2017.12.31

このブログが選ぶ2017年ベストランキング(単行本編)

 自分一人でやってます2017年のベストランキング、今日は単行本編。2016年10月から2017年9月末までに刊行された作品の中から、6作品を挙げます。単行本はベスト3までは一発で決まったもののそれ以降が非常に難しいチョイス――正直に申し上げて、4位以降はほぼ同率と思っていただいて構いません。

1位『駒姫 三条河原異聞』(武内涼 新潮社)
2位『敵の名は、宮本武蔵』(木下昌輝 KADOKAWA)
3位『天の女王』(鳴神響一 エイチアンドアイ)
4位『決戦! 新選組』(葉室麟・門井慶喜・小松エメル・土橋章宏・天野純希・木下昌輝 講談社)
5位『さなとりょう』(谷治宇 太田出版)
6位『大東亜忍法帖』(荒山徹 アドレナライズ)

 今年ダントツで1位は、デビュー以来ほぼ一貫して伝奇アクションを描いてきた作者が、それを一切封印して描いた新境地。あの安土桃山時代最大の悲劇である三条河原の処刑を題材としつつも、決して悲しみだけに終わることなく、権力者の横暴に屈しない人々の姿を描く、力強い希望を感じさせる作品です。
 作者は一方で最強のバトルヒロインが川中島を突っ走る快作『暗殺者、野風』(KADOKAWA)を発表、ある意味対になる作品として、こちらもぜひご覧いただきたいところです。

 2位は、時代小説としてある意味最もメジャーな題材の一つである宮本武蔵を、彼に倒された敵の視点から描くことで新たに甦らせた連作。その構成の意外性もさることながら、物語が進むにつれて明らかになっていく「武蔵」誕生の秘密とその背後に潜むある人物の想いは圧巻であります。
 ある意味、作者のデビュー作『宇喜多の捨て嫁』とは表裏一体の作品――人間の悪意と人間性、そして希望を描いた名品です。

 デビュー以来一作一作工夫を凝らしてきた作者が、ホームグラウンドと言うべきスペインを舞台に描く3位は、今この時代に読むべき快作。
 支倉使節団の中にヨーロッパに残った者がいたという史実をベースに、無頼の生活を送る二人の日本人武士を主人公とした物語ですが――信仰心や忠誠心を失いながらも、人間として決して失ってはならないもの、芸術や愛や理想といった人間の内心の自由のために立ち上がる姿には、大きな勇気を与えられるのです。

 4位は悩んだ末にアンソロジーを。今年も幾多の作品を送り出した『決戦!』シリーズが戦国時代の合戦を題材とするのに対し、本書はもちろん幕末を舞台とした番外編とも言うべき一冊。
 合戦というある意味「点」ではなく、新選組の誕生から滅亡までという「線」を、隊士一人一人を主人公にすることで描いてみせた好企画でした。

 そして5位は、2017年の歴史・時代小説の特徴の一つである、数多くの新人作家の誕生を象徴する作品。千葉さなとおりょうのバディが、坂本竜馬の死の真相を探るという設定の時点で二重丸の物語は、粗さもあるものの、ラストに浮かび上がる濃厚なロマンチシズムがグッとくるのです。

 6位は不幸な事情から上巻のみで刊行がストップしていた作品が転生――いや転送(?)を遂げた作品。明治を舞台に『魔界転生』をやってみせるという、コロンブスの卵もここに極まれりな内容ですが、ここまできっちりと貫いてみせた(そしてラストで思わぬひねりをみせた)のはお見事。
 ただやっぱり、敵をここまで脳天気に描く必要はあったのかな――とは思います(あと、この世界での『武蔵野水滸伝』の扱いも)

 ちなみに6位は電子書籍オンリー、今後はこうしたスタイルの作品がさらに増えるのではないでしょうか。


 なお、次点は幽霊を感じるようになってしまった長屋の子供たちを主人公としたドタバタ怪談ミステリ『優しき悪霊 溝猫長屋 祠之怪』(輪渡颯介 講談社)。事件の犠牲者である幽霊の行動の理由が焦点となる、死者のホワイダニットというのは、この設定ならではというほかありません。

 そのほか小説以外では、『幕末武士の京都グルメ日記 「伊庭八郎征西日記」を読む』(山村竜也 幻冬舎新書)が出色。キャッチーなタイトルですが、あの「伊庭八郎征西日記」の現代語訳+解説という一冊です。


 ――というわけで今年も毎日更新を達成することができました。来年も毎日頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 良いお年を!


今回紹介した本
駒姫: 三条河原異聞敵の名は、宮本武蔵天の女王決戦!新選組さなとりょう大東亜忍法帖【完全版】


関連記事
 武内涼『駒姫 三条河原異聞』(その一) ヒーローが存在しない世界で
 木下昌輝『敵の名は、宮本武蔵』(その一) 敗者から見た異形の武蔵伝
 鳴神響一『天の女王』(その一) 欧州に駆けるサムライたち
 『決戦! 新選組』(その一)
 谷治宇『さなとりょう』 龍馬暗殺の向こうの「公」と「私」

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2017.12.30

このブログが選ぶ2017年ベストランキング(文庫書き下ろし編)

 今年は週刊朝日のランキングに参加させていただきましたが、やはり個人としてもやっておきたい……ということで、2017年のベストランキングであります。2016年10月から2017年9月末発刊の作品について、文庫書き下ろしと単行本それぞれについて、6作ずつ挙げていくところ、まずは文庫編であります。

 これは今年に限ったことではありませんが、普段大いに楽しませていただいているにもかかわらず、いざベストを、となるとなかなか悩ましいのが文庫書き下ろし時代小説。
 大いに悩んだ末に、今年のランキングはこのような形となりました。

