2018.05.07

武内涼『敗れども負けず』(その二) 彼らは何故、何に負けなかったのか?


 歴史上の敗者を題材にした短編集の紹介の後編であります。今回ご紹介する二編は、本書のテーマに即しながらも、作者の小説に通底するものがより色濃く現れた作品です。

『春王と安王』
 足利義教と対立した末に討たれた足利持氏の子として奉じられ、結城合戦の大将となった足利春王丸・安王丸。圧倒的な力の前に散った幼い子供たちの姿を、本作は瞽女――盲目の女性芸能者を通して描きます。

 幼い頃に瞽女となり、長じてのち琵琶法師の夫と出会い、坂東に出た千寿。ならず者に襲われていたところを二人の少年に助けられた彼女は、やがてその二人が春王丸・安王丸であったことを知ります。
 義教に反旗を翻し、結城城に依った二公子に求められ、その心を慰めるために城に入った千寿たち。善戦を続けるものの、幕府軍の物量に押されついに迎えた落城の日、城を脱した二公子の伴をする千寿たちですが……

 現代でいえば小学生くらいの年齢ながら、反幕府の旗頭として祭り上げられ、そして非業の最期を遂げた春王丸と安王丸。
 本作はその二人の姿を――その少年らしい素顔を、千寿という第三者の目を通じて瑞々しく、だからこそ痛々しく描きます。そしてそれと対比する形で、「万人恐怖」と呼ばれた暴君・義教の姿が浮かぶのですが――しかし本作が描くのはそれだけに留まりません。本作が描くのはもう一つ、そんな「力」に抗する者――芸能の形で敗者たちの物語を愛し、語り継いできた庶民たちの姿なのです。

 思えば、作者の作品は常に弱者――忍者や暗殺者など、常人離れした力を持っていたとしても社会的にはマイノリティに属する存在――を主人公として描いてきました。その作者が描く歴史小説が、強者・勝者の視点に立つものではないことはむしろ当然でしょう。
 そして本作においてその立場を代表するのが、千寿であることは言うまでもありません。強者たる義教があっさりと命を落とした後に、春王丸・安王丸の姿が芸能として後世に語り継がれることを暗示する本作の結末は、決して彼らが、千寿たちを愛した者たちが負けなかったことを示すのであります。


『もう一人の源氏』
 最後の作品の主人公は、源氏嫡流の血を引きながらも、将軍位を継ぐことはなかった貞暁。頼朝亡き後、頼家が、実朝が、公暁が相次いで死に、源氏の血が途絶えたかに見えた中、ただ一人残された頼朝の子の物語です。

 頼朝が側室に産ませ、妻・政子の目を恐れて逃し、高野山に登った貞暁。彼を四代将軍に望む声が高まる中、政子は九度山で貞暁と対面することになります。表向きは将軍就任への意思を問いつつも、是と答えればこれを討とうとしていた政子に対し、貞暁は己の師の教えを語るのですが……

 本書に登場する中で、最も知名度が低い人物かもしれない貞暁。幼い頃に出家し、高野山で生き、没したという彼の人生は、メインストリームから外れた武士の子の典型に思えますが――しかし本作は政子に対する貞暁の言葉の中で、それが一面的な見方に過ぎないことを示します。
 高野聖に加わり、自然の中で暮らした貞暁。初めは己の抱えた屈託に苦しみつつも、しかし師との修行の日々が、彼を仏教者として、いや人間として、より高みに近づけていく――そんな彼の姿が露わなっていく政子の対話は、静かな感動を生み出します。

 そしてその師の言葉――「この世界は……愛でても、愛でても、愛で足りんほど美しく、さがしても、さがしても、さがし切れぬほどの喜びで溢れとる」は、作者の作品における自然観を明確に示していると言えるでしょう。
 デビュー以来、作者の作品の中で欠かさずに描かれてきた自然の姿。登場人物を、物語を包むこの自然は、この世の美しさを、そして何よりも、決して一つの枠に押し込めることのできないその多様性を示しているのだと――そう感じられます。

 その多様性に触れた末に、武士の戦いの世界を乗り越えた貞暁の姿は、本書の掉尾を飾るに相応しいというべきでしょう。


 以上全五作の登場人物たちが戦いに敗れた理由は、そしてその結果は様々です。しかしその者たちは、あるいはその者たちの周囲の者たちは、戦いに敗れたとしても決して負けなかったと、本作は高らかに謳い上げます。何に負けなかったか? その人生に――と。

 作者はこれまでその伝奇小説において、正史の陰に存在したかもしれない敗者の、弱者の姿を描いてきました。勝者の、強者の力に苦しめられながらも、決してそれに屈することなく、自分自身を貫いた者たちを。
 本書は、そんな作者の姿勢を以て描かれた歴史小説――作者ならではの、作者にしか描けない歴史小説なのであります。


『敗れども負けず』(武内涼 新潮社) Amazon
敗れども負けず


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2018.05.06

武内涼『敗れども負けず』(その一) 様々な敗者の姿、そして残ったものの姿


 デビュー以来、常に時代伝奇小説を手がけてきた一方で、最近は独自の視点に立った歴史小説『駒姫 三条河原異聞』を発表している作者。本書も伝奇色のない歴史小説――歴史上の敗者とその周囲にあった者を主人公に、「その先」を描いてみせる全五編の短編集であります。以下、一作ずつ紹介してきます。

