2019.05.01

新美健『満洲コンフィデンシャル』 陰謀と冒険と――作り物の国で見た夢


 その実情はともあれ、大陸に一つの国家として生まれ、わずか13年で幻のように消え去った満洲国。今なお様々な物語の題材とされているこの満洲国を舞台に展開される本作『満洲コンフィデンシャル』は、幻の国に生まれた夢の世界を舞台に展開する、陰謀と冒険の物語、なのですが……

 昭和15年、海軍士官候補生でありながらも、憲兵を殴って軍に居られなくなり、満洲鉄道に飛ばされた湊春雄。そこで彼に与えられた命令は、甘粕正彦の内偵でありました。
 関東大震災時に大杉栄らを殺害し、今は満洲映画協会理事長として隠然たる力を振るう甘粕を探るため、軍からは機密だというフィルムを持たされ、新京の満洲映画協会に向かう春雄。しかし大連駅に向かって早々、彼は西風と名乗る正体不明の気障な男に出会うことになります。

 その西風から尾行されていると警告され、その通りであったものの、非常に胡散臭い相手に警戒心を抱く春雄。その予感は正しく、大連駅から超特急あじあ号に乗り込んだ後も、彼は西風に散々振り回されることになります。
 果たして西風とは何者なのか。機密フィルムに隠された秘密とは。そして春雄は命令を果たすことができるのか……


 という第1話から始まる本作。以降、昭和20年の満洲国崩壊に至るまで、春雄と西風という奇妙なコンビによる冒険が、全4話構成で描かれることとなります。
 童顔で小兵の春雄と、瀟洒な物腰と国籍不明の風貌の西風。正反対の二人ですが、何故か西風に気に入られた春雄は、ほとんど彼に振り回される形で、様々な冒険に巻き込まれることになるのであります。

 満映の女優とその恋人の撮影技師が相次いで命を落とした謎に、阿片と某国のスパイ、尾崎秀実が絡む第2話。満洲国皇帝・溥儀暗殺の企てを背景に、霍殿閣・植芝盛平の中日の達人同士が火花を散らす第3話。そして日本の敗色濃厚となる中、自分の映画を撮ろうとする西風と李香蘭・川島芳子の姿を描く第4話……

 天才的な才能を持つ奇人と、彼の相棒として振り回される凡人のコンビ――というのは、これはエンターテイメントの定番ではありますが、本作は満洲国という独特の舞台を用意するとともに、そこに集った(かもしれない)実在の人々を巧みに配することで、起伏に富んだ物語を描いてみせるのです。


 このようにエンターテイメントとして実に楽しい本作ですが、しかし正直なことを申し上げれば、途中まで、いささか違和感を感じたのも事実であります。
 それは本作に描かれるもの、本作に漂うムードが、(終盤を除けば)どこか長閑とすら感じられること、そしてこの時代を描いた物語にはつきものの、一種のイデオロギー的な匂いがほとんど全く感じられなかったことにあります。

 しかし――その点こそが、実は本作の、本作の舞台の、独自性であり特殊性であることが、やがて明らかとなります。
 日本の傀儡政府として、中国東北部に打ち立てられた満洲国。そしていわば作り物の国を舞台とする本作の中心となるのは、満洲映画協会――作り物の国の中で作り物の物語を生み出す存在なのであります。

 その二重に作り物の世界に集うのは、他の世界に受け入れられない――表の世界から追われた甘粕や複雑なルーツを持つ西風のような――者たち。そんな彼らが、一つの国に固執するイデオロギーを背負うはずもないでしょう。
 そして彼らが、唯一自分たちのものとして夢見ることができたのが、虚構の世界である満洲、満映であったという真実は、何とも切なくほろ苦い味わいを生み出すのですが……

 実はそれは、本作の主人公である春雄も同様であることが、やがて明らかになります。やはり日本にいられなくなったものの、甘粕や西風とは別の人種として、一種の傍観者的たち位置にあった春雄。しかし彼もまた虚構の世界の住人であったことを、物語の終盤で我々は知ることになります。
 そしてその真実は、満洲国の崩壊と重ね合わされることにより、一つの夢の終わりをくっきりと浮かび上がらせるのであります。


 しかし――一つの夢が覚めたとしても、全ての夢が消えてしまうわけではありません。夢を見続けた、夢を貫いた者の姿を浮かび上がらせる本作の結末は、一つの希望として、実に爽やかなものを残してくれます。

