2018.01.18

新井隆広『天翔のクアドラブル』第2巻 生きていた信長、戦国のメフィストフェレス!?

 紹介が遅れているうちに急転直下の完結ということになってしまい、ちょっと驚かされた天正遣欧少年使節異聞、起承転結の承から転にかかる第2巻であります。マレー半島で総督の牢に囚われてしまったマンショとミゲル。彼らは牢の中で、死んだはずのあの人物に出会うことになるのですが……

 悪魔が蔓延するヨーロッパを救うため、ヴァリニャーノに招請されて海を渡ることとなった4人の志能便の少年――伊東マンショ・千々石ミゲル・中浦ジリアン・原マルチノ。
 それぞれ呪禁・修験・機関・帰神の異能を持つ彼らの航海は、マカオを経てマレーに至ることになります。

 しかし上陸したマレーで、無実の罪で囚われ、牢に放り込まれてしまったマンショとミゲル。そんな二人の前に「オッサンだけど仲良くしてちょーだいな♪」と飄々とした態度で現れた先客、その名は織田信長……!

 という、さすがに予想だにしなかった展開から始まるこの第2巻。絶大な権力と富を持ち、恣に振る舞う総督の娯楽のため、3人は闘技場に引き出されて総督の配下と戦わされる羽目になるのですが――信長はさておき、志能便の2人が並の相手に苦戦するはずがありません。
 そんな彼らに対し、総督が向かわせたのは、卵から生まれた異形のドラゴン。さしもの2人も徒手空拳では及ばぬ相手を前に、しかし信長は喜びの表情を浮かべて……


 少年使節たちの師ともいうべきヴァリニャーノとは縁浅からぬ信長。そして信長生存説は、フィクションの世界ではもうお馴染みに近いところですが――しかし信長と少年使節との絡みはフィクションの世界でもほとんど見たことがないように思います。
 それが全く思わぬ形で飛び出してきた本作。その信長がマレーに現れた理由自体は非常にファンタジー的なものではありますが、この信長の、虚実正邪陰陽入り混じったような混沌とした人物像はなかなかに魅力的です。

 そして、少年たち――特にミゲルの過去の行動によって余命幾ばくもない身となっているマンショが心のなかに秘め隠したものを丸裸にし、奪い去ろうとする信長。
 その真意はまだまだ不明ではありますが、一種メフィストフェレスめいた姿は強烈に印象に残ります。

 さらに去り際にジリアンに対して残した言葉が、その先の展開に繋がっていくのもいい。
 4人の中ではひ弱な印象のあるジリアンですが、彼もまた親をなくして志能便の里に引き取られ、唯一の肉親である懸命に生きてきた少年であります。

 その彼の兄貴分として支えてくれたのがミゲルであり、そしてそのミゲルがマンショに対して深い罪の意識を持っているとすれば――なんとかしたいと考えるのは当然の成り行きでしょう。
(ちなみに彼の回想で、親が唯一残してくれた名前を捨てて洗礼名を名乗る行為が、彼の決意とミゲルとの絆の表れとして描かれる場面があるのですが――そこから感じられるある種の「居心地の悪さ」は、やはり狙って描いているものでしょう)

 しかしそれはミゲルをはじめとして、誰にも知られてはならない決意であり、また物語を複雑なものにするのが、実に意地悪くも面白いところなのであります。


 そしてその本作の一筋縄ではいかない複雑さが爆発するのが、次の寄港地であるインドはゴアであります。
 既に悪魔の撒き散らした呪いである黒死病が蔓延し、死の大地と化したインド。そのインドでもヴァリニャーノの恩人がいるゴアに急ぐ一行ですが、そこで彼らを待っていたのは、思わぬ惨劇の姿でありました。

 ゴアの聖職者たちを襲い、無残に殺害していったのは、本当にその現場にいた信長なのか。そしてジリアンの悩みが、彼が抱えた秘密が一行の足を引っぱる形となって……
 というのは定番の展開ではありますが、しかしこれまで積み上げてきた物語の(背後に見え隠れする)不穏さが、そうと感じさせないのも巧みであります。

 そして再びヴァリニャーノを襲う信長たちの真意はどこにあるのか。残るはおそらくあと2巻、不穏極まりない折り返し地点の先に真実が見えたとき、本作の真の姿が見えるのであります。
 まずは2月発売の第3巻で語られるものを楽しみにいたしましょう。


『天翔のクアドラブル』第2巻(新井隆広 小学館少年サンデーコミックス) Amazon
天翔のクアドラブル 2 (少年サンデーコミックス)


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2018.01.15

上田秀人『旅発 聡四郎巡検譚』 水城聡四郎、三度目の戦いへの旅立ち

 昨年7月に大団円を迎えた『御広敷用人大奥記録』。その続編、水城聡四郎の戦いを描く第3シリーズが早くも開幕することとなりました。「道中奉行副役」なる役目を与えられた彼の新たな戦いの始まりであります。

 新井白石に手駒として見出されたことから、幕府の金を巡る闇の数々と戦うこととなった『勘定吟味役異聞』。
 その最中に出会った徳川吉宗に命じられ、大奥改革のため、そして吉宗の愛する人のために奔走した『御広敷用人大奥記録』。

 いずれも四面楚歌の危険極まりないお役目をくぐり抜け、一時の平穏を得た聡四郎ですが――使える人間ほどこき使われるのが上田作品、あいや、吉宗の配下であります。
 久々に吉宗に召し出された聡四郎が任じられたのは、「道中奉行副役」という聞いたこともない役目。聞いたこともないのは道理、吉宗が聡四郎のために新たに作った役目だったのです。

 大奥の改革をひとまず終えた吉宗ですが、さらなる改革の最大の支障となるのは、吉宗を徳川の傍流とみて侮る諸大名や旗本たち。
 そんな自分の改革を妨げる者を炙り出すための監察役――目付へのステップとして、吉宗は道中奉行副役、すなわち主要街道の巡検使を設置したのであります。

