2017.11.21

小島剛夕『孤剣の狼』 孤剣士、乾いた厳しい世界を行く

 先日ご紹介したように、「コミック乱ツインズ」2017年12月号に掲載された小島剛夕『孤剣の狼』が、雑誌発売とほぼ同じ時期に電子書籍化されていました。昭和43年と昭和45年に雑誌連載された、放浪の剣士・ムサシ(無三四)の死闘旅を描く連作シリーズであります。

 舞台となるのは江戸時代初期――大坂の陣直後で戦国の遺風が色濃く残る時代――愛馬クロを供に、伊吹剣流なる流派を操る凄腕の男・ムサシが旅する先で出会う数々の事件を描く本作。
 このムサシ、決して正義の味方などではなく、何か事件があればそれをきっかけに己の流派を売り込もうとする男ですが、しかし存外人が良く、思わぬ貧乏くじを引かされたりするのは、まずお約束というべきでしょうか。

 そしてそんな孤狼のような男が主人公であるだけに、登場する人々もまた、並みの連中ではありません。
 侍の苛斂誅求に対し恋人や村の人間を売っても生き延びようとする農民、仇持ちの身を利用して周囲にたかる侍とそれにさらにたかる用心棒等々、とにかくドライでハードなキャラクターと物語が次々と描かれることになります。

 こうした乾いた世界の中で旅を続けるムサシですが、実は彼の背後には大きな秘密があります。
 実は彼の師・草薙小平次は、柳生忍群の抜け忍。凄腕の忍びとして恐れられ、数多くの忍びを道連れに倒されたかに思われた小平次は、密かに生き延びて柳生忍群に代わる忍び集団を作り上げ、天下に覇を唱えんとしていたのであります。

 そしてムサシはいわばその企ての広告塔とも言える存在――伊吹剣流の名を喧伝し、柳生新陰流を倒すことで、師の企てを(半ば間接的に)助けていたのであります。
 もちろんこの設定を見れば察せられるように、小平次もまた善人などではなく、己の野望のためであれば、ムサシをはじめとする弟子たちを平然と犠牲にする人間なのですが……

 こうして時代ハードボイルドとも言うべき世界を描く小島剛夕の筆は、もちろん見事の一言。執筆時期的に、劇画作家として脂の乗りきっていた時期だけに、時に荒々しく、時に繊細な筆は、ムサシをはじめとする人々の交錯を巧みに描き出します。
 設定的に、剣戟だけでなく激しい忍者同士の戦いが描かれる本作ですが、様々なシチュエーションで描かれるアクションの数々は、さすがの迫力であります。


 さて、冒頭で述べたように、昭和43年と昭和45年に連載された本作は、今で言えば第一シーズンと第二シーズンとも言うべき内容となっています。

 上で述べたように、伊吹剣流の名を上げるべく柳生と戦いながら旅するムサシを描いた第一シーズンは、ムサシが思わぬ形で伴侶を得たところで終了。
 そして第二シーズンはその数年後、剣の道を捨てて平和に暮らしていたムサシが、再び姿を現した小平次に大事なものを奪われ、それを取り返すために伊吹流を追って旅に出ることになります。

 このように前半と後半で大きな物語の方向性も敵も異なる本作、こうしたストーリー展開のためか、後半のムサシは、それまでに比べてだいぶ性格が丸い――というか人情もろくなっているのも面白いのです。

 しかし残念なのは、今回の電子書籍版は、エピソードが全て収録されている訳ではないことであります。
 こちらのサイトの作品リストによれば、本作は前半10エピソード、後半6エピソードで構成されているのですが、電子書籍版では前半6、後半5のエピソード。エピソード数でおよそ三分の二(おそらくページ数的にはもっと少ないのではないでしょうか)、連載最終エピソードも収録されていない状況です。

 この辺りの理由はわかりませんが――そして以前の単行本が完全収録だったのかもわかりませんが――やはり全てのエピソードを読みたかった、という気持ちは否めないところではあります。
(どうやら連載時でも物語は完結していないようですが……)


 もっとも、今回の電子書籍版に収録されたエピソードだけでも、本作は面白いのは上に述べたとおり。
 かなり安価ということもあり、今回の「コミック乱ツインズ」誌での再録に興味を持った方であれば、まず読んでみて損はない――というより必読と言ってもよいのではないか、と思います。

『孤剣の狼』(小島剛夕 グループ・ゼロ) Amazon
孤剣の狼


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2017.11.17

『コミック乱ツインズ』2017年12月号(その二)

 2017年最後の『コミック乱ツインズ』の紹介の後編であります。今回は特別企画だけでなく、連載陣も相当に充実している印象があります。。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 前回、心を持たないかのような四人の刺客相手に辛うじて勝利を収めたものの、また危ない橋を渡ったと紅さんにむくれられた聡四郎。色々な意味で道場で剣を振るいたくなった彼は、弟弟子の大宮玄馬と立ち会うことになります。

 というわけで、ついに本格的に登場した玄馬との迫力ある立ち会いが見所の今回。聡四郎ほどではないにせよ確かな実力を持ちつつも、見事な体の関係で流派の跡を継げない玄馬を自らの下士として雇ったことで、剣の上では孤立無援だった聡四郎にも頼もしいサイドキックの誕生であります。
 一方、仕事の方ではうるさい白石にせっつかれて吉原御免状の在処を探りに行くことになった聡四郎の前に、何だかビジュアル的にレイヤーが違う刺客が現れて……と、いよいよ物語も佳境に入ってきました。

 しかし玄馬、紅さんの荒くれぶりに目尻を下げている聡四郎に呆れていましたが、君も後々相当な……(これは原作の話)


