2018.12.31

このブログが選ぶ2018年ベストランキング(単行本編)

 今年の締めくくり、一人で選んで一人で発表する2018年のベストランキング、大晦日の今日は単行本編であります。2017年10月から2018年12月末発刊までの作品について6作品挙げます。

1.『童の神』(今村翔吾 角川春樹事務所)
2.『敗れども負けず』(武内涼 新潮社)
3.『大友の聖将』(赤神諒 角川春樹事務所)
4.『虎の牙』(武川佑 講談社)
5.『さよ 十二歳の刺客』(森川成美 くもん出版)
6.『恋の川、春の町』(風野真知雄 KADOKAWA


 第1位は角川春樹小説賞受賞に輝き、そして直木賞候補ともなった作品。平安時代を舞台に、鬼や土蜘蛛と呼ばれたまつろわぬ者たち「童」の戦いを描く大作であります。
 本作で繰り広げられる安倍晴明や頼光四天王、袴垂といった平安オールスター戦の楽しさはもちろんですが、何より胸を打つのは、自由を――自分たちが人間として認められることを求めて戦う童たちの姿であります。痛快なエンターテイメントであると同時に、胸を打つ「反逆」と「希望」の物語で。

 第2位は、昨年辺りから伝奇ものと並行して優れた歴史小説を描いてきた作者の収穫。上杉憲政、板額、貞暁――戦いには敗れたものの、人生において決して負けなかった者たちの姿を描く短編集であります。
 各話それぞれに趣向を凝らした物語が展開するのはもちろんのこと、そこに通底する、人間として望ましい生き様とは何かを希求する視点が実に作者らしい、内容豊かな名品です。

 そして第3位は、大友ものを中心とした戦国ものを引っさげて彗星のように現れた作者の快作。悪鬼のような前半生を送りながらも、周囲の人々の叱咤と愛によって改心し、聖人として落日の大友家を支えた「豊後のヘラクレス」の戦いを描く、戦国レ・ミゼラブルとも言うべき作品です。
 まさしく孤軍奮闘を繰り広げる主人公が、運命の理不尽に屈しかけた周囲の人々の魂を救うクライマックスには、ただ感涙であります。

 そして第4位は、これまた昨年から歴史小説シーン活躍を始めた新鋭のデビュー作。武田信虎という、これまで悪役として描かれがちだった人物の前半生を描く物語は、戦国時代の「武士」というものの姿を浮き彫りにして目が離せません。
 そして何よりも、その物語の主人公になるのが、信虎の異母弟である山の民――それも山の神の呪いを受けた青年――という伝奇味が横溢しているのも嬉しいところです。

 第5位は児童文学から。義経に一門を滅ぼされ、奇跡的に生き延びて奥州に暮らす平家の姫君が、落ち延びてきた義経を狙う姿を描くスリリングな物語であります。
 平家を単なる奢れる敗者として描かない視点も新鮮ですが、陰影に富んだ義経の姿を知って揺れる少女の心を通じて、人間性への一つの希望を描き出すのが嬉しい。大人にも読んでいただきたい佳品です。

 そして第6位は、文庫書き下ろしで大活躍してきた作者が、恋川春町の最後の日々を描いた連作。戯作者としての、そして男としてのエゴとプライドに溺れ、のたうち回る主人公の姿は、一種私小説的な凄みさえ感じさせますが――しかし何よりも注目すべきは、権力に対する戯作者の意地と矜持を描いてみせたことでしょう。
 デビュー以来常に弱者の側に立って笑いとペーソスに満ちた物語を描いてきた作者の、一つの到達点というべき作品です。


 さて、そのほかに強く印象に残った一冊として、操觚の会によるアンソロジー『幕末 暗殺!』を挙げておきます。書き下ろしのテーマアンソロジー自体は珍しくありませんが、本書はタイトル通り、幕末史を彩った暗殺を題材としているのが面白い。
 奇想天外な幕末裏面史として、そして本年も大活躍した歴史時代小説家たちの豪華な作品集として大いに楽しめる一冊です。


 というわけで、駆け足となりましたが、今年の一年をベストの形で振り返りました。もちろんあくまでもこれは私のベスト――決して同じ内容の人はいないであろうベストですが、これをきっかけに、この二日間採り上げた作品に興味を持っていただければ幸いです。

 それでは、来年も様々な、素晴らしい作品に出会えることを祈りつつ……


童の神

今村翔吾 角川春樹事務所 2018-09-28
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敗れども負けず

武内 涼 新潮社 2018-03-22
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大友の聖将

赤神諒 角川春樹事務所 2018-07-12
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虎の牙

武川 佑 講談社 2017-10-18
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さよ 十二歳の刺客 (くもんの児童文学)

槙 えびし,森川 成美 くもん出版 2018-11-03
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恋の川、春の町

風野 真知雄 KADOKAWA 2018-06-01
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 赤神諒『大友の聖将』(その一) 悪鬼から聖将へ――戦国レ・ミゼラブル!
 赤神諒『大友の聖将』(その二) ただ大友家を救うためだけでなく
 武川佑『虎の牙』(その一) 伝奇要素濃厚に描く武田信虎・信友伝
 武川佑『虎の牙』(その二) 伝奇の視点が映し出す戦国武士の姿と一つの希望
 森川成美『さよ 十二歳の刺客』 人として少女が掴んだ一つの希望
 風野真知雄『恋の川、春の町』 現代の戯作者が描く、江戸の戯作者の矜持と怒り

 このブログが選ぶ2017年ベストランキング(単行本編)

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2018.12.30

このブログが選ぶ2018年ベストランキング(文庫書き下ろし編)

 今年も一年の締めくくり、一人で選んで一人で発表する、2018年のベストランキングであります。今回は2017年10月から2018年12月末発刊までの作品について、まずは文庫書き下ろし6作品を挙げたいと思います。

