2018.01.16

友藤結『影に咲く花』 影獣との戦いの中で結びつく二人の救い

 時は江戸時代初期、人々は「影獣」と呼ばれる物の怪に苦しめられていた。公儀の手も及ばぬ中で影獣と異能を以て戦う影祓師を父に持つ少女・樋花は、ある日、武力で以て影獣と戦う影狩人の青年・黒門鶫と出会う。凄まじい力を持ちつつも、体内に救う影獣に苦しむ鶫に対して樋花は……

 少女漫画の中の時代伝奇漫画を探す中で出会った作品――奇怪な魔物が跳梁する世界での一風変わったボーイ・ミーツ・ガールを描く物語であります。

 その名の通り、野獣の影のような姿を持ち、人間を襲う凶暴な「影獣」が出没し、多くの被害が出ていた江戸時代初期。
 幕府や藩が対処のために置いた同心たちによる駆除も限定的なものでしかなく、その手から漏れた地で人々を救うのは、影祓師や影狩人といった在野の者たちでした。

 影獣との戦いの中で帰らぬ人となった影祓師の父を持つ樋花は、父の仇である影獣たちに無鉄砲にぶつかるものの、その力はまだまだ影獣を一瞬押さえるくらいの微弱なもの。その彼女を危機から救ったのは、流浪の影狩人・鶫でありました。

 実は幼い頃に心を食らう影獣に襲われ、姉が身代わりとなったことで、己の心を保ったまま影獣をその身に宿す鶫。いつ己の中の影獣に取って代わられるかわからぬまま戦いを続ける鶫を前に、樋花はある決意を固めて……


 という第1話に始まり、全3話構成の本作。以降、鶫の中の影獣を抑えるために共に旅に出た樋花が、彼の力になるべく奮闘する第2話。鶫を影獣として付け狙う影狩人の出現に揺れ動く樋花の心を描く第3話と、物語は続いていくことになります。

 (一見)無愛想な戦士と、一本気な少女のペアというのは、これは鉄板の組み合わせ。こうしたシチュエーションでは、ほとんどの場合、戦士が少女を庇護しながらも、少女の存在に心を救われて――というのが定番ですが、本作においては、鶫が文字通りの意味で心を救われるというのが特色でしょう。

 その身に巣くった影獣に、いつ心を喰らい尽くされ、体を奪われるかわからない鶫(この辺りの設定を掘り下げた第3話はなかなかに興味深い)。
 休んでいる時も寝ている時も、心の安まらる時のない彼の唯一の救いは、樋花が持つ影祓師としての能力――影獣の力と動きを抑える力なのであります。

 そしてまた、樋花にとっても鶫の存在は救いとなります。
 影祓師であり尊敬していた父を喪ってから、己の身の危険も省みず、影獣に立ち向かってきた樋花。その半ば自暴自棄の行動の理由は、自分の無力さに対する苛立ちと、そんな自分が誰にも必要とされないのではないか――その想いからであります。

 そんな彼女を指して、作者自らが「強気ネガティブ主人公」と評するのは、さすがと言うべきか非常にマッチしているのですが、そんな彼女にも、いや彼女にしかできないこと――言うまでもなく鶫の影獣を抑えること――があるというのは、大いなる救いなのであります。

 一歩間違えればもたれ合いになりかねないこの二人の関係を、本作は影獣との戦いというアクセントをうまく利用することにより、起伏に富んだ――そして何よりも、初々しく美しく描くことに成功していると感じます。


 正直なところ、本作の舞台が江戸時代初期である必然性はかなり薄く、別の時代でも支障はないように見える――物語に官製影狩人である同心などが絡んでくればまた違ったと思うのですが――という、大きな弱点はあります。

 しかし、本作が初単行本とは思えぬ作者の筆――特にアクション描写はなかなか達者な印象――も相まって、わずか3話ではありながらも、いやそれだからこそ、この先の二人が見たい、とも思わされる作品ではありました。

 本作は2011年の作品、そして作者は現在別の作品を連載中と、その想いが叶うことはまずないのだとは思いますが……


『影に咲く花』(友藤結 白泉社花とゆめコミックス) Amazon
影に咲く花 (花とゆめCOMICS)

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2018.01.10

玉井雪雄『本阿弥ストラット』第3巻 生き抜くという想いの先に

 本阿弥光悦の玄孫・光健が、人生に希望を失った棄人たちとともに不可能に挑む物語もいよいよ結末を迎えることになります。江戸に新酒を運ぶ新酒番船のレースに参加した光健たちが、ライバルたちとともに危険極まりない航路を行った先にあったものは……

 同じ奴隷船に捕まったことをきっかけに出会い、光健の目利きによって自由を勝ち取った棄人たち。その一人で船頭のとっつぁんこと桐下は、光健と棄人たちに、新酒番船に出ることを宣言します。
 かつては腕利きの船頭として新酒番船に参加したこともあったとっつぁん。彼はこれまで誰も突破できなかった「寛政の早走り」の記録――江戸まで二日半という記録を破ることを悲願としていたのであります。

 桐下の執念と光健の目利きに引き寄せられ、新酒番船に乗り込むこととなった棄人たち。しかし彼らはほとんど素人同然、その一方でライバルは、とっつぁんと深い因縁を持つ大廻船問屋・海老屋に一昨年のチャンピオンの座頭船主・波の市、そしてとっつぁんを兄の仇と狙う倭寇の我太郎と、一癖も二癖もある連中であります。

 そんな中、ついにスタートした新酒番船で、とっつぁんは驚くべき策を披露します。それは「地獄回り航路」――黒瀬川、すなわち黒潮に乗って江戸に向かうこと。
 一度乗ってしまえば凄まじいと速度で走れる一方で、降りるタイミングを誤れば遙か太平洋の真ん中まで流される黒瀬川に、光健たちは一か八かで乗ることになります。