『管領の馬』
 関東管領でありながら、北条氏康に惨敗し、居城の平井城を喪った上杉憲政。本作の巻頭に言及されるように、甲陽軍鑑において臆病な大将などと厳しい評価を与えられた武将ですが――本作はその己の愚かさから敗北を喫した憲政のその後の姿を、その若き臣・曾我祐俊の目を通じて描く物語であります。

 それまで幾度も北条氏との戦を繰り返しながらも、腰巾着の甘言に乗せられ、戦に出ようとしなかった憲政。その果てに上杉軍は追いつめられて嫡男の龍若丸は討たれ、さらに混乱の中で憲政は居城の平井城を喪うことになります。何とか死を思い留まって再起のために逃れ、平井からの難民の中に潜り込んだ憲政が見たものとは……

 城を奪われた末に民たちの間に身を隠し、そして信じていた者たちから次々と裏切られ、ついには命を狙われる――敗軍の将としての辛酸をこれ以上はないほど舐めた憲政。本作はその苦しみをつぶさに描きつつも、それだからこそ再び立ち上がる力を得た憲政の姿を浮かび上がらせます。
 主がいつまでも主が戦場に出なかったことから、動かぬことの喩えに使われた憲政の馬。その馬が放たれ、自然の中で厳しくも新たな道を歩み始めた姿を、憲政自身が求める新たな戦いの姿に重ねて見せる結末が、何とも爽やかな後味を残します。


『越後の女傑』
 巴御前と並び、女傑として歴史に名を残す板額御前。並の男の及びもつかぬ力を持ちつつも、鎌倉幕府を向こうに回し、いわば時流の前に敗れた女性を本作は瑞々しく描きます。
 叔父・長茂とともに倒幕計画に加わりながらも、長茂を討たれ、鳥坂城に籠城を余儀なくされた城資盛。その甥の救援に駆けつけた板額は、寡兵を率いて幕府の討伐軍を散々に悩ませながらも、しかし衆寡敵せず、ついに城を落とされることとなります。そして捕らえられた板額を待ち受けるものとは……

 正史に記録は残るものの、むしろ浄瑠璃や歌舞伎などの芸能で後世に知られる板額。越後の豪族・城氏に連なる彼女を、しかし本作は蝦夷の血を引く者として描くのが面白い。
 なるほど、彼女が身の丈八尺、美女とも醜女などと評されるのは、当時の人々の尺度から外れる人物であったことを示すものでしょう。しかしその源流に蝦夷を設定したのは、伝奇小説家たる作者ならではの発想であります。(城氏の祖が蝦夷と戦っていた史実からすればあり得ないものではないと感じます)

 自然の中で獣を狩り、そして狩った動物を神として崇める誇り高き狩人であった蝦夷。その血を引く彼女は、武内主人公の一人として相応しいと言えるのではないでしょうか。

 本作の結末は、そんな彼女が武器を捨てて「女の幸せ」を得たように見えるかもしれません。しかし彼女が求めていたのが自分と同じ価値観を持ち、そして自分を一個の人間として認める相手であったと明示されているのを思えば、本作がそのような浅薄な結末を描いた作品ではないことは、明らかでしょう。


『沖田畷』
 その勇猛さと冷酷さから「肥前の熊」と呼ばれながらも、絶対的に有利なはずの戦で大敗し、首を取られたことで後世の評判は甚だ悪い龍造寺隆信。本作で描かれるのは、その疑心故に自滅した彼の姿であります。

 主君の疑心により祖父と父をはじめとする一族のほとんどを討たれ、以来幾度も裏切り裏切られながら、ついに肥前を支配するに至った隆信。本作の隆信は、そんな過去から一度疑った相手は無残に処断する冷酷さを持ちながらも、同時に自ら包丁を振るい周囲に振る舞う美食家という側面をも持つ複雑な人物として描かれます。
 そんな彼とは兄弟同様に育ちつつも、彼に諫言するうちに溝が深まり、冷遇されるに至った鍋島信生(後の直茂)。彼の懸念は当たり、ついに隆信は沖田畷で……

 数万対数千という圧倒的な戦力差、しかも相手の島津家は当初持久戦を狙っていたにもかかわらず、大敗することとなった沖田畷の戦い。しばしばその敗因を増長に求められる隆信ですが、本作においてはむしろ、疑心とそれと背中合わせの独善に求めています。
 その視点は非常に説得力がありますが――敗れた隆信の姿が強烈すぎて、「負け」なかった信生の姿が薄いのは、少々残念なところではあります。

 残り二話は次回に紹介いたします。


『敗れども負けず』(武内涼 新潮社) Amazon
敗れども負けず


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2018.05.04

田中啓文『シャーロック・ホームズたちの新冒険』(その二) ホームズをホームズたらしめたもの


 様々な有名人が名探偵として活躍す短編集の紹介の後編であります。残る三話も、これまたいずれも趣向を凝らした物語揃いです。

『2001年問題』
 本作に登場するのは、あの黒後家蜘蛛の会の面々――様々な謎を抱えた人々をゲストに、喧々囂々と謎解きを楽しむ六人の男たちと一人の給仕の姿を描いた、アイザック・アシモフの連作ミステリの登場人物たちが、現代を舞台に謎に挑むのですが――その謎というのが、アシモフがアーサー・C・クラークに宛てた手紙から失われた秘密なのであります。

 それも『2001年宇宙の旅』に隠された謎、ディスカバリー号で起きたことの真実――そう、本作はあの名作が現実の出来事として起きた世界での物語。木星に向かったディスカバリー号の事件の顛末をドキュメンタリー化したものがキューブリックの映画であり、クラークの小説だというのであります!