1位『御広敷用人大奥記録』シリーズ(上田秀人 光文社文庫)
2位『義経号、北溟を疾る』(辻真先 徳間文庫)
3位『鉄の王 流星の小柄』(平谷美樹 徳間文庫)
4位『宿場鬼』シリーズ(菊地秀行 角川文庫)
5位『刑事と怪物 ヴィクトリア朝エンブリオ』(佐野しなの メディアワークス文庫)
6位『妖草師 無間如来』(武内涼 徳間文庫)

 第1位は、既に大御所の風格もある作者の、今年完結したシリーズを。水城聡四郎ものの第2シリーズである本作は、正直に申し上げて中盤は少々展開がスローダウンした感はあったものの、今年発売されたラスト2巻の盛り上がりは、さすがは、と言うべきものがありました。
 特に最終巻『覚悟の紅』の余韻の残るラストは強く印象に残ります。

 そして第2位は、非シリーズものではダントツに面白かった作品。明治の北海道を舞台に、天皇の行幸列車を巡る暗闘を描いた本作は、設定やストーリーはもちろんのこと、主人公の斎藤一をはじめとするキャラクターの魅力が強く印象に残りました。
 特にヒロインの一人である狼に育てられたアイヌの少女など、キャラクター部門のランキングがあればトップにしたいほど。さすがはリビングレジェンド・辻真先であります。

 第3位は、4社合同企画をはじめ、今年も個性的な作品を次々と送り出してきた作者の、最も伝奇性の強い作品。「鉄」をキーワードに、歴史に埋もれた者たちが繰り広げる活躍には胸躍らされました。物語の謎の多くは明らかになっていないこともあり、続編を期待しているところです。
 また第4位は、あの菊地秀行が文庫書き下ろし時代小説を!? と驚かされたものの、しかし蓋を開けてみれば作者の作品以外のなにものでもない佳品。霧深い宿場町に暮らす人々の姿と、記憶も名もない超人剣士の死闘が交錯する姿は、見事に作者流の、異形の人情時代小説として成立していると唸らされました。

 そして第5位はライト文芸、そして英国ものと変化球ですが、非常に完成度の高かった一作。
 狂気の医師の手術によって生み出された異能者「スナーク」を取り締まる熱血青年刑事と、斜に構えた中年スナークが怪事件に挑む連作ですが――生まれも育ちも全く異なる二人のやり取りも楽しいバディものであると同時に、スナークという設定と、舞台となるヴィクトリア朝ロンドンの闇を巧みに結びつけた物語内容は、時代伝奇ものとして大いに感心させられた次第です。

 第6位は悩みましたが、シリーズの復活編であるシリーズ第4弾。今年は歴史小説でも大活躍した作者ですが、ストレートな伝奇ものも相変わらず達者なのは、何とも嬉しいところ。お馴染みのキャラクターたちに加えて新たなレギュラーも登場し、この先の展開も大いに楽しみなところであります。


 その他、次点としては、『京の絵草紙屋満天堂 空蝉の夢』(三好昌子 宝島社文庫)と『半妖の子 妖怪の子預かります』(廣嶋玲子 創元推理文庫)を。
 前者は京を舞台に男女の情の機微と、名刀を巡る伝奇サスペンスが交錯するユニークな作品。後者は妖怪と人間の少年の交流を描くシリーズ第4弾として、手慣れたものを見せつつもその中に重いものを内包した作者らしい作品でした。


 単行本のベストについては、明日紹介させていただきます。


今回紹介した本
覚悟の紅: 御広敷用人 大奥記録(十二) (光文社時代小説文庫)義経号、北溟を疾る (徳間文庫)鉄の王: 流星の小柄 (徳間時代小説文庫)宿場鬼 (角川文庫)刑事と怪物―ヴィクトリア朝エンブリオ― (メディアワークス文庫)妖草師 無間如来 (徳間文庫)


関連記事
 上田秀人『御広敷用人大奥記録 12 覚悟の紅』 物語の結末を飾る二人の女性の姿
 辻真先『義経号、北溟を疾る』(その一) 藤田五郎と法印大五郎、北へ
 平谷美樹『鉄の王 流星の小柄』 星鉄伝説! 鉄を造る者とその歴史を巡る戦い
 菊地秀行『宿場鬼』 超伝奇抜きの「純粋な」時代小説が描くもの
 佐野しなの『刑事と怪物 ヴィクトリア朝エンブリオ』 異能が抉る残酷な現実と青年の選択
 武内涼『妖草師 無間如来』 帰ってきた妖草師と彼の原点と

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2017.12.21

梶川卓郎『信長のシェフ』第20巻 ケン、「安心」できない歴史の世界へ!?

 ついに20巻という大台に突入した『信長のシェフ』の最新巻であります。本願寺包囲戦が続く中、二人の現代人との別れを経験したケン。この時代で夏とともに生きていく覚悟を決めたケンですが、しかしある事実が、彼の心を揺るがせることに……

 最後の実戦とも言うべき本願寺包囲戦において、松永久秀と果心居士――実は現代人の松田の罠を乗り越えた信長。その最中に傷を負ったのがきっかけで記憶の一部を取り戻したケンは、松田、そしてようことそれぞれ別れを告げることになります。

 そして改めて夏と生きることを誓うケンですが――しかしここで判明したのは、本来であればここで傷を負っていたはずの信長が、無傷で戦いを終えたこと。
 自分が信長に代わって傷を受けたことで歴史が変わってしまったのではないか――その疑惑が、ケンを苦しめるのであります。

 しかし、ケンはこれまでも歴史を――親しい人の死を回避するなど――変えようとしながら果たせなかったはず。それがなぜ今回だけは……? と、ここで示される謎の答え(かもしれないもの)が実に興味深いのであります。


