2012.05.23

「ナウ NOW」第1巻・第2巻 韓国からの武侠漫画見参!

 かつて中原を震撼させた希代の殺人鬼・破軍星。彼が残したという伝説の武功・「四神武殺法」が記された書物を巡り、鬼悪谷では武林の達人たちの死闘が繰り広げられていた。そんな中、それぞれの目的で谷を訪れた劉世河とアリンは、ただ一人、四神武殺法を守る謎の少年・沸流と出会うのだが…

 韓国産の武侠漫画というのは、日本におけるそれよりも遙かに多い数が発表されているようなのですが、しかしほとんど日本では読むことができなかったのが事実。
 そんな中、「黒神 Black God」の朴晟佑の大長編武侠漫画「ナウ(儺雨) NOW」の刊行がスタートしました。

 稀代の豪傑あるいは殺人鬼・破軍星(パグンソン)が残したという「四神武殺法」の秘伝を巡り、たった一人でその殺法を守り続けてきた沸流(ビリュ)と、その争奪戦に巻き込まれて同門の人々を失った劉世河(ユセハ)、二人の少年を中心とした物語――のようであります。

 ようであります、というのは、今回同時刊行された第1,2巻の段階では、まだまだ物語はプロローグと言った印象を受けるためです。
 武林の豪傑たちが正邪入り乱れて秘伝書の争奪戦を行うという背景。沸流と劉世河、そして二人のヒロインの出会い。そして彼らに襲いかかる謎の敵たちの影――
 武侠ものの導入部としてはまず標準的なパターンかと思いますが、ここから千変万化、幾らでも転がっていくのもまた武侠もの。現時点ではどのような物語になるか正直なところわからないのですが、しかしそれだけに引き込まれるものがあるのもまた事実であります。
(もっとも本作の場合、第一部と言うべき「天狼熱戦」という作品があるとのことなので、それを受けての部分があるかとは思いますが…武侠小説ファン的には「射雕英雄伝」と「神雕侠侶」のような関係と考えればいいのかしら)

 ちなみに第2巻までで感心したのは、ヒロインの一人(であろう)ケモノ属性の少女・貂鈴(チョリョン)のキャラクター造形。
 別に本当の獣人というわけではなく、ある人物の手で獣のように育てられた少女…という設定なのですが、言動からコスチュームデザインに至るまで、見事にその属性を満たしているのには、全くケモナー趣味のない私でも面白く感じた次第です。


 閑話休題、様々に魅力のある作品ではあるものの、本作にはしかし、いささか残念な部分もまた存在します。
 それは、武侠ものという本作のジャンルに起因するもの――武侠ものというジャンルがまだまだなじみ深いものとは言えない日本の読者が、いきなり武侠の世界が、概念が、用語が所与のものとして存在する本作を読んで、すぐに入っていけるのか? という点であります。

 この辺りのフォローは、本作に限らず難しい部分かとは思いますが、本作で初めて武侠ものに触れる読者も少なくないであろうことを考えれば、あだやおろそかにはできますまい。
(個人的には、公式サイトを見て、初めて本作がどこの国の、いつの時代が舞台がわかるというのもちょっと…)

 本作は全25巻とのこと、まだまだ長丁場でありますが、この辺りも含めて、どのように展開していくのか――
 色々な点で、大いに気になる作品なのであります。


 ちなみに第2巻の巻末に収録された独立した短編「縊鬼」は、泊まった人間が縊死して見つかるという呪われた部屋に泊まった道士の運命を描くホラー。
 ラストのひねりがなかなか面白く、途中のアレはコレのためであったか!? と思わされる、ユニークな作品でした。

「ナウ NOW」第1巻・第2巻(朴晟佑 新紀元社Korean Enterteinment Network) 第1巻Amazon / 第2巻 Amazon
ナウ-NOW 1 (Korean Enterteinment Network)ナウ-NOW 2 (Korean Enterteinment Network)


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2012.04.08

「もろこし桃花幻」 桃源郷に潜む闇

 時は元代末期、故郷に帰る旅の途中の青年・陶華は、流賊と戦う渓陵の城市近くで、女道士・杏霙と出会う。更に剣呑な老行者をはじめ、一癖も二癖もある面々と道連れになった陶華は、賊を逃れて、伝説の桃源郷を思わせる村にたどり着く。だがそこで彼らを待っていたのは、奇怪な連続殺人だった…

 伝説の神帝・黄帝から与えられた銀牌を手に、この世の勢(システム)を守るため戦う江湖のヒーロー・銀牌侠の活躍を描く「もろこし」シリーズの第三弾が刊行されました。

 春秋戦国時代から中華民国まで、様々な時代に活躍する銀牌侠の姿を描いてきた本シリーズですが、今回の舞台は、これまでも幾度か舞台となった元代の末期…ではありますが、シリーズ初の長編として、これまでにない実にユニークな内容となっております。

