2017.03.20

『コミック乱ツインズ』 2017年4月号(その二)

 『コミック乱ツインズ』4月号の掲載作品の紹介の後編であります。今回も印象に残った作品を一つずつ取り上げます。

『エイトドッグス 忍法発見伝』(山口譲司&山田風太郎)
 木は森に、の例えの如く、現八が用心棒を務める吉原西田屋に隠れることとなった村雨姫と信乃。しかし敵もさるもの、半蔵配下のくノ一のうち、椿と牡丹が遊女志願を装って西田屋に現れます。
 現八はこれを単身迎え撃つことに――

 といってもここで繰り広げられるのは閨の中での睦み合い。しかしそれが武器を取っての殺し合い以上に凄惨なものとなりえるのは、忍法帖読者であればよくご存知でしょう。
 かくて今回繰り広げられるのは、椿の「忍法天女貝」、現八の「忍法蔭武者」、牡丹の「忍法袈裟御前」と、いずれ劣らぬ忍法合戦。詳細は書くと色々とマズいので省きますが、この辺りの描写は、まさにこの作画者のためにあったかのように感じられます。

 そして壮絶な戦いの果てに倒れる現八。原作を読んだ時は男としてあまりに恐ろしすぎる運命に慄然とさせられたこのくだり、あまり真正面から描くと、ギャグになってしまう恐れもありますが……
 しかし本作においては、前回語られたように村雨姫にいいところを見せるために戦いながらも、決して彼女には見せられない姿で死んでいくという悲しさを漂わせた画となっているのに、何とも唸らされた次第です。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 時代と場所を次々と変えて描かれる本作ですが、今回のエピソードは前回から続き、本能寺の変の最中からスタート。蘭丸を失った悲しみから鬼と化した信長は、変を生き残り(と言ってよいものか?)自我を失うことなく、怨みと怒りを漲らせながら、光秀とその血族に襲いかかることになります。
 それを阻むべく信長の後を追う、鬼斬丸の少年ですが、さしもの彼も鬼と化した信長には苦戦を強いられて――

 これまではどんな人物であっても、一度鬼と化せば理性を失い、人間を襲ってその血肉を喰らうしかない姿が描かれてきた本作。そんな中で、言動はまさしく「鬼」のそれであっても、明確に己の意志で動く信長はさすがというべきでしょうか。
 そして生前の彼を、この世に鬼を呼び込む怪物と見て弑逆に走った光秀もまた、その本質を正しく見抜いていたと言えますが……しかしそんな彼であっても、信長に家族が襲われるという煩悶から鬼となりかけるというのが哀しい。

 人が鬼を生み、鬼が鬼を生む地獄絵図の中、人がどうなっても構わぬと明言しつつも、その行動が結果的に人を救うことになる少年の皮肉も、これまで以上に印象的に映ります。
 そして物語はさらに続くことに――


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 父・輝宗を殺され、怒りに逸るままに力押しを仕掛けて失敗した政宗。今回はそんな彼が己を取り戻すまでが描かれることとなります。

 悲しみのあまりとはいえ、景綱ですら止められぬほどに我を忘れて暴走する政宗。その怒りは、必死に彼を止めようとする愛姫にまで向けられ……と、姫に刀を向ける姿にはさすがに引きますが、しかし何となく「ああ、政宗だからなあ……」と納得してしまうのがちょっと可笑しい。

 もちろんこの辺りの描写にふんだんにギャグが散りばめられていることもあるのですが、変にフォローが入らない方が、かえって人物への好感を失わないものだな、と再確認しました。


 その他もう一つの新連載は『よりそうゴハン』(鈴木あつむ)。長屋に妻と暮らす絵師が料理をする姿を通じて描く人情もののようですが、展開はベタながら、今回の料理である焼き大根、確かにおいしそうでありました。


『コミック乱ツインズ』2017年4月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年4月号 [雑誌]


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2017.03.17

重野なおき『信長の忍び』第11巻 泥沼の戦いと千鳥の覚悟、しかし……

 アニメも二期決定と好調の『信長の忍び』、朝倉義景・浅井長政を滅ぼし、包囲網をついに突破した信長ですが、しかし意外なところで越前の戦いは本願寺と結びつき、泥沼の戦いが始まることとなります。そしてその果てに信長が取った戦略に対し、千鳥は……

 武田信玄が志半ばに斃れ、そして信長により朝倉・浅井が滅ぼされたことにより瓦解した信長包囲網。ここに信長の生涯最大の危機の一つが去ったことになりますが、しかしもちろん、それで彼を取り巻く脅威の全てがなくなったわけではありません。

 信玄の跡を継いだ勝頼による高天神城攻めにおいては家康に援軍を出せず、ようやく獲ったはずの越前国では一向一揆が勃発し混乱は深まるばかり。そして一向一揆の中枢ともいうべき本願寺が、最大の敵として立ちふさがるのであります。

 そしてその背後には越前と本願寺を繋ぐ存在が。そう、朝倉義景の娘であり、本願寺顕如の教如の妻となった三位殿の暗躍が……

 と、思わぬ暗黒ヒロイン・三位殿の登場に引っ掻き回されることとなるこの第11巻。
 主人公はもちろんのこと、これまで様々なヒロインが登場した本作ですが、復讐のために明確な悪意を持って政治を動かし、周囲を引っ掻き回していくキャラクターは彼女が初めてでしょう。

 もちろんそれは本作のオリジナル、そもそも史実に残っている部分が少ない人物だけに自由に脚色したというところで、ちょっと引っかかるのですが……(この辺りは後述)

 そして本願寺との緊張が極限までに高まった末に始まるのは長島一向一揆との戦いであります。
 信長の自領である伊勢・尾張両国にまたがる長島で起きたこの一向一揆を率いるのが下間頼タン、いや頼旦――強大な武力と優れた戦略眼、そして右に出る者はいない隠し芸の数々で、信長軍は、そして千鳥は大いに苦しめられることになります。

