2017.09.25

入門者向け時代伝奇小説百選 戦国(その一)

 入門者向け伝奇時代小説百選、今回は戦国ものその一。戦国ものといえば歴史時代小説の花形の一つ、バラエティに富んだ作品が並びます。

61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)


61.『魔海風雲録』(都筑道夫) 【忍者】 Amazon
 ミステリを中心に様々なジャンルで活躍してきた才人のデビュー作たる本作は、玩具箱をひっくり返したような賑やかな大冒険活劇であります。

 主人公は真田大助――退屈な日常を嫌って九度山を飛び出した彼を待ち受けるのは、秘宝の謎を秘めるという魔鏡の争奪戦。奇怪な山大名・紅面夜叉と卒塔婆弾正、異形の忍者・佐助、非情の密偵・才蔵、豪傑、海賊、南蛮人――個性の固まりのような連中が繰り広げる物語は、木曾の山中に始まってあれよあれよという間に駿府に飛び出し、果ては大海原へと、止まる間もなく突き進んでいくのです。

 古き酒を新しき革袋に、を地で行くような、痛快かつ洒脱な味わいの快作です。


62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝) 【剣豪】 Amazon
 壮大かつ爽快な物語を描けば右に出るもののない作者の代表作にして、作者に最も愛されたであろう英雄の一代記です。

 タイトルの義輝は言うまでもなく室町第13代将軍・足利義輝。若くして松永久秀らに討たれた悲運の将軍にして、その最期の瞬間まで、塚原卜伝から伝授を受けた剣を降るい続けたまさしく剣豪将軍であります。

 その義輝を、本作は混沌の世を終息させるという青雲の志を抱いた快男児として活写。将軍とは思えぬフットワークで活躍する義輝と頼もしい仲間たちの、戦乱あり決闘あり、友情あり恋ありの波瀾万丈の青春は、結末こそ悲劇であるものの、悲しみに留まらぬ爽やかな後味を残すのです。
 そして物語は『海王』へ……

(その他おすすめ)
『海王』(宮本昌孝) Amazon
『ドナ・ビボラの爪』(宮本昌孝) Amazon


63.『信長の棺』(加藤廣) Amazon
 今なお謎多き信長の最期を描いた本作は、「信長公記」の著者・太田牛一を主人公としたユニークな作品です。

 上洛の直前、信長からある品を託された牛一。しかし信長は本能寺に消え、牛一も心ならずも秀吉に仕えることになります。時は流れ老いた牛一は、信長の伝記執筆、そして信長の遺体探しに着手するのですが……

 戦国史上最大の謎である本能寺の変。本作はそれに対し、ある意味信長を最もよく知る男である牛一を探偵役に据えたのが実に面白い。
 秀吉の出自など、伝奇的興趣も満点なのに加え、さらに牛一の冒険行を通じ、執筆者の矜持、そして一人の男が自分の生を意味を見つめ直す姿を織り込んでみせるのにも味わい深いものがあります。

(その他おすすめ)
『空白の桶狭間』(加藤廣) Amazon


64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 常人にはできぬ悪事を三つも成したと信長に評された戦国の梟雄・松永弾正久秀。その久秀を、歴史幻想小説の雄が描いた本作は、もちろんただの作品ではありません。
 本作での松永久秀は、波斯渡りの暗殺術を操る美貌の妖人。敬愛する兄弟子・斎藤道三(!)と、それぞれこの国の東と西を奪うことを誓って世に出た久秀は、奇怪な術で天下を窺うのであります。

 戦国奇譚に、作者お得意の海を越えた幻想趣味をたっぷりと振りかけてみせた本作。様々な事件の背後に蠢く久秀を描くその伝奇・幻想味の豊かさはもちろんのこと、輝く日輪たる信長に憧れつつも、しかし遂に光及ぶことのない明けの明星たる久秀の哀しみを描く筆に胸を打たれます。

(その他おすすめ)
『天王船』(宇月原晴明) Amazon


65.『太閤暗殺』(岡田秀文) 【ミステリ】 Amazon
 重厚な歴史小説のみならず、奇想天外な趣向の歴史ミステリの名手として名を高めた作者。その奇才の原点ともいえる作品です。

 本作で描かれるのは、タイトルのとおり太閤秀吉暗殺の企て。そしてその実行犯となるのが、生きていた石川五右衛門だというのですからたまりません。
 しかしもちろん厳重に警戒された秀吉暗殺は至難の業。果たしてその難事を如何に成し遂げるか、という一種の不可能ミッションものとしても非常に面白いのですが、何よりも本作の最大の魅力はそのミステリ性です。

 何故、太閤が暗殺されなくてはならなかったのか――ラストに明かされる「真犯人」の姿には、ただ愕然とさせられるのです。

(その他おすすめ)
『本能寺六夜物語』(岡田秀文) Amazon
『秀頼、西へ』(岡田秀文) Amazon



今回紹介した本
魔海風雲録 (光文社文庫)剣豪将軍義輝 上 鳳雛ノ太刀<新装版> (徳間文庫)信長の棺〈上〉 (文春文庫)黎明に叛くもの (中公文庫)太閤暗殺 (双葉文庫)

