2018.05.19

宇野比呂士『天空の覇者Z』第4巻 流星の剣の目覚めるとき

 真のヒトラーと対面した天馬は、彼が両親の仇であったことを思い出す。しかし彼の剣は通じず、その場を辛うじて逃れるのだった。そしてT鉱を求めてイタリアの要塞島に潜入する天馬たちだが、罠にはまり分断されてしまう。そこに現れた蜘蛛の能力を持つ獣人に苦戦する天馬だが、その時流星の剣が……

 ムッソリーニの館でついに真のヒトラーと対面した天馬とアンジェリーナ。その顔を見るや問答無用で斬りかかるという彼らしくもない行動に出た天馬ですが、それは彼の赤子の頃の記憶ゆえ――彼は両親をヒトラーに殺され、自らも殺されるところを剣の師に救われたのであります。
 しかしその際に痛撃を与えた陸奥守流星も、天馬では真の力を発揮することはできずヒトラーの体をすり抜けるのみ。絶体絶命の天馬を救うため、自らを差し出すアンジェリーナですが、あわやのところで駆けつけたJと天馬がヒトラーに連撃! が、それすら通じず、ヒトラーは彼らの攻撃に免じてその場は退くと告げ、(どこかで見たようなアングルで)アンジェリーナの唇を奪って去るのでした。

 自らが流星の剣を活かせていなかったことに衝撃を受けるものの、しかしこれ以上ヒトラーに大切な人を奪われまいと――アンジェリーナを守ろうと闘志を燃やす天馬。そしてムッソリーニ邸から奪取した地図を手に、天馬・アンジェリーナ・J・ギヌメールは要塞島――T鉱がナチスによって運び込まれた秘密基地に潜入することになります(その巻き添えで真のヒトラーの顔を見てしまったため殺されたムッソリーニ……)。
 そしてウェルの発明品を使って首尾よく要塞島に潜入した一行。しかし床の崩落に巻き込まれたアンジェリーナを追って天馬は地下に消え、ギヌメールとJのみが先に進むことになります。一方、天馬たちが落下した先は島の地下に広がる古代遺跡――そこに待ち受けるはヒトラーに蜘蛛の獣性腫瘍を与えられた獣人・シュタイナー中佐であります。

 しかしシュタイナーに向けたアンジェリーナの銃口は反転し、避ける間もなく撃たれる天馬。ヒトラーの口づけがアンジェリーナを操ったのか!? ……と思いきや、懐のゴーグルで致命傷は避けた天馬は、それが蜘蛛の糸によって操り人形されていたと見抜き、剣の一閃で彼女を解放するのですが――しかし無数の石柱が存在する遺跡内では数々の蜘蛛糸を操るシュタイナーが有利であります。
 苦し紛れに水中に飛び込んだ天馬ですが、しかし銃創の影響と、ミズグモの能力すら取り込んだ相手の力の前に絶体絶命に……

 と、生と死の境で、流星の剣の真の力に目覚めた天馬。そも流星の剣とは、戦国時代に降ってきた隕石を鍛えた水晶の如き透き通った外見と兜をも砕く強さを持つ刀――やがて千葉周作の手に渡り、北辰一刀流の伝承者の証になったと言われる刀であります。
 その力を十全に発揮すればこの世において斬れぬものなしという流星刀を手に、天馬は一撃で敵もろとも水面を真っ二つに割るという離れ業を見せ、勝利を収めるのでした。

 が、出血多量で意識を失った天馬。アンジェリーナは天馬を背負い、全く道標もない地下遺跡から脱出しようと歩み出すことに……

 一方、残されたギヌメールとJはT鉱の保管所に潜入するもののそこはもぬけの殻。奪取作戦を察知したナチスは、既にT鉱を移送していたのであります。しかしそれこそはネモの策――ギヌメールたちを囮に使ってT鉱をいぶり出すという作戦は当たり、輸送船を鹵獲して見事T鉱確保に成功するのでした。
 しかし元軍人のギヌメールはともかく、駒に使われて怒り心頭のJ。天馬を探すという彼の前に現れたのは――当の天馬とアンジェリーナ。なんと地下遺跡を踏破したアンジェリーナはその後も神がかった感覚を発揮し、一行を水上機の格納庫にまで導きます。

 そこでしぶとく襲ってきたシュタイナーは手加減をしらないJが一蹴し、ようやく要塞島から脱出成功か!? というところで次巻に続きます。


 本作には珍しく、全く空中戦が登場しなかったこの巻。代わって天馬と流星の剣の因縁を中心に、等身大戦が存分に描かれることとなります。
 なんとヒトラーは天馬の親の仇、そして天馬の持つ流星の剣こそがヒトラーを倒すことができる(らしい)というのはいささか出来過ぎた因縁のようにも感じられますが、その辺りはまたこの先に描かれることになります。

 そして因縁といえば天馬とアンジェリーナ。天馬がアンジェリーナに一目惚れしたことから始まったともいえる本作ですが、その二人の運命的な結びつきは、この巻でクローズアップされることになります。
 しかし無敵にすら見えるヒトラーが何故アンジェリーナに目をつけたのか――それもまた、今後のお楽しみであります。


『天空の覇者Z』第4巻(宇野比呂士 講談社少年マガジンコミックス) Amazon
天空の覇者Z 4 (少年マガジンコミックス)


関連記事
 宇野比呂士『天空の覇者Z』第1巻 幻の名作の始まり――快男児、天空に舞う!
 宇野比呂士『天空の覇者Z』第2巻 天馬vs死神、天馬vs獣人!
 宇野比呂士『天空の覇者Z』第3巻 激突、巨大空中兵器の死闘!

| | トラックバック (0)

2018.05.12

宇野比呂士『天空の覇者Z』第3巻 激突、巨大空中兵器の死闘!

