2008.12.02

「眠り猫 奥絵師・狩野探信なぞ解き絵筆」 奥絵師探偵、幽霊を追う

 将軍家斉の御前で描く題材に悩んでいた奥絵師・狩野探信の元に持ち込まれた一幅の幽霊画。絵の祟りで怪死したという作者が、かつて淡い想いを寄せた娘の父だと知った探信は、彼女のために真相を探るが、その先には、ある歌舞伎役者を巡る怪事件があった…

 狩野探信、鍛冶橋狩野家の七世にして、世には「守道探信」と呼ばれた(二世にも探信がいたため区別してこう呼ばれます)この人物は、当代切っての名手と呼ばれた絵師。この探信を探偵役に据えた時代ミステリが、本作であります。

 本作で描かれる探信のキャラクターは、ただ伝統の絵を手本として臨模(模写)するばかりの画風や、一門の間で繰り広げられる権力闘争に辟易して、お守り役で幼なじみの小平太と共にしょっちゅう家を飛び出して遊び歩いては、先代たる父に雷を落とされているというちょっと締まらない人物。
 しかし既存の地位に拘泥しない、そして自由な心を持った探信のキャラクターは、本作のような一風変わった時代ミステリの探偵役としては、なかなか似合いであります。

 その探信がここで挑むことになるのは、凄惨な幽霊画を遺して怪死した絵師の謎。探信も驚くほどの緻密な、まるで「本物」を模写したような絵は、どのようにして描かれたのか。そして絵師の死は、この絵と関係しているのか。
 謎はこれだけに留まらず、三年前に芝居茶屋で起きた殺人事件や、ある演目の度に不思議な失敗を見せる歌舞伎役者と、彼を狙う謎の影の出没まで絡んで、複雑怪奇な様相を見せることになります。

 一見無関係に見えるこれらの事件に共通するのは「幽霊」の存在――もちろん本作はあくまでも合理的なミステリ、不思議の陰には揺るぎない真実があります。
 …正直なところ、事件そのものはそれほど凄いトリックを使っているというわけではないのですが、しかし一枚の絵が過去を真実を暴き出し、そしてそれが新たなる事件の引き金となるというのは、やはりうまいものだな、と感心いたします。

 ミステリの世界では、芸術家探偵というのは少なからず存在するかと思いますが、江戸時代の奥絵師が探偵役というのは相当に珍しいようにも感じられます。
 個人的には各章辺りのページ数が少なく、その分場面展開が頻繁なのに些か違和感を感じましたが、その点を除けば、本作はまずはよくできた時代ミステリ。キャラよし設定よし、続編に期待したいところです。


「眠り猫 奥絵師・狩野探信なぞ解き絵筆」(翔田寛 幻冬舎文庫) Amazon
眠り猫―奥絵師・狩野探信なぞ解き絵筆 (幻冬舎文庫)

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2008.11.21

「剣鬼」(その二) ただ己自身が選んだ道を

 新潮文庫の「剣鬼」収録作品紹介の続き、本日は残る四作品であります。

「人斬り斑平」
 つい先日「主水之助七番勝負」第二話の題材となり、またかつて市川雷蔵主演で映画化されたのが本作。
 その出生から「狗の子」と蔑まれ、花の栽培にのみ生き甲斐を見出していた男が、ある出会いから居合いの達人として開眼し、その剣技を暗殺者として利用されていく様を描いた本作は、悲惨な境遇に生まれた者が、剣技に己の価値を見出そうとして滅んでいくという、「剣鬼」シリーズの一つの典型ともいうべき作品であります。

 斑平をはじめとする彼らの生き様は、もちろん一種の悲劇ではあるのですが、しかしそれでも我々がその姿を目にする時に浮かぶ想いが、決して悲しみや哀れみのみではないのは、彼らが、己の往く道を誰かに定められたものではなく、己自身が選んだ道として――たとえそれの行く先が明白な死だとしても――最後まで突き進むからだと、そしてそれこそが柴錬作品に通底する「心意気」なのだと、改めて感じさせられます。
 本作では、剣技を覚えた斑平が、己の帯びる刀として、敢えて悪因縁の妖刀を選ぶ――ちなみにその刀の正体が、伝奇ファンにはあっと唸らされるものであるのにも感心――のですが、これはまさに、この心意気の現れと言うべきなのでありましょう。


「素浪人忠弥」
 本作の主人公は、おそらくはシリーズでも最も有名な歴史上の人物。由比正雪の右腕として知られ、慶安の変で命を散らした槍の達人・丸橋忠弥その人であります。
 宝蔵院流の槍の達人として、様々な作家の作品に登場する人物ですが、さすがに一筋縄ではいかぬシリーズだけあって、本作の忠弥は、数奇な生まれの果てに諸国を流浪する、吃りで跛行の武芸者として描かれます。
 己の血の高ぶりを抑えられぬまま、奇行を繰り返す忠弥の胸中にあったもの。おそらくは由比正雪の壮挙に加わってもなお満たされなかった彼の想いを知った者は誰なのか――物語と史実の統合が図られる結末には、粛然とさせられます。

 なお、本作で描かれる正雪の生い立ちは、同じ作者の連作シリーズ「忍者からす」の一編をそのまま流用したもの。何ともマニア泣かせなサービス(?)であります。


「通し矢勘左」
 武芸百般ある中で、弓術を極めんとした本作の主人公もまた、己の不幸な生まれに対し、武術でもって挑んだ男。京都三十三間堂の通し矢を巡る記録争いで、今なおその名を残す星野勘左衛門の物語であります。
 まるで悪巫山戯のような事情から世に生を受けた勘左衛門。弓術に天分を示しながらも、己の家の身分故に世に出ることが認められなかった勘左は、主家を捨て、己の名を上げるために、三十三間堂の通し矢に挑むことになります。
 本作がシリーズの他の作品と異なるのは、ここで彼を受け止め、導く女性の姿がある点。己の身を顧みず、勘左を世に出すために心を砕く彼女の姿は、重苦しいムードの作品の中で、暖かい光と言えるかもしれません。

 そして、その光に背を向けてまでの修行の果てに彼が掴んだ栄光。その、己の栄光の記録を塗り替えんとする若き者に出会った時、彼の取った行動は…これは史実として一部で有名なエピソードではありますが、本作の物語を通してみれば、何とも言えぬ切なく、味わい深く感じられることです。


「裏切り左近」
 集中最後に収められているのは、家中随一の業前を誇りながらも、家中で最も嫌われ憎まれた男の凄絶な生き様を描く作品です。
 その剣術でもって、低い身分から一躍家中の名家に婿入りしながらも、その狷介な性格でもって家中で孤立する主人公。本作は、その唯一の理解者とも言うべき、彼の家僕の視線から語られることとなります。

 周囲から疎まれ、憎まれようとも己の生き方を曲げることのなかった左近は、普通に考えれば身勝手で、協調性のない嫌われ者。しかし、己を受け容れる者が一人とていない中で、なおも己の生き方を変えず、貫くというのも、これは一個の男の生き様、心意気の発露かもしれません。

 そんな、己を偽ることなく生きてきた彼に与えられたもの…あまりにも無情なその運命に直面してなお、昂然と嘯いてみせた彼の言葉こそは、まさしく心意気の剣鬼ならではの名台詞であり――その姿は、語り手同様、私の心に深く残って消えないものであります。