 実のところ、作中でケンが語るように、歴史が変わらないことがある種の「安心感」に繋がっていた本作。
 歴史が変わらない、変えられないのであれば、少なくとも信長は本能寺まで生き延びるのであり、そしてケンもまたその傍らで活躍するのであろうと、既定路線として、それこそ安心して読んでいられたのですが――その根幹をここにきて揺るがせてみせるというのは、実に心憎い展開であります。

 歴史が変えられるかもしれないというのは、あるいは、本能寺に消えるはずの信長の運命を変えることができるかもしれない。それは、信長という人物の向かう先を見届けたいという想いを抱えてきたケンにとっては、強い魅力でしょう。
 しかしそれは同時に諸刃の剣。彼の存在が、あるべき歴史を歪めてしまうのかもしれないのですから……

 何はともあれ、いずれ歴史の分岐点が来る(かもしれない)というのは、良い意味で安心できない展開、先が読めない展開になってきたと言うべきで、大いに歓迎すべき展開でしょう(もっとも、本当に歴史が変わってしまったらそれはそれで不満なのですが……)。


 しかし今はまだその時ではありません。本願寺との合戦はいまだ終わることなく、そして新たな信長包囲網が誕生しつつあるのですから。
 そしてこの巻では、その包囲網の最右翼とも言うべき上杉謙信が本格登場。一般には世俗の欲は薄く、ただ義のために戦うと描かれることの多かった謙信を、一風変わった角度から描くのがなかなか興味深いのですが――それ以上に、ここで物語が思わぬ方向に舵を切るのが実に面白い。

 信長と謙信という、接点があるようでない、ないようである二人の関係をどのように描くのか。もちろんそこで一役買うのがケンであることは間違いありませんが、しかしこの巻のラストで信長が出した指示はあまりにも予想外すぎて、これはこれで早くも先の読めない展開なのです。


 と、歴史ものとして静かに、しかし大きなうねりを見せ始めたこの巻なのですが――しかし少々残念なのは、お楽しみのケンの料理、いやケンの料理による難局突破というシチュエーションが、ほとんどなかったことであります。
 この辺り、物語自体が嵐の前の静けさ的展開であったことともちろん密接に関わるのだと思いますが……

 この巻でほとんど唯一、ケンの「料理」が活躍する信忠のエピソードが、実に微笑ましくも美しく、かつひねりの効いた内容であるだけに(個人的にはこれまでの中でも屈指の内容かと感じました)、この点は少々残念には感じられたところであります。

 もちろん、先に述べたように、この先は予想のつかない波乱含みの展開になるのは間違いない本作。すなわち、そこでケンの料理が活躍することになることは間違いありません。
 毛利相手にもある種のフラグを立てることとなったケンの明日はどちらか――次の巻が一層楽しみになるのであります。


『信長のシェフ』第20巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 20 (芳文社コミックス)


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 「信長のシェフ」第2巻 料理を通した信長伝!?
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 「信長のシェフ」第4巻 姉川の合戦を動かす料理
 「信長のシェフ」第5巻 未来人ケンにライバル登場!?
 「信長のシェフ」第6巻 一つの別れと一つの出会い
 「信長のシェフ」第7巻 料理が語る焼き討ちの真相
 「信長のシェフ」第8巻 転職、信玄のシェフ?
 「信長のシェフ」第9巻 三方ヶ原に出す料理は
 「信長のシェフ」第10巻 交渉という戦に臨む料理人
 『信長のシェフ』第11巻 ケン、料理で家族を引き裂く!?
 『信長のシェフ』第12巻 急展開、新たなる男の名は
 梶川卓郎『信長のシェフ』第13巻 突かれたケンの弱点!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第14巻 長篠への前哨戦
 梶川卓郎『信長のシェフ』第15巻 決戦、長篠の戦い!
 梶川卓郎『信長のシェフ』第16巻 後継披露 信忠のシェフ!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第17巻 天王寺の戦いに交錯する現代人たちの想い
 梶川卓郎『信長のシェフ』第18巻 歴史になかった危機に挑め!
 梶川卓郎『信長のシェフ』第19巻 二人の「未来人」との別れ、そして

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2017.12.20

「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その二)

 創刊15周年記念号の「コミック乱ツインズ」2018年1月号の紹介の後編であります。新連載あり名作の再録あり、バラエティに富んだ誌面であります。

『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)
 今号もう一つの新連載は、約1年前に読み切りで本誌に登場した原秀則のヒロインもの。前回登場時も達者であった筆致は今回も健在であります。

 主人公・桃香は腕利きの漢方医として吉原にも出入りするお侠な美女――ながらその裏の顔は将軍から裏の仕事を受ける隠密。これまでも様々なトラブルを陰で処理してきた、という設定であります。
 今回彼女が挑むのは、武家の嫡男が吉原の花魁・黄瀬川に入れあげた末にプレゼントしてしまった家宝の印籠を取り戻すというミッション。しかし黄瀬川は桃香の患者、しかも真剣に二人は惚れあっていて……

 という今回、「公儀隠密」と「将軍から裏の仕事を受ける隠密」の微妙な違いや、そもそも(おそらくは旗本が)自分の家の不祥事の後始末をそんな家の人間に託してしまってマズくはないのか、などと気になる点はありますが、喜怒哀楽表情豊かなキャラクターたちが飛び回るだけでも十分楽しい内容であります。
 一件落着かと思いきや、ラスト一コマで次回へ引いてみせるのも巧みなところでしょう。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 宇多田ヒカルもオススメの本作、今回の舞台は関ヶ原後の土佐。どこかで見たような少女が――と思いきや「戦国武将列伝」連載時の本作に登場した犬神娘・なつの再登場であります。
 その術で土佐を鬼から守ってきたものの、長宗我部元親によって一族を滅ぼされ、ただ一人残された犬神使いのなつ。今も一人戦い続けてきた彼女は、一領具足組の生き残りである青年・甚八と巡り合い、幸せを手に入れたのですが……

