2017.02.17

滝沢聖峰『WHO FIGHTER』 その恐怖は空の高みから

 最近は江戸時代の出版界を舞台とした時代漫画『二兎物語』を発表しているものの、やはり滝沢聖峰といえば航空戦記漫画の第一人者という印象が強くあります。本作はそんな作者の作品の中でも異色中の異色作……太平洋戦争終戦間際の日本上空に現れた謎の発光体を巡る怪異譚であります。

 昭和19年11月、立川を飛び立ち機載レーダーのテストをしていた陸軍航空兵・北山中尉は、夜空に眩い光を放つ正体不明の物体と遭遇、機体の電子部品が全て焼き切れるという奇怪な状況に見舞われます。

 翌日、北山の前に現れたのは、秘密の研究を行っていると噂される登戸研究所からやってきた軍属の男・尾崎。
 発光体について北山の知らぬ情報を握っているらしい尾崎とともに発光体の墜落地点を北山は訪れるのですが、それ以降、彼の周囲では奇怪な現象が相次ぎます。

 内臓を抜き取られた犬の死体、偶然立ち寄った先にかかってくる電話、無理矢理日本語を喋っているような黒衣の男の来訪……
 そして尾崎の案内で、自分以前に発光体と遭遇し、一ヶ月後に帰還した兵士と対面した北山は、その帰りに蛾を思わせる奇怪な生物と遭遇、直後の記憶を失うことになります。

 北山の身に何が起きたのか。空で何が起きているのか。登戸研究所の地下に隠されたモノの存在を知った北山は、尾崎が計画する発光体奪取作戦に志願するのですが――


 タイトルとなっているフー・ファイターとは、第二次大戦中に世界各地で目撃されたという、未確認飛行物体/発光体のこと。
 実際には戦場の緊張が生んだ錯覚によるものが大半だったのではないかという気もしますが、しかし記録を信じるならば、どう考えても後世に言うUFOのことを指していたのでは……というケースもあり、なかなかに不気味な存在であります。

 本作はそのフー・ファイターを題材に、いわゆるUFO都市伝説――キャトル・ミューティレーション、MIB、ミステリー・サークルなど――を取り込んで描いてみせた、異形の軍記漫画であります。
 これらの題材や、登場する発光体の搭乗者の姿など、多分に通俗的なスタイルではあるのですが、しかしその作中での投入の仕方は実に巧みで、特に先に述べた電話の怪のくだりなど、実にゾクゾクさせられます。

 また嬉しかったのは、個人的に最愛のUMAである――UFOやMIBとの関連も噂される――モスマンまで登場してくることで……というのはともかく、いずれにせよ登場する題材は、いずれも実にツボを心得たものであるのがたまらないのです。


 それにしても、UFO都市伝説に、他の都市伝説や実話怪談の類とは異なる不気味さがつきまとうのは、その「わけのわからなさ」に依るところが大ではないでしょうか。
 因果因縁や怨念といった、ある意味人間のロジックでは図りかねる行動原理で動く存在が蠢く物語……それは裏返せば、対処の手段がない、頼るべき存在がないということでもあります。怪異に晒されても救いの手はない……これほどの恐怖があるでしょうか。

 そしてその理不尽な怪異と、戦争というある意味究極の国家の活動――すなわち極めて論理的に実施される(理論上は、ですが)行為が激突した時、何が生まれるか……
 本作は、作者一流の筆致を以て、すなわちどこまでもリアリティを保ちながら、その異次元の世界を描き出すのであります。

 もちろん、壮大なホラ話として楽しむべきものではあるかもしれませんが……しかし出色の戦争ホラー、UFOホラーであることは間違いありません。


 ちなみに単行本は本作のほか、中編『HEARTS OF DARKNESS』を収録。
 こちらはビルマの密林の奥深くで軍の命を離れ、独立王国を築こうとする部隊を処理するため、装甲砲艇で河を遡上する特務機関の中尉を主人公とした物語であります。

 その部隊長の名が来留津大佐というのを見るまでもなく、『地獄の黙示録』の第二次大戦版……というより、その原作であるコンラッドの『闇の奥』を原作としてクレジットしている本作。
 もっとも展開的には『地獄の黙示録』の翻案の要素がやはり強いのですが、しかし大戦末期のビルマという舞台から生まれるどうしようもなさ、一種の虚無感は、本作を独自の作品として成立させていることは間違いありません。
(もっとも、もう少し王国側の人間に狂気が欲しかった気はしますが……)


『WHO FIGHTER With heart of darkness』(滝沢聖峰 大日本絵画MGコミック) Amazon
フー・ファイター―With heart of darkness (MGコミック)

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2017.02.13

高井忍『蜃気楼の王国』(その三) 我々の住む国、我々の生きる時間の物語

 高井忍が稗史・偽史の中に浮かび上がる「国」の姿を鋭く浮き彫りにしていく時代ミステリ短編集の紹介その三です。最後に収められた作品は本書の表題作にして、本書が語り続けてきたものを象徴するような物語であります。

『蜃気楼の王国』
 あまりにも有名なペリーの日本来航。しかしペリーは同時に琉球に対しても修好条約の締結を要求していました。日本同様、琉球にも一年後の再来を期したペリーは、琉球に水兵を残していたのですが……その水兵が、琉球の人々に殺されるという事件が本作では描かれることになります。

