2017.12.30

このブログが選ぶ2017年ベストランキング(文庫書き下ろし編)

 今年は週刊朝日のランキングに参加させていただきましたが、やはり個人としてもやっておきたい……ということで、2017年のベストランキングであります。2016年10月から2017年9月末発刊の作品について、文庫書き下ろしと単行本それぞれについて、6作ずつ挙げていくところ、まずは文庫編であります。

 これは今年に限ったことではありませんが、普段大いに楽しませていただいているにもかかわらず、いざベストを、となるとなかなか悩ましいのが文庫書き下ろし時代小説。
 大いに悩んだ末に、今年のランキングはこのような形となりました。

1位『御広敷用人大奥記録』シリーズ(上田秀人 光文社文庫)
2位『義経号、北溟を疾る』(辻真先 徳間文庫)
3位『鉄の王 流星の小柄』(平谷美樹 徳間文庫)
4位『宿場鬼』シリーズ(菊地秀行 角川文庫)
5位『刑事と怪物 ヴィクトリア朝エンブリオ』(佐野しなの メディアワークス文庫)
6位『妖草師 無間如来』(武内涼 徳間文庫)

 第1位は、既に大御所の風格もある作者の、今年完結したシリーズを。水城聡四郎ものの第2シリーズである本作は、正直に申し上げて中盤は少々展開がスローダウンした感はあったものの、今年発売されたラスト2巻の盛り上がりは、さすがは、と言うべきものがありました。
 特に最終巻『覚悟の紅』の余韻の残るラストは強く印象に残ります。

 そして第2位は、非シリーズものではダントツに面白かった作品。明治の北海道を舞台に、天皇の行幸列車を巡る暗闘を描いた本作は、設定やストーリーはもちろんのこと、主人公の斎藤一をはじめとするキャラクターの魅力が強く印象に残りました。
 特にヒロインの一人である狼に育てられたアイヌの少女など、キャラクター部門のランキングがあればトップにしたいほど。さすがはリビングレジェンド・辻真先であります。

 第3位は、4社合同企画をはじめ、今年も個性的な作品を次々と送り出してきた作者の、最も伝奇性の強い作品。「鉄」をキーワードに、歴史に埋もれた者たちが繰り広げる活躍には胸躍らされました。物語の謎の多くは明らかになっていないこともあり、続編を期待しているところです。
 また第4位は、あの菊地秀行が文庫書き下ろし時代小説を!? と驚かされたものの、しかし蓋を開けてみれば作者の作品以外のなにものでもない佳品。霧深い宿場町に暮らす人々の姿と、記憶も名もない超人剣士の死闘が交錯する姿は、見事に作者流の、異形の人情時代小説として成立していると唸らされました。

 そして第5位はライト文芸、そして英国ものと変化球ですが、非常に完成度の高かった一作。
 狂気の医師の手術によって生み出された異能者「スナーク」を取り締まる熱血青年刑事と、斜に構えた中年スナークが怪事件に挑む連作ですが――生まれも育ちも全く異なる二人のやり取りも楽しいバディものであると同時に、スナークという設定と、舞台となるヴィクトリア朝ロンドンの闇を巧みに結びつけた物語内容は、時代伝奇ものとして大いに感心させられた次第です。

 第6位は悩みましたが、シリーズの復活編であるシリーズ第4弾。今年は歴史小説でも大活躍した作者ですが、ストレートな伝奇ものも相変わらず達者なのは、何とも嬉しいところ。お馴染みのキャラクターたちに加えて新たなレギュラーも登場し、この先の展開も大いに楽しみなところであります。


 その他、次点としては、『京の絵草紙屋満天堂 空蝉の夢』(三好昌子 宝島社文庫)と『半妖の子 妖怪の子預かります』(廣嶋玲子 創元推理文庫)を。
 前者は京を舞台に男女の情の機微と、名刀を巡る伝奇サスペンスが交錯するユニークな作品。後者は妖怪と人間の少年の交流を描くシリーズ第4弾として、手慣れたものを見せつつもその中に重いものを内包した作者らしい作品でした。


 単行本のベストについては、明日紹介させていただきます。


今回紹介した本
覚悟の紅: 御広敷用人 大奥記録(十二) (光文社時代小説文庫)義経号、北溟を疾る (徳間文庫)鉄の王: 流星の小柄 (徳間時代小説文庫)宿場鬼 (角川文庫)刑事と怪物―ヴィクトリア朝エンブリオ― (メディアワークス文庫)妖草師 無間如来 (徳間文庫)


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 上田秀人『御広敷用人大奥記録 12 覚悟の紅』 物語の結末を飾る二人の女性の姿
 辻真先『義経号、北溟を疾る』(その一) 藤田五郎と法印大五郎、北へ
 平谷美樹『鉄の王 流星の小柄』 星鉄伝説! 鉄を造る者とその歴史を巡る戦い
 菊地秀行『宿場鬼』 超伝奇抜きの「純粋な」時代小説が描くもの
 佐野しなの『刑事と怪物 ヴィクトリア朝エンブリオ』 異能が抉る残酷な現実と青年の選択
 武内涼『妖草師 無間如来』 帰ってきた妖草師と彼の原点と

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2017.12.18

芝村涼也『楽土 討魔戦記』 地獄絵図の向こうの更なる謎の数々

 『素浪人半四郎百鬼夜行』の芝村涼也による新たな時代怪異譚の第二弾――人間から変化し人間を喰らう異能の鬼と、それを斃すべく戦う人間たちの死闘を描く物語は早くも佳境。この戦いに巻き込まれてしまった少年と、戦いの存在に迫る同心のさらなる物語が展開することになります。

 身寄りをなくし、ある商家に奉公することとなった少年・一亮。しかし彼の日常は、ある晩突然、店の主人夫婦が奉公人を皆殺しにし、そして自分たちも謎の男女に殺害されたことから終わりを告げることになります。

