2017.09.26

武内涼『駒姫 三条河原異聞』(その一) ヒーローが存在しない世界で

 戦国時代(安土桃山時代)でも屈指の悲劇あるいは惨劇と言うべき、三条河原での豊臣秀次の妻妾の処刑。その中でも最も理不尽な運命を辿ることとなった最上義光の娘・駒姫と、彼女に関わる人々の姿を描いた、哀しくも、力強い希望を感じさせる物語であります。

 文禄4年(1595年)、関白にまで登りつめながら謀反の疑いを受け、叔父・秀吉の命によって切腹させられた豊臣秀次。しかしことはそれに収まらず、秀次の妻妾と子、総勢39名が三条河原で処刑され、その死体は家族が引き取ることも許されず、「畜生塚」と名付けられた塚にまとめて葬られることとなった……
 こうして史実を記していても胸が悪くなるようなこの事件を、本作は史実とフィクションを巧みに交えつつ、一つの物語として再構成いたします。

 謀略で家と土地を守ってきた羽州の狐・最上義光が、目に入れても痛くないほど可愛がってきた愛娘・駒姫。東国一の美女として知られる彼女が、秀次に見初められたことから、悲劇は始まります。

 義光も言を左右にして逃れようとしたものの、天下の関白の前には限りがあり、ついに十五歳の年に京に向かうこととなった駒姫。駒姫は、姉のように慕う御物師(裁縫師)・おこちゃら数名とともに、聚楽第に入ることになります。
 しかし当時、淀君との間に秀頼が生まれたばかりの秀吉は、己の子に天下を継がせるために秀次排除を決意。言いがかり同然に高野山に押し込められた秀次に、駒姫は目通りすることもないまま、時間は過ぎていきます。

 そして秀次の切腹、妻妾の処刑の命が秀吉から下り、彼女たちとともに罪人のように押し込められる駒姫とおこちゃ。
 当然ながら駒姫たちを救わんとする義光ですが、彼もまた秀次との連座の疑いをかけられ、表だって動けぬ状態であります。かくて義光は、懐刀の軍師・堀喜吽、そして次代を担う若者であり、おこちゃの許婚である鮭延主殿助に、駒姫救出のための工作を命じるのですが……


 ここではっきりと断らせていただけば、本作は作者がデビュー以来ほぼ一環として発表してきた時代伝奇小説ではありません。本作はあくまでも歴史小説――すなわち、ここで描かれる史実は決して変わらないのであります。
 本作で描かれるのは超人的な技を操る忍者や術師といった、頼もしいヒーローが存在しない世界。ごく普通の人々が生き――そして死んでいく世界なのです。

 それでは本作で描かれるものは、単なる絶望のみなのでしょうか。理不尽に運命に翻弄され、道理に合わぬまま死んでいく者たちを描くのみなのでしょうか?

 その答えは否であります。この物語で描かれるのは悲しみではなく怒り、諦めではなく誇り、絶望ではなく希望――人の世の、いや権力者の理不尽に対して最後の最後まで屈することなく、昂然と顔を上げて戦い抜いた人々の、誇り高き姿なのであります。


 そしてその姿とは――以下、次回に続きます。


『駒姫 三条河原異聞』(武内涼 新潮社) Amazon
駒姫: 三条河原異聞

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2017.09.25

入門者向け時代伝奇小説百選 戦国(その一)

 入門者向け伝奇時代小説百選、今回は戦国ものその一。戦国ものといえば歴史時代小説の花形の一つ、バラエティに富んだ作品が並びます。

61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)


61.『魔海風雲録』(都筑道夫) 【忍者】 Amazon
 ミステリを中心に様々なジャンルで活躍してきた才人のデビュー作たる本作は、玩具箱をひっくり返したような賑やかな大冒険活劇であります。

 主人公は真田大助――退屈な日常を嫌って九度山を飛び出した彼を待ち受けるのは、秘宝の謎を秘めるという魔鏡の争奪戦。奇怪な山大名・紅面夜叉と卒塔婆弾正、異形の忍者・佐助、非情の密偵・才蔵、豪傑、海賊、南蛮人――個性の固まりのような連中が繰り広げる物語は、木曾の山中に始まってあれよあれよという間に駿府に飛び出し、果ては大海原へと、止まる間もなく突き進んでいくのです。

 古き酒を新しき革袋に、を地で行くような、痛快かつ洒脱な味わいの快作です。


62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝) 【剣豪】 Amazon
 壮大かつ爽快な物語を描けば右に出るもののない作者の代表作にして、作者に最も愛されたであろう英雄の一代記です。

 タイトルの義輝は言うまでもなく室町第13代将軍・足利義輝。若くして松永久秀らに討たれた悲運の将軍にして、その最期の瞬間まで、塚原卜伝から伝授を受けた剣を降るい続けたまさしく剣豪将軍であります。

 その義輝を、本作は混沌の世を終息させるという青雲の志を抱いた快男児として活写。将軍とは思えぬフットワークで活躍する義輝と頼もしい仲間たちの、戦乱あり決闘あり、友情あり恋ありの波瀾万丈の青春は、結末こそ悲劇であるものの、悲しみに留まらぬ爽やかな後味を残すのです。
 そして物語は『海王』へ……

