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2024年8月

2024.08.31

鶴姫亡き後の鶴姫伝説の開幕 杜野亜希『碧のミレニアム』第1巻

 戦国時代の瀬戸内海で姫武将として活躍したといわれる鶴姫。本作はその鶴姫伝説をベースとしつつ、大きく捻りを加えて描く、ロマンス色濃厚な歴史漫画です。現代から戦国時代にタイムスリップしてしまった女子高生・千波と新任教師・峰岸。そこで村上武吉と出会った二人の運命は……

 2000年の大三島に暮らす女子高生・三島千波には、奇妙な過去がありました。12年前、ボートの転覆事故で奇跡的に助かった――いや息を吹き返した彼女は、手の中に覚えのない、鳴らない鈴を握りしめていたのです。

 心ない周囲からは死にぞこないと呼ばれ、自身も無気力に生きていた千波ですが、ある日学校にやって来た新任教師・峰岸が自分と同じ鈴を持っていたことで、彼に興味を惹かれます。
 しかし5年より前の記憶がなく、それどころか本当の峰岸を殺して成り代わっている疑いをかけられた峰岸。彼が警察に連行されようとしたのを千波が庇った拍子に、二人は崖から落ちるのですが――その時、鳴らない鈴が鳴り、なんと二人は戦国時代の大三島にタイムスリップしてしまったのです。

 そこで旅の里神楽の一座に拾われ、共に三島村上水軍の一つ・能島の村上義益のもとに滞在することになった二人。しかし実は里神楽の一座は、義益に一族を殺され、復讐を誓う村上武吉一党の仮の姿だったのです。
 武吉の義益襲撃に巻き込まれ、幾度も危うい目に遭う千波。自分の目的のためには手段を選ばない武吉に反発する千波ですが、武吉も自分たちと同じ鈴を持ち、そしてそれが鶴姫から与えられたものだと知ることに……


 戦国時代の瀬戸内海は大三島を治める大山祇神社の大祝の家に生まれ、大内家の侵攻に対して、兄たちに代わり陣頭に立って戦ったという鶴姫。その戦いでは三度に渡り大内軍を押し戻したものの、乱戦の中で恋人を失い、悲嘆の末に入水したというドラマチックな伝説を持つ女性です。

 当然と言うべきか、彼女の存在はフィクションでも様々な形で取り上げられていますが――最近でも私が文庫解説を担当させていただいた赤神諒『空貝 村上水軍の神姫』といった作品があります――本作はそんな鶴姫伝説をベースとした中でも、一ひねりも二ひねりも加えたユニークなスタンスの作品です。
 というのも、本作の舞台は天文十八年――鶴姫が大内軍を撃退してから六年後、言い換えれば鶴姫が亡くなってから六年後の物語なのです。

 鶴姫を題材としながらも鶴姫がいない、というのはなんとも意外ですが、しかし本作の世界において、彼女は今なお大きな存在感を持って描かれます。
 この第一巻に登場する武吉や小早川隆景(!)が幼い頃に出会って強い憧れを感じた存在であり、そして瀬戸内の人々にとっては、大内軍との戦いの中で海に消え、金色の龍になって天に帰っていった伝説の存在として……

 その後の年月に、大内家の支配と不作に喘ぐ瀬戸内の人々にとって、一種の救世主のような存在として崇敬の対象となっている鶴姫。
 そんな状況に突然現代から放り込まれた千波は、髪を金色に染めていたことから、上述の金の龍――鶴姫の再来として見なされるというのも、面白い展開です。

 しかしそれ以上に本作で大きな意味を持つのが、鶴姫縁だという「鳴らない鈴」の存在であることは間違いありません。
 強い意志の力を持つ者、自分の目的を持ちそれを自分の力で達成しようとする者だけが鳴らせるという鈴――今のところ正体不明のその力もさることながら、その鈴を何故現代人の千波と峯岸が持っていたのか、それは大きな謎というほかありません。


 そしてそんな謎もある一方で、三島村上水軍の内訌と、武吉の仇討ちという歴史ものとしての要素が、もう一つ大きな要素として描かれているのも目を引きます。
 それは、かつての誇りを喪い、舟働き(海賊行為)をするほかなくなってしまった三島水軍をいかに甦らせるか、というさらなる難題へと繋がっていくのですが――今はまだ、仇討ちにのみ因われている武吉が、水軍の長としての自覚を持つことができるのか、というドラマに繋がっていくことになります。


 鶴姫がもたらす謎と、三島水軍の再興と――その二つの柱がこの先どこに向かうのか、続きはまたいずれご紹介いたします。


『碧のミレニアム』第1巻(杜野亜希 白泉社はなとゆめコミックス) Amazon

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2024.08.30

『君とゆきて咲く~新選組青春録~』 第18話「生きてさえいれば」

 新之丞の新選組脱退騒動の中、姿を消してしまった南無之介は、新之丞たちに恨みを持つ破落戸たちに捕らえられていた。南無之介を救おうと、原田や斎藤たちの助けを借り、敵が待ち受ける廃屋に乗り込む丘十郎たち。しかしその頃、伊東の身に危機が迫っていた……

 新之丞が突然、新選組を抜けると言い出したおかげで、色々とややこしいことになったものの、最終的に色々と納得したらしい南無之介。しかし、その前に、かつて新之丞を囲――新之丞に執心していた豪商・鵺野に雇われていた破落戸たちが現れ、南無之介は囚われの身になってしまいます。新之丞と南無之介に恨みがあるという破落戸たちですが、しかし鵺野の屋敷に火をつけたのは二人ではなく、芹沢だしなあ――というツッコミが通用するはずもなく、南無之介は今にも薄い本のような目に遭わされそうな感じです。

 ここで事情を知った原田は、一年生たちと共に飛び出していきますが、その一方で、斎藤は新之丞が隊を抜けようとしてましたーと土方に報告します。すっかり間者が板についた故の行動――というわけでなく、むしろ新之丞の想いを土方に的確に伝える斎藤ですが、相変わらずいっぱいいっぱいの土方は、俺はどうすればいいんだ! と暴発寸前。しかし落ち着いてそんな彼を答えを導く斎藤は、冷静というか、土方の操縦法を心得ているというか……(史実はネタバレ)

 なにはともあれ、後から来た斎藤も合流して、破落戸のアジトに殴り込む原田と一年生組。数は多い破落戸ですが、人斬りのプロ相手に勝てるはずもなく、峰打ちで全員叩きのめされます。もっとも頭目格は、南無之介を人質に取るという悪党らしいムーブを使ってくるのですが――南無之介の危機に鬼の表情となった新之丞が、真っ向から一刀を浴びせる!
 しかし、その一刀を受けたのは何と南無之介自身。もちろん新之丞の手元が狂ったわけではなく、新之丞の手を汚させないために、南無之介が頭目を庇ったのです。……新之丞が非力だったのか、南無之介が頑丈だったのか、はたまたその両方か、一歩間違えればとんだ鬱エンドになるところでしたが、南無之介は無事で、まずはめでたしであります。

 しかし冷静に考えると、町の破落戸が、いまや京の治安を一手に引き受けるおっかない連中相手に喧嘩を売るか? という気もいたしますし、頭目など、親切にも金をもらっての仕事であったことを語っているのですが、しかし南無之介に気を取られている丘十郎たちは、そこまで頭が回りません。
 実はこれは陽動であったらしく、別の場所で他の人間が襲撃を受けることになります。直前まで原田たちの行動を見て、詰めが甘いとかなんとか言っていた伊東と弟が――というか、いきなり地面にぶっ倒れている鈴木三樹三郎は、罠でなければ何かのギャグかと思いましたが、どうやら彼は本当に不意打ちをくらって伊東を連れ去られてしまったようです。

 そこに駆けつけた沖田が、長州藩士らしい者たちに立ち向かいますが、発作が出てしまい大ピンチ。しかし、そこに今話題の長州絶対殺す頭巾が現れて彼らを救います。しかし宗十郎頭巾をかぶっているとはいえ、あの目を見れば正体が誰だかわかりそうなものですが、気付かない沖田――まあ、これは時代劇にはよくある展開といえばその通りではあります。
 一方、連れ去られた伊東の前には桂が現れます。その後、何事もなく弟たちの前に伊東が戻ってきたところを見れば、何らかの密談が行われたことは確実ですが――もしかしてこれ、最初から両者が示し合わせての計画だったのでは? という気がしないでもありません。その場合、弟があまりにも可哀想なことになりますが、まあそんなキャラですし……

 そんなこんなで色々と裏ではあったものの、なんとなく土方に見逃されて新選組を脱退できた新之丞と南無之介。結局、彼らは何のために新選組にいたのだろう、という気がしないでもありませんが、無事に足を洗えたのは本当によかったというべきでしょう。
 この二人に何か自分たちを重ねてるっぽい主人公たちが、おそらくこの先とても辛い目に遭うであろうことを思えば……


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『君とゆきて咲く~新選組青春録~』 第15話「最期の授業」
『君とゆきて咲く~新選組青春録~』 第16話「おかえり、つらかったね」
『君とゆきて咲く~新選組青春録~』 第17話「君のために鬼になる」


手塚治虫『新選組』 悩める少年が新選組で知ったもの

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2024.08.29

かつてない緊迫した状況と、宣能への生暖かい眼差し 瀬川貴次『ばけもの好む中将 十二 狙われた姉たち』

 ばけもの好む中将こと左近衛中将宣能と、彼に付き合わされる右兵衛佐宗孝が繰り広げる騒動を描いてきた『ばけもの好む中将』、番外編を挟んで久々の新作です。多情丸への復讐に心を因われた宣能を気遣うも、空回りしてばかりの宗孝。しかしその多情丸は、宗孝の姉たちに狙いを定めて……

 幼い頃に乳母と共に多情丸に襲われ、自分だけが生き残ったという過去を持つ宣能。彼の多情丸への復讐の決意は固く、危険な企てを何とか止めようとする宗孝との間には隙間風が吹き始めます。

 宣能といえば怪異巡りと、彼の気を復讐から逸らそうと怪異スポットを探したり、乳母の霊を呼び出そうと三流陰陽師の歳明の力を借りて奮闘する宗孝。しかしこういう時に生真面目な彼は空回りし、そればかりか宣能との間にはますます気まずい空気が流れます。

 しかも、悪い時には悪いことが重なるものです。これまで幾度となく宗孝を救ってきた十の姉・十郎太の正体が、かつて京の裏社会を取り仕切っていた黒龍王の孫娘であると知ってしまった多情丸。彼は、自分こそが黒龍王の後継者であることを示し、そしてかねてからの邪恋を果たすために十郎太を狙いを定めたのです。

 とはいえ、神出鬼没の十郎太を捕らえるのは難しい――というわけで、彼女の姉妹、すなわち宗孝の姉たちを標的に定めた多情丸。その命を受けた、面長と丸顔の二人組が、次々と宗孝の姉たちを誘拐しようと企てて……


 というわけで本作では、サブタイトルの「狙われた姉たち」どおり、かつてない緊迫した状況が訪れます。
  尼僧の二の姉、下級武士と駆け落ちした六の姉、発明家夫妻の五の姉、恋多き四の姉、そして宮中での女房修行を間近にした真白――宗孝の大事な姉たちの身に危険が迫る!

 ……かどうかは、本シリーズのファンであれば、容易に先の展開の予想がつくと思いますが、その辺りは平安コメディの第一人者たる作者の面目躍如――個性的な姉たちならではのシチュエーションで繰り広げられる騒動は、こちらの期待通りの楽しさです。ここのところ重い展開が続いてきただけに(いや、この展開も重いといえば重いのですが)溜飲が下がる思いです。

 一方、彼女たちが主役(?)となっている裏で、宣能と宗孝のドラマも展開していくことになります。その中でも特に今回印象に残るのは、宣能と多情丸の子分筆頭である狗王の対峙です。
 子分筆頭に相応しい実力者ではあるものの、しかしどこまで本心から多情丸に従っているのかわからず、その行動には謎めいたものを感じさせる狗王。今回の宗孝の姉誘拐作戦の指揮を任されているのも彼ですが、どこまで本気なのか、疑わしいものがあります。

 それはさておき、これまで宣能と狗王が直接対面して会話する場面はあまり記憶がありませんが、どちらも本心を表に出さない人物だけに、腹の探り合いは、なかなか読ませるものがありま――といいたいところですが、今回必見なのはむしろ、宣能も気付いていない彼の本心を狗王が言い当てるくだりでしょう。えっ、宣能気付いてなかったの!? とこちらも驚いてしまうのですが、そんな彼を生暖かく見つめる狗王の姿には思わず共感――こちらも同じ顔で宣能を見守りたくなってしまうのです。

 そしてそれは、ここのところ闇落ちしかかっていた宣能に対する、大げさに言えば最後の希望なのですが――しかし本作のラストでは、思いもよらぬボタンのかけ違いから、とんでもない事態が発生することになります。
 宣能も宗孝も、そして多情丸も予期していなかったであろう、そして誰にとっても幸せにならない事態の先に何が待つのか?

 早くも再来月刊行となる第十三巻「攫われた姫君」が今から楽しみで仕方ありません。


『ばけもの好む中将 十二 狙われた姉たち』(瀬川貴次 集英社文庫) Amazon


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瀬川貴次『ばけもの厭ふ中将 戦慄の紫式部』 平安ホラーコメディが描く源氏物語の本質!?

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2024.08.28

小説として、歌舞伎の原作として 京極夏彦『狐花 葉不見冥府路行』

 先日観劇した新作歌舞伎『狐花 葉不見冥府路行』――その原作として刊行されたものがこの小説版となります。もちろん歌舞伎とは独立した作品として楽しむことができる一冊ですが、ここでは可能な限りネタばらしに注意しつつ歌舞伎との比較も含めて紹介したいと思います。

 ある日垣間見た美青年に心奪われた作事奉行・上月監物の一人娘・雪乃。しかし彼女付きの女中・お葉は、その美青年――萩之介の姿に衝撃を受け、寝付いてしまうのでした。
 実はかつて材木問屋・近江屋の娘・登紀、口入屋・辰巳屋の娘・実袮の三人で、萩之介を殺していたお葉。しかしその萩之介の出現に、彼女は二人を呼び出したのです。

 それが自分たちの過去の所業に関わるのでは、と警戒する監物と用人の的場、近江屋と辰巳屋は、萩之介殺しが愛欲のもつれによるものと知り、一時は胸を撫で下ろします。
 しかし、自分たちの前にも萩之介が現れた娘たちの狂乱によって近江屋と辰巳屋が命を落としたことから、的場は憑き物落としの男を招くのでした。

 そして監物の前に現れた武蔵晴明神社の宮守・中禅寺洲齋は、またたく間に萩之介の真実を説き明かしていくのですが……


 歌舞伎の原作ということもあってか、本作は京極作品としては相当に分量の少ない(それでももちろん普通の作家の一作分はあるのですが)作品です。それは中禅寺洲齋が、ほとんど全体の2/3を過ぎてからの登場であり、しかも曾孫と違い、ほとんど薀蓄を語らないから――というのは冗談ですが、もちろん内容に薄さを感じることはありません。

 むしろ、本作は作者の百鬼夜行シリーズと巷説百物語シリーズ、双方のスピンオフ的な存在でありつつも、同時に独立した作品として楽しめる内容であることは間違いありません。
(作中で何度か言及される町奉行・遠山左衛門尉については、『了巷説百物語』を読んでいるとニヤリとできるのですが)

 そんな本作は、萩之介なる亡霊めいた謎の美青年の出没に人々が翻弄される中、洲齋が憑き物落とし――すなわち、一見、怪異に思われた出来事に理屈をつけ、人々の心を解き放つことで事態を解決するという、一種の時代ミステリというべき作品です。
 実は歌舞伎ではこのミステリの部分、特に殺されたはずの萩之介が現れる理由(つまりはトリック)が明確には語られておらず、その辺りに少々不満があったのですが――本作ではその点がきちんと説明されているのが、個人的には一番嬉しく感じられました。

 なお、終盤でほとんど余人が出入りできないはずの場所に萩之介が現れるくだりも、小説ではまた別の形で描かれているのですが――これは舞台上で見せるには少々難しい内容なので、この辺りの差異は納得できるところでしょう。


 というわけで、説明量という点で歌舞伎と異なる点もある本作ですが、最大の相違点は、実は的場というキャラクターの扱いとなっています。
 昔から監物の腹心として忠実に仕え、過去の秘密も共有する的場。しかし物語の後半、彼の行動は小説と歌舞伎で大きく異なります。
 歌舞伎においては「我こそが監物第一の忠臣」という想いを強く持ち、行動する的場。しかし小説では、過去の悪行が露見することを恐るあまりに監物にも逆らう姿が描かれます。
 
