2018.05.22

梶川卓郎『信長のシェフ』第21巻 極秘ミッション!? 織田から武田、上杉の遠い道のり


 その過去も明かされ、西洋料理の封印も解かれて、戦国生活も新たな段階に入ったケン。信長も最前線に出ることもなくなりましたが、まだまだ彼とケンの行方は波瀾万丈であります。この巻では、ついに動き出した謙信に対し、直接の会見を望んだ信長のため、ケンは決死の試みに出ることに……

 というわけで、「わしは謙信に会ってみようと思う」「よっておぬし(ケン)武田勝頼に捕まってこい」と、いきなり衝撃的なことを言い出した信長。
 久々に(?)人の一歩も二歩も先を行く信長の命令が飛び出した印象ですが、突然命令されてしまったケンも、それを聞いてしまった柴田勝家も面食らうどころではありません。

 しかし勝家がツッコんだように、これから合戦中の大将同士が会談するなどという前代未聞な試みを行うのであれば、正規ルートで話を通せるはずもありません。
 そもそも、織田軍は上杉方に攻められる七尾城救援のため、能登を目指している状況。一方、七尾城が陥落すれば、上杉軍は織田軍と対決するために一気に南下を始めることになります。そしてその七尾城では、親上杉方が力を持ち、落城は目前の状況……

 そんな中で、仮に大将同士が会談を望んだとしてもそれが円満に進むはずもありません。そして密使を送ろうにも伝手がなく、また地理的にも潜入は難しい――というわけでケンの出番となるわけであります。
 武将でも官僚でもなく、しかし信長の意を最も良く知るケン。その彼を、上杉とは現在同盟関係にある武田に捕らえさせ、陣中見舞いの名目で上杉に送らせる――いやはや、無茶苦茶ですが、実に本作らしい作戦でしょう。

 そしてそのための細い細い伝手が、以前ケンが協力した織田信忠と勝頼の妹・松姫の恋仲。この無茶な案のために使えるものは何でも使おうという信長の中に、謙信であれば自分の目指すところを理解できるのではないか――と期待する信長の孤独を見て、ケンが協力を決意するという展開も、また本作らしくて良いのであります。


 しかし考えれば考えるほど無茶なこの作戦、そもそも信忠と松姫の仲は秘密である上に、そこから勝頼との面談に持っていく手段がない。
 そして仮に勝頼と対面したとしても、ケンとはやたらに因縁のある彼が、素直に頼みを聞いて上杉に送ってくれるとは限らない。そして上杉に入ったとしても、どうやって謙信と対面し、彼だけに信長の意を伝えて納得させるのか……

 いやはや、あまりの不可能ミッションぶりに、こうして挙げていて逆に楽しくなってきましたが、この難題の数々を料理の力でクリアしていくのこそ本作の真骨頂。
 前巻ではケンの料理シーンが少なかったのが少々不満でしたが、この巻の後半では材料も不十分な中で、機転とテクニックで次々と難関を乗り越えていくケンの姿が存分に味わえるのも嬉しいところであります。
(そして作中で妙に美味しそうに見えたあの料理が、巻末で紹介されているのにも納得)

 また、久々に対面したケンと勝頼の対話の面白さも、これまでの積み重ねがあってこそのものでしょう(勝頼の「おぬしに飯を作らせるとろくなことがない!!」の言には爆笑)。
 そしてその一方で男として、武将としての器を見せる勝頼の描写も良く、ある意味この巻の裏のMVPは勝頼なのではないか――としら感じた次第です。


 さて、何とか上杉の陣中に入り込み、謙信の前で料理を作ったものの、やっぱり窮地に陥ったケン。
 その一方で織田軍の中では、唯一信長の真意を知る勝家と他の将の軋轢が深まり、ついに秀吉は勝頼と対立した末に離陣――のふりをして、独自に状況を探り始めることになります(なるほど、あの史実をこのように使うか、と感心)。

 そしてこの先に待ち受けているのは、手取川の戦い――謙信が織田軍を圧倒したと言われる合戦ですが、実はその規模や結果については諸説あり、不明な点も多いこの合戦を、本作がどのように扱うのでしょうか。
 前巻辺りからクローズアップしてきた、史実との整合性――歴史は変わってしまうのか否か?――も含めて、先が大いに気になるところであります。


『信長のシェフ』第21巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 21 (芳文社コミックス)


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 梶川卓郎『信長のシェフ』第15巻 決戦、長篠の戦い!
 梶川卓郎『信長のシェフ』第16巻 後継披露 信忠のシェフ!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第17巻 天王寺の戦いに交錯する現代人たちの想い
 梶川卓郎『信長のシェフ』第18巻 歴史になかった危機に挑め!
 梶川卓郎『信長のシェフ』第19巻 二人の「未来人」との別れ、そして
 梶川卓郎『信長のシェフ』第20巻 ケン、「安心」できない歴史の世界へ!?

