2019.06.29

殿ヶ谷美由記『だんだらごはん』第4巻・第5巻 アンバランスさが浮かび上がらせる新撰組の姿


 新撰組と「食事」という、ちょっと奇妙な組み合わせで描く青春群像劇『だんだらごはん』の続刊であります。浪士組として上洛しながらも悩みは尽きず、芹沢鴨の暴挙に悩まされながらも、会津候のために力を尽くそうとする斎藤一とない試衛館組の面々ですが……

 人を斬って京に出た末、浪士組として上洛してきた総司たち試衛館の面々と再会した一。なし崩し的に(元)浪士組に加わった一ですが、しかしそこでは芹沢鴨の一派が幅を効かせ、無法を繰り返していました。
 それでも会津藩への嘆願書を出すことで壬生浪士組となり、状況が好転したかと思えば、試衛館組を敵視する殿内義雄が近藤暗殺を計画、これを察知した総司は、土方の命で殿内を斬って……

 と、その直後の二人と出くわしてしまった近藤と一という、またもや重い場面で始まることとなった第4巻。
 とりあえず話し合うために居酒屋を訪れた四人が、何となく飯を食い始めるという妙にリアリティな場面が描かれる一方で、土方の考えるこれからの隊作りに否応なしに巻き込まれていく一という、実に「新撰組」的な展開が描かれるというギャップが、ある意味本作を象徴していると言えるかもしれません。

 その後、暇を持て余す試衛館組が、もらいもののカレイのつみいれ(つみれ)汁を皆で作ったり、とんでもない甘い物マニアの島田が加入したりと、それなりに楽しい場面も続くのですが――しかしもちろん、それだけで本作が終わるはずもありません。
 ついに揃いのだんだら羽織を誂え、公方様の警護で大坂に向かうことになった壬生浪士組。しかしこの時の大坂で何が起こったか――新撰組ファンはよくご存じでしょう。

 相変わらずの酒乱の芹沢の気を紛らわせるために船遊びを提案した一。しかし思わぬ形で(また総司のせいで一が――という気がしないでもない)船遊びは中断、そして大坂の町で芹沢と力士たちが――という場面で第4巻は終わり、そして第5巻では芹沢たちや総司と、力士たちとの大乱闘から始まることになるのであります。

 そしてその先も一や総司、仲間たちには、様々な荒波が押し寄せることになります。将軍の江戸帰還に衝撃を受ける近藤。三条実美・久坂玄瑞らの暗躍が会津の地位を危うくしていることを知る斎藤。
 そんな大きな動きの前に若者たちが迷う中、中では暴走を続ける芹沢が、大和屋を焼き討ちして……


 と、この時代の新撰組(の前身)を描く物語自体は、かなりオーソドックスな印象の本作。そんな中でもちろん本作の最大の特徴である料理描写が挿入されるのですが――それは時にアンバランスに感じられる時もあるのは否めません。
 しかし本作においては、そのアンバランスさもまた狙いの一つと言えます。人間であれば生きるために必ず食べる――そして時には楽しみのために食べる――食事。そんな食事の存在は、日常の象徴といえるでしょう。

 幕末の歴史の巨大なうねりという非日常と、食事という日常と――その両者がアンバランスな関係にあるのはむしろ当然。
 そして同時にそれは、ごく平凡な若者たちであったものが、突然幕府と反幕の争いの最前線に放り込まれることとなった新撰組を象徴するものでもあります。

 そして作中で一が永倉に語ったように、未来に希望を持てず、あるいは芹沢のようになるかもしれなかった彼を繋ぎとめたものが仲間たちとの日常であったとすれば――このアンバランスさは、本作において予想以上に大きな意味を持つものであり、そして欠かすことのできないものなのでしょう。

 そこから何が生まれるのか、そして一たちをどのように支えるのか――この先も見届けたいと思います。


『だんだらごはん』(殿ヶ谷美由記 講談社KCxARIA) 第4巻 Amazon/ 第5巻 Amazon
だんだらごはん(4) (KCx)だんだらごはん(5) (KCx)


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2019.06.17

手塚治虫『どろろ』 人間性を奪うものへの反逆の物語


 現在放送中のアニメ版もいよいよ終盤ということで、ここで原作の『どろろ』を振り返ってみるとしましょう。言うまでもなく手塚治虫の手になる本作は、昭和42年から43年にかけて「週刊少年サンデー」に、昭和44年に冒険王に連載された時代妖怪漫画であります。

 戦国の世、地獄堂に封じられた四十八体の魔物に対して、もうじき生まれる我が子を生け贄に天下取りの力を求めた醍醐景光。その願いが叶ったということか、、子供は生まれながらにして体の大半の部分を持たず、生まれてすぐに川に流されるのでした。
 偶然それを見つけた医師・寿海によって義手や義足、そして百鬼丸の名を与えられた少年。しかし彼は、その生まれ故か、次々と妖怪を惹きつけ、狙われることになります。

 ついに寿海のもとを離れることとなった百鬼丸。彼は、謎の声の導きで自分の体を奪った四十八の魔物の存在を知り、体を取り戻すために魔物退治の旅に出ます。その途中、自分の刀を狙う自称・天下の大泥棒の浮浪児・どろろにつきまとわれるようになった百鬼丸。百鬼丸とどろろは、二人で当て所なく戦乱の巷を彷徨うことに……


