2019.04.28

冬目景『黒鉄・改 KUROGANE-KAI』第2巻 裏切りと罠と家庭の事情と 巻き込まれ続ける迅鉄の旅


 鉄面の渡世人と喋る刀の新たなる物語――『黒鉄・改』の第2巻であります。旅の途中、それぞれ何やら怪しげな一団に襲われることとなった迅鉄と丹。曰くありげな連中と道連れになったり戦ったり、次から次へと面倒に巻き込まれる彼らの運命は――

 人斬りに次ぐ人斬りの果てに命を落とし、ある蘭学者の手により、失った体の一部をカラクリで、失った言葉を喋る妖刀・鋼丸で補って甦った「鋼の迅鉄」。
 渡世人としてのあてどない旅の途中、迅鉄そして彼とは腐れ縁の少女渡世人・紅雀の丹は、奇妙な刺青を入れた三度笠の一団に襲われることになります。どうやら三度笠は丹が偶然手に入れた書状を狙っているようですが――なんとか敵を撃退した二人は、それぞれの道を行くのでした。

 が、二人は再び厄介事に巻き込まれることになります。旅の途中で何者かの仕掛けた罠によって傷を負い、偶然出会った旅芸人の姉妹に匿われた迅鉄。再び三度笠の一団に襲われたところを、怪しげな学者・狩野久作に救われた(?)丹。
 それぞれ新たな道連れとともに旅する二人ですが、その道連れたちもまた、腹に一物ある連中であったことから、裏切りと罠と家庭の事情(?)と――迅鉄たちはややこしい状況に巻き込まれることになるのでした。

 そして二人の前に立ちはだかる思わぬ強敵。苦戦する迅鉄と丹の運命は……


 前巻のラストから続くエピソード「底根國の天探女」が描かれるこの第2巻。『黒鉄・改』として作品がリブートされてから続く、謎の書状を巡る三度笠の一団との戦いは、この巻でも展開されることになります。
 ……といっても戦いだけでなく、旅の道連れになった人々の人間模様、彼女たちとの迅鉄の交流が並行して描かれるのが、人情ものとしての要素も色濃い本作らしいところであります。

 この巻のゲストである旅芸人の少女・月等と、彼女の「姉さん」である月百――傷を負った迅鉄を助けた彼女たちには、実は思わぬ顔があるのですが、しかしそれと同時に、月等には月等なりの事情があることが描かれることになります。
 それは書状の秘密に比べれば遙かに普通の、言ってしまえばよくある話ではあるのですが――しかしそれだからこそその切実さは、何だかんだいって人の良い迅鉄や丹を動かすのであります。

 その一方で、思わぬ強敵として登場する鎖鎌使いの浪人も、実に面白いキャラクターであります。
 罠にかかって必ずしも本調子ではないとはいえ、真っ正面から一対一で迅鉄を圧倒するほどの強豪でありながらも、その言動はいい加減で人間臭い――というよりせこい。特にこの迅鉄との戦いの最中、あるキャラと口でやりあう姿は何とも愉快なのであります。
(これだけキャラが立っていて、結局名無しのおっさんなのが、またなんとも)


 その一方で、謎が謎呼ぶばかりで、物語的にはほとんど全く進展が見られないのは、やはりちょっと苦しいところではあります。
 確かに個々のシチュエーションやキャラは面白いものの、こう進展がないと、迅鉄と丹が一方的に巻き込まれてばかり――そう見えてしまうのであります。

 もちろん、それが迅鉄であり、彼の物語らしいといえばらしいのですが――そろそろ大きく物語が動いて欲しいかな、というのも、正直な印象なのです。


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 冬目景『黒鉄・改 KUROGANE-KAI』第1巻 帰ってきた鉄面の渡世人

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2019.04.20

戸部新十郎『秘剣水鏡』(その二) 兵法が終わった後の兵法者たち


 戸部新十郎の「秘剣」シリーズの一つ、『秘剣水鏡』の紹介の続きであります。前回は三作品をご紹介いたしましたが、今回は二作品+残る作品をご紹介いたしましょう。

『無外』
 慶安二年に甲賀に生まれた辻月丹は、兵法を志して京に出るも、既に家光の御前試合も終わり、兵法者が兵法者として名を上げられる時代は終わったも同然。それでも兵法に打ち込み続けた月丹は、江戸に出ても芽の出ない日々を過ごすのですが……

 「秘剣」シリーズは、それこそタイトルに相応しく、兵法者同士の決闘の中で秘剣が繰り出される様を描く作品が多い一方で、兵法者の一代記とも言うべき内容のものも少なくありません。本作もその一つ、タイトルどおり無外流の祖として知られる辻月丹の半生を描いた物語であります。
 江戸時代前期という既に泰平の世に入り、剣術が無用の長物となった――師から「つまらぬときに生まれた」「おまえが生まれたころで、兵法は終わった」と言われるのがキツい――中でも、ただひたすら剣を磨いた月丹の道が思わぬ縁から開けていく姿は、比較的淡々と描かれているだけに、かえって不思議な感動があります。

 月丹の師や兄弟子とのそれこそ禅問答めいた立ち会いの様も、実に本シリーズらしい枯れた味わいがあるといえるでしょう。


『空鈍』
 加賀から兵法修行のために江戸に出てきた青年・狩野叶之助は、ある日立ち会った伊庭是水軒から、当世無双の剣士として、無住心剣流の小田切空鈍の存在を教えられます。ついに空鈍と出会った叶之助は、その教えを受けるのですが……

