2017.11.07

入門者向け時代伝奇小説百選 児童文学

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は児童文学。大人の読者の目に止まることは少ないかもしれませんが、実は児童文学は時代伝奇小説の宝庫とも言える世界なのであります。
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

91.『天狗童子』(佐藤さとる) 【怪奇・妖怪】【鎌倉-室町】 Amazon
 「コロボックル」シリーズの生みの親が、室町時代後期の混乱の時代を背景に、天狗の世界を描く物語であります。

 ある晩、カラス天狗の九郎丸に笛を教えて欲しいと大天狗から頼まれた笛の名手の老人・与平。神通力の源である「カラス蓑」を外して人間の子供姿となった九郎丸と共に暮らすうちに情が移った与平は、カラス蓑を焼こうとするのですが失敗してしまいます。
 かくて大天狗のもとに連行された与平。そこで知らされた九郎丸の秘密とは……

 天狗の世界をユーモラスに描きつつ、その天狗と人間の温かい交流を描く本作。その一方で、終盤で語られる史実との意外なリンクにも驚かされます。
 後に結末部分を追加した完全版も執筆された名作です。


92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋) 【古代-平安】【鎌倉-室町】【戦国】【江戸】 Amazon
 特に動物を主人公とした作品を得意とする名手が、神通力を持った白狐を狂言回しに描く武士の世界の年代記であります。

 平安時代末期、人間に興味を持って仙人に弟子入りした末、人間に変身する力を得た狐の白狐魔丸。人の世を見るために旅立った彼は、源平の合戦を目撃することになります。
 以来、蒙古襲来、南北朝動乱、信長の天下布武、島原の乱、赤穂浪士討ち入りと、白狐魔丸は時代を超え、武士たちの戦いの姿を目撃することに……

 神通力はあるものの、あくまでも獣の純粋な精神を持つ白狐魔丸。そんな彼にとって、食べるためでなく、相手を殺そう戦う人間の姿は不可解に映ります。そんな外側の視点から人間の歴史を相対化してみせる、壮大なシリーズです。

(その他おすすめ)
『くのいち小桜忍法帖』シリーズ(斉藤洋) Amazon


93.『鬼の橋』(伊藤遊) 【怪奇・妖怪】【古代-平安】 Amazon
 妹が井戸に落ちて死んだのを自分のせいと悔やみ続ける少年・小野篁。その井戸から冥府に繋がる橋に迷い込んだ彼は、死してなお都を守る坂上田村麻呂に救われます。
 現世に戻ってからのある日、片方の角が折れた鬼・非天丸や、父が造った橋に執着する少女・阿子那と出会った篁は、やがて二人とともに鬼を巡る事件に巻き込まれていくことに……

 六道珍皇寺の井戸から冥府に降り、閻魔に仕えたという伝説を持つ篁。その少年時代を描く本作は、彼をはじめそれぞれ孤独感を抱えた者たちが出会い寄り添う姿を通じて、孤独を乗り越える希望の姿を、「橋を渡る」ことを象徴に描き出します。
 比較的寡作ではあるものの、心に残る作品を発表してきた作者ならではの名品です。

(その他おすすめ)
『えんの松原』(伊藤遊) Amazon


94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子) 【SF】【戦国】 Amazon
 児童向けの歴史ものを数多く発表してきた作者の代表作、遙かな時を超える時代ファンタジー大活劇であります。

 戦国時代、忍者の城・八剣城が謎の魔物たちに滅ぼされて十年――捨て丸と名前を変えて生き延びた八剣城の姫・花百姫は、かつて八剣城に仕えた最強の八忍剣らを集め、再び各地を襲う魔物たちに戦いを挑むことになります。
 戦いの最中、幾度となく時空を超える花百姫と仲間たち。自らの命を削りつつも戦い続ける花百姫が知った戦いの真実とは……

 かつて児童文学の主流であった時代活劇を現代に見事に甦らせただけでなく、主人公を少女とすることで、さらに情感豊かな物語を展開してみせた本作。時代や世代を超えて生まれる絆の姿も感動的な大作です。

(その他おすすめ)
『うばかわ姫』(越水利江子) Amazon
『神州天馬侠』(吉川英治) Amazon


95.『送り人の娘』(廣嶋玲子) 【怪奇・妖怪】【古代-平安】 Amazon
 死んだ者の魂を黄泉に送る「送り人」の後継者として育てられた少女・伊予。ある日、死んだ狼を甦らせた伊予は、若き征服者として恐れられながらも、病的なまでに死を恐れる猛日王にその力を狙われることになります。
 甦った狼、実は妖魔の女王・闇真に守られて逃避行を続ける伊予。やがて彼女は、かつて猛日王に滅ぼされた自分たちの一族に課せられた宿命を知ることに……

 児童文学の枠の中で、人間の邪悪さや世界の歪み、そしてそれと対比する形で人間が持つ愛や希望の姿を描いてきた作者。
 本作も日本神話を踏まえた古代ファンタジーの形を取りつつ、生と死を巡る人の愛と欲望、そしてその先の救済の姿を丹念に描き出した、作者ならではの作品です。


(その他おすすめ)
『妖怪の子預かります』シリーズ(廣嶋玲子) Amazon
『鬼ヶ辻にあやかしあり』シリーズ(廣嶋玲子) Amazon



今回紹介した本
天狗童子 (講談社文庫)源平の風 (白狐魔記 1)鬼の橋 (福音館文庫 物語)忍剣花百姫伝(一)めざめよ鬼神の剣 (ポプラ文庫ピュアフル)送り人の娘 (角川文庫)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「天狗童子 本朝奇談」 異界からの乱世への眼差し
 「白狐魔記 源平の風」 狐の瞳にうつるもの
 「鬼の橋」 孤独と悩みの橋の向こうに
 「忍剣花百姫伝 1 めざめよ鬼神の剣」 全力疾走の戦国ファンタジー開幕!
 「送り人の娘」 人と神々の愛憎と生死

