2017.07.21

『お江戸ねこぱんち 夢花火編』 顔ぶれは変わり、そして新しい魅力が

 前回の紹介から非常に間があいてしまった上に、本号の発売からも一ヶ月遅れの紹介ということで誠に恐縮なのですが――久々の『お江戸ねこぱんち』誌の紹介であります。リニューアル後でだいぶ作品の顔ぶれは変わった本書、印象に残った作品を紹介いたします。

『平賀源内の猫』(栗城祥子)
 タイトル通り、あの平賀源内と彼の猫を中心としたシリーズの最新作であります。
 真っ昼間から日本橋通りに物の怪が出るという噂が流れる中、頭でっかちの田沼意知に下々の暮らしを(強引に)体験させるために一肌脱ぐことになった源内。。そこにさらに意知からは白眼視されている、農民から田沼家の用人になった三浦庄司が絡んで……

 と、「日本橋の物の怪」「意知の庶民体験」「三浦という人間の価値」という、あまり関係のなさそうな(そして一つ一つは比較的ありがちな)三つの要素が描かれることなる本作。しかし、ある病の存在を繋ぎとして、やがてそれらがきっちりと絡み合って、一つの大きな物語を作り上げるのには大いに感心させられました。

 ちなみに三浦庄司、作中では農民気質丸出しのユニークな人物として描かれていますが、実在の人物というのが面白いところであります(作中とは全く異なる人物像ですが……)


『雨のち猫晴れ』(須田翔子)
 江戸の人情を題材とした物語が中心、それも想定読者層はある程度の年齢の女性ということもあってか、「長屋の若夫婦と猫」を題材とした作品が非常に多かった本書。
 その中でも本作は、主人公の若妻・お珠の浮き世離れしたキャラクターとやわらかな絵が相まって、印象に残る作品であります。

 長屋の生活で彼女が苦労するたびに、こんな品物があればいいのに……と現代では実用化されている品物(洗濯機とか電話とか)を妄想するという要素は、正直なところそれほど効果的に機能しているとは言い難いものがあります。
 しかし、実は彼女は駆け落ちの身だった(それゆえある意味後がない身の上)という変化球が、物語のよいアクセントになっていたかと思います。


『のら赤』(桐村海丸)
 遊び人の赤助と江戸の人々の日常を、良い意味でダラダラとしたタッチで描く連作シリーズ、今回は馴染みの遊女から信州そばが食べたいとねだられて町に出た赤助が、猫に異様にモテるナルシストの蕎麦屋という珍妙な男と出会って――というお話。

 本当に二人が馬鹿話をするだけの内容なのですが、それが妙に、いや非常に楽しいのは、作者の緩くて暖かい絵柄の力によるところ大でしょう。なんだか落語のような皮肉なオチも愉快であります。


『物見の文士外伝 冥土に華の』(晏芸嘉三)
 この世ならざるものが見えてしまう文士を主人公とするシリーズの外伝たる本作は、『物見の文士 柳暗花明』に登場した、彼岸と此岸の間の異界の吉原から始まる物語。
 浮世の未練を抱えた魂がたどり着くこの地の顔役的な存在の女・八千代が、心中に失敗して自分だけ命を落とした岡場所の娘・初の未練を晴らすべく奔走いたします。

 初の心中の相手は厳格な武家の嫡男・重太郎。親の反対で心中を選んだものの、自分一人生き残ってしまった彼がどのような行動を取るか……
 予想通りの行動に対し、現世に干渉できない(それは八千代も同様)初が、いかにして彼を救うか、というクライマックスが――猫を絡めたことでちょっと騒々しくなったものの――読ませてくれます。


 その他、『にゃんだかとっても江戸日和』(紗久楽さわ)は、これも「長屋の若夫婦と猫」ものですが、お歯黒と眉剃りという、この時代の当然を、違和感なく漫画の絵としてアレンジしているのに感心させられます。

 また、『猫と小夜曲』(北見明子)は、比較的シンプルな物語ながら、主人公の盲目の元侍にのみ感じられる猫という存在を絡めることでラストを盛り上げるのが巧みな作品。
 そして『若様とねこのこ』(下総國生)は、タイトル通りの一種の若様もの的な内容はシンプルながら、画という点ではかなりの完成度で……

 と、初期に比べれば執筆陣はそれなりに入れ替わっているものの、それでもこの『お江戸ねこぱんち』が、様々な、新しい魅力のある漫画誌であることは間違いありません。もちろん、今後の展開にも期待であります。


『お江戸ねこぱんち 夢花火編』(少年画報社にゃんCOMI廉価版コミック) Amazon
お江戸ねこぱんち夢花火編 (にゃんCOMI廉価版コミック)


関連記事
 「お江戸ねこぱんち」第二号
 「お江戸ねこぱんち」第三号 猫漫画で時代もので…
 「お江戸ねこぱんち」第四号 猫を通じて江戸時代を描く
 「お江戸ねこぱんち」第5号 半年に一度のお楽しみ
 「お江戸ねこぱんち」第六号 岐路に立つお江戸猫漫画誌?
 「お江戸ねこぱんち」第七号 ニューフェイスに期待しつつも…
 「お江戸ねこぱんち」第八号 そろそろ安定の猫時代漫画誌
 「お江戸ねこぱんち」第九号(その一) 約半年ぶりの賑やかさ
 「お江戸ねこぱんち」第九号(その二) 次号が待ち遠しい内容の作品群
 「お江戸ねこぱんち」第十号 猫時代漫画専門誌、ついに二桁突入も…
 『お江戸ねこぱんち』第十一号 久々の登場は水準以上
 『お江戸ねこぱんち』第十二号 猫時代漫画誌、半年ぶりのお目見え
 『SP版 お江戸ねこぱんち 傑作集でござる!』 単行本未収録作+αの傑作選

| | トラックバック (0)

2017.07.11

ほおのきソラ『戦国ヴァンプ』第4巻 混迷する少女久秀と世界の運命

 タイムスリップ女子高生ものと、人外信長もの――時代ものでは比較的メジャーな(本当に?)二つを合体させたら大変なことになってしまった本作、松永久秀になってしまった主人公・ひさきと、彼女を愛する吸血鬼・信長が織りなす歴史は、様々な横やりのおかげで混迷を極めることとなります。

 何者かの手によって戦国時代に招かれた現代の女子高生・ひさきと、彼女を庇護した吸血鬼の王・三好長慶によって、瀕死となったところを救われ、吸血鬼となった信長。
 長慶によって、今は行方不明の腹心・松永久秀の名を与えられたひさきは、久秀の実の弟・長頼に支えられながら都で暮らすことになります。

