2019.07.13

仁木英之『飯綱颪 十六夜長屋日月抄』(新装版) 伝奇ものと人情ものを結びつけた快作ふたたび


 約12年前、歴史群像大賞最優秀賞と日本ファンタジーノベル大賞を受賞した直後に刊行された、作者の最初期の作品――そして伝奇ものと人情ものという、全く異なるジャンルの物語を結びつけた快作の加筆修正版であります。深川の長屋に拾われた記憶喪失の巨漢、その驚くべき正体とは……

 深川の十六夜長屋で、男手一人、泥鰌取りでもって幼い娘・とみを育てる甚六。ある日深手を負って倒れていた記憶喪失の男を見つけた彼は、男に山さんと名付け、共に暮らすことになります。
 時にその巨体からは考えられぬほどの運動能力を発揮しつつも、普段は気弱でおとなしい山さんと、慎ましくも楽しい毎日を送る甚六親子。しかしやがて彼らの周囲に、不審な人物が出没するようになります。

 そしてそんな中、娘と山さんを置いて長屋の男衆と善光寺詣でに出かけた甚六は、そこで驚くべき真実を知ることになります。松代真田家に戦国時代から仕え、今は藩内の争いによって分裂した忍たちの存在。そして山さんこそは……


 加筆修正版ということで、内容的には当然ながら同一の本作。その意味では改めて取り上げる理由は薄いといえば薄いのですが――しかしこうして読み返してみると、初版を読んだ時とは別の印象を受けることに気付きます。

 実は本作の特徴の一つは、物語を語る視点の多さであると言えます。
 甚六、とみ、山さんといった物語の中心人物だけでなく、甚六が想いを寄せる長屋の未亡人・さえや同じ長屋の寺子屋の先生などの長屋の人々、そして強引と言われようと復興に邁進する国家老、それと対立して江戸で暗躍する江戸家老、快活な仮面の下に仇への憎悪を秘めた青年武士、そして江戸家老と結んだ忍びの首魁……

 本作は、これらの登場人物の間で次から次へと物語に対する視点が入れ替わり、そして同時に、その視点の主の想いが描かれていく――そんな構成にあります。
 それは初読時には非常にめまぐるしく、そしてまたそれぞれのキャラクターの心情描写が、物語のテンポを削いでいるようにも感じられたのですが――しかしそれはこちらの理解が浅かったと今であれば感じます。

 冒頭に述べたとおり、本作は伝奇ものと人情ものという、全く異なる――ほとんど水と油の――ジャンルを折衷して、新たな物語を生み出してみせた作品であります。
 それはもちろん、全く異なる二つの世界を巧みに並べ、結びつけてみせたストーリーテリングの妙に依るところも大きいでしょう。しかしそれ以上に大きいのは、その二つの世界に生きる人々、本来であれば決して交わらぬ人々の姿を、その内面も含めて丹念に描いてみせたことであると、今ならばわかります。

 ミクロなユートピアを作り上げ、その中で生きる人々を描く人情ものと、マクロな歴史の中で、ある目的のために血で血を洗う戦いを繰り広げる伝奇ものと――全く異なる二つの世界を、決してご都合主義に陥ることなく、結びつけるのはどうすればよいのか?
 その一つの答えが、ここにはあります。

 そして初読時に、いや今回も呆気にとられた、というより置いてけぼり感すらあった、北斗の拳のようなラストバトルの展開も、むしろその感覚を生み出すことで、この二つの世界の距離を描いてみせたのではないか、というのは牽強付会かもしれませんが……


 しかしいずれにせよ、静かな序盤から始まり、徐々に物語がスケールアップする中盤、そして一気呵成に展開する終盤と、波瀾万丈な本作を貫いているのは、これはデビュー時から現在まで変わらない作者の視点であることは間違いありません。
 それは、時に対立し、時に孤立し、分かり合うことなくぶつかり合う人間たちの姿であり――そしてそんな中にふと浮かび上がる相互理解の可能性の美しさ、素晴らしさであります。

 どれほど深い悲しみや恨みを抱えようと、どれほど(物理的にも精神的にも)異なる世界に暮らそうとも、この世に生きる者同士はわかりあえる、手を取り合うことができる……
 字にしてみれば理想主義に過ぎるものを、エンターテイメントの中で、強く実感できるものとして描いてみせる。そんな作者の精神は、伝奇ものと人情ものという二つの世界を交わらせてみせた本作において、特に強く感じられるのであります。

 そしてそれが、本作を現在に至るまで色あせることない物語として成立させていることは、言うまでもありません。


『飯綱颪 十六夜長屋日月抄』(仁木英之 徳間文庫) Amazon
飯綱颪: 十六夜長屋日月抄 (徳間時代小説文庫)


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2019.07.12

鳴海丈『どくろ舞 あやかし小町大江戸怪異事件帳』 首無し死体を巡る怪異捕物帖の快作


 颯爽たる北町奉行所の青年同心と、妖怪の力を借りる可憐な美少女が、江戸を騒がす怪事件に挑む『あやかし小町大江戸怪異事件帳』シリーズ、待望の第5弾であります。今回二人が挑むのは、夜の空を舞う奇怪などくろの怪。その怪異に込められた秘密とは、そして怪異を生んだものとは……

 妖怪・おえんちゃんこと煙羅を櫛に宿し、その力で人々を助けてきた茶屋の看板娘・お光と、北町奉行所で活躍する切れ者の同心・和泉京之介。本シリーズは、不思議な縁で出会い、そして互いに強く惹かれあうようになったこの二人が、知恵と異能、そして情で様々な怪事件を解決する姿を描いてきました。

