2018.11.12

賀来ゆうじ『地獄楽』第4巻 画眉丸の、人間たちの再起の時!


 不老不死の仙薬を求め、謎の孤島に送り込まれた十人の死罪人と十人の山田浅ェ門が繰り広げる戦いもいよいよ佳境。この島を支配する天仙たちの恐るべき正体とは、そして彼らに手も足も出ずに敗れ去った画眉丸たちの再起のチャンスは……?

 無罪放免を条件に送り込まれた死罪人の一人・画眉丸と山田浅ェ門佐切のコンビ。死罪人たちや怪物たちとの戦いの末、謎の少女・めいと奇怪な木人・ほうこと出会った二人は、ほうこから、この島が仙薬を持つ天仙なる存在に支配されていることを聞かされるのでした。
 そして仙薬を求めて単身動いた画眉丸は、件の天仙と対峙することになるのですが……

 しかし異常な回復力を持ち、不可視の奇怪な攻撃を放つ天仙にさしもの画眉丸も大苦戦。持てる力を振り絞ってようやく倒せたかと思いきや、奇怪な怪物となって復活した天仙の圧倒的な力にあわやのところまで追い詰められることになります。
 そして時をほぼ同じくして、他の死罪人、他の浅ェ門たちの前にも天仙が出現、次々と犠牲者が出ることになるのであります。


 ……と、思わぬ強敵の前に、惨敗することとなった画眉丸たち。如何に規格外の戦闘力と生命力を持つ彼らであったとしても所詮は人間、紛れもなく人外の天仙の力とは比べるべくもありません。

 この巻の冒頭で、めいの不思議な力によって辛うじて天仙から逃れた画眉丸の前に現れたのは、死罪人の中でもおそらくは最強の剣の使い手・民谷巌鉄斎。
 しかし人間としてはほとんど頂上レベルの画眉丸と巌鉄斎(対峙した際に、壮絶な読み合い=一種のイメトレを繰り広げるのが実に面白い)であっても、やはり天仙の前には及ぶべくもないのであります。……今は。

 想像を絶する強敵を前に手を組み、再び戦いを挑もうとする画眉丸と巌鉄斎ですが、しかし休む間もなく、天仙たちが差し向けた、島を徘徊する怪物たちの上位存在――知性を持ち、そして何よりも天仙と同様の力を操る「道士」が画眉丸たちに襲いかかることになります。
 そして彼らの口から、これまでその存在の一切が謎に包まれていためいの正体が明らかになるのですが……

 ここで語られるめいの正体から浮かび上がるのは、天仙がこの島で行っている所業の一端であり、何よりもめいがそこで背負わされた役割。そしてその悍ましさたるや、これに不快感を感じ、怒らなければ人間ではないというべき、というほどのものであります。
 この誰もが共感できる理由と想いが、非情の忍びであった画眉丸の魂にも(いや彼だからこそ)火をつけ、彼が立ち上がる場面は、間違いなくこの巻のクライマックス、本作きっての名場面と言うべきでしょう。

 が、怒りだけでパワーアップできるのであれば苦労はありません。道士の力に翻弄される画眉丸たちに対して、めいの口から、道士の、天仙の操る力の秘密が語られるのですが――その力は、画眉丸とはある意味正反対のものであることが明らかになります。
 同じ力を、同じ力の使い方を得れば、画眉丸にも勝機があるはずですが、しかし――いや、彼にもその力はあった!

 その力の詳細は伏せますが、画眉丸の中にある――彼の中に佐切が見出した――もの、彼の秘められた人間性を描くと思われたものが(それも物語の初期で描かれた)ものが、ここでパワーアップに繋がっていくのが実に熱い。
 この舞台設定(物語を貫く法則)と、キャラクターの精神的成長、そして物理的なパワーアップが直結する構造の巧みさには、ただ感心するほかありません。


 そして画眉丸とはまた異なる形でパワーアップを(あるいはその萌芽を)見せる死罪人と浅ェ門たち。さらに以前から登場が仄めかされていた者たちの参戦と新たなる浅ェ門の登場……
 と、ここに来て一気に「人間」側が盛り返してきた展開ですが、しかしこれでようやく天仙たちと戦うことが可能になった、というレベルでしかないのでしょう。

 この巻のラストではまた思わぬ展開が待ち受けているのですが、さてそこから物語がどう転がっていくのか――まだまだ予測不能の物語は続きます。

『地獄楽』第4巻(賀来ゆうじ 集英社ジャンプコミックス)

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2018.11.08

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第13巻 物語を彩る二つのテクニック、そして明らかになる過去


 刀鍛冶の里編もいよいよバトルが本格化し、佳境に入った『鬼滅の刃』。里を襲撃する上弦の鬼2体を迎え撃つ炭治郎、禰豆子、無一郎、そして玄弥ですが、上弦たちの奇怪な能力の前に窮地に立たされることに……

 日輪刀を打つ刀鍛冶たちが住まう刀鍛冶の里。厳重に秘匿されたその里で、慌ただしくもそれなりに平和(?)な時間を過ごしていた炭治郎ですが、そこに上弦の伍・玉壺と上弦の肆・半天狗の二人が出現したことで、里には血風が吹き荒れることになります。
 そして突如現れた半天狗と対決することになった炭治郎。一見非力ながら、斬られるたびに、空喜・積怒・哀絶・可楽と名乗るそれぞれ異なる能力を持った四人に分裂する半天狗を前に、炭治郎、そして鬼と化して参戦した禰豆子は大苦戦を強いられるのでした。