『鬼切丸伝』(楠桂)
 関ヶ原の戦での大谷吉継を主人公とするエピソードの後編であります。

 病魔に冒され、身は生きながらにして鬼と化しつつも、ただ盟友・三成への友情を頼りに人間に留まっていた吉継。その姿を前に、鬼切丸の少年も、その刃を振るうことを一端は止めることになります。
 しかし三成とともに臨んだ関ヶ原の戦で、小早川秀秋の思わぬ裏切りを受けた吉継は、無念のあまりついに鬼に変化し、無数の人を殺しながらも秀秋に迫るのですが……

 幼い頃から秀吉に振り回され、信長鬼にも匙を投げられる気弱な秀秋の姿も妙に印象に残る今回ですが、やはり面白いのは、鬼と人の間で揺れる吉継の姿と、その彼に対する鬼切丸の少年の態度であります。
 上で述べたように体は鬼となりかけた吉継を一度は見逃し、そして真に鬼と化した彼を容赦なく断罪し――そしてその果てに一つの「救済」を与える少年。随分と上から目線にも見えますが、それは神仏が人間に向けるそれと等しいものなのかもしれません。

 しかしその視線が向けられるのは、人を殺し人を喰らう鬼だけでなく、人を殺し天下を取る武士に対しても同様であります。
 本作の冒頭から通底する、鬼と人間、鬼と武士の間の(極めて近しい)関係性が、ここで改めて示されるのであります。


『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)
 半年の長きに渡り繰り広げられた日光社参編もついに今回で完結。将軍家慶が江戸を離れた隙に挙兵した大御所家斉との戦いも、ついに決着がつくことになります。

 江戸を掌握し、二千の兵で家慶が籠もる甲府城に攻め寄せた家斉派。この前代未聞の事態に、鬼役・蔵人介らも必死の籠城戦を繰り広げることになります。しかし一気に決着をつけるべく、家斉と結んだ静原冠者の女刺客・斧らが家慶を狙って……
 というわけで思わぬ「合戦」に加えて、アクロバティックな体術を操る刺客との剣戟も展開される今回なのですが、前回ほどではないにせよ、今回もこの一番良い剣戟シーンで作画が乱れるのが何とも……

 ラストにはきっちりいつもの鬼役の裏の勤めも描かれて日常(?)に回帰したところも含め、エピソードの完結編に相応しい盛りだくさんの内容だっただけに、終盤の画的な息切れが残念ではありました。


 次号はやまさき拓味と原秀則の新連載がスタート。再録企画も今後も続くとのことで、楽しみであります。


『コミック乱ツインズ』2017年12月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年 12 月号 [雑誌]


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2017.11.16

『コミック乱ツインズ』2017年12月号(その一)

 表記の上ではもう今年最後の号となったコミック乱ツインズ誌。表紙を飾るのは『仕掛人藤枝梅安』、そして特別企画として小島剛夕の『孤剣の狼 鎌鬼』が収録されています。

『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 単行本刊行に合わせてか、3号連続巻頭カラーの2回目となった今回は、「梅安初時雨」の中編。牛堀道場の跡目争いに巻き込まれ、江戸を売る羽目となった小杉さんと梅安の旅は続きます。

 小杉さんが後継者に指名されたのを不服に思い、闇討ちしてきた相手を斬ったものの、それが旗本のバカ息子であったことから、梅安とともに江戸を離れることになった小杉さん。しかし偶然から二人の居所が知れ、実に六人の刺客が二人に迫ることになります。偶然それを知って追いかけてきた彦さんも加えて、迎え撃とうとする梅安ですが……
 というわけで今回のクライマックスは三対六の死闘。それぞれの得意の技を繰り出しながらの疾走しながらの戦いは、さすがの迫力です。

 しかし今回印象に残ったのは、藤枝で過ごした少年時代を思い出す梅安の姿。かつて自分をこきつかった宿の者たちも、今の自分のことをわからないと複雑な表情を見せる梅安ですが――いや、確かに顔よりも首が太い今の体格になっては、と妙に納得であります


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 我が国独自の鉄道網構築のために奮闘する男たちを描いてきた本作、今回の中心となるのは、これまで幾度か描かれてきた明治の鉄道の最大の問題点であった狭軌から広軌への切り替えであります。

 レールの幅の切り替えに伴い、新たな、日本独自の機関車開発を目指す島。そのために彼は大ベテランの技術者・森に機関車設計を依頼するのですが――補佐につけられた雨宮は、既存の機関車の延長線上のものを開発しようとする森に厳しい言葉を向けます。
 その言葉に応え、奮起した森はついに斬新な機関車を設計するのですが……

 これまでも鉄道を巡る理想と現実、上層と現場のせめぎ合いを描いてきた本作。それがついに表面化してしまった印象の今回のエピソードですが――明らかに現場の人間でありつつも、誰よりも島の理想を理解してきた雨宮の想いはどこに向かうのか。なかなか盛り上がってきました。


『孤剣の狼 鎌鬼』(小島剛夕)
 冒頭に述べたとおり、名作復活特別企画として掲載された本作は、実に約50年前に発表された連作シリーズの一編であります。

 伊吹剣流の達人である放浪の素浪人・ムサシが今回戦うことになるのは、ある城下町で満月になるたびに現れては人々をむごたらしく殺していく謎の怪人。
 奇怪な面をつけ、鋭い鎌を用いて武士や町人、男や女を問わず殺していく怪人の前に、ムサシもあわやというところまで追い詰められるのですが……

 鴉の群れとともに夜の闇に紛れて現れる怪人の不気味さ、義侠心ではなく自分の剣の宣伝のために怪人に挑むムサシなど、独特の乾いたハードさが印象に残る本作。
 しかし何よりも目に焼き付くのは、そのアクション描写の見事さでしょう。都合二度描かれるムサシと怪人の対決シーンは、スピーディーかつダイナミックな(それでいて非常にわかりやすい)動きを見せ、特にラストのアクロバティックな殺陣の画には惚れ惚れとさせられます。

