2019.07.11

さいとうちほ『VSルパン』第1巻-第3巻 ロマンスで切り取ったアルセーヌ・ルパン伝


 誰もが知る怪盗アルセーヌ・ルパン――しかし、その怪盗たる所以か、ルパンは描く者によって様々な姿を見せることになります。本作はルパンを少女漫画として――ロマンスの側面を強調して描く作品。そしてそれもまた、確かにルパンの顔の一つなのであります。

 ある日、ヴァンドーム公爵家に舞い込んだルパンからの手紙。それは、公爵の一人娘・アンジェリックとルパンの結婚を宣言するものでありました。もちろん公爵にもアンジェリックにも身に覚えはないものの、ルパンの巧みなマスコミ攻勢によって婚約は既成事実化してしまうのでした。
 これに対して公爵は三人の花婿候補を選び、アンジェリックと結婚させてしまおうとするのですが……

 という第1話「プリンセスの結婚」から始まる本作ですが――ルパンファンほどこのチョイスには驚くのではないでしょうか。
 というのもこの第1話のベースとなっているのは『ルパンの告白』に収録されている短編『ルパンの結婚』。簡単に言ってしまえば、ルパンが結婚詐欺を働こうとするお話なのですから。

 しかもその相手であるアンジェリックは、33歳で、読書をしている時間が一番幸せなオールドミス。容姿も決して優れているわけではなく――と、ルパンよ、いくら犯罪でもやっていいことと悪いことがあるだろう、と言いたくなってしまう内容なのであります。
 が、しかし本作の面白さは終盤のあるドンデン返しなのです。公爵をまんまと欺き、懐に入り込んだものの、ちょっとしたミスから追い詰められたルパン。窮地の彼を救った者は、そしてその相手に対してルパンは……

 と、できすぎといえばできすぎなのかもしれませんが、盗みに入ったルパンがまんまと心を盗まれてしまう――というお話は、なるほど実にロマンチック。
 ヒロインであるアンジェリックの造形も個性的かつ魅力的で、なるほどこれは少女漫画に向いているわい――と、作者の炯眼に感心させられるのです。


 そしてこれ以降も、本作は原作の様々なエピソードをピックアップして展開していくこととなります。

 『伯爵夫人の黒真珠』『王妃の首飾り』『カリオストロ伯爵夫人』『結婚指輪』――そしてその中で中心となるのが、唯一の長編である『カリオストロ伯爵夫人』なのですが、しかしそれに合わせて前後の物語がアレンジされているのも面白いところであります。
 というのも、ルパンの最初の犯罪を語る『王妃の首飾り』――本作では、そこで原作には登場しない『カリオストロ伯爵夫人』のヒロインの一人・クラリスを登場させ、ここでルパンと彼女の出会いを描いているのです。

 こうして『王妃の首飾り』をプロローグとしてスタートする『カリオストロ伯爵夫人』は、マリー・アントワネットがカリオストロ伯爵に明かしたという4つの謎の一つ「七本枝の燭台」の秘密を巡る物語。
 ルパンが謎の美女・カリオストロ伯爵夫人や王党派の結社を向こうに回して繰り広げる初期の冒険なのですが――しかしこの作品もまた、ロマンス(というか愛欲)の香りが濃厚に漂う物語であります

 このエピソードも、原作ではルパンは結構(女性に対して)どうしようもない奴なのですが、しかし本作はその印象を巧みにアレンジし、同時に物語の骨格は外さずにダイジェストしてみせます。
 そして悪女・妖女としかいいようがないカリオストロ伯爵夫人も、母と父の影に縛られた悲しい存在としての側面を描いている(なお、本作に収録されたエピソードには、「親と子」というモチーフにまつわるものが多いのも一つの特徴であります)のも、印象に残るところであります。


 しかし、このロマンスによって独立した原作のエピソードを巧みに繋げてみせる本作の真骨頂は、第3巻のラストに収められた『ルパン誕生』でしょう。
 本作の中では非常にオリジナル度が高い(というより原作の隙間を埋めたという形の)このエピソードで描かれるのは、『カリオストロ伯爵夫人』のエピローグと言うべきある悲劇と、そして原作で最も名高いあのエピソード(そしてそれは『カリオストロ伯爵夫人』とある一点で繋がるのですが)のプロローグなのですから。

 そしてそこで同時に、そのタイトル通りの「ルパン誕生」――ルパンが怪盗紳士として劇場型犯罪を繰り広げるその理由を、本作ならではのものとして示してみせるのですから、もう感嘆するほかありません。
 季刊誌での連載ゆえ、刊行ペースは早くありませんが、次なる展開が大いに気になるアルセーヌ・ルパン伝であります。


『VSルパン』(さいとうちほ 小学館フラワーコミックス) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon/ 第3巻 Amazon
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2019.06.30

『ゴジラ:レイジ・アクロス・タイム』 怪獣たち、歴史を動かす!?


