2017.05.24

伊藤勢&田中芳樹『天竺熱風録』第1巻 豪快かつ壮大な冒険活劇の幕開け!

 あの田中芳樹の歴史活劇を、あの伊藤勢が漫画化した、実に贅沢なコラボレーションであります。唐の時代、天竺の内紛に巻き込まれた外交使節・王玄策が、大軍を向こうに回して大活躍を繰り広げる物語の導入編であります。

 本作の原作は、2004年の同名の小説。田中芳樹といえば『銀河英雄伝説』や『アルスラーン戦記』の印象が強くありますが、しかしその作品の中で決して少なくない割合を占める中国もの、アジアものの一編であります。

 舞台は647年、天竺を統べる摩伽陀国に外交使節団の正史として送られた文官・王玄策。以前一度訪れた時とはいささか異なる国の様子に不審を抱くも時既に遅く、彼は前王・戒日王亡き後に国王となった阿羅那順の軍に捕らえられ、無法にも投獄されることになります。
 とりあえず皆殺しとされるのは避けられたものの、玄策と部下たちの命は風前の灯火。そんな中、牢で彼は自称二百歳の怪老人・那羅延娑婆寐と出会うのですが……

 と、いきなりクライマックスのこの漫画版。実は原作の方では、この投獄のくだりは全十回の第四回と、少し物語が進んでからの話なのですが、本作では一気に主人公をピンチに追い込んで……という展開なのは、これは連載漫画として正しい手法でしょう。

 原作ではここに至るまでに、唐を出て吐蕃(チベット)と泥婆羅(ネパール)を経て、天竺に至るまでの旅が描かれているのですが、その辺りは一気に飛ばして(一部回想シーンに回して)、冒頭にオリジナルの派手なアクションシーンが入るのも、また本作らしい趣向なのですが……

 玄策らが牢に入れられてからの、(原作ではさらりと流された)牢の描写をはじめとする、どちらかというと下世話な展開、そして那羅延娑婆寐の人を食ったキャラクターは、これはもう作者の真骨頂とでもいうべき描写。
 そしてまた、原作には登場しない阿羅那順の周囲に控える妖しの美女と術者の姿も、実に作者らしい造形であります。

 さらにまた、物語の諸所で語られる当時の歴史・社会・風俗の解説は時に原作以上に詳細で、この辺りのどこか理屈っぽい描写も、いかにも作者らしい――というのは言いすぎかもしれませんが。


 と、いきなり原作との相違点を中心に述べてしまいましたが、総じて見ればこの漫画版は、物語の流れ自体は原作を踏まえつつも、キャラクターの描写を初めとするディテール自体は、漫画版独自の――すなわち、伊藤勢の解釈によって自由に描かれているという印象があります。

 これが余人であればいささか不安に感じる場合もあるかもしれませんが、しかしこの作者に限っては大丈夫、というよりむしろ大歓迎。
 作者の作品に通底するエキゾチシズムの香り豊かに、どこまでも精緻に描き込まれた描写、そして漫画ならではのダイナミックなアクションは、スケールの大きな物語世界をしっかりと受け止め、そして更なる魅力を加えて描き出しているのですから。


 上で軽く触れたように、全十回の原作のうち、既にこの第1巻の時点で、第五回までの内容を描いている本作。
 しかし物語はこれからが本番、いよいよ始まる玄策の逆襲を、これから本作はじっくりと描いていくのではないでしょうか。原作で魅力的だったあのキャラが、クライマックスのあの場面がいかに描かれるのか――冒頭に登場した、謎のヒロインの正体も含め、豪快かつ壮大な冒険活劇の幕開けに胸が躍ります。


『天竺熱風録』第1巻(伊藤勢&田中芳樹 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon
天竺熱風録 1 (ヤングアニマルコミックス)

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2017.05.18

『コミック乱ツインズ』 2017年6月号

 私は本や雑誌の発売日で日にちや曜日をカウントしてしまうところがあるのですが、この雑誌が出れば月も半ば、『コミック乱ツインズ』誌の6月号であります。巻頭カラーは叶精作『はんなり半次郎』、橋本孤蔵『鬼役』が連載四周年とのことですが、ここでは個人的に印象に残った作品を取り上げます。

『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 死闘の末、四つの珠を取り戻したものの、犬士も残すところわずか四人。しかも村雨姫までもが半蔵側の手に落ちたところで、最強の犬士・犬江親兵衛登場! となった本作。
 いかにも作者らしいイケメンの親兵衛は、最強の名に相応しい破天荒な力の持ち主(もっとも、やはり姫の前では形無しなのですが)。しかし彼をしても、姫が捕らえられてはその力を存分に振るえず――

 という状況で、さらに敵側の奸策により、八珠献上の日が一気に前倒しとなり、絶体絶命となった里見家。しかしここで大角の忍法により信乃が思わぬ人物に姿を変え、そしてついに最後の犬士・犬川荘助登場……と、物語はガンガン盛り上がっていきます。
 ラストページなど、テンションが一気に上がるのですが、さて次回の犬士の活躍は如何に……いよいよクライマックスであります。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 碓氷峠編の後編となる今回、島の説得で国鉄に移籍した凄腕機関士・雨宮が視察に向かったのは、急勾配で知られる日本一の難所・碓氷峠。そこで昔ながらの蒸気機関車で峠を越えることを誇りとする機関手・山村とその息子に雨宮は出会うのですが……