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2017.11.02

さおとめあげは『零鴉 Raven 四国動乱編』第1巻 妖怪+忍者+変身ヒーロー しかし……

 『TIGER & BUNNY』などで知られるアニメ監督・さとうけいいちが原作ということで話題の本作、戦国時代の四国を舞台に、奇しき運命から人間と妖怪の間に立つ者「零鴉(レイヴン)」となった若き忍者の戦いを描く異色の漫画であります。

 時は天正10年(1582年)、戦国時代の動きを全く変えることとなったあの年――故あって八十八箇所を逆打ち巡礼していた咬我忍者の谺は、異形の巨人たちの戦いに巻き込まれて片目を失い、瀕死の重傷を負うこととなります。
 戦っていた片割れであり、讃岐を守護する「黒天狗」の八咫烏に霊体を与えられ、一命を取り留めた谺。八咫烏と戦っていたのが妖怪たちを乱獲し、西洋人に売り渡す陰陽師・星冥党であることを知った彼は、力を失った八咫烏に代わって妖怪のために戦うことを決意するのでした。

 かくて零鴉に変身し、その圧倒的な力で襲い来る陰陽師を撃破していく谺。しかし、その前には宣教師・ルイスや、くノ一のつぐみなど、曰くありげな者たちが現れます。
 さらに、八咫烏が讃岐の「護り手」という使命を持つことから、谺と八咫烏の前には妖怪の掟という難題が……


 というわけで、妖怪もの+忍者もの+変身ヒーローものといったテイストの物語の開幕編であります。

 これは申し上げてよいのかはわかりませんが、さとう監督で鴉と妖怪といえば、どうしても思い出すのは『鴉 KARAS』――妖怪たちを守る「鴉」と名乗る存在を描いたアニメ。
 今のところその『鴉 KARAS』と本作の関わりは全く語られていないのですが(今後もないと思いますが)、どうしても気になってしまうのは人情でしょう。

 もちろんそれはこちらの勝手な想像ではあるので置いておくとしても、戦国時代の四国という、こうした伝奇ものではあまり題材となっていない地を舞台とした物語設定は目を引きます。
 零鴉の「白い鴉天狗」というスタイリッシュなコスチュームもさすがに格好良く、主人公・谺が妖怪に力を貸すことを決意する理由なども面白いのですが……


 しかし、正直に申し上げて、画がそれに追いついていないように感じられます。
 いえ、画そのものというよりも、「漫画」としての描写や構成という点で、わかりにくかったり、流れが滞り気味であったり――この外連味に満ちた物語を描くに、少々苦しい印象が否めないのであります。
(特に第1話冒頭の黒天狗と陰陽師ロボの戦いや、第2話での陰陽師ロボの合体シーンなど……)

 そのため、先に挙げた本作の三つの要素――妖怪もの・忍者もの・変身ヒーローものとしての味わいが、十全に活かし切れていないのが、何とももったいないと感じます。


 もっとも本作はまだ始まったばかり、ここで評価を決めてしまうのは早いのでしょう。

 何よりも、谺=零鴉と陰陽師たちの戦いの行方がどこへ向かうのか、そしてそれとこの天正10年の四国という舞台がどのように関わっていくのか――気になる点は多々あるのですから。


『零鴉 Raven 四国動乱編』第1巻(さおとめあげは&さとうけいいち リイド社SPコミックス) Amazon
零鴉-Raven- ~四国動乱編~ 1 (SPコミックス)

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2017.10.29

入門者向け時代伝奇小説百選 幕末-明治(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選も、いよいよ最後の時代に突入。幕末から明治にかけてを舞台とする作品であります。

81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)

81.『でんでら国』(平谷美樹) Amazon
 時代小説レビュー以来、ユニークな作品を次々と発表してきた作者が、老人たちと武士が繰り広げる攻防戦を描いた快作が本作です。

 棄老の習慣があると言われる大平村。しかしその実、村を離れて山中に入った老人たちは、彼らだけの国「でんでら国」を作り、村の暮らしをも支えていたのでした。
 ところが村の豊かさに目を付けた藩が探索のために役人を派遣。あの手この手で老人たちはこれに抵抗するものの、いよいよでんでら国に危機が……

 でんでら国というユニークな舞台設定に見られる奇想、武士たちに決して屈しない老人たちの姿に表される気骨、そしてその先にある相互理解の姿を描く希望――作者の作品の魅力が凝縮された集大成とも言うべき作品です。

(その他おすすめ)
『貸し物屋お庸』シリーズ(平谷美樹) Amazon
『ゴミソの鐵次 調伏覚書』シリーズ(平谷美樹) Amazon


82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰) Amazon
 絵を描くことだけが楽しみの孤独な武士・外川市五郎が出会った少女・桂香。心を閉ざしていた彼女と絵を通じて心を通わせた市五郎は、やがて二人で「現絵」――死者があの世で楽しく暮らす姿を描き、後生を祈る供養絵を描くようになります。
 厳しい現実を忘れさせる供養絵で人々の心を和ませる二人ですが、しかし悪政に苦しむ人々が一揆を計画していることを知って……

 これまで妖と人間が共存する世界でのコミカルな物語を得意としてきた作者。本作もその要素はありますが、むしろ中心となるのは、人の世界の重い現実の姿であります。
 物語を「イイ話」で終わらせることなく、一歩進めて重い現実を描き、さらにそれを乗り越える希望の存在を描いた名品です。


