2017.07.21

『お江戸ねこぱんち 夢花火編』 顔ぶれは変わり、そして新しい魅力が

 前回の紹介から非常に間があいてしまった上に、本号の発売からも一ヶ月遅れの紹介ということで誠に恐縮なのですが――久々の『お江戸ねこぱんち』誌の紹介であります。リニューアル後でだいぶ作品の顔ぶれは変わった本書、印象に残った作品を紹介いたします。

『平賀源内の猫』(栗城祥子)
 タイトル通り、あの平賀源内と彼の猫を中心としたシリーズの最新作であります。
 真っ昼間から日本橋通りに物の怪が出るという噂が流れる中、頭でっかちの田沼意知に下々の暮らしを(強引に)体験させるために一肌脱ぐことになった源内。。そこにさらに意知からは白眼視されている、農民から田沼家の用人になった三浦庄司が絡んで……

 と、「日本橋の物の怪」「意知の庶民体験」「三浦という人間の価値」という、あまり関係のなさそうな(そして一つ一つは比較的ありがちな)三つの要素が描かれることなる本作。しかし、ある病の存在を繋ぎとして、やがてそれらがきっちりと絡み合って、一つの大きな物語を作り上げるのには大いに感心させられました。

 ちなみに三浦庄司、作中では農民気質丸出しのユニークな人物として描かれていますが、実在の人物というのが面白いところであります(作中とは全く異なる人物像ですが……)


『雨のち猫晴れ』(須田翔子)
 江戸の人情を題材とした物語が中心、それも想定読者層はある程度の年齢の女性ということもあってか、「長屋の若夫婦と猫」を題材とした作品が非常に多かった本書。
 その中でも本作は、主人公の若妻・お珠の浮き世離れしたキャラクターとやわらかな絵が相まって、印象に残る作品であります。

 長屋の生活で彼女が苦労するたびに、こんな品物があればいいのに……と現代では実用化されている品物(洗濯機とか電話とか)を妄想するという要素は、正直なところそれほど効果的に機能しているとは言い難いものがあります。
 しかし、実は彼女は駆け落ちの身だった(それゆえある意味後がない身の上)という変化球が、物語のよいアクセントになっていたかと思います。


『のら赤』(桐村海丸)
 遊び人の赤助と江戸の人々の日常を、良い意味でダラダラとしたタッチで描く連作シリーズ、今回は馴染みの遊女から信州そばが食べたいとねだられて町に出た赤助が、猫に異様にモテるナルシストの蕎麦屋という珍妙な男と出会って――というお話。

 本当に二人が馬鹿話をするだけの内容なのですが、それが妙に、いや非常に楽しいのは、作者の緩くて暖かい絵柄の力によるところ大でしょう。なんだか落語のような皮肉なオチも愉快であります。


『物見の文士外伝 冥土に華の』(晏芸嘉三)
 この世ならざるものが見えてしまう文士を主人公とするシリーズの外伝たる本作は、『物見の文士 柳暗花明』に登場した、彼岸と此岸の間の異界の吉原から始まる物語。
 浮世の未練を抱えた魂がたどり着くこの地の顔役的な存在の女・八千代が、心中に失敗して自分だけ命を落とした岡場所の娘・初の未練を晴らすべく奔走いたします。

 初の心中の相手は厳格な武家の嫡男・重太郎。親の反対で心中を選んだものの、自分一人生き残ってしまった彼がどのような行動を取るか……
 予想通りの行動に対し、現世に干渉できない(それは八千代も同様)初が、いかにして彼を救うか、というクライマックスが――猫を絡めたことでちょっと騒々しくなったものの――読ませてくれます。


 その他、『にゃんだかとっても江戸日和』(紗久楽さわ)は、これも「長屋の若夫婦と猫」ものですが、お歯黒と眉剃りという、この時代の当然を、違和感なく漫画の絵としてアレンジしているのに感心させられます。

 また、『猫と小夜曲』(北見明子)は、比較的シンプルな物語ながら、主人公の盲目の元侍にのみ感じられる猫という存在を絡めることでラストを盛り上げるのが巧みな作品。
 そして『若様とねこのこ』(下総國生)は、タイトル通りの一種の若様もの的な内容はシンプルながら、画という点ではかなりの完成度で……

 と、初期に比べれば執筆陣はそれなりに入れ替わっているものの、それでもこの『お江戸ねこぱんち』が、様々な、新しい魅力のある漫画誌であることは間違いありません。もちろん、今後の展開にも期待であります。


『お江戸ねこぱんち 夢花火編』(少年画報社にゃんCOMI廉価版コミック) Amazon
お江戸ねこぱんち夢花火編 (にゃんCOMI廉価版コミック)


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2017.07.20

北方謙三『岳飛伝 七 懸軍の章』 真の戦いはここから始まる

 岳飛死す――と思いきや、梁山泊の介入により生き延び、南方へ脱出という驚天動地の展開を迎えることとなった北方岳飛伝。ただ一人、大理国に足を踏み入れた岳飛の新たな戦いが始まる一方で、梁山泊も西へ東へ南へと活動を続けるのですが――しかし南宋も不気味な動きを見せることになります。

 秦檜による南宋軍総帥への就任要請を断り、謀反の罪を着せられて処刑を待つ身となった岳飛。しかし呉用の「岳飛を救え」の言葉によって動いた燕青は、南宋皇太子の正統を揺るがす印璽と短剣と引き換えに岳飛を救出することになります。
 致死軍のフォローによって南宋を脱しかつての部下の姚平とただ二人、雲南大理国に逃れた岳飛。かつての岳飛軍を糾合するという姚平が北に戻り、ただ一人森に残った岳飛は、その中で己を見つめ直すことに……