 ん、隠し芸!? となりますが、本当なのだから仕方ない。本来であればドシリアスな局面に、こんなキャラを投入してくるのが本作の面白恐ろしいところであります。
 いやはやこの頼タン、今まで登場してこなかったのが勿体ないほどの面白キャラ。特に偵察のために潜入した千鳥との絡みなど、それほど多くないボリュームでも、このキャラの存在感・魅力をきっちりとアピールしてくれるのは、作者ならではの技でしょう。


 が……呑気に楽しんでいられなくなるのがこの巻の後半の展開。そう、長島一向一揆において信長が何をしたのか――それは歴史が示すとおりであります。
 鉄壁の防御を誇る長島城に篭り、信長軍を寄せ付けぬ下間頼旦らに対し、兵糧攻めを仕掛ける信長軍。それはいいとして、城の者たちの助命を条件に開城・降伏した頼旦に対して、彼をはじめとする無数の門徒の命を、信長は騙し討ちで奪ったのですから。

 この信長の行動に対しては、その他の戦におけるそれと同様、様々な評価があるでしょう。しかし本作の主人公である千鳥は、信長の判断を疑わず、その命ずるままに動くことを宣言いたします。
 いやはや、どう言葉を飾っても騙し討ち(しかも相手の多くは自分の領民)でしかないものを、取り繕おうともしないのはある意味天晴というべきかもしれませんが、しかしそれを天下布武のために必要な犠牲と切り捨てるのは、やはり居心地の悪いものがあります。

 特に本作の場合、先に述べた三位殿が本願寺サイドで陰険に暗躍する姿を示すことで、信長の側が(どちらかと言えば)正しい、やむを得ないという印象を与える作劇となっているのは違和感が残ります。

 いや、そこまでは仕方ないとしても、覚悟を固めている千鳥を結果的に殲滅戦に参加させず、ラストの美談めいたオチにのみ参加させるのはいかがなものでしょうか。
(その美談も、よりによって本作でもフォロー困難なあの人物絡みという……)


 既に比叡山の焼き討ちという地獄をくぐり抜けた千鳥。その彼女がこうした覚悟を決めるのはむしろ当然であるかもしれません。そしてある意味信長の分身的存在であることを考えればなおさら。
 しかし一人の人間として、それで良いのか。信長を絶賛するだけでよいのか……その違和感の答えは、あるいはこの巻のラストで暗示されるある戦いにおいて示されるのかもしれません。

 その時はまだ先ですが……さて。


『信長の忍び』第11巻(重野なおき 白泉社ジェッツコミックス) Amazon
信長の忍び 11 (ヤングアニマルコミックス)


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2017.02.22

『コミック乱ツインズ』 2017年3月号(その一)

 乱ツインズの3月号は、新連載やゲスト作品はありませんが(強いて言えば『勘定吟味役異聞』と同時掲載の『そば屋幻庵』がゲスト?)、その掲載作品はむしろ充実の一言。印象に残った作品を挙げるだけで、相当な分量になってしまいました。

『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)
 水野忠邦を暗殺しようとした相手が、旧知の甲府勤番だった男・矢代田平内と知った蔵人介ですが、平内の仇と勘違いされ、ドテっ腹を刺されて……

 という前回を受けての後編、事件の黒幕があまりにも短慮で、いかにもな悪人なのは、まあこの作品らしいのかもしれませんが、平内を友と呼んで仇討ちに向かう蔵人介の姿はやはりグッとくるものがあります。
(しかし明らかにどうしようもない悪人とはいえ、形の上は蔵人介の独断に任せる上役もどうかと……)

 それにしても、刺されても軽傷だったからと、自分で傷を縫いながら毒味役を務める蔵人介にはこちらもビックリ。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 関西鉄道の命運を賭けた高性能機関車・早風を導入したものの、その扱いに苦慮する島安次郎が出会った機関士・雨宮。扱いの難しい早風を滑らかに発車させる雨宮の技の秘密を知ろうとする安次郎ですが……

 と、日本の鉄道技術者の元祖ともいうべき安次郎を主人公とした連載第2回。前回は人命よりも定刻を重視する雨宮の姿に、正直全くついていけなかったのですが、今回の機関車発車を巡る展開は、きっちりと理詰めの内容が面白く、素直に感心しました。
 おまけページの様々な機関車に関する蘊蓄も楽しく、なかなか面白い存在になりそうです。

 しかしラストの主人公の選択は、仕方はないとはいえどうなのかなあ……


『鬼切丸伝』(楠桂)
 連載再開となった今回の題材は信長と本能寺の変。信長についてはこれまで連載化第1回に比叡山焼き討ちを、そして最近、天正伊賀の乱を題材に描いてきましたが、今回は後者のB面にして続編とでも言うべき内容であります。

 かつて伊賀の百地三太夫により、死して鬼と化す秘術を掛けられた少女・蓮華。彼女は鬼切丸の少年と出会い、一時の安らぎを得たものの、その秘術を求める信長により非業の死を遂げることとなりました。

 そして今回描かれるのは、その三太夫がそれとほぼ同時期に仕掛けた呪い――信長に対して無私の忠誠心を抱く森蘭丸は、死してなお信長に仕えるために、三太夫の誘いに乗ったのであります。
 そして訪れた本能寺の変。深手を負い、信長の眼前で鬼と化した蘭丸と少年は対峙するのですが――

 人間が人間を殺し、人間のものを奪う……ある意味人間と鬼の境目が現代以上に薄かった、戦国時代を中心とした過去の時代を舞台とする本作。その中でも信長は、一際鬼に近い存在として描かれてきました。
 しかし今回のエピソードのラストで信長が見せた想い、それはまさしく人間ならではのものであり、人間を冷笑し、鬼を斬る少年をして愕然とさせるものでありました。