 アンジェリーナを救出し、Zに合流した天馬一行。しかしそこにクブリック提督が指揮する巨大空中戦艦「G」が襲いかかる。これまでに多大な被害を受けていたZは苦戦するが、ネモの奇策によって逆転、Gの撃退に成功する。そしてT鉱奪取のためムッソリーニ邸に潜入した天馬の前にあの男が現れる……

 流星の剣の一撃で獣化したゲシュタポ将校を斃した天馬。獣人とはいえ人を斬ったことを悔やむ天馬ですが、その暇もなく次々と襲いかかる鉤十字騎士団をJとの抜群のコンビネーションで蹴散らし、救援に現れたZに何とか合流に成功します。
 そしてアンジェリーナの協力により、既に獣性腫瘍が危険な状態となったルーの手術も始まるのですが、そこに現れたのは巨大な敵影――Zと並びルフトバッフェ空中艦隊構想の中核を成す超巨人機・G!!

 Z計画責任者であり、今はヒトラーの命でZを追うインゲ・ベイルマン局長と、誇り高き荒鷲の異名を持つエーリッヒ・フォン・クブリック提督が乗り込んだG。スチームに紛れての接近からドリル付きのワイヤーを打ち込んで動きを止め、さらにガス管を打ち込んでそこから神経ガスを注入、最小の労力でZを制圧せんとするクブリックの策の前に、Zの運命は風前の灯火に……
 と、そこでネモの命を受けて飛び出したのは、タイガー号に乗ったJと天馬。Jのブーメラン剣でパイロットを斬るという無茶を駆使して敵機を抜き、そしてガス管に対して天馬の刀が一閃! ついにZへのガス注入を止めることに成功いたします。

 しかしまだZはGに捕らえられたまま、そして傷ついたZには再度のZ砲発射に耐えられるだけの耐久度はない――が、ワイヤーで固定されたことを逆用してZ砲充填を開始するネモ。さしものGも至近距離からのZ砲をくらってはひとたまりもない――はずですが、何とクブリックは左右時間差でワイヤーを外すことで機体を回転、Z砲を外してみせるという離れ業をみせます。
 ついに万策尽きたかに見えたZ。しかしネモの真の狙いはアルプスの山、Z砲を食らって破壊された山塊はZの上に位置したGを直撃、さしものGも耐えきれずに撤退を余儀なくされるのでした。

 ついにアルプスを越えたZ。ルーの手術も、アンジェリーナの持つ獣性細胞への抗体によって成功し、JたちもZと別れを告げるのですが――しかしただ一機、こんな大きなお宝を見逃す手はないなどとツンデレなことを言いながら戻ってきたJ。Jとエリカを加え、Zはイタリアに向かうことになります。

 そしてイタリアに極秘裏に作られたドックで改修・改造を施されるZですが、しかし命とも言うべきZ鉱は既に艦内には残っておらず、外部からの調達が必要な状態であります。かくてかつての戦友の依頼を受けて、ドイツからイタリアに運び込まれたZ鉱の行方を追うことになったギヌメール隊長。
 その矢先に脱走して上陸したものの隊長に捕まったアンジェリーナと天馬は、ムッソリーニ亭の仮面舞踏会に潜入することになるのですが――成り行きからムッソリーニ、そして謎の仮面の青年とポーカーをプレイすることになります。ゲームは白熱し、ついにサシの勝負となった仮面の青年に対し、天馬は自分の愛刀を賭ける代わりに、その仮面を外すことを賭けるように迫ります。

 大勝負に自ら負けるように仕向け、仮面を外す青年。その下の素顔は真のヒトラー――しかし初対面のはずのヒトラーの顔を見た天馬に戦慄が走ります。かつて何故か日本を離れ、ボロボロになった末にギヌメール隊長に拾われた天馬。ヒトラーこそは、その「何故」と密接に関わる者だったのですから……


 第2巻の後半からこの巻の中盤にかけて、アルプスを舞台に目まぐるしく展開してきた本作。その中でJ、エリカ、クブリックと、後々まで物語で重要な位置を占めるキャラが登場しますが、これほど早くの登場であったかと、今読んでみると驚かされます。

 そしてこの巻ではついにZとG、二つの巨大空中兵器が激突。第2巻の紹介で申し上げたように、本作のバトルは三つのレイヤーが存在するのですが――一つは等身大戦、二つ目は戦闘機による空中戦、そして三つ目がこの空中戦艦同士なのであります。
 ここで本格的に登場したこの三つ目の戦いは、互いが強大な攻撃力を持つ(そして小回りが効かない)中で如何に相手に大打撃を与えるか、という観点で展開されるのが実に面白く、エキサイティング。何よりもそのプレイヤーたるネモとクブリック、二人の名将の読み合いが実に面白くで、本作ならではのバトルの醍醐味がここにはあります。

 そしてもう一つ、この巻の冒頭で描かれた天馬の過去の謎の一端が、巻末の展開に直結していく構成にも、やはり唸らされるところでありますが――その詳細は次巻で描かれることになります。


『天空の覇者Z』第3巻(宇野比呂士 講談社少年マガジンコミックス) Amazon
天空の覇者Z 3 (少年マガジンコミックス)


関連記事
 宇野比呂士『天空の覇者Z』第1巻 幻の名作の始まり――快男児、天空に舞う!
 宇野比呂士『天空の覇者Z』第2巻 天馬vs死神、天馬vs獣人!

| | トラックバック (0)

2018.05.11

『いとをかし 板橋しゅうほう奇想時代劇漫画集』 異才の描くバラエティ豊かな時代漫画集


 以前にも似たようなことを申し上げましたが、最近の電子書籍は、書籍の電子化のみならず、単行本未収録の作品がオリジナルの単行本として発売されるようになったのが嬉しいところであります。本書もその一つ――副題通り、板橋しゅうほうの時代漫画を集めた短編集です。

 板橋しゅうほう(現在は「SYUFO」名義で活動)と言えば、早くからアメコミの画風・作風の影響を受けたSF漫画家――という印象が強い作家。
 そのため、恥ずかしながら本書を手にするまで、作者の時代漫画を読んだことがなかったのですが――ここに収録されているのは、いずれも「奇想」の名にふさわしい、五編の時代漫画であります。

 以下、簡単に内容を紹介すれば――

『人斬り雀』(SYUFO侍異聞)
 虫も殺せぬ男と言われながらも、不義密通した新妻の相手をあっさりと斬ってのけた青年武士・田中雀三郎。しかし相手は旗本の長男で幼馴染みの兄、仇討ちに出てきた旗本たちを相手に雀三郎の剣が唸る!

