにもかかわらず、戦後処理でぬけぬけと燕京引き渡しを求めるなど、横暴をつくした童貫。しかし、アイラと康王の奮闘に阻まれて童貫は失脚、アイラは金に帰ることになります。
 自分の心に整理をつけて白凜之に別れを告げたアイラですが、その一方で康王は自分の心に正直になってアイラに告白を……

 と、大きく人間関係に変化が生じたところで終わった前巻ですが、それから作中で一年が経ち、アイラが再び宋を訪れたところから、新たな物語は始まります。
 アイラが親善の使節として訪れるのは以前と同じですが、しかし大きく異なるのは康王の側。君はそんなに純情な青年だったのか――と驚くくらい、アイラの前では素直に恋する若者になってしまう康王の姿が、何とも微笑ましく、そして彼の一つの成長の証として嬉しく感じられます。

 そしてアイラの方も、父亡き後、自分にできることを考える中で、自分の立場を受け入れるようになります。それはそれで大人になる哀しみというべきかもしれませんが、しかし康王の真心は彼女もよく知るところ。むしろ彼の存在が、そんな彼女の決意を支えているのも間違いないでしょう。
(そして今回出番が少ないこともあり、完全に白凜之は過去の人になった感が……)

 アイラが父の喪に服しているため、ゴールインはまだ先ですが(それを指折り数えて待つ康王……)、しかし二人の幸せは遠からず訪れる――と思われたところに暗雲を感じさせるのは、やはり金と宋の、いや金と宋と遼の関係であります。
 燕京を喪って以来、その行方をくらませてしまった遼皇帝・アグー。彼に会うためには、ごく限られた者のみが手にできる割符が必要であり――言い換えれば、それが手に入らなければ、遼との戦いは終わらないのです。

 そんな矢先、アイラに接近してきた怪しげな男。件の割符を売るというあからさまに疑わしい話に、兄たちの力になるためにも敢えて乗るアイラですが、男は取り引きの最中に、何者かに襲われて命を落とすことになります。
 彼が今わの際にその名を呼んだのが、花街の妓女であると知った康王は、お忍びで妓楼に潜入するのですが……
(ここで康王の父・徽宗とあの女性の話題が出るのが何とも可笑しいのですが、それはさておき)


 このように、康王が完全に協力者になったことで、宋での冒険にだいぶ安心感が出たアイラ。康王にも彼女の直球ど真ん中の度胸が感染ったか、以前とは異なる積極的な姿が頼もしく感じられます。

 しかしそんな二人を以てしても、なかなかに闇が深いこの展開。殺された男は何故割符を持っていたのか、いやそもそも何故割符が宋にあったのか?
 その理由を探るうちに、これまで物語で暗躍していた(けれどもアイラたちはその事実を知らない)あの人物がその姿を現すことになるのです。童貫などよりも遥かに手強いあの人物が……

 一方、白凜之の方も、かつての婚約者であり、いまは徽宗の秘書室長というべき閻内省夫人という後ろ盾を得て、研究に打ち込む毎日。閻夫人も、この巻の表紙では何やら妖しげなムードですが、しかし実は白凜之とお似合いなところもあったりして――と、こちらはこちらでいい感じであります。
 しかし本当にそうなのかどうか。これまで「敵方」と行動を共にしていた彼女の真意が明らかになった時、白凜之もまた、再び物語の中心に引き戻されるのでしょう。


 そんな中、この巻の終盤では、康王の愛する妹・円珠にも、ある変化の兆しが描かれます。
 それは、この先の史実を知る者にとっては、微笑ましく、そしてまた同時に複雑な気分となるものなのですが――少々気が早いですが、これは厳然たる史実に対する、一つの救いというべきなのかもしれません。

 言い換えれば、この先待つのは、救いを求めたくなるほど厳しい史実ということなのですが……


『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第9巻(青木朋 秋田書店ボニータコミックス) Amazon


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2024.04.19

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第16巻 都生まれ都育ち、時代の申し子の力を見よ

 長きにわたって描かれてきた駿河を巡るドラマもいよいよ佳境。甥の今川龍王丸の後見人として駿河に入った新九郎は、小鹿新五郎範満を戴く勢力と対峙することを余儀なくされます。龍王丸が色々と不安な中、硬軟使い分けて状況に対応する新九郎。しかしついに決定的な決裂の時が……

 いよいよ元服を機に駿河に帰還、守護の座を継ぐことになった龍王丸。この甥と共に一党を率いて駿河に入った新九郎ですが、しかしどうにもマイペースな上に武張ったことを恐れる龍王丸の言動に、新九郎たちは振り回されうことになります。
 さらに龍王丸が不在の間、駿河を治めていた小鹿新五郎範満の一党が龍王丸の帰還を歓迎するはずもなく、新五郎の健康状態が思わしくないことも含めて、緊張は高まるばかり。

 そんな中、小鹿派の代官交代の要請を無視されたことに、ついに堪忍袋の緒が切れた新九郎は、兵を率いて代官所に向かい……

 というわけで、ついに武力行使に発展してしまった駿河守護を巡る対立。武力行使とはいっても、代官所に居座る前任者を叩き出すというレベルですが、ついにやってしまったか、という印象であります。
 しかし、一時の感情に駆られたように見えた新九郎ですが、彼にとってこれはあくまでも交渉の一手段。直接的な力の行使によって押した次は、一歩引いて相手に譲歩し、出方を窺ってみせる。その呼吸は巧みというほかありません。

 駿河土着の武士からは、初陣もまだの青二才(ちなみに、言われてみなければ気付きませんでしたが、先の代官所へのカチコミが、彼の初陣だったという……)と侮られる新九郎。
 しかし彼が、権謀術数入り乱れる政治の最前線であり、そして時には国を二分する戦場の最前線でもあった都で、幼い頃から暮らしていたのは誰よりも我々読者がよく知っています。それが今、見事に花咲いた――というには色々と黒い花ですが、しかし彼の大きな成長を感じさせます。
(そしてまた、彼を支えるいつもの面々もまた、いつもの調子ながら実に頼もしい!)

 北条早雲といえば、戦国大名の先駆け、下剋上の権化のような人物という印象がありましたが、それを今までとはまた別の意味で、「時代の申し子」として丹念に描く本作の姿勢には、毎回感心させられます。


 それはさておき、そんな新九郎に触発されたか、龍王丸も新五郎との対面を決意。相変わらずのマイペースぶりに新九郎をハラハラさせる龍王丸ですが、しかし新五郎も凡夫ではありません。この対面で、龍王丸の中の非凡な部分を感じて――と、このままいけば非常にドラマチックなのですが、事態は別の意味でドラマチックな方向に向かいます。

 かねてより体調を崩し、見た者に長くはないとすら思わせる状態の新五郎。そんな彼の焦りと迷い(そして妄念なのか本物なのか、彼の枕元に立つ今川義忠の煽り)、そしてそれに乗じた周囲の暴走により、ついに状況は二度と戻れない域に突入することになります。
(有能そうなキャラがいきなり――合掌)

 しかし、今はこれも新九郎にとっては策のうちに見えるのが恐ろしい。戦いが始まる前に戦いの成り行きを見透かしていたかのような彼の動きは、小鹿方の先を行き、この巻のラストではついに――と、ここで終わるのか、と実にイイところで続きます。


 ちなみにこの巻ではわずかな登場となった京の人々ですが――前巻でも将軍位を巡る思惑が、思わぬところで影響することが描かれましたが、この巻では六角氏討伐のために将軍義尚自らが出陣したことが、駿河にまで思わぬ影響を及ぼした(新九郎が利用した)ことが描かれます。

 足利義尚の鈎の陣といえば、時代ものファン的には甲賀大活躍のエピソードなのですが、(それは全く関係なしに)こういう形で地方に影響を及ぼすことになるのか、と大いに感心した次第です。


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2024.04.18

白川尚史『ファラオの密室』 前代未聞、探偵で被害者は甦ったミイラ!?

 毎回ユニークな作品が登場する『このミステリーがすごい!』大賞、第22回の受賞作は、何と紀元前1300年代後半の古代エジプトが舞台。それも探偵にして被害者は、自分が死んでミイラとなりながらも、冥界から再び甦った男という、異色中の異色作です。

 ある出来事で命を落とし、ミイラにされて葬られた上級神官書記のセティ。しかし冥界に赴き、真実を司る神・マアトによって審判を受ける直前になって、彼は心臓に欠けがあるため審判を受けることは適わないと告げられるのでした。
 このままでは死後の世界に行くことができないセティは、マアトの提案で現世に戻り、自分の心臓の欠片を探すことになります。ただし期限は三日間、それまでに冥界に戻れなければ、彼の魂は永遠に現世を彷徨うという条件で……

 かくて現世に戻ったセティ。心臓が欠けているためか死の際の記憶を失っていた彼は、自分が建造中の先王の墓の中で崩れてきた岩に下半身を押しつぶされた上、何者かにナイフを突き立てられて死んだと知ります。
 疑わしいのは、自分と共に墓の中に入った二人の同僚。そこでさらにその時の状況を調べようと神官長・メリラアを訪ねようとしたセティですが、それどころではない事態が発生します。

 折しも行われていた先王アクエンアテンの埋葬の儀式。しかし棺に収められたはずの先王のミイラが、密室状態であった玄室の棺から姿を消し、外の大神殿で発見されたというのです。
 儀式の失敗は大失態――メリラアは捕らえられて処刑を待つばかり、他の神官たちも暴徒と化した人々襲われて次々と殺されていくという、異常な状態となったエジプト。もはやセティも自分の身の安全を守るので精一杯ですが、しかし彼は、さらに驚くべき状況が迫っていることを知ることになります。

 もはや世界の命運がかかる状況の中、親友でミイラ職人のタレク、偶然彼と知り合った奴隷の少女・カリとともに、わずかな手がかりを追うセティ。その前に立ちはだかる、ファラオの密室の真実とは……


 今から約三千数百年前に実在したエジプト王アクエンアテン。彼はそれまでのアメン神を中心とするエジプトの神々を否定し、太陽神アトンのみを崇めるという一大宗教改革を行ったことで知られています。
 この時代は次の王を含めて比較的知名度があるためか、フィクションに登場するのは、当然ながら本作が初めてではありませんが――しかし復活したミイラが堂々と闊歩する、いわゆる特殊設定ミステリとして描かれるのは、本作のみではないかと思います。

 もちろん、生ける死者、復活した死者が登場するミステリもこれまで例はありますが、しかし本作の場合、死者の復活が(珍しくはあるものの)当然のものとして受け入れられているという世界観なのが面白い。
 セティと再会した友人や周囲の人々も、驚いたり喜んだりはするものの、誰も彼の復活そのものは疑わない姿には、一種のブラックユーモアすら感じます。もっとも、異国から拐かされ、エジプトで売られたカリから見れば十分すぎるほど異常事態で、ツッコミどころだらけなのが、またおかしいのですが……