 ラストの少年の表情が強く心に残る本作、冒頭に述べたとおり充実の今号においても、個人的に最も印象に残った作品であります。


 長くなりますので続きます。


『コミック乱ツインズ』2017年3月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年3月号 [雑誌]


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2017.02.20

入門者向け時代伝奇小説百選 忍者もの(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は剣豪に並び伝奇ものの華である忍者を主人公とした作品の紹介。古今の名作のうち、5作品をまず紹介いたします。
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)

16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎) 【江戸】 Amazon
 忍者もの一番手は、忍者といえばこの方、という山田風太郎の忍法帖の第1作であります。

 家光か忠長か、徳川三代将軍を決するためのゲームの駒として選ばれた甲賀卍谷と伊賀鍔隠れ、各十名の死闘を描いた本作は、奇怪極まりない――それでいて医学的合理性を備えた――忍者たちのトーナメントバトルという、忍法帖の一つのスタイルを作った記念すべき作品。
 しかし本作が千載に名を残すのは、忍者たちの忍法合戦の面白さもさることながら、その非人間的な戦いの中で、権力者たちに翻弄される甲賀と伊賀の恋人たちの姿をも描き出した点でしょう。

 近年、『バジリスク』のタイトルで漫画化・アニメ化され、今なお愛されている不滅の名作であります。

(その他おすすめ)
『信玄忍法帖』(山田風太郎) Amazon
『忍者月影抄』(山田風太郎) Amazon


17.『赤い影法師』(柴田錬三郎) 【江戸】【剣豪】 Amazon
 柴錬が昭和30年代の忍者ブームに参戦した本作は、実に作者らしい、剣豪ものの側面も色濃く持つ作品であります。

 三代将軍家光の御前で行われたという寛永御前試合。この十番勝負に出場した二十人の武芸者たちの死闘が本作の縦糸ですが、横糸となるのは、その勝者を襲って拝領の太刀を奪う謎の忍者の存在であります。
 その正体は、伝説の忍者「影」の娘と、服部半蔵の間に生まれた若き天才忍者「若影」。ただ己の腕のみを頼みとし、強者との戦いの中にのみ己の存在を見出す彼の姿は、いかにも柴錬らしい独特の乾いた美意識に貫かれています。

 ちなみに本作には、大坂の陣を生き延び隠棲している真田幸村と猿飛佐助も登場。そのカッコ良さはファン必見です。

(その他おすすめ)
『猿飛佐助 真田十勇士』(柴田錬三郎) Amazon


18.『風神の門』(司馬遼太郎) 【戦国】 Amazon
 その活動初期に伝奇的な作品を発表していた司馬遼太郎。本作は忍者ブームに発表された、天才忍者・霧隠才蔵の活躍を描く長編です。

 徳川と豊臣の決戦が迫る中、どちらにつくでもなく飄々と暮らす才蔵。ある時、人違いから襲撃を受けた彼は、それがきっかけで東西の忍者たちの暗闘の世界に巻き込まれることになります。
 そんな中、才蔵はかつては宿敵であった猿飛佐助の主君・幸村と出会い、己の主と仰ぐのですが――

 才蔵を己の技を売って生きる自由闊達な男と設定し、痛快な活躍を描く本作ですが、そんな彼の自由は孤独と背中合わせ。自由であることの光と陰を背負った彼の姿は、同時に極めて現代的であり、だからこそ魅力的なのです。

(その他おすすめ)
『梟の城』(司馬遼太郎) Amazon


19.『真田十勇士』(全5巻)(笹沢左保) 【戦国】 Amazon
 大河ドラマの題材にもなり、今なお人気の真田幸村と、その配下・十勇士。そんな十勇士を描いた中でも決定版が本作です。

 智将・真田幸村一の臣である猿飛佐助が、幸村の股肱の臣たるべき勇士を求めて諸国を巡る発端から、十勇士集結、豊臣・徳川の開戦、そして凄絶な決戦からその結末に至るまでを描いた本作。
 設定自体は極めてオーソドックスではありますが、しかし十勇士たちをはじめとするキャラクターの個性、そして物語展開は、名手ならでは、というべきさすがの内容。何よりも、十勇士たち一人一人が背負った過去、あるいは彼らが出会う事件それぞれが、みな実に伝奇色濃厚で、さながら戦国意外史の感すらある作品です。


20.『妻は、くノ一』シリーズ(全10巻)(風野真知雄) 【江戸】 Amazon
 市川染五郎と瀧本美織主演でドラマ化もされた作者の代表作にして、一味も二味も違うユニークな忍者活劇であります。

 たった一月の新婚生活の後に姿を消した妻・織江を追って江戸にやってきた、ちょっと変わり者の平戸藩士・雙星彦馬。
 実は織江は藩を探る公儀のくノ一、任務で彦馬に近づいたのですが、そうと知らず彦馬は彼女を探す毎日。そして彦馬を愛してしまった織江も、やがて抜け忍となることを決意して――

 彦馬が出会う市井の事件の謎解きを縦糸に、織江が忍びとして繰り広げる苦闘を横糸に、濃厚な伝奇風味を隠し味とした本作。愛し合うカップルの苦難に満ちた冒険が、どこかユーモラスで、そして暖かい、作者ならではの筆致で描かれる名品です。

(その他おすすめ)
『消えた十手 若さま同心徳川竜之助』(風野真知雄) Amazon
『私が愛したサムライの娘』(鳴神響一) Amazon


今回紹介した本
甲賀忍法帖  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)赤い影法師 (新潮文庫)風神の門 (上) (新潮文庫)真田十勇士 巻の一 (光文社文庫)妻は、くノ一 (角川文庫)


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 「風神の門」上巻 自由人、才蔵がゆく
 「風神の門」下巻 自由児の孤独とそれを乗り越えるもの
 「妻は、くノ一」 純愛カップルの行方や如何に!?

