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2024年6月

2024.06.30

諸星大二郎『アリスとシェエラザード~仮面舞踏会~』 古式ゆかしい怪奇に挑むレディ二人

 ヴィクトリア朝のイギリスを舞台に、霊媒のアリスと助手のシェエラザード、二人のレディが怪奇に挑む連作シリーズの第二集です。今回二人が挑むのは、一筋縄ではいかない怪奇現象に、邪悪な術者の危険な罠――第一集よりもさらに怪奇度の高まった数々の物語が描かれます。

 ロンドンで人探しの名手として知られるアリス・ミランダと助手のミス・ホブスン(シェエラザード)。優れた霊感と降霊術で相手を見事に探し当てるアリスと、彼女に危険が迫ったときサーベル片手に猛然と立ち向かうミス・ホブスン――これまでも数々の怪事件に挑んできた二人の活躍は、本書でも変わることはありません。

 夢の中に現れた女をモデルにしたいという、さる高名な画家の依頼を受けた二人が、ついに見つけたその女・ジュディスの恐るべき企みを知る「ユディット」
 最近評判の霊媒の屋敷で行われる交霊会に、霊媒として参加することになったアリスが奇妙な出来事に巻き込まれる「交霊会の夜」
 さる蔵書家が持っていたファウストゥスの魔術書から、悪魔召喚法のページの文字と図だけが盗み出されたのを追う二人が、邪悪な企てに巻き込まれる「四辻の悪魔」
 ある絵を贈られて以来、病み疲れ別人のような顔に変貌したミス・ホブスンの友人を救うため、絵を追った二人が再び邪悪な女術者と遭遇する「ユディット再び」
 臨終の床にある男から、夜ごとベッドの脇でカードゲームに興じる二人の不気味な男が何者で、何を賭けているか確かめるようアリスが依頼を受ける「5枚のカード」
 必ず何か奇妙なことが起こる、あるいは幽霊が混じっているという噂の仮面舞踏会に招かれた二人が、城の血塗られた過去を垣間見る「仮面舞踏会」
 ロンドン近郊の農家でいなくなった猫を探すことになったアリスが、周囲で猫が次々と行方不明になっていると知り、交霊会で猫たちを呼び出す「猫の交霊会」
 前話で依頼を受けた農家とその親戚が争っている土地の境界に立った小屋を訪れた二人が、不気味な怪物に襲われる「境界の小屋」

 アリスの世慣れた性格と霊能力、そのアリスのために大暴れするミス・ホブスンの武闘派ぶり、二人のキャラクターはもうすっかりお馴染みなだけに、どんな事件でも安心して見ていられるのですが――しかし描かれる物語は、前作と少々趣を変えているように思われます。

 前作にあった、ドタバタ騒動の奇妙な味わいは薄れ、不気味な黒魔術の企てや不可解な霊現象が前面に描かれる――それは本書から登場した二人の宿敵ともいえる女魔術師ジュディス(これがまた実に作者らしい妖女ぶり!)の存在に拠るところも大きいのかもしれませんが、全体的に古式ゆかしい英国調のホラーに寄せていると感じます。

 特にそのテイストを強く感じさせたのは「四辻の悪魔」と「5枚のカード」です。
 悪魔召喚という古典的題材を、奇怪な魔術――それも実に漫画的にビジュアル映えするもの――と絡め、四辻近くの廃教会という不気味な舞台でムードたっぷりに描いてみせる前者。
 悪魔を思わせる不気味な二人の男が興じるカードゲームが謎めいたままに続き、結末に至り、思いもよらぬ「勝負手」として現れる後者。

 どちらもM・R・ジェイムズをはじめとする古典英国ホラーを思わせる巧みなアイディア、そして意外かつフェアな物語展開が印象に残る名品であり、同好の士にはぜひ味わっていただきたいものです。

 もちろんその一方で、「猫の交霊会」のような、どこか抜けた味わいの(しかし愛猫家的には全く笑い事ではない内容なのですが)物語があったり、密かにレギュラーになりつつあるドクター・グーリンのすっとぼけた味わいのキャラクターなど、懐古趣味では終わらない、硬軟取り混ぜた味わいがあるのはいうまでもないところではあります。


 いずれにせよ本作からは、作者がこの二人と、二人が活躍する怪奇な冒険にすっかり入れ込んでいることがよくわかります。この先も描かれるであう二人の物語も、大いに期待してしまうのです。


『諸星大二郎劇場 第5集 アリスとシェエラザード~仮面舞踏会~』(諸星大二郎 小学館ビッグコミックススペシャル) Amazon

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2024.06.29

武内涼『あらごと、わごと 呪師開眼』超能力バトル! 「立ち向かう者たち」を描く平安伝奇開幕編

 大作『謀聖 尼子経久伝』など、近年は歴史小説での活躍も目立つ武内涼。しかし作者の原点にしてもう一つのホームグラウンドは、時代伝奇小説であります。この六月に続編も刊行された本作は、居丘ど真ん中の超伝奇活劇――平安時代を舞台に、数奇な運命に翻弄される二人の少女の物語が始まります。

 平安時代中期、常陸の豪族・源護の館で働く少女・あらごと。幼い頃に何者かに故郷を襲われた記憶を持つ彼女は、流浪の末に常陸に辿り着いたものの、下女として過酷極まりない毎日を送ることになります。
 折しも館では、不気味な犬の遠吠えが聞こえた後、下人・下女が消えるという噂が流れ、高まった不安は騒動に発展。その渦中で大犬の忌まわしい正体を知ったあらごとは、窮地の中で、触れずして物を動かす力をはじめとする謎の力に目覚めるのでした。

 同じ頃、京で暮らすあらごとと瓜二つの少女・わごとが仕える女流歌人・右近の屋敷では、呪詛による怪異が発生。魔を祓うために現れた高僧・良源は、わごとに常人と異なる力の持ち主・呪師であることを見抜きます。
 一方、京では呪師の才能を持つ子供たちが次々と行方不明になる事件が発生。その背後に巨大な魔の存在を感知した良源の師・浄蔵は、良源にわごとの護衛を命じます。しかし時すでに遅く、魔の手は彼女の周囲に迫り……


 実に文庫本で600ページ強と、相当のボリュームにまず圧倒される本作。そこで描かれるのは、その量にふさわしい質の、圧倒的なパワーを放つ伝奇活劇の序章です。

 本作のサブタイトルに冠された「呪師(のろんじ)」――本作におけるそれは、呪禁師とも呼ばれ、常人にはない異能・通力によって、人ならざる魔と戦ってきた者たちを指します。
 作者はこれまで発表してきた時代伝奇小説の多くで、人の世を窺う魔と対峙する異能者たちの死闘を描いてきましたが、本作もその系譜に属する作品です。そして本作の主人公である二人の少女もまた、この異能者――呪師であることは、いうまでもありません。

 しかし本作がこれまでの作品と一風異なっているのは、その異能が術法や技能というよりも、むしろ超能力というべき力であることでしょう。
 そう、本作で展開するのは、まさに超能力バトル――懐かしさすら感じさせる言葉ですが、本作のそれは、作者ならではのシビアかつ無駄を削ぎ落とした筆致で以て、「今」の作品として違和感を感じさせません。

 そしてこうしたバトルを更に盛り上げ、そして同時にこのバトルによって盛り上げられるのは、巧みに史実を踏まえ、巧みに実在の人物を盛り込んで展開する、伝奇物語としての面白さです。

 実に本作の登場人物の多くは、実在の人物です。あの人物がこんな役割を、この人物にはこんな秘密が――というのは伝奇ものの醍醐味ではありますが、本作に次々と登場する人々の使い方の面白さは、まさに伝奇を知り尽くした作者ならではと感じます。
 特にわごとを助ける強力な呪師が浄蔵と良源というのは、彼らの逸話を考えればこれ以外ないはまり役というべきでしょう。そしてまた、あらごととわごとの前に立ちふさがる魔人の名も、日本における魔の系譜を考えれば、納得するほかないのです。


 しかし本作は実在の人物たちを配した派手な伝奇活劇を描きつつも、同時に作者ならではの視点で、物語を描き出します。
 それは弱者を顧みない権力者たちへの怒りを克明に描き、その暴戻に立ち向かう人間たちに寄り添う視点――時代伝奇小説だけでなく、作者が歴史小説においても常に持ち続けてきたこの視点は、本作においても健在なのです。

 いや、それは本作の主人公が、呪師として稀有な力を秘めつつも、しかし肉体的・社会的にはか弱い存在に過ぎない二人の少女であるからこそ、より鮮烈に感じられるというべきでしょう。そしてその視点は、下女として人間扱いされない暮らしをしてきたあらごとの物語において、より強く感じられるのですが――その先であらごとを助ける人物の名を見れば、納得できるものがあります。
 その名は平将門――源護の名が出た時点で気付いた方もいるかもしれませんが、本作は実に、平将門の乱を描く物語でもあるのです。

 本作の結末において始まった平将門の戦いが、あらごとたち呪師とどのように交錯していくのか――プロローグというべき本作では、それはまだわかりません。
 しかしその先に待つものが、作者ならではの「立ち向かう人間」を描く物語であることは、間違いないでしょう。

 続編も近日中にご紹介いたします。


『あらごと、わごと 呪師開眼』(武内涼 徳間文庫) Amazon

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2024.06.28

『君とゆきて咲く~新選組青春録~』 第10話「君に会えて良かった」

 芹沢を粛清し、新撰組という新たな名を得た近藤たち。しかし、芹沢の最期にショックを受けた丘十郎は、刀を振るえなくなってしまう。そんな丘十郎たちを連れ出した山南は、寺子屋を手伝わせて、刀を振るう以外の生き方を教えるのだった。しかしその頃、長州の桂小五郎は恐るべき計画を進めていた……

 前回の衝撃展開を受けて精神的にどん底の主人公が、その中から自分の本当の目的を見つけて立ち上がるという、最終回一話前みたいな展開――と思ったら本当にそんな感じのようですが、内容的には嵐の前の静けさとでもいったものとなっています。

 芹沢を実力で排除した近藤・土方らは、ついに新選組の名を与えられて、名実ともに「浪士」を抜け出した形となり意気軒昂ですが、一方で隊士たちに動揺が残っているのは言うまでもありません。特に丘十郎は、父が殺された時の「そちらに行ってはいけない」という言葉が耳に甦り、自然体になろうとすればするほど、手が震えて刀を握れなくなってしまうという有様です。
 この言葉自体は、庄内に刺された父が、丘十郎が出てこないように止めるためのものだったのですが、丘十郎にとって刀によって齎された不幸と惨劇の記憶を思い出させるものとして機能するというのは、なかなか説得力があります。

 そしてそんな丘十郎に、如何にも明朗体育会チックに声をかける近藤ですが、これは大作ならずとも、うさんくさく思うのではないでしょうか。そして、あの人は自分で何も選んでない、というのは何となく前回の芹沢による近藤評にも通じるものがあるように感じます。
 もちろん、実はこれは自分のことだ、というその後の大作の自嘲めいた言葉もまた、おそらくは正しいのでしょうけれども……
(ちなみにシチュエーションや内容は異なるものの、大作が近藤にある種の嫌悪感を抱いているのは原作同様)

 さて、丘十郎ほどではないにせよ、他の一年生組もすっきりしないものを抱えてちますが――そんな中、山南が四人を町に連れ出します。そして山南が向かった先は寺子屋――そういえば、寺子屋の先生をしていると以前聞いたような気もしますが、無邪気な子供たちと接することで、四人にも少し活気が戻ったようにも見えます。
 が、そこで山南に、子供たちと触れ合うことで子供たちを守ろうと思わせるのであれば、やり方が酷ではないかと問い糾したのは新之丞。クレバーかつ苦労人である彼ならではの鋭い視点ですが、それに対して山南は、刀だけが術ではないと、それ以外にも町を守る道はあると、静かに語ります。そんなことをいま考えられないという丘十郎には、それでも考えなさいと、いつになく厳しい表情で告げて……
 そしてこの言葉は、内容・目的自体はまた異なるものの、芹沢が常日頃語っていたことと重なります。幹部連の中では、比較的芹沢と接点が多く、それなりに息が合っていたように見えた山南ですが、それはこういった点だったのかもしれません。

 しかし新選組がそんな状況の中で、暗躍していたのは長州です。いつの間にか京を追放されていた彼らは、桂の指揮の下、祇園祭も近い京で、大きな陰謀を巡らせます。そう、皆さんご存知のアレを……
(しかし桂の口から、芹沢がいなくなったので動きやすくなった、と言われると、排除した人たちの立つ瀬が)
 そして、もはやドラマ的にも大作と長州の繋がりが今でもあることは隠す必要はないのか、真昼間から密会する庄内と大作。渋皮の時以上に結構大胆な会い方なので、人目が心配になるレベル――というのはさておき、庄内は企てを記した密書を大作に手渡すのでした。(いや、本当に不用心すぎて、実は桂の罠とかじゃないか心配になりますが……)

 昔の友と今の友、昔の大義と今の大義の板挟みになった大作は、二人だけで誰も知らない遠くに行って茶屋でも開こうと、もはや駆け落ちを持ちかけているとしか思えないレベルの台詞で丘十郎を口説くのですが――それをわかると言いつつも、敵討ちとかではなく、普通に生きてる人たちの幸せを守りたい、というヒーローじみた「誠」の境地に至った丘十郎は断るのでした。
 そんな丘十郎の言葉を聞いた大作は、思い詰めた表情で密書を手に、近藤のもとへ……


 よかった、土方に足の裏を燭台にされた人はいなかったんだね! と胸を撫で下ろしたくなるのは置いておいて、大作の長州の間者疑惑不可避ではないか心配になりますが、しかしそれだけ彼の覚悟は決まっているということなのでしょう。
 そして次回は第一部最終回ということで、いよいよ池田屋事件。――実は原作はこの辺りで完結なので、どうするのか心配していましたが、第一部ということなので、この先も続く(続ける)のでしょう。

 第一話冒頭のような状況になりつつも、大作は川落ちして第二部に続くのかな――という余計な予想はせずに、次回を待ちたいと思います。


関連サイト
公式サイト

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手塚治虫『新選組』 悩める少年が新選組で知ったもの

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2024.06.27

松原利光&青崎有吾『ガス灯野良犬探偵団』第3巻 新たなる仲間、新たなる……

 『地雷グリコ』が文学賞三冠そして直木賞候補と、いまノリに乗っている青崎有吾原作の、異色のホームズ譚もこれで第三巻。前巻で仲間を得たリューイに、新たな仲間が誕生します。そしてホームズの前にも、新たな人物が登場。その名は……

 姉貴分として慕っていた少女・ニナを喪い、彼女が雇われていた諮問探偵シャーロック・ホームズに自分も雇われることとなったリューイ。浮浪児を人間扱いしないホームズに激しい敵意を燃やしつつも、リューイは靴を見ることで相手の様々な情報を見抜くというその観察眼で、ホームズに食らい付いていきます。

 そして中国マフィア・磁刀会絡みの事件に巻き込まれたリューイは、そこで自分と同年代ながら凄まじい武術の遣い手・ジエンと出会い、仲間に加えることになります。
 そんな二人は、ある日サーカスの軽業師を目指す少女・アビーと出会うのですが――彼女は、サーカスで起きたライオンによる団長殺しの犯人の疑いをかけられてしまったのです。

 ライオンの檻の鍵が、いつの間にかポケットに入っていたというアビーの無実を信じるリューイ。彼がアビーを匿う一方で、警察から依頼を受けたホームズは、現場を見ただけで何事かを見抜いて……


