2017.02.22

『コミック乱ツインズ』 2017年3月号(その一)

 乱ツインズの3月号は、新連載やゲスト作品はありませんが(強いて言えば『勘定吟味役異聞』と同時掲載の『そば屋幻庵』がゲスト?)、その掲載作品はむしろ充実の一言。印象に残った作品を挙げるだけで、相当な分量になってしまいました。

『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)
 水野忠邦を暗殺しようとした相手が、旧知の甲府勤番だった男・矢代田平内と知った蔵人介ですが、平内の仇と勘違いされ、ドテっ腹を刺されて……

 という前回を受けての後編、事件の黒幕があまりにも短慮で、いかにもな悪人なのは、まあこの作品らしいのかもしれませんが、平内を友と呼んで仇討ちに向かう蔵人介の姿はやはりグッとくるものがあります。
(しかし明らかにどうしようもない悪人とはいえ、形の上は蔵人介の独断に任せる上役もどうかと……)

 それにしても、刺されても軽傷だったからと、自分で傷を縫いながら毒味役を務める蔵人介にはこちらもビックリ。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 関西鉄道の命運を賭けた高性能機関車・早風を導入したものの、その扱いに苦慮する島安次郎が出会った機関士・雨宮。扱いの難しい早風を滑らかに発車させる雨宮の技の秘密を知ろうとする安次郎ですが……

 と、日本の鉄道技術者の元祖ともいうべき安次郎を主人公とした連載第2回。前回は人命よりも定刻を重視する雨宮の姿に、正直全くついていけなかったのですが、今回の機関車発車を巡る展開は、きっちりと理詰めの内容が面白く、素直に感心しました。
 おまけページの様々な機関車に関する蘊蓄も楽しく、なかなか面白い存在になりそうです。

 しかしラストの主人公の選択は、仕方はないとはいえどうなのかなあ……


『鬼切丸伝』(楠桂)
 連載再開となった今回の題材は信長と本能寺の変。信長についてはこれまで連載化第1回に比叡山焼き討ちを、そして最近、天正伊賀の乱を題材に描いてきましたが、今回は後者のB面にして続編とでも言うべき内容であります。

 かつて伊賀の百地三太夫により、死して鬼と化す秘術を掛けられた少女・蓮華。彼女は鬼切丸の少年と出会い、一時の安らぎを得たものの、その秘術を求める信長により非業の死を遂げることとなりました。

 そして今回描かれるのは、その三太夫がそれとほぼ同時期に仕掛けた呪い――信長に対して無私の忠誠心を抱く森蘭丸は、死してなお信長に仕えるために、三太夫の誘いに乗ったのであります。
 そして訪れた本能寺の変。深手を負い、信長の眼前で鬼と化した蘭丸と少年は対峙するのですが――

 人間が人間を殺し、人間のものを奪う……ある意味人間と鬼の境目が現代以上に薄かった、戦国時代を中心とした過去の時代を舞台とする本作。その中でも信長は、一際鬼に近い存在として描かれてきました。
 しかし今回のエピソードのラストで信長が見せた想い、それはまさしく人間ならではのものであり、人間を冷笑し、鬼を斬る少年をして愕然とさせるものでありました。

 ラストの少年の表情が強く心に残る本作、冒頭に述べたとおり充実の今号においても、個人的に最も印象に残った作品であります。


 長くなりますので続きます。


『コミック乱ツインズ』2017年3月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年3月号 [雑誌]


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2017.02.20

入門者向け時代伝奇小説百選 忍者もの(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は剣豪に並び伝奇ものの華である忍者を主人公とした作品の紹介。古今の名作のうち、5作品をまず紹介いたします。
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)

16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎) 【江戸】 Amazon
 忍者もの一番手は、忍者といえばこの方、という山田風太郎の忍法帖の第1作であります。

 家光か忠長か、徳川三代将軍を決するためのゲームの駒として選ばれた甲賀卍谷と伊賀鍔隠れ、各十名の死闘を描いた本作は、奇怪極まりない――それでいて医学的合理性を備えた――忍者たちのトーナメントバトルという、忍法帖の一つのスタイルを作った記念すべき作品。
 しかし本作が千載に名を残すのは、忍者たちの忍法合戦の面白さもさることながら、その非人間的な戦いの中で、権力者たちに翻弄される甲賀と伊賀の恋人たちの姿をも描き出した点でしょう。

 近年、『バジリスク』のタイトルで漫画化・アニメ化され、今なお愛されている不滅の名作であります。

(その他おすすめ)
『信玄忍法帖』(山田風太郎) Amazon
『忍者月影抄』(山田風太郎) Amazon


17.『赤い影法師』(柴田錬三郎) 【江戸】【剣豪】 Amazon
 柴錬が昭和30年代の忍者ブームに参戦した本作は、実に作者らしい、剣豪ものの側面も色濃く持つ作品であります。

 三代将軍家光の御前で行われたという寛永御前試合。この十番勝負に出場した二十人の武芸者たちの死闘が本作の縦糸ですが、横糸となるのは、その勝者を襲って拝領の太刀を奪う謎の忍者の存在であります。
 その正体は、伝説の忍者「影」の娘と、服部半蔵の間に生まれた若き天才忍者「若影」。ただ己の腕のみを頼みとし、強者との戦いの中にのみ己の存在を見出す彼の姿は、いかにも柴錬らしい独特の乾いた美意識に貫かれています。

 ちなみに本作には、大坂の陣を生き延び隠棲している真田幸村と猿飛佐助も登場。そのカッコ良さはファン必見です。

(その他おすすめ)
『猿飛佐助 真田十勇士』(柴田錬三郎) Amazon


18.『風神の門』(司馬遼太郎) 【戦国】 Amazon
 その活動初期に伝奇的な作品を発表していた司馬遼太郎。本作は忍者ブームに発表された、天才忍者・霧隠才蔵の活躍を描く長編です。