 そして全3話構成の本書の表題作である中編『どくろ舞』では、タイトル通りの何ともぞっとする怪異の出現をきっかけに、京之介たちが入り組んだ謎に挑むことになります。

 夜中に長い髪を振り乱したどくろが、首を求めてさまようという噂が流れる中、京之介が上役から解決を依頼された事件。それはとある寺で、老女が墓の一つを掘り起こそうとしたという騒動でありました。
 そして調査に出向いた京之介の問いに答えて老女・お路が語るのは、彼女の生き別れの娘・お絹にまつわる奇怪な物語だったのです。

 故あって養子に出され、さる大店の長女として育てられたお絹。しかしさる旗本屋敷に奉公に出た彼女は、半年前のある晩、彼女は何者かに呼び出されて一人大川端に出かけ、そこで首と胴が切り離された無惨な亡骸となって発見されたのであります。
 この一件、別件で獄門となった男が、自分が殺したと嘯いていたことから事件は解決したものと思われたのですが……

 しかし数日前、自分の頭を抱え、失われた首を探すお絹が夢枕に立ったと語るお路。そこで無我夢中でお絹の墓の中を確かめようとしたという彼女の言葉を信じた京之介が墓を確かめてみれば――何と棺は破られ、お絹の首が失われていたのではありませんか。

 この奇怪な事件には、半年前のお絹殺しが関わっていると考え、再度調べ始めた京之介。しかし、事件の第一発見者の男、獄門となった男から話をきいたちんぴら、そしてお路までもが、何者かに襲われる事件が頻発し、ついに京之介自身にも危険が迫ります。
 京之介の危機を知り、おえんちゃんとともに彼を救うために奔走するお光ですが……


 前作を紹介した際、私は事件そのものはかなりシンプルな部類と評していたのですが――一転、かなり複雑な謎が描かれることとなる本作。お絹を呼び出したのは何者か、何故彼女は無惨に殺害されたのか。事件の関係者の口封じに動くのは何者か。そして何よりも、お絹のどくろが宙を舞うのは何故か――と、様々な謎が、物語の中で複雑に絡み合っているのであります。

 本作の魅力は、間違いなく、過去の事件を構成するこれらの謎が京之介の奮闘により解き明かされ、少しずつ真実が浮かび上がっていく様にこそあると言えるでしょう。
 特にお絹が何故首を斬られなければならなかったというホワイダニットが、首を探す彼女のどくろと結びつく様は――「なるほど!」と言いたくなるミスリーディングとも結びついて――時代ミステリとして、きっちり楽しませていただきました。

 そして事件が明るみに出るきっかけと、事件の締めくくりに怪異の存在が絡む――そしてそこにお光活躍の必然性が生まれる――のも巧みで、前作で確立した怪奇捕物帖としてのスタイルが、本作においてさらに深化したと言っても間違いありません。
(ただし、明かされていない謎というか、一種の矛盾があるようにも感じるのですが……)


 そして残る短編2編は、いずれもシリーズ第三の主人公というべき男装の娘陰陽師・長谷部透流にまつわるエピソードであります。

 彼女が操る四体の強力な式神にまつわる悲痛な物語を描く『死闘・四鬼神狩り』、そしてお光と京之介が巻き込まれた奇妙な行き倒れに関する事件に、透流が思わぬ形で関わる『人憑き』――京之介とお光の物語が捕物帖だとすれば、透流のそれは伝奇もの。その違いからしばしば生じるある種の違和感(もちろんそれは狙ってのものではありますが)は、この2編にも漂っています。

 しかし今回は透流の過去を描くことにより、彼女がお光たちと関わり合う一つの理由が示されるのが目を引きます。そして、それは私がこのシリーズを愛する理由でもあると気付かされます。
 怪奇・捕物帖・伝奇――それぞれ異なる世界を繋ぐもの。それは人間の心がもたらす光であり――それがヒロインの名に冠されているのも、決して偶然ではないと、今更ながらに感じた次第です


『どくろ舞 あやかし小町大江戸怪異事件帳』(鳴海丈 廣済堂文庫) Amazon
あやかし小町  大江戸怪異事件帳  どくろ舞 (廣済堂文庫)


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2019.07.10

鳴神響一『凶嵐 おいらん若君徳川竜之進』 クライマックス目前!? 立ち塞がる思わぬ「敵」


 尾張徳川家のご落胤ながら、故あって吉原の花魁・篝火として暮らす徳川竜之進の冒険もこの第4弾でいよいよ佳境に入りました。娘の生き肝を食らう河童の跳梁に怒りを燃やし、黒幕に迫る竜之進。しかしその先に待ち受けていたのは、思いも寄らぬ大陰謀で……

 生まれ落ちてすぐに藩の政争に巻き込まれて命の危険に晒された末、五人の甲賀忍びによって救い出され、吉原に潜んで成長した徳川竜之進。
 木を隠すには森の中――その身を隠すために花魁・篝火に身をやつした竜之進は、決して客とは同衾しない花魁として名を馳せつつ、裏では江戸を騒がす許せぬ悪を成敗してたのであります。

 そんな七夕の晩、気に染まぬ花魁稼業の憂さ晴らしに吉原を抜け出し、いつもの仲間たちが集う煮売り屋に向かった竜之進。そこで、娘たちが河童によって無惨に殺され、生き肝を奪われているという噂を聞いた竜之進は、あまりにも無惨な所業に激しく怒りを燃やすのでした。
 そして町娘に扮し、自らを囮に河童が出没するという赤坂の溜池近くの山王社に向かった竜之進。果たして現れた悪党たちに、破邪顕正の刃を振るう竜之進ですが……


