« 2024年9月 | トップページ | 2024年11月 »

2024年10月

2024.10.31

いま始まる、儚い美姫と四聖獣の物語 中澤泉汰『楊貴妃、綺羅羅』第1巻

 世界三大美女の一人であり、文字通り傾国の美女というべき楊貴妃。本作はその楊貴妃の数奇な運命をファンタジー要素を加えて描いた、夢枕獏原作の歴史漫画の第一巻です。その美貌ゆえに周囲に翻弄される楊玉環の前に現れた巨大な怪物。それは後に意外な形で再び彼女の前に姿を現して……

 洛陽一の美女とされ、道を歩くだけで人々の目を奪う楊玉環。養父からは名家への輿入れを期待されている彼女は、しかし幼い頃に死別した両親のような仲睦まじい家庭を夢見ていました。

 そんな玉環のもとに、皇子への輿入れの話が舞い込みます。顔も知らぬ相手に戸惑い、拒もうとする玉環ですが、養父に叱りつけられ、さらに信頼していた幼馴染みには輿入れ前に彼女を我が物にしようと襲われかけることになります。
 しかし、そこに突然現れた巨大な亀の怪物が幼馴染みを喰らい、姿を消します。リュウキという名を残して。

 そして皇子・李瑁の婚約者として驪山の温泉宮に迎えられた玉環。ある晩、彼女は自分を呼ぶ声に導かれ、宮殿の奥に足を踏み入れた先で、一人の男と出会います。その名は唐第六代皇帝・李隆基(りゅうき)……


 夢枕獏の作品で楊貴妃といえば、真っ先に思い浮かぶのは大作『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』でしょう。しかしそれ以外にも、天野喜孝のイラストによる『楊貴妃』、そこに叶松谷の陶器が加わった『楊貴妃の晩餐』(この二点は本作の原案にクレジットされています)、さらに坂東玉三郎のための舞踊『楊貴妃』と、様々な形でこの歴史上の美姫を描いてきました。
 楊貴妃がそれだけ魅力的な題材であることは間違いありませんが、本作はそこに新たに加わった作品と言えるでしょう。

 この第一巻の時点では、まだ楊玉環が楊貴妃になる前――皇子に輿入れするはずだった玉環が、その父である李隆基と出会い、ついに結ばれるまでが描かれることになります。
 しかし中澤泉汰の画による玉環は、既にこの時点で周囲の目を惹かずにはいられないほど美しく、そして運命に翻弄される儚い存在として、強く印象に残ります。(史実ではだいぶ豊満だったようですがそれはさておき)


 そして本作のユニークなところは、こうした玉環の存在を中心に置きつつも、その周囲に四人の男性を配置している点です。
 本作の冒頭においては、玉環が生まれた時に東西南北の四聖獣が現れる様が描かれます。そして彼らはそれぞれに告げます。
 東の青龍は「私はこの娘を守らずにはおられぬ」
 西の白虎は「私はこの娘を歌わずにはおられぬ」
 南の朱雀は「私はこの娘を亡き者にせずにはおられまい」
 北の玄武は「私はお前に恋をせずにはおられまい」
と……

 これら四聖獣が人間の姿で楊貴妃の周囲に現れることが、ここでは予告されているのですが――北の玄武に当たるのが李隆基であるのは明らかですが、実はこの第一巻の時点で、残る三人もすでに登場していると思われます。
 驪山の街で玉環が出会った阿倍仲麻呂が青龍、この巻のラストで顔見せした李白が白虎――朱雀が少しわかりにくいですが、その言葉の内容と口元から高力士でしょうか(この巻の終盤で怪しげな動きを見せる安禄山かと思いましたが、外見が違うように感じます)。

 なるほど、みな楊貴妃とは同時代人であり、それぞれに彼女と接点を持つ人々です。その彼らがこの先、どのように彼女と関わり、本作ならではの物語を紡いでいくのか――この巻での李隆基の描写を見れば、この先の展開に期待しても良さそうです。


『楊貴妃、綺羅羅』第1巻(中澤泉汰&夢枕獏ほか 秋田書店プリンセス・コミックス) Amazon

|

2024.10.30

朝鮮の巫女と日本の小説家の挑む怪異 戸川四餡『黒巫鏡談』第1巻

 どの国にも民間信仰は存在しますが、特に朝鮮のシャーマニズム・巫俗は、その中でもしばしばフィクションに取り上げられる印象があります。本作は、1930年代の朝鮮を舞台に、朝鮮総督府が存在を秘匿する異端の巫女と、トラブルに進んで首を突っ込む小説家が巻き込まれる奇怪な事件を描くユニークな漫画です。

 一九三七年、朝鮮は京城を訪れたのは、日本で売れない怪奇小説を書いている小説家・巖谷鏡水。彼は、古書店街でたまたま目についた書物――民俗学者が朝鮮の土着信仰について記した「朝鮮の巫女」の、最後のページに手書きで記された「黒衣の巫女」に興味を惹かれ、わざわざ日本からやって来たのです。
 京城への列車内で黒衣をまとう少女と出会い、小説のモデルに――と考えた鏡水でしたが、しかし彼の話を聞いた朝鮮総督府の警官である友人・立花は、険しい表情で関わらないよう忠告します。

 そんな忠告もどこへやら、町に出て黒衣の巫女を探す鏡水は、不気味な世界に迷い込み、何者かに襲われる羽目に。その時、彼を救ったのは列車内で出会った黒衣の少女・崔月子でした。
 彼女こそが黒衣の巫女だと知り、巫堂(ムーダン)としての仕事に強引に同行を申し出る鏡水。月子も彼が「呼ばれる」体質であることを見抜き、同行を許可します。

 そして、以前に巫堂が儀式を行った末に何者かに顔の皮を剥がされて殺された場で、鬼神を招く儀式を執り行う月子。現れた鬼神に対し、月子は別人のような異様な力で戦いを挑み……


 冒頭に述べたように朝鮮独特のシャーマニズムである巫俗。その中心となる巫堂(ムーダン)と呼ばれるシャーマンは、つい最近、日本でも公開された韓国映画『破墓/パミョ』でも大きく取り扱われています。

 本作の主人公・崔月子もその巫堂ではありますが――しかし「黒巫」と呼ばれるだけに、並みの存在ではありません。彼女はその身に「トケビ」なる存在を宿し、魔物に対してはその力を発揮して、文字通り叩き潰す――何しろ手にした得物(?)が、いわゆるネイルハンマー(釘抜き付きハンマー)なのですから凄まじい。
 トケビの、無数の蛸の足を生やしたようなシルエットも相まって、月子の巫堂としての姿は、強烈な印象を残します。

 しかし強烈なのはそれだけではありません。黒衣の巫女とは、朝鮮を支配しながらも現地の超自然的な存在に悩まされる朝鮮総督府からの依頼を受けて活動する巫堂であり、朝鮮の文化・信仰を否定する総督府にとっては暗部ともいうべき存在。そしてその任につく月子は、抗日活動家であり、無惨な死を遂げた父を持つ娘なのです。

 もちろん、この時代の朝鮮を舞台とするのに、日本による支配を描くことは避けては通れませんが、それをこのような形で描いてみせるとは――その踏み込み方には驚かされます。
 そしてこの点、自分の小説のことしか頭にない鏡水の存在も、物語に相応しいとも相応しくないともいえるでしょう。黒巫として「仇」の依頼で戦うことに複雑な思いを抱く月子に対して、その黒巫としての活躍を純粋に称賛する――その無神経さは、彼女の心を傷つけると同時に、救いにもなっているのですから。

 深い「恨」を持ち、その具現化ともいえるトケビを心に宿す月子と、「恨」を持たない極楽とんぼの鏡水――そんな対照的な二人は、互いを補い合う存在なのかもしれません。
(もっとも、鏡水も立花との対決シーンでは、意外な鋭さを見せるのですが――このシーンの妙なテンションは必見です)


 そして結成された奇妙なバディは、この巻の終盤で、済州島を巡る奇怪な事件に挑むことになります。海女の島でもあり、本土とはまた異なる習俗を持つ済州島で起きる怪事とは、その正体は何なのか――何が飛び出すかわからない物語だけに、今後の展開が大いに気になるというものです。


『黒巫鏡談』第1巻(戸川四餡 KADOKAWA HARTA COMIX) Amazon

|

2024.10.29

最強コワモテ(猫好き)、わらしべ長者にチャレンジ!? 輪渡颯介『藁化け 古道具屋 皆塵堂』

 『古道具屋 皆塵堂』シリーズ通算第十三弾となる本作の主人公となるのは、シリーズ最凶のコワモテにして猫好きのあの男・巳之助。その巳之助が恋を叶えるべく、なぜかわらしべ長者にチャレンジすることになります。しかしその出発点が呪いの藁人形なのが皆塵堂らしいところで、果たして巳之助の運命やいかに!?

 ある日、子猫たちがたむろっていた祠から彼らが姿を消したことに気付いた巳之助。その祠の中に不審な品が残されていたことから、巳之助が幼馴染みでスーパー霊感持ちの太一郎を引っ張ってきてみれば、そこにはなんと丑の刻参りの品が! 周囲の木に藁人形を打ち付けていた娘がいることを知った巳之助たちは、どうにか騒動を収めめるのでした。

 その直後、皆塵堂を訪れた巳之助は、主人の伊平次が夜逃げする酒屋から買い入れた品の中にあった、美しい小箱に目を惹かれます。巳之助は以前から想いを寄せていた札差の大店の美人女中・お志乃に、この小箱をプレゼントしたいと考えるのですが――しかしそれは鳴海屋のご隠居が買い取ったものでした。
 譲ってほしいと頼む巳之助と渋るご隠居に、伊平次は一つの提案を持ちかけます。これから夜逃げまでの四日間で、巳之助が品物を物々交換して、ご隠居が納得する品を持ってきたら小箱を譲ればいいと……

 かくして物々交換にチャレンジすることになった巳之助ですが、出発点は件の藁人形から。果たして思わぬわらしべ長者への挑戦の結果やいかに……


 というわけで、太一郎とならんでこの皆塵堂シリーズの「顔」の一人である(そして別のシリーズにも顔を出したりする)巳之助が主人公の本作。
 鬼のような面構えで性格も大雑把、大抵のことは力技で解決してしまう豪傑ながら、猫ちゃんにはメロメロ――という、何かと賑やかなキャラクターですが、今回はその彼が嫁取り(の遥かな道のりの第一歩)を目指して、プレゼントを手に入れるためにわらしべ長者に挑むというだけで、既にズルいくらい面白い設定です。

 しかし呪いの藁人形からスタートというだけでなく、例によって皆塵堂には曰く付きの品々にまつわる話が舞い込んでくるわけで――自然と(?)巳之助のチャレンジも曰く付きの品物だらけになるのは、これは彼には申し訳ないですが、面白すぎる展開です。

 本作のあとがきで作者が触れているように、「古道具屋」を冠する本シリーズは、やはり道具にまつわる怪談が中心であるべきなのかもしれません。
 正直なところ、登場人物のユニークさやストーリー展開の巧みさで、その点は意識していませんでしたが、飛び道具のような設定でありつつも、シリーズの原点にある意味立ち返った本作には感心させられました。

 もちろん、それぞれの品物にまつわる怪談も個性的です。特に、イイ話なんだかそうじゃないんだか――な蕎麦打ち爺さんや、シチュエーションと描写の妙が光る長持ちのエピソードは、いずれも本シリーズでなければまずお目にかかれないような、まさしく「怪」談といえるでしょう。
(なお、毎回問題になる「太一郎の能力強すぎ」問題も、元々のチャレンジのルールで太一郎の手を借りるのを原則禁止することで、クリアしているのも巧い設定です)


 しかし、本作のハイライトは、ラストに待っています。わらしべ長者チャレンジの末に、巳之助が手にしたもの、その真価は……

 いやはや、ここで示されるのは、「男だ! 巳之助は男だ!」とナレーションしたくなってしまうほどの巳之助のナイスガイっぷり。本当に、これでなぜ嫁がいないのか不思議ですが――いや、本シリーズの場合、真っ当な女性キャラが少なすぎるという、根本的な原因があるのですが。
(もっとも、真っ当でしかも猫の世話もできる女性が、今回登場していたような……)

 何はともあれ、皆塵堂シリーズならではの妙味があふれていた本作。次回のメインになるらしいキャラクターも本シリーズの名物だけに、そちらも今から期待が膨らみます。

『藁化け 古道具屋 皆塵堂』(輪渡颯介 講談社文庫) Amazon

関連記事
「古道具屋 皆塵堂」 ちょっと不思議、いやかなり怖い古道具奇譚
「猫除け 古道具屋 皆塵堂」 帰ってきたコワくてイイ話
「蔵盗み 古道具屋皆塵堂」 人情譚と怪異譚、そしてミステリの隠し味
「迎え猫 古道具屋皆塵堂」 猫が招いた幽霊譚?
輪渡颯介『祟り婿 古道具屋皆塵堂』 怪異を信じない男と怪異を見せたくない男たち
輪渡颯介『影憑き 古道具屋皆塵堂』 亡魂という究極の人情
輪渡颯介『夢の猫 古道具屋皆塵堂』 これで見納め!? オールスターキャストの猫騒動
輪渡颯介『呪い禍 古道具屋 皆塵堂』 帰ってきた皆塵堂、帰ってきたコワ面白い物語!?
輪渡颯介『髪追い 古道具屋 皆塵堂』(その一) 最凶の怪異に最悪の因縁!?
輪渡颯介『髪追い 古道具屋 皆塵堂』(その二) 皆塵堂総力戦、シリーズ最高傑作誕生!?
輪渡颯介『怨返し 古道具屋 皆塵堂』 非情の取り立て屋の遺産の正体!?
輪渡颯介『闇試し 古道具屋 皆塵堂』 幽霊にいかに挑むか? 二人の「探偵」の対決!?
輪渡颯介『捻れ家 古道具屋 皆塵堂』 曰く付きの建物連発、消えた若旦那は何処に

|

2024.10.28

厳島合戦に「怪獣」乱入!? 星野泰視『戦国怪獣記ライゴラ』第1巻

 『哲也』の星野泰視と『凍牌』の志名坂高次が組んだ新作は当然麻雀もの――では全くなく、戦国時代を舞台とした怪獣漫画(怪獣が出てくる戦国漫画)。この第一巻では、かの厳島合戦を舞台に、海から現れた正体不明の怪獣が、戦国武将たちの思惑を完膚なきまでに叩き壊します。

 厳島を舞台に睨み合う、毛利元就と陶晴賢。両者が相手を引きずり出し奇襲をかけるべく繰り広げられた駆け引きは、陶方の読み勝ちに終わり、おびき出された毛利方に陶方が襲いかかった時――異変は起きました。

 突如として海が異常に盛り上がり、そこから現れたのは、巨大な怪獣としかいいようのない存在――二足で立ち上がったトカゲのような巨体の背中に、幾本もの蜘蛛を思わせる足を生やしたその怪獣は、陶方・毛利方を問わず手当たりしだいに人々を蹴散らし、暴れ回るのでした。

 そんな中、剣での成り上がりを夢見て陶方の陣に加わっていた男・十郎太は、かつて師から受け継いだ名刀を手に、単身怪獣に挑むのですが……


 時代劇というのは、おそらく一般に想像されるよりもはるかに柔軟なジャンルで、およそ時代劇とは関係ないと思われる題材であっても貪欲に飲み込み、作品を成立させることがあります。

 決して数は多くはないものの「怪獣」もその対象の一つであって、これまで様々な作品を生み出してきましたが、本作はその最新の成果といえるでしょう。
 何しろ本作は、(この第一巻の時点では)怪獣が厳島合戦に乱入し、ひたすらに蹂躙する姿を描いた物語。大砲はおろか鉄砲もない中で、弓矢と刀槍のみで戦う人間たちを、ひたすらに謎の怪獣が叩き潰す様が描かれます。

 そんな中でまず感心させられるのは、その怪獣の姿が、まさしく「怪獣」と呼ぶしかないものである点です。完全にこの世ならざる「魔物」でもなく、どこか生々しさを感じさせる「クリーチャー」でもない、現実的な存在感を持ちながらも、決して存在しない巨大な怪物――まさしく「怪獣」が、本作では大暴れするのです。
 そのデザインもまた実に魅力的で、マニアの戯言ではありますが、「中に人が入ってそう」なバランスの体型がたまりません。本作の怪獣デザインは、ウルトラマンシリーズを中心に活躍している丸山浩が担当しているとのことですが、なるほど納得です。


 そんな怪獣が暴れまわる本作は、時代劇と怪獣もの、両方が大好きでたまらないという人間の夢が形になった――というのはもちろん言い過ぎですが、リアルと絵空事のギリギリを行く姿に、大いに痺れます。
 もちろんそれも、漫画としての描写の巧みさあってであることは言うまでもありません。まさに始まろうとしていた戦国時代の合戦(実に冒頭50ページは、普通の歴史漫画といっても通用する内容です)の中に、突然怪獣が現れる――言葉にすれば簡単ながら、絵にすれば途方もない虚構を、本作は巧みに描いてみせるのですから。