 鉄道という題材を扱いつつも、職人肌の雨宮を主人公の一人とすることで、一種の職人もの、人情ものとして成立している本作ですが、今回描かれる山村を巡る物語はまさにその味わいに満ちたエピソードであります。
 かつて愛妻を峠の列車事故で失いながらも、その妻の魂が見守ってくれると信じて蒸気機関車を走らせる彼にとって、島が計画する電気化は到底受け入れられないもの。しかし息子までもが、電気化に賛成してしまう彼の姿は、時代の流れというもので切り捨てられないものがあります。

 その彼の想いを誰よりも理解しつつも一つの選択を迫る雨宮と、彼らの前に現れる小さな奇蹟と……もの悲しい物語ではありますが、結末に描かれる小さな希望の姿が、その悲しみを癒してくれるのです。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 長かった信長鬼編も(おそらく)今回でラスト。といっても今回の主役は、前回同様、細川珠……そう、細川ガラシャであります。
 自分を討った光秀の血族を苦しめた末に根絶やしにすべく、最後の生き残りである珠のもとに出没し、彼女を鬼に変えんとする信長鬼。辛うじて踏みとどまってきた彼女も、ある事件がきっかけで鬼となりかけて――

 細川忠興に嫁ぎ、彼から深く愛されつつも、その一種偏執的な愛情に苦しみ、キリスト教に救いを求めた珠。この夫婦については、夫からお前はまるで蛇のようだと言われて「鬼の妻には蛇が相応しいでしょう」と答えたという有名な逸話がありますが、本作においては、その「鬼」という言葉に、重い意味が加わることとなります。
 何しろ本作の忠興は、点のように異様に小さい瞳孔という、明らかにヤバげな人物。むしろこちらが蛇なのでは……というこちらの印象は、しかし見事に裏切られることとなります。人であろうと鬼であろうと変わらぬ愛を描き出すことによって。

 しかし鬼の運命はなおも彼女に迫ります。。これも有名なその最期の時、ガラシャを襲ったあまりにも無惨な変化の前に、彼女もついに……と思われた時、さらに意外な展開が描かれることとなります。
 今回もラストで少年が見せる、驚愕と悲しみ、決意と様々な感情が入り混じった表情……それはかつての冷然とした表情とは全く異なるものであります。鬼に抗する人が見せた一つの奇蹟を前に、彼の心は変わっていくのか? 大いに気になるところです。


 そのほか、『勘定吟味役異聞 破斬』(かどたひろし&上田秀人)は今回で最終回。前回の一大剣戟の末、辛うじて勝利を掴んだ聡四郎を待つ者は……ツンデレの恋人、ではなくて続編。再来月から次なる物語が開始とのことで、実にめでたいことであります。

 また、『はんなり半次郎』は、相変わらずの叶節。いくら何でもあれは自分が怪我するのではないでしょうか。どうでもいいですが。


『コミック乱ツインズ』2017年6月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年6月号 [雑誌]


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2017.05.10

上田秀人『禁裏付雅帳 四 策謀』 思わぬ協力者登場!?

 老中松平定信から密命を受け、禁裏付となった東城鷹矢の苦闘を描くシリーズ第4弾である本作。禁裏の裏を探る活動をいよいよスタートしたものの、もちろん京という異世界の壁は厚く、思わぬ窮地に立たされることになる鷹矢。しかしそこで彼に協力を申し出たのは、意外な人物だったのであります。

 父・一橋治済が大御所の尊号を授けられるよう、徳川家斉から厳命を受けた老中・松平定信によって、突然京に禁裏付として送られることとなった東城鷹矢。
 勝手違いの役目に悪戦苦闘する鷹矢ですが、上からは定信からの厳しい視線が向けられ、そして周囲からは禁裏の公家たちの、そして定信と対立する京都所司代の敵意をぶつけられ、四面楚歌の状況であります。

 しかし家に帰ってみれば、待つのは二人の美女……といっても一人は二条家のスパイとして送り込まれた貧乏公家の娘・温子、そしてもう一人は定信方の若年寄から送り込まれた武家娘・弓江と、要は彼を見張り縛る存在で、家の中も冷戦状態。
 それでも自分の仕事をしなければ定信が恐ろしいと、禁裏を攻略する(=弱みを握る)ために鷹矢は動き出すことに――


 そんな状況の中、前巻では反定信勢力の刺客団に襲われ、上田作品の主人公には珍しく、這々の体で逃れる羽目となった鷹矢。しかし京でものを言うのは武よりも文、そして金……というわけで、彼は禁裏を巡る金の動きを切り口に、行動を開始することになります。
 この辺り、ちょっと意外な展開にも思われましたが、禁裏付とは書院番と目付と勘定吟味役を一人で兼ねる役目、というような作中の表現からすれば、これはむしろ当然の流れであるかもしれません。