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2018.05.20

「コミック乱ツインズ」2018年6月号


 今月の「コミック乱ツインズ」誌は、表紙&巻頭カラーが『用心棒稼業』(やまさき拓味)。レギュラー陣に加え、『はんなり半次郎』(叶精作)、『粧 天七捕物控』(樹生ナト)が掲載されています。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 先月に続いて鬼輪こと夏海が主人公の今回は、前後編の後編とも言うべき内容です。
 旅の途中、とある窯元の一家に厄介になった夏海。彼らのもとで生まれて初めて心の安らぎを得た彼は、用心棒稼業を抜けて彼らと暮らすことを選ぶのですが――鬼輪番としての過去が彼を縛ることになります。

 夏海の設定を考えれば(いささか意地の悪いことを言えば)この先どうなるかは二つに一つ――という予想が当たってしまう今回。そういう意味では意外性はありませんが、夏海の血塗られた過去と、悲しみに沈む心を象徴するように、雨の夜(今回もあえて描きにくそうなシチュエーション……)に展開する剣戟が実に素晴らしい。
 駆けつけた坐望と雷音の「用心棒」としての啖呵も実に格好良く印象に残ります。

 それにしても最終ページに「終」とあるのが気になりますが……

『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)
 隠密(トラブルシューター)の裏の顔を持つ漢方医・桃香を主人公とした本作、今回の題材は子供ばかりを狙った人攫い。彼女の顔見知りの母子家庭の娘が、人攫いに遭いながらも何故か戻された一件から、桃香は事件の背後の闇に迫るのですが――その闇があまりにも深く、非道なものなのに仰天します。
 この世界のどこかで起きているある出来事を時代劇に翻案したかのような展開はほとんど類例がなく、驚かされます。

 一方、娘を攫った犯人が人間の心を蘇らせる様を(色っぽいシーンを入れつつ)巧みに描いた上で、ラストに桃香の心意気を見せるのも心憎い。前後編の前編ですが、後編で幸せな結末となることを祈ります。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 今回から原作第3巻『秋霜の撃』に突入した本作。六代将軍家宣が没し、後ろ盾を失ったことで一気に江戸城内での地位が低下した新井白石と、新たな権力者となった間部越前守の狐と狸の化かし合いが始まります。
 その一方、白石がそんな状態であるだけに自分も微妙な立場となった聡四郎は、人違いで謎の武士たちの襲撃を受けるもこれを撃退。しかし相手の流派は柳生新陰流で……

 と第1回から不穏な空気しかない新展開ですが、聡四郎を完全に喰っているのは、白石のくどいビジュアルと俗物感溢れる暗躍ぶり(キャラのビジュアル化の巧みさは、本当にこの漫画版の収穫だと思います)。
 そんな暑苦しくもジメジメした展開の中で、聡四郎を想って愁いに沈んだり笑ったりと百面相を見せる紅さんはまさに一服の清涼剤であります。

『鬼切丸伝』(楠桂)
 今回はぐっと時代は下って江戸時代前期、尾張での切支丹迫害(おそらくは濃尾崩れ)を描くエピソードの前編。幕府や大名により切支丹が無残に拷問され、処刑されていく中、その怨念から切支丹の鬼が生まれることになります。
 切支丹であれ鬼を滅することができるのは鬼切丸のみ――のはずが、その慈愛と赦しで鬼になりかけた者を救った伴天連と出会った鬼切丸の少年。それから数十年後、再び切支丹の鬼と対峙した少年は、その鬼を滅する盲目の尼僧・華蓮尼と出会うこととなります。

 鬼が生まれる理由もその力も様々であれば、その鬼と対する者も様々であることを描いてきた本作。今回は日本の鬼除けの札も通じない(以前は日本の鬼に切支丹の祈りは通じませんでしたが)弾圧された切支丹の怨念が生んだ鬼が登場しますが、それでも斬ることができるのが鬼切丸の恐ろしさであります。
 しかし今回の中心となるのは、少年と華蓮尼の対話でしょう。己の母もまた尼僧であったことから、その尼僧に複雑な感情を抱く少年に対し、彼の鬼を斬るのみの生をも許すと告げる華蓮ですが……

 しかし鬼から人々を救った尼僧の正体は、金髪碧眼の少女――頭巾で金髪を、目を閉じて碧眼を隠してきた(これはこれで豪快だなあ)彼女は、役人に囚われることに……
 禁忌に産まれたと語る尼僧の過去――は何となく予想がつきますが、さて彼女がどのような運命を辿ることになるのか? いつものことながら後編を読むのが怖い作品です。

 その他、今号では『カムヤライド』(久正人)、『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)が印象に残ったところです。

「コミック乱ツインズ」2018年6月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年6月号 [雑誌]

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2018.05.16

『修羅天魔 髑髏城の七人 Season極』 新たなる髑髏城――これぞ極みの髑髏城!?

 天魔王率いる関東髑髏党が覇を唱える関東に現れた渡り遊女・極楽太夫。色里・無界の里に腰を落ち着けた彼女には、凄腕の狙撃手というもう一つの顔があった。無界で徳川家康に天魔王暗殺を依頼された極楽。しかしその前に現れた天魔王の素顔は、かつて深い絆で結ばれた信長と瓜二つだった……

 実に1年3ヶ月にわたり、5つのバージョンで公演された劇団☆新感線の『髑髏城の七人』、その最後を飾るSeason極『修羅天魔』を観劇して参りました。
 それまでにも5回上演され、その度に様々な変更が加えられてきた『髑髏城』ですが、しかし今回の『修羅天魔』はその中でも最も大きく変わった――ほとんど新作とも言うべき物語。何しろ、これまで一環して主人公であった捨之介が登場しないのですから!