 しかしその虚構の中で、怪獣が人間を蹂躙する姿をひたすらに描きつつも、本作は同時に不思議な爽快感すら感じさせます。
 それは、自分たち以外を人間とも思わぬ武士たち――陶晴賢は十郎太と同じ村の兵たちを己の策の「撒き餌」として平然と利用し、毛利元就は捕らえたその兵たちを平然と拷問の末に殺す――が、怪獣たちの前では、武士も農民も、皆等しい存在(等しく粉砕される肉の塊)に過ぎないことを描く点によります。
(ちなみに史実とは異なり、本作では陶方が奇襲を成功させかけていたという展開がなかなか面白い)

 人間と人間が騙し合い殺し合う合戦の中に、怪獣が放り込まれることによって、逆説的な人間性が生まれる――時代劇と怪獣ものを融合させたからそこ生まれる味わいが、本作にはあります。


 しかしもちろん、人間の人間たる所以はそれだけではないでしょう。この巻で描かれたあまりの惨劇を見れば、怪獣を許さざる敵と誓った十郎太のこの先の戦いは、人間というものの意地を見せてくれるものになるのではないか――そう期待したくもなります。

 そして次なる舞台は――厳島合戦と並ぶ、いや日本史上に残る奇襲戦となるようです。
 そこで描かれる怪獣の怪獣らしい暴れぶり、人間の人間らしい逆襲が、今から楽しみです。


『戦国怪獣記ライゴラ』第1巻(星野泰視&志名坂高次ほか 秋田書店ヤングチャンピオン・コミックス) Amazon

|

2024.10.27

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第4話「奇巧対決」

 異飄渺に化けて魔界に潜入した凜雪鴉は、霸王玉と花無蹤それぞれに対面、互いの反目を更に高める。その頃西幽では、嘲風の軍が睦天命と天工詭匠を襲う最中に鬼奪天工が乱入、禁断の兵器で暴れ回る。一方、自らの在り方に葛藤する浪巫謠は、力を発揮できず、迦麗の猛攻に追い詰められるが……

 相変わらず様々な勢力のキャラクターたちが、それぞれの場所で派手に動いてまことに賑やかな本作ですが、今回も見どころ十分。冒頭から、異飄渺に化けた凜雪鴉がいよいよ暗躍を開始します。
 禍世螟蝗から霸王玉と花無蹤の監視を命じられたのをよいことに、それぞれに接近してはプライドを絶妙にくすぐり、その上で相手への反感を高めるという、実にタチの悪い動きを見せる凜雪鴉。特に元盗賊で自分の知謀に絶対的な自信を持つ花無蹤は、どう考えてもキセル野郎にとっては最高の獲物であるはずで、この先プライドをズタズタにされた上に組織での地位やら何やら全てを失うのではと楽しm――いや心配でなりません。

 さて、そんな神蝗盟側の動きを前フリに、今回のクライマックスの一つとなるのは、西幽での睦天命・天工詭匠と嘲風の軍勢の戦い――にガトリング砲片手に乱入してきた鬼奪天工と天工詭匠の戦い。さすがにこの世界においてもガトリング砲は規格外の代物なのか、嘲風以下が目を白黒させている間にガトガト放たれる銃弾は、主に彼女の軍勢の方を蹴散らしていきます。しかし鬼奪天工の狙いは天工詭匠、天工が名に付く同士で過去に色々と因縁があるようですが――しかしガトリング砲まで出してくるとは辛抱たまらんと、天工詭匠は睦天命を置いて、自分の洞窟の中に飛び込みます。
 ガトリング砲に対抗できそうなもの(そしてそれだけの説得力があるもの)など、そんなに多くはありませんが、まさか――と思っていたところに現れる天工詭匠。その姿は――ロボ(正確にはパワードスーツ)!? いやはや、悪い予感が当たったというか、「武侠とは」という疑問に真顔にもなろうというものですが、まあガトリング砲もロボも、時代伝奇ではアリなのですから、武侠ものでもアリでよいでしょう(どちらもよくない)。

 何はともあれ、絶対的優位を確信していたところに後出しで登場した驚異のテクノロジーに鬼奪天工も浮足立ち、ガトリング砲を乱射するものの、ロボの前では豆鉄砲同然。さらにその隙を睦天命に突かれて音波攻撃で弾倉を切られたところに、ロボのメガトンパンチ一閃! 鬼奪天工はひとたまりもなく吹き飛ばされます。
 しかし鬼奪天工の望みは魔界の土を踏むこと。最後の力で天空に魔界への扉を開けた彼だけでなく、嘲風とかわいそうなお付きが、そして睦天命が扉に引きずり込まれたのを見た天工詭匠も扉に飛び込みます。しかし念願の魔界で満足気に息絶えた鬼奪天工はともかく、巻き込まれた面々は、ただ呆然とするのみ……

 ちょうどその頃、浪巫謠は自分を獲物として襲いかかってきた迦麗を前に防戦一方。さすがにその身を心配する刑亥ですが、阿爾貝盧法は何も分かっていないと一笑に付します(最近刑亥こんな役ばっかり)。浪巫謠が押されているのは、単純な実力差ではなく、その身に宿る魔界の血に戸惑い、自分が魔へと変じることに恐れているため――そんな浪巫謠に、聆牙が声をかけます。単なる道具でも武器でもなく、互いに命を預けた相棒として――その言葉に、たとえどうなったとしても、仇である阿爾貝盧法を討つという強い想いを取り戻した浪巫謠は、再び覚醒し、凄まじい叫びをあげます。
 その声は、聴覚の鋭敏さでは右に出るもののいない睦天命に届いただけでなく、浪巫謠に激しく執着し(元はといえばその想いがこじれた末にこうして魔界に放り込まれる羽目になった)嘲風――魔界の扉から落ちてきた時に、かなり危ない頭の打ち方をしてダウンしていた彼女をも一発で目覚めさせます。

 そして荒れ狂う浪巫謠の力は暴風のように迦麗を翻弄、ついにその槍を砕き、彼女の身を貫きます。かくて魔宮第七位を斃し、その印章を受け継ぐことになった浪巫謠ですが――もしかして位だけであれば父親を上回ったということでしょうか。


 一方、かつての仲間たちが魔界で大変なことになっているとは露知らず、殤不患は捲殘雲と丹翡を連れ、鬼歿之地の砂嵐の中を歩んでいるところで――と、今回も危うく出番なしのところをギリギリ間に合って、次回に続きます。


関連サイト
公式サイト

関連記事
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第1話「帰郷」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第2話「魔界の宴」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第3話「侠客の決意」

|

2024.10.26

『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚』 第二十七話「見捨てられた村」/第二十八話「野心家の肖像」

 一時は撒こうとしたものの、結局操を連れて京都に向かうことになった剣心。しかしその途中、二人は新月村から逃げてきた少年・栄次と出会う。志々雄一派に支配され、地獄と化した村の有様に憤る剣心は、村に滞在していた志々雄と対峙。その前に村を支配していた志々雄の配下・尖角が立ち塞がるが……

 今回は二十七話と二十八話をまとめて紹介。愁嘆場から始まった京都編ですが、操が登場して一気に雰囲気は明るく(というかドタバタに)――と思いきや、京都編、というか『るろうに剣心』全体でも相当に重いエピソードである新月村編が始まります。

 操が単なるアレな子ではなく、御庭番衆の縁の者であること、そして蒼紫を一心に想っていることを知って、京都に帰るという彼女と行動を共にすることになった剣心(まさかその頃、蒼紫も京都に向かっているとは知らず……)。しかしその矢先に見つけたのは死を目前とした青年、その青年が最後まで守っていたのは弟の栄次で――と、いきなりシリアスな始まりです。

 彼らが逃げてきたのは志々雄一派によって占領・支配された村だったという展開は、さすがに豪快すぎやしないかとも思いますが、後からやって来た斎藤が語る、何故軍隊を派遣できないのか(そして剣心や斎藤といった個人が動かないといけないのか)、という理屈はなかなか面白い。自分が暗殺されかねないので政治家も動かないという流れも納得です。(その辺の人間、下手すると昔は自分が暗殺する側だったしな……)
 そんな中で厭に印象に残るのは、志々雄一派に支配された末に、反抗の気力を失い、それどころか救いに来た剣心たちに反発し、罵声を浴びせる村人たちの姿でしょう。作品が少年漫画の王道を行くようでいて、何気に厭な人間心理が描かれることも多い作者ですが、この頃から既に描かれていたのか――と、妙なところで感心します。

 そして剣心・斎藤と志々雄の対面という重要な場面が描かれるわけですが、直後にその場を(この回のシリアスさを)全て持っていくのは尖角の存在です。いや、この尖角、原作読者にとっては登場シーンで既にインパクト十分――何しろ、原作と異なり、なんか兜被ってるのですから(ついでに手甲もつけてる)。尖角といえば、あの常人とは思えないほど尖った頭ですが、一歩間違えればギャグのようなビジュアルが、尖った兜を被っていることにより、緩和されたような気がしないでもありません。といいたいところですが、あの全身ボディースーツは健在なので、ボディースーツに兜と手甲はつけている変な人になっているのがまた……
 しかし驚かされるのはそれだけでなく、突然「尖角流」などという流派(まず間違いなく自称)を名乗り、原作では手下が語っていた刻み打ち(百烈ナントカ)の名を自ら披露、さらに、幻に終わっていた串刺し頭突きこと人間弩弓(ナントカ頭突き)そしてその超必殺技版まで!

 と、タチの悪いファンとしては、原作では幻に終わった尖角の必殺技が登場するのにテンションが上がった――と言いたいのですが、さすがにそこを頑張らなくてもいいのではないかな、と真顔になってしまった、というのが正直なところではあります。
 そこはいいから、もう少しお話のペースを上げて――と、今回のアニメ化の冒頭から思っていたことを、改めて思ってしまうのでした。
(確かに雷十太のエピソードや第零幕の補完は良かったですが……)


 にしても、尖角の兜が外れてみたら、中から出てきたのは原作通りのトンガリ頭だった、というのには、もうどんな顔をすればいいのか……


『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚 京都動乱』 1(アニプレックス Blu-rayソフト) Amazon

関連サイト
公式サイト

関連記事
『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚』 第二十五話「京都へ」
『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚』 第二十六話「明治東海道中」

|

2024.10.25

一冊まるごとクライマックス! 中将vs多情丸 瀬川貴次『ばけもの好む中将 十三 攫われた姫君』

 何と一月おいてすぐの刊行となった『ばけもの好む中将』最新巻は、前巻の衝撃のラストを受けて、一冊まるごとクライマックスというべき展開が繰り広げられます。宗孝の姉・真白と間違えられて凶賊・多情丸に攫われた初草を救い出すべく、夜の都を奔走する宣能と宗孝。一方、多情丸の過去の悪行がいよいよ明るみに出て……

 京の裏社会の顔役であった黒龍王の跡を継ぎ、数々の悪事を重ねる多情丸。彼はその支配を盤石のものとするため、さらには己の情欲を満たすために、宗孝の十の姉・十郎太を狙います。
 そのために宗孝の姉たちを人質にせんと企む彼の計画は、姉たちの強運と、多情丸の子分たちの間抜けさで失敗続きだったのですが――それがついにとんでもない事態を招くことになります。

 牛車の中から、真白こと十二の君を攫った多情丸の手下たち。しかし十二の君と思いきや、それは彼女の牛車を借りて家に帰る途中の初草――つまり宣能の妹だったのです。右大臣から裏仕事を請け負う多情丸が、その右大臣の娘を攫ってしまった――これはもう、予測不能な事態です。

 そんな中、最愛の妹が怨敵に攫われた知った宣能は怒りも露わに実力行使に走り、宗孝も初草を助け、そして宣能の暴走を止めるべく行動を共にします。
 一方、多情丸の一の配下である狗王は意外極まりない真実を語り、さらに真白と春若までも初草を追って……


 と、これまで長きにわたって描かれてきた宣能と多情丸の因縁は、本作において初草の誘拐を機に、一気に直接対決になだれ込んでいきます。しかしそれだけに留まらず、さらに様々なドラマが一気に動き出すことになります。

 何しろ、本作の冒頭で狗王が語る事実からして爆弾級です。いや、確かになにやら曰くありげだとは思っていましたが、そことここが繋がるの!? と言いたくなるような展開には、息を呑むばかり。
 その一方で、春若が真白にひた隠しにしてきたアレが明らかになる場面は、あらあらまあまあと生暖かい眼差しになってしまうのです。

 そんなシリアスとコミカルが入り乱れる中で、しかし最もインパクトを残すのは宣能の暴れっぷりでしょう。確かに宣能の肩書は左近衛中将という武官ではありますが、しかし貴族のそれはあくまでも名誉職のようなもので――と思いきや、これが強い、本当に強い!
 特に中盤で描かれる彼の立ち回りは、シリーズのクライマックスにふさわしい、まさしく無双としか言いようのない大活躍。そしてそんな彼の陰に隠れがちですが、宗孝も負けじとなかなか派手なムーブを魅せてくれます。


 しかし、本作の、そして本シリーズのクライマックスは、その先に待ち受けています。

 一足先に多情丸の隠れ家に忍び込んだ春若たちのおかげで、ピタゴラスイッチのように多情丸の情婦が恐怖を募らせ――というのは本シリーズらしいコミカルさですが、しかしその先には、全くもって笑い事ではない恐ろしい出来事が描かれることになります。
 そしてその直後、隠れ家を探してやってきた宗孝が見たものは……

 ここか、ここでこう描くのか! と、詳細を伏せた状態でこちらばかりテンションを上げて恐縮ですが、本シリーズで満を持して登場するアレの使い方の見事さ(そしてそこに居合わせるのが宗孝というのがまた巧い!)に、ただただ脱帽するばかりです。


 さらに、もう一つのどんでん返しまで用意され、驚きの連発に目を白黒させているうちに、物語は幕を迎えます。
 その盛り上がりはもちろんのこと、これまで縦糸として描かれ、物語に重苦しい色彩を与えていたストーリーに一つの結末が描かれたことで、シリーズ全体も落着してしまったようにも見えますが、まだ描かれるべきものが残されていることはいうまでもありません。

 もちろん、本当の結末までそれほど残すところはないのでしょう。しかし、この物語にとってある意味最も重要な、大きな問題がまだ残されています。
 はたしてそれをいかにして乗り越えてみせるのか――この先こそが本当のクライマックスでしょう。その時が今から待ち遠しくてなりません。


『ばけもの好む中将 十三 攫われた姫君』(瀬川貴次 集英社文庫) Amazon

関連記事
「ばけもの好む中将 平安不思議めぐり」 怪異という多様性を求めて
「ばけもの好む中将 弐 姑獲鳥と牛鬼」 怪異と背中合わせの現実の在り方
『ばけもの好む中将 参 天狗の神隠し』 怪異を好む者、弄ぶ者
瀬川貴次『ばけもの好む中将 四 踊る大菩薩寺院』(その一) 大驀進する平安コメディ
瀬川貴次『ばけもの好む中将 四 踊る大菩薩寺院』(その二) 「怪異」の陰に潜む「現実」
瀬川貴次『ばけもの好む中将 伍 冬の牡丹燈籠』 中将の前の闇と怪異という希望
瀬川貴次『ばけもの好む中将 六 美しき獣たち』 浮かび上がる平安の女性たちの姿
瀬川貴次『ばけもの好む中将 七 花鎮めの舞』 桜の下で中将を待つ現実
瀬川貴次『ばけもの好む中将 八 恋する舞台』 宗孝、まさかのモテ期到来!? そして暗躍する宣能
瀬川貴次『ばけもの好む中将 九 真夏の夜の夢まぼろし』 大混戦、池のほとりの惨劇!?
瀬川貴次『ばけもの好む中将 十 因果はめぐる』 平安○○っ娘の誕生と宗孝の危機!?
瀬川貴次『ばけもの好む中将 十一 秋草尽くし』 二人の絆の危機、老女たちの危機!?
かつてない緊迫した状況と、宣能への生暖かい眼差し 瀬川貴次『ばけもの好む中将 十二 狙われた姉たち』

瀬川貴次『ばけもの厭ふ中将 戦慄の紫式部』 平安ホラーコメディが描く源氏物語の本質!?

|

2024.10.24

ホワイダニットの妙が光る貸し物譚 平谷美樹『貸し物屋お庸 夏至の日の客』

 白泉社招き猫文庫時代から数えれば通算九作目と、作者の単行本化された連作シリーズの中では最長となった『貸し物屋お庸』の最新巻です。江戸のレンタルショップ・湊屋の両国出店を任されたお庸が、今回も貸し物にまつわる様々な事件に首を突っ込むことになります。

 大工だった両親が盗賊に殺されたことをきっかけに、主の清五郎のもとで湊屋の出店を任されるようになったお庸。それ以来、彼女は持ち前の好奇心と気風の良さで、店に訪れる様々な人々に絡んだ事件や騒動の数々を解決してきました。
 今日も、手代の松之助や、怪しい客の素性を調べる追いかけ屋で陰間の綾太郎と共に、お庸は様々な謎に挑んでいきます。