(その他おすすめ)
『海王』(宮本昌孝) Amazon
『ドナ・ビボラの爪』(宮本昌孝) Amazon


63.『信長の棺』(加藤廣) Amazon
 今なお謎多き信長の最期を描いた本作は、「信長公記」の著者・太田牛一を主人公としたユニークな作品です。

 上洛の直前、信長からある品を託された牛一。しかし信長は本能寺に消え、牛一も心ならずも秀吉に仕えることになります。時は流れ老いた牛一は、信長の伝記執筆、そして信長の遺体探しに着手するのですが……

 戦国史上最大の謎である本能寺の変。本作はそれに対し、ある意味信長を最もよく知る男である牛一を探偵役に据えたのが実に面白い。
 秀吉の出自など、伝奇的興趣も満点なのに加え、さらに牛一の冒険行を通じ、執筆者の矜持、そして一人の男が自分の生を意味を見つめ直す姿を織り込んでみせるのにも味わい深いものがあります。

(その他おすすめ)
『空白の桶狭間』(加藤廣) Amazon


64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 常人にはできぬ悪事を三つも成したと信長に評された戦国の梟雄・松永弾正久秀。その久秀を、歴史幻想小説の雄が描いた本作は、もちろんただの作品ではありません。
 本作での松永久秀は、波斯渡りの暗殺術を操る美貌の妖人。敬愛する兄弟子・斎藤道三(!)と、それぞれこの国の東と西を奪うことを誓って世に出た久秀は、奇怪な術で天下を窺うのであります。

 戦国奇譚に、作者お得意の海を越えた幻想趣味をたっぷりと振りかけてみせた本作。様々な事件の背後に蠢く久秀を描くその伝奇・幻想味の豊かさはもちろんのこと、輝く日輪たる信長に憧れつつも、しかし遂に光及ぶことのない明けの明星たる久秀の哀しみを描く筆に胸を打たれます。

(その他おすすめ)
『天王船』(宇月原晴明) Amazon


65.『太閤暗殺』(岡田秀文) 【ミステリ】 Amazon
 重厚な歴史小説のみならず、奇想天外な趣向の歴史ミステリの名手として名を高めた作者。その奇才の原点ともいえる作品です。

 本作で描かれるのは、タイトルのとおり太閤秀吉暗殺の企て。そしてその実行犯となるのが、生きていた石川五右衛門だというのですからたまりません。
 しかしもちろん厳重に警戒された秀吉暗殺は至難の業。果たしてその難事を如何に成し遂げるか、という一種の不可能ミッションものとしても非常に面白いのですが、何よりも本作の最大の魅力はそのミステリ性です。

 何故、太閤が暗殺されなくてはならなかったのか――ラストに明かされる「真犯人」の姿には、ただ愕然とさせられるのです。

(その他おすすめ)
『本能寺六夜物語』(岡田秀文) Amazon
『秀頼、西へ』(岡田秀文) Amazon



今回紹介した本
魔海風雲録 (光文社文庫)剣豪将軍義輝 上 鳳雛ノ太刀<新装版> (徳間文庫)信長の棺〈上〉 (文春文庫)黎明に叛くもの (中公文庫)太閤暗殺 (双葉文庫)

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 加藤廣『信長の棺』 信長終焉の真実と記述者の解放と
 太閤暗殺

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2017.09.21

『コミック乱ツインズ』2017年10月号(その一)

 素晴らしいタッチのかどたひろし『勘定吟味役異聞』を中心に、『軍鶏侍』『仕掛人藤枝梅安』『鬼役』と原作付き作品四作品の主人公が配された、えらく男臭い表紙の「コミック乱ツインズ」2017年10月号。内容の方もこの四作品を中心に素晴らしい充実ぶりであります。

 以下、印象に残った作品を一作ずつ紹介いたします。

『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 来月単行本第1巻・第2巻が同時発売することとなった武村版梅安は巻頭カラー。小杉十五郎の初登場編である「梅安蟻地獄」の後編であります。

 仕掛けの相手である宗伯と見間違えたことで梅安と知り合うこととなった小杉。一方、梅安の仕掛け相手であった伊豆屋長兵衛は宗伯の兄であったことから、協力することとなった二人ですが、相手の側も小杉を返り討ちしようと刺客を放って……
 というわけで梅安・彦次郎・小杉揃い踏みとなった今回。本作では彦さんがかなり若く描かれているだけに、正直小杉さんとの違いはどうなるのかな……と思いましたが、三人が揃って見ると、彦さんはタレ目で細眉のイケメン、小杉さんは眉の太い正統派熱血漢という描き分けで一安心(?)であります。

 などというのはさておき、今回のハイライトは、橋の上で梅安が長兵衛を仕掛けるシーンでしょう。ダイナミックな動きからの針の一撃を描いた見開きシーンは、まさに武村版ならではのものであると感じます。


『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)
 連載第2回となった今回は最初のエピソード「軍鶏侍」の後編。園瀬藩内の暗闘に巻き込まれた隠居侍・岩倉源太夫が、江戸の藩主のもとに家老の行状を記した告発状を届けることになって――というわけで、当然ながら源太夫の前に刺客が立ちふさがることになるのですが、ここで一捻りがあります。

