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2024年5月

2024.05.31

『君とゆきて咲く~新選組青春録~』 第6話「もうこの手を離さない」

 会津藩との謁見の場で披露する剣舞の技がなかなか身につかない丘十郎。沖田から指南を受けるも「自然体」に到達できず悩む丘十郎は、芹沢の言葉をきっかけにヒントを掴む。一方、大作の方も丘十郎のひたむきさに打たれ、心の通じ合った二人は、再び剣舞に挑む……

 今回も「原作とは……?」という剣舞特訓の後編。大作とのコンビで剣舞を演じるはずが、自分だけ技が思うように決まらず、しかも大作には「イノシシらしく走ったら」と適当にあしらわれて(というか滅茶苦茶disられてないか、これ)傷心の丘十郎は、沖田に剣を学ぼうとするのですが――沖田の言葉は含蓄があるものの、それはどう見てもある程度以上の修行を積んだ上級者用のもの。素人同然の人間が真似しても大ヤケドをするだけでしょう。
 案の定、沖田の言う「自然体」の境地に全く至れず苦労する丘十郎。そんな中、「ご法度だぁ」と芹沢(この人は毎回出てくるたびに面白いことを言うから困る)に捕まり、隊の中でぶっちぎりの庶民だからと用事に無理やり付き合わされる丘十郎。そこでギリギリまで追い詰められてもう力が入らねえって極限を知らなければ自然体にはなれない――などと芹沢にぶつけられた言葉が、丘十郎を閃かせます。そういえば新選組の入隊試験の場で、初対面の大作に散々打ちのめされた末、いきなり覚醒して滅茶苦茶な動きを見せたっけ……

 一方その大作は、「イノシシを馬鹿にするな!」と斜め方向に怒った南無之介に突き飛ばされたりしていましたが、そんな新入生たちに気を回した原田と斎藤に無断外出に連れ出されて蕎麦屋へ。そこで体育会系の気質を発揮する原田と、沖田とは別の意味でマイペースの斎藤に困惑顔の大作ですが――丘十郎が走り回っていると知り、駆け出します。
(この場面、隊費で飲み食いしてる原田たちに腹を立てながらも「必要経費」と見逃す山南が素敵)
 そして自らを「自然体」になるまで走り込みで追い詰めていた丘十郎と再会した大作は、(大作の言葉を馬鹿正直に信じる)丘十郎の真っ直ぐな瞳に打たれ、二人で稽古を再開するのでした。

 まあ話の流れ的にここまで来て失敗することはありえないわけで、そろいの羽織で剣舞は無事成功するのですが、怪しげなステージライトが照らされる中で踊るのはさすがに悪乗りしすぎ。まだ山南が照明係をやっていたらまだ面白かったのに……(面白くない)


 さて、その一方で完全に浪士組ストーカーと化していた庄内は、会津藩邸襲撃を企てていたものの、間者から「壬生浪士組は若人の寄せ集め ぬるま湯ナリ」という報告を受けた桂小五郎の指示で襲撃ストップ。憤懣やる方ない庄内ですが――いつもの大作の昔の男回想の中で、実は庄内も大作のかつての友であったことが判明します。
 この辺り、原作読者としてはどういう顔でリアクションをしたものか悩むのですが、庄内がたびたび間者の存在を口にしていることから考えると、間者とはすなわち――となってしまいます。

 しかしこんな早い段階でそれを明かすか、そもそもこれはあまりにも直球すぎないか? 考えてみれば、一緒に剣を磨いていた(?)からといって同じ藩の人間だったり同志とは限りません。これは一種のミスリードで、間者は別にいるのでは(あのキャラ描写が薄い割りに、やたらとあちこちに顔を出す渋皮とか怪しい)と予想しますが――さて。


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手塚治虫『新選組』 悩める少年が新選組で知ったもの

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2024.05.30

冬野ケイ『神様の用心棒』第3巻 その先を描いた漫画版、ここに完結

 順調に原作小説が巻と版を重ねている『神様の用心棒』、漫画版の第三巻・最終巻であります。宇佐伎神社に祀られたツクヨミと、その神使――用心棒の兎月が、函館の人々を守るために繰り広げる活躍も、ひとまず見納めであります。

 箱館戦争で命を落としてから十年後、ツクヨミによって神使として甦った青年・海藤一条之介改め兎月。思わぬ状況に戸惑いながらも、函館で菓子屋を営む未亡人・お葉や店で働くおみつ、ドルイドの血を引く英国人商人・パーシバルといった人々と触れ合いながら、兎月は今を生きる人々のために、奔走することになります。

 そんな設定で展開する第三巻では――
 兎月が招かれたパーシバル邸でのクリスマスパーティーに、客の一人が古い鏡を持ち込んだことをきっかけに、残忍な猟奇殺人が連続する「フロイスの鏡」
 豊川に誘われて山中での花見に加わった兎月とツクヨミが、稲荷や天狗らと宴を楽しむ「花さかずき」
 この二編が収録されています。

 ここで原作既読の方は「おっ」と思われるかもしれませんが、これら二編は、原作ではそれぞれ別々の巻――「フロイスの鏡」は第二巻の「うさぎは玄夜に跳ねる」、「花さかずき」は第四巻の「うさぎは桜と夢を見る」に収録されているものです。
 これは第二巻の紹介でも触れましたが、実は原作第一巻「うさぎは闇を駆け抜ける」収録のエピソードは、この漫画版の第二巻までで全て収録済み。コミカライズの場合、第一巻分を描いたら完、というケースが非常に多いのですが、こうして本作がその先が描かれているのは、やはりそれだけ本作が支持されているということでしょうか。

 もう少し収録作品に触れますと、この巻の大部分を占める「フロイスの鏡」は、主な舞台がパーシバル邸、さらに函館の外国人居留者社会が背景となるという変わり種のエピソード。それだけでなく、かなり血腥い猟奇殺人が発生するという物語のでもあります。
 元々原作の時点で『神様の用心棒』という作品は、シビアな内容、重い内容も多く含まれており、それが魅力の一つでもあったのですが、このエピソードもその一つの現れであることは間違いないでしょう。

 そしてもう一つ、このエピソードにおいては、「外見」が実は大きな要素となっているのですが、それを描くのには漫画という媒体が相応しい、という判断もあるのかもしれません。
(ちなみにこのエピソード、原作と本作では、事件の中心となった人物の処遇が大きく異なるのですが――これはどちらが良いか、ちょっと悩ましいところではあります)

 また、もう一つの「花さかずき」は、分量的には短編ですが、稲荷や天狗たちとの花見という、実にビジュアル映えする内容ですので、これは漫画化にピッタリといえるでしょう。
 さらにビジュアル的な華やかさだけでなく、かつて箱館戦争で戦った(そして命を落とした)旧幕府軍の兵士という兎月の設定を踏まえた物語をここで改めて描くのは、この漫画版のラストに相応しいと感じます。


 というわけで、原作読者としても楽しい漫画版だったわけですが、冒頭に触れたように原作はまだまだ展開中。今回漫画化されなかったエピソードもいくつもあれば、魅力的なキャラクターも幾人もいます。いつかまた、この漫画版の続きにも会えたら嬉しい――そんな気持ちであります。


 ちなみに毎回カバー下のお楽しみだった、兎月の転生後予想図(?)ですが、今回ついに兎月大好きなあの人が参戦。しかしそのクオリティは――それでいいんか兎月! と笑顔でツッコんで終わるのも、またらしいかもしれません。


『神様の用心棒』第3巻(冬野ケイ&霜月りつ KADOKAWA 角川コミックス・エース) Amazon

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2024.05.29

伊吹亜門『帝国妖人伝』 歴史の一ページに現れる探偵の名

 歴史ミステリの魅力の一つは、歴史上の有名人が探偵役として、己の特技を発揮して名推理を見せることではないでしょうか。全五話の短編から成る本作は、それぞれ異なる「探偵」が登場する物語。無名の文学者・那珂川二坊を通じ、探偵=妖人たちの姿が浮き彫りにされます。

 尾崎紅葉に師事し、文学者を目指すもなかなか叶わず、三文記事の執筆で口を糊する男・那珂川二坊。ある日、ネタを探して簡易食堂に足を運んだ彼は、前の晩に徳川公爵邸に盗人が入ったことを知ります。
 しかし被害はほとんどなく、盗人は逃走途中に塀から落ちて死んだ――客の中にいた、邸で働く母を訪ねてきて一部始終を目撃した男の話を聞いた那珂川ですが、それに対して福田と名乗る別の客が異論を唱えるのでした。

 最初の男の話の矛盾を理論的に突き崩していく福田が語る真相とは――


 本書は、この「長くなだらかな坂」を皮切りに、明治後期から太平洋戦争終戦直後に至るまでの期間を舞台に、那珂川を語り手とした全五話から構成されています。

 源平合戦の取材に出かけた山中で雨に降られた末に、何者かに殺された死体を発見した那珂川。茶店で雨宿りをしていた人々の中から犯人探しが始まる「法螺吹峠の殺人」
 ルポ執筆のためにポツダムを訪れた那珂川に、酒場で絡んできたドイツ人学者。居合わせた日本人武官が彼を追い払ったことをきっかけに、日本の隠居軍人の自決事件の謎解きに巻き込まれる「攻撃!」
 戦地の激励のための講演を依頼されて勇躍上海に渡ったものの、戦況の激化でホテルに逼塞を余儀なくされた那珂川。同じホテルにいた中国人横領犯が密室で殺され、館内の人間たちに疑いがかかる「春帆飯店事件」
 終戦直後の北野天満宮で倒れていた那珂川を介抱した皮肉な医学生が、その場で何が起きたのかを解き明かしていく「列外へ」

 基本的に那珂川は事件に関わりはするものの傍観者で、彼の前に現れた別の人物が探偵役として事件の真実を解き明かす。そしてラストにその人物の後世の名が明かされる――本作はそんな構成の連作集です。

 冒頭で述べたように、歴史ミステリにおいては――多くの場合、いまだ若く無名ながら既にその才能を発揮している――有名人探偵の登場が、大きな魅力の一つであります。
 本作の魅力もまさにそれではありますが、ほとんどの場合、読者にはその探偵が何者かわからず、それ自体が一つの謎として描かれる――しかもそれが五話それぞれで描かれる――というのは、本作ならではの趣向でしょう。

 もちろん作中には探偵の正体を示すヒントが散りばめられているのですが、その人物の事績等によほど通じていなければ気付かない場合がほとんどで、最後の最後アッ! と驚かされるばかりでした。
(唯一、第五話のみは個人的な趣味からすぐに探偵の正体はわかりましたが――なるほどこの人物が歴史ミステリに登場する時代になったか、と不思議な感慨が)


 しかしその一方で、この趣向があまりプラスに働いていない――はっきり言ってしまえば、この事件はこの探偵でなくとも成立するのでは、この事件にこの探偵が居合わせる必然性はないのでは、と感じる作品が多かったことは否めません。
 あるいは作中において「妖人」の「妖人」たる所以が発揮される部分が少ないとも。

 有名人が探偵役だからこそ、その場に、その事件に有名人が居る必然性があってほしい――有名人探偵ものが好きなだけに、その点にどうしても採点が辛くなってしまいました。

 もっとも本作の場合、さらにもう一つの趣向が用意されていることは考慮に入れるべきでしょう。
 最後の最後に語られるその趣向、本作のタイトルの由来にも関わるその趣向――それを考えれば、長い歴史の一ページ一ページを切り取ってみせた本作において、あるいはこの点は必要以上に重く捉える必要はないのかもしれません。

 歴史ミステリ、有名人探偵ものにして、一種の年代記ともいうべきユニークな作品であります。


『帝国妖人伝』(伊吹亜門 小学館) amazon

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2024.05.28

『鬼滅の刃』柱稽古編 第三話「炭治郎全快!! 柱稽古大参加」

 傷も癒え、ついに柱稽古に参加した炭治郎。最初の試練は元音柱・宇髄による基礎体力向上訓練だった。軽々と稽古をこなす炭治郎に驚く他の隊士たちだが、炭治郎と共に宇髄に挑む中、意識の変化が……

 サブタイトルが原作で炭治郎が柱稽古に参加した時のナレーションから取られているのにちょっと驚いていたら、それどころではない驚きの内容だった今回。というのも、原作ではわずか五コマだった、宇髄の下での稽古を思い切り膨らまして、一話分としているのですから! アニメオリジナル大歓迎、むしろそれがなければ観る甲斐がないという過激派の私でもびっくりのアレンジであります。

 それでは具体的にどこが膨らまされたかといえば、名前も出てこない平隊士、いわばモブ隊士たちのドラマであります。もちろん炭治郎と宇髄、その三人の奥さんとのやり取り全般も細かく描かれてはいますが、完全にオリジナル要素として平隊士たち視点の物語が描かれるのです。

 超人というべき柱はもちろん、その域に手が届きかけている炭治郎たちにも、遠く及ばない実力の平隊士たち。当然というべきか、最初の試練である宇髄の基礎体力向上訓練の時点で、もう気息奄々の状態です。弱音も出れば愚痴も出る、普段生真面目一本槍の炭治郎を見ていると、その違いに驚かされますが(いや、彼のすぐ近くに弱音と愚痴の塊みたいな奴もいますけどね)、しかし考えてみれば、そんな常人に近い人々も存在してむしろ当然でしょう。
 辛い訓練に苦しみ、訓練を休めるとなれば喜び、仲の良い隊士とは冗談を言い合う――彼らとて鬼との戦いにそれなりの覚悟を持って臨んでいるはずですが、ごく普通の若者らしい顔が覗くのには、どこか安心させられます。(ちなみにそんな隊士たちが夜間パトロールに赴く姿は、微妙にハラハラさせられつつも微笑ましく感じられるのですが、実はこの先の展開の伏線ともなっているのが心憎い)

 そしてある晩、宇髄が炭治郎と平隊士たちに課した特別訓練――それは夜の森の中で、どこかから襲いかかる宇髄と戦うというもの。しかも、炭治郎は他の隊士を守りながら戦うのであります。如何に片目片腕を失って現役引退したとはいえ、宇髄はそもそも元忍び。夜の闇の中で忍びを相手にするというのは、ある意味鬼よりも厳しいといえるでしょう。
 案の定というべきか、平隊士たちはなす術もなく宇髄の奇襲に次々と打ち倒されていきます。炭治郎はそんな彼らをよくまとめつつ、宇髄と互角に打ち合うのですが――その二人の戦いが、隊士たちの心に小さな火を灯します。
 自分たちの実力では今の宇髄にも到底歯が立たない。それでも、これほど強い柱や炭治郎たちであれば、上弦の鬼や無惨に勝てるかもしれない。だからこそ自分たちもいつかは少しでもその支えになれるよう、強くなると……

 どうしても炭治郎や柱たちの活躍に目がいってしまいますが、そんな彼らも自分たちだけで戦っているのではなく、支える人々の存在あってのことだと、これまで(例えば直前の刀鍛冶の里編で)幾度も描かれてきました。今回のエピソードは、それを支える者の立場から描きなおしたものであり、そして同時に彼らのこの先の可能性に、希望を持たせるものとして、爽やかな後味を残します。
 柱稽古は強い者をより強くするだけでなく、鬼殺隊の力そのものを底上げするものである――今回のエピソードは、炭治郎の稽古の始まりに、その意味付けを再確認したものであるといえるでしょうか。

 ――が、原作を最後まで読んだ方であれば、全く別の印象を持つのもまた事実。今回のエピソードがこの先どのシーンに繋がるのか、嫌というほどよくわかってしまうのです。
(今回炭治郎に肩を借りていた平隊士は、おそらく件のシーンで叫んでいた隊士なのでしょう)
 そんなわけで、人によってはなんとも複雑な心境になってしまうエピソードでもあります。

 なお今回、その他のオリジナルシーンとして、稽古の合間に風柱と蛇柱が密かに顔を合わせる場面が描かれます。君たち、本当に仲がいいんだな――とある意味感心しますが、ここで二人が話し合うのは、第一話冒頭で二人が遭遇した無限城(といっても彼らはその存在をまだ知らないわけですが)のこと。なるほど、あれほどの怪事に遭遇していれば、確かに気になることでしょう。
(しかし何となくこの二人、他にはこの話を伝えていないような気がしないでもない……)

 もう一つ、前回炭治郎が義勇に挑んだ蕎麦早食い勝負の顛末も語られるのですが――俺はその資格がないとか言いつつ、こうして後輩の気持ちを慮って、きちんと対応できる器の大きさを見せるのですから、なおさらタチが悪いのだなぁ、この人は……
(そして胃袋の容量もデカい)


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2024.05.27

椎名高志『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第7巻 決戦、そして本当の再会の時!

