2017.02.22

『コミック乱ツインズ』 2017年3月号(その一)

 乱ツインズの3月号は、新連載やゲスト作品はありませんが(強いて言えば『勘定吟味役異聞』と同時掲載の『そば屋幻庵』がゲスト?)、その掲載作品はむしろ充実の一言。印象に残った作品を挙げるだけで、相当な分量になってしまいました。

『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)
 水野忠邦を暗殺しようとした相手が、旧知の甲府勤番だった男・矢代田平内と知った蔵人介ですが、平内の仇と勘違いされ、ドテっ腹を刺されて……

 という前回を受けての後編、事件の黒幕があまりにも短慮で、いかにもな悪人なのは、まあこの作品らしいのかもしれませんが、平内を友と呼んで仇討ちに向かう蔵人介の姿はやはりグッとくるものがあります。
(しかし明らかにどうしようもない悪人とはいえ、形の上は蔵人介の独断に任せる上役もどうかと……)

 それにしても、刺されても軽傷だったからと、自分で傷を縫いながら毒味役を務める蔵人介にはこちらもビックリ。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 関西鉄道の命運を賭けた高性能機関車・早風を導入したものの、その扱いに苦慮する島安次郎が出会った機関士・雨宮。扱いの難しい早風を滑らかに発車させる雨宮の技の秘密を知ろうとする安次郎ですが……

 と、日本の鉄道技術者の元祖ともいうべき安次郎を主人公とした連載第2回。前回は人命よりも定刻を重視する雨宮の姿に、正直全くついていけなかったのですが、今回の機関車発車を巡る展開は、きっちりと理詰めの内容が面白く、素直に感心しました。
 おまけページの様々な機関車に関する蘊蓄も楽しく、なかなか面白い存在になりそうです。

 しかしラストの主人公の選択は、仕方はないとはいえどうなのかなあ……


『鬼切丸伝』(楠桂)
 連載再開となった今回の題材は信長と本能寺の変。信長についてはこれまで連載化第1回に比叡山焼き討ちを、そして最近、天正伊賀の乱を題材に描いてきましたが、今回は後者のB面にして続編とでも言うべき内容であります。

 かつて伊賀の百地三太夫により、死して鬼と化す秘術を掛けられた少女・蓮華。彼女は鬼切丸の少年と出会い、一時の安らぎを得たものの、その秘術を求める信長により非業の死を遂げることとなりました。

 そして今回描かれるのは、その三太夫がそれとほぼ同時期に仕掛けた呪い――信長に対して無私の忠誠心を抱く森蘭丸は、死してなお信長に仕えるために、三太夫の誘いに乗ったのであります。
 そして訪れた本能寺の変。深手を負い、信長の眼前で鬼と化した蘭丸と少年は対峙するのですが――

 人間が人間を殺し、人間のものを奪う……ある意味人間と鬼の境目が現代以上に薄かった、戦国時代を中心とした過去の時代を舞台とする本作。その中でも信長は、一際鬼に近い存在として描かれてきました。
 しかし今回のエピソードのラストで信長が見せた想い、それはまさしく人間ならではのものであり、人間を冷笑し、鬼を斬る少年をして愕然とさせるものでありました。

 ラストの少年の表情が強く心に残る本作、冒頭に述べたとおり充実の今号においても、個人的に最も印象に残った作品であります。


 長くなりますので続きます。


『コミック乱ツインズ』2017年3月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年3月号 [雑誌]


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2017.02.07

入門者向け時代伝奇小説百選 剣豪もの

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は剣豪もの五作を紹介いたします。時代ものの華である剣豪たちを主人公に据えた作品たちであります。
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

11.『柳生非情剣』(隆慶一郎) Amazon
 様々な剣豪を輩出し、そしてそれ自体が徳川幕府を支えた隠密集団として描かれることが少なくない柳生一族。本作はそんな柳生像の定着に大きな役割を果たした作者による短編集であります。

 十兵衛、友矩、宗冬、連也斎……これまでも様々な作家の題材となってきた綺羅星の如き名剣士たちですが、隆慶作品においては敵役・悪役として描かれることの多い面々。そんな彼らを主人公とした短編を集めた本書は、剣と同時に権――すなわち政治に生きた特異な一族の姿を浮かび上がらせます。

 どの作品も、剣豪小説としての興趣はもちろんのこと、等身大の人間として剣との、権との関わり合いに悩む剣士の生きざまが描き出されている名作揃いであります。

(その他おすすめ)
『秘剣・柳生連也斎』(五味康祐) Amazon


12.『駿河城御前試合』(南條範夫) Amazon
 山口貴由の『シグルイ』をはじめ、平田弘史や森秀樹といった錚々たる顔ぶれが漫画化している名作であります。

 暗愚の駿河大納言徳川忠直が己が城中で開催した十番の真剣勝負を描いた本作は、残酷時代小説で一世を風靡した作者ならではの武士道残酷物語であると同時に、剣豪ものとしても超一級の作品。
 片腕の剣士vs盲目の剣士、マゾヒスト剣士や奇怪なガマ剣法…個性豊かな剣士たちとその武術が炸裂する十番勝負+αで構成される本作は、その一番一番が剣豪小説としての魅力に充ち満ちているのです。

 そして、死闘の先で剣士たちが得たものは……剣とは、武士とは何なのか、剣豪小説の根底に立ち返って考えさせられる作品であります。


13.『魔界転生』(山田風太郎) Amazon
 映画、漫画、舞台とこれまで様々なメディアで取り上げられ、そして今もせがわまさきが『十』のタイトルで漫画化中の大名作です。

 島原の乱の首謀者・森宗意軒が編み出した「魔界転生」なる忍法によって死から甦った宮本武蔵、宝蔵院胤舜、柳生宗矩ら、名剣士たち。彼ら転生衆に挑むのは、剣侠・柳生十兵衛――ここで描かれるのは、時代や立場の違いから成立するはずもなかった夢のオールスター戦であります。

