2017.07.25

芦辺拓『地底獣国の殺人』 秘境冒険小説にして本格ミステリ、そして

 本格ミステリの枠を守りつつも、書けないものはないのではないか、と言いたくなるアクロバティックな作品を次々と発表してきた芦辺拓。そのシリーズ探偵・森江春策が、なんと恐竜が徘徊する人外魔境を巡る事件――それも彼の祖父にまつわる事件に挑む、極めつきの異色作にして快作であります。

 またもや一つの難事件を解決した森江春策の前に現れた謎の老人が語る、奇怪な物語。それは戦前に彼の祖父・春之介も参加したという、ある冒険の真実でした。

 昭和11年、ライバル社に対抗せんとする新聞社の驚くべき企画――それは、飛行船により、トルコのアララト山に眠ると言われるノアの方舟を探索するという冒険でした。
 その企画への参加することとなったのは、高天原アルメニア説を唱える異端の老学者・鷲尾とその美人助手・浅桐、飛行船を操る日本軍人コンビ、地質学者、通訳、トルコ軍人に謎の外国人、そして春之介を含む三人の新聞記者という面々であります。

 出発前から不穏な空気の漂う中、旅立った一行がアララト山上空で見たものは、記録に残っていない巨大な亀裂。そして原因不明の機器の異常により亀裂の中に不時着した一行を待っていたのは、鬱蒼たる密林と、そこにうごめく恐竜たち――そう、そこは時に忘れられた世界だったのであります。

 何とか脱出の機会を探る中、不審な動きを見せる鷲尾を追った折竹記者(有名な探検家とは無関係)と浅桐は、祭祀場のような遺跡から、彼が何かを掘り出すのを目撃。しかしその直後に彼らは恐竜の襲撃を受け、折竹たちは深手を負った鷲尾を連れ、原始の森林をさまようことになります。
 そして必死の思いで飛行船に帰還した彼らを待っていたのは、何者かに破壊され、もぬけの空となった飛行船。さらに折竹の前には、あまりに意外な人物が……


 既に現在ではほとんど滅んだジャンルである秘境冒険小説。『失われた世界』『地底旅行』『ソロモン王の宝窟』、そして『人外魔境』に『地底獣国』――地球上から秘境と呼ばれる地と、それを信じる人が消えると共に失われたその作品世界を、本作は見事に復活させています。
 奇想天外な秘境と、そこに潜む恐竜などの怪生物、そして原住民たちと秘められた宝物――そんな胸躍る世界を、本作は戦前というギリギリの虚実の境目の次代を舞台に、丹念に、巧みに描き出しているのです。

 ――いや、確かに面白そうではあるけれども、しかし本作はどう考えてもミステリではないのでは、と思われるかもしれません。それも尤もですが、しかし驚くなかれ、そのような世界を描つつも、本作はあくまでも本格ミステリとして成立しているのであります。
 外界から隔絶された秘境での冒険の中、一人、また一人と命を落としていく探検隊のメンバー。その構図は、有名なミステリのスタイルを思い起こさせはしないでしょうか。「雪の山荘」「嵐の孤島」ものとでも言うべきスタイルを……

 そう、本作はこともあろうに人外魔境を一つの密室に見立てた連続殺人もの。しかもその謎を解き明かすのは、その冒険(事件)から半世紀以上を経た現代に、謎の老人から冒険の一部始終を聞かされた森江春策――すなわち本作は、同時に一種の安楽椅子探偵ものでもあるのです。
 なんたる奇想!ミステリ作家多しといえども、このような作品を生み出すことができるのは、作者しかいない、と言っても過言ではないでしょう。

 物語を構成する要素が一つとして無駄になることなく意外な形で結びつき、やがて巨大な謎とその答えを描き出す。さらにとてつもない仕掛けを用意した上で……
 ここには、本格ミステリというジャンルの魅力の精髄があると言えます。


 そしてまた、本作は同時に、一種の歴史もの・時代ものとして読むことも可能です。それも実に優れたものとして。

 本作で描かれる世界は、確かに現実世界からは隔絶したような人外魔境であります。
 しかしその一方で、そこに向かう人々、そして彼らが引き起こし彼らが巻き込まれる出来事は、皆この時代の、この世界なればこそ成立し得るものなのであります。
(そして発表されてから20年経った本作に描かれる世界は、奇妙に今この時と重なるものがあるようにも感じられます)

 秘境冒険小説と本格ミステリといういわば二重の虚構の世界を描きつつも、その根底にあるもの、そしてそこから浮かび上がるのは、紛れもない我々の現実である……
 本作の真に優れた点はそこにあるのではないかとも感じた次第です。


『地底獣国の殺人』(芦辺拓 講談社文庫) Amazon
地底獣国(ロスト・ワールド)の殺人 (講談社文庫)

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2017.07.23

朝日曼耀『戦国新撰組』第2巻 新撰組、いよいよ本領発揮!?

 戦国へのタイムスリップはもはや定番ネタ……というのは言い過ぎかもしれませんが、しかしその中でもユニークさでは屈指の一作、あの新撰組が、こともあろうに桶狭間の戦直前にタイムスリップして大暴れする物語の第2巻であります。第1巻の衝撃の結末を経て、事態はいよいよややこしいことに……

 いかなる理由によるものか、突然、壬生の屯所から戦国時代の桶狭間周辺に放り出された新撰組。その一人である三浦啓之助は、土方、島田らとともに木下藤吉郎と蜂須賀小六に捕らえられ、信長の前に引き出されることになります。
 そこに乱入してきた近藤、井上、斎藤らにより、一時は形成逆転したかに見えた新撰組サイドですが、柴田勝家をはじめとする怪物めいた戦国武者たちの前には分が悪い。近藤が、島田が深手を負う中で、啓之助は思いも寄らぬ行動に出ることに――