 この相違点が、そのままそれぞれの物語での彼の運命の違いに関わるのですが、実はそれは、もう一人、別の人物の運命にも関わることになります。
 この辺りの詳細は伏せますが、個人的には結末で監物が見せる姿を思えば、小説の流れの方がより納得がいくように感じます。

 それにしても、これだけ大きな違いが生じているのは不思議な気もいたします。あるいはこれは、歌舞伎で的場役が決まった後に、役者に合わせて演出を変えたのでは――というのは、完全にこちらの勝手な想像ですが、いずれにせよ、歌舞伎という場に合わせてのものなのでしょう。


 なにはともあれ、個人的には歌舞伎で最も印象に残った、ラストの逆憑き物落としというべき場面も、上で触れた構成により、この小説版では、さらに印象に残るものとして感じられます。

 できれば歌舞伎ともども触れていただきたい作品ですが、歌舞伎の原作というだけでなく、独立した小説として、十分に手に取る価値があることは間違いありません。


『狐花 葉不見冥府路行』(京極夏彦 KADOKAWA) Amazon

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2024.08.27

陶延リュウ『無限の住人 幕末ノ章』第10巻 最後の激突 そして幕末から明治へ

 長きにわたり描かれてきた幕末絵巻も、ついにこの第十巻を以て完結となります。大政奉還を成功させたものの、諸勢力から狙われる龍馬を近江屋で守る万次。しかしそこに修羅と化した沖田総司が襲いかかります。大切な者を喪った万次の最後の戦いの行方は……

 薩長同盟に次いで大政奉還を成功させ、無血革命へと大きく時代を動かしてみせた坂本龍馬。しかしその立役者として、龍馬は幕府のみならず、武力倒幕を目指していた薩長からも命を狙われることになります。

 一方、知らぬこととはいえ、自分がその龍馬の命を助けてしまったことを知った沖田は大暴走、療養のために一度は江戸に向かったもののUターンし、京で辻斬りを始めるのでした。
 そして総司・新選組・見廻組から追われることになった龍馬は、万次とともに近江屋にひとまず隠れるものの……

 というわけで、ついに来てしまった運命の慶応3年11月15日。この日に何が起きたのか、それはいうまでもないでしょう。
 かくしてこの巻の前半では、近江屋での死闘が描かれることになります。本作においては、龍馬には万次がついていることはいうまでもありません。並みの相手であれば引けを取るはずもない万次ですが、しかしそこに総司が現れたことで、残酷な結末を迎えることになります。

(ちなみに龍馬に手を下した人間については見廻組の今井や新選組の原田など、諸説ありますが、本作では律儀にそれを全部採用しているのがちょっとおかしい)

 かつては凛を守って逸刀流や幕府の手の者たちと渡り合い、見事彼女に仇討ちの本懐を遂げさせた万次。しかし、それはあくまでも僥倖だったのかもしれません(冷静に考えれば結構凛に守られたり救われたりしてましたしな)。
 そしてその事実に否応なく直面させられた万次が取った行動とは……


 そして、江戸で沖田が療養している屋敷での万次と総司の激突を以て、本作は終わりを迎えることになります。

 友を喪い怒りに燃える万次が勝つか、死を目前にして透徹した心境の総司が勝つか? 万全の態勢で臨んだ万次ですが、迎え撃つ総司の方も思わぬ(本当に何故ここに……)得物を手にして一歩も引かない――いやむしろ万次を圧倒します。
 この、狭い屋内を舞台にしての変態武器を用いての剣戟は、実に「らしい」――本作のラストを飾るに相応しいものといえるかもしれません。

 そして意外といえば意外、納得といえば納得のその結末もまた……

(意外といえば、應榮が誰の子孫かというのはちょっと意外というか、結局押し切ったんだなあ――というか)


 幕末の物語は終わり、明治の物語へ――正篇の結末に繋がって完結した本作。

 すぐ上で触れたように、ラストバトルは納得のいくものでありましたし、また物語的にもここで終わるのが適切であろうとは思いますが――しかし、これまで描かれてきた様々な人々の運命が、あっさりと一コマで片付けられてしまうのは、それはそれで非常に勿体ないという印象は否めません。
 特に物語前半にあれだけ暴れまわった土方についてはほとんど触れられず――というのは、これも物語の流れ上仕方ないのですが、やはり残念ではあります。

 正篇とは大きく異なり、幕末の史実――大きな歴史のうねりに関わることとなった万次。しかしそれは終わってみれば結局、巻き込まれただけ、という印象が残るのは、これも仕方はないとはいえ、索漠たる印象が残ります。
 もちろん万次にとってみればそれはいい迷惑、自分は必死に切り抜けてきただけということなのだと思いますが――正篇での目的を貫き通した彼の姿を思うと、この物語の意味をどう捉えたものか、少々悩んでしまうのです。

 そんな中、陶延リュウの作画は大きな収穫であったと思います。四季賞では武侠ものを発表していたこともあり、次回作にも強く期待しているところです。


『無限の住人 幕末ノ章』第10巻(陶延リュウ&滝川廉治&沙村広明 講談社アフタヌーンコミックス) Amazon


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2024.08.26

山根和俊『黄金バット 大正髑髏奇譚』第3巻

 大正の世を舞台に、超古代の神々が激突する新約黄金バット伝の第三巻、最終巻です。ラスプーチンに力を貸すナゾーとの戦いを終え、帰国した月城。しかしナゾーはあの大災害を利用して、おそるべき策を巡らしていました。いま、永劫の戦いにひとまずの終止符が打たれます。

 復活した太古の邪神ナゾーの巫女・美月、そして連続殺人鬼を依代にした暗闇バットとの戦いを続ける、黄金バットの依代・月城少尉。戦いの舞台は欧州に移り、先輩である機械人間の笹倉中尉とともに、月城は日本を離れます。
 そこで人間の命と意思を巡る立場の違いから一度は危機に陥った月城と黄金バットですが、互いを「相棒」と認めて復活……

 というところからこの第三巻が始まりますが、いやもう迷いのなくなった黄金バットは強い。かつては同格であり、一度は依代の迷いのなさから力が上回ったはずの暗闇バットを一蹴――ようやく登場したシルバーバトンを振るう姿は、まさに強い! 絶対に強い!
 笹倉が相変わらず盛大にやられる(やられても死なないので)一方で、ラスプーチンもあっさり退場し、欧州での戦いもここで一段落するのでした。


 そして数年が流れ、大正12年――というわけで、物語のラストステージは、大正伝奇もののクライマックスといえばこれ、というべき関東大震災を背景に展開します。
 笹倉とマリーがその能力を活かして被災者を救助している間に、欧州での敗北から復活した暗闇バットと激突する黄金バット。しかし、真の敵は海上から迫っていました。

 かつて黄金バットとナゾーが眠りについていた古代アトランティス遺跡。そのオーバーテクノロジーを用いて誕生した超弩級戦艦・東亜が、美月の指揮により、震災で大混乱に陥った帝都に向けて進軍を開始して……

 そんな、クライマックスにふさわしい展開のラストバトルですが、正直なところ、駆け足になった印象ばかりが強くあります。
 
 第一次大戦から関東大震災に飛んだのもそうですが、ようやく復活したもののあっさり倒される暗闇バットは、結局何がしたかったのかという感が強いのが悲しい。
 ナゾーに支配される平和と、人類の自由意志の結果の戦争のビジョン――その両方を見せて動揺を誘うという作戦はいいのですが、肝心の暗闇の依代に大問題があったのには、ちょっと同情したくもなりますが……
 
 クライマックスの黄金バット××化まで突き抜けると、もうその絶対的な強さにひれ伏すしかないのですが、人間の自由意志を巡る黄金バットとナゾーの戦いの決着としては、文字通り結論を先送りにして終わらせたのは、不満が残ります。

 大正の黄金バットの戦いが語り伝えられて――というメタな仕掛けは楽しいのですが、結末に至っては、なぜこの二人が、という気持ちになってしまうのでした。


 人間の自由意志を巡る二つの超越者の戦いというテーマ自体は良かったものの、本作の場合、この時代背景とキャラクターで最後まで活かしきれなかったという印象は否めません。
 「依代」から「相棒」へと立場を変え、黄金バットに宗旨替えに近い結末を迎えさせた月城のキャラクターが、それほど強いものでなかったのがその一因とも感じますが――いずれにせよ、勿体ない結末ではあります。


『黄金バット 大正髑髏奇譚』第3巻(山根和俊&神楽坂淳ほか 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon

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2024.08.25

鶴淵けんじ『峠鬼』第7巻 激突「誓約(うけい)」バトル!そして神という存在の意味

 どのような願いでも叶える一言主に会うための旅であったはずが、人と神の複雑な思惑が重なり、大事になってきた役小角・善・妙の旅。一度離散し、ようやく合流した三人ですが、今回その前にとんでもない神が登場します。人間側の事情などおかまいなしの神を抑えるため、妙が立ち上がるのですが……

 今は月に棲まうという一言主のもとに向かっていたはずが、アクシデントで散り散りになってしまった役小角・善・妙。
 それぞれに思わぬ真実を知り、再び合流した三人ですが、離れ離れの間に明らかになったのは、近江の直宮方と吉野の東宮方の衝突が目前に迫っていること、そして近江方の背後では三世上人が暗躍しているという事実でした。そして上人の計画は、一言主を癒やすために全ての人間を犠牲にしかねないものだったのです。

 一方、一言主も語れなかった鬼の秘密を知るという上人。しかし彼と短い間とはいえ旅を共にした妙は、その恐るべき正体に思い当たってしまい……

 というわけで、三世上人の存在がいよいよ物語の中心に躍り出てきた感がありますが、この巻では、それがとんでもない神をも引き寄せることになります。
 前巻のラストで、様々な神器を簒奪・濫用しているという者を調査するため、天津神と国津神の衆議によって人界に送り出された神。その名は――須佐之男!

 確かに人界にも縁の深い神ですが、よりにもよってあの荒ぶる神を――と、作中の神々も人間も、そして我々読者も思ってしまう須佐之男。その不安はもちろん(?)的中し、その凄まじいパワー、そしてそれ以上に他者の話を全く聞かないマイペースぶりは、小角一行を振り回しまくることになります。

 お目付け役の思金鐸のおかげで、子供姿には変わったものの、その暴れっぷりは相変わらず。挙げ句の果てに、妙を妻に迎えると言い出した須佐之男に、さすがに堪忍袋の緒が切れた小角と善ですが、二人がかりでも身を守るのがやっとの状態です。
 そんな中、思金鐸から入れ知恵された妙は、須佐之男を抑えるために「誓約(うけい)」を申し入れて……


 というわけで、この巻のクライマックスとなるのは、妙と須佐之男の「誓約(うけい)」。神話においても(それこそ須佐之男自身も)何度も描かれるこの「誓約(うけい)」は、「×××できたならば、△△△ということである」というような、誓いとも占いともいうべきものです。
 しかし、これまで様々な神々と神器を、独特すぎる、そしてSF味とパロディ味の強い描写で料理してきた本作が、ただの誓約を描くはずがありません。

 かくて妙と須佐之男が繰り広げる「誓約(うけい)」は、ゴーグルをつけて仮想空間の中で「草」の崇敬を集めてパワーアップ、より多くの崇敬ポイントを集めて戦で相手を倒した方が勝ち――簡単にいってしまえば(古い例えで恐縮ですが)VRポピュラスとでもいったバトルが繰り広げられることになるのです!

 草たちのために力を振るい、草たちを繁栄させることで、自分もパワーアップし、その振るった力(が草たちの目に映った姿)によって、姿を変えていく妙。思金鐸の助言を受け、最強のステータスになった妙ですが、その前に現れた須佐之男は――という展開も楽しいのですが、しかし本作の油断できないところは、そこに本作を形作る重要な要素の一つである、「神とは何か」を巧みに織り込んでいる点です。

 そう、草すなわち民草を見下ろし、己の力で以て民草を「総体として」繁栄させ、その民草のイメージを反映して姿を変えていく――この「誓約(うけい)」における妙に当たるものこそ、「現実」における「神」にほかなりません。
 「誓約(うけい)」勝利のためとはいえ、草相手に無邪気に力を振るっていた妙は、その事実に慄くのですが――しかし同時に、人は神とは異なる、神にはできぬやり方で、力を発揮できることを、本作は示します。

 そしてそれは、三世上人が神を甦らせるために為そうとしている企てを思った時、それに対するもう一つの道足り得るのではないか――そんなことすら感じさせられます。
(そして、神と人がそうであるとすれば、鬼ははたして――とも考えさせられるのですが)


 三世上人との再びの対峙も近づく中、神と人の関係性を描き直してみせた本作。その上で描かれる、神と人の迎えるべき未来とは――物語のクライマックスも間近というべきでしょう。


『峠鬼』第7巻(鶴淵けんじ KADOKAWAハルタコミックス) Amazon

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2024.08.24

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第17巻 全面衝突、しかし合戦だけでは終わらぬもの

 いよいよ駿河編もこの第17巻で決着となります。龍王丸方と小鹿新五郎方の対立は、ついに武力による全面衝突に発展、はたしてその中で新九郎は如何に戦うのか――そして戦いは終わったとしても、その後も新九郎の奔走は終わらないのです。

 甥の今川龍王丸の後見人として駿河に入ったものの、既に勢力を固めていた小鹿新五郎範満を戴く一派との折衝に手を焼く新九郎。新五郎本人には対立を深める意図はなかったものの、一派の暴走により、ついに取り返しのつかない全面衝突が始まります。
 かくて、龍王丸の座す丸子と、小鹿邸のある駿府と、両所の間で始まった合戦。そんな中、新九郎は駿府を奇襲すべく、水路を利用して敵地へ……

 と、主人公が前面に立って動き出し、前巻ラストから一気に合戦もの(?)的空気を醸し出す物語ですが、丸子と駿府の状況は表向き一進一退。しかしその背後では、様々な(主に新九郎が仕掛けた)駆け引きが――というわけで、力押しのみでは絶対に終わらないのが、実に本作らしいところといえるでしょう。

 同じ勢力の中でも、時には同じ一族の中でも利害が異なる者を巧みに分断し、自陣に引き入れ、最良のタイミングで動かす――言葉にすると随分と悪辣かつ難易度高く感じられますが、都では長きに渡り行われてきたこの駆け引きを、新九郎は門前の小僧とはいえ実戦でやってみせるのです。
 しかしそこに違和感やチートさを感じないのは、彼のこれまでの苦節を、そしてこれまで彼が目の当たりにしてきたものを、丹念に丹念に描いて来た積み重ねがあるからにほかなりません。

 まさに小鹿新五郎が語ったように「京で生きてきた侍のえげつなさ」を甘く見ていたものの敗北は、必然だったのかもしれません。
(ここで「宴」が象徴的に使われるのもまたお見事)


 しかし結局は一国の中の争い――一族が、朋輩が争った後味の悪さはいうまでもありません。特に龍王丸側には、敵方の大将となった小鹿孫五郎の弟の竹若丸とその母代わりである新五郎の妻・むめが人質となっていたのですから。
 ここで今川家と小鹿家の人々が仲睦まじく寄り添う本書の口絵ページを見ると、ストレスで胃に穴が空きそうになる――というのはさておき、戦場の合戦の有様だけでなく、その後の状況を如何に収めるか(そして収められないとどうなるか)も描いてみせるのは、本作の面目躍如というべきでしょう。

 しかし新九郎も結局は外様――外様だからこそできることがあっても、できないこともあるという状況で、あの方が降臨されるという展開もまた巧みです。
(そしてここでまた、むめとの対比が生きているように見えるのも巧みです)
 何はともあれ、龍王丸もわずかながら成長の証を見せ(ここでちょっと面白い人物解釈があるのですが、この辺りは年代的な齟齬を整理したものなのでしょう)、ひとまずは新九郎の駿府での役目も終わることになります。


 しかし、そこで堀越公方と新たな縁ができ、さらにそれには京の側の深謀遠慮が――というところで、新九郎が京に戻った後の物語に繋がっていくのも心憎い。

 前巻でも触れられていたように、新九郎の本来の主である足利義尚は、六角氏征伐のために鈎の陣に滞在中。駿府に一年以上滞在する羽目になったために、鈎に居ることができなかった新九郎の立場は、当然大きく変わってしまうのですが――さてそれがこの先、彼の運命にどのような影響を及ぼすのか。