 悲劇的な最期を遂げるはずの岳飛が生き延びてしまうという、意外と言えば意外な展開を経てのこの巻で描かれるのは、岳飛と岳家軍の新たな旅立ち。
 戦いには負け続け、それでも生き延びて、南宋最強の戦力となった岳飛ですが、今度こそ絶体絶命――というところで辛うじて拾った命のほかは無一物の状態から、彼は再び立ち上がることになります。

 どん底といえばどん底の状態にあって、ただ己の生を確かめるように、塒の周囲の開墾に没頭する岳飛の不器用な姿は、これはこれで実に彼らしい。
 そこには、決して超人的な英雄ではなく、ただ一人の人間――それも極めてしぶとく、そして非常に魅力的な人間として生きてきた彼らしさが溢れていると言えるでしょう。

 そしてそんな彼の下に、散り散りとなった岳家軍の男たちが馳せ参じる姿は、実に感動的であり――岳飛の戦いは、すなわち岳飛伝は、真にここから始まるのだ、と感じされられるのです。


 とはいえ、この物語世界で生きるのは、岳飛のみではありません。梁山泊も南宋も金も(金は今回は出番少な目ですが)そこに生きる者たちは、皆、自分たちの生を懸命に生きているのです。

 部下を叱咤激励して、十万人規模の都市・小梁山建設に着手した秦容。あの史進や呼延凌をやきもきさせた末に微笑ましいプロポーズを決める宣凱。かつて己の指揮で消えた無数の命を埋め合わせるように、西域で非戦の想いを貫く韓成。そして戦場で己の父の命を奪った岳飛と対面する張朔……

 どの登場人物も、これまでに積み上げてきた自分たちの生き様のその先を掴むべく、必死に生きる様が実に気持ち良い。
 もうこのまま、こいつらの生き様を延々と見ていたい――いささかオーバーに言えば、そんな気持ちにもなるのです。

 そしてその中で、個人的に一番刺さったのは、韓成の姿であります。

 岳飛伝開始時は、妻との関係が冷え切り、彼女に子供を押しつけるようにして、仕事に没頭するという、ある意味非常に現代的なダメお父さんとして登場した韓成。
 しかし西域に招かれ、帝の命でまつろわぬ部族を統合することとなった彼は、そこで思わぬ心の強さを見せるのです。戦を、人の命が失われることを嫌い、言葉でもって相手を説得しようとすることで……

 そんな彼の行為は、端から見れば綺麗事、空虚な理想主義にしか見えないかもしれません。しかし彼が背負ってきたもの、彼を腐らせた本当の理由を知れば、その決意を笑うことなどできようはずがありません。

 この巻で描かれる、彼と妻子の再会の場面――特に彼が、息子の馬にある名前をつけるシーン――は、そんな彼の復活の姿を描くものとして、男泣きの名場面なのであります。(それでもなお、百%報われるわけでもないところがまたいい)


 と、韓成の話ばかりになってしまいましたが、梁山泊の面々が活躍する一方で、南宋の暗躍も続きます。
 岳飛を切り捨ててまで南宋復活までの時間を稼いだ秦檜は、南進しての国力増強と、北の金と結んでの梁山泊攻撃を企図。その時に秦檜から秦容の小梁山を守る盾となるのは、そう、新生岳家軍……!

 因縁の対決はすぐ目の前に迫っているのか――それはわかりませんが、つかの間の平和が破られる日が遠くないことだけは間違いありません。

(ちなみに南宋といえば、それまで散々斜に構えてきた韓世忠が家庭を持っていきなりリア充的になったのも、妙に印象に残るところであります)


『岳飛伝 七 懸軍の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 7 懸軍の章 (集英社文庫)


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2017.07.19

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』 第1-3巻 史実と伝説の狭間を埋めるフィクション

 『修羅の門』『海皇紀』の川原正敏が、留候――張良子房を主人公に「項羽と劉邦」の世界を描く歴史活劇であります。既に5巻まで刊行されているにもかかわらず、今まで紹介のタイミングを逃していて恐縮ですが、今回は張良が初陣を飾る第3巻までを取り上げましょう。

 張良といえば、漢の高祖――劉邦を支え、彼に天下を取らせた軍師の中の軍師。しかしどうしても劉邦の方がクローズアップされるためか、少なくとも我が国においては張良を中心とした物語は少ないように思えます。
 そこで登場した本作、果たしてどのように張良を料理しているのか――と思えば、これが実に私好みの内容でありました。

 時は秦の始皇帝が中国を統一してから2年後、故国を秦に滅ぼされ、弟を失った張良が向かった東方の地・滄海は、太公望・姜子牙の子孫と言われる一騎当千の兵たちが暮らすと言われる地でした。
 しかし、途中で拾った赤子・黄石とともにたどり着いた滄海では、戦で兵たちは失われ、残っていた若い男は窮奇と名乗る青年のみ。

 それでも長老を口説き落とし、窮奇、そして黄石とともに旅立った張良は、巨大な鉄槌を遠くから窮奇に投げさせるという奇策を以って、博浪沙で巡遊中の始皇帝暗殺を計画します。しかし計画は失敗、辛くも逃れた三人は、時が満ちるのを待つため、江湖に身を潜めることに……


 というのが本作の第1巻のあらすじですが、もうこれだけで私のような人間は大興奮してしまいます。何しろ、張良の相棒とも言うべき存在となる窮奇が、あの「大力の士」(力士)なのですからたまりません。

 張良が滄海君という人物から大力の士を得て、これに巨大な鉄槌を投げさせるも……というのは、これは「史記」に記されたいわば「史実」。この大力の士はその後記録に全く現れることなく、歴史の狭間に消えてしまうのですが――それをこのような形で活かしてみせるとは!