 と、そこに現れたのは、炭治郎の同期最後の一人である不死川玄弥。短期間のうちに体格が急激に変化したり、抜けた歯がいつの間にか生えていたり、何よりも炭治郎に異常に敵意を燃やしたりと不審な点も多い玄弥ですが、二連のショットガンという本作では珍しい武器を用いて半天狗と戦う姿はなかなかに頼もしいものがあります。
 かくて戦いは炭治郎vs空喜、玄弥vs哀絶、禰豆子vs可楽という団体戦の様相を呈することになる一方、霞柱・時透無一郎は、奇怪な魚(?)を操り、里の刀鍛冶たちを惨殺していく玉壺と対峙することになって……


 と、これまで嫌というほど強豪ぶりを見せつけてきた上弦の鬼が二人も出現という絶望的な状況でのバトルが描かれるこの巻。
 半天狗は「ヒィィィィ」と悲鳴を上げてばかりの老人のような姿、玉壺は壺から現れる無数の短い手を生やした蛇のような体の持ち主と、奇怪なデザインの敵が多い本作においても屈指の異形ですが、それだけに――というべきか、その能力のトリッキーさも群を抜いたものがあります。

 そしてその敵を相手に繰り広げられるのは、上で述べたように半天狗と玉壺、それぞれを相手に炭治郎たちが繰り広げる二元中継――いや、三元四元中継のバトル。
 敵も味方それぞれの特徴的な能力が入り乱れる戦いは一歩間違えるととっ散らかりかねないところですが、そこをギリギリのところ(半天狗の分身たちは結構見分けがつきにくい)で捌いてみせるのは、口で言うのは簡単ですが、相当なテクニックであります。

 いわばこの巻で繰り広げられるのは、登場キャラクターたちのテクニックと作者自身のテクニック、その双方の競演というべきものでしょうか。


 そして本作の最大の魅力と言うべき、そのバトルの中で浮かび上がるキャラクターたちの人間性の描写ももちろん健在であります。

 この巻でスポットライトが当てられるのは、登場自体は相当前だったものの、ほとんど新キャラに近い(名前がわかったのもごく最近という)存在である不死川玄弥。
 上で述べたように不審な行動も多い上に、バトルの中では明らかに常人ではない――というより人間ではない回復力を見せる彼は、一歩間違えれば悪役にも見えかねないキャラクターなのですが、今回描かれるその過去が、その印象を完全にひっくり返すことになります。

 その姓を見ればわかるように、風柱・不死川実弥の弟である玄弥。しかし実弥は俺に弟などいないと言っているという情報が前巻で語られ、複雑な事情が窺われた兄弟ですが――この巻で描かれた彼らの過去は凄絶と言うほかありません。
 そしてそのある意味炭治郎と禰豆子と対になる過去の悲劇を見れば、玄弥が、さらに言えば実弥がこれまで何故あのような行動を取ってきたのか、その一端が明らかになるとともに、これまで憎々しい存在に見えてきた彼らに、一瞬のうちに感情移入させられてしまうのです。

 これまで何度も、登場キャラクターたち――それもつい先程まで戦っていた人食いの鬼たちですら――の人間性をほんの僅かなページ数の中で描き出し、印象を一変させてきた本作ですが、今回もやられた! と大いに唸らされた次第です。

 そしてもう一人、前巻で炭治郎をして「すごく嫌!!」と言わしめた冷徹さが描かれた無一郎も、その人間性の一端を見せ始めた印象。さらに恋柱・甘露寺蜜璃も参戦し、いよいよ激化するバトルの決着はどうなるのか――気になるところだらけであります。


 そして毎回意外な事実が明らかになるおまけページ、今回は柱の中でも異様な存在感を持つ悲鳴嶼行冥の意外すぎる姿が……(一瞬、キメツ学園の方の設定かと)


『鬼滅の刃』第13巻(吾峠呼世晴 集英社ジャンプコミックス)

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2018.10.28

風野真知雄『恋の川、春の町』 現代の戯作者が描く、江戸の戯作者の矜持と怒り


 黄表紙本の元祖と言うべき戯作者・恋川春町。彼は晩年、その作品がもとで時の老中・松平定信に睨まれ、その最中に亡くなったことから、自殺説もある人物であります。本作はその春町の姿を通じて戯作者の魂を描く、いかにも作者らしくユニークで、そして一つの矜持を感じさせる物語であります。

 駿河小島藩の年寄本役という歴とした侍でありながらも、売れっ子戯作者として活躍してきた春町。黄表紙の生みの親として、お上を皮肉り、人々を楽しませてきた彼は、共に世の中を遊べる「菩薩のような女」を探す日々を送っていたのですが――そこに思わぬ筆禍が降りかかります。

 時は松平定信による寛政の改革の真っ只中、庶民の生活――なかんずく娯楽への規制が続く中、武家社会を面白おかしく描いた『鸚鵡返文武二道』が大ヒットしたことで、周囲からは不安の目で見られるようになった春町。
 はたして春町に対して届けられたのは、松平定信からの呼び出し。盟友であった朋誠堂喜三二は筆を折って地方に隠居し、太田南畝は文化人に鞍替えし――と周囲が慌ただしくなる中、春町は如何にすべきか、深い悩みを抱えることになります。

 愛する女たち、戯作の道、武士の矜持――様々なものの間に挟まれ、悩み抜いたその果てに、春町が選んだ道とは……


 冒頭に述べたように、その最期には不審な点もある春町。その真実がどうであれ、そこには、寛政の改革の影が色濃く落ちていたことは間違いのないことなのでしょう。
 本作はその春町が最期の日に向かう姿を描いた物語なのですが――それを悲劇のみで終わらせないのが、作者の作者たる所以です。

 何しろ本作の恋川春町は、今一つ格好良くない。歴とした妻子がありながらも、ある時はうなぎ屋の看板娘、ある時は吉原の女郎に熱を上げ、またある時には女性戯作者や幼馴染と怪しからん雰囲気になったりと忙しい。
 と言っても艶福家というわけではなく、むしろ女の子と仲良くなりたいのになかなかなれない冴えないおっさん――というのが正直なところで、その辺りの何ともいえぬユーモアとペーソスは、これはもう作者の作品でお馴染みの味わいであります。

