2017.06.19

『コミック乱ツインズ』2017年7月号

 コンビニ等で見かけると、もう月も半ばだな――という気分になる『コミック乱ツインズ』、今月号の表紙は連載第100回の『そば屋幻庵』であります。今回も、個人的に印象に残った作品を紹介していきましょう。

『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 今日も今日とて日本の鉄道の能力向上のために奮闘する島と雨宮。輸送力増強のため列車の最高速度を引き上げたいと悩む島の前に現れた老人は、「日本の鉄道のハンディキャップ」の存在を指摘します。そのハンディキャップとは何か。意外な正体を見せたその老人の提案に対し、島はどう答えるのか……

 困難に挑む技術開発史という側面と、そこに関わる人々による一種の人情話という側面を持つ本作ですが、今回はさらに歴史ものとしての側面がクローズアップされます。
 それが今回登場する謎の老人の存在なのですが――現在の呼び名から正体はすぐに推測できるものの、「彼」と鉄道がすぐには結びつかない組み合わせなのが実に面白い。

 彼が語る日本鉄道のハンディキャップの正体も納得ですが、その打開策に対する島のリアクションも、もっともといえばもっとも。とはいえ具体的な解決策が示せたわけではないので、それはこの先に期待でしょうか。
 オチもやりすぎ感はあるものの、やはりニヤリとできる内容であります。


『すしいち!』(小川悦司)
 前々回、江ノ島で婚約した鯛介とおりんの祝言が描かれる今回。しかしむしろ中心になるのは、鯛介の愛弟子であり、ともに菜の花寿司を支えてきた蛤吉であります。自分の存在が二人の邪魔になると、店を辞める決意を密かに固めた彼が、祝言にあたって望んだのは、客へのふるまい寿司を握ること……

 というわけで蛤吉の成長が語られるのですが、ここで彼が握る寿司が、これまで作中で鯛介が握ったものという趣向が面白い。これまで見せた技(料理)が再び――というのは、漫画のクライマックスとして定番のパターンの一つですが、それを主人公ではなく蛤吉が行うのが、受け継がれる技の存在を示すようで印象に残ります。

 そしてタイトルの「すしいち」という言葉の意味も語られ、誌面には特に言及はなかったものの、ほとんど最終回のような……と思いきや、作者のツイートによれば、やはりひとまずの最終回とのこと。まずは綺麗な結末であったと思います。


『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 いよいよ最強の八犬士・親兵衛と最後の八犬士・荘助が登場してクライマックスも近づいた感のある本作。服部屋敷に囚われた村雨姫を救うため、犬士たちの作戦が始まることになります。

 正面から殴り込んだ(また殴り込みか、的なことを言われているのには笑いましたが)親兵衛が半蔵とくノ一を相手にし、さらに大角の忍法で村雨と瓜二つになった信乃と荘助が陽動、その間に大角が村雨を救い出す……と、彼らにしては珍しい連携を見せるのは、もちろん村雨の存在あってこそ。
 特に剽悍無比な親兵衛が、村雨から亡き兄に代わって慕われた過去を胸に強敵に挑む展開は、やはり大いに盛り上がります。

 くノ一たちを血祭りにあげつつも半蔵の刃に深手を負い、地に伏した彼が最後に発動した忍法こそは、あの――というわけで、まだまだ盛り上がります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 前回、ようやく倒されたかと思いきや、今回も堂々登場する信長鬼。実は時系列的には今回の方が先なのですが――今回描かれるのは、死を目前とした信長麾下の武将たちのもとを、信長鬼が訪れる姿であります。
 丹羽長秀、蒲生氏郷、豊臣秀吉、前田利家――死を間際にして無念の想いを抱えた彼らの前に現れた信長。彼は自らの「鬼の肉」を彼らに与え、死して後に鬼に転生することを唆したのであります。そして関が原を目前に信長鬼が倒されたことが契機となったように、彼らは鬼と化して復活を……

 と、転生バトルロイヤルものの序章といった趣の今回。まさか本作でこのような展開が――と驚かされましたが、しかしその手があったか! という気もいたします。丹羽長秀だけ他の人物とは異なる時期に亡くなっているのですが、復活のトリガーが信長鬼の死ということで、設定上の整合性が取れているのにも感心です。


 次号は『勘定吟味役異聞』が新章に突入。今号に続き、かどたひろし大活躍であります。


『コミック乱ツインズ』2017年7月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年7月号 [雑誌]


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2017.06.15

北方謙三『岳飛伝 六 転遠の章』 岳飛死す、そして本当の物語の始まり

 好敵手・兀朮率いる金軍との大決戦をほぼ互角の形で終え、帰還した岳飛。この先を巡り、南宋を代表する秦檜と対峙する岳飛ですが――史実を考えれば、岳飛と秦檜の対立の先にあるものはただ一つ。しかしそこで梁山泊が思わぬ役割を果たし、本作は新たな領域に踏み込んでいくこととなります。

 互いに数十万の軍を率いながらも、最後は一対一に等しい死闘を繰り広げた末、共に矛を収めた岳飛と兀朮。岳飛は岳家軍の本拠に帰還したものの、秦檜から臨安府への出頭を命じられることになります。
 一方、梁山泊では呉用が「岳飛を救え」という言葉を遺して息を引き取り……

 という嵐の予感から始まる第6巻ですが、前半は比較的静かな展開が続きます。

 理由を付けて出頭を引き伸ばす岳飛は、またもやふらりとごく僅かな人数で旅に出て蕭炫材と出会い(ここで蕭炫材の父・蕭珪材のことを語る二人が実にいい)、秦容は相変わらず南方開拓に精を出し、宣凱は微妙にフラグっぽいものを立てたり……
 その中で、燕青のみは岳飛の遺言を踏まえ、一人動き始めるのですが、それはさておき。