1.『おもいで影法師 九十九字ふしぎ屋商い中』(霜島けい 光文社文庫)
2.『百鬼一歌 都大路の首なし武者』(瀬川貴次 講談社タイガ)
3.『義経暗殺』(平谷美樹 双葉文庫)
4.『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』(阿部暁子 集英社文庫)
5.『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』(鳴神響一 幻冬舎文庫)
6.『勾玉の巫女と乱世の覇王』(高代亞樹 角川春樹事務所時代小説文庫)


 第1位は、これは個人的には文庫書き下ろしにおける妖怪時代小説の一つの完成型ではないか、とすら思う作品。死んでぬりかべになった父を持つヒロインが奮闘する『九十九字ふしぎ屋商い中』シリーズの第3弾ですが、とにかく表題作が素晴らしい。
 妻を亡くしたばかりの隠居同心宅に現れる不思議な影法師。はじめは同心の妻の幽霊かと思われたその影は、しかしやがて様々な姿を見せ始めて――と、ちょっといい話と思いきやゾッとさせられて、そして意外な結末へ、と二転三転する物語には感心させられたり泣かされたり。作者は期間中、幻となっていた『あやかし同心捕物控』シリーズも再開し、いま脂が乗りきっているといえるでしょう。

 第2位は、平安ものを得意とする作者が鎌倉時代初期の京を舞台に、和歌マニアの青年と武芸の達人の少女を主人公に繰り広げるコミカルな時代奇譚の第2弾。今回はタイトル通りに奇怪な首なし武者事件に巻き込まれる二人ですが、その背後には哀しい真実が……
 と、個性的過ぎるキャラクターのドタバタ騒動で魅せるのはいつもながらの作者の得意技ですが、本作はそれに史実――この時代、この人々ならではの要素が加わり、新たな魅力を生み出しているのに感心です。

 そして第3位は、今年もバラエティ豊かな作品で八面六臂の活躍を見せた作者の作品の中でも、久々の義経ものである本作を。兄に疎まれ、奥州に逃げた源義経が、妻子とともに何者かに殺害された姿で発見されるというショッキングかつ何とも魅力的な導入部に始まり、その謎が奥州藤原氏の滅亡、そしてその先のある希望に繋がっていく物語は、『義経になった男』で時代小説デビューした作者の一つの到達点とも感じられます。
 ちなみに作者は今年(も)実にバラエティ豊かな作品を次々と発表。どの作品を採り上げるか非常に悩んだことを申し上げます。

 第4位は南北朝時代を背景に、副題通り吉野――南朝の姫君が、お忍びで向かった京で出会った義満と世阿弥とともに繰り広げる騒動を描く作品。今年も何かと話題だった室町時代ですが、本作はライト文芸的な人物配置や展開を見せつつも、混沌としたこの時代の姿、そしてその中でも希望を見いだそうとする若者たちの姿が爽快な作品です。
 個人的には作者の以前の作品を思わせるキャラクター造形が嬉しい――というのはさておき、作品のテーマを強く感じさせる表紙も印象に残ります。

 続く第5位は、期間中、ほとんど毎月、それもかなりバラエティに富んだ新作を刊行しつつ、水準以上の内容をキープするという活躍を見せた作者の、新たな代表作となるであろう作品。孤島に居合わせた六人の男女が次々と奇怪な手段で殺される――という、クローズドサークルものど真ん中のミステリである(本作が時代小説レーベルではないことに注目)と同時に、時代ものとしてもきっちりと成立させてみせた快作です。

 そして最後に、本作がデビューした作者のフレッシュな伝奇活劇を。いまだ混沌とした戦国時代を舞台に、長き眠りから目覚めた「神」と、その巫女に選ばれた少女を巡り、一人の少年が冒険を繰り広げる様は、時代伝奇小説の王道を行く魅力があります。
 その一方で、神の意外な正体や目的、そして張り巡らされた伏線の扱いなど、これがデビュー作とは思えぬ堂々たる作品で、今後の活躍が楽しみであります。


 ちなみにもう一つ、本年印象に残ったのは、本格ミステリ作家たちが忍者(の戦い)をテーマに描いたアンソロジー『忍者大戦』。『黒ノ巻』『赤ノ巻』と二冊刊行された内容は、正直なところ玉石混淆の部分もあるのですが、しかし時代小説初挑戦の作家も多い中で描かれる物語は、それだけに魅力的で、ユニークな企画として印象に残りました。

 と、振り返ってみれば、図らずも平安・鎌倉・室町・戦国・江戸と散らばったラインナップになりました。保守的なイメージの強い文庫書き下ろし時代小説ですが、その実、多様性に溢れていることの一つの証――と申し上げては牽強付会に過ぎるでしょうか?


おもいで影法師: 九十九字ふしぎ屋 商い中 (光文社時代小説文庫)

霜島 けい 光文社 2017-10-11
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百鬼一歌 都大路の首なし武者 (講談社タイガ)

瀬川 貴次 講談社 2018-07-20
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義経暗殺 (双葉文庫)

平谷 美樹 双葉社 2018-02-15
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室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君 (集英社文庫)

阿部 暁子 集英社 2018-01-19
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猿島六人殺し 多田文治郎推理帖 (幻冬舎文庫)

鳴神 響一 幻冬舎 2017-12-06
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勾玉の巫女と乱世の覇王 (時代小説文庫)

高代 亞樹 角川春樹事務所 2018-03-13
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 平谷美樹『義経暗殺』(その一) 英雄の死の陰に潜むホワイダニット
 平谷美樹『義経暗殺』(その二) 天才探偵が見た奥州藤原氏の最期と希望
 阿部暁子『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』 現実を受け止めた先の未来
 鳴神響一『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』 本格ミステリにして時代小説、の快作
 高代亞樹『勾玉の巫女と乱世の覇王』 復活した神の望みと少年の求めたもの