 映画の終盤の、数々の難解な映像。本作では、それは木星で保護され、後に姿を消したボーマン船長の供述によるというのですが――さて本当は船内で何が起きていたのか、船長以外の乗組員の死の真相は何なのか? 
 いやはや、謎のために物語世界を作ってしまうのが本書の特徴の一つですが、ここまでやってしまうとは驚くほかありません。

 しかし、給仕のヘンリーが解き明かすあまりに合理的なその真相もさることながら、彼がそこにたどり着く、その根拠が実に楽しい。
 そういえばアシモフ先生にはそういうミステリもあったなあ……と愉快な気持ちになってしまう本作。その先の更なる真実はどうかと思いますが、本書でも一二を争う好編です。


『旅に病んで……』
 とくれば松尾芭蕉の辞世の句。本作は同じく死を目前とした大俳人・正岡子規と弟子の高浜虚子が、芭蕉の門人・服部土芳の書状から、芭蕉の死の真相に迫ります。

 大阪で客死した芭蕉が直前まで健康であったことから死因に疑問を抱き、調査を進めていたという土芳。芭蕉が死の間際に残した句に着目した土芳は、ついにたどり着いた恐るべき真実は――それは書状に残されていなかったのですが、子規はそこまでの内容から、自力で真相にたどり着いたと語ります。
 しかしその子規もそれを語ることなく亡くなり、残された虚子は一人謎に挑むことになります。そして彼も真相に至るのですが……

 本作は一種の暗号ミステリですが、ある事物を詠んだ俳句の中にまた別の意味が、というのは技巧として存在するわけで、ミステリとの親和性は高いのでしょう。
 そしてそれはまた、一つの言葉を別の言葉に繋げてみせる駄洒落とも親和性が――というのは言いすぎですが、こじつけのような言葉合わせが、とんでもない伝奇的真実を導き出すのは、(人を食ったような結末も含めて)作者ならではのダイナミズムと感じるのです。


『ホームズの転生』
 そしてラストはホームズを探偵役に据えた物語――なのですが本作のホームズは老人。しかも探偵になることなく老いさらばえてしまったホームズなのですから驚かされます。

 町医者として平凡かつ平和な人生を送り、妻に先立たれて一人暮らす老ワトスンが訪れた小さなコンサート。その舞台上で、ホルン奏者が背中から撃たれて死亡するという事件が発生します。警察は当然、被害者の後ろにいた人間を疑うのですが――しかしそれに異論を唱えた人物がいました。
 それは舞台に上がっていた老バイオリニスト・ホームズ――音楽家を志すも芽が出ず、場末の楽団で演奏していた彼は、実は類稀なる推理の才能を持っていたのであります。たちまち意気投合したホームズとワトスンは、事件の捜査に乗り出すのですが……

 ホームズものと言うものの、そのほとんどは正確にはホームズとワトスンものと言うべきでしょう。名探偵は、彼の助手にして記録者、そして親友があってこそ存在し得る――それを本作は、これ以上なく力強く語ります。
 若き日に一度出会いながらも、些細な行き違いからベイカー街で同居することはなかった二人。それが大きな歴史の分岐となってしまうとは――二人のファンには大いに悲しくも、しかし大きく頷ける内容であります。

 もちろん事件の方も、そのトリックの面白さ(そして時代がかった豪快さ)も含めて、実に「らしい」本作。できることなら、ここから始まる二人の物語をもっと読みたくなってしまうような快作でした。

 そして数々のトリッキーな作品を描いた本作のラストに、それらにも負けずトリッキーでいて、しかし見事なパスティーシュを描いてみせる、作者のセンスには脱帽するほかありません。もちろん三冊目も期待したくなる快作であります。


『シャーロック・ホームズたちの新冒険』(田中啓文 東京創元社) Amazon
シャーロック・ホームズたちの新冒険

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2018.05.03

田中啓文『シャーロック・ホームズたちの新冒険』(その一) 有名人探偵たちの饗宴ふたたび


 多芸多才の作家・田中啓文が、実在の、あるいは虚構の中で実在の(?)人物を探偵役に描くミステリ短編集の続編が刊行されました。いずれの作品も、お馴染みの人物が探偵役として、奇想天外なシチュエーションで活躍する作品ばかり。まさしく作者ならではの作品集であります。

 5年前に刊行された前作『シャーロック・ホームズたちの冒険』同様、 巻末の一作を除いて、いずれもホームズとは直接の関係がない名探偵を描く作品が収録されている本書ですが、いずれもユニークな作品揃い。以下、収録作品を一作ずつ紹介していきます。

『トキワ荘事件』
 ミステリではしばしば舞台となる(タイトルに冠される)「○○荘」。では日本で一番有名な○○荘といえば――というわけで本書の舞台となるのは、後に日本を代表する漫画家たちを次々と輩出したトキワ荘。漫画界の特異点のようなこの地を舞台に、ユニークなミステリが展開します。

 今日も若き漫画家たちが奮闘を続けるトキワ荘に現れた編集者・丸谷。某社の手塚治虫番である彼は、〆切当日になっても手塚が行方不明で、このままでは二ヶ月連続で連載に穴が空いてしまうと語るのでした。
 そこで丸谷の依頼に応え、手塚の代作に挑んだトキワ荘の面々は、協力しあって何とか〆切に間に合わせたのですが、描き上げたばかりの原稿がどこかに消えてしまい……

