2017.03.21

北方謙三『岳飛伝 三 嘶鳴の章』 そして一人で歩み始めた者たち

 北方大水滸の第三部たる本作も、開幕したばかりのこの巻において早くも大戦が展開。梁山泊にとっては怨敵である金国の大軍に対し、梁山泊の精鋭たちが挑むことになります。しかしその戦いの先にあるのは意外な展開……そしてその先では南宋が、岳飛がそれぞれ独自の動きを見せることになります。

 数々の痛手から復活しつつも、楊令時代とは異なり、聚義庁の明確な方針なく、各人にその向かう先が委ねられた梁山泊。そんな新・新梁山泊に戸惑う間もなく、兀朮と撻懶率いる金軍二十万が梁山泊に迫ります。

 対する梁山泊軍は八万、数こそ倍以上の差がありますが、しかし兀朮といえば間接的とはいえ楊令の死の原因を作った相手。これこそ仇討ちの好機と、勇躍迎え撃つのは、呼延凌・秦容・蘇琪・山士奇そして史進と、現時点のベストメンバーであります。

 そして繰り広げられる戦いはまさしく一進一退。正面からの激突あり、奇襲あり、探り合いあり、突撃あり……多大な犠牲を払い、ありとあらゆる手を尽くした後に、梁山泊はほぼ勝ちに等しい引き分けを掴むことになります。
(ここで最後の一撃となった攻撃が、全盛期の梁山泊的というか、実に痛快極まりないもので実にイイ)

 しかしこの時点で本書はまだ四分の一程度、これだけ見れば随分とあっさり終わったようですが、しかしある意味真の戦いはここから始まることになります。

 この機を捉えて、金に講和を結ぶ決定を下した梁山泊。その全権を任せられたのは宣凱……聚義庁に入ってまだ日の浅い若き文官であり、そして同様に金との交渉の最中に、父・宣賛を殺された青年であります。
 いきなり呉用からの指名でこの重責を担わされた宣凱は、悩み、苦しみ、恐れながらも、金国に乗り込んでいくことに――


 第3巻のMVPを挙げるとすれば、間違いなくこの宣凱ということになるでしょう。かつて父が命を奪われた金国に乗り込み、父の命を奪った相手と交渉に挑む。それもほぼ自分一人のみで。
 それを超人的な活躍で見事に成し遂げた彼には驚かされるばかりですが、しかし無事に帰ってきてから呼延凌に飲めない酒を飲んで絡む姿など、実に人間的な顔を見せるのも、楽しいところであります。

 そして、好むと好まざるとにかかわらず、一人で歩み始めた者は彼一人ではありません。

 恋に燃えて韓世忠の造船所で笛を吹く王清も、西域貿易の最中で慢心から思わぬ深手を負うことになった王貴も、そして何よりも、軍を退役して遠く南方の開拓に向かった秦容も――
 皆、一人ひとり、自分自身の考えで、これまでの梁山泊であれば考えられなかったような行動を取っているのです。

 しかしこれは言うまでもなく、前巻で語られた「志」の在り方、梁山泊の在り方と密接に関係するものであり……そしてそれはまた、これまで『水滸伝』『楊令伝』で描かれてきた物語の先にあるものであります。

 国を倒し、国を造ったその先にあったもの……それが個人個人の心の中にある自由、自主自律というべきものであった、というのはもちろん結論を急ぎすぎではありますが、現代の我々には非常に納得できるところではあります。
(そしてそんな国の在り方を模索していたと思われる楊令は、やはりあまりにも早すぎる人物であったとも……)


 しかしそれでも、一人では生きられぬ人々、土地とともに生きる人々は存在します。そしてそのために戦う者も。
 それこそが本作の主人公である岳飛ですが、彼は本書においても、一見マイペースな生き方を貫いているように見えます。
(兀朮にどうせ「つまらないこと」に燃えているのだろうと予想されたら、全くその通りだったのには思わず噴き出しましたが)

 一大勢力の長でありつつもフットワークが軽く、そしてどこかいじられキャラ的な彼の人物像は実に魅力的なのですが、しかしそれが彼の一面に過ぎないこともまた事実。
 これまではいわば雌伏の時であったわけですが……しかしこの巻のラストではいよいよ兀朮との戦が始まります。

 歴史を揺るがす戦いの行方は、そしてその中で明らかになるであろう岳飛の姿とは……こちらも注目であります。


『岳飛伝 三 嘶鳴の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 三 嘶鳴の章 (集英社文庫)


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 北方謙三『岳飛伝 二 飛流の章』 去りゆく武人、変わりゆく梁山泊

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2017.02.15

北方謙三『岳飛伝 二 飛流の章』 去りゆく武人、変わりゆく梁山泊

 北方謙三の大水滸伝最終章の第2巻であります。楊令の死の衝撃が冷めやらぬ中、行くべき道を模索する梁山泊の人々。金と南宋の思惑が交錯する中、岳飛もまた迷いの中から少しずつ立ち上がっていきます。そして一人の偉大な人物がついに退場することに――

 楊令の死から半年後、梁山泊を襲った大洪水の水もようやく引き、その機能を取り戻しつつある梁山泊。しかし新頭領に選ばれた呉用の聚義庁は何ら命令を下すことなく、軍をはじめとする面々は、自らの、梁山泊の行動に迷いつつ、自分自身の判断で動き始めることになります。
 そして兀朮が南を、秦檜が北を窺い、それぞれに中国全土統一を狙う中、その間に立たされた岳飛は、力を蓄えつつも自分自身を見つめ直すことに――