 家老方に雇われた、いかにもなビジュアルの三人の刺客――と思いきや、仲間割れからそのうちの年長の一人が残る二人を斬殺! 実はこの刺客と源太夫の間にはある因縁が……
 と、この辺りは定番の展開ではありますが、しかし既に老境に近づいた源太夫たちの姿をしみじみと描く筆致はさすがと言うべきでしょう。
 物語を終えてのもの悲しくもどこか爽やかな後味も、この描写あってのこと。隠居侍が再起する物語として、相応しいファーストエピソードであったかと思います。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 今回からは幻の豪華列車を巡るエピソード。鉄道技術者として活躍し、九州鉄道の社長を務めた仙石貢が、物語の中心となります。

 ある日、島と雨宮のもとに仙石から舞い込んできた依頼。それは仙石が九州鉄道の社長時代にアメリカに発注した豪華車両のお披露目運転でした。
 輸送力増強のために奔走する島から見れば、豪華列車は仙石が趣味で買ったような代物。そんなものをごり押しで、しかも高速で走らせようとする仙石に反発する島ですが……

 前編で状況の説明と事件の発生を描き、後編でその背後の事情や解決を描くスタイルが定着してきた本作。その点からすれば、次回のキーとなるのは、「豪華さ」と「スピード」の両立を追求する仙石の真意であることは間違いありません。
 主人公が島であることを考えれば、何となくその先はわかるように思えますが――さて。


 以下、次回に続きます。


『コミック乱ツインズ』2017年10月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年10月号 [雑誌]


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2017.09.19

武内涼『妖草師 無間如来』 帰ってきた妖草師と彼の原点と

 あの妖草師が帰ってきました。常世に芽吹き、人の世に害を為す妖草を刈るエキスパート・庭田重奈雄と、天眼通を持つ美女・椿の冒険を描くシリーズ第4弾であります。短編集形式の本作では、お馴染みの面々に加え、個性的な新キャラクターも登場し、新たな物語が始まることになります。

 この世の植物によく似た姿ながら、この世ならぬ常世に芽吹いて人の心(の負の部分)を苗床に育ち、その超常的な能力で害を為す植物――妖草。

 この妖草に対し、その正体・能力・性質を知り、対処する者たちが妖草師――本作の主人公・重奈雄は、代々京を守ってきた妖草師の家系に生まれながらも、故あって家を飛び出し、市井に暮らしながら妖草の脅威に立ち向かう白皙の青年です。
 その彼を支えるのが、華道滝坊家の娘・椿。生まれながらにこの世ならぬものの気配を察知する天眼通の持ち主である彼女は、愛する重奈雄をその力で助けてきたのでありました。

 そんな二人と宝暦事件の背後で妖草を操り恐るべき陰謀を企んだ怪人との戦いを描いた第3作『魔性納言』刊行後、一旦休止状態にあったシリーズですが、本作でめでたく復活。帰ってきた重奈雄に椿たちの新たな冒険を描く本作は、全5話から構成された短編集であります。
 『赤山椿』『深泥池』『遠眼鏡の娘』『姿なき妖』『無間如来』――いずれも奇怪な妖草の跳梁と、その陰の人の心の在りようが描かれる、その内容については後述するとして、まず見逃せないのは、新たなレギュラーが二人加わったことでしょう。

 一人は妖草師の修行のため、江戸からやってきた男装の美女にして剣士の阿部かつら。前作の事件を経て、妖草師養成の必要性を痛感した幕府が、妖草師の本場である京に派遣したという設定も実に興味深いのですが、その彼女が重奈雄に弟子入りし、長屋の隣の部屋で暮らすというのが、椿の心を乱すことになります。
 もちろん重奈雄は椿一筋、かつらも色気とは無縁のサバサバしたタイプなのですが、ようやく結ばれると思ったら(いや第3弾のラストからすればそう思って当然ですが)お預けのところに、悪い虫が! と一方的に椿をヒートアップさせるのが、本人には申し訳ないことながら実に楽しいのです。

 そしてもう一人は実在の本草学者・小野蘭山。植物や自然の事物に造詣の深い、まずは好漢なのですが――妖草の存在を認めようとしないのが玉に瑕(?)。
 重奈雄を胡散臭い男とみてことあるごとに突っかかる(しかしこういう立場のキャラの常として、妖草の犠牲になりやすい)人物で、決して悪人ではないものの、重奈雄にとっては何ともやりにくい人物なのです。


 そんな個性的な二人だけでなく、曾我蕭白や池大雅といったシリーズのレギュラー陣も健在で、賑やかなキャラ配置の本作ですが――短編集という性質故か、ストーリー的には少々おとなしめ、どちらかと言えば人情譚的側面が強い印象を受けます。
 が、これが本作においては良いアクセントとなっている――というよりも、妖草師の在り方に関わってくるのには感心させられました。