 『無外』同様、兵法者が無用の長物となった時代を描く本作ですが、異なるのは、達人本人ではなく、達人の近くにいた一人の青年剣士の姿を通じて描いたことでしょう。
 その時代遅れの剣術に青春を燃やし、ついに師とも目標ともいうべき存在である空鈍と出会った主人公が辿った皮肉な運命は、青春時代に何かに打ち込んだ者にとっては、身震いするほど恐ろしく感じられるのではないでしょうか。

 ある意味『無外』のB面とでも言うべき本作――ラストの主人公の叫びが胸に突き刺さる、シリーズ有数の「痛い」作品であります。


 その他、『善鬼』は、伊東一刀斎の弟子の一人でありながら、御子神典膳に敗れたという小野善鬼を題材とした作品。
 粗暴なやられ役として描かれることの多い善鬼ですが、彼の師に対する想いをある言葉を通じて描くことで、結末に何とも言えぬ哀しみが生まれています。

 『大休』は、松田織部之助によるもう一つの新陰流、松田方新陰流の幕屋大休の物語。柳生家の隠し田を密告したことで後に柳生に殺されたという松田織部之助の逸話を題材としたものです。
 この逸話は、主に柳生の黒さを描く際にしばしば描かれるもので、今回もその流れを踏まえたものですが――ラスト、大休の言葉を描くことで、物語にずんと深みを与えているのが本シリーズらしいところでしょう。ある意味、『水月』の前編とも言える作品です。

 『牡丹』は、様々な流派の太刀への返し技で構成された雖井蛙流というユニークな剣術を生み出しながら、娘の恋愛のもつれから相手方を殺して腹を切ったという、何とも言えぬ逸話が残る深尾角馬の物語。
 その通りの内容ながら、そこに至るまでの角馬の人生を淡々と描くことで、語らぬ中にも多くのことを語る物語は、読後に苦味とも哀しみと言えるものを残します。

 巻末の『花影』は、本書の中で最も遅い時代、江戸時代後期を舞台に、桃井春蔵の鏡心明智流の誕生を描いた一編。
 開祖である春蔵の父・八郎左衛門のアイディアマンぶりも楽しい物語で、八郎左衛門と春蔵の父子鷹ぶりが、「位」の桃井を生む結末はホッとさせられるものがあります。


 以上十編、いずれも剣豪小説の名編とも言うべきものであります。つい先日『秘剣龍牙』も復刊されましたが、こちらも近いうちにご紹介したいと思います。


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秘剣水鏡 (光文社時代小説文庫)


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2019.04.19

戸部新十郎『秘剣水鏡』(その一) 一刀斎の後の兵法者たち


 あくまでも個人の印象ではありますが、最近は剣の遣い手を主人公にした作品はあっても、実在の剣豪(剣流)を主人公とした「剣豪もの」はだいぶ少なくなっているように感じます。そんな中で本書『秘剣水鏡』の復刊は福音とも言うべきもの。全10話、どれから読んでも味わい深い名品揃いの短編集です。

 一足早く復刊された大作『伊東一刀斎』によって、戦国末期の剣豪たちの姿を描いてみせた戸部新十郎。本書を含めたいわゆる作者の「秘剣」シリーズは、ある意味その姉妹編ともいうべき短編集――実在の剣豪、実在の剣術流派を中心に、その剣の姿を様々な形で描いてみせた作品が収められています。

 本書『秘剣水鏡』の表題作である名作『水鏡』については、以前この作品のみでご紹介しておりますので、今回はその他の収録作の中で、特に印象に残ったものをご紹介しましょう。


『無明』
 中条流の達人・富田勢源にまめまめしく仕える少年・柿之助。時折おかしないたずらをする猪口才な彼一人を連れ、勢源は美濃に旅立つことになります。そこで梅津兵庫なる武芸者に執拗に迫られた勢源は……

 作者の故郷である加賀の剣豪・富田勢源とその弟子の姿を題材とした本作。中条流と勢源は、この後もシリーズにしばしば顔を見せるセミレギュラーであり、そして勢源は一刀斎の師の師でもあることを考えれば、本作が冒頭に収められているのは妥当なところと言うべきかもしれません。
 薪ざっぽうで梅津某を一撃で破ったという勢源の有名な逸話をクライマックスに据えつつ、剣豪と弟子の複雑な関係性を、戦国時代の武将たちの興亡を背景に描いた本作。まさしくすれ違う師弟の姿が強く印象に残ります。


『岩柳』(がんりゅう) 巌流
 「岩流」を編み出した一方で、妻亡き後、草木染めで娘を養う岩柳斎。ある日現れた佐々木小次郎なる美貌の青年から、いま売り出し中の宮本武蔵なる武芸者のことを聞いた岩柳斎は、小次郎にも見せなかった秘伝の「虎切」でもって武蔵と対峙するのですが……

 『宮本武蔵』外伝とも言うべき内容の本作は、武蔵の逸話をちりばめながらも、兵法家というより兵法(記録)マニアの岩柳斎の目を通すことで、どこか地に足の付いた味わいが残る作品。
 虎切という秘剣を持ちながらも、あくまでも常識人のおじさんである彼が、武蔵と小次郎の双方と関わる姿が何ともユニークなのですが、しかしそれがあの決闘の結果に繋がっていく――という結末は、何ともいえぬ皮肉な味わいを残すのです。


『水月』
 癲狂となり、致仕して柳生の里に暮らす柳生十兵衛。奇矯な言動を繰り返す彼の前にある日現れた武士・荒木又右衛門は、十兵衛に「水月」の極意を問いかけます。それに対する十兵衛の答えとは……