 ライオンによる殺人は、コナン・ドイルの原典のある作品を思わせる題材ですが、本作はそこから全く異なる物語が描かれていきます。
 はたしてアビーでなければ誰がライオンの檻を開けたのか。そして何故団長はライオンに襲われたのか――ホームズ、リューイ、ジエン、そしてアビーと個性的な登場人物たちがそれぞれの思惑で動く中、今回もホームズの推理とリューイの観察眼が重なり合うことで、意外な真相が浮かび上がります。

 そしてその中でもやはり印象に残るのは、ホームズの態度でしょう。傲岸不遜で、表立っては決して口にしないものの、リューイの能力を確かに認め、共に事件を解決する――いや、本人は利用しているだけなのかもしれませんが――姿は、彼が原典とは大違いのイヤな人物だからこそ、逆に惹きつけられるものがあります。

 そしてこのエピソードの主人公ともいえるアビーも、助けられるだけでなく、ラストに大活躍を見せることになります。その類い希な軽業師の技だけでなく、何故軽業を見せるのか――彼女の師のエピソードともに語られるそれは、一種のエンパワーメントの物語として、胸が熱くなります。


 そして三人になった野良犬探偵団のユーモラスな日常、さらにホームズとリューイが出会うきっかけとなった事件の背後の不気味な存在を仄めかすエピソードを挟んで、新たな人物が物語に登場します。

 この巻のラストエピソードでは、その名がタイトルに冠されていながらも、目次では伏せ字になっているという、何とも気になるその人物の正体は――これはもう、何を書いてもネタばらしになりかねないのですが(一つだけ、ブルドッグをこう使うか、とニッコリさせられました)、ついに来たか! というほかありません。

 しかし探偵団にも仲間が増え、そしてさらにホームズのもとに――となると、気になってしまうのはリューイの存在感。はたしてこの先も彼は他の登場人物に埋没することなく、ホームズに食らい付いていけるのか――いや、これは心配するだけ野暮だというものでしょう。

 作者のインタビューによれば、物語はまだ序章とのこと。これからいかなる新たなホームズ譚が描かれることになるのか、期待に胸が躍ります。


『ガス灯野良犬探偵団』第3巻(松原利光&青崎有吾 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon


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2024.06.26

八瀬惣子『六道辻の冥府返りの寺』 冥官となった青年の戦いと成長の果て

 朝廷に仕える傍ら、閻魔大王の下で冥官として働いていたという伝説でお馴染みの小野篁。本作は明治初期を舞台に、その篁の後継を命じられた青年・千石聖の冒険と成長を描く物語――以前単行本化された際に収録されなかったエピソードを、電子書籍化の際に収録した完全版というべき作品です。

 地獄に通じる井戸があるという京の六道鎮皇寺で、赤子の頃から育てられてきた青年・聖。赤毛の上、赤子の頃に一度死から蘇生したことから、町の人々からバケモノ呼ばわりされ、本人も負けん気が強く育った聖ですが、ある日、思わぬ運命の変転が訪れます。

 捨て子を狙ったかどわかしが横行し、騒然とした空気の町で、故もなく犯人として疑いをかけられた聖。濡れ衣を晴らすために犯人を追う聖ですが、見つけた犯人は、何と人ならざる化け物だったのです。
 冥府返りの大罪人だという子供を探していたという化け物たち。自分がその子供だと悟る聖ですが、それどころか、彼は地獄の冥官・小野篁の没後千年に生まれる後継者だったのです。

 なりゆきで次代の冥官に任命されてしまった聖。以来、京を騒がす悪霊たちを封じる使命を与えられた聖ですが――しかし反骨心の塊の彼は、大人しく篁の言葉には従いません。
 あちこちで衝突し、騒動を起こす聖。しかしその中で出会った、横浜から来た警官で強力な霊感の持ち主・鳴海や、兄を追って京に来た月緒といった人々と触れ合ううちに、彼は少しずつ変わっていくことになります。

 やがて互いに反発していた京の人々とも歩み寄り、自分なりに出来ることを見つけていく聖ですが……


 確かに実在の人物でありながら、冒頭で述べたような奇怪な伝説で知られる小野篁。フィクションでもしばしば登場する人物ですが、本作はその篁を題材にしつつ(そして本人も登場しつつ)、明治初期を舞台とした、かなりユニークな枠組みの物語であります。

 物語の始まりは明治五年、まだまだ新しい時代が始まったばかりであり、政府の制度も完全には定まっていない時期。そして都が京から東京へと移った直後の時期――そんな混沌とした時代を背景に、本作は展開します。
 千年の歴史を持つ町らしく、悪霊や物の怪など怪異には事欠かず、さらに幕末からの様々な騒乱の余燼が残る京。なるほどこれは伝奇活劇の舞台に相応しいといえるでしょう。

 しかし本作の主人公・聖は、篁に頭ごなしに使命を押し付けられるのも嫌ならば、これまで散々疎まれ、排除されてきた京の人々のために動くのも御免――冥官という自分の立場を厭い、機があれば投げ出してしまおうという、主人公にあるまじき青年。
 もちろん、実際にはお人好しで、何よりも自分と同じような身の上の人間は放っておけない性格、そして唯一敬愛する育ての親の和尚と寺のため、何だかんだで冥官の使命を果たすことになるのですが――聖のキャラクターを踏まえて捻りの加わった物語が、本作の前半では描かれます。


 そんな彼のキャラクターは、個性的ではあるものの、正直なところ感情移入しにくいところもあります。しかし物語が進んでいくにつれて、彼も少しずつ変わっていくことになります。

 自分が救った者・救えなかった者の残した想い。変わっていく町の人々の目。京の外に広がる社会の存在。そして自分と正面から接する鳴海や月緒との交流――そんな経験が、狭い世界の中で凝り固まっていた彼の心を解きほぐし、そして自身も思っていなかったような未来への道を歩み始めることになります。
 その姿は、物語開始時点では予想もできなかっただけに、大きな驚きと感動を生み出すのです。

 しかし予想もできなかったのは彼の変化だけではありません。物語終盤に明かされる真実――それは聖の身はおろか、この物語の基本構造すら揺るがすもの。そしてそれは彼がこれまで築いてきたもの、これから目指すものに破壊的な影響を及ぼすのです。
 まさか! と驚かされつつも、なるほどこうきたか、というどんでん返しに感心しつつ突入するクライマックス――その先に待つものは、彼のそれまでの成長があるだけに、かなりの苦味を感じさせます。

 しかしそれもまた、変化には必要な痛みなのかもしれません。明治という大変革の時代と重なり合わせて描かれるそれは、一種のモラトリアムの終わりを感じさせるものであり――その先に不思議な開放感を残します。

 なお本作は、電子書籍化の際に、連載時の『六道辻の冥府返り』から、タイトルを変更していますが――この物語の結末まで読めば、それも一つの象徴として感じられるのです。


『六道辻の冥府返りの寺』(八瀬惣子 ナンバーナイン 全7巻) Amazon

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2024.06.25

『鬼滅の刃』柱稽古編 第七話「岩柱・悲鳴嶼行冥」

 大岩を一町押すという修行を達成し、岩柱・悲鳴嶼行冥に認められた炭治郎。悲鳴嶼は、僧侶として身寄りのない子供たちを育てていた際、子供の一人が鬼を招き入れ、子供たちを守りきれなかったという過去を語る。その後、義勇の下に向かった炭治郎は、そこで義勇と不死川の激突を目撃して……

 いよいよ色々な意味で波乱含みの柱稽古編も残すところ二話。今回は通常から約十分延長となりましたが、メインとなるのは、ようやくというべきか、サブタイトル通り岩柱がメインの過去話――原作では一話と10数ページ分となります。

 ついに岩柱の特訓を完了したものの、脱水症で日野日出志のキャラみたいな顔になった炭治郎の前に現れた岩柱。南無南無言いながら水をくれた彼は、修行修了だけでなく、炭治郎という人間を認めると語ります。話を聞いてみると、どうやら刀鍛冶の里編終了時点で認めていたようですが、それを言い出すタイミングを待っていたということでしょうか――いかにも口下手っぽい岩柱らしさを感じますが、その後に彼が語る過去は、いかに口が回っても回避不可の凄絶なもので……

 というわけで、たった一人のヒューマンダストがいただけで、悲鳴嶼にとっては本当にめぐり合わせが悪かったとしか言いようのないこの過去話。本当に全ての要素が悪い方向に重なった凄惨なエピソードですが(二重の極みの人といい、ジャンプの和尚は何故こんな悲惨な目にばかり合わされるのか――そしてその後に最強クラスに覚醒するのか)、しかし考えてみると柱のうち、風柱・霞柱そして岩柱と、実に三分の一が、ド素人時代にステゴロで鬼を圧倒、実質滅殺しているわけで、炭治郎を含めると、無惨の鬼ガチャはものすごい引きの良さ(彼にとっては引きの悪さ)で鬼殺隊を引き当てていたのだな――と、不謹慎な感心をしてしまいます。
 それにしても岩柱の運命を一変させ、人間不信にまでしたヒューマンダストはどこにいったんですかねえ(すっとぼけ)。というか鬼殺隊って身辺調査とかしないのかしら……

 さて、そんなこんなで岩柱の修行も終了となりましたが、炭治郎の出発前に、炭治郎・玄弥・伊之助という珍しい面子でわちゃわちゃしているのがちょっと楽しい。実はほとんど初顔合わせに近い、そして荒っぽいキャラ同士の玄弥と伊之助はやはり揉めましたが、ここでも玄弥は、ちょっと喧嘩っぱやいものの、実は普通に良い子という感じなのが微笑ましく感じられます。一方の伊之助は、めちゃくちゃ玄弥を煽りますが、冷静に考えると滅茶苦茶天才キャラ(独学で呼吸を会得、反復動作を見様見真似で岩を押すなど)なので、まあ。
 一方、普段であれば人一倍騒いでいそうな善逸は、起きているにもかかわらず、寝ている時並みのシリアスさだったわけですが――その理由が語られるのはまだまだ先であります。まさか同じ人間に同じ回(?)で二人も地獄に突き落とされることになるとは……

 何はともあれ、この後に義勇のところに向かった炭治郎は、ここで水柱と風柱の木刀とはいえほとんど真剣勝負を目撃。この辺り、アニメ版では何度も柱同志で立ち合い稽古をしていたことが描かれているので、炭治郎以外はガチでやり合っていると勘違いしないと思いますが、言葉の綾とはいえ、今度は素手で殺し合おうぜぇなどという人がいたら、やはり通報したくなると思います。
 とはいえ、ここは炭治郎が風柱の意外な真実を語ったことで和解――は全くしていないのですが、朗らかな気分で終了。ここでイメージガタ落ちの秘密をバラされた風柱ですが、その後(?)牛角のフェアでさらなる恥辱を被っているという……

 しかしこれも考えてみればほとんど最後のギャグ。風柱がブツクサ言いながら帰る途中、これまで稽古と並行して描かれてきた、鳴女の目の存在についに風柱が気付くことになります。
 ここでアニメオリジナルの「侵入されたかっ」という台詞が実に格好良いのですが、その通り、鬼舞辻無惨はついに突き止めた産屋敷邸に侵入して――ここでエンディングのラストとシンクロする演出が格好いいと思いきや、その後のCパートが滅茶苦茶長い! いくら産屋敷邸が豪邸だからといって、どれだけ長い間歩いているのか、延長分の大半はここに使ったのでは、と言いたくなるような時間をかけて、それでもついに無惨はお館様のたころに辿り着いて――次回、いよいよ柱稽古編最終回であります。


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2024.06.24

士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第10巻 海に潜むもの、その名と姿は 

 名作を長編物語として本作ならではの解釈で描いて来た『どろろと百鬼丸伝』も、ついに十巻に到達しました。どろろの背中に描かれた地図が示す地――白骨岬に向かおうとする人々の前に現れる新たな死霊。その死霊を操る不知火の真意とは、そして岬に向かうための手段とは……

 土地の領主となっていた死霊・鯖目と宇宙からやって来た舞姫らとの戦いをはじめ、これまで数々の死霊と戦い、己の身体を取り戻してきた百鬼丸。ついに残すところはあと十五匹となった百鬼丸ですが、旅の途中、彼はどろろの背中の地図に描かれた場所――どろろの父・火袋が遺した莫大な黄金が眠る地を発見します。
 しかしそこに、かつて火袋の手下であり、今は野盗の頭領であるイタチが現れて――ということで、この巻では原作でも後半のクライマックスだった、白骨岬を巡るエピソードが描かれます。
(ちなみに、表紙に描かれている醍醐景光と謎の生人形は、冒頭の間奏曲的エピソードに登場するのみ。多宝丸は登場なし)


 イタチに黄金の在処を教える代わりに、自分と一緒に火袋の意思を継ぎ、その黄金を世の中に役立てるよう頼むどろろ。それを受けたイタチですが、しかし収まらないのは子分たちであります。イタチを出し抜こうとする彼らの前に現れたのは、土地の娘・不知火――イタチには道案内に雇われていた彼女は、子分たちを岬に案内するというのですが……

 不知火(しらぬい)が女性!? というのはさておき、この不知火は、原作でも強烈な印象を残したキャラクターです。何しろ、子分たちを渡してやると称して、彼らを自分が可愛がっているサメの餌に――ってサメじゃない!?
 本作で不知火とともに現れるのは海坊主。真っ黒な丸い頭に巨大な二つの目を光らせて海の中から現れ、舟ごと人々を呑み込む――古式ゆかしい(?)この海坊主もまた死霊の一体のようですが、不知火はどこでこの海坊主と出会い、そして何故人を喰わせているのか。そしてこの海坊主の海を越えて、白骨岬に渡ることはできるのか……


 という、海坊主と不知火を巡る謎がメインとなるこの巻。例によって百鬼丸を残して突撃したどろろを通じて、その真実が描かれることになります。
 それはある意味、原作の悲劇性を回避したifの世界を描いてきた本作らしい内容なのですが――個人的には原作から離れすぎたかな、という印象があります。

 上に少し触れたように、原作のしらぬいは、自分が可愛がっているサメに餌として人間を喰わせていた少年。そこには一応彼なりのロジックはあるものの、ほとんど狂気としかいいようのないそれは、だからこそ舞台となる時代の、一種の象徴ともいえないでもありません。

 一方で本作の不知火は、他人を犠牲にする点は同じでも、それはそれで一つの明確の理由があり、(それも戦国らしい殺伐さではあるものの)あくまでも人間的な動機として感じられます。
 そんな本作の不知火が、サメに人を喰わせるというのは違和感――ということなのかもしれませんが、原作のしらぬいの狂気が印象に残っていた人間としては、ちょっとマイルドにしすぎてはないかなあ、と感じてしまったところではあります。

 何故海坊主がこの海に現れたのか、という理由はなかなかビジュアル的に面白いのですが……
(面白いといえば、海坊主に呑まれたどろろが、百鬼丸に助けを求める方法が、非常に「漫画的」で面白い)


 何はともあれ、ようやく岬に渡る方法が明らかになり、岬に向かう一行。そこで彼らを何が待つのか、そして海坊主と不知火の行動は――原作ではこの先にさらなるクライマックスがあったわけですが、本作ではどうなるのか。
 ここまででは大きく異なる道を進んだ物語ですが、それだけにこの先の展開が気になります。