 言うまでもなく妖草を駆除するのがその任務である妖草師。しかし妖草も一種の植物であれば、単に生えたものを刈るだけでは足りません。二度とそれが生えることのないよう、その元を絶つ必要があるのです。
 冒頭に述べたとおり、常世に芽吹き、人の負の心を苗床に育つ妖草。だとすれば元を絶つとは、負の心をなくすこと――すなわち、悲しみや怒り、恐れといった感情に囚われた人々の心を癒やすこともまた、妖草師の任なのです。

 妖草師を志す者を登場させ、そして妖草師の原点を――彼が単に妖草と戦う存在ではないことを改めて示した本作。その物語は、シリーズの再開に相応しい内容と言えるのではないでしょうか。

 と、その一方で、シリーズらしい奇想に富んだ妖草バトルも忘れられてはいません。特に巻末に収められた表題作は、他の作品とは毛色が異なり、妖草の力を得て巨大な野心を抱えた者を相手に、重奈雄が完全武装で挑むアクションシーン満載の物語であります。

 内容的には長編でも良かったのでは――というのはさておき、敵に力を貸す妖草の正体も、ある意味非常にメジャーな、仰天ものの存在で、いやはや本作の物語バリエーションと世界観の豊かさを感じさせます。


 何はともあれ、新たなキャラクターを迎え、シリーズの魅力を再確認させてくれた本作。次はあまり間をおかずに続編に出会いたい――そう思ってしまうのも無理はない一冊なのです。


『妖草師 無間如来』(武内涼 徳間文庫) Amazon
無間如来: 妖草師 (徳間時代小説文庫)


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2017.09.10

谷治宇『さなとりょう』 龍馬暗殺の向こうの「公」と「私」

 「さな」と「りょう」――坂本龍馬の許嫁であった千葉さなと、坂本龍馬の妻だった楢崎龍の二人を主人公としたバディものとして、大いに話題となった作品であります。しかもその二人が挑むのは、共に愛した男――坂本龍馬暗殺の謎だというのですから、これは期待しないわけにはいきません。

 舞台となるのは明治6年の秋――いまや門人もいない江戸桶町の千葉道場に一人暮らすさなの前に、りょうが突然現れたことから物語は始まります。

 江戸で暮らしていた頃の龍馬と婚約を交わしつつも、その後龍馬と二度と会うことなく、彼への想いを胸に暮らしてきたさな。しかしそんな彼女にとって、龍馬の妻だったというりょうの存在は青天の霹靂であります。
 しかもそのりょうは、いかにも武家の娘然としたお堅いさなとは正反対の、マイペースで下品でだらしない女性なのですから……

 とはいえ兄・重太郎を頼ってきたというりょうを追い出すわけにもいかず、仕方なく居候させるさな。しかしりょうが行く先々で奇怪な剣の遣い手が跳梁し、次々と人死にが出ることになります。
 実はりょうが龍馬の死に関わる人間を訪ねて歩いていたことを知るさなですが、しかしりょうは肝心なことを語らない上に、一連の事件には政府から圧力がかかっている様子。

 仕方なくりょうと行動を共にすることになったさなは、旧知の勝海舟や山岡鉄舟の力を借りつつ、謎に迫っていくのですが……


 幕末史上おそらくは最大の謎として名高い龍馬暗殺。その実行犯についてはある程度判明しているようですが、しかしその理由までも含めれば今なお諸説紛々で、フィクションの格好の題材と言えます。

 本作もそうした龍馬暗殺の謎を追う時代ミステリですが、もちろん最大の特徴はこれまで縷々述べてきたように、探偵役がさなとりょうである点であることは言うまでもありません。
 ともに龍馬とは縁浅からぬ(どころではない)関係である上に、後世に伝わる人物像においても大きく異なる二人。そんな二人を、本作はさらにユニークにデコレートしてみせるのです。

 「鬼小町」の異名通り、剣を取れば並みの男では及びも付かぬさなと、拳銃の腕前は龍馬以上だったというりょう。
 静と動、剣と銃、水と油――全く正反対にキャラの立った二人が、激しく反目し合いながらも共に愛した男のために冒険を繰り広げる姿を、本作は興趣たっぷりに、しかし地に足の付いた文章で描き出します。
(本作の新人離れした筆致には感心させられますが、しかし予想通りであれば、この名前では初めてでも、以前に数作作者は発表しているはず……)


 とはいえ――正直な印象を申し上げれば、事件の真相自体は、そこまで独創的というわけではないようにも感じられます。
 もちろん、幾重にも入り組んだ仕掛け、一つの謎が解けてもさらにその奥が、という構造は実に面白いのですが、しかし、予想の範囲内ではあった、と初めは感じられました。

 何よりも、探偵役がさなとりょうでなくとも成立した内容なのでは――などと思ってしまった僕の浅はかさは、しかし終盤において完膚なきまでに打ち砕かれることになります。
 そう、終盤で明かされる龍馬暗殺の動機――維新の巨星が語るその理由こそは、まさしく本作ならではのものなのですから。

 その内容に踏み込まずに評するのはなかなか難しいのですが、ここに描かれるものは、「公」という大義名分の下に他人をそして自分までも利用し、打ち捨てて顧みない者たちに対して、自分の愛する者を護り、共に在りたいと願う「私」の姿であると言えるでしょう。
 そんないつの時代にも存在するその両者のうち、本作における「公」の代表が、維新において暗躍してきた、そして明治政府で権力の座に就いた者たちであり、そしてそれに対して強烈なカウンターを食らわせるのが「私」の代表たるさなとりょうであると――そう述べることは許されるかと思います。