 以上七編、題材といい人物造形といい物語構成といい、いずれも柴錬先生ならでは、というべき作品ばかりです。
 柴錬作品の精華として、ファンは言うまでもなく、初心者の方にも大いにお勧めできる名品であります。ドラマの題材となったのを機に、少しでも多くの方が手に取ってくれればと祈る次第です。


「剣鬼」(柴田錬三郎 新潮文庫) Amazon


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2008.11.20

「剣鬼」(その一) 己を曲げることなき男たち

 「主水之助七番勝負」のおかげで、最近私の柴錬ファン魂がとみに燃えさかっているのですが、この「主水之助七番勝負」の題材となっているのが、いわゆる「剣鬼」シリーズ。剣に賭ける凄まじい執念と、その魔剣とすらいえる剣技故に功成り遂げるなく散っていった剣鬼たちを主人公に描いた、短編シリーズであります。
 今回は、新潮文庫の作品集「剣鬼」に収められた七篇を、二回に分けて紹介していきたいと思います。

「狼眼流左近」
 集中最初に収められているのは、元は歴とした武士でありながら、人面狼之助と名乗り、晒し者とした妻を賞品とした真剣勝負を続ける男の姿を描く作品。「主水之助七番勝負」の第一話の題材となった作品でもあります。
 とにかく冒頭から目を奪われるのは、美しくも淫奔な妻を晒し者とした上で、その身を賞品として真剣勝負を受け付ける狼之助の姿。柴錬先生は、その執筆の上で、エトンネ(人を驚かせること)の精神を基盤にしていたことで知られますが、本作はまさにその精神を具現化したものと言えるかもしれません。

 もちろん、驚かせるだけではないのが柴錬作品。自ら、人面狼之助と皮肉極まりない名を名乗りながら、妻をダシにして憑かれたように剣を振るう狼之助の姿には、世に容れられぬ孤独を背負いながらも、しかしそれでも己を曲げることのない男の執念と悲しみが満ちており――そしてそれは「剣鬼」シリーズ全てに共通するものであります――剣を振るうこと、ひいては武士として生きることの意味というものを感じさせられるのです。


「大峰ノ善鬼」
 「剣鬼」シリーズの中では珍しい実在の剣豪を扱ったのが本作。伊東一刀斎の一番弟子となりながらも、皆伝を賭けた弟弟子・神子上典膳との決闘に敗れたと伝えられる小野善鬼の物語であります。
 ここで描かれる善鬼の姿は、剣鬼…というよりも、いわゆる悪役剣士そのもの。ただ強くなることのみを渇望して剣を振るい、己の気の赴くままに奪い、殺し、犯す――通常の時代小説、いや柴錬作品でもしばしば登場し、主人公に斬られる悪役の典型に思えます。

 しかし、その善鬼の師である一刀斎の視点から彼を眺めたとき、その善鬼の姿は、一刀斎の――いや、全ての剣に生きる者たちの――負の姿、裏返しの姿であると気付きます。どれほど言葉を飾って道を語り、行い澄まそうとも、剣は人を殺し、己の意を通すために振るうもの。もちろんこれは極論ではありますが、これから目を背けて剣を語ることこそ偽善でありましょう。
 いわば一切の偽善をはぎ取った、素の剣士の姿である善鬼の所行に、一刀斎が見ているのは、かつての己自身であり、そうなるかもしれなかったもう一人の自分。そう考えると、ラストの決闘の後の一刀斎の行動の理由もわかるような気がします。

 なお「主水之助七番勝負」全編を通しての悪役として登場するのが、この善鬼。原作の野獣のような男とは、また違った印象のドラマ版善鬼ですが、しかし、決闘の末に落命することのなかった善鬼の後の姿として、何やら頷けるもののあるキャラクター造形かと思います。


「刃士丹後」
 実は私が「剣鬼」シリーズを通して最も好きな作品が本作であります。何よりもまず、主人公の異名たる「刃士」――「忍」にわずかに残った「心」までも無くした、忍びを殺す非情の男――のネーミング自体が素晴らしい(柴錬先生の作中でも最高のネーミングの一つではないかと真剣に思います)のですが、もちろんそれだけでなく、凄絶という言葉すら生ぬるいその内容には、ただただ圧倒されるのです。

 柴錬版「おのれらに告ぐ」とも呼びたくなる本作は、細川忠興に仕え、戦場でその窮地を救いながらもかえって憎まれ、偽られて天刑病患者の里を領地として与えられた男の、凄まじい復讐絵巻。主君や己の愛する妻をはじめとする周囲の全ての人々から偽られ、裏切られたと――そして己も病を得たと――感じた彼の怒りの向かう先は、忠興と、そして里の人々であり、彼の復讐に賭ける執念には、それが正当なものであるかどうかは別として、ただただ圧倒されます。

 尤も、これだけであれば残酷時代劇なのですが、柴錬先生の凄まじいところは、この里の住人が、実は忍びを生業としていた(忍びなら常に顔を隠していてもおかしくないから、という理由付けの説得力が凄い)と設定したことで――これによって、色々と物議を醸しそうな彼の復讐行が、剣豪vs忍者の死闘劇にシフトしてしまうのも、見事としか言いようがありません。

 そして、ほとんど自己破壊にも等しい復讐行の果て、心を捨てた男が見せた最後の「心」を感じさせる結末がまた心を打つ本作。題材的に色々と難しい作品(まずドラマ化等は不可能でしょう)ですが、ぜひ一読いただきたい逸品です。


 明日に続きます。


「剣鬼」(柴田錬三郎 新潮文庫) Amazon


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2008.11.18

「甲賀忍者お藍」 戦国のエピローグに

 大御所・徳川家康の懐刀でありながらも、その政に強く反発していた本多正純は、家康の死を機に、自らの理想である人が人らしく生きられる世を作るための政を始めようとする。正純に仕える甲賀忍者・お藍は、彼の理想を助けるために陰で動くが、その前に、残虐非道な根来忍者・羅王が立ち塞がる。

 反骨の忍者・服部三蔵と、家康配下の謀臣・本多正純の友情を描いた「天駆け地徂く」の続編が、本作「甲賀忍者お藍」であります。タイトルロールであるお藍は、前作から登場し、三蔵と正純の双方から愛された女忍。彼女の目を通して、家康亡き後の正純の、戦国の武人たちの最期の姿が描かれることとなります。

 本多正純について、史実を見れば、家康亡き後もしばらくの間権力の中枢にあったものの、やがて周囲に疎まれ、ついには秀忠の不興を買って流罪となった…というのがその後半生。
 そんなこともあって、特にフィクションの世界においては陰険な悪役として描かれることが多いこの人物ですが、前作及び本作においては、人が人らしく生きることを妨げるものとして、家康の政に密かに敵対する人物として描かれているのが特色であります。

 主人公たるお藍も、その正純の理想に共鳴して、身命を賭して彼のために働くわけですが、史実が証明するように、その前途は決して平坦なものではありません。
 家康の、そして正純の政は、少数の才ある人間のリーダーシップにより動かされるもの。それに対して、秀忠の世の政は、大老・老中といった複数の政治家・官僚がシステマチックに動かすものであります。
 本作では、この政治システムが確立していく中で、正純が孤立し、没落していく様が描かれることとなります。