 これは極端な例ではありますが、本作の物語は、ほぼ全て、当時の人間の視点から描かれるものであります。現代人から見ればどれだけ異常で信じられないような状況や思想であっても、それは当然のものとして受け入れられるというその姿勢は、本作を「古代エジプトミステリ」として成立させているといえるでしょう。
(しかしそれはそれである種の危険性が――と思っていると、終盤で切り返しを見せられるのも巧い)


 しかしミイラ再生や神々の存在を描き、後半ではさらにとてつもない状況になろうとも、あくまでも本作はミステリであります。
 どれほど非現実的な状況でも、謎はどれもロジカルに解決できる――それは特殊設定ミステリでは不可欠な要素ではありますが、本作のそれは、なるほどこの設定ならではというほかない(それでいて××トリックとか出してくるのも楽しい)ものであり、大いに評価できます。

 さらに、事件の中で、セティがある種の精神的成長を遂げるのもまた、一つの魅力ではあるのですが――最後の最後だけは、ちょっと設定的に無理があるのではないかなあ、と思わされるのが残念な点ではあります。
 ソレが作中の謎の一つの答えになっている(そしてそれにまた納得させられる)だけに、ちょっとこれはどうにかならなかったかな、いやどうにもならないか――と、複雑な気持ちになったのも、また事実ではあるのですが……


『ファラオの密室』(白川尚史 宝島社) Amazon

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2024.04.17

『鬼武者』 第弐話「魑」

 藩の侍らとともに苦手な吊り橋を渡り、件の村に入った武蔵。人影が見当たらない村を探索する一行は、一人隠れ暮らしていた少女・さよを見つける。村に何が起きたのかをさよに尋ねる一行だが、その時、怪物と化した村人たちが襲いかかる。無数に現れる村人たちに手を焼く武蔵たちだが……

 冒頭、お前の力だけでは幻魔には勝てないので、我ら鬼の力が篭った篭手に、幻魔の魂を食わせるとパワーアップするぞ、と武蔵に語りかける鬼の魂(?)。おお、わかり易く『鬼武者』だ、と感心しますが、当の武蔵は実は高所恐怖症で深い谷にかけられた吊り橋にてこずっていて――という、ちょっぴり武蔵の人間味を描いて始まります。
 というか人間味がありすぎる(要するにアバウトすぎる)武蔵に、師を失った五郎丸・平九郎は微妙な表情。師を信じたいみたいなことも言い出しますが、いや、前回既に君たちの師は立派に血迷っていたわけで――と観ている側が思っているうちに着いた村は、予想通りのゴーストタウンであります。

 単に人気がないだけでなく、戦いの跡まであるという状況の中、ここで登場するのが本作のヒロイン(?)のさよ。両親も含め、周囲が皆怪物たちの犠牲――というより怪物になってしまった状況で、一人逞しく隠れ暮らしていた少女というのは、ホラーアクションの定番でしょう。
 このさよ、デザイン的にはあまり媚び媚びしたところがなく、(このような境遇のわりには小綺麗な気もするものの)ごく普通の村の子供的ビジュアルなのは、好感が持てます。

 それはさておき、ようやく生存者を見つけたところに襲いかかってくるのは、幻魔――というかゾンビと化した村人たち。何だか元祖『鬼武者』は元々バイオハザードのエンジンを使って製作する予定だったという話を思い出しますが、とにかく真っ昼間の、比較的開けた村という、ゾンビ相手には色々な意味で適さない場所での戦いが始まります。

 ここでさよの守りを海全と佐兵衛に任せ、自分は五郎丸と平九郎とともにゾンビと戦う武蔵ですが――ちょっと驚かされるのは、二人に対して「足を斬って動きを止めてから首を落とせ」などと、ゾンビ相手に的確過ぎる助言を与えることでしょう。どう考えても経験者としか思えないのですが、一体これまでに何があったのか――そもそも、幻魔が絡んでいると知る前から鬼の篭手を借りだそうとしていたのも謎ではあります。
 しかしみんなこの助言に従わない! ゾンビ相手のチャンバラという、人類があまり経験していないシチュエーションに平常心でいられないであろう五郎丸と平九郎はともかく、言った武蔵本人が正面からバッサリ感なのは――まあ、武蔵くらい強ければいいのかしら。

 といってもあまりの数の多さに手を焼いた武蔵は、五郎丸たちが時間を稼いでいるうちに一計を案じて――と、ここで鬼の篭手を投入。雑魚相手にあっさり、という気もしますが、この辺りの使えるものは何でも使う感は、まあ武蔵っぽいと言えるかもしれません。しかし使えるとはいえ、自分と同じ村に暮らしていた皆さんがゾンビと化して襲ってくるという状況のさよを、いわば囮として使おうという無神経さはさすがにどうかと思いますが――まあ、戦国の余燼がくすぶる時代に武芸者やっている人間に配慮を求めても仕方ありません。
 もっとも、大塚明夫の声で喋る三船敏郎のビジュアルの宮本武蔵に、「指一本触れさせん」などと言われたら、もう安心してしまうのも事実ですが……

 そんなこんなで、村に残っていた鉱山採掘用の火薬で景気よくゾンビの皆さん(と村に残されていたさよの祖父母の亡骸)を火葬にして一件落着。いくら採掘用とはいえ、そして非常事態下とはいえ、これだけたくさんの火薬を村に置いておくか、という疑問は強く残りますが……
 しかしここで明らかになる裏の事情――村人が偶然金鉱を掘り当ててしまい、扱いに困って藩に届けたら、藩も扱いに困って口実を設けて人を送り込んだら、そいつがおかしくなって大変なことになった、というのは、なかなか時代劇らしくてよいと思います。

 そしてそれに対して、規模が大きすぎるからさっさと藩に復命して、幕府の力を借りてでも軍隊送り込もうぜ、という武蔵のある種の合理主義(いや、さよの保護もそこに含まれているのですが)も楽しいのですが――しかし村での戦いの合間にあの吊り橋が落とされていて、という、これまたホラーアクションでは定番のシチュエーションで次回に続きます。


 ちなみに武蔵の面白キャラぶりが印象に残りますが、腕利きだけど常識人感溢れる五郎丸と平九郎、口が悪い平九郎と正面からイヤミを言い合う海全と、周囲のキャラ描写も多いのは、評価できるところであります。(こうなると一人地味な奴が怪しいのですが……)


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2024.04.16

「コミック乱ツインズ」2024年5月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2024年5月号の紹介の続きであります。

『口八丁堀』(鈴木あつむ)
 特別読み切りその二は、もうすっかりお馴染みの北町奉行所の例繰方・平津内之介の名(迷)お裁き。主人公のキャラクターもあってか、これまで比較的コミカルなムードだった本作ですが、今回は非常にシビアな物語となります。

 幼い子供を抱えて生活に困り、養育料目当てに他所の子供を引き受けたものの、手に余って暴力を振るうち、ついに殺してしまった男・鉄蔵。あまりにも身勝手なこの男に強い憤りを抱いた内之介は、過去の判例を踏まえるべく調べを始めます。
 過去の判例を調べ尽くした末に、内之介は、ついに鉄蔵と相対するのですが……

 時代ものでしばしば描かれる貰い子という仕組み。江戸時代の人間の人情の表れとも、社会保障が未成熟な社会ならではの共助ともいうべき仕組みですが、そこに金のやり取りが絡んだ場合、事件に繋がり得ることは、今回から描かれるような史実が示しています。
 これまでのような相手がいる論戦ではなく、ある意味k内之介の自問自答というのがユニークですが、これはこの特殊な事件を裁くために必要な過程というべきでしょうか。

 ただ、相手の罪状が明らか過ぎるので、量刑といってもほとんどバリエーションの域なのが、ドラマ的にはちょっと苦しい。本当に厭な下手人のキャラクターは印象に残りますが……
 印象に残ると言えば、内之介が判例を人に見立てる際、顔のない判例人間というべきキャラとして描かれるのはちょっとコワい――鉄蔵への、「おまえもここで判例となる定めなのだ!」という台詞も。


『凛九郎』(玉彦)
 特別読み切りその三、凄腕の元御庭番・凛九郎の死闘を描く本シリーズの第三弾であります。これまで、妻の形見の馬を殺した悪代官一家を皆殺しにしたり、自分を騙して操ろうとした古巣の御庭番旗頭を殺したりと、行く先々で暴力の嵐を巻き起こしてきた凛九郎が、今回はとある藩を訪れた彼が御家騒動に巻き込まれることになります。

 ふとしたきっかけで、悪党どもの一味から、拐かされていた藩の若君・小太郎を救った凛九郎。小太郎の乳母だという女から、事件の黒幕は家老の平岩左京だと聞かされた凛九郎は、自分も命を狙われたことから、左京のもとを探り始めるのですが……

 と、ここで左京を探る方法、そしてそこでさらに彼が施した仕掛けがちょっと面白く、なるほど御庭番らしいと思わされる今回の展開。毎回ストーリーの趣向が異なるのも面白いのですが、しかし正直なところ、構図的に悪人が誰かすぐにわかってしまうのが残念ではあります。
(しかし一番驚いたのは、冒頭2ページの内容が、今回全く本筋に関わって来なかったことですが――これはまあ、続編があるということなのでしょう)


『カムヤライド』(久正人)
 既に散っていった二人同様、必殺を期すために還らぬ覚悟を決めた天津神・フトタマとウズメ。冒頭からいきなりスーツを脱ぎ捨て、もはや戻れない最終決戦形態になった二人が、海上を行くヤマトタケル一行を襲います。

 しかしモンコは以前語られたように、何故か水に全く浮かない体質(ここでヤマトタケルが一瞬その時のことを――という描写がグッときます)という、冷静に考えれば結構危険な状況で襲いかかるのは、思いもよらぬ(そして何となく馴染みのある)姿になったフトタマ。そしてフトタマにワカタケを奪われたオトタチバナは……

 というわけで、ついに運命の地・走水に到着したモンコたちと天津神たちのバトルがスタート。走水といえば、日本武尊の東征の途中、荒れ狂う海を鎮めるために、弟橘媛が自ら海神の贄となろうとこの地で海に飛び込んだと古事記には記されていますが――一体どうなることかと戦々恐々としていたら、まさかこんなにあっさりアレしてしまうとは、色々な意味で吃驚であります。

 そしてこれまた色々な意味で思いもよらぬ形でモンコが大ピンチとなり、戦える者はただ一人というあまりに不利な状態となった一行。はたして逆転の鍵は誰が握っているのか?