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2017.09.22

『コミック乱ツインズ』2017年10月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2017年10月号の紹介、後編であります。

『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 ついに最終回を迎えた本作。八犬士が、くノ一たちがこぞって死んでいく中、最後に残ったのは信乃と船虫のみ――伊賀甲賀珠の取り合い果たし合いも最終戦であります。

 と、実はこの戦いは原作にはない展開なのですが――しかし物語としては非常に盛り上がる良改変。この号と同時に発売された単行本第1巻に収められた第1話と読み比べれば、ニヤリとさせられる趣向があるのも嬉しいところであります。

 そして結末もまた、原作とは少々違った形なのですが、これがまたいい。原作のもの悲しさとは少々味わいを異にしながらも、よりドラマチックな、そして美しい結末となった本作――もう一つの『忍法八犬伝』として見事に完結したと感じます。
(詳しい紹介は、また単行本の方で)


『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)
 今回も続く将軍家慶の日光社参編。江戸からの、そして京からの刺客が次々と襲う中、ようやく日光にたどり着いた家慶一行ですが、しかし日光例大祭の場でもまた新たな魔手と、思わぬ大自然のトラブルが……

 というわけで、今回もまた、ほとんど鬼役の担当業務外で奮闘を余儀なくされる矢背蔵人介。家慶の父たる大御所・家斉派の送り込んだ刺客、そして朝廷方の静原冠者と、次々と息継ぐまもなく襲いかかるのですが――その刺客たちとの対決模様もさることながら、感心させられるのは、そこに至るまでのシチュエーション作りであります。

 江戸城にいる限りは、食事に毒でも漏られない限り――その時のために蔵人介のような鬼役がいるわけですが――命の危険に晒されることなどまずありえない将軍。その将軍を危機に陥らせるためにはどうすればよいか? この日光社参編は、道中ものの手法を用いて、あの手この手でそのシチュエーションを作り出しているのが実に面白いのです。

 そしてついに数十人、いや数人までに減じてしまった将軍一行。いよいよ物語はクライマックスであります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 四回の長きに渡り描かれてきた「鬼神転生」の章もついに完結。信長の血肉を与えられて復活した四人の武将の戦いもここに決着するのですが……

 秀吉を討たんとした長秀は返り討ちにあい、残るは秀吉・利家・氏郷となった鬼武将。己の子孫を残さんとする秀吉に目をつけられ、拉致された鈴鹿御前あやうし――という形で始まった今回。しかしその窮地は思わぬ急展開を見せ、そして最強の鬼武将・氏郷と激突する鬼切丸の少年。その戦いの行方を左右したものは……

 と、これまでの展開から考えると意外とあっさりと結末を迎えた感のあるこのエピソードですが、鬼武将たちの姿を、そして彼らと相対した鬼切丸の少年の姿を通じ、鬼とは何か、人間とは何かを描いてみせたのは、いかにも本作らしかったと言うべきでしょう。

 そして死闘の果て、鬼切丸の少年も愕然とするような信長鬼の「情」の存在が描かれる結末にも唸らされるのです(……が、冷静に考えればこれは以前にもあったような)。
 しかしまだ信長鬼を引っ張るのは、うーん……


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 「熾火」編も第3回、相変わらず刺客に襲われ続ける聡四郎ですが、ようやく今回の本題である吉原運上金にスポットが当たり、物語が動き出した感があります。
 危機感を強めた吉原の名主衆たちがついに動き出し――と、上田作品らしい展開になってきた今回ですが、今回特に印象に残るのは、紀伊国屋文左衛門が語る、彼の一連の行動の理由でしょう。

 本作に限らず、極めて世俗的な理由で動く敵――いや登場人物がほとんどの上田作品の中でも、数少ない大望を持っていたといえる紀文。
 聡四郎が状況に流され続ける一方で、紀文の姿は自らの道を自らの力で選び取ろうとする者として――その内容や手法に共感できるかは全く別として――ひときわ目立つのです。

 そして印象に残るといえば、紅さん、今回もチョイ役ではありますが、実に可愛らしいツンデレぶりで眼福です。


『コミック乱ツインズ』2017年10月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年10月号 [雑誌]


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 『コミック乱ツインズ』2017年9月号(その一)
 『コミック乱ツインズ』2017年9月号(その二)

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2017.09.15

北方謙三『岳飛伝 八 龍蟠の章』 岳飛の在り方、梁山泊の在り方

 北方大水滸伝の最終章も折り返し地点間近、史実を離れて南宋に処刑されなかった岳飛の戦いが、いよいよここから始まることになります。同盟を結んで梁山泊に当たらんとする兀朮の金と秦檜の南宋が暗躍し、海上で、南方でいよいよ戦いの火蓋が切って落とされる中、岳飛と梁山泊がついに……