 と、今更言うまでもないあらすじを繰り返してみましたが、今回読み返して改めて感じるのは、やはり百鬼丸の設定の面白さ、巧みさであります。

 何かと引き替えに超自然的な存在に体の一部を奪われるというのは、これはある種普遍的なモチーフかもしれませんが、しかし――これは私の不勉強かもしれませんが――ほぼ全身の全ての箇所を奪われ、そして奪った者を倒すたびにそれを取り返していくというのは、やはり本作が嚆矢ではないでしょうか。
 そしてその特異すぎる設定が、百鬼丸というキャラクターの個性と特殊能力、そして動機付けを同時に成り立たせているのには、感心するほかありません。

 そして登場する魔物たちも、そのほとんどが民俗的バックボーンを持ったキャラクターとしての「妖怪」とは異なる、不気味な怪物揃いなのが目を引きます。
 そんな百鬼丸と魔物たちの、ある種の怪物同士の戦いは、戦乱が打ち続き荒廃しきった室町後期の世界のある種象徴じみたものであり――そこにさらに荒んだ人間たちのドラマが絡み合う様は、今読んでも全く遜色ない面白さであります。

 ……といっても、それはあくまでも伝奇ファン、怪奇ファンとしての目線であって、当時の少年漫画の読者にとってみれば、やはりこの内容は不気味であり殺伐としすぎていただろうなあ――というのも正直な印象(時折差し挟まれるナンセンスギャグが、普通に少年漫画しているのも強烈な違和感)。
 少年サンデー連載版の終盤、どろろの背中に記された財宝の在処を巡り、一つの島(岬)を舞台に野盗や武士、魔物までが入り乱れて大乱戦を繰り広げる展開など、非常に盛り上がるのですが……

 なにはともあれ、よく知られているように、実質二度に渡って中途で終わったような扱いとなっているのは、大いに勿体ないとしか言いようがない一方で、それもやむなし――というより、そこに至るまでの経緯はさておき、今のそれ以外のどのような結末が描けたかわからない――という気もいたします。


 さて、こうして見比べてみると、現在放送中のアニメが想像以上に原作を巧みに換骨奪胎していることがよくわかるのですが――しかし、やはり原作にあった百鬼丸のキャラクターが変えられてしまったのは、実に勿体ない、という印象があります。
 不敵で不屈の闘志を持ち、そして常に斜に構えたような態度を見せながらも実は熱血漢――という原作のキャラクターは、これはこれで一種のヒーローの類型かもしれません。しかしそれが百鬼丸独特の設定と結びついた時、残酷な運命に立ち向かう――いや食らいつく「人間」の生命力というものを、強烈に感じさせるのであります。

 そしてそれが、生まれや育ちこそ違え同じ強烈な生命力を持つどろろと共鳴し、物語で繰り返し描かれる反権力のモチーフと結びついた時に生まれる一種の反骨精神は、今の目で見ても、いや今この時代に見るからこそ、力強く好もしく感じられます。。
 もちろんこれはこれで「時代性」というものかもしれません。しかし、本作の根底にあるのが人間性を奪うものへの怒りであり、そしてそれに対する反逆を体現するのが、百鬼丸のあのキャラクターである――というのは、決して牽強付会ではないと感じるのであります。

『どろろ』(手塚治虫 講談社手塚治虫文庫全集 全2巻ほか) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
どろろ(1) (手塚治虫文庫全集)どろろ(2) (手塚治虫文庫全集)


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 『どろろ』 第二十二話「綾の巻」

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2019.06.02

東郷隆『邪馬台戦記 Ⅱ 狗奴王の野望』 巨人の謎を追い、海の彼方まで繋がる物語


 あの東郷隆が邪馬台国を題材に描く児童文学『邪馬台戦記』の第2巻であります。物語の舞台は前作から十数年後――前作の主人公の子・ワカヒコが、ヒミコの命を受け、巨岩を投じて船を沈める巨人の謎を追い、東に旅立つことになります。

 いまだ謎多い弥生時代、邪馬台国を中心とした当時の倭国を舞台に、博覧強記の作者が綿密な考証で描く『邪馬台戦記』。前作は、海人族の少年・ススヒコが、クナ国に連れ去られた幼なじみのツナテを救うために繰り広げた冒険が描かれました。
 その後、邪馬台国に暮らすこととなったススヒコとツナテの間には13歳の息子・ワカヒコが生まれ、邪馬台国も一層の繁栄を見せるのですが――しかしそこに生じたある翳りが、新たな物語の始まりとなります。

 ヒミコの下で、繁栄と拡大を続けてきた邪馬台国。しかし増えすぎた人口を養うための農地は邪馬台国にはなく、他国との交易で国費を補おうとしていたのです。
 そのために邪馬台国から船団が送られるのですが――しかしその途中、霧の中から突如投じられた幾つもの巨岩によって壊滅させらたというのであります。

 これは東の国、蓬莱国に住むという巨人の仕業ではないか――そう考えたヒミコによって、ワカヒコは巨人の謎を探る密使として選ばれることになります。。
 その父が英雄ススヒコであるだけでなく、大陸の学者の薫陶により海外の言葉を習得しそして何より大人顔負けの冷静さと頭の回転を持つ彼こそは密使に相応しい――と。