 もはや第4弾ともなればシリーズのスタイルも固まったというべきでしょうか、仲間たちと飲んでいるところで江戸を騒がす怪異じみた事件の存在を聞きつけ、竜之進が成敗に乗り出す――という展開を今回も敷衍する本作。
 誰かから依頼されたわけでも、犠牲者に関連があるわけでもなく、直接竜之進には関連のない事件に正義感のみで乗り出すのは、世を忍ぶご落胤としてはいかがなものか――という気もいたしますが、それがヒーローというものでしょうか。

 それはさておき、「河童」の目的を察知した(ここで登場するゲストキャラがなかなかの存在感)竜之進は、悪党成敗に向かうのですが――ちょっと展開が急なのでは、と思いきや、ここから物語は思わぬ方向に走り始めることになるのです。


 ここから先の展開について、未読の方の興を削がぬように紹介するのはなかなか難しいところであります。
 しかし、事件の背後に潜んでいたものが思わぬ存在であり、そしてそれがまた、さらに思わぬ形で、竜之進自身の存在に繋がっていく――と述べることは許されるかと思います。

 冒頭に述べたとおり、尾張徳川家の御家騒動の中で危うく命を奪われかけ、江戸に逃れた竜之進。その彼がいまだに吉原に潜み、こともあろうに花魁に身をやつしているのは、彼の身に迫る危険がいまだ去っていないことを意味します。
 だとすれば、いずれは尾張徳川家を
向こうに回した物語を――と予想できるのですが、いやはや、それを思わぬ、それも絶妙な形でひねった展開が待ち受けているとは……

 これも詳細を述べられないのが非常に心苦しいのですが、ここで竜之進の前に立ちはだかるのは、ちょっと意外な、しかし史実を見ればまさしく彼の敵とするに相応しい存在であります。
 実は時代物では比較的メジャーな人物ではあるのですが、この時期に登場するのはかなり珍しいのでは――というのは語り過ぎかもしれませんが、定番の物語かと思えば、この落差十分の変化球には、大いに唸るしかありません。

 そして繰り広げられる、シチュエーション的にもスケール的にもシリーズ屈指の大殺陣だけでも楽しいところに、さらに「えっ!?」というような展開から「ええっ!!」という結末に――いやはや、完全に作者の掌の上で転がされました。


 はたしてこの先に竜之進を待ち受けるものは何か。はたして彼は己の正義を貫き、そして平穏な日常を手に入れることができるのか――クライマックスは目前であります。


『凶嵐 おいらん若君徳川竜之進』(鳴神響一 双葉文庫) Amazon
おいらん若君 徳川竜之進(4)-凶嵐 (双葉文庫)


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2019.06.28

野田サトル『ゴールデンカムイ』第18巻 ウラジオストクに交錯する過去と驚愕の真実!


 アシリパさんが大英博物館でのマンガ展のメインビジュアルに使われるなど、絶好調の『ゴールデンカムイ』、第18巻の前半で描かれるのは、土方と牛山を窮地に陥れた恐るべき脱獄囚と意外な人物の対決であります。そして後半、ウラジオストクを舞台とした過去編で明かされる驚くべき事実とは……

 網走以降、三派に分かれての行動がいまだ続くこの物語、杉元たちが日本を離れて北に向かう中、北海道に残って暗躍を続けるのは土方一派であります。
 独自に脱獄囚の刺青人皮を集める彼らが次に訪れたのは、脱獄囚が潜むという阿寒湖周辺――なのですが、ここで何と土方と牛山が行方不明という意外な事態が発生することになります。

 どちらも戦闘力という点では本作屈指の二人はどこに消えたのか――二人を追って奔走するのは、なんと門倉とキラウシのコンビ!
 一歩間違えると「誰?」と言われかねない二人ですが、網走監獄の元看守部長の門倉と、出稼ぎ中に土方たちと出会い、雇われたキラウシと、あまり取り柄のなさそうな男二人だからこそ、先が読めない展開が繰り広げられることになります。

 そしてこの二人と対決するのは、元家畜獣医であり、様々な毒物で数多くの人々を殺したという男・関谷。肉体的には非力ながら、その毒物知識と狡猾さを武器とする関谷は、門倉たちには分が悪い相手に見えるのですが……
 例によってまたとんでもないサイドストーリーを絡めつつ展開する中、浮かび上がる関谷の奇怪な信念と願い。そしてその果てに彼が掴んだものは――コミカルな展開だけでなく、悪役造形も印象的なエピソードであります。


 そして舞台は再び北に移り、描かれるのは北樺太のアレクサンドロフスカヤ監獄(亜港監獄)に囚われたかつての同志・ソフィアを救おうとするキロランケの姿ですが――ここで彼が思い出すのは、かつてウラジオストクで出会った人物のことであります。

 ロシア皇帝暗殺という大罪を犯し、逃亡を続けてきたキロランケ、ソフィア、そしてアシリパの父・ウイルク。日本に渡ろうとする三人は、ウラジオストクで写真館を営む日本人青年・長谷川幸一を訪ねたのでした。
 ロシア人の妻とまだ赤ん坊の子とともに暮らす物静かな青年・長谷川から日本語を学ぶことになった三人は、ここで束の間の平穏な時間を過ごすことになります。

 しかしウラジオストクに現れたロシアの秘密警察の影。長谷川を巻き込んで秘密警察と対峙する三人ですが、ここで意外な真実が明らかになることになります。そして引き起こされた大いなる悲劇の後、さらに意外すぎるもう一つの真実が……


 物語の始まりから今に至るまで、実に様々な形で我々読者を驚かせてきた本作。しかし断言しますが、この過去編の結末で描かれたある真実ほどショッキングなものはなかった――と言ってよいでしょう。
 こればかりは是非実際の作品を読んでショックを味わっていただきたいのですが、キロランケたちの過去を描くものとだけ思ってきたこのエピソードが、一転全く違った意味を持って浮かび上がるのは、ただただ圧倒されるばかりであります。