 国家と民族を巡る考え方の違いの末に秦檜と対立し、処刑されるところを、梁山泊の助けで南方に逃れた岳飛。元・岳家軍の兵たちが集まり始める中、彼は再起に向けて動き出すことになります。
 といっても初めはたった二人で始めた新生岳家軍、兵は集まっても彼らを食べさせ、備えさせるには先立つものが――ということで、軍閥として立っていた頃からは考えられない苦労をすることとなった岳飛たちですが、しかし梁山泊の、地元の住民たちの、そして友人とも仲間とも言うべき大商人・梁興の助けで、その力を蓄えていくことになります。

 しかしそんな中でも中原での状勢は刻一刻と変化し、宿敵であったはずの金と南宋の同盟は秒読み状態。それぞれに北と南にまつろわぬ国を抱えながらも同盟を結んだ両国の敵は、もちろん梁山泊であります。

 そんな中、日本からの帰路で遭難した梁紅玉を張朔の船が救助したことから、勝手に瞋恚を抱いた韓世忠が、半ばそれを口実に王貴の船を襲撃(また襲われ役……)。小規模とはいえ、ついに南宋と梁山泊の水軍の間の戦いの火蓋が切って落とされることになります。
 一方、国力増強のために南方を傘下に治めんとする秦檜の命により、南宋軍が阮廉の村を襲撃。新生岳家軍はこれを完膚なきまでに打ち払ったものの、もちろんこれが第一歩に過ぎないことは言うまでもありません。

 かくて梁山泊と南宋、さらに金との間が一触即発となる中、その最前線とも言うべき南方では、ついに岳飛と秦容が対面することに……


 というわけで、いつまでも岳飛の生存に驚いている場合ではなく、いよいよ風雲急を告げる物語。岳家軍と金の全面対決が終結して以来、しばらく大きな戦が描かれなかったこの物語ですが、束の間の平穏はついに破られることとなります。

 と言ってもこの巻で描かれるのはまだまだ局地戦も局地戦――小競り合いというか、感触を探る程度に過ぎないレベルであります。本気になれば数万、数十万単位のぶつかり合いとなる、国と国との戦いにはまだほど遠い状況ではあります。
 しかし戦いそのものもさることながら、そこに至るまでに、各所で蓄えられた力がグツグツと煮えたぎっていく様がまたたまらないのは、これまで同様。致死軍が思わぬ形で金に食い込めば、ほとんど唯一それに気付いた蕭炫材がこれに抗しようとし――というくだりなど、初期の梁山泊の戦いを思わせてくれます。

 そして山岳戦という思わぬ形で活路を見出そうとする岳家軍の特訓も続き、全面対決が始まった時に何が起こるのか、楽しみになるばかりなのであります。


 しかし――この巻のハイライトは、別のところにあります。

 中原を漢民族の手に取り戻すために戦ってきた岳飛。しかし故国であったはずの南宋に命を奪われかけ、南方に落ち延びてきた彼に、これまで同様の戦いができるのか。何を戦いの目的とすべきなのか――その答えが、彼とも梁山泊とも関係の深い梁興の口から語られることになります。
 梁山泊が水だとすれば、おまえは器を作ればいい。器が良ければ水はその中にきれいに収まる――と。

 その一方で、秦檜は南宋を器にし、同時に水にしようともしているという評も興味深い。
 これまで何となくわかっていたようで、明確に示されていなかった三者の在り方の違いが、彼らのことを深く知りつつ、独自の距離をおく梁興の口から語られるというのは、これは見事な構図と感じさせられます。

 ここに金が加わった四者の戦いで、その関係はどのように変わっていくのか。既に一種の概念となった梁山泊を、岳飛は見事に受け止めることができるのか――いよいよ物語は中盤、戦いの始まりの時であります。


『岳飛伝 八 龍蟠の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 8 龍蟠の章 (集英社文庫)


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2017.09.03

漫画版『鬼船の城塞』連載開始! +

 『コミック乱』誌の10月号から、菊地昭夫を作画担当として、鳴神響一の『鬼船の城塞』の漫画化がスタートしました。気宇壮大な海洋冒険活劇の漫画化、そして何よりも作者にとって初の漫画化とあって、ファンとしては大いに気になる作品であります。

 この『鬼船の城塞』は、第6回角川春樹小説賞を受賞した『私が愛したサムライの娘』に次ぐ、作者のメジャーデビュー第2作目。
 時は江戸時代中期の寛保年間、煙硝探索の命を受けて伊豆諸島近海を回っていた鉄砲玉薬奉行・鏑木信之介が、謎の「鬼船」に遭遇したことから、この物語は始まります。

 信之介の乗る船に突っ込んできた鬼船の正体は、阿蘭党を名乗る海賊たちが乗る巨船。容赦なく彼の下役を屠っていく阿蘭党に対して正々堂々の一騎打ちを望んだ信之介は、阿蘭党の巨漢・鵜飼荘十郎を向こうに回して決死の戦いを繰り広げることに……
 と、40ページの大ボリュームで描かれたこの第1回は、物語のプロローグとも言うべき部分。