 こうして東国に旅だったワカヒコですが、早くも危難に見舞われることになります霧の深い日、突如現れた山のような巨船により彼の乗った船は沈められ、助かったのは彼と水先案内の少女・サナメのみだったのです。
 実は兄の乗った船を巨船に沈められた過去を持ち、復讐に燃えるサナメと、彼女に協力する風を装い、東国に向かうワカヒコ。二人が旅の先に見たものは……


 シリーズ第二弾ということで、基本的な舞台紹介は済ませ、いよいよ物語が本格的に走り出した感がある本作。それは何よりも、キャラ描写の面白さに現れていると感じられます。その中で特に魅力的なのは、もちろんワカヒコとサナメの主役コンビであります

 まだ少年の部類に入るワカヒコは、力には劣るものの、苦しい旅の中のサバイバル術、そして巻き込まれた戦闘において見せる軍略など、知識と知恵で活躍する軍師タイプの少年であります
 それに対してサナメは弓の達人の戦士タイプで、男勝りのあらくれ美少女(もちろんツンデレ)という設定。そんな凸凹コンビのやりとりは何とも楽しく(年下のワカヒコの方が主導権を持っているのもイイ)、少年少女が大人の中でも負けずに大活躍するのが、何とも痛快なのです。

(その一方で、邪馬台国といえばこの人、のヒミコの、茶目っ気たっぷりの食えないキャラクターも何とも楽しい)


 しかし本作の更なる魅力は、そのキャラクターたちが活躍する世界観の広がりにあると感じます。
 前作の時点で、大陸や半島から渡来した人々、あるいは黒潮に乗って南方からやってきた人々――言葉や習俗すら異なる人々が寄り集まった国として描かれた倭国。本作ならではの考証の豊かさを通じて描かれたその姿は、混沌としつつも生命力に溢れた、ひどく魅力的な世界でありました。

 しかし本作では、その倭国の遙か彼方の世界の存在が描かれることとなります。それは大秦国――すなわち古代ローマ!
 西の果ての古代ローマが、この東の果ての邪馬台国の物語に結びつく――それは一見荒唐無稽に見えますが、しかし後漢と古代ローマに、か細いながらも交流があったのは紛れもない事実であります。

 邪馬台国と三国の魏が同時代であるのは有名な話ですが、遙か西に目を向ければ、共和制末期のローマが存在している――そんな一種の時間と空間のダイナミズムを、本作は巧みに取り入れることで、破格のスケール感と、そして物語の根幹を為すあるガジェットを違和感なく取り入れることに成功しているのであります。


 倭国の少年少女の冒険に、古代ローマがいかなる形で絡むのか? 実は本作は、中盤のクライマックスとも言うべき部分で終わっているのですが、この先で描かれるであろう、本作ならではの冒険物語が今から楽しみなのなのです。


『邪馬台戦記 Ⅱ 狗奴王の野望』(東郷隆 静山社) Amazon
邪馬台戦記 II 狗奴王の野望


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2019.05.26

辻真先『焼跡の二十面相』(その二) 探偵である意味、少年である意味


 昭和20年、敗戦直後の東京を舞台に、再び跳梁を始めた怪人二十面相に小林少年が挑む、痛快なパスティーシュ『焼跡の二十面相』のご紹介の続きであります。

 前回、本作独自の魅力として、小林少年を主人公に据えたことを挙げましたが、もう一つ、決して忘れてはならないものがあります。それは、敗戦直後という舞台設定そのものであります。

 輝かしい文化の数々――その一つにほかでもない、探偵小説があったといえるでしょう――は戦争によって失われた末、誰もが明日の夢よりも今日の飯を追い求めることを余儀なくされた、敗戦直後の日本。本作はその姿を、リアルタイムでそれを目撃してきた者ならではの目で、克明に描き出します。
(例えば、爆撃で真ん中が、そして焚き付けにされて根本が失われ、天辺だけがブラブラと残った電柱、などという奇怪な風景など、その最たるものでしょう)

 そんな世界に蠢くのは、ロマンと稚気、そして美学に溢れる怪人とは全く異なる種類の人間たち――戦争を利用して私腹を肥やす大商人、敗戦したと見るや米軍にすり寄って儲けようと企むブローカー等々、厭な「大人」たちなのであります。
 敗戦直後という夢も希望も、文化も誇りも失われた世界、怪人や探偵にとっては空白の時代には、そんな人間たちが相応しいのかもしれません。しかしそれでも本作が、そんな焼跡にあえて乱歩の世界を復活させてみせたのは――これは作者らしい強烈な異議申し立てであると感じられます。

 作中で繰り返し繰り返し描かれる、当時のそして戦時中の世相、そしてそれを仕掛けた人々とそれに流された人々に対する皮肉。読んでいて些か鼻白むほど痛烈なその皮肉は、先に述べたように、リアルタイムでその世界を知る作者ならではのものというべきでしょう。
 しかし本作はそんな直接的な皮肉以上に、さらに強烈なカウンターパンチを、現実に喰らわせるのであります。戦争というバカバカしい現実にも負けずに復活し、現実を翻弄してみせる怪人の存在によって。そしてそれに挑む正義と理性の徒である探偵の存在によって。

 そしてまた――そんな焼跡の物語だからこそ、現実の愚かな「大人」たちを相手にするからこそ――本作の探偵は、未来と希望の象徴である「少年」でなければなかったと感じます。
 目の前の現実に翻弄されて右往左往している大人たち、現実の中にどっぷりはまって小狡く立ち回っている大人たちを後目に、明日を夢見て奮闘する少年に……