 次号は特別読み切りで柴田真秋の『本当に怖い江戸怪異(仮)』が登場。柴田真秋といえば、ファンタジー漫画『WEAPONS&WARRIORS 武器と戦士たち』の柴田真秋だと思いますが、意外な起用に期待は高まります。


「コミック乱ツインズ」2024年5月号(リイド社) Amazon


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2024.04.15

「コミック乱ツインズ」2024年5月号(その一)

 「コミック乱ツインズ」2024年5月号は、表紙が『そぞろ源内 大江戸さぐり控え帳』、巻頭カラーは『鬼役』、そして特別読み切りが一挙三作掲載されています。今回も、印象に残った作品を一つずつ紹介します。

『江戸の不倫は死の香り』(山口譲司)
 家族同然に付き合っていた友人の治兵衛に、妻のおまつを寝取られた小間物屋の源七。しかし潔く離縁した源七は、入り婿だったため、二人の娘を残して家を出て去るのでした。
 その後、我が物顔に出入りしてはおまつといちゃつく治兵衛。しかしおまつが重い病に罹った後、治兵衛は彼女の二人の娘――盲目のおゆうとまだ幼いおかつたちに目をつけて……

 不義が露呈してもやけにあっさり夫が引き下がった――と思いきや、個人的に本作史上最も胸糞悪い展開となった今回。これはさぞかし凄惨な復讐が――と思わず期待してしまいますが、意外な結末を迎えることになります。
 これはさぞかし例繰方も頑張ったのだろうな、と今号の特別読み切りを思い浮かべたりしましたが、前回に続き、変化球のエピソードというべきでしょうか。なんかいい話っぽくまとめても、やっぱり最低の話ですが!


『猫じゃ!!』(碧也ぴんく)
 今号の特別読み切りその一は、何と本誌初登場となる碧也ぴんくによる猫漫画。作品の大半が歴史ものながら、江戸ものは比較的少ない印象の作者(もっとも最新作は江戸もの)ですが、今回の題材は猫大好きの浮世絵師――そう、歌川国芳であります。

 浮世絵を学びたいと、国芳の門を叩いた七歳の河鍋周三郎。しかしやたらとゴツくて荒んだ印象の国芳は、ろくに絵も教えずに出歩いてばかり。しかも畳の隙間に米粒をくっつけるという奇行まで見せます。
 さすがに呆れてきた頃、周三郎は町で他の猫と喧嘩しているトラ猫を目撃するのですが……

 と、今や江戸で猫といえばこの人、というべき超有名人を題材とした本作。当然、同じ題材の作品も数多くありますが、本作はまだ幼い子供の目から描くことで、国芳の奇人ぶりと、それと背中合わせの人情(?)を浮き彫りにしてみせます。
 特に、冒頭からひたすら怖かった国芳が「碧也スマイル」というべき顔を見せるシーンは実に印象的。河鍋少年の登場や、猫の名前がおこまだったりと、ニヤリとできるところも含めて、流石、安心して読める作品です。
(にしても「肝は据わっておる」と自称する河鍋くん、そりゃあ貴方はそうでしょうとも……)


『ビジャの女王』(森秀樹)
 いよいよクライマックスの蒙古軍とビジャの攻防戦――ついに残り一本となった攻城塔のバランスを崩し、城壁を壊しつつ侵入経路を作るという蒙古軍の奇策が炸裂したのには、さすがに飄々としたモズも首を傾けたまま固まっています。
 が、そこで蒙古軍の作戦の思わぬ穴が判明、なるほど、そりゃそうだよなあ――と思わされつつ、更なる混沌とした状勢に繋げていくのはお見事です。

 ここで妨害策に出たモズですが、しかしその内容があまりに当然過ぎるのが災いして――という展開は、本当に迂闊すぎて、これも策の一つではないかと疑いたくもなります。流石にそれは深読みという気がしますが、いずれにせよ、もう後がない両軍の決着もあとわずかでしょう。


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 自らの身を囮にして相手に出来た隙を、自らの肉親に突かせるという、ちょっと暗殺大名らしからぬ戦法で、ついに三村元親を追い詰めた宇喜多直家。

 このクライマックスの状況で、毎回四コマギャグをやるのが凄いのですが(特に自分でも落ち着かない直家とか)――やはり今回のクライマックスは直家が語る、ある意味身も蓋もない、しかし彼だからこその戦国大名観と、それと表裏一体というべき、元親が悟った彼の敗因でしょう。
 ギャグを織り交ぜながらも、戦国という時代と、その中で生きる戦国大名の精神性を描いて見せる様は、やはりさすがと感じます。

 しかし今回のオチは、微笑ましくはあるものの、やはり以前の直家の所業を見るとちょっと素直には笑えない気も……


 長くなりましたので次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2024年5月号(リイド社) Amazon


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2024.04.14

夕木春央『サロメの断頭台』 一流のホワイダニットの先に待つ罪と罰

 『方舟』『十戒』で知名度を大きく上げた作者の大正ミステリ、蓮野&井口シリーズの第三弾であります。思わぬところから発見された井口の未発表の贋作。その犯人を探す二人は、やがて『サロメ』に見立てた連続殺人に巻き込まれることになります。はたして犯人の意図は一体……

 かつて祖父が購入した置時計の件で、通訳役の蓮野と共に、来日した富豪・ロデウィック氏を訪ねた井口。井口の作品に興味を持ってアトリエを訪れた氏は、ある作品を見て、そっくりな絵をアメリカで見たと告げます。
 しかしその絵は、女優の岡島あやを描いた未発表の作品。それを誰が盗作して、そして海外に持ち出したのか? 自分の方が贋作ではないことを示すため、井口は蓮野の手を借りて犯人を追い始めます。

 しかしその機会があったのは、数年前に新婚祝いで家を訪れた同業者たちのみ。折しもその時の面々が所属する芸術家グループ・白鴎会の例会が開催され、出席する井口ですが――会場に現れなかったメンバーの一人が、奇妙な姿の死体となって発見されます。
 その後も井口と白鴎会メンバーが集まるたびに発見されるメンバーの死体。奇妙な扮装を施されたその姿は、戯曲『サロメ』を連想させるものでした。

 はたして盗作事件と贋作事件、そして連続殺人に関わりはあるのか。なぜ一連の事件は『サロメ』を見立てるのか。やがて井口と蓮野が知ることになる、残酷な真実とは……


 時系列的にはシリーズ第一弾『絞首商会』の直後であり、シリーズ第二弾の短編集『時計泥棒と悪人たち』で物語のキーとなった置時計が物語の発端となる本作。
 人嫌いが昂じて泥棒になったという奇妙な過去を持つ蓮野と、彼の親友で画家の井口のコンビをはじめとして、普通のようでどこか個性的な面々が繰り広げるシリーズも、既にお馴染みになった感があります。

 孤独に暮らしていた芸術家が、姿を周囲に見せない妹が行方不明になったと警察に届けを出した後、自殺を遂げるという謎めいた発端から始まる本作。メインとなる井口の未発表の絵の盗作事件とそれがどのような形で繋がるのか――それが全く謎のうちに、一つの事件がまた次の事件を呼び、そしてその合間にも奇妙な出来事が相次ぐという、目まぐるしい事件の連鎖は、実に賑やかで、ある意味本格ミステリの醍醐味に満ちているといえるでしょう。
 さらにキャラクター面でも、今回は画壇が舞台の一つということもあり、相変わらず無遠慮な顔を見せる井口の友人の画家の大月、何故か毎回大事に巻き込まれてアクションを演じる羽目になる井口の姪の峯子など、レギュラーの活躍(?)もファンとしては嬉しい限りです。

 そして何よりも、元泥棒(本作では彼の失職記念日のお祝いというケッタイな場面が)で、探偵を毛嫌いしながらも、探偵「的」役割を果たす蓮野の存在感は抜群で、本人は至って真面目なのにも関わらず、何を言っても面白いという状態なのが本当に楽しい。
 今回は彼の「美形」という点が強調され、重要人物の一人である岡島あやが、彼に強い執着を見せるのも気になるところです。


 ――と、主にキャラ面にばかり触れてしまいましたが、本格ミステリである本作の性質上、これより踏み込めないのが何とももどかしいところではあります。

 ただここで言えるとすれば、作者一流のホワイダニットはここでも健在であること、そしてそのホワイダニットが解き明かされた果てに待つのは、様々な意味で残酷極まりない真実であるということです。
 大正ものでこっちに寄せるとは思わなかった――というのが正直な印象ではあるのですが、終盤に待つ罪と罰を巡る怒涛の展開には、ただ言葉を失うほかありません。

 そしてそこで明らかになる、蓮野がこれまでとはまた異なる意味でアンチ(名)探偵として存在していること、また彼の持つ美しさにある種の必然性があることを――さらに言えば、冒頭から「美」というものに対して様々に言及される意味を――知った時、ほとんど打ちのめされるような印象を受けます。

 そして上で冗談めかして触れた彼の生真面目さ――それがまさしく彼の本質であることも痛感させられるのです。それは本作においては一つの救いというべきかもしれませんが……


 その序盤の口当たりの良さと裏腹に、とてつもない歯ごたえと重たさを持つ本作。なかなか正面から受け止めるのが大変な作品ではありますが、それもまた、間違いなく作者の作品の魅力というべきなのでしょう。


『サロメの断頭台』(夕木春央 講談社) Amazon

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2024.04.13

木下昌輝『剣、花に殉ず』 剣と友情に生きた男が最後に辿り着いた場所

 これまで宮本武蔵を題材とした長編を二篇発表してきた作者が、その武蔵が最後に立ち会ったという剣豪・雲林院弥四郎を主人公として描く剣と友情の物語であります。剣の名門に生まれ、己の剣に悩みつつも、終生の友である細川忠利のために死地に赴く弥四郎。彼が最後に辿り着いた場所とは……

 鹿島新当流兵法の奥義「一の太刀」の伝承者である父とともに、修行の旅を続けてきた雲林院弥四郎。しかし関ヶ原の戦の際、父と石垣原の戦いに参加した弥四郎は、そこで宮本武蔵と遭遇、彼の自由奔放な太刀筋に圧倒されながら、強く惹かれることになります。
 味方の裏切りもあって敗走した弥四郎は、以前から感じていた新当流の剣に飽きたらぬ想いをいよいよ強くし、父の死を契機に流派と袂を分って江戸に出るのでした。

 そこで自分同様、強さを求めて武術の腕を磨く男たちと友誼を結び、共に汗を流す弥四郎は、とある大名の小姓だという少年・光に、剣を教えることになります。
 やがて仲間たちが戦場を求めて海を渡るのに対し、一度国元に帰った後、家を出て外つ国に渡ると語った光を待って、江戸に残る弥四郎。そんな弥四郎の前に見違えるような姿で現れた、光の真の名は……