 新九郎にとってはトラブルメーカーでしかないあの人物の登場もあって、何とも気になるところで次巻に続きます。


『新九郎、奔る!』第17巻(ゆうきまさみ 小学館ビッグコミックス) Amazon

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2024.08.23

『君とゆきて咲く~新選組青春録~』 第17話「君のために鬼になる」

 突然新選組を抜けると言い出し、大作と丘十郎を驚かせる新之丞。しかも彼は南無之介は連れて行かないという。山南の最期の教えにより、斬り合うことの虚しさに気づいた新之丞は、南無之介が手を血に染めることに心を痛めていたのだった。しかしその南無之介が姿を消してしまい……

 ようやく丘十郎と大作が表向きは落ち着いた(裏では完全に暗黒面に落ち込んでいる奴がいますが、それは後述)一方、いきなり新選組を抜けると言い出した新之丞。
 当然ながらこれは山南の教えを受けたためですが――いや、当然予想できたことながら、こうして後追いが出ると、山南の影響の大きさが感じられます。が、脱走する時に大して隠さないことまで影響されてしまったのか、でかい声で話していたおかげで、丘十郎や大作だけでなく、外にいた南無之介や左之助にまで丸聞こえ――南無之介はともかく(?)、左之助は渋い顔を隠せませんが、しかし兄貴分らしく、ここは聞こえなかったことにして、時間を置いて落ち着かせようとするのでした。
(ここで斎藤に聞かれて慌てる姿も、らしくておかしい)

 しかし、当然行く気まんまんだったのに、新之丞が自分を連れて行かないと言い出したことで、南無之介は大ショックを受けます。かつて池田屋事件の際、新之丞を庇って南無之介が深手を負ったことを、そしていつか南無之介が逆に誰かを傷つける立場になるかもしれないと考えての新之丞の決断ですが――しかし、肝心の新之丞自身に大して変化が見られないため、説得力が感じられないというのが正直な印象です。
 一時期の丘十郎のように極端でなくとも、せめて何かしら新之丞が新選組で(悪い方向に)変化した描写があれば別ですが、それが特にないために、今頃になってわがままを言い出したようにしか見えないのが辛いところです。もっとも、左之助が彼らしい捌き方として、新之丞と南無之介を道場で立ち会わせたことで、新之丞が今まで見せなかった気迫を見せてくれたのはよかったのですが……

 しかし、悪い意味で驚かされたのはラストです。新之丞から離れ、一人町にいた南無之介に襲いかかったのは、いつぞやの鵺野配下の破落戸たち。南無之介を袋叩きにして捕らえた彼らは、屯所に手紙でそのことを知らせてきて――と、二人の初登場エピソードが裏返しになったような構図は興味深いといえば興味深いですが、しかし見方を変えれば、結局ここまで物語を進めてきて、二人に関わるキャラクター関係が広がらなかった、ということを示していると感じられます。
 まさかこの終盤に来て、幕末の史実とも新選組の歴史とも関わらない展開が描かれるとは――実際に次回観てみれば、それはそれで納得させられるのかもしれませんが、現時点では、二人の初登場エピソード同様、この内容で二回も使うの? というのが正直な感想です。

 そんなわけで本筋はかなり残念な印象でしたが、周囲のドラマは脇筋扱いながらそれなりに展開しています。特に、長州の人間ばかりを狙って斬る謎の剣士の出現が噂になり、その正体として沖田が挙げられるという展開は、面白いというか何というか――まさか実際には、色々思いつめた挙げ句に殺人マシーンになってしまった奴が犯人だとは、桂以外は思いもよりますまい。
(その沖田は、いつもの衣装を脱いだおかげか、年相応に見えるのもちょっと面白い)

 そんな中で、伊東甲子太郎と、ほとんどボケ役扱いのその弟は、何だかんだで脇に回ったというか、一言コメント役が板についてしまった感が……


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公式サイト

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手塚治虫『新選組』 悩める少年が新選組で知ったもの

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2024.08.22

夢路キリコ&冲方丁『シュヴァリエ』 衒学風味溢れる変身ヒーロー西洋伝奇 

 2006年にアニメが放映された『シュヴァリエ』に対して、並行する形で2005年から2009年に「マガジンZ」誌に連載された漫画版が本作です。同じ舞台、同じ登場人物を用いながら、また異なる物語を展開したこの漫画版――異能を持つ「詩人」たちに挑む異形の姉弟の戦いを描く伝奇アクションです。

 時は18世紀、ルイ15世の時代――パリでは「詩人」と称する者たちが大量殺人を繰り広げ、パリ市警はその対処に追われていました。その一人、デオン・ド・ボーモンは、昼行灯とバカにされている怠け者――しかしその正体はルイ15世直属の機密局の一員。
 ひとたび「詩人」が出現するや、彼は今は亡き実姉リア・ド・ボーモンの霊をその身に降ろし、女性剣士シュバリエ・スフィンクスとして「詩人」を滅ぼしていたのです。

 従士のロビン、機密局の同僚であるダグラスやダランベールと共に、「詩人」たちを倒していくデオンですが、次々と特異な能力を持つ高位の「詩人」たちが出現、戦いは激しさを増していきます。
 さらに国の政を一手に握る王の愛妾ポンパドール夫人の幼い娘・ソフィアの身には奇怪な「革命の詩」が浮かび、王を悩ませます。そんな中、謎の錬金術師サン・ジェルマン伯爵も独自の動きを見せ、混迷が深まる中、デオンの戦いの行方は……


 というわけで、本作は異能バトル+変身ヒーローものの骨格に、原作者らしい西洋伝奇ものの衒学風味をたっぷりと振りかけた作品です。
 原作者の西洋伝奇といえば『ピルグリム・イェーガー』が浮かびますが――ちなみに作中でちらりと、予言によりローマが焼かれたことが語られるのが興味深い――舞台的にはそれから約230年後を舞台に、やはり一種の予言を巡る戦いが描かれます。

 何といっても面白いのは、伝奇ものだけに(?)登場人物の多くが実在の人物ということですが――特に主人公のデオン・ド・ボーモンは、王の密偵(外交官)にして竜騎兵隊長、シュヴァリエ(騎士)の称号を得た猛者でありつつも、自らを「女性」と称し、女物のドレスを着て暮らしたという実在の人物。
 そんな一種の怪人を、姉リア(ちなみに史実では、デオンが諜報活動で女装した際に、この名を名乗っています)の霊を降ろして「変身」する剣士として描いた時点で、本作は勝利しているといってよいかと思います。

 そして彼の周囲の人々も、史実での事績を踏まえつつ、アレンジされたもので、この人物が本作ではこうなるか、と驚かされるのは、伝奇ものの醍醐味というべきでしょう。

 さてデオンたちの敵である「詩人」は、人々の血肉を犠牲にすることによって人外の力を得る怪人たち。
 序盤は比較的力押しながらも、中盤以降は一人一芸の異能力を得た上位種が登場して戦いも能力バトルもの的となります。そしてさらなる上位種はタロットの大アルカナを象徴にし、一種の分身である「導きの獣」を連れている――というキャラクター性も魅力です。


 ただし、この「詩人」とのバトルの、そして物語の仕掛けの中心に、アナグラムや掛詞をはじめとした文字を用いた仕掛けの数々が用意されているのが痛し痒し。
 趣向としては非常に面白いものの、いずれもフランス語がベースとなっているため、ほとんど内容に馴染みがない――よりはっきりいってしまえば、ほとんど理解できないのは、こちらの不勉強恥じつつも、残念に感じられます。

 単行本で読んだ場合にはサイズ的なものもあって、さらに読み取りにくくなっているのも厳しいところで――ここは物語の肝であるだけに、非常に勿体なく(といってもちょっと解消しようがないのですが)感じた次第です。

 もう一つ、あくまでもバトルが中心のために、全8巻かけた割にはあまり物語が進んでいない(結局リアにまつわる謎のほとんどが解けていない)のも残念な点ではあります。
 豪華な衣装を身につけたキャラクターが、複雑怪奇な能力を発揮して戦うバトルを描きながらも、見事にわかりやすい夢路キリコの作画が素晴らしかっただけに、こちらも何とも勿体なく感じられます。

 もっとも、一番勿体ないのは、結局漫画で描かれたのはフランス編のみ――本当の戦いはこれからだ、とばかりに、デオンたちが海外に旅立ったところで物語が終わっていることですが……


 などと厳しいことも言いつつも、今でもまだ数少ない西洋伝奇ものとして大いに評価されるべき本作。近日中に小説版も、そしていずれアニメ版も取り上げたいと思います。


『シュヴァリエ』(夢路キリコ&冲方丁 講談社マガジンZコミックス全8巻) Amazon

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2024.08.21

白川紺子『花菱夫妻の退魔帖 四』 物語を貫く謎の縦糸たち

 幽霊を見る力を持つ鈴子と、霊を喰らう怨霊・淡路の君に憑かれた家系の孝冬――花菱夫妻が幽霊絡みの事件に挑むシリーズ第四弾は、再び舞台を東京に戻して展開します。淡路の君との関係性に悩みつつ、霊に挑む夫妻の前に幾度となく姿を見せる人物の正体は――ますます謎は深まります。

 淡路の君を祓う覚悟を決め、その手掛かりを求めて花菱家の本邸のある淡路島を訪問した夫妻。そこで様々な伝承を調べ、手がかりらしきものを得た夫妻ですが、結局結論には至れませんでした。
 しかし鈴子は、淡路の君は自分と同じように、外から花菱家に嫁いで来たのではないか、と半ば直感的に感じ取るのでした。

 それが正しいのか、そしてそれが如何なる意味を持つのか――まだわかりませんが、この巻では再び東京を舞台に、苦しみ悩む人々からの依頼を受けて、鈴子と孝冬が霊に挑む姿が描かれます。

 元旗本屋敷の玄関に現れる血塗れの女性の幽霊を祓うため、幽霊が何者なのか、夫妻が屋敷と持ち主の過去を調べる「神の居ぬ間に」
 孝冬の昔なじみの新聞記者から、亡くなった退役軍人の後妻の暮らす屋敷の障子に、妾と思われる女の影が映ると聞かされた夫妻が、二人の女性の悲劇を知る「鬼灯の影」
 神田川沿いに出る女の幽霊の正体が、かつて恋していた元旗本の令嬢ではないかと考える古美術商から依頼を受けた夫妻が、幽霊の正体を追う「初恋金魚」

 いずれのエピソードも、本シリーズらしい恐ろしさと哀しさ――特に華族や旗本といった「家」に縛られた女性の悲しみを描くものとして印象に残ります。


 さて、これらのエピソードの面白さもさることながら、物語全体における縦糸たちもまた、こちらの目を強く惹きます。

 その一つが、淡路の君の存在であることはいうまでもありません。花菱家の当主に遥か昔から憑いて幽霊を食らい、食わせなければ祟るという淡路の君。
 そもそも鈴子と孝冬が出会うきっかけも淡路の君なのですが――しかし幽霊もまた「人間」と考える鈴子にとっては、幽霊を食らう行為自体が許されざるものといえます。

 かくて冒頭で触れたように、花菱家に祟り幽霊を食らう淡路の君を祓うことが、夫妻の目的となったわけですが――しかし本書において、鈴子の中に生じたある種の迷いは、物語上大きな意味を持って感じられます。
 それは淡路の君に食わせる霊を選ぶことは正しいのか、という迷い――淡路の君を鎮めるためには霊を食わせなければならない。しかし食われていい霊、いけない霊を自分たちが選ぶことは、それは一つの傲慢さではないのか、という迷いです。

 その悩みをある意味裏付けるように、この巻では二人ではどうにもできない――そして放置しておいても害しか生まない霊を、淡路の君が食う様が描かれます。
 それは極端な例かもしれませんが、しかしいずれにせよ、この鈴子の悩みの答えは、物語全体を通じての一つの結論になるように思われます。


 そしてもう一つ、本書において強調される縦糸は、これまでの物語で幾度となく夫妻の前に現れた新興宗教・燈火教と、その傘下にあるという鴻心霊学会なる団体の存在です。

 その目的は全く不明ながら、夫妻が関わる幽霊事件の関係者の陰に、幾度も見え隠れしてきた燈火教。しかしこの巻においては燈火教以上に、鈴子の行く先々に現れる老婦人・鴻夫人の存在がクローズアップされます。

 前々作のラストに意味ありげに登場した老婦人・鴻夫人。鴻心霊学会の長・善次郎の妻である彼女もまた、幽霊を見る力を持つ者であり、淡路の君の存在をも知っているのですが――しかし彼女の霊に対する態度は、鈴子のそれとはまた異なります。
 その違いが何を意味するのか――今のところは善意のみで行動する名家の老婦人にしか見えない彼女だけに、その見えない思惑は、淡路の君以上に不気味に感じられるのです。

 そして本作では、鴻心霊学会そのものにも、不穏さを感じさせる描写が散りばめられているのですが――特に善次郎と、ある人物の関係は、今後大きな意味を持つことになるのでしょう。


 この先も待つ様々な謎と秘密に夫妻がどのように立ち向かっていくのか――しかしこういう時、夫妻の間が全く揺らぐことなく、むしろより絆が深まっていくのが嬉しい――次巻も今から楽しみです。


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2024.08.20

高橋留美子『MAO』第21巻 三つのエピソードが見せる物語の厚み

 少々意外なキャラクターが表紙を飾る『MAO』第21巻は、御降家継承を巡る因縁と謎は小休止となり、御降家の遺産を中心とした短編エピソードの連続となります。

 土の術者・大五の復活とその背後の猫鬼の暗躍により、一層混沌としていく御降家の弟子たちと新御降家の戦い。そんな中、幽羅子は摩緒にどこまでが真実かわからぬ「本心」と「真実」を語り、彼を悩ませます。

 そんな重苦しい状況で、摩緒は気分転換的に(?)菜花と共に、御降家の呪術を継ぐ宝生家に往診に向かうのですが……
 新御降家のかがりの実家であり、以前彼女から呪いを受けた姉・綾女。この巻の表紙を飾る綾女から、摩緒たちは、かつて彼女が受けた呪いの依頼の、いわば後始末を頼まれることになります。

 親友でもある使用人の少女を騙す、悪い男にかけた呪いが効かないと再度訪ねてきた令嬢。しかし彼女の家で出会った相手の男は、呪いによって確かに異形に変じていて――という奇妙な状況で描かれるのは、はたして誰が誰を呪ったのか、という謎です。
 シチュエーションから考えればその答えはほぼ明白でしょう。しかしかがりの呪いで視力を喪った代わりに綾女が見る力を得た、人の背後の「暗い影」の存在が、このエピソードにアクセントを与えています。

 そこで描かれるものは、この呪いを軸とする物語にも、一つの救いがあると示しているように感じられるのです。


 続いて描かれるのは、村々で相次ぐ、子供たちの集団行方不明事件――昼日中から子供たちが、大人の制止も振り切ってどこかに引き寄せられるように去ってしまうという、ハーメルンの笛吹きを思わせる事件です。

 そして事件の背後にあった御降家の呪具・子寄せの笛を巡り、摩緒と新御降家の蓮次と芽生が激突することに――と、これまで幾度も描かれてきた呪具争奪戦が展開するのですが、ここでは御降家ゆかりの者たちでない、「普通の人間」の悪意が描かれることになります。

 そもそも、その名の通り子供を操り、招き寄せるこの笛は、強力ではある(操られて、誘拐を警戒する大人たちに集団で襲いかかる子供たちの姿が凄まじい)ものの、用途は限定的であるはず。
 しかしその用途の先にあるものは――と、暗澹たる気持ちになったところに、意外な犯人像と背後関係が明らかになったところから、物語は意外な方向に展開していきます。

 そもそも新御降家側から派遣されたのが蓮次と芽生という、ともに幼い頃に大人によって運命を狂わされた二人である点が、一種のヒントでもあるわけですが――このエピソードの結末は、御降家と新御降家がある種の棲み分けを見せると同時に、両者の決して越えられない溝をも示している点が、印象に残ります。

 たとえ一部でも通じ合うところがあったとしても、結局はどちらかが倒れるまで戦うしかないのか――物語の本筋には絡まないものの、そこで続く戦いの行方を予感させる意味で、重要なエピソードといえるでしょうか。


 そしてこの巻の後半では、奇怪な生人形を巡るエピソードが展開します。

 とある男爵が手に入れたという見事な生人形のお披露目に参加した華紋。しかし数日後、男爵は自室であばら骨が何本も折れた姿で発見され、生人形は姿を消していたのでした。そして調査に向かった華紋が現場で感じ取ったのは、強い金の気だったのです。
 その後、幾つかの家が生人形を手に入れたと知り、確かめに行った華紋が見たものは、先日見たものとは異なる人形であり、しかもその家の人間も健在――しかしいずれの家も、御降家の人形師から買ったと語っていて……

 という謎めいた導入のこのエピソードですが、上で触れた殺人が起きた家と起きなかった家の違いというひねりは面白いものの、真相自体は、ここまで読んできた読者にはある程度予想はつくかと思います。

 が、全く予想できなかったのは、その背後に、かつて本作で描かれたある戦いがあったことであります。具体的には第6巻と相当以前ですが、そこで描かれたものがここに繋がってくるというのは、長編漫画だからこその醍醐味というべきでしょうか。


 冒頭に触れた通り、本筋にはほとんど触れないエピソードが続く巻でしたが、それはそれで面白いのは、本作の物語としての厚みというものなのかもしれません。

『MAO』第21巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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高橋留美子『MAO』第19巻 夏野の命の真実 夏野の想いの行方
高橋留美子『MAO』第20巻 ジョーカー幽羅子が真に求めるもの

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2024.08.19

ジュール・ヴェルヌ『氷のスフィンクス』 今明かされるアーサー・ゴードン・ピムの真実!?

