「喪失」と背中合わせの「秘密」を抱えた人々の住むところ 飴石『開花アパートメント』第1-2巻
大正末期の先進的な集合住宅「開花アパートメント」を舞台に、いずれも秘密を抱えた人々が出会い、交錯するミステリアスな物語、それが本作です。新たな開花アパートメントの住人であり、様々な人々の秘密を知ることになる翻訳家の藤もまた、大きな秘密を抱えていて……
スパニッシュミッション式の建築様式で、上品に装飾された各部屋には電話が備え付けられ、地階には自動車庫や理髪所、一階には食堂や社交室が入った高級集合住宅「開花アパートメント」。
そこに新たに入居した翻訳家の藤は、同じ入居者で探偵を営んでいるという東条とその助手の少年・真と知り合います。藤が文壇の人間と知った二人は、最近亡くなった作家・麒島麟太郞の未完の長編『誰が袖』を話題に出しますが、藤はそれに対して微妙な表情を見せます。
実は麒島の弟子であった藤。そして『誰が袖』には師弟の運命を変えた秘密が隠されていて……
そんな藤の秘密を語る物語から始まり、本作はアパートメントの入居者たちが抱える様々な「秘密」を明らかにしていきます。
夫を殺したと噂された妙なる美声の「毒殺婦人」、不自然なほどに仲睦まじい二組の夫婦、明け方の踊り場で寄り添い立つ瓜二つの「姉妹」、無人の家に送り続けられる手紙、青が印象的な絵を描き続ける画家とその秘密を知る姪……
本作は藤、そして東上と真を狂言回し的な存在として、そんな人々の物語を描き出します。
そこで描かれるのは、際立って現実から遊離した幻妖怪奇なものではないものの、しかし現実から半歩踏み出したような奇妙な出来事。そして同時に、その中に垣間見える人の情には、どこか共感できるものがあります。
それを端正で、それでいて耽美さを感じさせる絵柄によって静かに描いていく物語は、決して派手ではないからこそ、こちらを深く引き込む力を持ちます。
そして、そんな物語の中心にある様々な「秘密」は、「喪失」と背中合わせという共通項を持ちます。
尊敬する人物や愛する人が、この世から喪われる、あるいは手の届かないところに行ってしまう――そんな「喪失」から生まれた「秘密」、そして「秘密」から生まれた「喪失」が、本作では描かれます。
秘密によって得られるものはなく、ただ失われていくばかり。それでも、いやそれだからこそ秘密を手放すことはできない――そんな悲しい人間心理にもまた、深く頷かされます。
そんな本作で描かれる人々の中で特に印象に残るのは、その美声とは裏腹に不幸な過去を持つ未亡人・静子と、お姉様になりたいと事あるごとに真に絡む少女・八千代です。
二人がそれぞれに抱える深い屈託も心に残りますが、それだけでなく、それを抱えながらも日々を送る――明るさが見えない中でも手探りで生き続ける二人の姿は、この物語の象徴とも感じられます。
そして同時に、そんな二人がそれぞれに抱えたものを語り、少しずつ寄り添っていく姿を描くエピソード「告解」は、そんな中での一つの希望を描いているといってよいでしょう。
(ちなみに人魚にも喩えられる静子の蠱惑的な声の表現は、まさに漫画でしかできないものであり、必見です)
そして第二巻のラストでは、名門学校に通う闊達な青年ながら、孤児という出自に劣等感を抱える春雄と真との出会いが描かれます。
東条に持ち込まれた橋の上に現れるという幽霊の噂と、彼にはいかなる関係があるのか――それを知るためにも、第三巻の刊行を心待ちにしているところです。
『開化アパートメント』(飴石 KADOKAWA HARTA COMIX) Amazon
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