 現在もハリウッド製作の新作が公開中と、日本のみならず米国でも怪獣王として知られるゴジラ。本書はアメリカで刊行されたゴジラを題材としたコミック、要するにアメコミですが――ゴジラが元寇(!)をはじめとして過去の様々な時代の様々な出来事に関わっていたという、何ともそそる一冊です。

 あの『レッドマン』をアメコミ化したことで、一部で知られるアーティスト、マット・フランク。オムニバススタイルの本書の巻頭に収録されたのは、そのマット・フランクによる、ゴジラ meets 元寇という、とんでもない一編であります。

 元の軍勢が日本に迫る中、小美人の社に向かうよう命じられた武士・須田悟郎と、女忍びの明雄。怪獣使いによって操られるガイガンとメガロの二大怪獣によって無敵を誇る元軍を倒すには、彼女たちが守る八岐大蛇の力を用いるしかない――これはで激しく対立してきた二人は、やむなく一時休戦すると旅立つのでした。

 途中、巨大平家蟹といった怪物たちと戦いながら、件の山にたどり着いた二人。そこで小美人から、八岐大蛇を操る像を託された二人ですが――しかしそこに何とゴジラが出現したではありませんか!
 激しく激突する八岐大蛇とゴジラ。しかしさしもの八岐大蛇もゴジラには敵わず、元軍打倒の希望は、思わぬ形で潰えたかに見えたのですが……

 冒頭で示される明雄の「森の戦士」という謎の肩書きから察せられるとおり、いわゆるアメリカンな日本観で描かれる本作。
 しかも元軍がガイガンとメガロを擁していたり、何故か小美人が八岐大蛇(『日本誕生』も『ヤマトタケル』も関係はないのでしょう、たぶん)を祀っていたり、さらにはいきなりゴジラが乱入してきたり――「?」がつく点は少なくありません。

 しかし漫画としてみれば、さすがはマット・フランクというべきか、巨大な怪獣がその能力を全開にしてぶつかり合う場面の迫力は見事というほかなく、細かい理屈や違和感も粉砕されてしまいます。
 一番の謎であった、何故元にガイガンとメガロが? という謎も、怪獣使いの影が――という思わずニヤリとさせられる形で明かされて(ただこの場面、原典に即した訳語にしていただきたかった)、なるほどこういう話もありか! と納得させられました。


 さて、本作はこの第1話を皮切りに、世界中でゴジラの痕跡を追う考古学者(何でもゴジラや怪獣に結びつけようとする○人。モナーク所属と言っても納得します)を狂言回しに、展開される全5話のミニシリーズ。
 ギリシア神話の神々(本当に神様)とゴジラの死闘がポンペイ最後の日に繋がっていく(ちょっとゴジラvsアクアマン的趣もある)第2話。
 黒死病が猛威を振るうイングランドで、ドラゴン退治を命じられた騎士たちが、モスラそしてメガギラス(!)と遭遇する第3話。
 ローマ攻略のために極寒のアルプスを越えようとするハンニバルがゴジラと遭遇する第4話。
 そして白亜紀、恐竜だけでなく怪獣たちの楽園だった世界を舞台に、ゴジラと無数の怪獣たちの最後の戦いが繰り広げられる第5話。

 先に述べたように緩い繋がりはあるとはいえ、基本的には独立した物語であり、ストーリーも作画も異なるため、エピソードごとにクオリティに差がある点は否めません。
 また、もう少し大胆に歴史上の事件に絡めてもよかったのでは――という気がしないでもありませんが、現代兵器・科学兵器の存在しない時代で繰り広げられる人間と怪獣の戦いは、これはこれで迫力十分。

 特に第4話は、最終話を除けば最も古い時代ですが、そんな時代の武器でゴジラに挑むハンニバルの姿は圧巻であります。


 ただ一つ、どうしても気になってしまったのは、「このゴジラ(たち)は、どの作品の過去なのだろう……」という点(ゴジラが突然変異を起こして怪獣になったのは、基本的に現代になってからのはずなので)。
 過去の時代にゴジラが出現するからこそ、どこからどのようにやってきたのか――そこはきっちりとして欲しかったのですが、これはまあ野暮というものでしょうか。

 あるいは冒頭に触れた最新作『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』では、ゴジラたち怪獣を、神話の時代から生き続ける、神話の元となった存在として描いているようですが――あるいは本書のゴジラはそれに一番近いのかもしれません。
 まず間違いなく偶然ではありますが、そう考えてみるのも楽しいものではあります。


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2019.06.27

杉山小弥花『大正電氣バスターズ 不良少女と陰陽師』第1巻 「めんどうくささ」を抱えた二人の冒険始まる


 明治初期を舞台にした『明治失業忍法帖』を見事完結させた作者が次に舞台とする時代は大正――震災後の東京を舞台に、サブタイトルどおり不良少女と陰陽師の少年が帝都を騒がす悪霊に挑む活劇であると同時に、今回もまた、ままならぬ内面を持て余す男女の姿を綴る物語でもあります。

 本作の主人公は、関東大震災後の東京で、凄腕のスリとして知られるアーメンおりょう。元は良家の子女でありながら、震災で両親と家財を失い、流れ流れて今は一匹狼のスリとして暮らす少女であります。
 そんな彼女がある日銀座で出会ったのは、美形ながらおかしな気配を漂わせる少年・烏丸晴哉。自分を陰陽師と名乗る彼は、震災後に東京で活性化した悪霊たちを封じていると語り、おりょうが高い霊力を持ち、魔を惹きつける体質だと告げるのでした。