 しかし中盤からこの巻は、いやこの物語は、激動とも言うべき展開を見せることになります。
 ついに臨安府に出頭して帝に拝謁した岳飛に対し、岳家軍を解体し、南宋軍の総帥に就くよう迫る秦檜。それを拒否した岳飛は、秦檜に捕らえられることになるのですが――この対立の根底にあるのは、二人の男にとっての、国の在り方であります。

 それは民(民族)を取るか、国(政体)を取るかという、物語の冒頭から描かれてきた二人にとっての国の在り方の違い。
 金に取り残された国の民を救うために戦いを続けようとする岳飛と、南宋が再び中原に君臨するため今は休戦して国力を蓄えようとする秦檜と――二人にとって国に尽くすということは、その根本において大きく異なるのです。

 しかし、岳飛が秦檜の言葉を拒絶するのは、国に逆らうということ、すなわち国家への反逆に等しいことでもあります。かくて岳飛は謀叛人として処刑されることに……


 ついに来たか、という印象であります。実は主戦派の岳飛が、和平派の秦檜と対立の末、謀叛の科で処刑されるというのは、これは史実どおりの展開なのですから。

 理想を胸に抱いて戦い続けながらも、道半ばにして、周囲から汚名を着せられた末に斃れる――これはある意味、実に作者の作品の主人公らしい最期と言えるでしょう。
 当然、この『岳飛伝』の結末は、この岳飛の最期であろうと考えていたのですが……

 が、ここで物語はとてつもない動きを見せることになります。上で述べたように、呉用の遺言に動き始めた燕青。その彼と梁山泊致死軍が、岳飛救出のために動き出すのであります。そう来たか!

 もちろん、南宋の首都深くに囚われた岳飛を救い出すのは容易ではありません。果たしていかにして岳飛を救い、そして逃がすのか……
 その詳細はここでは伏せますが、ここで使われるのが、はるか以前に描かれていたあの伏線であり、そしてそれが南宋という国の正当性すら揺るがしかねないものという皮肉さが実に面白い。

 しかしそれ以上に盛り上がるのは、岳飛救出のために出動した致死軍の活躍であります。
 しばらく大きな動きを見せることがなかった致死軍ですが(そしてそれはそれで当然なのですが)、ここで彼らが見せた動きは、何とも痛快なもので、実に「水滸伝」らしいと感じさせてくれるのが嬉しいのです。


 何はともあれ、表向きは処刑されたものの、その実、梁山泊により救出された岳飛。
 なるほど、本作における梁山泊の役割の一つはここにあったか、と感心させられたのはさておき、ここにおいて物語は史実から大きく異なる領域に踏み出すこととなります。

 梁山泊に加わることなく、同じく死んだはずの身の姚平を供に、南へ南へ、雲南は大理国を目指す岳飛。
 奇しくも南方は、国力増強を目指す秦檜が目を向ける先であり、そして秦容が新天地として開拓を続ける地でもあります。

 この先の物語の中心となるのは南方なのか――それはまだわかりませんが、ある意味これからが、真の北方『岳飛伝』の始まりであることは間違いありません。


『岳飛伝 六 転遠の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 六 転遠の章 (集英社文庫)


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2017.06.09

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第5巻 化け物か、生き物か

 超常の力を持ち人を喰らう鬼と、鬼を討つ者たち・鬼殺隊の死闘を描く物語も巻を順調に重ねてきました。既に第6巻まで発売されているところに恐縮ですが、今回はまず第5巻を紹介しましょう。

 家族を鬼に殺され、唯一残った妹・禰豆子を鬼に変えられた末、鬼殺隊の隊士となった炭治郎。これまで隊の命で数々の鬼と戦う中、善逸や伊之助といった仲間(?)もできた彼の新たな任務は、那田蜘蛛山に潜んで人々を襲う蜘蛛鬼の家族との対決でありました。
 鬼殺隊の先遣隊を壊滅に追いやった、父母と兄姉、そして末子からなる鬼たち。善逸は兄鬼を倒したものの蜘蛛化の毒に侵され、伊之助は強力な父鬼に苦戦、そして二人とはぐれた炭治郎は、この山の鬼の真の主である末子・累と対峙することに……

 というわけで第4巻の後半から始まった那田蜘蛛山での死闘は、この巻を丸々使って描かれることになります。
 ユルい描写も少なくない一方で、残酷描写・ホラー描写も容赦ない本作ですが、ここで登場する蜘蛛鬼の一家は、ビジュアルも能力も、実に悍ましく恐ろしいもの。しかしその言葉が最もふさわしいのは、この山で最強の鬼・累でしょう。

 見かけは少年でありながら、最強の鬼・十二鬼月の一角を占める累。その力もさることながら、真に恐るべきはその精神性――家族に異常に執着し、自らの力で従えた鬼たちに両親や兄姉の役を強制する様は、歪んだ心を持つ者が多い本作の鬼の中でも屈指の狂気を感じさせます。
 そんな恐怖でこしらえた偽りの家族を持つ累と対峙するのが、炭治郎と禰豆子という本物の兄妹というのも、ドラマ的に実に面白い構図であります。

 そして自分たちよりも遙かに実力が上の相手との戦いの中で、それぞれ新たな技を会得するのも、定番ではありますがやはりいい。
 特に炭治郎の方は、物語開始以前にこの世を去っている父――鬼たちの長・鬼舞辻無惨とも因縁があるらしい――の思い出がきっかけにするというのも、今後の伏線的なものを感じさせてくれます。