 次回も同じ小島剛夕作品、それも未単行本化作品ということで期待しております。
(しかし何故今この作品の、それも怪人の正体が結構な危険球のこの回を――という印象は否めないのですが)


 充実の今号、長くなってしまったので次回に続きます。


『コミック乱ツインズ』2017年12月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年 12 月号 [雑誌]


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2017.11.14

小松エメル『一鬼夜行 鬼姫と流れる星々』 天狗たちの戦いの先の謎と恋情

 絶好調の『一鬼夜行』シリーズ、待望の第9弾の登場であります。妖怪の力を失い妖怪相談処を開いた猫又鬼・小春と、彼を居候させている小道具屋の若主人・喜蔵の凸凹コンビが今回巻き込まれるのは天下一の天狗を決める大バトル。しかしそこにはなんと、喜蔵の妹である深雪が絡んでいたのであります。

 宿敵・猫又の長者との死闘の末、妖怪としての力の大半をなくした小春。喜蔵の営む荻の屋に居候することになった小春は、勝手に妖怪相談処を開業し、おかげで喜蔵は妖怪が持ち込むおかしな事件に次々と巻き込まれることになって……
 という設定で、前作から始まった第二部。相変わらず力を失ったまま、それでも生意気さと大食らいは相変わらずの小春は、今回も元気に喜蔵を振り回しては、その度に彼の閻魔顔に睨まれてビビる毎日であります。

 そんなある日、妖怪相談処に現れたのは、若い天狗の疾風。近々開かれる天下一の天狗を決める大会で優勝を目指す疾風は、かつて大妖怪として知られた小春に弟子入りしたいというのです。
 持ち上げられて有頂天になった小春は弟子入りを許可、早速役に立つのか立たないのかわからない特訓を開始するのですが……

 その一方で、荻の屋に居着いた付喪神たちの意味深な会話に気付いた二人。探ってみれば、最近しばしば家を空けている喜蔵の妹・深雪が、常人とは思えぬ力を発揮して街中で人助けを繰り返しているではありませんか。
 思い起こせば以前の事件で、小春の宿敵である裏山の天狗・花信と、何やら「契約」を交わした深雪。その内容が気が気ではない喜蔵ですが、深雪は何も話そうとしません。

 そして訪れる天狗の大会の日、疾風の身内として大会に招かれた喜蔵と小春が見たのは、真の力を発揮する疾風と――それ以上の恐るべき力で次々とライバルを倒していく、意外すぎる人物。
 さらに天狗面を被った「異端の者」までもが乱入し、事態はいよいよ複雑怪奇なものとなっていきます。

 果たしてこの大会の裏に何があるのか。そして意外な人物の力の正体と思惑は。全ての鍵を握るのは、疾風や異端の者が狙う花信と思われたのですが……


 と、今回も快調に展開していく本作。謎めいた過去の情景に始まり、喜蔵と小春のテンポが良すぎて楽しすぎるいがみ合い(本当に何度吹き出したことか)が展開したと思えば、やがて物語は大いに曇らされる真実を語り、そしてその先に切なくも感動的な結末が――というスタイルは、今回も健在です。

 内容的には、いくつかの物語が連作的に描かれた前作に比べると、物語の大半が天下一天狗会(?)で展開する本作はかなりシンプルな印象も受ける(登場するレギュラー陣も喜蔵・小春・深雪・綾子と最小限)のですが、そこで展開する内容は、濃厚、の一言。
 舞台が舞台だけに次々と描かれる派手なバトルもさることながら、それと密接に絡み合いながら語られる、過去から続く骨肉の争いと因縁には、ただ圧倒されるばかりなのであります。

 そして何よりも驚かされるのは、その先で明かされるある真実なのですが――妖怪ものだからこそ成立する、一種の叙述トリックとすらいえるそれは、本作をして「ミステリ」と呼ぶのに躊躇わせるものではありません。


 しかし――本作の真の魅力は、泣かせどころは、これらを全て飲み込んで展開した物語の、そのまた先にあります。

 本作のタイトルロール(鬼姫)であり、作中で幾つもの謎めいた言動を見せる深雪。
 これまでの物語ではその性格もあって一歩引いた立ち位置のことが多かった彼女は、本作においてその真情を明かすことになります。

 果たして本作の、さらに言えばこれまでの彼女の行動の陰に如何なる想いがあったのか――それが明かされた時の衝撃たるや、ただ天を仰いで嘆息することしかできません。
 そしてその直前の描写を読み返せば、もう胸が潰れるような想いに襲われるのです。

 妖怪ものであり、ミステリでもあった本作。しかしその真実の姿は、紛れもない「恋愛小説」であった――そう申し上げるほかありません。


 果たして本作で語られた真実が、この先物語に如何なる影響を与えるのか――それはもちろん現時点ではわかりませんが(早く続編を!)、これまでよりももっともっと、本シリーズがこの先どこに向かうのか、どのような結末を迎えるのか、気になって仕方がなくなったことだけは間違いないのです。


『一鬼夜行 鬼姫と流れる星々』(小松エメル ポプラ文庫ピュアフル) Amazon
一鬼夜行 鬼姫と流れる星々 (ポプラ文庫ピュアフル)


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2017.11.13

北方謙三『岳飛伝 十一 烽燧の章』 戦場に咲く花、散る命

 全17巻の第11巻ということで、ほぼ全体の三分の二まで来た北方岳飛伝。前の巻では同盟を結んだ金と南宋、双方からの攻撃を凌いだ梁山泊ですが、この巻で描かれるのは、兀朮率いる金軍との大決戦であります。そして北で西で戦いが繰り広げられる中、南で岳飛はある決意を固めることに……

 共通の敵である梁山泊打倒のために動き出した金と南宋を、複数の戦線で迎撃することとなった梁山泊。
 海上と南方では南宋軍を撃破した一方、梁山泊と金の総力戦が膠着状態となっていたところに、梁山泊が密かに進めてきた米と麦の買い占めが南宋と金を揺るがし――と、硬軟の攻め手により、梁山泊は戦いを優位に進めてきた印象があります。