 戦争による巨大な負の産物というべき満洲国を描きつつ、そこだからこそ描けた晴れ晴れとした夢の姿を描いてみせる――本作はそんな物語であります。


『満洲コンフィデンシャル』(新美健 徳間書店) Amazon
満洲コンフィデンシャル (文芸書)

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2019.03.27

野田サトル『ゴールデンカムイ』第17巻 雪原の死闘と吹雪の中の出会いと


 北海道を離れ、樺太はてはロシアも舞台に広げる黄金争奪戦――『ゴールデンカムイ』第17巻では、引き続きアシリパ一行と杉元一行、二つの視点から描かれることとなります。そして二つのチームの交わるところにあるもの、それは……

 網走監獄からウイルクの足跡を辿り、キロランケと尾形に連れられて北へ北へ旅を続けるアシリパ(と白石)。一行は現地のウイルタ族に紛れ、樺太からロシア国境を越えようとするのですが――しかしそこにロシア軍が立ちふさがります。
 その過去から、ロシアにおいては重罪人の指名手配者であるキロランケたちを狙って襲いかかるロシアの狙撃手。しかし狙撃手といえば言うまでもなく日本には尾形がおります。かくて日露戦争延長戦、非情のスナイパー同士の静かな死闘が繰り広げられることに……


 というわけで、前巻のラストで明らかになったキロランケのとんでもない過去――ロシア皇帝を暗殺した実行犯という、ある意味本作に登場したキャラクターの中でも最凶の罪が災いする形となったこの戦い。
 相手の数は少ないものの、しかしその中に狙撃手がいるとなれば話は別――動けばそれが即、死につながという、極めて緊迫した空気の中で戦いが繰り広げられることになります。

 しかしその中で描かれるのは、同時に尾形という男の恐ろしさでもあります。仲間の死を一顧だにせず、自らのチャンスを最大限に生かす狙撃手である尾形。しかし彼はそれ以上に、キロランケとは別の意味で最凶の人物と言えます。

 師団長の妾腹の子として生まれ、父に捨てられて気が触れた母を、師団長の子として真っ直ぐに育った弟を、そして父自身を――それぞれ手に掛けてきた尾形。
 殺害した数や罪の内容で彼を上回る死刑囚は様々にいますが、しかし肉親を次々と、しかも巧妙な形で手に掛けるその精神性は、彼をして本作でも有数の凶人たらしめていると言ってよいでしょう。

 そんな尾形の父母にまつわるエピソードは以前描かれましたが、今回、熱に浮かされる彼の幻覚の形で描かれるのは、その弟とのエピソード。
 純粋無垢な青年として成長し、尾形のことも兄と慕う弟に対して、尾形が何を思い、何故手を下したのか――その微妙な心の動きを、直接彼に語らせるのではなく、物語を通じて浮き上がらせていく展開は、なかなかに読み応えがあります。

 そしてその中からかすかに感じられるのは、尾形の心の中の揺らぎのようにも思えるのですが――さて、それは穿った見方でしょうか。
 しかし今回、彼がついにあの言葉を口にしたことを思えば、そこにある種の人間味を期待してしまうのも、また無理のないことではないかと思うのです。


 さて、そんな彼らの手がかりを得るため、曲馬団に入ってまで奮闘する杉元一行は――吹雪の中で遭難。さしもの不死身の男も大自然の猛威の前には無力か、と思われたところで、思わぬ救い主が現れることになります。
 その恩を胸に、さらに北に向かう一行ですが――そんな杉元一行と、アシリパ一行の運命が交錯する日も近づいているようであります。

 その運命の地はアレクサンドロフスカヤ監獄――そこにキロランケの仲間がいることを知り、必ずや彼らが現れると急ぐ杉元一行。
 はたして一足先にキロランケはその地にたどり着き、その仲間を脱獄させるべく、活動を開始します。彼とウイルクにとっては同志であり指導者でもあったその女性を……


 というわけで、またもや大波乱の予感を漂わせて終わるこの第17巻。冷静に振り返ってみると、これまでよりもバトル少な目の巻ではありました。
 しかしそれでももちろん食い足りないということは全くないのは、作品の勢いはもちろんのこと、本作ならではのキャラ描写の冴えあってのことでしょう。
(この巻で描かれた、白石のある行動も泣かせてくれます)