 かくて聡四郎は、まずは三ヶ月世の中を見てこいという吉宗の命を受け、玄馬らを伴に東海道に旅立つのですが……


 というわけで、聡四郎三度目の受難の開幕編たる本作。今までに比べると「なにもなく旅をするだけでもかまわぬ」と、送り出す吉宗に言われているだけマシにも感じられますが、もちろんそれで済むわけがありません。

 何しろ、早速吉宗の決定が自分たちの権益を侵すと役人根性丸出しの目付たちが妨害活動を開始(しかし「水城? 勘定吟味役だから剣は駄目なんだろ?」的な彼らの勘違いが可笑しい)。
 そして前シリーズで散々聡四郎を逆恨みして襲いまくり、散々叩きのめされた末に江戸の暗黒街の住人にまで堕ちた伊賀者がしつこく彼を狙うことになります。

 さらに京では、これまた前シリーズで散々吉宗の恋路を妨害した末に隠居の身に追いやられた天英院の縁者までもが聡四郎を狙って――と、早くも聡四郎の四面楚歌状態がスタートした感があります。
(そこに、京と江戸の暗黒街の覇権争いが絡んでくるのがまた面白い)

 この巻では聡四郎の東海道中もまだ小田原・箱根どまりですが、この先旅が進めば、また雪だるま式に彼の敵は増えていくのでしょう。もちろん、そうなればなるほど、読む側の楽しみは増えるのですが……


 と、生まれたばかりの娘と相変わらずの奥さんから引き離されての苦行旅の聡四郎ですが、そんな彼――そしてお供の玄馬にとって、この旅にも一つの楽しみがあります。
 それは、二人の師である入江無手斎が用意した各地の道場への紹介状――長い間廻国修行を続けていた無手斎が知り合った各地の道場への紹介状を手にした二人は、各地の剣客たちとの出会いに胸躍らせるのです。

 そしてその第一弾が、小田原の一尖流道場。聞いたことのない名前ですが、あの無手斎が認めた相手なのですから、ただの道場のわけがありません。
 そこで聡四郎と玄馬は、強敵と対峙することになるのですが――その戦いは、これまでのシリーズになかったような、純粋かつ爽快なものであるのが嬉しいのです。

 これまでのシリーズでの聡四郎の戦いは、ほとんどの場合、任務の途上で襲ってきた者との対決でした。ということは、その戦いに絡むのは様々な欲であり、悪意であり、恨みであり――どうにも「暗い」ものばかりであります。
 しかしこの道場での戦いは、純粋な剣術家たちの競い合い。いわば剣豪ものとしての要素がここで大きくクローズアップされてきたとも言えますが、それが意外かつ魅力的なのです。

 もちろん、聡四郎は剣術家である以前に幕臣。あくまでも任務が優先であり、あまり剣術修行に現を抜かすわけにはいきません。
 しかしここで聡四郎を上回る剣の腕を持つ玄馬(もちろん彼も聡四郎の家士ではありますが)をより前面に押し出すことで、剣豪もの要素に違和感を感じさせない工夫がなされているのにも感心いたします。

 先に述べた通り、この先で聡四郎が出会う苦難の数々も気になりますが――それと同時に、この各地の剣術道場での、純粋な剣術(に終わる保証はないのですが……)との対峙も、大いに気になる新要素であります。


『旅発 聡四郎巡検譚』(上田秀人 光文社文庫) Amazon
旅発: 聡四郎巡検譚 (光文社時代小説文庫)


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 「茶会の乱 御広敷用人大奥記録」 女の城の女たちの合戦
 『操の護り 御広敷用人大奥記録』 走狗の身から抜け出す鍵は
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 上田秀人『御広敷用人大奥記録 9 典雅の闇』 雲の上と地の底と、二つの闇
 上田秀人『御広敷用人大奥記録 10 情愛の奸』 新たなる秘事と聡四郎の「次」
 上田秀人『御広敷用人大奥記録 11 呪詛の文』 ただ一人の少女のために!
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2018.01.13

新井隆広『天翔のクアドラブル』第1巻 少年たちは欧州の戦場に旅立つ

 いまだ戦国の世であった天正年間、日本から遙かヨーロッパに渡った四人の少年――天正遣欧少年使節。その史実を踏まえつつ、四人の志能便(しのび)の少年がヨーロッパを席巻する悪魔たちを滅ぼすために海を越えるという奇想天外な物語の開幕篇であります。

 悪魔たちの跳梁により、暗黒の地と化したヨーロッパ。この事態を憂慮したイエズス会の宣教師ヴァリニャーノは、人知を超えた力を持つ日本の志能便たちをヨーロッパに送り込むことを提案するのでした。

 これに応えて志能便の里から選ばれ、勇躍海を渡ることになったのは、血よりも濃い絆で結ばれたのは以下の四人――
己の血を媒介に攻撃・回復様々な術を操る「呪禁」を究めた伊東マンショ
又鬼(マタギ)として鳥獣を駆使し射撃を行う「修験」を究めた千々石ミゲル
銃火器など科学知識を生かした発明を行う「機関(からくり)」を究めた中浦ジリアン
様々な能力を持つ付喪神を使役する「帰神」を究めた原マルチノ。

 海で襲い来る海賊たちを軽々と蹴散らし、最初の寄港地・マカオでは奇怪な二胡の調べで数多くの子供たちを連れ去った妖女を倒した一行。
 そして次なる寄港地・タイでは、思わぬ誤解から獄に繋がれることとなったマンショとミゲルが、そこで意外極まりない人物と出会うことに……


 歴史上名高い天正遣欧少年使節。しかしそのスケール――旅路の長さ故か、時代伝奇もので描かれることは非常に少ないように感じます。
 本作はその少年使節を、大胆にもそれぞれ異能の力を持つ孤児たちとして設定。そしてその目的も、ヨーロッパに蔓延る悪魔たちと対決するためなのですから、ユニークといえばユニーク、豪快といえば豪快であります。