 と、啓之助によって信長が○○されるという、まさしく「何してくれてんだ!」というしかない衝撃の展開を受けて始まるこの第2巻。
 自分たちの命を守り、未来の天下人を救うためとはいえ、豪快に歴史を変えてしまった啓之助ですが(この辺りのあっけらかんぶりがまた彼らしい)、藤吉郎もそれに乗ってしまうのがまた面白い。

 主君と仰ごうとしていた人間を……というのにこの行動というのは、一見不条理に見えるかもしれませんが、まだ本格仕官前というこのタイミング、そして彼の合理的のようでいて博打好きな性格を考えれば、この選択はアリでしょう。
 その後も大きな犠牲を払いつつ、藤吉郎と新撰組は、こともあろうに織田家の懐に飛び込むという奇策に出るのですが……


 しかし大混乱の中で忘れそうになりますが、桶狭間の戦がなし崩し的に消滅してしまったことで、いまだ今川義元の軍は健在。そしてそこには、やはりタイムスリップしていた山南、沖田、藤堂の姿が……

 自分の刀を存分に振るえる時代にテンションのあがりまくった沖田によってさらに歴史が変わっていく中、織田攻めの先方を命じられた松平元康。
 彼こそは言うまでもなく後の徳川家康、新撰組が忠誠を誓った徳川幕府の祖を守るため、山南たちも大きな役割を果たすことになるのであります。

 主人公の敵サイドにも未来人(主人公の同時代人)が!? というのは、タイムスリップものでは定番の展開の一つではあります。
 しかしそれがかなり早い段階で登場、しかもその「敵」が、(少なくともこの時点では)鉄の結束を誇っていた新撰組の同志とは……これには驚き、テンションが上がりました。

 しかしそれ以上にテンションを上げてくれるのは、この沖田の、そしてこの巻から本格的に活躍する斎藤の「強さ」であります。


 実は第1巻の時点で個人的に不満に感じたのは、新撰組があまり活躍していないというか、強くない点でした。

 過去にタイムスリップといえば、(女子高生主人公を除けば)未来の知識や技術でチートして大活躍、というのが定番。
 しかし本作の場合、いきなり新撰組は野武士に蹴散らされ、土方も蜂須賀小六に一騎打ちで敵わず――といきなりピンチの連続。

 もちろん冷静に考えれば、戦が数十年続いてきた時代にテクノロジーレベルが少々高い時代の人間がタイムスリップしても、さほどアドバンテージにはならないのはむしろ当然なのかもしれません。
 しかし折角(?)タイムスリップしたのだから、戦国時代での新撰組の無双の活躍を見たい――それも人情でしょう。

 そしてその気持ちは、上で述べた沖田を、そしてさらに本多忠勝と一騎打ちを演じた斎藤を通じて満たされることになるのです。
(そしてその斎藤の活躍に至るまでに、土方の巧みな指揮があったというのも嬉しい)


 ついに戦国の世で本領を発揮することとなった新撰組。しかし彼らの存在によって、戦国の世の混迷は一層深まり――歴史の歯車の狂いはいよいよ大きくなることになります。
 さらに「もう一人」(いや二人?)がこの状況に絡むことにより、歴史はどこに向かうことになるのか。そしてその中で新撰組は、啓之助はいかなる役割を果たすことになるのか?

 新撰組隊士の中でまだ登場していないあの男とあの男の行方も含めて、まだまだ先が読めない物語であります。


『戦国新撰組』第2巻(朝日曼耀&富沢義彦 小学館サンデーGXコミックス) Amazon
戦国新撰組 2 (サンデーGXコミックス)


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2017.07.22

上田秀人『御広敷用人大奥記録 12 覚悟の紅』 物語の結末を飾る二人の女性の姿

 吉宗の大奥改革を発端に始まった激しい暗闘を描く水城聡四郎シリーズ第2シーズンとも言うべき『御広敷用人大奥記録』も、この第12巻でついに完結。愛する竹姫に、そして嫡男の長福丸に次々と魔の手を伸ばした天英院と直接対決に及んだ吉宗と聡四郎を待つ結末とは?

 以前は大奥の五菜(雑用係の男)に竹姫を襲わせ、そして今度は長福丸に毒を盛った天英院についに怒りを爆発させ、聡四郎とともに大奥に乗り込んで、彼女の一派に一大痛撃を与えた吉宗。
 しかし吉宗と竹姫に対して深い恨みを抱いた天英院は、最後の手段として京の実家・近衛家に文を送り、さらに元御広敷伊賀者、今は裏社会の住人となった藤本に将軍暗殺を依頼。一方、吉宗は長福丸が自分の改革の犠牲となったことに深い心の傷を抱えることになって……

 と、最後まで先の読めない展開が続きますが、この物語は本作で間違いなく、それも極めて美しい形で結末を迎えることになります。そして聡四郎や吉宗以上に大きな役割を果たすのは、二人の女性である――そう申し上げても良いでしょう。

 その一人は紅――言うまでもなく聡四郎の妻であり、もうすぐ彼の子を産む、聡四郎の物語を通じてのヒロインであります。
 吉宗の養女という形で聡四郎の妻となった紅は、竹姫にとっては姉のような存在。これまでのシリーズにおいても竹姫を支えてきた紅ですが――本作において、彼女は竹姫とともに吉宗と対峙することになります。

 上で述べたように、長福丸が自分の改革の巻き添えを食う形で毒を盛られ、不具の身となってしまった吉宗。改革のためであれば何をも恐れず、剛毅をもって鳴らす彼にとっても、さすがにこの事態は、深刻なダメージをもたらすことになります。

 そんな吉宗を見るに見かねた聡四郎から助けを求められた竹姫は、さらに紅の力を借りるのですが――なんと、ここにきてあのフレーズが、第1シーズンとも言うべき『勘定吟味役異聞』で、結婚前の彼女が幾度となく聡四郎にぶつけたあのフレーズが、こともあろうにその場で爆発!
 いやはや、最近はずいぶんおとなしくなったかと思いきや、まさかシリーズのラストにきての大爆発に、本作のタイトル『覚悟の紅』の「紅」とは彼女のことであったかとすら思ってしまったのですが……

