2019.07.20

京極夏彦『巷説百物語』(その二) 「妖怪」が解決する不可能ミッション


 ついに新作が発表された『巷説百物語』シリーズ、その」第一作の紹介の後編であります。今回は全七篇のうち、残る四篇をご紹介いたします。


『芝右衛門狸』
 村に人形浄瑠璃が来た晩、何者かに惨殺された淡路の長者・芝右衛門の孫娘。気落ちした芝右衛門は、庭にやって来た狸を可愛がるようになるのですが、ある日その狸だと名乗る老人が現れたではありませんか。
 一方、故あって高貴な身分らしい若侍を預かることとなった人形浄瑠璃一座の座長の屋敷では、夜な夜な怪異が起きて……

 又市や百介といった一味以外のゲストキャラクターの視点から物語が語られることが多い『巷説百物語』のスタイルが、ある意味一番良く出ているのが本作かもしれません。
 人間に化けたという狸と、謎の若侍、座長の屋敷での怪異――三題噺のようなこれらの要素がどう繋がっていくのかは、読み進めていれば容易に予想はつくのですが、さてこれをどう妖怪の仕業として収めるのか? かなり直球ではありますが、本作らしいエピソードであります。


『塩の長司』
 放下師一座の座長・四玉の徳次郎が信州で拾った記憶をなくした少女。彼女が加賀の馬飼長者・長次郎の娘ではないかと考えた徳治郎は、旧知の又市に調べを依頼するのでした。
 12年前に凶悪な盗賊・三島の夜行一味に一家全員を殺されたという長次郎は、その時に一味の頭領兄弟の一人を無我夢中で殺し、それ以来復讐を怖れてか人前に出なくなったというのですが……

 その後も本シリーズ等に顔を見せる徳次郎のデビュー作である本作。彼の特技は幻術――刀や馬を飲み込んでみせるなどお手の物の徳次郎ですが、しかし本シリーズのような仕掛けものでは、こうした何でもありの技は興を削ぎかねません。
 しかし本作で驚かされるのは、そんな禁じ手を、彼や又市が挑む長者の謎に絡めて生かしてみせる、その巧みな語り口であります。塩の長司だけでなく、夜行や提馬といった、馬関連の妖怪(の名前)を織り込んでみせるのも楽しいエピソードです。


『柳女』
 見事な柳の木で知られる北品川宿の老舗旅籠・柳屋の主人・吉兵衛の後添いに迎えられることになったという、おぎんの幼馴染み。しかし吉兵衛には、柳に祟られ、そのために過去に幾人もの妻や子を失ったという噂がありました。
 おぎんの依頼を受けて、その真相を探ることになった又市が知った真実とは……

 前話同様、又市の仲間が頼み手となる本作。先祖代々祀られていた祠を打ち壊したことがきっかけで、柳に呪われたとしか思えない男が――という謎の正体自体は、正直なところ予想するのは難くありません。
 しかし本作の面白さは、祝言が三日後に迫る中、不幸な半生を送ったおぎんの幼馴染みを傷つけずに事を収めるという、不可能ミッションめいた条件設定にあります。あちらを立てればこちらが立たず、という状況を、妖怪を利用して解決してみせる――本作の魅力の一つが横溢したエピソードです。


『帷子辻』
 一年ほど前から、何度も女性の腐乱死体が何処からか現れるという京の帷子辻。既に下手人の大体の見当はついているものの、故あって表沙汰にできないというこの一件の始末を、腐れ縁の悪党・靄船の林蔵から依頼され、不承不承引き受けた又市ですが……

 又市の悪友であり、後に『西巷説百物語』の主役を務めることになる林蔵。その他、今後も何度か顔を見せる又市のかつての相棒・玉泉坊初登場となる本作は、あらすじから察せられるように、本書の中でも最もおどろおどろしい物語であります。
 本作も林蔵が語るように犯人(とその動機)はすぐに予想がつくのですが、見所はルチオ・フルチ映画のような気合いの入った仕掛け――ではなく、随所で描かれる、又市の内面を窺わせる描写でしょう。

 一種全能の狂言回しのような立場でいて、その実、様々な過去を背負った人間でしかない又市。その彼が冒頭で九相図を見ながら語る言葉、そして結末の一言は、人間・又市の発露として、強く印象に残るのであります。
(その一方で、百介と接している時とは全く違う、玉泉坊や林蔵との生き生きとした掛け合いもまた楽しい)


 本作と対を成す構成の『続巷説百物語』は、近日中にご紹介いたします。


『巷説百物語』(京極夏彦 角川文庫) Amazon
巷説百物語 (角川文庫)

|

2019.07.19

京極夏彦『巷説百物語』(その一) 又市一味、初のお目見え


 先日、最新作『遠巷説百物語』がスタートした『巷説百物語』シリーズ。しかし考えてみればこれまで漫画版の紹介はしたものの、原作小説の紹介はしておりませんでした。そこでこれを機に、原作の全話紹介に挑戦してみたいと思います。まずはもちろんシリーズ第一作、『巷説百物語』から……

 まだ妖怪たちの存在が当然のように人々に受け容れられていた江戸時代を舞台に、裁くに裁けぬ外道、暴くに暴けぬ人の闇を、妖怪の仕業に託して始末をつける小悪党一味の活躍を描く『巷説百物語』シリーズ。
 その第一弾である本作は、口八丁の御行の又市、妖艶な山猫廻しのおぎん、老獪な事触れの治平という裏社会のメンバーに、戯作者志望の考物の百介が協力する(させられる)形で展開していくこととなります。

 以下、一話ずつ紹介していくことといたしましょう。

『小豆洗い』
 越後の山中で、嵐を避けるために小屋に集まった人々。その一人である旅の僧・円海の前で、退屈しのぎに人々は怪談話――百物語を始めることになります。

 嫁入り直前に姉が山猫に魅入られた末、山の中に作った小屋の中で息絶えたという山猫廻しの女。誰も信用できず知恵の足りない小僧に店を譲ると宣言した結果、小僧が殺され、以来周囲で小豆洗いの怪事が起こるようになったと語る江戸の商人。
 それらの怪談を聞く中、円海は不審な態度を見せるようになるのですが……

 記念すべき第一話は、タイトル通り百物語スタイルで展開していく物語。偶然小屋に集った男女が語る奇妙な怪談(それがこれだけ取り出しても十分に面白いのは流石であります)が、やがて思わぬ形で標的を糾弾して――というのは、それ以降のより直接的なエピソードとは少々趣は異なるものの、やはり本シリーズならではの妖怪の使い方と言えるでしょう。

