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2024年7月

2024.07.31

栗城祥子『平賀源内の猫』 第11話「欠片さがし」

 長らく「お江戸ねこぱんち」誌に連載され、現在はwebコミックとして発表されている『平賀源内の猫』の最新エピソードが刊行されました。平賀源内の家のお手伝いで赤毛の少女・文緒が、源内そして帯電体質の猫・エレキテルと共に様々な出来事に出会う物語は、今回文緒の過去に迫ります。

 幼いうちに医者の父が亡くなった後、生まれついての赤い髪を継母や村の人々に疎まれ、逃げるように江戸を出て平賀源内の家に住み込みで奉公することになった少女・文緒。
 破天荒な性格で博覧強記の源内、源内の家に住み着いたひねくれ猫のエレキテルとともに、様々な出来事、様々な人々に出会ううちに、彼女も少しずつ成長していきます。

 しかし彼女には、何やら出生の秘密がある様子。その赤い髪はもちろんのこと、彼女の手には、幼い頃から地図上のオランダの形をした痣、いや焼き印の痕があったのです。
 道具の方のエレキテル修理の傍ら、伝手を辿ってその過去を調べる源内ですが、どちらも難航して……


 という展開を経てきた本作ですが、今回はいよいよエレキテルの心臓部というべきライデン瓶を源内が復元に成功――だけではなく、源内の生涯でも大きな出来事が描かれることになります。
 源内が出羽秋田藩主・佐竹義敦に招かれて鉱山開発の指導を行う――史実では1773年でのことですが、今回源内と文緒、エレキテルはその秋田を訪れることになるのです。

 今回名前は登場しなかったものの、絵画好きの義敦の口から、自分よりも上手いという藩士の存在が語られ、この先の展開も楽しみなのですが――しかし本作においては、この秋田行きには裏が存在します。
 本作ではこの秋田行きは田沼意次からの紹介によるものなのですが、実はこれは、江戸から離れた地で気を緩めた源内の口から、何事かが漏らすのではないか、という狙い。密かに源内が国禁であるオランダとの文通を行っていることを察知した意次は、御庭番・倉地に命じて、源内の真意を探っているのです。

 これまでも描かれてきたその疑いが、今後どのように物語を左右するのかわかりませんが――しかし今回は、もう一つそれ以上に大きな出来事が描かれることになります。

 冒頭に触れたように、幼いうちに父を喪い、実の母も知らぬまま育った文緒。父を喪った後は不幸な暮らしを経てきた彼女は、今回秋田への旅の途上、故郷の村を通ることになります。彼女にとってはトラウマに近い思い出が残る故郷――しかし源内との暮らしで成長した彼女は、それと向き合うことを決めたのです。
 そしてその結果、彼女が知ったものは、その勇気に見合ったものだったというべきでしょう。彼女にとってはもはや思い出というより都合の良い幻ではないかとすら感じていた父の記憶――その真実が明らかになったのですから。

 そして個人的にそれ以上に印象に残ったのは、彼女の「継母」の真実でした。
 文緒の赤毛を疎み、辛く当たってきた継母、いってみれば典型的な継子いじめの悪役として描かれてきたこの人物について語られたことは、わずかではあります。

 そこに垣間見えた彼女の心、感情の揺れは、文緒のことを考えれば同情できるとは言わないまでも、しかし何かしら理解できる――そう感じられるものであったのは、意外ではあるものの、しかしこれまで人の情を細やかに描いてきた本作らしいと感じます。


 しかし、今回はラストに最大の衝撃が待ち受けます。文緒がかつての父の部屋で見つけた、破かれた紙片。源内が復元したそれに記されていた言葉はなんであったか――それは全く思いもよらぬその言葉だったのです。
 はたしてそれが意味するものはなにか? こちらの想像以上に大きく膨らんでいく物語の次回が、今から楽しみです。


 ちなみに本作の第一話が、リニューアルされた「ねこぱんち」誌に再録されているとのこと。今回に繋がる内容であると共に、純粋に単体で見てもよくできた作品だけに、できるだけ多くの方に手にとっていただきたいものです。


『平賀源内の猫』 第11話「欠片さがし」(栗城祥子  少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon

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2024.07.30

泰三子『だんドーン』第4巻 桜田門外の陰の諜報戦 そしてギャグと背中わせの無情

 読むたびに「コメディとは……」という顔になってしまう幕末コメディ『だんドーン』、第四巻では、ついに歴史の一大転換点が描かれます。水戸浪士たちと薩摩の有村次左衛門による襲撃は成功するのか? 川路と多賀者の諜報戦の行方は? 桜田門外に、ついに号砲が轟きます。

 政争に破れた末に、勝った側の井伊直弼から、ド詰めされることとなった薩摩藩。何とか藩への矛先を変え、そして藩内をまとめるべく奔走する川路たちですが、その犠牲は決して少なくありません。ついに耐えかねた有村次左衛門は水戸浪士たちに加わって井伊直弼襲撃に動き出すことになります。
 これをサポートすべく動く川路ですが、二重密偵として使っていた多賀者の犬丸が、ついに露呈して処刑された上、彼は死の間際に多賀者頭領・タカに川路の計画を語ってしまい……

 というところから始まるこの巻のメインとなる桜田門外の変。あまりに有名な史実であり、結果はわかっているのですが――しかしそれでも気になるのは、その背後で繰り広げられる、薩摩と多賀者の間の、川路とタカの間の諜報戦です。
 これまで史実の背後で、幾度も激しくぶつかってきた川路とタカ。川路にとってタカは敬愛する主君・島津斉彬を殺した怨敵、タカにとって川路は愛する井伊直弼を狙う大敵――不倶戴天の敵同士であります。

 陰の存在とはいえ、タカ率いる多賀者が本気で動けば、井伊直弼襲撃の成就は極めて困難になります。しかも犬丸を通じて川路の計画は流れてしまい、タカはそれを元に鉄桶の守りを固めている――このあまりに不利な状況を、打開することはできるのか?

 繰り返しになりますが、結果はわかっています。しかし如何にしてそれを成し遂げるのか? それは大きな問題です。
 その答えはもちろんここでは詳細を述べませんが、きちんと伏線も示される川路の策の正体には、ほとんど本格ミステリのような味わい――こう来たか! と驚かされること請け合いです。
(まあ、実は犬丸は前巻のラストで「大老襲撃」と言ってしまっているのですが、それとして)


 そして、ここでタイトルの「だんドーン」が思わぬ形で回収され、ついに始まる桜田門外の変。しかし、いかに川路のフォローがあったとて(ちなみに川路のもう一つのフォローにも、こう来るかと感心)、天下の大老を白昼堂々襲撃するのは難事であることはいうまでもありません。
 ここにおいてはほとんどこの巻の主人公である有村次左衛門と、同志の水戸浪士だけでなく、井伊を警護する名もなき侍たち(というのは言い過ぎで、きっちりと記録に残っているのですが)に至るまで、攻める者守る者が文字通り死闘を繰り広げる様は、ただただ凄惨としかいいようがありません。

 ――が、ここでも隙あらば容赦なくギャグをブッ込んでくるのが本作の恐ろしいところであります。
 「斎藤さん見届け役は!?」など、ここでそれ書く!? と驚かされるようなタイミングで描かれるそれは、人の命が簡単に散っていく中にもかかわらず、こちらを笑わせてくるのですが――同時にそれと背中合わせで存在する、人と人が斬り合うことの皮肉さ、無情さというものが胸に刺さります。
(そして字面だけ見るとギャグの「殿ー! 元気ですかー!」の深刻さよ)


 そして、桜田門外の変は、井伊直弼の首を以て終わるものではありません。
 守るべき者であり、愛する者であった直弼を、自らの失策で喪い、ついに怪物から人間となったタカはこの先何処にいくのか。そして「勝った」薩摩の側も、さらなる犠牲を強いられます。

 そんな無情極まりない(特に後者)現実を経て、この国の歴史はこの先どうなってしまうのか。桜田門外の変は「終わり」なのか、「始まり」なのか――変のクライマックスで、異なる立場から出たそれぞれの言葉の、双方が真実であることを我々は知っています。
 はたして本作がそれを如何に描くのか――この先我々は、それを笑いながら、そして慄きながら目の当たりにすることになるのでしょう。


 ちなみにこの巻では、犬丸の子・太郎のその後について解説ページで触れられます。
 ある意味ネタばらしのそれ自体は感動的なのですが、本当にそれが成り立つのか(少なくともどちらか史実を変えないといけないのでは)、おそらくは本作の最終盤に描かれるそれが、今から気になっているところです。


『だんドーン』第4巻(泰三子 講談社モーニングコミックス) Amazon


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2024.07.29

木原敏江『それは常世のレクイエム~夢みるゴシック~』 ホラー界の二大「怪物」に挑む少女とバイロン卿

 少女漫画界の大ベテランが、19世紀のイギリスを舞台に、ホラー界の二大有名人を題材に描くホラーミステリであります。あの大詩人バイロンとともに、型破りな貴族の少女・ポーリーンが、二つの怪事件に挑みます。

 時は19世紀の初め、貴族ではあるものの孤児院育ちという一風変わった境遇の少女・ポーリーンは、数少ない親友のグレイスが怪死したことに衝撃を受けます。
 少し前まで恋をしたと幸せ一杯だったものの、突然別人のように憔悴、自分の恋人は怪物だったと語っていたグレイス。ポーリーンは葬儀に現れた人気絶頂の詩人バイロンこそがその恋人と思い込んで噛みつくのでした。

 しかしグレイスの恋人は名家ブランドン家の伯爵・トレミー――その事実を知ったポーリーンは、当のトレミーに何ともいえぬ不気味さを感じます。そして彼の周囲でグレイスの他にも何人もの女性が亡くなっていることを知ったポーリーンは、バイロンとともに調査を始めるのでした。
 バイロンが語るには、トレミーには、かつて一度命を失いながらも、死体を繋ぎ合わせて蘇ったという噂があるというのですが……


 19世紀イギリスでロマン派の詩人として一世を風靡するとともに、その放埒な生活で知られたバイロン卿。ホラー好き的にはディオダディ荘の夜ですが、本作は実にそこで生まれた二つの怪物を題材としています。
 上で紹介した「それは怪奇なセレナーデ」はこのようにフランケンシュタインですが、続く表題作「それは常世のレクイエム」は、当然(?)吸血鬼テーマです。

 ある日、スコットランドの貴族エドレッド・リッズデイルから求婚を受けたポーリーン。しかしエドレッドの正体は、一千年前から生き続ける吸血鬼――その事実を知ったポーリーンと彼女を守ろうとするバイロンですが、人智を超えた力を持つ相手に苦戦を強いられます。
 かつてエドレッドに姉を殺された青年や、エドレッドの存在を知る謎の女占い師も絡み、物語は意外な方向に展開していくことになるのです。


 さて、フランケンシュタイン(の怪物)も吸血鬼も、非常に有名な存在であることはいうまでもありません。その意味では新味のない題材ですが、しかし本作はそこに一捻りも二捻りも加えることで、大きな独自性と意外性を生み出しています。
 トレミーは本当に死体を繋ぎ合わせて復活したのか、そしてグレイスたちは何故命を落としたのか。エドレッドは如何にして吸血鬼と化したのか、そしてどうすれば倒すことができるのか――作中に散りばめられた数々の謎は、この独自性と意外性が具象化したものといってもよいかもしれません。


 しかし本作の魅力はそれだけではありません。本作で最も大きな光を放つのは、主人公であるポーリーンの個性なのですから。

 名門貴族の娘が市井のギャンブラーと駆け落ちして生まれたポーリーン。その後ある出来事で両親を同時に喪った彼女は孤児院で育ち、そして祖父に見出されて実家に帰ってきたという、特異な生い立ちの少女です。
 それ故か、貴族の令嬢としては異例のバイタリティを持つ彼女ですが、弱い者を労り、理不尽には怒り、そして苦難にあっても決して諦めない――そんな心の強さと正しさ、そして明るさを持つ女性でもあります。

 その美貌も相まって、エルドレッドだけでなく、第一話ではトレミーにも求婚されている――そしてバイロンにも好意を寄せられているポーリーン。実に少女漫画の主人公に相応しいキャラクターですが、しかし彼女の真っ直ぐな心は、内容的には非常に陰惨な物語を様々な意味で救っているといえます。

 本作に登場する「怪物」は、決して怪物として生まれてきたわけではなく、残酷な運命でそう変えられてしまった存在です。そんな彼らにとっての救いは、「愛」の存在にほかならない――それを与えるのがポーリーンとは限らないのですが、彼女の存在は、本作においてはそうした人間の「愛」、善き心を代表するものなのです。
(第二話で、彼女が自分の中にある「愛」の由来を語るシーンは、本作でも最も感動的なシーンでしょう)


 有名すぎる題材を扱いながらも、そこに大きな独自性と意外性を与え、魅力的なキャラクターとコミカルな味付け、そして美しいロマンスの香りを加えて作り上げられた本作――作者ならではの味わいの名品です。

 なお、本作には鎌倉時代の日本を舞台とした続編(といっても大きくテイストの変わる別作品)がありますが、こちらもいずれ紹介したいと思います。


『それは常世のレクイエム~夢みるゴシック~』(木原敏江 秋田書店プリンセス・コミックス) Amazon

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2024.07.28

黒崎リク『帝都メルヒェン探偵録』 「探偵」と「助手」が挑むグリム童話見立ての事件たち

 大正から昭和初期にかけての東京を舞台とした作品は、もうライト文芸では完全にサブジャンルとして定着した感がありますが、第6回ネット小説大賞グランプリを受賞した本作は、その一つながら、強い独自性を持つ作品。グリム童話をモチーフに帝都で繰り広げられる、ロマンチックなミステリ連作です。

 千崎理人は、華族出身で帝大を優秀な成績で卒業したものの、定職にも就かず親友の下宿に転がり込んで暮らしていた日独混血の青年。下宿を追い出された彼は、伝手を求めて、実業家として名を馳せる乙木夫人のサロンを訪れたところで、謎の美少年と引き合わされます。

 理人に職と住まいを用意する代わりに、自分の本当の名前を当てて下さいと、グリム童話の「ルンペルシュティルツヒェン」のような提案をする少年。
 その条件の良さ、そして何よりも奇妙な内容に興味を抱いてその提案を受けた理人は、仮の名を小野カホルと名乗った少年の本当の名前を、三ヶ月以内に当てることになるのでした。

 そして理人がカホルに世話をされた仕事というのも変わり種――普段はカフェの従業員、そして依頼があった際には、「探偵」として表に立ち、調査に当たるというものだったのです。
 実は乙木夫人の伝手で依頼を受け、解決する探偵の顔を持つカホル。しかし少年の彼が探偵では何かとやりにくいため、理人の「助手」として同行する――そんなカムフラージュに理人を使おうというのです。

 かくて、「少年助手を従えた美貌の探偵」として、帝都で起きる様々な事件に巻き込まれる理人とカホル。そしてその事件は、いずれもグリム童話をなぞらえたようなものばかりで……


 冒頭に述べたように、昭和初期までの東京を舞台とした帝都ものとでもいうべき作品の中でも、本作は一捻りも二捻りもある設定の妙で印象に残ります。

 その一つは主人公が少年助手を連れた探偵を演じているということです。実は名探偵はハリボテて、助手の方が名探偵というスタイルの作品はほかにもあります(それこそ『名探偵コナン』もこれに近いでしょう)が、それを助手の方から持ちかけるというのがユニークです。

 はじめは好奇心と金銭的な理由からこれを引き受けた主人公ですが、しかし自分が一種のダシに使われているのが面白いはずもありません。そこで自分も推理を試みて――と、一種の推理合戦になっていくのも愉快なところです。

 そしてもう一つは、作中で起きる事件や出来事が、いずれもグリム童話をモチーフとしていることです。上で述べたように、そもそも本作全体を通しての趣向であるカホルの名前当て自体「ルンペルシュティルツヒェン」的であるわけですが、それ以外にも、「金の鳥」「こわがることをおぼえるために旅に出かけた男の話」「白雪姫」「ハーメルンの笛吹き男」「青ひげ」、そして「いばら姫」と、実に様々です。