 そして本作の中で再生しているのは剣士たちだけではありません。その剣士たちを描いてきた講談・小説――本作は、それらの内容を巧みに換骨奪胎し、生まれ変わらせた物語。剣豪ものというジャンルそのものを伝奇化したとも言うべき作品であります。

(その他おすすめ)
『柳生忍法帖』(山田風太郎) Amazon
『宮本武蔵』(吉川英治) Amazon


14.『幽剣抄』(菊地秀行) Amazon
 剣豪と怪異とは水と油の関係のようにも思えますが、しかしその両者を見事に結びつけた時代ホラー短編集であります。

 本作に収録された作品は、「剣」という共通点を持ちつつも、様々な時代・様々な人々・様々な怪異を題材とした、バラエティに富んだ怪異譚揃い。
 しかしその中で共通するのは、剣という武士にとっての日常と、怪異という非日常の狭間で鮮明に浮かび上がる人の明暗様々な心の姿であります。。

 本シリーズは、『追跡者』『腹切り同心』『妻の背中の男』と全四冊刊行されておりますが、いずれもデビュー以来、怪奇とチャンバラを愛し続けてきた作者ならではの、ジャンルへの深い愛と理解が伝わってくる名品揃いであります。

(その他おすすめ)
『妖藩記』(菊地秀行) Amazon
『妖伝! からくり師蘭剣』(菊地秀行) Amazon


15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人) Amazon
 今や時代小説界のメインストリームとなった文庫書き下ろし時代小説、その代表選手の一人である作者が描いた剣豪ものであります。

 ある日飄然と吉原に現れ、遊女屋の居候となった謎の青年・織江緋之介が、次々と襲い来る謎の刺客たちと死闘を繰り広げる本作。複雑な過去を背負って市井に暮らす青年剣士というのは文庫書き下ろしでは定番の主人公ですが、しかしやがて明らかになる緋之介の正体と過去は、本作を飛び抜けて面白い剣豪ものとして成立させるのです。

 彼を巡る三人の薄幸の美女の存在も味わい深い本作は、その後全7巻のシリーズに発展することとなりますが、緋之介が人間として、武士として成長していく姿を描く青春ものの味わいも強い名品です。

(その他おすすめ)
『闕所物奉行裏帳合 御免状始末』(上田秀人) Amazon


今回紹介した本
新装版 柳生非情剣 (講談社文庫)駿河城御前試合 (徳間文庫)魔界転生 上  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)幽剣抄<幽剣抄> (角川文庫)悲恋の太刀: 織江緋之介見参 一 〈新装版〉 (徳間文庫)


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 上田秀人『織江緋之介見参 一 悲恋の太刀』(新装版) 若き日の剣士と美女の物語

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2017.02.04

上田秀人『織江緋之介見参 一 悲恋の太刀』(新装版) 若き日の剣士と美女の物語

 今や大人気作家となった上田秀人の2番目のシリーズ……それが吉原を舞台に青年剣士の愛と戦いを描いた『織江緋之介見参』であります。その第1弾である本作は以前取り上げていますが、少し前に新装版が刊行され、何よりも現在森田信吾が漫画版を連載中ということで、もう一度取り上げたいと思います。

 ある日ふらりと御免色里・吉原に現れ、おもむろに慶長大判を取り出して登楼を望んだかと思えば、名妓と同衾しても指一本触れず、そして恐るべき剣技を持つ青年剣士。
 名を問われれば、「織江緋之介」と明らかに偽名で答えるこの青年剣士が本作の主人公であります。

 吉原でも屈指の歴史を持つ遊女屋・いづやの主・総兵衛に気に入られて仮寓することになった緋之介ですが、しかし彼の周囲には常に剣難あり。
 幾度となく彼を襲撃する刺客の群れは、いづやにも襲いかかるのですが……しかし、刺客に狙われているのは彼だけではなく、いづやそのものも狙われていたのであります。

 何故緋之介は刺客に襲われるのか。彼の過去に何があり、何故吉原に現れたのか。そしてまた、いづやを狙うのは何者なのか……絡み合う二つの謎に、緋之介を巡る三人の美女、繰り広げられる幾多の死闘。その果てに物語は意外な結末を迎えることになります。


 私は本作の旧版を発表時に手に取り、このブログでも紹介しているのですが、今回再読したのはほぼその時以来――実に13年ぶりであります。そのため大筋はもちろん憶えていたものの、細かい部分は記憶が薄れていたところも多く、新鮮な気分で……いや、大いに楽しみ、テンションを上げながら読むことができました。

 何より、剣豪小説として実に本作は面白い。純粋に剣戟シーンの完成度もありますが、それ以上に、緋之介の正体と過去――そしてそれはそのまま彼が狙われる理由に繋がるわけですが――が、剣豪小説として、そして伝奇小説として実に盛り上がる内容なのであります。(何しろ、緋之介は、ライバルとして描かれることも少なくない○○○○流と○○○○流のハイブリッドであるわけで……)

 そこにさらに、吉原に関わる一大秘事が絡むのですから、面白くならないはずがありません。そしてその秘事だけでも十二分に伝奇的なところに、ラストにはあの大事件が……ときて、もう夢中でラストまで一気に読まされてしまったのです。


 そしてその一方で、逆にじっくりと味わうことができたのは、緋之介の成長を巡る物語……というより、緋之介を巡る三人の女性に関する物語であります。
 いづや、いや吉原きっての名妓である御影太夫、その妹女郎であり緋之介の世話係の桔梗、そして緋之介の許嫁である織江――いずれも極めつけの美女であることは間違いありませんが、しかし美しいだけでは終わらないのが本作であります。

 それぞれに複雑な過去を背負った三人、特に吉原という天国と地獄が隣り合った世界に暮らす御影太夫と桔梗が、緋之介に触れて何を想い、そしてどこが変わっていったのか……
 本作の陰の主人公とも言える彼女たちの想いの発露が描かれる場面は、時に剣戟シーン以上に、こちらの胸を打つのであります。そしてその想いに触れた緋之介の姿もまた。