 しかしそんなおっさんでありつつも、しかし戯作者としての誇りは誰にも負けないのが春町。自分の作品で世の中を楽しませることが信条の彼が密かに信奉するのは馬場文耕――30年ほど前にその作品が幕府の逆鱗に触れ、打ち首獄門となった講釈師――なのですから、その根性は筋金入りであります。

 その文耕に倣って権力に屈することなく、ただ己の目指す作品を描く――そんな意気軒昂なところを見せる春町ではありますが、しかしそんな彼に忍び寄るのは、定信の影だけではありません。
 売れっ子戯作者として追い上げてきた山東京伝の存在、自分を応援するといいつつ今一つ信頼できない蔦屋(本屋)――さらに先に述べたような周囲の戯作者たちの変節が、彼を悩ませ、弱らせていくことになります。

 そしてもう一つ、武士であるという己の矜持ににも縛られ、どんどん追い込まれていく(己を追い込んでいく)彼の姿は、それまでが生き生きとしていただけに実に辛い。
 その一方でその姿には作者の自己投影を見てしまうわけで、特に終盤に描かれる春町の八方破れの姿などは、ほとんど私小説の味わいを感じてしまう――というのはもちろん、読者の勝手な思い入れではありますが……


 そんなわけで、様々な意味で実に作者らしい本作なのですが――しかしもう一つ作者らしいのは、それは権力の理不尽に対する怒りが、作品の基調を成していることでしょう。

 本作の悪役ともいうべき定信。しかし彼は最後の最後に至るまで、その姿をはっきりと見せることなく、その真意が明示されるわけでもありません。しかしここに在るのは確かに権力の理不尽の姿であり――そしてそれに押し潰され、消されていく者の姿なのです。

 これは折りに触れて述べてきたことでありますが、デビュー以来作者の作品の底流に着実に脈打っているのは、この権力への怒りであり、そして弱くとも必死に生きる者たちへの慈しみであることは、愛読者であればよくご存じでしょう。
 いわば本作は、その二つの想いに揺れ続けた一人の戯作者の姿を、現代の戯作者たらんとする作者が描いた物語であり――そしてそんな本作が、今この時に書かれたことには、必ず意味があると感じさせられます。

 あくまでもユーモアとペーソスを漂わせつつ、その核にあるのは作者の叫びのような想い――そんな本作を、私はこよなく愛するものです。


『恋の川、春の町』(風野真知雄 KADOKAWA)

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2018.10.27

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第10巻 最終決戦目前! 素顔の張良と仲間たちの絆


 抗秦の戦いもいよいよ佳境、単行本もついに二桁に突入した本作。この巻では項羽サイドはほとんど(ただし、極めて重要な場面を除いて)描かれることなく、その全てで劉邦の、すなわち張良の戦いが描かれることとなります。関中を目前とした劉邦軍の行く手に待ち受けるものは……

 先に関中に入り、咸陽を落としたものが天下の王となる――そんな構図の下、再び合流した張良の策により天下の険たる函谷関を避け、武関を目指す劉邦軍。途中、調子に乗った劉邦のチョンボによって窮地に陥るも、張良の機転によって事なきを得た一行は、ついに武関を目前とすることになります。
 しかしここから先は秦の地、兵糧もさることながら兵の志気も考慮に入れることを進言する張良ですが――ここに状況を一変させるような報が入ります。

 そう、なんと秦軍を率いて項羽に真っ向から抗していた章邯が降伏し、これによって関中への障害がなくなった項羽は、一気に西進を始めることとなったのであります。

 これもまた張良の予想通りではあります。しかしこの報を受けて彼の中にたぎるのは、他人の手ではなくこの手で――すなわち項羽軍ではなく劉邦軍が秦を滅せねば気がすまないという強い想い。
 万事冷静さを崩さぬ彼にしては珍しく感情的な姿を見せる場面ではありますが――しかしそんなある意味素顔の彼を理解し、支える窮奇と黄石の姿が実にいい。そして二人の想いに応え、これが「私戦」だと――己の名が地に墜ちても本望と思い定める張良の姿もまた熱いのであります。

 そしてある意味箍を外した張良の策によって武関、そして嶢関攻めが行われることになりますが――ここで武関の将が金に汚いことをついてこれを宝物で落とす張良。
 そして武関の兵とともに嶢関に進軍する張良ですが、彼が珍しく気を緩める姿に不安感を覚えてみれば――いやはやこう来たか、と唸らされる展開が描かれることになります。

 なるほど、史実からすればこの展開以外はないのですが(尤も、あとがきによればこの辺りも作者の苦慮が窺われるのですが……)、しかしこの辺りの盛り上げ方の巧さは、これはやはり作者の業というものでしょう。


 そしてついに関中に入った劉邦と張良ですが――ここで描かれるのは秦国内の混乱と、二世皇帝・胡亥を傀儡とする宦官・趙高の専横の姿。あの有名な馬鹿(うましか)の故事もここで描かれることとなりますが――その後の国を売って己の身を長らえようとする姿といい、いやはや、権力者の醜悪さは古今東西を問わず変わらぬものと見えます。

 それはさておき、その趙高の誘いに対し、毅然と断ってみせる張良の姿もまた格好良いのですが――真に盛り上がるのはここからであります。
 混乱の中にあるとはいえまだまだ秦の国力は強大、正面から咸陽を落とすのは不可能。だとすればどうすればよいのか――ここで秦の「心を折る」策を進言、いや宣言する張良と、劉邦を始めとする仲間たちが張良を信頼する姿は、ほとんど最終決戦直前のような盛り上がりなのです。


