朝鮮の巫女と日本の小説家の挑む怪異 戸川四餡『黒巫鏡談』第1巻
どの国にも民間信仰は存在しますが、特に朝鮮のシャーマニズム・巫俗は、その中でもしばしばフィクションに取り上げられる印象があります。本作は、1930年代の朝鮮を舞台に、朝鮮総督府が存在を秘匿する異端の巫女と、トラブルに進んで首を突っ込む小説家が巻き込まれる奇怪な事件を描くユニークな漫画です。
一九三七年、朝鮮は京城を訪れたのは、日本で売れない怪奇小説を書いている小説家・巖谷鏡水。彼は、古書店街でたまたま目についた書物――民俗学者が朝鮮の土着信仰について記した「朝鮮の巫女」の、最後のページに手書きで記された「黒衣の巫女」に興味を惹かれ、わざわざ日本からやって来たのです。
京城への列車内で黒衣をまとう少女と出会い、小説のモデルに――と考えた鏡水でしたが、しかし彼の話を聞いた朝鮮総督府の警官である友人・立花は、険しい表情で関わらないよう忠告します。
そんな忠告もどこへやら、町に出て黒衣の巫女を探す鏡水は、不気味な世界に迷い込み、何者かに襲われる羽目に。その時、彼を救ったのは列車内で出会った黒衣の少女・崔月子でした。
彼女こそが黒衣の巫女だと知り、巫堂(ムーダン)としての仕事に強引に同行を申し出る鏡水。月子も彼が「呼ばれる」体質であることを見抜き、同行を許可します。
そして、以前に巫堂が儀式を行った末に何者かに顔の皮を剥がされて殺された場で、鬼神を招く儀式を執り行う月子。現れた鬼神に対し、月子は別人のような異様な力で戦いを挑み……
冒頭に述べたように朝鮮独特のシャーマニズムである巫俗。その中心となる巫堂(ムーダン)と呼ばれるシャーマンは、つい最近、日本でも公開された韓国映画『破墓/パミョ』でも大きく取り扱われています。
本作の主人公・崔月子もその巫堂ではありますが――しかし「黒巫」と呼ばれるだけに、並みの存在ではありません。彼女はその身に「トケビ」なる存在を宿し、魔物に対してはその力を発揮して、文字通り叩き潰す――何しろ手にした得物(?)が、いわゆるネイルハンマー(釘抜き付きハンマー)なのですから凄まじい。
トケビの、無数の蛸の足を生やしたようなシルエットも相まって、月子の巫堂としての姿は、強烈な印象を残します。
しかし強烈なのはそれだけではありません。黒衣の巫女とは、朝鮮を支配しながらも現地の超自然的な存在に悩まされる朝鮮総督府からの依頼を受けて活動する巫堂であり、朝鮮の文化・信仰を否定する総督府にとっては暗部ともいうべき存在。そしてその任につく月子は、抗日活動家であり、無惨な死を遂げた父を持つ娘なのです。
もちろん、この時代の朝鮮を舞台とするのに、日本による支配を描くことは避けては通れませんが、それをこのような形で描いてみせるとは――その踏み込み方には驚かされます。
そしてこの点、自分の小説のことしか頭にない鏡水の存在も、物語に相応しいとも相応しくないともいえるでしょう。黒巫として「仇」の依頼で戦うことに複雑な思いを抱く月子に対して、その黒巫としての活躍を純粋に称賛する――その無神経さは、彼女の心を傷つけると同時に、救いにもなっているのですから。
深い「恨」を持ち、その具現化ともいえるトケビを心に宿す月子と、「恨」を持たない極楽とんぼの鏡水――そんな対照的な二人は、互いを補い合う存在なのかもしれません。
(もっとも、鏡水も立花との対決シーンでは、意外な鋭さを見せるのですが――このシーンの妙なテンションは必見です)
そして結成された奇妙なバディは、この巻の終盤で、済州島を巡る奇怪な事件に挑むことになります。海女の島でもあり、本土とはまた異なる習俗を持つ済州島で起きる怪事とは、その正体は何なのか――何が飛び出すかわからない物語だけに、今後の展開が大いに気になるというものです。
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