2017.11.18

鳥野しの&あかほり悟『御用絵師一丸』 漫画で帰ってきた御用絵師!

 約二ヶ月前に発表された作品にこの表現も恐縮ですが――御用絵師一丸が帰ってきました。あかほり悟(さとる)が白泉社招き猫文庫で発表した時代小説シリーズが、ヤングアニマル誌において、小説版の表紙絵を担当した鳥野しの漫画化されたのです。

 西ノ丸大奥の主・広大院に仕える御用絵師・一丸。御用絵師という身分をありがたがるでもなく、むしろ迷惑げな彼のもう一つの任は、広大院の命により裏の仕置きを行うことであります。
 時あたかも水野忠邦が老中首座に就いていた頃――強引な改革を進める忠邦が、幕府の権力強化のために諸藩を潰そうと配下の鳥居耀蔵とともに巡らす数々の陰謀を粉砕するため、一丸は家伝の「毒」を用いて悪に挑む……


 という基本設定の本シリーズですが、今回は、これまで二冊刊行された小説からの漫画化ではなく、完全新作というのが非常に嬉しいところであります。

 江戸で相次ぐ不審火。その火事が屋敷の周辺で起きたことを口実に大名たちを取り潰そうという動きに、水野の影を感じた広大院は、一丸に犯人の退治を命じます。
 手がかりもないまま探索を続ける中、火事現場で異様な目つきで炎を見つめる男を目撃した一丸は、飲み仲間の絵師から、その男がからくり師の太吉であると聞かされます。

 以前火付けで捕まったものの、何故かすぐに放免されたという太吉。彼こそが火付けの犯人だと確信する一丸ですが、しかし一丸の心の中には……


 恥ずかしながら作画担当の鳥野しのの作品は初めて読むのですが、フィール・ヤング誌などで活躍しているというその絵柄は、柔らかな線でキャラクターたちをくっきりと描いていて好感が持てます。

 実に本作は前後編構成とはいえページ数はそれほど多くはないのですが、原作のレギュラーキャラ――一丸、広大院、一丸の弟の上総ノ介、ヒロインの雅弥と小茶、飲み仲間の芳若と初信、水野と鳥居――を全員登場させているのですが、そのいずれもイメージどおりのビジュアル・描写であったと感じます。
(特にむくれている小茶が猛烈にかわいい)

 もっとも、ゲストキャラの太吉が、初登場時からあからさまに変態めいたビジュアルだったのはひっかかりますし、物語的にもかなりストレートな内容だったという印象はあります。
 しかし――それがかえって、一丸のキャラクターを掘り下げる形となっているのがまた面白いのです。

 絵を生み出す絵師でありながら、同時に人の命を奪う暗殺者という二面性を持つ一丸。
 彼の行う暗殺は、あくまでも正義のために外道を討つというものではありますが、しかし殺人――それも絵師としての己の技を利用した――であることには変わりありません。

 だとすれば、同じく己の技を用いて火付けを行う太吉と彼にどのような違いがあるのか?
 本作はある意味合わせ鏡のようなキャラクターを配置することにより、一丸の立ち位置を問いかけるのです。お前は正義の味方なのか、人殺しの外道なのか――と。
(ここで太吉による火事の炎の姿に、一丸が絵師として心動かされているという描写があるのも面白い)

 もちろん本作はその先にある一つの答えを、希望を提示するのですが――この辺りの巧みな物語構成はさすがは、と言うべきでしょう。


 今回は電子書籍化記念ということで発表された本作。しかし物語も画も、原作ファンを十分満足させるものであるだけに、これだけで終わるのは勿体ないと思います。
 もちろん原作小説の方も含めて、またいずれ一丸と仲間たちに会いたい――そう強く感じた次第であります。


『御用絵師一丸』(鳥野しの&あかほり悟 ヤングアニマル 2017年 No.18,19掲載) No.18 Amazon /No.19 Amazon


関連記事
 『御用絵師一丸』 絵師の裏の顔と、「今」と向き合う人々と
 あかほり悟『藍の武士 御用絵師一丸』 武士を捨て、武士に縛られ、武士を殺す

| | トラックバック (0)

2017.11.16

『コミック乱ツインズ』2017年12月号(その一)

 表記の上ではもう今年最後の号となったコミック乱ツインズ誌。表紙を飾るのは『仕掛人藤枝梅安』、そして特別企画として小島剛夕の『孤剣の狼 鎌鬼』が収録されています。

『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 単行本刊行に合わせてか、3号連続巻頭カラーの2回目となった今回は、「梅安初時雨」の中編。牛堀道場の跡目争いに巻き込まれ、江戸を売る羽目となった小杉さんと梅安の旅は続きます。

 小杉さんが後継者に指名されたのを不服に思い、闇討ちしてきた相手を斬ったものの、それが旗本のバカ息子であったことから、梅安とともに江戸を離れることになった小杉さん。しかし偶然から二人の居所が知れ、実に六人の刺客が二人に迫ることになります。偶然それを知って追いかけてきた彦さんも加えて、迎え撃とうとする梅安ですが……
 というわけで今回のクライマックスは三対六の死闘。それぞれの得意の技を繰り出しながらの疾走しながらの戦いは、さすがの迫力です。

 しかし今回印象に残ったのは、藤枝で過ごした少年時代を思い出す梅安の姿。かつて自分をこきつかった宿の者たちも、今の自分のことをわからないと複雑な表情を見せる梅安ですが――いや、確かに顔よりも首が太い今の体格になっては、と妙に納得であります


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 我が国独自の鉄道網構築のために奮闘する男たちを描いてきた本作、今回の中心となるのは、これまで幾度か描かれてきた明治の鉄道の最大の問題点であった狭軌から広軌への切り替えであります。

