« 2024年11月 | トップページ | 2025年1月 »

2024年12月

2024.12.31

2024年に語り残した歴史時代小説(その二)

 今年まだ紹介できていなかった作品の概要紹介、後編です。

『了巷説百物語』(京極夏彦 KADOKAWA)
 ついに登場した『巷説百物語』シリーズ完結編は、長い間待たされた甲斐のある超大作。千代田のお城に巣食っているでけェ鼠との対決は思わぬ方向に発展し、壮絶な決着を迎えることになります。

 そんな本作の魅力は、何と言ってもオールスターキャストでしょう。山猫廻しのお銀や事触れの治平ら、お馴染みの化け物遣いの面々に加えて、西のチームや算盤の徳次郎が集結――その一方で化け物遣いと対峙する存在として、嘘を見破る洞観屋の藤兵衛、化け物を祓う中禅寺洲斎が登場、さらに謎の悪人集団・七福連も登場し、幾重にも勢力が入り乱れた戦いが繰り広げられます。

 とにかく、過去の登場人物や事件まで全てを拾い上げ、丹念に織り上げた物語は大団円にふさわしい本作ですが、その一方で過去の作品の内容と密接に関わっている部分もあり、単独の作品として読む場合にはちょっと評価が難しいのは否めないところでもあります。


『円かなる大地』(武川佑 講談社)
 アイヌを題材とした作品といえば、その大半が明治時代以降を舞台としていますが、本作は戦国時代というかなり珍しい時期を題材に、その舞台だからこその物語を描いてみせた雄編です。

 些細なきっかけから、蝦夷の戦国大名・蠣崎家から激しい攻撃を受けることとなったシリウチコタンのアイヌたち。悪党と呼ばれるアイヌ・シラウキによって人質にされた蠣崎家の姫・稲は、女性たちをはじめアイヌに対してあまりにも無惨な所業に出る和人を止めるため、ある手段に出ることを決意します。
 しかし、籠城を続けるシリウチコタンが保つのは十五日程度、その間に目的を果たすべく、稲姫とシラウキを中心に、国や人種の境を越えた人々が集い、旅に出ることに……

 戦国時代の一つの史実を題材に、アイヌと和人の間で悲惨な戦いを避けるべく奔走した人々を描く本作。作中でアイヌが置かれた状況のあまりの過酷さに重い気持ちになりつつ、主人公たちが目的を達成できるよう、これほど感情移入して応援した作品はかつてなかったと思います。

 しかし本作は、単純にアイヌと和人を善悪に分けるのではなく、そのそれぞれの心に潜むものを丹念に描いていきます(悪役と思われた人物の思わぬ言葉にハッとさせられることも……)。
 作者はこれまで、戦国ものを描きつつも、武器を取って戦う者たちの視点からではない、また別の立場から戦う者の視点から物語を描いてきました。本作はその一つの到達点と感じます。


『憧れ写楽』(谷津矢車 文藝春秋)
 ここからは最近の作品。来年の大河ドラマの題材が蔦屋重三郎ということで、蔦屋だけでなく彼がプロデュースした写楽を題材とする作品も様々に発表されています。

 その一つである本作は、写楽の正体は斎藤十郎兵衛だけではない、という当人の言葉を元に、老舗版元の若き主人である鶴屋喜右衛門が喜多川歌麿と共にその正体を追う時代ミステリですが――しかし謎を追う過程で喜右衛門がぶつかるのはどこか我々にも見覚えのある「壁」や「天井」です。
 それだけに重苦しい展開が続きますが、だからこそ、その先に描かれる写楽の存在に託されたものが胸に響きます。


『イクサガミ 人』(今村翔吾 講談社文庫)
 Netflixで岡田准一主演で映像化という、仰天の展開が予定されている『イクサガミ』。当初予定の三作では終わりませんでしたが、しかし三作目の本作を読めば、いいからまだまだやってくれ! と言いたくもなります。
 いよいよ「蠱毒」も終盤戦、東京に入れるのは十名までというルールの下、残り僅かな札を求めて強豪たちが集結――前半の島田宿では、まだこれほどの使い手がいたのか! と驚かされるような面子が集結し、激闘を展開します。
 その一方で、主催者側の隠された意図もちらつきはじめ、いよいよ不穏の度を増す戦いは、東京を目前とした横浜でクライマックスを迎えます。文字通り疾走感溢れる決戦の先に何が待つのか――来年刊行される最終巻には期待しかありません。

 最後にもう一作品、『篠笛五人娘 十手笛おみく捕物帳 三』(田中啓文 集英社文庫)については、近々にご紹介の予定ですので、ここでは名前のみ挙げておきます。

それでは良いお年を!

|

2024.12.30

2024年に語り残した歴史時代小説(その一)

 今年も残すところあと二日。こういう時は一年の振り返りを行うものですが――既に読んでいるにもかかわらず、まだ紹介していない作品が(それも重要なものばかり)かなりありました。そこで今回は二日に分けてそうした作品に触れていきたいと思います。(もちろん、今後個別でも紹介します……)

『佐渡絢爛』(赤神諒 徳間書店)
 いきなりまだ紹介していなかったのか、と大変恐縮ですが、今年二つの賞を取り、年末のベスト10記事でも大活躍の本作は、その評判に相応しい大作にして快作です。

 元禄年間、金鉱が枯渇しかけていた佐渡で、謎の能面侍による連続殺人が続発。赴任したばかりの佐渡奉行・荻原重秀は、元吉原の雇われ浪人である広間役に調査を一任し、若き振矩師(測量技師)がその助手を命じられることになります。水と油の二人は、衝突しながらもやがて意外な事件のカラクリを知ることに……

 と、歴史小説がメインの作者の作品の中では、時代小説色・エンターテイメント色が強い本作ですが、しかし作者の作品を貫く方向性はその中でも健在です。何よりも、ミステリ・伝奇・テクノロジー・地方再生・青年の成長といった様々な要素が、一つの作品の中で全て成立しているのが素晴らしい。
 「痛快時代ミステリー」という、よく考えると不思議な表現が全く矛盾しない快作です。


『両京十五日 2 天命』(馬伯庸 ハヤカワ・ミステリ)
 今年のミステリランキングを騒がせた超大作の後編は、前編の盛り上がりをさらに上回る、まさに空前絶後というべき作品。明朝初期、皇位簒奪の企てを阻むため、南京から北京へと急ぐ皇太子と三人の仲間たちの旅はいよいよ佳境に入る――というより、上巻ラストの展開を受けて、三方に分かれることになった旅の仲間たちが、冒頭からいきなりクライマックスを繰り広げます。

 地位や身の安全よりも友情を取るぜ! という男たちの侠気が炸裂したかと思えば、そこに恐るべき血の因縁が絡み、そして絶対的優位な敵に挑むため、空前絶後の奇策(本当にとんでもない策)に挑み――と最後まで楽しませてくれた物語は、最後の最後にそれまでと全く異なる顔を見せることになります。
 そこでこの物語の「真犯人」が語る犯行動機とは――なるほど、これは現代でなければ描けなかった物語というべきでしょう。エンターテイメントとしての魅力に加えて、深いテーマ性を持った名作中の名作です。


『火輪の翼』(千葉ともこ 文藝春秋)
 『震雷の人』『戴天』に続く安史の乱三部作の完結編は、これまで同様に三人の男女を中心に描かれた物語ですが、その一人が乱を起こした史思明の子・史朝義という実在の人物なのもさることながら、前半の中心となるのがその恋人である女性レスラー(!)というのに驚かされます。

 国の腐敗に対し、父たちが起こした戦争。しかしそれが理想とかけ離れた方向に向かう中、子たちはいかにして戦争を終わらせるのか。安史の乱という題材自体はこれまで様々な作品で取り上げられていますが、これまでにない主人公・切り口からそれを描く手法は本作も健在です。

 ただ、歴史小説にはしばしばあることですが、結末は決まっているだけに、主人公たちの健闘が水の泡となる展開が続くのは、ちょっと辛かったかな、という気も……


『最強の毒 本草学者の事件帖』(汀こるもの 角川文庫)
『紫式部と清少納言の事件簿』(汀こるもの 星海社FICTIONS)
 前半最後は汀こるものから二作品を。『最強の毒』は、偏屈者の本草学者と、男装の女性同心見習いが数々の怪事件に挑む――というとよくあるバディもの時代ミステリに見えますが、随所に作者らしさが横溢しています。
 まず表題作からして、これまで時代ものではアバウトに描かれてきた「毒」に、本当の科学捜査とはこれだ! とばかりに切込むのが痛快ですらあるのですが――しかし真骨頂は人物造形。作者らしいセクシャリティに関わる目線を随所で効かせた描写が印象に残ります(特にヒロインの男装の理由は目からウロコ!)

 一方、後者は今年数多く発表された紫式部ものの一つながら、主人公二人の文学者としての「政治的な」立場を、ミステリを絡めて描くという離れ業を展開。フィクションでは対立することの多い二人を、馴れ合わないながらも理解・共感し、それぞれの立場から戦うシスターフッドものの切り口から描いたのは、やはりさすがというべきでしょう。


 以下、次回に続きます。

|

2024.12.29

北斎死す、そしてお栄が北斎に!? 末太シノ『女北斎大罪記』第1巻

 浮世絵界、いや日本美術界の最高峰というべき葛飾北斎。その北斎が急死し、娘の栄が成り代わっていたとしたら――そんな大胆な設定で描かれる野心作です。偉大な父の作品を遺すために奔走することになった栄の苦闘が始まります。

 今日も尊敬する師である葛飾北斎の下を訪れた駆け出し絵師・渓斎英泉。北斎の娘・栄と英泉は、完成したばかりの「北斎漫画」二巻目に目を輝かせるのですが――その直後に思いもよらぬ悲劇が起こります。
 北斎が屋根の上に作った執筆場所――そこから誤って北斎は転落、そのまま息を引き取ったのです。

 直前まで北斎が手にしていたため、北斎の血に塗れてしまった北斎漫画の画稿。しかし父の画を記憶していたお栄は、その場で北斎そのままの絵を描き直してみせます。
 それを目の当たりにした英泉は、とてつもないことを思い付きます。それは北斎の死を秘密にして、栄が北斎になるということ!

 父の北斎漫画を完成させるため、そして女の自分が絵師を続けるため、栄もその提案に乗り、一か八か、父に成り代わることを決意するのですが……


 北斎の娘であるだけでなく、「吉原格子先之図」など彼女自身の優れた作品により、近年注目が集まっている葛飾栄(応為)。フィクションでも様々な作品に登場している栄ですが、本作のような内容の物語はかなり珍しいといってよいでしょう。
 何しろあの北斎が本来よりも30年以上早く亡くなり、その代わりに栄が北斎を名乗っていたというのですから!

 どう考えても無理――と言っては身も蓋もないのですが、しかしここで示される北斎を死なせるわけにはいかない理由、そして栄が北斎を名乗らなければいけない理由――特に後者、女性であり常人を遥かに上回る画力を持つ栄がこの先も絵筆を握るためには、北斎の助手であり続ける必要がある、という一種逆説的なそれには、不思議な説得力があります。


 そんな本作においてまず目を引きつけるのはもちろん、栄が周囲の目を欺き、「北斎」で在り続けることができるのか、という点であることは間違いありません。
 この第1巻においては、いきなり曲亭馬琴が登場――北斎にとっては最大の理解者であり好敵手ともいえる間柄であり、裏を返せば栄が北斎で在るための巨大な障害というべき存在です。この馬琴の目を如何に眩ませるかが、この巻最大の山場といってもよいでしょう。

 しかしここで描かれるのは、馬琴との対決というサスペンスだけではありません。栄が本当に乗り越えなければならないのは、死してなお巨大な壁として存在する北斎の存在であり、そしてその北斎に対してまだまだ未熟である自分の才能なのですから。

 本作においては冒頭から語られる栄と北斎との違い――それは栄が「見る」天才である一方で、北斎が「観る」天才であるという事実にほかなりません。
 栄の才が一度見たものは決して忘れることなく、忠実に描くことができるものである一方で、一度見たものの内側にある本質を見極め、それを描くことができる北斎の才。この両者は、似ているようで全く異なるものであり、北斎はやはり栄とは格が違うとしか言いようがありません。

 自身も才があるからこそ、父と自分の間に超えられない差があることを理解できてしまう――しかしそれでも父にならなければならない。そんな栄の真摯な悩みこそが、本作に題材のインパクトだけではない、芸道ものとしての味を与えていると感じます。


 史実では北斎が亡くなったのは1849年、その一方でこの第1巻の時点はおそらく1815年。先に述べた通り、30年以上の時間があるわけですが、それが全て本作で描かれるかはわかりません。
 しかし北斎漫画だけに絞るのであれば、刊行年代から見て一区切りがついたのではないかと考えられる十編が刊行されたのが1819年と、あと4年間となります。

 少なくともその間、栄は北斎であり続けることができるのか。そしてその間に栄は北斎になれるのか――予想すらできない栄の画道は、まだ始まったばかりなのです。


『女北斎大罪記』第1巻(末太シノ 講談社ヤングマガジンコミックス) Amazon

|

2024.12.28

鬼と人の間に立つ者・茨木童子の悲恋譚 木原敏江『大江山花伝』

 木原敏江の代表作の一つである歴史ファンタジー連作『夢の碑』の番外編と(後に)銘打たれた「大江山花伝」は、タイトルの通り大江山の酒呑童子伝説を基にした悲恋譚。ここでは、その前日譚に当たる「鬼の泉」と合わせて紹介いたします。

 都を騒がす鬼・酒呑童子を退治するため、単身、山伏に扮して大江山に潜入した渡辺綱。しかし彼は、何故かついてきた下働きの娘・藤の葉ともども、鬼に捕らわれてしまうのでした。
 そんな二人の前に現れたのは、綱にかつて片腕を斬られたことのある鬼にして、酒呑童子の息子・茨木童子。綱を牢に入れ、藤の葉を己のものとしようとした茨木童子ですが、片面に火傷を負った彼女の顔を見て何故か激しい驚きを見せるのでした。

 捕らわれの中、綱は、鬼たちがかつて異国からこの国に渡ってきた者たちであり、人間によって一族を虐殺されたために復讐を誓っていること――そして茨木童子が、かつて人間の母によって鬼の隠れ里から逃れ、人として育てられたものの、酒呑童子に連れ戻されて鬼と化したことを知ります。

 やがて仲間たちによって救い出され、源頼光の大江山攻めに加わった綱。しかし鬼たち、特に茨木童子に同情する彼は、何とか茨木童子を救おうとします。そして綱は、事が終わった暁には、藤の葉を妻に迎えようと考えるのですが――実は藤の葉と茨木童子の間には深いつながりが……


 御伽草子や能・歌舞伎などの題材となっている渡辺綱と茨木童子の因縁譚。女性に化けて襲いかかってきた茨木童子の片腕を綱が落とし、厳重に保管していたものの、乳母に化けて現れた茨木童子に腕を取り返される――本作は、有名なこのエピソードをプロローグとして描かれます。
 しかし本作は(結末は大江山の酒呑童子伝説を踏まえながらも)、綱よりも茨木童子の方に重点を起きつつ、伝説とは全く異なる物語を展開していくことになります。

 今は鬼の一味として、文字通り悪鬼の所業を働きながらも、十五歳になるまでは人間として育った茨木童子。その時の幼い恋が長じて後思わぬ形で甦り、悲劇へと繋がっていく――というのは作者の得意とする展開ですが、本作は人間と対立する鬼である茨木童子を主役とし、人間と鬼の間に理解者となる綱を立たせることで、より深い物語性を醸し出しています。
 はたして悪いのは鬼だけなのか。鬼と人間の間に和解の道はないのか――何ともやりきれない物語ながら、しかしだからこそ高い叙情性と儚い美しさが漂うのはやはり、作者の筆の力と感じます。


 そして前日譚である「鬼の泉」は、父の下に連れ戻された茨木童子が、鬼となることを拒否して大江山を出奔した際の物語です。

 酷薄な荘園領主とその弟に捕らわれ、下人として扱われながらも、そこで同じ下人の少年・小朝丸と、貴族に売る遊女とするために育てられている娘・萱乃と出会った茨木童子。三人で暮らす中、人のぬくもりに触れ、小朝丸と萱乃と共に生きていこうとする茨木童子ですが、盗賊となっていた萱乃の恋人が領主に捕らわれたことで、運命の歯車が狂っていくことに――という物語です。

 「大江山花伝」に比べれば、ほとんど人間とも言える心を持っていた茨木童子が、何故変貌してしまったのか――終盤に描かれる彼の心の動きは、理不尽でありながらも、しかしそれだけに不思議なリアリティを感じさせます。
 こちらもさらにやり切れない物語ではありますが、しかしそれだけに終わらない余韻を残す点では、「大江山花伝」と同様といえます。


 なお、本作で描かれる鬼の出自――北欧から日本にやって来た民の末裔――は、「夢の碑」シリーズと共通するものですが、発表時期はこちらが先立っているためか(「大枝山花伝」は週刊少女コミック昭和53年第27号、「鬼の泉」はララ昭和57年1月号、一方「夢の碑」シリーズ第一弾の「桜の森の桜の闇」はプチフラワー昭和59年5月号)シリーズには直接含まれないながらも、単行本によっては番外編と冠されているところです。

 また、フラワーコミックスα版では、この二作のほか、やはり歴史ファンタジーの「花伝ツァ」と「夢幻花伝」が収録されていますが、こちらについてはまた機会を改めて紹介したいと思います。

|

2024.12.27

首無し死体の名はセバスチャン・モラン!? 松原利光『ガス灯野良犬探偵団』第5巻

 ついにワトソンもベーカー街の住人となり、ホームズとリューイの周囲も賑やかになってきました。そんな矢先に発見された首なし死体、その名はセバスチャン・モラン――ジエンの古巣・磁刀会も絡んで事態は二転三転、事件は解決したと思いきや……

 紆余曲折の末、アフガニスタン帰りで作家志望の男、ジョン・H・ワトソンがホームズと同居することになったベーカー街221B。リューイたちも相変わらず賑やかに暮らす中で、奇怪な殺人事件が発生します。
 死亡推定時刻を過ぎた時間に、その被害者に出会った人間がいるという首なし死体の怪。死体の服装から判明した被害者――生前「モリアーティ」なる人物との繋がりを仄めかしていたというその人物の名は、「セバスチャン・モラン」!

