2009.07.06

「信長の忍び」第1巻 忍びから見た信長記

 やはり戦国ブームということなのか、最近は戦国ものの漫画を書店でよく見かけますが、本作「信長の忍び」はその中でもユニークな部類に入るでしょう。
 タイトルの通り、織田信長に仕える忍びを通して、信長とその時代を描いた四コマ連作であります。

 本作のタイトルロールとも言うべき主人公・千鳥は、まだ少女ながらも伊賀有数の遣い手(ただしドジっ子)。
 幼い頃に川で溺れたところを救ってくれた信長に憧れ、望んで信長に仕えることとなった彼女の目を通して、若き日の信長の姿が描かれます。

 四コマギャグ漫画のスタイルに相応しく、本作で描かれるのは、ビジュアル的にもキャラ的にもデフォルメされた信長たち戦国の有名人が巻き起こす騒動の数々。
 しかし注目すべきは、それが単なる滅茶苦茶ではなく、きちんとした「史実」に則りつつ、そこにギャグを交えて四コマを成立させている点でしょう。

 一言で言えば、四コマギャグ漫画のスタイルを借りた信長記――歴史を材料にしてギャグを描くのではなく、ギャグを味付けにして歴史を描いた作品なのです。

 この姿勢は、巻末に記された、作者の「――この漫画は「忍び漫画」ではなく「忍びから見た戦国漫画」です」という言が、何よりも明確に示していると言えます。
 第1巻の解説は、織田時代史研究家の谷口克広氏なのですが、一見無謀とも見えるこの人選ですが、しかしこれほど適役はいないとも思えるのです。


 もちろん、それもこれも、四コマギャグとしての面白さあってこそですが、その点については全く問題なし。
 特に千鳥をはじめとする女性陣のキャラクターが――フィクションの要素を加える余地が大きいためかもしれませんが――実に可愛らしくも可笑しさ一杯で、時々差し挟まれるハートウォーミングな展開も相まって、安心して読むことができます。

 この第1巻で描かれるのは、信長と斎藤龍興との対立まで。まだまだ天下布武への道は遠いですが、その途上で千鳥がどんな活躍を見せてくれるのか、そして何を見るのか――また、先が楽しみな作品が増えました。


 ちなみに本作、登場人物の中に森可成や太田牛一という渋い面子がいるのが嬉しいところ。
 特に後者が漫画に出てきたのは初めて見ましたが、信長の業績を客観的に記した彼の存在は、ある意味本作の象徴なのかもしれません。


「信長の忍び」第1巻(重野なおき 白泉社ジェッツコミックス) Amazon
信長の忍び 1 (ジェッツコミックス)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.06.18

「岡っ引どぶ(続)」 やっぱり柴錬捕物帖

 飲む、打つ、買うと三拍子揃った無頼の岡っ引き・どぶの活躍を描く柴錬先生の捕物帖「岡っ引どぶ」の続編であります。
 以前に紹介した正編同様、本作もまさに柴錬先生ならでは、「柴錬捕物帖」という副題そのものの作品。季の文学や人情など知ったことか! とばかりに、捕物帖と言いつつも、伝奇性横溢の内容で、久々に読み返しましたが、今回も大いに愉しませていただきました。

 この続編も、正編と同じく、中編三編を収録。「火焔小町」「御殿女中」「京洛殺人図絵」のいずれも、怪事に出くわしたどぶが、盲目の名与力・町小路左門の命を受けて、事件の解明に挑みます。

 収録作のうち、「御殿女中」と「京洛殺人図絵」は、それぞれ江戸城大奥と京の公家の世界という、閉鎖的な世界にどぶが乗り込むという点で、正編収録の作品に共通する趣向が見られます。
 市井とは隔絶された格式と伝統が支配する場で起きる事件は、しかし、そんな格式張った世界とは裏腹の、人間の生々しい欲が生んだもの。それに挑み世界の虚栄を暴き立てるのが、俗っぽさの固まりのどぶというのは、ある意味必然かもしれませんが、これは対比の妙と言うべきでしょう。
(対比の妙といえば、「俗」のどぶに対して、「聖」と評すべき左門の組合せもまた、見事なキャラ配置です)


 …と、わかったようなことを嘯くマニア根性が完膚無きまでに吹き飛ばすのが、最初に収録された「火焔小町」の面白さ。
 本シリーズにしては珍しく――と言われるのも凄い話ですが――江戸の市井を主たる舞台にした本作の、そのスケールの大きさ、そして起伏に富んだ展開はシリーズ随一であります。

 どぶが謎めいた公儀隠密の死体を発見する冒頭部から始まり、江戸の各地を灰燼と帰す怪火、逆さ吊りで発見される三人の浪人の死体と、息つくまもなく次々と怪事件が発生。
 その背後に見え隠れするのは、急速に勢力を広げる謎の材木商、暗い陰を背負った美男火消し、そして若い武士の間で絶大な人気を誇る軍学者と、いずれも一癖も二癖もある怪人物ばかり。

 これを向こうに回したどぶの苦闘の果てに待つものは、柴錬作品でもおそらく有数の大陰謀。ラストには静かなる左門までも出陣、出し惜しみなしの一大娯楽編であります。

 この辺り、とにかく面白いのが第一だよ、理屈をひねくっている暇があったら楽しみなさい、と柴錬先生に言われているような気持ちになってきますが、とにかくこの一作のためだけでも本書を読む価値あり、と私は思ってしまうのです。


「岡っ引どぶ(続)」(柴田錬三郎 講談社文庫) Amazon
新装版 柴錬捕物帖 岡っ引どぶ〈続〉 (講談社文庫)


関連記事
 「岡っ引どぶ」 これぞ柴錬捕物帖

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.06.06

「ICHI」第2巻 市の存在感が…

 映画の方は遙か昔に終わってしまいましたが、漫画版はまだまだ続く座頭のお市の物語、「ICHI」の第2巻です。連作短編的であった第1巻に比べ、この巻ではほぼ通しのエピソードとなっており、いよいよ本筋に入ってきた感があります。

 市と十馬の前に現れた青年剣士・伊庭八郎。彼が二人に、そして試衛館の近藤・土方・沖田に持ち込んできたのは、何と皇女和宮の護衛の任。
 和宮降嫁を阻止せんと、長州の桂小五郎らが暗躍する中、長州側に、凄まじい剣技を持つ盲目の剣客がいることを知った十馬は、普段とはうって変わった表情を見せることに…

 と、この巻でかなりの部分を割いて語られるのは、十馬の過去話であります。
 市の相棒とも何ともつかぬ不思議な距離感で、へらへらと脳天気に振る舞いながらも、その実、剣の腕にかけては人並み優れたものを持つ謎めいた十馬ですが、その正体は、何と柳生の血を引くサラブレッド。
 幕末に柳生って…と思われるかもしれませんが、その辺り、十馬の先祖をちょっと面白い人物に設定することにより、因縁付けているのはなかなかうまいところです。

 その十馬が放浪の旅に出ることとなった、その原因の男が敵方の剣客に…というのは定番展開ですが、そこにこれまたこの時代の作品には定番の和宮降嫁ネタを絡め、さらに実在の剣豪たちを引っ張ってきたことにより、なかなか賑やかな物語になってきました。


 が――それはまさに諸刃の剣。十馬、そして歴史上の有名人たちにスポットを当てた結果、この巻ではほとんど完全に市の存在感が薄れてしまっているのです。

 これは幕末もののフィクションにままあることですが、あまりに史実(出来事や人物)がドラマチックすぎて、物語オリジナルの部分が色あせてしまうという状況に、本作も陥ってしまったのかな…と感じます。

 今後、市の過去が語られるようですし、市の存在感が増すことが、物語を史実に負けない面白いものにしてくれることを期待するところです。


「ICHI」第2巻(篠原花那&子母澤寛 講談社イブニングKC) Amazon
ICHI 2 (イブニングKC)


関連記事
 「ICHI」第1巻 激動の時代に在るべき場所は

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.05.30

「乙女虫 奥羽草紙 雪の章」 白い世界の怪異

 兄の仇を追い男装して会津に向かう少女・おりんは、途中の関所で雲助たちに襲われたところを、熊鷹と白い子犬を供にした浪人・楠岡平馬に助けられる。強引に平馬と道連れになったおりんだが、途中の山中で奇怪な甲虫の襲撃を受け、はぐれてしまう。続発する怪事の背後にあるものは…

 鹿毛色の総髪に痩身、常に穏やかな表情を浮かべながらも、刀を抜けばとてつもない遣い手。お供は熊鷹のハヤテと白い子犬のおユキ――そんな謎の浪人・楠岡平馬を主人公としたシリーズ「奥羽草紙」の第一巻が、この「乙女虫」であります。

 この「乙女虫」とは、山中に迷い込んだ男女に襲いかかるという怪虫のこと。この乙女虫、人の頭ほどの大きさの黒い甲殻に朱の模様をもった甲虫、しかも腹には黄色い目と口を持つとくれば、これはもう完全に妖物と言うべき存在です。
 虫嫌いにはたまらない、そして怪物好きには別の意味でたまらないこの怪物の名の由来は、婚礼直前に自害したという、白沢藩の姫君の怨念が凝って生まれたもの…といいますが、しかしその一方で、藩では娘の神隠しが頻発。さてこの両者の関係は――この謎解きが、本作の柱の一つであります。

 そしてもう一つの柱は、「兄の仇」を追うおりんの物語。江戸で遊学していた彼女の兄が、奇禍にあって亡くなることとなった、その遠因となった男と彼女の因縁が語られていくのですが…
 しかし、男とその親友の名が吉田と宮部、そして彼らの知人で、しかも平馬を執念深く追う人物が「鬼の勘兵衛」というのが、歴史好きにはニヤリとできる仕掛けとなっているのも楽しいのです。


 しかし――そんな本作には、正直なところ、大きな欠点が一つ。
 それは、乙女虫の物語と、おりんの物語、さらにいえば平馬自身の存在に、有機的な結びつきがないことであります。

 もちろん、それぞれのエピソードが交錯はしているのですが、しかし重なったり絡み合うことなく、淡々と描かれているのは何とももったいない。
 特に、乙女虫を生んだ姫の悲恋と、おりんの心に眠る感情、二つを絡み合わせれば、さらに面白くなったと思うのですが…


 とはいえ、白い世界を舞台に描かれる怪異と、しかしそれにも負けぬ平馬の陽性の個性は、なかなかに捨てがたいものがあるのも事実。
 シリーズは残り二巻ですが、本作では謎が残った平馬自身の物語の行方は…さて。


「乙女虫 奥羽草紙 雪の章」(澤見章 光文社) Amazon
乙女虫  奥羽草紙 ―雪の章―

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.05.18

「妖たちの時代劇」 好事家向けの怪談集

 2005年に亡くなった歴史研究家・考証家の笹間良彦氏が、普段の著作の傍らに執筆してきたという時代怪奇小説を収録した短編集であります。

 時代考証関係の著作を数多く遺されている方だけあって、作中に登場する事物や風習等の記述はきっちりしたもの。特に甲冑武具の研究や戦国時代の合戦研究を中心とされていただけあって、これらの要素がストーリーの中心となって物語が展開されていく作品も、数多く収録されています。

 さて、本書には21編の短編が収録されているのですが、しかしその内容は、正直に申し上げれば少々微妙…
 題材としてはユニークなものも多く、なかなか珍しい内容のものもあるのですが、小説としての完成度という点では、いささか厳しいものが――上に記した、考証部分が詳細に書かれているだけになおさら――あります。

 「二つ髪の女」「深川の狼男」など、題名だけで、おっと思わされるものも少なくないのですが…(ちなみに後者は、狼の毛皮で猫の蚤取りを営んでいた男が、間男の末に私刑で殺され…という因縁話。確かにウルフヘッドなんですが…なんですが)

 ちなみに本書は、シモの方面にまつわる作品が多いのも特徴の一つ。例えば上記の「二つ髪の女」も、隠し所の毛が頭髪並みに長い遊女の運命を描いた奇瑞譚で、これはこれで存外取り上げられることが少ない世界ではあり、面白いのですが、いよいよアングラ感が漂ってくるのは否めません。

 ネガティブな感想が多くなってしまい恐縮ですが、これは私のような好事家向けの作品ということで、あまり一般の方には勧めにくいな…というのが、これは正直なところです。


「妖たちの時代劇」(笹間良彦 遊子館歴史選書) Amazon
妖(あやかし)たちの時代劇 (遊子館歴史選書)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.05.16

「やわら侍・竜巻誠十郎 夏至闇の邪剣」 これぞ心の柔術

 竜巻誠十郎に課せられた次なる目安箱改め方の任務は、道灌山の幸徳寺門主に関する不穏な噂の調査だった。奇しくも近くの料理屋の女房が狐憑きとなったという事件を追っていた誠十郎は、この二つの間に何らかの関係があるのではと考えるのだが…

 無記名で一度は却下された目安箱への訴えの真偽を探る影の役目、「目安箱改め方」を拝命した柔術遣いの青年とした「やわら侍・竜巻誠十郎」の第二作目が発売されました。
 目安箱改め方の誕生と、誠十郎の最初の活躍を描いた第一作は、ミステリとしての楽しさと、人間ドラマとしての豊かな味わいを兼ね備えた、いかにも翔田先生らしい作品でしたが、その魅力は、今回も変わることなく貫かれています。

 今回の事件は、江戸道灌山の幸徳寺門主が、妖しげな加持祈祷を行い、いかがわしい女たちを連れ込み、果ては本尊を売り払ったという怪しからぬ噂の真偽を巡るもの。
 これが普通の寺院にまつわる事件であれば、わざわざ目安箱改め方が動く事件ではありませんが、幸徳寺の門主は浄土真宗を束ねる重鎮であり、七代将軍の生母にして吉宗擁立にも尽力した月光院の帰依も厚い人物。しかも、数日後には幕閣も列席する法会が開かれるという状況では、噂を看過できぬ…というわけで、誠十郎の捜査が始まることとなります。

 その一方で誠十郎が巻き込まれたのは、寺近くの料理屋の女房が狐憑きとなって夢遊病者の如く夜な夜な歩き回り、近隣では怪火怪音が相次ぐという事件。生来のお人好しぶりと、奇しき因縁から事件の真実を探ろうとする誠十郎ですが、やがてこれがで思わぬ形で幸徳寺の一件と結びつくことに…

 というように、目安箱改め方の任務――すなわち政治の世界での陰謀が、一見無関係に見える町家で起きた怪事と結びつき、その二つを誠十郎が解き明かすというスタイル自体は、本作も同様ですが、何と言っても胸を打つのは、狐憑き事件の背後に存在する哀しい人の想いと、それに対する誠十郎の見事な解決ぶりでしょう。
 詳細はもちろん伏せますが、事件の中にある人々を救うために誠十郎がみせる粋な計らいは、まさに「心の柔術」とも言うべきものではないか――と感じた次第です。

 もちろん、誠十郎が揮うのは、心の柔術だけではありません。刀を手にした相手に対して、無手で立ち向かう誠十郎の想身流柔術の冴えは今回も健在。かつてない強敵を前に、誠十郎が新たな境地に開眼するという剣豪小説的楽しさもあり、まさに至れり尽くせりの内容であります。


 そしてラストでは、第一作から見え隠れしている真の敵がいよいよ前面に現れるであろうことが仄めかされるのですが――その敵との対決は、おそらくは誠十郎自身を襲った悲劇の真実にも繋がるであろうもの。
 悲嘆に暮れる人々を救う誠十郎の心の柔術が、彼自身をも救うことができるのか…それはこれからのお楽しみです。


「やわら侍・竜巻誠十郎 夏至闇の邪剣」(翔田寛 小学館文庫) Amazon
やわら侍・竜巻誠十郎 夏至闇の邪剣 (小学館文庫)


関連記事
 「やわら侍・竜巻誠十郎 五月雨の凶刃」 ロジカルに、そして優しく暖かく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.04.28

「岡っ引どぶ」 これぞ柴錬捕物帖

 飲む・打つ・買うの三拍子揃った岡っ引き・どぶ。一歩間違えれば牢に入る側に回りかねないどぶだが、彼を見込んだ盲目の天才与力・町小路左門は、どぶに次々と怪事件の探索を命じる。どぶの糞度胸と仕込み十手が、隠された奇怪な真実を暴き出す。

 数年前復刊された柴錬先生のこの連作短編集、「柴錬捕物帖」と副題にありますが、捕物帖でも柴錬が書けばこうなる! と言うべき快作であります。

 主人公・どぶは、前歴は侍というほか、氏素性のほとんど知れない男。飲む・打つ・買うと品行方正にはほど遠いが、しかし弱者へのたかりは決してしない硬骨漢でもあります。
 もっとも、強い相手には遠慮せず、かの河内山宗俊と組んで悪徳商人を向こうに回して一勝負やらかすような無茶苦茶なキャラクターは、やはり柴錬主人公といったところでしょうか。

 そしてそのどぶを岡っ引きとして使うのは、盲目ながら眉目秀麗・頭脳明晰の与力・左門。名門の生まれながら病で視力を失い、町奉行所の与力株を買って、独自の立場から怪事件を追う、一種の怪人物であります。

 このどぶと左門、あまりに対照的な二人が挑む事件は、その破天荒なキャラクターにふさわしく、伝奇的な怪事件ばかり。
 この正編に収められているのは以下の三編――
 先祖代々の陰惨な宿業を伝えるという通称・怨霊屋敷に伝わる名刀の行方にまつわる「名刀因果」
 体中の肉が落ちた無惨な白骨死体と、驕慢な将軍庶子の姫君の乱行から浮かぶ地獄図絵「白骨御殿」
 権勢を誇る幕閣の屋敷で次々と起こる怪事件の陰に、綿々と続く壮絶な怨念が蠢く「大凶祈願」
 いずれも、いかにも柴錬先生らしい、奇想に満ち満ちた作品で、粋だ人情だという捕物帖に付き物のそれに背を向けた伝奇ぶりが清々しいばかりです。

 しかしこの三編、いずれも武家屋敷を舞台にした物語で、(それなりの理屈はあるにせよ)町方が武家の事件に…? と思わないでもないのですが、しかしむしろそれこそが主人公が岡っ引きである由縁。

 三編に共通するのは、武家(屋敷)という確固たる世界の内側の因縁・虚栄・偽善の存在と、それにより最後にはその世界が崩壊していく様。
 身分制――というよりインテリゲンチャの負の側面――が生み出した、武家社会の暗部を暴き、崩壊させる役目は、これは武家社会の外側に位置する者がふさわしい、と感じられるのです。

 さらに言えば、負の鎖で縛られた共同体を解体する役目を持つ探偵――ネタっぽく言えば結局犯行を止められない点も含めて――という意味で、どぶには金田一耕助的な立ち位置を感じるのですが、さすがにこれは牽強付会に過ぎるかな。


 地べたから物申す、を体現したようなどぶの活躍は、続編も刊行(こちらはつい先日復刊されたばかり)されていますので、こちらも近日中に取り上げたいと思います。


「岡っ引どぶ」(柴田錬三郎 講談社文庫) Amazon
新装版 岡っ引どぶ (講談社文庫)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.04.04

「カミヨミ」第10巻 新章突入に高まる期待

 明治伝奇ミステリホラーアクション「カミヨミ」も単行本二桁の大台に乗り、第十巻が発売されました。前の巻で衝撃的な急展開を迎えた「女郎蜘蛛」編が完結し、新たなエピソード「将門の首」編に突入、いよいよ物語は佳境に入った感があります。

 東北の隠れ里で人々を支配してきた奇怪な絲神との死闘もほぼ決着に向い、これでこのエピソードも完結…と思ったところに発生した大事件。戦いの中で天馬の体に封印されていた日輪草薙が暴走、それと呼応して絲神の背後にあった真の敵・月輪草薙が、封印の軛を逃れて復活、しかしその姿は――

 「カミヨミ」の最初のエピソードで封印されたもう一本の神剣・月輪草薙のその後については、続く「天狗の神隠し」編で少しだけ触れられましたが、そこでの厭な予感が見事的中し、ここに二つの神剣の、神話めいた地獄絵図が描き出されることになります。

 正直に言って、ここでの月輪の剣の登場はあまりに唐突な印象があり、このまま物語が一気に完結してしまうのでは、とヒヤヒヤしましたが、今回はあくまでも緒戦という扱いで一安心。
 最後の最後に月輪の剣に持っていかれた感のある「女郎蜘蛛」編も、これまでの本作のエピソード同様、一ひねりを加えて実に余韻のある結末を迎え、やはり本作は実によく考えられた作品、という印象を再び受けました。
(よく考えられた、と言えば、月輪の剣に対する帝月の禁断の技の中身というのが、またえぐい上にこのエピソードの内容に即したもので、うならされた次第)

 そして始まるのは、あの平将門公にまつわる物語。天馬が修行のために鞍馬山に籠もり、力を使い果たした帝月が昏睡を続ける中、将門公ゆかりの地で次々と起きる殺人事件の背後に、この世にあってはならない存在の陰を感じ取った零武隊は捜査を開始するのですが…

 実のところこの第十巻のほとんどで、この新エピソードが展開されているのですが、まだまだプロローグ――あるいは「女郎蜘蛛」編を受けてのリスタート――といった印象で、まだまだ全貌が見えないのが正直なところ。
 今までのパターンだと、これはこの人物が怪しいよな…というのはありますが、さてその予想が当たりますかどうか。

 月輪の剣という、全編を貫くであろう強大な敵が現れましたが、しかし将門公はそれにも負けない存在感であるのは間違いのないところ。この先の展開が楽しみ…ってラスト一ページでまたとんでもない話が!?


「カミヨミ」第10巻(柴田亜美 スクウェア・エニックスガンガンファンタジーコミックススーパー) Amazon
カミヨミ 10 (Gファンタジーコミックススーパー)


関連記事
 「カミヨミ」第1-2巻 これを伝奇と言わずして何を…
 「カミヨミ」第3-5巻 天狗が招く異界の果てに
 「カミヨミ」第6-8巻 小品ではあるけれど…
 「カミヨミ」第9巻 まさかまさかの急展開!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.04.02

春の若さま二題

 ちょっと趣向を変えて、先月刊行された「若さま」を冠する作品を新旧二つご紹介しましょう。

 まずは新の方は、風野真知雄先生の「若さま同心徳川竜之助」シリーズの最新刊「飛燕十手」。
 前作「秘剣封印」で、柳生新陰流最強の刺客を破ったものの、自身も心に深い傷を負った竜之助は、次々と敵を呼ぶ己の葵新陰流・風鳴の太刀を封印することを決意します。

 しかし危険と隣り合わせの同心稼業、自分の剣を狙う刺客もまだ現れかねない状況で、戦いの手段を捨てるのも自殺行為。それならば、同心ならではの武器と言えば…ということで、新たなる必殺技を生み出そうとする竜之助の苦闘が、いつもの怪事件・珍事件捜査と並行して描かれることとなります。

 そして誕生した技はタイトルに示される通りですが、何となく堀江卓先生辺りの昔の時代劇漫画的イメージなのはご愛敬。最近の十手ものではちょっと珍しいノリの必殺技で、いかにも本シリーズらしい人を食ったものと思えます。

 ただしこの巻、個々の事件は解決しているものの、展開された伏線が幾つか回収されておらず、思い切り次の巻に引いているのがちょっとすっきりしない印象。それだけ楽しみが続くということではありますが、中継ぎ的印象は否めません。


 さて、一方旧の方はと言えば、もちろん城昌幸先生の「若さま侍捕物手帖」シリーズ。ランダムハウス講談社からの短編集の刊行は順調に進み、第三巻の登場であります。

 今回収録されているのは、「まんじ笠」「恋の闇路」「一文惜しみの百知らず」「威しぶみ」「猫の弁当」「濡れごと幽霊」「ビルゼン昇天」「罪つくり」の全八編。うち、巻頭の「まんじ笠」は中編というべきボリュームの作品です。

 「まんじ笠」では珍しく(まあ中長編では珍しくないのですがそれはさておき)江戸を離れてぶらりと旅に出た若さま、実は大名家の姫が行方知れずとなった事件の探索を依頼されて…という寸法なのですが、行ってみた先で巻き込まれたのは、博徒同士の争いというのがちょっと面白い。

 片一方の博徒は、言葉本来の意味通り二足の草鞋を穿いた親分で、これはまあ定石通り悪玉。もう一方は、悪玉に対するのですから、気っ風の良い善玉で…しかし、そんなステロタイプな舞台でも、若さまが絡んでくるだけでややこしく、そして面白くなるのはいつもの通りであります。
 推理ものとしてはずいぶん大雑把な内容ではありますが、しかしそれでも楽しめてしまうのは、この若さまのキャラクターと、城先生の巧みな文章あってのことでしょう。

 その他の短編も、お話のパターンとしては、推理もののお手本のような作品ばかりなのですが、しかし作品毎にシチュエーション、キャラクターに趣向が凝らされているのが楽しいところ。
 「濡れごと幽霊」の生々しくもおかしな人物関係、「一文惜しみの百知らず」の強烈な父親のキャラクター等々、決して平凡な作品ではありません。


 ちょいと強引ではありますが、まとめて紹介させていただいた新旧二人の「若さま」。この二作以外にも、「若さま」は時代小説界に幾人も存在しますが、昔から、そして今なおこうして「若さま」が描かれているというのは、やはりそれだけ魅力的な存在ということなのでしょう。いつか、「若さま」ものの研究をしてみたら面白いかもしれませんね。


「若さま同心徳川竜之助 飛燕十手」(風野真知雄 双葉文庫) Amazon
飛燕十手―若さま同心徳川竜之助 (双葉文庫)
「若さま侍捕物手帖」第3巻(城昌幸 ランダムハウス講談社文庫) Amazon
若さま侍捕物手帖三 (ランダムハウス講談社時代小説文庫)


関連記事
 「若さま同心徳川竜之助 消えた十手」 若さま、ヒーローになれるか?
 「若さま同心徳川竜之助 風鳴の剣」 敗者となるべき剣
 「若さま同心徳川竜之助 空飛ぶ岩」 柳生新陰流、意外なる刺客
 「若さま同心徳川竜之助 陽炎の刃」 時代ミステリと変格チャンバラの快作
 「若さま同心徳川竜之助 秘剣封印」 バランス感覚の妙味
 「若さま侍捕物手帖」第1巻 まだ触れたことのない若さま
 「若さま侍捕物手帖」第2巻 キャラものとして、推理ものとして

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.03.29

「BRAVE10」第5巻 いきなり大将戦?

 順調に巻を重ねて「BRAVE10」も第五巻。前巻までで八人が集結した真田の勇士たちですが、ついにこの巻で残り二人が登場…? というところまで辿り着きました。

 と言いつつ、今回物語の中心で大暴れしていたのは、オッサンこと真田幸村。
 今までは十勇士の主君らしく…はあまりなかったかもしれませんが、一歩引いたところで戦いを見守っていた感のある幸村の実力の一端を見ることができます。

 と言っても、合戦があったわけでも、ましてや幸村自らが刀を手にして敵と戦ったわけでもありません。
 幸村の活躍の舞台となるのは、家康主催の伏見での茶会。己の天下人たるを見せつけるために諸大名を招いて開かれたこの茶会で、座興の剣舞と称して幸村を挑発したのは、かの独眼竜政宗――

 この物語の核心である奇魂を巡り、これまで幾度となく激突してきた真田・伊達の、いわばこれは大将戦。座興とはいえ、当然ただですむはずはないのですが…
 ここでの幸村の振る舞いがまた、何とも「らしい」ものなのが実に楽しい。飄々と人を食った、しかし底の知れない幸村のキャラクターがよく出ていたと思います。

 キャラクターと言えば、この茶会に集まった諸大名――の中でも特に石田三成と直江兼続――がまた、実にこの漫画らしいビジュアルと性格。はっきり言ってしまえば、お堅い歴史ファンが見たら目を三角にして怒りそうなアレンジなのですが――
 私個人としてはこういうの大好物ゆえ、大いに楽しませていただきました。兼続がまた兼続らしくて…


 さて、物語の方は、京行きの途中で爆弾小僧・望月六郎改め弁丸を仲間に加え、十勇士もこれで九人。
 そしてラストでは真田主従絶体絶命の危機に、十勇士最後の一人が登場…? という場面でヒキで、次の巻ではいよいよ十勇士勢ぞろいということに相成りますか、これは楽しみです。


 それにしても、この巻、冒頭からなんかものすごく読者サービス的な露天風呂大会で驚きましたよ。
 そして存在自体が読者サービスみたいになってきた鎌之介イイヨイイヨー


「BRAVE10」第5巻(霜月かいり メディアファクトリーMFコミックス) Amazon
BRAVE10 第5巻 (MFコミックス フラッパーシリーズ) (MFコミックス フラッパーシリーズ)


関連記事
 「BRAVE10」第一巻 期待度大の新十勇士伝
 「BRAVE10」第二巻 信頼という名の原動力
 「BRAVE10 ドラマCD」 見事なまでに鉄板な
 「BRAVE10」第3巻 彼女を中心に――
 「BRAVE10」第4巻 そして八番目の勇士

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.03.03

「無限の住人」第24巻 二人の凶獣

 最終章に入ってから盛り上がりっぱなしの「無限の住人」の最新第24巻で描かれるのは、凶人・尸良と万次の血戦。万次に対して異常な執着を見せる尸良の新たな力の前に苦戦を強いられる万次と凛の運命は…

 変人変態の少なくない本作において、まず出くわしたくない筆頭である尸良。その尸良が不死身に…という展開は、正直なところ不死力解明編のラストで万次の腕を奪って消えた時点で予想できましたが(そして引っぱるだけ引っぱった不死力解明編の身も蓋もない結論にガックリときましたが)、しかし、一番不死になってはいけないような男が不死になってしまったのは間違いのない話。

 真冬の水の中に凛を沈め、その息の根が止まる前に自分を倒せと迫る姿は、なんというか、冷静に考えると男塾チックなものがありますが、そんな阿呆な感想も吹っ飛ぶほど、絵のクオリティは相変わらず――いやこれまでにも増して高い。
 万次も尸良も、ただ得物を手にして立つだけで実に絵になるものです。

 しかし体質は同等で剣力はほぼ互角、共に同じ隻腕…となれば、勝負を分けるのは精神――気合いの問題ですが、その点で万次を上回ったのは尸良の妄執。凛を助けようと焦る万次は、更なる罠の前に凛ともども絶体絶命の危機に…というところで思わぬ(?)助っ人の登場に、いよいよ状況はわからなくなりますが、しかし個人的に気になるのは、この万次を追い詰めた後に尸良が見せる、人間らしい表情と述懐。
 それまでの狂気が嘘のようなその姿は、あるいは彼らしい気まぐれの一つなのかもしれませんが…尸良についてはその他にも、いくつか違和感、ひっかかりを感じる部分があったのですが…さて


 と、ほとんどを万次対尸良に費やされてしまったために割を食った感がありますが、見逃せないのはこの巻の冒頭での逸刀流・馬絽祐実の大暴れ。前巻からの続きで、江戸城脱出の途中に番士たちに捕らわれた馬絽が見せる、凄まじい剣技たるや…!