(その他おすすめ)
『もぐら屋化物語』シリーズ(澤見彰) Amazon


83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎) Amazon
 アウトローと呼ばれる男たちの生き様を数多く描いてきた作者による、町火消にして大侠客として知られた新門辰五郎の一代記であります。

 幼い頃に両親を火事で失い、町火消の頭に引き取られて火消として活躍する辰五郎。やがて町火消の頂点=江戸最高の「侠」となった彼の前には、綺羅星のような男たち――忠治、次郎長、海舟、慶喜、さらには座頭の市らが現れ、ともに幕末の激動に挑んでいくのであります。

 いずれも一廉の人物である侠たちが出会いと別れを繰り返すという点で、「水滸伝」を冠するに相応しい本作。
 どんな道を歩もうとも決して己の節を曲げず、己の心意気を貫いた者たちの姿が堪らない、作者の江戸水滸伝三部作のラストを飾る快作です。

(その他おすすめ)
『天保水滸伝』(柳蒼二郎) Amazon
『明暦水滸伝』(柳蒼二郎) Amazon


84.『完四郎広目手控』(高橋克彦) 【ミステリ】 Amazon
 ミステリ、歴史、ホラー、浮世絵など、作者がこれまで扱ってきた題材のある意味集大成と言うべきユニークな連作集であります。

 主人公・香冶完四郎は名門の生まれで腕も頭も人並み外れた青年ですが、今は「広目屋」――今でいう広告代理店の藤岡屋の居候。そんな彼が、相棒の仮名垣魯文とともに様々な江戸の噂の裏に潜む謎を解き、金儲けに、人助けに、悪人退治にと活躍するのが本作の基本スタイルです。

 広目屋というユニークな題材と、虚実入り乱れた登場人物が賑やかに絡む本作。
 毎回の完四郎の快刀乱麻の謎解きと、それを活かした金儲けも楽しいのですが、終盤に描かれるある歴史上の大事件を前に、金儲け抜きで奔走する彼らの心意気も感動的であります。


85.『カムイの剣』(矢野徹) 【忍者】 Amazon
 りんたろう監督によるアニメ版を記憶している方も多いであろう、奇想天外な大冒険活劇であります。

 謎の敵に母と姉を殺されて公儀御庭番首領・天海に拾われ、忍びとして育てられた和人とアイヌの混血の少年・次郎。やがて父の形見の「カムイの剣」に巨大な秘密が秘められていることを知った彼は、抜忍となって海を超えることになります。
 キャプテン・キッドの遺した財宝を巡る冒険の末、次郎は、幕末史を陰から動かしていくことに……

 日本はおろかカムチャツカから北米まで、海を越えて展開する気宇壮大な物語である本作。同時に、周囲から虐げられ過酷な運命に翻弄されながらも、一歩一歩成長していく次郎の姿が感動的な不朽の名作であります。



今回紹介した本
[まとめ買い] でんでら国ヤマユリワラシ ―遠野供養絵異聞― (ハヤカワ文庫JA)慶応水滸伝 (中公文庫)完四郎広目手控 (集英社文庫)カムイの剣 1巻+2巻 合本版 (角川文庫)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 『でんでら国』(その一) 痛快なる老人vs侍の攻防戦
 澤見彰『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』 現の悲しみから踏み出す意思と希望
 『慶応水滸伝』(その一) 侠だ。侠の所業だ!
 高橋克彦『完四郎広目手控』 江戸の広告代理店、謎を追う

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2017.10.17

佐野しなの『刑事と怪物 ヴィクトリア朝エンブリオ』 異能が抉る残酷な現実と青年の選択

 狂気の天才医師が生み出した臓器の移植により異能を得た存在「スナーク」が跳梁するヴィクトリア朝のロンドンを舞台に、熱血青年刑事・アッシュとスナークの不良中年・ジジのコンビが、スナーク絡みの怪事件に挑む連作の待望の続編であります。

 優れた才能を持ちつつも、忌まわしき実験に手を染めた末に処刑された狂気の天才外科医ブラッド・ロングローゾ。
 生前、彼が摘出した突出した能力を持つ犯罪者の臓器を移植され、人知を超えた異能を獲た者は「スナーク」と呼ばれ、畏怖と嫌悪の対象とされた――という異形のビクトリア朝が本作の舞台であります。

 そんなスナークが引き起こす事件に対し、スコットランド・ヤードは対スナーク班を設置。そしてそこに配属されたのが、ヤードの高官を父に持ちながら、父に強く反発する熱血青年アッシュであります。
 ロングローゾの養子であり、スナークの能力を熟知した中年男――自らも人の感情の音を聴く能力を持つスナークであるジジとコンビを組むことになった彼は、互いにぶつかり合いながらも怪事件に挑むことに……


 と、そんな彼らの冒険を描く第2弾である本書は、4つの物語から構成されます。
 堅物のくせに(だからこそ?)美人局に引っかかり、免職の危機に陥ったアッシュが、スナークの美声で人を操るという評判の歌姫と出会う第1話。
 美人局の背後に潜むスナークの存在に気付いてしまった少女が、謎のスナークの力を借りてジジに接近するも、それが次なる騒動を招く第2話。
 死んだ者が復活するとの噂の酒場の調査の中で、二人がスナークの力を得たことで全てを失った少年に希望を与える第3話。
 ロンドン中の女性たちに感謝され、警察も見て見ぬふりだという「殺人者」を捕らえたアッシュが、その背後にある闇に直面する第4話。

 底抜けのお人好しで理想主義者で正義感の塊の(でも目つきが悪い)アッシュと、この世の裏も表も見尽くして飄々とシニカルに生きる(でも結構いい人)ジジと……
 対照的な二人の会話の面白さは相変わらず、いやパワーアップして、ただ二人が会話しているだけで楽しい状態。この舞台ならではの小粋な言葉遊びの数々も、物語の良いスパイスであります。

