2019.05.21

「コミック乱ツインズ」2019年6月号


 元号が改まって最初の「コミック乱ツインズ」誌は、表紙と巻頭カラーが橋本孤蔵『鬼役』。その他、叶精作『はんなり半次郎』が連載再開、原秀則『桜桃小町』が最終回であります。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 新年早々、宿敵・紀伊国屋文左衛門の訪問を受けた聡四郎。後ろ盾の新井白石と袂を分かった不安、自分の振るった剣で多くの者が主家から放逐されたことなどを突かれた上、自分と組んで天下を取ろうなどと突拍子もない揺さぶりを受けるのですが――そんな紀文の精神攻撃の前に、彼が帰った後も悩みっぱなし。ジト目の紅さんのツッコミを受けるほどでありますす(このコマが妙におかしい)。

 その一方で紀文は、その聡四郎に敗れたおかげで尾張藩を追われた当のリストラ武士団の皆さんに資金投下して煽りを入れたり暗躍に余念がありません。聡四郎が悩みあぐねている間に、主役級の活躍ですが――その上田作品名物・使い捨て武士団に下された命というのは、次期将軍の暗殺であります。これはどうにも藪蛇感が漂う展開ですが――さて。


『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視&渡辺明)
 大橋家から失われた七冊の初代宗桂の棋譜を求めてはるばる長崎まで向かった宗桂と仲間たち。ようやく二冊まで手に入れた一行は更なる手掛かりを求めて長崎の古道具屋に辿り着くのですが――そこで待ち受けるは、インスマス面の店主による心理試験で……

 と、将棋要素は、心理試験に使われるのが異国の将棋の駒というくらいの今回。むしろ今回は長崎編のエピローグといったところで、旅の仲間たちが、楽しかった旅を終えてそれぞれ家に帰ってみれば、その家に縛られ、自分の行くべき道を自分で選ぶこともできない姿が印象に残ります。
 そんな中、ある意味一番家に縛られている宗桂が見つけたものは――というところで、次回から新展開の模様です。


『カムヤライド』(久正人)
 難波の湊に出現した国津神の前に立ちふさがり、相手の攻撃を受けて受けて受けまくるという心意気の末に国津神を粉砕した新ヒーロー、オトタチバナ・メタル。しかし戦いを終えた彼女に対し、不満げにモンコは突っかかっていって……
 と、早くも二大ヒーロー揃い踏みの今回、オトタチバナ・メタルとすれ違いざまにカムヤライドに変身するモンコの姿が非常に格好良いのですが、傍若無人なまでのオトタチバナのパワーの前に、文字通り彼も悶絶することになります。

 ヒーロー同士が誤解や立場の違いから衝突する、というのは特撮ヒーローものの一つの定番ですが、しかし気のせいか最近のモンコはいいとこなしの印象。そしてガチムチ女性がタイプだったらしいヤマトタケルは、その彼女に後ろから抱きつかれて――いや、この展開はさすがにない、という目に遭わされることになります。
 そして緊縛要員の彼のみならず、モンコまで縛られ、二人の運命は――というピンチなんだけど何だかコメントに困る展開で次回に続くのでした。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 今回は「かまいたち愛」編の後編――江戸でとある大店に用心棒として雇われた三人ですが、夏海が心惹かれた店の女中・おりんは、実は極悪非道な盗賊・かまいたちの首領の女で……。と、夏海にとってはショッキングな展開で終わった前回を受けて、今回はさらに重くハードな物語が展開します。

 おりんの口から、そのあまりに過酷な半生を聞かされた夏海。かまいたちにしばられた彼女を救うため、店を狙うかまいたちを倒し、おりんが愛する男と結ばれるのを助けようとする夏海ですが――しかし物語はここから二転三転していくことになります。
 薄幸の女・おりんを巡る幾人もの男。その中で彼女を真に愛していたのは誰か、そして彼女の選択は……

 本作名物の剣戟シーンは抑えめですが、クライマックスである人物が見せる「目」の表情が圧巻の今回。無常しかない結末ですが、これを見せられれば、これ以外のものはない――そう思わされるのであります。


 その他、今回最終回の『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)は、江戸を騒がす火付けの濡れ衣を着せられた友人の許婚を救うため、桃香が活躍するお話。絵は良いけれども何か物足りない――という作品の印象は変わらず、やはり「公儀隠密」という桃香の立ち位置が最後まですっきりしなかった印象は否めません。


「コミック乱ツインズ」2019年6月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年6月号[雑誌]


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2019.05.06

木下昌輝『炯眼に候』 信長が暴くトリックと、人間が切り拓く歴史の姿


 戦国時代で合理的――といえば、頭にまず浮かぶのは織田信長の名ではないでしょうか。本作『炯眼に候』は、信長の周囲の人々の視点から、その合理性を描く物語――信長の事績の陰に隠された謎の一つ一つを明るみに出していく、ミステリ風味の連作短編集であります。

 桶狭間や長篠をはじめ、生涯数々の戦で驚くべき戦果を上げ、実にドラマチックな生を送った信長。本作はその最も信頼のおける記録である『信長公記』を踏まえつつも、その記述の隙間をクローズアップし、秘められた真実を解き明かす、全7話から構成される物語であります。