 それはいわば、時代から彼が取り残されていくということでありますが、取り残されたのは、一人彼のみではありません。
 本作でその晩年が描かれる坂崎出羽守、福島正則――この二人は、史実においてもその最期/没落に関して、正純と密接な関係を持つ人物であります――もまた、個の力を必要としない、いや排斥すらするシステムの中で孤立した人物。
 彼らは、その境遇において、己の命や地位をもって、その流れに無言の抗議を行ったものとして描かれますが、その姿は、やはりもの悲しいものとして感じられます。

 本作の舞台となる江戸時代初期は、戦国時代の清算期、ある意味エピローグともいえる時代。
 冒頭で、本作は「天駆け地徂く」の続編と述べましたが、あるいは前作の長いエピローグと言うべきかもしれません。

 ただ残念なのは、作中における正純像に、理想に生きた政治家としての説得力が、さして感じられず、それゆえその没落が、単に脇が甘かった故のものに見えてしまうことでしょう。
 そのため、お藍の悲劇的な活躍にもさしてカタルシスが感じられず、ただただ陰鬱なムードの物語になってしまったのは、厳しい言い方ではありますが、いかがなものかな…と感じた次第です。


「甲賀忍者お藍」(嶋津義忠 講談社) Amazon
甲賀忍者お藍


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2008.11.14

「やわら侍・竜巻誠十郎 五月雨の凶刃」 ロジカルに、そして優しく暖かく

 部屋住みの次男坊ながら想身流柔術の達人・竜巻誠十郎は、ある事件がきっかけで家を追われ、天涯孤独の身の上となってしまう。目安箱を管轄する将軍吉宗の御用取次・加納久通によって、「目安箱改め方」の任務を与えられた誠十郎は、ある油商人の番頭の怪死事件の謎を探ることになるが。

 「誘拐児」の翔田寛先生が、本作を書くと知ったときには、ちょっとした驚きがありました。何しろ本作のタイトルは「やわら侍・竜巻誠十郎 五月雨の凶刃」という、どこからどう見ても文庫書き下ろし時代小説のそれ。文庫書き下ろしをどうこう言うのではもちろんありませんが、翔田先生とは今ひとつ結びつかないように感じたのです。
 しかし、いざ蓋を開けてみれば、なるほどこれはいかにも翔田作品。ロジカルな謎解きの楽しさと、人間心理の綾を見つめる優しさが込められた、実に面白い作品でした。

 さて、主人公・誠十郎が務めることとなる目安箱改め方とは、あの目安箱に投じられた訴えのうち、無記名等の理由で取り上げられなかったものの真実を探るというもの。
 根拠なき誹謗中傷などを避けるため、目安箱は記名が原則。しかし、記名なき訴えの中の一片の真実を――あるいはその中の偽りを――証明することが、天下の政を行う上で、有用なこともある。ここに、公には取り扱われないこれらの訴えの虚実を探るお役目として、目安箱改め方が誕生することとなります。
 そして誠十郎が挑む最初の事件は、油商人・椿屋の番頭の怪死事件。
 油改所の免状書き換え(幕府御用達の油商人の免許更新とでも言いましょうか)を目前として、些細な瑕疵も椿屋には命取り。果たして番頭の死は事故だったのか、はたまた殺人だったのか――

 と、これだけではよくある捕物帖的展開ですが、ここに、椿屋にまつわる数々の謎が、大きく物語に関わってくるのが本作ならではの展開。
 年に一度、椿屋が奉公人を早く寝付かせ、外に出るのを禁じるのは何故か。五月頃の日暮れ時、店の納屋に現れるという幽霊の正体は。そして何より、かつてはあまりの非情なやり口に鬼と呼ばれた椿屋が、ある日を境に人が変わったように善行を施すようになった理由は――

 一見、本題の事件とは無関係に思えるこれらの謎が、物語の中でどんな意味を持つか…それをここで語ることはもちろんしませんが、はっきりと言えるのは、一見不可解な事件が極めてロジカルに解き明かされた果てに見えるのは、複雑怪奇でいて、そして同時に優しく暖かい人の心である、ということ。

 事件の謎を解き明かすことが、その背後の人間心理――あえて「人情」とは呼びません――を浮き彫りにし、そしてそれが我々を感動させてくれる…これこそまさに翔田作品の味であり魅力、と言ってしまっても、決して言いすぎではありますまい。


 そして…目安箱改め方というのお役目(隠密ではありますが)活動も、今回の事件も、冷静に考えるとこじんまりとしたものではあるのですが、その背後に、尾州徳川家の陰謀を絡めることにより、スケール感と時代ものとしての必然性を与えているのも巧みなところ。

 物語を貫く背骨として、誠十郎自身を襲った悲劇の真相の究明という要素もきちんと(?)用意されていて、シリーズものとしての目配りもぬかりなし。続巻は来春とのことですが、次の巻も――もちろん翔田作品として――大いに期待できそうです。


「やわら侍・竜巻誠十郎 五月雨の凶刃」(翔田寛 小学館文庫) Amazon
五月雨の凶刃 (小学館文庫 し 6-1 やわら侍・竜巻誠十郎)


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 「消えた山高帽子 チャールズ・ワーグマンの事件簿」 時代と世界の境界線上で

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2008.11.03

「キジムタン」 少女剣士の魂の遍歴の行方は

 卑弥呼の血と鬼道を継ぐ姫巫女の力により、人に害なす瘴鬼より人々を守り続けてきた神教国・邪馬徒の国。その姫巫女の血を引く由那は、国を姉に任せ、従者・武蔵と共に旅に出る。己のあるべき場所を求め、荒ぶる由那の魂の行方は…

 現在、綾瀬はるか主演映画「ICHI」のコミカライズを担当している篠原花那が、数年前に少女漫画誌に掲載した時代ファンタジーコミックを、「ICHI」単行本第一巻発売を機に読み返してみました。

 人の暗い情念に取り憑いて害をなす瘴鬼を討つ力を持つ少女剣士を描いた作品というと、よくある作品のように思えますが、本作の最大の特徴は、その主人公のキャラクター造形が、実に暗いというかゆがんでいる点。
 一国を治める姫巫女として皆に慕われる姉に強烈なコンプレックスを持ち、自らが瘴鬼を引き寄せるほどの負の感情を背負った少女――それが主人公・由那であります。
 その戦いぶりも、あえて相手の負の感情を高めて瘴鬼を引きずり出すなど、彼女の師である柳生十兵衛(そういう時代設定であります)の言葉を借りれば「邪悪なやり方」で。

 と、こう書くといかにもとんでもないキャラクターに思えますが、しかし、置かれた状況と彼女の能力の特殊さを差し引けば(あるいは加えて考えれば)、自分の居場所に悩む思春期のティーンズの想いの噴出として、これもありかな…と思わないでもありません。

 ただし、それが物語中で万全に描けているかと言えば、物語全体が単行本一冊分、全五話でエピソード的には約三編ということもあって、正直なところを言えば食い足りない印象があります。少々厳しい言い方ではありますが、問題提起のみで終わって答えの提示がない、とでも言いましょうか…

 「ICHI」のクオリティを見るにつけ、ほぼ未完と言ってよい本作を、少女剣士の魂の遍歴の行方を、今の作者の筆で読んでみたい…そう感じています。


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 「ICHI」第1巻 激動の時代に在るべき場所は

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2008.10.31

「カミヨミ」第9巻 まさかまさかの急展開!

