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2024年9月

2024.09.30

交錯する孤島の謎と未亡人の愛と 山本貴之『紅珊瑚の島に浜茄子が咲く』 

 昨年公募を終了した日経小説大賞の第15回受賞作は、江戸時代後期の羽州と江戸を舞台にした、ミステリアスな物語です。羽州藩の支藩である新田藩に預けられた天領の島――そこに隠された秘密とは何か。藩の継嗣の近習が追うその謎と、江戸で運命の人を待ち続ける紙屋の未亡人が、意外な形で交錯します。

 江戸で愛のない新婚生活を送る紙問屋の娘・千代は、ある日、根津権現の境内で出会った若侍と一時の関係を持ち、四年後の再会を約束します。それから間もなく夫を亡くした千代は、その逢瀬で授かった子を産み、四年後を心の支えに懸命に生きていくのでした。

 実はその若侍の正体は、遠州浜名藩の四男・響四郎――部屋住みだった彼は、しかしその直後に水野忠邦の斡旋で、羽州藩の支藩・新田藩の継嗣に迎えられることになります。
 その際、響四郎は、忠邦の配下からある秘密の存在を耳打ちされることになります。それは、新田藩に預けられた幕府の直轄領・華島を巡るものでした。

 浜名藩から付き従ってきた者たちを、華島の調査に充てる響四郎。しかし二人が相次いで変死を遂げたことから、まだ若い近習の中条新之助がその任に当たることになります。
 折しも本家・羽州藩からの干渉が激しくなり、新田藩が二分されつつある状況で、新田藩と羽州藩、さらには江戸の隠密が暗闘を繰り広げる華島。そんな中で探索を続ける新之助にも、危機が迫ります。

 一方、文政の大火に遭い、窮地に立たされた千代は、思わぬ縁から薬種問屋の主人として雇われることになります。何やら裏があるらしいその店は、思わぬ形で新田藩での一件と繋がっていて……


 ミステリ要素も強い本作は、新たに新田藩主となった響四郎の近習である新之助と、響四郎と一時の愛を交わした千代の、二つの視点――特に新之助の視点を中心に展開される、ユニークな構成の物語です。

 物語の中心になるのは、幕府の直轄領でありながら新田藩に預けられた華島――蝦夷地の花として知られる浜茄子が咲くこの島では、時折、沖合で巨大な影が目撃されるという、怪談めいた噂が囁かれています。
 それをしかし単なる怪談と一笑に付すことができないのは、それにあの水野忠邦が目をつけているらしい――そもそも響四郎はそのために送り込まれたともいえるのですから――だけでなく、新之助と同じく響四郎に従ってきた浜名藩士たちが次々と命を落としたことでも知れます。

 そんな中、成り行きから代官に任じられた新之助が島に潜む謎に挑むのですが――正直に申し上げれば、その謎自体は、時代劇ファンであればすぐに想像がつくものかもしれません。
 しかし、本作が巧みなのは、その謎を核とする物語に様々な要素を配置することにより、物語を良い意味で複雑なものとすることに成功している点でしょう。

 その最たるものが千代の存在です。かつて一度だけの契りを交わした相手を運命の人と信じ、その娘を抱えて女手一人で懸命に生きる――一見、ジャンル違いの物語に思えるこの要素が、本筋にどう結びついていくのか、そして物語をどう落着させるのか。それは、また別の意味でミステリ的な味わいを本作に加える役割を果たしているといえます。


 総じて見れば非常に斬新というわけではないのですが、端正な文章で様々な要素を手堅くまとめ上げた、ウェルメイドというべき作品です。


『紅珊瑚の島に浜茄子が咲く』(山本貴之 日本経済新聞出版) Amazon

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2024.09.29

『鬼武者』 第捌話「魂」

 幻魔兵たちをものともせず、激しく激突する武蔵と小次郎。その戦いは伊右衛門の根城を突き抜け、遥か地底でも続く。一方、脱出する道を探していた佐兵衛とさよの前に、小次郎に斬られて半死半生の伊右衛門が現れる。幻魔になるために手を貸せと迫る伊右衛門に、佐兵衛の答えは……

 いよいよ最終回、ラスボスかと思われた伊右衛門は、武蔵との対決のノイズにしかならんとばかりに佐々木小次郎に両腕両足を斬られるという意外な形で退場(?)し、小次郎との戦いが全編に渡り繰り広げられます。武蔵が鬼の篭手を装着した二刀流を振るう一方で、小次郎は両脇から新たに一対の腕を増やした四刀流で大暴れ、周囲をウロウロする幻魔兵たちを巻き込んでのハイスピードなチャンバラが繰り広げられます。
 前回の闘技場からいつの間にか舞台は移り、深い竪穴にかかった橋の上で対峙する二人。そこで小次郎が放つのは、魔剣ツバメアラシと秘剣ツバメシブキ――まるでマップ兵器のような勢いで幻魔兵を蹴散らす小次郎の大技です(しかし求めているのはこういう剣戟ではないんだよなあ……)。それにしても復活して武蔵とやり合えるのがそんなに嬉しいのか、とにかくムチャクチャに暴れまくる小次郎のおかげで橋は崩落、武蔵だけでなく小次郎まで落ちて――まさか今になって「落ちながら戦ってる」武蔵を見ることになるとは……

 一方、眼の前で起きた惨劇に絶望しかかったさよは、佐兵衛の言葉もあって文字通り立ち上がり、二人で出口を目指します。しかしその行く先には、誰か血まみれの者が這いずった跡が。そして二人が見つけたのは死にかけの伊右衛門――両手両足を失ってボロボロになりながらも、執念のみで生き延びた伊右衛門は、佐兵衛に世界を半分やるから! と竜王みたいなことを言いながら、自分に味方しろと言い出します。
 自分が全ての侍を救うとか、世界に冠たる国にするとか、あと「俺を抱け!(俺を抱き上げて連れていけの意)」とか、相変わらずのナニっぷりですが、何を思ったかそれに乗った佐兵衛は、伊右衛門を幻魔になるための儀式を行うという部屋に連れていきます。そして佐兵衛は――伊右衛門を押さえつけると、何やら丸薬を無理やり飲ませた!

 一人だけ平然としているところが怪しい怪しいと思っていれば、やはり怪しかった佐兵衛。実は彼は、藩から金山のことを知る者全員の口を封じるよう、ただ一人密命を受けていたのです。なるほど、かつて机上演習で伊右衛門を完封して結構根に持たれていただけはありますが――しかし武蔵はともかく、幻魔とか山ほど出てきて焦っただろうな、というのはさておき、いいとこなくトドメを刺された伊右衛門に続いて、とりあえず手近に口を封じるべき相手がいます。そう、さよが……
 あまりに突然の状況に凍りつくさよに近づく佐兵衛ですが、気乗りしないのでやめとこっかとあっさり方向転換。意外と軽めの性格だったのか、適当にごまかしておくといい、さよを見逃します。そしてまだやることがあるというさよと別れ、佐兵衛は己の道を行くのでした。

 一方、地底の更にその下まで落下までして戦い続ける武蔵と小次郎。新たな二本の腕を捨て、ついに物干し竿を抜く小次郎を前に、ついに武蔵も人間をやめることにしたのか、鬼の篭手の力を解放し鬼武者へと覚醒――ここに鬼と幻魔の最後の戦いが始まります。早回しみたいな剣戟を続ける二人ですが、そこに割って入ったのはさよ。本当に無謀としかいいようがない行動ですが、彼女は武蔵が人として両親を斬ってくれたから、両親は人として死ぬことができたと、礼を言いに来たのでした。
 その言葉に人間であることを取り戻した武蔵は、鬼の篭手を捨て、人間として小次郎に向き合います。さよを逃がすと、その場に落ちていた櫂を手に、軽口を絶やさず小次郎と対峙する武蔵。地下が崩れ落ちる中、武蔵と小次郎の対決の行方は……


 というわけで、さよ以外は武蔵も小次郎も佐兵衛も、全員生死不明という形で結末を迎えた本作。とりあえず物語冒頭の寺に鬼の篭手は返されたので、おそらくは武蔵は帰ってきたのだとは思いますが――シーズン2狙いの演出という気も大いにいたします。

 しかし、幻魔を操る伊右衛門との対決よりも小次郎との対決がメインになったのは悪くはないとして(武蔵と小次郎の関係がわからない海外の視聴者は大丈夫なのかな、と心配にはなりますが)、肝心の剣戟が、超スピードで打ち合うか、一瞬の大技を打ち込むかという、剣豪同士の技の対決という印象からは程遠いものだったのはまことに残念。なんのために武蔵を題材にしたのか、さらに言えば時代劇をどう考えているのか……
 さよをはじめ、キャラクターデザインや全体の画作りは悪くなかっただけに、最後まで時代劇としての楽しさ、さらにいえば必然性ががあまり感じられなかったという印象が残りました。


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2024.09.28

栗城祥子『平賀源内の猫』 第12話「遠雷」

 平賀源内と飼い猫のエレキテル、そしてお手伝いの文緒のトリオを主人公に描く『平賀源内の猫』も、嬉しいことに前話からあまり間を置くことなく、新たなエピソードが公開されました。前話で秋田を訪れた源内が出会った新たな才能。その才能を江戸に誘う源内ですが……

 博覧強記で粋な性格の源内、帯電体質でひねくれもののエレキテル、生まれついての赤毛にコンプレックスを持つ文緒――これまで様々な事件に出会ってきた三人(?)は、源内が出羽秋田藩主・佐竹義敦に招かれ、鉱山開発の指導を行うことになったため、秋田に向かうことになります。
 その背後には源内の真意を疑う田沼意次の思惑があったり、文緒の出生の秘密を握るらしい書付を途中で見つけたりと、早くも波乱含みの秋田行き。そんな不穏な空気が漂う出だしでしたが、しかし今回は穏やかな(?)内容でホッとします。

 絵画に凝っているという義敦から、ある藩士の存在を聞かされていた源内。銅山に行く途中に立ち寄った宿に飾られてきた屏風絵の見事さに感心した源内ですが、それこそはその藩士――小田野直武の手によるものでした。
 直武と会い、西洋画の技法を教える源内。そして直武の才能に惚れ込んだ源内は、ある目的のため、彼を江戸に誘います。自身も大いに心動かされた様子の直武ですが、しかし彼は迷いを見せて……


 平賀源内の生涯を扱った作品では、かなりの確率で描かれる秋田行き。その理由は、この小田野直武との出会いがあったからではないか、とすら個人的には考えています。

 江戸から遠く離れた秋田で西洋画の腕を磨き、平賀源内に見出されたことがきっかけで、ある書物の装画を担当し、名を後世に残した直武。そんな彼の後半生は、源内との出会いがあってこそであり、源内の影響力の大きさを物語るものといってよいでしょう。
 そして本作においては、その書物がこれまで大きくクローズアップされてきただけに、ここで彼の存在が描かれるのはむしろ必然といえます。

 しかし本作の直武は、源内の誘いに躊躇いを見せます。それは秋田の藩士であり、何よりも藩主たる義敦に見出された彼にとって、自然な心の動きではありますが――しかしそんな直武に対して、源内は一つの行動をもってその想いを示すのです。

 思えば、かつて源内も高松藩士でありながら、己の夢を追って脱藩した人間。そんな彼にとっては、忠義と己の夢の間で揺れる直武の気持ちは、よく理解できるのでしょう。
(物語の途中、城勤めの娘たちが、自分たちがいかに恵まれた立場にあるか語る場面も、ここに重なってくるものと感じます)
 それでも、時には全てを捨てて――命すら賭けて、何事かを成さねばならない時がある。今回描かれた源内の行動は、まさにそれを身を以て示すものであったといえます。

 そしてそれがまた、源内自身にとっても大きな意味を持つ行動――史実ではないかもしれないけれども、なるほどこう来たかとニヤリとさせられる行動であるあたりが、また実に本作らしい捻りの効かせ方だと嬉しくなるのです。


 先に述べたように今回はあまり重い内容ではなかったのですが、しかしそんな中でも、文緒と源内のこの先に何やら不穏なものを感じさせる場面があったり(特に史実における源内の運命を考えると……)と、まだまだ先には波乱が待っていることを予感させます。
 しかしそれでも本作の源内は、何事かを成すために、この先も己の全てを賭けて突き進むのだろう――そう感じられたエピソードでした。


それにしても源内とエレキテルは、時々明らかに目と目で通じ合っている時があって――実際猫とはそういうものですが――何やら不思議な気分にもなります。
(エレキテル、本当は人間のこと全てわかっているのではないかしらん)


『平賀源内の猫』 第12話「遠雷」(栗城祥子 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon

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2024.09.27

劇団四季『ゴースト&レディ』(その二) もう一人のフロー「たち」と、生きている人間の凄み

 藤田和日郎の『黒博物館 ゴーストアンドレディ』をミュージカル化した、劇団四季『ゴースト&レディ』の、主に原作ファンの視点からの感想の後編です。原作の怪奇と熱血という要素が薄められたこの舞台には、しかし本作ならではの解釈がありました。それは――

 その一つが、デオンのキャラクターです。劇中でフローとグレイに立ちはだかる強敵であるデオンは、実在の人物――作中でも軽く触れられていましたが、フランスの騎士であり外交官、そして異性装を好んだ人物でもありました。
 この舞台においては、それに対してデオンはっきりと女性――それも親によって女性であることを禁じられ、男性として生きることを強いられた存在として描きます。

 図らずもゴーストとなったことで今は女性であることを隠さなくなったデオンですが、しかしその心中にあるのは、女性であることの強烈な屈託――自分が女性でありながら女性という存在を呪い、蔑むという屈折した感情なのです。
 そんな彼女が、女性のまま、己の道を貫き、戦場に立つフローを見た時どう感じるか――原作では一種性的な視線だったそれは、むしろ本作では、自分自身の人生を否定する存在に対する敵意であったと感じられるのです。

 ここにおいてデオンは、グレイだけでなくフローと対置される存在として描かれているといえるでしょう。そしてもう一人、フローと対置される舞台オリジナルのキャラクターがいます。それは大臣の姪であり、クリミアの看護団に加わるエイミーです。
 フローのようになりたいと憧れを抱き、彼女と共にクリミアに向かったエイミー。しかし彼女にとって現地はあまりに過酷な環境であり、フローの励ましを受けつつも、次第に彼女は追い詰められていくことになります。

 その結果、彼女はある選択をするのですが――それはフローにはできなかったもの、フローが捨ててきた道を選ぶことだった、という構図は、極めて象徴的に感じられます。
 デオンとエイミーの二人は、フローのようには生きられなかった、自分自身の望むように生きられなかった女性。いわば「もう一人のフロー」たちを描くことで、本作はフローという人物を、原作とは別の形で掘り下げることに成功したと感じます。
 (そしてこの二人が、共に劇中でフローを殺しかけたというのは、決して偶然ではないのでしょう)


 さらに感心させられたのは、本作が舞台劇であることに極めて自覚的であったことです。そもそも原作は、前回冒頭で触れた黒博物館の学芸員とグレイの会話という形で展開していく物語なのですが、舞台ではその部分をカット。しかしその代わりに、冒頭でグレイは我々観客がゴーストを見ることができる者として語りかけてきます。

 この辺り、なるほど自分たちが学芸員さんなのか!? と感心したのはさておき、考えてみればグレイはシアター・ゴースト。舞台に登場するのにこれ以上適任はないわけですが――しかしその意味付けは、ラストに至り、こちらの想像以上に大きなものとなっていきます。
 詳しい内容には触れませんが、結末でグレイがフローに見せようとしたもの――彼が現世に留まってまで我々に見せようとしたものがなんであったか。それは誰もが知るナイチンゲールの、誰も知らない秘密の物語であり、それはグレイとフローの愛の物語でもあった――それは劇場を愛し、劇場で死に、劇場に憑いた彼にとって、これ以上はない形の告白であったといえるでしょう。


 そんなわけで、本作は原作とはまた異なる形で、己の道を貫き、互いを想いあったゴーストとレディの姿を描いてみせました。それだけでももう十分に魅力的なのですが、しかし魅力はまだ尽きません。クライマックスであるフローと軍医長官との対決において、舞台に上がるのはいつだって生きてる人間――この言葉を我々は痛感させられるのです。
 この場面では、グレイとデオンが戦っている間、フローが身一つで、武器を持った軍医長官と対峙するのですが――ここでのフロー役の谷原志音さんの歌の凄まじさときたら! まさしく全身全霊を叩きつけるようなその凄みは、生きている人間が歌い演じる姿をその場で観るという、観劇でしか味わえないものであったと断言できます。

 実は原作ではここで件の生霊要素が大きくクローズアップされるのですが、もし我々に生霊を見る力があったら、原作で描かれたようなものが見れたのではないか――というのは冗談としても、舞台では薄れていると感じた熱血要素を、全て補って余りある名場面だったというほかありません。


 厳しいことをいえば、フローが死を望む理由が弱いという印象は冒頭からつきまといました。また、ラストで見せた舞台ならではの展開のために、その前の「贈り物」の印象が薄れた感もあります。
 しかしその一方で、舞台上の演出や歌など、劇団四季ならではのレベルの高さを感じさせられる部分も多く(特に亡くなった人間の魂が抜ける場面は、遠目に見るとどうやって演じているのかさっぱりわからない凄さ)、ああいい舞台を見た、と満足できる内容であったのは間違いありません。

 原作の内容を踏まえつつも舞台としての特性を生かし、新たなミュージカルとして描いてみせた本作――終わってみれば原作ファンとしても納得の舞台でした。


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2024.09.26

劇団四季『ゴースト&レディ』(その一) 熱血と怪奇を薄れさせた物語!?

