2018.01.12

長辻象平『半百の白刃 虎徹と鬼姫』下巻 刀と武士が移り変わるその先に

 名刀匠として知られる虎徹こと長曽祢興里。半百――齢五十近くになってから故あって刀匠を志し、江戸に出てきた彼の半生を、鬼姫こと女剣士・邦香をはじめとする彼を取り巻く人々の姿を通じて描く物語の後編であります。江戸有数の刀匠となった興里は、しかし次々と難事に巻き込まれることに――

 藩主の前での兜割りの試技における振る舞いによって相手の刀鍛冶が命を落としたことをきっかけに、甲冑師を辞め、刀匠を目指すこととなった興里。
 江戸に出て、「鬼姫」と異名を持つ試し切り役の娘・邦香、がめつい刀屋の幸助、朴訥な弟子の興正、邦香の父で名うてのかぶき者・鵜飼十郎右衛門といった人々と出会い、興里は刀匠として次第にその名を知られていくようになります。

 そんなある日、吉原からの使いで、勝山太夫と対面することとなった興里。吉原の作法も無視して興里に迫る勝山と割りない仲となる興里ですが、彼と勝山の間には、意外な因縁が存在したのでした。

 そしてその勝山との出会いを皮切りに、興里は騒動や難事件に、次々と巻き込まれていくことになります。
 興里の住む不忍池周辺に埋められたという由井正雪の隠し軍資金争奪戦と、その中で明らかになるある人物の意外すぎる正体。興里とは因縁を持つ柳生宗冬からの正宗贋作の依頼。そして、刀鍛冶を通じて出会った伊達綱宗と仙台藩を巡る暗闘と……


 刀鍛冶に関する丹念な描写でもって、刀匠としての興里の苦闘と成長を描いてきた上巻。もちろんその要素がこの下巻でも健在であることは言うまでもありませんが、興里が刀匠として大成しつつあるためか、むしろ彼が巻き込まれる事件の数々が前面に描かれた印象があります。
 そしてそれが実に伝奇的で、実に面白いから大歓迎なのであります。

 下巻の冒頭で描かれる勝山太夫との因縁については、正直なところすぐに予想できる内容だったのですが、それに続く由井正雪の埋蔵金を巡るエピソードでの、ある人物を巡るどんでん返しは、全くもっての予想外で度肝を抜かれる展開(この人物、ラストもある意味予想外……)。

 そしてそこから物語は柳生宗冬と酒井忠清らの陰謀に繋がり、クライマックスは伊達騒動のプロローグとも言うべき大川上の屋形船での高尾太夫吊し斬りになだれ込んでいくのですから、本作を以て時代伝奇小説と言い切っても支障はないでしょう。
(ちなみに本作、この高尾吊し斬りをはじめ、いわゆる巷説・俗説を積極的に取り込みつつ、そこに史実との整合性を巧みに取ってみせるのが実に面白いのです)

 そしてその事件の数々に挑むのが、興里を中心に、邦香・幸助・興正・十郎右衛門に勝山を加えた、チーム興里ともいうべき個性豊かな面々であるのも嬉しい。
 刀という存在を中心に固く心を結びあった面々が、金と権力を巡る醜い陰謀を企てる者たちに挑む姿は、実に痛快であります。


 しかし、本作において興里は何故そうしたヒーロー的な役割をも背負っているのか? それは上巻の紹介でも触れたように、興里の生きた時代において、刀の――その持ち主である武士の生き様、そして役割が大きく変わってしまったことと無縁ではないでしょう。
 本作の舞台となるのは、もはや戦はなくなった天下泰平の時代――戦士であった武士が、政治家や官僚へと変貌していくプロセスが完了した時代。そこにおいては、刀剣の持つ意味も、武器から身分の象徴、そして美術品へと大きく変わっていくことになります。

 そんな時代において刀も見かけの華美さがもてはやされるようになった中、美しさはもちろんのこと、刀の切れ味を求め続けた興里の姿は、そんな時代へのアンチテーゼと言えるのではないでしょうか。
 そしてそんな変わりゆく武士と刀の姿は、興里の宿敵とも言うべき柳生宗冬が、剣術家としてよりも政治家として策謀を巡らせる姿に、より色濃く表れていると感じます。


 しかしもちろん、時代は移り変わります。興里が切れ味と美しさを両立させた刀を完成させ、その名を千載のものとして残すに至ったことは、彼が新たな武士の形を示す者として完成されたことをも意味するのでしょう。
 それは戦いと冒険の日々の終わりを告げるものではありますが、しかし人の生の終わりを告げるものではありません。

 「わんざくれ、我が命の尽きるまで」虎徹と鬼姫の挑戦は続く――半百から始まった物語の結末として、それは胸躍るものではないでしょうか。


『半百の白刃 虎徹と鬼姫』下巻(長辻象平 講談社文庫) Amazon
半百の白刃(下) 虎徹と鬼姫 (講談社文庫)

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2018.01.08

長辻象平『半百の白刃 虎徹と鬼姫』上巻 虚構で補う奇妙な刀匠の半生

 まだまだ熱い「刀剣」の世界。本作はそんな刀剣の中でも現代にまで名を残す名刀を残した刀工――長曽祢興里(虎徹)を主人公に、彼が名工として歴史に名を残すまでを伝奇風味たっぷりに描く物語であります。

 明暦の大火からようやく江戸が復興した頃に、無骨な刀を手にして日本橋の刀屋に現れた男・長曽祢興里。なかなか江戸の刀剣界の様子を掴めず苦労する彼に声をかけたのは、「鬼姫」の異名を取る試し斬り役・鵜飼家の娘である邦香でありました。
 邦香に誘われるまま彼女の屋敷を訪れ、彼女が自分の太刀で死体を二つ胴に試し斬りしてみせるのを目の当たりにした興里。彼は問われるままに、彼女に自分の過去を語ることになります。

 かつては越前で代々の家業である甲冑師を営んでいた興里。しかしある事件がきっかけで彼は故郷と甲冑師の生業を捨て、齢五十を過ぎてから刀匠を志して江戸に出てきたのでした。
 彼のその過去と、流行とは無縁の無骨な拵えながら無類の切れ味を持つ太刀、そして彼女の知るある人物に瓜二つのその風貌に興味を持った邦香は、興里の太刀を売り出すべく、一計を案じることになります。

