2017.05.13

斉藤洋『くのいち小桜忍法帖 4 春待つ夜の雪舞台』 理不尽との対峙 自分の世界との対峙の先に

 時は元禄、外様大名の探索を任とする公儀隠密・橘北家総帥の娘・小桜を主人公としたシリーズの完結巻であります。江戸の町に出没する能面の辻斬りと対峙することとなった小桜は、もう一つ、江戸を騒がす大事件を目の当たりにすることに――

 ある事件を通じ、公儀隠密の陰の部分を目の当たりにしながらも、橘北家の娘として、そして表の顔である薬種問屋の娘/丁稚として変わらぬ日々を過ごす小桜。その頃江戸では辻斬りが流行していたのですが、その辻斬りに、彼女自身が出くわすことになります。

 馴染みの呉服屋に顔を出して遅くなり、店から駕籠で送られる途中、突如駕籠かきや番頭に襲いかかった謎の男。能面の小面をかぶったその男は、小桜が放った手裏剣代わりのかんざしもものとはしない、恐ろしい腕前を見せつけます。
 もちろんその場は逃れた小桜ですが、しかしこのような悪行が自分の周囲にまで及んだとあらば、黙ってはいられません。

 人の言葉を喋る(ように思われる)西洋犬・半守の活躍で辻斬りの正体を突き止めたものの、しかしそれは法では裁けない(もみ消される)身分の相手。しかしそれでもこれ以上の犠牲を防ぐため、小桜は一人辻斬りに挑むのですが――


 と、これまで同様、江戸を騒がす事件に挑む小桜の姿が描かれるのですが、しかし本作で描かれるのはそれだけではありません。それと平行して、それよりも遙かに大きな事件が描かれるのであります。
 本作の舞台となるのは元禄15年……と言えばおわかりでしょう。その大事件とは、赤穂浪士の討ち入り。浅野家の遺臣が、吉良上野介邸に討ち入った、あの忠臣蔵の題材となった事件であります。

 実はこの事件、というより浅野内匠頭の刃傷には、浅からぬ……というより大きな関わりを持つ橘北家。それこそが小桜の抱える屈託の原因なのですが、その結果とも結末とも言うべきものを小桜は目撃することになるのです。それもいささか奇妙な形で。

 こうして本作で描かれる二つの事件は、一見全く関係のないものに思われます。しかしよく見てみれば、抵抗のできぬ相手に刃を振るう武士という構図――方や無辜の民を斬る辻斬り、方や老人一人を多勢で襲う浪士たちという違いはあれど――は共通するものがあると言えるようにも感じられます。
 そしてさらに言えば、前者は為政者によって守られ、後者はむしろその為政者によって仕組まれたもの。この両者は、いわば為政者によってねじ曲げられ、犠牲が生じた事件であるとも言えるのではないでしょうか。

 その理不尽に挑み、打ち砕くのが通常の時代劇であるかもしれません。事実、前者に対しては既に触れたように、小桜は敢然とこれに挑もうとするのですが……しかし、あくまでも小桜はその為政者側の人間である(特に後者に至ってはその実行者ですらある)という点で、事態は簡単ではありません。

 自らが法を、為政者の則を守るべき立場において、何ができるか。何をなすべきか。言い換えれば、自らが帰属する世界の中で、その世界そのものに対峙することができるか……これはむしろ、我々大人にとっての問題であります。。
 そして逆に言えば、その問題に直面することとなった小桜は、大人の世界に足を踏み入れたと、そう言えるのかもしれません。

 物語の筋だけを追えば、比較的あっさりと進み、終わってしまう作品ではあります。また、小桜の決意が、一種デウス・エクス・マキナ的な介入によって終わってしまうのは、いささか拍子抜けではあります。

 しかし本作の背後に、このような構図があるとすれば……それは少女一人の力で簡単に乗り越えられるものではないでしょう(それはもちろん、それを無条件に受け入れることとイコールでは決してありませんが)。
 それも含めて、本作は少女の成長を描いてきた本シリーズの一つの締めくくりとして、相応しいものではないか……そう感じるのは、いささか牽強付会が過ぎるでしょうか。


 ちなみにそのデウス・エクス・マキナは、本作においてその驚くべき正体を明らかにすることになります。
 簡単に言ってしまえば、作者の他のシリーズとのクロスオーバー……というより本作自体が、他の作品の裏面に当たる構成なのですが、こうした作品でこの趣向は、なかなか珍しいもののように感じられます。

 もちろん作者のファン、両シリーズのファンとしては大歓迎のサービスではあります。
(しかし、そのもう一作品を読み返してみたら、そのキャラの正体が既にはっきり描かれていたのは不覚――)


『くのいち小桜忍法帖 4 春待つ夜の雪舞台』(斉藤洋 あすなろ書房) Amazon
4春待つ夜の雪舞台 (くのいち小桜忍法帖)


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 斉藤洋『くのいち小桜忍法帖 3 風さそう弥生の夜桜』 公儀隠密の任と彼女の小さな反抗と

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2017.05.12

さとみ桜『明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業』 人を救い、幸せを招く優しい怪異の物語

 第23回電撃小説大賞の銀賞受賞作である本作は、タイトルどおり明治時代を舞台に、妖怪変化を使ってもめ事を解決する新聞記者と舞台役者に出会った少女が、彼らとともに事件解決に奔走する、ちょっとユニークな物語であります。

 ある日、日陽新聞社に乗り込んできた少女・井上香澄。新聞に載った迷信じみた記事が元で、親友が奉公先を追い出されたことに苦情を言いにやってきた香澄は、記事を書いた記者・内藤久馬から、その記事が彼女の親友を守るためのものであったと聞かされます。
 実は久馬は、自称役者崩れの芝浦艶煙と組んで、妖怪騒動をでっち上げ、その陰で人助けをするのを裏稼業にしている男。今回の記事も、極めて女癖の悪い奉公先の主から守るために、主の方から香澄の親友を店から出すようにし向けたものだと言うのです。