 劇団四季のミュージカル『ゴースト&レディ』を観劇しました。藤田和日郎の伝奇漫画『黒博物館 ゴーストアンドレディ』を原作としつつも、巧みな取捨選択によって新たな味わいを生み出したこの作品について、主に原作ファンの視点から感じた点を中心に紹介いたします。

 19世紀のロンドン、ドルリー・レーン劇場に長く住み着いている幽霊・グレイの前に現れた一人の令嬢。フローと名乗る彼女は、生前、決闘代理人だったというグレイに、自分を殺してほしいと願います。
 看護の道を志しながらも、家族の強い偏見と反対にあって生きる意味を失っていたフロー。彼女に興味を持ったグレイは、絶望の底まで落ちた時に殺すと約束するのでした。

 一度は死を覚悟したことで決意を固め、婚約者とも決別して、クリミア戦争の野戦病院に派遣される看護婦団の団長となったフローと、彼女について(憑いて)いくグレイ。
 しかし、現地で彼女を待っていたのは、軍人たちの非協力的な態度と、あまりに劣悪な環境に次々と命を落としていく負傷者たちの姿でした。それでもグレイの存在に支えられながら、フローは一歩一歩状況を改善していきます。

 そんな彼女の存在疎ましく感じた軍医長官ジョン・ホールは、次々と妨害を仕掛けてきます。それどころか、彼にもまた、ゴーストが憑いていたのです。その名はデオン・ド・ボーモン――名高い騎士にして、決闘で生前のグレイを殺した相手であります。
 ジョンとデオンに苦しめられながらも、フロー――フローレンス・ナイチンゲールは、次第にグレイとの間に絆と愛情を育んでいくのですが……


 クリミア戦争で「クリミアの天使」「ランプを持ったレディ」と呼ばれ、その後の看護教育の礎を築いたフローレンス・ナイチンゲール。そんあ彼女と、劇場に現れる灰色の幽霊の間の不思議なラブストーリーである本作は、冒頭に触れた通り、漫画が原作の作品です。
 原作は、ロンドンに実在する犯罪資料館「黒博物館」に秘蔵される品にまつわる奇譚を語る趣向のシリーズの一つですが、今回の舞台化に当たり、黒博物館の部分はスッパリとカット。もちろん物語の流れは原作を踏まえているのですが、特にクリミアに向かう以前のエピソードを中心に、枝葉をかなり整理した内容になっています。
(個人的には、原作には史実に忠実なあまり少々盛り上がりに欠ける部分や、逆に違和感を感じるアクションシーンもあったと感じていたので、この整理自体は大歓迎です)

 しかしそれ以上に原作と大きく異なるのは「生霊」の要素です。人間の強い負の感情が形になったこの生霊は、奇怪な姿でその人物の背後に立ち、時に周囲にまで与える存在なのですが――舞台ではキャラクターの影を変化させることでこれを表現しつつも、原作よりもその比重は大きく減らされています。
 そもそも、原作ではナイチンゲールもこの生霊を、それも相当に強力なものを背負っており、それが冒頭で彼女に死を願わせる理由となっていたのですが、この点から大きく異なることになります。

 もう一つ、原作ファンから見て大きく印象が異なるのは、物語全体を貫く熱血ものとしての空気感でしょう。元々、原作者は怪奇と熱血を最大の特徴かつ魅力とする作品を一貫して発表してきました。この原作もまた(他の作品よりは度合いは少なめではあるものの)、困難に全身全霊で立ち向かうフローと、軽口を叩きながらも彼女と己の誇りのために死闘に臨むグレイの姿を通じて、読んでいるこちらの体温が上がるような物語が描かれていました。
 その一方でこの舞台は、むしろフローとグレイのロマンスに焦点を当てることにより、大きくその印象を変える形となっています。

 いわば怪奇と熱血を、つまりは先に述べたように原作の特色を薄れさせた舞台。そんな印象を受けた第一幕を観た時点では、原作ファンとして戸惑いがなかったかといえば嘘になります。


 しかし、満を持して、と言いたくなるような姿でデオンが登場して第一幕が終わり、いよいよ物語が盛り上がっていく第二幕を観るうちに、なるほどこの舞台はこういう形で物語を解釈しているのか、と理解できました。

 それは――この続きは長くなりますので次回をご覧下さい。


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2024.09.25

大団円 紫式部が最後まで貫いたもの 森谷明子『源氏供養 草子地宇治十帖』

 長きに渡り描かれてきた、紫式部(香子)を主人公とした平安時代ミステリシリーズも、ついに本作で完結を迎えます。出家し、宇治の庵で一人静かに暮らす香子の周囲で起きる不審な出来事。その一方、遠く九州では異国の脅威が迫り……

 娘の賢子も立派に女房として独り立ちし、自分は出家して余生を送ることを決意した香子。宇治に庵を結び、穏やかな日々を送る香子ですが、源氏物語の続編を望む人々の声は絶えず、東宮位を返上した小一条院の妃・延子からも、続きを促す便りが届きます。

 そんな中、香子の元に常陸と名乗る婦人と、その娘・竹芝の君が訪れます。かつて延子の父・藤原顕光の召人であり、その際に竹芝の君を産んだ常陸は、行き場のない娘を庵に置いてもらえないかと頼みに来たのです。
 快く引き受けた香子ですが、その後、小一条院が宇治を訪れたのと時を同じくして、周囲に不穏な空気が漂います。

 香子の周囲で、猫や馬、さらには下人が、何者かによって毒を盛られる事件が発生。常陸から譲り受けた薬の成分に毒物が含まれていたことから、香子は自分の周囲に犯人がいるのではないかと疑い始めるのでした。

 一方、長年香子に仕え、現在は武士の夫と共に太宰府で暮らす阿手木の暮らしは、刀伊の突然の来襲によって平穏を破られることになります。海からの賊を相手に必死の戦いを繰り広げる武士たちですが、被害は広がるばかり。そんな中、阿手木は自分たちに仕える童の小仲の動きに不審を覚えるのですが……


 『千年の黙』『白の祝宴』『望月のあと』と、作者の作品では、これまで源氏物語や紫式部日記を題材に、紫式部の姿を濃厚なミステリ味と共に描いてきました。本作は残る宇治十帖を題材とした待望の続編にして完結編です。
 光源氏亡き後の世界を舞台に、彼の次の世代である薫と匂宮を中心に展開される宇治十帖。宇治に隠棲する香子がそれを描く中、事件に巻き込まれるというのが、今回の趣向となります。

 物語はその模様を、時に時系列を入れ替えつつ、香子だけでなく、彼女の死後の賢子、さらには藤原実資といった様々な人々の視点から描きます。
 それに加え、ほぼ同時期に遠く離れた九州で起きた、日本史上に残る大事件――いわゆる「刀伊の入寇」を、シリーズでもお馴染みの阿手木の視点で描くという、離れ業にも驚かされます。

 さらに、瑠璃姫やゆかりの君といった、これまでのシリーズで活躍した女性たちも登場するオールスターキャストの華やかさは、完結編にふさわしいものといえるでしょう。


 しかし本作の魅力は、そうしたイベント的な要素だけではありません。これまでの作品がそうであったように、本作もまた、ある視点が貫かれています。それは一人の女性からの視点――運命に傷つき、途方に暮れながらも、それでも何とか生きたいと願い、歩を進める女性からの視点が、本作の最大の魅力ではないでしょうか。

 貴族という一見恵まれた立場に生まれても、家のために、そして自分が生きていくために結婚しなければならない。それでも相手の男にとって自分は唯一の女性ではなく、それを当然のこととして受け入れなければならない。
 そして時には、わずかに残された自分の意思など問題にもしない巨大な力に翻弄されることもある……

 そんな過酷な運命を背負わされた女性たち。本シリーズは、そんな女性たちの姿を描くだけではなく、物語が彼女たちを救う姿をも同時に描いてきました。そしてそれは本作においても変わることはありません。
 宇治で起きる謎めいた事件と、源氏物語――並行して進行する「現実」と「虚構」が交錯し、絡み合った時に生まれる救いの姿。そこには、本作ならではの感動があるのです。


 正直なところ、物語の複雑な構成や、シリーズ読者(そしてこの時代に一定の知識を持った読者)を前提とした人物配置など、無条件に評価しにくい点があることは否めません。

 それでも本作は、これまで作中で描かれてきたテーマを最後まで貫き――そして同時に「源氏物語」成立にまつわる謎をも描ききってみせました。最後の最後に、源氏物語とは縁の深い(そして物語の継承の象徴ともいうべき)あの人物が登場するのも楽しく、大団円という言葉が相応しい作品であることは間違いありません。


『源氏供養 草子地宇治十帖』(森谷明子 創元推理文庫) Amazon


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2024.09.24

決着「腸詰男」そして岩元の過去へ 椎橋寛『岩元先輩ノ推薦』第9巻

 特殊能力者たちを保護し、時にはその暴走を止めるべく奔走してきた陸軍栖鳳中学校の岩元先輩の戦いを描く『岩元先輩ノ推薦』の第九巻は、前巻に続く「腸詰男」との死闘から始まり、大能力者の力を得て暴走する腸詰男との決着が描かれます。そして巻の後半では、岩元の過去を知る男が……

 日本各地で家具や人形に封じ込められたバラバラの肉体を蘇らせる怪人「腸詰男」ブルストマン。触れたものを肉に変える能力を持つ彼の正体は、ドイツ軍の命を受けた能力者――かつてその能力を恐れた人々によりバラバラに封印された大能力者「十三夜の風」を復活させるべく来日した彼を止めるべく、岩元は総力戦を挑みます。

 佐々眼、淡魂をはじめとする能力者たちを結集し、ついにブルストマンに痛撃を与えた岩元。しかし「十三夜の風」の顔と片手を手にしたブルストマンは、なおも己の力を求めて暴れ続けます。
 能力を恐れられ、弾圧された過去から、その立場を逆転させようとするブルストマン。岩元は彼に対してまで保護の手を差し伸べようとするのですが――と、物語は少々意外な、しかし岩元のキャラクターを考えれば、ある意味当然の方向に展開していきます。

 しかし、岩元の理想を誰もが理解し、差し伸べた手を握り返すとは限りません。それを痛いほど感じさせながらも、思わぬところから現れたブルストマンの理解者の存在を描くことで、このエピソードは複雑な余韻を残して終わることになります。


 そして、いつもながらのお騒がせ男・原町が、墨使いの烏賊谷を引っ張り出して謎の「蹴鞠男」を追ったことが、中学校全体を巻き込む大騒動に発展していく短編エピソードを挟んで、物語は思わぬ方向に展開していくことになります。

 橘城先生から休暇を命じられ、ただ一人旅に出た岩元。彼が向かった先は、かつて対決した毒男――の娘・瑠璃が潜む地でした。
 毒男とその妻が、文字通りその身の全てを賭けて逃した瑠璃。彼女にとっては岩元は忌むべき追跡者ですが、岩元にとっては恩人ともいうべき男が遺した愛娘であり、最も守りたい相手にほかなりません。

 一瞬想いを交錯させたものの、再び別れることとなった二人。しかし瑠璃を、無数の奇怪な花が襲います。そこに現れたのは、異常に粘着質かつ常人には理解不能な理屈を振りかざす新たな能力者・能野愛生――彼に捕らえられた瑠璃を救うべく駆けつけた岩元は、相手を知って複雑な表情を見せます。
 実は二人は旧知の間柄、いやそれどころか岩元にとっては天敵同然の相手。それでも戦いを挑む岩元は、かつてない苦戦を強いられることになります。

 その強敵の正体は――なるほど言われてみれば、という「立場」の相手ではあるのですが、ここから物語は、岩元が「先輩」になる前の、彼が栖鳳中学校に至る前の過去に突入するようです。

 既に物語が始まった時点で「先輩」として登場し、その能力を自在に使いこなし、各地の能力者を中学校に「推薦」してきた岩元。しかし考えてみれば、誰が彼を「推薦」し、そこに至るまで何があったのかは、ほとんど語られてきませんでした。
 この巻では、まだその端緒についたばかりですが、これまでの物語から考えれば、彼自身がその能力に苦しみ、そして他の能力者に追われ、戦う姿が描かれるのでしょう。

 一方、岩元の側のストーリーが展開する一方で、物語には新たな勢力が登場します。栖鳳中学校そして岩元とは似て(?)非なる立場を取る彼らの目的は何なのか――あるいは岩元にとって、最大の敵が登場したのかもしれません。
 そしてその真相は、おそらく彼の過去にも繋がっているはず。次巻が待ち遠しい展開です。


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2024.09.23

長徳の変・酒呑童子・刀伊の入寇を結びつける者 町井登志夫 『枕爭子 突撃清少納言』

 『諸葛孔明対卑弥呼』『爆撃聖徳太子』など、歴史小説では斬新な視点から史実に大穴を開けてきた作者。その最新作は、清少納言と長徳の変、そして酒呑童子と刀伊の入寇という、一見まるで無関係に見える要素を結びつけ、壮大な物語を展開する、またもや途方もない作品です。

 兄・伊周にそそのかされ、花山法皇に矢を射た藤原隆家。この事件に乗じて動いた藤原道長により、伊周は臣下の身にありながら大元帥法を行ったと濡れ衣を着せられ、中央から排斥されることになります。
 一方、大陸では遼に押される女真族の長が、娘のリルにある秘命を託し、日本に送り出します。日本と女真の運命を左右する秘命を……

 そして、出会うはずのない男女が出会ったことにより、歴史は大きく動き出します。大江山に棲み着き、京を脅かす異族を、一度は退けた藤原保昌と源頼光。しかし遠く海の向こうに追い払ったはずの異族は、新たな力を得て再び日本に迫ります。
 大宰府を襲った異族に立ち向かうのは、異族の長とは奇怪な因縁で結ばれた藤原隆家。そして一連の事件の中で、清少納言は如何なる役割を果たすのか!?


