2019.07.18

青木朋『土砂どめ奉行ものがたり』 史実とファンタジーで描く人間と自然の和合の姿


 中国ものを得意とする青木朋が、江戸時代の農村を舞台として描く物語――江戸時代、土砂崩れなどを防止するために木の伐採などを取り締まる土砂留奉行の奮闘を、ファンタジー要素も交えつつ描いたユニークな作品であります。

 木の伐採や草刈りなどによって山がはげ山となったことにより、土砂崩れや洪水が頻発していた江戸時代。これを重くみた幕府は土砂留令を出し、山での木の伐採を取り締まり、護岸工事などを行うこととするのでした。

 そしてその任についたのが、土砂留奉行――本作の主人公・稲田守弥であります。早速担当の地域に赴き、農民たちを指導する守弥ですが、しかし土砂留の負担は全て農民。当然のことながら、彼らは大きく反発することになります。
 その中でも、村の若き長者である利兵衛は反対の急先鋒。かつて山で幼い弟を事故で喪った彼は、守弥の言葉も聞かず、ひたすら金儲けに邁進するのですが……


 先日発売された「歴史街道」誌の細谷正充「子供や孫にすすめたい「歴史小説&マンガ」24 」という記事で紹介されていた本作。
 このことからも察せられるとおり、本作は子供にも非常にわかりやすい、学習漫画と読んでもよいタッチで描かれた物語なのですが――しかし絵柄は可愛く、展開はコミカルであっても、内容の方は、あくまでも丁寧に史実を踏まえた本格派であります。

 そもそも、江戸時代には森林資源の管理が行われていなかったことから、際限ない伐採によってはげ山が増加し、それに伴い災害が頻発していた――という、ベースとなった史実が興味深い。
 そう、本作は「江戸時代は自然と共存し、自然を大事にしていた」と、何となく共有されている思いこみを完膚なきまでに叩き壊し、そこから文字通り地に足が着いた物語を描いていくのであります。

 しかし、江戸時代に土砂留令のような自然保護と環境回復の思想があったのには感心させられますが、これは農民に対する一方的な申し渡しであり、幕府側では経費の負担等を行わない点で、(今の目で見れば)大きな欠点があります。
 本作でも、土砂留を推進しようとする守弥の重い自体は純粋なものではありますが、しかしこの欠点に目を瞑り、農民に強制する時点で、やはり時代の制約から逃れられていない状況にあるのです。

 そしてそんな彼の矛盾を突く、農民のロジックを代表するのが、農民側の主人公――というより本作の中盤以降の実質的な主人公と言うべき利兵衛であります。
 欲に駆られて山の神木を伐ったことにより、祟りで仲間を、そして弟の命を喪いながらも、そのためにかえって金儲け優先の守銭奴となってしまった利兵衛。そんな彼にとって、土砂留は金儲けの機会を奪うものであり、ことごとく守弥の命に逆らうことになるのです。

 この彼の行動はさすがに極端かもしれませんが、しかし当時の農民たちがあの手この手で取り締まりを逃れようとしたであろうことは容易に想像がつくところで、農民たちのある種のリアルを、彼は背負っていると言えるのでしょう。


 さて――このようにある意味生真面目な本作をここで取り上げているのには、一つ理由があります。それは冒頭で述べたように、本作にはファンタジー――というより民話的要素が随所に織り交ぜられているためなのです。

 実は守弥は、生まれつき人ならざるものを見ることができる人物。それ故、利兵衛の行いに怒る山神や、兄を心配してこの世に留まる利兵衛の弟の霊などの存在を知り、時にその協力を得て、自らの任を進めていくことになります。
 そして物語中盤から大きな役割を果たすのが、彼にくっついてきた狐のお紺であります。こともあろうに垣間見た利兵衛に一目惚れしてしまった彼女は、人間に化けて彼の屋敷の下働きとなり、物語の台風の目となるのです。

 この辺りは、ややもすれば重い内容になりかねない本作に対するユニークなアクセントであることは言うまでもありません。しかし同時に、狐――人間に比べ遙かに天然自然に近い存在――と人間が、紆余曲折を経てその距離を縮めていく姿は、本作が描く人間と自然の共存、和合の姿を体現しているとも感じられるのです。
 物語後半にはちょっと存在感が薄れていた守弥にも(とんでもない)真実があって、楽しい気分で物語は終わるのですが――これもまた、その和合の姿の一つと感じます。


 江戸時代のシビアな現実を、楽しくも美しいファンタジーで包んで描いてみせる――子供から大人まで楽しめる佳品です。


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2019.07.05

石川優吾『BABEL』第4巻 巨大な魔との戦い、そして驚きの新章へ


 『南総里見八犬伝』をベースとし、作者一流の精緻な画でもって新たな八犬伝を描く『BABEL』第4巻であります。邪悪な怪人・扇谷定正の支配する佐倉城で新たな珠を持つ男・現八と出会った信乃。しかしそこで姿を現した定正の正体とは何と……。そして物語は予想もしなかった新章に突入いたします。

 里見家を奇怪な闇から救う八つの珠を求めて旅にでた信乃たち。最初に訪れた佐倉城で、信乃は定正の闘技場最強の男・現八と芳流閣で決闘することになります。
 敗れた信乃が城に囚われた一方で、自由を得た現八が十数年ぶりに帰った故郷で知ったのは、奇怪な魔物によって村人全てが食われたという事実。そしてそこで己の珠を得た現八は、佐倉城に舞い戻ることになります。

 折しも信乃が処刑されようとする時、駆けつけた現八によって倒される定正。しかしその体から飛び立ったのは無数の蠅。そしてそれが集まって現れたのは巨大な蠅の魔物――大食を象徴するベルゼブブ!