 奇しくも三つの役目とも、上田作品の題材となってきたこともあり……というのはさておき、今回鷹矢は京の台所とも言うべき、錦市場――現代でもその立場を変えることなく存在する、その市場に向かうことになるのですが、ここで思わぬ事態が発生することになります。

 かつて敵対する五条市場と、それと結んだ町奉行所によって窮地に陥った過去から、武士に対して激しい敵意を持つ錦市場。そこにノコノコ鷹矢が物価調査に出かけたために、勘違いした市場の人々がエキサイト、暴徒と化して襲いかかったのであります。
 しかも折悪しく弓江が半ば無理やり同行してきたことから彼女を庇い、鷹矢は窮地に陥ることに――

 しかし災い転じて福と成す。一歩間違えれば双方にとって取り返しのつかない事態となったところで、意外な人物が登場する事になります。その名は桝屋源左衛門……またの名を伊藤若冲!

 なるほど、若冲の本業は錦市場の青物問屋、それも町名主を務めたほどの大手であります。しかも、上で触れた五条市場との争いの解決のために、中心となって奔走した人物であったことが、近年知られるようになっています。
 だとすればここで若冲が登場するのは、実は不思議ではありません。しかし本作のメインとなる禁裏という世界、そして何よりも政治的な暗闘とは無縁の人物(それでいて京の上流階級とは大きな繋がりを持つ)ということもあり、全く登場を予想だにしておりませんでした。いや面白い……!

 そして京ではほとんど孤立無援、いやそれどころか四面楚歌であった鷹矢にとって、若冲の存在は大きな助けとなるに違いありません。
 さらに、ここに至りついに物価という切り口を掴んだ鷹矢。これがいよいよ反撃の始まりとなるか……はまだまだわかりませんが、弓江との関係も少しずつ変化してきたこともあり、物語に変化が生じたことは間違いありません。


 また、どうしてもこの記事では鷹矢ばかりに触れてしまいましたが、温子をはじめとして、彼を取り巻く登場人物たちの動きもなかなか面白い本作。

 もちろん、数多くの勢力がそれぞれの思惑を秘めて入り乱れるのは、こうした物語の定番ではあります。
 しかしその各勢力に属する個人の悲哀、そして強かさが、本作では主人公がそれほど強力ではない分、より強く感じられるのが、本作の面白い点ではないかと感じられます。

 権力という怪物に振り回されるのは、鷹矢一人ではない……鷹矢に強力な力がない分、どこか群像劇的味わいも生まれてきた本作ですが、しかしこの世界はゼロサムゲーム。
 最後に報われることになるのは誰なのか……まだまだ先は見えません。


『禁裏付雅帳 四 策謀』(上田秀人 徳間文庫) Amazon
策謀: 禁裏付雅帳四 (徳間時代小説文庫)


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2017.04.28

碧也ぴんく『義経鬼 陰陽師法眼の娘』第5巻 史実通りの悲劇の先に

 源九郎義経の身にその魂を宿すこととなった鬼一法眼の娘・皆鶴の愛と戦いの物語もいよいよ佳境。自らの体を取り戻すため、平家打倒を目指す彼女の戦いは、ついに屋島、そして壇ノ浦に平家を追いつめるのですが……その代償は、あまりにも大きかったのであります。

 父の術の失敗により、義経と二人で一人の状態となってしまった皆鶴。彼女と義経が分離するためには、義経が大望を果たすか、諦めなければならないというのですが……その大望とは言うまでもなく平氏打倒。
 体の主導権をほとんど失った義経に代わり、皆鶴は弁慶、佐藤継信・忠信、伊勢三郎らの頼もしい仲間たちとともに、平氏を追いつめていくことになります。

 しかし「義経」が快進撃を続けるほど、冷たくなっていく兄・頼朝の目。それでもこの戦いが終われば、と突き進む皆鶴たちですが、しかし屋島の戦いにおいて、愛し愛される間柄となった継信が平教経の矢に斃れてしまい――


 義経と鬼一法眼、皆鶴の伝説を踏まえ、中心に義経=皆鶴という巨大なフィクションを抱えつつも、しかし基本的に史実に忠実に展開していく本作(「弓流し」のエピソードの使い方など、思わずニヤリ)。それは、歴史上に名を残した人物の生死においても変わることはありません。
 そのある意味避けられぬ悲劇が、継信の死であったわけですが……しかし、我々はこの先、さらなる悲劇が「義経」を襲うことを知っています。

 ついに壇ノ浦で打倒平氏を果たしたものの、頼朝との距離は広がり、ついには鎌倉に入ることすら禁じられた義経主従。密かにただ一人鎌倉に忍び入り、頼朝対面した皆鶴は、頼朝が心の中に隠していたものを知ることになります(このシーンの兄貴、かなり最低)。
 頼朝の心底を知り、生き延びるために西国に落ち延びんとする主従。既に全員が義経と皆鶴の関係を知った彼らの心は一つなのですが――

 しかし結果としてこの展開もまた史実通りであるとすれば、その先もまた……と思うべきなのでしょう。それを裏付けるかのように、この巻のラストではまた一人の男が命を賭けることになります。