 この中の誰一人として欠けることなく旅を終えてほしいと、そう思わされるのですが――それはやはり、叶わない望みなのでしょうか。


『ゴールデンカムイ』第17巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
ゴールデンカムイ 17 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)


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2019.03.19

操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その二) 早見俊・秋山香乃・新美健


 気鋭の歴史時代小説家集団・操觚の会のアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』の収録作品紹介、その二であります。

『帰雲の童』(早見俊)
 戦国時代末期、一夜にして山崩れに消えた帰雲城。仕官を願ってきた元高山藩の山林奉行・大槻から城に眠る莫大な財宝の噂を聞いた柳沢保明は、配下の山師・山鹿に探索を命じるのでした。
 高山の百姓たちから、山中に一人暮らす少年・与助が山の神の城の在処を知ると聞き出した大槻と山鹿。与助の案内で山中に踏み込んでいった彼らの一行は、しかし一人また一人と、無惨な死を遂げていくことに……

 大地震によって城一つが山に飲まれたというインパクト、そして現代に至るまでその正確な位置が不明のままであり、おまけに城には埋蔵金が――と存在自体が実に伝奇的な帰雲城。
 本作はその伝説の城を題材としつつも、秘宝を求める者たちが次々と惨殺されていく――という、ホラーめいた展開が印象に残ります。

 正直なところ、タイトルといい冒頭の文章といい、どう見ても怪しいのは一人なのですが――そこから一ひねりして本当に恐ろしいものの存在を描く物語は、定番ではあるものの、因縁譚めいた複雑な後味を残します。


『ヤマトタケルノミコト 予言の章』(秋山香乃)
 本書の中でも最も過去の時代を舞台とすることは、そのタイトルからも明らかな本作。誰もが知る神話の時代の英雄ヤマトタケル――しかし本作はいささか意外な角度から、その英雄にアプローチしていくことになります。

 ヤマトを支配するスメラギの皇子として、兵や民衆から絶大な支持を受ける黒皇子ことオオウス。しかしスメラギは自分の後継者たる日嗣皇子として、オオウスの弟・オウスを選び出します。
 その矢先に平和だったヤマトに魔物が現れ、さらにうち続く異常な日照り。周囲から疑いの目を向けられるようになったオウスに、二人の兄である神官クシツヌは意外な言葉を告げます。オウスこそはヤマトを救う英雄であり、そのためにはオオウスを殺さねばならないと……

 クマソの王・タケルを討ち、その名を取ってヤマトタケルと名乗った英雄。その本来の名が、小碓尊であることを知る方も多いでしょう。そして神話は、彼の兄として大碓皇子、そして櫛角別王がいたことを語ります。
 言うまでもなく、本作のオウスたち三兄弟はこれをモチーフにしたもの。それだけに、物語の方も神話をなぞったものになるとばかり思いきや……

 しかしここで展開されるのは、三人の母が残した予言に翻弄される三人の若者たちの姿。予言を成就させ、ヤマトを、人を救う王を生み出すためには、愛する者を贄として差し出さねばならない――そんな運命に悩み苦しむ彼らの姿は、神話の英雄とはほど遠い、しかしだからこそ我々と等しい人間として、魅力的に感じられるのです。

 「神話」という「現実」を踏まえつつ、それを新たに解釈した「物語」を描く――本作もまた、見事に「伝奇」と言えるでしょう。


『妖説<鉄炮記>』(新美健)
 「砲術師の家宝とは、どのようなものであるか?」そんな不可思議な問いかけで始まる本作は、ある晩、人里離れた洞穴で山伏と浪人との間の問答を綴った物語。
 天狗とも噂される山伏と、破門され諸国を放浪する砲術師の浪人の間で交わされる問答は、やがて恐るべき「妖銃」を巡る物語へと変貌していくことになります。

 本書にも既に登場している「妖刀」。しかし「妖銃」なる言葉はほとんど全く聞いたことがありません。それは何故なのか――歴史の陰に蠢く奇怪な銃を巡る秘史を語りつつ、同時に鉄砲という武器の持つ本質的な異質さを語る本作は、まさしくもう一つの「鉄砲記」と言うべき物語なのです。

 デビュー作『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』において、銃を武器とする者たちの視点から武士の時代の神話的終焉を描いた作者ならではの、悪夢めいた奇談であります。


 次回に続きます。


『伝奇無双 「秘宝」』(戯作舎文庫) Amazon
伝奇無双「秘宝」 操觚の会書き下ろしアンソロジー (戯作舎文庫)


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2019.03.12

鳴神響一『伏魔 おいらん若君徳川竜之進』 死神医者の跳梁と若君の危機!?