『どろろと百鬼丸伝』第10巻(士貴智志&手塚治虫 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon


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2024.06.23

川原正敏『陸奥圓明流外伝 修羅の刻』第22巻 決戦、修羅と鬼 そして人と鬼を繋ぐ者

 『修羅の刻』現時点で最も古い時代を描く「陸奥庚の章 酒呑童子編」、全三巻もこの巻でいよいよ完結となります。都を騒がす鬼たちに対し、辟邪の武を振るうべく大枝山に向かう源頼光と四天王。その一人・陸奥庚と酒呑童子――修羅と鬼がついに激突します。

 都を騒がし、関白を次々と暗殺していく酒呑童子一党。彼らと様々な形で因縁を結ぶこととなった源頼光と源綱は、頼光邸を襲った鬼たちと対決、その場に綱の弟・陸奥庚(坂田金時)も駆けつけます。
 酒呑童子は綱を妻にしようとし、酒呑の娘である茨鬼はこれに反発し、庚はその茨鬼を妻にしようとし――何だか都を守る(というのは建前とはいえ)辟邪の武が、昭和編みたいなノリになってきましたが、陸奥側には酒呑童子たちとあまり因縁はなかったので、これはこれで必要な展開かもしれません。

 そして綱と茨鬼の再戦が意外な結果と終わり、金時も欠いた状態で酒呑童子と対面した一行。そこで頼光は、おもむろに懐から酒を取り出し、酒呑に勧めるのですが……


 というわけで、(作者の律儀さから出ないはずはないにせよ)この流れでどのように出すのかと思っていた神変鬼毒酒のエピソードも描かれ、酒呑童子伝説を踏まえて展開していく物語。しかしもちろんその先にあるのは、伝説にはない戦い――鬼たる酒呑童子と、修羅たる陸奥庚との激突であります。

 見るからに只者ならぬ巨人・酒呑童子と、物語冒頭で熊を素手で狩ってみせた庚と――その戦いは、決してページ数自体は多くはないものの、正面からのぶつかり合いは迫力十分。結末は意外とあっけないようですが、しかしここは実際には奥義クラスでなくとも十分殺人技たり得る陸奥圓明流らしいフィニッシュというべきでしょう。

 そしてそれと並行して描かれる頼光のキャラクターもまた巧みです(――特に「酒」の使い方のうまさには驚かされます)。ラストの一見身も蓋もない発言がしかし――という辺り、彼こそが権力者から鬼とされた人々と都人を繋ぎ、古い物語に新たな価値観を加えてみせた本作を象徴する存在であった感じるのです。


 とはいえ、全三巻という決して少なくない分量を費やしたにもかかわらず、本作は食い足りない印象が大きいのもまた事実です。
 酒呑童子の強さが途中でほとんど示されなかったためにラストバトルが盛り上がりにくかったというのもあるのですが、やはり庚と綱、二人の陸奥(綱は形の上で陸奥ではないというのは置いておくとして)がうまく機能していなかったという印象があります。

 特に綱が、人である頼光、修羅である庚、鬼である酒呑童子――どのどれでもなく、しかしそのどの立場も理解できる存在としてドラマ上重要な位置付けにあった一方で、庚はあまりにシンプルな存在で深みに欠けたきらいがあります。
 もちろんそれこそが修羅であり、そしてそんな修羅が一種の狂言回しとして『修羅の刻』は描かれてきた側面も確かにあるのですが、皮肉にも綱という存在があったために、庚の物足りなさが際立ってしまったように感じます。
(その一方で、綱の複雑さも、物語でうまく機能していたと言い難いとも感じるのですが……)

 さらにいってしまば、鬼と修羅とか、庚と金時と金太郎とか、ワードの妙な複雑さが引っかかったという点もあるのですが……


 なにはともあれ、物語も登場人物も魅力的でありながら、微妙な物足りなさが残った本作。これはどうもまだ語られていない部分があるのではないか――と思いきや、本作の続編(あるいは前史?)として「安倍晴明編」が予定されているとのこと。

 本作でも如何にも意味ありげに登場しながらも、そのまま終わってしまった安倍晴明。その名を冠するということは、はたして――2025年初春ということで、まだだいぶ先ですが、もちろん楽しみに待ちたいと思います。


『陸奥圓明流外伝 修羅の刻』第22巻(川原正敏 月刊少年マガジンコミックス) Amazon

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2024.06.22

わらいなく『ZINGNIZE』第11巻 激突! あり得ざる無敵の忍者

 エログロバイオレンスなんでもありありの超絶忍法バトル、はたしてどこに向かうのかまだまだわからない第二部ですが、この巻では謎だった三年前の高坂甚内と服部半蔵の戦いの模様がついに描かれることになります。そして高坂を巡る刺客たちの間にも、複雑な動きが……

 風魔小太郎との死闘の後、片足だけを残して江戸から消えた高坂甚内。三年後、その行方を追う徳川幕府によってかけられた大判二枚の賞金を目当てに、八人の刺客が高坂を追います。
 いかなる事情があったのか、出雲阿国の下で暮らしていた高坂に襲いかかる刺客たち。その一番手・大鳥井逸平を一蹴、次に襲いかかる「ばんばばーん」こと塙団右衛門に辛勝した高坂ですが、その頃、かつて小太郎と共に江戸を襲撃した邪剣士・小妻岩人が阿国とお菊を攫い……

 と、次から次へと飛び出す怪人・超人が繰り広げるバトルはこの巻でも冒頭から続きます。不死身の妖魔と化した小妻岩人を、幻術とも房中術ともつかぬ妖しの技で圧倒した阿国ですが、そこに現れたのは八人の刺客の一人・西洋甲冑の男。そして凄まじい稲妻で小妻を焼き払ったその正体は――三甚内の一人・鳶沢甚内!
 江戸で古着屋として平穏に暮らしていたはずの鳶沢。しかし彼は、その前にいきなりやってきた二代将軍・秀忠の頼み(?)で、暗躍する本多正信の動きを探るべく、刺客の中に紛れていたのであります。
(ここで登場する秀忠、忍者だけでなく武将も超人揃いの本作の中では珍しい凡人ながら、しかしやはり曲者なのが素敵)

 一度は風魔小太郎打倒のために手を携えた三甚内ですが、しかし今ではこの状況。そしてある意味そのきっかけとなったのは、三年前の高坂の失踪ですが――ここでついにその真相が語られることになります。


 三年前、小太郎を倒し、お菊を得てめでたしめでたしとなるところで、お菊を操って暗躍した小幡道牛。激怒した高坂を翻弄する道牛ですが、しかしその場に現れた服部半蔵によって文字通り粉砕され、そして半蔵は高坂にも襲いかかり……
 第8巻のラスト、つまりは第一部のラストシーンの直接の続きが、ここで描かれます。

 伊賀忍者の総帥として名高い(その実像はさておき)服部半蔵。特に本作においては、魔人と化す前とはいえあの風魔小太郎を死の直前まで追いやった(というより小太郎が魔人と化すきっかけを作った)達人として描かれた半蔵の、その実力は――半端ではありませんでした。

 小太郎を倒した「ぬばたま」をはじめとして、超人芸というべき高坂の五右衛門忍法を完封、いや次々とそれを上回る奥義・絶技を繰り出す半蔵。しかし驚くべきは、いや不審に思うべきは、全く流派の異なる忍法を次々と半蔵が繰り出すことであります。
 かつて道牛は全ての流派の忍法を集める的なことを語りましたが、それをまさに体現するあり得ざる無敵の忍者・半蔵に、さしもの高坂も死の淵ギリギリまで追い込まれます。高坂に残された最後の手は……

 いやもう、この辺りは一体自分は何を見せられているんだ、というとてつもなさすぎるビジュアルにもはや笑いすら込み上げるのですが、しかし真に圧倒されるのはその直後。忍者というよりもはやミュータントクラスの超人大戦の後で、滅茶苦茶忍者ものっぽいギミックを見せられるのには、もはや脱帽であります。

 そしてそこからさらに驚かされるのは、半蔵の背後の存在。言われてみれば確かに! という人物ではあるものの、しかし――であります。


 さらに八人の刺客の側でも、オネエ喋りのコウモリ怪人と謎のルチャ侍という強烈ビジュアルコンビが独自の動きを見せ(この二人、コウモリの能力や語る内容からもしかして――)、さらに「敵」方には死んだはずの奴まで……

 と、基本的には三甚内vs小太郎という、シンプルな構図であった第一部に比べ、役者が、それもスタークラスが増えただけに、先が読めない展開が続く第二部。
 物語の柱となるのは、大久保長安と本多正信の対立ですが――いよいよ得体の知れぬ存在となった長安は何を企むのか? そして高坂はその中でどのような役割を果たすのか。

 何でもありありのとんでもない描写と思いきや、意外やかっちりとした史実の背景があったりと、まったく油断のできないこの作品。このままこの勢いで、いけるところまで行って欲しい――心からそう思います。


『ZINGNIZE』第11巻(わらいなく 徳間書店リュウコミックス) Amazon

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2024.06.21

『君とゆきて咲く~新選組青春録~』 第9話「斬り捨てられた愛」

 間者の疑いをかけられた渋皮が姿を消し、動揺を隠せない隊士たち。一方、謁見の場にも現れない芹沢に、松平容保は不信感を示す。ついに鵺野から軍資金を強請り取ろうとした上に屋敷に火をつけた芹沢に、決意を固めた土方。そしてついに血で血を洗う戦いの幕が開く……

 渋皮が「間者」として捕えられ、どんよりした気分で終わった前回。表向きは「実家に帰された」とのことですが、視聴者を含めて南無之介以外の誰もそんなことを信じるはずもなく(とかいって、本当に帰ってて後で出てきたら笑う)、上から下まで微妙な表情が並びます。
 自分が渋皮と庄内が顔を合わせていたことを証言しなければと悔やむ原田、それぞれの情報は隠さず共有すべきと原則論を語る沖田、目的のためには非情になることも必要と告げる斎藤――二年生組も三人三様ですが、同期がこんなことになった一年生はさらに重い空気が流れ、特に大作は罪悪感から吐き気が止まらないというのが妙なリアリティです。

 とはいえ、これで容保公の懸念も晴れた――と思いきや、こんな状況で謁見の場に現れず、最近は尊王攘夷派と宴会をしているという芹沢に容保公はご不興。山南のナイスフォローも無に帰すご乱行に、土方のピリピリぶりがこちらにも伝わってきて、周囲はさぞかし居たたまれなかったことでしょう。
 そんな中で、芹沢に直接訴えた近藤ですが、芹沢は俺と土方、どっちを選ぶといきなりな質問。近藤に対して「混沌の中でお前は輝く」とか言い出すので、俺は闇だとでもいうのかと思いきや、光は真っ直ぐにしか進めねえ、というのは、なるほどと思わされます。さらに、土方は何があってもお前を信じる、それはお前にとって毒になる。いつかお前はあいつの求める正しさにがんじがらめになって溺れると――未来人かこの人!?

 しかしさすがに芹沢のこの語りを理解せよというのも無理というもの。そして芹沢が、以前新之丞を拉致監禁した商人・鵺野(まさかの本人再登場)から千両を強請り取ろうとして、拒まれれば乱暴狼藉、火までつけたとなれば、もはやどうにもできません。かくて、突然現れた柄の悪そうな連中をお供に、花街から「博打を打ちに行ってくらあ」と格好いいことを言って屯所に帰ってきた芹沢の前に、抜刀した土方・沖田ら隊士が並び……


 というわけで、いきなり八月十八日の政変やら大坂力士乱闘事件やらをすっ飛ばして(大和屋放火は、鵺野邸放火がそれに当たるのでしょう)、芹沢の死が描かれたので、不意打ちを喰らったような気分になった今回。その辺りは七話から八話の間にあったのかもしれませんが、そんなことよりも、「芹沢=寝所で暗殺」というこちらの固定観念を打ち壊す展開に仰天であります。
 ――といいたいところですが、原作では宴会の場で数々の愚弄にブチ切れた丘十郎に斬られる(こちらの芹沢は昔ながらのヒューマンダストで、丘十郎は沖田並みに強い)という、これはこれで斬新な展開だったので、むしろ本作の方が新選組ものとしては真っ当な展開なのかもしれません。

 しかし本作の芹沢は、暴力的な空気は漂わせつつも、むしろそれ以上に先が見えすぎる策士として描かれて来ました。その描写は今回特に強く、この先の時代が混沌の時代であると見越し、その中での生き残るために尊王攘夷派にも接近し、はては会津から独立しようとすらしていた――ほとんど未来から逆算したような行動ですが、しかし仮にこの路線が成就していれば、その後の歴史は全く変わっていたかもしれない、魅力的なifでしょう。(結局清河八郎のやろうとしていたこととあまり変わらないのでは、というのはさておき)

 そして本作の芹沢も、おそらく天狗党での経験を経ているのだと思えば、主家というものに頼らず、武士という存在に拘泥しない彼の行動の根底にあるものが理解できるように思える――というのはもちろん牽強付会ですが、少なくとも近藤を嫌いながらも共にあろうとし、生き方を変えさせようとした芹沢が、本気で近藤と新選組を導こうとしていたことは間違いないでしょう。
 問題は絶望的に言葉が少なかったために、いや言葉になったとしてもそれを理解できる人間がいなかったことですが――ラストの剣戟シーンでの、いや自分に立ち塞がる者たちの中に近藤の姿がなかったことを知った時の、哀しげな表情が印象に残ります。(そしてここでサブタイトルを見ると!?)

 「てめぇらの正しさのために邪魔になるもんはこれから全部斬ってきんだろ! 薄っぺらい誠だなあ!」と、仲良しムードの面々に思い切り正論という名の冷水をかけて退場した芹沢。ほとんど最終回直前のような盛り上がりでしたが、しかし前回どころではないインパクトの大きさに、この先の隊士たちが気遣われます。
 特に、龍馬や父の言葉を思い出す丘十郎の行く末が……


関連サイト
公式サイト

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手塚治虫『新選組』 悩める少年が新選組で知ったもの

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2024.06.20

田中芳樹『水晶宮の死神』 三部作完結篇 ロンドンを跳梁する怪人の影

 クリミア戦争帰りの貸本屋店員とその姪が奇怪な事件に巻き込まれ、怪物たちと対峙する――そんなヴィクトリア朝怪奇冒険譚三部作の完結編で描かれるのは、ロンドンに名高い水晶宮で起きた連続殺人に始まる怪事件。怪物たちを操り、惨劇を次々引き起こす怪人「死神」の跳梁を阻むことはできるか!?