 そしてこの真実を踏まえてみれば、作中のいくつかの描写にも納得がいくのですが――特に稲妻強盗が遺した赤ん坊に妙に優しかった場面など――しかし振り返ってみれば、上で述べた関谷の過去ともよく似た構図となっている(ように見える)辺りなど、作者の用意周到さに慄然とするほかありません。

 そしてそんな過去の因縁があったとも知らず、現在において再会のために動き出すキロランケとソフィア。しかし亜港監獄からの脱獄がそうそう容易くいくはずもなく、また実に本作らしい強敵が登場して――と、またもや気を持たせる場面で次の巻に続くこととなった本作。

 登場人物は増え続け、物語の枝葉は繁り続け、その向かう先は予想もつかないのですが――それでもこの先も待ち受けるであろう驚きを求めて、期待は尽きないのであります。


『ゴールデンカムイ』第18巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
ゴールデンカムイ 18 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)


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 野田サトル『ゴールデンカムイ』第16巻 人斬りとハラキリとテロリストと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第17巻 雪原の死闘と吹雪の中の出会いと

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2019.06.05

『妖ファンタスティカ』(その二) 坂井希久子・新美健・早見俊


 操觚の会の「書き下ろし伝奇ルネサンス・アンソロジー」『妖ファンタスティカ』の紹介の第二弾であります。

『万屋馬込怪奇帖 月下美人』(坂井希久子)
 金もなければ女にももてない万屋を営む浪人・馬込慎太郎。そんな彼のもとに久々に舞い込んだ依頼は、さる人形絵師が作った、豪商の亡き愛娘に生き写しの人形を壊して欲しいというものでした。
 折しも江戸では、健康な男が一晩で干からびて死ぬという事件が発生、その事件は思わぬ形で馬込の仕事と繋がって……

 総勢十三人、様々な作家が居並ぶ本書の中で、ある意味最も意外なのは本作ではないでしょうか。時代小説としては「居酒屋ぜんや」シリーズが代表作となる作者ですが、おそらく本書のメンバーの中で最も伝奇というイメージが薄いのですから。
 そんな作者が描く本作は、万屋の浪人と、江戸の夜に徘徊する危険極まりない妖女との対決を描く時代ホラーなのですから、さらに驚きであります。

 ……が、そこに「艶笑」の二文字が付くとなれば、一転して作者らしいと感じられます。
 正直なところ、怪異の正体はこれ以外ない、という存在であって、意外性はないのですが――しかしクライマックスでの馬込のぬけぬけとした(しかししっかり伏線がある)大逆転には、もう脱帽するしかありません。この路線でシリーズを読みたいものです。


『妖しの歳三』(新美健)
 禁門の変を経て、京洛にその名を轟かせた新選組。しかし近頃京では、怪鳥の声とともに現れる辻斬りが出没、ついに隊士の一人が斬られたことから、土方は自ら対決を決意することになります。
 山南や一夜を共にした島原の太夫らの、この事件には京の都に潜む魔が関わっているという言葉を一笑に付して、犯人と対峙する土方。彼が見た犯人の姿は……

 言うまでもなく歴史時代小説界では衰えることのない人気を誇る新選組。伝奇小説ゲリラにして冒険小説残党を名乗る作者も、デビュー作『明治剣狼伝』では(明治の)斎藤一を、『幕末蒼雲録』では芹沢鴨らを描くなど、折に触れて新選組を題材としてきましたが――本作はその新選組を通して、幕末という時代の裂け目に吹き出した魔性の姿を描く作品であります。

 多摩の田舎道場から、幕末の混乱の中で時流を掴み、京の治安を守る武士集団に成り上がった新選組。そんな彼らの存在は、ある意味、京の歴史の陰に潜んできた魔とは対になる存在とも感じられます。
 クールに野望に燃える土方のキャラクターもよいのですが、京の魔に憑かれたように変貌していく山南や、謎めいた存在感の太夫なども面白く、この先の物語も読んでみたいと思わされる作品です。


『ダビデの刃傷』(早見俊)
 赤穂浪士の討ち入りから数年後、ただ一人生き残った寺坂吉右衛門を襲う謎の武士団。窮地の吉右衛門を救ったのは、吉良の旧臣を名乗る野村という浪人でありました。
 未だに謎が残る松の廊下の刃傷の真相を知るため、大石内蔵助の書付を探しているという野村。彼に引き込まれ、ともに手がかりを求めて赤穂に向かった吉右衛門は、赤穂のとある神社に眠る思わぬ因縁の存在を聞かされることに……

 タイトルからおそらく忠臣蔵ものと想像できるものの、しかしあまりにそれとは不釣り合いな言葉が冠されていることに驚かされる本作。
 しかしこれまで(時代伝奇もので)様々に描かれた松の廊下の真実の中でも、屈指の奇怪な真実を描く本作を結末まで読めば、このタイトルは全く以て正しかった、と納得させられます。

 何を書いても物語の興を削ぎかねず、なかなか内容を紹介しにくい作品なのですが、ある意味本書において最も「伝奇」を――伝奇ものならではの飛躍感を――感じさせてくれる作品である、と述べれば、そのインパクトは伝わるでしょうか。


 次回に続きます。


『妖ファンタスティカ 書き下ろし伝奇ルネサンス・アンソロジー』(書苑新社ナイトランドクォータリー別冊) Amazon
妖(あやかし)ファンタスティカ?書下し伝奇ルネサンス・アンソロジー (ナイトランド・クォータリー (別冊))


