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2024年11月

2024.11.30

『鬼切丸』を超えて、なおも続く物語 楠桂『鬼切丸伝』第21巻

 平安以来、長きに渡る時の中で鬼を斬り続けてきた鬼切丸の少年を描いてきた本作も、ついに単行本の巻数で『鬼切丸』を超えました。この巻では、瀬戸内三島の伝説の女傑を巡る悲劇、奇怪な姥ヶ火を巡る因縁譚、鬼を調伏する力を持つ僧侶と少年の出会いを描く三編+αを収録しています。

 この巻の冒頭に収録されている『三島大明神鬼願』前後編は、今なお伝説に残る瀬戸内海の大三島の姫・三島水軍の姫武将にして三島大明神の巫女である鶴姫を巡る物語――この鶴姫は、これまでも様々な物語の題材になっていますが、本作ではこれまでにない奇怪な物語となっています。

 大三島の大山祇神社の大祝の娘として生まれ、父と兄二人に慈しまれてきた鶴姫。しかし父は鶴姫が幼い頃に後を案じながら病没し、そして大内家の侵略の前に下の兄は戦死――悲しみに沈む鶴姫は、遊女に化けて大内家の船に近づき、単身乗り込んで大立ち回りを演じるのでした。
 三島大明神の化身を名乗り、次々と大内の兵を討っていく鶴姫。しかしそこに現れた鬼切丸の少年は、それが彼女の力ではなく、どんな願いも叶えるという大祝家の血のなせる業だと告げます。そしてそれは、例え鬼となろうとも彼女を守ろうと願った父と兄の願いだと……

 これまで作中に様々に登場してきた異能を持つ人間たち。その中でも本作の鶴姫とその家系は、極めて特異な力を持ちます。
 神に願うことにより、人では倒せぬはずの鬼すら倒す力を発揮する鶴姫たち。しかしその願いが誤って用いられたとしたら。いや、本人は誤ったつもりはなくとも、この世の摂理を捻じ曲げるものであるとしたら――後編では、最愛の人を得た鶴姫を襲う、さらなる悲劇が描かれます。

 鬼切丸ですら倒せぬ不死身の鬼を前に、鶴姫は何を願うのか――有名な鶴姫の悲恋伝説を背景にした結末からは、ただ運命の無惨というべきものが感じられます。


 続く『鬼々怪々姥ヶ火首』は、井原西鶴の「西鶴諸国ばなし」中の「身を捨てて油壺」に登場する姥ヶ火を題材とした物語です。

 河内国の暗峠に出没するという、不気味な老婆の死首の怪。鬼切丸の少年と出会った老婆は、己が妖となるまでの過去を語ります。
 美しかった娘が、山の神の祟りか次々と夫を失い、醜く老いさらばえた末に、油泥棒と誤認されて射殺され、その首が妖と化す――という語りは、実はほぼ原典通りの内容。一体このどこに鬼が絡むのか――と思いきや、老婆の語りに対する少年の指摘が、全く異なる物語を浮かび上がらせます。

 同様の趣向はこれまでもありましたが、題材の無惨さだけにどんでん返しが際立ちます。


 そして最後の『天誅鬼仏罰』前後編は、応仁の乱の頃の荒廃した時代を背景に、少年が奇跡的な力を持つ一人の男と出会ったことから物語は始まります。

 その男とは、鬼を読経によって鎮め、勾玉と変える力を持つ僧・光道。鬼となった人に対しても慈悲の心を失わない光道は、所属する醍醐寺に勾玉を収め、供養しようとしていたのです。
 人の醜さをいやというほど見てきた少年が、見たことがないほどの利他心を持つ光道に驚く少年。しかし彼の人間不信の念を裏付けるように、光道の力は他者に利用され、次々と惨劇を引き起こすことに……

 室町時代に実際に起きた(と言われる)二つの寺による呪詛事件を題材とした本作。作中で描かれるその模様は、人を救うべき寺が人を呪い殺すという驚くべきものですが――そんな地獄絵図の中でも、なおも輝く人の心の存在を物語は描きます。
 それはやがて、鬼を滅する人間の誕生を、少年にとっての希望を予告するものとも見えるのですが――最後に語られる『鬼切丸』とのリンクに愕然とさせられます。そういえば確かに勾玉でしたが、しかしあれが希望かといえば……


 なお、巻末の掌編『犬神使い鬼追憶の章』には、以前(第七巻)に登場した犬神使いの兄妹が少し成長した姿で登場。タイトルの通り、以前出会った鬼切丸の少年のことを語り合うのですが――ここで妹の八重が見つけた少年の秘密がこう、微笑ましいというかなんというか……
 前巻の巻末の掌編同様、やはりわかる人にはバレバレなのねと、悲しい物語の連続の中で、少しだけホッとさせられます。


『鬼切丸伝』(楠桂 リイド社SPコミックス) Amazon

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2024.11.29

白虎隊の少年、西部で生きる意味を知る 吉川永青『虎と兎』

 時代劇と西部劇は琴線が響き合うのか、数は多くないものの、サムライがガンマンと共演する作品は途切れません。本作はその中でも、白虎隊の生き残りの少年が西部に渡り、原住民の少女を助けて、カスター中佐やピンカートン探偵社と対決する活劇です。

 白虎隊の一員として会津戦争を戦い、落城に際して切腹しようとしていたところを、最年少であったことから周囲に逃され、心ならずも生き延びた少年・三村虎太郎。
 自分が生き延びた意味を探す彼は、幼馴染みがプロイセン商人・スネルの妻となった縁から、共にカリフォルニアに移住し、茶の栽培に携わることになります。

 新天地の生活で苦労も多い中、行き倒れていたシャイアン族の少女・ルルを助けた虎太郎。しかし彼女がコロニーの生活に慣れた頃、周囲に不審な影が出没します。
 実は、原住民たちを虐待、虐殺するカスター中佐のもとから開発中の秘密兵器の設計図を盗み、逃げてきたというルル。それに対し、カスターはピンカートン探偵社に依頼し、彼女を捕らえようとしていたのです。

 ついに迫るピンカートンの追手に対し、ルルを連れてコロニーから脱出した虎太郎。二人はルルの部族の生き残りを求めて、旅に出ることになります。
 その中で、ピンカートンの追っ手や横暴な白人の戦いを繰り返し、原住民たちと触れ合う中で、彼らの生き方を知り、様々なことを学ぶ虎太郎。さらに売出し中のビリー・ザ・キッドと意気投合し、冒険の旅を続けた二人は、ついにシャイアンの生き残りと合流するのですが……


 冒頭で触れた通り、日本の武士(もしくは武芸者)が開拓時代のアメリカに渡って冒険を繰り広げるというシチュエーションは、異文化同士のファーストコンタクトや、何よりも異種格闘技戦的興味を満たすためか、これまで様々な作品が描かれてきました。
 そんな中で本作が目を引くのは、主人公が白虎隊の生き残りであり、そしてそれ以上に若松コロニーの参加者であることでしょう。

 幕末に奥羽越列藩同盟に接近した怪商スネル兄弟の兄であり、松平容保から平松武兵衛の名を与えられたヘンリー・スネル。その彼が会津藩の敗北後、日本人妻をはじめ会津若松の人々数十名を連れてアメリカに移住した若松コロニー――その辿った運命は本作でも語られるために避けますが、なるほど、会津の若者をアメリカ西部に誘うのに、これ以上相応しい仕掛けはないでしょう。
(ただまあ、このアイディアは本作は最初というわけではないのですが……)

 こうしてアメリカに渡った主人公・虎太郎ですが、まだまだ年若く、そして様々な意味で未熟なキャラクターではあります。
 官軍の横暴に追い詰められた末に全てを失い、自分一人が生き残ってしまった虎太郎。以来、己の命の意味に悩み続ける彼が、白人の横暴で全てを失い、いま命も奪われようとしているルルに己を投影し、彼女を助けて冒険の旅に出るのは納得できます。

 しかしもちろん、彼は一人ではありません。会津戦争で彼を救った人々、若松コロニーの同胞、行く先々で出会う原住民たち――そんな人々が、時に彼に生きるべき方向を示し、時に生きる術を教え(元会津藩士から御式内を教わるのが熱い)、少しずつ彼は自分が生きる意味を――他者と共に生きる意味を知っていくことになります。
 そんな本作、西部劇アクションの変奏曲ではありつつも、それ以上にビルドゥングスロマンの性格を強く持った物語といえます。


 しかし本作の場合少々戸惑ってしまうのは、世界観があまりに白黒はっきり別れたていることで――特にカスターの狂人じみた悪役ぶりには鼻白むものがあります。

 もちろん、彼の行動について、特に本作でも大きな意味を持つウォシタ川の虐殺は全く評価できるものではなく、悪役とするには適任というべきかもしれません。しかし彼一人を強烈な悪人として描くことによって、アメリカという国家と原住民との戦争の――さらに言ってしまえば人間を抑圧するものと人間の尊厳の戦いの――性格がぼやけてしまったのではないか――そんな懸念はあります。

 もう一つ、カスターを敵とする以上、ラストの展開は予想できるのですが、若松コロニーをスタートとしたことで、結構時間的にも地理的にも間が開いてしまうのは、ある意味歴史小説の必然ではあるのですが、やはり歯がゆいところではあります。
 主人公を悩める少年とすることで単純な「日本人救世主」ものになることを回避し、青春小説としての爽やかさを与えている点は評価できるだけに、これらの点は勿体無いと感じたところです。


『虎と兎』(吉川永青 朝日新聞出版) Amazon

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2024.11.28

怪談好きのお嬢様が追う白い幽霊の謎 波津彬子『お嬢様のお気に入り』

 端正な不思議の世界を描かせれば右に出るものがいない作者が、オリジナルの原案を迎えて描くという一風変わったスタイルの――しかし変わらない魅力の連作集です。19世紀末のイギリスを舞台に、怪談好きのお嬢様・キャロラインが、様々な騒動に巻き込まれる姿を描きます。

 新興ブルジョアジーの父と、没落貴族の母の間に生まれたお嬢様のキャロライン。彼女のお気に入りの物語はウォルポールのゴシック小説『オトラント城奇譚』――そう、彼女は怪談やおとぎ話といった、怖い話や不思議な話がお気に入りなのです。
 キャロラインがそんな好みになったのは、母の実家から仕えている執事のロバートの趣味。持ち前の好奇心から様々な騒動を引き起こして怒られたり落ち込んだり、眠れない夜を迎えるたびに、彼女はロバートに物語をねだるのです。

 やがてキャロラインが興味を持ったのは、かつてロバートが母の実家の城で目撃したという――そして彼女が自邸でも目撃した「白い貴婦人の幽霊」。美しいレディに成長した後も、彼女はその幽霊の謎を追いかけるのですが……


 日本を舞台とした作品と同程度以上に、イギリスを舞台とした作品も多いのではないかという印象もある(のは『うるわしの英国シリーズ』のためかもしれませんが)作者ですが、本作もその一つとなります。
 舞台は19世紀末の新興富裕層の家庭、広大な屋敷に住んで執事や大勢の使用人がいて――と、我々が想像する「豊かな英国」のイメージを具現化したような世界を舞台としつつ、恐ろしくも魅力的怪談をメインとした物語が展開していくことになります。

 第二巻までの基本的な物語の流れは、好奇心旺盛かつおてんばなキャロラインが、その生活の中でちょっとした事件に出会い(多くの場合は彼女が騒動を起こすのですが)、その結果、夜眠れなくなったところに、執事のロバートに怪談話をねだって――という展開。
 つまりメインとなるキャロラインの物語の中に、別の怪談が挿入され、そしてそれがキャロラインの物語にも影響していくという構造となっています。

 元々作者の作品では、恐ろしいものと美しいもの、物悲しいものと微笑ましいものといったように、様々な、時に相反する要素が入り混じり、複雑で豊かな味わいを生み出しています。
 作者の作品は、これまで古今の名作を原作として漫画化することはあっても、オリジナルの原案がつくという形式はほとんどなかったのではないかと思いますか――本作においては、この形式と物語構造が噛み合って、これまでになかった妙味が生まれていると感じます。

 個人的には、キャロラインの周囲の人々が、個性的ではあっても基本的に愛情豊かな善人ばかりで、それが一種の人情話的とでもいいましょうか、強い温かみを持った物語に繋がっていくのが心に残りました。


 さて、本作は全三巻ですが、最終巻となる第三巻では、キャロラインの成長した姿が描かれ、物語もこれまでとは少々異なる展開となります。
 そこで描かれるのは、キャロラインの母の城で長きに渡り語り継がれてきた「白い貴婦人の幽霊」の謎。この物語の冒頭から、幾度か登場してきたこの幽霊の正体は、そして彼女はどのような想いを秘めているのか――その謎解きとともに、物語は大団円を迎えます。

 この辺りの展開は、正直なところ、少々出来過ぎに感じる部分もあります。(もっとも、終盤に登場するある人物の描き方はかなりユニークで意表を突かれましたが)。
 しかしキャロラインが愛してきたおとぎ話のように「めでたしめでたし」となった物語の後味は非常に心地よく、本作の結末に相応しいものであることは、間違いないでしょう。分量こそ多くはありませんが、愛すべき作品です。


『お嬢様のお気に入り』(波津彬子&門賀美央子 小学館フラワーコミックススペシャル全3巻) Amazon

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2024.11.27

最終決戦開始 男たちの奮闘! 椎名高志『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第8巻

 このところ泣かせる展開の連続だったコミカライズ版『半妖の夜叉姫』ですが、いよいよ最終決戦に突入することになります。妖霊星に憑かれた麒麟丸を倒し、犬夜叉を救うため、麒麟丸の本拠に到着した三姫たちですが――この巻は男性陣の活躍が目立つ!?

 博多の海を埋め尽くした幽霊船団の中、是露の乗る母船に乗り込み、激闘を繰り広げた三姫。その最中、己の心を見つめ直した是露は自ら消滅を選び、ついに一つの戦いが決着しました。
 その結果、虹色真珠から解放されたかごめとりん、そして犬夜叉とついに涙の対面を果たした三姫。しかし犬夜叉の身には妖霊星の欠片が深く食い込み、立っていることがやっと――そんな状況に、三姫は自分たちで麒麟丸、そして妖霊星と戦うと告げるのでした。

 そんなわけで、この巻の冒頭で描かれるのは、弥勒や珊瑚、楓のもとに帰ってきた犬夜叉・かごめ・りんの再会。親子の再会は非常に泣かせるものがありましたが、犬夜叉と弥勒の戦友同士の再会もグッと来るところで、特に一目で犬夜叉の状態を見抜いての弥勒のリアクションは、この二人の長年の仲を感じさせます。
(しかしこの様子だと、弥勒と珊瑚は参戦しないようで、残念と言えば残念)

 一方、決戦の地・肥前の麒麟丸の城に到着した三姫一行ですが、気付けばかなりの大所帯――三姫に理玖とりおん、琥珀と翡翠、
竹千代(阿久留が憑依)と雲母(あと冥加)、さらにそこに殺生丸と邪見も加わり、なんと十人強のパーティーです。

 これだけの人数がいれば、いかに麒麟丸とて――と思いますが、彼女たちの前に、理玖も知らなかったという麒麟丸の秘密部隊の一員にして小姓頭の冥道丸が立ち塞がります。
 「冥道」という、『犬夜叉』世界では意味を持つ言葉を冠し、アニメでは時の風車の守護者でありながらも、作中では単発の敵キャラに留まっていた感のある冥道丸。しかしこちらでは麒麟丸の腹心に相応しい強力な能力の使い手として、これだけの面々を向こうに回して一歩も引かず暴れ回るのです。

 しかし、その強敵との戦いの中で、大いに印象に残ったのが、翡翠と琥珀です。
 弥勒と珊瑚の子である翡翠は、琥珀の下で妖怪退治屋として活動する少年ながら、これまでは、せつなに気のあるところ以外はあまり印象に残らなかったキャラクターでした。

 アニメに比べると合流が遅かったことや、弥勒との確執がないことがその一因かもしれませんが――しかしここで彼はある役割を果たすことになります。
 それを「活躍」と呼んでいいかは意見が分かれるかもしれませんが――その最中で描かれる、子供時代のせつなとのエピソードには、彼の善き部分が描かれ、グッとくること必至です。

 そしてグッとくるといえばもう一人――琥珀の一世一代の活躍がここで描かれます。本作においては(アニメも含めて)、親世代と子世代の中間の立ち位置で、どうにも割りを食っていた感のある琥珀。そんな彼が、ここで『犬夜叉』からの年月を感じさせるドラマを展開するのがたまりません。
 それはもしかすると(かつて原作者が彼に対して語っていたことを考えると)、描きすぎなのかもしれません。しかし「あれから」の琥珀を描くに、避けては通れない部分を敢えて正面から描き、そして彼の「勝利」を描くのには、ただただ頭が下がるとしか言いようがないのです。
(そして決着シーンで、本作では触れられていない、しかしかつて琥珀と同じ苦しみを抱えていた、あのキャラクターの存在を確かに感じさせる演出の見事さ!)