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2017.02.18

篠綾子『紫式部の娘。 賢子がまいる!』 暴走ヒロインの活躍と母娘の和解

 かの紫式部が中宮彰子に仕えていたことは有名ですが、その娘もまた彰子に仕えたことはどうでしょうか。本作はタイトルのとおり、その紫式部の娘・賢子を主人公にした物語。14歳の彼女が、大人の貴族の世界に飛び込んで活躍するお話であります。

 母と同じく中宮彰子に仕えることとなり、期待に胸膨らませる賢子。控えめな母とは違い、負けず嫌いで勝ち気な性格の彼女は、お約束の新人いじめも軽々と跳ね返し、今光君と呼ばれる藤原頼宗をはじめ、素敵な殿方との恋愛に胸をときめかせる日々であります。
 そんな彼女の周囲にいるのは、地味ながら人の良い先輩の小馬、元は賢子いじめの先頭に立っていた中将君良子、そしてかの和泉式部の娘で母譲りの言動の小式部……賢子は勝手に小式部をライバル視していますが、まずは賑やかな宮中生活であります。

 そんなある日、彰子の伴で参内した賢子たちが巻き込まれた物の怪騒動。占いによればその原因が小馬であるという噂が流されていることを知った彼女は、小馬の汚名を雪ぐために立ち上がります。
 それがやがて、宮中の権力の座を巡る争いにまで繋がっていくとも知らずに――


 おそらくは主人公と同年代の女の子を対象としているであろう本作、その親の世代の年齢である僕の目から見ると、暴走気味の賢子の第一印象は何ともハラハラさせられる……というか、正直に言えば辟易とさせられるものではありました。
 新人いじめ上等、仕掛けて来た相手には弱みを見つけて逆襲するのはいいとして、顔だけでなく血筋や出世の見込みも計算に入れて男の品定めをするのは、当時は現代よりも早熟だったとしてもどうなのかなあ……と。

 しかしその印象は、後半に行くに従って大分変わったものとなっていきます。

 早くに亡くなった父のことをほとんど知らず、仕事に執筆にと忙しく暮らしてきた母を持つ賢子。
 特に母に対しては、一つにはその文学者としての盛名から、そしてもう一つはそんな母に自分は放置されてきたという想いから、彼女はむしろ敵愾心にも似た感情を抱いているのであります。

 そんな境遇は彼女の境遇に影響を与えないはずはありません。過剰なほどに早く大人になることを望み、誰に頼ることなく――男と恋愛したとしても依存せず――生きていこうとする彼女の姿は、そんな彼女の複雑な心情の現れと言うべきでしょう。
 軽薄に見える貴公子たちへの態度も、中流の生まれである自分が、真に彼らと結ばれることはないと理解しているゆえ、というのがまた切ないのであります。

 そしてそんな肉親への複雑な想いは、一人賢子のみが抱えているわけではありません。彼女同様、偉大な母を持った彼女の友人・同僚たち(小馬の母には仰天)。そして彼女の周囲に現れる名門の男性たちもまた……
 皆、エキセントリックとも言えるキャラクターですが、しかしそんなキャラたちの姿から、それぞれに己の生まれに縛られ、親との相剋を抱えながら生きている様が浮かび上がってくるのに感心させられるのです。

 そしてそんなキャラクター造形が、そして物語の中心となる物の怪騒動が、この時代の政治の、権力のあり方と繋がっていく展開も、お見事と言うほかありません。

 作者は本作以前に『藤原定家謎合秘帖』『在原業平歌解き譚』と、貴族社会を舞台とした歴史ミステリを発表していますが、本作も控えめではあるものの、物の怪の正体を推理し、それに基づいて「犯人」を追い詰めるくだりなどにミステリ要素が見られるのも嬉しいところであります。

 そしてその先には、大人たちの浅ましい権力闘争の姿が浮かび上がるのですが――しかしそれに対して賢子が怖じることなく、闘志を燃やすのもまたいい。
 そんな彼女の真っ直ぐな思いが、先に述べた複雑な心情と結びつき、ポジティブに昇華される姿は、児童文学として理想的な結末といえるでしょう。

 さらに紫式部の意外な姿、彼女が背負ってきた真の役割が明かされ、それが母娘の和解に繋がっていく結末は、大人であっても唸らされるものであることは間違いありません。


 後に数々の男性と恋愛遍歴を重ね、歌人としても幾多の勅撰和歌集に採録され、何よりも従三位という高位に上りつめた賢子。

 しかしそこに至るまではまだまだ時間があります。この後彼女がどんな活躍をして、どんな恋をするのか……本作のその先が見てみたいものです(特にラストで描かれたある男性のことを思えば――)

『紫式部の娘。 賢子がまいる!』(篠綾子 静山社) Amazon
紫式部の娘。賢子がまいる!

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2017.02.14

せがわまさき『十 忍法魔界転生』第10巻 原作から一歩踏み出した最期の姿

 まだまだ続く十兵衛と魔界転生衆の死闘旅、ついに巻数も二桁に突入です。和歌山城での死闘を経て、粉河寺に至った十兵衛。そこで彼を待つのは、クララお品を捕らえた天草四郎であります。ついに激突する二人の戦いの結果が更なる波乱をもたらし、そして意外すぎるゲストキャラの登場が――

 囚われの身となったお雛を追い、和歌山城に赴いた十兵衛。そこで天守閣で彼を待ち受ける同門の名剣士・柳生如雲斎との二度目の対決は、お品の助勢により十兵衛が辛くも勝利することになります。

 が、お雛が敵の手にあることは変わらず、そして密かに十兵衛を助けてきたお品も、西国三番札所・粉河寺で、ついに天草四郎に責め問われることに――
 そしてお品に対し落花狼藉に及ぶ天草四郎ですが、これは彼にとっては必勝の儀式でもあることは、これまでに描かれたとおり。彼の忍法髪切丸は、女人の髪を用いることで、鋼の刃をも砕く力を生むのですから。