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2018.12.11

今村翔吾『童の神』(その二) 反逆と希望の物語の果てに


 平安時代を舞台に、まつろわぬ者たち「童」の熱い反逆を描いた快作の紹介、後編であります。本作が描く、より切実で重いもの。それは……

 それは桜暁丸たちの戦いの目的、彼らの求める自由の意味が、突き詰めれば自分たちもまた人間であること、すなわち自分たちの人間性を認めさせることにほかならないということであります。

 前回のに述べたように、桜暁丸をはじめとして、本作の主人公となるのは、「童」と呼ばれ、京人から激しい差別と抑圧を受けてきた者たちであります。
 鬼や土蜘蛛が、被征服民や異民族のメタファーであるとはしばしば言われることであり、その意味では本作の趣向は珍しいものではないのかもしれませんが――しかしその彼らの視点を中心に物語を描いてみせた作品は、実は決して多くはないと感じます。

 その一方で、本作はその視点をほとんど最初から最後まで貫くことによって、彼らの置かれた状況、彼らの抱く想い、そして彼らをそのような立場に置いてきた者たちの傲慢と社会の無情を、これまでにないほど力強く浮き彫りにするのです。メタファーなどと、したり顔で言うことを恥じさせるほどに。
 そこにあるのは、人が人を差別することへの怒りであり、そして人が人として生きることへの切なる願いであり――その点において、本作は様々な「反逆」を描いた物語の中でも、極めて切実で、根源的なものを描いていると感じるのです。

 そしてその怒りと願いは、実は決して彼ら「童」たちのみのものではないことが、本作にさらなる厚みを与えています。
 童を差別してきた京人――その中でも庶民と言うべき人々もまた、より富める者、より持てる者たちに、同様に扱われる存在にほかなりません。そしてまた、童を抑圧する武士たちの中にも、彼らと同じ血を持ち――それでも生きるため、信じるもののために、彼らに対峙する道を選んだ者もいるのであります。

 善と悪で割り切れる物語ではない、悪を倒してめでたしめでたしという物語ではない――そんな物語である本作は、時に、いや多くの場面で、読者である我々にひどく苦い味わいをもたらします。

 いや、物語が大江山の酒呑童子伝説を題材としていることがわかった時点で、ある意味結末は見えてしまうのですが――しかしそれでもなお本作が我々の目を最後まで惹きつけるのは、そこに描かれている物語がどこまでも希望に満ちたものであり、そしてその希望は自分たちの中にもあるものであることを、感じさせてくれるからではないでしょうか。


 ……などという理屈を捻るまでもなく、とにかく最後の最後まで、こちらの胸を熱くさせてくれる本作。
 特に終盤の疾走感たるや尋常なものではなく――酒呑童子伝説に伝わるある言葉が、異常に格好良い形で使われるのにはもう!――純粋にエンターテイメントとしても非常に魅力的な作品であることは間違いありません。

 もっとも、そんな本作にとっての私の最大の不満は、童たちの戦いが結末で一つの終わりを迎えること――それに尽きます。
 いや何を言っているのだ、と思われるかもしれませんが、童たちが抱いた反逆の想いは、決してこの時この場所の彼らだけのものではない――それは明らかでしょう。それは人間が人間であろうとする限り、人間が人間をあきらめない限り、必ず抱く想いなのですから。

 だとすれば、童たちの戦いがここで終わってしまうはずがない。いつかまた、童たちが、童たちと同じ想いを抱いた者たちが必ず現れる――そんな「希望」を胸に、新たな「反逆」の物語の登場を期待するところであります。


『童の神』(今村翔吾 角川春樹事務所)

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2018.12.10

今村翔吾『童の神』(その一) 平安を舞台に描く日本版水滸伝


 平安時代を彩る様々な伝説やキャラクターを題材に、「童」と呼ばれたまつろわぬ者たちが、自由を求めて命がけの戦いを繰り広げる姿を描いた平安伝奇小説――第10回角川春樹小説賞受賞も納得の、平成の本朝水滸伝とも言うべき大作であります。

 鬼、土蜘蛛、滝夜叉、山姥――かつてはそれぞれ平和に暮らしながらも、朝廷により平定されて恐ろしげな名をつけられ、「童」と呼ばれ京人から蔑まれていた先住民たち。
 その一つ、盗賊団・滝夜叉の美しき頭領・皐月と出会い、密かに愛し合うようになった安倍晴明は、京の貴族でありながらも「童」に心を寄せ、彼らとの共存を図ろうとする源高明の蜂起の企てに加わることになります。

 しかし企ては協力者であったはずの源満仲の裏切りにより瓦解。鬼、土蜘蛛の頭領たちをはじめとして多大な犠牲を払った末に、童たちは散り散りとなるのでした。
 辛うじて追求の手を逃れた晴明は、折しも起きた日食を利用して、これを空前絶後の凶事と断じ、捕らえられた者たちの恩赦を勝ち取るのですが……

 その日食の最中に生まれた越後の郡司の息子・桜暁丸は、その生まれた時と異国人の母から受け継いだ異貌によって周囲からは疎まれつつも、父と師に支えられて成長していくことになります。
 しかし日食から十数年後、凶作から民を救うために力を尽くしていた父が京人によって謀反人の汚名を着せられ、桜暁丸はかつての蜂起に参加していた師に助けられて、一人生き残るのでした。

 激しい復讐の念を抱いて京に出るや、役人たちばかりを狙う強盗となり、花天狗と呼ばれて恐れられるようになった桜暁丸。しかし源満仲の子・頼光に仕える渡辺綱と坂田金時に追われ、追い詰められた彼は、人間離れした身軽さを持つ一人の男に助けられることになります。
 その男こそは袴垂――歴とした藤原氏出身の貴族ながら、童の一つである夜雀の体術を身につけ、民を救うために貴族から奪っては施しを行う義賊でありました。