 そんな中、実は戦国のヴァンパイアハンターであった真・久秀によって、三好一族は次々と斃される事件が発生。長慶はいずこに姿を消してしまい、残された吸血鬼と人間のハーフ・三好義継が大暴走して将軍義輝を襲撃、ひさきはその罪を着せられ、そして長頼は瀕死の深手を負うことに……


 と、大筋は合っているにもかかわらず、ディテールでは本当に大変なことになっている本作。

 大変な中でもひさきラブの信長は吸血鬼の瞬間移動能力で彼女にまとわりつき、ひさきと一緒にタイムスリップして家康役になってしまった幼なじみのはじめは、歴オタの知識を活用して彼女を支え……
 と、役に立っているのかいないのか微妙な男どもはさておき、ひさきはこの世界で生き抜き、少しでも犠牲を減らすために、今日も戦いを続けることになります。

 しかしそんな決意を胸にした彼女が演じるのが、よりによって松永久秀というのは運命の皮肉、というより悪意。東大寺での戦いに引きずり込まれた彼女は、歴史通りに大仏を焼いた人間という汚名を着せられることになってしまうのです。
(そんな中で、大仏消火よりも人命救助を優先したり、結果として大仏がなくなって大ショックを受けたりする彼女の姿は、それはそれである種のリアリティがあるかも……と妙な感心をさせられます)

 しかしこの世界を支配する運命は、さらに彼女を、そして信長をはじめとするこの時代の人々を振り回します。
 物語から一度は退場したあの人物この人物が、異なる名を得て再び歴史の表舞台に登場。さらに舞台は近畿と東海だけかと思いきや甲州にも広がり、あの超大物が、妖魔と手を組んで暗躍。そして信長の忠臣かと思われた秀吉もまた……

 と、異形の戦国ものとしても楽しくなってきてしまった本作。
 終盤では長慶改め○○○○が、この手の作品では本当に禁句なことを言い出して「おいっ!」とツッコミたくなりましたが、この辺りの成り行きも含め、想像以上に本作の世界は(もちろん面白い方向に)広がってきたと言わざるを得ません。

 その一方でラストには、そういえばこの人のことを完璧に忘れていた――な濃姫が登場。ひさきと信長との三角関係も気になるところで、本当にあらゆるところで先の読めない、先が楽しみな作品なのです。


 ちなみにこの巻で初登場したキャラクターの一人が、かの服部半蔵。しかしこの半蔵、一応常人ながらキャラの濃さが半端ではなく、こちらも要チェックであります。


『戦国ヴァンプ』第4巻(ほおのきソラ 講談社KCx(ARIA)) Amazon
戦国ヴァンプ(4) (KCx)


関連記事
 ほおのきソラ『戦国ヴァンプ』第1巻 時と世界を異にするパラノーマルロマンス
 ほおのきソラ『戦国ヴァンプ』第2巻 吸血鬼たちの戦場で
 ほおのきソラ『戦国ヴァンプ』第3巻 吸血鬼を狩る者、その名は……

| | トラックバック (0)

2017.07.05

瀬川貴次『ばけもの好む中将 六 美しき獣たち』 浮かび上がる平安の女性たちの姿

 『暗夜鬼譚』の復刊もめでたく続きがでましたが、こちらももちろん続く瀬川貴次『ばけもの好む中将』。前作で鬱々としていた宣能も復活し、さて再び宗孝の受難の日々が……と思いきや(いや受難はするのですが)今回は少々趣を変えた重めの物語が展開いたします。

 宗孝の八の姉である梨壺の更衣の出産も近づく中、宮中での思わぬ出来事で腰を痛めた宗孝の父。姉たちが入れ替わり立ち替わりで見舞いに訪れる中に、九の姉が久々に宗孝の前に姿を現します。

 中流貴族と早々に結ばれたものの、地方に赴任した夫について行かず、都で暮らす九の姉。夫の心が離れるのではないかと不安に思いながらも、しかし任地についていけない彼女は、梨壺の更衣に複雑な想いを抱いていたのです。

 かつて宮中で舞を披露した際に、帝に見初められた梨壺の更衣。しかしその舞は元々は九の姉が舞うはずだったものの、自分に自信の持てない彼女は、夫との結婚を口実にその役目を下りたのであります。
 もし自分があの時舞っていたら、帝に見初められていたのは――という想いを抱えた彼女は、ある日出かけた稲荷社で、曰くありげな老巫女たちから「あなたは特別なお方」と声をかけられて……


 これまで様々なエピソードで登場してきた宗孝の十二人の姉ですが、今回の九の姉を以て、ついに全員登場したことになります。
(そのためか、この巻から巻頭に姉リスト付きの人物相関図がついたのは有り難いところです)

 その九の姉のキャラクターは、これまでの基本的にたくましかった姉たちとは少々異なり、毒親気味の母に育てられた結果、自分に自信が持てず、それでいて、過去のタラレバにすがってしまうという、ある意味実にリアルな人物として描かれております。
 そんな彼女が怪しげな巫女たちに目を付けられたのが今回の騒動の始まり。彼女につきまとい、次第に行動をエスカレートさせていく巫女たちは何者なのか、そしてその目的は何なのか――宣能と宗孝(と前回登場した色々な意味で自虐的な陰陽師・歳明)は、九の姉と巫女を追って稲荷社に向かいます。

 そこで起きる騒動の数々は、相変わらずの賑やかさと楽しさなのですが(特にクライマックスの一大追跡劇で披露されるアクションとそのオチ)、しかし今回の物語は、そこからさらに思わぬ展開を見せることになります。
 拠ん所ない事情から、梨壷の更衣の局に身を寄せることとなった九の姉。思わぬことから帝に出会ってしまった彼女の胸に、あのタラレバが甦って……


 二部構成の後編で舞台が宮中に移ることもあり、見かけ上は比較的おとなしめにも感じられる本作。上で述べたように、前編でのクライマックスのテンションがえらい高かったためもありますが、しかしそれとは別のベクトルで、後編も熱を持った物語が展開します。

 既に失われて戻らない過去――いや、そもそもなかったのだけれども、もしかしたらあったかもしれない過去。誰にでも一つや二つはあるそんな過去が、もしかしたら取り戻せるかもしれないとしたら……
 後編で描かれるのは、そんな想いに取り憑かれた一人の女性の物語。その姿は、前編の巫女軍団とは異なる意味で、己の目的に貪欲な者、「獣」と呼べるのかもしれません。