 というわけで、活気溢れる日本漫画界の創世期あるいは青春期の空気も楽しい本作。探偵役も藤子・石森・赤塚・寺田という錚々たる面々が努めることになりますが――実は原稿紛失の謎自体はそこまで面白いものではありません(というよりちょっと無理が?)
 しかしハウではなくホワイダニットの方はなかなか面白く、漫画界のある種の空気(と手塚治虫の逸話)に親しんだ者ほど、気付きにくい真相なのが愉快であります。

 そしてもう一つ、本作には隠れた(?)真実があるのですが――これは正直に申し上げてあまり必然性はないようにも感じられます。
 しかし彼らの存在が一つの分岐点に――それも明るい歴史への――なっていたとすれば、それはそれで素晴らしいことではあると、ちょっと良い気分になれました。


『ふたりの明智』
 名探偵で明智といえばもちろん小五郎。しかしタイトルは「ふたり」、もう一人有名な明智とは――その遠い祖先だという光秀であります。本作はその二人が競演するのであります。死の世界で!

 太平洋戦争中にさる華族邸に届けられた怪人二十面相の予告状。警視庁の中村警部も一度見事に出し抜かれ、明智小五郎が出馬するも、二十面相がまんまと密室から目的の品を盗んだかにみえたのですが――小五郎は皆の前で謎解きを始めることになります。
 しかしそこで何が起きたのか、気付けば死の世界にいた小五郎。そこは自分の死んだ理由がわからなければ天国にも地獄にもいけないルール、同様の立場の光秀を前に、小五郎は自分の死の真相を探ることになります。

 ……密室からの盗難の謎、明智小五郎殺害の謎、それに加えて明智光秀死亡の謎という三つを解き明かそうという本作。いくら何でもそれは――と思えば、それぞれにきっちりと謎が解かれてしまうのはなかなか面白い。
 とはいえ、かなり強引に感じられる部分もあって、特に二番目の謎は、その結末も相まって、どうにもすっきりしないものが残ります(三番目の謎までくると、もう作者らしいとしか言いようがないのですが)。

 この辺り、謎を語るために作られた世界が、逆にその物語を縛る形となってしまっているというべきでしょうか……

 これはちょっと核心に触れずに書くのが難しいのですが、戦前と戦後の乱歩の作風の違い(そして○○○○の年齢の謎)に一つの回答を与えようとしているようにも感じられるのですが、どうにもすっきりしないものが残る結末でした。


 残る三話は次回ご紹介いたします。


『シャーロック・ホームズたちの新冒険』(田中啓文 東京創元社) Amazon
シャーロック・ホームズたちの新冒険

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2018.04.07

築山桂『近松よろず始末処』に推薦の言葉を寄せました


 築山桂の新作『近松よろず始末処』に、推薦のコメントを寄せさせていただきました。近松といえば近松門左衛門――あの浄瑠璃作家が何故か探偵事務所を開業、そこに引っ張り込まれた元・賭場の用心棒の青年を中心とした個性的な面々が、大坂で起きる難事件・怪事件に挑むユニークな作品であります。

 喧嘩で半死半生だったところを近松に拾われ、花売りの仕事と住む場所まで世話された元用心棒の青年・虎彦。 彼にとっては大恩人である近松が、万始末処――依頼を受けて大坂の人々の悩みを解決する、いわば現代でいう探偵事務所を裏で営むことを知った虎彦は、求められるままにそのメンバーに加わることとなります。
 彼以外のメンバーは、近松を爺と慕う謎の美青年剣士・少将と、並の人間よりも頭の良い犬の鬼王丸。さらに竹本座でからくり職人を目指す少女・あさひも首を突っ込んで、まずは賑やかな裏稼業の始まり始まりとなるのですが……


 さて、本作は(サブ)ジャンルでいえば時代ミステリ、それも有名人探偵ものと呼べるかもしれません。そう、歴史上に名を残す人物が探偵役を務め、事件の謎に挑む――そして多くの場合、事件の内容がその人物の後の業績に影響を与える――という作品であります。

 なるほど本作はその形に当てはまっていますが――しかし本作においては、近松はあくまでも後ろに控える存在で、前面に出て事件解決に奔走するのは虎彦と少将のコンビ(鬼王丸も加えてトリオ?)となるのが面白い。
 喧嘩っぱやくて人情家の虎彦と、腕利きだけれどもクールで得体の知れない少将、対照的な二人が証拠集めや人探しに奔走した末に、近松が事態を収める――そんなスタイルで物語は展開していくのです。

 上役に握りつぶされた事件を追う途中、お犬様(本作の舞台は元禄時代であります)を殺めた科で切腹目前の同心を救うために奔走する第一話。
 父の仇を求めて出奔した兄を探して江戸からやってきた少年の依頼を受けた虎たちが、複雑に入り乱れた仇討ちの因縁に巻き込まれる第二話。
 さる料亭に出没するという井原西鶴の亡霊の正体を暴くという依頼で張り込んだ近松たちが、裏で蠢くからくりと対峙する第三話。

 人使いの荒い近松に文句をこぼしながらも、これも世のため人のため、人情の篤さが身上とばかりに事件の渦中に飛び込んでいく虎彦。
 しかしその果てに、彼はある真実を知ることになって……


 と、終盤で待ち受けるある種のどんでん返しも楽しい本作。全四話、依頼者も内容も様々な事件を描くバラエティに富んだ事件が描かれることになりますが、共通するのは、いずれも大坂の市井を舞台であることであります。

