2017.07.24

玉井雪雄『本阿弥ストラット』第1巻 光悦の玄孫が招く先の読めない冒険

 『ケダマメ』『怨ノ介 Fの佩刀人』と、最近はユニークな時代漫画を次々と発表している玉井雪雄の最新作は、またもや個性的極まりない作品。天下人家康に唯一逆らった男・本阿弥光悦の玄孫、本阿弥光健が、「目利き」の力で周囲を波乱に巻き込んでいく、先の全く読めない物語であります。

 目覚めてみれば、臭く真っ暗な船倉で縛られていた光健。彼は、女郎屋の代金を踏み倒したおかげで売り飛ばされ、最悪の人買い商人・バムリの権藤親方の奴隷船に乗せられていたのでありました。

 そんな彼と同様に船倉に押し込められていた人々は、しかしごく一部を除き、彼のことを気にしようともしなければ言葉も発しない無気力な人々。
 あらゆる共同体から捨てられ、人別を失った「棄人」である彼らを前にして、光健は、手を縛られたままでも、自分の目利きで船を丸ごと手に入れることができると豪語するのですが……


 刀剣の目利きをはじめ、書・画・茶と様々な古今の芸術に通じ、安土桃山から江戸時代初期にかけて屈指の文化人として知られた本阿弥光悦。
 本作はその光悦を、物だけではなく、人に対しても優れた目利きの力を持ち、その能力で激動の時代を生き抜いてきた人物として描きます。

 そして本作の主人公・光健もまた、その能力を継ぎ、人の目利きにかけては絶対の自信を持つ男。
 同じ船にいた棄人の一人に対し、新たな名前(銘)を与えただけで、彼らに希望の灯を灯し、それをきっかけに大きく事態を動かしていくという冒頭の展開は、彼の力のなんたるかを示していると言えるでしょう。

 しかしさらに本作を面白くしているのは、彼は目利きを行い、相手の価値を見抜く(そして自覚させる)のみであって、人々を完全にコントロールするわけではないという点。
 そのため、価値を見抜いた人物がどのような行動を起こすか、それは彼の予想の範囲外なのであります。

 そう、その人物が起こした行動がもとで、素手で人間を引き裂くような人間凶器が覚醒したり、幕府が絡んだ秘密のプロジェクトの存在が明かされたりするというようなことは……


 というわけで、一話進むたびに状況が刻一刻と変わっていく、全く先が読めない展開の連続に、現時点では内容の評価自体が難しい作品ではある本作。
 しかしその展開自体に退屈させられことがないのはもちろんのこと、ここで描かれる物語世界の一端が非常に魅力的であることは、間違いありません。

 この先、光健は棄人に何を見出すのか、そして何よりも彼が自分自身に何を見出すのか――我々も、それをこの作品から見出したいところであります。


『本阿弥ストラット』第1巻(玉井雪雄 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon
本阿弥ストラット(1) (ヤンマガKCスペシャル)

| | トラックバック (0)

2017.07.16

田中芳樹『天竺熱風録』 普通の男のとてつもない冒険譚

 先日、伊藤勢による漫画版第1巻をご紹介いたしました『天竺熱風録』の原作小説であります。玄奘三蔵の天竺行からやや遅れた頃、天竺の内紛に巻き込まれた外交使節・王玄策が、一国を向こうに回して途方もない大活劇を繰り広げる冒険譚であります。

 時は七世紀半ば、天竺は摩伽陀国へ送られたものの、前王亡き後に国を簒奪した阿羅那順に捕らえられ、投獄されてしまった王玄策一行。
 獄中で奇怪な老行者・那羅延娑婆寐と出会った玄策は、老人の力を借りて副官と二人、救援を呼ぶために牢から脱出することになります。

 亡き王を慕う人々の手を借りて摩伽陀国から逃れ、これまでの旅で立ち寄った吐蕃(チベット)と泥婆羅(ネパール)、両国の力を借りるべく急ぐ玄策たち。
 交渉の結果、両国から幾ばくかの兵を借りだして摩伽陀国に戻った玄策ですが、しかし摩伽陀国軍は多勢の上、巨象を乗騎とする部隊まで擁する状況であります。

 圧倒的不利な状況の下、果たして玄策は敵を打ち破り、仲間たちを救い出すことができるのでしょうか……


 という、それこそ孫悟空でもいなければ無理といいたくなるような状況で繰り広げられる大冒険を描く本作。
 これが、ディテールはさておき、大まかには史実というのですから驚かされる……というより、そんな史実を発見して、これだけの物語に仕立て上げてみせたのは、これはさすがに作者ならではと感心するほかありません。

 さて、そんな本作ですが、内容もさることながら、特徴的なのはその語り口、文体であります。
 ですます調……とも少し異なる、そう、言うなれば講談調と言うべき文体で繰り広げられる物語は、独特のリズム感とテンションの高さ、そしてどこかユーモラスな(と言って悪ければ、ホッとさせられる)空気を漂わせているのです。

 この辺りは、あるいは好き嫌いが分かれるかもしれません。もっと固めで、風格ある歴史小説的な文体の方が良かった、という方もいらっしゃるでしょう。
 その辺りは、作者も当然考慮の上と考えるべきかと思います(言うまでもなく、「そういう書き方」でもいける……というよりおそらくそちらの方が楽なのですから)。

 しかしそれでも敢えて作者が本作にこうした文体を選んだのは、先に述べた空気、雰囲気こそが本作には相応しいと、そう考えたからではないでしょうか。
 決して無敵の英雄豪傑の物語ではなく、ちょっと人より優れたところはあるものの、あくまでも普通の男の冒険譚――本作はそんな物語として描かれたのではないかと、そう想像してしまうのです。