 やがてその太刀が柳生厳包(連也斎)の目に留まり、一気にその名を挙げることとなった興里。
 邦香をはじめ、江戸で出会った人々の協力で腕をめきめきと上げ、刀匠・虎徹としてその人ありと知られるようになった彼は、ある出来事がきっかけで、由井正雪の埋蔵金の存在を知ることになるのですが……


 近藤勇の愛刀などでその名を知られる長曽祢虎徹。しかしその盛名に比べ、その前半生は謎が多い人物と言えます。
 何しろ初めから刀匠として修行したわけではなく、その前半生は甲冑師、そして刀匠として名を上げたのは五十代になってから――というのは、上で述べたとおり本作でも描かれていることですが、興味深いといえば、これだけ興味深い人物はいないでしょう。

 本作はその長曽祢虎徹の半生を、史実を拾い集めた上で、その隙間を虚構で埋めるという形で描いていくことになります。そしてその虚構の最たるものは、虎徹と並んで本作のサブタイトルに冠された鬼姫こと邦香の存在であることは言うまでもありません。

 かぶき者として泣く子も黙る荒武者を父に持ち、そして自身も男を男とも思わぬ言動を見せる邦香。
 本作の冒頭、試し斬りで服を血で汚さぬためとはいえ、初対面の興里の前に半裸で現れるくだりなど、そのインパクト(と大衆小説としてのサービス精神)もさることながら、彼女の心の持ちようが良く現れた場面と言えるでしょう。

 その邦香が興里に心を開くのは、いささか因縁めいた物語が用意されているのですが、それがきっかけで、生まれも育ちも、年齢も大きく異なる興里と邦香が、刀を仲立ちに交流を深めていく様はなかなか微笑ましい。
 そしてそんな二人の生きざまに、明暦という時期の刀と武士の在りようが重なっていく物語展開は、明暦の大火で数多くの刀が焼失し、刀の需要が高まったという背景も含めて、実に興味深く感じられます。

 この流れは、刀匠を描く作品としてある意味当然なのかもしれませんが、本作におけるフィクション――すなわち伝奇味の源とも言える、尾張柳生と江戸柳生の確執や由井正雪の乱もまたここに繋がってくるものであることは言うまでもありません。
 興里という奇妙なな刀匠の人生を補完しつつ、エンターテイメント性を高め、そしてその中でこの時代特殊の刀と武士の在りようを描く――この辺りをさらりとこなしてみせるあたり、作者の筆の巧みさに感心させられるのです。


 しかし興里の、そして邦香の物語はこの上巻の時点ではいまだ半ば。上巻のラストで興里の前に現れ、吉原のルールもものともせずに彼に迫る勝山太夫の真意は、そして正雪の埋蔵金の行方はと、まだまだ気になることだらけであります。

 興里が稀代の名匠として名を成すまでに、二人がこの先如何なる事件と出会い、そしてその中で何を見ることになるのか――下巻も近日中にご紹介いたします。


『半百の白刃 虎徹と鬼姫』上巻(長辻象平 講談社文庫) Amazon
半百の白刃(上) 虎徹と鬼姫 (講談社文庫)

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2017.12.31

このブログが選ぶ2017年ベストランキング(単行本編)

 自分一人でやってます2017年のベストランキング、今日は単行本編。2016年10月から2017年9月末までに刊行された作品の中から、6作品を挙げます。単行本はベスト3までは一発で決まったもののそれ以降が非常に難しいチョイス――正直に申し上げて、4位以降はほぼ同率と思っていただいて構いません。

1位『駒姫 三条河原異聞』(武内涼 新潮社)
2位『敵の名は、宮本武蔵』(木下昌輝 KADOKAWA)
3位『天の女王』(鳴神響一 エイチアンドアイ)
4位『決戦! 新選組』(葉室麟・門井慶喜・小松エメル・土橋章宏・天野純希・木下昌輝 講談社)
5位『さなとりょう』(谷治宇 太田出版)
6位『大東亜忍法帖』(荒山徹 アドレナライズ)

 今年ダントツで1位は、デビュー以来ほぼ一貫して伝奇アクションを描いてきた作者が、それを一切封印して描いた新境地。あの安土桃山時代最大の悲劇である三条河原の処刑を題材としつつも、決して悲しみだけに終わることなく、権力者の横暴に屈しない人々の姿を描く、力強い希望を感じさせる作品です。
 作者は一方で最強のバトルヒロインが川中島を突っ走る快作『暗殺者、野風』(KADOKAWA)を発表、ある意味対になる作品として、こちらもぜひご覧いただきたいところです。

 2位は、時代小説としてある意味最もメジャーな題材の一つである宮本武蔵を、彼に倒された敵の視点から描くことで新たに甦らせた連作。その構成の意外性もさることながら、物語が進むにつれて明らかになっていく「武蔵」誕生の秘密とその背後に潜むある人物の想いは圧巻であります。
 ある意味、作者のデビュー作『宇喜多の捨て嫁』とは表裏一体の作品――人間の悪意と人間性、そして希望を描いた名品です。

 デビュー以来一作一作工夫を凝らしてきた作者が、ホームグラウンドと言うべきスペインを舞台に描く3位は、今この時代に読むべき快作。
 支倉使節団の中にヨーロッパに残った者がいたという史実をベースに、無頼の生活を送る二人の日本人武士を主人公とした物語ですが――信仰心や忠誠心を失いながらも、人間として決して失ってはならないもの、芸術や愛や理想といった人間の内心の自由のために立ち上がる姿には、大きな勇気を与えられるのです。

 4位は悩んだ末にアンソロジーを。今年も幾多の作品を送り出した『決戦!』シリーズが戦国時代の合戦を題材とするのに対し、本書はもちろん幕末を舞台とした番外編とも言うべき一冊。
 合戦というある意味「点」ではなく、新選組の誕生から滅亡までという「線」を、隊士一人一人を主人公にすることで描いてみせた好企画でした。

 そして5位は、2017年の歴史・時代小説の特徴の一つである、数多くの新人作家の誕生を象徴する作品。千葉さなとおりょうのバディが、坂本竜馬の死の真相を探るという設定の時点で二重丸の物語は、粗さもあるものの、ラストに浮かび上がる濃厚なロマンチシズムがグッとくるのです。