 まだほとんど顔合わせ状態とはいえ、レギュラー4人もしっかりと顔を見せ、まずは理想的な第一話であります。


『白蔵主』
 かって自分が狐を釣って暮らしていた甲州の狐杜にやってきた弥作。そこで江戸からやって来たというおぎんと出会った彼は、近くの寺で役人の捕り物があったと聞かされることになります。
 どういうわけかそこで意識を失ってしまい、気が付いた百姓家で出会った治平と百介から、狐杜が白蔵主という古狐の墓であること、そしてその狐が長い間寺の住職に化けていたと聞かされた弥作は……

 弥作という男の心理描写を中心に語られる本作では、ある人物の心中を執拗に描いていく作者お得意のスタイルによって、弥作の抱えた闇が少しずつ明らかにされていくことになります。
 途中途中で又市一味が名前そのままで登場してくることで、弥作が標的なのはすぐにわかりますが、さてそれは何故か――結末に明かされる真実は、あまりにも惨く、苦いもの。本シリーズのモチーフの一つである必殺シリーズ――というよりむしろその原点である池波正太郎の暗黒街ものを思わせる味わいであります。


『舞首』
 伊豆の巴が淵に棲みつき、その大力で周囲を荒らし回っては女たちを攫い、好き放題に弄んで死に至らしめる悪漢・鬼虎の悪五郎。
 ある晩、悪五郎によって賭場を滅茶苦茶に荒らされた地元の侠客・黒達磨の小三太は、おぎんに唆され、重傷を負っているという悪五郎を討つことを決意することに。一方、病的な人斬り浪人・石川又重郎も、娘を攫われたという老爺の依頼で、悪五郎を討ちに向かうのですが……

 三つの生首が、口から炎を吐きながら空を飛び、争いあうという強烈なビジュアルの舞首。本作では三人の極悪人が登場して――とくれば、(モチーフとなる妖怪がどのように活かされるかすぐにはわからない他のエピソードに比べて)どのような展開になるかは何となく予想できるかかもしれません。

 しかしそれを一体どうやって――というミステリ的趣向が特に濃厚に漂う本作。簡単に言ってしまえば一種の○○トリックではあるのですが、それを成立させるのが、三つの生首という先入観なのが実に面白いところであります。
 そしてそこに結びつけられたもう一つのトリックは、やがて本シリーズでもまた別の形で使われるのですが――そのプロトタイプと見るのは、牽強付会に過ぎるでしょうか。

 残り4話は次回紹介いたします。


『巷説百物語』(京極夏彦 角川文庫) Amazon
巷説百物語 (角川文庫)

|

2019.07.09

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第16巻 哀しき巨人・岩柱の過去 そして最終決戦の幕上がる!


 このブログでも毎週何だかんだ言いつつ取り上げているようにアニメも好調に放送中の『鬼滅の刃』ですが、原作の方は鬼殺隊総出の柱稽古を経て、この巻からいよいよ最終決戦に突入することになります。鬼舞辻無惨たち鬼の本拠地である無限城で、絡み合う因果因縁とは……

 禰豆子がついに日の光を克服したことで、鬼殺隊と鬼、それぞれにとって新たな局面に入った戦い。いよいよ決戦が近いことを予感した鬼殺隊は、柱たちを中心とした大特訓・柱稽古を開始することになります。
 義勇さんのコミュ障ぶりが明らかになったり、不死川兄弟の兄弟喧嘩に皆が迷惑したりと、色々と賑やかに(キャラの掘り下げが)展開していった末――次に炭治郎と善逸は、岩柱・悲鳴嶼行冥のもとに向かうのですが、しかし……

 と、この巻の冒頭で描かれるのは、滝行に丸太背負い、岩押しと、ある意味最も修行らしい岩柱の特訓。しかし強烈なビジュアルだらけの柱たちの中でも一際目立つ風体の悲鳴嶼がそこに加わると、異次元の風景という感があります。
 さらに久々に登場した感のある伊之助も加わって、賑やかな(しかしやる側は笑い事ではない)特訓風景を楽しんでいたものが、しかしここで一転、シリアスで重い物語が語られることになります。

 それは悲鳴嶼の過去――かつては僧として孤児たちと寺に暮らしていた彼が、何故鬼殺隊に加わり、柱にまでなったのか? ここで描かれるのは、他の柱(恋柱とか例外もいますが)――いや炭治郎たち同様、鬼によって運命を狂わされ、辛酸を舐めた者の悲痛な叫びなのであります。

 先に述べたとおりその強烈なビジュアルといい、ことあるごとに数珠を爪繰りながら涙を流すその言動といい(あと玄弥が弟子だったり)、他の柱が評する通りどうにも得体の知れなかった悲鳴嶼。
 しかしたった一つのエピソードで、キャラクターのイメージをマイナスからプラスに変えてみせるのは本作の最も得意とするところであり――ここでも、悲鳴嶼が一気に哀しくも頼もしい勇者に見えてきたのですから、さすがと言うべきでしょう。


 しかし(衝撃の不死川兄の秘密暴露を挟んで)ここから一気に物語は展開していくことになります。
 ついに鬼殺隊の長・産屋敷の居場所を突き止め、その前に現れた無惨。実は同族の出だったという二人の対話によって、鬼と人間の違い――それはこれまで物語の中で語られてきたものの延長線上にあるのですが――が語られるのもイイのですが、まさかここから決戦の烽火が、あまりに思い切った形で上がるとは!

 懐かしいあのキャラクター(ここに来てさらりと語られるあまりに重い過去に涙)、意外なキャラクターの起用に驚きつつ、ついに長かった戦いもここで決着かと思えば――待ち受けていたのは別の意味での決着戦であります。

 無惨の本拠・無限城を操る存在であり、そして空席となった上弦の肆の座に就いた鳴女の力によって、その無限城に引きずり込まれた鬼殺隊の隊員たち。そして無惨に至る道において彼らの前に立ち塞がるのは上弦の鬼たち――これぞジャンプに脈々と続く死亡遊戯パターン(の変形)と言うべきでしょうか。
 かくて、迷宮という言葉すらも生ぬるい無限城の内部で待ちかまえる下弦クラスの力を持つ無数の異形の鬼と上弦の鬼vs岩・霞・風・蛇・恋・水・蟲の各柱、そして炭治郎や(何故か非常に覚悟を決めた表情の)善逸をはじめとした鬼殺隊の隊士たちの決戦がここで始まるのであります