 実はその男女――健作と桔梗、そして一亮を救った僧侶の天蓋は、人間社会に潜む「鬼」を討ち滅ぼす討魔衆の一員。人が「芽吹く」ことにより変化する異形異能の鬼を、彼らは表に出ぬように始末していたのであります。
 そして惨事から逃れたのが、鬼の存在を察知する能力を持っていた故であったことが明らかになった一亮は、彼らの一員に加わることになるのでした。

 一方、一亮が生き延びた一件をはじめとして、数々の奇怪な事件を担当することとなった南町奉行所の老練な臨時廻り同心・小磯は、一連の事件の陰に繋がるものがあることを悟ります。
 経験で培った勘と卓抜した推理力、そして執念で、ついに新たな惨劇の場である向島百花園に駆けつけた小磯は、その現場で、一亮と一瞬の遭遇を果たすことに……


 人の世に跳梁する人ならざる者と人知れず戦う人々というのは、時代ものに限らず、伝奇ものでは定番のシチュエーションの一つであります。
 本シリーズもまた、そうした構図を踏まえた物語ではありますが――しかしユニークな点は、その戦いを、戦いの最前線に立つ討魔衆の視点からではなく、その一員となったとはいえまだよそ者に近い一亮と、鬼と討魔衆の存在も知らぬ小磯という、外側の視点から描くことでしょう。

 そしてその視点と、そこから生まれる地に足のついた感覚は、特に本作の前半――小磯が中心となるパートに顕著であります。
 前作のラスト、百花園で起きた事件の後始末に始まり、新たに起きた少女拐かしへと繋がるこのパートは、もはや完全に奉行所ものの呼吸なのが実に面白いのであります。

 与力同心岡っ引きたちが事件解決に向けて燃やす闘志だけでなく、無関係とされた過去の事件を掘り返されることへの恐れや忖度、さらには帰宅してからの平凡な日常まで……
 そんな数々の要素を交えて描かれた物語は、「普通の」奉行所ものと何ら変わらないだけに、かえってその先の非日常的な怪異の世界を際だたせるのです。
(特に途中に一亮らのチームと拐かしの犯人である鬼との戦いが挿入されることもあって、その印象はさらに色濃く感じられます)

 そしてその一方で、本筋とも言える討魔衆パートも、前作よりもさらにパワーアップ。
 小磯らの追求が迫ったこともあって、一時的に江戸を離れた天蓋チームと一亮は、大飢饉により地獄絵図と化した奥州路に向かうこととなるのですが――その途中、飢えに苦しむ者たちを救うという楽土の噂を聞くことになります。そして、一亮の導きもあって、その楽土にたどり着いた彼らが見たものは……

 周囲の飢餓地獄が嘘のようなその楽土に隠された秘密がなんであったか――それは伏せますが、そこにあるのは更なる地獄絵図と、さらに物語の根幹に迫る謎の数々である、とだけは申し上げられます。
 そしてその先には、更なる謎と、悲劇の予感があることも……
(更に言えば、本作のモチーフを想像すると色々と考えさせられるものがあるのですが)


 意外な真実の一端と新たな謎が提示されて終わることとなる本作。上で述べたそのスタイルも含めて、大いに引き込まれてしまったのですが――その一方で、隠された世界観がなかなか明かされないことに、隔靴掻痒の印象があることは否めません。
 また、前半の小磯パートと、後半の一亮パートで、物語の繋がりが一端断たれることに違和感を感じないでもありません。

 もっともこれは、上に述べた本シリーズの魅力を生み出す基本構造とは表裏一体のものであり、むしろそのもどかしさや違和感をこそ、狙って描いていると言うべきかもしれませんが……

 何はともあれ、本作の不穏な結末をみれば、いよいよ物語が大きく動き出す日も近いと感じられる本シリーズ。数々の謎の先に何があるのか、そしてそこで一亮が、小磯が何を見るのか――心して見届けたいと思います。


『楽土 討魔戦記』(芝村涼也 祥伝社文庫) Amazon
楽土 討魔戦記 (祥伝社文庫)


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 芝村涼也『鬼変 討魔戦記』 鬼に化す者と討つ者を描く二つの視点

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2017.12.13

サックス・ローマー『魔女王の血脈』 美しき魔人に挑む怪奇冒険譚

 一定年齢層以上のホラーファンにとっては懐かしい国書刊行会のドラキュラ叢書――その幻の第二期に予定されていた作品、『怪人フー・マンチュー』シリーズのサックス・ローマーが、奇怪な魔術妖術を操り行く先々に災厄をまき散らす魔青年の跳梁を描く、スリリングな怪奇冒険小説であります。

 著名なエジプト研究者を父に持ち、類い希な美貌と洗練された物腰で周囲の女性たちの注目の的である青年アントニー・フェラーラ。父同士が親友同士であったことから、幼なじみとして育ったロバート・ケルンは、彼が時折部屋に籠もって何かに耽っているのに不審を抱きます。

 やがて、ロバートの周囲で次々と起きる奇怪な事件と、不可解な人の死。フェラーラの父までもが命を落とす中、ロバートに現実とは思えぬ奇怪な現象が襲いかかります。
 医師であり隠秘学の泰斗である父により、すんでのところで救われたロバートは、フェラーラが奇怪な魔術の使い手であり、その力で様々な人々を犠牲にしてきたことを知ります。

 父とともにフェラーラの凶行を阻むために立ち上がったロバート。しかし彼らをあざ笑うように跳梁し、犠牲を増やしていくフェラーラの魔手は、やがてロバートの愛する人をも狙うことに……


 かのラヴクラフトが、評論『文学と超自然的恐怖』でその名を挙げている本作。冒頭で触れたように、実に40年ほど前に邦訳を予告されつつも果たされなかった、ある意味幻の作品であります。
 それがこのたび、古典ホラーの名品を集めたナイトランド叢書で刊行(こちらも第二期なのは奇しき因縁と言うべきか)されたことから、ようやく手軽にアクセスできるようになりました。