 クリミア戦争から帰還した後、姪のメープルと共に、会員制貸本屋のミューザー良書倶楽部で働くエドモンド・ニーダム。氷漬けの帆船に潜む恐怖、ダニューブ河畔からやって来た謎の一族と、何故か怪物たち相手の怪奇な冒険に巻き込まれては、何とか生き延びてきたニーダムですが、三度――それも今度はロンドンで命懸けの冒険に挑むことになります。

 11月のとある休日、メープルとロンドン郊外の水晶宮に出かけたニーダム。しかし多くの人々が訪れていた水晶宮で、思いもよらぬ惨事が起きます。どこから落ちてきた麻袋に入っていたのは死体――それも首のない死体だったのです。
 何者かに首を引きちぎられ、「死神」と書かれたボロ布を持たされていた死体の発見――しかも悪いことに起きた時ならぬ大嵐で、水晶宮に閉じ込められた二万人の間にパニックが広がります。

 偶然その場に居合わせたウィッチャー警部、謎の天才少年モリアーティとともに、成り行きから事態の収拾に当たるニーダムですが、その間も次々と犠牲者が出ます。
 さらに顔にカラスの仮面をつけた黒ずくめの怪人の襲撃を受け、メープルを守ってステッキを手に必死に戦う羽目になるニーダム。何とか恐怖の一夜を生き延びた二人ですが、死神の跳梁はそれで終わったわけではなく……


 ヴィクトリア朝怪奇冒険譚と銘打った本シリーズですが、これまで舞台となってきたのは、英国とはいえ、ロンドンから離れた僻地でした。怪奇――それも本物の怪物たちが登場する物語だけに、それはある意味当然のようにも思えますが、本作は郊外とはいえロンドンの名所である水晶宮を皮切りに、ロンドンを舞台に怪物たちの跳梁が描かれることになります。

 それにしても、これまで「怪奇」の名に恥じない物語が描かれてきた本シリーズですが、しかしその中でも怪奇性という点では、本作はダントツでしょう。
 前半1/3で描かれる水晶宮を舞台とした閉鎖空間ホラー(パニックものの色彩が強いのが実に面白い)の緊迫感も見事ですが、そこからはさらに予想の付かない連続。連続殺人の犠牲者たちのあまりに意外な共通点、そしてさらに舞台はまたもや意外かつ伝奇性満点の場に展開していくことになります。
 そしてクライマックスは、まさかの怪獣ものというべき大戦闘――と、前二作以上に意外かつ先の読めない展開を、大いに楽しませていただきました。

 シリーズのお楽しみであった有名人キャストも、前作から引き続き登場のウィッチャー警部、第一作から復帰してのディケンズに加えて、まさかのモリアーティ「少年」が登場。
 これまたかなり意外なキャスティングですが、善人の多い主人公サイドでは貴重な皮肉屋としてよいアクセントになっていたと思います。
(ラストで語られる「その後」にも、なるほどなあ――と)

 しかしその一方で、敵方の物語が、今ひとつ、いやかなり薄かったというのが、正直なところ残念に感じます。特に物語にミステリ的要素もありながら、ホワイダニットの部分がほとんど語られぬままというのは、かなり引っかかったところではあります。
 中盤まで謎と怪奇性でどんどん盛り上げてくれただけに……
(また、冒頭から登場していたルイス・キャロルや、隣家のメイドの少女も、あまり出番がなかったのが勿体ない)


 そんな部分もありますが、アクションとサスペンス、怪奇と怪物でラストまで一気に駆け抜けて見せたのはさすがというべきでしょうか。
 むしろ最も残念なのは、本作でシリーズ完結ということでしょう。舞台もキャラクターも、物語も魅力的だっただけに、ここでお別れというのは寂しくてなりません。

 ヴィクトリア朝を舞台に、面白い物語のための要素を盛り込めるだけ盛り込んでみせた(そして作者ならではの風刺も)欲張りなシリーズ、これにて大団円であります。


『水晶宮の死神』(田中芳樹 創元推理文庫) Amazon

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2024.06.19

『鬼滅の刃』柱稽古編 第六話「鬼殺隊最強」

 岩柱・悲鳴嶼行冥の下で筋肉強化訓練に励む炭治郎たち。滝に打たれる、丸太を担ぐ、岩を押して運ぶという過酷な修行に挑む炭治郎は、三番目の修行まで辿り着いたものの、岩が動かせず悩む。そこに現れた玄弥は、集中を極限まで高める反復動作について語るが……

 原作の一話と4ページ分とそこそこ進んだものの、オリジナル展開は少なく、何よりもバトルなしということで、かなり薄味に感じられた今回。これまで(というか前回)の訓練が面白すぎただけで、今回は特訓としてはある意味王道なのですが、やっぱり地味――てっきり岩柱の過去までいくものと思いきや、炭治郎たちがわちゃわちゃしていただけで終わった感があります。

 もっとも、冷静に考えれば遊郭編以来、久々に炭治郎・善逸・伊之助が一つところに集まったわけで、わちゃわちゃしない方が不思議かもしれません。というか伊之助は実は真面目に特訓している一方で、善逸は相変わらず善逸だったわけですが――意識を失って冬の川に放り込まれた後、今度は凍えかかって岩に抱きつく時、無駄に霹靂一閃的ムーブ(何気にアニメオリジナル描写)を見せるところなど実にらしくておかしかったとは思います。

 また、このアニメ版柱稽古編のもはや特徴というべき、炭治郎と隊士の交流も地味に増量され、原作ではただ特訓半ばで山を降りる隊士たちを見送るだけだった場面で、後方支援に徹すると語る隊士たちとのやりとりがあったり(まあ、その結果……)、原作では塩むすびだけだったおにぎりのバリエーションとして飯テロチックに味噌焼きむすびが登場、「お袋」と咽び泣く平隊士たちなど、妙に印象に残ります。特に鬼殺隊の人間は、肉親関係が不幸というか、肉親に不幸が多いだけに……
 しかし、懸命に岩押し修行に励む炭治郎のところに来て、飯を作ってくれとせがむ隊士たちは、さすがに甘ったれるなといいたい。

 さて、そんな今回の地味なクライマックスはこの岩押しだったわけですが、炭治郎が苦戦しているところに、岩柱の継子である(そして前回大変な目に遭った)玄弥が現れ、助言するというのはなかなかグッとくる展開。初対面でいきなり腕をへし折ったり、会うなり「死ね!」と言われたりと、これまでの殺伐さが嘘のように仲の良さを見せる二人が微笑ましい(その代わり、鎹鴉同士が「シネ!」とかやりあってましたが)――というか、殺伐さがなくなったら、炭治郎の同期の中では一番普通の子なんではという気もします(何気に鏡を持っていたりとか)。
 そしてその玄弥が語るのは、集中を極限まで高める反復動作なるメソッドですが――こんな大事なことを教えない岩柱は、教えるのが下手というレベルではないのでは? というのはさておき、呼吸ができない玄弥でも、これを使えば大岩を動かせるというのは、それはそれでスゴいというべきでしょう(反復動作の威力も、玄弥の底力も)。問題はこの反復動作、これ以降ほとんど出てこなかった気がすることですが――説明的には全集中のさらに上をいくっぽく見えなくもないものの、やっぱり名前が地味過ぎたためでしょうか……

 何はともあれ、最近事あるごとに顔を出す煉獄さん(さすがにもうグッとこないぞ)の思い出に助けられて、ついに岩を動かした炭治郎。次回は10分延長とのことですが、ようやくここで岩柱の過去が描かれるのでしょう。
 そしてお館様と対面することを楽しみにする無惨(言われてみれば、少なくとも無惨の方は相手の顔は知らないのですね)ですが、ということは倍の時間に延長される最終回はどこまで描かれるかといえば……


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2024.06.18

「コミック乱ツインズ」2024年7月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2024年7月号の紹介の続きです。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 今回も続くモンゴル軍のビジャ攻め――最後の攻城塔を倒したものの、それがかえって城壁を崩壊させて、窮地に陥ったビジャ。城内に潜入してオッド姫を狙った敵兵は、密かに彼女の傍らに控えていたブブが撃退したものの、まだまだ蒙古軍の攻勢は続きます。
 さしものモズも「こりゃあ、まいったな!」と冷や汗タラリしている一方で、オッド姫の豹とブブの仲間の巨大イナゴ・墨蝗(やっぱり虫部隊の成果だったりするんですかね……)が仲良く戯れるという異常な状況ですが、それはさておきラジンの父・フレグからの伝令が状況を動かします。

 伝令が伝えたフレグの指令とは、そしてその原因となったものは――なるほど、ここでこう繋がるのか、といったところですが、多民族混成部隊というモンゴル軍の特徴を突くのは、さすがは、とうべきでしょう。(そして本当に久しぶりに登場、言われなければ誰だかわからなかったノグス!)
 これで戦いは振り出しにと思いきや、状況はまだまだ転がり、さてラストシーンの先に描かれるのは――これまた気になる引きです。


『かきすて!』(艶々)
 任務のため、鵜沼宿(今の岐阜県各務原)に向かったナツ。子宝祈願の祈祷に向かう、とある武家の奥方の護衛が今回の任務ですが、新たに側室を立てようとする一派が、神社に奉納する御神体を奪うなどの妨害を企んでいる――というわけで、その御神体の守りをナツは任されることになります。
 しかし問題は、その祈祷が行われるのが田縣神社の豊年祭で――と、ここで噴き出す人もいるかもしれません。

 田縣神社の豊年祭とは、要するに男性自身を模した神輿を担いで練り歩くという奇祭。それを女性が撫でるとご利益があるという――昔はおおらかというかなんというかですが、ナツにとっては目のやり場に困る祭りであります。そしてこの手の話となるとやっぱり登場するのは、敵方に雇われたナツのライバル(?)、スタイルは良いけれどもそっちの知識はどっこいどっこいのイト!
 というわけで、跡継ぎの不在からのお家騒動というのはよくある話ですが、奇祭の盛り上がりを背景に、おぼこい忍び同士がわちゃわちゃ戦うという微笑ましさは、非常に本作らしいと思います。

 御神体争奪戦のオチは誰もが予想する通りなのですが、今回はそれがいい。主人公の性格と任務、そして艶笑要素が見事に結びついて、個人的にはこれまでの本作の中でもベストエピソードかもしれません。(そんなに気に入った!?)


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 三村家との激闘に勝利し、さらにお福さんを娶ってと、ノリに乗っている直家。しかし一応主家の浦上宗景に目をつけられ――と、まだまだ前途多難な状況で、直家は松田元輝・元賢を次の狙いに定めます。
 しかし問題も問題、大問題は、先妻との娘が、元賢に嫁いでいることで……

 と、いつかは出るだろうと思われた、娘の嫁入り先攻略、いわゆる『宇喜多の捨て嫁』話。女性が政略の道具に使われる戦国の世らしく、自分の娘が嫁いだ先を攻撃するという話自体はあまり珍しくないような気もしますが(それはそれで本当にひどい世界ですが)、直家の場合に特に問題視されるのは――少なくとも本作の場合は、娘の母つまり先妻が、彼女の父を直家が攻め滅ぼしたことで命を落としているためでしょう。

 当然というべきか、そんな父に反発する娘ですが、それをあの子も自分の意思を持つように――といい話のように描くのは、ギャグとはいえブラックすぎるかと思います。しかしそれ以上にインパクトがあったのは、そんな直家の策を平然と受け入れるお福で――いや、直家よりもよっぽどこの人の方が真剣に怖いです。


『カムヤライド』(久正人)
 運命の走水決戦もついに決着――海水と一体化して巨体で迫る、フトタマことアマツ・シュリクメに取り込まれたワカタケを救うため、メタルボディに魂を宿す時のロジックで、自らの魂とワカタケのそれを入れ替えるという荒技を見せたオトタチバナ。オトタチバナの肉体に宿ったワカタケが見守る中、彼女の最後の戦いが始まります。
 その絵柄が本当にシュールなのはさておき、水と一体化して不定形となった相手(さらに言えば、明確には描かれていないものの、自らの存在を幾つにも分けることができる相手)の動きを封じるために、この手があったか! というか、この人しか使えないなこの手段――というところからの、説得力十分のフィニッシュは、決戦に相応しいものであったかと思います。

 その後のオチもホッとさせられる(かなあ……)ものですが、その一方で今回はツッコミなのかボケなのか、妙な立ち位置だったのがタケゥチ。「ええと?」連発は仕方ないにせよ、「忘れていました」は流石にいかがなものか。いや確かに、あまりにも描かれないのでこちらももう解決したのかと思っていましたが……
 そんなこんなで、次回、重要な真実が明かされそうです。


 次号は、3号連続掲載の特別読み切り(読み切りとは?)『口八丁堀』(鈴木あつむ)が掲載。シリーズ連載の『~江戸に遺る怪異譚~古怪蒐むる人』(柴田真秋)も掲載とのことで、楽しみです。


「コミック乱ツインズ」2024年6月号(リイド社) Amazon

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「コミック乱ツインズ」2024年6月号(その二)

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2024.06.17

「コミック乱ツインズ」2024年7月号(その一)

 早くも今年も(号数の上では)もう後半戦、「コミック乱ツインズ」7月号は、表紙&巻頭カラーが連載再開の『そば屋幻庵』。レギュラー陣もほぼ勢揃いであります。今回も、印象に残った作品を一つずつ取り上げます。

『そば屋幻庵』(かどたひろし&梶研吾)
 というわけでVIP待遇でお帰りなさいの幻庵ですが、お話の方は普段着の内容なのが、これはこれで実にらしいところでしょう。

 網五郎の語る名物・出雲そばに興味津々の玄太郎。当然の如く幻庵でも早速チャレンジしますが、意外にもちょっと物足りない味と、磯吉に言われてしまうのでした。
 おりょうの方が上手いと言われ、常磐家に押しかける玄太郎。おりょうはおりょうで、この機会を利用して、常磐家から逃げ出そうとするのですが……

 というわけで、常磐家の人々にフォーカスされた印象もある今回ですが、その中でもやっぱり台風の目はおりょう。本作の女性陣の中でも、バイタリティでは一番の彼女らしく、今回も周囲を引っ掻き回しますが、しかしお人好しなのもいつも通りであります。
 おりょうにかかれば玄太郎もウザいオヤジ扱いなのが愉快ですが、物語は収まるべきところに収まって、微笑ましい結末を迎えます。実に安心できる「いつもの味」というべきでしょう。


『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)
 気が付けば連載陣で唯一の剣士(というか真っ当なお侍)が主人公の本作は、今回から新章「商館長の従者」に突入。タイトルから察せられるように、物語の背景となるのは、長崎出島のオランダ商館長(カピタン)――その江戸参府から、矢背蔵人介の新たな戦いが始まります。

 ことの起こりは、カピタンの将軍拝礼の後の「蘭人御覧」――要は幕府の人々がカピタンらオランダ人を見物するというイベントですが、そこでカピタンが自分が連れてきた武芸自慢の男を披露(「〝鉄の棒〟が如き異人じゃ!!」という将軍家慶の表現がおかしい)。二本の棒を自在に操るこの男は、攘夷大好きの水戸藩が送り込んだ藩士を一蹴するのですが――ここで橘右近が、次なる対戦相手として、蔵人介をいきなり推薦するのでした。
 相変わらず碌なことをしない橘ですが、異国の武術者との決闘は、ある意味剣豪ものの華。もちろん主人公の貫目をきっちり見せる蔵人介ですが――もちろんこれが発端となって、またもや蔵人介は新たな役目を背負い込むことになります。本当に何でもやらされる鬼役……(というか何でもやらせる橘)


『前巷説百物語』(日高建男&京極夏彦)
 原作完結編の発売も目前ですが、こちらは又市最初の仕掛け「寝肥」の完結編。お葉の殺しは、睦美屋で起きた寝肥の怪事に紛れて有耶無耶になりましたが――今回はその真相だけでなく、損料屋・ゑんま屋のお甲の口から、さらに意外なもう一つの真実が語られることになります。

 夫の音吉を殺し、さらに自分を殺そうとした睦美屋の女将・おもとをはずみで殺してしまった――そんな境遇に陥ったお葉を救うためにゑんま屋が仕組んだ寝肥の怪事。その真相は、角助・仲蔵をはじめとする面々によなはる仕掛けで――というのは、話の流れ的に明らかでしたが、今回はそれを又市の目から描く点がユニークです。
 もっともそれは原作の時点で同様なのですが、読み比べてみるとこの漫画版においては、そのディテールを独自の描写(又市をはじめとする一味のやり取りなど)で補完しているのが面白いところでしょう。そして何よりも印象的なのは、又市が音吉の顔を見ようとして、結局果たせない――そしてその後も音吉の顔は作中ではぼかして描かれる点であります。この辺りは、漫画だからこその表現というべきでしょうか。

 その描写の補完は今回の後半――お甲が語る今回の依頼の裏側、音吉・おもとそしてお葉の関係の真実を描く中でも効果的に働いています。特におもとの「人間性」の描写は、一歩間違えるとまさに不良子犬理論になりかねないところを、彼女の不安定な人間性の表れとして描いていたのが印象に残るところです。
 そして結末では、その本作ならではの描写でもって又市の青臭さを描いた上で、又市の仕掛け稼業の始まりがきっちり決まっており、ここから始まる『前巷説百物語』のこの先も期待できそうです。


 残りの作品は次回に紹介します。


「コミック乱ツインズ」2024年6月号(リイド社) Amazon

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2024.06.16

よしおかちひろ『オーディンの舟葬』第2巻 歴史のうねりに呑まれた復讐鬼二人?