 しかし本作ならではの物語が描かれるのは、この戦いが決着した後であります。

 鬼殺隊最強の「柱」の一人・冨岡の救援によってもあって辛くも累を倒した炭治郎。しかし彼は、鬼を醜い化け物と評し、文字通り踏みつけにする(それは決して悪意からではなく鬼殺隊にとっては当然の反応なのですが)冨岡の言葉を否定するのです。
 鬼は自分と同じ人間だったと――そして虚しい生き物、悲しい生き物であると。

 容赦なく鬼を斬ることと、その鬼を哀れみ悼むことと――それを両立させることは、一見矛盾に満ちたものであり、そこにあるのは優しさよりも甘さに近いのかもしれません。そして何よりも、禰豆子という存在がいるからこそ出るものなのでしょう。
 しかしそんな炭治郎の想いが、これまで鬼の中の「人間性」とでも言うべきものを掬い上げ、彼らに一片の救いを与えてきたのも事実であります。

 そしてここにおいても、それが悲しくも最も感動的な形で描かれることになります。詳細は伏せますが、「地獄へ」とサブタイトルが冠されたその回において描かれるものこそは、不吉な印象とは裏腹の、いやその言葉だからこそ輝く、深い愛と救済の姿なのであります。
 そしてそれが、本作を人外の化け物退治の物語に終わらせない、人と人であった者との悲しい戦いと和解(それは後者の死によって成されるものではあるのですが)の物語へと昇華させていることは間違いありません。


 もちろんそれは数ある本作の魅力の一つに過ぎないとも言えます。
 個性的過ぎるキャラクターたちと、そんなキャラたちが、時に何かがすっぽ抜けたかのように繰り広げるユルいやりとりも本作の魅力なのですが――それは次の巻にて存分に描かれることになりますので、その紹介の時にまた。


『鬼滅の刃』第5巻(吾峠呼世晴 集英社少年ジャンプコミックス) Amazon
鬼滅の刃 5 (ジャンプコミックス)


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2017.06.07

入門者向け時代伝奇小説百選 古代-平安(その一)

 ここからは作品の舞台となる時代ごとに作品を取り上げます。まずは古代から奈良時代、平安時代にかけての作品の前半です。

46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)


46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫) Amazon
 とてつもなくキャッチーなタイトルの本作は、そのタイトルどおりの内容に驚愕必至の作品。
 赤壁の戦いで大敗を喫した曹操が諸葛孔明に匹敵する奇門遁甲の遣い手として白羽の矢を立てた相手――それは邪馬台国の女王・卑弥呼だった! という内容の本作ですが、架空戦記的な内容ではなく、あったかもしれない要素を丁寧に積み上げて、世紀の対決にきっちりと必然性を持たせていくのが実に面白いのです。

 そして物語に負けず劣らず魅力的なのは、この時代の倭国の姿であります。大陸や半島から流れてきた人々が原始的都市国家を作り、そこに土着の人々が結びつく――そんな形で生まれた混沌とした世界は、統一王朝を目指す中原と対比されることにより、国とは、民族とはなにかいう見事な問いかけにもなっているのです。

 ラストの孔明のとんでもない行動も必見!

(その他おすすめ)
『倭国本土決戦』(町井登志夫) Amazon
『シャクチ』(荒山徹) Amazon


47.『いまはむかし』(安澄加奈) Amazon
 実家に馴染めず都を飛び出した末、代々の(!)かぐや姫を守ってきた二人の「月守」の民と出会った弥吹と朝香。かぐや姫がもたらす莫大な富と不死を狙う者たちにより一族を滅ぼされ、彼女の五つの宝を封印するという彼らに同行することにした弥吹たちの見たものは……

 竹取物語の意外すぎる「真実」を伝奇色豊かに描く本作。その物語そのものも魅力的ですが、見逃せないのは、少年少女の成長の姿であります。
 旅の途中、それぞれの目的で宝を求める人々との出会う中で、自分たちだけが必ずしも正しいわけではないことを知らされつつも、なお真っ直ぐに進もうという彼らの姿は実に美しく感動的なのです。

 そして「物語を語ること」を愛する弥吹がその旅の果てに知る物語の力とは――日本最古の物語・竹取物語に込められた希望を浮かび上がらせる、良質の児童文学です。


48.『玉藻の前』(岡本綺堂) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 インド・中国の王朝を騒がせた末に日本に現れ、玉藻前と名乗って朝廷に入り込むも正体を見顕され、那須で殺生石と化した九尾の狐の伝説。本作はその伝説を踏まえつつ、全く新しい魅力を与えた物語です。

 幼馴染として仲睦まじく暮らしながら、ある事件がきっかけで人が変わったようになり、玉藻の前として都に出た少女・藻と、玉藻に抗する安倍泰親の弟子となった千枝松。本作は、数奇な運命に引き裂かれつつも惹かれ合う、この二人を中心に展開します。
 そんな設定の本作は、保元の乱の前史的な性格を持った伝奇物語でありつつも、切ない味わいを濃厚に湛えた悲恋ものとしての新たな魅力を与えたのです。

 山田章博『BEAST OF EAST』等、以後様々な作品にも影響を与えた本作。九尾の狐の物語に新たな生命を吹き込むこととなった名作です。

(その他おすすめ)
『小坂部姫』(岡本綺堂) Amazon


49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 劇画界の超大物原作者による本作は、鬼と化した少女を主人公としたオールスター活劇であります。

 父・藤原秀郷を訪ねる旅の途中、鬼に襲われて鬼の毒をその身に受けた少女・茨木。不老不死となり、徐々に鬼と化していく彼女は、藤原純友、安倍晴明、渡辺綱、坂田金時等々、様々な人々と出会うことになります。そんな中、藤原一門による鬼騒動に巻き込まれた茨木の運命は……