 しかし3艘のライバル船もまた黒瀬川に突入、危険な海域で、命がけのぶつかり合いが始まることに……


 何をやっても落ちこぼれだった連中が、一度その価値を見出され、団結することによって、それぞれの特技を活かして大逆転を演じる――本作は、そんな「落ちこぼれチーム」ものとしての性格を色濃く持つ物語であると、第2巻までを読んで感じていました。
 しかしこの第3巻において、物語はそうした枠を超えて、更に大きく、激烈なドラマを描き出すことになります。

 トラブルとアクシデント続きの地獄回り航路で文字通りのデッドヒートを繰り広げる4艘。自分たちの命を賭けたギリギリの戦いの中で、棄人たちはもちろんのこと、そのライバルたちもまた、それぞれの生を見つめ直すことになります。
 自分たちは何のためにここにいるのか、自分は本当は何を求めているのか――そして、自分たちにとって最も価値あるものとは何なのか、と。

 しかし彼らが挑むのは、そんな人間たちの想いすら呑み込み、押し流してしまおうとする恐るべき大海であります。互いを敵対視する彼らにとっても共通の、そして真の敵である海を向うに回してのサバイバルの中で、この新酒番船に挑む彼ら全員に、太い絆が生まれることになるのです。
 ただ一つ、生き抜くことを目的として……

 その想いが重なった末に生まれたものの姿は、ある意味極めて即物的――というよりもむしろ象徴的なものとして、その想いの強さを伝えてくれるのです。そしてその先に生まれたものの素晴らしさをも。


 本作の主人公・本阿弥光健は、目利きであります。その目利きの力は、相手の本質を見抜き、銘をつけることで、その価値を相手自身と周囲に理解させること――そう表すことができるでしょう。
 それはしかし、あくまでも相手に対して行うもの。その意味で彼はどこまでも観察者であり、そして狂言回しという立場に留まらざるを得なかったとも感じます。
(それは物語の結末を語る者が彼自身でなかったということに、逆説的に現れているのかもしれません)

 本阿弥の家に生まれ、光悦に比されるほどの才を持ちながらも、それゆえに家を追われ、心に満たされぬものを抱えた光健。
 それはあるいは、彼自身を目利きできる者が誰もいなかった、ということによる悲劇によるものであったと言えます。

 しかしこの第3巻、いやこの物語全てで描かれたもの全てが、彼の存在あってこその、彼の存在があって初めて生まれたものであることを思えば、本作という物語全てが、彼の価値を示すものなのでしょう。
 だとすれば、それを見届けた我々が、彼とこの物語を目利きしたのだと――そう言ってもよいのではないでしょうか。

 そしてその目利きの結果は――決して長くはなかったものの、本作という物語を読み通すことができてよかったと、今、そう心から思っていると言えば十分でしょう。そしてまた会えるものなら光健に会いたいとも……


『本阿弥ストラット』第3巻(玉井雪雄 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon
本阿弥ストラット(3) (ヤンマガKCスペシャル)


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2018.01.05

高井忍『妖曲羅生門 御堂関白陰陽記』(その二) 怪異の向こうの真実と現実

 若き日の藤原道長が、平安京を騒がす怪事件の謎に挑む姿を、謡曲を題材に描く連作集の紹介の後編であります。今回は全5話の後半3話を紹介いたします。

『妖曲小鍛冶』

 藤原道兼から一条天皇の守り刀を打つよう命じられ、半ば監禁状態に置かれた三条宗近。宗近が神助を求めて稲荷社に篭った後、密室である鍛冶場に謎の童子が現れる。

 名刀数あるなかでも、狐が向こう鎚を務めたという不思議な伝説が残る小狐丸の謎を、合理的に解いてしまおうというのだから驚かされます。

 そもそもお稲荷様が子供の姿をして登場するという時点で合理性以前の問題に思えますが、それを本作は一種の○○ものに落とし込むことで解決してしまうのだから面白い。
 そこに本書の背景である、三条天皇から一条天皇への攘夷を巡る混乱と、藤原兼家とその息子たちの野望を絡めることで、道長が探偵役として登場するある種の必然性を生み出しているのも巧みなところです。


『妖曲草紙洗』

 大の小野小町ファンである道綱の妻・中の君に対して、小町の「草紙洗」の伝説の不合理さを説明する道長。しかし何と言っても中の君は反論を繰り出してきて……

 本書は道長らの周囲で、つまり同時代に起きた怪事件の謎を解く作品集ですが、その中で唯一過去を題材としたのが本作。
 歌合で大伴黒主から盗作の疑いをかけられた小野小町が、証拠として示された万葉集の草紙を水洗いすれば、黒主が後から書き足した部分が消えて潔白が示される――という「草紙洗」の真偽が問われることになります。

 過去のある事件や逸話に対して、後世の人間たちがディベート形式で謎解きするというのは作者の作品のパターンの一つ。本作ではそのスタイルで、道長と中の君の論争をユニークに描くことになります。
 それまで小面憎いほどの名探偵ぶりを示してきた道長が理路整然と繰り出してくる反証を、中の君が次々と正面していく様には、ある意味マニアの愛情の極まるところとして感動すら覚えたのですが……

 しかしやがて、「おや?」と思わされ、やがてうそ寒いものを思わされるのが本作。そう、ここで描かれているのは、いわゆるオルタナティブファクトに対する論争そのものなのですから。
 客観的常識的な証拠をどれだけ理性的に示しても、結論ありきの人間の後付けの理屈には通用しない――現実世界でいやというほど見せられてきたものを、本作はユーモラスな物語の中で突きつけてくるのです。

 その「現実」を前に、「そんなことがあるものか」と呟くことしかできない道長の姿は、我々の姿でもあります。国家の成立にまつわる虚偽を抉り出した『蜃気楼の王国』の作者ならではの一遍であります。


