2017.03.19

『コミック乱ツインズ』 2017年4月号(その一)

 今月もやってきました『コミック乱ツインズ』。今月号の表紙&新連載は、叶精作の『はんなり半次郎』であります。

『はんなり半次郎』(叶精作&篁千夏)
 というわけで京は御所近くの古道具屋「求善賈堂」を舞台とする本作。タイトルロールの半次郎はその店主、男名前ですが代々継がれている名であり、当代の半次郎は三十路半ばの女性であります。

 その求善賈堂に半次郎を訪ねてきた盲目の少年・幸吉。同じ古道具屋であった親を押し込み強盗に殺され、自分も視力を奪われた彼は、店から奪われた品物が求善賈堂に出たと聞いて、江戸からはるばるやってきたのであります。
 残念ながらその品は既に売れた後だったものの、事情を聞いた半次郎は幸吉に対してある行動に出るのですが……

 古道具の目利きにしてしたたかな商売人、剣の達人にして腕利きの蘭方医、そしてもちろん美女、といささか盛りすぎにも見える半次郎。
 しかしこの第1話では、銘刀を売りに来た武士とのやりとり、そして幸吉の目の治療と、流れるようにその特徴の数々を示してみせ、終盤にちょっとしたどんでん返しも挟んでみせるのは、さすが、としか言いようがありません。

 が、このコンビだと……と思った通り、間に入るサービスシーンが強引すぎて、いやいやいや、いくらなんでも! とツッコミを入れざるを得ません。それも期待されているのだとは思いますが、いかがなものかなあ。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 明治を舞台に日本の鉄道の曙を描く本作も、はや第3話。関西鉄道から官営鉄道に移籍することを決意した島安次郎は、同じ関西鉄道の凄腕機関手・雨宮にも移籍を持ちかけるのですが……もちろんというべきか、職人気質の雨宮が肯んじるわけがありません。
 そして時は流れ、いよいよ私鉄国有化の流れが決定的になった中、引退を目前とした雨宮の前に現れた島は――

 島と雨宮、管理運行側と現場という立場の違いはあれど、それぞれの立場から鉄道に深い愛情を注ぐ二人の交流を中心に描いてきた本作。
 島が雨宮を口説き落とせるかが今回の眼目ですが、ある意味お約束とも言える展開ながら、二人の真っ直ぐな想いが交錯し、そして合流する様はやはり胸を熱くさせるものがあります。

 雨宮の後継者たちの成長を示す描写も見事で、回を追うごとに楽しみになってきた作品です(そして今回もおまけページが愉快。確かにそれは難題だと思いますが……)。


『勘定吟味役異聞 破斬』(かどたひろし&上田秀人)
 よく見たら表紙に「全10回」と記載されていた本作、今回は第8回ですので、ラスト3回ということになります。

 今回はまさしく決戦前夜といったところ、柳沢吉保・荻原重秀側からは絡め手の引き込みが、新井白石からは温かみの欠片もない命令と板挟みの状況を一挙に打開すべく、自ら虎口に飛び込むことを決意した聡四郎。
 しかしその聡四郎の役に立ちたいと無謀にも敵方の牢人の跡を付けた紅が――

 と、決戦に向けてどんどん盛り上がっていく……というより聡四郎が追い込まれていく状況。
 しかしこうして改めて見ると、紅の行動は今日日嫌われるヒロインのそれ以外のなにものではないのですが、不快感を感じないのは、これは画の力――有り体に言えば、紅が非常に可愛らしく描けているからに他ならないと感じます。

 改めて画の力というものを感じた次第です。


 以降、長くなりますので、次回に続きます。


『コミック乱ツインズ』2017年4月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年4月号 [雑誌]


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2017.03.13

大西実生子『僕僕先生』第3巻 世界の有り様、世界の広大さを描いて

 美少女仙人・僕僕とニート青年・王弁が広大な天地を旅する姿を描く漫画版『僕僕先生』もこれで第3巻。原作小説の方はラスト直前ですが、こちらの方も、のんびりと、しかし着実に物語の終わりに向かっています。

 僕僕に誘われるまま、当てどない(ように見える)旅へと出た王弁。長安の王宮での冒険を経て北方に向かった二人は、そこでどうみても駄馬にしか見えぬ天馬・吉良を手に入れ、なおも旅を続けます。
 そして二人が向かったのはなんとこの星から遠く離れた天の向こうの星星の世界。そこで僕僕とはぐれ、この世界の創造主たる帝江と出会った王弁ですが、吉良ともども、恐るべき「闇」である渾沌に飲み込まれることになります。

 悪意ある闇とも言うべき渾沌の中は、文目も分かぬという表現では生ぬるすぎるような真の暗闇、そこで正気を失ったものは渾沌に溶け込んでしまうという、恐るべき存在であります。
 どうにか吉良と出会った王弁ですが、しかし星星を渡るほどの吉良の脚力でも抜け出せぬほど、渾沌の中は果てがなく――

 というわけで文字通り神話クラスの存在に出会って大ピンチの王弁。それも中国の始原神話に登場するほどの存在ですから、凡人たる彼の手に余るというレベルではないのですが……しかしここで渾沌にまつわる過去の逸話を吉良から聞いた彼のリアクションが、実に彼らしくも微笑ましい。
 神話の中の神に対して、自分たち人間と同様のリアクションを想像してしまうのは、彼の凡人たる所以かもしれませんが、しかしそれは裏を返せば、彼が人間とそれ以外を分かたないということでもあります。

 そんな王弁の一種のおおらかさは、この先の物語に大きな意味を持つのですが……それはさておき。

 何とか元の世界に戻り、僕僕と再会した王弁(この辺りの何ともこそばゆい僕僕とのやりとりがまた実にイイ)ですが、次に彼らを待っていたのは、蝗害という大いなる災い。天を覆うほど大発生し山東地方を襲う蝗を、自らの力を貸して追い払おうとする僕僕ですが、しかしここで人間の側に意外な動きが起きることに――