 そんなつまらない冗談を一瞬でも思ったことを反省するほかない展開が、ラストには待っています。そしてそれは、もう一人の女性――本シリーズのヒロインともいうべき竹姫を通じて描かれることになります。

 これはいささか踏み込んだ表現になってしまうかもしれませんが、本作において、吉宗と竹姫の恋は、史実通りの結末を迎えることとなります。
 それが如何なる経緯を経てのものであるか、それはもちろんここで触れるようなことはいたしませんが、決して変えられない史実の壁が、ここに待っていた――そう言うことができるでしょう。

 しかし本作は同時に、その結末において、その冷厳たる壁に小さな穴を開けてみせます。そしてそこに至り、我々は初めて知ることになります。本作のタイトルである『覚悟の紅』の意味と、そこに込められた竹姫の深い想いを……


 将軍吉宗の大奥改革――大奥の勢力を二分する天英院と月光院への宣戦布告から始まった『御広敷用人大奥記録』。その物語を貫くのは、自分の理想を実現し、次代に引き継ぎたいという吉宗の強い意志であり、聡四郎はその実現のために戦い続けてきたと言えます。
 しかし、次の代へ世を引き継いでいくことは、男たちだけの力のみでできるものではありません。そこには必ず、彼らの子を産む女性たちの存在が必要なのですから。

 そしてこの物語は、大奥という女の城を舞台とする以上に、女性の存在がクローズアップされる物語となっていくことになります。吉宗に愛され、共に次代を目指す竹姫というヒロインの存在を中心に据えることで……
 だとすればその結末を彼女の姿を通じて語ることは、必然であったと言えるでしょう。

 そしてその姿はもの悲しくも、極めて美しく、そして力強いものであったと……


 これにて聡四郎の第二の戦いは幕を下ろすことになります。しかし吉宗の改革の意志は衰えることなく、いやむしろ、本作の結末をもって、より強まったと言えるでしょう。
 だとすれば、聡四郎の次なる戦いが始まる日も遠くはありません。その日を、今はひたすら楽しみに待ちたいと思います。


『御広敷用人大奥記録 12 覚悟の紅』(上田秀人 光文社文庫) Amazon
覚悟の紅: 御広敷用人 大奥記録(十二) (光文社時代小説文庫)


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 上田秀人『御広敷用人大奥記録 10 情愛の奸』 新たなる秘事と聡四郎の「次」
 上田秀人『御広敷用人大奥記録 11 呪詛の文』 ただ一人の少女のために!

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2017.07.21

『お江戸ねこぱんち 夢花火編』 顔ぶれは変わり、そして新しい魅力が

 前回の紹介から非常に間があいてしまった上に、本号の発売からも一ヶ月遅れの紹介ということで誠に恐縮なのですが――久々の『お江戸ねこぱんち』誌の紹介であります。リニューアル後でだいぶ作品の顔ぶれは変わった本書、印象に残った作品を紹介いたします。

『平賀源内の猫』(栗城祥子)
 タイトル通り、あの平賀源内と彼の猫を中心としたシリーズの最新作であります。
 真っ昼間から日本橋通りに物の怪が出るという噂が流れる中、頭でっかちの田沼意知に下々の暮らしを(強引に)体験させるために一肌脱ぐことになった源内。。そこにさらに意知からは白眼視されている、農民から田沼家の用人になった三浦庄司が絡んで……

 と、「日本橋の物の怪」「意知の庶民体験」「三浦という人間の価値」という、あまり関係のなさそうな(そして一つ一つは比較的ありがちな)三つの要素が描かれることなる本作。しかし、ある病の存在を繋ぎとして、やがてそれらがきっちりと絡み合って、一つの大きな物語を作り上げるのには大いに感心させられました。

 ちなみに三浦庄司、作中では農民気質丸出しのユニークな人物として描かれていますが、実在の人物というのが面白いところであります(作中とは全く異なる人物像ですが……)


『雨のち猫晴れ』(須田翔子)
 江戸の人情を題材とした物語が中心、それも想定読者層はある程度の年齢の女性ということもあってか、「長屋の若夫婦と猫」を題材とした作品が非常に多かった本書。
 その中でも本作は、主人公の若妻・お珠の浮き世離れしたキャラクターとやわらかな絵が相まって、印象に残る作品であります。

 長屋の生活で彼女が苦労するたびに、こんな品物があればいいのに……と現代では実用化されている品物(洗濯機とか電話とか)を妄想するという要素は、正直なところそれほど効果的に機能しているとは言い難いものがあります。
 しかし、実は彼女は駆け落ちの身だった(それゆえある意味後がない身の上)という変化球が、物語のよいアクセントになっていたかと思います。


『のら赤』(桐村海丸)
 遊び人の赤助と江戸の人々の日常を、良い意味でダラダラとしたタッチで描く連作シリーズ、今回は馴染みの遊女から信州そばが食べたいとねだられて町に出た赤助が、猫に異様にモテるナルシストの蕎麦屋という珍妙な男と出会って――というお話。

 本当に二人が馬鹿話をするだけの内容なのですが、それが妙に、いや非常に楽しいのは、作者の緩くて暖かい絵柄の力によるところ大でしょう。なんだか落語のような皮肉なオチも愉快であります。


『物見の文士外伝 冥土に華の』(晏芸嘉三)
 この世ならざるものが見えてしまう文士を主人公とするシリーズの外伝たる本作は、『物見の文士 柳暗花明』に登場した、彼岸と此岸の間の異界の吉原から始まる物語。
 浮世の未練を抱えた魂がたどり着くこの地の顔役的な存在の女・八千代が、心中に失敗して自分だけ命を落とした岡場所の娘・初の未練を晴らすべく奔走いたします。