 その本作、発表は1918年と、ほぼ一世紀前の作品ですが――さすがは、と言うべきでしょうか、今読んでみてもほとんど色あせることなくエキサイティングな作品であります。
 何よりも印象に残るのは、本作の闇の側の主人公とも言うべきフェラーラの造形でしょう。美女とも見紛う容姿で周囲の人間を魅了し、次々と破滅させていく彼は、古怪な魔力を用いる邪悪の化身でありつつも、どこまでも洗練された「現代的」なキャラクターとして感じられるのです。

 さて本作は、そのフェラーラとケルン父子の対決を描く長編ですが、
ロバートがフェラーラの暗躍に気付く
→フェラーラを追うも術中にはまりかえって危機に
→間一髪で父に助けられる
→父子で反撃に転じるもフェラーラは逃げおおせた後
というパターンの連続。ケルン父子はほとんどフェラーラに翻弄されっぱなしなのであり――フェラーラこそが本作の真の主人公と言っても差し支えはないでしょう。

 しかし、上記のパターンを見ると、本作が単調な繰り返しに終始するように思われるかもしれませんが、心配ご無用。各エピソードでフェラーラが操る魔術は千差万別、幻覚から物理的力を持つ呪い、様々な使い魔による攻撃、さらには○○を用いた呪いとバラエティ豊かなのですから。

 そして、その良くも悪くも派手さを抑えた魔術描写は、作者が実在の魔術結社・黄金の夜明け団に参加していた故でしょうか。
 特に、中盤で展開するエジプト編の冒頭、疾病をもたらす奇怪な風に怯える人々が、風を避けて集まったホテルに奇怪なセト神の仮面を被った男が現れ――というくだりは、恐怖の実体を明らかにせず、雰囲気だけで恐怖を煽る作者の筆が実に見事で、本作の魅力がよく現れた、本作屈指の名シーンではないでしょうか。


 もっとも、本作にも困ったところは皆無ではなく、フェラーラの正体を知っている(らしい)ロバートの父が、毎回それをロバートに問われてもはぐらかして、終盤まで語らないのは、さすがに引っ張りすぎと感じます。
 また、ラストも、それまでの展開に比べれば、いささかあっさり目と感じる方も少なくないでしょう。

 とはいえ、終盤でついに語られるフェラーラの出自は、こう来たか! と大いに驚かされましたし、結末のある意味皮肉な展開も、強大な悪の魔術師の末路として、相応しい結末であることは間違いありません。

 怪奇冒険小説として、魔術小説として、一種のピカレスクものとして――今なお様々な、一級の魅力に満ちた作品であります。


『魔女王の血脈』(サックス・ローマー 書苑新社ナイトランド叢書) Amazon
魔女王の血脈 (ナイトランド叢書2-7)

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2017.11.24

さとみ桜『明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業 二』 怪異の陰の女性たちの姿

 明治時代初期を舞台に、妖怪にまつわる新聞記事を使って人助けを行う一味に加わった少女・香澄の活躍を描くシリーズの第2弾であります。一味にも馴染み、自分の生き方を模索する香澄ですが、この巻では意外な強敵が現れることに……

 とある事件をきっかけに、日陽新聞社のグータラ記者・久馬と、彼の相棒で役者崩れの美男子・艶煙と知り合うことになった香澄。
 久馬と艶煙たちが、ある事件を妖怪絡みに仕立て上げ、その陰で人助けを行っていることを知った彼女は、その手伝いをしたのをきっかけに、一味に加わることになります。

 開明的な父の許可を得て、新聞社で小間使いとして働くようになった香澄は、怠け者で自分を子供扱いする久馬の態度に苛立ちながらも、様々な事件解決のために奔走することに……


 という設定の本シリーズですが、基本的に本作でもそのスタイルは変わることはありません。

 芸者に手を出して子供を作った上に手酷く捨てた男に、久馬と艶煙の一座が復讐の芝居を仕掛ける「産女の怪」。
 久馬が通う道場の周囲でのっぺらぼうの目撃譚が広まり、道場の一人娘が翻弄される「のっぺらぼうの怪」。
 間違って国庫に納めてしまった本を取り戻しにきた田舎役人が、思わぬ盗難騒動に巻き込まれる「河童の怪」

 実はどのエピソードも実際に妖怪が登場するわけではなく、その噂を用いた一種の情報戦を仕掛けるという形なのですが、派手さはないものの、安心して楽しめる人情譚とでも言うべき内容となっています。


 さて、そんな本作を構成する3つのエピソードに共通するものを探すとすれば、それはこの時代に生きる「女性」の在り方と言えるのではないでしょうか。
 不実な男に翻弄される芸者、父の道場を畳んで新たな商売を目指す娘、そして何よりも、自分のやりたいこと、やるべきことを求めて外の世界に出ようとする香澄……

 それぞれに全く異なる姿ではありますが、明治という新たな時代の中で、懸命に自分自身の明日を求めて生きているという点で、彼女たちは皆等しい存在といえます。
 そして本作での久馬たちの活躍は、彼女たちの生を守り、導くためのもの――いささか格好良く表現すれば、そう言えるかもしれません。

 もっとも、そんな中で香澄はかなり恵まれた存在、当時としては破格の生き方をしている女性であります。
 いかに開明的な家庭とはいえ、職業婦人も珍しい時代に、嫁入り前の娘が男に立ち混じって働く――これは滅多にあったことではないでしょう。

 もちろんそれは、お話の中の一種のファンタジーではあるのですが――しかし本作はそれを自覚的に取り上げ、香澄自身に、彼女のいわばモラトリアムの意味を幾度となく突きつけることになります。
 その役割を果たすのが、彼女の兄・主計――文部省に奉職するお堅い役人である彼は、彼女が外で働くことを、そして彼女の近くに久馬がいることを快く思わず、何かと口を挟んでくる強敵として描かれることになるのです。