 この数巻はクライマックス続きのコミカライズ版『半妖の夜叉姫』ですが、いよいよこの巻ではこれまでの最大のクライマックス――大妖怪・是露との決着が描かます。かごめとりんが封印されるきっかけを作った是露を、果たして三姫は倒すことができるのか!?

 京で是露と対峙したものの、苦戦を強いられた三姫。そこに現れた犬夜叉・かごめ・りんの精神の助けと、殺生丸の登場もあり、辛うじて是露を撃退した三姫は、肥前の麒麟丸の根城に向かいます。九州で琥珀と翡翠を仲間に加え、是露を追う三姫。いよいよ是露との決着は間近であります。

 そしてこの巻では、冒頭から博多の海を埋め尽くす幽霊船の大軍が出現、緊迫した情勢となります。しかしこの大船団の向こうに是露が居ると察知した一行は、大胆にも是露の乗る大型船に乗り込み、決戦を挑むのです。
 琥珀と翡翠が敵を引きつける中(ここでの叔父甥の会話が実に微笑ましい)、是露の元に急ぐ三姫と理玖・りおん。しかし、是露の居城ともいうべき場所に容易く乗り込めるはずもありません。

 分断され、一人捕らえられたとわの前に現れた是露。彼女は、虹色真珠を自分の中に取り入れて……


 是露が己の中から取りだし、砕いて捨てた心から生まれた虹色真珠。妖怪たちには力を与えるそれは、しかし人間であるりんとかごめの体を大きく蝕むこととなりました。そしてその結果、二人は封印され、母子が引き裂かれたのであります。
 二人を救うには、虹色真珠を破壊するのでも、是露を殺すのでもなく、是露の中に虹色真珠を、心を戻さなければならない――そんな難しい状況にあったものが、是露が自ら虹色真珠を自ら戻すとは意外にも思えます。

 しかしそれは、これまでとわたち三姫、そしてとわたち親子と対峙する中で、心に小さな変化が生じた彼女が、もう一度己の心と対峙し、己の真に恐れるものを知るためでした。
 そこで是露が見た己の過去、己の本心とは――これ、無意識にタラシまくる犬の大将が悪いのでは? と身も蓋もないことを思わないでもありませんがそれはさておき、やはり是露の心の中にあったのは、犬の大将にまつわる様々な想いだったのです。

 それに耐えきれず、己の心を捨てた是露がその事実を受け止めた時、はたして何が起こるのか――集結した三姫たちとの決戦は、意外な、しかしこれ以外はない結末を迎えることになります。
 それが真に望ましいものであったのかはわかりません。しかし少なくとも是露にとっては、これ以外ない結末であったことは、せつなの所縁の断ち切りが示したものが語っていると感じます。

 関わった者たちの胸に様々な想いを残して終わった戦い。それは物語の一つの区切りに相応しいものというべきでしょう。


 そしてその先に待っているのは――今度こそ本当の、親子の再会であります。当然ながら(?)殺生丸はその場にはいないものの、これはこれで実に「らしい」りんの姿に微笑み、実に親らしくなった犬夜叉とかごめの姿に頷き――この時が見たかった、というほかない場面が次々と描かれます。

 しかしこの場で最も胸を打つのは、とわとかごめの会話でしょう。かごめから見れば、とわは殺生丸の子であると同時に、自分の弟が親として育てた子。そんな合縁奇縁というほかない出会いから何が生まれるのかと思えば――いやはや、この角度から来るとは!
 ここでこの小道具は、完全に(かごめを)泣かせに来ているとしか思えません。この瞬間だけ、かごめはもろはの親ではなく、『犬夜叉』の主人公のその後の姿であったと――そういうべきでしょう。

 これまで『半妖の夜叉姫』ファンだけでなく、いやそれ以上に『犬夜叉』ファンの見たかったものを存分に描いてくれた本作。ここでもまた、ファンにとって最高の贈り物が描かれました。
(そして怖い顔をして実は大変に嫁・孫たちのことを気遣っていた御母堂様も素晴らしい)


 そしていよいよ迫る麒麟丸との、妖霊星との決戦。もうここまで来るとこの先の展開は全く予想できないのですが――一つだけ言えるのは、この先も、ファンの期待に応える内容になるのは間違いない、ということでしょう。それを楽しみに、次巻までしばし待ちたいと思います。


『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第7巻(椎名高志&高橋留美子ほか 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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2024.05.26

梶川卓郎『信長のシェフ』第37巻 未来の料理が伝える無限の可能性の世界へ

 連載開始から13年、37巻にして、ついに物語が終幕を迎えます。ケンの奮闘虚しく、ついに起きてしまった本能寺の変。その一方で生まれた大きな歴史の変化は、この先どのような結末をもたらすのか――?
(この先、できるだけネタばらしはしないように努力します――できる範囲で)

 光秀の挙兵の理由を理解し、本能寺の変を未然に防ぐべく奔走するケンと、その動きを察知した光秀――挙兵を目前に、二人の間で繰り広げられる頭脳戦。しかしこと戦いにおいてはやはり一枚上手だった光秀は、ついに京に攻め込み、本能寺は炎に包まれます。
 その一方で、ケンが全てを打ち明けて協力を要請した秀吉が、史実よりもはるかに早く京に到着。はたして歴史は未知の領域に踏み込むのか……

 この巻は、そんな何ともクライマックスに相応しい展開から始まります。はたして信長は本当に本能寺で討たれたのか? 仮に逃れたとしたらどのようにして? いや何よりも、全ての手段を封じられたケンがどうやって危機を伝えたのか?
 いくつもの疑問が浮かびますが、その一つ目については、まあここで触れるのも野暮というものでしょう。むしろ問題は三つ目ですが――ここで鍵となるケンの料理には驚かされます。まさかの初期も初期から持ってくるとは……

 思えば本作においてケンの料理は、難局の打開と、人の心を動かす/救うこと、そしてケン自身のサバイバルに(もちろん、この三つはそれぞれ重なることも多かったわけですが)役立って来ました。
 ここでまず難局の打開にその力を発揮したわけですが、しかしそれだけにとどまりません。中盤以降、思わぬ展開を見せる物語の中で、ケンの料理は再び、いや三度活躍するのです。


 二転三転する状況の中、ある人物を連れ、京を離れることとなったケン。失意と悲しみ、そして喜びという複雑な感情を味わい、死を目前としながらも自分の信念を決して曲げないこの人物に、ケンは料理を作らせてほしいと申し出ます。
 その料理を通じてケンがこの人物に伝えようとしたこと――それは、未来から来たケンだからこそ語ることができる、この世界が持つ無限の可能性を告げるメッセージであります。

 既に「結果」である未来から来たケンが、それを不確定なものにしてしまいかねない可能性を肯定する――一見矛盾したものに感じられますが、しかしこの場合は違和感がありません。
 何よりも、この料理が、他の誰よりも頑なであった人物の心を大きく動かす様は、クライマックスに相応しいと感じます。

 そしてその人物の願いを背負い、単身秀吉軍に立ち向かうケン(こう書くと嘘のようですが、本当なのだから仕方がない)。ここでケンが繰り広げるのは、これまでも幾度がケンが戦場で見せてきた、料理を、料理法を生かしたサバイバル術であります。
 いやはや、最後の最後までのこの大盤振る舞いには、快哉を叫ぶしかありません。


 正直なところ、物語の結末としては、個人的にはちょっと苦手な展開ではあります。特に最終回は、戦国転生ものか! と思わないでもありません。(いや、元々そういうものだと言われれば返す言葉はないのですが)

 しかし、本能寺の変を越えた先で、ケンがいなければそこになかったはずのもう一つの命の存在を描く――それによって、この世界の大きな歴史と、個人の小さな歴史の変化を結びつけて物語の実質的な終幕とするのは、本作ならではの、まことに後味の良い結末というべきでしょう。
 また大きな謎として描かれた、現代から来た箱の正体も、一瞬「ん? これだけ⁉︎」と思わされますが――ケンがこの箱の中身を知っていれば、それを受け入れて結末が変わったかもしれないことを思えば、粋な使い方と感じます。

 色々な意味で決して平坦ではなく、紆余曲折を経てたどり着いた物語の結末。それは人を食ったように意外で、しかし納得の行くものでした。先に述べた私の小さな拘りなど、「様を見ろ」と言われてしまいそうな……

 タイムスリップ時代劇として、まさに歴史に残る作品の大団円であります。


 ちなみに連載誌のサイトでは、単行本未収録のおまけ漫画が二編掲載されています。実に楽しい内容で(必ず本編を読んでから!)、こちらも必読です。


『信長のシェフ』第37巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon

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 梶川卓郎『信長のシェフ』第36巻 炎の本能寺! ついに武器を手にしたケン

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2024.05.25

田中芳樹『月蝕島の魔物』 氷山に封じられた帆船の怪奇と現世の邪悪

 数々の名作を輩出した理論社のミステリーYA!から始まった作者の西洋伝奇もの屈指の名編、ヴィクトリア朝怪奇冒険譚三部作の開幕編であります。氷山に封じられた帆船の謎を巡り、クリミア戦争帰りの男とその姪、そしてかの文豪ディケンズとアンデルセンが、奇想天外な冒険を繰り広げます。

 クリミア戦争でも屈指の激戦地であったバラクラーヴァの戦いから帰還し、唯一の肉親である姪のメープルに迎えられたエドモンド・ニーダム。ミューザー良書倶楽部で働くことになった二人は、社長からチャールズ・ディケンズと、彼の屋敷に滞在しているハンス・クリスチァン・アンデルセンの世話を命じられるのでした。

 自分が支援する探検船の見送りでアバディーンに向かうというディケンズらに同行することになったニーダムとメープル。そこで知り合った新聞記者のマクミランから、一行は月蝕島に氷山の中に閉じ込められていた帆船が漂着したものの、島の所有者であるゴードン大佐によって島の立ち入りが禁止されていることを聞かされます。

 旧知らしいゴードンの悪行に対する強い義憤と、謎の帆船への知的好奇心から、月蝕島に向かうことを決意したディケンズに引きずられるニーダムたち。
 しかし、マクミランと共に月蝕島に近い港町「大剣の港」に向かったニーダムたちは、一帯を支配するゴードンとその次男・クリストルたちが人々に横暴の限りを尽くしている現場を、目の当たりにすることになります。

 その後何とか月蝕島に上陸したものの、すぐにゴードンに捕らえられてしまった一行。何とか脱出しようと苦闘する一行ですが、次々と予測不能な事態が発生して……


 大英帝国の絶頂期であるヴィクトリア女王の統治期間――いわゆるヴィクトリア朝。これまで様々な物語の舞台となってきたこの時代の始まりから20年後の1857年を、本作は舞台としています。
 本作は、語り手であるニーダムの人物像にも大きく関わるクリミア戦争という大きな戦いが終わった直後の時代の文化と人々、その空気感までも、ニーダムの筆を通じた細やかな描写と詳細な解説で、克明に描き出します。

 そしてこの時代の文化の一つである文学を代表するのが、ディケンズであることは言うまでもありません。この頃のディケンズはまさに絶頂期、自身の作家活動だけでなく、同業者の面倒を見たり、率先して慈善活動を行ったりと、精力的な活動を行っていた時期にありました。
 そしてイギリス人ではないものの、同時代の偉大な文学者であるアンデルセン――実際にディケンズと親交があった(そして本作に描かれるようなことになった)アンデルセンを加え、本作は二人の文豪を物語の中心に据えて展開することになります。

 実在の人物が、史実の背後で起きていた奇怪な事件の中で活躍するというのは時代伝奇小説の醍醐味。そして、その取り合わせは意外であれば意外なほど良いのですが――その点、本作は言うことなしです。

 そして本作においては、その「奇怪な事件」も見事であります。何しろ物語の冒頭から、氷山に閉じ込められた帆船なる摩訶不思議なものが出現するのですから驚かされますが――その帆船がどこから来たのか、そしてなぜ氷山に閉じ込められているのか? 誰もが疑問に思うその謎が、やがて主人公たちと交錯し、物語を大きく動かしていくのです。

 そしてクライマックスに明かされるその真実と、そこから生み出される恐怖とは――と、これは詳細は伏せますが、本作でまさかここまでやってくれるとは! と驚愕すると同時に、その手の作品が好きな人間として歓喜した次第です。
(もっと「合理的」な物語だとばかり思い込んでいたので――もちろん大歓迎であります)

 そしてその一方で、ニーダムたちが対峙する現世の邪悪――ゴードン父子の所業を憎々しく描くことにより、タイトルをダブルミーニングとしているのも巧みと感じます。
 そしてその作品を通じてゴードンのような社会悪を剔抉してきた、ディケンズが本作のメインキャラクターの一人であることにも、改めて頷けるというものです。


 さて、冒頭に三部作と述べた通り、本シリーズにはまだ『髑髏城の花嫁』『水晶宮の死神』の二作品が待ち構えています。ニーダムとメープルの次なる冒険も、近日中にご紹介いたします。


『月蝕島の魔物』(田中芳樹 創元推理文庫ほか) Amazon

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2024.05.24

『君とゆきて咲く~新選組青春録~』 第5話「振り向いてほしい、君に」

 ついに会津藩の謁見が決まり、芹沢の発案により剣舞を披露することになった壬生浪士組。芹沢の指導で稽古に励む隊士たちだが、丘十郎は二人一組の練習で大作の動きに合わせられず、失敗してしまう。皆の足を引っ張っていると落ち込んだ丘十郎は、何とか上達しようとするが……

 いよいよもって原作漫画とは? という展開になってきましたが、今回(とおそらく次回)は、「剣舞」を巡るエピソード。色々あって会津藩に謁見できることとなり、その場で剣舞を披露することになった壬生浪士組ですが――剣舞ってやっぱりOPで毎回やってるあれでしょうか。
 さて、この剣舞の発案者は、意外にもというかやはりというか芹沢鴨。会津藩の前で試合などを見せるのではなく、わざわざ剣舞を見せるのは何故か――それはまだわかりませんが、本作の芹沢は、滅茶苦茶を言っているようで、後になってみればそれは実はきちんとした考えに裏打ちされていた、というキャラのようなので、期待してよさそうです。

 しかし新選組ものって、若い衆がワチャワチャやっているせいか、何となく学園もの(部活もの)的イメージがある――と思っていた方はおそらく多いと思うのですが、本作は特にその印象が強く、丘十郎や大作たちが一年生、沖田や原田・斎藤が二年生、近藤・土方・山南が三年生、そして芹沢はコワいOBという感じがあります。
 その芹沢は、特に次の代のキャプテンである近藤に期待しているということか、近藤(たち)に羽織を用意していることが語られるのですが――OPを見るにこれが本作の新選組のだんだら羽織ということなのでしょう。しかし近藤、滅茶苦茶派手な金色の袴を履いているのに、羽織が派手と二の足を踏むのはどうなのか……

 何はともあれ今回のメインは、一年生たちの特訓シーンとなるわけですが、予想通りに足を引っ張るのは丘十郎と新之丞。最も新之丞の方は、南無之介の異常な献身と、大作の適切なアドバイス、そして新之丞本人の才能(まあ、中の人は歌って踊れるので……)で足手まといを早々に脱出する一方で、丘十郎は最下位まっしぐら――芹沢からは勢いばかりの「イノシシ」呼ばわりで、今度ミスったらそのまま血祭りに上げられそうな感じであります。
 しかしそんな芹沢を恐れるよりも、むしろ自分が皆の足を引っ張っていると悩むのが丘十郎らしいところですが、たぶん一番の不満は、大作が自分には振り向いてくれない――真面目にアドバイスしてくれないこと。その代わりに原田・斎藤にアドバイスを求めに行くのですが――まあこの二人の答えはあまりにも予想通りで役に立ちません。そして沖田との会話では、思い余って大作がもう死んでもいいとか言ってました、とか話してしまったおかげで、ただでさえ散文的な沖田の話が、さらに脇道に逸れた感が……

 その一方で、前回から壬生浪士組が会津藩と謁見すると聞いて異常にエキサイトしている丘十郎の仇兼長州藩士の庄内は、何やら企みを巡らして――と、次回は荒れ模様のクライマックスになりそうであります。
(ちなみに前回のラスト、壬生浪士組一人ひとりの似顔絵をアジトに貼っている庄内はちょっとコワい、というかキモい)


