2019.01.17

戸南浩平『菩薩天翅』 善悪の彼岸に浮かび上がる救いの姿


 明治初頭を舞台に、幕末を引きずる男の苦闘を描いた『木足の猿』の作者の第2作は、やはり明治初頭を舞台とした苦い味わいの物語。大罪人だけを狙う謎の殺人鬼の跳梁を縦糸に、人間の中の善と悪、罪と救いを横糸に描かれる、時代ミステリにしてノワール小説の色彩も濃い作品であります。

 廃仏毀釈の嵐が吹き荒れる明治6年、東京を騒がすのは、大きな悪事を働いてきた者を次々と殺し、仏に見立てた姿で晒す連続殺人事件でありました。この「闇仏」と呼ばれる犯人が次に標的として宣言したのは、閻魔入道こと大渕伝兵衛――悪逆非道を繰り返してのし上がり、今は金貸し、そして死の商人として財を蓄えた男であります。

 そして闇仏から身を守るべく閻魔入道が集めた用心棒の一人が、本作の主人公である倉田恭介――侍崩れで剣の使い手である恭介は、故あって共に暮らす10歳の少女・サキとの暮らしのために、心ならずもこの極悪人の用心棒として雇われたのであります。
 一方、その恭介に接近してきたのは、司法省の役人を名乗る男。彼は閻魔入道が裏で集めた新式銃300丁の在処を、政府転覆を企む一団に売られる前に突き止めて欲しいと恭介にもちかけるのでした。

 将来の警官としての採用と引き替えに、スパイとして危険な立場に身を置くことになった恭介。そんな恭介の正体を知ってか知らずしてか、閻魔入道は彼に見せつけるように、様々な非道を働いてみせるのでした。
 そんな中、自分の恩人であり、孤児たちを育てる老尼を救うために大金が必要となった恭介は、ある覚悟を固めるのですが……


 閻魔入道が秘匿する新式銃300丁の行方、そして何よりも怪人・闇仏の正体と目的という大きな謎を中心に据えたミステリである本作。しかしまず印象に残るのは、維新直後の混乱の中、泥濘を這いずるような暮らしを送る者たちの姿であります。
 時代の流れに取り残され、あるいは時代のうねりに巻き込まれ、輝かしい新時代とは無縁の、食うや食わずやの暮らしを送る人々。その代表が恭介とサキですが――彼らが追いつめられ、そこから抜け出すべく危ない橋を渡る姿を、本作は生々しく描き出します。

 そもそも恭介は、浪人となった父と母を失い、妹と二人で子供の頃から放浪してきた身、その途中に妹と生き別れ、後に出会ったサキを妹のように感じている男であります。
 身につけた剣の腕はあるものの、それ以外何もない恭介が生きるために、大事な者たちを守るために何ができるのか――それが多くの人々を苦しめる大悪人・閻魔入道を守るという、結果として悪に手を貸す行為となる矛盾を、何と表すべきでしょうか。

 そう、冒頭に述べたとおり、本作において描かれるのは、人間の中の善と悪。善のために悪を為し、悪を為したことが善に繋がる――それは恭介のことでもあり、彼が対峙する闇仏のことでもあります。
 そんな複雑で皮肉な、そしてもの悲しい人間たちの姿からは、まさに本作の底流に存在する仏教的な世界観が感じられるのです。

 しかしそんな中で一際異彩を放つのが、自らが生きるためではなく、自らの楽しみのために悪を為す閻魔入道の存在であります。
 驚くべきことに、深く仏教に帰依しているという彼は、自らの悪に自覚的でありながらも、なおも後生を思って行動するというのですが――そんな彼の存在そのものが、本作で描かれる善と悪の線引きの儚さを象徴していると言ってもよいのではないでしょうか。

 そして本作で描かれるその善悪の彼岸で明かされる真実の超絶ぶりには、おそらくは誰もが驚くだろう、とも……


 本作を読み進めるにつれて強まる、この世に仏はないものか、という想い。結末において、我々がその答えをどう出すかは、人によって様々かもしれません。
 しかし私は、やはりそこには一つの救いがあると――それは多分に運命という、あやふやなもに頼ったものかもしれませんが――そう考えたくなります。

 ノワールとして、ミステリとして、剣豪ものとして、明治ものとして、そして何よりも人間の中の善悪と救いの姿を描く物語として――様々な顔を持ち、それが複雑に絡み合って生まれた佳品であります。


『菩薩天翅』(戸南浩平 光文社) Amazon
菩薩天翅(ぼさつてんし)


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2019.01.16

張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第1巻 怪異とギャグと絆が甦らせる新しい古典の姿


 4世紀に東晋の学者・干宝が著した怪談・奇談集である『捜神記』。その名を副題に関する本作は、その『捜神記』をモチーフに、一人の妖狐とその周囲の妖怪・神仙と人々の姿を、時にコミカルに、時にシリアスに、時に感動的に描く、風変わりな連作集であります。

 中国は晋の時代(3世紀頃)、役人の張華を訪ねてきた美しい書生・廣天。博学で知られる張華も到底及ばぬ知識を持つ廣天を、張華の友人・孔章は妖怪ではないかと疑うのですが――果たして廣天の正体は、千年を生きた狐でありました。
 犬をけしかけても正体を現さない廣天に対し、千年生きた木を燃やせば妖怪が正体を現すと知った孔章は、燕昭王の墓地に立つ華表(柱)が千年を経た木を用いたものだと知り、切りに行くのですが……