 さらに言えば、本作で描かれる痛烈な皮肉が、決して舞台となった時代に対してのみ向けられているわけではなく、今我々が生きるこの時にも向けられているであろうことをと思えば――小林少年の活躍は、かつて少年だった我々に対するエールとも、発破とも感じられるのです。


 などと小難しいことをあれこれと申し上げましたが、やはり本作の基本は良くできたパスティーシュであり、痛快な探偵活劇であります。

 終盤の逆転また逆転のスリリングな騙し合いのたたみかけは見事というほかなく、何よりも思いもよらぬ(それでいて乱歩とは全く無関係というわけではない)ビッグなゲストまで登場するサービス精神にはただ脱帽するほかありません。
 そしてここで語られるこのゲストの戦争中の行動については、なるほど! と納得するほかなく――そしてそこから生まれる「名探偵」同士の爽やかな交流にも胸を熱くさせられるのです。
(さすがにそこからあのキャラクターに持っていくのはちょっとやりすぎ感もありますが……)

 そして、ラストの小林少年の言葉に思わずニッコリとさせられる――そんな怪人二十面相と少年探偵団の世界、探偵小説という世界への愛に満ちた本作。
 かつてその世界に胸躍らせた我々にその時の気持ちを甦らせると同時に、空白の時代に活躍する彼らの姿を描くことにより、我々の胸に新たな火を灯してくれる――そんな快作であります。


『焼跡の二十面相』(辻真先 光文社) Amazon
焼跡の二十面相

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2019.05.25

辻真先『焼跡の二十面相』(その一) 昭和20年 対決、怪人vs少年探偵


 いまや遠い昔になってしまった感もある昭和。その昭和育ちの多くの方が親しんだであろう怪人二十面相が帰ってきました。焼け野原になった東京に再び現れた二十面相に対し、応召されていまだ帰国しない明智小五郎に代わって挑むのは、小林少年――名手が送る痛快なパスティーシュであります。

 1945年8月――敗戦の混乱冷めやらぬ中、それでも明日への希望を胸に、明智小五郎の留守を守って懸命に生きる小林少年。そんなある日、買い出しに出た彼は、途中で警視庁の中村警部が輪タクを追う現場に出くわし、輪タクの後をを追うことになります。
 中村警部が追っていたのは、輪タクに乗っていた隠匿物資のブローカー・伊崎。しかし追いついてみれば乗っていたのは替え玉、しかも彼以外いないはずの走る車中で、何者かに刺されて死んでいたのであります。

 走る密室の謎を鮮やかに解いてみせた小林少年ですが、伊崎は行方をくらましたまま。その後に友人を訪ねた田園調布で偶然輪タクの運転手を目撃した小林少年は、その場所が、戦争中に巨万の富を築いた四谷重工業の社長宅であることを知ります。
 早速中村警部と一緒に調査に向かった小林少年ですが――しかしそこで二人が見つけたのは、なんと二十面相の予告状! それは、四谷重工の社長が密かに隠匿しているという秘仏・乾陀羅の女帝像を狙った大胆不敵な犯行予告だったのであります。

 応召されてヨーロッパに渡り、いまだ帰国の目処が立たない明智小五郎に代わり、小林少年は二十面相の犯行を阻むべく行動を開始するのですが……


 名探偵・明智小五郎とそのライバル・怪人二十面相、そして明智探偵の助手・小林少年の名は、たとえ実際に彼らが登場する作品に触れたことがない方でもよくご存じでしょう。
 戦前の昭和11年に登場して以来、戦争を挟んで昭和の半ばに至るまで、数々の奇怪な事件を引き起こした二十面相と、それを阻んだ明智探偵と小林少年、そして少年探偵団の冒険は、私も子供の時分に大いに心躍らせた、懐かしい存在であります。

 本作は、そんな名探偵vs怪人の世界を、終戦直後の東京を舞台に忠実に蘇らせてみせた物語。そのシチュエーションだけでも心躍りますが、それを描くのが、今なお『名探偵コナン』などで活躍する名脚本家にしてミステリ作家、そしてこの時代を実際に生きてきた辻真先なのですから、つまらないはずがないではありませんか。

 かくてここに展開するのは、初めて目にする、しかし懐かしさが漂う――全編ですます調で展開するのも嬉しい――物語であります。
 かつてあの名探偵が、そして怪人が大好きだった身にとっては、その時のときめきを――作中で二人の帰還を信じて待つ、小林少年と中村警部のような心境で――思い出しつつ、ただただ夢中させられるのです。


 しかしもちろん、本作はノスタルジーのみに頼った作品では、決してありません。それでは本作ならではの魅力の一つは――といえば、それは言うまでもなく、本作の主人公として二十面相に、そして劇中で起きる怪事件に挑むのが、明智小五郎ではなく小林少年であることでしょう。

 明智小五郎の助手として、そして少年探偵団のリーダーとして、常に大人顔負けの活躍を見せてきた小林少年。しかしそうではあっても、やはり少年――物語の中では、明智小五郎の庇護の下、一歩譲る役回りでありました。
 しかし本作においては、名探偵不在の中、怪人を向こうに回して一歩も引かない活躍を見せて大活躍。これは、かつて自分たちの代表として小林少年に憧れた世代には、たまらないものがあります。