 原作では冒頭に、日本近海で「鬼船」の目撃が相次ぐことが語られていたように記憶していますが、この漫画版ではほとんど前置きなしに鬼船を出現させることで大きなインパクトを与え、そしてそのまま阿蘭党の凶行に雪崩れ込むという、勢い重視の内容となっている印象です。
 この辺りはもちろん、漫画というメディアの特性を踏まえたものでしょう。

 恥ずかしながら作画者の作品はこれまで読んだことがなかったのですが、その全容を容易に窺わせない鬼船の不気味さ、そして剽悍な阿蘭党の姿などを見事にビジュアル化しているという印象です。
 何より、今回のクライマックスとも言える信之介と荘十郎の決闘シーンもかなりの迫力であります。

 そして個人的には何より嬉しいのは、それでいて劇画的なだけでなく、キャラクターのビジュアルが良い意味で適度に漫画的な点。
 凜々しい信之介はもちろんのこと、阿蘭党の大将たる梶原兵庫の長髪美形っぷり、そしてまだ名前も登場していないヒロインの美しさと、外連味あふれる物語には似合ったキャラたちには好感が持てます。

 冒頭に述べたように、物語はまだまだプロローグ、本作の最大の魅力たる物語のスケールはこれからどんどんと広がっていくわけですが――この第1話であれば、まずはその点も安心して見ていられるのではないかと感じます。


 なお、前号でも大いに話題となったレジェンド作家・植木金矢の新作が、この10月号にも掲載されています。
 『真贋巌流島』と題された本作は、一乗寺下り松の決闘を経て道に迷う武蔵が、巌流島で佐々木小次郎との決闘に臨むも――という内容。

 記録に残る小次郎の経歴と年齢の矛盾を巧みに物語に取り入れつつ、老達人との決闘を経て兵法の道の先に歩みを進める武蔵の姿を描く端正な画が印象に残る作品で、こちらも必見であります。


『鬼船の城塞』(菊地昭夫&鳴神響一 『コミック乱』2017年10月号) Amazon
コミック乱 2017年10月号 [雑誌]


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2017.08.22

唐々煙『煉獄に笑う』第7巻 開戦、第二次伊賀の乱!

 ついに正伝『曇天に笑う』の巻数を超え、なおも続く本作。義兄弟の契りを交わして立った佐吉と曇の双子が巻き込まれるのは、彼らにとっては共に強敵である信長と伊賀の戦いであります。しかしその戦いを目前に、伊賀の百地丹波が語る驚くべき真実を耳にした芭恋は……

 大蛇の器も九人に絞られた中、その一人として追い詰められた佐吉の前に生還した曇芭恋と阿国。安倍の邪術と百地八咫烏を打ち破った三人は義兄弟の契りを交わし、ここに「石田三成」が誕生することになります。
 しかしその間も大蛇を狙う織田信長、そして百地丹波の暗躍は続き、ついに正面からの激突は目前の状態に。そんな中、曇神社に現れた丹波は、芭恋に対して語りかけます。「我が息子よ」と。

 いきなりの爆弾発言に当然ながら荒れ狂う芭恋ですが、しかし丹波は真剣。どうやら嘘ではないと知った芭恋は、(当然ながらもう一人の子である)阿国に事情を告げず、ただ誘いに乗って伊賀に潜入すると言い残して佐吉と阿国から離れます。
 一方、佐吉は信長からの召喚を受け、伊賀攻めの間、信長の小姓として仕えることに。そして残された阿国も、織田軍に潜入して、戦の混乱の中、隙をうかがうことに……


 というわけでこの巻ではついに第二次伊賀の乱が勃発。言うまでもなく、信長によって伊賀が殲滅されたことで知られる戦ですが、本作においては、大蛇を狙う二大勢力の正面からの激突として、また違う意味を持つことになります。

 しかしその前に衝撃の事実が明かされたことで、さらにややこしくなる状況。この巻ではその状況――芭恋の伊賀(百地)入りを中心に、物語が展開していくことになります。

 何しろ芭恋たちと百地一党といえば、つい前の巻まで本気で殺し合っていた相手同士。
 特に八咫烏の一人・秋水は芭恋によって倒され、また深手を負わされた者もいる中、いかに絶対的な力を持つ丹波の子とて、そう易々と受け容れられるはずもありません。

 それに加え、丹波が織田迎撃戦の指揮官として芭恋を指名、八咫烏を預けたことで(そしてその任にあらずば殺しても可、などと言い出したことで)、なおさら大変な状況に。
 さしもの人を食った芭恋も苦闘を強いられるのですが――しかし実際に戦が始まってみれば!