 そんな久馬の態度が気にくわない香澄は、彼を見返すために、半ば強引に裏稼業の仲間に加わるのですが――


 お転婆だけども気持ちの真っ直ぐな少女が、ちょっと斜に構えたツンデレ気味の青年とともに様々な騒動に巻き込まれ、そのうちに……というのは、古今東西を問わないパターンの一つと言えるかもしれません。
 その意味では本作はまさにそのパターンを踏まえた作品であります。

 さらに言えば、本作の(実際には存在しない)妖怪変化の存在を隠れ蓑にしてもめ事を収めるという趣向には、非常に有名な先行作品が存在します。
 その辺りと比較すると、本作で描かれる仕掛けは、いささかストレートに感じられるのが正直なところですが……しかし、物語が進むにつれて、本作の独自性が描き出されることになります。


 本作での久馬と艶煙、そして香澄の裏稼業は、悩み苦しむ人を救うためのもの。そしてそこには多くの場合、その人を悩ませ苦しめる相手が存在します。
 そんな時、裏稼業は半ば当然のようにそんな「悪人」を退治することになりますが……しかし彼らの目的は、本質的には人助け。その主眼は、悪人の断罪ではなく、むしろ善人の救済にこそあります。

 そんな彼らの裏稼業の目的は、時に金のためではない場合すらあります。
 一歩間違えれば極めて現実味の薄い話になりかねないこの趣向は、しかし物語の終盤で久馬が裏稼業を行う理由が明かされることにより、本作の独自性を浮かび上がらせることになるのです。
(ちなみに艶煙は艶煙で、立派な、そして個人的に大いに納得できる理由があるのがイイ)

 そう、実は最終話で描かれるのは、久馬自身の事件、そして彼の過去と現在を巡る物語であります。
 その詳細を語ることはさすがに避けますが、ここで描かれるのは、一つの悲劇を怪異を絡めることによって昇華し、誰を傷つけることなく、関わった者たちを救うという本作ならではの構図であります。

 そしてそこに、物語の冒頭から久馬たちに翻弄され、それでも自分の求める道を探して真っ直ぐに走ってきた香澄が絡み、そしてそこで彼女の成長が、裏稼業に加わった意味が示されるという展開は――定番ではありますが――なかなかに感動的なのです。
(ちなみにここで、彼女について引っかかっていた点がきっちりと解消されるのも納得)


 確かに彼らのやっていることは綺麗事かもしれません。それでも、妖怪変化の存在を、怪異の存在を以て誰もが……それを仕掛ける者も含めて幸せになれるのであれば、それは素晴らしいことと言えるでしょう。
 怖さではなく優しさを感じさせる怪異の物語……普段であればちょっと顰めっ面になってしまいそうな趣向を素直に楽しませてくれる、そんな物語であります。


『明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業』(さとみ桜 メディアワークス文庫) Amazon
明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業<明治あやかし新聞> (メディアワークス文庫)

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2017.05.04

入門者向け時代伝奇小説百選 怪奇・妖怪(その二)

 初心者向け時代伝奇小説百選、怪異・妖怪ものの紹介の後半は、これまで以上にユニークで新鮮な作品が並びます。

31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)


31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)【江戸】【剣豪】 Amazon
 真っ正面から人間と怪異との対決を描いて同好の士を唸らせた作品が本作であります。
 主人公・榊半四郎はある事件がきっかけで主家を捨て江戸に出た青年。絶望から死を選ぼうとした時、不思議な力を持つ老人・聊異斎と謎の小僧・捨吉と出会った彼は、この世を騒がす様々な怪異に挑むことに――

 故あって浪人となった主人公が周囲の人々に支えられ、市井の事件に挑むという本作のスタイルは、文庫書き下ろし時代小説の王道であります。しかし本作はその骨格に時代ホラーを乗せ、しかも非常に高いクオリティで融合させている作品。
 特にそのオリジンも含め驚くほどバラエティに富んでいる怪異の数々は必見です。

 そして物語は市井の妖怪退治から、どんどんスケールアップ、ラストはある史実を背景に世界の存亡を賭けた戦いが描かれることになります。
 つい先日、大団円を迎えた本作、今一番読んでいただきたい作品の一つです。


32.『妖草師』シリーズ(武内涼)【江戸】 Amazon
 「この時代小説がすごい! 2016」の文庫書き下ろし部門で見事一位を獲得した本作は、この作者ならではのユニークな伝奇活劇です。

 実家を勘当され、京の市井で暮らす庭田重奈雄。彼の真の姿は妖草師――この世に芽吹いた奇怪な能力を持つ常世の草花・妖草を刈る者であります。
 時に人間の強い想いに反応し、時に邪悪な術者に操られてこの世に現れる妖草に対し、重奈雄は同じく妖草を操って戦いを挑むのです。

 デビュー以来、作中に必ずと言ってよいほど豊かな自然の姿を描いてきた作者ですが、本作はそれを一ひねりした異形の植物ホラーとでも言うべき作品。
 登場する様々な妖草の存在と、それに自らも妖草を武器にして挑むと重奈雄の戦いが実にユニークなのですが、彼を助けるのが曾我蕭伯や池大雅ら、当時の一流文化人というのにも注目であります。


33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)【江戸】 Amazon
 怪談とミステリを見事に融合させた『浪人左門あやかし指南』シリーズでデビューした作者による本作は、深川のおんぼろ古道具屋を舞台とするユニークな作品です。

