2017.06.20

岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第4巻 変と酒宴と悲劇の繋がり

 動乱の幕末に活躍した隻腕の剣士として後世に名を残すこととなる「伊庭の小天狗」伊庭八郎の生涯を描く本作も、もう4巻目。沖田総司との凄絶な試合を経て講武所の門を叩き、剣士として新たな一歩を踏み出した八郎ですが、時代が彼を新たな事件に巻き込むこととなります。

 父を喪い、一度は己の往くべき道に迷いつつも、試衛館の若き怪物・沖田との初の他流試合の末に、志も新たに剣を手にした八郎ですが――この巻の冒頭では、徳川幕府の終わりの始まりとも言うべき、桜田門外の変の様が描かれることとなります。

 こともあろうに幕府の大老が、江戸城の目の前で討たれたというこの一件は、幕府の威信を大いに低下させたわけですが、この巻の前半で描かれるのは、そんな時代の流れとは一見無縁にも見える、八郎をはじめとする若者たちの剣談政談、そして雑談の様であります。

 八郎の自称一の家来であり、そして腕利きの板前である鎌吉の店で飲むこととなった八郎と土方(もう完全に八郎の悪友として馴染んでいるのがおかしくも楽しい)。彼らに鎌吉が加わっての三人の会話で物語が進んでいくのですが――この展開、地味なようでいて、なかなか楽しいのです。

 八郎も土方も幕末史に名を残した男とはいえ、今この時点では、剣の腕は立つもののまだまだ普通の若者。そんな彼らの目線から見たこの時代、その世相は何とも興味深いものですし、何よりもその中に彼らのキャラクターが良く出ているのが、ファンとしては実に楽しいのであります。
 しかもそこに思わぬ乱入者――軍艦操練所時代の榎本釜次郎、言うまでもなく後の榎本武揚までもが現れるのだからたまりません(さらに榎本が土方をスカウトしようとするのは、やりすぎ感はあるもののやはり楽しい)

 しかしもちろん、そんな楽しい話題だけではありません。土方が持ち出した近藤の講武所参加の話題に始まり、彼らの口に上るのは、いまだ旧態依然とした、危機感に乏しい幕府とそこに集う者たちの姿なのですから……


 そして後半で描かれるのは、がらりと雰囲気を変えたエピソード――かつて八郎が初めて吉原に登楼した際の相方・野分との再会が、思わぬ波乱を生むことになります。
 土方から、野分が病み付き明日へも知れぬ容態であると聞かされ、彼女のもとを訪れた八郎。しかし彼女が亡くなった後、その死因が間夫に暴行されたことであったこと、そしてその相手が講武所の人間であることを知った八郎は、犯人を捜すことになります。

 と、ある意味市井の人情もの的展開が始まったのには驚かされましたが、その中で描かれる人間模様も実にいい。特に八郎が遊女たちの、いや女性の心を尊重しつつ、あくまでも対等な人間として自然に接する姿には、素直に好感が持てます。
 そしてそんな八郎と対になるのは、彼に先んじて犯人と対峙し、吉原の遊女の矜持を貫いてみせた野分の妹女郎・左京の存在であります。刀を持った相手にも決して屈せず、傷を負いながらも引かず啖呵を切ってみせる彼女の姿は、作者の画の力が最大限に発揮された、この巻のクライマックスと言ってもよいかと思います。

 しかしこの巻はまだまだ驚かせてくれます。犯人を捕らえて一件落着かと思いきや、その口から、この巻の冒頭から描かれてきた幕府の凋落の姿と、幕府の内部にありながらそれを加速させようとする者たちの存在が明らかになるのですから。

 冒頭の桜田門外の変と、八郎と土方の酒宴と、野分の悲劇と――一見バラバラに見えるエピソードが、実は全てその根底においては繋がっていることが示された時には、思わずゾクゾクさせられました。
 そしてその先にいるのが、これまた幕末史に名を残すあの男とくれば……

 八郎と左京の美しい姿を描きつつも、ラスト一コマで不穏極まりない空気を漂わせる引きも印象的で、これまで同様、先の展開が気になって仕方ない作品であります。


『MUJIN 無尽』第4巻(岡田屋鉄蔵 少年画報社ヤングキングコミックス) Amazon
MUJIN 無尽 4巻 (ヤングキングコミックス)


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2017.06.19

『コミック乱ツインズ』2017年7月号

 コンビニ等で見かけると、もう月も半ばだな――という気分になる『コミック乱ツインズ』、今月号の表紙は連載第100回の『そば屋幻庵』であります。今回も、個人的に印象に残った作品を紹介していきましょう。

『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 今日も今日とて日本の鉄道の能力向上のために奮闘する島と雨宮。輸送力増強のため列車の最高速度を引き上げたいと悩む島の前に現れた老人は、「日本の鉄道のハンディキャップ」の存在を指摘します。そのハンディキャップとは何か。意外な正体を見せたその老人の提案に対し、島はどう答えるのか……

 困難に挑む技術開発史という側面と、そこに関わる人々による一種の人情話という側面を持つ本作ですが、今回はさらに歴史ものとしての側面がクローズアップされます。
 それが今回登場する謎の老人の存在なのですが――現在の呼び名から正体はすぐに推測できるものの、「彼」と鉄道がすぐには結びつかない組み合わせなのが実に面白い。

 彼が語る日本鉄道のハンディキャップの正体も納得ですが、その打開策に対する島のリアクションも、もっともといえばもっとも。とはいえ具体的な解決策が示せたわけではないので、それはこの先に期待でしょうか。
 オチもやりすぎ感はあるものの、やはりニヤリとできる内容であります。