 この第1巻は、この壮大な物語の設定紹介篇という印象も強く、冒険の中で、四人の少年たちそれぞれの能力が解説されることとなります(ただし原マルチノは第2巻での描写)。
 なるほど、わざわざ海を渡っての悪魔との戦いを求められるだけあって、彼らの力は絶大。志能便というよりは異能者というに相応しい彼らの暴れぶりはなかなかに痛快ですし、一歩間違えれば悲壮感漂う旅路も、少年故の明るさで中和しているようにも感じられます。


 しかし、本作が単純明快な冒険活劇であるかといえば、それはおそらく、いや間違いなく否、でしょう。なんとなればこの第1巻の時点でも、この旅が、そして少年たちが抱えたものが、決して単純でも軽いものでもないことは随所から伺えるのであります。
 それが最もはっきり描かれたのは、マカオでの戦いの中で描かれた、ミゲルとマンショの過去でしょう。

 志能便の里に来る前は、人買いに買われ、売り飛ばされたミゲルと、彼と同じ身の上であり、そして彼に救い出されたマンショ。
 海外だけではなく、戦国時代の日本においても行われていた人身売買をこのような形で少年漫画で描くことは珍しく、それだけに彼らの過去の物語は、かなりのインパクトを持ちます。

 しかし本作の凄みはそれに留まりません。その悲惨な境遇から逃れるための行為が生んだミゲルの罪――そしてそこから生まれる、マンショに対するミゲルの深い屈託が、物語に深い陰影を与えるのであります。

 先に述べたように――いずれもそれなりの身分を持っていた史実とは異なり――志能便の里で育った孤児である四人の少年。それは裏を返せば、彼らが戦争の申し子であるとも言えます。
 その彼らが、彼ら自身が語るように、戦うことしか教わっていない彼らが遠くヨーロッパにまで戦いに赴く。その物語が、明朗快活なだけで終わるはずがありません。


 本作の冒頭においては、ヴァリニャーノによる日本スゴイの賛美がいささか鼻につくのですが、どうやらこれも字義通りには受け取れない様子。
 その一方で、マカオでの二胡の妖女の過去にもほのめかされているように、単純にキリスト教を、ヨーロッパを是とするだけではない空気も漂います。

 果たしてその不確かな戦場で、彼ら四人が何を見るのか、何を得るのか――この第1巻のラストに登場した、とんでもない人物の真実も含めて、気にならないはずがありません。
 発売中の第2巻も、早々に紹介いたします。


『天翔のクアドラブル』第1巻(新井隆広 小学館少年サンデーコミックス) Amazon
天翔のクアドラブル 1 (少年サンデーコミックス)

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2018.01.09

大柿ロクロウ『シノビノ』第2巻 大乱入、狂気の天才!

 ペリーの黒船に潜入したという実在の忍び・沢村甚三郎を主人公とする忍者アクションの続巻であります。ペリー暗殺の命を受けて黒船に潜入した甚三郎ですが、そこに思わぬ男たちが乱入、事態は全く想定外の方向に転がっていくことに……

 浦賀沖に来航したペリー艦隊に対して幕閣が右往左往する中、老中・阿部正弘に招かれた最後の忍び・沢村甚三郎。事態を収めるためにペリー暗殺の命を受けた甚三郎は、着々と準備を整え、黒船への潜入に成功します。
 そこに待ち受けるは、日本攻撃の野望を秘めたペリーの秘密戦力「部外戦隊」。しかし甚三郎はその一人を軽々と粉砕し、ペリーの旗艦に向かうのでした。

 しかしここで、甚三郎も、ペリーも予想だにしなかった事態が発生することになります。黒船の来航に、大望の実現するとき来たれりと狂気――いや狂喜したある人物が、動き出したのです。
 その名は吉田松陰――言うまでもなく松下村塾の創設者として、維新の志士たちを数多く生み出した人物であります。

 この松陰、松下村塾設立に先立つこと3年前、渡米のため黒船に密航しようとするも失敗したという史実が確かにあるのですが――しかし本作の松陰は、それを踏まえつつも大変な人物として登場することになります。
 何しろ、確かに渡米のために黒船に乗り込んだものの、彼が求めたのは黒船に乗せてもらうことではなく、黒船を自分のものにすることだったのですから……!

 かくて、配下を引き入れた松陰は黒船乗っ取りのために行動開始。もうこの辺りの松陰は狂熱的――というより明らかに狂っているレベルですが、しかし多分にデフォルメされているものの、これはこれで実に松陰らしい。
 こんな松陰が見たかった、と言ったらさすがに怒られるかもしれませんが……

 そしてここでさらなるサプライズキャラが登場いたします。松陰の黒船乗っ取りの切り札として並み居る米兵相手に刀一本で大暴れする少年の名は藤堂平助――ってあの平助!?

 なんと松陰に心酔する少年として、ここで藤堂平助が登場。もちろん後の新選組八番隊長の平助ですが――史実では松陰との接点はなかったはず。
 実は新選組の隊長クラスの中でも前歴に不明な点が多い人物だけに、そこに本作の設定の余地があるのかもしれませんが、いずれにせよ、意外な人物の登場であります。

 そして、そんな松陰と平助の暴れっぷりは完全に主人公である甚三郎を食うほどのものなのですが――それは同時に、甚三郎の任務の重大な障害であることはもちろんのこと、この国の将来にとっても大きな危機が生まれたということでもあります。

 先に述べたように、本作におけるペリーの真の狙いは日本攻撃。さすがに問答無用で戦端を開くわけにはいかないものの、何かきっかけがあれば即座に攻撃を開始せんと、彼は虎視眈々と待ち構えていたわけであります。
 その前にペリーを――というのが甚三郎の任務であったわけですが、ここで松陰が黒船に攻撃を仕掛けたことで、ペリーは開戦の大義名分を得たことになったわけです。