 いささか大袈裟な表現ではありますが、もう、この設定だけで本作のことを全肯定したくなってしまうのであります。
(この窮奇が、姜子牙の子孫という設定もまた、『修羅の門』ファンにはニヤリ)

 そしてまた、もう一人のメインキャラクターである黄石、どうやら不思議な力を持つらしい少女の設定も面白い。

 「史記」における黄石公――始皇帝暗殺に失敗して潜伏していた張良が、黄色い石の化身と名乗る不思議な老人と出会って太公望の兵書を授けられたという伝説。
 これをアレンジした彼女(さらにそこで上で述べた窮奇の姜子牙との関わりも出て来るのですが)の設定は、そのまま本作における「史実」と「伝説」の関係性を示すものとなっているのです。

 そう、中国史(に全く限ったわけではありませんが)にしばしば登場するファンタジーめいた伝説や逸話の類――上で述べた黄石公や、劉邦が白竜を斬った赤帝の子であるという逸話の類を、本作はそのまま事実として描くことはありません。
 身も蓋もないことを言ってしまえば、それらは箔を付けるためにこしらえられた後付の創作、その時はハッタリであっても、功成り遂げた後は「事実」として受け止められるようになる――という解釈が本作では為されているのです。

 それが決して味気ないものとも、嫌味なものともなっていないのは、その「伝説」が張良たちにとって一種の策として明確に成立していることももちろんあります。
 しかしそれ以上に、一つの伝説を否定しつつも、その奥にある更なる伝説めいたものの存在を描き出していることでしょう。

 それは一騎当千の兵である窮奇の存在であり、あるいは人の価値を見抜き張良に道を指し示す黄石の存在であり――史実と伝説の狭間をフィクションを以って埋めてみせるという(一種メタな)趣向が、何とも気持ち良いのであります。


 正直なところを申し上げれば、第1巻で張良が始皇帝暗殺に失敗、第2巻で張良が劉邦と対面、第3巻で張良が劉邦の帷幄に参じて初勝利――というペースはかなり遅いようにも感じられます。しかしその分、この「狭間」を丹念に描いていると思えば、これはやむを得ないものと言うべきかもしれません。

 始皇帝が薨去してから劉邦が天下を取るまでわずか十年ほど。その狭間に本作が何を描くのか――楽しみにならないわけがありません。


『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』(川原正敏 講談社月刊少年マガジンコミックス) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon/ 第3巻 Amazon
龍帥の翼 史記・留侯世家異伝(1) (講談社コミックス月刊マガジン)龍帥の翼 史記・留侯世家異伝(2) (講談社コミックス月刊マガジン)龍帥の翼 史記・留侯世家異伝(3) (講談社コミックス月刊マガジン)

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2017.07.18

かたやま和華 『されど、化け猫は踊る 猫の手屋繁盛記』 彼の奮闘の意味と努力の行方と

 猫股の祟りで等身大の白猫になってしまった青年・近山宗太郎が、人間の姿に戻るべく善行を重ねるため、よろず請け負い屋として活躍するシリーズも、早いもので第4作目。今回彼が出くわすのは、千里通の福犬がきっかけの犬猫合戦に、五匹の黒猫と暮らす浪人の謎であります。

 ふとしたことから猫股の長老の怒りを買い、気がついてみれば正真正銘の猫侍になってしまった宗太郎。父に迷惑をかけてはならじと家を出た彼は、百の善行を重ねて人間に戻るため、裏長屋で猫の手を貸すよろず請け負い業を開業いたします。
 江戸の人々からは、人間になる途中の猫股と思い込まれている宗太郎、猫山猫太郎という周囲の呼び間違いを律儀に訂正しつつ、今日も猫の手屋として奔走することに……


 という本シリーズですが、本作に収録されているのは三編二話のエピソードであります。
 一話目の『犬猫合戦』で描かれるのは、猫と並んで人間の友として長年親しまれてきた犬を巡る騒動。
 ある日、犬を連れて江戸に現れた一人の老婆。福犬だというその犬・大丸からのお告げを語る老婆は、あらゆるものを見通すかのようなその正確さから、(特に犬党の間に)瞬く間に信奉者を集めていくことになります。

 それだけならばまだしも、老婆は怪しげな厄除けの護符を売り始め、さらに宗太郎の存在が化け猫の祟りをもたらすと予言したことから、江戸の犬党と猫党の間が一触即発に。
 自分の存在が争いの原因となったことに悩む宗太郎は、普段からまとわりついてくる役者の中村雁也の力を借りて、老婆の正体を暴くべく一芝居打とうとするのですが……

 「伊勢屋、稲荷に犬の糞」と言われたように、江戸には数多くいた犬。そんな犬たちがこれまで本作にほとんど登場しなかったのは、言うまでもなく主人公をはじめとして猫サイド(?)であったためかと思いますが、しかしこの時代に犬党の人間が少なくなかったであろうことは容易に想像がつきます。
 このエピソードは、犬だ猫だと異なる好みの人々の間で、ちょっとしたきっかけで争いが起こる怖さを描いた物語でもありますが、同時に、これまで宗太郎が出会った人々が次々と登場し、彼を支えてくれるという内容であるのも楽しいところです。

 猫の手屋としての彼の奮闘の意味を今一度確認させてくれる、なんともホッとさせられるエピソードであります。


 そして後半の『宵のぞき』『すばる』は、本シリーズには比較的珍しい、重たくも切なく、そして感動的なエピソード。

 町のあちこちから烏猫(黒猫)を集めている謎の浪人がいるとの知らせに、浪人のことを密かに探ることになった宗太郎。吉原裏の浅草田んぼで五匹の烏猫と暮らすその浪人を見つけた宗太郎ですが、浪人はかつて彼が人間であった頃の道場の先輩・羽鳥晋次郎だったのです。
 剣の腕も、人となりも優れた人物であった晋次郎が労咳を病み、周囲に迷惑をかけないように一人家を出たと知る宗太郎。晋次郎が烏猫を集めていたのも、烏猫が労咳に効くとの俗信によるものだったのであります。