 平安時代と言っても三百数十年ありますが、本作は不老不死の少女を狂言回しにすることにより、長い時間を背景とした豪華キャストの物語を可能としたのが実に面白い。
 しかしそれ以上に、「人ならぬ鬼」と、権力の妄執に憑かれた「人の中の鬼」を描くことで、鬼とは、裏返せば人間とは何かという、普遍的かつ重いテーマを描いてみせるのに、さすがは……と感心させられるのです。


50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 平安ものといえば欠かすわけにはいかないのが『陰陽師』シリーズ。誕生30周年を経てなおも色あせない魅力を持つ本シリーズは、安倍晴明の知名度を一気に上げた陰陽師ブームの牽引役であり、常に第一線にある作品です。

 その中で初心者の方にどれか一冊ということであれば、ぜひ挙げたいのが本作。元々は短編の『金輪』を長編化した本作は、恋に破れた怨念から鬼と化した女性と、安倍晴明・源博雅コンビの対峙を描く中で主人公二人の人物像について一から語り起こす、総集編的味わいがあります。

 もちろんそれだけでなく、晴明と博雅がそれぞれに実に「らしい」活躍を見せ、内容の上でも代表作といって遜色ない本作。
 特に人の心の哀れを強く感じさせる物語の中で、晴明にも負けぬ力を持つ、もう一人の主人公としての存在感を発揮する博雅の活躍に注目です。

(その他おすすめ)
『陰陽師 瀧夜叉姫』(夢枕獏) Amazon



今回紹介した本
諸葛孔明対卑弥呼 (PHP文芸文庫)(P[あ]6-1)いまはむかし (ポプラ文庫ピュアフル (P[あ]6-1))玉藻の前夢源氏剣祭文【全】 (ミューノベル)陰陽師生成り姫 (文春文庫)


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 諸葛孔明対卑弥呼
 「いまはむかし 竹取異聞」 異聞に込められた現実を乗り越える力
 玉藻の前
 夢源氏剣祭文
 

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2017.06.01

片山陽介『仁王 金色の侍』第3巻 決戦、関ヶ原にぶつかり合う想い

 コーエーテクモの時代アクションゲームのコミカライズである本作もこの第3巻で完結。金色の侍、ウィリアム・アダムスは、ついに決戦の地・関ヶ原において宿敵と対峙することになるのですが――

 自分にとっては大事な「家族」と言うべき守護精霊・シアーシャを奪い、神秘の力・アムリタを用いて奇怪な魑魅魍魎を操る悪人・ケリー(どうやらエドワード・ケリーのことと知ってびっくり仰天)を追ってこの日本にやってきたウィリアム。
 ケリーが石田三成に手を貸していると知ったウィリアムは、彼と対立する徳川家康に接近、その中で様々な出会いと別れを経験することになります。

 そして始まる家康と三成の決戦。そう、関が原の戦に、ウィリアムも参戦することに……


 というわけで、この第3巻の舞台となるのは、ほとんどすべて関が原の戦。表向きにはちょっと驚くほど(という表現は失礼ですが)真っ当な関が原の戦が展開することになりますが、それはあくまでも表向き、その陰では数々の悪鬼、魑魅魍魎が暴れまわっていた――というわけで、ここにウィリアムの活躍の余地が生まれることになります。

 しかしその活躍は、単に人外の魔を倒し、シアーシャを取り戻すためだけのものではありません。これまでこの国で様々な人々と出会ってきたウィリアム。その経験から、彼は自分の目的以上の想いを背負ってこの戦に参戦することになるのです。

 その一方で、想いを背負っているのは必ずしも彼一人のものではなく、また東軍のみのものでもないことが、本作においてはある人物を通じて描かれます。
 それは大谷刑部――彼は友である三成を勝たせるため、自らの身を人外に変えてもウィリアムを止めんとするのであります。

 形部が怪物に変形するというのは、色々と引っかかるものはあります。
 しかし、ここで彼がウィリアムを強き者――自分自身で何事かを為す力を持つ者、そして自分と三成を弱き者――強き者のために命を使う者と説くのが目を引きます。
 強き者が戦うのは当たり前、しかし三成は弱き者でありながら、やはり強き者である家康やウィリアムと戦おうとしている――という視点は、西軍を一方的な悪者にしないものとしてなかなか興味深いものとして感じます。

 もっともこの視点、その後フォローされることなく、結局三成が暴走して終わってしまうのを何と評すべきか……
 ウィリアムが味方についた時点である程度仕方はないとはいえ、結局東軍側に、勝てば官軍的な印象が生まれてしまったのは残念ではあります。
(そして大ボスたるケリーの目的が今ひとつだったのも……)


 上で述べた大谷形部、あるいは最後まで「腕の立つ一般人」のスタンスを貫いてウィリアムを支えた服部半蔵など、面白いキャラクターも色々と登場しただけに、少々勿体無い結末だった――というのが正直な印象ではあります。
(「三浦按針」の史実との豪快な摺り合わせ方は大好きなのですが)


『仁王 金色の侍』第3巻(片山陽介&コーエーテクモゲームス 講談社週刊少年マガジンKC) Amazon
仁王 ~金色の侍~(3) (講談社コミックス)


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2017.05.26

北方謙三『岳飛伝 五 紅星の章』 決戦の終わり、一つの時代の終わり

 なおも続く南宋と金、岳飛と兀朮の全面衝突。兀朮を追い北進を続ける岳飛と、迎え撃つ兀朮の決戦の末に待つものは――。そして梁山泊でも、一つの時代の終わりを告げる出来事が起きることになります。