 ……なるほど、八つの珠に抗する者はと思えば、こう来たか! というこの展開。八つの徳目に対して、七つの大罪を持ってくるとは驚くほかありません。
 しかし相手が伝説の堕天使とすれば、人間たちにとってはあまりに分が悪い。たとえ珠の力があっても、信乃の言葉が城の人々を奮い立たせようとも、現八の怒りの力があろうとも――あまりに強大な敵に如何に挑むのか? 佐倉城編のラストに相応しい死闘が描かれることとなります。


 そしてその激闘の興奮覚めやらぬ中、この巻の後半から突入する新章の舞台となるのは――何と南国。その中心となるのは、薩摩の下士と覚しき犬田家の下人・小文吾(!)であります。

 島津家で行われた犬追物で逃げ出した犬を追いかることとなった小文吾。しかし彼が見つけたその犬は、「我を助けよ」と彼に語りかけてきたのであります。
 心優しき主夫婦の協力で、犬を匿うこととなった小文吾。しかしそれを知った残忍な薩摩侍たちによって主夫婦は惨殺され、崖から海に転落した小文吾と犬。彼らが辿り着いた先とは……


 信乃・荘助・現八とくればやはり次は小文吾――というところですが、ここで舞台がいきなり薩摩と屋久島に飛ぶのには、冒頭から驚かされっぱなしの本作においても、ある意味最大の驚きであります。

 もはや南総でも里見でもありませんが(もっとも本作はタイトルにその二つを謳ってはいないわけですが)、八犬伝で南国というのは、かの『新八犬伝』も通った道であります。
 あちらは『椿説弓張月』を取り入れたから――というのはさておき、本作に登場する八犬士の敵の正体と出自を考えれば、もはやこの国のどこが舞台となってもおかしくないということなのでしょう。
(ちなみに本作の小文吾は、小太りの体型に太い眉と丸い目という、何だか西郷さんをイメージさせる造形ですが――その辺りの連想もあるのかしらん)

 もはやこの先の物語がどう展開していくのか、見当もつきませんが――まずは第三の八犬士(であろう男)の冒険の向かう先と、それがどのように信乃たちの旅と繋がっていくのか、本作らしい奇想天外な物語を期待するとしましょう。


『BABEL』第4巻(石川優吾 小学館ビッグコミックス) Amazon
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2019.06.25

石川ローズ『あをによし、それもよし』第2巻 ミニマリスト山上、「山上憶良」になる!?


 現代のミニマリスト・山上が奈良時代にタイムスリップするという、極め付きにユニークな歴史コメディ『あをによし、それもよし』、待望の続巻であります。相変わらずマイペースに奈良ライフを満喫する山上ですが、思わぬ形でこの時代で新たなしがらみが……

 とにかく物を持たず、物に執着せずに暮らすことに全てを賭けてきたサラリーマン・山上(やまがみ)。日頃、物質社会の現代の生き辛さを嘆いてきた彼ですが――どうしたことか突然タイムスリップし、奈良時代に行ってしまったのでした。
 そこで、「あをによし奈良の都は咲く花の薫ふがごとく今盛りなり」と詠んだ一発屋(と作中で呼ばれる)小野老と出会い、彼と共同生活を始めることになった山上。

 現代と違って質素で不便な奈良時代の生活ですが、むしろ彼にとってはこれこそが求めていたもの。水を得た魚のように奈良ライフをエンジョイする彼は、違和感なくこの時代に溶け込んで……


 と、(最近の)タイムスリップものでは定番である、過去の時代に現代の知識やアイテムを持ち込んで無双するという展開にきっぱり背を向けて――というより、過去の時代の不便さを満喫するという、ある意味非常に斬新な本作。
 もちろんその流れはこの巻でも全く変わらず、風呂がない中でも蒸し風呂に入ったり、夏バテに川でアレを捕まえて食したり――相変わらずマイペースな山上と俗物根性旺盛な老の愉快なやり取り、そして絶妙な史実アレンジの数々が楽しめるのですが――しかし、この巻では山上の身に、さらにとんでもない事態が発生することになります。

 時の中納言・粟田真人――遣唐使として則天武后時代の唐に渡り、そこその儀容の見事さを讃えられたという逸話を持つ(でもやっぱり本作では何かヘンな)彼が、偶然出会った山上のことを「山上憶良」と言い出したのです。
 聞けば「山上憶良」は真人と同じ時に遣唐使になりながらも、その途上で消息を断ったという人物。彼を引き立てた真人は、その才を惜しんでいたというのであります。

 ……いやはや、本作では山上が後に「山上憶良」と呼ばれるようになるものだとばかり思い込んでいましたが、何と「山上憶良」が別に存在していたとは!
 意外な展開に驚いていれば、さらに以外なのは「山上憶良」は妻子持ちだというではありませんか。真人からは従五位下の位を用意すると言われ、妻子までいるとなれば、普通の人間であれば喜ぶところですが、しかしミニマリスト・山上の選択は――?