 この冒頭のエピソードは、第18回MFコミック大賞を受賞し、本書には第0話「張茂先、狐と会う事」として収録されているもの。そしてこのあらすじ自体は『捜神記』の「張華擒狐魅」とほぼ同じ内容でありますが――しかし実際の作品を読んでみれば、その印象は大きく異なります。
 ……というのもこのエピソードに限らず、本作の基本的なトーンは実にコミカル。大いに真面目な話をしているはずが、ちょっとしたところにギャグが入り、それがまたテンポよく実におかしいのです。
(冒頭、狐姿の廣天が禹歩だか反閇を踏むシーンだけで爆笑であります)

 しかし本作は古典を忠実に漫画化しただけのものでなければ、それをギャグにしただけのものでもありません。そんな本作の独自性は、この第0話によく現れています。

 これは物語の内容を明かしてしまって恐縮ですが、原典の結末では、華表を燃やした火に照らされて正体を現した狐はそのまま殺されてしまいます。
 しかし本作は原典とはある意味全く逆の結末を迎えることになります。そこにあるのは人間と妖怪の対立ではなく、むしろ人間と妖怪の間に生まれた絆の姿をなのですから……
(まあ、とんでもないギャグも描いているのですが)


 そしてこれ以降、張華が往古の物語から怪異を――なかんずく狐の怪異を集めたという態で描かれる物語も、原典を踏まえつつも、ギャグと、そして人と妖怪の絆を陰に陽に描いていくこととなります。
(それにしても、中国の怪異譚のどこかすっとぼけた味わいは、ギャグとの相性が実にいいと今更ながら感心)

 三国時代の琅邪王・孫休に召された道士の物語、漢の時代に冥府の使いと出会った漁師の物語、宿屋に現れ人を殺す妖怪と対峙した豪傑の物語、奇怪な獣を産んだ皇帝の男妾の物語、漢の時代に狐に魅せられて軍を脱走した青年の物語……
 もちろんギャグによってうまく中和されている部分はあるものの、ここで描かれるのは、人と妖怪の関係性が決してネガティブなものに留まらないということであり――そしてそれは人と人との関係性と変わるものではないことすら、本作は描き出すのであります。

 そして最後の物語――もう一度張華の時代に戻って語られる物語においては、さらにその先が描かれることとなります。
 その物語とは、廣天自身の物語。そこに浮かび上がるのは、これまで狂言回し的に多くの物語に顔を出していた廣天の想いであり、そして何よりも、何が人と妖怪を分かつのか――その答えの一端であります。

 正直に申し上げれば、軽みのある絵柄と物語展開から、ここまで描かれるとは思ってもみなかった――というのはこちらの不明を恥じるばかりですが、いやはや嬉しい驚きであります。


 そしてこの第1巻のラストでは、ほとんどオールスターキャストで物語が展開し、一応の大団円を見るのですが――しかしこの先も物語はまだまだ、それも思わぬ方向に続いていく様子。
 怪異とギャグと絆と――古典を踏まえながらも、この先もまだまだ新しく刺激的な物語を見せてもらえそうであります。


『千年狐 干宝「捜神記」より』第1巻(張六郎 KADOKAWA MFコミックスフラッパーシリーズ) Amazon
千年狐 一 ~干宝「捜神記」より~ (MFコミックス フラッパーシリーズ)

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2019.01.15

「コミック乱ツインズ」2019年2月号


 今年初の「コミック乱ツインズ」誌、2019年2月号であります。表紙は『用心棒稼業』、巻頭カラーは『そば屋幻庵』――今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『そば屋幻庵』(かどたひろし&梶研吾)
 というわけで、『勘定吟味役異聞』がお休みの間、三号連続で掲載の本作。ある晩、幻庵の屋台の隣にやってきた天ぷら屋兄弟の屋台。旨いそば屋の横で商いすると天ぷら屋も繁盛すると商売を始めた二人ですが、やって来た客たちは天ぷら蕎麦にして食べ始め、幻庵の蕎麦の味つけが天ぷらに合わないと文句を付け始めて……

 もちろんこの騒動には黒幕が、というわけなのですが、それに対する幻庵の親爺こと玄太郎の切り返しが実にいい。「もう食べる前から旨いに決まっている!!」という登場人物の台詞に、心から共感であります。


『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視&渡辺明)
 今回から新展開、本家から失われた初代・大橋宗桂の棋譜集を求めて、長崎に向かった宗桂。追いかけてきた平賀源内の口利きで、その棋譜集の今の持ち主であるオランダ商館長・イサークと対面した宗桂ですが、イサークは将棋勝負で勝てば返してやると……

 というわけで、ゲーム漫画ではある意味お馴染みの展開の今回。表紙で薔薇の花を手にしているイサークを見て感じた悪い予感通り、彼がオネエで宗桂の体を狙ってくる――という展開は本当にどうかと思いましたが、イサークの意外な強豪っぷりは、漫画的な設定でなかなか楽しい。
 何よりも、将棋に慣れていないというイサークが要求した八方桂(桂馬が前だけでなく八方向に桂馬飛びできる)という特殊なルールを活かしたバトルは、本作ならではの新鮮な面白さがあり、これなら源内も満足(?)。


『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 「梅安迷い箸」の後編。料理茶屋での梅安の仕掛けを目撃しながらも、偽りの証言で結果的に梅安を救った女中・おとき。彼女の口を封じるか迷った梅安は、医者の方の仕事で、彼女の弟を治療することになるのですが……
 と、完璧に針のムシロの状況のおとき。すでに梅安の方は彼女を見逃すことに決めていたわけですが、そうとは知らぬ彼女にはもう同情するほかありません。(自分と)梅安のことを邪魔する奴は殺すマンとなった彦さんも久々に裏の住人っぽい顔をしているし。