 釣り狂いの主人・伊平次が適当に営む皆塵堂は、実は曰く付きの品物ばかり集めている上に、店になる前に住人が惨殺されたというヤバすぎる場所であります。
 そこに修行に出されたのは、生まれつき幽霊が見える体質の太一郎。果たして彼は次から次へと恐ろしい目に遭わされることに……

 エキセントリックな登場人物たちが、様々な幽霊に振り回される姿を描く、恐ろしくもどこかすっとぼけた味わいの本作。それでいてこの第一作以降、皆塵堂で働いた若者は、みな得難い経験をして成長していくというのもユニークです。
 大いに怖くてちょっとイイ話というべき怪作、いや快作です。

(その他おすすめ)
『溝猫長屋 祠之怪』(輪渡颯介) Amazon


34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)【幕末-明治】 Amazon
 デビュー作を含む『宇喜多の捨て嫁』でいきなり直木賞候補となった作者の第二作は、真っ正面からの時代伝奇ホラー。食べた者は不死になるという人魚伝説と、坂本竜馬や新撰組を組み合わせた悪夢の世界であります。

 幼い頃、土佐の浜に打上げられた人魚の肉を食べた竜馬が、寺田屋で最期を迎えた時に知った恐るべき不死の正体を皮切りに、短編連作形式で展開する本作。
 そして、その人魚の肉を食べてしまった新撰組の面々を襲うのは、不死どころか、異能・異形の者に変じていくという怪異。 百目鬼、吸血鬼、生ける屍、禁断の儀式、首なし騎士、ドッペルゲンガー……この題材でよくぞここまで! と言いたくなるほどの怪異のオンパレードです。

 しかしそんな地獄絵図の中でも、さらりと人間の強さ、善性を描いてくるのも素晴らしい。刺激的ながら魅力的な短編集であります。


35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)【江戸】 Google Books
 寡作ではあるものの、いずれも味わい深い時代怪異譚を描く作者のデビュー作は、遊郭・柳うら屋を舞台に、そこに生きる遊女たちの哀歓と希望を描く怪異譚です。

 吉原の妓楼・柳うら屋で嵐の晩に殺害された看板遊女・白椿。その遺体を発見した霧野をはじめとする三人の遊女は、それ以来自分たちに不思議な能力が宿ったことに気づきます。
 そして柳うら屋で相次ぐ相次ぐ奇怪な現象の数々。怪事に巻き込まれた三人は、その背後の様々な人の思いを知ることに……

 一種の異能もの的な展開も面白いのですが、本作の最大の魅力は、遊郭の人間模様も、非現実的な怪異も、等しくこの世に在るものとして認め、受け入れる優しい眼差しにあります。そしてさらに、現実からの救いとしての怪異を提示してみせるのには感心させられるばかり。遊郭怪談の名品というのにとどまらず、怪談というジャンルの存在にまで切り込んだ作品です。



今回紹介した本
鬼溜まりの闇 素浪人半四郎百鬼夜行(一) (講談社文庫)妖草師 (徳間文庫)古道具屋 皆塵堂 (講談社文庫)人魚ノ肉柳うら屋奇々怪々譚 (廣済堂モノノケ文庫)


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 「鬼溜まりの闇 素浪人半四郎百鬼夜行」 文庫書き下ろしと怪異譚の幸福な結合
 「妖草師」 常世に生まれ、人の心に育つ妖しの草に挑め
 「古道具屋 皆塵堂」 ちょっと不思議、いやかなり怖い古道具奇譚
 木下昌輝『人魚ノ肉』 人魚が誘う新撰組地獄変
 「柳うら屋奇々怪々譚」 怪異という希望を描く遊郭怪談の名品

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2017.04.24

霜月かいり『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 乙女幻遊奇』 丹翡の目から見た懐かしき好漢・悪党たち

 本編第二期に外伝の映像化と、この先の展開も楽しみな『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』。本作にはそれらの映像作品だけでなく、周辺作品にも気になるものが幾つも存在します。その一つがこの『乙女幻遊奇』……霜月かいりの美麗な絵により、「乙女」の視点から描かれた物語です。

 大悪人・蔑天骸により兄を討たれ、先祖代々守護してきた天刑劍を奪われた少女・丹翡。彼女が謎多き美青年・朱鳥こと凜雪鴉、そして西の果てから来た風来坊・殤不患と出会ったことから、この東離劍遊紀という物語は始まります。
 そして本作はその丹翡……すなわち乙女の視点から再構成された物語なのです。

 本来であれば、聖地から外の世界に出ることなく、天刑劍を守って暮らしたであろう丹翡。その彼女のお人好しぶり、世間知らずぶりは、本編でもしばしば描写されていました。
 そんな彼女の目に、海千山千の好漢・悪党が、彼らと共に繰り広げてきた冒険の数々がどのように映るものか……それはなかなか興味深いものであります。

 もちろん、こうした構造ゆえ、基本的な内容は本編のそれをなぞる以上のものはないわけですが(尤も、後半にはオリジナル妖魔も登場する本作独自のエピソードもあるのですが)、それはファンにとってはむしろ望むところでしょう。
 凜雪鴉が、殤不患が、捲殘雲が、あるいは殺無生や刑亥が、丹翡の目から見ることによって、おなじみの、それでいてこれまでとは少しだけ違う姿で見えてくるのですから――
(狩雲霄のみほとんど登場しないのは、凜雪鴉を除けば彼のみ真の顔を隠していたからでしょうか)

 そしてそれを描くのが霜月かいりとくれば、これはもう言うことなし。いや、個人的な趣味を言えば、殤不患はもう少しむさく……いや男臭く描いて欲しかったところですが、それはさておき、原作の賑やかですらある美形キャラの群舞を描くのに、これほど適任はおりますまい。
 そして、決して強くはない者が、傷つきながらも強くあろうとする姿、そしてその傍らに在る者が不器用に手をさしのべる姿は、実に作者の作品らしいと感じるのです。