 本作は、この弥四郎の新当流との決別と、光こと細川光千代――すなわち細川忠利との出会いをいわば序章として展開する物語であります。

 忠利に細川家への仕官を求められながらも、「友のままでいたいから」と断った弥四郎。彼はその言葉を守り、友として、忠利のために剣を振るうことになります。
 大坂の陣で豊臣側に入った忠利の兄・興秋。細川家お取り潰しを狙う幕閣。九州で蜂起せんとするキリシタン。ついに勃発した島原の乱を率いる天草四郎。そして忠利の弟を指嗾して追い落としを図る細川忠興――弥四郎と忠利が出会ってから約四十年の間に、幾度となく忠利と細川家を窮地に陥れる相手に、弥四郎は挑むのであります。

 そんな弥四郎は、武蔵を含めて、これまでどこか陰性の、あるいは受け身の主人公が多かった印象のある作者の作品には比較的珍しい、陽性で豪快な造形のキャラクター。
 普段は道場の用心棒として暮らし、事あらば弟分の元風魔忍びの宇多丸を連れて乗り出す彼の姿は、その行動理由も含めて、まず剣豪ヒーローと呼んでよいといえるでしょう。

 しかしもちろん、そんな弥四郎にも、背負ったものが、そして内に秘めたものがあります。父から学んだ流派を捨ててまで拘った己の剣――自分の中でもどこに向かうべきか、どこが終着点なのかわからぬままで彼が歩む剣の道は、本作の縦糸として描かれることになります。
 そんな彼の前に立ち塞がるのは、あの足利義輝の落胤である非情の剣士・足利道鑑、その息子で、自分では相手を斬らず相手の前に出した刀で自らを斬らせる魔剣士・西山左京といった新当流の強敵たち。彼らの存在は、ある意味迷える弥四郎を映す、一種の鏡のような存在といえるかもしれません。

 そして何よりも、弥四郎の剣の道は、宮本武蔵へと続いています。
 かつての戦場での出会い以来、弥四郎の心の中にあった武蔵。いつの日か武蔵と戦いたい――その想いを抱きつつも、武蔵と出会うことができず、そしてついに出会った時には武蔵が剣を捨てていた(この辺りのエピソードは、作者の『孤剣の涯て』を読んでいると胸が塞がる想いがします)という運命の皮肉に、弥四郎は翻弄されることになります。


 しかし、それでも道をたゆまず歩み続けた者のみがたどり着ける境地があります。物語の結末において、ついに忠利を前にして武蔵と対峙した弥四郎。そこで彼が武蔵に語る剣の道とは――そうか、そういうことか! と、誰もが強く胸を打たれることでしょう。
 江戸で紅白の椿という花をきっかけに始まった忠利との友情、戦場で武蔵と出会ったことをきっかけに踏み込んだ新たな剣の道――様々な戦い、出会いを別れを経た末に、その二つが絡み合い、一つの美しく、爽快極まりない境地を描く様には、ただ嘆息するほかありません。

 作者がこれまで描いてきた宮本武蔵の物語とはまた異なる角度で描かれた――それでいて武蔵にとっても一つの結末ともいえる――剣と友情の物語。それは己の道に迷う者たちの、強い支えとなる物語だと感じます。


『剣、花に殉ず』(木下昌輝 KADOKAWA) Amazon

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2024.04.12

田中文雄『髑髏皇帝』 後醍醐帝の魔に挑む少年二人、足利直冬と北条時行!

 足利尊氏の庶子・直冬、そして北条高時の遺児・時行が、後醍醐天皇に憑いた奇怪な魔物と対峙する時代ホラー長編です。尊氏に都を追われ、吉野に逼塞する後醍醐天皇の前に現れた異国の魔――吉野で相次ぐ奇怪な事件の謎を追う若き武士たちが、魔に挑みます。

 本作の舞台となるのは、鎌倉幕府の滅亡、建武の新政の失敗、南北朝の動乱と、うち続く動乱の時代。その渦中でそれぞれに父母と早くに引き離され、肉親の温かみをほとんど知らぬ中、打ち続く戦乱の中で懸命に生きてきた二人の少年が、主人公であります。

 若き日の足利尊氏と土地の娘の間に生まれながらも、何故か尊氏に強く疎まれ、庶子として鎌倉の寺に預けられた足利直冬。その尊氏らによって鎌倉幕府を滅ぼされ、父・北条高時や兄を始めとする一族郎党を失い、諏訪に逃れた北条時行……
 鎌倉幕府滅亡後、寺を出た直冬は、叔父・直義の養子として育てられ、後醍醐天皇方と袂をわかった足利家の一員として戦うことになり――一方、諏訪で育った時行は、北条の遺児として起ち、一度は鎌倉を奪還するも敗北、ただ一人北に走り、北畠顕家の庇護を受けることになります。

 そして各地を転戦する中、吉野の後醍醐天皇の下に使者として赴き、そのまま吉野守護を命じられることとなった時行。そこで年の近い楠木正成の遺児・正行と交誼を結ぶ時行ですが、やがて吉野で奇怪な事件が続発しているのを知ります。
 次々と姿を消す後醍醐天皇の侍女、何者かによって奇怪な死を遂げた足利方の暗殺者たち――そんな中で正行の前には父の亡霊が現れ、時行は夜に響く不気味な女たちのすすり泣きを耳にするのでした。

 一方、高師直が独断で送った暗殺者たちの謎めいた死の様を知った尊氏は、不吉な予感を覚え、直冬を密かに吉野に送ります。そこで直冬は、今は亡き新田義貞の愛妻・勾当内侍が、奇怪な女怪たちに襲われるのを目撃、駆けつけた時行と肩を並べて魔物と戦うことになります。
 復命した直冬に、後醍醐天皇が以前隠岐に流された際、そこで出会った元軍の亡霊が憑いていると語る尊氏。そして尊氏の命の下、直冬は時行と呉越同舟、魔物と対決すべく、隠岐に向かうことに……


 というわけで、いまや一気に知名度が上がった北条時行と、これから上がるであろう足利直冬を主人公とした本作。
 作品が発表されたのは今から約30年前の1995年ですが、現在の状況が予見できるはずはないにせよ、その着眼点のユニークさは、さすが様々な(伝奇)ホラーを発表してきた作者だと感心させられます。

 なるほど後醍醐天皇といえば、教科書に記される事績だけでも非常にユニークな人物。それに加えて、かの立川流の大成者とも言われ、本作でも出番の多い文観上人に帰依していたといわれるなど、伝奇ものの題材にぴったりな人物であります。
 そこにさらに、かつて帝が隠岐に流されていたことから、元寇と絡めてみせたのは、実にユニークな着想というべきでしょう。

 そしてその異国の怨念と帝の妄念が結びついた魔物――ある意味戦乱の象徴のような存在にに挑むのが、直冬と時行(そして出番は少ないものの正行)という、父の世代が起こした戦乱に翻弄された、この時代の申し子というべき少年たちという構図も、巧みと感じます。


 このように設定、キャラクターともに実に魅力的な本作なのですが、実際に読んでみれば、鎌倉幕府滅亡から南北朝動乱までの歴史のダイジェスト、つまり物語の前史ともいうべき内容が、全体の七割ほどを占めているのに驚かされます。

 もちろんこのダイジェストがなかなか良くできている上に、随所に直冬と時行の視点が入り、本編(?)と密接に結びつく内容ではあるのですが――時代伝奇ホラーを期待して読み始めたのに、なかなかそれが始まらないと鼻白むのも正直なところです。
 どうしても読者の多くに馴染みの薄い時代、馴染みの薄い人物を描くのに、それだけの必要であったのだろうとは思いますが……

 ちなみに本作の尊氏は、ある理由で直冬を遠ざけつつも、そこまで厭な人物ではなく、むしろ終盤は主人公たちの後ろ盾になる立ち位置。後醍醐天皇のことも最後まで信じ、救おうとする、ある種の人の良さも、それなりに納得できます。
 そんな尊氏が後醍醐天皇と袂を分かつのが、文観の増長であったり、直義の強硬派ぶりだったりするのも、なかなかうまいアレンジというべきでしょうか。


 そんなわけで、構成には難があると言わざるを得ないのですが、やはり題材の独自性・新奇性は大いに光るものがあります。万人にお勧めする――とはいえないものの、いまは電子書籍で手軽に読めるだけに、興味のある方は手を取ってみていただければと思います。


『髑髏皇帝』(田中文雄 アドレナライズ) Amazon

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2024.04.11

松井優征『逃げ上手の若君』第15巻 決着、二人の少年の戦い そしてもう一人の少年

 捲土重来を期して北畠顕家の下での戦いを開始した時行と逃者党。その前に立ち塞がるのは、奥州総大将兼関東執事として鎌倉を守る斯波家長であります。杉本寺で周到な防御を固め、あらゆる策で時行に揺さぶりをかける家長との対決の行方は――いま、二人の少年の戦いが決着します。

 「中先代の乱」が敗北に終わり、一度は伊豆に逃れたものの、南朝に帰参し、北畠顕家の下で再起した時行と逃者党。二年ぶりの戦いの緒戦では、かつての関東庇番衆の一人、今は奥州総大将兼関東執事となった家長と激突、勝利を飾るのでした。
 しかしその策士ぶりに磨きをかけた家長は、鎌倉の杉本寺で防御を固め、顕家と時行を待ち受けます。短期決戦を望む顕家は力攻めを決意、時行はその先鋒を務めることに……


 というわけで、この巻の前半で描かれるのは、顕家・時行と家長の決戦である杉山寺の戦い。かつては庇番衆最年少であり、未熟な部分も感じられた家長も、その長い役職名に相応しい実力でもって、時行たちを待ち構えます。
 それも、狭く急な石段の上で待ち構えるという単純明快かつ強固な陣構えだけでなく、捕らえた時行の叔父・泰家を人質に取ることで時行の動揺を誘い、そこにドーピングにドーピングを重ねた長尾景忠が襲いかかるという周到な策。逃げるも戦うもならず、時行たちは絶体絶命の状態に陥ることになるのですが……

 捨てる神あれば拾う神あり。どう見ても新たな仲間だったあのキャラがついに参戦、滅茶苦茶にケレン味たっぷりなアクションで初陣を飾ります。さらに顕家が、それ以上に美しいんだか何だかわからない秘技を披露――新キャラが大活躍して状況を変えるという、新章の冒頭として理想的な展開となります。

 しかしこの先を決めるのは、両軍の大将である二人の少年です。それぞれに大切な人々の想いを背負ってきた時行と家長が、それぞれの持てる力を出し尽くしてぶつかり合う様は、ただ激しく美しく、そして切なく映ります。
 人を食ったようなギャグやパロディを連発しつつも、その中で真摯な人の想いの交錯を真正面から描いてみせる――これは、そんな本作の魅力の一つが存分に描かれた名勝負というべきでしょう。

 そしてその先に家長が見た未来も、これまたいきなりなパロディのようでいて、家長がその生を燃焼し尽くしたことを逆説的に描いているのに、また唸らされるのです。


 そして二年ぶり再びの鎌倉帰還を飾った時行ですが、この巻の後半で描かれるのは、軍の食糧難を解決するために顕家立案で行われる狩猟大会。
 これがまた幕間のコミカルなエピソードかと思いきや(いやその通りではあるのですが)、その中で様々なキャラクターの顔が描かれるのですから油断できません。

