2019.05.13

大塚已愛『ネガレアリテの悪魔 贋者たちの輪舞曲』 少女と青年と贋作の戦いと救済の物語


 先日ご紹介した同じ作者の『鬼憑き十兵衛』の日本ファンタジーノベル大賞受賞と同年に第4回角川文庫キャラクター小説大賞を受賞した本作は、19世紀末のロンドンを舞台に、「贋作」から生み出される魔を祓う青年と少女の戦いを描く、奇怪で風変わりで、そして美しくもどこか物悲しい冒険譚です。

 ハンズベリー男爵家の長女でありながら一人身軽に外を歩き、画廊や美術館で絵画を鑑賞するのをこよなく愛する少女、エディス・シダル。ある日、父の使いで画廊を訪れた彼女は、そこでルーベンスの未発表作品と言われる絵画を目にすることになります。
 しかしその絵から、強い怒りと羞恥の念をを感じ取るエディス。彼女の言葉に反応した深紅の瞳の美青年サミュエルは、この絵は贋作だと断じて去っていくのでした。

 数日後、再び同じ画廊を訪れたエディスが見たものは、店内が闇に包まれ、人々は全て意識を失うという奇怪な状況。そして異空間と化した店に閉じこめられた彼女の前で、あの贋作は奇怪に変貌し、中から鋼の異形が現れたではありませんか。
 異形に襲われた彼女があわやというところに現れたのは、あの美青年サミュエル。異空間にも平然と入り込んできたサミュエルは、手にした極東の刀と人間離れした身体能力を武器に、異形を迎え撃つのですが……


 この事件をきっかけに、現世に口を開いた異界「ネガ・レアリテ」で、贋作を媒介に生まれる魔を祓うサミュエルの戦いに巻き込まれたエディス。本作はこの二人が、ネガ・レアリテを解き放たんとする妖人に挑む姿を描く、全3話の連作スタイルの物語であります。
 その作風を一言で表せば、「ダークファンタジー」――THORES柴本の表紙絵が何よりもふさわしい作品といえます。

 そしてそんな本作のモチーフであり、最大の特徴が、絵画――それも「贋作」であることは言うまでもないでしょう。ある作家の作品として偽ってこの世に生み出される「贋作」。本作はその存在を、著名な作家たちの、現実に存在する真作と対比させつつ、一定以上のリアリティをもって、見事に浮かび上がらせます。
 しかし本作は――それを扱う多くの作品がそうであるように――贋作の真贋のみを問題とする物語ではありません。本作で描かれるのは、そのように描かれてしまった贋作の悲しみや怒り、怨念――「生まれてきたことそのものが罪である存在」の想いなのです。

 贋作が何故描かれるのか――その理由は様々に存在します。そしてその数だけ、贋作者の想いが、そして贋作自身の想いがある……。本作はそれを、真摯な審美眼と、豊かな感受性、そして何よりも優しさを持つエディスの瞳を通じて浮かび上がらせます。そしてそれを認め、心に留めようとする彼女の存在は、贋作たちに一種の赦しを与えるのです。

 それは、刀と呪法でもって贋作の魔を倒し、祓うサミュエルとは、また別の力を発揮するのであり――そこに本来であればごく普通の少女でしかないエディスが、一種の超人たるサミュエルのパートナーとして活躍する意味がある、という構成も巧みであります。


 しかし、本作はそれ以上の贋作との関係性を二人に持たせます。

 実は男爵の実の子ではなく、その姉が誰とも知らぬ男との間に生んだ娘であるエディス。彼女に注がれる家族の愛は本物であったとしても――しかし本物の家族ではない、という意識が彼女にはつきまといます。それは彼女自身が、自分を不義の子という「生まれてきたことそのものが罪である存在」と感じているからにほかなりません。
 そしてサミュエルもまた――その形は彼女とは全く異なるものの――一種の贋者であり、そしてやはり同様の存在なのです。

 そんな二人が出会い、そしてある意味己と同じ存在である贋作の魔と対峙することによって、己自身を見つめ直し、そして互いに見つめ合う時生まれるもの……
 エディスが贋作に与えるものが救済であるとすれば、同時にそこには彼女自身の、彼女とサミュエルへの救済がある――そんな物語構成が、本作に豊かな味わいを生み出しているのであります。


 全てを知る敵の企てに、二人がほとんど何も知らされぬまま(そしてそれは読者も同様なのですが)翻弄されるという物語展開には違和感を感じないでもありません。日本刀と日本の呪法を操るサミュエルにもやり過ぎ感はあります。

 しかし――本作で描かれる異形の存在と、それに対して、そして二人に対して与えられる救済の形は、何よりも魅力的に感じられることは間違いありません。是非とも続編を読みたい作品であります。


『ネガレアリテの悪魔 贋者たちの輪舞曲』(大塚已愛 角川文庫) Amazon
ネガレアリテの悪魔 贋者たちの輪舞曲 (角川文庫)


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2019.05.11

碧也ぴんく『星のとりで 箱館新戦記』第3巻 「平時」の五稜郭と揺れる少年の心


 北の大地に希望を求めた土方歳三ら、旧幕府軍の男たちを描く『星のとりで』も巻を重ね、これで第3巻であります。松前藩を打倒し、箱館を占領した旧幕府軍。一時の安らぎを取り戻した中、土方の傍らでその戦いを目撃してきた幼い新選組隊士も運命の岐路を迎えることに……