 そんなわけで今回はあっさり目のエピソードでしたが、その中で存在感を発揮したのが意外にも山南です。遅くまで食事している一年生たちの元に現れてネチネチ説教した山南に対し、大作は後ろから箸を投げつけるのですが――山南はこれを軽々と回避。心なしかいつもとは別人のような冷たい口調で言葉を残して去るその姿には、思わぬ強キャラ感があります。
 また、芹沢が夜遊びから帰ってきた時にも、全く臆せず正面から説教する山南。芹沢からはウザがられつつもそれ以上の反発はなく、さらに山南が何故剣舞なのかと尋ねると、芹沢も彼流の韜晦を交えながら答えて――と、かなり対等に近い雰囲気を感じさせます。

 いや、色々な新選組ものでは大抵いい人とか常識人枠の山南ですが、たぶん彼も強いはず。そうでなけば、土方・沖田・原田と一緒に(一説です)――と、危なく未来をバラしかけましたが、この先の出番が楽しみになってきたのは間違いありません。


 しかし会津藩の前で、OPではなくEDの方を踊ったら大変なことになりますね……


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2024.05.23

霜島けい『うろうろ舟~瓢仙ゆめがたり~』 稼業と酔狂と 二人が追う怪談の真実

 実話怪談がブームとなって久しいですが、いつの世も、人は人が語る怪談に強く惹かれるものなのでしょう。本作はそんな江戸の怪談師・お伽屋の銀次と、この世ならざるモノを視る力を持つ医者・瓢仙が、様々な怪談の背後の真実を追う連作集です。

 「お伽屋」を自称し、この世の不思議や奇怪な事件を集めては物語に仕立て上げ、好事家に売りつける青年・銀次。そんな彼がお得意先の一人である商人の嘉兵衛から依頼されたのは、ある怪談の真相を探ることでした。

 真夜中の神田川に、青い行灯を灯したうろうろ舟が現れる――二月ほど前に江戸を騒がした怪談にすっかり取り憑かれてしまったという嘉兵衛は、そのうろうろ舟が何を売っているのか、銀次に調べて欲しいというのです。
 そのためには神田川に夜毎張り込む必要がありますが、その間に必要な費用は払うという嘉兵衛に押し切られ、銀次は依頼を引き受けてしまうのでした。

 しかしそうそう簡単に怪しの舟が現れるはずもなく、毎夜無駄足を踏む銀次。そんな彼に声をかけてきたのは、その場を通りかかったという瓢仙と名乗る隠居医者でした。
 この世ならざるモノを視る力を持ち、そしてそんなモノをこよなく愛するという瓢仙。銀次の目的を聞き、興味を持った彼は、自分も協力すると言い出します。

 かくて思わぬなりゆきで瓢仙と二人で夜の川を見張ることになった銀次。そしてついに二人の前に青い灯が……


 本作の副題「瓢仙ゆめがたり」を見て、アッと気付く方は、かなりの江戸怪談好きではないでしょうか。というのも実は瓢仙は実在の人物――文政年間末期に大森で化け物茶屋、今でいうお化け屋敷の元祖を作ったことで知られる人物なのですから。
 瓢仙が異能を持っていたというのは本作のオリジナルですが、いずれにせよ現実の彼も、そうしたモノが大好きな酔狂人であったことは間違いないでしょう。

 そんな逸話がある瓢仙が、本作では怪談の真実を追うというのですから大いに気になりますが、むしろ物語の主人公は彼ではなく、お伽屋という聞き慣れない職業を営む銀次であるのも、また面白いところです。
 お伽屋というのは、世間で噂される怪異の真実をとことん調べた上で、怪談に仕立て上げて客に売るという稼業(おそらく本作のオリジナルでしょう)。物語を人に語ることを生業とする者は江戸に幾人もいましたが、それがいわゆる実話怪談オンリーというのは、銀次くらいのものであります。

 稼業で怪異を追う者と、酔狂で怪異を楽しむ者――共に怪異の探求を行いながらも、そのスタンスは正反対に近い二人がコンビを組んで真実を求めるところに本作の面白さと、(二人が次々と怪異に遭遇してもおかしくない)巧みさがあります。


 そんな二人の初お目見えである本作は、三つのエピソードから構成されています。
 冒頭で紹介した表題作「うろうろ舟」
 とある漬け物屋に幾度も黒いバケモノが現れ、初めに主人の妻を、二度目には主人を喰らったという噂の陰に、子供の孤独な魂の存在を描く「お伽屋」
 芥子細工を得意とする職人が作った割り長屋のひながた(模型)に、小指の先程の女性が棲みついたと聞いた瓢仙が、さらに不思議な因縁に巻き込まれる「ひながた」

 これまで「霜島けい」名義で『のっぺら』や『九十九字ふしぎ屋商い中』といった妖怪時代小説/時代怪談を発表してきた作者らしく、これらのどのエピソードも個性的で、そしてそれぞれに不思議な魅力を持つ怪異が描かれます。
 たとえば「うろうろ舟」など、誰もいない深夜にうろうろ舟が川を行くという、いかにも怪談らしいシチュエーションですが――そこに青い行灯を加えることで、何とも不気味で、そしてダイレクトにその存在となっているのに感心させられます。

 そして怖い、あるいは奇妙だというだけでなく、いずれの物語も、グッとくるような人情譚としてきっちり成立しているのも嬉しいところであります。もちろん人の情にも喜怒哀楽様々にありますが、その諸相を怪談の中に盛り込み、怪談にして人情譚として成立させる――というより、二つ揃って初めて一つの物語として完成する様は、やはりこの作者ならではの巧みさだというべきでしょう。


 さて、実は銀次が怪異を追うのには、隠された理由があります。瓢仙にも明かさない、かつて彼自身が経験した怪異の正体とは――それはこの先の物語で語られることになるのでしょう。そんな物語の縦糸も楽しみな、新シリーズの開幕編であります。


『うろうろ舟~瓢仙ゆめがたり~』(霜島けい 光文社文庫) Amazon

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2024.05.22

川原正敏『陸奥圓明流外伝 修羅の刻』第21巻 開戦、人でもなく鬼でもなく

 平安中期を舞台とした『修羅の刻』陸奥庚の章 酒呑童子編、全三巻の中編の登場です。源綱を家礼に加えた頼光に迫る鬼たちの影。そこに現れたのは一人の修羅――ついに揃い踏みした庚・綱と、「鬼」との激突が始まります。

 伊吹山で熊を素手で屠る少年・庚と出会い、坂田金時の名前を与えた(が嫌がられた)源頼光。それから八年後、都の羅城門で頼光の前に現れた庚の姉・綱は、頼光の家礼になりに来たと告げます。
 綱に源の姓を与え、配下に加えた頼光ですが、その場に都を騒がす「鬼」の頭領・酒呑童子が現れ、綱を妻に望むことに……

 というわけで、渡辺綱と坂田金時(に当たる人物)が揃ったと思いきや、思わぬ形で鬼たちと因縁を持つことになった頼光主従。そしてこの巻では、それとはまた異なる形で鬼の跳梁が描かれることになります。
 頼光にとっては主筋である関白・藤原道隆が亡くなり、その後に関白となった道兼がその直後に亡くなるという混乱――本作では、その背後に鬼たちの存在を描くのです。

 そして既に鬼たちと因縁のあった頼光――いや、綱に襲いかかるのは、酒呑童子の娘・茨鬼。父が妻にと望んだ綱を攫いに来たとはなかなかの親孝行ですが、それが綱に通じるかどうかはまた別であります。
 茨鬼を撃退し、彼女が残した「鬼の腕」を持ち帰った綱。物忌みする彼女の下にある腕の奪還に現れたのは、茨鬼のみならず、鬼同丸、土蜘蛛を名乗る「鬼」――かくて鬼と人が入り乱れての戦いが繰り広げられることになります。

 さらにそこに修羅――陸奥の名を継いだ庚が参戦。そして庚は単身脱出した茨鬼を追うのですが……


 前巻では、この陸奥庚の章の導入部として、綱・庚姉弟と頼光の出会いが描かれましたが、この巻からは人と鬼、そして修羅と鬼の戦いが始まることになります。

 そしてその背景になるのは、やはり頼光と四天王にまつわる伝説の数々であります。茨木童子のみならず、鬼同丸(鬼童丸)、土蜘蛛――この巻に登場する彼ら「鬼」は、いずれも頼光たちと戦ったといわれる鬼・もののけの類です。
 伝説では必ずしも酒呑童子と繋がる者ばかりではありませんが、ここでは皆酒呑童子の配下として一気に投入。なるほど、あの伝説をこう描くのか、というアレンジの妙を見せつつ、ある意味オールスターキャストでの戦いが繰り広げられることになります。

 しかし伝説では鬼・あやかしの類だったとしても本作では彼らはあくまでも人――いや、人でありながら、鬼・あやかしと呼ばれ、貶められた存在であります。
 この辺りの、いわば「まつろわぬ者」たちを鬼として描き、都の貴族たちによる社会体制から弾き出された存在として描くのは、ある意味最近の酒呑童子もの(?)のトレンドといえるでしょう。

 しかし、そのように生まれ、「人」に対する怨念を抱えた「鬼」に対し、本作においてはその怨念とは無縁の、いわば第三の存在を描くことになります。
 そう、それはある種純粋な闘争本能の塊である「修羅」。強い奴と、己の力と技のみでやりあってみたいという想いに突き動かされる者――いつの時代も存在する「陸奥」であります。

 なるほど、当時の社会体制へのカウンターとしての「鬼」に対し、本作はさらなるカウンターとして「修羅」を描くのか――というのは、こちらの深読みかもしれません。
 ここではまず、物語の性質上、比較的分別臭い性格の陸奥が多かった『修羅の刻』の中でも、庚がかなり純粋な「陸奥」として描かれていることを喜ぶべきでしょう。そんな彼を通じて描かれるのは、歴史を描くための手段としての戦いではなく、歴史を舞台とした強者たちの戦いでしょうから……

 そんな陸奥の求める戦いが、はたして人と鬼との間に如何なる結末をもたらすことになるのか――次巻、酒呑童子編完結であります。


 しかし綱・庚姉弟の母があやかしの血筋ということ、晴明の名を聞いた綱が微妙な表情であやかし呼ばわりしていたことを考えると、二人の母は……


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2024.05.21

高橋留美子『MAO』第20巻 ジョーカー幽羅子が真に求めるもの

 一つの謎が解けたと思っても、また次の謎が深まっていく『MAO』も、気が付けばもう第20巻。この巻では表紙を飾る新御降家の双馬との戦いと、土の術者・夏野と猫鬼の対決、そして摩緒と幽羅子の再会が描かれることになります。平安から謎めいた動きを見せる幽羅子の真の望みとは……

 不忍池に誘い出され、猫鬼と対峙した摩緒と夏野たち。そこで彼らは、平安の世から土人形として生きてきた夏野が、猫鬼の泰山府君の法により命を繋いできたことを知ります。
 大五を復活させるため、夏野を利用してきたという猫鬼。しかし大五の肉体が復活した後も戻ることがなかった魂は、夏野の瞳に宿っていたことがわかり……

 と、これまで以上に物語での重要度が高まった夏野。そして自分の命の源を知り、同じ土の術者の素養を持つ菜花を育てることを決めた彼女は、実はこの第20巻では、ほぼ出ずっぱりの活躍を見せることになります。


 そんなこの巻の前半で描かれるのは、新御降家の金の術者・双馬との戦いであります。家に伝わっていた御降家の獣の巻物の力で、邪悪な獣をその身に宿すことになった双馬。彼は、これまでも幾度となく摩緒、そして菜花と戦ってきました。
 しかしそれでもどこか甘さや躊躇いが残っていた彼は、白眉の命で暗殺を繰り返した末に、ついに殺人を何とも思わぬ人間に変貌していきます。そしてそんな彼の姿を初めから見ていた菜花は、自ら人間であろうとすることを辞めた双馬に激しい怒りを見せるのですが……

 そんな状況下で、ここでも菜花のメンター的な立場を見せるのが夏野です。
 確かに、どれほど双馬の獣が成長していたとしても、摩緒と夏野の二人が揃っていれば、獣を滅ぼすのは難しくありません。しかしそんな状況下でも、夏野は菜花に獣を祓わせようとします。どれほど愚かな相手であっても、殺してしまうよりはいいと――それは普段寡黙でマイペースな彼女なりの、菜花への思いやりであるのかもしれません。

 その想いは、結局は双馬には届かないのですが――御降家の面々に比べれば明らかに腕も精神も未熟だった新御降家の面々が、悪い方向に「成長」していく様は、菜花が真っ当に成長していくのと対照的に、胸に重く残ります。


 さて、この巻の後半では、菜花は一旦現代に戻り、その間に摩緒と夏野が、過去にまつわる事件に巻き込まれることになります。
 摩緒の見立てでは手の施しようがない患者が、突然快復した――その背後には、猫鬼の泰山府君の法がありました。そして猫鬼は幽羅子と結び、摩緒と夏野を誘き寄せようとしていたのです。猫鬼は夏野の持つ大五の魂を、幽羅子は摩緒の心を求めて……

 本作で摩緒サイドと敵対しているのは、簡単に言って白眉たち新御降家と、猫鬼がいますが、幽羅子は新御降家に協力しながらも、何を考えているのか今ひとつわからない、独自の動きを見せる存在であります。

 平安の世では、御降家の頭首の娘として紗那と双子に生まれながらも、呪いの器として日の光の入らぬ場所に閉じ込められ、醜い姿で生かされていた幽羅子。それが偶然出会った摩緒の優しい心に癒やされ、強く惹かれるようになった――というのは、今回彼女の口から改めてはっきり語られることではありますが、それがはたしてどこまで真実であるのか。
 いや、彼女の摩緒への想いは真実であったとしても、それが摩緒たちと敵対しないという意味ではないことは、今回、幽羅子が猫鬼に与えた妖が、夏野を襲撃することに使われたことでも明らかなのですから。

 新御降家の他の面々のように、邪悪な目的を持っていたり、あるいは他人を盲信しているわけではないようではあるものの、それだけに何を仕出かすかわからない幽羅子。
 だからこそ実に人間的で、そしてそれがある意味魅力にも感じられるキャラクターですが――どうやらこの先も、彼女の存在がジョーカーとなって物語をかき回していくように思われます。


『MAO』第20巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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2024.05.20

『鬼滅の刃』柱稽古編 第二話「水柱・冨岡義勇の痛み」

 周囲に頑なな義勇と話してほしいというお館様の頼みを聞き、朝から晩まで義勇につきまとう炭治郎。自分は水柱の資格がないと語る義勇は、ついに自分の最終選別の際の出来事を語り始める。一方、しのぶはカナヲにある事を告げようとしていた……

 今回はサブタイトル通り義勇の過去編がメインですが、本編に入る前のアバンタイトルで描かれるのは、前回ラストで異常に声が良い、ラスボスみたいな声の鴉に産屋敷邸に招かれた珠世のその後の決断。ここは実は原作ではここで描かれていない場面で、ある意味この先の展開をわかりやすくするためかな、という気もしますが、珠世の回想の形で、戦国時代のあの場面が描かれるのに注目すべきでしょう。(もちろん、そこで何が起きたかが語られるのは、相当先ですが……)

 そして本編ですが――前回、「失礼する」「失礼すんじゃねぇ」、「俺はお前たちとは違う」と柱合会議で問題発言を連発した挙げ句、勝手に退場した義勇。自分ではもう動くこともできなくなったお館様は、それでも義勇の身を案じるという、無惨とは正反対の管理職の鑑のような精神を見せるのですが――そこで炭治郎に託すのは果たして正しかったのかどうか。
 一人屋敷に閉じこもる義勇に対して、ごめんくださいこんにちはと連呼した末に、応答もないのに勝手に侵入する。おそらく断りもせずに、文字通りの膝詰め談判の距離で義勇に話しかける。そして義勇に相手にされなくとも、昼夜を問わず場所を問わず、風呂やトイレ(の外)までつきまとう――もはや公然たるストーカーぶりであります。

 しかしそんな炭治郎に対する義勇の答えこそが、真の恐怖でしょう。義勇が炭治郎に対して感じていた怒り――その理由は炭治郎が水の呼吸を極めず、水柱にならなかったこと。何故ならば今は「水柱が不在」であり、「俺は水柱じゃない」から……
 それまでは炭治郎と義勇のあまりに噛み合わなさに笑っていたこちらも、「あっ、この人、本物だった……」と思わず言葉を失ってしまう戦慄シーン。今まで水柱として作中で扱われてきた人物が、突然それを否定するというどんでん返しに、炭治郎だけでなく、見ている我々も愕然となります。いやはや、『鬼滅の刃』全編を通しても、ここまで怖かったシーンはなかったでしょう。