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2019.05.01

新美健『満洲コンフィデンシャル』 陰謀と冒険と――作り物の国で見た夢


 その実情はともあれ、大陸に一つの国家として生まれ、わずか13年で幻のように消え去った満洲国。今なお様々な物語の題材とされているこの満洲国を舞台に展開される本作『満洲コンフィデンシャル』は、幻の国に生まれた夢の世界を舞台に展開する、陰謀と冒険の物語、なのですが……

 昭和15年、海軍士官候補生でありながらも、憲兵を殴って軍に居られなくなり、満洲鉄道に飛ばされた湊春雄。そこで彼に与えられた命令は、甘粕正彦の内偵でありました。
 関東大震災時に大杉栄らを殺害し、今は満洲映画協会理事長として隠然たる力を振るう甘粕を探るため、軍からは機密だというフィルムを持たされ、新京の満洲映画協会に向かう春雄。しかし大連駅に向かって早々、彼は西風と名乗る正体不明の気障な男に出会うことになります。

 その西風から尾行されていると警告され、その通りであったものの、非常に胡散臭い相手に警戒心を抱く春雄。その予感は正しく、大連駅から超特急あじあ号に乗り込んだ後も、彼は西風に散々振り回されることになります。
 果たして西風とは何者なのか。機密フィルムに隠された秘密とは。そして春雄は命令を果たすことができるのか……


 という第1話から始まる本作。以降、昭和20年の満洲国崩壊に至るまで、春雄と西風という奇妙なコンビによる冒険が、全4話構成で描かれることとなります。
 童顔で小兵の春雄と、瀟洒な物腰と国籍不明の風貌の西風。正反対の二人ですが、何故か西風に気に入られた春雄は、ほとんど彼に振り回される形で、様々な冒険に巻き込まれることになるのであります。

 満映の女優とその恋人の撮影技師が相次いで命を落とした謎に、阿片と某国のスパイ、尾崎秀実が絡む第2話。満洲国皇帝・溥儀暗殺の企てを背景に、霍殿閣・植芝盛平の中日の達人同士が火花を散らす第3話。そして日本の敗色濃厚となる中、自分の映画を撮ろうとする西風と李香蘭・川島芳子の姿を描く第4話……

 天才的な才能を持つ奇人と、彼の相棒として振り回される凡人のコンビ――というのは、これはエンターテイメントの定番ではありますが、本作は満洲国という独特の舞台を用意するとともに、そこに集った(かもしれない)実在の人々を巧みに配することで、起伏に富んだ物語を描いてみせるのです。


 このようにエンターテイメントとして実に楽しい本作ですが、しかし正直なことを申し上げれば、途中まで、いささか違和感を感じたのも事実であります。
 それは本作に描かれるもの、本作に漂うムードが、(終盤を除けば)どこか長閑とすら感じられること、そしてこの時代を描いた物語にはつきものの、一種のイデオロギー的な匂いがほとんど全く感じられなかったことにあります。

 しかし――その点こそが、実は本作の、本作の舞台の、独自性であり特殊性であることが、やがて明らかとなります。
 日本の傀儡政府として、中国東北部に打ち立てられた満洲国。そしていわば作り物の国を舞台とする本作の中心となるのは、満洲映画協会――作り物の国の中で作り物の物語を生み出す存在なのであります。

 その二重に作り物の世界に集うのは、他の世界に受け入れられない――表の世界から追われた甘粕や複雑なルーツを持つ西風のような――者たち。そんな彼らが、一つの国に固執するイデオロギーを背負うはずもないでしょう。
 そして彼らが、唯一自分たちのものとして夢見ることができたのが、虚構の世界である満洲、満映であったという真実は、何とも切なくほろ苦い味わいを生み出すのですが……

 実はそれは、本作の主人公である春雄も同様であることが、やがて明らかになります。やはり日本にいられなくなったものの、甘粕や西風とは別の人種として、一種の傍観者的たち位置にあった春雄。しかし彼もまた虚構の世界の住人であったことを、物語の終盤で我々は知ることになります。
 そしてその真実は、満洲国の崩壊と重ね合わされることにより、一つの夢の終わりをくっきりと浮かび上がらせるのであります。


 しかし――一つの夢が覚めたとしても、全ての夢が消えてしまうわけではありません。夢を見続けた、夢を貫いた者の姿を浮かび上がらせる本作の結末は、一つの希望として、実に爽やかなものを残してくれます。

 戦争による巨大な負の産物というべき満洲国を描きつつ、そこだからこそ描けた晴れ晴れとした夢の姿を描いてみせる――本作はそんな物語であります。


『満洲コンフィデンシャル』(新美健 徳間書店) Amazon
満洲コンフィデンシャル (文芸書)

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2019.03.27

野田サトル『ゴールデンカムイ』第17巻 雪原の死闘と吹雪の中の出会いと


 北海道を離れ、樺太はてはロシアも舞台に広げる黄金争奪戦――『ゴールデンカムイ』第17巻では、引き続きアシリパ一行と杉元一行、二つの視点から描かれることとなります。そして二つのチームの交わるところにあるもの、それは……

 網走監獄からウイルクの足跡を辿り、キロランケと尾形に連れられて北へ北へ旅を続けるアシリパ(と白石)。一行は現地のウイルタ族に紛れ、樺太からロシア国境を越えようとするのですが――しかしそこにロシア軍が立ちふさがります。
 その過去から、ロシアにおいては重罪人の指名手配者であるキロランケたちを狙って襲いかかるロシアの狙撃手。しかし狙撃手といえば言うまでもなく日本には尾形がおります。かくて日露戦争延長戦、非情のスナイパー同士の静かな死闘が繰り広げられることに……