 上のあらすじにあるように、本作の主人公は、渡り遊女にして凄腕の狙撃手である極楽太夫こと雑賀のお蘭――かつては信長に協力し、その天下獲りを支えてきた人物です。
 これまでの髑髏城において登場してきた極楽太夫は、雑賀出身の銃の達人という裏の顔は同じながら、初めから無界の里の太夫という設定。そしてお蘭の名を持ち、信長と縁を持つ登場人物としては、その無界の里の主・蘭兵衛が別に存在していました。

 そう、本作の極楽太夫(お蘭)は、これまでの捨之介と極楽太夫と蘭兵衛、三人の要素を備え、それを再整理したかのようなキャラクターなのであります。

 それを踏まえて、彼女を取り巻く登場人物たちの人物関係も、これまでとはまた変わった形となります。
 もう一人のヒロインである沙霧や、豪快な傾き者・兵庫といった面々は変わらないものの、蘭兵衛に代わる無界の里の主として若衆太夫の夢三郎が登場。狸穴次郎右衛門こと徳川家康の存在もこれまで以上に大きくなりますし、何よりも新たな七人目が……

 この変更が何をもたらしたか? その最たるものは、本作における重要な背景である織田信長の存在――信長とメインキャラたちの関係性の変化があるでしょう。
 これまで信長を中心に、捨之介・天魔王・蘭兵衛が複雑な関係性を示していた『髑髏城』。それが本作では極楽太夫・天魔王の関係性に絞られることにより、ドラマの軸がより明確になった――そんな印象があります。

 これは個人的な印象ですが、これまでの『髑髏城』では蘭兵衛の存在――というか第二幕での蘭兵衛の変貌が今一つ腑に落ちないところがありました(色々と理由はあったとはいえ、あそこまでやるかなあ、と)。
 今回、その辺りがバッサリとクリアされた――正確には異なるのですがその変更も含めて――のは、大いに好印象であります。

 閑話休題、その信長を頂点とした「三角関係」の明確化は、これまで(私が見たバージョンでは)背景に留まっていた信長の存在が、回想の形とはいえはっきりと前面に登場したことと無関係ではないでしょう。
 かつては雑賀の狙撃手として信長を狙ったお蘭が、信長の「同志」にして最も愛すべき者となったか――それを描く物語は、古田新太の好演もあって素晴らしい説得力であり、そしてそれだけに登場人物たちの因縁の根深さを感じさせてくれるのには感嘆するほかありません。

 さらにこの過去の物語が、第二幕早々で炸裂する意外な「真実」――これまでの物語を根底から覆すようなどんでん返しに繋がっていくのが、またたまらない。
 実はここまで、如何にこれまでの『髑髏城』と異なるかを述べるのに費やしてきましたが、同時に意外なほどに変わらない部分も多い本作。特に物語展開自体はこれまでとほぼ同じなのですが――だからこそ、この展開には、とてつもない衝撃を受けました。

 そしてその「真実」を踏まえて、極楽太夫が如何に行動するのか、どちら側の道を歩むのかという展開も、本作の人物配置――端的に言ってしまえば男と女――だからこそより重く、そして説得力を持って感じられるのであります。
 ……そしてそれがもう一回クルリと裏返るクライマックスの見事さときたら!。


 もちろん本作の魅力はこれだけではありません。また、生歌が存外に少なかったことや、過剰にエキセントリックな演技(それも演出のうちではありますが)で興ざめのキャラがいたことなど、不満点もあります。
 しかしそれでもなお、本作はこれまで30年近くにわたって培われてきたものを踏まえつつ、それを見直すことでまた新しい魅力を与えた新しい『髑髏城の七人』であり――そして、この1年3ヶ月の最後を飾るに相応しい、まさしく「極」であったということは、はっきり言うことができます。

 実に素晴らしい舞台でした。



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2018.05.09

『京の縁結び 縁見屋の娘』(漫画版) 小説から漫画へ――縁見屋再誕


 第15回『このミステリーがすごい!』大賞の優秀賞にして時代伝奇小説である『縁見屋の娘』の漫画版(の第1巻)であります。作画を担当するのは『ホムンクルスの娘』『上海白蛇亭奇譚』と昭和初期を舞台とした和風ファンタジーを描いてきた君塚祥――納得の人選であります。

 天明年間の京都を舞台に、タイトルどおり口入れ屋「縁見屋」の娘・お輪を主人公として展開する本作。
 「縁見屋の娘は男子を産まずに26歳で死ぬ」という祟りによって、三代続いて女性が死に、そして自分もいつかは――と恐れを抱くお輪の前に、謎めいた行者・帰燕が現れたことから始まる、奇怪な因縁とその解放を描く物語であります。

 本書には、原作全395ページのうち、160ページ辺りまでと、約四割分が収録されているのですが、基本的な物語展開はほぼ完全に原作のまま。
 お輪の悩みと帰燕との出会い、お輪を愛する幼馴染み・徳次との微妙なすれ違い、曾祖父が残した火伏堂に隠された天狗の秘図面の謎、そして縁見屋の過去にまつわる忌まわしい因縁――こうした物語が描かれていくわけですが、その語り口の流れがなかなか良いのです。

 たとえ同じ物語を描くにしても、小説と漫画は異なる――というのは当たり前ですが、その差を違和感なく埋めるというのは、簡単なようでいて実に難しい。
 特に時代ものにおいては、どうしても説明文が多くなるのは仕方のないことで、しかしそれをそのまま漫画で描くにもいかないわけで――と、こう書いてみれば当然に必要なことではあるのですが、しかしそれをさらりと実現してみせているのには素直に感心いたします。

 そしてそれを支えるのは、本作の「画」の力、特にキャラクターのビジュアルの力はないでしょうか。勝ち気そうな中に揺れる想いを秘めたお輪、ひたすら謎めいたイケメンの帰燕、脳天気ながらお輪の想いは本物とわかる徳次(ただ、髪型だけはどうかなあ)……
 メインの3人を始めとして、本作のキャラクターのビジュアルには、原作読者として違和感がありません。

 原作ではこの先描かれる部分で、お輪の抱く想いにちょっと違和感を感じてしまったのですが、このビジュアルであればそれも納得できる――というのは言いすぎかもしれませんが。