 本作の主人公となるのは、ハンガリー出身のイギリス人宣教師ベッテルハイム――ペリーの琉球来航の十年近く前に琉球を訪れ、以来布教に努めていた実在の人物であります。
 当時キリスト教を禁教していた琉球王国との対応に苦慮しながらも、琉球の人々と共に暮らし、親しまれたベッテルハイム。この地で娘も生まれた彼が巻き込まれたのが、件の事件だったのです。

 泥酔した水兵の一人が、琉球人の家に押し入り、女性に乱暴しようとしたことから、怒った人々に追われ、頭を石で殴られた末に、溺死しているのが発見された……
 この微妙な時期に致命的とも言える事件の検死に当たり、一つの疑念を抱くベッテルハイム。しかし事件は彼自身の身にも関わる顔を見せることに――

 米兵による婦女暴行(未遂)という、尖った題材を中心と据えた本作。これが実は実際に起きた事件というのには驚かされますが、本作はそこに幾重にも意味を見出す形で、独自の物語を描き出します。
 物語の核心に触れるため、詳細は触れませんが、結末に浮かび上がるもう一つの差別と偏見の構造も含め、事件の謎以上に、そこに関わる人々の心の在り方は、深く心に残ります。

 ……しかし本作で真に驚くべきは、結末でベッテルハイムが知ることとなるもう一つの真実であります。
 そのある意味空前絶後のスケールの「替え玉」トリックに愕然とさせられると同時に、そこから浮かび上がる本作のタイトルに込められたもの、ベッテルハイムらの想いを全て飲み込んで浮かび上がるものの巨大さ・空虚さに、索漠たる想いを抱かざるを得ません。


 ……ここまで、本書に収録されてきた全五話を一話一話紹介させていただきました。

 これまで何度も申し上げたとおり、各話は直接には関係しない、完全に独立した内容となっています。しかしそこで描かれるものは、偽史・稗史を通じて、国という存在のあり方を描くという点で、通底していたと言うことができます。

 もちろんここで描かれたものはいずれも作者の空想……という言い方が良くなければフィクションの物語であります。
 しかしこの中に仮託されたもの、特に琉球と中国の関係に仮託されたものが何を指すか――それは明らかでしょう。最後の作品のタイトルであり、本書のタイトルでもある「蜃気楼の王国」が真に何を指すのかも。

 その意味では紛れもなく本作は、我々の住む国、我々の生きる時間の物語であると言えるのです。


 ここからは個人的な話となりますが、僕は時折、「伝奇」(「稗史」とかなりの部分でイコールかもしれません)と「偽史」の違いについて考えてきました。

 「史実」の陰に隠れた、それとは異なる「もう一つの真実」を描く歴史……その点では共通する両者は、しかしその動機、意図において明確に異なると……そう僕は考えます。
 伝奇があくまでもその「真実」を物語の枠の中で描く一方で、偽史はその「真実」こそが真の歴史であると語ること……その点が両者の決定的な相違点と言えるのではないか、と。

 もちろん、その出発点は共に等しいものでしょう。本書で繰り返し描かれてきたように、人々の願い――歴史の真実の姿はこうあって欲しいという思いが、こうしたもう一つの歴史を生み出すのです。
 しかしそれを物語として、一時の楽しい空想という慰めとして終わらせることと、こちらこそが本物であると史実を塗り替えようとすることは同じではありません。少なくとも伝奇は、その基礎となる確かな史実があってこそ成立するものなのですから。

 僕はあくまでも伝奇を愛し、追いかけていきたい……本書を読んで、その想いを新たにした次第です。


『蜃気楼の王国』(高井忍 光文社文庫) Amazon
蜃気楼の王国 (光文社文庫)

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2017.02.12

高井忍『蜃気楼の王国』(その二) 二つの古典に秘められた想い

 高井忍が稗史・偽史を題材に描く時代ミステリ短編集の紹介その二であります。その一で紹介した二編同様、いやそれ以上にこちらも挑戦的な、挑発的な内容であります。

『雨月物語だみことば』
 京で次々と起きる、謎の侍たちによる怪事件。それが近頃評判の読本『雨月物語』の各話の見立てとなっていることに気付いた大坂で医者を営む主人公。かつて国学を学んだ師である加藤宇万伎とともに事件を追う彼が知った犯人たちの意外な思惑とは――

 という本作は、本書に収録された作品の中ではほとんど唯一、琉球には直接関わらない物語です。ですが、しかしその根底に存在するのは、他の作品に通底する、作者の偽史への眼差しなのであります。

 今なおその名を残す『雨月物語』の各話に登場する地名、登場する事物・人物をモチーフとした見立てを続ける一味を追うという、時代ミステリとしても非常にユニークな本作ですが、主人公の探索の果てに浮かび上がるのは、本居宣長とその弟子たちの存在。
 「古事記」や「源氏物語」を独自の立場から解釈し、国学四大人の一人とも言われる宣長ですが……しかし本作で描かれるのは、神代の世界をそのまま受け取り、そして我が国独自の文化を最古最高のものとして他国のそれの上に置く、ファナティックな思想家としての姿であります。

 そんな宣長像は、決して本作独自の、偏った見方とばかりは言えないものがあるですが……そんな宣長と、そして彼以上に狂信的に日本の素晴らしさを説く弟子たちの姿に、一種の既視感を覚えるのは、決してうがった見方ではないでしょう。
 そしてそんな彼らに対して、『雨月物語』が用意していた最大のカウンターとは……いやはや、このような読み方があったか! と、驚き呆れるばかり。いやはや、作者は恐ろしいことを考えるものです。