 帯で凶獣と評されているのは尸良ですが、手負いの状態から十人以上の番士を向こうに回し、斬るというより粉砕するというのが相応しいような颶風の如き大殺陣を演じた馬絽もまた――その精神のあり方も含めて――凶獣と呼ぶに相応しいと感じます。

 そして、その大殺陣の描写もまた素晴らしい。アクロバティックな殺陣の描写には連載当初から定評のある作品ですが、数ページに渡って描かれるその描写には、まだこのような手があったか! と大いに感心いたしました。
 現実的ではない、と言う方もいるかもしれませんが、作品の中で描かれたものこそが、漫画における現実。ここで描かれた馬絽の大殺陣は、まぎれもなく現実の迫力と重みを持って感じられるものであったと感じます。


 …今までニセ万次とか言っててごめんね。


「無限の住人」第24巻(沙村広明 講談社アフタヌーンKC) Amazon
無限の住人 24 (24) (アフタヌーンKC)


関連記事
 再び動き始めた物語 「無限の住人」第18巻
 「無限の住人」第19巻 怒りの反撃開始!
 「無限の住人」第二十巻 不死力解明編、怒濤の完結!
 「無限の住人」第二十一巻 繋がれた二人の手
 「無限の住人」第二十二巻 圧巻の群像劇!
 「無限の住人」第23巻 これまさに逸刀流無双

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.02.28

「完全版 本朝奇談 天狗童子」 帰ってきた物語

 ある晩、上州否含山の山番で笛の名手の老人・与平のもとに、大天狗とカラス天狗・九郎丸が現れた。九郎丸に笛を教えて欲しいという依頼を引き受けた与平は、天狗の力を与えるカラス蓑をはがされて普通の少年の姿となった九郎丸と一緒に暮らす内に、九郎丸を人間として生かしたいと考え始める。ついにカラス蓑を焼いてしまった与平は、その咎で大天狗の裁きを受けることとなるが、そこで与平が聞かされたのは、九郎丸の出生の秘密と、意外な依頼だった。

 室町後期を舞台とした、童話めいた味わいのファンタジー「天狗童子」が、完全版となって帰ってきました。本作については、以前もこのブログで紹介したところですが、完全版と聞いては見逃せず、ここに取り上げた次第です。

 本作の内容は、基本的に前の版とほとんど変わりませんが、最大の違いは、終盤で語られる、その後の九郎丸の物語が、より詳細なものとなったことであります。
 完全版のあとがきによれば、前の版で、九郎丸のその後の描写が少なかったことへの不満がずいぶんと集まったようで――私もブログで「些か駆け足となった感もありますが」と書いていたのを思い出します――作者自身も残念に思っていたことから、その部分を補ったのがこの度の完全版、とのことです。


 さて、久々に手に取った本作は、やはりどこまでもおだやかでのどかな味わいで、読んでいてほっとさせられる作品なのは相変わらず。善意の固まりのような与平じいさん、やんちゃながら子供らしい純粋さを持つ九郎丸と茶阿弥、彼らを見守る大天狗たち…物語の舞台となるのは、下克上の風潮が始まった血生臭い時代ですが、そんな中で、彼らの周りは、まるで天狗たちが住まう「瓢洞天地」のように、別世界のような温かさがあります。

 しかし、やがて九郎丸たちは、その人間たちの世界、戦塵にまみれた俗世に帰っていくこととなります。
 それがこの完全版の追加部分になるわけですが…当時の関東周辺を巡る、人間たちの勢力争い――そこには、当然ながらそれなりの人死にが伴うわけですが――の様子を描きながらも、物語の雰囲気を大きく変えることはなく、そんな世界の中で成長していく九郎丸たちのその後の姿が、穏やかな筆致で描かれていきます。


 正直なところ、この追加部分はあくまでも追加部分であって、結末が大きく変わるわけではなく、驚くような展開が待っているわけではありません。今になって贅沢なことを言えば、あまり細部を書かない方が、色々と想像の余地があったかな…と思わないでもありません。そこは読み手の好きずきでしょう。

 しかし、どれほど世の中が動き、人が変わっていこうとも、変わらず自分の帰りを待っていてくれる人が、場所があるというハッピーエンドの味わいは、人間世界を描く部分が増した分、より強く感じられると思います。


 軽装版になったということもあり、未読の方は大人から子供まで是非手に取っていただきたいと思いますし、前の版をご覧になった方も、やはりもう一度手にとって、この素晴らしい世界を再訪して欲しいと感じたところです。


「完全版 本朝奇談 天狗童子」(佐藤さとる あかね書房) Amazon
完全版・本朝奇談(にほんふしぎばなし)天狗童子


関連記事
 「天狗童子 本朝奇談」 異界からの乱世への眼差し

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.02.26

「若さま侍捕物手帖」第2巻 キャラものとして、推理ものとして

 先月刊行開始されたランダムハウス講談社文庫の「若さま侍捕物手帖」の第二巻が発売されました。先に紹介いたしました徳間文庫の「人魚鬼」と合わせて長短二冊の若さまの活躍が楽しめるという、ファンにとっては誠にありがたいお話であります。

 この第二巻には、中編一、短編八の計九編が収録されていますが、通読して改めて気付かされるのは、推理ものとしては言うまでもなく、キャラクターものとしての本シリーズの楽しさ。

 これは存外触れられないことですが――当たり前の話であるからかもしれませんが――いわゆる捕物帖にとって、謎解き、情緒・人情に並んで、大きな要素は主人公と仲間たちのキャラクター性ではないかと私は感じています。
 主人公は単に謎を解き事件を解決するだけの存在ではなく、一個の個性的な人物として存在し――その個性が捕物帖の魅力のうち、大きな部分を占めていることは、捕物帖ファンであれば頷いて下さるのではないかと思います。
 まあ、これは捕物帖に限らず、連作シリーズものの共通項かもしれませんが…(そう考えると、比較的キャラクター性の薄い半七親分は、実はかなり異色の存在なのかもしれません)

 その点、若さまのキャラクターの強烈さは、言うまでもありません。
 普段は日がな一日盃片手に暮らしながら、事件を耳にすれば明察神のごとし――というのは探偵であればある意味当然のこと。それだけではなく、普段は侍らしからぬ伝法な口調で通しながら、ふとした拍子に生まれながらに高位にある者の鷹揚さを見せ、幕閣や大名と対等に言葉を交わし…酒の抜ける時がないのではという有り様ながら、武術体術に対しては驚くような冴えを見せ、それでいて滅多に刀は抜かず、人も傷つけず…
 まずはスーパーマンでありながら、しかし何とも言えぬ親しみと魅力をこちらに感じさせる――一切のバックグラウンドというものを見せないにもかかわらず――それが若さまという人物であります。

 本書に収録された作品においては、いずれもそんな若さまのキャラクターの魅力が出た作品ばかり。若さまを含めてほとんどトリオと言って良さそうな、御用聞きの遠州屋小吉と船宿の看板娘・おいとの三人の会話の楽しさは、また格別であります。


 しかし、こんなことばかり言っていては、逆に本シリーズがキャラクターの魅力に寄りかかっただけと誤解されるかもしれませんが、もちろんそれが事実ではないのも、言うまでもない話です。
 本書に収録された作品で言えば、唯一の中編「まぼろし力弥」など、その分量に相応しく入り組んだ謎が提示される一作。美男役者・力弥が、同じ日に別々の相手と心中を行い、しかも深手を負ったはずの力弥自身は、いずこかへ姿をくらまして――という奇怪な事件を描いた本作は、一種の人間消失ものではありますが、そこに二つの心中事件が絡み、さらに後にはまた…という、一ひねりも二ひねりもある物語構造が実に興趣に富んでおり、推理ものとしての若さまを堪能させてくれます。

 もう一編、推理ものという観点から特に楽しめるのが、巻末に収録された「別れ言葉」。宴席で、同席者に律儀に別れの挨拶を告げてから毒を呷った男の死の真相を追う本作は、トリック自体は珍しいものではないものの、その謎と真犯人を暴き出す若さまの手法がなかなかに面白く、ちょっと洒落た味わいの作品かと思います。


 ちなみに――上記の「まぼろし力弥」に登場する印象的な登場人物の、その後の姿らしき人物が「人魚鬼」に登場しているのも面白いところ。
 「まぼろし力弥」の内容を考えれば、果たしてどうかしらんと思わないでもありませんが、同一人物だとしたらなかなか粋なゲスト出演ですし、さらにその二作が同じ時期に復刊されるというのも、面白い偶然ではありませんか。


「若さま侍捕物手帖」第2巻(城昌幸 ランダムハウス講談社文庫) Amazon
若さま侍捕物手帖二 (ランダムハウス講談社時代小説文庫) (ランダムハウス講談社時代小説文庫)


関連記事
 「天を行く女」 若さま侍、伝奇世界を行く
 「若さま侍捕物手帖 縄田一夫監修・捕物帳傑作選」 若さま久々の復活
 「若さま侍捕物手帖」第1巻 まだ触れたことのない若さま
 「人魚鬼」 幻の若さま伝奇復活!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.02.12

「人魚鬼」 幻の若さま伝奇復活!

 ある晩、突然の闇討ちにあった青年剣士・小森新太郎。そこで腕前を見込まれた彼は、丹波青山家の江川了巴なる老人から、高禄で仕官を持ちかけられる。その任は、青山家のうつぼ姫を、人魚島まで護衛すること――人の欲が入り乱れる中、若さまも登場、人魚島の謎に挑む。

 今年はどうやら「若さま侍捕物手帖」シリーズファンには至福の年のようです。一月からの短編集の連続刊行に続き、この二月には幻の長編であった本作「人魚鬼」が刊行の運びとなったのですから。

 以前に述べたように今なお全貌の見えない本シリーズですが、その理由の一つが、なかなか再版の機会に恵まれないこと。本作も、実に五十年以上前に刊行されたきりで、古書店でもなかなか見つからない一冊でした。
 それが今回、こうして徳間文庫から刊行されたのはまさに欣快の至り。それは単に本作が若さまシリーズの幻の長編だというだけでなく、実にユニークな伝奇時代小説であるからであります。

 ここで本作の内容に目を向ければ、実質の主人公は、ごく普通の――人並みはずれた剣の腕を持つとはいえ――浪人である新太郎青年。その彼が、ある時突然に怪老人に誘われ、絶世の美姫を護って謎の人魚島に向かうことになります。
 八百比丘尼をはじめとする不老不死と人魚の伝説――その源であるという人魚島に眠る不老不死の秘法を巡り、新太郎は様々な勢力の思惑が入り乱れる争いのただ中に放り出されるのです。

 と、ここまで見ればわかる通り、本作は伝奇時代小説の王道――善男善女がある日突然奇怪な事件に巻き込まれ、秘密と陰謀に満ちた冒険のただ中を行くことになる――そのもの。
 今では「古き良き」という言葉を冠したくなるような、そんな物語であります。

 と、そんな本作における若さまのスタンスは、本人が自分で言っているとおり「いわば弥次馬というやつ」。
 密かに進行する事件の存在を知った若さま、暗闘の旅に出た主要登場人物たちを追って、自分もぶらりと普段の姿で旅に出て、要所要所に顔を出して物語をかき回していきます。

 これでは一歩間違えると若さまはおまけのようですが、しかしどんな陰惨な事件も深刻な事態も、そこに顔を出すと、何だか印象が和らぐのが若さまの人徳。
 本作も、色欲・金銭欲・権勢欲などなど様々な欲が絡む物語ですが、そこに「ハッハッハ!」といつもの明朗な笑い声と共に現れる若さまのお陰で、ずいぶんと暗いイメージは薄れて、ユニークなエンターテイメントとして成立しているのです。


 伝奇時代ものとしての王道を行きつつ、そこに若さまという存在を投入することで、物語に一ひねり加える――そして同時に、伝奇要素にも負けない、若さまの強烈なキャラクター性を描く――という、そんな職人芸的な楽しさに溢れた本作。

 冷静に見ると、中盤のロードノベル展開がチト長かったり、ラストに明かされる真実が身も蓋もなかったりと突っ込みどころはそれなりにあります。
 しかしそれもさほど気にならないのは、これはファンゆえの盲目さか――いやいや、若さまの人徳というものでしょう。

 今は、本作に止まることなく、幻の若さま作品の刊行が続くことを心から願っている次第です。


「縄田一男監修・捕物帳傑作選 人魚鬼」(城昌幸 徳間文庫) Amazon
人魚鬼―若さま侍捕物手帖 (徳間文庫)


関連記事
 「天を行く女」 若さま侍、伝奇世界を行く
 「若さま侍捕物手帖 縄田一夫監修・捕物帳傑作選」 若さま久々の復活
 「若さま侍捕物手帖」第1巻 まだ触れたことのない若さま

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.01.29

「若さま侍捕物手帖」第1巻 まだ触れたことのない若さま

 ことある毎に書いていますが、いわゆる捕物帖の中で私が最も好きなのは、城昌幸先生の「若さま侍捕物手帖」シリーズ。正体不明の「若さま」が、船宿の二階座敷でごろごろしながら、持ち込まれる謎を快刀乱麻を断つごとく解決していくという趣向の時代ミステリであります。
 今回、この「若さま侍捕物手帖」が、ランダムハウス講談社文庫より、全六巻で刊行とのこと、その第一巻が先日発売されました。

 この「若さま侍捕物手帖」という作品、いわゆる五大捕物帖の一つに数えられ、これまで幾度となく映画化・TV化されてきた、それなりにメジャーなシリーズではありますが、しかし、五大捕物帖の他の作品と決定的に状況が異なる点が一つあります。
 それは、いまだにシリーズの全貌が明らかになっていないこと――昭和十四年に、本書にも収められた第一作「舞扇の謎」(旧題「舞扇三十一文字」)が発表されて以来、戦前戦後を通じて、実にその作品数は数百に及ぶ本シリーズですが、その多さゆえか、様々な媒体に掲載されたゆえか、いまだに完全な作品リストが存在しないという異常事態であります。
(ある作品を微妙にリライトして別題付けている作品などもあって、もう大変)

 そんなこともあってか、現在簡単に読むことができない作品がほとんどである本シリーズ。現在では、春陽文庫から刊行されている五冊と、あとは徳間・中公・光文社の文庫からそれぞれ一冊ずつ刊行されている版くらい。それ以外の作品については、古本屋やオークションを当たるしかなかったわけですが…
 ここで今回刊行されるランダムハウス講談社文庫版は、かつて桃源社から刊行されていた(当然今では絶版の)全十二巻本から採られた作品、それもできるだけ他の文庫に未収録の作品を集めたものという、私のような根性のないファンには涙ものの素晴らしい企画。このような企画を実現させて下さったランダムハウス講談社には、心より感謝の意を捧げます。
(個人的には先日、桃源社版の一揃いをオークションで競り負けたばかりだからなおさら嬉しい…)


 さて、本書に収められたのは全部で十三篇。いずれも短編であります。
 正直なところ、今の目で見ると、ミステリ的にはずいぶんとプリミティブな内容で――その上、タイトルでネタ割れしている作品もあったのには吃驚しましたが――その向きの方にはあまりお薦めできない面もあるのですが、しかし、当時の読者層や掲載媒体を考えれば、これはまあ仕方のないところでしょう。

 もちろん、そんな中でも、常磐津の師匠の家の野次馬に加わったことから、若さまが人間消失事件の謎を解き明かす「尺八巷談」、陰惨な一家連続殺人の犯人を、季節はずれの花一輪から突き止める「甘利一族」などは、ミステリ的にも見ても十分に面白い。
 前者は、トリック自体はさほど珍しいわけではないものの、謎が明かされてからもう一度読み返すと、きちんと全て謎の鍵が冒頭から提示されているフェアさが嬉しいし、後者は、犯人の正体自体はさして意外ではない(というか結構無理がある)ものの、若さまの推理の鮮やかな過程が魅力です。

 そして、収録作の分量を見てみれば、今の活字の大きな文庫本で一話あたりわずか二十数頁。
 そんな中で、物語の起承転結にミステリ的仕掛け、そして何よりも若さまの楽しいキャラクターをきっちりと書き込んで、各作品をそれなりに読ませる作品として成立させているのは、これは城先生一流の筆によるものというほかないでしょう。


 それにしても――暗い世情に厭な事件が相次ぎ、皆何かしらの屈託を抱えて生きざるを得ないような今の世の中では、べらんめえ口調も爽やかに、どこまでも屈託なくその日を暮らしながら、人情の機微に通じる粋な裁きを見せる若さまの存在が、改めて大きく感じられます。
 残り五巻、まだ触れたことのない若さまの活躍を、楽しみに待っている次第です。


「若さま侍捕物手帖」第1巻(城昌幸 ランダムハウス講談社文庫) Amazon
若さま侍捕物手帖一 (ランダムハウス講談社時代小説文庫)


関連記事
 「天を行く女」 若さま侍、伝奇世界を行く
 「若さま侍捕物手帖 縄田一夫監修・捕物帳傑作選」 若さま久々の復活

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.01.16

「隠密利兵衛」(その二) 死闘の中に浮かぶ人間像

 昨日からの続き、「隠密利兵衛」収録のうち、残り三篇の紹介です。

「いのしし修蔵」
 四話目に収録されているのは、猪駆除の一大事業に揺れる対馬藩の様を背景に描かれる、ある男の数奇な一生を描く作品。
 少年時代から兵法に異常な天稟を示した対馬藩士・曲修蔵は、しかしそれ故の増冗漫から単身猪の群に挑み、重傷を負って不具の身と成り果てます。
 己の居場所をなくし、家を飛び出した修蔵が、元忍びの不思議な老人の下で修行した末に達した境地――それは、空の空とも言うべきものでありました。

 倨傲の輩が修行の末に完成した人格の人物となる、というのは剣豪小説の定番中の定番ではありますが、本作では修蔵が経験する様々な事件の描写がいかにも柴錬チックで楽しめるのと同時に、物語の背景であり、修蔵の運命を大きく変えた、対馬藩の公共事業としての猪狩りの設定も面白く、決して陳腐な物語ではありません。
 何よりも、修蔵の心情を、特に晩年には最小限に抑えた客観的な描写が、本作に独特の味わいを与えています。


「白猿剣士」
 五話目は、白狼流を名乗る邪剣士・大棚三郎太が、宿敵である白猿流の瀞無二斎との最後の決闘に至るまでの姿を描いた作品ですが、三郎太の存在は、通常の剣豪小説であれば、悪役そのものであるのが面白い、というか衝撃的、というか…
 神仏を畏れる心を持たず、ただ兵法を己の力を誇示するものと信じ、ことさらに俊英・麒麟児と呼ばれる相手(それも自分とは対照的に颯爽とした男ぶりの者ばかり)を次々と血祭りに上げる――その凶行は、まさしく時代小説の悪役に相応しいものであります。
 しかしながら、柴錬先生のどこか淡々とした筆致を通して浮かび上がってくるのは、三郎太のこの言動も、兵法者として、剣に生きる者として一つの典型であるということ。彼の姿は、悪役という分かり易い言葉よりもむしろ、剣聖のネガとして評されるべき…と感じられます。そしてそれだけに、本作のタイトルが「白狼剣士」ではないのが、強烈な皮肉として感じられることです。


「会津の小鉄」
 本書の掉尾を飾るのは、今なお組織の名としてその名を残す会津の小鉄。単なる町人の子が、幕末の混乱期に、頭角を現し、京に冠たる一大勢力の長となる――というのは、これはこれで面白い題材ですが、しかし剣鬼というには違和感がある。さらに言えば、柴錬先生はこの手の人物が大嫌いであったはず…ではありますが、一読、その疑問は氷解します。

 義理も人情もなく、ただ己の欲望の赴くままに暴れ回る小鉄。その、人間悪を凝り固めたような前半生には、陰ながら彼を護る一人の剣客の姿があった…というのが、本作の趣向。
 自ら「この世で最も嫌いなたぐいの男」「本当はお前を斬りたかった」と小鉄に対し吐き捨てながらも、なお彼を守り続ける浪人剣士・早小場安六こそが、本作の真の主人公であると、読者はやがて気付くのです。
 ひたすら没義道に生き続ける小鉄と、たった一つの恩義のために、己の信条に反しようと孤剣を振るう安六…その生涯はあまりに対照的であり、そしてどちらの名が歴史に残ったかと思えば、複雑な気持ちにもなりますが…しかし、どちらが人として望ましき生き方、在るべき身の処し方として、作者が考えているかは明らかでしょう。
 なるほど、剣鬼でもない、おそらく作者も嫌っているであろう類の人物を主人公としたのは、このためであったかと感心させられた次第です。


 以上六話、描かれる「剣鬼」の姿は様々ですが、生死を賭けた死闘の中に、人間の生の姿が――そして人間のあらまほしき姿が――浮かぶのは共通した点でしょう。
 柴田錬三郎先生が、単なる剣豪作家ではなく、透徹した人間観察の眼を持っていたことの、本書は一つの証拠と言ってもよいかと思います。


「隠密利兵衛」(柴田錬三郎 新潮文庫) Amazon


関連記事
 「剣鬼」(その一) 己を曲げることなき男たち
 「剣鬼」(その二) ただ己自身が選んだ道を
 「無念半平太」(その一) 兵法・剣士・武士様々
 「無念半平太」(その二) アンチテーゼとしての剣鬼
 「隠密利兵衛」(その一) 剣鬼として、人間として

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.01.15

「隠密利兵衛」(その一) 剣鬼として、人間として

 新潮文庫に収められた柴錬「剣鬼」シリーズ第三弾は、全六話を収めた「隠密利兵衛」。今回もまた、二回に分けて収録の各作品を紹介したいと思います。

「霞の半兵衛」
 まず一話目は、槍の達人・桜井半兵衛を主人公とした作品から。気づく方は気づくかと思いますが、半兵衛は、かの鍵屋の辻の決闘で荒木又衛門に敗れた人物。彼が何故又衛門と戦うこととなったのか…
 まず冒頭から驚かされるのは、半兵衛が柳生連也斎(実のところ、年代的には父親の兵庫助の方ではないかと思うのですが)の愛弟子であったという設定。しかし彼は柳生十兵衛との対決を望んだため、破門とされてしまいます。そこまでして対決に固執した半兵衛の前に、十兵衛に代わり現れたのは、江戸柳生の秘密兵器・荒木又衛門! この時から半兵衛と又衛門の因縁が始まった、という伝奇的展開がたまりません(更に言えば、半兵衛の槍術の最初の師の正体も素晴らしい)。
 鍵屋の辻の決闘の背後に、大名と旗本の争いを見るのは既に常識に近いですが、尾張柳生と江戸柳生の確執を持ってくるのは、さすがに柴錬先生です。

 しかし――そんな展開を経た末に、又衛門との最後の決闘に臨んだ半兵衛を待つのは、あまりに惨い結末。血気に逸り暴走する若者には冷たいところのある柴錬先生ですが、それにしても…結末の、あまりに皮肉かつ残酷な十兵衛と又衛門の会話が、強く印象に残ります。


「叛臣十内」
 一話目が剣鬼のある側面を描き出しているとすれば、本作は、また別の側面を描き出していると言えるでしょう。諏訪藩の御家騒動を舞台に、相争う勢力の一方に仕えてその命を散らした男・和久内十内の物語であります。
 庄屋の子として生まれながらも、ある日凄まじい針の技を遣う旅の盲人と出会ったことから、独自の兵法を会得を会得した十内。偶然、藩内で権力争いを繰り広げる一方の領袖の命をその技で救った十内は、その下に仕えることになるのですが…

 主の命を守るためにはためらいなくその刃を振るいながらも、政敵を暗殺するための刺客となることを拒む十内。主に仕えても走狗とはならぬという十内の思いは、彼を死地へと追いやることとなりますが、しかし、その凛乎たる生き様には、見事なる士の姿があります。
 武士の身分に生まれた者たちが醜い権力争いを繰り広げる中で、農民あがりの男が、武士として素晴らしい生き様を見せる――剣に生き剣に死する者を剣鬼と呼ぶのであれば、十内はまさしくそれでありますが、しかしその姿には、柴錬先生の理想とする人間の姿が見て取れるのです。


「隠密利兵衛」
 本書の表題作である本作は、人から送られてきた武者修行日誌を柴錬先生が読み、印象に残ったエピソードを語るという、一風変わったスタイルの作品。
 当田流の達人である津軽藩士・浅岡利兵衛が、病を理由に致仕し、武者修行の旅に出た先で出会う達人たちのエピソードが、淡々とした筆致で描かれていきます。
 利兵衛が出会った各地の達人は、いずれも見事な武術の腕を持つだけでなく、武士として、いや人間として完成された人々ばかり。(この言葉はあまり好きではないですが)品格を持って生きる者の美しさが、彼らの姿からは伝わってきます。

 柴錬先生は、眠狂四郎に代表されるように、剣禅一如などとは無縁の殺人剣の遣い手を描く一方で、武術というものが人間の心に及ぼす作用の中で最も好ましいものの存在をも、描き続けてきました。
 本作で、己の真の使命を擲ってまで、兵法者として生きることを選んだ利兵衛の姿は、まさにそれに触れた故、とも言えるように感じられます。
 もっとも、そのために己の命をも賭けて恬然たるその姿は、やはり剣鬼と呼ぶべきかもしれませんが――

 明日に続きます。


「隠密利兵衛」(柴田錬三郎 新潮文庫) Amazon


関連記事
 「剣鬼」(その一) 己を曲げることなき男たち
 「剣鬼」(その二) ただ己自身が選んだ道を
 「無念半平太」(その一) 兵法・剣士・武士様々
 「無念半平太」(その二) アンチテーゼとしての剣鬼

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.01.09

「ネリヤカナヤ 水滸異聞」第2巻 帰ってきた林冲!

 異色水滸伝コミック「ネリヤカナヤ」の第二巻がついにと言うかようやくと言うか、発売の運びとなりました。
 第一巻が発売された後、版元の破産で続巻の商業出版での刊行(本作は元々は同人誌として発表されている作品であります)がかなり難しくなったと思われたところに、版元をメディアックスに移しての続行というのは、ファンとしてはまことに嬉しくありがたい話であります。

 それはさておき、この二巻では、前半で登州の毛家を巡る争いが、後半では高キュウを除かんとする王進たちの死闘が描かれることとなります。
 ここで水滸伝ファンであれば「?」となるか「!」となるかと思います。登州の毛家と言えば、原典では中盤(のはじめ辺り)に描かれるエピソード。しかも原典のこの件では林冲は全く関わってこないのですから。

 しかし本作の林冲の設定を見直せば、彼は尚書省刑部長官付きの間者(巡視官)。登州に向かったのも中央と結んでの汚職の証拠を求めてのことであり、その点からすると、このエピソードは、原典から持ってくるのに規模的にも内容的にも手頃だったのかな? と考えられないでもありません。

 そして後半は、東京開封府に舞台を移してぐっと原典に近い――というより原典での林冲エピソードのスタート地点はここなのですが――展開。
 もっともこちらでは、高廉(!)を懐刀に、宋朝の中枢を腐らせていく高キュウを暗殺するため、王進将軍が刺客に名乗りを上げるも…というアレンジが為されており、林冲の設定と合わせて、より「腐敗した権力との対決」という姿勢を明確にした本作ならではの展開という印象があります。

 その一方で、林冲と魯智深(本作では有髪なんですが、いい感じにダメ人間で素敵)の友情、陸謙の転落など、人物描写も時にコミカルに時にシリアスに、達者に描かれており、キャラクターものとしての水滸伝の楽しさにも目配りされていると感じます。


 そして次の巻では、いよいよ林冲の受難が描かれる模様…様々なバージョンの「水滸伝」物語においても、ほとんど必ず描かれるこのエピソードを、如何に本作ならではの味付けで描くことができるか。
 辛い内容のエピソードではありますが、目を逸らさずに見届けたいと思います。――本作を再び読むことができる幸せを噛みしめつつ。
(にしても丸善では平積みで置かれていたのには少々吃驚しました)


「ネリヤカナヤ 水滸異聞」第2巻(朱鱶マサムネ メディアックスAXE COMICS) Amazon


関連記事
 「ネリヤカナヤ」第一巻 ユニークな試みの水滸伝記

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.12.16

「怪異いかさま博覧亭」第3巻 この面白さに死角なし

 続刊が出るのを今か今かと待ちかまえていたのにさんざんじらされていた「怪異いかさま博覧亭」の第三巻がようやく発売の運びとなりました。両国の見世物小屋を舞台とした妖怪人情コメディたる本作、テンポのよいギャグの切れ味はそのまま、時代ものとしての楽しさに磨きがかかって、いよいよ死角がなくなってきたように感じられます。

 さて、登場キャラクターが徐々に増えていくとはいえ、基本的にクローズドな世界で展開するコメディ漫画である本作について、毎回紹介するというのはなかなか難しい話ではあるのですが、しかしそうした作品だけに、特に内容の進化・深化は敏感に感じられます。。
 具体的に言えば――あくまでも個人的な感想ですが――この第三巻では、作中への江戸豆知識の投入と、それを踏まえたギャグ展開・物語展開が、非常にスムーズに、より効果的なものとなっていると感じられるのです。

 この巻のエピソードで言えば、例えば放生会という行事。時代小説などでは時折描かれることがあるものの、少なくとも最近の時代漫画では滅多にお目にかかれないこの行事を、本作においては、身も蓋もないくらいにシンプルかつ明確に紹介しつつ、登場人物のキャラ立てと、ギャグのネタ振り、そしてここから実におバカな(もちろんホメ言葉であります)物語を展開していくスタート地点として、うまいこと使っているものだと、大いに感心させられます。

 その時代ならではの事物を描くというのは時代ものの魅力の一つですが、単なる知識の紹介で終わっては、折角フィクションの物語を描いている意味がない。その存在を物語の構成要素に絡め、そして物語のテンポとダイナミズムを生み出していく…それをきちんと達成している本作は、良質の時代ものであると、今更ながら感じた次第です。


 まあ、そんなマニアの戯言は置いておくとして、本作の最大の魅力であるギャグの切れ味は今まで同様、いやそれ以上に研ぎ澄まされて、愉快としか言いようがありません。
 個人的にこの巻で一番好きなエピソードは、両国の見世物小屋の連中が、酔い潰した助平侍たちの身ぐるみを剥ぐ際のシーケンス。各自がそれぞれの仕事と特技を生かした上で次々と悪巧みを積み重ね(特に、居合い抜きの浪人が、満面の笑みですり替え用の赤鰯を持ってくるのが大好き)、瞬く間に狐に化かされた哀れな犠牲者ができあがってしまう様には、腹を抱えて笑わせていただきました。
 さらにそれが妖怪馬鹿の逆鱗に触れ、更なるギャグ展開につながっていく辺りの呼吸は、実に見事としか言いようがありません。

 コメディとしての楽しさに、時代ものとしての魅力が一層強まり、いよいよ完成度が高まってきた感のある本作。妖怪ものや時代ものとしてだけでなく、適度に萌えもある上にマスコットにも事欠かないことですし、そろそろ一気にブレイクしてもいいのでは――と、これはファンとしての願望抜きで感じているところであります。


「怪異いかさま博覧亭」第3巻(小竹田貴弘 一迅社REXコミックス) Amazon


関連記事
 「怪異いかさま博覧亭」 面白さは本物の妖怪コメディ
 「怪異いかさま博覧亭」第2巻 妖怪馬鹿、真の目的?