 この辺りは少々お約束的なものも感じますが、しかし物語にあまりギスギスしたものを感じさせずに(ファンタジーとしての枠を壊さずに)、香澄の立ち位置を冷静に問い直させるというのはうまい構造だと感心いたしました。
 もちろんその役割を果たしているのは、主計だけではなく、物語に登場する、明治という時代の制約を受けた他の女性たちも(一種の鏡の形で)含まれることは言うまでもないのですが。


 何はともあれ、兄を向こうに回しつつも、一歩一歩、自分自身というものを固めつつある香澄。
 久馬への想いにほとんど全く気づいていないのがもどかしいといえばもどかしいのですが、これはまあ置いておきましょう。

 「妖怪もの」を期待するとどうかと思いますが、丁寧な物語作りが心地よい「女性小説」であります。


『明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業 二』(さとみ桜 メディアワークス文庫) Amazon
明治あやかし新聞 二 怠惰な記者の裏稼業 (メディアワークス文庫)


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 さとみ桜『明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業』 人を救い、幸せを招く優しい怪異の物語

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2017.11.07

入門者向け時代伝奇小説百選 児童文学

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は児童文学。大人の読者の目に止まることは少ないかもしれませんが、実は児童文学は時代伝奇小説の宝庫とも言える世界なのであります。
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

91.『天狗童子』(佐藤さとる) 【怪奇・妖怪】【鎌倉-室町】 Amazon
 「コロボックル」シリーズの生みの親が、室町時代後期の混乱の時代を背景に、天狗の世界を描く物語であります。

 ある晩、カラス天狗の九郎丸に笛を教えて欲しいと大天狗から頼まれた笛の名手の老人・与平。神通力の源である「カラス蓑」を外して人間の子供姿となった九郎丸と共に暮らすうちに情が移った与平は、カラス蓑を焼こうとするのですが失敗してしまいます。
 かくて大天狗のもとに連行された与平。そこで知らされた九郎丸の秘密とは……

 天狗の世界をユーモラスに描きつつ、その天狗と人間の温かい交流を描く本作。その一方で、終盤で語られる史実との意外なリンクにも驚かされます。
 後に結末部分を追加した完全版も執筆された名作です。


92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋) 【古代-平安】【鎌倉-室町】【戦国】【江戸】 Amazon
 特に動物を主人公とした作品を得意とする名手が、神通力を持った白狐を狂言回しに描く武士の世界の年代記であります。

 平安時代末期、人間に興味を持って仙人に弟子入りした末、人間に変身する力を得た狐の白狐魔丸。人の世を見るために旅立った彼は、源平の合戦を目撃することになります。
 以来、蒙古襲来、南北朝動乱、信長の天下布武、島原の乱、赤穂浪士討ち入りと、白狐魔丸は時代を超え、武士たちの戦いの姿を目撃することに……

 神通力はあるものの、あくまでも獣の純粋な精神を持つ白狐魔丸。そんな彼にとって、食べるためでなく、相手を殺そう戦う人間の姿は不可解に映ります。そんな外側の視点から人間の歴史を相対化してみせる、壮大なシリーズです。

(その他おすすめ)
『くのいち小桜忍法帖』シリーズ(斉藤洋) Amazon


93.『鬼の橋』(伊藤遊) 【怪奇・妖怪】【古代-平安】 Amazon
 妹が井戸に落ちて死んだのを自分のせいと悔やみ続ける少年・小野篁。その井戸から冥府に繋がる橋に迷い込んだ彼は、死してなお都を守る坂上田村麻呂に救われます。
 現世に戻ってからのある日、片方の角が折れた鬼・非天丸や、父が造った橋に執着する少女・阿子那と出会った篁は、やがて二人とともに鬼を巡る事件に巻き込まれていくことに……

 六道珍皇寺の井戸から冥府に降り、閻魔に仕えたという伝説を持つ篁。その少年時代を描く本作は、彼をはじめそれぞれ孤独感を抱えた者たちが出会い寄り添う姿を通じて、孤独を乗り越える希望の姿を、「橋を渡る」ことを象徴に描き出します。
 比較的寡作ではあるものの、心に残る作品を発表してきた作者ならではの名品です。

(その他おすすめ)
『えんの松原』(伊藤遊) Amazon


94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子) 【SF】【戦国】 Amazon
 児童向けの歴史ものを数多く発表してきた作者の代表作、遙かな時を超える時代ファンタジー大活劇であります。

 戦国時代、忍者の城・八剣城が謎の魔物たちに滅ぼされて十年――捨て丸と名前を変えて生き延びた八剣城の姫・花百姫は、かつて八剣城に仕えた最強の八忍剣らを集め、再び各地を襲う魔物たちに戦いを挑むことになります。
 戦いの最中、幾度となく時空を超える花百姫と仲間たち。自らの命を削りつつも戦い続ける花百姫が知った戦いの真実とは……

 かつて児童文学の主流であった時代活劇を現代に見事に甦らせただけでなく、主人公を少女とすることで、さらに情感豊かな物語を展開してみせた本作。時代や世代を超えて生まれる絆の姿も感動的な大作です。

(その他おすすめ)
『うばかわ姫』(越水利江子) Amazon
『神州天馬侠』(吉川英治) Amazon


95.『送り人の娘』(廣嶋玲子) 【怪奇・妖怪】【古代-平安】 Amazon
 死んだ者の魂を黄泉に送る「送り人」の後継者として育てられた少女・伊予。ある日、死んだ狼を甦らせた伊予は、若き征服者として恐れられながらも、病的なまでに死を恐れる猛日王にその力を狙われることになります。
 甦った狼、実は妖魔の女王・闇真に守られて逃避行を続ける伊予。やがて彼女は、かつて猛日王に滅ぼされた自分たちの一族に課せられた宿命を知ることに……

