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2024.06.26

八瀬惣子『六道辻の冥府返りの寺』 冥官となった青年の戦いと成長の果て

 朝廷に仕える傍ら、閻魔大王の下で冥官として働いていたという伝説でお馴染みの小野篁。本作は明治初期を舞台に、その篁の後継を命じられた青年・千石聖の冒険と成長を描く物語――以前単行本化された際に収録されなかったエピソードを、電子書籍化の際に収録した完全版というべき作品です。

 地獄に通じる井戸があるという京の六道鎮皇寺で、赤子の頃から育てられてきた青年・聖。赤毛の上、赤子の頃に一度死から蘇生したことから、町の人々からバケモノ呼ばわりされ、本人も負けん気が強く育った聖ですが、ある日、思わぬ運命の変転が訪れます。

 捨て子を狙ったかどわかしが横行し、騒然とした空気の町で、故もなく犯人として疑いをかけられた聖。濡れ衣を晴らすために犯人を追う聖ですが、見つけた犯人は、何と人ならざる化け物だったのです。
 冥府返りの大罪人だという子供を探していたという化け物たち。自分がその子供だと悟る聖ですが、それどころか、彼は地獄の冥官・小野篁の没後千年に生まれる後継者だったのです。

 なりゆきで次代の冥官に任命されてしまった聖。以来、京を騒がす悪霊たちを封じる使命を与えられた聖ですが――しかし反骨心の塊の彼は、大人しく篁の言葉には従いません。
 あちこちで衝突し、騒動を起こす聖。しかしその中で出会った、横浜から来た警官で強力な霊感の持ち主・鳴海や、兄を追って京に来た月緒といった人々と触れ合ううちに、彼は少しずつ変わっていくことになります。

 やがて互いに反発していた京の人々とも歩み寄り、自分なりに出来ることを見つけていく聖ですが……


 確かに実在の人物でありながら、冒頭で述べたような奇怪な伝説で知られる小野篁。フィクションでもしばしば登場する人物ですが、本作はその篁を題材にしつつ(そして本人も登場しつつ)、明治初期を舞台とした、かなりユニークな枠組みの物語であります。

 物語の始まりは明治五年、まだまだ新しい時代が始まったばかりであり、政府の制度も完全には定まっていない時期。そして都が京から東京へと移った直後の時期――そんな混沌とした時代を背景に、本作は展開します。
 千年の歴史を持つ町らしく、悪霊や物の怪など怪異には事欠かず、さらに幕末からの様々な騒乱の余燼が残る京。なるほどこれは伝奇活劇の舞台に相応しいといえるでしょう。

 しかし本作の主人公・聖は、篁に頭ごなしに使命を押し付けられるのも嫌ならば、これまで散々疎まれ、排除されてきた京の人々のために動くのも御免――冥官という自分の立場を厭い、機があれば投げ出してしまおうという、主人公にあるまじき青年。
 もちろん、実際にはお人好しで、何よりも自分と同じような身の上の人間は放っておけない性格、そして唯一敬愛する育ての親の和尚と寺のため、何だかんだで冥官の使命を果たすことになるのですが――聖のキャラクターを踏まえて捻りの加わった物語が、本作の前半では描かれます。


 そんな彼のキャラクターは、個性的ではあるものの、正直なところ感情移入しにくいところもあります。しかし物語が進んでいくにつれて、彼も少しずつ変わっていくことになります。

 自分が救った者・救えなかった者の残した想い。変わっていく町の人々の目。京の外に広がる社会の存在。そして自分と正面から接する鳴海や月緒との交流――そんな経験が、狭い世界の中で凝り固まっていた彼の心を解きほぐし、そして自身も思っていなかったような未来への道を歩み始めることになります。
 その姿は、物語開始時点では予想もできなかっただけに、大きな驚きと感動を生み出すのです。

 しかし予想もできなかったのは彼の変化だけではありません。物語終盤に明かされる真実――それは聖の身はおろか、この物語の基本構造すら揺るがすもの。そしてそれは彼がこれまで築いてきたもの、これから目指すものに破壊的な影響を及ぼすのです。
 まさか! と驚かされつつも、なるほどこうきたか、というどんでん返しに感心しつつ突入するクライマックス――その先に待つものは、彼のそれまでの成長があるだけに、かなりの苦味を感じさせます。

 しかしそれもまた、変化には必要な痛みなのかもしれません。明治という大変革の時代と重なり合わせて描かれるそれは、一種のモラトリアムの終わりを感じさせるものであり――その先に不思議な開放感を残します。

 なお本作は、電子書籍化の際に、連載時の『六道辻の冥府返り』から、タイトルを変更していますが――この物語の結末まで読めば、それも一つの象徴として感じられるのです。


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