 上で触れたように、本作で描かれる物語のベースとなっているのは史実、王玄策も実在の人物です。
 しかし日本においては、本作がなければ、王玄策という人物は知られることがなかったのは間違ない程度の知名度。そして中国本国の歴史書においても、彼の晩年ははっきりしないのであります。

 それはいささか寂しいことではありますが……しかし後世まで人口に膾炙するような一騎当千の豪傑ではないからこそ、本作で描かれる冒険譚は逆に異数のものであり、そして素晴らしく感じられます。
 そしてそんな物語だからこそ、本作は四角四面なものではなく、面白おかしく物語られるスタイルとなっているのであろうとも。

 正直なところ、その面白おかしさ(たとえば敵王夫妻のキャラクター)が物語の緊迫感を削いでいる面はなきにしもあらずなのですが――しかしそのまさしく講談的な肩の凝らない楽しさは、また得難いものであります。


 そしてそんな本作の結末、全ての冒険が終わり、静か王玄策が静かに去っていく姿からは、彼が華々しい「虚」の世界から、静かな「実」の世界に帰っていくような――そんなもの悲しくも美しい空気が漂います。
 それはあるいは、作者が玄策という人物を、物語から史実に敬意を以て送り返したということではないか――そんなようにも感じられるのであります。

 そして、果たして漫画版がどのような結末を迎えるか、それはわかりませんが、おそらくはこの原作のものとは全く異なるものとなるのではないか、とも感じている次第です。


『天竺熱風録』(田中芳樹 祥伝社文庫) Amazon
天竺熱風録 (祥伝社文庫)


関連記事
 伊藤勢&田中芳樹『天竺熱風録』第1巻 豪快かつ壮大な冒険活劇の幕開け!

| | トラックバック (0)

2017.07.07

『決戦! 新選組』(その二)

 新選組の隊士たちを主人公とした幕末版「決戦!」の紹介後編であります。いよいよ幕府が崩壊に向かう中、彼らの運命は……

『決死剣』(土橋章宏)
 幕府の敗勢が決定的となった鳥羽伏見の戦いを舞台に描かれるのは、新選組二番隊隊長にして最強の剣士の呼び名も高い永倉新八であります。
 近藤が傷つき、沖田が倒れる中、なおも剣を以て戦わんとする永倉。薩長の近代兵器の前に劣勢を強いられ、そして将軍までもが逃げ出した戦場において、なおも剣士たらんとする彼は、もはや命の尽きる日が目前に迫った沖田に対して、真剣での立ち会いを申し出るのですが……

 代表作である『超高速! 参勤交代』から、ちょっとゆるめの物語を得意とするという印象のあった作者ですが、しかし本作は、この一冊の中でも最も時代劇度というか、剣豪もの度が高い作品。
 すでに剣と剣、剣士と剣士の戦いの時代ではなくなった中、様々な意味で最後の決闘を繰り広げる永倉と沖田の決闘は、本書一の名シーンと言って差し支えないでしょう。


『死にぞこないの剣』(天野純希)
 そして新選組は敗走を続け、次々と仲間が去っていく中、戦いの舞台は会津戦争へ。そう、ここで描かれるのは斎藤一の物語であります。

 多くのフィクションにおける扱いがそうであるように、本作においても無愛想で人付き合いの悪さから、隊の中でも孤独な立場にあった斎藤。
 そんな彼が、最も近しい存在であった土方の北上の誘いを蹴ってまで会津に残った理由、それは、彼と新選組を心から頼りにしていた松平容保公の存在だった……

 という本作、内容的には戦闘また戦闘という印象ですが、終盤に明かされる、斎藤が戦い続ける理由の切なさが印象に残ります。
 武士は己を知る者のために死す――そんな想いを抱えてきた彼が、死にぞこなった末にラストに見せる戦いの姿にも、ホッと救われたような想いになった次第です。


『慈母のごとく』(木下昌輝)
 そしてトリを務めるのは、いま最も脂の乗っている作者による土方歳三最後の戦い――函館五稜郭の戦いであります。

 かつて、新選組を、近藤勇を押し上げるために、粛正に次ぐ粛正を重ね、鬼の副長と呼ばれた土方。しかし意外なことに、この五稜郭の戦いの際には、隊士から「慈母の如く」慕われていたというのも、また記録に残っております。
 本作で描かれるのは、「鬼」が「慈母」になった所以。仏の如く隊士たちから親しまれてきた近藤からの最後の言葉を胸に、鬼を封印することとなった土方の姿が描かれることになります。

 最愛の友の願いを叶えるためとはいえ、これまでの自分自身の生き方を否定するにも等しい行為に悩む土方。そんな彼の姿は、しかし数少ない残り隊士たちを惹きつけ、そして彼自身をも変えていくのであります。
 それでもなお、慈母ではいられない極限の戦場、再び鬼と化そうとした土方が見たものは……

 その美しくも皮肉な結末も含めて、深い感動を呼ぶ本作。極限の世界を題材にしつつ、なおもその中に人間性の光を見いだす作品を描いてきた作者ならではの佳品です。


 以上6編、冒頭に述べたように、一つの戦場ではなく、時とともに変わっていく新選組と隊士たちの姿を描いてきた本書。そのほぼ全ての作品に共通するのは、主人公である隊士「個人」と、新選組という「場」との一種緊張感を孕んだ関係性が、そこに浮かび上がることでしょうか。
 実は各話には、主人公と対になるような副主人公的な存在が設定されているのが、その印象をより強めます。

 我々が新選組に魅せられるのは、隊士個々人の生き様もさることながら、新選組という「場」に集った彼らの関係性にこそその理由があるのではないかと、個人的に以前から感じてきました。
 今回、彼ら一人一人を主人公とした本書を手にしたことで、一種逆説的に、その想いを確かめることができたようにも思えます。