 そしてその中でも強くスポットが当てられているのが雫と亜也子――ともに長きに渡り最も近くで時行を支えてきた二人が、時行に対する想いを垣間見せるくだりは、少年漫画らしいドキドキ展開のようでいて、不安定な未来にためらう少女たちが一歩踏み出す姿を瑞々しく描いて、爽やかな後味を残します。
(今の所、イヤミな方言キャラの南部師行をさり気なく立ててみせる展開も実に巧い)


 このように、とにかくキャラの動かし方・見せ方の巧みさに感心させられるこの巻なのですが、最後の最後に、それが極めつけの爆弾となって投下されることになります。

 時行の前に現れた同年代の少年――かつて鎌倉東勝寺の小坊主として北条家滅亡をその目で見届けたというその少年(まさかの第一話からの伏線!)が、父との関係に悩んでいるというのを励ます時行。
 その言葉に力を得て、父と会う決心をつけたその少年の名は……

 いやはや、ここで! ここでこうくるか! と絶句するしかない展開であります。
 史実では時行とほとんど交錯することのないこの人物が、この先物語でどのような動きを見せるのか、またもや未来が気になるヒキなのです。


 しかし時行生存を知った尊氏、「許るさーん!!」と言い出しそうな勢いで……


『逃げ上手の若君』第15巻(松井優征 集英社ジャンプコミックス) Amazon

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2024.04.10

冲方丁『剣樹抄 不動智の章』 明かされた真実 魂の地獄から少年を救うもの

 江戸時代初期を舞台に、明暦の大火によって大切な人を失い、幕府の隠密組織「拾人衆」に加わった少年・了介が、水戸光圀らと共に火付け盗賊集団と対決するシリーズ第二弾であります。ついに光圀が隠していた残酷な真実を知り、地獄に堕ちかけた了介の魂。そんな彼を新たに導く者とは……

 幼い頃に武士に父を殺害され、その後自分を育ててくれた育ての親を明暦の大火で失った少年・了介。大火が火付け盗賊の一味によることを知った彼は、自己流の剣術で一味の一人を襲撃した際に、同じ一味を追っていた水戸光圀と出会うことになります。
 少年少女ばかりの幕府の隠密集団「拾人衆」とともに、火付け盗賊の一味「極楽組」を追っていた光圀。その光圀の誘いで、了介は拾人衆に加わることになります。

 そして前作のラストでは、極楽組の面々を追い詰めたものの取り逃してしまった了介と光圀ですが、本作ではその後も極楽組の手がかりを追う彼らの姿が描かれます。
 そしてそれと平行して描かれるのは、了介の成長――物心ついて以来一つところに留まることなく、一度は孤独の中にあった了介が、拾人衆という場所で少しずつ人間として変化していく、その先が描かれるのです。

 その一つの現れが冒頭の「童行の率先」です。何者かに殺された仲間を追って、独自に行動する拾人衆の少年少女。ついに捕らえた犯人を私刑にかけようとする彼らに対して、了介はある行動にでることになります。
 復讐の念に駆られ、相手と同じ立場に堕ちようとする仲間たちと相対する了介――ここで描かれるその姿には、かつてとは大きく異なるものがあります。そしてそれに対する仲間たちのリアクションもグッとくるのですが――それが今後の物語に大きな意味を持つことになります。


 極楽組の後を追う中で、互いに疑心暗鬼に駆られる光圀ら御三家側と、老中ら幕閣側。そんな中で光圀は、かつての悪仲間たちが極楽組と繋がりを持っていると知ります。一方、町奴に絡まれた了介は、斬りかかってくる相手の刀を奪い取り、そのまま相手の鞘に突き戻すという神業を見せる男――柳生列堂義仙に救われるのでした。

 さる人々から頼まれたと現れた義仙を加え、かつての仲間である旗本奴を捕らえた光圀。しかしそれをきっかけに、光圀は了介に真実を語る覚悟を決めます。かつてこの悪仲間たちに唆され、了介の父を殺したことを。

 これまで了介に身分を超えた親しみを持って接してきた光圀――しかし彼こそ、かつて了介の父を無惨に殺した張本人であることは、前作の時点で読者に明かされていました。
 それがいつ了介に明かされるのかという、読者にとっての大きな関心事が、本作の折り返し地点で、描かれることになります。

 これまでも姿も名もわからぬ仇に復讐心を抱き、腕を磨いてきた了介。その仇が、身分の違いを超えてある種の親しみを持っていた光圀であったと知った時、その裏切りに対しどう出るか――いうまでもないでしょう。
 そしてそれは、シリーズのタイトルである剣樹――刃の枝葉を持つ樹に貫かれる魂の地獄に、彼が堕ちることを意味します。

 しかしその地獄が生まれる寸前、いとも簡単に了介を止め(ついでに光圀に一撃を与え)、「鬼を人に返します」と告げて了介を連れ去る義仙。物語はここで(これまで描かれてきた御三家と老中の反目の真相が明らかになったこともあり)第二部というべき展開に入ることになります。


 以降、物語後半では、義仙によって旅に連れ出された了介が、江戸から逃れた極楽組を二人で追うことになります。そしてそれと重ね合て描かれるのは、旅の中で義仙が不動智――一つところにとらわれることない、融通無碍な心の在り方を了介に学ばせる、一種の修行の姿なのです。
 義仙が求める活人剣の道と重なるその道、一種の理想論とも感じられるそれが、地獄に踏み込みかけた了介の心を本当に変えることができるのか? その疑問を、本作は丹念に彼の心の動きを描くことで答えてみせます。

 そもそも、これまでの了介の心の旅路は、決して無駄ではないことを、物語は描きます。皮肉な形で裏返されたかのように見えた「童行の率先」の結末――しかしそれは決して無意味ではなかったことが、義仙の存在自体を以て描いているのですから。


 もちろん、了介の心は迷いの中にあります。そして義仙が語るように、光圀が誰かに利用されて了介の父を斬ったのか(了介の父の死に他の意味があったのか)も謎のままです。
 さらに、了介の存在が、光圀の政敵に利用されかねない状況の中で、二人の旅がこの先いかなる旅路を辿るのか――今年六月に刊行されるという完結編が楽しみでなりません。


『剣樹抄 不動智の章』(冲方丁 文春文庫) Amazon

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2024.04.09

馬伯庸『両京十五日 Ⅰ 凶兆』 南京から北京へ、決死行を描く「歴史冒険小説」の傑作

  記念すべきハヤカワ・ミステリ2000番は、『長安二十四時』『三国機密』の原作者による、歴史冒険小説の傑作。十五世紀の明を舞台に、皇位を狙う巨大な陰謀に巻き込まれた皇太子が、たった三人の仲間と共に南京から北京までわずか十五日間で向かう姿を描く、一大スペクタクルであります。

 時は1425年、明の第四代皇帝・洪煕帝の時代――北平(北京)から金陵(南京)への遷都が計画される中、南京に遣わされた皇太子・朱瞻基の船が、南京に到着したところで大爆発。船の乗員のみならず、岸に出迎えに来ていた役人たちの多くが爆発に巻き込まれ、無数の死傷者が出ることになります。

 偶然、船尾にいたことで川に吹き飛ばされた朱瞻基を助けたのは、南京一番の捕吏・呉不平――の不肖の息子であり、ろくでなしのドラ息子の呉定縁。相手の正体に気付かない呉定縁によって、爆破事件の容疑者として取り押さえられた朱瞻基は、下級官僚の于謙が気付いたことでようやく解放されたものの、再び何者かの襲撃を受けるのでした。
 于謙に助けられて逃れる朱瞻基ですが、敵がどれだけいるのか、味方が誰なのか、全くわからない状態。再度の襲撃を予見していた呉定縁を仲間に加えた二人ですが、やがて南京の禁軍を指揮する朱卜花までが敵に回っていることが判明します。

 手元に届いた密書により、北京でも異変が起きていることを知り、十五日以内に北京に帰って謎の敵の企てを暴かなければ、父の命が危ないことを悟った朱瞻基。
 朱卜花に深い恨みを持つ女医・蘇荊渓を仲間に加え、南京脱出を目指す一行ですが、その前には禁軍に加え、敵に協力する白蓮教の妖人が立ち塞がります。孤立無援の状況で、絶望的な逃避行を繰り広げる一行の運命は……


 というわけで、明代の南京で大規模な爆破テロが発生という、ド派手かつ大胆な発端(にしても『長安二十四時』といい、作者は爆破テロを題材にするのが好きなのでしょうか)に始まり、周囲の全てが敵となった中を、皇太子とわずか三人の仲間たちが決死行を繰り広げる本作。
 とにかく始まってから一瞬たりとて止まることなく、危機また危機の連続で――それがまた、一つとして同じものがないためにダレることがない――一気呵成に物語は進んでいくという、まさに一読巻措く能わざるとは本作を指すためにあると言いたくなる物語です。

 そしてその物語展開と同時に感心させられるのは、主人公たちの人物造形であります。
 戦場経験もあり、決して単なるお坊っちゃんではないものの、しかしやはり世間知らずで一行の足をひっぱりがちな朱瞻基。
 科挙に合格しながら、あまりに剛直な物言いを疎まれて左遷された官吏であり、一行唯一の常識人だが頭の固い于謙。
 腕利きの父にも似ず、酒浸りで遊郭に出入りする皮肉屋のろくでなし――でありながら実は切れ者で南京の裏の世界に通じた呉定縁。
 医術に加えて人間の心理にも通じた優秀な女医である一方で、親友の仇討ちのためには別人のような苛烈さを見せる蘇荊渓。

 生まれも育ちも性格も全く異なる、この事件がなければ決して出会うことがなかった四人が、生き延びるためにやむを得ず手を携え、時にぶつかり、時に協力しながら絆を育んでいく――定番といえば定番ですが、この絶望的な状況だからこそ、その結びつきは一層強く感じられます。
(特に過去に秘密をもつ、やさぐれの切れ者という呉定縁は、誰と絡んでもおいしすぎる、見事なキャラ造形であります)


 しかしその物語展開もキャラクターも、歴史ものとしての枠の巧みさがあるからこそ成り立ちます。

 本作のタイトルにある両京――北平(北京)と金陵(南京)、二つの都があり、北から南へと遷都が行われようとしているこの時代と、本作の物語は一体不可分であります。
 それは単に本作が二つの都の間の旅を描く物語だからではありません。その旅の中で描かれる(そしてそこで朱瞻基が学んでいく)社会の在り方が、そしてそこで生きる人々の姿が、この物語に必要不可欠な要素として存在し、物語とキャラクターを走らせる原動力として機能しているからなのです。