 もちろんそんな言葉を一笑に付して相手にしないおりょうですが、しかしかねてから帝都を騒がす通り魔に遭遇、訳の分からぬことを口走る男を前に、命の危険に晒されることになります。と、そこに現れたのはあの晴哉で……


 という第1話から始まる本作。電氣バスターズというのは何とも奇妙なタイトルですが、作中で晴哉が悪霊を指して語る「電気みたいな実体のないエネルギー」という言葉に由来するのでしょう。
 その言葉の通り、本作に登場する悪霊・魔の類は、その名から連想されるような恐ろしい姿は持たず、人間の心の弱い部分、暗い部分に取り憑いて、凶行を働かせるという形で活動することになります。

 それ故、本作はタイトルや設定から連想されるほどには派手なお話ではないのですが――しかしそれだからこそ、作中で描かれる「悪意」の姿は、より生々しく、危険なものとして感じられます。

 そしてそんな魔に立ち向かうのがおりょうと晴哉のカップル、というよりコンビ(途中でおりょうが「鷹の目団」と命名)なのですが――晴哉はともかくおりょうはほとんど一般人、そして晴哉の方は極端な貧血体質と命名ヒーローとはほど遠い二人であります。
 しかしそんな二人が、時にぶつかり合い、時に手を携えて、この世を蝕む魔に挑む姿は――先に述べたとおり、敵の姿が生々しいだけに――なかなかに痛快なのです。
(特に第2話で晴哉が繰り出す早九字は、こんなの見たことない! と言いたくなるような豪快さで実にイイ)


 さて、作者の作品といえば、丹念な考証とそれを踏まえた物語展開、そして何よりも登場人物の複雑な内面描写が魅力なわけですが――それはもちろん本作でも健在であります。
 特に最後の点については、期待通りというべきか、おりょうも晴哉も、内面に深刻な「めんどくささ」を抱えたキャラクターとして描かれることになります。

 もちろん、その「めんどくささ」を生み出しているのは、彼女たちが自分自身の内面を客観視しすぎている――客観視できすぎているが故のこと。
 自分の抱えたものに気付かないほど鈍感であれば、あるいはそれと適当につき合えるほど小利口であれば、もう少し傷つかずに生きられるのかもしれませんが――しかしそこから逃げず(逃げられず)に真っ向から向き合う姿は、それだからこそ、こちらの心を動かします。

 特に第1話のクライマックスにおいて、あの震災によって全てを奪われながらも、悲劇のヒロインであることを否定して、自分自身として生き抜いてやると叫ぶおりょうの姿は実に感動的かつ魅力的で――確かに晴哉が「姐さん」と呼んで慕ってしまうのも頷けるのであります。

 その一方で、晴哉の方は陰陽師としての顔にまだまだ見えない部分が多く、ちょっと感情移入しにくいのですが――この巻のラストを見るに、それはまだまだこの先のお楽しみなのでしょう。


 何はともあれ、愛すべきめんどうくさい二人の冒険は始まりました。
 これまで『当世白浪気質』では昭和(終戦直後)を、『明治失業忍法帖』では明治時代を描いてきた作者が、本作でどのような大正時代を描いてみせるのか――その点も含めて、この先が楽しみな物語であります。


『大正電氣バスターズ 不良少女と陰陽師』第1巻(杉山小弥花 秋田書店プリンセスコミックス) Amazon
大正電氣バスターズ~不良少女と陰陽師~ 1 (プリンセス・コミックス)


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 『当世白浪気質』第2巻・第3巻 彼が見つけた本当に美しいもの

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2019.06.07

『妖ファンタスティカ』(その四) 朝松健・芦辺拓・彩戸ゆめ・蒲原二郎・鈴木英治


 操觚の会の「書き下ろし伝奇ルネサンス・アンソロジー」『妖ファンタスティカ』の紹介も今回で最終回。まとめて五編紹介させていただきます。

 『夢斬り浅右衛門  小伝馬町牢屋敷死罪場』(朝松健)
 本作は、『伝奇無双』に掲載された『夢斬り浅右衛門』のある意味本編とも言うべき物語。
 「夢を拾う」、すなわち他人の夢を自分のものとして見る力を持つ仙台藩士が、夢で見た浅右衛門の仕置きの場に立ち会うことで、更なる不思議な世界に入り込む――という物語は、作者ならではの丹念かつ静謐さを感じさせる文章で読ませる作品ですが、長編の一部という印象が否めないのが残念なところです。


 『浅茅が学問吟味を受けた顛末  江戸少女奇譚の内』(芦辺拓)
 本作もやはり『伝奇無双』収録作品の『ちせが眼鏡をかけた由来』と同じシリーズに属する作品。
 男装して昌平黌の学問吟味を受けることとなった少女が巻き込まれた騒動を描く物語は、作者にしてはミステリ味がちょっと控えめなのが惜しいところであります。

 本作や『ちせが眼鏡をかけた由来』は、長編『大江戸黒死館』のプリクウェルに当たるとのことですが――早くこちらもを読みたいものです。


『神楽狐堂のうせもの探し』(彩戸ゆめ)
 神楽坂で美青年が営む喫茶店兼失せ物探しを訪れた少女の不思議な体験を描く本作は、本書で唯一の純粋な現代もの。まさか本書であやかしカフェものを読むことになるとは……!
 舞台は好きな場所ですし、描かれる「失せ物」の正体もグッとくるのですが、伝奇アンソロジーである以上、「彼」の正体にもっと伝奇的な仕掛けが欲しかったところです。