 尾張前藩主・徳川宗春の御落胤でありながら、吉原一の花魁・篝火に身をやつす徳川竜之進が、秘剣・見返り柳剣で悪を成敗するシリーズの第三弾であります。今回、篝火/竜之進が挑むのは、江戸の町を騒がす謎の死神医者騒動。そしてその背後には、思わぬ悪の跳梁が……

 初午の日、賑やかな吉原で、今日もしつこい客を手酷く振って帰ってきた大見世初音楼の花魁・篝火。それも当然、篝火の正体は藩の政争に巻き込まれて赤子の頃に命を狙われ、筆頭家老配下の五人の忍びによって吉原に匿われ、成長した徳川竜之進なのであります。
 しかし、如何に母の命を奪い、今も自分の命を狙う敵方の刺客から身を隠す奇策とはいえ、女装して暮らすのはストレス以外の何ものではないのは当然のこと。そんな彼の唯一の楽しみは、吉原を抜け出して、浅草の馴染みの煮売り屋で、常連の仲間たちと飲むことです。

 さてその晩は、仲間の一人である読売屋見習いの娘・楓が、自分が初めて書いたという読売を持ってきたのですが――そこに書かれていたのは、「死神医者「鵜殿六斎」江戸の夜を走る」という、何とも奇怪な内容。
 読売を読んでみれば、鵜殿六斎なる名を記した乗物医者の駕籠が深夜の江戸に出没、しかしその医者を呼んだ者もいなければ、そもそもそのような名の医者もいないというのであります。

 それを、冥土の使い=死神が医者の姿をして寿命の尽きた病人を迎えに来たのだ――と書いてしまうのは、まあ江戸の読売ならではですが、しかし謎の医者駕籠が夜の江戸に出没しているのは事実。
 その陰に悪事を企む何者かの陰を感じた竜之進は、自分に仕える忍び・成瀬四鬼に、背後を探るように命じるのですが――しかしその矢先に、楓が謎の武士に襲われるという事件が起きるのでした。

 思わぬ助っ人によって楓は助かったものの、彼女が狙われたのは、あの読売が原因に違いない――そう考えた竜之進は、初音楼に彼女を匿うことになります。
 そして竜之進は、配下たちの調べで、事件の背後に忍びたちの姿があること、そして医者駕籠が出現した場所で、ある事件が起きていたことを知るのですが……


 これはシリーズに共通する趣向ということか、今回もまた、江戸の夜を騒がす怪人の跳梁に絡んだ事件に挑むことになる竜之進。しかし第三作ともなれば、新たな風を入れることも――ということでしょうか、前二作と比べると、色々と変わった趣向が施されているのが目を引きます

 その一つが、シリーズのヒロインの一人・楓が、こともあろうに竜之進が篝火の姿で暮らす吉原の初音楼にやってくることでしょう。
 もちろん、大がかりで危険な陰謀に巻き込まれてしまったらしい彼女の身を保護するのに、ある種の閉鎖空間であり、それ故に外敵の侵入が難しい――そして初音楼の場合、実際に竜之進を守る砦でもあるわけで――吉原に匿うのは一つの手であります。

 とはいえ、もちろん竜之進=篝火であることは色々な意味で絶対の秘密(御落胤である以前に、ねえ……)。いずれその秘密が友人たちに!? という展開はあるかと思っていましたが、それをこういう形で持ってくるか、というのに唸らされます。

 さらにまた面白いのは、死神医者の正体でしょう。江戸の夜を騒がす怪異に見えたものが実は、というのは――そしてそれを、ある意味夜の住人である篝火=竜之進が討つのは――先に述べたようにシリーズに共通する趣向ですが、今回はそこから更に一ひねりが用意されているのであります。
 内容的に詳細は伏せますが、ここでは通俗時代小説で使い古された題材を、作者が得意とするミステリ性を幾重にも付与することによって、また新しい味わいを与えているのに注目すべきでしょう。
(それが、今回竜之進と仲間たちがこの事件に挑む必然性を与えている点もまた)


 そしてもう一つ、本作にはこのシリーズならではの趣向が用意されているのですが――これもまた、物語の核心に触れるため、ここでは詳細は述べません。
 しかしそれが、より大きな物語としての、シリーズ全体に関わるものである――と言うことくらいは書いてもよいでしょう。