『すしいち!』(小川悦司)
 前々回、江ノ島で婚約した鯛介とおりんの祝言が描かれる今回。しかしむしろ中心になるのは、鯛介の愛弟子であり、ともに菜の花寿司を支えてきた蛤吉であります。自分の存在が二人の邪魔になると、店を辞める決意を密かに固めた彼が、祝言にあたって望んだのは、客へのふるまい寿司を握ること……

 というわけで蛤吉の成長が語られるのですが、ここで彼が握る寿司が、これまで作中で鯛介が握ったものという趣向が面白い。これまで見せた技(料理)が再び――というのは、漫画のクライマックスとして定番のパターンの一つですが、それを主人公ではなく蛤吉が行うのが、受け継がれる技の存在を示すようで印象に残ります。

 そしてタイトルの「すしいち」という言葉の意味も語られ、誌面には特に言及はなかったものの、ほとんど最終回のような……と思いきや、作者のツイートによれば、やはりひとまずの最終回とのこと。まずは綺麗な結末であったと思います。


『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 いよいよ最強の八犬士・親兵衛と最後の八犬士・荘助が登場してクライマックスも近づいた感のある本作。服部屋敷に囚われた村雨姫を救うため、犬士たちの作戦が始まることになります。

 正面から殴り込んだ(また殴り込みか、的なことを言われているのには笑いましたが)親兵衛が半蔵とくノ一を相手にし、さらに大角の忍法で村雨と瓜二つになった信乃と荘助が陽動、その間に大角が村雨を救い出す……と、彼らにしては珍しい連携を見せるのは、もちろん村雨の存在あってこそ。
 特に剽悍無比な親兵衛が、村雨から亡き兄に代わって慕われた過去を胸に強敵に挑む展開は、やはり大いに盛り上がります。

 くノ一たちを血祭りにあげつつも半蔵の刃に深手を負い、地に伏した彼が最後に発動した忍法こそは、あの――というわけで、まだまだ盛り上がります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 前回、ようやく倒されたかと思いきや、今回も堂々登場する信長鬼。実は時系列的には今回の方が先なのですが――今回描かれるのは、死を目前とした信長麾下の武将たちのもとを、信長鬼が訪れる姿であります。
 丹羽長秀、蒲生氏郷、豊臣秀吉、前田利家――死を間際にして無念の想いを抱えた彼らの前に現れた信長。彼は自らの「鬼の肉」を彼らに与え、死して後に鬼に転生することを唆したのであります。そして関が原を目前に信長鬼が倒されたことが契機となったように、彼らは鬼と化して復活を……

 と、転生バトルロイヤルものの序章といった趣の今回。まさか本作でこのような展開が――と驚かされましたが、しかしその手があったか! という気もいたします。丹羽長秀だけ他の人物とは異なる時期に亡くなっているのですが、復活のトリガーが信長鬼の死ということで、設定上の整合性が取れているのにも感心です。


 次号は『勘定吟味役異聞』が新章に突入。今号に続き、かどたひろし大活躍であります。


『コミック乱ツインズ』2017年7月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年7月号 [雑誌]


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2017.06.17

上田秀人『茜の茶碗 裏用心棒譚』 盗を以って盗に易う大勝負

 これまで幕府や諸藩の政治の世界で繰り広げられる暗闘を中心に描いてきた作者。しかし本作は盗賊たちの用心棒を主人公とした白浪ものと、異色作に感じられますが――しかしそれでいて、その奥に広がるのは作者ならではの作品世界という、ユニークな作品であります。

 近頃江戸を騒がす盗賊たちに共通する、凄腕の見張り役の存在。その正体は本作の主人公・小宮山一之臣――その腕の冴えと、謙虚で無欲、真面目な人柄から、たちまち江戸の盗賊たちの間でなくてはならない存在となった彼には、しかしある悲願があったのです。

 実は相馬中村藩で一番の剣の遣い手であった小宮山。しかし藩から将軍下賜の茜の茶碗が盗まれたことで、彼の運命は大きく狂わされたのであります。
 将軍下賜の品といえば、大名にとっては将軍本人にも等しい存在。それがこともあろうに盗まれるとは、それが露呈すれば藩の存続の危機――というわけで、小宮山に白羽の矢が立ったのです。

 浪人という形で藩を離れ、茶碗の行方を追うことになった小宮山。しかし藩からは金も人も与えられず途方に暮れた彼は、盗賊のことは盗賊とばかりに盗賊の仲間に加わり、そのネットワークを通じて茶碗を探すことにしたのであります。
 しかしそれでも茶碗は見つからぬままに時間だけが過ぎていく中、次なる難事が中村藩に襲いかかることになります。それはすなわち、彼にも無理難題が降りかかるということで……


 冒頭で作者の(文庫書き下ろしの)作品は政治の世界が中心と述べましたが、その中でも何シリーズか、アウトローに近い人々を中心に据えたものがあります。
 『闕所物奉行裏帳合』、『妾屋昼兵衛女帳面』、『日雇い浪人生活録』……実は私の好きな作品ばかりであります。

 これらの作品に共通するのは、市井に近い、すなわち政治の世界から見れば「下」の位置に暮らしつつ、「上」の横暴にも負けず、したたかに生きてやろうという人々の姿でしょう。
 無理難題を押しつけるばかりの上司に振り回される(我々にとっては非常に身につまされる)主人公が多い上田作品ですが、そんな状況でも自分自身の牙を失わず、人と人との繋がりを武器に立ち向かう彼らの存在は、一つの希望として感じられるのです。

