2018.09.19

澤見彰『横浜奇談新聞 よろず事件簿』 もう一人の福地、時代の影から物申す


 最近は『ヤマユリワラシ』『白き糸の道』と骨太の作品が続いた作者ですが、軽妙な味わいの(それでいて根底には重いものが流れる)作品も得意とするところであります。本作もその流れを汲む作品――明治初期の横浜を舞台に、生真面目な元武士と軽薄な英国人記者のコンビが怪事件を追う連作です。

 かつて海軍伝習所に学び、その外国語の知識を活かすことを夢見たものの、病で海外行きの機会を逃して以来、鳴かず飛ばずの暮らしを送る青年・福地寅次郎。恩人の勧めで横浜を訪れては見たものの、彼にできることさしてはなく、翻訳の仕事などで食いつなぐ毎日であります。
 そんな中、ついに髷を落とすという決心を固めて訪れた寅次郎は、理髪店で容姿端麗ながら脳天気で軽薄な英国人青年・ライルと出会うことになります。

 奇談怪談ばかりを扱う新聞「横浜奇談」の記者であるライルから、この理髪店で落とされた髷の怨念が夜な夜な怪事件を起こすという噂を聞かされた寅次郎。成り行きから理髪店の店主を助けるために一肌脱いだ寅次郎は、ライルから自分と一緒に「横浜奇談」を作ろうと誘われるのですが……


 おそらくは明治初期、いや幕末の日本において、最も世界に開かれた場所であろう横浜。この開化の横浜を舞台とした作品は数々ありますが、本作の最大の特徴は、その時代と場所、そしてそこに集う人々を描くのに、新聞という新たなメディアを切り口としていることでしょう。
 もちろん、江戸時代にも瓦版はありますが、新聞はそれとはまた似て非なるもの。面白半分のゴシップや奇談だけでなく、社会や政治に対するオピニオンを掲載したその内容は、新たな時代の象徴として、そして欧米から流入した文化の代表として、まことに相応しいと言えます。

 ……もっとも、本作で寅次郎とライルが携わる「横浜奇談」は前者をメインに扱うのですが、しかしそれでも新聞の、記者の魂は変わりません。ワーグマンやベアトといった当時の(実在の)先達に嗤われながらも、地に足のついた、いや地べたから物申すメディアとして、寅次郎とライルは日夜奮闘を繰り広げる――その姿こそが、本作の魅力であります。

 そう、新しい時代が輝かしい文明の光をもたらす一方で、光に憧れながらそれに手が届かない者、その光の輝きに馴染めぬ者、光の中に踏み出すのを躊躇う者――そんな光から外れた影の中に暮らす人々、暮らさざるを得ない人々がいます。
 その一人が、物語が始まった時点の寅次郎であることは言うまでもありません。

 そして寅次郎だけでなく、取材の中で彼とライルが出会う人々もまた、それぞれの形で時代の影に囚われた者たちであり、そんな人々が絡んだ怪事件の数々は、そんな時代の影、時代の矛盾が生んだものであります。
 そしてそんな事件の背後にあるのは、女性蔑視や人種差別といった重く難しい――そして何よりも、今この時代にも存在するもの。その事件を新聞記事として明るみに出すことで、彼らは彼らなりのやり方で、時代に、時代の在り方に挑んでいると言えるでしょう。

 寅次郎とライルを中心にしたキャラクターのコミカルなやりとりを描く一方で、この時代背景ならではの、そして決して我々にとっても無縁ではない「もの」を浮き彫りにしてみせる本作。
 実のところ、描かれる怪事があまり怪事でなかったり、登場人物たちがいささか物わかりが良すぎる印象は否めないのですが――軽く明るく、そして重く厳しい物語内容は、実に作者らしい、作者ならではのものと言えます。
(そして小動物が可愛いのもまた、別の意味で作者らしい)


 ちなみに上に書いたとおり、寅次郎の姓は福地ですが、この時代にはもう一人、新聞記者の福地が存在します。その名は福地源一郎――桜痴の号で知られる彼は、やはり幕末に外国語を学び、明治時代に新聞記者として活躍した人物であります。

 しかし幕末に遣欧使節に加わり、明治時代には役人として活躍した源一郎は、寅次郎とは対照的な存在と言えるでしょう。
 ある意味本作は、明治の光を浴びた福地ではない、もう一人の福地を主人公とすることで、光からは描けないものを描いてみせた物語なのではないか――いささか大袈裟かもしれませんが、そのようにも感じるのであります。


『横浜奇談新聞 よろず事件簿』(澤見彰 ポプラ文庫ピュアフル) Amazon
横浜奇談新聞 よろず事件簿 (ポプラ文庫ピュアフル)

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2018.09.05

重野なおき『信長の忍び』第14巻 受難続きの光秀を待つもの


 長篠の戦いも終わり、天下布武に王手をかけた――というのはまだ気の早い話で、本願寺や毛利といった勢力によって、三度包囲されることとなった信長。千鳥もまた大忙しでありますが、しかし今回物語の中心となるのは光秀であります。相変わらず苦労人の彼を次から次へと襲う苦難とは……

 長篠の戦いで強敵・武田家に壊滅的な打撃を与えた信長。もはや自分が前線に出ることはない、と配下の武将により各地方を攻略・統治させる方面軍構想を取り、自分は(形の上とはいえ)信忠に家督を譲って安土城にて睨みを効かせるという体制を取ることになります。

 その方面軍の一つとして丹波攻略に向かうこととなったのが光秀。丹波の赤鬼と異名を取る赤井直正を攻略することとなった光秀は、信長の軍門に下った波多野秀治を味方として、籠城した赤井を攻めるのですが――前の巻で「光秀挫折編」と予告されているのですから、ただですむわけがありません。
 目にハイライトがなくてどうみても怪しい――と、光秀以外はみんな気付いていたある人物の裏切りにより、光秀は一転窮地に立たされることに……

 一方、この丹波攻略戦でも示されたように、まだまだ信長に服さぬ勢力は数多存在します。宿敵の一つである本願寺、まだ見ぬ西国の強豪・毛利。さらには軍神・上杉謙信までもが動きだし――いわば第三次信長包囲網が形成されることになります。
(その背後には、これはこれでスゴいよな、と言いたくなるあの人物の影もあるのですが、それはさておき)

 そしてその中でも反信長の最右翼と言うべきは、かつて信長によって長島で無数の門徒を撫で斬りにされた本願寺教如。本願寺に籠城する形となっている教如ですが、鉄砲を扱えば無敵の雑賀孫市率いる雑賀衆、そして毛利とも密かに結び、備えは万全であります。
 一方、信長の方も、この宿敵と一気に決着をつけんと兵を動かし、ここに天王寺の戦いが――あれ、天王寺といえば確か、と思っていれば、ここで「光秀救出編」のナレーションが!