『妖曲羅生門』

 羅城門跡で馬に乗せた女から突如襲われ、撃退した渡辺綱。その場には男の腕が残されていた。一方、大盗賊・袴垂は、かつて出会った恐ろしい人物のことを語る……

 本書の表題作である本作は、それにふさわしい題材と、凝った構成の作品。謡曲の「羅生門」、誰もが知る羅生門の鬼の物語に合理的な解釈を与えると同時に、そこにもう一つの(ある意味より不可解な)物語――袴垂と藤原保昌の逸話を絡めてみせるという、作者ならではの離れ業が楽しめる逸品です。

 剽悍な盗賊である袴垂が、ある晩、笛を吹きながら道を往く保昌を狙いながらも恐ろしく感じて果たせず、逆に屋敷に連れて行かれて衣を与えられたというこの逸話。
 それ自体、非常に風雅かつ奇妙で面白い内容であり、また確かに保昌は綱や道長とは同一時代人ですが――しかしそれがどうすれば羅生門の鬼と結びつくのか?

 その内容はそのまま本作の核心になってしまうため語れませんが、これまで背景事情として描かれてきた武士という存在のある側面をえぐり出し、そしてそれが本作の「トリック」に直結してくるのには唸らされます。
 そして道長が推理してみせた袴垂の心情を踏まえた上でもう一度読み返してみせれば、思わずニヤニヤ……内容といいキャラ描写といい、本書の掉尾を飾るに相応しい一編です。


 というわけで駆け足の紹介となりましたが、極めてユニークで、そして作者らしい捻りが随所に効いた作品揃いの本書。
 道長と道綱、頼光と四天王、晴明、そして保昌と袴垂と魅力的なキャラ揃いということもあり、是非とも続編を――と今から期待してしまうような快作であります。


『妖曲羅生門 御堂関白陰陽記』(高井忍 光文社) Amazon
妖曲羅生門 御堂関白陰陽記


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2018.01.04

高井忍『妖曲羅生門 御堂関白陰陽記』(その一) 若き道長、怪異に挑む

 史実や巷説・逸話に描かれた内容を合理的に謎解きし、「真実」を提示してみせる作品を得意とする作者が、「ジャーロ」誌で『平安京妖曲集』のタイトルで連載してきた連作シリーズの単行本化であります。後の御堂関白・藤原道長が、謡曲を題材とした奇怪な事件の謎に挑むことになります。

 本作の舞台となるのは、987年――藤原兼家と道兼が花山天皇を唆して出家退位させ、一条天皇が即位した翌年。振り返れば、兼家の一族が摂関を独占するきっかけとなった出来事の翌年であります。

 上に述べたように、後に御堂関白と呼ばれ、「御堂関白記」という日記を残すことになる道長ですが、この時点では兼家の五男坊――要するに上に何人も父の後継者がいた状態で、ある意味気楽といえば気楽な状態。
 本作はその道長が、鉄輪・土蜘蛛・小鍛冶・草子洗・羅生門と、謡曲を題材とした(後に謡曲として遺される)事件の意外な「真実」を解き明かすことになります。

 以後、一話ずつ紹介していきましょう。


『妖曲鉄輪』

 宇治に毎夜現れるという藤原惟成の妻が変じたという鬼女。ある晩、鬼女は卜部季武と坂田金時に追いつめられるが、川の中から発見された死体は死後数日を経たものだった……

 本作の題材となった「鉄輪」は、不実な夫に捨てられた妻が、貴船神社に詣でて神託を得て、顔を赤く塗って鉄輪を頭に逆さにかぶり、その脚に蝋燭を立てた姿で生霊となったものに、安倍晴明が対峙するという謡曲。
 晴明が登場すること、そしてその鬼女の姿の凄まじさからも有名な能ですが、本作はそのシチュエーションを巧みに史実に移し替えて奇怪な謎解きとして成立させています。

 頼光四天王のうち二人という、ある意味これ以上確かな相手はないという証人の前に現れ、その直後になって腐乱死体となって発見された鬼女は真実の鬼であったのか。
 怪異といえばこの人、というわけで引っ張り出された晴明ですが、彼が鬼女の死体の首に、何者かに扼殺された後を発見したことから、鬼女はこの女性の怨霊であったかと思われたのですが……

 シリーズ第一話にふさわしく、レギュラー陣の紹介編でもある本作。道長と兄の道綱(史実を踏まえて「脳筋」キャラという造形なのが楽しい)のコンビ、源頼光と四天王、安倍晴明らが短い中に次々と登場し、「らしい」キャラを見せてくれるのが、平安ファン的には何とも楽しいところであります。

 そしてもちろんそれだけでなく、鬼女の謎解きが実に面白い。登場人物のキャラ造形そのものも伏線にしつつ、奇怪な謎に合理的な解決を与えてみせるのには唸らされますが――しかしその先に、何ともこの時代らしい「動機」が設定されているのには脱帽と言うほかありません。


『妖曲土蜘蛛』

 病床の頼光の前に現れたという化生の者。相手に一太刀浴びせたという頼光の証言通り、滴る血の跡を追って塚に辿り着いた道長らだが、そこから現れた死体は……

 歌川国芳の浮世絵などでも知られる頼光と土蜘蛛の逸話。夜な夜な頼光の寝所に現れては呪いをかけてきた怪しの僧に、頼光が家宝の太刀・膝丸で斬りつければ退散、後を追ってみれば塚の中で巨大な蜘蛛が――という、派手なお話であります。

 本作はその逸話をほぼ忠実に敷衍しますが、一点異なるのは、塚の中で死んでいたのが、僧は僧でも、菅原道真を祀る北野神宮寺を牛耳る僧・最鎮だったことであります。
 何故最鎮が塚の中で死んでいたのか。果たして彼が頼光を呪詛していたのか。この怪事に呼ばれた晴明は、「怪異の気配はどこにもない」と語るのですが……