 これらのモチーフを、昭和初期の日本を舞台にして如何に描くのか――後半のエピソードなどちょっとやり過ぎの感もありますが、しかしグリム童話の見立て自体が一種のトリックとなっているエピソードもあり、作品全体の統一感という点でも、面白く巧みな趣向であることは間違いありません。


 そんな中で、本作を貫く最大の謎がカホルの正体であることは間違いありません。

 自分よりも大分年上であるはずの理人相手にも物怖じせず、時に生意気といいたくなるような態度で、謎解きに挑むカホル。
 さらに、乙木夫人に深い信頼を得ているだけでなく、普段はカフェの地下室で気ままに時間を過ごし、夜には同じビルのある場所に佇み――と、私生活も謎だらけの少年です。

 正直なところ、物語の構成的に、カホルのある「属性」に気付かない読者はまずいないと思われるのは、本作の欠点かもしれません。
 しかしそれ以外の部分――特に「なぜ」の部分については、これはかなり意表をついたものであると同時に、この時代設定ならではのものであることは間違いなく、そこから生まれる絶妙な切なさも、心に深く残るのです。

 一部残された謎もあるものの、基本的には綺麗に謎も解け、冒頭と対応した洒落た結末も相まって、爽やかな読後感を残す本作。
 既に刊行から6年を経ている作品ではありますが、いつかこの先の物語を読んでみたい――というのは、結末から考えるといささか野暮な願いかもしれませんが、そんな気持ちにもなってしまう佳品です。


『帝都メルヒェン探偵録』(黒崎リク 宝島社文庫) Amazon

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2024.07.27

『君とゆきて咲く~新選組青春録~』 第13話「新しい風」

 近藤勇が参謀として招聘し、新たに新選組に加わった伊東甲子太郎とその弟・鈴木三樹三郎。早速我が物顔に振る舞う二人に不満を高める隊士たちに対し、甲子太郎は新たに組分けの試験を課す。その結果、甲子太郎付きに選ばれた大作だが、反発した彼は、ある行動に出て……

 間者疑惑に揺れる新選組をさらに混乱させる迷惑な奴がいよいよ本領を発揮する今回、久々にコミカルな描写も多いのですが、その一方でギスギス度も高いという、なかなか辛い内容となっています。

 前回、松平容保に教養が足りないと言われた近藤が招聘した伊東甲子太郎(と腰巾着の鈴木三樹三郎)。何だか田舎から出てきて一山当てた人間に群がるうさんくさいコンサルタント感がある奴ですが(そしてこの喩えで大して間違えていないという……)、何かもう嫉妬でキーッとなってるようにしか見えない土方を尻目に、特別扱いなのをいいことにやりたい放題です。

 雑務をやらないのはともかく、緊急の際でも自分たちの部屋に入るのを禁じる、屯所が臭いからと左之助と大作に香を買いに行かせる――と、このお使いのついでに、左之助たぶん花街のお姉さんたちのためにお香を買い込んだ一方で、買ってきたお香を丘十郎にプレゼントしようとする大作。しかし丘十郎は、それをつれなく突っ返します。
 以前とは一変して積極的に斬り合いの現場に飛び込むようになった丘十郎と、彼を何とか止めようとする(も相手にされない)大作。第二部に入ってこの調子ですが――左之助の行動の後だと、余計な文脈が生じてしまうので、これはまあ仕方がない気がします。というか丘十郎に対する大作のモノローグが重い。重すぎる……

 何はともあれ、伊東たちの専横というか小姑っぷりに不満を募らせた隊士たちが、そもそもあいつらは入隊試験を受けていない、試験を受けるべきだ! と訴えたところ、何故か自分たちが試験を受けさせられることになります。しかも試験は筆記と生花という謎展開で……
 そんな中で高得点を取ったのは、大作、新之丞、そして斎藤一の面々――まあ納得と言えば納得の面子(斎藤は史実通り(?)土方からスパイ命令を受けています)ですが、やることは甲子太郎のお側仕えで、彼と同様に特別扱いになる様子です。
(ちなみに大作は筆記が高得点だったのは、やはり松下村塾効果でしょうか)

 しかし新之丞と引き離された南無之介だけでなく、選ばれた大作の方もこれに激しく反発します。この人の場合は、丘十郎と引き離されたくなかった、というのが大きい気がしますが――しかし新之丞と話していて、かつて山南に教わった「何か小さなことでも、基本は日々の生活」という言葉を思い出した大作が、丘十郎がくれたその日常の象徴として、お汁粉を作ろうとするのが泣かせます。
 もちろんこれは、かつて――まだ皆が賑やかに明るく暮らしていた頃に――丘十郎が汁粉を作ってくれたのを思い出してのこと。しかし元々茶店の息子の丘十郎と違い、ズブの素人の大作が作ってうまくいくはずがないのですが――それ以前に、与えられた仕事をせず、無駄な仕事をしたと伊東から叱責される羽目になります

 そこで、あなたのような人に見初められても嬉しくないと口応えしたおかげで、半日謹慎を喰らった上に、原田曰く馬鹿組(もう少しこう何というか手心というか…)に戻ってきた大作。しかしそこで、不味すぎて誰も食べないお汁粉を丘十郎が全て食べてくれたと聞いて、笑い泣きして……


 というわけで、学園ものでいえばイヤミな優等生が転校してきた、あるいは管理主義の教師が赴任してきたみたいな展開の今回ですが、そこに汁粉を絡めることで、断ち切れかかっていた丘十郎と大作の絆を浮かび上がらせるのは巧みだったと感じます。
 原作ではある展開の伏線となっていたものの、本作ではないものとなっている大作のお汁粉好きという設定。そのお汁粉を、ここでこう使うか、と感心しました。

 しかしその一方で、今回の騒動のそもそもの原因である伊東はあからさまに新選組を腰掛けとしか見ていなかったり、山南は隊の薬が減っている(沖田が使っているのでしょう)ことに気付いたりと、今後の火種になりそうな描写もばらまかれ、こちらの胃が痛くなりそうなところで次回に続きます。


関連サイト
公式サイト

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2024.07.26

安達智『あおのたつき』第14巻 彼女の世界、彼女の地獄からの救い

 吉原に生きる人々の姿を、時に恐ろしく、時に物悲しく、時に美しく描いてきた『あおのたつき』第14巻は、前巻から続く「八重の待ち人」の完結編が描かれます。過酷な現実との軋轢に押し潰され、自分の世界に籠ってしまった花魁・八重花。その世界を壊そうとしたあおに、「世界」が牙を剥きます。

 幼い頃から独特の感受性を周囲に理解されぬまま生き方を押し付けられ、不幸な結婚の末に、紆余曲折を経て吉原で花魁となった八重花。しかしそこでも彼女にとっての「現実」は変わらず、彼女は存在しない間夫の貞様との「世界」に生きるようになります。
 そんな八重花の心の均衡を保つため、彼女の振る舞いに合わせてきたものの、耐えかねて薄神白狐社を訪れた新造の初花の依頼で、楽丸とあおは八重花のもとを訪れます。そこで想像以上の彼女の状況を目の当たりにしたあおは、八重花の世界を壊すと宣言するのでした。

 そして楽丸の制止を振り切り、強引に八重花を彼女の世界に留めていた、貞様に繋がる品を壊していくあお。しかしそれは逆に八重花と現実の境界を失わせ、彼女の世界は暴走を始めます。
 かくて、夢と現が混ざり合う彼女の精神の中の「地獄」に巻き込まれたあおの運命は……


 様々なわだかまりに囚われた人々の心を描いて来た『あおのたつき』という作品。これまで、時に冥土にまで引き摺られ、時に現実世界の怪異と化したそれを描いて来た本作ですが、この「八重の待ち人」編では、八重花という、言ってみれば心を病んだ女性を中心に物語が展開していくことになります。

 前巻でかなりの割合を割いて描かれた過去を通じて、そして吉原での暮らしを経て、完全に自分の世界に閉じこもってしまった八重花。
 その責任は、八重花の言葉に調子を合わせ、「貞様」の存在を信じ込ませてしまった初花たち廓の者たちにもある――そんなあおの糾弾は、いかにも正論であります。

 しかし八重花が張り巡らせた壁を壊すこともまた、一種のエゴではないのか――前巻のラストで感じた違和感は、この巻において、最悪の形で裏付けられることになります。壊された世界の壁から溢れ出したのは、八重花自身もどうにもできない彼女の心の中の地獄だったのですから。

 その中に飲まれたあおが、サイコダイビングよろしく、八重花の精神の深奥で、彼女の病理と対面し、それを癒やす――エンターテイメント的には、それが定番の展開かもしれません。しかし本作は、あえてその定番を外した展開を見せることになります。

 その果てに待つ結末は、あるいは何の解決になっていないように見えるかもしれません。人のわだかまりを解き、封じる力を持つ薄神白狐社であっても――すなわち人を超えた神の力であっても、ここまでしかできないのか、と思うかもしれません。
(あるいは突然生じた現実の壁に鼻白むかもしれません)

 しかしそうであったとしても、八重花を一人の人間として尊重するのであれば、この答えしかない――ひどく苦く、ある種の敗北に見えたとしても、これしか道はないことは、同様の境遇の人間が身近にいる方にとっては、よくご存知かもしれません。
 そしてそれが本人にとっても、周囲の人間にとっても一つの救いになることもまた。

 ある意味異色の物語揃いの本作においても、特に異色の物語というべき「八重の待ち人」。しかしそれだけに、こちらの心に大きなものを残す物語であることは間違いありません。


 そしてこの巻にはこの他、短編「双葉屋美婦之画」と、長編エピソード「手入らずの筆」の冒頭部分が収録されています。

 前者は、冥土においてもなお、美への執心に囚われて争う五人の娼妓を前に、あおと楽丸が悪戦苦闘する――と思いきや、楽丸の存在のために思わぬ方向に転がっていく物語。
 後者は、アラサーになっても女性に接したことのないコンプレックスに囚われた男が薄神白狐社に迷い込んだことをきっかけに、あおと冥土の覗き常習犯・豆右衛門が色道指南に乗り出すことになります。

 いずれも前半のエピソードに比べると全くトーンの異なるコミカルなエピソードですが――さて後者の方はこれからどちらに転がるものか。
 人によっては全く笑い事ではない内容だけに、どのように落着するのか、気になるところです。

『あおのたつき』第14巻(安達智 コアミックス) Amazon

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2024.07.25

杉村麦太『キリエ 吸血聖女』 西部を行く吸血少女ガンマンを待っていたもの

 それほど数が多くない和製伝奇ウェスタンの中でも、本作はかなりエッジの効いた作品ではないかと思います。狂血病なる伝染病により、吸血鬼化した人々が存在するアメリカ西部を舞台に、吸血鬼と人間の混血の少女・キリエが死闘を繰り広げるガンアクションであります。

 1870年――アメリカでは感染者が吸血衝動に駆られ、やがて理性を失う狂血病が流行、吸血鬼と化した者は周囲から迫害の対象となり、対吸血鬼機関・防疫修道会により処刑される運命にありました。
 そんな中、西部の街に現れた、黒衣の少女・キリエは、各地で吸血鬼を巡る争いに巻き込まれ、パラソルに仕込んだライフルをはじめとする銃さばきで、無法者や防疫修道会と死闘を繰り広げることとなります。

 実は彼女は吸血鬼の父と人間の母の間に生まれた混血であり、自らも吸血衝動に駆られる身にありました。そしてその呪われた血から解放されるため、自身の父――狂血病の源であり、ヨーロッパからやって来た吸血鬼の王・黒衣の者を追うキリエ。しかし防疫修道会もまた、黒衣の者を捕えるべく、吸血鬼退治のエキスパート・ソリア七会士を各地に放っていたのです。

 旅の途中で知り合った腕利きの女ガンスミス、ラーラマリアと共に、七会士と戦いを繰り広げるキリエ。しかし事態は意外な方向に……


 あらすじからもわかるように、本作は血みどろのガンファイトが作中で次々と展開される作品です。

 元々がマカロニウェスタン調であるところに吸血鬼が投入されたことにより、人間は吸血鬼(の疑いがある者)をリンチにかけ、吸血鬼は人間を喰らい――と、本作の舞台は殺伐にもほどがある世界。
 その両者の間に立つキリエは、両者の融和、というより吸血鬼に一片の理性を期待して戦うものの、奮闘空しく彼女が守ろうとした者は、あるいは殺され、あるいは血の衝動に負け――と、血も涙もない、いや血と涙だらけのドラマが展開します。

 そして女性が主人公のバイオレンスものには定番というべきか、キリエも毎回壮絶な暴力に晒されるわけですが、半吸血鬼であるゆえに、撃たれるわ刺されるわ斬られるわともう大変。
 キリエ自身も結構容赦なく吸血衝動に駆られるので、なおさら救いのなさが漂うのですが――しかし、本人には狂血病の唯一の特効薬である黒衣の者の血を手に入れるという強固な目的意識があるために、不思議な前向きさを感じさせるところでもあります。

 さらにいえば本作は、主人公の味方として戦うキャラクターは、(中盤に登場する例外一人を除いて)ほとんどが女性というのも、男性的な暴力の象徴となることも多い吸血鬼との戦いを描く作品だけに、印象に残るところです。


 そして本作は終盤、黒衣の者を手中に収めた防疫修道会が、その体を用いて実験を行おうとして(定番通り)失敗。黒衣の者によって吸血鬼の猖獗する地に変えられた修道会の本拠地・ソリアで、最後の戦いが繰り広げられることになります。

 壊滅寸前の修道会、そして密かに戦いを監視してきたアメリカ軍と手を組み、彼女を待ち受つ黒衣の者との最後の戦いに挑むキリエ。そして戦いの中で露わになる、仮面の下に隠されていた黒衣の者の素顔は――茨の冠を思わせる飾りを頭にいただいた髭の男!
 そしてラストに黒衣の者が語る、狂血病の存在理由も、その素顔にふさわしい(?)、神の存在をうかがわせるもので、最後の最後でとんでもない爆弾を放り込んできた、と愕然とさせられました。


 正直なところ、(これはもちろん好きずきですが)内容の割にはデフォルメの効いた絵柄であったり、面白武器が多すぎて、西部劇としては逆に雰囲気を損ねているきらいがあります。さらにアクションシーンが凝っているようであまり盛り上がらなかったりと、今ひとつに感じられる点は少なくありません。

 また、全二巻という短さや、それに伴うものであろう結末の物足りなさもあるのですが――しかしこのほぼ唯一無二の世界観と、クライマックスに炸裂した吸血鬼ものとしての独自性のおかげで、どこか満ち足りた気分にさせられる作品なのです。


『キリエ 吸血聖女』(杉村麦太 秋田書店少年チャンピオン・コミックス全2巻) Amazon

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2024.07.24

出口真人『前田慶次かぶき旅』第16巻 天下一の不忠者、その素顔

 周防岩国を後に備前岡山に向かった前田慶次一行。彼らの目的は、小早川秀詮に会うこと――関ヶ原の戦で西軍を裏切った「天下一の不忠者」の素顔とは、そしてそんな彼に慶次はどのように接するのか? 意外な小早川秀詮譚が描かれます。

 周防岩国で「天下一のうつけ殿」吉川広家と意気投合、吉川家と毛利家の間の仇討ち騒動に首を突っ込み、痛快に捌いてみせた慶次。しかしその後彼は、思わぬ人物に出会うことになります。
 それはかつて小早川秀詮に嫁いでいた、広家の従兄弟である毛利輝元の娘・古満姫。秀詮に離縁され、この後別の家に再嫁する彼女は、その前に秀詮に一目会っておきたいというのです。

 言うまでもなく小早川秀詮といえば、「天下一の不忠者」と揶揄される人物。しかも小早川は毛利にとっては不倶戴天の仇敵、微妙すぎる状況ですが、そんなことで慶次が困っている女性を見過ごしにするはずはありません。
 自分が姫を備前にお連れすると言い出した慶次は、広家が「なかなかの漢」と評する秀詮に出会うのを大いに楽しみにするのですが……