 三日前に亡くなったはずの夫人と共に焼身自殺した少将の謎を追って東北を訪れた天馬・帝月・瑠璃男の三人。少将の足取りを追った三人は、謎の隠れ里に辿り着くが、そこでは老人がおらず、死者が復活するという奇怪な地だった。村人たちや奇怪な怪物たちの襲撃を受けながらも、三人はこの地を支配する絲神の正体を知るが…

 明治伝奇ホラーアクションミステリ「カミヨミ」の最新刊が発売されました。この第九巻に収録されているのは、前巻から始まった「女郎蜘蛛」編。奇怪な死人帰りの謎を追って、お馴染みの三人組が東北の奥地で見たものは…という趣向であります。

 因習に縛られた村や奇怪な土俗的信仰というのは、ある種伝奇ミステリの定番ではありますが、導入部の静かな恐怖を吹き飛ばすように、この巻ではモンスターホラー、アクションホラーとしての要素が一気に前面に飛び出し、相変わらず油断のできない作品だと再認識させられます。

 個人的には、話のひねり具合に比べるとアクション度が高めかな…という気がしないでもありませんが、しかし恐怖の中にちょっといい話(?)的展開あり、お馴染みのミスリーディングあり、そして絲神の意外な正体ありと、どんでん返しもいくつかあってと、やはり本作らしい興趣があったのはさすがというべきでしょうか。

 しかし――敵の正体も判明してそろそろこのエピソードも…と思ったところで、まさかまさかの急展開。単発エピソードの一つかと思いきや、終盤で一気に「カミヨミ」という物語の本筋に関わる事件が発生し、またもや先の読めない展開となってきました。

 果たしてこのエピソードをどのように収束させるのか、そして「カミヨミ」という作品がどこに向かうのでしょうか。何だか物語自体が終盤となった印象すらありますが…


 ちなみに、作中で語られる天馬の国に対する一途な想い(信頼といいますか)は、現代の人間として読んでみると、よく理解できますし、正論ではあるものの、その後の歴史を考えるに、理想論的な色彩は否めません(それを堂々と口にできるのが天馬なのですが…)
 彼が、国家の負の部分と正面から向き合うこととなるのか。そちらも気になるところです。


「カミヨミ」第9巻(柴田亜美 スクウェア・エニックスガンガンファンタジーコミックス) Amazon
カミヨミ 9 (Gファンタジーコミックススーパー)


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2008.10.26

「ICHI」第1巻 激動の時代に在るべき場所は

 先日公開された綾瀬はるか主演の「ICHI」のコミカライズであります。子母沢寛の「座頭市物語」をベースにした「座頭市」をベースにした「ICHI」をベースにした…というとややこしいですが、本作は本作で独自の魅力を持った作品として成立しており、楽しめます。

 まだ映画の方は見ていませんが、この漫画版では、主人公である座頭のお市と、その相棒とも子分ともつかぬ浪人・藤平十馬の二人のキャラクターのみを借りた全く別の作品の様子。
 舞台は幕末――既に開国が行われたものの、国内は尊皇と佐幕に割れ、物情騒然とした時代。そんな世界で繰り広げられるドラマを、連作短編形式で描いていきます。

 この第一巻に収録されているのは、全五話、三つのエピソード。
 ヘボンを狙う清河八郎ら攘夷浪士と市が対決する「憂国の士」、盲目の女ばかりを狙った槍突きの狂気を描く「折れた魂」、市が武州日野宿の貸元の用心棒として近藤勇らと対峙する「天然理心流」…いずれも幕末の有名人を配したキャッチーな構成ではあるのですが、しかしそれぞれの物語は、そうした有名人のキャラクターに寄っかかったものではないのに、好感が持てます。

 本作のエピソードに共通するのは、登場人物の多くが、激動の時代に翻弄され、己の在るべき場所を――すなわち、あるべき自分自身を――見失っていること。そんな人々の悲劇が、本作の物語を作り上げているのです。

 そんな中でただ一人、揺るぎなく在って裁断の刃を振るうのが市なのですが…しかしそれは、逆に彼女の在るべき場所が全くないが故にも感じられるのが、何とも切ないところであります。

 彼女が刃を振るう由縁は、未だ語られていませんが、その由縁が描かれる時の彼女の姿に――悪趣味かもしれませんが――強く興味をそそられます。
 映画のコミカライズの域を超えて、楽しみな作品であります。


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ICHI 1 (1) (イブニングKC)

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2008.10.14

「家光謀殺 東海道の攻防十五日」 暗殺団vs怪人の攻防戦

 徳川将軍家の威光を見せ付けるために上洛の途につく家光。その命を狙う者たちの存在を偶然察知した甲賀者・芥川七郎兵衛は、松平伊豆守の指示の下、極秘裏に将軍を守護のための「怪人」を集める。宮本武蔵、由比正雪、丸橋忠弥…いずれも一芸に秀でた怪人たちと、姿なき暗殺者たちが、東海道を舞台に火花を散らす。

 笹沢左保先生が、「木枯らし紋次郎」など、時代小説の分野においても活躍されたことはつとに知られていますが、その作品の中には、実に魅力的な伝奇小説も含まれています。本作「家光謀殺」も、まさにその一つであります。

 本作の背景となるのは、寛永十一(1632)年の徳川家光の上洛。幕府の威光を天下に見せ付けるために行われたというこの将軍上洛は、当然のことながら幕府による一大公的行事であり、それゆえに記録も詳細に残っているためか、これまでも時代小説の題材となっています。
 その記録を最大限に活かしつつ、その隙間・背後に秘められた歴史に残らぬ壮絶な攻防戦を描き出すのが本作。上洛の行程を綿密に描かれるだけに、それと並行して主人公たちが全貌の明らかでない暗殺計画を暴き、対決していく様が何ともスリリングに感じられます。

 さて、面白いのは、その計画に立ち向かうのが、一種の非正規部隊というべきチーム――本作で言うには「怪人」たち――であること。将軍の示威行動である上洛において、暗殺の動きがあること自体が表沙汰にはなってはならぬ話。それゆえ召集されたチームは、幕府正規軍からもその存在を隠して隠密裏に動かざるをえず、本作にはいわば特殊部隊ものとしての味わいもあるのです。
 そして何よりもそのメンバーの意外性たるや――特に、幕府とは縁のなさそうな宮本武蔵、いやそれどころか、後に幕府に叛旗を翻す由比正雪と丸橋忠弥が加わっているのには驚かされます。彼らが何のためにチームに加わり、そこで何を見るのかは、本作の魅力の一つであります(ちなみに本作の武蔵像は、作者の一大連作「宮本武蔵」におけるそれと通じるものがあり、シリーズ外伝として読むこともできます)

 展開的には、暗殺計画に現代人から見ると驚くくらい大きな穴があるなど、ちょっと残念な部分もないわけではありませんが、それは本当に些細な瑕疵。歴史に残る十五日間の背後で繰り広げられた死闘を描き切った本作の魅力を損なうものではありません(特に暗殺団の総大将の正体の意外さたるや、伝奇ファン、剣豪小説ファンには堪らないものがあります)。
 骨太な伝奇大作として、おすすめできる作品です。


「家光謀殺 東海道の攻防十五日」(笹沢左保 文春文庫) Amazon
家光謀殺―東海道の攻防十五日 (文春文庫)