 たまたま頼光の見舞いに来ていて騒動に巻き込まれ、好奇心から道長が道綱とともに調査を始めるというスタイルの本作。
 面白いのは、事件そのものの謎もさることながら、いつしか道長の調査が、菅原道真の左遷と御霊化にまつわる「真実」の探求へと繋がっていくことであります。

 この辺り(ここで慶滋保胤が登場するのも嬉しい)は実に作者らしい内容でありつつも、いささか煙に巻かれたような印象もありますが――そこから一気に事態は急展開、事件の真相から意外な結末になだれ込む様は、一つの物語として楽しむことができます。


 長くなりましたので、残る三話につきましては次回に紹介いたします。


『妖曲羅生門 御堂関白陰陽記』(高井忍 光文社) Amazon
妖曲羅生門 御堂関白陰陽記

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2017.12.31

このブログが選ぶ2017年ベストランキング(単行本編)

 自分一人でやってます2017年のベストランキング、今日は単行本編。2016年10月から2017年9月末までに刊行された作品の中から、6作品を挙げます。単行本はベスト3までは一発で決まったもののそれ以降が非常に難しいチョイス――正直に申し上げて、4位以降はほぼ同率と思っていただいて構いません。

1位『駒姫 三条河原異聞』(武内涼 新潮社)
2位『敵の名は、宮本武蔵』(木下昌輝 KADOKAWA)
3位『天の女王』(鳴神響一 エイチアンドアイ)
4位『決戦! 新選組』(葉室麟・門井慶喜・小松エメル・土橋章宏・天野純希・木下昌輝 講談社)
5位『さなとりょう』(谷治宇 太田出版)
6位『大東亜忍法帖』(荒山徹 アドレナライズ)

 今年ダントツで1位は、デビュー以来ほぼ一貫して伝奇アクションを描いてきた作者が、それを一切封印して描いた新境地。あの安土桃山時代最大の悲劇である三条河原の処刑を題材としつつも、決して悲しみだけに終わることなく、権力者の横暴に屈しない人々の姿を描く、力強い希望を感じさせる作品です。
 作者は一方で最強のバトルヒロインが川中島を突っ走る快作『暗殺者、野風』(KADOKAWA)を発表、ある意味対になる作品として、こちらもぜひご覧いただきたいところです。

 2位は、時代小説としてある意味最もメジャーな題材の一つである宮本武蔵を、彼に倒された敵の視点から描くことで新たに甦らせた連作。その構成の意外性もさることながら、物語が進むにつれて明らかになっていく「武蔵」誕生の秘密とその背後に潜むある人物の想いは圧巻であります。
 ある意味、作者のデビュー作『宇喜多の捨て嫁』とは表裏一体の作品――人間の悪意と人間性、そして希望を描いた名品です。

 デビュー以来一作一作工夫を凝らしてきた作者が、ホームグラウンドと言うべきスペインを舞台に描く3位は、今この時代に読むべき快作。
 支倉使節団の中にヨーロッパに残った者がいたという史実をベースに、無頼の生活を送る二人の日本人武士を主人公とした物語ですが――信仰心や忠誠心を失いながらも、人間として決して失ってはならないもの、芸術や愛や理想といった人間の内心の自由のために立ち上がる姿には、大きな勇気を与えられるのです。

 4位は悩んだ末にアンソロジーを。今年も幾多の作品を送り出した『決戦!』シリーズが戦国時代の合戦を題材とするのに対し、本書はもちろん幕末を舞台とした番外編とも言うべき一冊。
 合戦というある意味「点」ではなく、新選組の誕生から滅亡までという「線」を、隊士一人一人を主人公にすることで描いてみせた好企画でした。

 そして5位は、2017年の歴史・時代小説の特徴の一つである、数多くの新人作家の誕生を象徴する作品。千葉さなとおりょうのバディが、坂本竜馬の死の真相を探るという設定の時点で二重丸の物語は、粗さもあるものの、ラストに浮かび上がる濃厚なロマンチシズムがグッとくるのです。

 6位は不幸な事情から上巻のみで刊行がストップしていた作品が転生――いや転送(?)を遂げた作品。明治を舞台に『魔界転生』をやってみせるという、コロンブスの卵もここに極まれりな内容ですが、ここまできっちりと貫いてみせた(そしてラストで思わぬひねりをみせた)のはお見事。
 ただやっぱり、敵をここまで脳天気に描く必要はあったのかな――とは思います(あと、この世界での『武蔵野水滸伝』の扱いも)

 ちなみに6位は電子書籍オンリー、今後はこうしたスタイルの作品がさらに増えるのではないでしょうか。


 なお、次点は幽霊を感じるようになってしまった長屋の子供たちを主人公としたドタバタ怪談ミステリ『優しき悪霊 溝猫長屋 祠之怪』(輪渡颯介 講談社)。事件の犠牲者である幽霊の行動の理由が焦点となる、死者のホワイダニットというのは、この設定ならではというほかありません。

 そのほか小説以外では、『幕末武士の京都グルメ日記 「伊庭八郎征西日記」を読む』(山村竜也 幻冬舎新書)が出色。キャッチーなタイトルですが、あの「伊庭八郎征西日記」の現代語訳+解説という一冊です。


 ――というわけで今年も毎日更新を達成することができました。来年も毎日頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 良いお年を!