 本作は本作として、きっちりと独立した物語でありつつ、これから始まるより大きな、そして真の戦いの序章なのかもしれない――そんな印象もある快作であります。
(そういえばもう一つ、今まで全く良いところがなかったあのキャラクターがちょっぴり報われるのも、なかなか気持ちの良いところであります)


『伏魔 おいらん若君徳川竜之進』(鳴神響一 双葉文庫) Amazon
伏魔-おいらん若君 徳川竜之進(3) (双葉文庫)


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2019.02.20

永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第20巻 いつまでも変わらぬ、そして新鮮な面白さを生む積み重ね


 ちょっと不思議な力を持つ猫絵師・十兵衛と、元・猫仙人で今は十兵衛の相棒・ニタを狂言回しに描く本作も、連載12年目にしてついに単行本20巻達成であります。しかし20巻目でも描かれるのはこれまで変わぬ物語――人と猫と妖が織りなすちょっと不思議な物語の数々であります。

 猫と会話できるのをはじめ、この世ならぬ世界に触れることができる十兵衛と、十兵衛の絵を実物に変えるなど、強力な神通力を持つニタ。この凸凹コンビを中心に、時に切ない人情噺、時にちょっと恐ろしい怪異譚、時に可愛らしい猫物語を綴ってきた本作。
 この第20巻には全8話+αが収録されていますが、妖絡みの話が多めなのが特徴でしょうか。

 猫神の娘・真葛が想いを寄せる人間・権蔵が巻き込まれた奇妙な怪異の姿が描かれる「科戸猫の巻」
 師走も押し迫った頃、十兵衛たちの周囲に出没する謎の影の意外な正体を描く「事納め猫の巻」
 お馴染みの猫怖浪人・西浦さんの猫まみれの日常を描く「西浦弥三郎の日々の巻」
 かつて子供の頃の十兵衛が出会った、人そして猫とともに暮らす狐を巡る思い出「初午猫の巻」
 木彫り職人として今日も頑張る信夫が寺の経蔵に彫った猫が、夜毎抜け出して鯉を穫るという「経蔵猫の巻」
 十兵衛が捜索を依頼された、家を飛び出した猫の意外な旅路が語られる「踏み猫の巻」
 老夫婦から河鹿が鳴く絵を奪った旗本の横暴を十兵衛とニタが懲らしめる「河鹿笛猫の巻」
 七夕というのに雨が降り続く中、再び十兵衛の前に現れた異国の猫王が引き起こす騒動を描く「烏鵲猫の巻」
 その猫王とお供の日本観光の模様を描く猫絵茶話「妖精日本紀行」

 お馴染みの面々の登場あり、新顔の登場ありと、登場するキャラクターも、そして彼らが繰り広げる物語も、相変わらずバラエティに富んだこの巻の収録作品。先に述べたように妖絡みの物語が多いためか、不思議なのはもちろんですが、しかしどこか穏やかで呑気ですらある空気が楽しめます。

 例えば「事納め猫の巻」に登場するのは、これまでも作者の作品に何度か登場してきた、ある妖怪。シンプルでどこかユーモラスでもあるその妖怪は、しかし今回はちょっと意外で剣呑ですらある目的で現れます。
 その妖怪に十兵衛たちがどう対処するかがこのエピソードの肝なのですが――いかにも妖怪らしい(?)妙な義理堅さを逆手に取った展開は、一編の民話を聞かされたような暖かみすら残します。

 また、ラストの「烏鵲猫の巻」は、以前に弟猫に会うためにはるばる海を渡ってきたエーレ(アイルランド)の猫王・イルサンが再び登場。
 この漫画では当たり前ながら極めて珍しいバリバリの洋装で登場し、王族に相応しい気品と傲岸さを見せるイルサンですが、それでも時折すっとぼけたところを見せるのは、作中でぬけぬけと語るように「猫だからね!」ということだからでしょうか。この辺りの空気感も、実に本作らしい味わいです。

 一方、そんなユニークな妖たちを前にしては人間たちの影はちょっと霞みがちではありますが、「初午猫の巻」で自分とともに暮らす雌猫と雌狐を見守る堂守の男などは、なかなかに味わい深い造形であります。


 と、そんなゲストキャラクターたちがまず印象に残るところではありますが、しかしそれも十兵衛やニタたち、レギュラーキャラと、彼らの物語があってのことであるのは言うまでもありません。