 この「秘剣」シリーズにおいて、中条流と並んで、そしてその敵役としてしばしば登場することになるのが、柳生新陰流であります。その中心となるのは柳生宗矩(いわゆる黒宗矩)なのですが、その子である十兵衛が不気味な存在感を見せるのが本作であります。
 いわゆる躁鬱病と診断された十兵衛の奇妙な隠居生活を描きつつ、鍵屋の辻の仇討ちの物語でもあることが徐々に浮かび上がる構成も良いのですが、白眉はやはり十兵衛が語る「水月」の極意でしょう。

 剣術の極意に関する(難解な)問答は、「秘剣」シリーズの隠れた名物ともいうべきものですが、ここでは十兵衛と又右衛門という両達人の問答の形で描かれるのが、何とも味わい深いのであります。
 ある史実の背後を仄めかす不気味な結末も含めて、他の十兵衛像とはずいぶん異なるにもかかわらず、奇妙に印象に残る作品です。


 以降、長くなりましたので次回に続きます。


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秘剣水鏡 (光文社時代小説文庫)


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2019.03.22

『どろろ』 第十一話「ばんもんの巻・上」

 醍醐領に向かったどろろと百鬼丸。そこで朝倉との国境の巨大な板塀「ばんもん」に妖怪が出現すると聞き、退治に向かった二人は、ばんもんによって故郷の両親と引き離された少年・助六と出会う。国境を越えるために見張りがいなくなる夜を待つ助六に協力する二人だが、その前に狐の鬼神が現れた……

 前回ラストで化物蟹から多宝丸たちを救った百鬼丸。百鬼丸の異形と異能に驚く多宝丸たちですが、どろろの言葉に応じて化物退治の代金を払うのはやはり育ちがよろしい。そして名を問う多宝丸に、百鬼丸は答えるのですが……
 さて、この辺りで一番栄えているという醍醐領ですが、そこは確かに今まで描かれてきた寂しい村や町の風景とは全く異なり、様々な商品や娯楽が溢れた賑やかな世界。そこで(何だか時代設定的に微妙な感じの)芝居を見物した二人は、この地では醍醐景光が鬼神を倒した英雄として讃えられていることを知ることになります。

 そこで久々に出会った琵琶丸ともすぐに別れ、そろそろこの町を出て行こうとしていた二人は、町で化物の噂を聞き、これは丁度いいと出かけていくことになります。その化物が出るという場所は、朝倉との国境の砦跡に残る一枚の大きな板塀「ばんもん」。かつて朝倉との衝突が繰り返された頃、そこに砦と巨大な板塀が作られ、二つの国を厳しく分かったというのであります。そして今も、国境を越えようとする者は、朝倉の見張りによって殺され、ばんもんに晒されると……

 そこで二人の前に現れたのは、どろろとあまり年も変わらぬような少年・助六。朝倉側の住人だった彼は、偶然醍醐側に遊びに来ている時に塀が建てられ、両親と引き離されて以来、何とか国境を越えて両親の元に帰ろうとしていると二人に語ります。
 と、その手の話を聞いて黙ってはいられないのがどろろ。助六を手助けすると決めたどろろは、昼間は国境を朝倉の兵が守り、夜は化物が出る――という助六の言葉に、それならば丁度いいと、夜を待つことにするのでした。

 そして夜――ばんもんの前で三人の前に現れたのは、不気味に輝く狐の群れ。一匹一匹はどろろの投石で消えるほど弱いのですが、何しろ数が多い。その間に二人を置いて国境に走っていってしまう助六をどろろに追わせ、百鬼丸は単独で狐の群れに対峙することになります。
 と、集合した狐たちは、巨大な狐の鬼神・九尾に変化。一度は九尾に地面に押し倒された百鬼丸ですが、巴投げの要領で弾き返し、さあ逆襲か――と思われたところで、百鬼丸の周囲に幾本もの矢が突き立ちます。そこに現れたのは兵を率いた景光――間者から体中が作り物の若者が鬼神を討って回っているとの報を受けた彼は、自ら出向いて百鬼丸に矢を向けたのであります。

 そしてその頃、町をうろつく狂女が実は縫の方に仕えていた女房であったことを知った多宝丸は、彼女の口からかつての出来事を聞くことに……


 国境に立てられ、望まぬまま引き裂かれた人々を無情かつ無惨に隔てる壁「ばんもん」――何をモデルにしているかは明確ですが、少なくともその一つがいまだに残っていることを思えば、助六の抱く嘆きと悲しみはこのアニメでも描かれる必要があると言うべきでしょう。

 と、そうした物語が展開する一方で、今回、ついに父と子の対面が描かれることになります。そして多宝丸も十数年前の真実を知り、次回には兄と弟としての対面を果たすことになると思われるのですが――しかしそれらの出会いが何を生むことになるのか、もう嫌な予感しかいたしません。
 いずれにせよ、次回は物語の前半の締めくくりに相応しい内容になることだけは間違いないでしょう。


 にしても百鬼丸、いつの間にかずいぶんと喋れるようになって……。声優さんの出番があってちょっと安心であります。


『どろろ』上巻(バップ Blu-ray BOX) Amazon
TVアニメ「どろろ」Blu-ray BOX 上巻


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 『どろろ』 第二話「万代の巻」
 『どろろ』 第三話「寿海の巻」
 『どろろ』 第四話「妖刀の巻」
 『どろろ』 第五話「守り子唄の巻・上」
 『どろろ』 第六話「守り子唄の巻・下」
 『どろろ』 第七話「絡新婦の巻」
 『どろろ』 第八話「さるの巻」
 『どろろ』 第九話「無残帳の巻」
 『どろろ』 第十話「多宝丸の巻」