 原作第1巻の漫画化である本作も、この第3巻で後半部分に入り、冒頭に述べたとおり王弁の旅も終盤にさしかかってきました。
 ここで描かれる物語は、基本的に原作のそれを大きく離れたものではなく、原作に忠実な漫画化ではあるのですが、しかしそこで示される絵が、これまで同様、これが本当に素晴らしいのであります。

 それは僕僕や王弁たちのキャラクター描写の妙にも表れていることは言うまでもないのですが、しかしこの第3巻で改めて感じ入ったのは、この物語の中で描かれる世界の広大さを見事に絵として表している点なのです。

 その広大さとは、渾沌に代表されるような中国の神仙世界の野放図とも言えるほどの壮大さに代表されるものですが、しかしそこにのみあるものではありません。
 それは、王弁が旅の途中で出会う様々な人々、各地の文化といったなどに示されるものであり、そして王弁の隣で謎めいた態度を見せる僕僕の心の中にもあるもの……一人の人間では到底全てを知ることがかなわないような一種の多様性であり、不可解さであります。

 思えば本作は、王弁から見た、世界の有り様というものを描く物語でした。引きこもりのニートであった彼が、僕僕という他者と出会い、その導きで外の世界を知る……その過程を描く物語であります。
 だとすれば、その彼が知ることになる世界を克明に絵として描くことが、その世界の広大さを、我々読者に示すことこそが、大げさに言えばこの漫画版の使命でしょう。そして本作は、それに見事に成功していると感じます。

 我々はこの漫画を通じて、僕僕が王弁に見せようとしているものを、同時に見ているのだと、そんな想いを抱かせるほどに――


 しかしその世界に存在するものは、決して我々に、彼らに好意的なものばかりではありません。
 この巻のラストで描かれたものは、そんな不穏なものの到来を予感させるものですが……さてそれが王弁と僕僕の旅の果てに何をもたらすのか。

 おそらくは次の巻で完結となるであろうこの漫画版がその果てに描くものを楽しみにしましょう。


『僕僕先生』第3巻(大西実生子&仁木英之 朝日新聞出版Nemuki+コミックス) Amazon
僕僕先生 3 (Nemuki+コミックス)


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 「僕僕先生」
 「薄妃の恋 僕僕先生」
 「胡蝶の失くし物 僕僕先生」
 「さびしい女神 僕僕先生」
 「先生の隠しごと 僕僕先生」 光と影の向こうの希望
 「鋼の魂 僕僕先生」 真の鋼人は何処に
 「童子の輪舞曲 僕僕先生」 短編で様々に切り取るシリーズの魅力
 『仙丹の契り 僕僕先生』 交わりよりも大きな意味を持つもの
 仁木英之『恋せよ魂魄 僕僕先生』 人を生かす者と殺す者の生の交わるところに
 仁木英之『神仙の告白 僕僕先生 旅路の果てに』 十年、十巻が積み上げてきたもの

 『僕僕先生 零』 逆サイドから見た人と神仙の物語
 仁木英之『王の厨房 僕僕先生 零』 飢えないこと、食べること、生きること

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2017.03.12

入門者向け時代伝奇小説百選 忍者もの(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、忍者ものの紹介の後編は、忍者ものに新風を吹き込む5作品を取り上げます。
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

21.『風魔』(宮本昌孝) 【戦国】【江戸】 Amazon
 後世にその名を知られた忍者の一人である風魔小太郎。本作は、颯爽とした男たちの物語を描いたら右に出る者がいない作者による痛快無比な忍者活劇であります。

 小田原の北条家に仕え、常人離れした巨躯と技で恐れられたという小太郎。本作はその逸話を踏まえつつ、しかしその後の物語を描き出します。
 何しろ本作においては北条家は早々に滅亡。野に放たれた小太郎は、豊臣と徳川が天下を巡って暗闘を繰り広げる中、自由のための戦いを繰り広げるのです。

 戦国が終わり、戦いの中に暮らしてきた者たちの生きる場がなくなっていく中、果たして小太郎たちはどこに向かうのか? 誰に縛られることなく、そして誰を傷つけることなく生き抜く彼の姿が本作の最大の魅力です。


22.『忍びの森』(武内涼) 【戦国】【怪異・妖怪】 Amazon
 発表した作品の大半が忍者ものという、当代切っての忍者作家のデビュー作である本作は、もちろん忍者もの……それも忍者vs妖怪のトーナメントバトルという、極め付きにユニークな作品であります。

 信長に滅ぼされた伊賀から脱出した八人の忍者。脱出の途中、彼らが一夜の宿を借りた山中の廃寺こそは、強大な力を持つ五体の妖怪が封じられた地だったのです。
 空間歪曲により寺から出られなくなった八人は、持てる力の全てを振り絞って文字通り決死の戦いに挑むことになります。

 忍者の鍛え抜かれた忍術が勝つか、妖怪の奇怪な妖術が勝つか? 敵の能力の正体もわからぬ中、果たして人間に勝利はあるのか……空前絶後の忍者活劇であります。

(その他おすすめ)
『戦都の陰陽師』(武内涼) Amazon


23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎) 【戦国】【怪異・妖怪】 Amazon
 映画化された『完全なる首長竜の日』になど、SF作家・ミステリ作家として知られる作者は、同時に奇想に富んだ時代小説の書き手でもあります。

 川中島の戦で召喚され、多大な死をもたらしたという兇神・御左口神。武田の歩き巫女・小梅は、謎の忍者・加藤段蔵に襲われたことをきっかけに、自分がこの兇神と深い関わりを持つことを知ります。
 武田の武士・武藤喜兵衛(後の真田昌幸)とともに、小梅は兇神を狙う段蔵の野望に挑むことに……

 初時代小説である『忍び外伝』も驚くべきSF的展開を披露した作者ですが、本作も実は時代小説にとどまらない内容の作品。果たして御左口神の正体とは……これは「あの世界」の物語だったのか!? と驚愕必至であります。