『江都肉球伝』(蒲原二郎)
 江戸で妖怪変化絡みの事件を専門とする同心に、配下の猫又たちが持ち込んだ事件。それは江戸を騒がす連続怪死事件の始まりで――という、変格の捕物帖ともいうべき作品。
 猫又が主人公の作品や、妖怪と人間のバディものは、今ではしばしば見るシチュエーションですが、本作のように猫又が完全に人間の子分として使われているのはなかなか珍しいのではないでしょうか。


『熱田の大楠』(鈴木英治)
 桶狭間の戦の直前に、信長の奇襲を察知した今川家の忍び。信長が出陣前に熱田に詣でることを知った彼は信長狙撃を狙うも……
 作者の桶狭間ものといえば、やはりデビュー作の『義元謀殺』が浮かびますが、本作は全く異なる角度でこの戦いを扱った掌編。この路線を突き詰めると非常に面白い伝奇ものになるのでは――と感じます。


 以上、駆け足の部分もありましたが、全十三篇を取り上げさせていただきました。いずれも短編ながら、作者の個性が発揮された作品も少なくなく、時代小説プロパー以外の作家の作品も含めた貴重な――そして何よりもバラエティーに富んだ伝奇アンソロジーとして楽しめる一冊であります。
 正直なところ、「怪奇」よりの作品が多かった印象もあり、この辺り、実は短編で伝奇ものを描く難しさにも繋がっていくように思われますが……

 何はともあれ、この伝奇ルネッサンスの流れがこれからも絶えることなく続き、さらなるアンソロジーにも期待したい――心よりそう思います。


『妖ファンタスティカ 書き下ろし伝奇ルネサンス・アンソロジー』(書苑新社ナイトランドクォータリー別冊) Amazon
妖(あやかし)ファンタスティカ?書下し伝奇ルネサンス・アンソロジー (ナイトランド・クォータリー (別冊))


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2019.06.05

『妖ファンタスティカ』(その二) 坂井希久子・新美健・早見俊


 操觚の会の「書き下ろし伝奇ルネサンス・アンソロジー」『妖ファンタスティカ』の紹介の第二弾であります。

『万屋馬込怪奇帖 月下美人』(坂井希久子)
 金もなければ女にももてない万屋を営む浪人・馬込慎太郎。そんな彼のもとに久々に舞い込んだ依頼は、さる人形絵師が作った、豪商の亡き愛娘に生き写しの人形を壊して欲しいというものでした。
 折しも江戸では、健康な男が一晩で干からびて死ぬという事件が発生、その事件は思わぬ形で馬込の仕事と繋がって……

 総勢十三人、様々な作家が居並ぶ本書の中で、ある意味最も意外なのは本作ではないでしょうか。時代小説としては「居酒屋ぜんや」シリーズが代表作となる作者ですが、おそらく本書のメンバーの中で最も伝奇というイメージが薄いのですから。
 そんな作者が描く本作は、万屋の浪人と、江戸の夜に徘徊する危険極まりない妖女との対決を描く時代ホラーなのですから、さらに驚きであります。

 ……が、そこに「艶笑」の二文字が付くとなれば、一転して作者らしいと感じられます。
 正直なところ、怪異の正体はこれ以外ない、という存在であって、意外性はないのですが――しかしクライマックスでの馬込のぬけぬけとした(しかししっかり伏線がある)大逆転には、もう脱帽するしかありません。この路線でシリーズを読みたいものです。


『妖しの歳三』(新美健)
 禁門の変を経て、京洛にその名を轟かせた新選組。しかし近頃京では、怪鳥の声とともに現れる辻斬りが出没、ついに隊士の一人が斬られたことから、土方は自ら対決を決意することになります。
 山南や一夜を共にした島原の太夫らの、この事件には京の都に潜む魔が関わっているという言葉を一笑に付して、犯人と対峙する土方。彼が見た犯人の姿は……

 言うまでもなく歴史時代小説界では衰えることのない人気を誇る新選組。伝奇小説ゲリラにして冒険小説残党を名乗る作者も、デビュー作『明治剣狼伝』では(明治の)斎藤一を、『幕末蒼雲録』では芹沢鴨らを描くなど、折に触れて新選組を題材としてきましたが――本作はその新選組を通して、幕末という時代の裂け目に吹き出した魔性の姿を描く作品であります。

 多摩の田舎道場から、幕末の混乱の中で時流を掴み、京の治安を守る武士集団に成り上がった新選組。そんな彼らの存在は、ある意味、京の歴史の陰に潜んできた魔とは対になる存在とも感じられます。
 クールに野望に燃える土方のキャラクターもよいのですが、京の魔に憑かれたように変貌していく山南や、謎めいた存在感の太夫なども面白く、この先の物語も読んでみたいと思わされる作品です。