 ただし、原作に強烈に漂っていた武侠ものの香り――己の腕と剣のみを頼りに江湖を渡り、冒険に命を燃やす連中の心意気とでも言うべきものが、やはりほとんど感じられないのは、これもまた本作の構造上全く仕方ないところですが、やはり少々残念ではあります。


 こうした点を踏まえて考えれば、やはり一種のファンアイテムであることは否めませんが……しかし本編終了から半年が過ぎ、少々寂しくなってきた頃に、またあの連中に会えるというのはやはり嬉しいもの。
 新作までの飢えを和らげる作品として、気軽に楽しめる一冊ではあります。

 そしてこの世界のビジュアルとは相性抜群の作者とは、新作の時にも何らかの形で関わって欲しいとも、強く感じた次第です。


『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 乙女幻遊奇』(霜月かいり&Thunderbolt Fantasy Project 秋田書店プリンセス・コミックスDX) Amazon
Thunderbolt Fantasy東離劍遊紀 乙女幻遊奇 (プリンセス・コミックスDX)


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 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第2話「襲来! 玄鬼宗」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第3話「夜魔の森の女」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第4話「迴靈笛のゆくえ」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第5話「剣鬼、殺無生」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第6話「七人同舟」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第7話「魔脊山」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第8話「掠風竊塵」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第9話「剣の神髄」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第10話「盗賊の矜恃」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第11話「誇り高き命」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第12話「切れざる刃」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第13話「新たなる使命」(その一)
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第13話「新たなる使命」(その二) と全編を通じて

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2017.04.23

斉藤洋『くのいち小桜忍法帖 3 風さそう弥生の夜桜』 公儀隠密の任と彼女の小さな反抗と

 公儀隠密の総帥の娘である少女・小桜を主人公とした『くのいち小桜忍法帖』……つい先日、完結巻の第4巻が刊行されたシリーズの第3巻であります。江戸の町で起きる小さな事件を追うことになった小桜。しかしその果てに彼女は、自分の家も関わった、思いも寄らぬからくりの存在を知ることになるのです。

 あと数ヶ月で桜が咲こうという中、その次の季節の花をあしらった着物を求めて江戸の町を行く小桜。その途中に出会った顔なじみの岡っ引き・雷蔵親分から彼女が聞かされたのは、またもや怪事件の噂であります。

 江戸の町から姿を消した幾人もの職人。周囲に気付かれないように巧妙に消え、そしていつの間にか戻っている彼らに共通するのは、いずれも金座で小判づくりに携わる職人であることでした。
 なるほど、周囲から隔離された金座であれば、一時期職人が消えていたとしてもすぐに気付かれることはありません。しかしそうだとしても、誰が、何のために……

 探索を始めた小桜たちが掴んだのは、事件の背後にとある外様藩の存在があること。だとすればこれはまさに彼女の、いや彼女の家である外様大名の探索担当の公儀隠密・橘北家の役目であります。
 遠国に出ていた彼女の二番目の兄も加わり、事件の背後で密かに進行していた陰謀を押さえるべく動く橘北家の面々なのですが――


 江戸で次々と起きる怪事件に、小桜が挑むというスタイルで展開してきた本シリーズ。本作も基本的にはそのフォーマットを踏まえたものですが、しかしそこからいささか踏み出した形を見せることになります。

 実は本作においては、事件の謎は比較的早い段階で判明し、その後はその陰謀を明るみに出さんとする橘北家の作戦が描かれることとなります。
 しかし物語の中心となるのは、むしろその作戦が終わってから。中心となるのは、作戦の(小桜にとっては)思いもよらぬ結末であり、そしてそれを目の当たりにした彼女の心の動きなのです。

 思えば、開幕当初より、事件とそれに対する小桜の活躍と同じかそれ以上に、彼女の内面を描いてきた本シリーズ。
 それはまだ未熟ながらも公儀隠密の一員としての彼女の姿を描くと同時に、一人の年頃の少女としての彼女の内面を描くものでもありました。

 これまで彼女の持つこの二つの側面は、矛盾することなく存在してきました。自分は公儀隠密の家に生まれ、当然公儀隠密になる。そしてその任は常に正しい(と言わないまでも道理に叶ったものである)という思いの下に。

 しかし本作の事件の結末において、そしてそれと同時に進行していたある任務の結果(それが史上に残るあの大事件に繋がることに……!)を知ることによって、彼女の中に一つの疑問が生じることになります。
 自分たちのしていることは本当に正しいのか。公儀隠密の任とは何なのか、というような。

 それは大人の目から見れば――そして一般の時代小説は基本的にそのスタンスなのですが――青臭い感傷に過ぎないと断じられるものなのでしょう。
 しかし、そんな感傷を抱くことができるのも、大人の世の中の「当然」に対して異議申し立てするのも、子供の特権でしょう。そしてそんな子供たちが読む物語においてそれが描かれることも、また必要なことであります。

 もちろん、そんな異議申し立ては容易いことではありません。公儀隠密のような立場であればなおさら。
 そんな小桜の小さな反抗が、本作の、いや本シリーズの冒頭から描かれてきた彼女のキャラクターの一端を通じて描かれるのは、これはもうベテランの技だと、大いに感嘆させられた次第です。


 果たして小桜が抱いた想いはどこに向かうのか。本作で描かれた大きな大きな事件に、彼女は今後どのように関わっていくことになるのか。シリーズ最終巻も近日中に紹介いたします。

 ちなみにこの最終巻では、驚くべき(予想はしていましたが……)クロスオーバーの存在が明らかになるのですが、よく読んでみればその痕跡はこの巻から既に存在していたことに驚かされます。
 知っていて読まなければわからない部分ではありますが――