 6位は不幸な事情から上巻のみで刊行がストップしていた作品が転生――いや転送(?)を遂げた作品。明治を舞台に『魔界転生』をやってみせるという、コロンブスの卵もここに極まれりな内容ですが、ここまできっちりと貫いてみせた(そしてラストで思わぬひねりをみせた)のはお見事。
 ただやっぱり、敵をここまで脳天気に描く必要はあったのかな――とは思います(あと、この世界での『武蔵野水滸伝』の扱いも)

 ちなみに6位は電子書籍オンリー、今後はこうしたスタイルの作品がさらに増えるのではないでしょうか。


 なお、次点は幽霊を感じるようになってしまった長屋の子供たちを主人公としたドタバタ怪談ミステリ『優しき悪霊 溝猫長屋 祠之怪』(輪渡颯介 講談社)。事件の犠牲者である幽霊の行動の理由が焦点となる、死者のホワイダニットというのは、この設定ならではというほかありません。

 そのほか小説以外では、『幕末武士の京都グルメ日記 「伊庭八郎征西日記」を読む』(山村竜也 幻冬舎新書)が出色。キャッチーなタイトルですが、あの「伊庭八郎征西日記」の現代語訳+解説という一冊です。


 ――というわけで今年も毎日更新を達成することができました。来年も毎日頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 良いお年を!


今回紹介した本
駒姫: 三条河原異聞敵の名は、宮本武蔵天の女王決戦!新選組さなとりょう大東亜忍法帖【完全版】


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 木下昌輝『敵の名は、宮本武蔵』(その一) 敗者から見た異形の武蔵伝
 鳴神響一『天の女王』(その一) 欧州に駆けるサムライたち
 『決戦! 新選組』(その一)
 谷治宇『さなとりょう』 龍馬暗殺の向こうの「公」と「私」

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2017.12.28

野田サトル『ゴールデンカムイ』第12巻 ドキッ! 男だらけの地獄絵図!?

 いよいよ2018年4月からアニメ放映スタートと、秒読み段階に入った『ゴールデンカムイ』の最新巻であります――が、この巻で繰り広げられるのは、およそアニメ化できない(されても嬉しくない)ようなエピソードの連続。変態と男の裸体が乱舞する、悪夢のような展開が繰り広げられることになります。

 黄金争奪戦の全ての始まりとなった怪人のっぺら坊――網走監獄で厳重に監視される彼こそが、実はアシリパの父ではないかという疑惑を確かめるため、網走に向かうこととなった杉元・土方混成チーム。
 色々あってメンバーをシャッフルしたまま二チームに分裂した彼らを追ってきた谷垣が、土地のアイヌから動物たちを汚したという濡れ衣を着せられたため、杉元とアシリパはその真犯人を追うことに……

 という前の巻を受けて始まるこの巻ですが、杉元たちが追うことになるのは、刺青囚人の一人・姉畑支遁。動物学者である彼は、自分の愛情の赴くまま、動物たちを追っては獣k――あ、いや、ウコチャヌプコロを繰り返していたのであります。
 そしていま、ヒグマに恋してしまった支遁が、ヒグマ相手にウコチャヌプコロしようとして食い殺される(刺青が失われる)ことを恐れた杉元たちは、必死に彼を止めようとするのですが……

 と冒頭から「もうやだこのマンガ」な展開ですが、何とか谷垣もチームに合流し、いい話的に終わって一安心、釧路に出て海で一時の平穏とグルメ展開を――と思いきや、そのグルメが次なる大波乱を招くことになるから恐ろしい。

 思わぬ蝗害の発生に番屋に閉じ込められたチームの男衆が、空腹を癒すためにラッコの肉を煮てみれば――その煮える臭いに欲情を刺激する成分が含まれていたために、一触即発のムードに……!
 と、本当にもう、この漫画をどこに連れていきたいのか、という大変な展開であります。(しっかりとめておいたはずの谷垣のシャツのボタンが吹っ飛び「このマタギ……スケベ過ぎる!!」という白石のリアクションは爆笑)

 しかしそれと並行して、インカラマッの口からアシリパに対して、のっぺら坊の正体とアシリパの父・ウイルクの死の「真実」が語られ、それが新たなサスペンスに繋がっていくのですから、まったく油断できません。
 そしてその中で、幼い頃にウイルクと出会ったというインカラマッの想い、さらにアシリパがそれに自分と杉元を重ね合わせるなど、キャラクターの心理描写も相変わらず上手い。

 そしてその末にチーム内に、そして何よりもこれから自分たちが向かう網走に待つものに疑念を抱かせるという展開も、見事というほかないのであります。
(もっとも、大変な展開のきっかけになった蝗害が、今のところその前フリにしかなっていなかったのには悪い意味で驚きますが……)


 それでもなんとか、杉元の一同ドン引きのキラージョークに紛らわせて旅は続き、塘路湖を訪れた杉元一行が知ったのは、近辺を荒らし回るという全員盲目の盗賊団の存在。そしてその頭目の身体には奇妙な入れ墨が……
 と、ここで新たな強豪刺青囚人が登場、網走を前にしてまた盛り上がる展開が! と思いきや、何故かチームの男衆による温泉回が繰り広げられ(見開きで何故か全員カメラ目線の衝撃)、最後の最後までアニメ目前とは思えないこの巻なのであります。


 しかしその一方で、網走監獄では典獄の犬童四郎助と鶴見中尉一派との暗闘が早くもスタートし、その一方で土方と永倉は、釧路新聞社で記者をしていた石川啄木(!!)と接触――と、物語は着々と進行。
 いよいよ次巻では杉元たちも網走監獄に到着するようですが、あるいは杉元・鶴見・土方に加えて犬童一派の四つ巴の戦いが展開されるのか!? 