 初の心中の相手は厳格な武家の嫡男・重太郎。親の反対で心中を選んだものの、自分一人生き残ってしまった彼がどのような行動を取るか……
 予想通りの行動に対し、現世に干渉できない(それは八千代も同様)初が、いかにして彼を救うか、というクライマックスが――猫を絡めたことでちょっと騒々しくなったものの――読ませてくれます。


 その他、『にゃんだかとっても江戸日和』(紗久楽さわ)は、これも「長屋の若夫婦と猫」ものですが、お歯黒と眉剃りという、この時代の当然を、違和感なく漫画の絵としてアレンジしているのに感心させられます。

 また、『猫と小夜曲』(北見明子)は、比較的シンプルな物語ながら、主人公の盲目の元侍にのみ感じられる猫という存在を絡めることでラストを盛り上げるのが巧みな作品。
 そして『若様とねこのこ』(下総國生)は、タイトル通りの一種の若様もの的な内容はシンプルながら、画という点ではかなりの完成度で……

 と、初期に比べれば執筆陣はそれなりに入れ替わっているものの、それでもこの『お江戸ねこぱんち』が、様々な、新しい魅力のある漫画誌であることは間違いありません。もちろん、今後の展開にも期待であります。


『お江戸ねこぱんち 夢花火編』(少年画報社にゃんCOMI廉価版コミック) Amazon
お江戸ねこぱんち夢花火編 (にゃんCOMI廉価版コミック)


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2017.07.17

『コミック乱ツインズ』2017年8月号

 今月の『コミック乱ツインズ』誌は、表紙&巻頭カラーが、単行本第1・2巻が発売されたばかりの『勘定吟味役異聞』。今回も印象に残った作品を一作品ずつ取り上げましょう。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 というわけで新章突入の本作は、原作の第2巻『熾火』の漫画化となる模様。

 死闘の末、勘定奉行・荻原重秀と紀伊国屋文左衛門を追い落とすことに成功したかに見えた水城聡四郎ですが、結局重秀は奉行の座を退いたのみで健在。彼が手にしたものはわずか五十石の加増のみ、周囲からは新井白石の走狗と見做され、その白石からはもっと働けと責められるという理不尽な扱いを受けることになります。
 そんな中、名門・本多家に多額の金が下賜されていることを知った聡四郎ですが、その背後にはあの柳沢吉保が……

 というわけで新章第1回はまだプロローグといった印象ですが、大物の登場で物語は早くも波乱の予感であります。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 徳川慶喜相手に、「自らの手で日本の鉄道を世界一にする」と宣言した島安次郎。相棒(?)の凄腕機関手・雨宮とともに、その世界一を目指すために彼が向かった先は――最新鋭のアメリカ製機関車が走る北の大地・北海道! というわけで、こちらも新章スタート。これまで同様、雨宮が現地の鉄道の関係者とやりあって……という展開になりますが、さらりと雨宮が凄腕ぶりを見せてくれるのが楽しい。

 しかし底意地の悪さでは洒落にならない現地の機関手の妨害であわや列車から振り落とされかけた彼は、さらに列車強盗にまで出くわして……と災難続きであります。
 その強盗たちの正体が○○○というのはベタといえばベタかもしれませんがやはり面白い。さてこの出会いが、この先どう物語に作用するか、楽しみであります。


『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 クライマックス目前となった本作、冒頭で描かれるのは、前回繰り広げられた犬江親兵衛と服部半蔵の死闘の行方。孤軍奮闘の末に半蔵に深手を負わされた親兵衛の最後の忍法・地屏風が炸裂! と、原作で受けたイメージ以上に壮絶なその効果に驚きますが、彼がそれを会得するに至ったエピソードは省かれてしまったのは、猛烈に残念……

 それはさておき、死闘の末に八玉のうちの二つを取り戻し、残るは二人のくノ一が持つ二つの玉。しかし半蔵は外縛陣ならぬ内縛陣で二人を閉じこめ、時間切れで里見家お取り潰しを狙います。
 しかし、人の顔を別人に変える術を持つ大角は己の顔にそれを施し、そしてついに最後の八犬士・荘助の素顔(そういえばイケメンだった)を見せ……と、物語は本多佐渡守邸に収斂し始めました。

 あと数刻でお取り潰しという状況下でも決して希望を失わず、「諦めてはいけません 彼らを信じるのです 里見(わたしたち)の八犬士を!!」と語る村雨姫の周囲に、これまで散っていった者たちも含めた八犬士の姿が描かれるという、最高に盛り上がるラストで、次回に続きます。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 信長鬼の蒔いた鬼の種により、生前強い因縁を残して死んだ武将たちが鬼に転生! とまさかの転生バトルロイヤルもの展開に突入した本作ですが、いよいよ今回からバトルスタートいたします。

 子孫を残すという妄念に取り憑かれ、次々と女たちを襲う秀吉鬼と鈴鹿御前が対峙、鬼切丸の少年の方は、その秀吉を討たんとする長秀鬼と対決するという状況で両者は合流。武将鬼の意外な強さに苦戦する御前と少年ですが、さらにそこに第三の鬼が……と、いきなりの激戦であります。
 秀吉鬼の目的や悍ましい行動等、単独で題材にしても面白かったのでは……という印象がある今回のエピソード。その意味では少々勿体ない印象もありますが、甦った者たちの目的が単一ではなく、それどころか相争うことになるのが、実に面白いところです。

 人としての妄念を貫いた末に、鬼の本能すら上回ってしまった戦国武将たち。果たしてこのバトルロイヤルの終わりはどこにあるのか……次回以降も気になるところです。


『コミック乱ツインズ』2017年8月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年8月号 [雑誌]


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 『コミック乱ツインズ』2017年7月号

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2017.07.09

碧也ぴんく『星のとりで 箱館新戦記』第1巻 少年たちの目に映る星々たちの戦い

 その作家活動の大半を通じて時代もの、歴史ものを描いてきた碧也ぴんくの最新作は、土方歳三と五稜郭の戦いを題材とした作品。作者は、以前「週刊マンガ日本史」シリーズでも土方歳三を描いていますが、そちらとは全く異なる切り口となる、新たな土方の物語、五稜郭に集う面々の物語であります。