 しかし兀朮はそのような状況でも禁軍を除くほぼ全軍を結集。それに対して呼延凌も決戦を決意し、双方のほぼ総力を結集しての戦いが繰り広げられることとなります。
 互いに互いの出方を読み合い、溜めに溜めた力を一気に出し合う戦いに際して、呼延凌は「四つの花」を咲かせると部下たちに告げ、己の命を的にした大勝負に出ることに……

 と、前巻ではさらりと語られるのみであった兀朮と梁山泊の対決はこの巻が本番。とにかくギリギリまで互いの力を出し尽くす戦いの描写はさすがと言うべきですが、特に印象に残ったのは、呼延凌が詩的とすら言えるような表現で戦いに臨む点であります。
 上で述べた「四つの花」とは――読めばなるほど、と思わされる戦法ではありますが、しかしそれをこのように評するのはこれまでのキャラクターになかったところで、あるいはこれが彼の個性と言うべきなのでしょうか。

 それだけでなく、戦いの合間に空や星を見上げる呼延凌や兀朮の、荒々しさとは別の意味での男のロマンチシズム溢れる姿も印象に残りますが――しかし、戦場はあくまでも非情であります。
 そんな彼らの戦いの果てに消えていく幾多の命。そしてその中で、あの老雄がついに――と、戦いの結果は梁山泊的には勝ちに等しい引き分けながら、苦いものを残す結末なのは、実に本作らしいと言うべきでしょう。

 もっとも、史進の奇襲や胡土児のブロックなど、そろそろデジャヴを感じさせる描写が多いのも気になりましたが……


 さて、その一方で、各地ではそれぞれの物語が進んでいきます。
 左遷された韓世忠により船を沈められ、報復のために出撃する李俊。これまで金と戦ってきた蒙古の来襲を迎え撃つ韓成。北で兀朮に、南で秦檜に、梁山泊で宣凱と王貴にと忙しく出会い、新たな商人の在り方を垣間見させる蕭炫材。

 そして南方で力を蓄えてきた岳飛は、己の成すべきこととして、南宋をも呑み込んで金に挑む北進を決意し、その前に南宋に潜伏した岳家軍の兵たちに会うための旅に出ることになります。
 実に三ヶ月にもわたる旅の中で、自分を信じて雌伏の時を続けてきた兵たちと再会した岳飛の胸に去来するものは……


 と、前半の呼延凌と兀朮の総力戦以外は、実はこれまで以上に静かなイメージの本書。
 もちろんそれでつまらないということはなく、すぐ上で触れたように様々な視点から描かれるそれぞれの物語――というより人生――の姿には大いに惹きつけられると同時に、その中で本作のテーマ的な部分も少しずつ語られていくのも目を引きます。

 その中で、動きは大きくないものの、存在感は抜群なのが、言うまでもなく岳飛。これまでも述べたかと思いますが、これまでの主人公たちと比べて、英雄・豪傑というよりも人間としての面が目立つ彼のナマの姿は、何とも魅力的に映ります。
(この巻では、相棒の猿・骨郎との何ともほのぼのするやり取りが実にいい)

 そんな岳飛ですが、しかし確かに、これまである意味状況に流され続けてきたと言えなくもありません。本書の結末はそんな彼が、ついに自分の意思で立つ日も間近となったことを感じさせるのですが……
 冒頭に述べたように、この物語も三分の二まで来て、ラストスパートをかける準備が終わったと考えるべきでしょうか。

 言ってみれば一つの大陸を敵に回す彼の、そして梁山泊の戦いがどのような結末を迎えるのか、少々気が早いですが楽しみになろうというものです。


 ちなみにその岳飛の同盟相手と言うべき秦容は、この巻でついにお相手を見つけるのですが、何だかマチズモに満ちた展開で、ちょっとすっきりしないものが――というのはもちろん個人の印象であります。


『岳飛伝 十一 烽燧の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 11 烽燧の章 (集英社文庫)


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 北方謙三『岳飛伝 二 飛流の章』 去りゆく武人、変わりゆく梁山泊
 北方謙三『岳飛伝 三 嘶鳴の章』 そして一人で歩み始めた者たち
 北方謙三『岳飛伝 四 日暈の章』 総力戦、岳飛vs兀朮 そしてその先に見える国の姿
 北方謙三『岳飛伝 五 紅星の章』 決戦の終わり、一つの時代の終わり
 北方謙三『岳飛伝 六 転遠の章』 岳飛死す、そして本当の物語の始まり
 北方謙三『岳飛伝 七 懸軍の章』 真の戦いはここから始まる
 北方謙三『岳飛伝 八 龍蟠の章』 岳飛の在り方、梁山泊の在り方
 北方謙三『岳飛伝 九 曉角の章』 これまでにない戦場、これまでにない敵
 北方謙三『岳飛伝 十 天雷の章』 幾多の戦いと三人の若者が掴んだ幸せ

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2017.11.07

入門者向け時代伝奇小説百選 児童文学

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は児童文学。大人の読者の目に止まることは少ないかもしれませんが、実は児童文学は時代伝奇小説の宝庫とも言える世界なのであります。
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

91.『天狗童子』(佐藤さとる) 【怪奇・妖怪】【鎌倉-室町】 Amazon
 「コロボックル」シリーズの生みの親が、室町時代後期の混乱の時代を背景に、天狗の世界を描く物語であります。

 ある晩、カラス天狗の九郎丸に笛を教えて欲しいと大天狗から頼まれた笛の名手の老人・与平。神通力の源である「カラス蓑」を外して人間の子供姿となった九郎丸と共に暮らすうちに情が移った与平は、カラス蓑を焼こうとするのですが失敗してしまいます。
 かくて大天狗のもとに連行された与平。そこで知らされた九郎丸の秘密とは……