 というわけで、前巻のラストで明らかになったキロランケのとんでもない過去――ロシア皇帝を暗殺した実行犯という、ある意味本作に登場したキャラクターの中でも最凶の罪が災いする形となったこの戦い。
 相手の数は少ないものの、しかしその中に狙撃手がいるとなれば話は別――動けばそれが即、死につながという、極めて緊迫した空気の中で戦いが繰り広げられることになります。

 しかしその中で描かれるのは、同時に尾形という男の恐ろしさでもあります。仲間の死を一顧だにせず、自らのチャンスを最大限に生かす狙撃手である尾形。しかし彼はそれ以上に、キロランケとは別の意味で最凶の人物と言えます。

 師団長の妾腹の子として生まれ、父に捨てられて気が触れた母を、師団長の子として真っ直ぐに育った弟を、そして父自身を――それぞれ手に掛けてきた尾形。
 殺害した数や罪の内容で彼を上回る死刑囚は様々にいますが、しかし肉親を次々と、しかも巧妙な形で手に掛けるその精神性は、彼をして本作でも有数の凶人たらしめていると言ってよいでしょう。

 そんな尾形の父母にまつわるエピソードは以前描かれましたが、今回、熱に浮かされる彼の幻覚の形で描かれるのは、その弟とのエピソード。
 純粋無垢な青年として成長し、尾形のことも兄と慕う弟に対して、尾形が何を思い、何故手を下したのか――その微妙な心の動きを、直接彼に語らせるのではなく、物語を通じて浮き上がらせていく展開は、なかなかに読み応えがあります。

 そしてその中からかすかに感じられるのは、尾形の心の中の揺らぎのようにも思えるのですが――さて、それは穿った見方でしょうか。
 しかし今回、彼がついにあの言葉を口にしたことを思えば、そこにある種の人間味を期待してしまうのも、また無理のないことではないかと思うのです。


 さて、そんな彼らの手がかりを得るため、曲馬団に入ってまで奮闘する杉元一行は――吹雪の中で遭難。さしもの不死身の男も大自然の猛威の前には無力か、と思われたところで、思わぬ救い主が現れることになります。
 その恩を胸に、さらに北に向かう一行ですが――そんな杉元一行と、アシリパ一行の運命が交錯する日も近づいているようであります。

 その運命の地はアレクサンドロフスカヤ監獄――そこにキロランケの仲間がいることを知り、必ずや彼らが現れると急ぐ杉元一行。
 はたして一足先にキロランケはその地にたどり着き、その仲間を脱獄させるべく、活動を開始します。彼とウイルクにとっては同志であり指導者でもあったその女性を……


 というわけで、またもや大波乱の予感を漂わせて終わるこの第17巻。冷静に振り返ってみると、これまでよりもバトル少な目の巻ではありました。
 しかしそれでももちろん食い足りないということは全くないのは、作品の勢いはもちろんのこと、本作ならではのキャラ描写の冴えあってのことでしょう。
(この巻で描かれた、白石のある行動も泣かせてくれます)

 この中の誰一人として欠けることなく旅を終えてほしいと、そう思わされるのですが――それはやはり、叶わない望みなのでしょうか。


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2019.03.19

操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その二) 早見俊・秋山香乃・新美健


 気鋭の歴史時代小説家集団・操觚の会のアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』の収録作品紹介、その二であります。

『帰雲の童』(早見俊)
 戦国時代末期、一夜にして山崩れに消えた帰雲城。仕官を願ってきた元高山藩の山林奉行・大槻から城に眠る莫大な財宝の噂を聞いた柳沢保明は、配下の山師・山鹿に探索を命じるのでした。
 高山の百姓たちから、山中に一人暮らす少年・与助が山の神の城の在処を知ると聞き出した大槻と山鹿。与助の案内で山中に踏み込んでいった彼らの一行は、しかし一人また一人と、無惨な死を遂げていくことに……

 大地震によって城一つが山に飲まれたというインパクト、そして現代に至るまでその正確な位置が不明のままであり、おまけに城には埋蔵金が――と存在自体が実に伝奇的な帰雲城。
 本作はその伝説の城を題材としつつも、秘宝を求める者たちが次々と惨殺されていく――という、ホラーめいた展開が印象に残ります。

 正直なところ、タイトルといい冒頭の文章といい、どう見ても怪しいのは一人なのですが――そこから一ひねりして本当に恐ろしいものの存在を描く物語は、定番ではあるものの、因縁譚めいた複雑な後味を残します。


『ヤマトタケルノミコト 予言の章』(秋山香乃)
 本書の中でも最も過去の時代を舞台とすることは、そのタイトルからも明らかな本作。誰もが知る神話の時代の英雄ヤマトタケル――しかし本作はいささか意外な角度から、その英雄にアプローチしていくことになります。

 ヤマトを支配するスメラギの皇子として、兵や民衆から絶大な支持を受ける黒皇子ことオオウス。しかしスメラギは自分の後継者たる日嗣皇子として、オオウスの弟・オウスを選び出します。
 その矢先に平和だったヤマトに魔物が現れ、さらにうち続く異常な日照り。周囲から疑いの目を向けられるようになったオウスに、二人の兄である神官クシツヌは意外な言葉を告げます。オウスこそはヤマトを救う英雄であり、そのためにはオオウスを殺さねばならないと……

 クマソの王・タケルを討ち、その名を取ってヤマトタケルと名乗った英雄。その本来の名が、小碓尊であることを知る方も多いでしょう。そして神話は、彼の兄として大碓皇子、そして櫛角別王がいたことを語ります。
 言うまでもなく、本作のオウスたち三兄弟はこれをモチーフにしたもの。それだけに、物語の方も神話をなぞったものになるとばかり思いきや……

