2019.01.06

瀬下猛『ハーン 草と鉄と羊』第5巻 激闘の果て、驚愕の新展開へ


 生き延びて海を渡った源義経がテムジンを名乗り、新たなる戦いを繰り広げる姿を描く本作も、気付いてみればもう第5巻。メルキトに攫われたボルテを追って単身乗り込んだテムジンは果たしてボルテを奪還できるのか、そしてその先に待つものは?

 放浪の末にキャト氏に拾われ、タイチウトやケレイトとの微妙な関係を危険な綱渡りで切り抜けてきたテムジン。しかし何となくいい感じだったコンギラト族の娘・ボルテがメルキトの族長・トクトアに略奪されたことから、テムジンはただ一人メルキトに乗り込むことになります。
 とはいえメルキトはモンゴル三強の一つであり、鉄資源を擁して力を蓄えてきた強大な部族。行く手に立ち塞がる無数の兵、そして剛力を誇るトクトアに、テムジンは……


 というわけで、この巻の前半で繰り広げられるのは、第1部完とでも言いたくなるような死闘。
 義経としての活躍として伝えられるものから想像できるとおり、兵を率いても個人の武勇でも抜きん出たものを持つテムジンですが――しかし個人の力にはもちろん限界があります。

 そんな彼を助けるのは、ボォルチュやカサル、ベルクテイといったキャト氏の面々だけでなく、ジャムカやオン・ハーンといった、時に手を組み、時に利用し合ってきた面々。
 もちろんこれはお互いの利害関係が合致したからでもあるのですが――しかしそれでも、たった一人で大陸に流れ着いた異邦人がいかなる理由であれこれだけの人を動かすというのは、それは間違いなくテムジンの力であり、運であり、才といえるのではないでしょうか。

 そして死闘の果てに様々なものを得たテムジン。ボルテを傍らに、新たな道を踏み出した彼の向かう先は……


 と、仰天させられたのは、ここで物語の時間は大きく流れ、4年後を舞台とした物語が始まること。テムジンはキャト氏の族長となり、そして大国ケレイトのオン・ハーンは、弟の反乱によって国を追われ――え!?

 いや、テムジンがキャト氏の英雄イェスゲイの子として族長を継ぎ、弟であるカサル、ベルクテイを率いて高原統一に乗り出したのも、一方ケレイトでオン・ハーンがその王位を追われたのも史実通りではあります。
 しかしそれを直接描かずにスルーしてしまうとは――おそらくは非常に長い期間を描くことを想定しているであろう本作で、どこかで時間が飛ぶのはむしろ当然とはいえ――さすがに驚かされました。

 特にオン・ハーンは、物語が始まって以来テムジンやジャムカにとって、壁として立ち塞がってきた人物。強大とも凶暴ともいうべきその人物像は、テムジンの最大の敵かつ目標として描かれていたのですが――しかしその(一時)退場がこのような形で処理されるとは、どうなのかなあ――という印象はあります。
 史実通り(といってもおそらくベースは『元朝秘史』だとは思いますが)タイミングなどアレンジも可能だったのでは、と素人考えながら感じてしまいました。もっとも、この後より詳しく描かれるのかもしれませんが……

 さらにいえば今回テムジンとジャムカの間に決定的な影響を与えるジャムカの弟の登場も、いささか唐突な印象があり――過去エピソードも今回描かれてはいるものの――本作独特のテンポの良さが、今回はいささか性急な印象に繋がってしまったように思えます。


 とはいえ、終盤には本作ならではの展開――テムジンではなく、源義経に恨みを持つと思しき謎の人物が登場。彼の存在がこの先のテムジンの運命と物語に如何なる影響を与えるかは気になってしまうところで、その辺りはやはり巧みと言わざるを得ません。


『ハーン 草と鉄と羊』第5巻(瀬下猛 講談社モーニングコミックス) Amazon
ハーン ‐草と鉄と羊‐(5) (モーニング KC)


関連記事
 瀬下猛『ハーン 草と鉄と羊』第1-2巻 英雄・義経の目を通して描かれる異郷の歴史
 瀬下猛『ハーン 草と鉄と羊』第3巻・第4巻 テムジン、危機から危機への八艘跳び

| | トラックバック (0)

2018.12.30

このブログが選ぶ2018年ベストランキング(文庫書き下ろし編)

 今年も一年の締めくくり、一人で選んで一人で発表する、2018年のベストランキングであります。今回は2017年10月から2018年12月末発刊までの作品について、まずは文庫書き下ろし6作品を挙げたいと思います。

1.『おもいで影法師 九十九字ふしぎ屋商い中』(霜島けい 光文社文庫)
2.『百鬼一歌 都大路の首なし武者』(瀬川貴次 講談社タイガ)
3.『義経暗殺』(平谷美樹 双葉文庫)
4.『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』(阿部暁子 集英社文庫)
5.『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』(鳴神響一 幻冬舎文庫)
6.『勾玉の巫女と乱世の覇王』(高代亞樹 角川春樹事務所時代小説文庫)


 第1位は、これは個人的には文庫書き下ろしにおける妖怪時代小説の一つの完成型ではないか、とすら思う作品。死んでぬりかべになった父を持つヒロインが奮闘する『九十九字ふしぎ屋商い中』シリーズの第3弾ですが、とにかく表題作が素晴らしい。
 妻を亡くしたばかりの隠居同心宅に現れる不思議な影法師。はじめは同心の妻の幽霊かと思われたその影は、しかしやがて様々な姿を見せ始めて――と、ちょっといい話と思いきやゾッとさせられて、そして意外な結末へ、と二転三転する物語には感心させられたり泣かされたり。作者は期間中、幻となっていた『あやかし同心捕物控』シリーズも再開し、いま脂が乗りきっているといえるでしょう。

 第2位は、平安ものを得意とする作者が鎌倉時代初期の京を舞台に、和歌マニアの青年と武芸の達人の少女を主人公に繰り広げるコミカルな時代奇譚の第2弾。今回はタイトル通りに奇怪な首なし武者事件に巻き込まれる二人ですが、その背後には哀しい真実が……
 と、個性的過ぎるキャラクターのドタバタ騒動で魅せるのはいつもながらの作者の得意技ですが、本作はそれに史実――この時代、この人々ならではの要素が加わり、新たな魅力を生み出しているのに感心です。