 猫姿の宗太郎をかつての後輩と知らずに接する晋次郎を助けるべく、小屋に通うこととなった宗太郎。しかし彼の力も病には及ばず、晋次郎は彼にある頼みをするのでした。
 それは介錯――既に治る見込みもない病によって見苦しい姿で死んでいくのであれば、せめて武士らしく自裁したいという晋次郎を前に、宗太郎は……

 これまで、宗太郎自身の努力と、周囲の助けによって、猫の手屋として、様々な難事を解決してきた宗太郎。しかしそんな彼の力でも、どうにもならないことは確かにこの世にあります。
 このエピソードで描かれるのはその一つ――ただ命を消耗していくばかりの相手に何ができるのか。本当に武士として介錯することが正しいのか――本作はそこに、実に彼らしい見事な答えを描いてみせるのです(特に、彼の語る武士のあり方には感心!)

 もちろんそれはある種の慰めにすぎないのかもしれません。結局は彼も周囲も踊らされただけで、結末は変わらないのかもしれません。それでもなお貫いてみせた宗太郎の努力が決して無駄でないことは、可笑しくも美しい一つの奇跡を描く結末に表れています。


 果たしていつ終わるともしれぬ宗太郎の猫の手屋稼業。しかし彼の奮闘が報われる日はいつか必ず来る――そしてその時そこにいるのは、かつてとは比べものにならないほどに成長した人間・近山宗太郎の姿でしょう。
 いささか気が早いことながら、そんなことを想像してしまう本作でありました。


『されど、化け猫は踊る 猫の手屋繁盛記』(かたやま和華 集英社文庫) Amazon
されど、化け猫は踊る 猫の手屋繁盛記 (集英社文庫)


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2017.07.17

『コミック乱ツインズ』2017年8月号

 今月の『コミック乱ツインズ』誌は、表紙&巻頭カラーが、単行本第1・2巻が発売されたばかりの『勘定吟味役異聞』。今回も印象に残った作品を一作品ずつ取り上げましょう。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 というわけで新章突入の本作は、原作の第2巻『熾火』の漫画化となる模様。

 死闘の末、勘定奉行・荻原重秀と紀伊国屋文左衛門を追い落とすことに成功したかに見えた水城聡四郎ですが、結局重秀は奉行の座を退いたのみで健在。彼が手にしたものはわずか五十石の加増のみ、周囲からは新井白石の走狗と見做され、その白石からはもっと働けと責められるという理不尽な扱いを受けることになります。
 そんな中、名門・本多家に多額の金が下賜されていることを知った聡四郎ですが、その背後にはあの柳沢吉保が……

 というわけで新章第1回はまだプロローグといった印象ですが、大物の登場で物語は早くも波乱の予感であります。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 徳川慶喜相手に、「自らの手で日本の鉄道を世界一にする」と宣言した島安次郎。相棒(?)の凄腕機関手・雨宮とともに、その世界一を目指すために彼が向かった先は――最新鋭のアメリカ製機関車が走る北の大地・北海道! というわけで、こちらも新章スタート。これまで同様、雨宮が現地の鉄道の関係者とやりあって……という展開になりますが、さらりと雨宮が凄腕ぶりを見せてくれるのが楽しい。

 しかし底意地の悪さでは洒落にならない現地の機関手の妨害であわや列車から振り落とされかけた彼は、さらに列車強盗にまで出くわして……と災難続きであります。
 その強盗たちの正体が○○○というのはベタといえばベタかもしれませんがやはり面白い。さてこの出会いが、この先どう物語に作用するか、楽しみであります。


『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 クライマックス目前となった本作、冒頭で描かれるのは、前回繰り広げられた犬江親兵衛と服部半蔵の死闘の行方。孤軍奮闘の末に半蔵に深手を負わされた親兵衛の最後の忍法・地屏風が炸裂! と、原作で受けたイメージ以上に壮絶なその効果に驚きますが、彼がそれを会得するに至ったエピソードは省かれてしまったのは、猛烈に残念……

 それはさておき、死闘の末に八玉のうちの二つを取り戻し、残るは二人のくノ一が持つ二つの玉。しかし半蔵は外縛陣ならぬ内縛陣で二人を閉じこめ、時間切れで里見家お取り潰しを狙います。
 しかし、人の顔を別人に変える術を持つ大角は己の顔にそれを施し、そしてついに最後の八犬士・荘助の素顔(そういえばイケメンだった)を見せ……と、物語は本多佐渡守邸に収斂し始めました。

 あと数刻でお取り潰しという状況下でも決して希望を失わず、「諦めてはいけません 彼らを信じるのです 里見(わたしたち)の八犬士を!!」と語る村雨姫の周囲に、これまで散っていった者たちも含めた八犬士の姿が描かれるという、最高に盛り上がるラストで、次回に続きます。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 信長鬼の蒔いた鬼の種により、生前強い因縁を残して死んだ武将たちが鬼に転生! とまさかの転生バトルロイヤルもの展開に突入した本作ですが、いよいよ今回からバトルスタートいたします。

 子孫を残すという妄念に取り憑かれ、次々と女たちを襲う秀吉鬼と鈴鹿御前が対峙、鬼切丸の少年の方は、その秀吉を討たんとする長秀鬼と対決するという状況で両者は合流。武将鬼の意外な強さに苦戦する御前と少年ですが、さらにそこに第三の鬼が……と、いきなりの激戦であります。
 秀吉鬼の目的や悍ましい行動等、単独で題材にしても面白かったのでは……という印象がある今回のエピソード。その意味では少々勿体ない印象もありますが、甦った者たちの目的が単一ではなく、それどころか相争うことになるのが、実に面白いところです。