 さらに、かつてジエンが所属していた中国マフィア・磁刀会が不穏な動きを見せ、殺人事件の犯人として名乗りを上げます。そして磁刀会のボスは、リューイたちの安全を盾に、組織に戻るようにジエンに強いてきて……

 と、怪奇性の強さに加えて、ジエンが苦境に立たされるのが目を引く今回の事件ですが、なんといってもホームズ(本作のホームズという意味ではなく原典の方の意味で)ファン的に度肝を抜かれるのは、被害者の名前であることは間違いありません。
 そう、セバスチャン・モランといえば、原典ではあのモリアーティ教授の部下として「空き家の冒険」事件に登場した人物。それ以外には『恐怖の谷』に名前が出るのみと、ほとんど単発の登場ながら、その立ち位置から高い知名度のキャラクターです。

 そのモランが、いきなり首無し死体として登場とは――ミステリでは、首無し死体イコール××と思え、という格言がありますが(ありません)、それにしても衝撃的な展開です。
 はたして死後も動き回った首無し死体の真実とは。そもそも首無し死体となったのは本当にあのモランなのか。この事件に磁刀会が首を突っ込んできた理由は、そして本当にジエンは磁刀会に戻ってしまうのか……

 この複雑極まりない状況に、磁刀会ボスの下に自ら(知らずに付き合わされたワトソンをお供に)乗り込んだホームズが、まさに快刀乱麻を断つが如く、全ての謎と難題を解決してみせるのには、ただただ痺れるとしか言いようがありません。
 ここはもう、原作者の本格ミステリ作者としての腕を堪能させていただいたというしかないのですが、しかしそこから明かされる、もう一つの「真実」によって、全てがひっくり返されることになります。

 ここから先の展開については伏せますが、今回の事件では派手な大立ち回りを見せたジエンを除けば、大して出番がなかったリューイたちが、ここから大活躍することになります。
 この見せ場の作り方には、こうくるか! と拍手するしかないのですが、しかしこのエピソードは序章でしかないことが、続いて語られます。

 もうここまで来ると、鬼殺しでも連れて来るしかないのでは――というのはベタな感想で恐縮ですが、ここでは原作者のエンターテイメント作家としての腕を存分に見せつけられた、という印象です。


 この巻のラストでは、ついにリューイたちがあの名前で呼ばれることになり(ここでワトソンという「作家」が間に入ることで、本作と原典の間の溝が埋められるのが、また上手い)、この先、主人公サイドも決して「敵」に負けてばかりではいないと期待できます。
 リューイとホームズの関係性も今回の事件を経て新たな段階に突入し、本作のファンとしても原典のファンとしても、ここから新たに始まる物語が待ちきれません。


『ガス灯野良犬探偵団』第5巻(松原利光&青崎有吾 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon

関連記事
松原利光&青崎有吾『ガス灯野良犬探偵団』第1巻 推理対決、名探偵vs浮浪児!?
松原利光&青崎有吾『ガス灯野良犬探偵団』第2巻 新たな仲間、少年の牙!
松原利光&青崎有吾『ガス灯野良犬探偵団』第3巻 新たなる仲間、新たなる……
ついに対面、やさぐれワトソンと詐欺師ホームズ!? 松原利光&青崎有吾『ガス灯野良犬探偵団』第4巻

|

2024.12.26

列車砲を輸送せよ! 軍事冒険小説にしてロードノベルの快作 野上大樹『ソコレの最終便』

 かつて霧島兵庫の筆名で作品を発表してきた作者による本作は、今年の細谷正充賞受賞作の一つにして、終戦直前の満州を舞台に特命を受けて駆ける装甲列車を描く軍事冒険小説です。ソ連軍が迫る中、七日間で二千キロ先の地まで巨大列車砲を輸送する「ソコレ」に乗った者たちの死闘が繰り広げられます。

 昭和二十年八月九日、日ソ中立条約を破棄して満州国に侵攻を開始したソ連軍。その大混乱の中、田舎町・牡丹江に駐屯していた朝倉九十九大尉率いる一〇一装甲列車隊「マルヒト・ソコレ」に、関東軍総司令官直々の特命が下ります。
 特命――それは、輸送中に空襲を受けて国境地帯で立ち往生してしまった日本軍唯一の巨大列車砲を回収し、本土防衛に用いるため大連港に送り届けよ、というものでした。

 部隊の部下たちとともにただちに現地へ急行し、列車砲と砲兵隊に合流した九十九。しかし本当の苦難の道のりはそこから始まります。
 日本への輸送船が出航するのは七日後――それまでに、T34戦車部隊を擁するソ連軍の猛攻が続く中、大連へと辿り着かなければならない。しかも、往路の橋が敵の侵攻を防ぐために落とされたため、北へ、西へと、実に二千キロの迂回路を取らなければならないのです。

 既に製造から二十年が経過した老ソコレに鞭打ちながら進む一行。その道中では、エリート軍医や老整備士、避難民の赤ん坊までも加わりながら、大連を目指します。悲惨な戦場を突破するたびに仲間を次々と失い、人も機械も傷ついていく旅路の果てに待つものは……


 十九世紀後半に実用化され、第二次世界大戦まで特に欧州を中心に運用された列車砲。鉄路さえあれば迅速に移動可能な超遠距離砲台という魅力的なコンセプトは、しかしその射程以上の航続距離を持つ航空戦力の発達や弾道ミサイル等の登場による巨砲兵器の退潮、運用に必要な人員と物資の多さ――そして何よりも、鉄路がなければ移動が不可能という致命的な欠点により、急速に歴史の表舞台から消えていきました。
 その点では(このような表現が適切かはわかりませんが)、列車砲は一種のロマン兵器であり、鉄路に輸送を依存する時代を過ぎて消えていった(しかしその名前の物々しさが印象に残る)装甲列車ともども、時代の徒花という印象が強くあります。だからこそ、本作のような物語の「主役」に相応しいとも言えるでしょう。

 本作は、日本軍がその列車砲――九〇式二四センチ列車カノンを満州の虎頭要塞に配備していたという史実を背景としつつ、ソ連軍の猛攻を掻い潜って目的地を目指す軍事冒険小説にして、鉄路という鉄道の制約を活かしたロードノベルの快作です。

 軍事冒険小説――特に不可能ミッションものの魅力といえば、不可能と評される状況の過酷さ、そしてそれに挑む主人公と仲間たちの個性と奮闘ぶりでしょう。その点、本作は列車という多くの人間が乗り合わせるという舞台設定ならでは多士済々ぶりが魅力の一つといえます。
 重い過去を背負いながらも諧謔味を見せる主人公・九十九を初め、「仏」と呼ばれる専任曹長、明朗で生真面目な偵察警戒班班長、随所でエネルギッシュに活躍する砲兵少尉といった軍人たち。それだけでなく、人類愛に燃える若き看護婦や、ある理由で人生を投げ出した整備の名人など、本来であればこの場に居合わせなかったであろう人々が列車という限られた空間の中で織りなす群像劇が展開されます。

 物語の中では、痛快な戦果といったものはほとんどなく、目を覆いたくなるような悲惨な戦禍が数多く描かれます。しかし、それだからこそ、極限の状況下で顕れる(本作の場合は主に善き)人間性が一際印象に残るのです。

 また、本作では、主役であるソコレが中盤で――というサプライズや、クライマックスで繰り広げられるソ連軍との決戦の構図など、戦争ものとして新しいアイディアが盛り込まれているのも目を引くところです(特に前者については、作者の世代的にある意味当然のようにたどり着いたアイディアなのではないかと想像します)。


 しかしその一方で非常に残念なのは、物語の展開がわかり易すぎる点です。この舞台で研究者肌の軍医が登場すればアレの関わりだな、といった具合に、このジャンルに触れたことがある読者であれば容易に予測できてしまう要素や、ここでこれが描かれたということは後で意味を持つな、というように伏線があまりにも明白な部分(先述のサプライズも、正直なところ予想の範囲内ではありました)など――物語展開の意外性に乏しいために、本作が類型的な内容に見えてしまうのは、勿体ないとしか言いようがありません。

 冒頭で触れたように、本作は作者が単行本化に際して筆名を改め、心機一転を図った一作。それだけに、文句のつけようのない作品を期待したかったというのは、厳しすぎる評価かもしれませんが、偽らざる心境でもあります。
(霧島兵庫名義で発表された『信長を生んだ男』などもよくできていただけに……)


『ソコレの最終便』(野上大樹 ホーム社) Amazon

|

2024.12.25

『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚』 第三十五話「比古清十郎」/第三十六話「修羅の会合」

 これ以上戦いに巻き込むことを恐れて葵屋を離れ、もう一人の探し人・比古清十郎のもとを訪れる剣心。飛天御剣流の師である清十郎に対し、奥義の伝授を願う剣心だが、そこに薫たちが現れる。一方、蒼紫の前に現れた宗次郎は蒼紫を志々雄の下に誘い、両者は対剣心の同盟を結ぶことに……

 今回も二話まとめて紹介しますが、アクション的な見せ場はほとんどなく、その意味では谷間的な回ではありますが、しかしキャラクターの動きという点では、今後に続く重要な動きが幾つもあった回でした。

 何よりも大きいのは、第三十五話のタイトルにもなっている比古清十郎の登場でしょう。剣心の師匠であり、現・飛天御剣流の継承者というだけでも極めて重要なキャラクターですが、それは同時に、剣心の(人斬り抜刀斎になる前の)過去を知る者ということであり、そして剣心の飛天御剣流はまだ完全ではないということを証明する存在でもあります。
 人格的にも強さの上でも完成した存在として描かれていた剣心も、かつては未熟だった、そして今も成長の余地があるというのは、バトルものとしての要請から来たものではあるかと思いますが、それだけでなく、剣心のキャラクターを深めるものであることは言うまでもないでしょう。

 そしてここでもう一つ重要なイベントとして、剣心と薫(と弥彦)の再会が描かれるわけですが――東京編であれだけドラマチックに別れたわりには、かなりあっさり目のドラマだったのは、これはこれでリアルなのかもしれません。
 しかしここでは、すぐ上で述べたように、過去の剣心を知る(過去しか知らない)清十郎と、今の剣心――それも東京での彼と、東京を離れて京に至るまでの二つの段階の剣心を知る薫と弥彦、そして操が出会うことで、状況が変化していくのが面白いところでしょう。物語の状況が、剣心の周囲の人間が出会い、結びつくことで動いていく――剣心が状況を動かしているわけでは必ずしもないけれども、彼を中心に物語が動く、そんなダイナミズムに感心させられます。

 これは味方サイドだけでなく敵サイドも同様で、第三十六話の後半では、四乃森蒼紫と志々雄真実が敵を共通するもの同士手を結ぶことになります。
 この辺りは段取りではありますが、ちゃんとやっておかないと「抜刀斎は何処だ」「誰だお前は?」になってしまう――というのはさておき、またこの場面は同時に十本刀の(半分)のお目見えにもなっていて、これをまとめてやってしまう手際の良さにはやはり感心します。


 しかしそんな展開の中でこちらの目を奪うのは、やはり比古清十郎のあの襟です。初登場時の、表の顔である陶芸家をやっている場面からあの襟なので、「いくらなんでもあんな襟の陶芸家はちょっと」「しかし確かに比古清十郎といえばあのマントの襟だし」と大いにと惑わされました。
 が、原作を読み返してみたら、そちらでは初登場時は別に普通の襟だったので愕然としたわけですが――今回このように描写されたということは、清十郎は普段からあの襟が正史ということでよいのでしょう。そうに違いない。

 もう一つ、今回はキャラクターのやりとりが中心だった分、ギャグ描写も多かったのですが、その中で初対面の操と薫の会話で、白べこの冴が横から「一緒に暮らしてた?」「道中二人で連だつ?」「ムキになって否定するところがなお怪しい」と茶々を入れるくだりは、ベタではありますが声の演技の巧みさで非常に楽しいシーンになっていたと思います。

『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚 京都動乱』 1(アニプレックス Blu-rayソフト) Amazon

関連サイト
公式サイト

関連記事
『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚』 第二十五話「京都へ」
『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚』 第二十六話「明治東海道中」
『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚』 第二十七話「見捨てられた村」/第二十八話「野心家の肖像」
『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚』 第二十九話「再び京都へ」/第三十話「森の出会い」
『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚』 第三十一話「京都到着」/第三十二話「十本刀・張」
『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚』 第三十三話「禁忌の抜刀」/第三十四話「逆刃刀 初撃」

|

2024.12.24

クリスマス・イブ特別編 マンリー・ウェイド・ウェルマン「山にのぼりて告げよ」

 今日はクリスマス・イブですが、毎年この時期になると読み返したくなる物語があります。それはマンリー・ウェイド・ウェルマンの「銀のギターのジョン」シリーズの一つ「山にのぼりて告げよ」。主人公のジョンがクリスマスの日に子どもたちに語る、ちょっと不思議で心温まる物語です。

 米国のホラー/SF作家であるウェルマンのシリーズキャラクターの一人・銀のギターのジョンは、通り名そのままに、銀の弦を張ったギター片手に、アパラチア山脈を中心に放浪する歌うたいの男。そんな風来坊のジョンを主人公とした連作では、彼が様々な超自然的な出来事や怪物、魔術と遭遇し、それを切り抜けていく様が描かれています。

 このジョンの物語は、作者が実際に収集した舞台となる地方の民間伝承をはじめとして、土着の文化風俗が巧みに散りばめられていて、一種のフォークロア・ホラーというべき味わいがあるのですが――それと同時に、楽天的なジョンのキャラクターと語りが生むユーモラスな空気、そして人間の善性に対する目線が物語に大きな温かみを与え、ホラーだけれどもホッとさせられるという、不思議な味わいが実に魅力的なシリーズです。
(もう一つ、SF的なアイディアが時折スッと投入されているのも楽しい)

 本シリーズについてはいずれまとめて取り上げたいと思いますが、今回紹介する「山にのぼりて告げよ」は、ジョンが直接遭遇した怪異を描くのではなく、あるクリスマスのお祝いに招かれた彼が、子どもたちに知り合いから聞いた出来事を語るという、シリーズの中では少々変わったスタイルの物語です。
 そのため、厳密にはメインとなる内容はクリスマスの出来事ではないのですが――しかし内容的に、クリスマスに語るのにこれほどふさわしいものはない物語です。


 かつては仲の良い隣人であったものの、ちょっとしたことが重なるうちに、決定的に仲違いしてしまったアブサロム氏とトロイ氏。そんな関係を象徴するように、土地の境界に深い溝を掘ったトロイ氏に対して、アブサロム氏がある対策を考えていた時――彼の前に、工具箱を担いだ一人の男が現れます。
 流しの大工だと名乗るその男に対してアブサロム氏が依頼したのは、溝に沿った自分の土地の側に柵を立てること。男は晩飯時までには喜んでもらえる結果が出せると請け負い、作業を始めます。

 そこにやって来たのは、以前荷車に足を轢かれて以来、歩くのに松葉杖が必要なアブサロム氏の息子。好奇心旺盛な彼は見知らぬ男に話しかけ、男の方も聞いたこともないようなたくさんの物語を語り、二人はあっという間に仲良くなります。

 そして、夕方に再びやって来たアブサロム氏がそこで見たものは……


 はたして大工の男が作ったものは何だったのか、そして男は何者なのか――それは読んでのお楽しみですが、内容的には非常に寓話的な本作は、しかしジョンという語り手の口を通すことで(作中、時折聞き手の子どもたちの合いの手が入るのも微笑ましい)、軽妙で、そして同時に強く胸を打つ物語となっています。
 特に終盤、「彼」と我々との関わりについて語る一文は実に感動的で、恥ずかしながら何度読んでも目に涙が浮かびます。

 クリスマスは元々は一宗教の行事、そして今では商業的年中行事に過ぎず、そこで愛と平和を祈るのは、儚く無意味なことで、偽善的ですらあるかもしれません。それでも、これだけクリスマスを祝い、喜ぶ人々が世に溢れているのは、心の何処かでクリスマスが象徴する善きものを信じ、期待しているからではないでしょうか。
 そう考えてしまうのは少々センチメンタルに過ぎるかもしれませんが、今日くらいはそんな善意を信じてもいいのではないか――これはそんなとこを考えさせる物語です。


 ちなみに本作が収録された「銀のギターのジョン」ものの短編集『悪魔なんかこわくない』(国書刊行会)は残念ながら絶版のようですが、図書館などではよく見かけますし、その他にも英語のテキストも公開されていますので、興味のある方はぜひご覧ください。

|

2024.12.23

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第12話「魔族の誇り」

 再び魔界に降り立った殤不患の前に現れ、共闘を持ちかける凜雪鴉。封印された裂魔弦を救い出し、浪巫謠の行方を知る二人だが、その前に刑亥が現れる。葛藤の末、魔王の征く道の障害になるとして、刑亥は三つの魔宮印章の力で不完全ながら魔神の力を宿し、三人に襲いかかる……