 山上憶良といえば「貧窮問答歌」、という組み合わせのおかげで、何となく本人も貧窮していたイメージのある憶良ですが、しかし史実では遣唐使に選ばれたエリートであり、帰国してからは従五位下、すなわち貴族として国守にもなった人物(そして子煩悩)であります。
 どう考えてもミニマリストにはほど遠い人物ですが――といっても本作の「山上憶良」もしっかりミニマリストだったようですが――さて山上は「山上憶良」としてやっていくことができるのか?

 ……と、あまり深刻にならないのが本作の良いところ。何となくノリで物語は進行し、いよいよ山上も歴史に名を残すことになりそうですが――さて。
 同じくタイムスリップしてきた(元)カリスマミニマリスト・フジワラさん改め藤原不比等との対決(?)の行方も含め、この先の山上の運命が気になる――いや、良い意味で全く気にならない、実に楽しい物語であります。


『あをによし、それもよし』第2巻(石川ローズ 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
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2019.06.13

安萬純一『滅びの掟 密室忍法帖』 忍法帖バトルをミステリに再構築した意欲作


 サブタイトルを見ただけで「これは!」と思わざるを得ない――ミステリ作家であり、『忍者大戦 黒ノ巻』にも参戦した作者による本作は、伊賀と甲賀の五対五のトーナメントバトルと、それと平行する奇怪な連続殺人を繋ぐ恐るべき謎を描く、時代伝奇忍者ミステリと言うべき力作であります。

 時は島原の乱から数年後――伊賀に点在する忍びの里の一つ、木挽の里に、江戸の五代目服部半蔵からの使いが現れたことから、この物語は幕を開けることになります。
 その半蔵からの命とは、里の使い手五人――塔七郎、半太夫、五郎兵衛、十佐、湯葉――に対して、甲賀の忍び五人――麩垣将間、藪須磨是清、紫真乃、奢京太郎、李香――を討てというもの。

 しかし、戦国の世ならいざ知らず、共に徳川家に仕える甲賀の忍びを何故殺さなければならないのか? そんな疑問を胸に抱きつつも、しかし忍びにとって上からの命令は絶対、甲賀に向けて伊賀の五人は旅立つのでした。
 しかし早くも最初の犠牲者が――五人の中でも最強と目される半太夫の顔の皮が何者かによって無惨にも剥がされ、集合場所に打ち付けられているのが見つかったではありませんか。

 ところが、塔七郎たちが里を離れた間に、何者かによって里の住人たちが殺されていくという事態が発生することになります。外敵に対しては鉄桶であるはずの里の守りが簡単に破られ、里の者たちの探索も空しく、次々と犠牲者は続くのでした。

 熾烈な忍法合戦が繰り広げられる間も、次々と殺されていく里の人々。この両者に関連があると考えた塔七郎は、戦いの中で知り合った旅の牢人・由比与四郎、そして江戸城勤めの親友の手を借りて、背後にあるものを探ろうとするのですが……


 副題から明らかなように、山田風太郎の忍法帖のオマージュという性格を色濃く持つ本作。なるほど、見方を変えれば忍法帖の忍者たちはそれぞれ独自のトリックによる殺人者であり、そして同時に被害者であります。本作はその点に着目して、忍法帖をミステリとして再構築してみせたものと言えます。
 そして本作の場合、登場する忍者たちが、自分が何故戦うかを知らない――すなわち変形のホワイダニットものというべき内容なのが、また目を引きます。

 さらに本作は、その副題が示すように「密室」にまつわる忍法が――すなわち殺人手段が――全てとはさすがに言わないまでも、数多く登場するのがユニークであります。
 忍者で密室? と思われるかもしれませんが、代表選手の中に密室/機械式トリックマニアがいた、という理由で、本当に次々と趣向を凝らした密室が登場するのが実に楽しい。かなり豪腕ではあれど、そこ繰り広げられる忍法殺人の数々は、副題に偽りなしと言うべきでしょう。


 しかし、本作の魅力は、そんな連続殺人としての忍法バトルのみというわけでは、もちろんありません。忍法バトルが本作の縦糸とすれば、横糸は里で起きる連続殺人――代表選手を派遣しているとはいえ、本来無関係であるはずの忍びの里で、何故人々が殺されていくのかという謎であります。
 その内容に触れるわけにはもちろんいかないのですが――しかしこの謎こそが、本作を時代ミステリとして成立させている、ということはできます。

 忍者たちの使命の陰にもう一つ、ある存在のさらに巨大な、恐るべき意図が、というのは、山田風太郎の『忍びの卍』を思い出させます(そして作者も同作に強い影響を受けていることを言明しているのですが)。
 本作はそんな忍者を題材とした時代ミステリの流れを汲みつつも、本作ならではの謎と仕掛けを用意し――特に「真犯人」も想定しなかったある人物の秘密を絡めることで、事件をさらに複雑なものに変えてみせるのはお見事と言うほかありません――そしてさらに、この時代が生んだ非情と無情、そして理不尽の存在をえぐり出すのであります。


 もっとも、この本作最大の仕掛けについては、ちょっと苦しい部分があるように感じられる点は否めません。ここまで回りくどい手を使わなくとも――と。
 しかしこれは「忍者は殺し合うもの」という忍法帖のルールを内面化している我々だからこそ引っかかるトリックであると考えれば――むしろ本作だからこそできるトリックであると言えるものでしょう(また、読み進めながらちょっと違和感のあったトーナメントバトルの展開もまた――なのにも感心させられました)