 そしてもう一つ印象に残るのは――これは今だからこその感慨ですが――その後の、現在の作者の作品とのテンポの違いであります。

 シリーズ最終巻『終焉の太刀』新装版の作者あとがきによれば、この『悲恋の太刀』はまさしく背水の陣で描かれた作品、シリーズ化どころか発表できるかもギリギリの状況だったとのこと。
 そのような背景の作品と、長期シリーズ(が前提となっている)作品を並べるのはナンセンスかもしれませんが、しかしやはり、そこには自ずと違いが……それも想像以上に大きく現れるものだな、という印象があります。

 そしてこうした本作もまた、上で触れた『終焉の太刀』に至るまで、全7巻のシリーズに発展していくことになります。
 その中で本作にあったものが、どのように受け継がれ、どのように変わっていったのか……この先も、新装版で確認してみたいという気持ちが強くあります。


 もう一つ、森田信吾の漫画版が、展開は忠実ながら台詞回しは完全に森田節なのを確認したのも、まず収穫といえば収穫であります(こちらはこちらで単行本化を心待ちにしている次第)。

『織江緋之介見参 一 悲恋の太刀』(新装版)(上田秀人 徳間文庫) Amazon
悲恋の太刀: 織江緋之介見参 一 〈新装版〉 (徳間文庫)


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 「終焉の太刀 織江緋之介見参」 そして新たなる一歩を

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2017.01.31

上田秀人『御広敷用人大奥記録 11 呪詛の文』 ただ一人の少女のために!

 将軍吉宗と大奥のいつ終わるとも知れぬ暗闘に巻き込まれた御広敷用人・水城聡四郎の戦いも11巻目であります。再び江戸に舞台を移しての物語はいよいよヒートアップ、吉宗の周囲に次々と迫る天英院の魔の手に、ついに吉宗が反撃を開始することに――

 前作、前々作での危険だらけの京・尾張への旅から何とか帰着した聡四郎。しかしその間にも大奥を巡る情勢は変化し、没落の兆しが見え始めた天英院は、ついに恐るべき暴挙に出ることになります。

 ある日突然、西の丸で倒れた吉宗の世子・長福丸(後の家重)。医師の診察により、毒が盛られた可能性があることが判明したことから、怒りに燃える吉宗は聡四郎を西の丸大奥差配に任命、大鉈を振るうことを命じます。

 一方、長福丸の安否を気遣い、病の平癒祈願で、自ら寺社に参詣することを望む竹姫。しかし、天英院一派が竹姫追い落としを狙う中、江戸市中に竹姫が出るということは刺客に襲えというようなものであります。
 それは承知の上で、竹姫の吉宗への想いを受け止め、そして何よりも竹姫に外の世界を見せるため、総力を挙げて竹姫の警護に臨むことを決意する聡四郎。

 しかし天英院の陰湿な魔手はなおも姫に迫り、ついに怒りを爆発させた吉宗は、ある切り札を手に、聡四郎とともに天英院と直接対決に臨むことに――


 巻数も二桁となり、いよいよクライマックスも近いと思われる本シリーズ。これまで比較的ゆっくりと展開してきた印象のあるシリーズですが、この巻にきてググッとペースアップしてきました。
 そのためか、尾張に関する因縁など、いささかあっさりすぎる結末を迎えた印象は否めません。しかしそれが気にならないほど、この巻の盛り上がりは凄まじく、そして素晴らしいものがあります。

 天英院のの命で動く(といっても一枚岩ではないのがまた面白いのですが)伊賀の郷忍、さらには伊賀者を捨て刺客人となった宿敵・藤川など、並み居る敵が次から次へと仕掛ける罠もスリリングながら、それを防ぎ、打ち砕いてみせる聡四郎たちの活躍は、これまで溜めがあった分、爽快ですらあります。

 そして溜めがあったといえば吉宗であります。これまで改革の大鉈を振るいながらも、それは聡四郎の手を通してのものでした。
 当たり前といえば当たり前ですが、我が子を、そして愛する女性を幾度も襲う奸計に自ら出陣……と、この辺りの展開(というか吉宗の行動)は乱暴といえば乱暴ではありますが、思わず「待ってました!」と言いたくなるほどであります。


 しかし個人的に本作で最も印象に残った部分、本作ならではの魅力と感じさせられたのは、江戸の町に出ようとする竹姫を守る聡四郎の、仲間たちの想いであります。

 将軍の正室、大奥の主となることも目前となった竹姫。それはこの時代の女性にあっては頂点であり、そして本シリーズはその座を巡る暗闘であったとも言えます。
 しかしそれと引き換えに失われるものもあります。それは自由――彼女はもはや、城の外に出ることは能わなくなるのです。

 その竹姫の、一人の少女の一時の自由を守るために戦う……それ以上に尊く、ヒロイズムを感じさせるものがあるでしょうか。
 聡四郎が、玄馬が、無手斎が、袖が――いわば「チーム水城」と言うべき面々が命を賭ける姿は、こちらの胸を否応なしに熱くしてくれるのです。(そしてその想いを語る無手斎の言葉がまたイイ!)


 そして終盤、天英院が一顧だにしなかった、彼女が虫けら同然に扱ってきた存在によって彼女の地位が覆される展開にも唸らされるのですが、しかし真に驚かされるのはラスト数行であります。

 本作のタイトルの意味が明らかになるそこで描かれたものが、この先どのような意味を持つのか……そしてこの物語と如何に結んでみせるのか。
 いささか気が早いかもしれませんが、本作を読めば、その先を期待したくもなるというものです。


『御広敷用人大奥記録 11 呪詛の文』(上田秀人 光文社文庫) Amazon
呪詛の文: 御広敷用人 大奥記録(十一)    *12月31日(土)発売 (光文社時代小説文庫)


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 『操の護り 御広敷用人大奥記録』 走狗の身から抜け出す鍵は
 上田秀人『柳眉の角 御広敷用人大奥記録』 聡四郎、第三の存在に挑むか
 上田秀人『御広敷用人大奥記録 9 典雅の闇』 雲の上と地の底と、二つの闇
 上田秀人『御広敷用人大奥記録 10 情愛の奸』 新たなる秘事と聡四郎の「次」