 というわけで、本作にはお庸の奮闘を描く全五篇の物語が収録されています。
 親の代から世話になってきた名棟梁が年を取って寝込みがちになったと知り、屋敷にいながらにして花見を楽しんでもらおうとお庸たちが奔走する「花の宴」
 按摩の家に貸した炬燵の中に猫が住み着いたと思いきや、思いもよらぬその正体が明らかになり、一転して恐ろしい事態にお庸が巻き込まれる「炬燵の中」
 一年前の夏至の日に、ギヤマンの杯を借りてすぐに返した若き蘭学者の不審な行動を巡り、お庸たちが真相を追う「夏至の日の客」
 湊屋の吉原揚屋町の出店に「赤ん坊を貸してくれ」と現れた遊女に対し、その理由をお庸が解き明かす「揚屋町の貸し物」
 家に幽霊が出るようになったので引っ越しをするという常連客の話を聞いたお庸が、幽霊出現の謎を解く「宿替え始末」

 今回も、人情ものあり、ミステリあり、ホラーありと、いかにも本シリーズらしい盛りだくさんの内容ですが、個人的に特に印象に残ったのは「花の宴」と「揚屋町の貸し物」でした。

 「花の宴」は、仕事はきっちりこなすが遊びも派手という名棟梁が、息子に跡目を譲って隠居して以来、どうにも元気がない(作中で疑われるその理由もスゴいのですが)のを励ますために、本人に気付かれないうちに庭に花見の準備をしてしまう――という、大げさにいえば一種の不可能ミッションもの。
 その難題に挑むお庸たちの細工も楽しいのですが、そこに関わる人々それぞれのプロフェッショナルぶりと心意気が実に気持ちよい、巻頭にふさわしい一篇です。

 一方、「揚屋町の貸し物」は、貸し物屋に遊女が赤ん坊を、それも三人も借りたいと言ってくるという、前代未聞の導入が強烈に印象に残ります(しかし、その気になればそれにも対応できるという湊屋……)。しかも、遊女が名乗った名前は別人のものとわかり、遊女の行動の理由はますます謎めいてきて――と、極めてユニークな一種のホワイダニットものとなっています。
 その謎解きの末に、遊女が口にした理由にはハッと胸を突かれ――そこから終盤の(ある意味反則ではあるのですが)に至り、物語のトーンが全く変わる展開には脱帽です。

 貸し物屋だから成立する設定と、ホワイダニットの妙、そして物語展開の巧みさが見事に融合した、本作でも随一、いやシリーズでも有数の名品と言えるでしょう。


 このように、巻を重ねても、まだまだシリーズとしての可能性を感じさせる物語が飛び出してくる『貸し物屋お庸』。この先も大いに期待してしまうのですが――ただ一つ寂しいのは、お庸が清五郎への恋心を完全に封印してしまった点でしょうか。
 それももちろん彼女の成長の姿ではありますが、しかし仕事以外にも前向きに突き進んでいく彼女の姿も見てみたい、というのも正直な気持ちです。

 今回はなりを潜めていたさる大名家のちょっかいも合わせて、今後のドラマを展開してくれた――というのは、まことに贅沢な望みかもしれませんが、それだけ魅力があるシリーズであることは間違いありません。


『貸し物屋お庸 夏至の日の客』(平谷美樹 だいわ文庫) Amazon

関連記事
平谷美樹『貸し物屋お庸謎解き帖 桜と長持』 帰ってきたお庸! 少女店主の奮闘再び!
平谷美樹『貸し物屋お庸謎解き帖 百鬼夜行の宵』 賑やかな味わいの中の少女の限界と成長
平谷美樹『貸し物屋お庸謎解き帖 五本の蛇目』
平谷美樹『貸し物屋お庸謎解き帖 髪結いの亭主』

『貸し物屋お庸 江戸娘、店主となる』 貸し物が生み出すモノと人のドラマ
『貸し物屋お庸 娘店主、奔走する』 プロとして、人として
平谷美樹『貸し物屋お庸 娘店主、捕物に出張る』 物語を貫く縦糸登場?
平谷美樹『貸し物屋お庸 娘店主、想いを秘める』 お庸の成長と彼らの正体と

|

2024.10.23

夏祭りが呼ぶ騒動 二人の絆に亀裂が!? 霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは祭りの夜に舞う』

 既に秋祭りの時期となり、今頃の紹介でまことに恐縮ではありますが、快調『神様の用心棒』シリーズ第六弾は、夏祭りが舞台となります。宇佐伎神社の夏祭りのため、大いに盛り上がる兎月たちですが、ツクヨミが意外な態度を見せたことで、思わぬ事態となります。

 箱館戦争で命を落としながらも、明治の世に函館山の宇佐伎神社の神・ツクヨミによって蘇り、神社の用心棒として暮らす兎月の活躍を描いてきた本シリーズ。
 シリーズではこれまで、基本的に毎回一作に一つの季節が舞台となってきましたが、本作は前作に引き続き夏の物語が描かれます。

 その冒頭の「七夕怪談」は、サブタイトルのとおり、七夕が題材の怪談です。
 函館の住人たちが七夕の笹を取りに行く雑木林で最近相次いでいる幽霊の目撃談。ついに行方不明者まで出たという訴えに、林に向かった兎月の前に、身体から笹を生やした土気色の肌の女が現れ――という直球の怪談ですが、何と言えぬ不気味な余韻を残すのが、怖い時は容赦ない、本シリーズらしいといえるでしよう。

 そんなエピソードに続いて描かれる「夏祭りことはじめ」では、本作のメインとなる、夏祭りにまつわる物語が描かれます。夏祭りの季節を前に、神社の祭りを盛り上げようと盛り上がる、兎月に大五郎、パーシバルたち。特に大五郎は大張り切りですが――しかし肝心のツクヨミが、そんな人間たちに反発します。
 自分たちは祭りを盛り上げ、神社に多くの人に来てもらおうとしているのに――と驚く兎月たちですが、ツクヨミにはツクヨミの想いがあって……

 と、いうエピソードですが、実は本作の帯には、「神様と兎月の絆に亀裂が――!?」という、なんとも気になる惹句が書かれていました。
 これまで互いにツッコミ合うのは日常茶飯事だったツクヨミと兎月ですが、「亀裂」とは穏やかではありません。一体何が――とハラハラしていたところ、蓋を開けてみたらこの展開だったわけですが、しかしこれはこれで、深刻な問題であることは間違いありません。

 特に、町おこしのためにこれまでの風習が変えられたり、新たに作られたりというのは、現代でも無縁ではない話。いや、そんなことよりも、自分が相手のためと考えていることは、本当に相手の望むものなのか――というシンプルな話なのかもしれませんが、いずれにせよ、神様と人間のギャップが、思わぬところで露呈したといえるでしよう。

 果たして、この亀裂をどうやって埋めるのか――というのはここでは述べませんが、やはり本作らしい結末のエピソードです。


 これに続くのは、兎月がお葉と出かけた盆踊りの晩に、優しい奇跡が起こる「遠い盆唄」――そしてパーシバル所蔵の、手にした者に不思議な事が起きるという夫婦茶碗によって兎月たちが不思議な世界に入り込む「ほたる野の茶碗」という二つのエピソード。
 どちらも短いですが心に残る、切なくも優しい物語で、今はここにいない人の幸せを願う想いが印象的です。
(しかし、盆踊りに「あの人」が顔を見せなかったのは、さすがに機会を譲ったのか、まだまだこちらにいる気満々なのか……)


 そしてラストの「夏祭り始末」では、いよいよ夏祭りの模様が描かれます。大五郎組の気合の入った支度や、お葉やパーシバルの協力で始まった祭りですが、しかし客の入りはなかなか思うに任せない状況。それどころか、とんでもない横槍まで入って――と荒れ模様です。

 この騒動がどのような結末となるか、言うだけ野暮というものですが、「夏祭りことはじめ」でのツクヨミの懸念を吹き飛ばし、神様と人間を繋ぐかのようなクライマックスは、やはりお見事というべきでしょう。
 と思いきや、後々のシリーズに影響を与えそうな展開まであって、笑ったり泣いたり驚いたりと、やはり最後まで『神様の用心棒』らしい内容だったといえます。


 さて、この結末を受けて、神様と人間の物語が、今後どのような展開を迎えるのか――それが描かれるであろう次作以降も、楽しみにしたいと思います。


『神様の用心棒 うさぎは祭りの夜に舞う』(霜月りつ マイナビ出版ファン文庫) Amazon

関連記事
霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは闇を駆け抜ける』 甦った町を守る甦った男
霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは玄夜に跳ねる』 兎月が挑む想い、支える想い
霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは梅香に酔う』 兎月とツクヨミの函館の冬
霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは桜と夢を見る』 春の訪れとリトルレディの冒険と
霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは星夜に涼む』 函館の短い夏を彩る三つの物語

|

2024.10.22

舞台は再び前線へ 梁と魏それぞれの事情 栗美あい『白花繚乱 白き少女と天才軍師』第4巻 

 梁と北魏の戦いを名将と白衣の少女を通じて描く『白花繚乱』も、気がつけばもう第四巻。物語の舞台は建康から再び魏との戦いの最前線に移ります。梁も魏もそれぞれに事情を抱える中で繰り広げられる駆引きは、魏の要衝・合肥を巡って加熱します。その中で、祝英台の活躍は……

 江南城からの撤退戦の中で行方不明となった梁山伯の捜索を直訴するために、戦況報告に向かう陳慶之とともに王都・建康に向かった祝英台。そして皇帝と謁見した祝英台は、皇帝の近臣たちの陰湿な妨害を受けながらも、豪放な将軍・曹景宗の助けもあり、皇帝から願ったものを勝ち取りました。
 そしてこの巻の冒頭ではもう一つの願い、すなわち陳慶之の願い――白装束の騎馬隊を作るための白馬三百頭の最初の一頭に、祝英台は乗ることになります。

 成り行きから皇帝と同乗することになった祝英台は、そこで一つの命を受けます。軍略は並ぶ者がない一方で、騎乗はからっきしの陳慶之のために、共に馬に乗ってほしい、と。
 それに従い、陳慶之と共に再び最前線に向かうことになった祝英台。しかしその直後、建康では前皇帝・東昏侯の残党がテロを行い、祝英台たちも残党との戦いに巻き込まれて……

 と、周囲の文官どもはさておき、非常にフレンドリーで物わかりの良い(良すぎて不安になるくらいの)皇帝の登場で、陳慶之たちの戦いに強力なバックアップが得られた一方で、梁の国内も一枚岩ではないことが明らかとなった建康でのエピソード。そしてこの残党の一件がきっかけとなって、皇帝は魏との再戦を陳慶之に命じます。
 一方、一枚岩ではないのは魏の側も同じ。気弱な皇帝が周囲から操られる中、自ら率先して梁と戦うことを望む中山王ですが、彼が戦功を挙げるのを危ぶむ者たちによって、彼自身が前線に出ることを阻まれます。


 かくして、それぞれに国内に不安を抱えながら、国境で再度激突する梁と魏。梁の主力として、韋叡の軍は、魏の要衝である合肥攻略に向かうものの、みすみす魏がそれを許すはずもありません。
 そこで皇帝から韋叡を助けることを命じられた陳慶之の軍略が発揮されることになるのですが――というわけで、この巻の後半では、再び舞台は戦場に戻ることになります。

 ちょっと身も蓋もないことを言ってしまえば、史実においては、この戦いでは韋叡が梁側の中心でした(というか陳慶之はこの頃、まだ前線に出ていなかったのでは……)。
 そんな中で陳慶之を、そして祝英台を活躍させるには――というステージを用意してみせたここでの展開には、なかなか感心させられました。

 さらに祝英台は、あの楊大業を向こうに回して、白馬に乗っての颯爽たる活躍が――と、ちょっと活躍しすぎな印象もありますが、上で述べたように本来では韋叡が主役だった戦場での二人の活躍を描くには、これくらい派手な方が良いのかもしれません。

 もっとも、その韋叡の見せ場はこれから来るわけですが――その模様は次巻になります。


『白花繚乱 白き少女と天才軍師』第4巻(栗美あい&田中芳樹 秋田書店プリンセス・コミックス) Amazon

関連記事
栗美あい『白花繚乱 白き少女と天才軍師』第1巻
栗美あい『白花繚乱 白き少女と天才軍師』第2巻 援軍、将らしくない将と破天荒な快男児(!?)と
栗美あい『白花繚乱 白き少女と天才軍師』第3巻 怪しい男と都で待つもう一つの戦い

|

2024.10.21

『青のミブロ』 第1話「壬生浪と少年」

 文久三年、年端のいかぬ子供たちが攫われるなど世情騒然とした京。その片隅のの団子屋を訪れた壬生浪士組の土方と沖田は、そこで働く利発な少年・におに目を留める。数日後、家に帰る途中のにおと妹を賊が襲撃するが、待ち構えていた土方と沖田に蹴散らされる。翌日、におを浪士組に誘う土方だが……

 原作漫画の方は第二部の「新選組編」に突入し、単行本は現時点で合計十五巻を数える『青のミブロ』のアニメがスタートしました。しかも深夜枠ではなく、土曜の夕方五時半、そして連続二クール放送という、当世では恵まれた枠です。

 さてその第一話は、原作の第一話をほぼ忠実に映像化した内容となっています。団子屋で働くにおと血の繋がらない妹と祖母、そこに現れた土方と沖田の颯爽たる男振りと、それとは裏腹の「ミブロ」の悪評。荒れる京都を象徴するような、子供を狙う人攫いの賊との戦いの中で描かれる、土方と沖田のキャラクターと、におの観察眼。そして土方からのミブロへの誘いと、それに対する答えともいえるにおの叫び……
 細かいセリフや描写の省略はありますが、ほぼ内容は原作に忠実な(その分、プラスもほとんどない)内容です。

 このような(最近では当然の)アニメ化のスタイルは、原作既読者がここで何かを語ろうとするとちょっと困ってしまうのですが、とりあえずキャストにしてはイメージ通りという印象で、特に土方・沖田は、彼らの一種のパブリックイメージに忠実と感じます。
 また、今回のクライマックスである土方と沖田を前にしてのにおの叫びも、正直なところ原作では唐突感とちょっぴり気恥ずかしさがあったのですが、声がついてみるとそういった印象はだいぶ緩和されているのは、さすがと言うべきでしょう。

 その一方で、作画的にはシャープさに欠ける印象が強くありました。これは特に原作のメリハリの効いた絵柄に比べてしまうと、特にそう感じるのかもしれませんが、今後への不安点といえます。
 特に今回はアクションシーンが少なめだから良かったものの、今後本格的にアクションが描かれる場合にどうなるか(もちろん逆にアクションシーンは良くなる可能性も、ないわけではないですが)、気になるところです。
(制作元がファンタジー主体で、時代ものが初めてなのは、これはまあ今日日仕方ないとして……)

 ちなみに今回、ミブロの大半はOPEDとイメージシーンのみの登場だったわけですが、太郎とはじめは、それぞれちょっとマイルドな感じになっているのは面白く感じられるところで、実際の登場を楽しみにしたいと思います。


関連サイト
公式サイト

関連記事
安田剛士『青のミブロ』第1巻 少年の叫びとそれを導く壬生の狼たち

|

2024.10.20

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第3話「侠客の決意」

 悍狡を倒したものの、そこが魔宮第七位の迦麗の狩場だったことから、彼女の襲撃を受ける浪巫謠。一方、鬼歿之地に向かう丹翡と捲殘雲を見送ろうとした殤不患は、突然前言撤回し、やはり自分も行動を共にすると告げる。その頃、西幽では嘲風の軍勢が、睦天命と天工詭匠を襲撃。さらにそこに……

 伝奇ものの醍醐味の一つは、様々な勢力が折り乱れての乱戦・混戦にあると思いますが
本作はまさにその醍醐味が横溢。前回登場した安索亞特と覇王玉&花無蹤はお休みでしたが、代わって魔宮第七位の迦麗が新登場。魔界でも西幽でも混戦模様の中、前回全く出番のなかったあの男がついに……

 というわけで、サブタイトルから察せられるように殤不患がようやく立ち上がるのですが、冒頭に登場したその姿は、これまで同様に覇気のないもの。自分が動いて周囲の人間が傷付くのはもう耐えられないんだ! と、侠客にあるまじきナイーブ無双っぷりです。これはさすがにキセル野郎ならずともガッカリ度が高いですが、さすが名門の奥様はそんな態度はおくびにも出さず、丹翡は捲殘雲と鬼歿之地に向かうと告げます。
 まあ、少なくとも殤不患が気にしていた片翼ドラゴンは、ヤンデレの無理心中を邪魔したばかりに既に惨殺されているのですが、仮にそれを知っていても彼の考えは変わらないでしょう。旅立つ二人のために、鬼歿之地マップを作って来たのは彼らしい人の良さですが……

 しかし彼は、捲殘雲がつけていた対瘴気用のマスクを見て、突然何かを悟ったような態度を見せ、自分も同行すると言い出すのですが――果たして彼は捲殘雲に何を見たのか? これまでの物語でそれらしい場面はなかったように思いますが、前期で時を超えた時に何かあったのか、あるいは彼の語られざる過去になにかあったのか? 謎は深まりますが、何かと安否が気遣われる捲殘雲が、想像以上に重要人物なのは間違いないようです。