 そして本作では比較的珍しい実在人物、そして何よりもナニっぷりでは本作のキャラクターに勝るとも劣らぬ石川啄木登場の意味は……
 色々言いつつも、この先の展開を展開して、胸躍らせているところであります。


『ゴールデンカムイ』第12巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
ゴールデンカムイ(12): ヤングジャンプコミックス


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 『ゴールデンカムイ』第2巻 アイヌの人々と強大な敵たちと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第3巻 新たなる敵と古き妄執
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第4巻 彼らの狂気、彼らの人としての想い
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第5巻 マタギ、アイヌとともに立つ
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第6巻 殺人ホテルと宿場町の戦争と
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第7巻 不死の怪物とどこかで見たような男たちと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第8巻 超弩級の変態が導く三派大混戦
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第9巻 チームシャッフルと思わぬ恋バナと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第10巻 白石脱走大作戦と彼女の言葉と
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第11巻 蝮と雷が遺したもの

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2017.12.11

鳴神響一『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』 本格ミステリにして時代小説、の快作

 これまでも一作ごとに趣向を凝らした作品を発表してきた鳴神響一の新作は、何と時代ミステリ、それも本格的な密室殺人もの。『影の火盗犯科帳』シリーズで知恵袋役を担当していた博覧強記にして多芸多才の浪人・多田文治郎が探偵役をつとめる本格ミステリであります。

 浪人の気楽さで江ノ島・鎌倉見物に出た文治郎が今回巻き込まれたのは、猿島――かつて流罪となった日蓮上人を島の猿が助けたという伝説を持つ小島で起きた殺人事件。
 地元の住民からは不入の聖地とされていたこの島に、江戸の大商人が建てた豪勢な寮(別荘)が事件の舞台となるのですが――これが常識では考えられないような奇怪な惨劇だったのであります。

 布団の中で焼死体となっていた老武士、無数の蜂に襲われて悶死した浪人、何かの刃物で首筋を裂かれた役者、矢で貫かれ目をくり貫かれた使用人、毒殺され切断された首を屋根に晒された妾、撲殺され血染めの文字を遺した囲碁棋士……
 身分も出自も年齢も全て異なる、共通点も不明な六人の男女が、そこでそれぞれ無惨に殺害されていたのであります。

 しかし現場は対岸から舟でなければ渡れない孤島、寮も周囲を断崖と塀で囲まれ、外部からの浸入は不可能という状態。
 そこで誰がどうやって、六人の男女を次々と惨殺し、姿を消したのか――この事件を担当することになった浦賀奉行所の与力・宮本甚五左衛門が偶然学友であったことから、文治郎は謎解きを依頼されることになります。

 そしてそんな不可解な状況の検分を行う中、文治郎と甚五左衛門が見つけた手記。犠牲者の棋士が遺したそれには、六人が何者であり如何に集ったか、そして島で何が起こったのかが克明に記されていたのですが……


 ミステリでいえば、クローズ・ドサークルものの一つ、孤島ものである本作。人の行き来が制限された、一種の密室となった孤島で事件が発生して――というあれであります。

 本作はその典型と言いましょうか、孤島に集った人々が一人一人殺されていくのですが――本作が面白い(という言葉が適切かはわかりませんが)のは、物語開始時点で、既に全員が殺されて発見される点でしょう。
 いきなり一切が不明な状況で、生存者なしの皆殺し! というインパクトは強烈で、一気に物語に引き込まれる構成の巧みさにまず感心させられます。

 もちろん、ミステリに肝心なのは事件そのものの謎解きですが、これも本作が作者の初ミステリとは思えぬ堂々たる内容。
 本作で描かれる、不可能としか思えないような六人六様の奇怪な殺人のトリックと、それらの凶行の犯人の正体は、どれも意外かつフェアなもので、本作を本格ミステリと呼んでも差し支えはないでしょう。

 また、文治郎による推理の前に、手記の形で経緯を語ることで、いわば証拠のみを先に提示した形(一部、後出し的に感じるものがなくもありませんが)で、一種読者への挑戦的な構造となっているのも楽しいところです。


 しかし、本作はそれのみに終わりません。文治郎の手で一連の事件のトリックが解き明かされ、犯人が暴かれてもなお残る謎――つまりハウとフーが解き明かされた先の、ホワイダニットにおいて、本作は優れて時代小説としての顔を見せるのです。

 これの詳細はもちろん語れませんが、終盤に明かされる犯人の動機――犯人が犯行に至るまでの経緯は、それ自体が一編の時代小説と成立するような内容。
 無惨な殺人の陰に潜む、それ以上に無惨な人の世の姿――一種の残酷な人情もの時代小説としても、本作は読むことができるのです。

 そしてその犯人の過去が、その動機そのものが、本作で描かれるような「劇場型犯罪」につきまとう不自然さ――そんな派手な事件を起こせば、かえって明るみに出て捕まりやすくなるのでは?――に対する、明確な答えになっているのには、脱帽するほかありません。
(ちなみに本作、実は犠牲者の多くが実在の人物なのですが――終盤の一ひねりでその点に整合性を与えているのは、作者の時代小説家としての生真面目さでしょう)


 ちなみに本作は、「幻冬舎時代小説文庫」ではなく「幻冬舎文庫」からの刊行。これは時代小説ファンに留まらず、一般のミステリ読者にもアピールするためのものと思いますが――その意気や良し。
 時代小説としてはもちろんのこと、ミステリとしても一級の魅力を持つ本作は、その試みに相応しい作品なのですから。


『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』(鳴神響一 幻冬舎文庫) Amazon
猿島六人殺し 多田文治郎推理帖 (幻冬舎文庫)


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2017.11.29

入門者向け時代伝奇小説百選 拾遺その二

 入門者向け時代伝奇小説の百選に含められなかった作品の紹介であります。今回は条件のうち、現在電子書籍も含めて新刊で手に入らない8作品を紹介いたします。

『秘剣・柳生連也斎』(五味康祐) 【剣豪】【江戸】
『秘剣水鏡』(戸部新十郎) 【剣豪】【江戸】
『十兵衛両断』(荒山徹) 【剣豪】【江戸】
『打てや叩けや 源平物怪合戦』(東郷隆) 【古代-平安】【怪奇・妖怪】
『聚楽 太閤の錬金窟』(宇月原晴明) 【戦国】【怪奇・妖怪】
『真田三妖伝』シリーズ(朝松健) 【戦国】【怪奇・妖怪】
『写楽百面相』(泡坂妻夫) 【江戸】
『秘闘秘録新三郎&魁』シリーズ(中谷航太郎) 【江戸】