 そう、天王寺の戦いといえば、攻め手の一人であった光秀が、思わぬ味方の劣勢によって天王寺の砦に寡兵で立てこもることとなり、その救出に信長本人が駆けつけた戦い。そしてその中でおいて信長は――と、またもや光秀を不幸とストレスとプレッシャーが襲うことになります。
 
 そしてそんな光秀のメンタルにトドメを刺すように、彼を更なる、最大の不幸が襲うことに……


 というわけで、内容的にはほとんど完全に光秀が主役という印象の第14巻。ああ、あと6年でアレだしね――というのは言いすぎにしても、ここで描かれる光秀の一挙手一投足が、フラグに見えてしまうのも無理はないことでしょう。
 しかしこの巻で描かれる信長と光秀の主従関係は悪くない――というよりかなり良好。何度も窮地に陥る光秀を、得難い臣として赦し、救おうとする信長の姿からは、6年後のアレに繋がるような空気は感じられません。

 ……と言いたいところですが、何とも不吉に感じられるのは、信長が寛大さを見せれば見せるほど、光秀が追い詰められていくように見えるところでしょう。

 身も蓋もないことを言ってしまえば、信長を下げて――失敗はしても理不尽はしないというような形で――描くことがほとんどない本作では、アレは光秀側の(一方的な)理由で起きるような予感があって、正直これは外れて欲しいのですが……
 この巻のラストで光秀が失うある人物の言葉も、何となくフラグに感じられるのが不安になってしまうところであります。

 などと、何となく光秀びいきの気分になってしまうのは、信長だけでなく敗者の側も下げない本作ならではのマジックでしょうか。


 しかしもちろんそれはこの先の話。いまだ本願寺は、そしてその中でも最強の敵と言うべき孫市も健在の中、先の見えない戦いが続くことになります。
 果たしてこの戦いがいかなる決着を迎えるのか、そしてそこに至るまでにいかなるギャグが描かれるのか――まだまだ見所は尽きません。
(ちなみにこの巻では、光秀救出に向かった信長に尽き従う顔ぶれネタに大笑いしました。史実なんですが……)


『信長の忍び』第14巻(重野なおき 白泉社ジェッツコミックス) Amazon
信長の忍び 14 (ヤングアニマルコミックス)


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2018.08.24

篠原烏童『明日は死ぬのにいい日だ』 天狗と山賊と――風変わりな二人が結んだ友情

 嵐の後、とある宿場町の浜に流れ着いたネイティブ・アメリカンの青年。地元の山賊の頭領・力王丸と宿の名主の娘・おいとに助けられた青年は「天狗」と呼ばれ、力王丸と行動を共にする。しかし謎の「白い幽霊」と彼を追う八州廻りの出現により、力王丸たちの周囲はにわかに騒がしくなって……

 作者の作品には時代ものも幾つか含まれますが、本作はその一つ。時代劇にネイティブ・アメリカンを持ち込むというユニークなアイディアと、彼を取り巻く人間群像が魅力の作品であります。

 物語の舞台は19世紀初頭の、江戸から遠くない宿場町。そして物語の中心となるのは、近くの山を根城とする山賊(といっても不良少年グループに毛が生えたような印象)を率いる青年・力王丸と、背が高いのがコンプレックスの娘・おいと、そして彼らに「天狗」と呼ばれるネイティブ・アメリカンの青年の三人であります。

 白人の友に裏切られて故郷を奪われ、自らは売り飛ばされて船に乗せられた天狗。嵐の晩に日本近海にやってきた彼は、守護鳥の導きで難破寸前に海に身を投じ、一人生き残ることになります。
 言葉が通じぬためそんな事情は知らないながらも、天狗の実直さを信じた力王丸は、持ち前の気っぷの良さもあって彼を自分たちの仲間に入れ、成り行きから半ば仲間のようになったおいとも、二人に惹かれていくようになるのでした。

 が、それとほぼ時を同じくして、町の周囲で目撃されるようになった「白い幽霊」。その正体は、ある目的を持ってこの浜にやって来た白人と見紛う姿の青年・雅丸だったのですが――彼は力王丸と意外な関係を持つことが明らかになります。
 しかし雅丸を切支丹と睨んで執拗に追う八州廻りが現れ、狩り立てられる力王丸の一党。さらにおいとの両親も思わぬ形でこの一件に関わっていたことから、彼女も力王丸と行動を共にすることになります。

 そんな中、天狗は雅丸の姿にかつての忌まわしい記憶を蘇らせるのですが……


 ネイティブ・アメリカンと行動を共にした作家、ナンシー・ウッドの著作のタイトルで知られるようになった「今日は死ぬのにいい日だ」という言葉。ネイティブ・アメリカンの死生観を表す言葉として印象的なこの言葉が、本作のタイトルのモチーフであることは言うまでもありません。
 しかし何故「今日」ではなく「明日」なのか――それは作中で明確に描かれるためにここでは伏せますが、そこにあるのは、友を信じる若者たちの清々しい心意気であり――その姿を描くことこそが、本作の主題であると言っても良いでしょう。