 ちなみに本作、文学史の知識がある方であれば、冒頭から「おや?」という描写があるのですが――これも一種の叙述トリックと言うべきでしょうか。この点もまた、時代ミステリとしての本作の面白さでしょう。


『槐説弓張月』
 タイトルから察せられるとおり、本作は冒頭の『琉球王の陵』において描かれた為朝の琉球渡航伝説が人口に膾炙するきっかけともいえる、滝沢馬琴の『椿説弓張月』を巡る物語。
 馬琴の死をきっかけに、実は八犬伝の大ファンであった将軍家慶に対し、腹心である遠山景元(金四郎)が、在りし日の馬琴との出会いを語る……というユニークなスタイルの作品です。

 まだ放蕩生活を送っていた頃、女郎に蛸をけしかけたことで袋叩きにあっていた老人(この時のメタな言い草が実に楽しい)を助けた金四郎。金四郎が弓張月のファンであることを知った老人が彼を誘った先は、飯田町の馬琴邸でありました。
 そこで金四郎は、弓張月の製作秘話を聞くことになって……というのが本作の趣向であります。

 いわば作者による一種ストレートな弓張月解題である本作は、本書に収録された作品の中ではある意味異色の内容ではあります。しかしそこで語られる内容は、他の作品とは遜色のないほど刺激的であることは言うまでもありません。

 弓張月以前からも存在した為朝の琉球渡航説。金四郎が教えられるのは、その「真実」――そもそも為朝なのは何故か、そして為朝を琉球に渡らせたのは誰なのか……
 つまりはホワイダニット、フーダニットの問題として、本作は『琉球王の陵』とは別の視点から、為朝という特異な立ち位置の(そしてここで前作との接点が生じているのですが)英雄伝説を捉え直すのであります。

 そこに浮かび上がるのは、琉球の庶民の、そして為政者の切なる願いであり……それは同時に、国は如何に在るべきか、という点に繋がっていくことを、本作は明らかにしていきます。
 そしてそこで描かれるのはもちろん、国を守るために周囲の強国に追従し、しかしその強国に翻弄され続けた琉球独自の物語ではありますが……しかしその立場にあるのは琉球だけではないことを、今の我々は知っています。いや、知るべきなのでしょう。

 と、非常に尖った切り込みを見せつつも、前作同様、途中で感じた些細な違和感が、ラストのどんでん返しを招くのが実に楽しい。
 いやはや、ここまでシリアスにしておいてこのオチか! と言いたくなるようなすっとぼけた結末には脱帽であります。


 あともう一回、続きます。


『蜃気楼の王国』(高井忍 光文社文庫) Amazon
蜃気楼の王国 (光文社文庫)

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2017.02.11

高井忍『蜃気楼の王国』(その一) 意外な「探偵」たちが解き明かす「真実」

 時代ミステリの快作を次々と送り出してきた作者が、「国」と「歴史」を題材として描く、極めてエッジの立った短編集であります。それぞれ別々の時代、別々の謎に挑む意外な「探偵」たちを描いた五つの物語から浮かび上がるものは……以下、収録作を一つずつ紹介いたします。

『琉球王の陵』
 バルチック艦隊の行方を求める中、西表島に立ち寄った東郷平八郎と秋山真之。そこで一人のアメリカ人記者と出会った二人が見せられた一枚の写真……ペリー艦隊に同行した絵師が撮影したそれに映るのは、琉球最初の王の伝説が残る源為朝の墓でありました。
 果たして伝説は真実なのか、写真に写った地を探しに出る一行が見たものは――

 いずれの作品においても実在の人物、有名人が探偵役となる本書ですが、いきなり冒頭からとんでもない探偵役であります。何しろ、日本海海戦の立役者である軍神・東郷と秋山弟が、源為朝伝説を追うというのですから。
 かの滝沢馬琴の『椿説弓張月』で今なお知られる為朝の琉球渡航伝説――その成立過程については後の作品で語られますが、本作で描かれるのは、琉球で発見されたという彼の墓の謎であります。

 その証拠というのが、かのペリー艦隊が持ち帰ったというスケッチの中から出てきた一枚の写真というのがまた伝奇的で痺れるほかないのですが、しかし本作は、そんな伝奇的真実、稗史の陰に潜むものを、容赦なくえぐり出します。
 何故、為朝の墓が琉球にあるのか。いや、琉球になければならなかったのか? ミステリに例えるとすればその墓の存が犯行結果であり、そして二人が探るのは、ホワイダニットとフーダニット……そんな構図なのです。

 その謎解きの中で浮かび上がるのは、琉球にまつわるある史実。そしてそこから繋がっていく、琉球は何処の国の物なのか、琉球とは如何に在るべきなのかという問いかけは、今この瞬間に、驚くべき鋭さで我々に突き刺さるのです。
 人々の願いと、権力者たちの思惑の間に揺れる「真実」として――


『蒙古帝の碑』
 為朝以上に人口に膾炙している渡海伝説――それは為朝の甥である義経がかのジンギスカンとなったというあの伝説でしょう。本作で語られるのはその伝説なのですが……ここでその謎に挑むのはなんとシーボルト、そして聞き手となるのは若き日の遠山金四郎というのですから、奇想ここに極まれりであります。

 来日前に日本のことを学ぶ中で、源義経が実は生きて蝦夷に、そして大陸に渡り、その子孫が清朝皇帝の先祖になったという奇説――しかし新井白石が書き残したもの――を目にしたシーボルト。
 来日したシーボルト、そして彼の通訳を勤める遠山金四郎(父が長崎奉行だった関係で、という設定が面白い)は、この時代にただ一人、黒竜江地方に足を踏み入れたただ一人踏み入った日本人の存在を聞かされます。

 その日本人、かの間宮林蔵と対面したシーボルトは、林蔵の口から義経渡来説を聞いた上で、「より無理がない」説を開陳することとなります。そう、それこそは義経=ジンギスカン説……!