 そして本作の主人公・小宮山も、その系譜に属するものと言えます。

 直接に命じられたわけではないとはいえ藩命のために盗賊に身を落とす――まさか白浪ものでも主人公が上司の横暴に振り回されるとは思いませんでした――という境遇にありながらも、それでも真っ直ぐに己の道を行く。
 そんな彼の姿は、作中でも語られるように裏稼業の世界では珍しい清冽なものであり、そしてそれだからこそ、彼の周囲には(様々な欲得も絡むものの)仲間たちが集うのでしょう。


 もちろん、彼のしていることは悪事には違いありません。雇われる盗賊は、いずれも殺さず犯さず金を盗むだけの者ばかりとはいえ、盗まれた者の運命は大きく狂わされるのですから。
 そして本作はその罪の重さ、因果応報の姿をも描き出すのですが――しかし物語後半で、更なる「悪」を描き、それに盗みを以て鉄槌を下すことで、物語に痛快な印象を与えます。

 己の所業を顧みず、その結果をより立場の弱い人間に押しつけ、自分は逃げようとする――そんな行為は、確かに盗みに比べれば、その直接的被害は小さいかもしれません。
 しかしそれを為政者が行えば、その害はその下にいる者、下にある世界全てを傷つけ、腐らせる――それは古今東西変わらない真実でしょう。何よりも本作においては、主人公自身がその最大の犠牲者なのであります。

 そんな小宮山が、クライマックスで仲間たちとともに挑む大勝負は、政を私する者に対して、財を私する者が挑んだと言えるでしょう。
 暴を以って暴に易うのではなく、盗を以って盗に易う――それは確かに無益であり、有害なことかもしれませんが、しかしそこには追いつめられた者たちの牙の、最後の煌めきがあると、私は感じます。

 そしてまだまだ、彼らの牙が向けられるべき相手は存在するとも……


『茜の茶碗 裏用心棒譚』(上田秀人 徳間書店) Amazon
茜の茶碗: 裏用心棒譚 (文芸書)

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2017.06.07

入門者向け時代伝奇小説百選 古代-平安(その一)

 ここからは作品の舞台となる時代ごとに作品を取り上げます。まずは古代から奈良時代、平安時代にかけての作品の前半です。

46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)


46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫) Amazon
 とてつもなくキャッチーなタイトルの本作は、そのタイトルどおりの内容に驚愕必至の作品。
 赤壁の戦いで大敗を喫した曹操が諸葛孔明に匹敵する奇門遁甲の遣い手として白羽の矢を立てた相手――それは邪馬台国の女王・卑弥呼だった! という内容の本作ですが、架空戦記的な内容ではなく、あったかもしれない要素を丁寧に積み上げて、世紀の対決にきっちりと必然性を持たせていくのが実に面白いのです。

 そして物語に負けず劣らず魅力的なのは、この時代の倭国の姿であります。大陸や半島から流れてきた人々が原始的都市国家を作り、そこに土着の人々が結びつく――そんな形で生まれた混沌とした世界は、統一王朝を目指す中原と対比されることにより、国とは、民族とはなにかいう見事な問いかけにもなっているのです。

 ラストの孔明のとんでもない行動も必見!

(その他おすすめ)
『倭国本土決戦』(町井登志夫) Amazon
『シャクチ』(荒山徹) Amazon


47.『いまはむかし』(安澄加奈) Amazon
 実家に馴染めず都を飛び出した末、代々の(!)かぐや姫を守ってきた二人の「月守」の民と出会った弥吹と朝香。かぐや姫がもたらす莫大な富と不死を狙う者たちにより一族を滅ぼされ、彼女の五つの宝を封印するという彼らに同行することにした弥吹たちの見たものは……

 竹取物語の意外すぎる「真実」を伝奇色豊かに描く本作。その物語そのものも魅力的ですが、見逃せないのは、少年少女の成長の姿であります。
 旅の途中、それぞれの目的で宝を求める人々との出会う中で、自分たちだけが必ずしも正しいわけではないことを知らされつつも、なお真っ直ぐに進もうという彼らの姿は実に美しく感動的なのです。

 そして「物語を語ること」を愛する弥吹がその旅の果てに知る物語の力とは――日本最古の物語・竹取物語に込められた希望を浮かび上がらせる、良質の児童文学です。


48.『玉藻の前』(岡本綺堂) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 インド・中国の王朝を騒がせた末に日本に現れ、玉藻前と名乗って朝廷に入り込むも正体を見顕され、那須で殺生石と化した九尾の狐の伝説。本作はその伝説を踏まえつつ、全く新しい魅力を与えた物語です。

 幼馴染として仲睦まじく暮らしながら、ある事件がきっかけで人が変わったようになり、玉藻の前として都に出た少女・藻と、玉藻に抗する安倍泰親の弟子となった千枝松。本作は、数奇な運命に引き裂かれつつも惹かれ合う、この二人を中心に展開します。
 そんな設定の本作は、保元の乱の前史的な性格を持った伝奇物語でありつつも、切ない味わいを濃厚に湛えた悲恋ものとしての新たな魅力を与えたのです。

 山田章博『BEAST OF EAST』等、以後様々な作品にも影響を与えた本作。九尾の狐の物語に新たな生命を吹き込むこととなった名作です。

(その他おすすめ)
『小坂部姫』(岡本綺堂) Amazon


49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 劇画界の超大物原作者による本作は、鬼と化した少女を主人公としたオールスター活劇であります。