 もちろん三姫も、アニメ版とはまた異なる(そして考えてみれば本作にはこちらの方が相応しいという印象もある)禍一族と激闘を繰り広げるという見せ場があったのですが、やはりこの巻の主役は翡翠と琥珀――そしてもう一人、決して前面には出ないものの、それが逆にその成長を感じさせるようになった殺生丸だったという印象があります。

 この巻のラストではいよいよその殺生丸と麒麟丸が対峙、因縁の対決が始まることになります。
 しかしもちろん、三姫たちも親たちに負けてはいないはず。殺生丸の戦いと同様、いやそれ以上に、この先の彼女たちの戦いが大いに楽しみです。


『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第8巻(椎名高志&高橋留美子ほか 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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2024.11.26

惜別の時 土方、二股口へ 赤名修『賊軍 土方歳三』第11巻

 いよいよ長きに渡る土方の戦いにも結末が近づいてきました。起死回生の甲鉄奪取に失敗して後がない旧幕府軍に対し、ついに蝦夷地に上陸した新政府軍。五稜郭に迫る敵を迎え撃つため、土方は二股口に出陣します。既に死病に侵され、あの男とも袂を分かった土方の戦いの行方は……

 五稜郭を奪取し、蝦夷地に地歩を固めた旧幕府軍。しかし新政府軍の新鋭鑑・甲鉄を奪取せんとしての宮古湾の戦いで敗北し、一気に窮地に立たされます。
 そしてついに蝦夷地に上陸した新政府の大軍。五稜郭に三方向から迫る敵軍の対応に追われる土方ですが、その中でも最も重要なの
は最短距離である二股口。その二股口を巡る激闘が、この巻では描かれます。

 もはや戦力の上では新政府軍には比べようもない旧幕府軍ですが、しかし闘志においては決して譲るものではない、いや死を決意した者の強さがあります。そして戦術においては、これまでの戦いの経験を積んだ土方が、その才能を全開にして当たるのですから、易易とこの要衝を抜かれるはずもありません。
 二股口周囲の山中に幾つもの胸壁を築いた土方は、部隊を縦横無尽に動かし、防衛戦の常道というべき十字砲火で、数に勝る新政府軍を次々に撃破していきます。
(正確には十字砲火という概念自体はこれから半世紀近く後のものかと思いますが、同様の戦術としてはもちろんアリということで)

 ここで「熱くなった銃身を桶水で冷やしながら」というのは有名な逸話ですが、凄まじい銃撃戦の末に、旧幕府軍は新政府軍を圧倒、敵の指揮官・駒井政五郎を討つという大戦果を挙げます。とはいえ、もちろん無傷であるはずもありません。
 この駒井を討つ際の戦いで、思わぬ深手を負った市村鉄之助。彼に対し、ついに土方は己の遺品を託して戦線離脱を命じることになります。

 深手云々はともかく、箱館戦争の最中に土方が市村を逃し、故郷に送ったのは史実です。しかし本作における市村とは、その実、本物の死後にその名を名乗った沖田総司のこと――そしてそもそもこの物語が、江戸で療養中の沖田を土方が迎えに来て、共にパリを目指すところから始まったことを思えば、その彼の戦線離脱は、物語の一つの終わりを痛感させられます。
 いかにも彼らしい形で名残を惜しむ市村いや沖田と、彼に対し惜別の言葉を送る土方――その内容を見れば、この二人の別れはもはや決定的であると言わざるを得ません。


 そんなわけで、もう読者としてはエピローグに突入した感すらありますが、もちろん土方の戦いは終わりません。
 打ち続く新政府軍の猛攻撃の中、次々と犠牲を出しながらも、なおも抗い続ける旧幕府軍。その犠牲の中には、(まだ命はあるものの)前巻登場したばかりの伊庭八郎も――というのは残念ながら史実であるため仕方がありませんが、ここで箱館の病院に収容された伊庭の土方に対する軽口は、まさしく彼なればこそと、悲しい中にもある種の嬉しさがあります。
(そしてその言葉をなぞるように、この状況でモテパワーを発揮する土方よ……)

 同志を失い、友を喪い、愛する人に背を向け、なおも戦いに赴く土方。既に死病に侵された彼にとってもはや命は惜しむものではなく、いよいよ次巻、完結となります。


 なお、この巻では二股口で戦った旧幕府軍の滝川充太郎と大川正次郎の対立も描かれるのですが――滝川の暴走行為(これは実際は冤罪という説もありますが)によって大川が激昂したともいうこの逸話を、本作はとんでもない方向にパワーアップ。
 ここを格好良く仲裁したといわれる土方も、本作では火に油を注ぐような対応を取っていて、これはこれで実に本作らしい展開かもしれません。

 もう一つ、甲鉄攻略の秘密兵器が文字通り不発だったり、弱気の虫に取り憑かれたりと本作ではロクなことになっていない榎本武揚はこの巻でも相変わらず(終盤の土方チックなムーブの不発は何といってよいのやら)。最後の最後に男を見せてくれることを期待したいところです。


『賊軍 土方歳三』第11巻(赤名修 講談社イブニングKC) Amazon

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2024.11.25

さらば長崎 ブラック上司たちの狭間で 上田秀人『辻番奮闘記 六 離任』

 江戸で、長崎で、辻番として奮闘を繰り広げてきた斎弦ノ丞の奮闘もこれで第六巻。長崎辻番として剣を振るってきた弦ノ丞ですが、ついに江戸の松平伊豆守に呼び出されることとなります。しかし主君と伊豆守、そして長崎奉行・馬場三郎右衛門の三者の争いは簡単に収まるはずもなく……

 寛永年間、平戸藩松浦家の辻番として江戸で起きた数々の事件から主家を救った弦ノ丞。国元に栄転した彼は、しかし松浦家が命じられた長崎警固の先遣隊として長崎に向かうことになります。
 しかし当時の長崎は島原の乱と鎖国の煽りを受けて治安は悪化の一途、人手不足に悩む長崎奉行から目をつけられた彼は、長崎辻番を命じられるのでした。

 さらにそこに、大老・土井大炊守の追い落としを図る老中・松平伊豆守から、かつて平戸藩も関わった外交事件・タイオワン事件と大炊守の関連を調べるように密命が下されることに。かくて弦ノ丞は幾重にも危ない橋を渡る羽目になるのですが……


 というわけで、江戸でも長崎でも辻番を命じられるという数奇な運命を辿ることになった弦ノ丞ですが、彼の受難はまだまだ続きます。というのも、目の上のたんこぶである大炊守排除を急ぐ伊豆守が、平戸藩主である松浦重信に対し、ついに弦ノ丞の江戸召喚と貸出しを命じたのです。
 江戸召喚はともかく、伊豆守への貸出しは、無償でこき使われるであろうことを思えば、弦ノ丞にとってありがたくないことこの上ない話。主君である重信にとっても、自分のところの藩士を差し出せと言われて面白いはずがないでしょう。

 そもそも主君でもない(禄を支払っていない)人間が他所の藩士を使おうというのは、武士の根本である御恩と奉公のシステムに反する行為。そんな横紙破りを平然と行う辺り、伊豆守の人間性というものが窺えますが――しかし弦ノ丞の災難はそれだけではありません。
 もはや長崎の治安維持には不可欠となった長崎辻番の要である弦ノ丞を手放すことを渋り、長崎奉行の威光で都合よくこき使おうとする馬場三左衛門。しかも三左衛門は大炊守派閥の人間であることから、状況はいよいよややこしくなります。

 かくて本作の大半では、弦ノ丞の頭の上での権力者同士がやり合う様が描かれることになります。もちろん、その才を買われ、求められるというのは名誉ではありますが、しかし弦ノ丞の場合は、ただそれを都合よく利用しようとする者たちばかりなのが不幸としかいいようがありません。
 この辺り、人の使い方として考えさせられるところではありますが――いずれにせよ、ブラック上司にこき使われるのは上田作品の主人公ではいつものことですが、ここまでブラック上司同士の間に挟まれるのも珍しい。あるいは弦ノ丞は、上田作品の中でも不幸度が相当に高い主人公かもしれません。

 そんなわけで、本作の終盤、部下であり先輩に当たる志賀一蔵に対して己の立場の味気なさを愚痴る弦ノ丞の姿には、同情する以外ないのです。


 しかしそれでも、結局は長崎を離れ、江戸に向かうことになる弦ノ丞(ここで長崎奉行の追求を躱すための松浦家側の策がなかなか面白いのですがそれはさておき)。おそらく次巻からは江戸が舞台になるはずですが、さてそこで何が描かれるのでしょうか。

 正直なところこの巻では、弦ノ丞の頭上での空中戦が大半となり、物語そのものの展開に乏しかった印象があるだけに、(たとえこき使われたとしても)彼自身の活躍をもっと見たいものです。


『辻番奮闘記 六 離任』(上田秀人 集英社文庫) Amazon

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2024.11.24

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第8話「再会」

 魔宮会議の場で、魔界の行方を左右するような策を献じる阿爾貝盧法。一方、異空間に囚われ、芙爾雷伊の襲撃を受けた霸王玉と花無蹤は、それぞれ深手を負いながらも手を携えて戦う。そして凜雪鴉に誘い出された嘲風を探す睦天命たちに襲いかかる魔族。そこに現れた男こそは……

 一人討たれた上に三人欠席(実際にはうち二人死亡)して、御前に集うのはたった三人とすっかり寂しくなった魔宮会議。そんな状況で阿爾貝盧法は、魔宮印章で復活する魔神だけでなく、魔界に眠る魔神全てが復活したら――と、聞いたこともない仮定の話を始めます。しかしそうなっても魔神たちを人間界に送ってしまえば問題なし、今度は人間界の半分の王=西幽の帝=禍世螟蝗と手を組んでるので――という彼の発言は、前々回の会談の結果なのでしょう。一見魔界に有利な提案ですが、阿爾貝盧法の場合、真意を全て喋っているなどとは到底思えませんが……

 さて、そんな会議の最中に、魔宮貴族二人を神蝗盟の二人が殺したと知り、激怒して二人が捕えられた異空間に向かう魔宮三位・芙爾雷伊。彼女の挑戦を真っ向から受け止める霸王玉ですが、なんと芙爾雷伊の洋傘(!)を前に完全に力負け、しかも肩の骨を折られるという信じられない展開となります。しかしトドメを刺されんとした彼女を救ったのは、意外にも花無蹤でした。
 しかも、剛力を失った自分には何も残されていない――と心まで折られた霸王玉に対して、花無蹤は自分の敗北の過去を語ると共に、勇猛な気骨ことがお前の真骨頂だと、まさかの叱咤激励。そして追撃してきた芙爾雷伊に対し、花無蹤は霸王玉に化けて芙爾雷伊の攻撃を両足の骨をバッキバキに折りながらも受け止め、その隙に霸王玉が芙爾雷伊に乾坤一擲の一撃――しかも互いの役割を果たすため、神誨魔械を交換するという、まさかのコンビネーションで逆転勝利を飾ります。

 今度は自分が自慢の足を失って自嘲する花無蹤に対し、貴様は忍び足だけが取り柄ではなく、勇気と知略の男だと讃える霸王玉。大事なものを失った者同士で手を取り合って、何だかいきなりイイ感じですが、逆に盛大に別のフラグを立てたようで不安になります。
(とりあえず、縦合体して互いを補えばいい線いくのでは――って鬼か!)
 そしてまさかの一話で退場となった芙爾雷伊ですが、実力では完全に二人を上回る姿にはようやく魔宮貴族の凄みを見せてもらえましたし、ゴス衣装にどこか歌舞伎を思わせる台詞回しも面白く、惜しいキャラであったことは間違いありません。

 ちなみに二人が仕える禍世螟蝗はといえば、表の方の顔で嘲風の行方を心配――というより手駒が一人いなくなって不便という感じですが――して捜索を厳命。そしてその禍世螟蝗に、わざわざ嘲風は魔界にいると教えた異飄渺の凜雪鴉(真剣に驚く禍世螟蝗にちょっと不安感が漂います)は、睦天命たちから言葉巧みに嘲風を引き離して、さっそく禍世螟蝗の下に送り返した様子。手駒に使うと言っていたわりにはあっさり手放しましたが、これもまた策士の手管なのでしょう。

 しかし、この凜雪鴉の行動が意外な波紋を呼びます。嘲風を追ってきた睦天命と天工詭匠は、前回辛くも逃れた魔族に再び見つかり大ピンチ。追い詰められた二人ですが、そこに現れたのは「殤!」「不患!」――鬼歿之地からはるばる下ってきた主人公、ようやく魔界に見参です。
 久々の念白付き、しかも「His/Story」(というか久々のウォウウォウ)をバックに大立ち回り――と最高の見せ場で魔界デビューの殤不患。しかしまさか、ノリノリで奥の手のサウンドブースターを披露した天工詭匠ロボと、その力を借りて「His/Story」を熱唱する睦天命にその場を攫っていかれるとは、予想もしていなかったでしょう。

 なにはともあれサブタイトル通りに再会した殤不患と睦天命。しかし、いきなり自分のところから消えたことにメラメラ来ている睦天命という強敵を迎えた殤不患の運命は……
(さらにそこにわざとしくチラっと顔を出す凜雪鴉という、殤不患的には衝撃映像)

 そしてあまりの盛りだくさんぶりに忘れかけていましたが、前回変な薬を飲まされて繭になった浪巫謠は、相変わらず繭の中で唸っている最中。そしたその繭の前でご満悦の安索亞特ですが、魔宮会議をサボってまで見物していたのが祟り、魔宮第二位・休德里安に不意打ちを受けてあっさり命を落とすことになります。
 浪巫謠が手も足も出ない状況で、黒い人が退場してしまい焦る聆牙を尻目に、休德里安は繭に手をかけようとして――と、どう考えても魔宮第二位も退場しそうなところで次回に続きます。


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2024.11.23

意外な面々が迫るあの日の惨劇の真相 高橋留美子『MAO』第22巻

 『MAO』第22巻は、前巻から続く生人形との戦いから。そして菜花の想いと摩緒の想いを描くエピソードに続いて、物語の核心の一つ――平安時代に起きたあの日の惨劇の真相に、意外な面々が迫ることになります。