 ここで自分の恥を白状しますが、僕はこれまで本シリーズの賑やかで明るい楽しさ――宣能や宗孝のやりとりや、怪異を巡る騒動など――にばかり目を向けていて、シリーズが持つもう一つの、大きな特長を見落としておりました。

 それは、本シリーズが平安時代の女性たちの姿、生き様を描いた物語であること。
 宗孝の十二人の姉たちは、この時代に確かに生きていた、しかし歴史にはほとんど残ることのない女性たちの代表として、物語に登場しているのではないか……そう感じられるのです。

 男連中が夢に、欲望にと賑やかに騒いでいる一方で描かれてきた彼女たちの姿は、(もちろん十の姉のようなデウス・エクス・マキナめいた例外はあるものの)ひどく切実で、現実的な存在として感じられます。
 そしてそれだからこそ本シリーズは、面白おかしい物語でありつつも、それに振り回されない地に足の着いた物語が描かれてきたのでしょう。


 これまでとはいささか異なり(第4巻のともまた異なる意味で)、次の巻へと不穏なものを残して続くこととなった本作。
 その先に待つものは――もしかすればクライマックスは近いのかもしれません。


『ばけもの好む中将 六 美しき獣たち』(瀬川貴次 集英社文庫) Amazon
ばけもの好む中将 六 美しき獣たち (集英社文庫)


関連記事
 「ばけもの好む中将 平安不思議めぐり」 怪異という多様性を求めて
 「ばけもの好む中将 弐 姑獲鳥と牛鬼」 怪異と背中合わせの現実の在り方
 『ばけもの好む中将 参 天狗の神隠し』 怪異を好む者、弄ぶ者
 瀬川貴次『ばけもの好む中将 四 踊る大菩薩寺院』(その一) 大驀進する平安コメディ
 瀬川貴次『ばけもの好む中将 四 踊る大菩薩寺院』(その二) 「怪異」の陰に潜む「現実」
 『ばけもの好む中将 伍 冬の牡丹燈籠』 中将の前の闇と怪異という希望

| | トラックバック (0)

2017.06.30

入門者向け時代伝奇小説百選 古代-平安(その二)

51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)


 入門者向け時代伝奇小説百選、平安ものの後編であります。

51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 突然人の命を奪う鬼撃病が流行し、怪異が頻発する都。この事態を収めるべく奔走する齢84歳の晴明は、自分が少年となった夢を見て以降、徐々に若返り、陰陽師の力を失っていきます。
 自分が夢の中で光源氏と一体化してしまったことを知る晴明。さらに現実世界と、「源氏物語」の物語世界が入り交じるような出来事が次々と起こって……

 平安の有名人・安倍晴明。そして平安を代表する物語「源氏物語」――本作はその両者を組み合わせるという趣向のみならず、現実が物語と混淆し、侵食されていくという、一種の物語の怪を描きます。しかしそこに、政略の道具とされてきた二人の女性が、自分の物語を取り戻す様が重ね合わされることで、本作の物語は深みを増します。
 ユニークな伝奇物語であるだけでなく、同時に物語の力を様々な側面から描く快作です。


52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 独特の美意識に貫かれた伝奇物語を発表してきた作者が、日本最初の物語と日本最大の物語の奇妙な交錯を描く作品であります。

 自らの物語の書き出しに悩むある女性が手にした秘巻「かがやく月の宮」。かぐや姫の物語を記したそれは、しかし巷間に知られた竹取物語とは似て非なる物語を語ることになります。
 そして徐々に明らかになっていくかぐや姫の正体。仙道書「抱朴子」に記された玉女とは、波斯で月狂外道に崇められた月の女神とは……

 海を越えて展開する幻妖華麗な世界と同時に、その根底にある深い「孤独」の存在を描いてきた作者。本作はその孤独を、日輪に比されるこの国の帝のそれとして描き、日と月の出会いの先に、奇妙な救いを描き出します。 さらにそこから新たな物語の誕生が生まれるのも面白い、作者ならではの奇想に満ちた物語です。


53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 少女向けの平安伝奇を中心に活躍してきた作者が一般読者向けに描く本作は、実に作者らしいコミカルでエキセントリックな物語であるります。
 タイトルの「ばけもの好む中将」とは、左近衛中将宣能のこと。右大臣の御曹司にして容姿端麗な彼は、しかし怪異が好きでたまらず、わざわざ探しに出かけてしまう奇人であります。

 そんな宣能と、何故か彼に気に入られてしまった中流貴族の青年・宗孝。二人が怪異を求めて繰り広げる珍騒動は、作者が自家薬籠中とする平安コメディの楽しさに満ちています。
 その一方で、「怪異」の中に浮かび上がる人間模様もまた興味深い。特に各エピソードに絡む宗孝の十二人の(!)姉のキャラクターは、歴史の表舞台には現れない当時の女性たちの姿を掘り下げることで、本作に可笑しさに留まらない味わいを与えているのです。

(その他おすすめ)
『暗夜鬼譚 春宵白梅花』(瀬川貴次) Amazon


54.『風神秘抄』(荻原規子) 【児童文学】 Amazon
 古代を舞台とした「勾玉三部作」の作者が、その先の平安末期を舞台に描くボーイミーツガールの物語です。

 平治の乱に敗れ、一人生き残った源義平の郎党・草十郎。笛のみを友に生きてきた彼は、自分の笛と共鳴する舞を見せる白拍子の少女・糸世と出会い、惹かれ合うようになります。
 時空さえ歪めるほど自分たちの笛と舞の力で、幼い源頼朝の運命を変えようとする草十郎。しかしその力に後白河法皇が目をつけて……

 文字通り時空を超えるファンタジーであると同時に、実在の人物を配置した歴史ものでもある本作。その中では、神の世界と人の世界の合間で、自分の価値と居場所を求めて彷徨う少年少女の姿を描き出されることになります。
 草十郎にまとわりつくカラス、鳥彦王のキャラクターも魅力的で、重たくも明るく、微笑ましさすら感じさせる快作です。

