2017.05.17

鳴神響一『影の火盗犯科帳 3 伊豆国の牢獄』 「常世の国」に潜む悪を討て

 火付盗賊改役にして、甲賀忍び・影火盗組を配下とする山岡景之の活躍を描くシリーズ第3弾であります。江戸から消えた数多くの男女の行方を追う影火盗組が知った驚くべき陰謀。邪悪な企てを粉砕すべく死闘を繰り広げた影火盗組ですが、真の悪の正体は――

 年明け早々、江戸で流れる奇妙な噂を耳にした景之。出入りの豆腐屋、菓子屋の女将、うどん屋の娘……一見共通点の全くない人々が、同じ「常世の国」という言葉を残して姿を消したというのであります。
 探索に当たった影火盗組の面々が掴んだのは、様々な理由で人生に絶望した人々の前に謎の僧侶が現れ、何処かへ誘っていたという事実。早速、影火盗組の雄四郎と渚は、駆け落ち者を装って僧侶を誘き出し、「常世の国」に向かう船に乗り込むのですが、その先には恐るべき罠が。

 孤立無援の戦いを強いられることとなった雄四郎と渚を救うべく、後を追う光之進ら影火盗組。一方、江戸に残った景之は、側用人・大岡忠光から、大名や旗本に対し、法外に「安い」利息で金を貸す謎の商人の正体を追うことになるのですが、二つの事件は思わぬ形で交差して――


 火付盗賊改を主役に据えた作品は数多くある中で、独自の内容の魅力を持つ本シリーズ。それは、三つの要素から成り立っていると言えます。
 ほとんど伝奇的と言ってよいような大仕掛けの怪事件。忍び集団である影火盗組のメンバーのキャラ描写。そして法で裁けぬ悪に対し爆発する景之の怒り……本シリーズでなければお目にかかれないようなこれらの要素は、本作でも健在であります。

 まず第一の要素については、これはサブタイトルの時点である程度見えてしまうのですが、なかなか普通の火盗もの、奉行所ものでは登場しないような大掛かりな悪事に驚かされます。社会から身を隠すことを望む人間を食い物にする外道たち……という、それほど珍しくはないシチュエーションから、このような展開に持って行くとは、と感心しました。
 そしてその陰謀を粉砕するために影火盗組が繰り広げる戦いが、忍びならではのものでありつつも、しかし同時にきっちり派手な内容であるのも楽しいのです

 そして第二の要素として、本作で描かれるのは、影火盗組の若手・雄四郎のドラマであります。まだまだ術も心構えも他のメンバーに比べれば一枚劣る雄四郎が、光之進らへの劣等感を抱え、悩み苦しむ姿が、悪との戦いと平行して描かれていくことになります。
 まだまだ若いだけに弱さと悩みを抱えた雄四郎。彼の存在は、江戸の安寧のために活動する忍びといういかにもヒーロー然とした影火盗組が、決して超人ではなく、我々同様の人間であることを描き出す効果を挙げていると感じます。

 そして最後の要素ですが……火盗改役として現場に出張ることはあっても、配下に比べれば一歩引いた立場となる景之。しかし彼には、彼にしかできない戦いがあります。
 それは、将軍自ら声をかけられた火盗改役としての彼の立場を使っての戦い……それは時に政治的な腹の探り合いの場合もありますが、しかしラストではそんな配慮を抜きしての怒りを見せてくれるのがいい。

 もちろん、怒り任せに相手を叩き斬るような無法を行うわけではありませんが、しかし本作においては、景之の座右の銘と言うべき言葉が、思わぬ形で、しかしこの相手なればこそという形で相手の心を折るという展開で、思わず唸らされた次第です。


 と、そんな本作ならではの物語を楽しませていただいた一方で、いささか残念な点も二つほどあります。

 一つは、物語の派手さと入り組み具合に押されてか、雄四郎の物語が食い足りない印象であった点。もちろん彼の悩みが簡単に解決するものではないのは明らかですが、もう少し前に進ませてあげても良かったのでは……とは感じます。

 そしてもう一つは、シリーズ第三弾の本作が、「三部作完結編」とアナウンスされていること。いよいよ本シリーズならではのスタイルを確立してきたところで、ここで全体の完結ということであれば、それは大いに勿体ないと感じます。
 景之と影火盗組の更なる活躍を期待したい、まだまだ食い足りない……と言うほかありません。


『影の火盗犯科帳 3 伊豆国の牢獄』(鳴神響一 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
影の火盗犯科帳(三) (ハルキ文庫 な 13-5)


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2017.03.25

野田サトル『ゴールデンカムイ』第10巻 白石脱走大作戦と彼女の言葉と

 ついに単行本も二桁の大台に突入した『ゴールデンカムイ』。思わぬ成り行きから手を組んだ杉元一味と土方一味ですが、脱獄王・白石が第七師団に囚われたことで、思わぬ道草を食うことに……

 鶴見一派がニセの刺青人皮を手に入れたことをきっかけに、一時休戦することとなった杉元と土方。贋作を見破る術を知る可能性がある贋作師・熊岸長庵と会うため、樺戸集治監に向かう一行は、チームをシャッフルして二手に分かれるのですが……もちろんその先でも騒動に巻き込まれることになります。

 アイヌになりすましていた脱獄囚一味と大乱戦を繰り広げた末、そのリーダーであり刺青人皮の持ち主である詐欺師・鈴川聖弘を捕らえた杉元チーム。
 一方、土方チームでは白石が第七師団と遭遇、捕らえられたことから、土方とキロランケという渋すぎるコンビが救出に向かうのですが……しかし白石のポンコツぶりと、彼自身が杉元に内通がバレることを恐れていたことから失敗に終わるのでした。

 合流した両チームは、鈴川の変装術を頼りに、大胆にも第七師団の本拠である軍都・旭川に潜入。首尾良く白石のところまでたどり着いた鈴川と杉元ですが、そこに鶴見中尉の懐刀の薩摩隼人・鯉登少尉が現れ――


