2019.05.19

硝音あや『憑き神とぼんぼん』第1巻 おばけ絵師、自分の作品に振り回される!?


 浮世絵師を主人公にした作品は数多くあります。そして妖と縁を持つ浮世絵師の物語も、それなりの数があります。本作『憑き神とぼんぼん』もそんな物語の一つですが、しかし本作の主人公は、絵から妖を生み出すその力をコントロールできない、ちょっとしまらない「おばけ絵師」で……

 江戸の人々の噂にのぼる「おばけ絵師」――描いた絵からおばけが抜け出ていった、絵の中のものが動いた云々、悪評ばかりが高まるその正体は、新米絵師・来川ウタであります。
 新米ゆえ腕がイマイチなだけでなく、描いた絵から勝手に訳の分からないモノが出てくるという、ある意味絵師としては致命的な自分の力に悩むウタですが――それでも彼が絵を描き続ける、描き続けなければいけないのには一つの理由があります。

 それは彼の同居人の美青年・月の存在――実は彼こそはウタに憑いている「神」、ウタは月とのある約定のため、絵を描き続け、その腕を上げなければならないのであります。その約定を果たせなかった時には……


 と、冒頭に触れたように、妖と絵師の物語――それも妖を描き、生み出す力を持つ絵師の物語は決して少ないわけではないのですが、しかし本作がユニークであるのはなのは、主人公が今ひとつその力をコントロールできていないことであります。
 単純に主人公が絵の力で妖絡みの事件を解決するのではなく、むしろ主人公がその力に振り回され、事件の発端になりかねない――その最たるものが、自分が描いた神・月に憑かれ、脅かされていることなのですが――というのは、可哀想ではあるのですがユーモラスで、なかなか好感が持てるところであります。
(そしてウタにもどうにもならない事態となった時、月が力を発揮して事を収めるという展開も、お約束ながら楽しい)

 そんな本作の第1巻に収録されているのは全3話。
 奥座敷の掛け軸から夜な夜なおかしなモノが現れるという帯問屋に絵の引き取りを依頼されたウタがおばけと対峙する第1話、突然仕事場に「オナカイタイ」と現れた猫(?)のようなおばけにウタが振り回される第2話、流行の菓子屋に招かれて襖絵を描くことになったウタが思わぬ騒動に巻き込まれる第3話――と、なかなかバラエティに富んだ構成であります。


 ……しかしながら、本作から受けるイメージが今ひとつはっきりとしないのは、本作を構成する様々な要素――浮世絵、妖、バディ、職人、人情等々――が、あまり有機的に結びついているように感じられないためでしょうか。
 それぞれの要素はなかなか面白いものの、それらが物語に盛り込まれた時、一つの流れとして感じにくい点が、何とももったいないと思います。
(個人的には、あとがきでバーチャル江戸と断言されているために、史実のリンクにも期待できないのが苦しい)

 第3話のラストでは、本作のタイトルである「ぼんぼん」の意味が明かされ(それはそれでまた他と大きく異なる新しい要素なのですが)、それがさすがに予想できなかったような内容なのですが――さて、ここからどのように物語が広がっていくのか。
 本作のユニークな設定を生かした物語が描かれることを期待したいところです。


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2019.05.07

篠原烏童『生類憐マント欲ス』 希代の「悪法」の陰の人と動物の可能性


 悪法として名高い徳川綱吉の生類憐みの令。近年はその評価の見直しも進んでおりますが、本作『生類憐マント欲ス』は、まさにその法にまつわる物語――巨大な黒犬に変化する謎の浪人と旗本の次男坊が、江戸を騒がす怪事件の数々に挑む連作であります。

 生類憐みの令に対する江戸の人々の不満が高まっていた元禄――暇を持て余して部屋住み仲間たちと町をぶらついていた旗本の次男坊・遠山進之介は、近頃悪評で名高い材木問屋に入っていく奇怪な狐と、それを追う巨大な黒犬を目撃することになります。
 おふうという少女に「せんせい」と呼ばれて引き取られていく黒犬を追うも、見失ってしまった進之介。それでも自分が見たものが頭から去らない彼は、材木問屋周辺を調べ始めるのですが――そこであの黒犬とよく似た気配を持つ長身痩躯の浪人と出会うのでした。

 やがてその浪人とともに驚くべき事件の真相を目の当たりにする進之介。そして邪悪な魂に対して「我――生類憐れまんと欲す されどその心 生きものの法を越えた時 もはや鬼籍に入りたり」の言葉とともに破邪顕正の太刀を振るう浪人もまた、「せんせい」と呼ばれていることを彼は知ることになります。

 実は人間と黒犬の間を行き来する謎の男・せんせいは、将軍綱吉と柳沢吉保に仕える隠密。そして進之介もまた、せんせいと行動を共にするうちに綱吉と吉保の真の姿を知り、隠密として活動することに……


 その苛烈な取り締まりによって、人間を犬などの動物の下風に置いた稀代の悪法と言われてきた生類憐れみの令。勢い、その令を発し広めた綱吉と吉保も、時代ものでは悪役とされることが非常に多いといえます。
 もっとも、生類憐れみの令(そもそもこれも単一のものではないのですが)自体は、捨て子を禁ずるなど人間を含めた生類全体の保護に関する精神規定だったようですが――上の人間の意図を下が勝手に慮って悲惨なことになるのはいつの時代も同じということでしょうか。