(その他おすすめ)
『あまねく神竜住まう国』(荻原規子) Amazon


55.『花月秘拳行』(火坂雅志) Amazon
 後に大河ドラマ原作をも手がけた作者のデビュー作――平安末期を舞台とした奇想天外な拳法アクションであります。
 漂泊の歌人として歌枕を訪ねて陸奥へ旅立った西行。しかし実は彼は藤原貴族の間に連綿と伝えられてきた伝説の秘拳「明月五拳」の達人。もうひとつの秘拳「暗花十二拳」の謎を求める彼の行く手には、恐るべき強敵たちの姿が……

 西行といえば人造人間製造など、逸話には事欠かない人物。しかし本作は、その彼に歌人としての要素を踏まえつつ、拳法の達人というキャラクターを与えたのが素晴らしい。
 さらに、暗花十二拳を大和朝廷に怨みを持つまつろわぬ民の末裔に伝わる拳法と設定したのも見事。秘術比べの域を超え、歴史の陰に隠された怨念の系譜を浮かび上がらせることで、本作は優れた伝奇ものとして成立しているのです。


(その他おすすめ)
『人造記』(東郷隆) Amazon
『宿神』(夢枕獏) Amazon



今回紹介した本
安倍晴明あやかし鬼譚 (徳間文庫)かがやく月の宮ばけもの好む中将―平安不思議めぐり (集英社文庫)風神秘抄【上下合本版】 (徳間文庫)花月秘拳行 (角川文庫)


関連記事
 入門者向け時代伝奇小説百選

 「安倍晴明あやかし鬼譚」(その一) 晴明と紫式部、取り合わせの妙を超えるもの
 「かがやく月の宮」 奇想と孤独に満ちた秘巻竹取物語
 「ばけもの好む中将 平安不思議めぐり」 怪異という多様性を求めて
 荻原規子『風神秘抄』上巻 歌舞音曲が結びつけた二人の向かう先に
 「花月秘拳行」 衝撃のデビュー作!?

| | トラックバック (0)

2017.05.30

入門者向け時代伝奇小説百選 ミステリ

 今回の入門者向け時代伝奇小説百選はミステリ。物語の根幹に巨大な謎が設定されることの多い時代伝奇は、実はミステリとはかなり相性が良いのです。

41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)


41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子) 【古代-平安】 Amazon
 日本最大の物語と言うべき源氏物語。本作はその作者・紫式部を探偵役として、源氏物語そのものにまつわる謎を解き明かす、極めてユニークな物語です。

 本作で描かれるのは、大きく分けて宮中でおきた猫の行方不明事件と、題名のみが現代に残されている「かかやく日の宮」の帖消失の謎。片や日常の謎、片や源氏物語そのものに関わる謎と、その趣は大きく異なりますが、どちらの事件もミステリとして興趣に富んでいるだけでなく、特に後者は歴史上の謎を解くという意味での歴史ミステリとして、高い完成度となっているのです。

 そして本作は、「物語ることの意味」「物語の力」を描く物語でもあります。源氏物語を通じて紫式部が抱いた喜び、怒り、決意……本作は物語作家としての彼女の姿を通じ、稀有の物語の誕生とそれを通じた彼女の生き様を描く優れた物語でもあるのです。

(その他おすすめ)
『白の祝宴 逸文紫式部日記』(森谷明子) Amazon


42.『義元謀殺』(鈴木英治) 【戦国】 Amazon
 文庫書き下ろし時代小説の第一人者であると同時に、戦国時代を舞台としたミステリ/サスペンス色の強い物語を送り出してきた作者のデビュー作は、戦国時代を大きく変えたあの戦いの裏面を描く物語です。

 尾張攻めを目前とした駿府で次々と惨殺されていく今川家の家臣たち。義元の馬廻で剣の達人の宗十郎と、その親友で敏腕目付けの勘左衛門は、事件の背後にかつて義元の命で謀殺された山口家の存在を疑うことになります。彼らの懸念どおり事件を実行していたのは山口家の残党。しかしその背後には、更なる闇が……

 戦国最大の逆転劇である桶狭間の戦。本作はその運命の時をゴールに設定しつつ、どんでん返しの連続の、一種倒叙もの的な味わいすらあるミステリとして成立させた逸品であります。最後の最後まで先が読めず、誰も信用できない、サスペンスフルな名作です。

(その他おすすめ)
『血の城』(鈴木英治) Amazon


43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍) 【剣豪】【江戸】 Amazon
 歴史上の事件の「真実」をユニークな視点から解き明かす作品を得意とする作者が、名だたる剣豪たちの秘剣の「真実」を解き明かす連作であります。
 それだけでも興味津々な設定ですが、主人公となるのはかの剣豪・柳生十兵衛と、手裏剣の達人・毛利玄達(男装の麗人)。この凸凹コンビが探偵役だというのですからつまらないわけがありません。

 本作の題材となるのは、塚原卜伝の無手勝流、草深甚十郎の水鏡、小笠原源信斎の八寸ののべかね、そして柳生十兵衛(!?)の月影と、名だたる剣豪の名だたる秘剣。いずれもその名が高まるのと比例して、神秘的ですらある逸話がついて回るようになったその秘剣の虚像と実像を、本作は見事に解き明かしていくのです。

 十兵衛と玄達のキャラクターも楽しく、剣豪ファンにも大いにお薦めできる作品です。

(その他おすすめ)
『柳生十兵衛秘剣考 水月之抄』(高井忍) Amazon
『名刀月影伝』(高井忍) Amazon


44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる) 【幕末-明治】【児童文学】 Amazon / Amazon
 自称名探偵・夢水清志郎が活躍する児童向けミステリ『名探偵夢水清志郎事件ノート』シリーズの登場人物の先祖的キャラが活躍する外伝であります。

 幕末の長崎出島に住み着いていた謎の男・夢水清志郎左右衛門。出島で事件を解決した彼は、ふらりと江戸に出ると、徳利長屋に住み着いて探偵稼業を始め……という本作、前半は呑気な事件が多いのですが、終盤にガラリとシリアスかつ驚天動地の展開を迎えることとなります。
 江戸を舞台に激突寸前の新政府軍と幕府軍。これ以上の時代の犠牲を防ぐべく、清志郎左右衛門は勝と西郷を前に、江戸城を消すというトリックを仕掛けるのですから――

 時代劇パロディ的な作品でありつつも、人を幸せにしない時代において、「事件を、みんなが幸せになるように解決する」べく挑む主人公を描く本作。子供も大人も必読の名作です。


45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介) 【幕末-明治】 Amazon
 『大富豪同心』をはじめとするユニークな作品で活躍する作者による伝奇ミステリの問題作であります。