 父・藤原秀郷を訪ねる旅の途中、鬼に襲われて鬼の毒をその身に受けた少女・茨木。不老不死となり、徐々に鬼と化していく彼女は、藤原純友、安倍晴明、渡辺綱、坂田金時等々、様々な人々と出会うことになります。そんな中、藤原一門による鬼騒動に巻き込まれた茨木の運命は……

 平安時代と言っても三百数十年ありますが、本作は不老不死の少女を狂言回しにすることにより、長い時間を背景とした豪華キャストの物語を可能としたのが実に面白い。
 しかしそれ以上に、「人ならぬ鬼」と、権力の妄執に憑かれた「人の中の鬼」を描くことで、鬼とは、裏返せば人間とは何かという、普遍的かつ重いテーマを描いてみせるのに、さすがは……と感心させられるのです。


50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 平安ものといえば欠かすわけにはいかないのが『陰陽師』シリーズ。誕生30周年を経てなおも色あせない魅力を持つ本シリーズは、安倍晴明の知名度を一気に上げた陰陽師ブームの牽引役であり、常に第一線にある作品です。

 その中で初心者の方にどれか一冊ということであれば、ぜひ挙げたいのが本作。元々は短編の『金輪』を長編化した本作は、恋に破れた怨念から鬼と化した女性と、安倍晴明・源博雅コンビの対峙を描く中で主人公二人の人物像について一から語り起こす、総集編的味わいがあります。

 もちろんそれだけでなく、晴明と博雅がそれぞれに実に「らしい」活躍を見せ、内容の上でも代表作といって遜色ない本作。
 特に人の心の哀れを強く感じさせる物語の中で、晴明にも負けぬ力を持つ、もう一人の主人公としての存在感を発揮する博雅の活躍に注目です。

(その他おすすめ)
『陰陽師 瀧夜叉姫』(夢枕獏) Amazon



今回紹介した本
諸葛孔明対卑弥呼 (PHP文芸文庫)(P[あ]6-1)いまはむかし (ポプラ文庫ピュアフル (P[あ]6-1))玉藻の前夢源氏剣祭文【全】 (ミューノベル)陰陽師生成り姫 (文春文庫)


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 「いまはむかし 竹取異聞」 異聞に込められた現実を乗り越える力
 玉藻の前
 夢源氏剣祭文
 

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2017.06.02

上田秀人『危急 辻番奮闘記』 幕府と大名と町方を繋ぐ者たちの戦い

 辻番といえば江戸の治安維持のために武家屋敷周辺に置かれた、現代の交番のような存在。その辻番が奮闘とは、作者には珍しい市井に近い主人公の物語なのかな? と思いきやさにあらず、辻番を主人公としつつも幕府と外様大名の暗闘の物語でもあるという、実にアクロバティックな作品でありました。

 未だ戦国の気風が完全に消えやらぬ中で勃発した島原の乱。九州から遠く離れた江戸においてもその影響は小さくなく治安は悪化、辻斬りが横行することとなります。
 そんな中、和蘭陀商館を抱える平戸藩松浦家は、幕府に対するポイント稼ぎのため(そして幕府の不信の目を逸らすため)、辻番を強化することで江戸の治安維持への貢献をアピールしようと考えます。

 かくて新たな辻番の一人に選ばれたのが、本作の主人公というべき青年武士・斎弦ノ丞ですが――着任早々、彼は隣の島原藩松倉家の前で、二派に分かれた武士たちの斬り合いに遭遇することとなります。
 乱戦の中、仲間の一人が弦ノ丞らに捕らえられ、自害したのをきっかけに姿を消す謎の武士たち。その一人は、お家が大事ならば首を突っ込むなと、弦ノ丞たちに言い捨てるのでした。

 なるほど、お家を守るために余所の面倒ごとにはできるだけ関わらないのが江戸の武士。ましてや松倉家はまさに乱の原因を作った家だけに、裏に何があるかわかりません。
 お家大事と、町奉行所の追求もそらっとぼける松浦家の面々ですが、しかし思わぬ状況の変化から、弦ノ丞たちは老中・酒井雅楽頭の命を受けて事件の真相を探ることに――


 冒頭で述べたとおり、辻番は江戸の街角の監視役。といっても、本作から百年ほど後の時代では運営は町人に全て委託され、その結果、番とは名ばかりのガバガバのザル状態となったことからも察せられるように、武士が熱心に力を入れるようなお役目とは言い難いものがあります。

 藩命とはいえ、そんな役目に就かされる弦ノ丞たちも災難ですが、さらにそこに、藩の浮沈を賭けた(幕府のお偉方との取引による)裏の任務まで加わって……という展開は、彼には申し訳ないものの実に面白い。
 それにしても、外様大名家の下級武士の涙ぐましい奮闘記が描かれるかと思いきや(それはそれで間違いではないのですが)、あれよあれよという間に物語はスケールアップし、幕府と外様大名、外様大名と外様大名、果ては老中と老中の間の暗闘に繋がっていくのですから、大いに驚かされました。

 いや、冷静に考えてみれば、この辻番という存在は、幕府と大名、大名と大名(あるいは旗本)、そして大名と町方を繋ぐ存在であります。
 その点からすれば、こうした物語の連鎖は、十分あり得ることなのかもしれませんが――しかしこれまで幕府や大名家の様々な役目を題材としてきた作者ならではの離れ技というほかありません。