 そして結末に待ち受ける「最後の一撃」、あまりに美しく切ないその真実は、その公と私のせめぎ合いに傷つけられた本作最大の犠牲者に対する、最高の救いであったと言うべきでしょう。

 人物の意外な取り合わせと巧みな描写、ストーリー構成の妙、一本筋の通った問題意識――そのどれもが高水準でありつつも、僕が本作を最も好ましく感じるのは、このラストに込められた眼差しなのであります。

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さなとりょう

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2017.09.06

とみ新蔵『剣術抄 五輪書・独行道』第1巻 武蔵の生きざまに込められた作者自身の剣理

 自らも剣術を修める作者による剣豪漫画『剣術抄』の最新作の主人公は、タイトルからも察せられるように、かの宮本武蔵。巌流島の決闘から十数年を経た、後半生の武蔵を通じて、剣の道が描かれることになります。

 これまで『剣術抄』『剣術抄 新宿もみじ池』と刊行されてきた『剣術抄』シリーズ。シリーズといっても、劇画の形をした剣術書ともいうべき点が共通するのみで、第1作は仇討ちを望む青年と師の老剣士の時空を超える奇想天外な冒険譚、第2作は父の仇を追って半生を費やした青年の辿る道を描く人情譚と、個々の作品に内容の関連はありません。

 そして第3作たる本作の主人公は宮本武蔵。言うまでもなく剣豪の中の剣豪――これまで実在の剣豪は基本的に登場してこなかった(第1作の老剣士は辻月旦の子孫という設定でしたが)本シリーズですが、しかし主人公とするにある意味最も相応しい人物と言えるでしょう。

 そして本作に登場する武蔵は(折に触れて過去の姿も描かれるものの)壮年期から老境にさしかかる辺りの姿であります。
 第1話の時点で44歳――巌流島の決闘も既に十数年の昔、決闘に明け暮れた日々も昔のこととなり、剣豪というよりも剣聖的な風格を感じさせる姿なのです。

 そのような武蔵は、主人公と言いつつも、むしろ狂言回し的な位置づけの存在として描かれます。
 この第1巻に収録された各話のサブタイトルは
「宮本伊織」「無想権之助」「槍の又兵衛」「島原の乱」「天草の鈴木重成」「細川忠利」「寺尾孫之允」「林又七」
と、島原の乱を除けば、全て各話で武蔵と関わる人物の名前。そして全員、実在の人物であります(槍の又兵衛は高田又兵衛)。

 これらの人々はいずれも一廉の人物と言うべきながら、いずれも剣の道では武蔵にはまだ及ばぬ人物(そもそも林又七は剣士ではなく職人なのですが)。
 そんな彼らと武蔵の姿を、本作は静かに描き出すのであります。

 もちろん、ほとんどのエピソードで剣戟シーン、決闘シーンが描かれるのですが、しかしそれも武蔵が相手を軽くあしらう内容がほとんどで、稽古/試合の域を出るものではありません。
 そしてゲストキャラクターたちを相手とする武蔵はあくまでも静かで、その佇まいはあたかも(いささか大袈裟な表現ではありますが)仏のような穏やかさとすら感じられます。

 しかしそれでも本作が実にエキサイティングなのは、そんな武蔵の姿に、行動に、作者が自得した剣理が込められているからにほかなりません。
 そしてそれは実際の剣の動きだけではなく、武蔵の生きざまにまで込められているように感じられるのです。

 徒に己の強さを誇らず、必要以上に相手を傷つけず、他者を尊重し、自らを守る。時代劇にはしばしば登場する、そしてしばしば絵空事と否定されるこの境地が「現実に」あり得るものであり、そして何よりもそれがいかに素晴らしいものであるか――本作はその後の武蔵の姿を通じて描いているのです。

 しかしそれでも武蔵の歩んできた道は、血塗られたものであることは間違いありません。時に武蔵を襲う矢の射手は何者か……(実は出版社の紹介文では明かされているのですが)
 この第1巻では正体がいよいよ明らかになる、という実にいいところで引きになっているのですが、それが何者であれ、武蔵がそれにいかに相対するのか、そして自らの道を貫くのか――興味は尽きないのであります。


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2017.08.31

たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』第8巻 戦いの理由、それぞれの理由

 ついにアニメ化も決定した『アンゴルモア 元寇合戦記』の最新巻であります。刀伊祓とともに蒙古軍を辛くも撃退した迅三郎たち。しかしこれより対馬に襲い来るのは蒙古軍の大軍――そしてその敵の側にも、それぞれの事情があることが描かれることになります。

 蒙古軍の猛襲を前に撤退を余儀なくされ、遥かな昔から海の向こうの敵に備えてきた刀伊祓の人々と手を組み、金田城に篭ることとなった迅三郎たち流人衆と宗家の人々。
 流人の一人・白石の裏切りにより窮地に陥りつつも、ウリヤンエデイ率いる蒙古軍を撃退した迅三郎たちですが、しかし微かな希望を打ち砕くように、そこに蒙古軍の本隊が……