 いや、まさしくこれが秦との最終決戦。張良が、劉邦が、窮奇が、そして黄石までもが己の命を賭けて挑む戦いの行方は、劉邦軍優位に進むのですが、ここである事件によって秦軍の志気が一気に高まることに……
 前には秦軍が立ちふさがり、後ろには項羽が迫る中、果たして劉邦と張良の戦いの行方は――心憎いほど先が気になるヒキで終わる第10巻であります。

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2018.10.25

門井慶喜『新選組の料理人』 人間になった狼の終焉、武士の時代の終焉


 幕末きっての武闘集団である新選組。しかし彼らも飯を食わなければやっていけない――というわけで、成り行きから新選組の賄方(料理人)となってしまった運の悪い男・菅沼鉢四郎の視点から新選組の興亡を描いた、極めてユニークな作品であります。

 禁門の変によって発生した大火――どんどん焼けによって、住んでいた長屋を焼かれた浪人・菅沼鉢四郎。妻子ともはぐれた彼は、偶然口にした会津藩の炊き出しを「まずい」と言ったことがきっかけで、新選組に引っ張り込まれることになります。
 というのもその炊き出しを担当していたのは新選組の十番隊組長・原田左之助。その左之助に見込まれてしまった鉢四郎は、唯一の取り柄である料理の腕を振るい、会津の炊き出しは大評判となるのですが……

 という第一話の展開を見れば――そして作品の題名をみれば――本作は鉢四郎がその料理の腕を活かして、新選組に降りかかる難題を解決していくのだな、と思ってしまうところですが、さにあらず。
 第一話でも、良かれと思って行った炊き出しの工夫が、彼の全く預かり知らぬところで大問題となり、文字通り詰め腹を切らされる寸前までいくことに――と、万事彼は貧乏くじを引く役回りなのであります。

 料理の腕以外は、侍としてはからっきしの鉢四郎。そんな彼は、左之助ら新選組の面々に振り回され、面倒に巻き込まれるばかり。
 ぜんざい屋事件、寺田屋事件、天満屋事件――そんな新選組と幕末の京阪で起きた事件の数々を、鉢四郎はそんな中で目撃していくことになるのであります。

 そしてその鉢四郎が目の当たりにする新選組の姿なのですが、これが良くも悪くも――いや主に後者の意味で――実に生々しい。
 政治家として隊士を駒のように動かす近藤(彼が坂本竜馬と対面した時の一手には仰天!)、剣の腕はいまいちだが内務の鬼の土方、女と酒にだらしない左之助、そんな左之助を軽蔑し対立する斎藤一……

 どれもお馴染みの新選組像から少し(悪い方向に)はずれつつ、それでいて妙に説得ある描写は、新選組ファンとしては実にツラいものがあるのですが、しかしその一方で妙に目を引き寄せられるものがあります。

 それは鉢四郎というある種の局外者の存在を通して描かれる点が大と思われますが、本作においては、そんな鉢四郎とは対になる、もう一人の主人公とも言うべき存在がいます。
 それが原田左之助――ある意味最も新選組隊士らしい男であります。

 先に述べたように、悪い意味で体育会系のキャラクターとして鉢四郎を大いに振り回す役どころの左之助。しかし本作はそれだけでなく、彼のある特徴に注目して物語を描いていくことになります。
 他の誰にもない、左之助のある特徴――それは彼が妻子持ちであることであります。

 いやもちろん、彼のほかに妻(というか愛人)がいる隊士は幾人もいます。作中で言及されるように、近藤には多摩に娘がいるわけですが――しかし京に妻と子を置いていたのは、なるほど左之助くらいのものであります。
 常在戦場は武士の習いですが、幕末においてそれを最も体現していたのは新選組でしょう。そんな状況で、さすがに同居はしていないものの、ごく身近に妻と子を置いている左之助は、ある意味士道不覚悟と言えます。

 士道と縁遠い鉢四郎ですら、成り行きとはいえ妻子と引き離されているという状況で、左之助の姿を面白くないと感じる者も少なくありません。
 そしてそれがやがて、決定的な事件を引き起こすのですが――なるほど、左之助を描くにこういう視点があったか、と感心させられるところですが、しかし本作はさらにその先を描いていくこととなります。

 戦場に生きる武士が一度家族を持ち、その温もりを知った時どうなるか。本作は左之助の姿を通じて、それを容赦なく剔抉するのであります。
 そしてさらにその武士から人間への――他の作品で描かれるのとはある意味逆のベクトルの――変化は、一人左之助だけのものではなく、新選組全体を覆うものであることが、終盤において明らかになるのです。

 しかし、そんな人間になってしまった新選組隊士たちから、その人間性を奪うかのような、二重に皮肉な結末をどう解すべきか――その変化を前にした鉢四郎と左之助の、ある意味逆転した姿は強く印象に残ります。


 料理という題材との食い合わせについては首を傾げる部分はありますが、「新選組」の、武士の時代の終焉を描く、ひどくシニカルで残酷な物語として、珍重すべき作品というべきでしょうか。


『新選組の料理人』(門井慶喜 光文社)

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2018.10.20

木下昌輝『絵金、闇を塗る』 異能の絵師の一代記にして芸術奇譚、そして……


 天才的な才を持ちながらも、故あって表舞台から消え、今は土佐に残された芝居絵にその名を留めるのみの絵師・絵金。本作はその絵金――見るものをしてエロスとタナトスの迷宮に迷わせる魔性の絵を描いた男の物語であります。

 江戸末期に土佐に生まれ、服の上から相手の秘部を完璧に類推して描くという非凡極まりない才を幼少のうちから発揮した絵金。その才に目を付けた豪商・仁尾順蔵によって狩野派に送り込まれた彼は、江戸でわずか三年という異例の短期で修行を終了し、土佐に帰り、藩家老のお抱え絵師となります。