 本作でも冒頭に引用されているように、高木彬光の『成吉思汗の秘密』などで知られるようになった義経=ジンギスカン説。本作はシーボルトがその真実を推理する……というよりも、その成立過程が彼の口から語られていく様を描くことになります。
 一見義経とシーボルトというのは突飛すぎる組み合わせにも見えますが、しかし実は記録上初めてこの説を残したのは実はシーボルト。ある意味探偵=犯人のような状況が実に面白いのですが、しかし本作はその先に、ある種の人の想いをあぶり出すのであります。

 本朝の英雄が異国に渡り、その祖となる――確かに気宇壮大なロマンではありますが、そこにある種の政治的な意図が働いていたとすればどうであるか? 本作でシーボルトが推理したある「真実」の中に存在する我が国の姿は、前話の琉球の姿となんら変わることはないものなのであります。

 自国に都合のよい歴史ばかりをありがたがろうとする態度に対する、どこかうそ寒くなるシーボルトの予言とも言うべき言葉と、彼の推理が招いた皮肉な結末……非常に興趣に富つつも、何とも苦い後味の物語であります。


 どうにも熱が入り、長くなってしまいました。次回以降に続きます。


『蜃気楼の王国』(高井忍 光文社文庫) Amazon
蜃気楼の王国 (光文社文庫)

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2017.02.06

武村勇治『天威無法 武蔵坊弁慶』第8巻 前代未聞!? 秀衡vs清盛開戦

 宿敵・平清盛を討たんとする源義経と弁慶の物語から、超絶の力を発揮する六韜を持つ者たちの天下を巡る戦いへと飛翔する驚天動地の物語もいよいよクライマックス。義経一行が奥州の藤原秀衡のもとを訪れたのをきっかけに、一気に六韜を持つ者たちの戦いに火蓋が切って落とされることになります。

 かつて都を舞台に展開していった義朝・清盛・秀衡の三人の友情と夢。しかしその三人の関係が後白河院の悪意によって歪められ、壊れていった末にこの物語があることが、前巻では描かれました。
 そしてこの巻の中心となるのはその三人の一人――藤原秀衡であります。

 奥州の莫大な黄金を背景に、都何するものぞの心意気を見せてきた豪放無頼の秀衡。史実同様、義朝の遺児である義経を、そして双子の妹である遮那を庇護してきた秀衡は、二人にとっては頼もしくも温かい「秀じい」だったのですが――
 しかし、秀衡もまた六韜の一つ・虎韜を持つ男。そしてその力は巨大からくりの製造と操作……そう、秀衡は巨大からくり兵団によって平清盛撃滅を企図していたのであります!


 いやはや、史実では上に述べたとおり義経を匿いはしたものの、源平合戦においては静観を保っていた秀衡。しかし本作においては、この国に争いを招く呪いの書・六韜の力に毒され、からくり兵団を用いて因縁の清盛との全面対決に臨むことになります。
 そして秀衡が天下獲りに立ったことで、残る六韜の持ち主も同様に動き出すことに――

 かくて繰り広げられるのは秀衡vs清盛、そして源義仲vs平教経の決戦。後者はともかく、前者は史実が変わってしまう……どころの騒ぎではないのが本作の恐ろしさであります。
 身の丈数丈はあろうかという巨大なからくり兵の力の前に文字通り薙ぎ払われていく平家の兵たち。しかしそこで発揮される清盛の犬韜の真の力。人心を操るものと思われた犬韜の力の極まるところ、操られた者は死をも超えた不死身の亡者と化すのであります。

 すなわち、ここで繰り広げられるのは巨大ロボット軍団vsゾンビ軍団の決戦。今まで色々な源平合戦を読んできましたが、こんなとんでもないものはさすがに初めてであります。

 しかし、前巻で描かれた過去の物語の中で描かれたのが、紛れもなく生身の人間の弱き心であったのと同様に、この地獄絵図の中で消費されていくのもまた、紛れもなく生身の人間たち。
 その地獄にあって、弁慶は、遮那は如何に対するのか……六韜を操る地獄の鬼に対するために、自ら鬼になることは許されるのか。「その力」を持ち、その誘惑に晒されながらも戦い続けてきた弁慶は、一つの決断を下すことになります。

 そしてこれに対するのが、六韜の力を持たぬまま、地獄の鬼の心を持った義経。ある意味この物語の中で全くぶれない男(表面では殊勝なことを言っていても全く当てにならないのはある意味凄い)である彼もまた、ある行動に出るのですが――それがこの物語に如何なる影響を及ぼすのか。

 この第8巻発売時の作者の言によれば、本作はあと2巻……ということは次巻がラストということでしょうか。残された時間は短い中で、如何にこの物語に決着をつけるのか、非情に気になるところです。

 しかしただ一つ、地獄の前では人間はただ鬼となるしかないのか……その答えが示されることには期待したいと思います。


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2017.01.30

入門者向け時代伝奇小説百選 古典(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、古典の紹介その二であります。
6.『ごろつき船』
7.『美男狩』
8.『髑髏銭』
9.『髑髏検校』
10.『眠狂四郎京洛勝負帖』