 正直なところ、物語展開は今回もあまり早くないのですが、しかしおそらくはこの戦いは中盤(?)のクライマックス。信長と丹波の戦いに加え、芭恋の去就という新たな要素が加わったことで、この先が一層見えなくなったのは歓迎すべきでしょう。

 一方の阿国の方も、それほど出番は多くはないものの、亡き母に絡んで髑髏鬼灯こと牡丹に対して感情を露わにしたり、佐吉への慕情を垣間見せたり(!)、潜入の際にはショートカット姿を披露したりと、これまで以上に表情豊かなキャラクターとなっているのも嬉しいところであります。


 しかしこの巻のラストページで描かれたのは、どう考えても明るい未来とはほど遠いものを感じさせるもの。サイコパス野郎・安倍晴鳴の暗躍も続き、さらなる悲劇を予感させます。
 そんな状況において、信長の側にあって動けぬ状況の佐吉に何ができるのか――まだまだ先の見えぬ物語、今から早く次の巻を、と言いたくなってしまうのであります。


 しかしカバー裏といい折り込みといい、オマケ四コマの内容が本当にヒドい(褒め言葉)


b>『煉獄に笑う』第5巻(唐々煙 マッグガーデンビーツコミックス) Amazon
煉獄に笑う7 (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)


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2017.08.19

梶川卓郎『信長のシェフ』第19巻 二人の「未来人」との別れ、そして

 信長と本願寺の決戦の最中に傷を負い、記憶の一端を取り戻したケン。果たして彼の過去に何があったのか、そして二人の同時代人との関係はどうなるのか――ケンにとって大きな出来事が待ち受ける巻であります。

 信長の本願寺攻めに際して、明智光秀を利用して信長を討とうとする松永久秀と果心居士こと松田。ケンは松田が動かした歴史にない援軍――毛利軍を辛うじて阻み、信長も天王寺砦で光秀との強い絆を見せることにより、辛うじて最大の危機を突破するのでした。
 ……が、ケンの周囲は、むしろこれからが大戦であります。

 同時代人であり、本願寺に身を寄せていたようこ、そして策に破れて久秀に見捨てられた松田――二人の同時代人と再びまみえることとなったケン。
 さらに戦の中で傷を負い、記憶の一端を取り戻した彼は、ようこから、自分たちの過去に何があったかを聞かされることになるのですから……


 ケンが記憶喪失であったことから、今まで謎に包まれていたタイムスリップ当時の状況。
 今回ついに語られたそれは、全貌を明かしたわけではないにせよ(むしろこれ以上が語られる必要はないのでしょう)、しかしケンにとっては、一つの足がかりになるであろう確かな「過去」であります。

 しかしケンが、そしてようこが見るべきものは、過去ではなく未来――そしてその二人の未来は、もはや同じものではないことが、ようこ自身の口からはっきり語られることになります。
 自分にとってはまさしく地獄に仏であった顕如のもとへ帰ることを切望するようこ。しかし今の彼女は織田家の捕虜、そんな好き勝手が許されるはずもないのですが……

 もちろんここで一肌脱ぐのがケン。この先に待つものが織田と本願寺の決戦であり、その先に苦しみしかないとしても、顕如の傍らにありたいと願う彼女のために奔走するケンですが――しかし気になるのは、当の顕如の心であります。
 これまで信長と相対しても全く動じることなく、冷然たる態度を崩さなかった顕如。その彼にとって、ようこはどれだけの価値を持つのか。そして彼だけでなく、本願寺を動かすことができるのか?

 ケンの機転により、この上もない形で示されたようこの想い。そしてそれに対する顕如の答えも、ここではっきりと示されることになります。それも、ケンにとってもこの上もない形でもって。
 なるほど、顕如の真情を示すために、ここでこれを持ってきたか! とシビれる展開に、こちらも笑顔になってしまうのであります。


 そしてもう一つ、この巻ではケンと同時代人の別れが描かれることになります。それはもちろん松田――果心居士として暗躍し、今は捕らわれて死を待つばかりの彼を救うのは、ようこの時以上に困難極まりないことですが、もちろんここで彼を見捨てられるはずがありません。

 口封じに果心居士を処刑を進言する久秀に一泡吹かせんとする秀吉と組んだケンの奇策とは――なるほどこう来たかと、いいたくなるような変化球。
 史実――というか果心居士の伝説を知っていればニヤリとできるようなそれは、虚実の合間に出没した果心居士ならではの結末として、こちらも大いに納得できるのであります。


 歴史の動きでいえば、ほとんど足踏み状態であったものの、しかしケン自身のドラマとしてはこの上ない内容を――もちろんそこに巧みに料理を絡めて――見せてくれたこの巻。

 ラストには二人の新キャラクター(だったはず)が登場、この先の絡みも楽しみなところに、さらにタイムスリップものとしての爆弾が落とされるなど、この先の展開への目配せも巧みで、いやはや満腹の一冊であります。


『信長のシェフ』第19巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 19 (芳文社コミックス)


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2017.08.17

『コミック乱ツインズ』2017年9月号(その二)

 「乱ツインズ」誌9月号の紹介、後半戦であります。

『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 今回から『梅安蟻地獄』がスタート。往診の帰りに凄まじい殺気を放つ侍に襲われ、背後を探る梅安。自分が人違いで襲われたことを知った彼は、その相手が山崎宗伯なる男であること、そして町人姿のその兄が伊豆屋長兵衛という豪商であることを探り出します。