 敵も味方も役者は揃い、幕開けとなる第一番勝負は蟲柱・胡蝶しのぶ対上弦の弐・童磨――あの猗窩座殿を手玉に取る得体の知れぬ男であり、そして何よりもしのぶの姉・カナエの仇であります。
 奇しくも自分が鬼殺隊に入ったその理由を作った相手と対峙したしのぶですが、全力を尽くした彼女にとっても、相手はあまりに悪い。果たして……

 というところで引きとなるこの第16巻。ここから先は全てが死闘であり名勝負(でも突発的にギャグは入る)、今から次の巻が待ち遠しいのであります。


 ちなみに単行本のおまけページは、これまで以上にキャラの掘り下げや補足が多い印象。去就が気になっていたあのキャラクターにもきちんとフォローが加えられていて、少しだけ安心しました。


『鬼滅の刃』第16巻(吾峠呼世晴 集英社ジャンプコミックス) Amazon
鬼滅の刃 16 (ジャンプコミックス)


関連記事
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第1巻 残酷に挑む少年の刃
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第2巻 バディであり弱点であり戦う理由である者
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第3巻 ついに登場、初めての仲間……?
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第4巻 尖って歪んだ少年活劇
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第5巻 化け物か、生き物か
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第6巻 緊迫の裁判と、脱力の特訓と!?
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第7巻 走る密室の怪に挑む心の強さ
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第8巻 柱の強さ、人間の強さ
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第9巻 吉原に舞う鬼と神!(と三人組)
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第10巻 有情の忍、鬼に挑む!
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第11巻 遊郭編決着! その先の哀しみと優しさ
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第12巻 新章突入、刀鍛冶の里での出会い
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第13巻 物語を彩る二つのテクニック、そして明らかになる過去
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第14巻 死闘の中に浮かぶ柱二人の過去と現在
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第15巻 二つの勝利の鍵、そして柱稽古開幕!

|

2019.07.04

『ご存じ、白猫ざむらい 猫の手屋繁盛記』 ついに実現、待望の父子競演!?


 猫又の呪いで巨大な白猫にされてしまった猫ざむらい・近山宗太郎の奮闘を描く『猫の手屋繁盛記』も快調シリーズ第6弾――今回はいよいよある人物がゲストとして登場することになります。そう、元町奉行の大身旗本であり、若い頃は遊び人だった宗太郎の父が――果たして父子競演の行方は如何に!?

 ふとしたことから猫又の呪いを受け、巨大な白猫の姿に変えられてしまった宗太郎。呪いを解くためには百の善行を積まなければならないという運命に、市井で何でも屋を開業した宗太郎は、その中で様々な人間や猫、動物や幽霊と触れ合ううちに、人間として大きく成長していくことになります。

 そして今日も猫の手屋として市井の人々を助ける宗太郎が、ある日銭湯で出くわした事件を描くのが、巻頭の『昔取った杵柄』です。
 ある日、馴染みの銭湯で思わぬ人物と出会うことになった宗太郎。それは近山銀四郎――自称・用心棒の浪人にして「桜吹雪の銀の字」、そして宗太郎の父であります。

 ……もともと宗太郎の父親は、以前町奉行を務めた大身旗本という設定。そもそも近山という姓自体本名ではなく、父や家に迷惑をかけないための偽名なのであります。
 しかしこのような設定であれば、いずれ父親も登場するのかな――と思えばこの展開。思わずびっくりの直球ですが、息子が猫ざむらいなのを思えば(?)これもOKでしょう。

 かくて思わぬ再会を果たした宗太郎は、父が密かに自分を見守ってくれていたことに感動するのですが――そこに水を差すように起きたのが、思わぬ泥棒騒動。銭湯の二階から、24両もの大金が盗まれたという騒動に、近山父子は二人で挑むことになります。
 しかし父の方は昔取った杵柄とはいえ今はお役目を外れ、一方の宗太郎のほうは猫ざむらい。性格の方も若い頃は遊び人で彫り物までしていたという父と、石部金吉金兜の宗太郎は正反対であります。

 果たしてこの二人のコンビネーションや如何に――と、一種のミステリとしての楽しさに加えて、父子のコミカルなやりとり、そしてたとえ姿は変わっても確かに通じ合っている父子の情がグッとくるお話です。


 そして何だかんだで年末には実家に帰った宗太郎を襲った思わぬ悪夢を描く小編『加牟波理入道、ホトトギス』 に続いて描かれる第3話『すごろく』は、それまでとは一風変わった、何とも不思議な味わいの作品です。

 あまりに放蕩が過ぎたために蔵に押し込められ、それでもまだ行いが収まらず、面当てのように自らの命を絶ったという大店の若旦那・清太。宗太郎とは全く無関係のような話ですが――しかし何でも屋の仕事の帰り道に宗太郎の懐に飛び込んできた子猫には、何と清太の魂が宿っていたのであります。

 首をくくった直後に、その身に近づいた猫に取り憑いたという清太。そんな彼が宗太郎を頼ってきたのは、二世を誓った吉原の遊女のもとに自分を連れていって欲しいと頼むためでありました。
 あまりに自分勝手で脳天気な清太に閉口しつつも、しかし頼まれたらイヤとは言えない宗太郎。しかし彼にとって吉原には最も縁遠い場所と悩んでいるところに、腐れ縁の役者・雁弥と出くわした宗太郎は、彼の力を借りて吉原に向かうのですが……

 テンポよい会話によって、まるで落語のようにおかしなシチュエーションで物語が展開していくのが魅力の一つの本シリーズ。
 その魅力はこのエピソードにおいてももちろんフル回転で、宗太郎以上におかしな境遇ながら太平楽な清太に振り回される宗太郎たちの姿には、幾度も噴き出しそうになります。

 しかしそれだけでは終わらないのも、また本シリーズらしさというもの。苦労の果てに吉原にたどり着いた宗太郎たちが知った真実とは、そしてそれを知った清太の選択は……
 そこまでのおかしさが一変、あまりに苦い真実にギョッとさせられた末に、さらに苦いもう一つ真実を突きつけられる本作。『すごろく』という題名に込められたものに気付かされた後に、何とも言えぬ味わいが残る――本シリーズでなければ描けないような、変格の人情ものであります。


 そんなわけで、本作においても幾つかの善行を積み、そしてそれ以上に大きな経験を積んだ宗太郎。
 そんな彼が百の善行を積んで人間に帰れるのはいつか――は、猫は七つより大きい数を数えられないのでわからないのですが(ひどい)、様々な面白さが詰まった本作を読むと、それはもう少し先でもいいのではないかな、などと思ってしまったりもするのであります。