 それはさておき、本作はまさにその生類憐れみの令に関する一種のギャップを題材とした物語。本作においてせんせいと進之介たちが対決する主な相手は、その悪評を利用して――いやむしろその悪評を作りだして――綱吉の政権に打撃を与えようとする者たちなのであります。
 読売などを操り、ありもしない苛烈な取り締まりや、憐れみの令によって増長した動物たちが起こしたという事件を声高に訴える敵の陰謀を阻むため、せんせいたちは奔走することになるのです。


 しかし本作のユニークな点は、こうした「普通の」時代ものとはある種逆転した構図――本作の綱吉は善良で純粋な君主、吉保は能吏として描かれる――のみにあるわけではありません。本作の最大の特徴――それは「せんせい」たち、人と獣の間に在る者たちの存在にほかなりません。

 人の歴史の陰に密かに生きてきた「彼ら」。せんせいのように犬の姿を取る者だけでなく、虎や狐など、様々な動物から人に変じる――もしくは人から動物に変じる者たちの存在が、本作においては生類憐れみの令と重ね合せて描かれることになります(というより、彼らの存在がこの憐れみの令を……)。
 人とその他の動物を分かつ(ものとして描かれる)生類憐れみの令。生類憐れみの令が人よりも動物を重んじるものだとすれば、あるいは人が動物の上に立つべきであるとすれば――彼らはそのどちらの立場にあるべき者なのでしょうか。

 本作は、せんせいと進之介の活躍を通じてそう問いかけることにより、必然的に生類憐れみの令の中のある種の矛盾を描きます。そしてそれ以上に、人と動物を分けることなく、ともにこの世に暮らす「生類」として共存することの可能性もまた……


 当初は全2巻の予定であったものが全4巻に延長されたこともあってか、大きな物語は2巻のラスト(正確には3巻の冒頭)でひとまず終わった感もあり、またラストの展開も少々駆け足の印象もあります。
 しかし、それを踏まえたとしても、本作で描かれた「せんせい」たちの生き様、そして「せんせい」と進之介の友情が浮かび上がらせるこの可能性の姿は、魅力的で、そして希望に満ちたものとして感じられるのであります。

 もちろんそれは、綱吉が没した途端に廃止された生類憐れみの令のように、仮初めの、はかないものかもしれません。それでも確かにその可能性は存在するのだと信じたくなる――本作は、そんな爽やかな後味を残す物語であります。


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2019.05.02

士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第1巻 忠実で、そして大きなアレンジを加えた名作リメイク


 現在TVアニメが好調に放送中の『どろろ』ですが、ほぼ時を同じくして「チャンピオンRED」誌上で連載されているのがこの『どろろと百鬼丸伝』。しかし本作はアニメの漫画化ではなく、原作漫画のリメイクというべき作品――原作の内容を忠実に踏まえつつも、本作独自の要素も加えてみせた作品です。

 殺伐とした室町の荒野の中を一人流離う非情の剣士・百鬼丸と、泥棒として強かに生きるも意外と人のよいどろろ。そんな二人が偶然出会い、化物に挑む……
 本作は、様々な媒体・バージョンの違いこそあれど、原作以降ほとんどの版で共通するこの要素を、もしかしたら最も忠実に踏まえて描かれる作品であります。

 もちろん、作者の画風の違いから、本作の百鬼丸はかなりワイルドで大人びている――というより年齢的にも原作よりも上を想定しているとのことですが――という見た目の違いはあるのですが、それを除けば、現代描かれる作品として、順当なアップデートを重ねた作品、という印象があります。
 そして構成的には、この第1巻で描かれているのは原作の「百鬼丸の巻」の前半部分と、「金小僧の巻」「万代の巻」「人面疽の巻」(の前半)に当たる部分。どろろと百鬼丸の出会いと泥状の死霊との対決、そして金小僧との遭遇と万代の村での怪物との激突、万代の正体……と描かれていくことになります。

 ここで原作の熱心な読者であれば、上記で抜けている部分に共通点があることに気付かれるかもしれません。そう、本作のこの第1巻では、百鬼丸の過去編――彼の生まれと背負った宿命、死霊たちと戦う理由、そして哀しい過去の出会い――が丸々省かれているのであります。
 もちろんそれがこの先描かれないはずはないことを思えば、この構成は計算の上なのでしょう。この先、どのような形でこの過去編が描かれることになるのか、気になるところです。


 と、いきなり結論めいた話から入ってしまいましたが、大きく本作の独自性が出ているのは、この巻の後半、万代にまつわるエピソードの部分であります。
 野宿の最中、不気味な金小僧に出会った百鬼丸たちが、それがきっかけで女領主・万代が治める村で村人たちに捕らえられ、不気味な怪物に襲われる――その物語の流れ自体は変わりませんが、後半部分で語られる万代の真実に、大きなアレンジが加えられているのであります。

 その内容の詳細に触れるのは伏せますが、原作で描かれていた人間の無情さや身勝手さというものを、ある人物の存在を新たに加えることで、より強調してみせるのは、なかなか面白い試みであり、本作ならではの独自性と言えるでしょう。
 そしてそれが同時に、どろろの中の情と百鬼丸の中の人間らしさをも浮かび上がらせてみせるのもまた……