 巷を騒がす、生人形による連続殺人。御降家の人形師によるというその生人形を追う摩緒たちは、生人形の動力が、白眉の鉄の案山子から盗まれたものであったことを知って――と、白眉の新御降家ではない第三者の仕業であったこの事件ですが、そこに白眉が現れたことで、混沌とした戦いが繰り広げられることになります。

 摩緒たちと白眉の戦いは、これまで幾度繰り広げられたかわかりませんが、しかしそんな中でも進歩していくのが人間と言うべきか、木剋金で不利なはずの華紋が、技の内容で白眉と互角に戦ってみせるのが印象に残りました。

 そしてこの巻では、この後に菜花が巻き込まれた二つの事件が描かれます。ある日から大量の鼠を喰らうようになり、蛇のような姿と化した女性、調伏しに来た祈祷師に取り憑いて暴れまわる鬼の腕――いずれも摩緒たちのような熟練者にとっては大した事のない相手ですが、しかし菜花にとっては強敵です。
 それでも彼女が逃げずに立ち向かうのは、そんな相手に負けない強さを手にするため――そして摩緒と共に戦うため。その想いで地血丸を手に戦う菜花ですが、しかしその力を思うように使いこなすにはまだ力が足りません。

 そして摩緒と共に戦ってた後者はともかく、偶然遭遇したこともあって前者とただ一人で戦っていた彼女を助けることとなったのはなんと幽羅子。相変わらず真意の読めぬ彼女ですが、その彼女から先日摩緒と会ったことを聞かされたことから――そしてそれを摩緒から聞かされていないことから――激しく菜花は動揺します。

 この辺りの、バトルものと恋愛ものという相反する物語を、キャラクターの感情でもって結びつけ、動かしてみせるという展開には、作者にとっては自家薬籠中の物というべきでしょう。
 とはいえ、菜花が自分の感情をぶつけるには摩緒は重すぎる過去(しかも現在進行形)の持ち主、そして当の摩緒は極め付きの鈍感というわけで、それなりに微笑ましくあるこの両片思いは、まだまだ先が長そうです。


 しかし、そんな悠長なことを言っていられないのは陰謀を巡らせる側です。自分の目的のために夏野を使って大五を蘇らせた猫鬼ですが、しかし大五は己の意のままにならず、それどころか夏野の瞳に魂を宿して、自分自身の目的のために動いている様子。それならばその目的――御降家崩壊の日の真実、いや紗那の死の真相を彼に知らせればよいと考えた猫鬼は、真相を知るであろう唯一の人物である幽羅子を標的に定めたのです。

 かくしてこの巻の終盤では、猫鬼・夏野・幽羅子・白眉という面々によって、「あの日」の真実の一端が語られることになります。

 非常に入り組んでおり、かつ断片的に語られているのでややこしいのですが、当初摩緒の仕業と思われた紗那の死は、実は幽羅子の邪気によるものであり、しかしそれは紗那が望んだことでした。その理由は、愛する大五に先立たれた悲しみと幽羅子は語ったのですが――しかし大五の死は狂言であり、それを紗那も知っていたのです。

 それでは紗那はなぜ自ら死を望んだのか? それを幽羅子が知ると考えた猫鬼は、白眉を引き込んで幽羅子を謀り、ある行動を取らせます。そしてそこに現れた夏野が指摘した事実は、これまでの前提を一変させることに……


 というわけで、またもや波乱含みとなったところで次の巻に続くことになります。

『MAO』第22巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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2024.11.22

薄幸の貴公子の次は肉体派オヤジ!? 出口真人『前田慶次かぶき旅』第17巻

 中国路を行く前田慶次の旅はまだまだ続きます。思わぬ成り行きから小早川秀詮のもとに向かうことになった慶次は、余命幾ばくもない秀詮のために粋な計らいをすることになります。そして次なる武将は福島正則――今なお豪腕を誇る正則が語る想いとは……

 吉川広家の元で出会った毛利輝元の娘・古満姫を、かつての夫である小早川秀詮に会わせるために一肌脱ぐことになった慶次。
 関ヶ原での裏切りから「天下一の不忠者」と呼ばれる秀詮ですが、しかしその内実は、若さに似合わぬ傑物だった――と、前巻で語られたわけですが、この巻でも冒頭から、徳川家康と黒田如水をして「惜しい」と言わしめるほどの秀詮のいくさ人ぶりが語られます。

 しかし、秀詮の余命はあとわずか――そして今なお彼を慕う古満姫も、堂々と彼と別れを惜しむわけにはいかない立場にあります。
 もちろん、だからといって、慶次がそんな二人に手をこまねいているはずもありません。いつもの横紙破りとは一味異なる、粋なやり方で機会を用意する慶次ですが――それを受けての二人のやりとりは、まことに切なくも、しかし美しく凛としたもの。この別れの姿は、この巻の名場面の一つというべきでしょう。


 さて、秀詮そして古満姫と別れを告げ、旅を続ける一行の前に現れたのは、線の細い薄幸の貴公子とは正反対の、ごっつい肉体派オヤジ――そう、秀吉子飼いの中でも武断派で鳴らす福島正則です。
 吉川から小早川へ、自分の領地・安芸広島をすっ飛ばして慶次が向かったのに腹を立てた正則。彼は、伝説のかぶき者も何事やあらんとばかりに、自分の下に呼びつけ、力比べをして取り拉いでやろうとしていたのです。

 いやはや、全くもって正則ならやりそう、という展開ですが、その結果がどうなるかは言うまでもありません。この物語の頃、史実では正則は約40歳、慶次は約70歳――いくら何でもという気もしますが、本作はいわば講談。これくらいは大アリでしょう。

 そしてぶつかった後は酒盛りで親交を深めるのも言うまでもありませんが、しかしその中で正則は意外な側面を見せることになります。
 上で述べたように、秀吉子飼いでありながらも、関ケ原では東軍で戦った正則。そこに至るまでに、彼に何があったのか――本作はそれを語るに、豊臣秀次の悲劇を描きます。

 秀吉とは従兄弟であり、その秀吉に天下を取らせるために戦ってきた正則。しかし天下を取った後の秀吉の行動は、己の血を憎むかのように、血縁に対して過酷に過ぎるものでした。
 その筆頭が秀次であったわけですが――それを恨むことなく、従容と運命を受け入れた秀次の最期に、武人の本懐を見た正則。そしてその彼もまた、武人としての己を貫くために、天下を取ろうとする家康の下で戦った……

 明快なようで屈折した正則の想いですが、そんな想いの根底には、タイプとしても立場としても正反対であった小早川秀詮とある意味共通する、血縁者だからこその秀吉への複雑な愛憎があったというのは、興味深い視点です。
 その一方で、正則が秀詮とはまた異なる彼なりの道を選んだ理由に、信長と秀吉と出会った幼き日の思い出があった――という展開も、彼に爽やかかつ切ない陰影を与えているといえます。


 さて、安芸広島での冒険はまだ少し続くようですが、次の巻では村上海賊との出会いが描かれるとのこと。
 この調子で、家康のいる伏見に行くまで旅は続くのではないか、という気がしてきましたが、それもまたよし。この豪傑譚の締めくくりが今から楽しみになっているところです。


『前田慶次かぶき旅』第17巻(出口真人&原哲夫・堀江信彦 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon

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2024.11.21

幕末を生きた「敗者」たちへの祈りの物語 赤神諒『碧血の碑』

 デビュー以来戦国ものを中心に活躍し、最近では江戸時代を舞台とした作品を発表してきた作者が、ついに幕末ものに挑戦しました。それも歴史上の「敗者」たちの記憶を留める「場所」に焦点を置いたユニークな短編集――それぞれの地で懸命に生きた人々の姿を描いた物語が収められています。

 「三条大橋で京娘と恋をしてこい」と、敬愛する近藤勇から突然の命を受けた沖田総司。任務一筋で奥手な自分を気遣ってのことだろうと考えた総司は、それから毎日三条大橋に通うようになります。
 しかし簡単に京娘が捕まるはずもなく、虚しく日々を重ねた末に彼が声をかけたのは、以前体調を崩した際に身分を偽って診察を受けた町医者の娘・沙羅でした。

 これが運命であったものか、互いに強く惹かれ合い、三条大橋で逢瀬を重ねる二人。しかし二人は互い隠し事を抱えていました。総司は、沙羅が嫌悪する新選組の人斬りであることと、三条大橋に立つもう一つの理由を。そして沙羅は、総司の身が病魔に犯されていることを。
 そんな中、二人は一緒に祇園祭に出かける約束をするのですが……


 この「七分咲き」に続く作品もまた、幕末の荒波に翻弄された末に「敗者」となった人々を、その縁の地に基づいた視点で描きます。

 養浩館での福井藩主・松平慶永との初引見において、いきなり破天荒な行動を取り、以来君臣の垣根を超えた交わりを結んだ橋本左内。慶永を支えながらも、安政の大獄で若くして散った左内が養浩館に遺したものを描いた「蛟竜逝キテ」
 朝廷と幕府の融和のためと、政略結婚で江戸城に入った和宮。夫・徳川家茂の深い愛に包まれながらも、義母・天璋院篤姫との確執に苦しんだ末に、己の役目に目覚めた和宮が江戸城の運命を変える「おいやさま」
 立身出世の野望を胸に、「横須賀製鉄所」建設を請け負った若きフランス人技師ヴェルニー。幕府側の担当者である風変わりなサムライ・小栗上野介を軽んじていたヴェルニーが、やがて深い友情を結び、悲劇を乗り越えて二人の夢に向かう「セ・シ・ボン」

 いずれの作品も、冒頭に述べたとおり歴史の「敗者」の物語であり、必然的に「悲劇」であるといえます。しかしその一方で、これらの物語は決して悲しさややるせなさだけで終わるものではありません。

 運命の恋を失い、己に課せられた任を果たすことなく倒れた沖田総司。敬愛する主君と共に夢見た国を形にすることなく逝った橋本左内。同じ平和な国を夢見て深く愛し合った夫を失い、生まれ育った地の人々と対峙した和宮。日本のはるかな未来のために奔走しながらも、罪なくして散ることとなった小栗上野介。
 確かに彼らは皆、己の望むものを得られなかった、自分の目で見ることはできなかったかもしれません。しかし、彼らの生は無駄だったのか? 彼らは何も遺すことはなかったのか? その問いに本作は答えます。「断じて否」と。

 彼らは運命に翻弄されて悩み苦しみ、そして志半ばに去ることになった――しかし、それでも己がやるべきことを全うし、己自身であることを貫きました。そして、たとえ自身は実を結ぶことはなかったとしても、それでも続く人々の間に様々なものを残し、その残像は彼らが生きた場所に刻み込まれている――たとえそれに気づく者は少ないとしても。
 だからこそ、本作の物語はどれも辛く哀しくも、しかしどこか透き通るような爽やかさを湛え、時に希望を感じさせてくれるのです。

 作者は、これまでのその作品の中で、そうした人々を描いてきました。しかし、現在まで続くこの国の在り方を巡り、数多くの人々が志を抱いて懸命に生きたこの幕末という時代は、その作品の題材に相応しいのではないか――そう感じさせられました。


 なお、本作には全編を通じて蟷螂という共通するモチーフが登場します。物語によって語られる意味は異なりますが、しかし私にとっては(第四話で語られるように)それは「祈り」の象徴であると感じられます。
 激動の時代を駆け抜け、散っていった人々への祈り――それは、本作の掉尾を飾る第五の物語、己が罪に問われることも覚悟の上で、「敗者」を弔い、祈りを捧げる碧血碑を立てた柳川熊吉を描いた「函館誄歌」に繋がっていきます。

 「敗者」への「祈り」の物語――ただ悲しみ、悼むだけではなく、彼らが確かに生きていたことを記し、彼らが成し遂げようとしたことが受け継がれ、未来に花開くことを祈る。本作に収められたのは、そんな想いが込められた物語なのです。


『碧血の碑』(赤神諒 小学館) Amazon

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2024.11.20

総司の秘密、山南の秘密 安田剛士『青のミブロ 新選組編』第2巻

 アニメも現在放送中の『青のミブロ』、原作の方は新選組編として新章が展開しています。岡田以蔵との死闘の後、将軍の再上洛に合わせて大坂に向かった新選組。そこで、新選組の未来に関わりかねない一つの事件が起きることに……

 芹沢の死を経て、新選組として新たな道を歩むことになったミブロ。新たに多くの隊士が加わった一方、にお・太郎・はじめはそれぞれに実力を花開かせ、鎬を削ります。
 そんな中、京で次々と新選組隊士を襲う剣士、その名は岡田伊蔵――総身に知恵は回りかねているような男ながら、異常なまでの技を見せる相手に、沖田総司は互角以上の剣を振るって追い詰めるのですが……

 と、そんな戦いの最中に、以蔵に対して「気持ちはわかります 私も同じ天の失敗作ですから」と謎めいた言葉をかけた総司。この巻の冒頭では、そこに秘められた総司の隠された部分が語られることになります。
 本作においては、春画集めが趣味と、少々意外な側面が語られていた総司。しかしここで語られる過去は、その趣味の理由であると同時に、普段から能天気とも取れるような態度を取る総司の中に隠されていた、極めて深刻な秘密を描き出します。

 しかしそれを深刻なだけでは終わらせず、
一つの救いと、そこから始まる新たな――そして現在に至る関係性を描いてみせるのは、本作ならではのドラマ性というべきでしょう。


 そして続くエピソードでは、野口健司の切腹が描かれます。芹沢派でありながらも暗殺を逃れた彼は、最後の芹沢派というべき存在ですが――史実では芹沢暗殺の数ヶ月後によくわからない理由で切腹させられた彼の最期を、本作は独自の解釈で描きます。

 本作においては、暗殺の際に見逃される――別の任務を与えられる形で外され、難を逃れた野口。しかし彼は隊の金を使い込むという意外な行動に出ます。もちろんこれは御法度で切腹もの、驚く周囲に対し、彼は土方と二人で話したいと告げます。
 しかしそこに現れた沖田は、意外な指摘を――と、予想もしていなかったような展開が続くことになります。

 思えば本作の野口は、土方の男ぶりに感動し、強く憧れる姿が描かれていた男。その彼が何故このような挙に出て、そして最期に何を語るのか――そこで描かれる泣きのドラマは、また本作らしいというほかありません。
 そしてそれだけでなく、この事態の下で総司が、藤堂が、永倉が、原田が(芹沢暗殺以降、しばしば意外な顔を見せのには驚かされます)、そして太郎が、はじめが、におが――隊士それぞれが、この悲劇に対して違う反応を見せる姿も、強く印象に残ります。

 それは大げさに言えば新選組が一枚岩ではない証なのかもしれません。そして史実を知っていれば、そこに悲劇の萌芽を見ることも難しくはありません。しかしそれもまた、間違いなく今の彼らの姿であり――それをこのような形で切り取ってみせるのに驚かされるのです。


 しかし野口切腹の際に、一人だけ自分の想いを明らかにしなかった、いやさせてもらえなかった人物がいます。それは山南――本作においては(大抵の新選組ものでもそうなのですが)温厚な良識派であり、それだけにその言動には重みが生まれてしまう立ち位置となった彼に、この巻の後半では脚光が当てられることになります。

 におたちにとっては旧知の間柄である将軍家茂の再上洛に伴い、大坂警護を命じられることになった新選組。そんなある晩、巡回中の山南と総司、そしてにおは、ある商家に賊が押し入ったことを知ります。商家――岩城升屋に。
 新選組ファン、いや山南ファンはその名を聞いたとき、特別の感慨があるのではないでしょうか。というのも、この岩城升屋での一件は、山南の数少ない剣を取っての逸話であると同時に、彼のその後の運命にも影響を与えた(とも言われている)のですから……