 かくて、万全の体制でもって、遅れて駆けつけた十兵衛と対峙する四郎(背中に黒い羽根と無数の亡骸を背負ったようなエフェクトが格好良い)ですが、その結果は……
 はは、本作で初めて『魔界転生』に触れた、いや原作以外のバージョンに触れていた方の驚きが目に浮かぶようであります。

 この辺り、どこまでも原作に忠実な本作らしいところですが、しかしここで本作は、原作からわずかに踏み出してみせることになります。

 四郎の傍らで、命の火が耐えようとしているお品の心に去来するのは、今よりももっと前、まだ純粋な二人が初めて出会った時の姿。
 そして十兵衛に、涙ながらにこれまでの旅の楽しさを彼女が向かう旅路とは、そしてそれに伴うのは…――

 ここで僕が思い出したのは、『バジリスク 甲賀忍法帖』での初の(と言ってよいかと思いますが)オリジナル要素であったお胡夷の最期。
 原作にはない、作者独自の描写は、ごく短いものでありつつも大いにこちらの心を揺すぶってくれたのですが……それと同様に、強く印象に残る最期の姿でありました。


 が、その一方で四郎が十兵衛に語ったのは、十兵衛の知らなかった――いやよく知っているというべきか――転生衆の名。
 そしてそれが柳生家を滅ぼしかねぬものであったことから、十兵衛は次善の策として密書を託していた弥太郎を、逆に止めねばならぬこととなります。

 この辺りは、「ゲーム」としてのこの
戦いのややこしさ、面白さがよく表れた部分ではありますが、しかし、ここからの弥太郎を巡っての柳生十人衆と根来衆の追いかけっこは、個人的にはあまりノレない展開で――

 と思いきや、ここでまたもやオリジナル(?)要素が、それもせがわまさきの山風ものファンには驚愕のものが飛び出すことになります。

 ただ一人道を往く弥太郎が、途中の村で出会った少女。弥太郎に根来衆の追手が襲いかかった時、彼女が持ちだした刀の持ち主は……
 かなりの年齢に見えながらも、しかし強者の風格と、どこか飄々としたものを伺わせる男。少女の祖父であるその老人の名は与五郎、そして(直接には登場しないものの)祖母の名は登世……そう、「あの作品」の主人公カップルのその後だったのです!

 基本的に原作に忠実であるせがわまさきの山風ものの中では異数の、原作とは異なる結末を迎えた「あの作品」。山風作品にして山風作品ではないその結末のその先がここで描かれるというのは、何とも楽しいファンサービスであります。

 もちろん、正直に申し上げれば唐突感は否めません。しかし、与五郎と武蔵の因縁を考えれば、そしてその時彼が囚われていた妄執に、今は武蔵が囚われているとも言える状況を考えれば、何とも皮肉なシチュエーションと言えるのではないでしょうか。


 もちろんこれはあくまでもファンサービスのスペシャルゲスト、物語は何事もなかったかのように先に進んでいくのですが……さて、この鬼ごっこがいつまで続くのか。個人的には早めに終わらせてほしいのですが。


『十 忍法魔界転生』第10巻(せがわまさき&山田風太郎 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon
十 ~忍法魔界転生~(10) (ヤンマガKCスペシャル)


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 『十 忍法魔界転生』第5巻 本戦開始直前、ゲームのルール定まる
 『十 忍法魔界転生』第6巻 決闘第一番 十兵衛vs魔界転生衆 坊太郎
 せがわまさき『十 忍法魔界転生』第7巻 決闘第二番 奇勝の空中戦!
 せがわまさき『十 忍法魔界転生』第8巻・第9巻 陰の主役、お品の表情

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2017.01.30

入門者向け時代伝奇小説百選 古典(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、古典の紹介その二であります。
6.『ごろつき船』
7.『美男狩』
8.『髑髏銭』
9.『髑髏検校』
10.『眠狂四郎京洛勝負帖』

6.『ごろつき船』(大佛次郎)【江戸】 Amazon
 大佛次郎といえば『鞍馬天狗』の生みの親ですが、その作者の伝奇ものの名作が本作――松前藩を牛耳る悪徳商人に家を滅ぼされた大商人の遺児と、彼を守って決死の戦いを繰り広げる人々の姿を描く物語であります。

 本作の魅力の一つは、何よりも松前に始まり、舞台は江戸に、西国に、そして遙か遠く異国まで広がっていくスケールの大きさ。しかしそれ以上に心に残るのは、主人公側の登場人物を次から次へと襲う苦難の運命と、それにも負けぬ善き心の存在であります。
 運命の悪意に翻弄され、世の枠組みからつまはじきにされようとも、善意と希望を捨てず戦い抜く……そんな「ごろつき」たちの勇姿には、心を熱くせずにはいられません。

(その他おすすめ)
『鞍馬天狗 角兵衛獅子』(大佛次郎) Amazon


7.『美男狩』(野村胡堂)【幕末-明治】 Amazon
 密貿易の咎で獄死した銭屋五兵衛が残した莫大な財宝を巡り、架空・実在の様々な人々の運命が入り乱れ、やがて伊皿子の怪屋敷に習練していく――銭形平次の生みの親である作者が初めて手掛けた時代小説である本作には、時代伝奇の楽しさが横溢しています。

 しかし印象に残るのは何とも不穏なタイトル。実は本作で大活躍するのは不倶戴天の宿敵である二人の美剣士。そしてそこに魔手を伸ばすのが、大の美男好き、それも美男同士の死闘を観るのを愛するという怪屋敷の女主人なのであります。
 そのドキドキするような要素を、「ですます」調の爽やかな文体で、節度を守りつつ描き出し、波瀾万丈の物語として成立させてみせた本作。作者ならではの逸品です。