 徳川と豊臣の決戦が迫る中、どちらにつくでもなく飄々と暮らす才蔵。ある時、人違いから襲撃を受けた彼は、それがきっかけで東西の忍者たちの暗闘の世界に巻き込まれることになります。
 そんな中、才蔵はかつては宿敵であった猿飛佐助の主君・幸村と出会い、己の主と仰ぐのですが――

 才蔵を己の技を売って生きる自由闊達な男と設定し、痛快な活躍を描く本作ですが、そんな彼の自由は孤独と背中合わせ。自由であることの光と陰を背負った彼の姿は、同時に極めて現代的であり、だからこそ魅力的なのです。

(その他おすすめ)
『梟の城』(司馬遼太郎) Amazon


19.『真田十勇士』(全5巻)(笹沢左保) 【戦国】 Amazon
 大河ドラマの題材にもなり、今なお人気の真田幸村と、その配下・十勇士。そんな十勇士を描いた中でも決定版が本作です。

 智将・真田幸村一の臣である猿飛佐助が、幸村の股肱の臣たるべき勇士を求めて諸国を巡る発端から、十勇士集結、豊臣・徳川の開戦、そして凄絶な決戦からその結末に至るまでを描いた本作。
 設定自体は極めてオーソドックスではありますが、しかし十勇士たちをはじめとするキャラクターの個性、そして物語展開は、名手ならでは、というべきさすがの内容。何よりも、十勇士たち一人一人が背負った過去、あるいは彼らが出会う事件それぞれが、みな実に伝奇色濃厚で、さながら戦国意外史の感すらある作品です。


20.『妻は、くノ一』シリーズ(全10巻)(風野真知雄) 【江戸】 Amazon
 市川染五郎と瀧本美織主演でドラマ化もされた作者の代表作にして、一味も二味も違うユニークな忍者活劇であります。

 たった一月の新婚生活の後に姿を消した妻・織江を追って江戸にやってきた、ちょっと変わり者の平戸藩士・雙星彦馬。
 実は織江は藩を探る公儀のくノ一、任務で彦馬に近づいたのですが、そうと知らず彦馬は彼女を探す毎日。そして彦馬を愛してしまった織江も、やがて抜け忍となることを決意して――

 彦馬が出会う市井の事件の謎解きを縦糸に、織江が忍びとして繰り広げる苦闘を横糸に、濃厚な伝奇風味を隠し味とした本作。愛し合うカップルの苦難に満ちた冒険が、どこかユーモラスで、そして暖かい、作者ならではの筆致で描かれる名品です。

(その他おすすめ)
『消えた十手 若さま同心徳川竜之助』(風野真知雄) Amazon
『私が愛したサムライの娘』(鳴神響一) Amazon


今回紹介した本
甲賀忍法帖  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)赤い影法師 (新潮文庫)風神の門 (上) (新潮文庫)真田十勇士 巻の一 (光文社文庫)妻は、くノ一 (角川文庫)


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 「風神の門」上巻 自由人、才蔵がゆく
 「風神の門」下巻 自由児の孤独とそれを乗り越えるもの
 「妻は、くノ一」 純愛カップルの行方や如何に!?

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2017.02.15

北方謙三『岳飛伝 二 飛流の章』 去りゆく武人、変わりゆく梁山泊

 北方謙三の大水滸伝最終章の第2巻であります。楊令の死の衝撃が冷めやらぬ中、行くべき道を模索する梁山泊の人々。金と南宋の思惑が交錯する中、岳飛もまた迷いの中から少しずつ立ち上がっていきます。そして一人の偉大な人物がついに退場することに――

 楊令の死から半年後、梁山泊を襲った大洪水の水もようやく引き、その機能を取り戻しつつある梁山泊。しかし新頭領に選ばれた呉用の聚義庁は何ら命令を下すことなく、軍をはじめとする面々は、自らの、梁山泊の行動に迷いつつ、自分自身の判断で動き始めることになります。
 そして兀朮が南を、秦檜が北を窺い、それぞれに中国全土統一を狙う中、その間に立たされた岳飛は、力を蓄えつつも自分自身を見つめ直すことに――

 と、この巻の前半の展開は、第1巻からあまり大きな動きはないようにも見えます。が、ここで梁山泊にとって、そしてこの物語にとって、大きな事件が起きることとなります。
 それは王進の死……子午山に隠棲し、史進・鮑旭・馬麟・楊令・花飛麟・秦容・張平・ 王貴 ・蔡豹と、数多くの若者を導いてきた武人が最期を遂げることのであります。

 ある意味、原典とは最も大きく異なる人生を歩むこととなった北方大水滸伝の王進。
 作中最強レベルの実力を持ちながら梁山泊の同志となるわけではなく、しかし己の生に迷う梁山泊の若者たちを受け入れ、再生させる……そんな役割を彼は果たしてきました。

 個人的にはこうした人間再生工場とも言うべき王進の在り方には違和感を感じていたのですが(尤も、大水滸伝で初めて泣かされたのは鮑旭のくだりだったのですが……と、これは王母の功績かしら)、やはりその存在は、この大水滸伝の世界にはなくてはならないものであったことは間違いありません。
 そしてその最期もまた、この最強の武人に相応しい、身も蓋もない言い方をすれば無茶な挑戦でありつつも、しかし荘厳さを感じさせる見事なものであったと言うべきでしょう。

 しかし同時に王進の退場は、大水滸伝の世界が大きく変貌しつつあることの、一つの表れなのかもしれません。
 何しろ、この第2巻で描かれる、梁山泊の幹部クラスが一同に会して行われる大会議においては、梁山泊の在り方、その根底にある志――替天行道の在り方までもが、問い直されることとなるのですから。