 11世紀初頭のヴァイキングのイングランド侵攻を背景に描かれる復讐譚、第二巻であります。狼に育てられた青年ルークと彼の仇であるヴァイキング・白髪のエイナルの激突は、ヴァイキング王そしてイングランド軍の思惑も絡み展開していくことになります。

 幼い頃から二匹の狼と共に育ちながらも、村の神父・クロウリーに保護され、人間性を取り戻していったルーク。しかしヴァイキングの襲撃を受けた村で、クロウリーは白髪のヴァイキングによって首を落とされ、ルークも片目を奪われることになります。
 十年後、本格的な侵攻を始めたヴァイキング王・双叉髭のスヴェンの軍勢を次々と襲撃し、壊滅させていくルーク。そして二匹の狼を連れた隻眼の彼は、ヴァイキングたちから「戦狼(ヒルドルヴ)」と呼ばれるようになるのでした。

 そしてついに仇である白髪の男・エイナルと相まみえたルーク。しかし、二人が激しくぶつかり合う最中にイングランド軍が横槍を入れたことから、ルークはエイナルに深手を負わされて……


 そんな大いに気になる展開から始まる第二巻ですが、ルークの復讐行は、イングランドとヴァイキングという二つの勢力の間で翻弄されていくことになります。

 そもそも本作の背景となっているのは、11世紀初頭のスヴェンによるイングランド侵攻。ヴァイキングの猛攻によってイングランド王が逃走、ついにロンドンにスヴェンが入る――というあまりにドラマチックな展開(そしてそれが史実であること)には驚かされますが、当然、イングランド側が指を咥えて見ているばかりではありません。
 体勢の立て直しが必要な状況の中、単身でヴァイキングと戦い、壊滅させるルークのような存在がいれば、それを利用しない手はない。そんな思惑からルークの前には、奇妙な目出し帽の少年アラン・ミューアが現れます。

 明らかに胡散臭い風貌ながら、賢人会議(国王や聖職者・貴族等から構成される会議体)の使いを名乗るアラン。当然、ルークにとってはイングランドも賢人会議も知ったことではありませんが、深手を負った上、エイナルに兄弟同然の狼・フィーを連れ去られたことから、やむなくアランに協力することになります。

 その一方で、エイナルも複雑な立場に置かれることになります。ルークの復讐の相手でありながら、実は彼自身、叔父に当たるスヴェンに両親を殺された復讐鬼でるエイナル。正体を隠して機を伺う彼は、ルークを逃したことでスヴェンから散々に屈辱(本当に野蛮人……)を味合わされた末、その息子・第二王子クヌート付きとされるのでした。
 ボンボンのようで食えない少年である(そして実は従兄弟である)クヌートに振り回されるエイナルもまた、アランの策に巻き込まれていくことになるのです。


 個人のドラマが、巨大な歴史のうねりと結びつくことにより、新たなドラマが生まれる――歴史ものの醍醐味は、そこにあるといえるでしょう。そしてこの点は、個人の復讐劇が国の興亡と結びついていく本作においても同様であります。

 その点は相変わらず魅力的なのですが、しかし正直なところ、この巻ではルークとエイナルのドラマは、巨大な歴史の流れの前に霞みがちに感じられます。
 というより、この巻の時点では、そうした巨大なものの代理人というべきアランに脚光が当たり、二人(特にルークの方)が完全に食われているという印象が強くあります。

 そんなこの巻でのアランの重みは、終盤ほぼ一対一でスヴェンと対峙するのが彼であるという点にも表れているといえるでしょう。あるいは、行動原理が明確すぎるルークは、混沌とした時代を描く歴史ものを引っ張っていくのには、あまり向いていないのかもしれませんが……

 いずれにせよ、まだまだ二人の復讐鬼には、歴史の中に埋没してほしくはありません。この巻のラストで再び出番の回ってきたルークが、次の巻で不安を吹き飛ばすような活躍を見せることを、期待したいところです。


『オーディンの舟葬』第2巻(よしおかちひろ コアミックスゼノンコミックス) Amazon

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2024.06.15

宮本福助『三島屋変調百物語』第3巻 ごく普通の表情の陰に潜む恐怖

 宮本福助による漫画版『おそろし 三島屋変調百物語事始』もいよいよ佳境、この巻は、四つ目のエピソードである「魔鏡」を中心に展開することになります。既に滅んだ商家の出だという語り手は、一体何を語るのか……(それにしても、中身を知っていると「ヒッ」となってしまう表紙……)

 自分とは兄妹のように育った松太郎に許嫁を惨殺され、その直後に松太郎も自ら命を絶った――そんな凄絶な体験により心を閉ざしていたおちか。実家を離れて叔父が営む江戸の三島屋に身を寄せた彼女は、ある出来事がきっかけで、店を訪れる人々から不思議な話を聞くという役目を担うことになります。

 その三人目として、女中のおしま相手に自らの過去を語ったおちか。それを受けておしまは、自分が以前働いていた店のお嬢さんだったというお福を紹介するのでした。
 そして福々しい美貌のお福が語るのは、鏡にまつわる物語――そして姉と兄がきっかけで滅んだ自分の家の物語であります。

 長きに渡った療養から実家に戻った、お福の姉・お彩。人並み優れた美貌を持つ彼女とすぐ仲良くなったお福と兄の市太郎ですが、やがてお彩と市太郎は、道ならぬ関係に踏み込むのでした。
 大きな犠牲を払って終わったこの関係ですが、外で修行することになった市太郎は、お福に一枚の手鏡を託して家を出ます。やがて嫁を連れて戻ってきた市太郎ですが、ある日その嫁の手には、お福がしまい込んでおいたはずの手鏡がありました。

 それから家の中で漂うある違和感。そしてその正体が明かされた時、大きな悲劇が……


 これまでとはまた異なる趣向の物語であるこの「魔鏡」。いつまでも続くと思われた平凡な日常に、ある出来事をきっかけにヒビが入り、一度は修復されたかに見えたものの、ついに決定的な破滅が訪れる――そんな本作は、一歩間違えれば扇情的な題材ながら、クライマックス直前まで比較的淡々と語られていきます。

 それはそれで厭な話ではあります。しかし、クライマックスで明らかになる一つの「真実」の衝撃的なまでの恐ろしさたるや……。しかしそこからさらにこちらを震え上がらせるのは、それを生み出した者の心理でしょう。ことにその結末に至るまでの経緯を考えればなおさら…

 そんな恐るべき物語を、この漫画版は巧みに描き出します。
 ことに物語の中心となるのが美しい姉弟、そしてキーとなるアイテムが物を映す鏡という事もあって、もともとビジュアル化するのに映える内容ではあるのですが――しかしやはり特に印象に残るのは、これまでの物語でもそうであったように、物語の中心人物の顔に浮かぶ表情であります。

 しかも今回は――これは少々ネタばらしになりかねない表現で恐縮ですが――その表情が決して特別なものとして描かれないこと自体が、大きな恐怖を招くのが見事です。
 人間が一番恐ろしい、などというありきたりな言葉は使いたくありません。しかしその時はごく普通に見えた、その表情の陰にあるものを後になって思い起こした時――そこにあるのは、紛れもなく人の心の恐ろしさであると気付くのです。


 そして物語の内容そのものもさることながら、それを語るお福の言葉(それ自体は良い事を言っているのですが……)によって、心に複雑な波風を立つこととなったおちか。この巻のラストでは、そんな彼女の前に懐かしい実家の兄・貴一が現れます。
 妹の身を案じてやってきた兄の懐かしい姿に涙ながらに喜ぶおちか。しかし貴一がもたらした知らせは、あまりにも意外なものでした。

 ここから始まるのは五番目の物語「家鳴り」――これまでの物語を飲み込んで語られる、作品そのものの一つのクライマックスを、この漫画は如何に描いてくれることになるのでしょうか。この先は名場面の連続であるだけに、期待は膨らみます。


『三島屋変調百物語』第3巻(宮本福助&宮部みゆき KADOKAWA BRIDGE COMICS) Amazon

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2024.06.14

浅井海奈『八百万黒猫速報』第2巻 人間と妖魔の間での苦闘の末に

 人間が妖魔を取り締まる明治時代を舞台に、黒猫の妖魔という正体を隠し、人間と妖魔の間の架け橋となろうとする巡査・黒井の苦闘を描く物語の第二巻、完結編であります。恐るべき力を持つ炎の妖魔・不知火と対決する最中、ついに恐れていた事態に追い込まれた黒井の運命は……

 警察が妖魔たちを取り締まる明治時代。八岐大蛇の怨念を飲み込んだ神剣・草薙の力を借りて妖魔を駆逐する部隊の一員である巡査・黒井――しかしその正体は、故あってその姿を借りる黒猫の妖魔でした。
 人間と敵対しない妖魔までもが容赦なく狩られていく現状に胸を痛め、仲間たちに隠れてそんな妖魔たちを救おうとする黒井。しかしその最中に情報で食っているという男・篠田に正体がばれて弱みを握られたり、恐るべき力を持つ妖魔との戦いを余儀なくされたりと、数々の困難が彼を待ち受けます。

 そんな中、一つの町を焼き尽くす恐るべき
力を持つ妖魔・不知火と対峙した黒井は、彼女が妖魔と人間の間に生まれた半妖であることを知ることに。
 そしてその後も、人間に騙され利用される妖魔や、己の恐れを妖魔の力で乗り越えようとする人間など、黒井は様々な人間と妖魔の姿を目の当たりにします。

 しかしそんな中で深手を追い、妖魔の姿となったところをこともあろうに不知火に救われた黒井は、不知火ともども仲間たちに追われることに……


 物語が始まって以来、人間と妖魔が激しく対立し合う世界において、人間と妖魔の共存を助け、互いが傷つけ合うのを避けるために、奮闘してきた黒井。しかし彼は妖魔との戦いの中で体を、そして同時に人間の仲間との間で心を傷つけてきました。

 はたして人間は、妖魔はそんな苦難に値するものなのか――そんな想いすら浮かぶ中で愚直に奮闘してきた彼の行動に、この巻では一つの答えが示されることになります。

 その答えは――ここで書くだけ野暮というものでしょう。
 全編のクライマックスで描かれるものは、正直なところ、些かあっさりという印象はあります。しかしそれは同時に、確かに納得がいく結果であり――そしてそれを納得させてくれるのは、これまでの物語、すなわち黒井のこれまでの苦闘がもたらしたものであることはいうまでもありません。

 もちろん、それでも信じて裏切られることはあります。想いがすれ違うこともあるでしょう。しかしそれでもその先に、一つでも希望の光があるとすれば――それを信じてみることは決して無駄ではないと、本作は力強く描くのです。


 この巻では篠田の出番がほとんどなかったり、結末で描かれる世界はあまりにも楽天的であったりと、気になる点がないではありません。(しかし後者には、きっちりそうなる理由が用意されているのは上手い)
 それでも、今まで物語の中で描かれてきたものが、違和感なく全て収まるべきところに収まった美しい結末は、最後まで本作を読んで良かったと、感じさせてくれるものであります。


『八百万黒猫速報』第2巻(浅井海奈 KADOKAWAハルタコミックス) Amazon

浅井海奈『八百万黒猫速報』第1巻 人間と妖魔のシビアな狭間を駆ける男

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2024.06.13

『君とゆきて咲く~新選組青春録~』 第8話「疑惑の愛」

 庄内が会津藩の役人を襲撃する事件が発生、松平容保からの情報漏洩の疑いを受け、壬生浪士組に外出禁止令が出される。そんな中、芹沢の使いで外に出た丘十郎は渋皮の不審な動きを目撃、後を追ったものの、長州藩士の集団の襲撃を受ける。謎の男のおかげで辛うじて逃げ延びた丘十郎だが……

 時間は一気に流れて春から初秋――ということは前回は本当にピクニック回(というか実際には大作と丘十郎が距離を縮める回)で、芹沢の策云々はこちらの深読みだったわけですが、いずれにせよ今回は間者の存在を巡り、一気に物語は動き出します。そして久々に原作を踏まえた場面も……
 というわけで原作ベースの場面の一つは、初めの方の松平容保と近藤・土方・山南の会話。ここで芹沢がいないことに関する会話が原作を踏まえたものですが、その一方で長州の動きが問題となり、壬生浪士組に間者がいるのでは――という話になるのは、本作のオリジナル展開であります。

 実のところ原作では間者を巡る話はそれほどウェイトは高くなく、終盤で結構いきなり出てくる感すらあるのですが、本作ではほとんど物語の中心になっているのが興味深い(その理由もほぼ明らかなわけですが)。特に今回はその間者を巡る疑惑が決定的な悲劇を――ということで、これまで(というか前回)描かれてきた要素が一気に結びついていくのですが、その中心となるのが渋皮であります。

 これまで芹沢に何かと使われてきた渋皮ですが、前回出会った遊女にベタ惚れして、彼女に会うために外出禁止令が出ているにもかかわらず外出するという、絵に描いたようなご法度で切腹くらう平隊士ムーヴを披露。さらに間が悪いことに、前回なんとなく町中で庄内と顔を合わしたところを原田に見られていた上に、彼を追った丘十郎が(たぶん)偶然出くわした長州藩士の襲撃を受け――と、不運に不運が重なります。
 正直なところ彼が間者では――と、私もずっと疑ってきたわけですが、正直すまんかった。ここまで来たらどう考えても彼が間者ではないわけですが、土方に目をつけられた時点でもう彼の運命は決まったようなもので……
(というところで、渋皮役の役者さんがSNSでお別れの挨拶をしているのを見てしまう、思わぬネタバレをくらいました)

 しかし考えてみると、今後この件はさらに大きな影響を及ぼしそうに思われます。先に触れたように渋皮は芹沢派の隊士、しかも芹沢は間者を泳がせろと言っていたのに逆らって土方が渋皮を間者として捕らえ(て処断し)たとくれば、芹沢が面白かろうはずもありません。原作での芹沢は、この辺りで大坂力士乱闘事件を起こしたり、大坂奉行所の与力を殺したりと、大暴れしていたわけですが、本作では表立って暴れてはいない――ということは逆に近藤・土方たちの敵として悪役にはしにくい――わけですが、そろそろ敵対関係が生まれるということでしょうか。

 なお、今回は原作のベースの展開がもう一つ――それもかなり重要なものがあります。窮地に陥った丘十郎を救ったのは、以前にも登場した土佐弁の謎の男。その正体は――もういうまでもなく坂本龍馬なのですが、ここで龍馬は丘十郎に日本の狭さと、そこで争うことの無意味さを教えます。そして仇討ちをすれば後悔すると、予言めいたことを語るのですが――さてそれが当たるかどうかはわかりませんが、この先も龍馬が物語に関わることは間違いないでしょう。