『ダビデの刃傷』(早見俊)
 赤穂浪士の討ち入りから数年後、ただ一人生き残った寺坂吉右衛門を襲う謎の武士団。窮地の吉右衛門を救ったのは、吉良の旧臣を名乗る野村という浪人でありました。
 未だに謎が残る松の廊下の刃傷の真相を知るため、大石内蔵助の書付を探しているという野村。彼に引き込まれ、ともに手がかりを求めて赤穂に向かった吉右衛門は、赤穂のとある神社に眠る思わぬ因縁の存在を聞かされることに……

 タイトルからおそらく忠臣蔵ものと想像できるものの、しかしあまりにそれとは不釣り合いな言葉が冠されていることに驚かされる本作。
 しかしこれまで(時代伝奇もので)様々に描かれた松の廊下の真実の中でも、屈指の奇怪な真実を描く本作を結末まで読めば、このタイトルは全く以て正しかった、と納得させられます。

 何を書いても物語の興を削ぎかねず、なかなか内容を紹介しにくい作品なのですが、ある意味本書において最も「伝奇」を――伝奇ものならではの飛躍感を――感じさせてくれる作品である、と述べれば、そのインパクトは伝わるでしょうか。


 次回に続きます。


『妖ファンタスティカ 書き下ろし伝奇ルネサンス・アンソロジー』(書苑新社ナイトランドクォータリー別冊) Amazon
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2019.05.31

瀬川貴次『ばけもの好む中将 八 恋する舞台』 宗孝、まさかのモテ期到来!? そして暗躍する宣能


 気がつけば前作から1年を経ておりましたが、『ばけもの好む中将』待望の第8巻の登場であります。ばけもの好む中将・宣能に振り回されて恐ろしい目にあってばかりの宗孝ですが、今回は何とモテ期に突入……!? しかしまあ、結局おかしな事件に巻き込まれるのは、いつものとおりなのであります。

 九の姉の遅咲きの自分探しに巻き込まれたり、十二の姉・真白に想いを寄せる東宮のための花見騒動があったりと、春から(というかいつもながら)慌ただしい日々を送っていた宗孝。ついには帝の前で舞を披露する羽目になるのですが――これが思わぬ幸運(?)を彼にもたらすことになります。

 何とその舞が評判になり、宮中の女房からの恋文が舞い込むようになった宗孝。まさかのモテ期到来ですが――そこで調子に乗れないのが彼の彼たるゆえんでしょう。
 そもそも和歌が苦手で返歌に苦しむ上に、相手が本気なのか悩んだりして、状況が一向に進展しないことを宣能が知ってしまい――はい、もう騒動の予感しかしません。

 その予感は的中し、宗孝のもとに来た恋文の数々を、妹の初草に見せてしまう宣能。確かに初草は、筆跡から書き手の感情を読み取る能力はありますが、しかし初草は宗孝のことを――なわけで……
 いかな兄上といえどもそれはさすがに無神経が過ぎるのでは、というより火に油を注ぎすぎではと感じますが、しかしそれも宣能の深謀遠慮。初草の反応を見た宣能は、さらにとんでもない行動に出ることになります。

 そして、そんな宣能の暗躍も知らぬ宗孝に襲いかかる更なる恐怖。何と、恋文の差し出し主の一人は、恋文を出した時には既に身罷っていたというではありませんか!
 死者からの恋文という、実に宣能好みのシチュエーションに放り込まれて怯える宗孝ですが、彼を表に引っ張り出したのは九の姉。そんなこんなで、今は稲荷社の専女衆の振り付けを担当している彼女の次の演目「藤の舞」の手伝いをすることになった宗孝ですが……


 ここのところ、九の姉が過去への未練から暴走したり、宣能が父・右大臣に弱みを握られてその暗部を引き継ぐ羽目になったりと、ちょっと重い展開が続いた本シリーズ。
 そんな中で本作は、ある意味ファンの期待通りの展開が次々と描かれることになります。すなわち、明るく、可笑しく、楽しいスラップスティックコメディが。

 今回は宣能と宗孝の不思議めぐりこそ少なめですが、それ以外の我々がシリーズに期待するものは――言い換えれば、お馴染みのキャラクターたちの活躍は、ほとんど余すことなく盛り込まれていたという印象。
 そう、愛すべき善人の宗孝、いつもながら完璧超人の宣能、相変わらず可憐な初草、個性的で人騒がせな宗孝の姉たち、そして相変わらず真白一直線で暴走する東宮――といった面々の賑やかな大騒ぎが。

 特に宣能は、今回は裏方に回ったような印象もありましたが、しかしクライマックスにはあまりにとんでもない見せ場が――あまりの面白さに書きたいのですが、さすがに未読の方のために伏せますが、まさかの○○○○がっ!――用意されており、全く油断できません。


 しかしそんな中でも、今回特に印象に残るのは、やはり宗孝であります。
 冒頭に述べたとおり、前作において帝の前で舞ったことで、思わぬ名を馳せた宗孝。それはある意味巡り合わせではありますが、しかしそこから先の彼の活躍(?)は、彼自身の誠実さが、これまで積み上げてきたものがもたらしたものと言えるでしょう。

 宣能のように持って生まれた身分も才もなくとも、しかし彼にはその誠実さがある――そんな彼の存在は、遠い平安という過去の時代を描き、ばけもの好む中将という一種の奇人を描きながらも、本作を親しみやすく地の足のついた物語としていると、今更ながらに再確認させられるのです。