 それでも負けずに、先に述べたようなストーキングを繰り返すのが炭治郎の炭治郎たる所以。もはや光のコミュ障vs闇のコミュ障の様相を呈してきたこの状況に、さすがに闇の側も耐えかねて、ついに自分がなんでそんなことを言うかの理由を語りだして……(あ、やはりお館様は正しかったのか)
 と、ここで原作のごく初期に登場した錆兎を登場させるのが見事で、そして義勇にとっての錆兎の存在を想像する時に煉獄さんを思い浮かべる炭治郎(ここでまたあのBGMのアレンジを流した上に、無限列車編からの映像を流すという――煉獄さんは何時まで我々を泣かす気なのか!)にグッときます。しかしまあこの辺り、身も蓋もないことをいえば、最終選別のシステムはどうしようもなさすぎただけなのでは――という気がします。確かに義勇が自分を恥じるのもわからないでもありません。
(それはさておき、原作ではよく見るとなんとなくいるレベルだった村田さんがはっきりその場にいるのはちょっと楽しいですが)

 なにはともあれ、前回の柱合会議での問題発言も、
「(俺は実際には柱の資格はないので痣も出せないだろうし、この場にはこれ以上いられないので)失礼する」
「俺は(名実ともに立派な柱である)お前たちとは違う(からこの場にいる資格なんてない)」
だったという――図らずも(?)しのぶの言葉が足りない発言が正解だったわけですが、もし真意が明らかになっていたらいたで、もっと周囲に怒られていたことは間違いありません。
 しかし、そんな面倒すぎる根性の義勇も、炭治郎が放った「錆兎から託されたものを繋いでいかないんですか?」という質問が(勝手に)クリーンヒットして改心。ここで最後まで義勇が語ればいい話で終わるのですが、何分本人の内面で完璧に完結しているので、炭治郎の面白発言に繋がってワヤになってしまうというのは、これはこれで、非常に鬼滅っぽいオチなのは間違いありません。

 そしてオリジナル台詞でなんとなくしのぶのことを気にする義勇にニヤニヤさせられるのですが、そのしのぶは――ということで次回に続きます。

 しかし蝶屋敷組といえば、義勇の元に行く前に、炭治郎がアオイに助言を求めるオリジナルのシーン、ここでのアオイの発言が全く役に立たなかったのは凄い――と思いましたが、自分自身(が戦えないこと)を引け目に感じている者という意味で、義勇に重ねてのことなのかもしれません。炭治郎には完璧に無視されましたが……


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2024.05.19

「コミック乱ツインズ」2024年6月号(その二)

 今月の「コミック乱ツインズ」紹介の続きであります。

『~江戸に遺る怪異譚~古怪蒐むる人』(柴田真秋)
 今号二つある特別読み切りの一つは、初登場の柴田真秋による時代ホラー。これまで『WEAPONS&WARRIORS 武器と戦士たち』などファンタジー漫画を発表してきた作者が、時代ものを描くのはこれが初めてではないかと思いますが、舞台となる夜の闇の暗さが印象に残る作品です。

 公務で尾張国は犬山に向かう侍・喜多村が渡し場で出会ったもの――それは逆立ちになって手と首で道を征く女の幽霊。驚いて刀を抜く喜多村ですが、川向うの村の庄屋の妻と名乗り、仇を討つために船に乗りたいという彼女の言葉を信じ、船頭を叩き起こすも……

 という、まず逆立ち幽霊の画的なインパクトに驚かされ、そして次にその願いを叶えようとする喜多村の豪胆さというか律儀さに妙なおかしみも感じる本作。しかしその先に待つのは、逆立ち幽霊という凄絶な存在に相応しい恐ろしい結末であります。
 物語的にはシンプルで、もう少し怪異を見ていたい気持ちもありますが、しかし、怪異に寄り添うような突き放すような喜多村の立ち位置から生まれる客観性は、不思議な後味を残します。(しかし首はどこに……)

 冒頭に「シリーズ読み切り」と記載されており、作者のSNSでも新連載と記されていることから、これからも本作は登場するのでしょう。諸国の監察を任としている喜多村が、次に如何なる怪異に出会うのか、楽しみにしたいと思います。


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 三村元親を明禅寺合戦で破り、西備前を手中に収めた直家。お互いの気持ちを確かめあったお福ともラブラブで絶好調――と、お福さんが直家に理解がありすぎて、これイヤ歴史小説だっりしたら絶対お福さんは裏があって直家に近づいていて、後で裏切る気まんまんにしかみえないのですが、さすがにそれは考えすぎでしょう。

 それよりも裏切るといえば、直家の一応主君である浦上宗景は、勢力を伸ばす直家をついに切り捨てることを決定。以前から腹黒いところは見せていましたし、意外ではありませんが――当時の勢力図を見ると、浦上領と宇喜多領が面積上は同じくらいで、いやこれは宗景でなくとも危機感を覚えるでしょう。というか、いかにも黒幕っぽい大物感を出してる場合ではないのでは……

 ついにお福と婚礼を挙げて幸せ一杯であっても、もちろんその動きに気付かぬ直家ではなく、それどころか彼の目は備前の外に向かいます。そこに現れるは、毛利、尼子、そして織田――と、新たなる強豪たちが登場し、ほとんど第一部完というノリで続きます。


『カムヤライド』(久正人)
 己の命を擲って海と一体化し、マイナス1.0な感じで海上のヤマトタケルたちに迫る天津神フトタマ。オトタチバナ・メタルは自重を考えずに突撃して豪快に沈み、モンコはある意味緊縛要員で行動不能、残るヒーローはヤマトタケルの神薙剣だけという状況です。
 次々とフォームチェンジを繰り返し、巨大なフトタママイナス1.0を撹乱しにかかる神薙剣ですが、パワーの源がニ=ギである彼は、地球の海の力を味方にしたフトタマに苦戦を強いられることに。そんな中、海に沈んだオトタチバナは……

 結果だけみれば神話通り、海に飛び込んだオトタチバナ。しかし彼女が自爆したのは、フトタマに奪われた(向こうにしてみれば元に戻した)ワカタケを取り戻すためですが、この状況下で彼女にできることはないのか。そしてそもそも吸収されたワカタケは既に存在を失っているのではないか――その答えが、今回描かれます。
 生まれも育ちも、姿形も力も全く異なるオトタチバナとワカタケ。しかしそんな二人をこれまで結びつけていたのは――その絆が二人を結びつける展開には、こちらもほう! と唸りたくなります。
(もっとも、今までオトタチバナの変身の技術・理屈が作中ではっきりと描かれていないこともあり、こういうことができるの? とちょっとすっきりしないところもありますが――いやもうこれはそういうものだと思うべきでしょう)

 本当にこれでいいの!? と思わなくもありませんが、ワカタケの神話上での位置づけを考えれば、これもある意味納得。さて、ここからの反撃は……


 次号は久々復活の『そば屋幻庵』が表紙&巻頭カラーで登場とのことです。

「コミック乱ツインズ」2024年6月号(リイド社) Amazon


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2024.05.18

「コミック乱ツインズ」2024年6月号(その一)

 早くも号数の上で今年も半分過ぎたことになる「コミック乱ツインズ」誌、表紙は『鬼役』、巻頭カラーは『不便ですてきな江戸の町』。特別読み切りで『懊悩寺おつとめ日鑑』と『~江戸に遺る怪異譚~古怪蒐むる人』が掲載されています。今回も特に印象に残った作品を紹介します。

『前巷説百物語』(日高建夫&京極夏彦)
 前回番頭たちから通報のあった睦美屋で起きたという怪異。それを調べるために睦美屋を訪れた南町の同心・志方たちは――というわけで、今回は怪異の「正体」が描かれることになります。

 肉で満ちたという座敷の襖を無理やり開けてみた先にあったのは、恐ろしいほどに膨れ上がった女主人・おもとの変わり果てた姿と、同じ座敷の中で圧死していた亭主の音吉の亡骸。その場にやってきた学者の久瀬は、この怪異は「寝肥」だと述べて……
 というわけで、既に材料は提示されていただけに、読者にとっては何が起こったのかほぼわかっている今回の「怪異」ですが、改めて絵としてみてみると、その仕掛けも思わず納得させられてしまうインパクトがあります。

 この仕掛け、後の又市のそれとはまた異なる、『前巷説百物語』らしい荒削りさ乱暴さではあるのですが――それはさておき、その又市といえば、三十両の借金を背負ってしまい、最後の酒をヤケ気味に飲んでいる有様。そんな又市に一生懸命話しかけるおちかさんがいじらしくてカワイイのですが、それはさておきそこに現れたのは――
 そういえばまだこの人が出ていなかった、という大物登場で今月は幕。次回で「寝肥」編は完結でしょうか。


『江戸の不倫は死の香り』(山口譲司)
 読んだらだいたい厭な気分になるのについつい読んでしまう本作、今回は妻を亡くした初老の武士・今井が、牛天神参りの帰りに仇な女・おとはと出会ったことから始まる悲劇。
 人並みに色好みではあれど、これまで本作に登場した男たちのようなギラギラしたものは感じさせない(中途半端に落ち着いた感じがまた厭にリアル)今井は、勝ち気なおとはの積極的なアプローチに深間になるも、実はおとはには夫と子がいて……

 とくれば、なるほどこれで密通扱いで大変なことになるのだな、と思ったらここからが変化球。無事に想い想われ結ばれて、と思いきや――誰が悪いといえばそれは決まってはいるのですが、しかしもう少しどうにかならなかったのか、と暗い気持ちになります(いつも)。
 冒頭と非常に厭な形で対になる結末も印象に残るのですが――天保10年の設定であれば、5月にしておけば、ラストで河鍋周三郎少年が……(やめなさい)


『ビジャの女王』(森秀樹)
 今回も続くビジャと蒙古軍との総力戦――蒙古の最後の攻城塔がビジャの城壁にのめり込みながら倒れたことで、図らずも橋になってしまった状況で、必死に水際で蒙古兵を食い止めるビジャの兵ですが、ついに三人の蒙古兵がオッド姫に迫ります。

 これまで城壁に一人立ち、督戦していたオッド姫。ビジャの城壁に守られていた状況、そして一兵も無駄にできない総力戦という状況では、彼女を守る兵はなく、もはやその運命は風前の灯……
 というところで、この先どうなるかは伏せますが、また色々な意味で大胆だなこの人、という気持ちになる展開が待ち受けます。そして滅茶苦茶信頼されているな、とも。

 まだまだ戦況はわかりませんが、ここでちょっと気になるのは、ビジャに突入した蒙古兵の中にいたムスリムの少年の存在。ナレーションによれば、次に登場するのはずっと先ながら、やがて大きな事を成すというのですが――このパターンは主人公側に碌な事がなさそうで不安になります。


 残りの作品はまた次回に。


「コミック乱ツインズ」2024年6月号(リイド社) Amazon


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2024.05.17

『君とゆきて咲く~新選組青春録~』 第4話「顔を上げておくれ お前が側にいてくれるだけで私の心は温かい」

 屯所から姿を消し、自ら命を絶とうとしていたところを、彼に執心する豪商・鵺野の手下に見つかり捕らえられた新之丞。一方、南無之介は、以前新之丞に絡んでいたゴロツキが鵺野の配下と知り、鵺野の屋敷に乗り込む。後を追う丘十郎だが、大作は同行を拒否、他の隊士も芹沢に止められて動けず……

 一度は浪士組に迎え入れられたものの、姿を消した新之丞。原因は自分にあるといわんばかりにどこかの山の中で自害しようとしたり、躊躇ったりしているうちに、見るからに怖そうなお兄さんに見つけられて――という展開で、やたらとサブタイトルが長い今回は始まります。
 前回、あからさまにいかがわしい感じだった渡辺いっけいいやさ会津藩御用達の豪商・鵺野。新之丞に執心して追いかけ回していた――というよりどう見ても一度囲っていたのを逃げられた感がありますが、連れ戻された新之丞は縛られて牢に放り込まれてというハードな展開であります。
 愛する主がそんなことになっているとは思いもよらぬ南無之介ですが、前回新之丞を狙っていたのが鵺野の手下だったことを思い出し、先日の接待の帰りに鵺野を屋敷に送って行った隊士からその場所を聞いて、殴り込みを決意します。いやいや、浪士組が商人宅を襲撃してはいかんでしょう、芹沢鴨じゃあるまいし――と思いきや、その芹沢はむしろ近藤や土方ら、幹部たちが同行するのを制止。というか君たち、「私ノ闘争ヲ不許」じゃないんか! いや、この頃はまだ局中法度はなかったとはいえ、もう少しこう……
(まあ、一度は仲間に加えた隊士が男色家に攫われて黙ってる壬生狼もイヤですが)

 そんなこんなで鵺野邸に向かったのは南無之介とお人好しの丘十郎だけ、大作は拒否ったのでただ二人で殴り込み――と、二人が簡単に奥まで入れる警護のザルっぷりが他人事ながら心配になりますが、南無之介が全く忍ぶつもりもないので簡単に見つかるどっちもどっち。
 ワラワラやってくるガラの悪いお兄さんたち相手に勢いで突っ込む若人二人ですが、ほとんど素人が木刀振り回してるだけなので、曲がりなりにも暴力のプロ相手には分が悪い。まあお約束で後から助けに来た大作が加わってもまだ不利は続きます。

 そんなグダグダな状況の中、自ら縛めを解いて抜け出してきた新之丞。喜ぶ南無之介に対し、しかし新之丞は「もうお前の知ってる「新之丞様」はいないんだよ」(意味深)と拒絶――しかし南無之介がもちろんそれで諦めるはずもなく、そんな南無之介を今度は新之丞が庇って、と麗しい主従愛の往復であります。
 そしてそこに遅れて乗り込んできたのは壬生狼の幹部連と芹沢。うちの若い連中が失礼しました、しかし鵺野さんもおかしな連中とやんちゃしてるのはいかがなもんですかねェ――とネチネチツッコむ芹沢に鵺野も黙るしかなく、浪士組の面々は新之丞を連れて堂々帰ることに……

 こういうのが人一倍好きそうにもかかわらず他の隊士を制止する時点で何かあるとわかりますが、若い連中が暴走したことにして、仲裁する体で相手に釘を差し、しれっと新之丞も引き取って帰るという、一種の腹芸を(自分は表に出ずに土方を使って)見せた芹沢。他の幹部たちが直情径行で突っ走るのに対してこのムーブは、色々な意味で役者が違うとしか言いようがありません。
 近藤が嫌いとを堂々と認めつつ、だからこそ共に歩む意味があると言ってのけるところも、今回の若い面子のドラマと重なる部分があって実に面白い。そのあとに覚悟を決めろと釘を刺すところも含め、本作ならではの芹沢像を描いているのは、好感が持てるところです。
(原作の芹沢像はとても古典的だっただけに……)

 そして何だかんだで会津藩にお目通りが叶うことになった浪士組ですが、その場で剣舞を披露するにことになり、「おう、悪いお知らせの登場だ」と指導役として現れたのは芹沢。もう芹沢が出てくると一人で場を掻っ攫ってしまいますが、どうやら次回は特訓話になりそうな予感です。


 そんなこんなの今回のエピソードで南無之介と新之丞の心がしっかりと結びついた一方で、相変わらず丘十郎に何か問われてもはぐらかす大作。しかし何故浪士組に入ったかと問われてようやく答えたのが、「もう死んでも構わない」と思ったから、というのはどういうことなのか。丘十郎が殴り込みに行った後で、昔の男を思い出しているようなシーンがありましたが……
 原作ではその辺り描かれなかっただけに、ちょっと期待したいところです。


関連サイト
公式サイト

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手塚治虫『新選組』 悩める少年が新選組で知ったもの

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2024.05.16

廣嶋玲子『隠し子騒動 妖怪の子、育てます』 親と子を巡る楽しくて黒い物語

 子供に生まれ変わった大妖と、彼を育てる青年の騒々しい毎日を描く妖怪時代小説の第四弾、第一シリーズから数えれば通算第十四弾は、シリーズ冒頭から登場している人間・久蔵を中心とした物語。今は妻と二人の子供に囲まれて幸せに暮らす彼の前に、ある日突然、彼を父と呼ぶ子供が現れて……

 我が子のように育ててきた少年・弥助を救う代償に、全ての記憶と力を失って赤子になった大妖・千弥。千吉と名付けて彼を育てる弥助ももう青年となり、忙しく妖怪の子預かり屋を続けています。

 しかし転生前同様、猛烈に弥助に執着する千吉は、彼を独り占めするために仮病を使うことを思い立って――というのが冒頭のエピソード。何だかんだで子供らしい考えが微笑ましい(ように見えて、文字通りのヤンデレ状態……)ですが、彼の思惑は、思わぬ形で東西の妖怪奉行を巻き込むことになります。
 相変わらず大人気ない二人にクスリとさせられますが、しかしそんな中で、ある妖怪の黒々とした思惑が描かれ、うそ寒い気分にさせられるのは本作らしいところでしょう。

 そしてこうしたキャラのやり取りの楽しさと、それと背中合わせの物語の怖さあるいは黒さは、この後も変わりません。続くエピソードでは、好色妖怪・黒守が弥助のところに人間の女の子を連れてきたことから騒動が始まります。
 妖怪・人間を問わず、それどころか男女も問わない好色ぶりで知られる黒守――そんな奴が、女の子を連れてきて、弥助に預けていったのだからさあ大変。しかもその子供が、大変にみすぼらしく汚い格好をしているときては、弥助的には見過ごしにできません。

 弥助がせっせと女の子の世話を焼くのがつまらない千吉は、黒守を追い払えば女の子を預かる理由もなくなる、と考えて、また一人で突っ走ることに――と、コミカルなエピソードのように見えますが、この女の子にまつわる物語がまた実に重い、というより黒い。
 この女の子が、黒守と出会うまで周囲から「ひる」と呼ばれていた、というだけで厭な予感がしますが、その通りに彼女の辿ってきた短い半生はあまりにも辛い。ある意味作者の本領発揮ともいえる、人間の醜いエゴをこれでもかと感じさせる内容であります。

 その上におかしな妖怪に目をつけられるとは――と、辛い物語を展開させつつ、終盤で一転、胸が暖かくなる物語に変えてみせるのもまた、作者の巧みなところであります。(特に女の子の名前の活かし方には脱帽!)