 既に乱れに乱れ、崩壊寸前の元朝。各地では拠点を持たず、流浪を続けては略奪を行う流賊たちがはびこる中、その流賊に攻められる渓陵の城市周辺が本作の舞台となります。

 科挙受験のために都に出ながらも、国の情勢を見て故郷に帰ることにした主人公・陶華。渓陵の城市近くの桃渓村にやって来た陶華は、住人たちが消えたこの村で、杏霙と名乗る女道士と出会うことになります。
 さらにその場に現れる、いずれも曰くありげな人々。村の近くに住む少女・小蘭、二刀を使う剣呑な老行者・施檜、その相棒で軽功を使う老行者・孫吉、いずれも一癖ありげな
商人、医者、侠客…

 流賊の襲撃を受けて逃れた一行がたどり着いた先は、あたかも陶淵明の「桃花源記」に登場する隠れ里――すなわち、桃源郷のような村。
 外の戦と無縁のような平和な世界に戸惑いながらも、流賊が撤退するまではと村に留まることになる一行ですが…

 しかし、一行の世話役が首を切り離されて惨殺されるという事件が発生。しかもそれは、更なる惨劇の幕開けだったのであります。
 果たして姿なき殺人者の正体は、何故殺人が、それも今起きなければいけなかったのか? そして事件と陶華たち一行の関係は…


 外界から隔絶された環境で殺人が起き、周囲の人間全てが容疑者として疑われる中で次の惨劇が――という、いわゆる「吹雪の山荘」ものというシチュエーションがミステリにはあります。
 本作は、その「吹雪の山荘」を、実に意外な形で作りだしたと言えるでしょう。何しろ山荘に当たるのは桃源郷を思わせる村、吹雪に当たるのは流賊との戦なのですから――

 しかし、本作の真に見事な点は、その意外なシチュエーションが、単に読者を驚かせるためだけのものではなく、舞台設定と密接に連動し、一定の必然性を持っていることでしょう。
 一見無関係に思われた、プロローグに当たる部分が、陶華たちの冒険にどのような意味を持つのか…それが明らかになった時の驚きは、まさしく良質のミステリのそれであります。

 本シリーズのこれまでの作品と同様、本作は、この時代の、この舞台でなければ起こりえない事件を描いた、見事な時代ミステリと呼べるでしょう。そして同時にそれは、この時代の――そして他の時代にも生じ得る――闇を剔抉することでもあります。
(もう一つ、ある登場人物の行動が、武侠小説ファンであればひっかかる――というより納得してしまう――トリックとなっているのも楽しい)

 …しかしながら、シリーズとして見た場合には、正直に言って銀牌侠の存在感(というより存在の必然性)が薄かったと感じます。
 銀牌侠個人のキャラ自体は十分に立ったのですが、銀牌侠の使命から考えると、今回はいかがなものか…という印象があるのです。

 もっとも一つには、ゲストキャラの老行者が目立ちすぎた、という点はあるのですが――
 しかも、ネタバレにならない程度に言えば、私にとっては大好物な題材と趣向にもかかわらず、さすがにちょっと強引すぎるのでは…と言いたくなるような使い方なのは、少々もったいないと感じます(もっとも、それによって少々メタなオチが付くのは、それはそれで好みなのですが)。


 結論から言えば、シリーズものとしてみればもったいない部分も見られますが、中国時代ミステリ、武侠ミステリとしてみれば、やはり今回も実に魅力的であった本作。
 いつの時代の、どこの場所に現れるかわからない、神出鬼没の銀牌侠の次なる冒険にも期待する次第です。

「もろこし桃花幻」(秋梨惟喬 創元推理文庫) Amazon
もろこし桃花幻 (創元推理文庫)


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2012.01.12

「千里伝 時輪の轍」 時との対峙、史実との対峙

 武宮に修行に出た千里は、ある日不思議な少女・空翼と出会い、匿うことになる。一方、各地では失踪した人々が年老いて発見される怪事が頻発、バソンも姿を消してしまう。一連の事件の背後には、時と空の繋がりが解かれ、時が暴走していることを知った千里は、仲間たちと時を求めて旅立つのだが。

 先日刊行されたシリーズ第1弾の文庫版も快調と聞く「千里伝」の第2弾「時輪の轍」であります。

 舞台は唐代の中国、主人公は後に武人として知られることとなる高ベンこと千里。
 遙か昔、この天地の形を定めた五嶽真形図の力を発揮する三つの器の一つという宿命を背負った彼は、前作において同じ器である武術僧・絶海と、吐蕃の狩人・バソンとともに冒険を繰り広げ、ひとまず天地に平穏を取り戻すことに成功します。

 本作は、その際に武術の深奥・不射の射の境地に達した千里ですが、しかし冒険が終わってみれば武術の腕は元に戻り、丹霞洞麻姑山の武宮に修行に出されて…という設定で始まります。

 人と“人”の間に生まれたためか、齢二十歳を超えながら、五歳児の外見しかもたない千里ですが、外見に似合わぬ根性曲がり。武宮でもさっそく子分を集めていっぱしの親分気取りなのですが…
 そんな中、山中で空翼という不思議な少女と出会った千里。武宮の主であり、強力な仙人である麻姑ですら気配の掴めぬ彼女を、千里は内緒で匿うこととなります。

 時を同じくして、各地で、人々が突然失踪したと思えば、考えられないほど年老いて発見されるなど、常識では考えられぬ異変が発生。千里の一の子分である鄭紀昌がその犠牲者となってしまいます。