 そして本作において描かれるそれは、こちらの想像以上に凄惨なものであると同時に、彼の意外な秘密が描かれることになります。
 そしてこの事件が、山南の意外な変化に繋がっていくようなのですが――この巻の時点ではその内容は予想もできないものの、事件の直後に彼が見せたあまりに唐突な(登場人物だけでなく、こちらも驚かされる)行動をみれば、その一端が感じられます。
(ただ、同じ巻に二人、傾向の似た秘密が描かれるのはどうかな、という気はしますが……)

 そしてこの山南の変化が、新選組最大の事件に繋がっていくのですが――それは次の巻で。


『青のミブロ 新選組編』第2巻(安田剛士 講談社週刊少年マガジンコミックス) Amazon

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2024.11.19

「コミック乱ツインズ」2024年12月号(その二)

 号数の上では今年最後の「コミック乱ツインズ」12月号の紹介の続きです。

『よりそうゴハン』(鈴木あつむ)
 売れない絵師・歌川芳芳と妻のヨリを主人公とした江戸グルメまんがの本作、最近は同じ作者の作品では『口八丁堀』の方が目立っていた感がありましたが、こちらはこちらでやはり味があります。
 今回は長屋に越してきた嘉兵衛とイネの老夫妻を招いてのサツマイモ料理二品が描かれます。なんば煮とサツマイモ炒め、シンプルながらそれだけに実に旨そうな料理もいいのですが、やはり印象に残るのはゲストキャラクターの二人でしょう。

 言ってしまえば嘉兵衛は認知症の気がある老人で、話しているうちに段々とその内容が怪しくなっていく(それに合わせて瞳の描写が変わっていくのが恐ろしくも、どこかリアル)のですが――イネや主人公夫婦の包み込むようなリアクションによって、切なさを描きつつも、悲しさまでは感じさせないのに唸りました。
 イネのことを語る終盤の嘉兵衛のセリフも、典型的な認知症のそれなのですが、しかしその中に温かみを感じさせる言葉を交えることで、二人がこれまで歩んできた道のりを感じさせるのが巧みです。ラストページの美しい幻のような二人の姿も印象に残るエピソードでした。


『前巷説百物語』(日高建男&京極夏彦)
 「周防大蟆」の第四回、いよいよ岩見平七による、疋田伊織への仇討ちが描かれるわけですが――今回は又市たちは(表向き)登場せず、それどころか既に敵討ちが、つまり仕掛けが終わった後に、志方同心と目撃者たちのやり取りによってその顛末が語られることになります。
 それもそれを裏付けるのは、町中の無責任な噂などではなく、仇討ちに立ち会った同心の、いわばオフィシャルな発言。その内容がまた、まず伊織のビジュアルなど大げさな噂は否定しておいて、しかし一番信じがたい、大蛙の出現は事実だと告げる構成は、巧みというべきでしょう。

 ちなみにここで原作にない(はず)異臭が立ち込めるという演出(?)が入るのも面白いのですが――しかし原作にない、この漫画版ならではの描写で印象に残るのは、何と言っても仇人である伊織を目の当たりにした時の、平七の表情でしょう。仇を前にしたとは思えないその表情の意味は――それも含めて、事の真相は次回以降に続きます。


『古怪蒐むる人』(柴田真秋)
 何かと怪異に縁を持ってしまう役人・喜多村による怪異見聞記、今回は「怪竈の事」というサブタイトル通り、竈にまつわる怪異が描かれます。
 知人の山田に、屋敷の下女の弟・甚六が古道具屋で買った竃から、汚い法師が手をのばすと相談された喜多村。早速甚六の長屋に出向いて話を聞いてみると、竃で飯を炊こうとすると、中から二つの目が睨みつけ、さらに竃から二本の腕が出るというのです。そこで竃を買ったという古道具屋に向かった喜多村は、主人の立ち会いの下、ある試みをするのですが……

 と、怪異的にはシンプルながら、その描写がなかなかに迫力に満ちた今回。無害そうで、きっちり実害がある怪異も恐ろしいのですが、それに対して果断な行動に出る喜多村も結構恐ろしいように思います。


 次号はレギュラー陣の他、特別読み切りで小林裕和の『老媼茶話裏語』が登場。「老媼茶話」といえば江戸時代の奇談集ですが、今号の『古怪蒐むる人』といい、こちらの路線を重視しているということでしょうか。個人的にはもちろん大歓迎です。
(まあ、そもそも『前巷説百物語』が連載されているわけで……)


「コミック乱ツインズ」2024年12月号(リイド社) Amazon

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2024.11.18

「コミック乱ツインズ」2024年12月号(その一)

 今月の「コミック乱ツインズ」は表紙が二ヶ月連続の『鬼役』、巻頭カラーは『ビジャの女王』となります。レギュラー陣の他、シリーズ連載は『よりそうゴハン』『古怪蒐むる人』が掲載されています。今回も印象に残った作品を一つずつご紹介します。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 オッド姫が地下の娼館街に隠れたものの、ジファルの手引きでそこに乱入したモンゴル兵たち。その一人でありジファルと繋がるドルジの槍がオッド姫に襲ったところで続いた今回、別の意味で襲いかかろうとしたドルジの魔手から姫を救ったのは何と――と、意外なキャラが活躍しながらも、惜しくもここで退場することになります。
 ブブの怒りは大爆発、ドルジを文字通り粉砕し、娼館街の女主人たちによってモンゴル兵も片付けられ、新たな味方も加わって――とこの場は一件落着ですが、喪われた命は帰りません。ここで墨者の弔い(懐かしい)をするブブの姿が印象に残ります。

 しかし最大の危機は去ったかに見えたものの、天には不吉な赤い月が。そしてブブとオッド姫が目の当たりにした異変とは――まだまだ戦いは続きます。


『不便ですてきな江戸の町』(はしもとみつお&永井義男)
 いよいよ本作も今回で最終回。色々あった末にすっかりと江戸時代に馴染んだ島辺と会沢、特に島辺はこの時代で出会ったおようと愛し合うようになって――と、いつまでも続きそうだった日常は、ある日起きた火事で一変することになります。
 長屋の人々も避難したものの、かつて島辺に贈られた思い出のかんざしを探して火に巻かれるおよう。おようを追ってきた島辺は、彼女を連れてタイムトンネルのある祠まで逃げるのですが……

 というわけで、不便ですてきなどとは言っていられない、江戸のおっかない面が描かれることになった最終回。もう火事から逃げるには未来(現代)に行くしかありませんが、しかし島辺はともかく、おようは――本当にこれで良かったのかしら!? という豪快なオチではありますが(大変さは島辺たちの比じゃないと思います)が、これはこれで大団円なのでしょう。


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 最近、宇喜多さんの快進撃が続いていましたが、そういえば主君の浦上宗景は――と思っていたらタイトルが「忘れちゃいけないこの男」で吹き出した今回。しかし宗景がパリピのフリしてかなり陰湿なのは今まで描かれてきた通りで、いよいよ直家追い落としにかかることになります。
 家臣の明石行雄を直家のもとに送り込み、色々と探らせる宗景ですが――この後の歴史を考えると、これが結構逆効果だったのでは、という気がしないでもありません。しかしここで毛利と敵対する尼子に接近していることが明らかになってしまったのは、直家にとってはプラスにはならないでしょう。

 しかしこう言ってはなんですが、ローカルだった話が一気に表舞台の歴史と繋がった感があり(あの有名武将も登場!)、いよいよここからが本番、という気もいたします。


 残りの作品は次回にご紹介いたします。


「コミック乱ツインズ」2024年12月号(リイド社) Amazon

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2024.11.17

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第7話「魔道の果て」

 魔族の襲撃を受けた睦天命一行の窮地を救った凜雪鴉。一方、一連の謎めいた行動を訝しむ刑亥に、阿爾貝盧法は時空魔術によって因果を改竄した末の呪いを語る。そんな中、それぞれの動きを見せる魔宮貴族たち。そして鬼歿之地では、瘴気の谷の底を探るため殤不患が谷底に向かう……

 早くも一クールの折り返し地点に到達した今回ですが、冒頭描かれるのは、魔族から襲われる睦天命一行の危機。どこかの誰かさんによる恨みを八つ当たりされる羽目になった一行ですが、見るからに雑魚っぽい相手にもかかわらず、天工詭匠ロボは一撃でダウンし、睦天命は得物でもある琴を破壊され、無力な嘲風はちょっとか弱い女性にやり過ぎではないかと思うような殴打を受け――と思ったらそれは全部幻でした、と文字通り煙に巻いたのはインチキキセル野郎。
 もちろん善意で助けたわけではなく、利用する気満々――凜雪鴉のことを知らない三人が出会ってしまったのが(特に一番利用のしがいがありそうな嘲風)運の尽きという気もしますが、利用価値のあるうちは一番頼もしい相手なのかもしれません。利用価値のあるうちは。

 一方、前回ついに神蝗盟にまで手を伸ばしたのに対し、さすがに不審というか不安感を隠せない刑亥に対し、阿爾貝慮法は驚くべき真実を語ります。魔界の最下層に生まれた非力な存在であった自分がここに至るまでの苦労と苦闘――を彼が全くしていないことを。
 端から見れば凄まじい天賦と幸運の結果に見えるそれは、彼が到達した時空魔術の秘奥、因果律すら捻じ曲げる彼の技によるもの。しかしその末に、自分自身にとって辛い記憶、不都合な過去は、自分でも意識できないレベルで全て消し去られてしまったのです。そんな彼にとって、もはや魔宮貴族という輝かしい地位に象徴される自分の人生は、自分の力で勝ち取ったものではなく、別の世界線の自分とはいえ、人が引いたレールの上を歩んでいるのみ。彼のように気位の高い男にとって、それはどれだけ味気無いものでしょうか。

 単なる愉快犯ではないことが明らかになった阿爾貝盧法ですが、彼が息子である浪巫謠に固執する理由もそこにあります。浪巫謠は自分の人生にとっては予想外の異物、自分自身の運命を知り尽くした自分でもわからぬ存在の登場に、彼は歓喜に震えていたのです。
 つまりこれまでの一連の行動は、単なる悪趣味ではなかったということになりますが――本人は全く理解の範疇外だと思いますが、自分自身の予想もつかない子供の成長を心待ちにするというのは、これはもう普通の父親の心境ではないでしょうか。
(そして、そんな身の上を聞いたら、喜んでオモチャにしようとするヤツが一人いるわけで……)

 そんな思いもよらぬ魔族模様が語られているかと思えば、元気に暗躍している魔宮貴族たちは、ある意味悩みがないといえるでしょう。しかしその筆頭である烏蕾娜と佩雷斯は、本心を隠しながら酒を酌み交わしている間に、それぞれ霸王玉と花無蹤にびっくりするくらいあっさりと暗殺される有り様(そしてその後、刑亥によって雑に異空間に封じられる神蝗盟組)。

 一方、安索亞特は浪巫謠にパワーアップのためと称して怪しげな薬を勧めますが――聆牙が止めたにもかかわらずあっさり飲み干した浪巫謠は、悪夢の中でかつて殺した相手(たぶん)や睦天命、そして殤不患にさんざん詰られることになります。
 これで人間の心を捨ててパワーアップするということなのかな、と思いますが、何だか自分の人生に迷って他人の甘言に乗せられた挙げ句、結果的に自分と周囲を傷つけるというのは既視感がありますが――もう少し成長しようよ、というのはさすがに酷でしょうか。

 そして鬼歿之地では、瘴気の谷底が魔界に繋がっているのではないかという疑いを確かめるために、殤不患が谷底に降りることになります。予告を観た限りではいきなり飛び降りていたので、さすがに心配になりましたが、第二期で婁震戒に折られた空飛ぶ神誨魔械・誅荒劍(完璧に存在を忘れてました)を丹翡から託され、辛うじて剣に残っている浮遊能力を使って降りていくことに……
 いや、やっぱり蛮勇にも程がありますし、なにかあったら残された二人もただでは済まないと思うのですが、ここで躊躇しないのが江湖の男伊達というものでしょうか。

 かくて混沌にもほどがある魔界に降りていく(であろう)殤不患ですが、そこで待ち受けるものは――まさか顔馴染みがほとんど全員揃っているとは思ってもいないでしょう。特にインチキキセル野郎。


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2024.11.16

平安伝奇! 陸奥に潜む紅い瞳の鬼 さいとうちほ『緋のつがい』第1巻

 『とりかえ・ばや』『輝夜伝』と平安ものの長編を発表してきた作者の最新作は、やはり平安時代、それも末期を舞台とした伝奇色の強い物語。平家に家を滅ぼされた姫・瑠璃が落ち延びた陸奥で出会ったのは、紅い瞳の血を吸う鬼――自分と「つがい」になろうとする相手に抗う瑠璃の運命は……

 源守綱の娘に生まれ、平和に暮らしてきた瑠璃姫。しかし、凶事の起きる前に彼女の前に決まって現れる青い目の幽霊を目撃した日、惨劇が起きます。
 専横を極める平家に対する鹿ヶ谷の陰謀に兄が連座したことで、軍勢に取り囲まれる屋敷。瑠璃は乳兄妹で守役の三守らわずかな供と、母が生まれた陸奥に落ち延びる錦毛虎ことになります。

 瑠璃の母の一族に縁があるという玉響宮に向かう一行ですが、その途中で襲いかかってきたのは紅い瞳の男・少彦率いる一党。身代わりとなって瑠璃を逃がす三守ですが――彼を置いて行けずに戻った瑠璃が見たのは、少彦に血を吸われ、三守をはじめ供の者たちが肌を紅藤色に変えて死んでいる姿でした。
 そして瑠璃にも襲いかかる少彦。しかしそこに現れたもう一人の紅い瞳の男・暁は、弟である少彦を追い払い、瑠璃を救います。その暁に、三守を救って欲しいと頼む瑠璃ですが、その代わりに暁は「おまえの天命をくれるか?」と問いかけます。

 三守のためにそれを受け入れた瑠璃。しかしそれは、暁と「つがい」になることを意味していたのです。
 そのまま暁の治める絶壁の渓谷の上の地に連れ去られ、彼の城に幽閉される瑠璃。そこで彼女は、暁たち紅い瞳の民のことを聞かされることになります。そして三守とも再会した瑠璃ですが、再び青い目の幽霊が現れ……


 このように第一巻、いや瑠璃と暁が出会う第一話までの時点で、一気に駆け抜けるように物語が展開していく本作。「つがい」とはまた刺激的なフレーズですが、本作の紹介文には「禁断の異類婚姻譚、開幕!」と掲げられており、やはりそれが物語の焦点になることがうかがえます。

 そもそも本作の「異類」――紅い瞳の民、「紅つ鬼」(あかつき)は、一言で表せば吸血鬼。人の血を吸うことによって命永らえ、それによって同族を(あるいは配下を)増やし、人間よりも遥かに強靭な力を持つ存在です。
 しかし日の下でも自由に行動し、紅い瞳を除けば常人と変わることはない――それどころか暁は土地の民から「紅頭巾の上様」と慕われているほど――謎めいた民として描かれます。
(その出自が語られる場面で、なんとなく不穏なビジュアルがありましたが……)

 しかし、瑠璃に対してあくまでも紳士的に振る舞う暁に対して、己の欲のままに行動する少彦のような男もおり――いや、暁の方が少数派であり、人間に対する態度について、同じ紅つ鬼いや兄弟の間でも路線対立が生じているというのは、ある意味定番ではありますが、やはり魅力的な設定です。