 レールの幅の切り替えに伴い、新たな、日本独自の機関車開発を目指す島。そのために彼は大ベテランの技術者・森に機関車設計を依頼するのですが――補佐につけられた雨宮は、既存の機関車の延長線上のものを開発しようとする森に厳しい言葉を向けます。
 その言葉に応え、奮起した森はついに斬新な機関車を設計するのですが……

 これまでも鉄道を巡る理想と現実、上層と現場のせめぎ合いを描いてきた本作。それがついに表面化してしまった印象の今回のエピソードですが――明らかに現場の人間でありつつも、誰よりも島の理想を理解してきた雨宮の想いはどこに向かうのか。なかなか盛り上がってきました。


『孤剣の狼 鎌鬼』(小島剛夕)
 冒頭に述べたとおり、名作復活特別企画として掲載された本作は、実に約50年前に発表された連作シリーズの一編であります。

 伊吹剣流の達人である放浪の素浪人・ムサシが今回戦うことになるのは、ある城下町で満月になるたびに現れては人々をむごたらしく殺していく謎の怪人。
 奇怪な面をつけ、鋭い鎌を用いて武士や町人、男や女を問わず殺していく怪人の前に、ムサシもあわやというところまで追い詰められるのですが……

 鴉の群れとともに夜の闇に紛れて現れる怪人の不気味さ、義侠心ではなく自分の剣の宣伝のために怪人に挑むムサシなど、独特の乾いたハードさが印象に残る本作。
 しかし何よりも目に焼き付くのは、そのアクション描写の見事さでしょう。都合二度描かれるムサシと怪人の対決シーンは、スピーディーかつダイナミックな(それでいて非常にわかりやすい)動きを見せ、特にラストのアクロバティックな殺陣の画には惚れ惚れとさせられます。

 次回も同じ小島剛夕作品、それも未単行本化作品ということで期待しております。
(しかし何故今この作品の、それも怪人の正体が結構な危険球のこの回を――という印象は否めないのですが)


 充実の今号、長くなってしまったので次回に続きます。


『コミック乱ツインズ』2017年12月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年 12 月号 [雑誌]


関連記事
 『コミック乱ツインズ』2017年1月号(その一)
 『コミック乱ツインズ』2017年1月号(その二)
 『コミック乱ツインズ』 2017年2月号
 『コミック乱ツインズ』 2017年3月号(その一)
 『コミック乱ツインズ』 2017年3月号(その二)
 『コミック乱ツインズ』 2017年4月号(その一)
 『コミック乱ツインズ』 2017年4月号(その二)
 『コミック乱ツインズ』2017年5月号
 『コミック乱ツインズ』 2017年6月号
 『コミック乱ツインズ』2017年7月号
 『コミック乱ツインズ』2017年8月号
 『コミック乱ツインズ』2017年9月号(その一)
 『コミック乱ツインズ』2017年9月号(その二)
 『コミック乱ツインズ』2017年10月号(その一)
 『コミック乱ツインズ』2017年10月号(その二)
 『コミック乱ツインズ』2017年11月号

| | トラックバック (0)

2017.11.10

武川佑『虎の牙』(その二) 伝奇の視点が映し出す戦国武士の姿と一つの希望

 新鋭が武田信虎の半生を、その弟・勝沼信友らの視点から描くユニークな物語の紹介の続きであります。本作を大きく特徴付ける伝奇的趣向の果たす機能、役割とは――

 その最たるものは、本作の最大の特徴ともいうべき信友の出自による、新たな視点の設定であります。
 生まれはともかく、育ちにおいては武士ならざる山の民出身という設定である信友。齢三十を過ぎるまで己の出自を知らず、ある意味武士とは最も遠い暮らしを続けてきた彼の目に映るのは、外側から見た武士の姿――ある種の客観性を持った戦国武士の姿なのです。

 そもそも我々の持つ戦国武士のイメージは、最近はだいぶ緩和されてきたとはいえ、かなりの部分美化されたものであることは否めません。
 雄々しく敵と戦い、国を富ませ、戦を終わらせる――そうした側面はもちろんあるにせよ、特に本作の舞台となる戦国時代初期の関東の武士の姿は、より泥臭く、より容赦なく、より残酷なものであったのですから。

 それは当時の武士たちにとっては当然のことではありますが――しかしそんな戦国武士たちの姿を、信友は(その中に身を置きつつも)外側からの視点で描くことになります。
 武士にとっての「当然」が、それ以外の者にとってどう映るか――そんな異者としての信友の視点は、同じく異者である我々の視点と重なり、より鋭く戦国武士たちの現実の姿を描き出す力を持つのです。

 そしてまた、戦国武士の現実を描き出すことになるのは、実は信友の視点のみではありません。その当の戦国武士たる虎胤――後に「鬼美濃」といういかにもな渾名で呼ばれた彼の姿からも、その現実は痛いほど伝わるのです。

 武士としての義を重んじ、それがもとで国を追われることとなった虎胤。その彼が武田家で経験することになったのは、綺麗事では済まされぬ戦国の現実――乱取りや撫で切り、つまりは略奪や暴行、虐殺の数々であります。
 それを経験した彼の姿は、彼が剛の者であるだけに、こちらにも強く刺さるのです。

 そして彼ら二人との対比によって浮かび上がる信虎の姿は、やはりこうした戦国の現実の具現化のようにすら思えるのですが――しかしそれが彼の「悪行」に、ある意味逆説的な人間性を与えているのには、感心させられるところであります。


 しかし――本作の真に見事なのは、こうした様々な視点から戦国の、戦国武士の現実を描くと同時に、それを打ち破り、乗り越えようとする人の姿を描く点にあると、私は感じます。

 本作において、関東の武士を血で血を洗う争いに駆り立てる山神の呪い。それはある意味、歴史の流れや運命、人間の業といった、人の手によってはどうしようもないような存在の具現化としても感じられます。
 しかしそれに流され、押し潰されるままでよいのか――本作における信友の姿は、それを半ば無言のうちに問いかけるのです。