 そんな中でも、実質的に前後編となっている前半2話は、アッシュが休職状態でコンビ解消の危機の中、それぞれの身に降りかかった厄介事に二人が挑み、その末に粋な結末が――とその完成度に驚かされるエピソード。
 さらに第3話も、アンデッド酒場という奇想天外な場と人生を諦めきった少年という全く無関係に見える題材を二人の活躍が結びつけ(特に前者の正体には仰天)、感動的な結末が……と、これまた実にイイのです。


 ……しかし、本書の真骨頂は第4話――冒頭で「犯人」が捕まり、その能力と動機が語られるという少々トリッキーなスタイルのエピソード――にあります。それまでのちょっとイイ話の余韻を吹き飛ばすような、ひたすら重く、キツい内容のエピソードに……
 その具体的な内容は伏せますが、当時のロンドンのある状況を踏まえて描かれるそれは、重いボディーブローを喰らってダウンした後に、なおも顔面をギリギリ踏みつけるような――そんな衝撃を与えてくれます。

 そしてその物語の中で、アッシュは一つの選択を迫られることになります。このスナークを罰するのか、それとも見逃すのか――と。
 そしてその答えに、いやその理由に、僕は大いに驚かされ、そして胸打たれました。それは、僕にとっては考えもつかなかったような意外極まりない、しかしそれでいてアッシュであれば、彼がこの状況であれば必ず選ぶであろう当然のものだったのですから。

 それは残酷にもほどがある現実にぶち当たりながらも、なおも理想を、いや現実をより良くすることを求めることを止めないアッシュならではのものであり――そしてそれはまた、彼を見守るジジの存在あってのものとも言うことができるでしょう。


 本作は、この特異な舞台でなければ描けない物語であるとともに、程度の差こそあれ、いつもいかなる時と場所で存在する非情な現実を前に、人に何ができるのか、何をすべきなのか――それを描いた物語でもあります。

 その物語の中で時に対立し、時に手を携えて進むアッシュとジジの姿は、一つの希望として感じられます。
 その希望が小さな火で終わるのか、はたまた大きな輝きとなるのか――この先の姿も是非とも描いて欲しいものです。

(にしても本作のサブタイトル……)


『刑事と怪物 ヴィクトリア朝エンブリオ』(佐野しなの メディアワークス文庫) Amazon
刑事と怪物―ヴィクトリア朝エンブリオ― (メディアワークス文庫)


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 佐野しなの『刑事と怪物 ヴィクトリア朝臓器奇譚』 異なる二人の相互理解

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2017.09.20

芝村涼也『鬼変 討魔戦記』 鬼に化す者と討つ者を描く二つの視点

 先に完結した『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズで大いに伝奇時代小説ファン、時代怪異譚ファンを驚かせた作者の新シリーズの登場であります。鬼と化して凶行に走る者たちと、それを討つ者たちの死闘を、作者ならではの視点から描く開幕編です。

 浪人の子であり、父を亡くした後、商家の小僧となった市松。それなりに平穏だった彼の日常は、店の前で行き倒れた物乞い夫婦が、人の良い主人夫婦に保護された日に一変することになります。
 その晩、眠りこけている店の者たちを次々と刺し殺していく何者かの影。間一髪、それに気づき、押入に隠れた市松は、その影が主人夫婦であること、そして物乞い夫婦に身をやつしていた男女が不可思議な技で主人たちを討つ姿を目撃することになるのです。

 自らも口封じに命を絶たれかけたところを、そこに現れた僧に救われ、彼らと同行することとなった市松改め一亮。
 一方、翌朝事件の発生を知り、惨憺たる店の有様を検めた南町奉行所の臨時廻り同心・小磯は、不可解な状況に尋常ならざるものの存在を感じ取り、独自に捜査を始めることになります。

 そして数日後、僧に伴われ、次なる惨劇の現場に立ち会うこととなった一亮。「芽吹いた」者を討つという僧たちは何者なのか。そして何故一亮は彼らに拾われたのか――いつしか一亮は、江戸の命運を左右するという戦いの渦中に身を置くことになるのであります。


 シリーズ開幕編ということでまだまだ謎の多い本作。敵の――いや彼らだけでなく、それに抗する僧たちも――正体や目的の詳細はわからぬまま、物語は展開していくことになります。

 どうやら敵は、いかなる切っ掛けによるものか、「鬼」に変じた、上で述べたように僧たちの言葉でいえば「芽吹いた」人間、そして僧たちは、遙か過去から鬼たちを討ってきた組織の人間……
 そこまではわかるものの、しかし物語を構成する要素の大半は、未だ謎のベールに隠されたままなのであります。

 しかしそれでも、いやそれだからこそ本作は面白い。そう思わせるのは、作者ならではの巧みな物語構成、そして視点設定の妙によるものでしょう。
 それを生み出しているのは、本作が二つの――一つは一亮の、一つは小磯の――視点から語られていくことによるものと感じられます。

 どうやらある種の特殊能力を持っているらしいものの、今のところはごく普通の少年でしかない一亮。そしてベテラン同心としての感覚で、一連の惨事の陰に何かがあるのを察知したものの、その真相を想像するべくもない小磯。
 彼らに共通するのは、それぞれ真相に対する距離に違いはあるものの、今のところは局外者でしかない点であります。すなわち彼らはヒーローでも魔物でもない、ごく普通の人間であり、本作は怪事に巻き込まれたそんな人々の物語なのです。


 この第1巻の時点で見えてくるものを踏まえて考えれば、本作はいわゆる「退魔師」ものであると想像できます。それも、かなりストレートなスタイルのものであると。
 時代ものといわず現代ものといわず、これまで無数に描かれてきた退魔師もの。そのありふれた題材を、本作は局外者の視点から――それも小磯の方は、いわゆる同心ものとしてのフォーマットをきっちり踏まえた上で、描きます。