 人としての妄念を貫いた末に、鬼の本能すら上回ってしまった戦国武将たち。果たしてこのバトルロイヤルの終わりはどこにあるのか……次回以降も気になるところです。


『コミック乱ツインズ』2017年8月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年8月号 [雑誌]


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2017.07.13

『決戦! 忠臣蔵』(その一)

 様々な合戦を舞台に一作家一人で描く「決戦!」シリーズの中でも本書は異色の内容。ある意味江戸時代で最も有名な合戦である「忠臣蔵」の世界を題材とした一冊であります。全7作品のうち、特に印象に残った作品を一作ずつ取り上げます。

『冥土の契り』(長浦京)
 四十七士の中でも豪の者として知られる不破数右衛門。しかし彼は松の廊下の刃傷の時点では藩を放逐されて一足先に(?)浪々の身の上の人物でもありました。本作はその彼が何故赤穂浪士の決起に加わったかを描く物語です。

 藩を放逐されて以来、商品の輸送を警護する番手元締めを生業としていた数右衛門。そんなある日、彼の前に白い霞のような異形が出没するようになります。
 時に直接、時に人の口を借りて数右衛門に語りかけてくるその異形の正体は、浅野内匠頭の亡霊――特に恩義も恨みもない、しかし松の廊下で吉良上野介を討てなかったことには不甲斐なさを感じていた相手が自分の前に現れたことに数右衛門は激しく戸惑います。

 亡霊の望みは当然ながらというべきか、自分の仇討ち。実際に刀を振るったことも少ない浪士たちの中で、危険な生業を送っていたことから自分を選んだ旧主の勝手な言い草に反発する数右衛門ですが、ある事件をきっかけに亡霊と約束を交わすことに……

 冒頭に述べたように、浪士の中では少々ユニークな立ち位置であった数右衛門。放逐されていたにも関わらず討ち入りに参加した彼は、ある意味義士の鑑とも言うべき存在かもしれませんが、本作はそこに彼を討ち入りに導く奇妙な物語を描くことになります。
 しかしここで違和感を感じさせないのは、数右衛門の視点から、彼の心の変化を丹念に描いてみせていることでしょう。終盤で描かれるある真実も、物語にある種の深みを感じさせます。

 それにしても本作の「番手元締め」、中国のヒョウ(金+票)局のような存在で非常に興味深いのですが、実際にこの時代この仕事がこう呼ばれていたのでしょうか。


『雪の橋』(梶よう子)
 一つの合戦に参加した者を、勝者敗者問わず主人公とする「決戦!」シリーズですが、本書では少々残念なことに吉良サイドの視点で描かれた作品は本作のみ(正確にはもう一作あるのですが。吉良方で数少ない剣の達人、主を守って散った清水一学を主人公とした物語であります。

 百姓の子から上野介に取り立てられ、以来必死に武士たらんと励んできた一学。国元では領民に身近に接する「赤馬の殿さま」として慕われる上野介に一心に仕え、上野介夫妻からも可愛がられてきた彼は、故郷の幼馴染を妻に迎える日を目前としていたのですが……
 しかし、松の廊下の刃傷が全てを狂わせることになります。幕府の勝手な裁きにより理不尽な世評を立てられ、追い詰められていく主を守る一学。しかしついに餓狼の如き浪士たちが屋敷に乱入、一学は決死の戦いを挑むことになるのです。

 最近は流石に少なくなってきましたが、これまで長きに渡り、一方的に悪役として描かれてきた吉良上野介。その上野介を守る吉良家の人々も、義士たちの「敵」程度の扱いがほとんどだったわけですが――本作は、一学と吉良家の人々を、あくまでもごく普通の人々、思わぬ理不尽な運命に翻弄され、命を奪われる者として描きます。

 タイトルの「雪の橋」は、忠臣蔵クライマックスの討ち入りシーンでしばしば登場する吉良邸の池の橋であると同時に、一学が上野介の妻から与えられ、許嫁に送った櫛の意匠。
 いわば一学に、吉良家にも存在し、奪われることとなった平穏な、ごく普通の日常の象徴であります。

 それを奪おうとする浪士たちへの怒りも凄まじい本作、「これが仇討ちだというのか!」という、終盤の登場人物の叫びがするどく突き刺さります。
 ラスト一行に記されたものを何と受け止めるべきか……深い切なさと哀しみが残ります。


 少々長くなってしまったので次回に続きます。


『決戦! 忠臣蔵』(葉室麟ほか 講談社) Amazon
決戦!忠臣蔵


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 『決戦! 本能寺』(その一) 武田の心と織田の血を繋ぐ者
 『決戦! 本能寺』(その二) 死線に燃え尽きた者と復讐の情にのたうつ者
 『決戦! 本能寺』(その三) 平和と文化を愛する者と戦いと争乱を好む者
 『決戦! 川中島』(その一) 決戦の場で「戦う者」たち
 『決戦! 川中島』(その二) 奇想と戦いの果てに待つもの
 『決戦! 桶狭間』(その一)
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 『決戦! 新選組』(その一)
 『決戦! 新選組』(その二)

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2017.07.08

今野敏『サーベル警視庁』 警察ものにして明治ものの快作

 格闘技、SF、伝奇と様々なジャンルで活躍し、その中でも特に警察小説の名手として知られる作者が、なんと明治時代の警察庁を舞台として描くユニークな作品であります。明治後半の東京で連続する殺人事件。捜査に当たる警視庁第一部第一課のメンバーが辿り着いた真相とは……