 ちなみに違和感といえば、原作初読の際にはミステリとばかり思い込んでいたために、物語の内容に色々と違和感があったのですが、それを知った上でこうして漫画で追体験してみればそれも問題なし。
 作中に散りばめられた謎が少しずつ明らかになっていく終盤の展開も面白く、まずは良くできた因縁譚と感じられます。


 ただ唯一驚いたのは、どこにも「第1巻」と書かれていないにもかかわらず、物語が思い切り続いている点。
 もっとも掲載サイトでは既に単行本収録分の先のエピソードも公開されており、ぜひとも完結まで続けていただきたいと思います。

 改めて読み返してみれば、実に漫画映えする物語でもあるだけに……

『京の縁結び 縁見屋の娘』(君塚祥&三好昌子 宝島社このマンガがすごい!Comics) Amazon
このマンガがすごい! comics 京の縁結び 縁見屋の娘 (このマンガがすごい!Comics)


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2018.05.01

久賀理世『ふりむけばそこにいる 奇譚蒐集家小泉八雲』 英国怪談の香気溢れる名品

 母を亡くし、故あってダラムの神学校に送られることになった「おれ」が、ダラムに向かう列車の中で出会った少年・パトリック。周囲から怪談を好んで集めているという彼は、この世ならざるものを見る力を持っていた。寄宿舎でパトリックと同室になった「おれ」は、様々な怪事に巻き込まれることに……

 妖怪や怪異といったモノになにがしかの関わりを持っていた実在の人物は、フィクションの世界においては、そうしたモノたちと実際に出会っていたという設定で描かれることが多いものです。
 その最たるものが、ラフカディオ・ハーン、すなわち小泉八雲でしょう。彼を主人公/狂言回しにした伝奇もの、ホラーものはこれまでこのブログで幾つも取り上げてきましたが、その最新の作品が本作であります。

 しかし本作は副題とは裏腹に、まだハーンが八雲になる、はるか以前の物語――それもまだ彼が十代の少年であった頃、彼が神学校に在学していた時代を舞台とした物語であることが大きな特徴となっています。
 父と母が離婚して母に引き取られたものの、ある事情から母と別れた少年時代のハーン。敬虔なキリスト教徒だった大叔母にによってダラムの神学校に送られた彼は、そこで数年を過ごすのですが――本作はそのダラムを舞台とした連作短編集なのです。


 母を亡くし、父の親族から放り出されるように神学校に入れられることとなった語り手が、ダラムに向かう列車の中で出会った少年から、この列車と神学校にまつわる因縁話を聞かされる第一話『境界の少年』に始まり、全四編で構成される本作。
 ここで少年――彼の生国流に発音すればパトリキオス・レフカディオス・ハーン、ダラムではパトリック・ハーンと名乗る彼と意気投合した語り手は、同室となったパトリックに半ば引きずり込まれるように、様々な怪異と遭遇することになるのです。

 このパトリック、下級生などからわざわざ怖い話を蒐集しているほどの好事家。しかしそれだけでなく、あちら側と交感し、この世ならざるもののを見る力までも持っているののです(何しろ、亡き兄の魂が姿を変えたという鴉を連れ歩いているというのですから「本物」であります)。

 そんなわけで自分から怪異に首を突っ込んだり、あるいは向こうからやってきたり――第二話以降は、二人が巻き込まれた三つの物語が語られることになります。

 寄宿舎で新入生たちのもとに現れ、目に砂を投げ込むという怪人「砂男」と、学内である生徒が目撃した聖母の存在が、意外な形で交わる『眠れぬ子らのみる夢は』
 曰く付きの品の蒐集家である友人の父が手に入れた日本の人魚の木乃伊を見て以来、語り手の片手の感覚がなくなっていくという怪異の背後に潜むある想いが語られる『忘れじのセイレーン』
 街の無縁墓地に首を吊ったような形の子供の人形が備えられていることをパトリックの顔なじみの墓守から聞かされ、調べることとなった二人が、思わぬ邪悪なモノと対峙する『誰がために鐘は』

 ご覧のとおり、本作に収録されているのは、題材も内容もバラエティに富んだ怪異譚ですが――しかしこれら四編に共通するのは、いずれも良い意味で抑制の効いた、落ち着いて風格のある語り口と物語展開であります。

 言ってみれば本作は、日本の作家の手になるものでありながらも、「英国怪談」という言葉が誠に相応しい物語揃い。
 単に英国が舞台だから、というだけではもちろんなく、背景となる風物の描き方から題材のチョイスとその活かし方、そして何よりもその空気感が、古き良き英国怪談作家たちのそれに通底するものを感じさせる――というのは褒めすぎかもしれませんが、愛好家としてはたまらないものがあるのです。

 そしてそれ以上に嬉しいのは、本作に収録された物語の全てに通底する、怪異に――いやその背景にある人間の想いに向けられた、優しい眼差しであります。

 本作の主役であるパトリックも語り手も、どちらも少年らしい活発さと明るさに満ちたキャラクターでありつつも、しかしその家庭環境に、両親に深い屈託を抱えた者同士。
 そんな二人だからこそ、同様に屈託を抱えた者の想いに共感することができる。(それが危機に繋がることもあるのですが)その構図は、本作に独特の暖かみと後味の良さを与えていると感じます。


 「ふりむけばそこにいる」――怪談小説の題名としては、そこにいるのはどうしても恐ろしいモノを想像してしまうかもしれません。しかしそこにいるのはそれだけではない、確かに温かいものもそこにはいるのだと――そんなことを感じさせてくれる名品であります。


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ふりむけばそこにいる 奇譚蒐集家 小泉八雲 (講談社タイガ)

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2018.04.22

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第6巻 覇王覚醒!? 複雑なる項羽の貌


 劉邦を支えた軍師・張良の活躍を描く史記異聞の第6巻で描かれるのは、しかし主人公たる張良や劉邦以上に、項羽の姿であります。ある意味覚醒を遂げた項羽の向かう先は、そしてそれに対して劉邦は?