 その他にも、このエピソードで琵琶法師がほとんど出ずっぱり(しかもチラッと描かれたところによれば何やら大きな秘密がありそうな……)だったりと、アレンジの存在とその意味を考えてみるのも面白い本作。

 ちょっと展開のペースが遅めなのがもったいないところですが、この先どのような独自性を見せてくれるのか、気になるところであります。


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2019.04.25

さいとうちほ『輝夜伝』第2巻 月詠とかぐや、二人の少女の意思のゆくえ

 かぐや姫伝説を巡り、様々な人々の思惑が絡み合う『輝夜伝』の第2巻では、いよいよかぐや姫が帝のもとに入内。かぐや姫から特に警護のために指名された月詠は、様々な危険に晒されることになります。そしてかぐや姫が語る、驚愕の真実とは……

 謎の「血の十五夜」事件で兄を喪い、真相を知るために男を装い、帝を守る滝口の武者の見習いとなった少女・月詠。彼女が女だと知る滝口の先輩・大神ととも事件の謎を追う月詠は、都で話題のかぐや姫の入内のために、姫のもとに赴くことになります。
 そして自分を求めるのであれば天の羽衣が欲しいと語るかぐや姫を満足させるため、帝の命で、羽衣を探し求めることになった滝口たち。月詠もその中で奔走するのですが、そこに謎の西面の武者・梟が接近してきて……


 「血の十五夜」の謎と、かぐや姫の謎と――二つの謎が織りなす物語である本作。その待望の続刊であるこの第2巻では、前者はひとまず置いて、かぐや姫を巡る物語が展開していくことになります。
 その絶世の美で世の男たちを引きつけながらも決して靡かず、帝に対しても不遜とすらいえる態度を見せるかぐや姫。彼女はしかし、瞬間移動能力を持ち、そして月詠と共鳴して体から光を放つなど、常人とは思えぬ異能の持ち主であります。

 果たして彼女は何者なのか、果たして伝説のとおり天から来たのか――それはまだわかりませんが、伝説とは大きく異なるのは、単に求婚者を阻むだけでなく、一人の人間として自分の意志をはっきりと示すことでしょう。
 帝であれ上皇であれ決して折れず、不敵なまでの自由奔放さを見せる。そんな彼女の素顔は、帝との思わぬ因縁の中でも描かれるのですが――しかし今のところ彼女に最も近い場所にいるのは、月詠であります。

 上で何度か述べたように、かぐや姫とは不思議な共鳴現象を起こした月詠。それ以外にも、不可思議な共通点を持つ月詠のことを、かぐや姫は自分と同類と呼びます。
 なるほど、その名前をはじめとして、月とは不思議な因縁を持つ月詠。正直なところ、本人が登場するまでは、彼女こそがかぐや姫なのでは、という印象もあっただけに、それも頷けるところではあります。

 しかしかぐや姫とは(おそらく)異なるのは、月詠が兄や師から十五夜の月を見ることを禁じられていること。
 月を見上げて涙をこぼしたという伝説のかぐや姫とはむしろ正反対の姿ですが――それは果たして何故なのか、それがこの巻においてついに描かれることになります。

 そしてそんな彼女につきまとい――いやむしろ、彼女を見守るような行動を取るのは、帝と対立する怪人・治天の君こと上皇の忠実な配下と思われた仮面の男・梟。
 あたかも月詠の正体を知り、そして彼女を大切に想っているかにかに見えるその言動からは、やはりその正体は――と想わされるのですが、それはまだ早計と言うべきかもしれません。

 かぐや姫、月詠、治天の君、そして梟と、本作はまだまだ正体不明の人物だらけなのですから……


 そんな非常にシリアスな物語が展開していく一方で、月詠と梟と大神の関係が、端から見ると男が男を取り合ってるように見えたり(そして妙に理解のある大神の親友の凄王)、かぐや姫の愛犬・太郎丸が可愛いらしい上に大活躍したり……
 と、緩急の付け具合も非常に楽しい本作。先に述べたようにかぐや姫が、そしてもちろん月詠が、謎の渦中にありながらも決して流されない、強い意志を持った女性であるのも好感が持てます。

 しかしそんな月詠も、自分自身に秘められた秘密を知った時、どうなるのか――いよいよ先が気になる物語であります。


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 さいとうちほ『輝夜伝』第1巻 ケレン味と意外性に満ちた竹取物語異聞

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2019.04.15

さいとうちほ『輝夜伝』第1巻 ケレン味と意外性に満ちた竹取物語異聞


 日本最古の物語として誰もが知る竹取物語。その知名度と内容のユニークさから様々な形で描き直され、語り継がれてきたその物語を、新たにアレンジしてみせた漫画が本作――『輝夜伝』であります。正体不明の美女と十五夜の晩の惨劇の謎を巡り、滝口の武者に潜り込んだ少女の冒険が始まります。