 旅先で看取った青年の末期の言葉を携え、モウリョウの伝説が残る上州の火嘗村を訪れた渡世人の三次郎。そこで彼を待ち受けるのは、猟奇的な事件の数々。関わりねえ事件に巻き込まれた三次郎の運命は――
 と、奇怪な伝説や因習の残る僻地の謎と、それに挑む寡黙な渡世人という、どこかで見たような内容満載の本作。しかし本作はそこに濃厚な怪奇性と、きっちり本格ミステリとしての合理的謎解きを用意することで、さらに独特の世界を生み出しているのが何とも心憎いのです。

 そして本作のもう一つの特徴は、作中の人物がミステリのお約束に突っ込みを入れるメタフィクション的な言及。路線的に前作に当たる『猫魔地獄のわらべ歌』ほど強烈ではありませんが、後を引く味わいであります。



今回紹介した本
千年の黙 異本源氏物語 (創元推理文庫)義元謀殺 上 (ハルキ文庫 す 2-25 時代小説文庫)柳生十兵衛秘剣考ギヤマン壺の謎<名探偵夢水清志郎事件ノート外伝> (講談社文庫)徳利長屋の怪<名探偵夢水清志郎事件ノート外伝> (講談社文庫)股旅探偵 上州呪い村 (講談社文庫)


関連記事
 入門者向け時代伝奇小説百選

 森谷明子『千年の黙 異本源氏物語』 日本最大の物語作者の挑戦と勝利
 鈴木英治『義元謀殺』上巻 「その時」に向けて交錯する陰謀
 「柳生十兵衛秘剣考」(その一)
 「ギヤマン壺の謎 名探偵夢水清志郎事件ノート外伝」 名探偵幕末にあらわる
 「徳利長屋の怪 名探偵夢水清志郎事件ノート外伝」 時代に挑む大仕掛け
 『股旅探偵 上州呪い村』 時代もの+本格ミステリ+メタの衝撃再び?

| | トラックバック (0)

2017.05.13

斉藤洋『くのいち小桜忍法帖 4 春待つ夜の雪舞台』 理不尽との対峙 自分の世界との対峙の先に

 時は元禄、外様大名の探索を任とする公儀隠密・橘北家総帥の娘・小桜を主人公としたシリーズの完結巻であります。江戸の町に出没する能面の辻斬りと対峙することとなった小桜は、もう一つ、江戸を騒がす大事件を目の当たりにすることに――

 ある事件を通じ、公儀隠密の陰の部分を目の当たりにしながらも、橘北家の娘として、そして表の顔である薬種問屋の娘/丁稚として変わらぬ日々を過ごす小桜。その頃江戸では辻斬りが流行していたのですが、その辻斬りに、彼女自身が出くわすことになります。

 馴染みの呉服屋に顔を出して遅くなり、店から駕籠で送られる途中、突如駕籠かきや番頭に襲いかかった謎の男。能面の小面をかぶったその男は、小桜が放った手裏剣代わりのかんざしもものとはしない、恐ろしい腕前を見せつけます。
 もちろんその場は逃れた小桜ですが、しかしこのような悪行が自分の周囲にまで及んだとあらば、黙ってはいられません。

 人の言葉を喋る(ように思われる)西洋犬・半守の活躍で辻斬りの正体を突き止めたものの、しかしそれは法では裁けない(もみ消される)身分の相手。しかしそれでもこれ以上の犠牲を防ぐため、小桜は一人辻斬りに挑むのですが――


 と、これまで同様、江戸を騒がす事件に挑む小桜の姿が描かれるのですが、しかし本作で描かれるのはそれだけではありません。それと平行して、それよりも遙かに大きな事件が描かれるのであります。
 本作の舞台となるのは元禄15年……と言えばおわかりでしょう。その大事件とは、赤穂浪士の討ち入り。浅野家の遺臣が、吉良上野介邸に討ち入った、あの忠臣蔵の題材となった事件であります。

 実はこの事件、というより浅野内匠頭の刃傷には、浅からぬ……というより大きな関わりを持つ橘北家。それこそが小桜の抱える屈託の原因なのですが、その結果とも結末とも言うべきものを小桜は目撃することになるのです。それもいささか奇妙な形で。

 こうして本作で描かれる二つの事件は、一見全く関係のないものに思われます。しかしよく見てみれば、抵抗のできぬ相手に刃を振るう武士という構図――方や無辜の民を斬る辻斬り、方や老人一人を多勢で襲う浪士たちという違いはあれど――は共通するものがあると言えるようにも感じられます。
 そしてさらに言えば、前者は為政者によって守られ、後者はむしろその為政者によって仕組まれたもの。この両者は、いわば為政者によってねじ曲げられ、犠牲が生じた事件であるとも言えるのではないでしょうか。

 その理不尽に挑み、打ち砕くのが通常の時代劇であるかもしれません。事実、前者に対しては既に触れたように、小桜は敢然とこれに挑もうとするのですが……しかし、あくまでも小桜はその為政者側の人間である(特に後者に至ってはその実行者ですらある)という点で、事態は簡単ではありません。

 自らが法を、為政者の則を守るべき立場において、何ができるか。何をなすべきか。言い換えれば、自らが帰属する世界の中で、その世界そのものに対峙することができるか……これはむしろ、我々大人にとっての問題であります。。
 そして逆に言えば、その問題に直面することとなった小桜は、大人の世界に足を踏み入れたと、そう言えるのかもしれません。

 物語の筋だけを追えば、比較的あっさりと進み、終わってしまう作品ではあります。また、小桜の決意が、一種デウス・エクス・マキナ的な介入によって終わってしまうのは、いささか拍子抜けではあります。

 しかし本作の背後に、このような構図があるとすれば……それは少女一人の力で簡単に乗り越えられるものではないでしょう(それはもちろん、それを無条件に受け入れることとイコールでは決してありませんが)。
 それも含めて、本作は少女の成長を描いてきた本シリーズの一つの締めくくりとして、相応しいものではないか……そう感じるのは、いささか牽強付会が過ぎるでしょうか。


 ちなみにそのデウス・エクス・マキナは、本作においてその驚くべき正体を明らかにすることになります。
 簡単に言ってしまえば、作者の他のシリーズとのクロスオーバー……というより本作自体が、他の作品の裏面に当たる構成なのですが、こうした作品でこの趣向は、なかなか珍しいもののように感じられます。

 もちろん作者のファン、両シリーズのファンとしては大歓迎のサービスではあります。
(しかし、そのもう一作品を読み返してみたら、そのキャラの正体が既にはっきり描かれていたのは不覚――)