 本作の登場人物たちは、ほとんど皆(自覚があるかないかを問わず)何らかの秘密や過去を背負った者たち。力王丸や天狗だけでなく、雅丸やおいとたちも――皆それぞれに、重いものを背負って生きているのであります。
 自分自身ではどうしようもないような巡り合わせや運命の悪戯で、そんな重荷を背負わされた人々は、苦しみながら生きるしかないのでしょうか? 本作はそれが否であることを、力王丸と天狗、人種や国籍や言葉の壁も関係ない二人の姿を中心に、高らかに謳い上げるのであります。


 単行本全3巻と分量的にはさほど多くないこと、そして――これはこれで大いに感心させられるところではあるのですが――一見無関係に見えた登場人物のほとんど全員(天狗も含めて!)が、実は一つの因縁で繋がっていた、という展開など、どうかなあと思うところはあります。
 しかし重い物語にも負けない登場人物たちの明るさとバイタリティ(これを体現する作者の絵柄も実にいい)には得難い魅力があります。

 何かと不自由な時代を舞台にするからこそ描ける、自由の物語――爽快な後味の、愛すべき作品であります。


『明日は死ぬのにいい日だ』(篠原烏童 秋田書店プリンセスコミックスデラックス全3巻) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon/ 第3巻 Amazon
明日は死ぬのにいい日だ 1 (PRINCESS COMICS DX)明日は死ぬのにいい日だ 2 (プリンセスコミックスデラックス)明日は死ぬのにいい日だ 3 (PRINCESS COMICS DX)

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2018.08.23

芝村涼也『穢王 討魔戦記』 天保篇第一部完 恐るべき敵との決戦の果てに……


 鬼を狩る者たち・討魔衆と、奇怪な異能を持つ鬼たちの死闘を描く『討魔戦記』も、本作を以て天保篇第一部完結。前作で被った大きな痛手を癒やす間もなく、奇怪な人魂が引き起こす事件を追う討魔衆は、鬼たちの背後に潜んでいた恐るべき敵との決戦に挑むことになります。

 七年に一度現れては奇怪な「子」を産む「母」鬼との死闘の末、精鋭集団である二つの小組の一つである弐の小組が壊滅し、その戦力がほぼ半分になるという大打撃を受けた討魔衆。その結果、一亮の所属する余の小組も、戦力として駆り出されることとなります。
 そんな中、気分転換に両国の川開きに出かけた一亮と早雪、健作と桔梗ですが、一亮が奇怪な気配を感じた直後に原因不明の将棋倒しが発生、その中で早雪が神隠しに遭って姿を消してしまうのでした。

 鬼たちの力を増幅する力を持つ早雪が姿を消したことで懸念と疑惑が広がる討魔衆。果たして江戸では奇怪な人魂が人々を襲い、溺れ死にさせるという事件が続発することになります。
 壱の小組が出動して事件を追うものの、それをあざ笑うように次々と出没する人魂たち。その騒動は、一連の怪事件を追ってきた老同心・小磯を引き寄せるのでした。

 そして早雪の処遇も定まらぬまま、決戦を決断する討魔衆。穢王なる謎の敵との死闘の行方は……


 ある日突然、人間が異能と残虐性を露わにして他の人間たちを襲う現象「芽吹き」。それによって生まれる鬼たちと討魔衆の戦いを、鬼を察知する力を持つ少年・一亮と、鬼や討魔衆の存在を知らぬまま事件を追う町奉行所の同心・小磯の視点を中心に本シリーズは描いてきました。
 第四作であり、冒頭に述べたとおり第一部完結編である本作においても、その基本構成は変わることがありません。

 市中で起こる事故とも偶然の連続とも見える人死にの背後で暗躍する鬼たちと、その鬼異能を見破り、倒さんとする討魔衆の戦い――そこにはもちろん伝奇ものらしい派手さはあるものの、同時に極めてリアルな手触りとなっているのが、本作らしいというところであります。
 特に鬼が引き起こす怪現象の奇怪な内容と、その手がかりや規則性、正体や弱点を見破るまでの丹念な積み重ねは、これまで怪異と日常性を巧みに縒り合わせて物語を(も)描いてきた、作者ならではの魅力と言うべきでしょう。

 本作においてはその怪現象は、人間を襲う奇怪な人魂の怪なのですが――日常の中にふと入り込んでくる怪異の描写が丹念に行われれば行われるほど、その恐ろしさと不可思議さ、そしてそれと両立する奇妙な現実感は際立つのであります。


 しかし――ここで厳しいことを言えば、本作の内容は、これまでの物語と大きく異なるものではない、という印象もあります。
 確かにこれまでになく強大であり、そして自分の意志を明確に持つ敵・穢王の存在が、本作の特色ではあるものの、その意図が討魔衆に(そして読者にも)伝わることはなく、結局謎のままで終わってしまうことで、物語にあまり前進が感じられず、もどかしさのみが残るように感じられるのです。

 そしてこのもどかしさはそもそも、一亮と小磯、あるいは討魔衆の上層部、さらに言えば鬼も――それぞれの勢力が持つ情報と意図が作中でほとんど交錯しないことにより、読者に与えられる情報も極めて限定的になっている点に起因しているように感じられます。
(さらに言えば、一亮があまり自分の感情を表さないキャラクターなのも大きいと感じます)
 もちろんそれこそが本シリーズの特色であり、特に一亮と小磯という対照的な視点から物語を描くことが、物語を盛り上げてきたのは間違いないのですが……

 確かに、物語には謎があってしかるべきですが、四作かけてほとんど謎が謎のままとなっている印象で、個々のエピソードやディテールは面白いのですから、そろそろ大きく動き出して欲しい――それが正直な気持ちであります。


 冒頭に述べたとおり、本作は天保篇第一部完結編とのこと。天保篇ということは別の時代も描かれるのか、第一部ということは第二部も当然あるのか――それはまだわかりませんが、物語が大きく動き出した時、本シリーズの全貌が明らかになるのでしょう。
 その時が少しでも早く来ることを期待したいと思います。