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2017.01.30

入門者向け時代伝奇小説百選 古典(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、古典の紹介その二であります。
6.『ごろつき船』
7.『美男狩』
8.『髑髏銭』
9.『髑髏検校』
10.『眠狂四郎京洛勝負帖』

6.『ごろつき船』(大佛次郎)【江戸】 Amazon
 大佛次郎といえば『鞍馬天狗』の生みの親ですが、その作者の伝奇ものの名作が本作――松前藩を牛耳る悪徳商人に家を滅ぼされた大商人の遺児と、彼を守って決死の戦いを繰り広げる人々の姿を描く物語であります。

 本作の魅力の一つは、何よりも松前に始まり、舞台は江戸に、西国に、そして遙か遠く異国まで広がっていくスケールの大きさ。しかしそれ以上に心に残るのは、主人公側の登場人物を次から次へと襲う苦難の運命と、それにも負けぬ善き心の存在であります。
 運命の悪意に翻弄され、世の枠組みからつまはじきにされようとも、善意と希望を捨てず戦い抜く……そんな「ごろつき」たちの勇姿には、心を熱くせずにはいられません。

(その他おすすめ)
『鞍馬天狗 角兵衛獅子』(大佛次郎) Amazon


7.『美男狩』(野村胡堂)【幕末-明治】 Amazon
 密貿易の咎で獄死した銭屋五兵衛が残した莫大な財宝を巡り、架空・実在の様々な人々の運命が入り乱れ、やがて伊皿子の怪屋敷に習練していく――銭形平次の生みの親である作者が初めて手掛けた時代小説である本作には、時代伝奇の楽しさが横溢しています。

 しかし印象に残るのは何とも不穏なタイトル。実は本作で大活躍するのは不倶戴天の宿敵である二人の美剣士。そしてそこに魔手を伸ばすのが、大の美男好き、それも美男同士の死闘を観るのを愛するという怪屋敷の女主人なのであります。
 そのドキドキするような要素を、「ですます」調の爽やかな文体で、節度を守りつつ描き出し、波瀾万丈の物語として成立させてみせた本作。作者ならではの逸品です。


8.『髑髏銭』(角田喜久雄)【江戸】 Amazon
 今では知名度こそ高くないものの、紛れもなく時代伝奇小説界の巨人と呼ぶべき作者の代表作がこの作品。莫大な財宝の在処を示す八枚の「髑髏銭」を巡り、青年剣士・怪人・大盗・悪女・奸商入り乱れての争奪戦が繰り広げられる本作は、まさに時代伝奇の教科書ともいうべき先品です。
 特に印象的なのは、髑髏銭を求めて跳梁する覆面の怪人・銭酸漿。冷酷で陰惨な殺人鬼のようでありながら、実は悲しい宿命を背負い、人間的な側面を覗かせる彼には、現代においても全く古びない存在感があります。

 推理小説家として知られるだけに、ミステリ的趣向が濃厚なのも作者の時代伝奇の特徴ですが、それは本作も同様。ミステリファンにも読んでいただきたい作品です。

(その他おすすめ)
『妖棋伝』(角田喜久雄) Amazon
『風雲将棋谷』(角田喜久雄) Amazon


9.『髑髏検校』(横溝正史)【怪奇・妖怪】【江戸】 Amazon
 たとえ異国の存在であっても貪欲に取り込んでしまうのが時代伝奇というジャンルですが、異国の妖魔の代表格である吸血鬼が江戸を脅かすのが本作。

 『吸血鬼ドラキュラ』の翻案と言うべき本作は、異境の吸血鬼に囚われた若者の手記に始まり、都で若者の恋人を狙う吸血鬼の跳梁、これに挑む老碩学たちの死闘――と、基本的に原典の展開をなぞっているのですが、それでいて要素の一つ一つが見事に日本のものとして翻案されているのが素晴らしい。

 何よりも、唸らされるのは、ラストで明かされる吸血鬼・不知火検校の正体。終盤の展開がやや駆け足ではありますが、時代伝奇ホラーの名作であることは間違いありません。

(その他おすすめ)
『天動説』(山田正紀) Amazon
『神変稲妻車』(横溝正史) Amazon


10.『眠狂四郎京洛勝負帖』(柴田錬三郎)【剣豪】【江戸】 Amazon
 古典ジャンルの中で唯一戦後の作品であります。古くは市川雷蔵や田村正和が、近年はGACKTが演じた孤高のヒーローの活躍を描く短編集です。

 異国の転び伴天連と武士の娘の間に生まれたという出生の秘密を背負い、立ち塞がる相手は円月殺法で斬り捨てる異貌の剣士。そんな狂四郎の人物像は今なおインパクトがありますが、しかし本シリーズは、今現在は最終作を除いて絶版という状況。その一方で容易に手に取ることができるのが本書です。

 張り巡らされた陰謀と謎、強敵を斬り払う狂四郎の一刀、むせび泣く女体……眠狂四郎ものの王道を行く表題作をはじめとしてバラエティに飛んだ短編が集められた本書は、眠狂四郎に初めて触れるにも適した一冊でしょう。


(その他おすすめ)
『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎) Amazon
『運命峠』(柴田錬三郎) Amazon


今回紹介した本
ごろつき船 上 (小学館文庫)美男狩(上) 文庫コレクション (大衆文学館)髑髏銭 (春陽文庫)髑髏検校 (角川文庫)新篇 眠狂四郎京洛勝負帖 (集英社文庫)


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 大佛次郎『ごろつき船』上巻 悪事を捨て置けぬ男たちの苦闘!
 大佛次郎『ごろつき船』下巻 今立ち上がる一個人(ごろつき)たち!
 「美男狩」 時代伝奇小説の魅力をぎゅっと凝縮
 「髑髏検校」 不死身の不知火、ここに復活
 「眠狂四郎京洛勝負帖」 狂四郎という男を知る入り口として