 張良の巧みな策により、項梁軍の客将の座を手にした劉邦。しかしあくまでも配下ではない、という程度で立場の弱い劉邦に対して、張良は自分たちの旗頭そして後ろ盾とするため、韓王家の公子・韓成の擁立という策に出ます。
 項梁方の軍師たる范増との心理戦に勝ち、その許可を得た張良は、自らの故郷でもある韓に向かうことになります。劉邦と一時別れる形で……

 そんな前巻の展開を受けて、この巻の冒頭で描かれるのは、韓成を奉じてわずか二百の兵で秦側の城を落とすという張良の神算鬼謀。窮奇の助けもあるとはいえ、この辺りの見事な策の切れ味は、さすがと言うほかありません。
 しかしもちろん、これは局地戦の始まりにすぎません。その後も韓と張良の戦いは続いていくのですが――そこに挟まれる人の良すぎる韓成たちと、人の悪い(あるいは人を食った)張良との会話の天丼っぷりも楽しい――ある知らせが、張良を愕然とさせることになります。

 それは項梁の敗死――連戦連勝を重ね、項羽と劉邦でも落とせなかった定陶を落として気を良くした項梁は、范増や宋義が諫めるのも聞かず、章邯率いる秦軍の奇襲を受けてあっさりと大敗、討ち取られてしまったのであります。
 抗秦の大勢力であり、何よりも劉邦と自分が身を寄せていた項梁。その慢心と油断を見抜けなかった張良は大きく肩を落とすのですが――しかし最前線の将たちにとってはそれどころではありません。

 自らの叔父でもある項梁を失った項羽は、咆哮とともに号泣し――そして劉邦は静かに腰を抜かす。あまりにも対局的なその姿は実にこの二人らしく、そしてまた作者らしいのですが――いずれにせよ、その衝撃は計り知れないほどであったことは間違いありません。


 実にこの巻においては、張良の出番は冒頭を中心としたごく限られたもの、という印象があります。それに代わってというべきか、この巻において主役級の扱いとなるのは、項羽その人なのであります。

 前巻では黄石を巡って窮奇と真っ向から激突、その怪物ぶりを遺憾なく発揮してみせた項羽。その豪勇はいかにも歴史に名を残す彼らしいものでありますが――しかしこの巻においては、彼はそこからさらに不気味な、凄みとでも言うべきものをまとった姿を見せることになります。

 項梁の慢心と敗北を予見するほどの士であり、項梁亡き後の楚軍を掌握した宋義。しかし自分自身も慢心に陥った宋義を、項羽は容赦なく処断してみせます。
 その直後、項羽と対峙することとなった黥布のリアクションが、これがまたある意味実に彼らしくて可笑しいのですが、しかし項梁亡き後の項羽の危険な変貌をいち早く察知していた描写がそれ以前にあるために、これもまた彼の本能ゆえと言うべきでしょうか。

 上で述べたように、叔父の死に号泣したという項羽。彼はその果てに何かが変わったと語られるのですが――その「何か」の正体は明確には語られません。しかしそれは、彼が放つ猛気が内に籠もるような形となっているように見えることと無縁ではないでしょう。
 人の本質を見抜く黄石をして、「わからない」と言わしめた項羽。その項羽の底の知れなさが、ここに来てさらに深まったと言うべきでしょうか。

 後世では猛将あるいは梟雄として語られることが多い印象の項羽。その彼を、このような一筋縄でいかぬ複雑な存在として描くのは、これは本作ならではの魅力の一つと言ってよいでしょう。
 そしてもう一人、底が知れないといえば、張良がいなくとも、この怪物と飄々と渡りあって見せる劉邦もまた、相当のものだと感じますが……


 冷静に考えてみると、ほとんど史実通りの展開に終始したこの第6巻。前巻の大力の士vs項羽のガチバトルのような破天荒な展開がなかったのは、振り返ってみれば少々残念なのですが――しかし読んでいる最中は、全くそうとは思わされなかったのが事実であります。

 物語の意外性だけでなく、丹念な人物描写でも魅せる――ますます目の離せない作品であります。

『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』(川原正敏 講談社月刊少年マガジンコミックス) Amazon
龍帥の翼 史記・留侯世家異伝(6) (講談社コミックス月刊マガジン)


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2018.04.19

「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その二)


 今月の「コミック乱ツインズ」誌の紹介のその二であります。

『薄墨主水地獄帖』(小島剛夕)
 「地獄の入り口を探し求める男」薄墨主水が諸国で出会う事件を描く連作シリーズ、今回は第3話「無明逆手斬り」を収録。

 とある港町に夜更けに辿り着いた主水が、早速町の豪商・唐津屋のもとに忍び込んだ盗賊・七助と出会い、見逃してやったと思えば、無頼たちにあわや落花狼藉に遭わされかけていた娘・富由を救うために立ち回りを演じて、と冒頭からスピーディーな展開の今回。
 唐津屋の客人となっている父を訪ねて来たものの追い返され、襲われることとなった富由のため、主水の命で再度忍び込んだ七助がそこで見たものは……