 長徳の変、酒呑童子、刀伊の入寇――この三つを結びつけ、一つの巨大な物語を作り上げてみせた本作。
 同じ平安時代中期とはいえ、時間的には若干ずれている出来事を結びつけるという、ほとんど三題噺のような趣向ですが、この三つを結びつける(というか、この三つに首を突っ込む)のが清少納言とまでくれば、もはや脱帽。

 なるほど、清少納言は隆家の姉・定子に仕えていたので長德の変はいいとして、後の二つは!? となりますが――当代随一の知識人にして(本作では)とてつもないバイタリティの持ち主だから、と断言されては、もう納得するほかありません。

 とはいえ、描かれる出来事の大半について、実際には清少納言も同時代人以上の繋がりがないため、伝奇ものとして見ても、説得力という点では、作者の過去の作品に比べるとかなり苦しいものがあることは否めません。
 それでも、この国の歴史を日本という「場所」のみに留めず、海の向こうとの関わりを含めて描く視点が変わらないのは、嬉しく感じられます。


 しかしそうした点はあるものの、「鬼」を(たとえ国内の人間にも責任はあるとはいえ)住む土地を失って海を渡って日本に住み着き、そこから日本を侵略しようとする存在と描く設定には、すっきりしないものを感じます。
 いや、それだけであればともかく、その「鬼」たちと日本人の間に生まれた子供たちが行き場をなくし、テロリスト的な存在と化したのに対して、日本側の登場人物が「郷に入っては郷に従えばよかったのに」的な言葉をかけるのは、相当にグロテスクなのではないでしょうか。

 本作の清少納言は、先に述べたように突飛なキャラクターではあるものの、「戦う男」――つまり戦いに逸り、戦いのみを解決手段とする男性に対して、文化を通じて他者と接する女性として描かれていると感じます。
 その点は興味深いのですが、しかしその文化の扱いについて、もう少し書き方があったのではないか――そう感じます。

 もちろん、守るべき土地や守るべき文化があるという大前提は理解できるものの、いまご時世に、この設定をあまり無邪気に楽しんではいられなかった、というのが正直なところではあります。


『枕爭子 突撃清少納言』(町井登志夫 祥伝社文庫) Amazon

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2024.09.22

ついに対面、やさぐれワトソンと詐欺師ホームズ!? 松原利光&青崎有吾『ガス灯野良犬探偵団』第4巻 

 ホームズといえば――というわけで、ついに登場したジョン・H・ワトソン。しかし本作らしく、彼も一筋縄ではいかない性格で、早速ホームズと早速衝突する一方で、二人は思わぬ事件に巻き込まれることになります。その頃、リューイたちは浮浪児たちの間に起きたある変化に気付くのですが――果たして両者を結ぶものとは?

 ある日、共通の知人の紹介でホームズの前に現れた曰くありげな男。彼を一瞥しただけで、戦場帰りの軍医と見抜いたホームズですが、彼はそんなホームズの言葉を信じようとせず……
 と、前巻のラストでついに登場したワトソン。ホームズが初対面でアフガニスタン云々と指摘するのはホームズ譚のお約束(?)ですが、ホームズが自分のことを当てたのは、何かのペテンだと決めてかかるワトソンというのは、本作らしい斬新な味付けでしょう

 そんなこんなでホームズのことを詐欺師だと見なしつつ道案内を頼んだワトソンですが、その途中で二人はレストレードと出会います。女性の親指だけが路上で見つかったという彼の言葉から、たちどころに真相を見抜くホームズですが、その内容を聞いたワトソンは血相を変えます。実は、彼が道案内を頼んだ理由とは、そこである女性を訪ねるためだったのですから。

 一方、リューイたちは、ベイカー街の浮浪児たちが急に羽振りが良くなったことに気付きます。その原因が、パディントン駅の裏に現れて銀貨を配る「お金配りおじさん」だと知るリューイですが、彼はすぐにその銀貨に隠された秘密に気付くのでした。

 路上の女性の親指と、お金配りおじさん。一見無関係な両者は、やがて思わぬ形で結び付くことになります。そしてその中で、リューイは一つの選択を迫られることに……


 ホームズ譚でありながら、これまでワトソンが不在だった本作に、ついに登場したかの人物。しかし、従来ワトソンは良識的な紳士のイメージが強かったのに対し、本作の彼は、戦場帰りのちょっと荒っぽい、やさぐれ気味の男というのがユニークです。
 しかしやさぐれていても心は紳士、そもそも彼がベイカー街を訪れたのは、戦友の遺志のためで――と、そんな彼のキャラクターが、事件に巻き込まれる理由になっているのも巧みです。
(巧みといえば、ここで原典のあの事件を使うか!? というの趣向にも感心)

 そして本作の特徴であり魅力であるリューイとホームズの二重推理も健在ですが、それ以上に目を惹くのは、リューイがある選択を迫られるくだりでしょう。
 事件の真相を暴けば、いま浮浪児たちが得ている幸せが失われてしまう。しかし黙っていれば、人の命が失われてしまう――その間で悩むリューイと、彼に対して一つの問を投げかけるホームズの姿には、物語が始まった時には想像もつかなかった、ある種の絆が感じられます。
(エピソードの中で、本作で出るとは思えなかった原典の台詞が、少し形を変えて引用されかけるのも嬉しい!)

 正直なところ、仲間たちに加えて、ワトソンまでが登場するとなると、必然的にリューイの存在感が薄れてしまうことになりかねません。しかし、作中でジエンが語るように、リューイはこの物語において「道を選ぶ」という重要な役割を担っているのでしょう。
 そして紆余曲折を経て、めでたく(?)同居に至ったホームズとワトソンですが、何やらワトソンには明かせぬ秘密がある様子。この先、それが明かされた時でも、リューイが大きな役割を果たすのではないか――そう感じます。
(といいつつ、今回のエピソードは、ラストまでワトソンが完全に攫っていった感は強いのですが)


 さて、アビーとハドソン夫人の色々温まる単発エピソードに続いて描かれるのは、既に死亡推定時刻を過ぎた時間に、被害者と出会った人間がいるという、奇怪な首なし殺人事件であります。
 事件の奇怪さもさることながら、「えっ、ここで出すの!?」と言いたくなる被害者の名前や、ここに来て再び物語に絡むジエンが所属していた中国マフィアの存在が、否応なしに不穏さを高めます。

 そしてラストには、ついにあの人物の名前が――というところで次巻に続く物語。今のところ必然的にジエンが物語の中心となっており、またもやリューイの出番が少ないのが気になりますが、最後に決めてくれるのは彼だと信じて、次巻を待ちましょう。


『ガス灯野良犬探偵団』第4巻(松原利光&青崎有吾 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon

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2024.09.21

三人の少年たちの新たな一歩 安田剛士『青のミブロ 新選組編』第1巻

 いよいよアニメ放送開始も一ヶ月後に迫った『青のミブロ』、その原作は本書より新選組編に突入します。芹沢鴨という巨大な存在を喪いながらも、「新選組」として大きな一歩を踏み出したミブロたち。その中で、三人の少年たちも、それぞれに大きな飛躍を遂げることになります。

 巨大な壁であり、大いなる理想であった芹沢を死闘の末に倒し、心機一転「新選組」として活動を開始した若者たち。近藤・土方・沖田・藤堂・永倉・原田・山南――そんなお馴染みの面々に加えて、新たな仲間が加わります。
 武田観柳斎、谷三十郎、松原忠司、安藤早太郎――色々な意味で今なおその名を残す豪傑たち(人によっては初登場場面で、さりげなくその後を予見させる言動が入るのが面白コワい。具体的には松原)を加え、組織としての偉容を整えた新選組。その中には、当然ながら三人の少年たちがいます。

 それぞれの立場から芹沢暗殺に関わったにお、太郎、はじめ――背負ったもの、受け止めたものは決して軽くはありませんが、しかし新たな道を歩む決意にかけては、他の誰にも負けない三人です。


 この巻では、そんな三人を中心に、比較的
短いエピソードを重ねる形で、新たなミブロ「新選組」の姿が語られていきます。
 ガラス職人になるために新選組脱退を望む馬越三郎ににおが語る言葉、はじめと会津藩士・斎藤の意外な繋がり、剣士として意外な成長を見せる太郎の増上慢がきっかけで開催される剣術大会――いずれもユルさとテンポの良いギャグを交えつつも、同時に新選組もの、そして青春ものとして成立しているという、いつもながらのバランス感覚が楽しいところです。

 特に剣術大会は、近藤と山南以外はほとんど全員参加という、ある意味夢のイベントですが、面白いのはトーナメントなどではなく、全員一斉に戦うバトルロイヤルという点でしょう。
 たとえ強豪でも、集団であるいは死角から襲いかかられればひとたまりもない――そんな大番狂わせの連続のこの戦いですが、そんな中でもやはり注目は土方vs沖田、におvs太郎vsはじめの対決です。

 この戦い、台風の目が三人の少年であることは言うまでもありませんが、初めから図抜けていたはじめ、永倉という師を得た太郎はともかく、におが剣士としての成長を見せるのは、物語冒頭から見ていた読者ほど意外に感じるかもしれません。
 しかしここである人物が告げるにおの強みは、なるほどと納得のいくものであって、その言葉通りににおが成長したとしたら、かなり面白いことになりそうです。


 しかしこの巻の終盤では、そんな新選組内の明るい雰囲気を吹き飛ばすような怪物が登場します。新選組隊士を次々と血祭りにあげる怪剣士の名は岡田以蔵。いうまでもなく土佐の人斬り以蔵、幕末四大人斬りのあの男です。
 歴史に名を残すだけあって、これまで本作に登場してきた剣士たちとはまた別格の強さですが、その怪物の前に沖田総司が立ちます。いうまでもなく、彼もまた本作では別格の強さを誇る天才。激しく切り結ぶ天才と怪物ですが――その果てに、沖田は意外な言葉を語ります。

 果たしてその意味するところとは――次巻は沖田の秘められた過去が語られることになりそうです。


『青のミブロ 新選組編』第1巻(安田剛士 講談社週刊少年マガジンコミックス) Amazon

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2024.09.20

『鬼武者』 第質話「魁」

 武士の生まれではなかったものの、師である松木兼介に見出され、名前と刀を与えられた伊右衛門。その大望は、太平の世に安住する侍を皆殺しにし、新たに強固な国を築くことだった。その企てへの誘いを蹴った武蔵に対し、新たな剣士を差し向ける伊右衛門。しかしその剣士のとった行動は……

 いよいよラスト一話前、前回の終盤では、伊右衛門に操られる両親に首を絞められるさよを救うため、武蔵が涙ながらに両親の首を落とすという、非常に後味の悪い展開でしたが、今回は諸悪の根源というべき伊右衛門の目的が描かれることになります。

 前回、遊里で生まれた子ながら、少年時代にそこで火事に遭って死んだ武士・伊右衛門の刀を手に入れようとした際に、松木兼介と出会ったことが語られた伊右衛門。学問に剣術にとめざましい才を見せた伊右衛門に惚れ込んだ松木は、彼に元服を許す――つまり武士となることを許します。しかし伊右衛門はとんでもない大望を松木に語ります。「今この世にいる侍は皆殺しにすべき」だと――はい?
 かつての戦国乱世は遠ざかり、今の侍は幕府の飼い犬ばかり。いずれ異国が攻め入ってきた時のため、侍を鍛え直したい。ここは一つ、関ヶ原の戦のような大戦をもう一度起こし、そんな侍たちをふるいにかけ、海の向こうまで打って出られる強国を作るのだ、と、伊右衛門は主張するのですが――現代には中二病という便利な言葉がありますが、不幸だったのは松木が実際に関ヶ原を知る昔ながらの武士であったこと、そして何より、伊右衛門が幻魔と出会ってしまったことでしょう。

 かくして、幻魔の軍勢と、幻魔転生(仮称)した剣士団を率いて大望の実行に乗り出した伊右衛門。えてしてこの手の企ては、味方に誘おうとした相手によって粉砕されるものですが、伊右衛門も武蔵を勧誘――もちろん前回終盤のようなことを仕掛けれた相手の言葉を聞くはずもありませんが、そういう時に、少し痛め付ければ言うことを聞くだろうと勘違いするのも、この手の輩の共通項なのかもしれません。
 そして幻魔兵に囲まれた武蔵の前に、伊右衛門は満を持して一人の男を招きます。長い刀を背負ったその男を目にした武蔵の反応は「いるはずが――否、いないはずがないと思っていたぞ」。そう、その男の名は佐々木小次郎。おそらくは十数年前に巌流島の決闘で武蔵に敗れた男が、その時の姿で現れたのです。

 その小次郎に対して、幻魔転生(仮称)を拒否する武蔵の両の腕を斬り捨てろと命じる伊右衛門ですが――観ているこちらが「あ、これはマズい」と思った瞬間、小次郎が斬り捨てたのは伊右衛門の両の腕! 視聴者の大半が予想したように、幻魔転生(仮称)した剣士が逆らう――というより、戦国を知る猛者が、戦いを知らない青二才の言葉に従うはずもないと予想できなかったのは、伊右衛門の自信過剰が招いたことですが、観ているこちらとしてはザマを見ろとしか言いようがありません。
 本人は幻魔になっていないのか、そのまま地に伏し、血の気を失っていく伊右衛門を尻目に、新たに二本の腕を生やし、四本の腕に四刀を構える小次郎と、鬼の篭手を装着した武蔵――互いにかつてとは異なる力を得た(しかし小次郎が二刀流×2をやってどうする、という気はします)二人の剣士の決闘が始まります。

 周囲の幻魔兵になど目もくれず、剣撃に巻き込んで吹き飛ばしながら、激しく切り結ぶ武蔵と小次郎。もはや、さよも佐兵衛も出る幕なしの戦いの行方は……


 というわけで、基本的に最も盛り上がるラスト一話前のはずですが、主人公を転生させるために体の一部を奪わせようとしたり、陰謀の首魁が配下の最強の剣士にあっさり裏切られるという、何だかもの凄く既視感のある展開になってしまったのは――立場こそ違え、武蔵という共通項があるだけに――悪い意味で驚かされました。
 中二病感溢れる伊右衛門があっさりやられる展開は、それなりに痛快といえなくもありませんが、さて、ここから本作なりの結末をどのようにつけるのか。いささか不安感が漂います。


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2024.09.19

兇賊ジゴマに挑んだ女性文学者が切り開いた道 三上幸四郎『蒼天の鳥』

 第69回江戸川乱歩賞受賞作は、大正末期の鳥取を舞台に、実在の作家と虚構の兇賊が交錯する物語――娘とともに『兇賊ジゴマ』の活動写真を観に行った先で、そのジゴマに男が刺殺される現場を目撃してしまった女流作家が、その後も自分の周囲に出没するジゴマの影に挑むことになります。