 竹取の翁に養われる絶世の美女・かぐや姫の噂で持ちきりの京。そこで帝をお守りする滝口の武者のもとに、自分も加わりたいと現れたのは、月詠(つくよみ)と名乗る若者でありました。
 長の命によって月詠を預かることになった滝口の一人・大神。しかし彼は、月詠が男装の少女であったことを知り、大いに戸惑うことになります。

 数年前に内裏で多数の滝口が謎の死を遂げたという「血の十五夜」事件。その場に居合わせ、そこで兄を喪ったという月詠は、事件の真相を知るため、滝口に入り込もうとしていたのであります。
 そして実はその事件の犯人の疑いをかけられ失脚した父を持つ大神は、月詠に協力して事件の真相を探ることになるのでした。

 そんな中、かぐや姫を内裏に召し出すと言い出した帝。姫を迎えに行った月詠らは、かぐや姫が人にあらざる異能を持つことを知ることになります。そして姫と月詠、偶然二人が出会った時、意外な現象が起きるのでありました。
 果たしてかぐや姫とは何者なのか。十五夜に外に出ることと禁じられた月詠の秘密とは。帝をも動かす怪人・治天の君と、彼に仕える仮面の西面の武士・梟の真意とは……


 「血の十五夜」というネーミング(事件が起きた建物が「黒の陣」と呼ばれているのも素晴らしい)の時点で大いに刺さる本作。
 スタイル的には平安ものではあまり珍しくない異性装もの(というより、その異性装ものの元祖ともいうべき物語を題材とした『とりかえ・ばや』が作者の前作に当たるの)ですが、しかしこのネーミングをはじめとして、随所に光る独自性が、本作に唯一無二の印象を与えます。

 そもそもこの事件、ある十五夜の晩に数多くの滝口が亡くなったということ以外、その原因や犯人を含め、今のところ全ては謎。それ以前に、宮中で起きたその事件に、何故月詠とその兄が巻き込まれたか、そこからが謎なのであります。
 そんな事件が、本作の題材であるかぐや姫とどう結びつくのか――月以外共通項がないように思えるだけに、大いに気になるではありませんか。

 そして「月」といえば、それを名に冠する月詠も、主人公ながら謎だらけの少女。すぐ上で述べた事件にまつわる謎はもちろんのこと、それにも繋がる記憶の欠落や、十五夜を恐れること、かぐや姫と出会った時の異変など、彼女自身が謎の固まりであります。
 そんな複雑な属性のわりに、本人は至ってピュアで、大神にはえらく素直な顔を見せるのがなかなか可愛く、彼女が女だと知らない周囲の滝口連中のリアクションなどもなかなか愉快なのですが……


 何はともあれ、何から何まで謎の中という構造だけでも楽しいところに、刺さる用語やキャラ(明らかに月詠と因縁のありそうな梟なんて、目元だけ仮面の(たぶん)美形ですし)が次々と飛び出してくるのがたまらない『輝夜伝』。
 誰もが知る物語を題材としながらも、ここまでのものを描くことができる――ベテランならではのケレン味と意外性から目が離せない、そんな物語の開幕であります。


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2019.04.04

重野なおき『信長の忍び』第15巻 「負け」続きの信長に迫る者


 『信長の忍び』第15巻は、第三次包囲網に参加した諸勢力との戦いの真っ最中の信長を描く内容。当然ながら千鳥(と助蔵)もあちこちに飛び回ることになりますが――何と今回は戦国の超大物との出会いまで!?

 元将軍・足利義昭の暗躍(手紙攻勢)によって、本願寺・毛利・上杉といった、いまだ信長に屈せぬ強豪たちによって形成された信長包囲網。何とかこれを突き崩そうとする信長ですが、局地戦では分が悪く、苦戦や敗戦が続くことになります。
 その間も各地で発生する戦いの火種――というわけで、この巻では信長があまり動かない分、千鳥たちが各地に奔走し、戦いを見届けることになります(という形で、信長が直接参加していない戦いを描いてみせるのは、相変わらず巧みだと感心させられます)。

 そしてこの巻でその第一弾となるのは、北畠具教――かつて信長と戦い、そして千鳥との一騎打ちを繰り広げた剣豪大名であります。信長に敗れた後、信長の次男・信雄を養子にした具教ですが、包囲網に加わったことで、ついに粛正されることに……
 が、ここで手を下したのは信長ではありません。その信長に命じられた信雄なのですが――その信雄がどのような人物であるか、ご存じの方も多いでしょう。

 そう、信長から「うつけ」の部分だけを継いだような人物――一方的に歴史上の人物を下げることは比較的少ない本作において、容赦なくボンクラとして描かれているのですから、その程度は推して測るべし、でしょう。
 そのようなボンクラを養子とし、そして攻め滅ぼされる具教の無念たるやいかほどのものか――最後の望みすら叶えられない最期には、酷く苦いものが残ります。

 そして主人公が信長に命じられるまま、そのボンクラに手を貸した(わりに綺麗事を言っていること)ことにも釈然としないものが残ります。この辺りは、その先の歴史がある種の皮肉となっているだけに、それをどのように描くか、気になるところですが……


 それはまだ先の話として、次いで信長が対峙するのは、本願寺攻防戦で織田軍を最も苦しめた男・雑賀孫市率いる雑賀衆。
 傭兵として乱世が続くことを望む孫市と、乱世を終わらせようとする信長――現実に信長がそのような人物であったかは別として、本作においてはある意味好一対の男であります。