 新政府側との苦闘の末、ついに蝦夷地に上陸した旧幕府軍の面々。しかしそこに至るまでの犠牲は決して少なくはありません。

 北に向かう旅の途中で交誼を結んだ元唐津藩の若君・胖は戦死し、そして旅の当初からの仲間であった良蔵が病で脱落、そして今度は馬之丞が何者かに捕らわれ――と、数々の別れを経験することになった市村鉄之助と田村銀之助。
 戦いの現実や、政治の力学――決して甘くはない現実と否応なしに直面せざるを得ない少年たちですが、それでも刻一刻と状況は変化していくことになります。

 ついに五稜郭に入り、蝦夷地に新国家を樹立した旧幕府の面々。軍ではなく(事実上の、というただし書き付きとはいえ)国家になったということは、とりもなおさず戦い以外に行うべきことが幾つもできたということであり――陸軍奉行並とはいえ、土方もまた、戦場とは別の場所で力を振るうことになります。
 そして彼に小姓として仕えてきた鉄之助と銀之助もまた。

 自分から離れて新たな道を歩めという土方の言葉を受け容れる銀之助と、困惑する鉄之助。それでも土方の近くに在ろうとする鉄之助の決断は……


 物語の始まりから、土方たち「大人」の戦いの姿を、鉄之助や銀之助たち「少年」の視点から描いてきた本作。ある意味その戦いも一段落したこの巻においては、その視点も、新たなものに向けられることになります。

 それは言ってみれば「平時」の五稜郭の姿。その最期の姿があまりに鮮烈であっただけに、戦時の印象ばかりが残りますが、かつて蝦夷地に生まれたもう一つの国が、どのように国であろうとしたのか――少年の視点で描かれたその姿は、我々が見ても新鮮に映ります。

 もちろん、その大きな変化に対して、ついていけない者がいるのも事実ではあります。例えば前の巻で鮮烈な印象を残した胖の唐津藩のように、藩としての立場からこの戦いに参加した者たちにとって、新たな国は決して居心地が良いものではなかった――というのはなかなか興味深い視点であります。

 そしてその流れに巻き込まれた者に対する土方の言葉がまた実に格好良いのですが――しかしその土方の言葉を持ってしても、なかなか納得できないのが少年の純情というもの。なんとか土方を翻意させようとする鉄之助ですが、そこに思わぬ助っ人が現れて……


 というところで満を持して(?)登場するのが、あの隻腕の美剣士・伊庭八郎であります。
 本作においては、土方と伊庭は旧知の仲という設定。まだ江戸で暮らしていた時分につるんでバカをやっていた二人が、全く別の道を辿りながらそれぞれの節を曲げずに戦いを続けた末に五稜郭で再会する――というのは実にグッとくる展開です。

 そして本作の伊庭は、(期待通りに)明るく捌けた江戸っ子ではありますが、しかしそれだけに、彼が語る、これまで戦いを続けてきた理由は実に胸に迫るものがあります。
 そんな伊庭と鉄之助の会話の中で、それぞれにとっての「砦」の意味が語られるのが、個人的にはこの巻のクライマックスである――そう感じます。


 そしてこの巻の巻末には、その伊庭八郎と、親友である本山小太郎の姿を描く短編が収録されています。
 片腕を失い、江戸に潜伏しながらいまだ戦意を失わない伊庭と、そんな伊庭を案じる本山と――やはり「星のとりで」に集った綺羅星の一つである伊庭と、そんな星を振り仰ぎながらもついていこうとする本山の姿が印象に残る好編であります。


『星のとりで 箱館新戦記』(碧也ぴんく 新書館ウィングス・コミックス) Amazon
星のとりで~箱館新戦記~(3) (ウィングス・コミックス)


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 碧也ぴんく『星のとりで 箱館新戦記』第2巻 辿り着いた希望の砦に集う綺羅星

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2019.05.04

大塚已愛『鬼憑き十兵衛』 少年復讐鬼とおかしな鬼の、直球ど真ん中の時代伝奇小説


 日本ファンタジーノベル大賞受賞作であり、直球ど真ん中の時代伝奇小説――松山主水の息子・十兵衛が美貌の鬼の力を借りて繰り広げる仇討ちが、やがて思いもよらぬ壮大かつ壮絶な妖戦へと展開していく、キャラ良しストーリー良しの快作であります。

 寛永12年、傷を受けて療養中のところを暗殺された、細川忠利の剣術指南役・松山主水大吉。しかしその直後、下手人の浪人たちを次々と討ち果たしていく、獣じみた動きの影がありました。
 影の正体は、主水の弟子であり、そして彼が山の民の女性との間に作った子・十兵衛――今際の際の父からその真実を知らされた十兵衛は、怒りに燃えて暗殺者たちを全滅させるものの、自らも瀕死の重傷を負うのでした。

 しかし、死闘の場である廃寺に残されていた干からびた僧の死体に十兵衛の血がかかった時、驚くべきことが起きます。
 実はその死体と思われたものこそは、力を封じられ倒れていた強大な鬼。人間離れした美貌を持つ大悲と名乗る鬼は、十兵衛の血で復活できた礼にと彼の傷を治し、彼が死ぬまで憑くと言い出すではありませんか。

 人の血肉を喰らうことにより相手の記憶を読む大悲の力によって、暗殺者たちの記憶を辿り、関係者を次々と暗殺していく十兵衛。
 しかし十兵衛は、やがて父の死が単なる兵法上の遺恨によるものではなく、背後に細川家で隠然たる力を振るう「御方さま」なる存在が潜むと知ることになります。