 兀朮の指揮下に南進してきた金軍三十万を迎え撃つこととなった岳飛率いる南宋軍二十万。機動力で勝る金軍の騎馬隊に対し、岳飛は地に伏せた歩兵の長刀による攻撃で反撃、金に大打撃を与えることに成功します。
 そして中原の漢民族を解放するため、北方に引いていく兀朮を追う岳飛ですが、これは同時に危険な賭けでもあります。かつての宋国領といえど今は敵地において、兵站もままならぬ中、戦いを続けることとなるのですから。

 そして互いに相手を倒してこそ勝利があると思い定めた岳飛と兀朮は、それぞれ数万にまで軍を減らし、ほぼ互角の条件下で真っ向からの勝負を挑むことに……


 前巻から、いつ果てるともなく続く岳飛と兀朮の死闘。冷静に考えれば単行本にして一冊程度なのですが、とにかく戦いまた戦いの連続は凄まじい密度、作中の羅辰や??律のように、見ているだけで魅入られ、力をすり減らしてしまいそうな戦いが続きます。
 そしてそれでも戦いを止めぬ二人は、数万の軍を率いながらも、ほとんど一騎打ち、それも素っ裸で正面から殴り合うような戦いを続けるのですが――いやはやこのくだりは、『岳飛伝』でも名勝負の一つに数えられるであろう凄まじい戦いであります。

 しかし如何なる戦いにも終わりはあります。そして如何なる戦いも、始めるより終わらせるのが難しいのですが――南宋、金の両陣営とも「その後」に向けて戦いの最中から動き出し、そして岳飛はその動きに絡め取られて苦しむことになります。

 この彼の悩み・苦しみは、戦いを求める個人である戦人と、組織の一員である軍人の間のジレンマと言えるでしょう。戦いの最中に陣を訪れた宣凱に戦いの後のことを問われて、正直に自分にはわからんと言ってしまう岳飛にとっては、それはある意味兀朮以上の強敵かもしれません。
 そして似た者同士であっても、王族であるためか、兀朮の方がこうした状況を素直に受け入れているのが興味深く、また、かつてその状況に飲まれてしまった老いたる禁軍総帥・劉光世の岳飛への言葉もまた熱いのですが……


 そんな岳飛の悩みは、史実の上での彼の運命に繋がっていくことになるのですがそれはさておき、一方の梁山泊サイドは、ひたすら自由に、そしてひたすら壮大に、活動を広げていくことになります。
 海を越え、藤原氏の治める奥州を訪れた張朔。西遼フスオルドに向かい、西方の部族の平定を任された韓成。秦容は南方で甘庶糖を生み出すために悪戦苦闘し、王清は振られた末に変に達観して放浪し……

 梁山泊を離れ、それぞれの生を生きる二世世代たち。一人一人が物語の主人公として活躍(流されてるだけの人間もいますが――)する姿は、実に魅力的であり、これまでになかった新たな梁山泊の姿を感じさせてくれます。
 個人的には、家庭に倦んで仕事に逃げた韓成が、今まで梁山泊の人間には見られなかった形で人間性を顕わにする姿に、大いに心動かされた次第です。


 そして、若者たちが表舞台に躍り出る一方で、舞台から退場していく者もいます。それは呉用――楊令亡き後の頭領として、敢えて無為の姿を見せることで新たな梁山泊の在り方を提示した呉用が、この巻においてついにこの世を去ることになります。

 既に残すところ数えるほどしか残っていない初代梁山泊の生き残りであり、その中でも首脳陣の一人として色々な意味で活躍してきた呉用の最期は、一つの時代の終わりと言っても過言ではないでしょう。

 既に相当の老齢となり、この数巻は床に伏した姿で登場していた呉用。それでいて核心に迫ったような言葉を残してきた彼は、その後継者たる宣凱に対し最期の言葉を残すことになります。

 幾つかあるその言葉はいずれも印象的ですが、個人的に特に心に残ったのは、「心に梁山泊がある者が、梁山泊を作る」という言葉であります。
 上で述べた、場所としての梁山泊を離れて生きる若者たちの有り様を指し示したが如きこの言葉は、あるいは本作のたどり着くところを示しているのではないか――そんなことすら感じさせるではありませんか。

 そしてもう一つ、宣凱に対する最後の指令とも取れる言葉――この先の展開を予告するかのようなその言葉は、おそらくは梁山泊の、そして岳飛の運命を大きく動かすと思われるのですが……


 いよいよ両者が大きく交錯することになるのか――歴史を大きく動かす前半のクライマックスも間近であります。


『岳飛伝 五 紅星の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 五 紅星の章 (集英社文庫)


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2017.05.22

風野真知雄『歌川国芳猫づくし』 老いたる国芳を通して描かれたもの

 近年では猫を得意とした浮世絵師としてすっかり知名度が上がった感がある歌川国芳。当然、フィクションへの登場回数も高まっているのですが、本作はその中でもなかなかユニークかつ内容豊かな作品。国芳が巻き込まれた様々な事件を通じて、晩年の彼の姿を描く連作であります。

 様々なスタイルの作品を意欲的に書き続けている作者ですが、その中で最も大きなウェイトを占めるのは、江戸の町を舞台にユーモアとペーソス溢れるタッチで描かれるライトミステリであります。本作も当然、その路線に属するもの……と思いきや、それは半分当たり、半分はずれというべきでしょうか。

 まず本作の基本設定を見てみれば、舞台となるのは黒船が来航した嘉永6、7年――国芳の生涯から考えれば晩年というべき時期。
 本作の国芳は既に浮世絵師として確たる名を挙げ、多くの弟子を抱えつつも、病気の妻を抱え、そして何よりも自分自身の絵師としての衰えぬ熱意から、今も絵を描き続ける毎日を送る人物として描かれます。