 というわけで、九州を超えて西国の外様大名総まくりという趣きになってきた本作ですが、これまで登場した細川忠利、吉川広家といった史実の上で微妙な印象があった人物に比べても、レベルが違うのが小早川秀詮(秀秋)であります。

 何しろ、秀詮といえば、秀吉の甥であり、ほんの子供のうちに秀吉の養子になった立場にありながらも、関ヶ原の戦ではその最中に西軍から東軍に鞍替え――西軍敗北の引き金を引いたと言ってもよい人物。
 その関ヶ原の戦でも直前まで鷹狩りをして戦線を離れていたなど素行に問題があり、また慶長の役でも総大将の立場にありながら軽挙があったとして、召喚・減封転封されたなどという説もあります。

 この手の人物を叩きのめすことでは定評がある(?)慶次が、秀詮と出会ったら――と思わず心配してしまいますが、本作の秀詮は世評と異なる傑物として描かれます。
 そもそも古満姫と離縁したのも、自分の養子であった秀次とその一族を血祭りにあげた老耄の秀吉から、彼女と毛利家を守るためだったというのですから……

 そして川で釣りをする秀詮と対面した慶次はたちまち意気投合。元々、幼い頃に秀吉の前での例の傾きっぷりを見ていた秀詮にとって慶次は憧れの人物、そして慶次の目にも秀詮は傑物と映ったようです。
 ところがその直後に、不治の病にかかっていた秀詮は喀血して昏倒、その後回復した秀詮は慶次のみを招き、自分の過去語りをすることになります。

 慶長の役において、蔚山城に立て籠もった加藤清正らを救援するため、秀吉の命に背いても全軍で救援を決断したこと(ちなみにこの時の救援勢の多くが、これまで本作に登場した武将たちなのがちょっと面白い)。
 そして三成の思惑に背くためにうつけを装って直前まで戦から外れ、関ヶ原の戦で必勝の地・松尾山に陣取り、戦いを命運を決したこと……

 戦国武将を基本的に「漢」として描く本作らしいアレンジではありますが、それにしても秀詮を持ち上げ過ぎな印象は正直なところ否めません(そもそも蔚山の戦には参加していないという説もあるわけで)。
 しかし、そう思いつつも、本作において彼が関ヶ原の戦で東軍についた理由は、大きすぎる秀吉の存在に翻弄された、そして秀吉を敬愛していた彼ならではのものであって――これはこれで、本作のドラマとしては大いに納得できるところではあります。


 というわけで、慶次自身はほとんど動かず(刺客に現れた怪人忍者を一蹴したのみ)、完全に秀詮が主役で終わったこの巻。
 はたして次巻ではこの章の結末がどのように締めくくられるのか、そしてご この後に続くという安芸広島・福島正則篇も楽しみです。


『前田慶次かぶき旅』第16巻(出口真人&原哲夫・堀江信彦 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon


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2024.07.23

『戦国妖狐 千魔混沌編』 第1話「千鬼夜行」

 人と闇が共に暮らす村に身を寄せることになった真介と千夜。全ての記憶を失っていた千夜だが、とまどいながらも村の娘・月湖と触れ合ううちに子供らしさを見せるようになる。その身に千体の闇が眠らせた千夜を、月湖の両親をはじめ、村の住人たちは優しく受け入れるが、やはて決定的な悲劇が……

 少々出遅れましたが、18日から放送が開始されたアニメ版『戦国妖狐』の第二部「千魔混沌編」。第一部の「世直し姉弟編」が一クールだったのに対し、こちらは二クールを予定とボリュームは倍――内容的にも、前章の終盤に描かれた様々な伏線や、登場人物の去就が描かれる(そして史実とのリンクも描かれる)、いってみればこちらが本編と呼んでよいかと思います。

 その第1話に当たる今回は――第一部では基本的に漫画をカタワラに置いて比較しながら観ていましたが、今回はそんな厭らしいやり方はせずに、原作は記憶程度に留めて観ることにします――通算14話に当たるものの、前話までの展開とは直接繋がらないように見える、謎多き状況からスタートします。

 第一部から引き続き登場するのは真介と千夜のみ、真介はふるまいは剣士らしくなったように見えますが――しかし酒をかっくらって肝心な時に役に立たず、後で落ち込むというダメな大人っぷりも――第一部のラストで無事生き延びてから時間も経ち、修行も積んだということなのでしょう。
 しかしわからないのはもう一人の千夜。第一部の終盤で、父親の神雲ともども山の神に封印されたはずの彼(だけ)が何故解放されていて、何故真介と行動を共にしているのか? 一応真介とは接点がありましたが……

 月湖の回想によれば二人揃って空から落ちてきたようですが、さてどういう状況でそんなことになったのか――それはもちろんこれから語られるのでしょうが、何が起きているのかわからない状況で、これまでからの変化と、それに伴う謎に胸を躍らせるのは、これはもう新章の醍醐味というべきでしょう。それが味わえた時点で、この回はもう合格――というのは採点甘すぎかもしれませんが、それも正直な気分ではあります。
 そしてまた、千夜がその圧倒的な力に覚醒して闇の盗賊団を蹴散したタイミングで「戦国妖狐 第二部」「千魔混沌編」とバーンと示されるのは、素直に格好良い演出で気分が上がります。

 しかし、ここで彼の「内面」が描かれたことで、初めて気付かされる千夜というキャラクターの特徴は、彼を評する「千魔混沌」の語が示す通り、霊力改造人間として融合した千体の闇たちのパーソナリティが、いまだに彼の中に残っていることでしょう。霊力改造人間に、融合された闇のパーソナリティが残っているかどうかはまちまちのようですが(第一部では灼岩と芍薬が併存していましたが、あれは彼女特有の不安定な状態の賜物のような)、いずれにせよ絶大な力を持ちながらもどこか不安定な状態は、この先の千夜の道行きに大きな影響を及ぼすのでしょう……

 と思っていたら、後半ですぐに待ち受けている地獄のような展開――いや、千夜がもたらしてしまった地獄。決して人が死なない物語ではない――それどころか、死ぬ時には簡単に人が死ぬ物語ですが、しかしこうも早くあっさりととは、さすがに驚かされます。
 それがまた、明らかに過失ながら、もっとうまく力を扱えていれば犠牲は出なかったという厭な感じで絶妙なバランスなのが、またやりきれなさを感じさて実にキツい。その後の、これまた力余って文字通り「村を焼く」シーンよりも、印象としては辛いものがあります。

 冒頭で記憶を失っていると思ったら、そんな自分を温かく迎えてくれた地を、自分のせいでいきなり失うという、一話のうちに慌ただしくも過酷すぎる経験をした千夜のメンタルが不安になります。
(そんな状況を結構平然と受け止めてる村の子供たち、時代が時代とはいえメンタルが強すぎて怖い……)
 しかし彼以上に過酷な運命となった月湖が思わぬ決断をして――と、結末に意外な展開が待っているのも、新章第一話として合格でしょう。も一ついえば、途中でさらりと第一部ラストの不気味な五人組のことが仄めかされるのも、今後の展開を想像させて良い感じであります。


 そしてラストのクレジットの時に流れていた曲、アツい曲調からしてこれがオープニング曲なのだと思いますが、結構直球なタイトルで、これはこれでなかなか良いと思います。


『戦国妖狐 千魔混沌編』上巻(フリュー Blu-rayソフト) Amazon

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2024.07.22

土橋章宏『最後の甲賀忍者』 目指せ、はみ出し者たちの逆転勝利

 伊賀と並び称される甲賀忍者。しかし江戸時代に入ってからの彼らは、存在感を発揮していたとは言い難いものがあります。本作はそんな甲賀忍者たちが、幕末に新政府軍の一員として戦っていたという意外な史実を踏まえた、忍者アクション小説です。

 戦国時代に活躍しながらも、太平の時代では身分と領地を奪われ、百姓同然に暮らしてきた甲賀忍者の末裔たち。幕府に幾度復権を働きかけても無視されてきた彼らは、幕府が大政奉還し、新政府の間で大きな戦が始まろうとする中、新政府側につくことを決めるのでした。
 しかし甲賀といっても忍びの術は失われて久しい状況。そこで甲賀の人々は、甲賀の暗部と呼ばれ避けられてきた朧入道なる忍びに、従軍する若者たちの修行を依頼することになります。

 その修行に志願した、親のいない鬼っ子として周囲に嫌われてきた血気盛んな青年・山中了司。しかし彼だけでなく、修行で同じ組となった面々も曲者揃いであります。
 了司の幼馴染みで大人しい金左衛門、名家の息子でプライドが高い伴三郎、名忍者の末裔の剽軽者・当作、おっさん薬術師の勘解由――同じ甲賀の人間でも生まれ育ちも違う面々は、喧嘩ばかりでチームワークも滅茶苦茶。それでも必要に迫られて力を合わせ、何とか朧入道の修行を終えた五人は、新政府軍の一員として出陣することになります。

 しかしなかなか戦場に立つこともできず、戦功を上げる機会も持てない状況に、忍びの技を用いてあの手この手で手柄を狙う五人。
 その果てに、幕末最強を謳われた庄内藩を向こうに回すことになった五人の運命は……


 戦国時代が終わり、江戸で徳川家に仕えた者たちとは異なり、平民身分として甲賀に暮らした、いわゆる甲賀古士。本作はその甲賀古士にまつわる史実を踏まえつつ、了司をはじめとする五人の忍者の戦いを描いた活劇です。

 もっとも、ここで甲賀古士がその厳しい名前に相応しい秘伝を伝えていればいいのですが、ついていても、百年以上を経るうちに、彼らも一般人と大して変わりのない人間になっているというのが現実。
 本作では、そんな彼らがいわば忍者講座の中で、忍者としての基礎を叩き込まれる姿を全体の四割程度を割いて描きますが――その部分が同時に、忍者にあまり詳しくない読者への解説的役割を果たしているのは、ちょっと面白いところです。

 そしてその先がいよいよ本番、新政府軍に加わった彼らの戦いが描かれる――と思いきや、戦場に出るまでが一苦労。しかしその果てに彼らが挑むの戦いは、傑物として知られた河井継之助のガトリング砲奪取や、幕末最強として知られた庄内藩への奇襲の先鋒役だったりと、実にドラマチックであります。

 考えてみれば、はみだし者たちが努力を重ねて、意外な形で遥かに格上の相手に逆転勝利を収める――というのは、これは最も盛り上がるドラマのスタイルの一つ。本作はまさにそのスタイルであり、そこに賑やかなキャラクターたちの騒動を交えつつ描く手法は、やはり作者らしい作品だと感じます。


 もっとも、うるさいことを言えば気になってしまうところはあります。

 特に、実際には甲賀忍者の中には幕府に百人組として仕官した者たちがいたわけで――彼らもまあ、忍者らしい勤めがあったわけでもなく、幕末には百人組も廃止されているわけですが――彼らの存在が、全く触れられないわけではないものの、ほぼスルーされているのは、ひっかかってしまうところです。
(もちろん、物語展開上そうならざるを得ないのは百も承知ですが……)

 しかしそれ以上に、皮肉な味ももちろん漂うものの、基本的に「色々あったけど俺たち頑張ったよな」で終わるのは、それでこの戦いをあっさり片付けてよいのかな――と、これは好みの問題かもしれませんが、ちょっと驚かされた次第です。
 作中で了司が、河井継之助の思想に、自分たちに通じるものを見出すくだりがなかなか良かっただけに――もちろん、彼らは精神的な自治を勝ち取った、と理解すべきだとは思うのですが。

(さらにもう一ついえば、作中で明らかに死亡フラグを立てたキャラが、その後全く何もなかったのも、ちょっと驚きましたが……)


『最後の甲賀忍者』(土橋章宏 角川春樹事務所) Amazon

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2024.07.21

安田剛士『青のミブロ』第14巻 そして芹沢の死が開いた道へ

 この数巻、物語をグイグイ盛り上げてきた芹沢暗殺編がついに終わり、エピローグとも言うべき内容が描かれる第14巻。心に深い傷を負ったにおと太郎をはじめ、生き残ったミブロたちは、この先をどう生きるのか――第一部が大団円を迎えます。

 土方と沖田との対決で深傷を負いつつも、におの手引きで逃れ、念願だった近藤と刀を交えた芹沢。近藤こそが真の武士と想いの丈を伝えた後、近藤をその場から去らせた芹沢に対し、におは大きな役目を背負うことになります。
 一方、芹沢の下に駆けつけようとした太郎と、彼を止めようとするはじめとの対決は、永倉直伝の燕と、はじめの居合の激突の末に、双方痛み分けに終わるのでした。

 かくて暗殺の夜は明け、芹沢の死は長州による暗殺として処理された(ここで監察がこの処理を受け容れる理由が本作ならではのものなのがちょっと印象的)末に、残された者たちは新たな一歩を踏み出すのですが――当然、それが自他ともに平らかなものであるはずもありません。

 自分の信念を貫いた結果とはいえ、初めて人を斬ったにお。複雑な敬慕の念を抱く芹沢を喪った太郎。その太郎が芹沢の下に行くのを力づくで止めたはじめ。この三人の少年の心の傷とわだかまりは決して浅いものではありません。
 しかし大人たちの変化は、それ以上に大きく、むしろ苛烈というべきでしょう。

 これまでのクールさが「鬼」の方向に加速した土方(芹沢暗殺直後の行動は本当に怖い)はある意味納得ですが、元試衛館組の中でも最も脳天気に見えた原田が間者に取った行動は、彼の普段のイメージとは全く異なるだけにただただ恐ろしく感じられます。
 そんな原田のもう一つの顔に驚き、そしてともすれば過激に走る周囲を止めようとした山南も、事に及んでは全く躊躇うこともなく――もとより肚の据わった面々ではあったものの、後の新選組のイメージの一つをなぞるような果断ぶりには、このまま彼らが突き進んでしまうのではないかと不安になります。


 しかし――少なくとも少年たちは、決して立ち止まったままでも、間違った道を歩もうとしているわけではありません。それを示したのは、意外にもというべきか太郎――芹沢の件で沈んでいるところに、間者の処断に利用されてさらに項垂れるにおの前に現れた太郎は、におに語りかけます。

 本作の中心となる三人の少年の中で、これまで最もパッとしない印象であった太郎。におのような心の強さ・正しさや才知があるわけでもなく、はじめのような剣の腕があるわけでもない。常に死んだ魚のような目で、暴力には怯え、裏では毒を吐く――彼はそんなキャラクターでした。
 しかしこの芹沢暗殺編では、彼こそが芹沢の暴力に怯えつつも、人の知らない芹沢の苦悩を知り、だからこそ最期の時を共にしようと願う姿が――そして芹沢もまた、密かに太郎を息子のように思っていたことが描かれました。

 そんな彼らの想いは叶うことなく、それどころかミブロで最も近い者によって芹沢は介錯された――それが彼にとって、どれだけの衝撃であるか想像に難くありません。正直なところ、芹沢の死とともに彼はこの物語から、少なくともミブロから退場するのではないか――そう思ったほどでした。

 しかし、ここで太郎がにおに語りかけた言葉は、そして彼が見せた表情は、彼が過去に執着しているのでも、怨念に駆られているのでもなく――それどころか、芹沢の死を正面から乗り越え、新しい自分へ、よりよい明日へ向かおうとしていることを示すものでした。
 そしてそれを可能としたのは、太郎とにおを友として案じ、そのために自らの手を汚すことを恐れないはじめの存在であり――そんな二人の友の存在が、におを再び立ち上がらせるのです。


 芹沢が遺した「誠」の旗印――そこに込められたものは様々でしょう。そしてその受け継ぎ方も一つではありません。
 その中で武士の生き様を近藤が継ぎ、それを支える最も苛烈なやり方を土方が継ぎ――そしてまた、理想を真っ直ぐに目指す心性を三人の少年が継いだ。この巻の物語から、そして第一部の結末からは、そんな印象を受けました。

 もちろん、芹沢の死によって開かれたその道が、綺麗なものでも、平坦なものでもあるはずがありません。
 しかしミブロに、新選組に身を置く者たちは、それでも誠の旗印の下に、真っ直ぐ進んでいくのだろう――そしてその姿を見てみたいと、そう思わされる見事な一つの結末でした。