 武士ではなかったからこそわかる、武士という存在ののどうしようもない業。しかしそれを打ち破る術があるとすれば――たとえその結果が、小さな一つの命を救うだけのことであったとしても。あるいは、己にとって大きすぎる代償を支払うものであったとしても。

 もちろん信友はヒーローではありません。ここに至るまで幾度も恐れ、揺れ、悩み苦しむ、小さな人間にすぎません。
 それでも、それだからこそ、本作の結末で彼が成し遂げたことは、偉大なものとして――たとえ後の歴史には全く語られないものであったとしても――感じられるのです。
(そしてもちろん、そこに「伝説」から「歴史」の時代の変遷を見出すこともできるでしょう)


 しかしその後も、武田家は常に修羅の中にあったように思えます。幾度も述べてきたように、信虎は子に追放され、義信は父に廃嫡され、そして勝頼は家を滅ぼし――関東武士に対する呪いは、絶えることなく続いていたようにすら感じられます。

 果たして呪いは祓われたのかどうか。信友が擲ったものに意味があったのかどうか――それは時代を超え、武田家滅亡の刻を描く本作の終章を見れば明らかでしょう。


 伝奇的趣向を用いて現実を多面的な視点から描き、そしてその先に一つの時代の終焉と希望の姿を描き出す。
 迫力ある合戦描写、確かな人物描写も相まって、これが長編デビュー作とは到底思えぬ、完成度の高い、そして大いに魅力的な歴史小説の新星であります。


『虎の牙』(武川佑 講談社) Amazon
虎の牙

| | トラックバック (0)

2017.11.09

武川佑『虎の牙』(その一) 伝奇要素濃厚に描く武田信虎・信友伝

 武田信虎といえば、言うまでも武田信玄の父――ですが、その信玄に追放されたという史実から、芳しからざる印象の強い人物であります。本作はその信虎の青年時代を従来とは全く異なる視点から――その弟・勝沼信友、そしてその臣・原虎胤の視点から伝奇性豊かに描く、極めてユニークな作品です。

 山中で雪崩に遭い、生き延びるために神の使いとされる金目の羚羊に矢を放った山の民・三ツ峯者のイシ。しかし確かに矢に貫かれ、彼に切り裂かれた状態から甦った羚羊から、イシは「たてなしの首を獲りて来よ」という呪いをかけられることになります。
 禁忌を犯したとして山を追放されたイシが出会ったのは、戦場で己の義から敵将を助けたのがきっかけで主家を追放された武士・原清胤と、何者かの刺客に襲われる武田家当主・信直(後の信虎)でありました。

 自分を救った二人に対し、義兄弟の契りを結ぼうと持ちかける信直の言葉に応えるイシ改めアケヨと清胤。しかし武田家に身を寄せたアケヨは、やがて意外な真実を知ることになります。
 実はイシこそは幼い頃に信直の母から山の民に攫われた赤子の成長した姿――本当に彼は信直の異母兄であったのです。

 その出自を知らされてもなお、武士になることを忌避していたアケヨ。しかし内では親族たちや有力国衆が反抗し、外では今川家と北条家が虎視眈々と侵攻を狙う状況で、ただ一人武田家を背負って戦い続ける信虎のため、彼の弟・信友として支えることを決意するのでした。

 そして信虎の足軽大将となった清胤改め虎胤とともに、信虎の覇業を支えることとなった信友。しかしその行く手には、かつて金目の羚羊がかけた呪いが暗い影を落とすことになります。
 頼朝の頃より、東国の武士たちを骨肉相食む争いに駆り立ててきたという山神の呪い。武田家のため、信虎のため、その呪いを解かんとする信友の行く手にあるものは……


 冒頭に述べたように、実の子に追放された――それもその暴政から家臣たちの支持を失って――ことから、悪評高い信虎。しかしその信虎の弟・勝沼信友は、悪評どころか、ほとんど全く評判を聞かない存在ではないでしょうか。

 その出自も今ひとつはっきりせず、気がつけばいつの間にか「勝沼」の姓を名乗り、信虎の下で戦っていた印象すらある信友。本作はその人物を、山の民として育った男として描くのですから、身を乗り出さずにはいられません。
 それもただの山の民ではなく、山神から呪い(頼朝の富士の巻狩で工藤景光が経験したという怪異から、「景光穢」と呼ばれるのがまたいい)を受けた存在だというのですから驚かされるではありませんか。

 そして、その信友とともに信虎を支える虎胤も、かつて戦場で既に亡くなったはずのある武将から「板東武者の業を断て 西へゆけ」という言葉と軍配書を与えられたという過去を持った人物として描かれるのも、大いにそそるものがあります。


 しかし本作においてこうした伝奇的要素は、物語の賑やかし、外連としてのみならず、より大きな意味を持つことになります。
 その伝奇的要素が果たす機能、役割とは――長くなりましたので、次回に続きます。


『虎の牙』(武川佑 講談社) Amazon
虎の牙

| | トラックバック (0)

2017.11.01

入門者向け時代伝奇小説百選 幕末-明治(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、幕末-明治のその2は、箱館戦争から西南戦争という、武士たちの最後を飾る戦いを題材とした作品が並びます。

86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)


86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎) Amazon
 近年、幾つもの土方歳三を主人公とした作品を発表してきた作者が、極めてユニークな視点から箱館戦争を描くのが本作です。

 プロシア人ガルトネルが蝦夷共和国と結ぶこととなった土地の租借契約。その背後には、ロシア秘密警察工作員の恐るべき陰謀がありました。この契約に疑問を抱いた土方は、在野の軍学者、箱館政府に抗するレジスタンス戦士らと呉越同舟、陰謀を阻むたの戦いを挑むことに……

 実際に明治時代に大問題となったガルトネル事件を背景とした本作。その背後に国際的陰謀を描いてみせるのは如何にも作者らしい趣向ですが、それに挑む土方の武士としての美意識を持った人物像が実にいい。
 終盤の不可能ミッション的な展開も手に汗握る快作です。