『くのいち小桜忍法帖 4 春待つ夜の雪舞台』(斉藤洋 あすなろ書房) Amazon
4春待つ夜の雪舞台 (くのいち小桜忍法帖)


関連記事
 斉藤洋『くのいち小桜忍法帖 1 月夜に見参!』 美少女忍者の活躍と生きる価値と
 斉藤洋『くのいち小桜忍法帖 2 火の降る夜に桜舞う』 二重生活と江戸の忍びのリアル
 斉藤洋『くのいち小桜忍法帖 3 風さそう弥生の夜桜』 公儀隠密の任と彼女の小さな反抗と

| | トラックバック (0)

2017.05.12

さとみ桜『明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業』 人を救い、幸せを招く優しい怪異の物語

 第23回電撃小説大賞の銀賞受賞作である本作は、タイトルどおり明治時代を舞台に、妖怪変化を使ってもめ事を解決する新聞記者と舞台役者に出会った少女が、彼らとともに事件解決に奔走する、ちょっとユニークな物語であります。

 ある日、日陽新聞社に乗り込んできた少女・井上香澄。新聞に載った迷信じみた記事が元で、親友が奉公先を追い出されたことに苦情を言いにやってきた香澄は、記事を書いた記者・内藤久馬から、その記事が彼女の親友を守るためのものであったと聞かされます。
 実は久馬は、自称役者崩れの芝浦艶煙と組んで、妖怪騒動をでっち上げ、その陰で人助けをするのを裏稼業にしている男。今回の記事も、極めて女癖の悪い奉公先の主から守るために、主の方から香澄の親友を店から出すようにし向けたものだと言うのです。

 そんな久馬の態度が気にくわない香澄は、彼を見返すために、半ば強引に裏稼業の仲間に加わるのですが――


 お転婆だけども気持ちの真っ直ぐな少女が、ちょっと斜に構えたツンデレ気味の青年とともに様々な騒動に巻き込まれ、そのうちに……というのは、古今東西を問わないパターンの一つと言えるかもしれません。
 その意味では本作はまさにそのパターンを踏まえた作品であります。

 さらに言えば、本作の(実際には存在しない)妖怪変化の存在を隠れ蓑にしてもめ事を収めるという趣向には、非常に有名な先行作品が存在します。
 その辺りと比較すると、本作で描かれる仕掛けは、いささかストレートに感じられるのが正直なところですが……しかし、物語が進むにつれて、本作の独自性が描き出されることになります。


 本作での久馬と艶煙、そして香澄の裏稼業は、悩み苦しむ人を救うためのもの。そしてそこには多くの場合、その人を悩ませ苦しめる相手が存在します。
 そんな時、裏稼業は半ば当然のようにそんな「悪人」を退治することになりますが……しかし彼らの目的は、本質的には人助け。その主眼は、悪人の断罪ではなく、むしろ善人の救済にこそあります。

 そんな彼らの裏稼業の目的は、時に金のためではない場合すらあります。
 一歩間違えれば極めて現実味の薄い話になりかねないこの趣向は、しかし物語の終盤で久馬が裏稼業を行う理由が明かされることにより、本作の独自性を浮かび上がらせることになるのです。
(ちなみに艶煙は艶煙で、立派な、そして個人的に大いに納得できる理由があるのがイイ)

 そう、実は最終話で描かれるのは、久馬自身の事件、そして彼の過去と現在を巡る物語であります。
 その詳細を語ることはさすがに避けますが、ここで描かれるのは、一つの悲劇を怪異を絡めることによって昇華し、誰を傷つけることなく、関わった者たちを救うという本作ならではの構図であります。

 そしてそこに、物語の冒頭から久馬たちに翻弄され、それでも自分の求める道を探して真っ直ぐに走ってきた香澄が絡み、そしてそこで彼女の成長が、裏稼業に加わった意味が示されるという展開は――定番ではありますが――なかなかに感動的なのです。
(ちなみにここで、彼女について引っかかっていた点がきっちりと解消されるのも納得)


 確かに彼らのやっていることは綺麗事かもしれません。それでも、妖怪変化の存在を、怪異の存在を以て誰もが……それを仕掛ける者も含めて幸せになれるのであれば、それは素晴らしいことと言えるでしょう。
 怖さではなく優しさを感じさせる怪異の物語……普段であればちょっと顰めっ面になってしまいそうな趣向を素直に楽しませてくれる、そんな物語であります。


『明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業』(さとみ桜 メディアワークス文庫) Amazon
明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業<明治あやかし新聞> (メディアワークス文庫)

| | トラックバック (0)

2017.05.04

入門者向け時代伝奇小説百選 怪奇・妖怪(その二)

 初心者向け時代伝奇小説百選、怪異・妖怪ものの紹介の後半は、これまで以上にユニークで新鮮な作品が並びます。

31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)


31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)【江戸】【剣豪】 Amazon
 真っ正面から人間と怪異との対決を描いて同好の士を唸らせた作品が本作であります。
 主人公・榊半四郎はある事件がきっかけで主家を捨て江戸に出た青年。絶望から死を選ぼうとした時、不思議な力を持つ老人・聊異斎と謎の小僧・捨吉と出会った彼は、この世を騒がす様々な怪異に挑むことに――

 故あって浪人となった主人公が周囲の人々に支えられ、市井の事件に挑むという本作のスタイルは、文庫書き下ろし時代小説の王道であります。しかし本作はその骨格に時代ホラーを乗せ、しかも非常に高いクオリティで融合させている作品。
 特にそのオリジンも含め驚くほどバラエティに富んでいる怪異の数々は必見です。

 そして物語は市井の妖怪退治から、どんどんスケールアップ、ラストはある史実を背景に世界の存亡を賭けた戦いが描かれることになります。
 つい先日、大団円を迎えた本作、今一番読んでいただきたい作品の一つです。


32.『妖草師』シリーズ(武内涼)【江戸】 Amazon
 「この時代小説がすごい! 2016」の文庫書き下ろし部門で見事一位を獲得した本作は、この作者ならではのユニークな伝奇活劇です。

 実家を勘当され、京の市井で暮らす庭田重奈雄。彼の真の姿は妖草師――この世に芽吹いた奇怪な能力を持つ常世の草花・妖草を刈る者であります。
 時に人間の強い想いに反応し、時に邪悪な術者に操られてこの世に現れる妖草に対し、重奈雄は同じく妖草を操って戦いを挑むのです。