 江戸攻撃が始まる前にペリーを討ち、任務を果たさんとする甚三郎。しかしもちろんペリーの部外戦隊が黙って見ているはずもなく(巨大な獣使いが現れたと思いきや、それが○○○○○○の獣だったのには驚いたり喜んだり)、そして平助が暴れ回る中、三つ巴の戦いが始まることに……


 上で述べたように、この巻では松陰たちに主役の座を奪われかねない状態だった甚三郎。しかしここでペリーたちとの戦いだけが描かれていたとしたら、物語が盛り上がったかどうかは疑問です。

 何しろ甚三郎は作中ではほとんど規格外の存在、部外戦隊を含めて艦隊一つを敵に回したとしても、あまり苦戦するような気がしない――というのが正直なところ。
 それはそれで良いかもしれませんが、しかしそれが面白いかといえば別なわけで――それが松陰と平助というこれまた規格外かつ想定外の連中が登場したことで、物語の先が全く読めなくなったことは大歓迎であります。

 そして先が読めないといえば、史実との繋がりであります。果たして甚三郎のペリー暗殺は成功するのか、ペリーは江戸を攻撃してしまうのか――どちらに転んでも史実とは大きくかけ離れた展開になるわけで、さてその整合性を如何につけようというのか?

 それはもちろん物語の先行きと密接に絡み合うものですが――ここまで広げた風呂敷を如何に畳んでみせるのか、大いに興味をそそられるではありませんか。


『シノビノ』第2巻(大柿ロクロウ 小学館少年サンデーコミックス) Amazon
シノビノ 2 (少年サンデーコミックス)


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2017.12.31

このブログが選ぶ2017年ベストランキング(単行本編)

 自分一人でやってます2017年のベストランキング、今日は単行本編。2016年10月から2017年9月末までに刊行された作品の中から、6作品を挙げます。単行本はベスト3までは一発で決まったもののそれ以降が非常に難しいチョイス――正直に申し上げて、4位以降はほぼ同率と思っていただいて構いません。

1位『駒姫 三条河原異聞』(武内涼 新潮社)
2位『敵の名は、宮本武蔵』(木下昌輝 KADOKAWA)
3位『天の女王』(鳴神響一 エイチアンドアイ)
4位『決戦! 新選組』(葉室麟・門井慶喜・小松エメル・土橋章宏・天野純希・木下昌輝 講談社)
5位『さなとりょう』(谷治宇 太田出版)
6位『大東亜忍法帖』(荒山徹 アドレナライズ)

 今年ダントツで1位は、デビュー以来ほぼ一貫して伝奇アクションを描いてきた作者が、それを一切封印して描いた新境地。あの安土桃山時代最大の悲劇である三条河原の処刑を題材としつつも、決して悲しみだけに終わることなく、権力者の横暴に屈しない人々の姿を描く、力強い希望を感じさせる作品です。
 作者は一方で最強のバトルヒロインが川中島を突っ走る快作『暗殺者、野風』(KADOKAWA)を発表、ある意味対になる作品として、こちらもぜひご覧いただきたいところです。

 2位は、時代小説としてある意味最もメジャーな題材の一つである宮本武蔵を、彼に倒された敵の視点から描くことで新たに甦らせた連作。その構成の意外性もさることながら、物語が進むにつれて明らかになっていく「武蔵」誕生の秘密とその背後に潜むある人物の想いは圧巻であります。
 ある意味、作者のデビュー作『宇喜多の捨て嫁』とは表裏一体の作品――人間の悪意と人間性、そして希望を描いた名品です。

 デビュー以来一作一作工夫を凝らしてきた作者が、ホームグラウンドと言うべきスペインを舞台に描く3位は、今この時代に読むべき快作。
 支倉使節団の中にヨーロッパに残った者がいたという史実をベースに、無頼の生活を送る二人の日本人武士を主人公とした物語ですが――信仰心や忠誠心を失いながらも、人間として決して失ってはならないもの、芸術や愛や理想といった人間の内心の自由のために立ち上がる姿には、大きな勇気を与えられるのです。

 4位は悩んだ末にアンソロジーを。今年も幾多の作品を送り出した『決戦!』シリーズが戦国時代の合戦を題材とするのに対し、本書はもちろん幕末を舞台とした番外編とも言うべき一冊。
 合戦というある意味「点」ではなく、新選組の誕生から滅亡までという「線」を、隊士一人一人を主人公にすることで描いてみせた好企画でした。

 そして5位は、2017年の歴史・時代小説の特徴の一つである、数多くの新人作家の誕生を象徴する作品。千葉さなとおりょうのバディが、坂本竜馬の死の真相を探るという設定の時点で二重丸の物語は、粗さもあるものの、ラストに浮かび上がる濃厚なロマンチシズムがグッとくるのです。

 6位は不幸な事情から上巻のみで刊行がストップしていた作品が転生――いや転送(?)を遂げた作品。明治を舞台に『魔界転生』をやってみせるという、コロンブスの卵もここに極まれりな内容ですが、ここまできっちりと貫いてみせた(そしてラストで思わぬひねりをみせた)のはお見事。
 ただやっぱり、敵をここまで脳天気に描く必要はあったのかな――とは思います(あと、この世界での『武蔵野水滸伝』の扱いも)

 ちなみに6位は電子書籍オンリー、今後はこうしたスタイルの作品がさらに増えるのではないでしょうか。


 なお、次点は幽霊を感じるようになってしまった長屋の子供たちを主人公としたドタバタ怪談ミステリ『優しき悪霊 溝猫長屋 祠之怪』(輪渡颯介 講談社)。事件の犠牲者である幽霊の行動の理由が焦点となる、死者のホワイダニットというのは、この設定ならではというほかありません。

 そのほか小説以外では、『幕末武士の京都グルメ日記 「伊庭八郎征西日記」を読む』(山村竜也 幻冬舎新書)が出色。キャッチーなタイトルですが、あの「伊庭八郎征西日記」の現代語訳+解説という一冊です。


 ――というわけで今年も毎日更新を達成することができました。来年も毎日頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 良いお年を!