 というわけで、白石救出作戦がメインとなったため、本筋はほとんど進まなかった今回。そのため……というわけではまさかないと思いますが、変態キャラの登場も少なく(登場しないとは言っていない)、比較的落ち着いた内容ではあります。

 しかしもちろん、それが面白くないということとイコールではないことは、言うまでもありません。
 相変わらずのテンションの高いギャグ(そして唐突に挿入される小ネタ)、アイヌグルメにアイヌ知識、陸海空(陸水空)に展開される派手なアクションetc.本作の魅力はここでもこれでもか、とばかりに詰め込まれているのですから。

 特に、白石救出作戦の中核として前巻で登場した鈴川の驚くべき変装スキル&詐欺師ならではの人心掌握術が展開されるくだりは、本作の隠れた(?)魅力であるサスペンス味が実に良く出た展開。
 それを迎え撃つ新キャラ・鯉登少尉も、まだまだ顔見せに近い出番ではありますが、精悍な見かけによらぬ一筋縄ではいかない面白キャラぶりを予感させ、今後の展開に期待を持たせます。

 そしてまた、主人公サイドだけでない数多くのキャラクターが入り乱れる本作の楽しさは、この巻でももちろん健在であります。

 今回は比較的動きが静かな鶴見中尉の前には、銃器開発の天才・有坂成蔵中将が登場。言うまでもなく有坂成章がモデルの人物かと思いますが、漫画版ゲッターロボの敷島博士の如きキャラ造形には――登場エピソードがこの巻屈指の異常なテンションであったことも相俟って――少ない出番が強烈に印象に残ります。

 さらに杉元たちを追う谷垣・インカラマッ・チカパシの前には、千里眼の超能力者・三船千鶴子が登場。
 こちらはもちろん御船千鶴子がモデルですが(ご丁寧に彼女のマネージャー的立場だった義兄・清原ならぬ青原というキャラも登場)、同じ千里眼持ちのインカラマッとの絡みは、思わぬ変化球で驚かせてくれます。
(それにしても有坂も御船も、モデルを容易に連想させつつも、あくまでも架空の人物という扱いなのは、色々と苦労が窺われます)


 しかしそんな中でもきっちりとラストを締めるのは、記念すべきこの巻の表紙・裏表紙を飾った杉元とアシリパであります。

 前の巻で、アシリパを守るためとはいえ、その彼女自身がドン引きするような大殺戮をやらかした杉元……その後も、いやそれ以前にも、普段の好青年ぶりとは裏腹の非情かつ狂気に満ちた表情を見せてきた彼に、アシリパがかけた言葉とは――

 杉元・鶴見・土方……彼らに共通するのは、戦争の狂気の中で己を輝かせ、そして戦争が終わった後もなお、その戦争に囚われ、己を見失ったことであります。
 だとすれば彼らは、杉元はもう戻ってくることはできないのか? その哀しい問いかけに対する一つの答えとして、アシリパの言葉は響きます。

 本作の最大の魅力……それは、どれほど極端な描写があろうとも、その奥に息づく人間性の存在と、それを描く筆の確かさであると、改めて確認させられた次第です。


『ゴールデンカムイ』第10巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
ゴールデンカムイ 10 (ヤングジャンプコミックス)


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 野田サトル『ゴールデンカムイ』第9巻 チームシャッフルと思わぬ恋バナと

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2017.02.07

入門者向け時代伝奇小説百選 剣豪もの

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は剣豪もの五作を紹介いたします。時代ものの華である剣豪たちを主人公に据えた作品たちであります。
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

11.『柳生非情剣』(隆慶一郎) Amazon
 様々な剣豪を輩出し、そしてそれ自体が徳川幕府を支えた隠密集団として描かれることが少なくない柳生一族。本作はそんな柳生像の定着に大きな役割を果たした作者による短編集であります。

 十兵衛、友矩、宗冬、連也斎……これまでも様々な作家の題材となってきた綺羅星の如き名剣士たちですが、隆慶作品においては敵役・悪役として描かれることの多い面々。そんな彼らを主人公とした短編を集めた本書は、剣と同時に権――すなわち政治に生きた特異な一族の姿を浮かび上がらせます。

 どの作品も、剣豪小説としての興趣はもちろんのこと、等身大の人間として剣との、権との関わり合いに悩む剣士の生きざまが描き出されている名作揃いであります。

(その他おすすめ)
『秘剣・柳生連也斎』(五味康祐) Amazon


12.『駿河城御前試合』(南條範夫) Amazon
 山口貴由の『シグルイ』をはじめ、平田弘史や森秀樹といった錚々たる顔ぶれが漫画化している名作であります。

 暗愚の駿河大納言徳川忠直が己が城中で開催した十番の真剣勝負を描いた本作は、残酷時代小説で一世を風靡した作者ならではの武士道残酷物語であると同時に、剣豪ものとしても超一級の作品。
 片腕の剣士vs盲目の剣士、マゾヒスト剣士や奇怪なガマ剣法…個性豊かな剣士たちとその武術が炸裂する十番勝負+αで構成される本作は、その一番一番が剣豪小説としての魅力に充ち満ちているのです。

 そして、死闘の先で剣士たちが得たものは……剣とは、武士とは何なのか、剣豪小説の根底に立ち返って考えさせられる作品であります。


13.『魔界転生』(山田風太郎) Amazon
 映画、漫画、舞台とこれまで様々なメディアで取り上げられ、そして今もせがわまさきが『十』のタイトルで漫画化中の大名作です。

 島原の乱の首謀者・森宗意軒が編み出した「魔界転生」なる忍法によって死から甦った宮本武蔵、宝蔵院胤舜、柳生宗矩ら、名剣士たち。彼ら転生衆に挑むのは、剣侠・柳生十兵衛――ここで描かれるのは、時代や立場の違いから成立するはずもなかった夢のオールスター戦であります。

 そして本作の中で再生しているのは剣士たちだけではありません。その剣士たちを描いてきた講談・小説――本作は、それらの内容を巧みに換骨奪胎し、生まれ変わらせた物語。剣豪ものというジャンルそのものを伝奇化したとも言うべき作品であります。