 体力など自らの衰えを認め、自分がこの世を去る日が遠くないことを予感しつつも、なおも血気盛んで極めて人間臭い、そして相変わらず猫大好きの国芳。本作は、そんな彼の周囲で起きた事件を描く7つの物語から構成されています。

 消えた猫の一匹を探すうちに、国芳の身近な人物の思わぬ秘密が浮かび上がる「下手の横好き」
 かつて描いた金魚の船頭の絵を執拗に欲しがる男に国芳が振り回される「金魚の船頭さん」
 ある日家に転がり込んできた北斎の娘・お栄を巡る切ない物語「高い塔の女」
 持病があると国芳を避ける義母と、国芳の間の複雑な想いを描く「病人だらけ」
 若き日の芳年と円朝が夜毎の下駄の足音に悩まされる姿を描く「からんころん」
 殺人事件に出くわした国芳と広重が思わぬ形で探偵対決することとなる「江ノ島比べ」
 自殺した八代目団十郎の幽霊騒ぎの中で、絵師と役者、それぞれの業が描かれる「団十郎の幽霊」

 ご覧いただければおわかりかと思いますが、ここで描かれる七つの物語は、いずれも「事件」と「謎」が描かれるものの、いわゆるミステリのそれとは少々異なる趣を持ちます。
 事件性が小さい、あるいは「日常の謎」的な内容がほとんどなこともありますが、実は本作で重点が置かれているのは、謎解きではありません(必ずしも国芳が謎を解くわけでもなく、ましてや謎が完全に解けないエピソードすらあります)。本作において描かれるのは、これらの事件と謎を前にして様々な感慨を抱く、老いたる国芳の姿なのですから。

 いかにも江戸っ子らしく喧嘩と火事を愛し、御政道に逆らうような作品を幾つも描いてきた鼻っ柱の強さを持つ国芳。その一方で、自分の周囲にお上の手の者がうろつけば心配になり、義母との複雑な関係に悩んだり、若い女弟子に鼻の下を伸ばしたりと人間としての弱さを同時に持つ人物として、彼は描かれることになります。
 絵師として、人間として、男として……そのゴールが近づく彼の姿を、本作は、一風変わった事件と謎を通じて浮き彫りにするのであります。

 そこに漂うのは、先に述べたとおり、作者ならではのユーモアとペーソス。その二つを味付けに、国芳だけでなく、この世に生きる人間たち全てがついついやってしまう愚行を、ついつい見せてしまう弱さを、作者は優しく描き出すのです。
 そんな作者のまなざしは、作者が得意とするライトミステリにおいて描かれるそれと寸分も違うことはありません。半分当たり、半分外れというのはこうした意味においてのものなのであります。


 国芳という人間臭い男を中心に、お栄や広重、芳年や円朝といった実在の人物、そしてその他の架空の人物を通じて、この時代の空気を描き出す。それと同時に、いつの時代にも変わらぬ人間の世界のほろ苦さと暖かさを描く……
 そしてそれに加え、おそらくは作者自身の姿にも重なり合う、芸術家の業、誇り、そして喜びをも描き出す本作。歴史作家としての作者の地力を感じさせてくれる一冊であります。


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2017.05.21

『髑髏城の七人 花』(その二) 髑髏城という舞台の完成形?

 花鳥風月、この一年に四度上演されるという『髑髏城の七人』の一番手、『花』の紹介であります。前回は配役を中心に触れましたが、今回は脚本を中心に、これまでとの異同について触れたいと思います。

 七年に一度(時に二度)上演され、今回で実に六回目となる『花』。今回の脚本は新規のものですが、それでもベースとなる物語は基本的に変わることはありません。
 それだけでなく、作中の印象的な台詞などは、以前の版からほとんど変えることなく採用されているものも少なくないのですが、その一方で今回はこれまで以上に、細部に手を加えてきた印象があります。

 これは多分に記憶頼りのため、勘違いがあるかもしれませんが、これまでの舞台版と異なる箇所で、特に印象に残ったのは以下の通りであります。
・沙霧ら熊木衆と捨之介の関わり
・蘭兵衛と極楽太夫の関係性
・狸穴次郎右衛門の敵娼
・兵庫と関東荒武者隊の過去

 ご覧のとおり、これらはほとんど皆、キャラ描写を補足あるいは深化するもの。物語を大きく変えるほどのものではありませんが、しかしこのわずかな追加により、キャラクターたちの存在感が、彼らの行動の説得力が、そして物語への感情移入度が、一気に高まったと感じられます。

 この中で個人的に印象に残ったのは狸穴次郎右衛門の敵娼であります。
 歴史ファン、戦国ファンの間では半ばネタ的な意味で熟女好きとして知られる次郎右衛門(の正体)ですが、それを踏まえつつも、後半のある展開を踏まえて、次郎右衛門がよりこの戦いに深く関わっていく要素としても見ることができるのに、感心いたしました。
(そもそも、この展開自体、次郎右衛門の存在を絡めたことでよりドラマ性が深まったように感じます)

 この点からすると、キャストよりも舞台装置よりも、何よりも脚本が、今回の『花』において一番大きな変化を遂げた部分であり、そして大げさに言ってしまえば、『髑髏城の七人』という舞台の完成形に近づいたのではないか……という気持ちとなった次第です。


 もっとも、ネガティブな意味で気になる点がなかったわけではありません。これはもちろん全く個人的な印象ではありますが、今回の捨之介と天魔王にはあまりノレなかった……というのが、正直なところなのです。