『穢王 討魔戦記』(芝村涼也 祥伝社文庫) Amazon
穢王 討魔戦記4 (祥伝社文庫)


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2018.08.17

「コミック乱ツインズ」2018年9月号

 お盆ということでか今月は少々早い発売であった「コミック乱ツインズ」誌の2018年9月号。表紙は『仕掛人藤枝梅安』、新連載は星野泰視『宗桂 飛翔の譜』であります。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介していきましょう。

『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視 監修:渡辺明)
 『哲也 雀聖と呼ばれた男』の星野泰視による新連載は、江戸時代に実在した将棋名人・九代目大橋宗桂の若き日の活躍を描く物語であります。

 1775年、十数年前から「名人」が空位となっている時代。亀戸の将棋会所を営む桔梗屋に敗れた不良侍・田沼勝助が、家宝の大小を奪われる場面から物語は始まります。
 初段の免状を笠に着て、対局相手に高額の対局料を要求するという博打めいたやり口の桔梗屋から刀を取り戻すため、茶屋で出会った若い侍の大小を盗んだ勝助。その大小をカタに再戦を望む勝助ですが、彼を追ってきた侍が代わって桔梗屋と対局することに……

 と、言うまでもなくこの若侍こそが大橋宗桂。素人をカモにする悪徳勝負師を主人公が叩き潰すというのは、ある意味ゲームものの第一話の定番と言えますが、今回はラストに宗桂が勝負を行った本当の理由がほのめかされるのが興味を引きます。
 ちなみに田沼勝助は、かの田沼意次の三男。後世に事績はほとんど残っていない人物ですが、それだけに今後の物語への絡み方も楽しみなところです。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 宿敵たちの陰謀で尾張徳川家に狙われることとなった聡四郎。橋の上でただ一人、多数の刺客に狙われるという窮地に、謎の覆面の助っ人が現れ――というところから始まる今回、冒頭からこれでもかと派手な血闘が描かれることになります。
 己に勝るとも劣らない剣士の出現に、敢えて一放流の奥義を見せる聡四郎と、それに応えて自らも一伝流なる剣の秘技を見せる謎の男。二人の今後の対決が早くも気になるところですが――しかしその因縁は、師・入江無手斎の代から続くものであることが判明します。

 かつて廻国修行の最中、浅山一伝斎なる剣客と幾度となく試合を行った無手斎。いずれも僅差で無手斎が勝負を収めたものの、いつしか一伝斎は剣士ではなく剣鬼と化し、無手斎の前に現れて……
 こうしたエピソードは剣豪ものであればさまで珍しいものではありませんが、一種の官僚ものとも言うべき本作に絡んでくると、途端に異彩を放ちます。あの無手斎までもが恐れる一伝流に対し、紅さんのためにも一歩も引かず戦うと決めた聡四郎――いよいよこの章も佳境に突入でしょうか。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 政宗最大の危機とも言うべき、伊達家包囲網と最上義光との対決。そんな中で政宗の母であり、義光の妹である義姫は、戦を止めるために単身戦場のど真ん中に乗り込んで――と、漫画みたいな(漫画です)前回ラストから始まる今回は、なんと主人公の一人である政宗不在で進むことになります。

 もちろんその代わりとして物語の中心にいるのは義姫。無茶苦茶のようでいて意外としたたかな行動を見せる彼女の姿を、振り回される周囲の人々も含めて浮かび上がらせ、その先に彼女が動いたただ一つの理由を描くのは、もう名人の技と言いたくなるような印象であります。
 そんな中で、義光の口から真に恐るべき相手――豊臣秀吉の名を出して今後に繋げるのも巧みなところ。……秀吉? かつて描かれた(というか今も描かれている)秀吉は、やたら体が頑丈で、奥さんの料理が殺人級の人物でしたが、さて。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 あてどなく旅を続ける浪人三人組の物語、今回は終活こと雷音大作の主役回。御炭納戸役を辞して炭焼きとなった旧友を十年ぶりに訪ねてみれば、その旧友は……
 というわけで、今回は暴利を貪る御炭奉行と炭問屋から、炭焼きたちが焼いた備長炭を守るために戦う三人組。正直に申し上げて今回の悪役の類型ぶりはちょっと驚くほどなのですが、その悪役たちに対して怒りを爆発させる雷音の表情は衝撃的ですらあります。

 激流を下る小舟の上での殺陣といういつもながらに趣向を凝らした戦いの末、悪役を叩き潰した雷音の決め台詞も、ちょっとそれはいかがなものかしらと思わないでもありませんが、これはこれでインパクト十分で良し、であります。


「コミック乱ツインズ」2018年9月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年9月号 [雑誌]


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2018.08.14

せがわまさき『十 忍法魔界転生』第13巻 決戦、十兵衛vs武蔵 そして十兵衛は何処へ


 長きに渡り繰り広げられてきた柳生十兵衛と魔界転生衆の戦いもこれにてついに完結であります。魔界転生衆で最後に残ったのは、名実ともに最強の剣豪・宮本武蔵――果たしてこの強敵に十兵衛は如何に挑むのか? そして決戦の果てに待つものは……

 十兵衛に魔界転生衆を六人まで倒され、さらに乗り込んできた松平伊豆守に圧倒された徳川頼宣。追い詰められた末に宗意軒の甘言に乗せられた頼宣は、お雛とお縫を使って魔界転生を行うことを決意するのですが――ーしかしそんな中、一人不穏な動きを見せるのは宮本武蔵であります。
 あろうことか自らの主である頼宣を見限り、頼宣らの企てを手土産に松平伊豆守に接近して徳川本家への仕官を狙う武蔵。その意図を知った宗意軒を一撃で叩き潰した武蔵は、様子を窺っていた柳生十人衆最後の二人をも叩き斬ると姿を消すのでした。