 大水滸伝における「志」の存在については――これはたぶんに原典の野放図な梁山泊の印象が残っていたために――これも個人的には大いに引っかかっていたのですが、しかし物語と大前提として受け容れてきました。しかしその大前提すら、一種の疑いとすら言える眼差しを向けてくるとは……
 大水滸伝は、こちらの想像していた以上に柔軟な存在、物語世界自体が一人歩き始めるほどのものであったか……と、恥ずかしながら今頃感心させられた次第です。

 そしてその柔軟さは、梁山泊に生まれた第二世代において花開いていくこととなります。兀朮と秦檜が、それぞれの立場から中国統一という壮大な夢を見る中、彼ら若い世代は中国という枠を超えて、西へ東へ南へ……自由の大地を求めて歩み出すのですから。
 それが梁山泊の、国という存在の向かう先であるかはわかりませんが、枠から飛び出した若い世代というのはやはり気持ちの良いものであります。

 そしてもう一人気持ちの良い存在となってきたのが岳飛であります。

 これまで幾多の戦いに参加し、作中でも有数の実力者でありつつも、重要な戦いにはほとんど敗北し、辛くも命を繋いできた岳飛。
 身も蓋もない言い方をすれば「しぶとい敵役」という扱いに近かった彼も、自らの名を関する本作においては、武人としてだけではなく人間として、生き生きとした若者としての素顔を見せてくれることとなります。

 特に自分の義手を作ってくれた毛定や、何よりも娘の崔蘭とのやり取りは、純粋に物語として、登場人物同士の生き生きとしたやりとりとして実に楽しい。
 まだまだ岳家軍の総帥としての――歴史に名を残す英雄・岳飛としての先行きは不明なものの、一人の人間として、この先の彼の行動が楽しみになるというものです。


 さて、大きな変貌を遂げていく梁山泊ですが、しかし変わらないもの、変われないものもあります。それは楊令の死に対する復仇の想い――間接的にせよその引き金となった兀朮への復仇であります。

 本作の終盤では、兀朮率いる金軍が実に二十万の大軍を率いて梁山泊に襲来、迎え撃つは復仇の心に燃える八万の梁山泊軍。
 果たしてこの戦いの行方は……いきなりクライマックスであります。


『岳飛伝 二 飛流の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 二 飛流の章 (集英社文庫)


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 北方謙三『岳飛伝 一 三霊の章』 国を壊し、国を造り、そして国を……

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2017.02.07

入門者向け時代伝奇小説百選 剣豪もの

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は剣豪もの五作を紹介いたします。時代ものの華である剣豪たちを主人公に据えた作品たちであります。
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

11.『柳生非情剣』(隆慶一郎) Amazon
 様々な剣豪を輩出し、そしてそれ自体が徳川幕府を支えた隠密集団として描かれることが少なくない柳生一族。本作はそんな柳生像の定着に大きな役割を果たした作者による短編集であります。

 十兵衛、友矩、宗冬、連也斎……これまでも様々な作家の題材となってきた綺羅星の如き名剣士たちですが、隆慶作品においては敵役・悪役として描かれることの多い面々。そんな彼らを主人公とした短編を集めた本書は、剣と同時に権――すなわち政治に生きた特異な一族の姿を浮かび上がらせます。

 どの作品も、剣豪小説としての興趣はもちろんのこと、等身大の人間として剣との、権との関わり合いに悩む剣士の生きざまが描き出されている名作揃いであります。

(その他おすすめ)
『秘剣・柳生連也斎』(五味康祐) Amazon


12.『駿河城御前試合』(南條範夫) Amazon
 山口貴由の『シグルイ』をはじめ、平田弘史や森秀樹といった錚々たる顔ぶれが漫画化している名作であります。

 暗愚の駿河大納言徳川忠直が己が城中で開催した十番の真剣勝負を描いた本作は、残酷時代小説で一世を風靡した作者ならではの武士道残酷物語であると同時に、剣豪ものとしても超一級の作品。
 片腕の剣士vs盲目の剣士、マゾヒスト剣士や奇怪なガマ剣法…個性豊かな剣士たちとその武術が炸裂する十番勝負+αで構成される本作は、その一番一番が剣豪小説としての魅力に充ち満ちているのです。

 そして、死闘の先で剣士たちが得たものは……剣とは、武士とは何なのか、剣豪小説の根底に立ち返って考えさせられる作品であります。


13.『魔界転生』(山田風太郎) Amazon
 映画、漫画、舞台とこれまで様々なメディアで取り上げられ、そして今もせがわまさきが『十』のタイトルで漫画化中の大名作です。

 島原の乱の首謀者・森宗意軒が編み出した「魔界転生」なる忍法によって死から甦った宮本武蔵、宝蔵院胤舜、柳生宗矩ら、名剣士たち。彼ら転生衆に挑むのは、剣侠・柳生十兵衛――ここで描かれるのは、時代や立場の違いから成立するはずもなかった夢のオールスター戦であります。

 そして本作の中で再生しているのは剣士たちだけではありません。その剣士たちを描いてきた講談・小説――本作は、それらの内容を巧みに換骨奪胎し、生まれ変わらせた物語。剣豪ものというジャンルそのものを伝奇化したとも言うべき作品であります。

(その他おすすめ)
『柳生忍法帖』(山田風太郎) Amazon
『宮本武蔵』(吉川英治) Amazon


14.『幽剣抄』(菊地秀行) Amazon
 剣豪と怪異とは水と油の関係のようにも思えますが、しかしその両者を見事に結びつけた時代ホラー短編集であります。

 本作に収録された作品は、「剣」という共通点を持ちつつも、様々な時代・様々な人々・様々な怪異を題材とした、バラエティに富んだ怪異譚揃い。
 しかしその中で共通するのは、剣という武士にとっての日常と、怪異という非日常の狭間で鮮明に浮かび上がる人の明暗様々な心の姿であります。。