 だからこそ本作は「歴史冒険小説」の傑作と呼ぶにふさわしい――そう感じます。


 さて、苦闘の末に南京を脱出し、北京に向かう一行ですが、次々と襲いかかる危難の数々に満身創痍。この巻のラストではついに仲間の一人が――という展開となります。
 はたして彼らの運命は、そして物語の結末に何が待つのか!? 完結編である第2巻も近日中にご紹介いたします。


『両京十五日 Ⅰ 凶兆』(馬伯庸 ハヤカワ・ミステリ) Amazon

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2024.04.08

5月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 いきなり暖かくなって桜も咲いて――と言っている間に、もう5月の新刊情報が。しかし5月は悲しいくらい新刊が少ない。悲しみをこらえて、5月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 というわけで文庫小説が非常に少ない5月、最も気になるのは『うろうろ舟 瓢仙ゆめがたり(仮)』(霜島けい 光文社文庫)。どうやら江戸時代後期に大森のお化け屋敷を作った医者・瓢仙が登場するらしく、内容的にも作者的にも気になるところです。

 その他、新装版で『新・若さま同心 徳川竜之助 5 薄闇の唄』(風野真知雄 双葉文庫)が、また内容的にホラーが含まれることを期待の『ササッサ谷の怪 コナン・ドイル未紹介小説傑作選』(中央公論新社中公文庫)がある程度です。

 これではあまりに寂しいので、4月の追加分、単行本では、『火の神の砦』(犬飼六岐 文藝春秋)、『さまよえる神剣』(玉岡かおる 新潮社)、『歴屍物語集成 畏怖』(天野純希&西條奈加&澤田瞳子&蝉谷めぐ実&矢野隆 中央公論新社)となかなかのラインナップ。特に『歴屍物語集成 畏怖』は、この顔ぶれで歴史ホラーの連作を! という、期待しかない一冊です。


 一方、漫画の方はそれなりの点数が並びますが、なんといっても筆頭は『信長のシェフ』第37巻(梶川卓郎 芳文社コミックス)。実に13年の連載をどのように終えるのか、これは必見です。

 その他、今回も時代順に並べると、『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』第6巻(伊藤勢&夢枕獏 KADOKAWAヒューコミックス)、『修羅の刻』第21巻(川原正敏 講談社コミックス月刊マガジン)、『大江戸ブラック・エンジェルズ』第5巻(平松伸二 リイド社SPコミックス)、『イクサガミ』第4巻(立沢克美&今村翔吾 講談社モーニングKC)、『神様の用心棒』第3巻(冬野ケイ&霜月りつほか KADOKAWA角川コミックス・エース)、『八百万黒猫速報』第2巻(浅井海奈 KADOKAWAハルタコミックス)、『MAO』第20巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス)と並びます。

 また海外ものでは『オーディンの舟葬』第2巻(よしおかちひろ コアミックスゼノンコミックス)が登場します。


 というわけで、来月はゴールデンウィークから積ん読解消に努める月にするのがよいかもしれません……



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2024.04.07

白井恵理子『黒の李氷・夜話』第5巻

 永遠とも思える時を生きる黒衣の少年・李氷の物語も、いよいよ後半戦に突入であります。この巻では日本の平安時代を舞台としたエピソード「鬼童子」をはじめ、三つのエピソードを収録。そんな中、思わぬところで(?)明らかになる、物語を貫く巨大な謎の存在とは……

 中国の歴史上の様々な事件の渦中に現れては、その中で思わぬ役割を果たす李氷。夏朝末期に出会った美女・セイちゃんこと成湯に強く惹かれ、転生を繰り返す彼女と出会っては引き裂かれる李氷の姿が、これまで物語の中で描かれてきました。

 この巻の冒頭に収録された「鬼童子」は、その李氷が日本に現れるエピソード。これまでも元寇の際に彼は日本に現れましたが、時系列的にはこれが初めての来日ということになるでしょうか。

 ある目的を持って日本の京を訪れたものの、何者かが施した強力な魔封じの結界によって、術を封じられてしまった李氷。そんなところを巨大な鬼に襲われた彼は、源頼光に命を救われることになります。
 開けっぴろげな頼光に戸惑いつつも、目的を果たすために彼の郎党に加わる李氷。しかし頼光の下で出会った彼の幼馴染・安倍晴明は、あたかも李氷の正体を知るような態度を見せるのでした。

 そして目的の品があると思われる正倉院に忍び込んだものの、再び現れた鬼にそれを奪われ、追跡する李氷。何故鬼が結界の中で動けるのか、その理由を知った李氷は、黒幕と対峙するのですが……

 と、どう考えても黒幕が誰かは一目瞭然なエピソードではありますが、しかし印象に残るのはここでの晴明と頼光の関係性。晴明と頼光が共演する作品は数あれど、このような形は初めて見たような気がします。
(まあ、実際には晴明の方が20年ほど早く生まれているので、そもそも本作のようにはならないわけですが……)

 そしてラストで明かされる李氷が日本までやって来た理由とは――今まで語られたことのなかったアイテムのような気がしますが、しかし重要なものであろうことは間違いないでしょう。


 そして、この巻で最も番外編的内容にして、最も本作の核心に迫るのが、二話目の「女媧神話」であります。

 天界で、天地を補繕する巨大な女神・女媧の姿を幻視した二郎真君。女カは、己の心臓である五色の玉の一つを盗んでいった者がいるため、6500万年前に崩れた天地を補繕し、人間を生み出すことができないと、二郎真君に告げます。
 その後、天帝より、セイこと商の初代皇帝・成湯の死を看取るよう命じられた二郎真君は、若き日から全く変わらぬ成湯の姿に驚かされることになります。女媧と成湯、同じ面影を持ち、同じ男のことを語る二人の関係は……

 主人公である李氷が登場しないという、珍しい内容のこのエピソードですが、仄めかされるのは、女媧=セイであり、そして女媧から奪われた宝玉が李氷の心臓に使われているという事実であります。
 このエピソードの主人公(というか狂言回し)を務める二郎真君が前巻で語ったように、何故セイは歴史上異変が起きる時に転生し、李氷はそれを追うように現れるのか――ここで語られるのが、その答えの一端であることは間違いありません。

 しかし不気味なのは、天地が崩れ、人間が生まれないという、あり得べからざる歴史の存在であります。もちろんそれはifの歴史ですが、しかし展開次第でことと次第では、それが現実のものになるかもしれない――ことは李氷の恋に留まらないことが、ここでは予告されているのです。


 そしてもう一編収録されている「送狼」は、前漢の後宮を舞台とした、これも少々変化球の一編。方士として皇帝に召し抱えられた李氷が出会った娘・朱芳の視点から、物語が描かれることとなります。
 宮中一の美女を自負し、周囲から嫉妬の目を向けられる彼女につきまとう犬の影。李氷はその影が、毎年宮中で美女が行方不明の原因「送狼」だと語るのですが……

 以前から彼女のことを知っているような言動を見せる李氷の真意は、そして物語が進むにつれて湧き上がる違和感の正体は――セイが登場するものの遠景に留まるという、珍しいエピソードでもあります。

『黒の李氷・夜話』第5巻(白井恵理子 eBookJapan Plus) Amazon

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2024.04.06

『鬼武者』 第壱話「魔」

 某藩に依頼され、とある村に立て籠もった謀反人・伊右衛門の討伐に向かうことになった宮本武蔵。藩の剣術指南役・松木と門弟たちに同行する武蔵だが、途中、武蔵は意外な裏切り者の存在を指摘、これを斬り伏せる。しかし一行の中に裏切り者がもう一人、しかも人ならざるものが混じっていた……

 2023年11月から配信がスタートしたアニメシリーズ『鬼武者』の第1話であります。『鬼武者』といえば、往年のゲームファンには懐かしいタイトル――PS2で都合4作+αが発売されて以降、ほぼ音沙汰のなかったシリーズが何故いま、という気はいたしますが、メディアを変えたとはいえ、復活はまずはめでたいと感じます。

 そして『鬼武者』といえば、これまで金城武、松田優作、ジャン・レノが「出演」してきたように、主人公のモデリングに実在の俳優を使ってきましたが、今回の主人公は――三船敏郎! これまた何故いま、ですが、こちらは世界配信でサムライものときたらやはりミフネなのでしょう。懐手のポーズを連発するので。むしろこれは武蔵と名乗っているけれども、実はナントカ三十郎というオチなのでは!? と心配になったりもしますが……
 第1話の時点では設定年代は不明ですが、少なくとも巌流島以降、武蔵が壮年の頃であることは間違いないでしょう。実はシリーズの外伝作品『鬼武者 無頼伝』では、本作と同じ大塚明夫声の宮本武蔵が登場しているのですが、その時はまさに巌流島感のある(?)青年期のスタイルだったので、それから時は流れたとでも思いましょうか。

 物語の方は、武蔵がどこかの寺で荒法師たちの群れを素手で取り拉ぐ場面からスタート。この寺に収められている、ある品を借りるための条件だというのですが――厳重に封印されているそれが何かは、シリーズファンには一発でわかるでしょう。
 そして寺からお目付け役的に同行してきた青年僧・海全と共に、某藩の剣術指南役・松木と、門弟の佐兵衛・弦斎・五郎丸・平九郎に合流して――と、いきなり武蔵と海全以外にも五人も武士が登場して、顔と名前が一致するまで時間がかかるのですが、結構なリアル路線のビジュアルの中で各キャラの個性が出るように配置されているためか、慣れればすぐに誰が誰かわかるのはよいところ。尤も、すぐに二人脱落するのですが……

 さて、この藩の一行は、主君に物見を命じられてとある小村に赴き、何を思ったか謀反を起こした伊右衛門の討伐を命じられているのですが、彼の師でもある伊右衛門は、その才を惜しんでかかなり同情的。しかしこの松木、関ヶ原に参戦したことが、武士としての一つの思い出となっているようですが、大坂の陣ではないのが、色々と想像させます(いや、話の流れ的に戦国の終わりというべき大坂の陣ではなく、まだ天下の動静が定かならざる関が原ということなのだと思いますが)。

 さて、松木と伊右衛門の話をした晩、突然この中に裏切り者がいるといいだした武蔵。しかも一行の中に悪人が三人もいるというのですが――武蔵の指摘をあっさり認めた裏切り者は、謹厳実直な顔をしていながら(いやだからこそ)「人は面白いことには勝てぬのだ」と妙に説得力のある言葉とともに武蔵に刃を向けます。
 が、あっさり武蔵に一刀両断され、なるほど、これは物語の流れ的に魔物に変じて襲ってくるのだな? と思ったら、別の方角から魔物が襲ってくるのはちょっと面白い。そしてさしもの武蔵も魔物の猛攻には及ばず、追い詰められた時、海全が寺から運んできた箱の中から取り出したのは――そう、鬼の篭手!