 天狗の世界をユーモラスに描きつつ、その天狗と人間の温かい交流を描く本作。その一方で、終盤で語られる史実との意外なリンクにも驚かされます。
 後に結末部分を追加した完全版も執筆された名作です。


92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋) 【古代-平安】【鎌倉-室町】【戦国】【江戸】 Amazon
 特に動物を主人公とした作品を得意とする名手が、神通力を持った白狐を狂言回しに描く武士の世界の年代記であります。

 平安時代末期、人間に興味を持って仙人に弟子入りした末、人間に変身する力を得た狐の白狐魔丸。人の世を見るために旅立った彼は、源平の合戦を目撃することになります。
 以来、蒙古襲来、南北朝動乱、信長の天下布武、島原の乱、赤穂浪士討ち入りと、白狐魔丸は時代を超え、武士たちの戦いの姿を目撃することに……

 神通力はあるものの、あくまでも獣の純粋な精神を持つ白狐魔丸。そんな彼にとって、食べるためでなく、相手を殺そう戦う人間の姿は不可解に映ります。そんな外側の視点から人間の歴史を相対化してみせる、壮大なシリーズです。

(その他おすすめ)
『くのいち小桜忍法帖』シリーズ(斉藤洋) Amazon


93.『鬼の橋』(伊藤遊) 【怪奇・妖怪】【古代-平安】 Amazon
 妹が井戸に落ちて死んだのを自分のせいと悔やみ続ける少年・小野篁。その井戸から冥府に繋がる橋に迷い込んだ彼は、死してなお都を守る坂上田村麻呂に救われます。
 現世に戻ってからのある日、片方の角が折れた鬼・非天丸や、父が造った橋に執着する少女・阿子那と出会った篁は、やがて二人とともに鬼を巡る事件に巻き込まれていくことに……

 六道珍皇寺の井戸から冥府に降り、閻魔に仕えたという伝説を持つ篁。その少年時代を描く本作は、彼をはじめそれぞれ孤独感を抱えた者たちが出会い寄り添う姿を通じて、孤独を乗り越える希望の姿を、「橋を渡る」ことを象徴に描き出します。
 比較的寡作ではあるものの、心に残る作品を発表してきた作者ならではの名品です。

(その他おすすめ)
『えんの松原』(伊藤遊) Amazon


94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子) 【SF】【戦国】 Amazon
 児童向けの歴史ものを数多く発表してきた作者の代表作、遙かな時を超える時代ファンタジー大活劇であります。

 戦国時代、忍者の城・八剣城が謎の魔物たちに滅ぼされて十年――捨て丸と名前を変えて生き延びた八剣城の姫・花百姫は、かつて八剣城に仕えた最強の八忍剣らを集め、再び各地を襲う魔物たちに戦いを挑むことになります。
 戦いの最中、幾度となく時空を超える花百姫と仲間たち。自らの命を削りつつも戦い続ける花百姫が知った戦いの真実とは……

 かつて児童文学の主流であった時代活劇を現代に見事に甦らせただけでなく、主人公を少女とすることで、さらに情感豊かな物語を展開してみせた本作。時代や世代を超えて生まれる絆の姿も感動的な大作です。

(その他おすすめ)
『うばかわ姫』(越水利江子) Amazon
『神州天馬侠』(吉川英治) Amazon


95.『送り人の娘』(廣嶋玲子) 【怪奇・妖怪】【古代-平安】 Amazon
 死んだ者の魂を黄泉に送る「送り人」の後継者として育てられた少女・伊予。ある日、死んだ狼を甦らせた伊予は、若き征服者として恐れられながらも、病的なまでに死を恐れる猛日王にその力を狙われることになります。
 甦った狼、実は妖魔の女王・闇真に守られて逃避行を続ける伊予。やがて彼女は、かつて猛日王に滅ぼされた自分たちの一族に課せられた宿命を知ることに……

 児童文学の枠の中で、人間の邪悪さや世界の歪み、そしてそれと対比する形で人間が持つ愛や希望の姿を描いてきた作者。
 本作も日本神話を踏まえた古代ファンタジーの形を取りつつ、生と死を巡る人の愛と欲望、そしてその先の救済の姿を丹念に描き出した、作者ならではの作品です。


(その他おすすめ)
『妖怪の子預かります』シリーズ(廣嶋玲子) Amazon
『鬼ヶ辻にあやかしあり』シリーズ(廣嶋玲子) Amazon



今回紹介した本
天狗童子 (講談社文庫)源平の風 (白狐魔記 1)鬼の橋 (福音館文庫 物語)忍剣花百姫伝(一)めざめよ鬼神の剣 (ポプラ文庫ピュアフル)送り人の娘 (角川文庫)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「天狗童子 本朝奇談」 異界からの乱世への眼差し
 「白狐魔記 源平の風」 狐の瞳にうつるもの
 「鬼の橋」 孤独と悩みの橋の向こうに
 「忍剣花百姫伝 1 めざめよ鬼神の剣」 全力疾走の戦国ファンタジー開幕!
 「送り人の娘」 人と神々の愛憎と生死

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2017.11.04

琥狗ハヤテ『メテオラ 肆』 過去との決別と新たな出会いと

 琥狗ハヤテによる獣人水滸伝『メテオラ』、待望の続巻であります。自分たち魔星(メテオラ)の前世と宿命を知り、メテオラの拠点となる地を拓くために宿敵の目から隠れることのできる聖域を探す旅に出た林冲と魯智深。二人の前に現れる追っ手、そして新たなる魔星とは――

 獣人に変化する力を持つことから、呪われた存在として忌避される者たち「魔星(メテオラ)」。その一人でありながら、育ての親の王進らの愛に包まれ、人として育った林冲は、しかし自分たちを狙う敵の存在を知ることになります。
 その敵の名は「混沌」――かつて魔星との戦いに敗れ、封印された災いが、魔星を食らい、この世に舞い戻るために活動を始めたのであります。