 そこから生まれるものは、伝奇ものである以前に、時代ものとしての確たるリアリティ――鬼や超人が跋扈する世界を、我々常人の目からは隠された、しかし確かに我々の世界の隣に存在するものと思わせる手触りであります。

 虚実の皮膜ギリギリで展開する物語――それこそが時代伝奇ものの興趣の源であることは間違いありません。
 かつて『半四郎百鬼夜行』シリーズにおいてそれを見事に成し遂げた作者ですが、その手腕は、本作においてもしっかり健在であると言うことができるでしょう。

 この先、この世界で何が起こるのか、一亮と小磯が何を見ることになるのか――興味と期待は尽きない、新たなる芝村伝奇の幕開けであります。


『鬼変 討魔戦記』(芝村涼也 祥伝社文庫) Amazon
鬼変 討魔戦記 (祥伝社文庫)

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2017.09.05

瀬川貴次『百鬼一歌 月下の死美女』 凸凹コンビが追う闇と謎

 ユニークなラインナップが並ぶ講談社タイガに、平安京を舞台とした作品を得意とする瀬川貴次が参戦しました。舞台となるのは長い戦乱が終わったばかりの京の都。和歌狂いの青年貴族と、怪異譚を集める少女が、その都の闇に蠢く怪異と謎を追う物語の開幕であります。

 源平の合戦が終わって数年、世情騒然たる京の都。そんなまだまだ物騒な京の闇の中を開幕早々吟行していたのが、本作の主人公の一人である青年貴族の希家であります。
 和歌をよくする家に生まれ、自らも和歌をこよなく愛する彼は、闇を怖れるでもなく、ひたすら詩作に没頭していたのですが――そんな彼がとある路地で出くわしたのは、花に囲まれた美しい女性の死体だったのです。

 ほどなく彼女を殺した下手人は判明したものの、話に尾ひれが付いて、たちまち怪談めいた物語の目撃者扱いとなってしまった希家。
 その「犯人」は、まだ幼い帝のもとに入内したばかりの中宮に仕える山出しの少女・陽羽。彼女は、中宮が帝の心を掴むために、市井の怪異譚を集めて回っていたのであります。

 そんな中、御所で夜ごと響く不気味な鵺の声。さらに中宮の女房が烏帽子姿の亡霊を目撃し、ついには希家の同僚が何者かに噛み殺される事件までもが発生。
 帝をはじめとする皆が恐怖におののく中、何とか事態を打開すべく、希家と陽羽は一計を案じるのですが……


 『暗夜鬼譚』『鬼舞』といった陰陽師もの、さらには現在も刊行が続く『ばけもの好む中将』など、平安の都を舞台としたコミカルでちょっと恐ろしい物語を得意としてきた作者。
 本作もその流れに属する作品ではありますが、面白いのは場所は平安の都でありつつも、時代は平安ではなく、鎌倉初頭の物語であるという点でしょう。

 源氏と平氏の激しい戦いは終わったものの、国の政の中心は東国に移り、その一方で帝がおわす都でもう一つの政が行われていた時代。
 殺伐とした空気と雅な空気がブレンドされた、何があっても不思議ではない混沌とした時代――本作はそんな世界で繰り広げられる物語なのです。

 そしてその主人公となる希家と陽羽の凸凹コンビなのですが――この希家の和歌狂い、というより和歌バカなキャラクターがまず楽しい。
 副題である月下の死美女を前にして和歌解釈に夢中になっているうちに検非違使にしょっ引かれ、そこでも講釈を続けるうちに、犯人が勝手に恐れ入って自白してしまう――という物語冒頭など、これぞ瀬川節! と言いたくなるような展開なのであります。

 そしてバディとなる陽羽は、まだ都に出て日が浅い下働きながら、バイタリティに溢れる元気少女。敬愛する中宮のためとはいえ、怪異の出そうなところに積極的に突撃していくのは、なかなか将来が楽しみなキャラクターであります。
 そして、実は○○○の孫という出自も伝奇ファン的には大いに魅力的なのです。


 そんな二人が挑むのが御所の鵺騒動。単なる怪異譚かと思いきや、人死にはでるわ中宮の将来にも関わるわとどんどん広がっていく中で唸らされたのは、事件の鍵となる、ある人物の造形であります。
 その詳細は読んでのお楽しみですが、これが作者の作品も含め、これまでほとんど目にしたことのないようなキャラクター(××好きは以前にも強烈なのがいましたが……)。

 描き方によっては面白おかしい扱いになりそうなところ、しかし本作は決して色物として扱うことなく丁寧に、ある種の現代性すら感じさせる人物として描き出します。
 この辺りは、これまでもエキセントリックな趣向の中に叙情性を織り交ぜた物語を描いてきた作者ならでは――と大いに唸らされた次第です。

 そしてこの人物が抱いてきた切ない夢が、思わぬ形で死者を生んでいく皮肉さ、残酷さにも……


 しかしその一方で主人公コンビはやや地味な印象で、もう少し弾けても良かったのではないかな、という部分も正直なところあります(特に希家は思ったよりも常識人なのが……)。

 もちろん舞台となる時代と場所を踏まえつつ、笑いと怪異と謎を織り交ぜ、そしてさらにはそこに関わる人々の想いを掘り下げてみせる点には見るべき点が多いのも間違いありません。
 まだ完全には明かされていない謎、何よりもドキリとさせられるような結末の描写もあり、おそらくは刊行されるであろう今後の物語を、大いに楽しみにしたいところです。


『百鬼一歌 月下の死美女』(瀬川貴次 講談社タイガ) Amazon
百鬼一歌 月下の死美女 (講談社タイガ)