 この辺りは、大坂の町を舞台に、生き生きとした町人たち特に若者たちの姿を描いてきた作者の面目躍如たるものがありますが――しかしそれだけに留まるものではありません。
 それは本作における最大の謎、あるいは違和感の正体にも関わってくるのですが――それはぜひ、実際に作品を手に取っていただければと思います。

 ただ一つ申し上げるとすれば、そこにあるのは物語る者の深い業であり、そしてそれが生み出す物語がこの世にある意味であり――本作は優れた「物語の物語」でもある、ということであります。
 そしてもちろん、それは近松門左衛門という不世出の物語作家の存在と密接に関わっていくのですが……


 さて冒頭で述べたとおり、今回縁あって、ありがたいことに本作の推薦のコメントを寄稿させていただきました。
 大好きな作家の新作ということで、大いに気合いを入れて臨んだのですが――気合いが入りすぎて、他にコメントされた方々(これがもう、本当に錚々たる面々なのですが)に比べて、浮いているというか何というか……

 書店でポップやパネル(特に後者)をご覧になる機会がありましたら、文字通りご笑覧いただければと思います。


『近松よろず始末処』(築山桂 ポプラ社) Amazon
近松よろず始末処

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2018.03.30

DOUBLE-S『イサック』第3巻 語られた過去と現在の死闘

 17世紀ヨーロッパの三十年戦争の渦中に現れた日本人「銃士」イサックの戦いを描く本作も、第3巻に入りいよいよ佳境。これまで謎に包まれていた彼の過去――何故彼が故国を離れ、はるばるヨーロッパにやってきたかが語られることとなります。そして更なる窮地に陥った彼と仲間たちの運命は……

 1620年、プロテスタントとカトリックが激突する最前線である神聖ローマ帝国はフックスブルク城に現れた日本人青年・イサック。その長大な火縄銃でスペイン軍を率いるスピノラ将軍を狙撃した彼は、城の窮地を救ってみせるのでした。
 さらにスペイン王太子アルフォンソ率いる一万五千の大軍を撃退するなど、イサックはフックスブルク城を守ってきたプリンツ・ハインリッヒとともに獅子奮迅の活躍を繰り広げることになります。

 今度はハインリッヒとともにローゼンハイム市防衛に向かったイサックですが――そこで彼を待ち受けていたのは、スピノラの名を継いだ将軍の弟の側についた、もう一人の日本人銃士・ロレンツォ。
 イサックと同じ銃を持ち、勝るとも劣らぬ銃の腕を持つロレンツォによって狙撃されたイサックは、人事不省に陥ることに……


 というわけで、いよいよイサック個人の物語が語られることとなったこの第3巻。
 ここで語られるイサックの本名は猪左久、そしてロレンツォの本名は錬蔵――二人は、かつては共に堺の鉄砲鍛冶筆頭の下で一二を争う兄弟だったのであります。

 師が大御所家康の命によって作った二丁の兄弟銃の一丁を奪い、師を殺して海を渡った錬蔵。その錬蔵から銃を取り返して家康に献上し、人質として捕らえられた師の娘・しほりを救い出すために、残された銃を手に、猪左久もまた海を渡ったというのです。

 ハインリッヒに対し、自分の行動原理を「恩」と「仇討ち」であると語ったイサックですが――なるほど、この過去をみれば、まさしくその二つのためにイサックはここまでやってきたことがわかります。
 これまで痛快な活躍を見せつつも、あくまでもこのヨーロッパでは余所者の助っ人であったイサック。ここで旅の目的であるロレンツォが敵に回ったことで、イサックがいまこの場所で戦う理由ができたことは、物語の構造からしても大きな意味を持つと感じます。

 もっとも、もうしほりさんの方は手遅れではないのかなあ――と素朴に感じてしまうのですが、それはさておき。


 さて、こうして語られたイサックの過去ですが、現在の危機が去ったわけではありません。

 新スピノラ率いるスペイン軍は市を重囲し、そこから脱出しようも攻撃しようにも、顔を出した瞬間にロレンツォによって狙撃される――攻撃も防御も退却もならず、じりじりと追い詰められていく状況。
 これを打開すべく、片腕が効かない状態でハインリッヒとともに打って出たイサックは、銃だけでなく、刀においても見事な腕前を見せるのですが……

 危機また危機の展開から、一瞬の好機を掴んで脱し、そして奇策でもって逆転を狙う――この辺りの波乱万丈の展開は、こうした合戦ものならではの面白さであることは間違いありません。
 イサックやロレンツォの銃撃の描写だけでなく、兵士たちが入り乱れる白兵戦をも巧みに描く作者の画の力もあって、冷静に考えればあまり物語は進んでいないにもかかわらず、物語は盛り上がりっぱなしであります。


 もっとも、ここでイサックの過去が描かれると、彼の超人的活躍に少々リアリティが感じられなくなってくるのは痛し痒しという印象もあります。

 特に終盤に登場する○○○は、日本の合戦で使われたケースはあまりないように記憶しておりますが、それをここまで的確に使うのは、イサックの言うような理由では無理ではないかとも感じられます。
 この辺りにあまりあれこれ言うのは野暮なのかもしれませんが……


 何はともあれ、ローゼンハイム市攻防戦もいよいよ大詰め。ここに来て再び現れたアルフォンソ王太子の存在は、イサックたちにとって吉と出るか凶と出るか――そしてイサックとロレンツォの戦いに決着はつくのか。
 意外な(?)助っ人の登場とともに、次巻に続きます。