 常に命知らずの戦いを繰り広げてきた馬廻衆・荒川新八郎から戦意を奪った、首から上が映らない姿見の井戸の謎を解く『水鏡』
 桶狭間の合戦で今川義元の首を取った毛利新介の意外な出自と、首を巡る記録の矛盾から、その背後の逆転劇を描く『偽首』
 信長を狙撃し、後に無惨に処刑された鉄砲名人・杉谷善住坊に狙撃を依頼した黒幕の驚くべき正体とその動機を描いた『弾丸』
 信長の快進撃を支えた軍師「山中の猿」――源平合戦から続く呪われた一族の末裔であり、天候を予知する軍師の真実『軍師』
 本願寺の決戦に向けて信長から鉄甲船の建造を命じられ、苦心を重ねる九鬼嘉隆に対して秀吉が授けた驚くべき策『鉄船』
 土岐家復興のために暗躍する光秀に対し、武田家との決戦に向けた騎馬武者圧倒のための鉄砲運用法を命じた信長の真意『鉄砲』
 数奇な運命の果てに日本に渡り、信長に仕えることとなった黒人・弥助のみが知る信長最期の策と、その首の行方を描く『首級』


 以上、信長の天下布武の始まりから終わりまでを題材とした7話で描かれるのは、その信長の活躍にまつわる謎の数々。謎を信長が解くこともあれば、あるいは信長が臣下に謎をかけることもありますが、クライマックスで描かれる信長の「炯眼」による謎解きは、一種のミステリとしての興趣に満ちています。

 例えば『鉄船』――信長のテクノロジー重視の姿勢の現れとして語られる鉄甲船ですが、記録に記されたその姿は、実は大きさも形もまちまちという奇妙な事実があります。
 それは人の目の不確かさによるものかもしれませんが、しかしその他にも、当時の技術レベルから考えれば考えられないほどのサイズであったこと、そして何よりも、その後の歴史で鉄甲船が活躍していないことを考えれば、奇妙というべきでしょう。

 ある意味オーパーツというべきこの鉄甲船に対して、その建造を命じられた当の九鬼嘉隆が実現に頭を悩ませるという本作の構図がまず面白いのですが――しかし、終盤で明かされるその正体たるや!
 嘉隆をフォローするのが秀吉というのが実は――なのですが、しかしこの「トリック」には脱帽するしかありません。


 その他、敵の首にまつわる戦国時代特有の風習をベースに、義元の首争奪戦を巡る逆転劇を描く『偽首』、知性という点では信長にも負けぬ光秀の計算ではどうしても覆せぬ戦力差を覆す鉄砲戦術を描く『鉄砲』など、本作では「トリック」の面白さ、意外性がまず印象に残ります。

 その一方で『弾丸』や『軍師』など、トリックの点ではかなり分かり易い作品もあるのですが――しかし本作は決して、その意外性のみに頼った作品ではないことは強調しておくべきでしょう。
 本作の真の魅力、そして物語の中でトリックを意味あるものとしているもの――それは本作のストーリーテリングの妙であり、そしてそれを支える周囲の人々、各話の主人公たちの姿であると感じます。

 そのトリックや謎が、信長の生涯において、そして歴史の中でいかなる意味を持つか――本作のエピソードは、いずれもそれを丹念に描き、同時に物語としての盛り上がりを設定することにより、そのインパクトのみに頼らない、歴史小説としての面白さを生み出します。
 そして明察神の如き「炯眼」を持つ信長自身を主人公とするのではなく、彼に仕えた、あるいは彼に敵対した人々の視点からそれを描くことにより、無味乾燥な史実の羅列でも、冷徹な論理の連続でもなく、人間(もちろんその中に信長も含まれるのですが)が人間として切り拓く歴史の姿を浮かび上がらせることに成功しているのです。


 信長の論理と凡人たちの人間性と――その両者から生まれる歴史を、ミステリの味付けでもってドラマチックに描いてみせた本作。
 作者ならではのアイディアに満ちたユニークな歴史小説であります。


『炯眼に候』(木下昌輝 文藝春秋) Amazon
炯眼に候

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2019.04.27

『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第12巻 史記から一歩、いや大跳躍の鴻門の会


 項羽とのデッドヒートを制し、ついに秦を滅ぼした劉邦。しかし劉邦の愚策によって項羽は激怒、劉邦の命はもはや風前の灯であります。この窮地を逃れるため、劉邦と張良の乾坤一擲の勝負の行方は――『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第12巻を丸々使って描かれるのは、かの「鴻門の会」であります。

 張良の奇策に次ぐ奇策でもって、ついに先に関中に入り、そして秦皇帝を降伏させた劉邦。悲願であった秦を滅ぼし、さしもの張良も気が緩んだところに、思わぬ事態が発生します。
 小人の献策を取り入れ、項羽を締め出して敵視するような対応を取ってしまった劉邦。これに激怒した項羽は劉邦抹殺の決意を固めるのですが――かつて張良に命を救われた項伯の急報によって事態を知った張良は、劉邦に命懸けの策を授けるのでした。

 項伯の取りなしによって、項羽と対面し、釈明する――一歩間違えれば、いやかなりの確率でその場で項羽に討たれてもおかしくないこの策に望みを託し、劉邦と張良は鴻門に向かうことに……


 かくてこの巻で描かれるのは、史上名高い鴻門の会。形の上は劉邦を許した項羽によって開かれた宴席で、幾度にも渡り劉邦に命の危険が迫る――という故事であります。

 この見せ場の固まりのような鴻門の会ですが、しかし冷静に考えるとビジュアル的にはかなり地味。項羽と劉邦、范増と張良、そして項伯の男五人だけで酒を酌み交わすという華のない(軍営の中なのですから当たり前なのですが)場なのですが――しかしここで繰り広げられるのは、どんな戦いよりも激しい、一進一退の攻防なのです。

 劉邦が項羽に対して(文字通り)必死の釈明を試みるのに対し、何としても項羽に劉邦を討たせようとする范増。そしてそれが叶わないと知り、范増は項羽の従兄弟の項荘に剣舞を舞わせ、劉邦を斬らせようとするのですが――そこで項伯が命懸けのブロックに出ることになります。
 それでもなお続く危機に、張良が呼び寄せたのは――と、この巻の前半では、鴻門の会での攻防が、史記を踏まえて描かれることになります。