 事件の背後にあるものが「時」であることを知った千里は、同じく失踪したバソンを探す絶海、時の牢獄を自力でブチ破ってきたバソン、さらにはかつて宿敵として激突した“人”の王子・玄冥とともに、失われた時を求めて再び冒険の旅に出ることになるのですが――


 さて、前作の最大の魅力は、史実を題材・背景にしつつも、文字通り天地を揺るがす壮大なファンタジーを描いてみせた点にあるかと思いますが、その点は、本作でも健在であります。

 前作のお話が、天地を形作る、言い換えれば天地を創り変える力を持つ五嶽真形図の争奪戦だっただけに、本作でそれを超える物語が描けるのか…と、読む前には気になってはいたのですが、蓋を開けてみれば、それは全くの杞憂。
 何しろ、今回のテーマは、創り出された天地に欠けてはならぬ「時」と「空」、時間と空間を巡る――というより、時間(伝奇者にはたまらぬ、意志を持った時間!)との対決なのですから、これは前作に勝るとも劣らぬ大冒険であることは間違いありません。

 そして、その時との対峙、という展開そのものが、千里に関する史実の描写に不可分に結びついていくのが、また面白い。

 前作においては、千里のその後の事績――高ベンとして歴史に残された彼の足跡は、ほとんど語られておりませんでした。
 もちろん、彼の少年時代を描いた作品である以上、それはある意味当然のことではあります。
 しかし本作においては、そこを見事に飛び越えて、千里の、高ベンの後半生が語られていくこととなります。

 それは、史実をなぞりつつも、それを巧みに膨らませ、しかし本シリーズの読者にとっては、胸をかきむしられるような、彼の姿であります。
 考えてみれば、可能性としては十分にあり得る内容でありながら、考えたくなかった、あえて目を逸らしてきたものを、こういう形でぶつけてきたのには、少々どころではなく驚かされたのですが――

 しかしそれすらも軽々と(もちろんそれなり以上の痛みとともに)踏み越え、一つの希望を提示してみせる、作者の豪腕ぶりには、それどころではなく驚かされました。
 なるほど、史実との対峙、という意味においても、本作は時との対峙を描く物語でありました。


 ただ少々残念なのは、前作の物語を経て、千里をはじめとする登場人物たちがそれなりに成長したことで、何だかずいぶん物わかりが良くなったように見えてしまう点であります。
 前作である意味不快ですらあった――そしてそれはもちろん作者の計算の上なのですが――千里をはじめとして、一種尖ったキャラが丸くなってしまったことに、寂しさを覚えるのは、わがままというものでしょうか。
(それこそが前作のテーマであった点を考えれば、ある意味仕方がないことではあります)

 もっともこれは、新たな千里の成長物語ともいうべき、彼の初恋において、その相手役が今一つ魅力的に感じられなかった点に起因するのかもしれませんが…


 しかし、物語が一件落着したようでいてまだ謎が残るように、キャラクターの成長――それは悩み迷うことと同義でもあります――もまだ終わることはありません。
 シリーズ第3弾では、本作の端々で迷いを見せていたあの人物が大変なことになってしまうようですが…さて、そちらも早くよまなくてはなりますまい。

「千里伝 時輪の轍」(仁木英之 講談社) Amazon
千里伝 時輪の轍


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2011.12.17

「咸陽の闇」 その闇が意味するもの

 始皇帝との対面のため、咸陽の都にやってきた徐福一行。彼らが滞在する村の首塚に、人食い女が出たと騒ぎになる。それをきっかけとしたように、次々と咸陽で起きる事件の数々。果たして、亜人(人造人間)は存在するのか、事件との繋がりは、そして巨大な墳墓を造営する始皇帝の真の狙いとは――

 伝説の方士・徐福と、いずれも一芸に秀でたその弟子たちが、続発する奇怪な事件に立ち向かう歴史伝奇ミステリシリーズの第三弾であります。
 前作までの舞台であった港町・琅邪を離れ、今回は秦の都・咸陽を舞台として、奇想天外な事件が描かれることとなります。

 始皇帝に対面するために咸陽にやって来た徐福たちが滞在する村――その村の少女が、村の首塚で、人を食らう女を目撃したことが、全ての事件の始まりとなります。

 少女の叫びに桃や狂生、残虎といったお馴染みの面々が駆けつけたにも関わらず、その場には人食い女も、食われた犠牲者もいないという状態。
 しかし状況証拠は、確かにその場に何者かがいたことを示しており、さてそれでは誰がどこから来てどこへ去ったのか、そして誰が犠牲者となったのか?
 謎ばかりが残る中、次々と事件が発生し、桃たちはさらなる謎の連鎖に巻き込まれることとなります。

 というわけで、これまでのシリーズ同様、奇怪な事件が続発しては、謎ばかりが山積みになっていくのですが、今回の事件と謎は
「首塚に現れた人食い女」
「若い娘の連続失踪」
「皮だけが残る大量の死体」
「人造人間の出現」