 この悲劇を避ける道があるとすれば、それは歴史のイレギュラーと言うべき皆鶴の存在にかかっているのかもしれません。
 ある意味、ここからが彼女にとって本当の、自分自身のための戦い。その先に何が待っているのか、そして彼女にとってその戦いに本当に意味があるのか、それはわかりませんが……しかしそれが彼女にとって、義経にとって、二人を慕う郎党たちにとって、より幸多き道であることを祈るしかありません。


 作者のブログを見れば、本作もあと1巻で完結する様子。皆鶴は、果たして厳然たる史実に穴を穿つことができるのか……たとえ何が待ち受けていたとしても、彼女の最後の戦いを見届けたいと思います。


『義経鬼 陰陽師法眼の娘』第5巻(碧也ぴんく 秋田書店プリンセスコミックス) Amazon
義経鬼~陰陽師法眼の娘~(5)(プリンセス・コミックス)


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2017.04.19

『コミック乱ツインズ』2017年5月号

 今月も『コミック乱ツインズ』の時期となりました。今月号は、『そば屋幻庵』と『小平太の刃』が掲載されているほかは、レギュラー陣が並びますが、しかしそれが相変わらず粒ぞろい。今回も印象に残った作品を紹介いたします。

『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 明治時代、鉄道の黎明期に命を賭ける男たちを描く本作は今回から新エピソードに突入。島安次郎の懸命の説得に、国鉄に移籍した凄腕機関士・雨宮が、島の依頼で碓氷峠の視察に向かうことになります。

 碓氷峠といえば、その急勾配でつい最近まで知られた難所。現代ですらそうなのですから、蒸気機関車が運行されていたこの時代、その苦労はどれほどほどのものだったか……
 と、事故が相次ぐこの峠で奮闘する人々が登場する今回。雨宮が見せるプロの技が実にいいのですが、むしろ今回の主役はそんな現地の人々と感じさせられます。

 時代が明治、題材が鉄道と、本誌では異色の作品と感じてきましたが、一種の職人ものとして読めば全く違和感がないと、今更ながらに気付かされました。


『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 「梅安晦日蕎麦」の後編。彦次郎が、恩のある田中屋に依頼され、仕掛けることとなった容貌魁偉な武士・石川。その彼を尾行した梅安は、真の事情を知ることになって――
 と、腕利きの武士相手のの仕掛けを頼まれてみれば、その実、彼こそは……という展開は、この前に描かれたエピソード「後は知らない」と重なる点が大きくてどうかなあと思うのですが、これは原作もこうなので仕方がありません。

 しかしその点に目を瞑れば、魁偉な容貌を持つ者が必ずしも凶悪ではなく、優しげな容貌を持つ者が必ずしも善良ではないという物語は、梅安たち仕掛人という裏の「顔」を持つ者たちと重なるのはやはり面白い。
 そしてこの点で、男たちの顔を過剰なほどの迫力で描く作画者の作風とは、今回のエピソードはなかなかマッチしていたと感じます。
(その一方で、一件落着してから呑気に年越し蕎麦をすする二人の表情も微笑ましくていい)


『鬼切丸伝』(楠桂)
 まだまだ続く信長鬼編。今回のエピソードは明智光秀の娘・珠(細川ガラシャ)を主役とした前編であります。
 本能寺の変で鬼と化し、自らを討った光秀とその血族に祟る信長。血肉のある鬼というより、ほとんど悪霊と化した感のある信長は、最後に残された珠に執拗につきまとい、苦しめることに――

 というわけで、冷静に考えれば前々回のラストで鬼になったばかりなのに、何だかえらいしつこい印象のある信長ですが、さすがに魔王と呼ばれただけあって、鬼切丸の少年も、久々登場の鈴鹿御前も、なかなか決定打を繰り出せないのがもどかしい。
 そんな中、口では否定しても少しずつ珠を、人間を守る方向に心を動かしつつある少年の「人間にしかできぬ御技で呪いに打ち勝て!!」という至極真っ当な言葉に感心してみれば、それが事態を悪化させるとは――

 この国の魔はこの国の神仏にしか滅せぬという概念には「えっ!?」という気分になりましたが(『神の名は』『神GAKARI』は……<それは別の作品)、そろそろ信長とも決着をつけていただきたいところです。


『勘定吟味役異聞 破斬』(かどたひろし&上田秀人)
 ついに残すところあと2回となった本作ですが、今回はラス前にふさわしい大殺陣というべき展開の連続。敵の本拠とも言うべき金吹き替え所に乗り込んだ聡四郎を待つのは、紀伊国屋文左衛門が雇った11人の殺し屋……というわけで、ケレン味溢れる殺陣が連続するのが実にいい。

 同じ号に掲載された『そば屋幻庵』が静とすればこちらは激しい動、これくらい方向性が異なれば気持ちがいいほどですが、さてその戦いも思わぬ形で妨害を受けて、さあどうなる次号! というところで終わるのは、お約束とはいえ、やはり盛り上がるところであります。


『コミック乱ツインズ』2017年5月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年 05 月号 [雑誌]