 女性の地位向上を目指し、「新しい女」の潮流を訴える作家・田中古代子。作品が中央文壇に認められたことを契機に、彼女は本格的に作家活動を行うため、娘の千鳥と内縁の夫・涌島とともに、故郷の鳥取県気高郡浜村から東京への移住を計画していました。
 そんな折、かつて一世を風靡した活動写真『兇賊ジゴマ』が鳥取で上映されると知り、古代子は娘を連れて出掛けていきます。

 ところが、上映中に館内で火事が発生、取り残された古代子と千鳥が目撃したのは、舞台上に立つ「ジゴマ」の姿――そしてそのジゴマは、館内にいた男を刺殺したではありませんか。
 自分たちにも襲いかかってきたジゴマを無我夢中で退け、浜村まで逃げ帰った二人。しかしその後、その周囲には謎の男たちが出没するようになります。

 そして再び姿を現す「ジゴマ」と、さらなる殺人事件の発生。古代子は否応なく一連の謎に立ち向かわざるを得なくなるのですが……


 日本では明治末期に公開され、大ブームを巻き起こした『ジゴマ』。変装の名人である悪漢・ジゴマを主人公にしたこの作品は、ある意味本国フランス以上の人気を誇った末に、公序良俗に反するという理由で、国から上映禁止とされました。
 それから十年以上を経た大正末期を舞台とする本作は、その「ジゴマ」が現実世界に飛び出し、さらに主人公・古代子と娘を襲うという、何とも不可解かつ魅力的な謎に始まる物語です。

 しかし「ジゴマ」が現実に現れたという最大の謎は脇に置くとしても、そもそも何故ジゴマは鳥取の中心からは離れた小さな村に現れるのか。いや、何故ジゴマは古代子がこの町に住んでいることを知っていたのか? その不気味さが、古代子を追い詰め、苦しめることになります。

 幸い、古代子は決して孤独ではありません。社会運動家であり警察や特高にも屈せず活躍してきた夫・涌島や、作風は違えど自分と同じ女性文学者で親友の尾崎翠、さらには故郷の幼馴染たちが、彼女を支えてくれます。何より、まだ幼いながらも文学の才能を見せる千鳥を守りたいという想いが、彼女に力を与えるのです。

 そして涌島の活躍もあり、徐々に明らかになる「ジゴマ」一味の正体と、その恐るべき陰謀。その一味を一網打尽にするため、古代子も立ち上がります。彼女らしく、そして彼女でなければできない形で……

 間違いなく本作のクライマックスであるこの場面は、シチュエーションの巧みさもあって大いに盛り上がりますが、しかし何よりも胸を打つのは、そこで語られる古代子の想いと覚悟であることは間違いありません。

 現代よりもはるかに強く、女性に対する偏見と差別が横行していたこの時代に、女性のために立ち上がった古代子。そんな彼女が、自分の前に立ちふさがる怪人の理不尽な脅威に対して、女性として――そしてもう一人の「怪人」として挑む。その姿は、いささかストレート過ぎるきらいはあるものの、しかし強く胸を打つものであることは間違いありません。


 と、ここで恥を忍んで白状しますと、私は古代子の史実について全く知らなかった――というよりも(一体どこを見ていたのか)古代子や千鳥、涌島や翠が実在の人物であることに気付きませんでした。
 その彼女たちの事績を知っていれば、物語はさらにドラマチックに感じられたのかもしれません。しかし、いささか言い訳めきますが、それを知らなかったからこそ、物語の結末に記された、彼女たちのその後の姿が、より鮮烈に心に残ります。

 あるいは、彼女たちは一種の時代の徒花であったようにも感じられるかもしれません。しかし、彼女たちが切り開いた道の先に今がある――本作はその一つの象徴である、というのは贔屓の引き倒しかもしれません。
 それでも本作が、この時代に彼女たちが確かに生きた事実を、虚構を通じて描いてみせた物語――ミステリにして歴史小説の佳品であることは間違いないと感じるのです。


『蒼天の鳥』(三上幸四郎 講談社) Amazon

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2024.09.18

今明かされる音無しの剣の、竜之助の秘密! 夢枕獏『ヤマンタカ 大菩薩峠血風録』下巻

 中里介山『大菩薩峠』の世界を舞台に、夢枕獏が土方歳三を主人公にして描く意欲作の下巻です。いよいよ御岳の奉納試合で、繰り広げられる、土方歳三対巽十三郎、机竜之助対宇津木文之丞という二つの因縁の対決。果たして竜之助の「音無しの剣」の正体とは何か、そして彼が背負った宿業とは……

 四年に一度行われる御岳の奉納試合の開始前から流される多くの血。剣士ばかりを狙う辻斬りの下手人と目される宇津木文之丞、老巡礼を斬り捨てた机竜之助、凶賊・丹波の赤犬を死闘の末に倒した土方歳三、その赤犬の弟であり天然理心流の師範代を打ち殺した巽十三郎――甲源一刀流の剣を巡って先代からの因縁がある竜之助と文之丞、兄の仇である歳三を狙うだけでなく、文之丞に助力して机父子の道場を奪わんとする十三郎と、どう考えてもただでは済まない複雑な因縁は、ついに奉納試合での真剣勝負で決着がつくことになります。

 というわけで、この下巻は、誰がどのように勝つのか、そして敗者はどうなってしまうのか――いずれも予想不能な因縁の対決が、前半の大きな見せ場となります。

 歳三の相手である十三郎は、(身も蓋もない言い方ですが)オリジナルキャラであって、その意味では重みは薄く感じられるかもしれません。しかし彼は至近からの一撃すら躱してみせる見切りの達人である上に、軽く打った一撃で相手を内側から破壊する、内割りの秘太刀の使い手であります。
 対する歳三は、度胸は人一倍あるものの、剣の方はまだまだ粗削りな喧嘩殺法で、あまりにも不利――という状況で、彼があの太刀を手に! というのは、ファンとしては非常に盛り上がる展開を迎えることになります。

 一方の竜之助と文之丞は、これはもう原作から引き継がれた因縁の対決ではありますが、文之丞がかなりのパワーアップ――あの沖田総司に深手を負わせるほどの剣技を持ち、そして涼しい顔で恋人のお浜を心身ともにいたぶるという、夢枕作品お馴染みの、怖い感じの美形キャラ的な存在に変貌しているのです。
 さらに文之丞は、音無しの剣の秘密を見抜いたという十三郎の手を借り、不敗の魔剣を破る手立てを見出したというのですが……

 かくして繰り広げられるのは、いずれ劣らぬ強者同士が、己の命と誇りをかけてぶつかり合う、神聖さすら漂う戦い。それは剣豪の戦いというよりも、これまで作者が描いてきた『餓狼伝』『獅子の門』『東天の獅子』、さらには『ゆうえんち』といった格闘ものの空気を感じさせます。


 しかし、物語は御岳の奉納試合、いや死合を終えても、その先があります。そこで語られるのは、竜之助の音無しの剣の、いや、竜之助自身の秘密です。
 これまでの物語で垣間見られた竜之助と父・弾正の確執――その原因と思われる竜之助の母の死の真実とは何か。そして、相手の攻撃を受けることなく斬る音無しの剣の遣い手でありながら、彼の身体に無数に残る刀傷は何を意味するのか。

 作中で描かれてきた様々な謎が一点に集束し、そこに机竜之助という謎めいた男の人物像が浮かび上がる――そしてさらにそれが音無しの剣の秘密へとつながっていく様は、まさに圧巻としか言いようがありません。
(そしてその秘密が、夢枕獏ファン的には「あっ、あれかぁ!」と思わせるものなのも嬉しい)

 そして、ここまで竜之助のドラマを盛り上げつつも、同時に歳三のドラマもまた、それに負けぬ勢いで描かれます。本作の歳三は、先に述べた通り、荒削りで泥臭く、勢いだけで突っ走る男。氷のごとく静謐で何事にも動じない竜之助とは正反対の、炎のような熱さを持つ男です。
 まだ何者でもなく、何も背負っていない。しかし何かに対する渇望に似た想いを持つ男――そんな求道者的な歳三だからこそ、奇怪な宿業を背負い、一種死神めいた存在である竜之助の前に立つことができるのです。

 もちろんそれは一種の作劇法的な構図かもしれません。しかし、仏教思想に基づき人の世の縮図を描いた「大乗小説」たる『大菩薩峠』――その巨峰に挑んだ「地獄の閻魔を殺す者」を冠する物語にとって、それはむしろ必然的とすら感じられる、というのは牽強付会でしょうか。


 そして物語は、そこに至るまでの殺伐さとは裏腹の――いや、むしろその殺伐さがあったからこそ感じられる、途方もない爽やかな結末を迎えることになります。そしてそれは、新しい、もう一つの物語の誕生を描いたからこその感覚なのでしょう。
 本作で描かれるのは、大団円を迎えつつも、その先を夢想したくなる――一種理想的な物語の結末なのです。


『ヤマンタカ 大菩薩峠血風録』下巻(夢枕獏 角川文庫) Amazon

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2024.09.17

「コミック乱ツインズ」2024年10月号

 今月の「コミック乱ツインズ10月号」は『そば屋幻庵』と『前巷説百物語』が表紙を飾っています(『前巷説百物語』は巻頭カラーでもあります)。今回も、印象に残った作品を一つずつご紹介します。

 『前巷説百物語』(日高建男&京極夏彦)
 今回は「周防大蟆」の第二回。ゑんま屋に持ち込まれた仇討ちの助太刀の依頼主は、兄を殺された若侍ですが、彼は仇討ちの相手が無実だと主張し、相手を討つくらいであれば自分が討たれる――それによって相手を自由の身にしたいと語ります。
 しかし藩は彼になんと九人もの助太刀をつけた上、見届人として藩主の息子――次期藩主まで送り込んでくるというではありませんか。さらに依頼人の兄を殺した真犯人はその見届人だという、武士の理不尽さに、又市たちも当然怒りを覚えるのですが……

 というわけで、今回は依頼の説明がメインとなりますが、原作の会話をかなり刈り込んでいるとはいえ、それでも非常に長い会話シーンを漫画として成立させているのは、、特に前回から登場した山崎の台詞回しと動きに代表される、キャラクターたちの芝居の巧みさによるものでしょう。大きな動きをつけて語ったり、台詞を写植ではなく描き文字で示したりと、漫画ならではのテクニックで示すのがとにかく楽しいのです。
(また、本作の山崎の、どこかで見たような鼻と口が印象的なキャラクターが大きな芝居に映える!)

 その一方で、若手連中のディフォルメされた芝居も見どころで、特に原作にない長次の小心っぷり(ああ、だからこそなのだなあと原作読者にしてみれば納得)や林蔵の大げさな寒がりっぷりも楽しい。やはり本作は特にキャラの描き方に力を入れているのだな、と納得します。

 しかし描き方といえば、今回はタッチが少々変わっているというか、下の描線を残したような画なのですが――これはまあこれで。


『かきすて!』(艶々)
 呑気に街道を旅するナツの前に現れたのは、やたらとギャルっぽい巨乳忍びの千代女。ノリの良い彼女と意気投合し、歩き巫女に扮してある村で芸を見せるナツですが、何だか段々妖しげなムードになって……

 というわけでくノ一で歩き巫女といえば! というわけで思わぬピンチに陥るナツ。そもそも今回の任務はといえば、これが今の目で見るとヒドすぎる話なのですが、ナツの天真爛漫さが彼女を助けた、というべきでしょうか。ラストにちょっと伝奇もの的後味があるのも楽しいところです
 しかし本筋以外にも、相変わらずセクハラを受けまくるのおナツ……(本当に凄いね民間信仰)


『口八丁堀』(鈴木あつむ)
 父の痴呆に疲れ果てた内之介が、他藩の趣味の友人から聞かされた出来事――その藩のお家騒動に巻き込まれ、自分に杖を作ってくれている友人が理不尽な裁きにかけられようとしていると知った彼は、その名代を買って出るのですが……

 と、今回はいつもと趣向を変えて、他藩の争い(というより理不尽な吊し上げ)に口を突っ込む内之介。しかしそんな場に、他所の人間、しかも奉行所の人間が加われるかといえば――というわけで、内之介は名代の名代(?)を立てることになる、という二重の仕掛けが施されています。たとえ法理の上では正しくとも、内之介ほど弁の立たない人間がはたして正義を貫けるのか? あの手この手で話を盛り上げる手法に脱帽です。

 その一方で、冒頭とラストに描かれる平津家の問題は深刻極まりないのですが、その解決手段が内之介自身が語るようにあまりにも――で、おそらくは今後の物語に関わってくるのだと思いますが、現時点ではすっきりしない展開なのが残念です。
(ちなみに同様の題材が同じ号の『そば屋幻庵』で扱われているのですが、やはり読者層的に身近なテーマなのかもしれません)


 なお、今月からコミックボーダーに移籍となった『カムヤライド』(久正人)は奇しくも(?)本誌と同じ発売日に更新。詳しくは書きませんが、移籍一回目から大変な展開の大盤振る舞いですので、気になる方は是非。
(いまいち謎だったオトタチバナメタルの「魂遷」の出所が……)


 次号は、久々に『雑兵物語 明日はどっちへ』が掲載されるとのことです。

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2024.09.16

白凜之の過去、そして信念を貫いた代償 青木朋『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第10巻

 記念すべき第十巻ですが、物語の方は更なる激動の展開に突入します。宋と遼の間の密約を知り、追求する白凜之と皇太子。しかしその背後には、思いもよらぬ巨大な存在が待ち受けていました。再び歴史が動き出す中、己の信じるところを貫いた凜之を待つ、残酷な運命は……

 再び親善使節として宋を訪れた際、行方をくらましている遼皇帝・アグーとの対面を可能とする割符の存在を知ったアイラ。数々の冒険の末に割符を発見したアイラと康王ですが、その結果、アグーに宋の毒物兵器を横流ししている者がいることを知ります。
 その名は、蔡大学士――権力を恣にする蔡京の子にして、皇帝の寵臣。この国の権力の中枢に居る彼の名を知って驚く二人は、さらに意外な真実を知るのでした。

 一方、かつての婚約者である閻月琴という後ろ盾を得て、研究に打ち込む白凜之は、その彼女が毒物兵器を密かに作り、横流しに加担していたことを知ることになります。
 かつて、女性ながら学問に強い興味を抱き、優秀な技術者であった司馬公奇に弟子入りした月琴。そこで公奇の息子・嚴――白凜之と出会い、そして許嫁同士となった二人ですが、運命の変転で引き離されたのでした。

 それがようやく再会し、共に働くようになったと思いきや、再び立場を違えた二人。それでも、自分の信念を貫く凜之ですが……


 前巻では出番がかなり少なかったのに対し、この巻では再び前面に登場することになった白凜之。これまで彼の過去については断片的に語られるのみでしたが、今回、その過去の全容が描かれることになります。

 尊敬する父・公奇との生活と月琴との出会い。公奇の死と一族の没落。月琴との婚約解消と出家。そこでの皇太子との偶然の出会い――そして出家しても続けてきた研究を皇太子に見出され、彼は物語冒頭に登場した姿となったのです。

 彼の運命の変転のきっかけとなったのは、西夏の鉄騎兵に父が殺されたことであり、それが凜之の兵器研究の原動力でもあったのですが――しかしアイラと出会ったことで、彼の心に変化が生じました。
 はたして金の人々に対して兵器を用いることが――敵対することが正しいのか? これまでの物語を見れば、十分頷ける凜之の考えの変化ですが、そんな彼からすれば、月琴の行動は、看過できるものではありません。