関連サイト
 公式サイト

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2019.03.06

築山桂『影の泣く声 左近 浪華の事件帖』 帰ってきた美剣士、そして在天の意味


 大坂の守り神・在天別流が帰ってきました。在天別流の男装の麗人・左近の活躍を描くシリーズの、実に7年ぶりの新刊であります。血生臭い事件や噂が絶えない廻船問屋の謎と、敬愛する兄や馴染みの情報屋の過去の秘密と――二つの謎に翻弄されながら、左近は真実を求め奔走することになります。

 難波宮の昔から大坂を密かに守護してきた一団・在天別流。彼らは四天王寺の楽人を表の顔としつつ、大坂の町の人々を守るため、時の権力者から距離を置き、歴史の闇の中で活躍してきた守護者であります。
 本シリーズの主人公は、その当主・弓月王の腹違いの妹で男装の美女・東儀左近。最近まで暮らしていた江戸を出奔し、大坂にやってきた彼女は、お目付役であり兄の親友の若狭とともに、在天別流の一員として活躍しているのであります。

 そんな彼女が四天王寺の境内で出会ったのは、死んだ息子の仇をとってほしいと呼びかける、粗末な身なりに不似合いな大金を持った女。聞けば彼女の幼い息子は、廻船問屋・長浜屋の荷車にひき殺され、しかし長浜屋も車夫もお咎めなしだったというのであります。
 はたして彼女の話が真実か、探索を始めた左近。しかし彼女が知ったのは、毎日子供のために祈る長浜屋を褒めそやす人々の評判と、子供の父親の悪評でした。

 子供が死んだのは真実、しかし本当に悪いのは何者か――悩んだ左近に近づいてきたのは、顔馴染みの情報屋・赤穂屋。普段は居酒屋を営みながらも、在天別流も及ばぬ情報収集能力を持つ彼は、左近にある条件と引き替えに、情報提供を申し出ます。
 その条件とは、京都所司代・水野忠邦に対する弓月の動きを教えること――以前、刺客に狙われた忠邦一行を救った弓月に対して、忠邦は仕官を求めてきたのであります。

 一方、左近の前に現れた水野家の家臣・小田切は、在天別流の存在を察知しただけでなく、何故か長浜屋にも興味を持ち、左近につきまとうことになります。そして弓月もまた、以前から長浜屋のことを探っていたことを左近は知るのでした。
 果たして長浜屋で何が起こっているのか。長浜屋と弓月、水野家の関係は。謎めいた動きをみせる赤穂屋と弓月の真意は。そして二人の過去に何があったのか……


 作者のデビュー作『浪華の翔風』に登場し、その後ドラマ化された『緒方洪庵・浪華の事件帳』のヒロインとして活躍し、スピンオフである本シリーズの主人公となった左近。
 残念ながら諸事情により本シリーズは長きに渡り中断した形となっていましたが――昨年『緒方洪庵・浪華の事件帳』が舞台化されたのに伴い、旧作の新装版が刊行され、そしてついにこの新作の登場に至りました。

 そんな記念すべき復活作である本作ですが、しかし左近は、謎めいた状況と周囲の動きに、大きく翻弄されることになります。
 元々、周囲の者たちがそれぞれの思惑を秘め、誰が味方で誰が敵かわからなくなるような、謎めいた展開が多い本シリーズ(というより作者の作品では多く見られる趣向に感じます)。その中でも本作は、特に左近の翻弄される度合いが大きいと感じられます。

 そもそも、本作で左近を振り回すのは、彼女が最も敬愛し、最も信頼する兄・弓月と、在天別流の人間ではないものの、弓月の半ば子飼いのような形で活動し、彼女とも表裏に渡って馴染み深い赤穂屋の二人。
 つまり彼女にとって最も近しい二人が、それぞれに不可解な動きを見せ、彼女を悩ませるのであります(ちなみに二人は、左近ともども『浪華の翔風』からのキャラクター)。

 まだ若く、そして二人に頼る部分も多い左近にとって、それは大いに心悩ませる状況。事実、本作は復活作であるにもかかわらず、終盤まで彼女は翻弄されっぱなしという印象もあるのですが――しかしそれが逆に、彼女が真に信じるもの、求めるものが何であるかを浮かび上がらせるように感じられるのが、実に面白いところであります。

 それは言い換えれば、左近がどのような人物であるのか、そして同時に、そんな彼女の居場所である――そして本シリーズで最も特徴的な存在であり、物語の中心に位置する――在天別流とは何なのか、という根本的な問いかけに繋がっていくことになります。
 そう、本作には7年ぶりに左近を描くに当たり、彼女と物語世界の再確認、再定義を行っている――そんな印象すらあります。その意味では、復活作に実に相応しい内容と言えるでしょう。


 何はともあれ、左近と在天別流の物語は再び始まりました。この先、時系列的には後に当たる『緒方洪庵・浪華の事件帳』に至るまで、左近が何を見て、何を感じるのか――大きな楽しみが帰ってきた、そんな気持ちであります。

『影の泣く声 左近 浪華の事件帖』(築山桂 双葉文庫) Amazon
影の泣く声-左近 浪華の事件帖(3) (双葉文庫)


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 「浪華の翔風」
 「禁書売り 緒方洪庵 浪華の事件帳」 浮かび上がる大坂の現実
 「北前船始末 緒方洪庵 浪華の事件帳」 二人の距離、大坂との距離