今回紹介した本
駒姫: 三条河原異聞敵の名は、宮本武蔵天の女王決戦!新選組さなとりょう大東亜忍法帖【完全版】


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 木下昌輝『敵の名は、宮本武蔵』(その一) 敗者から見た異形の武蔵伝
 鳴神響一『天の女王』(その一) 欧州に駆けるサムライたち
 『決戦! 新選組』(その一)
 谷治宇『さなとりょう』 龍馬暗殺の向こうの「公」と「私」

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2017.12.30

このブログが選ぶ2017年ベストランキング(文庫書き下ろし編)

 今年は週刊朝日のランキングに参加させていただきましたが、やはり個人としてもやっておきたい……ということで、2017年のベストランキングであります。2016年10月から2017年9月末発刊の作品について、文庫書き下ろしと単行本それぞれについて、6作ずつ挙げていくところ、まずは文庫編であります。

 これは今年に限ったことではありませんが、普段大いに楽しませていただいているにもかかわらず、いざベストを、となるとなかなか悩ましいのが文庫書き下ろし時代小説。
 大いに悩んだ末に、今年のランキングはこのような形となりました。

1位『御広敷用人大奥記録』シリーズ(上田秀人 光文社文庫)
2位『義経号、北溟を疾る』(辻真先 徳間文庫)
3位『鉄の王 流星の小柄』(平谷美樹 徳間文庫)
4位『宿場鬼』シリーズ(菊地秀行 角川文庫)
5位『刑事と怪物 ヴィクトリア朝エンブリオ』(佐野しなの メディアワークス文庫)
6位『妖草師 無間如来』(武内涼 徳間文庫)

 第1位は、既に大御所の風格もある作者の、今年完結したシリーズを。水城聡四郎ものの第2シリーズである本作は、正直に申し上げて中盤は少々展開がスローダウンした感はあったものの、今年発売されたラスト2巻の盛り上がりは、さすがは、と言うべきものがありました。
 特に最終巻『覚悟の紅』の余韻の残るラストは強く印象に残ります。

 そして第2位は、非シリーズものではダントツに面白かった作品。明治の北海道を舞台に、天皇の行幸列車を巡る暗闘を描いた本作は、設定やストーリーはもちろんのこと、主人公の斎藤一をはじめとするキャラクターの魅力が強く印象に残りました。
 特にヒロインの一人である狼に育てられたアイヌの少女など、キャラクター部門のランキングがあればトップにしたいほど。さすがはリビングレジェンド・辻真先であります。

 第3位は、4社合同企画をはじめ、今年も個性的な作品を次々と送り出してきた作者の、最も伝奇性の強い作品。「鉄」をキーワードに、歴史に埋もれた者たちが繰り広げる活躍には胸躍らされました。物語の謎の多くは明らかになっていないこともあり、続編を期待しているところです。
 また第4位は、あの菊地秀行が文庫書き下ろし時代小説を!? と驚かされたものの、しかし蓋を開けてみれば作者の作品以外のなにものでもない佳品。霧深い宿場町に暮らす人々の姿と、記憶も名もない超人剣士の死闘が交錯する姿は、見事に作者流の、異形の人情時代小説として成立していると唸らされました。

 そして第5位はライト文芸、そして英国ものと変化球ですが、非常に完成度の高かった一作。
 狂気の医師の手術によって生み出された異能者「スナーク」を取り締まる熱血青年刑事と、斜に構えた中年スナークが怪事件に挑む連作ですが――生まれも育ちも全く異なる二人のやり取りも楽しいバディものであると同時に、スナークという設定と、舞台となるヴィクトリア朝ロンドンの闇を巧みに結びつけた物語内容は、時代伝奇ものとして大いに感心させられた次第です。

 第6位は悩みましたが、シリーズの復活編であるシリーズ第4弾。今年は歴史小説でも大活躍した作者ですが、ストレートな伝奇ものも相変わらず達者なのは、何とも嬉しいところ。お馴染みのキャラクターたちに加えて新たなレギュラーも登場し、この先の展開も大いに楽しみなところであります。


 その他、次点としては、『京の絵草紙屋満天堂 空蝉の夢』(三好昌子 宝島社文庫)と『半妖の子 妖怪の子預かります』(廣嶋玲子 創元推理文庫)を。
 前者は京を舞台に男女の情の機微と、名刀を巡る伝奇サスペンスが交錯するユニークな作品。後者は妖怪と人間の少年の交流を描くシリーズ第4弾として、手慣れたものを見せつつもその中に重いものを内包した作者らしい作品でした。


 単行本のベストについては、明日紹介させていただきます。


今回紹介した本
覚悟の紅: 御広敷用人 大奥記録(十二) (光文社時代小説文庫)義経号、北溟を疾る (徳間文庫)鉄の王: 流星の小柄 (徳間時代小説文庫)宿場鬼 (角川文庫)刑事と怪物―ヴィクトリア朝エンブリオ― (メディアワークス文庫)妖草師 無間如来 (徳間文庫)


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 平谷美樹『鉄の王 流星の小柄』 星鉄伝説! 鉄を造る者とその歴史を巡る戦い
 菊地秀行『宿場鬼』 超伝奇抜きの「純粋な」時代小説が描くもの
 佐野しなの『刑事と怪物 ヴィクトリア朝エンブリオ』 異能が抉る残酷な現実と青年の選択
 武内涼『妖草師 無間如来』 帰ってきた妖草師と彼の原点と

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2017.12.29

友野詳『ジャバウォック Ⅱ 真田冥忍帖』 決着、真田大介vs十幽鬼!

 信長により魔界の蓋が開き、奇怪な妖魔妖術が世を席巻した魔界戦国――その締めくくりと言うべき大坂の陣から十年後、今またこの世に魔界をもたらさんとする者たちに対して真田大介が挑む伝奇アクションの第2巻にして完結編であります。果たして魔王と十幽鬼が狙う豊臣の黄金の正体とは……

 大坂の陣で豊臣家が滅び、魔界戦国の世が終結してから十年――本多家に嫁した千姫を狙う、十幽鬼を名乗る魔人たち。千姫を守り、その魔人たちに挑むのは、生きていた真田大介――同じく大坂城を脱し、儚くも身罷った主・秀頼の命を受けた彼は、千姫と彼女がその秘密を知るという豊臣の黄金を守るため、再び姿を現したのであります。