『青のミブロ』第14巻(安田剛士 講談社週刊少年マガジンコミックス) Amazon


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安田剛士『青のミブロ』第9巻 再び立ち上がる少年と新選組の闇を引き受ける男
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安田剛士『青のミブロ』第11巻 迫る対決の時 そして二人の悪友の悪巧み
安田剛士『青のミブロ』第12巻 決戦の、そして芹沢劇場の始まり
安田剛士『青のミブロ』第13巻 芹沢鴨が託した願いと呪い

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2024.07.20

『開化の殺人 大正文豪ミステリ事始』 幻の雑誌に考えるミステリの定義

 私はミステリについてほぼ門外漢ですが、それでも意欲的な新作が次々と発表され、過去の名作に比較的容易にアクセスできる現在は、かなり良い時代なのではないかと思います。本書もそう思わせるに足る企画――幻の『中央公論 秘密と開放号』(大正七年七月臨時増刊)の復刻を中心とした一冊です。

 「中央公論」の名編集長として知られた滝田樗陰が、文壇の錚々たる面々に働きかけて誕生したミステリ特集が掲載された『中央公論 秘密と開放号』。かの江戸川乱歩が「大正期文壇の一角に燃え上がった、かくの如き犯罪と怪奇への情熱」と評したものの、長らく幻と呼ばれてきた雑誌です。
 本書はそこに掲載された作品のうち、分量が多くかつ比較的読むのが容易な谷川潤一郎の「二人の芸術家の話」を除く、全作品を収録し、さらに江戸川乱歩と佐藤春夫のエッセイ、北村薫の解説を収録しています。

 さてその顔ぶれとは――
「指紋」(佐藤春夫)
「開化の殺人」(芥川龍之介)
「刑事の家」(里見弴)
「肉屋」(中村吉蔵)
「別筵」(久米正雄)
「Nの水死」(田山花袋)
「叔母さん」(正宗白鳥)
 執筆者のほとんどが国語の教科書でお目にかかりそうな、一般の読者的にはミステリとは無縁に思える顔ぶれですが――さて、この特集においてはどのような作品を発表しているのでしょうか。

「指紋」遊学中に阿片中毒となった友人を家に置くことになった私が、ある映画を見て以来狂気のように指紋に取り憑かれた友人から聞かされた、ある事実とは。
「開化の殺人」ある医師が遺書の中で綴った、自分がかつて行った殺人と、その後のある恐るべき葛藤。
「刑事の家」刑事一家が管理人を勤める別荘に出かけた学生の一団が、そこで目撃した一家の有様とは。
「肉屋」妻が、自分に隠れて前夫と通じているという疑惑に取り憑かれた肉屋は、煩悶の果てに……
「別筵」友人の婚約者の令嬢と通じ合った青年が、海外に栄転するという友人を令嬢一家と送別会に招くが……
「Nの水死」K博士が死の間際に愛妻の治子夫人に告げた、若い頃に水死した二人の親友Nを巡るある事実。
「叔母さん」旅の途中に立ち寄った先で、微妙な間柄の叔母さんと外出することになった青年は……

 本当にあらましのみで恐縮ですが、指紋による人物の同定という科学的な(しかしその中に、ポォめいた幻視的描写が入るのがまた面白い)内容を描く「指紋」や、殺人者の告白というミステリ的テーマを、その魂の葛藤という実に文学的に料理した「開化の殺人」など、現代人の目から見てもミステリとして読んでも十分に面白い作品だと感じます。

 その一方で、イヤミス的シチュエーションに、一転してものすごい結末がつけられる「刑事の家」、ネガな人情噺というべき「肉屋」、過去の秘密をこれも文学的に描く「Nの水死」など、面白いけれどもミステリと言ってよいものか――と悩ましい作品が収録されているのも、今となっては貴重というべきでしょう。
 元々この特集のタイトルは「秘密と開放」――企画意図はさておき、必ずしもミステリには限らない内容ということもありますが、それ以上に、この時代におけるミステリというジャンルの範囲に対する送り手(と受け手)の様々な考え方が、ここには浮かび上がっていると感じられるのですから。

 その辺りを丹念に語っているのが、巻頭の乱歩のエッセイ「一般文壇と探偵小説」であり、送り手の一人である佐藤春夫の回顧談である巻末の「「指紋」の頃」で、この二編を併録した編集者の慧眼には敬意を表するしかありません。

 思うに文学というものが、人間の内面に秘められたものと向き合い、それを描き語るものであるとすれば、それをあるベクトルで描いたものが、ミステリなのかもしれない――そんなことを考えつつ、ここで元のタイトル「秘密と開放」を見て、改めて感嘆させられた次第です。


 ちなみに北村薫の解説「大正七年 滝田樗陰と作家たち」は、各作品とその作者、そして背景となる文壇の状況について丹念に記した名品ですが――「別筵」については、ぜひ本編を読んだ後に解説を読んでいただきたいと思います。これもまた文学、と言いたくなるようなある事実が待っています。


『開化の殺人 大正文豪ミステリ事始』(中公文庫) Amazon

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2024.07.19

天野頌子『晴明の娘 白狐姫、京の闇を祓う』 妖狐の姫の生い立ちと活躍

 陰陽師といえばもはや安倍晴明が代名詞となっていますが、本作はその晴明に娘が、それも祖母譲りの美貌と妖力を持った白狐姫がいたという設定の物語――現代を舞台とした『よろず占い処 陰陽屋シリーズ』の作者が、本物の(?)陰陽師の物語に挑戦した作品です。

 安倍晴明と妻・宣子の間に生まれた待望の娘・煌子――しかし彼女は狐の耳と尻尾を持って生まれてきた妖狐でした。実は晴明の母である信太森の白狐・葛の葉の血が、孫に当たる煌子に現れたというのです。
 煌子を信太森で引き取ろうと安倍家に現れた葛の葉の勧めを、しかし晴明たちは断り、煌子を屋敷の中で育て始めるのでした。

 そして両親と二人の兄の愛を一身に受け、美しくもおてんばに育った煌子。しかし家の中だけでの生活に我慢できない煌子は、父や兄にせがんで、男装で外出するのようになります。
 ところが、生まれながらに強大な妖力を持つために、妖怪たちに狙われる煌子。幾度か危ない目に遭いながらも、彼女はその力を発揮して次々と妖怪たちを従え、自分の式神としていきます。

 やがて彼女は「白狐姫」として、妖怪たちの間でその名を知られるようになって……


 安倍晴明に、吉平と吉昌という二人の息子がいたことは(フィクションで時々取り上げられることもあり)比較的知られているかと思います。
 本作はその二人以外に晴明に子供が、しかも二人の下に妹がいた――というだけでなく、祖母からの隔世遺伝で狐っ娘だった、というユニークなアイディアの物語です。

 しかも煌子の場合、外見だけでなく、その妖力の大きさまで祖母譲りというのも愉快なところで――連れている妖怪も、小は管狐から上は鞍馬山の大天狗(この大天狗が式神になる経緯が愉快)まで、さらに妖怪ではないけれどもあの渡辺綱までお供に、という豪華すぎる顔ぶれです。

 本作はそんな煌子が、妖怪に襲われあわやという状態だった少年・道長を救い出す場面から始まりますが、そこから物語は時間を遡り、煌子の誕生から「いま」に至るまでの過去が描かれるという構成となっています。

 そしてそこでは、煌子の生い立ちや活躍――だけでなく、この時代の様々な文化風俗も織り交ぜて描かれるのがなかなか面白いところです。
 誕生や裳着といったイベントから、陰陽寮/陰陽師の日常、あるいは五節舞のような儀式まで――煌子が成長し、様々なことを学ぶのに合わせて描かれることで、そんな平安独自の要素が、初心者にもわかり易く、そして物語に無理なく織り込まれているのに感心しました。

 そして物語の約2/3を過去編に費やした後、残る1/3では、出産を間近に控えた女御を守るために、煌子のみならず、安倍家が総出で奮闘する姿が描かれます。
 女御のもとに死霊のみならず生霊が現れ、何者かの呪詛が仕掛けられるという混沌とした状況の中、ちょっとしたパニックもの的事態が発生して――というクライマックスは、なかなか盛り上がます。


 ただ個人的に残念だったのは、大天狗や綱、道長、さらには安倍家の男性陣も(そして最後に登場する敵も)含めて、煌子の周囲の男性キャラは結構な人数がいたものの、それぞれあまり強い個性が感じられなかった点です。
 もちろんあくまでも煌子が主人公ではあるために仕方はないのかもしれませんが、皆ネームバリューはそれなり以上にある彼らの存在が、作中で生かされていたかといえば微妙なところです。

 そんなこともあり、煌子の破天荒な暴れぶりは面白いものの、全体を通してどこか物足りない印象が残ったのは、勿体ない話ではあります。


『晴明の娘 白狐姫、京の闇を祓う』(天野頌子 ポプラ文庫ピュアフル) Amazon

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2024.07.18

『君とゆきて咲く~新選組青春録~』 第12話「あの輝く日々を取り戻す」

 池田屋事件の激闘を終え、心身ともに様々な傷を残した新選組隊士たち。初めて人を斬ったことに衝撃を受ける丘十郎だが、庄内の死に際の「裏切者」という呟きを聞いたことから、土方に間者を探して斬るよう命じられる。一方、桂に呼び出された大作は、庄内の仇・丘十郎を斬ることを命じられ……

 新選組大勝利のはずが、極めて苦い後味を残した第一部のラストから続く今回は、表面上の動きは小さいながらも、今後の波乱を感じさせる内容でした。

 前回深傷を負ったかに見えた南無之介はなんか結構ピンピンしてましたが(EDでは側転してましたし ←それは違う)、初めて人を斬った丘十郎、眼の前で今の親友が昔の親友を斬った大作は、当然というべきか、メンタルに深いダメージを負うことに。
 そしてもう一人、激闘の最中に喀血してリタイアした沖田は、相手に敗れたのではなく、いわば自らの体が敗れたことに――「剣は自らの心を斬るもの」という普段の克己心を裏切ったと感じたか――相当ショックを受けている様子です。今のところ沖田の病状をしる斎藤が、この沖田を指して「揺れている」と評するのが、なかなか印象的です。

 一方、震えが止まらない丘十郎は、剣を振るのもままならない状況。そんな彼を励ます近藤ですが、そこで丘十郎が余計なことを思い出したために、事態はいよいよのっぴきならぬ方向に突き進んでいくことになります。
 前回、死に際に庄内が残した「裏切り者」という言葉――それを聞いたのは運良く(?)丘十郎だけだったようですが、それをよせばいいのに近藤に話し、そして近藤は自分の胸に収めようとしていたのに、土方がそれを聞いてしまったことから、土方は丘十郎に間者を探し出して斬れと命じたのです。
(基本的にもはや原作はどこへ行った、という感じですが、ここでの土方の厭な感じは原作っぽいといえばいえるかもしれません)。

 ここでちょっと面白いのは、前回の丘十郎と庄内の位置的に、「裏切り者」と言われた相手は、大作だけでなく他のレギュラーメンバー全員が該当してしまうということで――おそらく丘十郎的には、大作がその裏切り者と思っているわけではないのでしょう。しかしもはや彼にとっては、裏切り者=自分が守りたいと思っている者の敵=自分の敵であるわけで、ここに彼は自分が刀を振るう新たな大義名分を得てしまったことになります。

 一方、色々とどん底でヤケになっているのか、現れた長州浪士たちに無抵抗で連行されていく大作ですが――そこで相変わらず厭らしい桂に、「庄内くんの仇は討たないといけないけど、君の大好きな丘ちゃんを他の奴に殺らせていいのかなあ?」(意訳)と迫られ、自分が必ず、と言わされることに……
 どん底のさらに底があることに愕然とさせられますが、ここでちょっと気になるのは、桂が妙に丘十郎の個人情報に詳しいことです。地獄耳っぽい桂だけにどこかで聞いたのかもしれませんが、もし、本当に大作の他に間者がいたのであれば――消去法的にほとんど一人に絞られる気もしますが、以前渋皮にあらぬ疑いをかけてあんな結果になったので、これ以上は言わないでおきます。

 何はともあれ、もはや一人前の新選組隊士として積極的に前線に出ていく=人を斬るようになった丘十郎と、彼に「そちらに行ってはいけない」と言うも聞いてもらえない大作という、逆転した立場になってしまった二人。
 そしてそんな中、お前らは教養が足りない的に余計なことを会津のお殿様が言い出したおかげで、新たに新選組に伊東甲子太郎と鈴木三樹三郎がやってきて――と、OPに何か知らない人がいる! と思いきやこの二人。この状況に、さらに面倒なのが現れて、いよいよこの先の辛さが思いやられます。


 しかしOPはともかく、EDはこれまで同様に楽しげな映像なのですが、史実通りであればこの中で近々一人姿を消すことになるわけで……(やはり辛い)


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2024.07.17

「コミック乱ツインズ」2024年8月号

 今月の「コミック乱ツインズ」は、表紙が『鬼役』、巻頭カラーが『江戸の不倫は死の香り』。いつもよりもページ数が少ないですが、今回も印象に残った作品を一つずつ紹介します。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 インド墨家の策により父からの攻撃中止命令が出たのも無視して、ビジャ総攻撃を続行するラジンに、ものすごい勢いでブブが矢を放って――という場面から始まった今回、あまりの弓勢にさしものラジンも焦りを隠せないところに、ブブはさらに矢を放ちます。
 これまでいかなる時も冷静沈着だった彼が、(ほとんど無言ながら)ここまで感情を示したことはなかったように思いますが――ブブはここで初めてオッド姫にある因縁を語ります。なるほど、ここでジファルの過去話の描写と関わるのか、と納得です。
(敵の攻勢に対して、後ろに下がることを拒否したオッドが、これを聞いてブブに従うのもイイ)

 しかし戦況は決して思わしいものではありません。限られた数とはいえ、既に城内には蒙古兵が突入した状況で、何が起こるかわかりませんが――ある意味墨攻的にはここからが本番であります。


『口八丁堀』(鈴木あつむ)
 頻度が結構高い特別読切から、ついにシリーズ連載となった本作、今号から三回連続掲載ですが――その初回は、与力たちの会話を通じて、内之介の御仕置案が軽め、特に死罪を避けようとする理由が描かれます。

 かつて見習い時代に幼馴染と結ばれ、待望の一子が生まれた内之介。しかしその直後に起きた惨劇が、彼の全てを変えることになって――と、これはもしかして『江戸の不倫は死の香り』案件かと思えば、それがさらなる悲劇を呼ぶのに驚かされる今回。なるほど前回、子殺しの犯人に怒りを燃やし、そして子供らしき墓に語りかけている内之介の姿が描かれましたが、こう繋がるか、と納得です。

 しかし今回、これまでのように言葉で切り結ぶ場面はなく、ひたすらシリアスな(悪くいえば普通の時代もの的な)展開で終始してしまったのは痛し痒しの印象。特にいまSNSで初期の回を宣伝しているのを見るに、仕方ないとはいえ、シリーズ連載の初回にこの内容は勿体無いな、とは感じたところです。


『古怪蒐むる人』(柴田真秋)
 幕府の役人・喜多村一心を狂言回しとした怪異譚、シリーズ連載の第二話は「龍馬石」。知人から屋敷に招かれた喜多村が見せられた、龍馬石なる目のような黒い部分がある石――その石が屋敷に来て以来、水に関する怪異が次々と起こるというではありませんか。
 対処を相談された喜多村は、「目」が動くのを見て、一計を案じるのですが……

 第一話では旅先で喜多村が遭遇した怪異が描かれましたが、今回の描写を見るに、彼はその手の経験が豊富な人物と認識されている様子。そんな彼が謎の石にどう挑むのか――面白いのはその「結果」でしょう。
 内容そのものもさることながら、その描かれたビジュアルが出色で、そこから繋がるあっけらかんとした(どこか岡本綺堂の怪談を思わせる)結末も、むしろ爽やかすら感じさせます。


『前巷説百物語』(日高建男&京極夏彦)
 二つ目のエピソード「周防大蟆」に入った今回のメインとなるのは、えんま屋の裏仕事のメンバーの一人・山崎寅之助。正月早々、彼のことを呼びに来た又市との会話が前半描かれ、後半は彼らも加わったえんま屋の面々に、今回の依頼が語られることになります。