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2008.10.05

「BRAVE10」第4巻 そして八番目の勇士

 戦国アクションファンタジーコミック「BRAVE10」も、もう単行本四冊目。真田幸村の下にこれまで集った勇士は七人、そこに八番目の勇士が登場することとなります。

 ヒロイン伊佐那海の秘密を巡り、第三巻では出雲、そして奥州で激闘が繰り広げられましたが、今回の舞台は真田の本拠、信州上田。
 前半では第八の勇士、三好清海入道の登場が、そして後半では伊達家の刺客、二代目石川五右衛門一党との死闘が描かれます。

 三好清海入道といえば、真田十勇士では佐助、才蔵に次ぐ有名人。当然のことながら、これまで様々な作品に登場しているのですが、しかし、他の十勇士に比べると、キャラの幅が狭い――ほとんどの場合、豪快で怪力だけどおつむはちょっと、の巨漢坊主――のも事実。
 果たして本作での清海入道は…と心配半分興味半分で読んでみれば、これが、既存のイメージを踏まえつつ、なかなかユニークなキャラクターとなっておりました。

 この「BRAVE10」版清海入道、ムサい怪力巨漢坊主というのは予想通りでしたが、面白いのが、諸国修業の果てに、「神仏はみな同じ 信じた数だけ救われる」という、ある意味とんでもない結論に達した怪人であること。
 なるほど、今までの清海入道は、ほとんど皆僧形であっても、宗教者としての側面を持っていた作品は数える程度。その宗教という要素を(いかにもこの作品らしいムチャっぷりですが)持ってくるとは、ちょっと感心いたしました。

 さて、後半に登場するのは、二十面相…ならぬ石川五右衛門の娘。伊賀秘伝――そういえば五右衛門といえば元々フィクションの世界では才蔵とは因縁の間柄でした――の毒薬を用いての奇襲で、才蔵たちを苦しめることになります。

 その中で、才蔵は、伊賀者としてではなく、真田の勇士としての自分に目覚めることとなるのですが――
 正直言って、まだ目覚めてなかったんかい!? という感はありますが、そこまでの物語の中で、少しずつ、伊賀者の生き様と真田での生き様の違いを描いてきたこともあり、才蔵の成長を描くイベントとしては、悪くない印象でした。

 さて、残る勇士はあと二人。いずれも本作らしく、一筋ではいかない連中だと思われますが――さて。


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2008.10.04

「カミヨミ」第6-8巻 小品ではあるけれど…

 今月末に最新巻が発売される明治伝奇ホラーアクションミステリ「カミヨミ」。今回取り上げるのは、まだ紹介していなかった第6巻から第8巻までであります。
 この三冊のメインとなるのは「銀狼館の獣」編と「沈黙の毒」編の二つの中編。天馬が、零武隊が、人知を越えた奇怪な事件に立ち向かうこととなります。

 第6巻から第7巻冒頭まで収録されているのが「銀狼館の獣」編。人里離れた洋館・銀狼館を訪れた天馬・帝月・瑠璃男の主人公トリオ+何故か八俣警視総監が巻き込まれた陰惨な猟奇事件が描かれます。

 物語の中心となるのは、満月の度に獣めいたふるまいを見せる銀狼館の娘・文石の悲恋物語。
 題材的には予想がつくのですが――もっとも、ここであの伝説と絡むとは! と大いに驚かされましたが――結末辺りの展開には思わぬ一ひねりが入ったのには唸らされました。さすがにこの作品、侮れません。
 そして何よりも、人を人たらしめる想いが引き金となって…という切なすぎる展開が胸を打ちます。

 ちなみにこのエピソードでは、八俣さんが色々な意味で大活躍。物語の半分くらい全裸だったんじゃないだろうか…


 そして第7巻後半から第8巻冒頭に収録されているのは「沈黙の毒」編。有力政治家の怪死に端を発して、連続毒殺事件に巻き込まれた零武隊隊員・毒丸を中心に、零武隊メンバーが活躍するエピソードであります。

 本作の弱点は、ビジュアル的には異様に目立つ割に、零武隊メンバーが物語的にはさっぱり目立たないことですが、今回でそれがほんの少し解消されたか、というところでしょうか(あくまでもほんの少しですが…)。
 ただ、伝奇的謎解きとしては、毒と鳥という時点ですっかりネタ割れしていたのが残念です。


 以上二つのエピソードは、第5巻までに比べると、分量的にも内容的にも小品ではあるのですが、これはこれで作品世界を広げるという意味ではアリでしょう。
 そして第8巻からは、死者が甦ったという一件を追う天馬一行が、老人がいない秘密めいた隠れ里で事件に巻き込まれる「女郎蜘蛛」編がスタート。なかなか厭な(褒め言葉)土俗的ムードが漂っていて、この先の展開が楽しみです。

 しかし事件解決直後に配下率いて突入してくる日明大佐は既にほとんど伝統芸のような…


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2008.09.29

「奇談異聞辞典」 奇談怪談ファン必見の随筆辞典

 個人的なお話で恐縮ですが、私が小さい頃になりたかったものの一つに「物知り」があります。博覧強記で何でも(特に人の知らないような分野)を知っている人に大いに憧れていた――というより今も憧れているのですが、その憧れの対象の一人が、本書の編者である柴田宵曲であります。

 宵曲氏は、明治から昭和前期にかけて、俳句の世界で活躍された方ですが、その一方で折りに触れて発表した随筆は、まさに博覧強記としか言いようのない氏の一面が現れていて、読むたびに新鮮な味わいがあります。
 特に、日中の古典で語られた事物「そういえば○○にはこういう話もある」とばかりにを融通無碍に引き出して話題を転がしていく様には、ただただ感心するばかり。ああ、こんな「物知り」になりたい…などと考えるのは僭上の限りかもしれませんが、私の素直な気持ちです。

 さて前置きが長くなりましたが、本書は「随筆辞典」の一冊「随筆辞典 奇談異聞編」として、五十年近く前に編纂されたもの。その内容については、旧題及び現題をご覧いただければ瞭然かと思いますが、近世の随筆集の中から、奇談異聞――すなわち、妖怪変化や幽霊、怪奇事件の類を選り抜いて五十音順に配列してみせた、この手のお話が大好きな人間にとっては、まさしく夢のような書物であります。

 随筆の抜粋ですので、残念ながら宵曲氏の文章そのものはほとんど味わえないのですが、しかし、さすがに宵曲氏が纂修しただけあって、その内容は、実にバラエティと魅力に富んだものであることは間違いありません。
 元となった随筆集も、「甲子夜話」「耳嚢」といったメジャーどころはもちろんのこと、名前もほとんど聞いたことがないようなものまで含まれていて、そのカバー範囲の広さには、さすがは…と感心するばかりであります。

 宵曲ファンはもちろんのこと、奇談怪談ファン――ことに、「その談柄の豊富なもの、狐狸の如き、天狗の如き、河童の如き、亡霊幽魂の如きは、類聚排列することによって、いさゝか研究の領域に近づくことが出来るであろう。」という氏の言葉に共感できる方であれば――であれば、必見というほかない名著であります。
 ちくま学芸文庫だけあって、文庫でも少々お高いですが、それだけの価値は間違いなくある! と断言させていただきます。


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奇談異聞辞典 (ちくま学芸文庫 シ 22-3)