 一方、前回魔族の血に覚醒した浪巫謠は息も絶え絶えですが――そこにさらなる嫌がらせ、いや試練を用意していたのは阿爾貝慮法。実は浪巫謠が悍狡を倒した場所は、魔宮第七位・迦麗の狩り場――そこでいわば獲物をかっさらった浪巫謠がただで済むはずもありません。果たしてその場に現れた迦麗――前回登場した安索亞特が陰謀家の蜘蛛繫がりで花無蹤に重なるものがあったのと対照的に、こちらはバトルマニアの女傑ということで覇王玉を連想させるキャラクターですが――は、早速浪巫謠に襲いかかります。
 連戦とはいえ黙っていては殺られるのみと応戦する浪巫謠ですが、窮暮之戰後に魔王が作り上げた秩序を崩壊させようと企む阿爾貝慮法にとっては、この事態はその手段の一つにほかなりません。その手足となることを命じられた刑亥こそいい面の皮ですが、今回は聆牙に凄まれてたじろぐなど、この先が心配になるばかりです。

 さて、冒頭に触れた通り、今回は出番のなかった覇王玉&花無蹤ですが、さすがにあの二人だけは拙かったかな――と禍世螟蝗も思ったらしく、異飄渺をフォローに送り込みます。といっても、連絡取ったらいきなり魔界行けという無茶苦茶ぶり(一応、準備もせずに行って大丈夫か、的なことは言いますが……)。もう一つの顔の方で萬軍破に反旗を翻されたのもこういうところなんじゃないかな――と思いますが、もしかしたら異飄渺の正体に気付いて嫌がらせをしたのかもしれません。
 もっとも、キセル野郎は四次元ポケットの一つも持っていそうな感じなので、ケロッとしていそうですが……

 そして前回ラストに描かれた嘲風の睦天命&天工詭匠攻めですが、言うまでもなく相手が悪く、兵隊はバッタバッタとなぎ倒されていきます。睦天命の琴によるマップ兵器攻撃は、音を使って撹乱するという嘲風の指示で封じることができましたが、むしろより恐ろしい天工詭匠のトラップが発動。ついにはガトリング砲まで――いや、ガトリング砲はやりすぎでは? と思いきや、そんなものを持ち込んだのはなんと鬼奪天功!?
 カラクリ使い同士の因縁のようですが、ただ出すだけでもなんか面白いガトリング砲を、武侠もので、しかも年寄りが持って乱入という絵面の面白さが、今回描かれた全てを吹き飛ばして次回に続きます。


関連サイト
公式サイト

関連記事
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第1話「帰郷」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第2話「魔界の宴」

|

2024.10.19

歴史の陰のアウトローたちの駆け引き 山本巧次『戦国快盗 嵐丸 今川家を狙え』

 タイムスリップ時代小説からスタートし、最近では時代ものから近代もの・現代ものと作品の幅を広げる作者が新たに描くのは、戦国時代を舞台にした盗賊たちの化かし合い。一匹狼の盗賊・嵐丸が、美貌の女盗賊や胡散臭い牢人とともに、隠し金山を巡る冒険を繰り広げます。

 時は戦国時代、桶狭間の戦から二年後――今川氏真の下で威光に陰りが見えつつはあるものの、いまだ賑わいが続く駿府を訪れた盗賊・嵐丸。そこで氏真の寵臣・三浦右衛門佐の館に忍び込んだ嵐丸は、同様に忍び込んできた一人の侍が、ある絵図面を写し取っていくのを目撃します。
 自分もその絵図面を記憶し、描き取った嵐丸は、それが隠し金山の在り処だと睨むのですが――しかし件の侍は何者かに殺された姿で発見され、嵐丸にはかつての同門で油断のならない妖艶な女盗賊・麻耶が近付きます。

 さらに麻耶と組んだ怪しげな牢人・沢木四郎三郎も現れ、成り行きから二人と組む羽目になった嵐丸。絵図面に記された名前から描き手の老人のもとを訪ねる嵐丸たちですが、そこを謎の侍たちが急襲――争いの陰に今川家の内紛があり、老人が今川を見限り松平家に接近しようとしていることを知った三人は、松平家に金山を売り込むため、老人の孫娘二人を連れて隠し金山に向かいます。

 隠し金山の山番である国衆・秋馬右京介のもとに乗り込み、松平家の使者を偽って右京介と対面する沢木。しかし右京介は松平家に付く条件に、松平元康が自ら訪れることを要求します。
 成り行き任せで動く嵐丸たちですが、彼らの周囲には怪しげな動きが幾つも見え隠れして……


 冒頭に触れたように、デビュー以来、様々な時代・舞台に作品を広げながらも、作者の作品の多くは、ミステリとしての面白さをわ追求してきました。それは、いずれも一癖あるアウトローたちが集う本作においても変わりません。

 主人公の嵐丸は、戦乱の中で孤児になり、盗賊の親方に拾われて技を仕込まれた男。親方が亡くなってからは徒党を組まず、土地から土地へ放浪しては、金持ちを狙っては忍び込み、金を盗んで消える腕利きです。
 本作はそんな嵐丸が、隠し金山を巡り、同業者や武士たちを向こうに回して立ち回るのですが――作中の随所には様々な謎が散りばめられているのです。

 その最たるものが隠し金山の在り処であることは間違いありませんが、それだけでなく、金山を守る右京介の不審な態度や、嵐丸たちを追う謎の刺客の存在、そして何よりも、誰が味方で誰が敵なのか――アウトローならではの緊迫感に満ちた冒険が繰り広げられることになります。

 巧みなのは、そんな物語を盛り上げる舞台設定の妙でしょう。作中に登場する駿府は、表面上は義元の後を継いだ氏真の下で平穏を保っているように見えても、家中は勢力争いのまっ只中。さらにそこに周囲の武田や織田、松平と様々な勢力の思惑が絡み合い、複雑な駆け引きが繰り広げられる状況にあります。
 それは史実ではありますが、クライマックスではそんなマクロな歴史の流れと、ミクロなアウトローたちの駆け引きが重なっていく点に、本作ならではのダイナミズムがあります。


 そして作者の作品ではお馴染みの、ラストのどんでん返しは、もちろん本作でも健在です。
 そこではキャラクターたちの意外な繫がりを通じて、さらなる世界観の広がりが示されるのですが――そちらを考えると、本作はまだまだプロローグという印象も受けます。

 言ってみれば今回は小競り合いレベル、これから天下を巡る動きに、アウトローたちが絡んでいくのかもしれない――そんなことを予感させる物語なのです。


『戦国快盗 嵐丸 今川家を狙え』(山本巧次 講談社文庫) Amazon

|

2024.10.18

不思議が象徴する多様性の心地よさ 波津彬子『あらあらかしこ』第2巻

 高名な作家に届く、送り手の名のない手紙。そこに綴られた各地の不思議な物語と、書生の少年の体験が交錯する、奇妙で端正な、そして心地よい連作シリーズの第二巻が刊行されました。今日も届いた(届かない時もあります)手紙が語る、不思議の内容は……

 売れっ子の小説家・高村紫汞の住み込み書生として働く少年・深山杏之介。高村の作品の清書も担当する彼は、ある日、奇妙な手紙を題材にした随筆を清書することになります。
 高村の知人によるものらしい、送り手の名前のないその手紙に記されていたのは、送り手が日本中を旅する先々で聞いた、不思議な物語。不思議を信じない性格の杏之介ですが、その物語を清書する彼の周りでも、ちょっと不思議な出来事が……
 
 そんな本作の枠組みは、この巻でも基本的に変わることはありません。(もっとも、巻頭のエピソードでは、手紙が届かないという変化球なのですが……)。

 巡る季節を追いかけるように様々な土地を訪ねる謎の旅人が聞いた、どこか懐かしさと温かみを感じさせる不思議な物語。そして生真面目な杏之介や洒脱な高村、謎めいた猫・櫨染さんたちの日常の、ちょっぴりの不思議。その両者が入り混じって生まれる独特の味わいは、本作ならではのものというほかありません。

 手紙が届かないため、編集者の塩谷と杏之介がそれぞれ怪異譚を語る羽目になる「怪異の話」
 花見の帰りに桜の声を聞いたという老人と出会った杏之介が、同じく桜の声にまつわる手紙に触れる「花見」
 高村の家で消えた本の検印の不思議と、手習いに励む狸の話が交錯する「手習い狸」
 最近妙に高村の家に客が増えた理由は、手紙に記されていた茶にまつわる不思議だった――という「新茶」
 夜の学校にまつわる怪異の思わぬ正体と、杏之介の学校時代の記憶が語られる「夜の学校」
 消えた手白猫を探して庭に入った子供に対し、高村が猫たちが修行する聖地について語る「猫岳」

 「猫岳」などを見ると、基本的に題材となっているのは「実在の」物語なのでしょう。しかし、そこに独自の味わいを加えているのは、名前のない送り手という謎めいた語り手の存在ももちろんですが、聞き手たる杏之介の存在も大きいと感じられます。
 肯定派の語りによる物語そのものの楽しさと、懐疑派の杏之介のリアクションの面白さと(そこにさらにどちらでもない高村の目が入るのが良い)――幾重にも重なることで、物語の味わいはより際立ち、深みが増しているのです。


 そして、その物語に対する杏之介のリアクションが、彼自身の人生にも影響を――それも良い影響を与えていることが語られていくのも、物語の味わいをさらに良いものにしています。

 作中で断片的に語られるように、高村のもとに来る前は、杏之介は決して幸福な暮らしをしていたとは言い難い様子です。しかし、手紙の不思議に触れていく中で、彼が自分の生き方を見直し、少しずつ変わっていく姿は、爽やかな後味を残します。そしてそれは同時に、不思議というものが、この世の良き多様性の象徴として機能しているということであり――そこに、不思議を愛するものとして何やら嬉しくなってしまうのです。

 本作を読んでいる時に感じる「心地よさ」は、こうした点から生まれているのではないかと感じられます。そしてまた、この「心地よさ」にずっと浸っていたいと……


 ちなみに本作のマスコット的存在――というよりもしかしてキーキャラクターかもしれない櫨染さんをはじめとして、本作には様々な猫が登場します。
 愛猫家としてはそれだけでも嬉しくなるのですが、「猫岳」に登場する猫は、うちの猫に柄が少し似ていて(体型は正反対なのですが)、さらに物語が感動的に見えてしまった――というのは全くの蛇足ではあります。


『あらあらかしこ』第2巻(波津彬子 小学館フラワーコミックス) Amazon

関連記事
波津彬子『あらあらかしこ』第1巻 名前のない手紙が語る不思議の物語

|

2024.10.17

「コミック乱ツインズ」2024年11月号

 今月の「コミック乱ツインズ」は表紙を『鬼役』、巻頭カラーを『江戸の不倫は死の香り』が飾ります。また、久々に『雑兵物語 明日はどっちへ』が登場です。印象に残った作品を一つずつご紹介します。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 ビジャを守る城壁も崩れ、ついにモンゴル兵21名が侵入してしまった状況で、オッド姫を巡る攻防が描かれる今回。ブブの策で姫を地下の娼館街に隠したものの、そこは姫の一族と因縁のある女主人が――と、以前この女主人が出てきた際には、いかにもこの機に乗じて意趣返しを、という雰囲気もありましたが、特にそんなことはなく、姫を娼婦たちに隠して兵の目を欺こうとしています。
 さらに数の上ではこちらが上と、モンゴル兵たちを取り囲む女主人と娼婦たち。一方、地上では、ある兵の目撃証言から、ブブがジファルとモンゴルの繋がりに気付きます。そしてそのジファルと繋がるモンゴル兵・ドルジの行動が思わぬ方向に展開し……

 と、城壁でモズが意外と粘る一方で繰り広げられる地下の戦いですが、(これはこちらの読解力の問題かと思いますが)女主人と兵士たちの場面と、ドルジの場面の繋がりが今ひとつわかりにくく感じられました。
(ドルジは兵士たちの中にいるのか、それとも単独行動をしているのか?)


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 娘が嫁いだ松田家をターゲットとした直家の謀略はいよいよ佳境。最大の障害だった軍師兄弟の一方を殺害、一方を離反させ、そして武の要であった伊賀久隆も調略成功――と、もはや松田家は丸裸に近い状態です。
 為すすべもなく籠城する松田親子ですが、悪いことは重なるもので、思わずそんなことある!? と言いたくなるような展開が……

 というわけで、直家の前に立ち塞がってしまった普通の武将の姿を描く残酷劇も、今回で幕となります。おそらくはこの時代、どこにでもあった滅亡の姿だと思いますが、しかしそこに直家の娘が嫁いでいたことにより、苦い苦い後味が加わっていることは言うまでもありません。
 直家の非情さを語る際にしばしば引き合いに出されるエピソードではありますが(娘の方も直家を嫌い抜いていたという一種のエクスキューズはあれ)、そこから逃げず真正面に、しかも入れられるところにはギャグを織り交ぜて描き切ったのは、お見事というべきでしょう。

 戦いが終わった後の直家の述懐も、彼の複雑な人物像をうかがわせて、何ともいえない余韻を残します。


 『前巷説百物語』(日高建男&京極夏彦)
 「周防大蟆」の第三回、前半ではいよいよ仇討ちが迫る中、又市と仲蔵は、林蔵の持ってきた仇討ちの裏事情を聞かされ、そこからどんな仕掛けを用意するか頭を抱える――という展開になります。今回も原作に忠実でありながらも、細かい台詞や描写にアレンジを加えて、独自の味わいを出しています。
 特に林蔵の口はもの凄い回転率で――原作以上にチャラい印象を受けます。目をディフォルメしたキャラクターデザインも相まって、本作におけるコメディリリーフ感が強くあります。これだけ見ていると、とても「これで終いの金比羅さんや」と格好良い決め台詞を使うようになるようには思えませんが、そんな彼がこの先どのように変化していくのか、大いに気になります。

 といいつつ、ファンとしてはこの三人がわちゃわちゃ楽しげに好き勝手なことを言い合っているのが本当に楽しく、何よりも有り難いのですが……(特に『了巷説百物語』を読んだ後ではなおさら)


『雑兵物語 明日はどっちへ』(やまさき拓味)
 本編前のページでの参戦記録が有り難い今回、こうして見ると結構勝ち組についているにもかかわらず、いまだに芽の出ない春と捨丸は、秀吉の大坂築城でのあまりに苦すぎる経験から逃亡し、今回は小牧・長久手の戦いで家康の配下に加わることになります。家康と秀吉の最初で最後の戦いの中、春は戦の前から異常な言動を見せ始めて……

 と、戦場では捨丸の後ろで縮こまっていることの多い春が、今回は目を吊り上げ、狂ったように得物を振り回して池田恒興に襲いかかります。毎回戦場を生々しく描いてきた本作ですが、その中でも目を背けたくなるような凄惨な姿で暴走する春の姿が、今回の山場であることは間違いありません。
 もちろん、この暴走には理由があるのですが――さて、いよいよ次回は最終回、物語にどのように結末を付けるのか注目です。


 次号では「古怪蒐むる人」が登場とのことです。


「コミック乱ツインズ」2024年11月号(リイド社) Amazon


関連記事
「コミック乱ツインズ」2024年1月号
「コミック乱ツインズ」2024年2月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年2月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年3月号
「コミック乱ツインズ」2024年4月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年4月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年5月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年5月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年6月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年6月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年7月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年7月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年8月号
「コミック乱ツインズ」2024年9月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年9月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年10月号

|

2024.10.16

戦いの場所は心の中!? 横山起也『編み物ざむらい 三 迷い道騒動』

 昨年、第12回歴史時代作家協会文庫書き下ろし新人賞を受賞した、風変わりな人助けと悪人退治のシリーズの第三弾は、横浜を舞台にして米利堅人に絡む「仕組み」を描きます。メリヤス仕事と「仕組み」の対象が同じだったことから、またも騒動に巻き込まれることになった感九郎がその中で見たものは……

 正義感を発揮したのが元で、家から追い出されて牢人となった末に、奇妙な面々が集う墨長長屋に暮らすことになった黒瀬感九郎。持ち前の器用さでメリヤス編みの内職に精を出す感九郎は、やがてその特技を買われて悪党を懲らしめる裏稼業「仕組み」に手を貸すことになり、さらにその中で、人の心の綾を見抜き、それを解く力に目覚めるのでした。
 前作ではその仲間の一人・コキリが失踪したのを追いかけるうち、彼女の、そして「仕組み」の相手である組織・一目連の意外な正体を感九郎は知ることとなりましたが、今回も意外な展開が待ち受けます。

 許嫁で魚問屋の娘・真魚との祝言を間近に控え、「仕組み」に関わるのを辞めようと考えていた感九郎。その矢先、彼は町で侍に絡まれていたのを助けたことがきっかけで、異国の血を引く金髪の少年・朝と知り合います。
 一方、横浜に店を構える米利堅人から、服の直しのメリヤス仕事が指名で入った感九郎は、新たな「仕組み」のために横浜に向かういつもの仲間たち――御前・ジュノ・コキリと共に旅立つのでした。

 そこで明らかになったのは、メリヤス仕事の依頼人である商人のロジャー・スミスこそが、「仕組み」の対象であり、しかもロジャーは朝の父親でもあったという事実。
 そんな関係で、今回も「仕組み」を手伝うことになった感九郎ですが、それと並行して朝とともにロジャーの服を直すうちに、彼は朝の複雑な心中を目の当たりにすることになって……