 さて、最初に白状しておけば、私は本作について、この単行本化まで、土方歳三と五稜郭の戦いを描くという以外の知識を仕入れないでおりました。そして本書を手にしてみれば大いに驚かされたのですが――その理由は、本作の物語の視点の置き方にあります。

 そう、この第1巻において描かれるのは、土方から見た箱館戦争ではありません。
 この第1巻の時点で物語の中心となり、土方を、やがて五稜郭に集う人々を見つめるのは、土方の周囲に在った少年たちなのであります。


 新選組の末期に隊に加わった少年たち――市村鉄之助、田村銀之助、玉置良蔵、上田馬之丞(鏡心明智流ではない方)。
 元服したかしないかの年齢であり、兄らの入隊に伴って新選組に加わった彼ら四人は、それから間もないうちに、戊辰戦争の激動に飲み込まれることとなります。

 土方の指示により、仙台に向かったものの、新政府に抵抗を続ける奥羽諸藩も決して一枚岩ではなく、苦しい道のりを強いられる少年たち。何とか土方と合流した彼らは、土方がさらなる北上を――蝦夷地を目指していることを知ります。
 蝦夷地へ向かう新選組から抜ける者、加わる者、様々な人々の運命が交錯する中で、少年たちは自分の意思で、土方とともに蝦夷に渡ることを決意することに……


 戊辰戦争の、新選組の、そして土方歳三の最期を飾る戦いとしてこれまで無数に描かれてきた箱館戦争。フィクションの中でのその戦いは、土方はもちろんのこと、榎本武揚や大鳥圭介といった、歴史上の有名人たちが中心となって描かれてきました。
 当然本作もそうなるかと思いきや、少年たちの視点で、ということで大いに驚かされたのはすでに述べたとおりですが、本作の視点の独自性は、その点だけに留まりません。

 本作において描かれるのは、星のとりで――五稜郭に集った綺羅星の中心で一際輝く星だけではありません。その周囲で密やかに、しかし激しく輝いた星々をも、本作は描き出すのです。

 新選組でいえば、山野八十八、安富才助、蟻通勘吾、野村利三郎に相馬肇といった面々。さらに陸軍隊の春日左衛門、額兵隊の星殉太郎、さらにはフランス軍人ブリュネと彼の通訳であった田島応親(金太郎)までと、多士済々。
 正直に申し上げれば、その存在を知らなかった人物もいたのですが、しかしそうした人々を、本作は実に魅力的に描き上げるのであります。

 そんな中で個人的に特に印象に残ったのは、唐津藩主の子であり、老中小笠原長行の甥である三好胖であります。
 鉄之助たちとほぼ同年代ながら、その生まれから唐津藩残党に奉じられ、海を渡るために新選組に加わった胖。その背負ったものから、周囲から浮いた存在であった彼に対し、土方が、少年たちが如何に接したのか……

 それはおそらくはフィクションなのだろうと想像しますが、しかしそんなことは関係なく、この時代に生まれついてしまった一人の少年の心の叫びと、真っ先に彼を受け容れた少年たちの姿を描いて、強く心に残るエピソードであります。


 何やら登場人物名を列挙して終わってしまい恐縮ですが、それだけ魅力的な人物揃いの本作。
 実は作者の言によれば本作は三部構成、第一部は鉄之助たちの視点、第二部は他の大人たちからの視点、第三部は土方の視点と、先に進むにつれて「星」の中心に迫っていく構造の模様です。

 しかしこの第一部の時点で、実に新鮮かつ魅力的な本作。ほとんどまっさらな心を持った彼らの瞳に、この星々の戦いはどのように映るのか――それを想像するだけで胸が高鳴るのであります。

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星のとりで~箱館新戦記~(1) (ウィングス・コミックス)

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2017.07.07

『決戦! 新選組』(その二)

 新選組の隊士たちを主人公とした幕末版「決戦!」の紹介後編であります。いよいよ幕府が崩壊に向かう中、彼らの運命は……

『決死剣』(土橋章宏)
 幕府の敗勢が決定的となった鳥羽伏見の戦いを舞台に描かれるのは、新選組二番隊隊長にして最強の剣士の呼び名も高い永倉新八であります。
 近藤が傷つき、沖田が倒れる中、なおも剣を以て戦わんとする永倉。薩長の近代兵器の前に劣勢を強いられ、そして将軍までもが逃げ出した戦場において、なおも剣士たらんとする彼は、もはや命の尽きる日が目前に迫った沖田に対して、真剣での立ち会いを申し出るのですが……

 代表作である『超高速! 参勤交代』から、ちょっとゆるめの物語を得意とするという印象のあった作者ですが、しかし本作は、この一冊の中でも最も時代劇度というか、剣豪もの度が高い作品。
 すでに剣と剣、剣士と剣士の戦いの時代ではなくなった中、様々な意味で最後の決闘を繰り広げる永倉と沖田の決闘は、本書一の名シーンと言って差し支えないでしょう。


『死にぞこないの剣』(天野純希)
 そして新選組は敗走を続け、次々と仲間が去っていく中、戦いの舞台は会津戦争へ。そう、ここで描かれるのは斎藤一の物語であります。

 多くのフィクションにおける扱いがそうであるように、本作においても無愛想で人付き合いの悪さから、隊の中でも孤独な立場にあった斎藤。
 そんな彼が、最も近しい存在であった土方の北上の誘いを蹴ってまで会津に残った理由、それは、彼と新選組を心から頼りにしていた松平容保公の存在だった……

 という本作、内容的には戦闘また戦闘という印象ですが、終盤に明かされる、斎藤が戦い続ける理由の切なさが印象に残ります。
 武士は己を知る者のために死す――そんな想いを抱えてきた彼が、死にぞこなった末にラストに見せる戦いの姿にも、ホッと救われたような想いになった次第です。