 鬼の篭手を装着した武蔵は、魔物と互角以上の動きで渡り合った末に、魔物を斃した――のはいいのですが、個人的に不満なのは、素の武蔵が魔物に勝てないまでも、もうちょっと強さを見せて欲しかったことと、鬼の篭手の能力が今ひとつ凄く見えなかったことであります。
 いや、武蔵がピンチにならなければ鬼の篭手が必要とされないというのは理解できるのですが、装着したら人間離れして早くアクロバティックに動けるようになりました、という程度では、鬼の篭手の凄さが伝わらず、結果として武蔵も弱く見えてしまったというのが正直なところです。

 先に述べたように、時代劇アニメとしてはかなり落ち着いたビジュアルの作品(そしてそれは一つの魅力だと思います)であるだけに、そこからどう跳ねるのか? その加減が今ひとつだったのは残念です。


 とはいえ、武蔵のふてぶてしくも人を食ったキャラクターは楽しく、彼が言った三人目の悪人が誰かは容易に想像がついたものの、その理由までは思い至らず、聞いてみればなるほど、とニッコリ。まずはこの武蔵がどれだけ武蔵らしく暴れてくれるのか、見届けたいと思います。

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2024.04.05

『戦国妖狐』 第13話「神獣」

 山の神の猛攻で周囲が大混乱になる中、それぞれくずのは、野禅と対峙するたまと迅火。精霊転化した野禅に圧倒される迅火だが、泰山の肉を喰らうことで闇化を進め、ついに野禅と同じ九本の尾を得るに至る。しかしその代償に正気を失っていく迅火は、その力を暴走させていく……

 いよいよ第一部最終回、通常のOPもEDもなしというギリギリまで本編が詰まった内容であります。
 道錬と烈深が倒れ、残るは野禅(とくずのは)のみ、というわけで野禅を倒して終わりのように見える今回。単純な力比べという点では、山の神というジョーカーが登場した時点で破綻しているわけですが、しかしそこにたまと迅火が自分たちの手で決着をつけようとすることでラストバトルが成立するというのは、ちょっと面白いところではあります。

 しかし迅火が暴走を始めたことで、その構図が怪しくなります。強敵相手になりふり構わずパワーを求める迅火の暴走ぶりは、道錬戦の自分の脳に手を突っ込むという奇行に既に現れていましたが、今回は神である泰山の肉を食うという、以前とはまたベクトルの違う禁忌を犯してしまった感があります。
 その甲斐あって(?)ついに九本の尾を得た迅火ですが、その代償は大きく、ついに狂気に囚われ、見境のない暴走を――と、考えてみればラストバトルで主人公が覚醒、暴走というのは、一種の王道であるかもしれません。普通であれば、ここで仲間の熱い呼びかけや愛の告白で復活――となるのですが、きっちり後者があったのに、またもやあの謎過ぎる五人組の登場で大変なことになるという結末は、原作を知らない方は大いに驚いたのではないでしょうか。

 ちなみに原作既読で今回アニメを見てちょっと驚いたのは野禅の健闘ぶりであります。ラスボス候補でありながら狙うのはひたすら逃げることというスタンスもさることながら、それでも暴走前の迅火と真っ向から打ち合ったり、暴走した後はそれを利用して山の神にぶつけようとしたりと、自分の生存のために手を変え品を変える老獪さが実に面白く感じられました。

 しかしその策が成就したかに見えたまさにその時、雑魚と見做していた真介の、死んでいった者たちの無念を背負った(というかその復讐心に憑かれた)一太刀が決まる、という展開は実に見事で――変化球を投げているようで、決めるところは真正面から決めてみせるという、本作の熱血少年漫画ぶりが実に気持ちのよく感じられます。
 真正面といえばもう一つ、上で触れた愛の告白イベントですが――暴走して闇(かたわら)と化した迅火に対して、「おれがずっとかたわらに居る」と返すたまという構図もさることながら、アニメではたまが宙を一歩々々歩んで迅火に近付いていく様を描くことで、二人だけの時間と空間の美しさを強調しているのに感心させられました。

 しかし、思わぬ邪魔(?)に二人が引き離され、そして迅火の暴走は止まらず――と、大爆発エンド。主人公の覚醒・暴走も王道であれば、最終回で主人公行方不明、仲間が探しに行くエンドというのもまた王道ですが、そこから山の神が迅火再来の際に戦うことができる候補者として選んだのは――というのは、ここでこう繋がるのか! と大いに盛り上がるところでしょう。

 物語的にはここで1/3、第二部は残る2クールで、というわけで実に良いヒキではないかと思います。


 というわけで、今回のアニメ化では、原作既読者の目から、映像を通じた追体験という形で観てきました。印象に残っていた箇所もあれば、記憶から消えていたところもありましたが、原作の台詞を一言一句そのまま、というのでは全く無く、物語の流れをきちんと把握して、それに合わせて随所にアレンジを加えていくというこのアニメ版のスタイルのおかげもあり、新鮮な気持ちで楽しむことができました。

 個人的にはここまではプロローグ、ここからが色々な意味で本編という印象なのですが、それだけにアニメ第二部への期待も大いに高まっているところです。

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2024.04.04

たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第9巻

 上陸した蒙古軍の猛攻の前に太宰府撤退を余儀なくされた日本武士団。水城に拠って最後の抵抗を続ける迅三郎たちは乾坤一擲の奇襲に打って出ることになります。ついに日本と蒙古の全面対決が迫る中、日本武士団に一致団結の時は来るのか……?

 蒙古軍の上陸による大混乱の中、義経流の使い手同士、思わぬ形で協力することとなった迅三郎と両蔵。その後も戦いは続き、ついに迅三郎たちは太宰府に築かれた数百年前の水城に拠ることを余儀なくされます。
 そんな状況でもいまだ団結できず、抜け駆けや自分の面子を重んじる武士たち。そんな状況に追い込まれた迅三郎たちを見ていると、かつての対馬での戦いを連想させる不吉な状況を思わされます。

 しかしあの時と状況が異なるのは、迅三郎の周囲にいるのが無力な避難民たちではなく、己の牙持つ武士たちであることであります。
 そしてその一人、天草水軍の大蔵太子が企てるのは、水城の周囲の水路から、水の流れに乗って小舟で打って出るという奇襲。確かに意表を突いた、そして敵陣に肉薄出来る手段ではありますが、しかし一度行ったら戻ることはできない出撃です。

 しかしそれを迅三郎が厭うはずもありません。かくて迅三郎と猛者たちは、地獄に一直線の舟旅に乗り出すことに……


 と、クライマックスに相応しい展開ですが、実はこれはまだ序の口。この先描かれるのは、それぞれ総力を結集した日本武士団と蒙古軍の全面対決なのですから。

 ようやく駆けつけた援軍と合流し、かろうじて死地から逃れた日本武士団(しかし薩摩武士はここでもこんな扱い……)。しかし蒙古軍も集結し、戦いは一気に全面対決の様相を呈します。
 被征服国を含めた多様な陣容でありながらも、それゆえに指揮命令系統としては強固な蒙古軍に対し、これまで散々描かれてきたように、軍兵の数は負けぬものの、皆基本的に横並びでまとまりがない日本武士団。はたしてその構図は今回も繰り返されてしまうのか。

 「神風」という奇跡を否定し、否定された中で、決着をつけるには正面から勝負をつけるしかない状況で、戦いの行方は――と前振りを書けば想像がつくように、ここに来てついに少弐景資の下に結束する日本武士。
 それが決して力や権威によるものでなく、共に死地を潜り抜けた者たちだからこその結びつきが――というのは、やはり大いに盛り上がるところであります。

 そしてその中で迅三郎は相変わらずの活躍を見せるのですが、ここまで盛り上がったら流れ的に負けは考えられない、感じられてしまうのも痛し痒し。上で触れたように、今回は迅三郎の周囲が武士だけであるだけに、勝って当たり前に感じられる――というのは、これまでこの物語を読んできてナンセンスな感想ではあるのですが、改めて対馬での戦いが何であったか、考えさせられます。


 しかしこれで戦いの決着はつくのか。思わぬ状況に置かれた両蔵の運命も含めて、物語の結末が気になります。

 迅三郎本人は(というか本人たちも)全く意識していないところで繰り広げられている大蔵太子と輝日姫のヒロイン力勝負の方は、まあ別に……


『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第8巻(たかぎ七彦 カドカワコミックス・エース) Amazon

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 たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』第8巻 戦いの理由、それぞれの理由
 たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』第9-10巻 史実の壁の前に立ちすくむ者たちへ

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2024.04.03

岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第12巻 八郎と人々が見る一つの時代の終わり

 主君として心より敬愛してきた将軍家茂の死という悲劇に意気消沈する伊庭八郎、そして江戸の人々。しかしそれは終わりの始まりに過ぎません。家茂と想いを同じくしてきたもう一人の人物の死により、薩摩・長州が牛耳ることになった朝廷。対する幕府では慶喜が改革を打ち出すも……

 再度の長州征討に向けて上洛した将軍家の奥詰衆として勤めに励んできた八郎。しかし幕府側の劣勢が伝えられる中、家茂の体調が急速に悪化――ついに八郎や周囲の者たちが最も恐れていた、そして最も信じたくない日が訪れることになります。
 家茂の死に激しく意気消沈するのは、八郎や幕臣たちだけではありません。江戸の人々もそれぞれの形で敬愛する将軍の死を悲しむのですが――しかしその間も事態は様々な形で進行していきます。

 動揺する幕府側に対して、休戦という名の勝利を収めた長州と、その長州の復権に暗躍する薩摩、そして彼らと手を組む公家たちの策謀。一方で孝明天皇がその動きを抑え込む間に、慶喜が幕府の軍制改革を実施し、それは八郎たち幕臣にとっても、好意的に受け止められていたのですが――しかし、再び幕府に取ってかけがえのない人物が喪われることになります。
 それは孝明天皇――疱瘡にかかり、一度は快復したかに思われた天皇の容態が急変、ついに崩御したのであります。この出来事は、作中でも触れられているようにいまなお薩長の陰謀説がありますが、その真偽はさておき、あまりに幕府側にとって不運であったことは間違いありません。

 それでもなお、幕府は復権に向けて、着実に力をいきます。その一つとして、榎本釜次郎が開陽丸に乗って五年ぶりに帰国。それを八郎が出迎える姿は、その後のことを思えば、何と言うべきか言葉が出てこないのですが……


 こうして、少しずつそして着実に、幕府と薩長の緊張が高まる様が描かれていくこの第12巻。
 これまで述べたように、歴史的事件も幾つも描かれるのですが、しかしむしろここで中心となるのは――これまで本作ではそうであったように――事件そのものよりも、それに対する八郎や周囲の人々、そして江戸の庶民たちの反応であります。