(その他おすすめ)
『柳生忍法帖』(山田風太郎) Amazon
『宮本武蔵』(吉川英治) Amazon


14.『幽剣抄』(菊地秀行) Amazon
 剣豪と怪異とは水と油の関係のようにも思えますが、しかしその両者を見事に結びつけた時代ホラー短編集であります。

 本作に収録された作品は、「剣」という共通点を持ちつつも、様々な時代・様々な人々・様々な怪異を題材とした、バラエティに富んだ怪異譚揃い。
 しかしその中で共通するのは、剣という武士にとっての日常と、怪異という非日常の狭間で鮮明に浮かび上がる人の明暗様々な心の姿であります。。

 本シリーズは、『追跡者』『腹切り同心』『妻の背中の男』と全四冊刊行されておりますが、いずれもデビュー以来、怪奇とチャンバラを愛し続けてきた作者ならではの、ジャンルへの深い愛と理解が伝わってくる名品揃いであります。

(その他おすすめ)
『妖藩記』(菊地秀行) Amazon
『妖伝! からくり師蘭剣』(菊地秀行) Amazon


15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人) Amazon
 今や時代小説界のメインストリームとなった文庫書き下ろし時代小説、その代表選手の一人である作者が描いた剣豪ものであります。

 ある日飄然と吉原に現れ、遊女屋の居候となった謎の青年・織江緋之介が、次々と襲い来る謎の刺客たちと死闘を繰り広げる本作。複雑な過去を背負って市井に暮らす青年剣士というのは文庫書き下ろしでは定番の主人公ですが、しかしやがて明らかになる緋之介の正体と過去は、本作を飛び抜けて面白い剣豪ものとして成立させるのです。

 彼を巡る三人の薄幸の美女の存在も味わい深い本作は、その後全7巻のシリーズに発展することとなりますが、緋之介が人間として、武士として成長していく姿を描く青春ものの味わいも強い名品です。

(その他おすすめ)
『闕所物奉行裏帳合 御免状始末』(上田秀人) Amazon


今回紹介した本
新装版 柳生非情剣 (講談社文庫)駿河城御前試合 (徳間文庫)魔界転生 上  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)幽剣抄<幽剣抄> (角川文庫)悲恋の太刀: 織江緋之介見参 一 〈新装版〉 (徳間文庫)


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 上田秀人『織江緋之介見参 一 悲恋の太刀』(新装版) 若き日の剣士と美女の物語

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2017.01.30

入門者向け時代伝奇小説百選 古典(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、古典の紹介その二であります。
6.『ごろつき船』
7.『美男狩』
8.『髑髏銭』
9.『髑髏検校』
10.『眠狂四郎京洛勝負帖』

6.『ごろつき船』(大佛次郎)【江戸】 Amazon
 大佛次郎といえば『鞍馬天狗』の生みの親ですが、その作者の伝奇ものの名作が本作――松前藩を牛耳る悪徳商人に家を滅ぼされた大商人の遺児と、彼を守って決死の戦いを繰り広げる人々の姿を描く物語であります。

 本作の魅力の一つは、何よりも松前に始まり、舞台は江戸に、西国に、そして遙か遠く異国まで広がっていくスケールの大きさ。しかしそれ以上に心に残るのは、主人公側の登場人物を次から次へと襲う苦難の運命と、それにも負けぬ善き心の存在であります。
 運命の悪意に翻弄され、世の枠組みからつまはじきにされようとも、善意と希望を捨てず戦い抜く……そんな「ごろつき」たちの勇姿には、心を熱くせずにはいられません。

(その他おすすめ)
『鞍馬天狗 角兵衛獅子』(大佛次郎) Amazon


7.『美男狩』(野村胡堂)【幕末-明治】 Amazon
 密貿易の咎で獄死した銭屋五兵衛が残した莫大な財宝を巡り、架空・実在の様々な人々の運命が入り乱れ、やがて伊皿子の怪屋敷に習練していく――銭形平次の生みの親である作者が初めて手掛けた時代小説である本作には、時代伝奇の楽しさが横溢しています。

 しかし印象に残るのは何とも不穏なタイトル。実は本作で大活躍するのは不倶戴天の宿敵である二人の美剣士。そしてそこに魔手を伸ばすのが、大の美男好き、それも美男同士の死闘を観るのを愛するという怪屋敷の女主人なのであります。
 そのドキドキするような要素を、「ですます」調の爽やかな文体で、節度を守りつつ描き出し、波瀾万丈の物語として成立させてみせた本作。作者ならではの逸品です。


8.『髑髏銭』(角田喜久雄)【江戸】 Amazon
 今では知名度こそ高くないものの、紛れもなく時代伝奇小説界の巨人と呼ぶべき作者の代表作がこの作品。莫大な財宝の在処を示す八枚の「髑髏銭」を巡り、青年剣士・怪人・大盗・悪女・奸商入り乱れての争奪戦が繰り広げられる本作は、まさに時代伝奇の教科書ともいうべき先品です。
 特に印象的なのは、髑髏銭を求めて跳梁する覆面の怪人・銭酸漿。冷酷で陰惨な殺人鬼のようでありながら、実は悲しい宿命を背負い、人間的な側面を覗かせる彼には、現代においても全く古びない存在感があります。

 推理小説家として知られるだけに、ミステリ的趣向が濃厚なのも作者の時代伝奇の特徴ですが、それは本作も同様。ミステリファンにも読んでいただきたい作品です。

(その他おすすめ)
『妖棋伝』(角田喜久雄) Amazon
『風雲将棋谷』(角田喜久雄) Amazon


9.『髑髏検校』(横溝正史)【怪奇・妖怪】【江戸】 Amazon
 たとえ異国の存在であっても貪欲に取り込んでしまうのが時代伝奇というジャンルですが、異国の妖魔の代表格である吸血鬼が江戸を脅かすのが本作。

 『吸血鬼ドラキュラ』の翻案と言うべき本作は、異境の吸血鬼に囚われた若者の手記に始まり、都で若者の恋人を狙う吸血鬼の跳梁、これに挑む老碩学たちの死闘――と、基本的に原典の展開をなぞっているのですが、それでいて要素の一つ一つが見事に日本のものとして翻案されているのが素晴らしい。

