白井恵理子『黒の李氷・夜話』第6巻
悠久の時を巡り、永遠の恋人・セイを求める黒衣の少年・李氷の物語もいよいよ終盤となります。この巻で語られるのは長エピソード「炮神演義」――そのタイトルから想像できるように、舞台となるのは殷王朝末期に暴君・紂王と彼を倒すために立ち上がった周公旦の戦い。その背後に潜む真実とは……
殷(商)の紂王の時代、周の武王の弟・周公旦周の妻の腹を裂いて生まれた子供――女でも男でもない、そして子供ながら人間の肉体を破壊するほどの力を持つその怪物は、自分の「父」に取り引きを持ちかけます。
密かに権力を欲していた周公旦はその言葉に乗り、数年で成人した子供を「妲己」という名で紂王に献上。その存在に狂わされたように、紂王は暴政を行い、無数の人々を死に追いやるのでした。
そんな時代に現れた李氷が出会ったのは、セイが転生した姜子牙――かつて成湯として商を開いた彼女が、自らその国を滅ぼす皮肉に胸を痛めつつ、李氷は周の軍勢と行動を共にすることになります。
一方、天界で女カが天を支えるために建て、その後天帝が過去現在未来の歴史を刻んだという歴史柱がひび割れるのを目撃した二郎真君。そのひびが殷周革命の頃から生じていたのをなぞるように、彼は天帝より紂王護衛の命を受けるのでした。
何故天帝が紂王を選んだのか――疑いを抱きつつもその命に服する二郎真君。やがて彼と李氷、セイ、そして妲己の運命は、紂王の前で交錯することに……
殷周革命を背景に、女カの怒りを買った末に妖姫・妲己に狂わされ、暴君と化した紂王と、周を扶けて紂王を滅ぼさんとする太公望姜子牙らの戦いを描いた奇想天外なファンタジー『封神演義』。
この巻のエピソードは、この封神演義を下敷きにしたものではありますが、本作らしくとてつもないアレンジが加えられています。
何しろ「妲己」を紂王に献じたのが周公旦であり、彼は商を滅ぼすべく「妲己」によって紂王を狂わせ、革命の大義名分を得ようとしたというのですから。
そして封神演義では楊センの名で太公望と共に戦った二郎真君が、こともあろうに紂王側につき(何故か比干を名乗っているのは不思議といえば不思議――胸を切り開かれるくだりのためだと思われますが)、李氷や太公望と対峙するのであります。
そして封神演義といえば有名なあの人造人間が、意外極まりない形で登場し――と、意表を突いた展開の連続ですが、そこにこの『黒の李氷・夜話』の縦糸というべき物語が結びつくことにより、さらに物語は複雑さの度合いを増していきます。
その縦糸とは、これまでに語られてきた、何故セイは転生を繰り返して歴史の分岐点というべき時と場に現れるのか――そして李氷は何故彼女を追い続けるのか、という謎。
その答えの一端として、セイこそがかつて天地を分かち、人間を生み出した女神・女カ(ここでも封神演義との繋がりが!)であり――李氷は彼女の心臓である五色の宝珠の一つを胸に宿す存在であることが、これまで語られてきました。
いわばセイと李氷は、二人揃って一つというべき存在。だからこそ二人は幾度となく歴史の中でめぐり逢い、互いに惹かれ合うのか、と理解できますが――だとすれば何故二人は常に引き裂かれるのか。
いや、セイ=女カであるならば、何故それだけの力を持つ彼女が、転生を繰り返さなければいけないのか?
この謎の答えを握るのは、二郎真君の父である天帝と、李氷を作り出した太上老君という、対立する立場にある二つの存在であって――と、いよいよ物語はとてつもない(そしてある意味封神演義に相応しい)スケールへと広がっていくことになります。
正直なところ、この物語が始まった時は、ここまで大仕掛けな内容になるとは思っていませんでしたが、しかしこれだけ長大な歴史を舞台とした物語の物語のクライマックスとして、相応しいものであることは間違いありません。
ただいささか残念なのは、ここまでスケールが大きくなると、李氷は成り行きに翻弄されるばかりとなってしまうこと。この巻のラストは、まさに彼不在で物語が進んでしまった感が強くあります。
物語も残すところはあと一巻。そこで李氷が主人公として全ての謎と対峙し、そして己の運命に決着をつけ、セイと結ばれることができるのか? 物語の最後の幕は、意外な時代を舞台に描かれるのですが――それはまたいずれ。
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