 歴史に残すべき名作、刊行してあまり日が経っていないはずのフレッシュな作品でも容赦なく絶版となっていく今日この頃。電子書籍はその解決策の一つかと思いますが、ここに挙げる作品は、言い換えればその電子書籍化がされていない作品であります。

 まずはともに剣豪ものの名品ばかりを集めた名短編集二つ――いわずとしれた柳生ものの名手の代表作である二つの表題作をはじめとして、切れ味鋭い短編を集めたいわばベストトラックともいうべき『秘剣・柳生連也斎』(五味康祐)。
 そして一瞬の秘剣に命を賭けた剣士たちを描く『秘剣』シリーズの中でも、奇怪な秘剣を操る者たちの戦いの中に剣の進化の道筋を描く『水鏡』を収録した『秘剣水鏡』(戸部新十郎)。どちらも絶版であるのが信じられない大家の作品であり、名作であります。

 そしてもう一つ剣豪ものでは『十兵衛両断』(荒山徹)。一時期荒山伝奇のメインストリームであった柳生ものの嚆矢にして、伝奇史上に残る表題作をはじめとした本書は、伝奇性もさることながら、権に近づくあまり剣の道を見失っていった柳生一族の姿を浮き彫りにした作品集であります。

 また古代-平安では博覧強記の作者が、源平の合戦をどこかユーモラスなムードで描いた『打てや叩けや 源平物怪合戦』(東郷隆)があります。
 司馬遼太郎の『妖怪』の源平版とも言いたくなる本作は、貴族から武家に社会の実権が移る中、武家たちの争いと妖術師の跳梁が交錯する様が印象に残ります。

 そして戦国ものでは、なんと言っても作者の絢爛豪華にして異妖極まりない伝奇世界が炸裂した『聚楽 太閤の錬金窟』(宇月原晴明)。
 関白秀次の聚楽第に隠された錬金の魔境を巡る大活劇は、作者の特徴である異国趣味を濃厚に描き出すと同時に、もう一つの特徴である深い孤独と哀しみを漂わせる物語であります。

 そして戦国ものでもう一つ、『真田三妖伝』『忍 真田幻妖伝』『闘 真田神妖伝』(朝松健)の三部作は、作者が持てる知識と技量をフルに投入して描いた真田十勇士伝であります。
 猿飛佐助と柳生の姫、豊臣秀頼の三人の運命の子を巡り展開する死闘は、作者の伝奇活劇の総決算とも言うべき大作。ラストに飛び出す秘密兵器の正体は、これまた伝奇史上に残るものでしょう。

 続いて江戸ものでは、今なおその正体は謎に包まれた東州斎写楽の謎を追う『写楽百面相』(泡坂妻夫)。
 江戸文化に造詣が深い(どころではない)作者の筆による物語は、伝奇ミステリ味を濃厚に漂わせつつ、史実と虚構の合間を巧みに縫って伝説の浮世絵師の姿を浮かび上がらせます。

 さらに今回紹介する中でもっとも最近の作品である『ヤマダチの砦』に始まる『秘闘秘録新三郎&魁』シリーズ(中谷航太郎)も実にユニークな江戸ものです。
 品性下劣な武家のバカ息子と精悍な山の民の青年が謎の忍びに挑むバディものとしてスタートした本シリーズは、あれよあれよという間にスケールアップし、海を越える大伝奇として結実するのです。


 というわけで駆け足で紹介した8作品ですが、それぞれに事情はあるにせよ、媒体の違いだけで後の世の読者が――今はネット書店で古書も手にはいるとはいえ――アクセスできないというのは、残念というより無念な話。
 ぜひともこれらの名作にも容易に触れることができるような日が来ることを、心から祈る次第であります。


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「水鏡」 秘剣が映す剣流の発展史
 「十兵衛両断」(1) 人外の魔と人中の魔
 「打てや叩けや 源平物怪合戦」 二つの物怪の間で
 「聚楽 太閤の錬金窟」 超越者の喪ったもの
 写楽とは何だったのか? 「写楽百面相」
 『ヤマダチの砦』 山の民と成長劇と時代ウェスタンと

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2017.11.15

入門者向け時代伝奇小説百選 中国もの

 入門者向け時代小説百選、ラストはちょっと趣向を変えて日本人作家による中国ものを紹介いたします。どの作品もユニークな趣向に満ちた快作揃いであります。
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)

96.『僕僕先生』(仁木英之) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 唐の時代、働きもせずに親の財産頼みで暮らす無気力な青年・王弁。ある日出会った美少女姿の仙人・僕僕に気に入られて弟子となった王弁は、彼女とともに旅に出ることになります。世界はおろか、天地を超えた世界で王弁が見たものは……

 実際に中国に残る説話を題材としつつも、それをニート青年とボクっ娘仙人という非常にキャッチーな内容に生まれ変わらせてみせた本作。現代の我々には馴染みが薄い神仙の世界をコミカルにアレンジしてみせた面白さもさることながら、旅の中で異郷の事物に触れた王弁が次第に成長していく姿も印象に残ります。
 作者の代表作にして、その後シリーズ化さえて10年以上に渡り書き続けられることとなったのも納得の名作です。

(その他おすすめ)
『薄妃の恋 僕僕先生』(仁木英之) Amazon
『千里伝』(仁木英之) Amazon


97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都) 【ミステリ】 Amazon
 デビュー以来、中国を舞台とした歴史ミステリを次々と発表してきた作者が、唐の則天武后の時代を舞台に描く連作ミステリです。

 則天武后の洛陽城に宦官として献上された怜悧な美少年・馮九郎と、天真爛漫な双子の妹・香連。九郎は複雑怪奇な権力闘争が繰り広げられる宮中で、次々と起きる奇怪な事件を持ち前の推理力で解決していくのですが、権力の魔手はやがて二人の周囲にも……

 探偵役が宦官という、ユニークな設定の本作。収録された物語が、いずれもミステリとして魅力的なのはもちろんですが、則天武后の存在が事件の数々に、そして主人公たちの動きに密接に関わってくるのが実に面白い。結末で明かされる、史実との意外なリンクにも見所であります。