 本シリーズは、『追跡者』『腹切り同心』『妻の背中の男』と全四冊刊行されておりますが、いずれもデビュー以来、怪奇とチャンバラを愛し続けてきた作者ならではの、ジャンルへの深い愛と理解が伝わってくる名品揃いであります。

(その他おすすめ)
『妖藩記』(菊地秀行) Amazon
『妖伝! からくり師蘭剣』(菊地秀行) Amazon


15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人) Amazon
 今や時代小説界のメインストリームとなった文庫書き下ろし時代小説、その代表選手の一人である作者が描いた剣豪ものであります。

 ある日飄然と吉原に現れ、遊女屋の居候となった謎の青年・織江緋之介が、次々と襲い来る謎の刺客たちと死闘を繰り広げる本作。複雑な過去を背負って市井に暮らす青年剣士というのは文庫書き下ろしでは定番の主人公ですが、しかしやがて明らかになる緋之介の正体と過去は、本作を飛び抜けて面白い剣豪ものとして成立させるのです。

 彼を巡る三人の薄幸の美女の存在も味わい深い本作は、その後全7巻のシリーズに発展することとなりますが、緋之介が人間として、武士として成長していく姿を描く青春ものの味わいも強い名品です。

(その他おすすめ)
『闕所物奉行裏帳合 御免状始末』(上田秀人) Amazon


今回紹介した本
新装版 柳生非情剣 (講談社文庫)駿河城御前試合 (徳間文庫)魔界転生 上  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)幽剣抄<幽剣抄> (角川文庫)悲恋の太刀: 織江緋之介見参 一 〈新装版〉 (徳間文庫)


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 上田秀人『織江緋之介見参 一 悲恋の太刀』(新装版) 若き日の剣士と美女の物語

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2017.01.26

北方謙三『岳飛伝 一 三霊の章』 国を壊し、国を造り、そして国を……

 ついに北方謙三の大水滸伝の第三部『岳飛伝』の文庫化がスタートしました。実に1999年から始まったこの大河ロマンもついに完結編に突入であります。楊令を失った梁山泊は再び立ち上がれるのか、そしてそれぞれに激流の最中にある金は、南宋の運命は――

 兀朮の奇襲を跳ね返し、岳飛を圧倒的な力で追い詰めつつも、思わぬ刺客の刃に斃れた楊令。楊令が心血を注いだ自由市場も大洪水により多大な被害を受け、梁山泊は計り知れないほど大きな打撃を受けることに――

 物語はそんな『楊令伝』の結末から半年後の時点から始まります。

 呉用の策により水は引き、少しずつ復興を続ける梁山泊。しかし楊令という指導者を喪った梁山泊では指示を出す者がおらず、梁山泊軍もその力を保ちつつも、誰と戦うべきかを決めることができず、宙に浮いたような状態に置かれることに。

 一方、楊令の不意の死により辛うじて命を拾い、敗北感に苛まれながらも軍を再編し、金の来襲に備える岳飛。そしてやはり楊令に大敗を喫した兀朮も、長き苦しみの末にようやくそれを乗り越え、金軍を掌握して南宋を窺います。

 さらにかつては青蓮寺の李富と結んだ秦檜も、南宋を再興し、再び中華に統一国家を打ち立てるために活動を始め……と、四者四様にこれまで受けた打撃からようやく立ち直り、明日に向けて動き出す姿が、この巻では描かれることとなります。

 しかし、その中でも中心に描かれ、そしてその動向が最も気になるのは、梁山泊であることは言うまでもありません。

 前作ラストであれほどの大打撃を受け、それでもその地力自体は決して失われたわけではない梁山泊。しかし新たに頭領に選ばれた呉用は統一した戦略を打ち出すことなく、構成員一人一人が、自分の考えで動くことを求めるのであります。
(その結果、それぞれの軍が統一的に動かぬまま金軍と戦う梁山泊軍、というなかなか珍しいものが描かれることに……)

 それは、楊令という偉大なリーダーに全てを背負わせ、結果として彼を追い詰めてしまったという反省によるものではあるでしょう。
 しかし同時に、梁山泊が国として……あるいはもっと別の運動体として立ち上がるために、これまでにない存在として動き出すために必要な産みの苦しみであると言うべきなのかもしれません。

 だとすれば、その中で――この巻ではまだその萌芽ではあるものの――新しい動きを始めたのが、最初の梁山泊が誕生した頃にはまだこの世に生も受けていなかった二世世代の若者たちであったのは、むしろ必然だというべきでしょう。
 その一方で、その彼らの姿を見つめる老いた者たち、この巻においては李俊などの姿にも、胸を打たれるのです


 そしてそれは「物語の裾野」とでも言うべきものがさらに広がっていくということですが……しかしその一方でその裾野が広がりすぎている、という印象があるのも事実です。

 今後、梁山泊・岳家軍・金・南宋と、単純に考えても四つの大きな勢力が登場する中で、タイトルロールたる岳飛がどこまで存在感を示すことができるのか……少なくともこの巻においては、完全に梁山泊に押されている印象であります。
 あるいは彼がそれを覆した時こそが、真に楊令の影から抜けだしたということなのではないか……というのは、いささか文学的に考えすぎかもしれませんが。


 何はともあれ、最後の物語は始まりました。『水滸伝』が「国を壊す物語」、『楊令伝』が「国を造る物語」であったとすれば、本作は何を描くことになるのか――
 「盡忠報国」を背負った岳飛がタイトルロールであることを考えれば、それは「国を守る物語」であるのかもしれませんが、いずれにせよ念頭に置くべきは、彼にとっての「国」は、「民」であるということでしょう。