(その他おすすめ)
『忍び外伝』(乾緑郎) Amazon


24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道龍一朗) 【戦国】 Amazon
 忍者が活躍した戦国時代において、一際奇怪な存在として知られる飛び加藤こと加藤段蔵。本作はその段蔵を、悪人ならぬ悪忍として描いたピカレスクロマンであります。

 伊賀と甲賀の秘技を極めながらも、その双方を敵に回し、自分自身の力のみで戦国を渡り歩く段蔵。一向一揆で揺れる北陸を次の仕事場に選んだ段蔵は、朝倉家に潜り込むことになります。
 そこで段蔵の前に現れるのは、名うての武将、武芸者、そして忍者たち。そして段蔵にも隠された過去と目的が――

 強大な力を持つ者たちを向こうに回して暴れ回る段蔵の活躍が善悪を超えた痛快さを生み出す本作。ラストで明かされる、思わず唖然とさせられるほどの豪快な真実に驚け!

(その他おすすめ)
『乱世疾走 禁中御庭者綺譚』(海道龍一朗) Amazon


25.『嶽神』(長谷川卓) 【戦国】 Amazon
 奉行所ものなどでも活躍する作者の原点が、「山の民」ものというべき作品群――里の人々とは異なる独自の掟と生活様式を持ち、山中の自然と共に暮らす人々の活躍を描く物語であります。

 そして本作はその代表ともいうべき作品。掟を破って追放された山の民・多十が、武田勝頼の遺児と、一族を虐殺された金堀衆の少女を連れ、逃避行に復讐に宝探しにと奮闘する大活劇です。
 殺戮のプロとも言うべき追っ手の忍者集団を向こうに回し、母なる大自然を武器として戦いを挑む多十。山の民殺法とも言うべき技の数々は、本作ならではの豪快な魅力に溢れています。

 様々な欲望が剥き出しとなる戦国に、ただ信義のために命を賭ける多十の姿も熱い名品です。

(その他おすすめ)
『嶽神伝』シリーズ(長谷川卓) Amazon


今回紹介した本
風魔(上) (祥伝社文庫)忍びの森 (角川文庫)塞の巫女 甲州忍び秘伝 (朝日文庫)悪忍 加藤段蔵無頼伝(双葉文庫)嶽神(上) 白銀渡り (講談社文庫)


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 「忍び秘伝」 兇神と人、悪意と善意
 「悪忍 加藤段蔵無頼伝」 無頼の悪党、戦国を行く

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2017.02.28

一色美雨季『浄天眼謎とき異聞録 明治つれづれ推理』下巻 日常の謎、日常を破壊する謎

 人に、物に込められた記憶を覗く「浄天眼」の力を持つ戯作者・燕石と、その世話役の由之助が巻き込まれる事件を描く「第2回お仕事小説コン」グランプリ受賞作の下巻であります。非道な強盗殺人犯・辻の桐生を追うことになった二人が知った真実とは……

 まだ若いにもかかわらず、女中の千代と二人、ほとんど世捨て人のような暮らしを送る戯作者・魚目亭燕石。故あって彼の世話役となった由之助は、燕石が浄天眼の力を持つこと、それ故に人を避けて暮らしていることを知ります。

 しかしその力ゆえに、様々な騒動に巻き込まれ、騒々しい毎日を送る羽目になる燕石と由之助。そんな二人の前にある日持ち込まれたのは、かつて連続強盗殺人で帝都を騒がせた凶悪犯・辻の桐生の遺留品でした。
 実は桐生は、由之助の実家である劇場・大北座の花形女優と素性を隠して通じた過去を持ち、その忘れ形見が由之助の許嫁・小梅だったのです。

 そして燕石の家族とも悍ましい因縁を持つ桐生。幾重にも因縁重なる相手に挑むことになった二人の運命は――


 と、上巻の展開を引き継いで、最大の山場から始まることとなったこの下巻。浄天眼により、桐生の狙いが実の娘である小梅の命であることを知った燕石と警察は、大北座の舞台に小梅を立たせ、桐生をおびき寄せるという一世一代の賭けに出ることになります。
 小梅ともども舞台に上がる羽目になった由之助は、彼女を守りきることができるのか。そして自分の子を狙うという桐生の真意はどこにあるのか――

 と、この辺りの展開は、文字通りの舞台の派手さもさることながら、明らかに正気を失っているようにしか見えなかった桐生の中にあった真実が、なるほど! と思わず納得させられたのが嬉しい。
 燕石の手になる演目――愛する小紫との逢瀬のために辻斬りとなった白井権八を描く、異形の権八小紫の物語と重なり、不覚にもグッと来るものがありました。


 が、下巻の冒頭でこれほど物語を盛り上げて大丈夫かしら、というこちらの懸念はかなりの部分で当たり、物語はここから小粒なエピソードが続くこととなります。
 燕石の昔なじみが持ち込んできた謎の記号、福を招く雄の三毛猫を巡る争奪戦など、それなりに面白くはあるのですが、ここに配置するかな……という印象は否めません。

 特に、燕石自身の物語……燕石と千代を巡る物語が、割合あっさりと解決した感があるのは、彼らの過去の真実の意外な軽さ(まあ、真実は得てしてこういうものかもしれませんが)も相まって、かなり勿体ないという気がいたします。

 さて、これで如何にして物語を締めるのか……と思ってしまったのですが、しかしここで思わぬ爆弾が飛び出すことになります。

 大北座の頭取であり、かつては熱狂的な女性ファンも多かったという由之助の兄・由右衛門。由之助は、その由右衛門の大ファンだったという中年の婦人に、町で偶然出会うことになります。そして由之助が由右衛門の弟だと知り、過剰なまでの執着を見せる婦人。果たしてその婦人の真意は……