 第4期も全13話だと思いきや、もう最終回でちょっと驚いた今回。最終章が控えているとはいえ、残り一話で何を描くのか――と思っていましたが、冒頭から今期本当に久しぶりの殤不患と凜雪鴉の再会は、やはり胸躍るものがあります。
 それにしてもメリー・ポピンズよろしく降りてきた殤不患を平然と出迎える凜雪鴉といい、(睦天命に聞いていたであろうとはいえ)魔界で待ち受けていた凜雪鴉を見ても驚かない殤不患といい、どちらもそれぞれのことをある意味信頼している感じなのが微笑ましい。しかし冷静に考えれば、殤不患は魔界についてほとんど知らない状況――そもそも浪巫謠が魔族との混血なのを初めて聞いたくらいなのですから。

 それでも、ほとんど全く動じないのが殤不患の殤不患たる所以。生まれがどうであれあいつは人として正しい道を志してた、流れている血が何色だろうと関係ない――こんな好漢過ぎる殤不患に、妙にマジな顔で反応を見ていた(ように澱んだ目には見えた)凜雪鴉もニッコニコ。「一度友誼を結べば、人も魔物も関係なしか。全くお前は私の見込んだ通りの男だよ」とやたらと馴れ馴れしく殤不患に近付いたと思えば(初見で見逃していましたが、よく見るとさりげなく殤不患と背中合わせに寄りかかる凜雪鴉)、殤不患の方も「よせやぁい」と言わんばかりのリアクション。
 拙者、互いに主義主張は正反対で馴れ合わないけれども、相手の能力や信念には深く信頼していて、いざ戦いの時には背中を預けられる関係性大好き侍――という向きにはたまらない描写ではないでしょうか。

 そんなわけで冒頭でもう満腹になってしまったのですが、この後、えらく雑に(本当に雑に)裂魔弦を逢魔漏から解放した凜雪鴉たちの前に現れたのは刑亥――前回、凜雪鴉の出自に驚きつつ、勝利のためとはいえ魔族に新たな道を強いる魔王と、ある意味魔族の核である享楽を求める凜雪鴉と、両者の間で揺れていた刑亥ですが、ついに魔族の未来を選び、凜雪鴉抹殺に動き出したのです。

 しかしもはや刑亥=ポンコツという印象がついたところに、主人公二人+裂魔弦という状況で、彼女に勝ち目があるとは思えませんが――そこで取り出したのは三つの魔宮印章。四つ揃うと新たな魔神が現れるというのは、使うと魔神に転生できるということのようですが、刑亥は三つという不完全な状態ながらこれを己に使用、半分異形の姿と化して襲いかかります。しかしこれ、神蝗盟の二人がブーケ代わりに置いていったものにガチギレして文字通り放り投げた凜雪鴉の失策なわけですが、それを一瞬で見抜いた殤不患はさすがというか何というか……

 不完全とはいえさすがに今回のラスボス、主人公サイドでは最強クラスの三人を向こうに回してむしろ圧倒する刑亥。しかしこんな時に頼りになるのが凜雪鴉です。切り札としてしれっと取り出したのは、神蝗盟カップルが置いていった二振りの神誨魔械(同じブーケ代わりでも、印章は捨ててもこっちは持ってるのな……)。そうきたか! とこちらが驚いているところに、久々のウォウウォウをBGMに裂魔弦と怒雷斧を手にした殤不患が道を切り開き(ここで萬将軍の技を借りる殤不患と、その動きに重なる萬将軍のシルエット!)、そして玲瓏劍を手にした凜雪鴉が刑亥に肉薄し――第一期ラスト以来、本当に久しぶりの天霜・煙月無痕が炸裂! いや、以前は舐めプの寸止めだったものが初めて完全な形で、しかも神誨魔械でもってクリーンヒット、その威力は無痕どころか豪快に真っ二つ……

 かくて斃れた刑亥ですが、凜雪鴉に作中ほとんど初の本気の剣を使わせたのは、以て瞑すべきと評すればよいでしょうか(「殺無生にあの世で自慢するといい」などと、この期に及んでなお引き合いに出され、辱められる殺無生くん……)。その一方で、悪党は殺さない凜雪鴉が初めて完全に斬ったことには、色々と考えさせられるものがありますが……

 しかし刑亥は捨て石の役割を果たしたと言うべきか、その間に魔王と阿爾貝盧法は地上侵攻の準備を固め――そして禍世螟蝗はついに嘲風に自らの正体を明かし(ここで幽皇としての静かな喋りから、徐々にはま寿司のハロウィン限定音声のようなドスの効いた声にかわっていくのがお見事)、娘に神蝗盟の法師としての紋章を与え、それぞれに最後の戦いに臨む態勢を整えます。
 もっとも嘲風の場合、与えられたのがよりによって空席になっていた蠍の紋章の上に、間違った魔法少女(謎の指ハートマークポーズ付き)のようなビジュアルなのが、原作者的に不安ですが……

 そして物語の真の決着は全くつかないまま、二ヶ月後の劇場版、最終章に続く!


関連サイト
公式サイト

関連記事
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第1話「帰郷」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第2話「魔界の宴」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第3話「侠客の決意」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第4話「奇巧対決」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第5話「魔宮貴族」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第6話「謀略の渦」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第7話「魔道の果て」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第8話「再会」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第9話「覚醒」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第10話「託された心」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第11話「魔王の秘密」

|

2024.12.22

二人の復讐劇の結末 地獄の連鎖の先に よしおかちひろ『オーディンの舟葬』第3巻

 恩人を殺した仇を追う「戦狼(ヒルドルヴ)」ことルークと、その仇である一方で自分もヴァイキング王を仇として狙う白髪のエイナル――ヴァイキングのイングランド侵攻を舞台に繰り広げられる壮絶な復讐撃の最終巻です。それぞれ大きな喪失感を抱えつつ、死闘を繰り広げる二人の行き着く先は……

 イングランドとデンマークのヴァイキングの戦いの最中、育ての親である神父をエイナルに惨殺されたルーク。幼い頃から共に育った二匹の狼と共にエイナルを追い、ヴァイキングを狩る彼は、「戦狼」と呼ばれ恐れられるようになります。
 しかしその一方で、返り討ちを狙うエイナルもまた、両親の仇であり、実は叔父であるヴァイキング王・双叉髭のスヴェンを付け狙っていました。

 イングランド軍のアランに利用されるルークと、スヴェンの第二王子・クヌート付きとなったエイナル。アランとスヴェンに翻弄されつつも、ルークとエイナルはなおも激しくぶつかり合います。
 さらにそれぞれ大きな喪失を味わった二人の戦いは、ついに始まったイングランドとデンマークの全面戦争の最中、いよいよエスカレートを続けていくのですが……


 前巻ではイングランドとデンマークの歴史という巨大なうねりの中に飲み込まれた感のあったルークとエイナルの戦い。しかしいきなり冒頭からどうしようもない地獄絵図を繰り広げる両者の対決は、怒り狂うルークの行動によって、思わぬ方向に展開していくことになります。

 恨み重なるエイナルに対して、もはや死すら生ぬるいと恐るべき罰を下したルーク。彼の目論見通りに凄まじい喪失感を抱えたエイナルの行動は、さらなる惨劇を生み出します。二人の暴走が史実と結びついたことにより、さらなる戦禍が生まれる――憎悪が憎悪を呼び、殺戮が殺戮を呼ぶ。二人を結ぶそんな関係性は、国と国のレベルで拡大されていくのです。

 しかし、それは避けられない必然なのか。その地獄の連鎖は、断ち切ることはできないのか――?
 思えばルークもエイナルも、それぞれにかけがえのない存在がありました。それを無惨に奪われたからこその復讐行であることは言うまでもありませんが、しかしその不毛さにルークが気付いたのは、彼にとってのかけがえのない存在の一人が、愛と寛容を語る神父であったからでしょうか。
(一方のエイナルもまた、その喪ったものの大きさには胸が痛むのですが――それがああも歪んでしまったのは、これはヴァイキングという環境故と言うべきかもしれません)

 そして二人の最後の対決において、ルークは以前とは全く異なる言葉をエイナルに語りかけ、全く異なる道を選択します。それに対してエイナルが何を答え、応えたのか、そしてその先にルークを待っていたものは――これはぜひ実際に作品を見ていただきたいと思います。


 正直なところ、前巻でそれぞれ主役を食う存在感を発揮したスヴェンとアランの扱いなど、結末を急いだ感がないでもありません。
 そしてまた、そこで描かれたものには、言葉を失うほかないのですが――しかし、歴史の陰で繰り広げられた二人の青年の復讐劇が、一つの史実につながっていく結末には、小さな光の存在が感じられます。

 たとえか細く、容易にかき消されるものだとしても、確かに闇の中に存在する人間性の光。本作は途方もない喪失感の先に、それを描いた物語であったというべきでしょうか。


『オーディンの舟葬』第3巻(よしおかちひろ コアミックスゼノンコミックス) Amazon

関連記事
よしおかちひろ『オーディンの舟葬』第1巻 戦狼vs白髪 激突する復讐鬼
よしおかちひろ『オーディンの舟葬』第2巻 歴史のうねりに呑まれた復讐鬼二人?

|

2024.12.21

奪われたものを取り戻すことと、他者から奪うこと 士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第11巻

 原作を大きく離れ始め、もはやどこに向かうのか想像もつかない新釈『どろろと百鬼丸』、この第11巻では、前半に第10巻から続く「孤絶の岬の段」、後半に多宝丸を主役とした「霧纏いし魔城の伝」が収録されています。それぞれ運命に逆らい己の道を行く息子たちを見る醍醐景光は何を思うのか……

 どろろの父・火袋が隠した黄金の行方を追う、火袋の元子分にして今は野盗の頭領であるイタチ。黄金の在処を教える代わりに、その黄金を世の中に役立てくれというどろろの願いを受け入れたイタチですが、しかし道案内の少女(!)不知火に騙された野党たちは、死霊・海坊主の餌食となります。実は不知火と妹の二胡は、かつて侍に殺された弟を蘇らせるため、海坊主に人の魂を食わせていたのです。
 そんな中、八年に一度生じる、流氷が凍りついた道を辿り白骨岬に向かうどろろ一行。しかしその途中、死霊の気配を察知した百鬼丸は海坊主に戦いを挑み……

 というわけで、サメの妖怪との対決そして黄金を巡る侍たちとの死闘が描かれた原作とは異なり、百鬼丸と海坊主の対決がクライマックスとなる「孤絶の岬の段」。しかしそれ以上に強調されるのは、自分が奪われたものを取り戻すために、他者から奪うことは許されるのか、という問いかけです。
 弟の命を取り戻すために、数多くの人々の命を奪ってきた不知火。奪う相手を選んでいると語る彼女に対して、どろろはその行いの中のエゴを――さらにいえばそんな状況に人を追い込む世の無情を指弾します。

 それは、これまで様々なものを失ってきたどろろだからこそ言えることであるかもしれません。しかしそれは同時に、己の身体を取り戻すために、死霊とはいえ他者を討ってきた百鬼丸の行いを看過しているという矛盾を孕みます。
 はたしてその矛盾がこの先裁かれることがあるのでしょうか。琵琶法師が語る不吉とも取れる言葉、百鬼丸が海坊主から取り返した部位の謎が、あるいはそれに関わってくるのかもしれません。


 そしてこの巻の後半で描かれるのが、問題作「霧纏いし魔城の伝」です。
 身分を隠して醍醐軍に紛れ込んでいた際、醍醐景光の不可解な行動と、それが姿を見せなくなった正室・お縫の方のためではないか、と耳にした多宝丸。その真偽を問う彼の前に現れた少年足軽のペラ助ことアケビは、景光が人里離れた地に築いた岩城、通称「死禁城」の存在を語ります。

 城というより塔のような姿を見せ、巨大な蛇状の妖怪の襲撃を受け続けながらも揺るぎない死禁城。アケビを供に、奇怪な妖怪や死人たちが蠢く道を抜け、この魔城にたどり着いた多宝丸の前に、景光が姿を現すのですが……

 という、原作を知る人間ほど混乱させられる完全オリジナルのこのエピソード。はたしてこの城は何なのか、そしてもはや天下獲りにあるとは思えない、異常なまでの魂念力を見せる景光の目的は――それは前巻そしてこの巻にわずかに登場した、謎の生人形に関わるものなのでしょうか。
 そして生人形の正体が多宝丸の予想した通りであれば、景光の行動は、この巻の前半で描かれたものと通底するのかもしれません。
(ただしその場合、多宝丸の予想には大きな矛盾が生じるのですが……)

 いずれにせよ、もはや死霊退治している場合ではないとすら思わされる、大きすぎるスケールを誇示する景光に対して、百鬼丸の力は及ぶのでしょうか。おそらくは全編のクライマックスが近づく中、大きく心乱される展開です。


 しかしアケビ(どこかで見たことがあるようなないような、謎のデザインと名前のキャラ)に「あにき」と呼ばれて心を動かしてしまう多宝丸は、どれだけどろろを引きずっているのでしょうか。
(そしておそらくアケビの正体も……)


『どろろと百鬼丸伝』第10巻(士貴智志&手塚治虫 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon

関連記事
士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第1巻 忠実で、そして大きなアレンジを加えた名作リメイク
士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第2巻 入り乱れる因縁 どろろと百鬼丸と多宝丸と
士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第3巻 百鬼丸、己の半身との対決
士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第4巻 彼女のもう一つの顔、もう一つの結末
士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第5巻 交錯する人々の運命 対決、妖刀似蛭!
士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第6巻 木曽路に集う親と子たちの姿
士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第7巻 人が他者と触れ合い、結びつくことで生まれるもの
士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第8巻 人間と死霊と異邦人 相容れぬ存在の間に
士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第9巻 死霊と異邦人の愛の結末 そして物語は「岬」へ
士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第10巻 海に潜むもの、その名と姿は

|

2024.12.20

またしてもの将軍位争いに振り回される男 ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第18巻

 駿河での跡目争いも決着し、ようやく京に帰ってきた新九郎。しかし不在の間に彼のいる場所は将軍義尚の下にはなくなり、再び失職――と思いきや、そんなことは言っていられないような事態となります。その渦中に思わぬ形で引き込まれることになった新九郎の明日はどっちでしょうか。

 駿河守護の跡目を巡る龍王丸方と小鹿新五郎方の争いは、全面衝突に発展した末、新九郎が後見を務める甥の龍王丸側の勝利に終わります。その後始末も終わり、実に久方ぶりに京に帰ってきた新九郎。しかし彼の本来の主である義尚は、新九郎不在の間、ほぼ鈎の陣で六角氏と対陣中――そこに不参加だった上に、何かと口うるさい新九郎は、ついに義尚と対面することもできず、陣を去ることになります。

 かくて再び無職となってしまった新九郎ですが、しかしその身は既に次代の将軍位争いに巻き込まれていました。既に余命幾ばくもない状態となってしまった義尚の次を窺うのは、堀越公方・足利政知の子である清晃と、足利義視の子である義材――駿河に滞在していた際に政知と縁が生まれ、所領を与えられた新九郎は、望むと望まざるとにかかわらず、清晃派となってしまったのです。

 義尚が倒れれば、次の将軍を定めるのは大御所である義政。しかしこの怪人物の意図を余人のスケールで計れるはずもなく、周囲は散々振り回されることになります。
(そんな中でも、清晃方のために「何か」やっているのが、新九郎の成長というかなんというか)
 そんな中、突然新九郎は義材に呼び出されて……


 というわけで、駿河での奔走が終わったと思いきや、京で二人の将軍候補の間を奔走する羽目となった新九郎。物語が始まって以来、ずっと足利家は将軍位争いをしているなあという感じですが、これが史実なので仕方がない。そしてそんな中で、生真面目で融通の効かない新九郎が周囲の思惑に振り回されるというのもこれまで通りではあります。

 しかし今回の争いは、上で述べたように新九郎は既に政知から所領を得てしまっているからには清晃派にならざるを得ないはず。さらにかつて応仁の乱の折、義材の父・義視のために自分の兄が横死する羽目になったことを思えば、悩むまでもないかと思われたのですが――ここで義材が、足利家の人間とは思えないほど「いいヤツだーっ!!」なのは歴史の皮肉というべきでしょうか。

 この先も新九郎の運命は二転三転、この巻の終盤では、ちょっと予想外の方向に転んでいくのですが――いやはや、新九郎ともども、読者もいいように振り回されている気持ちになるのは、これは作者の技というものでしょう。


 そしてそんな作者の技をこの巻で最も強く感じたのは、この巻の冒頭で示される、新九郎と義尚の関係性の描写です。
 先に述べた通り、義尚への目通りも叶わなくなってしまった新九郎ですが、だからこそ彼が果たそうとしたのは、かつて義尚と交わした約束――木彫りの馬ではなく本物の馬を献じること。なるほど、これがきっかけで新九郎と義尚の絆が甦るのだな、などと予想していれば、そのすぐ先に待ち受けるものに驚かされることになります。

 そんな、ここで馬がドラマに繋がらないとは!? と愕然としていたところに――と、この先の展開は伏せますが、ほとんど不意打ちのように描かれる展開の巧みさには、もはや痺れるしかないのです。
(痺れるといえば、中風で倒れた義政の、ギリギリ感のある天丼描写もまた凄まじいのですが……)