8.『髑髏銭』(角田喜久雄)【江戸】 Amazon
 今では知名度こそ高くないものの、紛れもなく時代伝奇小説界の巨人と呼ぶべき作者の代表作がこの作品。莫大な財宝の在処を示す八枚の「髑髏銭」を巡り、青年剣士・怪人・大盗・悪女・奸商入り乱れての争奪戦が繰り広げられる本作は、まさに時代伝奇の教科書ともいうべき先品です。
 特に印象的なのは、髑髏銭を求めて跳梁する覆面の怪人・銭酸漿。冷酷で陰惨な殺人鬼のようでありながら、実は悲しい宿命を背負い、人間的な側面を覗かせる彼には、現代においても全く古びない存在感があります。

 推理小説家として知られるだけに、ミステリ的趣向が濃厚なのも作者の時代伝奇の特徴ですが、それは本作も同様。ミステリファンにも読んでいただきたい作品です。

(その他おすすめ)
『妖棋伝』(角田喜久雄) Amazon
『風雲将棋谷』(角田喜久雄) Amazon


9.『髑髏検校』(横溝正史)【怪奇・妖怪】【江戸】 Amazon
 たとえ異国の存在であっても貪欲に取り込んでしまうのが時代伝奇というジャンルですが、異国の妖魔の代表格である吸血鬼が江戸を脅かすのが本作。

 『吸血鬼ドラキュラ』の翻案と言うべき本作は、異境の吸血鬼に囚われた若者の手記に始まり、都で若者の恋人を狙う吸血鬼の跳梁、これに挑む老碩学たちの死闘――と、基本的に原典の展開をなぞっているのですが、それでいて要素の一つ一つが見事に日本のものとして翻案されているのが素晴らしい。

 何よりも、唸らされるのは、ラストで明かされる吸血鬼・不知火検校の正体。終盤の展開がやや駆け足ではありますが、時代伝奇ホラーの名作であることは間違いありません。

(その他おすすめ)
『天動説』(山田正紀) Amazon
『神変稲妻車』(横溝正史) Amazon


10.『眠狂四郎京洛勝負帖』(柴田錬三郎)【剣豪】【江戸】 Amazon
 古典ジャンルの中で唯一戦後の作品であります。古くは市川雷蔵や田村正和が、近年はGACKTが演じた孤高のヒーローの活躍を描く短編集です。

 異国の転び伴天連と武士の娘の間に生まれたという出生の秘密を背負い、立ち塞がる相手は円月殺法で斬り捨てる異貌の剣士。そんな狂四郎の人物像は今なおインパクトがありますが、しかし本シリーズは、今現在は最終作を除いて絶版という状況。その一方で容易に手に取ることができるのが本書です。

 張り巡らされた陰謀と謎、強敵を斬り払う狂四郎の一刀、むせび泣く女体……眠狂四郎ものの王道を行く表題作をはじめとしてバラエティに飛んだ短編が集められた本書は、眠狂四郎に初めて触れるにも適した一冊でしょう。


(その他おすすめ)
『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎) Amazon
『運命峠』(柴田錬三郎) Amazon


今回紹介した本
ごろつき船 上 (小学館文庫)美男狩(上) 文庫コレクション (大衆文学館)髑髏銭 (春陽文庫)髑髏検校 (角川文庫)新篇 眠狂四郎京洛勝負帖 (集英社文庫)


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2017.01.25

芝村凉也『素浪人半四郎百鬼夜行 拾遺 追憶の翰』 この世の理不尽に足掻く者たち

 江戸を、各地を騒がす怪異との戦いの果てに、浅間山大噴火の百鬼夜行の中で姿を消した素浪人・榊半四郎と聊異斎、捨吉。果たして彼らはどこに消えたのか……本シリーズもこれで最終巻ですが、本作はここに少々意外な形で結末を迎えることとなります。

 配下の妖忍たちを操って浅間山大噴火を目論む松平定信、それを阻もうと手勢を繰り出す田沼意次一派――様々な勢力が入り乱れる中に奔走した半四郎、聊異斎、捨吉の戦いの甲斐あってか大噴火は多大な被害を与えたものの、致命的な結果とはならず終わったのですが……しかし三人はその混乱の中で姿を消すことになります。
 そしてその後の彼ら三人の運命は……誰もが気になるその問いに、本作はいささか変わった形で答えを示すのです。

 シリーズ第4巻での出来事において火盗改に目をつけられ、江戸を離れて各地を巡ることとなった半四郎ら三人。その模様は軽く第5巻において触れられました。
 本作に収録された全四話のうち、掌編ともいうべき第三話を除く三つの物語で描かれるのは、その旅の中で彼らが遭遇した怪異の物語なのです。

 房総に向かった三人が、ある特定の網元の舟のみが嵐に襲われ遭難していくという怪事の影に、不幸な運命に見舞われた網子の存在を知る第一話「海霊」。
 土地の神に生け贄の娘を捧げて山中深くの平家の落人部落で、暴走を始めた奇怪な神の猛威に半四郎が孤剣を以て挑む第二話「異神」。
 山中で行方不明となり、三年の間異界で暮らしていたという座敷牢の中の若者と半四郎たちが出会う第四話「桃源郷」。

 この三話で描かれるのは、これまでシリーズで描かれてきたものと同様、由来も姿形も力も、それぞれ全く異なる、そして何よりも本作ならではの個性的な怪異の数々。
 その前において、半四郎たちが時に怪異に抗する者となり、時に傍観者となるのもまた、これまでと同様であります。

 そして残る第三話において、我々が最も気になっていたその後の江戸の姿が語られることになります。ただ一人江戸に残された愛崎同心が、噴火後に発生した大飢饉の余波による一揆の中で見たもの、それは――


 このような最終巻のエピソードの配置に、疑問を感じる方も少なくないかもしれません。本来であれば時系列的に一番後となる第三話、このエピソードこそが本作の最後に配置されるべきではないか……と。
 そして同時に、ここで描かれたその後の物語に、すっきりしないものを感じる方も多いのではないでしょうか。さらに言えば、本作に収められた他のエピソードが、過去の語られざる物語であることにも。