 …人造人間!? と最後の一つには思わず目を疑ってしまいましたが、本作に登場する人造人間は「亜人」と呼ばれる存在。
 男女の交わりから生まれてくるのではなく、人間のパーツをつなぎ合わせ、そこに魂を吹き込むことで誕生するという亜人(一種のフランケンシュタイン・モンスターですな)を作りだし、その技術を応用することによって、人間は不老不死になることができる――
 徐福と同様、始皇帝のために不老不死の研究を行っている巫医・廬生は、この亜人製造に成功したというのですが…

 と、物語は、この亜人の謎を中心に展開していくことになりますが、巧妙なのは、これまでの作品ほど事件の事件性があからさまでなく(そもそも最初の事件からして、誰が犠牲者なのか、そもそも本当に犠牲者がいたのかわからないのですから)、どこまでが事件で、どこからが違うのか、皆目わからなくなっている点でしょう。

 前二作は、ほぼ同じフォーマットで展開する物語ですが、本作は、舞台だけでなく物語構造も――もちろん終盤の大活劇や徐福大人の説教など、欠かせない要素はありますが――このように変えてきている点が、実に楽しいのであります。


 さて、複雑怪奇な謎の数々の先に待っている真実は、現代の我々の目から見れば荒唐無稽なものであるかもしれません(正直なところ、謎のうちの一つの真相は、容易にわかるように思えます)。
 しかしながら、これを当時の人間の立場として考えてみれば、十分に成立する動機であり、また手段であることは間違いありません。
 そしてまた、「闇」が意味するもの――すなわち「真犯人」の犯行の動機を考えれば、いつの世も変わらぬ権力者の発想に、暗澹たる想いすら感じさせられるのです。
(もっとも、ラストに描かれる、それに対する希望の存在は、理想主義的ではありつつも、それなりに納得できるものであります)


 その時代でなければ起きえない事件を描きつつ、ある歴史的事実に一つの解釈を与えた上で、その背後に、現代にまで通じる人の心を描き出してみせる――
 これまでのシリーズがそうであったように、本作もまた、優れた歴史伝奇ミステリと呼んで、さしつかえありますまい。


「咸陽の闇」(丸山天寿 講談社ノベルス) Amazon
咸陽の闇 (講談社ノベルス)


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 「琅邪の虎」 真の虎は何処に

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2011.12.02

「千里伝」 人と"人"との間に

 征東大将軍の父と異類の母の間に生まれた千里は、父と母が異形の者に襲われて姿を消したと知り、その後を追って旅立つ。吐蕃の少年・バソン、元少林僧の絶海と出会い、自分たち三人が天地を作り変える力を持つ五嶽真形図の器となるべき存在と知る千里だが、彼らの他にも、図を狙う者たちがいた…

 文庫化にあたってがらっと装丁のイメージが変わった本作は、中国は唐代を舞台とした神仙武侠ファンタジー。いかにも仁木英之らしい、エンターテイメントとして楽しく、そしてその中に重いものを秘めた佳品です。

 本作の主人公は、後に武人としてその名を轟かせる実在の人物である高ベン、字は千里。…なのですが、もちろんその千里が、ただ者であるわけがありません。
 人間の父と異類の母の間に生まれた故か、本作の千里は17歳ながら、その姿はどうみても5歳児。しかも、名家の生まれに加え、生まれながらに優れた武芸の腕を鼻にかけた千里は超傲慢でわがままというキャラの立ちっぷりであります。

 そんな彼が巻き込まれたのは、この世界の命運を賭けた壮大な冒険であります。
 かつて西王母が武帝に与えた五嶽真形図――天地を思うままに作り替えることを可能とするこの秘宝は、文字通りその器にあらずと武帝の前から去り、以来千年…今また世界に現れた図を、人のみならず、かつて人に敗れてこの世界を追放された異類たちもまた、求めていたのです。

 千里は、かつて西王母が遺した図の器となる可能性を秘めた三つの器の一つ。吐蕃の天才狩人・バソン、元少林僧で一途に武の頂点を求める絶海と共に、本来であれば三人でこの世界の人の希望を担うべき者なのですが、他人との協調性ゼロの彼の存在が全てを引っかき回してしまうこととなります。
 果たしてこの世界の運命は、人と異類との戦いの行方は如何に…

 と、本作は、個性豊かな面々が活躍するキャラクターものとしても、希有壮大なファンタジーものとしても、非常に楽しい作品であります。…が、それだけに留まらないのが本作の、作者の魅力。
 千里の冒険の中で描かれるのは、「人」が、他者と結びつき、理解し合うことの難しさと尊さ――これであります。

 この世界は、確かに人の住む地ではあります。しかし、この世界の外側には、かつてこの地に住んでいた"人"たちが存在します。
 人から見れば神話の世界の怪物にしか見えない異類である彼らではありますが、彼らもまた、彼らなりの生活を抱え、人と変わらぬ情愛を持つ存在なのです。

 そんな人と"人"とは、共存はできないのでしょうか。確かにそれは容易なことではないでしょう。人は同じ人との間でも憎しみ合い、戦いを続ける存在なのですから。
 しかし本当にそれで良いのか? それ以外の道はないのか? 本作は、そう強く問いかけてきます。