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2008.09.25

「消えた山高帽子 チャールズ・ワーグマンの事件簿」 時代と世界の境界線上で

 「誘拐児」で2008年の江戸川乱歩賞を受賞した翔田寛が、実在の人物であるチャールズ・ワーグマンを探偵役に、明治初期の横浜で起きた怪事件の数々を描いた連作短編推理小説であります。

 本書で探偵役を務めるワーグマンは、イラステレイテッド・ロンドン・ニュースの特派員として幕末の日本を訪れ、以降、維新前後の日本の姿を描き、発信し続けた人物。日本人女性と結婚し、終生横浜に在住したこの人物を、本書では、豊かな知性と観察眼、そして異邦の文化への理解溢れた魅力的な人物として描き出しています。

 このワーグマンが挑むのは、以下の五つの事件――
 相次いで目撃された逆しまの姿の日本の幽霊と、奇怪な容貌の西洋の幽霊と、仇討ち禁止令直前に仇を討ったという青年を巡る事件が交錯する「坂の上のゴースト」
 吝嗇で知られる日本通の英国人商人が、自宅で、畳の上で左前の着物を着て腹に刀を突き立てた姿で発見される事件の謎を解く「ジェントルマン・ハラキリ事件」
 ロミオとジュリエットめいた恋の行方を背景に、外国人芝居の席で起きた山高帽子盗難事件をワーグマンと日本の歌舞伎俳優が裁く「消えた山高帽子」
 精神を病んだ姉が、かつて横浜で起きた殺人事件の犯人ではないかという青年の疑いから、哀しい人間心理が浮かび上がる「神無月のララバイ」
 そして聖誕祭直前に、密室となった教会の中で発見された二人の青年の死体と、その捜査を強硬に拒否する司祭の姿から、奇怪な人間関係が描き出される「ウェンズデーの悪魔」

 いずれも、推理小説としてのロジカルかつトリッキーな魅力は言うまでもなく、描き出される人間ドラマの巧さと、それを見つめるワーグマンの眼差しの温かさがあいまって、実に楽しい作品となっています。
 が、私が本書において真に感心したのは、これらの作品のほとんど全てが、この時代、この場所でなければ起こり得ない事件を描き出している点であります。

 舞台となる明治六年は、言うまでもなく、明治維新の激動冷めやらぬ時期。そしてまた横浜は、そんな日本の中心のすぐ近くにあって、それでいて異国に最も近かった場所であります。
 本書はそんな、近世と近代、そして日本と異国の境界線上でなければ有り得ないシチュエーションを前提とした上で事件を構築しており、その意味では優れた時代小説である、と言えるでしょう(そしてまた、そのような作品において、自らが日本と異国の境界線上にあるワーグマンが探偵役を務めるのは、ある意味必然的といえるかもしれません)。

 しかし、一見それとは矛盾しているようですが、本書は同時に、現代にも通じるような普遍性をも兼ね備えています。
 それは――人が人を想う心。本書で描かれる事件を事件たらしめているもの、事件を一層複雑としているものは、いずれも、誰かが誰かを愛し、慈しむ心なのであります。
 たとえ時代が、場所が変わろうとも、人が人を想う心ばかりは変わらない。そんなことを、本書は無言のうちに訴えかけてくるように思います。

 その意味で、本書において個人的に最も印象に残った作品は、「消えた山高帽子」。この作品のゲストキャラクターであり、重要な位置を占める歌舞伎役者・市川升蔵が、事件の中で見たもの、感じたもの…それこそまさしく、この時代と世界を越えて通底する、人が人を想う心であったことが、作中ではっきりと述べられているのですから――
 本書において、この作品が表題作とされているのも、あるいはこのためではないかと感じた次第です。


「消えた山高帽子 チャールズ・ワーグマンの事件簿」(翔田寛 創元推理文庫) Amazon
消えた山高帽子―チャールズ・ワーグマンの事件簿 (創元推理文庫 M し 3-1)

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2008.09.11

「機巧奇傳ヒヲウ戦記」第1巻 至誠が動かしたもの

 嘉永六年、黒船見物に訪れた二人の若者「りゅう」と「とら」は、機の民の男・マスラヲらと共に活動する火車党の存在を知る。日本で蒸気機関車を走らせるという火車党の目的に興味を持ったりゅうは、とら、そしてジョン万次郎と共に行動を開始するが、その前に機巧を武器に利用しようとする者たちが立ち塞がる。

 つい先日、講談社の「マガジンZ」誌の休刊が発表されました。様々な伝奇漫画が掲載された同誌ですが、その最初期に連載されたのがこの漫画版「機巧奇傳ヒヲウ戦記」であります。 全四巻のうち、今回第一巻のみを取り上げるのも妙に思えるかもしれませんが、この第一巻は、本編のビフォアストーリー。
 主人公・ヒヲウが生まれる前、その父マスラヲ(「天保異聞 妖奇士」にも顔を出したあの人物)と、後にヒヲウたちを導くことになる「りゅう」=坂本龍馬が繰り広げた冒険を描いたもので、これだけで独立した物語として成立しているのですが、これがまた実に私の好みエピソードなのです。

 黒船来航という激動の時代を背景に、来るべき新時代の象徴たる蒸気機関、さらにそのまた象徴たる蒸気機関車を中心に据えたこのエピソード――原作は會川昇氏だけあって、多彩かつ個性豊かな登場人物(これは歴史上の有名人の特徴を捉えてビジュアライズしてみせた神宮寺氏の功績大)や、彼らと歴史的事件との絡め方も巧みで、それだけでも既に十分楽しいのですが、しかし何よりも見事なのは、そこに交錯する様々な人々の想いを巧みに織り上げてドラマを展開している点であります。

 機関車を走らせる、その目的のために集まった者たちであっても、その理由は様々。
 それはその一人一人が背負った人生がそれぞれ異なるように――いや異なるがゆえに、様々であるのですが、しかしその様々な想いが交錯した末(特に、ヒロインが蒸気機関車を走らせようとする理由にモリソン号事件を絡め、そしてそれが頑なだった「とら」の心を動かすくだりなど実に良い)に、蒸気機関車の疾走というクライマックスに達するのが実に感動的なのです。

 そして何よりも、このドラマの背景に、純粋なテクロノジーへの想いこそが――テクロノジーを政治(軍事その他現世的に役に立つもの)に利用しようという人々との対峙はあったとしても――人々を動かし、歴史を変えていく、というテーゼがあるのが実に嬉しい。
 もちろんここでいうテクノロジーは、別の言葉にも置き換えられるものであり――そしてその言い換えの一つが、「至誠にして動かざるものは未だこれ有らざるなり」という、本作のテーマとも言うべき言葉に昇華していくこととなります。
 その意味からも、このエピソードが、第一巻で描かれているのは実に意義があると言えます。
(ちなみにこのテーゼ、同じ會川氏がシリーズ構成を務めた「大江戸ロケット」にも通底するものであり、極めて興味深いものがあります)

 「機巧奇傳ヒヲウ戦記」については、TV版・漫画版とも、きちんと取り上げようと思いますが、今日はその第一弾としてふさわしい、この漫画版第一巻を取り上げた次第です。


「機巧奇傳ヒヲウ戦記」第1巻(神宮寺一&会川昇&BONES 講談社マガジンZKC) Amazon
機巧(からくり)奇伝ヒヲウ戦記 (1)