 これまで何度も何度も唸らされてきましたが、ただでさえドラマチックな(しかしとてつもなく入り組んだ)史実を、漫画として見せてくる作者の漫画の巧さに、また改めて唸らされてしまった次第です。


『新九郎、奔る!』第18巻(ゆうきまさみ 小学館ビッグコミックス) Amazon


関連記事
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第1巻 ややこしい時代と世界を描く「漫画」の力
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第2-3巻 応仁の乱の最中のホームドラマが生み出す「共感」
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第4巻 地方から見る応仁の乱の空間的、時間的広がり
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第5巻 「領主」新九郎、世の理不尽の前に立つ
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第6巻 続く厄介事と地方武士の「リアル」
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第7巻 室町のパンデミックと状況を変えようとする意思
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第8巻 去りゆく人々、そして舞台は東へ
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第9巻 新九郎戦国に立つ!?
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第10巻 舞台は駿河から京へ そして乱の終わり
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第11巻 想い出の女性と家督の魔性
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第12巻 家督問題決着!? そして感じる主人公の成長と時間の経過
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第13巻 ついに借財ゼロ、三冠王返上!?
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第14巻 新九郎、社会的に色々と成長す!?
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第15巻 帰駿の最大の敵は龍王丸自身!?
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第16巻 都生まれ都育ち、時代の申し子の力を見よ
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第17巻 全面衝突、しかし合戦だけでは終わらぬもの

|

2024.12.19

「コミック乱ツインズ」 2025年1月号(その二)

 号数の上ではもう1月、「コミック乱ツインズ」1月号の紹介の後半です。

『老媼茶話裏語』(小林裕和)
 『戦国八咫烏』(懐かしい)による本作は、タイトルのとおり「老媼茶話」を題材とした怪異ものです。「老媼茶話」は18世紀中期に会津の武士が著したもので、タイトルのとおり村の老媼が茶飲み話で語った物語を書き留めた、というスタイルの奇談集です。
 本作はその巻の五「猪鼻山天狗」――後に月岡芳年が浮世絵の題材ともしているエピソードを題材としています。

 猪鼻山に住み着き、空海に封じられた大頭魔王なる妖が周囲の人々を悩ましていると知った武将・蒲生貞秀。貞秀は配下の中でも武勇の誉れ高い土岐元貞に、妖を退治するよう命じます。勇躍山を登り、魔王堂の前についた元貞に襲いかかったのは、巨大な動く仁王像――しかし元貞は全く恐れる風もなく仁王像に斬りつけた上、文字通り叩きのめします。さらに元貞の前には阿弥陀如来が現れるものの、元貞は全く動じず一撃を食らわせるのでした。
 そして山の妖を倒したと貞秀の前に帰還した元貞。しかしその時……

 と、原典の内容を踏まえた物語を展開させつつ、本作はそこで語られなかった事実を描きます。誰もが称賛する配下の猛将・元貞に対して、貞秀が密かに抱いていた心の陰の部分を――と思いきや、それだけでなくもう一つのどんでん返し、原典に描かれた物語のさらに先が語られるという、なかなか凝った構成の作品となっているのです。

 このように、江戸奇談・怪談を題材とした作品でもあまり用いられたことのない題材、そして二度に渡るどんでん返しと、ユニークな作品であることは間違いないのですが――しかしその一方で、クライマックスに登場するのがあまりにも漫画チックな存在で、物語の雰囲気を一気に崩した感があるのが、なんとも残念なところです。
(もう一つ、原典の非常に伝奇的なネタがばっさりオミットされてしまうのも、個人的に残念なところではありますが)


『ビジャの女王』(森秀樹)
 城内に侵入し、地下の娼館街に隠れたオッド姫を追ったモンゴル兵たちも全滅し、ひとまず危機から逃れたビジャ。さらにビジャを包囲するラジンの元に、モンゴルのハーン・モンケからの使者が訪れ、事態は思わぬ方向に展開していきます。

 かつて自分と争ったモンケの娘・クトゥルンを惨殺したラジン。殺らなければ殺られる状況下ではあったとはいえ、いかに実力主義のモンゴルであっても、あれはさすがにやりすぎだったようです。
 かくて、ビジャを落とせば兵の命は助けるという条件でモンケの召還(=処刑)を受け入れることになったラジンですが――しかし彼が黙って死を受け入れるはずがありません。副官の「名無し」に謎の密命を授け(何のことだがわからんと真顔で焦る名無しに、すかさずフォローを入れるのがおかしい)、自分はむしろ意気揚々と去っていきます。

 なにはともあれ、ビジャにとっては最大の強敵が去ったわけですが、しかしモンゴルの包囲は変わらず、そして城内にもまだ侵入した兵が残っている状態。それでもビジャが負けなかったことは間違いありませんが――まだまだ大変な事態は続きそうです。


『江戸の不倫は死の香り』(山口譲司)
 次号では表紙&巻頭カラーと、何気に本誌の連載陣でも一定の位置を占めている本作。今回の舞台となる土屋相模守の下屋敷では、数年前に病で視力を失い隠居した先代・彦直が暮らしていたのですが――その彦直の世話のため、下女のりんがやってきたことから悲劇が始まります。
 婿養子である彦直に対して愛が薄く、ほとんど下屋敷にやって来ることもない正室。そんな中で、心優しいりんに彦直は心惹かれ、やがて二人は愛し合うようになったのです。しかしそれを知った正室は……

 いや、確かに正室はいるものの実質的には純愛に近く、これはセーフでは? と思わされる今回ですが(いつもの話のように、正室を除こうとしたわけでもなく……)しかし待ち受けているのは地獄のような展開。りんがいつもつけていた糸瓜水が仇となった上に、終盤でのある人物の全く容赦のない言葉には愕然とさせられます。
 ラストシーンこそ何となく美しく見えますが、いつも以上に胸糞の悪い結末です。
(こういう時こそ損料屋を呼ぶべきでは!? などと混乱してしまうほどに)


 次号は『雑兵物語 明日はどっちへ』(やまさき拓味)が最終回、特別読切で『すみ・たか姉妹仇討ち』(盛田賢司)と『猫じゃ!!』(碧也ぴんく)が登場の予定です。


「コミック乱ツインズ」2025年1月号(リイド社) Amazon

関連記事
「コミック乱ツインズ」2024年1月号
「コミック乱ツインズ」2024年2月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年2月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年3月号
「コミック乱ツインズ」2024年4月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年4月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年5月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年5月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年6月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年6月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年7月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年7月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年8月号
「コミック乱ツインズ」2024年9月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年9月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年10月号
「コミック乱ツインズ」2024年11月号
「コミック乱ツインズ」2024年12月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年12月号(その二)

|

2024.12.18

「コミック乱ツインズ」 2025年1月号(その一)

 号数の上では早くも2025年に入った今月の「コミック乱Twins」1月号、巻頭カラー&表紙は久々登場の『そば屋幻庵』です
。今回ほとんどレギュラー陣ですが、特別読切として『老媼茶話裏語』(小林裕和)が掲載されています。今回も、印象に残った作品を一つずつ紹介しましょう。

『そば屋幻庵』(かどたひろし&梶研吾)
 冒頭から非常に旨そうな力蕎麦(作中で言われている通り、柚子が実に良いかんじです)が登場する今回ですが、この力蕎麦、近々行われる力石大会の応援を込めたもの。しかしこれを食べた石工職人の岩蔵は、かねてから娘のお照と交際している天文学者の鈴平が気に入らず、大会で十位以内に入らないと交際は認めない、しかも自分のところの若い職人・剛太が一位になったら、そちらにお照をやる、などと言い出して……

 と、とんだ横暴親父もあったものですが、まあ職人としては、娘は手に職を持った男に嫁がせたいというのもわからないでもありません。しかし鈴平も、剛太も実に好青年で、一体この勝負の行方が気になるのですが――これが実にあっけらかんと意表を突いたオチがつくのが楽しい。悪人もなく、誰かが割りを食うわけでもない、本作らしい気持ちの良い結末です。(ただ、そばが冒頭のみだったのは残念)


『前巷説百物語』(日高建男&京極夏彦)
 「周防大蟆」編もこの第五回で最終回、前回は立合いの同心たちの口から、仇討ちの場に現れた大ガマの怪と仇討ちの結末が語られましたが、実は大ガマの存在はあくまでも目眩まし、真の仕掛けは――というわけで、又市と山崎の会話で、それが明かされます。
 前回、同心の口から、ガマは見届け人に退治され、そして岩見平七は見事に疋田伊織を相手に仇を討ったと語られましたが、前者はともかく、後者は望まれた結末ではなかったはず。それでは仕掛けは失敗したのかといえば――思いもよらぬトリックの存在が語られます。

 正直なところ大ガマ自体は(後年の又市の仕掛けと比べると)決して出来のいい仕掛けではないわけですが、本当の仕掛けはその先に、というのが面白い。そしてその中身は又市の青臭い、しかし後々にまで続いていく想いに支えられたものであったことが印象に残ります。
 もちろんこれは原作そのままではあるのですが、又市がこの仕掛けに辿り着くまでに、調べ、迷い、悩む姿が描かれるのは漫画オリジナルで、この時代なればのこその描写というべきでしょう。
(ちなみに問題のお世継ぎに対する山崎の言葉が、原作からはかなり大きく異なっているのはちょっと引っかかりますが、このずっと後に登場するある人物の存在を連想させるのは興味深いところです)

 それにしても今回冒頭に登場するおちかさんが、くるくる変わる表情など、相変わらず実に良いのですが――良ければ良いほど、この先を想像してしまい...…


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 前回、一応主君である浦上宗景の奸計により、存在が毛利家にロックオンされてしまった直家。今回はその毛利家がメインとなり、直家はオチ要員で一コマ登場するのみというちょっと珍しい回となっています。

 そんな今回登場するのは、毛利元就の次の代の毛利家を支える「三本の矢」――毛利輝元・吉川元春・小早川隆景の三人。そして三人が直家をいかに攻めるか語り合うその場には、なんとあの三村元親が――と、ある意味タイムリーなビジュアルが懐かしいですが、この三人(というより隆景)を前にしてはレベルが違いすぎるのが哀れです。

 それはさておき、実際に直家を攻めるのは誰か――と思いきや、ここで登場するのは「四本目の矢」こと毛利元清! えらく渋好みのキャラですが、実際に直家とは死闘を繰り広げた好敵手ともいうべき人物です。
 しかし登場するなり突然自虐的過ぎることを言い出すのですが、これがなんとまあ史実とは……(隆景が理解者っぽいのも史実)


 残る作品は、次回紹介します。


「コミック乱ツインズ」2025年1月号(リイド社) Amazon

関連記事
「コミック乱ツインズ」2024年1月号
「コミック乱ツインズ」2024年2月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年2月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年3月号
「コミック乱ツインズ」2024年4月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年4月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年5月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年5月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年6月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年6月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年7月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年7月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年8月号
「コミック乱ツインズ」2024年9月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年9月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年10月号
「コミック乱ツインズ」2024年11月号
「コミック乱ツインズ」2024年12月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年12月号(その二)

|

2024.12.17

助産師と陰陽師、新たな命のために奮闘す 木之咲若菜『平安助産師の鬼祓い』

 古今東西を問わず、新しい命のために心身を振り絞る一大事である出産。本作は、平安時代を舞台にその出産を助ける助産師を主人公とした、第6回富士見ノベル大賞入選作です。産神の祝福を授ける助産師の異名を持つ少女・蓮花が、青年陰陽師・安倍晴明と共に難事に挑みます。

 関わるお産は安産になることから、年若いものの「産神の祝福を授ける助産師」と周囲から呼ばれる典薬寮管轄の「助産寮」所属のの助産師・蓮花。実は彼女は、生まれつき体の内外に蠢く微細な「鬼」が視える特異体質の持ち主でした。
 そんな彼女は、あるお産で、妊婦に巣食った鬼に手を焼き、祈祷の手伝いに来ていた陰陽師の青年――安倍晴明に助けを求めたことをきっかけに、彼と知り合うのでした。

 そんなある日、蓮花はその評判を買われ、異例の抜擢を受けることになります。帝の子を宿した女御――右大臣藤原師輔の娘・安子の出産の担当として、彼女は指名されたのです。
 ただでさえ気性が激しいと噂される上に、その直前に師輔のライバルである中納言・藤原元方の娘が男児を出産し、プレッシャーに悩む女御。しかしその姿を垣間見た蓮花は、女御を心身ともに支えることを改めて誓います。

 そんな中、宮中で鬼を操る怪しげな男を目撃し、彼が女御に害意を抱いていると知る蓮花。自分の力の秘密を見抜き、晴明の過去をも知るらしいその男に対するため、蓮花は晴明に助けを求めます。
 しかし謎の男の邪悪な罠は蓮花に迫り、彼女は思わぬ窮地に……


 最近の中華風/和風ファンタジーのトレンドの一つと言ってもよいと思われる後宮医術もの。様々な意味で題材に事欠かない後宮を舞台としつつ、お仕事小説的な色彩を与えられる(そして過度に性愛的な要素を避けられる)点が理由かと思いますが――それはさておき、本作もその系譜にある作品といえます。

 しかし本作の特にユニークな点が、その医術が産科であることなのは言うまでもないでしょう。子供を産むという後宮の最も重要な役割に密着しながらも、物語の主役として描かれることは少ない、お産を助ける存在をメインに据えることで、本作は独自のドラマ性を――出産そのものの困難さに立ち向かう主人公の奮闘と、皇位に関わる赤子の出産を巡る陰謀劇を、並行して描くことに成功しています。

 そして本作がさらにユニークなのは、主役級のキャラクターとして安倍晴明が登場していることからわかるように、本作が「和風」の異世界ではなく、史実を背景にしていることでしょう。
 もちろん、史実には平安時代に助産師という役職はなかったわけで、その点は大きなフィクションではあります。しかしそこは物語の根本を支える大きなifと考えるべきでしょう。
(なにより、陰陽寮の陰陽師がいるのだから助産寮の助産師がいても、というのには妙な説得力があります)


 しかし本作が魅力的なのは、設定や物語展開の妙もさることながら、主人公である蓮花のキャラクターにあると感じます。
 生まれつき人間の体内の「鬼」を見ることができるという異能を持ちながらも、それに頼るのではなく、自分の仕事への熱意で――かつて経験した悲しい出来事を背負い、無力であった自分を乗り越えるために、そして何よりも同じ悲しみを感じる人を一人でも減らすために、彼女は助産師として奮闘します。
 そんな彼女の真っ直ぐな部分は、一歩間違えれば息苦しくなりかねないところですが、適度に抜けた部分を描く筆も相まって、素直に共感できる、思わず応援したくなるキャラクター造形になっていると感じます。

 そしてそんな彼女に興味を抱き、力を貸す晴明のキャラクターも、他の作品のそれとは異なる独自の設定なのですが、蓮花の人物像と共鳴し合い、本作ならではのハーモニーを生み出しています。

 なお、本作に登場する「鬼」は、いってみえば人を病にするという「疫鬼」に近いものなのですが、描写的にはむしろウィルス的な存在なのがユニークです。
 そのため、蓮花の対処も、むしろ衛生的なそれであったり、陰陽師たちの鬼を祓う術がウィルスごとに違うワクチンを用意することを思わせるものである点に不思議な説得力があり、面白いところです。


 というわけで、類作が多い題材を用いつつも、独自の設定とストーリー展開、好感の持てるキャラクター像が印象的な、完成度の高い本作ですが――これが作者のデビュー作であることには驚かされます。

 時代背景的にもまだまだ様々な題材が考えられるだけに、ぜひ続編にも期待したいところです。


『平安助産師の鬼祓い』(木之咲若菜 富士見L文庫) Amazon

|

2024.12.16

黒幕? 伊達政宗のスカウト わらいなく『ZINGNIZE』第12巻

 超絶豪快バイオレンス忍法活劇『ZINGNIZE』第12巻は、様々な登場人物の視点から、物語が描かれる舞台背景・時代状況を振り返るという趣もある内容。これまでに比べるとバトル少なめではありますが、しかしとんでもない展開連発であることは間違いありません。

 高坂甚内を腕利きの刺客たちが追う状況の中、宗旨替えしたか高坂に賞金をかけた黒幕である本多正信・正純父子を襲う二人の刺客。その前に立ち塞がった奇怪な術使いの顔は、かつて服部半蔵に粉砕されたはずの小幡道牛で――という衝撃的な引きで終わった前巻。
 この巻の冒頭では、その二人の刺客の正体――オネエ言葉のコウモリ男が霧隠才蔵、謎のルチャ侍(礼儀正しい)が猿飛佐助であったのが明らかになっただけでなく、戦いに割って入った槍使いの刺客が後藤又兵衛という豪華すぎる顔ぶれが勢揃い。この時代の伝奇ものファン的にはもう鼻血の出そうな面子です。

 その結果として、道牛のことなどは有耶無耶に終わりましたが、それもまあ本作らしい。むしろ本多正信周りで気になるのは、彼が本能寺の変の直後に目撃した、服部半蔵の群れとそれを従える大久保長安の存在であるわけですが……


 さて、自分の首をかけて場外乱闘が繰り広げられているとも知らずにいた高坂(冷静に考えたら回想シーン以外で登場するのは久しぶり?)の前に現れたのは、ボー・ガルダンを連れたサー・カウラーではなく、伊達成実を連れた伊達政宗。久々の登場ですが、実は彼こそが本作における最大の黒幕(かもしれない)ことが、ここで語られます。