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2017.09.01

重野なおき『信長の忍び』第12巻 開戦、長篠の戦 信長の忍びvs勝頼の忍び

 本願寺との泥沼の戦いを終えた信長の次なる敵は、戦国最強の呼び名も高い武田家。その戦いの地は設楽ヶ原――いわゆる長篠の戦がついに始まることになります。そしてそこで千鳥は宿敵と再会することに……

 長島での一揆勢撫で切りという凄惨な結果を経て、ひとまずの決着を見た本願寺との戦い。とりあえず危機を脱した信長ですが、しかしまだまだ前途多難、次にその前に立ち塞がるのは、父・信玄亡き後も破竹の勢いをみせる武田勝頼の武田家であります。

 信長の同盟者たる徳川家康の領地を侵す武田家に対し、ついに決戦を決意する信長ですが、しかし武田家は最強の敵。信長は必勝のために幾重にも策を巡らせることになります。
 そんな中、信長の命を受けて千鳥が向かった先の鳶ヶ巣山砦で待っていたのは、かつて自分を捕らえ、瀕死の傷を負わせたくノ一・望月千代女で……

 というわけで、どうにもノレなかった長島編とはうって変わり、正当派の(?)武将と武将の合戦が描かれることとなるこの第12巻で描かれるのは、長篠の戦の前編とも言うべき内容。
 長篠の戦といえば、武田騎馬隊の突進を柵で食い止めた織田軍が鉄砲隊三段撃ちで――というのはもはやフィクションとされているわけですが、この巻では現在の通説を踏まえつつ、巷説などを取り入れてドラマチックに展開していくことになります。

 鳥居強右衛門の命を賭けた知らせ、佐久間信盛の偽りの寝返り、酒井忠次の鳶ヶ巣山砦奇襲――ここで描かれるものは、一つの合戦の勝敗を分けるのが、決してその場での武力のぶつかり合いだけではなく、そこに至るまでの人々の働きであることを示していると言えるでしょうか。

 特に信盛の寝返りと忠次の奇襲は、武田家の主力を織田家に有利な戦場に引っ張り出すという策のための伏線として、直接対決以上に意味を持つものなのですから……
(その一方で、ギャグでもやっぱり感動させられる強右衛門の覚悟)

 そしてそのそれぞれにおいても千鳥は活躍することになるのですが――この巻のラストで忠次の奇襲隊に加わった彼女を待ち受けるのは、信玄の忍び改め勝頼の忍び・望月千代女。
 千鳥とは様々な点で対照的な彼女と、忍び同士の宿命の対決が始まったところでこの巻は幕となるのですが――実のところ、この巻のもう一人の主役は、この千代女、というよりも勝頼をはじめとする武田家の人々という印象があります。


 信長の敵となる者たちを、基本的に単純な「敵」、悪役として描くことは少ない本作。その点からすれば、この戦で信長と激突する武田家の人々の描写が、通り一遍のものではないことは大いに頷けるところであります。

 しかも武田家には、すぐ上で述べたように、信長に対する千鳥とも言うべき千代女の存在があるわけで――彼女の目を通して描かれる勝頼や重臣たち、あと長坂釣閑斎の姿がこれまでの敵以上に生き生きとして見えるのはむしろ当然と言えるでしょう。
(さらに言えば同じ作者の『真田魂』第1巻でもこの戦いが描かれているわけで……しかし釣閑斎、あちらでは良いところもあったのに)

 そして千代女が、(たぶん)色恋抜きで主君のために命を賭けるのも、またグッとくるシチュエーションなのであります。


 ともに戦国において強大な力を――優れた家臣たちを――擁しながらも、(ほとんど)覇者となった者と、なれなかった者。その両者の一種代表となる形で前哨戦を繰り広げることとなった千鳥と千代女。
 その戦いの行方は、両家の運命を象徴するものとなるのでは――そんな気もいたします。

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2017.08.28

西條奈加『猫の傀儡』 探偵猫、人間を動かす!?

 猫を題材にした時代小説、それもファンタジー風味の作品は決して少なくはありませんが、本作はその中でも極めてユニークな作品でしょう。というのも主人公は、人間を傀儡として操り、猫に降りかかった面倒事を解決させる猫・ミスジ。本作はそのミスジの一人称で展開する時代ミステリなのであります。

 江戸でも特に猫が多いことから「猫町」と呼ばれる一角。主人公のミスジは、その猫町でも特別な猫しかなれない「傀儡師」であります。
 先代猫の順松が姿を消したことから、新たな傀儡師に選ばれたミスジは、自分の傀儡である人間の阿次郎――商家の次男坊で自称・狂言作家の、普段は長屋で暇をもてあましている男を操り、猫に降りかかった様々な災難、猫絡みの事件を解決していくのです。

 そんな基本設定の本作は、アンソロジー『江戸猫ばなし』に収録された『猫の傀儡師』と、その後『ジャーロ』誌で連載された6話を収録した全7話の連作集であります。

 その表題作『猫の傀儡師』は、とある商家の隠居が育てていた珍しい変種朝顔の鉢を壊したという濡れ衣を着せられた猫を救うために、ミスジと阿次郎が活躍するエピソード。
 鉢が壊された際の状況に違和感を感じ取った一匹と一人は、やがて事件の背後に、ある想いの存在があることを知るのですが……

 と、アンソロジーで読んだ時も群を抜いて面白く感じられた作品ですが、今回読み返してもその印象は変わりません。
 何しろ、傀儡師として人を操るといっても、ミスジはあくまでも普通の猫。少しばかり人間の世界に詳しく、知恵も回るといっても、人間の言葉を喋ったり、人間を洗脳したりなどということはできないのです。