 そしてその「国」という概念は、先に挙げた四つの勢力、いやそれを構成するそれぞれによっても異なるものでしょう。
 だとすれば、本作で描かれるのはより根源的なもの、「国(とは何か)を問う物語」になるのではないか……そう感じます。

 その第一印象が合っているか否かも含め、この物語で何が描かれることになるのか、物語の始まりに胸が高鳴ります。


『岳飛伝 一 三霊の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 1 三霊の章 (集英社文庫)


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2017.01.24

入門者向け時代伝奇小説百選 古典(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選、古典でチョイスしたのは、基本的に戦前の作品を中心とした十作品。70年以上前の作品だからと言っても古臭さとは無縁の作品の数々、これぞ時代伝奇、と呼ぶべき定番の名作群です。
1.『神州纐纈城』
2.『鳴門秘帖』
3.『青蛙堂鬼談』
4.『丹下左膳』
5.『砂絵呪縛』

【古典】
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)【戦国】 Amazon
 記念すべき第一作目は、鬼才・国枝史郎の代表作にして時代伝奇小説史上に燦然と輝く作品であります。

 捕らえた人間の生き血を絞って美しい真紅の布を染めるという纐纈城。富士山麓に潜むその伝説の城を巡り、業病に犯された仮面の城主、若侍、殺人鬼、面作りの美女、薬師、剣聖、聖者……
 様々な人々が織りなす物語は、血腥く恐ろしいものではありますが、しかしその中で描かれる人間の業は、不思議な荘厳さ、美しさを持ちます。

 実は未完ではありますが、それが瑕疵になるどころかむしろ魅力にすらなる本作。今なお語り継がれ、消えては復活する、まさしく不滅の名作であります。

(その他おすすめ)
『八ヶ嶽の魔神』(国枝史郎) Amazon


2.『鳴門秘帖』(吉川英治)【江戸】 Amazon
 国民的作家・吉川英治は、その作家活動の初期に幾つもの優れた伝奇小説を残しています。その中でも代表作と言うべきは、外界と隔絶された阿波国を舞台に、阿波蜂須賀家の謀叛の秘密を巡る冒険が繰り広げられる本作であります。

 水際だった美青年ぶりを見せる主人公・法月弦之丞をはじめとして、怪剣士・お十夜孫兵衛、海千山千の女掏摸・見返りお綱など、個性的で魅力的な面々が入り乱れての大活劇は、まさしく伝奇ものの醍醐味を結集したというべき物語。
 そして、波瀾万丈の活劇に留まらず、その中で登場人物たちの情を細やかに描き出してみせるのは、さすがは、と言うべきでしょう。

(その他おすすめ)
『神州天馬侠』(吉川英治) Amazon
『江戸城心中』(吉川英治) Amazon


3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)【怪奇・妖怪】【江戸】【幕末・明治】 Amazon
 捕物帳第一号たる『半七捕物帳』の作者である岡本綺堂は、同時に稀代の怪談の名手でもあります。本作はその綺堂怪談の代表作――ある雪の夜に好事家たちが集まっての怪談会というスタイルで語られる、十二の怪談が収められた怪談集なのです。

 利根の河岸に立つ座頭の復讐、夜ごと目を光らせる猿の面、男を狂わせる吸血の美少女……「第○の男(女)は語る」という形で語り起こされる怪談の数々は、舞台も時代も内容もそれぞれ全く異なりつつも、どれも興趣に富んだ名品揃い。
 背後の因縁全てを語らず、怪異という現象そのものを取り出して並べてみせるその語り口は、全く古びることのないものとして、今なおこちらの心を捕らえ、震わせるのです。

(その他おすすめ)
『三浦老人昔話』(岡本綺堂) Amazon
『影を踏まれた女』(岡本綺堂) Amazon


4.『丹下左膳』(林不忘)【剣豪】【江戸】 Amazon
 隻眼隻腕の怪剣士、丹下左膳。元々は「新版大岡政談」(現『丹下左膳 乾雲坤竜の巻』)に敵役として登場した彼は、しかしそのキャラクターが大受けして続編ではヒーローとなった変わり種であります。

 ここでオススメするのは、その続編たる『こけ猿の巻』『日光の巻』。その特異な風貌はそのままに、より人間臭い存在となった左膳は、莫大な財宝の在処を秘めたこけ猿の壷争奪戦や柳生家の御家騒動という物語を、カラリと明るい陽性のものに変えてしまうパワーを持っています。
 何よりもスラップスティック・コメディ調の味付けが、到底戦前の作品とは思えぬモダンな空気を漂わせていて、これはもう他の作者・他の作品では味わえぬ妙味なのです。


5.『砂絵呪縛』(土師清二) Amazon
 第六代将軍擁立を巡り、柳沢吉保の配下・柳影組と、水戸光圀を後ろ盾とする間部詮房の組織する天目党の暗闘を描く本作は、典型的な時代活劇のようでいて、ある一点でもってそこから大きく踏み出してみせた作品であります。

 その一点とは、この二つの勢力の争いに割って入る浪人・森尾重四郎の存在。
 時代小説には決して珍しくはないニヒルな人斬り剣士である彼は、しかし、そのニヒルである理由……行動原理や主義主張というものが全く見えない(それでいて決して木偶人形でもない)、極めてユニークな存在なのです。

 オールドファッションな物語を描きつつ、真に虚無的な存在を織り交ぜることで、今なお「新しい」作品であります。



今回紹介した本
神州纐纈城 (大衆文学館)鳴門秘帖(一) (吉川英治歴史時代文庫)青蛙堂鬼談 - 岡本綺堂読物集二 (中公文庫)丹下左膳(一)(新潮文庫)砂絵呪縛(上) 文庫コレクション (大衆文学館)