 そして第3位は、今年もバラエティ豊かな作品で八面六臂の活躍を見せた作者の作品の中でも、久々の義経ものである本作を。兄に疎まれ、奥州に逃げた源義経が、妻子とともに何者かに殺害された姿で発見されるというショッキングかつ何とも魅力的な導入部に始まり、その謎が奥州藤原氏の滅亡、そしてその先のある希望に繋がっていく物語は、『義経になった男』で時代小説デビューした作者の一つの到達点とも感じられます。
 ちなみに作者は今年(も)実にバラエティ豊かな作品を次々と発表。どの作品を採り上げるか非常に悩んだことを申し上げます。

 第4位は南北朝時代を背景に、副題通り吉野――南朝の姫君が、お忍びで向かった京で出会った義満と世阿弥とともに繰り広げる騒動を描く作品。今年も何かと話題だった室町時代ですが、本作はライト文芸的な人物配置や展開を見せつつも、混沌としたこの時代の姿、そしてその中でも希望を見いだそうとする若者たちの姿が爽快な作品です。
 個人的には作者の以前の作品を思わせるキャラクター造形が嬉しい――というのはさておき、作品のテーマを強く感じさせる表紙も印象に残ります。

 続く第5位は、期間中、ほとんど毎月、それもかなりバラエティに富んだ新作を刊行しつつ、水準以上の内容をキープするという活躍を見せた作者の、新たな代表作となるであろう作品。孤島に居合わせた六人の男女が次々と奇怪な手段で殺される――という、クローズドサークルものど真ん中のミステリである(本作が時代小説レーベルではないことに注目)と同時に、時代ものとしてもきっちりと成立させてみせた快作です。

 そして最後に、本作がデビューした作者のフレッシュな伝奇活劇を。いまだ混沌とした戦国時代を舞台に、長き眠りから目覚めた「神」と、その巫女に選ばれた少女を巡り、一人の少年が冒険を繰り広げる様は、時代伝奇小説の王道を行く魅力があります。
 その一方で、神の意外な正体や目的、そして張り巡らされた伏線の扱いなど、これがデビュー作とは思えぬ堂々たる作品で、今後の活躍が楽しみであります。


 ちなみにもう一つ、本年印象に残ったのは、本格ミステリ作家たちが忍者(の戦い)をテーマに描いたアンソロジー『忍者大戦』。『黒ノ巻』『赤ノ巻』と二冊刊行された内容は、正直なところ玉石混淆の部分もあるのですが、しかし時代小説初挑戦の作家も多い中で描かれる物語は、それだけに魅力的で、ユニークな企画として印象に残りました。

 と、振り返ってみれば、図らずも平安・鎌倉・室町・戦国・江戸と散らばったラインナップになりました。保守的なイメージの強い文庫書き下ろし時代小説ですが、その実、多様性に溢れていることの一つの証――と申し上げては牽強付会に過ぎるでしょうか?


おもいで影法師: 九十九字ふしぎ屋 商い中 (光文社時代小説文庫)

霜島 けい 光文社 2017-10-11
売り上げランキング : 38694
by ヨメレバ
百鬼一歌 都大路の首なし武者 (講談社タイガ)

瀬川 貴次 講談社 2018-07-20
売り上げランキング : 102866
by ヨメレバ
義経暗殺 (双葉文庫)

平谷 美樹 双葉社 2018-02-15
売り上げランキング : 350944
by ヨメレバ
室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君 (集英社文庫)

阿部 暁子 集英社 2018-01-19
売り上げランキング : 60988
by ヨメレバ
猿島六人殺し 多田文治郎推理帖 (幻冬舎文庫)

鳴神 響一 幻冬舎 2017-12-06
売り上げランキング : 84204
by ヨメレバ
勾玉の巫女と乱世の覇王 (時代小説文庫)

高代 亞樹 角川春樹事務所 2018-03-13
売り上げランキング : 774499
by ヨメレバ

関連記事
 霜島けい『おもいで影法師 九十九字ふしぎ屋 商い中』 これぞ妖怪時代小説の完成形!?
 瀬川貴次『百鬼一歌 都大路の首なし武者』 怪異が浮き彫りにする史実の爪痕
 平谷美樹『義経暗殺』(その一) 英雄の死の陰に潜むホワイダニット
 平谷美樹『義経暗殺』(その二) 天才探偵が見た奥州藤原氏の最期と希望
 阿部暁子『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』 現実を受け止めた先の未来
 鳴神響一『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』 本格ミステリにして時代小説、の快作
 高代亞樹『勾玉の巫女と乱世の覇王』 復活した神の望みと少年の求めたもの

 このブログが選ぶ2017年ベストランキング(文庫書き下ろし編)

| | トラックバック (0)

2018.12.27

霜島けい『とんちんかん あやかし同心捕物控』 新作で帰ってきたのっぺら同心!


 あののっぺら同心が、帰ってきました。正真正銘の(?)のっぺらぼうながら、江戸を守る南町奉行所の腕利き同心である柏木千太郎が、復刊した前2巻に続き、新作で活躍することになったのであります。いつも人間とあやかしの間で起きる不思議な事件ばかり扱う羽目になる千太郎の今回の活躍は?