 そして信長に千鳥(と助蔵)がいるとすれば、孫市にも――というべき凄腕の少女ガンマン・小雀と蛍が登場。
 織田軍と雑賀軍の激突の背後で、この両者の激突が描かれるのもまた面白いのですが――そのある意味局地戦を描きつつ、この戦いの複雑な決着を解説してみせるのは、これは本作ならではの面白さでしょう。

 そして解説といえば、この巻を読んで改めて理解させられたのは、この時期の信長が苦戦続きであったこと。前の巻で描かれた丹波攻略失敗、天王寺の苦戦、木津川口の敗戦――そしてこの雑賀攻め。
 決して自領を失ったわけではなく、それだけに負けという印象は薄かったのですが、なるほど攻めていった先で撃退されるのは、確かに「負け」と言うべきでしょう。


 そしてこの巻の終盤では、その「負け」続けの信長に迫る男が、それも二人描かれることになります。

 その一人が上杉謙信。言うまでもなく戦国最強の大名の一人でありながら、これまで本作においてはほとんど全く出番のなかった人物が、ついに描かれることになるのですが――その登場の仕方がとんでもない。
 「かなり信憑性が低い」「本当に無茶苦茶」と作中でも言われるほどの、ある逸話を踏まえて描かれる謙信の姿は、やはり実に本作らしいデフォルメぶりなのですが――しかし恐るべき強敵であることは間違いありません。

 そしてもう一人は――それはここではその名を伏せますが、下克上・謀叛を繰り返し、ある意味戦国の申し子と言うべき存在ながら、ここのところ一武将に甘んじてきた人物。
 千鳥とも縁浅からぬキャラクターとして、本作ではどちらかといえばコミカルに描かれていたこの人物がついに――というのは、これまで本作を読んできた身には、何とも感慨深いものがあります。


 「負け」続きの信長に迫る二人――何とも気になる引きで、次の巻に続くことになります。


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 重野なおき『信長の忍び』第11巻 泥沼の戦いと千鳥の覚悟、しかし……
 重野なおき『信長の忍び』第12巻 開戦、長篠の戦 信長の忍びvs勝頼の忍び
 重野なおき『信長の忍び』第13巻 決戦、長篠に戦う女たちと散る男たち
 重野なおき『信長の忍び』第14巻 受難続きの光秀を待つもの

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2019.04.01

西條奈加『雨上がり月霞む夜』 雨月物語を生んだ怪異と友情


 怪談文学、いや江戸文学史上に重要な位置を占める上田秋成の『雨月物語』。本作『雨上がり月霞む夜』は、その雨月物語誕生秘話とも言うべき物語であります。秋成とその親友・雨月、そして兎の妖という、おかしな二人と一匹によって語られる真実の物語とは……

 おそらくは怪異怪談を愛する方であれば、一度は読んでいるであろう『雨月物語』――「白峯」「菊花の約」「浅茅が宿」「夢応の鯉魚」「仏法僧」「吉備津の釜」「蛇性の婬」「青頭巾」「貧福論」の全9話からなる怪談集であります。
 この雨月物語は、描かれる怪異の真に迫った恐ろしさや奇怪さもさることながら、怪異のための怪異を描くのではなく、それが人間の心理に深く根ざしたものである点で、豊かな味わいを持つ文学であります。

 さて、その作者・上田秋成は、もともとは大坂堂島の紙問屋・嶋屋を営んでいた歴とした商人。しかし元々あまり商売が得意でなかったところに、大火で焼け出されて店を失い、その結果、医師として、そして国文学者、作家としての道を歩き始めたというのは、これは歴とした史実です。
 そして本作は、その秋成が焼け出されて避難していた頃を舞台とした物語であります。

 家を失い、幼なじみの雨月が暮らす香具波志庵に転がり込んだ秋成。人嫌いの風流人ながら、秋成には優しい顔を見せる雨月は、しかし妖を見る力を持つ人物でもありました。
 ある晩出会った兎の妖を連れ帰った雨月。その時から秋成は、様々な怪異に巻き込まれることになるのです。

 「紅蓮白峯」「菊女の約」「浅時が宿」「夢応の金鯉」「修羅の時」「磯良の来訪」「邪性の隠」「紺頭巾」「幸福論」――0本作を構成する9つの怪異譚。これらが、そのタイトルや内容において、雨月物語のパロディとなっているのは一目瞭然でしょう。
 いや、パロディというのは正確ではないかもしれません。本作においては、この秋成が経験した物語こそが真実であり、雨月物語の原型である――そんな趣向なのですから。


 歴史上の文学者を主人公とした物語において、その物語の内容が――主人公自身が経験した出来事が――その代表作誕生のきっかけとなるという作品は、決して珍しくはありません。本作も、そんな作品の一つであります。
 もちろん雨月物語を知らずとも、十分独立した物語として本作を楽しむことはできますが、雨月物語を読んでいれば、あの人物が、あのシチュエーションが、あの怪異が――見事な本歌取りとして描かれるのを、存分に楽しむことができるでしょう。