『喰らうは地獄』(SYUFO怪異譚)
 二百人以上の極悪人を素手で殺したという怪僧・赤蓮。殺した者の魂を背負った彼の次の標的は、自分に逆らった相手を一家皆殺しにした殺人鬼・石黒三兄弟だった……

『江伝のうなぎ』(SYUFO怪笑譚)
 十年前に家を出た父を探して江戸に出てきた茂太郎は、ある晩夢の中で父に「壺に鰻を入れるんや」と告げられる。鰻屋でその壺を手に入れた茂太郎は、父の生まれ変わりだという鰻と出会い、その言葉通りに江戸中を巡ってみれば……

『赤鰯(レッド・サーディン)』(SYUFO妖刀譚)
 見かけは赤鰯ながら、その正体は相手の魂を斬り、六道輪廻を断つという妖刀「六道斬」。鳴海敬之進は、対立する一門から辱めを受け、復讐のために妖刀を手にして狂った師と対峙する。

『開けるべからず』(忍びの者異聞)
 居酒屋で「穴があったら入りてえ」とぼやく男・半助。さる武士の屋敷に二十年間入り込んでいた忍びの者だという彼は、ある理由から、山田浅右衛門に挑もうとしていた……


 上記のカッコ内は各作品のタイトルページに付された角書ですが、それに相応しいバラエティに富んだ作品揃いの本書。

 作者の独特の濃い画風は想像以上に時代劇にマッチしていたものの、正直なところアクション描写は時代劇特有のテンポとはちょっと食い合わせがよろしくない……
 という印象はありますが、『人斬り雀』『江伝のうなぎ』のような独特のすっとぼけたユーモアが感じられる作品はなかなか魅力的であります。

 しかし本書で一番の収穫は巻末の『開けるべからず』ではないでしょうか。
 とある武家に忠僕として仕えつつも、その実、武家の害になる任務を強いられてきた忍びが、ついに武士を辞めるという主の最後の名誉を守るために一肌脱いで――という展開も十分ユニークなのですが、凄まじいのが結末の展開。

 徒手で首斬り浅右衛門を相手にすることになった彼が、浅右衛門を圧倒し、主の名誉を守り、そして己の身を処すのにいかなる手段を取ったか――実に時代もの・忍者もの的に見事な内容に納得しつつも、その凄まじさに絶句するほかない、忍者漫画の名品であります。


 作者の少々意外な側面を見ることができる本書、Kindle Unlimitedに収録されていることもあり(というより作者の作品は現在かなりの数がUnlimited化されているのですが)、興味をお持ちの方はぜひご覧いただければと思います。

『いとをかし 板橋しゅうほう奇想時代劇漫画集』(板橋しゅうほう 三栄書房) Amazon
いとをかし 板橋しゅうほう奇想時代劇漫画集

| | トラックバック (0)

2018.05.05

宇野比呂士『天空の覇者Z』第2巻 天馬vs死神、天馬vs獣人!

 秘密兵器・Z砲を使用し、一撃で超巨大砲もろともナチス基地を壊滅させたネモ艦長。しかし真のヒトラーの厳命を受けたナチスによって送り込まれた空賊・Jによって、アンジェリーナは捕らえられ、秘密研究所に送られてしまう。人質にされていた仲間を惨殺されたJと共に、天馬は研究所に乗り込む。

 天馬の活躍によりついに離陸したものの、いまだ全ての能力を発揮していない状態で800ミリ砲・ジークフリートの攻撃を食らい、大ピンチのZ――というクリフハンガーで始まったこの第2巻。天馬の奮闘と、ネモ艦長に恩義を感じるリヒトホーフェンのナイスフォローで時間を稼いだものの、再攻撃はもう目前――この絶体絶命の危機にネモはZ砲の発射を命令、艦内に戦慄が走るのでした。
 巨大な鋼鉄の塊であるZを浮かせる原動力――T(ツングース)鉱。1908年、ツングースカに落下し大爆発を引き起こした小惑星は、欠片一つで一つの街を消滅させるほどのエネルギーを持っていたのであります。このエネルギーを利用し、艦首から発射された黒い球弾は迫る砲弾を分解、そのままナチスの秘密基地を文字通り押し潰すのでした――まさに天空の覇者!

 そしてベルリンではあのヒトラーが、執務室である人物と対峙していたのですが――いま向かうところ敵なしのはずのヒトラーが冷や汗をかいて恐れるその相手は、一人の美しい青年。彼こそは真のナチス総統、真のヒトラー――あのチョビ髭は影武者に過ぎなかった! というまことに大胆な展開で、序章は幕を閉じることになります。


 そしてそれぞれの想いを胸に、改修のためにイタリアに向かうZに乗り込んだ天馬、ウェル、アンジェリーナと、天馬の飛行機の師・ギヌメール隊長。実は隊長とネモは先の大戦では宿敵同士だったなどと渋い因縁も描かれ、それまでとは一転静かに物語が進むと思えば、アルプス越えのルートに入ったZを襲う黄色の機体に黒い縞の複葉機の群れ――空賊・タイガー軍団。
 さすがにそのネーミングはいかがなものかと思いますが、しかしアルプスの複雑な気流に乗って襲いかかるその腕は確かで、Zに取り付いた一機によりアンジェリーナは奪われてしまいます。当然その後を追う天馬ですが、恐るべきブーメラン剣を操る敵パイロットは彼女を連れ去ってしまうのでした。

 ……ブーメラン剣!? とここで作者のファンはガタッとなってしまうのですが――宇野作品でブーメラン剣といえば、本作に並ぶ作者の代表作『キャプテンキッド』で大活躍した主人公のライバル兼相棒・死神ジョーカーの得物。これはもしやと思えば、この謎のパイロットの名はJ、そしてその素顔もジョーカーに瓜二つ!
 「大海賊だった爺サンの名にかけて」という台詞があるところを見るとそういうことなのでしょう。ファンにとっては嬉しいサービスであります。(しかしバイキング王国の姫君と結ばれたジョーカーの孫がアルプスで空賊をやっているとは、何があったのか……)