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2019.03.04

重野なおき『真田魂』第2巻 表裏比興の本領発揮!? 武田魂から真田魂へ


 実に約2年9ヶ月ぶりに、『真田魂』の第2巻が発売されました。真田昌幸、信幸、信繁と真田一族の生き様を描く本作ですが、この巻ではある意味彼らの本領発揮。主家の、そしてそれを滅ぼした覇王亡き後の大混乱の中で、したたかに、そして必死に生きる彼らの姿が描かれることになります。

 武田信玄そして勝頼に仕え、奮闘を続けてきた昌幸。しかし長篠で、そして天王山で織田信長に敗れた武田家に、ついに最期の時がやってきて……
 と、前巻での頑張りも空しく(?)この巻の冒頭でついに滅亡してしまった武田家(ここでも長坂釣閑斎がえらく良いことを言うのに、前巻に引き続きびっくり)。悲しみと怒りに沈む昌幸ですが、その想いに浸っているひまはありません。

 何しろ織田軍の侵攻は止むことがなく、武田の遺臣は降るか滅びるかの二択状態。しかもそのどちらを選ぶかの選択権は、時に自分たちの側になかったりするのであります。
 そんな危ない綱渡りの状況で、信長と対面し、大きく領土を減らされることになりながらも首は繋がった昌幸。しかしその直後に起きたのが何であるか――言うまでもありません。

 そう、昌幸が降ったわずか三ヶ月後に、本能寺に消える信長(仕方ないとはいえ、スピンオフの方で先に何度も死ぬ信長さん……)。ここで昌幸ら武田家家臣たちの魂の叫びには思わず噴き出しましたが――それはさておき、ある意味、ここからが本当の戦いの始まりであります。

 武田家が滅び、織田家が大混乱のまま残された甲斐・信濃・上野地域。周囲の勢力からの草刈場にされかねない地域の真っ只中にある真田領を如何にして守るか――この巻の大半を費やして描かれるのは、実にそのための苦闘なのです。

 そしてそれをこれ以上なくはっきりと示すのが、巻末に収録された年表なのですが――
天正十年三月 織田家に従属
同 六月 上杉家に従属
同 七月 北条家に従属
同 十月 徳川家に従属

と、これだけ見れば「何なのこの人!?」となりかねないところを、その原因と周辺事情、各勢力の動きを交えてわかりやすく描いてみせるのは、これはもう歴史四コマのベテランと呼んでもよいであろう作者の筆の冴えというべきでしょう。

 そして、客観的に見ればまさしく「表裏比興の者」としか言いようがない昌幸の行動の根幹に、ただ生き残りのためだけでなく、あるもう一つの想いがあった――というのが実にうまい。
 それはもちろん本作独自のアレンジではあろうと思いますが、しかしこの描写があるだけで、様々な者に屈した――しかし見方を変えれば何者にも屈しなかった昌幸の、真田の魂の在り方が、全く違った形で見えてくるのですから。


 そしてそんな昌幸たちの魂の姿を、ちょっとユニークな角度から描いてみせるのが、本書の巻末に収録された、武川佑による短編小説であります。
 長編デビューの『虎の牙』をはじめ、いま歴史時代小説界で武田家を描かせたらこの人! という印象のある武川佑ですが、ここで題材に選んだのが依田信蕃というのには、さすがに驚かされました。

 昌幸と同じく武田家の旧臣であり、北条氏直と徳川家康が激突した天正壬午の乱において、昌幸を徳川方に手引きしたという信蕃。
 ある理由から後世では無名に近い人物であり、彼を中心に描いた作品もほとんどないのではないかと思いますが――しかし本作で描かれるのは、そんな彼が掲げる最後の「武田魂」とでも言うべきものなのであります。

 この辺りはさすが武川佑と言うべきか、「武田魂」から「真田魂」への変遷を描く、見事な作品であったこの短編。重野なおきと武川佑、どちらの作者にとっても、どちらのファンにとっても、最良の結果に終わったコラボと言うべきではないでしょうか。


 さて、そんな中でも時は流れ、この巻のラストは天正十三年。さすがに家康も怒るよ、という展開を経て、ついに第一次上田合戦開幕!! というところでこの第2巻は終わることになります。
 その直前、信繁が上杉景勝と直江兼続に語ったある事実――誰か一人ではなく、真田「一族」を主人公とする本作にまことに相応しいそれを以て終わるのも、実に心憎いところであります。

 真田ファンとしては大満足の本書、第3巻はこれほど待たないようにしていただきたい――それだけが今の望みであります。


『真田魂』第2巻(重野なおき 白泉社ジェッツコミックス) Amazon
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2019.02.26

『決戦! 設楽原 武田軍vs織田・徳川軍』(その二)


 『決戦!』シリーズ第8弾、『決戦! 設楽原』の紹介の第二回であります。今回は武田方と織田方、それぞれで戦い、鉄砲によって運命が分かれた二人を描く作品を取り上げます。

『くれないの言』(武川佑):山県昌景
 いま武田ものといえばこの人、と言いたくなる作者は、時に超自然的な描写を用いて、ある意味それと対極にあるような剛直な武士たちの世界を描き出します。
 本作もそんな作品――武田四天王の一人であり、赤備えで知られた最強の将を悩ませる、ある人物の死後の言葉が大きな意味を持つ物語です。