 そんな一種のエピソードゼロとしても、本作は実に楽しいのですが――しかし決定的にユニークな作品としているのは、雨月の存在であります。
 秋成の幼い頃からの親友であり、今でも彼の頼もしくも優しい友人として、彼の近くに在る雨月。妖の世界に通じるというその力も含めて、彼が本作のもう一人の主人公であると申し上げても間違いないでしょう。

 しかし、ここで秋成の事績を知る方であれば、首を傾げるのではないでしょうか。いや、そうでなくとも、作中でほとんど冒頭から幾度となく描かれる雨月の言動から、そして作中のある描写から、これはもしかして○○ものでは――と感じる方も多いのではないでしょうか。
 私もかなり早い段階からそう感じたのですが――しかし終盤で描かれる真実は、その予想を遙かに超えて、意外な方向に展開していくことになるのです。

 そう、本作で、本作の終盤で描かれるのは、上田秋成という人物が抱いてきたある想いの真実であります。
 今でこそ、雨月物語の作者として千歳に名を残す秋成ですが、しかし彼は決して作家として順風満帆な人生を歩んだわけではありません。いやむしろそれとは正反対に、そこに至るまでかなりの遠回りをした人物といえます。

 本作で怪異と平行して幾度も描かれてきたのは、そんな秋成の自意識。作家となることを、作家であることを望みながらも、そんな自分の姿を否定する秋成の姿に、共感を覚える方も少なくないかもしれません。
 そんな秋成の背中を押したのは何であったか、本作の経験を、雨月物語として昇華させた原動力はなんであったのか――本作はそれを時に恐ろしく、時に可笑しく、そして時に美しく描き出すのです。秋成と雨月の友情を通じて。


 本作を読んだ後、『雨月物語』の題を見たとき、これまでと違う感慨と、嬉しさとも哀しみともつかぬ不思議な感情を味わう――そんな物語であります。


『雨上がり月霞む夜』(西條奈加 中央公論新社) Amazon
雨上がり月霞む夜 (単行本)

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2019.03.20

操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その三) 誉田龍一・鈴木英治・芦辺拓


 操觚の会のアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』の紹介もいよいよ佳境の第三回であります。

『三十九里を突っ走れ!』(誉田龍一)
 操觚の会の切り込み隊長というべき存在であり、イベントでは名司会ぶりを発揮する作者の作品は、戦国時代を舞台としたロードノベル。人並み優れた体格と武術の腕を持ち、数々の手柄を挙げながらも、禄高が引き合わないと主家を飛び出して文無し状態の男・与吉が、秘宝を巡る冒険を繰り広げます。

 茶店で破落戸どもを叩きのめしたのがきっかけで、源左と名乗る男に声をかけられた与吉。越前と近江の国境から、信長と対立する石山本願寺まで、あるものを輸送する源左たちの護衛をして欲しいという依頼を、与吉は二つ返事で引き受けるのでした。
 かくて道中三十九里を往くこととなった与吉と源左一行。しかし秘宝を巡り、山賊が、織田方の侍が、そして妖魔が彼らの行く先々に現れて……

 と、破天荒なタフガイ・与吉の暴れっぷりが痛快な本作。源左との凸凹コンビぶりもなかなか楽しいのですが、結末に描かれるある事実には、なるほど、と納得であります。
 その一方で少々残念なのは、妖魔たちが今一つ個性に乏しく、「強い敵」以上の存在となっていないことでしょうか。秘宝の正体とも絡めて、もう少しインパクトを持たせても良かったのでは――という印象はあります。


『享禄三年の異常気象』(鈴木英治)
 季節はずれの雪や花どころか、魚が降るなどと異様な天候が相次ぐ享禄三年の駿河国。そこで侍に出世することを夢見て戦に出ていた工藤平一郎は、空から何百枚もの明銭が降ってきたという噂を耳にするのでした。
 銭の雨の下にいたのは、自分と同姓同名の相手を討ったばかりの侍だったというのですが――その直後の戦で兜首を取った平一郎が知ったのは、何とその相手が自分と同姓同名であったという事実でした。

 そして次の戦でも、そのまた次の戦でも、自分と同姓同名の相手と戦う羽目になる平一郎。いつか自分の頭上にも銭の雨が降るのではないかと恐れる平一郎ですが……

 文庫書き下ろし時代小説家として既に大ベテランの域に入る作者ですが、江戸ものだけでなく、戦国ものも得意とするところであります。というより作者のデビュー作は、本作と同じ駿河国は今川家を舞台とする伝奇色濃厚なミステリ『義元謀殺』なのですが――しかしそんな作者の作品の中でも、本作ほど奇妙な作品はないでしょう。
 いかにも作者らしい、どこかのんびりとしたムードの文章で描かれる、何とも理不尽極まりない現象。その先に待つ、あまりにも身も蓋もない真実には、ただただ天を仰ぐほかありません。


『ちせが眼鏡をかけた由来 江戸少女奇譚の内』(芦辺拓)
 奇想に満ちた本格ミステリで大活躍する一方で、かねてより伝奇チャンバラへの愛を語ってやまなかった作者。当然本作は――と思いきや、こちらで来ましたか、と言いたくなる作者の趣味の幅広さを窺わせる一編であります。