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2017.01.18

菊地秀行『宿場鬼』 超伝奇抜きの「純粋な」時代小説が描くもの

 中山道の霧深き宿場町に飄然と現れた美貌の男。彼は恐るべき剣技を持ちながら、全ての記憶と、人としての感情を失っていた。元用心棒・清源の家に預けられて「無名」と名付けられ、清源や娘の小夜との触れ合いの中で徐々に人間味を取り戻していく男。しかし彼を追う刺客たちの影が――

 「エンターテインメント界の巨匠が挑む初の本格時代活劇!」という本作の謳い文句に、若干驚きと違和感を覚えた作者のファンは少なくないでしょう。
 作者のルーツの一つに時代劇があることは、最初期の『魔界都市〈新宿〉』『吸血鬼ハンターD』の両主人公がいずれも剣術使いであることにも明らかですし、何よりも十指に余る時代小説を発表しているのですから。

 しかしこの謳い文句に誤りはありません。何しろ本作は(ほとんど)「超伝奇」抜きの時代小説。ほぼ純粋な時代小説とも言うべき作品なのですから――


 本作の主人公となるのは、「無名」と呼ばれる記憶喪失の男。何処かも知らぬ地から現れた美貌の男にして、無敵な剣技の持ち主……とくれば、菊地ヒーローの素質十分であります。

 しかし本作ではほとんど唯一の伝奇的な要素である彼の強さの由来を除けば、どこまでも地に足のついた物語が展開していくこととなります。
 妖魔も幽霊も無ければ、妖術も超科学もない。登場するのは全て血の通った人間たちであり、繰り出される技も「超人的」ではあれど、あくまでもこの世の則に従ったものである……そんな物語を。

 もちろん、これだけで「本格的」と呼ぶのはいささか即物的に過ぎるかもしれません。しかし本作は、無名と謎の敵たちの戦いを描きつつも同時に、いやそれ以上に、彼を取り巻く宿場の人々、宿場を訪れる人々の人間模様を丹念に描き出すのです。
 引退した用心棒と男勝りのその娘、切れ者だがどこか人の良い宿場町の顔役、用心棒となりながらも武芸者としての魂を失わぬ剣客、落命した用心棒に連れられてきた江戸の女、兄を斬り義姉を連れて駆け落ち中の武士等々……

 そんな「普通の人々」だけではありません。無明に対して放たれる刺客たち、彼に負けず劣らずの腕を持つ「人間兵器」たちもまた、どこか不思議な人間臭さを持っているのです。

 そう、本作は、ただ一人超人的な存在である無明の存在を通じて描かれる、一種の人間絵巻と呼ぶべき物語。
 それだからこそ、物語の中心となる彼は名も記憶も、感情も持たぬ、一種無色透明な存在として設定されるのではないか……そう感じるのです。


 そうはいっても、超伝奇もホラーもなしの菊地作品が面白いのだろうか、と思われる方もいるかもしません。
 しかし、作者の愛読者であれば、菊地作品が決してそれだけではない――もちろんその要素は大きく、そして魅力的であることは間違いありませんが――ことを良く知っています。

 作者の作品に通底するもの……どれほど無情で殺伐とした、暴力と悪意が支配する世界においても決して喪われぬ心。人間性の善き部分とも言うべきもの。
 これまでも作者の作品において陰に日に描かれたそれ――本作においては戦う者たちが持つ一種の「矜持」とも言うべき形で最も良く表れるその姿は、超伝奇といったデコレーションを省かれたことにより、よりストレートな形でこちらの胸に響くのであります。

 このようなブログを主催する人間の言葉としては問題かとは思いますが、しかし長年の作者のファン、そして時代小説ファンとして申し上げれば、こんな作者の時代小説を読みたかった……そんな気持ちが間違いなくあるのです。


 本作においてその正体の一端が明かされ、そしてその記憶と人間性にも回復の兆しも現れた無名。しかしまだまだ周囲の人間たちにとって、彼は得体の知れぬ超人的な存在であり続けます。
 その彼の前で、人々はいかなる想いを抱き、いかに振る舞うのか……そんな人間たちの物語が、この先も紡がれていくことを期待しているところです。


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2017.01.16

黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第11巻 残酷な史実とその影の「真実」

 もう表紙を見た時点で「やめてくれよ……」と呟きたくなってしまう(正直なところ、気後れして発売から紹介まで間が空いてしまいました)絶望しかない物語、『PEACE MAKER鐡』の第11巻であります。甲州勝沼の戦いに敗れ、江戸に戻った新撰組の面々を待つ運命は――

 新撰組から甲陽鎮撫隊と名を改めつつも、なおも戦いを止めない男たち。しかし甲府城を目指した彼らが見たものは、既に新政府軍に占領された城の姿でありました。援兵を請うべく江戸城に向かった鉄之助ですが、勝海舟は彼を軟禁して――

 という意外な展開で終わった前巻ですが、この巻の冒頭で描かれるのは、鉄之助に対する勝の意外な言葉。
 鉄之助の父がピースメーカー――調停者として活動していたことを語った勝は、鉄之助にまつわる秘密、それも二つもの秘密の存在をほのめかし、それと引き替えに新撰組を抜けるように求めるのであります。

 果たして勝の真意は、そして二つの秘密とは……いきなり引き込まれる展開ですが、しかしそれが運命というべきか、鉄之助がそれを受け入れようとした瞬間、近藤たちが江戸に帰還したことで、勝の言葉は聞けず仕舞いに――


 というところで物語は史実に戻り(?)この巻では慶応4年3月の出来事が語られることとなります。新撰組ファンであればよくご存じであろう、新撰組の一つの終わりを告げる事件を中心に。
 その事件とは、永倉新八と原田左之助の新撰組離脱……これまでも近藤のやり方に折に触れて反発してきた永倉ですが、ここにきて完全に決裂し、ついに袂を分かつことになったのであります。