 その緊迫感溢れる筆致と、急転直下の異様な結末が強く印象に残るエドガー・アラン・ポーの『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』。本作はその続編を、海洋冒険小説の名手でもある作者が描いたものです。ピムの冒険の生存者を探し、南極圏へ赴く人々を待つものとははたして?

 1839年、南インド洋のケルゲレン諸島での地質調査を終え、帰国の途につこうとしていたわたし(ジョーリング)は、島を訪れたハルブレイン号のレン・ガイ船長に乗船を求めるも、何故か拒絶されることになります。
 しかし船長は、わたしがナンタケット島に何度も行ったことがあることを知るや、異常に興味を示すのでした。

 数年前、ポーが発表した『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』――1828年に南極地方に向かい、壮絶な経験の末に、ただ二人生き残ったピムの半生を描いたこの「小説」を、船長が真実と疑わないことに、わたしは驚かされます。
 しかし航海の途中、かつてピムが乗っていた船の生き残りの死体を発見したことで、わたしはピムが実在の人物であったことを信じざるを得なくなるのでした。

 そして、実は船長が、ある理由からピムの航海の生き残りを探していることを知ったわたしは、船長に賛同し、そのまま捜索の航海に同行することになります。
 途中、フォークランド諸島で追加の船員を募り、準備万端整えて南極に向かうハルブレイン号。しかし手掛かりの少ない航海が続くにつれ、追加の船員たちを中心に不満が高まっていきます。そんな中、ハントと名乗る謎めいた船員のみは、捜索を断固として続けようとするのですが……


 友人の父の捕鯨船に密航したものの、隠れているうちに船で反乱が起き、数少ない仲間と船を奪還するも難破、くじ引きで生き残りの一人を殺して食らうという壮絶な経験の末に帰還した少年アーサー・ゴードン・ピム。
 しかしそれでも海に惹かれたピムは、同じ生き残りである船員ダーク・ピーターズとともにジェーン・ガイ号に乗り、南極圏の未踏の海域に向かいます。しかしそこで原住民に騙された船員たちは皆殺しに遭い、再びピーターズと生き残ったピムは、何とか脱出した海で、次第に奇怪な世界に迷い込み……

 という内容の『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』(以下『ピム』)。少年向け冒険小説のような導入かと思えば、読者全員のトラウマになるであろう食人シーンがあったり、今ではむしろクトゥルフ神話で有名となった「テケリ・リ!」という叫び声や、本当に謎しかない場面でバッサリと終わる結末など、異様に心に残る、ある種の問題作です。

 それだけに様々な作家を引き寄せるのか、『ピム』の続編的作品はいくつかありますが、本作はその中でおそらく最もストロングスタイルの続編といえるでしょう。
 『ピム』は事実であった――というのは、ある意味定番の趣向ですが(しかし当初は語り手のわたしがそれを疑い、徐々に「現実」のことであったと信じていく過程が面白い)、それを受けてジェーン・ガイ号の生き残りを探す捜索航海の模様が、かなり長大な本作の、ほぼ九割を占めるのですから。

 正直なところ、『ピム』終盤に繰り広げられた幻妖怪奇な世界の真実を期待すると、あまりに地味な展開続きなのですが――第二部の「南極海域の怪異」という胸踊る副題もほぼ看板倒れ――しかし嵐や遭難、反乱といった海洋冒険もののセオリーを踏まえて丹念に描かれる物語は、こちらを惹きつけて離さないのもまた事実です。

 そしてその中で『ピム』とのリンクが少しずつ明らかになっていくのも巧みで、予想もしなかった物語の裏幕が見えていく構成も、さすがはというほかありません。
(ちなみにそのリンクの最たるものは、ある登場人物の正体なのですが――それにしばらく語り手たちは気付かず、しかし判明した後で、読者は相当以前から気付いただろう云々とフォローが入るのが、少々おかしい)


 しかし――本作が一つの物語として惹きつけられるのは事実ですが、それも『ピム』のラストに隠された秘密があってこそなのは間違いありません。その点について本作は――少々ネタばらしになりますが、こちらの(勝手な)期待を思い切り裏切る形になっているのがまことに残念であります。
 ラストでようやく回収される、妖気溢れるタイトルの真実は、いかにも作者らしく面白くはあるのですが……

 終わってみると、『ピム』の、特に科学的視点から辻褄の合わない点のアップデートに終始した感が強く、それもまた作者らしいとはいえるでしょうか。期待する点を間違えなければ楽しめる作品ではあります。


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2024.08.18

永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第24巻 旅路から江戸へ 「帰ってきた」十兵衛

 約一年ぶりの『猫絵十兵衛 御伽草紙』は、前々巻から続いてきた旅情編(?)がいよいよ完結――長らく江戸を離れていた十兵衛とニタが、いよいよ江戸に帰ってきます。旅先でも江戸でも変わらぬ人の、猫の、妖の姿が、二人を狂言回しに今日も描かれます。

 ふらりと江戸を離れて越後、佐渡を訪れた猫絵師の十兵衛と猫又のニタ。のんびりと旅を続ける二人は、途中で猫絵に奮闘する若き殿様と知り合ったりと、行く先々で様々な人や猫に出会ってきました。
 そしてこの巻の半ばまでは、二人が江戸に帰るまでの旅路が描かれることになります。

 安中で(猫又に)大人気の名物(とニタ)の思わぬ姿が描かれる「名物猫の巻」
 傲慢さが災いして、卒中の療養旅の途中で使用人に放り出された若旦那が、思わぬ猫情に助けられる「報謝猫の巻」
 猫絵の殿様と善光寺の門前町を訪れた二人が、人間の赤子を連れた猫又と出会う「猫絵の殿様篇 参の巻」
 殿様と別れた二人が、名物住職がいるという寺で目の当たりにした思わぬ「説法」の顛末「説法猫の巻」
 何者かの導きで異界に落ち込んだ十兵衛が、奇怪な世界を彷徨った末に出会ったものを描く「青面猫の巻」
 前回の疲れも十兵衛に残る中、本書の表紙を飾る撞木娘の導きで碓氷峠を越える「碓日の坂猫の巻」

 いずれも旅先ならではというべきか、実にバラエティに富んだエピソード揃いですが、その中で個人的に特に印象に残ったのは、「猫絵の殿様篇 参の巻」と「青面猫」です。

 前者は猫絵の殿様といいつつ、むしろ十兵衛たちが出会った風変わりな猫又が主役の物語。可愛がってくれた一家の妻が亡くなり、主人と赤ん坊と共に善光寺詣でに出たものの、主人も旅先で亡くなって残されたのは赤ん坊と猫――というだけで胸が塞がる思いですが、そんな苦難の果てに辿り着いた善光寺で待つものの姿(と猫のリアクション)には、ただ涙涙。泣かせという点では、この巻随一のエピソードです。

 一方後者は、何者かに惹き寄せられるようにニタから離れ、異界に足を踏み入れた十兵衛の姿を描く異色作ですが、注目すべきはその異界の、何とも悪夢めいた不条理な、そしてどこか蠱惑的な姿でしょう。
 元々、作者は一種のダークファンタジーを得意にする作家という印象もあり、これまでも(本作に限らず)時折描いて来た異界の姿には、魅力的なものがありました。その味わいは、このエピソードにおいても変わらず――そしてそれだけに、異界で十兵衛を待つものの意外かつ納得の正体に頬が緩むのです。


 こうして江戸に帰ってきた二人ですが、待つのは相変わらず賑やかな人と猫の姿です。
 長いこと留守にしていた十兵衛が、江戸に帰って最初にすることになった「仕事」を描く「初仕事猫の巻」
 かつて国府台城の姫君が体験したという不思議な猫の掛け軸を巡る物語「国府台城の猫の巻」
 賑やかな花見に出かけた十兵衛とニタが、そこで奇品の鉢植えを売る思わぬ人物と再会する「奇品猫の巻」
 毎度お騒がせの猫又三匹衆が、外で粗相をしたのをきっかけに、大変な騒動に発展する「かしわ猫の巻」

 ここに登場するのは、西浦さんや猫又たちといった、懐かしい顔ぶれですが、まさしく「実家に帰ったような」感覚で、旅は旅で楽しいけれど、帰ってみると普段の日常がまた愛おしい――という、誰しも経験があるであろう、あの感覚を味わうことができます。

 一方、そんな中で異彩を放っているのが「国府台城の猫」。この城があったのは室町後期から末期なので作中から見ても過去の話ですが、その頃に起きたという奇譚を、本作のキャラクターが演じるという一種のコスプレ回といえるかもしれません。
 主演の信夫が演じる姫君が、不思議な掛絵から飛び出してくる猫に惚れ込むも、その猫を現実のものにするためには一ヶ月触れてはならず――という、猫好きには拷問のような話ですが(またここで登場する猫(演:百代)が可愛い!)、地元民でもほとんど知らないような話を採話しているのに、個人的には驚かされたところです。


 さて、こうして江戸に帰ってきた十兵衛とニタですが、一読者としても「帰ってきた」という想いが強くあります。というのも、本書のラストとその一話前は、掲載誌にして約三年間の休載を挟んでいたのですから。
 その間、愛読者としては大いに不安だったのですが、こうして帰ってきたからには(どんなペースでもよいので)また温かい物語たちを、この先も描き続けてほしいと――そう心から願っています。


『猫絵十兵衛 御伽草紙』第24巻(永尾まる 少年画報社にゃんCOMI) Amazon


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「猫絵十兵衛 御伽草紙」第6巻 猫かわいがりしない現実の描写
「猫絵十兵衛御伽草紙」第7巻 時代を超えた人と猫の交流
「猫絵十兵衛御伽草紙」第8巻 可愛くない猫の可愛らしさを描く筆
「猫絵十兵衛御伽草紙」第9巻 女性たちの活躍と猫たちの魅力と
『猫絵十兵衛御伽草紙』第10巻 人間・猫・それ以外、それぞれの「情」
『猫絵十兵衛御伽草紙』第11巻 ファンタスティックで地に足のついた人情・猫情
『猫絵十兵衛 御伽草紙』第12巻 表に現れぬ人の、猫の心の美しさを描いて
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永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第14巻 人と猫股、男と女 それぞれの想い
永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第15巻 この世界に寄り添い暮らす人と猫と妖と
永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第16巻 不思議系の物語と人情の機微と
永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第17巻 変わらぬ二人と少しずつ変わっていく人々と
永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第18巻 物語の広がりと、情や心の広がりと
永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第19巻 らしさを積み重ねた個性豊かな人と猫の物語
永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第20巻 いつまでも変わらぬ、そして新鮮な面白さを生む積み重ね
永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第21巻 バラエティに富んだ妖尽くしの楽しい一冊
永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第22巻 変わらぬ江戸の空気、新しい旅の空気
永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第23巻 人情・猫情・妖情そして旅情の原点回帰

『猫絵十兵衛御伽草紙 代筆版』 三者三様の豪華なトリビュート企画

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2024.08.17

八月納涼歌舞伎『狐花 葉不見冥府路行』 京極作品の歌舞伎化という点では満点の一作

 京極夏彦が描き下ろした新作歌舞伎、そして何より中禅寺秋彦の曽祖父にして、『了巷説百物語』でも活躍した中禅寺洲齋が登場するということでファンとしては見逃せない『狐花 葉不見冥府路行』を観劇して参りました。「この世に居るはずのない男」の起こす事件に、憑き物落としの男が挑みます。

 作事奉行・上月監物の一人娘・雪乃が垣間見て以来心を奪われた美青年・萩之介。しかし雪乃付きの女中・お葉は、萩之介を見かけて以来寝付いてしまうのでした。
 そして材木問屋の近江屋の娘・登紀、口入屋の辰巳屋の娘・実袮と会うことを望むお葉。それを知った監物と用人の的場、近江屋と辰巳屋は、二十五年前の自分たちのある所業に関わるのではないかと考えるのでした。

 そしてやってきた登紀と実袮に、萩之介が現れたと語るお葉ですが、二人は一笑に付します。それもそのはず、三人は愛欲の縺れから、協力して萩之介を殺したのですから。
 しかしその後、お葉は何処かへ姿を消し、それぞれ萩之介を目撃して狂乱した二人は、自分たちの父親を殺してしまうのでした。

 事ここに至り、萩之介の幽霊に対するため、的場は憑き物落としを得意とする武蔵晴明神社の宮守・中禅寺洲齋を招くことに……


 という筋立てで、美しき復讐鬼と黒衣の陰陽師の対決を描く――というのが正確かどうかはさておき、序幕の二十五年前の惨劇に続き、死人花が咲き乱れる中に立つ朽ちかけた鳥居の下で、萩之介と洲齋が対峙するという、実に絵になる場面から始まる本作は、やはりこの二人の物語というべきでしょう。

 といっても洲齋の出番は存外に少なく、一幕目はここと中盤のだんまりのみ、二幕目でようやく登場するも、探偵役というより一種の見届け役的な位置づけで、メインとなるのは萩之介という印象が強くあります。
 この萩之介、演じるのは中村七之助ということで、これは素晴らしいに違いないと期待していた通りの存在感――生者とも死者ともつかぬ、関わる人間を破滅させていく正体不明の美青年という強烈なキャラクターに実態を与え、そしてそこに隠された哀切な素顔を描いてみせるのにはただ、感嘆させられました。(七之助は、二役目のお葉の病み疲れた姿もお見事)

 一方の洲齋は、松本幸四郎が演じるということで、これも安定していましたが、ところどころでコミカルな顔を見せるのは、原作の生真面目な姿からするとちょっと違和感があるかもしれません。もちろんこれも幸四郎の持ち味(の一つ)とすればそれも納得ですが、この洲齋の真骨頂は、後述するラストの会話劇にこそあると感じます。
(ちなみに冒頭のくだりで、七之助に比べると声が出ていなかったように感じられたのは、これは音響の関係でもあるでしょうか)

 その他、諸悪の根源というべき監物は、京極時代劇に時折登場する、もう信じられないくらいの極悪人を中村勘九郎がサラリと、そして監物の懐刀の的場は市川染五郎が手堅く演じていましたが、特に染五郎は若い頃の幸四郎を思わせる存在感で感心しました。


 さて、物語的にはミステリではありつつも、結構肝心なところがぼかされているのが少々残念(私は小説版はまだ未読ですが、この辺りはさすがに描かれているのでしょう)ではありましたが――複雑な因と果が絡み合った末にカタストロフを迎えるという京極作品らしさが、歌舞伎に想像以上にマッチするのは、嬉しい驚きでした。

 その一方で、歌舞伎としてみると物理的な動きが小さく、台詞主体であるために、どうしても場面場面のカタルシスが小さめな印象は否めません。
 特にラストは、洲齋と監物がただ二人、最小限の動きのみでひたすら語り合うというもので、純粋な歌舞伎ファンの方からは、おそらく厳しい目で見られるのではと感じます。

 この辺り、いかに京極作品(というか中禅寺秋彦の登場作品)ではこの長台詞が定番とはいえ、他のメディアであればちょっと――と思ってしまうかもしれませんが、しかし本作の場合、これはこれできっちりと成立しているのは、これは台詞回しや間合いといった役者の技が、すなわち歌舞伎ならではというべきでしょう。