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2017.01.29

一色美雨季『浄天眼謎とき異聞録 明治つれづれ推理』上巻 彼の孤独感、彼自身の事件

 最近ライト文芸レーベルで非常に多く見かける「○○屋さん」もの。それをまとめてどう呼んだものかと思っていましたが、「お仕事小説」という呼び名があるようです。本作はその「第2回お仕事小説コン」グランプリ受賞作――明治時代を舞台に「浄天眼」の力を持つ青年を中心に描かれる物語であります。

 ある日、知人の警官・相良から、魚目亭燕石なる戯作者の身の回りの世話役となることを頼まれた少年・由之助。
 浅草で人気の芝居小屋・大北座の跡取り息子であるものの、外の世界にも興味を惹かれる年頃の由之助は、好奇心もあってそれを引き受けることになるのですが――

 実は名家の出ながらも実家を飛び出し、女中の千代と静かに暮らすこの燕石、戯作者ではあるものの大変な気分屋で面倒くさがり、そして何よりも引きこもり。
 そんな燕石に手を焼きつつも、何だかんだで楽しく日々を送る由之助ですが、しかし燕石には大変な秘密があったのです。

 それは、彼が「浄天眼」なる能力を持つこと……彼は、人の体を含む物体に触れることでその物が持つ「記憶」を見ることができるという、いわゆるサイコメトリー能力の持ち主だったのです。
 周囲からは厭われ、非常な負担を伴うその力を嫌い、引きこもり生活を送っていた燕石。しかし相良をはじめとして周囲の人間が持ち込んできた事件に巻き込まれ、その力を使うことに――


 という本作、まずこの上巻の時点での正直なところを述べさせていただければ、これはお仕事小説とは違うのでは……という印象は否めません。
 冒頭で述べたお仕事小説コンの開催概要(第1回のものですが)によれば、お仕事小説とは「1.ストーリーの中に何らかの「お仕事」が出てくる作品 2.主人公が何らかの「職業」についている作品」であり、本作をこれに当てはめるのは厳しいと感じます。

 またミステリとして見ても本作は苦しい。何しろ燕石の能力が強力すぎて(過去の映像だけでなく感情なども全て感じてしまう)、真相がほぼダイレクトに判明してしまい、見えたものから何かを推理するという要素がほとんどないのですから。

 こうした点のみを見れば、なかなか苦しいものがある本作ですが……しかしそれだけにとどまるものではありません。
 何よりもまず目を引くのは、登場キャラクターたちの描写でしょう。

 もちろん、その中心となるのは燕石であります。普段は戯作者として飄々と暮らし、年の離れた弟のような由之助をからかっている燕石ですが、しかし彼が背負うのはその浄天眼の力による大いなる孤独感であります。

 常人にはない力を持って生まれたが故に疎外され、孤独を味わう、というのはある意味定番の設定ではありますが、本作はその疎外感、孤独感の描写が面白いと申しましょうか――燕石自身の感情のみならず、いやそれ以上に周囲の人々、それも彼にとっては近しい人々との関係性を以てそれを浮き彫りにしてみせるのはなかなか巧みなところであります。

 そして由之助が、千代が、相良が――それぞれの形で燕石と接する中で、自分自身が抱えたものを浮かび上がらせるのもまたいい。特に、美貌の持ち主にして超有能な女中という千代が抱えた屈託、複雑な想いなどは、実に切なく、胸に残ります。

 しかし個人的にそれ以上に印象に残ったのは、本作のある種の舞台設定と描写の巧みさであります。
 先に述べたとおり、由之助の実家は評判の芝居小屋・大北座。芝居小屋というより、今でいう劇場・劇団のような存在である大北座は数多くの女優を抱えるのですが……本作で折に触れて描かれるのは、その女優とパトロンの「関係」であります。

 今の目で見ると些か感心できぬその「関係」は、どちらかと言えばライトな味わいの本作に生臭さを漂わせる形になっており、読みながら違和感を感じていたのですが……それがまさか物語で大きな意味を持つとは。
 しかもそれが燕石の、由之助の運命に大きく関わり、これまで描かれる事件にはどこか他人事だった彼ら自身の事件として浮かび上がらせる終盤の展開には大いに唸らされた次第です。

 果たして燕石の浄天眼はこの悪因縁を絶つことができるのか、そして彼の孤独は、周囲の人々の屈託は癒されることがあるのか……俄然、下巻も読まねば、という気持ちになっているところです。


『浄天眼謎とき異聞録 明治つれづれ推理』上巻(一色美雨季 マイナビ出版ファン文庫) Amazon
浄天眼謎とき異聞録 上 ~明治つれづれ推理(ミステリー)~ (マイナビ出版ファン文庫)

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2017.01.24

入門者向け時代伝奇小説百選 古典(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選、古典でチョイスしたのは、基本的に戦前の作品を中心とした十作品。70年以上前の作品だからと言っても古臭さとは無縁の作品の数々、これぞ時代伝奇、と呼ぶべき定番の名作群です。
1.『神州纐纈城』
2.『鳴門秘帖』
3.『青蛙堂鬼談』
4.『丹下左膳』
5.『砂絵呪縛』

【古典】
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)【戦国】 Amazon
 記念すべき第一作目は、鬼才・国枝史郎の代表作にして時代伝奇小説史上に燦然と輝く作品であります。

 捕らえた人間の生き血を絞って美しい真紅の布を染めるという纐纈城。富士山麓に潜むその伝説の城を巡り、業病に犯された仮面の城主、若侍、殺人鬼、面作りの美女、薬師、剣聖、聖者……
 様々な人々が織りなす物語は、血腥く恐ろしいものではありますが、しかしその中で描かれる人間の業は、不思議な荘厳さ、美しさを持ちます。

