2018.09.12

芦辺拓『帝都探偵大戦』(その三) 探偵たちの本質と存在の意味を描いた集大成


 芦辺拓による夢の探偵クロスオーバーの紹介の第三回、最終回であります。探偵小説ファンであれば垂涎の内容である一方で、個人的には不満点もあった本作、しかし本作にはそれを上回る魅力が……

 と、前回は私にはしては珍しく色々と厳しいことを申し上げましたが、しかしそれでもなお、本作が魅力的な、そして何よりも時代性というものを濃厚に漂わせた作品であることは間違いありません。
 いわゆるクロスオーバーものとしての楽しさに留まるものではない本作の魅力、本作の真に優れたる点――それは、こうした数々の探偵たちの活躍を通じて、その時代ごとの探偵の概念、その存在する意味を問い直している点にこそあると、私は感じます。

 科学捜査の概念も、それどころか近代的な法も警察制度もなかった時代に、目に見えぬ真実を解き明かすことによって悪事を暴き、正義を行う存在として登場する「黎明篇」。
 個人の犯罪は表向き存在しないこととなり、探偵が国事に関わることによってのみ認められる時代に、その国家による巨大な犯罪とも言うべき行為に最後の反抗を見せる黄昏の存在として描かれる「戦前篇」。
 輝かしい民主主義と自由の象徴、そして戦後の新たな時代の象徴であると同時に、その時代の光に取り残され、闇の中に苦しむ人々を救う存在として、復活した勇姿を見せる「戦後篇」。

 同じ「探偵」と呼ばれる存在であり、推理によって謎を解き、悪と戦う姿は同じであっても、その立ち位置――社会との関わりは、このように大きく異なります。
 先に同じような構成が続くと文句を言った舌の根も乾かぬうちに恐縮ですが、実にこの構成の繰り返しは、この差異をこそ描くためのものではなかったか、というのは言い過ぎかもしれませんが……

 そして、こうした探偵の姿は、時代時代における「理性」の――より巨大な存在に対する人間個人を支えるものとしての――存在を象徴するものであると感じられます。

 現代的な合理精神が生まれる前の萌芽の姿、全てが巨大な時代の狂気の前に押し潰されていく中で懸命に抗う姿、そして輝かしい新たな時代の中で再生し、時代を切り開く姿……
 探偵は推理によって謎を、すなわち一種の理不尽を解決する存在であると同時に、歴史の中の理不尽に挑む人間の理性の象徴、さらに言えば証明であると、本作は高らかに歌い上げていると――そう感じます。

 そしてその中で、そんな探偵を、理性を押し潰していく時代と社会のあり方に、強く批判的な眼差しを向ける骨っぽい「社会派」(という表現は怒られるかもしれませんが)ぶりが浮き彫りとなっているのも、好ましいところであります。


 作者の愛する探偵たちをこれでもかと集め、そして作者一流の技でもって探偵たちを生き生きと動かし、そしてそれを通じて探偵たちの本質を、存在の意味を描く。
 もちろん賑やかで豪華なお祭り騒ぎであることは間違いありませんが、しかし決してそれだけでは終わるものではなく、本作は極めて作者らしい、意欲的で挑戦的な作品なのであります。
(というより、探偵の本質を描くためのサンプルとしても、これだけの探偵の数が必要だったのではないか――とも感じます)

 先に述べたように個人的に不満な点はあるものの、それらも含めて、現時点の――作家生活30年も間近となった――作者の集大成と言うべき作品であることは間違いありません。


『帝都探偵大戦』(芦辺拓 創元クライム・クラブ) Amazon
帝都探偵大戦 (創元クライム・クラブ)

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2018.09.11

芦辺拓『帝都探偵大戦』(その二) 野暮を承知で気になる点が……


 登場探偵数50人の夢のクロスオーバーの紹介の第二回であります。作者ならではの魅力に溢れた物語ではありますが、しかし……

 しかし、いささか厳しいことを申し上げれば、賞賛すべき点だけではないのもまた、事実ではあります。

 例えば、物語の構成。次々と登場する探偵たちがそれぞれ謎と怪事件に遭遇し、その次の探偵が、そのまた次の探偵が――と連鎖を続け、終盤になってそれが一つの巨大な事件の姿を現し、探偵たちが悪と対決して真相を明らかにする……
 その構成が三つの物語でほとんど全く変わらないのは――もちろんその内容は様々であり、そして複数回繰り返されるのを除けば、この展開自体が探偵ものの定番ということを差し引いても――続けて読んだとき特に、厳しいものがあると言わざるを得ません。
(しかしこの構造こそが――というのは後ほどお話いたします)

 そしてこれはクロスオーバーものの宿命ではありますが、登場する探偵のチョイスにも、いささか首を傾げるところがあります。

 まず気になるのは横溝作品の少なさ。金田一耕助はこれまで幾度も活躍してきたから良いとしても、その分ほかの横溝探偵が登場してもよいのではないかと思います。例えば何故か五大捕物帖で唯一登場しなかった人形佐七、もう一人の横溝探偵たる由利先生と三津木俊助……
 特に後者は、「戦後篇」で大きな位置を占める少年探偵役として御子柴進もいるだけに、登場しなかったのが残念でなりません(山村正夫のリライトネタも入れられるのに……)。

 そしてまた、本作で「戦争」が大きな意味を持つのであれば、坂口安吾は欠かせなかったのでは、と個人的には思います。結城新十郎は時代設定が合わないとしても、巨勢博士などキャラクター的にも、他の探偵と絡めれば実に面白かったのでは、と感じます。
 もちろんこの辺りは許可の関係など色々と事情があることは容易に想像ができるところであり、素人が軽々に口を出せるものではないところではありますが……


 が、野暮を承知で個人的に最もひっかかったのは(そして言わないわけにはいかないのは)黎明篇の顔ぶれです。
 ここに登場した探偵たちの大半は江戸時代後期から幕末にかけて活躍した捕物帖ヒーローなのですが、その中でむっつり右門のみは江戸時代前期で、これはどうしても重ならない。銭形平次のような例があるので一概には言えませんが、やはり矛盾ではあります。