 敗れるのを覚悟の上の決戦に挑むことになった昌景を悩ませる「四郎勝頼、弑すべし」の言葉。それは、亡き信玄の位牌を高野山に納めに行った際、そこに現れた信玄が命じた言葉でありました。
 しかしそれは昌景にとっては二度目の主君殺しを意味する言葉――かつて信玄の嫡男・義信が、昌景の兄と結んで謀反を起こそうとしていたのを密告し、結果として義信を死に追いやった過去を持つ彼にとって、あまりに残酷な命というほかありません。

 が――物語は、昌景が同じ四天王の馬場信春、内藤昌豊らにこの秘事を語ったところから思わぬ(本当に!)方向に展開。設楽原の決戦へと突入していくことになります。

 前回述べましたが、設楽原の戦いで最も印象に残る武将は、絶望的な戦いの中で勝頼を守る形で死んでいった武田の名将たちであることは間違いないでしょう。
 昌景もその一人ですが、しかし上に述べたように、勝頼に対して屈託を抱える昌景が、どのようにしてその死地に向かったのか――本作はその転回を、信玄の言葉を軸に鮮やかに描いてみせるのです。
(その一方で、昌景と勝頼のある共通項を抉ってみせる一文には脱帽であります)

 さらにその先に待つもの――将たる者の宿命を描く、結末のある会話も、強烈に印象に残る作品です。


『佐々の鉄炮戦』(山口昌志):佐々成政
 設楽原――というより長篠の戦といえば、すなわち鉄砲、という印象がまず浮かびます。さすがに三段撃ちは巷説とのことで、本書にも登場しませんが、しかしそれでも鉄砲の存在がこの戦を決したのは間違いありません。
 が、ここで鉄砲隊を率いたのは誰か、というのは案外印象に残っていないのではないように感じますが――本作の主人公は、その鉄砲隊を率いた武将の一人・佐々成政であります。

 かねてより鉄砲に親しみ、対武田戦の勝利の鍵として、真っ先に鉄砲に注目していた成政。そんな彼にとって、この戦はある意味晴れ舞台だったのですが――しかし周囲の武将たちは彼とはほとんど正反対の立場だったのです。
 特に同じく鉄砲隊を任され、成政の黒母衣と並ぶ赤母衣を率いた前田利家などは、こんなものは戦ではないと不満を隠さないほど。この差から浮かび上がるのは、成政と他の武将たちの意識の違い――鉄砲が戦を変えると信じる成政の視点から見た合戦、いや銃撃戦の姿は、ありそうでなかった設楽原の物語として感じられます。

 正直なところ地味な印象もある成政ですが、この戦の前年、長島一向一揆との戦いで失った長男の存在が、様々な形で「今」の成政に絡んでくるのが印象に残ります。
 そしてまた、その後の成政を知っていると、ここで戦が変わったことが彼にとって本当に幸せであったかと、考えさせられるのですが……


 大変恐縮ですが、次回に続きます。


『決戦! 設楽原 武田軍vs織田・徳川軍』(宮本昌孝ほか 講談社) Amazon
決戦!設楽原 武田軍vs.織田・徳川軍


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 『決戦! 関ヶ原』(その二) 勝者と敗者の間に
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2019.02.09

『別式』第4巻 崩れていく彼女たちの関係、転落していく物語


 江戸を騒がす剣術自慢の娘たち――別式の姿を描く物語も、この巻で急展開を遂げることになります。別式仲間の一人の死をきっかけに、崩れていく――いや、隠されていたものが明らかになっていく彼女たちの関係。物語は悲劇に向かって止まるところを知らず、一直線に突き進んでいくことになります。

 剣術の達人にして面食いの別式・佐々木類を中心に集まった個性豊かな別式たち――類を密かにライバル視する優等生の魁、実は女装男子である切鵺、占い師にして二刀流の達人である刀萌。
 様々な縁から出会い、強い絆に結ばれた彼女たちは、何かと類に絡む(そして魁の憧れの人である)不良侍の九十九も含めて、江戸で騒々しくも楽しく暮らしていたのですが――いつまでも続くかに見えたこの日々は、唐突に終わりを告げることになります。

 実は妹の身請けの金を稼ぐため、暗殺者という裏の顔を持っていた刀萌。凄腕の剣士であり、裏の世界で暗躍するキツネ目の男・岩渕源内暗殺の依頼を受けた彼女は、源内との斬り合いを優位に進めるのですが――しかし病に蝕まれていたその体が、決定的な瞬間で彼女を裏切ることになります。

 彼女の無惨な死を知った九十九、そして類。突然の刀萌の死に衝撃を受ける二人ですが、しかし悲劇はまだ終わりません。
 予てより因縁を持っていた源内を執念で追いかけ、ついに江戸市中で追い詰めた九十九。しかしその場に何も知らぬまま居合わせた類の一瞬の隙を突いて、源内の刃が……


 これまで、コミケやサッカーなどなど、現代の風物をアレンジしたアレコレが次々と飛び出す、時代劇パロディ的な物語を描きながらも、折々で「重い」「辛い」展開が顔を出していた本作。
 もちろん、その重さ辛さは、物語の冒頭――隻眼の類と切鵺が敵として対峙するという場面で既に予告されていたとも言えますが、しかしいざ怒濤の如く悲劇が連鎖していく姿を見れば、ついに来てしまったか、と胸が塞がる想いがいたします。

 思えば本作の登場人物のほとんどは、大なり小なり、胸に秘めた想いを――ある種の歪みや屈託を抱えてきました。
 剣の腕や九十九を巡り、類にコンプレックスを抱いてきた魁。周囲には惚れた男と偽って両親の仇である源内を追ってきた切鵺。そして暗殺者である以上に、目を背けたくなるような無惨な過去を背負った刀萌。