(その他おすすめ)
『神威の矢 土方歳三蝦夷討伐奇譚』(富樫倫太郎) Amazon


87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 幕末最後の戦いというべき五稜郭の戦。本作はその戦の終わりから始まる新たな戦いを描く雄編です。

 五稜郭の戦に敗れ、敗残兵となった少年・志波新之介。新政府軍の追っ手や賞金稼ぎたちと死闘を繰り広げつつ、生き延びるための旅を続ける彼の前に現れるのは、和人の過酷な弾圧に苦しむアイヌの人々、そして大自然の化身たる蝦夷地の神々や妖魔たち。
 出会いと別れを繰り返しつつ、北へ、北へと向かう新之介を待つものは……

 和製マカロニウェスタンと言うべき壮絶なガンアクションが次から次へと展開される本作。それと同時に描かれる蝦夷地の神秘は、どこか消えゆく古きものへの哀惜の念を感じさせます。
 一つの時代の終焉を激しく、哀しく描いた物語です。

(その他おすすめ)
『地の果ての獄』(山田風太郎) Amazon


88.『警視庁草紙』(山田風太郎) 【ミステリ】 Amazon
 作者にとって忍法帖と並び称されるのが、明治ものと呼ばれる伝奇小説群。本作はその記念すべき第一作であります。

 川路大警視をトップに新政府に設立された警視庁。その鼻を明かすため、元同心・千羽兵四郎ら江戸町奉行所の残党たちは、市井の怪事件をネタに知恵比べを挑むことに……

 漱石・露伴・鴎外・円朝・鉄舟・次郎長など、豪華かつ意外な顔ぶれが、正史の合間を縫って次々と登場し物語を彩る本作。そんな明治もの全体に共通する意外史的趣向に加え、ミステリとしても超一級のエピソードが並びます。
 そしてそれと同時に、江戸の生き残りと言うべき人々の痛快な反撃の姿を通じて明治以降の日本に対する異議申し立てを描いてみせた名作であります。

(その他おすすめ)
『明治断頭台』(山田風太郎) Amazon
『参議暗殺』(翔田寛) Amazon


89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄) 【ミステリ】 Amazon
 北辰一刀流の達人にして、維新後は写真師として暮らす元幕臣・志村悠之介。西南戦争勃発直前、西郷隆盛の顔写真を撮るという依頼を受けた彼は、一人鹿児島に潜入することになります。
 そこで彼を待つのは、西郷の写真を撮らせようとする者と、撮らせまいとする者――いずれも曰くありげな者たちの間で繰り広げられる暗闘に巻き込まれた悠之介の運命は……

 文庫書き下ろし時代小説界で大活躍中の作者が最初期に発表した三部作の第一作である本作。
 知られているようで謎に包まれている西郷の「素顔」を、写真という最先端の機器を通じて描くという趣向もさることながら、その物語を敗者や弱者の視点から描いてみせるという、実に作者らしさに満ちた物語です。


(その他おすすめ)
『鹿鳴館盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄) Amazon
『黒牛と妖怪』(風野真知雄) Amazon


90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健) Amazon
 西南戦争終盤、警視隊の藤田五郎をはじめ曲者揃いのメンバーとともに、西郷を救出せよという密命を下された村田経芳。
 しかしメンバー集合前に隊長が何者かに暗殺され、それ以降も次々と彼らを危機が襲うことになります。誰が味方で誰が敵か、そしてこの依頼の背後に何があるのか。銃豪と剣豪が旅の果てに見たものは……

 期待の新星のデビュー作である本作は、優れた時代伝奇冒険小説というべき作品。
 後に初の国産小銃である村田銃を開発する「銃豪」村田経芳を主人公として、いわゆる不可能ミッションものの王道を行くような物語を描くと同時に、その中で、時代の境目に生きる人々が抱えた複雑な屈託と、その解放を描いてみせるのが印象に残ります。



今回紹介した本
箱館売ります(上) - 土方歳三 蝦夷血風録 (中公文庫)旋風伝 レラ=シウ(1)警視庁草紙 上  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介 (角川文庫)明治剣狼伝―西郷暗殺指令 (時代小説文庫)


関連記事
 入門者向け時代伝奇小説百選

 富樫倫太郎『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』上巻 箱館に迫る異国の大陰謀
 「西郷盗撮 剣豪写真師志村悠之介 明治秘帳」 写真の中の叫びと希望
 新美健『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』 銃豪・剣豪たちの屈託の果てに

| | トラックバック (0)

2017.10.29

入門者向け時代伝奇小説百選 幕末-明治(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選も、いよいよ最後の時代に突入。幕末から明治にかけてを舞台とする作品であります。

81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)

81.『でんでら国』(平谷美樹) Amazon
 時代小説レビュー以来、ユニークな作品を次々と発表してきた作者が、老人たちと武士が繰り広げる攻防戦を描いた快作が本作です。

 棄老の習慣があると言われる大平村。しかしその実、村を離れて山中に入った老人たちは、彼らだけの国「でんでら国」を作り、村の暮らしをも支えていたのでした。
 ところが村の豊かさに目を付けた藩が探索のために役人を派遣。あの手この手で老人たちはこれに抵抗するものの、いよいよでんでら国に危機が……

 でんでら国というユニークな舞台設定に見られる奇想、武士たちに決して屈しない老人たちの姿に表される気骨、そしてその先にある相互理解の姿を描く希望――作者の作品の魅力が凝縮された集大成とも言うべき作品です。