 浦戸一揆から続く、新領主である山内一豊に対する長宗我部の一領具足組の抵抗を背景とした今回。鬼切丸の少年の出番はごくわずかで、完全になつが主人公の回なのですが――彼女が幸せになればなるほど不安が高まるのが本作であります。
 今回は前編、後編で何が起こるのか――もうタイトルも含めた今回の内容全てがフラグとしか思えないのが胸に痛い。病みキャラっぽいビジュアルの山内一豊の妻の存在も含めて、次回が気になります。


『柳生忍群』(小島剛夕)
 前回小島剛夕の『孤狼の剣』が再録された「名作復活特別企画」、巻末に収録された第二回・第三回は、同じく小島剛夕が昭和44年という雑誌での活動初期に発表した『柳生忍群』から「使命」「宿命」を掲載。
 タイトルにあるように、柳生新陰流を徳川幕府安定のために諸大名を監視する、柳生十兵衛をトップとした忍者集団として描いた連作集であります。

 半年に一度の柳生忍群の会合を舞台に、復讐のために会合に潜入した者、武士として自分の任務に疑問を持った者らの姿を通じて、柳生忍群の非情極まりない姿を描く「使命」(シリーズ第1作?)。
 自分が柳生忍群の草であることを突然知らされた某藩の青年武士が、恋人との婚礼を間近に控えた中、柳生忍群から藩取り潰しのための密命を受けて悩み苦しむ「宿命」。

 どちらも、無情・無惨としかいいようのない地獄めいた武士の――いや隠密の世界を描いてズンと腹に堪える内容で、ある意味巻末にに相応しい、非常に重い読後感の二作品であります。
 ちなみに本作、記憶ではまだ単行本化されていなかったはずですが――これを期にどこかでまとめてもらえないものか、と強く思います。


 というわけで充実した内容だった今号(まことに失礼ながら、小島剛夕の作品が埋め草的に見えてしまうほどの……)。

 今号では2作品がスタートした新連載ですが、次号でも1作品スタート。しかしそれが、あの久正人の古代ヒーローファンタジーというのには、猛烈に驚かされました。 15周年を過ぎても変わらない、いやそれ以上の凄まじい攻めの姿勢には感服するほかありません。


『コミック乱ツインズ』2018年1月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年 01 月号 [雑誌]


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2017.12.19

「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その一)

 今年最後の、そしてカウント上は来年最初の「コミック乱ツインズ」誌は、創刊15周年記念号。創刊以来王道を征きつつも、同時に極めてユニークな作品を多数掲載してきた本誌らしい内容であります。今回も、印象に残った作品を一作ずつ紹介していきます。

『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 新連載第一弾は、流浪の用心棒たちが主人公の活劇もの。
 用心棒といえば三人――というわけかどうかは知りませんが、自分の死に場所を探す「終活」中の老剣士、仇を追って流浪の旅を続ける「仇討」中の剣士、そしてお人好しながら優れた忍びの技を操る青年と、それぞれ生まれも目的も年齢も異なる三人の浪人を主人公とした物語であります。

 連載第一回は、宿場町を牛耳る悪いヤクザと、昔気質のヤクザとの対立に三人が巻き込まれて――というお話で新味はないのですが(でっかいトンカチを持った雑魚がいるのはご愛嬌)、端正な絵柄で手慣れた調子で展開される物語は、さすがにベテランの味と言うべきでしょう。

 ……と、今回驚かされたのは、忍びの青年が「鬼輪番」と呼ばれることでしょう。作中の言葉を借りれば「天下六十余州をまわり幕府に抗おうとする大名たちの芽を摘む」のが任務の忍びたちですが――しかし、ここでこの名が出るとは!
 『優駿の門』の印象が強い作者ですが、デビュー作は小池一夫原作の『鬼輪番』。その名がここで登場するとは――と、大いに驚き、そしてニンマリさせられた次第です。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 吉原という底知れぬ相手を敵に回すことになったものの、同門の青年剣士・大宮玄馬を家士として味方につけた聡四郎。今回は早くもこのコンビが、ビジュアル的にも凄い感じの刺客・山形をはじめとする刺客団と激闘を繰り広げることになります。
 死闘の末に刺客たちを退けたものの、はじめて人を殺してしまった玄馬は、その衝撃から目からハイライトが消えることに……

 というわけで上田作品お馴染みの、はじめての人斬りに悩むキャラクターという展開ですが、体育会系の聡四郎はいまいち頼りにならず――というか、紅さんが話してあげてと言っているのに、竹刀でぶん殴ってどうするのか。この先が、江戸城内の不穏な展開以上に気になってしまうところであります。


『大戦のダキニ』(かたやままこと)
 特別読み切りとして掲載された本作は、なんと太平洋戦争を舞台とするミリタリーアクション。といっても、主人公は日本刀を片手に太腿丸出しで戦う戦闘美少女というのが、ある意味本誌らしいのかもしれません。
 作者のかたやままこと(片山誠)は、ここしばらくはミリタリーものを中心に活動していたのようですが、個人的には何と言っても會川昇原作の時代伝奇アクション『狼人同心』が――というのはさておき。