 とはいえ、そんなJが依頼とはいえナチスの片棒を担ぐのは解せぬ、と思っていれば、実は部下の空賊たちがナチスに捕らえられ、人質にされていたという事情。しかし解放された人質たちは直後に体中から血を吹き出し、肌を爛れさせて悶死、唯一生き残った男は奇怪な怪物に姿を変え、Jの弟分の少年・ルーに噛み付いてしまうのでした。
 謎の高熱を発して倒れたルーを救うためにスイス国境のナチス研究所に向かうJ。そしてJを天翔馬号で追ったものの墜落し、ルーに助けられていた天馬とウェルもJの助太刀のため、そして同じ研究所に連れ込まれたというアンジェリーク救出のために、共に研究所に殴り込みをかけることになります。

 もとはいえば、アンジェリークがゲシュタポ将校に追われていたことから始まった本作。その際、自分に噛まれたにもかかわらず彼女が異変を起こさなかったことに将校は驚き、そして真のヒトラーも彼女を特別視していたのですが――研究所でJと天馬を待っていたのはその将校であります。
 J怒りのブーメラン剣に斬られたはずが、次の瞬間には復活、左腕を大蛇に変えて襲いかかる将校。これぞ「獣性腫瘍」の力と嘯く将校に、Jに代わって対峙する天馬を苦戦を余儀なくされますが――ついに天馬が抜き払った愛刀――流星の剣こと陸奥守流星の一閃が敵の不死身の肉体を両断! しかし天馬の顔には喜びよりも憂いの色が濃く――彼の重い過去を想像させつつ、次巻に続きます。


 と、派手な空中戦が展開されたドイツ編とは少々趣を変えて、等身大の人間(ではないのもいますが)同士の戦いがメインとなったこの巻の後半。
 実は本作は戦いが三つのレイヤーに分かれて描かれるのが大きな魅力となっているのですが、この等身大戦はまさに作者の自家薬籠中のもの。ここは作者の達者なアクション描写に注目したいところであります。


『天空の覇者Z』第2巻 (宇野比呂士 講談社少年マガジンコミックス) Amazon
天空の覇者Z 2 (少年マガジンコミックス)


関連記事
 宇野比呂士『天空の覇者Z』第1巻 幻の名作の始まり――快男児、天空に舞う!

| | トラックバック (0)

2018.05.02

浅田靖丸『乱十郎、疾走る』 ユニークな超伝奇時代青春アクション小説!?

 秩父・大嶽村で祖父と暮らし、村の若い者を集めて日々暴れ回る少年・乱十郎。しかし村に謎めいた男女が現れたことをきっかけに、彼の日常は崩れていく。乱十郎と祖父を狙う者たちの正体とは、彼を悩ます悪夢の正体とは――そして死闘の末、「神」と対峙することとなった乱十郎の運命は!?

 約5年前に忍者アクション『咎忍』を発表した作者の久々の新作は、江戸時代の農村を主な舞台とした、超伝奇時代青春アクション小説とも呼ぶべき作品です――と書くと違和感があるかもしれませんが、これが本当、そして面白いのであります。

 開幕早々描かれるのは、「宗主」と呼ばれる男が、奇怪な儀式の末に鬼に変化し、それを止めようとした息子に襲いかかるという惨劇。何とかその場を逃れた宗主の息子は、妻と生まれたばかりの子と故郷を捨て――そして十数年後、物語が始まるのです。

 本作の主人公は、秩父の大嶽村で住職にして剣の士の祖父に育てられた少年・乱十郎。根っからの乱暴者の彼は、村の若い者を集めて「乱鬼党」なるグループを作り、似たような隣村の若い衆と喧嘩したり、酒盛りをしたり、農作業に勤しんだりの毎日であります。

 しかしそんな暮らしに安住している乱十郎に業を煮やした乱鬼党のナンバー2・由利ノ丞が、ある日、乱十郎に反発し、村を飛び出してしまうことになります。
 よくある仲間同士の諍いに思えた二人の衝突。しかし由利ノ丞が、山中で怪しげな男女と出会ったことで、大きく運命が動き出すことになります。その男女が探していたものこそは、かつて喪われた「神」の降臨に必要なものだったのですから……


 序章に登場したある一族の物語と、乱十郎たち秩父の少年たちの物語が平行して語られ、やがて合流することになる本作。
 その両者の関係は早い段階で察しがつきますが、全く異なる世界に暮らす人々の運命が徐々に結びつき、やがて「神」との対決にまでエスカレートしていくというのは、伝奇ものならではの醍醐味でしょう。

 筋立ては比較的シンプルな物語なのですが、しかし最後まで一気に読み通したくなるのは、この構成の巧みさが一つにあることは間違いありません。しかしそれ以上に大きな魅力が、本作にはあります。
 それは本作が伝奇時代小説であると同時に青春小説、成長小説でもある点であります。

 上で述べたように、本作の主人公・乱十郎は、力でも武術でも村一番、村の血気盛んな青少年たちのリーダー格であるわけですが――しかし厳しい言い方をすれば、その程度でしかない。将来の夢があるわけでもなく、ただ己の力を持て余すばかり――ちょっとおかしな譬えになりますが、地方都市のヤンキーグループのリーダー的存在なのであります。

 そんな彼が、彼の仲間たちが、外の世界に――それも地理的にというだけでなく、人としての(さらに言ってしまえばこの世の則の)外に在る連中と出会った時、何が起こるか? 先ほどの譬えを続ければ、ヤンキー少年が、その道の「本職」に出会ってしまった時に生まれる衝撃を、本作は描くのです。

 今まで小さな世界しか知らなかった少年たちが外の世界に出会った時に経験するもの――それは必ずしもポジティブなものだけではありません。
 むしろそれは時に大きな痛みをもたらすものですが、しかし同時に、成長のためには避けては通れないものであり、そしてその中で人は自分自身を知ることができる――我々は誰でも大なり小なり、そんな経験があるのではないでしょうか。