 デビュー以来、作中に必ずと言ってよいほど豊かな自然の姿を描いてきた作者ですが、本作はそれを一ひねりした異形の植物ホラーとでも言うべき作品。
 登場する様々な妖草の存在と、それに自らも妖草を武器にして挑むと重奈雄の戦いが実にユニークなのですが、彼を助けるのが曾我蕭伯や池大雅ら、当時の一流文化人というのにも注目であります。


33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)【江戸】 Amazon
 怪談とミステリを見事に融合させた『浪人左門あやかし指南』シリーズでデビューした作者による本作は、深川のおんぼろ古道具屋を舞台とするユニークな作品です。

 釣り狂いの主人・伊平次が適当に営む皆塵堂は、実は曰く付きの品物ばかり集めている上に、店になる前に住人が惨殺されたというヤバすぎる場所であります。
 そこに修行に出されたのは、生まれつき幽霊が見える体質の太一郎。果たして彼は次から次へと恐ろしい目に遭わされることに……

 エキセントリックな登場人物たちが、様々な幽霊に振り回される姿を描く、恐ろしくもどこかすっとぼけた味わいの本作。それでいてこの第一作以降、皆塵堂で働いた若者は、みな得難い経験をして成長していくというのもユニークです。
 大いに怖くてちょっとイイ話というべき怪作、いや快作です。

(その他おすすめ)
『溝猫長屋 祠之怪』(輪渡颯介) Amazon


34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)【幕末-明治】 Amazon
 デビュー作を含む『宇喜多の捨て嫁』でいきなり直木賞候補となった作者の第二作は、真っ正面からの時代伝奇ホラー。食べた者は不死になるという人魚伝説と、坂本竜馬や新撰組を組み合わせた悪夢の世界であります。

 幼い頃、土佐の浜に打上げられた人魚の肉を食べた竜馬が、寺田屋で最期を迎えた時に知った恐るべき不死の正体を皮切りに、短編連作形式で展開する本作。
 そして、その人魚の肉を食べてしまった新撰組の面々を襲うのは、不死どころか、異能・異形の者に変じていくという怪異。 百目鬼、吸血鬼、生ける屍、禁断の儀式、首なし騎士、ドッペルゲンガー……この題材でよくぞここまで! と言いたくなるほどの怪異のオンパレードです。

 しかしそんな地獄絵図の中でも、さらりと人間の強さ、善性を描いてくるのも素晴らしい。刺激的ながら魅力的な短編集であります。


35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)【江戸】 Google Books
 寡作ではあるものの、いずれも味わい深い時代怪異譚を描く作者のデビュー作は、遊郭・柳うら屋を舞台に、そこに生きる遊女たちの哀歓と希望を描く怪異譚です。

 吉原の妓楼・柳うら屋で嵐の晩に殺害された看板遊女・白椿。その遺体を発見した霧野をはじめとする三人の遊女は、それ以来自分たちに不思議な能力が宿ったことに気づきます。
 そして柳うら屋で相次ぐ相次ぐ奇怪な現象の数々。怪事に巻き込まれた三人は、その背後の様々な人の思いを知ることに……

 一種の異能もの的な展開も面白いのですが、本作の最大の魅力は、遊郭の人間模様も、非現実的な怪異も、等しくこの世に在るものとして認め、受け入れる優しい眼差しにあります。そしてさらに、現実からの救いとしての怪異を提示してみせるのには感心させられるばかり。遊郭怪談の名品というのにとどまらず、怪談というジャンルの存在にまで切り込んだ作品です。



今回紹介した本
鬼溜まりの闇 素浪人半四郎百鬼夜行(一) (講談社文庫)妖草師 (徳間文庫)古道具屋 皆塵堂 (講談社文庫)人魚ノ肉柳うら屋奇々怪々譚 (廣済堂モノノケ文庫)


関連記事
 入門者向け時代伝奇小説百選

 「鬼溜まりの闇 素浪人半四郎百鬼夜行」 文庫書き下ろしと怪異譚の幸福な結合
 「妖草師」 常世に生まれ、人の心に育つ妖しの草に挑め
 「古道具屋 皆塵堂」 ちょっと不思議、いやかなり怖い古道具奇譚
 木下昌輝『人魚ノ肉』 人魚が誘う新撰組地獄変
 「柳うら屋奇々怪々譚」 怪異という希望を描く遊郭怪談の名品

| | トラックバック (0)

2017.04.24

霜月かいり『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 乙女幻遊奇』 丹翡の目から見た懐かしき好漢・悪党たち

 本編第二期に外伝の映像化と、この先の展開も楽しみな『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』。本作にはそれらの映像作品だけでなく、周辺作品にも気になるものが幾つも存在します。その一つがこの『乙女幻遊奇』……霜月かいりの美麗な絵により、「乙女」の視点から描かれた物語です。

 大悪人・蔑天骸により兄を討たれ、先祖代々守護してきた天刑劍を奪われた少女・丹翡。彼女が謎多き美青年・朱鳥こと凜雪鴉、そして西の果てから来た風来坊・殤不患と出会ったことから、この東離劍遊紀という物語は始まります。
 そして本作はその丹翡……すなわち乙女の視点から再構成された物語なのです。

 本来であれば、聖地から外の世界に出ることなく、天刑劍を守って暮らしたであろう丹翡。その彼女のお人好しぶり、世間知らずぶりは、本編でもしばしば描写されていました。
 そんな彼女の目に、海千山千の好漢・悪党が、彼らと共に繰り広げてきた冒険の数々がどのように映るものか……それはなかなか興味深いものであります。

 もちろん、こうした構造ゆえ、基本的な内容は本編のそれをなぞる以上のものはないわけですが(尤も、後半にはオリジナル妖魔も登場する本作独自のエピソードもあるのですが)、それはファンにとってはむしろ望むところでしょう。
 凜雪鴉が、殤不患が、捲殘雲が、あるいは殺無生や刑亥が、丹翡の目から見ることによって、おなじみの、それでいてこれまでとは少しだけ違う姿で見えてくるのですから――
(狩雲霄のみほとんど登場しないのは、凜雪鴉を除けば彼のみ真の顔を隠していたからでしょうか)

 そしてそれを描くのが霜月かいりとくれば、これはもう言うことなし。いや、個人的な趣味を言えば、殤不患はもう少しむさく……いや男臭く描いて欲しかったところですが、それはさておき、原作の賑やかですらある美形キャラの群舞を描くのに、これほど適任はおりますまい。
 そして、決して強くはない者が、傷つきながらも強くあろうとする姿、そしてその傍らに在る者が不器用に手をさしのべる姿は、実に作者の作品らしいと感じるのです。