 物語は、江戸時代に流刑島であった孤島に上陸した日本軍を単身壊滅させた少女・ダキニが、唯一心を開いた老軍人・亀岡とともに、ニュージョージア島からの友軍撤退作戦に参加することに――という内容。
 銃弾をも躱す美少女が、日本刀で米軍をバッサバサというのは、今日日ウケる題材かもしれませんが、ダキニが異常なおじいちゃん子というのは、それが狙いの一つとは思いつつも、あまりにアンバランスで乗れなかったというのが正直なところであります。
(見間違いしたかと思うような無意味な特攻描写にも悪い意味で驚かされました)


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 日本の鉄道の広軌化を目指す中で、現場の技術者たちとの軋轢を深めることとなってしまった島。それでも現状を打開し、未来にも役立てるための新たな加熱装置を求め、島はドイツに渡ったものの……

 という今回、主人公が二年もの長きに渡り日本を、すなわち物語の表舞台を離れるということになってしまいましたが、後任が汚職役人で――という展開。
 これを期に雨宮たち現場の技術者も島の存在の大きさを再確認する――という意味はあるのですが、あまりに身も蓋もない汚職役人の告白にはひっくり返りました。

 そして未来に夢の超高速鉄道を開発することになる少年も色々と屈託を抱えているようで、こちらも気になるところであります。


 長くなりましたので、次回に続きます。


『コミック乱ツインズ』2018年1月号(リイド社) Amazon
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2017.12.17

紅玉いづき『大正箱娘 怪人カシオペイヤ』 怪人と箱娘の間にある「秘密」

 新米新聞記者と「開けぬ箱もなく、閉じれぬ箱もない」という謎の箱娘が、様々な事件に挑む大正ミステリの第2弾であります。今回のメインとなるのは、サブタイトルのとおり隠された悪事を暴き立てる怪人カシオペイヤの謎。その正体とは、そして箱娘との関わりとは……

 帝京新聞の新米記者・英田紺が、ある日先輩記者の紹介で訪れた神楽坂の謎めいた屋敷で出会った、箱娘と呼ばれる浮世離れした美少女・回向院うらら。
 謎めいたうららの知遇を得た紺は、「箱」絡みの事件に次々と巻き込まれ、そしてうららの助けを得て、事件を解決し、そこに秘められた真実を明らかにしていくことに……

 そんな設定を踏まえて展開する第2弾は、全3話構成の物語であります。
 万病に効くと評判の「箱薬」を求める異国の血を引く少年と出会った紺が、箱薬を巡る狂奔に巻き込まれる第1話。
 怪人カシオペイヤからの予告状が届いた伯爵邸に居合わせた紺が、そこで起きた猟奇殺人事件と、悍ましい真実に対峙する第2話。
 怪人カシオペイヤに狙われているという新薬の発表パーティーに潜入した紺の眼前で薬の開発者が怪死。怪人の犯行が疑われる中、ついにカシオペイヤの正体の一端が明かされる第3話。

 そしてこれらの物語の中心となるのが、冒頭で述べた怪人カシオペイヤの存在です。
 前作の第3話にも登場したこの怪人、予告状を送りつけて世を騒がす一種の劇場型犯罪者ですが、彼が奪うのは金銀財宝ではなく秘密――それも悪事の秘密。その目的も正体も、一切が謎に包まれた仮面の怪人なのです。

 そして世の新聞記者同様、紺もその動向と正体を追っているのですが、本作でに彼女はついにその謎の一端に迫ることになります。
 それは時村子爵の三男・燕也――前作の同じく第3話に登場し、ある事件を巡って紺と激しくぶつかり合った青年。傲岸不遜で、その力を他人に振るうことを躊躇わない彼が、再び、いや三度、カシオペイヤの影のあるところに現れるのであります。

 果たして彼がカシオペイヤなのか? 紺は彼に翻弄されながらも、謎に近づいていくのですが――その最中に彼女は、横暴な燕也の隠された側面を知ることになるのです。


 と、前作が「市井の怪事件」を中心としていたのに対して、より大仕掛けな――後述のある描写によってその印象はさらに強まるのですが――連続物語となった感のある本作。
 キャラクターの方も、前作では厭な奴という印象の強かった燕也が様々な形で活躍したり、うららは一歩下がった出番となったり(もっともそれが彼女らしいのですが)物語の印象は前作から少しく変わったようにも感じられます。

 しかし、本作で描かれるのが、「箱」に秘められたものであることは、前作から変わるところではありません。それが前作の「女」から、「出自」に変わったとしても。
 そう、本作の物語の背景には「出自」にまつわる様々な人の想いがあります。生まれつき変えられぬ肉体的特徴、生まれつき変わらぬ身分――そんな持って生まれてしまったものを厭い、離れ、変えたいと願う人の想いが、物語を動かしていくのです。

 そしてしばしば秘め隠されるその想いは、「秘密」として怪人カシオペイヤの標的となるものであります。そして、「箱」を開く箱娘と「秘密」を暴く怪人カシオペイヤ――紺を挟んで、その両者がある種合わせ鏡のように存在しているのは、何とも興味深いことではありませんか。
 しかしもちろん、両者の目指すところは大きく異なると感じられます。本作で語られたカシオペイヤのそれは、ある種極めて現世的なものであり、浮き世離れした箱娘とは対極のものなのですから。

 しかしそれではその「世界」とは何なのか? 実はこの点において本作は、とんでもない「秘密」の存在をほのめかすことになります。そんなものがあるとは全く予想もしていなかったようなものを……
(それが、近現代を舞台とした作品にはよくある措置によるものだと思っていたものに絡めて語られるとは!)