 そしてまた、上で述べたように、辻番は町方とも繋がる役目であることもあり、その治安を守る存在――町奉行所が大きなウェイトを持って登場するのも面白いところであります。

 江戸市中の治安維持に責任を持ちつつも、諸大名家の内側は管轄外の彼ら。しかしそれでもおかしな事件があれば、何とか解決の糸口を掴むべく食らいつく……
 という奉行所の存在は、善良な市民であれば頼もしいところですが、後ろ暗いとまでは言わないものの、色々と事情を抱えた人間にとっては迷惑で仕方ありません。

 そう、本作における町奉行所の役人――その代表であるベテラン与力・相生は、事件に巻き込まれ、そして巻き込まれたことを隠そうとする弦ノ丞たちにとっては迷惑極まりない存在。
 彼の執拗な追求を如何に避けるか、その辺りもなかなかサスペンスフルなのですが――しかしこの相生の立ち位置にも一ひねりあって、通り一遍の人物造形に終わることなく、上田作品では少々珍しい立ち位置となるのも、ユニークなところであります。


 そして奮闘の末、ひとまずは窮地を切り抜けた弦ノ丞と松浦家。本作の物語はこの一作できっちりと完結しているのですが――しかし数多くの人々を繋ぐこの辻番という存在を、この一作限りで手放してしまうのは何とも勿体ないように思われます。

 ラストの一文も意味ありげで、まだまだ弦ノ丞に、相生に活躍してもらいたい……そんな期待も抱いてしまう作品なのであります。


『危急 辻番奮闘記』(上田秀人 集英社文庫) Amazon
危急 辻番奮闘記 (集英社文庫)

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2017.05.27

大羽快『殿といっしょ』第11巻 殿、最後の合戦へ

 あらゆる戦国武将をボンクラの面白キャラにデフォルメして描いてきた戦国四コマギャグ漫画、久々の単行本……と思いきや、何とこれにて最終巻。これまでずっと楽しませてきていただいただけに非常に残念ですが、最後まで殿いつワールドは健在であります。

 どの武将を主人公にするということはなく、戦国時代の様々な場所、様々な時期を切り取り、そこで活躍する様々な武将を描いてきた本作。
 眼帯に異常な熱意を傾けるガンター(眼帯マニア)の政宗、相手をおちょくることでは天下無敵の昌幸・幸村(と被害者の信幸)、お笑い命の秀吉と三成、異常なまでに我慢を好む家康etc.――と、その武将の事績や逸話を大きくデフォルメして、テンポの良いボケとツッコミの連続で展開してきた作品であります。

 それだけにいつ誰が飛び出してくるかわからない作品であるのですが、最終巻となった本書は、大きく分けて、
・長宗我部元親と一条兼定の四万十川の戦い
・人質時代の幸村と上杉家・豊臣家
・秀吉の小田原征伐
の三つのエピソードで構成されています。

 そのうち最も分量が多い幸村ネタは、これは間違いなく昨年の大河ドラマ合わせだと思われますが、これまでも本作で猛威を振るってきた幸村の傍若無人なまでのマイペースぶりがフル回転。
 上杉家と豊臣家で彼が過ごした人質時代がここでは描かれるのですが、本作の両家は、見かけは強烈な強面で笑わん殿下の上杉景勝と、天下の仕置きもお笑い次第の秀吉と、全く対照的な二人(そして彼らを支える兼続と三成もそれぞれに強烈なキャラ)で、その二人の間に幸村が挟まるのですから、面白くないわけがありません。

 特に豊臣家サイドは、まだ元気だったころの大谷吉継やこれまであまり出番のなかった(もしかすると初登場?)清正・正則が加わって、実に賑やかで楽しい。
 さらにそこに異常なゲラのお茶々を巡るドラマが展開して――と、微妙にいい話が挟まれるのも本作ならではであります。


 そしてラストに描かれるのは、この茶々の物語も絡んで勃発する小田原征伐。
 先に述べたとおり、時代と場所を次々と変えて展開される本作だけに、どのようにひとまずの決着をつけるのか――と思いましたが、なるほど、こう来たか! と膝を打ちました。

 なにしろこの戦は、天下統一に王手をかけた秀吉が、半ば示威行動も含めて全国の大名に参陣を促したいわばオールスター戦。
 秀吉・三成・家康・昌幸・景勝・元親・氏郷・宗茂・政宗(大遅刻)、そして相手は氏直と、本作でこれまで活躍してきた面々が、史実の上でも集っていたのですから、これほどラストに似つかわしい展開はないでしょう。
(もちろんオールスターという意味では関ヶ原、大坂の陣がありますが、あちらは殺伐としすぎるので……)

 滑り込みで登場の忠興と玉(ガラシャ)のあのネタがあったり、いくつもの夢の顔合わせもあったり――と実に賑やかで、実質ラスト二話程度の分量ではあるものの、本作にふさわしく賑やかで明るい結末でありました。
(個人的には、三成の忍城攻めでの不手際の伏線が、実に本作らしい形で描かれているのに感心)


 もちろん続けようと思えばいくらでも続けようはあるのではないかと思いますし、大好きな作品であっただけにこれで完結は寂しいのですが――繰り返し述べてきたように、様々な時代と場所を舞台に、それも四コマでギャグを描くというのは、相当な難易度のはず。

 まずはお疲れさまでした、本当に楽しかったですと、心の底から申し上げたいのであります。


『殿といっしょ』第11巻(大羽快 KADOKAWA MFコミックス フラッパーシリーズ) Amazon
殿といっしょ 11 (MFコミックス フラッパーシリーズ)


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2017.05.24

伊藤勢&田中芳樹『天竺熱風録』第1巻 豪快かつ壮大な冒険活劇の幕開け!