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2008.09.09

「カミヨミ」第3-5巻 天狗が招く異界の果てに

 所属もバラバラの五人の軍人が同日同刻に姿を消し、その一人の死体が、高い木の上で発見された。さらに軍の高官が次々と暗殺され、「天狗」を名乗る存在が、一連の事件の犯行声明を行う。事件の調査に当たる天馬たちは、その背後に、かつて軍を震撼させた「義経計画」なるものの存在を知るが、敵の魔手は彼らにも伸びていた…

 明治伝奇アクションホラーミステリ「カミヨミ」の第二章、第三巻から第五巻に収録されているエピソードが「天狗の神隠し編」であります。
 天狗による神隠し伝説を背景に、奇怪な「天狗」の群れが明治の帝都に跳梁する中、事件は空間的にも時間的にも次から次へと意外な広がりを見せ、遂には天馬・帝月・瑠璃男の主人公トリオ自身の運命にも密接に絡んで――
 と、本エピソードは単行本三冊の分量も納得の実に充実した内容。これぞ伏線が巧みに張り巡らされ、複雑に物語が展開していく一方で、時にコミカルに時に哀切にと物語の緩急自在ぶりも楽しく、まことに私好みの内容に、何故もっと早く読んでいなかったかと臍を噬みました。

 しかし私が何よりも好ましく思うのは――これは先の感想でも似たようなことを書きましたが――どれほどありうべからざる事件が、超自然的な現象が描かれようとも、その根底には、あくまでも生きている人間の姿があることです。
 奇怪な事件を引き起こす――たとえきっかけになることはあったとしても――のは、異界からのモノなどではなく、人間の欲望や妄執というのは、悲しいことではあります。しかしそれは、だからこそ事件を解決するのも、異界の力ではなく、人間の力でなければならないのであり…その姿勢はそのまま、異界の力を宿しながらも、あくまでも人間として戦おうとする天馬の姿にそのまま重なっていきます。

 そして、人間という存在が大きな意味を持つのは、主人公の側のみではありません。
 人外の力を得て超人と化したはずの男の中に残っていた人間性…それが、綿密に計画されていたはずの陰謀の崩壊の引き金となるという終幕は、皮肉であると同時にどこまでも切なく、「天狗」の招きにより異界に囚われてしまった者の最後として、胸を締め付けられるような哀しさがありました。

 単に奇怪な物語を描くばかりでなく、現実には存在しないものと対比させることにより、現実というものをより鮮烈に描き出すのが伝奇であるならば、異界と人間を対比させ、人間存在の中の美醜を浮き彫りにした本作は、まさにその伝奇であると、強く感じる次第です。


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2008.09.08

「運命峠」 無私の愛を謳う名作伝奇

 大阪城落城から二年、己の生きる意味を求めてさまよう浪人・秋月六郎太は、天草で徳川方に追われる豊臣秀頼の遺児・秀也を救う。己が育った武蔵野に秀也を伴い、育てることとした六郎太だが、ついに秀也は柳生宗矩のもとに囚われてしまう。秀也の身を賭けて六郎太は、将軍家光の御前で剣鬼・宮本武蔵との決闘に望むが。

 三田の田は柴田の田、であるくらいに柴田錬三郎ファンである私ですが、柴錬作品の中でも特に好きな作品は、と問われれば、一つに絞るのは難しいものの、本作が最有力の候補であることは間違いありません。
 今回、この感想を書くために本作を読み返したのですが、時代小説としての面白さに感心したのみならず、一個のドラマ、ロマンスとしての素晴らしさに、深い感動を覚えた次第です。

 本作は、特にキャラクター配置をみれば、柴錬先生お得意のパターンの作品であります。
 出生の秘密を背負い、虚無の色濃い剣豪。彼に仕える好人物の忍者。主人公を一心に慕う薄幸のヒロイン。主人公のライバルとして対峙する剣鬼。その他、血気に逸る若者に、登場人物たちの生き様を見守る善知識――
 その意味では、本作は柴錬作品の一典型と言えるかもしれません。

 しかし、そんな本作が、他の作品を遥かに上回る感動を私に与えてくれたのは、主人公をはじめとする登場人物たちの多くの行動原理が、無私の愛に貫かれていることであります。
 愛する者のために、か弱き者のために、己の命を賭ける、捧げる…本作では、そのような人間たちの姿と、何よりもその美しさ、尊さが数多く描かれるのです。

 もちろんそれは、本作が、甘ったるい人情話であったり、ひたすら楽観的な理想論を語る作品であることを意味するものではありません。混沌から秩序への過渡期である江戸時代初期を舞台とした本作の世界観は、むしろその真逆――弱肉強食とまでは言わぬまでも、弱き者が、理不尽な暴力あるいは権力の前に涙に暮れることが当たり前の世界であります。
 心正しき者が必ずしも報われるわけではない残酷な世界――しかしそのような世界であるからこそ、人として正しい道を歩みたい、愛する者を守りたいという人々の心の叫びが強く胸を打つのです。


 剣豪小説として、伝奇小説として稀有の面白さを持ちつつ、人間らしく生きることの素晴らしさ、美しさを謳いあげた本作。ロマンチストとしての柴錬先生の側面が強く表れた名作であります。


「運命峠」(柴田錬三郎 ランダムハウス講談社時代小説文庫 全4巻) 第1巻 Amazon/第2巻 Amazon/第3巻 Amazon/第4巻 Amazon
運命峠I 夕陽剣推参 (ランダムハウス講談社 し 1-1 時代小説文庫)運命峠II 一死一生 (ランダムハウス講談社 し 1-2 時代小説文庫)運命峠III 乱雲 (ランダムハウス講談社 し 1-4 時代小説文庫)運命峠IV 暗夜剣 (ランダムハウス講談社 し 1-5 時代小説文庫)

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2008.09.01

「梅一枝 新編剣豪小説集」 剣に映し出された心意気

 自分にとってのカンフル剤…というのとは少々違いますが、読んだ後に何やら身が引き締まった思いとなるのが、柴錬先生の、それも短編小説であります。
 本書はそんな柴錬先生の短編の中から、剣豪小説を中心に集めた短編集。己の一剣に全てを賭ける男たちの凜乎たる姿が強く印象に残る一冊です。

 本書に収録されているのは、「斑三平」「狼眼流左近」「一の太刀」「柳生五郎右衛門」「月影庵十一代」「花の剣法」「邪法剣」「梅一枝」「生命の糧」と、全部で九つの短編。
 基本的に既刊の作品集に収録された作品ばかりなので、既に読んだことのある作品がほとんどでしたが、しかしやはりその面白さと、作品から受ける、身の引き締まるような感覚は何度読んでも変わりません。

 これらの作品は、最後の一編を除けば、いずれも己の剣を極限まで研ぎ澄ました者を主人公とした作品。しかし興味深いのは、その主人公たちが、必ずしも正道を歩む者ばかりではなく、己の道に踏み迷ったり、あるいは邪道を歩む者もいることでしょう。

 しかし、作者が彼らに向ける眼差しは、その進む道の善悪正邪に関わらず、等しく澄んでいるように感じられます。
 言い換えれば、その者がいかなる存念で剣を振るうかに限らず、一つの境地に達した者の姿は、物語の主人公として描くに足ると、作者が考えていると感じられるのです。
(ちなみに本書の中で唯一剣豪ではない「生命の糧」の主人公が、己の剣を出世のために差し出したことも合わせて考えると、なかなか興味深いものがあります)