 袴垂と行動を共にするうちに、彼を兄とも慕い、同じ夢を追うようになっていく桜暁丸。しかし彼らの行いは思わぬことから露見することとなって……


 と、ここまでで全体の半分弱といえば、本作がどれだけ波瀾万丈な物語であるかが想像できるのではないでしょうか。この先も桜暁丸を待つのは様々な人々との出会いと別れ――奇しき因縁に結ばれた童の仲間たちや愛する人との出会い、宿敵となる頼光四天王との激しい戦いの数々なのであります。

 そんな本作を手にした時に私が真っ先に抱いたのは、「なるほどこうすれば日本で『水滸伝』を描けたのか!」という想いでした。
 『水滸伝』がいかなる物語であるか――そのあらすじや形式ではなく目指すところ、内包する可能性を示す言葉は様々にありますが、そこに確実にあるのは、世を支配する者たちに圧せられ、追われた末に、自由の新天地を求める者たちの願いと心意気ではないでしょうか。

 しかし文化が、歴史が、風土が異なる日本を舞台としてそれを描くのは、決して簡単なことではありません。その難事を、本作はまつろわぬ者たちを――鬼や土蜘蛛といった魔物の名で呼ばれた者たちの代表選手たちを――メインに据えることによって、軽々と成し遂げてみせたと感じます。
 冒頭で私は『本朝水滸伝』の名を挙げましたが、一種の権力奪還の物語の側面を持つ同作よりも、本作の方がさらに『水滸伝』している――と評するのは、贔屓の引き倒しでしょうか。

 もっとも本作の場合、別の『水滸伝』――はっきり言ってしまえば北方謙三のそれの影響が、キャラクター造形や言動、彼らの戦略等に濃厚に見て取れてしまうのは、ちょっとどうかな、とも感じるのですが……


 閑話休題――ファンとしてついつい浮かれるあまり、他の作品と重ねて語りすぎるという、一個の作品に対してあまりに失礼なことを長々と書いてしまいましたが、もちろん本作が、先行する作品(のモチーフ)とは重なるものを持ちつつ、より切実で、重いものを内包する作品であることは間違いありません。

 それではそれは――長くなりますので次回に続きます。


『童の神』(今村翔吾 角川春樹事務所)

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2018.12.06

肋家竹一『ねじけもの』第1-2巻 人間と妖怪、激情と平静の間で


 戦国時代の九州・日向を舞台に、復讐に燃えて放浪する山賊・カガシと長きに渡り山に住まう妖の女・縣――奇妙な二人の姿を描く漫画であります。人間と妖怪、それぞれに考え方も生き様も違う二人が、力が全ての戦国の世で見るものは……

 強盗、追い剥ぎ、人殺し――生きるために平然と悪事に手を染めながら放浪を続ける山賊・カガシ。ある時立ち寄った村で狐の妖怪退治を依頼された彼は、好奇心からそれを引き受けて山に入った際に、凶暴な山犬に襲われることになります。
 谷に落ちた彼の前に現れたのは、人間めいた外見ながら、獣の耳を生やした巨躯の女。山犬を友と呼び、不思議な力でカガシの傷を治した彼女は、カガシの言動に興味を持ち、彼に付いて山を出るのでした。

 実は、かつて彼の仲間を皆殺しにした傭兵集団・蜥蜴衆を追って放浪を続けていたカガシ。様々な事件を経て蜥蜴衆が佐土原城の伊東義祐に仕えていることを知ったカガシは都於郡に向かったものの、そこで住民の蜂起と島津家の侵攻に巻き込まれることになって……


 復讐を目的として放浪する男、異なる時を生きる人間と妖怪のバディ――どちらもエンターテイメントではしばしばお目にかかる題材ではありますが、その二つを組み合わせた本作は、かなりユニークな手触りの物語。そしてそのユニークさを生み出す最大の原因となっているのは、カガシのキャラクターであることは間違いないでしょう。

 目的のためには手段を――特に暴力を選ばないというのは、これは決して珍しい特徴付けではないかもしれませんが、本作の描写は、そんなカガシの在り方を、決して美化することなく、むしろ露悪的に描きます。
 自分より弱い者から奪うことも、敵となった者を殺すことも躊躇わない。いや、己より強い者に勝つためには、人質など卑怯な手をも平然と使ってみせる――その姿は、ピカレスクというような格好良いものではなく、もっと泥臭く、生臭いものを感じさせるのです。

 人間と妖怪がコンビを組む場合、妖怪のキャラクターの方が、命の有り難みを理解せず、平然と暴力を振るい、それに対するものとして人間のキャラクターが存在することが大半のように思えます。
 しかし本作においては、縣の方がよほど穏やかであり――尤も、人間の命に対しては極めて無頓着なのですが――作中で本人が言っているように、カガシの方が妖怪に近い、という印象すらあります。

 その意味では、本作においては、人間と妖怪をはっきりと分けるものはないようにも感じられます。もちろん両者は、姿も、力も、寿命も大きく異なるものではありますが――特に弱肉強食の戦国の世において「生きる」ということにおいて、両者の間に大きな違いはないことが、作中では描かれていくのであります。

 いや、カガシと縣の間に違いがあるとすれば、それは種族ではなく、強い感情――己の、他者の生き様に影響を与えるほどの――有無にあると言えます。

 己を弱者と断じ、それ故に恨みを生きる原動力とするカガシ(そして彼の場合、それが他者にも同様と信じ込んでいるのがまた凄まじい)。大妖と呼べるだけの力を持つが故に、怒りをはじめとする激情を失い、カガシに生きるまで逼塞していた縣。
 果たしてそのどちらが「人間的」なのか――本作で描かれる二人の関係性は、一筋縄でいくものではなく、それだけに何ともユニークなものとして感じられるのです。