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008.12.12

「無念半平太」(その二) アンチテーゼとしての剣鬼

 昨日の続き、新潮文庫「無念半平太」収録作のうち、残り三作の紹介であります。

「願流日暮丸」
 後半一作目は、「剣鬼」シリーズ…いや柴錬作品でも珍しい女性を主人公とした作品。松林左馬助――またの名を蝙也斎――の弟子として育てられた少女・日暮丸の物語です。
 松林左馬助は、江戸初期の剣豪。将軍家光の御前にて柳の枝を、地に落ちるまでに十三断し、そのあまりに人間離れした身のこなし、跳躍力を「蝙蝠のごとし」と評されて以来、蝙也斎と称し、願流を起こした達人であります。
 子供の頃に拾われた日暮丸は、彼の下で修行に励み、並の男では及びもつかぬ腕を身につけますが、ある出来事がもとで彼女は師を手に掛けることとなります。その直後に現れた飄々とした兵法者・織田転に敗れた彼女は、転の隙を突くべく、行動を共にするのですが…
 人間らしい情を排しても剣の技を求めるのが剣鬼の道。女に生まれついたがゆえに苦しみ、悲しむ日暮丸の叫びは、しかし、逆説的に性別というものを超えて、剣鬼という存在の非情さを我々に伝えてきます。
 個人的には、柴錬先生の女性観は、正直なところ些か古いという印象があったのですが、本作を読む限りでは、それは当たらないようです。


「無念半平太」
 剣に生き剣に死す者たちの姿を描く「剣鬼」シリーズの中で、本書の表題作である本作は些か異色作かもしれません。無実の罪で切腹した父の仇を討とうと無住心剣流・針ケ谷夕雲に弟子入りした少年を通して、剣というもののもう一つのあり方が描かれます。
 無住心剣流は、江戸初期に勇名を轟かせた剣流(本作ではそれを江戸五剣と呼んでいるのが実に格好良い)の中で、特に心の有り様を重んじたもの。その至上を成す「相抜け」の剣理は、哲学的ですらあり、数ある流派の中で一際異彩を放っています。
 しかしそれは一方で、机上の空論と謗られかねないもの。実際に本作にもそのような態度を取る相手も登場しますが、半平太の目に映る夕雲の行動は、身をもって心ある剣の在り方というものを示しています。
 悪政に苦しめられ、一揆寸前まで追い詰められた故郷の藩の農民を助けることとなった夕雲主従。時に剣で、時に知恵で、犠牲を最小限にしつつ農民たちを救っていく夕雲の姿は、理想的に過ぎるかもしれませんが、しかしこれこそが誠の活人剣と呼ぶべきものであり、剣の力で性急に解決を求めた国家老父子の悲劇的な運命と対比することにより、剣を振るうことのもう一つの、より好ましい意味を、私たちに教えてくれます。


「平手造酒」
 本書の掉尾を飾るのは、剣鬼の中の剣鬼と言うべき破滅型の剣士・平手造酒の物語であります。
 平手造酒と言えば、浪曲等の「天保水滸伝」に登場する浪人剣士、北辰一刀流千葉道場の高弟ながら、酒乱のために破門され、流れ流れて下総で笹川繁蔵の客分となり、大利根河原の決闘で命を散らした人物。本作では、この流れを完全になぞりながらも、実に柴錬らしい孤独な剣客像を作り上げているのが何とも興味深いところです。
 本作での造酒は、罪人の首斬りを生業とした家系の出身という設定。家庭環境にも恵まれず孤独に暮らし、千葉道場に入門して天稟を示しながらも、奇矯な言動を示すようになり、遂には道場を破門されます(この直接のきっかけとなったのが、斬り落とした不義者の腕を袂に入れて、夜鷹に引っ張らせるという悪趣味な悪戯というのがまた凄い)。
 そして彼を深く愛する辰巳芸者と共に放浪の旅を続けた末に、繁蔵と出会い…とそれ以降は史実(?)に残る通りですが、しかし死の間際に彼が残す述懐が、それまでの放埒な生き様の中に秘め隠していた彼の心の底を吐露しており、胸を打ちます。
 「剣鬼」シリーズの主人公たちは、その死に臨んで恬淡としていたり、あるいはあっけなく斃れるため、死の直前の心境が明らかにされることは少ないのですが、造酒の最期の言葉は、そんな彼らもやはり、剣鬼である以前に人間であることを教えてくれます。


 以上全六編、いずれもバラエティに富んだ内容ですが、実は共通するのは、主人公が全員著名な剣豪の弟子というのが面白いところ。
 弟子の目から見た剣豪像も興味深いのですが、兵法者という存在自体、ある意味表の歴史のアンチテーゼ的存在。それに加え、歴史に名を残した兵法者の、歴史に名を残さなかった弟子の物語というのは、これは二重のアンチテーゼと言えるように感じられるのです。
 単なるチャンバラ活劇に終わらない、作者の歴史意識が、収録された作品群からは感じられるのです。


「無念半平太」(柴田錬三郎 新潮文庫) Amazon


関連記事
 「剣鬼」(その一) 己を曲げることなき男たち
 「剣鬼」(その二) ただ己自身が選んだ道を
 「無念半平太」(その一) 兵法・剣士・武士様々
 「主水之助七番勝負 徳川風雲録外伝」 四番勝負「死神剣 壱岐」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.12.11

「無念半平太」(その一) 兵法・剣士・武士様々

 折角だから全話レビューすることにしました柴錬「剣鬼」シリーズ紹介。今回は新潮文庫の「無念半平太」に収められた全六作を、二日に分けて紹介したいと思います。

「塚原彦六」
 巻頭に収録されているのは、かの塚原卜伝の第三子ながらその性情を疎まれ、家を捨てて放浪の旅に出た塚原彦六の姿を通じて描かれる、戦国時代の剣の姿の物語。
 庶子として生まれ、常に父に疎まれてきた彦六は、家督を譲る際の試験で不合格となったのを機に家を飛び出し、塚原の姓を捨てての兵法修行。その行くところには常に血風吹きすさぶこととなりますが、しかしそんな彼が挑戦して勝てなかったのは、剣豪大名たる北畠具教。伊勢国司という名門の出でありながら、卜伝より奥義・一の太刀を伝えられたという具教に、彦六は生涯二度に渡って見えるのですが…
 本作の舞台となっている天正の頃は、兵法の勃興期とも呼べる時期。戦場往来で磨かれる――作中で描かれる、陣借りした彦六が戦場で強敵と見え、お互いボロボロになりながら死闘を続けるシーンが強く印象に残ります――その剣は、彦六の生き様そのままにひたすら荒々しく殺伐としたものでありますが、その中で、卜伝の剣はやはり兵法の精華というものであったと感じ入らされるのは、具教の存在感の大きさ。そしてその具教が最後に見せた一の太刀は、戦国の世の兵法というものの一つの在り方を示していると感じます。


「宮本無三四」
 続いて描かれるのは、宮本武蔵ならぬ宮本無三四の物語。武蔵が数々の決闘の果てに剣名を天下に轟かせた頃、無数に現れた武蔵もどき。その中で本作の主人公は、天下に兵法者たるは武蔵と我の二人のみ、三人目四人目はない、という気概で武蔵に挑むこととなります。
 元々無三四は、小太刀で知られる中条流・富田重政の愛弟子。貧しい出生ながらその技を見込まれ、前途洋々と思われた彼の運命を狂わせたのは、鵜戸神宮での武蔵との出会い。己の技に絶対の自信を持ちながらも武蔵に破れた彼は、己の足りぬものは非情の心と思い定め、無用な殺生を繰り返すまさに剣鬼と化すのですが…
 宮本武蔵になれなかった男、いわば武蔵のネガを主人公とする本作は、必然的に宮本武蔵という存在を描き出すこととなります。柴錬作品にもしばしば登場する武蔵は、言ってみれば剣鬼の最高峰とも言うべき存在。ラストでは、その武蔵と無三四の二度目にして最後の決闘が描かれるのですが…さて、この結末をどのように受け取るべきか。剣鬼という存在の空しさと、その往く道の険しさを改めて感じさせられたことです。


「侠客閑心」
 白髪白面の怪剣士・寺西閑心を狂言回しに、妖剣・薬研藤四郎を手にした者たちの悲運の様を描くのが本作。寺西閑心は、歌舞伎や講談等に登場する(何と広辞苑にも記載されている)侠客ですが、本作では柳生兵庫介の直弟子でありながら、寺の墓地の夜回りをして暮らす奇矯な人物として描かれるのが、いかにも柴錬先生らしいところであります。
 その閑心が巻き込まれるのは、湯屋での喧嘩に端を発する、血生臭い争いの数々。閑心は、その争いの中に、ある時は助太刀として、またある時は傍観者として登場するのですが…むしろ本作の主題は、閑心その人ではなく、その争いの中に巻き込まれ、あっけなく命を散らしていく武士たちの、皮肉に満ちた姿であると言えます。
 武士の一分、という言葉がありますが、太平の世にあって武士たちがその一分を示す機会というのは、まずなかったというのが現実であり、そしてその機会というのは、往々にして己の命を捨てることと同義。そんな機会に巡り会ってしまった武士たち――作中では凶相の刀・薬研藤四郎を手にした者たちがこれに当たるのですが、刀自体は別に何をするというでもなく、手にした者が本当に運が悪かった、としか思えないのが面白い――の姿が、本作では淡々と描かれていきます。
 現代の我々から見れば、馬鹿馬鹿しいとしか思えぬ理由で死んでいく武士たちの姿を、どう解釈すべきかは難しい問題かもしれませんが、そんな皮肉な武士の有り様を、武士ともそれ以外ともつかぬ存在である侠客閑心が目撃するという構造は、なかなかに考えさせられるものがあります。


 以下、明日に続きます。


「無念半平太」(柴田錬三郎 新潮文庫) Amazon


関連記事
 「剣鬼」(その一) 己を曲げることなき男たち
 「剣鬼」(その二) ただ己自身が選んだ道を

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.12.06

「虚剣」 柳生連也が進む道

 父と引き離されて妹・琴と共に暮らしていた柳生連也は、剣の才能を見込まれ、一人、父に呼び戻される。琴との再会を夢見て修行に励む連也だが、いつしか剣そのものに魅力を感じるようになる。しかし藩主の息子の指南役として江戸に出た連也を待っていたのは、残酷な別れと、剣鬼・十兵衛をはじめとする江戸柳生との対決だった。

 軽んじているわけでは決してないのですが、どうしてもチェックが甘くなってしまうのが、少女向け小説の中の時代もの。実は相当な点数が刊行されているのですが、発売時に気づかず、後になって臍を噛むこともしばしであります。
 本作もそんな作品の一つ。少年期から青年期の柳生連也を主人公とした、青春剣豪小説の佳品であります。

 本作で描かれる連也は、妾腹の子ゆえに父・兵庫助と引き離され、妹・琴と二人暮らしてきたという設定。それが剣才があると知られるや、琴と引き離され、再び父の元に戻されたことから心を閉ざし、ただ強くなるためだけに剣を磨く少年時代を送ることになります。
 そんな中でも、二人の兄をはじめとする周囲の暖かさに触れ、徐々に人間らしさを取り戻していく連也ですが、そんな彼に父が投げかけたのは、「剣は、欠けた人間でなければ極めることはかなわぬ」という言葉。その言葉の意味は、そしてその言葉が現実となるのか――物語は尾張柳生にとっては宿敵とも言える、江戸柳生との対決を経て、連也のある決断をもって幕を閉じることとなります。

 ここで本作が魅力的なのは、連也たち尾張柳生のみならず、敵役である江戸柳生もまた、一人一人が魅力的であり、かつ、連也の成長に大きな意味を持って登場している点でしょう。
 各人の設定自体は、突飛なものは少なく、比較的素直とすら言えるのですが、しかし随所にほどこされたひねりが面白く、どこかで見たようでいて、どこでも見たことのない、そんな柳生一族像が描かれています。

 特にその中でも私にとって強い印象を残したのは、終盤で登場する柳生友矩であります。本作の友矩は、家光との仲を父に裂かれた上に無惨な仕置きを受け、今は柳生の庄で静かに死を待つ身という設定。剣士としての才を捨て、己の愛に生きようとした友矩の姿は、剣を取るか、妹との道ならぬ恋を取るか、道に踏み迷う連也の姿と重なり、もう一人の連也として、大きな意味を持つ存在であり――出番自体は少ないものの、なかなかに味わい深いキャラクターでした。


 そして友矩との対決を経て、十兵衛との決戦に向かう連也が進んだ道、踏み込んだ境地――それが何であるかは、本書のタイトルがその一端を示しておりますが、――、本当にそれが正しい道なのか、ほかに道はなかったのか…確かに他に道はないと理解しながらも、連也の成長を見守ってきた身としては、そんな想いも胸をよぎります。
 作者のサイトによれば、当初本作は烈堂をもう一人の主人公としてシリーズ化を構想していたとのこと。あるいはその構想が現実のものとなっていればどのような結末となっていたのか…本作には大いに満足している一方で、その後の連也がどのような道を歩むのか、その行き着く果てを見たかった、という想いも強く感じた次第です。


「虚剣」(須賀しのぶ 集英社コバルト文庫) Amazon
虚剣 (コバルト文庫)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.12.02

「眠り猫 奥絵師・狩野探信なぞ解き絵筆」 奥絵師探偵、幽霊を追う

 将軍家斉の御前で描く題材に悩んでいた奥絵師・狩野探信の元に持ち込まれた一幅の幽霊画。絵の祟りで怪死したという作者が、かつて淡い想いを寄せた娘の父だと知った探信は、彼女のために真相を探るが、その先には、ある歌舞伎役者を巡る怪事件があった…

 狩野探信、鍛冶橋狩野家の七世にして、世には「守道探信」と呼ばれた(二世にも探信がいたため区別してこう呼ばれます)この人物は、当代切っての名手と呼ばれた絵師。この探信を探偵役に据えた時代ミステリが、本作であります。

 本作で描かれる探信のキャラクターは、ただ伝統の絵を手本として臨模(模写)するばかりの画風や、一門の間で繰り広げられる権力闘争に辟易して、お守り役で幼なじみの小平太と共にしょっちゅう家を飛び出して遊び歩いては、先代たる父に雷を落とされているというちょっと締まらない人物。
 しかし既存の地位に拘泥しない、そして自由な心を持った探信のキャラクターは、本作のような一風変わった時代ミステリの探偵役としては、なかなか似合いであります。

 その探信がここで挑むことになるのは、凄惨な幽霊画を遺して怪死した絵師の謎。探信も驚くほどの緻密な、まるで「本物」を模写したような絵は、どのようにして描かれたのか。そして絵師の死は、この絵と関係しているのか。
 謎はこれだけに留まらず、三年前に芝居茶屋で起きた殺人事件や、ある演目の度に不思議な失敗を見せる歌舞伎役者と、彼を狙う謎の影の出没まで絡んで、複雑怪奇な様相を見せることになります。

 一見無関係に見えるこれらの事件に共通するのは「幽霊」の存在――もちろん本作はあくまでも合理的なミステリ、不思議の陰には揺るぎない真実があります。
 …正直なところ、事件そのものはそれほど凄いトリックを使っているというわけではないのですが、しかし一枚の絵が過去を真実を暴き出し、そしてそれが新たなる事件の引き金となるというのは、やはりうまいものだな、と感心いたします。

 ミステリの世界では、芸術家探偵というのは少なからず存在するかと思いますが、江戸時代の奥絵師が探偵役というのは相当に珍しいようにも感じられます。
 個人的には各章辺りのページ数が少なく、その分場面展開が頻繁なのに些か違和感を感じましたが、その点を除けば、本作はまずはよくできた時代ミステリ。キャラよし設定よし、続編に期待したいところです。


「眠り猫 奥絵師・狩野探信なぞ解き絵筆」(翔田寛 幻冬舎文庫) Amazon
眠り猫―奥絵師・狩野探信なぞ解き絵筆 (幻冬舎文庫)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.11.21

「剣鬼」(その二) ただ己自身が選んだ道を

 新潮文庫の「剣鬼」収録作品紹介の続き、本日は残る四作品であります。

「人斬り斑平」
 つい先日「主水之助七番勝負」第二話の題材となり、またかつて市川雷蔵主演で映画化されたのが本作。
 その出生から「狗の子」と蔑まれ、花の栽培にのみ生き甲斐を見出していた男が、ある出会いから居合いの達人として開眼し、その剣技を暗殺者として利用されていく様を描いた本作は、悲惨な境遇に生まれた者が、剣技に己の価値を見出そうとして滅んでいくという、「剣鬼」シリーズの一つの典型ともいうべき作品であります。

 斑平をはじめとする彼らの生き様は、もちろん一種の悲劇ではあるのですが、しかしそれでも我々がその姿を目にする時に浮かぶ想いが、決して悲しみや哀れみのみではないのは、彼らが、己の往く道を誰かに定められたものではなく、己自身が選んだ道として――たとえそれの行く先が明白な死だとしても――最後まで突き進むからだと、そしてそれこそが柴錬作品に通底する「心意気」なのだと、改めて感じさせられます。
 本作では、剣技を覚えた斑平が、己の帯びる刀として、敢えて悪因縁の妖刀を選ぶ――ちなみにその刀の正体が、伝奇ファンにはあっと唸らされるものであるのにも感心――のですが、これはまさに、この心意気の現れと言うべきなのでありましょう。


「素浪人忠弥」
 本作の主人公は、おそらくはシリーズでも最も有名な歴史上の人物。由比正雪の右腕として知られ、慶安の変で命を散らした槍の達人・丸橋忠弥その人であります。
 宝蔵院流の槍の達人として、様々な作家の作品に登場する人物ですが、さすがに一筋縄ではいかぬシリーズだけあって、本作の忠弥は、数奇な生まれの果てに諸国を流浪する、吃りで跛行の武芸者として描かれます。
 己の血の高ぶりを抑えられぬまま、奇行を繰り返す忠弥の胸中にあったもの。おそらくは由比正雪の壮挙に加わってもなお満たされなかった彼の想いを知った者は誰なのか――物語と史実の統合が図られる結末には、粛然とさせられます。

 なお、本作で描かれる正雪の生い立ちは、同じ作者の連作シリーズ「忍者からす」の一編をそのまま流用したもの。何ともマニア泣かせなサービス(?)であります。


「通し矢勘左」
 武芸百般ある中で、弓術を極めんとした本作の主人公もまた、己の不幸な生まれに対し、武術でもって挑んだ男。京都三十三間堂の通し矢を巡る記録争いで、今なおその名を残す星野勘左衛門の物語であります。
 まるで悪巫山戯のような事情から世に生を受けた勘左衛門。弓術に天分を示しながらも、己の家の身分故に世に出ることが認められなかった勘左は、主家を捨て、己の名を上げるために、三十三間堂の通し矢に挑むことになります。
 本作がシリーズの他の作品と異なるのは、ここで彼を受け止め、導く女性の姿がある点。己の身を顧みず、勘左を世に出すために心を砕く彼女の姿は、重苦しいムードの作品の中で、暖かい光と言えるかもしれません。

 そして、その光に背を向けてまでの修行の果てに彼が掴んだ栄光。その、己の栄光の記録を塗り替えんとする若き者に出会った時、彼の取った行動は…これは史実として一部で有名なエピソードではありますが、本作の物語を通してみれば、何とも言えぬ切なく、味わい深く感じられることです。


「裏切り左近」
 集中最後に収められているのは、家中随一の業前を誇りながらも、家中で最も嫌われ憎まれた男の凄絶な生き様を描く作品です。
 その剣術でもって、低い身分から一躍家中の名家に婿入りしながらも、その狷介な性格でもって家中で孤立する主人公。本作は、その唯一の理解者とも言うべき、彼の家僕の視線から語られることとなります。

 周囲から疎まれ、憎まれようとも己の生き方を曲げることのなかった左近は、普通に考えれば身勝手で、協調性のない嫌われ者。しかし、己を受け容れる者が一人とていない中で、なおも己の生き方を変えず、貫くというのも、これは一個の男の生き様、心意気の発露かもしれません。

 そんな、己を偽ることなく生きてきた彼に与えられたもの…あまりにも無情なその運命に直面してなお、昂然と嘯いてみせた彼の言葉こそは、まさしく心意気の剣鬼ならではの名台詞であり――その姿は、語り手同様、私の心に深く残って消えないものであります。


 以上七編、題材といい人物造形といい物語構成といい、いずれも柴錬先生ならでは、というべき作品ばかりです。
 柴錬作品の精華として、ファンは言うまでもなく、初心者の方にも大いにお勧めできる名品であります。ドラマの題材となったのを機に、少しでも多くの方が手に取ってくれればと祈る次第です。


「剣鬼」(柴田錬三郎 新潮文庫) Amazon


関連記事
 「主水之助七番勝負 徳川風雲録外伝」 二番勝負「人斬り斑平」

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.11.20

「剣鬼」(その一) 己を曲げることなき男たち

 「主水之助七番勝負」のおかげで、最近私の柴錬ファン魂がとみに燃えさかっているのですが、この「主水之助七番勝負」の題材となっているのが、いわゆる「剣鬼」シリーズ。剣に賭ける凄まじい執念と、その魔剣とすらいえる剣技故に功成り遂げるなく散っていった剣鬼たちを主人公に描いた、短編シリーズであります。
 今回は、新潮文庫の作品集「剣鬼」に収められた七篇を、二回に分けて紹介していきたいと思います。

「狼眼流左近」
 集中最初に収められているのは、元は歴とした武士でありながら、人面狼之助と名乗り、晒し者とした妻を賞品とした真剣勝負を続ける男の姿を描く作品。「主水之助七番勝負」の第一話の題材となった作品でもあります。
 とにかく冒頭から目を奪われるのは、美しくも淫奔な妻を晒し者とした上で、その身を賞品として真剣勝負を受け付ける狼之助の姿。柴錬先生は、その執筆の上で、エトンネ(人を驚かせること)の精神を基盤にしていたことで知られますが、本作はまさにその精神を具現化したものと言えるかもしれません。

 もちろん、驚かせるだけではないのが柴錬作品。自ら、人面狼之助と皮肉極まりない名を名乗りながら、妻をダシにして憑かれたように剣を振るう狼之助の姿には、世に容れられぬ孤独を背負いながらも、しかしそれでも己を曲げることのない男の執念と悲しみが満ちており――そしてそれは「剣鬼」シリーズ全てに共通するものであります――剣を振るうこと、ひいては武士として生きることの意味というものを感じさせられるのです。


「大峰ノ善鬼」
 「剣鬼」シリーズの中では珍しい実在の剣豪を扱ったのが本作。伊東一刀斎の一番弟子となりながらも、皆伝を賭けた弟弟子・神子上典膳との決闘に敗れたと伝えられる小野善鬼の物語であります。
 ここで描かれる善鬼の姿は、剣鬼…というよりも、いわゆる悪役剣士そのもの。ただ強くなることのみを渇望して剣を振るい、己の気の赴くままに奪い、殺し、犯す――通常の時代小説、いや柴錬作品でもしばしば登場し、主人公に斬られる悪役の典型に思えます。

 しかし、その善鬼の師である一刀斎の視点から彼を眺めたとき、その善鬼の姿は、一刀斎の――いや、全ての剣に生きる者たちの――負の姿、裏返しの姿であると気付きます。どれほど言葉を飾って道を語り、行い澄まそうとも、剣は人を殺し、己の意を通すために振るうもの。もちろんこれは極論ではありますが、これから目を背けて剣を語ることこそ偽善でありましょう。
 いわば一切の偽善をはぎ取った、素の剣士の姿である善鬼の所行に、一刀斎が見ているのは、かつての己自身であり、そうなるかもしれなかったもう一人の自分。そう考えると、ラストの決闘の後の一刀斎の行動の理由もわかるような気がします。

 なお「主水之助七番勝負」全編を通しての悪役として登場するのが、この善鬼。原作の野獣のような男とは、また違った印象のドラマ版善鬼ですが、しかし、決闘の末に落命することのなかった善鬼の後の姿として、何やら頷けるもののあるキャラクター造形かと思います。


「刃士丹後」
 実は私が「剣鬼」シリーズを通して最も好きな作品が本作であります。何よりもまず、主人公の異名たる「刃士」――「忍」にわずかに残った「心」までも無くした、忍びを殺す非情の男――のネーミング自体が素晴らしい(柴錬先生の作中でも最高のネーミングの一つではないかと真剣に思います)のですが、もちろんそれだけでなく、凄絶という言葉すら生ぬるいその内容には、ただただ圧倒されるのです。

 柴錬版「おのれらに告ぐ」とも呼びたくなる本作は、細川忠興に仕え、戦場でその窮地を救いながらもかえって憎まれ、偽られて天刑病患者の里を領地として与えられた男の、凄まじい復讐絵巻。主君や己の愛する妻をはじめとする周囲の全ての人々から偽られ、裏切られたと――そして己も病を得たと――感じた彼の怒りの向かう先は、忠興と、そして里の人々であり、彼の復讐に賭ける執念には、それが正当なものであるかどうかは別として、ただただ圧倒されます。

 尤も、これだけであれば残酷時代劇なのですが、柴錬先生の凄まじいところは、この里の住人が、実は忍びを生業としていた(忍びなら常に顔を隠していてもおかしくないから、という理由付けの説得力が凄い)と設定したことで――これによって、色々と物議を醸しそうな彼の復讐行が、剣豪vs忍者の死闘劇にシフトしてしまうのも、見事としか言いようがありません。

 そして、ほとんど自己破壊にも等しい復讐行の果て、心を捨てた男が見せた最後の「心」を感じさせる結末がまた心を打つ本作。題材的に色々と難しい作品(まずドラマ化等は不可能でしょう)ですが、ぜひ一読いただきたい逸品です。


 明日に続きます。


「剣鬼」(柴田錬三郎 新潮文庫) Amazon


関連記事
 「主水之助七番勝負 徳川風雲録外伝」 一番勝負

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.11.18

「甲賀忍者お藍」 戦国のエピローグに

 大御所・徳川家康の懐刀でありながらも、その政に強く反発していた本多正純は、家康の死を機に、自らの理想である人が人らしく生きられる世を作るための政を始めようとする。正純に仕える甲賀忍者・お藍は、彼の理想を助けるために陰で動くが、その前に、残虐非道な根来忍者・羅王が立ち塞がる。

 反骨の忍者・服部三蔵と、家康配下の謀臣・本多正純の友情を描いた「天駆け地徂く」の続編が、本作「甲賀忍者お藍」であります。タイトルロールであるお藍は、前作から登場し、三蔵と正純の双方から愛された女忍。彼女の目を通して、家康亡き後の正純の、戦国の武人たちの最期の姿が描かれることとなります。

 本多正純について、史実を見れば、家康亡き後もしばらくの間権力の中枢にあったものの、やがて周囲に疎まれ、ついには秀忠の不興を買って流罪となった…というのがその後半生。
 そんなこともあって、特にフィクションの世界においては陰険な悪役として描かれることが多いこの人物ですが、前作及び本作においては、人が人らしく生きることを妨げるものとして、家康の政に密かに敵対する人物として描かれているのが特色であります。

 主人公たるお藍も、その正純の理想に共鳴して、身命を賭して彼のために働くわけですが、史実が証明するように、その前途は決して平坦なものではありません。
 家康の、そして正純の政は、少数の才ある人間のリーダーシップにより動かされるもの。それに対して、秀忠の世の政は、大老・老中といった複数の政治家・官僚がシステマチックに動かすものであります。
 本作では、この政治システムが確立していく中で、正純が孤立し、没落していく様が描かれることとなります。

 それはいわば、時代から彼が取り残されていくということでありますが、取り残されたのは、一人彼のみではありません。
 本作でその晩年が描かれる坂崎出羽守、福島正則――この二人は、史実においてもその最期/没落に関して、正純と密接な関係を持つ人物であります――もまた、個の力を必要としない、いや排斥すらするシステムの中で孤立した人物。
 彼らは、その境遇において、己の命や地位をもって、その流れに無言の抗議を行ったものとして描かれますが、その姿は、やはりもの悲しいものとして感じられます。

 本作の舞台となる江戸時代初期は、戦国時代の清算期、ある意味エピローグともいえる時代。
 冒頭で、本作は「天駆け地徂く」の続編と述べましたが、あるいは前作の長いエピローグと言うべきかもしれません。

 ただ残念なのは、作中における正純像に、理想に生きた政治家としての説得力が、さして感じられず、それゆえその没落が、単に脇が甘かった故のものに見えてしまうことでしょう。
 そのため、お藍の悲劇的な活躍にもさしてカタルシスが感じられず、ただただ陰鬱なムードの物語になってしまったのは、厳しい言い方ではありますが、いかがなものかな…と感じた次第です。


「甲賀忍者お藍」(嶋津義忠 講談社) Amazon
甲賀忍者お藍


関連記事
 「天駆け地徂く」 三蔵と正純、巨人に挑む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.11.14

「やわら侍・竜巻誠十郎 五月雨の凶刃」 ロジカルに、そして優しく暖かく

 部屋住みの次男坊ながら想身流柔術の達人・竜巻誠十郎は、ある事件がきっかけで家を追われ、天涯孤独の身の上となってしまう。目安箱を管轄する将軍吉宗の御用取次・加納久通によって、「目安箱改め方」の任務を与えられた誠十郎は、ある油商人の番頭の怪死事件の謎を探ることになるが。

 「誘拐児」の翔田寛先生が、本作を書くと知ったときには、ちょっとした驚きがありました。何しろ本作のタイトルは「やわら侍・竜巻誠十郎 五月雨の凶刃」という、どこからどう見ても文庫書き下ろし時代小説のそれ。文庫書き下ろしをどうこう言うのではもちろんありませんが、翔田先生とは今ひとつ結びつかないように感じたのです。
 しかし、いざ蓋を開けてみれば、なるほどこれはいかにも翔田作品。ロジカルな謎解きの楽しさと、人間心理の綾を見つめる優しさが込められた、実に面白い作品でした。

 さて、主人公・誠十郎が務めることとなる目安箱改め方とは、あの目安箱に投じられた訴えのうち、無記名等の理由で取り上げられなかったものの真実を探るというもの。
 根拠なき誹謗中傷などを避けるため、目安箱は記名が原則。しかし、記名なき訴えの中の一片の真実を――あるいはその中の偽りを――証明することが、天下の政を行う上で、有用なこともある。ここに、公には取り扱われないこれらの訴えの虚実を探るお役目として、目安箱改め方が誕生することとなります。
 そして誠十郎が挑む最初の事件は、油商人・椿屋の番頭の怪死事件。
 油改所の免状書き換え(幕府御用達の油商人の免許更新とでも言いましょうか)を目前として、些細な瑕疵も椿屋には命取り。果たして番頭の死は事故だったのか、はたまた殺人だったのか――

 と、これだけではよくある捕物帖的展開ですが、ここに、椿屋にまつわる数々の謎が、大きく物語に関わってくるのが本作ならではの展開。
 年に一度、椿屋が奉公人を早く寝付かせ、外に出るのを禁じるのは何故か。五月頃の日暮れ時、店の納屋に現れるという幽霊の正体は。そして何より、かつてはあまりの非情なやり口に鬼と呼ばれた椿屋が、ある日を境に人が変わったように善行を施すようになった理由は――

 一見、本題の事件とは無関係に思えるこれらの謎が、物語の中でどんな意味を持つか…それをここで語ることはもちろんしませんが、はっきりと言えるのは、一見不可解な事件が極めてロジカルに解き明かされた果てに見えるのは、複雑怪奇でいて、そして同時に優しく暖かい人の心である、ということ。

 事件の謎を解き明かすことが、その背後の人間心理――あえて「人情」とは呼びません――を浮き彫りにし、そしてそれが我々を感動させてくれる…これこそまさに翔田作品の味であり魅力、と言ってしまっても、決して言いすぎではありますまい。


 そして…目安箱改め方というのお役目(隠密ではありますが)活動も、今回の事件も、冷静に考えるとこじんまりとしたものではあるのですが、その背後に、尾州徳川家の陰謀を絡めることにより、スケール感と時代ものとしての必然性を与えているのも巧みなところ。

 物語を貫く背骨として、誠十郎自身を襲った悲劇の真相の究明という要素もきちんと(?)用意されていて、シリーズものとしての目配りもぬかりなし。続巻は来春とのことですが、次の巻も――もちろん翔田作品として――大いに期待できそうです。


「やわら侍・竜巻誠十郎 五月雨の凶刃」(翔田寛 小学館文庫) Amazon
五月雨の凶刃 (小学館文庫 し 6-1 やわら侍・竜巻誠十郎)


関連記事
 「消えた山高帽子 チャールズ・ワーグマンの事件簿」 時代と世界の境界線上で

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.11.03

「キジムタン」 少女剣士の魂の遍歴の行方は

 卑弥呼の血と鬼道を継ぐ姫巫女の力により、人に害なす瘴鬼より人々を守り続けてきた神教国・邪馬徒の国。その姫巫女の血を引く由那は、国を姉に任せ、従者・武蔵と共に旅に出る。己のあるべき場所を求め、荒ぶる由那の魂の行方は…

 現在、綾瀬はるか主演映画「ICHI」のコミカライズを担当している篠原花那が、数年前に少女漫画誌に掲載した時代ファンタジーコミックを、「ICHI」単行本第一巻発売を機に読み返してみました。

 人の暗い情念に取り憑いて害をなす瘴鬼を討つ力を持つ少女剣士を描いた作品というと、よくある作品のように思えますが、本作の最大の特徴は、その主人公のキャラクター造形が、実に暗いというかゆがんでいる点。
 一国を治める姫巫女として皆に慕われる姉に強烈なコンプレックスを持ち、自らが瘴鬼を引き寄せるほどの負の感情を背負った少女――それが主人公・由那であります。
 その戦いぶりも、あえて相手の負の感情を高めて瘴鬼を引きずり出すなど、彼女の師である柳生十兵衛(そういう時代設定であります)の言葉を借りれば「邪悪なやり方」で。

 と、こう書くといかにもとんでもないキャラクターに思えますが、しかし、置かれた状況と彼女の能力の特殊さを差し引けば(あるいは加えて考えれば)、自分の居場所に悩む思春期のティーンズの想いの噴出として、これもありかな…と思わないでもありません。

 ただし、それが物語中で万全に描けているかと言えば、物語全体が単行本一冊分、全五話でエピソード的には約三編ということもあって、正直なところを言えば食い足りない印象があります。少々厳しい言い方ではありますが、問題提起のみで終わって答えの提示がない、とでも言いましょうか…

 「ICHI」のクオリティを見るにつけ、ほぼ未完と言ってよい本作を、少女剣士の魂の遍歴の行方を、今の作者の筆で読んでみたい…そう感じています。


「キジムタン」(篠原花那 スクウェア・エニックスステンシルコミックス) Amazon


関連記事
 「ICHI」第1巻 激動の時代に在るべき場所は

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.10.31

「カミヨミ」第9巻 まさかまさかの急展開!