『くのいち小桜忍法帖 3 風さそう弥生の夜桜』(斉藤洋 あすなろ書房) Amazon
3風さそう弥生の夜桜 (くのいち小桜忍法帖)


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2017.04.13

霜島けい『憑きものさがし 九十九字ふしぎ屋商い中』 ユニークな怪異と、普遍的な人情と

 まだ時代小説の作品数は少ないものの、そのどれもが極めて独創的かつ面白い霜島けいの新作は、やっぱり極めつけにユニークなシリーズの第2弾。「ぬりかべ」の娘のヒロインが、今日も曰く付きの品が引き起こす奇っ怪な騒動の中に飛び込んでいくことになります。

 父一人娘一人で暮らしながらも、ある日突然、父・作蔵がぽっくりと逝ってしまった少女・るい。ある理由から奉公先を次々と追い出され、途方に暮れた彼女は、この世のものならざる曰く付きの品と出来事を扱うという九十九字屋なる店に出会うことになります。

 実は生まれつき幽霊が視えてしまう体質であり、何よりも死んだはずの作蔵が壁の中に自在に出入りできる妖怪「ぬりかべ」になってしまっていたるいにとって、九十九字屋は願ってもない奉公先。
 かくて紆余曲折の末に店に雇われることになったるいは、店の主で隠れイケメンながら無愛想(でツンデレ気質)な冬吾の下、店に持ち込まれる品物に振り回されることに――


 という「塗りかべの娘」シリーズ第2弾の本作では、いよいよ本格的に店で働くことになったるいが、曰く付きの品が絡んだ事件解決に奔走する二つの中編から構成されています。

 第一話「泣き枕」で九十九字屋に持ち込まれるのは、夜な夜な赤子のように大声で泣き喚く枕。古道具屋で売られていたというその枕の元の持ち主を探し出してみれば、それは意外な境遇の人物でありました。
 そして九十九字屋に、枕とその人物に曰くありげな男の幽霊が出現したことから、泣く枕の正体と、そこに込められた複雑な想いの存在が描かれることになるのです。

 一方、第二話「祭礼之図」に登場するのは、才能に溢れながらも夭逝した絵師が遺した、深川八幡宮の祭りの絵。見事な筆致で賑やかな祭りに繰り出した人々の様子を写し取ったその絵は、しかしいつの間にか人間の数が増えていたのであります。
 絵に増えた人物にはある共通点があることを知った冬吾とるいは、現実に現れているであろう彼らに会い、事件を解決するために、八幡宮に向かうのですが、しかし祭りの当日はとんでもない人手で――


 既に飽和状態なのではないか、と感じさせられるほど、多様な作品が刊行されてきた妖怪時代小説。しかしその中でも、本作に(そして作者のこれまでの作品に)描かれているのは、他の作品ではおよそお目にかかれないような怪異であります。

 確かに、啜り泣く(本作の場合はギャン泣きですが)器物、あるいは独りでに変化が生じる絵画というのは、怪異談ではまま見かける題材であるかもしれません。しかし本作におけるそれらは、怪異のディテール、そしてそこから生まれる物語展開など、唯一無二としか言いようがない存在であります。
 そしてそこにるいと冬吾、そしてぬりかべの作蔵というおかしなトリオが絡むのですから、面白くならないわけがないのです。

 しかし本作で感心させられるのは、そうした怪異の設定・描写の存在だけではありません。何よりも魅力的なのは、それらの怪異の背後に存在する、人の情念……すなわち「人情」なのです。

 怪異を引き起こす人情、あるいは怪異の中に浮かび上がる人情……本作で描かれるそれらの人情は、実を言えば、怪異のユニークさに比べれば遙かにストレートであり、少々厳しい言い方をすればありふれたものであります。
 しかし、我々読者が物語の中の人情に触れる時、より大きく心を動かすのは、そうした普遍的な人情であることは、間違いないことでしょう。何よりも我々の感情は、物語の中に自分と同じ想いを見いだす時、大きく動かされるのですから。

 そして本作は、そうした普遍的な人情を、怪異という器に盛ることにより、よりビビッドに、そして味わい豊かなものとして描き出すことに成功しているのです。
 それはもちろん、その怪異自体の、そしてそれに巻き込まれる人間たちの描写が優れていればこそ、初めて成立するものであることは言うまでもありません。


 極め付きにユニークな怪異を描くと同時に、我々誰もの想いを動かす人情を描く。そんな離れ業を能く成し得るのは、長年に渡り活躍してきた作者ならではでしょう。
 一冊に収録されているのが二話というのが物足りないほどなのですが、嬉しいことにシリーズ第三弾も既に決定しているとのこと。この物語をこの先も味わうことができるのは嬉しい限りであります。


『憑きものさがし 九十九字ふしぎ屋商い中』(霜島けい 光文社文庫) Amazon
憑きものさがし: 九十九字ふしぎ屋 商い中 (光文社時代小説文庫)


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2017.04.05

霜月かいり『BRAVE10 戯』 新感覚十勇士伝、これにて完結

 本編が大団円を迎えた後も、舞台化など、人気は衰えない『BRAVE10』。本書はその番外編――十勇士+αを主人公に、本編で描かれることのなかった物語を描く、前日譚&後日譚を集めた短編集であります。

 殺戮の女神・イザナミと化した伊佐那海との死闘の末、ある者は散り、またある者は残った十勇士。本書はそんな十勇士たちが真田幸村の下に集うまでの物語、そして集った後の物語を描く全8話+エピローグから構成されています。