 しかし月琴の背後にいたのは、蔡大学士をも上回る巨大な存在。それでも己の信じるところを貫こうとした凜之ですが――それはまさに蟷螂の斧というほかなかったのです。


 もちろん、宋という国の立場から考えれば、凜之の方が異端であることは間違いありません。しかしそれでもなお、凜之が直面することになった真実には――それは現代の我々だからこそ感じられるものかもしれませんが――人の道に背くものとして、違和感と嫌悪感を感じることは否めません。
(まあ、身も蓋もないことを言ってしまえばこの展開によって、この先の宋側の人々の運命に対して、読者の同情心を薄れさせるのは、なるほどと思ってしまうのですが……)

 しかし、こうした場合、人として正しい道を歩もうとした者がどのような運命を辿ることになるか、我々は様々な物語を通じて知っています。
 というより、この巻のラストで描かれた凜之の姿は、「あっ、これ水滸伝で見たやつだ!」となるのですが――さて、水滸伝のように、窮地の彼に助けは現れるのか。

 いずれにしても、この先の彼はどこに向かって歩むのか――更に言ってしまえば、彼は誰につくのか。何とも気になるこの巻のラストなのです。


『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第10巻(青木朋 秋田書店ボニータコミックス) Amazon


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2024.09.15

「喪失」と背中合わせの「秘密」を抱えた人々の住むところ 飴石『開花アパートメント』第1-2巻

 大正末期の先進的な集合住宅「開花アパートメント」を舞台に、いずれも秘密を抱えた人々が出会い、交錯するミステリアスな物語、それが本作です。新たな開花アパートメントの住人であり、様々な人々の秘密を知ることになる翻訳家の藤もまた、大きな秘密を抱えていて……

 スパニッシュミッション式の建築様式で、上品に装飾された各部屋には電話が備え付けられ、地階には自動車庫や理髪所、一階には食堂や社交室が入った高級集合住宅「開花アパートメント」。
 そこに新たに入居した翻訳家の藤は、同じ入居者で探偵を営んでいるという東条とその助手の少年・真と知り合います。藤が文壇の人間と知った二人は、最近亡くなった作家・麒島麟太郞の未完の長編『誰が袖』を話題に出しますが、藤はそれに対して微妙な表情を見せます。

 実は麒島の弟子であった藤。そして『誰が袖』には師弟の運命を変えた秘密が隠されていて……


 そんな藤の秘密を語る物語から始まり、本作はアパートメントの入居者たちが抱える様々な「秘密」を明らかにしていきます。

 夫を殺したと噂された妙なる美声の「毒殺婦人」、不自然なほどに仲睦まじい二組の夫婦、明け方の踊り場で寄り添い立つ瓜二つの「姉妹」、無人の家に送り続けられる手紙、青が印象的な絵を描き続ける画家とその秘密を知る姪……
 本作は藤、そして東上と真を狂言回し的な存在として、そんな人々の物語を描き出します。

 そこで描かれるのは、際立って現実から遊離した幻妖怪奇なものではないものの、しかし現実から半歩踏み出したような奇妙な出来事。そして同時に、その中に垣間見える人の情には、どこか共感できるものがあります。
 それを端正で、それでいて耽美さを感じさせる絵柄によって静かに描いていく物語は、決して派手ではないからこそ、こちらを深く引き込む力を持ちます。

 そして、そんな物語の中心にある様々な「秘密」は、「喪失」と背中合わせという共通項を持ちます。
 尊敬する人物や愛する人が、この世から喪われる、あるいは手の届かないところに行ってしまう――そんな「喪失」から生まれた「秘密」、そして「秘密」から生まれた「喪失」が、本作では描かれます。

 秘密によって得られるものはなく、ただ失われていくばかり。それでも、いやそれだからこそ秘密を手放すことはできない――そんな悲しい人間心理にもまた、深く頷かされます。


 そんな本作で描かれる人々の中で特に印象に残るのは、その美声とは裏腹に不幸な過去を持つ未亡人・静子と、お姉様になりたいと事あるごとに真に絡む少女・八千代です。

 二人がそれぞれに抱える深い屈託も心に残りますが、それだけでなく、それを抱えながらも日々を送る――明るさが見えない中でも手探りで生き続ける二人の姿は、この物語の象徴とも感じられます。
 そして同時に、そんな二人がそれぞれに抱えたものを語り、少しずつ寄り添っていく姿を描くエピソード「告解」は、そんな中での一つの希望を描いているといってよいでしょう。
(ちなみに人魚にも喩えられる静子の蠱惑的な声の表現は、まさに漫画でしかできないものであり、必見です)


 そして第二巻のラストでは、名門学校に通う闊達な青年ながら、孤児という出自に劣等感を抱える春雄と真との出会いが描かれます。
 東条に持ち込まれた橋の上に現れるという幽霊の噂と、彼にはいかなる関係があるのか――それを知るためにも、第三巻の刊行を心待ちにしているところです。


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2024.09.14

柳生最強決戦、十兵衛対左門の死闘 上田秀人『勘定侍 柳生真剣勝負 八 愚王』

 個人的に先が楽しみで仕方ないシリーズの最新巻は、徳川家光の暴走が、さらなる暴走を招くことになります。柳生潰滅を命じる密書に乱心し、次々と柳生の藩士を手に掛ける左門。その地獄絵図を目の当たりにした一夜と十兵衛は、はたしてどのように動くのでしょうか?

 家光からの深すぎる寵愛を憂慮した宗矩によって、病気の名目で柳生の庄に逼塞させられていた左門。それでも彼を諦めきれない家光の行動は、これまで周囲に様々な波紋を呼んできましたが、ついにそれが爆発する日がやってきました。

 家光から左門に届けられた密書――その内容は「柳生を滅ぼせ」。柳生を滅ぼして宗矩を排除し、しかる後に左門に新たな柳生家を作らせるという、まさに「愚王」としかいいようのない家光の発想です。
 しかし恋人同士通じ合うものがあるのか、この密書を受けて左門は嬉々として柳生の庄の家士たちを――かつての同門の剣士たちに襲いかかります。柳生最強の剣士である彼はもはや鉄砲でも止められず、柳生の庄は地獄と化すことになります。

 一方、前作から引き続き大坂へ向けて旅する一夜と十兵衛ですが、武士を毛嫌いする一夜ながら、唯一認める十兵衛には完全に打ち解けているのが嬉しく感じられます。
 特に、ついに十兵衛を「兄はん」と呼ぶようになった一夜と、感動してもう一度呼んでくれと言い出す十兵衛の姿は実に微笑ましい名シーン。それぞれに傑出した才を持ちながらも、ある意味孤独な存在だった二人が、初めて信じられる血縁を持った姿は、実に感動的です。
(しかしそんな中での一夜のある言葉には、史実に照らすと不吉なものを感じるわけですが――まだまだ先のことではあります)

 しかしそんな二人の微笑ましい旅は、左門が生んだ地獄に遭遇して、一転することになります。
 左門を止めることができるのはもはや十兵衛のみ。そして十兵衛の頼みを受け、一夜は捨ててきたはずの江戸の柳生屋敷に、急を知らせるために戻ることに……


 柳生家が舞台とはいえ、主人公の一夜が剣士ではないということもあり、本シリーズではこれまで剣戟シーンは多いものの、死闘と呼べる戦いは少なかった印象がありました。つまりは互角の相手同士、好敵手同士の戦いがなかったということですが、この巻のメインとなる十兵衛vs左門は、まさに死闘と呼ぶに相応しい戦いです。
 何しろ本作の十兵衛が己の才能を努力で伸ばしてきた剣士だとすれば、左門はまさに天才。共に柳生最強の、しかしタイプの異なる剣士の対決が、盛り上がらないはずがありません。

 しかし二人の腕はわずかに左門が上で、十兵衛にとっては正面からの対決は不利。しかし左門も決して傷を負うことができない(何故なら綺麗な体で家光に会いたいから、というもの凄い説得力)という、それぞれに真っ向勝負は避けたい状況にあります。
 そんな中でいかに自分に有利な状況を作り出すか――試合ではなくまさに実戦というべき二人の対決の結末は、先行する作品へのリスペクトが感じられる部分もあり、大いに満足できました。


 そんな死闘の一方で、一夜は少々割りを食ってしまった感があります。しかしこれまでの旅では十兵衛に守ってもらってきたのに対し、己の才覚で――いかにも一夜らしい形で江戸に帰還してみせるのは、本作ならではの面白さであることは間違いありません。

 しかし嬉しいのは、元々江戸での柳生屋敷の面々の言動にあきれ果てて飛び出してきた彼が、十兵衛の頼みとあらばと、戻ってみせたことでしょう。
 十兵衛と離れた今、虎口ともいえる場所に敢えて飛び込む――もちろん、きっちりと彼なりの対策を講じた上ではありますが――彼の姿は、やはり本作の主人公よ、と思わされるのです。
(その一方で、江戸から大坂への逃避行を続ける永和と佐夜の立場が、ちょっと微妙な感じになってしまいましたが……)


 しかし、十兵衛・一夜「兄弟」の活躍で最悪の状況からは逃れたものの、まだ柳生家が危機を脱したわけではありません。この後始末をいかにつけてみせるのか――宗矩の裏工作による会津側の騒動もいよいよ動き出したこともあり、クライマックスは近いのかもしれません。


『勘定侍 柳生真剣勝負 八 愚王』(上田秀人 小学館文庫) Amazon

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2024.09.13

『君とゆきて咲く~新選組青春録~』  最終話「満開の花火の下で」

 坂本龍馬のもとに出入りしていたため、長州の間者疑惑をかけられた丘十郎。しかし幹部たちの会議の場で、伊東甲子太郎は長州から得た情報として、大作こそが真の間者であると明かす。しかし近藤は、かつて池田屋事件の際に見せた大作の誠を信じ、彼を逃がす。しかし土方は丘十郎に裏切り者を斬るよう命じて……

(以下、ドラマと原作の核心に触れますのでご了承下さい)

 いきなり丘十郎が長州の間者疑惑で捕らえられ、急展開で迎えた最終回。冒頭では土方・斎藤・原田・伊東・鈴木らが集まり、丘十郎についての会議が行われます。原田が吼え、斎藤が鋭く追求する中、伊東は実は桂から取り引きを持ちかけられ、自分が新選組を裏切ると見せかけて間者の正体を教えられたと明かします。
 その模様を廊下で立ち聞きしていた近藤は、丁度駆けつけた大作を怖い顔で捕まえ、屯所の外に引きずり出します。ああ、近藤もこのまま桂の策にはまり、大作を裏切り者として斬り捨てるのか、と悲しい気分で観ていると、意外にも近藤は大作に「ゆけ」と促します――あの池田屋事件の発端となった長州の密書を渡してくれたことで、お前の誠を知ったからだ、と告げて。微妙な表情の近藤、そして満面の笑みで見送る沖田を背に、大作は夜の闇に消えます。

 無罪放免となった丘十郎(しかし前回の引きは、全く意味がなかったことに――単なる鈴木の逆恨みだったということでしょうか)ですが、当然これで物語が終わるはずもありません。彼の前にに現れた土方は、大作こそが長州の間者であったと告げ、裏切り者を斬るよう命じます。
 原作でも土方は丘十郎に大作を斬れと命じますが、あちらは大義名分ばかりで人の情を感じさせない態度だったのに対し、こちらでは「俺は鬼の土方だ」と、本当の鬼が言いそうもないことを言います。勘の良い方であれば、ここでオッとなりますが……

 周囲の思惑はさておき、祭りで賑わう夜の町を、彷徨いながら、かつての大作との思い出に浸る丘十郎。そしてその前に現れた大作とともに、まるで何事もなかったように仲の良い友人らしく、二人は花火の下を歩きます。そして大作はそんな自分の状況をこう語ります。「夢を見ているのかもしれない。一度死んだ俺が見ている長い長い走馬灯」「君とゆくこの道を 満開の光の花が咲く中で……」

 しかし、人気のない場所に大作を誘った丘十郎は、大作に真実を問いかけます。それに対して、大作は庄内との関係を明かし、この時を待っていたと丘十郎に刃を向けます。どう考えても無理のある言葉ですが、しかしもう誰も彼を止めることはできません。そのまま激しく切り結び、互いに傷を負った二人ですが、最後には丘十郎の一刀に、大作が倒れることになります。そして観念したような大作に向けて、丘十郎は刃を振り下ろして……

 こうして物語は、ついに第一話冒頭で描かれた場面に戻ります。しかし丘十郎の刃は、大作には触れません。お前を斬ったら、俺の心は死ぬ――その丘十郎の言葉が、彼の想いを全て物語っているといえるでしょう。
 それでも、二人が共に逃げることはできません。それは大作が、丘十郎に最もさせたくない生き方だから――それを悟った丘十郎はその場から一人去ります――己の心を斬ってきた刀を置いて。

 その頃、土方は近藤や沖田と共に、丘十郎と大作の行方を語ります。やはり二人が新選組を去ることを予期していた土方は、まさか二人がこんなややこしい状況で斬り合っていたとは思っていないでしょう。それはともかく、「本当の友は斬れない」と語る彼は、芹沢の最期という呪いを乗り越えたように感じられます。

 そして、龍馬の手引きで海を越え、海外へと旅立つ丘十郎。一方、残された大作の前には、桂が現れます。もう気が済んだじゃろ、と声をかける彼の真意は――さすがにあれだけやらかした大作を無罪放免とは思えませんが、なんとなく見逃しそうな気がしないでもありません。というか、二人のことつけてたのかこの人……
 この状況で、果たして二人が再び巡り会えるかはわかりません。しかしこれが悲劇に終わった原作とはまた異なる、小さな希望の感じられる結末であることは間違いありません。(原作のラストでは激昂して丘十郎に斬りかかった桂も、また別の運命を辿ったといえます)


 二クールという長さを活かしきれていなかった点は色々とありますが、終わってみれば出演者たちの好演もあり、原作のアナザールートとして、楽しめる作品であったかと思います。
 上で引用した大作のセリフにも二周目感がある、というのはさすがにこじつけですが……


関連サイト
公式サイト

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2024.09.12

南部の忍び、金山の謎に挑む? 桜井真城『雪渡の黒つぐみ』

 江戸時代初期の東北を舞台に、隠密たちのサスペンスフルな暗闘を描く、ユニークな活劇です。伊達家の黒脛巾組の暗躍を探るため、金山に潜入することになった南部家の隠密・間盗組の景信。伴天連門徒や謎の邪教集団も絡み、複雑怪奇な状況の中で、いまいち頼りない彼の活躍やいかに?