 上で述べた辻の桐生を巡るエピソードは実は例外で、描かれるエピソード、そして燕石と由之助が挑む事件の内容自体は、むしろ「日常の謎」とも言うべきものがほとんどであった本作。

 このラストの展開も、ある意味日常の謎ではありますが、しかしそれは、由之助の日常を根底から破壊しかねない謎であります。
 これも本作の一つの特徴である、男女の関係性の生々しさが、一気に頂点に達した感のあるその真相には、思わず言葉を失いました。

 もちろん、それが悲劇では終わることはなく、あくまでも後味は爽やかなのですが――


 上巻の紹介でも述べたとおり、本作をお仕事小説と呼ぶのは違和感が残りますし、やはり下巻の構成にも難はあると感じます。
 こうした不満はあるものの、それでも上下巻という結構なボリュームを最後まで一気に読んでしまったのは、やはりそれなりの力がある作品と言うべきでしょうか。

 少なくとも、作者の今後の作品をチェックしておきたい、それが本作の続編であれば嬉しいなあ、という気持ちになったことは確かであります。


『浄天眼謎とき異聞録 明治つれづれ推理』下巻(一色美雨季 マイナビ出版ファン文庫) Amazon
浄天眼謎とき異聞録 下 ~明治つれづれ推理(ミステリー)~ (マイナビ出版ファン文庫)


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2017.02.22

『コミック乱ツインズ』 2017年3月号(その一)

 乱ツインズの3月号は、新連載やゲスト作品はありませんが(強いて言えば『勘定吟味役異聞』と同時掲載の『そば屋幻庵』がゲスト?)、その掲載作品はむしろ充実の一言。印象に残った作品を挙げるだけで、相当な分量になってしまいました。

『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)
 水野忠邦を暗殺しようとした相手が、旧知の甲府勤番だった男・矢代田平内と知った蔵人介ですが、平内の仇と勘違いされ、ドテっ腹を刺されて……

 という前回を受けての後編、事件の黒幕があまりにも短慮で、いかにもな悪人なのは、まあこの作品らしいのかもしれませんが、平内を友と呼んで仇討ちに向かう蔵人介の姿はやはりグッとくるものがあります。
(しかし明らかにどうしようもない悪人とはいえ、形の上は蔵人介の独断に任せる上役もどうかと……)

 それにしても、刺されても軽傷だったからと、自分で傷を縫いながら毒味役を務める蔵人介にはこちらもビックリ。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 関西鉄道の命運を賭けた高性能機関車・早風を導入したものの、その扱いに苦慮する島安次郎が出会った機関士・雨宮。扱いの難しい早風を滑らかに発車させる雨宮の技の秘密を知ろうとする安次郎ですが……

 と、日本の鉄道技術者の元祖ともいうべき安次郎を主人公とした連載第2回。前回は人命よりも定刻を重視する雨宮の姿に、正直全くついていけなかったのですが、今回の機関車発車を巡る展開は、きっちりと理詰めの内容が面白く、素直に感心しました。
 おまけページの様々な機関車に関する蘊蓄も楽しく、なかなか面白い存在になりそうです。

 しかしラストの主人公の選択は、仕方はないとはいえどうなのかなあ……


『鬼切丸伝』(楠桂)
 連載再開となった今回の題材は信長と本能寺の変。信長についてはこれまで連載化第1回に比叡山焼き討ちを、そして最近、天正伊賀の乱を題材に描いてきましたが、今回は後者のB面にして続編とでも言うべき内容であります。

 かつて伊賀の百地三太夫により、死して鬼と化す秘術を掛けられた少女・蓮華。彼女は鬼切丸の少年と出会い、一時の安らぎを得たものの、その秘術を求める信長により非業の死を遂げることとなりました。

 そして今回描かれるのは、その三太夫がそれとほぼ同時期に仕掛けた呪い――信長に対して無私の忠誠心を抱く森蘭丸は、死してなお信長に仕えるために、三太夫の誘いに乗ったのであります。
 そして訪れた本能寺の変。深手を負い、信長の眼前で鬼と化した蘭丸と少年は対峙するのですが――

 人間が人間を殺し、人間のものを奪う……ある意味人間と鬼の境目が現代以上に薄かった、戦国時代を中心とした過去の時代を舞台とする本作。その中でも信長は、一際鬼に近い存在として描かれてきました。
 しかし今回のエピソードのラストで信長が見せた想い、それはまさしく人間ならではのものであり、人間を冷笑し、鬼を斬る少年をして愕然とさせるものでありました。

 ラストの少年の表情が強く心に残る本作、冒頭に述べたとおり充実の今号においても、個人的に最も印象に残った作品であります。


 長くなりますので続きます。


『コミック乱ツインズ』2017年3月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年3月号 [雑誌]


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2017.02.07

入門者向け時代伝奇小説百選 剣豪もの

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は剣豪もの五作を紹介いたします。時代ものの華である剣豪たちを主人公に据えた作品たちであります。
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

11.『柳生非情剣』(隆慶一郎) Amazon
 様々な剣豪を輩出し、そしてそれ自体が徳川幕府を支えた隠密集団として描かれることが少なくない柳生一族。本作はそんな柳生像の定着に大きな役割を果たした作者による短編集であります。

 十兵衛、友矩、宗冬、連也斎……これまでも様々な作家の題材となってきた綺羅星の如き名剣士たちですが、隆慶作品においては敵役・悪役として描かれることの多い面々。そんな彼らを主人公とした短編を集めた本書は、剣と同時に権――すなわち政治に生きた特異な一族の姿を浮かび上がらせます。