 百の下で修行を行う鎌之介の才蔵への(面倒臭い)想いを描く「男か女か」
 真田家に仕官した海野六郎が見た主君・幸村の姿「主君の資質」
 決戦の後、成人した大助(弁丸)が、師匠である十蔵と清海を想い出す「字の師匠」
 伊賀で修行を積む幼い才蔵とアナ、そして半蔵の物語「伊賀の里」
 佐助の出生と幸村との出会いが明かされる「森」
 政宗と小十郎、壱と弐の日常風景を食事を通じて描く「握り飯」
 甚八と十蔵が、今愛する、かつて愛した女性を語る「惚れた女」
 かつて上田で共に日々を送った伊佐那海の姿を思い浮かべる才蔵「約束」
 そして決戦の後、斃れたアナを巡る幸村と甚八の姿を描くエピローグ

 一話当たりのページ数は多くないことから、それぞれのエピソードは比較的シンプルなものがほとんどで、各話にEXTRA-ACTと冠されている通り、まさに外伝以外の何物でもありません。
 しかし今となっては、キャラクター一人一人が本編同様生き生きと活躍する姿を見ることができるのが何とも嬉しいのであります。
(もっとも、ちょっとだけトゥルーエンドを期待したりもしたのですが……)

 そんなわけで本書には読者の数だけ印象に残ったエピソードがあるのではないかと思いますが、私にとっては「男か女か」と「伊賀の里」が特に印象に残りました。

 巻頭を飾る「男か女か」は、本作きっての個性派であった鎌之介を主人公とした物語ですが、注目すべきは、本編でも謎のままであったその性別に対して答えが提示されること。
 その答えに納得がいくかは人それぞれかもしれませんが、それに対する才蔵の反応が、そのまま鎌之介の彼に対する想いに繋がっていくのが、何とも微笑ましいのであります。

 そして「伊賀の里」は子供時代の伊賀組が描かれることになりますが、何といっても印象に残るのは幼いアナの想い。
 「くノ一」ではなく「戦忍」を選ぼうとする彼女の強い決意に暗示される彼女の辿ってきた道程、そしてその後本編で描かれた彼女の姿を見れば、何とも複雑な想いに駆られずにはおれません。

 実は本書においては三つのエピソードでそれぞれ重要な役割を果たし、トップクラスの存在感を見せているアナですが、彼女の背負ってきたものを思えば、それもむべなるかな、と言うべきでしょうか。


 しかしこうしてキャラ一人一人の背負ってきた物語と共に積み上げられてきた『BRAVE10』という物語は、ここで完全に終わりを告げることとなります。決して本編で描かれたものが覆されることなく、失われた者、去っていった者が戻ることもなく。
 それを想えば、ただ切ないのですが――しかしこうして最後の最後まで描ききられたことに感謝するべきでしょう。

 『BRAVE10』、これにて本当の完結であります。たぶん。


 ちなみに単行本のお楽しみであった大場快の『殿といっしょ』番外編は今回ももちろん健在。
 最後の最後で、キャラなどがブレにブレまくるという『ぶれぶれてんてん』という危険な香りのするパロディを繰り出してくるのはさすがと言うしか……


『BRAVE10 戯』(霜月かいり MFコミックスジーンシリーズ) Amazon
BRAVE10 ~戯~ (MFコミックス ジーンシリーズ)


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2017.04.02

入門者向け時代伝奇小説百選 怪奇・妖怪(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回はある意味この百選のキモである怪奇・妖怪ものの紹介(その一)であります。

26.『おそろし 三島屋変調百物語事始』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)

26.『おそろし 三島屋変調百物語事始』(宮部みゆき)【江戸】 Amazon
 数多くのジャンルで活躍する作者が得意とする時代怪談の名品、数年前に波瑠主演でNHKドラマ化された作品です。
 ある事件が原因で心を閉ざし、叔父夫婦の営む三島屋に預けられた少女・おちか。彼女はふとしたことから、様々な人々が持ち込む不思議な話の聞き役を務めることに――

 というユニークな設定で描かれる全5話構成の本作は、題名のとおり真剣に恐ろしい物語揃いの怪談集。しかしそんな恐ろしい物語に聞き手として、時には当事者として向き合うことにより、おちかの心が少しずつ癒され、前に向かって歩き出す姿には、作者の作品に通底する人間という存在の強さが感じられます。
 副題通りの百話目指し、今なお書き継がれているシリーズであります。

(その他おすすめ)
『あんじゅう 三島屋変調百物語事続』(宮部みゆき) Amazon
『あやし』(宮部みゆき) Amazon


27.『しゃばけ』(畠中恵)【江戸】【ミステリ】 Amazon
 大店・長崎屋の若だんな・一太郎は生まれついての虚弱体質で、過保護な兄やの佐助と仁吉に口うるさく構われる毎日。しかし若だんなは妖を見る力の持ち主、実は大妖の佐助と仁吉とともに、次々と奇怪な事件に巻き込まれて――という妖怪時代小説の代名詞と言うべきシリーズの第1弾です。

 人間と妖のユーモラスで賑やかな騒動を描くいわゆる妖怪時代小説のスタイルを作ったとも言える本作は、しかし同時に、ミステリ性も濃厚な物語。
 続発する奇怪な殺人事件に巻き込まれた若だんなが解き明かすのは、この世界観だからこそ成立する奇怪なロジック。そしてその先には、苦い人間社会の現実が――

 連作スタイルで今なお続くシリーズを貫く魅力は、この第1弾の時点から健在なのです。

(その他おすすめ)
『ゆめつげ』(畠中恵) Amazon
『つくもがみ貸します』(畠中恵) Amazon


28.『巷説百物語』(京極夏彦)【江戸】【ミステリ】 Amazon
 妖怪といえばこの人、な作者の代表作の一つであり、幾度も映像化・漫画化されてきた本作。しかし作者の作品らしく一筋縄ではいかない妖怪時代小説であります。