 何よりも、唸らされるのは、ラストで明かされる吸血鬼・不知火検校の正体。終盤の展開がやや駆け足ではありますが、時代伝奇ホラーの名作であることは間違いありません。

(その他おすすめ)
『天動説』(山田正紀) Amazon
『神変稲妻車』(横溝正史) Amazon


10.『眠狂四郎京洛勝負帖』(柴田錬三郎)【剣豪】【江戸】 Amazon
 古典ジャンルの中で唯一戦後の作品であります。古くは市川雷蔵や田村正和が、近年はGACKTが演じた孤高のヒーローの活躍を描く短編集です。

 異国の転び伴天連と武士の娘の間に生まれたという出生の秘密を背負い、立ち塞がる相手は円月殺法で斬り捨てる異貌の剣士。そんな狂四郎の人物像は今なおインパクトがありますが、しかし本シリーズは、今現在は最終作を除いて絶版という状況。その一方で容易に手に取ることができるのが本書です。

 張り巡らされた陰謀と謎、強敵を斬り払う狂四郎の一刀、むせび泣く女体……眠狂四郎ものの王道を行く表題作をはじめとしてバラエティに飛んだ短編が集められた本書は、眠狂四郎に初めて触れるにも適した一冊でしょう。


(その他おすすめ)
『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎) Amazon
『運命峠』(柴田錬三郎) Amazon


今回紹介した本
ごろつき船 上 (小学館文庫)美男狩(上) 文庫コレクション (大衆文学館)髑髏銭 (春陽文庫)髑髏検校 (角川文庫)新篇 眠狂四郎京洛勝負帖 (集英社文庫)


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 大佛次郎『ごろつき船』上巻 悪事を捨て置けぬ男たちの苦闘!
 大佛次郎『ごろつき船』下巻 今立ち上がる一個人(ごろつき)たち!
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 「髑髏検校」 不死身の不知火、ここに復活
 「眠狂四郎京洛勝負帖」 狂四郎という男を知る入り口として

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2016.12.17

仁木英之『神仙の告白 僕僕先生 旅路の果てに』 十年、十巻が積み上げてきたもの

 ニート青年・王弁とボクっ子美少女仙人・僕僕の冒険を描いてきた『僕僕先生』も本作でついに開始から十年目、そして十巻目を迎えました。物語の方もいよいよクライマックスに突入、神仙界の恐るべき決定を前に僕僕の真意が問われる中、天上の英雄たちが次々と参戦し、事態は混沌を極めることに――

 これまでの旅の中で幾度となく僕僕一行の前に現れ、対峙してきた王朝の密偵集団・胡蝶の長・貂との決戦の末、劉欣を失った一行。
 ひとまず皇帝に仕える仙人であり僕僕とも旧知の司馬承禎のもとに身を寄せる一行ですが、王弁が突然の目覚めぬ眠りに落ち、僕僕は彼を救うための材料を求めて世界を回ることとなります。

 王弁を乗せてきた神馬の吉良、長らく一行から離れていた薄妃とともに星々の世界にまで足を踏み入れる僕僕ですが、各地で彼女を待ち受けるのは伝説に名を残す仙人や英雄たち、そして物語の陰で暗躍してきた怪仙人・王方平。
 その背後には、いずれこの世界のバランスを崩すと思われる人界を滅ぼすという決定を下した神仙界があるのですが……僕僕は神仙界と人界、果たしてどちらの側につくのか。いやそもそも、僕僕とは何者で、何を思って人界を旅するのか?

 そしてその一方で、胡蝶の残党を掌中にした司馬承禎は僕僕を裏切り、王弁の中に潜むある力を甦らせることで、都を大混乱に陥れます。果たして王弁は目覚めることが、再び僕僕と出会うことができるのか――


 と、まさに風雲急を告げる展開の本作。そもそも主人公である王弁がほとんど寝ているという時点で異常事態ですが、世界滅亡の瀬戸際なのですからそれどころではない……というより、あるいは王弁こそがその鍵!? という状況なのであります。
 そして僕僕の方も、これまでの作品でフラッシュバック的に描かれた過去の姿が改めて問われることになりますが、しかし彼女を巡るドラマはそれだけではありません。

 今回登場するのは、彼女が長き時の中で取ってきた弟子たち……いわば王弁の先輩たち(その中にはとんでもない大物も!)。彼らの存在からわかるのは、気ままに見えた彼女の旅にもある意図があったこと、そしてそれがこれまで成功してこなかったということであります。
 王弁は初めての成功例なのか、それでは王弁は僕僕の道具に過ぎないのか? 疑問と謎は山積みなのです。


 そしてそんな物語をさらにややこしく、そして賑やかに盛り上げるのはスペシャルゲストの面々であります。

 かつて御仏(今回語られる神仙と仏の関係も実に興味深い)の教えを求めて苦しく長い道のりを旅し、その功で今は天上界で暮らすあの三人組。そして吉良と同族の赤い天馬に乗り、自慢の美しい髭を靡かせる義の武人。
 彼らもこの世界に存在していたのか(いや、存在して当たり前なのですが)と驚いたり納得したりのビッグゲストたちです。

 一歩間違えれば、ここまでの大物の前に既存のキャラクターが食われたり、あるいはゲストが物語から浮いてしまうこともあるわけですが、しかし本作に限ってはもちろん心配ありません。
 僕僕たち登場人物も、物語そのものも、彼らの存在をしっかりと違和感なく渡り合い、受け止めているという印象があります。

 それを可能とするのは、もちろんこの『僕僕先生』という物語が、その中で生きてきたキャラクターたちが、ちょっとやそっとのことでは揺るがない、しっかりとした「厚み」を備えているからにほかなりません。
 冒頭で述べたように、十年十巻――その積み重ねてきたものの存在を、強く感じさせられた次第です。