 今回はまだその実力と技は伏せられている山崎ですが、荒事専門の浪人でありながら、差料を持たない奇妙な男。そんな彼と又市の、一見とりとめのない会話は、実に京極作品らしい分量の多さですが、それを山崎の実に味のある表情と共に描くことによって、読み応えのあるものにしているのが、この漫画版ならではの魅力でしょう。(それにしても、面長で鼻と口が印象的な山崎の顔、これは……)
 そんな中で、原作にない又市の青臭い台詞と、それに対する山崎のリアクションがまた実にイイのであります。

 そしてもう一つ原作にプラスアルファで楽しかったのは、又市が前話から今回までに片付けた四つの仕事のくだりです。この仕事そのものは原作通りなのですが、そこに付されたカットは本作のオリジナル。特に業突く張りの質屋の件は、これ一体何があったの!? と一コマだけで滅茶苦茶気になる、ナイスカットというべきでしょう。


 次号は特別読切で碧也ぴんくの『猫じゃ!!』が掲載されるとのこと。初登場時も楽しかった作品だけに、再登場は嬉しいところです。


「コミック乱ツインズ」2024年7月号(リイド社) Amazon

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2024.07.16

『逃げ上手の若君』 第二回「やさしいおじさん」

 諏訪頼重に保護されたものの、足利高氏側についた者たちの目は厳しく、鎌倉から出られずにいた時行。そんな中、時行は、兄・邦時が伯父の五大院宗繁の裏切りで捕らえられ、斬首されたことを知る。さらに自分をも捕らえようとする宗繁に対し、時行は頼重の言を受けて仇討ちを狙うが……

 前回に引き続き鎌倉を舞台とする今回は、時行が新たに加わった郎党たちとともに、兄の仇・五大院宗繁を討つまでが描かれます。前回は時行の逃げ上手を描いたとすれば、今回はその逃げ上手の意味――逃げ上手が英雄の資質ともなる、その理由を描いたエピソードといえるでしょうか。
 アニメとして、内容的にはもちろん原作をなぞりつつも、細かいエピソードやキャラクターの登場順を時に入れ替え、アレンジしたセリフやオリジナルのシーンを加える構成は前回同様ですが、それがメリハリの効いたアクション(省エネな場面もあれば、ラフなタッチで驚くほど動きまくる場面もあって)と相まって、アニメならではの、アニメだからこその面白さに繋がっていたと感じます。

 そして今回のメインの敵となる「やさしいおじさん」五大院宗繁は、絵に描いたようなヒューマンダストなわけですが、それを鬼畜大賞(とは)受賞シーンで各分野総ナメで示す演出が楽しい(そんな中で知名度だけ信長に負けるところも。鬼畜大賞1333に信長? という気がしますが)。
 宗繁は原作でおそらく初の漫画化だったということは、間違いなく初のアニメ化ですが、ここでは伊丸岡篤氏の怪演もさることながら、人生の双六を上がるには賽の目が足りない云々言っていたことからの「賽の鬼」を、原作では小ネタとして使われた未来の双六を思わせる描写を絡めて強調してみせるのが面白いところです。

 面白いといえば、原作では第1話のラストで何となく仲間になっていた弧次郎と亜也子が、こちらでは仇討ちの前のタイミングで時行の前に現れるというのはなかなかケレン味があってよいアレンジだったと感じます(いきなり件の双六やってますが)。
 ここで時行と対面した直後、雫・弧次郎との会話の中で時行のことを、亜也子が「かわいかった 持ち運びしたい!」「強くないなら守ってあげなきゃね」と評するのは、オリジナルながら如何にもこの子らしい表現(解釈一致というか)で、実に良かったと思います。

 そしてオリジナルシーンがさらに光るのは、今回のラスト――時行に討たれた宗繁の首が、落ちてくる鞠に重なるようにかつての時行と邦時の会話に入り、その中で邦時が「がんばれ!」という言葉を(結構強引ではあるのですが)かけてくるくだりは泣かせてくれます。
(言うまでもなくこれは、宗繁に売られた邦時が、前回鞠が落ちるのと重ねて首を落とされた演出と対応しているわけですが)

 このようにオリジナルを加えつつ、原作を外れすぎない程度に再構成している点は、原作読者として特に印象に残るのですが、もう一つ印象に残ったのは、焼け野原となり色彩が失われた鎌倉の姿です。
 このシーンではほとんど水墨画のような背景を時行と頼重が歩くのですが――往時の鎌倉とはうって変わった廃墟の姿が、親兄弟も味方も全てを失った時行の心象と重なる中で、今回もう一人の「やさしいおじさん」である頼重の言葉に合わせるように、廃墟に光が差し込むという演出は、わかりやすくも象徴的で実に良かったと思います。

 派手なアクションとともに、こうした静かな見せ方も織り交ぜてくる本作、この先も期待してよさそうです。


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2024.07.15

羽生飛鳥『歌人探偵定家 百人一首推理抄』 名探偵、和歌で世の荒みに挑む!?

 平清盛の異母弟・平頼盛を主人公とした歴史ミステリ『平家物語推理抄』シリーズの実質続編というべき作品が登場しました。頼盛の長男・保盛はワトスン役に回り、だホームズ役はなんとあの藤原定家――意外なコンビが今日を騒がす数々の謎に挑みます。

 前年に平家一門は滅亡し、鎌倉には源氏政権が樹立された1186年――一族の本流から外れ、源頼朝に接近したことで生き延びた頼盛も亡くなってほどなく、頼盛の長男・保盛は、都の松木立で女性のバラバラ死体が発見された現場に出くわします。
 しかもその死体の生首には、針で止められた紫式部の和歌が。そんなところに現れた保盛の友人・藤原定家は、和歌を汚す所業に、普段の大人しさをかなぐり捨てて怒りを爆発させるのでした。

 その勢いで、事件を調べることになった二人。父親譲りの検屍の知識を持つ保盛と、優れた観察眼と推理力を持つ定家は、それぞれの才能を活かして真相に迫ることに……


 藤原定家――鎌倉時代の公卿にして歌人。「新古今和歌集」「新勅撰和歌集」の二つの撰者であり、源氏物語研究や日記「明月記」でも知られる。そして何より「小倉百人一首」の撰者――あとは能の「定家」を含めて、我々が定家の名を聞いて思うのは、このようなところでしょう。
 しかし本作の定家は、才知に溢れた人物であることは間違いありませんが、それ以上に個性的(すぎる)人物として描かれます。

 何しろ外見からして、痩せた体に土気色の顔、青黒い隈という有り様――姿を遠目に見た保盛が、一門の怨霊が出たかと勘違いしてしまうのですから、よほどであります。
 一方、性格の方は生真面目で律儀ではあるのですが、しかし和歌のことになると文字通り黙ってはいられなくなるのが最大の問題。長文早口になるだけでなく、特に和歌が汚されるような事態には、ほとんど絶叫状態で、誰も手がつけられなくなるのですから……

 しかしそんな定家には、もう一つ隠れた才があります。それは推理の才――どんな細かい事実であっても見逃さず、一つ一つの事実を組み合わせて、巨大な推理を組み立てる才が、本作の定家にはあるのです。
 その一方で、保盛には『平家物語推理抄』読者にはお馴染みの、父・頼盛譲りの検屍の目と腕があり、いわば定家の知恵と保盛の知識、二つを合わせて様々な事件に挑むことになります。

 そして本書は、上に紹介した第一話を含む、全五話から構成されています。
 武士であった頃、さる女性と道ならぬ恋の関係にあった西行が、密会の最中に踏み込まれて相手を隠した塗籠から、彼女が忽然と姿を消した謎に、定家が挑む第二話
 胸に在原業平の歌を記した高札が刺さった女性の他殺体が発見されたことをきっかけに、下手人と思しき盗賊が前夜押し入った屋敷に二人が赴く第三話
 かつて頼盛が清盛から解明を命じられたにもかかわらず、途中で手を引いたという安元の大火の火元の謎を、頼盛が残した和歌を手掛かりに定家が解き明かす第四話
 式子内親王の御前で行われた庚申待の最中、女房が相次いで怪死し、懐に内親王の和歌の一節が収められていた謎に、庚申待に因縁を持つ定家が決死の覚悟で挑む第五話

 猟奇殺人、見立て殺人、密室からの消失、安楽椅子探偵、衆人環視下での殺人――と、様々なシチュエーションで展開する物語には、まさに本格ミステリの見本市とでもいうべき楽しさがあります。
 そしてそれだけでなく――これは詳細は伏せますが、本作は一度読み終わったら、すぐにまたもう一度読みたくなる、そんな仕掛けが施されています。この仕掛けには、やられた! と仰天必至であります。


 このように魅力の多い本作ですが、個人的には、定家のキャラクターがエキセントリック過ぎて(特にいちいち絶叫するところが)、ちょっと鼻白むものがありましたが――この辺りはまあ好き好きでしょう。

 そうした点もある一方で、それほど和歌を愛する定家が随所でエキセントリックに語る理想――「和歌を通じて世の荒みを止める」というその理想が、源平合戦直後の荒んだ世相を象徴するような数々の事件を通じて、大きな意義あるものと感じられるようになっていくのが、印象深いところです。
 それは、これまでから一変してしまった世界を嘆き、ただ眼の前の(これまでの作品で頼盛が守ってきた)ものを維持するのに汲々とする保盛の姿とは対照的であり――そんな二人の道が一つに交わる結末は、大きな希望を感じさせてくれるのです。

 優れた本格ミステリであると同時に、当時の世相とそれに挑む試みを描く優れた歴史小説でもある――作者ならではの快作です。


『歌人探偵定家 百人一首推理抄』(羽生飛鳥 東京創元社) Amazon


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2024.07.14

伊藤真美『秘身譚』第1巻 月下を駆ける「美少年」 幻の古代ローマ伝奇

 今年(2024年)公開される映画『グラディエーターⅡ』は、カラカラ帝(とゲタ帝)の時代が舞台とのことですが、そのカラカラの死から始まる伝奇漫画が本作です。ローマ帝国有数の都市・アンティオキアを舞台に、街を牛耳る士官と、彼に庇護される両性具有の美少年を中心とした物語が展開します。

 カラカラが暗殺され、マクリアヌスが帝位に就いた217年――ローマ帝国東方の都市・アンティオキアは、街の有力者たちから成る組織「夜の辻」に牛耳られていました。
 その状態を打破しようとした新任の総督は、組織の中心人物と目されるローマ軍団士官グナエウス・ドミティウス・ポリオを捕えたものの、その直後に、ポリオに仕える両性具有の美少年・エラに暗殺されるのでした。

 その後、「夜の辻」の貿易商・ビディビウスからの、エラを彫像のモデルにしたいという依頼に応えつつ、エラをスパイとして送り込むポリオ。時同じくして、カラカラの母ユリア・ドムナの一族は、帝位への返り咲きを狙い、ポリオに協力を求めてくるのでした。
 しかしエラは任務に失敗して瀕死の深傷を負い、激怒したビディビウスは、マクリアヌスにポリオのことを讒言することに……


 最初に申し上げておきますと、本作は2010年に「マガジンイーノ」誌に連載され、同年に単行本第1巻が刊行して以来、続巻が刊行されていそない、いわば未完の作品です。
 それを今になってここで取り上げるのは、冒頭に述べたとおり、『グラディエーターⅡ』と本作の舞台年代がほぼ重なる、というよりデンゼル・ワシントンがマクリアヌスを演じるというので本作を思い出したためですが――しかし今読み返してみても、様々な魅力に溢れた作品であるから、というのが最大の理由でもあります。

 ローマとパルティアの戦いの最前線にありつつも、繁栄を謳歌するアンティオキアの猥雑な空気感と、都市を裏側から支配する(総督の首を差し替えることも容易くやってのける)「夜の辻」の妖しい存在感。
 その「夜の辻」が奉じるのが、その名にふさわしくヘカテー(ヘカテーは月の女神、辻の女神であり、冥府や魔術と密接な関係を持つ存在であります)というのも素晴らしいのですが――それに対してユリア一派が奉じるのが太陽神エラガバルという照合もまた、大いに気になるところです。

 そして何よりも物語の(おそらくは)主人公でありながら、全てが謎めいたエラの存在――単純な(?)両性具有ではなく、むしろ少年と少女の間をほとんど変身する彼/彼女は、作中で幾多の顔を持つ存在として描かれます。
(作中で明示されていませんでしたが、物語冒頭、非合法の剣闘試合でパルティア人捕虜を次々と屠っていく仮面の女狂戦士・ヘカテーもエラなのでしょう)
 あたかも月がその相を変えていくが如く、とらえどころがないエラ――そのエラが、この第Ⅰ巻のラストで瀕死の重傷を負ったのに呼応するように、天の月がその相を変えるという有り得べからざる現象は、強烈な印象を残します。

 そしてそれを描く作者の筆もまた見事であります。本作の数年前に描かれた(これも未完の)大作中世伝奇『ピルグリム・イェーガー』よりも、画的にも描写(特にアクション描写)的にもさらに洗練された画は、この混沌かつ猥雑、異教ムード漂う物語世界と一体不可分のものとして彩るのです。


 ――と、こうして書けば書くほど、本作が未完であることが口惜しくなってきます。

 特に、この第Ⅰ巻の時点ではほとんど顔見せ状態ながら、後にヘリオガバルスの名で知られる印象とは全く異なる姿で登場した少年、ウァリウス・バシアヌス・アントニヌスが、今後どのように変化するはずだったのか?
 後に「史上最悪」と呼ばれた彼の行状と、エラの存在があるいは重なることになったのでは、と想像するだけでゾクゾクするのですが……


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2024.07.13

藤堂裕『Xinobi 乱世のアウトローたち』第1巻

 忍者は時代漫画の中でも様々な時代、様々な形で描かれてきましたが、本作は忍者たちが最も活躍した戦国時代を舞台に、しかし決して派手でも颯爽ともしていない生の姿を描いた作品。漫画版『信長を殺した男』の作者による、北条家に仕えた悪党(アウトロー)・風間一党の物語の開幕です。

 諸勢力が激しく争う戦国時代の関東でも、特に諸勢力の激突する戦場となってきた、武蔵国のとある村――一年前、合戦に巻き込まれて父と母を失い、妹を攫われた少年・善太は、今また合戦で北条方の国衆に、残った家まで壊されてしまうのでした。
 激高して食らいついたものの、もちろん敵うはずなく殺されかけた善太は、しかしそこに割って入った一人の飄々とした男に救われることになります。

 彼が率いるのは、合戦で様々な裏の仕事に携わる悪党(アウトロー)たち。北条家に仕える彼らは、長尾家との合戦で、北条家の武士たちが到着するよりも早く、敵方の城を落としてのけます。
 その男――風間出羽守小太郎に憧れ、仲間入りを望む善太。しかしまだ子供だと相手にされず追い払われかけた彼は、思わぬ事態に巻き込まれて……


 忍者が諸流ある中でも、その活躍の華々しさと剽悍ぶりが記録に残っていることで知られている風間(風魔)の忍び。本作は、この最も戦国時代の忍びらしい忍びを題材としています。
 しかし、これだけメジャーである故に、風魔忍びは、これまでフィクションの世界では様々な形で描かれてきました。それをいま、敢えて主役に据えるに当たり、本作はその姿を「リアル」に描くというアプローチを取ります。

 超人的な身体能力を持つわけでも、人智を超えた技を用いるわけでもない。武士が陽だとすれば陰、いや闇として、汚れ仕事を請け負ってきた者たち――そんな悪党として、本作は忍者を描きます。
 この辺り、一歩間違えれば非常に地味な、あるいは泥臭い内容になりかねませんが、それを忍びでも武士でもない、ごく普通の少年のニュートラルな視点から描くことにより、リアリティとドラマ性を両立させているのは、本作の特徴の一つでしょう。

 この時代、農民は(特に善太のように庇護してくれる者もない者は)、支配階級である武士と武士の間の争いに巻き込まれ、ひたすら翻弄されるほかありません。
 そんな身の上から脱出するために、善太が忍びという世の則から外れた存在に加わろうとする導入も、それなりに説得力があるといえるでしょう。
(説得力といえば、小太郎レベルでも、腕利きの忍び数人を同時に相手にすれば危ない、というパワーバランスにも、不思議な説得力があります)


 もっとも、既存の社会制度で底辺にあった人間が、アウトローたちの中に入って成長していく――という構図自体は、特に青年誌においては定番パターンの一つではあり、その意味では新味は少ないかもしれません。

 しかし時代設定、舞台設定の面白さは、それを補ってあまりあるものがあります。
 というのも、本作の舞台となるのは桶狭間の戦から四ヶ月後――北条・今川・武田の三者間の同盟で取られていたバランスが一気に崩れ、長尾家(上杉家)が北条領に侵攻し、武田も信頼できないという状況にあるのですから。

 そしてそんな混沌とした状況下だからこそ、忍びの活躍の余地があります。はたしてその中で風魔忍びたちは、そして善太はどう戦い抜くのか。この先、本作ならではの物語が描かれることに期待したいと思います。


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2024.07.12

松井優征『逃げ上手の若君』第16巻 宿敵との再戦、「一人前」を目指す若武者二人!