 そしてもう一人の主人公・大作の想いについては、次回本格的に描かれるでしょうからここでは触れませんが――今回新之丞がわざわざ触れたことで今更ながら気付きましたが、これまで何度も出てきた大作や庄内、光永が青春していた場所は、あれは松下村塾だったのでしょうか。だとすると、それはそれで、何故大作と庄内は残されたのかが謎になるのですが……


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2024.06.12

7月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 早くも今年も半分が過ぎようとしていますが、折り返し地点の7月の時代伝奇アイテムは――これがまた実に少ない。6月からあまりの落差に愕然としますが、なにはともあれ7月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 まず文庫小説の方ですが、目に付く新刊は『花菱夫妻の退魔帖 四』(白川紺子)と『辻番奮闘記 六 離任(仮)』(上田秀人)。どちらも人気シリーズの最新巻です。
(『辻番奮闘記』は、ついに「離任」か――とある意味感心)
 そのほか、『わたしのお殿さま 二 伊勢に棲む鬼』(鷹井伶)と『平安助産師の鬼祓い(木之咲若菜)も気になるところです。

 また、文庫化では『かすてぼうろ 越前台所衆 於くらの覚書』(武川佑 光文社文庫)に注目です(伝奇かというとちょっと違うのですが快作です)。

 文庫新刊は以上。


 そして漫画の方は、新登場はいよいよ7月公開の『劇場版モノノ怪 唐傘』上巻(永田狐子&ツインエンジン)くらい。
 あとはシリーズものの続巻を舞台となる時代順にならべると、
 『応天の門』第19巻(灰原薬)、『逃げ上手の若君』第16巻(松井優征)、『前田慶次 かぶき旅』第16巻(出口真人ほか)、『GANTZ:E』第7巻(花月仁)、『あおのたつき』第14巻(安達智)、『だんドーン』第4巻(泰三子)、『青のミブロ』第14巻(安田剛士)、『勇気あるものより散れ』第6巻(相田裕)と、楽しみな作品ばかりなのですが、やはり寂しさは否めないところです。


 7月は6月に読み切れなかった分の消化がメインとなりそうです。


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2024.06.11

『鬼滅の刃』柱稽古編 第五話「鬼を喰ってまで」

 恋柱の地獄の柔軟をクリアし、蛇柱の太刀筋矯正に向かった炭治郎。何故か異常に敵意を燃やし、厳しい訓練を課す蛇柱だが、炭治郎は何とかクリアし、風柱の元に向かう。風柱との打ち込み稽古で初日からボコボコにされる炭治郎だが、不死川兄弟の会話を聞いてしまい……

 原作3ページを2話という恐ろしいペースで展開してきた柱稽古編ですが、今回は原作の2話弱をアニメ化という、今までのペースに戻っての展開。このまま一柱1話になるのかと思いましたが、今回は一気に三柱描かれることになります。
(まあ、野郎レオタード責めを延々描かれたり、障害物として縛られた平隊士たちが「柱ァ! 俺たちも頑張ります!」と号泣しても困るのですが)

 さて、恋柱のところでは地獄の柔軟のはずが、何故か恋柱がエプロン姿でホットケーキをあーんしてくるという、これはこれで(蛇柱に知られたら)大変なオリジナル展開がありましたが、基本的にここはギャグ扱いですぐ終わり。というか、蛇柱のところの前振り感すらあります。
 その蛇柱はといえば、わざわざ炭治郎を出迎えて、さらに特別待遇で対応するのですが――それだけ見れば恋柱と同じに見えるものの、こちらの特別待遇は、そこら中に縦横縛り付けた隊士たちの細い隙間から刀を振らせるという、どう考えても人質を取った悪役みたいな所業であります(石川賢の漫画版バレンドスか!)。もっともこれが炭治郎のみの特別待遇と語られたわけではありませんが、以前の稽古では平隊士と普通に打ち合っていたことから考えるに、やはり(私怨混じりの)特別訓練なのでしょう。

 ここでいきなり蛇柱相手の勝負ではなく、「障害物」の間の的を狙う訓練というアニメオリジナルのシーンもありましたが、当然メインは蛇柱相手の対人戦。そしてオリジナルといえば、何故か訓練後にみんなで風呂に入るシーンもありましたが――もう一つのオリジナルシーンで、野外などで障害物が多いところで戦うことを想定したものであったことが描かれたのは、なるほど、と納得です。お風呂も普通に疲れを癒すためのものだったみたいですし(絶対唐辛子風呂とかだと思っていた……)、やだ、伊黒さん、意外と良いひと――?

 と、思わぬところで蛇柱の株が上がった(考えすぎです)一方で、やっぱり狂人としか思えないのは風柱。無限打ち込み稽古が異常に厳しいのはともかく、玄弥の今回のサブタイトルとなった台詞、「鬼を喰ってまで」を聞いた途端に、瞬時に両眼を潰しにいったのは流石に引きます。
 なぜ風柱があれだけ弟に冷たいか、彼の真情についてはこの(だいぶ)先でわかりますが、それを知っていてもやり過ぎ感が漂います(さすがに直前で止める気だったのかな、とも思いますが)。もちろん、彼にとって鬼が何を意味するかを思えば、激昂するのも当然ですし、よく聞いてみると当たり前のことを言っているのですが……

 しかしもちろん、その辺りの機微が玄弥や炭治郎にわかるはずもなく、その後はとばっちりで善逸たちを巻き込んでメタメタになっていく感じが(申し訳ないことに)非常に楽しいのですが――件の目潰し未遂で玄弥が顔を切られて流れる血があたかも涙のように見えるのと、「玄弥がいなきゃ上弦に勝てなかった」という言葉に玄弥の表情が(炭治郎……トゥンクと)動くのは、描写として良かったと思います。
 何はともあれ、結果として「接近禁止」というストーカー並みの扱いもなんですが、「風柱との修行は中断」というのも何気にヒドすぎる。善逸も一緒に次に向かったことを思うと、単純に炭治郎のみ中断ではなく本当に風柱の修行は全部中止になったのだと思いますが、鬼殺隊の計画管理や人事の皆さん(たぶんいない)の苦労が偲ばれます。
 そして次回は岩柱――これは順当にエピソードを消化するのでしょう。


 しかし今回の大正コソコソ噂話は無難すぎる内容でちょっと寂しいものがありました。
「それでは大正コソコソ噂話――伊黒さんが甘露寺さんのことを話す時、とっても優しい匂いがするんだよ。なんでだろうね?」
「貴様……」
くらいやってくれてもよかったですのに。


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2024.06.10

鷹井伶『わたしのお殿さま』 男装の少女鍛冶から見た鬼っ子さま

 時代小説ファン的には「捨て童子」と呼びたくなってしまう非運の大名・松平忠輝。徳川家康の子でありながら、改易されて流罪となったこの忠輝を、刀鍛冶の家系に生まれ、男として育てられた少女の視点から描く、ユニークなシリーズの第一弾です。

 紀伊で名刀工・天国の系譜を継ぐ祖父・月国の下で、その後継者となるべく育てられた美禰。峰国の名を与えられ、周囲には女であることを隠して修行を重ねてきた彼女は、ある年の七夕の神事の最中、熊に襲われたところを一人の武士に救われます。
 その武士こそは、兄・秀忠に疎まれた末に改易され、伊勢の金剛証寺に配流された松平忠輝――旧知の間柄である月国を訪ね、刀を依頼してきた忠輝と再会した美禰は、自他ともに鬼っ子と認める忠輝の闊達な気性に驚かされることになります。

 そして偶然忠輝に女であると知られて以来、彼のことが気になって仕方がなくなる美禰。しかし忠輝の周囲には、秀忠の命を受けてその命を狙う、柳生宗矩配下の刺客たちの影が迫るのでした。
 そんな中、いよいよ忠輝への思慕の念が高まっていく美禰。しかし刺客たちは、彼女の周囲の人々を利用して忠輝を狙い……


 家康の六男として生まれ、越後数十万石を治めながらも、父に疎まれ、その死後に兄・秀忠によって、二十代半ばの若さで改易・配流された忠輝。その存在は、冒頭で触れたように、隆慶一郎の『捨て童子・松平忠輝』で知ったという方も多いでしょう。

 粗暴な振る舞いが多かったなどと言われる一方で、天下人の間を渡り歩いた名笛・乃可勢(野風)を家康から託されたり、伊達政宗の娘を正室に迎えていたりと、気になる逸話も多い人物ですが――本作はその忠輝を、才気溢れて、ともすれば封建社会の枠を超えかねない器の大きさゆえに、周囲から浮き、疎まれた青年として描きます。
 そしてそんな忠輝を描くために、本作は刀鍛冶を目指してきた男装の少女を主人公とし、彼女の目から忠輝を描いたことが、もっともユニークな点であることは、いうまでもありません。

 正直なところ、忠輝の人物像や、彼の命を狙う秀忠とその命を受けた宗矩配下の刺客との戦い自体は、そこまで新味は感じられません。(それはそれで親しみやすい、というのはさておき)
 しかしそんな物語世界を、第三者としての視点で美禰が目の当たりにするというのは、面白い趣向であります。そして、世の常の女性像から外れた美禰だからこそ、世間一般の見方に左右されることなく忠輝の実像を見つめることができる――という構図にも納得できようというものです。

 さらにそこに、男装の少女の初恋――それも実にややこしい立場にある男を相手に――というシチュエーションも加わって、周囲の人間たちを巻き込んだドラマが展開するのも楽しいところです。
 いや、楽しいどころではない目に遭わされる美禰の幼馴染・魁(忠輝以外に唯一彼女が女であると知り、そして密かに恋している青年)には、申し訳ないですが……
(個人的には一番応援したいキャラでした)


 しかし――意外というか、それでよいのかな、と思わされたのは、本作の終盤で描かれる、美禰の運命の大きな変転であります。物語の流れ的に仕方はないものの(些かネタばらしとなり恐縮ですが)彼女の最大の個性というべき部分を捨ててしまったのは、はたしてどうなのか――この辺りは、正直なところ驚かされました。
 先に触れたように、忠輝を巡る構図自体はそこまで珍しいものではないだけに……

 さらにいえば、その個性を除いた美禰のキャラクターとしての魅力もちょっと見えにくいわけで、何とも心配になってしまうのですが――しかしその一方で、彼女のこれまでの(常の人ならざる)人生経験までが失われるわけでは、もちろんありません。そしてそんな彼女と、忠輝の間に生まれる関係性が未知数であることも、また事実でしょう。
 さらにラストでは、美禰の境遇に関連して一つの爆弾が投げ込まれることもあり、物語そのものは、ここから本作的に始まるという印象もあります。

 七月に刊行される第二弾でなにが描かれるのか、注目したいと思います。


『わたしのお殿さま』(鷹井伶 角川文庫) Amazon

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2024.06.09

十三野こう『ごぜほたる』第1巻 そして少女は瞽女を目指す――?

 ゴゼ=瞽女を題材にした作品ということで、連載開始時に私の周囲でも驚いていた人も多かった漫画の、単行本第一巻が発売されました。父も母もなく、己の目の光も失ったホタル――ゴゼの一座と出会い、自分もゴゼを目指す彼女の行く手にあるものは……

 幼い頃に母を失い、父も行方知れずとなった少女・ホタル。それでも祖父の家で幸せに暮らしていた彼女ですが、ある日、彼女の目が見えていないことが明らかになります。
 光を失い、塞ぎ込んでいたホタルですが、ある晩、祖父の家に訪れた旅芸人たちの音曲を聴いて大きな衝撃を受けるのでした。

 彼女たちがゴゼ――盲目の女芸人であると知り、自分もゴゼになりたいと強く願うホタル。そんな彼女に、ゴゼの親方・おユキは、幾つもの試練を課します。
 しかしホタルは再び村におユキたちが訪れるまでに試練を達成し、弟子入りを認められることになります。父が、伝説の変若水を求めて旅立ったことを知った彼女は、人並み優れたゴゼであり、どこにでも旅することができるという塗香のゴゼを目指す決意を固めるのですが……


 近代に至るまで、この国の各所で現実に存在していた盲目の女芸人・瞽女。目明きの案内人に連れられ、三味線を手に各地の村々を渡り歩き、芸を(時にはその身も)売った人々であります。

 その存在は広く知られつつも、これまでフィクションのメインとなることはほとんどなかった瞽女。それ故、この瞽女をタイトルに据えた物語が始まった時には、大いに驚かされました。
 実際には、単行本の解説ページによれば、あくまでも和風の世界を舞台にした物語で、現実の瞽女を描いたものではない――これについては思うところもありますが後述――のですが、それでも大いに貴重な作品であることは間違いありません。

 正直なところ、この第一巻の時点では物語がどこに向かうのかはまだわからないのですが、おそらく(まず間違いなく)ゴゼとして――芸能者として稀有の才能を持つホタルの成長を描く物語となるのでしょう。
 その一方で、ファンタジー的な要素も物語にはあります。死の床にあったホタルの母を一時甦らせた変若水、そして何よりもそれをホタルの父にもたらし、その後も幾度か彼女の前に現れた謎の女性――特に顔の半分が岩か鱗のように硬質化し、片目が剥き出しになった女性の存在は、物語に謎めいた影を落としています。


 その意味ではどこに転がっていってもおかしくない、様々な可能性のある物語ですが――やはり個人的に残念に感じてしまうのは、先に述べたように、本作は空想世界の(言い換えれば現実世界の過去ではない、パラレルワールドの)瞽女の物語であることです。

 確かに扱うには色々と難しい要素もある瞽女ではありますが、しかしそれがあるからこそ、瞽女は瞽女なのではないか。そしてだからこそ、現実に存在した彼女たちを題材とする意味があるのではないか……
(特に、「石童丸」や「信徳丸」など、作中で題材となる歌は現実のものであるだけに……)

 空想世界と宣言しているだけ誠実であることは間違いありませんし、本当に大変であることは理解できますが――ホタルの素直に共感できる明るいキャラクターといい、瞽女いやゴゼたちが音曲を奏でる場面の絵といい、漫画として魅力的であるだけに、やはりもったいない、という気持ちは残るのです。

 野暮は承知ですが、やはりこの作品を紹介する上では述べておくべきことと思い、最後に触れさせていただいた次第です。


『ごぜほたる』第1巻(十三野こう 集英社ジャンプコミックス) Amazon

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2024.06.08

『君とゆきて咲く~新選組青春録~』 第7話「涙の告白」

 芹沢鴨から、京の郊外にある水戸藩別邸の修繕の手伝いを命じられた丘十郎・大作・新之丞・南無之介。穏やかな一日を楽しむ四人だがその晩、丘十郎は大作の涙を目撃する。一方、様々な策を巡らせる芹沢に、土方は反発を強めるが……

 「原作(以下略)」な今回は、なんとピクニック回。いつもの四人組が、芹沢の命で屯所から遠出する――というので、これは最近長州をはじめ倒幕派の勢いが増していると散々言っているからして、きっとこの四人組を使って何か敵を釣り出す策なのだな、と思いきや特にそういうことはなく、単なる水戸藩へのすり寄り策だったように見えます。
 脱藩した後の芹沢と水戸藩の関係ってどうだったのかしら? という気がしないでもありませんが(そもそも脱藩というのも諸説ありますが)、土方が芹沢のやり方に怒るというので、てっきり囮作戦くらいはやったのかと思いきや――本当にお使いだったとは、逆に驚かされました。
(ただし一つ気になることがあるのですが、これは後述)