 平家に生家を滅ぼされた挙げ句、このような魔界に足を踏み入れることになった瑠璃こそ災難ですが――しかし彼女の瞳、月夜に青く輝く瞳にも、何やら因縁がある様子。いや、それよりも何よりも、冒頭で描かれていた活動的な姿を見ていれば、彼女がこのまま黙って周囲に翻弄されているだけとは思えません。

 この巻の時点で、暁と少彦、三守、そして京に居た頃から彼女に目を付けていたらしい謎の藤原氏の男と、彼女の周囲は個性的な男性ばかりで、そちらとの展開も大いに気になります。(しかし何故か、三守が可哀想なことになるのだけははっきりわかる……)
 しかし彼女は、男の下で黙って守られるだけの存在であるとは、つまり「天命」に翻弄されるだけの存在では決してないでしょう。

 これまで作者がその作品の中で描いてきた女性たち――苦境の中でも自分自身として起ち、毅然として自分の道を選ぶ女性たちの中に、瑠璃も加わることは間違いありません。
 まだまだ物語は謎だらけの中、瑠璃がこの先どのような道を行くのか――また先が楽しみな物語が登場しました。


『緋のつがい』第1巻(さいとうちほ 小学館フラワーコミックス) Amazon

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2024.11.15

未発見死体の謎を解け! 山本巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 殺しの証拠は未来から』

 『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう』シリーズ最新刊は、何と現代の四ツ谷で発見された江戸時代の人骨を巡る捜査。ちょうどおゆうの活躍する時代で起きたらしい殺人事件を調査することになったおゆうですが、事件は謎が謎を呼び、意外な方向へと展開していきます。

 現代では元OL、江戸時代では腕利きの女岡っ引きであるおゆう。彼女がコロナ禍の現代の東京で友人の宇田川から見せられたのは、四ツ谷の工事現場で発見されたという人骨でした。
 刺し傷があり、謎の金属片とともに埋まっていたその人骨は、年代測定の結果、ちょうどおゆうの活躍して頃に殺されて埋められたと思しいというのです。

 科学分析でいつも世話になっている宇田川の頼みだけに断れず、江戸時代の四ツ谷近辺を調べ始めるおゆうですが、その辺りは武家屋敷も多く、さっぱり収穫はなし。その上、周辺を縄張りにする悪徳岡っ引きに目をつけられる始末です。

 そんな中、同心の伝三郎から、行方不明になったという紙問屋の若旦那探しを頼まれたおゆうですが――その若旦那には旗本の奥方と不義密通したという噂があり、しかもその旗本の屋敷は四ツ谷にあるというではありませんか。
 いやな予感に調べてみれば、奥方は若旦那が行方不明になったのと同じ頃に変死していたという事実が判明。しかしそれ以上の調査は進まず、おゆうは人骨と一緒に発見された金属片の方を追うことになります。

 奔走した結果、金属片の出処らしきものが明らかになり、関係する人間を追うおゆう。しかしその矢先、彼女は何者かの襲撃を受けて……


 これで十一作目となる本シリーズですが、なんと言っても今回の最大の特徴は、現代で発見された江戸時代の殺人の遺体と遺留品から事件を解明するという趣向でしょう。
(発見された遺体がおゆうの時代のものというのは都合のよい事実かもしれませんが、それは物語の大前提として)

 タイムパラドックスは存在しない、つまり歴史は変えられない世界なので、殺人を防ぐことはできないのですが、せめて犯人を捕らえ、この時代ではまだ見つかっていない死体の謎を解くことはできるかも――といっても、もちろんそれが容易いことではないのはいうまでもありません。

 失踪した紙問屋の若旦那がその遺体なのかと思えばどうやらそうではなく、しかしその失踪事件が密接に絡んで、事件は複雑化していきます。
 元々この件はレギュラーの宇田川が持ち込んだものですが、彼が黙って見ているはずもなく「千住の先生」として江戸に乗り込んできた挙げ句、彼をライバル視する伝三郎と角つき合わせたり――と、シリーズファン的にも楽しい展開が続きます。

 そんな紆余曲折の末に、事件の背後の巨大な犯罪の存在が明らかになるのですが、それが時代ものにはありそうであまりなく、それでいて現代人にはすぐに理解できるもの――真面目な話、これを題材にした時代小説は、今までほとんどないのでは――なのにも感心させられます。
(ここでおゆうの元経理部という経歴が生きるのも楽しい)

 しかし相手のしていることはわかっても、まだまだ硬い犯人の壁を突き崩すために、おゆうたちが取った手段とは――これがまたちょっと豪快すぎて驚くのですが、これはもう現代が発端の事件だからと思うことにしましょう。
 その果てに本物が――とか、今回の事件がとんでもないところに繋がったりと、暴走気味のオチも、これはこれで実に愉快ではあります。


 シリーズ恒例のラストも、おゆうを巡る鞘当ての要素が加わったことで、思わぬ方向に展開したりと、シリーズの巻数が二桁を数えても、まだまだこういう盛り上げ方もあるのか、と全編に渡って楽しめる快作です。


『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 殺しの証拠は未来から』(山本巧次 宝島社文庫) Amazon

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2024.11.14

享保十三年、長崎から江戸に運ばれるのは…… 茂木ヨモギ『ドラゴン奉行』第1巻

 七月鏡一といえばアクション色、SF・伝奇色の濃い漫画の原作者であり、時代ものはほとんど手がけていなかった印象ですが、『タイフウリリーフ』の茂木ヨモギと組んで描く本作は、江戸は享保年間を舞台とした時代ものです。もっとも、タイトルが示すように一筋縄ではいかない物語です。なにしろ、享保十三年の日本に登場するのが……

 命知らずの暴れっぷりで巷を騒がす無宿人・風鳴りの右門。ある賭場での騒ぎから捕らえられ、牢屋敷でも暴れた右門の前に現れたのは、南町奉行・大岡越前守の懐刀として知られる与力・桐生左近――彼の父でした。
 役目のためには非情に徹する父に反発し、二年前に家を飛び出して無頼に身を落とした右門。しかしその父の命により、右門は父と共に長崎に向かうことになります。

 長崎にたどり着いた右門に明かされた使命――それは八代将軍吉宗の命により、長崎から江戸へ「あるもの」を送り届けるというものでした。
 そして、停泊する南蛮船の中で右門が目にしたその「もの」。それは和蘭陀国から吉宗に送られた巨大な南蛮の竜――ドラゴン!


 そんなインパクト最高の第一話から始まる本作。史実において、享保十三年に長崎から江戸に運ばれたのは、中国の商人から吉宗に送られたベトナムの象(様々なフィクションの題材にもなっています)でしたが、それをドラゴンに置き換えてみせるとは、さすがに度肝を抜かれました。
 象の輸送ですら、大変な苦労をしたという記録が残っているわけですが、それがドラゴンであったらどうなるか――もちろん仮定にしても途轍もない話ですが、翼と巨体を持つ存在というだけでも、象を以上の波乱を予感させることは間違いありません。

 しかも、ドラゴンの周囲には早くも怪しげな一党の姿が見え隠れします。この時代、吉宗に敵意を抱き、彼の命を妨害しようとする者といえば何となく予想はつきますが――それが当たっているかどうかはさておき、難事にさらなる障害が加わることは避けられません。

 この任務に挑むの右門は、腕っぷしは立つものの、ある一点を除けば普通の人間。その一点とは、彼の鋭敏な耳――コウモリやイルカの声すら聞き分けるという人間離れした聴力ですが、この巻では早くもその力が役に立つ姿が描かれました。この先も、この能力が切り札となるのでしょう。

 なお、この巻の後半で描かれた内容を見るに、こドラゴン輸送が、先に触れた史実での象の輸送を踏まえたものになることが予想されます。
 もちろん、それはあくまでも踏まえるだけで、その何倍も波乱と危険を孕んだものになることは言うまでもありませんが……


 ちなみに、この巻で成り行きから右門と行動を共にした、生意気な通詞見習いの少年・西善三郎は実在の人物です。史実では本作に描かれたように才気煥発でありつつも、ひねくれ者であったようですが――本作でこの先も登場するのであれば、面白い存在になりそうです。


『ドラゴン奉行』第1巻(茂木ヨモギ&七月鏡一 小学館サンデーうぇぶりコミックス) Amazon

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2024.11.13

12月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 いよいよ今年も残すところあとわずか。今年の新刊情報もこれでラスト――というわけで、12月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 さて、12月の文庫小説は新刊が少なめ。『小泉八雲先生の「怪談」蒐集記』(峰守ひろかず 角川文庫)、『隠密鑑定秘禄 四 縁組』(上田秀人 徳間文庫)くらいでしょうか。

 その一方で、文庫化・復刊はなかなか魅力的な作品が並びます。何と言っても個人的に一押しは、ようやく文庫化された『大友の聖将』(赤神諒 角川春樹事務所時代小説文庫)ですが、この夏に歌舞伎が上演・単行本が刊行されたものが早くも文庫化の『狐花 葉不見冥府路行』(京極夏彦 角川ホラー文庫)も要チェックです。。
 その他、『白鳥異伝』〈新装版〉上下巻(荻原規子 徳間文庫)、『日本の妖怪たち』(阿部正路 角川ソフィア文庫)がありますが――個人的に最も注目しているのは、『風の忍び 一、風魔の六代目』(鈴峯紅也 角川文庫)。『風の忍び』で『六代目』といえば、思い出す作品と作家がいますが、ということはもしや……!


 一方、漫画の方では、史実より早く亡くなった北斎の代わりにお栄が北斎を演じる『女北斎大罪記』第1巻(末太シノ 講談社ヤンマガKCスペシャル)が初登場。

 その他、シリーズものの新刊としては『逃げ上手の若君』第18巻(松井優征 集英社ジャンプコミックス)、『新九郎、奔る!』第18巻(ゆうきまさみ 小学館ビッグ コミックス〔スペシャル〕)、『どろろと百鬼丸伝』第11巻(士貴智志&手塚治虫 秋田書店チャンピオンREDコミックス)『ZINGNIZE』第12巻(わらいなく 徳間書店リュウコミックス)があります。

 また、海外を舞台とした作品としては『奸臣スムバト』第1巻(トマトスープ 新書館ウィングス・コミックス)が初登場。また、『オーディンの舟葬』第3巻(よしおかちひろ コアミックスゼノンコミックス)、『ガス灯野良犬探偵団』第5巻(松原利光&青崎有吾 集英社ヤングジャンプコミックス)も刊行されますが、『オーディンの舟葬』はこれで完結とのことです。


 ちょっと年末年始の休みに読むには少なめですが、そこまで色々と楽しめそうな12月です。


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2024.11.12

時代を超えた平安武士が抱え続ける想いは 霜月りつ『いろは堂あやかし語り 怖がり陰陽師と鬼火の宴』

 幕末の江戸を舞台に、駆け出し陰陽師・晴亮と平安時代からタイムスリップしてきた武士・虎丸が、あやかし退治に活躍する『いろは堂あやかし語り』の続編が登場しました。江戸に潜む平安時代の鬼・霞童子を追う一方で、市井の様々な事件に巻き込まれる二人。その中で、虎丸の秘められた想いが……

 廃れた実家を継ぎ、陰陽道を用いたよろず相談所「いろは堂」を営む寒月晴亮。そんなある日、彼は庭の鬼封じの祠から飛び出してきた虎丸と霞童子に出会います。
 大江山の鬼退治から逃れてきた霞童子と、それを追ってきた虎丸。その場から逃れ、江戸の闇に潜んだ霞童子が引き起こすあやかし絡みの事件を追い、晴亮は虎丸と共に数々のあやかしと対峙することに……

 そんな前作のラストで霞童子に深手を負わせた二人ですが、まだまだ江戸にあやかし騒動の種は尽きません。本作は全四話の連作形式でその模様が描かれます。

 最近、奇怪な事件が相次ぐ吾妻橋上流で、釣り好きの老人と共に見事な鯛を釣り上げた二人が、その鯛を巡って思わぬ事件に巻き込まれる「川姫の婚礼」
 吉原のとある妓楼で若い衆が次々と消える事件の調べに向かった二人が、そこで高い窓から部屋を覗き込む顔の怪を目撃したことから、恐ろしい事件に発展していく「覗く顔」
 弟子の少年・伊惟との出会いを晴亮から聞かされて以来、おかしくなった虎丸の様子。そしてある晩、虎丸の周囲に恐ろしい怪異が現れる「鬼火の宴」
 江戸で相次ぐ赤子の神隠しを追うことになった二人が、その果てに思わぬ哀しい母の想いを抱いたあやかしと対峙する「呪母木の祈り」

 レギュラーの紹介は前作で済んでいることから、本作ではその分、複雑な物語が展開する一方で、キャラクターの掘り下げも行われ、それぞれのエピソードには十分な読み応えがあります。

 特に感心させられるのは、各話の内容、そしてそこで描かれる怪異のバラエティでしょうか。微笑ましい話、恐ろしい話、切ない話、哀しくも暖かい話――各話は、様々な要素を組み合わせることで奥行きと深みを生み、こちらの予想を上回る展開が繰り広げられます。

 そんな本作の四編の中でも、ホラー好きにとって特に印象に残るのは、「覗く顔」です。妓楼で行方不明になった四人の男衆の共通項が判明する時点で不穏な空気は、晴亮が折檻部屋に踏み込んだ際の壮絶なリアクションの時点で更にエスカレートします。
 そこから、晴亮が目撃した高窓から覗く不気味な顔と、虎丸が聞きつけた座敷童の噂が交錯し、さらに妓楼が隠していたある事実が明らかになったことから雪崩込むクライマックスの衝撃は――そこから本当に恐ろしいモノを描くラストも含め、完成度の高い一編です。

 このエピソードでは、妓楼の主一家の姿と対比する形で、晴亮の兄弟たちの姿が語られますが、人の善意と暖かさの象徴というべき晴亮と他のキャラクターの対比は、続く「鬼火の宴」でも描かれます。
 貧しくも愛情溢れる子供時代を過ごした晴亮と対照的に、過酷な子供時代を過ごした伊惟、そして虎丸。このエピソードは、晴亮の存在が二人にとって持つ意味が――そして霞童子に欠けているものが何なのか――語られる点で、シリーズ全体でも大きな意味を持つといえるでしょう。

 特に、普段豪放な虎丸がここで見せた意外な側面は、彼のキャラクターに陰影を与えています。実は前作を紹介した際、平安と江戸のジェネレーションギャップをもう少し描いてほしいなどと書きましたが――ここではむしろ、時代を超えても彼が抱え続ける想いを描くことで、彼の内面を浮き彫りにしてみせたのに脱帽です。

 そして本シリーズの舞台が桜田門外の変の後――つまり幕末である点も注目すべきかもしれません。もちろん晴亮たちが知り得ないことですが、この後わずか数年で、武士たちの時代は、そして晴亮たちが暮らす世は、大きな変化を遂げることになります。つまり、いま虎丸や霞童子が味わっている隔絶感を、晴亮もまた味わう日が来るかもしれないのです。
 その時、晴亮はどのようにして、そして何を支えにして生きていくのか――それは、本作の帯に記された言葉が答えの一端を示しているように思えます。

 もちろん、これは勝手な深読みに過ぎません。しかし、この先どのような激動が待ち受けようと、晴亮と虎丸の絆だけは変わらないことだけは、間違いないと思える――本作はそんな物語です。