 アニメもいよいよ放送が始まった『逃げ上手の若君』ですが、単行本最新巻では、鎌倉を再び奪還した時行が、引き続き北畠顕家の下で足利勢との激戦を繰り広げます。戦いの地は青野原――「一人前」を目指す、若武者二人の戦いが描かれます。

 雌伏の時を終え、北畠顕家の下で南朝方として足利勢との戦いを開始した、時行と逃者党。因縁の斯波家長との死闘を終え、再び鎌倉を奪還した時行ですが、鎌倉に腰を落ち着けているわけにはいきません。
 わずか数日で鎌倉を離れ、西へと進軍する南朝方ですが――この巻の前半では、合戦に至るまでのいくつかのエピソードが描かれます。

 その中でも特に印象的なのは、冒頭の北条泰家との別れでしょう。これまで、時行の叔父の「やるぞ」おじさんとして、作中で強烈なインパクトを見せてきた泰家。しかしある意味時行以上の逃げ上手として奮戦してきた泰家も、家長に捕らわれ、心身ともに大きなダメージを負いました。
 そしてここでは、時行が泰家を引退させるべく、ある策(?)を巡らせるのですが――その内容もさることながら、それを受けての泰家の姿が、涙腺を刺激します。

 華々しく戦った末に討ち死にするという、当時の武士の理想を真正面から否定してきた本作。ここで描かれた泰家のリタイア劇もまた、それに相応しいものというべきでしょう。史実との整合性をドラマの余韻に活かしてみせたのも、また見事というほかありません。

 そしてもう一つ印象に残ったのは、途中で兵糧不足に陥った南朝方が、ついに略奪に手を染めるというエピソードです。
 兵糧不足は前巻でも描かれましたが、一度は解消したそれが再び深刻なものとなり、ついに――というのは、少年漫画の主人公が属する軍の所業としては、やはり衝撃的であると同時に、そこから逃げずに、正面から描いて見せたのには、好感が持てます。

 そしてそこから顕家の内面と、奥州武士との絆が描かれるのも巧みなのですが――この略奪での汚れ役に、史実(太平記)がシリアルキラーの結城宗広という、これ以上ない適任を配置してみせたのには、もしかしてこのためにこの人を出したのか!? と感心させられた次第です。
(しかしシレッと大変なことをいう秕は色々と不安すぎるので、やはりなるだけ弧次郎と一緒に配置して、支援Sにしてほしいところです(FE脳))


 さて、こうしたエピソードを経て始まるのは、青野原――後の関ヶ原(の近く)で繰り広げられる、足利勢との大激突です。

 鎌倉を抜いて勢いに乗る南朝勢と、京を守るべく布陣を固める足利勢――加わる将の数も兵の数も多い合戦ですが、ここで注目すべきは、北条時行vs小笠原貞宗、弧次郎vs長尾景忠の二つの対決でしょう。
 時行にとって信濃時代からの最初の敵であり、これまで幾度となく死闘を繰り広げてきた弓の達人・小笠原貞宗。小手指原で弧次郎と激突して以来、上杉憲顕に改造された人間兵器として立ち塞がってきた長尾景忠――それぞれに宿敵というべき相手です。

 既に何度目かわからない対決でありながら、なおも底知れぬ実力を見せる強豪の相手は、いまだ少年というべき二人はあまりにも不利というほかありません。しかしそれでも二人は臆することなく挑みます。強敵との戦いの先に、武士としての未来があると信じて。
 死闘の果てに「一人前」を勝ち取ったとなった二人の姿は、二人の、そして仲間たちの戦いを始まりから見ていた身には、本当に感慨深いというほかありません。

 そしてまた、敵ながらその姿を讃える――そしてその中で、あの胡散臭い人の名を口にするのが泣かせる――貞宗の言葉は、戦いの一つの区切りを告げるものといってよいかもしれません。


 と、そんないい感じで終わるかと思いきや、そこからとんでもない方向に振り切ってみせるのが本作の恐ろしいところであります。

 勝利を重ね、あとは顕家の本隊が勝負を決するのみ、というところまできたと思えば、その本隊を壊滅寸前まで追い込んでいた土岐頼遠――配下たちの生死の感覚をバグらせるほどのフィクションみたいな(フィクションです)戦闘力の前に、さしもの顕家もあわや、というところまで追い込まれます。

 そこに駆けつけた時行たちは、はたしてこの怪物を能く制し得るのか!? 時行たちと奥州勢が総がかりで挑んでもまだ不安が残る戦いの行方は、次巻にて。

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2024.07.11

ふくやまけいこ『東京物語』 日常と非日常を結ぶ優しい眼差しの探偵譚

 昭和初期の東京を舞台に、二人の青年が時に人情豊かな、時に不可思議な事件に挑む姿を描く、ふくやまけいこの代表作の一つがこの『東京物語』であります。お人好しの出版社社員・平介と、飄々とした風来坊の草二郎――凸凹コンビの冒険が温かいタッチで描かれます。

 缶詰になっている作家の原稿を取りに行った池之端の旅館で、宝石の盗難事件があったことを知った桧前平介。密室での事件に関心を抱いて調べ始めた平介は、旅館のそばの空き地でぼーっとしていた青年・牧野草二郎と出会います。
 たまたまその場に居合わせただけながら、平介を手伝うと言い出した草二郎。まるで関係ない話を聞いているだけにみえたにもかかわらず、近所の聞き込みだけで見事に犯人を探し当ててみせるのでした。

 それ以来、気の置けない友人となった平介と草二郎は、町を騒がす様々な事件を追いかけることに……


 作者の作品は、一目見ただけでホッとさせられるような、温かく柔らかな絵柄に相応しいストーリーという印象が強くありますが、本作もまたその例外ではありません。
 ジャンルでいえばミステリ、探偵ものになるものの、本作に流れるのは、どこかのんびりとした、温かい空気なのです。

 タイトル通り、本作の主な舞台となるのは東京――それも浅草や上野近辺といった下町。そこで主人公二人が出くわすのは、犯罪捜査というよりも(もちろんそうしたエピソードもありますが)、むしろ「日常の謎」的出来事が中心となります。
 そしてそこで描かれるのは、事件だけではありません。草二郎が想いを寄せるそば屋の看板娘のフミちゃんをはじめ、東京で懸命に生きる人々――そんな人々に寄り添い、温かく見守る本作の視点は、古き良き東京の情景と相まって、何とも心地よい読後感を残します。


 しかし本作ではその一方で、そうしたムードとは大きく異なる、何やら黒ぐろとしたものを感じさせる、本作の縦糸ともいうべき物語も描かれます。

 フミちゃんを誘拐した、洋館に潜むピエロ姿の怪人。不思議な力を持つサーカスの美形兄妹。次々と巨大な機械で宝石店を襲う怪人・機械男爵。中国奥地の崑崙機関なる組織で行われていた謎の研究。政財界に隠然たる影響を及ぼす不老不死の少女……
 草二郎の周囲で起きる不可解な出来事、そしてそこで蠢く怪しげな人物たちを描く中で徐々に明らかになっていくのは、草二郎自身の大きな秘密と、その秘められた過去なのです。

 これはこれで、舞台となる昭和初期に描かれた探偵小説や科学小説を思わせる、伝奇ムード濃厚で、私などはそれだけで嬉しくなってしまうのですが――何よりも素晴らしいのは、こうした非日常的なエピソードもまた、その他の日常的なものと違和感なく、地続きの世界として描かれていることです。

 もちろんその日常と非日常は、草二郎という共通項で繋がっているものではあります。しかしそれだけでなく、本作においては、非日常の物語であっても、その中に在る人々の営みや想いを温かく見つめる視線があるからこそ、そう感じられるのでしょう。


 日常の謎と伝奇的活劇と、相反するようなそれを違和感なく一つの世界で描き、そこで暮らす人々の営みとして優しく受け止めてみせる本作。
 現在、ハヤカワ文庫全三巻で刊行されているものが一番手に取りやすい版ですが、こちらには描き下ろしで本編終了後であろうワンカットが収録されています。それがまた、温かい余韻を感じさせるものなのも嬉しいところです。


『東京物語』(ふくやまけいこ ハヤカワコミック文庫全3巻) Amazon

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2024.07.10

久保田香里『きつねの橋 巻の三 玉の小箱』 謎の玉がもたらすきつねの危機と心の光

 平安時代を舞台に、少年武士・貞通と神通力を持った白きつね・葉月の交流を瑞々しく描く『きつねの橋』の第三作が刊行されます。橋のたもとで謎の女から託された小箱。それをきっかけに、葉月と敬愛する姫との関係を引き裂きかねない事件が起こります。(本作はNetGallyにて閲覧しました)

 ある出来事がきっかけで、神通力を持つ白きつね・葉月と奇妙な友情を結んだ平貞通。源頼光の郎党である彼は、これまで葉月と助け合い、同僚の季武や友人の公友らと共に、今日で起きる不思議な事件を解決してきました。

 そんなある日、瀬田橋で奇妙な女から小箱を預けられた遠助という男と知り合った貞通。しかしあやかし相手に安請け負いした遠助の言葉に危うさを感じた貞通の予感は、思わぬ形で当たることになります。
 貞通も参加していた盗賊退治に遠助が巻き込まれてしまったことで、開いてしまった箱の蓋。女との約束を破り、その中に入っていた不思議な光を放つ玉を見てしまった遠助は、それ以来玉に魅入られたようになってしまったのです。

 一方、妹のように思ってきた尊子姫に今日も仕える葉月ですが、そこに新たに、厳しく姫宮に教育を施そうとする年かさの女房・中務の君がやってきます。彼女に厳しく対抗心を燃やす葉月ですが、何故かどうにも調子が出ません。
 そんな中、帝と対面することになった姫宮。しかし姫の屋敷で働くようになった遠助が、小箱を持ち続けていたことがきっかけで、思わぬ事件が起きてしまうのでした。

 その事件以降、姫宮の下から姿を消してしまった葉月。葉月の異変を知った貞通は、事態を収拾するため、小箱を本来の届け先に渡そうとするのですが……
 武士の貞通と化け狐の葉月を主人公とする本シリーズですが、前作は不思議な鬼に憑かれた季武を救おうとする貞通の冒険が中心となり、葉月の出番は控えめでした。しかし嬉しいことに本作では、葉月が再び物語の中心となります。

 しかしそれを喜んでばかりはいられません。本作の葉月は、貞通以上に近しい存在である姫宮との関係に、危機と言えるほど大きな変化が生じてしまうのです。厳格で女房としてはまことに「正しい」振る舞いを見せる中務の君の登場によって、そして不思議な玉の小箱の存在によって……

 一度は賀茂保憲によって京を追われながらも、姫宮の近くに在るために、京に戻ってきた葉月。そんな葉月を狐と知りつつ慕ってきた姫宮。そんな変わらぬ固い絆で結ばれた二人ですが、誰かと誰かの関係性というものは、そもそも変化するのが当然なのかもしれません。
 この世の則の外にあるようなあやかしはいつまでも変わらなくとも、人は年月を経て変わっていきます。いや、本人たちは変わらずとも、本作において中務の君が姫宮を教育しようとしたように。そして姫宮が帝と対面しその境遇が変化したように、周囲がその在り方を変えようとする場合もあるのです。

 そんな望まない変化をどう受け止め、どう行動すべきなのか。本作の葉月の姿からは、そんなことを考えさせられます。
(そしてこの変わる者と変わらない者の関係には、作中で思わぬ捻りが加えられているのですが――それは読んでのお楽しみです)
 しかし、たとえ変わっていくものだとしても、誰かと誰かが一時でも心を通じ合わせ、共に在ることは、素晴らしいものであることは間違いありません。
(そしてそこから生まれる「記憶」が、一時のものだからこそ、なお一層かけがえのない宝であることもまた!)

作者の作品は、過去のある時代を舞台としつつ、その時代だからこその――しかし同時に、我々の暮らす現代にも通じる――シビアな現実の姿を描きます。しかしそれと同時に、その中で美しく輝く、誰かの心が生み出す光の存在もまた、描いてきました。
 それは小箱の中の玉の光のように、眩いものとは必ずしも限りません。あるいはそれは、蛍の光のように小さく儚いものかもしれませんが――確かに光はそこにあるのです。

 本作は、葉月たちの姿を通じて、そんな光を描き出した物語なのです。


『きつねの橋 巻の三 玉の小箱』(久保田香里 偕成社) Amazon

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2024.07.09

8月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 今年も半分過ぎたことに愕然とさせられましたが、容赦なく時は過ぎて、8月の新刊情報がやってきました。7月は正直なところ夏枯れ時という印象でしたが、8月は――というわけで、8月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 と振っておいてなんですが、引き続き夏枯れ時という印象の8月。やはりお盆休みが間に入るのは大きいのかもしれません。

 そんな中、文庫新刊は、実は戦国ものの名手でもある作者の『戦国鉄砲異聞 義信を奪還せよ』(鈴木英治)、久々登場という印象のある『ばけもの好む中将 12 狙われた姉たち(仮)』(瀬川貴次)と、地道に巻を重ねる『大奥の御幽筆 ~約束の花火~』(菊川あすか)の三点(のみ)。

 文庫化・復刊の方では、これはもう本当に凄い作品なので必読の『子宝船 きたきた捕物帖 二』(宮部みゆき)のほか、『大江戸怪奇譚ひとつ灯せ』(宇江佐真理)、『かげろう絵図』上下巻(松本清張)、そして先日の『安倍晴明くれない秘抄』のおかげか新装版となった『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)に注目です。


 一方、漫画の方の初登場は、異色の平安アクション(?)の『寺の隣に鬼が棲む』第1巻(木々峰右)のみ。

 シリーズものの続巻では、掲載誌のリニューアルも気になる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第24巻(永尾まる)のほか、いつもどおりに時代順に並べると『カムヤライド』第11巻(久正人)、『峠鬼』第7巻(鶴淵けんじ)、『新九郎、奔る!』第17巻(ゆうきまさみ)、『無限の住人~幕末ノ章~』第10巻(陶延リュウ)、『MAO』第21巻(高橋留美子)、『黄金バット 大正髑髏奇譚』第3巻(山根和俊)があります。『黄金バット』は残念ながらこれで完結とのことです。
(にしても、時代順に並べると大体先頭になる『峠鬼』の前がいるのも珍しい)


 というわけで二ヶ月連続の寂しい状況ですが、積ん読も相変わらず大変なことになっているので、夏は少しでもその量を減らすことといたします……


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2024.07.08

『逃げ上手の若君』 第一回「5月22日」

 1333年、鎌倉幕府執権の跡継ぎである北条時行は、武芸の稽古を嫌い、逃げ回るばかりの毎日。そんなある日、時行の前に現れた胡散臭い神官・諏訪頼重は、彼がやがて英雄となると告げる。しかしそれからまもなく、足利高により幕府は瞬く間に滅亡。ただ一人残された時行の前に再び頼重が現れる……