 混沌の化身と化した高キュウの配下により王進をはじめとする周囲の人々を失い、親友であり同じ魔星である魯智深と都を逃れた林冲。彼らは、やはり魔星である柴進のもとで、ついに自分たちの運命と成すべきことを知ることになります。
 そして柴進が二人に託したのは、混沌の目を逃れ、魔星たちが拠ることのできる地を探すこと。今はまだ見ぬ地に向けて旅立った二人ですが……


 というところから始まったこの巻、いきなり道に迷う羽目になった二人は、風が吹き、雪が降る中、古ぼけた廟に一夜の宿を借りることになります。
 ……とくれば、このくだりは「風雪山神廟」。原典では、林冲が都からの高キュウの追っ手となったかつての知人・陸謙と対決することになる見せ場の一つであります。

 そして本作においても、やはり陸謙は林冲の前に現れるのですが――しかしその姿は本作に相応しいというべきか、悍ましくも哀しきもの。
 混沌の餌食となり、配下とされた彼は、一種のゾンビとして、林冲と対峙するのであります。

 これまで様々な水滸伝の中で、幾度も対峙してきた林冲と陸謙。本作はそんなある意味手垢のついた対決を、獣人vs屍人という、本作に相応しい異形の者同士の対峙として描きます。
 しかしそれが一転、子供時代の二人の姿にオーバーラップしていく描写は、林冲が姿は獣であっても、どこまでも人間であることを何よりも強く示すものでしょう。

 子供時代の描写の中で陸謙が林冲にかける言葉の哀しさも相まって、本作で幾度となく描かれてきた悲劇の中でも、特に心に刺さるくだりであります。


 しかし、なおも二人の旅は続くことになります。旅の途中、人喰い虎が出没するという山にさしかかった二人は、酒屋のおやじが止めるのも構わず(何しろこの二人が野獣を恐れるはずもないわけで)先に進むのですが……
 果たしてその前に現れた一匹の巨大な虎。しかしその虎に襲いかかるもう一匹の、いやもう一人の隻眼の虎の姿が!

 そう、ここで新たに登場する魔星は、虎退治の豪傑、行者武松。武松が虎の姿に変じる作品は本作が初めてではありませんが、やはりしっくりくる組み合わせであります。

 仲間と出会ったことを喜ぶ武松に誘われた二人が出会ったのは、病床にある武松の兄・武大と、その妻・潘金蓮。そして魯智深に対して怪しからぬ振る舞いをみせる潘金蓮ですが……

 というわけで、この巻の後半で描かれるのは、武十回ミーツ林冲&魯智深というべき展開。この辺りは、基本的に武松側のシチュエーション的には原典通りということもあり、前巻や、そのエピローグとも言うべきこの巻の前半の展開に比べるとかなり大人しめの印象があります。

 しかし見慣れたシチュエーションの中に、本来であれば全く無関係(もっとも、原典では柴進と武松には繋がりがあるわけですが)の林冲と魯智深がいるというのはなかなか面白い刺激であることはまちがいありません。

 実は本作は、この巻からは電子書籍のみでの刊行となる模様ですが、しかしどのような形であれ物語が続くというのは素晴らしいことであります。
 武松の物語もまだまだプロローグ、それがここからどのように本作流に料理されるのか――楽しみになるではありませんか。


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2017.11.03

紅玉いづき『大正箱娘 見習い記者と謎解き姫』 「箱」の中の謎と女性たち

 創刊2年の間にユニークな作品を次々送り出してきた講談社タイガ。その中でも私好みの一冊――大正時代を舞台に、新米新聞記者と「開けぬ箱もなく、閉じれぬ箱もない」という謎の少女が様々な事件と対峙する、不思議な味わいのミステリにして「女性文学」であります。

 故あって実家を飛び出し、帝京新聞で埋め草の三文記事を書いている新米記者の英田紺。
 ある日届いた旧家の蔵で呪いの箱が見つかったという手紙の取材に出かけた紺は、そこで夫が自害したというその家の美しい嫁・スミからその箱を押しつけられることになります。

 箱の扱いに悩んだ末、上司に唆されて神楽坂にある箱屋敷なる館を訪れた紺。どこを歩いたか定かでない道を辿った末に現れた、文字通り箱のような形をした奇妙な館で、紺は回向院うららと名乗る美少女と出会うことになります。
 開けぬ箱はないという彼女は、女が触れば祟りがあるというその箱を平然と開けて……

 という第1話「箱娘」に始まる本作は、全4話構成の連作形式となっています。

「今際女優」:今際女優の異名を持つ女優と気鋭の脚本家が組んだことで話題の新作舞台。しかし脚本家は謎めいた死を遂げ、彼が完成させたという脚本の最終稿が行方不明となったことから、紺が二つの謎を解くために奔走することに。
「放蕩子爵」:時を同じくして起きた、悪事を暴き立てる怪人カシオペイアの跳梁と心中ブーム。不正を暴かれた家の一つで「文通心中」と呼ばれる不思議な死を遂げた娘がいることを知った紺は、自分の過去と重ねて真相を追いかける。
「悪食警部」:再婚して身重となったスミから再び手紙を受け取った紺。しかし再会したスミは、その直後に蔵の中で腹に刀を刺されて発見され、紺はその容疑者にされてしまう。そこに現れたのは、「悪食警部」の異名を持つ警視庁の警部だった……


 「箱娘」というと、どうしても「箱の中に収まっている娘」を連想してしまいますが、本作の箱娘・うららは、どんな箱も開け、閉じるという不思議な少女。
 神楽坂の屋敷に「叉々」というぶっきらぼうなお目付役らしい男と住んでいること、どうやら軍部や警察とも繋がりがあるらしいことを除けば、一切が謎の存在であります。