 この辺り、かなり史記に忠実なのですが、しかしこれまで10巻以上にわたって描かれてきたキャラクターたちのやりとりは、それだけでも十分以上に濃厚な味わい。そしてそれだけでなく、諸処に挟まれるアレンジがまた、実に良いのであります。
 その最たるものが、張良が呼んだあの男の言動でしょう。史記で描かれたそれよりもさらに単刀直入に項羽に迫り、命という名の盾となって劉邦を守ろうとするその姿は、あの項羽をして「壮士」と呼ばせるのに十分な迫力で、実に痛快であります。

 史記の描写を愚直なまでに踏まえつつ、しかしそれだけに終わらない一歩を踏み出してみせる。これまで幾度も見せてくれた本作ならではの魅力は、ここでも健在なのです。


 と――上で述べたように鴻門の会が描かれるのはこの巻の前半部分。劉邦は項羽の手から脱し、死地を逃れるのですが――しかし本作は、その先を描いてみせるのです。

 劉邦に対する殺意を失い、彼を赦した項羽。しかしこの機に劉邦を除くことに固執する范増は、密かに項荘を呼び、軍を率いて劉邦を討つように命じるのでした。
 襲われて敗れればもちろん命はない。いや、襲われて反撃したとしても、敵意ありとして結局は項羽に討たれることとなる――この絶対の死地に対して、張良が取った一手とは。そして覚悟を決めた張良に迫る項荘の前に立ちはだかったのは、もちろん――!

 と、ここから繰り広げられるのは、一種の神経戦であった鴻門の会とはある意味正反対の、ド派手でフィジカルな戦い。そしてその戦いの中心に立つのは、本作のフィクションの部分を支えてきたあの男であります。
 いやはや、一歩どころではない大跳躍ですが、しかし史記の表を描き、その隙間を埋めるだけでなく、その裏で自由に、豪快に奇想を遊ばせてこそ、本作らしいと言えるでしょう。

 そしてそんな豪快な展開の一方で、韓信の帰順や陳平との因縁を織り込んでみせたり、史記ではほとんど剣舞のためだけに登場した項荘のその後を描いたりと、構成としても抜群にうまいこの展開には、さすがは――と感心するほかないのであります。


 そしていよいよ新たな道を歩むことになる劉邦と項羽。二人の、そして張良の先に待つものは――ある意味、ここからが物語の本当の始まりであります。


『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第12巻(川原正敏 講談社月刊少年マガジンコミックス) Amazon
龍帥の翼 史記・留侯世家異伝(12) (講談社コミックス月刊マガジン)


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2019.04.26

琥狗ハヤテ『ねこまた。』第5巻 町人と武士 異質な物語の中に浮かぶもの


 家に憑く不思議な存在「ねこまた」と、そのねこまたに憑かれた(懐かれた?)仁兵衛親分の日常を描く四コマ漫画『ねこまた。』の第5巻であります。静かな日常を描く本作に血生臭い空気を持ち込む人斬り浪人・三好の存在を気にかける親分ですが、ついに三好の運命に大きな変転が……

 「家」に必ず一匹憑いている、猫又ならぬねこまた。その一匹に憑かれている京の岡っ引き・仁兵衛親分は、その正義感と腕っ節から町の人々に慕われる好漢であります。
 人には見えないねこまたたちと会話することから、「ささめ(つぶやき)」というありがたくない渾名を頂戴している仁兵衛ですが、肩の一匹、そして家の四匹のねこまたたちと暮らす仁兵衛は、それなりに彼らとの平穏な生活を楽しんでいて……

 という、基本日常系(?)の四コマ漫画である本作。この巻でももちろんその流れは変わることなく、親分とねこまたたちの、何とものんびりとした、そして微笑ましい日常が描かれております。
 しかし本作では同時に、1巻に数回、極めてシリアスな物語が短編形式で挿入されることになります。そして第3巻以来そのシリアスパートを担ってきたのが、京にやってきた朱鞘の浪人・三好なのであります。

 その三度笠に白ねこまたが憑いているということもあり、仁兵衛にとっては何とも気になる人物である三好。賞金稼ぎという殺伐とした稼業の彼は、かつては某藩の歴とした侍であったことが、前の巻で描かれました。

 御家騒動に巻き込まれ、主も家族も、全てを喪い、故郷を捨てた――その過去は知らないものの、大きな陰を背負っていることはいやでもわかる三好を、仁兵衛は治安維持を担う岡っ引きの役目以上に、気にかけるようになります。
 そしてその彼の危惧が現実のものとなる日が、ついにこの巻で描かれることになります。それは桑名からやって来た男・木下――三好に対する討ち手の出現であります。

 見かけはわんこ系で正直な人柄ながら、見えないはずのねこまたの存在を察知する力を持つ木下。そんな彼は、実は三好とは竹馬の友であり、同門の剣士であります。
 そんな間柄でありながら、主家の命により、三好を斬らねばならぬ木下。仁兵衛は三好を救うため、何とか二人が対面するのを避けようとするのですが……


 作中で登場する、桑名という地名と、前の巻で描かれた野村(そして藩主が定重)という名前からすると、ほぼ間違いなく、18世紀初頭に伊勢桑名藩で起きた御家騒動・野村騒動が題材となっているこのエピソード。
 これまで史実との関係が匂わされることはほとんどなく、いつかどこかの物語として描かれてきた本作においては、かなり異質に感じられるところですが――それが逆に、強烈な印象を残します。