 本作で三作目となった『編み物ざむらい』ですが、これまでのシリーズでは、悪人退治の裏稼業+メリヤス、さらには異能という意外な取り合わせで、こちらの予想できないような個性的な物語が描かれてきました。
 特に前作は伝奇色濃厚なクローズド・サークルものという意表を突いた展開でしたが、今回は「仕組み」がメインということで、その意味では第一作に近い内容といえるかもしれません。

 しかし本作の主な舞台は横浜――それも幕末の横浜です。既に黒船が来航し、開港した横浜で繰り広げられる今回の「仕組み」は、前作その存在が語られた敵組織「一目連」――将軍家にまで仇なすこの組織が、横浜で企む悪事とは何か? 本作は、これまで以上に、時代背景に密着した内容が描かれることになります。


 しかし物語で描かれるのは、それだけではありません。今回のメインゲストというべきロジャーと朝の親子関係に、感九郎は触れることになるのです。
 ロジャーと日本人遊女の間に生まれ、その出自と外見から周囲から差別されてきた朝。幼いながらも賢く礼儀正しい優等生の朝ですが、そんな彼の心の中には、父への愛憎が入り混じった複雑な想いが渦巻いていたのです。

 本作のサブタイトルである「迷い道騒動」の「迷い道」とは、まさにこの朝の中に存在する入り組んだ想い――心の迷路のことであり、人の心の中をビジョンとして見る力を持つ感九郎は、朝の中のこの迷路を前に悩むことになります。
 実に本作のクライマックスで描かれるのは、「仕組み」の成り行きと、朝の中の迷い道との対峙――この両者が交錯し、一つのドラマを織り成していく様は、本作ならではのものといえるでしょう。


 そしてこうしたドラマを経て、ラストに感九郎が語る言葉は、これまで彼が出会ってきた人々や出来事があったからこその、彼の成長を物語る、ある意味集大成として感じられます。
 あまりに綺麗にまとまっているため、ここで物語が結びとなってしまうのではないか、心配になるほどなのですが――まだまだこの物語には描かれるべきものも多いはずです。
(この幕末という状況と、一目連の中心となる「家」を考えれば、相当ややこしいことになるのではないかと予想できるのですが……)

 今回は結構おとなし目の展開だったこともあり、次なる物語が何を描くのか、注目したいと思います。


『編み物ざむらい 三 迷い道騒動』(横山起也 角川文庫) Amazon

関連記事
横山起也『編み物ざむらい』 特技はメリヤス編み!? 生きづらさを解きほぐし、編み直す侍
横山起也『編み物ざむらい 二 一つ目小僧騒動』 伝奇ホラーミステリ!? 奇想天外な新たな絵柄の物語

|

2024.10.15

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第2話「魔界の宴」

 阿爾貝慮法からけしかけられた魔獣悍狡と戦ううちに、己の中の魔族の血に目覚める浪巫謠。一方、丹翡たちは魔界に抗するため、最後の神誨魔械を探す決意を固める。そしてその頃魔界に乗り込んだ覇王玉と花無蹤の前に、魔界第四位の貴族・安索亞特が現れる。彼が二人に持ちかけたのは……

 (TV放送での)ラストシーズンだからか、かなり展開が早いのが気持ち良いこの第四期。今回も複雑に入り乱れる諸勢力の動きが並行して描かれ、刻一刻変わっていく状況の変化が楽しめました。

 そんな中で何といっても最も大きく動いたのは浪巫謠でしょう。前回のラスト、魔界の貴族の城に出入りするためには――と、魔獣悍狡討伐を父から命じられた浪巫謠ですが、ポケモンめいた外見のわりに悍狡は内功まで使いこなすかなりの強敵。聆牙も刃が立たぬ相手に散々苦戦を強いられる浪巫謠ですが――その中で彼はついに魔族の血に覚醒、聆牙を突き立てただけでは終わらず、日頃の優雅さが嘘のように、弱った相手を素手で乱打し殴り殺す残虐ファイトを繰り広げます。
 その様に、人間界に放って置いて辛い目に遭わせた甲斐があったと声を裏返らせて喜ぶ阿爾貝慮法と、ドン引きする刑亥(しかし刑亥、明らかに今回の面子の中では格下過ぎて今後の立ち位置が心配です)。そして我に返り、己の所業に驚く浪巫謠の頭には、魔族の証である角が……

 一方、鬼奪天功の術法で、結構簡単に魔界へと乗り込んだ覇王玉と花無蹤は、魔界の者たちが悍狡を狩ろうとして返り討ちに遭う姿を目撃、勝手に血をたぎらせた覇王玉は悍狡に襲いかかります。しかし浪巫謠があれだけ苦戦したのに、と思いきや、彼女たちの手には神誨魔械――前回、禍世螟蝗から与えられた、相性を問わず使えるように細工されたもの(萬軍破は真面目に怒っていいと思う)――があります。その力で覇王玉は正面から悍狡を粉砕、花無蹤も姿を消してからの鎖縛りで相手の動きを止め、念白付きでトドメを指します。いや、あれだけ浪巫謠が苦戦して、悲壮な勝利を遂げた後にこれはちょっと――とは強く思いますが、やはりこれは神誨魔械の威力に驚くべきなのでしょう。

 そして何はともあれ、悍狡を仕留めた二人に、声をかける者がいます。下半身が蜘蛛のような異形の姿のその人物(?)は、安索亞特――魔界第四位の貴族。彼は二人の強さを称え、食事に誘います。見るからにヤバそうな料理(もしかして素材は悍狡?)が並ぶ卓で、遠慮なく覇王玉が飲み食いする一方で、安索亞特から魔界の状況を聞かされる花無蹤。
 実は今の魔界は、魔王によって貴族同士の私闘が禁じられており、力関係も曖昧になっているとのこと。そこに現れた他所者を彼がもてなすということは――そう、二人を使って敵を除こうという思惑にほかなりません。そしてその敵とは、何と阿爾貝慮法! 蜘蛛同士が密議を交わすその様こそは、卓上の様子のおぞましさ以上に、まさに「魔界の宴」と呼ぶべきでしょう。

 と、魔界の側が早くも動き出した一方で、東離では丹翡が皇帝ならぬ皇弟・晏熙に謁見し、窮暮之戰の再来に備えて戦力状況を奏上しますが――全く危機感のない晏熙は真面目に取らず、貴族の子弟で見目麗しいのを集めて兵として使えば良いと、宋の禁軍のようなことを言い出す始末。これは頼りにならんと、丹翡、捲殘雲、そして確か第二期に出てサソリ娘に振り回されてた老人は、新たな神誨魔械を探すことを考えます。鬼歿之地に眠るという、最後の神誨魔械――それを探すべき者は、当然一人しかいないのですが……

 そして前回あれこれ言っておきながら、何だかんだでその一人につきまとっている凜雪鴉は、なんと第三期から引き続いて異飄渺に化け、いけしゃあしゃあと禍世螟蝗に対面。本当に気付かれていないのであれば色々な意味でスゴいのですが、凜雪鴉に変装して潜入している名目で、まだまだつきまとうことになるようです。そう、今回本当に、おそらくシリーズ初で全く出番のなかった男、殤不患に。

 そして西幽では、あの嘲風に、睦天命と天工詭匠の居場所が知れてしまい――と、次から次へと動いていく事態。特に魔界では想像以上に早く阿爾貝慮法側と神蝗盟側が接触することになりそうですが、しかし阿爾貝慮法の下には、覚醒した浪巫謠がいます。どう考えてもただでは済むはずがありませんが――さて。


関連サイト
公式サイト

関連記事
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第1話「帰郷」

|

2024.10.14

11月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 本当に恐ろしいことに、11月の新刊情報が出る時期になりました。なにが恐ろしいかといえば、もう今年は残すところ二回しか新刊情報がないという――これで新刊が少なかったらもう絶望ですが、幸い比較的充実している、11月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 まずは文庫小説――なんと言っても注目は『イクサガミ 人』(今村翔吾 講談社文庫)。しかし「最終巻目前!」とは……(来年最終巻「神」が出るそうです)

 また、今年は大河ドラマ効果で平安ものが数多く刊行されましたが、それは年の瀬が近づいても変わらず、『安倍晴明くすしの勘文』(六道慧 徳間文庫)と『晴明の娘 白狐姫、後宮に就職する』(天野頌子 ポプラ文庫ピュアフル)と陰陽師もの、さらに『もののけ寺の千代菊丸 桜下の稚児舞(仮)』(瀬川貴次 集英社オレンジ文庫)が刊行されます。
 平安時代ではありませんが、陰陽師ものとしては『最後の陰陽師とその妻』(峰守ひろかず KADOKAWAメディアワークス文庫)も……

 そしてシリーズものの新刊としては、『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 殺しの証拠は未来から』(山本巧次 宝島社文庫)、『篠笛五人娘 十手笛おみく捕物帳 3』(田中啓文 集英社文庫)が登場です。

 さらに復刊・文庫化としては『花と火の帝』上下巻(隆慶一郎 新潮文庫)、『こいごころ』(畠中恵 新潮文庫)、『チンギス紀 2 鳴動』(北方謙三 集英社文庫)があります。
 その他、アンソロジーでは『とりもの <謎>時代小説傑作選』(細谷正充編 PHP文芸文庫)がたのしみなところです。

 そして単行本の方では『命みじかし恋せよ乙女 少年明智小五郎』(辻真先 東京創元社)、『中山民俗学探偵譚』(柳川一 東京創元社ミステリ・フロンティア)、『書楼弔堂 霜夜』(京極夏彦 集英社)が気になるところ。『龍女の嫁入り 張家楼怪異譚』(白川紺子 集英社)は中華「風」でないことに期待したいと思います。


 そして漫画の方では、もしかして『魔界武芸帖サムライスピリッツ』以来の七月鏡一の
時代ものかもしれない『ドラゴン奉行』第1巻(茂木ヨモギ&七月鏡一 小学館サンデーうぇぶりSSC)が登場。また、ポプラ文ピュアフルで出ている原作の漫画化『大正もののけ闇祓い バッケ坂の怪異』第1巻(うゆな&あさばみゆきほか 一迅社ZEROSUMコミックス)も楽しみです。

 その他、シリーズものの最新巻を時代順に並べると、『鬼切丸伝』第21巻(楠桂 リイド社SPコミックス)、『前田慶次 かぶき旅』第17巻(出口真人&原哲夫、堀江信彦ほか コアミックスゼノンコミックス)
『あおのたつき』第15巻(安達智 コアミックスゼノンコミックスBD)、『青のミブロ 新選組編』第2巻(安田剛士 講談社コミックス)、『賊軍 土方歳三』第11巻(赤名修 講談社イブニングKC)、『MAO』第22巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス)
と、結構な点数あります。

 そして海外が舞台の作品では、『ビジャの女王』第6巻(森秀樹 リイド社SPコミックス)と、意外と前巻が出てから早かった気がする『拳奴死闘伝セスタス』第12巻(技来静也 白泉社ヤングアニマルコミックス)が登場です。


 というわけで、11月は希望を失うことなく生きていけそうです……


|

2024.10.13

猛襲フトタマ-1.0! その地の名は走水 久正人『カムヤライド』第11巻

 掲載媒体は変わったものの、物語はいよいよクライマックスに突入した『カムヤライド』。新たなる戦いに突入し、さらなる波乱が予感されるこの巻では、天津神二人が身を捨てて立ちはだかることになります。因縁のあるその一人・フトタマと対峙し、怒りに燃えるオトタチバナは――いよいよ運命の時が迫ります。

 天津神のうち二人を撃破したモンコたちの前に立ち塞がる新たな敵――それは国津神を自在に操り、東国の蝦夷たちと結んだ謎の人物、その名も「ノミ様」でした。
 はたしてその正体は、かつてモンコの前身と疑われたノミの宿禰なのか? だとしたらどのようにして蘇り、そして東国で何を企むのか――かくしてモンコは東国に向かうヤマトタケルの軍に同行しますが、敵の奇手の前に兵を失い、残るは彼ら二人とオトタチバナ、タケゥチのみとなります。

 そんな中、神薙剣とカムヤライドの間の、いや、二人の基となった存在の間の意外な関係が明らかになるのですが――それはまた、天津神が戦う理由にも繋がるものでした。
 そして、フトタマとウズメは、先に散っていった仲間二人と同様、己の肉体を包むスーツを脱ぎ捨て、背水の陣でモンコたちに挑みます。

 決戦の地の名は、走水……


 神話に登場する姿とは全く異なるとはいえ、ヤマトタケルとオトタチバナという名が登場する本作において、いつかはこの地が出るのだろうかと密かに恐れていた走水。
 記紀神話においては、東征途中のヤマトタケルの船が水神の怒りによって嵐に遭い、それを鎮めるためにオトタチバナがその身を沈めた地であります。

 すなわち、オトタチバナとの別れの地ですが――果たして本作においてそれを如何に描くのかとハラハラしていれば、こちらの予想を遥かに上回る展開が描かれることになります。
 地の属性であるウズメがカムヤライドを思わぬ形で抑える、いや押さえる一方で、モンコたちの船を襲うフトタマ。自らの水の力を全開にしたその姿――背びれのある巨体を二本の足で支え、口からは巨大な奔流を放つ姿を何と表すべきか。これはやはり、フトタマ-1.0というべきでしょうか。

 そんなことはさておき、かつて自分を黒盾隊に導き、強い絆で結ばれたワカタケをフトタマに奪われた――フトタマから見れば自分の分身を元に戻した――ことから激しい敵意を燃やすオトタチバナにとっては、相手がどのような姿を取ろうが黙っていられるはずがありません。
 フトタマを倒し、ワカタケを奪い返すため、オトタチバナ・メタルに変身した彼女は――えっ!?

 と、とんでもない形で神話が再現されるのには、本当にどんな顔をすれば良いかわからなくなってしまうのですが――ここからそうくるか! と言いたくなってしまうような展開に持っていくのには脱帽です。ほとんどギャグのような状況から、己の能力を活かして逆転してみせる――そのロジカルな展開もイイのですが、その根底にあるのが、モンコのヒーローとしての、いや人としての想いを語る言葉であるのに痺れます。

 人一倍人間臭かったヤマトタケルが人の感情を持たぬ神薙剣と化し、そしてオトタチバナまでもが復讐に逸って変貌しかける中、あくまでも人であることを貫こうとするモンコ。
 そんな彼の姿は前巻でも描かれましたが、この巻の冒頭でも描かれるそれは、物語が殺伐さと混迷の度合いを深める中、得難く、そして輝きを増して感じられます。

 そしてついに逆襲に転じるオトタチバナ――と思いきや、この巻はもう終了。体感ではほんの一瞬に感じられるほどの勢いとテンションで突っ走ったこの巻ですが、次巻ではさらに思わぬ展開と熱い盛り上がりが――というのはここでは伏せて、少々待つとしましょう。


『カムヤライド』第11巻(久正人 リイド社SPコミックス) Amazon

関連記事
久正人『カムヤライド』第1巻 見参、古代日本の「特撮」ヒーロー
久正人『カムヤライド』第2巻 出雲の激闘決着! そして2号戦士登場!?
久正人『カムヤライド』第3巻 激突二大ヒーロー! そして敵幹部襲来!!
久正人『カムヤライド』第4巻・第5巻 猛襲天津神! そしてヒーローの原点と新たなる力
久正人『カムヤライド』第6巻 激走超絶バイク! そしてそれぞれに動き出すものたち
久正人『カムヤライド』第7巻 真古事記の地獄 第三のヒーロー誕生!?
久正人『カムヤライド』第8巻 激突! 日本最古の球技 そしてヒーローvs天津神
久正人『カムヤライド』第9巻 五対五の総力戦 人間対天津神!
久正人『カムヤライド』第10巻 嵐の前の静けさ!? 新たなる敵の影

|

2024.10.12

『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚』 第二十六話「明治東海道中」

 留守中の神谷道場を訪れた恵の前に現れ、剣心の行方を尋ねる四乃森蒼紫。そこに現れた斎藤から志々雄のことを知った蒼紫は、瀬田宗次郎から接触を受け、京都に向かう。一方、小田原を越えた剣心は、破落戸相手に追い剥ぎを働く少女・操と出会い、金を返させようとするが……

 前半は蒼紫の再登場、後半は剣心と操との出会いと、わかりやすく分かれてはいるものの、ちょっと今回のアニメ版の冒頭並みにスローペースかな、という印象。しかも前半は思わぬキャラの活躍が追加されて驚かされます。

 というわけでその前半は、前回とても凛々しかった恵が、留守道場の管理を任されて愚痴を言いながら顔を出したら蒼紫と遭遇して膝を落とす、という損な役回り(前回も書いたような気がしますが、ここはエピソードを分けて正解だったと思います)。そして、なんか荒んでる頃の蝶野攻爵みたいな目になった蒼紫の魔手が恵に迫った時、そこに現れた斎藤が――と、今回も素晴らしい斎藤の裏方(?)ぶりに感心させられます。
 恵を救いつつ、蒼紫に志々雄の情報を教え、戦力として利用しようとする――という彼の行動は、正直後者については余計な犠牲者を増やしただけのような気もしますが、その直後に描かれているように、元々志々雄一派にも目をつけられていたので、結果は同じだったかもしれません。