 しかし禁断の贋作に手を染めた咎により土佐から追放され、以降は町絵師として芝居絵などを手がけることになった絵金。
 そんな運命の変転も意に介さぬような彼の描く絵は、彼がどこにいようと何を描こうと、周囲の人々の中に潜む性への渇望を、あるいは死への欲望を掻き立て、破滅に向かわせることになります。そしてそんな人々の中には、歴史上に名を残す幾多の人物たちの名も……


 現在、土佐では年に一度の祭りの際に、町家でその芝居絵が飾られるという絵金。写真で目にするその芝居絵は、夜の灯りに照らされたものであったためか、どこか不吉な赤黒さをまとって感じられます。
 そして本作に描かれる絵金の存在にも、その不吉さはつきまとうことになります。

 初めて絵師としてその才を認められた少年時代。江戸でその破天荒な麒麟児ぶりを発揮した修業時代。地位に恵まれながら、不可解な事件に連座して追放されたお抱え絵師時代。そしてそれ以降、印象的な赤の色を多用した芝居絵を中心に描き続けた町絵師時代――本作はその絵金の生涯を、連作形式で描くことになります。。

 ところが、本作における絵金は、主人公であると同時に、むしろ狂言回しとしての性格を強く持つ存在でもあります。
 実のところ本作において、絵金の心の内が直接的に描かれる箇所はほとんど存在しないように感じられます。彼が何を想うのか――それはその奔放な言動に、そして何よりも彼の作品の中に、間接的に浮かび上がるばかりなのです。

 そんな本作においてもう一人の主役と言うべきは、絵金の絵に魅せられ、取り憑かれ、そして人生を狂わせた者たちであります。
 絵金を狩野派に送り込んだ仁尾、絵金の師である前村洞和、土佐の人斬り・岡田以蔵、若くして散った八代目市川團十郎、土佐勤王党の武市半平太、そして坂本龍馬。

 彼らは皆――特に彼が土佐を追われてから関わった者たちは――絵金とその絵に出会って以来、それまでとは全く異なる道を、それもひどく血腥い、死の匂いが濃厚に漂う道を歩むことになります。そしてそれは時に、この国の歴史に影響を与えたようにすら見えるのですが……

 その意味では、本作は一種の芸術奇譚とも言うべき物語ではあります。しかし本作の絵金は、超自然的な魔力を発揮して、人の心を操るような存在ではありません。
 彼はただ絵を描くのみ――人はただ、その絵の持つ深淵に飲み込まれ、そして新たな、いや本来の自分として生まれ変わるのです。そしてそんな人々が、歴史を動かし、時代を変えていく姿を、本作は描くのです。

 そしてそれは、時にひどく不気味で、忌まわしいことにも見えますが――しかし同時に、ひどく力強く、そして希望に満ちたものにすら感じられるものでもあります。

 絵金が学んだ画派――狩野派。言うまでもなく数百年の歴史を持ち、幕府お抱えとして江戸時代の絵の頂点にたつこの狩野派は、しかし決して新しい絵を描くことを許さず、ただ先人の模倣を以て事足れりとする存在として描かれます。
 それがどれだけ、自由な心を持つ絵師を、絵金を傷つけたか――それは作中でほとんどただ一度、絵金が火を噴くような激越な口調で語る言葉の中に現れます。。

 数百年に渡り、変わらぬ絵を描き続ける狩野派。それが本作において、同時に何を象徴するものであるかは言うまでもないでしょう。
 そう、絵金の絵は、変わらぬ絵を描く画派に挑んだもの。そしてその絵を見た者たちが、その狩野派が仕えた者たちが支配する、変わらぬ時代を変えてみせたのであれば――それは間接的に絵金が、絵金の絵が勝利したと言えるのではないでしょうか。


 性と死を異能の絵師の一代記であり、その絵に狂わされた者たちを描く芸術奇譚であり、そして時代に立ち向かい続けた者の勝利を描く勲でもある……本作はそんな物語であります。


『絵金、闇を塗る』(木下昌輝 集英社)

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2018.10.19

許先哲『鏢人 BLADE OF THE GUARDIANS』第1巻 お喋り子連れ賞金稼ぎ、侠を見せる


 武侠ものの本場・中国のクリエーターによる武侠活劇漫画――隋朝末期を舞台に、凄腕ながらお喋り、そして子連れというユニークな賞金稼ぎを主人公とした大活劇であります。己の腕の他は頼むもの無し――まさに無頼の主人公が、荒野で死闘を繰り広げる相手とは!?

 物語の開幕早々描かれるのは、賊徒・響子組の根城に飄然と乗り込み、頭目相手に平然と取り引きを持ちかける一人の男――と彼が連れる一人の子供の姿。賞金首である頭目に対し、その三倍の額を払えば見逃してやるとふっかける男に、当然ながら頭目と手下たちは刀で以て答えとするのですが――しかしこの男、桁外れに強い。
 連れの子供に、目を閉じて九つ数えさせる間に手下たちを皆殺しにするや、ただ震え戦くしかない頭目から平然と有り金を奪って去っていく――これが本作の主人公・刀馬と、連れの七の初登場となります。

 さて、この二人が帰路に出会ったのは、砂漠に潜む食人鬼・羅刹の群れに襲われた人々の無惨な姿。
 ただ二人の(うち一人は無惨に顔の皮を剥がれた)生存者に助けを求められながらも、容赦なく駄賃を要求する刀馬ですが――彼らが六千銭の賞金首・双頭蛇を追っていることを知るや、一転手助けを申し出ます。