 人間の同心の父と八王子の狐の母の間に生まれたのっぺらぼうでありながら、頭の切れと腕の冴え、そして何よりもその正義感の強さとさっぱりした気性から、いまや江戸では知らぬ者とてない人気者の千太郎。
 のっぺらぼうくらいで驚いたら江戸っ子の名折れ、という町の人々の声援を受け、彼は今日もお江戸の怪事件に颯爽と挑むのです。

 そんな本シリーズは、かつて廣済堂モノノケ文庫で2作が発表されたものの、レーベルの消滅に伴い惜しくも中絶していたもの。それが最近アンソロジーに収録されたこともあってか見事復活し、先の2作に続き、本書が書き下ろしで登場したというわけなのです。


 さて復活第1作にして表題作の『とんちんかん』は、盗人と疑われて番屋に突き出された少女・お駒にまつわると、千太郎たちが出会ったことから始まる物語であります。

 跳ねっ返りの元気な娘ながら、幼い頃に水害で両親をなくし、人買いに売られるなど辛酸を舐めてきたお駒。そんな彼女の周囲では、盗まれたものが見つかったり、彼女を傷つけようとした人間が叩きのめされたりと、奇妙な出来事ばかりが起きていました。
 そんな彼女に何くれとなく目をかけるようになった千太郎たちは、お駒の周囲に怪しげな男が出没しているのに気づきます。どうやらお駒は彼を知っているようなのですが……

 辛い暮らしを送りながらも明るさを忘れない少女と、彼女を影ながら支える人物――というのは、人情ものでしばしば見かけるシチュエーションですが、しかし本作ではその人物というのが怪しい、いや妖しい。何しろこの男、川で何度も土左衛門になって見つかりながら、そのたび息を吹き返して――と、なるほどこれは千太郎向きの事件であります。

 果たして男は何者なのか、そして何故お駒を助けるのか。そしてお駒は何故彼を避けるのか? その謎の先にあるのは、相手を想う気持ちが、かえって相手を苦しめてしまう――しかしそれが善意なのがわかるからこそ尚更悲しい――想いのすれ違いであります。
 そんな切ない想いを描く一方で、お駒を救うために千太郎たちが繰り広げるとんでもない作戦は実に愉快で――そして彼が悪に見せる怒りの凄まじさも印象に残る、復活作に相応しい作品です。


 そして後半の『憑き物』は、題名通りに一風変わった憑き物が、それも千太郎に憑くというユニークな一編であります。
 何者かに刺し殺された男を看取った千太郎。しかしその男に掴まれた彼の腕は奇妙に腫れ上がり、やがてその腫れは人間の顔のようになってしまいます。ついには目を開き、喋りだした腫れ物――そう、千太郎の腕にできたのは、人面疽だったのです。

 しかもその顔は、殺された男の顔。千太郎に何かを託そうとしていた男の想いが、人面疽となったのだと思われたのですが――しかし人面疽は自分を誰が、何故殺したのか、肝心なことを覚えていません。やたらと気が短く、鼾のうるさい人面疽に悩まされつつ、千太郎は謎を追うのですが……

 というわけで、顔のないのっぺらぼうと、顔だけの人面疽という組み合わせだけで、既に本作は面白いのですが――しかし本作の魅力はもちろんそうした楽しさ、可笑しさだけではありません。

 本作の魅力は人面疽が自分を殺した相手を確かに見ているはずなのに、知らないと言い張るという謎――第1話以上に強いミステリ味と、その背後に隠された想いにあります。
 実のところ、その真実は、それだけ見れば、さまで珍しい内容ではないかもしれません。しかし本作以外あり得ないような奇っ怪なシチュエーションを通じて描かれるその真相は、そこまでしなければならなかった想いの存在と、その強さを強く浮き彫りにするのです。


 人とあやかしの間に立ち、双方の世界を知る千太郎の活躍を通じて、人もあやかしも決して変わらない――いや、人ならぬ身だからこそより一層強く感じさせる――情の姿を描く本シリーズ。その復活編として、本書は笑いあり、涙ありと、期待通りの楽しさを見せてくれました。

 久方ぶりに復活したこのシリーズが、この先どのような物語を、どのような情の姿を描いてくれるのか――シリーズ開始当初から応援してきた身としては、この先の展開が楽しみでならないのです。


『とんちんかん あやかし同心捕物控』(霜島けい 光文社文庫)

とんちんかん: あやかし同心捕物控 (光文社時代小説文庫)

霜島 けい 光文社 2018-12-07
売り上げランキング : 3454
by ヨメレバ

関連記事
 「のっぺら あやかし同心捕物控」 正真正銘、のっぺらぼう同心見参!
 「ひょうたん のっぺら巻ノ二」 のっぺらぼう同心の笑いと泣かせと恐怖と

| | トラックバック (0)

2018.12.12

SOW『風銘係あやかし奇譚』 百人斬りが見た文明開化の光と陰


 西南戦争で百人斬りの悪名を轟かせた時代遅れのサムライと、内務省警保局図書課風銘係なる肩書きを持った謎の少女が、文明開化の世に新たな生き方を探す(中であやかし絡みの騒動に巻き込まれる)、ちょっと変わった明治ものノベルであります。

 西南戦争の熊本城での激戦で無数の官軍を斬った末、深手を負って捕らえられた青年・乃木虎徹。牢の中で意識を取り戻した彼を迎えに来たのは、卯月と名乗るちょっと変わった少女でありました。

 彼女が勤めるのは内務省警保局図書課風銘係なる聞いたこともない部署。その上司であり、官界に顔の利く謎の男・天樹鈴白に何故かスカウトされた虎徹は、行く宛もなかったこともあり、試用期間ということで風銘係に参加することになります。
 その風銘係の業務とは、一種の文化振興事業。文明開化の世にはびこる因習や偏見・誤解を解くために奔走する卯月を――自分自身も文明開化の風物に驚きつつ――助けて、虎徹は奮闘することになります。

 そんな中、二人が新宿の貧民街で出くわしたのは、コレラの流行に乗じてぼろ儲けを企むインチキ宗教者。人々を誑かし、こちらの言葉も通じない相手に、人斬りに戻ることを決意する虎徹ですが、その前に宗教者に雇われた用心棒が現れます。異様な存在感を漂わせるその男こそは、帝都を騒がせるある事件の犯人であり、そして……


 文明開化の時代を舞台した物語といえば、文明開化に乗り切れない時代遅れのサムライか、あるいは夢に燃えてその文明開化の最先端で活躍(奮闘)する人物が主人公になるというのが、まず定番でしょう。

 そして本作の主人公たる虎徹は、その双方の要素を持つキャラクター――すなわち、西南戦争で人を斬って斬って斬りまくってきた最後の薩摩武士にして、一転、風銘係なる肩書きで文化振興に奔走する人物として、描かれることになります。
 もちろんそこには卯月という導き手がいるのですが、ちょっと浮き世からずれたキャラである卯月と、さらにずれている虎徹のおかしなコンビが文化振興に当たる様は、本作の前半の見せ場というべきでしょうか。