 とすればどうやって阿次郎を操るのか――といえば、それは彼が事件に興味を持ち、真実にたどり着けるように誘導するのみ。
 探偵役として、先に自分の方が真実にたどり着いてもそれを伝えることができない、そして人間に聞き込みしたり、ましてや裁いたりなどできないミスジが、如何に阿次郎を動かすか――という苦心ぶりがスパイスとなって、ミステリとしても猫ものとしても、実にユニークで楽しい作品となっているのであります。

 そして描かれる事件も、このユニークな設定を踏まえつつ、それに留まらない現代にも通じる事件を描いているのが実に面白い。
 幼い少女と共に行方不明になった猫の捜索から、少女の辛い境遇が明らかになる『白黒仔猫』、老猫を可愛がってきた知的障害者の男にかけられた濡れ衣を晴らす『十市と赤』、次々と猫や烏といった小動物を吹き矢で狙い惨殺する犯人を追う『三日月の仇』……

 どの物語も、「日常の謎」的側面を持つと同時に、いつの時代も変わらぬ、人間の心の暗い部分をも浮かび上がらせているのが、強く印象に残るのであります。


 しかし本作は、残る『ふたり順松』『三年宵待ち』『猫町大捕物』では、その趣を大きく変えることになります。連作エピソードとなっているこの3話で語られるのは、ある意味ミスジ自身にも関わる事件なのですから。

 先に述べたように、先代の順松が行方不明となったことから傀儡師となったミスジ。尊敬する兄貴分であった順松の行方を常に気にかけていた彼は、ある日思わぬことから順松の――その傀儡もまた、行方不明となっていたことを知ることになります。

 元々順松という名は、時雨という名のその傀儡が馴染みの芸者の名を取ってつけたもの。しかし猫の順松と同時期に、時雨も人間の順松も行方をくらましていたのです。
 それを知ったミスジと阿次郎が時雨の過去を探る中、明らかになっていく意外な過去と因縁。果たして一匹と一人は消えた二人を見つけ出すことができるのか……

 これまでが単発ものであった中、3話構成ということもあって、なかなかに入り組んだ物語が描かれるこのエピソードですが、しかしここで描かれるのは、ミステリとしての面白さだけではありません。
 ここにあるのは、これまでの物語で積み上げられてきた猫と人間の関係性の、ポジティブな結び付きの姿。そしてそれが本作の締めくくりとして、実にイイのであります。


 一般に猫は犬に比べて薄情だと申します。なるほど、本作においては人間を傀儡に使ってしまおうというくらいですが、しかしそれでも互いの間にはきっと情がある、あって欲しい――そんな願いが、本作には込められているといえるでしょう。

 ユニークな時代ミステリとして、猫と人間の関わりを描く物語として――まだまだこの先の物語を読みたい、そんなことを思わせる快作の誕生であります。


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猫の傀儡(くぐつ)


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2017.08.23

杉山小弥花『明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者』第10巻 知りたい、と想う気持ちが暴く秘密

 じゃじゃ馬女学生・菊乃と元伊賀忍びの清十郎のもどかしい恋模様を描いてきた本作も、ついに二桁の大台に達しました。この巻では、清十郎のことを少しでも知りたい菊乃が、清十郎とともに彼の実家の旧知行地に足を運んだことから来る騒動が描かれますが、それが思わぬところに波及することに……

 散々紆余曲折を経た果てに、互いの間に契約などではない真実の愛情があることを確かめ合った菊乃と清十郎。
 元々婚約を交わしていることですし、二人の間に障害はない――と言いたいところですが、しかし菊乃にとっては(そして読者にとっても)まだまだ清十郎のことはわからないことだらけでありますす。

 かくてこの巻のメインとなるのは、清十郎が、彼の旧知行地である荻窪村の庄屋の婚礼に招かれたのを良い機会に、少しでも彼のことを知りたいと同行を申し出た菊乃が巻き込まれる騒動の数々。
 そもそも今でこそ東京で住みたい街として人気の荻窪ですが、この時代では全く以て地方の部類、そんな旧弊が大手を振って通用している土地に開化の先頭を行く女学生たる菊乃が顔を出して、ただですむわけがありません。

 土地の人々の好奇の目やいびりで済むならマシな部類、密室のはずの彼女の部屋で物が動く怪現象が起きたり、どこかで見たような老人の下で花嫁修業をする羽目になったり……
 それだけならまだしも、村が、近隣の農民と不平士族による蜂起のターゲットにされたりと、騒動に次ぐ騒動の連続なのであります。


 というわけで、この巻でもある意味相変わらずの菊乃と清十郎(の周囲)ですが、今回も感心させられるのは、まず、時代背景をきっちりと踏まえた物語展開やガジェットであります。
 特に一揆のエピソードで、庄屋という一揆に狙われる側の視点から描かれる物語に加えて、その一揆が「(旧幕の頃の)作法を知らない一揆」(それ故行動が予測できず恐ろしい)というのが、実に面白いのではありませんか。

 しかしそれ以上に注目すべきは、これもこれまでも同様、明治初期という舞台ならではの時代ものとしての面白さと、何時の時代も普遍的な恋愛ものとしての面白さを、きっちり両立――いや双方を生かした物語作りが為されている点でしょう。

 大好きな相手のことは何でも知りたい、全てを知っておきたい――おそらくは、恋した人間であれば誰にでも共通するであろうこの想い。その想いが、今回菊乃を突き動かしているのは上で述べたとおりですが……
 しかしそれが、これまで清十郎がひた隠してきた彼の最大の秘密――すなわち「清十郎が清十郎になる前の過去」、言い換えれば「清十郎が実は清十郎ではないこと」の証拠暴きに繋がっていくのですから、たまりません。