 ――そして、京極ファンの立場からいうと、中禅寺の憑き物落とし(正確にはちょっと違うのですが)を生で、リアルタイムで見せられるというのは、これはもう得も言われぬ不思議な感覚で、こればかりはこの場でなければ味わえぬ体験であったと断言できます。

 歌舞伎という点では異色作にして、そして京極作品の歌舞伎化という点では満点だったというべきでしょうか。いずれにせよ、生で観劇すべき作品と感じた次第です。

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2024.08.16

『君とゆきて咲く~新選組青春録~』 第16話「おかえり、つらかったね」

 山南の死に大きな衝撃を受けた隊士たち。そんな中でも、無理に涙を堪える丘十郎を大作は気遣う。思い悩んだ末に龍馬のもとに向かった丘十郎は、そこで一冊の本を与えられるのだった。そして大作との触れ合いの末に、素直に涙を流す丘十郎だが、既に大作は彼を守るために手を血に染めていた……

 予想通りというべきか当然というべきか、前回の山南の死に、強い衝撃を受けた隊士たちの姿から始まる今回。表向きは脱走の末の切腹ながら、近藤が皆を集めて哀悼の意を告げるという冒頭の場面からも、山南の存在の重みが感じられます。

 そしてまた刀が握れなくなった丘十郎や、ショックで寝込んでしまった新乃丞といった一年生組はもちろんのこと、彼らよりも山南との付き合いが長かった幹部たちも、これまでになく大きな衝撃を受けていたことが描かれますが、その中でも特に衝撃を受けていたのが土方であることは言うまでもありません。近藤不在という状況であったとはいえ、そさて彼には彼なりの理由があったとはいえ、結果的に山南を死に追いやった直接の原因となったのは彼の行動なのですから……
 そして実際問題として山南がかなりのところを担当していたであろうデスクワーク的な仕事も含めて寝ずに向き合う土方は、やはり本作の彼らしくちょっとヒステリックではあるのですが、それはそれで彼の人間的な顔の現れというべきでしょう。

 そしてそんな土方を近藤が宥めているところに現れた沖田が、ほとんど夫婦喧嘩を止めようとする子供のような感じの言動なのがやたらおかしいのですが、しかし彼もまた、自分が引き金となったことはよくわかっているはず。それだからこそというべきか、できるだけ平静に振る舞い、自分の身を擲ってでも皆を守ろうとする姿が、より一層痛ましく見えてしまうのです。

 そんな中、これまで懸命に押さえてきた想いが山南の死で噴き上がり、殺し合いの虚しさと愚かさに打ちのめされる丘十郎。こういう時こそあの人の出番なのでは? と思っていたら、やっぱり出ました坂本龍馬!(というか丘十郎の方から訪ねて行った) かつて仇討ちなぞバカバカしいと語ったのを裏付けるように、丘十郎が庄内を討った結果、長州に付け狙われていると語る龍馬ですが、どうすればという丘十郎に答えは与えず、ただ、一冊の洋書を与えるのでした。
 ――というわけで思い出したように原作ネタが投入されましたが、原作で丘十郎が龍馬を訪ねるのは、庄内を斬った直後にその同輩たちから仇呼ばわりされ、途方に暮れた後。同じ途方に暮れるにしても理由が異なりますが、しかし一冊の本を与えられるのは同じです。

 その一方で原作と異なるのは、丘十郎が実際には長州勢に襲われるに至っていないことですが――それは大作が密かに始末していたから、という展開となります。既に脳内では丘十郎のナイト状態の彼は、丘十郎に近づく奴は俺が斬るからねフフフ――という感じですが、しかしそれは彼がかつての同志である長州の人間を斬るということでもあります。(ここで庄内を原作での土佐から長州に変えたのが再び活きる)
 新選組で長州の人間という正体が明らかになれば斬られ、さりとて長州にはもう帰れない――安らぎの心を知った今ではデビルマン状態になってしまった大作にとって、かつての優しい心を取り戻した丘十郎が自分の前で涙を流し、そしていつかの花火を観に行く約束を口にしてくれたことが、何よりの救いでしょう。

 まあ、その後に駆け落ちしようなんて丘十郎は全く言ってなかった気がするんですが……
 それと真面目な話、丘十郎が変わった後の描写があまり多くなかったので、そこまでよかったね、という印象にならないのはいかがなものか、とは思います。

 それはさておき、大作の決定的な裏切りに、余裕ぶっていた桂もさすがに泳がしているわけにはいかなくなった様子。一方、今度は新之丞が新選組を抜けると言い出し――この二つ、実は関係あったりしない? と個人的には疑心暗鬼になりつつ次回に続きます。


 しかしこのドラマ、原作で大作の好感度をMAXまで高めたらアナザールートに突入した感が……(グッドエンドになるかはどうかは知りません)


関連サイト
公式サイト

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手塚治虫『新選組』 悩める少年が新選組で知ったもの

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2024.08.15

夢枕獏『ヤマンタカ 大菩薩峠血風録』上巻 土方歳三meets大菩薩峠!

 今なお時代小説・大衆小説の高峰としてそびえ立つ中里介山の『大菩薩峠』に、夢枕獏が挑んだ――そんな本作は、原典冒頭の世界に、土方歳三らを投入した異色作です。続発する辻斬り事件に挑んだことをきっかけに、強者たちが集う死と隣り合わせの世界に足を踏み込んだ土方の運命は……

 世情騒然たる安政五年、府中から日野にかけての甲州街道で、三人の剣客が次々と斬殺される事件が発生。三人目と同じ天然理心流道場に顔を出していた土方歳三は、夜毎出歩いた末に、狙い通りついに辻斬りと対面するのですが――しかし壮絶な打ち合いの末に刀が折れた土方は、その場から振り返りもせず逃げるのでした。

 同じ頃、大菩薩峠では、孫娘を連れた老巡礼が放れ駒の紋の深編笠の男に斬殺され、残された孫娘・お松は、通りかかった盗賊の七兵衛に保護されます。そしてお松は、七兵衛が出入りしている土方の実家に預けられることになります。

 折しも御岳の社で開催される四年に一度の奉納試合が近づいていたことから、続発する辻斬りが、試合の出場者の腕試しではないかと睨む土方。一方、天然理心流では、その奉納試合に参加する予定だった剣士が、江戸で丹波の赤犬なる渡世人によって斬られたため、新たに代表を選ぶことになります。
 その候補の剣士たちを江戸に迎えに出た近藤と沖田は、帰りに日野の渡しで机竜之助と名乗る妖しげな剣士が、馬庭念流の剣士を奇妙な太刀で破るのを目撃するのでした。

 そして日野宿で己の懐を狙った掏摸の腕を斬り捨てた竜之助。その掏摸が丹波の赤犬の一味であったことから騒動が起き、赤犬は旅の途中の娘・お浜を人質に立て籠もります。人質を取って立て籠もった赤犬と対決する土方。実はお浜は、奉納試合の出場者・宇津木文之丞の許婚だったのですが……


 41巻に及びながらも未完に終わった『大菩薩峠』。本作はそのうち冒頭部分にして、おそらくは最もよく知られた「甲源一刀流の巻」(のそのまた前半部分)をベースとした作品です。
 そのため、机竜之助をはじめとして、上でで触れた七兵衛やお松、宇津木文之丞とお浜といった登場人物たちも、元々は『大菩薩峠』に登場するキャラクターとなっています。

 しかし本作の最大の特徴は、そこに若き日の土方をはじめ、近藤・沖田といった試衛館の剣士たちを投入した点にあることは間違いありません。

 実は原典に彼らが登場しないわけではありません。特に土方は、同じ「甲源一刀流の巻」の終盤、新徴組(!)の一員として清河八郎を襲撃したはずが、誤って島田虎之助を襲撃してしまい――という、一部で有名な場面に登場しています。その後も京で芹沢派と近藤派の争いが描かれることになるのですが、しかしそれは物語の背景に近い部分。あくまでも原典では脇役であった土方を、本作は主人公として中心に据えているのです。

 その土方たちはそれぞれに性格は異なるものの、己の腕を磨くことに、強者と戦うことに憑かれた男たちであるという共通点を持ちます。つまりは、彼らもまた、作者がこれまで描いてきた格闘技小説の登場人物たちと同じ地平に立つ人物として描かれるのが、いかにも「らしい」ところでしょう。
(ちなみに本作の土方は冒頭から「太い」男として描かれていて、従来の土方像とちょっと異なるのですが、しかし本作のキャラクター像には似合う姿ではないでしょうか)

 それだけでなく、本作の登場人物たちは、原典に登場する者もしない者も、それぞれに作者らしい造形なのですが――特に己の腕に異常な自信を持ち、女性に優しいかと思いきやサディスティックな宇津木文之丞は非常に「らしい」といえます。しかしその中で、独り竜之助のみは、そんな登場人物たちの中でも、全く異なる位置に在ると感じられます。

 上で述べたように、土方たちが、そして登場する剣士たちのほぼ全てが強さを渇望する中で、全く異なる場所を見つめているように感じられる龍之助。その印象は、果たして当たっているのか否か。
 この上巻では、奉納試合直前までの物語が収録されていますが、さて下巻では何が描かれるのか――こちらも近日中に紹介します。


 それはそれとして本作における竜之助の老巡礼斬殺シーンの描写――
「斬るよ……」
 深編笠の武士は、囁くような声で、そう言った。
 はい……
 老巡礼は、心の中でうなずいていた。

 この辺りなどあまりに作者らしくて、思わずニンマリしてしまった次第です。


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2024.08.14

京極夏彦『数えずの井戸』 二重の意味で再構築された江戸怪談

 ついに刊行されたシリーズ完結編である『了巷説百物語』。しかしその冒頭のエピソード「於菊虫」は、過去のある出来事を巡り展開するものでした。そしてそれを描いたのが本作『数えずの井戸』――江戸時代の著名な怪談を、独自の視点から新たな物語として描いたシリーズの第三弾です。

 番町に屋敷を構える旗本・青山家の家督を継いだ青山播磨。しかし彼は幼い頃から空虚な欠落感を常に抱え、その果てに何事にも無関心になった若者でした。

 そんな彼のもとに、叔母が持ち込んで来た名門・大久保家の娘・吉羅との縁談――言われるままにそれを受ける播磨ですが、大久保家からは家宝の色絵皿10枚を差し出すよう条件がつけられ、青山家側用人の柴田十太夫は、皿を探して奔走することになります。
 さらに自分に興味を向けない播磨を手に入れたいと感じ、家風に慣れるためと称して、青山家に乗り込んでくる吉羅。一方、播磨の昔の仲間で部屋住みの武士・遠山主膳は、そんな状況を唯々諾々と受け入れる播磨に強いいらだちを募らせます。

 一方、何事につけても鈍く、奉公先を失敗してばかりの町娘・菊は、新しい奉公先の主人がその美貌に目をつけてきたところを、又市の仲裁で救われます。その菊の幼馴染で、日がな一日米搗きをして暮らす若者・三平は、顔見知りの徳次郎から、菊との縁談を熱心に勧められることになります。
 その矢先に明らかになる、菊と青山家の隠された因縁。それを知った菊は、自ら青山家の奉公人となることを選ぶのでした。

 そして青山家では家宝の皿を探して騒動になっていたところに、乗り込んできた主膳が吉羅に目をつけたことから、さらに状況は混迷の度合いを深めていくことになります。そして不幸な巡り合わせと行き違いの末に、全ての人々が青山家に集った時、惨劇の幕が……


 いわゆる「お菊の皿数え」で知られる皿屋敷の怪談を題材にしつつ、それぞれに欠落や過剰な部分、あるいは偏執的なものを抱えた登場人物たちの姿を描く本作。
 常に満たされぬ欠落を抱えた播磨、聡明すぎて先を見すぎて動けなくなる菊、全てのものが詰らず破壊衝動に駆られる主膳、欲しいものは必ず手に入れようとする吉羅といった人々が、それぞれの想いに従って動く(あるいは動かない)末に、因縁に導かれたように破滅に向かっていく姿が綴られていきます。

 その方向性自体は、『嗤う伊右衛門』『覘き小平次』と同様ではありますが、しかし本作の大きく異なる点は、冒頭で青山家で起きた不可解な惨劇が起きたことと、それを巡る様々な噂が語られた後に、時を遡って真相が描かれていくという構成を取る点でしょう。
 あらかじめ提示された謎が、真実に向けて収束していく様はまさしくミステリ的――本作の場合、「動機」に当たるものは「因縁」といってもよいでしょうか――ですが、それは同時に、「皿屋敷」という不思議な物語の在り方と重なるようにも思えます。

 怪談に興味のある方はよくご存知かと思いますが、この皿屋敷は、「播州」と「番町」、有名なものだけでも二つの土地を舞台にするだけでなく、日本各地に類話が伝わり、そしてそのいずれもが少しずつ内容と登場人物が――あるいは登場人物の性格や立ち位置が――異なるという、不思議な怪談です。
 その曖昧模糊とした在り方自体が実に怪談的――というのはさておき、本作はその様々な皿屋敷を踏まえ、様々なお菊、様々な青山播磨を集約し、あるいは分割(本作で主人公二人と対照的な立ち位置の吉羅と主膳もまた、皿物語バリエーションによっては主人公として登場する存在です)してみせるという、非常に手の込んだ趣向となっています。

 江戸怪談を、近代的自我を持つ人々を登場人物として語り直すだけでなく、その様々なバリエーションを取り込み再話してみせる――本作は二重の意味で、江戸怪談の再構築を行った作品というべきでしょうか。


 しかし本作が心に残るのは、その趣向の面白さももちろんではありますが、それ以上に登場人物たちの抱えたものが、何かしら読者である我々自身のそれとして、心に響く点にあるのではないでしょうか。
 だからこそ、そんな「自分たち」が、抗えない因縁の波に巻き込まれ、井戸の中の空虚に飲み込まれていく――その怒涛のクライマックスには、目撃者となった徳次郎のように、ただ呆然とさせられるばかりなのです。


 そして残された徳次郎と又市が、消えていった人々のために何ができたのか――本作でも語られるそれは、冒頭で触れたように『了巷説百物語』で再び描かれることになります。そちらについてはまたいずれ……


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2024.08.13

「コミック乱ツインズ」2024年9月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2024年9月号の紹介の後半です。

『猫じゃ!!』(碧也ぴんく)
 今年の5月号に掲載された碧也ぴんくの猫漫画が嬉しいことに続編登場――江戸の猫絵師といえば今でも知らぬ人のいない歌川国芳を主人公に、猫好き悲喜こもごもが今回も描かれます。

 前回国芳の家にやってきたメス猫のおこま。しかしおこまはどうしても畳一畳の距離を国芳と置いて、なかなか近くで絵に描けない状態(冷静に考えると絵を描くのが前提な時点で既におかしい)なのが悩みの種です。
 しかもおこまは女房のおせいには猫吸いすらさせると知った国芳は、何とかおこまとお近づきになろうとするのですが……

 と、猫飼いの夢にして醍醐味・猫吸いが一つのフックとなっている今回。実際にやってみるとそこまで楽しくなかったりするのですが――しかしそれも一つのネタとしてきっちり描かれているのが楽しい――猫に好かれようとして逆に引かれるというのは、おそらく古今東西の猫好きの共通の悩みであって、思わずあるあると頷いてしまいます。
 そしてラストの国芳の決断(?)もまた……

 主人公とその周りが基本的に野郎どもなのでゴツめのキャラが多い一方で、いかにも美猫のおこまのビジュアル、そして仕草も可愛らしく(その一方でゴツ猫のトラも、また滅茶苦茶猫らしい……)、猫好きには何とも楽しい一編です。

(しかし途中で登場する国芳の弟子で美男の「雪」は、やはり美男で知られた国雪なのでしょうね)


『ビジャの女王』(森秀樹)
 ついに蒙古兵が城内になだれ込み、いよいよクライマックスという感じになってきた本作ですが、前回ブブがオッド姫に語った、ラジンが姉の仇という言葉の意味の一端が、ついに明かされることになります。

 姉が「あるもの」に取り憑かれたことをきっかけに、母と姉とともに放浪を余儀なくされたブブ。しかしその最中にラジンの父・フレグ麾下の蒙古軍に襲われ、ブブの姉は連れ去られて――と、以前突然登場して???となった「あるもの」が、ここで物語に繋がるのか!? と大いに驚かされること請け合いであります。
 しかし今回は全てが語られたわけではなく、ブブの父についても意味深に語られていることを考えると、この辺りはこの先まだまだ絡んでくることになるのでしょう。