 多摩時代、試衛館時代からの同志であった永倉と原田の離脱――それも死別ではなく意見の衝突、記録では近藤の無礼な態度が原因になったという――は、新撰組ファンにとっては泣き面に蜂と言うべき出来事でしょう。
 特に本作においては賑やかなムードメーカーであり、鉄之助のよき兄貴分であった彼らの離脱は、ただでさえ暗くなる雰囲気に駄目押しするような展開ですが……しかし、本作におけるその「真実」がまた泣かせます。

 この辺りの展開は、他の作品でも同様の趣向を読んだ記憶がありますが、しかしそれはファンにとっても一つの願望と言うべきでしょうか。そうあって欲しいという想いがにじみ出るその「真実」は、暗く重い展開が続く本作において、一筋の光と感じられます。
 ……その直後に描かれる、「新撰組」の絆とともに。


 そして4月初め、再起を期して流山へ向かう一行。それぞれ大久保大和、内藤隼人と変名を使って新政府軍の目を欺いたかに見えた近藤と土方ですが、しかし運命の時は容赦なくせまります。

 彼らが元・新撰組と睨んだ薩摩の猛将・伊地知正治(ここで出てきたか、という印象であります)に包囲を受け、絶体絶命の窮地に陥った一行。
 ここで伊地知に武士の情け、すなわち切腹の時間を与えられた近藤と、それを知った土方が、それぞれどのような行動を取ったか……それはもう、史実が示すとおりなのですが、しかし本作はそれをこれでもか! とエモーショナルに活写いたします。

 近藤を救う一縷の望みに賭ける土方と、その土方をある言葉とともに送り出す近藤……土方あっての近藤、土方あっての新撰組とはよく言われることではありますが、しかし同時に近藤あっての土方であったことを、そんな二人の絆を何よりも強く描き出すこのくだりは、ファンの紅涙をしぼる名シーンと評するしかありません。

 だからこそ、その先の残酷すぎる史実と、それを受けて本作が何を描き出すのかを考えるだけで、胸が塞がるのですが……それはもう少し先に取っておきましょう。

 近藤除名の条件として勝が出した、旧幕軍の江戸周辺からの退去を達成するため、国府台の伝習隊を訪れる土方。そこで彼を待っていたのは、またとんでもない姿にアレンジされたあの人物で――
 と、またもや気になる展開で引きとなった本作。本当に先を読むのが辛い、しかし読まないわけにはいかない……何とも恐ろしい作品であります。


 しかし鈴はもういいんじゃないかなあ……と、悲劇の連続に疲れた身としては思ったり思わなかったり。


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 黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第10巻 なおも戦い続ける「新撰組」の男たち

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2017.01.12

京極夏彦『書楼弔堂 炎昼』 新たな時代を歩む者たちの悩み

 第一弾『破暁』が文庫化されるのとほぼ同時に刊行された『書楼弔堂』シリーズの第二弾であります。その内部には無数の本が所蔵され、人が人生の一冊と言うべき本に出会う書店・弔堂。その書店を、これまで一冊の小説も読んだことのない少女と、己の行くべき道に悩む青年詩人が訪れることになります。

 東京の郊外にひっそりと立つ、一見灯台とも見紛うばかりの巨大な書店・弔堂。元僧侶だという博覧強記の主人が客に選ぶ一冊は、一生に一冊の本として、その人物の悩みを解き、蒙を開くことになります。
 本シリーズは、その弔堂を訪れる客(実は歴史上の著名人)が主人との対話の末にその一冊を渡される様を、無名の語り手の視点から描く連作集であります。

 そして本作の舞台となるのは明治30年――日本が初の国を挙げての対外戦争である日清戦争をくぐり抜けて数年後。そして語り手となるのは、元薩摩藩士である厳格かつ固陋な祖父にしつけられ、これまで一冊の小説も手にしたことがなかった娘・塔子であります。

 取り立て将来の希望や展望もなく、さりとて祖父や親が進めてくる良妻賢母となることも肯んずることができない塔子。鬱々とした毎日を送る彼女があてどなく歩く途中で出会ったのは、幻の書店を探しているという二人組の青年、松岡と田山でありました。

 その書店――言うまでもなく弔堂へ二人を案内した塔子は成り行きから自分も中に足を踏み入れ、二人が主人と言葉を交わし、そして己が描くべき新しい文学・文体を求める田山が己の一冊を手にするのに立ち会うことに――

 というエピソード「事件」に始まる本作は、塔子と、未だ己の一冊を求め続ける松岡の目から、様々な人々と、本の出会いを語っていくこととなります。
 壮士に憧れ、歌で思想を伝えようとしつつも、その手段と目的の乖離に悩む演歌師:「普遍」
 自然科学としての心理学に、人の心を解明する新たな可能性があると信じる学生:「隠秘」
 女性を軽んじ、自由を奪おうとする社会のあり方に強く反発する少女:「変節」
 向いていないことを自覚しながらも、流されるまま出世を重ねてきた軍人:「無常」
 そして愛する人を喪い、己の来し方行く末に踏み惑う松岡:「常世」

 本作で描かれる六人の物語は、いかにも作者らしいペダントリーに彩られた問答とも言うべき会話の積み重ねにより、彼ら六人の姿を、そして彼らの、塔子の生きる時代の姿を、浮き彫りにしていくのであります。

 その点において、本作は前作の内容を踏襲したものと言えるかと思いますが――前作で感じられた意外性や、客の正体(将来)を巡る一種ミステリ的興味は、やや抑え気味という印象が、個人的にはあります。(また、京極堂ユニバースとも言うべきガジェットが、今回は抑えめであったためもあるでしょう)