 タイトルの「無明」とは、上で述べた富由を救った際、相手を斬ったものの目潰しを受けて一時的に失明した主水を指したもの。その主水が、襲い来る唐津屋の刺客に対して、敢えて不利を晒し、逆手抜刀術で挑む場面が本作のクライマックスとなっています。
 が、悪役の陰謀が妙に大仕掛けすぎること、何よりも非情の浪人である(ように見える)主水が、口では色々言いつつも盗賊を子分にしたり薄幸の娘のために一肌脱ぐというのは、ちょっと普通の時代劇ヒーローになってしまったかな――という印象があるのが勿体ないところではあります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 これまでしばらく戦国時代を舞台としてきた本作ですが、今回は一気に時代は遡り、鬼切丸の少年が生まれてさほど経っていない平安時代を舞台としたエピソード。題材となるのは、かの絶世の美女の末路を題材とした卒塔婆小町であります。

 かつて絶世の美女として知られた小野小町。数多の貴族から想いを寄せられながらも決して靡くことのなかった小町は、その一人である深草少将に百夜通ってくることができれば心に従うと語るも、彼はその百夜目に彼女のもとに向かう途中、息絶えてしまうことに。
 無念の少将の怨念は小町を老いても死ねぬ体に変え、やがて彼女は仏僧の説法も効かぬ鬼女と化すことに……

 と、「卒塔婆小町」と各地の鬼婆伝説をミックスしたかのような内容の今回。妙にその両者がしっくりとはまり、違和感がないのも面白いのですが、鬼小町の真実が語られるクライマックスの一捻りもいい。
 本作の一つの見どころは、鬼と人間の複雑な有り様に触れた少年が最後に残す言葉とその表情だと感じますが、今回は人の色恋沙汰に踏み込んでしまった彼のやってられるか感が溢れていて、ちょっとイイ話ながら微笑ましい印象もある、不思議な余韻が残ります。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 老年・壮年・青年の三人の浪人が、用心棒稼業を続けながら、それぞれの目的を果たすため諸国を放浪する姿を描く本作。これまで過去2回では「終活」こと雷音大作、「仇討」こと海坂坐望の過去を踏まえたエピソードが描かれましたが、今回はある意味最も気になる男「鬼輪」の主役回となります。
 かつて御公儀探索方鬼輪番の一人でありながら、嫌気がさしてその役目を捨て、気ままな用心棒旅を送っている青年、「鬼輪」こと夏海。スリにあった角兵衛獅子の少女のために、もらったばかりの用心棒代を全て渡してしまうほどのお人好しの彼ですが、しかし鬼輪番たちは「鬼」たることを辞めた彼を見逃すことなく、海上を行く船の上で夏海と大作・坐望に襲いかかることに……

 作者のデビュー作である小池一夫原作の『鬼輪番』を連想させる(というかそのまま)のワードの登場で大いに気になっていた「鬼輪」が、やはり鬼輪番、それもいわゆる抜け忍であったことが明かされた今回。その名前は夏海と、作者単独クレジットの『鬼輪番NEO』の主人公と同じなのもグッとくるところであります(もっともあちらとは出生も舞台となる時代も異なる様子)。
 そのためと言うべきか、お話的にはラストの一捻りも含め、いわゆる抜け忍もののパターンを踏まえた内容ではありますが、暗い過去に似合わぬ夏海の明るいキャラクターと、二人の仲間との絆が印象に残ります。

 そして本作の最大の見どころであるクライマックスの大立ち回りの描写ですが、今回は鬼輪番たちとの海中での死闘を、1ページ2コマを4ページ連続するという手法で描いてみせるのが素晴らしい。海中ゆえ戦いの様子がよく見えないという、一歩間違えれば漫画としては致命的になりかねない手法が、かえって戦いの厳しさと激しい動きを感じさせるのにはただ唸るばかりであります。


 次号はその『用心棒稼業』が巻頭カラー。カラーでどのような画を見せてくれるのか、今から楽しみであります。


「コミック乱ツインズ」2018年5月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年5月号 [雑誌]


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2018.04.18

「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その一)


 今月の「コミック乱ツインズ」誌の巻頭カラーは、ついに「熾火」編が完結の『勘定吟味役異聞』。その他、レギュラー陣に加えて小島剛夕の名作再録シリーズで『薄墨主水地獄帖』が掲載されています。今回も印象に残った作品を一作ずつ紹介いたします。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 上で述べたように、原作第2巻『熾火』をベースとした物語も今回でついに完結。吉原の公許を取り消すべく、神君御免状を求めて吉原に殴り込んだ聡四郎と玄馬は忘八の群れを蹴散らし、ついに最強の敵剣士・山形と聡四郎の一騎打ちに……

 というわけで大いに盛り上がったままラストに突入した今回ですが、冒頭を除けば対話がメインの展開。それゆえバトルの連続の前回に比べれば大人しい展開にも見えますが、遊女の砦を束ねる「君がてて」――当代甚右衛門の気構えが印象に残ります。(そしてもう一つ、甚右衛門の言葉で忘八たちが正気(?)に返っていく描写も面白い)
 しかし結局吉原の扱いは――というところで後半急展開、新井白石の後ろ盾であった家宣が亡くなるという激動の一方で、今回の一件の黒幕たちの暗躍は続き、そして更なる波乱の種が、という見事なヒキで、次号からの新章、原作第3巻『秋霜の撃』に続きます。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 日本に鉄道を根付かせるために奔走してきた男たちを描いてきた本作も、まことに残念なことに今号で完結。道半ばで鉄道院を去ることとなった島安次郎の跡を継ぐ者はやはり……