 実は未完ではありますが、それが瑕疵になるどころかむしろ魅力にすらなる本作。今なお語り継がれ、消えては復活する、まさしく不滅の名作であります。

(その他おすすめ)
『八ヶ嶽の魔神』(国枝史郎) Amazon


2.『鳴門秘帖』(吉川英治)【江戸】 Amazon
 国民的作家・吉川英治は、その作家活動の初期に幾つもの優れた伝奇小説を残しています。その中でも代表作と言うべきは、外界と隔絶された阿波国を舞台に、阿波蜂須賀家の謀叛の秘密を巡る冒険が繰り広げられる本作であります。

 水際だった美青年ぶりを見せる主人公・法月弦之丞をはじめとして、怪剣士・お十夜孫兵衛、海千山千の女掏摸・見返りお綱など、個性的で魅力的な面々が入り乱れての大活劇は、まさしく伝奇ものの醍醐味を結集したというべき物語。
 そして、波瀾万丈の活劇に留まらず、その中で登場人物たちの情を細やかに描き出してみせるのは、さすがは、と言うべきでしょう。

(その他おすすめ)
『神州天馬侠』(吉川英治) Amazon
『江戸城心中』(吉川英治) Amazon


3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)【怪奇・妖怪】【江戸】【幕末・明治】 Amazon
 捕物帳第一号たる『半七捕物帳』の作者である岡本綺堂は、同時に稀代の怪談の名手でもあります。本作はその綺堂怪談の代表作――ある雪の夜に好事家たちが集まっての怪談会というスタイルで語られる、十二の怪談が収められた怪談集なのです。

 利根の河岸に立つ座頭の復讐、夜ごと目を光らせる猿の面、男を狂わせる吸血の美少女……「第○の男(女)は語る」という形で語り起こされる怪談の数々は、舞台も時代も内容もそれぞれ全く異なりつつも、どれも興趣に富んだ名品揃い。
 背後の因縁全てを語らず、怪異という現象そのものを取り出して並べてみせるその語り口は、全く古びることのないものとして、今なおこちらの心を捕らえ、震わせるのです。

(その他おすすめ)
『三浦老人昔話』(岡本綺堂) Amazon
『影を踏まれた女』(岡本綺堂) Amazon


4.『丹下左膳』(林不忘)【剣豪】【江戸】 Amazon
 隻眼隻腕の怪剣士、丹下左膳。元々は「新版大岡政談」(現『丹下左膳 乾雲坤竜の巻』)に敵役として登場した彼は、しかしそのキャラクターが大受けして続編ではヒーローとなった変わり種であります。

 ここでオススメするのは、その続編たる『こけ猿の巻』『日光の巻』。その特異な風貌はそのままに、より人間臭い存在となった左膳は、莫大な財宝の在処を秘めたこけ猿の壷争奪戦や柳生家の御家騒動という物語を、カラリと明るい陽性のものに変えてしまうパワーを持っています。
 何よりもスラップスティック・コメディ調の味付けが、到底戦前の作品とは思えぬモダンな空気を漂わせていて、これはもう他の作者・他の作品では味わえぬ妙味なのです。


5.『砂絵呪縛』(土師清二) Amazon
 第六代将軍擁立を巡り、柳沢吉保の配下・柳影組と、水戸光圀を後ろ盾とする間部詮房の組織する天目党の暗闘を描く本作は、典型的な時代活劇のようでいて、ある一点でもってそこから大きく踏み出してみせた作品であります。

 その一点とは、この二つの勢力の争いに割って入る浪人・森尾重四郎の存在。
 時代小説には決して珍しくはないニヒルな人斬り剣士である彼は、しかし、そのニヒルである理由……行動原理や主義主張というものが全く見えない(それでいて決して木偶人形でもない)、極めてユニークな存在なのです。

 オールドファッションな物語を描きつつ、真に虚無的な存在を織り交ぜることで、今なお「新しい」作品であります。



今回紹介した本
神州纐纈城 (大衆文学館)鳴門秘帖(一) (吉川英治歴史時代文庫)青蛙堂鬼談 - 岡本綺堂読物集二 (中公文庫)丹下左膳(一)(新潮文庫)砂絵呪縛(上) 文庫コレクション (大衆文学館)


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2017.01.08

『怪談おくのほそ道 現代語訳『芭蕉翁行脚怪談袋』 イメージとしての、アイコンとしての「芭蕉」

 「俳聖」として後世に名を残し、「おくのほそ道」の旅によって、旅に生きた漂泊の人という印象が強い松尾芭蕉。その芭蕉と弟子たちが諸国で出会った不思議な出来事を描く奇談集を現代語訳したものに、詳細極まりない解説を付した、実にユニークな一冊であります。

 ……と申し上げれば、なるほど、芭蕉や弟子たちの随筆や日記から、怪談奇談を抜き出して集めたものなのかな? と思われる方も多いと思いますが(かく言う私もその一人)、さにあらず。

 本作のベースとなった『芭蕉翁行脚怪談袋』は、江戸時代後期に成立したと考えられる書物ですが、内容はほぼ完全にフィクション。
 タイトルに「行脚」とあるように、芭蕉らが旅先で出会った出来事を中心とした内容ですが、史実では足を運んだのがせいぜいが京阪周辺までだった芭蕉が、中国地方から四国、九州まで足を運んでいるのですから、豪快といえば豪快であります。

 そんな『怪談袋』は、基本的に芭蕉その人と弟子たち、それぞれが主人公となるエピソードを交互に配置し(底本によってこの辺りは異動があるとのこと)、冒頭に彼らの句を掲げ、それにまつわる逸話を語っていくスタイルのエピソードがで、本書では全24話収録されています。

 上で述べたとおり、舞台となるのは実際には芭蕉が足を運んでいない地を含めて日本各地に渡ります。
 その土地土地で怪異や面倒事などに巻き込まれた芭蕉たちが、時に俳句の霊威や当意即妙の知恵でもってそれを切り抜け、あるいはその様を俳句として残すというスタイル自体は、なかなかユニークで楽しめるものではあります。

 が、その内容自体は、実はあまり大したことはない、というのが正直なところ。
 どこかで聞いたような内容であったり、そもそも怪談奇談としては物足りないものであったり、元々の記載の不備故か話が繋がらないものであったり――単純に怪談奇談集としてのみ読めばかなり苦しい内容であることは間違いありません。