 これが五大捕物帖の主人公を揃えるため、というのであれば納得ですが、上述の通り人形佐七がいないわけで、これはやはり大いに首を傾げてしまうところであります。
(これはあとがきにある「キャラクターと時代との関係をシャーロッキアン的に厳密には詰めないということ」とは、その例示を見れば別の次元の問題とわかります)

 正直なところ、これが他の作家であれば、ああお祭り騒ぎだから――とスルーしてしまうのですが、ここでネチネチと絡むのは、作者であれば何か理由があるに違いない! とこちらが期待していたゆえ。
 何しろ異次元でもスチームパンクでもロストワールドでも、きっちりと整合性をつけてくれたのだからきっと――と勝手に思いこまれたのは、これは作者にとっては災難かもしれませんが……

 しかし本来であれば異なる世界に属する者たちが集うクロスオーバーものにおいては、その世界観と設定、すなわち元の作品の「現実」との整合性が大きな意味を持つ――その意味でクロスオーバーものは時代伝奇的である、というのはここではおいておくとして――のは間違いない話。
 何よりも一連の金田一VS明智ものでそれを体現してきた作者であれば、そこは実現して欲しかった、というのは強く感じます。

 もっともこの辺りは、文字通り「黎明」の語が示すとおり、いまだ「推理」も「探偵」も明確に存在しない、現代の探偵たちの時代と対比しての近代以前のプレ探偵時代として、一括りにしているのだということはよくわかります。
(江戸時代前期が舞台だからミステリとしての構造が甘く、幕末だからしっかりしている、というわけではもちろんないわけであります)

 また、発表年代と作中年代が極めて近い、いわばリアルタイムの作品であった戦前篇と戦後篇の原典とは異なり、黎明篇の作品は、明確に過去を振り返る物語であり、その点では等しい世界に存在しているとも言えるのですが……


 と、言いたい放題のところで恐縮ですが、次回に続きます。


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帝都探偵大戦 (創元クライム・クラブ)

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2018.09.10

芦辺拓『帝都探偵大戦』(その一) 夢の探偵オールスター戦!


 これまで無数に生み出されてきた「探偵」――そんな探偵たちの競演を夢見ないファンはいないでしょう。そして本作はその夢の正しく具現化した作品――江戸時代を、戦前を、戦後を舞台に推理を巡らせ、事件を解決してきた探偵たち実に50人が集結する一大クロスオーバーであります。

 ……いやいやいや、確かにそれは探偵小説ファンの夢ですが、幾ら何でも無理ではないか、と思う方もいることでしょう。しかしここで作者の名前を見れば納得していただけるのではないでしょうか。
 芦辺拓――これまで数々の本格推理小説を、それもそれ自体が不可能ではないかという設定や状況の下で成立してきた、そして何よりも、『金田一耕助VS明智小五郎』シリーズを代表に、数々の名探偵競演ものを発表してきた作家の名を見れば。

 そして本作は冒頭に述べたとおり、「黎明篇」(江戸時代篇)「戦前篇」「戦後篇」と、三つの時代それぞれで活躍した探偵たちが、相次ぐ謎の事件に挑み、協力して解決するという趣向のいわば連作集という豪華三本立て。

 二度刺された死体に消えた化け猫娘、謎の軽業盗人におかしな時の鐘、悪党たちが集まる怪屋敷、土砂が詰め込まれた棺桶――不可解な、時には事件なのかすらわからぬ謎に対して、三河町の半七、銭形平次、顎十郎、若さま侍、むっつり右門ら江戸時代に於ける隠れたるシャアロック・ホームズたちが挑むプロローグ的な位置づけの「黎明篇」。

 内蒙古の古都から帝大の探検隊が持ち帰ったという謎の秘宝――輝くトラペゾヘドロンをナチスが要求してきたことに始まり、帝都のど真ん中でカーチェイスを繰り広げた車が消失、麻布のホテルでは密室で口にミカンの皮を詰め込んだ男の死体が発見されるなど続発する奇怪な事件。
 さらには帝室博物館の金庫からトラペゾヘドロンが消失し、政府の要人たちが皆何者かとすり替わっているという恐るべき事件が発覚、さらに――と、第二次大戦直前、帝都を揺るがす奇怪な陰謀に、法水麟太郎と帆村荘六を中心とした探偵たちが挑む「戦前篇」。

 そして、法医学徒時代の神津恭介が遭遇した無惨に体中の前後を入れ替えられた「あべこべ死体」、明智不在の中で八剣産業の後継者のあかしである錠前を守らんと奔走する小林少年を襲う奇禍と、戦後の東京でも怪事件が続発。
 さらに衆人環視で絞殺された男、新聞社で少女探偵を襲う謎の怪人、そして大阪・広島・佐賀で発生した同じ凶器による密室殺人――東京のみならず日本各地で起きる数々の事件の謎を、警視庁捜査一課の名警部集団、各地から集結する探偵たち、そして新時代の少年少女探偵が解き明かす「戦後篇」。

 ……いやはや、探偵と探偵を競演させるだけでも大仕事なところを、三つの時代で総勢50人の探偵、さらにワトスン役も含めれば(そして名前だけ登場するキャラや敵役も含めれば)さらにその人数は膨れ上がるという、とんでもないスケールの本作。
 もちろん古今東西の名探偵を集合させるという試みは本作が初めてというわけではありませんが、しかしこれだけの人数は空前絶後と言うほかありません。

 しかもそれぞれの探偵に相応しい謎を用意し、そしてそれを全体で一つの本格ミステリとしてきっちりと成立させる――そんな考えただけで気が遠くなるようなことを実現してみせる手腕の、そして何よりも情熱の持ち主は、作者をおいて他にはいないでしょう。

 そして探偵小説においては、謎解きだけでなく、探偵自身の個性もまた大きな魅力であることを考えれば、その描写も欠かすわけにもいかないわけですが――しかしその点もぬかりはありません。
 ああ、「この探偵であれば絶対こんなこと言う!」と膝を打ちたくなるような言動の数々にはニヤニヤさせられっぱなしになること請け合いであります。
(それぞれの探偵の活躍場面では文体までも原典に合わせて変えてみせるのですから頭が下がります)