 戯作者志望の青年・百介が旅先で出会った謎めいた男・御行の又市。一癖も二癖もある面々と組む彼の稼業は、表沙汰にできない面倒事の解決や悪党への復讐を請け負うことでありました。
 妖怪の仕業にしか見えない不可解な事件を引き起こし、その陰に隠れて仕掛けを行う本作は、作者が愛してやまない必殺シリーズmeets妖怪的味わいの連作集です。

 百鬼夜行シリーズ(京極堂もの)とは表裏一体とも言える本作は、その後も後日譚・前日譚と数多く書き継がれ、更なる続編が待たれるシリーズです。

(その他おすすめ)
『続巷説百物語』(京極夏彦) Amazon


29.『一鬼夜行』(小松エメル)【幕末・明治】 Amazon
 妖怪時代小説の旗手の一人である作者のデビュー作にして代表作、明治の東京を舞台にした賑やかでほろ苦い妖怪活劇です。

 ある晩、空から古道具屋を営む青年・喜蔵の前に落ちてきた自称大妖怪の少年・小春。百鬼夜行からこぼれ落ちたという小春が居候を決め込んで以来、様々な妖怪沙汰に巻き込まれる喜蔵ですが――

 小生意気な小春と、妖怪も恐れる閻魔顔の喜蔵の凸凹コンビが活躍する本作、人間と妖怪のバディものは定番ですが、ここまで二人のやり取りが楽しい作品は他にはありません。
 その一方で、それぞれ孤独を抱えた人と妖が寄り添い、絆を深める人情ものとしても魅力的な本作。今なおシリーズが書き継がれているのも納得です。

(その他おすすめ)
『夢追い月 蘭学塾幻幽堂青春記』(小松エメル) Amazon


30.『のっぺら あやかし同心捕物控』(霜島ケイ)【江戸】 Amazon
 『封殺鬼』シリーズなど伝奇アクションで90年代から活躍してきた作者の初時代小説は、とんでもなくユニークな妖怪ものであります。
 主人公の千太郎は江戸町奉行所の敏腕同心。腕が立ち、正義感に溢れて情に厚い、江戸っ子の人気者なのですが……何と彼はのっぺらぼう。あやかしを退治する同心ではなく、あやかしが同心なのです。

 しかし本作はパラレルワールドものではありません。江戸にのっぺらぼうがいたらどうなるか……本作は丹念に描写を積み重ねることでその難題(?)をクリアするのです。
 そしてもちろん、千太郎が挑む事件も奇っ怪極まりないものばかり。人間が、妖が引き起こす怪事件に挑む千太郎の姿は、「男は顔じゃない」と思わせてくれるのであります。


今回紹介した本
おそろし 三島屋変調百物語事始 (角川文庫)しゃばけ (新潮文庫)巷説百物語 (角川文庫)(P[こ]3-1)一鬼夜行 (ポプラ文庫ピュアフル)のっぺら あやかし同心捕物控え (モノノケ文庫)


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2017.03.20

『コミック乱ツインズ』 2017年4月号(その二)

 『コミック乱ツインズ』4月号の掲載作品の紹介の後編であります。今回も印象に残った作品を一つずつ取り上げます。

『エイトドッグス 忍法発見伝』(山口譲司&山田風太郎)
 木は森に、の例えの如く、現八が用心棒を務める吉原西田屋に隠れることとなった村雨姫と信乃。しかし敵もさるもの、半蔵配下のくノ一のうち、椿と牡丹が遊女志願を装って西田屋に現れます。
 現八はこれを単身迎え撃つことに――

 といってもここで繰り広げられるのは閨の中での睦み合い。しかしそれが武器を取っての殺し合い以上に凄惨なものとなりえるのは、忍法帖読者であればよくご存知でしょう。
 かくて今回繰り広げられるのは、椿の「忍法天女貝」、現八の「忍法蔭武者」、牡丹の「忍法袈裟御前」と、いずれ劣らぬ忍法合戦。詳細は書くと色々とマズいので省きますが、この辺りの描写は、まさにこの作画者のためにあったかのように感じられます。

 そして壮絶な戦いの果てに倒れる現八。原作を読んだ時は男としてあまりに恐ろしすぎる運命に慄然とさせられたこのくだり、あまり真正面から描くと、ギャグになってしまう恐れもありますが……
 しかし本作においては、前回語られたように村雨姫にいいところを見せるために戦いながらも、決して彼女には見せられない姿で死んでいくという悲しさを漂わせた画となっているのに、何とも唸らされた次第です。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 時代と場所を次々と変えて描かれる本作ですが、今回のエピソードは前回から続き、本能寺の変の最中からスタート。蘭丸を失った悲しみから鬼と化した信長は、変を生き残り(と言ってよいものか?)自我を失うことなく、怨みと怒りを漲らせながら、光秀とその血族に襲いかかることになります。
 それを阻むべく信長の後を追う、鬼斬丸の少年ですが、さしもの彼も鬼と化した信長には苦戦を強いられて――

 これまではどんな人物であっても、一度鬼と化せば理性を失い、人間を襲ってその血肉を喰らうしかない姿が描かれてきた本作。そんな中で、言動はまさしく「鬼」のそれであっても、明確に己の意志で動く信長はさすがというべきでしょうか。
 そして生前の彼を、この世に鬼を呼び込む怪物と見て弑逆に走った光秀もまた、その本質を正しく見抜いていたと言えますが……しかしそんな彼であっても、信長に家族が襲われるという煩悶から鬼となりかけるというのが哀しい。

 人が鬼を生み、鬼が鬼を生む地獄絵図の中、人がどうなっても構わぬと明言しつつも、その行動が結果的に人を救うことになる少年の皮肉も、これまで以上に印象的に映ります。
 そして物語はさらに続くことに――