『慈母のごとく』(木下昌輝)
 そしてトリを務めるのは、いま最も脂の乗っている作者による土方歳三最後の戦い――函館五稜郭の戦いであります。

 かつて、新選組を、近藤勇を押し上げるために、粛正に次ぐ粛正を重ね、鬼の副長と呼ばれた土方。しかし意外なことに、この五稜郭の戦いの際には、隊士から「慈母の如く」慕われていたというのも、また記録に残っております。
 本作で描かれるのは、「鬼」が「慈母」になった所以。仏の如く隊士たちから親しまれてきた近藤からの最後の言葉を胸に、鬼を封印することとなった土方の姿が描かれることになります。

 最愛の友の願いを叶えるためとはいえ、これまでの自分自身の生き方を否定するにも等しい行為に悩む土方。そんな彼の姿は、しかし数少ない残り隊士たちを惹きつけ、そして彼自身をも変えていくのであります。
 それでもなお、慈母ではいられない極限の戦場、再び鬼と化そうとした土方が見たものは……

 その美しくも皮肉な結末も含めて、深い感動を呼ぶ本作。極限の世界を題材にしつつ、なおもその中に人間性の光を見いだす作品を描いてきた作者ならではの佳品です。


 以上6編、冒頭に述べたように、一つの戦場ではなく、時とともに変わっていく新選組と隊士たちの姿を描いてきた本書。そのほぼ全ての作品に共通するのは、主人公である隊士「個人」と、新選組という「場」との一種緊張感を孕んだ関係性が、そこに浮かび上がることでしょうか。
 実は各話には、主人公と対になるような副主人公的な存在が設定されているのが、その印象をより強めます。

 我々が新選組に魅せられるのは、隊士個々人の生き様もさることながら、新選組という「場」に集った彼らの関係性にこそその理由があるのではないかと、個人的に以前から感じてきました。
 今回、彼ら一人一人を主人公とした本書を手にしたことで、一種逆説的に、その想いを確かめることができたようにも思えます。


 そして戦国時代だけでなく、多士済々の幕末を舞台とした「決戦!」は、まだまだ描けるのではないか――という想いもまた、同時に抱いているところであります。


『決戦! 新選組』(葉室麟ほか 講談社) Amazon
決戦!新選組


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 『決戦! 本能寺』(その二) 死線に燃え尽きた者と復讐の情にのたうつ者
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 『決戦! 川中島』(その一) 決戦の場で「戦う者」たち
 『決戦! 川中島』(その二) 奇想と戦いの果てに待つもの
 『決戦! 桶狭間』(その一)
 『決戦! 桶狭間』(その二)

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2017.06.30

入門者向け時代伝奇小説百選 古代-平安(その二)

51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)


 入門者向け時代伝奇小説百選、平安ものの後編であります。

51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 突然人の命を奪う鬼撃病が流行し、怪異が頻発する都。この事態を収めるべく奔走する齢84歳の晴明は、自分が少年となった夢を見て以降、徐々に若返り、陰陽師の力を失っていきます。
 自分が夢の中で光源氏と一体化してしまったことを知る晴明。さらに現実世界と、「源氏物語」の物語世界が入り交じるような出来事が次々と起こって……

 平安の有名人・安倍晴明。そして平安を代表する物語「源氏物語」――本作はその両者を組み合わせるという趣向のみならず、現実が物語と混淆し、侵食されていくという、一種の物語の怪を描きます。しかしそこに、政略の道具とされてきた二人の女性が、自分の物語を取り戻す様が重ね合わされることで、本作の物語は深みを増します。
 ユニークな伝奇物語であるだけでなく、同時に物語の力を様々な側面から描く快作です。


52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 独特の美意識に貫かれた伝奇物語を発表してきた作者が、日本最初の物語と日本最大の物語の奇妙な交錯を描く作品であります。

 自らの物語の書き出しに悩むある女性が手にした秘巻「かがやく月の宮」。かぐや姫の物語を記したそれは、しかし巷間に知られた竹取物語とは似て非なる物語を語ることになります。
 そして徐々に明らかになっていくかぐや姫の正体。仙道書「抱朴子」に記された玉女とは、波斯で月狂外道に崇められた月の女神とは……

 海を越えて展開する幻妖華麗な世界と同時に、その根底にある深い「孤独」の存在を描いてきた作者。本作はその孤独を、日輪に比されるこの国の帝のそれとして描き、日と月の出会いの先に、奇妙な救いを描き出します。 さらにそこから新たな物語の誕生が生まれるのも面白い、作者ならではの奇想に満ちた物語です。


53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 少女向けの平安伝奇を中心に活躍してきた作者が一般読者向けに描く本作は、実に作者らしいコミカルでエキセントリックな物語であるります。
 タイトルの「ばけもの好む中将」とは、左近衛中将宣能のこと。右大臣の御曹司にして容姿端麗な彼は、しかし怪異が好きでたまらず、わざわざ探しに出かけてしまう奇人であります。

 そんな宣能と、何故か彼に気に入られてしまった中流貴族の青年・宗孝。二人が怪異を求めて繰り広げる珍騒動は、作者が自家薬籠中とする平安コメディの楽しさに満ちています。
 その一方で、「怪異」の中に浮かび上がる人間模様もまた興味深い。特に各エピソードに絡む宗孝の十二人の(!)姉のキャラクターは、歴史の表舞台には現れない当時の女性たちの姿を掘り下げることで、本作に可笑しさに留まらない味わいを与えているのです。