 しかしそんな二人もまた、人間の歴史の激動の中に巻き込まれていくこととなります。仇である蜥蜴衆が伊東家に仕えることを知り、戦いを挑もうとするカガシ。しかし当の伊東家は圧政により民の信望を失い、さらに九州統一を目指す島津家の圧倒的な力の前に、風前の灯火の運命にあります。
 その嵐の前に、一人の「人間」がいかなる力を持つものか――仮に一人の「妖怪」が手を貸したところで、それは微々たるものというしかないでしょう。

 その中でカガシは己の激情を貫くことができるのか。縣はそれを前に平静さを保っていられるのか。
 時は1577年、いわゆる伊東崩れが目前に迫る中、物語はいかなるクライマックスを迎えるのか――近いうちに刊行されるであろう第3巻・最終巻に何が描かれるのかを見届けたいと思います。


『ねじけもの』第1-2巻(肋家竹一 新潮社BUNCH COMICS)


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2018.11.06

石川優吾『BABEL』第2巻 第一の犬士誕生の時、そして新たなる舞台へ


 原典を踏まえつつ、その華麗な画でもって新たな伝奇物語を描いてみせる新釈八犬伝、待望の第2巻であります。辛うじて恐るべき玉梓と闇の力を退けた信乃たち。しかしその犠牲は決して小さなものではなく、そしてすぐに魔の手は再び彼らを襲うことになります。窮地の信乃に救いの手はあるのか……?

 奇怪な魔の力を味方につけた山下定包に攻められ風前の灯火の里見家を救うべく、比叡山に神の犬・八房と丶大法師を頼った里見の姫・伏姫。
 里見に向かう彼女たちを山下の兵から助けた信乃と額蔵の二人は、一度は八房に討たれながらも里見義実に取り憑いた魔女・玉梓の闇の力を目の当たりにすることになります。

 その義実が伏姫に刃を振り下ろした時、彼女の身につけた数珠の不思議な力により、一度は退散した闇。しかし数珠の八つの玉はいずこかへと飛び去り、伏姫は生とも死ともつかぬ不思議な状態のまま、八房ともども眠りにつくのでした。

 ……と、我々の知る八犬伝とはある部分で重なり、ある部分で大きく異なる本作。その第1巻を受けたこの巻の前半では、再び信乃を襲う闇の猛威が描かれることになります。

 昏睡状態の伏姫たちをひとまず比叡山に迎えることとなった丶大一行。しかし額蔵は己の無力さに絶望して彼らのもとを離れ、そして信乃は、山下に取って代わった安西景連が村の人々を人質に取って自分を捜していると知り、単身村に取って返すのでした。
 しかし非道にも信乃の目の前で磔にされた人々を処刑する安西軍。怒りに燃える信乃は、ただ一人残された少女を守るため、獅子奮迅の活躍を見せるのですが――しかし多勢に無勢の上、その前に再びあの玉梓が立ち塞がることになります。

 自分の体を奪おうとする玉梓に対し、闇の力に奪われるくらいならばと一度は自刃を考えた信乃ですが、その時、思わぬ援軍が出現。しかし一度は形勢逆転したものの、闇の力が生み出した不死の軍勢を前に、今度こそ絶体絶命となったその時……

 と、早くも絶体絶命の窮地に陥った信乃。原典でも冒頭から辛い目に遭いまくる信乃ですが、本作ではそれとは全く異なるベクトルでボロボロにされていくことになります。しかし苦しい時に彼らを助けるものは――というわけで、いよいよここで待望の場面が描かれるのであります。

 その様は如何にも本作らしく、美しくも外連みに溢れたものですが――それは新たな八犬士の誕生に相応しいものといえるでしょう。そう、本作はここまでが序章、これからが本当の戦いの始まりと言ってよいのではないか、と感じます。


 そしてこの巻の後半では、仲間たちを求めて旅立つことになった信乃と丶大、そして信乃に救われた少女(その名は――ここで登場するのか! と感心)が、不思議な犬たちに導かれて関東管領・扇谷定正の佐倉城を訪れることになります。
 しかし佐倉城はスラムと迷宮と要塞を混淆したような奇怪な城、そしてそこでは城兵が人狩りを行い、犠牲者を闘技場に連行していたのであります。そして人間同士が闘技場で殺し合う姿を喜びながら見つめる奇怪な巨漢こそが定正、そしてその傍らにはまたもや死んだはずの玉梓の姿が……!

 と、ここに来て、別の作品になったかのようにいきなりリアリティレベルが下がる本作(特に定正。史実ではとうに亡くなっている人物ではありますが……)。この辺りは、正直に申し上げて非常に違和感がありますが――しかしここで注目すべきは、闘技場に現れた一人の男の存在でしょう。
 手にした鎌で無表情に対戦相手を斃していく寡黙な男――その名は現八、犬飼現八!

 玉梓の魔力によって早くも正体が露見して逃げる信乃は、この現八に追われることになるのですが――追われた末に信乃が向かう建物の名が芳流閣とくれば、もうニヤニヤが止まりません。


 果たして信乃と現八の戦いの行方は、そして二番目の仲間はどのような形で誕生するのか。上に述べたように、違和感を感じる部分もあるものの、それを吹き飛ばす物語に期待したいと思います。


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2018.11.04

遠藤遼『平安あかしあやかし陰陽師 怪鳥放たれしは京の都』 二人の好人物が挑む怪異


 平安京を守る陰陽師――といえば、もちろん真っ先に名が挙がるのは安倍晴明。しかしそもそも陰陽道の本流は賀茂家であり、この時代、晴明と並ぶ達人として名が挙がるのが賀茂光栄であります。本作はその光栄が紫式部の叔父である藤原為頼を相棒に、都を騒がす怪異に挑む物語です。

