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2024.07.22

土橋章宏『最後の甲賀忍者』 目指せ、はみ出し者たちの逆転勝利

 伊賀と並び称される甲賀忍者。しかし江戸時代に入ってからの彼らは、存在感を発揮していたとは言い難いものがあります。本作はそんな甲賀忍者たちが、幕末に新政府軍の一員として戦っていたという意外な史実を踏まえた、忍者アクション小説です。

 戦国時代に活躍しながらも、太平の時代では身分と領地を奪われ、百姓同然に暮らしてきた甲賀忍者の末裔たち。幕府に幾度復権を働きかけても無視されてきた彼らは、幕府が大政奉還し、新政府の間で大きな戦が始まろうとする中、新政府側につくことを決めるのでした。
 しかし甲賀といっても忍びの術は失われて久しい状況。そこで甲賀の人々は、甲賀の暗部と呼ばれ避けられてきた朧入道なる忍びに、従軍する若者たちの修行を依頼することになります。

 その修行に志願した、親のいない鬼っ子として周囲に嫌われてきた血気盛んな青年・山中了司。しかし彼だけでなく、修行で同じ組となった面々も曲者揃いであります。
 了司の幼馴染みで大人しい金左衛門、名家の息子でプライドが高い伴三郎、名忍者の末裔の剽軽者・当作、おっさん薬術師の勘解由――同じ甲賀の人間でも生まれ育ちも違う面々は、喧嘩ばかりでチームワークも滅茶苦茶。それでも必要に迫られて力を合わせ、何とか朧入道の修行を終えた五人は、新政府軍の一員として出陣することになります。

 しかしなかなか戦場に立つこともできず、戦功を上げる機会も持てない状況に、忍びの技を用いてあの手この手で手柄を狙う五人。
 その果てに、幕末最強を謳われた庄内藩を向こうに回すことになった五人の運命は……


 戦国時代が終わり、江戸で徳川家に仕えた者たちとは異なり、平民身分として甲賀に暮らした、いわゆる甲賀古士。本作はその甲賀古士にまつわる史実を踏まえつつ、了司をはじめとする五人の忍者の戦いを描いた活劇です。

 もっとも、ここで甲賀古士がその厳しい名前に相応しい秘伝を伝えていればいいのですが、ついていても、百年以上を経るうちに、彼らも一般人と大して変わりのない人間になっているというのが現実。
 本作では、そんな彼らがいわば忍者講座の中で、忍者としての基礎を叩き込まれる姿を全体の四割程度を割いて描きますが――その部分が同時に、忍者にあまり詳しくない読者への解説的役割を果たしているのは、ちょっと面白いところです。

 そしてその先がいよいよ本番、新政府軍に加わった彼らの戦いが描かれる――と思いきや、戦場に出るまでが一苦労。しかしその果てに彼らが挑むの戦いは、傑物として知られた河井継之助のガトリング砲奪取や、幕末最強として知られた庄内藩への奇襲の先鋒役だったりと、実にドラマチックであります。

 考えてみれば、はみだし者たちが努力を重ねて、意外な形で遥かに格上の相手に逆転勝利を収める――というのは、これは最も盛り上がるドラマのスタイルの一つ。本作はまさにそのスタイルであり、そこに賑やかなキャラクターたちの騒動を交えつつ描く手法は、やはり作者らしい作品だと感じます。


 もっとも、うるさいことを言えば気になってしまうところはあります。

 特に、実際には甲賀忍者の中には幕府に百人組として仕官した者たちがいたわけで――彼らもまあ、忍者らしい勤めがあったわけでもなく、幕末には百人組も廃止されているわけですが――彼らの存在が、全く触れられないわけではないものの、ほぼスルーされているのは、ひっかかってしまうところです。
(もちろん、物語展開上そうならざるを得ないのは百も承知ですが……)

 しかしそれ以上に、皮肉な味ももちろん漂うものの、基本的に「色々あったけど俺たち頑張ったよな」で終わるのは、それでこの戦いをあっさり片付けてよいのかな――と、これは好みの問題かもしれませんが、ちょっと驚かされた次第です。
 作中で了司が、河井継之助の思想に、自分たちに通じるものを見出すくだりがなかなか良かっただけに――もちろん、彼らは精神的な自治を勝ち取った、と理解すべきだとは思うのですが。

(さらにもう一ついえば、作中で明らかに死亡フラグを立てたキャラが、その後全く何もなかったのも、ちょっと驚きましたが……)


『最後の甲賀忍者』(土橋章宏 角川春樹事務所) Amazon

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