 忍法帖をミステリとして読み替え、そして忍法帖であることをトリックとする――そんな意欲的かつ魅力的な作品であります。

『滅びの掟 密室忍法帖』(安萬純一 南雲堂) Amazon
滅びの掟――密室忍法帖


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2019.06.07

『妖ファンタスティカ』(その四) 朝松健・芦辺拓・彩戸ゆめ・蒲原二郎・鈴木英治


 操觚の会の「書き下ろし伝奇ルネサンス・アンソロジー」『妖ファンタスティカ』の紹介も今回で最終回。まとめて五編紹介させていただきます。

 『夢斬り浅右衛門  小伝馬町牢屋敷死罪場』(朝松健)
 本作は、『伝奇無双』に掲載された『夢斬り浅右衛門』のある意味本編とも言うべき物語。
 「夢を拾う」、すなわち他人の夢を自分のものとして見る力を持つ仙台藩士が、夢で見た浅右衛門の仕置きの場に立ち会うことで、更なる不思議な世界に入り込む――という物語は、作者ならではの丹念かつ静謐さを感じさせる文章で読ませる作品ですが、長編の一部という印象が否めないのが残念なところです。


 『浅茅が学問吟味を受けた顛末  江戸少女奇譚の内』(芦辺拓)
 本作もやはり『伝奇無双』収録作品の『ちせが眼鏡をかけた由来』と同じシリーズに属する作品。
 男装して昌平黌の学問吟味を受けることとなった少女が巻き込まれた騒動を描く物語は、作者にしてはミステリ味がちょっと控えめなのが惜しいところであります。

 本作や『ちせが眼鏡をかけた由来』は、長編『大江戸黒死館』のプリクウェルに当たるとのことですが――早くこちらもを読みたいものです。


『神楽狐堂のうせもの探し』(彩戸ゆめ)
 神楽坂で美青年が営む喫茶店兼失せ物探しを訪れた少女の不思議な体験を描く本作は、本書で唯一の純粋な現代もの。まさか本書であやかしカフェものを読むことになるとは……!
 舞台は好きな場所ですし、描かれる「失せ物」の正体もグッとくるのですが、伝奇アンソロジーである以上、「彼」の正体にもっと伝奇的な仕掛けが欲しかったところです。


『江都肉球伝』(蒲原二郎)
 江戸で妖怪変化絡みの事件を専門とする同心に、配下の猫又たちが持ち込んだ事件。それは江戸を騒がす連続怪死事件の始まりで――という、変格の捕物帖ともいうべき作品。
 猫又が主人公の作品や、妖怪と人間のバディものは、今ではしばしば見るシチュエーションですが、本作のように猫又が完全に人間の子分として使われているのはなかなか珍しいのではないでしょうか。


『熱田の大楠』(鈴木英治)
 桶狭間の戦の直前に、信長の奇襲を察知した今川家の忍び。信長が出陣前に熱田に詣でることを知った彼は信長狙撃を狙うも……
 作者の桶狭間ものといえば、やはりデビュー作の『義元謀殺』が浮かびますが、本作は全く異なる角度でこの戦いを扱った掌編。この路線を突き詰めると非常に面白い伝奇ものになるのでは――と感じます。


 以上、駆け足の部分もありましたが、全十三篇を取り上げさせていただきました。いずれも短編ながら、作者の個性が発揮された作品も少なくなく、時代小説プロパー以外の作家の作品も含めた貴重な――そして何よりもバラエティーに富んだ伝奇アンソロジーとして楽しめる一冊であります。
 正直なところ、「怪奇」よりの作品が多かった印象もあり、この辺り、実は短編で伝奇ものを描く難しさにも繋がっていくように思われますが……

 何はともあれ、この伝奇ルネッサンスの流れがこれからも絶えることなく続き、さらなるアンソロジーにも期待したい――心よりそう思います。


『妖ファンタスティカ 書き下ろし伝奇ルネサンス・アンソロジー』(書苑新社ナイトランドクォータリー別冊) Amazon
妖(あやかし)ファンタスティカ?書下し伝奇ルネサンス・アンソロジー (ナイトランド・クォータリー (別冊))


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 操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その三) 誉田龍一・鈴木英治・芦辺拓
 操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その四) 朝松健

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2019.06.04

『妖ファンタスティカ』(その一) 秋山香乃・神野オキナ


 「書き下ろし伝奇ルネサンス・アンソロジー」と銘打たれた本書『妖ファンタスティカ』は、『伝奇無双 「秘宝」』に続く操觚の会の伝奇アンソロジー。収録作品は実に十三篇――古代あり幕末あり、新選組あり忠臣蔵あり、怪奇あり艶笑ありと、バラエティに富んだ作品揃いの一冊です。

 単に歴史時代作家たちが集まるだけでなく、積極的にこのジャンルを動かしていこうと、これまでも様々な活動を行ってきた操觚の会。その操觚の会が、伝奇ものの波を起こそうとしています。
 その第一弾が『伝奇無双』であるとすれば、本書は第二弾。『伝奇無双』が「秘宝」をテーマとした七作品から成るのに対し、本書はバラエティに富んだ内容の、十三作品で構成されています。