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2018.03.29

冬目景『黒鉄・改 KUROGANE-KAI』第1巻 帰ってきた鉄面の渡世人

 仮面の渡世人と喋る刀が帰ってきました。1993年に初登場してから、時に掲載誌を移しながら連載を続け、2003年に姿を消した『黒鉄』――その物語を踏まえて、変わらぬ面子のちょっと変わった物語が再び始まります。

 少年ながら人斬りの道に進み、野垂れ死んだ末にとある蘭学者に拾われ、半身が機関仕掛けの仮面の渡世人として蘇った鋼の迅鉄。喋れぬ迅鉄の代わりに喋る刀の鋼丸を相棒に、一人と一刀のあてどもない旅が続く――というのが、前作そして本作の基本設定です。

 さて、この第1巻の冒頭に収録された「序章」は、連載開始前にプレ読切として掲載されたエピソードであります。
 金をもらって人を斬る旅を続けてきた迅鉄が同宿することとなった二人の女性・流以と東雲。同じ旅鴉だという流以は、迅鉄と鋼丸の関係をひと目で見抜いて……

 というこのエピソードは、派手な立ち回りもあり、結末には流以の意外な正体(?)が語られたりとあるものの、どこまでも淡々とした(そして時々フッと力の抜ける)味わいは長いブランクを感じさせぬもの。
 まず『黒鉄』らしい第1話という印象であります。
(それでいて、おや? と思わせる描写もあるのですが――それは後述)


 そしてこの巻のメインとなるエピソード「出立の刻」は、数少ないサブレギュラーである男装の少女渡世人・紅雀の丹が冒頭から登場。
 前作では迅鉄を母の仇として付け狙いつつも、一種の腐れ縁で結ばれていくというキャラクターだった丹ですが、本作では何故か鋼丸を帯びていて――と、いきなり意外な展開に驚かされます。

 実は一月前、何者かに襲われて崖から転落して行方不明となっていた迅鉄。
 残された鋼丸は、偶然そこに通りかかった丹に拾われ行動を共にしていたということなのですが――今度は丹が、謎の集団に襲われていた侍を助け、瀕死の侍から幕府への書状を託されることになります。

 しかも迅鉄を襲った男たちと、この侍を襲った男たちは、どちらも奇妙な刺青していたという共通点が。そして当の迅鉄は、記憶を失って薬草園を営む兄妹に救われていたのですが……

 と、内容的にはある意味定番ながら、迅鉄を記憶喪失にすることで、シリーズの基本設定を再度語り直すという趣向も面白い今回のエピソード。
 しかし個人的に気になったのは、このエピソードで(そして上で述べた「序章」で)描かれた迅鉄と鋼丸の描写に、前作とは異なる点があることであります。

 例えば前作の迅鉄は(少なくとも初期は)鉄仮面を外すことはなく、普通の食事を食べることもなかったのですが、本作においては鉄仮面を外して食事を食べる場面が描かれるのです(そして鉄仮面の下の素顔が描かれる場面も……)。

 そして迅鉄を改造したのと同じ学者によって作り出されたという設定だった鋼丸も、或る刀工が作った妖刀という設定となっており、迅鉄の近くにいなければ喋れない(迅鉄の頭の中に鋼丸の脳もあるため)ということもなくなっております。

 この辺りについては、作者のあとがきに「基本的に前作の設定を引き継ぎつつも改変している部分も多々ございます」とあるように、明確に意識して変更して変更したということなのでしょう。
 いわば本作は、続編というよりもリブート――そう表すべき位置づけの作品なのでしょう。


 もっとも『黒鉄』という作品において、迅鉄や鋼丸の素性は、積極的に物語全体を引っ張っていくような性質のものではない――あくまでも物語の舞台装置の一つであった――という印象があります。
 その設定をあえて変えたことが、このリブートでどのような意味を持つのか――それはまだわかりませんが、この「出立の刻」を見るに、原則として一話完結エピソードでありつつも、その背後に一つに繋がった大きな物語を描こうとしているのではないかと感じられます。

 この巻のラストに収められた新エピソード「底根國の天探女」の第1話では、迅鉄を探す謎の蘭学者が登場。
 一方で、迅鉄や丹を襲った謎の男たちも蘭学に関わって暗躍している様子で――さて、こうした動きが鋼の迅鉄にどのように関わっていくことになるのか。

 再び始まった迅鉄の旅の行く先が、前作以上に楽しみになる展開であります。


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2018.03.20

「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2018年4月号の紹介の後編であります。

『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 ドイツ留学からようやく帰ってきた島安次郎。しかし日本の鉄道は前途多難、今日も雨宮運転手の力を借りつつ奔走する島ですが、しかしここで彼には全く予想もつかぬ事態が起きることになります。
 それは第一次世界大戦――島にとっては恩人とも言うべきドイツと日本が開戦、中国で日本軍に敗れたドイツ人捕虜の護送を鉄道で行うことになった島は、その中に留学時代の友を見つけることになります。そして吹雪の中を走る鉄道にトラブルが発生した時、島の選択は……

 鉄道にかける島の熱意、そしてその途上に起きる鉄道でのトラブルを解決する雨宮の活躍を中心に描かれてきた本作。今回もそのフォーマットを踏まえたものですが――しかし戦争という切り口を本作で、このような切り口で描くか、となかなか意外な展開に驚かされます。
 ある種の民族性を強調するのはあまり好みではありませんし、理想的に過ぎると言えばそうかもしれませんが、しかしクライマックスで描かれる島の想いもまた真実でしょう。苦い現実の中の希望という、ある意味本作らしい結末であります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 宇和島の牛鬼編の後編である今回、中心となるのは犬神使いのなつが遺した双子の八重と甚壱――特に八重。幼い頃から人の死期などを視る力を持った八重は、なつの使役していた三匹の犬神を受け継ぎ、憑かれたように宇和島城に向かうことになるのですが……
 その宇和島城で繰り広げられるのは、牛鬼による虐殺の宴。ついにその正体を表した牛鬼に、八重と甚壱、そして鬼切丸の少年が挑むことになります。