 これぐらいで怒るとは土方はちょっと考えすぎなのでは――とも思いましたが、本作の土方はこれまでキレイな土方すぎたので、これはこれで良いのかもしれません。一方で本作の芹沢は、従来の暴力マニア的な印象はほとんどなく、むしろ直接的に力を振るうよりも、間接的に策を巡らせる、一種昼行灯的な味わいもあるキャラクターなのは面白いと思います。

 さて、四人組の方はお使いを無事に果たして、帰り道に川を見つけて水遊び。あまりに丘十郎がはしゃぐので、川で滑って大作にラッキースケベ的展開があるかと覚悟していましたが特にそういうこともなく、わちゃわちゃと若人たちが騒ぐ姿は、これはこれで微笑ましいものがあります。が、その中に一人、本当は沈んでいる奴がいるわけですが……

 そして結局野宿することになった(本当に何やってるの君たち……)四人組ですが、その晩、いつもは飄然と月を見上げていた大作が、今日はうつむいて涙をこぼしているのを目撃してしまった丘十郎。ここのところ昔のことを思い出しては一人で思い詰めていた大作ですが、これまでの丘十郎の無邪気な信頼感や、昼間に南無之介が仲間最高! 的に陽キャ的なことを言ってたのが、古傷にクリーンヒットしてしまったようです。
 しかし大作、ここ数回毎回登場していたかつての友・光永、そして実は友だった庄内の間で、金打までして志を誓い合っていようですが――光永たちだけ役人に連行され、大作と庄内だけ残されたのはどういうことなのか。何かの裏切りなのか、意図があって残されたのか……

 いずれにせよ、今回も無邪気に距離を詰めてくる丘十郎の「俺を信じろ」という言葉に絆され、ついに大作も丘ちゃんから丘十郎呼びに。そしてボロボロと涙を流す大作に、丘十郎の不吉なモノローグが重なって次回に続きます。


 というわけで、間者疑惑が滅茶苦茶高まる大作ではありますが、ここでちょっと気になったのは今回の芹沢の命令です。わざわざしょうもない理由で四人組を郊外に遠ざけたわけですが、これはあるいは間者を炙り出すだめだったのではないか? 彼らがいない間に壬生浪士組周辺で間者の動きがあれば、四人組は間者の疑いから外れるわけです。(当然その逆もあり得る)
 もちろんそれはこちらの考えすぎで、本当にピクニック回だった可能性も高いわけですが……

 ちなみに私が勝手に疑っている渋皮は、今回庄内と街中で遭遇したものの、特にお互い怪しい素振りも見せずに、ほとんどすれ違い状態。これまであれだけ壬生浪士組ストーカーしていた庄内だけにいきなり斬りかかるかと思いきや、原田たちがやってきたためか、何事もなく引き下がったのも、意外といえば意外ではあります。
 その一方で、渋皮は芹沢のお供で来た花街で、一人の舞妓さんと何だか意味ありげな遭遇をして――いや本当に、四人組とはほとんど絡まないのに毎回妙に出番のある渋皮、謎のキャラでありますす。

 いずれにせよ次回は大きな動きがありそうで、本当にこのドラマ2クールなんだっけ!? と段々不安になってきました。


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公式サイト

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手塚治虫『新選組』 悩める少年が新選組で知ったもの

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2024.06.07

AKRU『龍行旅』 豊かで温かい世界をゆく龍とひとりの旅

 日本にとっては近い位置にあり、歴史上も密接な関わりを持ちつつも、まだまだ知らないことも多い台湾。本作はその台湾で数々の賞を受賞している漫画家・AKRUが、過去の台湾を思わせる世界を舞台に描く、龍と人間の「兄弟」の旅路を描くファンタジー漫画です。

 各地をあてどもなく旅する辻芸人の兄弟・朔と満月。しかし実は朔は今や数少ない龍族、そして満月は人間の少年――赤子の頃に捨てられていた満月を拾って育てた朔は、満月を連れて龍の行方を探す旅を続けているのであります。
 二人の前に行く先々で現れるのは、人間だけでなく妖怪や神の数々。彼らの引き起こす事件や抱えた問題に、二人は次々と巻き込まれることになります。

 そんな基本設定で描かれる本作には、巻末に収録された、二人の出会いを描く「序」のほか、五つのエピソードが収録されています。

 龍の珠の伝説がある玉落大山に棲みついた妖怪に満月を攫われた朔が、山を取り返そうとする山賊たちと共に山頂を目指す「荒山伏珠記」
 怪火が相次ぐ街で成り立ての化猫に出会った二人が、地主の家に現れる妖怪を退治することになる「火の里」
 怪事が相次ぐ山の神を鎮めるよう依頼を受けた朔が、山鬼に憑かれたという緑の髪の祭司の子供と出会う「山鬼」
 山賊に祖母を殺された少女と出会った満月が、妖怪が出るという山を二人で越える「薬行者」
 風狐たちが争うという山に入った二人が、山の守護神と暮らすはぐれものの風狐と知り合う「落頭風」

 街が舞台となるエピソードもありますが、基本的には山と森を中心とした豊かな自然の中で展開する本作。その物語はモノクロで描かれているにもかかわらず、豊かな色彩を感じさせてくれます。
(その中に埋没しない、端正なキャラクターたちの漫画的に巧みな姿も印象的です)

 そしてその中で、人と妖怪や精霊・神々が共存し、互いの存在を当然のものとして(もちろんそれぞれに線引きはあるにせよ)暮らしている様は、どこか微笑ましさと温かさを感じさせます。
 思えば朔と満月自身が、龍と人間という種族の壁を超えて「兄弟」として仲睦まじく旅する者たち。そんな二人の在り方は、この様々な存在が暮らす豊饒な世界の象徴なのかもしれません。

 ちなみに物語の舞台となるのは、過去の台湾と明示されたわけではなく、それを連想させるどこか、というファンタジー世界ではあるのですが――やはり山と森が主体の世界となると(これは他所の国の人間の勝手なイメージで本当に恐縮なのですが)台湾を連想してしまうところではあります。


 何はともあれ、龍とひとりの旅はまだ続きます。この豊かで温かい世界に再び出会える日が、そう遠くないことを祈っています。


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2024.06.06

田中芳樹『髑髏城の花嫁』 ヴィクトリア朝の怪奇と冒険再び 海を越える謎の一族

 19世紀中頃の英国を舞台に、ミューザー良書倶楽部で働くエドモンド・ニーダムと姪のメープルが怪奇な事件に遭遇するヴィクトリア朝怪奇冒険譚の第二弾――クリミア戦争の出来事をきっかけにニーダムが巻き込まれた、「髑髏城」に棲まう謎の一族の争いが描かれます。

 クリミア戦争に従軍し、九死に一生を得て帰国した後、会員制貸本屋のミューザー良書倶楽部で姪のメープルと共に働くことになったニーダム。前作では、かのディケンズやアンデルセンと共に、氷漬けの帆船にまつわる奇怪な冒険に巻き込まれたニーダムですが、本作で再びこの世のものならぬ怪事件に遭遇することになります。

 ある日、代替わりしたばかりのフェアファクス伯爵から蔵書設計の依頼を受け、伯爵邸を訪れたニーダムとメープル。そこで二人の前に現れた若き伯爵は、ニーダムに親しげに言葉をかけます。
 クリミア戦争終結に帰国を待つ間、ダニューブ湖畔の古城・髑髏城に瀕死の士官を送り届ける命令を受けたニーダムと戦友のラッド。大冒険の末に無事任務を果たして帰国したニーダムですが、何とその時の士官が伯爵だったというのです。

 その時とは見違えるような壮健な姿になった伯爵は、ニーダムとメープルに、本宅のみならずノーサンバーランドの荘園屋敷も担当して欲しいと半ば強引に依頼。やむなく二人はその屋敷――名前も同じ髑髏城に向かうことになります。
 一方、テムズ河口で行われた最後の囚人船焼却の晩、海から現れた狼めいた獣たちと、空を舞う翼を持った人影が人々を襲うという怪事件が発生。偶然その場に居合わせたニーダムたちですが、この一件は思わぬ形でその後も二人に関わることに……


 中欧から東欧を横断し、黒海に注ぐダニューブ川=ドナウ川。本作に黒い影を落とすその名も奇怪な「髑髏城」は、その河畔にあると語られます。

 この髑髏城、ワラキア(!)に位置するという設定だけでニンマリしてしまう――そして怪奇小説ファンであれば当然ある予感が働く――のですが、しかし本作の舞台はあくまでも英国であります。
 このダニューブ川河畔の髑髏城が登場するのは本作の過去パート――前作で、クリミア戦争で大ナマズに食われかけたことがあると語ったニーダムですが、実はそれが髑髏城へと辿り着くまでの道中のことであったのです。

 しかし、前作がそうであったように、怪奇と冒険は海を渡ってやってくるようです。遠く異国の、古ぶるしき遺物と思われた髑髏城とその住人たちが「現代」の英国に現れたことから、再びニーダムとメープルは巻き込まれるのですから。
 この辺り、予感が当たった――と思いきや、しかし大きな捻りが加わっているのはいうまでもありません。物語後半の舞台となる新たなる髑髏城――ノーサンバーランドの荘園屋敷で繰り広げられる騒動は、こちらの予感と予想の範囲を遥かに超えて展開していくのです。


 そんな怪奇冒険の一方で、ディケンズとアンデルセンがメインキャラの一人で活躍した前作に比べると、本作は当時の有名人の登場が少ない――ディケンズやサッカレー、コリンズの登場はあるものの出番は少なく、メインとなるのがスコットランドヤードの生みの親の一人・ウィッチャー警部のみというのは、ちょっと寂しい気がします。
 また、クライマックスが(いささかネタばらしとなって恐縮ですが)内輪もめに終始した印象なのも、いささか物足りないものがありました。

 しかしそれでもアクションとサスペンスの畳み掛けで、ラストまでこちらの興味を惹き続けるのはさすがというべきでしょう。
 また、中盤に描かれる、囚人船焼却の場での怪物の跳梁から始まる大パニックは、舞台の独自性も相まって素晴らしい迫力で、本作屈指の名場面――これだけでも本作を読んだ意味があったというものです。


 ちなみに本作に登場して物語をかき回すメープルのライバル(?)・ヘンリエッタの結末における選択は、微笑ましいというか脱力というかなのですが――しかしよく考えてみると、本作の冒頭で描かれる「髑髏城の花嫁」の選択とは、対照的なものとなっているのに気付きます。

 思わぬキャラクターが本作のテーマ(?)を体現していたかと、感心させられた次第です。
(もう一つ、作中で不名誉な戦争として語られる第四回十字軍とクリミア戦争も、対応関係にあるというべきなのでしょうか)


『髑髏城の花嫁』(田中芳樹 創元推理文庫) Amazon

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2024.06.05

平松伸二『大江戸ブラック・エンジェルズ』第5巻 ついに登場! 二人の黒い天使

 まだまだ戦いの種は尽きない江戸の黒い天使たちですが、この巻では、いつかは登場するだろうと思われたあの二人がついに登場します。その美貌で知られる辰巳芸者・麗羅と、彼女の忠僕・水鵬――幕府に恨みを持つ二人の運命が、雪士そして松田と交錯します。

 天の裁きは待ってはおれぬ、はらせぬ恨みを四(死)両で晴らすという深川のお晴らし地蔵。鷹屋の紹介で評判の辰巳芸者の麗羅と知り合った雪士は、ある事件がきっかけで、お晴らし地蔵の正体が、麗羅と彼女に仕える水鵬であることを知るのでした。
 しかも彼女にはさらなる秘密がありました。かつて次々と藩主一族が暗殺され、お取り潰しとなった越前海原藩。実は零羅は藩の姫君であり、水鵬は幼馴染の水城鵬一郎であったのです。そして二人の仇は、鷹屋の仇でもある将軍御側御用人・鬼橋芥舟でした。

 一方、百畳の紙に絵を描くための筆を求めて品川にやってきた松田は、沖に迷い込んできた鯨のヒゲで筆を作るために鯨と対決。水鵬の助けで見事鯨を仕留めるのでした。
 その筆で富岡八幡宮で百畳の紙に挑む松田ですが、それを風紀紊乱と見て取り締まろうとする鬼橋は、配下の公儀隠密・叢雲主膳に妨害を命令。そしてその叢雲こそは、かつて海原藩お取り潰しに動いた隠密で……


 本作の原典(?)ともいうべき『ブラック・エンジェルズ』で、雪藤・松田と並び、ブラック・エンジェルズの主力として活躍したナイフ使いの麗羅と、水使いの水鵬。リアルタイムの読者としては、特にその壮絶すぎる最期もあいまって、水鵬には特に思い入れがあります。
 松田を挟んで微妙な関係にあったこの二人は、続編(といっていいのかなあ……)の『ザ・松田 ブラックエンジェルズ』にも登場しており、いずれこちらにも登場することは間違いないと思っていましたが――ここに満を持しての登場であります。

 しかも麗羅は相変わらず(?)四の付く数字で悪人退治を請負い、水鵬はその麗羅に秘めた想いを寄せ――と、『ブラック・エンジェルズ』を踏まえた設定なのも心憎いところです(さすがに水鵬は水は操れないようですが、「水流×××」という名の技を見せてくれるのも嬉しい)。


 さてこの二人、物語の縦糸であろう御用人・鬼橋芥舟の陰謀に立ち向かうという点で、鷹屋たちとも同志というべき存在。当然ながら、物語の方は、鬼橋との戦いが前面に出てくるのですが、その流れに、当人は全く意識せず飛び込んでくるのが松田であります。
 今回は(今のところ)悪人退治には噛まず、本人はでっかいことをしたいだけで鯨獲りや百畳の絵に挑戦するわけですが、当然ながらそれが滅茶苦茶目立ちます。それが結果としては鬼橋に目の敵にされて、麗羅たちと同じ敵に襲われるわけですが――物語の流れに関係なかった松田がいきなり中心に飛び込んでくるのは、違和感をかんじないでもありません。

 確かにそれはそれで実に松田らしいのですが、『ブラック・エンジェルズ』より後の作品で、松田のウェイトが大きくなりすぎて、他を完全に食ってしまったのを思い出すと、ちょっと複雑な気分になります。


 そしてもう一点、全く関係ないところでうるさいことを言うと、敵方のキャラクターの髪型が奇抜すぎて、物語よりもそちらの方が気になってしまったりするのも、ちょっと困りました。
 特に(これはまだ現時点では敵か味方かわかりませんが)今回初登場の将軍・徳川家福の髪型は、これはさすがに……


 などとあれこれ書きましたが、やはりこのメンバーが異能の暗殺者たちと激突するのは、大いに盛り上がります。いよいよ敵の存在を知ることになった松田、そして今回は出番は控えめだった雪士が、敵といかなる戦いを見せるのか、楽しみにしたいと思います。

(ちなみに細かいところですが、浅草の貧民窟の住人が、麗羅たちの仕事の後始末をしているという設定は、この手の作品としてかなりユニークだと思います)


『大江戸ブラック・エンジェルズ』第5巻(平松伸二 リイド社SPコミックス) Amazon

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2024.06.04

『鬼滅の刃』柱稽古編 第四話「笑顔になれる」

 次なる稽古、時透無一郎の高速移動の訓練に向かった炭治郎。そこで打って変わって明るくなった無一郎に歓待される炭治郎だが、無一郎は他の隊士たちには相変わらず冷たい態度を取る。先に訓練を終えた炭治郎は、無一郎を案じて、ある提案をするのだった。