6.『ごろつき船』(大佛次郎)【江戸】 Amazon
 大佛次郎といえば『鞍馬天狗』の生みの親ですが、その作者の伝奇ものの名作が本作――松前藩を牛耳る悪徳商人に家を滅ぼされた大商人の遺児と、彼を守って決死の戦いを繰り広げる人々の姿を描く物語であります。

 本作の魅力の一つは、何よりも松前に始まり、舞台は江戸に、西国に、そして遙か遠く異国まで広がっていくスケールの大きさ。しかしそれ以上に心に残るのは、主人公側の登場人物を次から次へと襲う苦難の運命と、それにも負けぬ善き心の存在であります。
 運命の悪意に翻弄され、世の枠組みからつまはじきにされようとも、善意と希望を捨てず戦い抜く……そんな「ごろつき」たちの勇姿には、心を熱くせずにはいられません。

(その他おすすめ)
『鞍馬天狗 角兵衛獅子』(大佛次郎) Amazon


7.『美男狩』(野村胡堂)【幕末-明治】 Amazon
 密貿易の咎で獄死した銭屋五兵衛が残した莫大な財宝を巡り、架空・実在の様々な人々の運命が入り乱れ、やがて伊皿子の怪屋敷に習練していく――銭形平次の生みの親である作者が初めて手掛けた時代小説である本作には、時代伝奇の楽しさが横溢しています。

 しかし印象に残るのは何とも不穏なタイトル。実は本作で大活躍するのは不倶戴天の宿敵である二人の美剣士。そしてそこに魔手を伸ばすのが、大の美男好き、それも美男同士の死闘を観るのを愛するという怪屋敷の女主人なのであります。
 そのドキドキするような要素を、「ですます」調の爽やかな文体で、節度を守りつつ描き出し、波瀾万丈の物語として成立させてみせた本作。作者ならではの逸品です。


8.『髑髏銭』(角田喜久雄)【江戸】 Amazon
 今では知名度こそ高くないものの、紛れもなく時代伝奇小説界の巨人と呼ぶべき作者の代表作がこの作品。莫大な財宝の在処を示す八枚の「髑髏銭」を巡り、青年剣士・怪人・大盗・悪女・奸商入り乱れての争奪戦が繰り広げられる本作は、まさに時代伝奇の教科書ともいうべき先品です。
 特に印象的なのは、髑髏銭を求めて跳梁する覆面の怪人・銭酸漿。冷酷で陰惨な殺人鬼のようでありながら、実は悲しい宿命を背負い、人間的な側面を覗かせる彼には、現代においても全く古びない存在感があります。

 推理小説家として知られるだけに、ミステリ的趣向が濃厚なのも作者の時代伝奇の特徴ですが、それは本作も同様。ミステリファンにも読んでいただきたい作品です。

(その他おすすめ)
『妖棋伝』(角田喜久雄) Amazon
『風雲将棋谷』(角田喜久雄) Amazon


9.『髑髏検校』(横溝正史)【怪奇・妖怪】【江戸】 Amazon
 たとえ異国の存在であっても貪欲に取り込んでしまうのが時代伝奇というジャンルですが、異国の妖魔の代表格である吸血鬼が江戸を脅かすのが本作。

 『吸血鬼ドラキュラ』の翻案と言うべき本作は、異境の吸血鬼に囚われた若者の手記に始まり、都で若者の恋人を狙う吸血鬼の跳梁、これに挑む老碩学たちの死闘――と、基本的に原典の展開をなぞっているのですが、それでいて要素の一つ一つが見事に日本のものとして翻案されているのが素晴らしい。

 何よりも、唸らされるのは、ラストで明かされる吸血鬼・不知火検校の正体。終盤の展開がやや駆け足ではありますが、時代伝奇ホラーの名作であることは間違いありません。

(その他おすすめ)
『天動説』(山田正紀) Amazon
『神変稲妻車』(横溝正史) Amazon


10.『眠狂四郎京洛勝負帖』(柴田錬三郎)【剣豪】【江戸】 Amazon
 古典ジャンルの中で唯一戦後の作品であります。古くは市川雷蔵や田村正和が、近年はGACKTが演じた孤高のヒーローの活躍を描く短編集です。

 異国の転び伴天連と武士の娘の間に生まれたという出生の秘密を背負い、立ち塞がる相手は円月殺法で斬り捨てる異貌の剣士。そんな狂四郎の人物像は今なおインパクトがありますが、しかし本シリーズは、今現在は最終作を除いて絶版という状況。その一方で容易に手に取ることができるのが本書です。

 張り巡らされた陰謀と謎、強敵を斬り払う狂四郎の一刀、むせび泣く女体……眠狂四郎ものの王道を行く表題作をはじめとしてバラエティに飛んだ短編が集められた本書は、眠狂四郎に初めて触れるにも適した一冊でしょう。


(その他おすすめ)
『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎) Amazon
『運命峠』(柴田錬三郎) Amazon


今回紹介した本
ごろつき船 上 (小学館文庫)美男狩(上) 文庫コレクション (大衆文学館)髑髏銭 (春陽文庫)髑髏検校 (角川文庫)新篇 眠狂四郎京洛勝負帖 (集英社文庫)


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 「髑髏検校」 不死身の不知火、ここに復活
 「眠狂四郎京洛勝負帖」 狂四郎という男を知る入り口として

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2017.01.23

殿ヶ谷美由記『だんだらごはん』第1 若者たちを繋ぐ剣と食

 新撰組を描いた漫画はこれまで枚挙に暇がありませんが、そこにまた一作が、それも非常にユニークな作品が加わりました。山口一(斎藤一)と沖田宗次郎(沖田総司)の視点から、「食」を通じて新撰組を描く、一味も二味も違う物語であります。