 ところが――その一方で、本作を読んでいると、宗孝自身が台風の目になるような予感もいたします。「彼女」のことだけでなく、もう一つ、思わぬところで……
 この予感が正しいかどうかはともかく、これから先、これまで以上に宗孝と宣能の繋がりは強くなっていくのでしょう。そしてそれこそが、父の遺産の負の側面に引きずられていく宣能の救いになるのはないかと思うのですが――これもまた予感であります。


 何はともあれ、物語自体の楽しさはもちろんのこと、シリーズの先行きへの期待も膨らむ本作。ぜひ次の巻はあまり待たせないでいただければ――というのは、これは偽らざる気持ちであります。


『ばけもの好む中将 八 恋する舞台』(瀬川貴次 集英社文庫) Amazon
ばけもの好む中将 八 恋する舞台 (集英社文庫)


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 瀬川貴次『ばけもの好む中将 七 花鎮めの舞』 桜の下で中将を待つ現実

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2019.05.19

硝音あや『憑き神とぼんぼん』第1巻 おばけ絵師、自分の作品に振り回される!?


 浮世絵師を主人公にした作品は数多くあります。そして妖と縁を持つ浮世絵師の物語も、それなりの数があります。本作『憑き神とぼんぼん』もそんな物語の一つですが、しかし本作の主人公は、絵から妖を生み出すその力をコントロールできない、ちょっとしまらない「おばけ絵師」で……

 江戸の人々の噂にのぼる「おばけ絵師」――描いた絵からおばけが抜け出ていった、絵の中のものが動いた云々、悪評ばかりが高まるその正体は、新米絵師・来川ウタであります。
 新米ゆえ腕がイマイチなだけでなく、描いた絵から勝手に訳の分からないモノが出てくるという、ある意味絵師としては致命的な自分の力に悩むウタですが――それでも彼が絵を描き続ける、描き続けなければいけないのには一つの理由があります。

 それは彼の同居人の美青年・月の存在――実は彼こそはウタに憑いている「神」、ウタは月とのある約定のため、絵を描き続け、その腕を上げなければならないのであります。その約定を果たせなかった時には……


 と、冒頭に触れたように、妖と絵師の物語――それも妖を描き、生み出す力を持つ絵師の物語は決して少ないわけではないのですが、しかし本作がユニークであるのはなのは、主人公が今ひとつその力をコントロールできていないことであります。
 単純に主人公が絵の力で妖絡みの事件を解決するのではなく、むしろ主人公がその力に振り回され、事件の発端になりかねない――その最たるものが、自分が描いた神・月に憑かれ、脅かされていることなのですが――というのは、可哀想ではあるのですがユーモラスで、なかなか好感が持てるところであります。
(そしてウタにもどうにもならない事態となった時、月が力を発揮して事を収めるという展開も、お約束ながら楽しい)

 そんな本作の第1巻に収録されているのは全3話。
 奥座敷の掛け軸から夜な夜なおかしなモノが現れるという帯問屋に絵の引き取りを依頼されたウタがおばけと対峙する第1話、突然仕事場に「オナカイタイ」と現れた猫(?)のようなおばけにウタが振り回される第2話、流行の菓子屋に招かれて襖絵を描くことになったウタが思わぬ騒動に巻き込まれる第3話――と、なかなかバラエティに富んだ構成であります。


 ……しかしながら、本作から受けるイメージが今ひとつはっきりとしないのは、本作を構成する様々な要素――浮世絵、妖、バディ、職人、人情等々――が、あまり有機的に結びついているように感じられないためでしょうか。
 それぞれの要素はなかなか面白いものの、それらが物語に盛り込まれた時、一つの流れとして感じにくい点が、何とももったいないと思います。
(個人的には、あとがきでバーチャル江戸と断言されているために、史実のリンクにも期待できないのが苦しい)

 第3話のラストでは、本作のタイトルである「ぼんぼん」の意味が明かされ(それはそれでまた他と大きく異なる新しい要素なのですが)、それがさすがに予想できなかったような内容なのですが――さて、ここからどのように物語が広がっていくのか。
 本作のユニークな設定を生かした物語が描かれることを期待したいところです。


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2019.05.07

篠原烏童『生類憐マント欲ス』 希代の「悪法」の陰の人と動物の可能性


 悪法として名高い徳川綱吉の生類憐みの令。近年はその評価の見直しも進んでおりますが、本作『生類憐マント欲ス』は、まさにその法にまつわる物語――巨大な黒犬に変化する謎の浪人と旗本の次男坊が、江戸を騒がす怪事件の数々に挑む連作であります。

 生類憐みの令に対する江戸の人々の不満が高まっていた元禄――暇を持て余して部屋住み仲間たちと町をぶらついていた旗本の次男坊・遠山進之介は、近頃悪評で名高い材木問屋に入っていく奇怪な狐と、それを追う巨大な黒犬を目撃することになります。
 おふうという少女に「せんせい」と呼ばれて引き取られていく黒犬を追うも、見失ってしまった進之介。それでも自分が見たものが頭から去らない彼は、材木問屋周辺を調べ始めるのですが――そこであの黒犬とよく似た気配を持つ長身痩躯の浪人と出会うのでした。