 さらに潜伏していた山中で、相討ちになったような人々の奇怪な死体と、彼らが運んでいた長持ちの中に入れられていたと思しき金髪碧眼の少女に出くわした十兵衛。
 顔に傷をつけられ、声を失ったその異国の少女を余計なお荷物と知りつつも助け、紅絹と名付けた十兵衛は、彼女を故郷に帰すことを誓うのですが、紅絹の存在は彼自身の復讐行にも絡むことに……


 と、復讐ありバディあり御家騒動ありボーイミーツガールありと盛りだくさんの本作。
 まず事の発端が松山主水――実在の人物でありながら、その二階堂流平法・心の一方など奇怪な逸話には事欠かない剣士――の暗殺という「史実」の時点でニッコリとさせられますが、その先の物語も、一切出し惜しみなしの波瀾万丈としかいいようのない展開なのに目を奪われます。

 そしてそれに加えて、その物語で暴れ回る主人公二人のキャラクターが実に楽しいのであります。
 山の民に育てられ、師(実は父)に剣を叩き込まれた復讐鬼という、ほとんど外の世界を知らない戦闘マシンのような存在ながら、妙に素直で純情なところを持つ十兵衛。
 見かけは絶世の美形ながら、人間を遙かに超える生命力と魔力を持つ鬼であり、それでいて妙に人なつっこい大悲。
(己の影を操って死人を喰らう力を持ちながらも、本当の好物は年月を経た器物(に宿る魂)というのもまた実に愉快なのです)

 人間と人外のバディものというのは珍しくはありませんが、しかし本作の二人は――特に「鬼」とは裏腹な大悲の飄々としたキャラがあって――その噛み合い方、いや噛み合わなさが、決して明るくはない物語を彩るアクセントとして機能しているのであります。


 しかしそれだけでなく、本作の真に優れた点は、作中に溢れるガジェットと、スケール感の巧みな制御にあると感じます。
 実のところ、伝奇もので物語のスケールを大きくすることは(大風呂敷を広げることによって)さまで難しくはないのでしょう。しかしそれを物語の構成要素と物語展開に見合った形で描こうとすれば、話はまた別であり――それを出来ている作品こそが、優れた伝奇小説と呼ばれるのではないでしょうか。

 本作は、松山主水の死から始まり、そこから、大悲の登場や紅絹との出会い、そして黒幕の正体と陰謀――と、物語のスケールは加速度的に広がり、そして内容も現実を(まさしく「ファンタジーノベル」の名にふさわしく)離れていくことになります。
 しかしその流れは同時に、物語の構成要素と破綻を来すことなく、首尾一貫した十兵衛自身の――彼の戦いと成長の――物語として成立しているのであります。本作は作者のデビュー作とのことですが、それでこのクオリティとは――と驚くほかありません。


 正直なところ、大悲の存在など序の口の、中盤以降の波瀾万丈な展開故に、物語の内容に触れられないのが残念なのですが、しかし本作の面白さには太鼓判を押すことができる――そして作者のこの先の作品が楽しみになる、そんな作品であります。

(そして読み終わった後、ぜひ裏表紙に目を向けていただければ――と思います)


『鬼憑き十兵衛』(大塚已愛 新潮社) Amazon
鬼憑き十兵衛

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2019.04.17

赤神諒『神遊の城』 甲賀鈎の陣に展開する驚天動地の忍法、そして自由と秩序の物語


 大友家を題材とした三作品を矢継ぎ早に送り出して斯界の注目を集めた赤神諒が、室町時代を舞台に、忍者を題材として描いた本作『神遊の城』。いわゆる甲賀鈎の陣を舞台としつつ、驚天動地の忍術を描く、全く先が予想できない奇想天外な物語です。

 応仁の乱の混乱冷めやらぬ中、九代将軍義尚が六角高頼討伐のために近江に親征した長享の乱。大軍を率いた義尚の慢心、それと裏腹の諸将の志気の低下等により、勢力では遙かに勝る幕府軍は六角家を滅ぼせず、それどころか義尚が陣没するという、足利将軍家の凋落を象徴するような戦いです。

 しかし時代ものファンにとってこの戦はまた別の意味を持ちます。それは、その中で甲賀忍びが大活躍し、彼らが歴史に名を残した戦いであったことであります。
 甲賀に逃れた高頼を迎え入れた甲賀の地侍たち。彼らはゲリラ戦によって散々幕府軍を悩ませ、ついに撤退に追い込んだ――それは甲賀の歴史に燦然と輝く勝利であります。

 本作の主人公は、その甲賀忍びの若きリーダー格である三雲新蔵人。伝説の忍術・神遊観を体得したという彼は自分を慕う異父妹のお喬らとともに、義尚暗殺のために陣中深く潜入することになります。
 しかし将軍に肉薄したものの、そこで凄腕の武士にして元伊賀の忍び・藤林半四郎に強烈な反撃を受けた末、新蔵人はお喬らを逃すために壮絶な自爆をして果てることに……

 全体のまだ二割程度で主人公が爆死、という衝撃の展開に愕然とする間もなく、続いて描かれるのは、その半四郎に密かに心を寄せる義尚の愛妾・煕子の視点からの物語。
 京兆家の重臣たる異母兄によって政略の道具として送り込まれた彼女にとって、唯一の支えは、兄に仕える半四郎のみ。しかしやがて彼女は、お飾りの将軍として扱われる義尚もまた、自分と同様の存在と気づきます。

 やがて義尚と真に心を通わせるようになった煕子。義尚を支え、将軍の権威を取り戻したい――しかしその希望を打ち砕くような出来事が、彼女を襲うことになります。
 一方、幕府軍に対して甲賀方が懸命のレジスタンスを繰り広げる中、窮地に陥ったお喬の前に現れたのは……!