 それは時としてかなり地味にも感じられる(ページ内の文字がかなり多くなることもあり)ものではありますが、しかしこの時代を描く物語の多くが、歴史に名を残した人々の行動を中心に描かれることを思えば、その周囲の人々――ある意味八郎もその一人といってよいでしょう――のリアクションを通して描かれる本作は、やはり貴重に感じられます。

 作中で八郎は、自分が幕府に近すぎて全体を見ることができていない、もっと色んな視点で今の日本の状況を把握しておきたくなったと語る場面があるのですが――本作の姿勢は、まさにそれなのでしょう。

 もちろんその中で描かれるものには、今の我々から見るとなかなか理解しにくいものもあります。それこそ家茂の死にあれだけ我が事のように悲しみ、憤る江戸市民の皆さんの姿は、理解できるもののやはり些か違和感があります(死んだ将軍を悪しざまに言っている人間と打ち壊しをする人間を同一視するくだりなど特に)。
 しかしそれも含めて、この時代というものなのでしょう。

 そしてその時代が、いま終わろうとしていることもまた、確かなことであります。


 この巻の終盤ではついに鳥羽・伏見の戦いの戦いが開戦――と思いきや、戦いは一ページで終わってしまうのは大いに驚かされますが、それもまた、本作の視点の中心である八郎がほとんどこの戦で活躍していないためでしょう。
 そしてその直後の慶喜の「あの」行動も、八郎や周囲の人々の視点から描かれることで、複数の解釈を同時に描いているのが印象的です。

 しかし、八郎の戦いはこれで終わったわけではありません。それどころか、この先に八郎が巻き込まれるものを我々はよく知っているわけですが――それがどのように描かれることになるのか。
 いよいよ、物語の一つのクライマックスも目前であります。


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2024.04.02

赤名修『賊軍 土方歳三』第10巻 アボルタージ! 宮古湾、血に染めて

 五稜郭を奪取し、次いで松前城を陥した土方たち旧幕府軍。しかし戦勝に沸く中で、土方に死の影が忍び寄ります。そしてさらに蝦夷に迫る新政府の新鋭艦・甲鉄。この窮状に対する旧幕府軍の起死回生の一手は、はたして成功するのか――宮古湾が血に染まります。

 怪物・三上超順を倒し、松前城を陥落させた土方たち。しかし旧幕府軍が意気上がる一方で、土方の身体は着実に病魔に侵されていきます。それをひた隠しにして戦い続ける土方ですが、ここに大敵来襲の報せが入ります。
 それは甲鉄をはじめとする新政府軍艦隊の北上――かつては榎本が幕府に買い上げようとしていた甲鉄が敵に回るという皮肉もさることながら、開陽丸が失われ、海軍力で遥かに劣る旧幕府軍にとっては、致命的な事態であります。

 ここで旧幕府軍が取った窮余の一策とは――皆さんご存知アボルタージ、すなわち敵艦へ切り込んでの甲鉄の奪取。さすがの土方も無謀ではと考える意表を突いた策ではありますが、しかし座して死を待つわけにはいかない――と、回天・蟠竜・高雄の三艦は、新政府軍の艦隊が停泊する宮古湾に向けて出撃することになります。
 そして土方、相馬主計、野村利三郎ら、新選組の面々も、回天に搭乗して作戦に参加するのですが……


 というわけで、まさに回天の一策として行われた甲鉄奪取作戦を、ほぼ一冊丸ごと費やして描く本書。その経緯については、基本的に史実と変わることないのですが、しかしその中で描かれる、土方が、旧幕府軍が、そして新政府軍が何を想って行動したかの心情は、もちろん本作ならではの内容であります。

 ただでさえ乾坤一擲の作戦であるところに、状況は悪い方へ悪い方へ向かっていくという、その場に旧幕府軍側で参加していたら心が折れそうな中で、それでも奇襲を仕掛ける。それも本来想定していなかった回天で以て――結果だけみれば無謀で愚かな行為であるかもしれませんが、しかしもうこれしかなかったという悲壮感、そしてそれに命を賭けた面々の覚悟というのは、やはり胸に迫るものがあります。
そしてそれを作者一流の画力で描くのですから、盛り上がらないはずがないのです。

 その中で特筆すべきは、やはり野村・相馬の姿でしょう。二人とも近藤と共に新政府軍に捕らえられ、そして近藤の助命嘆願によって救われた、いわば忘れ形見同士――そんな二人が、命の使いどころはここ、と勇躍立ち上がる姿は、近藤が野村を諭すのに良寛の歌を引いたという(おそらくオリジナルの)エピソードを挿入することで、もうこれしかない、という印象を残します。
(だからって「これは我々にとっての「池田屋」なんです!」というのはどうかと思いますが――いや、それはそれで妙に説得力があるだけに)

 しかし、どれほど彼らが善戦しようとも、(これまでの戦い同様)その結末は史実と変わるものではなく、そこは本当に辛いところではあります。
しかし結果としてさらに傷を増やしただけに終わったこの奇襲が、決して無意味なだけでなかった――と、まだ青年士官だった東郷平八郎のあの有名なエピソードを引いて語るのは、定番であり(そして事実としてどうなのかなと思い)ながらも、やはり一つの救いとして、グッとくるのです。


 とはいえ、やはり失敗は失敗。榎本の失意たるや、言うまでもありません。特に本作においては、榎本は対甲鉄用の特殊砲弾を用意していたという設定だけに、その傷はより深いのですが――そこから立ち上がるのに、土方が直接的に、そして間接的に手を貸すのもまた面白い。
 そしてその果てに、最後の戦いの幕が開くことになるのですが――土方の二股口出陣まであと八日、という何とも気を持たせる引きで終わるこの巻。いよいよクライマックス目前であります。


 ちなみに今回(宮古湾海戦には直接参加できなかったこともあって)顔見せに近い登場ではあったものの、大きな存在感があったのは伊庭八郎。
そういえば本作では初登場でしたが、大名(山内容堂!)相手に花魁を張り合った挙げ句に刺客を送られたという吉原土手の大喧嘩を引いての登場には盛り上がります。いや、史実かどうかは大いに怪しいところですが、二人の「らしさ」を描く物語として……

 何はともあれ、本作において伊庭八の最後の戦いがいかに描かれるかもまた、大いに気になるところであります。


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2024.04.01

『妖雲里見快挙伝』前篇

 YouTubeの新東宝公式チャンネルで3/29から4/12までの二週間限定で公開されている本作は、1956年の年末に公開された映画。タイトルから想像できるように、題材は『南総里見八犬伝』――この誰もが知る物語を、川内康範脚本、渡辺邦男監督、犬塚信乃役を若山富三郎で製作した二部作であります。

 『南総里見八犬伝』については、今更いうまでもなく伝奇時代劇の元祖の一つであり、これまで様々なメディアでいくつもの八犬伝が生まれています。しかし原作が長大であるだけに、それぞれ大きくアレンジされているもの――マニアとしてはそのアレンジぶりが楽しみなのですが、本作は前後篇で約二時間という短い尺だけに、そのアレンジぶりもなかなかユニークです。

 時は長祿元年、安房の里見義実は、安西景連に攻められ落城寸前の有様。嵩にかかって伏姫を差出せと迫るも義実に拒絶された景連は、里見家の皆殺しを命じますが、重臣・犬塚信乃はそれを諌めて怒りを買います。
 一方、伏姫は父から与えられた八つの水晶を連ねた数珠を胸に、愛犬八房と共に一人景連の元に向かいます。そして八房に景連が噛み殺されたことで形勢は一挙逆転――しかし伏姫は数珠に守られていたもののついに力尽き、八つの珠を持参する勇士が里見家を守ると告げ、この世を去るのでした。

 混乱の中を生き残った信乃は、義実の前に切り込むと、自分の一命を以てこれ以上の追撃を止めるように訴え、義実もそれを受け入れるのですが――その時、信乃の鎧から落ちたのは孝の珠。それを見た義実は信乃が死のうとするのを制し、家臣に迎えるのでした……


 という導入部を見ればわかるように、本作は八犬伝全体の発端である里見と安西の合戦から間を置かず、そのまま本編に直結していくというアレンジとなっています。そのため、父親・番作が結城合戦に参加していたという因縁を持つ信乃は、ある意味その父の設定を(あくまでも落城方に参加していた武士という部分ですが)加えたようなキャラクターとなっているのがユニークです。

 そして原典での伏姫と八房の結婚云々も(金碗大輔の存在も)バッサリカットし、伏姫の死によって放たれた八つの珠が、ある意味後天的に(?)勇士たちに宿るという設定も、なかなか面白いところであります。
 物語の中盤、足利成氏の下を離れてでも自分を信じてついてきてくれた犬飼現八と信乃がやけに熱く手を握る場面があるのですが、手を離してみればそこに信の珠が! という展開は、映像で観ると滅茶苦茶可笑しかったりしますが……

 さて、そんな本作のメインの悪役となるのが馬加大記と網干左母二郎、そして船虫というのがまた面白い。後ろ二人はさておき、原典で悪役として見せ場がある(というかまさにそれ故のチョイスだと思いますが)とはいえ、馬加大記が大ボス扱いの八犬伝はこれくらいではないでしょうか。
 そして左母二郎は、その大記の腹心という設定。定職についても奸悪なところは変わらず、しかも妖術まで身につけている(演じているのが丹波哲郎なので妙な迫力)強敵で、それ繋がりで赤岩一角(猫に化けるのが得意で、かつて里見家に潜り込んだ時に八房に殺されかけたという設定)たち妖怪を配下についている妖人であります。

 さて、この左母二郎が大の女好き、里見家の腰元で信乃と急接近の浜路を見初めて強引に想いを遂げようとするも、そのたびに邪魔が入って――と、その邪魔の一人が情婦の船虫。浜路に一方的に敵意を燃やし、左母二郎の見ていないところで捕らえて、その顔を毎日責め苛んで二目と見れないようにしてやる! と迫るところは実に恐ろしいのですが、演じているのが後に『新八犬伝』の玉梓役の阿部寿美子というのはある意味納得です。(本作には玉梓はいないのですが……)


 さてこの後、里見家の下にあった名刀村雨丸が足利成氏の下に運ばれる途中にすり替えられ、それに乗じて大記が里見家を滅ぼそうという、なるほどそう来たか、という展開。
 上に述べた信乃と現八のほか、
犬川荘助:諫言して牢に入れられている大記の家臣
犬山道節:左母二郎の袂を分かった旧友で今は占い師
犬田小文吾:里見の家臣ながら粗相があって庚申山に隠棲の身
犬阪毛野:ほぼ原作と同じ娘田楽師
 と、多くが原典を踏まえた設定で描かれる中で、犬江親兵衛は大きくアレンジされて義実の側近的武士、そして犬村角太郎は――う、不注意で出番を見落としてしまったというくらいの扱いであります。

 なにはともあれ、まだまだバラバラの状況のこの八犬士がこの後如何に出会い、如何に活躍するのか――後篇の公開も楽しみです。

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