 児童文学の枠の中で、人間の邪悪さや世界の歪み、そしてそれと対比する形で人間が持つ愛や希望の姿を描いてきた作者。
 本作も日本神話を踏まえた古代ファンタジーの形を取りつつ、生と死を巡る人の愛と欲望、そしてその先の救済の姿を丹念に描き出した、作者ならではの作品です。


(その他おすすめ)
『妖怪の子預かります』シリーズ(廣嶋玲子) Amazon
『鬼ヶ辻にあやかしあり』シリーズ(廣嶋玲子) Amazon



今回紹介した本
天狗童子 (講談社文庫)源平の風 (白狐魔記 1)鬼の橋 (福音館文庫 物語)忍剣花百姫伝(一)めざめよ鬼神の剣 (ポプラ文庫ピュアフル)送り人の娘 (角川文庫)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「天狗童子 本朝奇談」 異界からの乱世への眼差し
 「白狐魔記 源平の風」 狐の瞳にうつるもの
 「鬼の橋」 孤独と悩みの橋の向こうに
 「忍剣花百姫伝 1 めざめよ鬼神の剣」 全力疾走の戦国ファンタジー開幕!
 「送り人の娘」 人と神々の愛憎と生死

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2017.11.02

さおとめあげは『零鴉 Raven 四国動乱編』第1巻 妖怪+忍者+変身ヒーロー しかし……

 『TIGER & BUNNY』などで知られるアニメ監督・さとうけいいちが原作ということで話題の本作、戦国時代の四国を舞台に、奇しき運命から人間と妖怪の間に立つ者「零鴉(レイヴン)」となった若き忍者の戦いを描く異色の漫画であります。

 時は天正10年(1582年)、戦国時代の動きを全く変えることとなったあの年――故あって八十八箇所を逆打ち巡礼していた咬我忍者の谺は、異形の巨人たちの戦いに巻き込まれて片目を失い、瀕死の重傷を負うこととなります。
 戦っていた片割れであり、讃岐を守護する「黒天狗」の八咫烏に霊体を与えられ、一命を取り留めた谺。八咫烏と戦っていたのが妖怪たちを乱獲し、西洋人に売り渡す陰陽師・星冥党であることを知った彼は、力を失った八咫烏に代わって妖怪のために戦うことを決意するのでした。

 かくて零鴉に変身し、その圧倒的な力で襲い来る陰陽師を撃破していく谺。しかし、その前には宣教師・ルイスや、くノ一のつぐみなど、曰くありげな者たちが現れます。
 さらに、八咫烏が讃岐の「護り手」という使命を持つことから、谺と八咫烏の前には妖怪の掟という難題が……


 というわけで、妖怪もの+忍者もの+変身ヒーローものといったテイストの物語の開幕編であります。

 これは申し上げてよいのかはわかりませんが、さとう監督で鴉と妖怪といえば、どうしても思い出すのは『鴉 KARAS』――妖怪たちを守る「鴉」と名乗る存在を描いたアニメ。
 今のところその『鴉 KARAS』と本作の関わりは全く語られていないのですが(今後もないと思いますが)、どうしても気になってしまうのは人情でしょう。

 もちろんそれはこちらの勝手な想像ではあるので置いておくとしても、戦国時代の四国という、こうした伝奇ものではあまり題材となっていない地を舞台とした物語設定は目を引きます。
 零鴉の「白い鴉天狗」というスタイリッシュなコスチュームもさすがに格好良く、主人公・谺が妖怪に力を貸すことを決意する理由なども面白いのですが……


 しかし、正直に申し上げて、画がそれに追いついていないように感じられます。
 いえ、画そのものというよりも、「漫画」としての描写や構成という点で、わかりにくかったり、流れが滞り気味であったり――この外連味に満ちた物語を描くに、少々苦しい印象が否めないのであります。
(特に第1話冒頭の黒天狗と陰陽師ロボの戦いや、第2話での陰陽師ロボの合体シーンなど……)

 そのため、先に挙げた本作の三つの要素――妖怪もの・忍者もの・変身ヒーローものとしての味わいが、十全に活かし切れていないのが、何とももったいないと感じます。


 もっとも本作はまだ始まったばかり、ここで評価を決めてしまうのは早いのでしょう。

 何よりも、谺=零鴉と陰陽師たちの戦いの行方がどこへ向かうのか、そしてそれとこの天正10年の四国という舞台がどのように関わっていくのか――気になる点は多々あるのですから。


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2017.10.29

入門者向け時代伝奇小説百選 幕末-明治(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選も、いよいよ最後の時代に突入。幕末から明治にかけてを舞台とする作品であります。

81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)

81.『でんでら国』(平谷美樹) Amazon
 時代小説レビュー以来、ユニークな作品を次々と発表してきた作者が、老人たちと武士が繰り広げる攻防戦を描いた快作が本作です。

 棄老の習慣があると言われる大平村。しかしその実、村を離れて山中に入った老人たちは、彼らだけの国「でんでら国」を作り、村の暮らしをも支えていたのでした。
 ところが村の豊かさに目を付けた藩が探索のために役人を派遣。あの手この手で老人たちはこれに抵抗するものの、いよいよでんでら国に危機が……

 でんでら国というユニークな舞台設定に見られる奇想、武士たちに決して屈しない老人たちの姿に表される気骨、そしてその先にある相互理解の姿を描く希望――作者の作品の魅力が凝縮された集大成とも言うべき作品です。

(その他おすすめ)
『貸し物屋お庸』シリーズ(平谷美樹) Amazon
『ゴミソの鐵次 調伏覚書』シリーズ(平谷美樹) Amazon


82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰) Amazon
 絵を描くことだけが楽しみの孤独な武士・外川市五郎が出会った少女・桂香。心を閉ざしていた彼女と絵を通じて心を通わせた市五郎は、やがて二人で「現絵」――死者があの世で楽しく暮らす姿を描き、後生を祈る供養絵を描くようになります。
 厳しい現実を忘れさせる供養絵で人々の心を和ませる二人ですが、しかし悪政に苦しむ人々が一揆を計画していることを知って……