 三日前に亡くなったはずの夫人と共に焼身自殺した少将の謎を追って東北を訪れた天馬・帝月・瑠璃男の三人。少将の足取りを追った三人は、謎の隠れ里に辿り着くが、そこでは老人がおらず、死者が復活するという奇怪な地だった。村人たちや奇怪な怪物たちの襲撃を受けながらも、三人はこの地を支配する絲神の正体を知るが…

 明治伝奇ホラーアクションミステリ「カミヨミ」の最新刊が発売されました。この第九巻に収録されているのは、前巻から始まった「女郎蜘蛛」編。奇怪な死人帰りの謎を追って、お馴染みの三人組が東北の奥地で見たものは…という趣向であります。

 因習に縛られた村や奇怪な土俗的信仰というのは、ある種伝奇ミステリの定番ではありますが、導入部の静かな恐怖を吹き飛ばすように、この巻ではモンスターホラー、アクションホラーとしての要素が一気に前面に飛び出し、相変わらず油断のできない作品だと再認識させられます。

 個人的には、話のひねり具合に比べるとアクション度が高めかな…という気がしないでもありませんが、しかし恐怖の中にちょっといい話(?)的展開あり、お馴染みのミスリーディングあり、そして絲神の意外な正体ありと、どんでん返しもいくつかあってと、やはり本作らしい興趣があったのはさすがというべきでしょうか。

 しかし――敵の正体も判明してそろそろこのエピソードも…と思ったところで、まさかまさかの急展開。単発エピソードの一つかと思いきや、終盤で一気に「カミヨミ」という物語の本筋に関わる事件が発生し、またもや先の読めない展開となってきました。

 果たしてこのエピソードをどのように収束させるのか、そして「カミヨミ」という作品がどこに向かうのでしょうか。何だか物語自体が終盤となった印象すらありますが…


 ちなみに、作中で語られる天馬の国に対する一途な想い(信頼といいますか)は、現代の人間として読んでみると、よく理解できますし、正論ではあるものの、その後の歴史を考えるに、理想論的な色彩は否めません(それを堂々と口にできるのが天馬なのですが…)
 彼が、国家の負の部分と正面から向き合うこととなるのか。そちらも気になるところです。


「カミヨミ」第9巻(柴田亜美 スクウェア・エニックスガンガンファンタジーコミックス) Amazon
カミヨミ 9 (Gファンタジーコミックススーパー)


関連記事
 「カミヨミ」第1-2巻 これを伝奇と言わずして何を…
 「カミヨミ」第3-5巻 天狗が招く異界の果てに
 「カミヨミ」第6-8巻 小品ではあるけれど…

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.10.26

「ICHI」第1巻 激動の時代に在るべき場所は

 先日公開された綾瀬はるか主演の「ICHI」のコミカライズであります。子母沢寛の「座頭市物語」をベースにした「座頭市」をベースにした「ICHI」をベースにした…というとややこしいですが、本作は本作で独自の魅力を持った作品として成立しており、楽しめます。

 まだ映画の方は見ていませんが、この漫画版では、主人公である座頭のお市と、その相棒とも子分ともつかぬ浪人・藤平十馬の二人のキャラクターのみを借りた全く別の作品の様子。
 舞台は幕末――既に開国が行われたものの、国内は尊皇と佐幕に割れ、物情騒然とした時代。そんな世界で繰り広げられるドラマを、連作短編形式で描いていきます。

 この第一巻に収録されているのは、全五話、三つのエピソード。
 ヘボンを狙う清河八郎ら攘夷浪士と市が対決する「憂国の士」、盲目の女ばかりを狙った槍突きの狂気を描く「折れた魂」、市が武州日野宿の貸元の用心棒として近藤勇らと対峙する「天然理心流」…いずれも幕末の有名人を配したキャッチーな構成ではあるのですが、しかしそれぞれの物語は、そうした有名人のキャラクターに寄っかかったものではないのに、好感が持てます。

 本作のエピソードに共通するのは、登場人物の多くが、激動の時代に翻弄され、己の在るべき場所を――すなわち、あるべき自分自身を――見失っていること。そんな人々の悲劇が、本作の物語を作り上げているのです。

 そんな中でただ一人、揺るぎなく在って裁断の刃を振るうのが市なのですが…しかしそれは、逆に彼女の在るべき場所が全くないが故にも感じられるのが、何とも切ないところであります。

 彼女が刃を振るう由縁は、未だ語られていませんが、その由縁が描かれる時の彼女の姿に――悪趣味かもしれませんが――強く興味をそそられます。
 映画のコミカライズの域を超えて、楽しみな作品であります。


「ICHI」第1巻(篠原花那&子母澤寛 講談社イブニングKC) Amazon
ICHI 1 (1) (イブニングKC)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.10.14

「家光謀殺 東海道の攻防十五日」 暗殺団vs怪人の攻防戦

 徳川将軍家の威光を見せ付けるために上洛の途につく家光。その命を狙う者たちの存在を偶然察知した甲賀者・芥川七郎兵衛は、松平伊豆守の指示の下、極秘裏に将軍を守護のための「怪人」を集める。宮本武蔵、由比正雪、丸橋忠弥…いずれも一芸に秀でた怪人たちと、姿なき暗殺者たちが、東海道を舞台に火花を散らす。

 笹沢左保先生が、「木枯らし紋次郎」など、時代小説の分野においても活躍されたことはつとに知られていますが、その作品の中には、実に魅力的な伝奇小説も含まれています。本作「家光謀殺」も、まさにその一つであります。

 本作の背景となるのは、寛永十一(1632)年の徳川家光の上洛。幕府の威光を天下に見せ付けるために行われたというこの将軍上洛は、当然のことながら幕府による一大公的行事であり、それゆえに記録も詳細に残っているためか、これまでも時代小説の題材となっています。
 その記録を最大限に活かしつつ、その隙間・背後に秘められた歴史に残らぬ壮絶な攻防戦を描き出すのが本作。上洛の行程を綿密に描かれるだけに、それと並行して主人公たちが全貌の明らかでない暗殺計画を暴き、対決していく様が何ともスリリングに感じられます。

 さて、面白いのは、その計画に立ち向かうのが、一種の非正規部隊というべきチーム――本作で言うには「怪人」たち――であること。将軍の示威行動である上洛において、暗殺の動きがあること自体が表沙汰にはなってはならぬ話。それゆえ召集されたチームは、幕府正規軍からもその存在を隠して隠密裏に動かざるをえず、本作にはいわば特殊部隊ものとしての味わいもあるのです。
 そして何よりもそのメンバーの意外性たるや――特に、幕府とは縁のなさそうな宮本武蔵、いやそれどころか、後に幕府に叛旗を翻す由比正雪と丸橋忠弥が加わっているのには驚かされます。彼らが何のためにチームに加わり、そこで何を見るのかは、本作の魅力の一つであります(ちなみに本作の武蔵像は、作者の一大連作「宮本武蔵」におけるそれと通じるものがあり、シリーズ外伝として読むこともできます)

 展開的には、暗殺計画に現代人から見ると驚くくらい大きな穴があるなど、ちょっと残念な部分もないわけではありませんが、それは本当に些細な瑕疵。歴史に残る十五日間の背後で繰り広げられた死闘を描き切った本作の魅力を損なうものではありません(特に暗殺団の総大将の正体の意外さたるや、伝奇ファン、剣豪小説ファンには堪らないものがあります)。
 骨太な伝奇大作として、おすすめできる作品です。


「家光謀殺 東海道の攻防十五日」(笹沢左保 文春文庫) Amazon
家光謀殺―東海道の攻防十五日 (文春文庫)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.10.05

「BRAVE10」第4巻 そして八番目の勇士

 戦国アクションファンタジーコミック「BRAVE10」も、もう単行本四冊目。真田幸村の下にこれまで集った勇士は七人、そこに八番目の勇士が登場することとなります。

 ヒロイン伊佐那海の秘密を巡り、第三巻では出雲、そして奥州で激闘が繰り広げられましたが、今回の舞台は真田の本拠、信州上田。
 前半では第八の勇士、三好清海入道の登場が、そして後半では伊達家の刺客、二代目石川五右衛門一党との死闘が描かれます。

 三好清海入道といえば、真田十勇士では佐助、才蔵に次ぐ有名人。当然のことながら、これまで様々な作品に登場しているのですが、しかし、他の十勇士に比べると、キャラの幅が狭い――ほとんどの場合、豪快で怪力だけどおつむはちょっと、の巨漢坊主――のも事実。
 果たして本作での清海入道は…と心配半分興味半分で読んでみれば、これが、既存のイメージを踏まえつつ、なかなかユニークなキャラクターとなっておりました。

 この「BRAVE10」版清海入道、ムサい怪力巨漢坊主というのは予想通りでしたが、面白いのが、諸国修業の果てに、「神仏はみな同じ 信じた数だけ救われる」という、ある意味とんでもない結論に達した怪人であること。
 なるほど、今までの清海入道は、ほとんど皆僧形であっても、宗教者としての側面を持っていた作品は数える程度。その宗教という要素を(いかにもこの作品らしいムチャっぷりですが)持ってくるとは、ちょっと感心いたしました。

 さて、後半に登場するのは、二十面相…ならぬ石川五右衛門の娘。伊賀秘伝――そういえば五右衛門といえば元々フィクションの世界では才蔵とは因縁の間柄でした――の毒薬を用いての奇襲で、才蔵たちを苦しめることになります。

 その中で、才蔵は、伊賀者としてではなく、真田の勇士としての自分に目覚めることとなるのですが――
 正直言って、まだ目覚めてなかったんかい!? という感はありますが、そこまでの物語の中で、少しずつ、伊賀者の生き様と真田での生き様の違いを描いてきたこともあり、才蔵の成長を描くイベントとしては、悪くない印象でした。

 さて、残る勇士はあと二人。いずれも本作らしく、一筋ではいかない連中だと思われますが――さて。


「BRAVE10」第4巻(霜月かいり メディアファクトリーMFコミックス) Amazon
BRAVE10 4 (4) (MFコミックス フラッパーシリーズ)


関連記事
 「BRAVE10」第一巻 期待度大の新十勇士伝
 「BRAVE10」第二巻 信頼という名の原動力
 「BRAVE10 ドラマCD」 見事なまでに鉄板な
 「BRAVE10」第3巻 彼女を中心に――

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.10.04

「カミヨミ」第6-8巻 小品ではあるけれど…

 今月末に最新巻が発売される明治伝奇ホラーアクションミステリ「カミヨミ」。今回取り上げるのは、まだ紹介していなかった第6巻から第8巻までであります。
 この三冊のメインとなるのは「銀狼館の獣」編と「沈黙の毒」編の二つの中編。天馬が、零武隊が、人知を越えた奇怪な事件に立ち向かうこととなります。

 第6巻から第7巻冒頭まで収録されているのが「銀狼館の獣」編。人里離れた洋館・銀狼館を訪れた天馬・帝月・瑠璃男の主人公トリオ+何故か八俣警視総監が巻き込まれた陰惨な猟奇事件が描かれます。

 物語の中心となるのは、満月の度に獣めいたふるまいを見せる銀狼館の娘・文石の悲恋物語。
 題材的には予想がつくのですが――もっとも、ここであの伝説と絡むとは! と大いに驚かされましたが――結末辺りの展開には思わぬ一ひねりが入ったのには唸らされました。さすがにこの作品、侮れません。
 そして何よりも、人を人たらしめる想いが引き金となって…という切なすぎる展開が胸を打ちます。

 ちなみにこのエピソードでは、八俣さんが色々な意味で大活躍。物語の半分くらい全裸だったんじゃないだろうか…


 そして第7巻後半から第8巻冒頭に収録されているのは「沈黙の毒」編。有力政治家の怪死に端を発して、連続毒殺事件に巻き込まれた零武隊隊員・毒丸を中心に、零武隊メンバーが活躍するエピソードであります。

 本作の弱点は、ビジュアル的には異様に目立つ割に、零武隊メンバーが物語的にはさっぱり目立たないことですが、今回でそれがほんの少し解消されたか、というところでしょうか(あくまでもほんの少しですが…)。
 ただ、伝奇的謎解きとしては、毒と鳥という時点ですっかりネタ割れしていたのが残念です。


 以上二つのエピソードは、第5巻までに比べると、分量的にも内容的にも小品ではあるのですが、これはこれで作品世界を広げるという意味ではアリでしょう。
 そして第8巻からは、死者が甦ったという一件を追う天馬一行が、老人がいない秘密めいた隠れ里で事件に巻き込まれる「女郎蜘蛛」編がスタート。なかなか厭な(褒め言葉)土俗的ムードが漂っていて、この先の展開が楽しみです。

 しかし事件解決直後に配下率いて突入してくる日明大佐は既にほとんど伝統芸のような…


「カミヨミ」第6-8巻(柴田亜美 スクウェア・エニックスガンガンファンタジーコミックス) 第6巻 Amazon/第7巻 Amazon/ 第8巻 Amazon
カミヨミ 6 (6) (ガンガンコミックス)カミヨミ 7 (ガンガンコミックス)カミヨミ 8 (Gファンタジーコミックススーパー)


関連記事
 「カミヨミ」第1-2巻 これを伝奇と言わずして何を…
 「カミヨミ」第3-5巻 天狗が招く異界の果てに

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.09.29

「奇談異聞辞典」 奇談怪談ファン必見の随筆辞典

 個人的なお話で恐縮ですが、私が小さい頃になりたかったものの一つに「物知り」があります。博覧強記で何でも(特に人の知らないような分野)を知っている人に大いに憧れていた――というより今も憧れているのですが、その憧れの対象の一人が、本書の編者である柴田宵曲であります。

 宵曲氏は、明治から昭和前期にかけて、俳句の世界で活躍された方ですが、その一方で折りに触れて発表した随筆は、まさに博覧強記としか言いようのない氏の一面が現れていて、読むたびに新鮮な味わいがあります。
 特に、日中の古典で語られた事物「そういえば○○にはこういう話もある」とばかりにを融通無碍に引き出して話題を転がしていく様には、ただただ感心するばかり。ああ、こんな「物知り」になりたい…などと考えるのは僭上の限りかもしれませんが、私の素直な気持ちです。

 さて前置きが長くなりましたが、本書は「随筆辞典」の一冊「随筆辞典 奇談異聞編」として、五十年近く前に編纂されたもの。その内容については、旧題及び現題をご覧いただければ瞭然かと思いますが、近世の随筆集の中から、奇談異聞――すなわち、妖怪変化や幽霊、怪奇事件の類を選り抜いて五十音順に配列してみせた、この手のお話が大好きな人間にとっては、まさしく夢のような書物であります。

 随筆の抜粋ですので、残念ながら宵曲氏の文章そのものはほとんど味わえないのですが、しかし、さすがに宵曲氏が纂修しただけあって、その内容は、実にバラエティと魅力に富んだものであることは間違いありません。
 元となった随筆集も、「甲子夜話」「耳嚢」といったメジャーどころはもちろんのこと、名前もほとんど聞いたことがないようなものまで含まれていて、そのカバー範囲の広さには、さすがは…と感心するばかりであります。

 宵曲ファンはもちろんのこと、奇談怪談ファン――ことに、「その談柄の豊富なもの、狐狸の如き、天狗の如き、河童の如き、亡霊幽魂の如きは、類聚排列することによって、いさゝか研究の領域に近づくことが出来るであろう。」という氏の言葉に共感できる方であれば――であれば、必見というほかない名著であります。
 ちくま学芸文庫だけあって、文庫でも少々お高いですが、それだけの価値は間違いなくある! と断言させていただきます。


「奇談異聞辞典」(柴田宵曲 ちくま学芸文庫) Amazon
奇談異聞辞典 (ちくま学芸文庫 シ 22-3)


関連記事
 「妖異博物館」 全ての怪談を愛する人に

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.09.25

「消えた山高帽子 チャールズ・ワーグマンの事件簿」 時代と世界の境界線上で

 「誘拐児」で2008年の江戸川乱歩賞を受賞した翔田寛が、実在の人物であるチャールズ・ワーグマンを探偵役に、明治初期の横浜で起きた怪事件の数々を描いた連作短編推理小説であります。

 本書で探偵役を務めるワーグマンは、イラステレイテッド・ロンドン・ニュースの特派員として幕末の日本を訪れ、以降、維新前後の日本の姿を描き、発信し続けた人物。日本人女性と結婚し、終生横浜に在住したこの人物を、本書では、豊かな知性と観察眼、そして異邦の文化への理解溢れた魅力的な人物として描き出しています。

 このワーグマンが挑むのは、以下の五つの事件――
 相次いで目撃された逆しまの姿の日本の幽霊と、奇怪な容貌の西洋の幽霊と、仇討ち禁止令直前に仇を討ったという青年を巡る事件が交錯する「坂の上のゴースト」
 吝嗇で知られる日本通の英国人商人が、自宅で、畳の上で左前の着物を着て腹に刀を突き立てた姿で発見される事件の謎を解く「ジェントルマン・ハラキリ事件」
 ロミオとジュリエットめいた恋の行方を背景に、外国人芝居の席で起きた山高帽子盗難事件をワーグマンと日本の歌舞伎俳優が裁く「消えた山高帽子」
 精神を病んだ姉が、かつて横浜で起きた殺人事件の犯人ではないかという青年の疑いから、哀しい人間心理が浮かび上がる「神無月のララバイ」
 そして聖誕祭直前に、密室となった教会の中で発見された二人の青年の死体と、その捜査を強硬に拒否する司祭の姿から、奇怪な人間関係が描き出される「ウェンズデーの悪魔」

 いずれも、推理小説としてのロジカルかつトリッキーな魅力は言うまでもなく、描き出される人間ドラマの巧さと、それを見つめるワーグマンの眼差しの温かさがあいまって、実に楽しい作品となっています。
 が、私が本書において真に感心したのは、これらの作品のほとんど全てが、この時代、この場所でなければ起こり得ない事件を描き出している点であります。

 舞台となる明治六年は、言うまでもなく、明治維新の激動冷めやらぬ時期。そしてまた横浜は、そんな日本の中心のすぐ近くにあって、それでいて異国に最も近かった場所であります。
 本書はそんな、近世と近代、そして日本と異国の境界線上でなければ有り得ないシチュエーションを前提とした上で事件を構築しており、その意味では優れた時代小説である、と言えるでしょう(そしてまた、そのような作品において、自らが日本と異国の境界線上にあるワーグマンが探偵役を務めるのは、ある意味必然的といえるかもしれません)。

 しかし、一見それとは矛盾しているようですが、本書は同時に、現代にも通じるような普遍性をも兼ね備えています。
 それは――人が人を想う心。本書で描かれる事件を事件たらしめているもの、事件を一層複雑としているものは、いずれも、誰かが誰かを愛し、慈しむ心なのであります。
 たとえ時代が、場所が変わろうとも、人が人を想う心ばかりは変わらない。そんなことを、本書は無言のうちに訴えかけてくるように思います。

 その意味で、本書において個人的に最も印象に残った作品は、「消えた山高帽子」。この作品のゲストキャラクターであり、重要な位置を占める歌舞伎役者・市川升蔵が、事件の中で見たもの、感じたもの…それこそまさしく、この時代と世界を越えて通底する、人が人を想う心であったことが、作中ではっきりと述べられているのですから――
 本書において、この作品が表題作とされているのも、あるいはこのためではないかと感じた次第です。


「消えた山高帽子 チャールズ・ワーグマンの事件簿」(翔田寛 創元推理文庫) Amazon
消えた山高帽子―チャールズ・ワーグマンの事件簿 (創元推理文庫 M し 3-1)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.09.11

「機巧奇傳ヒヲウ戦記」第1巻 至誠が動かしたもの

 嘉永六年、黒船見物に訪れた二人の若者「りゅう」と「とら」は、機の民の男・マスラヲらと共に活動する火車党の存在を知る。日本で蒸気機関車を走らせるという火車党の目的に興味を持ったりゅうは、とら、そしてジョン万次郎と共に行動を開始するが、その前に機巧を武器に利用しようとする者たちが立ち塞がる。

 つい先日、講談社の「マガジンZ」誌の休刊が発表されました。様々な伝奇漫画が掲載された同誌ですが、その最初期に連載されたのがこの漫画版「機巧奇傳ヒヲウ戦記」であります。 全四巻のうち、今回第一巻のみを取り上げるのも妙に思えるかもしれませんが、この第一巻は、本編のビフォアストーリー。
 主人公・ヒヲウが生まれる前、その父マスラヲ(「天保異聞 妖奇士」にも顔を出したあの人物)と、後にヒヲウたちを導くことになる「りゅう」=坂本龍馬が繰り広げた冒険を描いたもので、これだけで独立した物語として成立しているのですが、これがまた実に私の好みエピソードなのです。

 黒船来航という激動の時代を背景に、来るべき新時代の象徴たる蒸気機関、さらにそのまた象徴たる蒸気機関車を中心に据えたこのエピソード――原作は會川昇氏だけあって、多彩かつ個性豊かな登場人物(これは歴史上の有名人の特徴を捉えてビジュアライズしてみせた神宮寺氏の功績大)や、彼らと歴史的事件との絡め方も巧みで、それだけでも既に十分楽しいのですが、しかし何よりも見事なのは、そこに交錯する様々な人々の想いを巧みに織り上げてドラマを展開している点であります。

 機関車を走らせる、その目的のために集まった者たちであっても、その理由は様々。
 それはその一人一人が背負った人生がそれぞれ異なるように――いや異なるがゆえに、様々であるのですが、しかしその様々な想いが交錯した末(特に、ヒロインが蒸気機関車を走らせようとする理由にモリソン号事件を絡め、そしてそれが頑なだった「とら」の心を動かすくだりなど実に良い)に、蒸気機関車の疾走というクライマックスに達するのが実に感動的なのです。

 そして何よりも、このドラマの背景に、純粋なテクロノジーへの想いこそが――テクロノジーを政治(軍事その他現世的に役に立つもの)に利用しようという人々との対峙はあったとしても――人々を動かし、歴史を変えていく、というテーゼがあるのが実に嬉しい。
 もちろんここでいうテクノロジーは、別の言葉にも置き換えられるものであり――そしてその言い換えの一つが、「至誠にして動かざるものは未だこれ有らざるなり」という、本作のテーマとも言うべき言葉に昇華していくこととなります。
 その意味からも、このエピソードが、第一巻で描かれているのは実に意義があると言えます。
(ちなみにこのテーゼ、同じ會川氏がシリーズ構成を務めた「大江戸ロケット」にも通底するものであり、極めて興味深いものがあります)

 「機巧奇傳ヒヲウ戦記」については、TV版・漫画版とも、きちんと取り上げようと思いますが、今日はその第一弾としてふさわしい、この漫画版第一巻を取り上げた次第です。


「機巧奇傳ヒヲウ戦記」第1巻(神宮寺一&会川昇&BONES 講談社マガジンZKC) Amazon
機巧(からくり)奇伝ヒヲウ戦記 (1)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.09.09

「カミヨミ」第3-5巻 天狗が招く異界の果てに

 所属もバラバラの五人の軍人が同日同刻に姿を消し、その一人の死体が、高い木の上で発見された。さらに軍の高官が次々と暗殺され、「天狗」を名乗る存在が、一連の事件の犯行声明を行う。事件の調査に当たる天馬たちは、その背後に、かつて軍を震撼させた「義経計画」なるものの存在を知るが、敵の魔手は彼らにも伸びていた…

 明治伝奇アクションホラーミステリ「カミヨミ」の第二章、第三巻から第五巻に収録されているエピソードが「天狗の神隠し編」であります。
 天狗による神隠し伝説を背景に、奇怪な「天狗」の群れが明治の帝都に跳梁する中、事件は空間的にも時間的にも次から次へと意外な広がりを見せ、遂には天馬・帝月・瑠璃男の主人公トリオ自身の運命にも密接に絡んで――
 と、本エピソードは単行本三冊の分量も納得の実に充実した内容。これぞ伏線が巧みに張り巡らされ、複雑に物語が展開していく一方で、時にコミカルに時に哀切にと物語の緩急自在ぶりも楽しく、まことに私好みの内容に、何故もっと早く読んでいなかったかと臍を噬みました。

 しかし私が何よりも好ましく思うのは――これは先の感想でも似たようなことを書きましたが――どれほどありうべからざる事件が、超自然的な現象が描かれようとも、その根底には、あくまでも生きている人間の姿があることです。
 奇怪な事件を引き起こす――たとえきっかけになることはあったとしても――のは、異界からのモノなどではなく、人間の欲望や妄執というのは、悲しいことではあります。しかしそれは、だからこそ事件を解決するのも、異界の力ではなく、人間の力でなければならないのであり…その姿勢はそのまま、異界の力を宿しながらも、あくまでも人間として戦おうとする天馬の姿にそのまま重なっていきます。

 そして、人間という存在が大きな意味を持つのは、主人公の側のみではありません。
 人外の力を得て超人と化したはずの男の中に残っていた人間性…それが、綿密に計画されていたはずの陰謀の崩壊の引き金となるという終幕は、皮肉であると同時にどこまでも切なく、「天狗」の招きにより異界に囚われてしまった者の最後として、胸を締め付けられるような哀しさがありました。

 単に奇怪な物語を描くばかりでなく、現実には存在しないものと対比させることにより、現実というものをより鮮烈に描き出すのが伝奇であるならば、異界と人間を対比させ、人間存在の中の美醜を浮き彫りにした本作は、まさにその伝奇であると、強く感じる次第です。


「カミヨミ」第3-5巻(柴田亜美 スクウェア・エニックスガンガンファンタジーコミックス) 第3巻 Amazon/第4巻 Amazon/第5巻 Amazon
カミヨミ (3) (Gファンタジーコミックススーパー)カミヨミ 4 (Gファンタジーコミックス スーパー)カミヨミ 5 (5) (ガンガンコミックス)


関連記事
 「カミヨミ」第1-2巻 これを伝奇と言わずして何を…

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.09.08

「運命峠」 無私の愛を謳う名作伝奇

 大阪城落城から二年、己の生きる意味を求めてさまよう浪人・秋月六郎太は、天草で徳川方に追われる豊臣秀頼の遺児・秀也を救う。己が育った武蔵野に秀也を伴い、育てることとした六郎太だが、ついに秀也は柳生宗矩のもとに囚われてしまう。秀也の身を賭けて六郎太は、将軍家光の御前で剣鬼・宮本武蔵との決闘に望むが。

 三田の田は柴田の田、であるくらいに柴田錬三郎ファンである私ですが、柴錬作品の中でも特に好きな作品は、と問われれば、一つに絞るのは難しいものの、本作が最有力の候補であることは間違いありません。
 今回、この感想を書くために本作を読み返したのですが、時代小説としての面白さに感心したのみならず、一個のドラマ、ロマンスとしての素晴らしさに、深い感動を覚えた次第です。

 本作は、特にキャラクター配置をみれば、柴錬先生お得意のパターンの作品であります。
 出生の秘密を背負い、虚無の色濃い剣豪。彼に仕える好人物の忍者。主人公を一心に慕う薄幸のヒロイン。主人公のライバルとして対峙する剣鬼。その他、血気に逸る若者に、登場人物たちの生き様を見守る善知識――
 その意味では、本作は柴錬作品の一典型と言えるかもしれません。

 しかし、そんな本作が、他の作品を遥かに上回る感動を私に与えてくれたのは、主人公をはじめとする登場人物たちの多くの行動原理が、無私の愛に貫かれていることであります。
 愛する者のために、か弱き者のために、己の命を賭ける、捧げる…本作では、そのような人間たちの姿と、何よりもその美しさ、尊さが数多く描かれるのです。

 もちろんそれは、本作が、甘ったるい人情話であったり、ひたすら楽観的な理想論を語る作品であることを意味するものではありません。混沌から秩序への過渡期である江戸時代初期を舞台とした本作の世界観は、むしろその真逆――弱肉強食とまでは言わぬまでも、弱き者が、理不尽な暴力あるいは権力の前に涙に暮れることが当たり前の世界であります。
 心正しき者が必ずしも報われるわけではない残酷な世界――しかしそのような世界であるからこそ、人として正しい道を歩みたい、愛する者を守りたいという人々の心の叫びが強く胸を打つのです。


 剣豪小説として、伝奇小説として稀有の面白さを持ちつつ、人間らしく生きることの素晴らしさ、美しさを謳いあげた本作。ロマンチストとしての柴錬先生の側面が強く表れた名作であります。


「運命峠」(柴田錬三郎 ランダムハウス講談社時代小説文庫 全4巻) 第1巻 Amazon/第2巻 Amazon/第3巻 Amazon/第4巻 Amazon
運命峠I 夕陽剣推参 (ランダムハウス講談社 し 1-1 時代小説文庫)運命峠II 一死一生 (ランダムハウス講談社 し 1-2 時代小説文庫)運命峠III 乱雲 (ランダムハウス講談社 し 1-4 時代小説文庫)運命峠IV 暗夜剣 (ランダムハウス講談社 し 1-5 時代小説文庫)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.09.01

「梅一枝 新編剣豪小説集」 剣に映し出された心意気

 自分にとってのカンフル剤…というのとは少々違いますが、読んだ後に何やら身が引き締まった思いとなるのが、柴錬先生の、それも短編小説であります。
 本書はそんな柴錬先生の短編の中から、剣豪小説を中心に集めた短編集。己の一剣に全てを賭ける男たちの凜乎たる姿が強く印象に残る一冊です。

 本書に収録されているのは、「斑三平」「狼眼流左近」「一の太刀」「柳生五郎右衛門」「月影庵十一代」「花の剣法」「邪法剣」「梅一枝」「生命の糧」と、全部で九つの短編。
 基本的に既刊の作品集に収録された作品ばかりなので、既に読んだことのある作品がほとんどでしたが、しかしやはりその面白さと、作品から受ける、身の引き締まるような感覚は何度読んでも変わりません。

 これらの作品は、最後の一編を除けば、いずれも己の剣を極限まで研ぎ澄ました者を主人公とした作品。しかし興味深いのは、その主人公たちが、必ずしも正道を歩む者ばかりではなく、己の道に踏み迷ったり、あるいは邪道を歩む者もいることでしょう。

 しかし、作者が彼らに向ける眼差しは、その進む道の善悪正邪に関わらず、等しく澄んでいるように感じられます。
 言い換えれば、その者がいかなる存念で剣を振るうかに限らず、一つの境地に達した者の姿は、物語の主人公として描くに足ると、作者が考えていると感じられるのです。
(ちなみに本書の中で唯一剣豪ではない「生命の糧」の主人公が、己の剣を出世のために差し出したことも合わせて考えると、なかなか興味深いものがあります)

 それはもちろん、決して単なる相対化などというものではなく、彼らの剣に映し出される、彼らの強い思い――己の往く道を示す指針であり、己の背負う十字架であり、そして決して曲げてはならぬ己が己である証、すなわち「心意気」――は、善悪や幸不幸といった世俗の基準では測れぬ尊さがあるということなのでしょう。
 そしてその主人公たちの心意気と、それを描く作者の心意気が、私に身の引き締まるような思いをさせるのだと、そう思います。

 本書は先に述べたように既刊からの収録作ばかりで、昔からのファンにとっては必ずしも貴重な作品ばかりというわけではなく、また一冊の短編集として見た場合のテーマ性、背骨というものがあまり感じられないというのが正直なところではあります(表題作は実に私好みの名作ですが、つい最近他社で出た短編集にも収録されているわけで…)。
 しかし私にとっては、上に述べたように、柴錬短編に感じる魅力の源を、本書は再確認させてくれたわけで――その意味では大いに価値ある一冊であります。


「梅一枝 新編剣豪小説集」(柴田錬三郎 集英社文庫) Amazon


関連記事
 「かく戦い、かく死す 新編武将小説集」 敗者の中の心意気

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.08.30

「カミヨミ」第1-2巻 これを伝奇と言わずして何を…

 名門の少年軍人・日明天馬は、子供の連続誘拐殺人事件解明のため、異界のモノを括るカミヨミの力を持つ少年・帝月とともに、九州赤間関に向かう。折しも近くの漁村では、大量斬殺事件が発生、天馬の母・日明蘭大佐が率いる軍の始末屋・零武隊が調査に訪れていた。二つの事件の背後には、あってはならない存在の影が…

 伝奇ファンの私の畏友が絶賛していた、柴田亜美の「カミヨミ」の第一章に当たる第一、二巻を読みました。
 恥ずかしながら私にとって柴田亜美と言えば「どきバグ」…いやむしろドラクエ四コマという印象で、あの絵で伝奇? という思いはあったのですが――一読、己の浅はかさを呪いました。これは面白い。
 確かに絵的な面では、特に主人公・天馬のデザイン等、線の太いマンガらしいタッチが、物語のムードに対してそぐわない印象はあるのですが、しかしそういった点を遥かに補って余りあるのが、これを伝奇と言わずして何を伝奇と呼ぶ、と言いたくなるストーリーと構成の妙です。

 舞台となるのは明治三十年代前半、日清・日露両戦争の合間の、日本がまさに富国強兵にひた走っていた時期。しかしその裏側では、維新を期に西(都)から流入した古古しきもの、異界のものが引き起こす事件があり、それに対峙するのが治外法権的特権を持つ零武隊、そして異界と交信し、封じる力を持つカミヨミの存在だった…というのが基本設定。そして天馬少年は、零武隊隊長の息子であり、そしてカミヨミの力を引き継ぐ少女・菊理の許婚という二つの立場から、物語に絡んでいくことになります。
(が、劇中で主にカミヨミの力を振るうのは、菊理の双子の兄であり、妹以上に天馬に愛を向ける帝月というのが、色々な意味でうまい)

 この「赤間関事件」編では、赤間関の海から引き上げられたあるモノが引き起こす惨劇が描かれます。そのモノ自体は、伝奇ものにしばしば登場する存在であり、決して珍しくはありませんが、しかしそこに一ひねりを加えることにより、「あってはならないもの」でありながら、時の政府にとってなくてはならぬもの、という強い存在感が生まれているのには感心いたしました。