 ……が、しかし本書は、それでも実に面白い一冊なのです。


 先に述べたとおり内容的にはほぼ完全にフィクションであり、「説話」というべきものであるこの『怪談袋』。
 それであれば、わざわざ芭蕉や弟子たちが主人公でなくとも……と思いたくもなりますが、しかし、その説話の主人公が芭蕉たちでなければならなかったという、その点にこそ注目することで、『怪談袋』は、本書は俄然興味深いものとなるのです。

 冒頭に述べたとおり、おくのほそ道の旅によって、そして辞世の「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」の句によって、「旅」の印象が強い芭蕉。
 そしてそのおくのほそ道では僧形で旅をした芭蕉は、世俗から離れ、漂泊の旅の中で数々の歌を残していった西行らのイメージ上の後継者とも言うべき存在として受け止められている……そう本書の編著者である伊藤龍平は語ります。

 すなわち、史実か否かに関わらず、江戸時代において旅をして歌を読み(その句も、必ずしも芭蕉や弟子たちのものではなく、別人の句であったりするのですが)、怪異に対するのは、芭蕉でなければならなかった。彼だからこそ、そのような出来事に出会い、そして解決することができた――

 そんな「俳諧説話」の主人公として、一種の文化的なアイコンとして芭蕉が存在していた……それを、芭蕉イメージの一種の集大成である『怪談袋』を通じて、本書は教えてくれるのです。


 本書のタイトルに使われている「おくのほそ道」。そこで描かれる芭蕉と曽良の旅自体は言うまでもなく史実ですが、しかし「おくのほそ道」に記された内容自体は、必ずしも史実に即したものではないこともまた、知られているところです。
 そこには芭蕉自身の手によって、史実のイメージ化、説話化が行われているのであり、そこに『怪談袋』の源泉があると言うこともできるでしょう。

 実は『怪談袋』には東北のエピソードはほとんど収録されていないのですが、にもかかわらず本書が「おくのほそ道」を冠しているのは、この点を鑑みればむしろ適切と言えるでしょう。
 このタイトルにも見られるように、編著者が『怪談袋』を読み解く態度、語る内容は実に当を得たものであり、各話の解説及び解題を含めて一つの作品であると言っても良い一冊であります。


『怪談おくのほそ道 現代語訳『芭蕉翁行脚怪談袋』』(伊藤龍平 訳・解説 国書刊行会) Amazon
怪談おくのほそ道  現代語訳『芭蕉翁行脚怪談袋』

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2016.12.29

朝日曼耀『戦国新撰組』第1巻 歴史は奴らになにをさせようとしているのか

 今年も色々な作品を紹介してきましたが、その締めくくりが本作。あの幕末の武闘派集団・新撰組が、こともあろうに戦国時代にタイムスリップ、桶狭間の戦に乱入することになるという物語であります。

 池田屋事件で一躍その名を挙げた新撰組。数々の剣士たちを抱え、剣を取っての戦闘力でいえば幕末屈指とも言うべき彼らですが――しかし屯所にいたはずの彼らが突如飛ばされてしまったのは、何時とも知れぬ時、何処とも知れぬ戦場。
 そこで怪物のような戦闘力と体力を持つ野武士一人に隊士たちが蹴散らされ、残された土方、島田と「あと一人」も、更に怪物めいた男・蜂須賀小六と、彼と行動を共にする切れ者めいた男・木下藤吉郎に捕らえられて――

 という第1話の展開については連載開始時にも紹介しましたが、この単行本第1巻に収録されているその後の展開は、さらにとんでもない事態の連続であります。

 実は時は永禄3年、所は尾張――彼ら新撰組が飛ばされたのは、実に桶狭間の戦直前。そんなところに紛れ込んでしまった土方たちは、今川の間者と勘違いされ、捕らえられてしまったのでした。
 一方、別にこの時代に現れたらしい近藤・山南・斎藤・山崎らの面々は、土方たちを奪還すべく中島砦の織田信長率いる軍を奇襲することに……!

 中島砦といえば、信長が桶狭間に今川義元を奇襲する際に出陣した砦。その信長を逆に奇襲してしまったのですから痛快といえば痛快ですが、しかし冒頭で描かれたように、戦に明け暮れたこの時代の武士は、幕末の武士とはひと味もふた味も違う猛者揃い、そんな中で新撰組サイドは苦戦を強いられることなります。

 しかしその中で、半ば死んだふりをして独自の行動をする男が一人。
 それこそが先に触れた「あと一人」、本作の主人公である三浦啓之助……かの佐久間象山の遺児にして、暗殺された父の仇討ちのために新撰組に入隊した、そして超やる気のない現代っ子(?)気質の若者であります。

 新撰組ファンの間では悪名高いこの男が何をやらかすのか、藤吉郎ならずとも「何してくれてんだ!」と叫びたくなるようなこの第1巻のラストの展開は必見であります。


 ……というわけで、戦国+新撰組というキャッチーなタイトルどおりの内容でガンガン突き進む本作ですが、しかし原作者・富沢義彦の名を見れば、単純に面白半分に歴史をかき回す物語になるとも思えません。
 現在、黒人ボクサーが戦国時代にタイムスリップ、晩年の信長に仕えるという『クロボーズ』を連載中の原作者。この作品も、そしてこれまでの作品も、一見無茶苦茶をやっているようでいて、しかし押さえるべき根っ子は押さえた上で、どこまで踏み出すか、どこまで壊すかを計算している作品揃いなのです。

 本作においては、例えば戦国武士と幕末武士の戦力差であり、あるいは戦国史の知識をほとんど持たない土方であったり……それがどこまで史実どおりであるかは(たぶん誰にも)わかりませんが、しかし「成る程「らしい」わい」と思わせる仕掛けの数々が、荒唐無稽なシチュエーションを支えていることは間違いありません。