 たとえねこまたという妙な因縁で結ばれ、互いに不思議な共感を抱きながらも、しかし片や浪人とはいえ武士、片や町人である岡っ引きである三好と仁兵衛。同じ町に暮らしながらも、しかし二人の属する世界は、その世界を動かす規は、あまりに異なるものであります。
 どうにもできぬ世界の規を前に、仁兵衛は何を想うのか。そしてその規に縛られた末に、全く望ままに敵同士として対峙することを余儀なくされる三好と木下の運命は……

 平和な世界に生きる我々にとってみれば異質でしかない、しかしそれでいて我々と同じ人間たちが演じる悲劇の姿は、仁兵衛そしてねこまたたちという存在を間に挟むことで、より鮮明に、我々の胸に突き刺さるのです。
(そしてその両者の間に立つ、立たざるを得ない、奉行所の寺島の旦那の存在感が、また実にいいのであります)


 今回の三好のエピソードを通じて、これまで以上に「時代劇」を描いてくれた本作。しかしそこにあるものが、これまで本作が日常の中で描いてきたもの――この世に生きる者の生の姿と情の形と本質的に変わらぬものであることは言うまでもありません。
 己の「家」を喪い、そして図らずも己が白ねこまたの「家」となってさすらい続けた三好。その彼が向かう先は――やはりこのエピソードは、本作だからこそ描くことができた物語と評すべきでしょう。

 哀しくも心に沁みる物語であります。


(と、一瞬親分についにロマンスが!? と思われた展開もあったのに、完全に頭からすっ飛んだこの巻であります)


『ねこまた。』第5巻(琥狗ハヤテ 芳文社コミックス) Amazon
ねこまた。 5 (芳文社コミックス)


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2019.04.23

木原敏江『白妖の娘』第4巻 大団円 大妖の前に立つ人間の意思が生んだもの


 木原敏江版『玉藻の前』というべき本作『白妖の娘』もついに最終巻となりました。白妖をその身に憑かせた娘・十鴇と、かつて白妖を封じた術者の子孫・直と――すれ違う二人の想いはどこに向かうのか。そしてついに真の力を取り戻した白妖を倒すことはできるのか――いよいよ大団円であります。

 都の貴族に騙されて死んだ姉のため、禁忌の森に封じられていた白妖にその身を差し出した十鴇。そして貴族たちの世界を滅ぼすことを望んだ末、玉藻と名を変えた十鴇は、ついに法皇の寵姫にまで上り詰めることになります。
 十鴇とともに白妖を世に放ったことに責任を感じ、そして何よりも愛する彼女を救おうとする葛城直は、陰陽師・安倍泰親の下で修行に励むのですが――しかし白妖の力には未だに及ばず、妖魔の跳梁は続くのでした。

 そんな中、うち続く日照りを前に、雨乞い対決を行うことになった泰親と十鴇。師の助手に選ばれた直ですが、しかしその直前に十鴇の罠にかかって儀式に間に合わず、結果として十鴇が勝利することになるのでした。
 権力と妖力と――もはやこの世に並ぶ者のない力を手に入れた彼女に対して、直に残された手段は……


 ついに法皇を完全に操り、名実ともにこの国の頂点に立とうという暴挙に出た十鴇と白妖。もはや近づくことすら難しい相手に対して、直と仲間たちが仕掛ける最後の賭けは――というわけで、この第4巻で描かれるのは、クライマックスに相応しいスケールの大きな展開。
 その一方で、この深刻極まりない事態の中で直たちが仕掛ける作戦が、(少なくとも見かけ上は)それとは正反対だったりする変化球加減もまた、実に楽しいところで、この辺りはもう、大ベテランの横綱相撲というべきでしょう。

 しかし、真のクライマックスは、真の感動は、その先に用意されています。辛うじて最悪の事態は防いだものの、本性を剥き出しにした白妖の前に、大きな危機に瀕する都。これに対して直は、自分の先祖がかつてこの大妖を封印した呪の正体を知るため、危険な旅に出ることになります。
 そしてついにその呪の正体を、白妖封印の真実を、そして白妖の秘めた想いを知った直。かつて夢の中で直が見た、不思議な光景――暗い闇の中で、ただ一人、孤独に石積み遊びを続ける白いけものの姿の意味を。

 そしてそこから、これまで物語の中で積み上げられてきた全てが一つに繋がり、全ての謎が解かれることになります。
 無敵の白妖が、何故直の祖先に敗れ去ったのか。復活した白妖が直を直接倒そうとしなかったのは何故か。白妖の力の源とは、白妖を倒す手段はあるのか。白妖に憑かれた十鴇を救う手段はあるのか、救うことはできるのか。そして十鴇と直の運命は、二人が望んだものとは……


 以前の巻の紹介でも触れましたが、本作の題材は、岡本綺堂の『玉藻の前』であります。本作の設定や物語展開(例えばこの巻でいえば雨乞い対決のくだり)は、ある程度この『玉藻の前』を踏まえたものであるのですが――しかし結末において、本作は明確に新たな物語を描くことになります。

 そしてその根底にあるのは、登場人物たちの、その代表である十鴇の想い、明確な意思――それであります。白妖に運命を狂わされた十鴇と直の悲恋物語とも言うべき本作。しかしそれは(原典のように)どうしようもない運命に流されただけではなく、二人が自分の意思で選んだ結果でもあります。

 それを象徴するのが、第1巻で十鴇が白妖に言い放ったセリフ「なにがあっても私は私!」といってよいでしょう。そしてその十鴇の意思は、最後の最後まで変わることなく貫かれることになります。そしてそれが、全く思わぬ形で、大いなる救いを生み出すのであります。

 白妖という巨大な超自然の悪意(しかし同時に……)を描きつつも、その前に毅然と立つ人間の意思の姿を描いてみせた本作。
 だからこそ、この物語はあまりにやるせなく、悲しくもあるのですが――しかし同時に、力強くも優しく、そして何よりも美しく感じられるのです。