『いろは堂あやかし語り 怖がり陰陽師と鬼火の宴』(霜月りつ 角川文庫) Amazon

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2024.11.11

『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚』 第二十九話「再び京都へ」/第三十話「森の出会い」

 尖角を倒し、志々雄と対峙した剣心。しかし志々雄は宗次郎に剣心の相手を任せ、その場を後にする。宗次郎に対し抜刀術で挑む剣心だが、意外な結末となる。一方、道に迷った左之助は、森の中で修行中の破戒僧・安慈と出会う。安慈の使う「二重の極み」に興味を持ち、会得しようとする左之助だが……

 第二十九話と第三十話をまとめて紹介。第二十九話は新月村編のエピローグ的な内容ですが、志々雄の片腕ともいうべき宗次郎との最初の対決によって逆刃刀が折れるという、この後大きな影響を及ぼす展開が描かれることになります。ある意味負けイベントではありますが、直接負けたわけではないにせよ、志々雄本人ではなく、(強さ的にはナンバー2とはいえ)配下に刀を折られるという展開は、なかなかよく考えられたシチュエーションではあります。
 それは剣心と宗次郎が互角だったということを示すだけでなく、流浪人となって以降の剣心の戦いが逆刃刀に負担をかけていた――さらに言ってしまえば、その逆刃刀に象徴されていた剣心の生き方に、なにがしかの無理があったことを示しているのでしょう。斎藤から(それ以前に刃衛にも)突きつけられていた剣心の弱点が、ここでも示されたといえます。

 もう一つ印象に残ったのは、尖角に復讐しようとする栄次に対して、剣心が「死んだ者が望むのは敵討ちではなく生きている者の幸福」と語る場面。ここは、このだいぶ先に原作で語られる彼の過去を思えば、頷けるところではあります。その一方で、その想いが届かず、「小さな手を汚し」た相手から、大変な目に遭わされたりもしたわけですが……


 さて、続く第三十話はガラリと変わって左之助が主役、二重の極みの特訓回です。作中ではほとんど完成された強さのキャラクターばかりの本作ですが、その中で未完成な部類の左之助ならではのエピソードといえます。

 この二重の極み、見かけは普通にぶん殴るというシンプルさに、謎理論を噛ませることですごい効果を発揮するという点が、いかにもジャンプの必殺技的で素敵なのですが、その謎理論が真似すればなんとなくできそうなところが素晴らしいと改めて感じます。連載時に男子小中高生だった読者は、みんな練習した(断言)のは伊達ではありません。

 もちろん、それがすぐに真似できれば苦労はないわけで、左之助もほとんど右腕を自傷行為レベルまで(左之助が右手を怪我してるのは考えてみればこの頃からなのだなあ)特訓した――だけでは会得できないのが、ドラマの妙でしょう。
 ここで特訓の途中で倒れた左之助の前に相楽総三の霊が登場するわけですが――それで奥義を授けられたら大昔の剣術ものになってしまうわけで、左之助が相良と対峙することで、少年時代から抱えていた己の想いと向き合い(ここで少年時代の声の語りから入って、今の左之助の声に重なる演出は、ストレートではありますが良いと思います)、なんのために強くなるかを再確認するという展開はやはり上手いと感じます。

 などと理屈をこね回さなくとも、やはり左之助の熱血漢ぶり・好漢ぶりは見ていて実に気持ちよく、色々と変化球を投げつつも、やはり作者は熱血ものが大好きなのだな――と改めて再確認させられるエピソードである今回、地理的・歴史的なオチも効いた上に、さらにラストにはこの先の因縁に繋がるもう一つの捻りが、と盛りだくさんで、やはり作中でも名エピソードの一つだと再確認させられた次第です。


 そしてようやく次回から京都が舞台。一クールの前半を使って京都編のいわばプロローグを展開していたわけで、やはり贅沢な構成ではあります。

 しかし二十九話でのオリジナルシーン、尖角を倒されて途方に暮れる部下たちのくだりは、どんな顔で見ればよいのか……(これまでの所業が所業なのでギャグっぽいことをされても全く笑えないわけで)


『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚 京都動乱』 1(アニプレックス Blu-rayソフト) Amazon

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2024.11.10

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第6話「謀略の渦」

 人間たちによる阿爾貝盧法の城の襲撃は衝撃を呼び、魔王は魔界に入り込んだ人間の排除を命ずる。しかし花無蹤と霸王玉の前にそれぞれ魔宮貴族・烏蕾娜と佩雷斯が現れて取り引きを持ちかけ、安索亞特も浪巫謠に接近する。一方、鬼歿之地の高地に辿り着いた殤不患はある推測を語る……

 気がつけばもう第六話になった本作ですが、まだまだ状況は混迷の一途を辿ります。前回のラストで、阿爾貝盧法の居城に踏み込んだ浪巫謠と花無蹤が激突することになりますが、なるほど共に西幽の有名人らしく互いを知る二人の戦いは、本来の目的には関係ないと見切った浪巫謠が無駄に父親の部屋を破壊しつつ撤退。残された花無蹤と、後からやって来た霸王玉も城を去ります。

 しかし、少なくとも浪巫謠についてはほとんど自作自演に近い阿爾貝盧法は、しれっと魔宮会議に被害者面で出席。犯人は神誨魔械を持った人間と告げたことで、一同を困惑させます。専守防衛に目覚めた魔王様は、この状況に侵入者の人間排除を命じるのですが――それを受けてバックレた安索亞特に放り出された形なのは神蝗盟の二人です。
 しかしそこに現れた異飄渺の顔をしたインチキキセル野郎が、「盟主の狙いは魔宮印章なんですよ。あれ、聞いてなかったですかあ?」と煽りを入れた(また、「魔宮印章を集めると魔神の力が得られる」と、絶妙にずらしたことを言うのがイヤらしい)ことで、二人の間はさらにヒビが入っていきます。

 それぞれ手分けして安索亞特を探そう、などと手がかりもないのに言い出すあたり、既自認するほど冷静ではなくなっている花無蹤ですが、一人になった彼の前に現れたのは、魔宮第五位の烏蕾娜。そして霸王玉の前にも魔宮第六位の佩雷斯が現れ、それぞれ安索亞特の時と同じような取り引きを持ちかけます。公式サイトのキャラクター紹介によれば、共に今の魔王の路線に反発する過激派、そして互いをライバル視している二人が、同様に犬猿の仲である神蝗盟の二人に近づけば、碌なことにならないのはめにみえています。

 一方、徒労感に打ちひしがれる浪巫謠の前には安索亞特が登場。浪巫謠の耳で接近を察知できない辺り、大物感を感じさせますが、むしろ彼の得意技は陰謀。全く懲りていないように、阿爾貝盧法を敵にする者同士、手を組もうと浪巫謠に持ちかけますが――それを密かに覗いながら、安索亞特の策を学ぶのも息子にはよい修行、などと放置している阿爾貝盧法の方が大物であることはいうまでもありません。
 むしろ神蝗盟の二人の存在を知った阿爾貝盧法は、第三期で神蝗盟と手を組んでいた刑亥を使って、禍世螟蝗に渡りをつけるのですが――イケボ同士、いやラスボス級の悪党の顔合わせが何を生むのか、現時点では想像もつきません。
(しかし、今回も阿爾貝盧法の秘書、というより腰巾着であった刑亥ですが、インチキキセル野郎に操られていないか、不安が残ります)

 そして今回も鬼歿之地で苦労している殤不患・丹翡・捲殘雲ですが、瘴気の薄れる高所に登った殤不患は、この瘴気が、以前迷い込んだ魔界のものと同じであると語ります。そして三人の目に映るのは、瘴気を吐き出す巨大な谷。つまり、この下には――ようやく、主人公がメインの舞台に立つ術が見えてきました。

 一方、相変わらず同担拒否(そもそも同担ではない)の嘲風が、睦天命に対してお前らのせいで浪巫謠が――と八つ当たりしていたところに現れたのは、名前も覚えていませんが、その殤不患が魔界に迷い込んだ時に倒した魔族の縁者。じゃないかなあ、たぶん。
 八つ当たりのようで関係性的にはそうでもない形で魔族たちが襲いかかってきたところで、続きます。


 というわけで、相変わらず体感時間が短い展開ですが、ここのところ魔宮貴族たちの陰謀が続いて話の流れが固まってきた印象もあります。ここは一つ、折り返し地点になる次回では、後半の原動力になる爆弾の投下を期待したいところです。
(予告を見た限り、実際に爆弾=殤不患が魔界に降ってきそうですが……)


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『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第4話「奇巧対決」
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2024.11.09

清少納言の妹、晴明の弟子に!? 六道慧『安倍晴明くれない秘抄』

 昨年から今年にかけて、大河ドラマ効果で平安ものの作品が数多く発表されましたが、本作もその一つ。清少納言の妹(かもしれない)少女が、霊力を失った安倍晴明を助けて、宮中で続発する怪異と、邪悪な術者に挑むことになります。

 親の顔も知らず、貧民街で育った少女・小鹿は、清原元輔が残した書状に自分の子として名前があったと、元輔の子・清少納言に引き取られることになります。そして御所の中宮定子付きの針子として働くことになり、新しい環境についていくのがやっとの日々を送る小鹿ですが――ある晩、彼女は笛の音と共に奇妙な夢を見ただけでなく、寝ている間に「葉二つ」と文字を書き残したのでした。

 自分の身に起きた出来事に小鹿が戸惑う一方で、宮中では次々と怪事が発生。清少納言たちが定子を追い出そうとする藤原道長一派の仕業と疑う中、定子たちのもとに、安倍晴明と息子の吉平が現れます。
 突然、霊力を失ってしまったという晴明ですが、自分と通じる力を追ってきたという晴明。何故か小鹿が近くにいると力が復活することから、小鹿は弟子という名目で晴明らと共に行動をともにすることになります。

 その矢先に、清涼殿の殿舎で見つかった女房・雪路の死体。美貌で知られた彼女は、しかし目も口もない顔を奪われた姿になっていて……


 安倍晴明が登場する作品は無数にありますが、本作の晴明は既に齢八十を数える老境の姿。それは清少納言の活動時期に合わせるため――というのはメタな視点かもしれませんが、既に陰陽道の蘊奥を極め、世間の酸いも甘いも噛み分けた老賢人の姿は、実に頼もしく感じられます。

 そしてこの時期は、一度は落飾した定子が、一条帝たっての望みで中宮として宮中に残り、それに対して道長が数々の陰湿な嫌がらせをしていた頃でもあります。
 国の上に立つものが専横を続け、そのために周囲の人々が――特に女性たちが泣くことになった、何とも不安定で、どんなことが起きてもおかしくないこの時代。そこに、本作のような物語が成立する余地があるといえます。

 それだけでなく、本作は庶民として育てられた小鹿を主人公とすることで、宮中とは全く異なる市井の視点を物語に加えています。どれだけ宮中で権力闘争が繰り広げられようとも、そこは所詮は衣食住に困ることのない人々の世界。それとは全く異なる、生きることが戦いである世界に暮らしていた彼女の視線は、物語に第三者的な視点を与えています。

 そして、それだけに年齢不相応にシニカルであった彼女の心が、清少納言たちと触れ合うことによって、少しずつ和らいでいくドラマも印象に残ります。


 もっとも、宮中のことを知らない小鹿の視点から描くことで、本作は、逆に物語が見えにくくなってしまった印象は否めません。作中で描かれる謎の数が多く、事態が輻輳した本作においては、この点が物語のテンポを大きく削ぐ結果となっていたといえます。
 特にクライマックス直前までの謎の積み重なり方は、かなり複雑で――それが一気に解ける快感ももちろんあるのですが――一体今は何を追っているのか、何を解けばいいのかがわかりにくい状況であったと思います。

 ユニークな設定であり、結末に明かされる真実も意外かつ納得のものであっただけに、その点は勿体ないのですが――今月、続編の『安倍晴明くすしの勘文』が刊行されたので、そちらも是非読みたいと思います。


 ちなみに本作は、以前に発表され、最近新装版が刊行された作者の『晴明あやかし鬼譚』と同じ世界観に属する物語のようです。
 こちらは本作の約五年後、紫式部をゲストに迎えて描かれる名品ですが――こちらを読んだ後に本作を読むと、共通する登場人物(本作でも活躍する二人)の運命が、何とも言えぬ苦さを持って感じられるところです。


『安倍晴明くれない秘抄』(六道慧 徳間文庫) Amazon

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2024.11.08

「武俠小説」として再構築された物語 分解刑『東離劍遊紀 上之巻 掠風竊塵』

 2016年のスタート以来好評を博し、現在TVシリーズ第四期が放送中の『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』、その第一期がノベライズされました。破魔の名刀を巡り繰り広げられる武林のはぐれ者たちの戦いを描く、シリーズの原点が蘇ります。

 偶然の成り行きから、邪宗門・玄鬼宗に追われる少女・丹翡を助けた風来坊・殤不患。かつて魔神を封じた神誨魔械・天刑劍を代々守る護印師である丹翡は、兄をはじめとする一族を玄鬼宗に皆殺しにされた上、天刑劍の柄を奪われたのです。
 その丹翡に手助けを申し出たのは、鬼鳥と名乗る謎の美青年。その鬼鳥にけしかけられた上、方方に玄鬼宗の手が回ったことから、殤不患もやむなく丹翡らと行動を共にすることになります。

 しかし蔑天骸が潜む七罪塔までには数々の関門が待ち受けます。その関門を突破するために鬼鳥が集めたのは、冷静沈着な弓の達人・狩雲霄とその弟分の血気盛んな青年・捲殘雲、鬼鳥に深い恨みを持つ死霊術使いの妖魔・刑亥、同じく鬼鳥の首を狙う冷酷非情の剣鬼・殺無生――鬼鳥と殤不患を加えて六人の「義士」は、丹翡とともに七罪塔に向かうことに……


 第一期のストーリーのうち、前半六話に当たる内容が描かれるこの上巻。その内容は、後述するようにオリジナルエピソードもあるものの、ほぼ原作に忠実であり(サブタイトルもほぼ同一)、第一期からの視聴者にとっては懐かしい物語が蘇ります。
 しかし、本作は原作を追体験するためのファンアイテムという枠には、到底収まらない完成度を持った作品といえます。その理由は極めてシンプル――本作は「武侠小説」として、独立した作品として再構築されているのです。

 本作は一口で言えば「武侠もの」です。しかし「武侠もの」といっても実際には(例えば「時代劇」がそうであるように)千差万別ではありますが、しかしそこには最大公約数的な空気というものがあり、それはいわゆる武侠用語を用いただけで再現できるというものではありません。
 また、本作の原作は、人形劇――それも台湾の霹靂布袋劇をベースとしたもの。それ故のタイトルに『Thunderbolt Fantasy』を冠している(そして本作にはその部分が省かれている)わけですが、いずれにせよ、おなじ「武侠もの」であっても、その表現様式は、人形劇と小説で自ずと異なるべきでしょう。

 つまり、原作の内容を(例えば脚本を)そのまま文章に移し替えればいいわけではない――その難事を、本作は見事に達成しているのです。必要なもの以外は削ぎ落とした文章によって、そして映像では表現しきれない登場人物の内面――心意気というべきものを描くことによって。
 特に、第五章での殤不患と殺無生の対峙のくだりなどは、映像では抑えめだった二人の心中を余さず描くことにより、原作以上に武侠ものらしさを生み出しているものとなっているのには、つくづく感心させられます。