 そして戦国時代だけでなく、多士済々の幕末を舞台とした「決戦!」は、まだまだ描けるのではないか――という想いもまた、同時に抱いているところであります。


『決戦! 新選組』(葉室麟ほか 講談社) Amazon
決戦!新選組


関連記事
 『決戦! 関ヶ原』(その一) 豪華なるアンソロジー、開戦
 『決戦! 関ヶ原』(その二) 勝者と敗者の間に
 『決戦! 関ヶ原』(その三) 関ヶ原という多様性
 『決戦! 大坂城』(その一) 豪華競作アンソロジー再び
 『決戦! 大坂城』(その二) 「らしさ」横溢の名品たち
 『決戦! 大坂城』(その三) 中心の見えぬ戦いの果てに
 『決戦! 本能寺』(その一) 武田の心と織田の血を繋ぐ者
 『決戦! 本能寺』(その二) 死線に燃え尽きた者と復讐の情にのたうつ者
 『決戦! 本能寺』(その三) 平和と文化を愛する者と戦いと争乱を好む者
 『決戦! 川中島』(その一) 決戦の場で「戦う者」たち
 『決戦! 川中島』(その二) 奇想と戦いの果てに待つもの
 『決戦! 桶狭間』(その一)
 『決戦! 桶狭間』(その二)

| | トラックバック (0)

2017.07.04

辻真先『義経号、北溟を疾る』(その二) 幕臣たちの感傷の果てに

 明治天皇のお召し列車による北海道行幸を背景に、謎解きあり活劇あり大決闘ありのジャンルクロスオーバーで繰り広げられる大快作の紹介の続きであります。

 前回は、本作に登場するキャラクターたちが如何に魅力的であるかを縷々述べさせていただきましたが、もちろん、彼らが活躍する物語の方も興趣満点であることは言うまでもありません。

 その一つが、この物語が幕を開けるきっかけとなった殺人事件。酒乱で知られる黒田清隆が、元同心の妻を乱暴、首を締めた末に梁から吊したという凄惨な内容なのですが――これがミステリでいう「雪の密室」そのものとなっているのが実に面白いのです。

 一見、黒田の犯行にしか見えないこの事件ですが、何故わざわざ彼が被害者を吊り下げるような行為に及んだのか? しかも天井は高く、梁は人一人を支えるのがやっとな状況で……
 そんな謎がある上に惨劇の舞台となった場所では雪が降り積もり、にもかかわらず(仮に外部の犯行だとして)犯人の足跡も見つからない状況なのです。

 天皇のお召し列車を巡る物語の中でで、このような密室ミステリが展開されるのも驚きですが、しかしこれが、物語において、賑やかし以上の役割を持っていて――というのはさておき、ここまできっちりとミステリを仕掛けてくるのも、今なお『名探偵コナン』の脚本を手がける作者ならではの要素でしょう。


 しかしもちろん、本作のクライマックスであり、最大の魅力は、こうした要素を積み重ねた末にラストで繰り広げられるお召し列車を巡る攻防戦にあることは間違いありません。

 藤田らコンビの探索の一方で、当然ながら厳戒態勢で進められるお召し列車の警備。その列車の進行を如何にして妨害するのか――元同心一味はたった四人、その四人で北海道の原野を往く列車に挑むというのは、一種の不可能ミッションものとしての面白さすら感じさせます。

 そしてお召し列車が出発(天皇一行の到着が遅れ、夜の出発となったという史実をまた効果的に利用!)して以降のクライマックスは、もはや全編これ読みどころとも言うべき内容であります。
 次から次へと繰り出される妨害側の奇手に対し、立ち向かえるのは藤田五郎と法印大五郎の二人のみ……というのは、ある意味お約束ながら、そのシチュエーションが最高に熱く盛り上がります。

 そしてまた、視点を少し変えてみれば、元新選組の藤田と、元八丁堀同心の彼らは、かつては共に幕臣。藤田が会津戦争後に斗南の開拓に加わっていたことを考えれば、屯田兵でもある元同心たちは、藤田とはほとんどコインの裏表とも言うべき存在であると気付きます。
 そんな両者が、明治という新しい時代の象徴とも言える鉄道を挟んで激突するというのは、何とも物悲しい構図であるとも言えますが……

 しかし、ここであの密室殺人の真相を挟んで語られる物語の真の構図は、意外かつ異常な内容でありつつも、そんな歴史を背負ってきた男たちの感傷を完膚なきまでに叩き壊してみせる、皮肉極まりないものとして突き刺さります。
 そして同時に、ラストを含めて随所に描かれてきた鉄面皮の下の素顔があるからこそ、藤田にはそんな事件を解決し、そして犯人を裁くことができたのだということに、我々は驚きとともに気付かされるのです。


 キャラクター良し、謎解き良し、アクション良し、そして歴史への目配せももちろん良し――生ける伝説のページにまた一つ傑作が加わったと評しても、決して大げさとは言えないと感じます。


『義経号、北溟を疾る』(辻真先 徳間文庫) Amazon
義経号、北溟を疾る (徳間文庫)

| | トラックバック (0)

2017.07.03

辻真先『義経号、北溟を疾る』(その一) 藤田五郎と法印大五郎、北へ

 TV創生期から脚本家として数々の名作を送り出してきた辻真先。しかし同時に氏はミステリを中心に活躍してきた小説家でもあります。本作はその最新の成果――北海道を舞台に、明治天皇を乗せた列車の妨害を企てる一党に、藤田五郎(斎藤一)と法印大五郎が挑む、歴史冒険ミステリの快作であります。

 明治13年(1881年)のある日、警視庁を訪れた勝海舟と清水次郎長――山岡鉄舟と繋がりを持つ二人は、北海道大開拓使・黒田清隆にまつわるある探索を、かつての新撰組三番隊長・斎藤一、今は警視庁に奉職する藤田五郎に依頼します。
 黒田のためなら動かないが、山岡鉄舟の依頼であればと二つ返事で引き受けた藤田。彼は、相棒として選ばれた次郎長一家の法印大五郎とともに、札幌に向かうのでした。