 そして我々がこの物語を読み終え、『白妖の娘』の名を振り返ってみた時に浮かぶ想いは――何とも切なくも温かく、そしてどこか微笑ましいものなのではないでしょうか。


『白妖の娘』第4巻(木原敏江 秋田書店プリンセス・コミックス) Amazon
白妖の娘(4)完結 (プリンセス・コミックス)


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2019.04.16

「コミック乱ツインズ」2019年5月号


 「コミック乱ツインズ」2019年5月号の表紙は山本康人『軍鶏侍』。そして巻頭カラーは、今号から連載再開、新章突入のかどたひろし『勘定吟味役異聞』であります。今回も、印象に残った作品を一つずつ紹介しましょう。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 というわけで今回から第四部『相剋の渦』に突入することとなった本作。第三部のラストで、間部越前守の密約の証を独断で焼き捨てたことで新井白石の怒りを買った水城聡四郎ですが、まあそれでもとりあえず身分は保障されているのは公務員のありがたいところであります。
 しかしそんな中で発生した、間部越前守襲撃事件。それにヒントを得た尾張藩主・徳川吉通は、実力で越前守を排除して自分が七代将軍の座に就こうと考え、そのために紀伊国屋文左衛門を動かすことになります。そしてそれが聡四郎に思わぬ影響を……

 と、第一回は間部越前守を襲う刺客たちと護衛の忍びの戦いは描かれたものの、主人公の殺陣はなし。しかし銃弾のような勢いで繰り出される棒手裏剣の描写などは、素晴らしい迫力であります。
 そして権力亡者たちが陰険な(あるいは浅はかな)企みを巡らせる一方で、聡四郎は着飾った紅さんと新年を祝ってめでたいムードですが――しかしそこでとんでもない年始回り(?)現れて、早くも波乱の雰囲気で続きます。


『いちげき』(松本次郎&永井義男)
 永井義男の『幕末一撃必殺隊』の漫画化である本作は、相楽総三率いる薩摩の御用盗に対して、勝海舟が秘密裏に集めた百姓たち「一撃必殺隊」が繰り広げるゲリラ戦を描く物語。
 これまで「コミック乱」誌の方で連載されていたものが今回から移籍、それも内容の方は、一撃必殺隊乾坤一擲の相良暗殺作戦という佳境からのスタートであります。

 人でごった返した金杉橋の上で、白昼堂々相良たちを襲撃する一撃必殺隊。降りしきる雨の中、柄袋をつけたままだったり、手がかじかんでそれを外せなかったりと、相手が混乱する中で襲いかかるという超実戦派のバトルが面白いのですが――その一方で、無数の庶民が巻き添えを食らって無惨に死んでいく描写がきっちりと描かれるのが凄まじい。
 テロvsカウンターテロの泥沼の戦いの行方は――いきなりクライマックスであります。


『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)
 妻と子二人とともに平和に暮らしていた「軍鶏侍」こと岩倉源太夫の前に現れたおかしな浪人・武尾福太郎。源太夫の秘剣「蹴殺し」を見たいという武尾は、源太夫の長子・市蔵を拐かしてまで立ち会いを望んで……

 というわけで、今回は秘剣に取り憑かれた男の物語の後編。作品冒頭からその存在が語られながらも、ついぞ使われず仕舞いだった「蹴殺し」については、武尾ならずとも気になるところでしたが――今回ついにその一端が明かされることになります。
 その剣理たるや、なるほど! と感心させられるものでありましたし、養子である市蔵を巡る源太夫の老僕の怖い思惑なども面白いのですが、しかしいかにも温厚篤実な人格者然とした源太夫に対して、あまりにも武尾のビジュアルが――というのが前回から気になったところ。

 ちょっと残酷すぎるのではないかなあ、と見当違いなところが気になってしまった次第です。


『カムヤライド』(久正人)
 百済からの交易船に化けて難波に現れた新たな国津神に立ち向かうヤマトの黒盾隊。さしもの黒盾隊も「神」を前にしては分が悪い――という時に隊長のオトタチバナ(!)が切り札として鋼の鎧に魂を遷し、新たな戦士が……

 という衝撃の展開となった今回、何が衝撃ってどう見てもメタルヒーローなその外見(と名前)もさることながら、ファイティングスタイルが回避を一切拒否、全て受けて受けて受けまくるという、板垣恵介のキャラみたいなのには、驚くというより困惑であります。
 もっとも、結局は定番通り(?)目が光って光線剣でシルエットになってフィニッシュなのですが――それはともかく、旧き土の力で国津神を封じるカムヤライドに対して、黒金で国津神に抗するというのは、これはこれで平仄のあった考え方になっているのが、これはさすがと言うべきでしょう。

 今回はほとんど驚き(というかツッコミ)役だったモンコですが、果たして新たな戦士の登場に、彼は何を想うのか――いよいよ盛り上がってきました。


「コミック乱ツインズ」2019年5月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年5月号 [雑誌]


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2019.04.13

黒史郎『ムー民俗奇譚 妖怪補遺々々』 妖怪馬鹿必読、強い熱意に満ちた妖怪譚


 妖怪が出没したのは圧倒的に近世以前が多いわけで、必然的に妖怪譚は時代怪談の色彩を濃く帯びることになります。しかし最近はあまり新鮮な妖怪譚がなくて――などと思っていたところに現れたのがこの『妖怪補遺々々』。その名前に相応しく、余所でお目にかかれないような妖怪に出会える一冊です。

 古今様々な書物に記され、あるいは語り継がれてきた妖怪たち。しかし元々が(姿が見えない現象に名前が付いていたりと)よくわからない存在であるところに、このようなある種伝言ゲーム状態で伝承されれば、後世から見れば何だかわからないような存在になってしまうことも少なくありません。