 と、この巻の前半の展開は、第1巻からあまり大きな動きはないようにも見えます。が、ここで梁山泊にとって、そしてこの物語にとって、大きな事件が起きることとなります。
 それは王進の死……子午山に隠棲し、史進・鮑旭・馬麟・楊令・花飛麟・秦容・張平・ 王貴 ・蔡豹と、数多くの若者を導いてきた武人が最期を遂げることのであります。

 ある意味、原典とは最も大きく異なる人生を歩むこととなった北方大水滸伝の王進。
 作中最強レベルの実力を持ちながら梁山泊の同志となるわけではなく、しかし己の生に迷う梁山泊の若者たちを受け入れ、再生させる……そんな役割を彼は果たしてきました。

 個人的にはこうした人間再生工場とも言うべき王進の在り方には違和感を感じていたのですが(尤も、大水滸伝で初めて泣かされたのは鮑旭のくだりだったのですが……と、これは王母の功績かしら)、やはりその存在は、この大水滸伝の世界にはなくてはならないものであったことは間違いありません。
 そしてその最期もまた、この最強の武人に相応しい、身も蓋もない言い方をすれば無茶な挑戦でありつつも、しかし荘厳さを感じさせる見事なものであったと言うべきでしょう。

 しかし同時に王進の退場は、大水滸伝の世界が大きく変貌しつつあることの、一つの表れなのかもしれません。
 何しろ、この第2巻で描かれる、梁山泊の幹部クラスが一同に会して行われる大会議においては、梁山泊の在り方、その根底にある志――替天行道の在り方までもが、問い直されることとなるのですから。

 大水滸伝における「志」の存在については――これはたぶんに原典の野放図な梁山泊の印象が残っていたために――これも個人的には大いに引っかかっていたのですが、しかし物語と大前提として受け容れてきました。しかしその大前提すら、一種の疑いとすら言える眼差しを向けてくるとは……
 大水滸伝は、こちらの想像していた以上に柔軟な存在、物語世界自体が一人歩き始めるほどのものであったか……と、恥ずかしながら今頃感心させられた次第です。

 そしてその柔軟さは、梁山泊に生まれた第二世代において花開いていくこととなります。兀朮と秦檜が、それぞれの立場から中国統一という壮大な夢を見る中、彼ら若い世代は中国という枠を超えて、西へ東へ南へ……自由の大地を求めて歩み出すのですから。
 それが梁山泊の、国という存在の向かう先であるかはわかりませんが、枠から飛び出した若い世代というのはやはり気持ちの良いものであります。

 そしてもう一人気持ちの良い存在となってきたのが岳飛であります。

 これまで幾多の戦いに参加し、作中でも有数の実力者でありつつも、重要な戦いにはほとんど敗北し、辛くも命を繋いできた岳飛。
 身も蓋もない言い方をすれば「しぶとい敵役」という扱いに近かった彼も、自らの名を関する本作においては、武人としてだけではなく人間として、生き生きとした若者としての素顔を見せてくれることとなります。

 特に自分の義手を作ってくれた毛定や、何よりも娘の崔蘭とのやり取りは、純粋に物語として、登場人物同士の生き生きとしたやりとりとして実に楽しい。
 まだまだ岳家軍の総帥としての――歴史に名を残す英雄・岳飛としての先行きは不明なものの、一人の人間として、この先の彼の行動が楽しみになるというものです。


 さて、大きな変貌を遂げていく梁山泊ですが、しかし変わらないもの、変われないものもあります。それは楊令の死に対する復仇の想い――間接的にせよその引き金となった兀朮への復仇であります。

 本作の終盤では、兀朮率いる金軍が実に二十万の大軍を率いて梁山泊に襲来、迎え撃つは復仇の心に燃える八万の梁山泊軍。
 果たしてこの戦いの行方は……いきなりクライマックスであります。


『岳飛伝 二 飛流の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 二 飛流の章 (集英社文庫)


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 北方謙三『岳飛伝 一 三霊の章』 国を壊し、国を造り、そして国を……

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2017.01.26

北方謙三『岳飛伝 一 三霊の章』 国を壊し、国を造り、そして国を……

 ついに北方謙三の大水滸伝の第三部『岳飛伝』の文庫化がスタートしました。実に1999年から始まったこの大河ロマンもついに完結編に突入であります。楊令を失った梁山泊は再び立ち上がれるのか、そしてそれぞれに激流の最中にある金は、南宋の運命は――

 兀朮の奇襲を跳ね返し、岳飛を圧倒的な力で追い詰めつつも、思わぬ刺客の刃に斃れた楊令。楊令が心血を注いだ自由市場も大洪水により多大な被害を受け、梁山泊は計り知れないほど大きな打撃を受けることに――

 物語はそんな『楊令伝』の結末から半年後の時点から始まります。

 呉用の策により水は引き、少しずつ復興を続ける梁山泊。しかし楊令という指導者を喪った梁山泊では指示を出す者がおらず、梁山泊軍もその力を保ちつつも、誰と戦うべきかを決めることができず、宙に浮いたような状態に置かれることに。

 一方、楊令の不意の死により辛うじて命を拾い、敗北感に苛まれながらも軍を再編し、金の来襲に備える岳飛。そしてやはり楊令に大敗を喫した兀朮も、長き苦しみの末にようやくそれを乗り越え、金軍を掌握して南宋を窺います。

 さらにかつては青蓮寺の李富と結んだ秦檜も、南宋を再興し、再び中華に統一国家を打ち立てるために活動を始め……と、四者四様にこれまで受けた打撃からようやく立ち直り、明日に向けて動き出す姿が、この巻では描かれることとなります。