 これまで妖と人間が共存する世界でのコミカルな物語を得意としてきた作者。本作もその要素はありますが、むしろ中心となるのは、人の世界の重い現実の姿であります。
 物語を「イイ話」で終わらせることなく、一歩進めて重い現実を描き、さらにそれを乗り越える希望の存在を描いた名品です。


(その他おすすめ)
『もぐら屋化物語』シリーズ(澤見彰) Amazon


83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎) Amazon
 アウトローと呼ばれる男たちの生き様を数多く描いてきた作者による、町火消にして大侠客として知られた新門辰五郎の一代記であります。

 幼い頃に両親を火事で失い、町火消の頭に引き取られて火消として活躍する辰五郎。やがて町火消の頂点=江戸最高の「侠」となった彼の前には、綺羅星のような男たち――忠治、次郎長、海舟、慶喜、さらには座頭の市らが現れ、ともに幕末の激動に挑んでいくのであります。

 いずれも一廉の人物である侠たちが出会いと別れを繰り返すという点で、「水滸伝」を冠するに相応しい本作。
 どんな道を歩もうとも決して己の節を曲げず、己の心意気を貫いた者たちの姿が堪らない、作者の江戸水滸伝三部作のラストを飾る快作です。

(その他おすすめ)
『天保水滸伝』(柳蒼二郎) Amazon
『明暦水滸伝』(柳蒼二郎) Amazon


84.『完四郎広目手控』(高橋克彦) 【ミステリ】 Amazon
 ミステリ、歴史、ホラー、浮世絵など、作者がこれまで扱ってきた題材のある意味集大成と言うべきユニークな連作集であります。

 主人公・香冶完四郎は名門の生まれで腕も頭も人並み外れた青年ですが、今は「広目屋」――今でいう広告代理店の藤岡屋の居候。そんな彼が、相棒の仮名垣魯文とともに様々な江戸の噂の裏に潜む謎を解き、金儲けに、人助けに、悪人退治にと活躍するのが本作の基本スタイルです。

 広目屋というユニークな題材と、虚実入り乱れた登場人物が賑やかに絡む本作。
 毎回の完四郎の快刀乱麻の謎解きと、それを活かした金儲けも楽しいのですが、終盤に描かれるある歴史上の大事件を前に、金儲け抜きで奔走する彼らの心意気も感動的であります。


85.『カムイの剣』(矢野徹) 【忍者】 Amazon
 りんたろう監督によるアニメ版を記憶している方も多いであろう、奇想天外な大冒険活劇であります。

 謎の敵に母と姉を殺されて公儀御庭番首領・天海に拾われ、忍びとして育てられた和人とアイヌの混血の少年・次郎。やがて父の形見の「カムイの剣」に巨大な秘密が秘められていることを知った彼は、抜忍となって海を超えることになります。
 キャプテン・キッドの遺した財宝を巡る冒険の末、次郎は、幕末史を陰から動かしていくことに……

 日本はおろかカムチャツカから北米まで、海を越えて展開する気宇壮大な物語である本作。同時に、周囲から虐げられ過酷な運命に翻弄されながらも、一歩一歩成長していく次郎の姿が感動的な不朽の名作であります。



今回紹介した本
[まとめ買い] でんでら国ヤマユリワラシ ―遠野供養絵異聞― (ハヤカワ文庫JA)慶応水滸伝 (中公文庫)完四郎広目手控 (集英社文庫)カムイの剣 1巻+2巻 合本版 (角川文庫)


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 高橋克彦『完四郎広目手控』 江戸の広告代理店、謎を追う

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2017.10.17

佐野しなの『刑事と怪物 ヴィクトリア朝エンブリオ』 異能が抉る残酷な現実と青年の選択

 狂気の天才医師が生み出した臓器の移植により異能を得た存在「スナーク」が跳梁するヴィクトリア朝のロンドンを舞台に、熱血青年刑事・アッシュとスナークの不良中年・ジジのコンビが、スナーク絡みの怪事件に挑む連作の待望の続編であります。

 優れた才能を持ちつつも、忌まわしき実験に手を染めた末に処刑された狂気の天才外科医ブラッド・ロングローゾ。
 生前、彼が摘出した突出した能力を持つ犯罪者の臓器を移植され、人知を超えた異能を獲た者は「スナーク」と呼ばれ、畏怖と嫌悪の対象とされた――という異形のビクトリア朝が本作の舞台であります。

 そんなスナークが引き起こす事件に対し、スコットランド・ヤードは対スナーク班を設置。そしてそこに配属されたのが、ヤードの高官を父に持ちながら、父に強く反発する熱血青年アッシュであります。
 ロングローゾの養子であり、スナークの能力を熟知した中年男――自らも人の感情の音を聴く能力を持つスナークであるジジとコンビを組むことになった彼は、互いにぶつかり合いながらも怪事件に挑むことに……


 と、そんな彼らの冒険を描く第2弾である本書は、4つの物語から構成されます。
 堅物のくせに(だからこそ?)美人局に引っかかり、免職の危機に陥ったアッシュが、スナークの美声で人を操るという評判の歌姫と出会う第1話。
 美人局の背後に潜むスナークの存在に気付いてしまった少女が、謎のスナークの力を借りてジジに接近するも、それが次なる騒動を招く第2話。
 死んだ者が復活するとの噂の酒場の調査の中で、二人がスナークの力を得たことで全てを失った少年に希望を与える第3話。
 ロンドン中の女性たちに感謝され、警察も見て見ぬふりだという「殺人者」を捕らえたアッシュが、その背後にある闇に直面する第4話。