 関ケ原の戦で勝利を収め、天下を手にした家康と、彼にとっては目の上のこぶである大坂の豊臣秀頼――険悪極まりない関係となった徳川と豊臣の対立は、松平忠輝(前巻から後ろ姿しか登場しないものの、異様に格好良い)の仲介で一旦は収まりました。
 しかしその忠輝の付家老は大久保長安、そして忠輝の正室の父であり、イスパニア勢力との結びつきが囁かれる男こそ伊達政宗なのです。

 以前も高坂と復活太田道灌の戦いに乱入した政宗は、豊臣家の箔とイスパニアの技術力、長安の経済力を手に天下を窺っている――いかにも伝奇ものらしい企みといえばその通りですが、しかし史実を繋ぎ合わせるとその絵図が浮かぶのもまた事実ではあります。

 そして本作の政宗は、高坂をもスカウトせんとするのですが――あまりのお耽美ぶりに(?)ドン引きされたりして今回はあっさり引き下がったものの、今後とも政宗は長安と並び、本作の台風の目であることは間違いないでしょう。


 さて、その一方で長安からの命令と高坂への想いの間で悶々とする(本当にそんな感じの)お菊ですが、四条河原の阿国の興行を突如襲った巨大カラクリ相手に大奮戦を繰り広げます。
 その中で、戦いに巻き込まれたメガネっ子を救い出すお菊ですが――なにげにこの巻の表紙を飾っている(にもかかわらず正体不明の)彼女は高坂の知り合いらしく? というところで次巻に続きます。

 第一部に比べるとより歴史の動きに密着した、そして数多くのキャラクターが入り乱れて先が全く見えない展開ですが、それもまた時代伝奇の醍醐味。振り回されるままに、この先の物語を楽しみたいと思います。


『ZINGNIZE』第12巻(わらいなく 徳間書店リュウコミックス) Amazon

関連記事
わらいなく『ZINGNIZE』第1巻 激突する豪快な怪物たち、高坂甚内vs風魔小太郎!
わらいなく『ZINGNIZE』第2巻 大敗北、そして第二の甚内登場!
わらいなく『ZINGNIZE』第3巻 庄司甚内一世一代の大決闘! そして第三の甚内
わらいなく『ZINGNIZE』第4巻 小太郎の道理、小太郎の狂気!
わらいなく『ZINGNIZE』第5巻 再戦開始 二甚内vs風魔小太郎!
わらいなく『ZINGNIZE』第6巻 乱入者たち出現!? 混迷の決戦のゆくえ
わらいなく『ZINGNIZE』第7巻 ついに結集、江戸の三甚内!
わらいなく『ZINGNIZE』第8巻 死闘決着! そして新たなる敵の魔手
わらいなく『ZINGNIZE』第9巻 時は流れた! 第二章開幕 台風の目の名は阿国
わらいなく『ZINGNIZE』第10巻 ばんばばん迫る刺客と復活の魔剣士!
わらいなく『ZINGNIZE』第11巻 激突! あり得ざる無敵の忍者

|

2024.12.15

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第11話「魔王の秘密」

 ついに姿を現した魔王・阿契努斯。その素顔は凜雪鴉と瓜二つだった。そして魔王は、同盟を結ぼうという禍世螟蝗の求めに応じて、窮暮之戰の真実を語る。一方、地上では任務を果たした殤不患が、魔剣目録を丹翡に託して再び魔界に向かおうとしていた。浪巫謠を救い出すために……

 ついにその素顔を現した魔王。しかしその素顔は――という、さすがに驚天動地のヒキで終わった前回。その驚きも覚めやらぬまま、冒頭ではこの『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』という物語の根幹に関わる真実が語られることになります。

 そもそも、禍世螟蝗が魔王と手を組もうというのは、魔族に東離を差し出すかわりに西幽の安寧を得て、世界の一方の覇者となろうという、およそ人間とは思えぬ企てによるもの。その同盟者たる魔王に対して、禍世螟蝗は窮暮之戰で魔王が軍を退き――そして以後二百年、地上侵攻を行わなかったその理由を問います。
 自らの最大の秘密である、禍世螟蝗=幽皇という素顔を示した相手に対し、同盟の証として魔王が語った真実。それは人間との戦いの中で、彼らに魔族にはない同胞を、弱者を労り慈しむ心――そして人間同士を結びつける心である「仁」があることを知った魔王が、魔族には互いを結びつける心をがないことを悟ったことによるものでした。このままではたとえ一度は地上を制したとしても、魔族たちが欲望のままに争っている隙に、仁の心で結びついた人々が立ち上がり、地上を奪還するだろう――そう気付いた魔王は、魔族たちを結びつける心性を育むために兵を退き、魔界に魔神を放って魔族たちが互いを必要とするように仕向けたというのです。
 そしてそれに先駆けて自らも変わるべく、己の中の欲望である「愉悦」と「享楽」の心を切り捨て、地上に捨ててきたと……

 いやはや、魔王が窮暮之戰の後に変わってしまったのは、地上で仁愛の心にでも触れたからかしらと思っていましたが、当たらずとも全然遠いというか、きっかけは同じでも目指すところは大違い。自分たちの地上侵攻のため、いや自分が永劫の支配者になるために、魔族の精神を改めようとしていたからだった――というとてつもない理由でした。
 そして問題の凜雪鴉との瓜二つ問題も、実は魔王の魂の一部が転生したものだったから(らしい)という驚愕の真実。しかし魔王にとってはその魂はゴミ同然の部分、地上に捨てたそれが犬や猿に生まれ変わっていても知ったことではない――とまで言われては、さしもの凜雪鴉も、歯をギリっと噛み締め、拳をワナワナと震えさせざるを得ません。(ここで異飄渺の顔だったおかげでイメージは崩れませんでしたが……)

 しかし魔王まで地上の女性と子を成していたら境遇被りで浪巫謠の立場がありませんでしたが、いずれにせよ魔族が碌でもないことは間違いありません。そして浪巫謠の繭を回収に向かった阿爾貝盧法を前に、人間モードになり、新たな名乗りを上げてノリノリで暴れまわる聆牙改め裂魔弦はやる気満々でしたが――あっさりと刑亥の術で封じられ、その間に阿爾貝盧法に繭を奪われてしまうのでした。そして彼は自分のものを含めた四つの魔宮印章を示して語ります。浪巫謠こそが魔神の器に相応しいと……
 四つの魔宮印章で新たな魔神が生まれるというのは以前から言われていましたが、また巨大な奴が出てくるとか思ったら、少し異なるシステムなのでしょうか。いやそれ以上に、あの阿爾貝盧法が素直に魔王の覇道に手を貸すとは到底思えないのですが……


 さて、そんな魔界と西幽が風雲急を告げる事態になっているとも知らず、東離の宮殿では呑気に観兵式の打ち合わせの真っ最中。そして吉の方角が西と聞いた皇弟殿下は、こともあろうに鬼歿之地で観兵式をやると決めて聞きません。もうこれはどう考えても、観兵式の最中にアトミックバズーカを打ち込まれるフラグだとしか思えません。

そんなポンコツのどうしようもない企てが進んでいるとも知らず、最後の神誨魔械を見つけるという目的を果たした殤不患は、魔剣目録を丹翡に託して魔界に旅立ちます。なるほど、「実際はあまり強くない」「世間知らずなので騙されやすい」のを除けば(それ第一期と第二期がややこしくなった理由)、その手のものの扱いに慣れている護印師に魔剣を託すのは、理に叶っているのかもしれません。
 そしてごく僅かな、しかし深い想いの籠もった言葉を睦天命と交わし、魔界に再び降りていく殤不患。行け! 人間には「侠」の心があることを見せてやれ!


 そしてさすがに凜雪鴉のことが気になって来た(チョロい)刑亥が見たもの――それは、自分自身を相手におちょくれるなんてもう最高! と歓喜に震える凜雪鴉の姿。彼女の声なき「へ、変態だ!」という声が聞こえたような気がします。


関連サイト
公式サイト

関連記事
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第1話「帰郷」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第2話「魔界の宴」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第3話「侠客の決意」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第4話「奇巧対決」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第5話「魔宮貴族」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第6話「謀略の渦」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第7話「魔道の果て」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第8話「再会」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第9話「覚醒」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第10話「託された心」

|

2024.12.14

武侠ものの何たるかと原作の掘り下げと 分解刑『東離劍遊紀 下之巻 刃無鋒』

 TVシリーズ第四期もいよいよクライマックスの『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』、その第一期のノベライズの下巻が本書です。神誨魔械・天刑劍を巡り繰り広げられる「義士」たちと玄鬼宗の戦いは、七罪塔を舞台にいよいよ激化。その中で、それぞれの秘めた思惑が明らかになっていきます。

 かつて魔神・妖荼黎を滅ぼした天刑劍を我が物にせんとする玄鬼宗首領・蔑天骸に、兄をはじめ一族を皆殺しにされた少女・丹翡。彼女は謎の美青年・鬼鳥の助けで、風来坊・殤不患と鬼鳥の下に集った「義士」たちと共に、蔑天骸の根城・七罪塔に向かいます。
 しかし七罪塔に至るまでには、亡者の谷・
傀儡の谷・闇の迷宮の三つの関門があります。ところがこれを突破するために集められたはずの仲間たちは実力を発揮せず、一人で戦わされた上に嘲りを受けた殤不患は激怒し、一人別の道を選びます。

 その後を追ってきた丹翡と鬼鳥と共に、一足早く七罪塔に足を踏み入れた殤不患ですが、そこで鬼鳥の裏切りを知ることになります。さらに捕らわれた殤不患と丹翡の前に現れた狩雲霄から、鬼鳥の正体が東離にその名を轟かせる大怪盗・凜雪鴉であり、全ては天刑劍を奪うための企てだと知らされて……


 上巻が舞台設定の説明と「義士」たちの集結を描くものであったとすれば、下巻はいよいよ彼らが玄鬼宗の本拠地に乗り込み、激闘を繰り広げる――と思いきや、その予想を裏切るような意外な展開が連続します。

 確かに癖は強く単純な正義の味方ではないものの、頼もしい味方と思われた「義士」の面々は、様々な形で殤不患そして丹翡を裏切り、それどころか全ては凜雪鴉の奸計であったと明かされる始末。我々読者も振り回しながら、物語は悪党同士の騙し合いへと突入していきます。
 これはもちろん原作(人形劇)のままではありますが、改めて見ても展開の皮肉さ、ドライさは強烈で、この辺りの味わいは、ある意味実に原作者らしいといえるでしょう。

 しかし、そんな悪党ばかりの渡世だからこそ、その中で正しきものが輝くのもまた事実。殤不患の侠気、丹翡の清心、捲殘雲の熱血――この三人の姿は、大きな試練に遭ってさらに光を増すことになります。
 特に上巻でも描写が大幅に補強されていた丹翡と捲殘雲は、この下巻において、さらに丹念にその心の動きが描かれます。江湖の何たるかを知らずにいた丹翡と、江湖に理想を抱いていた捲殘雲。この二人が江湖の現実にぶつかり、打ちのめされ、しかしそこで互いに通じるものを見つけ、手を携えて立ち上がる――それは、そのまま二人の人間としての成長の過程であり、そしてラストで描かれる二人の姿に大きな説得力を与えています。

 そしてそんな二人の前に巨大な背中を見せて立つ真の好漢、傷の痛みも患わず、謀られてなお笑う奴――誰もが親指を立てて讃えたくなる痛快無比な殤不患は、「武侠」という概念を人間の姿にしたとすら感じられます。
(ちなみに本作からは、生き様という点では、殤不患と凜雪鴉が根を同じくする一種のあわせ鏡であることに気付くのですが……)

 上巻の紹介で、本作は悪党たちを描くことにより、逆説的に「武侠」という概念の何たるかを描くものではないかと書きましたが、その予感は間違っていなかったと感じます。
 本作は見事に武侠ものの味わいを再現した文章のみならず、マニアであってもなかなか説明しにくい、「武侠」の精神を浮き彫りにしてみせた――武侠ものに初めて触れる者(そしてそれは丹翡と捲殘雲の視点に重なることは言うまでもありません)にとって、その何たるかを示した、一種の入門書とすら言えるのではないでしょうか。


 さて、本作を楽しめるのは、そんな武侠ものに、そして『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』の世界に初めて触れる読者だけではもちろんありません。特に終盤の展開は、既に作品をよく知るファンにとっても新鮮に楽しめるものとなっています。
 その中でも、実は作中でその人物像があまり掘り下げられなかった、ある登場人物の過去について語られる意外な真実は、その描かれるシチュエーションも含め必見です。

 そして原作とは全く異なる展開を辿るラストバトルも――原作の野放図で豪快極まりない結末も素晴らしいのですが、本作のそれは、あくまでも剣を振るう者は人間であることを示すものとして、納得のいくものといえるでしょう。(少々描写がわかりにくいきらいはありますが)

 武侠ものの何たるかを、作品を通じて無言のうちに示すとともに、原作の物語世界そのものを大きく掘り下げてみせる――ノベライズという媒体の中でも最良のものの一つである、というのは褒め過ぎかもしれませんが、偽らざる心境でもあります。


『東離劍遊紀 下之巻 刃無鋒』(分解刑&虚淵玄 星海社FICTIONS) Amazon

関連記事
「武俠小説」として再構築された物語 分解刑『東離劍遊紀 上之巻 掠風竊塵』 Amazon

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第7話「魔脊山」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第8話「掠風竊塵」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第9話「剣の神髄」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第10話「盗賊の矜恃」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第11話「誇り高き命」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第12話「切れざる刃」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第13話「新たなる使命」(その一)
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第13話「新たなる使命」(その二) と全編を通じて

|

2024.12.13

忍者バトルの中の陰のドラマ性 白土三平『カムイ外伝』第一部

 先日何となく読み返したので、今回は白土三平の『カムイ外伝』から第一部を紹介します。大作『カムイ伝』のスピンオフであり、同作のメインキャラクターの一人である抜け忍カムイの孤独な逃避行を描く、忍者漫画の名品です。

 『カムイ伝』において、非人部落・夙谷に生まれ、自由のために強くなる道として忍びとなり、しかしその非人間的な掟に失望して抜け忍となったカムイ。忍びとしての天才的な能力と、変移抜刀霞斬りや飯綱落しといった必殺の秘術によって、彼は次々と現れる刺客を倒していきます。しかし、彼の求める自由はどこに行っても得られず、そして追っ手もまた執拗に彼に迫る――と、いうのが、全編を貫く設定となります。

 ちなみに、今回わざわざ第一部と区切っているのは、第一部(1965-67年に「週刊少年サンデー」に不定期連載)と第二部(1982-1987年に「ビッグコミック」に連載)の間に大きく時間的な隔たりがあり、そして作者の作風・画風の変化と、後述する物語の方向性等、ある意味別作品といってもよい違いがあるからにほかなりません。
(身も蓋もないことを言えば、第一部は全二十回と手頃な分量な点もありますが……)

 さて、基本設定は先に述べたとおりですが、第二部が(掲載誌の違い等もあって)忍者ものというよりも、カムイを狂言回しに、身分制度など社会の在り方に苦しむ様々な階層の人々を描く歴史劇という趣きが強いのに対して、第一部はカムイと追っ手の対決をメインとした忍者バトルものの性格がメインとなっています。

 先に挙げた発表時期には、作者は平行して『ワタリ』『サスケ』、そして(個人的に大好きな)『真田剣流』『風魔』といった忍者アクションを矢継ぎ早に少年誌に連載しており、本作もまた、この作者の少年忍者漫画の名作群の一角を担うものであることは間違いありません。

 特にカムイは、左右どちらの手で抜くかわからせぬまま、すれ違いざまに逆手抜刀を一閃する変移抜刀霞斬り、空中で相手の体を捕らえ、もろともに逆さに落下して相手の脳天を砕く飯綱落しと、実にヒロイックな必殺技(飯綱落としなど、特に後世のゲームでは忍者の体術のアイコンとなった感があります)を持っているのが大きな特徴といえます。
 作者の少年漫画として円熟した筆も相まって、ここで繰り広げられる内容は、今の目で見てもバトルものとしての醍醐味を十二分に感じさせるものであることは、改めて驚かされました。


 しかし、それは、決して本作がドラマ性の薄い、バトルのみの作品であることを意味するわけではありません。先に述べた第二部とは方向性の違いはあれど、非人出身にして抜け忍という、この時代、二重の重荷を背負わされたカムイの旅路はどこまでも重く、索漠としたものがあります。

 時に視力を失い農村に身を寄せても下人として奴隷のように扱われ(そして村人たちのために戦えばその力を忌避され)、時に誰が追っ手かわからぬ疑心暗鬼の中で不要な犠牲者を出し……
 もちろん、旅の中で知り合った漂白の技術者集団である黒鍬者の親方のように理解者はいるものの(しかしこの辺りは『カムイ伝』の展開を考えると、作者がどこに理想を抱いていたか感じられるように思います)、その使う技とは裏腹に、どこまでもヒーローたり得ない逃亡者であるカムイの物語の苛烈さは、少年漫画のフォーマットの中にあるからこそ、より鈍く重い光を放つと感じられます。
(普通こういう時に彼を支えてくれそうな鳥や犬といった動物の供も、容赦なくどんどん退場していく……)

 そして、その陰のドラマ性とでもいいたくなる部分は、敵役である追っ手たちにおいても存分に描かれており――特に序盤に登場し、飯綱落とし破りを狙うものの、それぞれ悲惨な結末を辿る姉弟忍者、中盤の山場である追っ手集団の一員であり、一度はカムイの助けで抜け忍となったものの、神経をすり減らして暴走する若い下忍など、強く印象に残ります。