 カシオペイヤがその「出自」にまつわる「秘密」を暴く側にあるとすれば、それと対する側と縁浅からぬように見える箱娘とは何者なのか――ここに来て一気にその姿を変貌させてきたようにも感じさせられる本作。

 そしてその物語の中で、紺はいかなる位置を占めることになるのか――それが彼女と彼女の「箱」に如何なる意味を持つのか。先が全く見えないだけに、大いに気になる物語となってきました。


『大正箱娘 怪人カシオペイヤ』(紅玉いづき 講談社タイガ) Amazon
大正箱娘 怪人カシオペイヤ (講談社タイガ)


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2017.12.14

北方謙三『岳飛伝 十二 瓢風の章』 海上と南方の激闘、そして去りゆく男

 いよいよ物語が大きく動き出した感のある『岳飛伝』。呼延凌と兀朮の決戦が決着がつかぬまま終わった後も海上で、南方で戦いは続き、そして長きに渡り戦い続けてきた男が、また一人静かに退場していくことに……

 梁山泊打倒のために総力を結集した兀朮をやはり総力で迎え撃った呼延凌。その戦いは両軍に多大な犠牲を払いつつも痛み分けで終結し、梁山泊は金、南宋という大敵からの攻撃をひとまず凌ぎきったのでした。
 しかしもちろん、それはあくまでも新たな戦いの始まりにすぎません。海上では、張朔に敗れて左遷された韓世忠が梁山泊の交易船を次々と襲い、南方では、ついに北上の意思を固めた岳飛と秦容が戦いの準備を進め――一触即発の状況はそこかしこに存在しているのであります。

 そしてここで動いたのが、梁山泊の長老格の一人・李俊。これまで己の死に場所を求めてきた彼は、水軍を動かして韓世忠討伐に向かったのであります。
 韓世忠が潜む孤島に目星をつけ、韓世忠の周到な策を躱して迫る李俊。追い詰める李俊と追い詰められた韓世忠、両者の運命が交錯したとき……

 というわけで、今回まず退場することとなったのは韓世忠。梁山泊の前に幾度となく立ち塞がりつつも、特に『岳飛伝』に入ってからは梁山泊の男たちと変わらぬウェイトで描かれてきた彼の生も、ついに結末を迎えることとなります。
 肉親に対する屈折した情と女性に対する不信感を抱き、優れた才を持ちつつも負けぬための戦いしかできず、最後はみじめと言ってもよいような最期を遂げた韓世忠――なかなか共感を抱くのが難しい人物ではあります。

 しかし、彼がなぜそのような結末を迎えることとなったのか――同じ男として、個人的には大いに考えさせられたところであります。
(彼の女性に対する態度には全く共感できなかった一方で、「本気なのに本気になっていないつもり」の生き方は身につまされるものがあったので……)

 それは作中でも触れられていたように、彼が周囲の人間との正常な関係を築けなかった、周囲の人間と向き合えなかったということなのでしょう。そしてそれは、梁山泊や岳家軍に集った者たちとは対局にある生き方であったと言うべきでしょうか。


 一方、南方での戦いは、五万の大軍を擁する辛晃に対して、秦容と岳飛の同盟軍がついに動き出すことになります。
 南方制圧軍を率いて駐留する辛晃は、岳飛の悲願である国土奪還のためのいわば第一関門。北征のためにはここで立ち止まっているわけにはいかないのですが――しかし辛晃もさるもの、堅牢な城塞と独自に編み出した森林戦略で二人を苦しめるのであります。

 この辺りの戦いは、本当に久々に感じる攻城戦あり、秦容側の思わぬ危機あり(それを救ったのが、いわば南方に来てからの彼らの積み重ねにあったというのが熱い)となかなか盛り上がるのですが、正直に申し上げて岳飛の道のりはまだまだ険しい――という印象。
 二人ともほとんどゼロからのスタート、将軍クラスがほとんど自身のみという状況ではありますが、この調子では南宋に、金に辿り着く頃には皆退場して誰もいなくなっているのでは――と少々不安にもなります。

 死にゆく孫範を前にして素直になれなかったり、姚平と脱走兵ネタでじゃれあう姿などキャラクター的には本当に好感しかない岳飛。その未完の大器が今度こそ立ち上がることを期待したいと思います。


 そして退場といえば、感慨深いのはこの巻で描かれる梁山泊長老(という印象が全くなかった人物なのですが……)の一人の退場。
 本作においては既に一歩引いた立ち位置にあったキャラクターですが、しかしここで描かれたその最期は、それが結果だけ見れば必然ではなかったもと感じられるだけに、かえって彼の強い想いを感じさせます。

 思えば本作は、場所としての「梁山泊」を離れて若い力が立ち上がる様を描く物語であると同時に、「梁山泊」を造った老いた者たちが退場していく姿を描く物語でもあります。
 その中で彼は、自分の望んだ時に、自分の望んだ人と対面して去ったという点で、恵まれたものであったのかもしれません。


 梁山泊・南宋・金で若い力と老いた力が幾重にも絡み合う中、物語はどこに落着するのか。
 胡土児がついに自分の出自の一端を知ることとなった(そのくだりがまた実に「巧い」としか言いようがない)ことが、この物語で如何なる意味を持つのかも含め、まだまだ結末が見えない物語であります。


『岳飛伝 十二 瓢風の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 12 瓢風の章 (集英社文庫)


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2017.12.06

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第9巻 吉原に舞う鬼と神!(と三人組)

 今年は一躍、週刊少年ジャンプの連載漫画の中でもダークホースからゴボウ抜きして本命に躍り出た感のある『鬼滅の刃』。その今年最後の単行本、第9巻が刊行されました。今回の舞台となるのは色町・吉原――表紙を独占した音柱・宇髄天元を中心に、新たなる死闘が始まることになります。