(その他おすすめ)
『十八面の骰子』(森福都) Amazon
『漆黒泉』(森福都) Amazon


98.『琅邪の鬼』(丸山天寿) 【ミステリ】 Amazon
 中国史上初の皇帝である秦の始皇帝。本作は、その始皇帝の命で不老不死の研究を行った人物・徐福の弟子たちが奇怪な事件に挑む物語であります。

 徐福が住む港町・琅邪で次々と起きる怪事件。鬼に盗まれた家宝・甦って走る死体・連続する不可解な自死・一夜にして消失する屋敷・棺の中で成長する美女――超自然の鬼(幽霊)によるとしか思えない事件の数々に挑むのは、医術・易占・方術・房中術・剣術と、徐福の弟子たちはそれぞれの特技を活かして挑むことになります。

 とにかく起きる事件の異常さと、登場人物の個性が楽しい本作。本当に合理的に解けるのかと心配になるほどの謎を鮮やかに解き明かす人物の正体が明かされるラストも仰天必至の作品です。

(その他おすすめ)
『琅邪の虎』(丸山天寿) Amazon
『邯鄲の誓 始皇帝と戦った者たち』(丸山天寿) Amazon


99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬) 【ミステリ】 Amazon
 遙かな昔、黄帝が悪を滅するために地上に下したという「銀牌」。本作は、様々な時代に登場する銀牌を持つ者=銀牌侠たちが、江湖(官に対する民の世界)で起きる怪事件の数々に挑む武侠ミステリであります。

 本書に収録された四つの物語で描かれるのは、武術の奥義による殺人事件の謎。日本の剣豪小説同様、中国の武侠小説でも達人の奥義の存在と、それを如何に破るかというのは作品の大きな魅力ですが、本作ではそれがそのまま謎解きとなっているのが、実にユニークであります。

 そしてもう一つ、ラストの中編『悪銭滅身』の主人公が浪子燕青――「水滸伝」の豪傑百八星の一人なのにも注目。水滸伝ファンの作者らしい、気の利いた趣向です。

(その他おすすめ)
『もろこし紅游録』(秋梨惟喬) Amazon
『黄石斎真報』(秋梨惟喬) Amazon


100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州) 【児童】【怪奇・妖怪】 Amazon
 時代伝奇小説の遠い祖先とも言える中国四大奇書。その一つ「西遊記」の作者――とも言われる呉承恩を主人公とした奇譚です。

 父との旅の途中、みすぼらしい少女・玉策に出会って食べ物を恵もうとした作家志望の少年・承恩。しかし玉策の食べ物は何と書物――実は彼女は、泰山山頂の金篋から転がり落ちた、人の運命を見抜く力を持つ存在だったのです。
 玉策の力を狙う者たちを相手に、承恩は思わぬ冒険に巻き込まれることに……

 「西遊記」などの中国の古典を児童向けに(しかし大人も唸る完成度で)リライトしてきた作者。本作もやはり本格派かつ個性的な味わいを持った物語ですが、同時に物語の持つ力や意味を描くのが素晴らしい、「物語の物語」であります。

(その他おすすめ)
『封魔鬼譚』シリーズ(渡辺仙州) Amazon



今回紹介した本
僕僕先生 (新潮文庫)双子幻綺行―洛陽城推理譚琅邪の鬼 (講談社文庫)もろこし銀侠伝 (創元推理文庫)(P[わ]2-1)文学少年と書を喰う少女 (ポプラ文庫ピュアフル)


関連記事
 入門者向け時代伝奇小説百選

 「僕僕先生」
 「双子幻綺行 洛陽城推理譚」(その一) 事件に浮かぶ人の世の美と醜
 「琅邪の鬼」 徐福の弟子たち、怪事件に挑む
 「もろこし銀侠伝」(その一) 武侠世界ならではのミステリ
 渡辺仙州『文学少年と運命の書』 物語の力を描く物語

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2017.11.08

永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第18巻 物語の広がりと、情や心の広がりと

 発売からずいぶんと間が空いてしまい恐縮ですが、『猫絵十兵衛 御伽草紙』の第18巻の紹介であります。これだけの巻数を重ねてもなお絶好調の本作、今回は思いもよらぬ世界からの来訪者が登場する、世界観の広がりを感じさせる巻であります。

 常人には見えぬものを見る力を持つ猫絵描きの青年・十兵衛と、その相棒で元・猫仙人のニタのコンビを狂言回しに、市井で起きる猫絡みの事件・出来事を、ユーモラスかつ情感豊かに描く連作シリーズの本作。
 20巻近く巻数を重ねてくれば、数多くのサブレギュラーも登場してきたわけですが、この巻ではその一人(?)にまつわる意外極まりないエピソードが、巻頭に収録されています。

 そのエピソードとは「猫妖精」――これまで何度も登場してきた猫好きの老住職・奎安和尚が、ある晩尋ねてきた異人たちに出会って以来、人事不省の身になってしまったことから、この物語は始まります。
 ニタの見立てによれば和尚は何者かに魂が抜かれてしまったとのこと。そこに現れたかつての和尚の飼い猫であり、今は根子岳で暮らす異国から来た猫・縹は、その犯人に心当たりがある様子であります。

 果たして十兵衛とニタ、縹の前に現れる三人の異人。縹が目的だという異人の正体とは……!

 第2巻というかなり初期に描かれつつも、今なお人気の高い縹と奎安和尚のエピソード。長毛種でオッドアイという、この時代の日本には極めて珍しい姿であることから忌避されてきた縹と、彼を受け容れ愛する和尚との心の絆には、私も泣かされたものですが……
 その後日譚というべきエピソードを、この角度から持ってくるか! と、一読大いに驚かされました。

 なるほど、人語を解する異国から来た猫とくれば、この線があったか(よく見てみれば、尾も二又に分かれていない=猫又ではないのにまた感心)と、妖怪その他大好き人間としては納得かつ大喜びのこの展開。
 異国の妖というのは、以前も登場したことがありますが、今回は猫ということでより本作のカラーにあった存在なのも嬉しく、そんな相手のことも知り尽くしているニタの何でもアリっぷりもいいのであります。