 そんな彼女が、これら4つの奇妙な事件を描く物語に登場する「箱」を開くことで、事件を解決に導くのが本作のスタイルですが――しかしその「箱」は、物理的なものに限りません。
 人がその心に隠し持った秘密、あるいはその身を閉じ込める一種の規範やしきたり――それもまた、開かれ、そして閉じられるべき箱として描かれるのです。

 そして本作で描かれる各エピソードには、「箱」以外には共通点があります。それは「女性」――いずれの物語にも、その「箱」を持つ者、あるいはその「箱」に閉じ込められた者として、女性が登場するのです。


 思えば舞台となる大正は、女性にとってはまだまだ非常に息苦しい、生きづらい時代であります。
 「新しい女性」、女性解放運動に身を投じる女性たちは登場したものの、しかしまだまだ彼女たちは少数派。世の大多数の女性は、家や女性らしさといった「箱」に閉じ込められていたのですから。

 そう、実に本作で描かれるのは、この閉じ込められた女性たち、あるいは女性たちを閉じ込めたものが生み出した事件であります。
 だとすれば、その事件を真に解決するのは、その「箱」を開ける――彼女たちを解き放つ必要があります。その結果、彼女たちが再び箱に戻るかもしれないとしても……

 本作は、ミステリとして見れば物足りないと感じる方もいるかもしれません。しかしこの構図を重ね合わせて見たとき、本作は一つの「女性文学」として、いずれも深く濃い味わいを持つのであります。


 そしてもう一人、本作には「箱」に閉じ込められた人物がいます。それは紺――ある意味、うららの最も近くにいる紺こそは、ある意味最も強く、そしてはっきりと「箱」に閉じ込められているのです。

 そこから紺が出ることはできるのか? その答えの一端は、本作の結末において静かに、そして感動的な形で示されているのですが――しかしそこで終わりではないでしょう。

 その結末は同時に、その先に何が待つのか見届けたい――そう感じさせる物語の開幕なのですから……


『大正箱娘 見習い記者と謎解き姫』(紅玉いづき 講談社タイガ) Amazon
大正箱娘 見習い記者と謎解き姫 (講談社タイガ)

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2017.11.01

入門者向け時代伝奇小説百選 幕末-明治(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、幕末-明治のその2は、箱館戦争から西南戦争という、武士たちの最後を飾る戦いを題材とした作品が並びます。

86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)


86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎) Amazon
 近年、幾つもの土方歳三を主人公とした作品を発表してきた作者が、極めてユニークな視点から箱館戦争を描くのが本作です。

 プロシア人ガルトネルが蝦夷共和国と結ぶこととなった土地の租借契約。その背後には、ロシア秘密警察工作員の恐るべき陰謀がありました。この契約に疑問を抱いた土方は、在野の軍学者、箱館政府に抗するレジスタンス戦士らと呉越同舟、陰謀を阻むたの戦いを挑むことに……

 実際に明治時代に大問題となったガルトネル事件を背景とした本作。その背後に国際的陰謀を描いてみせるのは如何にも作者らしい趣向ですが、それに挑む土方の武士としての美意識を持った人物像が実にいい。
 終盤の不可能ミッション的な展開も手に汗握る快作です。

(その他おすすめ)
『神威の矢 土方歳三蝦夷討伐奇譚』(富樫倫太郎) Amazon


87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 幕末最後の戦いというべき五稜郭の戦。本作はその戦の終わりから始まる新たな戦いを描く雄編です。

 五稜郭の戦に敗れ、敗残兵となった少年・志波新之介。新政府軍の追っ手や賞金稼ぎたちと死闘を繰り広げつつ、生き延びるための旅を続ける彼の前に現れるのは、和人の過酷な弾圧に苦しむアイヌの人々、そして大自然の化身たる蝦夷地の神々や妖魔たち。
 出会いと別れを繰り返しつつ、北へ、北へと向かう新之介を待つものは……

 和製マカロニウェスタンと言うべき壮絶なガンアクションが次から次へと展開される本作。それと同時に描かれる蝦夷地の神秘は、どこか消えゆく古きものへの哀惜の念を感じさせます。
 一つの時代の終焉を激しく、哀しく描いた物語です。

(その他おすすめ)
『地の果ての獄』(山田風太郎) Amazon


88.『警視庁草紙』(山田風太郎) 【ミステリ】 Amazon
 作者にとって忍法帖と並び称されるのが、明治ものと呼ばれる伝奇小説群。本作はその記念すべき第一作であります。

 川路大警視をトップに新政府に設立された警視庁。その鼻を明かすため、元同心・千羽兵四郎ら江戸町奉行所の残党たちは、市井の怪事件をネタに知恵比べを挑むことに……

 漱石・露伴・鴎外・円朝・鉄舟・次郎長など、豪華かつ意外な顔ぶれが、正史の合間を縫って次々と登場し物語を彩る本作。そんな明治もの全体に共通する意外史的趣向に加え、ミステリとしても超一級のエピソードが並びます。
 そしてそれと同時に、江戸の生き残りと言うべき人々の痛快な反撃の姿を通じて明治以降の日本に対する異議申し立てを描いてみせた名作であります。

(その他おすすめ)
『明治断頭台』(山田風太郎) Amazon
『参議暗殺』(翔田寛) Amazon


89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄) 【ミステリ】 Amazon
 北辰一刀流の達人にして、維新後は写真師として暮らす元幕臣・志村悠之介。西南戦争勃発直前、西郷隆盛の顔写真を撮るという依頼を受けた彼は、一人鹿児島に潜入することになります。
 そこで彼を待つのは、西郷の写真を撮らせようとする者と、撮らせまいとする者――いずれも曰くありげな者たちの間で繰り広げられる暗闘に巻き込まれた悠之介の運命は……