 夢を自在に操り、鉄道と一体化する下限の壱・魘夢、真っ正面から相手を叩き潰す恐るべき戦闘力の持ち主である上弦の参・猗窩座との死闘の果てに、「柱」の一人である炎柱・煉獄杏寿郎を眼前で失った炭治郎・善逸・伊之助。
 一時は悲しみに沈みながらも、杏寿郎の遺志を受け止めた三人組は、鬼との戦いを続けていたのですが――そんな中、蝶屋敷に現れ、女性隊員たちを強引に連れだそうとしていた天元と、三人組は対峙して……

 と、女性隊員の代わりに天元の下で任務に就くことになった三人組。その向かう先は吉原――というわけで、何となくこの先の展開に予想がついたと思えばその通りで、三人組は女装させられて吉原に潜入することになります。
 実は鬼の存在を察知した天元により送り込まれた彼の三人の嫁(ここで当然のように善逸が嫉妬を大爆発させるのが非常に可笑しい)が消息を絶ったことから、彼は三人を追って吉原に向かおうとしていたのであります。

 ちなみに吉原遊郭といえばやはり江戸時代の印象が強いのですが、遊郭がなくなったのは終戦後しばらく経ってからなので、この時代に遊郭があることはおかしくはありません。
(ちなみに花魁道中も、明治時代に一度途絶えたものが、大正初期に復活しているので作中に登場するのは問題なし)

 というわけでほとんど女衒のような言動の天元(しかし冷静に考えると、当初の予定どおり女性隊員たちが連れて行かれていたら、コレ大問題だったのでは)によってそれぞれ別の女郎屋に放り込まれた三人組。
 行方を断った人々を探す彼らは、やがて色町に潜む邪悪な存在に気付くことに……


 と、まさに「遊郭潜入大作戦」だったこの第9巻(の前半)ですが、ここで猛威を振るったのは、本作ならではの緩急の(緩緩の?)ついたギャグシーンの数々であります。。

 この吉原編の陰の主役とも言うべき天元ですが、派手メイクを落とせば超イケメンながら、しかし自らを「派手を司る神、祭りの神」と自称する怪人物。そんな天元と三人組の絡みが絶品で、感受性が豊かすぎる三人組のリアクションにいちいち同じレベルで返す姿が、とにかく可笑しい。
 特に、三人組がそれぞれ女郎屋に放り込まれながらも、それぞれの特技(?)を活かして活躍するシーンは抱腹絶倒であります。

 黙っていれば超美少女フェイスの伊之助、持ち前の音感で吉原一の花魁を目指す善逸、生真面目さと体力で甲斐甲斐しく働く炭治郎……
 一番まともなはずの炭治郎までもが変顔を披露するなど、潜入捜査とくれば緊迫感に満ちた展開のはずですが、相変わらず全く油断できない作品です。


 ……が、「緩」が大きければ大きいほど、「急」の部分がさらに大きくなるのが本作。闇深き街、吉原に潜むのは、花魁の姿を隠れ蓑にした上弦の陸・堕姫であります。
 吉原で密かに語り継がれてきた、何十年かごとに現れる、美しくも邪悪な花魁――その正体である彼女は、既に吉原中に魔手を及ぼしていたのです。

 そしてそれぞれの立場から、堕姫の脅威を知り、対峙することになる三人組と天元(この辺り、四人がバラバラに分かれて探索しているという状況を巧みに使って、緊迫感を高めるのがお見事!)。
 炭治郎が単身堕姫と遭遇、孤独な戦いを始める一方で、伊之助が、善逸がそれぞれの戦いを始め、そしてそこに――!


 という猛烈に盛り上がる展開で引きとなったこの第9巻。今まで以上に読み始めると止まらない巻でしたが、決して勢いだけでないうまさ、巧みさがあることを単行本で再確認させられました。

 実はこの紹介を書いている時点で、まだ決着していないこの戦い。その先の展開に想いを馳せつつ、もう何回か、読み返すことになるかと思います。


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2017.12.03

久保田香里『氷石』 疫病の嵐吹き荒れる中に道を照らす小さな奇蹟

 天平9年(737年)といえば、当時の権力者であった藤原四兄弟が全て急死したほどの天然痘大流行の真っ只中。その混沌に翻弄されながらも、やがて自分の生きるべき道を見出していく少年の姿を厳しくも美しく描く、良質の児童文学であります。

 死に至る疫病が大流行する都の市場で、病に効く護符と称して河原で拾った石を売る少年・千広。
 父は数年前に遣唐使船に乗って渡った唐に残り、その間に母を疫病で失った千広は、自分の身を案じる従兄弟の学生・八尋に背を向けたまま、日銭を稼いで生きていたのであります。

 そんなある日、彼の売る石が氷石(水晶)のようで美しいと語る貴族の下働きの少女・宿奈と出会い、惹かれるようになった千広。
 やがて、かつて父から学んだ書を頼りに、宿奈の協力を得て病除けの護符を売り出した千広の生活には、少しずつ張りが生まれていくのでした。

 しかしそれもつかの間、千広は疫神の魔の手により、最も親しかった人を失うこととなります。さらに市で幅を効かせるならず者に逆らった彼は、ひどく叩きのめされ、旧知の法師・伊真が働く施薬院に運び込まれるのですが……


 冒頭に述べたように、歴史に残るほどの天然痘の大流行が人々を苦しめた天平年間。富める者も貧しき者も平等に――いや、貧しき者はより一層苦しい生を強いられたこの時代に生きた、少年の絶望と再生を本作は瑞々しく描きます。

 たった一人、周囲から顔を背けるようにして生きてきた主人公・千広は、かつては温かい家庭に暮らし、学問好きの父の下で、やはり学問に興味を持ってきた少年。
 そんな彼の心は、しかし、父が自分と母を置いて唐に渡り、そして十数年後まで帰国しない道を選んだことから、深く傷つくことになります