 この点については、あくまでも想像するしかないのですが、これも一つの結末の形である……ということは間違いなく言えるでしょう。
 大噴火の百鬼夜行の果てに、半四郎たちがどこに消えたのか。いかなる運命を辿ったのか。真実がいかなるものであれ、世界のその後の運命は第三話のとおりであり、そして半四郎たちのその後の運命は、第四話の結末に暗示されたとおりなのだと。

 そして本作の前半の二つの物語に、最終巻としての意義を見出すとすれば、それはその怪異の背後に、ある種の「理不尽」の存在を描いたことではないでしょうか。
 あるいは人の世の悪意がもたらしたもの、あるいは人知を超えた怪異がもたらしたものという違いはありますが、これらの物語で人々を苦しめるのは、まさしく理不尽としか言いようのない運命なのであります。

 思えば本シリーズにおいて描かれてきた物語の数々に通底するのは、この「理不尽」の存在でした。
 様々な超自然の怪異に苦しめられる人々だけではありません。悪政に、災害に、そして人の悪意に苦しめられる人々――本作に登場する人々の多くは、自身に責任のない理不尽な出来事に苦しめられてきたのです。

 しかし同時に本シリーズは、その理不尽を描くだけのものではありません。運命の悪意に負けることなく必死に「足掻く」者、そしてそれを助け、見守る者をまた、本作は描いてきました。そしてその代表が、自身も理不尽な運命に翻弄され続けてきた半四郎であることは言うまでもありません。

 本作で描かれたとおり、過去にも、現在にも、未来にも理不尽は存在します。しかしそれだけではない、それに挑む者が、それを助ける者が必ずいる……本シリーズはその姿を描くものではなかったでしょうか。
 本作は、それを我々に改めて提示してみせたように感じるのです。


『素浪人半四郎百鬼夜行 拾遺 追憶の翰』(芝村凉也 講談社文庫) Amazon
素浪人半四郎百鬼夜行(拾遺) 追憶の翰 (講談社文庫)


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 芝村凉也『素浪人半四郎百鬼夜行 四 怨鬼の執』 人の想いが生む怪異に挑む剣
 芝村凉也『素浪人半四郎百鬼夜行 五 夢告の訣れ』 新たなる魔の出現、そして次章へ
 芝村凉也『素浪人半四郎百鬼夜行 六 孤闘の寂』 新章突入、巨大な魔の胎動
 芝村凉也『素浪人半四郎百鬼夜行 七 邂逅の紅蓮』 嵐の前の静けさからの大爆発
 芝村凉也『素浪人半四郎百鬼夜行 八 終焉の百鬼行』 そして苦闘の旅路の果てに待つもの

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2017.01.03

『決戦! 桶狭間』(その一)

 一つの合戦をテーマに、その合戦に関わった人々一人一人を主人公として様々な作家が競作するアンソロジー「決戦!」シリーズ。私も毎回楽しませていただいていますが、今回のテーマは「桶狭間の戦い」。今回も直球ど真ん中から思いもよらぬ変化球まで、バラエティ豊かな作品が並んでおります。

 今回もまた、特に印象に残った作品を一つずつ紹介していきましょう。

『いのちがけ』(砂原浩太朗)
 前回の「決戦!」から開始された公募制度「決戦! 小説大賞」を今回受賞したのはこの作品。テーマは前田利家ですが、しかし物語の中心となるのは、その利家の家臣・村井長頼というユニークな作品です。

 信長の腹心、あるいはそれ以上の存在として知られる利家ですが、本書のテーマである桶狭間の戦いの際には、信長の同朋衆を斬ったことを咎められて浪人……出仕停止となっていたのもよく知られた話でしょう。
 そしてある意味そのとばっちりを受けたのが利家付きの長頼。利家とともに浪々の暮らしを送る彼は、かつての主家に危急存亡の秋が迫っていることを知るのですが――

 あえて利家という有名人ではなく、その家臣という視点から、利家を、そして利家と信長の家臣の絆を描く……それもその中で利家浪人の真実をも描くのが心憎い本作。
 物語的にはかなり地味な内容なのですが、利家主従が寄宿する郷士の娘も絡めて皮肉な味わいを生み出しているのも面白く、これがデビュー作とは思えぬ達者な作品です。


『わが気をつがんや』(富樫倫太郎)
 桶狭間の時点では人質として今川家の下にいた松平元康。その彼が義元の敗死の混乱の最中に今川家の軛から脱し、後の徳川家康となったことを考えれば、この戦はその後の日本の歴史を変えたとも言えるでしょう。
 その元康、人質といっても義元の下で厚遇され、義元を支えた太原雪斎の弟子という説もありますが……本作はその説をベースとした物語です。

 幼い頃から俊英ぶりを顕した元康を見込み、学問を、軍略を教えこむ雪斎。彼は自分の、義元の亡き後、氏真の軍配者として元康を育て上げようとしていたのであります。
 そう、本作は作者の人気シリーズのタイトルをもじれば『義元の軍配者』なのです(幼い元康と雪斎のやり取りが、小太郎と早雲のそれと重なる形で描かれているのにニヤリ)。

 ……と言いたいところですが、本作はその軍配者にならなかった男の物語。そもそも本作で描かれる氏真は、これがまた無能というより実に厭な厭な奴(これがまた実に作者らしいキャラ)であり、主君と仰ぐに足りない人物なのですから。
 既に雪斎は亡く、義元は討たれた今、氏真の下で今川家を支えていくのか。それとも……雪斎が最期に遺した「我が気をつがんや」という言葉を元康が自分流に受け止める結末が印象に残ります。


『非足の人』(宮本昌孝)
 その元康に見限られた氏真を中心に、敗者たる今川家の人々を描く本作。氏真といえば、父が築いた今川氏の栄光を一代で潰し、無能の代名詞のように描かれることがほとんどの人物ですが、その彼がほとんど唯一得意としたのが蹴鞠というのは、よく知られた話でしょう。