 しかし何より気に入ったのは、事件の引き金となり、そして複雑化させたのが、人の欲望そして妄執であり――すなわち、異界のモノではなく、人間の存在である点です。
 わかりやすく言い換えてしまえば、凶器は超自然的存在であっても、犯人とその動機はあくまでも人間のもの。登場人物の一人・八俣警視総監の言葉にあるようにあくまでも「人間の愚かしい欲が事件を起こすの」であり、異界のモノを扱いながらも人間主体の物語である点が、私の好みに実に合いました。
(ちなみにこの人物、オカママッチョというド変態ながら、物語の近代的理性の側面を象徴するような切れ者のキャラで、私は大いに気に入っています)


 第二巻のラストは、えっ、ここでこうなるの? 的な展開ですが、物語的には、あくまでもここからが本番ということでしょうか。この先も読まないわけにはいかなくなってきました。


「カミヨミ」第1-2巻(柴田亜美 スクウェア・エニックスガンガンファンタジーコミックス) 第1巻 Amazon/第2巻 Amazon

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.08.18

「花かんざし捕物帖」第2巻 不幸な女人たちへの眼差しの優しさ

 山風先生の「おんな牢秘抄」を島崎譲先生が漫画化した「花かんざし捕物帖」の第二巻が発売されました(ちなみに八月の講談社コミックスは、この他にせがわ先生の「Y十M」「バジリスク」文庫と、ちょっとした山風祭りに)。今回は、第一の事件、曲芸師のお玉の物語の解決編と、第二の事件、御家人の妻のお路の境遇の語りまでが、収録されています。

 内容的にミステリであり、また形式的には連作短編スタイルということもあって、なかなか二巻で描かれている内容自体に、ここで触れるのは難しいのですが、この巻から「姫君お竜」の本格的活躍が始まることもあり、いよいよ物語は華やかに、艶やかに動き出したという印象。前半ではお竜の神出鬼没の活躍が小気味よく描かれる(見世物小屋で、自分めがけて投じられた手裏剣を受け止める際のアクションが印象的でした)一方で、後半ではお路が体験した夢魔めいた愛欲の世界がねっちりと描かれ、硬軟(?)とりまぜての描写の巧みさは、さすがにベテランの島崎先生ならでは、と感じます。
(ただ、直参であの髪型はどうなのかしらん)


 さて、以前私は、第一巻の感想を書いた際に「確かに意外なチョイス、意外な取り合わせではありますが、その味は悪くありません」と本作を評しましたが、しかしその印象は誤りだったかもしれません。
 なぜなら、この第二巻を読むに、この島田先生による「おんな牢秘抄」漫画化は意外どころか全く違和感なく、味が悪くないどころか、見事な味わいを醸し出しているのですから――

 山風作品の中でも、原作はかなり異色の作品。内容自体はかなりきっちりとした時代推理ものながら、やはりお姫様が女囚牢に潜入しての活躍というのは、正直なところ、特異体質の忍者同士の死闘よりも、一層現実離れして感じられます(もちろん、それは作品自体の面白さとは全く別の問題であります)。
 しかし――その原作が島崎先生の筆をもって描かれた本作を見れば、そんなことに拘るのが愚かしく思えてきます。現実離れしていると思おうが思うまいが…確かにお竜は、不幸な女人たちはここに――可憐かつ華麗な姿でもって――はっきりとビジュアライズされ、生き生きと動き回っているのですから。

 こと本作においては、原作者は最良の作画者を得た――というのはほめすぎかもしれませんが、少なくとも原作の持ち味を十分以上に引き出していることは間違いありません。


 ちなみに、この第二巻で私が最も好きな場面は、冒頭でお竜が同牢の女囚たちに差し入れをするくだり。
 本筋には直接関わってこない(はずの)場面ではありますが、お竜の心根の美しさと、作者が不幸な女人たちに向ける眼差しの優しさが感じられて、心に残ります。


「花かんざし捕物帖」第2巻(島崎譲&山田風太郎 講談社KCDX) Amazon
花かんざし捕物帖 (2) MiChao!KC (KCデラックス)


関連記事
 「花かんざし捕物帖」第一巻 意外な取り合わせの妙


関連サイト
 作家インタビュー

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.08.10

「若さま侍捕物手帖 縄田一夫監修・捕物帳傑作選」 若さま久々の復活

 以前にも書いたかもしれませんが、捕物帖の中で私が最も好きなシリーズは城昌幸の「若さま侍捕物手帖」シリーズであります。いわゆる五大捕物帖の中で、唯一職業探偵が主人公でない本シリーズですが、そのせいか雰囲気もずいぶんと通常の捕物帖と違い、江戸情緒溢れる中にもどこか洒脱な味わいのある爽快な作品なのです。
 この度、徳間文庫の「縄田一夫監修・捕物帳傑作選」の一つとして、本シリーズが収録されましたが、その中には実に半世紀前(!)に単行本化されて以来となる作品も収録されており、ファンとしては誠に欣快の至りです。

 本書に収録されているのは「紅鶴屋敷」と「五月雨ごろし」の二つの中編。うち、今回復活したのは前者であります。
 この「若さま侍捕物手帖」は、ミステリのジャンルで言えば、いわゆる安楽椅子探偵。基本的に主人公の若さまが柳橋米沢町、船宿喜仙の二階座敷で、看板娘のおいとを相手に、床柱を背に膳部を据えてちびりちびりとやっているところに岡っ引きの遠州屋小吉から事件が持ち込まれて、座敷にいながらにして解決、というのがパターンですが、本作においては、珍しく――尤も、中長編ではさすがに座敷に座りっぱなしというわけではないのですが――江戸を飛び出して、若さまは神奈川のはずれの漁村に姿を現すことになります。

 江戸の呉服問屋・越後屋の番頭が殺害された一件の背後に、大規模な抜け荷、それも大大名も絡んでのものが潜んでいると知った小吉ですが、しかしさすがに大名も絡んでの事件に手が出せるはずもなく…というところで小吉が事件を持ち込んだことから若さまの出陣。殺された番頭の肩に、物堅いはずの商人には珍しい赤い鶴の刺青が彫られていたのに目をつけた若さまは、神奈川にある越後屋の寮が、通称・紅鶴屋敷と呼ばれていることから現地に乗り込んで――というのが本作のあらすじ。紅鶴屋敷の謎あり、悪女の跳梁あり、越後屋の身代を巡る争いあり…と、なかなかに盛りだくさんであります。

 とはいえ、探偵ものとしても時代(伝奇)ものとしても、さまでインパクトのあるものではないのが正直なところで、名作かと言われればうーん…というところ。どこに行っても何をしても若さまは若さまで、その伝法な口調も気持ちよく、一種のキャラクターものとして見ると実に面白く、ファンとしてはそれだけで嬉しくなってしまうのではありますが。


 もう一編の「五月雨ごろし」の方は、これは春陽文庫版で非常に手に入れ易かったこともあり既読でしたが、二重生活者の死を発端とする物語で、作中で発生する殺人事件の方は大した謎解きではないのですが、なぜ被害者が二重生活を送ったか、という謎解きに不思議な味わいがある作品でありました(そしてもちろん、こちらでも若さまは若さまらしくて素敵なのですが)。

 結局のところ、シリーズに初めて触れるファンにお勧めかというとちょっと難しいところですが、シリーズの熱心なファンにとっては楽しい一冊であるかと思います。


「若さま侍捕物手帖 縄田一夫監修・捕物帳傑作選」(城昌幸 徳間文庫) Amazon
若さま侍捕物手帖 (徳間文庫 な 18-10 縄田一男監修・捕物帳傑作選)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.06.30

「無限の住人」第23巻 これまさに逸刀流無双

 いよいよ七月より放送開始のアニメにタイミングを合わせるように「無限の住人」最新巻が発売されました。最終章に突入してから、剣戟アクションシーンがぐっと増えた感のある本作ですが、この第23巻では、今までにましてのアクションシーン満載であります。

 前巻で江戸を離れることとなった逸刀流ですが、もちろん彼らが今更おとなしく幕府の言うことを聞くわけもない。加賀編のように、陽動作戦に出た天津たちの向かう先は…というわけで、この巻の主役は、完全に彼ら逸刀流であります。
 久々に登場した(といっても、まだ早過ぎるんじゃない? という感も正直ありますが…)ある人物と万次との対話から、本作のテーマらしきものがぼんやりと見えたり、凛と凸凹くノ一コンビの漫才があったり、何だか作者の分身のように思えてきた尸良の鬼畜ショーありと、その他のキャラクターたちの動きも色々あるのですが、その後、単行本の八割方を費やして描かれる逸刀流の大暴れぶりの前には霞みます。

 逸刀流――天津影久、凶戴斗、馬絽祐実、怖畔と、残った中ではほぼ主力というべき四人の剣士が向かう先は、何と江戸城。それもその大手門を堂々と突破して、群がる城侍を斬って斬って斬りまくる様は、まさしく逸刀流無双とも言うべきもの(しかしどうやったら怖畔は殺せるんだろうね)。

 特に印象に残ったのは、馬絽祐実の大暴れ。
万次に似ているくらいしか印象のある馬絽ですが、刀身に穴を空けて軽量化した野太刀という本作ならではの得物を振るい、鬼神の如き大活躍であります(さすがに爆裂弾はずるいと思いますが)。

 そして血戦に次ぐ血戦の果てに、天津らが取った行動、彼らの江戸城乱入の目的とは――おそらく時代もの史上でも屈指の馬鹿馬鹿しくもとんでもない、そして痛快極まりないもの。
 普通で考えれば、全くもって正気の沙汰とは思えない行動ですが、しかし彼らの存在意義を考えれば十分に頷けるものがあります。そしてそれと同時に、そうせざるを得なかった彼らの姿に、何とも言えぬもの悲しさを覚えるのですが――

 しかし、行きはよいよい帰りは――というわけで、さすがに帰りは行きのようにはいかず、満身創痍となった逸刀流の中で、ただ独り残って追っ手に立ち向かうのは馬絽祐実…
 さてはあの大暴れは死亡フラグであったか!? とまでは申しませんが、さてこの先彼を待ち受けるドラマは、というところで次巻に続くきます。


 しかしさすがにネタキャラとはいえ大番組頭の名前に雲霧仁左衛門はないよな。


「無限の住人」第23巻(沙村広明 講談社アフタヌーンKC) Amazon
無限の住人 23 (23) (アフタヌーンKC)


関連記事
 再び動き始めた物語 「無限の住人」第18巻
 「無限の住人」第19巻 怒りの反撃開始!
 「無限の住人」第二十巻 不死力解明編、怒濤の完結!
 「無限の住人」第二十一巻 繋がれた二人の手
 「無限の住人」第二十二巻 圧巻の群像劇!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.06.24

「忍法十番勝負」(その二) いよいよ大御所出陣

 昨日からの「忍法十番勝負」紹介、今日は四番勝負から七番勝負までであります。

四番勝負 古城武司
 本書に収められた十編中、恥ずかしながら唯一作品を読んだ記憶がないのが、この古城武司先生でした。唯一、私がはっきりとわかるのは、特撮時代劇「白獅子仮面」のエンディングイラストを描いていることですが、初めて読んだ古城作品は、柔らかめの絵のタッチながら、非情かつひねりの効いた忍法合戦を描き出していて、印象に残るものでした。
 今回絵図面を巡って死闘を繰り広げるのは、二つの忍者集団。その一方、かげろう組から飛騨忍党側についた裏切り者に奪われた絵図面を追うのが本編の主人公・風丸ですが、面白いのは、風丸が敵はおろか、味方の素顔すら知らされていないこと。かくて、如法暗夜を行くが如く、風丸の探索行が始まるのですが――これが実に面白い。
 誰が敵で誰が味方かわからない状況下で繰り広げられる争奪戦は実にサスペンスフルで、終盤のどんでん返しまで、一気に読み通すことができました。壮絶な決戦の後に描かれる一コマが、わずかな救いとなって心に残ります。


五番勝負 桑田次郎
 さて折り返し地点の五番勝負を担当するのは、平井和正と組んでの数々の作品を残した桑田次郎先生です。桑田作品と言えば、独特のちょっとバタくさい描線がまず浮かびますが、それは本作でも健在。その絵で展開される物語は、しかしこれまでの絵図面争奪戦とは一風変わった趣向となっています。
 冒頭から描かれるのは、深山から流れ落ちる川に次々と忍者の死体が流れていくというショッキングなシーン。今回絵図面を手にしたのは、黒雲が峰に潜む「魔王」と名乗る忍者、この魔王に挑んだ忍者たちが、次々と返り討ちにされた結果が冒頭の場面であります。その魔王に挑むは真田幸村の配下かすみ丸ですが…
 正直なところ、魔王とかすみ丸の決闘は存外あっさりとしているのですが、しかしネーミングといい、いかにも桑田キャラな悪役的たたずまいといい、魔王のキャラクターが印象に残る一編でありました。


六番勝負 一峰大二
 五番勝負を受けて、再び真田忍者かすみ丸が活躍する(使う術は違うものの、同一人物と思ってよいのでしょう)本作を担当するのは、一峰大二先生。太い描線の迫力あるアクションが印象的な方ですが、本作もまた集中の異色作の一つであります。内容こそ絵図面争奪戦ではありますが、今回かすみ丸の前に立ちふさがるのは忍者にあらず剣法者――徳川の忍者の元締めの一人であり、最強の剣法者たる柳生宗矩であります。
 かくて本作で描かれるのは、忍法対剣法の異種格闘技戦。いかにもトリッキーなかすみ丸の忍法に対し、宗矩の剣法は、超人的ではあるものの、あくまでも正当派の豪剣で、水と油の両者の戦いがクライマックスの決闘に雪崩れ込んでいく様は、大いに興味をそそります。その内容も、巻物に導火線をつけての決闘といい、宗矩の剣に立ち向かうかすみ丸最後の忍法といい、ギミック満載で漫画的楽しさに溢れている好篇でありました。


七番勝負 白土三平
 さて七番勝負にして大御所出陣。忍者漫画の一方の雄というべき白土先生の作品がここで登場です。不純物は一切抜きで、二手に分かれた忍者がひたすら死闘を繰り広げるという内容は、短編なだけに、白土忍者バトルの魅力がより一層凝縮されて感じられます。
 本作で命がけの術比べを演じるのは、一方は真田方の鳥使い・宿鳥と、己の皮膚を硬質化させた無敵の肉体を持つガンダメ。そしてもう一方は、無数の犬を操る(おそらくは)伊賀の術者・犬万――無数の数でもって襲いかかる動物たちが勝つか、不死身の肉体が勝つか? 最後の勝者の姿はあまりに意外ながら、しかしいかにも白土作品らしいものとなっております(というかこのキャラクターも白土スターシステムの一員ですね)。
 ちなみに本作は、「忍法秘話」に「犬万」の題で収録されており、こちらを先にご覧になった方もいるかもしれません。


 もう一回続きます。


「忍法十番勝負」(石ノ森章太郎ほか 秋田文庫) Amazon
忍法十番勝負 (秋田文庫)


関連記事
 「忍法十番勝負」(その一) 十番勝負の幕上がる

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.06.06

「蜘蛛巣姫」 “人間以外”への眼差し

 主家を失い、自らも無惨に討たれた青年武士・八郎太。が、敵陣から彼の死体を奪い、奇怪な糸の力で蘇らせた女がいた。彼女こそは、蜘蛛の変化ながら、密かに八郎太を慕っていた妖怪・ヤツメ。八郎太は、彼女のものとなることと引き替えに、捕らわれの身となった姫を助けに向かうが。

 何度も何度も同じ失敗をして後悔するのですが、好きな作家の作品が雑誌に掲載されたのに、しかし「いずれ単行本に入るよ」と思ってスルーすると、それがなかなか単行本に収録されないことがあります。
 私にとって、椎名高志先生の時代ラブコメ「蜘蛛巣姫」もその一つでしたが、このたび、めでたく先生の単行本「(有)椎名大百貨店」に収録されました。

 椎名先生の時代漫画と言えば、現在文庫版で刊行中の快作「MISTERジパング」がありますが、今は亡き「ヤングマガジンアッパーズ」誌の休刊一つ前の号に掲載された本作も、同じ戦国時代を舞台とした――しかし、誰も知らない、ささやかな悲喜劇であります。

 シチュエーションはシリアスなのですが、そこにコミカルなドタバタアクションが入り込んで、なんだかえらく楽しい世界になってしまうというのが、椎名節の一つかと思いますが、それは本作でも健在。
 ページ数の関係か、お話としてはちょっとまとまりがよすぎるというか、良くも悪くもよくできたお話という感はあるのですが、しかし、おっかない妖怪ながら、報われぬ恋心に身を焦がすというヤツメさんのキャラクターも、きっちり面白悲しく描かれていて、まずは安心して楽しめる作品でした。
(文字通りすっぽ抜けたようなオチも愉快)

 何よりも、私が椎名先生の作品において最も魅力的と感じるところの、人間以外の、あるいは人間以上の力を持つ…しかし、時として人間以上に人間らしい心を見せる、そんな存在への暖かい眼差し――それはもちろん、人間自体へ向けられた眼差しでもあるのですが――が本作でも健在だったのが、嬉しいところであります。


 ちなみに本書には、隠れたホームズパロディの名作「GSホームズ極楽大作戦!!」の第二作目も収録されており、ホームズファンでもある私にとっては、二度おいしい一冊でした。


「蜘蛛巣姫」(椎名高志 「(有)椎名大百貨店」所収) Amazon

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.29

「BRAVE10」第3巻 彼女を中心に――

 「コミックフラッパー」本誌でのもの凄いプッシュぶりが最近目につく「BRAVE10」の最新巻が発売されました。この第三巻では、第二巻に引き続き、伊佐那海が徳川に追われる理由を求めての出雲への旅から、一転、奥州での伊佐那海争奪戦が描かれます。

 全体の印象としては、アクションが七分にストーリーが三分というところで、なかなか感想が書きにくい部分もあるのですが、今回ようやく明かされた伊佐那岐が狙われる理由、そして徳川の背後で糸を引いていた伊達政宗がそれを狙う理由というのが、伝奇的になかなか面白かったと思います。
(真田と伊達がライバルとなるのは、同じ作者により漫画化されている「戦国BASARA」とかぶりますが、しかし、史実での両者の関係を考えるに、やっぱりオイシイ組み合わせだと思います)

 そしてまた、個人的に感心したのは、伊佐那海を中心に、他の十勇士の彼女に対する接し方から、彼女自身を含めたキャラクターそれぞれの掘り下げが成されている点にもちょっと感心。
 考えてみれば、このような描き方は、物語冒頭から、才蔵と伊佐那海の関わりの中で使われていたもの。それが前の巻あたりから、さらに他の十勇士のキャラクターが少しずつ前面に出てきたこともあって、よりその手法が目立ってきたのかもしれませんが…

 さて、残念ながら今回は十勇士の新登場はありませんでしたが、その代わり(?)前の巻で才蔵と死闘を展開した由利鎌之介が「お前を倒すのは(以下略)」と正調ツンデレ台詞と共に才蔵の助っ人に参戦。
 が、才蔵と共闘するのが、「泣きを入れるまで遊んで」もらえるからという、SなんだかMなんだかわからない理由かわからないのが愉快で、初登場時には読んでいてちょっと引いてしまったキャラが、可愛く見えてきた…かな?


 でも伊達忍者コンビのキャラはいまだに苦手…


「BRAVE10」第3巻(霜月かいり メディアファクトリーMFコミックス) Amazon

関連記事
 「BRAVE10」第一巻 期待度大の新十勇士伝
 「BRAVE10」第二巻 信頼という名の原動力
 「BRAVE10 ドラマCD」 見事なまでに鉄板な

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.26

「無限の住人」アニメ化!

 以前から噂はあったやに感じますが、「アフタヌーン」誌最新号にて大々的に報じられた「無限の住人」アニメ化は、やはりちょっとした驚きでした。
 人気という点では映像化されていなかったのが不思議なくらいと思いつつも、描写・ストーリーの点で色々と難しいのかな、と思っていた本作ですが、アニメーション専門チャンネルのAT-Xで放映ということで、その辺はクリアされたということでしょうか。ファンとしては、まずは目出度い、としか言いようがありません。

 さて、何よりも気になるキャストは、万次が関智一、凛が佐藤利奈、天津が野島裕史(あとは公式サイトをご覧下さい)
 個人的には意外半分納得半分といったところで、関智さんは万次にはちょっと声が若くないかなあとか、佐藤利奈さんって座長役しかしらないや(偏りすぎ)とか、天津の線の細さに野島兄は超納得! とか色々ありますが、私でも存じ上げているようなベテランの方が多く、期待して良さそうですね。
 あと、尸良は脳内では勝手に若本声で再生していましたが(安直)、三木眞とは…案外若かったのね、彼(というより、存在自体が放送禁止なコイツがアニメに登場できるのはめでたい限り)。

 しかし何よりも気になるのは、スタッフで――特にシリーズ構成を担当するのが、川崎ヒロユキ氏なのにはちょっと驚きました。
 手堅いようでかなりクセ球を放ってくる氏が、果たしてどのようにむげにんを料理するのか、正直ちょっと想像がつきませんが、その反面、何が飛び出してくるか、楽しみでもあります(このあたり、詳しい方のご意見をうかがいたいところです)。
(そもそも川崎氏が書いた時代ものってそんなにないような…すぐ思い浮かぶのはミリタリーモデルネタの蘊蓄が爆笑ものだった「大江戸ロケット」の恋愛ゾンビの回ですが)


 さて、原作の連載の方では大胆にも真っ正面から江戸城に乱入した逸刀流四人衆が、実に人を食った、そして痛快極まりないパフォーマンスを演じた上で悠々と江戸城を脱出。
 普段の仏頂面がウソのような天津のイイ笑顔も印象的でしたが、しかし、人質にした新番役に対して語った己の想い・思想の、一見真っ当ながらしかし身勝手な歪みっぷりには、ああやっぱり天津だなあ、と。

 原作の方はここしばらく盛り上がりっぱなしですが、アニメの方も原作の良いところを取り入れて、盛り上げて欲しいところです。

 ちなみに今回の扉絵は、おお懐かしやの序幕登場組。この女の子誰だっけ? と一瞬考えてしまったり(アニメのキャストで、町って誰? とも思った俺ファン失格)
 …そういえば序仁の教会はどうするんでしょうなあ。


関連サイト
 公式サイト

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.17

「怪異いかさま博覧亭」第2巻 妖怪馬鹿、真の目的?

 まことに失礼ながら、ほとんどノーマークの状態から飛び出してきて、そのギャグセンスとビジュアルでたちまちこちらを虜にしてくれた妖怪人情コメディ「怪異いかさま博覧亭」に、待望の第二巻が発売されました。

 主人公で妖怪馬鹿の見世物小屋主・榊をはじめとして、様々な登場人物と登場妖怪が繰り広げる騒動を描いた本作ですが、その騒々しくもどこかまったりした感覚は、この第二巻でも健在。
 お話やギャグのネタ自体は、榊の親友で四つ目屋(大人のおもちゃ屋さん)の杉忠がほとんど全エピソードにでずっぱりのせいか(?)、結構シモ方面に行きがちなのですが、しかし絵柄の可愛らしさと、ポンポンとテンポよくギャグが連発されるおかげで、下品という印象がないのは、これはお見事と言うべきでしょう。

 しかし今回何よりも感心させられたのは、主人公のキャラクターの掘り下げであります。
 元々第一巻の時点から、基本はどうしようもない妖怪馬鹿ながらも、どこか(いい意味での)鋭さを感じさせる人物として描かれていた榊ですが、第二巻の冒頭のエピソードでは、彼が見世物小屋を開く真の目的の一端が描かれます。
 その目的自体は、決して古今絶無というものではないのですが、しかし、彼の言動を振り返ってみれば――特に第一巻に収められたろくろ首少女・蓬との出会いのエピソードなど――あ、なるほどと頷けるものがあるのがうまいところ。
 何よりも、榊に、「見世物と晒し物は違う」と、彼の実体験を踏まえた重みのある言葉を、サラリと言わせてしまう(描写してしまう)あたり、思わず唸りました。


 冒頭に続きまことに失礼ながら、掲載誌のマイナーさもあって知名度の点ではまだまだ…な本作。しかし絵柄といい内容といい、いつブレイクしてもよい作品! ――と言っては、これは妖怪馬鹿のはしくれとしての私の身贔屓(?)に見えるかもしれませんが、しかしそれだけの魅力ある作品であることは自信をもって言い切れます。
(まあ、妖怪ネタの絡めてのお話の絵解きの部分が、それまでのギャグの饒舌さと、ちょっと噛み合わせが良くない部分もあるのですが…)

 物語の中の博覧亭では相変わらず閑古鳥が鳴いている…どころか既に住人となっていますが、現実での本作の人気は、門前市をなすほどになって欲しいと切に感じる次第です。


「怪異いかさま博覧亭」第2巻(小竹田貴弘 一迅社REXコミックス) Amazon

関連記事
 「怪異いかさま博覧亭」 面白さは本物の妖怪コメディ

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008.01.18

「信貴山妖変 嶋左近戦記」 伝記と伝奇の難しさ

 筒井城に忍び込んできた女忍・志乃を捕らえた島左近。彼女が松永久秀に捕らえられた妹と引き替えに茶器を盗み出そうとしていたと知った左近は、これを機に筒井家の宿敵たる久秀の懐に飛び込み、討とうとする。だが、これが長きに渡る久秀との暗闘の始まりだったとは、この時の左近には知る由もなかった…

 第二回ムー伝奇ノベル大賞優秀賞に輝いた本作は、副題にある通り島左近清興が、題名の信貴山城の主・松永久秀と死闘を繰り広げる様を描いた作品です。

 左近といえば、どうしても「治部少に過ぎたるものが二つあり、島の左近と佐和山の城」から、石田三成の臣というイメージが強くありますが、元々は筒井順慶の臣。そして筒井順慶といえば、大和国を巡り、松永久秀の宿敵とも言うべき存在であります。

 左近と久秀は、その絶頂期が大きくずれているというイメージから、それぞれ全く別々の時代の人間という印象が強く、フィクションの世界でもこの両者を絡めた作品はかなり少ないように思います(つい最近同じ版元から発表されましたようですね)。
 しかしこの両者に上記の接点があることに着目し、その戦いを善魔入り乱れる伝奇小説に仕立てあげたのは、まずコロンブスの卵的着眼点として評価できます。

 しかし…確かにアイディアとしては実に面白いものの、内容的、構成的に見ると、ちょっと残念な部分があるのもまた事実。簡単に言えば、作中の史実を描いた部分と、伝奇的部分のバランスがあまり良くないと申しましょうか――失礼を承知で言えば、伝奇の部分が、史実の合間に挟まれた、付けたりのような印象があります。
 確かに、左近対久秀という物語の背骨はあるのですが、厳しく言えば、それに見合った伝奇的肉付けが今一つまとまっていないと言ったところでしょうか。

 戦記――伝記と伝奇と言っては駄洒落のようですが、題材が良いだけに、この両者のバランス取りの難しさを、今更ながらに感じさせられたことです。


「信貴山妖変 嶋左近戦記」(志木沢郁 学研) Amazon

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.01.14

「らんまん剣士」(「鷹天皇飄々剣」) 剣豪天皇幕末をゆく

 奥吉野で長閑に暮らす南朝第十九代・鷹天皇。その前に現れたのは、劣勢に立たされた幕府の切り札として、彼を奉戴しようとする山岡鉄舟だった。剣の道を志す鷹は、剣法修行のため江戸行きを承知するが、江戸での窮屈な暮らしに飽きた彼は天位を放棄し、幼なじみの霞、忠僕・豹八と共に出奔してしまう。市井で剣の修行に励もうとする鷹だが、彼の周囲に、幕府からの追っ手と、京の帝を奉じる西国雄藩の刺客が迫るのだった。

 南朝といえば、室町を舞台とした作品にはしばしば登場するものの、それ以外の時代に登場するのは珍しい存在。その例外の一つが、本作(別題「鷹天皇飄々剣」)です。
 物語のスタイル的には、隔絶した環境で育った無垢な貴人が外の世界に出て、周囲とのギャップの中で騒動を巻き起こし、また還っていくというパターンであり、それ自体は珍しいものではありませんが、本作の工夫は幕末を舞台に、南朝の末裔を持ち出してきた点でしょう。
 鳥羽・伏見の戦いの錦の御旗の例にもあるように、歴史上、幕末ほど天皇の存在が「利用」された時代はないのではないかと思うのですが、さてもし幕府側にも天皇が、それも正統とされる南朝直系の天皇がいたらどうなるか、というのは実に興味深いIFの世界であります。

 しかし真に本作が描こうとしているのは、それよりもさらに踏み込んだ世界。
 鷹天皇を、天位を望まない者として描くことにより、本作は、近代の天皇制と、それを「利用」しようとする者たちにシニカルな視線を向けており――そしてそれは、近代という時代のあり方を問いかける試みに繋がっていきます。

 もっとも、その天皇を剣法マニアに設定することで、物語に無理なくチャンバラシーンを交えることを可能としているのはさすがの一言。なるほど、天皇とチャンバラという、この二つの要素を両立させるに幕末という舞台はうってつけという他なく、陣出先生の慧眼には感心いたします。

 そして、この剣のサイドの物語が、一人の青年の成長譚としてもきちんと成立しているのにも感心させられます。
 ある意味個人主義の極とも言える剣の道を、天皇制や国家といったマクロな存在と対置することにより、その双方が際だつのであり――そしてその二つの道が交わり、一つの答えが出される結末には、静かな感動があります。


 …と、褒めすぎの感もありますが、もちろん大衆文学の路頭を爆走する陣出作品だけあって、バカネタも多数であります。
 特に物語の中心となる鷹・霞・豹八のトリオは、全員ボケのみでツッコミがいないという有様で、普通に動き回るだけでギャグにしかならないという恐ろしい状態。
 その他にもおいらん剣法(いや、実は凄くシリアスなエピソードなんですが)や女新選組とか、字面だけで脱力できる有様で、ああ、やっぱり陣出先生は陣出先生なんだなあと、ちょっと安心した次第です。


「らんまん剣士」(陣出達朗 春陽文庫) Amazon

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.12.27

「無限の住人」第二十二巻 圧巻の群像劇!