 物語の始まりは、山口一が江戸の貧乏道場・試衛館に出入りしていた頃。年が近いせいか何かと絡んでくるものの、性格も食べ物の好みも正反対の宗次郎と何となく日々を過ごしている一は、落ち込んでいるという近藤勇のために一肌脱ぐことになります。

 念願であった幕府の武術指南所である講武所の教授方に内定した勇。しかし出身が農民であったことから内定を取り消された彼は、今でいうノイローゼのような状態で、食も細ってしまったというのです。
 勇の力になりたいという宗次郎に付き合って、勇でも食べられる料理を探す一は「玉子ふわふわ」という料理を見つけるのですが――


 という第1話から始まり、本作の各話のタイトルとなっているのは「とろ飯と納豆汁」「にら粥」「桜もち」「おにぎり」と、作中に登場する食べ物の名前。
 この食べ物に、良くも悪くも高級感がないのは、この時代の彼らのステータスを表しているようで何とも微笑ましく、そして物語の方も、どこかほのぼのしたムードが漂うのですが……しかし本作は決してそれだけで終わるものではありません。

 上で触れたとおり、第1話で描かれているのは、身分に翻弄される近藤勇の姿。そしてそれ以降のエピソードで陰に陽に描かれるのも、まだ何者にもなれない一や宗次郎、試衛館の若者たちの悩める姿なのです。

 その代表となるのが、本作の主人公たる一と宗次郎であることは言うまでもありません。
 彼ら二人は、どちらも歴とした武士の出身ですが、しかしどちらも家督を継げるわけでもなく、片や家の厄介者、片や外に養子を出され……と、ままならぬ日常を抱えているのであります。

 己がこの家に、この世に不要な人間なのではないか? 若き日々にそんな想いを抱えるほど哀しく辛いことはないでしょう。
 そんな若者たちが繋がり合う糸の一つが「剣」……というのは普通の新撰組ものですが、しかし本作においてはもう一つの糸として「食」が描かれるのが、何よりの特徴であり、魅力なのです。

 これは一見突飛なようですが、しかしまさしく「同じ釜の飯を食う」仲だったのが試衛館の仲間たち――といっても一はそこから少し外れているわけですが、しかしその関係も物語の中に取り込まれているのがまた何ともうまい――であります。

 そんな彼らが食べるものが物語の軸となるのは、実は理にかなっているように感じられます。
 少なくとも、その剣を――己の生を守るために――振るったことがきっかけで全てを失いかけた一に対し、彼を仲間たちと繋ぎ止めたか細い糸が食であったことを考えれば――

 この先、食と剣が如何に孤独な若者たちを繋げ、そして新撰組を生み出すのか……温かい中に、時々ドキリとする苦い隠し味を忍ばせた、何とも味わい深い物語の始まりであります。


 ちなみに本作のタイトルの一部となっており、そして第5話の前半部分の初出時のサブタイトルとなっていたのが「だんだら」。
 新撰組で「だんだら」と言えば、言うまでもなく連想されるのはあの隊服ですが、ここでは当時下級な魚の扱いであった、そして今ではそれとは正反対の扱いである、マグロの大トロのことを指します。

 この辺りも、この第1巻の時点の姿と、後の彼らの姿との違いを感じさせて心憎いところではありませんか。


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だんだらごはん(1) (KCx)

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2017.01.17

『コミック乱ツインズ』 2017年2月号

 リイド社の『コミック乱ツインズ』誌の2月号は、新連載が池田邦彦『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』、連続企画の池波正太郎時代劇スペシャルは原秀則『恋文』という、なかなか意外性のある内容。今回も、印象に残った作品を一作品ずつ紹介していきたいと思います。

池波正太郎 時代劇スペシャル『恋文』(原秀則&篁千夏&池波正太郎)
 というわけで毎回作品と、それ以上に作画者のチョイスに驚かされる企画ですが、今回はその中でも最大クラスの驚きでしょう。ラブコメ・恋愛ものを得意としてきた原秀則が初めて時代漫画を描くのですから。

 ある日、想いを寄せていた足袋問屋の娘・おそのから付け文を受け取った丁子屋奉公人の音松。親の縁談を嫌がり、自分を連れて逃げて欲しいという内容に、待ち合わせ場所に向かった音松ですが、しかしいつまでも彼女はこない。
 それもそのはず、その付け文は、店の同僚とその仲間が音松をからかうために書いた偽物。しかし、真に受けた音松が店の掛取り金を持ち逃げしていたことから、思わぬ惨劇が……

 という前半から、後半のおそのの復讐劇と大きく動いていく物語を、作画者はこれが初時代漫画とは思えぬ達者な筆致で描写。特にキャラクター一人ひとりのデザイン、そして浮かべる表情が実に「らしい」のに感心させられます。
 特に絶品なのは、後半の主人公となるおそのの描写。思わぬ運命の変転に巻き込まれた彼女、無口な箱入り娘に過ぎなかった彼女が見せる思わぬ強さ、怖さ、逞しさを、浮かべる表情一つ一つの変化で浮かび上がらせるのには、お見事としか言いようがありません。


『エイトドッグス  忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 トーナメントバトルの華ともいうべき敵味方のリスト(死亡者に×印がつく)が表紙でいよいよテンションがあがる忍法合戦。そのリストから里見方・服部方二名づつが消え、八玉も二つまでが村雨姫の手に戻ったものの、まだまだ圧倒的に不利な状況。
 追い詰められた村雨姫の前に現れたのは、胡散臭い香具師の男と、娘姿の美青年で――