 そして顔なじみであり恩人である砂漠の町の大商人・莫から双頭蛇の行き先の情報を得る刀馬。
 しかし双頭蛇が潜むという赤沙町は、朝廷の役人・常貴人が権力を振るう死の街で……


 と、映画などでいえばアバンタイトルの部分から快調に展開していく本作。この第1巻の大半を占める第一章「遊侠」では、赤沙町を舞台に、刀馬と常貴人、双頭蛇の三つ巴の死闘が描かれることとなります。
 かつては無法の町として恐れられたこの町に赴任し、法による支配を敷いた常貴人。しかしその法とはまたの名を暴力と恐怖――逆らう者は見せしめに街の周囲に吊すという、絵に描いたような恐怖政治によって、この町は支配されていたのであります。

 そんな常貴人――もちろん単なる役人であるはずもなく、七尺はありそうな身の丈に男色家の気配もある怪人――に何故か気に入られた刀馬ですが、もちろんそんな相手に膝を屈するようでは武侠ものの主人公は務まりません。
 意外なところ(……と言いたいのですが、これはまあ定番の展開)から現れた双頭蛇を巡り、刀馬と常貴人の、いやそこに双頭蛇も加わって、誰もが「二対一」のメキシカンスタンドオフ状態からの大殺陣は、最初のエピソードのクライマックスに相応しいテンションと密度の高さ、そして迫力を大いに満喫させてくれました。


 しかしこのエピソードの、そしてとりもなおさず本作の最大の魅力は、刀馬という男の存在そのものにあるといえます。

 少々――いや大いに癖のある、ストレートいハンサムとは言い難いビジュアル(あとがきである俳優がモチーフと知って納得)の刀馬。
 しかも四六時中減らず口を叩いているような男なのですが――しかしそんな彼が抜群に格好良く感じられるのは、その彼独特のキャラクター、生き様に依るところが大と言えます。

 死にかけた人間を助ける時であっても平然と金をふんだくろうとするかと思えば、死んだ人間の物が落ちていても拾おうとはしない(まあ、例外はありますが)。
 相手への貸しは必ず取り立てる一方で、借りは必ず返す。そして何よりも、権力の横暴には決して与しない――そんな彼なりの美学は、力が全ての荒んだ世界によく似合っているようでいて、しかし同時に極めて似つかわしくないものとして映ります。

 その気になればもっと利口に、甘い汁を吸って生きることができそうなところに敢えて背を向け、己の美学に従って生きる――その生き様はまさに「侠」。そんな男が格好良くないわけがないのであります。


 そしてこの巻の終盤から始まる第二章「大漠」では、意外な過去と朝廷との繋がりが語られることとなる刀馬。
 莫の娘・アユアとともに、隋を転覆させると嘯く謎の仮面の男・知世郎を長安に護送することになった刀馬と七の前に何が待つのか、そしてかつて何があったのか。

 気になることだらけの新ヒーローの物語は、まだまだ始まったばかりなのであります。

『鏢人 BLADE OF THE GUARDIANS』第1巻(許先哲 少年画報社ヤングキングコミックス)

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2018.10.17

「コミック乱ツインズ」2018年11月号


 月も半ばのお楽しみ、「コミック乱ツインズ」2018年11月号の紹介であります。今月の表紙は『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)、巻頭カラーは『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)――今回もまた、印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)
 単行本第1巻発売ということもあってか巻頭カラーの本作。今回中心となるのは、桃香と公儀のつなぎ役ともいうべき八丁堀同心・安達であります。

 ある日、安達の前に現れ、大胆不敵にも懐の物を掏ると宣言してみせた妖艶な女。その言葉を見事に実現してみせた女の正体は、かつて安達が説教して見逃してやった凄腕の女掏摸・薊のお駒でした。しかしお駒は十年以上前に江戸を離れ、上方で平和に暮らしていたはず。その彼女が何故突然江戸に現れ、安達を挑発してきたのか……
 という今回、お駒の謎の行動と、上方からやってきた掏摸一味の跳梁が結びついたとき――と、掏摸ならではの復讐譚となっていくのが実に面白いエピソードでした。

 桃香自身の出番はほとんどなかったのですが、これまであまりいい印象のなかった安達の人となりが見えたのも良かったかと思います(しかし、以前の子攫い回もそうですが、何気に本作はえぐい展開が多い……)


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 将軍の寵臣の座を巡る間部越前守と新井白石の暗闘が将軍家墓所選定を巡る裏取引捜査に繋がっていく一方で、尾張徳川家の吉通が不穏な動きを見せて――と、その双方の矢面に立たされることとなった水城聡四郎。今回は尾張家の刺客が水城家を襲い、ある意味上田作品定番の自宅襲撃回となります。

 この尾張の刺客団は、見るからにポンコツっぽい吉通のゴリ押しで派遣されたものですが、その吉通は紀伊国屋文左衛門に使嗾されているのですから二重に救いがありません。もちろん、襲われる聡四郎の方も白石の走狗であるわけで、なんとも切ないシチュエーションですが――しかしもちろんそんな事情とは関係なしに、繰り広げられる殺陣はダイナミックの一言。。
 勝手知ったる我が家とはいえ、これまで幾多の死闘を乗り越えてきた聡四郎が繰り出す実戦戦法の数々はむしろ痛快なほどで、敵の頭目相手に一放流の真髄を発揮するクライマックスもお見事であります。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 伊達家包囲網との対決も一段落ついたところで、今回はいよいよあの男――豊臣秀吉が本格登場。ページ数にして全体の2/3を占拠と、ほとんど主役扱いであります。
 既にこの時代、天下人となっている秀吉ですが、ビジュアル的には『信長の忍び』の時のものに泥鰌髭が生えた状態。というわけで貫禄はさっぱり――なのですが、芦名家との決戦前を控えた政宗もほとんど眼中にないような言動は、さすがと言うべきでしょうか。
(そして残り1/3を使ってデレデレしまくる嵐の前の静けさの政宗と愛姫)