 前の巻から最終章に突入した「無限の住人」の最新巻が発売されました。「不死力解明編」終盤から凄まじい盛り上がりを見せてきた本作ですが、ここに来てもその勢いは変わらず、クライマックスにふさわしい見せ場に富んだ展開となっています。

 遂に江戸を捨てることとなった逸刀流。しかし彼らと、彼らを巡る様々な勢力の思惑は様々に絡み合い、いよいよもって三つ巴卍巴では足りない、複雑怪奇な様相を呈する状況となってきました。
 剣士としての誇りを胸に幕府に反逆の牙を剥こうとする逸刀流。
 己の誇りと命を賭けて逸刀流を追う吐鉤群と六鬼団。
 吐をその座から追い、なお止めを刺さんとする新番頭・英と配下の女忍衆。
 かつての上役である吐の窮地に立ちあがる偽一と百琳。
 そして逸刀流最後の戦いを見届けるべく再び旅に出る凛と万次――
 この巻では出番のなかった尸良を含めて、出しも出したり、個性が服を着て歩いているようなキャラクターたちの群像劇は圧巻の一言です。

 振り返ってみれば実に長きに渡って描き続かれている本作ですが、初期のド派手なトンデモ時代劇バトル路線から、加賀編などの面白いんだけどちょっと地味目の人間ドラマ路線を経て、この最終章では、その両者が高いレベルで融合した感があります。

 一頃減っていた変態(性的な意味でなく)剣士分を補うかのように奇ッ怪なビジュアルを誇る六鬼団と逸刀流とのバトルあり、吐を巡る悲痛極まりない肉親の情を描いた人間ドラマあり…緩急自在に多数のキャラを配置して描く本作は、やはり現在描かれている時代コミックの中でも一際抜きん出ていると言うほかありません。
(と、上で挙げた勢力分布を書いていて、逸刀流と同じくらい、吐の存在が人々の中心にあることに気づきました。この巻の中で登場人物の一人の言葉を借りて指摘されている通り、彼はもう一つの逸刀流というべき存在なのかもしれませんし、そこに本作のテーマが見えてくるようにも感じられます)

 この巻のラストでは逸刀流最強メンバーが行動を開始し、いよいよ盛り上がる一方の本作。最終章とは言い条、まだまだ最終回までは遠い印象ですが、むしろ完結が一日でも遠いことを祈りたい気分であります。


 しかし怖畔の顔って今までずっとメイクだと思ってたよ…(お面だったのね)


「無限の住人」第二十二巻(沙村広明 講談社アフタヌーンKC) Amazon

関連記事
 再び動き始めた物語 「無限の住人」第18巻
 「無限の住人」第19巻 怒りの反撃開始!
 「無限の住人」第二十巻 不死力解明編、怒濤の完結!
 「無限の住人」第二十一巻 繋がれた二人の手

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.12.24

「BRAVE10 ドラマCD」 見事なまでに鉄板な

 どうしようかと悩みつつも、いざ実物を目の当たりにするとついつい手に入れてしまうのがマニアのサガ。というわけで買ってしまいました「BRAVE10」ドラマCD。いやはや、この手のアイテムは久しぶりな気がします。
 基本的には原作漫画の忠実なドラマ化であるこのCD。収録されているのは原作第二巻の最初のエピソードまでで、つまりは才蔵が半蔵にボロ負けして、佐助の叱咤激励で再起するまでとなっています。些かスッキリしない切り方ですが、まあ分量的に丁度なので仕方ないのでしょう。

キャスティングの方は、
霧隠才蔵:森川智之
伊佐那海:植田佳奈
海野六郎:木内秀信
猿飛佐助:福山潤
アナスタシア:近野真昼
筧十蔵:藤原啓治
真田幸村:平田広明

という布陣で――最近の声優のことはあまり知らない私が言うのもなんですが――まずは大過ないキャスティングでありました。
 個人的には、福山潤氏がお得意の「良くも悪くも青い少年」演技で、本作の佐助のちょっとだけ特異なキャラを好演していたと思います(ちなみに福山氏は、おまけのキャストコメントで「好きな歴史上の人物は」と訊かれて、「好きかどうかっていうのではちょっと違うかも知れないけども一体どういうことだったのかなとか(中略)興味があるなって人がいるとすれば津田三蔵」と答えた強者です。一体何者なんでしょう。というよりお友達になりたい)

 さて、全体的な印象としては、かなりきっちりとした――言い換えれば無難な――ドラマCD化だと言えるのですが、その一方で否応なしに気付かされてしまったのは、本作の魅力のかなり大きな部分を、原作者の霜月かいり氏の絵が担っていたのだな、ということで…漫画だからある意味当たり前なのですが、ちょっと寂しかったかなあ。

 ちなみにこのCD、本編に、ボーナストラックのミニドラマ「幸村の百物語」、それにキャストコメントと、見事なまでに鉄板なドラマCDのコンテンツで、冒頭に書いたようにこの手のアイテムを久々に買った私ですが、今でもこうなんだ…とちょっと感動しましたよ。


「BRAVE10 ドラマCD」(マリン・エンタテインメント CDソフト) Amazon


関連記事
 「BRAVE10」第一巻 期待度大の新十勇士伝
 「BRAVE10」第二巻 信頼という名の原動力

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.12.20

「七人の十兵衛」(その二) 「弱い」十兵衛

 昨日の続き、「七人の十兵衛」の紹介であります。
「柳生の鬼」(隆慶一郎)
 五味先生以上に柳生新陰流の陰をドラスティックに描いたのが隆慶先生。ある意味、隆慶作品の常連悪役とも言える柳生一門を、逆に主人公に据えた名短編集「柳生非情剣」からの一編です。

 およそ十兵衛と言えば、山風作品のように自由闊達な快男児か、あるいは冷血・傲岸な梟雄として描かれることが多い人物。隆慶十兵衛は基本的に後者ですが、本作の十兵衛はまたひと味違う存在として描かれています。
 放逐に等しい形で将軍家指南役から離れた十兵衛が、故郷であるはずの柳生の里で向けられたのは周囲からの冷たい視線。それでもなお絶対的に抱いていた彼の自負心を根底から覆された彼は、己を今一度鍛え直すこととなります。

 つまり、ここで描かれるのは発展途上の、「弱い」十兵衛の青春の姿。
 隆慶先生は、時に後に続く世代に憎悪に近いほど冷たい顔を見せる一方で、青春の蹉跌というものにひどく優しい眼差しを向けることがあるのですが、本作はその後者に当たります。

 強いけれど弱かった十兵衛が、必死に立ち上がろうとする姿を描いた本作は、そんな作者なりの優しさが伝わってくる作品であり、それだからこそ、快男児の時も梟雄の時も滅多に見ることのできない十兵衛の涙というものを、違和感なく受け止めることができます。


「柳生十兵衛の眼」(新宮正春)
 武芸者や戦士・強者たちが死闘の中で繰り出す秘技というものを(特に短編において)描くことに描くことに定評のある作者には、柳生新陰流を題材とした短編集「柳生殺法帳」がありますが、本作はそのうちの一編です。

 隻眼十兵衛の、その残された目を潰すという、ある意味とんでもない任務を課せられた甲賀忍者たちの戦いを描いた本作ですが、その中で描かれるのは、忍者の秘技をも上回る十兵衛の深謀。
 十兵衛の隻眼は、彼のトレードマークであることは間違いありませんが、しかしそれが史実であったかはまたよくわからないところ。フィクションの世界に於いても、五味十兵衛のように隻眼か否か不明であったり、またちゃんと両目のある十兵衛も登場していますが、その「わからなさ」に翻弄されるのは、甲賀忍者たちだけではありません。

 その一方で、その謎を打ち砕くのが、またある意味実に現代的な――しかし新宮先生の経歴を見ると納得できる――「秘技」である辺り、実に新宮作品らしい一編であります。


「鬼神の弱点は何処に」(笹沢左保)
 笹沢左保先生の時代小説は、ミステリ色が強いのが特徴の一つですが、本作はそれが非常にユニークな形で現れている作品です。

 鬼神の如き強さを誇る我流の剣士を倒すため、十兵衛を含めた三人の男女が、タイトル通りにその弱点を探して心理戦を繰り広げる本作。
 十兵衛たちが、剣士が時折見せる奇矯な、しかしさりげない行動をヒントに、その弱点を推理していく様は、まさにミステリのトリック探しの呼吸で、剣豪小説にこのようなアプローチがあったかと感心させられました。

 正直に言って、十兵衛度(?)は薄めな作品なのですが、ラストのどんでん返しの、そのまた先のどんでん返しで彼がとった行動は、剣の道、柳生の道の非情さを強く印象づけます。


 あともう一回、おつきあい下さい。


「七人の十兵衛」(縄田一男編 PHP文庫) Amazon

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.12.11

「夢源氏剣祭文」第一巻 些かも違和感なき漫画化

 連載開始時から何度か本ブログでも言及してきた「夢源氏剣祭文」の漫画版第一巻が発売されました。
 原作はもちろん小池一夫せンせいの同名小説ですが、その絢爛でいて切なく美しい世界を、皇なつき氏は見事にビジュアライズしています。

 鬼に噛まれ、さらに妖星の力を宿したことにより、いずれは魔鬼と化す宿命を背負わされた少女・茨木を主人公にした本作。作中時間では実に長きに渡ってストーリーが展開しますが、この第一巻はその導入部といったところでしょうか。
 茨木と鬼の出会いに始まり、足柄山の山姥とその息子・金太郎、そして大盗・袴垂保輔との出会いと別れまでが、本書で描かれています。

 正直なところ、このペースで行くと完結は何時になることか…という大きな不安はあるのですが、しかしそれを除けばこの漫画化は文句なしの大成功と言えるでしょう。
 人間と鬼という二つの存在が、時に対立し、時に交わるときに生まれる厳しくも暖かい物語。その物語を彩る様々な登場人物たちが、あたかも初めからこの漫画のために用意されていたかのように些かも違和感なく登場し、活躍する様には、原作ファンとして大いに感心しました。
 特に、盗賊に身を堕としながらも熱い心を持ち続ける快男児・袴垂保輔のビジュアルのはまりっぷりには驚かされました。


 時間と空間を超えて、平安時代のオールスターキャストが活躍するこの物語には、これからまだまだ多くのキャラクターが登場することになりますが、このクオリティであれば全く問題ない、というより少しでも早く、皇氏によるあのキャラこのキャラが――そしてそんな中で成長を遂げていく茨木の姿を――見たいと強く思わされる、そんな一冊です。


「夢源氏剣祭文」第一巻(皇なつき&小池一夫 小池書院 キングシリーズ/刃コミックス) Amazon

関連記事
 「夢源氏剣祭文」 漫画連載本格スタート

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2007.11.26

「江戸八百八町物語」 江戸を生きる

 柴錬先生というと、やはりニヒルなヒーローが活躍する伝奇絵巻という、その派手な作品内容がまず浮かびますが、しかし静かな中に凛としたものを感じさせる語り口の妙も、決して忘れてはいけない魅力です。
 この「江戸八百八町物語」は、その柴錬先生一流の語り口の冴えを存分に味わうことができる一冊。エッセイ風の小説と言うべきか、小説仕立ての巷説と言うべきか――全十四編、江戸時代という時代の持つ様々な貌を、興趣に富んだ物語として味合わせてくれます。

 題材については実に様々――以下にタイトルを引用すれば、
江戸っ子由来/赤穂浪士異聞/御落胤/ゆすり旗本/仇、討たれず記/異変護持院原/有馬猫騒動/女中・妾・女郎/大奥女中/五代将軍/武士というもの/賄賂/江戸っ子/紀伊国屋文左衛門
と、そのバラエティに富んだ内容は一目瞭然でしょう。
 主人公となる人々も、身分は上から下まで、職業も千差万別ですし、題材となる事件や風物も、ごく地味なものからそのまま伝奇ものになりそうなものまで様々ですが、しかしそこには、いかにも柴錬先生好みの、一本筋が通ったものが感じられます。


 例えば冒頭に収められた「江戸っ子由来」という作品。タイトルからして本書にピッタリですが、そこで語られるのはあの天下のご意見番・大久保彦左衛門の一代記であります。
 徳川家に天下を取らせたという、その誇りを胸にして生きる彦左衛門ですが、時流の移り変わりは誰の目にも明らか。

 それでも昂然と胸を張って生きる頑固一徹・ひねくれ放題の彦左衛門の姿は、周囲の人間から見れば、迷惑と言えば迷惑なのですが、しかし己の筋というものを、己の人生を賭けて貫いたその姿からは、意気地、心意気といったものが、強く伝わってくるのです。
(ちなみに柴錬先生、こういう微笑ましい困り者を描かせると抜群に巧いですね。ご本人もこういう方だったのではないかしらん)

 そしてその彦左衛門の生き様が、晩年になって意外な実を――それが「江戸っ子」という概念なのですが――結ぶ結末には、静かな感動があります。


 もちろん、本書で描かれるのはこうした最後まで心意気を貫いた者だけではなく、貫こうとしてできなかった者、かえって悲惨な目にあった者など様々ですが、それはそれで人間の諸相というものでしょう。
 江戸を生きる人々を描いた歴史読み物として面白いのはもちろんのこと、柴錬作品の裏側にある精神性を考える上でも、実に興味深い一冊であります。


「江戸八百八町物語」(柴田錬三郎 講談社文庫) Amazon

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.11.19

「血の城」 血の因縁が築く城

 遠州の高天神城に籠もった武田軍と、城を包囲した徳川軍の戦いが続く中、その周囲では二つの事件が起きていた。徳川の部隊を次々と襲い殲滅させる、家康の嫡子・信康に似た頭に率いられた野伏り。周辺の村々で続発する、子供たちの神隠し…城に近い沢木村で、過去を隠して百姓として暮らす瀬兵衛は、二つの事件を通じ、過去からの因縁に直面させられることとなる。

 佐伯・鳥羽に続く文庫書き下ろし時代小説界の俊英として脂の乗り切っている鈴木英治氏のデビュー第二作が本作、長いこと単行本しか刊行されていませんでしたが、大河ドラマ「風林火山」に絡めてか(?)、この度めでたく文庫化されました。

 既に衰退期にあった武田家の没落を決定づけたとも言える高天神城の戦いを背景に描かれた本作は、題材こそ現在の作品とは大きく異なるものの、作風自体は今のそれにも通じる、ミステリ色の濃厚な作品。
 凄絶な籠城戦や、忍び同士の死闘の中で、今なお謎多き(本作の他、たびたび伝奇ものの題材となっている)徳川信康の死の真相と、その信康に似た頭を戴く野伏りたちの謎、さらに遠州一帯を覆う子供を狙った神隠し禍の謎が、緊迫感に満ちた筆致で描かれていきます。

 初期の作品ゆえ(というのは偏見かもしれませんが)、構成等に粗い部分もありますが、錯綜した状況の中、次々と視点を変えつつ、少しずつ謎のベールをはがしながら物語を展開させていく様は、堂に入ったもの。
 ことに、神隠しの悍しい秘密が明かされて以降は、サスペンスフルな展開で、ラストまで一気に引っ張られました。


 しかし本作の面白さは、そうした目の前に示された題材のみならず、物語の遠景となっている戦国大名の血のドラマと、そこに込められた親と子の関係の在り方にもあります。

 高天神城を挟んで対峙する徳川家と武田家は、それぞれに父と子の複雑な――いやむしろ凄惨な、というべき関係を持ちます。
 己の嫡子を、他者の命で切腹させた家康。父が嫡子を切腹させたことにより、家を相続することとなった勝頼。その対照的な帰結が、本作の中で示されるわけですが、しかし共に親が子を殺す、ある意味自然の摂理に反した行為であることでは共通であります。
 その一方で、我が子を救うために己の命を賭ける親――それが本来非情であるべき忍びであるのが面白い――の姿を強烈に対比することで、この親と子の関係というものの複雑さはより一層際だっています。

 本作の題名である「血の城」は、血塗られた激戦が繰り広げられた高天神城を指すのはもちろんのこと、父と子の血縁、まさしく血の因縁によって築かれた二つの家(さらに、登場人物の多くの過去に関わる今川家を加えれば三つの家)の姿――ひいては、戦国大名、いや戦国時代そのものの姿を指すのでしょう。


 ちなみにこれは興味深い偶然ですが、本作の「原典」の一つであろうと思われる国枝史郎の「神州纐纈城」もほぼ同時期に文庫化されています。
 二つの作品で、親と子の関係を、血の因縁をどのように描き出しているのか、読み比べてみるのもまた一興かと思います。


「血の城」(鈴木英治 徳間文庫) Amazon

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.11.08

「花かんざし捕物帖」第一巻 意外な取り合わせの妙

 ひと頃から見ればまるで夢のようなほどメジャーになった山田風太郎作品ですが、メディアミックスにより他メディアに進出したものも決して少なくはありません。本作「花かんざし捕物帖」もその一つでありますが、原作・絵師ともに、山風ファンにとってもなかなかに意外な、異色のチョイスとなっております。
 その原作とは「おんな牢秘抄」。そして絵師は島崎譲――正直なところ、かなりの山風ファンでもこのチョイスは予想できなかったのではないかと思います。

 舞台となるのは享保十四年の江戸、小伝馬町の女牢。そこに入ってきた一人の美少女・姫君お竜――罪状はなんと将軍暗殺未遂――が、同じ牢に繋がれた哀しい運命に翻弄される女たちの身の上を聞き出し、彼女らを罪に陥れた真犯人を暴き出す、というのが原作の、そして本作の基本スタイルであります。

 と、こう書いただけでおわかりかと思いますが、本作は山風作品の中では、かなり「普通の」時代ものに近い、裏を返せば異色作。何せ姫君お竜の正体というのが実は○○○○の○、徳川将軍が江戸城を抜け出して市井で事件を解決するのよりかはましかもしれませんが、とにかくとンでもないお話であります。
 が、これがつまらないかというと、全くそんなことはないのが、さすがと言うべきでしょうか。優れた時代小説家である以前に、優れた推理小説家である山風らしく、作中で描かれる事件はどれも怪奇色濃厚ながら、極めてロジカルに解決されるものばかり(そしてその事件が最後に…という念の入りよう)。
 また、このとンでもない主人公の設定も、その突拍子もなさが、風変わりな探偵役として素晴らしいキャラ立ちの効果を上げていると同時に、数ある捕物帳の中でもほとんど例のない、女性の事件専門の女性探偵という存在を実現させる力となっていると感じさせます。

 そしてこの一筋縄ではいかぬ作品を漫画化するのが、島崎譲氏というのが嬉しい。
 島崎氏といえば、やはり一般には「THE STAR」「覇王伝説 驍」」辺りが代表作として挙がるかと思いますが、時代伝奇ファンとしては何といっても「青竜の神話」などの、絢爛かつ瑞々しい、独自の味わいを持つ作品群の作者。そこから考えれば、この、ある意味漫画以上に漫画チックな美少女探偵をビジュアライズするには、うってつけの才能と言えましょう。

 確かに意外なチョイス、意外な取り合わせではありますが、その味は悪くありません。

 さて、この第一巻に収録されているのはその第一の事件、夫とその愛人を奇怪な紅蜘蛛の毒で殺したという曲芸師のお玉の物語。
 Web連載時はフルカラーだった原稿が単行本では二色刷りなのが残念ではありますが、その――いささかオールドファッションではありますが――絢爛かつ怪奇な物語世界は、巧みに漫画として描き出されているかと思います。
(ちょっとお話をじっくりと描きすぎではないか、物語の展開が遅いのではないかという印象はあるのですが…)

 現在、連載の方では第二の事件までが完結し、順調に物語は展開している様子。内容が内容だけに、是非ラストまできちんと描き切っていただきたいものであります。


「花かんざし捕物帖」第一巻(島崎譲&山田風太郎 講談社DXKC) Amazon

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.10.28

「BRAVE10」第二巻 信頼という名の原動力

 来月ドラマCDの発売も予定されている新感覚十勇士伝「BRAVE10」の第二巻が発売されています。第一巻では服部半蔵の圧倒的な力の前に才蔵が屈したところまででしたが、この第二巻では、才蔵の再起と、伊佐那海の秘めたる力の謎を追う新たな冒険が描かれます。

 一度は心が折れながらも、佐助の厳しくも暖かい叱咤と信頼の念によって立ち上がった才蔵に、幸村が与えた新たな指令は、伊佐那海共に出雲に向い、彼女が徳川に狙われる、その理由を探ること。
 かくて主人公カップル&堅物の銃使い・筧十蔵という変則チームは、一路出雲を目指しますが、もちろん(?)平穏無事な旅ができるはずもなく、三人に迫る黒い影。
 「風」を自在に操る美貌の野盗にして、性格は血に飢えたドSの殺人鬼――その名も由利鎌之介が、三人の前に立ちふさがります。

 かくて伊佐那海を人質に取られた才蔵が如何に戦うか、それがこの巻のメインエピソードとなるわけですが、ここで才蔵が戦うことになるのは、鎌之介よりも、むしろ自分自身というのが面白い。
 ここで才蔵の過去に目を向ければ、伊佐那海に出会い、真田の食客となる前の彼は、非情に徹した暗殺者。誰をも信じず、誰にも信じられず、ただひたすら、暗殺の刃を振るうかつての彼の姿は、なるほど忍びとしては正しいものかもしれません。
 そんな彼にとって、伊佐那海や真田の勇士たちの存在は、重荷でしかないはず。しかし、一度は半蔵に完敗した彼を立ち上がらせ、そして伊佐那海を救うための原動力になったのは、その重荷――いや、「仲間」から寄せられる信頼の想いであったというのは、ベタではありますが、しかしやはり良いものは良い。

 絵柄といい、キャラクター造形といい、作品全体のトーンはあくまでもクールでカッコ良さ第一といった感のある本作ですが、そこにフッと、こういう骨っぽいところが出てくるところが、私が本作を気に入っている所以であります。

 もっとも、一つだけ文句をつければ、鎌之介のキャラクターが、いかにもよくあるキレてる奴の類型を出ていない上に、非常に不快な点(女の子の顔や腹を平気で殴るのはさすがに引く)ですが…仲間になるのは間違いないはずですが、さてその時こいつがどのように描かれることか。そこでこのキャラを掘り下げてきたら凄いんですが…


 さて、気づけば(まだ仲間になっていませんが)鎌之介の登場で十勇士もはや七人目。家康と並んで真田の強敵となるであろう大物(眼帯マニア…は別の漫画だ)も登場し、いよいよ物語は佳境に入った感があります。
 残りの勇士に、そしてこれからの冒険に期待しつつ――


「BRAVE10」第二巻(霜月かいり メディアファクトリーMFコミックス) Amazon

関連記事
 「BRAVE10」連載開始 新生十勇士伝説始動!
 「BRAVE10」第一巻 期待度大の新十勇士伝

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.10.21

「白狐魔記 戦国の雲」 方便という合理精神

 楠木正成の死から二百三十数年、白駒山で静かに暮らす白狐魔丸のもとに、妖力を持つ旧知の狐・雅姫が現れる。雅姫の誘いで織田信長の元を訪れた白狐魔丸は、そこでかつて白駒山で出会った若者・不動丸と出会うのだった。信長師の仇と付け狙う不動丸の存在が気になった白狐魔丸は、彼を追って信長と一向衆が対峙する伊勢長島の戦場に向かうが。

 神通力を持った狐・白狐魔丸による人間観察記とも呼ぶべき「白狐魔記」も、少し刊行に間が空きましたが、本作「戦国の雲」で四巻目。
 同族同士はおろか兄弟同士ですら相争う人間、特に武士という存在に、批判的な眼を向けてきた白狐魔丸にとって、他の作品では時に戦国の魔王とすら呼ばれる信長は、果たしてどのように映るか。その点がやはり気になるところですが、これまでも決して一方に偏ったものではなく、淡々とした視線で歴史を、人間の生き様を見守ってきた本シリーズらしく、なかなかユニークな形で信長という存在が描かれています。

 特に、本作が多面的な信長像を描くことに成功しているのは、信長を語る者、信長を見つめる者が、様々に存在していることでしょう。
 信長の部下である秀吉・光秀。信長を師の仇として付け狙う不動丸(ちなみにその師とはあの杉谷善住坊!)。あるいは信長配下の名もない足軽や、敵である一向衆徒。そして何より、人ならぬ存在である白狐魔丸と雅姫――
 そのそれぞれの目に映る信長は、あるいは開明な英雄であり、あるいは酷薄な独裁者であり、あるいは既成の価値観の破壊者であり…いずれにせよ、信長という人物の、単一な価値観では捉え切れぬ様々な側面を浮かび上がらせることに、本書では成功していると思います。

 その一方で本作では、その信長の他面性の由来について、ある回答――もしくはヒント――を与えているのが印象的です。
 それは終盤に信長が白狐魔丸に対して語った「方便」という概念。
 ここで言う「方便」とは、もちろん仏教用語ではなく、一般に転化した言葉、すなわち「目的のために利用する便宜の手段。てだて」であります。

 極端な言い方をしてしまえば、信長にとって全ては自分の天下統一のための「方便」。それは時には将軍という権威であり、時には神仏の威徳であり、時には敵味方の命であり…大小様々でありますが、およそ他の人物にとっては目的となるものが、信長にとっては手段でしかない、ということになります。
 手段なればこそ、容易に取捨選択することができる。一つのものに縛られることなく、新たなものを生みだし、捨て去ることができる。
 この、極めて近代的な合理精神、拘りのなさこそが、信長の多面性の淵源であり、そしてそこに信長について考える際に我々が感じる違和感と崇敬の念が生まれるのでしょう。

 その信長が、自らの壮図達成の目前で命果てることとなったとき、どのような選択を行うことになるのか――それはもちろん、ここで詳しくは述べませんが、彼が一種超時代的な巨人であったとしても、彼の愛した「敦盛」の一節にあるように全ては「夢幻のごとく」消えていく様には、時の流れの前における人間の存在というものを感じさせられます。

 ちなみに本シリーズのこれまでの作品においては、有名無名の人物を通じてある時代というものが描き出されていたのに対し、本作においては、時代というよりも信長という人物そのものが明確に中心として描かれている感があります。
 信長という人間が示した近代的精神――そしてそれと周囲に与えた正負様々な影響――こそが、日本史上の巨大なパラダイム・シフトが発生した戦国という時代を表している、と取ればよいでしょうか。


 分類としては児童文学に区分される作品ではありますが、いつものことながら、その描くところには端倪すべからざるものがあるシリーズです。


「白狐魔記 戦国の雲」(斉藤洋 偕成社) Amazon

関連記事
 「白狐魔記 源平の風」 狐の瞳にうつるもの
 「白狐魔記 蒙古の波」 狐が見つめる人間の、武士の姿
 「白狐魔記 洛中の火」 混沌の中の忠義と復讐

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.10.13

「陰陽ふしぎ伝☆妖怪ぞろり」 ヤング道長の冒険

 ここしばらく、児童文学の方では翻訳ファンタジーものが人気ですが、和ものファンタジーも――ブームとかそういったものは関係なしに――頑張っています。今回紹介する「陰陽ふしぎ伝☆妖怪ぞろり」もその一つ。タイトルこそ何ですが、内容の方はなかなかしっかりした平安ファンタジーとなっています。

 康保三年(966)、藤原兼家の元に強運を背負った若君――後の藤原道長――が生まれたことを知った安倍晴明は、同時に黒い影が忍び寄っていることを察知し、襲い来るであろう災いから若君を守るため、これを引き取って育てることとします。藤三郎と名付けられた若君は、京から離れた山里で伸びやかに成長しますが、しかしその行く先々には様々な妖怪の影が――

 というわけで、ヤング道長の冒険といった趣の本作は、タイトル通りに妖怪ぞろぞろ。登場する妖怪は、百鬼夜行に琵琶の怪、妖術使いの鬼女などなど、お馴染みの(?)ものも登場しますが、しかしそのキャラクター造形は一ひねり二ひねり効いていて、なかなか面白く読むことができました。もしかすると元となる逸話・伝承があるのかもしれませんが、例えば物語後半、鷹司の大殿の宴に出現した大首の怪の、その暴れる理由など、実によくできていて感心した次第です。

 そして登場人物では、何と言っても藤三郎のお伴の真白という青年(?)のキャラクターが実に面白い。幼い頃から藤三郎に仕えるこの真白、何をやらせてもうまくできるものがないぶきっちょで、ピンチにはいつも気絶してしまうという人物なのですが、これがまたキャラ立ちの塩梅が実によく、思わぬ拾いもの…といった感じでしょうか。
 一方、主人公の藤三郎は、いかに強運の持ち主で晴明に守られているとはいえ、さすがに十一、二の少年だけあって自分の力だけではどうにもならず、天佑神助(にしか見えないもの)に助けられることもしばしばなのですが、それに甘えることなく、真っ直ぐに怪異に対峙する姿に好感が持てます。また、藤三郎には何故晴明の守りがあるのに、これだけ妖怪に出会うのだろう…と思わないでもなかったのですが(特にある人物の正体を考えれば)、最後まで読んでみると、それにも晴明のある意図が感じられるのがまた面白いと思います。

 調べてみると小学三・四年生が対象の本作、あまり真顔で語るのもさすがに少し気恥ずかしいものがありますが(何を今さら)、しかし、決して子供だましのいい加減な作品ではないことは、私が保証いたします。ファンタジー好き、妖怪好きのお子さんにどうぞ。


「陰陽ふしぎ伝☆妖怪ぞろり」(沢田徳子 旺文社) Amazon

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.09.19

「かく戦い、かく死す 新編武将小説集」 敗者の中の心意気

 柴田錬三郎といえば、やはり無頼のヒーローが活躍する伝奇活劇が真っ先に思い浮かびますが、その一方で、「心意気」をもって己の生を全うした人々の姿を描いた作品も少なからずものしています。
 本作はその後者の作品群のうち、戦国大名・戦国武士を主人公とした短編を集めた作品集。彼らが戦国の世をいかに戦い、いかに死したか、いずれも短編ながら読み応え十分の作品ばかりです。

 収録作は「斎藤道三」「北畠具教」「武田信豊」「明智光秀」「豊臣秀次」「直江兼続」「戦国武士」「明智光秀について」の全八編。
 題名を見てまず気付くのは、各短編で扱われているのが、天下を目指す途上で斃れた者がほとんどであること。信長や秀吉、家康といった、天下を取った(取る寸前までいった)者たちではなく、彼らの陰で非命に倒れた者たちこそが、本書の主役と言えます。

 が、それが実に柴錬らしい。天を目指すも届かず、地に這わざるを得なかった男たちが、それでも貫いた己の生きざまの中に浮かび上がるものこそ、柴錬がこよなく愛した「心意気」。
 天下にただ一人、己のみを頼りに道を往こうとする(すなわち「無頼」!)魂の輝きは、向かうところ敵なしの勝者よりも、逆境に喘ぎ苦しんだ敗者の方が、より強く激しい――表に現れた歴史、すなわち勝者の歴史だけを見ているだけでは気付かない、そんな人間の、歴史のある一面を、本書は教えてくれます。

 その本書の中で、私の心に最も強く残った作品は「豊臣秀次」です。秀次の悲運の生涯を、秀次自身と、彼を滅ぼすため暗躍した石田三成との両サイドから描いた本作は、風変わりなことに、秀次が死した後も続きます。
 そして結末、関ヶ原の戦に敗れ、三成が首の座についた時に訪れた結末において彼が見たものとは――その正体については伏せますが、かつての勝者が敗者となったとき、初めて交錯する二人の敗者の生き様に、胸が熱くなる思いがしたことでした(ちなみにこのラストだけを取り出すと、柴錬立川文庫と言っても通じてしまいそうなのが何やら可笑しいのですが)。

 生涯「地べたからもの申す」を貫いた柴錬らしい、好短編集と申せましょう。


「かく戦い、かく死す 新編武将小説集」(柴田錬三郎 集英社文庫) Amazon

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.09.07

「東京事件」第一巻 闇に浮かぶもう一つの昭和史

 「特撮エース」誌に連続掲載されながらも、同誌の休刊により闇に消えた形となっていた――それはそれで内容的に相応しいのかもしれませんが――「東京事件‐TOKYO CASE -」が、単行本となって帰ってきました。
 昭和四十年代の東京を舞台に、タイムトラベルによる不可能犯罪を企てる者たちに挑む歴史科学研究所の活躍を描く本作は、SFミステリとして楽しめるのはもちろんのこと、いかにも大塚英志原作らしい、昭和史・戦後史に対するある眼差しが感じられるのが面白いところです。

 この歴史科学研究所のメンバーは、過去の念写、未来予知、時間停止と、いずれも時間に関する特殊能力を持つ者ばかり。そして彼らを束ねるリーダー・浦島正木は、意識のみが未来と過去を往復する(≒未来と過去の記憶を持つ)時間失調症という、これまた特異な存在であります。
 こんな規格外れの連中の手にかかれば、事件など即刻解決、と言いたいところですが、彼らが相対するのは、これも規格外れの怪事件。既に死亡した爆弾魔が引き起こす爆弾テロ、二つの「もく星」号墜落事故、そして過去からやってきた男が引き起こした三億円強奪事件…いずれも時間を超えたこれらの怪事件は、同時に昭和の裏面史が生み出した落とし子とでも言うべき存在であり――そしてそこに浮かび上がるのは、あり得たかもしれない可能性の世界、もう一つの昭和の姿です。

 この、決して変えられぬ時間の進行、すなわち歴史を変えてみせる、変えようとすることにより――あたかも歴史改変により生じた歪みの如く――「現実(史実)」の背後に存在した「可能性の世界」を浮かび上がらせ、それによって逆説的に「現実」の姿を描き出すという手法は、(特に戦前を舞台とした一連の)大塚氏の偽史ものとほぼ共通のものであり、そしてこれが極めて伝奇的手法であることは言うまでもありません(更に言えばこの点こそが本作をここで取り上げる所以であります)。

 もっとも、ここで描かれる物語はどれも、冷静にみるとかなり無理がある展開ではあるのですが(第三話で三億円事件・光クラブ・三島切腹の三題噺をまとめてみせた豪腕ぶりにはただ唖然)、しかしそれでもなお、本書のこのスタイルと、何よりここで描き出される昭和の姿は、非常に魅力的に感じられます。

 なお、本作の、警察の手に負えぬ超常的怪事件に挑む民間の調査チームというスタイルは、SF特撮ドラマの名作「怪奇大作戦」を思い起こさせます(事実、掲載誌では、「怪奇」と対比・関連させるような形で掲載されていました)。
 しかしながら、「怪奇大作戦」がクリエーターにとっても視聴者にとってもリアルタイムの物語を描いたのに対し、本作は平成のクリエーターが作った昭和四十年代の物語を平成の読者読むという外部構造がまず存在します。この本作独特の構造が、タイムトラベルという背骨のアイディアとうまく融合して、全く似て非なる味わいを残していると、感じられます(「怪奇」が未来への畏れだったのに対し、こちらは過去への哀惜…というのはいささか感傷的に過ぎるかもしれませんが)。


 さて、冒頭に述べたとおり、掲載誌の休刊により途絶していた本作ですが、ようやく「少年エース」誌に場を移して、続く物語が描かれるとのこと。本作最大の謎であり、正木の時間失調症の原因でもある「東京事件」――ある意味全ての始まりでもある東京への原爆投下阻止が、今後どのように描かれるのか、大いに期待する次第です。


 ちなみに単行本ラストでは思わぬ人物が顔を見せ、「木島日記」とのリンクを示唆してくれるのには大受け(大塚氏お得意のマニア向けの撒き餌ではありますが、ここは素直に反応するのが礼儀でしょう)。そうかあ、こんなロクでもないこと考えるのは、やっぱりあの組織か…