 特に「戦前篇」冒頭、お馴染みの熊城・支倉コンビから、輝くトラペゾヘドロンの存在を聞かされた時の法水麟太郎の台詞は最高で、是非この場面だけでもご覧いただきたい名場面であります。


 しかし――と、非常に長くなりますので次回に続きます。


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2018.09.06

伊藤勢『天竺熱風録』第4巻 ついに開戦! 三つの困難と三つの力


 天竺・摩伽陀国で展開する陰謀に巻き込まれた唐の外交使節・王玄策の奇想天外な活躍を描く本作もいよいよ佳境。牢を脱出し、苦難の末にネパールとチベットの援兵獲得に成功した玄策は、ついに摩伽陀国に再び戻ってきたのですが――しかし本当の戦いはこれからであります。

 数年ぶりに訪問した摩伽陀国で、先代王の死に乗じて王座を簒奪したアルジュナによって理不尽にも捕らえられた玄策と唐の使節団。副官の蒋師仁と二人で牢を脱出した玄策は、仲間たちが時間を稼ぐ間に苦難の旅を続けネパール・カトマンドゥに到着、お得意の交渉術で、ついに援兵の獲得に成功します。
 さらにネパールを訪れていたチベットの兵までも加え、一路摩伽陀国に戻る玄策ですが――もちろん、この先には更なる苦難が待ち受けていることは言うまでもありません。

 確かに、美しくも勇猛な(そして兵に絶大な人気を誇る)ネパールのラトナ将軍、そして剛力と巨躯を誇るチベットのロンツォン・ツォンポ将軍という、対照的ながらもどちらも頼もしい味方を得た玄策。
 ほとんど無一物の状態から考えれば、天佑とも言うべき援兵ですが、しかしその数は八千――摩伽陀国という一国を相手にするには何とも心許ない数です。

 しかも、山岳や森林といった環境では無類の強さを発揮するネパール/チベットの兵ですが、摩伽陀国周辺は見渡す限りの平原。さらに、アルジュナには異能・異形の一団、アナング・ブジャリ――地祇を崇める謎に満ちた集団が味方についているのです。

 そしてたどり着いた国境で、早くも玄策たちは、この三つの困難と対峙することになります。そう、ここで待ち受けていたのは、アナング・ブジャリ出身の将・ヴァンダカ率いる三万の遊撃隊との大平原での戦いだったのであります……


 というわけで、緒戦からいきなり厳しい戦いを強いられることとなった玄策と仲間たち。何しろ立ち塞がる敵は「蟒魔(ヴリトラ)」の名の通り、蛇のような陣形と素早い動きで襲いかかる強敵。そしてそれを率いるヴァンダカは、獰猛な犀を馬のように駆る怪物です。

 しかしもちろん、玄策も決して負けるわけにはいきません。なるほど、玄策は戦いについては素人でありますが、彼には人間の心の動きを読みとる洞察力がある。知識がある。そしてクソ度胸がある。この三つがラトナとロンツォン、二人の武勇と合わされば……
 そして玄策はここで選ぶのは、あの名将・韓信が取ったが如き背水の陣。そしてこの先の展開は、ただ痛快の一言なのであります。

 敵の行動を読み切った玄策が陣を敷いて待ち構え、ラトナが攪乱し、ロンツォンが叩き伏せる――寡兵を以て多勢を討つというのはこうした物語では定番中の定番ではありますが、作者の画力で描かれれば、その痛快さは何倍にも高まります。
 さらに異形・異能のアナング・ブジャリに対しては、二人の将軍がそれぞれの持ち味を存分に活かして一騎打ちを演じるのですから、面白くないわけがないのであります。

 特にラトナの、奔る騎馬の上での、旗竿までも使ったアクロバティックな格闘は華麗の一言で(その前の攻撃開始時のアクションの美しさも含めて)一挙手一投足に釘付けになりました。


 さて、この巻の時点では玄策側が優勢ではあるものの、もちろんこの戦いは緒戦も緒戦。まだまだ敵が兵力を温存している中、この先の戦いの行方はわかりません。

 その一方で、アルジュナ側には、彼の非道を責める真っ当な精神を持つ息子・ヴィマル王子が登場。おそらくは彼の存在がこの戦いに何らかの影響を与えることになるかと思われますが……
 と、これまでは敵の首魁としてそれなりに威厳を保ってきたアルジュナ(と妻)が、王子の登場で一気に小物臭くなってしまったのは少々気になるところではあります(これはある意味原作どおりではありますが)。

 しかしこの漫画版は、この巻での合戦同様、原作に忠実に、そしてそれだけでなく、その行間を補うことでその魅力をさらに増している作品。それだけに、この先も期待して間違いはない――と思うのです。


『天竺熱風録』第4巻(伊藤勢&田中芳樹 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon
天竺熱風録 4 (ヤングアニマルコミックス)


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2018.09.04

あさのあつこ『にゃん! 鈴江藩江戸屋敷見聞帳』 名手の意外な顔を見せる暴走コメディ


 さる藩の江戸屋敷の奥向きを舞台に、奉公に上がった町娘と、実は正体は猫の奥方をはじめとする人々(?)が繰り広げるスラップスティックコメディ時代劇――招き猫文庫『てのひら猫語り』に冒頭が収録され、「WEB招き猫文庫」で約2年半連載された、最後の招き猫文庫ともいうべき作品です。

 幼い頃から常人にはない感覚があったことから周囲に奇異な目で見られ、嫁入りが遅れた呉服屋の娘・お糸。行儀見習いとほとぼりを冷ますために彼女が奉公することになったのは三万石の小藩・鈴江藩の上屋敷――そこで藩主の正室・珠子に仕えることとなったお糸は、すぐにとんでもない秘密を知ることになります。
 実は珠子の正体は猫――猫族なんだけどちょいと不思議な一族の姫である彼女は、藩主・伊集山城守長義に一目惚れした末に、人間に化けたりアレコレしたりして、見事正室に収まり、今は一女を授かっているというのです。