 父が自分や母よりも学問を選んだと思い、そして遣唐使が唐から持ち込んだとも噂された疫病によって母を失ったことから、幾重にも父や周囲の人々への怨みを募らせていく千広。
 彼は生きるために、河原の石を磨いただけのものを護符と称してインチキ商売を始めるのですが――しかしそれは同時に、自分たちに目もくれなかった世間の人々を嘲り、大袈裟に言えば復讐するための哀しい行為にほかなりません。

 そしてそんな歪みは、ヒロインたる宿奈もまた抱えていることが本作では示されることになります。
 身寄りもなく、先輩格の下働きに虐待されながら、豊かに暮らす貴族の屋敷で朝から晩まで働き続ける宿奈。水汲みを命じられた彼女が、疫病で死んだ死体が沈んだ井戸から平然と水を汲んで屋敷に持ち帰るくだりは、何とも衝撃的であります。

 しかしそんな千広も宿奈も、変わることができる。大切に想える相手を、あるいは自分が懸命になれるものを見つけることができれば――世間と正面から向き合いより良い生を生きることができると、本作は静かに、力強く訴えかけるのです。

 もちろんそれは容易いことではありません。身近な人を失うかもしれない。心身に傷を負うかもしれない。親しい人と離ればなれになるかもしれない。
 それでも、それでも――この生には生きる意味が、価値があるのだと、千広と宿奈の姿が、二人が出会う小さな奇蹟が教えてくれるのです。


 そんな物語は、一歩間違えれば、悪い意味でお話めいていたり、お説教めいたものになりかねないかもしれません。
 しかし本作は、生と死が隣り合わせになった過酷な時代を舞台に、容赦ない物語を展開することで、物語にこれ以上ない現実感を与えることに成功していると言えるでしょう。

 あるいはこの時代にいたかもしれない少年少女の姿を描くことにより、いつの時代も変わらないあるべき生の姿を描く。
 良質の歴史物語であり、それだからこそ成し得た良質の児童文学であります。


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2017.12.02

菊地秀行『宿場鬼 妖剣乱舞』 超人剣士という鏡に映る人の情

 菊地秀行による新たな時代小説――古代からの技を受け継ぐ剣士たちの戦いと、とある宿場町に生きる人々の生きざまが交錯する『宿場鬼』待望の第2弾であります。過去と心を失い、宿場に現れた剣士・無名と今回関わる者は……

 深い霧が発生することを除けば、何の変哲もない中山道の宿場町・鬼利里宿。ある日、その霧の中から忽然と現れた美貌の青年は、しかし、全ての記憶と人間らしい感情を失いながらも、恐るべき剣技の持ち主でありました。

 彼を引き取ることとなった町の元用心棒・清玄と娘の小夜と触れ合ううちに、「無名」と名付けられた青年。少しずつ人間味を見せ始めるようになる無名ですが、しかし彼を狙って、宿場町には奇怪な剣技の遣い手たちが次々と現れることになります。

 そんな無名が、古代から伝わる伝説の武術・臥鬼を受け継ぐ者ではないかと睨む清玄。
 そんな中、また霧の中から現れたのは、無名のように人の情を持たぬ、しかし年端もいかぬ子供で……


 このような本シリーズの基本設定を見れば、作者お得意の超伝奇アクションと思われるかもしれません。そしてそれはもちろん、ある側面においては外れてはおりません。
 本作に登場する無名を襲う謎の遣い手たちが操るのは、己の気配を一切断って襲いかかる、あり得ざる角度からの一撃を放つ、光を失った眼で必殺のカウンターを放つ――いずれも常人ならざる秘剣なのですから。

 しかしそうした点がありながらもなお、本シリーズは、本作は、第一印象を覆す内容を持ちます。
 なんとなれば、そんな妖剣士たちの死闘を描くと同時に――いやその死闘を用いて描かれるものは、日常からほんの少し踏み出した人々の営みの中に浮かび上がる、人の情の姿なのですから。

 一日に二度も立て籠もり男の人質となった遊女、旅の途中に連れとはぐれた商家の令嬢、預かった子供に折檻を加える女郎屋の女主人……
 本作の陰の主人公たちと言うべきは、そんないわば市井の人々。彼女たちは、中にはこの世の表街道から外れた者もおりますが、しかしあくまでもこの世の則からは外れていない、普通の人々であります。

 本作は実に、無名を狂言回しに、彼の繰り広げる死闘を背景に、そんな普通の人々の物語を描き出すのです。

 食い合わせが悪いのではないか――などとは、名手を前に考えるも愚かでしょう。そもそも、作者がどれほど巧みに「人情」を描くかは、『インベーダー・サマー』や『魔界都市ブルース』、あるいは同じ時代ものでいえば『幽剣抄』を見れば一目瞭然なのですから。

 そんな名手の筆による、妖剣士たちという歪んだ鏡に映し出される人の世の営み――それは思わぬほど鋭く、そして美しくも儚い像を結びます。

 例えば本作のラスト、霧の中から現れた子供と、彼を預かった女郎屋の主に対する無名の行動。
 普通の人間であればいささか鼻につきかねないそれは、無名という、異常な存在が行うことによって、よりストレートに、強い感動をもたらすのです。

 人の情を持たぬ者を通してこそ描ける、人の情の姿として……


 しかしもちろん、そんな彼にも、少しずつ人間らしさ――というより人間臭さが生まれていることは、本作の随所に描かれることになります。
 今はまだ、物語のスパイスとも言うべきレベルに留まる(本作で描かれる、村の見回りに出かけた先での出来事が何ともほほえましい)それが、どのような形に成長していくのか……

 人情すなわち人の情ならぬ、超人の情がいかなる姿で描かれるのか、その点も含めてこの先が大いに気になる物語であります。


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宿場鬼 妖剣乱舞 (角川文庫)


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