 と言いつつも、物語の方は別の意味で大揺れであります。文字通りの闇落ちを仕掛けた王弁に対し、タイトルどおりの行動を取る僕僕。それがこの世界を救うことになるのか――
 そして最後の最後で王弁が出会うこととなるのは、全くもって思いも寄らぬ人物。あの、ある意味シリーズ最大の問題作とここで繋がるとは! と、とにかく驚きの結末としか言いようがありません。

 本シリーズはいよいよ次巻で完結とのことですが……これだけ衝撃的な引きを見せられたら、もう今すぐにでも次を読みたい! としか言いようがありません。
 結末目前という感慨よりも、そんなわがままな想いが遙かに強いというのが、正直なところなのであります。


『神仙の告白 僕僕先生 旅路の果てに』(仁木英之 新潮社) Amazon
神仙の告白 僕僕先生: 旅路の果てに


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 「先生の隠しごと 僕僕先生」 光と影の向こうの希望
 「鋼の魂 僕僕先生」 真の鋼人は何処に
 「童子の輪舞曲 僕僕先生」 短編で様々に切り取るシリーズの魅力
 『仙丹の契り 僕僕先生』 交わりよりも大きな意味を持つもの
 仁木英之『恋せよ魂魄 僕僕先生』 人を生かす者と殺す者の生の交わるところに

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2016.12.15

永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第17巻 変わらぬ二人と少しずつ変わっていく人々と

 単行本が二桁になったのはつい最近のような気もしていましたが、あっという間に巻を重ねて『猫絵十兵衛』ももう17巻目であります。今回艶やかに表紙を飾るのは、下総猫神の娘・真葛。彼女をはじめとして、この巻ではこれまで登場した懐かしい顔ぶれが幾人も登場しております。

 もちろん今回も健在の猫絵師の十兵衛と元猫仙人のニタの名コンビ。彼らを通じて、江戸の人と猫と妖の姿と情を描くスタイルも、もちろん変わることはありません。
 そんなこの巻に収録されているのは以下の全7話であります。

 蘭学を学ぶ二人の少年・源之助と悦二郎が、肺病病みの女性を助けようとしたことで起きた騒動「烏猫」
 本物の狩りと勘違いしていた百代と真葛のために、十兵衛とニタが猫又たちを潮干狩りに連れて行く「磯遊び猫」
 やんちゃが過ぎる猫のやん助に翻弄される幟職人のために十兵衛と西浦さんが一肌脱ぐ「幟猫」
 大事な人(猫)を探しているという真葛と、そんな彼女に内心穏やかでない権蔵の姿を微笑ましく描く「偲はく猫」
 農家の一員として可愛がられている猫に頼まれ、雨乞いをすることとなった十兵衛が奮闘する「よもぎ猫」
 盆猫踊りに置いて行かれた三匹の仔猫たちが、不思議な人物(猫物)に導かれて……という「猫地蔵」
 子供時代の十兵衛と師匠夫婦が、付近を騒がす盗人騒動に巻き込まれた顛末「かきつむ猫」

 時に猫又や妖絡みの不思議な事件を、時に純粋な(?)猫と人間の交流の物語を――その両方を分け隔てることなく、全く同じ世界の物語として描く作者の筆は今回も見事で、どの世界にも共通する「情」の姿が実に気持ちが良いエピソード揃いであります。

 そんな本作ですが、今回特に印象に残ったのは、実に7篇中の4篇に再登場する、過去のエピソードに登場したゲストキャラクターたちであります。
 あれ、誰だったかな、と思う方もいらっしゃるかもしれませんので、以下に簡単に紹介しておきましょう。(カッコ内は初登場回)

・源之助と悦二郎(第12巻「猫のオランダ正月」)
 共に蘭学を学ぶ親友同士の少年コンビ。普段から周囲の事物をオランダ語で呼んでおり、猫のことをいちいち「カット」と呼ぶのが微笑ましいのであります。
・百代(第11巻「百代猫三番勝負」)
 かつてニタに育てられた雌猫又。誰に似たのかいちいち言動がやかましく、十兵衛のことをニタを奪った泥棒猫扱いして挑戦してくるという初登場は異常に印象に残ります。
・真葛と権蔵(第12巻「鈍牛と猫」)
 下総の猫神の八番目の娘で生真面目な真葛と、薬問屋のおもとの付き人で寡黙な大男の権蔵。なかなかのお似合いのこの二人、何よりも真葛の正体を知っても変わらぬ想いを抱く権蔵のおかげで実に微笑ましいリア充ぶりであります。
・やん助(第14巻「やんちゃん猫」)
 生まれてばかりの頃に十玄師匠の家に預けられた仔猫。とんでもない暴れっぷりで周囲の人間を振り回した末に先輩猫たちに説教され、少しはマシになったと思えば――


 というわけで17巻にもなればずいぶんとキャラクターも増えますが、ほとんど一人として、一匹としてかぶることはない個性的なキャラのオンパレードなのには感心させられますし、お気に入りのキャラに再会できるのは嬉しいものであります。
(個人的には真葛と権蔵は大いに応援したいカップルであることもあり――)

 そしてまた、短編連作形式ということもあり、十兵衛とニタは基本的に変わらない(キャラクター像が動かない)本作において、彼らの代わりのように、ゲストたちの方は少しずつ成長し、関係性を変えていくのには、なかなか印象深いものがあります。

 基本的なスタイルは変わることなくとも、少しずつ動いていくものがある、変わっていくことがある……居心地の良い世界の中で、それは時に寂しいような気がすることもありますが、それもまたこの世界の姿であると言うべきなのでしょう。


『猫絵十兵衛 御伽草紙』第17巻(永尾まる 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon
猫絵十兵衛 御伽草紙 十七巻 (ねこぱんちコミックス)