 それはもちろん、決して単なる相対化などというものではなく、彼らの剣に映し出される、彼らの強い思い――己の往く道を示す指針であり、己の背負う十字架であり、そして決して曲げてはならぬ己が己である証、すなわち「心意気」――は、善悪や幸不幸といった世俗の基準では測れぬ尊さがあるということなのでしょう。
 そしてその主人公たちの心意気と、それを描く作者の心意気が、私に身の引き締まるような思いをさせるのだと、そう思います。

 本書は先に述べたように既刊からの収録作ばかりで、昔からのファンにとっては必ずしも貴重な作品ばかりというわけではなく、また一冊の短編集として見た場合のテーマ性、背骨というものがあまり感じられないというのが正直なところではあります(表題作は実に私好みの名作ですが、つい最近他社で出た短編集にも収録されているわけで…)。
 しかし私にとっては、上に述べたように、柴錬短編に感じる魅力の源を、本書は再確認させてくれたわけで――その意味では大いに価値ある一冊であります。


「梅一枝 新編剣豪小説集」(柴田錬三郎 集英社文庫) Amazon


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2008.08.30

「カミヨミ」第1-2巻 これを伝奇と言わずして何を…

 名門の少年軍人・日明天馬は、子供の連続誘拐殺人事件解明のため、異界のモノを括るカミヨミの力を持つ少年・帝月とともに、九州赤間関に向かう。折しも近くの漁村では、大量斬殺事件が発生、天馬の母・日明蘭大佐が率いる軍の始末屋・零武隊が調査に訪れていた。二つの事件の背後には、あってはならない存在の影が…

 伝奇ファンの私の畏友が絶賛していた、柴田亜美の「カミヨミ」の第一章に当たる第一、二巻を読みました。
 恥ずかしながら私にとって柴田亜美と言えば「どきバグ」…いやむしろドラクエ四コマという印象で、あの絵で伝奇? という思いはあったのですが――一読、己の浅はかさを呪いました。これは面白い。
 確かに絵的な面では、特に主人公・天馬のデザイン等、線の太いマンガらしいタッチが、物語のムードに対してそぐわない印象はあるのですが、しかしそういった点を遥かに補って余りあるのが、これを伝奇と言わずして何を伝奇と呼ぶ、と言いたくなるストーリーと構成の妙です。

 舞台となるのは明治三十年代前半、日清・日露両戦争の合間の、日本がまさに富国強兵にひた走っていた時期。しかしその裏側では、維新を期に西(都)から流入した古古しきもの、異界のものが引き起こす事件があり、それに対峙するのが治外法権的特権を持つ零武隊、そして異界と交信し、封じる力を持つカミヨミの存在だった…というのが基本設定。そして天馬少年は、零武隊隊長の息子であり、そしてカミヨミの力を引き継ぐ少女・菊理の許婚という二つの立場から、物語に絡んでいくことになります。
(が、劇中で主にカミヨミの力を振るうのは、菊理の双子の兄であり、妹以上に天馬に愛を向ける帝月というのが、色々な意味でうまい)

 この「赤間関事件」編では、赤間関の海から引き上げられたあるモノが引き起こす惨劇が描かれます。そのモノ自体は、伝奇ものにしばしば登場する存在であり、決して珍しくはありませんが、しかしそこに一ひねりを加えることにより、「あってはならないもの」でありながら、時の政府にとってなくてはならぬもの、という強い存在感が生まれているのには感心いたしました。

 しかし何より気に入ったのは、事件の引き金となり、そして複雑化させたのが、人の欲望そして妄執であり――すなわち、異界のモノではなく、人間の存在である点です。
 わかりやすく言い換えてしまえば、凶器は超自然的存在であっても、犯人とその動機はあくまでも人間のもの。登場人物の一人・八俣警視総監の言葉にあるようにあくまでも「人間の愚かしい欲が事件を起こすの」であり、異界のモノを扱いながらも人間主体の物語である点が、私の好みに実に合いました。
(ちなみにこの人物、オカママッチョというド変態ながら、物語の近代的理性の側面を象徴するような切れ者のキャラで、私は大いに気に入っています)


 第二巻のラストは、えっ、ここでこうなるの? 的な展開ですが、物語的には、あくまでもここからが本番ということでしょうか。この先も読まないわけにはいかなくなってきました。


「カミヨミ」第1-2巻(柴田亜美 スクウェア・エニックスガンガンファンタジーコミックス) 第1巻 Amazon/第2巻 Amazon

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2008.08.18

「花かんざし捕物帖」第2巻 不幸な女人たちへの眼差しの優しさ

 山風先生の「おんな牢秘抄」を島崎譲先生が漫画化した「花かんざし捕物帖」の第二巻が発売されました(ちなみに八月の講談社コミックスは、この他にせがわ先生の「Y十M」「バジリスク」文庫と、ちょっとした山風祭りに)。今回は、第一の事件、曲芸師のお玉の物語の解決編と、第二の事件、御家人の妻のお路の境遇の語りまでが、収録されています。

 内容的にミステリであり、また形式的には連作短編スタイルということもあって、なかなか二巻で描かれている内容自体に、ここで触れるのは難しいのですが、この巻から「姫君お竜」の本格的活躍が始まることもあり、いよいよ物語は華やかに、艶やかに動き出したという印象。前半ではお竜の神出鬼没の活躍が小気味よく描かれる(見世物小屋で、自分めがけて投じられた手裏剣を受け止める際のアクションが印象的でした)一方で、後半ではお路が体験した夢魔めいた愛欲の世界がねっちりと描かれ、硬軟(?)とりまぜての描写の巧みさは、さすがにベテランの島崎先生ならでは、と感じます。
(ただ、直参であの髪型はどうなのかしらん)


 さて、以前私は、第一巻の感想を書いた際に「確かに意外なチョイス、意外な取り合わせではありますが、その味は悪くありません」と本作を評しましたが、しかしその印象は誤りだったかもしれません。
 なぜなら、この第二巻を読むに、この島田先生による「おんな牢秘抄」漫画化は意外どころか全く違和感なく、味が悪くないどころか、見事な味わいを醸し出しているのですから――

 山風作品の中でも、原作はかなり異色の作品。内容自体はかなりきっちりとした時代推理ものながら、やはりお姫様が女囚牢に潜入しての活躍というのは、正直なところ、特異体質の忍者同士の死闘よりも、一層現実離れして感じられます(もちろん、それは作品自体の面白さとは全く別の問題であります)。
 しかし――その原作が島崎先生の筆をもって描かれた本作を見れば、そんなことに拘るのが愚かしく思えてきます。現実離れしていると思おうが思うまいが…確かにお竜は、不幸な女人たちはここに――可憐かつ華麗な姿でもって――はっきりとビジュアライズされ、生き生きと動き回っているのですから。

 こと本作においては、原作者は最良の作画者を得た――というのはほめすぎかもしれませんが、少なくとも原作の持ち味を十分以上に引き出していることは間違いありません。


 ちなみに、この第二巻で私が最も好きな場面は、冒頭でお竜が同牢の女囚たちに差し入れをするくだり。
 本筋には直接関わってこない(はずの)場面ではありますが、お竜の心根の美しさと、作者が不幸な女人たちに向ける眼差しの優しさが感じられて、心に残ります。


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関連サイト
 作家インタビュー

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