 そして本作の半分近くを占めるのが、タイトルのエピソードとなります。主役となるのは久蔵――弥助たちの長屋の大家であり、シリーズの冒頭から弥助と千吉(千弥)と関わってきたレギュラーであります。
 色々あって華蛇族の姫・初音と結ばれ、天音と銀音という双子の娘を授かって親バカぶりを発揮している久蔵ですが、元は大変な遊び人。そんな彼の過去が思わぬ形で影響を及ぼすことになります。

 ある日、突然彼の前に現れ、「おとっつぁん! 会いたかった!」と叫んだ少女・おまき。聞けば彼女の母親は、久蔵がかつて一緒に暮らした芸者のお八重だというのですから、傍から見れば明らかにクロであります。
 一端はおまきを帰した久蔵ですが、妻子は実家に帰ってしまい、久蔵は弥助のもとに転がり込むことに……

 という冒頭部分だけ見れば、よくある(?)人情ものの一幕かもしれませんが、もちろんそれで終わらないのが本作。おまきが久蔵をはじめとする周囲の者たちに、何とも厭なものを感じさせるのは何故なのか。母を亡くして久蔵を訪ねてきたはずの彼女が妙に良い身なりなのは何故なのか。そして彼女が頼っている相手とは……

 そこで明らかになる真実もキツいのですが、何よりも辛いのは、他者の悪意によって捻じ曲げられていく魂の存在でしょう。状況的にはあまり同情できないとはいえ、しかしもう少しどうにかできなかったのか――と、鉛を飲んだような気分となります。
 もう一つ、これも仕方ないとはいえ、親としてのエゴ全開の久蔵の姿もかなり辛い……(これは読者への情報の見せ方にもよるのですが)


 そしてこの事件の余波は、思わぬところに広がっていきます。妖怪と人間の間で邪悪な企みを巡らす存在の出現に、一転して緊迫した空気に包まれる弥助と千吉の周囲。もちろんこれに対して手をこまねいている大妖たちではありませんが――ラストではあまりに意外な展開が待ち受けます。

 シリーズファンほど、そんなまさか! と言葉を失う展開で、物語は次巻に続くことになります。


(しかし、弥助は妙なところでモテ期に入っているような……)


『隠し子騒動 妖怪の子、育てます』(廣嶋玲子 創元推理文庫) Amazon


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2024.05.15

泰三子『だんドーン』第3巻 笑えない状況を笑いと人情で描いて

 流石にここまで来るとコメディというのは苦しいのでは? と言いたくなるようなヘビーな展開が繰り広げられる『ダンどーん』、第三巻では安政の大獄を背景に、生き残るために必死の戦いを繰り広げる川路たちの姿が描かれます。内も外も厳しい状況の中、追い込まれていく若者たちの向かう先は……

 島津斉彬の理想を叶えるべく、西郷隆盛と共に裏工作に勤しんできた川路利良。しかし対立する井伊直弼配下の隠密・多賀者の頭領・タカによって斉彬が暗殺され、川路たちは一気に苦境に陥ります。

 お由羅騒動以来燻る薩摩藩内の争いもさることながら、最大の問題は、井伊直弼が実質幕府のトップに立ったことで、彼に反する立場の者たちが一気に弾圧される状況となったことであります。
 もはや個人の生死の問題ではなく、組織の存続の問題となれば、いつの時代も優先されるのは組織の方。かくて川路たちは、薩摩藩の後ろ盾も(ほとんど)なくなった状況で、生き残りを賭けて奔走する羽目に……


 そんな、あまりに笑えない状況で展開するこの第三巻。保守と改革、倒幕と佐幕と藩内が二分して対立・内輪揉めするというのは、この時代以降、諸藩で見られた風景ですが、改めて見れば実にやりきれないもの。本来であれば同郷の仲間であり、同志であるものを、時に切り捨て、時に粛清し――というのは冷静に考えなくとも異常な事態であります。

 この巻でいえば、(同じ薩摩藩ではないものの、斉彬の同志であった)月照を巡るエピソードが、特に腹にズンと来るものがあるのですが――しかし教科書で見た時、「何で西郷は坊さんと心中を!?」「やっぱり薩摩だから……」と失礼なことを考えてしまったこの出来事を、やりきれないながらも十分に納得のいく形で描いてみせるのは、本作ならではでしょう。

 さらにその直後の幕府からの糾問への対応は、ここしばらくの漫画界のトレンドというべき薩摩の戦闘民族っぷりを活かした展開で、なるほどこれは確かにコメディだわい、と妙なところで感心。
 その前の、大久保一蔵と島津久光の和解の本当にヒドい(褒め言葉)絵面も含めて、真面目にやればどんどん深刻になっていく物語に笑いを投入することで緩急つけてみせる、その手腕は見事というべきでしょう。
(そしてそれだからこそ、余計に深刻さも際立つわけであって……)


 そしてその緩急自在の手腕は、もちろん笑いの方面だけに発揮されるものではありません。

 本作において川路たちの宿敵であり、怨敵である多賀者の頭領・タカ――あまりの実力者ぶりに、直弼への忠誠心以外に本当に何を考えているかわからない、まさに「怪物」にしか見えなかった彼女の、「人間」としての情というべきものが、この巻において垣間見えることになります。
 それも、読者がおそらく一番恐れていた事態の中で……

 冷静に考えてみれば、タカたち井伊家サイドはもちろんのこと、川路たち薩摩藩サイドも、政治のために生き、政治のために殺し殺される人々の姿には、現代の我々にとっては感情移入し難いものがあります。
 それを時に笑いで、時に泣かせでこちらの心を様々な形で動かし、その揺れの中で登場人物たちの心情をダイレクトに理解させる――人間ドラマとして納得させるというのは、本作の最大の魅力であり、成果であると感じます。


 そしてその人間ドラマの最初の集大成、最初の山場というべき桜田門外の変は、目前に迫っています(ここで唯一の薩摩藩からの参加者・有村次左衛門が何故その立場になったかのドラマがまた巧い)。
 この巻のラストで、薩摩藩と井伊家と、「双方にとって」尊い犠牲を払った諜報戦が、そこにどのように関わっていくのか――次巻に注目です。


『だんドーン』第3巻(泰三子 講談社モーニングコミックス) Amazon


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2024.05.14

『鬼滅の刃』柱稽古編 第一話「鬼舞辻無惨を倒すために」

 廃城を根城に人々を襲う鬼を追う不死川と伊黒。しかし追い詰めた鬼は、異空間に姿を消してしまう。無惨との決戦が近いことを予期したお館様は柱たちを召集、「痣」の出る条件を確認する。そして決戦に備えて柱稽古の実施を決定する柱たちだが、一人冨岡のみは別行動を取ろうとしていた……

 ここしばらくは年に一度のお楽しみという印象のアニメ版『鬼滅の刃』ですが、順調にエピソードを重ねて、ついに「柱稽古編」までやってきました。これまで、炭治郎たち&柱と上弦の鬼たちの壮絶な戦いが続いてきましたが、今回はサブタイトル通りに「稽古」、つまりは訓練・特訓というわけでキャラクターの生き死には基本的にナシ、そして柱たちのキャラ描写も多いというわけで、キャラクターファンにとっては嬉しいエピソードなのではないかな、と思います。
 そして基本的にびっくりするくらい原作に忠実なこのアニメ版ですが、それでもどこかでオリジナル展開が用意されているもので、この柱稽古編第1話では、冒頭からいきなり原作になかった風柱と蛇柱の活躍が描かれたのは嬉しい驚きでした。

 古城という、これまでありそうでなかった舞台で繰り広げられるのは、二人の柱と、そこに巣食う無数の鬼たちの激突。よく考えてみれば、岩柱を除いてこれまで戦う姿を見せていない、そして(ネタばらしではありますが)しばらく活躍の場面がない――さらに言ってしまえば、これまでやたらと炭治郎に当たりがキツくて、原作を読んでいない方にはずいぶん印象の悪いであろう二人に活躍の場面が用意されたのは、なるほど納得ではあります。
 相手は雑魚鬼ばかりということで、気持ちの良いくらい無双っぷりを見せてくれた二人ですが、その一方で、鬼たちのリーダーらしき鬼が逃げ込む先として、いずれ戦いの舞台となる無限城を垣間見せたのは、心憎い描写かと思います(無限城を鬼殺隊に見せたということで、この鬼が後で無惨様に惨殺されてなければいいんですが……)

 さて、その後は基本的に原作通りの展開ではありますが、これまでに比べると、柱たちの登場するシーンと炭治郎たちのシーンの順番をシャッフルしたり、細かい描写を加えたりと、やはり色々と手を入れている印象はあります。
(これはオリジナルというか演出の範囲ですが、煉獄さんの鍔が出てきた時に、無限列車編の曲のアレンジを使うのは泣かせます)
 考えてみればこの柱稽古編は原作の第128話から第136話、次の章のプロローグ部分を入れても第139話まで。これまでのエピソードに比べてもずいぶん少ないわけで、おそらく6月末までの7,8話で描くにはずいぶんと余裕があります。その分オリジナルの描写が入るのであれば、それは個人的には大歓迎であります。

 そしてこの回のラストで柱稽古がスタートしましたが、治療中の炭治郎の参加はまだ少し先。それまで彼は何をしているのか――それは次回のお楽しみ。今回はお館様の鎹鴉が珠世さんのところを訪れたところで終わりましたが、イイ声のお館様の鴉も異常に声がイイ、というわけで、最後の最後にまさかの速水奨というサプライズでした。


 さて、今回個人的に印象に残ったのは、柱合会議での恋柱のヘッポコ可愛い言動で――この前の「刀鍛冶の里編」で強く感じましたが、恋柱はアニメで声がついたことで原作以上にキャラクターが地に足がついたものになった印象があります。
 もっとも、今回はそういう真面目な話は抜きにして、純粋にリアクションがいちいち面白かったわけですが――上で述べたようにこういう柱の数少ない素の姿が見れるのも、柱稽古編の楽しさであります。


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 『鬼滅の刃』 第二十一話「隊律違反」
 『鬼滅の刃』 第二十二話「お館様」
 『鬼滅の刃』 第二十三話「柱合会議」
 『鬼滅の刃』 第二十四話「機能回復訓練」
 『鬼滅の刃』 第二十五話「継子・栗花落カナヲ」
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 『鬼滅の刃 無限列車編』 第一話「炎柱・煉獄杏寿郎」
 『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』(その一) 真のクライマックスに燃える男!
 『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』(その二) 理不尽な結末の先の希望と人間肯定

 「鬼滅の刃」遊郭編 第一話「音柱・宇髄天元」
 「鬼滅の刃」遊郭編 第二話「遊郭潜入」
 「鬼滅の刃」遊郭編 第三話「何者?」
 「鬼滅の刃」遊郭編 第四話「今夜」/第五話「ド派手に行くぜ!!」
 「鬼滅の刃」遊郭編 第六話「重なる記憶」/第七話「変貌」

 「鬼滅の刃」刀鍛冶の里編 第一話「誰かの夢」

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2024.05.13

6月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 もう今年も半分近くが過ぎてしまう――そんな事実に愕然としつつ、月に一度の楽しみである新刊情報に目を向ければ、6月は特に小説が大変な充実ぶり。5月の寂しさが嘘のような、6月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 というわけで先月との差にちょっと驚いてしまう6月の文庫小説のラインナップですが、まず新作ではシリーズ第三弾にして完結編の『剣樹抄 インヘルノの章』(冲方丁 文春文庫)、早くも続編登場の『あらごと、わごと 魔軍襲来』(武内涼 徳間文庫)、さらに『戦国快盗嵐丸 今川家を狙え』(山本巧次 講談社文庫)と『軒猿の娘』(岩室忍 中公文庫)、これだけでも嬉しくなってしまうラインナップ。
 さらに、新作劇場版公開を7月に控えた『モノノ怪』ノベライズが、『モノノ怪 鬼』(仁木英之 KADOKAWA角川文庫)と『劇場版モノノ怪 唐傘』(新八角 同)、一気に二点登場します。

 この二点はどちらも角川文庫ですが、これに加えて文庫化・復刊でも『よって件のごとし 三島屋変調百物語八之続』(宮部みゆき)、『幻月と探偵』(伊吹亜門)、『黒牢城』(米澤穂信)と、角川文庫から惜しみもなく一気に刊行。ちなみに『三島屋変調百物語』は、漫画版の第3巻(宮本福助&宮部みゆき KADOKAWA BRIDGE COMICS)も同月に刊行されます。

 そしてそれに加えて単行本では『歌人探偵定家 百人一首推理抄』(羽生飛鳥 東京創元社)、そしてそしてシリーズ完結編の『了巷説百物語』(京極夏彦 KADOKAWA)が刊行と、もういつ読めばいいのか!? という嬉しい悲鳴を上げるしかありません。
(しかし了巷説百物語は、定価にも軽く悲鳴が上がりますが……)


 さて、小説のインパクトにちょっと霞みますが、漫画もかなりの点数が登場します。
 特に新登場は三点、題材の意外さに驚かされる『ごぜほたる』第1巻(十三野こう 集英社ジャンプコミックス)、真正面から忍者を描く『Xinobi ―乱世のアウトローたち―』』第1巻(藤堂裕 集英社ヤングジャンプコミックス)、そしてちょっと意外な作品の漫画化の『楊貴妃、綺羅羅』第1巻(中澤泉汰&夢枕獏ほか 秋田書店プリンセス・コミックス)が刊行されます。

 その他、シリーズものの続巻では『修羅の刻』第22巻(川原正敏 講談社コミックス月刊マガジン)、『どろろと百鬼丸伝』第10巻(士貴智志&手塚治虫 秋田書店チャンピオンREDコミックス)、『鉄腕ザビエル』第2巻(美谷尤 講談社モーニングKC)、『ZINGNIZE』第11巻(わらいなく 徳間書店リュウコミックス)、『柳生裸真剣』第6巻(永井豪とダイナミックプロ 小学館ビッグ コミックス〔スペシャル〕)、そして『ガス灯野良犬探偵団』第3巻(松原利光&青崎有吾 集英社ヤングジャンプコミックス)と、気になる作品が並びます。


 祝日がないことで勤め人を悲しみに暮れさせる6月ですが、これだけのラインナップが並ぶのであれば、むしろ早く来てくれ、といいたくなりますね。


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2024.05.12

『君とゆきて咲く~新選組青春録~』 第3話「急接近」

 町でならず者に囲まれた青年を見かけた丘十郎・大作・南無之介。南無之介はそれが自分がかつて仕えていた松永新之丞であると知り、身を挺して助け出すのだった。屯所で養生することになった新之丞を、浪士組に迎え入れると決める土方たちだが、新之丞の想いは……

 回を追うごとにキャラ同士の距離感がおかしくなっていく『君とゆきて咲く』、第3話のメインとなるのは、これまで丘十郎・大作に並んで妙に目立っていた南無之介です。壬生浪士組の中では新人ではあるものの、主人公二人よりちょっとだけ先輩、そして同じ山南組に配属される=問題児扱いの南無之介ですが、彼にとっての守りたい相手が登場することになります。