 太宰府への赴任を終え、京に帰って早々に幼なじみである光栄のもとを訪れた為頼。実は為頼は、肝試しに訪れた廃屋敷で何かに取り憑かれたので陰陽師を紹介してほしいという貴族から仲立ちを頼まれていたのであります。
 その一件をあっさりと片付けた光栄ですが、それがきっかけで今度は時の権力者である藤原師輔が人面の怪鳥に襲われたという事件に関わることに。さらに宮中でもうち続く怪事に対し、光栄は弟子の晴明、師輔の娘である中宮安子、そして為頼の力を借りて挑むことになります。

 一連の怪事に共通する「もの」とは何か、そしてその背後に潜む存在とは……


 天才陰陽師が、お人好しで心優しい友人とともに怪事件に挑む――このシチュエーションは、もはや平安ものでは定番中の定番と呼んでも良いでしょう。本作もまた、その一つであるわけですが、目を惹くのは、主人公の光栄のキャラクターです。

 陰陽道の天才であり若くして陰陽寮のエースとして知られる存在、そして何より女性と見間違うほどの年齢不詳の美貌の持ち主――実に陰陽師ヒーロー的な光栄ですが、しかしその性格は至って「いいひと」。
 普段は近所の童たちに交じって遊びに汗をかき、甘いものに目がないという人物で、陰陽師という言葉から感じる孤高の天才、あるいは近寄りがたい奇人というイメージからはかけ離れたキャラクターなのです。
(といっても、自分の納得いかないことであれば、師輔を前に一歩も引かない硬骨漢でもあります)

 そしてそんな光栄の幼なじみであり、親友である為頼もまた実に素直な好人物。その歌人らしい豊かな感受性は、時に亡魂相手であっても悲しみや慈しみの念を隠さない――と、こちらは定番の気味がありますが、単なる驚き役で終わらず、彼ならではの特技が役に立つ場面があるのは実に面白いところであります。

 また、光栄が必ずしも作中の事件を超自然的な解釈で片付けない点も目を引くところですが、陰陽師が魔術師である以前に技術者であることを考えればこれも納得で、この辺りのある種の生真面目さは、本作の特色と言って良いかもしれません。


 しかしその生真面目さが少々物足りないと感じてしまうところで、意外性という点では類作に一歩譲る印象があります。
 上で述べたように為頼の特技が事件の真相解明に役立つという部分は面白いのですが、その真相というのがある意味直球であったため、意外性に薄いのは残念なところであります。

 光栄と為頼、さらに晴明や安子のキャラクターもそれなりに面白くはあり、また登場する女性たちに向ける視線の優しさ、温かさも印象に残るところではあるのですが――もう少し尖った部分があっても良かったのではないでしょうか。
 ……というのは派手好きの読者の勝手な感想かもしれませんが、少々もったいなさを感じたというのが正直なところであります。


『平安あかしあやかし陰陽師 怪鳥放たれしは京の都』(遠藤遼 富士見L文庫)

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2018.10.13

赤神諒『大友の聖将』(その二) ただ大友家を救うためだけでなく


 大友家が崩壊に向かう中、ただ一人抵抗を続けた豪勇の士・柴田礼能(天徳寺リイノ)。「豊後のヘラクレス」と呼ばれた彼の波瀾万丈の生を描く物語の、後半の紹介であります。島津家久の猛攻の前に絶望と諦めに沈む大友家を、聖将は救い得るか!?

 悪鬼のような所業を繰り返した末、主君の側室を奪った咎で牢に繋がれながらも、奇跡的に赦され、信仰に身を捧げる道を選んだリイノ。静かに辺土で愛する人々と暮らしていた彼は、しかし主家の危機に、再び十文字槍を手に立ち上がることとなります。
 耳川の戦いでの島津家に対する惨敗以来、没落の一途を辿る大友家。次々と家臣たちが離反していく中、鑑連たっての命で復帰し、以来活躍してきたリイノは、宗麟から天徳寺の姓を賜るほどとなっていたのであります。

 それでも島津の勢いは止まらず、ついに秀吉に膝を屈し、援兵を乞うた宗麟。しかし豊臣方の援兵が遅れ、宗麟の丹生島城は他の城からも切り離され、孤立無援の状態に追い込まれてしまうのでした。
 この状況を打開すべく、愛息の久三、久三の朋輩で名門吉岡家の甚吉、旧友の武宮武蔵と決死の反撃に打って出んとするリイノですが――主君である宗麟が幾度となく不可解な中止命令を下し、丹生島城は更なる危機に陥ることになります。

 この絶対の危機においてもなお、宗麟を、大友家を守るべく戦い続けるリイノ。彼に残された最後の策とは……


 第一部において神の愛に目覚めたリイノ。以来二十年、武人としても人間としても大きく成長を遂げた彼は、まさしく聖人、いや聖将。その出自と過去、それとは裏腹の異数の出世により、周囲からは妬みの声も少なくないものの、しかしその武人としての活躍と高潔な人格から、彼は家中で絶大な支持を受けるようになります。

 しかしその彼を以てしても、大友家の危機を救うのは容易いものではありません。
 島津の猛攻や大友家中の不和は言うまでもないことながら、彼を最も苦しめることになるのは、気まぐれで感情的な宗麟の存在。そして彼の過去からの因縁が全く思わぬ形で――読んでいて思わず天を仰ぎたくなるような形で――彼を、そして彼の子供たちの世代をも苦しめることになるのです。

 実は第二部の面白さは、まさにこのリイノの周囲の人々の存在――彼を頼り、助け、悩ませる人々の存在にあると感じられます。
 リイノ自身は、既に人間としても武人としても、完成した存在であります。しかしもちろん、誰もが彼のようになれるわけではありません。過ちを犯し、悩み、惑う――そんな彼らの存在が、本作を超人的な英雄の活躍する神話ではなく、我々人間の生きる世界の物語として成立させているのです。