 そんな中、その腕っ節と驚異的な無神経さによって、ほとんど唯一そのような想いを背負ってこなかった類こそが、彼女たちを繋ぎ止める役割――本作流に言えば団子の串――を務めていたといえるかもしれません。
 しかしこの巻において、彼女もまた心身に深い傷を負い、大きな影を背負うことになります。それはあるいは、本作が決定的に悲劇へと転がり落ちていくことの象徴、いや原因なのかもしれません。類からその強烈に陽性な個性が失われていくことこそが……


 これまでに比べると、冒頭からラストに至るまで一気呵成に、目まぐるしいほどの早さで展開していくこの第4巻。あるいはそれには別の理由もあるのかもしれませんが、しかしこの「転落」を描くには、むしろ必然とも言うべき勢いにも感じられます。

 そしてその果て、この巻のラストで待ち受けているのは、あまりにも意外で、無惨で、無意味なもう一つの死。まさかここでこんな形で退場するとは思わなかったある人物の死によって、物語はもはや止まらない勢いで、奈落に向かって走り出したように感じられます。
 もはや元凶(あるいは引き金)である源内を倒したところで止まるとは思えないこの悲劇がどこに向かうのか、そしてその中で類は何を見るのか。やはり冒頭で約束されたままの形で、物語は終わってしまうのか……

 ひどく辛いのに目が離せない、目を離したら絶対後悔する――いま一番先が気になる作品であります。


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別式(4) (モーニング KC)


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2019.02.04

武内涼『妖草師 謀叛花』 これぞ集大成、妖草師最後の激闘!


 作者の代表作にして『この時代小説がすごい!』第1位に輝いた『妖草師』シリーズの第5弾、そして最終巻であります。常世の妖草を討つ妖草師・庭田重奈雄が今回挑むのは、妖草を操る残忍な盗賊団、そして更なる巨大な陰謀――重奈雄最後の戦いが始まります(物語の展開に触れますのでご注意下さい)。

 常世(異界)に芽吹き、人の心を苗床に育つ奇怪な植物、妖草。時にこちら側の植物に似た姿を持ちながらも、奇怪な――そして多くの場合危険な能力を持つ妖草の正体を見破り、対処するのが妖草師であります。

 主人公・庭田重奈雄は、代々京で妖草と戦ってきた家の出身――故あって家を追われ、市井で暮らしながら、妖草がこの世に出現した時には、これと敢然と対峙してきた青年。
 様々な戦いの末に実家とも和解し、華道池坊家の娘、そして妖気を見破る天眼通の持ち主である椿との婚礼も秒読みの中、重奈雄は新たな事件に巻き込まれることになります。

 大坂をはじめとして、西国を騒がす凶盗・青天狗一味。厳重に守られた商家に容易く忍び込み、そして家の者たちを悉く殺して金品を奪うという残忍極まりない彼らが、京にも現れたのであります。
 現場に残された一枚の葉から、この青天狗一味が妖草を操ることを知った重奈雄。重奈雄がかつて妖草から救った娘の実家が一味に襲われ、彼女を残して皆殺しにされたこともあり、重奈雄は一味の根絶を誓うのでした。

 そんな彼と共に一味を追うのは、関東妖草師となるべく重奈雄に師事してきた男装の美女・かつらと、町奉行所の同心たちが頼りにするベテラン目明かしの重吉。
 残された小さな手がかりから、一味の中に美濃郡上藩で数年前に起きた郡上一揆に関わっていた者がいたことを知り、郡上藩に潜入する重奈雄たち。彼らがそこで見たものは、武士と百姓が、そして百姓と百姓が分断され、激しく憎み合う姿でした。

 その憎悪を養分にして妖草が育っていく中、重奈雄たちはついに一味の首魁と対峙することになるのですが……


 これでファイナルということもあってか、実に400ページ近い(分量でいえば前作の約1.5倍以上)大作である本作。それ故に――というべきか、物語はここまででまだ半ばにすぎません。一つの謎が解け、一つの戦いが終わった後も、舞台を移して更なる戦いが描かれることになるのですから、大盤振る舞いであります。

 はたして青天狗一味の背後に潜むのは何者か、その真の目的は何か――愛する椿や仲間たちとも離れて異郷で戦う重奈雄を助けるのは、かつて妖草・一夜瓢にまつわる事件で彼と関わり合った狷介な天才・平賀源内。
 そして執念の探索を続ける重吉が掴んだ賊の手がかりとは、重奈雄の下を卒業して関東妖草師となったかつらを待つ新たな出会いとは――物語は様々な要素が絡み合い、最強の妖草を操る敵が潜む、魔城での決戦へと突き進んでいくのであります。


 さて、これまで様々な生態と奇怪な能力を持つ妖草を幾つも生み出してきた本シリーズですが、本作は間違いなくその集大成。
 鉄棒蘭や楯蘭、知風草など、これまで重奈雄の頼もしい武器として活躍してきた妖草はもちろんのこと、剣呑極まりない能力を持った新たな妖草も様々に登場し、妖草を操る者同士の派手な能力バトルが繰り広げられることになります。

 特に本作のある意味中核をなす最強の妖草との対決においては、ある意味ゲームもの的な読み合いあり、西部劇テイストの決闘あり――と、これでもかとばかりに繰り広げられるバトルのバリエーションの豊かさにはただ脱帽するしかありません。
 さらに江戸で重奈雄が婚活パーティー(!?)に潜入するというコミカルなくだりがあると思えば、ちょっと意外なキャラクターの切ないロマンスありと、そのボリュームに相応しい盛りだくさんの内容であります。