 そんな珠子に一目で気に入られ、腹心の上臈にして虎女の三嶋とともに、珠子近くに仕えることとなったお糸。
 自由な気風の珠子たちに触れ、珠子の娘・美由布姫の可愛らしさに癒やされ、珠子の父で一族の長・権太郎に振り回され――楽しい時間を過ごすお糸ですが、しかし鈴江藩には大変な危機が迫っていました。

 かねてより藩主の座を狙っていた長義の叔父・利栄が暗躍を始め、珠子を正室の座から引きずり下ろそうとしていた――のはまだいいとして、利栄の背後には、鈴江藩征服とちょいと不思議一族滅亡を目論む妖狐族が潜んでいたのであります。
 国元から利栄とともに江戸にやって来た妖狐族に対し、珠子の、そしてお糸の運命は……


 児童文学からスタートしつつも、時代小説においても既にかなりのキャリアを持つ作者。その作品は、基本的に市井に生きる人々を中心にした、かなりシビアでシリアスな内容のもの――というイメージは、本作において完全に吹き飛ぶことになります。
 何しろ本作の登場人物は皆テンションが高い――そしてよく喋る。その内容もほとんどがギャグかネタで、とにかく一旦会話が始まると、それで物語が埋め尽くされてしまうのであります。

 特に権太郎は、齢六千歳という重みはどこへやら、あやしげな洋風のコスチュームで登場しては、片言の英語やフランス語を交えてあることないこと喋りまくる怪人。このキャラが出てくると物語の進行がピタリと止まるのを、何と評すべきでしょうか。
 その権太郎に対する三嶋の容赦ないツッコミや、珠子と長義のバカップルぶりも負けずにインパクト十分なところですが、唯一の常識人というべきお糸も、テンションが上がると子供の頃に覚えた香具師口調でポンポン啖呵を切るという……

 いやはや、生真面目な時代小説ファンあるいは作者のファンであればきっと怒り出すであろう内容なのですが――しかし とにかく、片手間やページ塞ぎでやっているとは思えぬほどの台詞量を見れば、これはやっぱり作者が楽しんで書いているのだろうなあ、と感じさせられます。
(個人的には、天丼で繰り返されるお糸のやけに良い発音ネタがツボでした)

 そしてまた、こうした台詞の煙幕の陰に、何かと不自由な時代、女性が何かと苦労を強いられた時代において、それでも自分らしさを、自分自身が本当にやりたいことを見つけたいというお糸の痛切な想いが透けて見えるのは、これは正しく作者ならではと感じます。

 その想いは、あるいはあまりに現代人的に見えるかもしれませんが、しかし何時の時代においても若者が――何ものにも染まらない自由な心を持つ若者が望むものは変わらないというべきなのでしょう。
 野望だ陰謀だと言いつつ、実は単に時代と世間に雁字搦めになっているだけでしかない連中に対して、この時代から見れば常識はずれのちょいと不思議一族とともに挑む中で、そんなお糸の想いはより輝きを増して見えるのです。

 ……などと格好良いことを言いつつも、やはり台詞とギャグに押されて物語があまり進行しない――作品の分量の割りに物語の山谷が少なく感じられてしまうのは非常に残念なところではあります。だからといって本作の最大の特徴を削ってしまうわけにもいかず――なかなか難しいものではあります。


 ちなみに本書はソフトカバーの単行本で刊行されましたが、冒頭に述べたとおり、元々は招き猫文庫レーベルの一つとして発表された作品。同レーベルがだいぶ以前に休した今、これがまず間違いなく最後の招き猫文庫作品と思うと、レーベルの大ファンだった身としては、別の感慨も湧くのであります。

『にゃん! 鈴江藩江戸屋敷見聞帳』(あさのあつこ 白泉社) Amazon
にゃん! 鈴江藩江戸屋敷見聞帳


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2018.08.12

宇野比呂士『天空の覇者Z』第16巻 さよなら天馬、運命の覇者!

 ネモらの犠牲により辛うじて復活した天馬。一度は絶望しながらも仲間たちの支えで再び立ち上がった天馬は、アンジェリーナとともに出撃、リヒトホーフェンとの最後の対決に勝つ。そして仲間たちの最後の策・重力の嵐作戦でヒトラーを外側の世界に弾き飛ばした天馬は、最後の戦いに臨む……

 需要無視で続けてきた全巻紹介もついにこれでラスト、最終第16巻であります。ついに純獣性細胞を手に入れ、空間と時間を超越した万有之王と化したヒトラーに瞬殺された天馬。彼をZに連れて帰るためにJは致命傷を負い、そして体内にごく僅かに遺された獣性細胞を天馬に移植してネモも倒れ――こうして命をとりとめた天馬は、自分を復活させることなどなかったと一時は荒れるのですが、しかし乙女モード継続中のベイルマンの涙の意味を知り、立ち直ることになります。
 しかしその間もヒトラーと一体化したレーベンスボルンは、刻一刻と変化と成長を続けていきます。果たしてこの怪物に打つ手はあるのか――が、そこにウェルが、極めて可能性は小さいながらも唯一の逆転の策を提示します。その名は「重力の嵐作戦」……!