 結末は梅安の私的制裁ではないか――という気もしますが、梅安・おとき・彦さんの微妙な(?)すれ違いがなかなか面白くもほろ苦いエピソードでした。


『カムヤライド』(久正人)
 連載1周年の今回も、主人公はヤマトタケル状態、謎の男・ウズメとの死闘の最中に彼が思い出すのは、熊襲平定軍の副官となった武人・ウナテのことであります。自分以外の皇子はほとんど皆敵の状態で、仲の悪い兄に仕えるウナテのことを疑っていたタケルですが……

 第1話で土蜘蛛と化したクマソタケルに惨殺された兵たちにこんなドラマが!? という印象ですが、しかしウズメの奥の手の前にはそんな感傷も効果なし。ひとまず水入りとなった戦いですが、タケルにはまだ秘められた力が――?
 ウズメの求めるものも仄めかされましたが、これはもしかして巨大ヒーローものにもなるのでは、と妄想を逞しくしてしまうのでした。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 今回の主人公は、本誌の表紙を飾った仇討浪人の海坂坐望。兄の仇を討ち、その遺児・みかんを連れて故郷に帰ってきた坐望ですが、そこはみかんにとっても故郷であります。
 彼女と別れ、実家に帰った坐望を待っていたのは、彼とは絵のタッチまで違うぼんやりした顔立ちの妹婿。既に居場所はなくなった実家に背を向けて旅に出ようとする坐望ですが、義弟の思わぬ噂を聞きつけて……

 片田舎が舞台となることが多い印象の本作ですが、久々に賑やかな町の風情が描かれる(坐望の若き日の放蕩ぶりがうかがわれるのが愉快。張り合おうとする雷音も)今回。しかしそこでも待ち受けるのは憂き世のしがらみと悪党であります。降りしきる雪の中、無音で繰り広げられる大殺陣の最中、終始憂い顔の坐望の姿が印象に残るエピソードでした。

 物語的にはあまり生かされているとは思えなかったみかんも今回で退場か、と思われましたが――しかし彼女の存在は、全てをなくした坐望にとっては一つの希望と考えるべきなのでしょう。


「コミック乱ツインズ」2019年2月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年2月号 [雑誌]


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2019.01.09

滝沢志郎『明治銀座異変』 狙撃事件に浮かび上がる時代の悲劇と運命の皮肉


 『明治乙女物語』で松本清張賞を受賞した作者の受賞後第一作は、前作から数年を遡った明治16年を舞台とした物語。銀座で起きた鉄道馬車の御者狙撃事件の背後に潜む闇を、散切り頭の新聞記者と、記者見習いの少女、そして日本語よりも英語が堪能な美女の三人が追うことになります。

 ある日、銀座で起きた鉄道馬車の御者の狙撃事件。偶然その場に居合わせた開化日報の見習探訪員・直太郎こと男装の少女・直は、暴走する鉄道馬車に飛び乗り、転覆の危機を救うことになります。
 そしてその馬車に乗り合わせていたのは、「山本咲子」を名乗る妙齢の美女。何故かおかしな日本語を操る彼女は、直を助手に巧みな医術を振るうと、御者の命を辛うじて救うのでした。

 しかし運び込まれた先の病院で息を引き取る御者。彼が撃たれた直後に「「青い眼の子よ、許せ」と呟いていたことを咲子――実は山川捨松から聞いた開化日報の敏腕記者・片桐は、直太郎を助手代わりに、実松の言葉の意味を探るべく調査を開始するのでした。

 やがて明らかになったのは、開港直後の横浜で三人組の侍が、ささいなことから英国人商人ロバート・ブラウンを、その妻子の眼前で殺害した事件。
 その直後に横浜で大火が起きたことから有耶無耶になっていたこの事件と、今回の狙撃事件に関わりがあるのではないか? さらに調査を進める三人ですが、そこに第二の事件が発生。やがて明らかになる意外な真相とは……


 というわけで、元武士でやさぐれ気味の新聞記者、秩父から出てきた素直なんだけど抜けてる男装の少女記者見習、そして大山巌との結婚を間近に控えた山川捨松――と、ある意味明治時代を象徴するような三人が探偵役となって描かれる本作。

 上で述べた維新直前の横浜での英国人殺しはプロローグとして配置されており、どう考えても狙撃はこの事件に繋がっていくのだろうな、さらに言ってしまえば三人の侍が物語の中に名と姿を変えて登場するのだろうな、と予想できてしまうところであります。
 その予想が当たっているかどうかはここでは詳しく述べませんが――ミステリ的にはそれほど大きな仕掛けがあるわけではないものの、ちょっとしたボタンの掛け違えが次々と悲劇の連鎖を引き起こしていくという皮肉さ、やるせなさは強く印象に残ります。

 そしてそれがこの時代――明治16年という、近世と近代の境目を舞台としていることから、より一層大きな意味を持って感じられます。
 江戸時代において支配階層であった武士という存在がなくなり、そして幕末においては夷狄と呼ばれていたものたちの文化を積極的に取り入れる。そんな新しい時代において、それまで抑圧されてきた者が幸せになったかといえば、否というほかありません。

 そんな時代の軋みや歪みを象徴するのが、本作で描かれる事件であり――本作の登場人物たちは、その時代の悲劇と運命の皮肉に巻き込まれた者たちと言うこともできるでしょう。
 上で「ある意味明治時代を象徴するような三人」と述べましたが、彼らもまた、そうした時代を――時代の陰を背負ってきた人物。そんな三人が事件の真相を解き明かし、そこに縛られた人々を解放するのは、彼ら自身をもまた、過去から解放することに繋がっていくのも、興味深いところであります。

 何よりも、本作の結末で描かれるある祝宴の姿、そこで語られるある言葉は、ひどく象徴的に感じられるのです。


 と言いつつも、やはり因果因縁話のように見えるほど、物語展開に偶然が作用するのはどうかと思いますが――しかしそれがある種のミスリードになって、終盤のある場面に思い切り引っ掛けられたりしたのは、果たして狙ったものかはわかりませんが大いに楽しませていただきました。
 このメンバーでの新たな物語、この先の物語も読んでみたいところであります。