 そんな非常事態とはつゆ知らず、自らの手でもってお雛とお縫を忍体と化し、頼宣を転生させようとしていたお銭。しかしその場に現れた荒木又右衛門――いやその扮装をした十兵衛の妨害に遭い、その簪を手裏剣としてのダイナミックなアクション(これが実にインパクトのある構図で良いのです)で十兵衛に挑むも、もちろん叶うべくもありません。
 そして二人娘は無事に救い出した(けれどもはだかんぼうで放っておく)十兵衛の叱咤に、そしてかつて魔界転生衆に討たれた三達人の願いに打たれて頼宣も観念し、ここに紀州を舞台とした奇怪な陰謀も終結したのであります。

 が、そこに現れたのは武蔵に斬られたはずの二人衆。文字通り死力を振り絞った二人が十兵衛に伝えた武蔵の行動は、彼に大きな衝撃を与えます。この武蔵の暴走こそは、十兵衛のこれまでの苦労を、三達人の願いに応えて紀州徳川家を守ろうとした苦心惨憺の日々を無にするものなのですから。
 かくて最大の敵を止めるため、最後の戦いに挑む十兵衛。場所こそ違え、名前は同じ舟島――すなわち武蔵が佐々木小次郎を斃した島――に武蔵をおびき寄せた彼は、かつての決闘の如く十兵衛を粉砕せんとする武蔵の前に立つのですが……


 七人の魔界転生衆を討つべく柳生を旅立った時には、十兵衛と三人娘に弥太郎、そして柳生十人衆と賑やかだった一行。しかし十人衆は全て斃れ、今では三分の一の人数となったあまりにも寂しい姿が印象に残ります。

 十兵衛は久々の「んふっ」笑いからの獰猛な表情で「おれはおれ 柳生十兵衛だ」と実に格好良い見得を切ったものの、しかし相手は宮本武蔵。決闘の地が舟島と知り、かつての小次郎との決闘を反芻してもはや勝った気になっている状況です。
 もっともこれこそが十兵衛の策――これまでの戦いがそうであったように、絶対的に有利な状況にある相手を戦いの場に引っ張り出し、逆転の布石を打つのが本作の十兵衛の先方ではありますが、しかし今回はあまりに相手が悪いとしか言いようがありません。

 十兵衛勝つか、武蔵が勝つか――その死闘がいかなる決着を見せるのか、その詳細は伏せますが、その果てに描かれる結末は、二つの点で、いささか意外に思われる方も多かったのではないでしょうか。
 一つは、この大作のフィナーレとは思えぬ寂寥感溢れるものであったこと。そしてもう一つは、原作とはいささか異なる描写であったこと――この二つの点において。

 前者は原作由来(というよりこのラストバトルの元ネタである吉川英治の『宮本武蔵』由来と言うべきでしょうか)であるから仕方ないとして、後者は何故か……?
 これはもちろん想像するしかないのですが、この『魔界転生』という物語が、血湧き肉躍る剣豪オールスター戦であり、そしてこれまでに小説や講談等で描かれてきた剣豪もののパロディであったのと同時に、彼ら剣豪の、そして剣豪たちの時代への鎮魂歌であると考えれば、この結末も大いに頷けるものではないでしょうか。

 さらに言えば、これまで十兵衛が戦ってきたのは、既に時代の遺物となりかけていた――そして魔性の者となってもその運命に逆らおうとした――剣豪たちでした。
 そして作中でその剣豪たちによって、同志として魔界転生衆に誘われたように、十兵衛もまたその剣豪であるとすれば――彼は自分で自分の仲間たちを斬り、その果てに最後の一人となってしまったとも言えるかもしれません。

 だとすれば、ラストシーンの十兵衛の表情の意味は、そしてこの先十兵衛は何処に向かうのか……


 『十 忍法魔界転生』――原作そのものの内容だけでなく、その先にあるものまでも描き出してみせた、見事な漫画版でした。


『十 忍法魔界転生』第13巻(せがわまさき&山田風太郎 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon
十 ~忍法魔界転生~(13) (ヤンマガKCスペシャル)


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 せがわまさき『十 忍法魔界転生』第7巻 決闘第二番 奇勝の空中戦!
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 せがわまさき『十 忍法魔界転生』第11巻 浅ましき「敵」との戦いの末に
 せがわまさき『十 忍法魔界転生』第12巻 クライマックス目前、決闘鍵屋の辻!

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2018.08.03

霜島けい『あやかし行灯 九十九字ふしぎ屋商い中』 一級の怪異と人情と、思わぬ過去の秘密と


 絶好調の妖怪時代小説の最新作――いわくつきの品物を扱う九十九字屋で働くヒロイン・るいと店主の冬吾、そしてるいの父親でぬりかべの作蔵が奇妙な事件に挑むシリーズ第四弾であります。本作ではついにあの人物の過去が判明、何やら嵐の予感が……

 酔っぱらって土壁に頭を打って死んだ拍子にぬりかべになってしまった作蔵とともに、九十九字屋で暮らすこととなった霊感少女・るい。無愛想な主の冬吾や騒々しい作蔵とともに、いわくつきの品に込められた人の想いに触れて成長していく彼女の姿を、本シリーズは描いてきました。

 本作もこれまでのフォーマットを踏まえた内容ですが、第一話の「迷い子の守」では、迷子を預かることとなったるいの奮闘が描かれます。るいと大喧嘩して家出した作蔵が拾ってきた幼児。おちせという自分の名前以外は何もわからない状態の子供を家に返そうと奔走するるいですが、しかし一向に手がかりは掴めません。

 そんな彼女に、不承不承といった調子で、辰巳神社に行ってみろと言う冬吾。その言葉に従って神社に向かったるいは、迷子捜しに霊験のあるという境内の母子石の前で、お壱と名乗る老婆と出会います。手を繋いだ相手が見ていたものを見る力があという彼女に、おちせの心を覗いてもらうことにしたるい。しかしお壱とは一体何者なのか、そして冬吾との関係は……

 という人情話の第一話に続き、第二話「不思議語り」は、好事家の旦那衆が開催する怪談会に冬吾とともに招かれたるいが、同じく招かれていた辰巳神社の神主・周音から、とある商人とその別宅にまつわる悍ましい物語を聞かされるひたすら恐ろしいエピソード。