(その他おすすめ)
『貸し物屋お庸』シリーズ(平谷美樹) Amazon
『ゴミソの鐵次 調伏覚書』シリーズ(平谷美樹) Amazon


82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰) Amazon
 絵を描くことだけが楽しみの孤独な武士・外川市五郎が出会った少女・桂香。心を閉ざしていた彼女と絵を通じて心を通わせた市五郎は、やがて二人で「現絵」――死者があの世で楽しく暮らす姿を描き、後生を祈る供養絵を描くようになります。
 厳しい現実を忘れさせる供養絵で人々の心を和ませる二人ですが、しかし悪政に苦しむ人々が一揆を計画していることを知って……

 これまで妖と人間が共存する世界でのコミカルな物語を得意としてきた作者。本作もその要素はありますが、むしろ中心となるのは、人の世界の重い現実の姿であります。
 物語を「イイ話」で終わらせることなく、一歩進めて重い現実を描き、さらにそれを乗り越える希望の存在を描いた名品です。


(その他おすすめ)
『もぐら屋化物語』シリーズ(澤見彰) Amazon


83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎) Amazon
 アウトローと呼ばれる男たちの生き様を数多く描いてきた作者による、町火消にして大侠客として知られた新門辰五郎の一代記であります。

 幼い頃に両親を火事で失い、町火消の頭に引き取られて火消として活躍する辰五郎。やがて町火消の頂点=江戸最高の「侠」となった彼の前には、綺羅星のような男たち――忠治、次郎長、海舟、慶喜、さらには座頭の市らが現れ、ともに幕末の激動に挑んでいくのであります。

 いずれも一廉の人物である侠たちが出会いと別れを繰り返すという点で、「水滸伝」を冠するに相応しい本作。
 どんな道を歩もうとも決して己の節を曲げず、己の心意気を貫いた者たちの姿が堪らない、作者の江戸水滸伝三部作のラストを飾る快作です。

(その他おすすめ)
『天保水滸伝』(柳蒼二郎) Amazon
『明暦水滸伝』(柳蒼二郎) Amazon


84.『完四郎広目手控』(高橋克彦) 【ミステリ】 Amazon
 ミステリ、歴史、ホラー、浮世絵など、作者がこれまで扱ってきた題材のある意味集大成と言うべきユニークな連作集であります。

 主人公・香冶完四郎は名門の生まれで腕も頭も人並み外れた青年ですが、今は「広目屋」――今でいう広告代理店の藤岡屋の居候。そんな彼が、相棒の仮名垣魯文とともに様々な江戸の噂の裏に潜む謎を解き、金儲けに、人助けに、悪人退治にと活躍するのが本作の基本スタイルです。

 広目屋というユニークな題材と、虚実入り乱れた登場人物が賑やかに絡む本作。
 毎回の完四郎の快刀乱麻の謎解きと、それを活かした金儲けも楽しいのですが、終盤に描かれるある歴史上の大事件を前に、金儲け抜きで奔走する彼らの心意気も感動的であります。


85.『カムイの剣』(矢野徹) 【忍者】 Amazon
 りんたろう監督によるアニメ版を記憶している方も多いであろう、奇想天外な大冒険活劇であります。

 謎の敵に母と姉を殺されて公儀御庭番首領・天海に拾われ、忍びとして育てられた和人とアイヌの混血の少年・次郎。やがて父の形見の「カムイの剣」に巨大な秘密が秘められていることを知った彼は、抜忍となって海を超えることになります。
 キャプテン・キッドの遺した財宝を巡る冒険の末、次郎は、幕末史を陰から動かしていくことに……

 日本はおろかカムチャツカから北米まで、海を越えて展開する気宇壮大な物語である本作。同時に、周囲から虐げられ過酷な運命に翻弄されながらも、一歩一歩成長していく次郎の姿が感動的な不朽の名作であります。



今回紹介した本
[まとめ買い] でんでら国ヤマユリワラシ ―遠野供養絵異聞― (ハヤカワ文庫JA)慶応水滸伝 (中公文庫)完四郎広目手控 (集英社文庫)カムイの剣 1巻+2巻 合本版 (角川文庫)


関連記事
 入門者向け時代伝奇小説百選

 『でんでら国』(その一) 痛快なる老人vs侍の攻防戦
 澤見彰『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』 現の悲しみから踏み出す意思と希望
 『慶応水滸伝』(その一) 侠だ。侠の所業だ!
 高橋克彦『完四郎広目手控』 江戸の広告代理店、謎を追う

| | トラックバック (0)

2017.10.20

『コミック乱ツインズ』2017年11月号

 「コミック乱ツインズ」11月号の表紙&巻頭カラーは、単行本第1巻・第2巻が同時発売となった『仕掛人藤枝梅安』。作家こそ違え、「コミック乱ツインズ」の顔が帰ってきたという気持ちもいたします。今回も、特に印象に残った作品を取り上げて紹介します。

『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 今回から「梅安初時雨」がスタート。浪々の身の上であった小杉さんを迎え入れ、厚遇してくれた老道場主が、死の間際に小杉さんを後継者に指名したことで起きる波乱に、梅安も巻き込まれることになります。

 逆恨みして襲ってきた旗本のバカ息子たちを討ち漏らしたことから窮地に陥った小杉さん。ちょうど、大坂の白子屋菊右衛門から招かれていた梅安は、江戸を売る小杉さんに同道することに。しかし思わぬことから二人の行き先が旗本たちにばれて……
 と、本作ならではの好漢っぷりを見せつつも、早速(?)不幸な目に遭う小杉さんが印象に残る今回。白子屋の名も登場し、この先の展開がいよいよ気になります。


『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)
 まだまだまだ続く将軍家慶日光社参編――というよりついに家慶と大御所家斉との全面戦争編に突入した感がある本作。
 将軍復位を狙い、家慶が日光に向かっている間に江戸をほぼ占拠し、西の刺客・静原冠者と結んで家慶の命を狙う家斉派との戦いはいよいよヒートアップすることになります。