 本作で描かれる乱十郎の戦いは、いささか過激であり、スケールも大きなものではありますが、まさにそんな外側の世界と出会い、成長するための通過儀礼と言えるでしょう。
 そしてその視点は、本作のサブ主人公であり、乱十郎のように強くもなければヒロイックでもないフツーの少年・小太郎の存在を通すことで、より強調されるのであります。

 そう、本作は伝奇小説ならではの要素を「外」として描くことによって成立する、一個の青春小説。そしてその「日常」と「非日常」のせめぎ合いが、同時に伝奇小説の構造と巧みに重ね合わされていることは言うまでもありません。


 スケールの大きな伝奇活劇を展開させつつも、それを背景に少年たちの成長を描き、そしてそれによってスケール感を殺すことなく良い意味で我々との身近さを、キャラの人間味を感じさせてくれる……
 唯一、敵キャラに今一つ魅力がないのだけが残念ですが、それを差し引いても非常にユニークで、そして魅力的な作品であることは間違いありません。


『乱十郎、疾走る』(浅田靖丸 光文社文庫) Amazon
乱十郎、疾走る (光文社時代小説文庫)

| | トラックバック (0)

2018.04.29

稲田和浩『水滸伝に学ぶ組織のオキテ』 実は水滸伝概説本の収穫!?


 それほど数が多くない水滸伝本ですが、さすがにノーチェックだったのが本書。『○○に学ぶ』というタイトルの新書は数多くありますが、しかしそれが「水滸伝」というのは珍しい。そして蓋を開けてみれば、これが実は相当に真っ当な水滸伝概説本だったのであります。

 『水滸伝に学ぶ』といえば真っ先に思い浮かぶのが、大分以前にご紹介した『水滸伝に学ぶリーダーシップ』。あちらは原典の設定を踏まえつつ、オリジナルのシチュエーションでリーダーシップを語るという一種の奇書でありました。
 それでは本書は? と思えば、こちらは水滸伝を紹介しつつ、組織――人事論を語るという内容ではあるのですが、目次を見ると「ん?」となるのは、本書は序論を除けば、全百二十章構成であることです。

 そう、本書は実に百二十回本の内容をダイジェストしつつ、その合間に「ノート」の形で人事論を挿入するというスタイル。ノート自体は49個なので、二、三章に一個挿入されているという計算ですが、いずれにせよ、ダイジェスト部分の方が本書の大半を占めるという形になっています。

 そもそもただでさえ数の少ない水滸伝ダイジェスト、あるいはリライトですが、その中でも七十回以降――すなわち百八星終結後をきちんと紹介しているものはかなり少ない。
 圧縮した内容で載っているのであればまだマシな方で、原典の七十回本同様、ばっさりとカットされているというケースも少なくありません。(大きなアレンジなしでしっかり百二十回書いているのは、最近では渡辺仙州版くらいではないでしょうか)

 それを本書では丁寧に百二十回全て取り上げているのは、一つには本書のテーマである組織として梁山泊が動くのが、この七十回以降(以降、便宜上「後半部分」と呼びます)であることによるでしょう。

 戦争の連続で退屈だ、水滸伝の魅力である個人が埋没してしまっている――と評判の悪いこの後半部分ですが、しかし梁山泊が本格的に組織として動くのはまさにこの部分。
 それまで豪傑個人個人の銘々伝という色彩の強かった物語は、ここに来て集団対集団の戦いの物語へと変貌するのですが――それはとりもなおさず、水滸伝が組織の物語になったということにほかなりません。その意味では、後半部分をきっちりと描くというのはむしろ必然にも思えます。


 しかしここからは全くの想像ですが、むしろ本書は、著者が単純に水滸伝好きであったから、その全てを描きたかったためにこの形になったのではないか――そんな印象を強く受けます。

 先に述べたように、本書のメインである組織/人事論のノート部分は、本書においてはあまり大きな割合ではありません。繰り返しになりますが、本書においては原典ダイジェストの部分が――いわばテーマの前提部分が――大部分を占めているのであります。
 しかしテーマの前提として語るのであれば、何も百二十回を丁寧に全て語ることはありません。中にはテーマと関係ないようなエピソードも含まれており(というよりそちらの方が多い)、ダイジェストにしても必要な部分を大きく取り上げる形式でもよかったはずであります。

 それが百二十回、取り上げられることが少ない後半部分を含めてきちんと全て紹介されているのは、これはもう著者の水滸伝愛がなせる技ではと、私はそう感じてしまったのです。
 そう思うのは、本書が水滸伝ダイジェストとして実に面白いから――という言いがかりのような理由ですが、しかし本書では単なる題材に対するもの以上の関心が、原典に対して向けられていることが、確かに伝わってきます。

 こうして見ると、ノート部分もむしろ、水滸伝を題材に組織/人事論を語るというより、それらの視点から水滸伝という物語を補強するようにも感じられるのですが――さすがにそれは牽強付会が過ぎるでしょうか。


 作者の経歴を見れば、本業は大衆芸能の脚本家とのこと。大衆芸能といえば、まさしく水滸伝は本来それであったわけで、ある意味これほど適した著者はいないのかもしれません。
 本書の真に目指すところがどこであれ――少なくとも本書は、作者の水滸伝愛が感じられる、水滸伝概説本としてよくできた一冊であることは間違いない、と申し上げてよいかと思います。


『水滸伝に学ぶ組織のオキテ』(稲田和浩 平凡社新書) Amazon
水滸伝に学ぶ組織のオキテ (平凡社新書)


関連記事
 「水滸伝に学ぶリーダーシップ」 神機軍師 知もて好漢を束ねる

| | トラックバック (0)

2018.04.28

宇野比呂士『天空の覇者Z』第1巻 幻の名作の始まり――快男児、天空に舞う!