 そしてラストの表題作『あやかし行灯』は、再びグッとくる人情話であります。夫が亡くなって以来、夜毎独りでに灯るようになったという行灯を持ち込んできた吝嗇な女・お七とその娘・お仙。行灯に夫の亡霊が取り憑いたと語るお七ですが、それだけでなく、お仙に縁談が来るたびにその亡霊が現れ、ぶち壊しにするというのですが……


 霊感少女といわくつきの品物専門の道具屋――だけでなく、そこにぬりかべ親父が加わって他では類を見ないユニークな設定の本作。しかしその設定の面白さだけに頼ることなく、人情ものとしても怪異譚としても一級なのは、これまで通りであります。

 とにかく、描かれる怪異そのものの面白さ、恐ろしさはもちろんのこと、ちょっとした怪異描写が実にうまい。たとえば第一話でお壱が子供の心を覗く場面で、彼女がさらりと発する言葉一つで、心を覗くという不思議な行為が一気に具体性と現実性を帯びる辺りなどはベテランの技というほかありません。
 また、表題作の『あやかし行灯』の怪異は、行灯に亡夫の霊が憑くという、冷静に考えればかなり奇妙な内容ながら、作蔵の存在を考えればこれもアリか、と感じさせられるのがうまい。そしてその怪異が灯す明かりが、物理的なものに限らない――というのが、実に泣かせるのであります。


 しかし本作の見どころはそれだけではありません。本作ではついに、九十九字屋の由来、そして九十九字屋主人の冬吾の過去が明かされるのです。
 なるほど、あやかしに縁を持った人間でなければ入ることができない九十九字屋も、主としてその店を取り仕切る力を持つ冬吾も、明らかに普通ではない存在。果たしてこの店はいつ誰が作ったのか、そして冬吾は何故そのような力を持ち、そして主となったのか――冷静に考えればわからないことだらけであります。

 その一端が本作で明かされることになるのですが――といってもその詳細は読んでのお楽しみ。ここでは伏せることとしましょう。
 しかし一つだけ言えるのは、この巻の新キャラクター・周音が冬吾と大きく関わるということ。お互い顔見知りでありながら、犬猿の中の二人の過去に何があったのか?

 この巻では全てが語られるわけではありませんが、どうやらこの先、この二人の関係性が物語をグイグイ引っ張っていくことになるのではないか――そんな予感がいたします。そしてそこでるいがどのような役割を果たすのか、大いに気になるではありませんか。
(しかしこの周音、かなりシリアスなキャラのようでいて、よく見ると結構面白キャラなのがまた楽しい)


 『のっぺら あやかし同心捕物控』の復刊も決まり、絶好調の作者。この先も本シリーズでどのような怪異と人情が描かれるのか、そしてるいと冬吾、作蔵の物語はどのような先行きを迎えるのか――大いに期待しているところであります。


『あやかし行灯 九十九字ふしぎ屋商い中』(霜島けい 光文社文庫) Amazon
あやかし行灯: 九十九字ふしぎ屋商い中 (光文社時代小説文庫)


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2018.08.01

サックス・ローマー『骨董屋探偵の事件簿』 怪人探偵、夢見によって謎を解く


 以前から何度か申し上げていますが、私は探偵もの、それもオカルト探偵ものが大の好物。今回ご紹介するのもその探偵の一人――20世紀初頭のロンドンを舞台に、空間に刻み込まれた思念を読み取ることで事件を解き明かす、骨董屋にして夢見探偵、モリス・クロウの活躍を描く事件簿であります。

 名探偵といえば、その源流の時点から、明晰な頭脳を備えることはもちろんのこと、ある種の「怪人性」を備えていることもまた、一種の必要条件のように感じられます。その意味では、本作の名探偵クロウは、その条件を十二分に満たした怪人と言えます。

 ロンドンの貧民街に、その地にふさわしい極めた雑然とした骨董屋を構えるクロウ。
 幾多の小動物が飼われ、オウムが「モリス・クロウ! モリス・クロウ! 悪魔ガアナタヲ迎エニ来タヨ!」と素晴らしいセリフで出迎える店で暮らすクロウは、しかし同時に世界各地を巡った冒険家であり、幽霊屋敷の研究で名著を残した研究者であり、そして何よりもその独特の手法で次々と怪事件を解き明かす素人探偵なのであります。

 その彼の唱える理論は二つ――一つは、犯罪は必ず時を経て周期的に行われるという「周期の科学」。そしてもう一つは、人間の強烈な思念は、その発せられた場に留まり続けるという「思念の科学」であります。そして彼の奇妙な探偵術は、実にこの後者に従って行われます。そう、彼は事件の犯行現場で「寝る」ことにより、彼が言うところの感光板である彼の頭脳に、犯人あるいは被害者の思念を焼き付けるのです!
 その思念を、娘であり助手であるイシスの手を借りて現像(絵画化)することによって、事件解決に結びつける――いわばクロウは、サイコメトリー探偵の先駆とも言うべき存在なのであります。

 そんなクロウは汚れた羊皮紙めいた色合いの肌の年齢不詳の人物。普段は古めかしい茶色の山高帽に黒い外套、金縁の鼻眼鏡という出で立ちで、ビジュアル的にも怪人度高しではないでしょうか(山高帽の中にバーベナのスプレーを入れていて、ことあるごとに自分に吹きかけるのも面白い)。
 一方でイシスは、一体どこで手に入れてきたのかパリの最新モードに身を固めた出で立ちで、クレオパトラめいたしなやかな肢体の傲岸な黒髪美女という、こちらも強烈なキャラクターであります。