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2017.04.14

崗田屋愉一『大江戸国芳よしづくし』 豪傑絵師が描いた英雄

 今なお人気を誇る浮世絵師・歌川国芳。その国芳の若き日の姿を、国芳の壮年期を舞台とした『ひらひら 国芳一門浮世譚』の崗田屋愉一(岡田屋鉄蔵)が描いた連作漫画であります。なかなか芽が出ずに苦しむ国芳が、裕福な商人・遠州屋佐吉ら、刎頸の友との交わりの中で見たものとは……

 時に豪快で奇抜な、時に滑稽で可愛さすら感じさせる画風で、この数年、幾度も展覧会が開かれている国芳。武者絵や妖怪、猫など、題材も実に好みのものばかりで、私も大好きな浮世絵師であります。
 冒頭に述べた作者の『ひらひら』は、人気絵師となった国芳と弟子たちの姿を描いた作品ですが、本作は国芳の駆け出し時代を描いた作品。『ひらひら』が完成度の高い作品だっただけに、本作も期待してしまったのですが、果たして期待を上回る作品なのでした。

 豊国一門という名門の絵師でありながら、豪快な画風と奔放な性格から一門のはぐれ者となり、兄弟子の国貞に水を開けられっぱなしの若き国芳。そんな彼が、全くの偶然から裕福な商人・佐吉と出会ったことをきっかけに、運命が動き始めることになります。
 国芳の絵に惚れ込み、何かと援助するようになった佐吉。佐吉の伝手で今をときめく七世市川團十郎と対面した国芳は、ある使いを頼まれることになるのですが……

 大きく分けて二つのエピソードから成る本作の前半は、この團十郎の秘めたる過去にまつわる物語であります。
 幼くして團十郎の名を継ぎ、色悪として名を挙げ、後に「歌舞伎十八番」を撰した團十郎。思わぬ悲劇がきっかけで、この役者の中の役者ともいうべき彼の過去に触れてしまった国芳は、一芸を貫く者の矜持と悲しみに触れることになるのです。

 物語的には比較的ストレートな内容ではあるのですが、作者ならではの端正で、それでいて勢いと色気のある絵柄で描かれる團十郎は実に格好良く、それだけでも満足できそうなこのエピソード。
 しかしそれ以上に、あくまでも「團十郎」であることを貫く彼の「素顔」を描いてみせた国芳の画が、これもストレートながら泣かせるのであります。


 と言いつつ、個人的に大いに興奮し、そして泣かされたのは、後半部であります。
 佐吉よりも前から国芳とつるんでいた親友の一人・次郎吉の姿を描くこのエピソード、次郎吉という名から察せられるとおり、彼こそがあの……なのですが、ここからこれまた思わぬ形で国芳の絵の世界に繋がっていくのです。
(ここから先、内容に踏み込むことをお許し下さい)

 かつて二世を契った遊女・吉野を病で亡くした次郎吉。彼女の父に借金を背負わせ、苦界に身を沈めたきっかけを作った悪徳役人が、今度はその妹・梅を狙っていると知った次郎吉は、自ら借金を肩代わりしてすっぱり返してみせるのですが……その後から、江戸の夜を騒がせるあの義賊。
 ふとしたことから次郎吉がその正体ではないかと考えた梅に相談され、国芳と佐吉、そして国芳と次郎吉といつもつるんでいた悪友の金さん(!)は、次郎吉を救うために奔走するのですが――

 フィクションの世界では大の人気者だけに、様々な形で描かれてきた「次郎吉」。その彼が「金さん」とともに登場するのも、実はそれほど珍しいことではないのですが……そこに国芳が絡むのは、これが始めてではないでしょうか。

 しかしそんな伝奇ファン垂涎の取り合わせは、あくまでも本作を形作る枠。本作の魅力は、そんな彼らを繋ぐ厚い熱い友情と反骨心、そして希望の姿なのですから。
 その象徴としてラストに登場するのが、反骨の英雄たちの物語、国芳の名を一気に高めた物語の英雄を描いたあの作品なのですから……国芳ファン、そしてあの物語のファンとして、感涙にむせぶほかないではありませんか!

 冷静に考えれば、芸道もので、主人公の代表作の成立秘話が描かれるというのは定番中の定番なのですが、しかしそんなことも頭からすっ飛ぶほどの、見事な物語を見せていただきました、と心から感謝であります(史実の彼は……などと野暮なことは言わない)。


 というわけで期待以上の感動を与えてくれた本作なのですが、一つだけ残念なのは、本作がこの一冊で完結という扱いなことであります。
 まだまだ国芳の絵師人生は始まったばかり、この先の彼の姿ももっともっと見てみたい……読み終えたいま、そんな想いに駆られているのです。


『大江戸国芳よしづくし』(崗田屋愉一 日本文芸社ニチブンコミックス) Amazon
大江戸国芳よしづくし (ニチブンコミックス)


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2017.04.12

會川昇『洛陽幻夢』 もう一つの可能性と土方歳三の選択

 「歴史街道」 2017年5月号の第一特集は「新選組副長 土方歳三 なぜ戦い続けたのか」。『新選組!』の時代考証や、『新選組刃義抄 アサギ』の原作者である山村竜也を中心とした特集ですが、この中に會川昇の短編小説が掲載されているとくれば、見逃すわけにはいきません。