 これから数回にわたり、その中でも特に印象に残った作品をピックアップして紹介することといたしましょう。


『草薙剣秘匿伝  葛城皇子の章』(秋山香乃)
 山背大兄王が蘇我入鹿に一族もろとも滅ぼされ、次は自分の番と怯える葛城皇子。しかし入鹿の傍らに、入鹿には見えない少年の姿を見た皇子は、山背大兄王の死に疑念を抱くのでした。
 そして真相を知るために蘇我馬子のもとに向かった皇子は、そこで山背大兄王・蘇我入鹿・中臣鎌子の運命を変えたある存在を知ることに……

 『伝奇無双』では『ヤマトタケルノミコト 予言の章』と、やはり古代を題材とした作品を描いた作者の次なる伝奇は、大化改新前夜ともいうべき時代の物語。
 日本史の授業で誰もが学んだであろう有名な事件ですが――本作はその陰に、事件の登場人物たちの奇妙な因縁と、それを操る奇怪な存在を描き出します。

 そんな本作で特に印象に残るのは、むしろ「悪役」となる蘇我入鹿のある種の人間臭さでしょうか。歴史上イメージの固まっている人物にもう一つの顔を与え、あったかもしれない影の歴史を描くのが伝奇の機能の一つであれば、入鹿の秘めた想いを描いた本作には、まさにそれがあります。
(そしてまた、作中で「人に権力をもたらすもの」と呼ばれるものの奇怪な存在感も印象に残るところであります)

 ちなみに本書には、各作品の末尾に作者の言が付されているのですが、作者が伝奇ものを書く時は、古代・平安・鎌倉のいずれかの時代のみでいきたいとのこと。何とも頼もしい宣言であります。


『ころりの木壺』(神野オキナ)
 とある屋敷に招待され、そこで木の壷を真っ二つに斬れば五十両という、破格の依頼を受けた江戸の名だたる剣術家たち。しかし彼らの前で壷はコロリと刀を避け、誰一人として斬ることはできなかったのでした。
 そして江戸で剣術道場を開く湯文字逸四郎のもとにも届いた招待。屋敷に向かった彼がそこで知った奇怪な因縁とは……

 出身地である沖縄を題材とした作品を多く描いてきた作者の作品は、やはりかの地にまつわる呪物ホラー――それも極めて特異な――というべき物語であります。
 達人の一撃を生あるもののように避ける壷とは何なのか、何故それを斬らせようとするのか。そして斬った時に何が起こるのか――様々な時代ホラーを読んできましたが、本作はその中でも屈指のユニークさを誇る作品といえるでしょう。

 正直なところ、作者と時代ホラーはあまり結びつかなかったのですが――これは認識を改める必要がありそうです。


 次回に続きます。


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妖(あやかし)ファンタスティカ?書下し伝奇ルネサンス・アンソロジー (ナイトランド・クォータリー (別冊))


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2019.05.24

折口真喜子『月虹の夜市 日本橋船宿あやかし話』 隣り合った世界と、隣り合った時間と


 箱崎の船宿・若狭屋を舞台に、何かとこの世のものならぬものと縁を持ってしまう女将・お涼を狂言回しに描かれるシリーズの第二弾であります。今回もお涼の前に現れるのは、どこか人間くさいあやかしや神さまたち。そして本作では、お涼のルーツも描かれることに……

 日本橋は箱崎――現代では東京シティエアターミナルの所在地ですが、江戸時代はこの時代は江戸の水運の中心地。本シリーズは、その江戸を海と繋ぐ箱崎の小さな船宿・若狭屋を中心に、人とあやかしの、この世とあの世の奇妙な繋がりを描く短編連作であります。

 この若狭屋の女将・お涼は、父親・甚八譲りの見える体質。それゆえ幼い頃から何かとあやかしたちと縁を持ってしまうことになります。
 何しろ生まれてすぐに水害で流され、そこから救われるのと引き換えに、サルタヒコなる神の嫁になる約束をしたというのですから、筋金入り(?)なのであります。

 そんなこともあって、三十を過ぎた今も一人で父から譲られた若狭屋を切り盛りしているお涼ですが――しかし彼女はそんな運命など気にすることなく、江戸っ子らしいさっぱりとした態度で日々を暮らす、気持ちのよい女性。今日もおかしな縁で結ばれた人やあやかしを出迎え、明るくもてなすのであります。


 さて、そんな若狭屋とお涼を中心として描かれるシリーズ第二弾の本書は、八つの短編を収録しています。
 攫われた山の守り神を探して江戸にやってきた片目片足の小僧を助けてお涼が奔走する「小正月と小僧」
 幼い頃のお涼が手習所で出会った少年・吉弥との間の淡い恋心と、ある約束を描く「約束」
 飛鳥山に花見に出かけたお涼が、月虹が出る晩に開かれる異界の市に迷い込んだ末、思わぬ勝負に巻き込まれる「月虹の夜市」
 お涼と遊女上がりの綾と御家人の娘の菊江、生まれも育ちも違う友達同士の心の交流「月を蔵す」
 人付き合いを好まない男・源造が不思議な力を持つ女性・志乃と出会ったことから動き出す運命を描く「常世の夜」
 幼い頃に父の愛人・お慶に預けられた甚八が、自分の持って生まれた力に悩みつつも、お慶らの励ましで歩み出す「痣」
 行き倒れの男と出会った幼い頃のお涼が、男とともに雷珠を落とした雷獣に遭遇する「遠雷」
 いつも変わることなくそこにいて、若狭屋の船頭の銀次に、そして災害に苦しむ人々に力を与える萱原の女神の存在を描く「鹿屋野比売神 」