 しかし、本作で小林少年が戦うのは二十面相だけではありません。それは、二十面相などよりもある意味もっとたちの悪い、我欲に駆られた悪人たち――そんな美学も理想もない連中を前にしては、さすがの小林少年も、分が悪いように思われます。
 が、そんな小林少年の前に思いもよらぬ意外な同盟者が登場、痛快な共同戦線を張ることになるのですが……。いや、これ以上は内緒、ぜひ実際に作品に触れていただきたいと思います。

 長くなりましたので、恐縮ですが次回に続きます。


『焼跡の二十面相』(辻真先 光文社) Amazon
焼跡の二十面相

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2019.05.23

『邪馬台戦記 Ⅰ 闇の牛王』 確かな考証と豊かな発想で描く未知の世界


 博覧強記で知られる東郷隆の児童文学、しかも題材は邪馬台国――と、何とも気になることだらけの本作『邪馬台戦記 闇の牛王』。未だ混沌とした3世紀初頭の日本を舞台に、少年少女が奇怪な暴君に挑む姿を描く、ユニークで骨太なファンタジーであります。

 瀬戸内海沿岸の集落・ウクイ村を悩ませるクナ国の「徴税」。畿内を治める邪馬台国の女王・ヒミコに従わず、数年おきに近隣を襲うクナ国は、数年おきに生口(奴隷)として少年少女をさらっていき、そしてさらわれた者は二度と帰ってこないのであります。
 そのクナ国が襲来する年――今年に12歳となったばかりの村長の子・ススヒコは、幼なじみの少女・ツナテが生口に選ばれると知ると、彼女を守るため自ら生口に志願し、共にクナ国に向かうことになります。

 一方、遼東太守の公孫氏の命で邪馬台国への使節として派遣された学者・劉容公達は、対面した女王ヒミコから、思わぬ言葉を聞かされることになります。
 クナ国を治めるハヤスサは、実はヒミコの父親違いの弟。そしてクナ国に向かってハヤスサの様子を探り、叶うならば討ち果たして欲しい――と。

 国民を貧困に喘がせ、そして近隣諸国を武力で従わせようとするハヤスサ。ごく一部の者にしか姿を見せない謎の王に抗する者として、ススヒコとツナテ、そして劉容たちの運命が、クナ国で交錯することになります。


 歴史上、確かに存在したにもかかわらず、その位置を含めて不明な点が多く、また女王卑弥呼が用いたという「鬼道」もあって、あたかもファンタジーの中の存在のように扱われる邪馬台国。
 冒頭に述べたように、驚くほどの広範な知識を踏まえた作品を描いてきた作者であっても、これにリアリティを持たせて描くのはなかなか難しいのでは――というこちらの予想は、もちろんと言うべきか、完全に裏切られることになります。

 そんな難しい題材に対する本作のアプローチは、邪馬台国に限らず、この時代に関する(数は多くはないものの確かに存在する)記録や遺構の数々を踏まえ、そしてその点と点を結び、さらに他の知識を繋ぐことによって、大きな像を浮かび上がらせるというもの。

 その結果、本作は一種の人種のるつぼであった日本列島とそこに生まれた国々の姿、そしてその筆頭ともいうべき邪馬台国の姿を、何とも魅力的に、そして地に足のついた世界として描き出します。
 特に邪馬台国については、ユニークでダイナミックでありつつも、描き方の難しい邪馬台国東遷説を違和感なく採用しつつ、そしてそこに物語が有機的に結びついているのには感心させられます。


 と、本作の歴史小説としての側面ばかり触れてしまいましたが、本作の基本はあくまでも児童文学。
 自分の村以外の世界を知らなかったススヒコが、正義感と冒険心、そしてツナテへの想いから外の世界に飛び出し、様々な(時に過酷な)経験を踏まえて成長していく姿は、王道の児童文学の展開といえるでしょう。
(そしてそんなススヒコの、この国の無垢な少年の視点と、劉容という大陸の知識人、二つの視点から物語を描く手法も巧みであります)

 そしてその彼の先に待ち受けるのが、本作の副題の「牛王」なのですが――当時日本には伝来しておらず、未知の獣であった牛の角を戴くこの怪人の存在は、そんなススヒコのヒロイックな冒険の先に待つ者として、なかなかに魅力的であります。
 そしてこの牛王(と卑弥呼)から、我が国のあの神の存在や、異国のあの神話の影を感じさせる――あくまでも感じさせる、に留まるのがまたうまい――ことから生まれるロマンチシズムも、心憎いほどなのであります。


 確かな考証と豊かな発想を踏まえ、未知の世界で展開される『邪馬台戦記』。第2巻ではまた趣向を変えた物語が展開することになりますが――そちらも近日中に紹介したいと思います。


『邪馬台戦記 Ⅰ 闇の牛王』(東郷隆 静山社) Amazon
邪馬台戦記 闇の牛王

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2019.04.28

冬目景『黒鉄・改 KUROGANE-KAI』第2巻 裏切りと罠と家庭の事情と 巻き込まれ続ける迅鉄の旅


 鉄面の渡世人と喋る刀の新たなる物語――『黒鉄・改』の第2巻であります。旅の途中、それぞれ何やら怪しげな一団に襲われることとなった迅鉄と丹。曰くありげな連中と道連れになったり戦ったり、次から次へと面倒に巻き込まれる彼らの運命は――