 どの作品も、剣豪小説としての興趣はもちろんのこと、等身大の人間として剣との、権との関わり合いに悩む剣士の生きざまが描き出されている名作揃いであります。

(その他おすすめ)
『秘剣・柳生連也斎』(五味康祐) Amazon


12.『駿河城御前試合』(南條範夫) Amazon
 山口貴由の『シグルイ』をはじめ、平田弘史や森秀樹といった錚々たる顔ぶれが漫画化している名作であります。

 暗愚の駿河大納言徳川忠直が己が城中で開催した十番の真剣勝負を描いた本作は、残酷時代小説で一世を風靡した作者ならではの武士道残酷物語であると同時に、剣豪ものとしても超一級の作品。
 片腕の剣士vs盲目の剣士、マゾヒスト剣士や奇怪なガマ剣法…個性豊かな剣士たちとその武術が炸裂する十番勝負+αで構成される本作は、その一番一番が剣豪小説としての魅力に充ち満ちているのです。

 そして、死闘の先で剣士たちが得たものは……剣とは、武士とは何なのか、剣豪小説の根底に立ち返って考えさせられる作品であります。


13.『魔界転生』(山田風太郎) Amazon
 映画、漫画、舞台とこれまで様々なメディアで取り上げられ、そして今もせがわまさきが『十』のタイトルで漫画化中の大名作です。

 島原の乱の首謀者・森宗意軒が編み出した「魔界転生」なる忍法によって死から甦った宮本武蔵、宝蔵院胤舜、柳生宗矩ら、名剣士たち。彼ら転生衆に挑むのは、剣侠・柳生十兵衛――ここで描かれるのは、時代や立場の違いから成立するはずもなかった夢のオールスター戦であります。

 そして本作の中で再生しているのは剣士たちだけではありません。その剣士たちを描いてきた講談・小説――本作は、それらの内容を巧みに換骨奪胎し、生まれ変わらせた物語。剣豪ものというジャンルそのものを伝奇化したとも言うべき作品であります。

(その他おすすめ)
『柳生忍法帖』(山田風太郎) Amazon
『宮本武蔵』(吉川英治) Amazon


14.『幽剣抄』(菊地秀行) Amazon
 剣豪と怪異とは水と油の関係のようにも思えますが、しかしその両者を見事に結びつけた時代ホラー短編集であります。

 本作に収録された作品は、「剣」という共通点を持ちつつも、様々な時代・様々な人々・様々な怪異を題材とした、バラエティに富んだ怪異譚揃い。
 しかしその中で共通するのは、剣という武士にとっての日常と、怪異という非日常の狭間で鮮明に浮かび上がる人の明暗様々な心の姿であります。。

 本シリーズは、『追跡者』『腹切り同心』『妻の背中の男』と全四冊刊行されておりますが、いずれもデビュー以来、怪奇とチャンバラを愛し続けてきた作者ならではの、ジャンルへの深い愛と理解が伝わってくる名品揃いであります。

(その他おすすめ)
『妖藩記』(菊地秀行) Amazon
『妖伝! からくり師蘭剣』(菊地秀行) Amazon


15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人) Amazon
 今や時代小説界のメインストリームとなった文庫書き下ろし時代小説、その代表選手の一人である作者が描いた剣豪ものであります。

 ある日飄然と吉原に現れ、遊女屋の居候となった謎の青年・織江緋之介が、次々と襲い来る謎の刺客たちと死闘を繰り広げる本作。複雑な過去を背負って市井に暮らす青年剣士というのは文庫書き下ろしでは定番の主人公ですが、しかしやがて明らかになる緋之介の正体と過去は、本作を飛び抜けて面白い剣豪ものとして成立させるのです。

 彼を巡る三人の薄幸の美女の存在も味わい深い本作は、その後全7巻のシリーズに発展することとなりますが、緋之介が人間として、武士として成長していく姿を描く青春ものの味わいも強い名品です。

(その他おすすめ)
『闕所物奉行裏帳合 御免状始末』(上田秀人) Amazon


今回紹介した本
新装版 柳生非情剣 (講談社文庫)駿河城御前試合 (徳間文庫)魔界転生 上  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)幽剣抄<幽剣抄> (角川文庫)悲恋の太刀: 織江緋之介見参 一 〈新装版〉 (徳間文庫)


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 上田秀人『織江緋之介見参 一 悲恋の太刀』(新装版) 若き日の剣士と美女の物語

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2017.02.04

上田秀人『織江緋之介見参 一 悲恋の太刀』(新装版) 若き日の剣士と美女の物語

 今や大人気作家となった上田秀人の2番目のシリーズ……それが吉原を舞台に青年剣士の愛と戦いを描いた『織江緋之介見参』であります。その第1弾である本作は以前取り上げていますが、少し前に新装版が刊行され、何よりも現在森田信吾が漫画版を連載中ということで、もう一度取り上げたいと思います。

 ある日ふらりと御免色里・吉原に現れ、おもむろに慶長大判を取り出して登楼を望んだかと思えば、名妓と同衾しても指一本触れず、そして恐るべき剣技を持つ青年剣士。
 名を問われれば、「織江緋之介」と明らかに偽名で答えるこの青年剣士が本作の主人公であります。

 吉原でも屈指の歴史を持つ遊女屋・いづやの主・総兵衛に気に入られて仮寓することになった緋之介ですが、しかし彼の周囲には常に剣難あり。
 幾度となく彼を襲撃する刺客の群れは、いづやにも襲いかかるのですが……しかし、刺客に狙われているのは彼だけではなく、いづやそのものも狙われていたのであります。

 何故緋之介は刺客に襲われるのか。彼の過去に何があり、何故吉原に現れたのか。そしてまた、いづやを狙うのは何者なのか……絡み合う二つの謎に、緋之介を巡る三人の美女、繰り広げられる幾多の死闘。その果てに物語は意外な結末を迎えることになります。


 私は本作の旧版を発表時に手に取り、このブログでも紹介しているのですが、今回再読したのはほぼその時以来――実に13年ぶりであります。そのため大筋はもちろん憶えていたものの、細かい部分は記憶が薄れていたところも多く、新鮮な気分で……いや、大いに楽しみ、テンションを上げながら読むことができました。