 捨之介の方は、確かに言動は格好良く、何よりも非常に威勢の良い人物であり、ヒーローとしては申し分ないと言いたいところですが、しかしそれ以外の人物像、根っ子となるキャラクターが見えない印象(そもそも「玉転がし(女衒)」の設定が語られないので何をやって生きているのかわからない……のはさておき)。
 そして天魔王の方は、非常にエキセントリックかつ卑怯なキャラクターとして描かれており、新感線ファン的に一言で表せば「右近健一さんが演じそうなキャラ」なのです。

 いわばヒーローのためのヒーロー、悪役のための悪役……この二人にはベタなそんな印象を受けてしまったのですが、しかしその印象は、ラストにおいて少々変わることになります。(ラストの展開に少々触れることになりますがご勘弁を)
 天魔王を倒したものの、いわば髑髏党壊滅の証として、その首を差し出すよう徳川家康に迫られる捨之介。全ての因縁にケリをつけた今、安んじて首を差し出そうとした捨之介に対し、仲間たちが首の代わりに家康に差し出したものとは――

 これまで『髑髏城の七人』においては、天魔王や蘭兵衛の過去への執着を示す、いささか悪趣味なアイテムとして描かれていた「それ」。しかしここで「それ」が差し出されることにより、捨之介は自分を縛っていた過去を、真に捨てることができた……本作の結末で描かれるのはその構図だと言えるでしょう。天魔王という空虚な存在、戦国の亡霊とも言うべき存在の象徴を捨て去ることによって。

 いわば本作は、過去という空虚に囚われ、ある者は狂い、ある者は魅せられ、そして共に滅んでいく中、同様に囚われながらも、それを捨てることにより、真に生きる道を手に入れた男の物語だった――
 今頃何を言っているのだ、と言われるかおしれませんが、今回のキャラクター配置・描写には、そんな物語構造が背景にあると考えるべきなのでしょう。


 正直なところ、まだ360度の舞台を十全に使いこなしているという印象ではないのですが、その辺りも含め、これだけの高いレベルでスタートを切ったドクロイヤーがどのようなゴールを迎えるのか……最後まで見届けることができればと思います。



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2017.05.20

『髑髏城の七人 花』(その一) 四つの髑髏城の一番手!

 七年に一度やってくる劇団☆新感線の『髑髏城の七人』再演、いわゆるドクロイヤーですが、今年はそれより一年早い……と思いきや、来年のドクロイヤーに向けて、一年かけて花鳥風月、四つの髑髏城が上演されるというとんでもない仕掛け。その第一弾、『髑髏城の七人 花』であります。

 時は本能寺の変から八年後、突如関東に現れた髑髏城から関東髑髏党を率い、暴力でこの世に覇を唱えんとする謎の魔人・天魔王。
 この天魔王と髑髏党に追われる少女・沙霧を助けたことから、正体不明の風来坊・捨之介、関東荒武者隊を率いる傾き者・抜かずの兵庫、そして色里・無界の里の主・蘭兵衛と極楽太夫らが、死闘に飛び込んでいく姿を描く本作は、冒頭に述べたように七年ごとに再演される新感線の代表作であります。

 1990年の初演以来、1997年、2004年(こちらは二バージョン上演)、2011年と上演されてきたのですが、私は2004年のアカドクロを観て以来の大ファン。ソフト化されている1997年も含め、初演以外は全て観ている身としてはもちろん今回も見逃すわけにはいきません。

 そんな今回の髑髏城は、冒頭に述べたとおり年四回、それぞれ脚本や演出を変えて上演されるという破天荒な企画ですが、上演される劇場もユニークであります。
 本作がこけら落としとなるIHIステージアラウンド東京は、なんと客席の周囲360度に舞台が設けられ、上演中に客席が回転するという仕掛け。さすがに360度を一度に使うことはないのですが、場面転換に合わせ、結構なスピードで客席が回転するのは、なかなか楽しい経験でした。


 さて、肝心の内容の方ですが、メインキャストの配役はといえば、
 捨之介:小栗旬
 沙霧:清野菜名
 蘭兵衛:山本耕史
 極楽太夫:りょう
 兵庫:青木宗崇
 天魔王:成河
という豪華な顔ぶれ。うち小栗旬は、前回も同じ捨之介を演じていますが、それ以外のメンバーは、新感線登場も初めてではないでしょうか。
 その他、謎の狸親父・狸穴次郎右衛門を近藤芳正、そして凄腕の刀鍛冶・贋鉄斎に古田新太! と、脇を固めるメンバーも頼もしいのです(新感線純血の役者が少ないのは残念ですが、今回は脇を固める様子)。

 舞台というのは、(ほぼ)同じ内容を、異なる役者が演じていくのもまた楽しみの一つですが、それはもちろんこの髑髏城も同様。
 後述するように、今回は物語内容的にはこれまでと比べてそこまで大きく変わるものではないのですが、それだけに役者の存在感が大きく影響を与えていたと感じます。

 個人的に今回の配役で一番印象に残ったのは、山本耕史の蘭兵衛でしょうか。
 何処から現れ、関東において一種のアジールとも言うべき無界の里を数年で繰り上げた謎の男である蘭兵衛ですが、常に冷然とした態度を崩さぬ、心憎いまでの色男とくれば、これはもうはまり役というべきでしょう。

 時代劇経験者だけあって、立ち回りの安定感も大きく、もちろん着物の立ち姿も違和感なしとビジュアル的にも素晴らしいのですが、さらに良かったのは中盤以降の演技。
 未見の方のために詳細は伏せますが、中盤で大きな変転を迎える蘭兵衛という人物。それ故にこの人物の行動に説得力を与えるのは非常に難しいのですが、今回は脚本のうまさもあり、まずこれまでで最も説得力のある蘭兵衛であったと感じます。