 しかし、その中でも中心に描かれ、そしてその動向が最も気になるのは、梁山泊であることは言うまでもありません。

 前作ラストであれほどの大打撃を受け、それでもその地力自体は決して失われたわけではない梁山泊。しかし新たに頭領に選ばれた呉用は統一した戦略を打ち出すことなく、構成員一人一人が、自分の考えで動くことを求めるのであります。
(その結果、それぞれの軍が統一的に動かぬまま金軍と戦う梁山泊軍、というなかなか珍しいものが描かれることに……)

 それは、楊令という偉大なリーダーに全てを背負わせ、結果として彼を追い詰めてしまったという反省によるものではあるでしょう。
 しかし同時に、梁山泊が国として……あるいはもっと別の運動体として立ち上がるために、これまでにない存在として動き出すために必要な産みの苦しみであると言うべきなのかもしれません。

 だとすれば、その中で――この巻ではまだその萌芽ではあるものの――新しい動きを始めたのが、最初の梁山泊が誕生した頃にはまだこの世に生も受けていなかった二世世代の若者たちであったのは、むしろ必然だというべきでしょう。
 その一方で、その彼らの姿を見つめる老いた者たち、この巻においては李俊などの姿にも、胸を打たれるのです


 そしてそれは「物語の裾野」とでも言うべきものがさらに広がっていくということですが……しかしその一方でその裾野が広がりすぎている、という印象があるのも事実です。

 今後、梁山泊・岳家軍・金・南宋と、単純に考えても四つの大きな勢力が登場する中で、タイトルロールたる岳飛がどこまで存在感を示すことができるのか……少なくともこの巻においては、完全に梁山泊に押されている印象であります。
 あるいは彼がそれを覆した時こそが、真に楊令の影から抜けだしたということなのではないか……というのは、いささか文学的に考えすぎかもしれませんが。


 何はともあれ、最後の物語は始まりました。『水滸伝』が「国を壊す物語」、『楊令伝』が「国を造る物語」であったとすれば、本作は何を描くことになるのか――
 「盡忠報国」を背負った岳飛がタイトルロールであることを考えれば、それは「国を守る物語」であるのかもしれませんが、いずれにせよ念頭に置くべきは、彼にとっての「国」は、「民」であるということでしょう。

 そしてその「国」という概念は、先に挙げた四つの勢力、いやそれを構成するそれぞれによっても異なるものでしょう。
 だとすれば、本作で描かれるのはより根源的なもの、「国(とは何か)を問う物語」になるのではないか……そう感じます。

 その第一印象が合っているか否かも含め、この物語で何が描かれることになるのか、物語の始まりに胸が高鳴ります。


『岳飛伝 一 三霊の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 1 三霊の章 (集英社文庫)


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2016.04.13

琥狗ハヤテ『メテオラ 参』 いま明かされる「魔星(メテオラ)」の真実!

 獣に変化するという呪われた力と運命を背負った者たち「魔星(メテオラ)」。そのメテオラたる豹子頭林冲、花和尚魯智深らの苦闘を描く変格水滸伝もついに三巻目。過酷な運命に翻弄される林冲たちの前に、新たなメテオラたちが現れ、そしてついにメテオラたちの存在の意味が語られることになります。

 赤子の頃に王進将軍に拾われ、厳しくも温かく育てられた青年・林冲。しかしメテオラたちを狙う謎の男・高キュウと、その配下・高廉によって王進と彼に仕える者たちは滅ぼされ、王進によって事前に旅に出された林冲にも、文字通りの魔の手が迫ります。
 魯智深の助けで辛くも逃れた林冲ですが、その前に新たな異形が……

 という場面から始まるこの巻ですが、登場した異形の鳥人の正体は、王進が林冲を送り出した先である滄州の大富豪・柴進その人。(変身を解いたらいきなりマッパの)この人物もまたメテオラであり、そしてその宿命を知る者の一人だったのであります。

 原典序盤で林冲の庇護者として登場する小旋風柴進。高貴な生まれであり、その地位と財産によって数多くの好漢を庇護する大人物――という設定は原典通りですが、本作の柴進は、鳥人という設定を抜きにしてもなかなかに個性的な人物であります。
 一言で表せば食えない人物、飄々としながらも感情の奥底を見せない男……それが本作の柴進。そんな彼に、林冲と魯智深は庇護されるのでした。

 そしてこの第3巻の物語は、ほぼ柴進の館で展開していくことになります。いかに怪しげな男とはいえ、メテオラの同志としての彼の厚意は真からでたもの。彼と、彼の配下のもふもふちびっ子・阮三兄弟に温かくもてなされる林冲たちですが……

 しかし魯智深を通じてもたらされた都の状況は、林冲にとってはあまりにも衝撃的なもの。失意のどん底に沈んだ林冲に対し、魯智深は己の凄惨な過去を語り始めます。
 そして柴進のもとにいたもう一人のメテオラ、公孫勝(本作では少女!)により、林冲と魯智深は、メテオラの使命と本当の敵の存在を知るのでありました。


 実にこの巻の肝は、この公孫勝により二人が知ることとなるメテオラの真実にあります。公孫勝の術により、記憶の奥底に潜り込んだ二人が見たもの……それはここでは伏せます。
 しかしなるほど、メテオラという異形の姿を持つ者たちのオリジンとして納得のいくものであり、そしてこれまで断片的に描かれてきた「敵」の行動も理解できるように感じます。