 いきなり【ナカネコゾウ】なる、名前だけ残った謎の妖怪探求から始まる本書は、そんな正体不明になってしまった妖怪、あるいはあまり有名でない、ほとんど知られていない妖怪譚ばかりを集めたもの。
 忘れられかけた、そもそも妖怪なのかわからない――しかしそれだからこそ実に「らしい」妖怪たちの姿が集められた一冊であります。

 元々がweb連載ということもあり、一つ当たり10ページ前後の、エッセイ的な妖怪譚が約40話収録されている本書。
 そこで語られる中には、耳袋の【首吊り狸】や宿直草の化け物寺(化け物問答)のようなメジャーどころ(?)も含まれてはいるのですが――しかし圧倒的に多いのは、冒頭の【ナカネコゾウ】のような、ほとんど初耳の妖怪たちであります。

 いやそれどころか、水木しげるの子供向け妖怪本から、ジャガーバックスの佐藤有文の『日本妖怪辞典』(伝説の【びろーん】が!)まで……と、本書がカバーする領域は、一歩間違えれば反則状態。
 それが妖怪か、と目くじらを立てる向きもあるかと思いますが、しかしそれも含めて妖怪なんだ、という本書の――特別企画の京極夏彦との対談に最もそれがよく現れた――姿勢には、大いに共感できるところであります。


 と、話が脱線してしまいましたが、本書には、時代怪談・時代怪異譚としても、類話のないような、実に興味深いものが幾つも収録されているのも紛れもない事実であります。

 たとえば、近隣を荒らし回る大盗賊を斬首した男が、度重なる生首にまつわる怪異に襲われた末に、不可解な死を遂げる土佐の怪異談。
 奄美で、江戸時代から昭和に至るまで語ることすらタブーとされてきた、ある女性にまつわる陰惨な怨念と呪いの物語。

 あるいは『魔岳秘帖 谷川岳全遭難の記録』なる、ほとんど伝奇時代小説のような題名の(しかし性格は副題の方が表している)書籍に記された、清水峠のトンネル開通工事の背後で繰り広げられた作業員200人vs化け猫との死闘。
 そして、都市伝説やフィクションではなしに、本当に存在した【牛の首】の怪談……

 いやはや、これらの怪異譚を知ることができただけでも、本書を手にした甲斐があったと感じます。
(個人的には、天から降ってきたとされる、上下左右に開いて【八つの顔になる面】の奇瑞譚が、面の存在自体の不可解さもあって印象に残りました)


 それにしても感心させられるのは(子供向け妖怪本の話題はともかく)本書に収録された妖怪譚が、すべて丹念な調査に基づき、実際に怪談集や民俗誌に収録されたもののみを扱っていることでしょう。
 曖昧なものを曖昧なまま愛し、それでいて確たるものに従って記録する――タイトルの「補遺」という言葉に込められた強い熱意が感じられる、妖怪馬鹿必読の一冊であります。


『ムー民俗奇譚 妖怪補遺々々』(黒史郎 学研プラス) Amazon
ムー民俗奇譚 妖怪補遺々々 (ムー・スーパーミステリー・ブックス)

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2019.04.10

小松エメル『一鬼夜行 つくも神会議』(その二) 渦巻く情念と、互いに寄り添うことと


 『一鬼夜行』シリーズのわき役たちを主人公とした作品を中心に収録した短編集『つくも神会議』の紹介の後編であります。今回は、本書の中でも特に印象に残る二つの作品を紹介します。

『姫たちの城』
 荻の屋の付喪神たちの中でも一番口うるさい前差櫛姫。小さな姫の姿を取る彼女はその名のとおり櫛の付喪神であります。
 その彼女は、元々はさる名人の手によって生み出されて早くに妖力を発揮し、ある姫君の元に買われていった時に付喪神として目覚めたのですが――しかしその姫君・お正は、あばら屋のような家に、老女と少女のわずか二人の供と住んでいたのであります。

 そのお正の前で正体を顕してしまい、彼女の身の上話を聞くことになった前差櫛姫。何とお正は、さる殿様の側室を母に持ちながらも、不義の子と噂された上、母がしでかしたとんでもない不始末の罪を償うため、このような暮らしをしているというのですが……

 付喪神たちの中でも、サイズは小さいながらも人間の女性姿で、物好きにも喜蔵に熱い想いを寄せる前差櫛姫。その、良くも悪くも女性へのある種のイメージを誇張したようなキャラクターは、付喪神たちの中でも一際印象的であります。
 そしてその前差櫛姫を主人公とする物語は、彼女の目を通じて、姫たち――すなわち女性たちの姿を描き出すのであります。

 お正をはじめ、本作に登場するのは、いずれも望まぬ環境に置かれ、己の想いとは裏腹の生を送ることを強いられた女性たち。
 舞台となるのが、今以上に女性が暮らしやすくない時代だったとはいえ――彼女たちは運命の悪戯から哀しい境遇に追い込まれ、自らをすり減らしていくことになります。

 ……いや、それがは正確ではありません。それが単なる運命の悪戯であれば、まだ救いがあったかもしれません。しかし本作の女性たちは、自ら道を選んでしまった――それ以外の道が目に入らない状況であったとしても、しかし、選んではならない道を選んでしまったのであります。

 本作は、前差櫛姫というある意味信頼できない語り手の口を通じて語ることにより、その哀しみを幾重にも強めることになります。一つの真実が語られた末に、それをひっくり返して新たな真実が語られ、そしてその先にもまた新たな真実が――と。
 そしてその度に心臓を掴まれたような気分になりながら、最後に我々が知るのは、途方もなく哀しく、そして美しい真実――かもしれないものであります。