 千里というキャラクターは、主人公ではありながら、その外見以上に、内面的な部分で、異色の存在です。独善的で傲慢で、自分以外の他者を――特に唐の人間から見れば蛮族であるバソンを――見下し争う姿は、正直に言って、あまり魅力的には感じられません。
 しかし、物語が進むにつれ、何故千里がこのようなキャラクターなのか、このようなキャラクターでなければならなかったのか、それがはっきりとわかるようになります。

 ある意味、人の悪しき部分を集めたような千里は、しかしそれが故に、一人一人に欠けるものと持てるものを知ることができる者であり、そして何より、人と"人"双方の存在を受け止めること者なのだと…


 私が仁木英之の作品を読むたびに感じるのは、作者の優しさ――人と、人が作り出す世界に対する、優しい眼差しであります。
 人の善き部分を信じるその想いは、本作でも健在であり…そしてその点が、私が本作をこよなく愛する所以なのです。

「千里伝」(仁木英之 講談社文庫) Amazon
千里伝 (講談社文庫)

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2011.11.03

「琅邪の虎」 真の虎は何処に

 秦の港町・琅邪に、人を喰うという虎が現れた。虎に喰われた者が変じるという妖怪・チョウ鬼の「虎が人の姿をして、災いを振り撒く」という言葉をなぞるように、次々と怪事件が起き、人々の心には疑心暗鬼が生じる。事件の謎を解き、琅邪の町を救うため、求盗の希仁と徐福の弟子たちが立ち上がった!

 歴史伝奇ミステリとして大いに楽しませていただいた「琅邪の鬼」については先日取り上げましたが、本日はその続編「琅邪の虎」の紹介であります。

 港町・琅邪で、方士・徐福が設けた研究所・徐福塾で治療を受けていた少女が行方不明となったのが、今回の事件の発端。
 捜索に当たった求盗(警官)の希仁、巫医の残虎、元踊り子の桃ら、前作でもお馴染みの面々の前に現れたのは、虎に喰われ、妖怪・チョウ鬼(チョウは人偏に長)となったという顔のない女でありました。

 女は、人の姿をした虎が琅邪に災いを振りまくと警告して姿を消しますが、その言葉を裏付けるように、数々の怪事件が琅邪を騒がせることとなります。
 その怪事件というのが、前回同様、帯の言葉を借りれば――
「神木の下の連続殺人」
「暗躍する謎の集団」
「人間の足が生えた虎」
「始皇帝の観光台崩壊」

 前作に比べると少々地味に見えるかもしれませんが、しかし事件の深刻度は、前作を上回ります。
 喰らった人間に姿を変えるという虎に怯える人々は、己の家族にすら疑いの目を向けるようになり、町では疑心暗鬼からの争いが絶えず――
 そして琅邪山に始皇帝が建造された観光台(展望台)が崩壊したということは、一歩間違えれば、琅邪が皇帝に叛意を持っていると捉えかねません。

 事件が解決できなければ、琅邪の町が滅ぼされるかもしれない…この窮地に頼れるのは、あの人物だけ! というわけで、前作ラストで衝撃の正体が語られた名探偵・無心が登場することとなります。


 と、実はこの作品の基本的な構成は、前作とほぼ同様であります。
 すなわち、発端→怪事件の連続→最後の大事件→無心登場→大立ち回り→真相→徐福の説教 という展開に。
 しかしそれでも全く問題なく楽しめるのは、展開・登場人物等々の描写がより洗練されたこともありますが、もちろん本作ならではの事件像の面白さにあります。
(ちなみに今回のアクション展開のクライマックスは、桃と狂生の夫婦戦士ぶりが際だっていて実に痛快!)

 中国では、単なる猛獣という以上の意味を持つ「虎」という存在――本作の冒頭に登場するチョウ鬼の存在もそうですが、一種の神獣としての側面も持つ虎にまつわる数々の伝承を巧みに取り入れて、本作は展開していくこととなります。
 こうした伝承の数々を迷信と笑うことは簡単でしょう。しかしあくまでも当時の人々にとっては――作中に登場する巫術や風水術、儒学の教えと同様――これらは紛うことなき「現実」であり、そしてそれが、奇怪な事件を生み出すこととなるのです。

 単に過去の世界を舞台とするだけではなく、その過去ならではの「現実」を基にして、物語を、そして謎を構成していく――本作は、まさしく歴史ミステリの名にふさわしい作品でありましょう。
(そしてまた、今回もラストで無心殿にギョッとさせられるのですが…)

 ラストには、ミステリファンであればニヤリとさせられるオチも綺麗にはまり、今回も期待通り、いや期待以上の作品でありました。

「琅邪の虎」(丸山天寿 講談社ノベルス) Amazon
琅邪の虎 (講談社ノベルス)


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 「琅邪の鬼」 徐福の弟子たち、怪事件に挑む

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2011.10.14

「琅邪の鬼」 徐福の弟子たち、怪事件に挑む

 秦の時代、港町・琅邪には、始皇帝の命を受けて不老不死の研究を進める徐福の研究所・徐福塾があった。町の大商人・西王から、鬼に盗まれた家宝の璧を探してほしいとの依頼を受け、徐福塾の巫医・残虎らはその探索に当たるが、しかしそれは琅邪で続発する怪事件の始まりに過ぎなかった…