 ちなみにその中で虎徹が目の当たりにすることになる文明開化の東京の姿は、有名なものからマイナーなものまで様々で、かなり丁寧に描写されているのが印象に残るところであります。
 聞けば本作の作者は、劇場版の『るろうに剣心』のノベライゼーションを担当していたとのこと。恥ずかしながらそちらは未読なのですが、なるほど、と言うべきでしょうか。


 しかし本作は、ちょっとおかしなバディの、ちょっとトリビアルな明治漫遊記だけで終わる物語では、もちろんありません。何しろ虎徹は剣呑極まりない百人斬り――一見平和の世に馴染んだようでいて、作中後半で描かれるように、容易に人斬りのメンタリティに戻れる男なのですから。

 そんなキャラクターを本作の主人公にする必然性は何なのでしょうか。その手がかりの一つになるのは、本作が決して時代の陽を――輝かしい文明開化の光のみを描くものではなく、同時にその光から外れた陰の中に取り残された者・物・モノを描いた物語であるということではないでしょうか。

 そう、虎徹は(そして実は卯月も)最も文明開化とほど遠い、それどころかその対極にあった人物。その彼の目から見た時代の姿は、ある意味正面から描く以上に、よりその本質を――少なくともその本質の一つを――描き出しているように感じられます。
(ちなみに、主人公たちを助ける役回りであり、二人とは別の意味で文明開化の時代を象徴するキャラクターとして、佐藤進を配置するセンスには感心させられます)

 そしてその構図は、後半に登場する「敵」の姿と対比することによってより明確になるのですが――そのもう一人の虎徹というべき存在と対峙することによって、虎徹の中の人間性、ある意味文明と対応する部分を浮かび上がらせるのも、面白いところでしょう。


 正直な印象を申し上げれば、虎徹のキャラクターはあまりにわかりやすい、関ヶ原からタイムスリップしてきたような薩摩武士でありますし、その「敵」の「ヒャハハと笑う殺人鬼」というキャラも、非常に類型的に感じます。(ただし本作の場合、それをあえてやっている印象も強いのですが……)

 それでもなお本作は、明治を、文明開化を切り取った物語として独自の味わいを持ちます。新たな時代で生まれ変わった虎徹が何を見るのか――その先が気にならない、と言えば嘘になるでしょう。


『風銘係あやかし奇譚』(SOW マイクロマガジン社文庫)

| | トラックバック (0)

2018.11.13

須垣りつ『あやかし長屋の猫とごはん』 少年を広い世界に導くおかしな面々


 この夏に誕生した二見書房のキャラクター文芸レーベル・二見サラ文庫の第2弾ラインナップとして刊行された本作――仇討ちのために江戸に出てきた少年武士を主人公に、「あやかし」「猫」「ごはん」と鉄板の題材3つを贅沢に(?)盛り合わせた、妖怪あり人情ありのお話であります。

 不正を発見した父を殺して逃げた相手を追い、小瀬木藩から江戸にやってきた13歳の少年・大浜秀介。しかし路銀が尽きて行き倒れ寸前となり、もはやこれまでと腹を切ろうとしたその時、彼の前に純白の子猫が現れます。
 寿命が尽きた時に秀介に弔ってもらい、猫又になった今、彼に恩を返すために現れたという猫・まんじゅう(という名前)に導かれ、秀介はまんじゅうの元飼い主が大家を務める長屋を訪ね、成り行きからその住人の一人となるのでした。

 しかしその長屋は、幽霊やら妖怪やらが出没することから、つけられたあだ名が「あやかし長屋」。そんな長屋で秀介は、まんじゅうや隣人の少年職人・弥吉に助けられ、長屋の、江戸の住人として少しずつ馴染んでいくのでした。
 そんなある日、両国で憎き父の仇を見つけた秀介。まんじゅうの止めるのにもかかわらず、単身仇を追った秀介の選択は……


 冒頭に述べたとおり、ライト文芸、いや文庫書き下ろし時代小説鉄板の題材3つをタイトルに掲げた本作。
 なるほど主人公・秀介の住む長屋は妖怪や幽霊が現れるあやかしスポット、彼を助けるのは猫(又。しかし概念的には猫又というより猫の幽霊では――という気も)、そして作中では秀介が様々な江戸の食べ物を口にして――と看板に偽りなしであります。

 その題材通りと言うべきか、非常に気軽に読める本作。深みや重みという点では食い足りない方はいるかと思いますが、こうして楽しくサラっと読める作品も、当然のことながらあってよいと思います。


 しかし本作ならではの魅力もしっかりとあることは言うまでもありません。
 個人的に感心したのは、主人公である秀介が地方の小藩出身の、まだ元服もしていない少年として設定されている点であります。

 特に時代小説にあまり馴染みがない――というよりその舞台となる江戸の文化風物の知識が多くない――方向けの作品として、地方から初めて江戸に出てきた「世間知らず」の人物を主人公として、読者と主人公の視点をできるだけ近づけるのは、これは一つの定番と言えます。
 その意味では本作もそれに則っていることは間違いありませんが、しかしそれだけではありません。本作の秀介はまだ年若く、知識というだけでなく、人としての機微にまだ疎いという、いわば二重に世間知らずの存在なのであります。

 さらに父の仇討ちという武士としてある意味究極の目的を背負ったことで、非常に「堅い」キャラとなっているわけで、そんな(厳しい言い方をすれば)非常に狭い世界に生きていたキャラクターが、一歩一歩人情を、武士以外の世界を知って成長していく様が、本作の魅力と言えるのではないでしょうか。

 しかし秀介を導くのが、ものわかりのいい大人たちであったりすると、何だか説教臭くなりかねないところではあります。
 そこを本作では彼とほとんど同い年ながら、江戸の町人として苦労を重ねてきた弥吉や、見かけは卑怯なくらいに可愛いのに妙に分別臭い(元は享年17歳の老猫なので)まんじゅうという、ちょっとイレギュラーな面々がその役を務めるというのも、また巧みと感じます。


 本作の作者は、幻の(賞は決定したものの刊行されなかった)第2回招き猫文庫時代小説新人賞の受賞者。本作は新作ではありますが、そう言われてみると、あのレーベルの香りが――初心者にも優しく読みやすい時代ものという方向性が――強く漂っている印象があります。