今回紹介した本
駒姫: 三条河原異聞敵の名は、宮本武蔵天の女王決戦!新選組さなとりょう大東亜忍法帖【完全版】


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 『決戦! 新選組』(その一)
 谷治宇『さなとりょう』 龍馬暗殺の向こうの「公」と「私」

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2017.12.30

このブログが選ぶ2017年ベストランキング(文庫書き下ろし編)

 今年は週刊朝日のランキングに参加させていただきましたが、やはり個人としてもやっておきたい……ということで、2017年のベストランキングであります。2016年10月から2017年9月末発刊の作品について、文庫書き下ろしと単行本それぞれについて、6作ずつ挙げていくところ、まずは文庫編であります。

 これは今年に限ったことではありませんが、普段大いに楽しませていただいているにもかかわらず、いざベストを、となるとなかなか悩ましいのが文庫書き下ろし時代小説。
 大いに悩んだ末に、今年のランキングはこのような形となりました。

1位『御広敷用人大奥記録』シリーズ(上田秀人 光文社文庫)
2位『義経号、北溟を疾る』(辻真先 徳間文庫)
3位『鉄の王 流星の小柄』(平谷美樹 徳間文庫)
4位『宿場鬼』シリーズ(菊地秀行 角川文庫)
5位『刑事と怪物 ヴィクトリア朝エンブリオ』(佐野しなの メディアワークス文庫)
6位『妖草師 無間如来』(武内涼 徳間文庫)

 第1位は、既に大御所の風格もある作者の、今年完結したシリーズを。水城聡四郎ものの第2シリーズである本作は、正直に申し上げて中盤は少々展開がスローダウンした感はあったものの、今年発売されたラスト2巻の盛り上がりは、さすがは、と言うべきものがありました。
 特に最終巻『覚悟の紅』の余韻の残るラストは強く印象に残ります。

 そして第2位は、非シリーズものではダントツに面白かった作品。明治の北海道を舞台に、天皇の行幸列車を巡る暗闘を描いた本作は、設定やストーリーはもちろんのこと、主人公の斎藤一をはじめとするキャラクターの魅力が強く印象に残りました。
 特にヒロインの一人である狼に育てられたアイヌの少女など、キャラクター部門のランキングがあればトップにしたいほど。さすがはリビングレジェンド・辻真先であります。

 第3位は、4社合同企画をはじめ、今年も個性的な作品を次々と送り出してきた作者の、最も伝奇性の強い作品。「鉄」をキーワードに、歴史に埋もれた者たちが繰り広げる活躍には胸躍らされました。物語の謎の多くは明らかになっていないこともあり、続編を期待しているところです。
 また第4位は、あの菊地秀行が文庫書き下ろし時代小説を!? と驚かされたものの、しかし蓋を開けてみれば作者の作品以外のなにものでもない佳品。霧深い宿場町に暮らす人々の姿と、記憶も名もない超人剣士の死闘が交錯する姿は、見事に作者流の、異形の人情時代小説として成立していると唸らされました。

 そして第5位はライト文芸、そして英国ものと変化球ですが、非常に完成度の高かった一作。
 狂気の医師の手術によって生み出された異能者「スナーク」を取り締まる熱血青年刑事と、斜に構えた中年スナークが怪事件に挑む連作ですが――生まれも育ちも全く異なる二人のやり取りも楽しいバディものであると同時に、スナークという設定と、舞台となるヴィクトリア朝ロンドンの闇を巧みに結びつけた物語内容は、時代伝奇ものとして大いに感心させられた次第です。

 第6位は悩みましたが、シリーズの復活編であるシリーズ第4弾。今年は歴史小説でも大活躍した作者ですが、ストレートな伝奇ものも相変わらず達者なのは、何とも嬉しいところ。お馴染みのキャラクターたちに加えて新たなレギュラーも登場し、この先の展開も大いに楽しみなところであります。


 その他、次点としては、『京の絵草紙屋満天堂 空蝉の夢』(三好昌子 宝島社文庫)と『半妖の子 妖怪の子預かります』(廣嶋玲子 創元推理文庫)を。
 前者は京を舞台に男女の情の機微と、名刀を巡る伝奇サスペンスが交錯するユニークな作品。後者は妖怪と人間の少年の交流を描くシリーズ第4弾として、手慣れたものを見せつつもその中に重いものを内包した作者らしい作品でした。


 単行本のベストについては、明日紹介させていただきます。


今回紹介した本
覚悟の紅: 御広敷用人 大奥記録(十二) (光文社時代小説文庫)義経号、北溟を疾る (徳間文庫)鉄の王: 流星の小柄 (徳間時代小説文庫)宿場鬼 (角川文庫)刑事と怪物―ヴィクトリア朝エンブリオ― (メディアワークス文庫)妖草師 無間如来 (徳間文庫)


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 平谷美樹『鉄の王 流星の小柄』 星鉄伝説! 鉄を造る者とその歴史を巡る戦い
 菊地秀行『宿場鬼』 超伝奇抜きの「純粋な」時代小説が描くもの
 佐野しなの『刑事と怪物 ヴィクトリア朝エンブリオ』 異能が抉る残酷な現実と青年の選択
 武内涼『妖草師 無間如来』 帰ってきた妖草師と彼の原点と

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2017.12.19

「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その一)

 今年最後の、そしてカウント上は来年最初の「コミック乱ツインズ」誌は、創刊15周年記念号。創刊以来王道を征きつつも、同時に極めてユニークな作品を多数掲載してきた本誌らしい内容であります。今回も、印象に残った作品を一作ずつ紹介していきます。