 そしてもちろん、縹と和尚の間の絆に、変わるところが全くないのもグッとくるこのエピソード、本書の表紙を縹が飾るのも納得の好編であります。


 ……と、冒頭のエピソードばかり大きく取り上げてしまいましたが、もちろんその他にもユニークな物語が並びます。
 猫町長屋を守ることになった小さな地荒神が、猫たちと一緒に災いを払うために奮闘する「神の月猫」
 迷子になった猫を探してまじないを記す父子と猫の絆「まじない猫」
 とある村で村長の娘を狙う妖怪がニタを恐れていると知り、妖怪退治に乗り出した十兵衛たちが意外な真実を知る「歳除猫」
 戯作者の初風先生と愛猫の小春のある日を描く「小春 初風の一日」
 お人好しの椋鳥=地方からの出稼ぎの男と猫を助けるため、十兵衛と西浦さんが一肌脱ぐ「椋鳥猫」
 自分の描きたいものが見つからず苦しむ弟弟子に、十兵衛が与えた助言を描く「三ノ猫」

 今回も妖怪あり神さまあり、人情ありとバラエティに富んだ内容ですが、相変わらず高い水準というのは共通点であるのは間違いありません。

 そんな中、これらの物語の中で十兵衛たちが「情」を示す際の態度が、ある種博愛的であるのが個人的に嬉しい。

 例えば「歳除猫」で他の物語であれば退治されて終わりになりそうな妖の身になって怒る、「椋鳥猫」で田舎者の自分のためにと恐縮する男に「助けに国は関係ねぇぞ」とさらりと答えてみせる……
 人も出自も関係なく、分け隔てのなく示される十兵衛たちの「情」と「心」の存在が、何とも沁みるのです。


 海を越える物語の広がり、十兵衛たちの情と心の広がり――本書でもまだまだ広がる物語が、実に心地よい作品であります。


『猫絵十兵衛 御伽草紙』第18巻(永尾まる 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon
猫絵十兵衛 御伽草紙 十八 (ねこぱんちコミックス)


関連記事
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第1巻 猫と人の優しい距離感
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第2巻 健在、江戸のちょっと不思議でイイ話
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第3巻 猫そのものを描く魅力
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第4巻
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第5巻 猫のドラマと人のドラマ
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第6巻 猫かわいがりしない現実の描写
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第7巻 時代を超えた人と猫の交流
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第8巻 可愛くない猫の可愛らしさを描く筆
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第9巻 女性たちの活躍と猫たちの魅力と
 『猫絵十兵衛御伽草紙』第10巻 人間・猫・それ以外、それぞれの「情」
 『猫絵十兵衛御伽草紙』第11巻 ファンタスティックで地に足のついた人情・猫情
 『猫絵十兵衛 御伽草紙』第12巻 表に現れぬ人の、猫の心の美しさを描いて
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第14巻 人と猫股、男と女 それぞれの想い
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第15巻 この世界に寄り添い暮らす人と猫と妖と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第16巻 不思議系の物語と人情の機微と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第17巻 変わらぬ二人と少しずつ変わっていく人々と

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2017.11.01

入門者向け時代伝奇小説百選 幕末-明治(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、幕末-明治のその2は、箱館戦争から西南戦争という、武士たちの最後を飾る戦いを題材とした作品が並びます。

86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)


86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎) Amazon
 近年、幾つもの土方歳三を主人公とした作品を発表してきた作者が、極めてユニークな視点から箱館戦争を描くのが本作です。

 プロシア人ガルトネルが蝦夷共和国と結ぶこととなった土地の租借契約。その背後には、ロシア秘密警察工作員の恐るべき陰謀がありました。この契約に疑問を抱いた土方は、在野の軍学者、箱館政府に抗するレジスタンス戦士らと呉越同舟、陰謀を阻むたの戦いを挑むことに……

 実際に明治時代に大問題となったガルトネル事件を背景とした本作。その背後に国際的陰謀を描いてみせるのは如何にも作者らしい趣向ですが、それに挑む土方の武士としての美意識を持った人物像が実にいい。
 終盤の不可能ミッション的な展開も手に汗握る快作です。

(その他おすすめ)
『神威の矢 土方歳三蝦夷討伐奇譚』(富樫倫太郎) Amazon


87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 幕末最後の戦いというべき五稜郭の戦。本作はその戦の終わりから始まる新たな戦いを描く雄編です。

 五稜郭の戦に敗れ、敗残兵となった少年・志波新之介。新政府軍の追っ手や賞金稼ぎたちと死闘を繰り広げつつ、生き延びるための旅を続ける彼の前に現れるのは、和人の過酷な弾圧に苦しむアイヌの人々、そして大自然の化身たる蝦夷地の神々や妖魔たち。
 出会いと別れを繰り返しつつ、北へ、北へと向かう新之介を待つものは……

 和製マカロニウェスタンと言うべき壮絶なガンアクションが次から次へと展開される本作。それと同時に描かれる蝦夷地の神秘は、どこか消えゆく古きものへの哀惜の念を感じさせます。
 一つの時代の終焉を激しく、哀しく描いた物語です。

(その他おすすめ)
『地の果ての獄』(山田風太郎) Amazon


88.『警視庁草紙』(山田風太郎) 【ミステリ】 Amazon
 作者にとって忍法帖と並び称されるのが、明治ものと呼ばれる伝奇小説群。本作はその記念すべき第一作であります。

 川路大警視をトップに新政府に設立された警視庁。その鼻を明かすため、元同心・千羽兵四郎ら江戸町奉行所の残党たちは、市井の怪事件をネタに知恵比べを挑むことに……

 漱石・露伴・鴎外・円朝・鉄舟・次郎長など、豪華かつ意外な顔ぶれが、正史の合間を縫って次々と登場し物語を彩る本作。そんな明治もの全体に共通する意外史的趣向に加え、ミステリとしても超一級のエピソードが並びます。
 そしてそれと同時に、江戸の生き残りと言うべき人々の痛快な反撃の姿を通じて明治以降の日本に対する異議申し立てを描いてみせた名作であります。

(その他おすすめ)
『明治断頭台』(山田風太郎) Amazon
『参議暗殺』(翔田寛) Amazon


89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄) 【ミステリ】 Amazon
 北辰一刀流の達人にして、維新後は写真師として暮らす元幕臣・志村悠之介。西南戦争勃発直前、西郷隆盛の顔写真を撮るという依頼を受けた彼は、一人鹿児島に潜入することになります。
 そこで彼を待つのは、西郷の写真を撮らせようとする者と、撮らせまいとする者――いずれも曰くありげな者たちの間で繰り広げられる暗闘に巻き込まれた悠之介の運命は……