 と、こうして内容を紹介してもよさそうなのは、この前半部分のみ。この先の展開はどんでん返しの連続、驚天動地という言葉が最も相応しい内容なのであります。
 特に物語の中核を成す神遊観の秘密は、もはや時代伝奇というよりSF、忍者ものというより○○○○テーマ――とでも言うべき、ほとんど空前絶後のものなのですから。

 その内容をさすがに明かすわけにはいかず、それ故その魅力を語りにくいのが本作の泣き所ですが――しかし、その奇想だけでなく、本作における足利義尚の人物像など、歴史小説としての妙にも目を向けるべきでしょう。

 応仁の乱の原因の一人であり、そしてこの鈎の陣での行状から、一般にその評価はまことに芳しからざるものがある義尚。本作における義尚像――煕子の目を通じて描かれるものも、初めはそれと変わらぬように感じられます。しかし煕子が義尚を理解していくにつれて、本作の描く義尚像もまた、大きく変化していくことになります。
 そこに在るのは、自分にはどうにもならぬ力に流されながらも、なおも理想を貫こう、取り戻そうとする人間の姿。それは作者がこれまでに描いてきた、そして我々の心を動かしてきた人々の姿と、重なるものがあると言えるように感じられます。

 しかし本作は、さらにその先を問いかけることになります。果たして義尚の取り戻そうとしたものが、言い換えれば幕府による秩序が、果たして正しいもの――時代とそこに生きる人々に求められたものであったか、と。

 本作で敵味方に分かれ、激しく相争う半四郎と新蔵人。半四郎が、己が汚れ役となってまでも幕府による秩序を望む者だとすれば、新蔵人は、一見絶望的な戦いであっても甲賀の自由を望む者であります。
 その姿は、衰退していく幕府の姿と勃興する下克上の気風を映すと同時に、いつの時代も変わらぬ、秩序と自由の関係性を描いたものであると言えるように感じられるのです。
(そして新蔵人と半四郎を結ぶ奇しき因縁の正体を思えば、その関係性はさらに大きな意味を持つと感じられるのですが……)


 もっとも、そんな構造が災いしてか、終盤の展開――神遊観を巡る因縁譚は複雑になりすぎた印象もあり、もう少しスパッと終わっても良かったのではないか、という気がしないでもありません。
 しかしそれでもなお、本作が、作者一流の歴史を描く視線と、ジャンルを超えた奇想を両立させてみせた、希有の作品であることは間違いないのであります。


『神遊の城』(赤神諒 講談社文庫) Amazon
神遊の城 (講談社文庫)

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2019.03.31

『決戦! 賤ヶ岳』(その二) 八番目の七本槍の姿


 『決戦!』シリーズ第7弾『決戦! 賤ヶ岳』の紹介の続きであります。今回は、奇しくも加藤嘉明と七本槍になり損ねた男・石川兵助を巡る二編を中心に取り上げます。

『権平の推理』(乾緑郎):平野長泰
 賤ヶ岳の戦前夜、秀吉の陣で起きた、石川兵助が正則と喧嘩騒ぎ。喧嘩の末に己の兜を叩きつけて去った兵助は、翌日兜を被らず出陣し、死に急ぐように柴田軍の猛将・拝郷五左衛門に単騎で挑み、討たれてしまうのでした。
 前の晩、中間の報で喧嘩騒ぎの場に駆けつけたものの、何故喧嘩が起きたのか誰も語らず、戸惑う権平(長泰)。しかし彼が後に知った思わぬ真実とは……

 ミステリ作家としても活躍する作者らしく、長泰を探偵役として描かれる一種のミステリである本作。兵助がこの戦で拝郷五左衛門に討たれ、七本槍になり損ねたのは、本書でも何度も描かれる史実ですが――いやはや、その背後にこのようなとんでもない「真実」を描いてみせるとは、脱帽であります。

 ただ一つ残念なのは、本作が兵助を描く物語の側面が強く、長泰の影が今一つ薄いこと。それはそれでらしいと言えなくもありませんが……


『孫六の刀』(天野純希):加藤嘉明
 かねてより戦場での武功を挙げることによって立身出世することを望みながらも、なかなかその機会を与えられず、逆に周囲から窘められるばかりの孫六(嘉明)。
 そんな彼にとって、賤ヶ岳の戦は千載一遇の好機――敵の中でも最強と名高い拝郷家嘉を討たんと焦る孫六ですが、しかし敵はあまりに強い。数少ない理解者である石川兵助までが討たれた時、彼が気付いたものとは……

 前回述べた通り、七本槍の中で大きく立身を遂げた一人である嘉明。本作はその嘉明を、狷介で独断専行のきらいのある武者として描き出します。
 しかし彼を含めた秀吉の小姓たちは、いわば幹部候補生。単なる槍働き以上のものが求められることを理解できない嘉明は、そのギャップに足掻くばかりなのですが――しかし物語は、そこから生まれ変わる嘉明の姿を、鮮やかに描き出します。

 そこに浮かび上がるのは、一人きりの武士・嘉明ではなく、七本槍の一人としての嘉明。実は本書では比較的ネガティブに描かれることの多かった「七本槍」という存在を、一つの絆の象徴として明るく鮮やかに描いてみせた本作は、掉尾を飾るにふさわしい作品と感じます。

 そして本作のもう一人の主役は、八番目の七本槍と言うべき兵助。彼と嘉明の絆が実にいいのですが――先に紹介した『権平の推理』(乾緑郎)と正反対の関係性なのを、何と表すべきか……