 彼らの探索の目的は、北海道に行幸した明治天皇がアメリカから輸入された機関車・義経号が引くお召し列車に乗る――黒田清隆肝煎りのこの一大イベントを妨害しようとする者がいるという情報の真実を探ること。
 この報を残して謎めいた死を遂げた諜者の痕跡を追ってきた二人は、屯田兵の中に、黒田に深い恨みを持つ一団がいることを知ることになります。

 かつての八丁堀同心たちである彼らが恨みを抱く理由――それは、彼らの一人の愛妻が、黒田に乱暴された末、首吊り死体として発見されたという事件でありました。
 その真相を追う間も近づいてくる天皇行幸の日。真相がどうあれ、元同心たちが列車を妨害し、黒田の面目を丸潰れにせんとしていることを知った二人は、それを阻むために奔走するのですが……


 そんな本作の感想を表すとすれば、それはもう「面白い!」の一言に尽きます。

 まず何よりもたまらないのは、主人公コンビの人物配置であります。
 もはや明治ものではすっかりメジャーなキャラクターになった感のある斎藤一こと藤田五郎は、鉄面皮で洞察力が鋭く、凄まじい剣の遣い手――というキャラクターはある意味定番ではありますが、時折見せる人間味がなんとも魅力的な人物。

 何しろ登場するや否や、薩摩閥のお偉方の言葉を無視して、家で待つ妻子のもとに帰ろうとするという、この時代からすれば型破りな人物なのですが、普段寡黙なのに、話題が土方のことになると黙っていられないのもまた、ニヤニヤさせられてしまうのです。

 そして彼の相棒となる法印大五郎もまた、実にユニークな人物であります。
 有名な「すし食いねえ」でも名が上がる侠客であり、その通り名が示すように山伏姿であったという彼は、様々な逸話の持ち主ですが、本作においては子供好きで、藤田とは正反対の陽性のキャラクターとして描かれているのもなのが楽しい。

 そして先に挙げた勝海舟や次郎長、山岡鉄舟などチョイ役ながら大きな存在感を持つ面々に加え、本作のそもそもの発端ともいうべき黒田清隆も、酒乱で好色という欠点を持ちつつも、普段は豪快で度量の大きな好漢として描かれているのもまたいいのです。


 しかし本作のキャラクターの魅力は、実在の人物だけにとどまりません。本作においてはいわば容疑者となる四人の元八丁堀同心は、いずれも得意な、いや特異な武術や特技を持つキャラクターであり、歴戦の猛者である主人公コンビにとっても、敵として不足はないといったところ。
 そして義経号を動かす洋行帰りの御室兄弟も、線が細いようでいてなかなか骨っぽい良いキャラクターで魅力的なのですが――しかしこれら全てを吹き飛ばすほどの破壊力を持つのが、本作のヒロイン格の二人であります。

 その一人は、黒田に殺害されたと目される元同心の妻の妹・春乃。まだ少女ながら、しかし実は武術の達人であり、その戦闘力は元同心たちの中でも最強クラスのとんでもない戦闘美少女であります。
 そしてもう一人は、御室兄弟の妹のように育てられたアイヌの少女・メホロ。赤子の頃に箱館戦争に巻き込まれて親と引き離され、何と狼に育てられたという天真爛漫な野性の美少女であります。

 このあまりに対照的な(初登場時にいきなり物理的な意味で大激突する)美少女二人、特にメホロの強烈なキャラクターは、一歩間違えると作品のカラーそのものを塗り替えかねないのですが、その辺りのさじ加減も含め、これはさすがにこの作者ならでは……と感心するほかないのです。


 と、キャラクターだけでだいぶ分量を取ってしまいました。次回に続きます。


『義経号、北溟を疾る』(辻真先 徳間文庫) Amazon
義経号、北溟を疾る (徳間文庫)

| | トラックバック (0)

2017.06.27

戸土野正内郎『どらくま』第6巻 戦乱の申し子たちの戦いの果てに

 あの幸村の子にしてとんでもない守銭奴の商人・真田源四郎と、伝説の忍び・佐助の技を継ぐ忍者である野生児・クモ――相棒なのか宿敵なのか、おかしなコンビが戦国の亡霊たちに挑む物語もこの巻で完結。伊達家の忍び集団に潜み、戦国を上回る混沌をもたらさんとする怪忍・天雄との戦いの行方は――

 怪しげな動きを見せる忍びたちの動きを追って奥州に向かった源四郎とクモ。そこで彼らは、伊達家の黒脛巾組と、元・軒猿十王の一人・天雄の暗闘に巻き込まれることになります。
 クモのかつての仲間であるシカキンとともに天雄を倒したものの、味方と思っていたシカキンと黒脛巾組に捕らえられ、絶体絶命となった源四郎一行。

 そしてさらに悪いことに、替え玉を使って生き延びていた天雄、そして彼と結んでいた黒脛巾組の頭領・世瀬蔵人が正体を現し、そこに天雄を追う大嶽丸、十王の頭・髑髏までが現れて、大乱戦が繰り広げられることに……


 というわけで、この巻で繰り広げられるのは、ほとんど冒頭からラストまで、超絶の技を持つ忍者たち――いや、前巻でついに見せた真の実力をもって、忍者ならぬ源四郎も参戦――の一大バトルであります。

 かくて展開するのは、大嶽丸vs天雄、髑髏vs天雄、シカキンvs蔵人、源四郎vs蔵人、そしてクモvsシカキンと、見応えしかないようなバトルの連べ打ち。
 特に医術薬術を以て、他者のみならず自らの体まで改造して暴れ回る天雄は、まったく厭になるくらいのしぶとさで、この伊達編のラストを飾るにふさわしい怪物的な暴れぶりでありました。