『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 新連載第一弾は、流浪の用心棒たちが主人公の活劇もの。
 用心棒といえば三人――というわけかどうかは知りませんが、自分の死に場所を探す「終活」中の老剣士、仇を追って流浪の旅を続ける「仇討」中の剣士、そしてお人好しながら優れた忍びの技を操る青年と、それぞれ生まれも目的も年齢も異なる三人の浪人を主人公とした物語であります。

 連載第一回は、宿場町を牛耳る悪いヤクザと、昔気質のヤクザとの対立に三人が巻き込まれて――というお話で新味はないのですが(でっかいトンカチを持った雑魚がいるのはご愛嬌)、端正な絵柄で手慣れた調子で展開される物語は、さすがにベテランの味と言うべきでしょう。

 ……と、今回驚かされたのは、忍びの青年が「鬼輪番」と呼ばれることでしょう。作中の言葉を借りれば「天下六十余州をまわり幕府に抗おうとする大名たちの芽を摘む」のが任務の忍びたちですが――しかし、ここでこの名が出るとは!
 『優駿の門』の印象が強い作者ですが、デビュー作は小池一夫原作の『鬼輪番』。その名がここで登場するとは――と、大いに驚き、そしてニンマリさせられた次第です。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 吉原という底知れぬ相手を敵に回すことになったものの、同門の青年剣士・大宮玄馬を家士として味方につけた聡四郎。今回は早くもこのコンビが、ビジュアル的にも凄い感じの刺客・山形をはじめとする刺客団と激闘を繰り広げることになります。
 死闘の末に刺客たちを退けたものの、はじめて人を殺してしまった玄馬は、その衝撃から目からハイライトが消えることに……

 というわけで上田作品お馴染みの、はじめての人斬りに悩むキャラクターという展開ですが、体育会系の聡四郎はいまいち頼りにならず――というか、紅さんが話してあげてと言っているのに、竹刀でぶん殴ってどうするのか。この先が、江戸城内の不穏な展開以上に気になってしまうところであります。


『大戦のダキニ』(かたやままこと)
 特別読み切りとして掲載された本作は、なんと太平洋戦争を舞台とするミリタリーアクション。といっても、主人公は日本刀を片手に太腿丸出しで戦う戦闘美少女というのが、ある意味本誌らしいのかもしれません。
 作者のかたやままこと(片山誠)は、ここしばらくはミリタリーものを中心に活動していたのようですが、個人的には何と言っても會川昇原作の時代伝奇アクション『狼人同心』が――というのはさておき。

 物語は、江戸時代に流刑島であった孤島に上陸した日本軍を単身壊滅させた少女・ダキニが、唯一心を開いた老軍人・亀岡とともに、ニュージョージア島からの友軍撤退作戦に参加することに――という内容。
 銃弾をも躱す美少女が、日本刀で米軍をバッサバサというのは、今日日ウケる題材かもしれませんが、ダキニが異常なおじいちゃん子というのは、それが狙いの一つとは思いつつも、あまりにアンバランスで乗れなかったというのが正直なところであります。
(見間違いしたかと思うような無意味な特攻描写にも悪い意味で驚かされました)


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 日本の鉄道の広軌化を目指す中で、現場の技術者たちとの軋轢を深めることとなってしまった島。それでも現状を打開し、未来にも役立てるための新たな加熱装置を求め、島はドイツに渡ったものの……

 という今回、主人公が二年もの長きに渡り日本を、すなわち物語の表舞台を離れるということになってしまいましたが、後任が汚職役人で――という展開。
 これを期に雨宮たち現場の技術者も島の存在の大きさを再確認する――という意味はあるのですが、あまりに身も蓋もない汚職役人の告白にはひっくり返りました。

 そして未来に夢の超高速鉄道を開発することになる少年も色々と屈託を抱えているようで、こちらも気になるところであります。


 長くなりましたので、次回に続きます。


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コミック乱ツインズ 2018年 01 月号 [雑誌]


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2017.12.15

井浦秀夫『魔法使いの弟子』 メスメリズムが照らす心の姿、国家の姿

 明治時代初期、新国家の安定のために辣腕を振るう参議・鬼窪は、外国人居留地はずれの洋館に召魔と名乗る妖術使いが住んでいるという噂を聞く。一笑に付す鬼窪だが、愛妾の妙が召魔のもとに通い始めたと知り、洋館に乗り込むことになる。しかし妙は、鬼窪の背後に憑いた幽霊を見たと語り……

 『弁護士のくず』『刑事ゆがみ』の作者が、明治時代初期を舞台に、人間の心の不思議を描いたユニークな物語であります。

 舞台となるのは明治6年頃――新政府は樹立されたものの、まだ政治・社会・外交・文化全てにおいて混沌とした時代。
 その新政府の参議である元薩摩藩士・鬼窪巌は、征韓論に端を発する西郷隆盛らとの争いに奔走する毎日を送っていたのですが――体調を崩していた愛妾の妙が、召魔(めすま)と名乗る怪しげな外国人のもとに通い始めたことを知ります。

 「動物磁気」なる力で病人を癒やし、降霊術で死者の霊を呼び出すという美青年・召魔。当然ながら彼を騙り扱いして妙を連れ戻す鬼窪ですが、一種の気鬱状態の妙の状況は一向に良くならず、やむなく召魔に妙を託すことになります。
 治療の甲斐あってか回復していく妙。しかし彼女は、鬼窪の背後に、彼を弾劾する死者の姿を見たと語り、それを聞かされた鬼窪は、驚きから顔色を失うことになります。その死者こそは、鬼窪がひた隠す過去の所業にまつわる人物だったのですから……


 本作で一種の狂言回しを務める謎の青年・召魔。作中でも語られるように、その名と使う技は、フランツ・アントン・メスメルと彼が提唱した動物磁気(メスメリズム)に基づくものであります。
 このメスメリズム、近代日本を舞台とした物語で、外国人が操る妖しげな技というと結構な確率で登場する印象がありますが――一種の催眠状態を用いた治療であったと言いますから、その扱いもわからないでもありません。