 文庫書き下ろし時代小説界で大活躍中の作者が最初期に発表した三部作の第一作である本作。
 知られているようで謎に包まれている西郷の「素顔」を、写真という最先端の機器を通じて描くという趣向もさることながら、その物語を敗者や弱者の視点から描いてみせるという、実に作者らしさに満ちた物語です。


(その他おすすめ)
『鹿鳴館盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄) Amazon
『黒牛と妖怪』(風野真知雄) Amazon


90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健) Amazon
 西南戦争終盤、警視隊の藤田五郎をはじめ曲者揃いのメンバーとともに、西郷を救出せよという密命を下された村田経芳。
 しかしメンバー集合前に隊長が何者かに暗殺され、それ以降も次々と彼らを危機が襲うことになります。誰が味方で誰が敵か、そしてこの依頼の背後に何があるのか。銃豪と剣豪が旅の果てに見たものは……

 期待の新星のデビュー作である本作は、優れた時代伝奇冒険小説というべき作品。
 後に初の国産小銃である村田銃を開発する「銃豪」村田経芳を主人公として、いわゆる不可能ミッションものの王道を行くような物語を描くと同時に、その中で、時代の境目に生きる人々が抱えた複雑な屈託と、その解放を描いてみせるのが印象に残ります。



今回紹介した本
箱館売ります(上) - 土方歳三 蝦夷血風録 (中公文庫)旋風伝 レラ=シウ(1)警視庁草紙 上  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介 (角川文庫)明治剣狼伝―西郷暗殺指令 (時代小説文庫)


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 新美健『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』 銃豪・剣豪たちの屈託の果てに

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2017.10.30

黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第13巻 無双、宇都宮城 そして束の間の……

 まだまだ続く地獄道、『PEACE MAKER鐵』の第13巻は、前巻に続き宇都宮城の戦いが描かれることとなります。近藤を救うため、宇都宮城を包囲する新政府軍と決死の思いで激闘を繰り広げる土方。その一方で、新政府軍の陣を脱出して逃避行を繰り広げる当の近藤の向かう先は――

 新政府軍の伊地知に捕らえられた近藤を救うために勝の力を借りる交換条件として、大鳥圭介率いる伝習隊と行動を共にすることとなった土方。しかし宇都宮城で新政府軍と交戦することになった土方は、多勢を前に殿として戦い、窮地に陥いることになります。
 と、そこで土方のもとに駆けつけたのは、なんとなんと袂を分かったはずの原田左之助! 土方の剣に原田の槍、さらには辰之助の銃も加わり、一騎当千の大暴れを繰り広げることとなります。

 一方、野村利三郎の活躍(というより彼に引っ張られて)伊地知の陣を脱出した近藤は、伊地知の放った熊(!)の追跡をかわしながらも必死の逃避行を続けることに……


 というわけで、原田参戦、近藤脱出と、一見史実と異なるルートに入ったかに見える本作。それはいかがなものか、という方もいらっしゃるかもしれませんが、ここのところの鬱展開の中で見えた一筋の光明にすがりたいのがファン心理というものであります。

 そしてそんな気持ちに応えるかのように、この巻の冒頭で繰り広げられる土方&原田&辰之助の大暴れは実に気持ちがいい。
 敵兵を当たると幸いなぎ倒す、まさしく無双状態の彼らは、こんな新選組が見たかった! と言いたくなるような痛快さであります。
(ここに丸太を担いだ島田も加わってもう大騒ぎ)

 と、そんな中でも不気味な冷静さを保っているのが辰之助。目からハイライトが消えた彼は、ここのところ狙撃手として急成長――と思いきや、成長しすぎて何だかスゴい感じの面白ガンマンキャラとして参戦することになります。

 ロングコートを思わせる羽織の下に死神めいた支持架(?)を装着した彼は、ロングライフルと自作の携帯用ダブルガトリングガンを手に、手のつけられない死神(あっ)ぶりを発揮するのですから驚くほかありません。

 この巻で宇都宮城を包囲するのは、大鳥の教え子である薩摩藩士・大山弥助。言うまでもなく後の大山巌――西郷隆盛の従兄弟にして、日本陸軍を率いて日清・日露の両戦争を戦い抜いた豪傑であります。
 その大山が持ち込んだ最新鋭の連発砲台を相手に、単身辰之助がガンバトルを繰り広げるのがこの巻の前半の山場とも言うべき展開なのですからもうたまりません。


 しかしこの巻の真の山場は、この先にあります。白兵戦での奮闘ももむなしく、圧倒的な物量の前に押される新選組勢。大山軍の一斉砲火の前に目も霞み、立ち上がるのがやっとの土方の前に現れ、彼をかばって火砲の前に立った男とは……

 それが誰であるかはここでは述べますまい。しかし、それが、ここで土方が最も会いたかった男である――と申し上げれば十分でしょう。
 あくまでも一瞬の出会い、あまりに皮肉すぎるすれ違いではありますが――しかし、ここで男が土方にかけた言葉に込められた無限の想いには、もう胸を熱くするほかありません。(そしてその言葉の意味するところも……)

 ここまでの史実を離れた展開は、このシーンのためであったか! と大いに納得したと同時に、新選組ファンにとっての大きな不満、あるいは無念をこんな形で晴らしてくれるとは――と作者の粋な計らいに頭が下がるばかりであります。

 もちろん、この場面があったからこそ、この先がますます辛くなるのもまた真実なのですが……


 意外な出会いを経て、土方の戦いはどこに向かうのか。そしてやはり歴史は変わらないのか。
 今回はほとんど出番のなかった鉄之助の役割も気になるところ、やはり先を早く読みたいような読みたくないような――そんな物語であります。


『PEACE MAKER鐵』第13巻(黒乃奈々絵 マッグガーデンビーツコミックス) Amazon
PEACE MAKER 鐵 13 (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)


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