 しかし、そんなダイナミックな死闘の数々を通じて描かれるのが、どちらが強いかという腕比べだけでなく、彼らそれぞれの戦う理由――言い換えれば、戦乱が終わった後の時代を如何に生きるべきか、という問いかけへの答えのぶつかり合いであることは見逃せません。
 何しろその問いかけは、この物語において様々に形を変え、幾度も問いかけられてきたものなのですから。

 長きに渡りこの国で繰り広げられてきた戦乱の時代の、その最後の戦いともいうべき大坂の陣の翌年を舞台とする本作。
 破壊と殺戮が繰り返され、源四郎流に言えば大いなる金の無駄遣いであったその時代に、しかし、自分自身の夢を見た者たちも確かに存在しました。そしてその戦乱の中においてのみその存在を許される者たちも。

 前者を武将、後者を忍者と呼ぶことができるかもしれませんが――いずれにせよ、戦乱あってこその存在であった彼らが、戦乱が終わった後に何を望むのか? 
 本作の主人公の一人である源四郎は、そんな戦乱の申し子たちの想いを見届け、そしてジャッジする存在であったと、この巻を読んで、改めて感じさせられました。

 そしてそれは、己の父・幸村を討つことで戦乱の時代に終止符を打った彼だからこそできる、彼だからこそやらなければならない役目であるとも……


 さて、冒頭でこの巻を以て本作は完結と述べましたが、しかし物語はまだまだその奥に広がりがあることを窺わせます(本作は人物設定等相当しっかりと行われているらしく、ちょっとした描写が後になって伏線とわかったりと、幾度も感心させられました)。
 いわばこの巻は、伊達編の完結とも言うべき内容。ここでの戦いは終結したものの、解消されぬ因縁は幾つも残されています。

 何よりも、戦乱の時代を引きずり、そして戦乱の時代に囚われた者たちはまだまだ数多くいるはず。だとすれば、源四郎とクモの旅路もまた、これからも続くのでしょう。
 ラストにとんでもない素顔(とか色々なもの)を見せた髑髏の存在もあり、いずれまた、源四郎たちの活躍を見ることができると、信じているところであります。


『どらくま』第6巻(戸土野正内郎 マッグガーデンBLADE COMICS) Amazon
どらくま 6 (BLADE COMICS)


関連記事
 戸土野正内郎『どらくま』第1巻 武士でなく人間として、大軍に挑む男たち!
 戸土野正内郎『どらくま』第2巻 影の主役、真田の怪物登場?
 戸土野正内郎『どらくま』第3巻 源四郎が選ぶ第三の道!
 戸土野正内郎『どらくま』第4巻 新章突入、北の地で始まる死闘
 戸土野正内郎『どらくま』第5巻 乱世を求める者と新たな道を求めるものの対決

| | トラックバック (0)

2017.06.21

谷地恵美子『遙けし川を渡る』 軽妙で自然体の奇譚集

 大正末期を舞台に、不思議な事物が大好物の好奇心旺盛な青年を主人公とした、軽妙な物語――ふっと日常の中に迷い込んでくるような感覚が楽しくも心地よい連作集であります。

 本作の舞台は関東大震災の翌年、主人公は「奇天烈報」なるへんてこな小冊子の編集者・六車時男青年。政界に顔の利く叔父がいるなど、どうやら生まれは決して悪くないようなのですが、好奇心の赴くままにあちらこちらに飛び回っている、少々脳天気な青年であります。
 ちなみにこの時男青年、霊感などはほとんどないのですが、何かと不思議な事件に巻き込まれる人物。未来から来た女の子にも会ったことがあるなどと口走っているのですが……

 本作は、そんな時男を狂言回しにした短編集。取材に出た先で、あるいは思いも寄らぬ偶然から、彼が出会い、巻き込まれた以下のエピソードから構成されています。

 作家を追って出た旅先で、黒ずくめの美しい旅役者・牙鳥天衣之丞と出会った時男。実は幽霊が見える体質で、今も祖父の霊にまとわりつかれているという天衣之丞を巡る『凶鳥のゆううつ』

 失恋して以来、不眠症に悩まされているという顔見知りの芸妓の普通でない様子に、評判の巫女「夕星の美女」を訪ねたことから、時男が思わぬ存在と出くわす『夕星の美女』

 神隠しに遭って戻ったという名家の少年・剣一朗。将来に悩む少年に懐かれた時男ですが、彼には思わぬ者が護りについていて……という『風の子ども 神の子ども』

 自殺した彫刻家が残したという、顔が焼かれた菩薩像。その来歴を追うことになった時男ですが、天衣之丞や剣一朗までもが怪異に巻き込まれ、時男自身もあわや命を落としかける羽目に。不思議な尼僧に導かれ、時男が像の真実に迫る前後編『遥けし川を渡る』


 と、あらすじをご覧いただければおわかりのように、バラエティに富んだエピソード揃い本書。幽霊譚あり、一種の霊異譚あり、凄絶な因縁話あり……全一巻という分量自体が少なめとはいえ、一つとして同じ題材のない、そして類話があるようでない物語が並ぶのには感心いたします。

 そんな本作の独自性を生み出しているのは(特に類話があるようでないように感じられる点は)、やはり時男の個性によるところが大でしょう。

 先に述べたように、特に変わった能力があるわけでなく――すなわち、不思議な事件に特段有効な手だてがあるわけでもなく――ただノンシャランと不思議に出会ったことを喜び、ただあるがままに受け入れる時男。
 そんな本作は、時に結構な大物が登場したりもするのですが、しかし時男の視点から描くことで、良い意味でスケール感や深刻さを感じさせず、自然体で物語が展開していくのが、何とも心地よく感じられるのです。