 いずれの物語も過剰に派手でも、ひどく恐ろしいわけでもなく、描かれているのは日常から半歩、あるいは一、二歩踏み出した不思議の世界。どこかのどかで、親しみやすさすら感じられる――そんな物語が描かれるのは、前作同様であります。


 しかし、本作で描かれるのは、日常とその隣の世界だけではありません。本作の特徴の一つは、現在に繋がる過去の世界が描かれることであります。
 特に「常世の夜」「痣」「遠雷」の三部作とも呼ぶべきエピソードは、お涼の親の、そしてそのまた親の代からの繋がりを描く物語として、印象に残ります。

 お涼が生まれながらに持つ力――それが父・甚八から受け継いだものであることは冒頭に述べましたが、その力もまた、甚八の親から受け継がれたものでもあります。
 ここで描かれるのは、受け継がれるその「力」と、そこに込められた想いの繋がり。それは決して真っ直ぐなものばかりではなく、時に脇道に逸れたり、ねじれたりとすることもありますが――しかし確かに今の自分に受け継がれている。本作で描かれるお涼たちの姿は、そんなことを感じさせてくれるのです。


 そしてまたもう一つ本作で印象に残るのは、巻末に収められた「鹿屋野比売神 」であります。紆余曲折を経て船頭となった銀次に、折に触れて力を与える萱原の女神の存在を描く本作は、しかしその女神が、銀次だけではなく、この世に、この自然に生きるものたちに力を与えるものであることを描きます。
 洪水や噴火などの天災に苦しめられる人々に寄り添う存在として――

 そんな女神の存在が、今この物語の中で語られるのは何故か――それを言うのは野暮かもしれません。しかしそこには本作の、そして作者の、我々に向ける優しい眼差しを感じる――そう述べることは許されるのではないでしょうか。


『月虹の夜市 日本橋船宿あやかし話』(折口真喜子 東京創元社) Amazon
月虹の夜市 (日本橋船宿あやかし話)


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 折口真喜子『おっかなの晩 船宿若狭屋あやかし話』 あの世とこの世を繋ぐ場所で出会う者たち

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2019.05.13

大塚已愛『ネガレアリテの悪魔 贋者たちの輪舞曲』 少女と青年と贋作の戦いと救済の物語


 先日ご紹介した同じ作者の『鬼憑き十兵衛』の日本ファンタジーノベル大賞受賞と同年に第4回角川文庫キャラクター小説大賞を受賞した本作は、19世紀末のロンドンを舞台に、「贋作」から生み出される魔を祓う青年と少女の戦いを描く、奇怪で風変わりで、そして美しくもどこか物悲しい冒険譚です。

 ハンズベリー男爵家の長女でありながら一人身軽に外を歩き、画廊や美術館で絵画を鑑賞するのをこよなく愛する少女、エディス・シダル。ある日、父の使いで画廊を訪れた彼女は、そこでルーベンスの未発表作品と言われる絵画を目にすることになります。
 しかしその絵から、強い怒りと羞恥の念をを感じ取るエディス。彼女の言葉に反応した深紅の瞳の美青年サミュエルは、この絵は贋作だと断じて去っていくのでした。

 数日後、再び同じ画廊を訪れたエディスが見たものは、店内が闇に包まれ、人々は全て意識を失うという奇怪な状況。そして異空間と化した店に閉じこめられた彼女の前で、あの贋作は奇怪に変貌し、中から鋼の異形が現れたではありませんか。
 異形に襲われた彼女があわやというところに現れたのは、あの美青年サミュエル。異空間にも平然と入り込んできたサミュエルは、手にした極東の刀と人間離れした身体能力を武器に、異形を迎え撃つのですが……


 この事件をきっかけに、現世に口を開いた異界「ネガ・レアリテ」で、贋作を媒介に生まれる魔を祓うサミュエルの戦いに巻き込まれたエディス。本作はこの二人が、ネガ・レアリテを解き放たんとする妖人に挑む姿を描く、全3話の連作スタイルの物語であります。
 その作風を一言で表せば、「ダークファンタジー」――THORES柴本の表紙絵が何よりもふさわしい作品といえます。

 そしてそんな本作のモチーフであり、最大の特徴が、絵画――それも「贋作」であることは言うまでもないでしょう。ある作家の作品として偽ってこの世に生み出される「贋作」。本作はその存在を、著名な作家たちの、現実に存在する真作と対比させつつ、一定以上のリアリティをもって、見事に浮かび上がらせます。
 しかし本作は――それを扱う多くの作品がそうであるように――贋作の真贋のみを問題とする物語ではありません。本作で描かれるのは、そのように描かれてしまった贋作の悲しみや怒り、怨念――「生まれてきたことそのものが罪である存在」の想いなのです。

 贋作が何故描かれるのか――その理由は様々に存在します。そしてその数だけ、贋作者の想いが、そして贋作自身の想いがある……。本作はそれを、真摯な審美眼と、豊かな感受性、そして何よりも優しさを持つエディスの瞳を通じて浮かび上がらせます。そしてそれを認め、心に留めようとする彼女の存在は、贋作たちに一種の赦しを与えるのです。