 そしていかなる因縁か、自分に対して長兵衛の仕掛けの依頼が回ってきたことをきっかけに、宗伯を狙う侍に接近する梅安。そして侍の名は……

 というわけで、彦次郎に並ぶ梅安の親友かつ「仕事」仲間となる小杉十五郎がついに登場。どこか哀しげな目をした好漢といった印象のその姿は、いかにもこの作画者らしいビジュアルであります。
 しかし本作の場合、ちょっと彦さんとかぶってるような気もするのですが――何はともあれ、この先の彼の活躍に期待であります。


『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 来月再来月と単行本が連続刊行される本作、里見の八犬士と服部のくノ一の死闘もいよいよ決着間近であります。
 里見家が八玉を将軍に献上する時――すなわち里見家取り潰しの時が間近に迫る中、本多佐渡守邸では、半蔵やくノ一たちを巻き込んで、歌舞伎踊りの一座による乱痴気騒ぎが繰り広げられて……

 と、ある意味非常に本作らしいバトルステージで行われる最後の戦い。己の忍法を繰り出し、そして己の命を燃やす角太郎に、壮助に、さしもの服部半蔵も追い詰められることになります。
 ちなみに本作の半蔵には原作とも史実とも異なる展開が待っているのですが、しかしその一方で原作以上に奮戦したイメージがあるのが面白いところであります。すっとぼけた八犬士との対比でしょうか。

 そして残るは敵味方一人ずつ。最後の戦いの行方は……


『鬼切丸伝』(楠桂)
 信長鬼の血肉を喰らって死後に鬼と化した武将たちの死闘が描かれる鬼神転生編も三話目。各地で暴走する鬼たちに戦いを挑んだ鈴鹿と鬼切丸の少年ですが、通常の鬼とは大きく異なる力と妄念を持つ鬼四天王に大苦戦して……

 と、今回描かれるのは、鬼切丸の少年vs丹羽長秀、鈴鹿vs豊臣秀吉・前田利家のバトル。死してなお秀吉に従う利家、秀吉に強い怨恨を抱く長秀、女人に自分の子を生ませることに執着する秀吉――と、最後だけベクトルが異なりますが、しかし鬼と化しても、いや化したからこそ生前の執着が剥き出しとなった彼らの姿は、これまでの鬼以上に印象に残ります。

 その中でも最もインパクトがあるのはやはり秀吉。こともあろうに鈴鹿の着物を引っぺがし、何だか別の作品みたいな台詞を吐いて襲いかかりますが――しかし彼女も鬼の中の鬼。
 鬼同士の壮絶な潰し合いの前には、さすがに少年の影も霞みがちですが、さてこの潰し合い、どこまで続くのか……


 その他、『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)は、今月も伊達軍vsと佐竹義重らの連合軍の死闘が続く中、景綱が一世一代の(?)大活躍。
 また、『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)は、こちらもまだまだ家慶の日光社参の大行列が続き、次々と騒動が勃発。その中で八瀬童子の猿彦、八王子千人同心の松岡と、これまで物語に登場したキャラクターが再登場して主人公を支えるのも、盛り上がります。


 と、いつにも増して読みどころの多いこの9月号でありました。


『コミック乱ツインズ』2017年9月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年9月号 [雑誌]


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2017.08.16

『コミック乱ツインズ』2017年9月号(その一)

 「乱ツインズ」誌9月号は、野口卓原作の『軍鶏侍』が連載スタート。表紙は季節感とは無縁の『鬼役』が飾りますが、その隅に、『勘定吟味役異聞』のヒロイン・紅さんがスイカを手にニッコリしているカットが配されているのが夏らしくて愉快であります。今回も印象に残った作品を取り上げます。

『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)
 というわけで新連載の本作は、原作者のデビュー作にして、現在第6作まで刊行されている出世作の漫画化。
 原作は南国の架空の小藩・園瀬藩を舞台に、秘剣「蹴殺し」を会得した隠居剣士・岩倉源太夫が活躍する連作シリーズですが、12月号で池波正太郎の『元禄一刀流』を見事に漫画化した山本康人が作画を担当しています。

 第1話は、藩内で対立する家老派と中老派の暗闘に巻き込まれながらも、政の世界に嫌気がさして逃げていた主人公が、自分の隠居の背後にあるある事情を知り、ついに剣士として立つことを決意して――という展開。
 どう見ても家老派が悪人だったり、よくいえば親しみやすい、厳しくいえば既視感のある物語という印象ですが、家老の爬虫類的な厭らしさを感じさせる描写などはさすがに巧みなで、今回は名前のみ登場の秘剣「蹴殺し」が如何に描かれるか、次回も期待です。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 新展開第2話の今回は、敵サイドの描写にが印象に残る展開。吉原に潜み、荻原重秀の意向を受けて新井白石の命を狙わんとする紀伊国屋文左衛門、白石に御用金下賜を阻まれ、その走狗と見て聡四郎の命を狙う本多家、そしてそれらの動きの背後に潜んで糸を引く柳沢吉保――と、相変わらずの聡四郎の四面楚歌っぷりが際立ちます。