「東京事件」第一巻(菅野博之&大塚英志 角川コミックス・エース) Amazon

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.08.07

「怪異いかさま博覧亭」 面白さは本物の妖怪コメディ

 お江戸は両国の見世物小屋を舞台に、人間たちと妖怪変化が織りなす妖怪ドタバタ人情コメディが、この「怪異いかさま博覧亭」。
 恥ずかしながら雑誌連載時はノーチェックでしたが、こうして単行本第一巻がまとまったところで読んでみればこれが実に私好みの面白さ。もっと早く読んでいれば良かった…と心から思います。

 舞台となるのは、江戸一の娯楽の町・両国の見世物小屋・博覧亭。しょーもない見世物ばかりで閑古鳥が鳴くこの小屋の若き主人・榊を中心に、番頭の少年・柏、家事担当の少女・蓬、ある事件がきっかけで転がり込んできた忍び娘・八手、そして榊の幼なじみで腐れ縁の貧乏絵師・蓮花といった面々が織りなすドタバタというのが基本的展開ですが、そこに絡んでくるのが「妖怪」だからまた話は(もちろん良い意味で)ややこしくなります。

 何せ主人公の榊からして、何か面白い妖怪ネタがあると、趣味と実益を兼ねて飛び出していく大の妖怪馬鹿というキャラクター(なんという感情移入しやすいキャラ…って私だけ!?)。一攫千金を夢見て様々に手を尽くしますが、寄ってくるのは妖怪変化でもどこかズレた連中ばかりで、結局くたびれもうけ…というのはこの手の話にはお約束ですが、榊が純粋に妖怪好きなのがヒシヒシと伝わってくるだけに、いやみなく素直に悪戦苦闘を楽しむことができます。
 ちなみにその榊と共に暮らす柏は実は算盤小僧、蓬はろくろ首、さらに榊の着る羽織は小袖の手と、わざわざ探さなくとも身の回りには妖怪だらけ。しかし彼は人間が出来ているのか単に抜けているのか、自分の目の前にいる妖怪は妖怪扱いしないでスルーしてしまうのがこれまたお約束。

 と、そんな連中が集まってのお話は、どのエピソードもテンポの良いギャグの連打で、ついつい一気読みさせられてしまいます。実は作者の小竹田貴弘氏の作品は、某ジュヴナイル伝奇のアンソロジーコミックで以前から読んでいて、そのギャグの切れ味にいつも感心していたのですが、そのセンスはオリジナルである本作でも健在であります。
 もっとも、本作のウリ(?)の一つである江戸豆知識の描写が、このギャグテンポを損なっている面がなきにしもあらずで、思わぬところで時代ギャグの難しさを見た気分…もっとも、この点は回を追うごとにこなれていっているので、必要以上に気にすることはないのでしょうが。

 ちなみに個人的に印象に残ったエピソードは、そのギャグが比較的抑えめだった第六話。舞台を過去に移して、ろくろ首少女の蓬が博覧亭にやってくる顛末を描いたこのエピソードは、育ての親に虐待される蓬に対する榊の優しさを描いて、人情話として出色の出来。冷静に考えれば、ろくろ首の少女を見世物小屋の人間が買いに来るというのはネタ的にナニではありますが、その辺りをうまく回避した物語構成はなかなかうまいものだと思いますし、何よりも、親が彼女を虐待しつつも手放そうとしない理由というのが、妖怪ものとして実に秀逸で、大いに感心いたしました。

 何はともあれ、妖怪好き、ギャグ漫画好きであれば読んでみてまず損はない本作、タイトルこそ「いかさま」ですが、面白さは本物ですよ、と、ベタなオチで恐縮ですが、真面目にお勧めいたします。


「怪異いかさま博覧亭」第一巻(小竹田貴弘 一迅社REXコミックス) Amazon

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.08.05

「怪談実話集」 「近世」と「現代」の間に

 毎回毎回思わぬアプローチで怪奇・伝奇時代ものファンを驚かせてくれる志村先生ですが、この夏の新刊はなんと実話怪談!
 どうも実話怪談の当たり年らしいですが(どっぷり浸かっているとかえってわからないものです)、ついに志村先生も…と思って早速手に取ってみれば、実話は実話でも、明治・大正・昭和初期の実話怪談がメインというユニークな一冊。怪談ファンにとってはなかなかもって面白い本となっていました。

 収録されているのは「怪談実話揃」(昭和四年)、「日本怪奇物語 明治大正昭和篇」(昭和十年)、「別冊大都会」(昭和二十三年)に収録のものを中心に(中心に、と書いたのは、何と志村先生自身の話(!)も収録されているため)していますが、元本の出版時期を見ればわかる通り、収録されている怪談は明治・大正のものがほとんどで、怪談ファン的には実に興味深いこととなっています。
 何となれば、この時代は百物語本・諸国奇談本などがそれなりに紹介されている江戸時代と、この現代の間にあって――田中貢太郎先生という巨人の諸作を除けば…って前提大雑把すぎか――ぽっかりと空いてしまっているエアポケット状態の時代。実際に元本にあたっている熱心なファンでもない限り、基本的には当時の怪談に接する機会がほとんどないと言ってもよいのではないかと思います。

 もちろん、それが収録された怪談のクオリティと結びついているかと言えば、それはまた別のお話ではあります。まさか今日び「タクシーに乗った幽霊」の話を堂々と収録している本があったとは…ですとか、終盤はほとんど猟奇実話だったり(しかしこの収録エピソードの配列の意図もちょっとよくわからない)と、現代の怪談ファン、それもいわゆるジャンキークラスになると、色々と不満も出てくるのは無理もない話ではあります。
 が、書かれた時代に注目してみると、本書に収められた怪談話から、なかなか興味深いものが浮かび上がってくるのも事実です。本書においては、お話としてはいかにも古式ゆかしい因果因縁ドロドロの物語が展開される一方で、そこに登場する加害者・被害者・目撃者の姿は、どこまでも文明開化以降の人間としてある程度の合理性を備えた――それでいて幽霊や妖怪変化を現実のものとして恐れる心を持つ――「近代」的な存在として描かれているものが大半を占めています。
 実話怪談の中で、「近世」から変わらぬものと「現代」へ繋がっていくもの…そのそれぞれについて考えてみることは、すなわち実話怪談の変遷・進化の過程を考えてみることとイコールであり、そしてまた、これはちと大上段に構えすぎではありますが、逆に実話怪談の有り様の変遷を辿ってみることは、近世・近代・現代それぞれの時代の本質を考えることとにも繋がっていくのかな、とも感じられます(その意味では、この数年で氏が関わってきた、末尾の関連記事に挙げた怪談本と併せて読むとなかなか面白いかもしれません)。

 と、大袈裟な話は置いておくとして、個人的に本書の中で純粋に怪談として特に楽しめたのは、冒頭に描かれる怪異の超現実的なビジュアルと、その怪異を招いた因縁の意外すぎる真相が印象的な「死んだ僧」、内容的には典型的な妖怪退治譚ながらも、それに翻弄されるのが警察署というところにユニークさを感じる「人を殺す池の狸」、マキノ・プロの撮影所を舞台に、実名連発で描かれるのが別の意味でインパクト大の「幽霊現像事件」、そして登場する幽霊の生々しい描写とその背後の異常心理の存在が、平山夢明氏の怪談を思わせる「ポケットの中の指」の四篇でしょうか。

 上記の通り不満な点も皆無ではありませんが、シーズンに数十冊は出版されているであろう怪談本の中で、本書が実にユニークな輝きを放っていることは間違いありません。とにかく怖がりたいんだ! という向きにはどうかと思いますが、それなり以上の怪談ファンの方にとっては、色々と楽しめる一冊ではないかと思います。


「怪談実話集」(志村有弘 河出文庫) Amazon

関連記事
 ビギナー向け古典怪談名作選? 「新編百物語」
 不思議なチョイスの古典怪談集 「江戸怪奇草紙」
 「名作日本の怪談 四谷怪談・牡丹灯篭・皿屋敷・乳房榎」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.06.27

「無限の住人」第二十一巻 繋がれた二人の手

 もう色々と大変だった(主に読者の方が)「不死力解明編」も完結し、いよいよ最終章突入! という触れ込みの「無限の住人」第二十一巻。実に連載開始から十三年、遂にここまで…というのが正直なところです。
 しかし物語の方はそんな感慨とは無縁に、アクションにギャグにラブコメ(?)にと快調そのもの。ただでさえ相当な人数に達しているこれまでに登場人物ほとんど全員を登場させつつ(出てきてないのは百淋と偽一くらいのもの?)、この巻でドドッと新キャラクターを登場させて、それを過不足なしに動かして見せているのは見事なものです。

 さて、束の間の平穏を手にしたかに見えた万次と凛ですが、彼らの周囲の状況は不穏の一言。
 万次と凛らの手により不死力解明実験を粉砕された上に江戸城内で大騒動を引き起こされることとなった咎で、新番頭・吐鉤群は一ヶ月後の切腹を申しつけられますが、しかし逸刀流壊滅に執念を燃やす吐は、無骸流に代わる新たな私兵として六鬼団なる剣士団を編成することとなります。
 この六鬼団、腕利きの死罪人を罪の減免と引き替えに手駒にしたもの…って、無骸流と全く同じパターンなのには驚きましたが、あえて差違を探せば、市井に紛れて活動していた無骸流に対し、六鬼団の方は初めから完全に戦闘スタイルで(雑魚構成員なんて鬼面だし)、戦闘に特化していることをうかがわせます。

 一方、逸刀流の方も、往事には及ばぬものの、その剣力を慕う剣士たちを加え、幕府に一矢報いんと暗躍を開始します(ここで、凶相手に「暴れるぞ」と耳打ちする天津さんが妙に生き生きとしていて…槇絵さんと一緒にいるときは今にも二人揃って死にそうなのにな)。

 かくて江戸の闇で激しくぶつかり合う二つの勢力。その暗闘に巻き込まれて万次は六鬼団の手で塒を焼け出され、人様の家とはいえ、凛と一つ屋根の下で暮らすことに相成ります。
 ここで大笑いさせられたのは、万次が六鬼団に襲われるきっかけとなったのが、逸刀流の馬絽佑実に間違えられてだった、というところ。この馬絽というキャラ、初登場の時から万次に印象が被っていたのですが、まさかこんなところでネタになるとは思いませんでした。

 それはさておき、うれしはずかし布団を二つ並べての夜を迎えた万次と凛ですが、ここで凛が勇気を振り絞ったことで、二人の関係についに変化が…生じるかどうかは、最初から読んでいる人間であれば容易に想像がつくかとは思います。はい、その通りです。
 しかし、互いに互いの存在を必要としつつも、素直になれない二人の姿は、何ともこそばゆくも微笑ましいもの。特に本作においてはカップルはものすごい高確率で悲劇…というより悲惨な目に遭っているだけに、この巻での万次と凛の姿を見ると、ホッとさせられるものがあります。
 もっとも、如何なる形になるかはまだわからないものの、この二人の間にやがて別れが訪れることはまず間違いがないこと。それを考えると実に切ないのですが、しかしそれだけに、凛の万次に対する想いを綴ったモノローグが胸に沁みますし、二人の手が、せめて少しでも長く繋がっていて欲しいと感じさせられます。

 そんなこちらの期待とは裏腹に、事態はますます混迷の一途。六鬼団と逸刀流の暗闘に加えて、吐の後任は逸刀流との裏取引で吐の足を引っ張ろうとするわ、相変わらず尸良は登場するだけで胸糞悪いオーラを漂わせているわ――
 この先、三つ巴どころか四つ巴、五つ巴になりかねない状況で、さてまだまだ戦いは長引きそうですが、しかしこの巻のようにバランス良く物語が展開するのであれば、長引くのも大歓迎かな、と感じているところです。


「無限の住人」第二十一巻(沙村広明 アフタヌーンKC)Amazon bk1

関連記事
 再び動き始めた物語 「無限の住人」第18巻
 「無限の住人」第19巻 怒りの反撃開始!
 「無限の住人」第二十巻 不死力解明編、怒濤の完結!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.05.11

「神火兵アビ」 つわものアビ、天を撃つ

 「天保異聞 妖奇士」のえどげんの元ネタ…というか先行作品については先日紹介した「狼人同心」をずっと以前から読んでいたためにすぐわかったのですが、アビにも同様の作品があることは、恥ずかしながらつい先日まで全く知りませんでした。その作品の名は「神火兵アビ」…十二世紀半ばを舞台にしたバイオレンス・アクション短編です。

 大和朝廷に破れ、俘囚として九州に移住させられたエミシの兵(つわもの)一族の村を、ある日平氏の猛将・平景秋が襲撃します。その頃、源為朝の躍進の前に押され気味だった(ということは時期的には1150年代前半の物語ですね)平氏の反撃の切り札として、景秋は、兵一族に伝わる神宝、天をも打ち破るという強弓「破天」を求めて現れたのでした。一族の長の息子で超人的な膂力を持つ青年・アビは一人これに抗しますが、親友の裏切りにあって捕らえられてしまいます。が、なおも続く景秋軍の暴虐にアビの怒りが爆発、それまで誰も引くことが出来なかった破天の力を振るい、侵略者を叩き潰す…というのがあらすじです。

 作画がバイオレンスものを得意とする猿渡哲也氏ということもあってか、正直なところ、本作は良く言えばよくまとまった、悪く言えばパターン通りのバイオレンス・アクションという印象。暴力により弱者を虐げる悪党に、ヒーローの積もり積もった怒りが爆発! というやつですね。
 もっとも、これはわずか数十ページの短編だから、という点も大きいでしょう。どうやら本作には、アビが為朝のライバルとなるという構想があったようで、もしその先の物語が描かれていれば、まつろわぬ者の怒りと哀しみが、よりしっかりと――もちろんは本作にもそうした要素はあるのですが、十全に描かれているとは言い難いのが残念――描かれたのではないかと思います。

 最後に無粋を承知で、「天保異聞 妖奇士」のアビと比べてみましょうか。
 同じ神火の意味の(というのはこちらの短編では語られていないのですが)名前を持ちながら、「妖奇士」のアビが漂泊者としての生き方を――それ以外に選択の余地はないとはいえ――受け入れているのに比べ、本作でのアビは、強い反抗の意志を持って最後まで戦う姿勢を見せているのが大きな差異と言えます。
 これはもちろん、平安時代後期と江戸時代後期という、約七百年の長い時を隔てた二つの時代の在りように起因するものではあります。しかし、通常であれば全く無関係に思えるこの二つの時代を、エミシの在りようという視点から比べてみることは可能なのだなと、いささか牽強付会ではありますが、この二人のアビの在りようから感じたことです。


「神火兵アビ」(猿渡哲也&會川昇 ヤングジャンプコミックス「ダムド」第三巻所収) Amazon


関連記事
 今週の天保異聞 妖奇士
 「狼人同心」 えどげん、生と滅びの端境を行く

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.04.26

「不知火殺法」その二 一瞬の必殺技に照らし出される命と魂

 それでは昨日の続き、残る三作品の紹介です。

バスク流殺法
 突然ですが、本書の中で最大の問題作であります。
 本作の主人公・弥次郎は実在の人物で、作中で語られているようにザビエルを日本に導いたと言われる男。それ故ザビエルが登場する作品にはかなりの頻度で現れ、伝奇ものでも、スピロヘータ氏やら古の邪神やらの来日に一役買っているのですが、それはともかく。
 その弥次郎が日本に誘うこととなったザビエルですが、本作のザビエルは、バスク人の末裔にして、彼らの間に伝わる跳躍術と武術の達人。険しい岩山でも一瞬の間に昇降し、束ねた布で相手の武器を無力化するという怪人であります。そしてそのザビエルが日本を目指した理由というのが、かのアトランティス大陸で用いられていたという伝説の金属オリハルコンを求めてだったという…
 何だか本題そっちのけでそちらのインパクトだけで頭が真っ白になりそうですが、かつて人を殺して日本を捨てた弥次郎が、彼を仇と狙う伸縮自在の伊東流管槍の使い手と対決するクライマックスの決闘シーンはなかなかのもの。日本の槍術vsバスク流跳躍術という異次元の対決は、全く異なる武術同士の激突が生む緊張感に溢れており、また遠近死角なしの管槍の意外な弱点の面白さといい、さすがは、と言ったところでしょうか(ラストにまた妙な不条理感が漂っていて何とも言えないのですが)。


韋駄天殺法
 紀州藩で暗闘を続ける二つの権力の代表として秘事の伝令として走ることとなった長距離ランナー同士のデッドヒートを描いた本作は、手矢vs鼻捻という武術対決もあるものの、むしろ「走る」という行為に焦点を当てることに、作者の意識はあったのかな、と感じられます。
 オチが早い段階で読めてしまい、それがまたなかなか情けないものがあって、読後感は正直なところあまりよろしくないのが残念。


妖異南蛮殺法
 巻末の本作は、蒲生氏郷配下で傭兵として活躍した山科羅久呂佐衛門こと元ローマ兵・ロルテスの姿を描いた作品。全然妖異ではないロルテスの技は、いわゆるフェンシングなのですが、現代の日本人としてはどうしてもスポーツとしてのそれを思ってしまうこの武術を、戦国武士を向こうに回してもひけを取らぬ南蛮殺法として、描くのが本作の面白さでしょう。
 それほどの技を持ちながらも、武士としての栄達を求めず、己の活躍の対価としての金のみを求めるロルテスの一種ドライなキャラクターも面白いのですが、それが彼にとって仇となる幕切れの皮肉さは、最後の決闘のオチがバレバレであることを差し引いても、なかなかに印象的です。


 以上六編いずれも、凄まじい技を持ちながらも時代の流れには勝つことができなかった無名の男たちの命と魂が、一瞬の必殺技の火花で照らし出される様が印象的な作品ばかりです。
 例えば同じ作者の短編集でも、「柳生殺法帳」などに比べると豪華さという点で一歩譲るかも知れませんが、ヒーローなき世界での男たちの生きざまという新宮作品の特色(の一つ)は、むしろ本作のような作品の方がよく現れているのかなと、本書を通読して、改めて感じた次第です。


「不知火殺法」(新宮正春 集英社文庫) Amazon bk1


関連記事
 「不知火殺法」その一 ヒーローのいない世界で

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.04.25

「不知火殺法」その一 ヒーローのいない世界で

 新宮正春先生と言えば、かの柴錬先生の後継者とも目された時代伝奇小説と、剣豪小説の名手。しかしながら私が見たところ、明らかにお二人の作風を隔てているのは、作中のヒーローの有無ではないかと思います。柴錬ヒーローについてはここで語るまでもありませんが、新宮作品においては、大袈裟に言えば、主人公はいてもヒーローはいないといったところで、そこが作品の味わいを大きく異ならせているのではないかと思います。
 この短編集「不知火殺法」も、そんなヒーローのいない世界で、己の術技に命をかけて決闘に臨む男たちの物語。彼らは皆、ヒーローでない、等身大の人間ではありますが、それだからこそ彼らの見せる必殺技は、彼らの生きざまを示す一瞬の光芒として、強く読者の胸に残るのではないかと思います。
 以下、収録の各作品についての紹介。

不知火殺法
 竿につけた糸と鉤針で巧みにムツゴロウを獲る有明海の漁師・げんざを主人公に、捨ててきた己の過去に、己の現在を傷つけられた男の怒りが描かれます。隠された過去を抱えて生きる男、というのは、時代ものに限らず様々なエンターテイメントにしばしば登場するモチーフ。大抵そのようなキャラは、実は滅法強いというのが定番ですが、本作ではその辺りに一ひねりが加えられていて、それだけにクライマックスの主人公の行動が、より印象的なものとなっています。
 ちなみにゲストとして晩年の宮本武蔵が登場。なかなか面白い立ち位置で、本作のスパイスとなっています。


少林寺殺法
 おそらくは本作がこの短編集の中で最もメジャーな人物を主人公とした作品でしょう。主人公は明から亡命し、尾張義直の客分として暮らす少林寺拳法の達人・陳元贇。その彼と対決するのは柳生十兵衛、そして二人を取り巻く登場人物の顔ぶれもなかなかに豪華であります。
 しかし単純な技比べの剣豪もので終わらず、明という祖国を失って異郷で暮らす元贇の索莫たる心中を描き出すのが味わいと言うべきでしょう(元贇と対比される存在として、朝鮮から日本に帰化し、柳生家に仕えた佐野主馬を持ってきたのが見事あります)。
 元贇と十兵衛の対決は、意外な、そして伝奇ファンとしてはニヤリとさせられる結末を迎えますが、その背後にもう一つの意志の存在をほのめかす結末が、また何とも言えぬ味を出しています。


紀州鯨銛殺法
 鯨取りの銛投げを得意とするしび六とともに、あの支倉常長を主役として描いた本作。常長の不思議な人物像が印象に残るのと同時に、祖国を捨てて海外に赴き、そこに留まることを余儀なくされた者の哀感が強く胸に残ります(その意味では丁度前の作品と対をなすものと言えます)
 常長は言うまでもなく、彼らが呂宋で出会う日本から追放された高山右近の一党もまた、帰るところを失い、ただ利用されて磨耗されていくだけの存在。その運命に、己の意地をかけて逆らおうとする常長と、クライマックスにその常長のために立ち上がるしび六の姿は、重い物語の中にあって、いやそれだからこそ、爽快とすら言えるものを見せてくれます。


ちょっと長くなってしまったので二回に分けます。


「不知火殺法」(新宮正春 集英社文庫) Amazon bk1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.03.28

「BRAVE10」第一巻 期待度大の新十勇士伝

 「戦国BASARA」の漫画化を担当した霜月かいり先生が真田十勇士を主人公に据えた戦国アクションコミック「BRAVE10」の、待望の単行本第一巻が発売されました。
 連載第一回の時にこのブログでも取り上げましたが、主人公は摩利支天と異名を取る天才伊賀忍者・霧隠才蔵。仕えるべき主を持たず諸国を放浪していた彼が、出雲の巫女・伊佐那海(いさなみ)と出会うところから物語は幕を開けます。
 徳川家康の配下に社を襲われ、わけもわからぬままただ神主の真田幸村を頼れという言葉に従って信州に向う彼女を連れて上田城に向かった才蔵ですが、その前に現れるのは動物を自在に操る甲賀忍者・猿飛佐助に、氷を操る美貌のくノ一・氷華のアナスタシア、超音波を操る美青年・海野六郎と、いずれも一癖もある者ばかり。そして成り行きから最大の曲者・真田幸村の下に寓することとなった才蔵ですが、伊佐那海を狙う家康の魔手は上田城にも迫り、かくて手に汗握る忍術武術合戦の始まり始まり――と相成ります。

 真田十勇士と言えば、講談に始まって、小説・漫画・ゲームとフィクションの世界では大人気のキャラクター。現代においても、彼らが登場する作品は枚挙に暇がなく、メジャーではあるものの、それだけに扱いが難しい存在であります。
 それを本作では、シャープな絵柄と現代風のキャラクター造形で、なかなかに魅力的かつ「新しい」十勇士像を生みだそうとしており、非常に好感が持てます。才蔵と佐助こそ、従来のキャラクター像をベースにしていますが(この二人の場合はこれで正解でしょう)、三好伊佐や穴山小助を女性化してみせたりと、そのアレンジぶりはいい具合に突き抜けており、「次の勇士はどんなヤツ?」と、十勇士ものとしてはまことに正しい期待感というものを味わわせてくれます。
(「十勇士を女性化・外人化しやがって…」と憤る方はまさかいないとは思いますが、仮にいらした場合は、柴田錬三郎、都筑道夫、朝松健等々、これまで名だたる時代伝奇小説家が、十勇士に自由なアレンジを施していることだけ申し添えておきます)

 もっとも、漫画として見た場合に、絵的にも描写的にもまだまだ荒削りの部分はあり、手放しで絶賛できるわけではないのも事実(特に、アクションシーンで何やっているかわからなくなることがしばしばあるのは残念)。さはさりながら、それを補って余りあるテンションの高さとスピード感が、この作品にはあります。
 そしてまた――例えば才蔵と伊佐の主役カップルが、クールと天然という全くベクトルの異なるキャラクターでありながら、それぞれに孤独というものというものを抱えており、それこそがお互いを強く結びつけ、動かす原動力となる件の描写など、単なる勢いだけではなく、キャラ描写にも「おっ」と思わせる部分があり、この先の作者自信の成長にも期待して良いのではないかと思います。

 何はともあれ、全く新しい真田十勇士伝はまだ始まったばかり。この第一巻では、ラストに六人目の勇士・筧十蔵が登場しましたが、これまた一癖ありげな印象で、残る四人の勇士と合わせて、その活躍が楽しみでなりません。これからも期待度大、です。


 …と、単行本スペシャルゲストのことを忘れていました。巻末のおまけページには、隠れ(?)ファンも多いのではないかと思われる大羽快先生の戦国四コマ「殿といっしょ」の十勇士編を収録。いつもながらのノリの良さで十勇士を茶化していて、こちらも必読であります。


「BRAVE10」第一巻(霜月かいり メディアファクトリーMFコミックス) Amazon bk1

関連記事
 「BRAVE10」連載開始 新生十勇士伝説始動!「BRAVE10」連載開始 新生十勇士伝説始動!

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2007.01.30

「白狐魔記 洛中の火」 混沌の中の忠義と復讐

 時を超えて生き続ける神通力をもった狐、白狐魔丸の目を通して人の争い合う姿を描く「白狐魔記」の第三巻の舞台となるのは、鎌倉末期から室町初期の混乱の時代。そう、あの混沌たる「太平記」の世界であります。

 久々に都に出て、宮方の隠密である十蔵という男と知り合った白狐魔丸。その縁で彼は、千早城に籠もる楠木正成という不思議な武士と知り合います。
 それからややあって吉野を訪れた白狐魔丸は、十蔵の主君である村上義光が、大塔宮の身代わりとなって死ぬ姿を見取ることに。敬愛する主君を失った十蔵は、義光を置いて逃れた大塔宮に復讐を決意します。
 そして復讐に燃える者がもう一人――それは白狐魔丸と同じく神通力を持つ女狐の雅姫。かつて愛した北条時輔とよく似た北条仲時が宮方に破れ、自決するのを止められなかった彼女は、後醍醐天皇と大塔宮を深く恨み、策略を巡らせます。二人の復讐を止めるべく奔走する白狐魔丸ですが、力及ばず討たれる大塔宮。それでも人間たちの争いは終わらず、ついに正成にも最期の日が…

 これまでも、巨大な歴史のうねりの中で生き、戦い、死ぬ人々の姿を描いてきた本シリーズですが、本作はこれまでになく敵味方が変転し、戦いが戦いを生んだ時代が舞台。人間は好きだけれども、武士と人殺しが大嫌いな白狐魔丸にとっては、何ともやるせなく、悲しい時代であります。
 そして今回、彼を更に悩ませるのは、「復讐」という人の想いの強さ。大義・忠義の名の下に命を捧げる者がいること、そのこと自体は良いとして、残された者は、その命を捧げられた者に怨みを抱いてはいけないのか。大義・忠義の名の下に、愛する者を「敵」として討たれた者は、その大義を奉じる者に怨みを抱いてはいけないのか…これはもちろん難しい問題であり、基本的に傍観者の立場にある白狐魔丸にとっては未知の領域と言っても良いかも知れません。

 さらに面白いのは、その復讐の、怨みのターゲットとなるのが、これまで悪役(という言い方は本作においても正しくないのですが)として描かれることの少ない…というよりおそらく滅多にない後醍醐帝と大塔宮であること。このような本作の視点が全く唯一正しいと言うつもりは毛頭ありませんし、それは作者も同様かと思いますが、十蔵や雅姫の立場からすれば、なるほど、こうした視点も当然ありうべきでしょう。
 題材的に扱いにくい、特に歴史的経緯を考えると、触らぬ神に…的な対象ではありますが、それに対して、比較的抵抗感の少ない形で、「あったかもしれないもう一つの道」を提示できるのは伝奇ものならではの機能ではないかと個人的には思います。

 もちろん、大所高所からではなく、狐の視点という一風変わった角度から歴史の流れを見るという本作の物語としての楽しさは健在ですし、大塔宮を付け狙う十蔵の後身があの人物であったり、後醍醐天皇と大塔宮の仲を裂くため雅姫が取り憑いて操る人物が阿野廉子だったりと、伝奇ものとしても面白い作品となっています。

 また、キャラクター的に見ると非常に面白いのが雅姫の存在で、前作ではちょい役に近いキャラクターだったのが、本作では実質主役級の活躍。何よりも、一応児童文学である本作ながら、その言動から強い女性としての業が伝わってくるのが強く印象に残りました。たぶん、これからもちょくちょく顔を出すことでしょう…
 そしてもう一人印象に残ったのが、楠木正成その人。戦前の「忠義の臣」という属性から解放されて、今では様々なアプローチで描かれるようになった人物ですが、本作での、「本当は戦いが嫌いでありながらついつい戦場に出て活躍してしまった人物」というアプローチは、ありがちではありますがなかなか面白いと思いますし、あの湊川の戦での悲劇的な出撃に秘められた本作ならではの正成の想いには、なるほどこれもアリかもしれないと思わされたことです。

 そして次の第四巻では、時は流れて舞台は戦国。白狐魔丸があの信長と出会うようですが…さて、狐の目に映る信長の姿はどのようなものでしょうか。こちらも楽しみです。


「白狐魔記 洛中の火」(斉藤洋 偕成社) Amazon bk1

関連記事
 「白狐魔記 源平の風」 狐の瞳にうつるもの
 「白狐魔記 蒙古の波」 狐が見つめる人間の、武士の姿

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.01.18

「天狗童子 本朝奇談」 異界からの乱世への眼差し

 コロボックルシリーズで知られる児童文学者の佐藤さとる先生が、室町後期の混乱の時代を背景に天狗の世界を描いた本作、民話めいた長閑さの中にも確かな人物描写が光る、味わい深い作品となっています。

 舞台は室町時代の後期、上州否含山の山番で笛の名手の老人・与平のもとに、ある夜、大天狗とカラス天狗が現れたのが物語の始まり。このカラス天狗の九郎丸に笛を教えてやって欲しいという大天狗の依頼を引き受けた与平は、カラス天狗に天狗の力を与える「カラス蓑」をはがされて普通の少年の姿となった九郎丸と共に暮らすことになります。
 しかし共に暮らすうちに情が湧いた与平は、九郎がカラス天狗に戻らないようにカラス蓑を焼いてしまいますが、蓑は一部しか焼けず、九郎丸も怒らせてしまうのでした。かくて大山の大天狗の元でお裁きを受けることになった与平ですが、そこで大天狗から聞かされたのは、九郎丸の出生の秘密と、意外な依頼で…

 というのがおおまかなあらすじですが、とにかくユニークなのは、作中で物語られる天狗たちの社会・生態の描写。人間を遙かに超えた験力を持つ天狗ですが、その中には幾つもの階級やキャリアパス(?)があり、またその出自も、生まれながらの天狗から、人間が変じた者まで様々。さらに、大山天狗たちの、一種仙境と言える住処の描写も詳細で、何だか不思議なリアリティがあります。
 この辺りは、江戸時代等の天狗に攫われて帰ってきた人々の体験談をベースにしているのかなとも思いますが、それ以上に、コロボックルシリーズで描かれた、コロボックルの世界描写が、天狗世界を描く際の助けになったのではないかな、と想像しています。私は子供の頃にあのシリーズを読みましたが、本当に日常世界からちょっとだけ外れたところに、コロボックルの世界があるんじゃないか…と思わされたあの感覚が、本作にもあるように思えるのです。

 それはともかく、本作における日常世界・人間の世界はまさに戦乱の世。時期的には丁度、伊勢宗瑞(北条早雲)が相模攻めを行い、名門三浦氏と激しい戦いを繰り広げていた頃ですが、本作の後半においては、その史実が、意外な形で物語に絡んでくることとなります。
 もっとも、それで急に展開が派手になったりしないのがこの物語の味といったところ。血生臭い武士たちの争いの世界からは一定の距離を置いて、天狗と、そして与平爺さんのような一般人の目から、昔話めいたおだやかでのどかなタッチで、最後まで物語は展開していくことになります。

 しかし、そのようなタッチの物語、しかも児童文学だから大人が読んでつまらないかと言えば、全くそうではないのが本書の魅力。登場するキャラクターたちは、一人一人に――それが人外の天狗たちであっても――その時代に生きていた者としての一種の重み、リアリティというものが備わっており、特に主人公の一人である与平爺さんのキャラクターには、それまでの人生の積み重ねというものが、確かに透けて見えてきました。
 そして、そうしたキャラクターたちの、時代というもの、世相というものに対して向ける眼差しには、時としてハッとさせられるものがあり、本作を、単なる愉快で不思議なおとぎ話に留まらないものにしていると感じられますし、その意味で本作も優れて時代小説なのだと思う次第です。