 何より、剣豪小説として実に本作は面白い。純粋に剣戟シーンの完成度もありますが、それ以上に、緋之介の正体と過去――そしてそれはそのまま彼が狙われる理由に繋がるわけですが――が、剣豪小説として、そして伝奇小説として実に盛り上がる内容なのであります。(何しろ、緋之介は、ライバルとして描かれることも少なくない○○○○流と○○○○流のハイブリッドであるわけで……)

 そこにさらに、吉原に関わる一大秘事が絡むのですから、面白くならないはずがありません。そしてその秘事だけでも十二分に伝奇的なところに、ラストにはあの大事件が……ときて、もう夢中でラストまで一気に読まされてしまったのです。


 そしてその一方で、逆にじっくりと味わうことができたのは、緋之介の成長を巡る物語……というより、緋之介を巡る三人の女性に関する物語であります。
 いづや、いや吉原きっての名妓である御影太夫、その妹女郎であり緋之介の世話係の桔梗、そして緋之介の許嫁である織江――いずれも極めつけの美女であることは間違いありませんが、しかし美しいだけでは終わらないのが本作であります。

 それぞれに複雑な過去を背負った三人、特に吉原という天国と地獄が隣り合った世界に暮らす御影太夫と桔梗が、緋之介に触れて何を想い、そしてどこが変わっていったのか……
 本作の陰の主人公とも言える彼女たちの想いの発露が描かれる場面は、時に剣戟シーン以上に、こちらの胸を打つのであります。そしてその想いに触れた緋之介の姿もまた。


 そしてもう一つ印象に残るのは――これは今だからこその感慨ですが――その後の、現在の作者の作品とのテンポの違いであります。

 シリーズ最終巻『終焉の太刀』新装版の作者あとがきによれば、この『悲恋の太刀』はまさしく背水の陣で描かれた作品、シリーズ化どころか発表できるかもギリギリの状況だったとのこと。
 そのような背景の作品と、長期シリーズ(が前提となっている)作品を並べるのはナンセンスかもしれませんが、しかしやはり、そこには自ずと違いが……それも想像以上に大きく現れるものだな、という印象があります。

 そしてこうした本作もまた、上で触れた『終焉の太刀』に至るまで、全7巻のシリーズに発展していくことになります。
 その中で本作にあったものが、どのように受け継がれ、どのように変わっていったのか……この先も、新装版で確認してみたいという気持ちが強くあります。


 もう一つ、森田信吾の漫画版が、展開は忠実ながら台詞回しは完全に森田節なのを確認したのも、まず収穫といえば収穫であります(こちらはこちらで単行本化を心待ちにしている次第)。

『織江緋之介見参 一 悲恋の太刀』(新装版)(上田秀人 徳間文庫) Amazon
悲恋の太刀: 織江緋之介見参 一 〈新装版〉 (徳間文庫)


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2017.01.31

上田秀人『御広敷用人大奥記録 11 呪詛の文』 ただ一人の少女のために!

 将軍吉宗と大奥のいつ終わるとも知れぬ暗闘に巻き込まれた御広敷用人・水城聡四郎の戦いも11巻目であります。再び江戸に舞台を移しての物語はいよいよヒートアップ、吉宗の周囲に次々と迫る天英院の魔の手に、ついに吉宗が反撃を開始することに――

 前作、前々作での危険だらけの京・尾張への旅から何とか帰着した聡四郎。しかしその間にも大奥を巡る情勢は変化し、没落の兆しが見え始めた天英院は、ついに恐るべき暴挙に出ることになります。

 ある日突然、西の丸で倒れた吉宗の世子・長福丸(後の家重)。医師の診察により、毒が盛られた可能性があることが判明したことから、怒りに燃える吉宗は聡四郎を西の丸大奥差配に任命、大鉈を振るうことを命じます。

 一方、長福丸の安否を気遣い、病の平癒祈願で、自ら寺社に参詣することを望む竹姫。しかし、天英院一派が竹姫追い落としを狙う中、江戸市中に竹姫が出るということは刺客に襲えというようなものであります。
 それは承知の上で、竹姫の吉宗への想いを受け止め、そして何よりも竹姫に外の世界を見せるため、総力を挙げて竹姫の警護に臨むことを決意する聡四郎。

 しかし天英院の陰湿な魔手はなおも姫に迫り、ついに怒りを爆発させた吉宗は、ある切り札を手に、聡四郎とともに天英院と直接対決に臨むことに――


 巻数も二桁となり、いよいよクライマックスも近いと思われる本シリーズ。これまで比較的ゆっくりと展開してきた印象のあるシリーズですが、この巻にきてググッとペースアップしてきました。
 そのためか、尾張に関する因縁など、いささかあっさりすぎる結末を迎えた印象は否めません。しかしそれが気にならないほど、この巻の盛り上がりは凄まじく、そして素晴らしいものがあります。

 天英院のの命で動く(といっても一枚岩ではないのがまた面白いのですが)伊賀の郷忍、さらには伊賀者を捨て刺客人となった宿敵・藤川など、並み居る敵が次から次へと仕掛ける罠もスリリングながら、それを防ぎ、打ち砕いてみせる聡四郎たちの活躍は、これまで溜めがあった分、爽快ですらあります。

 そして溜めがあったといえば吉宗であります。これまで改革の大鉈を振るいながらも、それは聡四郎の手を通してのものでした。
 当たり前といえば当たり前ですが、我が子を、そして愛する女性を幾度も襲う奸計に自ら出陣……と、この辺りの展開(というか吉宗の行動)は乱暴といえば乱暴ではありますが、思わず「待ってました!」と言いたくなるほどであります。


 しかし個人的に本作で最も印象に残った部分、本作ならではの魅力と感じさせられたのは、江戸の町に出ようとする竹姫を守る聡四郎の、仲間たちの想いであります。

 将軍の正室、大奥の主となることも目前となった竹姫。それはこの時代の女性にあっては頂点であり、そして本シリーズはその座を巡る暗闘であったとも言えます。
 しかしそれと引き換えに失われるものもあります。それは自由――彼女はもはや、城の外に出ることは能わなくなるのです。

 その竹姫の、一人の少女の一時の自由を守るために戦う……それ以上に尊く、ヒロイズムを感じさせるものがあるでしょうか。
 聡四郎が、玄馬が、無手斎が、袖が――いわば「チーム水城」と言うべき面々が命を賭ける姿は、こちらの胸を否応なしに熱くしてくれるのです。(そしてその想いを語る無手斎の言葉がまたイイ!)