 そんな理由もあって、大いに応援したくなる作者と本作。この先も本作のように、ライトでキャッチーで、それだからこそ新しい読者を惹きつけ、時代小説読者の裾野を広げるような作品を発表していただきたいものです。

『あやかし長屋の猫とごはん』(須垣りつ 二見サラ文庫)

あやかし長屋の猫とごはん (二見サラ文庫)

須垣 りつ 二見書房 2018-09-11
売り上げランキング : 410392
by ヨメレバ

| | トラックバック (0)

2018.10.30

瀬下猛『ハーン 草と鉄と羊』第3巻・第4巻 テムジン、危機から危機への八艘跳び


 生き延びた源義経が海を渡り、ユーラシア大陸でテムジンを名乗って大陸制覇に乗り出す――そんな古典的な伝説を題材にしつつ、新たな物語を生み出してみせる『ハーン 草と鉄と羊』の第3巻&第4巻であります。いきなりの挫折からモンゴルに逃れたテムジン。そこから立ち上がる術は……

 兄・頼朝の手の者に追い詰められた末、ただ一人海を渡り、大陸に辿り着いた義経。そこで謎の男・ジャムカと盟友(アンダ)となった彼は、北方の3強の一つ・ケレイトのオン・ハーンの下に身を寄せるのですが――その首を狙った企てはあっさりと失敗、逃亡の果てにモンゴルに辿り着きます。
 そこでお調子者ながら、天下を夢見る青年・ボオルチュと出会い、彼の紹介で、今は亡きキャト氏の族長・イェスゲイの未亡人であるホエルンのもとに身を寄せた二人。しかし敵対するタイチウト族と二人が事を構えたことで、一族全体が危機に晒されることに……

 というわけで、これまで個人レベルの戦いは描かれていたものの、ついに集団レベルの――すなわち、兵を率いての戦いを経験することとなったテムジン。
 多勢に対して少数で策を巡らせて勝利する、というのはというのは定番中の定番ではありますが、源平合戦でも先進的過ぎる(と言われている)戦を繰り広げた男が戦うのですから、負けるはずはありません。

 ……と言いたいところですが、この戦いを収めたのは彼の力だけでなく、介入してきたケレイト軍の力あってこそ。しかしケレイトといえば、テムジンはその長の暗殺未遂犯であります。この時はごまかせたものの、いつかテムジンの存在がばれた暁には、ただで済むはずがありません。
 もちろん、テムジンも座して待つだけの男では当然なく、この戦いで勝ち得た名声をはじめ、使えるものは全て使って自分の勢力を広げるべく動き出すことになります。

 そんなテムジンにボオルチュは「あんたは俺のハーンだ」と語り、そしていまやオン・ハーンの義子となり、モンゴルで一番勢いがあると言われるジャムカも再登場。テムジンとジャムカ、二人のどちらかが高原を統一し、大陸を西進しようと希有壮大な誓いを交わすのでありました。
 しかしその前に、テムジンの首を狙い、ジャムカを追い落とそうとするケレイトの隊長・ダイルが立ち塞がります。そしてさらに、モンゴルにはオン・ハーンその人までもが姿を見せて……


 というわけで、危機から危機への八艘跳び状態のテムジン。普通の国盗り、普通ののし上がりだけでも大変なところですが、そこにテムジンとしての過去、義経としての過去が重なるのですから、さらにややこしい状況であります。しかしそれはもちろん、物語がそれだけ面白くなるということであることは言うまでもありません。
 第3巻のクライマックスがボオルチュと、そしてジャムカと大望を語るテムジンの姿であったとすれば、第4巻のクライマックスは、これは間違いなくテムジンとオン・ハーンの再会でしょう。

 かつて自分を殺そうとした男をオン・ハーンはどう遇するのか、そしてテムジンはそれにどう応ずるのか。
 実はこの二人の再会は、第3巻での次巻予告に取り上げられているのですが、そこで黒塗りにされていたテムジンの台詞にはさすがに仰天。あまりのテムジンの鉄面皮と、それを飲み込むオン・ハーンの腹芸にはただ唸るほかなく、二人のキャラクターが良く出た名場面と呼んでもよいのではないでしょうか。


 しかし、まだまだテムジンの向かう先には前途多難という言葉も生ぬるい困難が続きます。第4巻の終盤においては、テムジンと互いに関心を寄せ合っていたコンギラト族の娘・ボルテがメルキト武の変態じみた長に奪われ、テムジンは単身救出に向かうことになるのですが……

 第2巻に意味ありげに顔を見せたホラズム・シャー朝の少年のドラマも本格的に動きだし、こちらがテムジンの物語とどう交わるのか、それも気になるところであります。


『ハーン 草と鉄と羊』第3巻・第4巻(瀬下猛 講談社モーニングコミックス)

ハーン ‐草と鉄と羊‐(3) (モーニング KC)

瀬下 猛 講談社 2018-08-23
売り上げランキング : 28301
by ヨメレバ

ハーン ‐草と鉄と羊‐(4) (モーニング KC)

瀬下 猛 講談社 2018-10-23
売り上げランキング : 3793
by ヨメレバ

関連記事
 瀬下猛『ハーン 草と鉄と羊』第1-2巻 英雄・義経の目を通して描かれる異郷の歴史

| | トラックバック (0)

2018.10.17

「コミック乱ツインズ」2018年11月号


 月も半ばのお楽しみ、「コミック乱ツインズ」2018年11月号の紹介であります。今月の表紙は『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)、巻頭カラーは『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)――今回もまた、印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)
 単行本第1巻発売ということもあってか巻頭カラーの本作。今回中心となるのは、桃香と公儀のつなぎ役ともいうべき八丁堀同心・安達であります。

 ある日、安達の前に現れ、大胆不敵にも懐の物を掏ると宣言してみせた妖艶な女。その言葉を見事に実現してみせた女の正体は、かつて安達が説教して見逃してやった凄腕の女掏摸・薊のお駒でした。しかしお駒は十年以上前に江戸を離れ、上方で平和に暮らしていたはず。その彼女が何故突然江戸に現れ、安達を挑発してきたのか……
 という今回、お駒の謎の行動と、上方からやってきた掏摸一味の跳梁が結びついたとき――と、掏摸ならではの復讐譚となっていくのが実に面白いエピソードでした。