 そして何よりも感心させられるのは、ここで語られたメテオラの正体が、原典で登場した百八の魔星の説明として、平仄が合うものとして感じられることでしょう。

 かつて世に災いをなし、地中深く封じられたという魔星たち。一度解放された彼らは、人間に転生して世の災いとなる……という設定は、一見意味が通るようでいて、そんな魔星の転生であるはずの彼らが、天に替わって道を行う(相当に乱暴ではあるものの)正義の味方として活躍する時点で、既に矛盾が生じているやに感じられます。
 そもそも、百八星の存在自体、冒頭と百八人集結の辺りを除けばごくわずかしか語られないわけで、成立事情は色々あるとはいえ、物語内だけでみれば、色々と不思議な点のある設定ではありましょう。

 それに対し、本作で描かれるメテオラの設定は、かなりの部分は――もちろん本作独自の設定ではあるのですが――納得のいく形で答えていた感があります。
 特に、何故同じ時に解放されたはずの魔星の化身たる彼らに年齢差があるかの説明など、その平仄の合い方と内容の過酷さに、ゾクゾクさせられたところです。


 さて、まさしく自分たちが「兄弟」であることを知った林冲と魯智深が旅立つ先は、自分たちメテオラが集うべき地。未だ見ぬその地がどこであるか、それはあの水の滸の地以外ありえませんが、さてそれがどのように描かれるか……この先も必見であります。


『メテオラ 参』(琥狗ハヤテ KADOKAWA/エンターブレインB's-LOG COMICS) Amazon
メテオラ 参 (B's-LOG COMICS)


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2016.03.23

逢巳花堂『一〇八星伝 天破夢幻のヴァルキュリア 弐』 梁山泊の死闘! そして物語が向かう道

 天命の巫女に反逆者として追われることとなった燕青と林冲。旧知の王倫が籠もるという梁山泊に向かった二人は、そこで朱貴・杜遷・宋万の三人の仙姑と出会う。王倫の言葉に従い、梁山泊の地下に眠る絶大な力を秘めた宝貝を目指す燕青たち。しかしその頃、新たな討伐軍が梁山泊に迫っていた……

 『水滸伝』の一〇八星が、異能を持つ一〇八人(?)の美少女・仙姑として転生した世界。そこで対仙姑部隊たる討仙隊に所属しながらも、同僚・陸謙の裏切りにより、隊を追われ、お尋ね者として放浪を余儀なくされた燕青と林冲が向かう先――それは梁山泊、言うまでもなく、原典において一〇八人の豪傑が依った自由の砦であります。

 が、原典においてはその梁山泊も、元は彼らのものではなく、王倫という書生崩れの賊から奪ったものなのですが……さて、本作は、原典のまさにその部分に当たる物語を描きつつも、大きく違った展開を見せることとなります。
 何しろ本作の王倫は、絶大な力を持つオーパーツ・宝貝の研究者である異国の美女という設定。討仙隊の協力者として、燕青や林冲とは旧知の間柄である彼女は、一足先に都を離れ、途中出会った朱貴たち仙姑とともに、梁山泊に訪れたのであります。

 しかし如何に仙姑たちが一人一芸の異能――朱貴は鰐ならぬ恐竜(!)への変身、杜遷と宋万が巨大機械兵「摸着天」「雲裏金剛」の召還――の持ち主とはいえ、彼女たちはわずか四名の女性。そこに燕青と林冲を加えても六人にしかならぬ状態で、何故王倫はこの梁山泊に籠もる道を選んだのか?
 それは、梁山泊が数々の宝貝が眠る地であり、そしてその中でも最強クラスのもの、地形を自在に変化させるという山河社稷図が地の底深くに眠るためでありました。

 かくて燕青たちは、奇怪な罠と番人たちが蠢く地底迷宮に潜り、その先の伝説の宝貝を求めることになったのですが、しかしそこに迫るのは、高キュウが送り込んだ新たなる刺客。党世雄や劉夢竜ら討仙隊水軍と、かつて燕青と林冲に捕らえられた仙姑・楊志!
 圧倒的な戦力差を覆すためには、伝説の宝貝を甦らせるしかない。しかしその先で燕青たちを待っていたものは……


 いかにもライトノベルらしくと言うべきか、本作の前半部分は、女の子だけの梁山泊(申し遅れましたが、本作の梁山泊には一般兵はおりません。いるのは王倫、燕青と仙姑たちのみ)でただ一人の男である燕青が、ラッキースケベを(主に朱貴相手に)連発する展開が続く本作。

 この辺り、苦手な方は苦手かもしれませんが――しかしそのやり取りの中で、徐々に朱貴の人となりが浮き彫りとなっていくのは巧み――打って変わって繰り広げられる官軍との、楊志との決戦、そしてその先の……は、まさしく超水滸伝とも言うべき、人の域を超えた豪傑、いや仙姑が繰り広げる能力バトル。原典のイメージを踏まえた各人の能力も面白く、本作ならではの味付けを存分に楽しむことができました。

 さて、先に触れたとおり本作で描かれるのは、原典でいえば林冲の放浪から初期梁山泊入り、そして梁山泊の頭領交代のくだりなのですが、しかし、原典とは大きく異なり、本作における王倫とは燕青は旧知の仲。記憶喪失の彼にとっては姉のような存在であった王倫が、果たしてどのような役割を果たすことになるのか? その答えは、故国を離れ、はるばる東の果ての宋を訪れた王倫が真に望むものにあります。……それは、燕青の、林冲の、そして梁山泊に集った敵味方全ての運命を左右することとなるのであります。