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 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第5巻 猫のドラマと人のドラマ
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 「猫絵十兵衛御伽草紙」第7巻 時代を超えた人と猫の交流
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第8巻 可愛くない猫の可愛らしさを描く筆
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第9巻 女性たちの活躍と猫たちの魅力と
 『猫絵十兵衛御伽草紙』第10巻 人間・猫・それ以外、それぞれの「情」
 『猫絵十兵衛御伽草紙』第11巻 ファンタスティックで地に足のついた人情・猫情
 『猫絵十兵衛 御伽草紙』第12巻 表に現れぬ人の、猫の心の美しさを描いて
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第14巻 人と猫股、男と女 それぞれの想い
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第15巻 この世界に寄り添い暮らす人と猫と妖と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第16巻 不思議系の物語と人情の機微と

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2016.12.01

鳴海丈『廻り地蔵 あやかし小町大江戸怪異事件帳』 怪異に負けぬ捕物帖を目指して

 「おえんちゃん」こと妖怪・煙羅に守られたあやかし小町・お光と、北町奉行所の熱血同心・和泉京之介のカップルが怪奇の事件に挑む連作シリーズも本書で第三弾。謎解きありあやかしとの対決ありと、三つの事件が描かれることになります。

 と、いきなりあとがきの話で恐縮ですが、本シリーズは(というより作者の作品の多くは)文庫書き下ろし時代小説には珍しく、あとがきが収録されています。
 本シリーズでは企画の原点やモチーフになっている作品など、興味深い内容が多いのですが、本書はそこで「変身人間三部作」に言及されているのに驚かされます。

 変身人間三部作とは、60年ほど前に東宝が製作したSF映画……『美女と液体人間』『電送人間』『ガス人間第一号』の三作品。
 この三作の特徴とは、いずれも科学技術によって超常的な能力を得た存在を描きつつも、あくまでもそこで展開されるのは「人間」の犯罪ドラマであり、それ自体に魅力があること……というのは作者の言ですが、確かに三部作で描かれるのは、麻薬密売・連続殺人・銀行強盗と、ある意味実に人間的な犯罪の数々でした。

 そしてこの三部作、特に『液体人間』のように、それ自体が一級の犯罪ドラマとして成立している……この「あやかし小町」シリーズも、そのような作品でありたいと、作者は宣言しているのであります。
 実際のところ、本作の第1話であり、表題作である『廻り地蔵』は、その狙いを体現した作品と感じます。


 ある晩発見された、厨子を背負った男の死体。探索に当たることとなった京之介は、その場から立ち去った男を押さえたものの、殺人犯は別にいることを知ります。
 一方、ある小間物屋で、店の人間全員が食事の際に何らかの毒に当たり、特に主人が人事不省の重体に陥るという事件が発生。さらに、別の店では主人の孫が誘拐されるという事件までもが起きるのでした。

 お光の目撃から、誘拐事件を起こしたのが最初の殺人の下手人と同じ男であることが判明するのですが、果たして連続する3つの事件に共通点はあるのか。最初の事件の厨子に手がかりがあると睨む京之介ですが――

 と、入り組んだ内容の本作ですが、事件の展開といい描かれる人間模様といい、そして明かされる真相の意外性といい、捕物帖としてかなりの水準にあると感じさせられます。
 バイオレンスやエロスという印象の強い作者ですが、しかし決してそれだけではなく、時に極めて王道の、ミステリ色の強い作品を手がけていることは作者のファンであればご存じかと思いますが、本作はまさにそれと言えるでしょう。

 そしてまた、本作はいわゆる「あやかし」色がかなり薄い作品でもあります。お光も要所要所で活躍するものの、あくまでも中心となるのは京之介であり、そして描かれるのは人間の、人間による事件……作者の狙いを体現した作品と呼んだ所以であります。

 もっとも、このあやかし色の薄さも難しいところで、あまり薄いと本シリーズで描く必然性が……となってしまいます。正直なところ本作にもその印象はあり、さじ加減の難しさを感じさせられるところですが、まずはその意気やよし、と言いたいのです。


 そして第2話『紅蝙蝠』では、行き止まりに追い込まれても煙のように消えてしまう怪盗・紅蝙蝠の謎を京之介たちが追うという(どこか『怪奇大作戦』味もある)内容。
 続く第3話『死神娘』は、周囲で常識では考えられないような頻度で人々が死んでいくことから死神娘と噂される豪商の娘にまつわる意外な真実が描かれることとなります。

 どちらの作品も、第三の主人公と言うべき男装の娘陰陽師・長谷部透流が登場、第1話とは逆にあやかし度高めの内容ですが、しかしその根底にあるのは、あくまでも「人間」が起こした事件という点において、変わるところはありません。
(特に第3話のある意味豪快すぎる真相は、人間とあやかしが入り乱れる本作ならではの意外性で必見)


 もっとも、第1話のところで述べたように、まだバランスが難しい点はあります。また、タイトルロールたるお光の存在感が、本書では少々軽い――人間相手では京之介が、あやかし相手では透流が前面に出てしまうため――きらいはあります。

 そうした点はあるものの、作者の志は確かに感じられる本書。その志が目指すようにシリーズの車の両輪たる人間とあやかし、二つの要素がいつか完璧に噛み合えば――そこには素晴らしい傑作が生まれることでしょう。


『廻り地蔵 あやかし小町大江戸怪異事件帳』(鳴海丈 廣済堂文庫) Amazon
あやかし小町 大江戸怪異事件帳 廻り地蔵 (廣済堂文庫)


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2016.11.30

野田サトル『ゴールデンカムイ』第9巻 チームシャッフルと思わぬ恋バナと

 偽の刺青人皮を作り出した夕張の変態剥製人・江渡貝くんのおかげで一層混沌とした状況となった黄金争奪戦。杉元・土方・鶴見の三派の争いはいよいよエスカレート……と言いたいところですが、ここで何と杉元一味と土方一味が一時休戦、思わぬ呉越同舟の旅が始まることになります。

 夕張炭鉱で三つ巴の大乱戦を繰り広げることとなった三派。鶴見の目的を追って江渡貝邸を訪れた杉元一味は、そこで土方一味と遭遇。すわ「不死身」と元「鬼の副長」の激突か!? と思いきや、ここでアシリパの腹の虫が時の氏神となり、偽物の人皮の見分け方を巡り、一時休戦を結ぶのでした。