 桃香自身の出番はほとんどなかったのですが、これまであまりいい印象のなかった安達の人となりが見えたのも良かったかと思います(しかし、以前の子攫い回もそうですが、何気に本作はえぐい展開が多い……)


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 将軍の寵臣の座を巡る間部越前守と新井白石の暗闘が将軍家墓所選定を巡る裏取引捜査に繋がっていく一方で、尾張徳川家の吉通が不穏な動きを見せて――と、その双方の矢面に立たされることとなった水城聡四郎。今回は尾張家の刺客が水城家を襲い、ある意味上田作品定番の自宅襲撃回となります。

 この尾張の刺客団は、見るからにポンコツっぽい吉通のゴリ押しで派遣されたものですが、その吉通は紀伊国屋文左衛門に使嗾されているのですから二重に救いがありません。もちろん、襲われる聡四郎の方も白石の走狗であるわけで、なんとも切ないシチュエーションですが――しかしもちろんそんな事情とは関係なしに、繰り広げられる殺陣はダイナミックの一言。。
 勝手知ったる我が家とはいえ、これまで幾多の死闘を乗り越えてきた聡四郎が繰り出す実戦戦法の数々はむしろ痛快なほどで、敵の頭目相手に一放流の真髄を発揮するクライマックスもお見事であります。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 伊達家包囲網との対決も一段落ついたところで、今回はいよいよあの男――豊臣秀吉が本格登場。ページ数にして全体の2/3を占拠と、ほとんど主役扱いであります。
 既にこの時代、天下人となっている秀吉ですが、ビジュアル的には『信長の忍び』の時のものに泥鰌髭が生えた状態。というわけで貫禄はさっぱり――なのですが、芦名家との決戦前を控えた政宗もほとんど眼中にないような言動は、さすがと言うべきでしょうか。
(そして残り1/3を使ってデレデレしまくる嵐の前の静けさの政宗と愛姫)


『孤剣の狼』(小島剛夕)
 名作復活特別企画第七回は『孤剣の狼』シリーズの「仇討」。諸国放浪を続ける伊吹剣流の達人・ムサシを主人公とする連作シリーズの一編であります。
 旅先でムサシが出会った若侍。仇を追っているという彼は、しかし助太刀を依頼した浪人にタカられ続け、音を上げて逃げてきたのであります。今度はムサシに頼ろうとする若侍ですが、しかしムサシは若侍もまた、仇討ちを売り物にして暮らしていることを見抜き、相手にせずに去ってしまうのですが……

 武士道の華とも言うべき仇討ちを題材にしながらも、味気なく残酷なその「真実」を描いてみせる今回のエピソード。ドライな言動が多いムサシは、今回もまたドライに若侍を二度に渡って突き放すのですが――その果てに繰り広げられるクライマックスの決闘は、ほとんど全員腹に一物持った者の戦いで、何とも言えぬ後味が残ります。
(ちなみに本作の前のページに掲載されている連載記事の『実録江戸の真剣勝負』、今月の内容は宮本武蔵が指導した少年の仇討で、ちょっとおかしな気分に)


 その他、『用心棒稼業』(やまさき拓味)は、前回から一行に加わった少女・みかんを中心に据えた物語。クライマックスの殺陣は、本作にしてはちょっと漫画チックな動きも感じられるのですが、今回の内容には似合っているかもしれません。

 そして来月号は『鬼役』が巻頭カラーですが――新顔の作品はなし。そろそろ新しい風が欲しいところですが……


「コミック乱ツインズ」2018年11月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年11月号[雑誌]


関連記事
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年6月号
 「コミック乱ツインズ」7月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」7月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年8月号
 「コミック乱ツインズ」2018年9月号
 「コミック乱ツインズ」2018年10月号

| | トラックバック (0)

2018.09.19

澤見彰『横浜奇談新聞 よろず事件簿』 もう一人の福地、時代の影から物申す


 最近は『ヤマユリワラシ』『白き糸の道』と骨太の作品が続いた作者ですが、軽妙な味わいの(それでいて根底には重いものが流れる)作品も得意とするところであります。本作もその流れを汲む作品――明治初期の横浜を舞台に、生真面目な元武士と軽薄な英国人記者のコンビが怪事件を追う連作です。

 かつて海軍伝習所に学び、その外国語の知識を活かすことを夢見たものの、病で海外行きの機会を逃して以来、鳴かず飛ばずの暮らしを送る青年・福地寅次郎。恩人の勧めで横浜を訪れては見たものの、彼にできることさしてはなく、翻訳の仕事などで食いつなぐ毎日であります。
 そんな中、ついに髷を落とすという決心を固めて訪れた寅次郎は、理髪店で容姿端麗ながら脳天気で軽薄な英国人青年・ライルと出会うことになります。

 奇談怪談ばかりを扱う新聞「横浜奇談」の記者であるライルから、この理髪店で落とされた髷の怨念が夜な夜な怪事件を起こすという噂を聞かされた寅次郎。成り行きから理髪店の店主を助けるために一肌脱いだ寅次郎は、ライルから自分と一緒に「横浜奇談」を作ろうと誘われるのですが……


 おそらくは明治初期、いや幕末の日本において、最も世界に開かれた場所であろう横浜。この開化の横浜を舞台とした作品は数々ありますが、本作の最大の特徴は、その時代と場所、そしてそこに集う人々を描くのに、新聞という新たなメディアを切り口としていることでしょう。
 もちろん、江戸時代にも瓦版はありますが、新聞はそれとはまた似て非なるもの。面白半分のゴシップや奇談だけでなく、社会や政治に対するオピニオンを掲載したその内容は、新たな時代の象徴として、そして欧米から流入した文化の代表として、まことに相応しいと言えます。

 ……もっとも、本作で寅次郎とライルが携わる「横浜奇談」は前者をメインに扱うのですが、しかしそれでも新聞の、記者の魂は変わりません。ワーグマンやベアトといった当時の(実在の)先達に嗤われながらも、地に足のついた、いや地べたから物申すメディアとして、寅次郎とライルは日夜奮闘を繰り広げる――その姿こそが、本作の魅力であります。

