« 『鬼滅の刃』柱稽古編 第三話「炭治郎全快!! 柱稽古大参加」 | トップページ | 冬野ケイ『神様の用心棒』第3巻 その先を描いた漫画版、ここに完結 »

2024.05.29

伊吹亜門『帝国妖人伝』 歴史の一ページに現れる探偵の名

 歴史ミステリの魅力の一つは、歴史上の有名人が探偵役として、己の特技を発揮して名推理を見せることではないでしょうか。全五話の短編から成る本作は、それぞれ異なる「探偵」が登場する物語。無名の文学者・那珂川二坊を通じ、探偵=妖人たちの姿が浮き彫りにされます。

 尾崎紅葉に師事し、文学者を目指すもなかなか叶わず、三文記事の執筆で口を糊する男・那珂川二坊。ある日、ネタを探して簡易食堂に足を運んだ彼は、前の晩に徳川公爵邸に盗人が入ったことを知ります。
 しかし被害はほとんどなく、盗人は逃走途中に塀から落ちて死んだ――客の中にいた、邸で働く母を訪ねてきて一部始終を目撃した男の話を聞いた那珂川ですが、それに対して福田と名乗る別の客が異論を唱えるのでした。

 最初の男の話の矛盾を理論的に突き崩していく福田が語る真相とは――


 本書は、この「長くなだらかな坂」を皮切りに、明治後期から太平洋戦争終戦直後に至るまでの期間を舞台に、那珂川を語り手とした全五話から構成されています。

 源平合戦の取材に出かけた山中で雨に降られた末に、何者かに殺された死体を発見した那珂川。茶店で雨宿りをしていた人々の中から犯人探しが始まる「法螺吹峠の殺人」
 ルポ執筆のためにポツダムを訪れた那珂川に、酒場で絡んできたドイツ人学者。居合わせた日本人武官が彼を追い払ったことをきっかけに、日本の隠居軍人の自決事件の謎解きに巻き込まれる「攻撃!」
 戦地の激励のための講演を依頼されて勇躍上海に渡ったものの、戦況の激化でホテルに逼塞を余儀なくされた那珂川。同じホテルにいた中国人横領犯が密室で殺され、館内の人間たちに疑いがかかる「春帆飯店事件」
 終戦直後の北野天満宮で倒れていた那珂川を介抱した皮肉な医学生が、その場で何が起きたのかを解き明かしていく「列外へ」

 基本的に那珂川は事件に関わりはするものの傍観者で、彼の前に現れた別の人物が探偵役として事件の真実を解き明かす。そしてラストにその人物の後世の名が明かされる――本作はそんな構成の連作集です。

 冒頭で述べたように、歴史ミステリにおいては――多くの場合、いまだ若く無名ながら既にその才能を発揮している――有名人探偵の登場が、大きな魅力の一つであります。
 本作の魅力もまさにそれではありますが、ほとんどの場合、読者にはその探偵が何者かわからず、それ自体が一つの謎として描かれる――しかもそれが五話それぞれで描かれる――というのは、本作ならではの趣向でしょう。

 もちろん作中には探偵の正体を示すヒントが散りばめられているのですが、その人物の事績等によほど通じていなければ気付かない場合がほとんどで、最後の最後アッ! と驚かされるばかりでした。
(唯一、第五話のみは個人的な趣味からすぐに探偵の正体はわかりましたが――なるほどこの人物が歴史ミステリに登場する時代になったか、と不思議な感慨が)


 しかしその一方で、この趣向があまりプラスに働いていない――はっきり言ってしまえば、この事件はこの探偵でなくとも成立するのでは、この事件にこの探偵が居合わせる必然性はないのでは、と感じる作品が多かったことは否めません。
 あるいは作中において「妖人」の「妖人」たる所以が発揮される部分が少ないとも。

 有名人が探偵役だからこそ、その場に、その事件に有名人が居る必然性があってほしい――有名人探偵ものが好きなだけに、その点にどうしても採点が辛くなってしまいました。

 もっとも本作の場合、さらにもう一つの趣向が用意されていることは考慮に入れるべきでしょう。
 最後の最後に語られるその趣向、本作のタイトルの由来にも関わるその趣向――それを考えれば、長い歴史の一ページ一ページを切り取ってみせた本作において、あるいはこの点は必要以上に重く捉える必要はないのかもしれません。

 歴史ミステリ、有名人探偵ものにして、一種の年代記ともいうべきユニークな作品であります。


『帝国妖人伝』(伊吹亜門 小学館) amazon

|

« 『鬼滅の刃』柱稽古編 第三話「炭治郎全快!! 柱稽古大参加」 | トップページ | 冬野ケイ『神様の用心棒』第3巻 その先を描いた漫画版、ここに完結 »