 文庫書き下ろし時代小説界で大活躍中の作者が最初期に発表した三部作の第一作である本作。
 知られているようで謎に包まれている西郷の「素顔」を、写真という最先端の機器を通じて描くという趣向もさることながら、その物語を敗者や弱者の視点から描いてみせるという、実に作者らしさに満ちた物語です。


(その他おすすめ)
『鹿鳴館盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄) Amazon
『黒牛と妖怪』(風野真知雄) Amazon


90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健) Amazon
 西南戦争終盤、警視隊の藤田五郎をはじめ曲者揃いのメンバーとともに、西郷を救出せよという密命を下された村田経芳。
 しかしメンバー集合前に隊長が何者かに暗殺され、それ以降も次々と彼らを危機が襲うことになります。誰が味方で誰が敵か、そしてこの依頼の背後に何があるのか。銃豪と剣豪が旅の果てに見たものは……

 期待の新星のデビュー作である本作は、優れた時代伝奇冒険小説というべき作品。
 後に初の国産小銃である村田銃を開発する「銃豪」村田経芳を主人公として、いわゆる不可能ミッションものの王道を行くような物語を描くと同時に、その中で、時代の境目に生きる人々が抱えた複雑な屈託と、その解放を描いてみせるのが印象に残ります。



今回紹介した本
箱館売ります(上) - 土方歳三 蝦夷血風録 (中公文庫)旋風伝 レラ=シウ(1)警視庁草紙 上  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介 (角川文庫)明治剣狼伝―西郷暗殺指令 (時代小説文庫)


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 富樫倫太郎『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』上巻 箱館に迫る異国の大陰謀
 「西郷盗撮 剣豪写真師志村悠之介 明治秘帳」 写真の中の叫びと希望
 新美健『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』 銃豪・剣豪たちの屈託の果てに

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2017.10.22

鳴海丈『王子の狐 あやかし小町大江戸怪異事件帳』 ついに完成した事件と妖怪の関係性

 妖怪・煙羅の力を借りる美少女・お光と、北町奉行所の切れ者同心・和泉京之介が、様々な怪事件に挑むシリーズもこれで4作目。今回も3つの事件が収録されている本作ですが、今回はシリーズの根幹に関わりかねない大きな秘密が明かされることに……

 消息を絶った兄を探すために江戸に出てくる途中、「おえんちゃん」こと「煙羅」に取り憑かれ、その力で人助けをしてきたお光。
 ある事件がきっかけで出会ったお光と京之介は、これまでも力を合わせて数々の妖怪絡みの怪事件を解決してきました。

 その中で互いに憎からず思うようになったものの、奥手な二人はなかなか言い出せず――という構図もそのままに、今回も次々と不可思議な事件に二人は巻き込まれることになります。

 旧暦とはいえ九月の晩にわずか半刻で男が凍死し、男の弟分夫婦と出会った京之介がある疑惑を抱く『雪の別れ』
 長女が亡くなったばかりの加賀屋で番頭が何者かに階段で突き落とされたの背後の意外な真相をお光が解き明かす『加賀屋の娘』
 殺した相手の右目を抉ることから「隻眼天狗」と呼ばれる凶悪な辻斬りを追う京之介が、王子稲荷で恐るべきその正体を知る「王子の狐」

 正直なところ、どのエピソードも、ある意味オールドファッションな捕物帖であります。事件の真相が解き明かされてみれば、ちょっと拍子抜けするようなものもなくはありません。
 少々内容を割ることになってしまい恐縮ですが、実のところこれらの事件は、妖怪が登場しなくても成立する内容なのですから……

 しかし本作は、そこに妖怪を絡めることで、事件の複雑さ、ややこしさを幾重に増してみせるのが実に面白い。(というより妖怪を絡めることから逆算しての事件のシンプルさなのでしょう)
 ある意味極めて現世的な人間の悪意や欲望が引き起こした事件に、超常的な存在が絡むことで、事件はより解決困難なものとなり、新たな被害が生まれていく――本作の物語にはそんな構図があります。

 事件そのものは妖怪なしでも成立するが、しかし妖怪が絡むことで物語がより興趣に満ちたものとなる――もちろんその構図はこれまでのシリーズでも同様ではあります。しかし本作においては、その塩梅が実に良く、本シリーズ――というより妖怪時代小説として、一種の完成形となったのではないかとすら感じられるのです。

 そして本作における、人間の悪意と妖怪の跳梁の一種の相補関係は、裏返せば京之介とお光の関係に対応するものであることは言うまでもないでしょう。


 ……が、本シリーズのややこしいのは、もう一人、人ならざる力を操るヒロイン・長谷部透流が登場する点にあります。
 男装の美少女という、実に作者らしいキャラクターである透流。彼女は娘陰陽師として妖怪を使役し、人の世に仇なす魔を祓ってきたスーパーヒロインであります。

 主人公たるお光が彼女自身は普通の少女であり、基本的に事件に受動的に関わるのに対し、能動的に事件に絡んでいく透流は、出番こそ少なめなものの、非常に目立つ存在です。
 先に述べた相補関係は京之介と透流でも成り立つわけで(まあ二人の間に恋愛感情は全くないのですが)、一歩間違えればお光の存在を完全に食いかねないキャラクターなのです。

 その点がこれまで大いにひっかかっていたのですが――しかし本作のラストで明かされるお光にまつわるある秘密が、その構図を一変させることになります。
 その秘密の内容をここで明かすことはできませんが、なるほど、これであれば、お光は透流であれ誰であれ、決して他の人間で替えることのできない存在であり、そして京之介と対になるべき存在である――そう納得することができます。

 この秘密がこの先、どのように物語に作用していくのか――それは伝奇的な意味でも気になるのですが、何よりも本作でついに完成した、本シリーズならではの事件と妖怪の関係性の点で、大いに気になるところなのです。


『王子の狐 あやかし小町大江戸怪異事件帳』(鳴海丈 廣済堂文庫) Amazon


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 鳴海丈『廻り地蔵 あやかし小町大江戸怪異事件帳』 怪異に負けぬ捕物帖を目指して

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