 城代の娘の侍女・紫野が黒脛巾組の隠密と知り、密会相手を捕えるべく待ち伏せた、間盗役の望月景信。間盗役でも唯一の声色使いである彼は、紫野に化けて密会場所に出向くものの、相手に見破られた上、捕えようとした相手は自害してしまうという失策をしてしまうのでした。
 陰険な上役の浅沼にここぞとばかりに責め立てられた景信は、苦し紛れに紫野を転向させ、彼女と共に潜入先である鹿角に向かうことになります。

 南部領随一の金山であり、諸国から逃れてきた伴天連門徒が大勢いるという鹿角の白根金山。そこで何かが行われていると睨む景信ですが、紫野が何者かに殺され、後から助っ人としてやってきたという豆助と共に、金山に向かうことになります。

 その金山の麓の町で、景信は、父が東北を騒がす邪教・大眼宗に関わって出奔したため金山にいられなくなり、女郎になるという娘・鈴音と出会い、強く惹きつけられます。
 そして、堀子だった鈴音の父と働いていたという金名子(堀子たちの取り纏め役)の重蔵と知り合った景信と豆助は、彼の口利きで金山で働くことになるのでした。

 実は伝道師の助手を務めるという重蔵をはじめ、山の人々から伴天連宗の情報を集める二人。しかしその周囲は俄にきな臭くなっていきます。
 豆助も本当に信頼できるのか定かではない状況で、景信は鈴音に接近して伴天連宗、そして大眼宗の謎を追うのですが……


 どうしても知名度が高く、何かと動きの派手な伊達家の陰に隠れがちな南部家ですが、しかし東北の戦国時代を生き抜いて江戸時代を迎えただけあって、なかなかどうして面白いエピソードを持つ大名家です。

 本作は、そんな南部家がかつての強敵――そして今は油断ならぬ隣人である伊達家と繰り広げる諜報戦を描いた物語ですが、その題材として、金山とそこに集まる伴天連門徒(キリスト教徒)を扱うのが趣向です。

 この時代は既に禁教令が全国に広まっていたものの、金山は治外法権。そこに伴天連門徒が集まって――というのは、必ずしも本作の創作ではなく、史実に基づいたものです。
 さらにいえば、本作の冒頭で描かれる、大眼宗が出羽の横手城を襲撃し、囚われた大導師を奪還したという、あまりにフィクションさながらの事件も、そしてこの大導師と本作に登場するある人物との関わりも……

 こうした、実に面白い題材ながら取り上げられることの少なかった、東北の伴天連宗門と大眼宗を題材にしたのは、見事な着眼点というべきでしょう。


 そしてそれを背景に、南部家と伊達家の諜報戦が展開され、誰が味方で誰が敵かわからない暗闘が繰り広げられる――というのも面白いのですが、引っかかるのは主人公である景信のキャラクターです。

 声色使いとしてあらゆる声を真似できるという、唯一無二の能力を持つ景信。しかしそのメンタリティは隠密というにはあまりに未熟で、諜報戦の中で右往左往する姿が目立ちます。
 特にヒロインの一人である鈴音に対してはほとんど執着としかいえない態度を見せ、かなりいきあたりばったりに行動する姿は、物語の緊迫感を大きく削ぎかねない(それはそれで一種の緊迫感を生むといえばいえますが……)と感じます。

 声色使いの能力も、終盤のある場面で非常に面白い使い方をするものの、それ以外ではあまり活用されていると言い難く状態です。もちろんその未熟さが、逆に物語をスリリングなものとしているといえないこともありませんが、彼が作中で大きく成長するわけでもなく、もう少しプロらしくしても、というのが正直な印象です。

 さらにいえば、当時の伴天連門徒が置かれた状況に対して物語がほとんど無頓着なのも、(これはこれで一つの書き方ではありますが)もう少し描きようがあったのではないかと感じます。


 題材としてはまだまだ珍しい(といっても絶無ではないのですが)だけに、色々と勿体ない作品だと感じたところです。


『雪渡の黒つぐみ』(桜井真城 講談社) Amazon

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2024.09.11

激突、バグ対王道! 松井優征『逃げ上手の若君』第17巻

 単行本の中扉にて懐かしい姿で宣伝されているとおり、アニメも好評放送中の『逃げ上手の若君』ですが、単行本の方では、青野原の戦いがクライマックスを迎えます。数々の強敵を退けたはずが、その先に待ち受けていたとんでもない怪物・土岐頼遠。しかし、その先にもさらなる強敵たちが……

 北畠顕家の下で足利勢との戦いを再開し、見事鎌倉を奪還し、その勢いのまま西進する時行と逃者党。顕家の、そしてその下の奥州武士たちの一筋縄ではいかない個性に振り回されつつも、時行は彼らの人となりを知り、交流を深めていきます。
 そして迎えた青野原の戦いでは、時行と弧次郎が、それぞれかつての宿敵を打ち破り、「一人前」を勝ち取ったのですが――しかし顕家の本隊が、怪物によって壊滅寸前に!

 というところで登場したのは、原作(?)である太平記でその異常な強さを誇った土岐頼遠。本作における頼遠は、部下たちを人間とも思わず、部下たちもそれを当然と受け容れてしまう、「バグ」とまで公式に評されるほどの怪物です。
 部下たちを炸裂弾のように無造作に顕家たちの陣に放り込み、周囲ごと爆散させるという異常な戦法で、圧倒的な戦力差をものともしない頼遠に、あの顕家があわやのところまで追い詰められることに……

 というわけで、これまでにもさまざまな怪物や変態が登場してきた本作の中でも、「一体どうすれば倒せるんだこんなの……」感溢れる怪物・頼遠。これまであれほど頼もしかった奥州勢でさえ押される一方、時行と逃者党も苦戦を強いられるばかりですが――しかし、それで終わるわけはありません。
 今や軍師役を務める雫の策によって、時行たちが彼ららしい形で揺さぶりをかけ、奥州武士たちも反撃開始。そしてそこから顕家が、実に彼らしい大晦日感溢れるド派手な形で(ここで顕家に関するある史実を連想させるのが心憎い!)決めてみせる――痛快とも見事ともいうほかありません。

 そしてそこに現れているのは、頼遠はもちろん、尊氏らとも全く異なる顕家のスタイルであり、理想にほかなりません。「公武合体」「祭り」――二つのキーワードで示されるそれは、まさに本作の顕家ならではのものであり、時行がその下で戦うに相応しい存在だと感じられます。

 頼遠のバグっぷりで戦慄させつつも、終わってみれば顕家たちがある意味正当派の戦い方で勝利した上に、自分たちのあるべき姿を見せた、まさに王道の戦いであったというべきでしょうか。


 しかしもちろん、顕家と足利勢の戦いは続きます。続いてついに姿を現すのは、高師直――太平記でも最大のヒールという印象がありますが、本作でも合理性の権化として、頼遠とは別の意味で、人を人とも思わぬ彼が、ついに動き出します。
 そしてその先陣を切るのは高師冬――仮面をつけてはいるものの、バレバレなその正体は、かつては時行の師であり、郎党であったあの男であります。

 正直なところ郎党時代の彼には、強いは強いけれども、どこか歯がゆい印象もありましたが、しかしその軛が外れた姿は実に強力。味方時代にもっと早くその力を発揮しろよ! と言いたくなるその姿には、ある意味大いに盛り上がるといってよいでしょうか。

 そしてその強豪ぶりが、歴史上諸説ある顕家軍の進路決定に繋がるという展開も、実に面白いのですが――考えさせられるのは、なぜわざわざ、師冬の正体に、このような大きなアレンジを加えたかです。その理由は必ずあるはずですが、今はまだ見えないそれを、楽しみに待ちたいと思います。


 そして、何だか妖しい感じがなきにしもあらずな顕家の時行への妙な優しさや、ある意味完全に少年漫画の域を超えてしまった夏の裏切り騒動を経て、再び師直軍と対峙する顕家たち。
 しかし増援として加わった部隊はむしろ足を引っ張るばかりで、悪い予感ばかりが募ります。そしてそれが早くも当たり、ここであまりにも突然の犠牲が――と思いきや、さらに突然に明かされるある真実が!

 さすがにいくらなんでもちょっと突拍子もなさすぎるのでは、と思いつつ、さてそれをどう料理してみせるのか、早くも次巻が楽しみです。


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2024.09.10

『鬼武者』 第陸話「鬼」

 ついに金鉱内部に足を踏み入れた武蔵たち。彼らが目にしたのは、西洋風の建築が存在する不思議な空間だった。そこに現れた西洋人の執事風の男・或触奴は、武蔵たちに伊右衛門の仲間になるよう誘う。当然それを拒んだ武蔵たちに、人間戦車に乗って襲いかかる或触奴。その機動力に苦しむ武蔵たちだが……

 残すところ三話まできて、ついに敵の本拠地に突入した今回。坑道を通り抜けたその先に存在する、洋館のエントランスのような全く場違いな空間に現れたのは、伊右衛門の執事を務めていると思しき白髯の外国人・或触奴(アルフレッド)――彼はこの本拠地がいかに堅固であるか、幕府はおろか外国の軍勢に攻められてもびくともしないといささか誇大妄想的に説明した上に、死んだ者も剣技は生前のまま、魂は魔物の魔人云々(ちょっと違う)的なことまで言い出します。
 そして、闘技場めいた場所で、伊右衛門の味方になるよう促す或触奴ですが、武蔵たちがそれを肯うはずもありません。それに対して、これまでの慇懃無礼さはどこへやら、高木渉がcvを担当するのも納得なエキセントリックさ全開で武蔵たちの抹殺を悪趣味に宣言する或触奴ですが――彼の後方から突如一本の矢が放たれ、その後も次々と矢が襲いかかります。

 その矢を放っているのは騎馬武者――と思いきや、馬に乗った武者ではなく、下半身が馬になった武者! この馬武者が引く戦車(チャリオット)に飛び乗った或触奴は、新型銃を乱射して襲いかかります。闘技場という開けた場所で凄まじいスピードで走り回り、或触奴の銃と馬武者の矢という飛び道具で攻撃する――一方的に攻撃されるしかない武蔵たちは、圧倒的不利な状況に追い込まれます。
 そこで何かを覚悟した表情を見せたのは平九郎――真正面から敵に向かっていく彼は、何やら煙幕のようなものを放ちます。その正体は、一息吸うだけで目が回り、脳髄が揺り動かされる幻覚剤――しかしどう見ても人外の馬武者と或触奴に人間用の毒が効くとも思えません。が、平九郎には毒をパワーアップさせる最後の手段がありました。それは粉に生き血をまぶすこと――そのために自ら矢を受け、吹き出る血が煙と混ざった時、或触奴たちにも毒が効果を発揮した!

 高木渉がcvを担当するのも納得なラリっぷりで苦しむ或触奴を、鬼の篭手の一閃で倒す武蔵――てっきり幻魔化してパワーアップするかと思いきや、あっさりと或触奴は退場し、代わってその場には、さよの両親が現れます。どう考えても悪い予感がするものの、そんなことは気にせずさよは両親に飛びきますが――当然ながらというべきか、二人は突然さよの首を締め始めます。
 そこに現れた伊右衛門は、ありがちなエキセントリックさで武蔵たちを煽ります。さよを助けるためには両親を殺すしかない、と……

 その言葉に応じ、躊躇なく二人の首を落とす武蔵。娘の前で親の首を落とすとはまさに鬼武者! と非常に厭な感じでタイトルを回収する伊右衛門に対し、涙を流しながら怒りを露わにする武蔵――と、どう転んでもこの後ただでは済まない場面で、次回に続きます。


 そんなわけでクライマックスに向けて盛り上がるかに見えた今回ですが、なんだか平九郎が突然便利な技を発動させた上に、その発動条件のために犠牲になるという展開は(こういう言葉はできるだけ使いたくないのですが)あまりにもご都合主義的すぎて、逆に興醒めした、というのが正直な気分です。
 こうなってくるとなんでもネガティブに見えてくるもので、ラストもべつに首を斬らなくても止めることはできたのでは――と感じてしまい、死にイベントを消化したという印象ばかりが残った回でした。

 果たして、残る二話でどれだけ盛り上げることができるのでしょうか……


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2024.09.09

「エリマキ」の男と追う、妻の亡霊の謎 北沢陶『をんごく』

 第43回横溝正史ミステリ&ホラー大賞史上初の三冠受賞、「このホラーがすごい! 2024年版」第3位と話題に事欠かない『をんごく』――大正時代の大阪船場を舞台に、亡き妻の面影を追い求める画家が、霊を喰らう奇妙な存在と共に、妻の亡霊にまつわる謎と恐怖を追う物語です。

 関東大震災で焼け出され、実家のある大阪船場に帰った画家の壮一郎。しかし、震災で負った傷がもとで妻・倭子を喪った彼は、強い喪失感に苛まれることになります。
 未練のあまり巫女に降霊を依頼した壮一郎ですが、降霊はうまくいかず、それどころか「奥さんは普通の霊と違う」と告げられてしまい。そしてそれを裏付けるように、壮一郎の家では次々と奇妙な出来事が起こり、彼自身も妻の不気味な声や気配を感じるのでした。

 そんなある日、壮一郎の前に襟巻きのようなものを巻いた奇妙な男(?)が現れます。見る人によって異なる顔を見せるにもかかわらず、壮一郎の目にはのっぺらぼうのように顔のないものとして映るその存在――通称「エリマキ」は、死を自覚していない霊を喰らっていると語り、倭子の霊をも喰らおうとします。

 しかし、大量の異常な気配に阻まれ、倭子の霊を喰らうことに失敗するエリマキ。さらに周囲に犠牲者が出るまでに至ったことから、壮一郎とエリマキは、倭子の霊に何が起きているのか、その謎を追うことに……


 壮一郎が巫女を訪ねて不可思議な体験をする静かで不穏な場面から始まり、淀みない語り口で、徐々に恐怖感とスケール感を高めていく本作。
 震災によって親しい人間を失うという、現在の我々にとっても決して他人事ではない出来事から始まり、少しずつ主人公の周囲が異界に染まっていく展開は、その語り口も相まって、怪談ムードを一層高めてくれます。

 しかし、本作の最大の特徴は「エリマキ」の存在にあることは間違いありません。赤黒い鱗のようなものに覆われた襟巻き状のものを巻いていることからその名で呼ばれる彼は、明らかに人間ではないものの、不思議な人間臭さを感じさせる存在です。
 いかなる理由か、見る人によってその顔が異なる――見る者の心に最も深く根付いている人間の顔に見えるため、ほとんどの者は抵抗や疑いなくエリマキに惹かれてしまうというその能力(?)も非常にユニークですが、しかし壮一郎のみは誰の顔を見ることができない、というのが面白いアクセントとなっています。

 そもそも、壮一郎であればエリマキに倭子の顔を見るはず。それがのっぺらぼうにしか見えないのはなぜなのか――その理由は、(比較的シンプルな)壮一郎の人物像に深みを与えていると感じます。

 そして成り行きとはいえ、一種のバディ的関係として行動を共にすることになった壮一郎とエリマキ。二人が倭子の霊が得体の知れない存在となった謎を追うという、冒頭からは予想もつかなかった方向に物語は展開していきます。
 その先で解き明かされる真相は、民俗的な整合性を感じさせつつも伝奇性が高く、そして何よりも同時に、人間の業の深さを感じさせるものであるのが嬉しい(という表現はいかがかと思いますが……)。ここまで語られてきた壮一郎の設定一つ一つに意味が生まれるのも、見事としか言いようがありません。


 しかしその一方で、物語がどこかボリューム不足に感じられてしまうのは、全般的に展開がシンプルで、淡々と進行しているように感じられるためでしょうか。
 もちろんそれは、本作が無駄を削ぎ落とし、スムーズに進む物語であることと表裏一体ではあるのですが――そのためか、壮一郎とエリマキの結びつきが生み出すクライマックスの盛り上がりが、少々唐突に感じられてしまったのは、残念なところではあります。

 もちろん、エリマキのキャラクターそのものは非常に面白く、その背後に大きな広がりを感じさせてくれます。本作自体は非常に綺麗に完結していますが、舞台と趣向を変えた彼のさらなる物語があれば、読んでみたいと感じるのは間違いないところです。


『をんごく』(北沢陶 KADOKAWA) Amazon

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2024.09.08

10月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 もう今年もあと四ヶ月という事実に冷や汗をかきますが、新刊情報はあと三回。ああそれなのに十月の新刊は――というわけで、いきなり暗く始まる10月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 そんなわけで新刊がとても少ない10月。しかし文庫小説の方は比較的良い状況です。