 あるいはこの辺りは、明治と昭和の合間の時代、古きものと新しきものの間に挟まれた、大正という時代背景も作用しているのかもしれませんが……
(もっとも本書においては、ことさらに大正らしさをアピールすることもないのすが)

 いずれにせよ、登場するアイテムの不気味さや、事件の背後に潜む因縁など描きようによっては相当陰惨な物語になりかねない内容ながら、どこかあっけらかんとした感覚を漂わせている表題作などは、本作の面白さが一番よく表れていると言えるでしょう。
 そして何よりも、そんな軽妙さを感じさせつつ、全く物足りなさを感じさせないさじ加減は、これは実は大変なことなのでは――と感じます。

 ゴリゴリの怪異譚好き、ホラーファンにはどうかと思いますが、ちょっと温かい不思議なお話が好き、という方には絶好の作品集です。


 ちなみに本書にはもう一編、現代から関東大震災直前の大正時代にタイムスリップしてしまった少女を主人公とした短編『みらくる・さまぁたいむ』が収録されています。

 こちらは実は、上で触れた、時男が出会った未来から来た少女の物語。もちろん時男も登場するのですが、こちらはちょっぴりウェットな印象の作品となっているのは、やはり主人公の違いというべきでしょうか。
(もっとも、発表時期的にはこちらが先だから……というのは身も蓋もない言い方かしら)


『遙けし川を渡る』(谷地恵美子 集英社クイーンズコミックス) Amazon
遙けし川を渡る (クイーンズコミックス)

| | トラックバック (0)

2017.06.10

戸南浩平『木足の猿』 変わりゆく時代と外側の世界を前にした侍

 最近の歴史時代小説界で印象に残るのは、個性的な作品をひっさげてデビューする新人作家の登場が続いていることであります。本作はその一つ――明治初期の横浜を舞台に、親友の仇を追い続ける片足の元武士が、連続する英国人殺害事件に巻き込まれる時代ハードボイルドであります。

 幕末の動乱の中、親友を殺した男を追って脱藩、江戸から明治と変わる時代を尻目に放浪を続けてきた居合いの達人・奥井。
 親友の水口の形見の刀を仕込み杖に忍ばせ、その鍔を懐に、老いの近づく年齢になりながらも、なおも仇を追う彼は、ある日一人の奇妙な男・山室の訪問を受けます。

 殺した相手の首を晒すという幕末の攘夷浪士のような所業で街を騒がせている連続英国人殺害事件――その背後に水口の仇と目される男が絡んでいると山室から聞かされた奥井。
 犠牲者の母に雇われたディテクティヴ(探偵)だという山室から協力を求められた彼は、二つ返事で事件を追うことになるのですが、やがて事件は思わぬ様相を呈することに……


 徳川幕府は倒れたものの、いまだ国の形も明確には定まらぬ混沌とした時代、侍たちが退場しつつある時代――それが物語の背景として似合うのか、明治初期を舞台としたミステリタッチの作品というのは、実は少なくありません。
 本作ももちろんその一つですが、他の作品と大きく異なるのは、そのハードボイルドタッチの味わいと、それを生み出す主人公のキャラクターでしょう。

 上で述べたとおり、主人公の奥井は、親友・水口を殺した仇を追い、時代が変わってもなお放浪を続ける男。そしてそんな彼を特徴付けるのは、その境遇以上に、左足が木製の義足であることであります。
 若き日に山津波に巻き込まれて足を岩に挟まれ、そこから脱するために、水口によって足を断たれた奥井。優れた剣の腕を持ちつつも、武芸の道を断たれた彼は、それでも来るべき時代に身を立てるべく英語を学ぶなど、未来を見据えて生きていたのですが……

 しかし、突然の水口の死、それも横領の疑いをかけられた上でのそれが、彼の運命を大きく変えます。仇の男を追って藩を捨て――すなわち侍としての境遇を捨て――それでもなお、友の形見の刀を抱いて、放浪を続ける奥井。
 彼は、侍の時代が終わった後も侍たらんとする、しかし既に侍としては不適合者であるという奇妙な存在として、物語の中を駆けるのであります。

 それは一種の象徴と言えるかもしれません。時代から取り残されたモノの、そして時代が流れても変わらぬモノの、あるいは変わりゆく時代に流されるモノの。
 そんな彼の目から描く明治維新後の世界は、畢竟、輝きに満ちた新世界などではあり得ないのであります。


 しかし本作は、そんな奥井の、変わりゆく日本に対する感傷めいたものを拒否するような「外部」を持ちます。
 それは文字通り日本の外――本作で描かれる連続殺人の被害者の母国である英国をはじめとした諸外国、外の世界の存在であります。

 ある意味、江戸から明治に変わった以上に大きな変化をもたらした開国。それは、この島国で行われていた様々な営みを根底から揺るがすインパクトをもたらしました。
 そしてそれは、この国に縛られていた人々、この国に生きる場所の無かった人々にとっては福音であったかもしれませんが――そこにもやはり、純粋な楽園はないのです。

 本作のタイトルである「木足の猿」――「木足」が、主人公たる奥井の義足であることはいうまでもありませんが、それでは「猿」は何を意味するのか。
 それが明らかにされる時、本作は、英国人殺しという直接的なもの以上に、日本が外部に開かれたことから、外部と触れたことから生まれる悲しみと理不尽の存在を描き出すのです。


 時代から遊離してしまった男の目を通じて、変わりゆく時代と、外側の世界とに翻弄されるモノたちの姿を描く本作。
 クライマックスに待ち受けるどんでん返しも見事ですが、それ以上にこの視点こそが、本作をして優れた「時代」ミステリとして成立させていると感じられるのです。


『木足の猿』(戸南浩平 光文社) Amazon
木足(もくそく)の猿

| | トラックバック (0)