 人斬りに次ぐ人斬りの果てに命を落とし、ある蘭学者の手により、失った体の一部をカラクリで、失った言葉を喋る妖刀・鋼丸で補って甦った「鋼の迅鉄」。
 渡世人としてのあてどない旅の途中、迅鉄そして彼とは腐れ縁の少女渡世人・紅雀の丹は、奇妙な刺青を入れた三度笠の一団に襲われることになります。どうやら三度笠は丹が偶然手に入れた書状を狙っているようですが――なんとか敵を撃退した二人は、それぞれの道を行くのでした。

 が、二人は再び厄介事に巻き込まれることになります。旅の途中で何者かの仕掛けた罠によって傷を負い、偶然出会った旅芸人の姉妹に匿われた迅鉄。再び三度笠の一団に襲われたところを、怪しげな学者・狩野久作に救われた(?)丹。
 それぞれ新たな道連れとともに旅する二人ですが、その道連れたちもまた、腹に一物ある連中であったことから、裏切りと罠と家庭の事情(?)と――迅鉄たちはややこしい状況に巻き込まれることになるのでした。

 そして二人の前に立ちはだかる思わぬ強敵。苦戦する迅鉄と丹の運命は……


 前巻のラストから続くエピソード「底根國の天探女」が描かれるこの第2巻。『黒鉄・改』として作品がリブートされてから続く、謎の書状を巡る三度笠の一団との戦いは、この巻でも展開されることになります。
 ……といっても戦いだけでなく、旅の道連れになった人々の人間模様、彼女たちとの迅鉄の交流が並行して描かれるのが、人情ものとしての要素も色濃い本作らしいところであります。

 この巻のゲストである旅芸人の少女・月等と、彼女の「姉さん」である月百――傷を負った迅鉄を助けた彼女たちには、実は思わぬ顔があるのですが、しかしそれと同時に、月等には月等なりの事情があることが描かれることになります。
 それは書状の秘密に比べれば遙かに普通の、言ってしまえばよくある話ではあるのですが――しかしそれだからこそその切実さは、何だかんだいって人の良い迅鉄や丹を動かすのであります。

 その一方で、思わぬ強敵として登場する鎖鎌使いの浪人も、実に面白いキャラクターであります。
 罠にかかって必ずしも本調子ではないとはいえ、真っ正面から一対一で迅鉄を圧倒するほどの強豪でありながらも、その言動はいい加減で人間臭い――というよりせこい。特にこの迅鉄との戦いの最中、あるキャラと口でやりあう姿は何とも愉快なのであります。
(これだけキャラが立っていて、結局名無しのおっさんなのが、またなんとも)


 その一方で、謎が謎呼ぶばかりで、物語的にはほとんど全く進展が見られないのは、やはりちょっと苦しいところではあります。
 確かに個々のシチュエーションやキャラは面白いものの、こう進展がないと、迅鉄と丹が一方的に巻き込まれてばかり――そう見えてしまうのであります。

 もちろん、それが迅鉄であり、彼の物語らしいといえばらしいのですが――そろそろ大きく物語が動いて欲しいかな、というのも、正直な印象なのです。


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2019.04.20

戸部新十郎『秘剣水鏡』(その二) 兵法が終わった後の兵法者たち


 戸部新十郎の「秘剣」シリーズの一つ、『秘剣水鏡』の紹介の続きであります。前回は三作品をご紹介いたしましたが、今回は二作品+残る作品をご紹介いたしましょう。

『無外』
 慶安二年に甲賀に生まれた辻月丹は、兵法を志して京に出るも、既に家光の御前試合も終わり、兵法者が兵法者として名を上げられる時代は終わったも同然。それでも兵法に打ち込み続けた月丹は、江戸に出ても芽の出ない日々を過ごすのですが……

 「秘剣」シリーズは、それこそタイトルに相応しく、兵法者同士の決闘の中で秘剣が繰り出される様を描く作品が多い一方で、兵法者の一代記とも言うべき内容のものも少なくありません。本作もその一つ、タイトルどおり無外流の祖として知られる辻月丹の半生を描いた物語であります。
 江戸時代前期という既に泰平の世に入り、剣術が無用の長物となった――師から「つまらぬときに生まれた」「おまえが生まれたころで、兵法は終わった」と言われるのがキツい――中でも、ただひたすら剣を磨いた月丹の道が思わぬ縁から開けていく姿は、比較的淡々と描かれているだけに、かえって不思議な感動があります。

 月丹の師や兄弟子とのそれこそ禅問答めいた立ち会いの様も、実に本シリーズらしい枯れた味わいがあるといえるでしょう。


『空鈍』
 加賀から兵法修行のために江戸に出てきた青年・狩野叶之助は、ある日立ち会った伊庭是水軒から、当世無双の剣士として、無住心剣流の小田切空鈍の存在を教えられます。ついに空鈍と出会った叶之助は、その教えを受けるのですが……

 『無外』同様、兵法者が無用の長物となった時代を描く本作ですが、異なるのは、達人本人ではなく、達人の近くにいた一人の青年剣士の姿を通じて描いたことでしょう。
 その時代遅れの剣術に青春を燃やし、ついに師とも目標ともいうべき存在である空鈍と出会った主人公が辿った皮肉な運命は、青春時代に何かに打ち込んだ者にとっては、身震いするほど恐ろしく感じられるのではないでしょうか。