 その第一段階として、M奪取に出撃する天馬とアンジェ、そしてウェルとクブリック、エリカたち。しかし天馬の前にはブーメランを思わせる形状の機体・赤い閃光号を駆るリヒトホーフェンが立ち塞がります。ウェルたちを行かせレッドバロンと真っ向から激突する天馬。赤い閃光号のジェットエンジンと、天翔馬号4号機最後の切り札・ロケットエンジンと――共にオーバーテクノロジークラスの機体の激突の最中、リヒトホーフェンの中に、これまで失われていた感情が蘇っていきます。しかし一瞬の交錯の末に被弾した彼は笑顔を浮かべ、爆発の中に消えるのでした。

 一方、Mに乗り込んだウェルとクブリックは何とかM砲を復旧、作戦のスタンバイにつきます。が、そこでレーベンスボルンに異変が――何とZとMを収めたレーベンスボルンは天空に浮上、既に軌道上に在ったのであります。そこから地球全土に純獣性細胞をまき散らし、地球全土に感染させる――そうして生まれる彼の意思の下に全てが一つとなった美しい世界、まさしく創世(ジェネシス)こそがヒトラーの目的だったのであります。
 もはや一刻の猶予もない中、重力の嵐作戦を発動するウェルたち。Mに残ったウェルとクブリックによって発射されたM砲は、五個の反重力砲弾をガトリングのようにばらまき、これに対してZもZ砲とG砲を同時発射! 閉鎖空間で入り乱れ、弾き合う反重力球は、やがて周囲の時間と空間を歪め、ついに3度目の世界変容を引き起こしたのです!

 これこそがウェルをはじめとするZの仲間たちが人知を尽くした最後の策、この世界では全能と化したヒトラーを倒すため、世界変容を人為的に創り出し、この世界の外側に弾き飛ばす――ちゃっかり生きてバカンスしていた最初に扉を開けし者も(もちろん読んでいるこちらも)賞賛するほかない、見事な作戦であります。
 そして「者」とアンジェを立会人として、ついに始まる天馬とヒトラー最後の決闘。反則級の能力は封じられたものの、それでもヒトラーは天馬を圧倒するのですが――そこで天馬の中の獣性細胞が活性化し、彼に思いも寄らぬほどの強大な力を与えるのでした。そう、獣性細胞を極限まで活性化させ、ついに消滅させる流星の剣の力が、天馬の中の獣性細胞を活性化させたのであります。

 そして見開きページの連続を通じて互いの全力を尽くして繰り広げられる死闘(この時、背景でキリアンとマルセイユの因縁、そして何よりもアンジェの過去など、本編では語られなかった情報が散りばめられているのが面白い)。しかし勝負を決したのは、生きている者・命を落とした者――これまで関わってきた全ての人々に支えられた天馬でした。しかし渾身の一刀を受けたにもかかわらず、最後の力で天馬に襲いかかるヒトラー。彼の中に呑み込まれ、吸収されたかに見えた天馬ですが――天馬は逆にヒトラーを受入れ、彼を完全に消滅させるのでした。


 そして全ての戦いが終わり、運命の覇者となった天馬。その力で以て天馬が望んだ世界とは、その先に待つものは……
 正直に申し上げれば、個人的にはこの結末だけは好みではないのですが、しかしこれ以外の結末はないのは事実でしょう。

 新たな世界において、傷つくこともなく命を落とすこともなく平和に楽しく暮らす天馬たち登場人物の姿をただ一人見つめるアンジェ。全ての記憶を残した彼女が寂しく立ち去ろうとした時――新たな冒険が始まることになります。
 全てが終わり、新たに生まれた先でも冒険は続く――本作にはまことに相応しい結末と言えるでしょう。

 『天空の覇者Z』、ここに大団円であります。
 宇野比呂士先生、16年遅れですが――素晴らしい作品をありがとうございました。


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 宇野比呂士『天空の覇者Z』第15巻 復活のヒトラー 万有之王降臨

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2018.08.05

宇野比呂士『天空の覇者Z』第15巻 復活のヒトラー 万有之王降臨

 二転三転する戦況の末、追い詰められたヒトラーだが、最後の希望である純獣性細胞は既に失われ、彼に恨みを抱くリーフェンシュタールに撃たれて海に転落する。しかし海こそが純獣性細胞の正体であり、その力を得たヒトラーは万有之王と化す。それでもヒトラーに挑む天馬だが、圧倒的な力の前に……

 ついに始まったZとMの、天馬とヒトラーの決戦。駆けつけたヴァルキュリア戦隊の4人がそれぞれに能力を発揮して、久々の空戦は一気に混戦模様に――という中、調子に乗った末に体はギリギリの状態となってしまったヒトラーは、M砲で一気に状況の打開を狙います。
 が、その時突然ヴ隊の航空母艦がM砲に特攻して無力化、さらにそこから飛び出した偵察機が瞬く間にバルクホルンとキルシュナーを撃墜! その機体に乗っていた者こそはカラクーム砂漠を生き延びたリヒトホーフェンとクブリック、きっちりと殺されかけたお返しをした二人ですが、レッド・バロンはヒトラーに、クブリックはZにと袂を分かつことになります。

 一方、M号に突入して既に空間加工能力を失ったヒトラーを追い詰める天馬とJですが、天馬の攻撃をアンジェリーナが阻みます。自分がミュンヘン一揆の混乱の中で行方不明になったリーフェンシュタールの娘だと知った彼女は、母の恩人であるヒトラーを守ろうとしていたのであります。さらにそれを意に介さないJの攻撃を超人的なパワーで阻むリーフェンシュタール(ジョーカーのブーメラン剣を破壊されるJ……)。地上に脱出したヒトラーたちを阻むヴ隊の残り二人を倒して後を追う天馬とJですが、地上で彼らが見たものは、既に殻が割れ、中身が流れ出した純獣性細胞の残骸でありました。
 最後の力で隕石落下時のツングースに飛ぼうとするヒトラーですが、しかしそれを阻むアンジェ。実はT鉱炉の暴走であったミュンヘン一揆の中で、まだ息のあった夫と子がヒトラーによって犠牲にされていたことを知ったリーフェンシュタールは、ヒトラーを絶望させた末に抹殺する機会を狙っていたのであります。そしてリーフェンシュタールに撃たれた無力なヒトラーは海に転落、勝利に酔う彼女は、アンジェが自分の娘というのは洗脳で焼き付けた偽の記憶と語るのでした。