 舞台となるのは明治38年7月、日露戦争では日本が日本海海戦で大勝し、終戦に向かいつつある頃――上野不忍池で、死体が発見されます。
 その報に現場に向かった警視庁第一部第一課の鳥居部長、葦名警部と岡崎巡査ら四人の巡査は、その場に現れた自称私立探偵・西小路とともに捜査を開始。被害者は帝大講師の高島であると判明します。

 急進的なドイツ文化受容論者であったという高島の周辺の捜査を開始する巡査たち。しかし遺体の発見者である薬売りは不可解な状況で姿を消し、帝大生を名乗る男からは捜査を攪乱するような偽りの情報がもたらされるなど、捜査は難航することになります。

 さらに内務省からの横やりが入るなど不穏な空気が漂う中で、陸軍大佐が高島と同様に鋭利な刃物で一突きされて殺害されるという事件が発生。
 そしてこの事件現場の近くで、不審な老人の目撃情報を得て後を追った岡崎巡査は、老人の意外な正体を知ることになります。

 そしてなおも事件は続き、次第に明らかとなっていくその全貌。犯人の真意を知った第一部第一課の面々は……


 なるほど、本作は舞台こそ明治であれ、まさしく警察小説と呼ぶにふさわしい内容。
 謎解きの要素はもちろんあるものの、より力点が置かれるのは、その事件を追う警察の面々の奮闘であり、あるいは他の組織や上層部との軋轢であり――と、明治を舞台としてもこのようなやり方があるのか、と感心させられます。

 登場キャラクターの方も、べらんめえ口調で型破りな部長に、理論派で冷徹な警部、部長の行動に振り回されがちの課長に、現場で奮闘する巡査たち……という配置など、ある意味定番ながら面白い。
 さらに上で述べた組織の問題など、当時の内務省と警視庁の力関係を、現代の警察庁と警視庁を思わせる形に当てはめて描いてみせるのには感心させられます。

 その一方で、明治という時代背景ならではの要素も随所に設定されていることも言うまでもありません。

 第一の事件の背景となる帝大では現代にまで不朽の名を残すあの文学者が教鞭を取っていたこの時代。その文学者は、間接的な登場ではあるものの、前任者の小泉八雲ともども、作中で大きな存在感を以って描かれることになります
 そして何より、明治で警察とくれば、どうしても連想してしまうあの人物ももちろん登場し、終盤ではほとんど主役クラスの活躍をみせるのであります。

 ――しかし、本作の「時代もの」たる所以は、こうした当時の実在の人物たちが登場する点に留まるものではありません。
 それ以上に本作において時代性を感じさせるのは、事件の背景となった政府内のある動き、そしてその原因となった一種の世相――上で述べた実在の人物たちの運命とも密接に関わるそれなのであります。

 それが何であるかは、ここでは具体的には述べません。しかしそれは、文明開化に邁進して日清・日露という対外戦争をくぐり抜け、近代国家へと変貌しつつあった日本が抱えることとなった一種の歪みであると――そう述べることは許されるでしょう。
(この辺り、作者が述べているように、『坊ちゃんの時代』の影響が確かに強く感じられます)

 そしてそんな明治の日本の姿は、この時代特有のものでありつつも、奇妙に現代の日本に重なるものであるとも……


 厳しいことを申し上げれば、警察以上に部外者が活躍した印象はあります。ラストの展開も、突然「時代劇」的になった感は否めません(そしてそれもまた、部外者あってこその展開でもあり……)

 それでもなお、警察小説を明治時代に巧みに移植するとともに、そのスタイルの中で、明治という時代性を、しっかりとした必然性を以て描いてみせた本作は、大いに魅力的であることは間違いありません。

 警察ものにして明治もの――本作のみで終わらせるには惜しい趣向であります。


『サーベル警視庁』(今野敏 角川春樹事務所) Amazon
サーベル警視庁

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2017.07.07

『決戦! 新選組』(その二)

 新選組の隊士たちを主人公とした幕末版「決戦!」の紹介後編であります。いよいよ幕府が崩壊に向かう中、彼らの運命は……

『決死剣』(土橋章宏)
 幕府の敗勢が決定的となった鳥羽伏見の戦いを舞台に描かれるのは、新選組二番隊隊長にして最強の剣士の呼び名も高い永倉新八であります。
 近藤が傷つき、沖田が倒れる中、なおも剣を以て戦わんとする永倉。薩長の近代兵器の前に劣勢を強いられ、そして将軍までもが逃げ出した戦場において、なおも剣士たらんとする彼は、もはや命の尽きる日が目前に迫った沖田に対して、真剣での立ち会いを申し出るのですが……

 代表作である『超高速! 参勤交代』から、ちょっとゆるめの物語を得意とするという印象のあった作者ですが、しかし本作は、この一冊の中でも最も時代劇度というか、剣豪もの度が高い作品。
 すでに剣と剣、剣士と剣士の戦いの時代ではなくなった中、様々な意味で最後の決闘を繰り広げる永倉と沖田の決闘は、本書一の名シーンと言って差し支えないでしょう。


『死にぞこないの剣』(天野純希)
 そして新選組は敗走を続け、次々と仲間が去っていく中、戦いの舞台は会津戦争へ。そう、ここで描かれるのは斎藤一の物語であります。

 多くのフィクションにおける扱いがそうであるように、本作においても無愛想で人付き合いの悪さから、隊の中でも孤独な立場にあった斎藤。
 そんな彼が、最も近しい存在であった土方の北上の誘いを蹴ってまで会津に残った理由、それは、彼と新選組を心から頼りにしていた松平容保公の存在だった……