『孤剣の狼』(小島剛夕)
 名作復活特別企画第七回は『孤剣の狼』シリーズの「仇討」。諸国放浪を続ける伊吹剣流の達人・ムサシを主人公とする連作シリーズの一編であります。
 旅先でムサシが出会った若侍。仇を追っているという彼は、しかし助太刀を依頼した浪人にタカられ続け、音を上げて逃げてきたのであります。今度はムサシに頼ろうとする若侍ですが、しかしムサシは若侍もまた、仇討ちを売り物にして暮らしていることを見抜き、相手にせずに去ってしまうのですが……

 武士道の華とも言うべき仇討ちを題材にしながらも、味気なく残酷なその「真実」を描いてみせる今回のエピソード。ドライな言動が多いムサシは、今回もまたドライに若侍を二度に渡って突き放すのですが――その果てに繰り広げられるクライマックスの決闘は、ほとんど全員腹に一物持った者の戦いで、何とも言えぬ後味が残ります。
(ちなみに本作の前のページに掲載されている連載記事の『実録江戸の真剣勝負』、今月の内容は宮本武蔵が指導した少年の仇討で、ちょっとおかしな気分に)


 その他、『用心棒稼業』(やまさき拓味)は、前回から一行に加わった少女・みかんを中心に据えた物語。クライマックスの殺陣は、本作にしてはちょっと漫画チックな動きも感じられるのですが、今回の内容には似合っているかもしれません。

 そして来月号は『鬼役』が巻頭カラーですが――新顔の作品はなし。そろそろ新しい風が欲しいところですが……


「コミック乱ツインズ」2018年11月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年11月号[雑誌]


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2018.10.04

『忍者大戦 黒ノ巻』(その一) 本格ミステリ作家による忍者大戦始まる


 時代小説界に彗星の如く現れた謎の(?)一冊――時代小説の執筆はほとんど初めての本格ミステリ作家5人が、それぞれ趣向を凝らして忍者と忍者の死闘を描くという、非常にユニークなアンソロジーであります。ここでは一作品ずつ収録作品をご紹介いたしましょう。

『死に場所と見つけたり(安萬純一)
 かつての任務において、その身に深い傷を負った幕府の隠密・右門と相棒の雉八。もはや忍者同士の戦いは不可能と、平穏な小浜藩に派遣された右門は、そこで草の家に生まれた若者・韮山兼明を鍛えることになります。
 厳しい指導もあって、兼明が藩でも頭角を現し始めた頃、彼に下された草としての任務。それは薩摩藩からの暗号解読の鍵となる巻物を、城から奪取するというものでした。

 しかしその任務を伝えてきたのが、自分たちに遺恨を抱くかつての同僚、飛龍と黄猿であることに違和感を覚える右門と雉八。果たしてこの任務の陰には……

 巻頭を飾る本作は、セミリタイアした隠密という、捻りの効いた視点から描かれる物語。一線を退いたはずの老兵が思わぬ力を――という燃えるシチュエーションも実にいいのですが、そこに次代の草の若者を絡ませるのが、物語の深みを与えています。
 右門が抱える秘密の想い――それが昇華される結末が感動的であると同時に苦い後味を残してくれるのが、実に忍者ものらしい味わいと言えるでしょう。


『忍夜かける乱』(霞流一)
 泰平の時代に幕府隠密としての任務は失われ、金で工頼案人(くらいあんと)から雇われて任務をこなす影戦使位(えいせんしー)制の下、影戦人(えいせんと)として活躍する伊賀の忍びたち。今回の任務は、岡場所で腹上死した大洗藩主の死体を寺へ運ぶというものだったのですが――そこに他藩に雇われた甲賀の忍びたちが立ち塞がります。

 かくて繰り広げられる伊賀と甲賀の忍法合戦。伊賀側は狩倉卍丸の逆さ崩れ傘、九十九了仁斉の飛燕腹しずく、天滑新奇郎の陽炎浄瑠璃を繰り出せば、甲賀側は沼鬼泡之介の紅おろちの舞い、霧塚竜太夫の涅槃車が迎え撃つ忍び同士の死闘の行方は……

 バカミス界の第一人者たる作者が忍者ものを!? と思えば、想像以上にとんでもないものが飛び出してきた本作。
 まずギャビン・ライアルに謝りましょう、と題名の時点で言いたくなりますが、繰り出される珍妙な用語(当て字)や奇っ怪な忍法の数々にはただ絶句であります。(特に霧塚竜太夫の涅槃車は、もうビジュアルの時点でアウトと言いたくなるような怪忍法!)

 しかしその果てで明かされる捻りの効いた真実は実に皮肉で、忍者という稼業の空しさをまざまざと浮き彫りにしているように感じられます。この辺りの人を食った仕掛けもまた、作者らしいと言うべきでしょうか。


『風林火山異聞録』(天祢涼)
 幾度も繰り返された川中島の合戦の中でも、最も激戦だったと言われる第四次合戦。この合戦では、武田信玄の軍師であった山本勘助考案の啄木鳥戦法が上杉側に見破られ、一時は武田側が劣勢に立たされた――と半ば巷説的に語られます。

 本作はこの窮地に、実は忍びであった勘助が、己の秘術を尽くして単身上杉政虎(謙信)の首を狙わんと、最後の戦いを決意したことから始まる物語。
 路傍の石の如く、一切の気配を立つ忍術【小石】を用いて上杉の陣深くに潜入した勘助は、政虎を守る軒猿たちと死闘を繰り広げるのですが、その果てに現れた軒猿頭領の恐るべき秘術とその正体とは……