 抜け忍という概念(名称ではなく)がいつからあるかはわかりませんが、少なくともその抜け忍を主人公とした物語の上流にあると同時に、その代名詞的な作品であることは間違いありません。


 そしてやはりここまで来たら第二部も(全編ではないにせよ)いずれ紹介したいと思います。個人的に好きな「剣風の巻」など……


『カムイ外伝』第一部(白土三平 小学館ビッグコミックススペシャル『カムイ伝全集 カムイ外伝』第1-2巻所収) Amazon

|

2024.12.12

正義の快速船、いま出航! 早川隆『幕府密命弁財船・疾渡丸 一 那珂湊 船出の刻』

 海に囲まれている国を舞台としつつも、さほど多くはない海を舞台とした歴史時代小説。その中に快作が加わりました。江戸時代を舞台に、諸国を旅しながら、各地の湊の平和を守ることを目的とした快速弁財船と、その個性豊かな乗組員たちの活躍を描くシリーズの開幕です。

 江戸時代は慶安年間、父を海で亡くして孤児となり、寺で暮らす那珂湊の少年・鉄平は、湊の河口近くで高い塀に囲まれた造船所に興味を持ちます。そこで秘密の船を建造していると考えた鉄平は、海への強い憧れから、建造を差配する船大工の頭領・岩吉に直訴し、炊として現場で働くことになるのでした。

 実はここで造られていた弁財船こそは、商船を装って諸国を旅し、湊の平和を乱すものたちを摘発する幕府の密命を帯びた弁財船――様々な新技術を導入した快速船・疾渡丸。幕府の隠密としてこの任に当たる仁平、そして彼にスカウトされた凄腕の船頭・虎之介ら、いずれも一芸に秀でた者たちを迎えて、疾渡丸はついに完成の日を迎えます。

 その一方、那珂湊を牛耳る商人・坂本屋嘉兵衛は、自分の手の及ばぬ疾渡丸を敵視。さらに外国人商人を装う幕府の隠密・鄭賢を捕らえたことをきっかけに、造船所襲撃を企てます。その動きを察知した虎之介たちは、疾渡丸の緊急出港を決定するのですが……


 天網恢恢疎にして漏らさず――法の目をかいくぐって悪事を働く者を誰かに懲らしめてほしいというのは、古今東西を問わず大衆の夢。そしてそれを叶えるヒーローは、時代ものの世界でも様々な形で描かれてきました。
 本作もその一つではあるのですが、いうまでもなく他と全く異なる特徴は、その中心にあるのが密命弁財船であることです。

 江戸時代前期、海運の発展と経済の発展が直結していた時代、ある意味当然のようにそれに伴って起きる湊での犯罪や陰謀。それを取り締まるには、船を以てするに如くはない――その考えの下、幕府が密命弁財船を造るというのがまず面白いですが、さらにそれが取り外し式の帆など、当時の日本の船舶では革新的なアイディアを投入した快速船というのは胸踊ります。

 そして船という舞台が魅力的なのは、様々な人間が、様々なプロフェッショナルが乗り合わせていることでしょう。本作においても、船頭を務める破天荒な好漢・虎之介、密命の中心人物でありつつも船の上では一歩引いてみせる隠密・仁平、謎の明国人・鄭賢、連絡手段である鳩を操る鳥飼いの姉妹など、船に乗るのは多士済済――その面々が、持てる特技を活かして活躍する様は、職人芸を見る時の気持ちよさがあります。


 しかし本作の巧みなのは、その設定の新奇性だけでなく、様々な登場人物が織りなすドラマも疎かにしない点でしょう。

 例えば、本作の前半のエピソードの中心人物である船大工の岩吉は、かつて自らも船頭として活躍しながらも、ある出来事が元で海を離れ、船大工になった男。作中で語られるその出来事の説得力もさることながら、それがこの弁財船の名である疾渡(はやと)丸に繋がっていくのには思わず膝を打ちます。
 さらに、実は岩吉とは血縁関係にある人物がラストに見せる粋な計らいには、胸が熱くなりました。

 そしておそらくは虎之介と並び、全編を通じての中心人物となるであろう鉄平は、初めて海に出る少年という設定ですが、それだからこそ読者に近い目線の登場人物として、その成長に期待が持てます。
 また、陰謀論を題材とした(!)後半のエピソードでは、彼のニュートラルな視線が複雑な事態を解きほぐす鍵ともなっており、物語においてその存在は貴重といえるでしょう。
(この陰謀論、あまりに突飛で説得力がないのが気になりましたが――しかしそれだからこそ、ここでは意味があるというべきかもしれません)


 さて、大海原に乗り出した疾渡丸ですが、まだまだ本作での冒険は肩慣らしといったところでしょう。本来の任務に当たるであろう、次巻は既に発売されており、こちらも近日中に紹介したいと思います。


『幕府密命弁財船・疾渡丸 一 那珂湊 船出の刻』(早川隆 中公文庫) Amazon

|

2024.12.11

顕家軍、最後の祭りへ 松井優征『逃げ上手の若君』第18巻

 般若坂での高師直軍との戦いの中、師直に斬られた雫。しかし彼女は実は人間ではなく、神であったことが明らかになります。そして戦いは続き、顕家軍の最後の祭りが始まります。石津での師直軍との総力戦の中で、時行と逃若党の戦いや如何に!?

 青野原で怪物・土岐頼遠らを打倒し、京に進軍する北畠軍。しかし新田義貞との合流に失敗し、京に裏道から向かうことになった彼らは、連戦の疲れに加え、援軍と称して無能な公家たちが加わったために苦戦を強いられることになります。そして般若坂での戦いにおいて、高師直の一撃によって雫がその身を断たれ……
 と思いきや、確かに斬られたにも関わらず、平然と立つ雫。実は彼女の正体は諏訪の御左口神――いわば神力の塊だったのです。

 そんなのアリ? といいたくなるような展開ですが、それでも受け入れてしまうのがこの時代、いや時行たち。一度は敗れ、撤退することになったものの、これまで以上の結束でもって、時行たちは京を目指すことになります。

(しかし足利方において雫の能力的なライバルである魅摩、よく見ると神力を使った後に血の涙を流しているように見えるのですが、これはこの巻での雫のある言葉を裏付けているのでしょうか……)


 というわけでこの巻では、引き続き京を巡る戦いが描かれるわけですが、その敵となるのは高師直の軍。尊氏の執事という任にある師直ですが、執事という言葉から受けるイメージとはまったく異なり、彼は武将としてもひたすら強い。鎌倉時代までの武士の戦いとは全く異なる合理的な戦いぶりは――彼の冷徹かつ傲慢なキャラクターとも相まって――しばしば非人間的に映りますが、これまでになかった強敵であることは間違いありません。

 それに対する顕家の軍も、主だった武将たちに欠けはないものの、満足に補給も受けられない中で、敵地での連戦を強いられ、次第に疲労の色を濃くしていくのは、顕家たちのキャラクターがキャラクターだけに一層辛く感じられます。
 しかしそれでも歩みを止めないのが顕家という男です。こちらも執事であり、やはり戦上手である春日顕国が単独で牽制に当たる一方で、あの楠木正成の息子たちが参戦――といっても楠木党に往時の兵はありませんが、堺周辺をよく知る彼らの協力は、頼もしいことこの上もありません。

 それだけでなく、こんな状況でも、いやこんな状況だからこそ、配下の東国武者たちと祭り騒ぎを行い、楽しんでみせるのがまた顕家らしい。思えば彼はこれまでも戦いの中に祭りを見出してきましたが――日常と非日常の境目で、人間のプリミティブな感情とエネルギーを爆発させる祭りは、師直の人間性を犠牲にした合理性とは、全く対象的というべきでしょう。

 そしてテンションが上がった東国武者たちが、河原を見つけたら何をやらかすか――中世ファンの方であれば予想はつくと思いますが、ビジュアルにしてみれば本当にムチャクチャ。これも中世人の感情とエネルギーの爆発というべきでしょうか。命がけ過ぎますが。


 そして力を蓄えた末に、ついに師直との決戦に挑む顕家。ここまでくれば双方ともに総力戦、新田徳寿丸vs高師泰、結城宗弘vs仁木義長、名だたる武将たちが本作らしいスタイルで好勝負を繰り広げます。(そしてその中で炸裂する、上で述べたムチャクチャなアレ)
 そしてもちろん、その中で時行も黙ってはいません。顕家に兄のように思っていると告白し、必ずや弟が兄を勝たせると宣言した時行と逃若党もまた、それぞれの形で戦場の各地で暴れまわるのですが――その前に、再び吹雪、いや高師冬が立ち塞がります。

 上杉憲顕とはまた別のやり方で師冬を強化人間にしているらしい師直ですが、しかしこの場合恐ろしいのは、記憶を奪っているのではなく、そのエゴを、野心を強化していること。つまり師冬は操られているのではなく、自らの意思で戦っているのです。
 そんな師冬に、先の戦いでは瀕死の深手を負わされた時行ですが――彼が負けたままでいるはずもありません。一度は敗れた技を見事に破ってみせた時行の姿を描いて、次の巻に続きます。


 しかし時行のあれ、発情で良かったんだ……

 あと、今までずっと「逃者党」と書いていました。ごめんなさい。


『逃げ上手の若君』第18巻(松井優征 集英社ジャンプコミックス) Amazon

関連記事
松井優征『逃げ上手の若君』第1巻 変化球にして「らしさ」溢れる南北朝絵巻始まる
松井優征『逃げ上手の若君』第2巻 犬追物勝負! 「この時代ならでは」を少年漫画に
松井優征『逃げ上手の若君』第3巻 炸裂、ひどく残酷で慈悲深い秘太刀!?
松井優征『逃げ上手の若君』第4巻 時行の将器 死にたがりから生きたがりへ!
松井優征『逃げ上手の若君』第5巻 三大将参上! 決戦北信濃
松井優征『逃げ上手の若君』第6巻 新展開、逃者党西へ
松井優征『逃げ上手の若君』第7巻 京での出会い 逃げ上手の軍神!?
松井優征『逃げ上手の若君』第8巻 時行初陣、信濃決戦!
松井優征『逃げ上手の若君』第9巻 強襲庇番衆! 鎌倉への道遠し?
松井優征『逃げ上手の若君』第10巻 小手指ヶ原に馬頭の変態と人造武士を見た!?
松井優征『逃げ上手の若君』第11巻 鎌倉目前 大将同士が語るもの
松井優征『逃げ上手の若君』第12巻
松井優征『逃げ上手の若君』第13巻 さらば頼重、さらば正成 時行の歴史の始まり
松井優征『逃げ上手の若君』第14巻 時行、新たな戦いの構図へ
松井優征『逃げ上手の若君』第15巻 決着、二人の少年の戦い そしてもう一人の少年
松井優征『逃げ上手の若君』第16巻 宿敵との再戦、「一人前」を目指す若武者二人!
激突、バグ対王道! 松井優征『逃げ上手の若君』第17巻

|

2024.12.10

『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚』 第三十三話「禁忌の抜刀」/第三十四話「逆刃刀 初撃」

 張の奇剣に苦戦しながらも、青空に託された赤空の最後の一振りで勝利する剣心。その刀こそは逆刃刀の真打だった。そして剣心は、初めて逆刃刀を抜いた時のことを思い出す。それはかつて上野戦争の直後に高熱を発して倒れた自分を介抱してくれた、元岡っ引き夫婦を救うためだった……

 今回はちょっと内容的に中途半端な組み合わせですが、二話まとめて紹介(といってもメインは三十四話の方)します。

 第三十三話は、前話から引き続いて十本刀・張との対決。薄刃刀にいきなり苦戦する剣心を最初は見捨てて子供を助けようとした青空は、剣心の格好良い啖呵に考えを改めて父・赤空の最後の一振りを託し、剣心は子供を手に掛けようとした張相手に思わず本気を出して一閃するも、実は逆刃刀だったのでセーフ――という展開になります。 この辺り、運良く人斬りにならなかっただけ(刃衛の時も危なかったですが、あれは薫殿が頑張ったので)というのにモヤモヤしますが、これはまあ仕方がないことでしょう。むしろここは、あれだけ殺人奇剣を作ったにもかかわらず、最後は心を改めた赤空の遺志が彼を、息子と孫を助けたと考えるべきでしょう。(あと、「峰打ち不殺」みたいなことにならなくてよかった……


 さて、原作では葵屋で剣心が改めて逆刃刀を受け取って「よし!」だったわけですが、アニメの方では、剣心の回想の形で、ほぼ一話かけたオリジナルエピソードが描かれることになります。

 剣心が赤空に別れを告げ、刀を託されておそらく程なく――江戸に現れた剣心は、折悪しく高熱を発してダウンしたところを、皐月という女性に救われます。時あたかも上野戦争の直後、夫の義一と共に暮らす彼女は、剣心を新政府軍に追われる旧幕軍の敗残兵と思って助けたのです。 そんなわけで二人(と猫たち)のもとで養生することになった剣心。しかし、かつて義一は岡っ引きとして御用盗を追っていた中で片腕を失い、勝てば官軍と復讐を企んでいる元御用盗たちから隠れ住んでいることを知ります。そしてついに義一の家を突き止め、襲撃してきた元御用盗たち。皐月とお腹の子を助けるために命を投げ出そうとする義一を助けるため、剣心はついに刀を抜くのですが……

 というわけで、結構派手な内容だった第零幕に比べると、初期エピソードに近いムードの物語ですが――しかし舞台はまだ戊辰戦争の最中だけに、いつ庶民が戦いに巻き込まれてもおかしくない世界であり、そして戦いに名を借りて今回の御用盗たちのような悪事を働く人間の存在には、厭な生々しさがあります。もっとも、そんな時代だからこそ、傷付いてもなお明るい明日を目指そうとする二人の姿が印象的であるわけで、やはり時代の混乱の中で傷つき剣を捨てた剣心が、二人のために剣を再び手にする展開には納得がいきます。(ただ、義一はもうちょっと元岡っ引きらしい喋りでも良かったのではないかなあ、という気持ちは、時代劇ファンとしてはあります。もちろん、色々な岡っ引きがいるわけですが……)

 その一方でちょっと引っ掛かったのは、剣心が刀を抜いて初めて、それが逆刃刀であると気付くくだりですが、これはまあ、それまで刀を抜く気にもならなかった、ということなのでしょう(しかしいざ抜いてみたら、面白殺人奇剣でなくて本当によかった……)。また、最終的にその場を収めたのが、剣心の過去の雷名であったというのは、これもまあ初期エピソード的でもあります。 
 もう一つ余計なことをいえば、せっかく「御用盗」というワードが出てきたのですから、いつもの関俊彦のナレーションで「御用盗とは〜」と解説すればよかったのに、と一瞬思いましたが、そうすると相楽隊長の暗い過去が言及されかねないから――というのは考えすぎですが、単なるそこらの賊のように単純化して描かれたのは、ちょっともったいなかったと感じます。

 なお、この第三十四話の脚本は、もちろん黒碕薫。というわけで、アニメオリジナルとはいえ、ほぼオフィシャルと考えてよい内容なのかな、と思います。(ちなみに登場した猫の中に、聞き覚えのある名前が……)


『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚 京都動乱』 1(アニプレックス Blu-rayソフト) Amazon

関連サイト
公式サイト

関連記事
『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚』 第二十五話「京都へ」
『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚』 第二十六話「明治東海道中」
『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚』 第二十七話「見捨てられた村」/第二十八話「野心家の肖像」
『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚』 第二十九話「再び京都へ」/第三十話「森の出会い」
『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚』 第三十一話「京都到着」/第三十二話「十本刀・張」

|

2024.12.09

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第10話「託された心」

 殤不患の頼みで、謎の少年に稽古をつける捲殘雲。その頃丹翡たちは、鬼歿之地にあって邪気を浄化する祠の中で、遂に最後の神誨魔械を見つける。一方、魔界では阿爾貝盧法の手引きにより、魔王と禍世螟蝗が会見に臨もうとしていた。しかし遂に姿を現した魔王の顔は……

 残すところ三分の一を切って、なお物語が落着するところが見えない本作。特に敵方は幹部クラスがほぼ退場という状況ですが……

 そんな中である意味一番よくわからない動きをしているのが殤不患ですが、前回その頼みで謎の少年――公式サイトによれば任少游に捲殘雲は稽古をつけます。といっても任少游の技はつぎはぎだらけのでたらめ、捲殘雲から見ても未熟ですが、そんな相手に捲殘雲は何故強さを求めるのか、ひいては勝利することの意味を問いかけ、何を以て勝利とするか、道は一つではないことを語ります。
 ここで捲殘雲が語る内容は、初めて登場した時の、江湖で腕と名を上げることしか考えていなかった彼であれば、全く考えてもいなかったことでしょう。そして彼がそう考えるに至ったきっかけを与えたのは、まず間違いなく殤不患と思われます。これは小説版の『東離劍遊紀』で明確ですが、本作が、実は捲殘雲という青年が好漢の何たるかを知り、それを目指していく物語でもあることを思えば――ここで捲殘雲が求めるものが、任少游に託されたことには、大きな大きな意味があることでしょう。

 自分の故郷を求めて、逢魔漏を用いて様々な世界を渡り歩いている任少游――捲殘雲との出会いを経て、自分自身の武術、名付けて「拙剣無式」を会得することを目指すと決めた彼の正体が何者であるか、それは我々の予想通りだと思います。だとすればいささか奇妙な関係にも思われますが、さて……
(というか刃無鋒といい、どれだけ捲殘雲からいただいているんですか殤不患)

 そんな思わぬところで未来の大侠が生まれた(?)とは知らず、睦天命がその鋭敏な感覚で植物の存在を察知し、向かった先にあったのは、この鬼歿之地にあるとは思えないオアシスのような場所。そしてそれを成立させていた清浄な気を放っていたのは石造りの祠――その中に安置されていた最後の神誨魔械を、ついに殤不患は手にするのでした。

 さて、ついに丹翡たちが目的を果たした一方で、護印師の偉い人は予想通り朝廷の説得に失敗。いや、これは危機感の全く無い朝廷の人間がいけないのですが、そんな連中に対して護印師たちは自分の力で鬼歿之地に陣地を作ると宣言――かなり無茶をしている感がありますが、新たに鬼歿之地に向かう護印師たちの中には、かの萬軍破将軍の元部下たちが加わっていたのがアツい。将軍の遺志を受け継ぎ、魔界の脅威に立ち向かおうという彼らの決意は、これも「託された心」なのでしょう。

 一方、何だか繭になってずっと寝ているので当初思ったよりは存在感が薄れてきた浪巫謠ですが、そんな彼に迫るのは悍狡の群れ。哀れ黒い人も休德里安も、骸になってしまえば餌と同じ、さらに繭まで襲いかかってきた悍狡を前にしては、聆牙は手も足も出ない――と思いきや、何だか不吉なことを言い出したので、これはもしや!? と思いきや、本当に手足が出た!
 いや、あの状態から変形して手足が出るのかと焦ったら、なんかいきなり小西克幸の声で喋る(当たり前)イケメンに変化! 魔界パワーを吸収してパワーアップしたらしく、こればかりは楽器らしいというべきか、妖糸を放ってノリノリで大暴れする美麗の魔人の姿は、天工詭匠ロボに並ぶサプライズというか、再び武侠とは――と深遠なる問いに頭を悩ますことになりそうです。

 そんなヒーロー側が何だかよくわからない状況になっている一方で、手勢がどんどん失われていく禍世螟蝗猊下は、異飄渺の凜雪鴉に長々と実は気付いていましたよアピール。実は本当に気付いていないんじゃないかとハラハラさせられましたが一安心、しかし自分の手駒であれば別に正体が誰でも構わん的なことをインチキキセル野郎に対して言い出すのには、大変な不安が残ります。
 そしてその大物ぶりを発揮して、異飄渺の凜雪鴉を連れて魔界に赴く禍世螟蝗。阿爾貝慮法と刑亥の導きで魔宮に足を踏み入れた二人の前に、魔王がついにその姿を現すのですが、刑亥も知らなかったその素顔は――凜雪鴉!?