 その他の作品――『槍よ、愚直なれ』(木下昌輝)は、想い合った娘と引き裂かれた悲恋を軸に、加藤清正を描くという視点の妙が光る作品。
 フィクションでは荒武者として描かれることがほとんどの清正ですが、本作はそれとはひと味違う、人間の血の通った清正像を描くことに成功しています(そしてそれとは正反対の非人間的な秀吉・三成像もまた作者らしい)。

 『器』(土橋章宏)は、大坂の陣の直前に豊臣家を裏切ったことで悪名を残す片桐且元の物語。色と欲に動かされる且元の俗物ぶりには共感できませんが、終盤で描かれる思わぬ伝奇めいた展開と、そこからさらにひっくり返してみせるラストにはちょっと驚かされました。

 『ひとしずく』(矢野隆)は、これまた荒武者としての印象が強い(本書の収録作の大半でもそんな描写の)福島正則の、酒と戦に明け暮れた人生を巧みに切り取ってみせた一編。
 賤ヶ岳以降の彼の人生に焦点を当て、豪快ながら悩み多き生を送った彼の老いたる姿が切なく胸に残ります。


 というわけで、賤ヶ岳に青春を燃やした若武者たち、あるいは燃えた後の生を生きる元・若武者たちの姿を描いた本書。
 今回は執筆陣がデビュー10年以内の作家で固められているのは、その若武者たちの姿を意識したものでしょう。作家陣のチョイスも含めて、いかにも『決戦!』シリーズらしいユニークな試みに満ちた一冊であります。


『決戦! 賤ヶ岳』(天野純希ほか 講談社) Amazon
決戦!賤ヶ岳


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2019.03.21

操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その四) 朝松健


 気鋭の歴史時代小説家集団・操觚の会のアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』の紹介もこれで最終回。今回ご紹介するのは、ある意味本書で唯一の伝奇プロパーとも言うべき朝松健の作品であります。

『夢斬り浅右衛門』(朝松健)
 というわけで、本書でほぼただ一人、発表する時代小説がほとんど全て伝奇ものである作者。そして当然本作も、作者のライフワークであり、最近刊行された『朽木の庭』のように、室町ものと思いきや――作者がかつて『異形コレクション』で、全く無関係に見えるテーマから次々と時代伝奇の佳品を生み出していたのを思い起こさせるような、そんな「秘宝」譚でありました。

 江戸の香具師の元締め専属の殺し屋として、五十人近い人間を始末してきた鋭二郎。その彼が新たに的として狙うことになったのは、首斬り役人・四代目山田浅右衛門吉寛でした。
 しかし殺しの技も全く及ばず、死を覚悟した鋭二郎に対して、彼の鋭二郎の幼かった頃の記憶を言い当てる浅右衛門。実は浅右衛門は、他人の心に共鳴し、その内奥を見る力を持っていたのであります。

 その浅右衛門に、内なる善心の存在を指摘され見逃され、元締めからの制裁を逃れるため江戸を離れ、各地を転々とすることとなった鋭二郎。
 そして旅の果て、元締めからの追っ手もようやく撒いたと安心した彼は、ふとしたことから知り合った浪人とその幼い娘、二人と旅することになります。そんな鋭二郎の心には、これまでなかったような安らぎが訪れるのですが……


 ノワールものを愛好し、これまでもその味わいを取り込んだ作品を描いてきた作者。江戸の暗黒街に生きる男を主人公とした本作は、そうした作品の一つとも言えるでしょう。
 本作は、そこに、強力なエンパシーの持ち主である浅右衛門という伝奇的な存在を落とし込むことにより、異形の人情譚とも言うべき味わいを生み出した物語。残酷すぎる生を生きた男が手にした「秘宝」――その温かさが刺さります。


 というわけで、この朝松健の作品だけでなく、全九編のうち、どれ一つとして似たところのない、非常にバラエティに富んだアンソロジーである本書。その多様性は、操觚の会の最初のアンソロジー『幕末 暗殺!』を上回ると言っても過言ではないと感じます。

 そしてその多様性の源について、朝松健は本書の序文において、かつて編纂した伝奇時代小説アンソロジー『伝奇城』において故えとう乱星と語った、「伝奇とは何か」という問いかけについて述べています。
 その内容については、是非実際に読んでいただきたいのですが――ここにあるのは紛れもない伝奇ものへの「愛」であり、同じ問いかけを日々念頭においている私のような人間にとっても、素晴らしい答えであると感じられます。

 そして作者の作品はもちろんのこと、本書の作品はいずれもその多種多様な「愛」の形を描いたものと――そう言うことができるのではないでしょうか。
 そしてその「愛」こそが「秘宝」である――と言ってしまうのはさすがに気恥ずかしいのですが、しかし、同じ伝奇ものへの「愛」を抱く人間であれば、是非とも本書を手に取っていただきたいと、そう願うことは許されるでしょう。

 そしてまた、新たなる『伝奇無双』の登場も……


『伝奇無双 「秘宝」』(戯作舎文庫) Amazon
伝奇無双「秘宝」 操觚の会書き下ろしアンソロジー (戯作舎文庫)


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2019.03.20

操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その三) 誉田龍一・鈴木英治・芦辺拓


 操觚の会のアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』の紹介もいよいよ佳境の第三回であります。

『三十九里を突っ走れ!』(誉田龍一)
 操觚の会の切り込み隊長というべき存在であり、イベントでは名司会ぶりを発揮する作者の作品は、戦国時代を舞台としたロードノベル。人並み優れた体格と武術の腕を持ち、数々の手柄を挙げながらも、禄高が引き合わないと主家を飛び出して文無し状態の男・与吉が、秘宝を巡る冒険を繰り広げます。