 という本作、内容的には戦闘また戦闘という印象ですが、終盤に明かされる、斎藤が戦い続ける理由の切なさが印象に残ります。
 武士は己を知る者のために死す――そんな想いを抱えてきた彼が、死にぞこなった末にラストに見せる戦いの姿にも、ホッと救われたような想いになった次第です。


『慈母のごとく』(木下昌輝)
 そしてトリを務めるのは、いま最も脂の乗っている作者による土方歳三最後の戦い――函館五稜郭の戦いであります。

 かつて、新選組を、近藤勇を押し上げるために、粛正に次ぐ粛正を重ね、鬼の副長と呼ばれた土方。しかし意外なことに、この五稜郭の戦いの際には、隊士から「慈母の如く」慕われていたというのも、また記録に残っております。
 本作で描かれるのは、「鬼」が「慈母」になった所以。仏の如く隊士たちから親しまれてきた近藤からの最後の言葉を胸に、鬼を封印することとなった土方の姿が描かれることになります。

 最愛の友の願いを叶えるためとはいえ、これまでの自分自身の生き方を否定するにも等しい行為に悩む土方。そんな彼の姿は、しかし数少ない残り隊士たちを惹きつけ、そして彼自身をも変えていくのであります。
 それでもなお、慈母ではいられない極限の戦場、再び鬼と化そうとした土方が見たものは……

 その美しくも皮肉な結末も含めて、深い感動を呼ぶ本作。極限の世界を題材にしつつ、なおもその中に人間性の光を見いだす作品を描いてきた作者ならではの佳品です。


 以上6編、冒頭に述べたように、一つの戦場ではなく、時とともに変わっていく新選組と隊士たちの姿を描いてきた本書。そのほぼ全ての作品に共通するのは、主人公である隊士「個人」と、新選組という「場」との一種緊張感を孕んだ関係性が、そこに浮かび上がることでしょうか。
 実は各話には、主人公と対になるような副主人公的な存在が設定されているのが、その印象をより強めます。

 我々が新選組に魅せられるのは、隊士個々人の生き様もさることながら、新選組という「場」に集った彼らの関係性にこそその理由があるのではないかと、個人的に以前から感じてきました。
 今回、彼ら一人一人を主人公とした本書を手にしたことで、一種逆説的に、その想いを確かめることができたようにも思えます。


 そして戦国時代だけでなく、多士済々の幕末を舞台とした「決戦!」は、まだまだ描けるのではないか――という想いもまた、同時に抱いているところであります。


『決戦! 新選組』(葉室麟ほか 講談社) Amazon
決戦!新選組


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 『決戦! 桶狭間』(その一)
 『決戦! 桶狭間』(その二)

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2017.07.06

『決戦! 新選組』(その一)

 一つの合戦を舞台に、そこに参加した様々な武将たちの姿を一人一作で描く『決戦!』シリーズ。非常にユニークな試みだけに、戦国時代以外でもいけるのではないか、と考えていたところに登場したのが本書――幕末最強の戦闘集団たる新選組を題材とした一冊であります。

 これまでのシリーズとは異なり、一つの合戦ではなく(池田屋や鳥羽伏見でも面白かったとは思いますが)、「新選組」という組織とそこに集った人々の姿を、芹沢暗殺から五稜郭まで、時代を追って描く本書。
 趣向がいささか異なるためか、登板する作家もニューフェイスが含まれているのも魅力的なところ、ここでは一作ずつ紹介していくこととしましょう。

『鬼火』(葉室麟)
 決戦シリーズのほぼ常連である作者による本作の主人公は沖田総司、描かれる事件は芹沢鴨暗殺――ある意味鉄板の組み合わせですが、しかし沖田にある過去を設定することで、彼の不安定な胸のうちを描き出します。
 それは沖田が幼い頃、見ず知らずの浪人に性的に暴行されていたという過去――その経験から心を凍てつかせ、うわべだけの喜怒哀楽を見せるようになった彼の心は、芹沢との出会いで大きく動いていくこととなるのです。

 沖田と芹沢という、ある意味水と油の二人は、実はそれだけに描かれることが多い組み合わせではあります。
 そんな中で本作は、それぞれに胸の内に深い屈託を抱えた――芹沢もまた、単純粗暴なだけの男としては描かれない――人物として描くことにより、互いを補い合い、求め合う存在として二人を描き出すことになります。

 しかしその果てに待つものが何であるかは、史実が示すとおり。そしてその時に沖田の胸に去来するものは――ある意味鉄板の内容ではありますが、それだけに作者の職人芸的うまさが光る作品であります。


『戦いを避ける』(門井慶喜)
 新選組の名を一躍高めた池田屋事件。本作はその事件での局長・近藤勇の姿を描きます――非常に個性的な角度から。

 不逞浪士を追い、市中を探索する中、池田屋で不逞浪士たちを発見した近藤。しかし近藤の心中にあるのは困惑と焦燥――まさか自分の方が「当たり」を掴むと思わなかった近藤は、別働隊が早く到着するよう、出来る限り戦いを引き延ばそうとするのであります。
 しかしそのいわば片八百長を仕掛けた理由は決して怯懦などからではなく、周平のため――そう、養子とした周平に手柄を立てさせるためだったのであります。

 近藤に見込まれてその養子となった周平。しかしその後何故か養子を取り消され、天寿を全うしてしまった(?)ことから、フィクションの世界でも芳しくない扱いの周平ですが、本作の周平は、これまでとは一風異なる人物として描かれます。
 さらにそこに、周平が板倉周防守の落胤だった説を絡めることで、近藤の深謀遠慮を浮かび上がらせる本作。しかし――だからこそ、ラストに描かれる悲喜劇のインパクトが強烈に浮かび上がるのです。