 個性的なキャラクターの愉快なやりとりが印象に残る作者の作品ですが、しかしその背後には、極めて濃厚な情念が渦巻いている――そしてそれでいて、いやそれだからこそ、それがひどく魅力的に感じられる。
 そんなことを再確認させられる本作は、個人的には本書でベストの作品であります。


『化々学校のいっとうぼし』
 最後に収録されたのは、本書ではようやく登場したともいえる小春を主人公とした物語。しかし本作で彼が対峙するのは、本シリーズではおそらく初の相手なのであります。

 お目付役の青鬼の命で、旧知の妖怪・このつきとっこうのもとに向かうことになった小春。以前から何かを学び、教えることに異常な情熱を持っていたこのつきとっこうは、昔からの夢である、妖怪たちが通う「化々学校」を開設していたのであります。
 そこでこのつきとっこうから、最近生徒たちの間で噂になっている、品川はずれの港に出没する得体の知れない者の正体を突き止めて欲しいと頼まれた小春。不承不承引き受けた小春の前に現れたのは、何と蝙蝠の魔物を連れた西洋の「魔女」で……

 というわけで、初の西洋妖怪のお目見えとなった本作。もちろん本作に登場する「魔女」アルは日本征服にやってきたわけでなく、あるよんどころない事情があってやって来のですが――こういう時に放っておけないのが小春であります。

 アルを連れて東京を駆けめぐる小春ですが、やがて意外な、そして残酷な真実を知ることになって――と、やはりここでもまた、ギョッとするくらい生々しい情念の存在が描かれる本作。
 ここでもまた、あまりにも大きなやりきれなさの存在に胸が塞がるのですが――しかしそれでも自らの決めた道を貫くのが、小春の小春たる所以であります。

 シリーズで繰り返し描かれてきた、誰かと誰かが寄り添うこと――そこから生まれる、様々な垣根を乗り越える小さな希望の姿を描いてみせる本作は、小春が活躍するというだけでなく、やはり本書の掉尾を飾るに相応しい物語だと感じるのです。


『一鬼夜行 つくも神会議』(小松エメル ポプラ文庫ピュアフル) Amazon
(P[こ]3-12)一鬼夜行 つくも神会議 (ポプラ文庫ピュアフル)


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2019.04.09

小松エメル『一鬼夜行 つくも神会議』(その一) 交錯する妖情と人情


 昨年『鬼の嫁取り』によってめでたく第二部が完結した『一鬼夜行』シリーズ。その番外編ともいうべき一冊が本書『つくも神会議』――主人公たる喜蔵と小春の出番は少な目に、脇役である妖たちを中心とした短編が6話収録された短編集であります。以下、一作品ずつご紹介いたしましょう。

『付喪神会議』
 実質的に本書の表題作である本作の主人公は、喜蔵が営む古道具屋・荻の屋に住みついた付喪神たち。硯の精、前差櫛姫、小太鼓太郎、堂々薬缶といったお馴染みの面々が、思いも寄らぬ対決に望むことになります。

 浅草界隈の付喪神たちが集まってはああだこうだと騒ぐ付喪神会議。今夜も荻の屋で喜蔵の目を盗んで開催されていた会議に、同じ町内の骨董屋・今屋の付喪神五妖が現れたことから、事態はおかしな方向に転がっていくことになります。
 かねてより喜蔵を敵視する店主同様、何かと衝突してきた骨董品の付喪神たちの上から目線に、ついに怒りを爆発させた荻の屋の付喪神。彼らは、どちらが上か決めるため五対五の対決を挑むことになったのであります。

 かくてその勝負に巻き込まれる形となった喜蔵は、審判役として大家のもとに、正体を隠した付喪神たち十妖を持ち込むと、この中から五品を選んで欲しいと頼むのですが……

 シリーズのほとんどの作品の冒頭部分、荻の屋の日常を描くくだりに登場しては賑やかに騒ぎ回り、喜蔵や小春に一喝されるのがお馴染みの付喪神たち。
 シリーズに欠かせない名脇役たちですが、それだけに物語の中心になかなかなれない彼らが今回は大暴れ――と言いたいところですが、物語は思わぬ方向に転がっていくことになります。そこで描かれる意外な人情、いや妖情も楽しい一編であります。


『かりそめの家』
 過去にタイムスリップしてしまった多聞とできぼしが奇怪な箱庭に引きずり込まれる本作は、以前アンソロジー『となりのもののけさん』に収録された際に紹介しておりますので、そちらをご覧いただければと思います。


『山笑う』
 幼い頃に天狗に拾われ、その天狗を祖父と慕って成長した少年・つむじ。しかし祖父は山を去り、代わって現れたのは、祖父から山を託されたという天狗・花信とその配下たちでありました。
 つむじに甘い配下たちとは対照的に冷たい態度を崩さず、山を下りて人間の世界に戻れと告げる花信。何としても天狗になると言い張るつむじですが……

 シリーズ当初から小春の宿敵として登場し、特に前々作『鬼姫と流れる星々』では深雪と絡んで大きな役割を果たした天狗・花信。
 そこでの言動を見ればわかるように、普段小春を甘いとか言っているわりには結構情が深い花信ですが、さて、天狗になりたいという風変わりな人間の少年を前に何を想うか?