 この数巻ばかりで少しずつ読者に明かされてきたこの秘密は、間違いなく清十郎にとっては最も菊乃に知られたくないはずのもの。
 己が人に、いや菊乃に愛されることにいまだ馴れない清十郎が、今の自分の名と過去――すなわち今の彼の存在までもが偽りであると菊乃に知られることを怖れていることは間違いありません。

 それが図らずも、愛する人のことは何でも知りたいという乙女心によって揺るがされるとは――清十郎だけでなく、こちらも予想だにしなかった、しかし本作ならではのものと頷くほかない、見事な展開であります。


 しかし時代は、二人の周囲の状況は、あるいは時が解決したかもしれないそんな秘密の存在を巻き込んで、否応なく動いていきます。
 これまで物語の遠景として幾度となく描かれてきた不平士族の反乱。その最大のものが――すなわち西郷の反乱が、いよいよ勃発したのですから。

 清十郎が清十郎になる前の過去を知り、そしてその頃から彼を縛ってきた男「若」によって、その時代のうねりに巻き込まれることとなる清十郎。
 ここで一端が明かされた彼の過去からすれば、絶望的なこの状況から、彼が生還することができるのか。そして何よりも、彼は過去を断ち切り、未来を掴むことが出来るのか……

 ついに「若」の軛から逃れることを決意した清十郎。彼と菊乃の物語の結末もそう遠くはない――そう感じられます。


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 杉山小弥花『明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者』第9巻 清十郎の初めての恋!?

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2017.08.21

紗久楽さわ『あだうち 江戸猫文庫』 ブレイクした作者の原点たる作品集

 つい最近『百と卍』でブレイクした紗久楽さわの、デビュー当初から今に至るまでの作品を収録した一冊であります。私は『百と卍』は未読ではありますが、本書に収録された作品が「お江戸ねこぱんち」誌に掲載された頃から大いに気になる作家だっただけに、今回の短編集刊行は実に嬉しいところです。

 全8編が収録されている本書ですが、「おとなのねこぱんち」誌掲載の2作品を除けば、いずれも「お江戸ねこぱんち」誌に掲載されていた作品。一番古い作品が2010年発表、最新は2017年ですから、実に7年間に渡る作者の歩みが収録されていることになります。

 以下、駆け足となりますが、収録作品を紹介いたします。

 『あだうち』は、主の親の仇を50年待ち続けて年老いた男を描く物語。中間であった彼は、身分を超えた友情で結ばれた主と、その弟とともに旅を続けていたものの、主は病で倒れ、さらに弟も仇討ちを止めることを望んで……
 そんな過去を抱える彼の前に現れた者とは、彼の悔恨と執念を洗い流すものとは――互いが相手を想い合いながらもすれ違う悲しみを描いた上で、それが昇華される姿を美しく描いてみせた本作は、表題作に相応しい作品と言って間違いないでしょう。
(そして初読時に色々と考えさせられた主の弟の言葉は、やっぱり……)

 続く『にゃんだかとってもいい日和』は、若い夫婦と猫の騒々しくも温かい日常を描く掌編。
 また『とらとらとら』は、「傾城反魂香」を題材に、なかなか芽が出ずに悩む国芳門下の若き絵師と、恋に恋する年頃の大店の少女の触れ合いを瑞々しく描く物語。文句を言いながらも二人のために骨折りするイケメン手代がイイ味を出しています。

 『しばふね』は、雪見舟に乗った二人の青年の他愛もないやり取りに、思うに任せぬ青春の切ないアレコレを交えて描かれる物語。
 青年の一人が妙に猫に絡まれるという、その理由がまた可笑しくも切ないのです(そしてあとがきを読んで、二人の名前に納得)。

 『かがやくひのみや』は、己を捨てた母を探す旅の途中、おかしな縁から宿場町の女郎屋に一夜の宿を借りた青年僧と、彼の前に現れた子を孕んだ天真爛漫な遊女の物語。
 内容的にはある程度予測できるものの、それでも親を探す子と、子を待つ親の想いが胸を打つのは、作者の時に柔らかさを強く感じさせる絵柄ならではでしょう。結末で描かれる一つの奇蹟が、この上なく美しく感じられる名品です。

 また、妻子を置いて江戸勤番となった青年武士を主人公とする『ふるさと戀し』は、彼の先輩藩士たちの呑気な暮らしぶりがまず楽しい一編。
 そしてその空気に馴染めずにいた青年の前に、やはり勤番であった父を知るという若衆が現れたことから、いつも明るく振る舞っていた父の心中を彼が知り、それが彼を――というのが泣かせるのです。

 あとがきによれば「江戸版『綿の国星』」という『きんととととと』は、なるほど猫耳少女のととが主人公の物語。
 猫でありながら生まれつき人の姿に変じることができる(ただしサイズは猫大で、人間の目には猫にしか見えない)彼女の冒険が、姉猫のきんととの目を通じて微笑ましく描かれます。

 そしてラストの『にゃんだかとっても江戸日和』は、題名から察せられるように『にゃんだかとってもいい日和』の7年後の続編。
 作中でもそれだけの時間が経ったものか、子供が生まれた夫婦と年老いた猫の日常が、温かく描き出される掌編ですが、お歯黒いうこの時代の当然を、違和感なく漫画の絵としてアレンジしているのにも感心します。


 以上、非常に駆け足で紹介しましたが、江戸時代の風俗や古典芸能等を踏まえつつも、時にシャープな線で、時に柔らかい線で描かれる物語の数々は、何度読んでも、何時読んでも魅力的に感じられます。
(ただ、ディフォルメされた猫のビジュアルには違和感があるかもしれません)

 冒頭に述べたとおり、ブレイクした作者の原点として(ちなみに匂わせる以外はBL要素はありません)、是非ご覧いただきたい逸品揃いであります。


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