 鉄道院技監(現代のものから類推すればナンバー2)の立場に就きながらも、悲願である鉄道広軌化は政争に巻き込まれて遅々と進まない状況の安次郎。ついに鉄道院を飛び出すこととなった安次郎の背中を見てきた息子・秀雄は、ある決断を下すことになります。
 そして安次郎が抜けた後も現場で活躍してきた雨宮も、安次郎のもう一つの悲願の実現を期に――というわけで、常に物語の中心に在った二人のエンジニールの退場を以て、物語は幕を下ろすことになります。

 役人にして技術者であった安次郎と、機関手にして職人であった雨宮と――鉄道という絆で深く結ばれつつも、必ずしも同じ道を行くとは限らなかった二人の姿は、最終回においても変わることはありません。それは悲しくもありつつも、時代が前に進む原動力として、必要なことだったのでしょう。
 彼らの意思を三人目のエンジニールが受け継ぐという結末は、ある意味予想できるところではありますが、しかしその後の歴史を考えれば、やはり感慨深いものがあります。本誌においては異色作ではありますが、内容豊かな作品であったと感じます。


『カムヤライド』(久正人)
 快調に展開する古代変身ヒーローアクションも早くも第4回。今回の物語は菟狭(宇佐)から瀬戸内へ、海上を舞台に描かれることになります。天孫降臨の地・高千穂で国津神覚醒の謎の一端を見たモンコとヤマトタケル。その時の戦いでモンコから神弓・弟彦公を与えられたヤマトタケルは絶好調、冒頭から菟狭の国津神を弟彦公で一蹴して……

 というわけでタケルのドヤ顔がたっぷりと拝める今回。開幕緊縛要員だったくせに! というのはさておき、そうそううまくいくことはないわけで――というわけで「国津神」の意外な正体も面白い展開であります。
 ただ、まだ第4回の時点で言うのもいかがと思いますが、バトル中心の物語展開は、毎回あっと言う間に読み終わってしまうのが少々食い足りないところではあります。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 ついに動き出した伯父・最上義光によって形成された伊達包囲網。色々な意味で厄介な相手を迎えて、政宗は――という今回。最初の戦いはあっさりと終わり、まずはジャブの応酬と言ったところですが、正直なところ(関東・中部の争いに比べれば)馴染みが薄い東北での争いを、ギャグをきっちり交えて描写してみせるのはいつもながら感心します。
 そんな大きな話の一方で、義光の妹であり、政宗の母である義姫が病んでいく様を重ねていくのも、らしいところでしょう。

 そして作者のファンとしては、一コマだけ(それもイメージとして)この時代の天下人たるあの人物が登場するのも、今後の展開を予感させて大いに楽しみなところです。
(しかし包囲網といえばやっぱり信長包囲網が連想されるなあ――と思いきや、思い切り作中で言及されるのも可笑しい)


 長くなりましたので次回に続きます。


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コミック乱ツインズ 2018年5月号 [雑誌]


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2018.04.17

黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第14巻 さらば英雄 そして続出する病んだ人


 長きにわたり描かれてきた宇都宮城の戦いもついに終結。しかし本作におけるそれは、新撰組に欠くべからざるある人物の退場を意味します。というより、表紙の時点でもうこちらの瞳のハイライトも消えそうな気分なのですが――そんな衝撃もあって、病んだ人続出の第14巻であります。

 近藤を救うための条件として大鳥圭介の伝習隊に協力し、宇都宮城攻略に参加することとなった土方と(元)新撰組の面々。意外な人物の参戦もあり、一時は新政府軍を圧倒するかに見えたのですが――しかし敵の大火力の前には及ぶべくもありません。
 ついに追い詰められた土方。しかしその彼と新政府軍の間に立った者こそは、土方が救おうとしていた近藤勇その人でした。

 野村利三郎に引っ張られる形で新政府軍の陣から脱出した近藤。必死の逃避行の末に命を拾ったかと思えば、ここでそれを土方のために投げ出してしまうとはいかにも近藤らしい――といえばそのとおりなのですが、しかしこれは皮肉にもほどがある。
 かくて再び捕らえられた近藤は従容と首の座に向かうことになります。それを知った病床の沖田は、そして土方は……


 いやはや、こんな展開を食らっては、それは土方も病みます。ゲスモブと化した作者――と単行本のそで部分で自称しているので仕方ない――によってガンガン追い詰められた(夢の中での風呂焚きのシーンが鬼)土方は、とうとう刃物や縄状のものを周囲から遠ざけられるような状態になってしまうのでした。

 そんなわけで闘神から一転、病み状態となってしまった土方ですが、しかしもう一人同様の状態となってしまった人物がいます。

 それは、大化けした末に前巻では面白カッコ良いガンマンとして大活躍した市村辰之助。
 既に以前からその兆候はありましたが、鉄之助への依存というより執着はいよいよ暴走し、彼を戦場から遠ざけるためには命令を偽造(ここのところ主人公の出番がないと思ったら犯人がこんなところに!)、ついには土方に銃を向けるまでに……

 この巻の表紙は当然ながら近藤のインパクトに目を奪われてしまいますが、実はここにもう一つ描かれているのは、それに勝るとも劣らぬ悲劇――辰之助と鉄之助の決別。
 弟を戦場から、すなわち新撰組から引き離すために暴走する兄と対峙した鉄之助が、何を選ぶのか――それは言うまでもないものですが、それが辰之助に与えた衝撃は想像に難くありません(彼の主張もまた、ある程度理解できるものではあるのが哀しい)。

 そしてその果てに辰之助が向かう道は、我々読者は既に知っているのですが……


 その他、相変わらず忘れたころに現れて鬼畜プレイを繰り広げる鈴という元祖病みキャラもいるわけですが、さらにここに来て相当の代物が登場します。
 それは薩摩人でありながら、あまりの凶行の果てに自陣の牢に捕らえられていた男・所古伊周。細身で一見物静かにも見える彼の好物は、「二重の意味」で少年なのであります。