 前回ラストに三人が見かけたのは、ならず者に囲まれた青年でしたが、実はそれはかつての南無之介の主家の次男・新之丞。南無之介の母が新之丞の乳母、南無之介も幼い頃から新之丞の遊び相手を務めていたということで、南無之介にとっては思い入れもひとしおですが、松永家は安政の大獄の煽りを食らってお取り潰しとなっていたのであります。
 しかし、他家に養子に出たはずの新之丞が、
何ゆえ町中で怖いお兄さんたちにいたぶられていたのか――というのは今回は謎(公式サイトのストーリー紹介には書いてありますが)。とりあえず行きだおれ状態の新之丞は、南無之介が壬生浪士組に担ぎ込んで――と、いきなり部外者を連れ込むのに渋い顔の山南ですが、(妙にガチムチな上半身を露わに)土下座する南無之介に頼まれて、認めてしまうのもまた山南らしいところであります。もっとも、南無之介は絶対そこまで思い至ってはいないと思いますが、訳アリの人間を匿うのに、屯所ほど安全な場所はないわけですが……

 とはいえ、部外者を置いておくのはいかがなものか――ということで、近藤と芹沢が、あからさまに怪しい渡辺いっけい(公式サイトを見るまでわかりませんでしたが、会津藩御用達の豪商とのこと)を接待している間、新之丞の扱いを協議する土方たち。
 わざわざ幹部連中が雁首揃えて話し合うことかな、とは思いますが、追い出すべきという原田、倒幕派に走っても困るという斎藤と、意見の違いの中に微妙にキャラクターが出るのが面白い。結局、本作においては鬼っぽくない、というよりむしろ妙にいい人の土方の決断で、新之丞は壬生浪士組に迎え入れられるのですが――しかしここで明らかになる新之丞のナニっぷり。

 少なくとも剣の腕は、やる気以外はド素人の丘十郎以下――その丘十郎との立ち会い風景は、素人同士で危なっかしすぎる上に、新之丞がヘタレるとすぐに南無之介が突っ込んできて丘十郎に食ってかかるという、コントのような展開で、これは見ている大作も笑うしかありません。
 しかし、おそらくはこんな状況を最も気に病んでいるのは新之丞自身でしょう。周囲の期待や厚情――特に南無之介の過剰な世話焼きは、決して本人は押しつけているつもりではないからこそ、新之丞にとって重い負担になっていることは容易に想像がつきます。そんな想いが積み重なってか、新之丞はついに置き手紙を残して屯所から姿を消し――と、この話続くんだ、という感じで次回に続きます。


 という今回のエピソード、さすがにオリジナルではあるのですが、しかし南無之介と「松永」新之丞については原作にベースがあるのが面白いといえば面白いところです。

 原作での南無之介は新選組隊士ではなく、仏南無之介という名のニヒルな剣士――長州の間者であった新選組隊士・松永主計(実在の人物)の無二の友を名乗る浪人であり、成り行きから主計を斬った丘十郎を父の仇と狙う主計の娘・八重を支えて、助太刀する強豪であります。
 そんなわけでおそらくはこの八重が本作では新之丞に変わったということなのだと思いますが、問題というか何というか、原作では南無之介は実は八重に懸想しており、丘十郎との決戦前には妻になってくれと迫るという場面があるという……

 本作の流れでいえば、丘十郎と新之丞が仇同士になるとはまず思えないわけで、原作とは大きく異なるわけですが、それでもまあ原作の人間関係を思うと、どういう顔をしたらよいかわからない気分になります。
 南無之介が新之丞の手の血豆をいきなり口で吸うという、「いや普通は忠義心でそういうことはしない」な場面があったりするだけに――そして丘十郎と大作の距離が妙に近いだけに――この先の展開が色々な意味で気になります。
(というか八重、原作ではほとんど唯一の女性キャラだったんですが……)


関連サイト
公式サイト

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2024.05.11

ゾンビ時代小説記事まとめ

 『歴屍物語集成 畏怖』が発売されたこともあり、ここでこのブログでこれまでに取り上げたゾンビ時代小説を振り返ってみるのもそれなりに有益(?)かな、ということで、ゾンビ時代小説に関する過去記事まとめであります。

 正直なところ、自分のブログの過去記事のまとめというのは気が引けるものがありますが、そこそこ長期間運営しているからにはそれなりの蓄積があるもの。少なくとも長編についてはこれまで発売された作品の九割は押さえているのではないかと思います。

 なお、ここでいうゾンビ時代小説は、原則としてゾンビが(敵キャラの一人や敵キャラの使う術として)作中に登場するだけではなく、物語において中心となるとなる作品を挙げています。あくまでも原則として。


 さて、当ブログで大々的にゾンビ時代小説を扱ったのは14年前の2010年。ゾンビ時代小説特集として以下の五つの作品を紹介しました。
ゾンビ時代小説特集 第一回「神州魔法陣」
ゾンビ時代小説特集 第二回「関ヶ原幻魔帖」
ゾンビ時代小説特集 第三回「あやかし同心 死霊狩り」
ゾンビ時代小説特集 第四回「魔剣士 妖太閤篇」
ゾンビ時代小説特集 第五回「幕末屍軍団」
ゾンビ時代小説特集を終えて

 実は最初の『神州魔法陣』は、思い切り冒頭に挙げた原則に抵触しているのですが、それでもここで取り上げた理由はまあ記事をご覧ください。
 五作品ですがこの時点でのほぼ重要作品は押さえたラインナップですし、「ゾンビ時代小説特集を終えて」はそれなりに面白いことを書いていると思います。

 なお、『幕末屍軍団』の短編版については、この特集以前に以下で取り上げています。
「幕末屍軍団」(短編) 屍者から見た幕末


 これ以降は単発で作品を紹介してきましたが、その中でも最も重要かもしれない、くノ一vsゾンビの『くノ一秘録』三部作の紹介はこちら。
『くノ一秘録 1 死霊大名』 戦国ゾンビー・ハンター開幕!?
『くノ一秘録 2 死霊坊主』 死霊vs死霊の地獄絵図
『くノ一秘録 3 死霊の星』 妖星堕つ、そして第三の死霊

 内容的にはいわゆる「第一部完」なのですが、もし続いていたらとんでもない作品になっていたのではないか、という可能性を見せてくれた作品でした。

 その他、如何にも続きそうで続かなかったのが以下の作品。脱力もののタイトル(この時期の作者の作品ならではですが)ながら、なかなかシビアな作品でした。
『新選組!!! 幕末ぞんび 斬られて、ちょんまげ』 黄昏の時代の人とゾンビと

 一方、今回まとめるまでゾンビものだったと忘れていたのはこの作品。
山田正紀『松井清衛門、推参つかまつる』 趣向満載の怪獣時代小説、しかし
 それもそのはず、怪獣時代小説(このジャンルもいつかまとめたい)枠だったのですが、ゾンビ要素も大きいという、不思議な作品です。

 そしてもしかしたら日本最長のゴーストハンター時代小説シリーズ、『百夜・百鬼夜行帖』でも第12章(本シリーズは一章六話)がゾンビもの。
平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第12章の1『犬張子の夜』 第12章の2『梅一番』 第12章の3『還ってきた男(上)』
平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第12章の4『還ってきた男(下)』 第12章の5『高野丸(上)』 第12章の6『高野丸(下)』
作者らしい伝奇性とロジカルさが印象に残るエピソードです。


 このほか、色々あってまだ取り上げられていないのは、森晶麿の初期作品にして怪作『奥ノ細道・オブ・ザ・デッド』(これは歴史改変ものの枠では、という気もしますが)くらいでしょうか。

 また、ゾンビ時代小説特集で触れているように、ゾンビメインではないのでここでは外しましたが、荒山徹『魔風海峡』は、時代小説史上に残る最低(褒め言葉)のゾンビ禍が描かれる作品です。(タイミングが合わずブログ記事はなし)
 もう一つ、中見利夫の暗号伝奇時代小説(?)ものの蒼海&友海シリーズの一つ『軍師の暗号』は、これもゾンビメインではないのですが、終盤のゾンビ(というかアンデッド)軍団大暴れは印象に残ります。
「軍師の秘密」 恐るべき勘介の暗号


 というわけで、まとめてみると結構な数のあるゾンビ時代小説まとめでした。

 そして『歴屍物語集成 畏怖』に続く!

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2024.05.10

『歴屍物語集成 畏怖』(その三)

 歴史小説ミーツゾンビという驚愕のアンソロジー『歴屍物語集成 畏怖』紹介の第三弾・最終回であります。本書の掉尾を飾るのは、最もこうした世界から遠いと思われた作家。しかしその描く世界は、それだけに大きな驚きと深い感動を呼びます。

「ねむり猫」(澤田瞳子)一八二六年、江戸城大奥
 ある朝、息を引き取っているところが見つかった徳川家慶の側室・お波奈の方の愛猫・漆丸。お波奈の方が知る前に亡骸の焼却処分を求める局女中に、漆丸を可愛がってきた部屋子のお須美は強く反発します。

 大奥に古くから現れる奇病「腐れ身」。人に限らず、犬や猫、鼠などに感染し、感染したものに咬まれたり、傷をつけられたりした相手は、意識を失った後に同様の存在となって、周囲の人や獣の肉を食もうとする――漆丸は他所の局に現れた腐れ犬と組み合い、この病に罹患していたのです。

 自分たちを守って罹患した漆丸、天涯孤独の自分を癒やしてくれた漆丸を焼くわけにはいかないと決意を固めたお須美。彼女は元部屋子だったというお半下の助けで、漆丸を連れて大奥を抜け出します。そんなお須美と漆丸たちを、ある目的を秘めて追う侍たち。追い詰められたお須美たちの運命は……

 本書の最後に掲載された五番目の作品の作者は澤田瞳子――本書のメンバーの中で、おそらく最も「そうしたもの」から遠い作品を発表してきた作家であります。
 はたしてその作者が如何なる形でゾンビを描くのかと思えば――冒頭二作品に登場した感染するゾンビを描き、そして大奥では実は古くから腐れ身=ゾンビ病が蔓延っていたという、伝奇性の強い設定であることに驚かされます。

 しかしその設定にアプローチする切り口は、あくまでも作者独自のものであります。
 可愛がってきた猫がゾンビ化する運命を背負った幼い少女が、猫を慈しむ一心(この辺りの猫への想いが強く伝わってくるのは、作者が愛猫家なればこそでしょう)で繰り広げる逃避行。その中で彼女は、腐れ身を巡る残酷な事実と、それすら利用しようとする大奥の大人たちの思惑を知る――大奥を題材とすることで、ゾンビを題材にこのようなドラマを描けるのか、と胸を打たれます。

 そして特に印象に残るのは、腐れ身と結びつけて大奥に語り伝えられている側室・お紺の方の存在であります。
 ふとしたことから腐れ身に感染した己の愛娘が完全に化け物となっても慈しみ続け、ついには時の将軍の命で、姫君ともども焼き殺されたというお紺の方――その「真実」は物語の終盤で明かされますが、そこに示されているものは、ほかならぬ大奥でゾンビが留まることなく生まれ続けている理由を(象徴的な意味で)暗示しているように感じられます。

 もちろん、お須美を愚かと笑うことは容易いでしょう。彼女の行動は問題からの逃避であり、幼い愚かしさの現れなのかもしれません。しかし彼女が抱えた煩悶と苦しみは、間違いなく彼女が己のためだけに、あるいは命じられるがままに動く「ゾンビ」だからではなく、「人間」だからこそ抱くものなのです。
 『ペット・セマタリー』の変奏曲にも、あるいはゾンビ・パンデミックものの序章のようにも取れる設定から描かれる、命の意味と重みを描く物語――お須美の覚悟に、どんなに小さくとも幸あれと祈るばかりです。


 東北に調査にやって来た学者(幼い頃に何度か神隠しに遭い、官僚としての勤めの傍らに奇談を蒐集しているという……)が、不死と称する女から聞いた物語という構成を取る本書の全五篇。
 かつては我々と同じ存在であり、そしてあるいは我々もいつかこうなるかもしれない(!)怪物――人外の魔族でも、宇宙からの怪物でもない、我々と地続きの存在・ゾンビ。
どの作品も、そんな「身近な」存在だからこそ感じられる畏怖と悲哀に満ちた作品といえるでしょう。

 ゾンビという刺激的なテーマを扱いながらもそれぞれの作家性を発揮し、そしてゾンビを通じて歴史のifとその中の人間の姿を浮かび上がらせた、名品揃いの一冊であります。


『歴屍物語集成 畏怖』(天野純希・西條奈加・澤田瞳子・蝉谷めぐ実・矢野隆 中央公論新社) Amazon

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『歴屍物語集成 畏怖』(その一)
『歴屍物語集成 畏怖』(その二)

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2024.05.09

『歴屍物語集成 畏怖』(その二)

 フレッシュな歴史小説の名手たちがゾンビ歴史小説を競作する驚きの企画『歴屍物語集成 畏怖』紹介の第二弾です。壮絶なゾンビとの死闘から一転、今回取り上げる作品では個性的な生ける死人の物語が描かれます。

「土筆の指」(西條奈加)江戸時代初期、中部地方
 半月ほど前に亡くなった稗八の墓から、土筆のようなものが四本突き出しているのを見つけた小坊主の真円。しかしひとりでに蠢くそれが、墓の中から突き出た指だと気付いた真円は、兄弟子の実慧に慌ててそれを知らせます。
 そこで実慧が寺男の悟助に手伝わせて墓を掘り起こしてみれば、そこにいたのは半ば腐っているのに確かに動いている稗八。好奇心から彼を検分する実慧ですが、後に遺した恋女房の名を聞いた途端、稗八が暴れ出して……

 前二作で激しいゾンビとの戦いが描かれただけに、まさかまさか西條奈加も――とドキドキしましたが、蓋を開けてみれば本作は、どこか民話めいた中に生々しさを散りばめた、作者らしさを感じさせる物語であります。

 臆病な真円、好奇心旺盛な実慧、異様に冷静な悟助の三人が、それぞれ生ける死人にリアクションする様は、深刻なはずの物語にどこか呑気な空気を与えます。(特に科学者的な視点で稗八を見る実慧が可笑しい)
 しかしそんな中で、やがて明らかになっていくゾンビ側の事情は、あくまでも深刻で切実であります。むしろゾンビの側に人の情を感じさせられるとは! と終盤の展開には驚かさるのですが――そんな、これまでと一線を画すゾンビ誕生を巡る結末の一捻りにも理由にもまた脱帽です。


「肉当て京伝」(蝉谷めぐ美)一七九三年、江戸銀座
 何をしたってうまくゆく人生を送ってきた山東京伝が、妻に迎えた元遊女のお菊。遊女の頃から深く馴染んでいたお菊ですが、しかし彼女は京伝に、自分は実は陸に上がった人魚だと打ち明けます。
 驚きながらもそれを受け容れ、仲睦まじく暮らす二人ですが、やがてお菊は病に侵され、日に日に弱っていくことになります。

 しかし一度死んでも甦ると語った通り、亡くなった後に、京伝の前に戻ってきたお菊。ところが生前の姿から変貌していく彼女を恐れるようになったいく京伝。そんな彼に対して、お菊は食事時にある行為を強いて……

 本書の中で最も異色作というべき本作は、相当に変化球の生ける死者の物語であると同時に、極めて切なく、そして恐ろしい愛の物語であります。

 京伝の妻・お菊(実在の人物であります)が実は人魚だった――というだけでも驚かされますが、それは人間と化け者が同じ世界にごく普通に存在する、ある意味作者らしい世界観といえるでしょう。しかし本作の凄まじさはそこから先にあります。
 強く愛し合った二人が幽明界を異にした時、その界を越えようと誓ったことから生まれる恐怖と哀しみの物語は、古今東西に(それこそこの国の始まりの時から!)存在します。しかしそれをこのように「料理」してみせるとは――作者の着想の卓抜さに驚くばかりです。

 しかしそんな本作で何よりも心に刺さるのは、終盤にお菊が呟く、ある言葉でしょう。彼女の「熱くて粘り気のある」愛に応える覚悟を決めた京伝の想いと、ありのままの自分を受け止めてほしい彼女のそれと――その両者の間に、どうしようもない断絶があることを突きつけるその言葉を、我々はどう受け止めるべきでしょうか。

 極めて特殊な生ける死者の物語だからこそ描ける、しかし男と女の普遍的な愛のすれ違いの姿がここにはあります。


 もう一回続きます。


『歴屍物語集成 畏怖』(天野純希・西條奈加・澤田瞳子・蝉谷めぐ実・矢野隆 中央公論新社) Amazon

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『歴屍物語集成 畏怖』(その一)

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2024.05.08

『歴屍物語集成 畏怖』(その一)

 様々な作家と作品に巡り会えるアンソロジーという形式は胸がときめくものですが、それが現在の、そしてこれからの歴史小説を背負う面々の作品集とくれば見逃せません。それもテーマがゾンビ、つまり生ける屍の物語とくれば!