 會川昇で土方歳三とくれば、思い出すのは『天保異聞妖奇士』に登場した少年時代の土方ですが、実は同作の時代考証が山村竜也。ということでファンとしては思わぬ嬉しい取り合わせであります。

 さて、今回掲載された小説のタイトルは『洛陽幻夢』。洛陽といえば中国の都、ではなく、この場合は平安京の東側の意であります。近藤勇は池田屋事件のことを「洛陽動乱」と呼んでいたそうですが……そう、本作の題材となっているのは池田屋事件なのです。

 長州浪士を中心とした蜂起の企てを知り、浪士たちの本拠を探るべく二手に分かれた新選組。
 その結果、近藤を長とする隊が池田屋にて浪士を発見、激しい戦闘となっていたところに土方隊が到着し……という事件のあらましをここで語るまでもありませんが、本作はこの土方が池田屋に突入する寸前の物語であります。

 既に池田屋で戦闘が始まっていることを知り、突入を決意しつつも、実は人を斬った経験の乏しさから一瞬のためらいを見せる土方。
 と、その瞬間に周囲の風景は揺らぎ、次々と姿を変えていくと、彼がいるのは全く見覚えのない土地。そしてそこに彼で待っていたのは、一人の青年でありました。

 かつてこの地で起きた事件の名と、それがこの国の歴史に大きな影響を与えたことを語る青年。あるいは戦い以外の道があるのではないかと語る青年を前に、土方の選択は……


 というわけで、一種の○○○○○○○ものである本作。新選組や土方とそのアイディアの組み合わせ自体は実は比較的数はあるのですが、しかし本作は池田屋突入直前というタイミングが何とも面白い。
 そしてそこで一つの可能性を示されつつも、ある想いからそれを振り切る土方の姿は、その先に待っていたものを思えば物悲しくも、しかし「それでこそ!」と思わされるものがあるのです。

 そして、歴史を巨視的に考えればあるいはそちらの方が正しかったかもしれない道を前にしつつも、ごくパーソナルな、人間としては当然の感情から選択を行う土方の姿は、実に作者らしい人間描写であると、個人的には嬉しくなってしまったところであります。
(もちろん、考証への拘りや小ネタのチョイスなどもまた、実に作者らしい)


 実は本作は雑誌のページで言えば4ページ弱、史実の解説的な部分を除けばさらに分量は少なくなります。しかしその中で作者らしさをきっちり見せ、そして魅力的な土方像を……そしてこの特集のタイトルへの回答を示してみせた作者の腕の冴えに、改めて感心した次第です。


 ちなみに特集本体の方は、山村竜也の総論が実にわかりやすく(これは本当に重要と改めて感心)丹念に書かれており、こちらももちろん一読をおすすめします。


『洛陽幻夢』(會川昇 PHP研究所「歴史街道」2017年5月号所収) Amazon
歴史街道 2017年 05 月号

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2017.03.31

天野行人『花天の力士 天下分け目の相撲合戦』 前代未聞、平安相撲伝奇活劇!

 毎回個性的な作品を輩出している朝日時代小説大賞の第8回の最終選考候補作である本作は、安倍晴明や渡辺綱が活躍する平安ものですが……しかし中心となる題材はなんと相撲。内裏で行われる相撲節会を舞台に、異能の力士たちが激突するユニークな伝奇活劇であります。

 藤原道長が栄華の階段を登り始めた頃――彼と激しく対立する藤原顕光は、毎年七夕に行われる相撲節会において、自分と道長がそれぞれ選んだ最強の相撲人による決闘を提案、道長もそれに乗せられたことから、物語は始まります。

 顕光側の力士は、樹木を壊死させ、空を飛ぶ鳥を落とす怪しげな呪術を操る巨漢・獲麟。この怪人に対抗する力士探しを命じられた安倍晴明は、渡辺綱と二人、寧楽(奈良)は秋篠の里に向かいます。
 その秋篠の里こそは、遥か千年前、垂仁天皇の御前で行われた七夕相撲で勝利した野見宿禰の子孫が暮らす里。そこで地祇と会話する力を持ち、邪を祓う四股を踏む少年・出雲と出会った晴明は、出雲の陰守役である美少女・鹿毛葉らとともに、都に戻るのですが――


 相撲といえばどうしても江戸時代という印象が浮かびますが、その歴史は遥か過去にまで遡ることができるのは言うまでもない話。
 そしてその起源と言われ、そして伝奇ものでしばしば題材となっているのは、本作の中核ともなっている、野見宿禰と当麻蹴速の御前相撲であります。。

 『日本紀』の垂仁天皇7年の項に記されたこの試合は、激しい蹴りの応酬の末に、宿禰が蹴速の腰を踏み折るという、現代のイメージとは程遠い、凄惨な結末を迎えたと言われる一戦。
 本作はこの一戦を題材に、平安に至るまでの千年の因縁を巡る伝奇活劇として物語を構築しているのがユニークなところであります(ちなみに計算するとこの試合は紀元前の出来事なので、本作の時点から遡れば確かに千年前ではあります)。