『ご存じ、白猫ざむらい 猫の手屋繁盛記』(かたやま和華 集英社文庫) Amazon
ご存じ、白猫ざむらい 猫の手屋繁盛記 (集英社文庫)


関連記事
 『猫の手、貸します 猫の手屋繁盛記』 正真正銘、猫侍が行く!?
 かたやま和華『化け猫、まかり通る 猫の手屋繁盛記』 武士と庶民、人と猫の間に生きる
 かたやま和華 『大あくびして、猫の恋 猫の手屋繁盛記』 絶好調、妖怪もの+若様ものの快作
 かたやま和華 『されど、化け猫は踊る 猫の手屋繁盛記』 彼の奮闘の意味と努力の行方と
 かたやま和華『笑う猫には、福来る 猫の手屋繁盛記』 宗太郎が得るべき世界、作るべき世界

|

2019.07.03

久賀理世『ふりむけばそこにいる 奇譚蒐集家小泉八雲 罪を喰らうもの』 謎と怪異の中に浮かぶ「想い」の姿


 少年時代の小泉八雲――ラフカディオ・ハーンと、神学校の寄宿舎で同室の親友「おれ」が、様々な怪異と出会い、その謎を探る英国ホラーシリーズの待望の続巻であります。今回収録されているのは短編2話に中編1話――心温まる怪異あり、心を凍てつかせるような恐怖ありと内容豊かな一冊です。

 さる貴族とオペラ歌手の母の間に生まれ、辺境の神学校に厄介払いされた「おれ」ことオーランド。そこで彼は、この世ならぬものを見る力を持ち、怪談を蒐集する変わり者の少年パトリック・ハーンと出会い、意気投合するのでした。
 そんな二人が怪談を蒐集する過程で出会う様々な怪異が、本シリーズでは描かれることになります

 本書の冒頭の『名もなき残響』は、そんなオーランドが、学校の周囲の森の中に佇む自分自身――それも初めに現れた時には子供だったのが、徐々に成長していく――姿を目撃したことから始まる物語。
 「自分」が出現したきっかけが、休日に外出した町で、かつての持ち主の霊が取り憑いた手回しオルガンと出会ったことではないかと考えた二人は、再び向かった町で、オルガンにまつわる過去、そしてもう一人のオーランドの正体を知ることになります。

 そして続く『Heavenly Blue Butterfly』 では、学校の敷地内に迷い込んだ母猫を探しているという子供の手伝いをすることになった二人が、その途中でこの世のものならざる不思議な蝶と出会うことになります。
 窓をすり抜けて飛ぶ蝶が入り込んだ寄宿舎の部屋を訪ねた二人は、そこで絵を愛する上級生ユージンと出会うのですが……

 この2編は、いずれも短編ながら、一見全く関係なさそうな二つの要素を巧みに絡み合わせることで、入り組んだ謎を巧みに織り上げてみせた物語。
 どちらも超自然的な怪異や不思議をきっちりと描きながらも、その核に温かく優しい「想い」を置くことで、美しい物語を成立させて見せる、ジェントル・ゴースト・ストーリーの名品であります。


 しかし本書の表題作である中編『罪を喰らうもの』では、一転してひどく重苦しく忌まわしい怪異と、複雑怪奇に絡み合った因果因縁が描かれることになります。

 ある晩、神学校の礼拝堂で見つかった身元不明の老人の死体。奇妙なのは、その礼拝堂では一年前にもアンソニーという学生が転落死を遂げていたことであります。
 彼の親友だった上級生・ハロルドの頼みで、事件を調べることになったパトリック。彼はアンソニーの友人たちを集め、「罪喰い」の儀式を行うことを提案するのでした。

 死者になすりつけたパンを口にすることで、死者の犯した罪の記憶を共有できるというこの儀式。それに参加したのは、ハロルド、アンソニーと同室だったウォルター、そして彼らと友人だったユージン。しかし儀式の最中、ウォルターは謎めいた言葉を残して気絶、意識不明となってしまうのでした。
 この思わぬ結果が一連の事件と深い関わりを持つと考え、上級生たち、そしてアンソニーに信頼されていたロレンス先生に共通する過去を調べ始める二人。しかし学校内では更なる怪異が続発して……


 「罪喰い」という名前に相応しく何とも不気味で忌まわしい儀式を題材とした本作。そしてそんな物語の中でクローズアップされるのは、その「罪」の存在――本作ではその正体を追って、二人が奔走することになります。
 これまでミステリを数多く手掛けてきた作者らしく、事件に関わる人々それぞれが胸の内に隠した秘密と想いが、二人の手によって一つずつ解き明かされていく様は、読み応えたっぷり。この辺りは良質のミステリと読んでもよいほどであります。

 しかし本作の魅力は、怪異の恐ろしさや、謎解きの興趣のみではありません。本作の最大の魅力は、前2話同様に本作にも確かに存在する、人の「想い」の姿なのですから。
 人がいればその数だけ存在する想い。人はその想いによって時に力付けられ、時に悩み苦しむことになります。本シリーズにおいては、これまで様々な想いの形が描かれてきましたが――人間関係が複雑に入り組んだ本作においては、その姿が特に強く浮かび上がることになります。

 それは時に重く苦しく、時にやりきれないものではあります。しかしそれでも、そんな「想い」の存在こそが人と人を結びつけ――そう、パトリックとオーランドのように――そして救うことができる。本作はそう強く謳い上げるのです。

 ホラーとしてミステリとして、そして何よりも人の「想い」を丹念に描く物語として――末永く続いてほしいシリーズであります。


『ふりむけばそこにいる 奇譚蒐集家小泉八雲 罪を喰らうもの』(久賀理世 講談社タイガ) Amazon
ふりむけばそこにいる 奇譚蒐集家 小泉八雲 罪を喰らうもの (講談社タイガ)


関連記事
 久賀理世『ふりむけばそこにいる 奇譚蒐集家小泉八雲』 英国怪談の香気溢れる名品

|

2019.06.24

黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第16巻 最後の時まで屈することない男たちを描いて


 もはや一人一冊/一殺という状態で(史実がそうだといえばそうなのですが)、ファンとしては悲鳴と涙しか出ない本作。前々巻では近藤が、前巻では原田が散り、この巻では沖田の最期の姿が描かれることとなります。一方、続く悲劇と絶望に壊れた土方は……