 時代伝奇アジテーターを自称している私ですが、「時代伝奇」の対象とするところは、日本に限ることもなければ、いわゆる「時代もの」というジャンルに限ることもありません。武侠ものなど中国ものは大好きですし、過去の時代を舞台としたミステリも大好物であります。
 そんなわけで、丸山天寿という作家には以前から大いに興味を持っていたのですが、ようやくその第一作「琅邪の鬼」を読むことが出来ました。

 この「琅邪の鬼」の大きな魅力は、何と言っても探偵役が徐福(の弟子たち)である点でしょう。
 徐福といえば、古代を舞台とした(もしくは古代に絡む)伝奇ものではある意味常連キャラクター。始皇帝の命を受け、不老不死を求めて海の向こうの三神山に向かい、帰らなかった…という徐福は、その一つ・蓬莱が日本という説もあって、実に興味をそそられる人物です。

 本作の徐福は、まだその船出を行う前、そのための船を建造しているという段階。幻の神仙の島を望む港町・琅邪に、造船所と研究所を設け、不老不死の研究を行っているという状態であります。
 本作で探偵役となって活躍するのは、その研究所・徐福塾に集まった者たち。医術、易占、方術、房中術、剣術――様々な異能を持ったスペシャリストたちが、その力を活かして活躍することとなります。
 なるほど、方術や巫術というと、非科学的なものを感じさせますが、舞台はそれらと医学・科学が未分化であった時代。そんな時代にあって、彼らは超一級の技術者にして合理的思考の持ち主であり…探偵役にはうってつけであります。

 しかし、本作の面白さは、そんな設定やキャラクターのみのものではもちろんありません。本作で描かれる謎の数々は、まさにこれぞミステリと言うべき、奇想天外・空前絶後なものばかりなのですから――

 さすがにその内容を詳細に触れるのは躊躇われますので、本の帯等で紹介されている事件を列挙すれば、
「甦って走る死体」
「美少女の怪死」
「連続する不可解な自死」
「一夜にして消失する屋敷」
「棺の中で成長する美女」
いやはや、見るだけでテンションが上がるではありませんか。

 琅邪を二分する大商人・西王家で、「鬼」が家宝の璧を盗んだという些細な(?)事件から始まり、あれよあれよという間に怪事件は連続。
 果たしてこれはミステリなのだろうか、合理的に全て説明がつけられるのだろうか…などと、思わず心配してしまうほどの破天荒な内容です。

 この辺りは、舞台やキャラクターと密接に結びつきますが、「鬼」――日本のいわゆる鬼とは異なり、むしろ幽霊や死人を指すこの存在が、本当に現れ、事件を起こしても不思議ではない(実際、徐福の弟子の中には、人の残留思念を読むことが出来る者も登場するのですから)とこちらに思わせる物語となっているのが、実にうまい、としか言いようがありません。

 そしてその謎の数々が、見事なまでに合理的に解き明かされていく終盤は、まさに快刀乱麻、なるほど、あの部分がここに繋がったか! と、ほとんど無駄のない構成に大いに唸らされるのですが、さらにそこに武侠チックな大剣戟も加わるのですからたまりません。
 この辺りのジャンル横断的なエンターテイメント性は、いかにもメフィスト賞受賞作的だな、と感じます。


 しかし、何よりも本作の見事な点は、物語を構成するほとんど全ての要素が、この時代、この舞台であることに必然性を持つという点でありましょう。

 世界は秘密でできている、という言葉を地で行くような物語に込められた秘密と謎の数々…確かにいささか強引な点や、無理がある部分もありますが、しかしそれらは皆、この時代、この地でなければ成立し得なかったものであり、その意味で本作は非常に「フェア」な作品であり、見事な時代ミステリ、伝奇ミステリであると感じます。

 そして何よりも、本作の名探偵役の正体たるや――
 これはもう、あまりのはまりように、ただただ感心するばかり。是非実際にご覧になって、ひっくり返っていただきたいものです。


 個人的には、終盤に明かされるある人物の正体、本作の謎にも絡むそれが、あまりにもやりすぎというか、無理がありすぎる点が、個人的には大いに気になったところではあります。
(尤も、この設定にもそれなりの必要性はあるのですが…)

 とはいえ、それも許容範囲のものではあります。
 何よりも、これがデビュー作ということを考えれば、まさに後世恐るべしと申せましょう。シリーズの続編も、必ず読まなくてはなりますまい。

「琅邪の鬼」(丸山天寿 講談社ノベルス) Amazon
琅邪の鬼 (講談社ノベルス)

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2011.08.28

「諸怪志異 燕見鬼編」

 北宋末期、空飛ぶ剣を自在に操る青年・燕見鬼は、師の五行先生の命を受け、伝説の予言書「推背図」を胸に、江南地方に向かう。怪しげな剣士・道士が行く手に立ち塞がり、喫菜事魔の輩の影が見え隠れする中、江南に辿り着いた燕見鬼は、それを得た者は天子となるという伝説の楼閣・万年楼の謎に迫る…