 が、その時突然の落雷がリーフェンシュタールを焼き尽くし、海が草原に変わっていくという天変地異が! そして草原の中から現れたのは、元通りの美青年の姿となったヒトラー――実はレーベンスボルンの海と見えたものこそは、消失したと思われた純獣性細胞、その中に落ちたヒトラーは、瀕死の状態で純獣性細胞と接したことで、ついにその力を得たのであります。
 何だかどこかで見たようなタッチやアングルで歓喜に震えるヒトラーですが、もはや万有之王と化した彼に勝ち目はありません。Zに撤退する一同ですが、天馬とJのみは、ヒトラーを倒す最後のチャンスとばかりに二人で戦いを挑みます。流星の剣は絶好調、純獣性細胞の中で復活したヴ隊の面々も蹴散らして、ヒトラーを仕留めたかに見えた二人ですが……

 しかし既にレーベンスボルンと一体化したヒトラーには全く及ばず、一瞬のうちに心臓を奪われる天馬。それでも屈しないJはほとんど気迫のみでヒトラーを蹴散らし、天馬とともにZに帰還します。とはいえ、Jが連れ帰った天馬はほぼ即死の状態、しかしそこでネモが自らの獣性細胞を移植するよう、エリカに命令、いや頼むのでした。
 そして天馬の手術が行われる間、残されたJは――何故かスイスに残ったルーの前に登場。ちょっと気になる女性がいるだの何だのと語りつつも、ルーに別れを告げて消えます。一方、打倒ヒトラーの会議中も気もそぞろのベイルマンは、自分の胸中でJの存在が膨れ上がっていることに気づきます。そしてJを見つけ、完全に乙女モードで駆け寄るのですが――その彼女を優しく抱き寄せるJ。しかしその背中には、天馬を連れ帰る途中、ヒトラーに一撃を受けた大穴が……


 ついにラスト直前、それだけに一瞬たりとも気を緩める暇もない、驚愕の展開の連続だったこの第15巻。死んだと思ったキャラクターが生存し、死ぬはずがないと思っていたキャラクターが命を落とし――まさか主人公までもが、という以上に驚愕だったのは、ややはりラストのJとベイルマンであります。
 こうして読み返してみてもいつの間に、という印象ではありますが、男女の仲とはこういうものなのでしょう。冒頭からほとんど一貫して相思相愛だった天馬とアンジェのような二人もいれば、これからというところで永遠に引き裂かれるJとベイルマンのような二人もいる――何とも切ない話ではあります。

 そしていよいよ本作は次巻で完結。天馬は再び立ち上がることができるのか、万有之王と化したヒトラーを倒すことができるのか、そしてアンジェの運命は――大団円は目前であります。


『天空の覇者Z』第15巻(宇野比呂士 講談社少年マガジンコミックス) 


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 宇野比呂士『天空の覇者Z』第14巻 出現、最後の超兵器! そして成就する予言

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2018.07.28

宇野比呂士『天空の覇者Z』第14巻 出現、最後の超兵器! そして成就する予言

 自分が余命わずかと知り、ヒトラーに従ってZから姿を消すアンジェリーナ。ヒトラーは最後の超兵器M号でツングースに現れた影武者からM号を奪い、レーベンスボルンに突入する。一足早く到着していたZに対し、その力を誇示するヒトラーとM。さらにそこにヴァルキュリア戦隊までもが現れる……

 時間と空間を操るヒトラーの能力をものともせず、流星の剣で両断した天馬。そしてヒトラーが時間を巻き戻すのを防いだのは、その場に現れた最終変身形態のアンジェリーナだったのですが――ヒトラーは苦しい息の下から、彼女が自分の能力を打ち消す「時を加速させる」能力の持ち主であること、そしてそれゆえに彼女の肉体年齢も加速を続け、あと7日あまりで老衰死すると告げます。
 自分だけがそれを止められるとアンジェを誘うヒトラー。以前、イタリアでヒトラーが予言した通りなのか、アンジェは自ら望んだように(理屈はよくわからないものの分身だったらしい)ヒトラーと共にその場から消えるのでした。

 一度は落ち込みながらも、体内のごく僅かな獣性細胞で命をつなぐネモ艦長からネモとヒトラー、そして自分の両親の過去を聞かされ、アンジェを信じろと諭されたことにより立ち上がる天馬。そして溶岩の噴出やZ鉱による重力偏在現象により荒れ狂う地底水流といった難所に窮地に陥ったZも、正式に艦長の座に就いたベイルマンの指揮により突破します(ここで彼女に不信感を抱くクルーの中で、唯一Jのみが彼女の覚悟を感じ取って信じるのがイイのですが……)
 辿り着いたレーベンスボルンは、頭上の氷を通じて日差しが注ぎ、海の中に緑の島々が浮かぶ美しい世界――北極の地下に誕生した世界。前巻の紹介でも触れましたが、本当に極地の地底空洞世界が登場するとは! と感動であります。そしてZのクルーは、純獣性細胞廃絶のために探索を開始するのですが……

 一方、蛹化したヒトラーとともにツングース爆心地に辿り着いたリーフェンシュタール博士ですが、そこに出現したのは巨大な円盤型の空中戦艦――千年王国(ミレニアム)号。Zをはじめとする超兵器の母艦、ヒトラーの旗艦であるこのMに乗るのはヒトラーの「影」、ついに自分が本物になろうと行動を始めた「影」は、リーフェンシュタールたちに照準を合わせるのですが――その爆炎の中から彼女を守り現れたのはヒトラー……?
 「?」というのはその姿が少年と化していたためですが、空間を操って瞬く間にMと戦闘機たちを沈黙させた彼は、リーフェンシュタールとともにMに遷移し、もう用済みとばかりに「影」に制裁を加えると、ただ二人、いやアンジェと三人でレーベンスボルンに向かいます。そしてその中で眠りについたアンジェの精神が訪れたのは「記憶の宮殿」。過去の記憶が集積した空間の中で、封印された過去を知って目覚めた彼女は、リーフェンシュタールを「ママ」と呼ぶのですが……