 そして後半、物語の舞台はオッド姫が避難した地下街に移るのですが――ここでまたジファルが登場したことで、物語はややこしい方向に転がっていきそうです。


『カムヤライド』(久正人)
 オトタチバナの犠牲(?)で大怪獣フトタマは倒したものの、すっかり忘れられかけていたモンコ。カムヤライドへの変身時にウズメに絡みつかれ、動きを封じられたモンコですが、しかし驚いているのはむしろウズメの方で――という引きから続く今回は、モンコの体の秘密(?)から始まります。

 そもそも、ヒーロー時の変身時を狙うというのは一種の定番ですが、土からできているカムヤライドスーツに対して、土属性の(そして能力を全開にした)ウズメが一体化して――というその変身阻止ロジックが実に作者らしく面白い。しかしそれだけではなく、一体化できちゃったのはスーツだけではなかった!? という展開が巧みです。
 さらにそこから、変身阻止パターンがヒーロー洗脳パターンに繋がっていく――そしてそれが対「神」兵器である神薙剣攻略法となるという、流れるように全てが繋がっていく展開には、気持ちよさすら感じます。

 かくて始まったカムヤライドvs神薙剣のヒーロー対決ですが、操られながらも抵抗してみせるのもヒーローの美学。(一転してマスコットキャラみたいになった)オトタチバナの信頼がその引き金になるというのがまた泣かせますが、本当に泣かせるのはそこからです。
 図らずもこの物語の始まりとなった、開ける者・閉じる者・奪った者の出会いが再び――なるほど、この顔ぶれは! と唸るひまもあらばこそ、畳み掛けるような演出の先に待つものは……

 いやはや、こちらも泣くほかない感動の場面なのですが、次回からwebに移籍というのはちょっと涙が引っ込みました。本誌の楽しみの一つが……


 そんなわけでちょっぴり凹んでいますが、次号は『前巷説百物語』と『そば屋 幻庵』が復活とのことです。


「コミック乱ツインズ」2024年9月号(リイド社) Amazon


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2024.08.12

「コミック乱ツインズ」2024年9月号(その一)

 今月の「コミック乱ツインズ」誌は、表紙が『鬼役』、巻頭カラーは単行本第一巻発売記念の『口八丁堀』。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介します。

『口八丁堀』(鈴木あつむ)
 というわけで巻頭カラーは、単行本第一巻が発売、そしてシリーズ連載化記念で三ヶ月連続掲載の二回目となる本作。前回は非常にシリアス&言の刃仕合なしというちょっと異例の内容でしたが、今回は本作らしいユニークな形で言の刃仕合が繰り広げられます。

 まだ幼く、わがまま放題で周囲を振り回す北町奉行の若君と、その学問指南役として手を焼く内与力の伊勢小路。ある日、ついに若君に手を上げかけた伊勢小路ですが、運悪くそこを厳罰主義の吟味役与力・玄蕃に目撃され、主人への反逆としてあげつらわれることになります。
 そこに居合わせた例繰方与力・瀬戸の命で調べに当たった平津は、あくまでも厳罰を主張する玄蕃に対して、言の刃仕合を挑むことに……

 と、本来でいえば犯罪ともいえない出来事ながら、江戸時代の法理論でいえば重罪になってしまうという、実に本作らしい内容を扱ったエピソードである今回。厳罰主義という正反対の立場の玄蕃に対する、平津の反撃も見事なのですが――それだけで終わらず、そこから先の腹芸と、もう一つの芸が炸裂するオチも実にユニークでした。
(いや、突然飛び出したなこの技!? とか言わない)

 しかし本編には全く関係ありませんが、今回の『江戸の不倫は死の香り』、平津の裁きが見たかったな……


『不便ですてきな江戸の町』(はしもとみつお&永井義男)
 すっかり江戸の暮らしにも慣れ、およう(江戸時代人)のおようともよろしくやっている現代人の鳥辺。しかしもう一人、全く別の意味で江戸の暮らしに慣れてしまった奴が――というわけで、今月は久々に現代からやってきた犯罪者・佐藤の再登場編にして完結編。
 現代から偶然「穴」を通って江戸時代に来たものの、過去の時代に来たことが馴染めず、周囲の人間は全てもう死んだ人間=ゾンビと思うことで精神のバランスを取っていた佐藤ですが、それが行き過ぎて完全に凶賊に成り果てて――と、過去の時代に行った人間が、テクノロジーの力で暴君然として振る舞う物語は様々あるように思いますが、過去の人間を人間と思わない精神性の点で暴走するというのは、なかなか面白い視点だったと思います。

 しかし現代に帰ろうとする(それが金を使うため、というのがまた厭にリアル)佐藤は、おようを人質にして島辺を誘き出して――とまあ、この先の展開は予想通りではありますが、結局物を言うのは未来(現代)の科学とフィジカルの強さという、身も蓋もなさは、本作らしいといえばらしい気もいたします。


『風雲ピヨもっこす』(森本サンゴ)
 今日も今日とて京でゴロゴロしているピヨもっこす。そこにやってきたいとこは、肥後の漢たるもの稚児くらい持っているべき! と無茶苦茶な理屈で、雪乃丞という美少年をあてがってきて――と何だかスゴいことになった今回。
 「稚児? 男の彼女か」という直球過ぎる台詞にもひっくり返りますが、ここまで稚児ネタを投入できるのは、ギャグ漫画で、しかも動物擬人化ものだから――というべきでしょうか。
(稚児といえばやはり薩摩ですが、西国の肥後熊本も結構――だったかと思います)

 とはいえ、クライマックスの展開はなるほど女性キャラではできないこともないですが(ピヨもっこすの母がいるし!)、男性の方が自然といえなくもないわけで――と真面目に考えるのもなんですが、色々と心乱される回だったことは間違いありません。

 そして、わざわざ巻頭のハシラに、一回休みと書かれる母……


 残りの作品はまた次回紹介いたします。


「コミック乱ツインズ」2024年9月号(リイド社) Amazon


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2024.08.11

上田朔也『ダ・ヴィンチの翼』(その二) 過酷な時代の中に描く、人の持つ善き部分

 16世紀のイタリアを舞台に、ダ・ヴィンチの秘密兵器の設計図を巡る争奪戦に巻き込まれた少年の冒険物語『ダ・ヴィンチの翼』の紹介の後編です。

 本作が、歴史伝奇小説として一級品ということは述べました。しかし本作の魅力はそれだけに留まりません。秘宝の争奪戦が物語の縦糸だとすれば、横糸に当たるもの――主人公であるコルネーリオ、そしてもう一人の中心人物であるアルフォンソを巡るドラマが、本作をより魅力的なものとしているのです。

 治癒の効果がある歌声を持つ――それだけでなく、人や様々な生きもののオーラを見る力を持つコルネーリオ。深い傷や重い病をも癒やす彼の力は、しかしこの時代においては、魔術として排斥され、処刑の対象となる危険を招くものでもあります。
 事実、物語冒頭でコルネーリオは村はずれに一人で暮らしていましたが、それはかつてフランチェスカの病を癒やしたことがきっかけで異端審問官に目をつけられ、彼の代わりに母が名乗り出て魔女として処刑されたという過去があるからなのです。
(ちなみに彼の母の処刑のくだりは、一見魔女狩りには定番の描写のようでいて、実はそこに流れる熱い人の情の存在によって、本作でも屈指の感動的な場面となっています)

 一方アルフォンソは、傭兵の父がかつて殺した男の息子に殺され、その復讐のために家族の反対を押し切って傭兵となった男。そしてようやく仇討ちを果たしたものの、一度血の因縁がさらなる血を招く修羅の世界に沈んだ心は晴れることなく――自らをそんな世界に追い込んだ戦争を未然に防ぐことを目的に密偵となり、表には出せない仕事に手を染めてきた人物です。

 癒やし手の少年と密偵剣士の男――その能力も、生まれや育ちも異なる二人ですが、しかしそこには、重い過去を背負い、現在を生きながらも、未来に展望が見出だせないという共通点があります。
 そんな二人が思わぬ形で出会い、冒険の旅を通じて互いのことを少しずつ理解し、絆を深めていく。言葉にすれば簡単ですが、バディとも師弟とも、疑似親子ともつかぬ――そしてそのどれでもある、かけがえのない存在となっていく姿は、大国間で苛烈な争いが繰り広げられ、命が弊履の如く失われていく世界の物語だからこそ、人の持つ善き部分の一つの現れとして感じられるのです。


 そしてそんな二人をはじめとする人々が繰り広げる剣と魔法と知恵の争いの末、ついに明らかとなるダ・ヴィンチの秘密兵器の在処。それは、まさかそこに!? と仰天とさせられるような意外性のある(そして様々な意味で驚くほど巧みな)隠し場所であり、秘宝争奪戦の終着点として見事というほかないものです。

 しかし何故、そこにダ・ヴィンチは秘密兵器を隠したのか? そしてそれは今まで守られてきたのか? 具体的には書けませんが、その答えの根底にあるのは、ダ・ヴィンチが人を信じようとした心、人という存在に抱いた希望であり――そしてそれは、先に述べた人の持つ善き部分の、別の形での現れにほかならないのです。

 本作の真に見事な点は、まさにその点にあるといえます。人が人を殺す戦争のための兵器の争奪戦の果てに待つものが、人が人を信じ、人の善き部分を守ろうとする心である――その構図は、必ずや読む者の胸を熱くさせてくれるでしょう。
 そしてそこにはもちろん、先に述べたコルネーリオとアルフォンソの間の絆が、深く結びついているのです。

 伝奇的な活劇を通じて過酷な現実を描きつつも、しかし同時にそこに高らかに人間賛歌を歌い上げてみせる、そんな本作の姿勢には、感動とともに強い好感を覚えます。
(ちなみにこの人間に対する視点は、前作でもあったものですが、よりパーソナルなドラマが主軸にあった前作に比して、より強く前面に打ち出されている印象がある――というのは牽強付会でしょうか)


 そして物語は、新たに開けた未来への道を描いて終わることになります。
 それはもちろん、ここで語られるような明るいものばかりではないかもしれません。そしてその前途の険しさは、この物語の後にフィレンツェが辿る運命が暗示しているともいえるかもしれません。

 しかしそれでも、自分自身の、そして自分の隣に在る者の持つ力を信じ、新たな一歩を踏み出す人々の姿に、希望を持ちたくなる――そんな美しい結末であることは間違いありません。
 そして、前作同様、「彼ら」のその先の物語を是非見せてほしいという願いを抱いてしまうのです。


『ダ・ヴィンチの翼』(上田朔也 創元推理文庫) Amazon


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2024.08.10

上田朔也『ダ・ヴィンチの翼』(その一) 謎と暗号と剣戟に彩られた冒険活劇

 我々にはちょっと馴染みが薄い時と場所ながら、知ってみれば非常に魅力的な16世紀のイタリア。本作は、『ヴェネツィアの陰の末裔』の作者が、再びこの舞台で描く冒険ロマンがです。フィレンツェの危機を救う、ダ・ヴィンチの秘密兵器争奪戦に巻き込まれた少年が、冒険の果てに見たものは……

 時は1529年、生まれつき持っている治癒の力を隠して、村はずれに一人暮らす少年・コルネーリオ。しかし、森で瀕死の男・アルフォンソを見つけた彼は、思わず癒やしの力を使ってしまうのでした。
 芸術家にしてフィレンツェ共和国政府の要人・ミケランジェロの密偵であるアルフォンソを匿うために、農場主の娘であり、かつて命を助けたことがある少女・フランチェスカの屋敷を頼るコルネーリオ。そこで彼は、アルフォンソがダ・ヴィンチが密かに隠したという秘密兵器の設計図を探していたことを知ります。

 折しもフィレンツェには神聖ローマ皇帝の軍勢が迫る状況、フランスと結んで対抗しようとするも、到底力は及びません。そんな中、かつてダ・ヴィンチが発明しながらも、いずこかへ隠したという秘密兵器が、フィレンツェの最後の希望だったのです。
 しかし設計図の隠し場所を知るには、難解な暗号を解くしかありません。ところがアルフォンソとミケランジェロらの会話を盗み聞いたフランチェスカは、その暗号を見事解いてみせます。

 そんな中、屋敷を襲撃する神聖ローマ帝国皇帝直属の黒衣の騎士グスタフと教皇の刺客サリエル。コルネーリオとフランチェスカは、アルフォンソと彼の仲間たち、さらにフランスの密偵らとともに屋敷を脱出、次なる目的地・ヴェネツィアを目指すのですが……


 第五回創元ファンタジィ新人賞佳作、第五回細谷正充賞を受賞した『ヴェネツィアの陰の末裔』(以下「前作」)。本作は前作と同じ世界感、そしてほぼ同じ時期(時期的には一年後)を舞台に描かれます。

 前作は、当時のイタリアを巡る複雑怪奇な史実の中に、「魔術師」というフィクションの存在を嵌め込み、スリリングな諜報戦と、魔術師の青年の自己確立を描いた物語でしたが、本作もそれに勝るとも劣らぬ名品――前作が罠と陰謀が張り巡らされた諜報劇であったとすれば、本作は謎と暗号、そして剣戟に彩られた宝探しの冒険活劇です。
 主人公は強力な治癒の力を持つ少年、共に旅立つのは彼と淡い感情を寄せ合う頭脳明晰な令嬢と、世の裏街道を歩いてきた名うての密偵剣士。そして求めるのは、かの天才ダ・ヴィンチが発明したという謎の秘密兵器――とくれば、胸がときめくではありませんか。

 ちなみに前作の読者としては、ヴェネツィアの魔術師たちが再び登場する――前作の主人公コンビをはじめ、ほとんどはほんの僅かの出番ではあるものの、中にはコルネーリオの旅に同行し、頼もしい助っ人となってくれるキャラクターがいるのも、実に嬉しい。
 前作唸らされた魔術描写も健在であると同時に、その魔術と正面からやり合う敵を描くことで、敵の存在感を高めているのもまた巧みというべきでしょう。(そのうちの一人は、前作でも妙に印象を残したキャラクターなのが嬉しいところです)


 それにしてもダ・ヴィンチの秘密兵器とは、いささか突飛な印象を受けないでもありませんが、しかし当時のフィレンツェには、そんな怪しげなものに頼らざるを得ない状況にあったといえます。

 メディチ家を追放して共和制を敷いていたものの、ローマ劫掠を経てメディチ家出身の教皇と神聖ローマ皇帝が和解、共に敵に回り、メディチ家も復活を画策する状況にあったフィレンツェ。
 複雑な情勢の中で共和国の軍事を司る九人委員会(ミケランジェロもその一員)も一枚岩ではない中で、防衛はおぼつかない――そのような状況で、反撃の手段としてだけでなく、フィレンツェの人々の希望のシンボルとしてダ・ヴィンチの秘密兵器を掲げようとするミケランジェロの発想は理解できるものでしょう。

 先に触れたように、当時のイタリア情勢は複雑怪奇、そんな状況を舞台装置として、そして物語の原動力として使ってみせた本作は、歴史伝奇小説としても一級品といえます。


 しかしそれだけではなく――長くなりますので、続きは次回に。


『ダ・ヴィンチの翼』(上田朔也 創元推理文庫) Amazon


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2024.08.09

『君とゆきて咲く~新選組青春録~』 第15話「最期の授業」

 沖田が肺を病んでいることを知らされながら、休ませることを躊躇う土方に激昂し、つかみかかった山南。謹慎となった山南は、処分が明けてすぐ、屯所から姿を消す。行き先を突き止めた土方は、沖田と元・山南組を派遣するが、屯所に戻るように説得する皆に対し、山南は刀を抜く……

 必ず来るとわかっていながらも、来ないでほしいと祈っていた時がついに来てしまいました。山南の脱走と切腹――今回はほぼ全編、この悲痛な事件を描くことになります。

 史実ではあるものの、しかしその理由については今ひとつ明らかではない山南の切腹。隊の運営方針で土方との確執があった、伊東の登場で居場所を失った、左腕の負傷で戦えなくなった――色々な説はありますが新選組、いや壬生浪士組結成当初からの幹部であり、失敗した場合の処遇はよく理解していながらも、それでもなお隊から脱走したというのは、よほどのことを感じさせます。
 そして本作においては、これらの諸説を取り込みつつ、また独自の脱走理由を描いてみせたといえます。物語の冒頭から、堅苦しいようでいて優しく、皆のことを案じていた本作の山南ならではの理由――それはまさに今回のサブタイトル「最期の授業」が相応しいというべきでしょう。