 一度は脱出しながらも、宇都宮城での戦いで土方を救うために首の座に就いた近藤。一度は袂を分かちながらも、誠の旗を背負い、薩摩最強の伊地知と戦って散った原田。
 それまでに命を落とした者たちも含め、誠の旗の下に集った若者たちが次々と散っていくのには、それが史実(原田は置いておくとしても)とはいえ、こちらも土方の如くがっくりと沈み込みたくなるばかりであります。

 しかし歴史はさらに非情です。ここで待ち受けるのは更なる悲しみ――そう、沖田総司の最期の刻なのですから。


 結核を病み、もはや土方たちと行動するのも不可能となった沖田。彼に残されたのは、サイゾー(懐かしい!)を友に、江戸での療養と称した、自分が徐々に衰えていくのを見つめる日々のみであります。

 そんな中、ひたすら新選組隊士たちを追いつめ、苦しめることを快とする鈴が送り込んだのは、人の声色を忠実に再現する力を持つ黒猫めいた幼い双子・腦(なづき)と頭(つむり)。
 彼らを沖田の家に忍ばせ、夜な夜な土方や隊士らの声を聞かせることで、沖田を精神面からも追い込もうという、頭のどこを使えばこれほど鬼畜なことを思いつくのか――と言いたくなるほどの企みであります。

 しかし――ここで我々は、沖田の無垢なる心と、それが生んだ奇跡を目撃することになります。
 彼を苦しめるために再生される、彼を置いて旅立ったかつての仲間たちの声。しかしそれは決して沖田ににとっては絶望の響きなどではなく――そしてそれをもたらした者たちすら歓迎すべきものとして、沖田は受け止めてみせるのであります。

 それが何をもたらすのか――これ以上を語るのは野暮というものですが、しかしその無垢な心が起こした一つの、いやたくさんの奇跡には、こちらはただただ涙するしかなかった、というのが正直なところであります。
 死の床にあった沖田が黒猫を斬ろうとしたというのは有名な逸話ですが、それをこのような全く正反対の、こうであって欲しかったという形で描いてみせるとは!

 そしてここに至り気付くのであります。近藤も、原田も、沖田も、他の者たちも――本作で描かれる新選組隊士たちは、運命の悪意(鈴の存在はその象徴というべきでしょう)に翻弄され、地獄のような境遇で喘ぎ苦しみながらも、決して負けなかった、と。
 決して最後の時まで屈することなく、そして最後の時にはいまだ戦い続ける仲間たちを信じ、自分の生を生ききる――新選組の男たちは、そんな見事な最期を遂げたのだと。


 だとすれば――彼らに置いて行かれたと、残された者たちが沈み続けているわけにはいかないことは言うまでもありません。
 近藤の死に深い衝撃を受け、ほとんど廃人のような有様となった土方。この先伝説になるであろう、モブおじさんたちに路地裏に引っ張り込まれるほど壊れた土方も、ついに沖田の最期を知り、動くことになります。

 もっともそれが素直に前向きになるわけではないのは困ったものですが――いや、それも復活のための前奏曲というべきでしょう。
 生き残った隊士たちが、いやそれだけではなく「彼ら」までもが集まり、背中を押す中で立ち上がる土方。その姿は、お約束といえばそうかもしれませんが、しかしやはりこの上なく胸を打つのであります。

 いささか失礼なことを申し上げれば、このまま最終回でも満足してしまいそうになるほど……


 しかしもちろん、ここで物語が終わってよいはずがありません。先に述べたとおり、本作が、最後の最後まで生ききる新選組隊士たちの姿を描く物語であるとすれば、描かれるべきものはまだ数多くあるのですから。

 それでも――巻末に掲載された、連載ペースを落とすという作者の宣言には、むしろ心から共感し、納得してしまうのもまた事実。それは一番辛いのは、確かに作者ご自身でしょう、と。
 この先もまだまだ地獄は続くことでしょう。それでもその先に光があることを祈って――気長に待つことといたします。


『PEACE MAKER鐵』第16巻(黒乃奈々絵 マッグガーデンビーツコミックス) Amazon
PEACE MAKER 鐵 16 (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)


関連記事
 「PEACE MAKER鐵」第6巻 歴史への絶望と希望
 「PEACE MAKER鐵」第7巻 北上編開始 絶望の中に残るものは
 黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第8巻 史実の悲劇と虚構の悲劇と
 黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第9巻 数々の新事実、そして去りゆくあの男
 黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第10巻 なおも戦い続ける「新撰組」の男たち
 黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第11巻 残酷な史実とその影の「真実」
 黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第12巻 逃げる近藤 斬る土方 そして駆けつけた男
 黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第13巻 無双、宇都宮城 そして束の間の……
 黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第14巻 さらば英雄 そして続出する病んだ人
 黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第15巻 闘いの獣、死闘の果てに

|

2019.06.22

梶川卓郎『信長のシェフ』第24巻 大坂湾決戦の前哨戦にケン動く


 近づきつつある「その時」に向け、歴史を変えるために動き出したケンの奮闘はまだまだ続きます。この巻は丸々一冊かけて、織田と毛利の大坂湾決戦――木津川口の戦いの前哨戦というべき内容が描かれます。強敵の仕掛ける様々な策に対して、ケンは信長から意外な役割を命じられることに……

 歴史を変えて信長を救うため、不確定要素というべき最後の現代人を探すケン。どうやら四国の三好長治に仕えていた料理人が彼らしいと知ったケンですが、しかし中国四国は、織田と激しく敵対する強敵である毛利の勢力圏。特に海は、毛利と組んだ最強の村上水軍の支配下であります。

 そんな中、信長がケンに命じたのは――堺の商船の、その護衛の船に飯を振る舞うという謎のお役目。
 護衛というにはどうにもガラの悪い、どう見てもアレな感じの連中が(嫌がらせのために)持ち込む様々な食材を文字通り捌き、彼らの長にも気に入られたケンですが……

 と、言うまでもなく、その彼らこそが――なのですが(古今東西の料理には異常に詳しいケンも、この歴史知識は持っていなかったのか、とちょっと微笑ましい)、そんなところに自ら現れた信長の言葉が実に格好良い。
 いかにも本作の信長らしい、一歩間違えれば誇大妄想のようでいて、しかし先見の明がありすぎるその言葉に――現実の信長がそうであったかはさておき――ケンならずともKOされてしまうのはよくわかるところであります。