『明治銀座異変』(滝沢志郎 文藝春秋) Amazon
明治銀座異変

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2018.12.31

このブログが選ぶ2018年ベストランキング(単行本編)

 今年の締めくくり、一人で選んで一人で発表する2018年のベストランキング、大晦日の今日は単行本編であります。2017年10月から2018年12月末発刊までの作品について6作品挙げます。

1.『童の神』(今村翔吾 角川春樹事務所)
2.『敗れども負けず』(武内涼 新潮社)
3.『大友の聖将』(赤神諒 角川春樹事務所)
4.『虎の牙』(武川佑 講談社)
5.『さよ 十二歳の刺客』(森川成美 くもん出版)
6.『恋の川、春の町』(風野真知雄 KADOKAWA


 第1位は角川春樹小説賞受賞に輝き、そして直木賞候補ともなった作品。平安時代を舞台に、鬼や土蜘蛛と呼ばれたまつろわぬ者たち「童」の戦いを描く大作であります。
 本作で繰り広げられる安倍晴明や頼光四天王、袴垂といった平安オールスター戦の楽しさはもちろんですが、何より胸を打つのは、自由を――自分たちが人間として認められることを求めて戦う童たちの姿であります。痛快なエンターテイメントであると同時に、胸を打つ「反逆」と「希望」の物語で。

 第2位は、昨年辺りから伝奇ものと並行して優れた歴史小説を描いてきた作者の収穫。上杉憲政、板額、貞暁――戦いには敗れたものの、人生において決して負けなかった者たちの姿を描く短編集であります。
 各話それぞれに趣向を凝らした物語が展開するのはもちろんのこと、そこに通底する、人間として望ましい生き様とは何かを希求する視点が実に作者らしい、内容豊かな名品です。

 そして第3位は、大友ものを中心とした戦国ものを引っさげて彗星のように現れた作者の快作。悪鬼のような前半生を送りながらも、周囲の人々の叱咤と愛によって改心し、聖人として落日の大友家を支えた「豊後のヘラクレス」の戦いを描く、戦国レ・ミゼラブルとも言うべき作品です。
 まさしく孤軍奮闘を繰り広げる主人公が、運命の理不尽に屈しかけた周囲の人々の魂を救うクライマックスには、ただ感涙であります。

 そして第4位は、これまた昨年から歴史小説シーン活躍を始めた新鋭のデビュー作。武田信虎という、これまで悪役として描かれがちだった人物の前半生を描く物語は、戦国時代の「武士」というものの姿を浮き彫りにして目が離せません。
 そして何よりも、その物語の主人公になるのが、信虎の異母弟である山の民――それも山の神の呪いを受けた青年――という伝奇味が横溢しているのも嬉しいところです。

 第5位は児童文学から。義経に一門を滅ぼされ、奇跡的に生き延びて奥州に暮らす平家の姫君が、落ち延びてきた義経を狙う姿を描くスリリングな物語であります。
 平家を単なる奢れる敗者として描かない視点も新鮮ですが、陰影に富んだ義経の姿を知って揺れる少女の心を通じて、人間性への一つの希望を描き出すのが嬉しい。大人にも読んでいただきたい佳品です。

 そして第6位は、文庫書き下ろしで大活躍してきた作者が、恋川春町の最後の日々を描いた連作。戯作者としての、そして男としてのエゴとプライドに溺れ、のたうち回る主人公の姿は、一種私小説的な凄みさえ感じさせますが――しかし何よりも注目すべきは、権力に対する戯作者の意地と矜持を描いてみせたことでしょう。
 デビュー以来常に弱者の側に立って笑いとペーソスに満ちた物語を描いてきた作者の、一つの到達点というべき作品です。


 さて、そのほかに強く印象に残った一冊として、操觚の会によるアンソロジー『幕末 暗殺!』を挙げておきます。書き下ろしのテーマアンソロジー自体は珍しくありませんが、本書はタイトル通り、幕末史を彩った暗殺を題材としているのが面白い。
 奇想天外な幕末裏面史として、そして本年も大活躍した歴史時代小説家たちの豪華な作品集として大いに楽しめる一冊です。


 というわけで、駆け足となりましたが、今年の一年をベストの形で振り返りました。もちろんあくまでもこれは私のベスト――決して同じ内容の人はいないであろうベストですが、これをきっかけに、この二日間採り上げた作品に興味を持っていただければ幸いです。

 それでは、来年も様々な、素晴らしい作品に出会えることを祈りつつ……


童の神

今村翔吾 角川春樹事務所 2018-09-28
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敗れども負けず

武内 涼 新潮社 2018-03-22
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大友の聖将

赤神諒 角川春樹事務所 2018-07-12
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虎の牙

武川 佑 講談社 2017-10-18
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さよ 十二歳の刺客 (くもんの児童文学)

槙 えびし,森川 成美 くもん出版 2018-11-03
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恋の川、春の町

風野 真知雄 KADOKAWA 2018-06-01
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 このブログが選ぶ2017年ベストランキング(単行本編)

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2018.12.30

このブログが選ぶ2018年ベストランキング(文庫書き下ろし編)

 今年も一年の締めくくり、一人で選んで一人で発表する、2018年のベストランキングであります。今回は2017年10月から2018年12月末発刊までの作品について、まずは文庫書き下ろし6作品を挙げたいと思います。