 と、そんなところに証拠隠滅のために第七師団が来襲、それは容易く蹴散らしたものの、偽人皮の見分け方は謎のまま。そこで見分けられる可能性のある男、月形の樺戸集治監に収監された熊岸長庵に会うため、一行は二手に分かれて出発することになります。
 さて、ここでなんとメンバーがシャッフルされ、杉元・アシリパ・牛山・尾形組と、土方・永倉・家永・白石・キロランケ組に分かれることに。それぞれバランスが取れているような取れていないような、不思議な面子ですが……

 さて、ここで思わぬキャラクターに光が当たることになります。それは白石由竹……物語の初期から杉元たちと行動を共にしながら、この巻に至ってようやく表紙をゲットした男であります。

 ここで語られるのは白石の過去ですが、実はそれがこれから会いに行こうとしている熊岸絡みというのが面白い。
 かつて熊岸と同じ監獄にいた白石。熊岸に書いてもらったシスターの(あまりにも微妙な)似顔絵を眺めているうちにシスターに恋してしまった彼は、彼女を求めて各地の監獄を転々とするうちに、いつしか脱獄王の異名を取ることになったのであります。

 そしてついにシスターと出会った白石ですが、彼女は……って何話も使ってこんなオチか!? とひっくり返ること請け合いの展開。
 その後に語られた土方と永倉の過去話――別れと再会に至る話が、土方が今に至るまで生きていた理由も相まって実にイイのですが、その辺りも全てが霞むインパクトであります。(しかし……)

 さて、その一方で樺戸集治監近くのアイヌのコタンを訪れ、そこのアイヌに歓待を受ける杉元一行。しかし彼らの態度に不審を抱いたアシリパは思わぬ窮地に陥ることになります。そしてまたもや始まる大乱戦――
 と、ここで何が起きたのか、そして杉元たちが誰と戦うのかは伏せますが、ここで描かれるのは、アシリパのことになると狂戦士モードになる杉元、もはやその強さは人間の域を超えてきた不敗の牛山、そして無敵のスナイパー・尾形と、戦闘力だけでみれば本作最強の三人の大暴れ。

 特に杉元の暴れっぷりは、彼と長らく行動を共にしてきたアシリパですら引くほどの異常さで、これが後に影を落とさなければいいのですが……この巻の冒頭で比較的サラリと描かれるように、今やアシリパのために戦うと言って良い杉元だけに、気になるところであります。

 と、ギャグにアクションにと相変わらず大車輪で展開しつつも、ラストに至り、一見単なるギャグエピソードに思えた白石の過去話に、全く思わぬ形で意味を与えてみせる辺り、勢いだけでない作者の筆の巧みさというものを感じさせるのです。


 とはいえ、刺青人皮争奪戦には直接の動きなし……と言えなくもないこの巻。ラストでは土方への内通が杉元に露見することを恐れた白石(ここでも直前に描かれた杉元の狂戦士ぶりが白石の恐れに説得力を与える構成がうまい)の行動により、思わぬ方向に物語が転んでいくことを予感させて、次の巻に続きます。


『ゴールデンカムイ』第9巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
ゴールデンカムイ 9 (ヤングジャンプコミックス)


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2016.10.25

鳴神響一『影の火盗犯科帳 2 忍びの覚悟』 太平の世の忍び、正義の忍びの在り方

 浅草寺の歳の市を訪れた火盗改役・山岡景之は、大鳥居に逆さ吊りにされた男の亡骸を目撃する。数日後、仙台伊達家の上屋敷で何者かによる爆破事件が発生、さらに新年の江戸各地の寺でも爆破事件が相次ぐ。果たして一連の事件の背後にあるものは何か。景之配下の影火盗組が駆ける。

 期待の新星・鳴神響一による、甲賀忍び「影火盗組」を配下とする火盗改役・山岡景之の活躍を描く文庫書き下ろしシリーズ第2弾であります。

 将軍家重の時代、火付盗賊改方頭を任じられた本作の主人公・山岡景之は実在の人物ではありますが、実は甲賀忍者の名門・伴氏の出身。本シリーズはそこから景之の配下として密かに育成された影火盗組を設定、通常の火盗改に加え、彼らの活躍を描くことにより、火盗ものと忍者もの、二つの味わいが楽しめる作品であります。

 師走も押し迫った頃、仙台伊達家の上屋敷で火災が発生。あるきっかけから、これが何者かの爆破によるものであることを知った景之ですが、大名家の中のことゆえ直接探索することもできず、真相究明には程遠い状況に置かれるのでした。
 しかし今度は新年の江戸で、何者かが予告の立て札を立てた後にとある寺に仕掛けられた爆薬が爆発し、無辜の民が死傷する惨事が発生。怒りに燃える景之は配下を総動員して捜査に当たることになります。

 はたして一連の爆破事件の陰に潜むものは何か。事件の背後に見え隠れする忍びたちの正体は。そして事件は、以前に浅草寺で景之が目撃した、殺されて大鳥居から逆さ吊りにされた男にまで繋がり、思わぬ闇の存在が浮かび上がるのです。


 冒頭で述べたように忍者ものとしての要素を持つ本シリーズ。その第1弾である前作では、市井の凶悪事件と見えたものが思わぬ伝奇的背景とともに立ち上がってくる構図がありましたが、それは本作も同様であります。
 ある史実――過去の悲劇を踏まえて描かれる事件の真相は、いわゆる火盗改ものには留まらないスケール感を以て、物語を盛り上げるのであり、それが本作の魅力の一つであることは間違いありません。

 しかし本作の魅力はそれに留まりません。本作は、本作でしか描けない物語を、ある要素を絡めることで浮かび上がらせるのです。
 それは景之の小姓頭であり、影火盗組きっての忍びでもある光之進が抱えた屈託――本作の縦糸が連続爆破事件であるとすれば、横糸はこの彼の忍びとしての屈託なのです。

 事件探索の最中に爆薬の痕跡を発見し、そして爆薬を使う相手と対峙する中で、心身に思わぬ不調を来す光之進。それは彼の修業時代の過去によるものでありました。
 山岡家の家臣の子弟から選ばれて忍術修行を行う者たちの中でも、屈指の優秀さで知られた少年時代の光之進。しかし皆伝を目前としたある日の事件が、彼の運命を狂わせることとなったのです。