 しかしこのミッションの最中、これで料理を作ってみろとウミガメを差し出された時のケンの嬉しそうな顔たるや……


 さて、それもこれも信長が勝利した暁のことですが、しかしその彼の前に今立ち塞がっているのは、何度も繰り返すように毛利――あの元就にも負けぬ俊傑・輝元であります。

 そしてその輝元を謀略で支えるのは、小早川隆景――養子のおかげでいまいちイメージがよろしくない隆景ですが、しかし本作の隆景は、実にシブく格好良い。
 決して正面からの力押しではなく、信長を倒すために最も有効な手段は何か――それを見定めて、着々と布石を打っていくその姿は、本作にはこれまでいなかったタイプではないでしょうか。

 そしてその隆景の策の一つが、ある意味最も定番である調略、すなわち寝返り工作。そしてここでそれに引っかかって信長を裏切ったのが誰であるか、それは史実を知る我々にとっては、一目瞭然であります。
(あまりにもダメ人間なので、少しは裏があるかと思ったら本当にダメ人間だった……)

 しかし信長にとってはそれが誰かわかるはずもありません。内通者がいるらしい、とまではわかったものの、果たしてそれが誰なのか、肝心なところでわからない――とくれば、ケンの出番です。
 正直なところ、信長が前線で戦っていた頃の方が普通(?)の任が多かったケンですが、信長が隠居して身軽になってからは、無茶なミッションが増えた気がする――というのはさておき、今回の任務は内通者探しであります。

 内通者と結んで、本願寺に米を運び込んでいるのが川筋衆――川を使う運輸業で生計を立てている人々――と知り、彼らの元に向かうケン。
 しかし彼らは元々、本願寺の仕事を引き受けて暮らしていた人々であり、その本願寺を包囲して仕事を奪った信長はむしろ敵であります。そんな彼らの心を開くことができるか――おお、ケンの仕事らしくなってきました。

 ここでケンが繰り出すのが、料理としての見事さはもちろんのこと(この巻で一番おいしそう!)、川筋衆の身を立てるという点でも理にかなったのが楽しいところ。
 そしてここからさらに内通者を炙り出すためにケンが持ち出したのは――FSR!? 確かに戦場めしではありますが、と戸惑っていれば、それを使った策もなかなか面白くで、いやはやケンも人が悪くなったものだ――と妙なところで感心させられるのです。


 と、冒頭に述べたとおり丸々前哨戦、歴史の表面上はまだ何も起きていないだけに、地味といえば地味なのですが――ケンの料理の面白さと使いどころの巧みさはもちろんのこと、歴史上の人物解釈・描写の面白さもあって、この巻もしっかりと読まされてしまいました。。
 しかしいよいよ木津川口の戦い――歴史が大きく動くことになります。そして木津川口の戦いといえば、信長のあの船が登場するはずですが――本作でそれがただの船であるとは思えません。それも含めて、今から次の巻が楽しみなところであります。


『信長のシェフ』第24巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 24 (芳文社コミックス)


関連記事
 「信長のシェフ」第1巻
 「信長のシェフ」第2巻 料理を通した信長伝!?
 「信長のシェフ」第3巻 戦国の食に人間を見る
 「信長のシェフ」第4巻 姉川の合戦を動かす料理
 「信長のシェフ」第5巻 未来人ケンにライバル登場!?
 「信長のシェフ」第6巻 一つの別れと一つの出会い
 「信長のシェフ」第7巻 料理が語る焼き討ちの真相
 「信長のシェフ」第8巻 転職、信玄のシェフ?
 「信長のシェフ」第9巻 三方ヶ原に出す料理は
 「信長のシェフ」第10巻 交渉という戦に臨む料理人
 『信長のシェフ』第11巻 ケン、料理で家族を引き裂く!?
 『信長のシェフ』第12巻 急展開、新たなる男の名は
 梶川卓郎『信長のシェフ』第13巻 突かれたケンの弱点!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第14巻 長篠への前哨戦
 梶川卓郎『信長のシェフ』第15巻 決戦、長篠の戦い!
 梶川卓郎『信長のシェフ』第16巻 後継披露 信忠のシェフ!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第17巻 天王寺の戦いに交錯する現代人たちの想い
 梶川卓郎『信長のシェフ』第18巻 歴史になかった危機に挑め!
 梶川卓郎『信長のシェフ』第19巻 二人の「未来人」との別れ、そして
 梶川卓郎『信長のシェフ』第20巻 ケン、「安心」できない歴史の世界へ!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第21巻 極秘ミッション!? 織田から武田、上杉の遠い道のり
 梶川卓郎『信長のシェフ』第22巻 ケンの決意と二つの目的と
 梶川卓郎『信長のシェフ』第23巻 思わぬ攻防戦、ケンvs三好!?

|

2019.06.20

唐々煙『泡沫に笑う』 鎌倉から明治へ、二人の道の先に待つもの

 『曇天に笑う』『煉獄に笑う』の前日譚でもあり、『曇天に笑う』の後日譚でもある物語――『泡沫に笑う』が刊行されました。オロチと戦うために生み出された式神・牡丹と彼女を愛する隻腕の青年・比良裏の、時を超えて繰り返されてきた愛の物語は、ここに結末を迎えることになります。

 300年に一度復活する呪大蛇と人間たちの戦い――鎌倉時代を舞台としたその前々回の戦いにおいて、曇神社の初代当主・景光とともに戦い、大蛇を封じた牡丹と安倍比良裏。
 人ならざる牡丹を深く愛しながらも、大蛇を封印したことで牡丹は消滅し、比良裏はいつか彼女と再会することを誓うことになります。

 そして時は流れて明治時代、曇の三兄弟たちの奮闘によりついに大蛇は消滅。彼らとともに戦ってきた比良裏、そして牡丹にも安らぎの時が訪れたはず、だったのですが――しかし牡丹は人々の記憶から自分の存在を消し去り、一人姿を消してしまったのであります。比良裏を残して……

 この『曇天に笑う』第1巻に収録された(というか第1巻の大半を占める)前日譚である短編版『泡沫に笑う』の物語と、シリーズ全体の後日譚である『曇天に笑う外伝』の物語。本作はその間に挟まる物語であり、そしてその後に位置する物語であります。

 これらの作品――呪大蛇サーガというべき物語は、もちろん曇の一族を中心とするものであります。
 その一方で、長きに渡る物語を見届ける者として登場してきたのが比良裏と牡丹。この二人は、物語全体を繋ぐ縦糸とも言うべき者として存在すると言ってもよいでしょう。