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 父・輝宗を殺され、怒りに逸るままに力押しを仕掛けて失敗した政宗。今回はそんな彼が己を取り戻すまでが描かれることとなります。

 悲しみのあまりとはいえ、景綱ですら止められぬほどに我を忘れて暴走する政宗。その怒りは、必死に彼を止めようとする愛姫にまで向けられ……と、姫に刀を向ける姿にはさすがに引きますが、しかし何となく「ああ、政宗だからなあ……」と納得してしまうのがちょっと可笑しい。

 もちろんこの辺りの描写にふんだんにギャグが散りばめられていることもあるのですが、変にフォローが入らない方が、かえって人物への好感を失わないものだな、と再確認しました。


 その他もう一つの新連載は『よりそうゴハン』(鈴木あつむ)。長屋に妻と暮らす絵師が料理をする姿を通じて描く人情もののようですが、展開はベタながら、今回の料理である焼き大根、確かにおいしそうでありました。


『コミック乱ツインズ』2017年4月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年4月号 [雑誌]


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2017.03.17

重野なおき『信長の忍び』第11巻 泥沼の戦いと千鳥の覚悟、しかし……

 アニメも二期決定と好調の『信長の忍び』、朝倉義景・浅井長政を滅ぼし、包囲網をついに突破した信長ですが、しかし意外なところで越前の戦いは本願寺と結びつき、泥沼の戦いが始まることとなります。そしてその果てに信長が取った戦略に対し、千鳥は……

 武田信玄が志半ばに斃れ、そして信長により朝倉・浅井が滅ぼされたことにより瓦解した信長包囲網。ここに信長の生涯最大の危機の一つが去ったことになりますが、しかしもちろん、それで彼を取り巻く脅威の全てがなくなったわけではありません。

 信玄の跡を継いだ勝頼による高天神城攻めにおいては家康に援軍を出せず、ようやく獲ったはずの越前国では一向一揆が勃発し混乱は深まるばかり。そして一向一揆の中枢ともいうべき本願寺が、最大の敵として立ちふさがるのであります。

 そしてその背後には越前と本願寺を繋ぐ存在が。そう、朝倉義景の娘であり、本願寺顕如の教如の妻となった三位殿の暗躍が……

 と、思わぬ暗黒ヒロイン・三位殿の登場に引っ掻き回されることとなるこの第11巻。
 主人公はもちろんのこと、これまで様々なヒロインが登場した本作ですが、復讐のために明確な悪意を持って政治を動かし、周囲を引っ掻き回していくキャラクターは彼女が初めてでしょう。

 もちろんそれは本作のオリジナル、そもそも史実に残っている部分が少ない人物だけに自由に脚色したというところで、ちょっと引っかかるのですが……(この辺りは後述)

 そして本願寺との緊張が極限までに高まった末に始まるのは長島一向一揆との戦いであります。
 信長の自領である伊勢・尾張両国にまたがる長島で起きたこの一向一揆を率いるのが下間頼タン、いや頼旦――強大な武力と優れた戦略眼、そして右に出る者はいない隠し芸の数々で、信長軍は、そして千鳥は大いに苦しめられることになります。

 ん、隠し芸!? となりますが、本当なのだから仕方ない。本来であればドシリアスな局面に、こんなキャラを投入してくるのが本作の面白恐ろしいところであります。
 いやはやこの頼タン、今まで登場してこなかったのが勿体ないほどの面白キャラ。特に偵察のために潜入した千鳥との絡みなど、それほど多くないボリュームでも、このキャラの存在感・魅力をきっちりとアピールしてくれるのは、作者ならではの技でしょう。


 が……呑気に楽しんでいられなくなるのがこの巻の後半の展開。そう、長島一向一揆において信長が何をしたのか――それは歴史が示すとおりであります。
 鉄壁の防御を誇る長島城に篭り、信長軍を寄せ付けぬ下間頼旦らに対し、兵糧攻めを仕掛ける信長軍。それはいいとして、城の者たちの助命を条件に開城・降伏した頼旦に対して、彼をはじめとする無数の門徒の命を、信長は騙し討ちで奪ったのですから。

 この信長の行動に対しては、その他の戦におけるそれと同様、様々な評価があるでしょう。しかし本作の主人公である千鳥は、信長の判断を疑わず、その命ずるままに動くことを宣言いたします。
 いやはや、どう言葉を飾っても騙し討ち(しかも相手の多くは自分の領民)でしかないものを、取り繕おうともしないのはある意味天晴というべきかもしれませんが、しかしそれを天下布武のために必要な犠牲と切り捨てるのは、やはり居心地の悪いものがあります。

 特に本作の場合、先に述べた三位殿が本願寺サイドで陰険に暗躍する姿を示すことで、信長の側が(どちらかと言えば)正しい、やむを得ないという印象を与える作劇となっているのは違和感が残ります。

 いや、そこまでは仕方ないとしても、覚悟を固めている千鳥を結果的に殲滅戦に参加させず、ラストの美談めいたオチにのみ参加させるのはいかがなものでしょうか。
(その美談も、よりによって本作でもフォロー困難なあの人物絡みという……)


 既に比叡山の焼き討ちという地獄をくぐり抜けた千鳥。その彼女がこうした覚悟を決めるのはむしろ当然であるかもしれません。そしてある意味信長の分身的存在であることを考えればなおさら。
 しかし一人の人間として、それで良いのか。信長を絶賛するだけでよいのか……その違和感の答えは、あるいはこの巻のラストで暗示されるある戦いにおいて示されるのかもしれません。

 その時はまだ先ですが……さて。


『信長の忍び』第11巻(重野なおき 白泉社ジェッツコミックス) Amazon
信長の忍び 11 (ヤングアニマルコミックス)


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