 と、今回はほとんど脇役の少年ですが、犬神に襲いかかられて、なつの犬神を斬るわけにはいかないと焦りの表情を浮かべたり、双子の姿から、短い生を生きる人から人へ受け継がれるものに想いを馳せたりと、なかなか人間臭い顔を見せているのが印象に残ります。

 ただ残念だったのは、「子を守って命を落とした母/母から受け継がれた命を繋いでいく子供」と、「子供を失って鬼と化した者」という面白い対比があまり物語中で機能していなかった点であります。
 共に仇討ちのために力を振るうという共通点を持つ両者を分かつものがなんであったのか――それは上に述べたとおりだと思うのですが、牛鬼が弱すぎたせいもあってそれがぼやけてしまったのはもったいなく感じました。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 今回もほとんど完全に芦名家メインの本作。佐竹家の次男から芦名家の新当主となった義広の姿が描かれるのですが――いかにもお家乗っ取りのように見えて、実は彼には彼なりの事情と想いが、と持っていくのがいい。
(……というより、それを引き出すのが小杉山御台とのわちゃわちゃというのが実に微笑ましい。)

 この辺りの呼吸は、作者の漫画ではお馴染みのものではありますが、やはりさすがは――と感じさせられます。


『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 「闇の大川橋」の中編、御用聞き・豊治郎が殺された現場に居合わせたために、刺客たちの襲撃を受けて窮地に陥った梅安(どれだけゴツくでも、複数の相手に真正面から襲われると危ない、というのは当たり前ですが面白い)。
 彦さんの家に転がり込んだ梅安は、嬉しそうに二人で一つの布団にくるまって(当然のようにそれは提案する梅安)――というのはさておき、自分が襲われたこと自体よりも、豊治郎を助けただけで襲われた、すなわち人助けもできない世の中になったことになったことに憤る姿が、強く印象に残ります。

 予想通りのビジュアルだったおくらもお目見えして、次回いよいよ決着であります。

 ……にしても、これは全くの偶然なのですが、今回の悪役の名前、連呼されるとドキドキするなあ。


 次号は『用心棒稼業』(やまさき拓味)、『小平太の刃』(山口正人)が登場とのこと。連載陣が充実しすぎてフルメンバーが揃わないという、贅沢過ぎる悩みも感じられます。


『コミック乱ツインズ』2018年4月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年4月号 [雑誌]


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2018.02.24

立野真琴『月虹伝書』 晴明の「弟」、時を超える!?

 安倍晴明の逸話・伝説は様々ありますが、その一つが信太狐――彼が人間の父と狐の母の間に生まれたという伝説であります。本作はその伝説を踏まえ、晴明の異父弟・月虹丸が活躍する、一風変わった平安(に留まらない)陰陽師伝奇漫画であります。

 突如京の都で起き始めた怨霊騒ぎ。次々と人々を襲い、害をなす怨霊への対処に追われる安倍晴明の前に、月虹丸と名乗る青年が現れます。
 人よりも獣の気配を漂わせる彼の正体は、晴明の母が父のもとを去った後に、別の人間との間に生まれた異父弟。兄同様に優れた霊力を持つ彼は、兄と共に都を騒がす怨霊に挑むことになります。

 しかし騒動の源となっているのは、実は月虹丸の許嫁・桜女。狐の里で愛し合った間柄ながら妖狐と化して暴れ回る彼女の真意を糺し、連れ戻そうと奮闘する月虹丸ですが、事態は意外な方向に展開していくことに……


 というわけで、晴明は強烈な存在感を放ちつつも脇に回り、月虹丸と桜女、かつては愛し合った二人の哀しい戦いが中心となる本作。
 冒頭に述べたように、晴明の母の伝説は有名でありますが、その母が晴明の後も子を生んでいたという設定はユニークで、おそらくは他に類を見ない設定ではないかと思います。

 しかし本作は第2話以降、この設定をさらに上回る、意外かつユニークな展開をみせることになります。
 それはタイムスリップ――月虹丸と晴明に追い詰められた桜女は時空を飛び越え、未来の(我々にとっては過去の)時代に害をなさんと跳梁するのであります。

 かくて第2話では200年近く未来に飛んだ桜女が、安倍泰親に倒されて殺生石と化した玉藻前を復活させ、ダブル妖狐として大暴れ。
 これに対して、彼女を追って時を超えた月虹丸と泰親、さらに魂を飛ばして泰親に宿った晴明のトリプル安倍が戦いを挑む――と思わぬオールスターバトル(?)になる、実に楽しい展開が描かれることになります。

 第3話ではさらに時を超え、桜女は晩年の太閤秀吉の側女に潜り込み、対して月虹丸と晴明は千利休の元に現れ……
 と、時代も物語もあまりに飛んだ展開に驚かされますが、実は晴明と利休の間には、史実の上で因縁(恥ずかしながら本作を読むまで知りませんでした)があることを踏まえた物語に感心させられます。