 もちろんそれは作品の面白さを減じるものではないのですが、あるいは、そうした前作との印象の違いの原因の一つは、舞台となる時代(前作冒頭と本作の間では5年の時が流れています)において弔堂を訪れる人々の直面しているもの、求めるものとの違いにあるのかもしれません。
 非常に単純化した表現となりますが、前作の登場人物たちが、「江戸」という古い時代と「明治」という新しい時代の狭間で迷い、悩んでいたのに対し、本作においては、「明治」という新しい時代で如何に生きていくかという悩みを抱えているのですから――

 その点が非常によく現れているのが、「変節」と「無常」でしょう。前者で描かれるのは婦人運動、そして後者で描かれるのは戦争……どちらも明治も後半に差し掛かったこの時代において初めて生まれたと言うべき、新しい時代ならではの概念であり、事件なのであります。

 その両者は、我々の暮らす現代においても、全く色褪せることなく存在している問題。すなわち、それに悩む人々への弔堂主人の言葉が、我々に対しても響くものであることもあり、本作の中でも一際強く印象に残るのとなっています。
(作中に主義主張を交えることが少ない作者のそれが、珍しく色濃く見えるように感じられることもその一因でしょう)


 本シリーズの次回作は、本作のさらに五年後を舞台に、老人を狂言回しとして描かれる予定とのこと。
 明治も終わりに向かう時代に、(失礼な言い方ではありますが)人生も終わりに向かう者が何を見るのか、何を読むのか。そしてそこに我々は何を見出すのか――興味は尽きません。


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書楼弔堂 炎昼


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2017.01.10

楠木誠一郎『馬琴先生、妖怪です! お江戸怪談捕物帳』 馬琴と座敷童、そして子供たちの大騒動

 『タイムスリップ探偵団』シリーズのように、歴史もの+少年少女探偵団ものを得意とする作者による本作、やはり同様の趣向ではありますが、しかし物語の中心となるのが、かの曲亭馬琴と彼の家に住み着いた座敷童というのが極めてユニークな作品であります。

 時は1820年、56歳となった曲亭(滝沢)馬琴は、飯田町の家で長女のお幸と二人暮らし。何かと偏屈な馬琴先生のもとにはお手伝いも居着かず、身の回りの世話は口うるさいお幸が取り仕切っている状況であります。
 そんなほとんど引きこもり同然の暮らしを送っていた馬琴の前に突然現れたのは、長年この家に住み着いているという童女姿の座敷童。「わらし」と名付けた彼女にはさしもの馬琴も調子を狂わされっぱなしであります。

 そんなある日、彼の家にやってきたのは『南総里見八犬伝』の大ファンだという美しい女性・真琴。この女性、はじめのうちは熱心なファンレターを持ってくるだけだったのですが、やがて自分が書いたという八犬伝の続き(それも途中で異常な内容に変わっていくという代物)を送りつけ、そしてついには家の前に小動物の死骸を置いていくようになっていきます。
 どんどんとエスカレートしていく行動に馬琴がさすがに危険を感じ始めた時、近所に住むお紺、原市、平吉は、「馬琴先生を守り隊」を結成、わらしとともに馬琴を守ろうとするのですが――


 舞台となる1820年は、約10年前には『椿説弓張月』が完結し、6年前には『南総里見八犬伝』がスタートした、戯作者・馬琴にとって脂の乗り切った頃。
 息子の宗伯も柳川藩主の侍医となったばかりで健在、自分もそろそろ体に衰えが出てきたとはいえまだまだ元気と、まず彼にとっては幸せな時期と言えるでしょう。

 そんな馬琴の偏屈ぶりについてはその日記等でよく知られたところですが、本作ではそこに天真爛漫な座敷童が絡んでくるのがなかなか楽しい。
 本来であれば子供にしか見えないはずの座敷童を見ることができるのは、馬琴にも子供じみたところがあるから……というのはなかなか愉快ですし、どこか二人の関係が、祖父と孫めいたものに見えてくるというのも、微笑ましいところであります。

 しかしそんな暖かいムードをぶち壊すように馬琴たちに迫る謎の女・真琴は、今で言えばストーカーそのもの。
 熱狂的な手紙を送りつけたと思えばそれが嫌がらせに発展し、ついにはいつの間にか土足で家に上がり込んでいるという、馬琴ならずとも危機を感じてしまそうな相手なのですが……もちろん、それだけで終わるはずがありません。

 段々と相手の行動が生々しくエスカレートしていった末に、これってどう考えても(物理現象として)普通じゃない……という状況になっていくのですが、この辺りの呼吸は、ホラーとしてなかなかよくできていると言えるでしょう。
(途中、送られてくる手紙が常軌を逸していく描写が、シンプルながら結構こわい)

 もっとも、その脅威に挑むのが近所の子供たちで、その対抗手段もなかなか微笑ましいので、一気に話の重さが霧消するのですが、それは本作が児童書であることを考えれば仕方のないところでしょうか。
 クライマックスの決着の手段など、呆気に取られそうな内容なのですが、ここまで来ると一種民話めいたすっとぼけ方とすら感じます。


 馬琴個人に関する描写がきちんと史実を踏まえたものであり、かつまた実に「らしい」ものである点、そしてその彼とはある意味対極にあるような座敷童の存在など、大人の目で見ても面白い部分があるだけに、こうしたいかにも子供向けの部分との差の大きさに戸惑いはしますが……それはまあ、対象外の読者の我が儘というものでしょう。

 先に述べたようにまだまだ馬琴も元気であり、そして飯田町の家にもまだしばらく住んでいたことを思えば……この先も馬琴とわらし、そして子供たちの騒動も楽しめるのではないでしょうか。


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馬琴先生、妖怪です! (お江戸怪談捕物帳)

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