 もっとも、残念な点もいくつかあります。これまでシリーズで活躍してきたある人物が登場しなかったり、話の流れもありますが、椿があまり活躍しなかったり――と。
 何よりも本作でシリーズが完結(にもかかわらず、まだまだ続けられそうだったり)というのがその最たるものなのですが――しかしそれを言うのは野暮というものでしょうか。

 ここは妖草師最後の激闘を――その背後に見え隠れする、作者ならではの現実世界に対する鋭い視線も含めて――理屈抜きで楽しむべきなのでしょう。
 何度も述べたとおり、本作はシリーズの掉尾を飾るに相応しい戦いの連続と、スケールの大きさを誇る物語なのですから……

『妖草師 謀叛花』(武内涼 徳間文庫) Amazon
謀叛花: 妖草師 (徳間時代小説文庫)


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2019.01.17

戸南浩平『菩薩天翅』 善悪の彼岸に浮かび上がる救いの姿


 明治初頭を舞台に、幕末を引きずる男の苦闘を描いた『木足の猿』の作者の第2作は、やはり明治初頭を舞台とした苦い味わいの物語。大罪人だけを狙う謎の殺人鬼の跳梁を縦糸に、人間の中の善と悪、罪と救いを横糸に描かれる、時代ミステリにしてノワール小説の色彩も濃い作品であります。

 廃仏毀釈の嵐が吹き荒れる明治6年、東京を騒がすのは、大きな悪事を働いてきた者を次々と殺し、仏に見立てた姿で晒す連続殺人事件でありました。この「闇仏」と呼ばれる犯人が次に標的として宣言したのは、閻魔入道こと大渕伝兵衛――悪逆非道を繰り返してのし上がり、今は金貸し、そして死の商人として財を蓄えた男であります。

 そして闇仏から身を守るべく閻魔入道が集めた用心棒の一人が、本作の主人公である倉田恭介――侍崩れで剣の使い手である恭介は、故あって共に暮らす10歳の少女・サキとの暮らしのために、心ならずもこの極悪人の用心棒として雇われたのであります。
 一方、その恭介に接近してきたのは、司法省の役人を名乗る男。彼は閻魔入道が裏で集めた新式銃300丁の在処を、政府転覆を企む一団に売られる前に突き止めて欲しいと恭介にもちかけるのでした。

 将来の警官としての採用と引き替えに、スパイとして危険な立場に身を置くことになった恭介。そんな恭介の正体を知ってか知らずしてか、閻魔入道は彼に見せつけるように、様々な非道を働いてみせるのでした。
 そんな中、自分の恩人であり、孤児たちを育てる老尼を救うために大金が必要となった恭介は、ある覚悟を固めるのですが……


 閻魔入道が秘匿する新式銃300丁の行方、そして何よりも怪人・闇仏の正体と目的という大きな謎を中心に据えたミステリである本作。しかしまず印象に残るのは、維新直後の混乱の中、泥濘を這いずるような暮らしを送る者たちの姿であります。
 時代の流れに取り残され、あるいは時代のうねりに巻き込まれ、輝かしい新時代とは無縁の、食うや食わずやの暮らしを送る人々。その代表が恭介とサキですが――彼らが追いつめられ、そこから抜け出すべく危ない橋を渡る姿を、本作は生々しく描き出します。

 そもそも恭介は、浪人となった父と母を失い、妹と二人で子供の頃から放浪してきた身、その途中に妹と生き別れ、後に出会ったサキを妹のように感じている男であります。
 身につけた剣の腕はあるものの、それ以外何もない恭介が生きるために、大事な者たちを守るために何ができるのか――それが多くの人々を苦しめる大悪人・閻魔入道を守るという、結果として悪に手を貸す行為となる矛盾を、何と表すべきでしょうか。

 そう、冒頭に述べたとおり、本作において描かれるのは、人間の中の善と悪。善のために悪を為し、悪を為したことが善に繋がる――それは恭介のことでもあり、彼が対峙する闇仏のことでもあります。
 そんな複雑で皮肉な、そしてもの悲しい人間たちの姿からは、まさに本作の底流に存在する仏教的な世界観が感じられるのです。

 しかしそんな中で一際異彩を放つのが、自らが生きるためではなく、自らの楽しみのために悪を為す閻魔入道の存在であります。
 驚くべきことに、深く仏教に帰依しているという彼は、自らの悪に自覚的でありながらも、なおも後生を思って行動するというのですが――そんな彼の存在そのものが、本作で描かれる善と悪の線引きの儚さを象徴していると言ってもよいのではないでしょうか。

 そして本作で描かれるその善悪の彼岸で明かされる真実の超絶ぶりには、おそらくは誰もが驚くだろう、とも……


 本作を読み進めるにつれて強まる、この世に仏はないものか、という想い。結末において、我々がその答えをどう出すかは、人によって様々かもしれません。
 しかし私は、やはりそこには一つの救いがあると――それは多分に運命という、あやふやなもに頼ったものかもしれませんが――そう考えたくなります。

 ノワールとして、ミステリとして、剣豪ものとして、明治ものとして、そして何よりも人間の中の善悪と救いの姿を描く物語として――様々な顔を持ち、それが複雑に絡み合って生まれた佳品であります。


『菩薩天翅』(戸南浩平 光文社) Amazon
菩薩天翅(ぼさつてんし)


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