1.『おもいで影法師 九十九字ふしぎ屋商い中』(霜島けい 光文社文庫)
2.『百鬼一歌 都大路の首なし武者』(瀬川貴次 講談社タイガ)
3.『義経暗殺』(平谷美樹 双葉文庫)
4.『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』(阿部暁子 集英社文庫)
5.『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』(鳴神響一 幻冬舎文庫)
6.『勾玉の巫女と乱世の覇王』(高代亞樹 角川春樹事務所時代小説文庫)


 第1位は、これは個人的には文庫書き下ろしにおける妖怪時代小説の一つの完成型ではないか、とすら思う作品。死んでぬりかべになった父を持つヒロインが奮闘する『九十九字ふしぎ屋商い中』シリーズの第3弾ですが、とにかく表題作が素晴らしい。
 妻を亡くしたばかりの隠居同心宅に現れる不思議な影法師。はじめは同心の妻の幽霊かと思われたその影は、しかしやがて様々な姿を見せ始めて――と、ちょっといい話と思いきやゾッとさせられて、そして意外な結末へ、と二転三転する物語には感心させられたり泣かされたり。作者は期間中、幻となっていた『あやかし同心捕物控』シリーズも再開し、いま脂が乗りきっているといえるでしょう。

 第2位は、平安ものを得意とする作者が鎌倉時代初期の京を舞台に、和歌マニアの青年と武芸の達人の少女を主人公に繰り広げるコミカルな時代奇譚の第2弾。今回はタイトル通りに奇怪な首なし武者事件に巻き込まれる二人ですが、その背後には哀しい真実が……
 と、個性的過ぎるキャラクターのドタバタ騒動で魅せるのはいつもながらの作者の得意技ですが、本作はそれに史実――この時代、この人々ならではの要素が加わり、新たな魅力を生み出しているのに感心です。

 そして第3位は、今年もバラエティ豊かな作品で八面六臂の活躍を見せた作者の作品の中でも、久々の義経ものである本作を。兄に疎まれ、奥州に逃げた源義経が、妻子とともに何者かに殺害された姿で発見されるというショッキングかつ何とも魅力的な導入部に始まり、その謎が奥州藤原氏の滅亡、そしてその先のある希望に繋がっていく物語は、『義経になった男』で時代小説デビューした作者の一つの到達点とも感じられます。
 ちなみに作者は今年(も)実にバラエティ豊かな作品を次々と発表。どの作品を採り上げるか非常に悩んだことを申し上げます。

 第4位は南北朝時代を背景に、副題通り吉野――南朝の姫君が、お忍びで向かった京で出会った義満と世阿弥とともに繰り広げる騒動を描く作品。今年も何かと話題だった室町時代ですが、本作はライト文芸的な人物配置や展開を見せつつも、混沌としたこの時代の姿、そしてその中でも希望を見いだそうとする若者たちの姿が爽快な作品です。
 個人的には作者の以前の作品を思わせるキャラクター造形が嬉しい――というのはさておき、作品のテーマを強く感じさせる表紙も印象に残ります。

 続く第5位は、期間中、ほとんど毎月、それもかなりバラエティに富んだ新作を刊行しつつ、水準以上の内容をキープするという活躍を見せた作者の、新たな代表作となるであろう作品。孤島に居合わせた六人の男女が次々と奇怪な手段で殺される――という、クローズドサークルものど真ん中のミステリである(本作が時代小説レーベルではないことに注目)と同時に、時代ものとしてもきっちりと成立させてみせた快作です。

 そして最後に、本作がデビューした作者のフレッシュな伝奇活劇を。いまだ混沌とした戦国時代を舞台に、長き眠りから目覚めた「神」と、その巫女に選ばれた少女を巡り、一人の少年が冒険を繰り広げる様は、時代伝奇小説の王道を行く魅力があります。
 その一方で、神の意外な正体や目的、そして張り巡らされた伏線の扱いなど、これがデビュー作とは思えぬ堂々たる作品で、今後の活躍が楽しみであります。


 ちなみにもう一つ、本年印象に残ったのは、本格ミステリ作家たちが忍者(の戦い)をテーマに描いたアンソロジー『忍者大戦』。『黒ノ巻』『赤ノ巻』と二冊刊行された内容は、正直なところ玉石混淆の部分もあるのですが、しかし時代小説初挑戦の作家も多い中で描かれる物語は、それだけに魅力的で、ユニークな企画として印象に残りました。

 と、振り返ってみれば、図らずも平安・鎌倉・室町・戦国・江戸と散らばったラインナップになりました。保守的なイメージの強い文庫書き下ろし時代小説ですが、その実、多様性に溢れていることの一つの証――と申し上げては牽強付会に過ぎるでしょうか?


おもいで影法師: 九十九字ふしぎ屋 商い中 (光文社時代小説文庫)

霜島 けい 光文社 2017-10-11
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百鬼一歌 都大路の首なし武者 (講談社タイガ)

瀬川 貴次 講談社 2018-07-20
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義経暗殺 (双葉文庫)

平谷 美樹 双葉社 2018-02-15
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室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君 (集英社文庫)

阿部 暁子 集英社 2018-01-19
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猿島六人殺し 多田文治郎推理帖 (幻冬舎文庫)

鳴神 響一 幻冬舎 2017-12-06
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勾玉の巫女と乱世の覇王 (時代小説文庫)

高代 亞樹 角川春樹事務所 2018-03-13
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 平谷美樹『義経暗殺』(その一) 英雄の死の陰に潜むホワイダニット
 平谷美樹『義経暗殺』(その二) 天才探偵が見た奥州藤原氏の最期と希望
 阿部暁子『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』 現実を受け止めた先の未来
 鳴神響一『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』 本格ミステリにして時代小説、の快作
 高代亞樹『勾玉の巫女と乱世の覇王』 復活した神の望みと少年の求めたもの

 このブログが選ぶ2017年ベストランキング(文庫書き下ろし編)