 繰り返される襲撃の前に分断された家斉一行は甲府城に籠城することを決断。甲府勤番衆を味方につけ、甲府城の防備を進め、さらにギリギリまで日和見を続けていた水野忠邦を援軍として動かすことに成功するのですが……

 しかしこの盛り上がりに対し、作画が所々大荒れ(ほとんど下書き状態)なのは何としたことか。一種の演出かとも思いましたが、しかしそのわりには妙なところで入るのも不思議で、折この辺りは素直に残念、と言うべきなのでしょう。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 最近は戦国時代末期を中心として展開する本作、今回はついに関ヶ原の戦。そして今回鬼と化すのは大谷吉継であります。

 若き日より秀吉を支えてきたものの、しかし業病によってその面貌が「鬼」の如きものに変わった吉継。自分を忌避する周囲の者たちに激しい怨念を抱いた彼は、ついにその身を鬼と変えるのですが――しかし彼をあくまでも人間に繋ぎとめる者がありました。それは彼の親友・石田三成で……
 というわけで、身は鬼と化したものの、心は人間のままという状態となった吉継と対峙した鬼切丸の少年。彼は背三成のために人間として関が原に向かうという吉継の行方を見届けることを決意するのです。

 と、鬼と人間の狭間で揺れる者たちの姿を描いてきた本作らしい切り口で関ヶ原を描く今回のエピソード。おそらくは前後編となるのではないかと思いますが、どう決着をつけてくれるのか、楽しみであります。
 ……が、今回の吉継の描写は、数年前に問題になった某ゲームの初期設定とさして変わらないわけで、その点は引っかからない、と言えば嘘になります。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 今回は『そば屋幻庵』と同時掲載となった本作。幕府財政立て直しのために吉原に手を入れることを決意した新井白石と、彼を守る聡四郎に対し、吉原名主衆が送った刺客たちが襲いかかる――という今回は、ストーリーの展開より、とにかくアクション重視で魅せるエピソードであります。

 浪人(刀)、鳶(手鉤)、僧侶(錫杖)、町娘(簪(暗器))と、それぞれ異なる得物を手にした四人を同時に敵に回し、しかも戦いはド素人の白石を守りながら、如何に生き延びるか――ギリギリの状況で展開されるこの戦いは見応え十分(刺客たちの顔が、眼だけ光ったシルエットとして描かれているのもまた印象的)。ラストには謎の強敵まで登場するという心憎い展開であります。

 そんな苦闘をくぐり抜けた聡四郎の前に、無手斎の道場で現れたのはあの男――あ、こういうビジュアルになるのかと思いつつ、原作読者としては今後の活躍が楽しみになる引きであります。
 そして本当に毎回言っていて恐縮なのですが、短い出番で喜怒哀楽をはっきりと見せまくる紅さんは今回も素敵でした。


 ……そういえば今回、『軍鶏侍』は掲載されていなかったのですね。


『コミック乱ツインズ』2017年11月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年11月号 [雑誌]


関連記事
 『コミック乱ツインズ』2017年1月号(その一)
 『コミック乱ツインズ』2017年1月号(その二)
 『コミック乱ツインズ』 2017年2月号
 『コミック乱ツインズ』 2017年3月号(その一)
 『コミック乱ツインズ』 2017年3月号(その二)
 『コミック乱ツインズ』 2017年4月号(その一)
 『コミック乱ツインズ』 2017年4月号(その二)
 『コミック乱ツインズ』2017年5月号
 『コミック乱ツインズ』 2017年6月号
 『コミック乱ツインズ』2017年7月号
 『コミック乱ツインズ』2017年8月号
 『コミック乱ツインズ』2017年9月号(その一)
 『コミック乱ツインズ』2017年9月号(その二)
 『コミック乱ツインズ』2017年10月号(その一)
 『コミック乱ツインズ』2017年10月号(その二)

| | トラックバック (0)

2017.10.18

入門者向け時代伝奇小説百選 江戸(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、江戸もののその二は、フレッシュで個性的な作品を中心に取り上げます。

76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

76.『退屈姫君伝』(米村圭伍) Amazon
 ユーモラスかつスケールの大きな時代小説を描けば右に出る者がいない作者の代表作、好奇心旺盛な姫君の活躍を描くシリーズの開幕編です。
 陸奥の大藩から讃岐の小藩・風見藩に嫁いだ、めだか姫。夫がお国入りして暇を持て余し、謎解きをしたり町をぶらついたりといった日々を過ごす姫は、田沼意次が風見藩と実家を狙っていることを知り、俄然張り切ることに……

 作者お得意のですます調で繰り広げられるユーモラスでペーソス溢れる物語が、あれよあれよという間にスケールアップしていく、実に作者らしいスケール感の本作。
 冒頭で述べたとおり「退屈姫君」シリーズの第一作でもあり、また作者の他の作品とのリンクも魅力の一つです。

(その他おすすめ)
『風流冷飯伝』(米村圭伍) Amazon


77.『未来記の番人』(築山桂) 【忍者】 Amazon
 大坂を舞台に、したたかな商人たちの姿や、爽やかな青春群像を描いてきた作者が、聖徳太子の予言書「未来記」を題材に描く活劇です。
 大坂四天王寺に隠されていると言われる未来記奪取を命じられた、南光坊天海直属の忍び・千里丸。千里眼の異能を持つ彼は、そこで初めて自分と同様に異能を持つ少女・紅羽と出会うのですが……

 この二人を中心に、様々な思惑を秘めた様々な人々が繰り広げる未来記争奪戦を描く本作。その内容は、まさに伝奇ものの醍醐味に満ちたものであります。
 しかし本作は同時に、その戦いの中の人々の姿を丹念に描くことにより、歴史の激流の中で人が生きることの意味を問いかけるのです。作者ならではの佳品というべきでしょう。