 やがてその浪人とともに驚くべき事件の真相を目の当たりにする進之介。そして邪悪な魂に対して「我――生類憐れまんと欲す されどその心 生きものの法を越えた時 もはや鬼籍に入りたり」の言葉とともに破邪顕正の太刀を振るう浪人もまた、「せんせい」と呼ばれていることを彼は知ることになります。

 実は人間と黒犬の間を行き来する謎の男・せんせいは、将軍綱吉と柳沢吉保に仕える隠密。そして進之介もまた、せんせいと行動を共にするうちに綱吉と吉保の真の姿を知り、隠密として活動することに……


 その苛烈な取り締まりによって、人間を犬などの動物の下風に置いた稀代の悪法と言われてきた生類憐れみの令。勢い、その令を発し広めた綱吉と吉保も、時代ものでは悪役とされることが非常に多いといえます。
 もっとも、生類憐れみの令(そもそもこれも単一のものではないのですが)自体は、捨て子を禁ずるなど人間を含めた生類全体の保護に関する精神規定だったようですが――上の人間の意図を下が勝手に慮って悲惨なことになるのはいつの時代も同じということでしょうか。

 それはさておき、本作はまさにその生類憐れみの令に関する一種のギャップを題材とした物語。本作においてせんせいと進之介たちが対決する主な相手は、その悪評を利用して――いやむしろその悪評を作りだして――綱吉の政権に打撃を与えようとする者たちなのであります。
 読売などを操り、ありもしない苛烈な取り締まりや、憐れみの令によって増長した動物たちが起こしたという事件を声高に訴える敵の陰謀を阻むため、せんせいたちは奔走することになるのです。


 しかし本作のユニークな点は、こうした「普通の」時代ものとはある種逆転した構図――本作の綱吉は善良で純粋な君主、吉保は能吏として描かれる――のみにあるわけではありません。本作の最大の特徴――それは「せんせい」たち、人と獣の間に在る者たちの存在にほかなりません。

 人の歴史の陰に密かに生きてきた「彼ら」。せんせいのように犬の姿を取る者だけでなく、虎や狐など、様々な動物から人に変じる――もしくは人から動物に変じる者たちの存在が、本作においては生類憐れみの令と重ね合せて描かれることになります(というより、彼らの存在がこの憐れみの令を……)。
 人とその他の動物を分かつ(ものとして描かれる)生類憐れみの令。生類憐れみの令が人よりも動物を重んじるものだとすれば、あるいは人が動物の上に立つべきであるとすれば――彼らはそのどちらの立場にあるべき者なのでしょうか。

 本作は、せんせいと進之介の活躍を通じてそう問いかけることにより、必然的に生類憐れみの令の中のある種の矛盾を描きます。そしてそれ以上に、人と動物を分けることなく、ともにこの世に暮らす「生類」として共存することの可能性もまた……


 当初は全2巻の予定であったものが全4巻に延長されたこともあってか、大きな物語は2巻のラスト(正確には3巻の冒頭)でひとまず終わった感もあり、またラストの展開も少々駆け足の印象もあります。
 しかし、それを踏まえたとしても、本作で描かれた「せんせい」たちの生き様、そして「せんせい」と進之介の友情が浮かび上がらせるこの可能性の姿は、魅力的で、そして希望に満ちたものとして感じられるのであります。

 もちろんそれは、綱吉が没した途端に廃止された生類憐れみの令のように、仮初めの、はかないものかもしれません。それでも確かにその可能性は存在するのだと信じたくなる――本作は、そんな爽やかな後味を残す物語であります。


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2019.05.02

士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第1巻 忠実で、そして大きなアレンジを加えた名作リメイク


 現在TVアニメが好調に放送中の『どろろ』ですが、ほぼ時を同じくして「チャンピオンRED」誌上で連載されているのがこの『どろろと百鬼丸伝』。しかし本作はアニメの漫画化ではなく、原作漫画のリメイクというべき作品――原作の内容を忠実に踏まえつつも、本作独自の要素も加えてみせた作品です。

 殺伐とした室町の荒野の中を一人流離う非情の剣士・百鬼丸と、泥棒として強かに生きるも意外と人のよいどろろ。そんな二人が偶然出会い、化物に挑む……
 本作は、様々な媒体・バージョンの違いこそあれど、原作以降ほとんどの版で共通するこの要素を、もしかしたら最も忠実に踏まえて描かれる作品であります。

 もちろん、作者の画風の違いから、本作の百鬼丸はかなりワイルドで大人びている――というより年齢的にも原作よりも上を想定しているとのことですが――という見た目の違いはあるのですが、それを除けば、現代描かれる作品として、順当なアップデートを重ねた作品、という印象があります。
 そして構成的には、この第1巻で描かれているのは原作の「百鬼丸の巻」の前半部分と、「金小僧の巻」「万代の巻」「人面疽の巻」(の前半)に当たる部分。どろろと百鬼丸の出会いと泥状の死霊との対決、そして金小僧との遭遇と万代の村での怪物との激突、万代の正体……と描かれていくことになります。

 ここで原作の熱心な読者であれば、上記で抜けている部分に共通点があることに気付かれるかもしれません。そう、本作のこの第1巻では、百鬼丸の過去編――彼の生まれと背負った宿命、死霊たちと戦う理由、そして哀しい過去の出会い――が丸々省かれているのであります。
 もちろんそれがこの先描かれないはずはないことを思えば、この構成は計算の上なのでしょう。この先、どのような形でこの過去編が描かれることになるのか、気になるところです。