 安倍晴明や渡辺綱らが妖魔や術者と戦う平安ものは枚挙に暇がありませんが、そこに相撲が絡んでくる物語は、ほとんど記憶にありません。この点は見事な題材選びと言えるでしょう。

 題材と言えば、個人的には、本作の悪役が藤原顕光であることにも感心させられました。
 芦屋道満による道長への呪詛を晴明が見破ったという有名な伝説は、この人物の依頼という話があるこの人物。死後にも数々の祟りを起こし、「悪霊左府」と呼ばれたというのですから穏やかではありません。

 さまで有名ではないものの、こうした逸話から考えれば本作でのキャラクターはまさにはまり役。先の野見宿禰と当麻蹴速の一戦やこの顕光の存在など、本作は既存の伝説を巧みに絡め合うことで、全く新たな物語を生み出しているのに感心させられます。


 とはいえ、残念な点がないわけではありません。晴明や綱、出雲をはじめとして様々なキャラクターが登場する本作ですが、その人物像はさまで掘り下げがなされているとは言い難いように思えます。
 好奇心旺盛な食えない性格の晴明、実直な武人の綱、天真爛漫な出雲、ツンデレの鹿毛葉……わかりやすいキャラクター設定は親しみが持てるのですが、そこから先に広がりが欲しかった、という印象はあります。

 悪役サイドが、わかりやすい悪役で終わってしまったことも含めて――

(これは全く別の話ですが、過去話としてさらっと邪馬台国と神武東征を絡めて物語を設定しているのにも疑問符が)


 とはいえ、達者な物語運びもあり、ラストまで一気に読むことができた本作。おそらくは本作が作者のデビュー作であることを考えれば、今後の活躍に期待してもよいのではないかと思います。
 本作の登場人物たちのその後の姿も描いて欲しい、という気持ちも確かに感じられるところであります。


『花天の力士 天下分け目の相撲合戦』(天野行人 朝日新聞出版) Amazon
花天の力士 天下分け目の相撲合戦

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2017.03.19

『コミック乱ツインズ』 2017年4月号(その一)

 今月もやってきました『コミック乱ツインズ』。今月号の表紙&新連載は、叶精作の『はんなり半次郎』であります。

『はんなり半次郎』(叶精作&篁千夏)
 というわけで京は御所近くの古道具屋「求善賈堂」を舞台とする本作。タイトルロールの半次郎はその店主、男名前ですが代々継がれている名であり、当代の半次郎は三十路半ばの女性であります。

 その求善賈堂に半次郎を訪ねてきた盲目の少年・幸吉。同じ古道具屋であった親を押し込み強盗に殺され、自分も視力を奪われた彼は、店から奪われた品物が求善賈堂に出たと聞いて、江戸からはるばるやってきたのであります。
 残念ながらその品は既に売れた後だったものの、事情を聞いた半次郎は幸吉に対してある行動に出るのですが……

 古道具の目利きにしてしたたかな商売人、剣の達人にして腕利きの蘭方医、そしてもちろん美女、といささか盛りすぎにも見える半次郎。
 しかしこの第1話では、銘刀を売りに来た武士とのやりとり、そして幸吉の目の治療と、流れるようにその特徴の数々を示してみせ、終盤にちょっとしたどんでん返しも挟んでみせるのは、さすが、としか言いようがありません。

 が、このコンビだと……と思った通り、間に入るサービスシーンが強引すぎて、いやいやいや、いくらなんでも! とツッコミを入れざるを得ません。それも期待されているのだとは思いますが、いかがなものかなあ。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 明治を舞台に日本の鉄道の曙を描く本作も、はや第3話。関西鉄道から官営鉄道に移籍することを決意した島安次郎は、同じ関西鉄道の凄腕機関手・雨宮にも移籍を持ちかけるのですが……もちろんというべきか、職人気質の雨宮が肯んじるわけがありません。
 そして時は流れ、いよいよ私鉄国有化の流れが決定的になった中、引退を目前とした雨宮の前に現れた島は――

 島と雨宮、管理運行側と現場という立場の違いはあれど、それぞれの立場から鉄道に深い愛情を注ぐ二人の交流を中心に描いてきた本作。
 島が雨宮を口説き落とせるかが今回の眼目ですが、ある意味お約束とも言える展開ながら、二人の真っ直ぐな想いが交錯し、そして合流する様はやはり胸を熱くさせるものがあります。

 雨宮の後継者たちの成長を示す描写も見事で、回を追うごとに楽しみになってきた作品です(そして今回もおまけページが愉快。確かにそれは難題だと思いますが……)。


『勘定吟味役異聞 破斬』(かどたひろし&上田秀人)
 よく見たら表紙に「全10回」と記載されていた本作、今回は第8回ですので、ラスト3回ということになります。

 今回はまさしく決戦前夜といったところ、柳沢吉保・荻原重秀側からは絡め手の引き込みが、新井白石からは温かみの欠片もない命令と板挟みの状況を一挙に打開すべく、自ら虎口に飛び込むことを決意した聡四郎。
 しかしその聡四郎の役に立ちたいと無謀にも敵方の牢人の跡を付けた紅が――