 そしてそれが、晴明と利休のもう一つの繋がりに結びついて終わるという展開もまた、唸らされるところであります。


 と、意外な展開の連続である本作ですが、残念ながら第4話で完結。
 再び元の平安時代に戻って語られる桜女の真実とは――ここでは伏せますが、月虹丸の回想で描かれる、ある意味獣らしい(と言っては大変失礼に当たるかもしれませんが)あけすけな彼女の言葉が、思わぬ悲しい結末に結びつくのにもまた、驚かされるところであります。

 やはり全4話というのは短く、また上で触れたとおり、全く無関係ではなくてそれどころか面白い因縁があるとはいえ、やはり桃山時代まで舞台が飛ぶのはいささか違和感はあります。
(あるいはもっと話数が多く、様々な時代に飛べばこの辺りの印象も異なったかもしれませんが……)

 しかし、幾度も述べたように、信田狐の伝説を巧みに生かして新たなキャラクターを創造し、そしてさらにこのキャラクターならではの物語を描いてみせた点は、大いに評価できます。
 作者はこれが初の時代もの(あとがきによれば本作を描くのには大苦戦したようですが――)とのことですが、そうとは思えぬ水準の作品であったかと思います。

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2018.02.21

「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その一)

 あまりに連載陣が充実しすぎて、逆にスタメンが揃わないこともあった「コミック乱ツインズ」ですが、今月は巻頭カラーの『鬼役』をはじめ、『軍鶏侍』『仕掛人藤枝梅安』『勘定吟味役異聞』の小説原作4作品が揃い踏みであります。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)
 久々登場の本作、第3回の今回は前後編エピソードの前編。藩主の改革遂行の刃として活躍した軍鶏侍こと岩倉源太夫が、再びその刃を振るうことになります。

 前回の功績により藩より道場を与えられ、剣術指南を行うことになった源太夫。息子夫婦の薦めで若い後妻を娶ることとなり、にわかに慌ただしくなった源太夫ですが――しかし上意により、脱藩した藩士・立川を討つことを命じられることになります。
 問題は立川がかつて道場破りを木剣でまっぷたつに斬り裂いたと言われる達人というだけでなく、彼が新妻の前夫であること。複雑な心境で源太夫は出立することになります。

 一度は引退していたものが、功績を上げて請われて職場復帰、しかも若くて美人で自分の趣味に理解のある新妻まで――と書くと、中年男性の願望充足すぎてちょっと驚かされる本作。とはいえ、結局は上意で人斬りに差し向けられる立場には色々と考えさせられます(個人的には、源太夫が自分より年下だったのにショック)。
 そんな仇し事はさておき、源太夫が軍鶏小屋で新妻の気持ちを確かめる場面の(軍鶏の視点から二人を描くという)画面作りは実に叙情的で美しく、感心いたしました。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 まだまだ続く島不在編。今回登場するのは、米国の機関車メーカーの青年営業マン・清水。日本のためにも新製品を売り込もうとするも、鉄道院に手ひどくはねつけられた彼と出会った雨宮はドイツの島に直訴するよう促します。
 敦賀から大陸に渡る船に急ぐ清水とともに箱根越えの列車に乗った雨宮ですが、そこで思わぬトラブルに巻き込まれることに……

 本作の素晴らしさは、島と雨宮という天才コンビを主役としつつも、鉄道に対する愛情では彼らに勝るとも劣らない、「普通の」人々の姿を描き出すことでしょう。言うまでもなく今回は清水青年がそれに当たりますが、その熱意がある人物を動かすという展開は、お約束とはいえ、そこに至るまでの物語の面白さもあって素直に受け取れます。

 それにしても雨宮氏が清水にアドバイスを与える(?)場面、彼らしい無茶ぶりの中にも熱さがあって実に良かったと思います。


『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 今回から新エピソード「闇の大川橋」がスタート。町の騒動の中で彦さんが出会った御用聞き・豊治郎。腕利きで人柄もいい豊治郎に好感を抱く彦さんですが、その晩、往診帰りの梅安は、大川橋の上で何者かに斬られた豊治郎を看取ることになります。
 その直後、梅安のもとを仕掛けの依頼で訪れる音羽の半右衛門。その相手と、豊治郎の末期の言葉に出てきた名が同じだったのは偶然か……

 というわけで、今回ついに重要キャラである音羽の元締が登場、原作では矮躯の一見好々爺として描かれる人物でありますが、面白いのはその初登場シーン。本作の特徴の一つである、重低音の擬音とともに、戸板一つ挟んで巨大な迫力を感じさせ、開けてみれば! るという描写は、ある意味本作ならではのもので、この手があったか! と膝を打った次第です。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 吉原の公許取り消しを命じる新井白石の命により、吉原との決戦を決意した聡四郎は、完全復活した玄馬とただ二人、吉原に正面から乗り込むことに――と、いよいよ第2章もクライマックスの本作、当然ただですむはずもないのですが、気合いの入りまくった二人に敵はない、と思わせてくれる描写が嬉しい。
 その直前、わずかな動きから聡四郎が相手の企てを見抜く様も見事で、彼も成長しているのだなあ……と感慨深くなります。

 その一方で江戸城の内外では色々と権力亡者たちの醜い動きが描かれることになりますが、注目は初登場の間部詮房。猿楽師出身の彼は、思わずなるほどと感心させられるビジュアルで、これまでとはまたベクトルの異なる奸臣ぶりが印象に残るところです。
(にしても聡四郎はこの頃から大奥、というか月光院と因縁があったのだなあ……)


 長くなりましたので次回に続きます。

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