 あの田中芳樹の歴史活劇を、あの伊藤勢が漫画化した、実に贅沢なコラボレーションであります。唐の時代、天竺の内紛に巻き込まれた外交使節・王玄策が、大軍を向こうに回して大活躍を繰り広げる物語の導入編であります。

 本作の原作は、2004年の同名の小説。田中芳樹といえば『銀河英雄伝説』や『アルスラーン戦記』の印象が強くありますが、しかしその作品の中で決して少なくない割合を占める中国もの、アジアものの一編であります。

 舞台は647年、天竺を統べる摩伽陀国に外交使節団の正史として送られた文官・王玄策。以前一度訪れた時とはいささか異なる国の様子に不審を抱くも時既に遅く、彼は前王・戒日王亡き後に国王となった阿羅那順の軍に捕らえられ、無法にも投獄されることになります。
 とりあえず皆殺しとされるのは避けられたものの、玄策と部下たちの命は風前の灯火。そんな中、牢で彼は自称二百歳の怪老人・那羅延娑婆寐と出会うのですが……

 と、いきなりクライマックスのこの漫画版。実は原作の方では、この投獄のくだりは全十回の第四回と、少し物語が進んでからの話なのですが、本作では一気に主人公をピンチに追い込んで……という展開なのは、これは連載漫画として正しい手法でしょう。

 原作ではここに至るまでに、唐を出て吐蕃(チベット)と泥婆羅(ネパール)を経て、天竺に至るまでの旅が描かれているのですが、その辺りは一気に飛ばして(一部回想シーンに回して)、冒頭にオリジナルの派手なアクションシーンが入るのも、また本作らしい趣向なのですが……

 玄策らが牢に入れられてからの、(原作ではさらりと流された)牢の描写をはじめとする、どちらかというと下世話な展開、そして那羅延娑婆寐の人を食ったキャラクターは、これはもう作者の真骨頂とでもいうべき描写。
 そしてまた、原作には登場しない阿羅那順の周囲に控える妖しの美女と術者の姿も、実に作者らしい造形であります。

 さらにまた、物語の諸所で語られる当時の歴史・社会・風俗の解説は時に原作以上に詳細で、この辺りのどこか理屈っぽい描写も、いかにも作者らしい――というのは言いすぎかもしれませんが。


 と、いきなり原作との相違点を中心に述べてしまいましたが、総じて見ればこの漫画版は、物語の流れ自体は原作を踏まえつつも、キャラクターの描写を初めとするディテール自体は、漫画版独自の――すなわち、伊藤勢の解釈によって自由に描かれているという印象があります。

 これが余人であればいささか不安に感じる場合もあるかもしれませんが、しかしこの作者に限っては大丈夫、というよりむしろ大歓迎。
 作者の作品に通底するエキゾチシズムの香り豊かに、どこまでも精緻に描き込まれた描写、そして漫画ならではのダイナミックなアクションは、スケールの大きな物語世界をしっかりと受け止め、そして更なる魅力を加えて描き出しているのですから。


 上で軽く触れたように、全十回の原作のうち、既にこの第1巻の時点で、第五回までの内容を描いている本作。
 しかし物語はこれからが本番、いよいよ始まる玄策の逆襲を、これから本作はじっくりと描いていくのではないでしょうか。原作で魅力的だったあのキャラが、クライマックスのあの場面がいかに描かれるのか――冒頭に登場した、謎のヒロインの正体も含め、豪快かつ壮大な冒険活劇の幕開けに胸が躍ります。


『天竺熱風録』第1巻(伊藤勢&田中芳樹 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon
天竺熱風録 1 (ヤングアニマルコミックス)

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2017.05.18

『コミック乱ツインズ』 2017年6月号

 私は本や雑誌の発売日で日にちや曜日をカウントしてしまうところがあるのですが、この雑誌が出れば月も半ば、『コミック乱ツインズ』誌の6月号であります。巻頭カラーは叶精作『はんなり半次郎』、橋本孤蔵『鬼役』が連載四周年とのことですが、ここでは個人的に印象に残った作品を取り上げます。

『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 死闘の末、四つの珠を取り戻したものの、犬士も残すところわずか四人。しかも村雨姫までもが半蔵側の手に落ちたところで、最強の犬士・犬江親兵衛登場! となった本作。
 いかにも作者らしいイケメンの親兵衛は、最強の名に相応しい破天荒な力の持ち主(もっとも、やはり姫の前では形無しなのですが)。しかし彼をしても、姫が捕らえられてはその力を存分に振るえず――

 という状況で、さらに敵側の奸策により、八珠献上の日が一気に前倒しとなり、絶体絶命となった里見家。しかしここで大角の忍法により信乃が思わぬ人物に姿を変え、そしてついに最後の犬士・犬川荘助登場……と、物語はガンガン盛り上がっていきます。
 ラストページなど、テンションが一気に上がるのですが、さて次回の犬士の活躍は如何に……いよいよクライマックスであります。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 碓氷峠編の後編となる今回、島の説得で国鉄に移籍した凄腕機関士・雨宮が視察に向かったのは、急勾配で知られる日本一の難所・碓氷峠。そこで昔ながらの蒸気機関車で峠を越えることを誇りとする機関手・山村とその息子に雨宮は出会うのですが……