 九戸南武家に仕える学者・江波戸鳩里斎の娘・ちせ。学問に熱中するあまり近視気味の彼女は、捻挫した父に代わり、自領内に秘蔵された古の財宝を捜し出せとの藩主からの命に挑むことになります。
 財宝が眠るという落人村に向かったちせ。しかしそこでは読本を手にした人々が宝を探し回り、さらに読本を題材にした芝居の一座まで出ているではありませんか。そんな中、父が殿から託された金属板に記された十六の文字の謎を解き明かしたちせですが……

 というわけで、少女探偵もの、少女活劇に対しても強い興味を示す作者が、江戸時代を舞台にそれを描いてみせた本作。実は本書でも数は多くない「宝探し」という王道の題材を用いつつ、そこに暗号ミステリの要素を投入してみせるのも、また作者らしいところであります。
 しかし本作の魅力は、彼女を非力な少女として侮る大の男どもに対して、知恵と勇気で互角以上に渡り合うちせの姿であります。副題を見れば、シリーズ化への意欲が窺われる本作。ぜひ、江戸の眼鏡っ娘少女探偵の活躍を見てみたいものです。


 長くなりましたが、次回で紹介は最終回であります。


『伝奇無双 「秘宝」』(戯作舎文庫) Amazon
伝奇無双「秘宝」 操觚の会書き下ろしアンソロジー (戯作舎文庫)


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2019.03.16

『お江戸ねこぱんち 藤まつり編』


 定番の江戸猫漫画アンソロジーの最新号『お江戸ねこぱんち 藤まつり編』であります。その名に相応しく、華やかで爽やかな作品を数多く収録した一冊です。今回も、印象に残った作品を一作ずつ紹介しましょう。

『ねこ神社』(つるんづマリー)
 神主が亡くなって寂れてしまい、猫が集まるばかりの神社。神主に育てられた大工の青年と、病気の父を抱えながらも職を失った娘の二人は、神社に人を集めるため祭りを企画して……
 という本作、ページ数は少なくお話もシンプルなのですが、作者の線の太い、良い意味で漫画的な絵が物語の明るいムードによく似合います。特に娘が特技の剣舞を見せる場面、クライマックスの大騒動など、この絵柄と展開がマッチして、何とも楽しい気分にさせられる作品です。


『平賀源内の猫』(栗城祥子)
 今号で最もページ数の多かった本作は、それも納得の力作。源内と彼の身の回りの世話に雇われた少女、そして帯電体質の猫という二人と一匹が、実在の様々な人物に絡むシリーズですが――今回中心となる人物の一人は源内自身なのであります。

 大名たちの間で流行する菓子勝負。それぞれが菓子を作って持ち寄り、優劣をつける――というまことに太平の世らしいイベントですが、当然ながら家臣たちはそれに振り回されることになります。
 かつて源内が仕えていた松平頼恭の下で、後輩の藩医・池田玄丈が苦労しているのを知った源内は、勝負の審判探し、そして砂糖探しにと一肌脱ぐのですが、勝負は思わぬ方向に転がることに……

 高松藩の藩士でありながら、藩を飛び出した源内が、頼恭の怒りを買い、奉公構を出された(=他の藩に仕官することを禁じられた)というのは有名なエピソードですが、今回はその後日談ともいうべき物語。
 しかしこれまでも、題材を一つだけでなく、二つ三つと組み合わせてさらにユニークな物語を描いてきた本作らしく、そこに先に述べた大名同士の菓子勝負、さらに○○○の誕生秘話まで絡めてしまうのですから、感心するほかありません。

 源内と頼恭の、ある意味一触即発の対面から、源内に彼自身の生きる道を語らせる展開もよく(そしてその後、頼恭のある申し出に対する答えにもシビれる!)、完成度の高い作品です。
(それにしても本誌、史実に絡んだ作品が本作くらいしかないのがちょっと寂しい)


『姫様は猫忍者』(芋畑サリー・キタキ滝)
 亡くなった母が、猫に生まれ変わったと信じ込んでいるさる武家の姫様。しかし彼女はそれだけでなく、夜な夜な件の猫と一緒に、忍び姿で町に忍び出て……
 と、無茶に無茶を重ねたような設定ですが、絵柄の可愛らしさ(特に眉毛が特徴的な姫様がカワイイ)で読んでしまう一編。

 また、姫様の警護役ながらいつも一服盛られて出し抜かれる忍びの存在も楽しく(そして存外人がいいのもいい)、そんな彼だけが思わぬ真実(?)を知ってしまうオチも愉快なのです。


『江戸の足元』(鈴木伸彦)
 江戸の町でたくましく生きる片目のヤクザ猫。彼がある日出会った子猫は、せっかく手に入れた魚を井戸の中に落としていて――と、完全に猫の視点から描かれる、ちょっと児童書めいた味わいの作品です。

 もちろん物語は、なぜ子猫が井戸の中に魚を投げ込んでいるのか、という謎を中心に描かれるのですが――猫好きとしては考えるだけで胸が痛む真実を、しかし幸せな結末に変えてみせる本作。甘いと甘いのですが、何ともホッとさせられる結末には笑顔になります。