 ある意味『無外』のB面とでも言うべき本作――ラストの主人公の叫びが胸に突き刺さる、シリーズ有数の「痛い」作品であります。


 その他、『善鬼』は、伊東一刀斎の弟子の一人でありながら、御子神典膳に敗れたという小野善鬼を題材とした作品。
 粗暴なやられ役として描かれることの多い善鬼ですが、彼の師に対する想いをある言葉を通じて描くことで、結末に何とも言えぬ哀しみが生まれています。

 『大休』は、松田織部之助によるもう一つの新陰流、松田方新陰流の幕屋大休の物語。柳生家の隠し田を密告したことで後に柳生に殺されたという松田織部之助の逸話を題材としたものです。
 この逸話は、主に柳生の黒さを描く際にしばしば描かれるもので、今回もその流れを踏まえたものですが――ラスト、大休の言葉を描くことで、物語にずんと深みを与えているのが本シリーズらしいところでしょう。ある意味、『水月』の前編とも言える作品です。

 『牡丹』は、様々な流派の太刀への返し技で構成された雖井蛙流というユニークな剣術を生み出しながら、娘の恋愛のもつれから相手方を殺して腹を切ったという、何とも言えぬ逸話が残る深尾角馬の物語。
 その通りの内容ながら、そこに至るまでの角馬の人生を淡々と描くことで、語らぬ中にも多くのことを語る物語は、読後に苦味とも哀しみと言えるものを残します。

 巻末の『花影』は、本書の中で最も遅い時代、江戸時代後期を舞台に、桃井春蔵の鏡心明智流の誕生を描いた一編。
 開祖である春蔵の父・八郎左衛門のアイディアマンぶりも楽しい物語で、八郎左衛門と春蔵の父子鷹ぶりが、「位」の桃井を生む結末はホッとさせられるものがあります。


 以上十編、いずれも剣豪小説の名編とも言うべきものであります。つい先日『秘剣龍牙』も復刊されましたが、こちらも近いうちにご紹介したいと思います。


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秘剣水鏡 (光文社時代小説文庫)


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2019.04.19

戸部新十郎『秘剣水鏡』(その一) 一刀斎の後の兵法者たち


 あくまでも個人の印象ではありますが、最近は剣の遣い手を主人公にした作品はあっても、実在の剣豪(剣流)を主人公とした「剣豪もの」はだいぶ少なくなっているように感じます。そんな中で本書『秘剣水鏡』の復刊は福音とも言うべきもの。全10話、どれから読んでも味わい深い名品揃いの短編集です。

 一足早く復刊された大作『伊東一刀斎』によって、戦国末期の剣豪たちの姿を描いてみせた戸部新十郎。本書を含めたいわゆる作者の「秘剣」シリーズは、ある意味その姉妹編ともいうべき短編集――実在の剣豪、実在の剣術流派を中心に、その剣の姿を様々な形で描いてみせた作品が収められています。

 本書『秘剣水鏡』の表題作である名作『水鏡』については、以前この作品のみでご紹介しておりますので、今回はその他の収録作の中で、特に印象に残ったものをご紹介しましょう。


『無明』
 中条流の達人・富田勢源にまめまめしく仕える少年・柿之助。時折おかしないたずらをする猪口才な彼一人を連れ、勢源は美濃に旅立つことになります。そこで梅津兵庫なる武芸者に執拗に迫られた勢源は……

 作者の故郷である加賀の剣豪・富田勢源とその弟子の姿を題材とした本作。中条流と勢源は、この後もシリーズにしばしば顔を見せるセミレギュラーであり、そして勢源は一刀斎の師の師でもあることを考えれば、本作が冒頭に収められているのは妥当なところと言うべきかもしれません。
 薪ざっぽうで梅津某を一撃で破ったという勢源の有名な逸話をクライマックスに据えつつ、剣豪と弟子の複雑な関係性を、戦国時代の武将たちの興亡を背景に描いた本作。まさしくすれ違う師弟の姿が強く印象に残ります。


『岩柳』(がんりゅう) 巌流
 「岩流」を編み出した一方で、妻亡き後、草木染めで娘を養う岩柳斎。ある日現れた佐々木小次郎なる美貌の青年から、いま売り出し中の宮本武蔵なる武芸者のことを聞いた岩柳斎は、小次郎にも見せなかった秘伝の「虎切」でもって武蔵と対峙するのですが……

 『宮本武蔵』外伝とも言うべき内容の本作は、武蔵の逸話をちりばめながらも、兵法家というより兵法(記録)マニアの岩柳斎の目を通すことで、どこか地に足の付いた味わいが残る作品。
 虎切という秘剣を持ちながらも、あくまでも常識人のおじさんである彼が、武蔵と小次郎の双方と関わる姿が何ともユニークなのですが、しかしそれがあの決闘の結果に繋がっていく――という結末は、何ともいえぬ皮肉な味わいを残すのです。


『水月』
 癲狂となり、致仕して柳生の里に暮らす柳生十兵衛。奇矯な言動を繰り返す彼の前にある日現れた武士・荒木又右衛門は、十兵衛に「水月」の極意を問いかけます。それに対する十兵衛の答えとは……