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2018.12.28

寺沢大介『ミスター味っ子 幕末編』第3巻 嵐の時代に生きる料理人の心意気


 ミスター味っ子こと味吉陽一(と堺一馬)が幕末にタイムスリップ、勝海舟を料理で助けて歴史を動かす――と驚天動地の設定の本作も第3巻。時代は1864年まで進み、いよいよ大きく歴史が動き出しました。この巻のメインとなるのは長州と薩摩の料理合戦、その果てに待つものは……

 何故か勝海舟が腹を減らすたびに幕末にタイムスリップし、ついでに(?)料理で歴史を揺るがす事件を解決する羽目になってしまった陽一。その後、一馬までも同様にタイムスリップするようになり、何だかすっかり慣れてしまった感のある陽一たちですが――しかしそんな間もどんどん事態は深刻の度合いを増していくことになります。

 そんな中、激しく対立する長州と薩摩を何とか和解させようとする陽一。一度は和解したように見えた両者ですが、どちらが主導権を持つかで再び対立したのを、海舟は料理勝負で決着をつけようと提案するのでした。
 それを受けた両者はそれぞれ代表選手を選びだすのですが――長州が選んだのは、奇兵隊所属の農民出身の天才少年料理人・タカ、そして薩摩側は藩の台所頭で四条流皆伝の少女・徳。

 かくて浅草寺境内で、江戸の町民たちを判定役に、料理勝負が始まることに……


 というわけで、今回陽一と一馬を差し置いて料理勝負を繰り広げるのは、この幕末の天才料理人二人。もちろんどちらも只者ではなく、そして繰り出される料理も尋常なものではありません。
 特に帝の口に入れる料理を作る四条流を操る徳は、その流派的に雅やかな料理を作るかと思いきや――まさかのとんでもないド派手な料理が炸裂。一馬がメタに言及するとおり、「これぞ味っ子ワールドって感じ」の盛り上りを見せることになります。

 が、しかし本作はそれだけでは終わりません。思わぬ(?)乱入者もあって料理勝負が波乱のうちに終わった後、成立したのはいわゆる薩長同盟。そして倒幕の動きが激化する中、幕府の第二次長州征伐が始まることになります。
 この第二次長州征伐は幕府側の戦意が乏しく、幕府の衰亡を決定づけたことで知られていますが――しかしその結果に至るまでに、日本人同士の戦闘が行われたのは事実。そしてその戦闘の中、初陣を経験したタカが見たものは……

 そう、そこにあるのは、食の喜びとは対極にある、無惨な死の姿。それを目の当たりにした彼は、そしてそこに現れた徳は、長州人薩摩人としてではなく、料理人として一つの道を選ぶことになるのであります。
 そこにあるのは、これまで陽一たちを通じて断片的に描かれていたもの――食を楽しむことの大前提というべき平和の尊さであり、料理を通じて自分たちなりにその道を目指そうとする料理人の心意気なのであります。

 はっきり言ってしまえば、陽一や一馬は部外者。このような想いも、所詮は平和な時代からやってきた人間の勝手な感慨と言えるかもしれません。
 それをこの巻では、タカと徳の姿を――実際にこの時代を生きた料理人の姿、それも現実にぶつかりながらも少年少女ならではの理想を諦めない姿を通じて、より鮮明な形で描き出したと言えるでしょう。

 もっとも、このようにタカと徳がほとんどこの巻の実質的な主人公であったこともあり、陽一の活躍が少なめ(終盤、ある有名人相手に一馬とタッグを組んで一泡吹かせる展開は痛快でしたが)だったのは少々残念ではあります。
 しかしこの巻で描かれたものは、この先に描かれるであろうクライマックス――幕府にとっても、海舟にとっても、江戸にとっても大きな意味を持つあの歴史的出来事に向かって物語が突き進んでいく中、大きな意味を持つだろうと、そう感じるのであります。


 などと思っていたら、ラストにはあの超重要人物が、また本作らしい破天荒なイメージで登場。果たしてこのお方が、この先の物語でどのような役割を果たすのか――まだまだ一波乱も二波乱もありそうです。


『ミスター味っ子 幕末編』第3巻(寺沢大介 朝日コミックス)

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2018.12.09

鷹野久『向ヒ兎堂日記』第6-8巻 彼らの戦いの結果、彼らの叶えた望み


 以前途中までしか紹介していなかった作品、それもだいぶ前に完結した作品を今頃で恐縮ですが――怪異や怪談が取り締まられるようになった明治時代を舞台に、怪談を集め、怪(あやかし)が集まる貸本屋・向ヒ兎堂を舞台とした物語のラスト3巻をご紹介いたします。

 かつての陰陽寮を母体とする国の機関・違式怪異取締局によって、妖怪変化など怪たちと、彼らのことを記した怪談が取り締まられていく時代。そんな中、密かに怪談を集める向ヒ兎堂には、人間に化けた様々な怪たちが集まるようになります。
 そして向ヒ兎堂店主・兎崎伊織も、人間でありながら鬼や天狗に育てられ、怪を見ることができる不思議な片目を持つ青年。怪が失われていく世情を憂う彼らは、密かに怪を保護していたのですが――それはやがて、取締局との対立に繋がっていくこととなります。

 そんな中で明らかになっていく取締局の企み。新時代となり解体された陰陽寮の人々は、怪を手中に収め、それを使役して騒ぎを起こすことによって、自分たちの必要性を世に示そうとしていたのであります。
 そして伊織も知らなかった彼の出生もまた、陰陽寮に繋がるもの――彼こそは安倍家の正統の血筋であり、強大な鬼・白姫の血を文字通り受けた存在だったのです。

 これまで何かと縁を持ち、取締局のやり方に反対して離反した局員・都築夫妻と手を組むことになった伊織と怪たちは、ついに帝都に怪たちを放った取締局に全面対決を挑むことに――