 よほどのことがない限り、以前紹介した作品を再び紹介はしないのですが、今回はそのよほどのこと、と言ってよろしいかと思います。
 未完のままとなっていた諸星大二郎の中国伝奇漫画「諸怪志異」の燕見鬼編が、このたび、50ページの書き下ろしエピソードを追加して、完結を迎えることとなったのですから。

 「諸怪志異」(及び燕見鬼の物語のあらまし)については、既にこのブログでも取り上げましたので、ここでは簡単に触れることとしますが、「諸怪志異」とは、中国を舞台としたオムニバスの奇譚シリーズ。
 燕見鬼(シリーズの前半では幼名の阿鬼)とその師匠の五行先生は、その中で狂言回し的に登場したキャラクターでしたが、シリーズが進むに連れて、物語は燕見鬼を主人公とした武侠ロマン、伝奇活劇的な色彩を強めていくこととなります。

 時は宋代末期、奢侈享楽に耽る皇帝により国は乱れ、地方では叛乱の兆しが幾つも見られる時代――簡単に言ってしまえば「水滸伝」の時代の江南を舞台に、唐代に記された伝説の予言書「推背図」を巡り、燕見鬼が悪人たちと丁々発止のやりとりを繰り広げるというのが、この「燕見鬼編」の(特に中盤以降の)内容であります。

 これまで描かれていた部分では、遙かな未来までも見通すという「推背図」、そして手に入れた者は次代の天子となることが出来るという伝説の楼閣「万年楼」の謎までが描かれ、先が大いに気になるところで、おあずけとなっていたのですが、その続き、完結編を今回読むことができるようになったのは、正直に言って、望外の喜びです。

 今回描き下ろされた完結編「再び万年楼へ」では、再びの語が示す通り、かつて潜入したものの、奇怪な違和感を感じさせる内部に翻弄された末、忽然と目の前から消え失せた万年楼に、再び燕見鬼が挑むこととなります。
 その中で宿敵たちと繰り広げられる推背図争奪戦の行方は、燕見鬼に味方しながらも謎めいた動きを見せる呂師嚢や方臘の真の狙いは(って水滸伝ファンならばよっくとご存じですが)、そして万年楼の正体とは…

 果たして50ページでどこまで描けるのか、読むまでは色々と不安だったのですが、主人公たる燕見鬼君が状況に振り回されがちだったのが少々残念だったのを除けば、これまでの伏線も解明され、まずは綺麗に結末を――一種オープンエンドではありますが――迎えられたのは、何よりも喜ぶべきことではありませんか。

 定価は約1,800円、分量は約460ページと、色々な意味で重い一冊ではありますが、しかしファンにはそれだけの価値があると、言って良いのではないかなあ…と思った次第です。

「諸怪志異 燕見鬼編」(諸星大二郎 光文社コミック叢書SIGNAL) Amazon
諸怪志異 第三集 燕見鬼編 (コミック叢書SIGNAL)


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2011.04.23

「越女剣」(その2) 「鴛鴦刀」「越女剣」

 金庸唯一の中短編集「越女剣」収録作品は、残る「鴛鴦刀」「越女剣」の二編の紹介であります。

「鴛鴦刀」

 手に入れた者は天下無敵になれるという鴛鴦刀。それを皇帝に献上するための一隊の周囲に、いずれも一癖も二癖もありげな者たちが出没する。その一人、蕭中慧は、父が求める鴛鴦刀を手に入れようとするが、その前に強敵が現れる。果たして鴛鴦刀を手にするものは誰か…

 どこまで狙ってのことかわかりませんが、金庸作品には、しばしばコミカルな場面、登場人物が登場して、物語のアクセントとなっています。
 しかし本作は、ほぼ全編に渡ってそれが続く、簡単に言ってしまえば、ドタバタ喜劇とも言うべき作品。それでいてきっちり武侠小説になっているのが面白いのです。

 清代を舞台に、謎を秘めた二本の刀・鴛鴦刀を巡る争奪戦を描く本作は、その骨子そのものは典型的な武侠小説ですが、個性的過ぎる面々が次から次に登場、その面々による活劇が後から後から繰り広げられると思えば、そこから意外な秘密のが、続々と解き明かされるという――

 その様はさながら稲妻車、一瞬目を離すと次がどうなっているのかわからなくなりかねない勢いですが、しかしそれでも話がとっちらかることなく展開していくのは、これはさすがに作者の腕というものでしょう。
(最初から最後まで無茶苦茶な夫婦喧嘩を繰り広げるキャラの、喧嘩もしない夫婦は真っ当な夫婦じゃない、という台詞が伏線になっているのにはひっくり返りました)

 というより、冷静に考えてみると、多士済々の登場人物の因縁と秘密が様々に入り乱れる様は、金庸が描いてきた長編・大長編でも見られるもの。いわば本作は、そうした作品をググッと圧縮して、そこに笑いの調味料を振りかけたもの…と言えるかもしれません。


「越女剣」

 呉王夫差に敗れ、雪辱を期す越王勾践。しかし呉の剣士は越を遙かに凌ぐ腕を持ち、越の大夫・范蠡は打開策に頭を悩ませていた。呉の剣士をものともしない神技を持つ少女・阿青と出会った彼は、彼女の力を借りようとするが…