 というわけで、聆牙イケメン化が今回のハイライトかと思いきや、最後の最後に全てを攫っていった魔王様。殤不患と凜雪鴉、二人の主人公のルーツ的なものが同じ回で何となく描かれたわけですが、風来坊主人公好きとしては、別に出自はわからなくても――と思います。もちろん、そういう人間は少数派だと理解していますので、黙って成り行きを見守ります。


関連サイト
公式サイト

関連記事
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第1話「帰郷」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第2話「魔界の宴」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第3話「侠客の決意」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第4話「奇巧対決」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第5話「魔宮貴族」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第6話「謀略の渦」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第7話「魔道の果て」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第8話「再会」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第9話「覚醒」

|

2024.12.08

1月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 ようやく師走になったと思ったらもう新年の情報が、というわけで、2025年最初の新刊情報、1月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 といっても1月は点数はそこそこの印象。小説文庫の新刊では、新シリーズ(であろう)の『籠城忍 備中高松城(仮)』(矢野隆 講談社文庫)、シリーズ第二弾の『戦国快盗 嵐丸 朝倉家をカモれ』(山本巧次 講談社文庫)が、そして『芥川龍之介は怪異を好む』(遠藤遼 笠倉出版社キキ文庫)が登場します。

 また、文庫化・復刊では『月下の黒龍 浮雲心霊奇譚(仮)』(神永学 集英社文庫)、『薄紅天女』〈新装版〉上下巻(荻原規子 徳間文庫)のほか、作者の時代小説を集成した『妖刀地獄』(夢野久作 河出文庫)に注目でしょう。
 そして12月に続き登場の『風の忍び 二、恋の闇』(鈴峯紅也 角川文庫)も……


 一方、漫画の方はなんといっても『龍と霊―DRAGON&APE―』第1巻(東直輝&久正人 講談社モーニングKC)が一押し。恐竜人間のガンマンとスパイといえば、そう、あの作品に連なる世界観です。
 また、しばらく休載していたところから復活した『千年狐~干宝「捜神記」より~』第11巻(張六郎 KADOKAWA MFコミックス フラッパーシリーズ)は、新章も大変なことになっています。
(その他、新登場では『大江戸お絵描きおじさんウタクニ』第1巻(目黒川うな コアミックスゼノンコミックス)が楽しいですが、これはちょっと飛び道具的かな……)

 そしてシリーズものの続巻は、『寺の隣に鬼が棲む』第2巻(木々峰右 スクウェア・エニックスGファンタジーコミックス)、『だんドーン』第6巻(泰三子 講談社モーニングKC)、『青のミブロ―新選組編―』第3巻(安田剛士 講談社コミックス)、『フォーロン・ホープ 警視庁抜刀隊戦記』第2巻(TAKUMIサメ男&井出圭亮 ヒーローズコミックスわいるど)、『岩元先輩ノ推薦』第10巻(椎橋寛 集英社ヤングジャンプコミックス)、『黒巫鏡談』第2巻(戸川四餡 KADOKAWAハルタコミックス)が気になるところです。

 また、重野なおき作品は、この月は『雑兵めし物語』第3巻(竹書房バンブーコミックス)、『信長の忍び』第22巻(白泉社ヤングアニマルコミックス)、『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』第2巻(リイド社SPコミックス)と、一挙三作刊行です。


 というわけで、最初の週が実質休みであることを考えれば、それなりに数が多いと言えるかもしれない1月です。


|

2024.12.07

吉原+大女+グルメ!? 安達智『あおのたつき』第15巻

 異界から吉原の裏表を描いてきた『あおのたつき』も、巻を重ねてこれで第15巻。前巻、前々巻と重いエピソードが続いてきましたが、この巻では比較的コミカルな――しかし当事者にとっては深刻この上ない物語が描かれます。

 ある日、冥土の薄神白狐社に迷い込んできた三十路も近い役人・作之輔。生真面目な性格で周囲の評判も上々ながら、自分に自信が持てず、何よりも女性に全く接したことがない――そんな彼のために、あおと冥土の覗き常習犯・豆右衛門が色道指南に乗り出して……

 という前半部分が描かれた「手入らずの筆」ですが、この巻では、作之輔の初めての(となるかもしれない)体験が描かれます。
 といってもあおは野暮はせず、敵娼に玉くしという女郎を選んだだけで、あとはほとんど見守るだけなのですが――しかしそのチョイスの理由はなるほど、と言いたくなるもの。これで後は彼女の手練手管で、と言いたいところですが、それでも先に進まないのがこじらせ男の面倒なところで、さて、この状況をどう収めるのか……

 と、いかにもな艶笑譚の題材ではありますが、しかし見ようによってはこれは(これまでも作中で様々に描かれてきた)コミュニケーション不全にまつわる内容といえます。
 それに対して、作之輔を笑いものにするのでもなく、玉くしがボランティア的に受け止める「イイ話」にするのでもなく――一定のバランスを取った物語展開は、本作ならではというべきでしょう。


 そしてこの巻の後半には、冥土の花魁・恋山の深い悩みを描くエピソード「白飯比翼」が展開します。

 ある晩、薄神白狐社にやってきた妓楼・大黒屋からの使者。大黒屋といえば筆頭の恋山は冥土の吉原でも名高い花魁ながら、ここしばらくその姿を見た者はなく、そして見世も閉まっている状況――そこであおと楽丸は大黒屋に向かうことになります。
 そこであおと楽丸が見たものは、総出で料理を作る見世の人々。そしてそれを片っ端から食べていくのは、二階の天井にまで頭がつきそうなほど巨大な恋山だったのです。

 そう、悩み事とは恋山の食い気――彼女は満たされぬまま食べ続けた果てに、そんな巨大な姿に化してしまったのです。そしてそこまで至った彼女が抱えたわだかまり、叶えたい望みとは、ほかほかの白飯に合う最高のお菜を見つけること!

 ――いやはや、吉原+大女+グルメという、なんだか別の漫画が始まってしまいそうなキャッチーな(?)展開に驚かされますが、しかし恋町の巨大化は、冥土の吉原だからこうなるのであって、これが現実世界であればどういう状態になっているのか、語るまでもないでしょう。
 過酷な現実に対して、冥土の吉原という異界を舞台とすることによって一種のフィルターをかけ、漫画として描いてみせる――本作ではこれまでもこうした形で様々なエピソードが描かれましたが、今回はその中でも特にユニークなものの一つであることは間違いありません。

 正直なところ、彼女にとっての最高のお菜というオチは読めないでもないのですが、わだかまりを乗り越え、ラストに蘇った恋町の美しさには思わず見とれてしまうものがあります。


 なお、単行本恒例の巻末番外編ですが、今回のエピソードは「筏流し」。新吉原への恋文配達を頼まれた筏流しの男の旅を描く物語は、シンプルではあります、途中の難所でのダイナミックな描写には思わず目を奪われるものがある掌編です。


『あおのたつき』第15巻(安達智 コアミックスゼノンコミックス) Amazon

関連記事
安達智『あおのたつき』第1巻 浮世と冥土の狭間に浮かぶ人の欲と情
安達智『あおのたつき』第2巻 絢爛妖異なアートが描く、吉原という世界と人々の姿
安達智『あおのたつき』第3巻 魂の姿・想いの形と、魂の救い
安達智『あおのたつき』第4巻 意外な新展開!? 登場、廓番衆!
安達智『あおのたつき』第5巻 二人の絆、二人のたつきのその理由
安達智『あおのたつき』第6巻 ついに語られるあおの――濃紫の活計
安達智『あおのたつき』第7巻 廓番衆修験編完結 新たな始まりへ
安達智『あおのたつき』第8巻 遊女になりたい彼女と、彼女に群がる男たちと
安達智『あおのたつき』第9巻 「山田浅右衛門」という存在の業
安達智『あおのたつき』第10巻 再び集結廓番衆 そして冥土と浮世を行き来するモノ
安達智『あおのたつき』第11巻 二人のすれ違った想い 交わる想い
安達智『あおのたつき』第12巻 残された二人の想いと、人生の張りということ
安達智『あおのたつき』第13巻 悪意なき偽りの世界で
安達智『あおのたつき』第14巻 彼女の世界、彼女の地獄からの救い

|

2024.12.06

『大友の聖将』(赤神諒 ハルキ文庫)の解説を担当しました

 12月13日発売の『大友の聖将』(赤神諒 角川春樹事務所ハルキ文庫)解説を担当しました。戦国時代末期、九州の大友宗麟に仕えた実在の武将にして「大友の聖将(ヘラクレス)」と呼ばれた天徳寺リイノの生涯を描く歴史小説です。
 その名が示す通り敬虔なキリスト教徒であり、大友家が斜陽の一途を辿った末に、九州制覇を目指す島津家に追い詰められた時もなお、宗麟の下で戦い続けたリイノ。しかしその前半生は、裏切りと殺人を繰り返した悪鬼のような男だった――という設定の下、戦国レ・ミゼラブルというべきドラマが描かれます。


 この作品は刊行順では作者の第二作に当たる作品ですが、私が初めて読んだ赤神作品でもあります。その際に大きな感銘を受け、作者のファンになった作品であり、その文庫版の解説ということで、大いに気合を入れて書かせていただきました。

 文庫の帯には「赤神作品の原点」とありますが(解説のタイトルの一部でもあります)、単純にデビュー直後の作品だからというわけではなく、初読時には意識していなかった(当たり前ではあるのですが)現在に至るまで作者の作品を貫くあるテーマについて、解説では触れさせていただいています。
 私が作者の作品をこよなく愛する理由である(そして作者の作品に悲劇が多いことの理由でもある)そのテーマとは何か――それはぜひ解説をご覧いただきたいのですが、単行本刊行から六年を経てもなお、それが古びておらず、むしろいまこの時に大きな意味を持つものであることは発見でした。


 というわけで赤神作品ファンの方にも、これから触れられる方にもおすすめの『大友の聖将』、作品を楽しまれる際の一助になれば、本当に嬉しいです。
 どうぞよろしくお願いいたします。


『大友の聖将』(赤神諒 角川春樹事務所ハルキ文庫) Amazon

|

2024.12.05

兄の代役となった女と、人外の血を引く男と 木原敏江『夢の碑 とりかえばや異聞』

 木原敏江の代表作(シリーズ)である『夢の碑』――様々な時代を舞台に、人と人外の関わり・交わりを描く物語の第一弾です。「とりかえばや物語」をモチーフに、戦国時代、双子の兄の代役となった女性と、異国の人外の血を引く男――愛し合いながらもすれ違う二人の運命が描かれます。

 織田信長が各地に侵攻していた頃、一仕事終え、京で羽を伸ばしていた腕利きの忍び・風吹。彼は、背が高く凛々しい、一見美男子のような遊女・紫子と出会い、恋に落ちるのですが――しかしほどなくして、紫子が実は安芸の大名・佐伯家の当主の双子の妹と判明、実家に連れ戻されてしまうのでした。

 規模は小さいものの、代々独立独歩の姿勢を取っていた佐伯家。その当主である碧生は英傑の誉れ高い青年でしたが、織田と毛利の争いが激化する中、体を壊し、その代役を紫子が務めることになります。
 一方、そんな彼女の状況は知らず、謀反を企む佐伯家の家老・天野外記の依頼で碧生暗殺を請け負った風吹。しかし事情を知った彼は紫子に味方することを決めるのでした。

 折しも毛利家の姫が碧生のもとに輿入れすることとなり、快復した碧生が迎えるのですが――しかし婚礼の直前に彼は逝去し、再び紫子は身代わりを務めることになります。そして閨での代役を紫子が風吹に頼んだことで、二人の間に溝が深まるのでした。
 そんな中、ふとしたことから碧生の死を知った外記は、既に邪魔者になった風吹に刺客を送った末、毛利に身を寄せ、佐伯家には毛利家と織田家の連合軍が殺到します。

 これに対して、自分の正体を明かしながらも、碧生として佐伯家を率いる紫子。しかし戦場で彼女に危機が迫るたびに、不思議な力が彼女を守ります。その正体は風吹――実は遥か過去に異国からやって来た「びきんぐあ」の血を引く彼は、異形の姿と力を持ち、その力で紫子を守るのですが……


 平安時代、対照的な性格の兄妹が互いに入れ替わる「とりかえばや物語」。非常にユニークな内容の古典ですが、本作はそれをモチーフにしつつも、大きくアレンジして描きます。確かに男女の入れ替わりはあるものの、むしろ物語的には御家騒動もの――替え玉になって家を背負うことになった紫子の姿が、、物語の縦糸として描かれるのです。

 しかし本作が面白いのは、紫子が、家を背負う重圧もさることながら、風吹とのすれ違いにより深く悩む点でしょう。
 この点で本作は大きく恋愛もの的性格を持つのですが――この辺りはもう完全に作者の自家薬籠中のもの。時に極めてシリアスに、時にコミカルに描かれる男女の姿は、歴史ものでありつつも、普遍的な味わいがあります。(特に後者の軽みは、シリアスな場面以上に男女のリアルさを感じさせることすらあります)


 しかし本作の更にユニークな点は、とりかえばや要素だけでも成立する物語に、さらに横糸――風吹の秘められた力とその出自を巡る物語を絡めたことでしょう。

 冒頭から、時に目が緑色に光るなど不思議な様子が描かれていた風吹。実は彼の母は、遠い昔に日本に渡ってきた民「びきんぐあ」の末裔――様々な不思議な力を持ち、頭に二本の角を生やす、いわば鬼の末裔なのです。
 愛する紫子に対しても自分の力を、そして真の姿を隠してきた風吹。本当の自分自身を隠さなければならないという点では紫子同様の――いやそれ以上に深刻な立場に風吹は在るのです。(終盤に描かれる紫子の反応が、それを強く感じさせます)

 真の自分を抑圧しながらも、互いを求めて懸命に生きる――そんな二人の物語の結末はある種「お伽噺」的ですが、しかし大きな救いがあるといって良いかもしれません。


 なお、本書にはその他に「桜の森の桜の闇」と「君を待つ九十九夜」の二編が収録されています。

 前者は鎌倉時代末期を舞台に、恋人を故郷に残して暴れまわる武士崩れの野盗の男と、花を食う美しい鬼が出会う物語。美しい不滅愛の物語であるはずが――という強烈な結末が印象に残る本作は、発表順では『風の碑』シリーズ第一作となります。
(内容的にも『とりかえばや異聞』より先に読んだほうがいいかもしれません)

 後者は大正時代を舞台に、没落華族の娘と、実家が成金の青年の二人が主役の物語。あちこちで浮名を流す青年からの求婚に対し、娘は小野小町と深草少将の百夜通いのように、百夜通うことで誠意を示すよう求めるのですが――思わぬ(?)ゲストが登場する、あっけらかんとした結末の味わいも楽しいラブコメです。