 そして純獣性細胞を探す天馬たちの前に出現したM。完全に不意を突かれた天馬たちを救うため、ベイルマンはアンジェの存在も構わず、Mに向けてZ砲とG砲を同時発射、巨大なZ砲弾と高速のG砲弾はビリヤードのブレイクショットのように衝突、散弾となったG砲弾が一斉にMに襲いかかる――が、空間を加工して着弾の瞬間になんとMごと消してしまうという、桁外れのヒトラーの力の前に、攻撃は失敗することになります。
 が、さすがにこの行為はヒトラーに――正確には彼の巻き戻る時を中和するアンジェに負担が大きく、真っ向からの空戦に移行することになります。Mから発進した無数の無線誘導による重装甲の空中砲台に対し、砲身を狙って機銃を撃ち込むという神業で天馬が応戦する間に、砲撃戦でMに挑むZですが――そこに四つの機影が! リップフェルト、キルシュナー、マルセイユ、バルクホルン――ヒトラーの子とも言うべきヴァルキュリア戦隊までもが、レーベンスボルンに現れたのであります(どうやって来たのかと思えば、ちゃんと空中母艦があるのですね)。

 しかしもはや抜き身状態の天馬にはそれも小さなこと、一気にヒトラーと決着をつけんとする天馬は――というところで次巻に続きます。


 ついに始まったヒトラーとの決戦。まさかのヒトラー側の空中戦艦(しかも円盤型)Mも出現し、最後まで巨大空中兵器戦が用意されているのも嬉しいところです。

 そして紹介では端折りましたが、ツングースに落下したT鉱隕石と獣性細胞が作り出したはずのレーベンスボルンが何故北極地下にあるのか、という説明や、純獣性細胞の正体(性質)など、理系の説明もきっちりしていたところが、本作の特徴の一つであるなあ……と、改めて感心した次第であります。


『天空の覇者Z』第14巻(宇野比呂士 講談社少年マガジンコミックス) Amazon
天空の覇者Z 14 (少年マガジンコミックス)


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2018.07.21

宇野比呂士『天空の覇者Z』第13巻 最終章突入! 混迷への出撃

 巨大鍾乳洞を抜け、レーベンスボルンに向かうZ。Zに巨大昆虫の群れが襲いかかる中、突如ヒトラーがZ内に姿を現す。自分の獣性細胞を奪おうとするヒトラーに相打ち覚悟で仕掛けるネモだが、その攻撃を新たな能力で無効にするヒトラー。その能力をさらに打ち消す力を見せるアンジェリーナだが……

 ついに残すところあと4巻、冒頭の日本編のエピローグを経て、ここから最終章に突入であります。しかし物語はここからさらに急展開、またもや想像を絶する展開を迎えることになります。

 回復した華奈、和解した西郷を載せて日本上空を行くZ。天馬の誕生日を祝うZ挙げての仮装パーティーにネモも参加しての大騒ぎですが、しかしこれは死闘の前の最後の安らぎであります。レーベンスボルンでの決戦を前に、華奈は西郷とともに日本に残ります。既に甦っていた記憶と天馬への想いを胸に……

 一方、カラクームに置いてけぼりとなったクブリックとリヒトホーフェンは、味方であるはずのキルシュナーとバルクホルンの攻撃を受けて爆炎の中に姿を消し(クブリックはともかく死亡確認されてしまったレッドバロンは……)、ヴァルキュリア隊の任務終了にビビる影武者ヒトラーはカプセルの中に眠る真ヒトラーを抹殺しようとしますが、既にヒトラーは姿を消していたのでした。
 アンジェリーナの覚醒と同時に獣性細胞を暴走させ、自らの獣性細胞に食われたかに見えたヒトラー。サナギのような姿となり、徐々に生命活動が低下していく彼を救うため、リーフェンシュタール博士は、あらゆる生命を作り変える力を持つというレーベンスボルンを目指します。そして影武者ヒトラーも本物を抹殺すべく後を追うのでした。

 そしてZはシベリアの地割れから巨大鍾乳洞に突入、一路地底をレーベンスボルンに向かいます。地上とは異なる生態系が支配するその世界はあたかも空洞地底世界――史実でもヒトラーが地球空洞説を信じていたというのは有名な話ですが、ここでそれを彷彿とさせるレトロ地底世界を出してくるのが実に嬉しい。と、この手の世界の定石どおり、突如襲いくる超巨大昆虫の群れ。羽根のついたムカデとも言うべき姿のこの昆虫は、獣性細胞で構成され、Zや戦闘機の攻撃で粉砕されても、その破片が再生・変形して襲い掛かってくる難敵であります。
 ネモによって士官見習いに徴用されていたベイルマンの機転により、血清ワクチン弾と流星の剣で駆除されていく昆虫。しかし多勢に無勢、包囲された天馬とJが絶体絶命のピンチとなった時、一瞬時間が巻き戻ったかのような感覚が天馬たちを襲い、次の瞬間、昆虫たちが何かに怯えるように一斉にZから逃げていくのですが……

 突如その場に現れたのは獣性細胞の王・ヒトラー――サナギになったのではなかったのか、以前通りの美しい姿で出現したヒトラーは、空間に扉を開き、艦長室のネモとベイルマンの前に出現。ネモを人質に取るようにZの艦長室に現れます。ヒトラーが現れたのはZ奪還のためか? いや、彼が取り戻そうとするのは彼がネモにかつて与えた獣性細胞であります。天馬との戦いで喪った獣性細胞を取り戻そうとネモの体と自分の手を融合させるヒトラーですが――その時、ネモはベイルマンに後事を託すと、自分の体を拳銃で撃った!
 その銃弾こそは血清ワクチン弾、空間歪曲能力を持つヒトラーを倒すためには、自分と一体化した時に、獣性細胞を滅するワクチン弾を打ち込むしかないという、相打ち覚悟の決死の攻撃であります。

 しかし天馬との死闘の中で新たに目覚めたヒトラーの「外側に立つ能力」――それは時間の「扉」を開く力、すなわち時間を巻き戻す能力! 自分に都合の悪い結果は巻き戻して常に正しい選択肢を選び続けることができるという反則級の能力です。その力でワクチン弾を打ち込まれる直前に巻き戻した彼は拳銃を奪うと、ネモから獣性細胞を強奪、ネモは枯れ木のようにその場に倒れるのでした。
 が、そこで天馬が空間操作の暇もない超速度で流星の剣でヒトラーを両断! これも巻き戻して無効化しようとするヒトラーですが、しかし何故か時は戻りません。