 そして終盤、天英院が一顧だにしなかった、彼女が虫けら同然に扱ってきた存在によって彼女の地位が覆される展開にも唸らされるのですが、しかし真に驚かされるのはラスト数行であります。

 本作のタイトルの意味が明らかになるそこで描かれたものが、この先どのような意味を持つのか……そしてこの物語と如何に結んでみせるのか。
 いささか気が早いかもしれませんが、本作を読めば、その先を期待したくもなるというものです。


『御広敷用人大奥記録 11 呪詛の文』(上田秀人 光文社文庫) Amazon
呪詛の文: 御広敷用人 大奥記録(十一)    *12月31日(土)発売 (光文社時代小説文庫)


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2017.01.30

入門者向け時代伝奇小説百選 古典(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、古典の紹介その二であります。
6.『ごろつき船』
7.『美男狩』
8.『髑髏銭』
9.『髑髏検校』
10.『眠狂四郎京洛勝負帖』

6.『ごろつき船』(大佛次郎)【江戸】 Amazon
 大佛次郎といえば『鞍馬天狗』の生みの親ですが、その作者の伝奇ものの名作が本作――松前藩を牛耳る悪徳商人に家を滅ぼされた大商人の遺児と、彼を守って決死の戦いを繰り広げる人々の姿を描く物語であります。

 本作の魅力の一つは、何よりも松前に始まり、舞台は江戸に、西国に、そして遙か遠く異国まで広がっていくスケールの大きさ。しかしそれ以上に心に残るのは、主人公側の登場人物を次から次へと襲う苦難の運命と、それにも負けぬ善き心の存在であります。
 運命の悪意に翻弄され、世の枠組みからつまはじきにされようとも、善意と希望を捨てず戦い抜く……そんな「ごろつき」たちの勇姿には、心を熱くせずにはいられません。

(その他おすすめ)
『鞍馬天狗 角兵衛獅子』(大佛次郎) Amazon


7.『美男狩』(野村胡堂)【幕末-明治】 Amazon
 密貿易の咎で獄死した銭屋五兵衛が残した莫大な財宝を巡り、架空・実在の様々な人々の運命が入り乱れ、やがて伊皿子の怪屋敷に習練していく――銭形平次の生みの親である作者が初めて手掛けた時代小説である本作には、時代伝奇の楽しさが横溢しています。

 しかし印象に残るのは何とも不穏なタイトル。実は本作で大活躍するのは不倶戴天の宿敵である二人の美剣士。そしてそこに魔手を伸ばすのが、大の美男好き、それも美男同士の死闘を観るのを愛するという怪屋敷の女主人なのであります。
 そのドキドキするような要素を、「ですます」調の爽やかな文体で、節度を守りつつ描き出し、波瀾万丈の物語として成立させてみせた本作。作者ならではの逸品です。


8.『髑髏銭』(角田喜久雄)【江戸】 Amazon
 今では知名度こそ高くないものの、紛れもなく時代伝奇小説界の巨人と呼ぶべき作者の代表作がこの作品。莫大な財宝の在処を示す八枚の「髑髏銭」を巡り、青年剣士・怪人・大盗・悪女・奸商入り乱れての争奪戦が繰り広げられる本作は、まさに時代伝奇の教科書ともいうべき先品です。
 特に印象的なのは、髑髏銭を求めて跳梁する覆面の怪人・銭酸漿。冷酷で陰惨な殺人鬼のようでありながら、実は悲しい宿命を背負い、人間的な側面を覗かせる彼には、現代においても全く古びない存在感があります。

 推理小説家として知られるだけに、ミステリ的趣向が濃厚なのも作者の時代伝奇の特徴ですが、それは本作も同様。ミステリファンにも読んでいただきたい作品です。

(その他おすすめ)
『妖棋伝』(角田喜久雄) Amazon
『風雲将棋谷』(角田喜久雄) Amazon


9.『髑髏検校』(横溝正史)【怪奇・妖怪】【江戸】 Amazon
 たとえ異国の存在であっても貪欲に取り込んでしまうのが時代伝奇というジャンルですが、異国の妖魔の代表格である吸血鬼が江戸を脅かすのが本作。

 『吸血鬼ドラキュラ』の翻案と言うべき本作は、異境の吸血鬼に囚われた若者の手記に始まり、都で若者の恋人を狙う吸血鬼の跳梁、これに挑む老碩学たちの死闘――と、基本的に原典の展開をなぞっているのですが、それでいて要素の一つ一つが見事に日本のものとして翻案されているのが素晴らしい。

 何よりも、唸らされるのは、ラストで明かされる吸血鬼・不知火検校の正体。終盤の展開がやや駆け足ではありますが、時代伝奇ホラーの名作であることは間違いありません。

(その他おすすめ)
『天動説』(山田正紀) Amazon
『神変稲妻車』(横溝正史) Amazon


10.『眠狂四郎京洛勝負帖』(柴田錬三郎)【剣豪】【江戸】 Amazon
 古典ジャンルの中で唯一戦後の作品であります。古くは市川雷蔵や田村正和が、近年はGACKTが演じた孤高のヒーローの活躍を描く短編集です。

 異国の転び伴天連と武士の娘の間に生まれたという出生の秘密を背負い、立ち塞がる相手は円月殺法で斬り捨てる異貌の剣士。そんな狂四郎の人物像は今なおインパクトがありますが、しかし本シリーズは、今現在は最終作を除いて絶版という状況。その一方で容易に手に取ることができるのが本書です。