 そして圧巻は、山南、沖田、土方、近藤それぞれの感情の迸りとぶつかりあいであります。もちろん、冒頭の珍しい激昂した姿から、覚悟を決めた静謐な姿、「最期の授業」の貫禄すら感じさせる立ちふるまい、そしてラストの壮絶な切腹まで、様々な顔を見せた山南が一番印象に残ったことは間違いありませんが、その他の面々も決して劣るものではありません。
 一年生の前でのもの静かな表情とは全く異なる「弟」としての顔を見せた沖田、最近不在だったにも関わらずここぞというところで存在感を発揮する近藤(俺たちが行かないでどうする! と、史実とは異なり山南のもとに駆けつけるのが痺れる!)も見事でしたが、やはり特に印象に残ったのは土方です。

 ここのところ、近藤不在の穴を埋めるために必死すぎてか、ヒステリックさすら感じさせていた土方ですが、今回はある意味山南の合せ鏡のように、様々な顔を見せてくれます。
 冒頭、意外な事実を聞かされた上に山南に食ってかかられた時の困惑、山南が行方不明となった直後に敵に捕らわれているかもという焦り(そこには脱走を信じたくないという想いももちろんあるのですが)、そしてラスト、山南が切腹している間に平静を装うも堪えきれずに――と、本作においてはちょっと損な役回りだった土方の人間味を、一気に見せてくれました。

 しかし、これだけ試衛館組にドラマが用意されていたら、もう丘十郎や大作の出る幕はないのでは――という思ってしまったのですが、それは半分当たりで半分外れというべきでしょうか。確かに今回は丘十郎と大作のドラマを描くどころではありませんでしたが――しかし上で触れた山南の「最期の授業」の相手は丘十郎たちなのです。
 史実では沖田が山南を迎えに行きましたが、本作ではそれに丘十郎たち「元・山南組」が同行し、そんな彼らに対して、山南は刃を向けることになります。これまで作中で一度も刀を抜くことのなかった(たぶん)山南が見せる、最初で最後の剣戟――いつもの能天気さすら感じさせる人物像とは全く異なる、腰の据わった剣技にも驚かされますが、そこで何人もの隊士たちを軽々とあしらいながら、隊士として、いや人として生きる道を説く姿は、ただただ圧巻というほかありません。

 そして史実とは異なり介錯に当たることになった近藤(「書物にならどうにだって書ける」というメタっぽい台詞が、その後「書物は如何様にも変えられる」と、言外に逃げるよう求める言葉に変わるのも見事!)の前で、先に触れた通り壮絶な切腹を遂げた山南。正直なところ、ここまで正面から切腹を描写するとは思いませんでしたが、しかしここまで山南の姿を丹念に描いてきたからこそ、最後の最期まで描き切る――そんな気迫を感じます。

 そして今回、随所でその遺した言葉を振り返ることで、改めて芹沢の存在の重みが浮かび上がるのも印象に残りました。特に山南の最期の言葉が芹沢のそれとほぼ同じ「地獄で待っている」だったのは、決して捨て台詞ではなく、彼自身のある種の覚悟の現れであろうことを感じさせるのがまた、胸に刺さります。


 しかしこの最期が残した波紋は決して小さくはありません。山南がそれを望んでいたとは思いませんが、はたして残された隊士たちは、これまで同様に剣を振るうことができるのか。少なくとも、丘十郎への影響は決して小さいものではないはずですが……


関連サイト
公式サイト

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手塚治虫『新選組』 悩める少年が新選組で知ったもの

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2024.08.08

9月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 ひたすら暑い日が続きますが、新刊情報の方はもう9月。ここ二ヶ月ほど寂しい状況が続いていましたが――というわけで、9月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 そんな前フリをしただけあって(?)9月は文庫小説がなかなかの充実ぶり。まさかの続編登場となった『もっと!にゃん! 鈴江三万石江戸屋敷見聞帳』(あさのあつこ 祥伝社文庫)、これまた化け猫ものの『うちの若殿は化け猫なので』(三川みり 光文社文庫)、二度あることはやっぱり三度あった『蟷螂の城 定廻り同心新九郎、時を超える』(山本巧次 光文社文庫)と並びます。

 さらに『清少納言なぞとき草紙』(有馬美季子 徳間文庫)、『霊獣紀 鳳雛の書』上巻(篠原悠希 講談社文庫)ときて、シリーズものの新作でも『勘定侍 柳生真剣勝負 8 愚王』(上田秀人 小学館文庫)、『貸し物屋お庸謎解き帖』第5巻(平谷美樹 だいわ文庫)と、なかなかのものであります。

 また、文庫化・復刊では作者のオールスターキャストともいえる剣豪伝奇『孤剣の涯て』(木下昌輝 文春文庫)、そして何故か復活の『捨て童子・松平忠輝』上中下巻(隆慶一郎 新潮文庫)があります。


 一方、漫画の方も新登場がいくつか並びます。戦前の朝鮮を舞台にした『黒巫鏡談』第1巻(戸川四餡 KADOKAWAハルタコミックス)、待望の復活を遂げた漫画版シリーズ『前巷説百物語』第1巻(日高建男&京極夏彦 リイド社乱コミックス)、そして第二部に入ってサブタイトルと巻数も改まった『青のミブロ 新選組編』第1巻(安田剛士 講談社コミックス)と、いずれも楽しみです。

 その他、シリーズものの新巻を時代順に挙げれば、『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第10巻(たかぎ七彦 KADOKAWA角川コミックス・エース)、『逃げ上手の若君』第17巻(松井優征 集英社ジャンプコミックス)、『ごぜほたる』第2巻(十三野こう 集英社ジャンプコミックス)、
『鬼切丸伝』第20巻(楠桂 リイド社SPコミックス)、『太陽と月の鋼』第9巻(松浦だるま 小学館ビッグ コミックス)、『岩元先輩ノ推薦』第9巻(椎橋寛 集英社ヤングジャンプコミックス)とこちらもなかなかの充実ぶり。
 また、『天上恋歌 ~金の皇女と火の薬師~』第10巻(青木朋 秋田書店ボニータ・コミックス)、『ガス灯野良犬探偵団』第4巻(松原利光&青崎有吾 集英社ヤングジャンプコミックス)もラインナップされています。


 というわけで、久々に新刊だけで時間がなくなりそうな9月です


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2024.08.07

木原敏江『星降草子〜夢見るゴシック日本編〜』 星が導く伝奇色濃厚な悲恋譚

 木原敏江のロマンス・ホラー『夢みるゴシック』の日本編と題して発表された、鎌倉時代を舞台とした伝奇色の濃厚な悲恋譚が本作です。かつて東国で仲睦まじく育った公家の娘と郷士の少年――しかし二人の運命は大きく変転し、京で二つの顔を持つ公家の青年を加えた複雑な物語を描きます。

 東国・香鳥郷で幼い日を過ごした公家の娘・棗(なつめ)。そこで土地の郷士の拾われっ子だという少年・群青と出会った彼女は、身分の違いを乗り越えた友達となり、やがてその想いは成長するにつれて恋へと変わっていきます。
 しかしある出来事が切っ掛けで、群青は土地から姿を消し、なつめも傷心のまま、京に帰るのでした。

 それから数年後、中納言家の跡継ぎながら没落して隠れ陰陽師として糊口を凌ぐ千早の君の下で、侍女代わりになって暮らすなつめ。しかし彼女は知らぬことながら、千早は裏ではある目的を秘めて、都を荒らす盗賊の頭領だったのです。
 ある晩、押し入った先で検非違使の若者と斬り結ぶ千早。その若者こそは群青であり、同時に千早は群青が只人ではないことを見抜きます。

 京で再会し、互いの想いを確かめ合うなつめと群青。しかし千早は、己の大望のために群青の秘めた力を求めて……


 冒頭に述べたように『夢みるゴシック』の続編という位置付けながら、本作はむしろ内容的には、作者の時代ファンタジー『夢の碑』を思わせるものがあります。
 恋に一途な少女と、彼女に献身的に愛を捧げる少年を中心に、様々な想いを秘めた人々が絡み合う姿を、時にコミカルな味付けを交えて描きつつ、美しくももの悲しいロマンスとして描く――その様は、いかにも作者らしいと感じます。

 そんな中で本作が異彩を放つのは、群青の存在でしょう。土地の郷士の拾われっ子で、忘れ去られた古の星の神の社を一人守っている変わり者である群青。しかし彼は、死した者を蘇らせるという、謎めいた力の持ち主でもあります。
 その力が元で、一度は彼はなつめと袂を分かつのですが――はたして彼は何者なのか。何故そのような力を持っているのか? 物語中盤で千早が群青の正体を看破した場面では、凄まじく拡大した作品世界のスケール感に、大いに驚かされました。

 そしてそのスケール感が拡大する一方で、物語が二人の恋の結末に収斂していく結末には、まさかという気持ちとどこか納得する気持ちと、その二つが入り混じった不思議な感動があります。


 一方、本書の後半に収められた『〈続〉星降草子』は、東国に向かった千早が駿河国で出会った、里長の家の病弱な少女・微(そよ)と、彼を追って京からやって来た幼馴染みの青年・野分を巡る物語となります。

 一年の半分は寝込むほど体が弱く、人生を諦めていたそよが、正編で描かれたある力によって健康を取り戻し、野分と惹かれ合うも――そこに千早の複雑な立場が影を落とし、やがて思いもよらぬ結末に至る。
 そんな物語は、意外性の点ではさすがに正編には一歩譲りますが、当時の京と鎌倉の微妙な関係を背景とすることで、よりままならぬ人の世の姿を感じさせるものとなっています。

 そして正編ではある種トリックスター的な存在であった千早を中心に置くことで、正編とは異なる味わいを出しつつも、しかしそれを受けて等しい感動を齎す結末は、やはり名手ならではと感じさせられるのです。


 「前作」とは大きく異なる内容であり、そちらの印象が残っているとかえって面食らう可能性が高いのですが――それでもなお、本作が歴史ファンタジーの佳品であることは間違いありません。


『星降草子〜夢見るゴシック日本編〜』 Amazon

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2024.08.06

犬飼六岐『火の神の砦』 若き日の愛洲移香斎と幻の刀

 日本の剣術の三つの源流の一つである陰流の流祖・愛洲久忠は、しかし伝説的な存在であるためか、フィクションで取り上げられる機会は少ない人物です。本作はその久忠を主人公に、彼が若き日に出会った奇妙なある里での出来事を描く、なかなかユニークな物語です。

 室町幕府の威光も衰え、世情騒然とした戦国時代初期、剣術修行の旅の途中に出雲を訪れた愛洲久忠。ある理由で出雲各地の市を巡っていた彼は、国境の市で刀を売っていた一人の女を見つけます。
 土地の役人に絡まれたその女を、山中又四郎と名乗る陽気な若侍と共に助けた久忠は、女から刀は村の鍛冶が打ったと聞き出します。そこで女の帰る先についていこうとする久忠と又四郎ですが――女は二人を幾度も撒こうとするのでした。

 その末に足を怪我した女を連れて、彼女の村に辿り着いた二人。女が隠そうとするのも道理というべきか、外界から隔絶されたその村は、女性のみが暮らす隠れ里でした。
 何故この村には女性のみが暮らすのか。彼女たちは何者なのか。それはて久忠が村を訪れた理由とも繋がっていたのですが……


 というわけで本作は、後に愛洲移香斎として知られる愛洲久忠と、正体不明の脳天気な若侍・山中又四郎が迷い込んだ、女ばかりの隠れ里を巡り展開します。
 これは出版社のサイトにも記載されているので明かしてしまいますが、久忠が女の村を――女の村の刀鍛冶を探していたのは、久忠が見た刀が、とうに滅んだはずの備中青江鍛冶の新作に見えたからにほかなりません。

 鉄の産地に近かったこともあり、平安時代から刀工を輩出した備中国青江。その一派は、愛刀家として知られた後鳥羽天皇の御番鍛冶にも選ばれたほどであり、天下五剣の一つ・数珠丸を打ったことでも知られています。
 しかし南北朝時代に南朝方についたことから衰微し、ついにはその命脈を断ったと言われる青江派。その青江派の新作が、それから約百年後に見つかったとあれば、久忠ならずとも驚き、その正体を追ってもおかしくはないでしょう。

 はたしてその刀鍛冶がいると思しき里の正体は――上に述べた青江派の歴史を踏まえて語られるそれは、伝奇的な興趣に満ちており、本作の大きな魅力というべきでしょう。


 しかしその来歴故に、久忠たちが辿り着いた村は、外部からの人間、特に男に対して厳しい眼を向けます。それでもなお刀を望む久忠に対して、女たちは幾つもの条件をつけることになります。
 それをくぐり抜け(その一つがきっかけで久忠たちが出会うのが、あの雪舟という意外性も面白い)、里の女たちの一部とは心を通わせる二人ですが、しかしなお里の人々の多くはその本心を見せず、それが終盤のある展開に繋がっていくことになります。

 戦国時代の荒波の中で、女性たちだけで自主自立した暮らしを営む隠れ里。一見理想郷に見えるその地も、しかしその維持のために、幾つもの掟が――時に理不尽なものにしか見えぬものが存在することが、やがて明らかになっていきます。
 いわゆる「因習村」的なものすら感じさせるそれは、人が共同体を――しかもある種の同質性の高いものを――成立させることの難しさを、浮き彫りにしているといえるかもしれません。


 人が人らしく生きるために作られた共同体が、やがてその人らしさを制限していくことになる――本作は名刀奇譚を描きつつ、そんな人の世の皮肉さを浮き彫りにしてみせるます。
 そして、絶対何かしらの秘密があると思っていた又四郎が意外な正体を現したことをきっかけに、物語は全てを飲み込んで結末に向けて疾走していきます。

 その結末は、正直なところ呆気なさすぎると感じる方も多いかとは思いますが――一人の剣士にできることは限られていることを思えば、そして歴史の示すところを見れば明らかな結果を、あえて描かずに終えたというべきでしょうか。
(その一方で、雪舟が描いた久忠の姿が、後に彼が開いた剣流の別名を思えばニヤリとさせられるものであったりと、本作は若き日の久忠伝としても面白い作品ではあります)


『火の神の砦』(犬飼六岐 文藝春秋) Amazon

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2024.08.05

仁木英之『モノノ怪 鬼』(その二) 異例のヒロインが持つ「強さ」と「弱さ」

 『モノノ怪』の仁木英之によるスピンオフ小説の第二弾『モノノ怪 鬼』の紹介の後編です。歴史小説的文法で描かれる長編エピソードという点に留まらない本作のもう一つの特徴。それは……

 しかし、本作にはここまで述べてきた以外にも、もう一つの特徴があります。それは本作の実質的な主人公であり、そしてヒロインである「鬼御前」こと小梅の存在です。

 先に述べた通り、実在の(実際に伝承が残っている)人物である小梅――というより鬼御前。実は伝承では「鬼御前」の通称のみで、本名は残されていないのですが――そこでは夫の鑑直と共に日出生城に依り、わずかな手勢で勇猛を以て知られる島津勢を相手に奮戦したといわれる女性とされています。

 この鬼御前は身の丈六尺(180cm)近い長身だったということですが――図らずも××女ブームに乗る形に、というのはさておき、その規格外の人物像は、本作でも存分に活かされています。
 しかし彼女の最大の特長であるその「強さ」は、『モノノ怪』に登場するヒロインには、極めて珍しいものと感じられます。

 これまで『モノノ怪』に登場したヒロイン、モノノ怪に関わった女性の多くは、儚げな――望むと望まざるとに関わらず、ある種の「弱さ」を抱え、運命に翻弄される存在であったといえるでしょう。
 それはモノノ怪を生み出すのが人の情念や怨念によるものであることを考えれば――そしてまた、物語の背景となる時代を考えれば――むしろ必然的にそうなってしまうということかもしれません。

 それに対して本作の小梅は、並の男では及びもつかない力を持ち、そしてその力に相応しく、自分の行くべき道を自分で選ぶ強い意志を持つ女性――この時代の女性としては、破格というほかない人物。そんな彼女は、第一話で描かれたように、モノノ怪を討つ側であっても、生み出す側ではないと思えます。
 しかし、それであるならば、登場するモノノ怪をサブタイトルとする『モノノ怪』において、第四話のそれは何故「鬼御前」なのか――?