 そして、その王倫の望みに対し、燕青がどのように答えたか? それをここで明かすことはできませんが、ただ一つ、その言葉こそは、本作が向かうべき道をはっきりと示したものであり――そしてそれは同時に、作者にとっての水滸伝という物語の在り方を示すものでしょう。

 女体化水滸伝といえば際物のように感じる向きもいらっしゃるかもしれませんが、いやいやその中心を貫くのは、水滸伝という――見る者、描く者によって様々に姿を変える――物語への確かな眼差しであります。
 この先もそれを見続けたい、その向かうところを確かめたい……続編を、強く強く望むところです。


『一〇八星伝 天破夢幻のヴァルキュリア 弐』(逢巳花堂 電撃文庫) Amazon
一〇八星伝 天破夢幻のヴァルキュリア 弐 (電撃文庫)


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 逢巳花堂『一〇八星伝 天破夢幻のヴァルキュリア』 降臨、美しき一〇八の魔星たち!

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2015.12.21

逢巳花堂『一〇八星伝 天破夢幻のヴァルキュリア』 降臨、美しき一〇八の魔星たち!

 ライトノベルで水滸伝であります。それも本気の! ……といきなりテンションが上がってしまいますが、このような作品の登場に、マニアとしては黙ってはいられません。「宋」国を舞台に、一〇八の魔星の力を得た乙女たちを巡り、「燕青」と「林冲」が繰り広げる冒険を描く意欲作であります。

 かつて天から降り、殷王朝を滅ぼしたという一〇八の魔星。それがこの宋に降るのを目撃した皇帝は、星見の巫女から、このままでは二年の後に、魔星を宿した乙女たち・仙姑によって宋は滅ぼされるとの予言を受けます。
 その予言を裏付けるように、最初の仙姑・魯達により一つの城市が壊滅。かくて皇帝の命により、討仙隊が結成されることになります。

 総隊長・高・と副隊長の陸謙の下に集められた陳希真、燕青、林冲(女性)、トウ元覚(女性)といった隊長たちは、いずれも持ち主に一人一芸の異能を与える宝貝の遣い手。その中でも最強の遣い手が燕青と林冲ですが――しかし二人にはそれぞれ秘密がありました。

 物体の影に潜み、移動する太隠剣を操る少年・燕青。討仙隊の前身たる治安維持部隊・蕩寇隊時代から活躍してきたという彼は、しかし天から落ちた一〇八番目の魔星と遭遇した際にそれ以前の記憶を失っていたのであります。
 そして自在に伸縮する蛇矛の遣い手である美少女・林冲。これまで、史進・楊志と強大な力を持つ仙姑を倒してきた彼女は、しかし自身もその身に魔星を宿す仙姑だったのであります。

 そんな不安材料を抱えつつも、林冲の妹であり、燕青が思いを寄せる少女・小倩と三人、それなりに平和な暮らしを送る燕青と林冲。しかし、僧に身をやつした魯達が都に潜入したという報が、彼らの運命を大きく動かしていくことになります。


 「百八星が女体化」「敵は百八星」「百八星が一人一芸の能力者」……これら本作のコンセプトは、実を言えば、個々のレベルでは先行する作品が存在いたします。しかしこれら全てを一つにまとめ、破綻なく物語を作り上げているのは、本作を於いて他にありますまい。

 それを可能にしているのは、まず第一に、これがデビュー二作目とは思えぬほど安定した作者の筆致によるものであることは間違いありますまい。
 しかしそれと同時に、そしてそれ以上に、作者の水滸伝愛によるところ大であると、強く感じます。

 一種の水滸伝リライトとして、原典の物語展開、キャラクター設定と配置を踏まえて描かれる本作。水滸伝リライトとしては、そこでどの程度原典を活かし、そしてどの程度そこを踏み出してみせるか、その点こそが面白さを左右するわけですが……そのさじ加減が本作は絶妙なのです。

 そもそも一〇八人の豪傑を女体化する自体、冷静に考えてみれば――馬琴先生のように豪腕で正面突破でもしない限り――かなりの難事なのですが、本作はそれを巧みにクリア。なるほど、林冲が、魯智深が女性だとこうなるなあ(後者はかなり想像しやすいですが)と原典ファンでも納得の造形であります。

 そして彼らの辿る運命も、原典のそれを踏まえつつも――登場人物で察しが付くとおり、本作は原典の林冲受難のくだりがメインとなっています――いい意味でライトノベルらしく、破天荒な展開なのが楽しいのです。

 原典読者であれば首を傾げるであろうトウ元覚の登場も、物語上でなるほど、と膝を打つような意味がありますし、そして何よりも、「蕩寇」隊の「陳希真」など、かなりのマニア向けの題材をさらりと入れてくる辺り、作者自身の水滸伝愛と本気度が伝わってくるのです。
(野暮を承知で説明すれば、陳希真は、本邦未訳の水滸伝アフターストーリー『蕩寇志』で梁山泊討伐に当たる人物であります)


 しかし、そんな中で燕青がここで、この役割で登場することだけが――ちょっと斜に構えた熱血漢というキャラクターも含めて――違和感があるといえばあるのですが……それはおそらく、いやまず間違いなく、本作ならではの仕掛けが用意されているのでありましょう。

 本作の時点ではそれは未だ語られておりませんが、それもまた楽しみというもの。これから先、おいしいキャラクターと題材が山盛りの物語を、作者がどのように料理してみせるのか……今は期待しか感じられません。

『一〇八星伝 天破夢幻のヴァルキュリア』(逢巳花堂 電撃文庫) Amazon
一〇八星伝 天破夢幻のヴァルキュリア (電撃文庫)

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2015.08.15

平谷美樹『水滸伝 3 白虎山の攻防』 混沌の中の総力戦!