 もっとも、本作の文章はかなりの割合で古龍オマージュと思われることもあり、独特の文体・言い回しに慣れるまで時間がかかるかもしれませんが……


 さらに、本作の魅力をもう一つ挙げれば、作中では若輩者である丹翡と捲殘雲の二人に関する描写の膨らませ方があります。
 海千山千の他の面々に比べれば、明らかに心身とも未熟であり、それぞれ「世間知らず」「意気がり」の一言で済まされかねない二人。しかし本作は、それぞれの内面描写を重ねることにより、決して単純なものではない(捲殘雲はそれなりに……)若者たちの姿を浮き彫りにします。

 特に終盤のオリジナルエピソード――悪辣な金持ちに囲われていた母娘の逃走劇に二人が手を貸して大立ち回りを演じるくだりは、その中で二人の想いの重なる部分、そして決して重ならない部分を描くことで、「江湖」という概念を浮き彫りにしてみせる、大きな意味を持つと感じます。

 そしてこの二人の視線と、先輩格の「義士」――実際にはそれとは程遠い曲者たちの姿の交錯するところに、逆説的に「武侠」という概念の何たるかが照らし出されるのではないでしょうか。
 ……というのは牽強付会に過ぎるかもしれませんが、この曲者たちが真の顔を見せることになる下巻で何が描かれるのか、原作以上に楽しみであることだけは間違いありません。


『東離劍遊紀 上之巻 掠風竊塵』(分解刑&虚淵玄 星海社FICTIONS) Amazon

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2024.11.07

滅び行く名家を救え! 若き向井正綱の戦い 諏訪宗篤『海賊忍者』

 第15回小説野性時代新人賞受賞は、戦国時代後期の実在の人物・向井正綱の若き日を描く物語。伊賀の忍者にして志摩の海賊である正綱が、織田信長の圧力を受ける北畠具教とその娘・雪姫のため、数々の戦いを繰り広げます。(本作の結末について、ある程度触れますのでご注意下さい)

 武田信玄に海賊衆として仕える父・正重を持ちつつも、故あって家を出て、誰にも仕えず暮らす正綱。ある日、甲賀衆に襲われる少女を助けた正綱は、彼女が北畠具教の愛娘・雪姫であり、北畠家に圧力を加える織田家の非道を幕府に訴えようとしていたことを知ります。
 姫に惹かれ、北畠家に加勢することを決めた正綱は、北畠家の勇将・鳥屋尾満栄とともに、信長包囲網を築くべく、武田信玄の下へ密使として向かいます。

 さらに、信玄が起った時のため、水軍の増強に奔走する正綱。熊野水軍を味方につけ、反撃の機会を窺う正綱ですが、時運は巡らず、北畠家はますます追い詰められていくのでした。
 そして雪姫と信長の子・具豊(信雄)の婚礼が近づく中、ついに運命の日が……


 伊勢の海賊出身であり、父は今川義元や武田信玄に水軍として仕えた正綱。正綱については、過去に隆慶一郎の『見知らぬ海へ』などで描かれていますが、彼を忍者として描いたのは本作が初めてではないでしょうか。

 正綱が忍者として活動したという記録はないはずですが、向井氏の出身は伊賀と伊勢の国境の地であり、この点から彼を忍者に結びつけることにより、彼に自由な活躍の場を与えたのは、本作のユニークな工夫でしょう。
 それによって本作の正綱は、北畠家のために戦う中で、当時信長の下で志摩を支配していた九鬼嘉隆と戦い、武田信玄と対面し、北畠具教に剣を学び(正綱を「狐」と呼び色々な意味で可愛がる具教が面白い)、秘密裏に水軍増強に奔走し――と、縦横無尽の活躍を見せることになります。

 登場した際は、家を出てから特に目的もなく生き、戦いの中で敵の命を奪うことも厭う少年だった正綱。しかしこの数々の冒険の中で、彼は己が生きる目的、戦う意味を見つけ、覚悟を背負った男として成長していくことになります。


 そしてその背景となるのが、信長支配下の北畠氏の姿です。代々伊勢国司であった名門・北畠氏ですが、信長の侵攻を受け、和睦はしたものの彼の次男・茶筅丸を養子とし、具教の娘をその妻にすることを強いられました。
 その果てに――となるわけですが、本作はまさにその北畠氏の落日の姿を、正綱の目を通じて描く物語でもあります。

 この辺り、信長のやり方は(戦国時代にはよくあること、といえばそれまでですが)かなり悪辣で、悪役として描くにはぴったりなのですが――しかし悩ましいのは、史実に従えば悲劇にしかならないものを、どのようにフィクションとして描き切るかというのは、大事な点です。

 その点を本作は――ある点は史実通りに描きつつ、またある点、本作においてはより重要な史実をスルーした結末となっています。
 いや、本作の結末に繋がる史料や伝説(ここで具教の「狐」呼びが活きる)もあるのですが、定説をかなりきっぱりとスルーしたのには、正直なところ驚かされました。

 これは願望混じりの勝手な予想となり恐縮ですが、正綱の将来に繋がる部分が描かれていないこともあり、本作には続編が構想されているのではないか――ある意味結末の見えている物語を(その予想は覆されたわけですが)、まだデビューから日が浅いとは思えない筆力によって最後まで緊張感溢れる形で見せてくれただけに、予想で終わらないでほしいと願っている次第です。


『海賊忍者』(諏訪宗篤 KADOKAWA) Amazon

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2024.11.06

清代の舞台に描く、はぐれ者たちの事件帖 青木朋『龍陽君始末記』

 丹念な考証とユニークな題材による中国歴史漫画を発表している作者が、十五年ほど前に「ミステリーボニータ」誌に連載した作品です。清の時代、龍陽県に赴任してきた新任の知県が、くせ者揃いの仲間たちと共に様々な事件や騒動に挑みます。しかし「龍陽君」とはどこかで聞いたような……

 時は十九世紀前半、清の広東省広州府龍陽県。その龍陽県の新任の知県・趙天麟は着任以来、難事件を次々と解決する名裁きで、街でも大の人気者となっています。今日も、同じ部屋に寝ていた妻の首を斬り落としたという夫をお白州で取り調べた天麟は、一目で夫の無罪を見抜き、真犯人の捜査に乗り出します。
 しかし、天麟がこの事件に強い関心を示す理由には裏がありました。実は天麟は男色家でイケメンにはめっぽう弱いたち。今回も容疑者の夫に一目惚れした天麟は、事件を解決して親しくなろうと目論むのですが……


 中国の戦国時代、魏王に深く愛された公子・龍陽君。その故事から「龍陽」は後代に男色を意味する言葉として使われるようになりましたが――その名をタイトルに冠した本作は、まさにその通りというべきか、男色家を主人公としたユニークな物語です。
(タイトルの直球ぶりには驚かされますが、単行本第三巻のあとがきによれば、誰からも特に指摘はなかったというのがちょっと面白い)

 主人公の天麟はこのように惚れっぽいのが玉に瑕ですが、しかし八旗の出身で若くして官僚となったエリート。決して清廉潔白ではないものの、その分世情にも通じ、役人離れした発想で事件を裁く姿には好感が持てます。
 そんな彼を支える幕友(私設秘書)たちもまた一筋縄ではいきません。通訳を担当する、纏足をしていないことにコンプレックスを抱く少女・汪来嘉、財政担当の中年で意外なもう一つの顔を持つ無塩、司法担当ながら作中ではむしろ科学捜査で活躍する薛良佐と、主に負けず個性的な顔ぶれです。

 いや、彼らの場合、個性的というよりもはぐれ者と称した方が似合うかもしれませんが――そんな彼らが正義を行う痛快さもさることながら、はぐれ者ならでの葛藤と向き合い、あるいは受け容れ、あるいは乗り越えようとする姿は、物語のアクセントとなっています。


 しかし本作の最大の魅力は、この時代、この地ならではの題材の数々にあります。
 纏足、北京語と広東語の違い、芝居、貢茶、袖犬、科挙、男院(妓楼の男娼版)、紅旗幇、そして阿片――最終巻を除き、ほとんど一話完結の連作である本作ですが、その各話の中心あるいは背景に、これほどまでに多彩な文化・風俗、歴史的事実が散りばめられていることには感嘆させられます。

 特に、作中で大きな位置を占めるのが阿片です。清の歴史において、阿片がどのような役割を果たしたか――それは言うまでもありませんが、終盤の物語において、天麟たちが立ち向かうこととなる阿片の存在は、この歴史的背景を反映し、物語に重く、深刻な影を落とすことになります。
(そして、だからこそ舞台が広州だったのか! と感心させられるのです)

 その果てに、物語は意外な結末を迎えるのですが――そこで描かれる時代の移り変わりある種の切なさを感じつつも、しかしその中でもしたたかに、そして胸を張って生きていくはぐれ者たちの姿は、重い史実に爽快な風穴を開けてくれる存在として印象に残ります。


 単行本三巻と、決して分量は多くありませんが、しかし登場人物といい物語といい、完成度の高い名品です。
(いや、唯一、キャラクターが辮髪でないという問題があるのですが――商業上の要請では仕方ない、か?)


『龍陽君始末記』(青木朋 秋田書店ボニータコミックス全3巻) Amazon

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2024.11.05

珍道中! 川路と半次郎(と太郎) 泰三子『だんドーン』第5巻

 読めば読むほど「この人が日本の警察の祖って……」という気持ちになる『だんドーン』、桜田門外の変の成功により、幕府と薩摩を巡る状況が一層混迷を深める中、川路利良に新たな命が下されます。それは、恐るべき新たな薩摩人との珍道中の始まりでもあります。

 井伊家の多賀者との諜報戦を制し、多くの犠牲を払いながらも、桜田門外で井伊直弼暗殺を成功させた川路。大老が白昼堂々暗殺されたことで、幕府の威信は地に墜ち、同時に薩摩を巡る情勢はますます混沌としていきます。

 そんな状況の中、島津久光の上洛に際して薩摩兵千人分の米を買い付けるため、川路は下関まで2万4千5百両を運ぶことになります。しかし、それだけの黄金を小判で運べばとてつもない分量――内外の過激派に目をつけられてあらぬ誤解を招いたり、奪い取られたりしては目も当てられません。
 かくて小松帯刀から川路が命じられたのは、黄金を溶かし、地蔵のような田の神に偽装した像に加工し、背負って運ぶ奇策でした。しかし分量的に田の神は二つ、つまり運び手は二人必要です。

 薩摩藩を絶対に裏切らず、そして腕が立つ者――この条件に当てはまったもう一人の男・半次郎は、川路とは水と油の性格で……


 というわけで、作品始まって以来の凄絶な流血が描かれた第四巻に続く本書で描かれるのは、趣きをガラッと変えての黄金輸送大作戦。その珍妙な内容も愉快ですが、しかし何よりも目を引くのは、そこで川路の相棒となるのが、あの中村半次郎であることです。

 幕末四大人斬りの一人にも数えられ、明治に入ってからは陸軍少将を務めた(そしてその後……)薩摩の中村半次郎。幕末の薩摩を語るに欠かせない人物が、満を持してこの巻から登場します。
 何かと逸話に事欠かない豪傑だったという半次郎ですが、しかし本作におけるその姿は、豪傑というより脳筋。犬丸の遺児である太郎や、周囲の娘たちを虐げる山くぐり衆を問答無用で叩き斬る(そしてしれっと隠蔽しようとする)姿は、戦闘民族・薩摩人のタチの悪い部分の具現化のようです。

 しかし、そんな良くも悪くも豪放な半次郎が、まず猜疑心から入るインテリジェンスの川路と反りがあうはずもありません。互いに任務のためとはいえ行動を共にしつつ、相手が裏切ったら即殺す――そんな二人の間に挟まることになった太郎が不憫極まりない、殺伐窮まりない珍道中が、この巻のメインとなります。

 しかし(ドラマ的にはお約束ではありますが)川路と半次郎、正反対の二人が、旅を続けるうちに互いを理解し、徐々に近づいていく姿は、なかなかに感動的です。特に薩摩の幽霊寺や熊本城の石垣にまつわるエピソードは完成度が高く、私のように「薩摩はちょっと……」という人間でもグッときました。

 そしてグッとくるといえば、この巻の巻末に収録された番外長州編――桂小五郎と彼の師・吉田松陰を中心に、長州の若き志士たちの姿を描く物語も見事です。

 エキセントリック過ぎる松陰の個性を本作らしいギャグで際立たせつつも、物語の中では松陰と門人、いや諸友たちとの感動的な交流の姿が描かれます。
 薩摩に劣らぬクセつよ面子の長州勢を主役に、「長州はちょっと……」という人間にも胸に刺さる物語を描く業前には、ただ脱帽です。


 とはいえ、フィクションならではの感動というものには、やはりちょっと身構えたくなるものです。その一つが、この巻で描かれる伊牟田の姿です。
 本作においてはほぼ冒頭からサブレギュラーとして登場してきた伊牟田。その彼が過激浪士へ潜入するうちに――という展開は、史実の伊牟田に比べると「いい人」度が大幅に高いのに少々警戒してしまいます。

 ヒュースケン暗殺を語るくだりで、その(悪い意味の)おかしさが垣間見られるものの、このまま彼は「実はいい人」という扱いで進むのでは――と、本作のドラマ描写が巧みであるだけに、フィクションの怖さを何となく感じてしまったところです。
(井伊直弼を単純な悪役にしなかった本作だけに、美化するだけでは終わらないと思いますが……)


『だんドーン』第5巻(泰三子 講談社モーニングコミックス) Amazon

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2024.11.04

『青のミブロ』 第2話「泣いていい世界」/第3話「魂の在り処」

 ミブロの一員として、鬼の棲み家と恐れられていた屯所に足を踏み入れたにお。そこに集う若者たちは、世評と裏腹に賑やかな面々だった。しかしその一人・芹沢は、宴会の帰りに隊士の一人を殺害、その始末をにおと同年代の少年・太郎に押し付ける。その命令に従う太郎の行動に驚くにおだが……

 アニメ版『青のミブロ』第二話・第三話をまとめて紹介。におが壬生浪士組に加わるまでを描くプロローグ的内容であった第一話に続き、第二話ではOPで顔を見せているミブロのメンバーたちがいよいよ登場することになります。

 ここで突然相撲大会を始めてしまう彼らの姿は、ほとんど体育会系の部活の合宿というノリで普通に面白い兄ちゃんたち、という印象。永倉・原田・藤堂・山南・井上そして近藤という面子だけでなく、新選組ものでは定番の悪役である芹沢も、見かけは非常にコワモテでも、かなり陽気に振る舞っている姿が意外かつ印象に残ります。
 もちろん楽しい場面だけでなく、不逞浪士が暴れているという報に駆けつけてみれば、土方が容赦なく相手を斬り――と、血なまぐさいところも容赦なく描かれます。さらにその上で、第二話の終盤では、におが不逞浪士から子供を庇い、それに対して(本作では奇人の部類に入りそうな)近藤が実にイイことを言って――と、この回ではミブロの陽の姿が硬軟取り混ぜて描かれたと言えるでしょう。

 しかし第三話では、におたち三人の狼の二人目の登場とともに(三人目は第二話で既に登場はしているのですが)、ミブロの陰の姿が描かれます。
 相撲大会の翌日、前日会わなかった少年・田中太郎と顔を合わせたにおですが、同い年の彼に対しても異常にへりくだる太郎は、芹沢に下僕のように扱われている存在。その晩、酔って屯所に戻ってきた芹沢は、同じ浪士組の人間である殿内義雄を斬ってきたと告げ、太郎にその始末を命じて――という展開は、第二話のミブロの姿が、ある意味新選組の今のパブリックイメージに沿ったものであったのに対し、いきなり暗部を突き付けるような描写が衝撃的です。