 そのおかげで(?)、奉行所の同心に絡まれるわ、刺客に襲われるわ、紅さんにむくれられるわと大変な聡四郎ですが、紅さん以外には脅しつけたり煽ったりとふてぶてしく対応しているのを見ると、彼も成長しているのだなあ――と思わされるのでした。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 北海道編の後編。広大な北海道に新たな、理想の鉄道を敷設するために視察に訪れた島と雨宮。そこで鉄道に激しい敵意を燃やし、列車強盗を繰り返す少女率いる先住民たちと雨宮は出会うことになります。

 そして今回は、先住民の殲滅を狙う地元の鉄道員たちが、島が同乗する列車を囮に彼女たちを誘き寄せようと企みを巡らせることに。それに気付いた雨宮は、一か八かの行動に出るものの、それが意外な結果を招くことになるのですが……

 各地の鉄道を訪れた雨宮が、現地の鉄道員たちとの軋轢を経験しつつ、その優れた運転の腕でトラブルを切り抜け、鉄道の明日に道を繋げていく――というパターンが生まれつつあるように感じられる本作。しかしこの北海道編で描かれるものは、一つのトラブルを解決したとしても、大勢を変えることは到底出来ぬほど、根深い問題であります。

 そんな中で描かれる結末は、さすがに理想的に過ぎるようにも感じますが――その一方で、島に対する雨宮の「自分でも気付かないうちに北海道を特別視していませんか?」という言葉、すなわち島の中にも北海道を「未開の地」、自分たちが好きなように扱える地と見なしている部分があるという指摘には唸らされるのであります。


 長くなりましたので、次回に続きます。


『コミック乱ツインズ』2017年9月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年9月号 [雑誌]


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2017.08.09

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第7巻 走る密室の怪に挑む心の強さ

 単行本累計150万部突破と、既にジャンプ人気作品の一角を占めることとなった『鬼滅の刃』単行本最新巻であります。戦いの傷も癒え、新たな力を手にした炭治郎たちが、「柱」の一人・煉獄杏寿郎とともに挑む戦いの舞台は、何と疾走する列車の中……!

 炭治郎が蜘蛛鬼との死闘の最中に、かつて父が舞ったヒノカミ神楽の記憶から繰り出した火の呼吸。その謎を知る可能性のある「炎柱」の煉獄と会うため、そして新たな任務のため、炭治郎・善逸・伊之助(と禰豆子)は、新たな任務の地に向かうことになります。
 その任務の地とは、鉄道――行方不明者が多発し、鬼殺隊の隊士も次々と消息を絶ったという、鬼の存在が疑われる地だったのであります。

 ヒノカミ神楽も火の呼吸も全く知らないとあっさり煉獄に告げられた炭治郎ですが、鬼の攻撃は、彼らも気づかぬ間に始まっていて……


 というわけで新章の舞台は鉄道。大正時代を舞台としつつ、正直なところそれらしいところはこれまであまりなかった本作ですが、なるほど、鉄道というのはなかなか面白い。

 鉄道=文明開化という印象がありますが、鉄道の敷設が全国に広がり始めたのは明治中頃、日本のほぼ全域に路線網が引かれた(といっても全線合わせて1万キロ未満なのですが)のが明治末期、東京駅開業が大正3年と、鉄道がポピュラーになってきたのは、明治かなり遅くとなります。

 そう考えると炭治郎や伊之助が鉄道を目の前にしてのリアクションもそれなりにアリかと思いますが、いずれにせよ、珍しくもそれなりに作中で好きなように扱える程度には普及してきたという意味で、うまいチョイスだと思います。

 そして動く密室とも言うべき鉄道内で繰り広げられるのは、それにふさわしい奇怪な攻撃。鉄道に巣食った十二鬼月最後の下弦・魘夢の能力は、その名の通り「夢」の中に相手を閉じ込めるというもの。
 さらに、好きな夢を見せるという甘言で仲間に引き入れた人間を用いて、夢の中の炭治郎たちを襲わせるという、陰険に陰険を重ねたような手段であります。
(人が多数集まり、それでいて一定時間外部からの干渉がないという点で、魘夢の能力と鉄道は相性がいいと、ここでも感心)

 かくてそれぞれ夢の中に囚われた炭治郎たち四人ですが――ここでも本作ならではの構成のうまさが光ります。
 まず、ほぼ予想通りというか期待通りにコミカルさ全開で善逸と伊之助の夢を描いておいて、次にほぼ初登場に近い煉獄の夢を通じて彼の過去を描いてみせるのには感心させられました。

 列車内で登場するなり「うまい」連呼で弁当を食いまくるシーンのように「豪快」「空気読まない」印象の強かった煉獄。
 しかしこの夢――過去の中で描かれるのは、彼が柱になった直後の、彼と父との哀しい記憶であり、そしてその中でも弟を鼓舞し、前向きに進もうとする、極めて好もしい人間としての彼の姿なのであります。