 というところに来て、一旦時と場所を変え、この巻の4割近くの分量を割いて描かれるのは、なんと敵方である蒙古軍の一翼を担う高麗軍の物語。
 以前、迅三郎たちに息子を討ち取られた高麗軍大将・金方慶の回想として語られるそれは、同時に彼らを送り出した高麗王・諶(忠烈王)の物語でもあります。

 30年にも渡る戦いの末、蒙古に屈した高麗の王として、父がフビライの宮廷で辱めを受けていた無念から、蒙古における高麗の地位を上げるんと心に誓った諶。そのために彼は皇帝の娘婿の座を狙い、皇帝の親衛隊に加わることになります。
 そこでフビライが諶にぶつけたのは、娘が欲しければ武功をたてよという言葉。そのために、彼は蒙古に抵抗してきた三別抄(高麗の武力集団)を蒙古軍とともに滅ぼし、日本へ軍を派遣することに……

 侵略した国を次々と傘下に収め、そしてその国の兵を以って他の国を攻撃させる――この蒙古の基本政策によって、日本侵略の主力となった高麗。その史実を、本作は諶の変貌を通じて描き出します。

 はじめは気弱な部分も持ちつつも、祖国の地位向上という理想を燃やしていた一人の青年が、その理想へと向かう中で、自分にとっての「祖国」の意味を違えていく。その姿を愚かと笑うことは容易いかもしれません。
(たどたどしくも自分の言葉で語っていた諶が、やがて流暢にフビライへの忠誠を叫ぶようになる姿が実に象徴的)

 しかし金方慶が嘆じるように、三十年間かけて「多くが死に多くが灰となり何も残らなかった」虚しさから逃れるために足掻いてきた者たちが、ようやくそれを叶えるための術を見つけたとしたら……
 それが他者を、いや同胞をも踏みつけにするものであったとしても、その術に手を伸ばすことの是非を、ここですぐに言葉にするのは困難と感じます。


 しかし、それに対して明確に「否」と答えることができるのは、少なくともその彼らにまさに踏みつけに――昨日の彼らと同様の存在に――されようとしている者たちでしょう。
 そしてそれこそが本作の主人公・迅三郎と、彼が行動を共にする人々であることは言うまでもありません、

 絶望的な戦力差の前に逃亡する者も現れ、ついに当初の半数となった流人衆。そんな中でもなおも対馬に残り、戦い続けようとする迅三郎ですが――しかしその彼が戦う意味はかつてと今で異なってきたことが、この巻の終盤で語られることになります。
 かつては戦のために戦を求めていた彼が、ここで見つけた戦以外のための戦。その答えは、上で述べた高麗王の戦に対する、強烈なアンチテーゼと感じられます。

 もっともそれは、この戦いに勝って、いや生き延びてこそ言えること。
 頼りとしてきたか細い希望の糸が切れたことも知らぬまま、決戦に望む迅三郎たちの運命は――まだまだ対馬の戦いは続くのであります。


『アンゴルモア 元寇合戦記』第8巻(たかぎ七彦 カドカワコミックス・エース) Amazon
アンゴルモア 元寇合戦記 第8巻 (角川コミックス・エース)


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2017.08.24

殿ヶ谷美由記『だんだらごはん』第2巻 悩みと迷いを癒やす「食」、史実の背後の「食」

 新撰組に集った若者たちの姿を、「食」というユニークな切り口から描いてみせる新撰組漫画の第2巻であります。それぞれに悩みを抱えながらも楽しく暮らしてきたものが、ある事件がきっかけで離れ離れになった斎藤一と沖田総司。それぞれ京に向かう彼らを待つものは……

 江戸の試衛館にたむろっていた若き剣客たちの中でも、同い年でともに剣の腕が立ちながらも、性格は正反対の山口一と沖田総司。
 それでも腐れ縁と言うべきか、何かと行動を共にしてきた二人は、やがて浪士組結成のため、試衛館の面々と京に向かうことになります。

 しかしその前日、一はある事件が原因で一方的に恨みを持つ相手に襲われ、思わず返り討ちにしてしまうことになります。
 自首しようとしたものの、土方に名を捨てて生きろと諭され、一は斎藤一と名を変えて、一足先に江戸を出ることとなります。
 一方、中山道を京に向かう試衛館組ですが、総司は一が人を斬ったのは自分のせいだと、罪の意識を感じて……

 と、非常にシリアスに始まったこの巻では、総司と一、それぞれの姿が交互に「食」を交えて描かれることとなります。

 罪の意識から食欲を無くした総司に土方が作った鍋の味、一人京に上った一が戸惑う京のうどんの薄味……
 彼らが悩み、迷う時でも、常に「食」は彼とらと共にあります。

 どれほど苦しく辛くても、人は生きている限り物を食べなくてはなりません。
 総司と一ももちろん同様。二人の悩みと迷いを受け止め、癒やすように、彼らが様々な「食」と出会い、それに力をもらって少しずつ前に歩んでいく姿の、本作ならではのしみじみとした味わいが実にいいのであります。