(その他おすすめ)
『緒方洪庵浪華の事件帳』シリーズ(築山桂) Amazon
『浪華の翔風』(築山桂) Amazon


78.『燦』シリーズ(あさのあつこ) Amazon
 瑞々しい少年たちの姿を描く児童文学と、人の心の陰影を鮮やかに描く時代小説を平行して描いてきた作者が、その両者を巧みに融合させたのが本作です。

 田鶴藩の筆頭家老の家に生まれ、藩主の次男・圭寿に幼い頃から仕えてきた吉倉伊月。しかしある日彼らの前に、かつて藩に滅ぼされた神波一族の生き残りの少年・燦が現れます。
 突然藩主を継ぐことになった圭寿を支える伊月と、彼らと奇妙な因縁に結ばれた燦。三人の少年は、やがて藩を簒奪せんとする勢力、そして藩が隠してきた闇と対峙することになるのですが……

 三人の少年たちの戦いと成長と同時に、彼らと関わる女性たちの姿も巧みに描き出す本作。ラストに待ち受ける驚愕の真相も必見です。


79.『荒神』(宮部みゆき) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 時代小説においても人情ものからミステリ、ホラーなど様々な作品を発表してきた作者が、何と怪獣ものに挑んだ傑作であります。

 ある晩、北東北の山村が一夜にして壊滅。その山村が敵対する二つの藩の境目にあったことから緊張が高まる中、その犯人である謎の怪物が出現、次々と被害を増やしていくことになります。
 両藩の対応が遅れる中、事件に巻き込まれた人々は、生き残るために、あるいは怪物を倒すために、それぞれ必死の戦いを繰り広げることに……

 怪獣映画のフォーマットを時代小説に見事に落とし込んでみせた本作。怪物の存在感の見事さもさることながら、理不尽な事態に翻弄されながらも決して屈しない人々の姿が熱い感動を呼びます。


80.『鬼船の城塞』(鳴神響一) Amazon
 日本では比較的数少ない海洋時代小説。本作はその最新の成果というべき冒険活劇であります。

 日本近海で目撃が相次ぐ謎の赤い巨船「鬼船」。御用中にこの鬼船に遭遇した鏑木信之介は、鬼船を操る海賊・阿蘭党に一人捕らわれることになります。
 彼らの賓客として遇される中、徐々に彼らの存在を理解していく真之介。しかし鬼船を遙かに上回る巨大なイスパニアの軍艦が出現したことから、事態は大きく動き出すことに……

 デビュー以来、通常の時代小説の枠に収まらない作品を次々発表してきた作者らしく、壮大なスケールの本作。散りばめられた謎や秘密の面白さはもちろんのこと、迫真の海洋描写、操船描写が物語を大いに盛り上げる快作です。

(その他おすすめ)
『私が愛したサムライの娘』(鳴神響一) Amazon
『海狼伝』(白石一郎) Amazon



今回紹介した本
退屈姫君伝未来記の番人 (PHP文芸文庫)燦〈1〉風の刃 (文春文庫)荒神 (新潮文庫)鬼船の城塞 (ハルキ文庫 な 13-3 時代小説文庫)


関連記事
 入門者向け時代伝奇小説百選

 「退屈姫君伝」 めだか姫、初の御目見得
 『未来記の番人』 予言の書争奪戦の中に浮かぶ救いの姿
 「燦 1 風の刃」
 『荒神』 怪獣の猛威と人間の善意と
 鳴神響一『鬼船の城塞』 江戸の海に戦う男たち

| | トラックバック (0)

2017.10.12

玉井雪雄『本阿弥ストラット』第2巻 落ちこぼれチームのレース始まる!?

 最近は時代漫画家としての活躍が目立つ作者の新作もこれで第2巻。本阿弥光悦の玄孫・本阿弥光健を中心に据え、全く先の読めない形で始まった物語も、新酒番船を巡るレースという明確な目的が設定されたものの――そこに至るまでの道はまだまだ波瀾万丈であります。

 女郎屋の代金を踏み倒したために、人買い商人の奴隷船に叩き売られた光健。彼と一緒に閉じ込められていたのは、あらゆる共同体から捨てられて人別を失い、自分たちも希望や気力を失った「棄人」たちのみという最低最悪の状況でしたが……
 しかし自分の「目利き」に絶対の自信を持つ彼は、その力で棄人たちを奮起させ――その過程で想像外の出来事も多々あったものの――人買い商人一味から棄人たちを解放したのでした。

 ところが物語はここから意外な方向に向かいます。棄人の一人・とっつぁん――かつては凄腕の船頭として知られた男・桐下は、棄人たちを率いて、新酒番船に参戦することを宣言したのであります。

 この新酒番船とは、一言でいえば新酒の輸送レース。毎年、上方の新酒を積んだ廻船を大坂や西宮の問屋14軒がそれぞれ仕立て、西宮-江戸間の競争を行ったものです。
 通常で5日ほど、最高記録は2日半という通常では考えられない過酷なこのレースは、それだけに海の男たちの誇りと技術の粋を結集した一大イベント。どうやら本作では裏の顔もあったようですがそれはさておき……

 しかし、桐下を除けばド素人だらけの面子でこのレースに参戦するのは無謀の一言。そもそも、参加のためには参加権が必要で――というわけで桐下と光健は、かつて桐下を裏切り、全てを奪ってのし上がった男が作った廻船問屋・海老屋を最初のターゲットにすることになります。
 その跡取りの器を見極め、揺さぶりをかける光健ですが、それが思わぬ結果をもたらすことに……
(ちなみにここで桐下の後ろ盾になるのが、史実の上でも色々と曰くのある兵庫の北風家なのが実に面白い)


 と、第1巻の時点では人買い船の上が舞台と、全く先が読めなかった本作ですが、この巻ではだいぶその向かう先が見えてきた印象があります。
 それは言うなれば落ちこぼれチームもの――世間からはみ出した連中が、能力的にも立場的にも圧倒的に上の相手に、特技とチームワークで立ち向かっていくという、スポーツものなどによくあるパターンであります。