『夢の碑 とりかえばや異聞』(木原敏江 小学館フラワーコミックスα) Amazon

|

2024.12.04

呪いと鎮魂の間に舞う 瀬川貴次『もののけ寺の白菊丸 桜下の稚児舞』

 とある曰く付きの寺を舞台に繰り広げられるホラーコメディ待望の続編が刊行されました。帝の御落胤ながら、故あって寺に預けられた十二歳の白菊丸が寺で巻き込まれる騒動はまだまだ続きます。今回はなりゆきから稚児舞の舞い手に選ばれた白菊丸が悪戦苦闘する羽目になるのですが、その裏には……

 帝の最初の子として生まれながらも、母の身分が低かったことから存在を隠され、密かに育てられてきた白菊丸。十二になった年に大和国の勿径寺に預けられ、稚児となった彼は、そこで封印されている大妖怪・たまずさと出会います。
 実は勿径寺は、京から焼け出されたもののけ縁の品が封印された寺。たまずさに妙に気に入られ、自分も懐いた白菊丸は、そんなもののけたち絡みの事件に次々と巻き込まれることに……

 という設定で描かれた前作では、いい加減ながら非常に強い法力を持つ定心和尚、稚児たちのカリスマで白菊丸も憧れる千手丸といった寺の人々、そして正体はあの九尾の狐とも噂される白い獣の大妖・たまずさなど、個性的な人々(?)が登場――作者らしい、時におどろおどろしく基本おかしい、テンション高い物語が展開しました。
 そのノリはそのままに、新たなキャラクターたちを迎えて、物語は展開します。

 奇病に倒れて医者にも見放され、定心和尚を頼ってきた近くの村の悪名高い地主。しかしその正体は奇病ではなく何者かの呪いであり、定心の法力で返された呪いは意外な人物の元に返されることに……
 という第一話において、思わぬ形で呪いと関わることになった白菊丸は、その後、夜の境内を闊歩する巨大なザトウムシのような土地神と遭遇し、それが神楽に聞き惚れている姿を目撃します。

 それを聞いた定心和尚は、たまずさが解放されたことが原因と考え、かねてから進めていた<勿径寺/花の寺計画>の一貫として、鎮魂の法会を開き、桜の下で稚児舞を行うことを発案。たまずさ解放に責任のある(?)白菊丸もその一人に選ばれてしまうのでした。
 舞など全くやったことはないにも関わらず舞い手に選ばれてしまい、悪戦苦闘を続ける白菊丸ですが、その周囲では怪異が相次ぎます。その影には、「呪い」を請け負うある男の存在がが……


 全四話構成の本作ですが、第四話である表題作が全体の半分を占め、前三話はそこに至るまでのプロローグという印象が強い構成となっています。そして物語の内容を一言で表せば、呪いと鎮魂の物語といえるでしょう。

 舞台となるのはおそらく鎌倉時代――戦乱で宇治の寺が焼かれ、そこに封じられていたもののけたち縁の品が勿径寺に移されているという設定があるので――いまだ呪いが力を持つものと信じられ、同時に死者の怨念・無念が力を持つと信じられていた時代です。このように、呪いの実効性と鎮魂の必要性が人々に信じられていたからこそ、本作は成立する物語といえます。

 もっとも本作の場合、呪いを積極的に仕掛ける人物が登場することから、物語はさらにややこしくなります。呪いを引き受ける謎の青年、背中に「禍」の字を染めた衣を着たその名は禍信居士――事の善悪を問わず、依頼を受ければ呪詛を請け負う彼は本作の敵役ではありますが、ターゲットに妙な拘りを持っているのがユニークです。
 もっともその拘りを含めて定心和尚からは生暖かい目で見られてしまうのも、また本作らしいところですが……


 そんな新キャラクターが存在感を発揮する一方で、たまずさはちょっとおとなし目で、ほとんど白菊丸の保護者役に徹していたため、前作ほどの危険性と、それと背中合わせの魅力を感じられなかったのはやや寂しいところではあります。
 もっとも彼女の正体については、九尾の狐かと思えばはっきり異なる点もあり、まだまだ気になる存在であることは間違いありません。

 今回描かれた厄介事は実質的には解決しておらず、まだ尾を引くことを予感させます。この先描かれるであろう物語もまた、楽しみになります。


『もののけ寺の白菊丸 桜下の稚児舞』(瀬川貴次 集英社オレンジ文庫) Amazon

関連記事
瀬川貴次『もののけ寺の白菊丸』 稚児と白い獣の危うい綺譚

|

2024.12.03

漫画に映える水と油の二人 うゆな『大正もののけ闇祓い バッケ坂の怪異』第1巻

 昨年、ポプラ文庫ピュアフルから刊行された、あさばみゆきの大正もののけ退治ものが漫画化されました。東京の山の手を舞台にに、堅物の剣術指南と軟派な八卦見という水と油の二人が、様々な怪異と出会う連作の第一巻です。

 目白で父親の跡を継いで剣術道場の師範を務める柳田宗一郎が、出稽古の途中で出会った八卦見の男・旭左門。道端で女性相手に商売をする左門の胡散臭さに反感を抱く宗一郎ですが、左門は彼に「死相が出ている」「女難」に遭うと告げるのでした。
 腹を立ててその場を離れた宗一郎は、出稽古の帰り、自分の道場があるバッケ坂の入口で、あけ乃という女性を助けるのですが――彼女を送っていった先の屋敷から、出られなくなってしまうのでした。

 怪しい態度を見せるあけ乃と、時間と空間が歪んだ屋敷に閉じ込められてしまった宗一郎。そこに屋敷の外からやって来たのは、あの左門で……


 という第一話から始まる本作は、原作に忠実に展開していきます。はたしてあけ乃とこの奇怪な屋敷の正体は何か。そこに平然と入り込んで宗一郎を助けようとする左門は何者なのか。そして宗一郎と左門は、屋敷から逃れることができるのか。
 第一話からなかなかヘビーな状況ですが、どんな怪奇現象に出会っても気の迷いで済ましてしまう宗一郎と、ヘラヘラと軽薄な態度ながら不思議な術を使う左門――相反する個性の二人が、それぞれの力を活かして窮地を切り抜ける様はユニークな怪異譚として楽しめます。

 というより宗一郎の場合、これが窮地だと理解していないのが面白いところで、それ以外の部分も含めて、ほとんど「漫画のような」四角四面の石頭、いや鉄頭なのですが――それが実際に漫画になってみると実にハマります。
 ちょっとやり過ぎ感があるくらいの宗一郎のキャラクターですが、こうして時にデフォルメも加えた絵で見せられると、違和感がないのが面白いところです。
(ちょっと可愛すぎるキャラデザインかな、とも思いますが、美男子設定ではあるので……)


 ただ、それ以外の部分も含めて漫画として見ると、ちょっと不安定な部分があるのも正直なところです。
 重箱の隅を突くようで恐縮ですが、例えば宗一郎が井戸で水浴びする場面など、本作では服を着たまま頭に水を被っているのですが――確かに原作には細かい描写はないものの、さすがに上は諸肌脱いでいないと無理があるわけで、そこは絵で補う必要があったのではないでしょうか。

 その他、原作では狭苦しい居酒屋だったのが妙に広い空間として描かれていたり(これはまあ、展開的にはあり得ないこともない、と擁護できるかもしれませんが)、原作の内容を漫画という別メディアに移し替えられているか、というと、厳しいことを言えばまだ苦しいように感じます。


 この第一巻では、宗一郎がかつて尊敬していた兄弟子と不思議な再会を遂げる原作第二話まで収録されていますが、原作は全五話構成。この先、いよいよドラマ的に盛り上がる内容を、どこまで漫画として描き留められるか――早くも正念場という印象です。


『大正もののけ闇祓い バッケ坂の怪異』第1巻(うゆな&あさばみゆき 一迅社ZERO-SUMコミックス) Amazon

あさばみゆき『大正もののけ闇祓い バッケ坂の怪異』 水と油の二人が挑む怪異と育む関係性

|

2024.12.02

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第9話「覚醒」

 繭状態のところに襲いかかってきた休德里安を、半ば無意識のうちに斃した浪巫謠。一方、深手を負った霸王玉と花無蹤は、神蝗盟より互いとの暮らしを選び、任務を放棄して姿を消し、凜雪鴉を苛立たせる。そして睦天命たちを連れて地上に戻った殤不患は、捲殘雲に奇妙な頼みをするのだが……

 サブタイトルのとおり、冒頭に浪巫謠のさらなる魔族化が描かれる今回。前回、どう考えても死亡フラグを打ち立てていた休德里安は、やはりあっさりと散るのですが、それが浪巫謠に敵と認識されてではなく、彼が夢うつつの中で禍世螟蝗と戦っているつもりで暴れたいたら、その攻撃をくらってある意味とばっちり的に殺されたというのが哀れです。
 ちなみにこの夢うつつの中では、禍世螟蝗の巻き添えで殤不患と睦天命も死んでいるようですが――それは夢の中で阿爾貝盧法が告げるように、彼が魔族だから周囲の人々を不幸にしてしまうのでしょうか。魔族にだって愛情はあるんだーっと、一番言って欲しがってるのは阿爾貝盧法のような気もしますが……

 さて、愛情といえば歪んだ愛情では右に出る者のない嘲風は、凜雪鴉によってやはり西幽に戻されていましたが――浪巫謠を取り戻すために西幽の全軍で魔界を攻めると言い出したものの、さすがに周囲からは可哀想な人を見る目で扱われる始末。ある意味無力化したともいえますが、これが凜雪鴉の企みなのでしょうか。

 そして愛情といえば、意外なところで花開いた愛情が一つ――前回、互いの力を合わせた芙爾雷伊との決死の戦いの中で、互いの真価を認めあい、何だかイイ感じになっていた霸王玉と花無蹤。二人は、なんとせっかく手に入れた魔宮印章と禍世螟蝗から託された神誨魔械を異飄渺の凜雪鴉に返却してしまいます。
 二人が、忠誠心よりも使命よりも大切な人を見つけたので寿退職して東離で静かに暮らします! と言い出したのには、さすがの凜雪鴉も「話を聞け!」と異飄渺の演技を忘れて叫びますが、もはや固い絆で結ばれた二人には届きません。空間転移術(便利)で二人が魔界から消えた後には、ワナワナ震える凜雪鴉が残されるのみ――と、凜雪鴉がこうなるのは久々ですが、彼が大悪党をハメること以上に、彼の見込みが狂って冷静さをかなぐり捨てて荒れる様は、大変気持ちが良いものです。心の底からザマあと言いたいと思います。
(しかし絶対に凜雪鴉の餌食になると思っていた花無蹤が見事に笑傲江湖してしまうとは、全く予想が外れて感服しました)

 一方、魔界でかつての仲間たちと再会した殤不患は、そのまま魔界の奥に殴り込み! はせず、前回とは逆パターンで(嵩張りそうな天工ロボを引き上げつつ)鬼歿之地に戻ります。当分ウォウウォウはお預けのようで残念ですが……
 そこで第二期にあっさり騙された護印師の偉い人に東離の宮廷を動かすように頼み(たぶん無理)自分たちは本来の任務である、最後の神誨魔械を探すことにした殤不患ですが――捲殘雲が見つけてきた謎の洞窟が、彼に奇妙な行動を取らせます。

 捲殘雲に防瘴気マスクを被ってここで待っていて、やって来た若僧の相手をしてやってほしいという殤不患。捲殘雲相手に三拝して殤不患が去った後、はたしていずこからか現れた幼さを残した剣士が捲殘雲に戦いを挑みます。しかし捲殘雲相手に軽くあしらわれた彼は、弟子入りを志願。共感性羞恥に震える捲殘雲も、殤不患の頼みとあらば仕方なく、共に稽古することになるのですが――どう見ても正体がバレバレのこの若僧の正体は如何に、というよりどうやってここに来たのか。気になると言えば、次回のナレーションではまるで捲殘雲が遺志を託しそうな勢いで、むしろこちらが心配です。


 にしても主人公(の片割れ)が全く知らぬ間に、魔宮貴族と神蝗盟という二大敵組織が幹部ほぼ全滅しているとは、意表を突いた展開です。
 何となく魔界編は第四期でカタが付きそうな気がしますが、それでは完結編では何が描かれるのか。残り四話の行方が気になります。


関連サイト
公式サイト

関連記事
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第1話「帰郷」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第2話「魔界の宴」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第3話「侠客の決意」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第4話「奇巧対決」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第5話「魔宮貴族」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第6話「謀略の渦」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第7話「魔道の果て」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第8話「再会」

|

2024.12.01

『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚』 第三十一話「京都到着」/第三十二話「十本刀・張」

 京都に到着し、操の育った料亭「葵屋」で、元隠密御庭番衆の「翁」と出会う剣心。翁の力を借りた剣心は、折れた逆刃刀の代わりを求めて刀匠・新井赤空を探すが、赤空は既に亡き人だった。しかし赤空の最後の一振りがあると知った十本刀・刀狩の張の魔手が、赤空の息子一家に迫る……

 だいぶ遅れてしまいましたが、今回も二話紹介。ようやく京都に到着し、名実ともに京都編スタートといったところですが、志々雄一派との激突もいよいよ本格的に始まります。

 第三十一話で描かれるのは、タイトル通り剣心(と操)の京都到着の模様。ここでこの先、剣心たちの京都での足がかりになる葵屋が登場するわけですが、そこはかつて隠密御庭番衆の京都探索の拠点で――と、重要キャラの「翁」こと柏崎念至が登場します。旧アニメ版ではザ・頼りになるお年寄り役声優の北村弘一氏が演じていましたが、今回は千葉繁氏と、エキセントリックな側面を強く感じさせるキャスティングですが、違和感なくハマっているといえるでしょう(千葉氏も年齢的には無理がないですし――地虫忍者経験もある、というのはさておき)。
 初登場シーンから、一目で剣心を抜刀斎だと見抜き助力を申し出るなど、かつての実力も健在と感じさせる翁ですが、ここで剣心が「新井赤空」と「比古清十郎」と二人の探し人の名を挙げることで、この先の物語が広がっていくことになります。

 しかし隠密御庭番衆といえば、言うまでもなく四乃森蒼紫ですが――その蒼紫といえば、隠すこともなく堂々とあの長物を手に京を闊歩していたのは、これは原作通りではあるものの、ビジュアル的にはやはり面白すぎるというか何というか……(この先、もっと面白いことになるのですが)

 そして対する志々雄も京都のアジトに到着、そこで待っていたのは十本刀の一人にして志々雄の軍師・佐渡島方治。切れ者ぶりに似合わず、配下たちの前では自らアジテーション役も辞さない男ですが、ここでは蘊蓄を傾けながら、「勝利」の花言葉を持つ阿蘭陀菖蒲(グラジオラス)の花束をプレゼント――ってこんな場面原作にあったっけ!? と思いきや、今回のアニメオリジナルシーンでした。
 実は今回脚本を担当したのは黒碕薫――長きにわたり原作協力を担当し、このアニメ第一期で担当した石動雷十太編・第零幕では、アニメオリジナルの描写で原作ファンを驚かせてくれましたが、今回も期待通りの展開というべきでしょう。といっても今回は、ここと後述の張のけん玉の件くらいなのがちょっと物足りないのですが……

 しかし、ここで国盗りに前のめりの方治に対して、志々雄は剣心に十本刀を当てると宣言。滅茶苦茶反対する方治ですが、あの面子が全員要人暗殺に役立つかといえば非常に疑問で、志々雄の言うように三四人まとめていけばそれなりにイケるのでは――という気がしないでもありません。もっとも志々雄は三段バカ笑いでわかるようにほとんど自分の趣味で言ってるので、方治の苦労が偲ばれます。
(にしても、宗次郎と宇水がいれば問題ないと、宗次郎と並び称されるほどの宇水さん――活躍を期待しないわけにはいきません)

 さてここで顔を見せた張は、剣心が折れた逆刃刀の代りを求め、その逆刃刀を打った新井赤空(は亡くなっていたのでその息子の青空)の下を訪ねたこと、手ぶらで帰ったものの、赤空には最後のひと振りがあるらしいことを聞いて、妙にやる気を見せます。
 そこで青空の店を訪れた張は、息子の伊織がけん玉で遊んでいたのを見て、自分も自信満々にやってみせたものの、ひたすら大失敗――というのが第三十二回のオリジナルシーン。これが張が伊織を人質に取り、長刀の鞘の先にぶら下げたまま、刀版けん玉ともいうべき逆中空納刀にチャレンジするシーンのサスペンスを煽る――という趣向ですが、力入れるところかなあ、という気はいたします。

 しかしこの張、関西弁の喋りといい、自分の欲のままに動く性格といい、これまで何となく憎めない印象がありましたが――今回改めてみると、実行に至らなかったまでも子供を手に掛けることも厭わないド畜生で、この先の扱いを考えるとなんかこう、もう少しヒドい目に遭っておいてもよかったのでは、という気もします。
 その戦いはまだ決着は着いていませんが、今回の時点でかなりボコボコ。しかし十本刀の実質一番手としての彼の本領発揮は、まだまだこれから――と次回に続きます。


 しかし青空君、神社に奉納した最後の刀まで汚されては赤空が刀匠ではなく本当に「殺人道具を作った男」になってしまうと言っていましたが、この先登場する赤空の殺人奇剣を見れば、もはや手遅れだととしか……
(というか、「殺人奇剣」という言葉ができてしまった時点で既に)


『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚 京都動乱』 1(アニプレックス Blu-rayソフト) Amazon

関連サイト
公式サイト

関連記事
『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚』 第二十五話「京都へ」
『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚』 第二十六話「明治東海道中」
『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚』 第二十七話「見捨てられた村」/第二十八話「野心家の肖像」
『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚』 第二十九話「再び京都へ」/第三十話「森の出会い」

|

« 2024年11月 | トップページ | 2025年1月 »