 しかしここで展開されるのは、三人の母が残した予言に翻弄される三人の若者たちの姿。予言を成就させ、ヤマトを、人を救う王を生み出すためには、愛する者を贄として差し出さねばならない――そんな運命に悩み苦しむ彼らの姿は、神話の英雄とはほど遠い、しかしだからこそ我々と等しい人間として、魅力的に感じられるのです。

 「神話」という「現実」を踏まえつつ、それを新たに解釈した「物語」を描く――本作もまた、見事に「伝奇」と言えるでしょう。


『妖説<鉄炮記>』(新美健)
 「砲術師の家宝とは、どのようなものであるか?」そんな不可思議な問いかけで始まる本作は、ある晩、人里離れた洞穴で山伏と浪人との間の問答を綴った物語。
 天狗とも噂される山伏と、破門され諸国を放浪する砲術師の浪人の間で交わされる問答は、やがて恐るべき「妖銃」を巡る物語へと変貌していくことになります。

 本書にも既に登場している「妖刀」。しかし「妖銃」なる言葉はほとんど全く聞いたことがありません。それは何故なのか――歴史の陰に蠢く奇怪な銃を巡る秘史を語りつつ、同時に鉄砲という武器の持つ本質的な異質さを語る本作は、まさしくもう一つの「鉄砲記」と言うべき物語なのです。

 デビュー作『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』において、銃を武器とする者たちの視点から武士の時代の神話的終焉を描いた作者ならではの、悪夢めいた奇談であります。


 次回に続きます。


『伝奇無双 「秘宝」』(戯作舎文庫) Amazon
伝奇無双「秘宝」 操觚の会書き下ろしアンソロジー (戯作舎文庫)


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2019.03.12

鳴神響一『伏魔 おいらん若君徳川竜之進』 死神医者の跳梁と若君の危機!?


 尾張前藩主・徳川宗春の御落胤でありながら、吉原一の花魁・篝火に身をやつす徳川竜之進が、秘剣・見返り柳剣で悪を成敗するシリーズの第三弾であります。今回、篝火/竜之進が挑むのは、江戸の町を騒がす謎の死神医者騒動。そしてその背後には、思わぬ悪の跳梁が……

 初午の日、賑やかな吉原で、今日もしつこい客を手酷く振って帰ってきた大見世初音楼の花魁・篝火。それも当然、篝火の正体は藩の政争に巻き込まれて赤子の頃に命を狙われ、筆頭家老配下の五人の忍びによって吉原に匿われ、成長した徳川竜之進なのであります。
 しかし、如何に母の命を奪い、今も自分の命を狙う敵方の刺客から身を隠す奇策とはいえ、女装して暮らすのはストレス以外の何ものではないのは当然のこと。そんな彼の唯一の楽しみは、吉原を抜け出して、浅草の馴染みの煮売り屋で、常連の仲間たちと飲むことです。

 さてその晩は、仲間の一人である読売屋見習いの娘・楓が、自分が初めて書いたという読売を持ってきたのですが――そこに書かれていたのは、「死神医者「鵜殿六斎」江戸の夜を走る」という、何とも奇怪な内容。
 読売を読んでみれば、鵜殿六斎なる名を記した乗物医者の駕籠が深夜の江戸に出没、しかしその医者を呼んだ者もいなければ、そもそもそのような名の医者もいないというのであります。

 それを、冥土の使い=死神が医者の姿をして寿命の尽きた病人を迎えに来たのだ――と書いてしまうのは、まあ江戸の読売ならではですが、しかし謎の医者駕籠が夜の江戸に出没しているのは事実。
 その陰に悪事を企む何者かの陰を感じた竜之進は、自分に仕える忍び・成瀬四鬼に、背後を探るように命じるのですが――しかしその矢先に、楓が謎の武士に襲われるという事件が起きるのでした。

 思わぬ助っ人によって楓は助かったものの、彼女が狙われたのは、あの読売が原因に違いない――そう考えた竜之進は、初音楼に彼女を匿うことになります。
 そして竜之進は、配下たちの調べで、事件の背後に忍びたちの姿があること、そして医者駕籠が出現した場所で、ある事件が起きていたことを知るのですが……


 これはシリーズに共通する趣向ということか、今回もまた、江戸の夜を騒がす怪人の跳梁に絡んだ事件に挑むことになる竜之進。しかし第三作ともなれば、新たな風を入れることも――ということでしょうか、前二作と比べると、色々と変わった趣向が施されているのが目を引きます

 その一つが、シリーズのヒロインの一人・楓が、こともあろうに竜之進が篝火の姿で暮らす吉原の初音楼にやってくることでしょう。
 もちろん、大がかりで危険な陰謀に巻き込まれてしまったらしい彼女の身を保護するのに、ある種の閉鎖空間であり、それ故に外敵の侵入が難しい――そして初音楼の場合、実際に竜之進を守る砦でもあるわけで――吉原に匿うのは一つの手であります。

 とはいえ、もちろん竜之進=篝火であることは色々な意味で絶対の秘密(御落胤である以前に、ねえ……)。いずれその秘密が友人たちに!? という展開はあるかと思っていましたが、それをこういう形で持ってくるか、というのに唸らされます。

 さらにまた面白いのは、死神医者の正体でしょう。江戸の夜を騒がす怪異に見えたものが実は、というのは――そしてそれを、ある意味夜の住人である篝火=竜之進が討つのは――先に述べたようにシリーズに共通する趣向ですが、今回はそこから更に一ひねりが用意されているのであります。
 内容的に詳細は伏せますが、ここでは通俗時代小説で使い古された題材を、作者が得意とするミステリ性を幾重にも付与することによって、また新しい味わいを与えているのに注目すべきでしょう。
(それが、今回竜之進と仲間たちがこの事件に挑む必然性を与えている点もまた)