 そして炭治郎ですが――物語の冒頭で無惨に奪われた彼の母と弟・妹たちとの平和な暮らしが描かれるというのが、その平穏さ故に、我々読者の精神にもダメージを与えます。
 この手の精神攻撃は(本作においては攻撃準備の時間稼ぎ的な面も大きいものの)、対象に、現実に背を向けて虚構の世界に埋没したいという想いを植え付けるものが大半ですが、これはその中でも最強のものでしょう。

 果たしてその中からどうやって脱出するのか――それを、多分に偶然(とギャグ)の要素を含みつつも、炭治郎の強さ(そして主人公としての資格)の源と言うべき、彼の心の強さを改めて強調しつつ、そして十二分の説得力を以って描くのには唸らされるばかりです。
(この巻の冒頭で、彼が感情を見せない同期の少女に「心の強さ」を語っていたのを考えればなおさら)


 かくて夢から覚醒した炭治郎と仲間たち。ここから始まる主人公サイド五人がそれぞれの特性を発揮しての、変形のチームバトルも盛り上がり(特にこういう時に猛烈に頼もしい伊之助)、一挙に逆転、といきたいところですが――さて、このままうまくいくでしょうか。
 随所に「らしさ」を見せつつも、また本領を発揮していない煉獄の真価も含め、まだまだ油断はできない物語であります。


『鬼滅の刃』第7巻 (吾峠呼世晴 集英社少年ジャンプコミックス) Amazon
鬼滅の刃 7 (ジャンプコミックス)


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2017.08.08

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第6巻 緊迫の裁判と、脱力の特訓と!?

 家族を殺した「鬼」と戦うため、「鬼殺隊」に加わった少年・竈門炭治郎の死闘を描く本作も、めでたく連載一周年を突破しました。今回紹介する第6巻では、その作品世界がより広がる展開が描かれることになります。鬼殺隊最強のメンバー、「柱」の登場によって……

 那田蜘蛛山に潜む鬼との死闘を辛くも生き延びた炭治郎と禰豆子。しかし、「鬼」である禰豆子と、彼女を庇う(そして他の鬼にも哀れみの念を抱く)炭治郎に対し、疑念を抱く者たちにより、二人は鬼殺隊の本部に連行されることになります。

 そこで二人を待つのは、鬼殺隊最強の戦力、鬼側最強の十二鬼月を討つ力を持つ九人――水・蟲・炎・音・恋・岩・霞・蛇・風の流派を代表する「柱」たちであります。
 しかし、炭治郎と禰豆子を襲った最初の悲劇の時から面識を持ち、炭治郎が鬼殺隊に加わるきっかけを作るなど、浅からぬ縁を持つ水柱の冨岡は格別、その他の柱にとっては二人は鬼とそれを庇う異端分子に過ぎません。

 かくて、二人は鬼殺隊柱合裁判にかけられることに……


 主人公が組織に所属する戦士である少年漫画の場合、しばしば登場する、それよりもランクが上の戦士集団の存在。
 彼らは主人公にとっては頼もしい先輩にもあれば乗り越えるべき最強の敵にもなるわけですが――鬼という明確な敵が存在する本作において後者のパターンはないかなと思えば、なるほどこの手があったか、と感心いたします。

 それにしてもこの九人の柱、これまで登場した冨岡と蟲柱のしのぶは普通の人間だった一方で、新登場の面子はビジュアル的にも言動的にもキャラが立ちすぎていて、ちょっと不安になるくらいだったのですが……

 ちょっとした描写で、そのキャラクターの印象を変えたり、深みを与えたり――という本作のキャラ描写と造形の巧みさはこれまで同様で、一歩間違えれば嫌味な先輩集団になりかねないところに、きっちりと(ギャグを交えつつ)人間味を与えているのには感心させられます。


 そしてこの巻の後半、何とか鬼殺隊に改めて迎えられた炭治郎たちを待つのは、傷の治療と特訓――と言いつつ、その地味そうな印象とは裏腹に、半ばギャグパートになっているのが面白い。
 少しの間出番のなかった善逸と伊之助が再登場するも、二人とも戦いのダメージは深刻で――と、本来であれば洒落にならないところに、強引に笑いを突っ込んでくるのも、実に本作らしいところであります。

 それでいて、これまで鬼に対して情を見せる炭治郎に対して否定的な態度を見せてきたしのぶが、その慇懃かつ冷徹な仮面の下に秘めてきた過去と、炭治郎への希望を語るくだりなど、ドラマとしても、キャラクターの肉付けとしても、実と面白い。
 前巻までの蜘蛛鬼との死闘、この巻前半の柱との対面、そしてこの後半と――静と動、戦いと笑いなど、緩急の付け方が実に巧みとしか言いようがありません。


 そして静の展開が続けば、次に来るのは動――鬼との死闘。傷が癒え、新たな力を得た炭治郎たちを待つものは――次の巻の紹介にて。


『鬼滅の刃』第6巻 (吾峠呼世晴 集英社少年ジャンプコミックス) Amazon
鬼滅の刃 6 (ジャンプコミックス)


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