 実は本書で唯一、史実を中心として描かれた本作。勘助自身が忍びというのは、これは伝奇ものではしばしば見かける趣向ではありますが、本作で勘助が死闘を繰り広げるあの人物が忍びというのは、これはほとんどこれまで見たことがないという印象であります。

 しかし本作の面白さはそれに留まらず、勘助の闘志の源――信玄に寄せる忠誠心を軸に、勘助の生き様死に様を浮き彫りにしてみせたことでしょう。そしてその想いが川中島で最も良く知られたあの名場面で、見事に花開いた――そして信玄もそれに応えてみせた――結末は、壮絶なこの物語において、何とも言えぬ爽快な後味を残すのです。

 風・林・火・山それぞれを章題とした構成もよく、このアンソロジーにおいて最も完成度の高い作品ではないかと思います。


 残る二編については、次回紹介いたします。


『忍者大戦 黒ノ巻』(光文社文庫) Amazon
忍者大戦 黒ノ巻 (光文社時代小説文庫)

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2018.09.28

『猫絵十兵衛御伽草紙 代筆版』 三者三様の豪華なトリビュート企画


 今月発売の「ねこぱんち」誌12周年号に、『猫絵十兵衛御伽草紙 代筆版』というトリビュート企画が掲載されています。『しろねこ荘のタカコ姐さん』の胡原おみ、『江の島ワイキキ食堂』の岡井ハルコ、『品川宿猫語り』のにしだかなの三氏がそれぞれ『猫絵十兵衛』を描くユニークな企画であります。

 「ねこぱんち」誌でも最古参の一つであり、看板作品である永尾まるの『猫絵十兵衛御伽草紙』。
 ところが今回の企画は、「作者不在!? 慌てた版元は、江戸で名うての代筆屋を三名呼び寄せた…」という設定――作者不在というのはちょっとドキッとさせられますが(そのためか、今回永尾まるによる作品の掲載はなし)、三者三様の作品を読むことができるのは、実に新鮮で楽しいものです。

 以下、一作品ずつ簡単に紹介しましょう。

「迷い猫」の巻(胡原おみ)
 『しろねこ荘のタカコ姐さん』が今号で完結の作者による作品は、同作の登場猫であるリクが江戸時代にタイムスリップしてしまうという、ある意味クロスオーバー作品。
 西浦さんのところに文字通り転がり込んだリクをニタと十兵衛が元の時代に返すために奔走することになります。

 そんな本作ではニタが西浦さんの前で口を利くという「おや?」という場面もあるのですが、そもそもの設定からして番外編ということで、気楽に楽しむべきなのでしょう。
 ちなみに本作、三作品の中では最も原作に忠実な絵柄で、特に原作の名物ともいうべき江戸の町を行き交う物売りの口上などの描き文字などもそっくりなのに感心であります。


「猫田楽がやって来た」の巻(岡井ハルコ)
 百代が十兵衛の長屋に落っこちてきたおかげで、十兵衛お気に入りの机が壊れて――という場面から始まる本作は、その混乱の最中に長屋を訪れた猫田楽社中が、さらに賑やかな騒動を起こすお話であります。

 十兵衛に助けられた常陸の猫王のお礼に舞を献上しに来たというこの三猫組、最初の二匹はよかったものの、最後の一匹・参太は落ちこぼれ。木の葉を花に変えるはずが、何故かハサミが、三ツ目入道が、牛が――とミスにしても不思議なものに変えてしまうのでした。
 自分には才能がないとその場を飛び出した参太に対し、「そのテの話が嫌いじゃねぇから」というちょっとニヤリとさせられるような理由で十兵衛とニタがいつものように一肌脱ぐ――という趣向ですが、愉快なのは参太の術の正体であります。

 いや流石にそれは強引では――と思わなくもないのですが、何ともすっとぼけた内容は、これはこれで猫絵十兵衛らしい楽しさだと思います。


「猫のみち」の巻(にしだかな)
 原作のサブレギュラーである猫又の雪白が暮らす伊勢屋を舞台とした本作、その伊勢屋に勤めるやはりサブレギュラーの徳二の同輩の小僧・喜作が偶然ねこの道に迷い込んでしまい、人間姿で舞っていたニタを目撃してしまい――という場面から始まるお話であります。

 すっかりニタに魅せられてしまった喜作は、仕事も上の空で、周囲から心配されたり気味悪がられたり――なのですが、その「憑かれた」というほかない喜作の描写が実にいい。
 見ためはごく普通のままに平然と暮らしていながらも、その行動は普通ではなく、目は明らかに現世のものを見ていない――という彼の描写は、異界を見て帰ってきた人間の姿として、非常に説得力が感じられるのです。

 原作でもしばしば異界や異界の者と人間の交流は描かれますが、どこかで明確に一線が画されている(あるいは人間はあくまでもこちら側にいて、向こう側の者がやって来る)印象があります。
 本作はそれが逆にこちら側の人間があちら側への一線を踏み出そうとしてしまう点が非常に面白く、この点だけでも、原作者以外の作家の手による作品が描かれた意味があると思います。


 その他、『10DANCE』の井上佐藤のイラスト寄稿1Pもありと豪華なこの企画。今度はぜひ、一冊丸ごとやって欲しい――などと言いたくなるような楽しい内容でありました。


「ねこぱんち」No.145 12周年号 (にゃんCOMI廉価版コミック) Amazon
ねこぱんち No.145 12周年号 (にゃんCOMI廉価版コミック)


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 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第15巻 この世界に寄り添い暮らす人と猫と妖と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第16巻 不思議系の物語と人情の機微と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第17巻 変わらぬ二人と少しずつ変わっていく人々と
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 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第19巻 らしさを積み重ねた個性豊かな人と猫の物語

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