 と、いきなり結論めいた話から入ってしまいましたが、大きく本作の独自性が出ているのは、この巻の後半、万代にまつわるエピソードの部分であります。
 野宿の最中、不気味な金小僧に出会った百鬼丸たちが、それがきっかけで女領主・万代が治める村で村人たちに捕らえられ、不気味な怪物に襲われる――その物語の流れ自体は変わりませんが、後半部分で語られる万代の真実に、大きなアレンジが加えられているのであります。

 その内容の詳細に触れるのは伏せますが、原作で描かれていた人間の無情さや身勝手さというものを、ある人物の存在を新たに加えることで、より強調してみせるのは、なかなか面白い試みであり、本作ならではの独自性と言えるでしょう。
 そしてそれが同時に、どろろの中の情と百鬼丸の中の人間らしさをも浮かび上がらせてみせるのもまた……


 その他にも、このエピソードで琵琶法師がほとんど出ずっぱり(しかもチラッと描かれたところによれば何やら大きな秘密がありそうな……)だったりと、アレンジの存在とその意味を考えてみるのも面白い本作。

 ちょっと展開のペースが遅めなのがもったいないところですが、この先どのような独自性を見せてくれるのか、気になるところであります。


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2019.04.25

さいとうちほ『輝夜伝』第2巻 月詠とかぐや、二人の少女の意思のゆくえ

 かぐや姫伝説を巡り、様々な人々の思惑が絡み合う『輝夜伝』の第2巻では、いよいよかぐや姫が帝のもとに入内。かぐや姫から特に警護のために指名された月詠は、様々な危険に晒されることになります。そしてかぐや姫が語る、驚愕の真実とは……

 謎の「血の十五夜」事件で兄を喪い、真相を知るために男を装い、帝を守る滝口の武者の見習いとなった少女・月詠。彼女が女だと知る滝口の先輩・大神ととも事件の謎を追う月詠は、都で話題のかぐや姫の入内のために、姫のもとに赴くことになります。
 そして自分を求めるのであれば天の羽衣が欲しいと語るかぐや姫を満足させるため、帝の命で、羽衣を探し求めることになった滝口たち。月詠もその中で奔走するのですが、そこに謎の西面の武者・梟が接近してきて……


 「血の十五夜」の謎と、かぐや姫の謎と――二つの謎が織りなす物語である本作。その待望の続刊であるこの第2巻では、前者はひとまず置いて、かぐや姫を巡る物語が展開していくことになります。
 その絶世の美で世の男たちを引きつけながらも決して靡かず、帝に対しても不遜とすらいえる態度を見せるかぐや姫。彼女はしかし、瞬間移動能力を持ち、そして月詠と共鳴して体から光を放つなど、常人とは思えぬ異能の持ち主であります。

 果たして彼女は何者なのか、果たして伝説のとおり天から来たのか――それはまだわかりませんが、伝説とは大きく異なるのは、単に求婚者を阻むだけでなく、一人の人間として自分の意志をはっきりと示すことでしょう。
 帝であれ上皇であれ決して折れず、不敵なまでの自由奔放さを見せる。そんな彼女の素顔は、帝との思わぬ因縁の中でも描かれるのですが――しかし今のところ彼女に最も近い場所にいるのは、月詠であります。

 上で何度か述べたように、かぐや姫とは不思議な共鳴現象を起こした月詠。それ以外にも、不可思議な共通点を持つ月詠のことを、かぐや姫は自分と同類と呼びます。
 なるほど、その名前をはじめとして、月とは不思議な因縁を持つ月詠。正直なところ、本人が登場するまでは、彼女こそがかぐや姫なのでは、という印象もあっただけに、それも頷けるところではあります。

 しかしかぐや姫とは(おそらく)異なるのは、月詠が兄や師から十五夜の月を見ることを禁じられていること。
 月を見上げて涙をこぼしたという伝説のかぐや姫とはむしろ正反対の姿ですが――それは果たして何故なのか、それがこの巻においてついに描かれることになります。

 そしてそんな彼女につきまとい――いやむしろ、彼女を見守るような行動を取るのは、帝と対立する怪人・治天の君こと上皇の忠実な配下と思われた仮面の男・梟。
 あたかも月詠の正体を知り、そして彼女を大切に想っているかにかに見えるその言動からは、やはりその正体は――と想わされるのですが、それはまだ早計と言うべきかもしれません。

 かぐや姫、月詠、治天の君、そして梟と、本作はまだまだ正体不明の人物だらけなのですから……


 そんな非常にシリアスな物語が展開していく一方で、月詠と梟と大神の関係が、端から見ると男が男を取り合ってるように見えたり(そして妙に理解のある大神の親友の凄王)、かぐや姫の愛犬・太郎丸が可愛いらしい上に大活躍したり……
 と、緩急の付け具合も非常に楽しい本作。先に述べたようにかぐや姫が、そしてもちろん月詠が、謎の渦中にありながらも決して流されない、強い意志を持った女性であるのも好感が持てます。

 しかしそんな月詠も、自分自身に秘められた秘密を知った時、どうなるのか――いよいよ先が気になる物語であります。


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