2017.06.06

武内涼『暗殺者、野風』 力持てる弱者と強者の交錯に浮かぶもの

 「この時代小説がすごい!」で第1位を獲得した『妖草師』をはじめ、独自の視点から活劇要素の強い時代小説中心に発表してきた作者の最新作は、凄まじいまでのスピード感の大活劇。美少女暗殺者が上杉謙信暗殺のために川中島で繰り広げる死闘を通じ、戦いの意味を問いかける物語であります。

 1561年、武田信玄と上杉謙信、両雄が一触即発の状況となっていた頃――はるか昔より、武士たちの依頼で暗殺を行うのと引き替えに中立を守ってきた「杖立ての森、隠り水の里」に現れた武田の軍師・山本勘助。
 謙信暗殺を望む彼の依頼に答えて里が送り出したのはまだ十代の美少女・野風――彼女こそは、目にも止まらぬ速度で長巻を振るう、里で一二を争う刺客であったのです。

 弟分の蟹丸、薬師の甚内とチームを組み、謙信への接近を狙う野風。しかし武田方の不穏の動きを察知した上杉方は、刺客狩りでその名を知られた用心棒集団・多聞衆に警護を依頼するのでした。
 多聞衆の警護をかいくぐり、謙信に迫る野風。しかしある理由で集中力を乱した彼女は謙信襲撃を失敗、多聞衆と上杉の忍び・軒猿の追撃を受けることになります。

 そしてそれと同時期に、隠れ水の里でも大きな異変が発生。多くのものを失った野風は、復讐のため、自分が自分であるために謙信たちを討つべく、今まさに両軍の激突が始まった川中島に単身突入するのですが……


 洋の東西を問わず、様々な作品に登場する戦闘美少女――というより少女暗殺者。これは、ビジュアル的に映えるから――という理由はさておき、本来であれば殺人という世界とは最も遠いものと思われる少女を暗殺者とすることで、そこから生まれる意外性とドラマ性が好まれたということでしょう。

 その意味では本作のタイトルロールである野風は、まさしくその狙いどおりのキャラクターと言うべきかもしれません。
 武士たちの争いをきっかけに家族と故郷を奪われ、ただ一つ残された己の才でもって、武士を討つ刺客と化した彼女は、戦国という時代の生んだ混沌と矛盾を体現したような存在なのですから。

 そしてそんな彼女は、同時に、これまで作者の作品の多くに登場してきた「力持てる弱者」とでも言うべき者の一人でもあります。
 個人では群を抜いた力を持ちつつも、その時代の、その社会の支配層に虐げられる集団に属する人々――作者の得意とする忍者ものの忍者はもちろんのこと、権力者の手から自由であるために暗殺を生業とする野風たちは、そんな強くとも弱い存在なのです。

 しかし本作はそんな彼女たちと対峙する「強者」――すなわち武士を、単純に悪とすることも、略奪者とすることもありません(もちろん、そうした者も存在はするのですが)。
 本作に登場する武士たちの多くは、周囲に犠牲を生みつつも、自分たちの身をすり減らしつつも、やむにやまれぬ理由を――理想を、過去を、情念を背負って戦う者として描かれるのです。

 その代表となるのが、野風のターゲットたる謙信と、彼を守る多聞衆、その中でも頭領の静馬と、メンバーの中では若手の鬼小島弥太郎(!)であります。
 戦いと殺戮に明け暮れた父を忌避しつつも、戦いを終えるために戦いを続ける謙信。刺客に妻子を討たれて以来、刺客狩りにその生を費やす静馬。そして彼らを理想の武士と仰ぎ見つつも、野放図な明るさと優しさを持った弥太郎――彼らの存在は、本作が暗殺者と武士との、弱者と強者との戦いに留まるものではないことを示しているのです。

 だとすれば、本作で描かれるものとは何なのか――それは一つには、たとえ戦いを忌避し、嫌悪しつつも、それぞれに生きる理由を持ち、それ故にぶつかり合わざるを得ない人間存在の悲哀と、彼らにそれを強いる時代の残酷ではないでしょうか。
 彼女の標的となる存在、彼女を阻む存在が人間的であればあるほど、そして彼女が人間離れした活躍を見せるほど――そこには逆説的に彼女の、そして戦いの場に集う人々の人間性が浮き彫りとなるのです。


 しかし、本作はそれと同時に、一つの希望をも描き出します。たとえ人間がぶつかり合い、傷つけあう存在であったとしても――それでも、それでも人と人は時に分かり合い、支え合うことができるかもしれないという。
 本作はそれを描き出すからこそ、人間性と時代性が生む悲しみと無数の死を描きつつも、決して苦さ重さだけでなく、爽やかですらある後味を残してくれるのです。

 それは、これまで作者が描いてきたものの、その先を描いたものなのではないか――デビュー以来作者の作品を追い続けてきた者として、そう感じるのです。


『暗殺者、野風』(武内涼 KADOKAWA) Amazon
暗殺者、野風

| | トラックバック (0)

2017.05.30

入門者向け時代伝奇小説百選 ミステリ

 今回の入門者向け時代伝奇小説百選はミステリ。物語の根幹に巨大な謎が設定されることの多い時代伝奇は、実はミステリとはかなり相性が良いのです。

41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)


41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子) 【古代-平安】 Amazon
 日本最大の物語と言うべき源氏物語。本作はその作者・紫式部を探偵役として、源氏物語そのものにまつわる謎を解き明かす、極めてユニークな物語です。

 本作で描かれるのは、大きく分けて宮中でおきた猫の行方不明事件と、題名のみが現代に残されている「かかやく日の宮」の帖消失の謎。片や日常の謎、片や源氏物語そのものに関わる謎と、その趣は大きく異なりますが、どちらの事件もミステリとして興趣に富んでいるだけでなく、特に後者は歴史上の謎を解くという意味での歴史ミステリとして、高い完成度となっているのです。