 そんな二人が語り手である私ことサールズ氏、他人を利用することでは天才的なグリムズビー警部補らとともに、10の怪事件に挑む物語が、本作には収録されています。

 博物館のギリシャの間で警備員が相次いで奇怪な死を遂げる『ギリシャの間の悲劇』
 古代エジプトの秘宝が刻まれた陶片を狙って怪人が暗躍する『アヌビスの陶片』
 没落貴族の屋敷を奪った札付きの成金が屋敷の斧で頭蓋を割られた謎『十字軍の斧』
 高価な装飾品をまとった美女の彫像が密室のアトリエから消失する『象牙の彫像』
 ロンドン市が購入したインドの宝石が、契約の場から消え失せる『ブルー・ラージャ』
 かつて不審死が相次いだ幽霊屋敷で、夜毎ポプラ並木から呼び声が響く『囁くポプラ』
 扼殺された芸術家の死体に残された巨大な手の痕が殺人犯に導く『ト短調の和音』
 ロンドンで次々とミイラの首が切り落とされる怪事件の真相を描く『頭のないミイラ』
 夜毎悪鬼の哄笑が響く幽霊屋敷の謎に挑むクロウが危機に瀕する『グレンジ館の呪い』
 古代エジプトの秘法に憑かれた男の禁断の実験が招く恐怖の一夜『イシスのヴェール』

 全てが骨董品絡みというわけでも、オカルト絡みというわけでもなく、それどころか事件性も薄いものもある(逆に完全にオカルトものも一編ある)のですが、どの作品もクロウの怪人ぶりが遺憾なく発揮されたユニークなエピソード揃い。
 正直なところ、ミステリとして現代の目から見ると、トリックなどかなり苦しく、拍子抜けな点があるのは否めないのですが、反則技に見えるクロウの探偵術が、実際にはロジカルな推理に裏付けられている(ものもある)こともあり、ご都合主義だけで終わらないのも良いと思います。

 個人的には、豪快なトリックながら犯人の造形が楽しい『象牙の彫像』、奇怪な事件もさることながらクロウのすっとぼけた個性がいい『頭のないミイラ』、トリック自体はすぐに気付くもののクライマックスの追い込みが印象に残る『グレンジ館の呪い』、直球ど真ん中の禁断の儀式ものの『イシスのヴェール』が印象に残ったところです(ただ、最後の作品は、クロウの娘の方のイシスが絡まなかったのが残念)。

 生真面目なミステリファンの方やお仕事小説的内容を期待された方(これは訳題が……)にはどうかと思いますが、好事家は必見の作品かと思います。


『骨董屋探偵の事件簿』(サックス・ローマー 創元推理文庫) Amazon
骨董屋探偵の事件簿 (創元推理文庫)


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2018.07.31

瀬川貴次『百鬼一歌 都大路の首なし武者』 怪異が浮き彫りにする史実の爪痕


 コミカルさとシリアスさが絶妙に入り交じった平安ものを描かせれば右に出る者がない作者の新シリーズ第2弾――和歌マニアの公家・希家と、源頼政の孫で怪異譚好きの少女・陽羽が今回挑むのは、都大路を駆け抜ける首なし武者の怪。果たしてこの怪異は真実なのか、そしてその陰に潜むものとは……

 源平の合戦から数年後の都で、ある晩都大路を馬で行く首なし武者と出会ってしまった希家。怪異との遭遇に震え上がったものの、それでも九条家の家司の務めがあるのが哀しいところ、鎌倉から病気平癒の加持祈祷を受けるためにやってきたという公文書別当のゆかりだという母娘の世話を頼まれ、希家はあれこれと奔走することになります。

 一方、なかなか和歌も作法も上達しない上に、前作の事件で周囲から注目を集めてしまった陽羽は、洛中の八条で暮らす元・斎院の宮の式子内親王のもとに預けられることになります。そこで同じ敷地に暮らす以仁王の忘れ形見だという西の対の姫宮と出会った陽羽。変わり者で周囲とは没交渉の姫宮ですが、陽羽は持ち前の明るさと遠慮のなさで、彼女と次第に距離を縮めていくのでした。

 そんな中、よんどころない事情で夜に鎌倉からの客人を送ることになった希家。あの首なし武者に襲われてはと、陽羽に護衛を依頼した希家ですが、不幸にもその心配は的中し、首なし武者が一行に襲いかかってきて……


 文系(というか文弱)の青年公家と、体育会系(でも怪異好き)の少女の凸凹コンビという主人公設定が実に楽しい本シリーズ。前作はキャラクター紹介編という趣もありましたが、今回は初めから全力疾走であります。
 当時の女性としては破格のアクティブさと、武術の腕を誇る陽羽。今回はめんどくさい和歌マニアとしての姿は比較的控えめではあるものの、本作においてはある種の(当時の)理性の象徴として活躍する希家。全く正反対の二人は今回も絶好調であります。

 さらに本作では、史実で希家のモデルと色々と深い関わりのあった式子内親王が初登場。希家との関係性も面白く、今後の活躍にも期待したくなるキャラクターであります。


 さて、冒頭で触れたとおり、平安ものにおいては有数の名手というべき作者ですが、本作は、本シリーズは、その中でも少々ユニークな位置を占めています。それは「史実」との関わり――本作は作者の作品の中でも、特に史実とのリンクが大きいのです。

 そう、作者の作品には、登場人物や描かれる逸話など、史実を題材とした作品はいくつもあるものの、しかし設定年代を明示しない作品がほとんどで、実は史実と明確にリンクした作品は想像以上に少ないのであります。
 それに対して本シリーズは、登場人物の時点で既に史実とのリンクが密接です。希家と陽羽は架空の人物ですが、希家にはほぼ明確にモデルがいますし、陽羽も頼政の孫という設定のキャラであります。さらに式子内親王や、名前は伏せますが本作のゲストキャラクターたちなど、作中の登場人物は、かなりの割合で実在の人物なのです。