 時は1933年、北辰一刀流の達人にして天才パイロット・竜崎天馬は、ベルリンでゲシュタポに追われる高級娼婦アンジェリーナと出会う。相棒のウェルとともに彼女を助けた天馬は、逃走の途中、ナチスの秘密工場に入り込んでしまう。そこで彼らを待っていたのは、ナチスの秘密兵器「Z」だった……

 1997年2月から2002年9月にかけ、「マガジンSPECIAL」誌に連載された冒険SF活劇の隠れたる大傑作『天空の覇者Z』の単行本を、これから1巻ずつ紹介させていただきます。(何故今か、というのはまたいずれ……)

 1933年、ヨーロッパ――いかなる理由か、日本から流れ着き、今は飛行曲芸団の花形パイロットとして活躍する青年・竜崎天馬。相棒の天才メカニック、ウェルことウェルナー・ブラウン(!)とともに、愛機・天翔馬号の改造に余念がない彼の新たな公演地はベルリン――そこで彼は運命の出会いを果たすことになります。

 酒場で公演に向けて気勢を上げる天馬たちの前に現れた美女――ベルリンの夜の天使・高級娼婦アンジェリーナに一目惚れした天馬。
 しかし彼女は目下ゲシュタポの将校に追われる身、向こう見ずにも彼女を助けに飛び出した天馬は、彼女とウェルと三人、ベルリンの夜を駆けることになります。
 途中、人間離れした怪力と生命力を見せる将校を、北辰一刀流の一撃で撃退した天馬は、警戒線を逃れるために三人で天翔馬号に乗り組み、空に逃れるのですが――そこに立ち塞がるは大空の騎士、レッド・バロンことリヒトホーフェン。

 善戦したものの、曲芸機の悲しさ、被弾して不時着した天馬たちがたどり着いたのは、湖の中の秘密工場。そこで天馬たちが見たものは、巨大な鋼鉄の飛行船――それこそはナチスが総力を挙げて開発した秘密兵器「Z」だったのであります!


 いやはや、何度読んでも、自分であらすじを書いてみてもテンションは一気に最高になる第1話。北辰一刀流の達人の熱血児、若き日のフォン・ブラウン、追われる訳ありの美女(それが高級娼婦というのが本作の凄いところ)、奇怪な力を持つナチス軍人、沈着冷静かつ騎士道精神溢れるレッド・バロン(当然美形)、そしてとどめの空中戦艦……
 「男の子ってこういうのが好きなんでしょ」と言わんばかりの、そしてそれに全力で頷くしかない要素だけで構成された素晴らしい掴みであります。

 そしてこのテンションは、第2話以降も全く落ちることなく、この第1巻ラストまで一気呵成に突き進んでいくことになります。
 アンジェリーナと引き離され、牢に放り込まれた天馬とウェル。しかし同じ頃、ドイツの名将エーリッヒ・ハルトマン大佐と反ナチス同盟の同志がZを奪取すべく行動を開始し、その混乱に乗じて二人も牢を脱出、同盟と行動を共にすることになります。

 ヒトラーの命でZを開発しつつも、その強大な力をヒトラーが手にすることに危機感を抱き、反旗を翻したハルトマン大佐――いや、「どこの誰でもない男」ネモ艦長。数々の犠牲も躊躇わない彼の冷徹な指揮により、ついにZは浮上するのですが――そうはさせじと襲いかかる無数の戦闘機。
 成り行きからZに乗り込んだ天馬とウェルは、戦闘機の群れに挑むものの、衆寡敵せず敢えなく撃墜されることに……

 が、そこに駆けつけたサーカス団の仲間たちが持ってきたのは改造済みの天翔馬号二世。走る列車の上からの離陸という燃えるシチュエーションは、しかしまだ序の口であります。
 無数の敵を前にウェルが作動させた天翔馬号の奥の手とは――ロケットエンジン! 世界初、音速の壁を越えた天翔馬号が引き起こしたソニックブームは透明の刃(それが天馬の愛刀に比されるのがまたいい)となって敵の群を粉砕するのでした。

 しかし天馬の前に再び現れるのはリヒトホーフェン駆る紅の複葉機。そして上昇を続けるZも、秘密基地の800ミリ超巨大砲ジークフリートの一撃に大打撃を受けて……


 というわけで、あらすじを追うだけで終わってしまいましたが、先に述べたとおり、この第1巻のテンションの高さとスピード感を現すには、これくらいがふさわしいようにも感じられます。

 その巨体を天空に浮かべるZに隠された力とは、アンジェリーナが追われる理由とは、天馬の秘められた過去とは……数々の謎とともに始まった驚異の旅。
 全16巻だれるところなしの大傑作――これを機に、少しでも多くの方が本作のことを知り、手に取っていただければと、心より願う次第です。

『天空の覇者Z』第1巻(宇野比呂士 講談社少年マガジンコミックス) Amazon
天空の覇者Z 1 (少年マガジンコミックス)

| | トラックバック (0)

2018.04.20

阿部暁子『戦国恋歌 眠れる覇王』 人物造形と描写で魅せる帰蝶と信長の愛


 少し前に刊行された『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』も高評価の作者が以前に発表した歴史もの――織田信長の正室として知られる濃姫こと帰蝶を主人公に、彼女と信長の愛を描く戦国ラブロマンスの佳作であります。

 生まれ育った美濃を離れ、尾張の織田家に嫁すことになった帰蝶。悪人として知られる父・斎藤道三に対して、父ではなく夫を取ると啖呵を切ってきたものの、その相手の信長は、隣国まで「うつけ者」として知られる青年でした。
 おかしな格好で野山や町中を彷徨きまわり、怪しげな連中と付き合う。自分の婚礼の日まで忘れるような型破りの信長ですが、しかし婚礼で見せた気遣いに胡蝶の胸の鼓動は高まります。

 ところが新婚の晩のある行き違いのために、二人の中は一気に険悪に。しかも信長には吉乃という側女の存在があり、帰蝶はさらに追い打ちをかけられることになります。
 しかしそんな中、織田家ではうつけ者の信長を引きずり下ろし、弟の信行を当主に据えようという動きが進行。信長を信じる守役の平手政秀とともに、その動きに抵抗しようとする帰蝶ですが……