 つまり非常に大雑把に言ってしまえば、オカルトと科学の中間に(過渡期に)存在するこのメスメリズムですが、それを用いて本作が描き出すのが、過去を断罪する幽霊というのが面白い点でしょう。
 果たして妙が見た幽霊は単なる神経の作用なのか、本物の幽霊なのか。そのどちらであったとしても、何故妙の目に映るようになったのか? 本作はその謎解きの中に、人間の心と意識と魂の三者の姿とその関係を浮かび上がらせるのであります。

 そして本作は、その物語の中で暴かれる鬼窪の罪を、同時にこの国が辿ってきた血塗られた歴史と重なるものとして描きだします。あたかも国家(の歴史)にも、心と意識と魂に照合するものが存在するかのように……
 そしてさらにそこに、終盤で明らかになる召魔自身の過去(にまつわる死)が重ね合わせられることで、本作は一種の断罪と贖罪の物語を浮かび上がらせることになるのです。

 正直なところ、なかなか物語が向かう先が見えない作品ではあります。題材的にも、短編向きに感じる内容ではあります(事実、本作は単行本1巻という短い作品なのですが)。
 そんなどこか窮屈さを感じさせる作品なのですが、それだからこそ、結末で描かれるものには、不思議な感動と解放感を感じさせられる――それこそ、魔法にでもかけられたような、不思議な後味の作品であります。


 ちなみに鬼窪は、島津久光に重用されたという過去といい、征韓論での西郷との対立といい、何よりもそのネーミング(とビジュアル)といい、モデルは明らかに大久保利通でしょう。
 他の登場人物が実名で描かれているものが、彼のみこのように改変されているのは奇妙にも感じますが、これは物語の核心である彼の過去を自由に描くためのものでしょうか。


『魔法使いの弟子』(井浦秀夫 小学館ビッグコミックス) Amazon
魔法使いの弟子 (ビッグコミックス)

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2017.11.29

入門者向け時代伝奇小説百選 拾遺その二

 入門者向け時代伝奇小説の百選に含められなかった作品の紹介であります。今回は条件のうち、現在電子書籍も含めて新刊で手に入らない8作品を紹介いたします。

『秘剣・柳生連也斎』(五味康祐) 【剣豪】【江戸】
『秘剣水鏡』(戸部新十郎) 【剣豪】【江戸】
『十兵衛両断』(荒山徹) 【剣豪】【江戸】
『打てや叩けや 源平物怪合戦』(東郷隆) 【古代-平安】【怪奇・妖怪】
『聚楽 太閤の錬金窟』(宇月原晴明) 【戦国】【怪奇・妖怪】
『真田三妖伝』シリーズ(朝松健) 【戦国】【怪奇・妖怪】
『写楽百面相』(泡坂妻夫) 【江戸】
『秘闘秘録新三郎&魁』シリーズ(中谷航太郎) 【江戸】

 歴史に残すべき名作、刊行してあまり日が経っていないはずのフレッシュな作品でも容赦なく絶版となっていく今日この頃。電子書籍はその解決策の一つかと思いますが、ここに挙げる作品は、言い換えればその電子書籍化がされていない作品であります。

 まずはともに剣豪ものの名品ばかりを集めた名短編集二つ――いわずとしれた柳生ものの名手の代表作である二つの表題作をはじめとして、切れ味鋭い短編を集めたいわばベストトラックともいうべき『秘剣・柳生連也斎』(五味康祐)。
 そして一瞬の秘剣に命を賭けた剣士たちを描く『秘剣』シリーズの中でも、奇怪な秘剣を操る者たちの戦いの中に剣の進化の道筋を描く『水鏡』を収録した『秘剣水鏡』(戸部新十郎)。どちらも絶版であるのが信じられない大家の作品であり、名作であります。

 そしてもう一つ剣豪ものでは『十兵衛両断』(荒山徹)。一時期荒山伝奇のメインストリームであった柳生ものの嚆矢にして、伝奇史上に残る表題作をはじめとした本書は、伝奇性もさることながら、権に近づくあまり剣の道を見失っていった柳生一族の姿を浮き彫りにした作品集であります。

 また古代-平安では博覧強記の作者が、源平の合戦をどこかユーモラスなムードで描いた『打てや叩けや 源平物怪合戦』(東郷隆)があります。
 司馬遼太郎の『妖怪』の源平版とも言いたくなる本作は、貴族から武家に社会の実権が移る中、武家たちの争いと妖術師の跳梁が交錯する様が印象に残ります。

 そして戦国ものでは、なんと言っても作者の絢爛豪華にして異妖極まりない伝奇世界が炸裂した『聚楽 太閤の錬金窟』(宇月原晴明)。
 関白秀次の聚楽第に隠された錬金の魔境を巡る大活劇は、作者の特徴である異国趣味を濃厚に描き出すと同時に、もう一つの特徴である深い孤独と哀しみを漂わせる物語であります。

 そして戦国ものでもう一つ、『真田三妖伝』『忍 真田幻妖伝』『闘 真田神妖伝』(朝松健)の三部作は、作者が持てる知識と技量をフルに投入して描いた真田十勇士伝であります。
 猿飛佐助と柳生の姫、豊臣秀頼の三人の運命の子を巡り展開する死闘は、作者の伝奇活劇の総決算とも言うべき大作。ラストに飛び出す秘密兵器の正体は、これまた伝奇史上に残るものでしょう。

 続いて江戸ものでは、今なおその正体は謎に包まれた東州斎写楽の謎を追う『写楽百面相』(泡坂妻夫)。
 江戸文化に造詣が深い(どころではない)作者の筆による物語は、伝奇ミステリ味を濃厚に漂わせつつ、史実と虚構の合間を巧みに縫って伝説の浮世絵師の姿を浮かび上がらせます。