 底抜けのお人好しで理想主義者で正義感の塊の(でも目つきが悪い)アッシュと、この世の裏も表も見尽くして飄々とシニカルに生きる(でも結構いい人)ジジと……
 対照的な二人の会話の面白さは相変わらず、いやパワーアップして、ただ二人が会話しているだけで楽しい状態。この舞台ならではの小粋な言葉遊びの数々も、物語の良いスパイスであります。

 そんな中でも、実質的に前後編となっている前半2話は、アッシュが休職状態でコンビ解消の危機の中、それぞれの身に降りかかった厄介事に二人が挑み、その末に粋な結末が――とその完成度に驚かされるエピソード。
 さらに第3話も、アンデッド酒場という奇想天外な場と人生を諦めきった少年という全く無関係に見える題材を二人の活躍が結びつけ(特に前者の正体には仰天)、感動的な結末が……と、これまた実にイイのです。


 ……しかし、本書の真骨頂は第4話――冒頭で「犯人」が捕まり、その能力と動機が語られるという少々トリッキーなスタイルのエピソード――にあります。それまでのちょっとイイ話の余韻を吹き飛ばすような、ひたすら重く、キツい内容のエピソードに……
 その具体的な内容は伏せますが、当時のロンドンのある状況を踏まえて描かれるそれは、重いボディーブローを喰らってダウンした後に、なおも顔面をギリギリ踏みつけるような――そんな衝撃を与えてくれます。

 そしてその物語の中で、アッシュは一つの選択を迫られることになります。このスナークを罰するのか、それとも見逃すのか――と。
 そしてその答えに、いやその理由に、僕は大いに驚かされ、そして胸打たれました。それは、僕にとっては考えもつかなかったような意外極まりない、しかしそれでいてアッシュであれば、彼がこの状況であれば必ず選ぶであろう当然のものだったのですから。

 それは残酷にもほどがある現実にぶち当たりながらも、なおも理想を、いや現実をより良くすることを求めることを止めないアッシュならではのものであり――そしてそれはまた、彼を見守るジジの存在あってのものとも言うことができるでしょう。


 本作は、この特異な舞台でなければ描けない物語であるとともに、程度の差こそあれ、いつもいかなる時と場所で存在する非情な現実を前に、人に何ができるのか、何をすべきなのか――それを描いた物語でもあります。

 その物語の中で時に対立し、時に手を携えて進むアッシュとジジの姿は、一つの希望として感じられます。
 その希望が小さな火で終わるのか、はたまた大きな輝きとなるのか――この先の姿も是非とも描いて欲しいものです。

(にしても本作のサブタイトル……)


『刑事と怪物 ヴィクトリア朝エンブリオ』(佐野しなの メディアワークス文庫) Amazon
刑事と怪物―ヴィクトリア朝エンブリオ― (メディアワークス文庫)


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2017.09.20

芝村涼也『鬼変 討魔戦記』 鬼に化す者と討つ者を描く二つの視点

 先に完結した『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズで大いに伝奇時代小説ファン、時代怪異譚ファンを驚かせた作者の新シリーズの登場であります。鬼と化して凶行に走る者たちと、それを討つ者たちの死闘を、作者ならではの視点から描く開幕編です。

 浪人の子であり、父を亡くした後、商家の小僧となった市松。それなりに平穏だった彼の日常は、店の前で行き倒れた物乞い夫婦が、人の良い主人夫婦に保護された日に一変することになります。
 その晩、眠りこけている店の者たちを次々と刺し殺していく何者かの影。間一髪、それに気づき、押入に隠れた市松は、その影が主人夫婦であること、そして物乞い夫婦に身をやつしていた男女が不可思議な技で主人たちを討つ姿を目撃することになるのです。

 自らも口封じに命を絶たれかけたところを、そこに現れた僧に救われ、彼らと同行することとなった市松改め一亮。
 一方、翌朝事件の発生を知り、惨憺たる店の有様を検めた南町奉行所の臨時廻り同心・小磯は、不可解な状況に尋常ならざるものの存在を感じ取り、独自に捜査を始めることになります。

 そして数日後、僧に伴われ、次なる惨劇の現場に立ち会うこととなった一亮。「芽吹いた」者を討つという僧たちは何者なのか。そして何故一亮は彼らに拾われたのか――いつしか一亮は、江戸の命運を左右するという戦いの渦中に身を置くことになるのであります。


 シリーズ開幕編ということでまだまだ謎の多い本作。敵の――いや彼らだけでなく、それに抗する僧たちも――正体や目的の詳細はわからぬまま、物語は展開していくことになります。

 どうやら敵は、いかなる切っ掛けによるものか、「鬼」に変じた、上で述べたように僧たちの言葉でいえば「芽吹いた」人間、そして僧たちは、遙か過去から鬼たちを討ってきた組織の人間……
 そこまではわかるものの、しかし物語を構成する要素の大半は、未だ謎のベールに隠されたままなのであります。

 しかしそれでも、いやそれだからこそ本作は面白い。そう思わせるのは、作者ならではの巧みな物語構成、そして視点設定の妙によるものでしょう。
 それを生み出しているのは、本作が二つの――一つは一亮の、一つは小磯の――視点から語られていくことによるものと感じられます。

 どうやらある種の特殊能力を持っているらしいものの、今のところはごく普通の少年でしかない一亮。そしてベテラン同心としての感覚で、一連の惨事の陰に何かがあるのを察知したものの、その真相を想像するべくもない小磯。
 彼らに共通するのは、それぞれ真相に対する距離に違いはあるものの、今のところは局外者でしかない点であります。すなわち彼らはヒーローでも魔物でもない、ごく普通の人間であり、本作は怪事に巻き込まれたそんな人々の物語なのです。