 茶店で破落戸どもを叩きのめしたのがきっかけで、源左と名乗る男に声をかけられた与吉。越前と近江の国境から、信長と対立する石山本願寺まで、あるものを輸送する源左たちの護衛をして欲しいという依頼を、与吉は二つ返事で引き受けるのでした。
 かくて道中三十九里を往くこととなった与吉と源左一行。しかし秘宝を巡り、山賊が、織田方の侍が、そして妖魔が彼らの行く先々に現れて……

 と、破天荒なタフガイ・与吉の暴れっぷりが痛快な本作。源左との凸凹コンビぶりもなかなか楽しいのですが、結末に描かれるある事実には、なるほど、と納得であります。
 その一方で少々残念なのは、妖魔たちが今一つ個性に乏しく、「強い敵」以上の存在となっていないことでしょうか。秘宝の正体とも絡めて、もう少しインパクトを持たせても良かったのでは――という印象はあります。


『享禄三年の異常気象』(鈴木英治)
 季節はずれの雪や花どころか、魚が降るなどと異様な天候が相次ぐ享禄三年の駿河国。そこで侍に出世することを夢見て戦に出ていた工藤平一郎は、空から何百枚もの明銭が降ってきたという噂を耳にするのでした。
 銭の雨の下にいたのは、自分と同姓同名の相手を討ったばかりの侍だったというのですが――その直後の戦で兜首を取った平一郎が知ったのは、何とその相手が自分と同姓同名であったという事実でした。

 そして次の戦でも、そのまた次の戦でも、自分と同姓同名の相手と戦う羽目になる平一郎。いつか自分の頭上にも銭の雨が降るのではないかと恐れる平一郎ですが……

 文庫書き下ろし時代小説家として既に大ベテランの域に入る作者ですが、江戸ものだけでなく、戦国ものも得意とするところであります。というより作者のデビュー作は、本作と同じ駿河国は今川家を舞台とする伝奇色濃厚なミステリ『義元謀殺』なのですが――しかしそんな作者の作品の中でも、本作ほど奇妙な作品はないでしょう。
 いかにも作者らしい、どこかのんびりとしたムードの文章で描かれる、何とも理不尽極まりない現象。その先に待つ、あまりにも身も蓋もない真実には、ただただ天を仰ぐほかありません。


『ちせが眼鏡をかけた由来 江戸少女奇譚の内』(芦辺拓)
 奇想に満ちた本格ミステリで大活躍する一方で、かねてより伝奇チャンバラへの愛を語ってやまなかった作者。当然本作は――と思いきや、こちらで来ましたか、と言いたくなる作者の趣味の幅広さを窺わせる一編であります。

 九戸南武家に仕える学者・江波戸鳩里斎の娘・ちせ。学問に熱中するあまり近視気味の彼女は、捻挫した父に代わり、自領内に秘蔵された古の財宝を捜し出せとの藩主からの命に挑むことになります。
 財宝が眠るという落人村に向かったちせ。しかしそこでは読本を手にした人々が宝を探し回り、さらに読本を題材にした芝居の一座まで出ているではありませんか。そんな中、父が殿から託された金属板に記された十六の文字の謎を解き明かしたちせですが……

 というわけで、少女探偵もの、少女活劇に対しても強い興味を示す作者が、江戸時代を舞台にそれを描いてみせた本作。実は本書でも数は多くない「宝探し」という王道の題材を用いつつ、そこに暗号ミステリの要素を投入してみせるのも、また作者らしいところであります。
 しかし本作の魅力は、彼女を非力な少女として侮る大の男どもに対して、知恵と勇気で互角以上に渡り合うちせの姿であります。副題を見れば、シリーズ化への意欲が窺われる本作。ぜひ、江戸の眼鏡っ娘少女探偵の活躍を見てみたいものです。


 長くなりましたが、次回で紹介は最終回であります。


『伝奇無双 「秘宝」』(戯作舎文庫) Amazon
伝奇無双「秘宝」 操觚の会書き下ろしアンソロジー (戯作舎文庫)


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2019.03.19

操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その二) 早見俊・秋山香乃・新美健


 気鋭の歴史時代小説家集団・操觚の会のアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』の収録作品紹介、その二であります。

『帰雲の童』(早見俊)
 戦国時代末期、一夜にして山崩れに消えた帰雲城。仕官を願ってきた元高山藩の山林奉行・大槻から城に眠る莫大な財宝の噂を聞いた柳沢保明は、配下の山師・山鹿に探索を命じるのでした。
 高山の百姓たちから、山中に一人暮らす少年・与助が山の神の城の在処を知ると聞き出した大槻と山鹿。与助の案内で山中に踏み込んでいった彼らの一行は、しかし一人また一人と、無惨な死を遂げていくことに……

 大地震によって城一つが山に飲まれたというインパクト、そして現代に至るまでその正確な位置が不明のままであり、おまけに城には埋蔵金が――と存在自体が実に伝奇的な帰雲城。
 本作はその伝説の城を題材としつつも、秘宝を求める者たちが次々と惨殺されていく――という、ホラーめいた展開が印象に残ります。

 正直なところ、タイトルといい冒頭の文章といい、どう見ても怪しいのは一人なのですが――そこから一ひねりして本当に恐ろしいものの存在を描く物語は、定番ではあるものの、因縁譚めいた複雑な後味を残します。


『ヤマトタケルノミコト 予言の章』(秋山香乃)
 本書の中でも最も過去の時代を舞台とすることは、そのタイトルからも明らかな本作。誰もが知る神話の時代の英雄ヤマトタケル――しかし本作はいささか意外な角度から、その英雄にアプローチしていくことになります。