 ただ、個人的にはちょっと文体が苦手というのが正直なところではあります。


『足りぬ月』(小松エメル)
 個人的には、最近の作家で新選組で隊士個人を主人公とした短編集とくれば、真っ先に名を挙げたくなる作者の作品。藤堂平助を主人公に、油小路の決闘を描いた本作は、その期待に十二分に応える作品であります。

 津藩藤堂家の落胤とも言われる藤堂。しかし本作においては冒頭から、そこに彼の生き方を決定するような痛烈な裏切りと偽りを描き出します。以来、自分が世に出るためのいわば踏み台となる相手を探し求めて生きてきた藤堂。山南、近藤、伊東――次々と相手を乗り換えてきた彼が最期に見たものとは……

 「魁先生」の渾名からか、直情径行な若者として、あるいは原田や永倉、沖田らと若者同士の交流が描かれることが多い藤堂。しかし本作は、そんな彼を、上に這い上がろうとひたすらにあがく青年として描き出します。
 一歩間違えれば嫌悪感を招きかねないその姿も、しかしその根底にあるものを我々が知っていることで、むしろ彼の深い喪失感を際立たせるのであります。

 冒頭で触れたように近年は新選組隊士個人にスポットを当てた作品で活躍する作者らしい好編。そちらの作品群と繋がる世界観を感じさせる内容も嬉しいところであります。

 残り三編は次回紹介いたします。


『決戦! 新選組』(葉室麟ほか 講談社) Amazon
決戦!新選組


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2017.06.26

北森サイ『ホカヒビト』第2巻 人に寄り添い、人を力付ける者

 この世ならざるものを見る目を持つ少年・エンジュと、彼を連れて旅することになった女薬師・コタカの道行きを描く、不思議でもの悲しく、そして温かい物語の続巻であります。

 行き倒れた母の胎内から、山に暮らす老婆・オバゴによって取り出され、二人で暮らしてきたエンジュ。しかしある年その地方を飢饉が襲ったことから、土地の人々に忌避されてきた二人は災いの源扱いされた末に、理不尽な襲撃を受けることになります。
 オバゴの犠牲とコタカの助けによって救われたものの、天涯孤独となったエンジュ。コタカとともに旅に出た彼は、往く先々で様々な人と、そして不思議な現象と出会うのですが……


 そんな二人の旅路を描くこの2巻の冒頭で描かれるのは、前巻から続く、エンジュの目にしか見えない妖虫・ツツガムシが跳梁する村の物語であります。
 江戸から明治に変わり、新しい時代となっても重税と病に苦しむ村の人々の中で、病気の祖父を支えて健気に暮らす美少女・ユキと仲良くなったエンジュ。しかしエンジュたちが村を離れている間に、ユキに目を付けた徴税吏によって、彼女は惨たらしい暴力に晒されて……

 というあまりにも救いのないエピソードに続いて描かれるのは、コタカとは幼なじみの青年・リュウジが監督として働く鉱山に現れた、奇怪な幽霊の物語。
 坑道の中に現れ、おれは誰だと訪ねる、体中に包帯を巻いた男という、本作には珍しいストレートな怪物めいた存在の意外な正体とその過去に、コタカとエンジュは触れることになります。

 そしてそこから続いてリュウジがエンジュに語るのは、コタカが「コタカ」となった物語であります。
 不作の年に村から生贄に出された末、狼に育てられて人の言葉を無くし、犬神の使いと呼ばれることとなった少女・ハナ。彼女と、彼女を救おうとするリュウジの前に現れた隻眼の男、旅の薬師「コタカ」は、ハナを捕らえると厳しい態度で接するのですが……


 この巻に収められた三つのエピソードは、それぞれ全く異なる物語ではありますが、そこに共通するものは確かに存在します。
 それは人間の見せる弱さ、悲しさ、醜さ――自分自身の力ではどうにもならぬ理不尽な状況の中で、苦しむ人々の姿であります。

 そんな苦しみの中で、ある者はなす術なく流され、ある者は他者を犠牲にしようとし、またある者は深く傷つき――時には命を、人の身を捨てるしかなかった人々の前に、エンジュとコタカは立つことになります。
 いや、ここまで描かれてきたように、エンジュとコタカ自身が、そんな人々の一人であったのです。

 それでは人間は――そしてエンジュとコタカは――そんな理不尽な苦しみに対して、本当に無力な存在でしかないのでしょうか。
 その答えは、半分は是、半分は否なのでしょう。
 神ならぬ人の力ではどうにもならないことはある。しかし、それでも、人が人として命を全うしようとする限り、それに寄り添い、力づけることはできる――そしてそれこそが、「コタカ」と呼ばれる者の持つ力なのです。

 「コタカ」にできることは、苦しむ者に、命の流れの向かう先を示してやることでしかありません。
 しかし、人が自分一人で生きてるわけではないと知ることが、どれだけの力を生み、救いをもたらすか。本作で描かれるコタカとエンジュの旅路は、その一つの証であると言えます。そしてそれこそが、彼らから世に生きる人々への祝福なのでしょう。


 もっとも、身も蓋もないことを言ってしまえば、そこから生まれるカタルシスは、そこまでに描かれる人間と世界の悲惨さを上回るものではなかった――より厳しい言い方をすれば、そこから予想できる物語の範囲から出るものではなかった、という印象はあります。
 それを考えれば、本作がこの巻で終了というのも、やむなしとも感じますが……

 しかし新たな「コタカ」の誕生を予感させる結末は、人一人のそれを超えて――血の繋がりを超える、心の繋がりを持って――遙かに受け継がれていく(受け継がれてきた)命の流れを感じさせるものであります。
 そしてそれを以て、本作として描かれるべきは描かれたと、そう言ってもよいのではないでしょうか。


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ホカヒビト(2) (モーニング KC)


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