 そう、新しい時代が輝かしい文明の光をもたらす一方で、光に憧れながらそれに手が届かない者、その光の輝きに馴染めぬ者、光の中に踏み出すのを躊躇う者――そんな光から外れた影の中に暮らす人々、暮らさざるを得ない人々がいます。
 その一人が、物語が始まった時点の寅次郎であることは言うまでもありません。

 そして寅次郎だけでなく、取材の中で彼とライルが出会う人々もまた、それぞれの形で時代の影に囚われた者たちであり、そんな人々が絡んだ怪事件の数々は、そんな時代の影、時代の矛盾が生んだものであります。
 そしてそんな事件の背後にあるのは、女性蔑視や人種差別といった重く難しい――そして何よりも、今この時代にも存在するもの。その事件を新聞記事として明るみに出すことで、彼らは彼らなりのやり方で、時代に、時代の在り方に挑んでいると言えるでしょう。

 寅次郎とライルを中心にしたキャラクターのコミカルなやりとりを描く一方で、この時代背景ならではの、そして決して我々にとっても無縁ではない「もの」を浮き彫りにしてみせる本作。
 実のところ、描かれる怪事があまり怪事でなかったり、登場人物たちがいささか物わかりが良すぎる印象は否めないのですが――軽く明るく、そして重く厳しい物語内容は、実に作者らしい、作者ならではのものと言えます。
(そして小動物が可愛いのもまた、別の意味で作者らしい)


 ちなみに上に書いたとおり、寅次郎の姓は福地ですが、この時代にはもう一人、新聞記者の福地が存在します。その名は福地源一郎――桜痴の号で知られる彼は、やはり幕末に外国語を学び、明治時代に新聞記者として活躍した人物であります。

 しかし幕末に遣欧使節に加わり、明治時代には役人として活躍した源一郎は、寅次郎とは対照的な存在と言えるでしょう。
 ある意味本作は、明治の光を浴びた福地ではない、もう一人の福地を主人公とすることで、光からは描けないものを描いてみせた物語なのではないか――いささか大袈裟かもしれませんが、そのようにも感じるのであります。


『横浜奇談新聞 よろず事件簿』(澤見彰 ポプラ文庫ピュアフル) Amazon
横浜奇談新聞 よろず事件簿 (ポプラ文庫ピュアフル)

| | トラックバック (0)

2018.09.05

重野なおき『信長の忍び』第14巻 受難続きの光秀を待つもの


 長篠の戦いも終わり、天下布武に王手をかけた――というのはまだ気の早い話で、本願寺や毛利といった勢力によって、三度包囲されることとなった信長。千鳥もまた大忙しでありますが、しかし今回物語の中心となるのは光秀であります。相変わらず苦労人の彼を次から次へと襲う苦難とは……

 長篠の戦いで強敵・武田家に壊滅的な打撃を与えた信長。もはや自分が前線に出ることはない、と配下の武将により各地方を攻略・統治させる方面軍構想を取り、自分は(形の上とはいえ)信忠に家督を譲って安土城にて睨みを効かせるという体制を取ることになります。

 その方面軍の一つとして丹波攻略に向かうこととなったのが光秀。丹波の赤鬼と異名を取る赤井直正を攻略することとなった光秀は、信長の軍門に下った波多野秀治を味方として、籠城した赤井を攻めるのですが――前の巻で「光秀挫折編」と予告されているのですから、ただですむわけがありません。
 目にハイライトがなくてどうみても怪しい――と、光秀以外はみんな気付いていたある人物の裏切りにより、光秀は一転窮地に立たされることに……

 一方、この丹波攻略戦でも示されたように、まだまだ信長に服さぬ勢力は数多存在します。宿敵の一つである本願寺、まだ見ぬ西国の強豪・毛利。さらには軍神・上杉謙信までもが動きだし――いわば第三次信長包囲網が形成されることになります。
(その背後には、これはこれでスゴいよな、と言いたくなるあの人物の影もあるのですが、それはさておき)

 そしてその中でも反信長の最右翼と言うべきは、かつて信長によって長島で無数の門徒を撫で斬りにされた本願寺教如。本願寺に籠城する形となっている教如ですが、鉄砲を扱えば無敵の雑賀孫市率いる雑賀衆、そして毛利とも密かに結び、備えは万全であります。
 一方、信長の方も、この宿敵と一気に決着をつけんと兵を動かし、ここに天王寺の戦いが――あれ、天王寺といえば確か、と思っていれば、ここで「光秀救出編」のナレーションが!

 そう、天王寺の戦いといえば、攻め手の一人であった光秀が、思わぬ味方の劣勢によって天王寺の砦に寡兵で立てこもることとなり、その救出に信長本人が駆けつけた戦い。そしてその中でおいて信長は――と、またもや光秀を不幸とストレスとプレッシャーが襲うことになります。
 
 そしてそんな光秀のメンタルにトドメを刺すように、彼を更なる、最大の不幸が襲うことに……


 というわけで、内容的にはほとんど完全に光秀が主役という印象の第14巻。ああ、あと6年でアレだしね――というのは言いすぎにしても、ここで描かれる光秀の一挙手一投足が、フラグに見えてしまうのも無理はないことでしょう。
 しかしこの巻で描かれる信長と光秀の主従関係は悪くない――というよりかなり良好。何度も窮地に陥る光秀を、得難い臣として赦し、救おうとする信長の姿からは、6年後のアレに繋がるような空気は感じられません。

 ……と言いたいところですが、何とも不吉に感じられるのは、信長が寛大さを見せれば見せるほど、光秀が追い詰められていくように見えるところでしょう。

 身も蓋もないことを言ってしまえば、信長を下げて――失敗はしても理不尽はしないというような形で――描くことがほとんどない本作では、アレは光秀側の(一方的な)理由で起きるような予感があって、正直これは外れて欲しいのですが……
 この巻のラストで光秀が失うある人物の言葉も、何となくフラグに感じられるのが不安になってしまうところであります。