 というわけで、こちらでは「誰だお前は!?」などとは言わず、強者として蒼紫に興味を示す志々雄ですが、ここで宗次郎が悪巧みして、かませ犬として阿武隈四入道をけしかけられることになります。可哀想に、おそらくは大した情報を与えられていなかったと思われる四入道は、よりによって御庭番衆の墓で弁当を広げたり唾を吐いたりと、蒼紫の逆鱗に触れる行動を取りまくった結果、瞬殺――されない。
 あれ、この蒼紫、攻撃しないで意外と避けに回ってるな? と思っていたら、四入道も調子に乗って技を繰り出し――こ、これは幻の瞬速四身一体!? 原作ではコンパチだった四人の得物もそれぞれ別のものになっていますし、結構な優遇ぶりです。さらに、初めは攻撃せず躱すことで、相手の得意技を引き出す蒼紫の懐の深さも印象に残ります。……いや、誰が喜ぶのか結構謎のアレンジですが、これは人誅編の、あの禿頭四人組も期待できそうではありませんか!(喜んでる――というか、そんな先の予定は決まってません。たぶん)

 一方の剣心と操の出会いの方は、これも何もそこまで、と言いたくなるくらい原作通りだったのですが(もう少し破落戸ややくざの出番は減らしてもいいのでは)、改めて見ると操は滅茶苦茶90年代っぽい造形なのに感心します。
 いやそれは置いておくとしても、薫とも恵とも全く違うキャラになっているのはさすがで、この二人が何だかんだでおとなしめなのに対して、初登場から動きまくり剣心に噛みつきまくる操のキャラクターは実に楽しく感じられます。

 この辺りは、京都編(というか道中編)だからこそのキャラクターなのはなんとなく理解できますが、操がもっと作中に早く出てきていたらその後の物語の歴史が変わったのでは……(大げさです)
 ちなみに初出時には一部で物議を醸した操の外套ですが、今回はうまくアレンジしているのか、あまりアレっぽく見えなかったのはちょっと面白いと思いました。

 そしてラストにやれやれ主人公ぶりを発揮した剣心ですが、いくら幕末で経験値を積んでいたとしても、あの橋の壊し方はやっぱり無茶だと思います。
 というか、あれが当たり前だとしたら、やっぱり幕末の京都は修羅の国……


『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚 京都動乱』 1(アニプレックス Blu-rayソフト) Amazon

関連サイト
公式サイト

関連記事
『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚』 第二十五話「京都へ」

|

2024.10.11

出現、美しき魔物、最悪の敵! 松浦だるま『太陽と月の鋼』第9巻

 愛する妻・月を取り戻してもまだまだ鋼之助の苦闘は続きます。戦いで負ったダメージを明の故郷で癒す一行ですが、そこに襲いかかる新たな刺客の影。卜竹とも深い因縁を持つその相手は、美しく無邪気な姿に恐るべき魂を隠した恐るべき相手なのです。

 那須での死闘を辛うじて生き延び、猪苗代に飛んだ鋼之助一行。そこで頼った明の故郷・弓呼村は、通力使いと一般人が共存する村でした。
 それぞれ十二天将の一人であった大ワカの婆さま、そして卜竹が、通力使いとして複雑な胸中を覗かせる中、通力使いたちの未来を握るという月は、人としての想いを貫くと語ります。

 そんな人々の想いが交錯する中、突然新たな刺客が明を襲います。いや、その刺客は明もよく知る村の人々――それだけでなく、鋼之助までもが、突如として周囲に刃を向けたではありませんか。
 単に得物を振るうだけでなく、通力使いはその通力を使って襲いかかる――そんな異常事態に自分も翻弄されながらも、卜竹は敵の正体に気付きます。

 それはかつて自分と同じ高山嘉津間の弟子だった娘、そして十二天将の一人・太陰の鬨。彼女はあどけなく美しい外見とは裏腹に、恐るべき通力と、何よりも純粋な邪悪というべき魂の持ち主だったのです……


 というわけで、デビューしたその巻で表紙を飾った美しき魔物・鬨との戦いと、卜竹が語る彼女の過去の所業が、この巻では語られることになります。
 新たな通力使いの能力描写と、その(基本的に悲惨な)過去が語られる――というのは本作の、というより超能力バトルものの定番の流れではあり、この巻もそれを忠実に踏まえたものといってもいいでしょう。しかし今回の場合、その内容の強烈さが全てを持っていった感があります。

 誰かを操って刺客に早変わりさせる――敵の存在を予見できない恐ろしさと、反撃したくとも反撃できない厄介さ(そして敢えて反撃した時に生まれる悲劇的なドラマ)から、様々な作品に登場する能力ですが、鬨のそれは、文字通り犠牲者を「心酔」させるものである点が、不気味かつ悍ましい。
 無理やり体を操るわけではないためか、相手の通力まで使えるという特性は、通力使いたちが集う弓呼村においては最適かつ最悪のものといえるでしょう。

 しかし真の最悪は、彼女の存在そのものであることを、卜竹は語ります。かつて彼女が姉弟弟子として高山嘉津間の下にいた時、嘉津間が巡っていた二つの村で何が起きたのか? この巻でかなりの割合を割いて描かれるその物語こそは、この巻のクライマックスであると言ってよいように感じます。
 もちろんそこで描かれるのは彼女の通力の恐ろしさなのですが、しかし真に恐ろしいのは彼女の心、いや心の中――ある意味漫画だからこそ描けるそれは、前巻で月が語った人の心の在り方と対極にあるものとすら言えるのかもしれません。


 とはいえ、鬨との戦いを通じて、この『太陽と月の鋼』という物語の本筋がほとんど全く進まなかったように感じられるのは、ちょっと辛いところではあります。
 ついに反撃が――こちらも恐るべきものとなることが予感される反撃が始まった今、この鬨のエピソードがいかなる結末を迎えるのか、そして全体の物語とどのように繋がるのか、次巻の展開が気になります。


『太陽と月の鋼』第9巻(松浦だるま 小学館ビッグコミックス) Amazon

関連記事
松浦だるま『太陽と月の鋼』第1巻 謎だらけの孤独な男女の向かう先は
松浦だるま『太陽と月の鋼』第2巻 敵と味方と本人の想いと
松浦だるま『太陽と月の鋼』第3巻 激突、「護る」ために通力を振るう者たち
松浦だるま『太陽と月の鋼』第4巻 師たる「天狗」が語る「敵」の過去
松浦だるま『太陽と月の鋼』第5巻 新たなる旅へ そしていきなりの博奕勝負!?
松浦だるま『太陽と月の鋼』第6巻 悲しみの過去を断つ刃
松浦だるま『太陽と月の鋼』第7巻
松浦だるま『太陽と月の鋼』第8巻

|

2024.10.10

架空史大年表をnotion化しました!

 以前からdokuwiki形式で公開しておりましたフィクション年表サイト「架空史大年表 妖異の世界史」について、notionのデータベース形式で作成・公開しました。
 データベースとしては「時代区分別」「国・地域別」「フィクション年表」の形で掲載しています。フィクション年表は、ギャラリービューを使って作品のカバー画像(の一部)を表示しています。
 また、以前から別途公開していた「朝松健 一休もの年表」「鬼切丸年表」、「伝奇時代劇事件地図」もリンクしました。

 以前のdokuwiki形式に比べると、圧倒的に更新がラク(元々Googleスプレッドシートで整理しているデータを一つ一つdokuwiki化していましたが、同じデータをほとんどそのままnotionに流し込める)なのもさることながら、フィルターや並び替え、検索などデータベースとしての機能が(当たり前ですが)非常に使いやすいのが嬉しいところです。
 表形式で一覧できるのも年「表」らしくよいと思いますが、その一方でフィクションの作品だけで1200オーバー(!)とかなり分量が多いこともあり、表示がかなり重くなるのではないかとちょっと心配しています。

 上記のとおり、以前からいくつか年表をnotionのデータベース形式で公開していましたが、まだまだnotion初心者ということもあり、データベースの使い方、表示方法等これからも勉強して、よりよいものとしていきたいと思います。


 なお、前回は今年の2月に更新しましたが、その時からさらに100件ほど作品データを追加しています。一つ一つのタイトルは挙げませんが、京極夏彦の時代ものを色々と追加したほか、シリーズものとしては『必殺からくり人』、『影の軍団』、『大航海時代』、『シャドウハーツ』、『アローン・イン・ザ・ダーク』等を追加しています。また、H・G・ウェルズとジュール・ヴェルヌの作品もかなり追加しています。
 伝奇時代劇から大きく離れてきましたが(いまさら)架空史全般ということでご笑覧下さい。

|

2024.10.09

容疑者は三つ子!? 深まる謎と「歴史」ミステリとしての必然性 潮谷験 『伯爵と三つの棺』

 フランス革命の頃、ヨーロッパのさる小国で起きた奇怪な殺人事件を描く、歴史ミステリの傑作です。D伯爵の領地に建てられた「四つ首城」で起きた、元吟遊詩人の射殺事件。何人もの目撃者がいたにもかかわらず、容疑者が三つ子だったことから、捜査は難航を極めるのですが……

 ヨーロッパの通称「継水半島」のD伯爵領の四つ首城――貴族の娘と吟遊詩人の間に生まれた私生児である三つ子の兄弟が、城持ちの身分を目指して、廃城を改修した城です。
 三兄弟の少年時代からの友人であり、今はD伯爵の下で書記官を務める語り手は、D伯爵との繋ぎに一役買ったこともあり、友人たちの活躍を喜ぶのですが――しかし、思わぬ運命の変転が訪れます。三兄弟が生まれてすぐに姿を消した彼らの父親――フランスに渡り、そこで後ろ盾を得た元吟遊詩人・アダロが、帰ってきて三人と面会したいと連絡をよこしたのです。

 複雑な心境の三人ですが、フランス革命直後の微妙な時期に、フランスと繋がりのある人間を邪険にもできません。かくしてD伯爵と語り手をはじめとする人々も同席し、城でアダロを迎えることになったのですが……
 しかし、三兄弟が気を落ち着けるためとその場を離れた間に到着したアダロは、D伯爵たちが見ている前で射殺されたではありませんか! しかも偶然垣間見えたその犯人の顔は、三兄弟のそれ――しかし共通のアリバイがある彼らの誰が犯人なのか、一目ではわかりません。

 かくしてD伯爵の指揮の下、犯人探しが始まります。しかしアダロが身につけていた手紙に記されていた驚くべき事実が、さらに状況を複雑なものにします。幾度も状況が変化していく中、D伯爵たちはついに犯人を突き止めるのですが……


 本格ミステリは、どれだけ複雑な謎が設定された、不可解な事件が起きるかというのが一種の条件と言えますが、本作は、それをきっちりクリアしてみせたといえるでしょう。
 何しろ起きる事件は、衆人環視下での殺人――しかも犯人までその顔を露わにしているのです。一見謎などないように見えますが、しかしその容疑者が三つ子なのですから、、事態は一気に複雑なものへと変わります。

 もちろん、犯人が実は三つ子だったと後から提示されたらそれは大きなルール違反ですが、本作の場合、物語の初めから三つ子として提示されているのですからフェアというべきでしょう(もっとも、途中でさらに大変なひねりが加わるのですが……)。
 舞台は18世紀、科学捜査がほとんど存在しない状況下で、外見だけで判別できない、共通のアリバイがある容疑者三人からいかに犯人を見つけるのか――言い換えれば純粋にロジックで謎を解くことができるのか? 事件そのものはシンプルですが、しかし刻一刻変化する状況下で展開する謎解きは、本格ミステリの興趣に満ちているといえます。


 しかし本作がさらに見事なのは、「歴史」ミステリとしての必然性でしょう。舞台となるのは、フランス革命直後のヨーロッパ――フランスほど急激な変化はまだ生じていなくとも、いつそれが伝播し、国内の情勢がどう変わるかわからない時期です。
 そんな中で、フランスに縁のある人間が殺されたこの事件は、デリケートなものとなりかねません。そこにD伯爵が自ら捜査の陣頭指揮を取る必然性の一つが生まれるわけですが――しかしこの封建制度、貴族を中心とした身分制度が揺らぐ時代が、物語が進むにつれて、想像以上に大きな意味を持つことがわかります。

 これは物語の核心に関わるため、うかつなことは書けませんが――貴族の血を引く子として育てられながら複雑な立場にある三つ子が、この時代に何を思い、どのように行動したか――作中で謎めいた形で描かれるそれは、物語の終盤、この時代背景と照らし合わせることで、驚くほど重く、深刻なものとして立ち上がるのです。

 歴史ミステリの最上のものは、単に過去の時代を背景とするだけでなく、その時代であることに必然性があり、その時代性そのものがある種の「動機」となるものだといえます。その意味で本作は最上の歴史ミステリであるといえるでしょう。
(そして物語は謎が解けたその先で、残酷な歴史に回収されることになるのですが……)


 しかし本作の恐るべき点は、結末にあります。幾重にも解決が覆されたその先に待つ最後の真実――それが明らかになった時、物語は全くその姿を変えるのですから。
 少なくともこの『伯爵と三つの棺』という題名を見た時、我々がそれまでと全く異なる感慨を抱くことは間違いないでしょう。


 ちなみに本作は、上に語ったように深刻な物語ではあるのですが、随所に描かれるユーモアが、格好の清涼剤となっています。
 特に己の捜査の方向性に悩むD伯爵が「私は×××になりたい」などと言い出すのには爆笑不可避で――途中で描かれるアクションシーンの格好良さといい、ぜひD伯爵の勇姿を他の作品でも見たいものです。
(それが難しいことは、十分承知しているのですが……)


『伯爵と三つの棺』(潮谷験 講談社) Amazon

|

2024.10.08

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第1話「帰郷」

 無界閣に消えた浪巫謠を思い、打ちひしがれる殤不患。そんな彼に対し、凜雪鴉は失望したと姿を消す。一方、阿爾貝盧法と刑亥と共に魔界を行く浪巫謠は、父から試練として魔物をけしかけられる。そして魔界に関心を抱く禍世螟蝗は、斥候として覇王玉と花無蹤の二人を送り込もうとしていた。

 第三期以来、実に三年ぶりの登場となった第四期。その初回である今回は、第三期の最終話からほとんどそのまま続く形で、三つの勢力の動向が描かれることとなります。

 まずは主人公サイドですが――激しく落ち込んでいるのは、西幽来の親友である浪巫謠を崩れ落ちる無界閣に置き去りにしてしまった(と思い込んでいる)殤不患。睦天命に合わせる顔もない――などと言ったらまた滅茶苦茶怒られると思いますが――と沈む彼を、捲殘雲は静かに見守ります。というか、酒場の払いを持ったり、呼びに来た護印師(?)への態度といい、いつの間にか大侠の風格が出てきたな捲ちゃん……

 一方、全く優しく接しないのは凜雪鴉です。今のお前は退屈だ、面白味に欠ける。行く先々で騒動を引き起こす厄介者のお前だからこそ興を唆られてきた。血湧き肉躍る冒険譚がここで幕引きというならもうこれ以上つきまとう理由もない――一見、落ち込んでいる人間に容赦なく追い打ちをかけているように見えますが、この場合はツンデレな叱咤激励の影が感じられます。いつかまた血の滾りが抑えきれなくなったら、その時はまた一緒に世間を引っ掻き回してやろうじゃないか、とまで言っていますし……(完全に同類扱いなのはさておき)

 さて、その浪巫謠はといえば、父にして母の仇である阿爾貝盧法、そしてその配下となった刑亥と共に魔界に赴いたわけですが――いよいよ本格的に描かれることとなった魔界は、さぞかし強豪がひしめく弱肉強食の地獄に違いない! と思いきや、これが刑亥が驚くほど寂れた地に変貌していました。というのも、窮暮之戰の人間界侵攻が中途半端に終わったばかりに、侵攻用に召喚した魔神を養わなければならなくなり、毎週生贄を用意しなければならなくなったとか……
 何かの寓話のような話ですが、別の意味で弱肉強食になってしまった魔界の皆さん、殤不患が神誨魔械を持って行ったら喜ばれるんじゃないでしょうか。

 そんな状況もどこ吹く風と歩みを進める魔界伯爵ですが、いまだ生々しい死骸が転がる地にやってくると、浪巫謠に試練と称して魔物退治を命じます。人間には倒せないというその魔物の実力や如何に……

 そしてもう一つ、蠢くのは禍世螟蝗一派です。第三期ラストで驚くべきその正体を明かした禍世螟蝗ですが、いよいよ本格的に魔界への侵攻を決意したものか、斥候を送り込もうと企みます。一体どうやってと思いきや、そこに顔を出したのは鬼奪天工――第三期で時空の狭間に落ち込んだ婁震戒の前に現れ、面白片腕サイボーグに改造した老科学者です。その時は、うっかり七殺天凌を馬鹿にしたばかりに置いてけぼりをくらったこの怪人物が、ついに人物紹介に載る身分に昇格しました。

 いつ元の世界に戻ってきたかはしりませんが、その技術を用いて禍世螟蝗が送り込むのは二人の幹部――というか幹部二人しか残っていないような気もしますが――、その名も覇王玉と花無蹤! 片や蜂の紋章を持つ西幽最強の女傑、片や蜘蛛の紋章を持つ計略自慢の盗賊と、正反対のキャラクターの持ち主ですが、予想通り相性は最悪です。そんな二人を競わせて成果を上げようという禍世螟蝗ですが、どう考えても惨事の予感がします。
(特に自意識過剰っぽい計略自慢の盗賊は、誰がどう見てもアイツの餌食のために出てきたとしか)