 鉄道という題材を扱いつつも、職人肌の雨宮を主人公の一人とすることで、一種の職人もの、人情ものとして成立している本作ですが、今回描かれる山村を巡る物語はまさにその味わいに満ちたエピソードであります。
 かつて愛妻を峠の列車事故で失いながらも、その妻の魂が見守ってくれると信じて蒸気機関車を走らせる彼にとって、島が計画する電気化は到底受け入れられないもの。しかし息子までもが、電気化に賛成してしまう彼の姿は、時代の流れというもので切り捨てられないものがあります。

 その彼の想いを誰よりも理解しつつも一つの選択を迫る雨宮と、彼らの前に現れる小さな奇蹟と……もの悲しい物語ではありますが、結末に描かれる小さな希望の姿が、その悲しみを癒してくれるのです。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 長かった信長鬼編も(おそらく)今回でラスト。といっても今回の主役は、前回同様、細川珠……そう、細川ガラシャであります。
 自分を討った光秀の血族を苦しめた末に根絶やしにすべく、最後の生き残りである珠のもとに出没し、彼女を鬼に変えんとする信長鬼。辛うじて踏みとどまってきた彼女も、ある事件がきっかけで鬼となりかけて――

 細川忠興に嫁ぎ、彼から深く愛されつつも、その一種偏執的な愛情に苦しみ、キリスト教に救いを求めた珠。この夫婦については、夫からお前はまるで蛇のようだと言われて「鬼の妻には蛇が相応しいでしょう」と答えたという有名な逸話がありますが、本作においては、その「鬼」という言葉に、重い意味が加わることとなります。
 何しろ本作の忠興は、点のように異様に小さい瞳孔という、明らかにヤバげな人物。むしろこちらが蛇なのでは……というこちらの印象は、しかし見事に裏切られることとなります。人であろうと鬼であろうと変わらぬ愛を描き出すことによって。

 しかし鬼の運命はなおも彼女に迫ります。。これも有名なその最期の時、ガラシャを襲ったあまりにも無惨な変化の前に、彼女もついに……と思われた時、さらに意外な展開が描かれることとなります。
 今回もラストで少年が見せる、驚愕と悲しみ、決意と様々な感情が入り混じった表情……それはかつての冷然とした表情とは全く異なるものであります。鬼に抗する人が見せた一つの奇蹟を前に、彼の心は変わっていくのか? 大いに気になるところです。


 そのほか、『勘定吟味役異聞 破斬』(かどたひろし&上田秀人)は今回で最終回。前回の一大剣戟の末、辛うじて勝利を掴んだ聡四郎を待つ者は……ツンデレの恋人、ではなくて続編。再来月から次なる物語が開始とのことで、実にめでたいことであります。

 また、『はんなり半次郎』は、相変わらずの叶節。いくら何でもあれは自分が怪我するのではないでしょうか。どうでもいいですが。


『コミック乱ツインズ』2017年6月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年6月号 [雑誌]


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2017.05.10

上田秀人『禁裏付雅帳 四 策謀』 思わぬ協力者登場!?

 老中松平定信から密命を受け、禁裏付となった東城鷹矢の苦闘を描くシリーズ第4弾である本作。禁裏の裏を探る活動をいよいよスタートしたものの、もちろん京という異世界の壁は厚く、思わぬ窮地に立たされることになる鷹矢。しかしそこで彼に協力を申し出たのは、意外な人物だったのであります。

 父・一橋治済が大御所の尊号を授けられるよう、徳川家斉から厳命を受けた老中・松平定信によって、突然京に禁裏付として送られることとなった東城鷹矢。
 勝手違いの役目に悪戦苦闘する鷹矢ですが、上からは定信からの厳しい視線が向けられ、そして周囲からは禁裏の公家たちの、そして定信と対立する京都所司代の敵意をぶつけられ、四面楚歌の状況であります。

 しかし家に帰ってみれば、待つのは二人の美女……といっても一人は二条家のスパイとして送り込まれた貧乏公家の娘・温子、そしてもう一人は定信方の若年寄から送り込まれた武家娘・弓江と、要は彼を見張り縛る存在で、家の中も冷戦状態。
 それでも自分の仕事をしなければ定信が恐ろしいと、禁裏を攻略する(=弱みを握る)ために鷹矢は動き出すことに――


 そんな状況の中、前巻では反定信勢力の刺客団に襲われ、上田作品の主人公には珍しく、這々の体で逃れる羽目となった鷹矢。しかし京でものを言うのは武よりも文、そして金……というわけで、彼は禁裏を巡る金の動きを切り口に、行動を開始することになります。
 この辺り、ちょっと意外な展開にも思われましたが、禁裏付とは書院番と目付と勘定吟味役を一人で兼ねる役目、というような作中の表現からすれば、これはむしろ当然の流れであるかもしれません。

 奇しくも三つの役目とも、上田作品の題材となってきたこともあり……というのはさておき、今回鷹矢は京の台所とも言うべき、錦市場――現代でもその立場を変えることなく存在する、その市場に向かうことになるのですが、ここで思わぬ事態が発生することになります。

 かつて敵対する五条市場と、それと結んだ町奉行所によって窮地に陥った過去から、武士に対して激しい敵意を持つ錦市場。そこにノコノコ鷹矢が物価調査に出かけたために、勘違いした市場の人々がエキサイト、暴徒と化して襲いかかったのであります。
 しかも折悪しく弓江が半ば無理やり同行してきたことから彼女を庇い、鷹矢は窮地に陥ることに――

 しかし災い転じて福と成す。一歩間違えれば双方にとって取り返しのつかない事態となったところで、意外な人物が登場する事になります。その名は桝屋源左衛門……またの名を伊藤若冲!