 しかし物語の中心からほんの少しずれたところにいるためか、冷静に考えれば謎も少なくないこのカップル。
 消滅した牡丹が復活したのは何故か。比良裏は何故転生を繰り返しているのか(どのようにして転生できるようになったのか)。牡丹は何故戦国時代に「髑髏鬼灯」と呼ばれていたのか。比良裏と織田信長が瓜二つなのは偶然なのか。そして何よりも、牡丹はどこに消えたのか、比良裏は牡丹と再会できるのか……

 正直なところ、これまで謎を謎と認識していなかったものもあります(比良裏、根性で後追っかけてるんだなあ、とか)。また、明かされると思っていなかった謎もあります。
 しかし本作は、短編版『泡沫に笑う』の後の比良裏と景光の新たな冒険を描きつつ、その謎の全てに答えを用意してみせるのです。

 そう、本作は、短編版『泡沫に笑う』の後日譚であり、同作と『煉獄に笑う』を繋ぐ物語であり、『曇天に笑う』の結末であり、そして比良裏と牡丹の物語の結末である――そんないう離れ業を演じてみせる物語。
 その内容について詳しくは述べませんが――一連の物語を未読の方にはさすがにお勧めしないものの、逆に言えばこれらの作品をこれまで読んできた方にとっては必読の物語であると、そう断じさせていただきたいと思います。


 本作と第10巻が同時発売の『煉獄に笑う』の方は、まだまだ完結は遠いようですが、しかし一足先に、美しい形で終わりを見せてくれた二人の物語。
 それはファンにとっては、ちょっと寂しいことではありますが――しかし道の先にこの物語が待っていると考えれば、それは何とも暖かく嬉しいことに感じられます。


『泡沫に笑う』(唐々煙 マッグガーデンビーツコミックス) Amazon
泡沫に笑う (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)


関連記事
 「曇天に笑う」第1巻
 「曇天に笑う」第2巻 見えてきた三兄弟の物語
 「曇天に笑う」第3巻 曇天の時代の行く先は
 「曇天に笑う」第4巻 残された者たちの歩む道
 「曇天に笑う」第5巻 クライマックス近し、されどいまだ曇天明けず
 「曇天に笑う」第6巻 そして最後に笑った者
 「曇天に笑う 外伝」上巻 一年後の彼らの現在・過去・未来
 唐々煙『曇天に笑う 外伝』中巻 急展開、「その先」の物語
 唐々煙『曇天に笑う 外伝』下巻 完結、三兄弟の物語 しかし……

 「煉獄に笑う」第1巻 三百年前の戦いに集う者たち
 『煉獄に笑う』第2巻 へいくわいもの、主人公として突っ走る
 唐々煙『煉獄に笑う』第3巻 二人の真意、二人の笑う理由
 唐々煙『煉獄に笑う』第4巻 天正婆娑羅活劇、第二幕突入!
 唐々煙『煉獄に笑う』第5巻 絶望の淵で現れた者
 唐々煙『煉獄に笑う』第6巻 誕生、曇三兄弟!?
 唐々煙『煉獄に笑う』第7巻 開戦、第二次伊賀の乱!
 唐々煙『煉獄に笑う』第8巻 伊賀の乱の混沌に集う者、散る者
 唐々煙『煉獄に笑う』第9巻 彼らの刃の下の心 天正伊賀の乱終結

|

2019.06.18

唐々煙『煉獄に笑う』第10巻 嵐の前の静けさ!? 復活の三兄弟

 長きに渡り続き幾多の犠牲を出した天正伊賀の乱も終結し、呪大蛇を巡る戦いも振り出しに戻った(?)ところで、この『煉獄に笑う』も単行本二桁に突入(ちなみに『泡沫に笑う』と同時発売であります)。再び絆を取り戻した「三兄弟」の前に立ち塞がるの者は果たして……

 抗戦空しく、織田軍の前に伊賀陥落という形で終結した天正伊賀の乱。百地丹波と生き残りの烏たちは姿を消し、藤兵衛を失った国友も勇真がその名を継ぎ、そして安倍晴鳴も姿を消し――と、各勢力も表面上は動きを収め、天下はつかの間の平静を取り戻すことになります。。
 そして曇芭恋と阿国も曇神社に帰り、秀吉の下に戻ってきた佐吉と合わせて三兄弟も無事復活なのですが……

 しかしある意味乱の影響を一番大きく被ることになったのは佐吉であります。前巻で伊賀の生き残りを逃がすため、伊賀側に立って織田軍と戦ったことは、表向きは何となくスルーされてはいるものの、言ってみれば公然の秘密。
 あの魔王信長の小姓(として参戦した身)が、信長の命に逆らった――これは色々な意味で注目されないはずがありません。

 仮に誰かから刺客が放たれても守ってみせる、と豪語するのは芭恋と阿国ですが、早速現れたその刺客は、百地の烏の生き残り・海臣。昼日中から周囲の人々を巻き込んで見境のない攻撃を仕掛ける海臣を相手に戦いを繰り広げる芭恋たちですが……


 天正伊賀の乱の大激戦も終わり、物語的には小休止という印象も強いこの第10巻。史実の上でも大きな戦いのない、ある意味一種の空白期間なのですから、むしろそれは当然かもしれません。
 しかしもちろん、それは物語そのものが停滞しているということではありません。表舞台に立つ者も、地に潜った者も、そして舞台から去った者も――皆それぞれのドラマを抱え、それが様々な形で結びついているのですから。

 特にこの巻で印象に残るのは、激動の展開の連続でそういえばすっかり忘れていた、芭恋と阿国の母・旭と百地丹波の馴れ初め、そして旭の去就であります。
 いかにも曇の人間に相応しい明朗なキャラクターでありながらあの百地丹波と愛し合い、二人の子供をもうけた旭。その彼女の辿った運命は、ちょっと雑ではないかな――という部分もあるものの、しかし人々に誤解され憎まれようとも、その人々のために戦うという芭恋たちの魂が、実は母親譲りであったことがわかるのは、泣かせるところであります。

 そしてもう一人――佐吉の方は、相変わらずの真っ直ぐ石頭ぶりですが、しかしそれが人の心を揺り動かす様はやはり清々しい。
 新たな大蛇候補者かと思われた大谷紀之介も、佐吉の友情パワーの前に己を取り戻し――と、このくだりは、むしろそんな佐吉の姿を見ていた阿国の表情が必見なのですが――何はともあれ、「三兄弟」が再び、実にらしい形でわちゃわちゃしているのを見るのは、実に嬉しいものであります。