 何といっても人気シリーズ最新巻として、『藁化け 古道具屋 皆塵堂』(輪渡颯介 講談社文庫)と『ばけもの好む中将 十三 攫われた姫君』(瀬川貴次 集英社文庫)が登場。『いろは堂あやかし語り 2』(霜月りつ 角川文庫)もめでたく続編が登場です。

 そのほか、『カタリゴト 帝都宵闇伝奇譚』(柴田勝家 角川ホラー文庫)、『霊獣紀 鳳雛の書』下巻(篠原悠希 講談社文庫)が気になるところですし、タイトル的に『大江戸綺譚 時代アンソロジー』(細谷正充/宮部みゆきほか ちくま文庫)も絶対期待できそうです。

 まだ、文庫化では『首取物語』(西條奈加 徳間文庫)のほか、『チンギス紀』(北方謙三 集英社文庫)がいよいよ刊行スタートとなります。


 一方、漫画の方ですが――これが本当に少ない。発売日で見ると月の前半に発売がないのが悲しい。

 そんな中で大きな救いは『戦国怪獣記ライゴラ』第1巻(星野泰視&志名坂高次ほか 秋田書店ヤングチャンピオン・コミックス)でしょう。

 その他、『だんドーン』第5巻(泰三子 講談社モーニングKC)、『ヤヌス~鬼の一族~』第3巻(琥狗ハヤテ 芳文社コミックス)、『白花繚乱 ―白き少女と天才軍師―』第4巻(栗美あい&田中芳樹 秋田書店プリンセス・コミックス)が刊行されます。
 復刊では『ムジナ』《完全版》第1巻(相原コージ 復刊ドットコム)も楽しみです。


 しかしこれだけ……

 10月はこれまで以上にまだ見ぬ過去の名作探求を行う必要がありそうです。

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2024.09.07

剛腕僧侶の意外な正体!? 木々峰右『寺の隣に鬼が棲む』第1巻

 「寺の隣に鬼が棲む」というのは、慈悲を施す寺の隣に邪悪な鬼が棲むように、この世は善人と悪人が入り混じっているという喩えですが、本作は本当に寺の隣(近所)に棲む鬼と、ある僧侶の奇妙な交流の物語。最強を目指す鬼の少年がつきまとう、やたらと腕っぷしの強い僧侶の正体とは……

 時は平安時代、とある山奥の寺に身を置く僧侶・真蓮のもとには、毎日のように鬼の少年・山吹が現れ、勝負を挑んでは適当にあしらわれていました。

 最強の武士・源頼光を倒し、最強の鬼になって妖の頂点に立つという目的のため、僧侶ながら異常に腕っぷしの強い真蓮を乗り越えようとムキになる山吹。しかし真蓮から、源頼光は百年も昔の人物で既にこの世にないと教えられた山吹が愕然とするのでした。
 しかし真蓮の同僚の僧・早達は、そんな山吹に、今生きている中で一番強い人間を倒せばいいと吹き込みます。源頼光の子孫であり、かつて鵺を退治したという武士・源頼政を。

 俄然やる気になり、頼政がいるであろう京に向かって旅立つ山吹ですが、その前に現れたのは……


 本作は、そんな内容でSNSで評判となった「最強になりたい鬼っ子と最強のお坊さんの話」を第一話として連載化された作品です。

 ある意味、この第一話のタイトルが全てを示しているともいえますが、物語がこの後、素手の一撃で大妖を文字通り叩き潰し、刀を振るえば大地を切り割るという、常人離れした真蓮と、夢は大きいけれども実力がまったく追いつかない山吹が、わちゃわちゃと日々を過ごす姿を中心に描かれていきます。

 そもそも山吹が最強を目指す理由というのが、源頼光に頭領である酒呑童子を倒されたため、鬼族の地位が妖の間でダダ下がりして、今では人間にも舐められるほどになった名誉を挽回したいから――というのはなかなか健気ではありますが、何しろ山吹は弱い。というより真蓮が強すぎる。
 本作では基本的に、そんな鬼と人間で立場が逆転したような二人の交流がのどかに描かれます。

 しかし、これだけ常人離れした力を持つ真蓮にも、何か秘密があるのでは、と想像するのは当然ですでしょう。実は彼こそは――というのはわかる方にはすぐわかるかもしれませんが、それでもそう来るか! と驚かされることは間違いありません。

 もっとも、史実に照らすと真蓮が出家したのは相当年を取ってからであり、その頃には本作に登場する××は既にアレしていたりしているので、これはもう史実をアレンジしたファンタジーとして受け止めるべきなのでしょう。
(そもそも史実には鬼はいない、とか言わない)


 それでも、それぞれに色々と抱えるもの、背負っているものがある二人が、不器用ながらも交流をしていく姿は微笑ましくはあるのですが――いかんせん、第一話のインパクトが大きすぎて(そして綺麗にまとまりすぎていて)、それ以降は厳しい言い方をすれば余談のように感じられてしまうのが辛いところです。

 この巻のラストのエピソードでは、物語が一気にシリアス方面に展開することになるのですが、さてこれがこの後、どのように影響することになるのか?
 山吹が真蓮の正体を知ってからが本番のような気もしますが、ここからどのようにして物語を盛り上げていくのか、気になります。


『寺の隣に鬼が棲む』第1巻(木々峰右 スクウェア・エニックスGファンタジーコミックス) Amazon

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2024.09.06

『君とゆきて咲く~新選組青春録~』 第19話「2人でゆく道のこと」

 第二次長州征伐の情報がなかなか入ってこない状況に苛立つ新選組幹部たち。そんな中、伊東甲子太郎は、内部に長州の間者が紛れ込んでいるという疑いが残っているためではないかと指摘する。そんな中、龍馬のもとを訪ねた丘十郎。しかしその行動がきっかけで、彼に疑いの目が向けられることに……

 意外と静かな回と思いきや、終盤にとんでもない展開が待ち受けていた今回。大作は相変わらず長州藩士への闇討ちを繰り返している一方で、丘十郎はそんなことも知らずにまず平和に暮らしていたわけですが――しかし時代は確実に動き続けています。

 時は慶応二年に入り、第二次長州征伐への緊張が高まっていた頃――しかし、新選組は完全に蚊帳の外で、近藤や土方は焦りを募らせます。この時期、史実でも新選組は出陣に向けてかなりリキを入れて備えていたわけですが、前回の松平容保による微妙なスルーのように、放置されていればそれはイライラもするでしょう(しかし本作の容保の頼りにならなさ感は何ともすごい)。
 そしてそこで余計なことを言い出したのは伊東甲子太郎――前回、拉致された形で桂と会談したのをおくびにも出さず、長州の間者問題を有耶無耶にしているのが祟っているのでは、などと言い出します。それを聞いて、またもやピリピリくる土方ですが……

 そんな状況の中で、間が悪いことに龍馬のもとに行っていたのが丘十郎。もちろん、彼にとっては主義主張は関係なく(というか龍馬の立場わかってないんじゃないかという気も……)、純粋な興味からの行動ではありましたが、時期が悪すぎる。何しろこの時、まさに龍馬の仲介で桂と西郷が対面し、薩長同盟が成立しようとしていたのですから。
 この場面と前後して、桂と龍馬の会話が描かれるのですが、この場面とそこからの昔の桂と龍馬を描く回想シーンを観ると、本編では実に憎々しい桂も、結構まともに見えてきてしまうのは、これはさすがにチョロすぎる印象かもしれませんが――国事のために周囲の人間を駒にする人間と、愛情のために同志を斬り殺しまくる人間と、どちらが真っ当かは、悩ましいところではあります。

 それはさておき、龍馬から借りてきた本の中から、長州からの密書が――というとんでもない疑いをかけられて、連行されてしまった丘十郎。どうやら、周囲の隊士を見下したことを言っていたら、兄様じゃなくて自分の言葉で話せ、などと丘十郎に火の玉ストレートをくらった鈴木三樹三郎が、根に持って裏でなにかやったようですが……
 
 当然ながら大作が愕然としたところで、次回予告を見たら次回最終回だったのでこちらも愕然。あと一回、結末はある程度見えているとはいえ、いくらなんでも時間がなさすぎるのでは!?
 というかこのままだと、新選組――いや特に近藤と土方は、周囲の思惑に振り回されまくって同志たちを切り捨ててきた奴にしか見えないのでは、というのが不安で仕方がありません。せめて伊東は切り捨てて終わってほしいと思います。弟の方は史実の壁があるので仕方ないですが。

 そして、こんな話数が少ない時に脱隊騒動で二回も使った新之丞と南無之介は、のどかに暮らしているようですが、なんで普通に上半身裸で歩いてるの南無之介……


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『君とゆきて咲く~新選組青春録~』 第17話「君のために鬼になる」
『君とゆきて咲く~新選組青春録~』 第18話「生きてさえいれば」


手塚治虫『新選組』 悩める少年が新選組で知ったもの

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2024.09.05

おかしなトリオが見せる「うたの力」 木原敏江『ふるふる うたの旅日記』

 時に叙情的に、時にコミカルに多くの歴史ものを描いてきた作者の作品の中でも、今回紹介するのはコミカル色強めのユニークな物語です。とんでもない悩みを抱える修行僧、泥棒もお手のものの美貌の遊芸人、そして記憶喪失の怨霊(?)というおかしなトリオが賑やかな旅を繰り広げます。

 雨宿りしているお堂に飛び込んできた女性と見紛うばかりの美形の遊芸人・活流、そしてそこに落ちた雷と共に現れた記憶喪失の女官の怨霊・おぼろ式部と出会った旅の僧・青蓮法師。
 そこでその地の長者から法事での読経を頼まれた法師は、一度は固辞したものの、是非にと頼まれて仕方なく読経を行ったものの、そこでとんでもない事態が――実は彼は、一心に経を読むと、聞く者が皆ぐっすりと眠ってしまうという悩みを抱えていたのです。

 活流がなぜか経を聞いても眠らないことに喜ぶ法師ですが、活流が全員眠りこけた長者の家から金品を盗み出したために、仲間扱いされて慌てて逃げ出す羽目になります。
 かくして青蓮法師の名を使えなくなった彼は、俗名の降日古を名乗り、活流、そしておぼろ式部と共に旅を続けることに……


 経文を唱えれば菩薩や飛天が現れるほどの奇瑞を発揮しながらも、常人は眠ってしまうという特異体質(?)を持つ降日古、時には盗賊に早変わりする遊芸人の活流、恋を夢みて現世に戻ってきたもののなぜか降日古に憑いてしまったおぼろ式部――本作は、そんな一癖も二癖もあるユニークな主人公トリオが織り成す物語です。
 本作では、このトリオが行く先々で様々な事情を抱えた人々と出会い、それを彼らならではのやり方で解決していく様が描かれます。

 一旗揚げるために出ていった恋人を待つことに疲れた土地の名家の娘、下働きの娘が家を乗っ取ろうとしていると思い込んだ孤独な老女、幕府への謀反に巻き込まれて逃げる夫婦、さらには式部を調伏しようと追ってきた「護法の天狗」を自称する修験者――最後の一人はともかく、どの登場人物も一筋縄ではいかない悩みを抱えているのを、基本コミカルに、そして時に叙情的に降日古たちは助けることになります。。

 そしてそんな中で大きなウェイトを占めるのは、言葉の持つ不思議な力です。古来より、人間が様々な願いや想いを込めた言葉――その最たるものである「うた」の力を本作は描きます。

 特にそれがよく現れているのは第二話のクライマックスでしょう。ようやく自分のもとに帰ってきた男を、意地を張って一度は追い返したものの、後悔して後を追う娘。しかし男は既に遥か先に行ってしまい、追いつくのは到底不可能に思えたところで、降日古と活流が歌ったうたは……
 通常であればありえない奇瑞ともいうべきそれを、本作は巧みなドラマの盛り上げと画の力、そしてそこで歌われるうたの絶妙ななチョイスで、不思議な説得力を持って描きます。それを見れば、本作の副題が「うたの旅日記」というのも納得できるでしょう。

 そしてそんな本作の主人公が、これも一種の「うた」である経文を読む僧侶と、「うた」に合わせて舞い踊る遊芸人というのもまた象徴的であると感じられます。


 そんな一方で、生真面目な降日古と、いい加減で脳天気な活流という水と油の二人が旅を通じて友情を育んでいく様も本作の楽しいところです。そんな二人に比べるとちょっと引いた感もあるおぼろ式部も、物語のラストで判明する正体はびっくり仰天、何とも愉快な幕引きを迎えることになります。(特に「天狗」との対峙から正体を思い出す展開はお見事!)

 物語的には単行本全一巻でまとまってはいるものの、テーマといいキャラクターといい実に魅力的で、まだまだその先の旅を見たいと思わせる快作です。


『ふるふる うたの旅日記』(木原敏江 集英社クイーンズコミックス) Amazon

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2024.09.04

伝奇西部劇の極北 黒人ボクサーVS獣人魔族! 技来静也『ブラス・ナックル』

 決して数が多いわけがない伝奇西部劇漫画の中でも、極北と呼ぶべき作品は本作でしょう。人間社会に潜む人食いの獣人魔族を狩るため、元ヘビー級黒人ボクサーが己の拳を武器に孤独な戦いを続けるバイオレンスアクション――『セスタス』シリーズの技来静也のデビュー作です。

 舞台は1885年のアメリカ西部――何人もの白人を無惨に殺した罪で追われる賞金首「血の雨ヴィクター」こと元ヘビー級ボクサー、ヴィクター・フリーマン。今日もまた、酒場に逃げ込んだ女性を無慈悲に撃ち殺して保安官に捕らえられた彼は、自分の身には頓着せず、殺した女の死体を気にするのでした。

 その晩は満月――安置されていた女の死体が突如蘇り、葬儀屋を無惨に食い殺します。実は女の正体は、古くから人間に化けて社会に潜み、夜にその正体を現しては人々を食らう獣人魔族。そして実はこれまでにヴィクターが殺してきたのもまた、全てこの獣人魔族たちだったのです。
 満月の夜に力を最高潮に発揮する獣人魔族には、通常の武器は通用しません。しかし、ヴィクターは身につけたボクシングの技、そして左手に装着した銀の弾丸を発射する鋼鉄製の拳「ブラスターナックル」を武器に、単身で魔族に立ち向かいます。

 死闘の末、魔族を滅ぼしたヴィクター。しかし魔族は死ねば人間の姿に戻ってしまうため、彼は「殺人鬼」としてさらなる汚名を背負うことになります。しかし彼はそれを意にも介さず、新たな狩りへ……


 人間社会に潜む魔物と人知れず孤独に戦い続ける戦士――伝奇ものでは定番のシチュエーションです。
 しかし本作はそれを踏まえつつも、舞台を19世紀のアメリカ西部に置き、主人公ヴィクターを黒人にすることで、物語に異様な緊迫感を生み出しています。

 物語の背景となっているのは、奴隷解放宣言から約二十年後とはいえ、依然として根強い黒人差別が残るアメリカ西部。そんな中、ヴィクターが戦う獣人魔族の多くは、今なお支配的な立場にある白人たちに擬態して、黒人たちを文字通り「食い物」にしているという状況にあります。
 そんな中で、黒人のヴィクターが獣人魔族を追い詰めるのは困難であるだけでなく、相手を倒しても、残るのは白人の死体――人知れぬ戦いであるがゆえに誤解され、逆に追われるという設定も定番ではありますが、ここまで厳しい状況も珍しいでしょう。