 原作の連載も快調な『逃げ上手の若君』のアニメ版がスタートしました。原作連載開始時は、そのあまりにニッチな題材に驚いたものですが、しかし瞬く間に人気となり、こうしてアニメとなったのは欣快の至りであります。
 しかしそうはいってもやはり題材が題材、そしてあの原作の独特のノリをどのようにアニメにするのか――と思いきや、この第一回は、冒頭から「まんが日本の歴史」的ブツを見せるという、ある意味非常に挑発的なことをやってくれるのには、こちらもニッコリするほかありません。

 さて物語の方は、原作第一話をほぼ忠実になぞってはいるものの、本編冒頭の入り方を、弓の稽古から逃げまくる(単行本最新刊の内容を思うとなかなか感慨深い)時行の姿から描くというのは、わずかなアレンジながら良いものであったかと思います。
 その後も、時に原作の台詞を最小限ながらアレンジ・省略したり、同じ台詞であっても、キャラクターの動きやエフェクトを重ねることで、原作に忠実だけれどもそのままではない、という作り方は好感が持てます。
 本来は当たり前と言えば当たりですが、原作で描かれたもの、原作から描かれるべきものをきちんと踏まえた上で、アニメとして何をどう見せるかを考えた跡が窺える作品というのは、やはり(本当は大胆なアレンジが大好きなタチの悪い)原作ファンとしても嬉しいものです。

 ただ少々残念というか、引っかかってしまったのは、その一方でギャグシーンになると途端に原作そのままになってしまうことで――これは原作のギャグシーンの独特のノリを考えると、仕方がない点ではあるのですが、何となく見ているこちらが(原因不明の)気恥ずかしさを感じてしまうところではあります。
 とはいうものの、ギャグシーンの大半を占める頼重の描写については、いちいちギラギラ輝く後光というかエフェクトは、もちろんこれもアニメならではの楽しさではあって、そこに変t――いや、胡散臭いイケメンを演じさせたら実に巧みな中村悠一氏の声も相まって、文句なし。本作の序盤を引っ張る存在である頼重のデビューとしては、ほぼ満点というべきかもしれません。

 そしてまた、今回のクライマックスというべき、頼重が一度は助けた時行を崖から落とし、敵方の武士に時行の存在を告げて――というくだりから始まる時行の「逃げ殺陣」とでもいうべきアクションも実に良かった。
 第一回なので過剰な期待は禁物とは思うものの、普通のバトルシーンとは組み立て方が全く異なるであろうアクションをこうして見せてくれるのであれば、この先も期待できるというものでしょう。


 というわけで、少なくとも原作ファンとしては納得のいく滑り出し、原作を知らない方でも、頼重のインパクトと、アクションのクオリティ、あとはまあ時行の可愛さで結構掴めるのではないかと思えた第一回ですが――これは本当に個人の印象なのですが、気になってしまったのはOPとEDの映像です。

 原作では(もちろんアニメ版でも)厭な感じに即惨殺されたキャラクターが、きっちりOPとEDに顔を出しているのがどうも妙に心に残ってしまうところで、原作ではキャラ的な重みはほとんどない(けれども立ち位置やビジュアル的にそれなりに印象に残る)キャラだけに、OPEDで元気な姿を見ると、毎回微妙な気分になりそうだな――というのは取り越し苦労だとは思いますが、正直な感想ではあります。クライマックスで豪快に裏切った奴が楽しそうに仲間していることについては――まあここでは仕方ないですね、こればっかりは)


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2024.07.07

冲方丁『剣樹抄 インヘルノの章』(その二) 敵の「正体」 そして心の地獄を乗り越えるために

 『剣樹抄』シリーズ第三作にして完結篇の紹介の後編であります。江戸で、関東で、極楽組を追ってきた了介と光圀が知った、敵の陰謀の目的と、その先にある彼らの「正体」。それははたして……

 了介や光圀の戦いを通じて、徐々に明らかになっていく、極大師と極楽組の陰謀。二人をはじめとする人々のの苦闘にもかかわらず、輪王寺宮や八王子千人同心、「向崎甚内」といった、様々な人々を巻き込んでその陰謀が進行していく中、敵の背後にある目的、いや敵が掲げ依って立つものの存在――いいかえれば彼らの「正体」が明らかになります。

 その詳細ははここでは伏せますが、なるほど、舞台となる明暦年間で過去のものとするにはまだ新しい記憶に関わる存在(それでいて現代の我々からは一区切りついた過去の存在と見えていた存在)であるのに、唸らされます。
 そしてここで登場するある人物の名は、ちょっとやりすぎ感はあるものの、その象徴としてはこれ以上はないものでしょう。

 そしてそれと同時に明らかになるのは、この世を混沌に包み込もうとしていた敵の心の中にもまた、一つの地獄が存在していたという事実です。

 地獄の一つである「剣樹」を題名に冠する本作において、地獄は一つのキーワードであり、その地獄をどう受け止めるかが、一つのテーマであるとといえます。
 極楽組との闘争の中で了介が見た修羅の世界、そして何よりも、父の死の真実を知って彼が覗き込んだ心の地獄――特に物語の後半は、この心の地獄をいかに克服するかが、了介の旅の一つの目的として描かれてきました。

 了介は、義仙という得難い師の存在によって(実は彼もまた地獄を覗き込んだ者であったことが、本作では語られます)、そしてこれまで出会った人々との触れ合いによって成長し、地獄と対峙してきました。
 しかしその彼に地獄を見せた極楽組もまた、それぞれの地獄に苦しんでいた――冷静に考えればそれは第一作で錦氷ノ介が登場した時点でその一端が描かれていたのですが、しかし了介の地獄の方に気を取られていられたところで、ある意味虚をつかれた思いがあります。

 しかし、了介にも極楽組にも、心の中に地獄がある――それは言い換えれば、誰の心にも地獄があるということでしょう――のだとすれば、はたしてそれと向き合い、乗り越えることはできるのか? できるとすれば、どうすればよいのか?

 極楽組は、それをある方法で(ある概念というべきか)乗り越えようとしたことが、本作では語られます。
 しかし了介が、それとは全く異なる道を歩んできたこと、そしてその彼が辿り着いた一つの答えは、シリーズの掉尾を飾るに相応しいクライマックスの先に、その了介を通じて示されます。

 そしてそれを可能にしたものが何であるかは、シリーズの読者には、説明する必要もなく理解できるはずです。
(同時に、それを乗り越える道が一つではないことは、本作で大変な扱いを受ける光圀の姿からも明らかですが――まだそれは彼の場合は先のようではあります)


 心の地獄に直面した少年の成長小説として、様々な人物と事件を巧みに織り込んだ時代伝奇小説として、江戸幕府が完成する過程での暗闘を描いた謀略小説として――様々な顔を持ち、そのいずれもが高いレベルで結びついて迎えた本作のクライマックス。
 正直なところ、物語が始まった当初は、このような結末を迎えることは予想しておらず、嬉しい驚きでした。まさに大団円というべきでしょう。


『剣樹抄 インヘルノの章』(冲方丁 文春文庫) Amazon

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2024.07.06

冲方丁『剣樹抄 インヘルノの章』(その一) 最後の戦い、了介と光圀それぞれの戦い

 明暦の大火で天涯孤独となった少年・了介を中心に、幕府の隠密組織「拾人衆」と火付盗賊を扇動する「極楽組」の戦いを描いてきた本シリーズも本作でついに完結となります。心に深い傷を負いながらも、柳生義仙との廻国修行の中で成長していく了介の旅の行方は、そして極楽組との決着は……

 明暦の大火で育ての親を失い、町で自己流の剣術を振るっていたところを、水戸光圀と出会い、拾人衆に迎えられた了介。以来、明暦の大火の陰で暗躍していた極楽組一味を、光圀や拾人衆らと共に追ううちに、了介は心身ともに成長してきました。
 しかしその中で、かつて実の父を殺したのが光圀であったと知り、心の中の地獄と直面する了介。その前に現れた柳生義仙に連れ出され、彼は廻国修行をしながら、江戸を逃れた極楽組を追うことになります。

 その旅の中で、二人はついに極楽組の首領・極大師を捕らえ――という、これまでの展開を踏まえた本作では、引き続き廻国修行を続ける了介と、江戸に残った光圀と、二つの視点から物語が展開します。

 身分の垣根を超えて信頼を寄せていた光圀の最悪の裏切りを知り、一度は絶望に沈みながらも、義仙との旅で己を見つめ直す了介。義仙という最良の師を得た了介は、未だ逃走を続け関東各地で陰謀を巡らす極楽組の幹部たちとの戦いが続く中、これまで以上に成長し、そして危険の中に飛び込んでいくことになります。

 一方、自ら投降するという不可解な行動を取った極大師の身柄を預かり、尋問することになった光圀は、相手の背負う巨大な闇に直面することを余儀なくされます。
 関ヶ原から島原の乱に至るまで、まさに徳川幕府の闘争の歴史を陰から動かしてきた存在であり、老中すら恐れさせる極大師。牢の中でも底知れぬ力を感じさせる極大師の扱いに悩みながらも、光圀は極楽組のさらなる陰謀を阻むべく、相手に「助言」を求めることを余儀なくされるのですが……


 前作中盤のあまりにショッキングな展開ゆえに、どうしても了介サイドに目が行きますが(そして実際、彼の方が物語の中心ではあるのですが)、本作では了介への罪の意識に加え、極大師という怪物を懐に抱え込んだ、光圀の苦衷も大きな読みどころとなります。

 元々本作は、了介という少年の成長もの、明暦の大火を始めとする江戸時代前期の事件の裏側を描く伝奇ものという要素と並んで、幕府の諜報組織の一つである拾人衆を率いて光圀がテロリストの陰謀を未然に防ぐ、一種の諜報ものという要素もありました。
 そして本作においては、この極大師との「戦い」を通じて、諜報ものとしての要素がさらにクローズアップされることになります。

 更なる犯行を防ぐため、捕らえた怪物に助言を求めるというシチュエーションには既視感がありますが、一歩間違えれば自分たちが操られるかもしれない、そんなギリギリの状況で、いかに敵の情報を引き出すか……
 この辺りの頭脳戦の面白さはもちろんのこと、それを通じて、これまで描かれてきた幕閣内の暗闘の背後関係が描かれていくのにも、唸らされました。

 いずれにせよ、本作においては、人を率いる立場に就きながらも、過去を含めた己の在り方に悩む姿が描かれてきた光圀ですが、ある意味極大師との対決は、その一つのクライマックスといえるのかもしれません。


 そして了介と光圀、それぞれの戦いの先で描かれる、敵の意外な「正体」とは――長くなりますので、次回に続きます。


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2024.07.05

霜月りつ『いろは堂あやかし語り よわむし陰陽師は虎を飼う』 江戸の陰陽師と平安の武士の妖怪退治

 『神様の用心棒』『あやかし斬り』と、ファンタジー要素を取り入れた時代小説でも活躍している作者ですが、本作は、平安時代からやってきた武士が、江戸時代の売れない陰陽師のもとに現れたことから始まる、あやかし退治譚です。

 陰陽道がすっかり廃れた江戸時代、先祖代々の陰陽師の家系を守り、商売替えした兄二人に代わって、陰陽道を用いたよろず相談所「いろは堂」を営む寒月晴亮。
 しかし要領が悪い上に気が弱いところが災いして、閑古鳥が鳴く毎日を送っていた晴亮ですが――、ある日、庭に先祖が作った鬼封じの祠に異変が発生、祠から巨大な鬼と、一人の武者が飛び出してきたではありませんか。

 それは何と八百年前の世界からやってきた美貌の鬼・霞童子と、源頼光に仕えていた武士の虎丸――都を騒がした酒呑童子を退治した直後、逃げ出した霞童子を追った虎丸は、もろともに時と場所を超えるという時軸の穴に飛び込み、この時代に飛び出してきたというのです。

 その場から逃げ去った霞童子を倒さなければならないという虎丸の身の上を引き受け、共に暮らすことになった晴亮。しかし暮らしていくには先立つものが――というわけで、二人は町の人々から依頼を受けて、あやかし絡みの事件を解決すべく奔走することになります。
 虎丸の力もあり、次々と事件を解決し、名を挙げていく晴亮ですが、しかし彼の中には、いまだに自分の力不足に対するコンプレックスがありました。そしてそれが思わぬ結果を招くことに……


 現代から過去にタイムスリップするという作品はそこまで珍しいわけではありませんが、まだまだ少ないのは、過去のある時代からある時代へのタイムスリップというパターン。本作はその数少ない例外として、平安から江戸時代(それも桜田門外の変の後のほとんど幕末)にタイムスリップした武士が登場するという、ユニークな作品です。

 主人公の晴亮が、才能はあるのだけれど今ひとつ引っ込み思案の「現代っ子」である一方で、虎丸は、この時代の官僚化した武士に比べて、ほとんど武士の原型ともいうべき荒武者。
 バディものは、基本的にバディとなる二人が異なる個性であればあるほど、面白くなるものですが、その意味では本作の設定は合格でしょう。

 そして二人が挑むあやかしもなかなかにユニークです。学者が残した書物を食い荒らす鼠の怪、家中で暴君のように振る舞う武士を襲った姿なき爪、次々と異常に肥え太った姿に変貌する吉原の女郎たち――
 題材となっているのは、お馴染みの妖怪たちなのですが、それに本作ならではの味付けがほどこされ、一捻りが加わっているのに好感が持てます。

 そして何よりも印象に残るのは、このあやかしたちの多くが、自然発生の(?)妖ではなく、人の想いが凝った存在であることでしょう。
 実体を持ったあやかしであれば、虎丸の力に及ぶものではありません。しかし真にあやかしを滅するためには、そこにある人の想いを知り、鎮める晴亮の心が必要となる――その構図は、バディものとしての本作を際立たせているといえます。
(さらにちょっと明かしてしまえば、こうしたあやかしの在り方そのものが、物語の内容に関わるのですが……)

 そして作者の作品の場合、ユーモラスな設定の中で、時にドキリとするほどシビアな人の情や業といったものを入れ込んでくるのが魅力の一つですが、それは本作でも健在です。
 特に第二話のある登場人物の境遇は、本当にどうにも生々しく、そしてやりきれないものがあるのですが――だからこそ、それを受け止める晴亮の優しさに、得難いものが感じられると言えるでしょう。


 ただ一点残念なことをいえば、虎丸がジェネレーションギャップ(?)を感じる場面が、思った以上に少ない点でしょうか。
 もちろん江戸に現れた直後のリアクションなどは実に楽しいのですが、特にメンタリティの点で、もう少し平安時代の武士と、江戸時代人との違いが強調されていれば、さらに面白かったかな、という点は勿体なく感じました。

 物語的にはまだ完結していないだけに、もし続編があれば、この辺りを期待したいところです。


 にしても、作中何度か登場する、元々武家の出だという長崎帰りの武居先生というのは、やはり……


『いろは堂あやかし語り よわむし陰陽師は虎を飼う』(霜月りつ 角川文庫) Amazon

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2024.07.04

『君とゆきて咲く~新選組青春録~』 第11話「君に出会わなければ良かった」

 大作から渡された密書の内容を信じ、新選組を出動させる近藤。はたして池田屋に集結していた倒幕派に対し、新選組は急襲をかける。激闘の中、倒幕派を壊滅させたものの、南無之介は深手を負い、沖田は喀血する。一方、丘十郎はその場から逃れた庄内を発見、斬りかかるが及ばず……

(以下、原作のネタばらしがありますのでご注意ください)
 いよいよ第一部完ということで、今回描かれるのは池田屋事件。大体、新選組ものの山場といえば、一に芹沢暗殺、二に池田屋事件、その後色々と中で人が死んで、最後に戊辰戦争(そして五稜郭)となるわけですが、いずれにせよ池田屋事件が新選組の一つの絶頂期であるわけで、いきなりここまでやって大丈夫か、ちょっと心配になります。

 それはさておき、この大きな見せ場である池田屋事件ですが、本作で池田屋に最初に乗り込むのは、近藤・沖田・原田の面々(史実では原田は土方隊)。さあ、近藤さんの見せ場である「御用改めである!」が来るぞ! と思いきや、南無之介が言ったのにはずっこけましたが、しかしここからの切り合いは、やはり見どころ十分であります。
 豪快に相手を叩き斬っていく(のだけれど何となく危なっかしい……)近藤、荒っぽく槍と刀で相手を叩きのめす原田(刀も使ったのは史実通りとか)、そして流麗な動きで相手を斬る沖田――特に沖田の殺陣はやはり見事で、本作の収穫の一つだと感じます。