 終盤については、些か駆け足となった感もありますが、そこは既に物語が天狗の世界から離れ、人間の世界の領域に入り、この物語で扱うべき範囲を超えたということなのでしょう。そんな中でも、結末部分は、本作らしい実にのどかで暖かいハッピーエンドであり、何とも嬉しい気分になったことです(そして、やっぱりラストは里見八犬伝につながっていくのかなあ…と思うとちょっと愉快な気分にもなりました)。


「天狗童子 本朝奇談」(佐藤さとる あかね書房) Amazon bk1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.01.13

「影狩り」(再録)

 「影狩り」文庫版全巻読了しました。諸藩お取り潰しのために陰謀を巡らす影と、それに立ち向かう影狩り三人衆という基本ラインの下に、アクション、サスペンス、人情話、伝奇、ホラーと様々なタイプの物語が、男泣きテイスト山盛りで展開され、飽きることがありませんでした。

 しかし何よりも魅力なのは、主人公三人のキャラクター造形。個性的な三人の性格・外見に、それぞれが背負った影との因縁とそれに起因する現在の生き様というものがきっちりと描かれており、それが物語を何倍も面白くしていたのは間違いないところ。個人的にはやはり、ビジュアル的にはヒゲゴルゴとも言うべきインパクトながら、内に熱く優しい心と重い過去を秘めた十兵衛がお気に入り。引退した柳生の老剣士と将棋を通じて心を通わせるエピソードなど、その後の悲劇的な結末も含めて、このキャラならではのものだったと思います。

 それにしてもラストエピソードの「十兵衛は影だ!」は圧巻。タイトル通り、実は十兵衛もまた影だった!? という疑惑を主軸に、影狩り三人の思いが交錯するこのエピソードは、最後まで二転三転、十兵衛vs○○の決闘からついに明かされる真実(それがまた、いかにも十兵衛ならでは、というもので感心)、そしてラストの大死闘まで息もつかせぬ展開で、まさしくラストエピソードにふさわしい一編でした。
 このエピソード、版によってはラストになっていないものもあるようですが(というより連載時からしてそのようですが)、「これが本当に影狩り三人衆の見納め?」と煽りまくって読者をハラハラさせるという点においては、ラストにおいて大正解と言えるでしょう。いや、作者の思うがままに振り回されました。


「影狩り」全十巻(さいとう・たかを リイド文庫) Amazon bk1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.12.14

「美男城」(再録)

 徳川の侍大将として数々の武勲を挙げた御堂主馬之介は、しかし、関ヶ原の合戦の直後に軍を捨てる。彼の向かう先は実の父、伊能盛政の治める揖斐郡日坂。自分と母を捨てた上に母を斬殺し、さらに関ヶ原では親友たる石田三成を裏切った破廉恥漢たる父を、自らの手で斬ろうとする彼が知ったのは、父の人知れぬ懊悩と、自らの意外な出生の秘密だった…

 柴錬比較的初期の、いわゆる戦国三部作の一つ。宿業を背負った美剣士というのは柴錬お馴染みの主人公ではあるけれども、この作品の主人公たる主馬之介の背負ったものは、柴錬作品の中でも屈指のヘビーさでありましょう。自らの父を斬る、斬らねばならぬという主馬之介の決意と懊悩を主軸に展開するこの作品は、伝奇性は薄め(主人公の出生は相当伝奇してますが)ですが、柴錬の持つロマンチシズムが満開で色々と唸らされました。
 柴錬作品の第一ヒロイン(ひどい言い方ですが…)としては結構珍しいタイプのヒロイン朝路と主馬之介の心の触れ合いもほほえましく、柴錬が単なる鬼面人を驚かす作品書きではないことを示す、格好の証拠と言えるでしょう。

 しかしこの作品のラストで主人公が選んだ道と、それが結果的にもたらした結末は、他の柴錬作品の主人公が選んだ道と比べると、色々と考えさせられるものがあります。

 と、この作品、「主婦の友」連載だったのか…。


「美男城」(柴田錬三郎 新潮文庫) Amazon bk1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.12.10

「白浪五人男 徳川の埋蔵金」(再録)

 「正義とは自分に恥じずに生きること」とうそぶき、一味を率いて東海道を荒らし回る義賊・日本左衛門。向かうところ敵なしとなった日常に倦んでいた彼の前に現れた弁天小僧菊之助は、家康が遺したという埋蔵金三千万両の鍵を握っていた。幕府を敵に回しての戦いに俄然燃える日本左衛門は、幾多の犠牲を払いつつも、ついに家康の秘宝を目の当たりにするが――

 本を読んでいて、自分の目が信じられなくなることはまれにあるのですが、この本ほど読んでいる最中に自分の正気を疑った本はありませんでした。上のあらすじにあるとおり、基本的に設定はまあ普通のピカレスク・ロマン(日本左衛門が波動拳使ったりしますが)。展開的にもまあ可もなく不可もなく、大盗としての自分を演出する自らの姿に自嘲の念を抱いているという左衛門のキャラクター造形がこの作品の面白さであり、かつ足かせでもあるな、などとの感想を抱いていたのですが…終盤大暴走。

 家康の秘宝の正体が現れてからの展開は、どんなに読解力と洞察力のある人間でも絶対予想がつかないであろう、ある意味神の領域。まさかピカレスク・ロマンが○○小説になろうとは――最初からそういうノリであればこれほどは驚かなかったのですが、上に述べたように大衆娯楽時代小説としてはまあ普通の作品だっただけに、それまでとのギャップに凄まじい衝撃を受けました。実はこの本の後半は真っ白で、私が見たい話を勝手に妄想しているんじゃないか、今日本を閉じて明日開いてみたら別の内容に変わっているんじゃないか…という感じの。

 それでも何とか話は収束して史実通りの結末に落ち着いて、ラストはまあ形を整えたかな…と思ったところに、またとてつもないどんでん返しが待ち受けていて、油断していた出会い頭にボディブローを食ったような気分でページを閉じました。

 恥ずかしながらこの作者の作品を読んだのはこれが初めてなのですが、いつもこんな感じなんでしょうか…んなわけないか。何はともあれ、真面目な時代小説ファンであれば真っ赤になって怒り出しそうな作品ではありますが、私のサイトを面白がってくれるような方は、笑って(あるいは唖然としつつ)楽しんでいただけるのではないでしょうか。個人的には殿堂入りの一冊。


 …にしても(鳴海丈の魔狼次シリーズ読んだ時にも思いましたが)この手の小説の中の男色シーンって、ニーズあるんですかねえ。


「白浪五人男 徳川の埋蔵金」(鈴木輝一郎 双葉文庫) Amazon bk1

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.12.09

「風魔の牙 黄金の忍者」(再録)

 秀吉の元で働くこととなった江ノ市之丞と配下たちだが、かつて切腹させられたはずの家康の嫡子・信康が存命であることを知る。信康の身柄確保に向かう市之丞らだが、彼らを待っていたのは何者かに惨殺された半蔵配下の伊賀忍軍の屍のみだった。その下手人が、北条家に仕える風魔忍軍であることを知った市之丞らは、かつて今川家に仕えていた山伏忍軍と共に箱根に向かう。復讐の念に燃えて同じく箱根に向かう服部半蔵と伊賀忍軍、風魔忍軍と三つ巴の死闘を繰り広げる市之丞一行だが、その戦いの背後には恐るべき陰謀が蠢いていたのだった。

 黄金の忍者シリーズ第三作。物語のパターン的には前作に似ていて、市之丞と配下たちが、服部半蔵率いる伊賀忍軍、そして第三の忍者集団と三つ巴の争闘を繰り広げ、その背後には…という展開。
 市之丞のライバル?の左近も健在…というかあからさまに間違った方向にパワーアップして大暴れしてくれるのですが、この左近の存在がかなり物語から浮いていて(いきなりファンタジーの世界から乱入してきたという感じでしょうか)少々残念。本作単独ではなく、今後のシリーズ展開も含めて考えればいいのかもしれませんが、おそらくまっとうな時代小説ファンからは強い拒否反応が出るでしょう。終盤、電波も感じられますし。

 が、そういった聊か座りのわるい部分以外を見れば、一級の忍者ものであることも間違いない話。本作のフォーマットは、時代小説というよりもむしろアリステア・マクリーンなどの軍事冒険小説の味わいが強く感じられるもので、無理にジャンルを名付けるとすればいわば忍者冒険小説。
 軍事冒険小説と時代小説は、意外と親和性が高いにもかかわらず、そのテイストをもった時代小説は数えるほどしかないのが残念だったのですが、その溜飲を下げることができました。終盤で明かされる陰謀も、意外かつ説得力があるものでなかなかに唸らされました。

 ハードな忍者冒険小説と、その中にあるファンタジックな黄金の忍者という存在。うまく絡めてまとめていくのは難しい面もあると思いますが、今後のシリーズ展開を期待します。


「風魔の牙 黄金の忍者」(沢田黒蔵 学研M文庫) Amazon bk1

関連記事
 「黄金の忍者」(再録)
 「黄金の忍者2 根来忍軍の野望」(再録)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.12.03

「黄金の忍者2 根来忍軍の野望」(再録)

 絶対の死地で伝説の「黄金の忍者」の奥義に触れた青年忍者・江ノ市之丞は、不思議な魅力を持つ男、秀吉の元に身を寄せる。一方、市之丞の宿敵にして戦友・鳶尾左近は、服部忍軍との死闘で重傷を負ったところを、謎の忍者たちにより拉致される。この二人の周囲に次々と起こる怪事件。その背後には、根来忍軍の邪悪な野望があった…。

 前巻のラストシーンから始まる続編たるこの作品、以前は周囲の思惑に振り回されまくっていた市之丞君も配下を背負い込むこととなってリーダーとしての苦労を味わうのに加えて、我がものとしたはずの黄金の忍者の境地も…と、相変わらず悩みは尽きず。お人好しぶりも相変わらずで、今回も窮地に陥りまくっています(こりゃもう一種の芸風ですな)。

 と、ストーリー運びは相変わらず達者なのですが、物語の中核となる仕掛けの方もひねってあって楽しめます。
 ネタバレになりかねないので詳しくは書けませんが、この作品の中で示された秀吉像は、なかなかに斬新で、おそらくは今までなかったアイデア。そのインパクトは、今回の敵である根来忍軍の存在が一歩間違えるとぼやけかねないほどのものでしたが、その根来忍軍の方にも色々とひねった仕掛けがあり、一筋縄ではいかないクライマックスが用意されていて楽しめました。

 思いっきりラストは後に引いていますので、続編も期待しましょう。


「黄金の忍者2 根来忍軍の野望」(沢田黒蔵 学研M文庫) Amazon bk1

関連記事
 「黄金の忍者」(再録)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.11.18

「黄金の忍者」(再録)

信長の攻撃により灰燼に帰した伊賀。偶然難を逃れた青年忍者・江ノ市之丞は、百地丹波らと信長暗殺を狙うが、同志のはずの鳶尾左近の裏切りにより一味は壊滅、市之丞は捕らえられる。服部半蔵配下の忍び・矢野平九郎の助けにより安土城から脱出した市之丞は、平九郎とともに信長の家康に対する陰謀を知らせるため尾張に走るが…

 新進気鋭の忍者作家による、ハード忍者活劇。地味になりすぎることもなく、かといって飛ばしすぎて化け物同士の戦いになることもなく、近頃では珍しいほどのハードな忍者アクションを堪能できる作品です。

 が、この作品の真に見事なところはそうしたアクション描写のみならず、巧みなストーリー展開。断っておきますと、上に書いたあらすじは、まだ導入部のようなもの。その後も戦国武将同士、忍者同士の二重三重の謀略戦が続き、市之丞はいつ果てるとも知らぬ泥濘のような世界を歩むことになります。
 全く先の展開が見えぬまま周囲に振り回され続け、絶望に次ぐ絶望の果て、最後に市之丞はある「境地」に達するわけですが、そのラストの大逆転は爽快の一言。その境地は、一歩間違えると単なる荒唐無稽な絵空事になりそうなものなのですが、そこまでの道のりが非常にリアルな重さを持っていただけに、一種超越したリアルさを感じさせられます。

 作者の沢田氏はこの作品がほぼデビュー作のようですが、読みやすく達者な文体といい、ストーリーテリングの巧みさといい、何よりも作品から伝わってくる忍者もの・時代伝奇ものに対する愛情といい、相当なものを感じさせられます。注目の作家がまた一人増えたということで、全くうれしい話です。


「黄金の忍者」(沢田黒蔵 学研M文庫) Amazon bk1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.11.16

「天駆け地徂く」 三蔵と正純、巨人に挑む

 孤高の天才忍者・服部三蔵と、徳川家康配下の謀臣・本多正純の友情を描いた作品。本多正純と言えば、父・正信の跡を継いで家康の懐刀として辣腕を振るうも、晩年に失脚(いわゆる巷説の宇都宮釣り天井事件)した人物で、どちらかと言えば悪役のイメージのある人物ですが、本作では、架空の存在である三蔵と敵味方に別れつつも交誼を結び、自分なりのやり方で家康越えを目指す人物として描かれています。

 三蔵と正純の友情は、若き日の正純が、文臣たる自分を侮辱した大久保一門と事を構えた時に始まります。偶然そのことを知った三蔵は正純に興味を抱き、彼の貢献として決闘に参加し、結果として正純の命を救うことになります。三蔵は服部半蔵に拾われて忍者として育てられた孤児、正純は言うまでもなく家康麾下の俊英と、生まれも育ちも異なる二人ですが、不思議とうまがあい、その後数十年にも及ぶ交誼を結ぶこととなります。

 この二人に共通するのは、実は、家康に対する敵愾心であります。三蔵は、剣と忍術の腕では服部半蔵をも上回る腕を持ちながらも、自由を愛し、己を縛るものを嫌う男。そんな彼にとっては、様々な法度や制度で陰険に人々を縛り、支配しようとする家康は不倶戴天の相手であり、抜け忍となってまで家康に抗する道を選びます。実は三蔵自身、朝比奈泰朝(本作では家康の手の者に暗殺されたという設定)の遺児であったこともあり、彼が家康と対決する道を選ぶのは、むしろ当然ではあるのですが、意外なのは正純の方でしょう。
 冒頭に書いたとおり、史実では家康の懐刀として活躍した正純ですが、本作では、同様に家康第一の側近として振る舞いつつも、心中では家康に激しい敵愾心を燃やすという人物造形がなされています。父・正信がかつて三河の一向一揆に加わって出奔した後、残されたのは正純とその母(つまり正信の妻)。しかし家康は正純の母に目を付け、彼女を夜伽に召し出します。結果として家康の元に帰参叶った正信と正純ですが、しかし正純にとって家康は母を奪った憎い相手。しかし武人ではない彼は、真っ向から家康に抗してこれを討つのではなく、彼の懐に飛び込んで一体のものとして活動し、やがては家康の先手を取り、彼を操ってやろうと心に誓ったのでありました。

 かくて、江戸幕府成立、豊臣家滅亡という戦国最後の動乱期に、ある時は手を組んで、またある時は敵同士として対峙して、生き抜いていくこととなります。共に家康を敵としつつも、これを討とうとする三蔵と、生かして利用しようという正純の複雑な関係が本作の一番の特徴であり、また魅力と言ってよいでしょう。
 そしてまた、本作の第三の主役と言うべき存在が、彼らの人生に巨大な影を落とす徳川家康その人。冷酷非情で猜疑心が強く、人を人とも思わぬ家康は、確かに全く共感できない人物ではあるのですが、しかし三蔵の武も正純の智も及ばない巨大な壁として、厳然と立ち塞がる様は圧倒で、むしろ主人公二人を用いて戦国の巨人・家康の姿を描き出した作品という性格も、本作にはあります。

 秀吉存命の頃から大坂夏の陣までと、かなり長いタイムスパンを扱っているためか、個々のエピソードに食い足りない部分も個人的にはあるのですが、しかしキャラクター設定と配置の妙はやはり魅力であり、最後まで一気に読むことができました。


 ちなみに本作には、正純と三蔵の双方から愛された甲賀のお藍というくノ一がヒロイン格で登場するのですが、本作の後、同じ作者の「甲賀忍者お藍」という作品が刊行されています。未読なのですが、果たして本作のスピンオフなのか、同名異人なのか、こちらも読んでみようと思っています。


「天駆け地徂く」(嶋津義忠 講談社文庫) Amazon bk1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.11.01

「無限の住人」第二十巻 不死力解明編、怒濤の完結!

 さて、「無限の住人」最新二十巻ですが、実に長々と続いてきました不死力解明編もいよいよ完結することとなりました。一時期は本当にもう、どうしようかと思ったこのエピソードですが、終わってみれば実に見事で美しいドラマとなっておりました。

 この巻では、前の巻に引き続き、ひたすらアクションとチャンバラのつるべ撃ち。これまで捕らえられて解剖されるばかりだった万次が鬱憤を晴らすかのように大暴れ、久々の万次流アクションを満喫しました。

 初めに登場するは、前の巻から引き続きの怪人・山田浅右衛門先生。斬った人数ならおそらく万次以上、鉄をも断つ秘剣を操る剣鬼に、万全の体制とはいいがたい万次が如何に立ち向かうか?
 そしてようやくこれを下したかと思えば、次に立ち塞がるのは、不死力に魅せられて狂気に走った蘭学医・歩蘭人が生み出した最強の怪物。ただひたすら戦うことのみのために改造された不死身の狂戦士に、万次・凛・瞳阿・夷作の総力戦であります。

 そしてようやく脱出に何の障害も無くなったかと思いきや、四人を襲う最後のカタストロフィ。更には倒したはずのあの人物まで登場、これをようやく突破したと思えば――待っていたのは、すっかり存在を忘れていた「ゲッハッハッ」の人。もっと忘れていた(というか再登場すると思ってなかった)キャラ、よく考えたら十年ぶりの再登場のキャラまで引き連れて、最後の最後まで先の読めない展開でありました。

 そして――数々の死闘の果てに待っていた結末は、それまでの混沌が嘘のような、あまりにも美しい結末。百琳が、偽一が、今回は出番なしだった天津が、そして虎右ェ門が狩小澤がお圭がナンダ郎が、この不死力解明編に登場したほとんど全てのキャラクターが登場し、それぞれにいかにもな出番が用意され、それぞれにふさわしい結末を迎える様は、まさに大団円と呼んでよいでしょう。

 たまたま手元に約三年前の「アフタヌーン」誌の「無限の住人」特集(この第二十巻の巻末に収録されたネタ記事の初出)が掲載された号があったので見てみると、まだ出羽介が死んだ回だったのでひっくり返りましたが、とにかく冒頭にも書いたとおり、とにかく長かったこの不死力解明編。
 正直なところ、展開は遅いはどうでもよさそうなキャラばかり増えるはと、途中で投げ出そうかと思ったことも何度かありましたが、終わってみれば、ここまで読んできて良かった! と思えるほとんど完璧な結末に感心しました(最初から結末だけ決めてたんじゃないかという気もするけどガタガタ言わない)。

 現在、「アフタヌーン」本誌ではついに最終章が連載中。これまでのキャラクターに加えて新たなる敵も登場、三つ巴、四つ巴どころでない大混戦確実の物語の結末がいかがなりますか、最後の最後まで付き合っていこうと、今は思えます(個人的にはこの巻のラストで「ラブロマ」並みにかわいい展開を見せた万次と凛の関係も気になりますが)。

 以下蛇足。この巻では、本ッ当に久々に、万次の「見開き解剖フィニッシュ」――しかも瞳阿とのコラボレーションVer.――が拝めて大満足なのですが、この時の万次のポーズがよく見ると妙にキメキメで笑いました。いや、色々溜まってたんだろうなあ。


「無限の住人」第20巻(沙村広明 アフタヌーンKC) Amazon bk1

関連記事
 再び動き始めた物語 「無限の住人」第18巻
 「無限の住人」第19巻 怒りの反撃開始!

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006.10.17

「BRAVE10」連載開始 新生十勇士伝説始動!

 「コミックフラッパー」誌の11月号から、霜月かいり氏の戦国アクション漫画「BRAVE10」の連載が開始されました。「戦国」で「BRAVE」で「10」とくれば、そう、真田十勇士――というわけで、真田十勇士好きとしては当然見逃しにすることはできぬと読んでみましたが、これがなかなか先行きが楽しみな作品でありました。

 物語の発端は出雲から。謎の忍者群の襲撃を受け、炎に包まれる神社から神主の犠牲で逃げ延びた巫女・伊佐那海は、神主の真田幸村を頼れという言葉に従い、一人信州上田を目指します。その途中で出会ったのは伊賀にその人ありと知られた誇り高き天才忍者・霧隠才蔵(でも無職で行き倒れ)。伊佐那海への追っ手を蹴散らし、蕎麦をおごってもらった行き掛かりから彼女に同行することになった才蔵ですが、いざ上田城に近づいたところで立ちふさがったのは、真田忍群を指揮する甲賀忍者・猿飛佐助。
 腕前は才蔵と互角ながら、伊賀者を毛嫌いする佐助と才蔵は早速激突、さらにようやく対面した真田幸村は柄の悪い上にあっさりと伊佐那海への助力を拒否して、上田城を飛び出した二人ですが…もちろん幸村には彼なりの考えがあって――そして十勇士のうち、三人が集結! というところまでが第一回。

 読んでいて、あれ、才蔵・佐助はいいとして、あと一人は…と一瞬考えてしまいましたが「伊佐」那海なんですね。面白い!
(と、よく見ると、どちらかわからないけれど「六郎」(たぶん望月)もちょっと顔を出していましたが)

 作者の霜月氏は、つい先頃まで「戦国BASARA」のコミカライズを担当されていましたが、この作品の主人公の一人は真田幸村(佐助も登場)。そのすぐ後にまた幸村たちが登場する作品というのは――BASARAは原作つきで既にキャラ設定があったとはいえ――キャラの割り切り・切り替えが大変なのではないかな、と失礼な心配をしてしまいましたが、それは全くの杞憂。柄が悪くて喰わせものという、ちょっとひねくれたユニークな幸村像は、これからの十勇士たちへの主君ぶりが期待できそうです。
 絵柄的にアクションがちょっと見にくいかな? という気もしないでもないですが、一つ一つの動きのキメ方がなかなか格好良く(特に、才蔵が敵の忍びの鎖で動きを封じられてからの脱出シーンの格好良さは異常)、こちらも期待して良さそうです。

 真田十勇士ものの醍醐味といえば、十勇士が一人一人集結していく過程ですが、まず間違いなく一筋縄ではいかない連中であろう本作の十勇士が、どのように登場し、どのように「勇士」となっていくのか、これは楽しみです。
 ちなみに、扉絵をよく見ると、色々な意味でじっくりと見づらい場所に本作での十勇士のローマ字表記があったりして…(穴山小助も女性なのかな?)


 ここからは雑誌に関する蛇足。フラッパー誌、今までは特に買っていなかったのですが、今回はこの「BRAVE10」をじっくり読みたかったのと、先日時代小説オフ会でご一緒した環望先生の漫画も連載しているし(ダメなオタ特有の勝手な理由)と、11月号はちゃんと買ったのですが、よく考えてみるとかなり面白いですね。「二十面相の娘」や「キングゲイナー」も連載しているし、何と言っても「殿といっしょ」が連載されてるしな!
 この戦国四コマにも幸村が登場しているのですが、これがまた親父(昌幸)ともどもとんでもないキャラで…今回登場(?)した猿飛サスケの正体の人には、心から同情いたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.10.16

「陰の絵図」 儚く浮かぶ幻の絵図

 大久保長安の遺金を巡る壮烈な争奪戦を描いたこの「陰の絵図」、スタイルはオールドファッションながらも、その味わいにはいささかも古びたところのない、時代伝奇活劇の佳品であります。

 大久保長安と言えば、猿楽師から身を起こして武田家、徳川家に仕え、金山銀山経営で異才を発揮し、莫大な富を幕府にもたらしながらも、その死後に謀反の疑いありとして、一族郎党撫で斬りにされたという人物。山田風太郎の「銀河忍法帖」や朝松健の「真田三妖伝」など、伝奇時代小説にもしばしば顔を見せています。
 本作の舞台となるのは、長安が没して後の時代。長安が遺したという、五百万両は下らないという莫大な財宝の在処の鍵が、長安がその子供たちに授けた青龍・朱雀・白虎・玄武の四本の太刀に隠されていたことが判明したことから、三つ巴、四つ巴の争奪戦が繰り広げられることになります。

 善悪入り乱れての秘宝争奪戦は伝奇小説の華というべきものですが、本作でこれに参加するメンバーはまさに多士済済。
 本作の主人公とも言える位置づけにあるのは、北条ゆかりの忍びの集団「風の党」(いわゆる風魔のことでしょう)。ただ一人難を逃れた長安の遺児を通じて太刀の存在を知った彼らは、その名を襲名したばかりの由比正雪や、紀伊大納言頼宣の庶子の陰守で銛の名手・源太らを仲間に加え、探索に乗り出すことになります。
 彼らに対するは、公儀隠密を操る幕閣たち。知恵伊豆こと松平伊豆守に、幕府隠密の元締めというべき中根正盛。更にこれに同じ新宮作品の「将軍要撃」で主人公を務めた石川丈山がブレーンとして加わり、これはもう幕府の裏の顔そのものと言うべき布陣で、相手にとって不足なしというところ。が、幕府側は決して一枚岩ではなく、中根正盛は、長安事件に連座して失脚した甥の服部小半蔵(三代目半蔵)と手を組み、伊豆守とはまた別の思惑で動き、石川丈山も漁夫の利を得るべく、虎視眈々と機会を狙います。

 そして、このような複雑な勢力分布を更にややこしくするのが、大久保長安に深い恨みを持つ超人的老忍者・ましらの仙蔵の存在です。かつて愛娘が長安に迫られて自害して以来長安に恨みを持ち、少しずつ罠を仕掛けて長安とその一族を地獄に引きずり込んだ(前述の長安謀反も彼が単独で仕掛けた陰謀との設定!)彼にとって、風の党に庇護された長安の遺児は、許すべからざる仇の一人。
かくてこの仙蔵もまた己の思惑を秘めて争奪戦に参加、風の党の最強の敵として立ちふさがることに相成ります。

 このような千両役者たちが入り乱れて、チャンバラ、秘術合戦、暗号解読の知恵比べに諜報戦を繰り広げる様は、これはもう古き良き伝奇時代小説の醍醐味と言うべきもので、それだけでも大いに楽しいのですが、終盤、物語は三代将軍家光の出生の秘密という意外な方向に展開。正雪がふとしたことから掴んだ家光の出生の秘密は、徳川幕府の正当性を揺らがせかねない大秘事。この秘密と長安の遺金が結びつけば、家光政権を覆すことも難しくはない…と、秘宝争奪戦が、遂には天下争奪戦にもなりかねぬ雲行きとなっていくのでした。

 そして、幾多の犠牲を払った末に、遂に発見されたのは、財宝の在処を示した隠れたる絵図、すなわち「陰の絵図」。その陰の絵図によって長安遺金を手にした者が誰で、そしてそれがどのように使われたのか、それは勿論ここでは伏せますが、しかしその結末で浮かび上がってくるのは、もう一つの「陰の絵図」――すなわち蜃気楼の如き儚く脆い権力の在りよう。
 財宝を巡る幕府内部の暗闘も、家光の出生の秘密も、全ては権力というものを巡るものであり――そしてその果てに得られた権力も、すぐ次の者の下へと移ろっていく儚い幻のようなもの。
 もともと新宮正春氏の作品は、権力というものへのクールな眼差しが一つの特徴となっておりますが、本作においても、この二重の意味を持つタイトルの中に、それは明確に込められていると言えるでしょう。

 …と、ついつい内容を書きすぎてしまったかと些か冷や汗ものですが、しかしこれしきで底が見えてしまうほど浅い作品では、本作はもちろんありません。文庫で上下巻と、決して少なくない分量もあっという間に読み終えること請け合いの本作、今は亡き時代小説の名手の快作を少しでも多くの方に楽しんでいただけたらと考える次第です。


「陰の絵図」全2巻(新宮正春 集英社文庫) 上巻 Amazon bk1/下巻 Amazon bk1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.10.08

今週の「Y十M 柳生忍法帖」と単行本第五巻

 月曜日がお休みにつき土曜日に見参した今週の「Y十M 柳生忍法帖」。般若面一つに翻弄される七本槍ですが、そのうちの一人・漆戸虹七郎が街道を馬で行くうちに目に留めた怪しの雲水たちでしたが――何といきなり立ち小便を開始。

 なるほど、これならば雲水たち(の一部)が男であることは間違いなし、まさか男以外が混じっているかどうか近寄って確かめようとも思わないわけで(この辺り、比較的良識派の虹七郎が相手で助かった面はあるかもしれませんが)、これは奇策ながら見事に作戦勝ち。説明されなくても、この作戦を立てたのは十兵衛先生なんだろうなあ、と一発でわかってしまうのが愉快です。
 そして一見暢気にこの先のことを語り合う十兵衛と沢庵七人坊主のうち三人。しかしこの会話のうち、一方の言葉は嘘となり、一方の言葉は真実となってしまうのですが…

 一方、地道な嫌がらせにまんまとはまった明成は神経衰弱状態に。大変なのはバカ殿に振り回される七本槍ですが(三人減って四本槍だからそれだけ手も足りなくなってますしね)、ここでロクでもないことを思いついたは銀四郎。ここで女を差し出すにしくはなしと、外道が目を付けたのは本陣の娘で額の黒子が印象的なおとねさんですが――というところで以下次号。ああ、かわいそうに…


 さて、これとほぼ時を同じくして、単行本最新第五巻が発売されました。収録されているのは第三十一話「水の墓場(三)」から第四十話「北帰行」まで。けっこう仮面の大どんでん返しから、連載つい二回前までの七人坊主(のうち四人)の初登場まで。
 この間のエピソード、冷静に考えると十兵衛先生がほとんど活躍していないのですが、それでも十分に、いやそれを読んでいる間気付かせないのは、それだけ物語が盛り上がると共に、十兵衛以外のキャラがどんどん立ってきたということなのでしょう。
 それにしても――何度読んでも、二対一で勝ち誇る→エロ妄想→いきなり斜め上方から串刺し の丈之進(自分が)即死コンボは笑えます。

 ちなみに毎回異なる表紙のほりにょは、今回はさくらさん。個人的には、銀四郎と因縁が用意されていそうなキャラなので、ちょっと早いかな…と思いますが、「裸身」「裸身」とオビでも背表紙でも連呼されてしまったほどの大活躍を見せたことですし、これはこれで妥当なのかもしれません(と、こんな感じでいかがでしょうかケイトさま)。
 個人的にこの巻で一番活躍した女性は千姫様ではないかと思いますが…いやもうほんとうに。


「Y十M 柳生忍法帖」第五巻(せがわまさき&山田風太郎 ヤングマガジンKC) Amazon bk1

関連記事
 「Y十M 柳生忍法帖」第1,2巻 同時発売!
 今週の「Y十M」と第3巻
 今週の「Y十M 柳生忍法帖」と単行本第四巻

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.10.01

「夢源氏剣祭文」 漫画連載本格スタート

 既に先月号からプレスタートしているものなので今頃紹介するのもなンですが、「時代劇漫画 刃-JIN-」誌で、「夢源氏剣祭文」が漫画化されています。

 「夢源氏剣祭文」の原作については、このblogでも以前に紹介しているのですが、鬼の毒により千年の魔鬼となる宿命を背負った少女・茨木を中心に描かれる平安御伽草子であり、平将門、藤原純友、八百比丘尼、安倍晴明、芦屋道満、藤原道長、渡辺綱、金太郎などなど、平安のオールスターとも言える豪華な顔ぶれで展開される物語には、読んでいてずいぶんとわくわくさせられたものです。

 最初漫画化の報を聞いたときには、一体誰が絵を描くのだろう、あの雑誌の執筆陣で漫画化すると、とンでもないものになるのでは…とちょっと心配しましたが(失礼な奴だな)、主に中国ものの漫画・挿絵などで活躍されている皇なつき氏が作画担当ということで、なるほど、些か意外ながら実にふさわしいチョイスだわいと感心いたしました。
 本格連載第一回の今回は、山中で病み付き倒れた母のために水を汲みに出た茨木の前に、奇怪な男が現れ…というところまで。原作で言えばまだまだほんの序章の始めの部分というところですが、可愛らしくも儚げな茨木の姿は、こちらが抱いていたイメージを壊すことなく、流石は…という印象です。

 正直なところ、月刊誌でこのペースだと完結までにどれほどかかることか…という心配はありますが、長い時の流れを背景にしたこの物語、あまり急くのも無粋な話かもしれません。こちらも腰を据えてじっくりと付き合っていきたいと思います。

 …と、最後に白状しますが、この原作、私大好きなンですが、あまりにも普段の作風と違うので、半分ネタ、半分本気で「実は小池一夫違いでは…」と思っていたのですが、ああやっぱり本当に小池せンせいの作品だっ