 また沙霧の清野菜名は、恥ずかしながらお見かけするのはこれが初めてだったのですが、こちらも実に良かった。
 どこまでも真っ直ぐで元気に明るく、しかしその奥に陰と悲しみを抱えた沙霧のキャラクターをきっちり演じてみせたのはもちろんのこと、アクションが実にいい。アクションをきちんと勉強していた方のようですが、後ろ回し蹴りなど、橋本じゅんクラス(大袈裟)の美しさでありました。

 そしてもう一人、全くもって貫目が違うとしか言いようがないのが古田新太。天才刀鍛冶であり、刀を愛しすぎる故に、その刀で自分を斬ってしまうという紛れもない変態の贋鉄斎を、基本的に大真面目に演じ切ってみせたのは、これはもうこの人ならでは(一人称が「僕」なのがさらに変態度を高める)。
 かつての当たり役だった捨之介を譲っての登場は個人的には少々寂しいものがありますが、舞台上でも一歩引いた形で主人公たちをサポートする贋鉄斎と、今の姿は重なるものがあった……というのは言いすぎでしょうか。


 語りたいことが多すぎるため、次回に続きます)


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2017.05.18

『コミック乱ツインズ』 2017年6月号

 私は本や雑誌の発売日で日にちや曜日をカウントしてしまうところがあるのですが、この雑誌が出れば月も半ば、『コミック乱ツインズ』誌の6月号であります。巻頭カラーは叶精作『はんなり半次郎』、橋本孤蔵『鬼役』が連載四周年とのことですが、ここでは個人的に印象に残った作品を取り上げます。

『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 死闘の末、四つの珠を取り戻したものの、犬士も残すところわずか四人。しかも村雨姫までもが半蔵側の手に落ちたところで、最強の犬士・犬江親兵衛登場! となった本作。
 いかにも作者らしいイケメンの親兵衛は、最強の名に相応しい破天荒な力の持ち主(もっとも、やはり姫の前では形無しなのですが)。しかし彼をしても、姫が捕らえられてはその力を存分に振るえず――

 という状況で、さらに敵側の奸策により、八珠献上の日が一気に前倒しとなり、絶体絶命となった里見家。しかしここで大角の忍法により信乃が思わぬ人物に姿を変え、そしてついに最後の犬士・犬川荘助登場……と、物語はガンガン盛り上がっていきます。
 ラストページなど、テンションが一気に上がるのですが、さて次回の犬士の活躍は如何に……いよいよクライマックスであります。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 碓氷峠編の後編となる今回、島の説得で国鉄に移籍した凄腕機関士・雨宮が視察に向かったのは、急勾配で知られる日本一の難所・碓氷峠。そこで昔ながらの蒸気機関車で峠を越えることを誇りとする機関手・山村とその息子に雨宮は出会うのですが……

 鉄道という題材を扱いつつも、職人肌の雨宮を主人公の一人とすることで、一種の職人もの、人情ものとして成立している本作ですが、今回描かれる山村を巡る物語はまさにその味わいに満ちたエピソードであります。
 かつて愛妻を峠の列車事故で失いながらも、その妻の魂が見守ってくれると信じて蒸気機関車を走らせる彼にとって、島が計画する電気化は到底受け入れられないもの。しかし息子までもが、電気化に賛成してしまう彼の姿は、時代の流れというもので切り捨てられないものがあります。

 その彼の想いを誰よりも理解しつつも一つの選択を迫る雨宮と、彼らの前に現れる小さな奇蹟と……もの悲しい物語ではありますが、結末に描かれる小さな希望の姿が、その悲しみを癒してくれるのです。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 長かった信長鬼編も(おそらく)今回でラスト。といっても今回の主役は、前回同様、細川珠……そう、細川ガラシャであります。
 自分を討った光秀の血族を苦しめた末に根絶やしにすべく、最後の生き残りである珠のもとに出没し、彼女を鬼に変えんとする信長鬼。辛うじて踏みとどまってきた彼女も、ある事件がきっかけで鬼となりかけて――

 細川忠興に嫁ぎ、彼から深く愛されつつも、その一種偏執的な愛情に苦しみ、キリスト教に救いを求めた珠。この夫婦については、夫からお前はまるで蛇のようだと言われて「鬼の妻には蛇が相応しいでしょう」と答えたという有名な逸話がありますが、本作においては、その「鬼」という言葉に、重い意味が加わることとなります。
 何しろ本作の忠興は、点のように異様に小さい瞳孔という、明らかにヤバげな人物。むしろこちらが蛇なのでは……というこちらの印象は、しかし見事に裏切られることとなります。人であろうと鬼であろうと変わらぬ愛を描き出すことによって。

 しかし鬼の運命はなおも彼女に迫ります。。これも有名なその最期の時、ガラシャを襲ったあまりにも無惨な変化の前に、彼女もついに……と思われた時、さらに意外な展開が描かれることとなります。
 今回もラストで少年が見せる、驚愕と悲しみ、決意と様々な感情が入り混じった表情……それはかつての冷然とした表情とは全く異なるものであります。鬼に抗する人が見せた一つの奇蹟を前に、彼の心は変わっていくのか? 大いに気になるところです。


 そのほか、『勘定吟味役異聞 破斬』(かどたひろし&上田秀人)は今回で最終回。前回の一大剣戟の末、辛うじて勝利を掴んだ聡四郎を待つ者は……ツンデレの恋人、ではなくて続編。再来月から次なる物語が開始とのことで、実にめでたいことであります。

 また、『はんなり半次郎』は、相変わらずの叶節。いくら何でもあれは自分が怪我するのではないでしょうか。どうでもいいですが。


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コミック乱ツインズ 2017年6月号 [雑誌]


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