(その他おすすめ)
『暗夜鬼譚 春宵白梅花』(瀬川貴次) Amazon


54.『風神秘抄』(荻原規子) 【児童文学】 Amazon
 古代を舞台とした「勾玉三部作」の作者が、その先の平安末期を舞台に描くボーイミーツガールの物語です。

 平治の乱に敗れ、一人生き残った源義平の郎党・草十郎。笛のみを友に生きてきた彼は、自分の笛と共鳴する舞を見せる白拍子の少女・糸世と出会い、惹かれ合うようになります。
 時空さえ歪めるほど自分たちの笛と舞の力で、幼い源頼朝の運命を変えようとする草十郎。しかしその力に後白河法皇が目をつけて……

 文字通り時空を超えるファンタジーであると同時に、実在の人物を配置した歴史ものでもある本作。その中では、神の世界と人の世界の合間で、自分の価値と居場所を求めて彷徨う少年少女の姿を描き出されることになります。
 草十郎にまとわりつくカラス、鳥彦王のキャラクターも魅力的で、重たくも明るく、微笑ましさすら感じさせる快作です。

(その他おすすめ)
『あまねく神竜住まう国』(荻原規子) Amazon


55.『花月秘拳行』(火坂雅志) Amazon
 後に大河ドラマ原作をも手がけた作者のデビュー作――平安末期を舞台とした奇想天外な拳法アクションであります。
 漂泊の歌人として歌枕を訪ねて陸奥へ旅立った西行。しかし実は彼は藤原貴族の間に連綿と伝えられてきた伝説の秘拳「明月五拳」の達人。もうひとつの秘拳「暗花十二拳」の謎を求める彼の行く手には、恐るべき強敵たちの姿が……

 西行といえば人造人間製造など、逸話には事欠かない人物。しかし本作は、その彼に歌人としての要素を踏まえつつ、拳法の達人というキャラクターを与えたのが素晴らしい。
 さらに、暗花十二拳を大和朝廷に怨みを持つまつろわぬ民の末裔に伝わる拳法と設定したのも見事。秘術比べの域を超え、歴史の陰に隠された怨念の系譜を浮かび上がらせることで、本作は優れた伝奇ものとして成立しているのです。


(その他おすすめ)
『人造記』(東郷隆) Amazon
『宿神』(夢枕獏) Amazon



今回紹介した本
安倍晴明あやかし鬼譚 (徳間文庫)かがやく月の宮ばけもの好む中将―平安不思議めぐり (集英社文庫)風神秘抄【上下合本版】 (徳間文庫)花月秘拳行 (角川文庫)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「安倍晴明あやかし鬼譚」(その一) 晴明と紫式部、取り合わせの妙を超えるもの
 「かがやく月の宮」 奇想と孤独に満ちた秘巻竹取物語
 「ばけもの好む中将 平安不思議めぐり」 怪異という多様性を求めて
 荻原規子『風神秘抄』上巻 歌舞音曲が結びつけた二人の向かう先に
 「花月秘拳行」 衝撃のデビュー作!?

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2017.06.29

上田秀人『日雇い浪人生活録 3 金の策謀』 「継承」の対極にある存在

 上田秀人の最新シリーズである『日雇い浪人生活録』も、これで早くも第3弾。田沼意次の壮大な試みに手を貸すことになった両替商・分銅屋を守って今日も用心棒稼業の左馬介。しかし難敵を辛うじて退けたものの、そのために彼と分銅屋は思わぬ窮地に陥ることに……

 米本位制から金本位制への移行という、大御所吉宗の遺命実現のためのパートナーを捜していた意次に見出され、手を貸すこととなった分銅屋。
 人柄と鉄扇術を買われてその分銅屋の用心棒となった浪人・諫山左馬介ですが、剣術の腕はからっきし、謎の敵の襲撃に大苦戦を強いられることになります。

 それでも何とか切り抜けた彼の前に今回現れるのは、分銅屋を蹴落とそうとする札差・加賀屋がし向けてきた刺客。歴とした旗本の家臣であり、剣術の遣い手を向こうに回して、浪人・左馬介は再び苦戦を強いられるのですが……


 そんなわけで、生きる糧のためとはいえ、今回も命がけの用心棒として奮闘する左馬介。本来であれば守りの術である鉄扇術で剣術使いに立ち向かうという苦境に立たされた彼の戦いがクライマックスと思いきや――実は物語の本番は、この後に待っていました。

 死闘の末、辛うじて刺客を斃した左馬介。相手の命を奪っただけでなく、一つの家系を滅ぼしてしまったことに悩みながらも、何とか立ち直った(ここで思わぬ役割を果たすお庭番ヒロインが楽しい)彼は、しかし思わぬ追求を受けることになるのです。

 主人公が襲ってきた刺客を倒す――これは時代小説においては当然の展開、上田作品でもお馴染みの展開ですが、しかし本作は少々状況が異なります。
 何しろ左馬介は単なる浪人――密命を受けた幕府の役人などではなく、無宿者よりも少しマシな扱いという程度の身分。たとえ正当防衛とはいえ、歴とした武士を殺してお咎めなしとはいかないのであります。

 そして用心棒である彼が罪に問われれば、雇い主である分銅屋もただでは済まず、得をするのは(そもそもこの事態を引き起こした)加賀屋――というわけで、本作のメインとなるのは、如何にこの事態を切り抜けるかという、一種の頭脳戦なのです。

 この辺りの展開は、浪人という作者の主人公としては珍しい設定を存分に生かしたものであり、本シリーズならではの面白さというほかありません。
 そしてこの苦境からの脱出も、単に意次の権力にすがってというだけでなく(そもそも主人公サイドとしてそれはいかがなものか)、そこから一捻りも二捻りも加わり、左馬介ならずとも呆然としてしまうような結末を迎えるのには唸らされました。


 このように金本位制への移行というミッション以上に、「浪人」である左馬介の存在が生み出すドラマと、そのキャラクターの掘り下げに力点を置いている感のある本作。  その彼の存在が、上田作品において、本作を、本シリーズを、特異な位置のものとしていることに、今回改めて気づかされます。