 隔月で刊行されてきた平谷美樹版『水滸伝』も早くも第3巻。この巻で描かれるのは、サブタイトルのとおり「白虎山の攻防」――早くも山東に覇を唱えつつある梁山泊の橋頭堡ともいうべき山東四山の一つ・白虎山を舞台に、豪傑たちと宿敵・耶律猝炫との激突が描かれることとなります。

 呉用により用意周到に進められてきた数々の策により、一気にその勢力を高めた梁山泊。豪傑たちも次々と集い、いまや梁山泊のみならず、二竜山・桃花山・清風山そして白虎山の山東四山に、梁山泊の出城ともいうべき砦が作られている状況であります。
 もちろん、それを官軍が黙って見逃すはずもありません。かつて王進を討ち、史進と死闘の末に片目を奪われた北狄軍将軍・耶律猝炫――梁山泊の宿敵とも言える男が、討伐軍を率いて接近していたのであります。

 彼の標的は、四山のうち一つ外れた地に位置する白虎山。そこに拠るは孔明・孔亮の兄弟に武松、そして呉用の策により役人の地位を追われ、お尋ね者として放浪する羽目になった宋江が……
 しかも宋江の弟・宋清を人質に取って迫る官軍。この窮地に三山の豪傑たち、そして梁山泊からは林冲、魯智深らが駆けつけたものの、梁山泊本隊は別の作戦を遂行中であり、官軍との戦力差は絶対的であります。

 かくてこの巻をほとんど丸々使って描かれるのは、白虎山を舞台とした豪傑たちと官軍の総力戦。武と武、智と智の一歩も引かぬ攻防戦の最中に、朱仝・雷童・秦明・黄信ら新たな豪傑も登場し、さらに童貫・高キュウまで……と、早くもクライマックスであります。

 その中で注目すべきは、やはり単純に敵味方・善悪で切り分けることのできない混沌とした人間関係、勢力分布でありましょう。
 もちろん梁山泊と官軍という大きなラインはあるものの、どちらの勢力も一枚岩とは言えない状態。童貫と高キュウが勢力争いを繰り広げる官軍はある意味当然かもしれませんが、その両者の間に立つ耶律猝炫は、さらに複雑な動きを見せることとなります。

 そもそも耶律猝炫はその姓が示すように北方の契丹の血を引く男。というより、あの耶律突欲の子孫……といえば、平谷美樹ファンはおお、と思われることでしょう。故国は既になく、宋においても使い捨ての捨て駒として扱われる彼の存在は、ある意味本作最大の台風の目であります。

 一方、梁山泊側も、宋江が呉用の仕打ちを根に持ち、尽くぶつかり合うのをはじめ(この辺り、原典の二人の関係を考えると非常に楽しいのですが)、呉用と史進をはじめとする他の豪傑たちの間が必ずしもうまくいっているとは言えない状況。
 特に本作の呉用は、能力的には素晴らしいのですが、百八つの魔星リストの自作自演に代表されるように、どこか得体の知れない、信用のできない男であります。

 とはいえ、豪傑たちが官軍に勝つためには呉用の策が必要であり、そして呉用も自らの目的のためには豪傑たちの力が必要……と、危ういバランスで成り立った人間関係も、またユニークな点でありましょう。


 そして本作の後半では、その一筋縄ではいかない平谷水滸伝を象徴するかのような関係にある二人が、再び再会することとなります。
それは史進と高キュウ――方や梁山泊に拠る豪傑の筆頭、方や朝廷を私する奸臣。本来であれば宿敵同士ですが、しかしシリーズの第1巻において二人は一度出会い、近しく言葉を交わしているのであります。

 己の感情・感覚の赴くまま、奸臣を倒し世直しをせんとする史進。己の心情を韜晦し、奸臣を装って世直しをせんとする高キュウ。全く対極にありつつも、しかし世直しという点で共通し、不思議に惹かれあう二人の関係は、世直し――言い換えれば国の在り方において様々な人々の想いが交錯する、この平谷水滸伝ならではのものでありましょう。

 もっとも、史進はともかく、高キュウの――さらに言えば呉用の世直しの先にあるものが、今一つ見えないのがすっきりしないところでありますが……


 本シリーズは、この第3巻において第一部完とのこと。なるほど、クライマックスのほとんど総力戦のような盛り上がりはそれ故か、と納得いたしましたが、もちろん物語はまだまだその端緒についたばかりであります。
(原典で言えば、清風山の攻防戦が終わった辺りと思えば良いでしょう)

 果たしてこの続きを読むことができるのがいつになるのか、それはわかりませんが、反骨の奇想の作家である作者によってまさに書かれるべき物語であるだけに――続巻を心して待ちたいと思います。


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2015.06.20

平谷美樹『水滸伝 2 百八つの魔星』 この世界での百八星の意味

 平谷美樹による新たなる反逆の物語、『水滸伝』第2巻の副題は『百八つの魔星』。高キュウに都を追われた王進と出会ったことで、大宋国を揺るがす巨大なうねりに巻き込まれることとなった史進・史儷――九紋龍の兄妹の運命は、謎の男・呉用との出会いで、さらに大きな変転を迎えることになります。