 なにはともあれ、これで三つの勢力のうち、二つはすぐに魔界でかち合いそうですが、残る主人公たちはどうするのか――というより殤不患はいつ復活するのか。
 今回がTVシリーズとしてはラストとのことですので、集大成となるような展開に期待したいと思います。


関連サイト
公式サイト

関連記事
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第1話「無界閣」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第2話「魔境漂流」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第3話「愛執の皇女」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第4話「魔剣の行方」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第5話「妖姫伝説」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第6話「禍世螟蝗」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第7話「魔界伯爵」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第8話「陰謀詭計」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第9話「時の辻神」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第10話「聖剣の秘密」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第11話「遠い歌声」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第12話「烈士再起」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第13話「照君臨」

|

2024.10.07

『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚』 第二十五話「京都へ」

 斎藤と別行動をとり、一人東海道を急ぐ剣心。その頃東京では、剣心を追おうとする左之助の前に斎藤が現れ、お前たちは剣心の弱みだと指摘、怒った左之助は斎藤に殴りかかる。一方、剣心に別れを告げられて以来気力を失った薫のもとには恵が現れ、厳しい言葉をかけるが……

 というわけで、いよいよ始まった新アニメ版『るろうに剣心』、「京都動乱」というシリーズタイトルがついていますが、オープニングはまだ剣心と仲間たちの京都への道中を感じさせます。しかし、恵って京都行ったっけ……(行ってないこともない)

 さてその初回となる今回は、原作三話分プラスαを順調に消化。そのα部分は冒頭の剣心と斎藤のやり取りで、原作では次回に当たる回で描かれましたが、時系列的には順当ですし、ここで出さないと今回主人公が出ないので、まず納得のアレンジです。
 そしてそれ以外の部分は、問題の月岡津南の炸裂弾が明らかに巨大化している点――というよりよりリアルな形になっている点を除けば、まあほぼほぼ原作通りということで、原作との違い中心に見ている人間は困ってしまうのですが、改めて見てみると、キャラクターの立ち位置というのがわかって、なかなか面白いものです。

 たとえば斎藤は、前シリーズのラストからひたすら小姑のようにネチネチツッコミをいれるキャラのように感じられますが、前シリーズでは現在の剣心の実力のチェック役、さらに今回は剣心に京都までの移動手段を伝えにきたり、足手まといの左之助が京都に来るのを止めようとしたり(結果として実力チェック役にもなりましたが)――なんというか、自分一人ではなく全体を考えて動いていることがわかり、興味深い。
 もちろん彼の場合は、組織人として上がいるわけですし、自分の動きやすさを優先に考えているのも間違いありませんが、しかしやはり新選組で隊長を張っていた人間は、チームとして人を動かす視点があるのだな、と感心させられます。その点、初め人斬り後に遊撃剣士として動き回っていた剣心や、赤報隊を抜けてからは一匹狼を気取っていた左之助とは全く違うわけで――というか、人斬りなのにあれだけカリスマがある志々雄は何なんでしょう。

 それはさておき、その左之助や薫が動く決意を固める時に居合わせるのが弥彦というのも面白いところで、彼の存在はある種の目撃者であると同時に、他のキャラクターを引っ張り、動かす役割でもあるのだな、と感じさせられます。もっとも弥彦の場合、未熟な割に自分も動くので、物語のノイズに見えかねないのが難点ですが……
(その辺りがはっきりと噛み合ったのはこの先の人誅編であるわけで)

 さて、今回の中盤の山場が左之助vs斎藤のステゴロだとすれば、終盤の山場は薫と恵の心のぶつかり合い――というか、薫が左之助以上に一方的にボコボコにされていた気がしますが、これは一から十まで恵が言うことが真っ当すぎるので、もう仕方ないといえば仕方ない。二人の歩んできた人生というか、二人の立ち位置の違いが生んだ結果なので、どちらが正しく、どちらが間違っているということもないのでしょう。
(昔だったら恵の方に感情移入したような気がしますが、今は薫も素直に頑張れと思えるのは、これは見ているこちらが老けたからの気もします)

 そしてEDでは、その薫を差し置いて、謎の新キャラ(現時点では)がほとんどヒロイン状態なのも、なかなか趣があるものです。


『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚 京都動乱』 1(アニプレックス Blu-rayソフト) Amazon

関連サイト
公式サイト

関連記事
『るろうに剣心』 第一話「剣心・緋村抜刀斎」
『るろうに剣心』 第二話「東京府士族・明神弥彦」
『るろうに剣心』 第三話「活心流・再始動」
『るろうに剣心』 第四話「喧嘩の男・相楽左之助」/第五話「そして仲間がまた一人」
『るろうに剣心』 第六話「黒笠」
『るろうに剣心』 第七話「人斬りふたり」
『るろうに剣心』 第八話「逃走麗女」/第九話「御庭番強襲」
『るろうに剣心』 第十話「動く理由」
『るろうに剣心』 第十一話「壮烈の般若・創痍の式尉」
『るろうに剣心』 第十二話「御頭・四乃森蒼紫」
『るろうに剣心』 第十三話「死闘の果て」
『るろうに剣心』 第十四話 「弥彦の戦い」
『るろうに剣心』 第十五話「その男・雷十太」
『るろうに剣心』 第十六話「理想の男」
『るろうに剣心』 第十七話「決着」
『るろうに剣心』 第十八話「左之助と錦絵」
『るろうに剣心』 第十九話「津南と錦絵」
『るろうに剣心』 第二十話「明治剣客浪漫譚 第零幕 前編」/第二十一話「同 後編」
『るろうに剣心』 第二十二話「蘇る狼」/第二十三話「牙を剥く狼」
『るろうに剣心』 第二十四話「明治十一年五月十四日」

|

2024.10.06

棠庵の悩み、藤介の悩み 京極夏彦『病葉草紙』(その三)

 京極夏彦『病葉草紙』の紹介の第三回です。これまで謎に包まれていた棠庵の正体(?)が徐々に明らかになっていく中、棠庵と藤介の関係性にも少しだけ変化が……?

「肺積」
 長屋で特にしつこい住人であるお澄が棠庵に持ち込んできたのは、何と彼への縁談。さすがの棠庵も困惑する事態ですが、相手は以前、彼が助けた宿場の本陣の娘・登勢でした。
 棠庵が去ってから登勢の様子がおかしくなり、周囲から、恋の病ではということになったのですが、しかしその振る舞いは、厠の近くを好んだり、辛いものばかりを食べるようになったという、確かにおかしなもので……

 物語もいよいよラスト一話前に来て、棠庵がある意味事件の発端となるエピソードが描かれます。これまで、棠庵が年に一度か二度、姿を消す時期があるという謎が語られていましたが、その際に出会った娘が棠庵に恋煩いを!? という、およそありえないシチュエーションから物語は展開していきます。

 しかし一番不可解なのは登勢の症状で、これはもう、何かおかしな虫に憑かれたとしか思えない状態。それを棠庵が、以前に彼女と出会った時の状況のほかは、安楽椅子探偵状態の知見で解決してしまうのが痛快です。(まさか××××が伏線だったとは!)

 それにしても、嫁を迎えるかもしれないという話に対する棠庵の(住環境というか保存環境に関する)戸惑いには、理解できる方も多いのではないでしょうか……


「頓死肝虫」
 その日は父親が家で転倒したり、長屋では泥棒騒動が起こったりたりと、散々な状況だった藤介。しかも伍平のもとには銅物屋の主人の死体が持ち込まれ、棠庵は検屍を依頼されることになります。
 騒動はさらに続きます。長屋に越してきた登勢の部屋を訪ねていた志乃が、登勢と間違えて攫われ、棠庵に五百両もの身代金が要求されたのです。銅物屋の主人の死と関わりがあるらしいこの事態に頭を悩ませる棠庵に対し、藤介は……

 サブレギュラーであるお志乃の誘拐、これまで謎だった棠庵の資金源(いきなりサラッと伝奇的な秘密が!)の判明など、最終話に相応しい展開となった今回。しかし何よりも印象的なのは、自分の存在が、自分の行動が事件のきっかけとなってしまった棠庵の姿でしょう。

 これまでにも棠庵は、幾度となく物語の中で判断を迫られ、悩んできました。彼はこれまで、法を守ることと、人の命や心を救うこと――その両者のジレンマを、「虫」という存在を持ち出すことによってくぐり抜けてきたといえます。
 しかし今回彼が迫られるのは、法を守るのではなく、法を破ること――はたして人の命を救うために悪事に加担することは許されるのか? 何よりも理を重んじてきた棠庵にとっては最大の問題であり、それが彼の限界というべきかもしれません。

 そしてここで語られる本作のタイトルの意味にも唸らされるのですが――そこから繰り広げられる怒涛の展開は痛快の一言。語り手に当たる人物が、探偵役の変人に振り回されてひどい目にあうというのは京極作品ではおなじみのシチュエーションですが、しかし――その意味でも、最終話にふさわしい物語だったといえるでしょう。


 かくして本作は完結し、棠庵と藤介との、そして周囲との人間関係も少しずつ変化を見せましたが――しかしまだまだ棠庵を主人公に描ける物語はあるはずです。

 本作は天明年間を舞台としていますが、『前巷説百物語』は文政年間と、40年近い差があります。もちろんその間を全て埋める必要はありませんが、この朴念仁で理屈屋の――しかしどこか人間臭い棠庵の物語を、もっと読んでみたいと思うのが今の正直な気持ちです。
(実のところ、巷説百物語シリーズでほぼ唯一、去就が不明な人物ということもあります)

 何よりも、「針聞書」にはまだまだ「虫」がいるのですから……


『病葉草紙』(京極夏彦 文藝春秋) Amazon

関連記事
京極夏彦『前巷説百物語』(その一) 「青臭い」又市の初仕掛け
京極夏彦『前巷説百物語』(その二) モラトリアムの終わり、又市の物語の始まり

|

2024.10.05

相次ぐ怪事件ととんでもない解決 京極夏彦『病葉草紙』(その二)

 京極夏彦の『病葉草紙』の紹介、第二回目です。物語がいよいよテンションを上げていく中、藤介は棠庵と周囲の人々に振り回されるばかりで……

「脾臓虫」
 料亭・うお膳で働いていた在所の娘・おたかが死んだと聞かされたという長屋の住人・幸助。一方棠庵のところには、平次の親分・伍平が、うお膳の客四人が店で食事した翌日に全員不審死を遂げた話を持ち込んでいました。
 食中りや毒を疑う伍平から聞いた死者の様子から、棠庵は虫の仕業と断ずるのですが……

 四人の怪死の謎自体は、この時代でなければ成立しない(謎にならない)ものですが、そこに女中のおたかの死が加わることで、途端に謎が深まる今回。
 思わぬところで以前のエピソードと繋がるのもユニークですが、目を惹くのは、「犯人」と「被害者」、双方の事情を慮って悩む棠庵の姿でしょう。事件の謎はあっさり解いても、答えの出ない人の心の綾に苦しむ彼の悩みは、本作全体を貫くテーマと言えるかもしれません。


「蟯虫」
 父の友人で同じく長屋の大家である金兵衛から、長屋で庚申講が流行って困っていると聞かされた藤介。たまたまそこに家賃を払いに来た棠庵は、金兵衛に尋ねられてあっさり虫などいないと言うのですが……

 体内に住むという虫・三尸が閻魔に告げ口に行かないよう、庚申の晩に眠らず起きているという庚申講。ポピュラーな風習ですが、なるほど虫にまつわるものとして、本作で扱うのに相応しい題材です。
 しかし、年寄り中心の長屋の住人が「爺婆は互いに抓り合ったり叩き合ったり、そりゃ悲惨なもんらしいからよ。泣き乍ら徹夜してんだもの」と金兵衛が語るほど、必死に庚申講を続けているのが謎というのは、本作ならではというほかありません。

 そんな謎を一点突破で解き明かし、さらにとんでもないビッグゲストの投入で解決してしまう棠庵の豪腕ぶりが楽しい一編です。
 そして最後まで引っ張られる艾ネタがここで初登場することに……


「鬼胎」
 棠庵のもとに武家の妻女がやって来たと大騒ぎになる長屋。なりゆきから彼女と棠庵の対面に立ち会うことになった藤介は、そこでとある娘が、医者から鬼胎なる虫がいると診察されたと聞かされます。
 はたしてその医者は信用できるのか。棠庵は調べを始めるのですが……

 長屋を離れ、武家の世界を題材にした今回は、正直なところ事件の内容や謎解き的にはあまり目に付くものはないのですが、子供を産むこと・産まないことに対して考えを巡らせる棠庵の姿が印象に残ります。
 それ以上に印象に残るのは、冒頭に描かれる艾トークと、そして今頃になって語られる棠庵の正体(?)探しかもしれません。


「脹満」
 長屋の空いていた部屋に入った新たな住人・仙吉。しかし彼は仕事にも行かずに部屋に引きこもり、どんどん不健康に太っていると住人たちの間で噂になります。そんな中、長屋の皆の前で行き倒れた仙吉に、藤介は頭を抱えます。
 そこに飛び込んできたのは、反物屋の入り婿が殺されたという一件。犯人はすぐに捕まったのですが、この事件が思わぬ形で長屋の騒動と繋がり……

 ある意味謎解きという点では最も豪快なのが本作でしょう。部屋に引きこもり、どんどん太っていく男(しかもそれだけ太っているにもかかわらず、何も食べていないと倒れてしまう)と、とある反物屋での入婿殺し――一見全く無関係ながら、ある一点でのみ繋がる二つの事件(椿事)が、とんでもない形で解決を見ることになります。

 その真相は、いくらなんでも――と言いたくなってしまうシチュエーションではあるのですが、しかし、それでも何となく納得させられるのは、棠庵の言葉の奇妙な説得力と、ほとんど落語状態の登場人物たちのやりとりの妙に丸め込まれているのかもしれません。
 何しろ『どすこい。』の作者ですし――というのはさておき、そういえば棠庵のデビュー作である『前巷説百物語』の「寝肥」も、肥満体に関する奇譚でありました。


 次回が最終回となります。


『病葉草紙』(京極夏彦 文藝春秋) Amazon

関連記事
京極夏彦『前巷説百物語』(その一) 「青臭い」又市の初仕掛け
京極夏彦『前巷説百物語』(その二) モラトリアムの終わり、又市の物語の始まり

|

2024.10.04

変人学者、虫にかこつけて事件解決!? 京極夏彦『病葉草紙』(その一)

 今年の夏は、京極夏彦の時代小説の新刊が三冊刊行され、ファンとしては嬉しい悲鳴が上がりましたが、その一つが本作、『前巷説百物語』に登場した本草学者・久瀬棠庵を主人公としたユニークなミステリです。若き日の棠庵が、長屋を舞台に「虫」と絡めて様々な騒動を解決していく、全八話の連作集です。

 とある長屋に住む久瀬棠庵は、日がな一日、本に囲まれて暮らしている奇妙な男。いつ食事をしていつ眠っているかもわからない彼を心配して、差配役の藤介は毎日顔を出していますが、棠庵の驚異的なマイペースぶりに振り回されるばかりです。
 そんな中、長屋やその周辺で奇妙な事件が起き、棠庵の耳にも届くのですが、彼は「これは――虫ですね」と言い放ち、ほとんど部屋にいながらにして解決してしまう――本作は、そんな一種の安楽椅子探偵もの的な味わいの時代ミステリです。

 棠庵が解決する事件は、罪として裁くには複雑な事情があるものや、あるいは一見事件性がない出来事ばかり。それを、江戸時代の鍼灸書「針聞書」に登場する、現実には到底存在しないような――現代でもそのユーモラスな姿で一部で人気の――虫たちを引っ張り出し、何だかんだと理屈を付けつて、棠庵は「虫」の仕業として片付けてしまうのです。

 そのスタイルは、簡単には解決できない厄介事を、「妖怪」の仕業として解決してきた『巷説百物語』シリーズを思わせるものがありますが――それもそのはずというべきか、もともと棠庵は『前巷説百物語』の登場人物。そちらでは又市たちの仕掛けを、その知識でもってもっともらしく説明する役割を担っていましたが、本作ではその数十年前の彼が描かれています。

 そして本作のもう一つの特徴は、そのコミカルとも緩いともいうべきユーモラスな空気感です。本作で狂言回しを務める藤介は、周囲に振り回されがちな、どうにもすっきりしない人物。そんな彼が、思わぬ事件に巻き込まれたり、四角四面な棠庵の言動に振り回される姿には、落語めいたおかしみがあります。
 さらに彼の父で長らく隠居して呑気に暮らす藤左衛門、長屋に住む臆病者の下っ引きの平次と異常にそそっかしい妹のお志乃など、その他の登場人物も、どこかすっとぼけた連中ばかりなのです。

 その一方で、作中で描かれる事件は、結構洒落にならないものが多いのですが――それはこれから一話ずつ、紹介していきましょう。


「馬癇」
 長年かけて貯めたという金で、孫娘のお初と共に棠庵の向かいの部屋で気楽に暮らす老人・善兵衛。しかしある日、部屋から出てきたお初は、善兵衛を殺してしまったと繰り返します。
 部屋にあったのは確かに善兵衛の死体、状況もお初の犯行を示していましたが、棠庵はこれは殺人ではないと言い出して……