 ヤマトを支配するスメラギの皇子として、兵や民衆から絶大な支持を受ける黒皇子ことオオウス。しかしスメラギは自分の後継者たる日嗣皇子として、オオウスの弟・オウスを選び出します。
 その矢先に平和だったヤマトに魔物が現れ、さらにうち続く異常な日照り。周囲から疑いの目を向けられるようになったオウスに、二人の兄である神官クシツヌは意外な言葉を告げます。オウスこそはヤマトを救う英雄であり、そのためにはオオウスを殺さねばならないと……

 クマソの王・タケルを討ち、その名を取ってヤマトタケルと名乗った英雄。その本来の名が、小碓尊であることを知る方も多いでしょう。そして神話は、彼の兄として大碓皇子、そして櫛角別王がいたことを語ります。
 言うまでもなく、本作のオウスたち三兄弟はこれをモチーフにしたもの。それだけに、物語の方も神話をなぞったものになるとばかり思いきや……

 しかしここで展開されるのは、三人の母が残した予言に翻弄される三人の若者たちの姿。予言を成就させ、ヤマトを、人を救う王を生み出すためには、愛する者を贄として差し出さねばならない――そんな運命に悩み苦しむ彼らの姿は、神話の英雄とはほど遠い、しかしだからこそ我々と等しい人間として、魅力的に感じられるのです。

 「神話」という「現実」を踏まえつつ、それを新たに解釈した「物語」を描く――本作もまた、見事に「伝奇」と言えるでしょう。


『妖説<鉄炮記>』(新美健)
 「砲術師の家宝とは、どのようなものであるか?」そんな不可思議な問いかけで始まる本作は、ある晩、人里離れた洞穴で山伏と浪人との間の問答を綴った物語。
 天狗とも噂される山伏と、破門され諸国を放浪する砲術師の浪人の間で交わされる問答は、やがて恐るべき「妖銃」を巡る物語へと変貌していくことになります。

 本書にも既に登場している「妖刀」。しかし「妖銃」なる言葉はほとんど全く聞いたことがありません。それは何故なのか――歴史の陰に蠢く奇怪な銃を巡る秘史を語りつつ、同時に鉄砲という武器の持つ本質的な異質さを語る本作は、まさしくもう一つの「鉄砲記」と言うべき物語なのです。

 デビュー作『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』において、銃を武器とする者たちの視点から武士の時代の神話的終焉を描いた作者ならではの、悪夢めいた奇談であります。


 次回に続きます。


『伝奇無双 「秘宝」』(戯作舎文庫) Amazon
伝奇無双「秘宝」 操觚の会書き下ろしアンソロジー (戯作舎文庫)


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2019.03.11

伊藤勢『天竺熱風録』第5巻 玄策という男の姿と彼の武器


 ついに始まった摩伽陀国との決戦――陰謀に巻き込まれ、仲間たちを囚われた唐の外交使節・王玄策と、ネパール・チベット連合軍の戦いはいよいよヒートアップ、緒戦は大勝利を収めたものの、まだまだ薄氷を踏む状況であります。果たして玄策たちに逆転の目はあるのか……?

 摩伽陀国の王位を簒奪したアルジュナによって投獄され、仲間たちの期待を背負って副官の蒋師仁とともに牢から脱出した玄策。苦難の末にネパール・カトマンドゥにたどり着いた彼は、ネパールの美しき猛将ラトナと、チベットの豪勇ロンツォン・ツォンポ将軍が率いる八千の兵を得て摩伽陀国に戻ることになります。
 しかしそこで待ち受けていたのは、アルジュナに加勢する異形の一団、アナング・ブジャリの一人・ヴァンダカ率いる三万の兵。これを背水の陣で迎え撃った玄策たちは、乱戦の中でヴァンダカを倒したかに思われたのですが……

 ロンツォンとの激突の最中、暴走する犀に轢かれながらも、どっこい生きていたヴァンダカ。それどころかまさかのキマイラ化――いや獣化兵化――それも違いますがまあそんな感じの大暴れであります。原作では玄策軍大勝利、で済んだこの戦いですが、何とも気を持たせてくれるものであります。

 それでも何とか勝利を収めた玄策たちですが――痛快かつ血沸き肉躍る大合戦の後に描かれるのは、玄策の意外な姿。
 いや、意外と思ったのはこちらのみ、これこそが玄策の真の姿――というべきその姿を、この勝利の直後に描き出すのは、見事というほかありません。そう、玄策は軍人でもなければ英雄でもない、一人の外交官なのですから……


 しかしそれでもまだまだ戦いは続きます。緒戦の勝利を最大限に利用して、アルジュナに揺さぶりをかける玄策。しかしそれは同時に、玄策が牢の中にいないということを知らしめてしまうことでもあります。
 牢の中では彼の従弟・玄廓が替え玉を務めているとはいえ、これはむしろ玄廓が大ピンチ――というところで、すっかり忘れかけていたあの人物が登場! そのほかにも、以前玄策を助けてくれたヤスミナやラージャシュリーたちも再登場、いよいよ「帰ってきた」という気分は高まります。

 そんな中で、アルジュナに決戦を挑む玄策ですが――その前に、師仁とともに、古今の軍略を語り合うのがなんとも楽しい。
 以前の背水の陣ももちろんその一つですが、玄策の持つ武器は外交官としての弁舌のみではなく、彼の学んだ歴史――その中で様々登場した、数々の軍略の知識もまた、彼の武器であるであることを、ここで再確認させられます。

