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2024.09.18

今明かされる音無しの剣の、竜之助の秘密! 夢枕獏『ヤマンタカ 大菩薩峠血風録』下巻

 中里介山『大菩薩峠』の世界を舞台に、夢枕獏が土方歳三を主人公にして描く意欲作の下巻です。いよいよ御岳の奉納試合で、繰り広げられる、土方歳三対巽十三郎、机竜之助対宇津木文之丞という二つの因縁の対決。果たして竜之助の「音無しの剣」の正体とは何か、そして彼が背負った宿業とは……

 四年に一度行われる御岳の奉納試合の開始前から流される多くの血。剣士ばかりを狙う辻斬りの下手人と目される宇津木文之丞、老巡礼を斬り捨てた机竜之助、凶賊・丹波の赤犬を死闘の末に倒した土方歳三、その赤犬の弟であり天然理心流の師範代を打ち殺した巽十三郎――甲源一刀流の剣を巡って先代からの因縁がある竜之助と文之丞、兄の仇である歳三を狙うだけでなく、文之丞に助力して机父子の道場を奪わんとする十三郎と、どう考えてもただでは済まない複雑な因縁は、ついに奉納試合での真剣勝負で決着がつくことになります。

 というわけで、この下巻は、誰がどのように勝つのか、そして敗者はどうなってしまうのか――いずれも予想不能な因縁の対決が、前半の大きな見せ場となります。

 歳三の相手である十三郎は、(身も蓋もない言い方ですが)オリジナルキャラであって、その意味では重みは薄く感じられるかもしれません。しかし彼は至近からの一撃すら躱してみせる見切りの達人である上に、軽く打った一撃で相手を内側から破壊する、内割りの秘太刀の使い手であります。
 対する歳三は、度胸は人一倍あるものの、剣の方はまだまだ粗削りな喧嘩殺法で、あまりにも不利――という状況で、彼があの太刀を手に! というのは、ファンとしては非常に盛り上がる展開を迎えることになります。

 一方の竜之助と文之丞は、これはもう原作から引き継がれた因縁の対決ではありますが、文之丞がかなりのパワーアップ――あの沖田総司に深手を負わせるほどの剣技を持ち、そして涼しい顔で恋人のお浜を心身ともにいたぶるという、夢枕作品お馴染みの、怖い感じの美形キャラ的な存在に変貌しているのです。
 さらに文之丞は、音無しの剣の秘密を見抜いたという十三郎の手を借り、不敗の魔剣を破る手立てを見出したというのですが……

 かくして繰り広げられるのは、いずれ劣らぬ強者同士が、己の命と誇りをかけてぶつかり合う、神聖さすら漂う戦い。それは剣豪の戦いというよりも、これまで作者が描いてきた『餓狼伝』『獅子の門』『東天の獅子』、さらには『ゆうえんち』といった格闘ものの空気を感じさせます。


 しかし、物語は御岳の奉納試合、いや死合を終えても、その先があります。そこで語られるのは、竜之助の音無しの剣の、いや、竜之助自身の秘密です。
 これまでの物語で垣間見られた竜之助と父・弾正の確執――その原因と思われる竜之助の母の死の真実とは何か。そして、相手の攻撃を受けることなく斬る音無しの剣の遣い手でありながら、彼の身体に無数に残る刀傷は何を意味するのか。

 作中で描かれてきた様々な謎が一点に集束し、そこに机竜之助という謎めいた男の人物像が浮かび上がる――そしてさらにそれが音無しの剣の秘密へとつながっていく様は、まさに圧巻としか言いようがありません。
(そしてその秘密が、夢枕獏ファン的には「あっ、あれかぁ!」と思わせるものなのも嬉しい)

 そして、ここまで竜之助のドラマを盛り上げつつも、同時に歳三のドラマもまた、それに負けぬ勢いで描かれます。本作の歳三は、先に述べた通り、荒削りで泥臭く、勢いだけで突っ走る男。氷のごとく静謐で何事にも動じない竜之助とは正反対の、炎のような熱さを持つ男です。
 まだ何者でもなく、何も背負っていない。しかし何かに対する渇望に似た想いを持つ男――そんな求道者的な歳三だからこそ、奇怪な宿業を背負い、一種死神めいた存在である竜之助の前に立つことができるのです。

 もちろんそれは一種の作劇法的な構図かもしれません。しかし、仏教思想に基づき人の世の縮図を描いた「大乗小説」たる『大菩薩峠』――その巨峰に挑んだ「地獄の閻魔を殺す者」を冠する物語にとって、それはむしろ必然的とすら感じられる、というのは牽強付会でしょうか。


 そして物語は、そこに至るまでの殺伐さとは裏腹の――いや、むしろその殺伐さがあったからこそ感じられる、途方もない爽やかな結末を迎えることになります。そしてそれは、新しい、もう一つの物語の誕生を描いたからこその感覚なのでしょう。
 本作で描かれるのは、大団円を迎えつつも、その先を夢想したくなる――一種理想的な物語の結末なのです。


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