 実にそこに至るまでの本作の物語は――人々の誰もが巨大な歴史の流れに翻弄された時代、誰かを守るために誰かを傷つけなければならない時代に現れるモノノ怪を描く物語は――その理由を描くためのものといってよいかもしれません。
 そこには同時に、「強い」者の中には「弱さ」はないのか。そしてそもそも「弱さ」はあってはならないのか? ――そんな問いかけと、その答えが存在するとも感じられます。

 そして最後まで読み通せば、小梅もまた、『モノノ怪』のヒロインに相応しい女性であると――すなわち、過酷な運命に翻弄されながらも、なおも自分の想いを抱き続けた女性であると理解できるでしょう。
(もう一つ、『モノノ怪』という物語において、「解き放」っているのは、薬売りだけではないということもまた……)


 スピンオフ小説ならではの異例ずくめの趣向で物語を描きつつも、それでもなお、確かに『モノノ怪』と呼ぶべき物語を描いてみせた本作。
 異色作にして、だからこそ『モノノ怪』らしい――『モノノ怪』の作品世界を広げるとともに、そして同時にその奥深さを証明した作品といってもよいかもしれません。

『モノノ怪 鬼』(仁木英之 角川文庫) Amazon

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2024.08.04

仁木英之『モノノ怪 鬼』(その一) 歴史小説的文法で描く初の長編エピソード

 ついに新作劇場版も公開された『モノノ怪』。その完全新作ノベル――仁木英之によるスピンオフ小説の第二弾が本作です。今回舞台となるのは、九州平定を狙う島津家に抗う人々が暮らす地・玖珠。そこに現れる四つのモノノ怪を巡る、連作スタイルの長編です。

 九州で大きな勢力を持っていた大友家が耳川で島津家に惨敗して数年。以降、九州制覇を目論む島津家は各地を併呑しながら北上を続け、広大な山に囲まれ、「侍の持ちたる国」として自立してきた玖珠郡にもまた、その軍勢が目前に迫ります。
 しかし玖珠郡の諸侯をまとめる古後摂津守は、この地の有力者である帆足孝直と仲違いして久しく、島津に対する態度も足並みが揃わない危機的な状況――さらに、周囲の山には、いつしか人を食らう妖・牛鬼が棲み着き、人々を苦しめていたのです。

 そんな中、元服したばかりの帆足家の嫡男・鑑直は、山中で一人の美しい少女・小梅に出会います。
 自分よりも身体が大きく、腕力も武芸の腕も上回り、周囲からは「鬼御前」と呼ばれる小梅。しかし鑑直はそんな彼女に惹かれ、やがて二人は相思相愛となるのですが――実は小梅こそは、古後摂津守の長女だったのです。

 父同士の不仲にも引かず、自分たちの想いを貫くため、力を合わせて牛鬼を退治せんとする鑑直と小梅。そんな二人の前に、奇妙な風体の薬売りが現れて……


 戦国時代も末期、本土では秀吉が天下統一に向けて快進撃を続けていた1580年代後半、九州で繰り広げられた島津家と諸侯の戦い。本作の題材となっているのはその一つ、日出生城の戦いをクライマックスとする、玖珠郡衆と島津家の戦いです。
 そう、本作の背景は、かなり知名度は低い(フィクションの題材となったことはほとんどないのではないでしょうか)ものの、歴とした史実――さらにいえば、物語全体を通じて登場する鑑直と小梅(正確には後述)も、彼らの父たちも実在の人物なのです。

 同じ作者による前作『モノノ怪 執』においても、江戸時代を舞台に、史実の事件や実在の人物が題材となったエピソードがありましたが、戦国時代を舞台に、さらに史実と密着して描かれる本作のアプローチは、それをより推し進めたものといえるかもしれません。
 前作が時代小説の文法で『モノノ怪』を描いたとすれば、本作は歴史小説の文法で『モノノ怪』を描いた――そう評すべきでしょうか。


 そんな本作では、冒頭の「牛鬼」に続き、以下の物語が描かれます。
 鑑直と小梅の婚礼が行われる中、小梅の妹・豆姫に近づいた元島津家重臣の若侍・伊地知が、古後家をはじめ周囲を煙に巻き、狂わせていく「煙々羅」
 島津家の総大将・新納忠元の軍勢が玖珠に迫る中、島津家で勢力を急進してきた鬼道を操る怪僧が生み出した屍人の兵が玖珠を苦しめる「輪入道」
 島津の総攻撃を前に鑑直と共に小梅が日出生城に籠り奮闘する中、新たなモノノ怪が生まれる「鬼御前」

 このあらすじを見ればわかるように、本作にはこれまでにない、大きな特徴があります。それは本作が全四話構成であり、四話で一つの物語を成していること――つまりは本作は長編エピソードなのです。

 アニメの『モノノ怪』は、分量的には中短編であり、そして個々の物語は(稀に過去のエピソードのキャラクターが登場することはあれど)それぞれ独立したものとして描かれていました。
 それに対して本作は、玖珠という地を舞台にした連続した一つの物語であり、アニメにも小説にもなかった、これまでにない趣向といえるでしょう。
(そしてそれだけ薬売りも一つ所に長居するわけで、結構玖珠の人々に親しまれている様子なのが、ちょっとおかしい)


 しかし本作には、更なる特徴があります。それは――長くなりましたので明日に続きます。


『モノノ怪 鬼』(仁木英之 角川文庫) Amazon

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2024.08.03

木野麻貴子『妖怪めし』第3巻 明かされる全ての因縁、そして最後の料理

 妖怪もの+グルメものというユニークな取り合わせの時代漫画『妖怪めし』の第三巻/最終巻は、主人公の兵徳と忌火兄弟が追い求めてきた骨仮面の男、そして「不浄の王」との決着が描かれます。はたして兄弟にかけられた呪いは解けるのか。そして二人の料理は因縁に打ち勝つことができるのか!?

 母が殺された場に現れた謎の骨仮面の男によって、荒神の力を宿す異形の肉体に変えられてしまった兄弟。呪いを解き、元の体に戻るために骨仮面の男を追って諸国を旅してきた兄弟は、途中で人間と妖怪の軋轢に巻き込まれては、それを料理によって解決してきました。
 その過程で、妖怪たちを暴走させている「不浄の王」なる存在と出会った二人。何故か忌火を以前から知っているような態度を見せる相手に戸惑いながらも、骨仮面の男との関連が感じられる「不浄の王」を追うことを、二人は決意します。

 そしてこの巻の冒頭で二人が情報を求めて御薪山の天狗・慈煙坊のもとに向かったことから、事態は大きく動き始めます。
 途中、山で兵徳が邪天狗に攫われたことから、飯をふるまうことを条件に慈煙坊の力を借り、妖魔の棲む妖霊郷に足を踏み入れた忌火。そこで彼らは全てのものを穢れに取り込む「穢悪」なる存在を目撃するのでした。

 そして天狗の口から、穢悪と不浄の王の関係を知る二人。それは二人が宿す荒神の力とも浅からぬ因縁があるものでした。
 そこに天狗の力を狙った不浄の王が出現、さらに不浄の王を追って骨仮面の男も現れ……


 というわけで、この最終巻では、物語の縦糸となってきた骨仮面の男と不浄の王、そして主人公二人の関係が明らかになります。
 はたして母を殺し、二人に呪いをかけたのは骨仮面の男なのか。骨仮面の男と不浄の王の関係は。そして不浄の王の目的は何か――これまで物語の中で謎とされてきたことが、一つ一つ解き明かされていくことになります。

 こうした謎解き&不浄の王とのバトルが中心となるため、本作の一番の特色である料理シーンが今回少なめ(ほぼ天狗とラストの二回のみ)なのが残念ではありますが、しかし解き明かされていく謎と因縁はなかなか読ませるものがあります。
(骨仮面の男の正体は、ほとんどの方が予想していたのではないかと思いますが……)

 その中でもかなり意外だったのは、不浄の王がかつての忌火を知っていた(しかし忌火の方はそれを忘れていた)理由であります。
 正直なところ、他の謎に比べれば重要度が低いと思い込んでいましたが、これはとんでもない勘違い。物語そのものの流れに大きく関わるものであったとは、脱帽であります。

 そしてこのままバトル漫画で終わるのか、と思わせておいて、やはり本作のラストはこうこなくちゃ! という形で締めてくれるのが嬉しい。
 これまで本作は、主人公二人の料理が、妖怪の中の情あるいは「人間性」を甦らせる姿を描いてきましたが、それを最後の最後まで貫いてくれたのは――もちろんそれが本作のコンセプトではあるとはいえ――大いに評価したいと思います。


 全三巻と、決して長い作品ではありませんでしたが、最後に描かれた料理といい、カーテンコール的結末といい、描くべきものは描いた感もあり、気持ち良い結末でした。


『妖怪めし』第3巻(木野麻貴子&木下昌美 (監修) マッグガーデンコミックスBeat'sシリーズ) Amazon

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2024.08.02

相田裕『勇気あるものより散れ』第6巻 混迷の戦い、ついに決着!?

 不死の宿命を受け継ぐ半隠る化野民と眷属の剣士たち同士の死闘はなおも続きます。自分たちの母を巡り、激突する煙花・生松・シノ――化野民の兄妹たちの戦いは、人間を巻き込んでほとんど戦争という域にエスカレート、その中で暴走した生松を止めるため、剣士たちは死力を尽くすことに……

 化野民を殺す力を持つ妖刀・殺生石「華陽」を奪い、母の身柄を求めて明治政府の高官たちを次々と襲う生松と眷属の菊滋。宿敵であった政府図書掛の山之内と組んだシノと春安は、藤田五郎を仲間に加え、生松たちを追跡します。
 眷属同士の死闘の末、菊滋こと鵜飼幸吉を斃した春安。しかしそこにシノと生松の姉・煙花と眷属の壽女、さらに隗の眷属・伊庭八郎までが出現――一方で図書掛は数多くの兵を率いて彼らを待ち受け、小石川一帯は戦争状態に……


 はたして誰が何のために戦っているのか――そんな疑問すら浮かぶ大混乱の中で、なおも続く、化野民と化野民の、眷属と眷属の、そして人間と化野民・眷属との戦い。この巻でもその戦いはほぼ一巻丸々費やして描かれます。

 この戦いに加わるのは大きく分けて二派。片や、シノ・春安・山之内・藤田(と図書掛の兵たち)。片や生松・煙花・壽女・伊庭八郎――それぞれに戦う理由は微妙に異なりながらも、達人たちが一つ所に集まり、死闘を繰り広げる様は、これはこれで壮観というべきでしょうか。

 そんなこの巻の前半で描かれるのは、シノvs生松、藤田vs伊庭、煙花&壽女vs図書掛の兵たちの戦い。
 不死身の肉体を持つ者同士ならではの凄惨な戦いを繰り広げるシノと生松、幕末の名剣士同士が激突する藤田と伊庭、そして大砲まで持ち出した人間たちを前に不死身の力を存分に振るう煙花と壽女と、それぞれに趣向の異なるバトルが展開します。

 この中で特に幕末ファンにとって見逃せないのが、藤田vs伊庭であることはいうまでもないでしょう。
 かつてはともに旧幕府軍として修羅の戦場を戦った同志ながら、警察の巡査となった者と、一度死して化野民の眷属になった者――幽明境を異にするという表現はちょっと違うかもしれませんが、とにかくあまりに境遇が変わってしまった二人。しかしそうであっても二人の剣の腕は変わりません。

 おそらくは幕末最強クラスの二人の激突は、もはや名人戦。激しい技の応酬の中、初めは巡査として棒を手に戦っていた藤田も、ついに刀を抜いて本気モードになったところで繰り出される、双方得意の突き技――というだけでたまりませんが、そこからの思わぬ決着もまた、二人の「今」の違いを表すものと言って良いかもしれません。
(というか、相変わらずブレない本作の藤田……)

 しかし混迷の中、戦いは思わぬ方向に転がっていきます。シノとの戦いの最中、山之内の切り札により、致命打を受ける生松。しかし最後の力を振り絞った生松は、「華陽」を手にします。
 死を前にして、華陽にまとわりつく異様な気に操られるように怪物的な力を発揮する生松を止めることができるものは……


 と、思わぬ面々が加わった死闘の末に、ついにここでの戦いは終結します。しかしその犠牲は、決して小さなものではありません。

 本当にこの巻はほぼ完全に戦いのみ(煙花と壽女の出会いは回想シーンで描かれましたが)で終わってしまったため、ストーリー的にはほとんど進んでいないのですが――この混沌の先に何があるのか、今は全く見えない、というのが正直なところであります。


『勇気あるものより散れ』第6巻(相田裕 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon


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2024.08.01

『君とゆきて咲く~新選組青春録~』 第14話「俺のために生きてくれ」

 自分の身を案じ、何かと話しかける大作を冷たく拒絶する丘十郎。そんな中、郊外に暮らす水戸学の師に挨拶に行くという伊東甲子太郎から、丘十郎たちと斎藤・原田は同行を命じられるが、山南はやることがあると同行を辞退する。残った山南と土方・沖田は試衛館時代を懐かしむが……

 斬り合いはなく、むしろ温泉回だったものの、切なさと今後の暗雲を感じさせた今回。そんな中でも左之助は「馬鹿組」(直球)に帰ってきた大作を口では荒っぽく迎えつつも、ご飯大盛りにしてやるなど、いい兄貴分ぶりを冒頭から発揮します。

 そして暗雲の元凶の一人・伊東と弟は、突然水戸学の師匠に挨拶に行くと言い出し、前回選出した自分の側近+速攻で追い出した大作に加え、丘十郎・南無之介そして何故か原田、さらに山南に同行を命じるのですが――ある思惑を秘めた山南はこれを辞退。結局いつもの面子+斎藤・原田が行くことになります。
 水戸といえば芹沢、芹沢といえば路線対立、と相変わらずキーッとなっている土方ですが、わざわざ伊東がお気に入り(山南も含む)に加えて馬鹿組を連れて行くのは、これは自派閥を増やす目的のような気もするので、あながち杞憂ともいえません。

 まあドラマ的には、土方・山南・沖田を屯所に残すためなのだと思いますが、残留組三人が、懐かしげに試衛館時代を語る姿は、新選組ファン的には嬉しいプレゼントではあります。特に本作の場合、既に壬生浪士組が設立してからのスタートのためにそれ以前の面々の姿は描かれていなかったわけで、三人の口から過去の彼らのイキイキとした姿が語られるのは、ある意味新鮮ですらあります。
 そんな中でも、丘十郎たちにとっては先輩剣士として超然とした姿を見せることが多かった沖田が、弟感全開にしているのは珍しく、実に微笑ましいのですが――しかしこの先を考えると曇らされるのもまた事実。特に山南が屯所に残ったのは、最近薬の減り具合が激しいこと――というより、そこから導き出される隊士の健康を安全を案じて、それを調べるためなのですから。

 一方、お使いはあっという間に終わり、意識高い系らしくタイパを重んじる伊東はさっさと帰る――というところを、原田がこの辺に秘湯があると言うのを聞いて、あっさり前言撤回。これも懐柔の機会と思ったのか、それとも本当に温泉が好きなのか――風呂に入っている姿からは何となく後者もアリに思えてきましたし、新選組の体育会系ノリが気持ち悪いとdisる弟に、むしろそこに感心していると語る姿には、意外な一面を見た気がします。
 ――と思いきや、入浴を斎藤が覗いていた、いや監視していたのに気付いての言葉らしく、この辺りで伊東兄弟の中での格の違いをうかがわせるのは、なかなか上手い演出かと思います。

 しかし「気持ち悪い」といえば、今回この言葉を丘十郎に二度も言われた大作。まあ、お香をプレゼントしてきたり、髪についた花びらを取ろうとしたりと、最近やたらと彼氏ムーブが多い距離感が近いのは事実ですが――しかし大作の方は、もう自分が丘十郎を守らなくては! という想いに凝り固まってモノローグを連発してくるので聞きやしません。とどめに後ろから丘十郎を抱きしめて「斬れるものなら斬ってくれ」「死ぬな」「俺のために生きてくれ」と言い出すのですから丘十郎はどんな顔をすればいいのか……(いや、後ろ二つはともかく、最初のは要らなくないですか)
 挙げ句の果てに、自分の元から去っていく庄内たちの幻を見ながら、「俺ももうすぐそちらに行く」とか柔らかな表情で言い出した日には――ここまで大変なキャラになるとは思わなかっただけに、今後の大作から目が離せません。

 しかしそれでもさすがに思うところがあったのか、屯所に帰ってきてから一度は放りだしたお香を焚いてみようとした丘十郎ですが――何やら外が騒がしいと思ったら、山南が顔真っ赤にして土方の胸ぐらを掴んでいるという衝撃映像で次回に続きます。
 予告から考えれば、次回何が待ち受けているかは明白なわけで、ますますもって辛い状況に……


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