 舞台は伝習隊が転戦の末に向かった会津に移り、そこで新政府軍十数名を相手に獅子奮迅の戦いを見せる会津の少年兵・町野久吉(実在の人物)。その前に現れた伊周は……
 というわけで、町野久吉の最期については確かに薩摩兵などに×××たという話もあるのですが、それをここで、こんな形で書くか! と、こちらは愕然とするほかありません。

 度重なる衝撃シーンと度重なる病みキャラの登場に、ただただ圧倒されるばかりの本作。果たしてこの先どこに向かうのか、期待以上に心配になりますが――少なくとも土方はこのままで終わるはずはありません。
 その一刻も早い復活を、まずは祈りたいと思います。

 そしても一つ、ラストにはまた意外な人物が意外な役割を得て登場。こちらの展開も大いに気になってしまうところであります。

『PEACE MAKER鐵』第14巻(黒乃奈々絵 マッグガーデンビーツコミックス) Amazon
PEACE MAKER 鐵 14 (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)


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2018.04.13

北方謙三『岳飛伝 十七 星斗の章』 国を変える、国は変わる――希望の物語、完結


 ついにこの時がやってきました。『水滸伝』全19巻、『楊令伝』全15巻、そして『岳飛伝』全17巻――50巻を超える北方大水滸伝の大団円であります。南宋と金に対して繰り広げてきた岳飛と梁山泊の戦いもついに決着――その戦いを決したものは何か、そしてその先になにが待つのか……?

 果てることなく続く岳飛&秦容軍と南宋軍の、梁山泊軍と金軍の大決戦。奮闘を続ける岳飛たちですが、南宋と金――一つの「国」丸ごとを相手にして、そうそう簡単に決着が着くはずがありません。
 そんな中、死闘の間の一瞬をついてついに史進が兀朮を斃すも、自ら瀕死の重傷を負って……

 というラスト直前に最高に気になる引きで終わった前巻。深手を負い、戦線を離脱することになったものの史進は命を繋ぎ、その一方で兀朮亡き金は崩壊目前――と思いきや、むしろ兀朮という「顔」を無くした金軍は、最後の兵力十万を加えた数の力で梁山泊を圧倒することになります。

 一方、これまでの奇策の応酬はなりを潜め、正面からの戦いとなった岳飛&秦容と、南宋軍総帥・程雲の戦いは長期戦の様相。さらに海上では張朔の梁山泊水軍と夏悦の南宋水軍が決戦の場を求め、そして岳飛たちの留守を守る南方では、不気味な動きを見せる許礼を留守番部隊が迎え撃ち……

 と、前巻以上に戦いまた戦いの連続。史進の「帰郷」や、胡土児の旅立ちなども描かれるものの、物語のほとんど全ては、最後の決戦に費やされると言って過言ではありません。


 しかしその決戦の姿は、これまでの物語で描かれてきた血沸き肉躍るような戦人と戦人の、武人と武人との戦いとはほとんど異なる様相を呈することになります。
 その姿は――特に梁山泊軍と金軍の戦いは――壮絶な潰し合い、殲滅戦とでも言うべきもの。ただひたすらに相手を殺し、殺され、最後の一兵まで斃されるまでは続くような、そんなある種不気味な戦いであります。

 それは残念ながらと言うべきか、戦いのあり方は、既にかつての英雄同士のそれとは異なる、一種システマチックなものとなったということなのでしょう。
 少なくとも、かつての「国」を無くそうとしている――そしてその手段として敵の兵力を無くそうとする――梁山泊にとって、その戦いはある種当然の帰結かもしれません。そしてそれに自分たちが苦しめられるのもまた、当然なのかもしれません。


 それでも、戦いは人が行うものであります。少なくとも、本作で描かれる岳飛と秦容、呼延凌は、人としての顔を以て、戦いに臨んでいるのですから。
 だからこそ、本作のクライマックスで、ついに南方から駆けつけた秦容と呼延凌の再会シーンは、そしてさらに岳飛が驚くべき数の義勇軍を率いて戦場に現れる場面は、熱く熱く盛り上がるのであります。

 特に後者は、岳飛の尽忠報国の戦いの――いや、そこに至るまでの梁山泊の、そこに集い、連なる男たちの命がたどり着いた一つの夢と希望の姿として、この大水滸伝の掉尾を飾る名場面でしょう。
 それはあまりにも理想的に過ぎるのかもしれませんが――革命というものに熱い共感を寄せてきた作者が描いてきた大水滸伝の結末において、いや、民衆の反骨と希望の象徴であった「水滸伝」の名を冠する物語の結末として、誠に相応しいものであったと言うべきでしょう。

 そしてその希望の象徴として、現実世界において長きに渡り愛されてきた岳飛が、この物語のタイトルロールであるのも当然の帰結であった、と今更ながらに感じた次第です


 以前に、北方『水滸伝』は国を壊す物語、『楊令伝』は国を造る物語と評したことがありました。
 そうだとすればこの『岳飛伝』は、国を変える物語――いや、国は変わることを描く物語だったのではないかと、ここに至り感じます。

 そして一つの物語は終わり、そして歴史の中に埋もれていく、回帰していくことになります(本来であればはるか以前に死んでいた岳飛の、ラストでの姿はその象徴でしょう)。
 しかしそこで描かれたものは、いつまでもこちらの心に残り続けることでしょう。自分たちがどこにいるのか、そして自分たちに何ができるのかを問いかけ示す、そんな希望の物語として……


『岳飛伝 十七 星斗の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 十七 星斗の章 (集英社文庫)


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