 その前に立ち塞がる十幽鬼ことは、大介のかつての師であり仲間であり友であった十勇士のなれの果て。大坂の陣で命を落とし、世界中の悪神たちを見に宿して甦った彼らに加え、さらにやはり悪神を宿した大介の妹・茜までもが現れます。
 大介は、千姫付の蜘蛛糸使いのくノ一・あとら、そして謎の伊賀忍者・四貫目とともに、千姫を守って死闘を繰り広げ、辛くも十幽鬼のうち二人と茜を倒したのですが……


 という第1巻を受けて始まる本作の冒頭で描かれるのは、茜の力によって大介が目の当たりにした、彼女が体験した最期の刻――すなわち大坂落城の姿。
 そもそも、父・幸村に率いられ、魔界戦国を終わらせるために戦っていた十勇士と茜が、何故その尖兵と成り果てたのか。そしてこの戦いの陰で糸を引く者は――それがここでは語られることとなるのです。

 しかし、大介が記憶の世界を彷徨う間も、事態はいよいよ悪化していきます。千姫を狙い「天馬城」の異名を持つ(この異名の由来は伝奇ファンなら思わずニッコリ)真田信之の城を十幽鬼が襲撃してきたのであります。
 大介の意識が戻らぬ中、追い詰められていくあとらと四貫目。そして記憶の世界でも、大介の精神には大きな危機が……


 と、開幕からいきなり全力疾走状態の本作。三好ベールゼバブ伊佐入道、由利カーリー鎌之助、海野テトカポリトカ六郎、三好ダゴン清海入道――と、名前を見ただけでこちらの体温が上がりそうな連中が次々登場するだけでテンションが大いに上がります。
 ただでさえ個性的な十勇士いや十幽鬼が、世界中の魔神の力を手にして大暴れするのですからこれが盛り上がらないはずがない。この天馬城の死闘だけで普通の作品のクライマックス並みなのですが、しかしそこから物語は意外な場所に舞台を移すことになります。

 そこでもなおも続く大介たちと十幽鬼たちとの戦い。その中で意外な形で復活を果たした魔王に対し、これまた意外な正体を現したある人物の力を借りて、大介は最後の決戦に臨むことになります。
 そして登場した十幽鬼最後の切り札、恐るべき巨体と魔力を誇る最強の怪物を前に打つ手はあるのか。そして信長が求め、秀頼が封じた豊臣の黄金の正体とは!?

 ……ってそれか! 黄金ってそれなのか! と叫びたくなるラストバトルは、良い意味でツッコミどころの塊。もう最後の最後まで、とんでもない作品なのであります。


 正直なことを、申し上げれば、前作に比べて十幽鬼たちがあっけない――というよりも駆け足で終わった印象はあります。
 この点はまあ、物語の流れと考えるべきかと思いますが(事実、とてつもない化け物を次々とブッ潰していくのはかなり爽快)、ラストバトルをはじめ、色々とやりすぎと感じる方はいるかもしれません。

 しかし本作は、本作の舞台となった魔界戦国という世界は、そのやりすぎを可能にするためのものなのだから仕方がありません。そのやりすぎを正面から受け止めて、ツッコミを入れながら大いに楽しむのが、本作の楽しみ方と言うべきでしょう。
 それは、時代ものに馴染みのない、ともすれば拒否反応を示しかねない層を、この素晴らしい時代伝奇の世界に誘うための仕掛けでもあるのでしょうから。

 もっとも、その仕掛けが逆に、二昔前の伝奇バイオレンス的な描写も相まって、プロパーの時代ものファンを引かせてしまったのではないか――という印象もあるのですが……
(そもそもこれくらいであれば、魔界戦国でなくても出来たのでは、というのは頭のおかしい時代伝奇ファンの戯言として)


 などと言いつつも、最後まで一気呵成に楽しませていただいた本作。ラストに登場するあの人物の存在も実に面白いことですし、もう一丁、と言いたくなってしまう気持ちは確かにあるのです。


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2017.12.26

寺沢大介『ミスター味っ子 幕末編』第2巻 激動の幕末にあの強敵登場!?

 あまりの異次元の組み合わせに仰天し、そしていざ読んでみれば(作中に登場する料理同様)その美味さに感嘆させられた『ミスター味っ子 幕末編』の第2巻であります。相変わらず勝海舟によって幕末に召喚される味吉陽一ですが、いよいよ時代は激動の渦へ。そして陽一の前にもとんでもない強敵が……

 いかなる理由か、寝ている間に幕末にタイムスリップするようになってしまった陽一。どうやら、海舟が空腹になると呼び出されるようになってしまったようですが――しかしそのタイミングが、いずれもやっかいな事件が起きたときばかり。
 かくて陽一は、海舟の腹を満たすだけでなく、その料理で歴史を揺るがしかねない大事件を解決することに……

 と、何ともすっとぼけた設定の本作ですが、第1巻のラストのカレー勝負で登場した堺一馬も同じくタイムスリップするようになり、坂本龍馬ともどもレギュラー入りと、何とも賑やかな展開に。
 もうタイムスリップするのが当たり前になってしまったのも愉快ですが、しかし時代の流れの激しさは、笑い話ではありません。

 この巻の冒頭で描かれるのは、徳川家茂上洛のエピソード。三代将軍家光以来の上洛となった家茂ですが、しかし二百年前とは違い、攘夷を巡って朝廷相手に厳しい舵取りを迫られる局面であります。
 朝廷に対し、攘夷の無意味さを――時に応じて海外のものを取り入れることの大切さを説こうとする家茂と海舟ですが、しかし勅使は、彼らの前にある菓子を出します。

 それは洋酒に漬けたドライフルーツを埋め込んだ羊羹。わざわざ海外のものを取り入れるまでもないと勅使に豪語させしめたその羊羹を作った者こそは、宮中の料理を司る御厨子所預・村田源壱郎……
 と、ここで味っ子ファンであれば激しいリアクションで驚くことでしょう。味っ子で村田と来れば、言うまでもない味皇様。そう、ここに登場したのは、あの味皇・村田源二郎――のご先祖様ではありませんか!