 しかし本作は、単に実在の人物が登場し、活躍するだけの物語ではありません。本作は、「この時代」ならではの、「この時代」だからこそ生まれた物語なのです。

 本作の設定年代は、源平の合戦からわずか数年後。源氏と平氏に武士の世界を二分した――いや、同じ源氏ですら幾つにも分かれ、殺し合った合戦の爪痕が、濃厚に残された時代であります。
 それは荒れ果て治安の悪化した都の姿といった物質的な面でも描かれますが、それ以上に爪痕が残るのは精神面――親族を、愛する者を喪った者、そして遺された者の心にこそ、爪痕はより深く残されているのです。

 実に本作の事件の背後にあるのはこの爪痕――あの合戦さえなければ起きなかったはずの悲劇。それを背負った者、それに深く傷ついた者たちの姿が、事件の中から浮かび上がるのであります。

 それでは、その爪痕は消すことはできないのか? 悲しみは何時までも残り続けるのか? その答えは決して是ではないことを、しかし本作は示します。人が人を悼み、悔み、そして愛おしむ心。和歌に象徴される人間の想いが、時として悲しみを乗り越える力を発揮することを、本作は美しく描き出すのであります。


 キャラクターものとしての面白さはもちろん、史実との密接なリンクが生み出す濃厚なドラマ性が魅力の本作。ラストのどんでん返しも見事で、作者の新たな代表作と評しても過言ではない名品であります。

『百鬼一歌 都大路の首なし武者』(瀬川貴次 講談社タイガ) Amazon
百鬼一歌 都大路の首なし武者 (講談社タイガ)


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2018.07.16

「コミック乱ツインズ」2018年8月号

 今月の「コミック乱ツインズ」誌は、連載10周年記念で『そば屋幻庵』がスペシャルゲストを迎えて表紙&巻頭カラー。また、ラズウェル細木の『文明開化めし』が新連載となります。それでは、特に印象に残った作品を今回も一作ずつ紹介していきましょう。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 今月は『そば屋幻庵』と二作掲載の作者ですが、こちらはいつもながらがらりと作風を変えたアクションと政治劇が満載です。

 前回自分たちを(前田家の人間と間違えて)襲撃した刺客たちの正体が、尾張徳川家の人間だったことを知った聡四郎。しかし何故尾張が前田家を襲うのか――その謎が今回明かされることになります。その背後には聡四郎に表舞台を追われたはずのあの男が……
 一方、江戸城内では間部詮房と新井白石が相変わらず対立とも協調ともつかぬ微妙な関係。鍋松(徳川家継)の服喪の儀に関して、詮房に知恵を貸して恩を売る白石ですが――ここで聡四郎の前で白石がほとんど初めて人間臭さを見せるのが印象に残ります。

 そしてラスト、玄馬と離れて一人となった聡四郎を襲う刺客の群れ。逃れんと橋の上を走る聡四郎の前に現れた黒覆面黒装束の謎の剣士は、初対面と名乗りつつも何故か一放流のことを知っているのでした。「お主を倒すのは拙者だ」とツンデレっぽいことを言いながら助太刀してくれるその正体は……
 ツンデレといえば紅さんは名前のみの登場で残念ですが、名前のみの登場といえば、ついに今回、徳川吉宗の名が登場。顔は陰になっていて見えないのですが、果たしてどのような姿なのか――猛烈に気になります。


『カムヤライド』(久正人)
 出雲編中編の今回、中心となるのは謎の男・イズモタケル。出雲国主ホムツワケの叛乱の尖兵となった土蜘蛛たちを倒す力を持つ彼の正体は――ヤマトタケルの大ファンでした(本当)。
 ヤマトタケルに憧れ、偶然手に入れた土蜘蛛を倒す力を持つ剣を手に、捕らえられた人々を助けたいと熱っぽく語るイズモタケル。そんな彼を前に、ヤマト王家の者としてその名に鬱屈を抱えるヤマトタケルはその名を名乗ることができず……

 モンコが完成された人格に見えのに対し、人間味のある、成長代のあるキャラクターとして描かれるヤマトタケル。自分の実像を知らず、理想の人物として目標にするイズモタケルを前に揺れる彼の心の動きを、ホムツワケの高殿に急ぐ三人のシルエットに重ねて描く場面は、実に作者らしく格好良い名シーンであります。
 そしてカムヤライドしたモンコの前に現れた国津神の意外な正体は、そして彼らの戦いを見守る久々に登場した謎の旅人の動きは――次回出雲編完結です。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 伊達家包囲網に苦しむ伊達家に襲いかかる佐竹・芦名連合軍。この危機に、政宗の母・義姫が――という前回の引きを受けての今回、母が自分のために動いてくれたと浮かれる政宗の姿が微笑ましくも痛ましいのですが、如何にドシスコンであっても最上義光が譲るはずもありません。かえって(シスコンをこじらせた)義光が動き出し、思わぬことで景綱と義光の陰険……いや知将対決が勃発することになります。

 が、そこに義姫が割って入り――と、史実の時点でメチャクチャ漫画っぽいエピソードをこの作品は如何に料理するのか。ある意味これまでで一番の山場かもしれません。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 東海道は川崎宿にやってきた三人組が今回巻き込まれるのは、大店の娘の連続誘拐殺人事件。宿の米問屋の娘の警護に雇われた三人ですが、はたして娘は何者かに攫われ、百五十両の身代金の要求が届けられることに……

 凶悪な拐かしと、米問屋の父娘の軋轢を絡めて展開する職人芸的面白さの今回、ここのところ重めの話が続いていただけにホッとさせられる内容が嬉しいところです。
 そして基本的にカッコイイ担当だった坐望は、今回夏風邪を押して賭場に出かけてスッテンテンになった挙句風邪をこじらせるという実に微妙な役どころなのですが、それを吹き飛ばすようにクライマックスの乱闘でもんのすごくヒドい啖呵とともに登場(つられて夏海もスゴいことを)。静かな殺陣が多い本作には珍しく、豪快な「音」入りの剣戟を見せてくれました。


 そして『そば屋幻庵』のスペシャルゲストは――この人が良さそうで腰が低くてものわかりがいい人は誰!? という印象。今の読者はわかるのかしら、というのは野暮な心配ですね。


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