 ただし、原作に強烈に漂っていた武侠ものの香り――己の腕と剣のみを頼りに江湖を渡り、冒険に命を燃やす連中の心意気とでも言うべきものが、やはりほとんど感じられないのは、これもまた本作の構造上全く仕方ないところですが、やはり少々残念ではあります。


 こうした点を踏まえて考えれば、やはり一種のファンアイテムであることは否めませんが……しかし本編終了から半年が過ぎ、少々寂しくなってきた頃に、またあの連中に会えるというのはやはり嬉しいもの。
 新作までの飢えを和らげる作品として、気軽に楽しめる一冊ではあります。

 そしてこの世界のビジュアルとは相性抜群の作者とは、新作の時にも何らかの形で関わって欲しいとも、強く感じた次第です。


『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 乙女幻遊奇』(霜月かいり&Thunderbolt Fantasy Project 秋田書店プリンセス・コミックスDX) Amazon
Thunderbolt Fantasy東離劍遊紀 乙女幻遊奇 (プリンセス・コミックスDX)


関連記事
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第1話「雨傘の義理」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第2話「襲来! 玄鬼宗」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第3話「夜魔の森の女」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第4話「迴靈笛のゆくえ」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第5話「剣鬼、殺無生」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第6話「七人同舟」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第7話「魔脊山」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第8話「掠風竊塵」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第9話「剣の神髄」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第10話「盗賊の矜恃」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第11話「誇り高き命」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第12話「切れざる刃」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第13話「新たなる使命」(その一)
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第13話「新たなる使命」(その二) と全編を通じて

| | トラックバック (0)

2017.04.23

斉藤洋『くのいち小桜忍法帖 3 風さそう弥生の夜桜』 公儀隠密の任と彼女の小さな反抗と

 公儀隠密の総帥の娘である少女・小桜を主人公とした『くのいち小桜忍法帖』……つい先日、完結巻の第4巻が刊行されたシリーズの第3巻であります。江戸の町で起きる小さな事件を追うことになった小桜。しかしその果てに彼女は、自分の家も関わった、思いも寄らぬからくりの存在を知ることになるのです。

 あと数ヶ月で桜が咲こうという中、その次の季節の花をあしらった着物を求めて江戸の町を行く小桜。その途中に出会った顔なじみの岡っ引き・雷蔵親分から彼女が聞かされたのは、またもや怪事件の噂であります。

 江戸の町から姿を消した幾人もの職人。周囲に気付かれないように巧妙に消え、そしていつの間にか戻っている彼らに共通するのは、いずれも金座で小判づくりに携わる職人であることでした。
 なるほど、周囲から隔離された金座であれば、一時期職人が消えていたとしてもすぐに気付かれることはありません。しかしそうだとしても、誰が、何のために……

 探索を始めた小桜たちが掴んだのは、事件の背後にとある外様藩の存在があること。だとすればこれはまさに彼女の、いや彼女の家である外様大名の探索担当の公儀隠密・橘北家の役目であります。
 遠国に出ていた彼女の二番目の兄も加わり、事件の背後で密かに進行していた陰謀を押さえるべく動く橘北家の面々なのですが――


 江戸で次々と起きる怪事件に、小桜が挑むというスタイルで展開してきた本シリーズ。本作も基本的にはそのフォーマットを踏まえたものですが、しかしそこからいささか踏み出した形を見せることになります。

 実は本作においては、事件の謎は比較的早い段階で判明し、その後はその陰謀を明るみに出さんとする橘北家の作戦が描かれることとなります。
 しかし物語の中心となるのは、むしろその作戦が終わってから。中心となるのは、作戦の(小桜にとっては)思いもよらぬ結末であり、そしてそれを目の当たりにした彼女の心の動きなのです。

 思えば、開幕当初より、事件とそれに対する小桜の活躍と同じかそれ以上に、彼女の内面を描いてきた本シリーズ。
 それはまだ未熟ながらも公儀隠密の一員としての彼女の姿を描くと同時に、一人の年頃の少女としての彼女の内面を描くものでもありました。

 これまで彼女の持つこの二つの側面は、矛盾することなく存在してきました。自分は公儀隠密の家に生まれ、当然公儀隠密になる。そしてその任は常に正しい(と言わないまでも道理に叶ったものである)という思いの下に。

 しかし本作の事件の結末において、そしてそれと同時に進行していたある任務の結果(それが史上に残るあの大事件に繋がることに……!)を知ることによって、彼女の中に一つの疑問が生じることになります。
 自分たちのしていることは本当に正しいのか。公儀隠密の任とは何なのか、というような。

 それは大人の目から見れば――そして一般の時代小説は基本的にそのスタンスなのですが――青臭い感傷に過ぎないと断じられるものなのでしょう。
 しかし、そんな感傷を抱くことができるのも、大人の世の中の「当然」に対して異議申し立てするのも、子供の特権でしょう。そしてそんな子供たちが読む物語においてそれが描かれることも、また必要なことであります。

 もちろん、そんな異議申し立ては容易いことではありません。公儀隠密のような立場であればなおさら。
 そんな小桜の小さな反抗が、本作の、いや本シリーズの冒頭から描かれてきた彼女のキャラクターの一端を通じて描かれるのは、これはもうベテランの技だと、大いに感嘆させられた次第です。


 果たして小桜が抱いた想いはどこに向かうのか。本作で描かれた大きな大きな事件に、彼女は今後どのように関わっていくことになるのか。シリーズ最終巻も近日中に紹介いたします。

 ちなみにこの最終巻では、驚くべき(予想はしていましたが……)クロスオーバーの存在が明らかになるのですが、よく読んでみればその痕跡はこの巻から既に存在していたことに驚かされます。
 知っていて読まなければわからない部分ではありますが――


『くのいち小桜忍法帖 3 風さそう弥生の夜桜』(斉藤洋 あすなろ書房) Amazon
3風さそう弥生の夜桜 (くのいち小桜忍法帖)


関連記事
 斉藤洋『くのいち小桜忍法帖 1 月夜に見参!』 美少女忍者の活躍と生きる価値と
 斉藤洋『くのいち小桜忍法帖 2 火の降る夜に桜舞う』 二重生活と江戸の忍びのリアル

| | トラックバック (0)

より以前の記事一覧