 忍びとなること、山岡家に仕えることに意義を見失い、あてどなくさすらう光之進。自分の無力さを知り、そしてそれでも捨てられぬ想いに突き動かされた彼が向かった先は……

 すでに克服したはずの、しかし今再び開いた過去の傷を通じて描かれるのは、光之進が何故忍びとして、そして景之の配下として戦うか、その理由。
 それはもちろん、一人のキャラクターの人物像の掘り下げ(そして個人的には、前作に足りなかったと感じられた部分)ですが、しかしそれ以上の意味があると感じます。

 これまで何度も述べてきたように、本作は忍者ものとしての側面を持ちます。しかし忍者ものといえば、彼らが最も活躍した戦国時代を舞台とするものが多いのに対し、本作の舞台は太平の江戸時代中期。忍びがその役目を失い、その存在すら忘れ去られかけた時代であります。
 そんな時代において、忍びは如何に生きるべきか。そして忍びに何ができるのか……本作は光之進の姿を通じ、それを描くのです。

 そしてそれは同時に、本作ならではの忍び像を描き出すことになります。すなわち、正義のために、弱き者のために戦う忍びの姿を――
 言葉にすれば陳腐に見えるかもしれません。しかし、無辜の民を守り、彼らを害する悪に本気で怒りを燃やす景之の、そして彼の手足となって戦う光之進の姿を見れば、それが空虚なものではないと感じられるのです。

 そしてそれは、忍者ものと火盗もの、二つの側面を持つ本作だからこそ描ける魅力であることは間違いありません。第2弾にしてこの境地に達した本シリーズのこの先が、いよいよ楽しみになるのであります。


『影の火盗犯科帳 2 忍びの覚悟』(鳴神響一 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon


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2016.08.30

野田サトル『ゴールデンカムイ』第8巻 超弩級の変態が導く三派大混戦

 まだまだ続くアイヌの黄金争奪戦、それぞれに独自の動きを見せてきた杉元・土方・鶴見の三派ですが、ここにきてついにその全ての動きが交錯することになります。それも、思いもよらぬ超弩級の変態の存在をきっかけにして……

 アメリカ人牧場主ダンの依頼がきっかけの怪物熊との死闘の最中、図らずも新たな囚人の刺青を手にした杉元一味。さらにダンから、不気味な人皮で装丁された本とともに、夕張に刺青の人皮があったことを教えられます。
 しかし彼らの動きに先んじていたのは鶴見中尉。珍しい刺青をした炭鉱夫の死体が盗まれた事件から周囲を探索していた彼は、墓場から死体を盗もうとした怪しい人影を追跡、その先にあったのは一軒の剥製所の主・江戸貝弥作は一見温厚そうな青年だったのですが……

 この作品でこう来れば、当然(?)次に来るのは変態の出現。そう、その名から察せられるとおり、この江戸貝青年こそは人の死骸を加工して様々な冒涜的なオブジェや服を製作、さらに自分の母をも剥製として、その剥製と脳内で会話する大変態だったのです。
 そうなればお次江戸貝と鶴見の死闘……と思いきや、ここでとんでもない変化球。変態は変態を知ると言うべきか、なるほど鶴見といえばこれがあった、という思いもよらぬ手段で「江戸貝くぅぅん!」と鶴見は江戸貝を籠絡し、彼にある依頼を行うのであります。

 しかしその依頼を受けた江戸貝の監視を行っていた鶴見の部下・月島らを突如襲う、かつての鶴見一派、今は土方に協力するスナイパー・尾形。逃げる江戸貝と守る月島、追う尾形に、この騒動を知った杉元と白石が加わり、夕張炭鉱を舞台に、三派の大混戦が展開するのですが……


 いやはや、これまでも数々の変態が登場してきた本作ですが、さすがに驚いた……というよりドン引きした今回。そもそも、蝦夷地にこれだけの変態がいても、みな刺青囚人だっただけにそれなりに納得がいくのですが、さすがに野良でエド・ゲインが住み着いているのはいかがなものか。
 さらには江戸貝くぅぅんご満悦のファションショーまで来ては、何と評すべきか……(人皮太鼓に人骨撥とか妙なところで元ネタ再現しているのもポイントが高い)

 しかしそのやり過ぎなキャラクターの存在が、意外な形で物語と絡み、盛り上げていくのが本作の本作たる所以。モノがモノだけにそうそうできるとは思わなかった手段が、このキャラクターの存在でもって可能になり、刺青人皮争奪戦が一気に複雑化するのには、ただただ感心させられます。

 さらにクライマックスで三派が夕張炭鉱内で繰り広げる追跡戦は、やはり本作らしいドタバタぶりではありますが、舞台にあるものをフルに使った活劇はやはり無条件に楽しく、そして終盤のクライシスから、まさかのあのキャラクターが! という結末の意外性にも痺れるのです。
 そしてそこから、およそ繋がりそうになかった二派が繋がる可能性が……とくれば、やはり本作の縦横無尽の面白さには唸るほかありません。

 その一方で、アシリパのコタンに留まっていた阿仁マタギ・谷垣も、哀しい過去の物語を経て「命の使い道」を見出し、アシリパのために旅立つ(そしてその道連れはあの女狐インカラマッ)という痺れる展開。
 独自の思惑を持つキャラクターたちが、それぞれの動きの末に一本の流れにまとまっていくというダイナミズムは、伝奇ものの醍醐味の一つですが、ここにあるのはまさにそれなのであります。

 そしてその流れの先にあるのは、本作の発端である謎の「のっぺらぼう」ですが……しかしそこに辿り着くまでにも、まだまだ一波瀾も二波瀾もあることでしょう。
 それはもちろん、まだまだ楽しみが尽きない、ということとイコールであるのは言うまでもありません。


『ゴールデンカムイ』第8巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
ゴールデンカムイ 8 (ヤングジャンプコミックス)


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