 そんな本書に参加しているのは、矢野隆・天野純希・西條奈加・蝉谷めぐ美・澤田瞳子――いずれもデビュー十数年、蝉谷めぐ実に至ってはわずか四年という面々。それぞれ独自の作風を持つ作者たちが、歴史上に現れた生ける屍たちを如何に描くのか――時代ホラーからは縁遠い印象の作家もいるだけに、大いに気になるところです。

 ゾンビ時代劇というのは、他のメディアも含めれば実は決して少ないわけではないのですが、しかしこれだけの顔ぶれで描かれるというのはおそらく初めて。ここはやはり、一作品ずつ紹介するほかありません。


「有我」(矢野隆) 一二八一年、壱岐
 骸の山の中で目覚めた男・海野三郎。記憶は薄れて言葉も喋れず、自分の四肢も上手く動かせない男を突き動かすのは強烈な渇き――異国から来襲した敵の船で目覚めた三郎は、少しずつ自分の記憶を思い出しながらも、船の中に死を撒き散らしていきます。

 三郎に傷を付けられた者は彼と同様の存在と成り果て、死者が死者を生む地獄の中、三郎の向かう先は……

 巻頭において本書の何たるかを強烈に示す本作は、元寇を背景に描かれる物語。デビュー以来、様々な「戦い」を描き続けてきた作者ですが、しかしこれだけ奇妙で奇怪な作品は、さすがになかったと断言できます。
 何しろ本作の主人公は、ほぼゾンビになりかけの日本人武士。ある望みを抱いて異国の軍勢との戦いに赴いた彼が、何故かゾンビと化して目覚め、ほとんどゾンビ視点から物語が描かれていくのは、凄まじいとしか形容しようがありません。

 さて、ここまで無造作に「ゾンビ」という言葉を使ってきましたが、ここでいうそれは、生ける屍(アンデッド)という広義の意味であります。もちろん広義のゾンビにも様々なタイプがいますが、本作はいわゆるロメロゾンビ――緩慢な動きながら強烈な力を持ち、そして食人欲求に動かされ、傷を受けた者も同じ存在になり果てるという、生ける死者です。
 これまでロメロゾンビが時代劇に登場することは皆無ではありませんでしたが、しかしそれを武士の成れの果てとして描き、半ば死者、半ば武士として戦わせてみせたのは本作くらいではないでしょうか。

 「何故」という部分に触れられていないのも気にならなくなるほど、凄まじい勢いで駆け抜ける一編です。


「死霊の山」(天野純希)一五七一年、近江比叡山
 比叡山の僧兵として、日々高利貸の取り立てに明け暮れる信濃坊。ある晩、恋人の百合のもとを訪れた彼は、近頃坂本で狐憑きが続発していると聞かされます。
 突然人が変わったように人に襲いかかり、体がボロボロになっても暴れ続けるというその存在を一緒に臥した信濃坊ですが――しかしその晩、百合の隣人たちが狐憑きに変貌、それだけでなく坂本中で狐憑きが出現し、無数の犠牲者が出るのでした。

 百合を連れて逃れた比叡山で、あまりに意外な狐憑きの正体を知った信濃坊。この地獄から何とか逃れようとする信濃坊と百合ですが……

 戦国時代を中心に骨太の、そしてその中に時に奇想を交えた作品を発表してきた作者が描くのは、戦国時代の比叡山を舞台とした物語であります。主人公の信濃坊は悪法師としかいいようのない男ですが、それだけにリアリストの彼が、突然現実を侵食する生ける屍たちに襲われ、恋人と逃れようとする姿が、一人称で描かれていくことになります。

 なるほど、ゾンビに追われての逃避行(と立て籠もり)は一種の定番ですが、それをこの舞台でこう描くのか! と驚かされる一方で、時代と場所、そしてゾンビの弱点から、終盤の展開は予想できるかもしれません。
 しかし、最初のロメロゾンビ映画を思わせる悲劇を描きつつ、そこからさらに一歩踏み込んで、残酷な運命の暴力に一矢報いようとする「人間」の姿を描いてみせたのには脱帽であります。まさしく、作者ならではのゾンビ歴史小説であります。


 次の記事に続きます。(全三回)


『歴屍物語集成 畏怖』(天野純希・西條奈加・澤田瞳子・蝉谷めぐ実・矢野隆 中央公論新社) Amazon

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2024.05.07

片瀬由良『帝都吸血鬼夜話 少女伯爵と婿入り吸血鬼』 人と鬼の契約結婚を通じて「家族」を問う

 日本の過去の時代を舞台に吸血鬼が登場する作品というのは少なくありませんが、本作はその一つであると同時に、なんと契約結婚もの。新種の吸血鬼に挑むため、吸血鬼の男が、吸血鬼退治の一族の少女の下に婿入りするというユニークな作品であり、同時に「家族」という存在を問う物語であります。

 時は明治、突如出現した新種の鬼「羅刹鬼」に手を焼く日本古来の吸血鬼と人間たち。そんな中、吸血鬼の名門・千秋一族の一人・紫峰は、人間の対吸血鬼の一族・四乃森家の少女伯爵・紅蝶の訪問を受けます。
 紅蝶が語ったのは対羅刹鬼の秘策――人間と吸血鬼が誓約を結ぶことで、互いの能力を羅刹鬼に匹敵するものに引き上げる「血誓」の存在。十年前、紅蝶に命を救われた過去がある紫峰は、一族の長・残月の勧めもあり、彼女と血誓を結ぶことになるのでした。

 しかしそれには条件が一つ――血誓を結んだ男女が一つ屋根の下で不自然なく暮らすには、結婚という体裁を取る必要がある。そう紅蝶に迫られた紫峰は、非常に不本意ながら紅蝶と「結婚」する羽目になります。
 かくて東京で四乃森家の婿として紅蝶と暮らしながら、羅刹鬼と戦うこととなった紫峰。しかし彼には、東京である人物を探すという密かな目的がありました。そして紅蝶の側にも、隠された思惑が……


 故あって結婚の形を取って二人で暮らすことになったものの、お互いの間には愛情はなかった二人が、様々な出来事を経て惹かれ合い、想いを育てて本当の夫婦になっていく――そんな契約結婚(偽装結婚)ものというジャンル。
 吸血鬼と人間が、共通の敵と戦うために「血誓」(いってみれば使い魔契約みたいなもの)を結ぶ本作は、伝奇アクションとこの契約結婚ものの要素を、うまく絡めあわせているといえます。

 冷静に考えると、結婚しなくても一つ屋根の下にいられるのでは――という気もするのですが、紫峰がイケメンで紅蝶の好みだから、という理由を持ち出してくるのも、楽しいところです(と見せかけて――なのですが)。

 しかし、契約結婚の当事者(特にそれを言い出した側)に、隠された、そして複雑な事情があるというのも、このジャンルの一つの定番といえるでしょう。
 実はこの結婚の陰に、紫峰には決して明かせない、壮絶で切実な想いを秘め隠した紅蝶。この紅蝶の真実が明かされ、二人の想いがぶつかった時に何が起きるのか――それが本作の一つのクライマックスであることは間違いありません。


 そしてこのような本作を構成する要素の中で、欠かせないものが一つあります。それは「家族」――我々にとって最も身近で、最も小さな社会の単位である「家族」が、本作においては様々な、そして極めて大きな意味を持つのです。

 実は元は人間(それも吸血鬼を狩る側)であったものが、故あって命を落としかけたところを当の吸血鬼に助けられ、その一員となった紫峰。本作における日本土着の吸血鬼は、力ある一族の長を「親」として吸血鬼になる存在――いわば彼は、吸血鬼の家族に迎え入れられたことになります。
 一方の紅蝶は、吸血鬼狩りで知る人ぞ知る名家の生まれながらも、ある事件で当主だった父をはじめとする家の者ほとんど全てを失い、若くして伯爵の地位を継いだ少女。つまりは家族を失いながらも、家というものを否応なしに背負う立場にあります。

 後天的に吸血鬼になった(=家族となった)紫峰と、家族を吸血鬼によって喪った紅蝶。そんな二人が結婚によって新たな家族となろうとする――血の繋がりが断たれ、再び繋がる、そんなどこかアンバランスで切実な関係性は、「血」というもので繋がる人間と吸血鬼のそれと重なり合う時に、重い意味を持って浮かび上がります。

 さらにもう一人、本作において強く強く家族を求めた人物の存在を思う時、家族とは何なのか、何を以て真に家族と呼ばれ、家族を作ることができるのか――そんなシンプルで、それでいて難しい問いかけを本作は描いていると気付きます。
 そして結末に描かれるその答えは、完璧なものではないかもしれませんが、しかし十分なものとして感じられるのです。新しい一歩を踏み出させる力を持つものとして……


 独特の世界観に相応しく、主人公カップルのほかにも、なかなかに魅力的なキャラクターたちが活躍することもあり、本作が一作限りで終わるのは、非常に勿体ないと感じます。
 何よりも、二人がこれから如何なる家族を作ることになるのか――その更なる答えを見せて欲しいと、強く願っているところです。


『帝都吸血鬼夜話 少女伯爵と婿入り吸血鬼』(片瀬由良 マイナビ出版ファン文庫) Amazon

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2024.05.06

『鬼武者』 第肆話「魅」

 さよを救い出すため、指定された破れ寺に足を踏み入れた武蔵一行。そこで待ち受けていたのは、二十年も前に武蔵に倒されたはずの吉岡三兄弟だった。幻魔と化して甦った三兄弟に、鬼の篭手を装着した挑む武蔵。一方、平九郎らは伏鐘の中に閉じこめられ、火を付けられたさよを助け出そうとするが……

 気がつけばもう折り返し地点の本作ですが、今回描かれるのは、いわば中ボス戦ともいうべき展開――前回登場した謎の三兄弟との決戦が繰り広げられます(三人まとめてというのがまた中ボスっぽい)。

 謎とはいいつつ、前回のクレジットで既に正体は吉岡三兄弟とわかってはいたのですが、本作においては既に武蔵に斬られて死んだはず、という扱い。その詳細は語られませんでしたが、武蔵が亦七郎相手に、七十人集めても俺に勝てなかった云々と煽りを入れるところを見ると、巷説のような(あるいは武蔵を描くフィクションの大半のような)経緯で倒されたのでしょう。
 つまり、清十郎が道場で武蔵に倒される→報復に向かった伝七郎が返り討ちに遭う→亦七郎が一乗寺下り松で吉岡一門総出で武蔵を討とうとするも亦七郎だけ斬って武蔵が逃げる――という流れですが、ある程度この辺りの知識がある人間ならともかく、(吉岡一門の説明はあったものの)もう少し描写があった方が、因縁の対決ということで盛り上がったのではないかと感じます。
(Netflixということで、海外展開が前提なわけですし……)

 そしてこの吉岡三兄弟、既に二十年ほど前に死んでいるとのことですが、そんな時間の隔たりもなかったように復活するというのは、ちょっと何でもありになってしまい、個人的にはどうかなあと感じます。というか、対武蔵以外にはあまり意味がなさそうなので、武蔵が来ることを予想して復活させたのでしょうか……

 と、色々と考えてしまいますが、戦いの方は、幻魔化して腕のリーチが伸びた清十郎、同じく全身の筋肉が異常に発達した伝七郎、足が異常に発達した亦七郎と、三人それぞれ違う部位がパワーアップし、それを用いた連続攻撃を放ってくるというのが基本パターン。三人がかりで一人を襲うというのは、武芸者としていかがなものか――と、幻魔にそんなものを求めるのが間違っているわけですが、亦七郎など登場時点で武蔵の懐に瞬間移動して、ほっぺたを舐めて離脱するという、文字通りの舐めプをしたりするくらいで、余裕と自信はたっぷりあるのがわかります。
 対する武蔵の方も、最初から鬼の篭手を装備して全力で勝負する体勢ですが、やはり三対一というのはどう考えても不利で、押されまくった末に大ダメージを受けて昏倒するまで追い込まれることになります。

 いや、武蔵にも仲間たちがいるわけですが、こちらは人質に取られたさよ救出に忙殺されることになります。地面に伏せた寺の鐘の中に閉じ込められ、しかも周囲に巻いた縄(?)に火をつけて燃やすという、変形の道成寺パターンになり、放っておけば蒸し焼きというさよを助けるために、佐兵衛・平九郎・海全は必死に鐘をひっくり返そうとするのですがこれが難しい。
 梃子の原理で悪戦苦闘する中で、何と海全は燃える鐘に手をかけると、自らの手のみならず体が焼け焦げるのも構わず鐘を倒すべく力を込め――と、ある意味こちらの方が盛り上がります。

 一方、武蔵の方も追い込まれて覚醒――というより鬼の篭手に意識を乗っ取られて大暴れ。それでも武蔵は二刀だが俺たちは三人、つまり刀は三本あるから武蔵は勝てない! という説得力があるのかないのかわからないロジックで挑む吉岡三兄弟ですが――予想通りというべきか、前回討たれた五郎丸の忘れ形見・鷹の次郎丸の乱入に体勢を崩され、特に伝七郎はズババババッサリ感を決めらた末に、皆仲良く魂を鬼の篭手に吸われる羽目に……
 しかしそれでも鬼の篭手は満足しないのか、虚ろな表情で敵の亡骸にザックザックと刀を突き刺すという、かなりコワい状況になってしまった武蔵。しかしそれを最後の力を振り絞った海全が止めて武蔵も正気に戻り――何だかすっきりはしないものの、何とか勝利であります。

 そして息を引き取る海全。侍を嫌い(理由は結局語られませんでしたが)、武蔵だけでなく他の面子にも冷然と接してきた海全ですが、その最期の姿は、決して彼が頑なだけの存在ではなかったことを示す、一つの大往生であったかと思います。


 一方、吉岡兄弟など所詮捨て駒、と嘯く伊右衛門の傍らには、やたらと長い刀を背負った剣士が――ああやっぱりこの人もいるのね、というところで、物語は後半戦へ……


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2024.05.05

白井恵理子『黒の李氷・夜話』第7巻

 中国を舞台に、遠く神話の時代から続く愛と転生の物語も、この第七巻でついに完結となります。その舞台となるのは、何と清朝末期、西太后の時代――義和団事件を背景に、意外な形で出会う李氷とセイ。二人の想いの行方、そして天地と人間を巡る因縁と運命の行方は、ここに大団円を迎えます。

 時は1900年、西太后が実権を握る清を揺さぶる、宗教結社・義和団の決起。この時代では西太后麾下の巡撫(総督)・毓賢として転生したセイは、義和団鎮圧に向かった山東省で、義和団の頭目が、奇怪な術を操る少年であることを知ることになります。
 一方、毓賢の部下としてこの時代に現れた二郎真君は、李氷の黒衣=畢方が、彼と離れ離れになっていることを知ります。そして義和団の襲撃を受けた毓賢の救援に入った二郎真君が見たものは、その黒衣を失った李氷が義和団を率いる姿だったのであります。

 セイのことも忘れ、ただ無邪気ともいえる態度で義和団を使嗾して暴れまわる李氷。死人たちの群れで構成された義和団員を率いる李氷は、連合国軍も蹴散らし、ついに北京に入城――抵抗を続けるセイは、そこで意外な真実を知ることになります。
 そんな中で女カの記憶を甦らせていくセイ。しかし女カの記憶が戻った時に最後の心臓がみつからなければ、女カは天地を閉ざしてしまう――天界のその予言通りに迫る天地崩壊の時。その中で李氷の選択は……


 これまで殷・周・秦・前漢・後漢・三国時代・唐・元と、古代を中心とした中国王朝を舞台に描かれてきた本作。その最終章の舞台はぐっと時代が下って、清朝末期となります。
 いささか意外にも感じられる選択ですが、しかしそこには大きな意味が二つあります。一つはそれが中国最後の王朝(の、さらにほぼ最期の時)であること。本作が、実在が確認されている中国最古の王朝・商の誕生から始まったことを思えば、この結末の舞台は対応関係にあるといえるでしょう。

 そしてもう一つは、この時代で皇帝ではないものの、ある意味皇帝を凌ぐ実力者であり、実質的に王朝の運命を決めたのが女性――西太后であったことであります。
 何故そこに大きな意味があるかは、この最終章、いや本作全体の秘密に関わっているために語りにくいのですが、ここでは特に最終章においては、女性性――特に男性優位の社会における女性の在り方が、物語のキーとなると述べておきましょう。

 これまで、作中で様々な歴史上の人物に転生したセイ=女カ。その転生先は、ほとんどの場合(唯一、王昭君のみ女性だったのは、今にしてみれば実に惜しい)、我々の知る歴史では男性でありながらも、本作においては女性という設定で描かれてきました。
 それは李氷とのロマンスの関係によるものだとばかり思い込んでいましたが、そこにこのような意味があろうとは! と、最後の最後で仰天させられました。
(そしてこの最終章で、いかにも転生先となりそうな西太后本人に転生しなかったのも、なるほどと納得がいくところです。)

 もっともこの辺りは最後の最後で一気に説明されたという印象で、穿ったことをいえば、物語当初からどこまで想定されていたかはちょっとわかりません。
 しかしその内容は物語の根幹を為す大秘密として間違いなく盛り上がるものであると同時に、神話レベルの壮大な物語の締めくくりが、ある意味実に人間的な想いであることに逆に説得力を感じます。

 それと同時に、セイを求める李氷の物語であると思われた本作が、実は李氷を見つめる――見つめようとするセイの物語であったことに、静かな感動を覚えた次第です。


 そして全ては終わり、全てが始まる。歴史ものとしては反則になりかねない(そして個人的にはちょっと苦手な)結末ですが、しかし本作に限ってはそれが最も正しい結末であると、清々しい気持ちで納得できる――そんな物語の大団円であります。


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2024.05.04

伊藤勢『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』第6巻 浄蔵激闘 そしてついに来たあの言葉!?