 そこに現れたのは、ヒトラーの力とは正反対の力、時間を加速させる力の持ち主――アンジェリーナ。しかしその姿は何故かセクシーなランジェリー――なのはともかく、髪は腰まで届くほど長く、体の各所には宝石を思わせる物質が突出した美しくも奇怪な姿であります。その姿を最終変身形態と呼ぶヒトラーは、自分の窮地にも関わらず彼女の出現を喜ぶように見えるのですが……


 ヒトラー来襲、ネモ死亡(?)、アンジェ変身と急展開の連続に驚かされる最終章序盤。そもそもヒトラーはサナギになったのでは――? と大いに混迷の展開であります。どうもヒトラーとアンジェが揃うとややこしい展開になりますが、さて二人の出会いがどう物語を動かすのか、次巻に続きます。


『天空の覇者Z』第13巻(宇野比呂士 講談社少年マガジンコミックス) Amazon
天空の覇者Z 13 (少年マガジンコミックス)


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2018.07.17

上田秀人『検断 聡四郎巡検譚』 江戸城を出た聡四郎の出会う人々


 『勘定吟味役異聞』『御広敷用人大奥記録』と活躍してきた水城聡四郎ものの第3シリーズ、その第2巻であります。ただ旅しているだけで厄介事に巻き込まれていく聡四郎主従ですが、旅先で出会う者は敵もそれ以外も様々。一方、彼らが旅立った江戸でも、とんでもない動きが……

 御広敷用人としての任務を終え、娘も生まれて一時の休息を得た聡四郎。しかし主君たる吉宗が、「使える」人間を放っておくわけがありません。久々に吉宗に召し出された聡四郎が任じられたのは、「道中奉行副役」なる新しい役職――とりあえずは三ヶ月世の中を見てこいというアバウトな命に、右腕と言うべき大宮玄馬と二人、ひとまず東海道を京に向かった聡四郎ですが……

 そんな形で始まった物語ですが、彼らが向かう京では前シリーズの宿敵・天英院の実家が刺客を用意して待ち受け、そしてその途中には、これまで10巻以上に渡り聡四郎と暗闘を繰り広げてきた(一方的に絡んできた)伊賀があります。
 さらに、聡四郎を使って自分の改革への抵抗勢力を炙り出してやろうという吉宗の思惑が見事に(?)当たり、聡四郎の役目が自分たちの権益を侵すと考えた目付・中野が暗躍を開始。徒目付を使い、目付では先輩に当たる駿府町奉行を利用して聡四郎を旅先で始末しようと企むのであります。

 いやいや、それはさすがに無理があるのでは、と言いたくなる中野の策ですが、聡四郎にとってはこれが最初の厄介事。しかしこれはむしろ、その手駒に使われそうになった徒目付と駿府町奉行こそいい迷惑であります。
 油断すれば他人に――特に上司に乗じられる役人の世界。利用されるだけ利用されて弊履の如く捨てられる、などというのも珍しくない話であります。今回もまた、上田作品ではこれまで無数に描かれてきた役人残酷物語(中野の指示状が、自分の名前を書いていないというどこかで聞いたような厭らしさに嘆息)のように見えたのですが……

 しかしこの状況を打開するため、彼らが聡四郎が全く預かり知らぬところで取った行動が、物語に大きな動きを与えるというのが面白い。
 これまで本シリーズでは聡四郎の味方か敵か(そしてほとんど後者)しかいなかったという印象もある役人たちですが、もちろん実際にはそれ以外の人間がほとんどなのは言うまでもありません。そして本作においては、こうした人々に、これまで以上に目が向けられている印象があります。

 そんなそれ以外の(それは役人に限ったことではなく)人々が登場するのは、物語が「旅」を舞台としていることによることは言うまでもありません。そしてそれは、吉宗が聡四郎を送り出した際に密かに期待したことでもあります。
 江戸城を飛び出し、旅に出ることによってて、聡四郎が何を見て、誰と出会うのか――それが今更ながらに楽しみになります。


 と、その一方で敵と出会ってしまうのがまた聡四郎の運命。先に述べたように、聡四郎の宿敵とも言うべき伊賀の忍びたちが、この巻では決戦を挑んでくることになります。
 任務の上で仲間が殺されれば、その仇を討つまで戦いを止めないという、厄介極まりない掟を持つ伊賀。その掟がある限り聡四郎と伊賀の戦いは終わらないはずなのですが……

 正直なところ、この戦いの先に待つ結末は想定外のもの。詳細は伏せますが、なるほどこう来るか! と言いたくなるような、それでいて実に「らしい」展開に大いに感心させられました。
 そしてそこにあるカラクリを的確に見抜いてみせた聡四郎の洞察力の深さが、彼の成長を強く感じさせてくれるのも、また嬉しいところであります。

 そしてもう一つ嬉しいと言えば、前作同様、本作においても、生臭い政治の世界の対極にあるような純粋な剣の世界が描かれるのがいい。
 といっても今回二人が駿府で訪れた剣術道場は、一放流の道場に慣れた二人にとってはいささかならずとも拍子抜けの――要するに「今どきの」剣術道場。道場主が食っていくにはそれも必要と言うべきかもしれませんが――しかしそんな中でも、剣に心を燃やす者がいます。

 いささか変則的な形で挑んできた挑戦者に対して、聡四郎が、玄馬が何を語るのか――やはり純粋に剣の道に励む者の姿は、一服の清涼剤として実に心地よく感じられます。


 と、様々な形で物語の広がりを感じさせてくれた本作。ラストには尾張徳川家の無謀にもほどがある計画が発動してヒキとなりますが――こちらの結末も含め、次巻も楽しみなシリーズであります。


『検断 聡四郎巡検譚』(上田秀人 光文社文庫) Amazon
検断: 聡四郎巡検譚(二) (光文社時代小説文庫)


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