 その中で最も印象に残るのは、宗麟の存在でしょう。実のところ、本作におけるリイノの最大の敵はこの宗麟ではないかと思えるほど、彼はリイノの足を引っ張りまくるキャラクターであります。それも意図して、ほとんと尋常ではない執念を以て……
 その姿にはこちらも大いにヒートさせられるのですが――しかし、彼もまた一人の人間として悩める存在であったことに気づく時に、彼を見る目も変わることになります。

 名門に生まれ、己の理想まであと一歩となりながらも、思わぬところで躓き、転落の一途を辿る――もはや自分自身ではどうにもならない、時代や社会に翻弄された末に無力感に苛まれ、深い諦念に沈んだ宗麟。
 そんな彼の姿は――立場は一見大きく異なれど――実は第一部の治右衛門と重なるものであると、やがて我々が気付かされます。そしてまたそれは、現代の我々にとっても、どこか他人事と感じられないものがあるとも。

 さらに言えば、そんな他人事ではない感覚は、次の世代――久三や甚吉たちの姿からも感じられます。親の世代が勝手に背負い込んだ負債に苦しめられ、ただそこから逃れるためにもがくしかない――そんな彼らの姿もまた、我々には馴染み深いものでしょう。


 そう、本作において描かれるのは、大友家を救わんとする戦いだけではありません。ここに描かれるのは、人間の誇りと信念を賭けた戦い――時代や社会に翻弄される人々に対し、この生には価値があることを示すための戦い。かつてそれを先人たちから教えられた一人の男が、他の人々にそれを伝えるための戦いなのであります。

 だからこそ本作は、キリスト教を題材とし、大友家の興亡というある意味局地的な史実を用いつつも、それに留まらないさらに大きな普遍的な感動を与えてくれるのだと感じます。
 時代に負けることなく、人間としての生を全うせんとした人間を描く物語として……


『大友の聖将』(赤神諒 角川春樹事務所)

赤神諒 角川春樹事務所 2018-07-12
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2018.10.12

赤神諒『大友の聖将』(その一) 悪鬼から聖将へ――戦国レ・ミゼラブル!


 デビュー作『大友二階崩れ』でいきなり歴史小説シーンに躍り出た作者の第二作は、やはり大友家を題材とした本作。大友家と島津家の決戦――豊薩合戦の丹生島城の戦いを題材に、悪鬼から聖者へと生まれ変わった一人の男を描く、戦国レ・ミゼラブルとも言うべき入魂の作品であります。

 島津家の猛攻の前に追いつめられ、次々と配下も離反していった晩年の大友宗麟。本作の主人公・天徳寺リイノ(柴田礼能)は、最後まで宗麟に仕えたキリシタン武将であり、宣教師たちから「豊後のヘラクレス」と呼ばれたという逸話を持つ人物であります。
 しかしその前半生はほとんど記録が残っていないリイノ。本作はその前半生を自由に描きつつ、一人の男の魂が救済に至るまでを、そしてその男が同時代に生きた人々をも救う姿を描く物語なのです。


 丹生島城の戦いから20年前――不幸な生い立ちながら自慢の武芸の腕で名を挙げ、大友の勇将・戸次鑑連に仕官を許された柴田治右衛門。さらに上を望む彼は、大友宗麟の近習となり、宗麟の正室とも誼を通じるなど、順調に出世していくのですが――しかし彼の中にあるものは、己の力のみを恃み、目的のためであれば敵はおろか味方を害しても恥じぬ、悪鬼のような心だったのであります。

 そんな彼が唯一人間らしい気持ちとなることが出来るのは、愛する女性・マリアの傍らのみ。しかし彼女は宗麟の側室――露見すれば共に命はない秘密の関係を、治右衛門は朋輩を殺し、周囲を裏切ってまで守らんとするのでした。
 そして治右衛門を兄のように慕う青年を斬り、二人を見守ってきたイエズス会の司祭トルレスの教会に火を放ってまで、マリアを連れて豊後から逃れんとした治右衛門。しかし彼は幾多の犠牲を出した末、マリアと引き離されて捕縛されることになります。

 城の牢に放り込まれ、変わり者の牢番以外話し相手もいない孤独の中で、死の恐怖に怯える治右衛門。そんな彼の前に、戸次鑑連とトルレスが現れるのですが……


 物語冒頭、丹生島城の戦いの中で語られる颯爽たる聖将の姿が想像できぬほど、人間として下の下の姿を見せる第一部――本作前半のリイノ=治右衛門。上の者には諂い、下の者は見下し、同輩は追い落として、敵を嘲りながら殺す――打算と悪意に満ちたその人生は、どう見ても憎むべき悪役のそれ、であります。
 しかしそんな彼でもマリアに対する愛だけは本物、身重の身となった彼女と生きるためにあらゆる手段を(すなわち悪事を)用いて逃れようとするのですが――しかし最後には彼女も見捨てて逃げようとするその姿は、もはや目を背けたくなるほど無様であるとすら言えるでしょう。

 それでも――そんな憎むべき、あるいは無惨な治右衛門の姿に、どこか頷けるものを感じてしまうのも、また事実であります。
 国人の庶子として生まれたことすら父に知られず放り出され、貧困の中で母と弟を失い、幼い頃から野伏に加わって生きてきた治右衛門。そんな彼が世界は悪に満ちていると信じ、周囲の愛を拒絶して悪に生きようとしても、それは同意はできなくとも理解できることではないか――と。