 などと、何となく光秀びいきの気分になってしまうのは、信長だけでなく敗者の側も下げない本作ならではのマジックでしょうか。


 しかしもちろんそれはこの先の話。いまだ本願寺は、そしてその中でも最強の敵と言うべき孫市も健在の中、先の見えない戦いが続くことになります。
 果たしてこの戦いがいかなる決着を迎えるのか、そしてそこに至るまでにいかなるギャグが描かれるのか――まだまだ見所は尽きません。
(ちなみにこの巻では、光秀救出に向かった信長に尽き従う顔ぶれネタに大笑いしました。史実なんですが……)


『信長の忍び』第14巻(重野なおき 白泉社ジェッツコミックス) Amazon
信長の忍び 14 (ヤングアニマルコミックス)


関連記事
 「信長の忍び」第1巻 忍びから見た信長記
 「信長の忍び」第3巻 千鳥と二人の戦国大名
 「信長の忍び」第4巻 まさかまさかのシリアス展開!?
 「信長の忍び」第5巻&「戦国雀王のぶながさん」 シリアス(?)とコメディの信長二本立て
 「信長の忍び」第6巻 長編四コマ漫画というスタイルと歴史を描くということ
 「信長の忍び」第7巻 くノ一、比叡山に地獄を生む
 『信長の忍び』第8巻 二つのクライマックス、二人の忍び
 重野なおき『信長の忍び』第9巻 立ち上がった二人の戦国武将
 重野なおき『信長の忍び』第10巻 浅井家滅亡、小谷城に舞う千鳥
 重野なおき『信長の忍び』第11巻 泥沼の戦いと千鳥の覚悟、しかし……
 重野なおき『信長の忍び』第12巻 開戦、長篠の戦 信長の忍びvs勝頼の忍び
 重野なおき『信長の忍び』第13巻 決戦、長篠に戦う女たちと散る男たち

| | トラックバック (0)

2018.08.24

篠原烏童『明日は死ぬのにいい日だ』 天狗と山賊と――風変わりな二人が結んだ友情

 嵐の後、とある宿場町の浜に流れ着いたネイティブ・アメリカンの青年。地元の山賊の頭領・力王丸と宿の名主の娘・おいとに助けられた青年は「天狗」と呼ばれ、力王丸と行動を共にする。しかし謎の「白い幽霊」と彼を追う八州廻りの出現により、力王丸たちの周囲はにわかに騒がしくなって……

 作者の作品には時代ものも幾つか含まれますが、本作はその一つ。時代劇にネイティブ・アメリカンを持ち込むというユニークなアイディアと、彼を取り巻く人間群像が魅力の作品であります。

 物語の舞台は19世紀初頭の、江戸から遠くない宿場町。そして物語の中心となるのは、近くの山を根城とする山賊(といっても不良少年グループに毛が生えたような印象)を率いる青年・力王丸と、背が高いのがコンプレックスの娘・おいと、そして彼らに「天狗」と呼ばれるネイティブ・アメリカンの青年の三人であります。

 白人の友に裏切られて故郷を奪われ、自らは売り飛ばされて船に乗せられた天狗。嵐の晩に日本近海にやってきた彼は、守護鳥の導きで難破寸前に海に身を投じ、一人生き残ることになります。
 言葉が通じぬためそんな事情は知らないながらも、天狗の実直さを信じた力王丸は、持ち前の気っぷの良さもあって彼を自分たちの仲間に入れ、成り行きから半ば仲間のようになったおいとも、二人に惹かれていくようになるのでした。

 が、それとほぼ時を同じくして、町の周囲で目撃されるようになった「白い幽霊」。その正体は、ある目的を持ってこの浜にやって来た白人と見紛う姿の青年・雅丸だったのですが――彼は力王丸と意外な関係を持つことが明らかになります。
 しかし雅丸を切支丹と睨んで執拗に追う八州廻りが現れ、狩り立てられる力王丸の一党。さらにおいとの両親も思わぬ形でこの一件に関わっていたことから、彼女も力王丸と行動を共にすることになります。

 そんな中、天狗は雅丸の姿にかつての忌まわしい記憶を蘇らせるのですが……


 ネイティブ・アメリカンと行動を共にした作家、ナンシー・ウッドの著作のタイトルで知られるようになった「今日は死ぬのにいい日だ」という言葉。ネイティブ・アメリカンの死生観を表す言葉として印象的なこの言葉が、本作のタイトルのモチーフであることは言うまでもありません。
 しかし何故「今日」ではなく「明日」なのか――それは作中で明確に描かれるためにここでは伏せますが、そこにあるのは、友を信じる若者たちの清々しい心意気であり――その姿を描くことこそが、本作の主題であると言っても良いでしょう。

 本作の登場人物たちは、ほとんど皆(自覚があるかないかを問わず)何らかの秘密や過去を背負った者たち。力王丸や天狗だけでなく、雅丸やおいとたちも――皆それぞれに、重いものを背負って生きているのであります。
 自分自身ではどうしようもないような巡り合わせや運命の悪戯で、そんな重荷を背負わされた人々は、苦しみながら生きるしかないのでしょうか? 本作はそれが否であることを、力王丸と天狗、人種や国籍や言葉の壁も関係ない二人の姿を中心に、高らかに謳い上げるのであります。


 単行本全3巻と分量的にはさほど多くないこと、そして――これはこれで大いに感心させられるところではあるのですが――一見無関係に見えた登場人物のほとんど全員(天狗も含めて!)が、実は一つの因縁で繋がっていた、という展開など、どうかなあと思うところはあります。
 しかし重い物語にも負けない登場人物たちの明るさとバイタリティ(これを体現する作者の絵柄も実にいい)には得難い魅力があります。

 何かと不自由な時代を舞台にするからこそ描ける、自由の物語――爽快な後味の、愛すべき作品であります。


『明日は死ぬのにいい日だ』(篠原烏童 秋田書店プリンセスコミックスデラックス全3巻) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon/ 第3巻 Amazon
明日は死ぬのにいい日だ 1 (PRINCESS COMICS DX)明日は死ぬのにいい日だ 2 (プリンセスコミックスデラックス)明日は死ぬのにいい日だ 3 (PRINCESS COMICS DX)

| | トラックバック (0)

より以前の記事一覧