 それは、刀と呪法でもって贋作の魔を倒し、祓うサミュエルとは、また別の力を発揮するのであり――そこに本来であればごく普通の少女でしかないエディスが、一種の超人たるサミュエルのパートナーとして活躍する意味がある、という構成も巧みであります。


 しかし、本作はそれ以上の贋作との関係性を二人に持たせます。

 実は男爵の実の子ではなく、その姉が誰とも知らぬ男との間に生んだ娘であるエディス。彼女に注がれる家族の愛は本物であったとしても――しかし本物の家族ではない、という意識が彼女にはつきまといます。それは彼女自身が、自分を不義の子という「生まれてきたことそのものが罪である存在」と感じているからにほかなりません。
 そしてサミュエルもまた――その形は彼女とは全く異なるものの――一種の贋者であり、そしてやはり同様の存在なのです。

 そんな二人が出会い、そしてある意味己と同じ存在である贋作の魔と対峙することによって、己自身を見つめ直し、そして互いに見つめ合う時生まれるもの……
 エディスが贋作に与えるものが救済であるとすれば、同時にそこには彼女自身の、彼女とサミュエルへの救済がある――そんな物語構成が、本作に豊かな味わいを生み出しているのであります。


 全てを知る敵の企てに、二人がほとんど何も知らされぬまま(そしてそれは読者も同様なのですが)翻弄されるという物語展開には違和感を感じないでもありません。日本刀と日本の呪法を操るサミュエルにもやり過ぎ感はあります。

 しかし――本作で描かれる異形の存在と、それに対して、そして二人に対して与えられる救済の形は、何よりも魅力的に感じられることは間違いありません。是非とも続編を読みたい作品であります。


『ネガレアリテの悪魔 贋者たちの輪舞曲』(大塚已愛 角川文庫) Amazon
ネガレアリテの悪魔 贋者たちの輪舞曲 (角川文庫)


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2019.05.11

碧也ぴんく『星のとりで 箱館新戦記』第3巻 「平時」の五稜郭と揺れる少年の心


 北の大地に希望を求めた土方歳三ら、旧幕府軍の男たちを描く『星のとりで』も巻を重ね、これで第3巻であります。松前藩を打倒し、箱館を占領した旧幕府軍。一時の安らぎを取り戻した中、土方の傍らでその戦いを目撃してきた幼い新選組隊士も運命の岐路を迎えることに……

 新政府側との苦闘の末、ついに蝦夷地に上陸した旧幕府軍の面々。しかしそこに至るまでの犠牲は決して少なくはありません。

 北に向かう旅の途中で交誼を結んだ元唐津藩の若君・胖は戦死し、そして旅の当初からの仲間であった良蔵が病で脱落、そして今度は馬之丞が何者かに捕らわれ――と、数々の別れを経験することになった市村鉄之助と田村銀之助。
 戦いの現実や、政治の力学――決して甘くはない現実と否応なしに直面せざるを得ない少年たちですが、それでも刻一刻と状況は変化していくことになります。

 ついに五稜郭に入り、蝦夷地に新国家を樹立した旧幕府の面々。軍ではなく(事実上の、というただし書き付きとはいえ)国家になったということは、とりもなおさず戦い以外に行うべきことが幾つもできたということであり――陸軍奉行並とはいえ、土方もまた、戦場とは別の場所で力を振るうことになります。
 そして彼に小姓として仕えてきた鉄之助と銀之助もまた。

 自分から離れて新たな道を歩めという土方の言葉を受け容れる銀之助と、困惑する鉄之助。それでも土方の近くに在ろうとする鉄之助の決断は……


 物語の始まりから、土方たち「大人」の戦いの姿を、鉄之助や銀之助たち「少年」の視点から描いてきた本作。ある意味その戦いも一段落したこの巻においては、その視点も、新たなものに向けられることになります。

 それは言ってみれば「平時」の五稜郭の姿。その最期の姿があまりに鮮烈であっただけに、戦時の印象ばかりが残りますが、かつて蝦夷地に生まれたもう一つの国が、どのように国であろうとしたのか――少年の視点で描かれたその姿は、我々が見ても新鮮に映ります。

 もちろん、その大きな変化に対して、ついていけない者がいるのも事実ではあります。例えば前の巻で鮮烈な印象を残した胖の唐津藩のように、藩としての立場からこの戦いに参加した者たちにとって、新たな国は決して居心地が良いものではなかった――というのはなかなか興味深い視点であります。

 そしてその流れに巻き込まれた者に対する土方の言葉がまた実に格好良いのですが――しかしその土方の言葉を持ってしても、なかなか納得できないのが少年の純情というもの。なんとか土方を翻意させようとする鉄之助ですが、そこに思わぬ助っ人が現れて……


 というところで満を持して(?)登場するのが、あの隻腕の美剣士・伊庭八郎であります。
 本作においては、土方と伊庭は旧知の仲という設定。まだ江戸で暮らしていた時分につるんでバカをやっていた二人が、全く別の道を辿りながらそれぞれの節を曲げずに戦いを続けた末に五稜郭で再会する――というのは実にグッとくる展開です。

 そして本作の伊庭は、(期待通りに)明るく捌けた江戸っ子ではありますが、しかしそれだけに、彼が語る、これまで戦いを続けてきた理由は実に胸に迫るものがあります。
 そんな伊庭と鉄之助の会話の中で、それぞれにとっての「砦」の意味が語られるのが、個人的にはこの巻のクライマックスである――そう感じます。