 というわけで登場した当代の犬山道節と犬塚信乃ですが、他の八犬士同様、この二人もお家に対する忠義心は薬にしたくともない奴らですが……いや、彼らにないのはあくまでも「お家に対する」忠義心。再び村雨姫を追い詰める服部忍軍の外縛陣に対し、道節が立ち上がることとなります。

 ここで驚かされるのは原作では無名だった道節の忍法に名前が付いた点で……というのはさておき、これは原作どおりの名セリフとともに道節が必死の働きを見せるシーンは、彼がなんともすっとぼけた表情だけに、大いにインパクトがあったところです。


『怨ノ介 Fの佩刀人』(玉井雪雄)
 武士として仇討をするため、不破刀と別れを告げた末、ついに怨敵・多々羅玄地の潜む巌鬼山神社に到着した怨ノ介。その前に現れたのは、不破刀とは瓜二つの少女――当代の玄地の娘でありました。
 父に代わり仇討ちを受けて立つという娘とは戦うことができず逃げ出した怨ノ介の前に現れたのは、以前出会った無頼漢・倦雲で……

 というわけでクライマックスも目前となった本作、前回描かれた日本刀そもそもの由来にまつわる物語……伝説の刀鍛冶・鬼王丸の物語が再び思わぬ形でクローズアップされ、怨ノ介と多々羅玄地の因縁に繋がっていくのには驚かされますが、しかし真に驚かされるのはその先にある、玄地の真実。
 何故彼が怨ノ介の家を滅ぼしたのか……一見通俗的な時代劇めいた御家騒動に見えたその背後にあった真実の無常さ、異常さを何と評すべきでしょうか。

 というわけでここに来て一気に物語の構図が逆転したのにはただただ絶句させられますが、それだけに最後に描かれる当代玄地の姿はちょっと残念なところ。……いや、それもこの異常な「機関」が生み出したものというべきでしょうか。この永久継続の地獄にいかに怨ノ介が挑むのか。結末が楽しみです。
(そして今回もさらりと深いことを呟く倦雲がまたイイのです)

 その他、新連載の『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)は、鉄道黎明期の私鉄という非常にユニークな題材の物語ですが、個人的にはちょっと登場人物の思考についていけないものがあった……という印象。
 また『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治)は、原作の「後は知らない」の漫画化。依頼の金額の大きさから標的の強さを悟り、闘志を燃やす梅安というのは、この作画者ならではのビジュアルだなあ……と感心いたしました。


『コミック乱ツインズ』2017年2月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年 02 月号 [雑誌]


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2017.01.03

『決戦! 桶狭間』(その一)

 一つの合戦をテーマに、その合戦に関わった人々一人一人を主人公として様々な作家が競作するアンソロジー「決戦!」シリーズ。私も毎回楽しませていただいていますが、今回のテーマは「桶狭間の戦い」。今回も直球ど真ん中から思いもよらぬ変化球まで、バラエティ豊かな作品が並んでおります。

 今回もまた、特に印象に残った作品を一つずつ紹介していきましょう。

『いのちがけ』(砂原浩太朗)
 前回の「決戦!」から開始された公募制度「決戦! 小説大賞」を今回受賞したのはこの作品。テーマは前田利家ですが、しかし物語の中心となるのは、その利家の家臣・村井長頼というユニークな作品です。

 信長の腹心、あるいはそれ以上の存在として知られる利家ですが、本書のテーマである桶狭間の戦いの際には、信長の同朋衆を斬ったことを咎められて浪人……出仕停止となっていたのもよく知られた話でしょう。
 そしてある意味そのとばっちりを受けたのが利家付きの長頼。利家とともに浪々の暮らしを送る彼は、かつての主家に危急存亡の秋が迫っていることを知るのですが――

 あえて利家という有名人ではなく、その家臣という視点から、利家を、そして利家と信長の家臣の絆を描く……それもその中で利家浪人の真実をも描くのが心憎い本作。
 物語的にはかなり地味な内容なのですが、利家主従が寄宿する郷士の娘も絡めて皮肉な味わいを生み出しているのも面白く、これがデビュー作とは思えぬ達者な作品です。


『わが気をつがんや』(富樫倫太郎)
 桶狭間の時点では人質として今川家の下にいた松平元康。その彼が義元の敗死の混乱の最中に今川家の軛から脱し、後の徳川家康となったことを考えれば、この戦はその後の日本の歴史を変えたとも言えるでしょう。
 その元康、人質といっても義元の下で厚遇され、義元を支えた太原雪斎の弟子という説もありますが……本作はその説をベースとした物語です。

 幼い頃から俊英ぶりを顕した元康を見込み、学問を、軍略を教えこむ雪斎。彼は自分の、義元の亡き後、氏真の軍配者として元康を育て上げようとしていたのであります。
 そう、本作は作者の人気シリーズのタイトルをもじれば『義元の軍配者』なのです(幼い元康と雪斎のやり取りが、小太郎と早雲のそれと重なる形で描かれているのにニヤリ)。

 ……と言いたいところですが、本作はその軍配者にならなかった男の物語。そもそも本作で描かれる氏真は、これがまた無能というより実に厭な厭な奴(これがまた実に作者らしいキャラ)であり、主君と仰ぐに足りない人物なのですから。
 既に雪斎は亡く、義元は討たれた今、氏真の下で今川家を支えていくのか。それとも……雪斎が最期に遺した「我が気をつがんや」という言葉を元康が自分流に受け止める結末が印象に残ります。