 陽一にとっては良き師であり、そして越えるべき高い高い壁であった味皇。その先祖が相手とくれば、盛り上るのはもう当然。しかもそこにかかるものが、日本の行く先であるとくればなおさらです。
 ここで陽一が一見料理とは無関係なところで得たヒントから、意外極まりない、しかし食べた者を猛烈に感動させる料理を創り出して――というのは定番の展開ながら、このシチュエーションもあって冒頭から盛り上がりは最高潮なのです。

 そして陽一との勝負の末、自分たちも新たなる料理道を行くべきことを悟った味皇様が、これまたどこかで見たようなおっちゃん(のたぶん先祖)を相手に、その想いを語るのですが……
 それを表す言葉がまた味っ子ファンであれば感涙必至のもので、いやはや素晴らしいサービスなのです(冷静に考えると、何言ってるのこの人!? ではあるのですが)


 そしてこの先も物語は――陽一が目撃する歴史の流れは、禁門の変、四ヶ国艦隊下関砲撃、薩長同盟と勢いを殺すことなく突き進んでいくことになります。
 しかしここで描かれる歴史は、一見学習漫画的「正しい」歴史かと思いきや、龍馬がグラバーと組んで日本の内戦状態を煽り(新たなものを生み出すためとはいえ)更なる混沌を生み出そうとするなど、なかなかユニークかつ毒を含んだものであるのも面白いところであります。

 それゆえさらにややこしい状況となっていくのですが――それでも陽一が少年としてのの、そして料理人としての純粋な視点から、こうした状況と、それに翻弄されていく人々に対峙しようとする姿が実に清々しい。
 ここに本作が描かれる一つの意義があるのではないか――というのは言いすぎかもしれませんが、単なる色物ではない確とした味わいが感じられるのは間違いありません。


 そして思わぬ成り行きから薩長の料理勝負に巻き込まれることとなった陽一と一馬。その前には、この時代の天才少年・少女料理人が登場して――とまだまだ盛り上がる本作。

 味っ子ファンはもちろんのこと、一風変わった幕末ものを求める方は是非味わっていただきたい名品であります。


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2017.12.01

武内涼『はぐれ馬借』 弱肉強食という悪循環を超える生き様を求めて

 『駒姫 三条河原異聞』『暗殺者、野風』といった新作や『妖草師』シリーズの復活など、今年は活躍著しかった武内涼の新作は、これらの作品に負けず劣らず個性的な作品。混沌の室町時代を舞台に、諸国を自由に往来するはぐれ馬借衆の活躍を描く活劇です。

 物語の始まりは坂本――室町時代中期、京都の財界とも言うべき比叡山領で馬借を営む青年・獅子若が本作の主人公。
 並外れた体躯の持ち主であり、印地(石投げ)の達人である彼が、比叡山の有力者の娘と出会ったことから、物語は始まります。

 彼女の馬である春風の面倒を見たことがきっかけで、急速に惹かれ合っていく二人。しかし身分違いの恋は彼女の父の逆鱗に触れ、獅子若は私刑を受けた末、叡山領立ち入りを禁じられて追放されることになります。

 自分に懐いた春風とともに、当てもない放浪に出た獅子若の前に現れたのは、美少女・佐保をはじめとする「はぐれ馬借」の面々。
 ある依頼の途中に行方不明となった前頭領の愛馬を追っている彼女たちと行動を共にすることになった獅子若は、敵であっても命を奪わないというはぐれ馬借の掟に戸惑いつつも、少しずつ心を開いていくことに……


 そんな本作でまず印象に残るのは、タイトルともなっている「はぐれ馬借」という存在でしょう。
 当時の馬を使った運送業者である馬借。彼らは、ある土地を拠点として活動を行うのが普通ですが――しかしはぐれ馬借は、特定の地に腰を落ち着けることなく、旅から旅への稼業なのであります。

 そしてそれを可能とするのが、彼らの祖が落ち延びる義経を助けた功績により与えられたという「源義経の過書」。
 関銭を払わずに諸国往来自由を認められるというその力により、彼らは一つところに落ち着くことなく生きることが可能なのです。

 このはぐれ馬借、義経の過書という伝奇的アイテムの存在も面白いのですが、何より興味を惹かれるのは、それによって彼らが土地の軛から離れることができたという設定であります。
 それは一見、不安定極まりない暮らしに見えるかもしれません。しかし見方を変えれば、それは土地の権力者の庇護を受けることなく――すなわちその代償を払うことなく――生きることができるということであります。

 そしてそれは、本作の主人公たる獅子若の生き様とも大きく関わっていきます。
 馬借という仕事を持ち、そして印地の世界でもその人ありと知られていた獅子若。しかしそんな彼の胸中は、常に不満と苛立ちに満ちていました。

 時あたかも、あの義教が将軍になる直前の、世情が不安定極まりなかった室町時代中期。
 そんな、権力者は下の者を守ることなく、弱き者はより強き者の力に怯える時代――そして生まれついての身分がそれを支えていた時代は、強い力と心を持ち、しかし身分の低い獅子若には生きにくい時代だったのです。

 弱肉強食で全ては自己責任の世の中に苛立ち、そこで生まれた凶暴な衝動を印地に叩きつける――そしてその果てに、より強い力に叩きのめされ、住む土地を失った獅子若。
 そんな彼が身を寄せ、そして何よりも自分らしく生きるために、はぐれ馬借以上の世界があるでしょうか?