 上田作品に通底するものとして、作者自身が挙げるテーマ――「継承」。
 人間の当然の営みとして、家を、血を、地位を、財を、親から子へと受け継いでいく「継承」。その最たるものである将軍の座を巡る争いなどは、上田作品でしばしば見られるモチーフでしたが――左馬介は、その「継承」とは無縁の、対極にある存在なのであります。

 何しろ、浪人である彼にとっては後世に残すべき家も地位もない。そもそも財がないわけですが、そのために家庭を持って血を残すこともできない。
 そんな、その日を生きるのがやっとで明日に残すものがない――そうしたいという夢もない――彼の身の上を示す「日雇い」という言葉は、「継承」のある種のアンチテーゼであると言えるのではないかと感じられるのです。

 しかし同時に彼ら浪人は、実質的には無為徒食の武士とは違い、働くことの意味を、「金の価値」を知る者でもあります。
 武士でもない、庶民でもない、その間にある浪人。今はひどく宙ぶらりんではありますが、あるいはその存在は一つの可能性と……言うのはさすがに無理はありますが、せめて左馬介には、彼自身の生きた意味を見出して欲しい、と声援を送りたくなるというのが、正直な気持ちであります。


 米から金への世の中が実現するのか――それと同じウェイトで、主人公のこれからの「生活」が気になる物語であります。


『日雇い浪人生活録 3 金の策謀』(上田秀人 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
日雇い浪人生活録(三) 金の策謀 (ハルキ文庫 う 9-3 時代小説文庫 日雇い浪人生活録 3)


関連記事
 上田秀人『日雇い浪人生活録 1 金の価値』 二つの世界を結ぶ浪人主人公
 上田秀人『日雇い浪人生活録 2 金の諍い』 「敵」の登場と左馬介の危険な生活

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2017.06.28

浅田京麻『文明開化とアンティーク 霧島堂古美術店』 定番を超えた美しいものたちの物語

 明治時代の横浜の古美術店を舞台に、士族の娘と異人の血を引く鑑定士が繰り広げる、ちょっと不思議要素あり、ラブコメ要素ありの、瑞々しく魅力的な物語であります。

 留学を目指す兄のために、洋服店で働いてきた芳野結子。客に勧められて投機のために買った雪舟の掛け軸を売りに古美術店・霧島堂を訪れた彼女は、しかし店の鑑定士・ミハルから、掛け軸が真っ赤な偽物と知らされます。

 掛け軸のためにした借金返済のため、あわや身売りさせられそうになったものの、ミハルと友人たちの奔走で事なきを得た結子。
 それがきっかけで、霧島堂で売り子兼メイドとして働くことになった彼女は、イケメンながらドSで俺様キャラのミハルに反発を覚えつつも、いつしか惹かれるようになって……


 素直でお節介焼きのヒロインが、イケメンで腕利きだけど変わりものの店主に振り回されながらも少しずつ成長し、そしていつしかラブいことに――というのは、今日日のお仕事ものには定番のパターンでしょう。
 その意味では本作はそのど真ん中の作品。ミハルが異人の父と日本人の母との間に生まれたハーフであったり、物に込められた人の記憶を視る能力があったりという要素はあるものの、スタイル自体はまず定番と言ってよいかと思います。

 そのため(ミハルの「能力」が思ったよりも作中でクローズアップされることが少ないこともあって)第1巻を読んだ時点では、そこまで印象に残る作品ではなかったのですが――しかし、読み進めるにつれ、本作の魅力が、どんどんと強まっていくのを感じました。

 何よりも、結子とミハルの、初対面は悪印象だった同士が、やがてそれぞれの美点を見出し、様々な障害を乗り越えて惹かれあっていく――というこれまた定番の展開を、本作ならではの設定を生かしつつ丹念に描き、積み上げていくのがいいのです。

 士族の出とは言い条、兄の立身のためには自分が働かなければならない結子。父は母国に帰り、母は早くに亡くなって、異人の子として周囲から爪弾きにされてきたミハル。
 それぞれにこの時代ならではの背景を抱えた二人が、その背景から生まれるものに翻弄されつつ、それだからこそ互いを理解し、距離を縮めていく……

 むしろお話としては当然の展開ではありますが、それだからこそ、きちんと描くのは難しい内容。しかし作者は、おそらくはデビュー作の本作において、そうとは感じさせぬ確かな筆致で、そんな微笑ましくも、大いに共感を抱かせる二人の姿を丹念に描き出すのであります。


 しかし――それ以上に本作を魅力的なものとしているのは、「明治時代の」「横浜の」「古美術店」という設定を存分に活かした物語作りにこそあります。

 タイトルに冠された「文明開化」によって海外の事物が一気に流れ込んできたこの時代。それは同時に、この国の古き物の価値が、一気に揺らいだ時代でもありました。
 廃仏毀釈により破壊・消失した仏像仏典、印刷技術の発展で消えていった(そして海外に流出した)浮世絵――そんな、時代の境目に翻弄された数々の美術品にまつわる物語を、日本と諸外国との接点である横浜において、本作は描き出します。
(そしてその古さと新しさの、洋の東西の交わるところに、その申し子ともいうべきミハルを据える設定もいい)

 そしてまた、上に挙げたようなメジャーな題材だけではありません。
 例えばラストエピソードとなる第4巻においては、「買弁」(欧米のビジネスを支援する代理人的立場の清国人)という、漫画のみならず他のメディアでも滅多に登場しない存在を題材に物語を展開してみせたのには、大いに感心させられた次第であります。


 前半で定番という言葉を連発してしまい、非常に申し訳なかったのですが、その定番を踏まえつつも、そこから大きくステップアップして、この作品ならではの美しい独自の物語を見せてくれた本作。
 全4巻と分量は少なめなのですが、しっかりと内容の濃い良作であります。


『文明開化とアンティーク 霧島堂古美術店』(浅田京麻 秋田書店プリンセスコミックス全4巻) Amazon
[まとめ買い] 文明開化とアンティーク~霧島堂古美術店~(プリンセス・コミックス)

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