 映画『陰陽師0』が現在公開中ですが、こちらもある意味晴明と博雅の0からの物語では? という気もする『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』の第6巻は、いよいよ物語の核心に突入することになります。二十年前の出来事に関わる最後の人物・浄蔵を訊ねた晴明と博雅が知る事実とは……

 都で二十年前の平将門の乱に関係した人物たちを襲う、奇怪な事件の数々。その謎を追う晴明と(勝手についてくる)博雅は、俵藤太から、将門との壮絶な戦いの始終を聞かされることになります。
 その後、興の赴くままに訪れた月夜の朱雀門で、鬼面の美女と出会い、笛を交換して思うままに吹き鳴らす一時を得た博雅。実はこの美女こそは、将門にまつわる怪事を起こしている一党の重要人物だと知らずに……

 そしてついに二十年前の出来事を知る最後の、そして最も重要な一人・浄蔵のもとを訪れる二人。そこで浄蔵が語るのは――という引きで終わった前巻ですが、この巻の前半では、若き日の浄蔵と将門の首との、凄まじい争闘が描かれることになります。

 浄蔵の助けを得た俵藤太との死闘に敗れ、五体をバラバラにされながらも、なおも命を持ち、語るのを止めない将門の首。これを滅ぼす決意を固めた浄蔵は、密かに首を盗み出し、護摩行と称して、炎で滅せんとしたのであります。しかし如何に尋常ならざる法力を持つ浄蔵でも、俵藤太の神刀で斬られてなお生きながらえる首を焼き尽くすのは容易ではありません。
 かくて精神的・形而上的世界だけでなく、物理的世界でも壮絶な死闘を繰り広げる浄蔵。その末に、ついに首を灰にした浄蔵ですが、真の問題はその後に起きることに……


 と、まさかのこの巻の表紙独占となった浄蔵。これまで晴明が「此度のことは浄蔵様が一番深いところまでご存じなのかも知れません」とまで語りながらも、登場したのは二十年前に俵藤太に勝利の鍵となった鏑矢を与え、そしてその戦いの中に壮絶な加持祈祷を行ったくだりくらいでしたが、満を持しての登場は、待たされただけのものがありました。

 そもそも浄蔵は、ある意味晴明以上に怪人物というべき存在。加持祈祷を得意としただけでなく、天文・医学・卜筮・管弦・文章にまで秀でたマルチな才能人だっただけでなく、奇怪な逸話にも事欠きません。
 菅原道真の怨霊に苦しむ藤原時平のために加持祈祷を行った(がその怨念の前に諦めた)。八坂法観寺の塔が傾いたのを呪いで戻した。そして何より、一旦死した父・三好清行を復活させた――そんな人物の存在感が、ここでは違和感なく描かれます。

 そしてその最たるものが、ここで描かれる将門の首との戦いであることは言うまでもありません。法力による戦いは、これまでも無数の作品で描かれてきましたが、作者のイマジネーションと画力の限りを尽くして描かれる戦いは、ただ圧巻というほかありません。
(四天王召喚の件の凄まじいパワー!)


 しかし浄蔵の証言は、この奇絶怪絶な戦いに終わりません。その後に彼が語った言葉こそは、これまで断片的に語られてきたことを繋ぎ合わせ、「敵」の目的を浮かび上がらせるものなのですから。
 第四巻・五巻で描かれた二十年前の戦。第三巻で描かれた(そしてこの物語の始まり自体で晴明も関わった)百鬼夜行の晩の惨劇。さらに五巻で描かれた将門公と謎の男の会話(いわゆる将門岩の逸話)――そこに「今」起きている怪事の数々を重ね合わせて明らかになった恐るべき目的とは!

 と、これはまあ神の視点を持つ読者にとってはある程度予想がつくものではありましたが、こうして数々の伏線が結びつき、ついに巨大な像を結ぶ様は、やはり圧巻というべきでしょう。

 しかし真の圧巻は、その先にあります。これ以上博雅を巻き込まないために、同行を断ろうとする晴明。しかし博雅がその手を取って同行を告げる言葉こそは――来た! ついにあの言葉が来た! と言いたいところですが、それが過渡期ともいうべきか、微妙に異なるものであるのがまた興味深い。
 思えば本作の互いの呼び方は「晴やん」「博雅様」と(前者はともかく)他人行儀なのですが――それがいずれ対等のものになるのでは、これから晴明と博雅の物語が真に始まるのでは!? とテンションも上がってしまうのです。


 そしてさらに容易ならざる真実が明らかになりながらも、その決意を示すように晴明と共に文字通り爆走する博雅。俵藤太も加わり、風雲急を告げる中、ついに現れたのは――と、始まりどころか都が終わりかねない状況の中、非常に良いところで次巻への引きとなります。


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2024.05.03

『君とゆきて咲く~新選組青春録~』 第2話「トドカヌオモイ」

 晴れて壬生浪士組入隊を許され、大作や南無之介と一緒に山南の下に配属された丘十郎。しかし期待と違い、町のゴミ拾いや炊事といった雑用ばかりなのに腐るのだった。そんな中、丘十郎は町で父の仇・庄内玄悟を見かけ、挑みかかったものの一蹴されてしまう。そのまま止めを刺そうとした玄悟だが……

 何だかミュージカルの一場面を思わせるダンスシーンが入るOP(前回はEDに流れましたが)を経て始まった今回、第一話がプロローグだとすれば、物語が本格的に動き出した感があります。といっても前半はキャラクター紹介編といった趣きで、南無之介が丘十郎に教える形で、先輩隊士たちの説明をするのがメインとなります。
 前回も触れましたが、実在の隊士たちは、その典型的なイメージを踏まえてビジュアル化・キャラクター化されている感のある本作。特に冒頭で紹介される原田の体育会系ぶり(大作の「豪快槍」呼ばわりが可笑しい)や、誰がどう見ても山南にしか思えない山南(しかし袴にわざわざ山南の名前入りというのはツッコミどころ)などが印象に残ります。そしてある意味オチとして登場する、「怖い先輩」感のある芹沢も……

 また、印象に残るといえば、沖田と斎藤という、史実でも新選組屈指の使い手だった二人が、本作では実際に動ける(殺陣を見せられる)俳優が演じているのも嬉しい。寡黙で黒いコスチュームのいかにも斎藤らしい斎藤と、同じく寡黙で時々悟ったようなことを言う(これはなかなか斬新な)赤いコスチュームの沖田と、対照的な二人の立合いシーンはなかなか見ごたえがありました。(――あれ、そういえば永倉は?)
 しかし、その立合いの中で、沖田の大作評が語られるのがまた面白い。前回ラスト、強くなりたいという丘十郎に「剣は人を斬るためのものではない。己の心を斬るものだよ」という言葉を与えた沖田ですが、その彼が大作を「剣に迷いがなさすぎる」「己の心を斬っている。まるで死人の剣」と評するのに込められた意味は――今後の展開を思えば、天才ならではの直感というべきでしょうか。
(前回ラストで突然説教めいたことを言い出した時には、血は争えない――などと思ってしまったのですが)

 そして後半は、丘十郎と大作の関係が再び掘り下げられることになります。自分の前歴を語ったものの、仇討は諦めろといわんばかりの態度を取る大作に反発する丘十郎。ところがそのタイミングで仇である長州藩士・庄内玄悟を見かけしまった丘十郎は、勢いだけで突っ込んでいき、返り討ちにあうことになります。
 文字通り一蹴された上、玄悟に斬られそうになる丘十郎――と、ここで当然大作が止めに入るかと思いきや彼は動かず、止めに入ったのは耳にピアスをした土佐弁の「謎の男」(役名)。過激派の維新志士にも顔が利く、妙に人懐っこい土佐弁の男の正体は――まあどう見てもあの人なのですが今回は明かされず、大作はこの謎の男から意識を失った丘十郎を託されることになります。大作が屯所に連れて帰ってくれたことを知った丘十郎は、甘い物好きの大作にお礼代わりに汁粉を作って振る舞うのでした。


 ――と、何かいい雰囲気になって終わったのですが、丘十郎が大作に訊ねた、壬生浪士組に入った理由も、玄悟と戦わなかった理由も結局語られぬまま。まだ第二話なのでこの辺は引っ張って当然なのですが――前回、玄悟が原作の土佐藩士から長州藩士に変更になった理由についてあまり深く考えませんでしたが、なるほど、原作の設定を考えると、これは明確な意図を持っての変更なのだな、と感じさせられます。

 また、原作といえば今回のエピソードはほとんどオリジナル――と思いきや、丘十郎が仇の庄内と出くわし、斬りかかるという展開が入隊直後にあるので、この辺りを踏まえたものでしょう。もっとも、原作の丘十郎はそれなりに腕が立ちますし、大作も普通に助太刀するので、むしろ「謎の男」が丘十郎を止めに入るのですが……
 あ、大作が甘いもの好きなのは原作通りです。


 さて、ラストには南無之介がかつて仕えていた松永家の若君・新之丞が登場するも、何やらガラの悪い連中に絡まれて――と、やたらとキャラの距離が近いEDで、主役コンビ並みに距離の近い南無之介と新之丞が次回はメインになりそうですが……


関連サイト
公式サイト

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2024.05.02

「鬼切丸伝年表」と「朝松健 一休もの年表」をnotionで作ってみました

 ネタに詰まると年表をいじり出す人間なので、以前からdokuwikiで作成・公開していた「鬼切丸伝年表」「朝松健 一休もの年表」を、notionで作成してみました。

 内容的には以前のものと大きな変更ありませんが(鬼切丸伝年表の方は第19巻のデータを追加)、関連人物名の欄を追加しました。
 本来であればデータベース形式なので絞り込み等が出来るのですが、公開版は静的ページになってしまうため、画面上部のタブで表示の切り替えを可能にしています。
 鬼切丸伝年表の方は、時代区分別にまとめたものと、ギャラリー形式で表紙画像が表示されるものを、一休年表はギャラリー形式のものを作ってあります。(ほとんど同じ時代ですので――将軍の代で分けるという手はあるのかな)

 notionをいじり始めて日が浅いので、もっと良いやり方があるかもしれませんが、勉強しつつ、この後は本体の年表をデータベース化していく予定です。

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2024.05.01

楠桂『鬼切丸伝』第19巻 いよいよ佳境!? 元禄の世に蠢く鬼たち

 神器名剣・鬼切丸を手に、時を超えて鬼を斬り続ける少年の姿を描く連作シリーズもなんとこれで19巻。本編である『鬼切丸』を巻数の上では上回るのはほぼ確実になりました。この巻では元禄時代を描く物語が二編、大坂の陣直後を描く物語が一編と、三つのエピソードが収録されています。

 この巻冒頭の、あまりにインパクトのあるサブタイトルに驚かされる「鬼畜生類憐みの令」は、そこから察せられるように、徳川綱吉の生類憐れみの令が背景となる物語。

 令の徹底で野犬が蔓延る江戸。野犬に襲われたのを恋人の多吉に助けられた少女・お小夜は、多吉を役人の拷問で殺された上、自分も役人に暴行されかかるのですが――突然現れた巨大な犬が役人を食い殺すのでした。
 その後も次々と役人を食い殺す犬。お小夜は、その犬をひどい人間しか襲わないお犬様と呼んで崇めるのですが……

 様々なバリエーションがあるとはいえ、犬の姿の鬼とは珍しい、と思いきや、結末で意外な事実が明らかになるこの一話完結エピソード。ほとんど救いがない物語ですが、結末で描かれる悪法を悪法たらしめる所以は、あまりにも説得力があります。


 そして同じ元禄時代、それも徳川綱吉の周辺を描くのが「大奥鬼狂い」前後編。ここで中心人物となるのは飯塚染子――名前を聞いてすぐ誰か気付く人は少ないのではないかと思いますが、ある人物の母といえば、ああ、という方もいるのではないでしょうか。

 己の美貌に強い自信を持ち、将軍の子を生むと大奥に入った染子。しかし自分が下女に過ぎず、将軍へのお目通りは夢のまた夢と思い知られされたところに、大奥に出没する鬼が彼女の運命を変えます。
 将軍の寵を競う中、執念や怨念が凝り、時として鬼と化す大奥の女たち。その鬼の一人と対峙した染子は、正面から鬼を役立たずの徒花と一喝、鬼と成ってでも上様の子を生んでみせると言い放ち、鬼と化した女を絶望から死に追いやったのです。

 それをきっかけに大奥でも知られるようになった染子でしたが、彼女に目をつけたのは綱吉ではなくその寵臣・柳沢吉保。ある意図から吉保の側室となった染子は、柳沢邸に御成した綱吉とついに対面し……

 というわけで染子は、吉保の子であり、綱吉のご落胤という説もあった柳沢吉里の母。元禄時代を舞台とした時代劇では幾度か題材となっている吉里ですが、その母から描くのはかなり珍しいと感じます。
 しかも本作の染子は、その美貌とド正論で、鬼と成った女性を殺すという、本作でもかつてなかったような力の持ち主。もっとも、本人も鬼と成っても構わないと言っているわけで、そんな人間がどのような運命を辿るかは言うまでもないわけですが、ここでは意外な一ひねりが加えられています。

 その果てに待つ結末――ああ、これは鬼切丸の少年は弱いパターンと納得――の先にまた一ひねりと、なかなかに凝った構成のエピソードです。(ちなみにラストシーンは、時間軸的に現時点では一番後ということに……)


 そして時代は遡り、ラストの「橙武士鬼醜聞」前後編では、大坂の陣に始まる物語が描かれます。
 大坂の陣で橙(見かけばかり立派で役に立たないことの喩え)武士といえば薄田兼相が浮かびますが、本作で描かれるのは、それと並び称された(?)大野治胤。重臣の大野家の一員ながら、戦場での失策から橙呼ばわりされ、さらに堺を焼き払ったために戦後は堺衆に火炙りにされるという、因果応報のような最期を遂げた人物であります。

 しかしこの大野治胤、火炙りにされた後、消し炭の状態から徳川の兵に襲いかかり、灰となって散ったという逸話が残ります。
 今回はこの逸話を踏まえ、鬼切丸でも斬れない灰の鬼と化した治胤が登場するのですが――実はメインとなるのは鬼と化した死者の魂を祈りで人に返す力を持つ尼僧。鬼切丸の少年も驚く力を持つこの尼僧が、物語の鍵を握ることになります。

 クライマックスで明かされる彼女の正体は――これまた鬼切丸の少年は弱いパターンですが、人間と鬼という存在を体現するようなその姿は、少年ならずとも強く印象に残るはずです(反面、治胤が単なる悪役となってしまったきらいはありますが……)。


 さて、現在も連載が続いている本作ですが、本書のあとがきでは「いよいよ佳境」等、気になる言葉が書かれています。まだまだ人間嫌いが治らない少年ですが、はたして『鬼切丸』にどのように続くのか、その辺りも期待したいと思います。


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