 なるほど、若冲の本業は錦市場の青物問屋、それも町名主を務めたほどの大手であります。しかも、上で触れた五条市場との争いの解決のために、中心となって奔走した人物であったことが、近年知られるようになっています。
 だとすればここで若冲が登場するのは、実は不思議ではありません。しかし本作のメインとなる禁裏という世界、そして何よりも政治的な暗闘とは無縁の人物(それでいて京の上流階級とは大きな繋がりを持つ)ということもあり、全く登場を予想だにしておりませんでした。いや面白い……!

 そして京ではほとんど孤立無援、いやそれどころか四面楚歌であった鷹矢にとって、若冲の存在は大きな助けとなるに違いありません。
 さらに、ここに至りついに物価という切り口を掴んだ鷹矢。これがいよいよ反撃の始まりとなるか……はまだまだわかりませんが、弓江との関係も少しずつ変化してきたこともあり、物語に変化が生じたことは間違いありません。


 また、どうしてもこの記事では鷹矢ばかりに触れてしまいましたが、温子をはじめとして、彼を取り巻く登場人物たちの動きもなかなか面白い本作。

 もちろん、数多くの勢力がそれぞれの思惑を秘めて入り乱れるのは、こうした物語の定番ではあります。
 しかしその各勢力に属する個人の悲哀、そして強かさが、本作では主人公がそれほど強力ではない分、より強く感じられるのが、本作の面白い点ではないかと感じられます。

 権力という怪物に振り回されるのは、鷹矢一人ではない……鷹矢に強力な力がない分、どこか群像劇的味わいも生まれてきた本作ですが、しかしこの世界はゼロサムゲーム。
 最後に報われることになるのは誰なのか……まだまだ先は見えません。


『禁裏付雅帳 四 策謀』(上田秀人 徳間文庫) Amazon
策謀: 禁裏付雅帳四 (徳間時代小説文庫)


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2017.04.28

碧也ぴんく『義経鬼 陰陽師法眼の娘』第5巻 史実通りの悲劇の先に

 源九郎義経の身にその魂を宿すこととなった鬼一法眼の娘・皆鶴の愛と戦いの物語もいよいよ佳境。自らの体を取り戻すため、平家打倒を目指す彼女の戦いは、ついに屋島、そして壇ノ浦に平家を追いつめるのですが……その代償は、あまりにも大きかったのであります。

 父の術の失敗により、義経と二人で一人の状態となってしまった皆鶴。彼女と義経が分離するためには、義経が大望を果たすか、諦めなければならないというのですが……その大望とは言うまでもなく平氏打倒。
 体の主導権をほとんど失った義経に代わり、皆鶴は弁慶、佐藤継信・忠信、伊勢三郎らの頼もしい仲間たちとともに、平氏を追いつめていくことになります。

 しかし「義経」が快進撃を続けるほど、冷たくなっていく兄・頼朝の目。それでもこの戦いが終われば、と突き進む皆鶴たちですが、しかし屋島の戦いにおいて、愛し愛される間柄となった継信が平教経の矢に斃れてしまい――


 義経と鬼一法眼、皆鶴の伝説を踏まえ、中心に義経=皆鶴という巨大なフィクションを抱えつつも、しかし基本的に史実に忠実に展開していく本作(「弓流し」のエピソードの使い方など、思わずニヤリ)。それは、歴史上に名を残した人物の生死においても変わることはありません。
 そのある意味避けられぬ悲劇が、継信の死であったわけですが……しかし、我々はこの先、さらなる悲劇が「義経」を襲うことを知っています。

 ついに壇ノ浦で打倒平氏を果たしたものの、頼朝との距離は広がり、ついには鎌倉に入ることすら禁じられた義経主従。密かにただ一人鎌倉に忍び入り、頼朝対面した皆鶴は、頼朝が心の中に隠していたものを知ることになります(このシーンの兄貴、かなり最低)。
 頼朝の心底を知り、生き延びるために西国に落ち延びんとする主従。既に全員が義経と皆鶴の関係を知った彼らの心は一つなのですが――

 しかし結果としてこの展開もまた史実通りであるとすれば、その先もまた……と思うべきなのでしょう。それを裏付けるかのように、この巻のラストではまた一人の男が命を賭けることになります。

 この悲劇を避ける道があるとすれば、それは歴史のイレギュラーと言うべき皆鶴の存在にかかっているのかもしれません。
 ある意味、ここからが彼女にとって本当の、自分自身のための戦い。その先に何が待っているのか、そして彼女にとってその戦いに本当に意味があるのか、それはわかりませんが……しかしそれが彼女にとって、義経にとって、二人を慕う郎党たちにとって、より幸多き道であることを祈るしかありません。


 作者のブログを見れば、本作もあと1巻で完結する様子。皆鶴は、果たして厳然たる史実に穴を穿つことができるのか……たとえ何が待ち受けていたとしても、彼女の最後の戦いを見届けたいと思います。


『義経鬼 陰陽師法眼の娘』第5巻(碧也ぴんく 秋田書店プリンセスコミックス) Amazon
義経鬼~陰陽師法眼の娘~(5)(プリンセス・コミックス)


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