 と、ノスタルジックでのんびりした空気の流れる連作怪異譚であった序盤から大きくストーリーは動き、伝奇活劇的な展開となっていった本作。
 決して派手な術合戦などが繰り広げられるわけではありませんが、まだ闇深い帝都の夜を舞台に繰り広げられる本作ならではの攻防戦は、次々と明らかになる伊織や周囲の人々・怪の因縁も相まって、大いに盛り上がります。

 しかしそんな中でも、当初のムードが薄れないのも面白いところで、人間とは価値観や感覚が異なる怪たちはあくまでもマイペース。真剣な戦いの中でも、やはりどこか呑気な感覚があるのに、ホッとさせられます。
 そしてそれはまた、この戦いが――少なくとも向ヒ兎堂側にとっては――相手を滅ぼそうというものではなく、自分たちの存在を認めさせるためのものであるからなのでしょう。

 そう、第5巻の紹介でも述べましたが、取締局が怪を取り締まり使役しようとするのは、自分たちがこの世から、時代から忘れ去られないようするため。そして向ヒ兎堂が怪を、怪談を守るのは、怪たちの存在がこの世から、時代から忘れ去られないようするため。
 その目的、望みという点を見れば、両者は同じものを求めていると言ってもいいかもしれません。

 しかしもちろん、その望みは基本的に併存できるものではありません――少なくとも、取締局が今のやり方を続ける限りは。
 それを変えるべく奮闘した伊織の、都築の、周囲の人々・怪たちの戦いの結果がどうなったか? それはもちろん、決して甘いばかりのものではありません。いくつもの傷と痛みが残り、それはこの先も残っていくものでもあるでしょう。

 しかし同時にそれは、この先に希望の光を示してくれるものでもあります。少なくとも、この物語そのものが次の物語を生み出すという結末は、彼らの存在が語り継がれていったということにほかならないのですから……


 最後の最後まで温かい空気感を漂わせていた本作。一つの物語が終わったにもかかわらず、まだどこかに彼らがいるような気持ちになってしまうのは、その空気感があればこそであり――そしてそれこそは彼らが望んだものなのだと、心から思うのです。


『向ヒ兎堂日記』(鷹野久 新潮社バンチコミックス)



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2018.11.29

DOUBLE-S『イサック』第5巻 和平の道、そして新たなる戦いの道へ


 欧州に渡った日本人銃士の活躍を描く本作も、もう第5巻――しかし欧州を揺るがす戦いはまだまだ続き、イサックの苦闘も終わることがありません。宿敵との激突も束の間、イサックはプリンツ・ハインリッヒとともに和解の道を探ることになるのですが、それは同時に新たな戦いの始まりでもあります。

 アルフォンソ王太子の死という意外な展開により、終結に向かうローゼンハイム市防衛戦。しかしプリンツが囚われの身となり、イサックは未だ癒えぬ右肩の傷の痛みを堪えて救出に向かうことになります。
 その前に立ち塞がるのはイサックの宿敵であり、彼が戦う理由であるロレンツォ。伊サックは捨て身の攻撃でロレンツォを追い詰めるのですが……

 と、クライマックスのような展開で始まったこの巻ですが、あっさりとロレンツォは身を引き、イサックはプリンツを奪還。しかし窮地はいまだ終わらず、スピノラ(二代目)率いる追っ手が、二人を追い詰めることとなります。
 ローゼンハイム市も目前の場所まで辿り着いた二人ですが、辛うじて戦いを終えた市側にはスピノラ軍と再び戦端を開く余裕などありません。自力で市にたどり着くしかない絶体絶命の窮地の中、飛び出してきたゼッタのために全力で引き金を引くイサック。しかし二人が三人になっても状況は変わらず――まさに危機また危機であります。

 が、ここからがまたシビれる展開。傷ついたイサックの代わりにゼッタが込めた銃を手に、イサックが狙うのはスピノラ。イサックの腕であればスピノラを確実に殺せるものの、そうすればスピノラの配下が襲いかかり、イサックたちは、そしてローゼンハイム市も皆殺しとなるのは必定であります。
 イサックが撃てばスピノラもイサックも全員死ぬ。スピノラが退けば誰も死ぬことなく戦いは終わる――ある意味メキシカン・スタンドオフ的ですが、たった一発の銃弾が、たった一人の決断が全員の運命を変えるというのは、これは実に本作らしいシチュエーションと言うべきでしょう。

 文字通り皆の命を賭けた勝負の結末は――これは言うまでもないかと思いますが、それでも緊迫感に満ち満ちた名場面であることは間違いありません。


 そして一時の平穏を得るイサックたちですが――しかし厳しいことを言ってしまえば、彼らの戦いは局地戦も局地戦に過ぎません。彼らの戦いはより大きな戦いのごく一部――後に三十年戦争と呼ばれるカトリックとプロテスタントの戦いは、まだ始まったばかりなのであります。
 その戦いの最前線に立たされているのはプリンツであり、プリンツの兄。その兄を支えるため、そして母からの頼みもあって、プリンツはカトリック側との和平交渉のため、バイエルン公国に向かうことになります。

 しかしそこは既に敵地。プリンツと、当然同行するイサック、そして商人への偽装のためについてきたハンスとゼッタの一行は、途中検問に引っかかって窮地に陥るのですが――そこに現れた謎めいた甲冑の騎士こそは、エリザベート・フォン・クラーエンシュタイン男爵。
 エリザベート? そう、彼女はプリンツの従姉妹である姫男爵。彼女の協力もあって、無事に和平のための最初の会談を行うプリンツですが、しかしこれはいわば担当者レベルの合意に過ぎません。この先、本当に責任者同士の合意に繋げていくためには、どれだけの難関が待ち受けていることでしょうか。