 本書の最後に収められたのは、本書の表題作にして金庸作品中、最も短い作品。さらに、おそらくは最も過去を舞台とした作品です。
 春秋戦国時代、臥薪嘗胆の故事で知られる呉王夫差と越王勾践の争い。本作は、その勾践の懐刀である范蠡を中心とした物語であります。

 呉打倒の最大の障害である、優れた呉の剣と、それを操る剣士たち。それに対して范蠡が希望を見出したのは、何と羊飼いの少女・阿青。
 ある理由で神技に等しい武術を身につけた彼女の力を借りて呉を討とうとする范蠡の胸中には、夫差の元に送り込んだ美女・西施の姿があったのですが…それが、意外な結末をもたらすことになります。

 登場人物はほとんど実在、物語も、呉越の争いの史実をなぞって進む本作ですが、そこに一人の少女と、その秘められた想いを絡めることで、哀しくもロマンチックな歴史秘話として成立している本作。
 掌編ではありますが、無情の史実の間に、有情の虚構を差し挟む物語が伝奇であるならば、本作はまさに優れた伝奇と言うべきでしょう。


 以上三編、舞台とする時代も場所も、物語の趣向も全く異なる物語であります。
 しかしながら、作品の分量としては限られているだけに、むしろ逆に、金庸の物語作家としての力量を示すものばかりと言えるでしょう。
 特に、金庸作品をこれまで何作か読んできた方にお勧めできる作品集であります。


「鴛鴦刀」「越女剣」(金庸 徳間文庫「越女剣」所収) Amazon
越女剣 (徳間文庫)


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 「越女剣」(その1) 「白馬は西風にいななく」

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2011.04.22

「越女剣」(その1) 「白馬は西風にいななく」

 武侠小説界の巨人・金庸の作品といえば、やはり分厚い単行本でも数冊にもなる大長編という印象がありますが、その例外となるのが、「白馬は西風にいななく」「鴛鴦刀」「越女剣」の三作であります。
 作品集「越女剣」に収録されたこれらの中短編を、紹介しましょう。

「白馬は西風にいななく」

 両親を盗賊団に殺された少女・李文秀は、カザフ族の村に辿り着く。村の少年・スプと仲良くなった文秀だが、漢人を憎み抜くスプの父に、文秀は己の恋を諦める。そんな中、砂漠に迷い込んだ文秀は、謎の老達人に出会い、その弟子となるのだが…

 集中の約半分を占め、三作の中で最も長い本作は、舞台は一貫として西域、そして何よりも女性主人公という点で、作者の作品の中では異色作であります。

 失われた高昌迷宮を巡る争いの中で両親を殺された末、カザフ族の村で唯一の漢人・計老人に育てられることとなった文秀。
 当時、カザフ族の村は漢人の盗賊団にたびたび襲撃を受け、漢人に厳しい目が向けられる中、文秀は幼い恋を諦め、孤独に暮らすこととなります。

 それから時は流れ、美しく成長した文秀は、盗賊に襲われ迷い込んだ砂漠で、一人の老達人と出会い、なりゆきから彼を師と仰ぐことになるのですが――

 謎の秘宝、父母の復仇、謎の老達人との修行…これらの要素は、言うまでもなく、武侠小説では定番のもの。
 本作でもこの辺りまでくると、ああこの先はこうなるのだろうなあ、という一定の予測はつくのですが、しかし本作はそこから大きく離れた展開を見せます。

 人並み以上の武術を身につけたとはいえ、それはあくまでも成り行き上のこと。文秀は英雄好漢になるつもりはなく、そのメンタリティはあくまでも乙女のものであります。
 自分が漢人だったというただそれだけの理由で引き裂かれたかつての想い人が、いま他の娘と愛し合う姿に、千千に乱れる彼女の心。

 そんな最中、両親の仇の一人が再び彼女の前に姿を現したことで、物語は結末に向かって展開していくのですが…その、いかにも武侠小説的展開の中でも、やはり前面に出てくるのは彼女の、ごく普通の乙女である彼女の視点であり、心であります。

 これは真面目なファンには怒られるかもしれませんが、ヒロインの描写は――男性キャラクターに比べては――今一つの金庸らしく、本作の文秀のキャラクターも、いささか硬いというか、定番の悲劇のヒロインの域を出るところではありません。

 しかし、どちらかといえば他の作品では物語を彩る脇役に過ぎなかったヒロインが主役を務めることで、本作に、他の作品にはない味わいが備わったことは間違いありません。
 ヒーロー不在だからこそ、描ける物語もあるのです。


 そして――二つの民族の間に挟まれた文秀の存在(そしてラストが抱く想い)と、終盤で描かれる高昌王国の運命に、作者が何を託して書いたのかが透けて見えてきます。

 本作が執筆されたのは今から丁度50年前。そして香港返還から20年弱…
 文秀たちは、いまどのように生きているのでしょうか。

「白馬は西風にいななく」(金庸 徳間文庫「越女剣」所収) Amazon
越女剣 (徳間文庫)

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