 というあらすじを見ればわかるように、本作は信長が織田家の当主となった直後の出来事を、帰蝶の視点を中心に描いた物語。その内容は基本的にほぼ史実に忠実であり、結果として見れば大きくそこから外れることはありません。
 そして発売されたレーベルが集英社コバルト文庫であることからも察せられるように、帰蝶と信長の関係も(側女がいてそちらに先に子供ができるなど、この時代ならではのある意味ハードな展開はありますが)、基本的に恋愛もののフォーマットで描かれることになります。

 このように書けば、さほど新味のない作品のように思えるかもしれませんが――しかしこれが抜群に面白い。
 そしてその理由は、主人公カップルはもちろんのこと、脇役一人ひとりに至るまで、人物造形と描写が実に巧みであることにほかなりません。

 顔も見たこともない相手に嫁ぐことは武士の家に生まれた娘の定めと諦めつつも、せめてその相手と慈しみ合い、そして支えることができるようにありたいと願う帰蝶。
 それは一見現代人的価値観のように見えるかもしれませんが、しかしこれは当時の若い女性の感情としても無理もない想いでしょう。そんな想いを胸に生きる彼女の懸命な姿は、現代の(本来の対象読者層から大きく外れるような僕のような者も含め)読者の目から見ても十分に説得力あるものとして感じられます。

 対する信長の方も、後世に伝わる開明さや合理性の萌芽は見せつつも、決してスーパーマンでなく、実にこの年代の若者的な「面倒くささ」を持った人物として描くのに好感が持てます。
 さらに二人を見守る親世代のキャラクターも、口から出る言葉(特に信長評)がいちいち格好いい道三など、実にいいのですが――しかし本作で一番驚かされたのは信行のキャラクターであります。

 信長と異なり、母・土田御前に溺愛され、彼女をはじめとする人々に奉じられて信長を廃して自分が当主の座に就こうとしたと言われる信行。
 本作の信行像も基本的にそこから外れるものではない、というよりもそのものなのですが――しかし、彼自身の言葉に表れる、彼がそう行動するに至った動機には唸らされました。

 それは単純化すれば兄へのコンプレックスではあるのですが、それだけに留まらない根深さと、何よりもこちらを共感させるだけの説得力――なるほど、一個の男子としてこのような立場に立たされればこうもなろう、というような――を持つものであり、少なくとも私はこれまで見たことのないようなキャラクター造形でありました。
(そしてまた、土田御前も理不尽な毒親というだけではない造形なのもいい)


 残念ながら本作は、後の覇王が目覚める――名実ともに織田家の当主として戦国の世に踏み出すまでで終わり、その先の物語は今に至るまで描かれていないのですが、しかしその先の物語を予感させる余韻を持つ結末も良い。
 歴史小説家としての作者の実力を確かに感じさせる作品であります。


『戦国恋歌 眠れる覇王』(阿部暁子 集英社コバルト文庫) Amazon
戦国恋歌―眠れる覇王 (コバルト文庫)


関連記事
 阿部暁子『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』 現実を受け止めた先の未来

| | トラックバック (0)

2018.04.18

「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その一)


 今月の「コミック乱ツインズ」誌の巻頭カラーは、ついに「熾火」編が完結の『勘定吟味役異聞』。その他、レギュラー陣に加えて小島剛夕の名作再録シリーズで『薄墨主水地獄帖』が掲載されています。今回も印象に残った作品を一作ずつ紹介いたします。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 上で述べたように、原作第2巻『熾火』をベースとした物語も今回でついに完結。吉原の公許を取り消すべく、神君御免状を求めて吉原に殴り込んだ聡四郎と玄馬は忘八の群れを蹴散らし、ついに最強の敵剣士・山形と聡四郎の一騎打ちに……

 というわけで大いに盛り上がったままラストに突入した今回ですが、冒頭を除けば対話がメインの展開。それゆえバトルの連続の前回に比べれば大人しい展開にも見えますが、遊女の砦を束ねる「君がてて」――当代甚右衛門の気構えが印象に残ります。(そしてもう一つ、甚右衛門の言葉で忘八たちが正気(?)に返っていく描写も面白い)
 しかし結局吉原の扱いは――というところで後半急展開、新井白石の後ろ盾であった家宣が亡くなるという激動の一方で、今回の一件の黒幕たちの暗躍は続き、そして更なる波乱の種が、という見事なヒキで、次号からの新章、原作第3巻『秋霜の撃』に続きます。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 日本に鉄道を根付かせるために奔走してきた男たちを描いてきた本作も、まことに残念なことに今号で完結。道半ばで鉄道院を去ることとなった島安次郎の跡を継ぐ者はやはり……

 鉄道院技監(現代のものから類推すればナンバー2)の立場に就きながらも、悲願である鉄道広軌化は政争に巻き込まれて遅々と進まない状況の安次郎。ついに鉄道院を飛び出すこととなった安次郎の背中を見てきた息子・秀雄は、ある決断を下すことになります。
 そして安次郎が抜けた後も現場で活躍してきた雨宮も、安次郎のもう一つの悲願の実現を期に――というわけで、常に物語の中心に在った二人のエンジニールの退場を以て、物語は幕を下ろすことになります。

 役人にして技術者であった安次郎と、機関手にして職人であった雨宮と――鉄道という絆で深く結ばれつつも、必ずしも同じ道を行くとは限らなかった二人の姿は、最終回においても変わることはありません。それは悲しくもありつつも、時代が前に進む原動力として、必要なことだったのでしょう。
 彼らの意思を三人目のエンジニールが受け継ぐという結末は、ある意味予想できるところではありますが、しかしその後の歴史を考えれば、やはり感慨深いものがあります。本誌においては異色作ではありますが、内容豊かな作品であったと感じます。


『カムヤライド』(久正人)
 快調に展開する古代変身ヒーローアクションも早くも第4回。今回の物語は菟狭(宇佐)から瀬戸内へ、海上を舞台に描かれることになります。天孫降臨の地・高千穂で国津神覚醒の謎の一端を見たモンコとヤマトタケル。その時の戦いでモンコから神弓・弟彦公を与えられたヤマトタケルは絶好調、冒頭から菟狭の国津神を弟彦公で一蹴して……