 しかし本作においては、そんな彼の想いに対し、二人の人物がはっきりと否定してみせるのであります。トルレスは心からの愛を込めて優しく、そして鑑連は心からの叱咤激励を込めて力強く――それでも、この世界には必ず愛が存在すると。それでも、悪を前にして自らも悪に染まってはならないと。
 この言葉だけを見れば綺麗事に過ぎない、と感じるかもしれません。しかし本作において、治右衛門がどん底に落ちていく姿を、どん底に落ちざるを得なかった姿を見れば――それでも、と彼に語りかける二人の言葉は、強い赦しと救済の言葉として胸に迫るのです。


 そして悪鬼から、聖将に生まれ変わった・柴田治右衛門いや柴田礼能。しかし物語は聖将の誕生を描いてまだ半ばに過ぎません。
 後半、第二部に描かれるのはいよいよ丹生島城を巡る決戦、その中で彼は数々の悪意と悪因縁に晒されることとなるのですが――果たして彼は大友家を、そして自らの愛する人々を救うことができるのか。

 第二部については次回ご紹介いたします。


『大友の聖将』(赤神諒 角川春樹事務所)

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2018.10.04

『忍者大戦 黒ノ巻』(その一) 本格ミステリ作家による忍者大戦始まる


 時代小説界に彗星の如く現れた謎の(?)一冊――時代小説の執筆はほとんど初めての本格ミステリ作家5人が、それぞれ趣向を凝らして忍者と忍者の死闘を描くという、非常にユニークなアンソロジーであります。ここでは一作品ずつ収録作品をご紹介いたしましょう。

『死に場所と見つけたり(安萬純一)
 かつての任務において、その身に深い傷を負った幕府の隠密・右門と相棒の雉八。もはや忍者同士の戦いは不可能と、平穏な小浜藩に派遣された右門は、そこで草の家に生まれた若者・韮山兼明を鍛えることになります。
 厳しい指導もあって、兼明が藩でも頭角を現し始めた頃、彼に下された草としての任務。それは薩摩藩からの暗号解読の鍵となる巻物を、城から奪取するというものでした。

 しかしその任務を伝えてきたのが、自分たちに遺恨を抱くかつての同僚、飛龍と黄猿であることに違和感を覚える右門と雉八。果たしてこの任務の陰には……

 巻頭を飾る本作は、セミリタイアした隠密という、捻りの効いた視点から描かれる物語。一線を退いたはずの老兵が思わぬ力を――という燃えるシチュエーションも実にいいのですが、そこに次代の草の若者を絡ませるのが、物語の深みを与えています。
 右門が抱える秘密の想い――それが昇華される結末が感動的であると同時に苦い後味を残してくれるのが、実に忍者ものらしい味わいと言えるでしょう。


『忍夜かける乱』(霞流一)
 泰平の時代に幕府隠密としての任務は失われ、金で工頼案人(くらいあんと)から雇われて任務をこなす影戦使位(えいせんしー)制の下、影戦人(えいせんと)として活躍する伊賀の忍びたち。今回の任務は、岡場所で腹上死した大洗藩主の死体を寺へ運ぶというものだったのですが――そこに他藩に雇われた甲賀の忍びたちが立ち塞がります。

 かくて繰り広げられる伊賀と甲賀の忍法合戦。伊賀側は狩倉卍丸の逆さ崩れ傘、九十九了仁斉の飛燕腹しずく、天滑新奇郎の陽炎浄瑠璃を繰り出せば、甲賀側は沼鬼泡之介の紅おろちの舞い、霧塚竜太夫の涅槃車が迎え撃つ忍び同士の死闘の行方は……

 バカミス界の第一人者たる作者が忍者ものを!? と思えば、想像以上にとんでもないものが飛び出してきた本作。
 まずギャビン・ライアルに謝りましょう、と題名の時点で言いたくなりますが、繰り出される珍妙な用語(当て字)や奇っ怪な忍法の数々にはただ絶句であります。(特に霧塚竜太夫の涅槃車は、もうビジュアルの時点でアウトと言いたくなるような怪忍法!)

 しかしその果てで明かされる捻りの効いた真実は実に皮肉で、忍者という稼業の空しさをまざまざと浮き彫りにしているように感じられます。この辺りの人を食った仕掛けもまた、作者らしいと言うべきでしょうか。


『風林火山異聞録』(天祢涼)
 幾度も繰り返された川中島の合戦の中でも、最も激戦だったと言われる第四次合戦。この合戦では、武田信玄の軍師であった山本勘助考案の啄木鳥戦法が上杉側に見破られ、一時は武田側が劣勢に立たされた――と半ば巷説的に語られます。

 本作はこの窮地に、実は忍びであった勘助が、己の秘術を尽くして単身上杉政虎(謙信)の首を狙わんと、最後の戦いを決意したことから始まる物語。
 路傍の石の如く、一切の気配を立つ忍術【小石】を用いて上杉の陣深くに潜入した勘助は、政虎を守る軒猿たちと死闘を繰り広げるのですが、その果てに現れた軒猿頭領の恐るべき秘術とその正体とは……

 実は本書で唯一、史実を中心として描かれた本作。勘助自身が忍びというのは、これは伝奇ものではしばしば見かける趣向ではありますが、本作で勘助が死闘を繰り広げるあの人物が忍びというのは、これはほとんどこれまで見たことがないという印象であります。

 しかし本作の面白さはそれに留まらず、勘助の闘志の源――信玄に寄せる忠誠心を軸に、勘助の生き様死に様を浮き彫りにしてみせたことでしょう。そしてその想いが川中島で最も良く知られたあの名場面で、見事に花開いた――そして信玄もそれに応えてみせた――結末は、壮絶なこの物語において、何とも言えぬ爽快な後味を残すのです。

 風・林・火・山それぞれを章題とした構成もよく、このアンソロジーにおいて最も完成度の高い作品ではないかと思います。


 残る二編については、次回紹介いたします。


『忍者大戦 黒ノ巻』(光文社文庫) Amazon
忍者大戦 黒ノ巻 (光文社時代小説文庫)

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