 前回の五コマで一話には負けますが、今回は原作の九コマ分で一話分という十分スゴいエピソード。前章に当たる刀鍛冶の里編で活躍した霞柱・時透無一郎がメインとなります。
 原作では、初登場時の
「こう…何かこう…すごく嫌!! 何だろう 配慮かなぁ!? 配慮が欠けていて残酷です!!」
な感じはどこへ行った、という感じで炭治郎にデレデレになった無一郎の姿と、平隊士たちには相変わらず「配慮が欠けてて残酷」な姿のギャップが非常に楽しかったのですが、そこだけアニメ化しても大正コソコソ噂話くらいの尺で終わってしまうので、まあ色々と引き伸ばすのはわからないでもありません。

 それでは何を伸ばしたかといえば、中心になるのは平隊士との関係性で――無一郎が上記の通り平隊士には塩、というより氷のような対応なのにいたたまれなくなった炭治郎が、無一郎のほとんど唯一の趣味が紙飛行機作り(公式ファンブックでの「趣味:折り紙(死ぬほど飛ぶ紙飛行機を作れる)」を踏まえたものでしょう)と知って、紙飛行機飛ばし勝負を挑むことになります。
 こいつ、義勇さんに効果があった(誤解)ので味をしめたのでは、という気がしないでもないですが、炭治郎が勝ったらもっと平隊士に柔らかく当たるという勝負の行方は――ちょっと意外といえば意外ですが、そこから平隊士の側の立ち上がり(というか歩み寄りというか)に繋げていくのは、なかなか面白い展開であったかと思います。

 ただ、前回の平隊士の描写は、この先原作では明確に繋がってくる部分があるのですが、今回は原作には繋がる部分がない気がするので、そこはちょっとどうなのかな、という気はします。もちろん、純粋に無一郎のキャラクターの掘り下げということでもよいのですが……
 また、無一郎のキャラの掘り下げといえば、鉄穴森さんを自分の屋敷に監k――いや招請して、刀を研いでもらっているという描写があったのは、これは刀鍛冶の里編を経て、認識を180度改めたということを描いているということでしょう。同じ鉄穴森さんが担当している伊之助の刀はどうするんだろう――という気はしますが、絶対鉄穴森さんは伊之助許してないだろうからまあいいのかしら。
(もう一つ、鉄穴森さんが研いだ刀が、吹紙飛行機剣になってるのはちょっと面白かった(水滸伝ファン))

 また、前回密かに会っていた風柱と蛇柱が立ち合いをする描写を受けて、毎晩立ち合っていたらしい二人に無一郎も合流して、三つ巴の戦いを演じるというくだりもオリジナル描写。なるほど確かに平隊士相手では柱自身の稽古にはならないわけで、こうして自主トレするというのはわからないでもありません。風柱は絶対好きでやってるだけだと思いますが……
 そしてアニメの柱稽古編でやたらとオリジナル描写で風柱と蛇柱がフィーチャーされるのは、二人の過去描写/キャラの掘り下げがまだ描かれていない(この先描かれる)ために、いまそれを踏まえた描写をするわけにはいかないからなのだな――と、遅ればせながら前回と今回を見て気付きました。

 そしてこの調子で行くと次回は恋柱回かと思いきや、どうやら風柱までいくようですから、恋柱と蛇柱は一気に次回描かれるのでしょう。まあ、野郎レオタード責めを延々と描かれても困りますし……


 それにしても、実は今回の本当の今後に繋がる描写は、炭治郎と無一郎の鎹鴉かもしれません。(今後、というレベルではないですが……)


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2024.06.03

今野直樹&平山雄一『明智小五郎回顧談』 名探偵の伝記にして伝奇物語

 伝記には、その人物が後世知られる姿になるまでを追う中に、ある種の謎解き的な面白みを感じることがありますが、それはフィクションの人物でも変わらないようです。本書はあの名探偵・明智小五郎が自分の半生を語る一種の伝記物語。しかしその内容はむしろ伝記というより伝奇的であります。

 昭和39年、既に一線を退いていた明智小五郎のもとを訪れた蓑浦元警視庁警部補。警視庁史編纂の一環で、小五郎の業績を記録に残したいという彼の言葉に答えて、小五郎は少年時代から今に至るまでを語り始めます。

 英国人の父と日本人の母の間に生まれたため、少年時代は周囲のいじめに遭いながらも、たくましく成長し、一高に入学した小五郎。その頃、従兄とともに百面相芸人の舞台を見物した小五郎は、その芸に感服して教えを請い、自らも変装術を極めることになります。
 やがて帝大を卒業した小五郎は、父親同様の探偵を志し、団子坂で下宿するうちに、古本屋を営む青年・平井太郎と知り合い……


 「D坂の怪事件」で初登場し、以降様々な怪事件・難事件に挑んできた明智小五郎。しかしその初登場以前の経歴は明確ではなく、ある意味その好敵手の怪人二十面相並みに謎に包まれているといえます。
 本作は、推理小説研究家であり、事件発生順に刊行された集英社文庫の『明智小五郎事件簿』のベースとなった年代記を作成した作者による、明智小五郎の伝記――の漫画版であります。

 もっとも、その初登場以前はさておき、「D坂」以降の小五郎の人生は江戸川乱歩の作中にあるとおりでは、と思ってしまうわけですが――そこを巧みに江戸川乱歩の他の作品、いやそれどころか様々な「外の」名作を取り入れて、伝記ならぬ伝奇物語として仕立て上げているのが本作の楽しいところでしょう。

 何しろ冒頭で登場する小五郎の従兄が本郷義昭なのにまずニヤリとさせられますが、その後登場する別の従妹の名が「勢子」なのにムムッと来て、さらにその弟が「平吉」なのにハハァ、となる――冒頭1/4でこれであります。
 その後も、当然ながら(?)北見小五郎とは同一人物(というか本作では北見の名は出ないのですが)だったりと、私程度のファンでもニッコリできる展開が目白押しであります。(ちなみに漫画版はかなり刈り込まれておりますが、原作はこの辺りのマニアックな引用はかなりの分量となっています)


 しかしその中でも最大の爆弾が、中盤(この漫画版の上巻終盤と下巻冒頭)に待ち構えています。
 そもそも、本作最大のオリジナル要素は、小五郎の父が英国人だという点かと思いますが、その父が探偵で柔術を習いに来日した過去がある(その際に小五郎の母と出会った)――とくれば、どう考えてもあの人物としか思えません。

 しかしさすがにこれは匂わせ程度だろうと思いきや、中盤で思い切り本人が登場。しかも同時に登場するのはビルマの高等弁務官ネイランド・スミス(相変わらず、勢いはあるがあまり役に立たない……)なのですから何と評すべきか。
 もちろん、スミスの宿敵氏も登場するのですが、その暗殺者が実は――と、乱歩作品ととんでもないクロスオーバーをするのには仰天しました。

 ここまで来ると流石に生真面目なファンはどう思うのかな、と心配にはなりますが、私のようなクロスオーバー狂いにとってはたまらない展開であります。

 その後、小林少年や怪人二十面相といった人気キャラクター(さらには黒蜥蜴)が登場し、ラストにはちょっとした一捻りもあって――と、サービス精神旺盛な本作。
 作中で「現在」の小五郎は、自分は既に時代遅れの存在と幾度も語るのですが、それを再び蘇らせるために、原典の要素を丹念に拾い集めると同時に、様々なクロスオーバーで物語を活気づかせたというべきでしょうか。
(もっとも、熱心なファン/マニアの作品にままあるように、その原典の要素を余さず拾おうとするあまりに、物語の展開が予想できてしまう部分もあるのですが……)


 なお、先に述べたように本作は先に刊行された小説の漫画版。漫画化を担当したのは、ベテランの今野直樹ですが、アクションをはじめ様々な要素と多様なキャラクターが交錯する内容を――先に述べた膨大な引用を整理しつつ――巧みに描き出していると感じます。
(また漫画という形式ゆえか、途中に入る二十面相サイドの回想にも違和感がありません)
 絵的にも、小五郎はもちろんのこと、特に怪人二十面相が実に格好良く、ちょっとこの絵で少年探偵団ものを見てみたいと感じてしまった次第であります。


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2024.06.02

諸星大二郎『アリスとシェエラザード』 二人が挑む、恐ろしくもスッとぼけた事件簿

 ヴィクトリア朝のイギリスを舞台に、人探しを生業とするアリス・ミランダと助手のミス・ホブスン(シェエラザード)が、奇怪な事件の数々に挑む――異才・諸星大二郎の様々な短編を収めた『諸星大二郎劇場』で展開されている、連作シリーズであります。

 行方不明の人探しだけでなく、もっと漠然とした条件でも探す相手を見つけてみせる「人探し」の名手アリス・ミランダと助手のミス・ホブスン。実はアリスの人探しの手段とは、霊感と降霊術――夢で見た光景や、降霊術で呼び出した幽霊から得た情報などで、彼女は難しい依頼を次々と解決していたのです。
 とはいえ時に人の秘密に踏み込むような稼業には危険がつきもの。アリスの身に危険が迫った時には、サーベルをはじめとする武術の達人ミス・ホブスン(ファーストネームのシェエラザードと呼ぶと怒る)がアリスを守る――そんなコンビの活躍が本シリーズでは描かれます。

 その単行本第一弾に当たる本書には、全八話が収録されています。
 自分が依頼を受けて探した美しい手の女性たちが、次々と猟奇殺人の犠牲となっていることを知ったアリスが犯人を追う「ファーストネームで呼ばないで」
 何者かに妻を殺された時計職人から依頼された、妻が実家から持ってきた自動人形の行方探しが意外な方向に展開する「プリマの復讐」
 友人に妻の眼球を盗まれたという男の依頼を受けたアリスが、奇妙な手段で眼球の行方を追う「眼球泥棒」
 アリスの叔母が催した交霊会に現れた、「メアリー」を探して海中を彷徨う船長の謎をアリスが解く「海から来た男」
 意に染まぬ相手を鳥籠に閉じ込めて拷問したという、血の籠公の伝説が残る城を訪れたアリスが、首なし幽霊の首を探す羽目になる「首を捜す幽霊」
 前話の城に引き続き滞在する中、紅玉の首飾りと薔薇の刺繍のドレスを纏った女性の夢を見たアリスが、宝探し騒動に巻き込まれる「紅玉の首飾りの女」
 吝嗇な女からの、息子が椅子になったのを見つけ出して欲しいという奇妙な依頼から、おかしな騒動が起きる「椅子になった男」
 自転車を愛好するあまり、上半身を置いて自転車に乗って行ってしまった娘の脚を、アリスたちが追いかける「スピード大好き!」

 いやはや、あらすじを見てもバラエティに富んでいるというか、混沌としているというか――あまりにも個性的なエピソードばかりなのは一目瞭然でしょう。
 題材的に血生臭い内容も少なくありませんが、怖いもの知らずのアリスと、それに輪をかけて武闘派のミス・ホブソンのコンビの明るい個性のおかげで、軽めの後味になっているのが何とも良い塩梅です。

 作者はSFや伝奇のみならずホラーの名手であることは言うまでもありませんが、同時にどこか突き抜けたような(ホラー)コメディの名手でもあります。
 本作はそんな作者らしい、描かれる事件は基本的に真剣に恐ろしくも、どこかスッとぼけた味わいが楽しいシリーズなのです。
(この辺り、主人公コンビのビジュアルも相まって、テイストは少し異なるものの作者の名作『栞と紙魚子』シリーズを連想する方も多いでしょう)


 なお、シリーズ第一話は、これまで『諸星大二郎劇場』で何度か登場した悪趣味な紳士たちの集まり「悪趣味クラブ」のスピンオフとなっています。
 しかし作者は「悪趣味クラブ」よりも「好趣味」な主人公二人を気に入ったとのことで、現在ではむしろ本シリーズの方が本編のような扱いとなっています。

 いやそれどころか、『諸星大二郎劇場』自体を我がものにしてしまったというべきか――この先もシリーズは続き、既に続巻も刊行されているのですから、いかに作者がノッているか、わかろうというものでしょう。
 またいずれ、続巻の方も紹介したいと思います。


 ちなみに本書に収録された「海から来た男」には、この時代のある作家(の若き日の姿)が登場します。
 あまりにも著名であり、フィクションに登場するのも珍しくない人物ではありますが、この作家自身、作中で描かれた事件を題材とした作品を発表していることを知っていると、クスリとできるかもしれません。


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2024.06.01

立沢克美『イクサガミ』第4巻 絡み合う二つの糸 京八流を巡る因縁の戦い

 なんと岡田准一主演でNetflixドラマ化というとんでもないニュースも飛び込んできた『イクサガミ』ですが、この漫画版の方はこの第四巻から原作の第二巻『イクサガミ 地』にあたる内容に突入します。「こどく」と共に繰り広げられるもう一つの戦い――京八流の継承を巡る戦いが、愁二郎を翻弄します。

 金十万円を賭けて、京都天龍寺から東京まで繰り広げられるデスゲーム「こどく」。この過酷な戦いに参加した嵯峨愁二郎は、無力な少女・双葉を同行者に、鳴海宿まで戦い続けてきました。
 しかしそこでかつての京八流の相弟子の一人・三助が双葉を攫って消え、愁二郎、いやかつての相弟子たちに、戦人塚に来いというメッセージを残すのでした。

 双葉を奪還するために向かった愁二郎を待つのは、三助だけでなく、既に一度刃を交えた彩八、そして相弟子の中でも屈指の実力者である四蔵。かつて鞍馬で共に京八流を学び、そして殺し合う定めにあった継承候補者たち――再び激突する彼らの前に、しかし真の敵が現れます。


 「こどく」が物語の縦糸だとすれば、それと絡み合うもう一本の糸というべき、京八流を巡る因縁。八人の継承候補者が最後の一人となるまで殺し合うことで、代々継承されてきた京八流の宿命から逃れるため、継承戦から逃れた愁二郎ですが、それがかえって新たな戦いを招き寄せることになります。

 かくてここで描かれるのは、京八流継承候補者、すなわち京八流同士の戦いから、一転彼らが共通の敵である幻刀斎に挑む戦い――このくだりは、原作でも名場面の一つですが、それは漫画版でも変わりません。
 四人の候補者の戦いを通じて、候補者一人が一奥義を持つ京八流の特異性が語られ、そこから候補者たちの共闘に繋がっていく――幾人もの強豪がぶつかり合い、状況が二転三転していくスピーディーな戦いは、あたかも「こどく」の縮図のように展開し、クライマックスへと雪崩れ込んでいくのであります。

 ただ、正直なことを申し上げれば、本作は絵がその展開に追いついていないという印象があります。
 次から次へと戦う相手が変わり、そして何よりも、主人公側が複数人で協力しあって戦うという、複雑な戦いのシチュエーションを描くのに、本作の絵が今一つ淡々としている――ある種のハッタリや外連味が足りていないと感じます。

 この先、まだまだ物語が盛り上がり、様々なシチュエーションの戦いが描かれるであろうことを思えば、些か不安感があることは否めません。


 さて、この巻はこれまで述べてきたように京八流の継承にまつわる戦いがメインであり、「こどく」そのものはあまり進行しませんでしたが、しかし戦いはもちろん続いています。
 この巻の冒頭では、原作第一巻『イクサガミ 天』のラストで描かれ、読者に絶大なインパクトを与えた貫地谷無骨と菊臣右京の対決が描かれましたが、原作では描かれなかった部分まで描かれたのは嬉しいサプライズであります。

 このように、この先も本作ならではの独自性をどれだけ盛り込めるかに、期待したいと思います。


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