夢路キリコ&冲方丁『シュヴァリエ』 衒学風味溢れる変身ヒーロー西洋伝奇
2006年にアニメが放映された『シュヴァリエ』に対して、並行する形で2005年から2009年に「マガジンZ」誌に連載された漫画版が本作です。同じ舞台、同じ登場人物を用いながら、また異なる物語を展開したこの漫画版――異能を持つ「詩人」たちに挑む異形の姉弟の戦いを描く伝奇アクションです。
時は18世紀、ルイ15世の時代――パリでは「詩人」と称する者たちが大量殺人を繰り広げ、パリ市警はその対処に追われていました。その一人、デオン・ド・ボーモンは、昼行灯とバカにされている怠け者――しかしその正体はルイ15世直属の機密局の一員。
ひとたび「詩人」が出現するや、彼は今は亡き実姉リア・ド・ボーモンの霊をその身に降ろし、女性剣士シュバリエ・スフィンクスとして「詩人」を滅ぼしていたのです。
従士のロビン、機密局の同僚であるダグラスやダランベールと共に、「詩人」たちを倒していくデオンですが、次々と特異な能力を持つ高位の「詩人」たちが出現、戦いは激しさを増していきます。
さらに国の政を一手に握る王の愛妾ポンパドール夫人の幼い娘・ソフィアの身には奇怪な「革命の詩」が浮かび、王を悩ませます。そんな中、謎の錬金術師サン・ジェルマン伯爵も独自の動きを見せ、混迷が深まる中、デオンの戦いの行方は……
というわけで、本作は異能バトル+変身ヒーローものの骨格に、原作者らしい西洋伝奇ものの衒学風味をたっぷりと振りかけた作品です。
原作者の西洋伝奇といえば『ピルグリム・イェーガー』が浮かびますが――ちなみに作中でちらりと、予言によりローマが焼かれたことが語られるのが興味深い――舞台的にはそれから約230年後を舞台に、やはり一種の予言を巡る戦いが描かれます。
何といっても面白いのは、伝奇ものだけに(?)登場人物の多くが実在の人物ということですが――特に主人公のデオン・ド・ボーモンは、王の密偵(外交官)にして竜騎兵隊長、シュヴァリエ(騎士)の称号を得た猛者でありつつも、自らを「女性」と称し、女物のドレスを着て暮らしたという実在の人物。
そんな一種の怪人を、姉リア(ちなみに史実では、デオンが諜報活動で女装した際に、この名を名乗っています)の霊を降ろして「変身」する剣士として描いた時点で、本作は勝利しているといってよいかと思います。
そして彼の周囲の人々も、史実での事績を踏まえつつ、アレンジされたもので、この人物が本作ではこうなるか、と驚かされるのは、伝奇ものの醍醐味というべきでしょう。
さてデオンたちの敵である「詩人」は、人々の血肉を犠牲にすることによって人外の力を得る怪人たち。
序盤は比較的力押しながらも、中盤以降は一人一芸の異能力を得た上位種が登場して戦いも能力バトルもの的となります。そしてさらなる上位種はタロットの大アルカナを象徴にし、一種の分身である「導きの獣」を連れている――というキャラクター性も魅力です。
ただし、この「詩人」とのバトルの、そして物語の仕掛けの中心に、アナグラムや掛詞をはじめとした文字を用いた仕掛けの数々が用意されているのが痛し痒し。
趣向としては非常に面白いものの、いずれもフランス語がベースとなっているため、ほとんど内容に馴染みがない――よりはっきりいってしまえば、ほとんど理解できないのは、こちらの不勉強恥じつつも、残念に感じられます。
単行本で読んだ場合にはサイズ的なものもあって、さらに読み取りにくくなっているのも厳しいところで――ここは物語の肝であるだけに、非常に勿体なく(といってもちょっと解消しようがないのですが)感じた次第です。
もう一つ、あくまでもバトルが中心のために、全8巻かけた割にはあまり物語が進んでいない(結局リアにまつわる謎のほとんどが解けていない)のも残念な点ではあります。
豪華な衣装を身につけたキャラクターが、複雑怪奇な能力を発揮して戦うバトルを描きながらも、見事にわかりやすい夢路キリコの作画が素晴らしかっただけに、こちらも何とも勿体なく感じられます。
もっとも、一番勿体ないのは、結局漫画で描かれたのはフランス編のみ――本当の戦いはこれからだ、とばかりに、デオンたちが海外に旅立ったところで物語が終わっていることですが……
などと厳しいことも言いつつも、今でもまだ数少ない西洋伝奇ものとして大いに評価されるべき本作。近日中に小説版も、そしていずれアニメ版も取り上げたいと思います。
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