『日暮れて』(下総國生)
 読者層ゆえでしょう、ほとんどの作品の主人公が女性(もしくは猫)の今号にあって、くたびれた中年の浪人が主人公という異色作。活動資金を盗んで蓄電した男・船井を追う志士の一団が、妻と娘のもとに船井が戻ってくるのを待ち伏せるも――という非常にシブいシチュエーションの物語であります。

 主人公の鉄三郎は志士の一人ながら、全てに疲れ果てて、どこか投げやりで飄々とした態度で生きる男。そんな鉄三郎と、追っ手に怯える生活に疲れた船井の妻、父が残した言葉を無心に信じる娘の関係性が絡み合う姿は、完全に時代劇画と言っても通じる内容です。

 ちょっと絵が荒れ気味なのが気になりますが、船井が娘に残した言葉の奇妙な内容も印象に残る、得難い個性の作品です。


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2019.03.04

重野なおき『真田魂』第2巻 表裏比興の本領発揮!? 武田魂から真田魂へ


 実に約2年9ヶ月ぶりに、『真田魂』の第2巻が発売されました。真田昌幸、信幸、信繁と真田一族の生き様を描く本作ですが、この巻ではある意味彼らの本領発揮。主家の、そしてそれを滅ぼした覇王亡き後の大混乱の中で、したたかに、そして必死に生きる彼らの姿が描かれることになります。

 武田信玄そして勝頼に仕え、奮闘を続けてきた昌幸。しかし長篠で、そして天王山で織田信長に敗れた武田家に、ついに最期の時がやってきて……
 と、前巻での頑張りも空しく(?)この巻の冒頭でついに滅亡してしまった武田家(ここでも長坂釣閑斎がえらく良いことを言うのに、前巻に引き続きびっくり)。悲しみと怒りに沈む昌幸ですが、その想いに浸っているひまはありません。

 何しろ織田軍の侵攻は止むことがなく、武田の遺臣は降るか滅びるかの二択状態。しかもそのどちらを選ぶかの選択権は、時に自分たちの側になかったりするのであります。
 そんな危ない綱渡りの状況で、信長と対面し、大きく領土を減らされることになりながらも首は繋がった昌幸。しかしその直後に起きたのが何であるか――言うまでもありません。

 そう、昌幸が降ったわずか三ヶ月後に、本能寺に消える信長(仕方ないとはいえ、スピンオフの方で先に何度も死ぬ信長さん……)。ここで昌幸ら武田家家臣たちの魂の叫びには思わず噴き出しましたが――それはさておき、ある意味、ここからが本当の戦いの始まりであります。

 武田家が滅び、織田家が大混乱のまま残された甲斐・信濃・上野地域。周囲の勢力からの草刈場にされかねない地域の真っ只中にある真田領を如何にして守るか――この巻の大半を費やして描かれるのは、実にそのための苦闘なのです。

 そしてそれをこれ以上なくはっきりと示すのが、巻末に収録された年表なのですが――
天正十年三月 織田家に従属
同 六月 上杉家に従属
同 七月 北条家に従属
同 十月 徳川家に従属

と、これだけ見れば「何なのこの人!?」となりかねないところを、その原因と周辺事情、各勢力の動きを交えてわかりやすく描いてみせるのは、これはもう歴史四コマのベテランと呼んでもよいであろう作者の筆の冴えというべきでしょう。

 そして、客観的に見ればまさしく「表裏比興の者」としか言いようがない昌幸の行動の根幹に、ただ生き残りのためだけでなく、あるもう一つの想いがあった――というのが実にうまい。
 それはもちろん本作独自のアレンジではあろうと思いますが、しかしこの描写があるだけで、様々な者に屈した――しかし見方を変えれば何者にも屈しなかった昌幸の、真田の魂の在り方が、全く違った形で見えてくるのですから。


 そしてそんな昌幸たちの魂の姿を、ちょっとユニークな角度から描いてみせるのが、本書の巻末に収録された、武川佑による短編小説であります。
 長編デビューの『虎の牙』をはじめ、いま歴史時代小説界で武田家を描かせたらこの人! という印象のある武川佑ですが、ここで題材に選んだのが依田信蕃というのには、さすがに驚かされました。

 昌幸と同じく武田家の旧臣であり、北条氏直と徳川家康が激突した天正壬午の乱において、昌幸を徳川方に手引きしたという信蕃。
 ある理由から後世では無名に近い人物であり、彼を中心に描いた作品もほとんどないのではないかと思いますが――しかし本作で描かれるのは、そんな彼が掲げる最後の「武田魂」とでも言うべきものなのであります。

 この辺りはさすが武川佑と言うべきか、「武田魂」から「真田魂」への変遷を描く、見事な作品であったこの短編。重野なおきと武川佑、どちらの作者にとっても、どちらのファンにとっても、最良の結果に終わったコラボと言うべきではないでしょうか。


 さて、そんな中でも時は流れ、この巻のラストは天正十三年。さすがに家康も怒るよ、という展開を経て、ついに第一次上田合戦開幕!! というところでこの第2巻は終わることになります。
 その直前、信繁が上杉景勝と直江兼続に語ったある事実――誰か一人ではなく、真田「一族」を主人公とする本作にまことに相応しいそれを以て終わるのも、実に心憎いところであります。

 真田ファンとしては大満足の本書、第3巻はこれほど待たないようにしていただきたい――それだけが今の望みであります。


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