 そしてその中でさらに本作ならではの一ひねりを加えてみせたのが、主人公たる啓之助の存在であります。
 これ以上ない大義名分を持って入隊したものの、隊士として、いや武士として「らしからぬ」言動が多く、後世に悪名を残した彼を、本作はその部分を押さえつつ、どこか鬱屈した、そして父譲りと言うべきか、怜悧な知性・知識を持った青年として描き出すのです。

 いわば新撰組とも、もちろん戦国武士たちとも異なる視点を持つ啓之助。その彼が何を思い、何を為すか……その一端は上記に述べたとおり早くも描かれたことになりますが、本作の主人公であるだけでなく、トリックスター的存在としての活躍が期待できそうであります。


 「戦国+○○○」といえば、真っ先に思い浮かぶ元祖の(そして今に至るまでアップデートされ続けている)作品といえば、もちろん半村良の『戦国自衛隊』。
 あの作品においては、主人公たる自衛隊員たちは、ある人物の代役として歴史のうねりに巻き込まれることになりましたが、さて本作においてはどうなるのか。

 歴史は奴らになにをさせようとしているのか――根っ子を守りつつも、行き着くところまで行って欲しい作品であります。
(うっかり忘れかけていましたが、よく見るととんでもない格好をしている今川義元の運命にも期待)


『戦国新撰組』第1巻(朝日曼耀&富沢義彦 小学館サンデーGXコミックス) Amazon
戦国新撰組 1 (サンデーGXコミックス)


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 最近の時代漫画 『悲恋の太刀』『戦国新撰組』『変身忍者嵐Χ』『ゆやばな』

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2016.12.25

真田丸ロスに送る時代小説5選+α

 このブログで取りあげることこそありませんでしたが、私も毎週楽しみにしていた大河ドラマ『真田丸』。先週ついに最終回を迎えてしまったため、真田丸ロス状態の方もいらっしゃるかと思いますが、そんな方のために時代小説・歴史小説のオススメ5選+αを紹介いたします。

 まず取りあげたいのは①『真紅の人 新説・真田戦記』(蒲原二郎)。
 大坂の陣で信繁の下に加わり、真田丸で戦った少年・佐助の目から見た大坂の陣を描いた作品であります。

 本作は物語・キャラクター自体の面白さもさることながら、特筆すべきは作中で描かれた道明寺の戦い(後藤又兵衛の最後)の新解釈が、ドラマの方でも同様の解釈が採用された点でしょう。
(ちなみに主人公、実はドラマでも人気だったあの武将の子であります)


 続いてはドラマでも明確には描かれなかった大坂の陣の「その後」を意外な切り口で描いた②『秀頼、西へ』(岡田秀文)。
 幸村が秀頼を連れて薩摩に逃れたという有名な伝説を題材に、秀頼とともに薩摩に向かう真田大助の逃避行を描く一種の歴史ミステリです。
 歴史小説と同時にミステリの方面でも評価の高い作者だけに、誰も信じられなくなる終盤のどんでん返しの連続はただ圧巻であります。

 なお、秀頼生存説については百数十年後を舞台にその真実を描いた『真田手毬唄』(米村圭伍)、また大坂の陣から数十年後の真田家(信之)と幕府の暗闘を描いた活劇『斬馬衆お止め記』(上田秀人)も面白い作品です。


 そしてドラマでも幸村とともに大活躍した後藤又兵衛の壮絶な戦いを描いたのが③『生きる故 「大坂の陣」異聞』(矢野隆)。
 生きるために大坂城に入った孤独な少年と又兵衛の交流から、死に花を咲かせるために戦いを繰り広げる最後の武人の姿が鮮烈に浮かび上がります。

 ちなみに本作、ドラマの方を意識していると明言されていますが、登場する幸村は、なるほどドラマのキャラクターのネガ像ともいうべき存在でなかなか強烈です。

 また、同じく五人衆を描いた作品としては、毛利勝永を主人公とした数少ない作品である『真田を云て、毛利を云わず 大坂将星伝』(仁木英之)も必読です。


 残る2作品は、せめてフィクションの世界では真田の痛快な活躍を読みたい、というところで伝奇性の強い作品を。

 まず④『柴錬立川文庫』(柴田錬三郎)は短編連作形式で九度山隠棲時代から大坂の陣に至るまでの真田幸村と勇士たち、そして周囲の英傑たちの姿を一人一話で描いてみせた名作。
 有名な史実・巷説を題材にしつつ、それを大胆に脚色して描き、短編ながらそれぞれ長編並みの密度を持つ作品であります。

 ちなみに同じ作者の『赤い影法師』は、その十数年後の寛永御前試合を舞台にした忍者ものですが、「実は生きていた」幸村と佐助が登場、またこれがえらく格好良いのでおすすめ。

 最後にドラマ(というかプロモーション)の方ではダメな感じながら、最終回で奇跡の出演を遂げた十勇士を描いた作品を。
 フィクションでは異能のヒーローとして描かれる彼らが大暴れするのが⑤『黄金の犬 真田十勇士』(犬飼六岐)であります。

 これまでも様々な作品で描かれてきた十勇士ですが、本作の彼らは忠誠心はどこへやら、戦国を自由気ままに放浪する一人一芸の豪傑たちという設定。
 とんでもない報酬と引き替えに大坂方(幸村)に手を貸す彼らの姿には、反骨のヒーローとしての真田(十勇士)像の最新アップデート版と言うべきものとして感じられます。


 おまけ。面白いけど真田丸ファンが読んだら卒倒しそうな作品の双璧は『徳川家康(トクチョンカガン)』(荒山徹)と『わが恋せし淀君』(南條範夫)でしょう。

 影武者家康が引き起こす大波乱を描く前者に登場する幸村は歴史に名を残すことに凝り固まった一種のサイコパス。大坂の陣の頃にタイムスリップしてしまった現代人を主人公とした後者に登場する淀君はほとんどサークルクラッシャー……
 と、ドラマをはじめ従来の人物像を粉砕する描写にひっくり返ること必至であります(が、もしかして……とも思わされたりもあったりして)


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