 そしてもう一つ、本作にはこのシリーズならではの趣向が用意されているのですが――これもまた、物語の核心に触れるため、ここでは詳細は述べません。
 しかしそれが、より大きな物語としての、シリーズ全体に関わるものである――と言うことくらいは書いてもよいでしょう。

 本作は本作として、きっちりと独立した物語でありつつ、これから始まるより大きな、そして真の戦いの序章なのかもしれない――そんな印象もある快作であります。
(そういえばもう一つ、今まで全く良いところがなかったあのキャラクターがちょっぴり報われるのも、なかなか気持ちの良いところであります)


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伏魔-おいらん若君 徳川竜之進(3) (双葉文庫)


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2019.02.20

永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第20巻 いつまでも変わらぬ、そして新鮮な面白さを生む積み重ね


 ちょっと不思議な力を持つ猫絵師・十兵衛と、元・猫仙人で今は十兵衛の相棒・ニタを狂言回しに描く本作も、連載12年目にしてついに単行本20巻達成であります。しかし20巻目でも描かれるのはこれまで変わぬ物語――人と猫と妖が織りなすちょっと不思議な物語の数々であります。

 猫と会話できるのをはじめ、この世ならぬ世界に触れることができる十兵衛と、十兵衛の絵を実物に変えるなど、強力な神通力を持つニタ。この凸凹コンビを中心に、時に切ない人情噺、時にちょっと恐ろしい怪異譚、時に可愛らしい猫物語を綴ってきた本作。
 この第20巻には全8話+αが収録されていますが、妖絡みの話が多めなのが特徴でしょうか。

 猫神の娘・真葛が想いを寄せる人間・権蔵が巻き込まれた奇妙な怪異の姿が描かれる「科戸猫の巻」
 師走も押し迫った頃、十兵衛たちの周囲に出没する謎の影の意外な正体を描く「事納め猫の巻」
 お馴染みの猫怖浪人・西浦さんの猫まみれの日常を描く「西浦弥三郎の日々の巻」
 かつて子供の頃の十兵衛が出会った、人そして猫とともに暮らす狐を巡る思い出「初午猫の巻」
 木彫り職人として今日も頑張る信夫が寺の経蔵に彫った猫が、夜毎抜け出して鯉を穫るという「経蔵猫の巻」
 十兵衛が捜索を依頼された、家を飛び出した猫の意外な旅路が語られる「踏み猫の巻」
 老夫婦から河鹿が鳴く絵を奪った旗本の横暴を十兵衛とニタが懲らしめる「河鹿笛猫の巻」
 七夕というのに雨が降り続く中、再び十兵衛の前に現れた異国の猫王が引き起こす騒動を描く「烏鵲猫の巻」
 その猫王とお供の日本観光の模様を描く猫絵茶話「妖精日本紀行」

 お馴染みの面々の登場あり、新顔の登場ありと、登場するキャラクターも、そして彼らが繰り広げる物語も、相変わらずバラエティに富んだこの巻の収録作品。先に述べたように妖絡みの物語が多いためか、不思議なのはもちろんですが、しかしどこか穏やかで呑気ですらある空気が楽しめます。

 例えば「事納め猫の巻」に登場するのは、これまでも作者の作品に何度か登場してきた、ある妖怪。シンプルでどこかユーモラスでもあるその妖怪は、しかし今回はちょっと意外で剣呑ですらある目的で現れます。
 その妖怪に十兵衛たちがどう対処するかがこのエピソードの肝なのですが――いかにも妖怪らしい(?)妙な義理堅さを逆手に取った展開は、一編の民話を聞かされたような暖かみすら残します。

 また、ラストの「烏鵲猫の巻」は、以前に弟猫に会うためにはるばる海を渡ってきたエーレ(アイルランド)の猫王・イルサンが再び登場。
 この漫画では当たり前ながら極めて珍しいバリバリの洋装で登場し、王族に相応しい気品と傲岸さを見せるイルサンですが、それでも時折すっとぼけたところを見せるのは、作中でぬけぬけと語るように「猫だからね!」ということだからでしょうか。この辺りの空気感も、実に本作らしい味わいです。

 一方、そんなユニークな妖たちを前にしては人間たちの影はちょっと霞みがちではありますが、「初午猫の巻」で自分とともに暮らす雌猫と雌狐を見守る堂守の男などは、なかなかに味わい深い造形であります。


 と、そんなゲストキャラクターたちがまず印象に残るところではありますが、しかしそれも十兵衛やニタたち、レギュラーキャラと、彼らの物語があってのことであるのは言うまでもありません。

 本作は各話読み切りの短編連作スタイル。どこから読むこともできる物語構成ゆえ、作中で時間の経過を感じさせることは――「初午猫の巻」のような過去エピソードを除けば――基本的にほとんどありません。
 その意味では、十兵衛とニタたちは変わらぬ日常を送っているわけですが――しかしそれが決して単調などではなく、毎回それぞれに新鮮さを感じさせてくれるのは、本作のレギュラーたちの描写が、そしてそれが描かれる物語が、丹念に積み上げられてきたからにほかなりません。

 そしてその積み重ねこそが、いつまでも変わらない面白さを生み出していることも、言うまでもありません。


 12年、そして20巻もほんの通過点――これからもいつも変わらぬ、しかし新鮮な日常を描く人と猫と妖の物語は、長きにわたって積み重ねられ、そして魅力を増していくのでしょう。


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