 そしてさらに、ここである理由から絶対使えない――ここで描かれる玄策のコスモポリタンとしての態度もまたシビレる――と思われた策を、とんでもない抜け道を用意して利用してみせるのは、これも玄策の、いやこれは作者ならではの冴えでしょうか。
 さて、この決戦の行方は――これまた本作ならではの大バトル。特に前巻同様、ラトナ将軍の華麗にして苛烈な活躍には魅了されるほかなく――さすがは○○○○の頂点であります。

 しかし、配下が激闘を繰り広げている一方で、どう見てもアルジュナは大将の器ではありません。この辺り、原作ではちょっと残念なところだったのですが――しかしその辺りも本作はきっちりと埋めてきた感があります。
 この漫画版の冒頭から描かれてきたあるキャラクターの思わぬ正体が描かれ、むしろここからが真の戦いとも思わされる本作。この先に待つであろう最後の戦いと、大団円が待ち遠しい――原作を読んでいても、いや原作を読んでいるからこそ思わされる快作であります。


『天竺熱風録』第5巻(伊藤勢&田中芳樹 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon
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2019.03.07

岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第6巻 激突、鉄砲突き! そして動き続ける時代


 伊庭の小天狗こと伊庭八郎の一代記もますます快調の第6巻。攘夷浪士絡みの一件でついに命のやりとりまで経験することとなった八郎ですが、本書で彼が対峙するのはとんでもない大物。この巻の表紙を飾る豪傑――鉄砲突きの山岡鉄太郎(鉄舟)との大一番が、この巻の前半を飾ることになります。

 一人の花魁の死をきっかけに、講武所の中にまで、尊皇攘夷を叫ぶ浪士たちの集団・虎尾の会との繋がりがある者がいることが判明し、にわかに騒然となった八郎の周囲。
 事件の発端となった旗本の子弟が何者かに斬られたこともあり、浪士たちの逆恨みを警戒した八郎は、講武所を離れ、試衛館への出稽古で腕を磨くことになります。

 はたして、ある晩、芝居見物に出かけた八郎を襲撃する浪士たち。思わぬ救い主のおかげで辛うじて窮地を切り抜けたものの、初めての命のやり取りは、八郎に大きな衝撃を与えることになります。
 しかしどうやら事態も沈静化し、講武所に復帰した八郎。しかしその前に現れたのは、虎尾の会との繋がりを疑われてきた山岡鉄太郎だったのであります。

 八郎と試合を望む山岡。果たしてそれは純粋に剣を磨くためなのか、はたまた試合にかこつけて八郎の命を狙う気なのか――周囲の懸念の中、八郎と山岡の試合が始まることになります。


 後に幕末の三舟と呼ばれ、明治時代には天皇の侍従となった傑物・山岡鉄舟。玄武館に学んだその剣術の腕前は言うまでもありませんが、生来の長身を鍛え上げたその肉体は八郎とはあまりにも対照的であります。
 これまでも様々な相手と対峙してきた八郎ですが、おそらくはその中でも最も大物であり、そして最も強敵の山岡。特に分厚い板をもブチ抜くという通称・鉄砲突きを如何に攻略すればよいのか――と、ここで、前巻での試衛館での出稽古が生きることになります。

 その時から山岡との対決を予感していた八郎。自分より遙かに体格も膂力も上回る相手に、如何に挑むか――それを考えた結果、近藤や沖田と八郎は特訓を繰り返してきました。その間に浪士たちの襲撃という思わぬ事件は挟まりましたが、しかし予感通り山岡と試合うことになった八郎はそこで……
 と、それまでの力と力、力と技、技と技のぶつかり合いにも痺れましたが、そこから一転、山岡の恐るべき鉄砲突きを迎え撃つ八郎の秘策は、実に漫画的ではあるものの、しかし、これまでの伏線を踏まえて実に実に盛り上がるのであります。


 しかし、八郎が剣士として腕を磨く間も、時は流れ続けます。それも、大きな事件を伴って。この巻の後半で描かれるのは、そんな事件の数々と、八郎の生涯を決定付けた出会いであります。

 黒船来航以来、外交――攘夷を巡って険悪な関係にあった幕府と朝廷。その雪解けの第一歩として京から江戸に下向してきたのが、かの皇女和宮であります。
 そしてその和宮を迎えたのは、第十四代将軍家茂。その家茂直衛として新たに設けられた奧詰に父が任じられたことをきっかけに、八郎も初めて江戸城に登城し、そこで家茂と対面することになります。そして八郎の目に映った家茂は……

 これが実に理想的な君主像。果たして実際の家茂がこれほどの人物であったかはわかりませんが、しかし少なくとも本作では、八郎ほどの侍が心酔する主君であることは間違いありません。
 そしてそんな人物だからこそ、混迷に向かいつつあるこの時代を治めてほしい、という気持ちにさせられるのですが――しかし史実は非情というほかありません。

 繰り返された要人襲撃に右往左往するばかりの幕府、勢力伸張を狙う西国諸藩、そして増長する攘夷浪士たち。その状況を本作は庶民の視点を含めて、様々な角度から――相変わらず突然文字(台詞)が増えるのが困り者ですが――浮かび上がらせます。

 その果てに起きた二つの大事件が、この巻のラストで描かれることになります。まもなく八郎の、そして若者たちのモラトリアムが終わる。そんなことを予感させながら、この巻は幕となるのですが……

 その最後の最後にまた面倒な人物が登場。どう考えてもソリの合いそうにないこの人物を前に、八郎はどう動くのか――次の巻は、いきなり不穏な状況から始まることになりそうです。


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MUJIN -無尽- 6 (6巻) (ヤングキングコミックス)


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