 実は名目上とはいえ、桶狭間の時点では今川家の家督を相続していた氏。
 しかし織田家との決戦――いや、織田家を揉み潰して天下に乗り出そうという時期に、自分の立場を顧みず蹴鞠に耽溺する氏真に苛立ちを募らせる者が家中に少なくないのも無理はない話でしょう(その筆頭として登場するが井伊直盛なのがタイムリーで楽しい)。

 そこで本作において、氏真を出陣させ、周囲を納得させるために警護役を買って出るのがあの武田信虎というのが実に面白い。言うまでもなくこの時点では子の晴信に追放され、今川家の客分となっていた信虎ですが、なるほどその信虎をこう使うとは……と唸らさられるばかり。
 そして義元が討たれた後の大混乱の最中、信虎らは氏真を守り、本陣であった沓掛城から決死の撤退をするのですが――

 蹴鞠においては「上足」(名手)であった氏真が、決死の場において思わぬ力を示すラストには感動してよいのか呆れるべきなのか……氏真以外の登場人物が多いため焦点がぼやけたきらいもありますが、ドラマチックな展開は作者ならではでしょう。


 明日に続きます。


『決戦! 桶狭間』(冲方丁、花村萬月ほか 講談社) Amazon
決戦!桶狭間


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 『決戦! 川中島』(その二) 奇想と戦いの果てに待つもの

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2016.12.25

真田丸ロスに送る時代小説5選+α

 このブログで取りあげることこそありませんでしたが、私も毎週楽しみにしていた大河ドラマ『真田丸』。先週ついに最終回を迎えてしまったため、真田丸ロス状態の方もいらっしゃるかと思いますが、そんな方のために時代小説・歴史小説のオススメ5選+αを紹介いたします。

 まず取りあげたいのは①『真紅の人 新説・真田戦記』(蒲原二郎)。
 大坂の陣で信繁の下に加わり、真田丸で戦った少年・佐助の目から見た大坂の陣を描いた作品であります。

 本作は物語・キャラクター自体の面白さもさることながら、特筆すべきは作中で描かれた道明寺の戦い(後藤又兵衛の最後)の新解釈が、ドラマの方でも同様の解釈が採用された点でしょう。
(ちなみに主人公、実はドラマでも人気だったあの武将の子であります)


 続いてはドラマでも明確には描かれなかった大坂の陣の「その後」を意外な切り口で描いた②『秀頼、西へ』(岡田秀文)。
 幸村が秀頼を連れて薩摩に逃れたという有名な伝説を題材に、秀頼とともに薩摩に向かう真田大助の逃避行を描く一種の歴史ミステリです。
 歴史小説と同時にミステリの方面でも評価の高い作者だけに、誰も信じられなくなる終盤のどんでん返しの連続はただ圧巻であります。

 なお、秀頼生存説については百数十年後を舞台にその真実を描いた『真田手毬唄』(米村圭伍)、また大坂の陣から数十年後の真田家(信之)と幕府の暗闘を描いた活劇『斬馬衆お止め記』(上田秀人)も面白い作品です。


 そしてドラマでも幸村とともに大活躍した後藤又兵衛の壮絶な戦いを描いたのが③『生きる故 「大坂の陣」異聞』(矢野隆)。
 生きるために大坂城に入った孤独な少年と又兵衛の交流から、死に花を咲かせるために戦いを繰り広げる最後の武人の姿が鮮烈に浮かび上がります。

 ちなみに本作、ドラマの方を意識していると明言されていますが、登場する幸村は、なるほどドラマのキャラクターのネガ像ともいうべき存在でなかなか強烈です。

 また、同じく五人衆を描いた作品としては、毛利勝永を主人公とした数少ない作品である『真田を云て、毛利を云わず 大坂将星伝』(仁木英之)も必読です。


 残る2作品は、せめてフィクションの世界では真田の痛快な活躍を読みたい、というところで伝奇性の強い作品を。

 まず④『柴錬立川文庫』(柴田錬三郎)は短編連作形式で九度山隠棲時代から大坂の陣に至るまでの真田幸村と勇士たち、そして周囲の英傑たちの姿を一人一話で描いてみせた名作。
 有名な史実・巷説を題材にしつつ、それを大胆に脚色して描き、短編ながらそれぞれ長編並みの密度を持つ作品であります。

 ちなみに同じ作者の『赤い影法師』は、その十数年後の寛永御前試合を舞台にした忍者ものですが、「実は生きていた」幸村と佐助が登場、またこれがえらく格好良いのでおすすめ。

 最後にドラマ(というかプロモーション)の方ではダメな感じながら、最終回で奇跡の出演を遂げた十勇士を描いた作品を。
 フィクションでは異能のヒーローとして描かれる彼らが大暴れするのが⑤『黄金の犬 真田十勇士』(犬飼六岐)であります。

 これまでも様々な作品で描かれてきた十勇士ですが、本作の彼らは忠誠心はどこへやら、戦国を自由気ままに放浪する一人一芸の豪傑たちという設定。
 とんでもない報酬と引き替えに大坂方(幸村)に手を貸す彼らの姿には、反骨のヒーローとしての真田(十勇士)像の最新アップデート版と言うべきものとして感じられます。


 おまけ。面白いけど真田丸ファンが読んだら卒倒しそうな作品の双璧は『徳川家康(トクチョンカガン)』(荒山徹)と『わが恋せし淀君』(南條範夫)でしょう。

 影武者家康が引き起こす大波乱を描く前者に登場する幸村は歴史に名を残すことに凝り固まった一種のサイコパス。大坂の陣の頃にタイムスリップしてしまった現代人を主人公とした後者に登場する淀君はほとんどサークルクラッシャー……
 と、ドラマをはじめ従来の人物像を粉砕する描写にひっくり返ること必至であります(が、もしかして……とも思わされたりもあったりして)


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