 王進が逗留したことをきっかけに、官軍に襲われることとなった史家村。かつては敵であった少華山の山賊とともに奮戦した史進・史儷ですが、敵の指揮官・耶律猝ゲンによって王進は討たれてしまいます。
 と、そこで史進らの前に現れたのが呉用。三千人の弟子を持ち、天下を覆す百八の魔星を宿した英雄を捜しているという彼は、王進の首の奪還と引き替えに、自分への協力を持ちかけます。

 果たして王進の首を見事奪還した呉用は、史進・史儷、さらに妻の仇を討って都から逐電した林冲と魯達改め魯智深に対し、世直しのために宋国を倒すという大望を打ち明けます。
 その目的のため、林冲は梁山泊へ、魯智深は二竜山へ、そして呉用と史兄妹はウン城県の宋江のもとへ、それぞれ向かうのですが――


 かつて封印から解かれ、この世に災いを齎すべく散ったという百八の魔星。それが転生したのが、梁山泊に集う百八人というのは「水滸伝」お馴染みの設定ですが――さてこの百八星、いささか腑に落ちないところがあります。

 というのもこの百八星の伝説、大まかに言えば原典では序章――この百八星が解放されるくだりと、梁山泊に百八人が集結した際に彼らの照合が一種の天命として示される際に言及されるのみ。
 もちろん読者としてみれば、百八星=百八人は自明のことでありますが、しかしいささか唐突に登場した感はあり――また世を騒がす魔星が、替天行道のために戦うというのも、理屈が通っているようで、やはりどこか捻れているような印象があります。

 もちろんそれは「水滸伝」という物語が、数多くの説話から統合する過程において云々……という理屈はつけられますが、それはあくまでも「外」の話でありましょう。
 こうした点もあってか、後世の水滸伝リライトでは百八星が登場しないものや、甚だしきは百八星が自作自演だったりするものもあるのですが……

 さて、この平谷水滸伝は、(今のところは)妖術などは登場しない、「合理的」な世界観の物語。そんな世界での百八星とは――と、それについてここでは述べませんが、その世界観を踏まえつつも設定された百八つの魔星の存在は、なるほどこの手があったか、というスタイルであります。

 これはある意味、作中の登場人物が「水滸伝」という物語構造を理解した上でそれを利用してみせる、というか、まさしく彼らの戦いこそが「水滸伝」として確立していく様を、我々は見ているのではないか……そんな気持ちにすらなる、実にドラスティックな構造であります。


 などとひねくれたことを書いてしまいましたが、もちろん本作の基本は反骨精神に溢れた豪傑たちの物語。第1巻で登場するメジャーどころの好漢は史進(と史儷)、林冲、魯達くらいでしたが、この巻では柴進・楊志・晁蓋・呉用・公孫勝・阮三兄弟・宋江・武松といったお馴染みの面々が登場と、一気に賑やかになります。

 当然ながら彼らがおとなしくしているはずもなく、原典を踏まえつつも、さらに洗練されたスタイルで大暴れ。特に呉用の活躍ぶりは、様々な「水滸伝」を読んでいる私でも驚くほどで、まず間違いなく、最強クラスの呉用でありましょう(最強すぎて、ちょっと便利すぎるのが気になるところですが……)

 また、梁山泊の長でありつつも、その描き方が実に難しい――よりはっきり言えばその扱いに困る人物である――宋江も、本作では実に「宋江」らしいスキルを持ちつつも、それでいて人間くさい弱みを持った人物として描かれているのが面白い。
 足手まといではないが情けない……ありそうでなかった宋江像はなかなかに新鮮であります。


 そして各地に「出現」した百八つの魔星により、いよいよ本格的に動き出した物語。
 思っていたよりもペースの速い展開が気にならないわけではありませんが、英雄豪傑たちの戦いはまだまだこれから、でありましょう。

 これまでに見たことがあるようで、しかし決して見たことのない、全く新しい百八つの魔星の活躍が少しでも早く、長く目撃できることを期待しています。


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水滸伝 2 百八つの魔星 (ハルキ文庫 ひ 7-18 時代小説文庫)


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2015.03.05

『メテオラ』弐 ついに動き出す「混沌」と「魔星」たち!

 獣に変化するという呪われた運命を背負わされた青年・豹子頭林冲を主人公とする琥狗ハヤテの変格水滸伝『メテオラ』。最初の単行本にはナンバリング表記がなかったため少々気をもみましたが、もちろん取り越し苦労で、ここに第2巻が登場であります。

 赤子の頃に王進将軍に拾われ、彼の庇護の下、人間として、武人として逞しく成長した林冲。しかし彼には尻尾があり、そして感情が高ぶった時に豹の頭を持つ(まさしく豹子頭!)獣人に変身するという秘密がありました。
 そんな彼が知り合った不良坊主・魯智深もまた、獣人に変身する力を持つ――魔星(メテオラ)を背負った者。思わぬ同志の出現に喜ぶ林冲ですが――

 しかし、そんな林冲が暮らす開封府に迫る文字通りの魔の手。奇怪な「混沌」の影が王進の同志・関勝を襲い、そして王進にもその魔手は迫ることとなります。
 林冲と同じく魔星を持つ者を狙う奇怪な怪人、その名は高キュウ。そしてその手足として暗躍するのは殿帥府大尉・高廉……!