 情に人も妖もない――いやそれどころか、人よりも妖の方がよほど情に厚かったりするのは、本シリーズでしばしば描かれてきたところであります。そんな人と妖の交流を描いた本作は、やはり本シリーズの一作と呼ぶに相応しい物語です。


『緑の手』
 水の世界を支配する大妖怪・須万の僕として、相手の魂を奪うその手の力をもって、妖たちの魂を集めていた妖・岬。ある日、河童の弥々子に出会った彼は、彼女に強く惹かれ、その魂を狙いつつも、彼女にまとわりついて暮らすようになります。
 そんな中、海に現れた伝説の妖怪・アマビエ。須万からアマビエの魂を奪うよう命じられた岬は、妖たちが繰り広げるアマビエ争奪戦の中に潜り込むのですが……

 『鬼の嫁取り』の山場の一つであったアマビエ争奪戦。水妖たちが群れをなしてアマビエを追い、妖神と戦う中に、本作の主人公・この岬も登場したのですが――そこでは脇役の一人という印象でしかなかった彼が抱えた、複雑怪奇な事情が本作では描かれます。
 複雑な(本当に複雑な)出生により、須万に使われ、魂を集めてきた岬。陰の中で暮らす妖たちの中でも、一際濃い陰の中に在る彼にとって、弥々子が、アマビエがどのように映ったか――輝く者たちを前にした日陰者の屈託が、痛いほど刺さります。

 一つの巨大な戦いの陰で繰り広げられた、小さなしかし激しい戦いの結果、彼が得たものは何であったか――自分だけの妖生に一歩を踏み出した岬の姿が印象に残ります。


 長くなりましたので次回に続きます。


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(P[こ]3-12)一鬼夜行 つくも神会議 (ポプラ文庫ピュアフル)


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2019.04.08

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第15巻 二つの勝利の鍵、そして柱稽古開幕!


 いよいよアニメも放送開始となった『鬼滅の刃』。この第15巻では、刀鍛治の里編がついに完結し、みんな大好き柱稽古がスタートいたします。その中で次々と明らかになっていく秘密と人間模様。その中で炭治郎は……

 刀鍛治の里を襲撃した上弦の伍・玉壺と上弦の肆・半天狗を迎え撃つこととなった炭治郎・玄弥・禰豆子・無一郎、そして蜜璃。
 数多くの犠牲を出しながらも、ついに自分の過去を思い出して覚醒した無一郎は玉壺に圧勝するのですが――しかし残る半天狗は新たな分身・憎珀天を生み出し、炭治郎たちは苦戦を強いられることになります。蜜璃が憎珀天を抑える間、炭治郎たちは半天狗の本体を追うのですが……

 というわけで、半天狗との決着から始まるこの第15巻。嫌になるほど分身を生み出して逃げ回る半天狗を追う中、夜明けが近づいてくるのですが――鬼の最大の弱点である太陽の光は、禰豆子にとっても弱点であります。
 敵味方にタイムリミットが迫る中、救う命の選択を迫られた炭治郎。しかしそれが思わぬ結果を生むことになるのです。

 かくて、一つの戦いが終わった以上のものを敵味方にもたらしたこの戦い。鬼殺隊側には覚醒の証ともいうべき「痣」の存在を、そして無惨にとっては、千年の悲願である太陽を克服した鬼という存在を――と。
 二つの勢力にとって、それぞれに勝利の鍵となるべき存在の情報を手にしたことにより、いよいよ決戦の機運が――高まるのは、しかしもう少し先で、ここからこの巻の2/3程度を費やして描かれるのは、決戦に向かって鬼殺隊が繰り広げる特訓――柱稽古の様であります。

 柱稽古、それは柱たち六人がコーチ――というにはあまりに強烈な壁となって立ち塞がり、平隊士たちを鍛えるという一大特訓イベント。引退した音柱もこの時だけ復帰して、総勢六人の柱が――六人?
 炎柱は死亡、蟲柱はお館様の別命があるとして、水柱・冨岡義勇は――何だかよくわからない理屈で参加拒否。そんな義勇を引っ張り出すために向かった炭治郎に対して、義勇は「水柱が不在の今」「俺は水柱じゃない」と、衝撃の発言を……

 いやはや、寡黙でクールで頼りになる先輩(cv:櫻井孝宏)のようでいて実は天然、というのが個性であった義勇。しかしこれではまるでちょっと危ない人のようではありませんか。
 しかしもちろん、この言葉には彼なりの理由が、そして彼なりの想いがあります。そう、ここで描かれるのは、これまで寡黙すぎてわからなかった不器用な男・冨岡義勇の真実なのであります。

 そしてその真実とは――なるほど、ここでこう繋がるか! と、物語を冒頭から読んでいれば唸らされるほかないもの。極端なほどの振れ幅の大きさを生かして描いてみせる、本作ならではのキャラクターの掘り下げをここでもまた見せていただきました。


 そんなこんなでようやく始まった炭治郎の柱稽古ですが――これが読者にとっては実に楽しい。いや、修行を楽しいと言ってしまうのも申し訳ないのですが、ただでさえ一癖も二癖もある柱たちの個性が、これでもかと飛び出してくるのですからたまりません。
 本作においては鬼たちとの戦いと戦いの合間に、治療と修行のエピソードが描かれるのが定番。鬼との戦いが全く洒落にならないシビアでハードなものである一方で、修行フェーズの方は適度に、いやかなりコミカルに描かれているという、その落差もまた魅力であります。

 今回はその落差が、柱たちが絡むことでより強烈になっているのですが――しかしもちろん、ここで描かれるものが、楽しいものだけでは終わらないこともまた事実。
 風柱・不死川実弥とその弟・玄弥――その壮絶な過去は、以前玄弥を通して描かれましたが、そこで生じた二人の溝は、今もなお深く深く存在していることが、今回示されることになります。

 義勇のように、この二人が過去を乗り越えることができるのか――それがわかるのはまだ先のようですが、二人の関係性は、この先大いに注目すべきものであるのは間違いないでしょう。


 そして表紙を飾った岩柱・悲鳴嶼行冥が登場、というより出現といった方がいいようなインパクトでもって、この巻は終わるのですが――さて、柱の中でも最も得体の知れない彼がどのように描かれるのか、楽しみは続く柱稽古であります。


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