 というわけでタケルのドヤ顔がたっぷりと拝める今回。開幕緊縛要員だったくせに! というのはさておき、そうそううまくいくことはないわけで――というわけで「国津神」の意外な正体も面白い展開であります。
 ただ、まだ第4回の時点で言うのもいかがと思いますが、バトル中心の物語展開は、毎回あっと言う間に読み終わってしまうのが少々食い足りないところではあります。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 ついに動き出した伯父・最上義光によって形成された伊達包囲網。色々な意味で厄介な相手を迎えて、政宗は――という今回。最初の戦いはあっさりと終わり、まずはジャブの応酬と言ったところですが、正直なところ(関東・中部の争いに比べれば)馴染みが薄い東北での争いを、ギャグをきっちり交えて描写してみせるのはいつもながら感心します。
 そんな大きな話の一方で、義光の妹であり、政宗の母である義姫が病んでいく様を重ねていくのも、らしいところでしょう。

 そして作者のファンとしては、一コマだけ(それもイメージとして)この時代の天下人たるあの人物が登場するのも、今後の展開を予感させて大いに楽しみなところです。
(しかし包囲網といえばやっぱり信長包囲網が連想されるなあ――と思いきや、思い切り作中で言及されるのも可笑しい)


 長くなりましたので次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2018年5月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年5月号 [雑誌]


関連記事
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その二)

| | トラックバック (0)

2018.04.14

岩崎陽子『ルパン・エチュード』第1巻 誰も知らない青春時代、二重人格者ルパン!?


 誰もが知る怪盗紳士アルセーヌ・ルパン。本作は、ルパンの謎に包まれた人物像を、全く意外な角度から描いてみせる極めてユニークな作品であります。ユニークもユニーク、何しろ実はルパンは二重人格者だったというのですから!

 19世紀末のパリで公演するサーカス団「シルク ドゥ ラ デェス(女神のサーカス団)」をある日訪れた、一人の天真爛漫な青年。ラウール・ダンドレジーと名乗る彼は、そのサーカスの下働きとなるのですが――同じく下働きのエリク・ヴァトーは、ラウールが時に別人のような顔を見せることに気づきます。

 天使のようなラウールに対して、冷徹で鋭利な人格を持つもう一人の「彼」。実はラウールは人の悪意に過敏に反応し、意識を遮断してしまうという体質(?)の持ち主であり、「彼」はその時だけ表に出てくることができるというのです。
 世界で初めてその存在を認識し、その名を問うエリクに対し、「彼」は答えます。父方の姓を取って、「ルパン」と……


 という全く予想もしない形で幕を開ける本作。詳しいファンの方であれば、ルパンの幼名がラウール・ダンドレジーであったことをご存じかと思いますが、まさかそれがルパンのもう一つの人格として描かれるとは!
 普段は天真爛漫(しかし無力)な人物が、一転、正反対の裏の顔を見せて――というのはフィクションにはしばしば登場するパターンですが、それをここでこう使ってくるとは、と大いに驚かされました。

 そんな本作の第1巻で描かれるのは、このラウール/ルパンとエリクの出会いと二人の交流、そしてルパンがその大望を胸に立つまでの物語です。

 ごく普通の青年だったエリクが、まるで普通ではない相手と出会って大いに振り回されつつも、やがて互いになくてはならない存在となり――というのはバディものの定番であります。
(というより冒頭に挙げた『王都妖奇譚』の主人公コンビを連想する方も多いでしょう)
 しかし本作においては、ラウール/ルパンのどちらも浮き世離れした、ふわふわとした存在であり――何しろ互いが互いの意識が失われている時しか表に出れないのですから――特にルパンは、エリクが察知するまでは誰にも知られることがない存在だったというのが切なく、それがルパンとエリクの友情が生まれる理由となるのも面白い。

 そしてそんな本作独自のルパンが、その独自性があるからこそ、我々の誰もが知るルパンというキャラクター――怪盗にして冒険児、危険と美しいものを愛し、そして何よりも自分自身の存在を天下にアピールして止まない劇場型犯罪者として立ち上がる姿に繋がるクライマックスは、ただ衝撃的にして感動的であります。

 そしてその時のエリクの言葉――
「あいつが――「アルセーヌ・ルパン」が陰から姿を現し世界を従える様子はどれほど刺激的だろう! 常識も理不尽もひっくり返して笑い飛ばすのは痛快に違いないんだ!」
は、アルセーヌ・ルパンを愛する者であれば、深く頷けるものでしょう。


 なお、この第1巻には四つのエピソードが収録されており、その多くは当然と言うべきか本作オリジナルの内容ですが、面白いのはうち一つだけ、原典由来のエピソードがあることでしょう。

 財産の争いで係争中なものの、裕福な夫婦の家に秘書として入り込んだ彼が、夫婦の金庫の中から債権の束を奪わんとするも――という内容を聞けば、あれか、という方もいらっしゃるでしょう。
 そう、ここで題材となっているのは「アルセーヌ・ルパン」の初仕事を描く『アンベール夫人の金庫』。なるほど、青年時代のルパンを描く本作では避けては通れない題材ですが――驚かされるのは、これが本作独自の設定の部分を除けば、かなり原典に忠実な内容となっていることであります。

 なるほど、あの物語をこの角度から見ればこうなるか、という本作独自の設定と原典の絡め方が実に面白く、この先の原典エピソードも楽しみになる内容だったのですが、予告によれば次の巻で描かれるのは『カリオストロ伯爵夫人』とのこと。
 これはいきなり楽しみな内容になります。

 本作がこの先描いてくれるであろうもの――我々が初めて出会う、そして同時にお馴染みの怪盗紳士の姿が今から楽しみになる、そんな第1巻であります。


『ルパン・エチュード』第1巻(岩崎陽子 秋田書店プリンセス・コミックス) Amazon
ルパン・エチュード(1)(プリンセス・コミックス)

| | トラックバック (0)

より以前の記事一覧