 と、原典ファンであれば半分やっぱり、半分ビックリの展開で始まるこの第2巻(さらに高衙内もまた、原典とは全く異なる姿で登場)で描かれるのは、王進を、林冲を襲う悲劇の数々。
 時期こそ違え、原典冒頭でそれぞれ高キュウにより苦しめられることとなった二人。本作ではそれを巧みにアレンジして描くこととなります。

 この林冲の悲劇は、およそ水滸伝物語であればほとんどあらゆるバージョンで描かれるだけに、水滸伝ファンにとっては極端な話、見飽きたものとなりかねないのですが――
 しかし最初に述べたとおり、魔星という全く異なる要素を持つ本作で描かれるそれは、大きく異なる……すなわち、未知の物語となります。

 そしてこの巻のクライマックスとなるのは、もちろんその悲劇であります。
 王進の計らいにより林冲が滄州に向かった後に、王進の屋敷を襲う高廉。しかし林冲は子供の頃から親しんできた人々が次々と倒れるのも知らず……

 と、実はこのクライマックスに主人公が居合わせないのですが、そこに魯智深が駆けつけて……という展開が実に熱い。
 特に、彼がある人物の最期を前に見せる姿は、「獣人」という本作最大の特長をフルに生かした、一種変身ヒーローものの美学すら感じさせる名シーンでありました。


 そして野猪林のくだりを経て、林冲と魯智深の前に現れる新たな魔星。いきなり大胆な格好で現れた彼の正体は――
 本作ならではの要素も全開となり、いよいよ本格的に動き出した物語。隔月掲載ゆえ、次に単行本にお目にかかれるのがおそらく一年後であろうことだけが、何とも残念であります。


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2014.07.23

最近の「絵巻水滸伝」 近くて遠い物語の終わりへ

 取り上げるのは大変久方ぶりになりますが、森下翠&正子公也の「絵巻水滸伝」が、この一年近く、最大の盛り上がりとなっております。梁山泊を離れ、数々の強敵を打ち倒してきた百八人の好漢たち。その前に立ち塞がるのは、最強最大の敵・方臘軍――百八星、最後の戦いの始まりであります。

 これまで一人として欠けることなく、大宋国の四寇のうち三つ――遼国、田虎、王慶までを平らげてきた梁山泊の好漢たち。残るは江南の方臘…宗教教団を核に、強固な信仰心で結ばれた強大な集団、史実でも大いに宋国を――梁山泊とは比べものにならぬほど――悩ませた強敵であります。
 そしてこの戦いにおいて、百八星は実にその三分の二を失うことになるのです。

 この方臘軍は、原典でも最後の敵でありますが、我が国の水滸伝リライトでは、小説や漫画とメディアを問わず、描かれることが少なかった存在であります。
 というのも、我が国の水滸伝リライトでは、百八星集結の時点で完結…とまでは言わないまでも、それ以降の物語は相当にダイジェストされ、むしろエピローグ的に語られるのみ。方臘軍も、最後の敵というより、梁山泊崩壊の加害者的に名前が挙げられるのが大半であります。

 そんなわけで水滸伝リライトで方臘軍が明確に描かれるのは杉本苑子の「悲華水滸伝」と北方謙三の水滸伝程度。
 そして両作品とも――後者は言うに及ばず、前者もこの部分については――かなりアレンジされていることから、方臘戦、すなわち梁山泊最後の戦いが原典に(ある程度)忠実に描かれた水滸伝リライトは、実はほとんどなかった、ということになります。

 さて、そこで絵巻水滸伝であります。これまで、細部においては自由なアレンジ…というよりも、細部を掘り下げ、隙間を埋めていくアプローチを取ってきた本作において、この最後の戦いが如何に描かれるか、それは明らかでしょう。
 原典の流れはそのままに、方臘軍の脅威を掘り下げ、そして何よりも、一人また一人斃れていく梁山泊の好漢たちの姿をドラマチックに描いていく――それであります。

 実際のところ、原典で描かれる好漢たちの最期の姿は、現代人の感覚からすればひどくあっさりしたものであります。少数の例外を除けば十把一絡げ、乱戦の中でいつの間にか死んでいたり、疫病でまとめて亡くなったことが、わずか数行で片づけられるのみ…
 もちろん、小説というものの在り方が現代と大きく異なる時代の作品であれば、これはこれで仕方ないとは言えましょう。しかし現代の読者からすれば、これまで親しんできた豪傑たちの最期は、避けられないことであれば、やはり最後まで壮烈に描ききって欲しいというのが、正直な気持ちであります。

 そして現在に至るまで、本作においては既に五人の好漢が命を落としておりますが、その最期の姿はまさに(こういう表現を用いるのはさすがに抵抗感もありますが)期待通り――
 失礼ながら原典では脇役であった、そしてこれまで本作が掘り下げ、新たな生命を与えられてきた好漢たちの物語の結末として遜色ないものであります。そしてもちろん、それは彼らの相対する方臘軍の姿をも、これまでにないものとして描くことにほかなりません。

 もっともそれは、裏を返せば、思い入れのある読者には非常に重い展開の連続ではあります。既に原典での好漢たちの結末――それは本作でもほぼ踏襲されることでしょう――をよく知っている人間にとっては、一つ一つの何気ない描写が死亡フラグに感じられる…というのは半分冗談、半分本気であります。


 しかしそこに描かれるのは、必ずしも暗い死の翳だけではありません。例えば最新回で描かれた、ある人物のその後――好漢の過去のある行動が、現在に思わぬ結果をもたらす様は、大河ドラマの醍醐味である以上に、人の生の妙というものを感じさせてくれるのであります。


 そして上記のある人物が、実は原典では過去の時点で命を落としている人物だという点に、形を変えて受け継がれていく生という、ある種の希望というものを感じるのですが…
 何はともあれ、方臘編は始まったばかり。物語の終わりは、既に近く、そしてまだ遠くにあるのです。


関連サイト
 キノトロープ 水滸伝

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