『非足の人』(宮本昌孝)
 その元康に見限られた氏真を中心に、敗者たる今川家の人々を描く本作。氏真といえば、父が築いた今川氏の栄光を一代で潰し、無能の代名詞のように描かれることがほとんどの人物ですが、その彼がほとんど唯一得意としたのが蹴鞠というのは、よく知られた話でしょう。

 実は名目上とはいえ、桶狭間の時点では今川家の家督を相続していた氏。
 しかし織田家との決戦――いや、織田家を揉み潰して天下に乗り出そうという時期に、自分の立場を顧みず蹴鞠に耽溺する氏真に苛立ちを募らせる者が家中に少なくないのも無理はない話でしょう(その筆頭として登場するが井伊直盛なのがタイムリーで楽しい)。

 そこで本作において、氏真を出陣させ、周囲を納得させるために警護役を買って出るのがあの武田信虎というのが実に面白い。言うまでもなくこの時点では子の晴信に追放され、今川家の客分となっていた信虎ですが、なるほどその信虎をこう使うとは……と唸らさられるばかり。
 そして義元が討たれた後の大混乱の最中、信虎らは氏真を守り、本陣であった沓掛城から決死の撤退をするのですが――

 蹴鞠においては「上足」(名手)であった氏真が、決死の場において思わぬ力を示すラストには感動してよいのか呆れるべきなのか……氏真以外の登場人物が多いため焦点がぼやけたきらいもありますが、ドラマチックな展開は作者ならではでしょう。


 明日に続きます。


『決戦! 桶狭間』(冲方丁、花村萬月ほか 講談社) Amazon
決戦!桶狭間


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2016.12.24

ちさかあや『早雲の軍配者』第1巻 再び始まる新たな小太郎の物語

 戦国時代、関東の雄・北条家を支える若き軍配者・風摩小太郎の青春を描いた富樫倫太郎のベストセラーを、『豊饒のヒダルガミ』のちさかあやが描く漫画版『早雲の軍配者』の第1巻であります。

 本作の原作となる小説『早雲の軍配者』は、2010年の作品。様々なジャンルで作品を発表してきた作者が歴史小説で活躍する契機となったとも言うべき作品であり、以降『信玄の軍配者』『謙信の軍配者』と続く軍配者三部作の第一作です。

 タイトルに掲げられている「軍配者」は、軍師だけでなく、気象予測、易学や陰陽道、戦場での作法など、戦争全てを指図するブレーンを務める役目。
 本作は、主人公・小太郎がその軍配者として一歩踏み出す姿を瑞々しく描くこととなります。


 北条早雲に仕える忍び・風間一族の先代統領の子・小太郎。父亡き後、統領の座を継いだ叔父に冷遇されながらも、幼い妹と二人懸命に生きてきた小太郎に、ある日大きな転機が訪れることとなります。
 小太郎が働いている寺を訪れた僧形の老人・韮山様こと早雲庵宗瑞(北条早雲)。彼は小太郎の非凡な素質を見抜き、孫の千代丸(後の北条氏康)の軍配者として育成しようと考えたのであります。

 早雲直伝の合戦術の伝授をはじめ、武術・学問・観天望気と英才教育を受ける小太郎ですが、しかし小太郎が自らの地位を脅かすと考えた叔父の魔手が彼に迫ることに――


 この第1巻で描かれるのは、物語のまだプロローグとも言うべき部分。
 本作の中心は、この後小太郎が本格的な軍配者としての道を学び、そして終生の友にして好敵手となる二人の男と出会う足利学校での日々ですが、この巻では小太郎がこの足利学校に向かう途中までが描かれることとなります。

 その意味では、まだまだこれからの物語と言うべきかもしれませんが、しかしこの時点で小太郎のキャラクターはよく描き出されているように感じます。

 風摩(風魔)小太郎といえば、後世に伝わる姿は鬼のような大男で冷酷な忍者の頭領というのが一般的ですが、しかし本作の小太郎はそれとは全く異なる少年。
 端正な容姿に生真面目で温厚な性格、何よりも戦を嫌い平和を求めるキャラクター像は、従来の小太郎像を裏返してみせたかのように感じられます。

 このあたりの「良い子」ぶりはさじ加減を誤ると途端にリアリティがなくなりかねませんが、本作においてはその小太郎の良き部分を、どこか親しみやすさに転化している印象があり、漫画の主人公として素直に好感が持てるキャラクターとして成立していると感じます。

 もちろん、登場人物は好感が持てる者だけではありません。小太郎を苦しめる叔父の厭らしさや、終盤に登場する謎の男・四郎左の得体の知れなさなど、小太郎とは反対側に属しているようなキャラの描写も印象的なのは、これはむしろ作画者の前作からすればなるほどと頷ける……というのは言い過ぎでしょうか。


 何はともあれ、先に述べたとおりこの物語はまだ始まったばかりであります。「山本勘助」やその連れの四郎左らと旅することとなった小太郎たちは無事に足利学校にたどり着くことができるのか。そしてそこで彼を待っているものは何か――
 再び始まる小太郎の新たなる物語である本作。小太郎だけでなく、残る二人の軍配者が如何に描かれるかも含めて、なかなか気になる作品なのであります。


『早雲の軍配者』第1巻(ちさかあや&富樫倫太郎 マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ) Amazon
早雲の軍配者 1 (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)


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