 その苦難を予感させるように、再びカトリック側についたロレンツォがプロテスタント側を苦しめているとの報が入り、そして病で余命幾ばくもなかったオーパが、ゼッタをイサックに託して逝くことに……

 恩と復讐に一意専心する迷いのなさこそがその強さの源である(と作中で語られるのですが、なるほどと感心)イサックにとって、ゼッタを引き受けたことは、あるいは重荷にはならないのかもしれませんが――しかしいかにも彼の行く手は前途多難と言うほかありません。

 彼の、ゼッタの、プリンツの運命がどこに向かうのか――正直なところ馴染みの薄い歴史の世界だけに、先がわからなくもあり、そしてそれが楽しみでもあります。


『イサック』第5巻(DOUBLE-S&真刈信二 講談社アフタヌーンKC)

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2018.11.21

『忍者大戦 赤ノ巻』(その二) 時代小説ファンとミステリファンに橋を架ける作品集


 本格ミステリ作家たちによる忍者バトルアンソロジー『忍者大戦』の第二弾、『赤ノ巻』の紹介の後編であります。引き続き、収録作品を一作ずつ紹介いたします。

『月に告げる』(羽純未雪)
 信長に見初められ、側に侍ることとなった伏屋家の養女・清夜。口が利けない彼女は、召し出されるまで屋敷の奥の離れで侍女とともに静かに暮らしていたのですが――見張りと侍女が離れたほんのわずかな時間に、離れは血がしぶき、無惨に切り刻まれたモノが転がる地獄絵図と化していたのでした。
 実はその惨劇の背後に潜んでいたのは伊賀でも屈指の腕利きの女忍・紫乃。織田軍の侵攻により大切な人々を奪われた彼女が目論む復讐の行方は……

 本作は、この『忍者大戦』でも数少ない女忍を主人公とした物語。本書でも幾度か題材(遠景)となっている天正伊賀の乱に端を発する復讐譚ですが――それが全く思わぬ形で始まるのが面白く、その先の物語をより印象的なものにしていると感じます。
 とはいえ、紫乃の前に立ち塞がる敵の正体がすぐわかってしまうのは残念なところで、途中で語られる信長○○説の処理が至極あっさりしているのも勿体ないところではあります。


『素破の権謀 紅城奇譚外伝』(鳥飼否宇) 難攻不落の市房城を攻略せんとする梟雄・鷹生龍久に、自分ならば籠城した軍勢を城から誘き出してみせると語った元根来衆の素破・田中無尽斎。自らを含め僅か三人の手勢で向かった無尽斎は、底なし沼と広い堀に囲まれた城に巧みに忍び込むのですが……

 戦国の九州を舞台としたゴシック・ミステリともいうべき『紅城奇譚』――紅城に拠る鷹生龍政とその一族が、次々と奇怪な事件に巻き込まれていく姿を描いた物語の「外伝」と冠された本作は、その鷹生家の龍久に仕える素破を主人公とする物語。
 詳細を述べるわけにはいきませんが、次から次へと策を巡らせ、市房家を陥れていく無尽斎の姿には、一種のケイパーノベルの味わいがあります。

 ただ作中、*をつけて「好事家のための忍術解説」がこまめに入るのは、物語のテンポを削がずにトリックを解説する手段として面白いのですが、やりすぎに感じる方もいるのではないかな、という印象。
 また、ある意味本作の肝ともいうべき『紅城奇譚』との関連については――外伝は後に読んだ方がよいかな、とだけ申し上げます。


『怨讐の峠』(黒田研二)
 かつては周囲に一目置かれた腕前だったが、織田軍に眼前で最愛の妻を殺されて以来、無気力に生きてきた下忍・音吉。ある日上がった召集の狼煙に何ごとかと駆けつけれみれば、その場にいたのは服部正成――本能寺の変の発生に、三河へと逃れる家康の警護を求めていたのであります。
 自分には無縁の話と無視しようとしたものの、妻を殺した武士の首元にあった髑髏の形の痣が家康にもあることを知った音吉。彼は仇を他の者に討たせるわけにはいかないと、家康を護衛することを決意するのですが……

 本書の掉尾を飾るのは、これも天正伊賀の乱によって運命を狂わされた忍びの物語。伊賀忍者の功績として史上名高い神君伊賀越え秘話ともいうべき作品なのですが、これが幾重にも捻りが加えられた内容なのであります。
 突然服部半蔵に、つまり家康に頼られていい迷惑なはずが、思わぬことから仇と判明した家康を護る――護った上で自分が殺す――ことを決意した主人公の皮肉な立場がまず面白いのですが、そんな状況下で家康に襲いかかる敵との死闘の様も見所です。

 特にクライマックスは戦場、シチュエーションともちょっと珍しいもので、そんな中で殺したい相手を命がけで護るという音吉の苦闘ぶりが際だつのですが――しかし真のクライマックスはその先にあります。
 思わぬ形で明らかになった真実と、さらにその先にあったものとは――いやはや、その度胸といい狸ぶりといい、天下を取る人間は違う、と嘆息するほかありません。この先の物語も見てみたい、と思わされる結末であります。


 以上、忍者ものとしてもミステリとしても、前作『黒ノ巻』以上に粒よりの印象もある全6編。この巻もまた、極めてユニークな企画ながら、それだけに実に読み応えのあるアンソロジーであったと思います。
 是非また、このような時代小説ファンとミステリファンの双方を楽しませてくれる――そして双方に橋をかけてくれるようなアンソロジーを刊行してほしいと、切に願う次第です。


『忍者大戦 赤ノ巻』(光文社文庫)

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 鳥飼否宇『紅城奇譚』 呪われた城に浮かびあがる時代の縮図

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