 しかしそんな自由なはぐれ馬借にも、強い掟があります。先に述べたような不殺というその掟は、ある意味この時代においては甘きに過ぎるものであり――そして獅子若にとっても理解の外にあるものです。
 しかしその掟は、終わりない暴力と遺恨を避けるための知恵。同時に弱肉強食の世界の則には従わないという宣言と言えるでしょう。

 力が全ての時代に苛立ちつつも、それを発散するために力を用いれば、それはそんな世の理を認め、その一部になることにほかなりません。
 そんな悪循環に背を向けるはぐれ馬借の生き様は、獅子若にとっての救いであり――さらにそれは、同じく混沌の時代に生きる我々にとって、強く共感できるものであります。


 一冊の物語の中に様々なエピソードが散りばめられているため、一つ一つが少々食い足りない印象はあります(伝奇性が思ったほど濃くないのも残念)。
 それでも、はぐれ馬借という生き方と、それと共に少しずつ成長していく獅子若の姿は、大いに魅力的に感じられます。

 時代の混沌がいよいよ深まっていく中、獅子若ははぐれ馬借とともに自由を貫けるのか、人としての希望を見出すことができるのか――この物語の先をまだまだ見てみたい、そう感じます。


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はぐれ馬借 (集英社文庫)

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2017.11.29

入門者向け時代伝奇小説百選 拾遺その二

 入門者向け時代伝奇小説の百選に含められなかった作品の紹介であります。今回は条件のうち、現在電子書籍も含めて新刊で手に入らない8作品を紹介いたします。

『秘剣・柳生連也斎』(五味康祐) 【剣豪】【江戸】
『秘剣水鏡』(戸部新十郎) 【剣豪】【江戸】
『十兵衛両断』(荒山徹) 【剣豪】【江戸】
『打てや叩けや 源平物怪合戦』(東郷隆) 【古代-平安】【怪奇・妖怪】
『聚楽 太閤の錬金窟』(宇月原晴明) 【戦国】【怪奇・妖怪】
『真田三妖伝』シリーズ(朝松健) 【戦国】【怪奇・妖怪】
『写楽百面相』(泡坂妻夫) 【江戸】
『秘闘秘録新三郎&魁』シリーズ(中谷航太郎) 【江戸】

 歴史に残すべき名作、刊行してあまり日が経っていないはずのフレッシュな作品でも容赦なく絶版となっていく今日この頃。電子書籍はその解決策の一つかと思いますが、ここに挙げる作品は、言い換えればその電子書籍化がされていない作品であります。

 まずはともに剣豪ものの名品ばかりを集めた名短編集二つ――いわずとしれた柳生ものの名手の代表作である二つの表題作をはじめとして、切れ味鋭い短編を集めたいわばベストトラックともいうべき『秘剣・柳生連也斎』(五味康祐)。
 そして一瞬の秘剣に命を賭けた剣士たちを描く『秘剣』シリーズの中でも、奇怪な秘剣を操る者たちの戦いの中に剣の進化の道筋を描く『水鏡』を収録した『秘剣水鏡』(戸部新十郎)。どちらも絶版であるのが信じられない大家の作品であり、名作であります。

 そしてもう一つ剣豪ものでは『十兵衛両断』(荒山徹)。一時期荒山伝奇のメインストリームであった柳生ものの嚆矢にして、伝奇史上に残る表題作をはじめとした本書は、伝奇性もさることながら、権に近づくあまり剣の道を見失っていった柳生一族の姿を浮き彫りにした作品集であります。

 また古代-平安では博覧強記の作者が、源平の合戦をどこかユーモラスなムードで描いた『打てや叩けや 源平物怪合戦』(東郷隆)があります。
 司馬遼太郎の『妖怪』の源平版とも言いたくなる本作は、貴族から武家に社会の実権が移る中、武家たちの争いと妖術師の跳梁が交錯する様が印象に残ります。

 そして戦国ものでは、なんと言っても作者の絢爛豪華にして異妖極まりない伝奇世界が炸裂した『聚楽 太閤の錬金窟』(宇月原晴明)。
 関白秀次の聚楽第に隠された錬金の魔境を巡る大活劇は、作者の特徴である異国趣味を濃厚に描き出すと同時に、もう一つの特徴である深い孤独と哀しみを漂わせる物語であります。

 そして戦国ものでもう一つ、『真田三妖伝』『忍 真田幻妖伝』『闘 真田神妖伝』(朝松健)の三部作は、作者が持てる知識と技量をフルに投入して描いた真田十勇士伝であります。
 猿飛佐助と柳生の姫、豊臣秀頼の三人の運命の子を巡り展開する死闘は、作者の伝奇活劇の総決算とも言うべき大作。ラストに飛び出す秘密兵器の正体は、これまた伝奇史上に残るものでしょう。

 続いて江戸ものでは、今なおその正体は謎に包まれた東州斎写楽の謎を追う『写楽百面相』(泡坂妻夫)。
 江戸文化に造詣が深い(どころではない)作者の筆による物語は、伝奇ミステリ味を濃厚に漂わせつつ、史実と虚構の合間を巧みに縫って伝説の浮世絵師の姿を浮かび上がらせます。

 さらに今回紹介する中でもっとも最近の作品である『ヤマダチの砦』に始まる『秘闘秘録新三郎&魁』シリーズ(中谷航太郎)も実にユニークな江戸ものです。
 品性下劣な武家のバカ息子と精悍な山の民の青年が謎の忍びに挑むバディものとしてスタートした本シリーズは、あれよあれよという間にスケールアップし、海を越える大伝奇として結実するのです。


 というわけで駆け足で紹介した8作品ですが、それぞれに事情はあるにせよ、媒体の違いだけで後の世の読者が――今はネット書店で古書も手にはいるとはいえ――アクセスできないというのは、残念というより無念な話。
 ぜひともこれらの名作にも容易に触れることができるような日が来ることを、心から祈る次第であります。


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「水鏡」 秘剣が映す剣流の発展史
 「十兵衛両断」(1) 人外の魔と人中の魔
 「打てや叩けや 源平物怪合戦」 二つの物怪の間で
 「聚楽 太閤の錬金窟」 超越者の喪ったもの
 写楽とは何だったのか? 「写楽百面相」
 『ヤマダチの砦』 山の民と成長劇と時代ウェスタンと

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