 この「秘剣」シリーズにおいて、中条流と並んで、そしてその敵役としてしばしば登場することになるのが、柳生新陰流であります。その中心となるのは柳生宗矩(いわゆる黒宗矩)なのですが、その子である十兵衛が不気味な存在感を見せるのが本作であります。
 いわゆる躁鬱病と診断された十兵衛の奇妙な隠居生活を描きつつ、鍵屋の辻の仇討ちの物語でもあることが徐々に浮かび上がる構成も良いのですが、白眉はやはり十兵衛が語る「水月」の極意でしょう。

 剣術の極意に関する(難解な)問答は、「秘剣」シリーズの隠れた名物ともいうべきものですが、ここでは十兵衛と又右衛門という両達人の問答の形で描かれるのが、何とも味わい深いのであります。
 ある史実の背後を仄めかす不気味な結末も含めて、他の十兵衛像とはずいぶん異なるにもかかわらず、奇妙に印象に残る作品です。


 以降、長くなりましたので次回に続きます。


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秘剣水鏡 (光文社時代小説文庫)


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2019.03.22

『どろろ』 第十一話「ばんもんの巻・上」

 醍醐領に向かったどろろと百鬼丸。そこで朝倉との国境の巨大な板塀「ばんもん」に妖怪が出現すると聞き、退治に向かった二人は、ばんもんによって故郷の両親と引き離された少年・助六と出会う。国境を越えるために見張りがいなくなる夜を待つ助六に協力する二人だが、その前に狐の鬼神が現れた……

 前回ラストで化物蟹から多宝丸たちを救った百鬼丸。百鬼丸の異形と異能に驚く多宝丸たちですが、どろろの言葉に応じて化物退治の代金を払うのはやはり育ちがよろしい。そして名を問う多宝丸に、百鬼丸は答えるのですが……
 さて、この辺りで一番栄えているという醍醐領ですが、そこは確かに今まで描かれてきた寂しい村や町の風景とは全く異なり、様々な商品や娯楽が溢れた賑やかな世界。そこで(何だか時代設定的に微妙な感じの)芝居を見物した二人は、この地では醍醐景光が鬼神を倒した英雄として讃えられていることを知ることになります。

 そこで久々に出会った琵琶丸ともすぐに別れ、そろそろこの町を出て行こうとしていた二人は、町で化物の噂を聞き、これは丁度いいと出かけていくことになります。その化物が出るという場所は、朝倉との国境の砦跡に残る一枚の大きな板塀「ばんもん」。かつて朝倉との衝突が繰り返された頃、そこに砦と巨大な板塀が作られ、二つの国を厳しく分かったというのであります。そして今も、国境を越えようとする者は、朝倉の見張りによって殺され、ばんもんに晒されると……

 そこで二人の前に現れたのは、どろろとあまり年も変わらぬような少年・助六。朝倉側の住人だった彼は、偶然醍醐側に遊びに来ている時に塀が建てられ、両親と引き離されて以来、何とか国境を越えて両親の元に帰ろうとしていると二人に語ります。
 と、その手の話を聞いて黙ってはいられないのがどろろ。助六を手助けすると決めたどろろは、昼間は国境を朝倉の兵が守り、夜は化物が出る――という助六の言葉に、それならば丁度いいと、夜を待つことにするのでした。

 そして夜――ばんもんの前で三人の前に現れたのは、不気味に輝く狐の群れ。一匹一匹はどろろの投石で消えるほど弱いのですが、何しろ数が多い。その間に二人を置いて国境に走っていってしまう助六をどろろに追わせ、百鬼丸は単独で狐の群れに対峙することになります。
 と、集合した狐たちは、巨大な狐の鬼神・九尾に変化。一度は九尾に地面に押し倒された百鬼丸ですが、巴投げの要領で弾き返し、さあ逆襲か――と思われたところで、百鬼丸の周囲に幾本もの矢が突き立ちます。そこに現れたのは兵を率いた景光――間者から体中が作り物の若者が鬼神を討って回っているとの報を受けた彼は、自ら出向いて百鬼丸に矢を向けたのであります。

 そしてその頃、町をうろつく狂女が実は縫の方に仕えていた女房であったことを知った多宝丸は、彼女の口からかつての出来事を聞くことに……


 国境に立てられ、望まぬまま引き裂かれた人々を無情かつ無惨に隔てる壁「ばんもん」――何をモデルにしているかは明確ですが、少なくともその一つがいまだに残っていることを思えば、助六の抱く嘆きと悲しみはこのアニメでも描かれる必要があると言うべきでしょう。

 と、そうした物語が展開する一方で、今回、ついに父と子の対面が描かれることになります。そして多宝丸も十数年前の真実を知り、次回には兄と弟としての対面を果たすことになると思われるのですが――しかしそれらの出会いが何を生むことになるのか、もう嫌な予感しかいたしません。
 いずれにせよ、次回は物語の前半の締めくくりに相応しい内容になることだけは間違いないでしょう。


 にしても百鬼丸、いつの間にかずいぶんと喋れるようになって……。声優さんの出番があってちょっと安心であります。


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 『どろろ』 第六話「守り子唄の巻・下」
 『どろろ』 第七話「絡新婦の巻」
 『どろろ』 第八話「さるの巻」
 『どろろ』 第九話「無残帳の巻」
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