 そして本作は、「物語ることの意味」「物語の力」を描く物語でもあります。源氏物語を通じて紫式部が抱いた喜び、怒り、決意……本作は物語作家としての彼女の姿を通じ、稀有の物語の誕生とそれを通じた彼女の生き様を描く優れた物語でもあるのです。

(その他おすすめ)
『白の祝宴 逸文紫式部日記』(森谷明子) Amazon


42.『義元謀殺』(鈴木英治) 【戦国】 Amazon
 文庫書き下ろし時代小説の第一人者であると同時に、戦国時代を舞台としたミステリ/サスペンス色の強い物語を送り出してきた作者のデビュー作は、戦国時代を大きく変えたあの戦いの裏面を描く物語です。

 尾張攻めを目前とした駿府で次々と惨殺されていく今川家の家臣たち。義元の馬廻で剣の達人の宗十郎と、その親友で敏腕目付けの勘左衛門は、事件の背後にかつて義元の命で謀殺された山口家の存在を疑うことになります。彼らの懸念どおり事件を実行していたのは山口家の残党。しかしその背後には、更なる闇が……

 戦国最大の逆転劇である桶狭間の戦。本作はその運命の時をゴールに設定しつつ、どんでん返しの連続の、一種倒叙もの的な味わいすらあるミステリとして成立させた逸品であります。最後の最後まで先が読めず、誰も信用できない、サスペンスフルな名作です。

(その他おすすめ)
『血の城』(鈴木英治) Amazon


43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍) 【剣豪】【江戸】 Amazon
 歴史上の事件の「真実」をユニークな視点から解き明かす作品を得意とする作者が、名だたる剣豪たちの秘剣の「真実」を解き明かす連作であります。
 それだけでも興味津々な設定ですが、主人公となるのはかの剣豪・柳生十兵衛と、手裏剣の達人・毛利玄達(男装の麗人)。この凸凹コンビが探偵役だというのですからつまらないわけがありません。

 本作の題材となるのは、塚原卜伝の無手勝流、草深甚十郎の水鏡、小笠原源信斎の八寸ののべかね、そして柳生十兵衛(!?)の月影と、名だたる剣豪の名だたる秘剣。いずれもその名が高まるのと比例して、神秘的ですらある逸話がついて回るようになったその秘剣の虚像と実像を、本作は見事に解き明かしていくのです。

 十兵衛と玄達のキャラクターも楽しく、剣豪ファンにも大いにお薦めできる作品です。

(その他おすすめ)
『柳生十兵衛秘剣考 水月之抄』(高井忍) Amazon
『名刀月影伝』(高井忍) Amazon


44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる) 【幕末-明治】【児童文学】 Amazon / Amazon
 自称名探偵・夢水清志郎が活躍する児童向けミステリ『名探偵夢水清志郎事件ノート』シリーズの登場人物の先祖的キャラが活躍する外伝であります。

 幕末の長崎出島に住み着いていた謎の男・夢水清志郎左右衛門。出島で事件を解決した彼は、ふらりと江戸に出ると、徳利長屋に住み着いて探偵稼業を始め……という本作、前半は呑気な事件が多いのですが、終盤にガラリとシリアスかつ驚天動地の展開を迎えることとなります。
 江戸を舞台に激突寸前の新政府軍と幕府軍。これ以上の時代の犠牲を防ぐべく、清志郎左右衛門は勝と西郷を前に、江戸城を消すというトリックを仕掛けるのですから――

 時代劇パロディ的な作品でありつつも、人を幸せにしない時代において、「事件を、みんなが幸せになるように解決する」べく挑む主人公を描く本作。子供も大人も必読の名作です。


45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介) 【幕末-明治】 Amazon
 『大富豪同心』をはじめとするユニークな作品で活躍する作者による伝奇ミステリの問題作であります。

 旅先で看取った青年の末期の言葉を携え、モウリョウの伝説が残る上州の火嘗村を訪れた渡世人の三次郎。そこで彼を待ち受けるのは、猟奇的な事件の数々。関わりねえ事件に巻き込まれた三次郎の運命は――
 と、奇怪な伝説や因習の残る僻地の謎と、それに挑む寡黙な渡世人という、どこかで見たような内容満載の本作。しかし本作はそこに濃厚な怪奇性と、きっちり本格ミステリとしての合理的謎解きを用意することで、さらに独特の世界を生み出しているのが何とも心憎いのです。

 そして本作のもう一つの特徴は、作中の人物がミステリのお約束に突っ込みを入れるメタフィクション的な言及。路線的に前作に当たる『猫魔地獄のわらべ歌』ほど強烈ではありませんが、後を引く味わいであります。



今回紹介した本
千年の黙 異本源氏物語 (創元推理文庫)義元謀殺 上 (ハルキ文庫 す 2-25 時代小説文庫)柳生十兵衛秘剣考ギヤマン壺の謎<名探偵夢水清志郎事件ノート外伝> (講談社文庫)徳利長屋の怪<名探偵夢水清志郎事件ノート外伝> (講談社文庫)股旅探偵 上州呪い村 (講談社文庫)


関連記事
 入門者向け時代伝奇小説百選

 森谷明子『千年の黙 異本源氏物語』 日本最大の物語作者の挑戦と勝利
 鈴木英治『義元謀殺』上巻 「その時」に向けて交錯する陰謀
 「柳生十兵衛秘剣考」(その一)
 「ギヤマン壺の謎 名探偵夢水清志郎事件ノート外伝」 名探偵幕末にあらわる
 「徳利長屋の怪 名探偵夢水清志郎事件ノート外伝」 時代に挑む大仕掛け
 『股旅探偵 上州呪い村』 時代もの+本格ミステリ+メタの衝撃再び?

| | トラックバック (0)

より以前の記事一覧