 しかし、そんな彼らのパーソナルな物語が展開していく一方で、大きな歴史の流れも――すなわち、新撰組結成に向けた動きも加速していくこととなります。

 幕府のために結成されたはずの浪士組が、清河八郎の新徳寺での演説によって一転、尊皇攘夷の尖兵として江戸に向かうことになる……
 これに反発した近藤派と芹沢派が京に残留、彼らが新撰組の母体に――というのはあまりにも有名な史実ですが、この巻で描かれるその史実の背後にも「食」が、というのは、これも別の意味で実に本作らしくて面白い。

 何しろその新徳寺での会合前日に、それまで不仲だった近藤派と芹沢派――というより芹沢鴨を宥め、近づけるため、近藤派の面々が料理に挑むというのですから驚かされます
 酒乱の芹沢を抑えるには、酒だけでなく何か食べさせればいい。それも彼が喜ぶような、郷土の食を――という彼らの作戦は、いささか即物的ではありますが、重いエピソードが続いていた中で、これはこれでホッとさせてくれる展開であります。

 しかしそこで彼らが選んだ料理が、あまりにも意外というか――水戸と言ってコレか! というようなものなのには驚かされますが、それが思わぬところで芹沢と清河の人物像の違いを浮き彫りにするくだりは実にうまい。
 ユルいようでいて鋭い視点を持つ、本作の面白さをここで改めて見せられた思いであります。


 そして騒動が続く中、思わぬ形で再会することとなった一と総司。これがまた、ある意味実に本作らしい形で微笑ましいのですが、一転、総司の口からは衝撃的な言葉が吐かれることになります。

 まだまだ激動の展開が予想される中、一と総司は再び肩を並べて戦うことができるのか、そしてそこに「食」はどのような形で絡んでいくのか?
 「食」という味付けのおかげで、なかなか先が読めない――そしてそれがもちろん大きな魅力の本作、ドラマCD化などの企画もあるようですし、今後の展開にも期待して良さそうです。


『だんだらごはん』第2巻(殿ヶ谷美由記 講談社KCxARIA) Amazon
だんだらごはん(2) (KCx)


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2017.08.17

『コミック乱ツインズ』2017年9月号(その二)

 「乱ツインズ」誌9月号の紹介、後半戦であります。

『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 今回から『梅安蟻地獄』がスタート。往診の帰りに凄まじい殺気を放つ侍に襲われ、背後を探る梅安。自分が人違いで襲われたことを知った彼は、その相手が山崎宗伯なる男であること、そして町人姿のその兄が伊豆屋長兵衛という豪商であることを探り出します。

 そしていかなる因縁か、自分に対して長兵衛の仕掛けの依頼が回ってきたことをきっかけに、宗伯を狙う侍に接近する梅安。そして侍の名は……

 というわけで、彦次郎に並ぶ梅安の親友かつ「仕事」仲間となる小杉十五郎がついに登場。どこか哀しげな目をした好漢といった印象のその姿は、いかにもこの作画者らしいビジュアルであります。
 しかし本作の場合、ちょっと彦さんとかぶってるような気もするのですが――何はともあれ、この先の彼の活躍に期待であります。


『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 来月再来月と単行本が連続刊行される本作、里見の八犬士と服部のくノ一の死闘もいよいよ決着間近であります。
 里見家が八玉を将軍に献上する時――すなわち里見家取り潰しの時が間近に迫る中、本多佐渡守邸では、半蔵やくノ一たちを巻き込んで、歌舞伎踊りの一座による乱痴気騒ぎが繰り広げられて……

 と、ある意味非常に本作らしいバトルステージで行われる最後の戦い。己の忍法を繰り出し、そして己の命を燃やす角太郎に、壮助に、さしもの服部半蔵も追い詰められることになります。
 ちなみに本作の半蔵には原作とも史実とも異なる展開が待っているのですが、しかしその一方で原作以上に奮戦したイメージがあるのが面白いところであります。すっとぼけた八犬士との対比でしょうか。

 そして残るは敵味方一人ずつ。最後の戦いの行方は……


『鬼切丸伝』(楠桂)
 信長鬼の血肉を喰らって死後に鬼と化した武将たちの死闘が描かれる鬼神転生編も三話目。各地で暴走する鬼たちに戦いを挑んだ鈴鹿と鬼切丸の少年ですが、通常の鬼とは大きく異なる力と妄念を持つ鬼四天王に大苦戦して……

 と、今回描かれるのは、鬼切丸の少年vs丹羽長秀、鈴鹿vs豊臣秀吉・前田利家のバトル。死してなお秀吉に従う利家、秀吉に強い怨恨を抱く長秀、女人に自分の子を生ませることに執着する秀吉――と、最後だけベクトルが異なりますが、しかし鬼と化しても、いや化したからこそ生前の執着が剥き出しとなった彼らの姿は、これまでの鬼以上に印象に残ります。

 その中でも最もインパクトがあるのはやはり秀吉。こともあろうに鈴鹿の着物を引っぺがし、何だか別の作品みたいな台詞を吐いて襲いかかりますが――しかし彼女も鬼の中の鬼。
 鬼同士の壮絶な潰し合いの前には、さすがに少年の影も霞みがちですが、さてこの潰し合い、どこまで続くのか……