 しかし時代劇ではほとんど記憶にないこのパターンを、このような形でやってしまうとは――と大いに驚かされるのですが、本作の面白さはそれだけに留まりません。
 これがスポーツものであればスカウトマンでありコーチ役ともいえる光健――しかし第1巻の紹介でも触れたように、彼が行うのはあくまでも人物の器を「目利き」すること。その先、その器を相手がどう使うかまでは、彼のコントロールするところではないのです。

 この巻でも、海老屋の息子たちを彼が目利きしたことがきっかけで、とんでもない事態に発展するのですが――そのままならなさが実に面白いとしか言いようがありません。


 何はともあれ、光健も加わった棄人チームも参加して、ついに始まった新酒番船。
 海老屋だけでなく、ほかにも一癖も二癖もありそうな連中が参加したこのレースの行方はどうなるのか、そして光健は仲間たちの、そして自分自身の目利きをすることができるのか……

 いよいよ物語が走り出した今、その向かう先が楽しみでなりません。


『本阿弥ストラット』第2巻(玉井雪雄 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon
本阿弥ストラット(2) (ヤンマガKCスペシャル)


関連記事
 玉井雪雄『本阿弥ストラット』第1巻 光悦の玄孫が招く先の読めない冒険

| | トラックバック (0)

2017.10.10

鳥飼否宇『紅城奇譚』 呪われた城に浮かびあがる時代の縮図

 天正8年(1580年)、九州で島津家らがしのぎを削っていた頃、その豪勇ぶりで他家から怖れられていた鷹生龍政。主家を滅ぼし、居城と美しい姫君を奪った龍政は、その城を真っ赤な色に塗り、紅城と名を改めた。しかしその紅城で、龍政の周囲の人間が次々と奇怪な死を遂げていく……

 奇想に満ちたミステリを得意とする鳥飼否宇初の時代ミステリは、一種のゴシックロマンとも言うべき物語――真っ赤に塗り上げられた城を舞台に、そこに住まう暴君一族を巡る奇怪かつ陰惨な事件の数々を描く連作ミステリであります。

 戦国時代真っ只中の九州で、下克上を地で行くような形で成り上がった鷹生の当主・龍政。
 略奪したかつての主家の姫君・鶴姫を正室とし、雪・月・花の名を持つ三人の美しい側室を侍らせる龍政は、今が盛りとばかりに気ままな日々を送っていたのですが――ある日突然に恐るべき凶事が起きることとなります。

 城の井戸曲輪で首なし死体となって発見された鶴姫と、その直後に月見櫓から飛び降りて命を絶った雪。
 正室として一男一女を生んだ鶴姫と、懐妊中の雪――事件は妻妾の間の怨恨のもつれと思われたのですが……

 そんな『妻妾の策略』を皮切りに、本作は4つの怪事件を描くパートが中心となって構成されています。
 宴の最中、龍政の娘が汲んできた鶴姫秘蔵の酒を飲んだ者が怪死を遂げる『暴君の毒死

 龍政の息子をはじめとする若武者たちの弓比べで逸れた矢が思わぬ犠牲者を生む『一族の非業』
 ある雪の日、相次ぐ凶事に天守に籠もった龍政を襲う最後の怪事件『天守の密室』

 最初の事件を含め、いずれも加害者は明白に思われる事件の数々。それを受けて、龍政の暴君ぶりがさらに死者を増やしていく中、本作の探偵役は、全く異なる答えを示すことになります。

 その探偵役は、龍政の腹心である弓削月之丞――眉目秀麗にして知勇に優れた彼は、事件の背後に隠された真実を次々と解き明かしていくのですが……


 呪われた過去を持つ城という、一種の――空間的なだけでなく、精神的な意味でも――密室を共通した舞台に設定した本作。そこで繰り広げられる事件の数々は、いずれも趣向を凝らしたものばかりであります。
 機械的なトリックあり、心理の綾をついたトリックありと様々ですが、実に面白いのは、上で述べたとおり、一見犯人は明らかなようでいて、実は――と更なる真相が月之丞によって解き明かされるという、実に凝った構図でしょう(しかもさらに……)。

 個人的に特に印象に残ったのは、酒盃の中に投入された毒を巡る『暴君の毒死』であります。
 盃に注がれた酒の壺と毒の入った壺が近くに、しかし明確に外観でわかるように置かれていた、というシチュエーションから、これは○○ネタに違いないと思ってみれば――それを遙かに上回る怨念の系譜を感じさせるトリック(きちんと伏線も用意されていて)には、大いに唸らされました。


 そして謎解きもさることながら、本作はその舞台設定、物語構造もまた魅力的であると感じます。
 絶対的な暴君として城内の者の生殺与奪の権を握り、淫欲にふける龍政。本作で描かれるのは、紅城に君臨する彼の、そして彼の一族の末路であります。

 それはもちろん本作独自の物語であり、それ以前に紅城や鷹生龍政も(鷹生氏自体も)架空の存在であります。
 しかし、ここで描かれる龍政の生き様や、彼が過去に働いた所業、そしてそれ以上に作中で彼と彼の一族が図らずも働く所業――それはこの時代の縮図、戦国大名たちの姿の象徴であるようにも感じられるのです。

 正直に申し上げれば、物語が進んでいくにつれて、オヤ? という部分があり、物語の構造自体は途中で読めてしまう(こちらは最後まで予想通りでした)のはいささか残念な点ではあります。
 そこからもたらされる結末も、ある意味意外性はありません。

 しかしこうした点も含めて、奇想に富んだミステリであると同時に――そして戦国ゴシックとも言うべき世界を作り出しつつ――その中で戦国という狂った時代の縮図を描き出してみせた点に、僕は惹かれるものを感じるのです。


『紅城奇譚』(鳥飼否宇 講談社) Amazon
紅城奇譚

| | トラックバック (0)

より以前の記事一覧