 張り巡らされた陰謀と謎、強敵を斬り払う狂四郎の一刀、むせび泣く女体……眠狂四郎ものの王道を行く表題作をはじめとしてバラエティに飛んだ短編が集められた本書は、眠狂四郎に初めて触れるにも適した一冊でしょう。


(その他おすすめ)
『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎) Amazon
『運命峠』(柴田錬三郎) Amazon


今回紹介した本
ごろつき船 上 (小学館文庫)美男狩(上) 文庫コレクション (大衆文学館)髑髏銭 (春陽文庫)髑髏検校 (角川文庫)新篇 眠狂四郎京洛勝負帖 (集英社文庫)


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 大佛次郎『ごろつき船』上巻 悪事を捨て置けぬ男たちの苦闘!
 大佛次郎『ごろつき船』下巻 今立ち上がる一個人(ごろつき)たち!
 「美男狩」 時代伝奇小説の魅力をぎゅっと凝縮
 「髑髏検校」 不死身の不知火、ここに復活
 「眠狂四郎京洛勝負帖」 狂四郎という男を知る入り口として

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2017.01.29

一色美雨季『浄天眼謎とき異聞録 明治つれづれ推理』上巻 彼の孤独感、彼自身の事件

 最近ライト文芸レーベルで非常に多く見かける「○○屋さん」もの。それをまとめてどう呼んだものかと思っていましたが、「お仕事小説」という呼び名があるようです。本作はその「第2回お仕事小説コン」グランプリ受賞作――明治時代を舞台に「浄天眼」の力を持つ青年を中心に描かれる物語であります。

 ある日、知人の警官・相良から、魚目亭燕石なる戯作者の身の回りの世話役となることを頼まれた少年・由之助。
 浅草で人気の芝居小屋・大北座の跡取り息子であるものの、外の世界にも興味を惹かれる年頃の由之助は、好奇心もあってそれを引き受けることになるのですが――

 実は名家の出ながらも実家を飛び出し、女中の千代と静かに暮らすこの燕石、戯作者ではあるものの大変な気分屋で面倒くさがり、そして何よりも引きこもり。
 そんな燕石に手を焼きつつも、何だかんだで楽しく日々を送る由之助ですが、しかし燕石には大変な秘密があったのです。

 それは、彼が「浄天眼」なる能力を持つこと……彼は、人の体を含む物体に触れることでその物が持つ「記憶」を見ることができるという、いわゆるサイコメトリー能力の持ち主だったのです。
 周囲からは厭われ、非常な負担を伴うその力を嫌い、引きこもり生活を送っていた燕石。しかし相良をはじめとして周囲の人間が持ち込んできた事件に巻き込まれ、その力を使うことに――


 という本作、まずこの上巻の時点での正直なところを述べさせていただければ、これはお仕事小説とは違うのでは……という印象は否めません。
 冒頭で述べたお仕事小説コンの開催概要(第1回のものですが)によれば、お仕事小説とは「1.ストーリーの中に何らかの「お仕事」が出てくる作品 2.主人公が何らかの「職業」についている作品」であり、本作をこれに当てはめるのは厳しいと感じます。

 またミステリとして見ても本作は苦しい。何しろ燕石の能力が強力すぎて(過去の映像だけでなく感情なども全て感じてしまう)、真相がほぼダイレクトに判明してしまい、見えたものから何かを推理するという要素がほとんどないのですから。

 こうした点のみを見れば、なかなか苦しいものがある本作ですが……しかしそれだけにとどまるものではありません。
 何よりもまず目を引くのは、登場キャラクターたちの描写でしょう。

 もちろん、その中心となるのは燕石であります。普段は戯作者として飄々と暮らし、年の離れた弟のような由之助をからかっている燕石ですが、しかし彼が背負うのはその浄天眼の力による大いなる孤独感であります。

 常人にはない力を持って生まれたが故に疎外され、孤独を味わう、というのはある意味定番の設定ではありますが、本作はその疎外感、孤独感の描写が面白いと申しましょうか――燕石自身の感情のみならず、いやそれ以上に周囲の人々、それも彼にとっては近しい人々との関係性を以てそれを浮き彫りにしてみせるのはなかなか巧みなところであります。

 そして由之助が、千代が、相良が――それぞれの形で燕石と接する中で、自分自身が抱えたものを浮かび上がらせるのもまたいい。特に、美貌の持ち主にして超有能な女中という千代が抱えた屈託、複雑な想いなどは、実に切なく、胸に残ります。

 しかし個人的にそれ以上に印象に残ったのは、本作のある種の舞台設定と描写の巧みさであります。
 先に述べたとおり、由之助の実家は評判の芝居小屋・大北座。芝居小屋というより、今でいう劇場・劇団のような存在である大北座は数多くの女優を抱えるのですが……本作で折に触れて描かれるのは、その女優とパトロンの「関係」であります。

 今の目で見ると些か感心できぬその「関係」は、どちらかと言えばライトな味わいの本作に生臭さを漂わせる形になっており、読みながら違和感を感じていたのですが……それがまさか物語で大きな意味を持つとは。
 しかもそれが燕石の、由之助の運命に大きく関わり、これまで描かれる事件にはどこか他人事だった彼ら自身の事件として浮かび上がらせる終盤の展開には大いに唸らされた次第です。

 果たして燕石の浄天眼はこの悪因縁を絶つことができるのか、そして彼の孤独は、周囲の人々の屈託は癒されることがあるのか……俄然、下巻も読まねば、という気持ちになっているところです。


『浄天眼謎とき異聞録 明治つれづれ推理』上巻(一色美雨季 マイナビ出版ファン文庫) Amazon
浄天眼謎とき異聞録 上 ~明治つれづれ推理(ミステリー)~ (マイナビ出版ファン文庫)

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