 と、決戦に向けてどんどん盛り上がっていく……というより聡四郎が追い込まれていく状況。
 しかしこうして改めて見ると、紅の行動は今日日嫌われるヒロインのそれ以外のなにものではないのですが、不快感を感じないのは、これは画の力――有り体に言えば、紅が非常に可愛らしく描けているからに他ならないと感じます。

 改めて画の力というものを感じた次第です。


 以降、長くなりますので、次回に続きます。


『コミック乱ツインズ』2017年4月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年4月号 [雑誌]


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2017.03.13

大西実生子『僕僕先生』第3巻 世界の有り様、世界の広大さを描いて

 美少女仙人・僕僕とニート青年・王弁が広大な天地を旅する姿を描く漫画版『僕僕先生』もこれで第3巻。原作小説の方はラスト直前ですが、こちらの方も、のんびりと、しかし着実に物語の終わりに向かっています。

 僕僕に誘われるまま、当てどない(ように見える)旅へと出た王弁。長安の王宮での冒険を経て北方に向かった二人は、そこでどうみても駄馬にしか見えぬ天馬・吉良を手に入れ、なおも旅を続けます。
 そして二人が向かったのはなんとこの星から遠く離れた天の向こうの星星の世界。そこで僕僕とはぐれ、この世界の創造主たる帝江と出会った王弁ですが、吉良ともども、恐るべき「闇」である渾沌に飲み込まれることになります。

 悪意ある闇とも言うべき渾沌の中は、文目も分かぬという表現では生ぬるすぎるような真の暗闇、そこで正気を失ったものは渾沌に溶け込んでしまうという、恐るべき存在であります。
 どうにか吉良と出会った王弁ですが、しかし星星を渡るほどの吉良の脚力でも抜け出せぬほど、渾沌の中は果てがなく――

 というわけで文字通り神話クラスの存在に出会って大ピンチの王弁。それも中国の始原神話に登場するほどの存在ですから、凡人たる彼の手に余るというレベルではないのですが……しかしここで渾沌にまつわる過去の逸話を吉良から聞いた彼のリアクションが、実に彼らしくも微笑ましい。
 神話の中の神に対して、自分たち人間と同様のリアクションを想像してしまうのは、彼の凡人たる所以かもしれませんが、しかしそれは裏を返せば、彼が人間とそれ以外を分かたないということでもあります。

 そんな王弁の一種のおおらかさは、この先の物語に大きな意味を持つのですが……それはさておき。

 何とか元の世界に戻り、僕僕と再会した王弁(この辺りの何ともこそばゆい僕僕とのやりとりがまた実にイイ)ですが、次に彼らを待っていたのは、蝗害という大いなる災い。天を覆うほど大発生し山東地方を襲う蝗を、自らの力を貸して追い払おうとする僕僕ですが、しかしここで人間の側に意外な動きが起きることに――


 原作第1巻の漫画化である本作も、この第3巻で後半部分に入り、冒頭に述べたとおり王弁の旅も終盤にさしかかってきました。
 ここで描かれる物語は、基本的に原作のそれを大きく離れたものではなく、原作に忠実な漫画化ではあるのですが、しかしそこで示される絵が、これまで同様、これが本当に素晴らしいのであります。

 それは僕僕や王弁たちのキャラクター描写の妙にも表れていることは言うまでもないのですが、しかしこの第3巻で改めて感じ入ったのは、この物語の中で描かれる世界の広大さを見事に絵として表している点なのです。

 その広大さとは、渾沌に代表されるような中国の神仙世界の野放図とも言えるほどの壮大さに代表されるものですが、しかしそこにのみあるものではありません。
 それは、王弁が旅の途中で出会う様々な人々、各地の文化といったなどに示されるものであり、そして王弁の隣で謎めいた態度を見せる僕僕の心の中にもあるもの……一人の人間では到底全てを知ることがかなわないような一種の多様性であり、不可解さであります。

 思えば本作は、王弁から見た、世界の有り様というものを描く物語でした。引きこもりのニートであった彼が、僕僕という他者と出会い、その導きで外の世界を知る……その過程を描く物語であります。
 だとすれば、その彼が知ることになる世界を克明に絵として描くことが、その世界の広大さを、我々読者に示すことこそが、大げさに言えばこの漫画版の使命でしょう。そして本作は、それに見事に成功していると感じます。

 我々はこの漫画を通じて、僕僕が王弁に見せようとしているものを、同時に見ているのだと、そんな想いを抱かせるほどに――


 しかしその世界に存在するものは、決して我々に、彼らに好意的なものばかりではありません。
 この巻のラストで描かれたものは、そんな不穏なものの到来を予感させるものですが……さてそれが王弁と僕僕の旅の果てに何をもたらすのか。

 おそらくは次の巻で完結となるであろうこの漫画版がその果てに描くものを楽しみにしましょう。


『僕僕先生』第3巻(大西実生子&仁木英之 朝日新聞出版Nemuki+コミックス) Amazon
僕僕先生 3 (Nemuki+コミックス)


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