 特に二番目のエピソードでは、白人の町長に擬態した魔族が近隣の黒人の村を蹂躙するも、手下として動くのは単に差別感情に駆られた人間であり、そしてそれに抗する黒人たちも、捕らえた手下たちを法で裁くのではなく、私刑にかけて――と、きっかけは魔族であっても、暴力の連鎖を生むのは人間の心という、実に胃の痛くなるような状況が描かれます。

 その一方で、後半展開される長編エピソードでは、ヴィクターの首を狙う賞金稼ぎが集団で登場、様々な技で襲いかかる――という展開もあり、シチュエーションからもアクションの面からも、西部劇として魅力的に感じられます。


 しかし、自分以外は全て敵という絶望的な戦いの中にあって、どのような状況にあっても心折れないだけでなく、己の手で魔族たちを叩きのめすヴィクターのアクションは、見どころであると同時に一つの救いといえます。
 作者はこの作品の後に、古代ローマを舞台に本格ボクシング漫画を描くという離れ技を見せますが、その筆力はこのデビュー作の時点で既に確立されています。さらに必殺のブラスターナックルは、魔物に抗する銀の弾丸という古典的な武器に、新たなカタルシスを与えているといえます。

 とはいえ、そのボクサーとしての技があるとはいえ、なぜ彼が魔族を狩るようになったのか、そもそもその技や装備はどこで得たものなのか――それも物語の中で徐々に明らかになり、やがて巨大な伝奇物語の枠組みが浮かび上がる様も、また見事というべきでしょう。

 単行本全三巻と決して長くはありませんが、高い完成度を持つ本作。もし作者がこの路線を続けていたら――というifを夢見たくなる、異形の西部劇アクションの佳品です。


 とはいえ、人間に擬態し死んだ後には人間の姿に戻る魔物と戦う、腕に武器を仕込んだ孤独な巨漢(後半にはさらにそのものずばりの片手を持つキャラも登場)という設定には、既視感がないでもないですが、作者にはあの作品とも浅からぬ縁があるので、これはまずご愛敬でしょう。
 ここはむしろ、この設定を現実世界を舞台にして、自分の得意な題材で描いてみせたことを、大いに評価すべきと感じます。


『ブラス・ナックル』(技来静也 白泉社ジェッツコミックス) Amazon

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2024.09.03

劇団☆新感線『バサラオ』(その二) 裏返しの新感線ヒーローの危険な魅力

 劇団☆新感線44周年興行『バサラオ』の紹介、後編です。婆娑羅が横行する世界に登場するキャラクターたちの姿とは――

 このような物語世界に登場するキャラクターが普通であるはずもなく、ほとんど皆が皆、自分の信念――というよりもエゴで動き、それが混乱をさらに加速させていくのもまた、実にこの時代らしいといえるでしょう。
 こうしたキャラクターの大半は、『ジャパッシュ』モチーフのヒュウガとカイリを除いて、実在の人物をモデルにしており、それは名前を見れば察することができます。
 ゴノミカド(後醍醐天皇)、キタタカ(北条高時)、サキド(佐々木道誉)、クスマ(楠木正成)、アキノ(北畠顕家)――いずれも歴史に名を残した強烈な個性を持つ面々がモチーフですが、彼らを演じるキャストもまた、はまり役揃いなのが嬉しいところです。

 特に印象に残るのはゴノミカドです。普段は関西弁のとぼけたおっさんながら、裏では髑髏本尊を崇めて幕府を呪詛し、時に平然と配下を切り捨て、そして途方もなく暴力的な行動に出る――そんな主人公の最大の壁というべき存在を古田新太が演じた時点で、キャスティング的に大勝利というほかありません。


 しかしそれでもなお、そんな面々を押しのけて、常に物語の中心にいたのは、ヒュウガとカイリの二人――天下を取るという確かな目的で結ばれているようでいて、互いを含めた他者への裏切りや謀略を繰り返す、一瞬たりとも油断できないキャラクターです。
 己の美を輝かせることを行動原理とするヒュウガはもちろんのこと、その影のようでいて、それ以上に策謀を働かせるカイリも一歩も引かない――これまでの新感線作品にもバディ的な二人は様々登場してきましたが、この二人はその関係性を裏返しにしたようにも感じられます。

 いや、裏返しといえばヒュウガの存在は、これまでの新感線作品に登場したヒーローたちの裏返しという印象が強くあります。
 もちろん全てではないものの、たとえば『髑髏城の七人』の捨之介や『五右衛門ロック』の五右衛門がそうであったように――人々を苦しめる悪党を叩きのめして平和を取り戻し、人々の前から風のように去っていく。確かに、そんな痛快なヒーローたちと同様に、ヒュウガもまた、人々を抑えつける者たちを容赦なく叩きのめしていきます。

 しかしその先にヒュウガが求めるものは平和や人々の救いではなく、混沌の中で己の美が咲き誇る世界――そのために倒すべき幕府や帝もまた、強大かつ悪辣な存在として描かれているものの、それ以上に容赦なく敵を追い詰めるヒュウガの姿は、やがて痛快さを通り越し、本当に彼に喝采を送ってよいのか、考えさせる存在となっていきます。

 この辺りは、やはり『ジャパッシュ』の日向に通じるものがあります。しかし、あちらが明確に独裁者の座を求める邪悪な存在であったのに対し、「己の美」という価値観が間に挟まることで、ヒュウガは、まだマイルドな印象を与えますし、舞台が混沌とした南北朝時代モチーフであるのも、印象を大きく変えています。
 さらに、日向に対してほとんど無力だった石狩と異なり、カイリはヒュウガと対等に近い存在である点も大きいでしょう。

 その一方で、終盤のあるシーン――ヒュウガに喝采を送る「自由な」群衆が、自分たちよりも弱い存在には容赦なく暴力を振るい、奪い取る姿を見れば、「今」だからこそのヒュウガの危険性について、作り手側も自覚しているとも感じられます。
(もっとも、あのオチ的なラストシーンには、それでも一種の迷いというか衒いも感じてしまうのですが)


 しかしそうした危険性は感じさせつつも、それでもなお、ヒュウガというキャラクターも『バサラオ』という物語自体も、非常に魅力的であることは間違いありません。

 特にクライマックスの両軍の決戦――舞台上で帝二人が連続して××されるという展開には、本当に良いのか!? と仰天――から、バサラの王となったヒュウガが群衆を従えて舞い踊る、高揚感に満ちたシーンに続く流れには、「自分は今、何かとんでもないものを目撃している!」という得体の知れない感動を覚えました。

 この生観劇の醍醐味というべき強烈な感覚は、正直なところ新感線の舞台でも久しぶりに味わったものでしたが――それだけ本作が衝撃的な作品であるというべきなのでしょう。
 新感線でも屈指の殺伐としたシーンの多さ(これだけ多くの生首が出てきたのも珍しいのでは)にも、そして大きな危険性を孕んでいるにもかかわらず――それでも不思議な爽快感すら感じさせる、まさに主人公のキャラクターそのものを体現するような作品です。


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公式サイト

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2024.09.02

劇団☆新感線『バサラオ』(その一) 新感線と婆娑羅の驚くべき親和性

 劇団☆新感線44周年興行『バサラオ』を観劇しました。鎌倉時代末期から南北朝時代の日本をモチーフにした世界を舞台に、凄まじいまでの美を持つ男が、幕府と朝廷を向こうに回してのし上がっていく姿を描く物語――異常なまでにパワフルで暴力的でありながらも、当時に途方もなく蠱惑的な物語です。

 幕府と帝が争う島国「ヒノモト」。その頂点に立つ鎌倉の執権キタタカの密偵として働いてきた青年カイリは、密偵を辞めたいと望むものの、逆心を疑われ逃げる羽目になります。
 その途中、狂い桜の下で女たちを従えて派手に歌い踊る美貌の男――同じ里の出身であるヒュウガと出会ったカイリは、そのバサラぶりに惚れ込み、自ら軍師役を買って出るのでした。

 そして自分たちを討ちに現れた女大名サキドを丸め込み、幕府と対立して沖の島に流されたゴノミカドの首を取ると言い放ったヒュウガ。
 彼が沖の島でゴノミカドと対面、半ば挑発によってその本心を引き出したところに、ゴノミカドの皇子を奉じて山に籠もっていたクスマ一党を動かしたカイリが登場――二人はついにゴノミカドを動かすことに成功します。

 京で再会したサキドを味方に引き入れ、ゴノミカドを奉じた倒幕の軍を起こしたヒュウガ。しかしその陰で、彼は京に来ていたキタタカを密かに逃がすという不可解な動きを見せます。
 一方で、ヒュウガの危険性を見抜いていたゴノミカドは、自身の腹心である戦女・アキノにヒュウガの暗殺を命じます。そしてアキノはカイリがヒュウガに対して密かに殺意を抱いていることを見抜くのでした。

 様々な思惑が交錯する中、バサラの王として君臨せんと暗躍するヒュウガ。彼の野望の行方は……


 鎌倉時代末期から南北朝時代という、ある意味タイムリーな時代をモチーフにしつつ、もう一つ、望月三起也の漫画『ジャパッシュ』を本作。
 現代の日本を舞台に、その美貌とカリスマ性によって力を手にし、独裁者としてのし上がっていく日向と、その危険性を見抜き抗う石狩の戦いを描いた『ジャパッシュ』――望月三起也の作品の中でも異色作・問題作であり、それだけにファンの心に焼き付いた作品――それをモチーフにしたと聞けば、わかる人間には一発で「なるほど、そういう話なのね」と理解できるはずです。

 そんなわけで実際に観る前には「南北朝を舞台にした『ジャパッシュ』か――生々しい話になりそうだなあ」とか「己のカリスマでのし上がって支配者になる男だと、この後に歌舞伎で再演される『朧の森に棲む鬼』とかぶるのでは?」などと思っていたのですが――しかしそれはもちろんこちらの浅はかさというもの。実際に眼の前で繰り広げられたのは、そんな思いを遥かに超える世界だったのですから。

 まず驚かされたのは、劇団☆新感線と南北朝――というよりこの時代の「バサラ」との親和性の高さです。

 バサラ(婆娑羅)とは、「南北朝内乱期にみられる顕著な風潮で、華美な服装で飾りたてた伊達な風体や、はでで勝手気ままな遠慮のない、常識はずれのふるまい、またはそのようす」(日本大百科全書)。
 本作のサキドのモデルである佐々木道誉がその代表的な担い手として有名ですが、本作のヒュウガは、彼女以上に、その言葉に相応しい存在として描かれます。冒頭、舞台の上から吊りで「降臨」する時点で心を掴まれましたが、その後も物語の要所要所で歌い、踊る姿は、まさにバサラの王に相応しいというほかありません。

 そもそも、劇団☆新感線の、いのうえ歌舞伎の魅力の一つは派手な歌と踊り。ヒュウガを中心に、躍動感たっぷりに人々が歌い、踊る姿は、大袈裟にいえば、まさにバサラのイメージを具現化したものと感じられます。

 劇団☆新感線で南北朝といえば、過去に『シレンとラギ』がありますが、ギリシア悲劇をベースとしたあちらと比べると、この「バサラ」という存在を中心に据えた本作は、全く異なるイメージの作品であり――そしてよりこちらの心に響くものとして感じられました。


 さて、そんな世界に登場するキャラクターたちですが――それについては、長くなりましたので稿を改めて述べたいと思います。


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2024.09.01

『鬼武者』 第伍話「魄」

 海全を失った一行に新たに襲いかかる吉岡三姉妹。傷を負って倒れたさよのため、佐兵衛が薬草を探しに行く間、武蔵はひたすら素振りを続け、平九郎は己の無力さに涙するのだった。そして意識を取り戻したさよは、全ての原因は自分にあったと武蔵に語るが……

 物語は全八話の後半戦に突入したこともあってか、小休止的な色彩の強い今回。吉岡一門云々とあらすじにあったので、何かの間違いかと思ったのですが、本当に冒頭から登場したのは吉岡三姉妹を名乗る三人組でした。
 長刀を手にしているのがお京、鎖鎌を操るのがお宮、手裏剣使いがお冴――と、誰が誰だか字幕を表示しないとわからないのが困りものですが、三兄弟を兄者たちと呼び、そして年格好が明らかに若すぎるところを見ると、やはり彼女たちも幻魔なのでしょう。

 ともあれ、いきなりアバン前に登場し、闇にて磨きし暗殺術などと言いながら襲いかかってきた彼女たちですが、武蔵は鬼の篭手を装着して一蹴。しかし、前回からの疲労もあってか、さよがダウンしたため、一行は見つけた小屋で小休止を取ることになり、その間のそれぞれの様子が描かれます。
 といっても、薬草を取りに行った佐兵衛は相変わらず内心がよくわからず、武蔵は刀をひたすら素振り、さよは寝込んでいて、中心になるのは平九郎――冒頭からなんだか元気がないなと思ったら、仲の良かった五郎丸や、始終口論していた海全が命を落とし、無力感に苛まれていた彼は、ついに一行から逃げ出してしまうのでした。
(素振りに没頭しすぎて、武蔵がそれに気付いていないように見えてしまうのはいかがなものか)

 そして意外なことに、伊右衛門の過去も語られることになります。幻魔と手を結んで謀反を起こしたとされる彼の生い立ちと、第一話以来久しぶりに登場した師・松木兼介との出会いが、彼の回想という形で描かれます。形式的に、彼と視聴者にしか共有されない(つまり武蔵は知らない)のは気になりますが、武士の生まれではない彼が、思わぬ機会から松木と出会い、刀を手にしたことが全ての始まりなのでしょう。
 そんな彼が今、思い切り洋装の執事・或触奴(アルフレッド)を連れているのは違和感がありますが、名前的にもパターン的にも、この執事の方が本丸の幻魔のような気がします。そして、字幕では「男」と出るけれどもラストのクレジットでは思い切り本名が明かされている物干し竿の剣士は、そんなことは興味なさそうに武蔵を待っているわけですが……

 一方、さよは魘される中で、川で砂金を見つけたことを思い出し、それがきっかけで村人たちが金採掘に取り憑かれ、幻魔を呼び込んだと自分を責めます。そんな彼女に対して、全て否定するわけでも無条件に慰めるわけでもなく、金を見つけたのはさよのせいかもしれないが、それ以外に責任を感じる必要はない、その責任は自分たちが背負うという武蔵は、あるべき大人の姿を示すものとして、好感が持てます。

 そして逃げ出す途中で出会った佐兵衛の傍らに、海全と五郎丸の霊(?)がいるのを見た平九郎も思いとどまり、再び一行は旅を始めます。しかし、その前にまた現れたのは吉岡三姉妹――今回は得物をそれぞれ変形の十文字槍・鎖鉄球・四方に刃のついた大型手裏剣(字幕では裏手裏剣(?))にパワーアップさせ、得意げな三人ですが、武蔵は女性であろうと全く容赦なく、ズババババッサリ感。で三人まとめてみじん切りに――そして、ついに一行が山の洞窟にたどり着いたところで次回に続きます。


 というわけで、折り返し地点ということでこれまで生き残ったキャラクターたちの振り返りが行われた回ですが、完全にネタキャラだった吉岡三姉妹の存在もあって(吉岡兄弟の二番煎じ感が強すぎるため、いっそ関係ない別キャラだったら印象が違ったかも……)、全八回という短い尺の中でやらなくてもよい回、という印象が残ったのは勿体ないところではあります。
(普通に時代ものっぽかった伊右衛門の過去に関しては、ちょっと興味を惹かれはするのですが……)


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