 と言いつつも、やはりこれは嵐の前の静けさなのでしょう。この巻のラストで、信長の影武者を務める比良裏が語る地の名は本能寺――そう、あの本能寺であります。
 もちろん史実でも、天正伊賀の乱の終結後数ヶ月で起きたのがあの事件。この巻の描写を見るに、どう見ても大蛇パワーを持っていそうなのは光秀ですが――さて、この物語がそんなに真っ直ぐ進むかどうか。

 確かなのは、いよいよこの物語も佳境に入った――そのことであります。


『煉獄に笑う』第10巻(唐々煙 マッグガーデンビーツコミックス) Amazon
煉獄に笑う 10 (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)


関連記事
 「煉獄に笑う」第1巻 三百年前の戦いに集う者たち
 『煉獄に笑う』第2巻 へいくわいもの、主人公として突っ走る
 唐々煙『煉獄に笑う』第3巻 二人の真意、二人の笑う理由
 唐々煙『煉獄に笑う』第4巻 天正婆娑羅活劇、第二幕突入!
 唐々煙『煉獄に笑う』第5巻 絶望の淵で現れた者
 唐々煙『煉獄に笑う』第6巻 誕生、曇三兄弟!?
 唐々煙『煉獄に笑う』第7巻 開戦、第二次伊賀の乱!
 唐々煙『煉獄に笑う』第8巻 伊賀の乱の混沌に集う者、散る者
 唐々煙『煉獄に笑う』第9巻 彼らの刃の下の心 天正伊賀の乱終結

|

2019.06.14

賀来ゆうじ『地獄楽』第6巻 怪物二人の死闘、そして新たなる来訪者


 謎の孤島で繰り広げられる死罪人/浅ェ門たちの死闘もいよいよ佳境。島を支配する「てんせん様」を、死闘の末にようやく一人倒した死罪人と浅ェ門たちですが、しかしその状況は決して好転したわけではありませんそして画眉丸に起こった恐るべき異変が、事態をさらに混沌とさせることに……

 不老不死の仙薬が眠るという孤島に、無罪放免と引き換えに送り込まれた死罪人たちと、監視役の山田浅ェ門たち。しかしその島は異形の怪物たちが徘徊する魔境――そしてその中でも桁外れの力を持つ「てんせん(天仙)様」たちとの戦いの中で、彼らは次々と命を落としていくことになります。

 そして迷い込んだ島の中心部で、てんせん様の一人・不空就君ムーダンと交戦することとなった佐切・杠・仙汰そしてヌルガイと士遠。「タオ」に目覚めた佐切たちは、巨大な怪物と化したムーダンに対して死力を尽くして挑み、ついにこれを倒すのですが――その最中で仙汰が命を落とすのでした。
 一方、佐切たちとはぐれた画眉丸とめいは、巖鉄斎・付知と合流したものの、うち続く激戦の中でタオを消費した画眉丸の記憶は混濁し、かつて殺人機械「がらんの画眉丸」だった頃の人格が甦ってしまうのでしたことになります。

 そんな状況で遭遇したのは、「賊王」亜左弔兵衛とその弟・桐馬。共闘も念頭になく、いきなり襲いかかってきた弔兵衛を迎え撃つ画眉丸ですが……


 というわけでこの巻の冒頭で描かれるのは、島の異形に寄生されて半ば化け物と化しつつある弔兵衛と、歯止めの効かなくなった画眉丸という、怪物二人の死闘。
 元々、ともに作中の人間の中では最強クラスの戦闘力・生命力の持ち主ではある上に、それぞれ理性の箍が外れかけた状態とあって、展開されるのは凄惨とも壮絶とも言うべき戦い――いや潰し合いであります。

 しかし一方の画眉丸がこの島で手に入れた力は、「強さ」のみで発揮できるものではありません。「強さ」の種となる「弱さ」――陰と陽が一つとなって円を描くように、強さと弱さの二つが対になって、初めて得られるものであります。
 それを失った画眉丸が、更なる怪物化をみせる弔兵衛に勝てるのか? その答えは残念ながら明らかではありますが、しかし……


 と、意外な展開が連続した末に、ようやく合流/再会した画眉丸サイドと佐切サイド。両者が合流して一行は九名、一気に戦力が増強された感がありますが――しかしそれでもてんせん様を倒すにはまだまだ足りないことは言うまでもありません。
 てんせん様を打倒し、この島から脱出するために、ある者は力を求め、ある者を知識を求め――その果てに明らかになるのは、この島を作り出したのが、歴史上に名を残すあの人物であることであります。

 蓬莱をはじめとする東方三神山の名が時点でその名が登場するのは半ば約束されたようなものだとは思っていましたが、なるほど、こういう形で関わってくるとは――と、ここでの登場には思わずニヤリ。
 この先、本当に本人が登場することになるのか――その可能性は非常に高いと思われますが、だとすればその役割はどうなるのか。さらに物語は予想もしない方向に転がっていく予感があります。

 そしてこの巻のラストでは、ついに巻末組――と、言いたくなるようなこれまでの出番だった――の浅ェ門追加チームがついに島に上陸。
 殊現・十禾・清丸・威鈴と明らかに尋常ではない使い手四人が、そしてさらに画眉丸を狙う石隠れ衆たちが島に現れたことで、再び人間同士の死闘が繰り広げられることになるのか――? 一つだけ間違いなく言えるのは、この先ますます戦いは激化するであろうということであります。


 ちなみにこの巻では、再会した佐切と画眉丸が、プラトニックな、しかしちょっとドキドキするような絡み方をするのですが――その直後に別のキャラクターが、本来敵である相手と全然プラトニックではない絡みを見せるのがちょっと面白い。
 しかもこの二つの場面、回復のためという点では共通していて――なるほど、画眉丸と彼はある意味対になる存在であったかと、今更ながらに感心しました。


『地獄楽』第6巻(賀来ゆうじ 集英社ジャンプコミックス) Amazon
地獄楽 6 (ジャンプコミックス)


関連記事
 賀来ゆうじ『地獄楽』第1巻 デスゲームの先にある表裏一体の生と死
 賀来ゆうじ『地獄楽』第2巻 地獄に立つ弱くて強い人間二人
 賀来ゆうじ『地獄楽』第3巻 明かされゆく島の秘密、そして真の敵!?
 賀来ゆうじ『地獄楽』第4巻 画眉丸の、人間たちの再起の時!
 賀来ゆうじ『地獄楽』第5巻 激突、天仙対人間 そして内なる不協和音と外なる異物と

|

より以前の記事一覧