 特ににおに次いで登場した(史実に登場しない人物という意味で)オリジナルキャラの太郎は、その光のない死んだような瞳と、卑屈な、そして裏表ある言動が強烈なキャラクター。アニメではキャラクターデザインの関係で瞳はそこまで死んで見えませんし、原作でショッキングだった「奴隷」という表現はさすがに使われませんでしたが、それでも強烈に異彩を放っていることは間違いありません。
 そんな太郎が、証拠隠滅と称して行うのがまた強烈すぎる――直接の描写はないとはいえこの時間帯の番組でやるとは思えない行為なのですが、それを目の当たりにしながら、なんとか少しでもマシな方向に変えていこうとするにおの行動(この時、何だかんだ言って太郎よりもよほどリアリストの面が垣間見えるのが興味深い)がこの回の見どころの一つでしょうか。

 近藤派が浪士組内の権力闘争の末に殺したという説が有力な殿内ですが、本作においては裏切り者であり、それに気づいた芹沢によって斬られたという展開は、ちょっとミブロを美化しすぎているようにも思えますが――記録に残る殿内の死に様を取り込んでの結末はなかなかうまいと感じます。
 そして先に述べたように、第二話で新選組の陽の部分・正の部分を描いた上で、第三話で陰の部分・負の部分を描く構成も巧みと言えるでしょう。

 ――が、こうした部分はほぼ完全に原作に由来するところと言えます。レギュラー陣の声の演技はさすがというべきですが、絵的には第一話のネガティブな印象を覆すには至らない――というより、アクションシーンについてはかなり省エネな演出なのが厳しいところで、「アニメ」としての完成度と言った場合には、かなり厳しいと言わざるを得ません。
 この先、「アニメ」としての本作をどれだけ見せることができるのか――このペースでいけば、まず確実に第一部ラストまでいくはず。それまでにどれだけこの印象を立て直すことができるか、その点が勝負という気がします。


『青のミブロ』Blu-ray Disc BOX Vol.1(アニプレックス Blu-rayソフト) Amazon

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2024.11.03

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第5話「魔宮貴族」

 最後の神誨魔械を探し、鬼歿之地を苦心しながら征く殤不患一行。一方、魔界に飛ばされた睦天命たちは、浪巫謠を探すため一時休戦する。その頃、阿爾貝盧法を狙い、それぞれのやり方で侵入を試みる霸王玉・花無蹤・浪巫謠。そして刑亥と再会した凜雪鴉は、思わぬことを彼女に告げる……

 第5話まで来ましたが、相変わらず各勢力が独自の動きを見せることもあり、毎回体感10分くらいの展開が続く本作。それでも西幽組が魔界に来たことで、だいぶ登場人物たちが集結してきた感があります。その西幽組は、可哀想なお付きの人は狂乱した末にあっさり退場、残った睦天命・天工詭匠・嘲風は、浪巫謠という共通の目的があるため、一時休戦することになります。ここで睦天命が殤不患並みの懐の深さを見せる一方で、「あれは身を守る術すら知らぬ小鳥だった」とか一見しおらしいことを言い出す(けれどもその小鳥に殺し合いをさせていた)嘲風のさりげないヤバさが光ります(この人こそ照君臨の血を引いているのでは……)。
 一方、ひたすら鬼歿之地を歩いている殤不患・丹翡・捲殘雲組は、今回も少しアクションがあったきりで出番がわずかなのが、そろそろ寂しいところです。

 そんなわけで今回メインの舞台は魔界なのですが、安索亞特の依頼を奇貨として、ついに神蝗盟組が阿爾貝盧法の城に殴り込み。花無蹤は盗賊らしく密かに忍び込む一方で、霸王玉はまさに異飄渺でなくとも「いや少しは考えましょうよ」と言いたくなる勢いで正面から突っ込んだところで、刑亥と浪巫謠がやって来て――と、いつの間にかこの二人(というか行動を共にしていたはずの刑亥)が阿爾貝盧法に置いて行かれているのが妙におかしい。

 その阿爾貝盧法はどこに、と思いきや、城の中ではなく魔王様の御前。魔宮貴族たちの会議の招集を受けて――とうことでついに前回退場した迦麗以外の、未登場だった魔宮第二位から第六位までの貴族が登場します(第一位の魔王様はシルエットのみ登場)。こうしてみると安索亞特だけが人外めいたシルエットで、皆さん案外普通の印象を受けます。
 ここでの新情報は、前回浪巫謠が迦麗から奪った魔宮印章は、四つ集めると新たな魔神を呼び出せるという事実。全部で八つあるので、魔神が二体呼び出されるのは確定のようなもの――などと言ったら、「この魔界がついに手に入れた太平の世」などと魔王とは思えないことを言っている魔王様に申し訳ないでしょうか。

 さて、本来であればこの情報は結構大きなインパクトがあるはずですが、しかしそれを大きく上回るサプライズが今回待ち受けています。
 遅れてやって来た浪巫謠と刑亥の前に現れ、二人の前で異飄渺の擬態を解いて姿を見せたインチキキセル野郎。散々警戒されながらも、浪巫謠を先に城に忍び込ませた彼は、刑亥に問いかけます。魔界に来てから妙に体が軽い、普通の人間にこういうことはあるのか、と。それを聞いた刑亥は即座に否定、そんなのは魔族だけだということになるのですが――ということは凜雪鴉に魔族の血が!?

 ……などとは全く素直に驚けず、また適当にフカしてるんじゃあいの? と思われるのがインチキキセル野郎たる所以ですが――その言葉を聞いて、こんなヒドい奴が人間なはずはないから、それなら理解出来る! とうっかり思ってしまうのが刑亥の刑亥たる所以。もう少し人を疑う心を――と魔族に言うのも何ですが、これまで何度痛い目に遭わされたのか忘れたのでしょうか。
 というより、刑亥が信じ込んだ時点でもう嘘確定のような気がしますが、今のところ人間とは異なる思考回路を持っていそうなのが阿爾貝盧法くらいで、あとは意外と人間っぽいのも影響しているように思います。個人的には、そんなことになっても全くケロッとしている凜雪鴉が魔族だと、散々悩んでいた浪巫謠の立場がなくなりますし、あっさり敗れ去った蔑天骸に「仕方ない」感が生まれてしまうので、人間であって欲しいところですが――やっぱり、浪巫謠の話を聞いて適当に思いついたのではないかしら。

 などと、刑亥ならずとも色々迷わされている間に、浪巫謠の身に花無蹤の鎖が迫る場面で次回に続きます。


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2024.11.02

激動の歴史を通じて描く鬼と人の存在の意味 琥狗ハヤテ『ヤヌス 鬼の一族』第3巻

 戦国時代を舞台に、人ならざる力を持ち、歴史の陰に生きた鬼一一族を描く連作の第三巻、最終巻です。この巻に収録されるのは申の章と酉の章――鬼と呼ばれる一族を通じて、鬼とはなにか、人間とは何かが問われます。

 人ならざる力を持ち、時に人ならざる姿を見せる鬼一一族。その力故に人に求められ、人に恐れられる一族の姿を、本作は歴史上の出来事の中に描いてきました。
 第一巻の人の章では桶狭間の戦を舞台に、今川義元に仕えた男・鬼一左文字を。第二巻の狗の章では、太田資正の下で犬の訓練士として仕えた鬼一山楽を――そしてこの巻の前半、申の章では、服部半蔵配下の忍・マシラを通じて、本能寺の変直後の家康の姿が描かれます。

 本能寺の変が起きた際、信長の招きで堺に滞在していた家康。周囲に促された家康は、本多忠政、服部半蔵といった面々とともに、駿河に逃れるべく道を急ぎますが、その一行に加わっていたのは、半蔵が鬼一の里に請うて連れてきたという忍・マシラ――頭には角を生やした異形の男です。

 追手や落ち武者狩りが横行し危険極まりない道を、マシラの天性の勘と技でもってくぐり抜け、先を急ぐ一行。しかしその中心であるはずの家康は、あたかも生きる意思を失ったかのように、力なく足を動かすばかりでした。
 そんな家康に対して、マシラが語るのは……

 波乱に富んだ家康の生涯の中でも、有数の危機であった逃避行――いわゆる「神君伊賀越え」。本作はその最中の家康の姿を、異形の忍びを通じて描きます。
 堺から駿河まで、ごくわずかの供で逃げるというのは、いかにも家康らしい、生きるという意思に満ちた姿を思い浮かべますが――しかし本作ではその逆に、既に心は死んだような家康の姿が描かれます。

 この戦国を生き延びるため、信長の下で、様々なものを犠牲にして忍従してきた家康。その信長があっけなく倒れた今、心が折れた家康の姿は、生きるための意志と力に満ちた野生の忍にとっては対極の存在であり、むしろ唾棄すべきものではないのか――その予想は、意外な形で裏切られることになります。

 鬼が語る生の形――それはあらゆる命あるものに共通する、未来への道。その道を開こうとするマシラの姿には、深く考えさせられるものがあります。


 そしてこの巻の後半の酉の章は、時代を遡り、川中島の戦を背景に、武田信玄の養女となった鬼一一族の少女・八姫の姿が描かれます。

 幼い頃に信玄の養女となり、武田家の姫として育てられてきた八姫。鬼一の血が為せる技か、人並み外れた弓の技を見せる彼女は、娘らしいたしなみとは無縁に、若武者に混じって野山を駆け回ります。
 しかしそんな彼女にも、心を動かされる青年が現れます。それは父の近侍を務める若武者・武藤喜兵衛――しかし己の額に生えた二本の角が、想いを告げることを彼女に躊躇わせます。

 そんな中、始まった川中島の戦い。死地に向かう彼を見送る八姫ですが……

 本作のラストエピソードとなるのは、この巻の表紙を飾る初の鬼一一族の女性・八姫。武田信玄の養女という意外な立場の彼女は、やはり鬼一一族の血を引く能力を持ちながらも、しかし信玄は彼女を普通の娘として育てようとします。

 その想いが那辺にあるのか、それはわかりませんが、その計らいは皮肉なことに、逆に鬼と人との間で、彼女を苦しめることになります。果たして鬼と人の間は越えることはできないのか。鬼と人は結ばれることはないのか――その果てに待つのは、これまでの物語で鬼一一族を通じて描かれてきた問いかけへの、一つの答えなのです。
 ある史実を描いて終わる物語は、内容的には静かな印象ですが、しかし全編の締めくくりに相応しいものとして感じられます。


 こうして人・狗・申・酉の各章を描いて完結した本作。正直なところ、作者のあとがきを見るまで、各章の副題の意味に気が付かなかったのは、お恥ずかしい限りです。
 それはさておき、本書の二編を含めて、各話で描かれたもの――鬼と人との関係性、突き詰めれば鬼と人の存在の意味は、何故か戦国時代の激動の歴史の中で、丹念で抑制の効いたその描写も相まって、不思議な安らぎをもたらしてくれるように感じます。

 作者の歴史漫画をもっともっと読んでみたい――そんなことを強く思わされた名品に相応しい結末です。


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2024.11.01

未熟な二人を通じて描かれる、己の在り方に悩む者たち 宮野美嘉『あやかし姫の婚礼』

 幸徳井家の母と九尾の狐の間に生まれ、「あやかし姫」と異名を取る桜子と、妖怪に育てられた柳生家の友景――数奇な運命を背負った二人を描いた『あやかし姫の良縁』の続編です。いよいよ婚礼を迎えることになった二人ですが、その間には隙間風が。そんな中、九尾の狐の尾を狙う謎の男が現れ……

 陰陽道の名門・幸徳井家に生まれ、生まれついての神通力と人間離れした剛力で、「あやかし姫」と呼ばれる桜子。そのあまりの力から、自分が何をしても壊れない相手にしか嫁がないと公言していた彼女は、祖父に柳生家の友景に嫁ぐよう命じられます。
 およそパッとしない友景ですが、幼い頃に妖怪に攫われ、妖怪の両親に育てられたため、妖怪にしか興味を持てない人間。常人離れした肉体に強力な陰陽術の使い手である彼は、桜子とは好一対の人物だったのです。

 そして京を騒がす百鬼夜行騒動の末、互いのことを知った二人はめでたく結ばれることに――という前作を受けて、本作は婚礼の準備が進められる場面から始まります。
 しかし、全く女心を解さない友景の言動に、自分は彼に相応しくないのではと思い始める桜子。そんな中、幸徳井家の上得意であり、桜子のことを昔から知る貴族・八条院智仁が現れ、桜子には自分が相応しいと宣言、今度は友景が不機嫌になるのでした。

 さらに、婚礼衣装を仕立てる妖怪・福鼠のもとを訪れた際、その姫・夜目子に自分とは打って変わった態度で接する友景を見た桜子はいたたまれなさで飛び出し――残された友景は、福鼠の長と夜目子から、それぞれ智仁に対する意外な頼みをされます。

 一方、幸徳井家の近くで行き倒れていた法師・堂馬を助けた桜子。しかし実は堂馬は、幸徳井家の巫女が代々守ってきたという秘宝を狙っていたのです。
 突然知らされた、自分も知らない秘宝の存在に戸惑う桜子。さらに堂馬にはとんでもない秘密があることが明らかになり……


 あの幸徳井友景の若き日の物語――と思って読んでみれば、とてつもない異形のラブストーリーが展開された前作。それに続く本作では、題名通り、その恋の先の婚礼が描かれる――と言いたいところですが、そこに至る大騒動が描かれることになります。
 何しろ二人は色々な意味で並みの人間でないためか、感情表現も未熟というレベルではない――簡単に言ってしまえば、二人のやり取りは、両片思いの中学生(いや小学生?)のそれを見せられる気分になります。

 そんなわけで序盤の展開には、これはどうしたものかな――という気分に正直なところなったのですが、しかし二人以外の登場人物にスポットが当たっていくにつれて、物語の目指すところが見えてくるようになります。
 人間ではあるものの、異常に妖怪に好かれてしまう八条院智仁。妖怪でありながら智仁を慕う夜目子。妖怪を憎み、妖怪を滅ぼすために妖怪の力を求める倒錯した存在である堂馬(その正体は、陰陽師ものファンであればお馴染みの……)。

 さらにそこに、桜子の陰陽道の師匠である安倍晴明(の幽霊)、前作ラストで驚くべき正体を現した女占い師・紅といった前作からの登場人物も加わり、前作の伏線も踏まえて複雑性を増す物語の中で桜子の出生の秘密――桜子の母・雪子と九尾の狐の馴れ初めまでが語られることになります。
 そしてその中で描かれるのは、「人間」と「妖怪」という相容れない存在の間で、自分の在り方に迷い、戸惑い、それでも己の道を貫こうとする――そんな者たちの姿なのです。

 もちろんその代表が主人公カップルであることは間違いありませんが、一歩間違えれば痴話喧嘩で片付けられそうな二人の姿も、周囲の人間と妖怪たちの姿を通すことで、また異なるものとして見えてきます。
 そしてそんな二人をはじめとする「人間」と「妖怪」たちの姿は、もちろんこの物語独特のものではありますが――自分の持つ様々な社会的属性の前で、自分の在り方に悩む現実世界の人々(もちろんその中に我々読者も含まれるわけですが)を映したものに見えるのは、あながち穿った見方ではないと感じられます。

 そんなわけで、時代伝奇小説の形を借りた異形のラブストーリーであった前作から、伝奇性だけでなく、ドラマ性においてもさらに発展した本作。婚礼の時を迎えてもまだまだ未熟なカップルですが、それだからこそ二人の成長していく先を見てみたいと感じます。


 それにしても、実在の人物であり、主人公になってもおかしくないような重要キャラであった八条院智仁。あまりに違和感なく登場してきたので、前作にも登場したかと思えば……


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