 その他、『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)は、今月も伊達軍vsと佐竹義重らの連合軍の死闘が続く中、景綱が一世一代の(?)大活躍。
 また、『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)は、こちらもまだまだ家慶の日光社参の大行列が続き、次々と騒動が勃発。その中で八瀬童子の猿彦、八王子千人同心の松岡と、これまで物語に登場したキャラクターが再登場して主人公を支えるのも、盛り上がります。


 と、いつにも増して読みどころの多いこの9月号でありました。


『コミック乱ツインズ』2017年9月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年9月号 [雑誌]


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2017.08.11

武村勇治『天威無法 武蔵坊弁慶』第9巻 一気呵成の激闘の末に選ばれた道

 六韜により超絶の力を得た者たちによる源平合戦の物語もついにこの巻にて完結。藤原秀衡vs平清盛、そして源義仲vs平教経の決戦を皮切りに、次々と激突する英傑たちの戦いの行方は、そしてその中で弁慶の、義経の、遮那の戦いの意味は……

 日本に混乱をもたらすため、宋国皇帝の命を受けた鬼一法眼により持ち込まれた六韜。それを手にした清盛、秀衡、義仲、教経、後白河法皇、源頼朝は、頼朝を除いてその力に心を蝕まれ、我こそが天下を取らんと激しく相争うこととなります。
 一方、六韜の力を激しく求める義経、そして唯一六韜に抗する力を持つ傀韜の力を持つ弁慶もまた、それぞれの思惑を秘めて六韜の戦いに割って入らんといたします。

 そして積年の因縁がついに爆発した清盛と秀衡の決戦に参戦する二人ですが――その中でついに義経は怨敵・清盛を討って六韜を手にする一方で、弁慶は傀韜の力を暴走させて完全に鬼と化すことに。
 遮那の存在により辛うじて弁慶は力を抑えたものの、その間に六韜の力を得た義経は次々と六韜の持ち主を襲い、兄・頼朝までも手に掛けるのでした。

 かくて、六韜を三本ずつ手にした教経と「頼朝」の間で繰り広げられる源平の合戦。「頼朝」に力を貸すこととなった「義経」と弁慶もまた、その戦いに加わるのですが……


 さて、この巻を手にする前に、どうにも気になってならないことが二つありました。その一つは「あと1冊で全ての物語に――六韜を巡る物語と、弁慶と義経の物語に――決着をつけることができるのか?」ということ。
 そしてもう一つは「決着がつくとして、それは史実の枠内で終わるのか(完全にパラレルな歴史となってしまうのではないか)?」ということであります。

 何しろこの巻の冒頭の時点で六韜の持ち主はほぼ健在、そして史実に照らせば、まだ義仲が挙兵したばかりと、源平の合戦は始まったばかり。その一方で清盛と秀衡が史実にない正面衝突を繰り広げた末に、清盛が義経に討たれるのですから……

 しかしそれは杞憂でありました。実に本作は、この1巻を以てきっちりと完結し、そしてそれは史実の枠の中にほぼ収まっているのですから。(上で述べた秀衡や清盛については、まあ「経過」としてフォロー可能と言うことで……)

 そしてそれだけではありません。本作は壇ノ浦のその先、すなわち、義経と弁慶の物語の「結末」まで描いてみせるのです。
 本作ならではの設定――ふたり義経とも言うべき、義経と遮那の存在にもきっちりと意味を与えてみせた上で。

 もちろん、さすがに物語展開が駆け足となっていることは否めません。ここで描かれる数々の戦い、そして何よりも個々のキャラクターの描写については、もう少し余裕があれば……と思わないでもありません(特に久々に、それも思わぬ「正体」を与えられた上で登場したあのキャラなど勿体ない)。

 しかし、六韜による超常の力のぶつかり合いは、これくらのスピード感が相応しい、とも感じます。その時代もの・歴史もの離れしたパワーの前には、小さな描写の積み重ねはむしろ足かせになりかねない――ただ一気呵成に突き進むことが正解ではないか、と。
 そしてそれはもちろん、これまでの物語の積み重ねがあってこそ描けるものであることも間違いないのですが……

 その一方で本作は、描くべきものは――本作の常に中心にあった弁慶、義経、遮那の物語は――決して省くことなく、きっちりと描き切ってみせたと言うことができます。
 平家打倒という目的は共通しながらも、その背負ったもの、目指すところは大きく異なる三人。そんな彼らが、戦いの先に何を見出すのか、見出すべきなのか――その答えは、間違いなく描かれるべきものでしょう。

 そして本作はそこにはっきりと答えを出しました。地獄のような生の中で、修羅のような戦いの中で、なおも選ぶべき道、人の道を……


 さらにまた、最後の最後で「あっ、そういえば義経は……」と思わせるような展開を用意しているのも実に心憎く、そのダイナミックな結末は、本作に真に相応しいものであったと感じます。

 「天威無法」の名に相応しい、希有壮大にして豪快無比の物語を、最後の最後まで楽しませていただきました。満足、の一言です。


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天威無法-武蔵坊弁慶(9) 完 (ヒーローズコミックス)


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