 第一話ということで藤介と棠庵、平次ら登場人物の紹介を兼ねたエピソードですが、どう見ても凶器としか思えない、善兵衛の部屋に残された濡れ紙の真実を鮮やかに解き明かす棠庵は、なかなかの名探偵ぶりです。
 事件の真相究明については、ある意味反則的要素があるのですが、むしろ見どころは「厭」な真相を表沙汰にせず解決してみせる、棠庵の知恵にあることは言うまでもありません。


「気積」
 亭主が虫のせいでおかしくなったと藤左衛門に泣きついてきた、左官の巳之助の女房・おきん。これまで生真面目だった彼が、このところ毎日帰りが遅くなり、食事もろくにせず、自分に近付こうとしない――そんなことを訴えるおきんに手を焼く藤介は、棠庵に相談するのですが……

 前話を虫の仕業として解決したと思えば、それが災いしての思わぬ騒動を描くこのエピソード。親しい人間が突然奇妙な言動を取り始める――というのは日常の謎の定番ですが、本作の真相は予想外すぎて、あっけに取られます。
 その真相もさることながら、今回印象に残るのは藤左衛門の珍妙なキャラクターでしょう。すっとぼけたようにとんでもないことを言い出す彼は、今後いよいよ猛威を振るうことになります。


 長くなりますので、次回に続きます(全三回)


『病葉草紙』(京極夏彦 文藝春秋) Amazon

関連記事
京極夏彦『前巷説百物語』(その一) 「青臭い」又市の初仕掛け
京極夏彦『前巷説百物語』(その二) モラトリアムの終わり、又市の物語の始まり

|

2024.10.03

三千年の呪いに挑め! 伝説の伝奇ホラーミステリ J・D・ケルーシュ『不死の怪物』

 美貌の心霊探偵が、イギリスの旧家を襲う不死の怪物の三千年の呪いに挑む、伝奇ホラーの古典的名作です。先祖代々伝わる不気味な予言の怪物が、第一次大戦後にまたもや出現――更なる犠牲者を防ぐため、伝説に挑んだ探偵が知った恐るべき真実とは……

 サセックス州ダンノーの荘園領主ハモンド家――千年以上の歴史を持つこの旧家には、一つの詞が代々語り継がれていました。
「マツやモミの生い茂るところ、星々のもと、熱も雨もなかりせば、ハモンドの当主、なんじの禍に気をつけよ!」
 これまでこの詞の通りの状況で、幾人もの当主や周囲の人々が、ある者は怪物に殺され、またある者は怪物の恐ろしさに自ら命を断ち――現在(第一次大戦直後)の当主・オリヴァーと妹のスワンヒルドの祖父も、使用人を怪物に惨殺された直後に、自ら命を断っていたのでした。

 そしていま、予言と密接な関わりがあるという「いかずち塚の社」の森を夜に通りかかったオリヴァーが怪物に襲われ、彼は一命を取り留めたものの、村の娘と彼の愛犬が、無残に引き裂かれた姿で見つかったのです。
 幸か不幸か、頭を打った衝撃で、怪物の記憶を失っていたオリヴァー。しかしスワンヒルドは、このままでは兄の命が危ないと、数々の怪事件を解決してきた霊能者にして心霊探偵のルナ・バーデンテールに、事件解決を依頼するのでした。

 かくしてダンノーにやって来たルナと、ハモンド家の兄妹、スワンヒルドの婚約者のゴダードは、ハモンド邸の隠し部屋から土地の教会、さらにはいかずち塚の社と、様々な場所の探索を進めます。さらにルナは催眠術によって、オリヴァーの中に眠る遺伝的記憶を辿り、遥か北欧の過去のバイキングにまで遡るハモンド家の歴史を知るのでした。

 果たして一族の先祖の一人である十六世紀の魔術師が行っていた禁断の儀式の正体とは何か。いかずち塚の社には何が眠っているのか。隠し部屋に残されていた碑文の欠けた部分に記された文字とは。そして何よりも、数多くの人々の命を奪ってきた怪物の正体とは何か? ついにルナは、恐るべき真実にたどり着くのですが……


 かつて国書刊行会のドラキュラ叢書の幻の第二期にラインナップされ、それから数十年を経て(そして今から二十年ほど前に)文春文庫て刊行された本作。原書は1922年に刊行されたものてすが、作者はほとんどこの一作でホラー史に名を残したという名作です。

 発表時の「現代」を舞台としつつ、千年、いや数千年の過去まで遡る恐怖を描く本作は、まさしく伝奇ホラーというべき作品ですが、しかしそれと同時に強く印象に残るのは、そのアプローチが極めて論理的な、ほぼミステリ的と評すべきものである点です。

 本作の主人公の一人であるルナは霊能力者であり、彼女の口から出るのは(彼女自身は極めて「現代的」で理知的な人物なのですが)、四次元や五次元といった怪し気なワード――そして本作で非常に大きなウェイトを占める催眠術による記憶遡行も、遺伝的記憶という疑似科学的に基づくものです。
 その意味では、本作を論理的というのは違和感があるかもしれません。

 しかし、ルナの捜査スタイルは――そして本作の物語展開は、便利な霊能力などで全てを片付けるのではなく、一つ一つ証拠を丹念に集め、それを分析して推論を組み立てるというもの。件の催眠術も、あくまでもその確認手段といえます。
 そこから浮かび上がる真実もまた、伝奇ホラーらしいものではありつつも、またその真実に相応しい論理的な部分があり――一度は中世に封印された怪物が、十六世紀の魔術師によって復活した理由付けなど実に巧い!――大いに唸らされるのです。

 そしてその真骨頂が、ラストに繰り広げられる呪いとの対決なのですが――これがもう、本作でなければできないような、それこそホラー史に残るような超展開であるのですが、、しかしそこで描かれる対処法には、ただ納得するほかないのです。(ここまで来ると、疑似科学的な部分は一種の特殊設定と理解してもよいのかも、と……)

 実は終盤のある重要な展開がちょっと唐突に感じられた点もあったのですが、しかしそれに対しても、実はきっちりと伏線が張られていたのにも、感心するほかありません。


 先に述べたように、今から約百年前に発表された作品ではありますが、しかし本作は今読んでみても十二分に楽しめる(二人のヒロイン像など今見ても違和感がありません)、まさに伝説の名作と呼ぶべき作品です。

 なお本作は、帯と解説でさりげなくネタばらしされているのでこれだけはご注意を……


『不死の怪物』(J・D・ケルーシュ 文春文庫) Amazon

|

2024.10.02

ついに終結! 文永の戦い たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第10巻

 長きにわたる戦いも、ついに終わりの時が訪れます。一致団結した日本武士団の逆襲の中、ついに蒙古軍の大将を討ち取った朽木迅三郎。情勢が大きく変わり、撤退に向けて動き出した蒙古軍ですが、その機に乗じて暴発する者が現れます。追撃する迅三郎たちがそこで見たものは……

 一時は太宰府撤退を余儀なくされたものの、なおも抵抗を続ける迅三郎と大蔵太子たち。奇襲作戦は失敗したものの、各地の援軍が駆けつけたことにより、日本軍は互角の情勢まで盛り返します。
 そして、少弐景資のもとに初めて一致団結した日本軍は、ついに蒙古軍との全面対決に突入。当然ながらその先頭に立って切り込んだ迅三郎は、見事に敵の大将・ガルオスを討ち取ったのでした。

 形勢が一気に逆転したかに見えた日本軍ですが、蒙古軍にはまだ幾人もの将が残っているはず。しかし彼らにとって何よりも恐ろしいのは、風の吹く方向――これから冬にかけていよいよ北西の風が強くなれば、海を越えて帰ることは不可能になるのです。
 日本軍との戦いよりも、敵地である日本に取り残される方が恐ろしい。蒙古軍の中には、征服されて戦いに駆り出された高麗や女真の兵も多いのですから、その恐れはなおさらです。

 侵攻の早さもさることながら、引き際の早さも蒙古の兵法とばかりに、撤退を決定する東征軍元帥・クドゥン。しかし勝ちの勢いに乗る日本軍が、その隙を見逃すはずがありません。
 追撃が迫る中、戦いの途中での撤退に不満を抱いた高麗軍の金侁は、蒙古に反旗を翻し暴走を始めます。これに対し、クドゥンの腹心として両蔵は金侁を討たんとするのですが……


 というわけで、前巻の決戦によって戦の趨勢はほぼ決し、蒙古軍の撤退戦が描かれるこの巻。迅三郎も攻撃前夜に随分余裕のあるところを見せますし、どこか消化試合という感もあります。
 そもそも侵略してきたのは向こうとはいえ、逃げる相手に追い打ちをかけるのはあまり気分のいいものではありませんが――しかしそこに倒すべき敵を設定するのは、作劇上の工夫というものでしょうか。

 しかもその相手というのが、迅三郎とは博多編冒頭からの因縁の相手というべき金侁――ヒステリックで卑怯かつ悪辣、しかも蒙古に逆心を抱くという、まさに悪役に相応しい人物です。
 ここでも最後の最後まで憎々しい姿を見せる金侁――といいたいところですが、ここでは彼の別の一面もうかがわれるのが、少々意外なところです。

 確かに相変わらず卑怯でヒステリックな言動ながら、その一方で、彼は高麗人として、侵略者であり支配者である蒙古への逆襲の機会を待ち、ついに立ち上がった――そう書くと何やらヒロイックにすら感じられます。
 これまでも幾度となく描かれ、この巻でもクローズアップされた蒙古軍内の不協和音――蒙古軍の中での征服者と被征服者の上下関係は、攻められる日本側にとってはいい面の皮ですが、物語としては興味深い題材です。せめて金侁が典型的な悪役に描かれていなければ、もう少しこの点は面白い要素になったのではないか、と感じます。
(もっとも、本作の蒙古側のキャラクターは、大体においてあまり魅力的に描かれていないわけですが……)


 何はともあれ、そもそもの目的を果たして迅三郎は対馬に「帰還」し(ある種の余裕か大蔵太子は天草に去って)、ついに物語は平和を取り戻したといえます。
 しかし、クドゥンが語るように、征服するまで何度も繰り返すのが蒙古の兵法であり――そして蒙古軍の侵略がこれで終わりでないことを、我々は知っています。

 かくして、物語は第十一巻、弘安の戦いへと続きます。(「弘安編」にならないのは少々意外ですが……)


『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第10巻(たかぎ七彦 カドカワコミックス・エース) Amazon

関連記事
たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第1巻 集結、御家人衆 しかし……?
たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第2巻 決戦開始!? あの男が戦場に立つ
たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第3巻 日蒙激突! そして合流する二つの物語
たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第4巻 ついに主人公参陣! そして二人の新顔
たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第5巻 まさかの出現!? そして神風吹く……?
たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第6巻 「神風」吹かず そして総司令官時宗の真実
たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第7巻 死闘の中の「対馬」と呉越同舟
たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第8巻
たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第9巻


『アンゴルモア 元寇合戦記』第1巻 「戦争」に埋もれぬ主人公の戦い始まる
たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』第2巻・第3巻 敵を破る痛快さと蹂躙される悲惨さと
たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』第4巻 史実と虚構の狭間の因縁
たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』第5-7巻 彼らの「一所」を巡る戦い
たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』第8巻 戦いの理由、それぞれの理由
たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』第9-10巻 史実の壁の前に立ちすくむ者たちへ

|

2024.10.01

一捻り加えられた三つの鬼と人間の物語 楠桂『鬼切丸伝』第20巻

 歴史の陰で繰り広げられてきた、鬼を斬る神器名剣・鬼切丸を持つ少年と鬼たちの戦いを描く本作も、ついに二十巻を迎えました。この巻に収録された三つの物語は、いずれも鬼と人間の物語の中に一捻り加えられたエピソード揃いです。

 巻頭の「淀殿鬼譚」は、サブタイトルからわかる通り、あの淀殿を巡る奇譚。史実に現れるその姿だけでも波乱万丈としか言いようのない生涯を送った淀殿ですが、今回は大坂の陣の「後」の姿が描かれることになります。

 生まれた時から戦国乱世に翻弄され、親兄弟の仇に身を任せることにもなった淀殿。大坂の陣で、そこまでして得た我が子・秀頼を喪った彼女は、ただ一人、秋元長朝に匿われて生き延びるのでした。
 そこで長朝に愛され、生涯初めての安らぎを得た彼女は、しかし……

 秀頼の生存説に比べると、あまり知られていない淀殿の生存説。かなり不幸なこの伝承を、本作では意外な捻りを加えて描きます。そこで描かれる複雑な彼女の姿は、これまで歴史の荒波に翻弄されてきた女性たちを描いてきた本作ならではのものであったというべきでしょう。

 ちなみにこのエピソード、登場する人物や挿話がこれまで本作で描かれたものが多く、一種の総集編的味わいもあり、読者としては感慨深いものがあります。


 一方、「鬼火起請の章」前後編は、同じ戦国時代でも、とある農村に暮らす庶民の物語が描かれます。火起請とは、物事の真偽・是非を問う際、焼けた鉄を持たせて歩かせ、落とさなかったものが正とされる神事。二つの村の争いを収めるために行われることとなったこの神事で、東の村の代表として選ばれたのは、数年前に村に流れ着いた孤児の兄妹の兄・勘太でした。
 妹のあさのためにその役割を引き受けた勘太ですが、公平に神意を問うはずの儀式には人間の恣意がはびこり、それが鬼を生むことになります。

 本作だけでなく、これまでも幾度となく「普通の人間」の悪意を描きてきた作者らしく、鬼よりも醜い人間の姿を描くこのエピソード。火起請の顛末は、最初から最後まで無惨としかいいようのないものなのですが――ここで思わぬひねりが加わり、物語は不思議な味わいを帯びることになります。
 なんだかんだで、他人を慮る人の情に弱い鬼切丸の少年の姿も印象に残ります。
(そして完全に滅んだと思いきや、思わぬところでゲスト出演の信長様。確かに火起請の逸話で知られる方ではあります)


 そしてラストの「延命院鬼事件」前後編は、ぐっと時代は下って19世紀初頭、享和年間(ちなみにこれまで本作に登場した時代としては、百年近く現代に近くなりました)に起きたいわゆる延命院事件――徳川家の祈願所であった延命院の美貌の僧・日潤が数多くの女性参拝者と関係を持ち、その中には大奥の女中もいたことから一大スキャンダルへと発展した事件を題材にしています。

 一説には初代尾上菊五郎の子だったなどという説もある日潤ですが、本作では病に冒され親にも見捨てられた孤児だったという設定。その頃の女たちからの蔑みの視線に対して、美しく成長した今となって女たちを穢すことで恨みを晴らしているという、複雑な内面の男として描かれます。

 延命院事件の摘発にあたっては、寺社奉行・脇坂安董の家臣が、妹を日潤に近づけることで証拠を掴んだと言われていますが、本作もそれを踏襲しています。しかしその妹であるお梛と日潤が、真実の恋に落ちたことが悲劇の始まりとなるのです。
 お梛に嫉妬した周囲の女たちの告発で罪を問われ、処刑された日潤。しかし日潤を失った女たちが鬼と化し、そしてお梛に裏切られたと信じ込んだ日潤もまた鬼に……

 そんな鬼が鬼を呼ぶ地獄絵図の果てに待つものは――無惨で皮肉で哀しく、そして美しい結末。女たちを憎んできた日潤が辿る運命も、一つの救いといえるのかもしれません。


 なお、巻末に収録された特別番外編「鬼童歌」は、鈴鹿御前が鬼を呼ぶかのような童歌を歌う子供たちと出会う掌編。その歌で歌われるものとは――少年のツンデレぶりは既にバレバレとなっていることがうかがわれる、微笑ましい(?)一編です。


『鬼切丸伝』第20巻(楠桂 リイド社SPコミックス) Amazon

関連記事
楠桂『鬼切丸伝』第8巻 意外なコラボ!? そして少年の中に育つ情と想い
楠桂『鬼切丸伝』第9巻 人でいられず、鬼に成れなかった梟雄が見た地獄
楠桂『鬼切丸伝』第10巻 人と鬼を結ぶ想い――異形の愛の物語
楠桂『鬼切丸伝』第11巻 人と鬼と歴史と、そしてロマンスと
楠桂『鬼切丸伝』第12巻 鬼と芸能者 そして信長鬼復活――?
楠桂『鬼切丸伝』第13巻 炎と燃える鬼と人の想い
楠桂『鬼切丸伝』第14巻 鬼切丸の少年に最悪の敵登場!?
楠桂『鬼切丸伝』第15巻 鬼おろしの怪異、その悲しき「真実」
楠桂『鬼切丸伝』第16巻 人と鬼、怨念と呪いの三つの物語
楠桂『鬼切丸伝』第17巻 深すぎる愛が生み出した鬼たちの姿
楠桂『鬼切丸伝』第18巻 美しく とても美しく 美しすぎる姫が招く鬼
楠桂『鬼切丸伝』第19巻 いよいよ佳境!? 元禄の世に蠢く鬼たち

|

« 2024年9月 | トップページ | 2024年11月 »