 が、その沖田はやはり史実から逃れられず喀血、ここで駆けつけた斎藤(彼の着実に殺すタイプの剣戟も実にらしくていい)を前に、自分の信念のゆらぎを見せる場面は、今後の彼を思うと大いに気になるところです。
 そしてもう一人、いつの間にか南無之介が深手を――これはちょっと意外な展開ですが、あの「御用改めである!」が最後の見せ場だったりしないように祈ります。何やら悩みがちな新之丞が、ショックで変な方向に走りかねないので。

 そして主人公である丘十郎は、池田屋から押収した武器を輸送(ここで武器満載の大八車をスルーする京都の皆さんが謎……)する途中、庄内を発見――何だかんだ言っても庄内は父親の仇と、武器を放って追いかけます。
 しかし斬りかったはいいものの、庄内の方は桂小五郎にあっさり逃げられ(本当にものすごく桂っぽいムーブ)、それ以前に自分が大作に渡した密書がきっかけで大事が破綻して憤懣やる方ない状態。そのまま逃げずに、丘十郎にその鬱憤をぶつけるように斬りかかります。

 相変わらず意地で食らいつく丘十郎と、混戦の中でコツコツと打撃を当てていく意外にいやらしいスタイルの庄内と――想像以上に噛み合った戦いではあったものの、よせばいいのに丘十郎はまた父親の末期の言葉を思い出したりして、結局は圧倒したのは庄内の方。そして庄内の一撃が丘十郎を捕らえたかに見えた時――間に割って入ったのは大作!
 庄内にしてみれば、旧友に裏切られるわ新しい男を庇われるわで怒り心頭ですが、丘十郎も第一話以来の覚醒モードで一閃! 倒れる庄内は、しかし最後に「裏切り者……」という呪いの言葉が……

 悪いことに新選組が皆集まってきたところでその言葉を吐かれた上、丘十郎に疑いの眼差しを向けられた大作。前話のサブタイトルと正反対の、絶望的な彼のモノローグ(今回のサブタイトル)で、第一部は幕を閉じます。


 というわけで、あまりにも後味の悪いクリフハンガー(?)で終わった大作の運命が本当に気遣われますが、も一つ気遣われるのは物語全体の行方です

 実は原作のラストは池田屋事件直前(ちなみに庄内との決着は原作中盤)、つまり時系列的にはもう原作ラストまで行ってしまったわけで、大作の「正体」もほぼ割れた今、第二部では何が描かれるのか? 考えられるとしたら、この先新選組が、言い換えれば新選組隊士たちが辿る運命ですが、だとしたら毎回かなり辛いことに……
 次回は総集編ですが、その先の第二部スタートまでやきもきさせられそうです。

 そしてここでエンディング映像を観ると、丘十郎と大作、南無之介と新之丞、沖田と斎藤(と原田)、土方と山南と近藤と、この先を考えると地獄のような組み合わせですねこれは……


関連サイト
公式サイト

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2024.07.03

響眞『荒野のゴーレム』 石の巨人がそこにいる世界の西部劇

 決して数が多いわけではない日本の西部劇漫画ですが、そんな中には当ブログ好みの伝奇性の(あるいはSF性の)強い作品も幾つもあります。本作はその一つ、ゴーレムと呼ばれる岩人形が運用されるアメリカで、少年ガンマン、ビリー・ザ・キッドが繰り広げる戦いを描く物語です。

 人型に組み合わせた石と石の間に置くことで、人の命令で動く人形を作り出すゴーレム結晶(クリスタル)。このゴーレムの利用で発展してきたアメリカ――1877年のテキサス州ダラスの農場で、荷運び用のゴーレムが暴走する事件が発生します。

 それも命令を聞かなくなっただけでなく、物質の性質を変える特性を利用して反撃してくる「第二段階」、さらに周囲の者に積極的に襲いかかる「第三段階」に移行したゴーレムに対し、犠牲を出すばかりの保安官たち。
 その時、単身ゴーレムの前に立ち塞がった少年ガンマンは、的確な射撃でゴーレムの体の接合点を粉砕――瞬く間に暴走ゴーレムを拳銃一丁で破壊してのけたのでした。

 ビリーと名乗るその少年は、賞金を受け取るとお供のゴーレムと共に、暴走ゴーレムを追って次の町へ。しかしそのビリーを追う二人の影がありました。
 それは立て続けにビリーに獲物を横取りされた、ゴーレムの追跡・破壊を生業とする集団「スレッジハンマー」の腕利き、マーガレットとジェームズ――「壊し屋」として知られる腕利きと、ビリーは対決を余儀なくされます。

 一方、各地でゴーレムを暴走させてきた謎の集団「解放者たち(リベレイターズ)」は、再びダラスで危険極まりないゴーレムを暴走させることを企み……


 ユダヤ教の伝説に登場する泥人形・ゴーレム。ゲームや漫画などで、動く像の代名詞のように使われているゴーレムですが、本作はそのゴーレム(と呼ばれる存在)が日常的に存在する、アメリカ西部を舞台に展開する活劇であります。
 もちろん現実にはゴーレムなどは存在しないわけで、その意味では架空史ともいえる本作の世界観ですが――しかし注目すべきは、その一点を除けば、文化・風俗・社会制度・そして何より武器と、本作が丹念にこの時代を再現した「西部劇」として成立していることでしょう。

 言い換えれば、本作はゴーレムという異物が投入された点のみが異なる西部劇。テクノロジーレベル的にはダイナマイトが発明されたばかり(そしてその史実を作中に取り入れているのも心憎い)の状態で、いかにして暴走する石の巨人を倒すか――一種の怪獣もの的な味わいすら漂う異形のバトルは必見です。
(その意味では、作者の最新作『神蛇』が怪獣漫画であったのも納得です)

 そしてそんな中でも、拳銃一丁でゴーレムを制圧してのけるビリー(そう、あのビリー・ザ・キッド!)の戦いぶりは見事というほかありませんが、しかし実は彼も完全な常人ではなく、人には見えないものを観る左目を持つ人間であります。
 さらに、ビリーとは複雑な関係に立つ壊し屋コンビも、それぞれ異形の力を持ち――と、異能バトルの要素を持つのもまた、ユニークな点でしょう。

 実はこの異能はゴーレム結晶と密接な関係を持つもの。いや、それだけでなく、ビリーがゴーレムをただの拳銃で倒せる理由、彼がその銃でゴーレムを狩る旅を続ける理由――そしてビリーのお供のゴーレムが意思を持ち、彼を「お兄ちゃん」と呼ぶ理由、全てに関わってくることになるのです。
 こうして散りばめられた謎が、ストーリーが進むに連れて語られ、そしてあたかもゴーレム結晶が石と石を繋げてゴーレムを生み出すように、一つの巨大な物語を生み出す姿――それこそが、本作の最大の魅力なのです。


 ――しかし残念なのは、本作はその巨大な物語の序章ともいうべき部分を描いたところで、完結してしまったことでしょう。
 単行本でわずか二巻分――そこに込められたものの濃密さ、そしてラストに提示された新たな謎の濃厚なSF色を考えれば、この先の物語が描かれたとしたら、どれだけの傑作になったかと口惜しくてなりません。

 もっとも、その二巻だけでも本作が名品であることは間違いありません。西部劇というジャンルで何を描くことができるのか――その問いへの一つの答えというべき作品です。


『荒野のゴーレム』(響眞 小学館裏サンデーコミックス全2巻) 第1巻 / 第2巻

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2024.07.02

『鬼滅の刃』柱稽古編 第八話「柱・結集」

 ついに対峙した産屋敷と無惨。短い対話の後に無惨がその爪を向けた時、産屋敷は自分と妻子もろとも屋敷を爆破し、無惨を巻き込む。さらに珠世が無惨に人間化薬を打ち込み、悲鳴嶼が猛然と襲いかかる。そしてその場に柱と炭治郎が結集し、一斉に無惨に打ちかかった時、思わぬ異変が……

 おはぎだカブトムシだというコミカルな空気は一気に消し飛び、柱稽古編最終話というよりは、次なる戦いの序章というべき内容が描かれた今回。内容は原作三話分をほぼそのまま描いた形になりますが、本編39分と普段の回の約6割増の分量で、力の入ったクライマックスが描かれました。

 冒頭こそ、前回あれだけ時間をかけた無惨がお館様の前に現れる前の歩みをまたやったり、お館様の子どもたちの歌うわらべ唄が妙に長かったりと、そこで尺を使うの!? という部分もありましたが、お館様の壮絶自爆シーンからは怒涛の展開が続きます。

 もっともこの自爆シーン、原作では柱たちが到着したと思ってページをめくったら、いきなり次のページで見開きの大爆発という描写だった、という漫画ならではの強烈な演出だった一方で、アニメではいきなりスローモーションが始まって爆発の瞬間が描かれるという、何だか妙な演出だったのですが――しかし、その最後の最後の瞬間に、お館様に寄り添い妻・あまねの姿が描かれたのは印象的でした。
 思えばお館様と無惨が対面したその瞬間から変わらず在り続けたあまねの存在は、どれほど己の不滅を誇示しようと孤独でしかない無惨に対する、人と人の絆を象徴するものなのでしょう。
(もっとも、その絆もろともいきなり自爆するのは、「完全に常軌を逸している」という無惨の感想も頷けるのですが……)

 そして坂本真綾の声の演技も素晴らしい珠世の覚悟の一撃から、まさにゴウンゴウンいわせながら突っ込んできた悲鳴嶼がついにその実力の一端を発揮した鉄球大粉砕(しかし首、斬ってないと思う……)、そして柱結集は、まさにこの柱稽古編、というより全編を通じてのクライマックスの一つといってよい盛り上がりであることは間違いありません。
 そこからさらに、鬼殺隊の無限城突入、というより無限城に引きずり込まれる鬼殺隊の姿を描くアニメオリジナルの描写も面白く、直後のそれぞれの姿が描かれる柱+炭治郎だけでなく、全くいきなり引きずり込まれた玄弥や村田さんと他のモブ隊士たち、そして天ぷら食べてたらいきなり落下、しかし逆に闘志を燃やしてニヤリと猪面を被る伊之助と、らしい描写が続くのですが――全てを掻っ攫っていったのが善逸であります。

 こういう時、これまでであれば身も世もない悲鳴を上げて取り乱すはずの彼が、全く動じることなく、姿勢を崩すこともなくただ落下していく。しかしその瞼が閉じられていることから、ああ寝てるのね、と思わせた次の瞬間、瞼がゆっくりと開き強い眼差しが現れる――全く無言の中でのこの描写のみで、善逸の苛烈なまでの覚悟と、その覚醒ぶりの凄まじさを理解させてみせるのは、まさに白眉。彼が完全にこの場を攫っていったといっても過言ではありません。
 そしてそんな衝撃映像で終わったかと思いきや、最後の大正コソコソ噂話では、更なるとんでもない衝撃映像、いや衝撃音声が流れるという……


 何はともあれ、色々な意味で波乱に富んだ内容だった柱稽古編もこれで終了。そして最終決戦は無限城編として劇場版三部作で完結と、およそ考えうる限り最高の形でクライマックスを迎えるわけですが――残る7.5巻分、血戦につぐ血戦、名場面につぐ名場面をどれだけのクオリティで描いてくれるのか、まだまだその遥か先ではあろうものの、期待は今から高まるというものです。


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2024.07.01

味鹿七『金ヶ沢に来てはならぬ』 昭和初期の日本の「闇に囁くもの」

 既に完全に日本でもクトゥルフ神話も定着した感がありますが、本作は神話体系の原典の一つ、ラヴクラフトの「闇に囁くもの」を、昭和初期の日本を舞台に翻案したユニークな漫画です。奇怪な伝説のある禁断の地・金ヶ沢の地に消えた教え子を探しに来た大学教授が目撃したものは……

 昭和初期、大学で教鞭を取る的場は、教え子である永久田衛空から、郷里・金ヶ沢に伝わるという不気味な伝説の存在を聞かされます。
 金ヶ沢の山には、「羽の生えた生き物が天からやってくる」という言い伝えがあり、それに出会ったものは隠されてしまう――現に、外から金ヶ沢に屋敷を建てて移り住んだ衛空の父も、彼が子供の頃に行方不明になったというのです。

 その後、突然理由も告げずに大学を辞めた衛空。しかしその後、的場の下に衛空からの手紙が届きます。金ヶ沢の屋敷で、父の隠し金庫で「翼の生えた生き物」実在の証拠を発見した衛空。彼は父の行方を追うため、大学を辞めて地元で調査を開始したのです。
 折しも地元では、豪雨の後に増水した川で、正体不明の羽を持った生物の死体が目撃され、その後も衛空の周囲では奇怪な出来事が起きます。山中の奇怪な儀式と不気味な声、何者かに奪われる郵便物、夜毎屋敷の周囲を窺う影、ついに目の当たりにした怪生物……

 衛空からの手紙のただならぬ内容に不安を募らせる的場ですが、突然手紙の雰囲気の変わった衛空に招かれ、ついに金ヶ沢を訪れることになります。そしてそこで彼が目の当たりにしたものは……


 バーモント州の山中で洪水の際に発見されたという怪生物の噂。それに興味を抱いたウィルマース教授が、地元の研究者・エイクリーとやりとりをする中で、土地に起きる怪事件の数々と彼の身に迫る危機を知り、ついにエイクリー邸で決定的な恐怖を目の当たりにする――冒頭で触れた「闇に囁くもの」のあらすじであります。
 本作はこの原作の内容を踏まえつつ、原作と同時期の――つまり大正時代の日本を舞台に移し替えた作品です。

 日本を舞台としたクトゥルフ神話作品自体はもはや珍しくはありませんが、原作を日本を舞台に翻案するというのは比較的少ない(「蔭洲升を覆う影」というあまりに有名な例があるとはいえ)だけに、そして個人的に愛好している原作だけに、興味深く読んだのですが――約70ページと少なめの分量の中で、原作の流れを踏まえつつ、違和感なく物語を日本で成立させていると感じます。
(元々、人里離れた山中を舞台とした物語だけに、日本に移植しやすいのかもしれません)

 しかし本作にはユニークな点が二つあります。一つは、原作のエイクリーが元々地元に住んでいたのに対し、本作の衛空は地元に帰って怪異に巻き込まれるという点です。
 この辺りは、閉鎖的な故郷に帰った主人公が様々な怪異に出会った末に、悍ましい因縁に取り込まれるという、クトゥルフ神話の一典型となっているのが興味深いのですが――終盤で、行方不明の衛空の父が遺した屋敷が暗示するものが、なかなか不気味な後味を残していたと思います。

 もう一点は、原作では相当ふんだんに盛り込まれていたクトゥルフ神話の概念・用語が、こちらではほとんど省略されている点です。
 この辺りは、原作のウィルマース教授が、懐疑的とはいえ、ネクロノミコンを読んだこともあるいわば「玄人」だったのに対し、本作の的場教授は、ごく普通の学者である点も大きいと思いますが――結果として物語の枝葉が刈り込まれ、スッキリしたものになった印象があるというのは、(小声で)申し添えたいと思います。

 その一方で、終盤で的場が出会う衛空が、病み衰えて別人のような容貌となっているというのは、これは原作と違い二人が旧知の間柄であるために、終盤のある事実を隠すために必要だったのかとは思いますが――あの結末は、やはり普段通りの容貌だったからこそ強烈に印象に残るものだったと、少々残念に感じたところではあります。


 その他、これは上に述べたように人里離れた山奥が舞台のためでもあるのですが、もう少しこの時代の日本らしさを感じさせる内容だと良かったとは思いますが――しかし本作は総じて違和感は少なく、なかなか良くできた翻案であったと感じます。
 このような作品がもっと増えてくれると、個人的にはとても嬉しいところです。


『金ヶ沢に来てはならぬ』(味鹿七&H.P.ラヴクラフト 三栄ZOC Pictures) Amazon

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