 そしてこの巻の巻末には、その伊庭八郎と、親友である本山小太郎の姿を描く短編が収録されています。
 片腕を失い、江戸に潜伏しながらいまだ戦意を失わない伊庭と、そんな伊庭を案じる本山と――やはり「星のとりで」に集った綺羅星の一つである伊庭と、そんな星を振り仰ぎながらもついていこうとする本山の姿が印象に残る好編であります。


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星のとりで~箱館新戦記~(3) (ウィングス・コミックス)


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2019.05.04

大塚已愛『鬼憑き十兵衛』 少年復讐鬼とおかしな鬼の、直球ど真ん中の時代伝奇小説


 日本ファンタジーノベル大賞受賞作であり、直球ど真ん中の時代伝奇小説――松山主水の息子・十兵衛が美貌の鬼の力を借りて繰り広げる仇討ちが、やがて思いもよらぬ壮大かつ壮絶な妖戦へと展開していく、キャラ良しストーリー良しの快作であります。

 寛永12年、傷を受けて療養中のところを暗殺された、細川忠利の剣術指南役・松山主水大吉。しかしその直後、下手人の浪人たちを次々と討ち果たしていく、獣じみた動きの影がありました。
 影の正体は、主水の弟子であり、そして彼が山の民の女性との間に作った子・十兵衛――今際の際の父からその真実を知らされた十兵衛は、怒りに燃えて暗殺者たちを全滅させるものの、自らも瀕死の重傷を負うのでした。

 しかし、死闘の場である廃寺に残されていた干からびた僧の死体に十兵衛の血がかかった時、驚くべきことが起きます。
 実はその死体と思われたものこそは、力を封じられ倒れていた強大な鬼。人間離れした美貌を持つ大悲と名乗る鬼は、十兵衛の血で復活できた礼にと彼の傷を治し、彼が死ぬまで憑くと言い出すではありませんか。

 人の血肉を喰らうことにより相手の記憶を読む大悲の力によって、暗殺者たちの記憶を辿り、関係者を次々と暗殺していく十兵衛。
 しかし十兵衛は、やがて父の死が単なる兵法上の遺恨によるものではなく、背後に細川家で隠然たる力を振るう「御方さま」なる存在が潜むと知ることになります。

 さらに潜伏していた山中で、相討ちになったような人々の奇怪な死体と、彼らが運んでいた長持ちの中に入れられていたと思しき金髪碧眼の少女に出くわした十兵衛。
 顔に傷をつけられ、声を失ったその異国の少女を余計なお荷物と知りつつも助け、紅絹と名付けた十兵衛は、彼女を故郷に帰すことを誓うのですが、紅絹の存在は彼自身の復讐行にも絡むことに……


 と、復讐ありバディあり御家騒動ありボーイミーツガールありと盛りだくさんの本作。
 まず事の発端が松山主水――実在の人物でありながら、その二階堂流平法・心の一方など奇怪な逸話には事欠かない剣士――の暗殺という「史実」の時点でニッコリとさせられますが、その先の物語も、一切出し惜しみなしの波瀾万丈としかいいようのない展開なのに目を奪われます。

 そしてそれに加えて、その物語で暴れ回る主人公二人のキャラクターが実に楽しいのであります。
 山の民に育てられ、師(実は父)に剣を叩き込まれた復讐鬼という、ほとんど外の世界を知らない戦闘マシンのような存在ながら、妙に素直で純情なところを持つ十兵衛。
 見かけは絶世の美形ながら、人間を遙かに超える生命力と魔力を持つ鬼であり、それでいて妙に人なつっこい大悲。
(己の影を操って死人を喰らう力を持ちながらも、本当の好物は年月を経た器物(に宿る魂)というのもまた実に愉快なのです)

 人間と人外のバディものというのは珍しくはありませんが、しかし本作の二人は――特に「鬼」とは裏腹な大悲の飄々としたキャラがあって――その噛み合い方、いや噛み合わなさが、決して明るくはない物語を彩るアクセントとして機能しているのであります。


 しかしそれだけでなく、本作の真に優れた点は、作中に溢れるガジェットと、スケール感の巧みな制御にあると感じます。
 実のところ、伝奇もので物語のスケールを大きくすることは(大風呂敷を広げることによって)さまで難しくはないのでしょう。しかしそれを物語の構成要素と物語展開に見合った形で描こうとすれば、話はまた別であり――それを出来ている作品こそが、優れた伝奇小説と呼ばれるのではないでしょうか。

 本作は、松山主水の死から始まり、そこから、大悲の登場や紅絹との出会い、そして黒幕の正体と陰謀――と、物語のスケールは加速度的に広がり、そして内容も現実を(まさしく「ファンタジーノベル」の名にふさわしく)離れていくことになります。
 しかしその流れは同時に、物語の構成要素と破綻を来すことなく、首尾一貫した十兵衛自身の――彼の戦いと成長の――物語として成立しているのであります。本作は作者のデビュー作とのことですが、それでこのクオリティとは――と驚くほかありません。


 正直なところ、大悲の存在など序の口の、中盤以降の波瀾万丈な展開故に、物語の内容に触れられないのが残念なのですが、しかし本作の面白さには太鼓判を押すことができる――そして作者のこの先の作品が楽しみになる、そんな作品であります。

(そして読み終わった後、ぜひ裏表紙に目を向けていただければ――と思います)


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鬼憑き十兵衛

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