 さらに今回紹介する中でもっとも最近の作品である『ヤマダチの砦』に始まる『秘闘秘録新三郎&魁』シリーズ(中谷航太郎)も実にユニークな江戸ものです。
 品性下劣な武家のバカ息子と精悍な山の民の青年が謎の忍びに挑むバディものとしてスタートした本シリーズは、あれよあれよという間にスケールアップし、海を越える大伝奇として結実するのです。


 というわけで駆け足で紹介した8作品ですが、それぞれに事情はあるにせよ、媒体の違いだけで後の世の読者が――今はネット書店で古書も手にはいるとはいえ――アクセスできないというのは、残念というより無念な話。
 ぜひともこれらの名作にも容易に触れることができるような日が来ることを、心から祈る次第であります。


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「水鏡」 秘剣が映す剣流の発展史
 「十兵衛両断」(1) 人外の魔と人中の魔
 「打てや叩けや 源平物怪合戦」 二つの物怪の間で
 「聚楽 太閤の錬金窟」 超越者の喪ったもの
 写楽とは何だったのか? 「写楽百面相」
 『ヤマダチの砦』 山の民と成長劇と時代ウェスタンと

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2017.11.26

入門者向け時代伝奇小説百選 拾遺その一

 先日地味に作品紹介を終了した初心者向け伝奇時代小説百選ですが、作品選定が拡散するのを避けるために条件をつけた結果、百選に入れたいのにどうしても入らない作品が出てしまいました。あまりに残念なので、ここにまとめて紹介いたします。まずは、いま入手可能なのに入れられなかった10作品……

『忍びの者』(村山知義) 【忍者】【戦国】
『吉原螢珠天神』(山田正紀) 【SF】【江戸】
『黄金の犬 真田十勇士』(犬飼六岐) 【戦国】【忍者】
『大江戸剣聖一心斎』シリーズ(高橋三千綱) 【江戸】【剣豪】
『闇の傀儡師』(藤沢周平) 【江戸】
『山彦乙女』(山本周五郎) 【江戸】
『花はさくら木』(辻原登) 【江戸】
『大奥の座敷童子』(堀川アサコ) 【幕末-明治】【怪奇・妖怪】
『鈴狐騒動変化城』(田中哲弥) 【児童】【怪奇・妖怪】
『風の王国』(平谷美樹) 【中国もの】【古代-平安】

 忍者ものの『忍びの者』(村山知義)は、百地三太夫と藤林長門守という対立する二人の上忍に支配された伊賀を舞台に、歴史に翻弄される下忍たちに姿を描いた作品。50年代末から60年代初頭にかけての忍者ブームの一角を担い、後世の忍者ものに与えた影響も大きいマスターピースであります

 SFものでは『吉原螢珠天神』(山田正紀)は、元御庭番の殺し屋が、吉原に代々伝わるという不可思議な玉を巡って死闘を繰り広げるSF時代小説の名品。時代小説として面白いのはもちろんのこと、家康の御免状どころか何と――という凄まじい発想に唸らされます。

 戦国時代ものの『黄金の犬 真田十勇士』(犬飼六岐)は、真田十勇士を、忠誠心の欠片もない流浪の十人のプロフェッショナルとして描いた痛快な作品であります。

 激戦区だった江戸時代ものでは、まず『大江戸剣聖一心斎』シリーズ(高橋三千綱)は、奇妙な風来坊剣士・中村一心斎が、歴史上の偉人たちを自分勝手な言動で振り回しながらも、いつしかその悩みを解決してしまう味わい深い作品であります。

 また、『闇の傀儡師』(藤沢周平)は、ある意味人情もの的側面の強い作者が、秘密結社・八嶽党と、それと結んだ田沼意次に立ち向かう剣士の戦いを描いた正調時代伝奇。
 一方『山彦乙女』(山本周五郎)は、禁断の地に踏み入って発狂した末に行方を絶った叔父の遺品というホラーめいた導入部から、山中異界を巡る冒険が展開されていく、これも作者には珍しい作品です。

 さらに『花はさくら木』(辻原登)は、改革者たる田沼意次と謎の海運業者との暗闘が、皇位継承を巡るある企てと思わぬ形で絡み合い、切なくも美しい結末を迎える佳品であります。

 そして幕末-明治ものでは、大奥に消えたという座敷童子を探す少女を主人公にした『大奥の座敷童子』(堀川アサコ)。いわゆる大奥もののイメージとはひと味異なる、バイタリティ溢れる楽しい作品です。

 児童ものでは『鈴狐騒動変化城』(田中哲弥)。作者の新作落語をベースに、バカ殿に目をつけられたヒロインを救うために町の若者たちと狐が奮闘するナンセンス大活劇。読みながら「むははははは」と笑い転げたくなる作品であります。

 そして中国ものでは大作『風の王国』(平谷美樹)。幻の渤海王国の興亡を舞台に、東日流に生まれ育った男が大陸で繰り広げる壮大な愛と戦いの物語。悲劇を予感させる冒頭で描かれたものの意味が明かされる結末には、ただただ感動させられる名作です。


 というわけで非常に駆け足でありますが10作品――何故選から漏れることになったかはご勘弁いただきたいと思いますが、いずれもギリギリまで悩んだ作品揃い、こちらも併せてお読みいただければ、これに勝る喜びはありません。



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 村山知義『忍びの者 序の巻』 歴史の前に儚く消えるもの
 「吉原螢珠天神」 天才エンターテイメント作家の初時代小説
 犬飼六岐『黄金の犬 真田十勇士』 十勇士、天下の権を笑い飛ばす
 「大江戸剣聖一心斎 黄金の鯉」 帰ってきた剣聖!
 「闇の傀儡師」 闇の中で嗤うもの
 「山彦乙女」 脱現実から脱伝奇へ
 辻原登『花はさくら木』 人を真に動かすものは
 堀川アサコ『大奥の座敷童子』 賑やかな大奥の大騒動
 『鈴狐騒動変化城』 痛快コメディの中に浮かび上がる人の情
 「風の王国 1 落日の渤海」 二つの幻の王国で

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