 この第1巻の時点で見えてくるものを踏まえて考えれば、本作はいわゆる「退魔師」ものであると想像できます。それも、かなりストレートなスタイルのものであると。
 時代ものといわず現代ものといわず、これまで無数に描かれてきた退魔師もの。そのありふれた題材を、本作は局外者の視点から――それも小磯の方は、いわゆる同心ものとしてのフォーマットをきっちり踏まえた上で、描きます。

 そこから生まれるものは、伝奇ものである以前に、時代ものとしての確たるリアリティ――鬼や超人が跋扈する世界を、我々常人の目からは隠された、しかし確かに我々の世界の隣に存在するものと思わせる手触りであります。

 虚実の皮膜ギリギリで展開する物語――それこそが時代伝奇ものの興趣の源であることは間違いありません。
 かつて『半四郎百鬼夜行』シリーズにおいてそれを見事に成し遂げた作者ですが、その手腕は、本作においてもしっかり健在であると言うことができるでしょう。

 この先、この世界で何が起こるのか、一亮と小磯が何を見ることになるのか――興味と期待は尽きない、新たなる芝村伝奇の幕開けであります。


『鬼変 討魔戦記』(芝村涼也 祥伝社文庫) Amazon
鬼変 討魔戦記 (祥伝社文庫)

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2017.09.05

瀬川貴次『百鬼一歌 月下の死美女』 凸凹コンビが追う闇と謎

 ユニークなラインナップが並ぶ講談社タイガに、平安京を舞台とした作品を得意とする瀬川貴次が参戦しました。舞台となるのは長い戦乱が終わったばかりの京の都。和歌狂いの青年貴族と、怪異譚を集める少女が、その都の闇に蠢く怪異と謎を追う物語の開幕であります。

 源平の合戦が終わって数年、世情騒然たる京の都。そんなまだまだ物騒な京の闇の中を開幕早々吟行していたのが、本作の主人公の一人である青年貴族の希家であります。
 和歌をよくする家に生まれ、自らも和歌をこよなく愛する彼は、闇を怖れるでもなく、ひたすら詩作に没頭していたのですが――そんな彼がとある路地で出くわしたのは、花に囲まれた美しい女性の死体だったのです。

 ほどなく彼女を殺した下手人は判明したものの、話に尾ひれが付いて、たちまち怪談めいた物語の目撃者扱いとなってしまった希家。
 その「犯人」は、まだ幼い帝のもとに入内したばかりの中宮に仕える山出しの少女・陽羽。彼女は、中宮が帝の心を掴むために、市井の怪異譚を集めて回っていたのであります。

 そんな中、御所で夜ごと響く不気味な鵺の声。さらに中宮の女房が烏帽子姿の亡霊を目撃し、ついには希家の同僚が何者かに噛み殺される事件までもが発生。
 帝をはじめとする皆が恐怖におののく中、何とか事態を打開すべく、希家と陽羽は一計を案じるのですが……


 『暗夜鬼譚』『鬼舞』といった陰陽師もの、さらには現在も刊行が続く『ばけもの好む中将』など、平安の都を舞台としたコミカルでちょっと恐ろしい物語を得意としてきた作者。
 本作もその流れに属する作品ではありますが、面白いのは場所は平安の都でありつつも、時代は平安ではなく、鎌倉初頭の物語であるという点でしょう。

 源氏と平氏の激しい戦いは終わったものの、国の政の中心は東国に移り、その一方で帝がおわす都でもう一つの政が行われていた時代。
 殺伐とした空気と雅な空気がブレンドされた、何があっても不思議ではない混沌とした時代――本作はそんな世界で繰り広げられる物語なのです。

 そしてその主人公となる希家と陽羽の凸凹コンビなのですが――この希家の和歌狂い、というより和歌バカなキャラクターがまず楽しい。
 副題である月下の死美女を前にして和歌解釈に夢中になっているうちに検非違使にしょっ引かれ、そこでも講釈を続けるうちに、犯人が勝手に恐れ入って自白してしまう――という物語冒頭など、これぞ瀬川節! と言いたくなるような展開なのであります。

 そしてバディとなる陽羽は、まだ都に出て日が浅い下働きながら、バイタリティに溢れる元気少女。敬愛する中宮のためとはいえ、怪異の出そうなところに積極的に突撃していくのは、なかなか将来が楽しみなキャラクターであります。
 そして、実は○○○の孫という出自も伝奇ファン的には大いに魅力的なのです。


 そんな二人が挑むのが御所の鵺騒動。単なる怪異譚かと思いきや、人死にはでるわ中宮の将来にも関わるわとどんどん広がっていく中で唸らされたのは、事件の鍵となる、ある人物の造形であります。
 その詳細は読んでのお楽しみですが、これが作者の作品も含め、これまでほとんど目にしたことのないようなキャラクター(××好きは以前にも強烈なのがいましたが……)。

 描き方によっては面白おかしい扱いになりそうなところ、しかし本作は決して色物として扱うことなく丁寧に、ある種の現代性すら感じさせる人物として描き出します。
 この辺りは、これまでもエキセントリックな趣向の中に叙情性を織り交ぜた物語を描いてきた作者ならでは――と大いに唸らされた次第です。

 そしてこの人物が抱いてきた切ない夢が、思わぬ形で死者を生んでいく皮肉さ、残酷さにも……


 しかしその一方で主人公コンビはやや地味な印象で、もう少し弾けても良かったのではないかな、という部分も正直なところあります(特に希家は思ったよりも常識人なのが……)。

 もちろん舞台となる時代と場所を踏まえつつ、笑いと怪異と謎を織り交ぜ、そしてさらにはそこに関わる人々の想いを掘り下げてみせる点には見るべき点が多いのも間違いありません。
 まだ完全には明かされていない謎、何よりもドキリとさせられるような結末の描写もあり、おそらくは刊行されるであろう今後の物語を、大いに楽しみにしたいところです。


『百鬼一歌 月下の死美女』(瀬川貴次 講談社タイガ) Amazon
百鬼一歌 月下の死美女 (講談社タイガ)

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