 本作は各話読み切りの短編連作スタイル。どこから読むこともできる物語構成ゆえ、作中で時間の経過を感じさせることは――「初午猫の巻」のような過去エピソードを除けば――基本的にほとんどありません。
 その意味では、十兵衛とニタたちは変わらぬ日常を送っているわけですが――しかしそれが決して単調などではなく、毎回それぞれに新鮮さを感じさせてくれるのは、本作のレギュラーたちの描写が、そしてそれが描かれる物語が、丹念に積み上げられてきたからにほかなりません。

 そしてその積み重ねこそが、いつまでも変わらない面白さを生み出していることも、言うまでもありません。


 12年、そして20巻もほんの通過点――これからもいつも変わらぬ、しかし新鮮な日常を描く人と猫と妖の物語は、長きにわたって積み重ねられ、そして魅力を増していくのでしょう。


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 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第18巻 物語の広がりと、情や心の広がりと
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第19巻 らしさを積み重ねた個性豊かな人と猫の物語

 『猫絵十兵衛御伽草紙 代筆版』 三者三様の豪華なトリビュート企画

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2019.01.04

野田サトル『ゴールデンカムイ』第16巻 人斬りとハラキリとテロリストと


 網走監獄での決戦で大きくその様相を変えつつも続く、アイヌの黄金を巡る戦い。潜伏する土方は幕末を引きずって生きるもう一人の男と対峙し、アシリパを追って樺太を行く杉元は思わぬ方法で自分たちの存在をアピールすることになります。そしてキロランケには意外な過去の存在が明らかに……

 網走監獄でのキロランケと尾形の思わぬ裏切りによって散り散りとなった一行。キロランケと尾形は、アシリパと白石を連れて北に向かい、その後を追う杉元と谷垣は、鶴見中尉と手を組み、鯉登・月島とともに行動することになります。
 一方、土方と永倉、牛山は北海道に残って潜伏することになり――というわけで、この巻の序盤では、網走以来大きな動きを見せていなかった土方たちの姿が描かれることになります。

 網走監獄の隠し部屋で見つけた手がかり――エトゥピリカの嘴を頼りに、根室で季節労働者として暮らす刺青囚人・土井新蔵こと人斬り用一郎のもとに向かう土方一行。
 しかし折悪しくというべきか、用一郎と彼に恨みを持つ者たちが送り込んだ刺客の間で始まった戦いに、一行も巻き込まれて……

 というわけで、新たに登場した刺青囚人は、かつて京都で天誅を繰り返していた攘夷派の人斬り浪人。つまり土方とは天敵の間柄であり――そして彼と同じく既に年老いた身であります。
 既に耄碌し、日常生活も覚束ない状態となった用一郎ですが、しかし一度覚醒すれば往年の人斬りぶりを発揮して――と、ナメてた××が、のパターンを地で行くような殺人兵器ぶりを見せる怪物。ここで彼と土方は、因縁の対決に及ぶことになりますが――しかし、土方が老いてなお大望に燃える一方で、用一郎は既に死に場所を探すだけの存在となっているのが哀しい。

 覚醒するや、目に映る周囲の景色が幕末のそれに変わっていく用一郎。漫画ならではの見事な表現ですが、しかしそれはすなわち、彼の目には既に現実が映ってはいないことを意味します。そんな彼と土方の対決の行方は歴然としているとも言えるのですが――しかし用一郎が生きてきた道程を否定することは、決して誰にもできないでしょう。
 本作の魅力である、陰影に富んだキャラクター描写が光るエピソードであります。


 しかし粛然たるムードを完膚なきまでに破壊してしまうのは、その後に描かれる杉元サイドの物語であります。

 ある事件がきっかけで、曲馬団・ヤマダ一座と出会った一行。ロシアで大評判だったという彼らが、樺太でも興業を行うと知った杉元は、ここで名前を上げればアシリパさんに自分の生存が伝わるはず! と、強引に曲馬団名物のハラキリショーに志願することになるのですが……(この辺りで既に色々おかしい)

 しかし、鯉登に思わぬ軽業の才があること(単なるギャグ描写かと思いきや……)を知ったヤマダ団長は、むしろ鯉登の方に執心、基本的に犬猿の仲の杉元と鯉登の間を余計にヒートアップさせることになります。
 一方、余った形の谷垣と月島は、バックダンサーである少女団に入れられて特訓を受ける羽目に……

 いやいやいや、何故そこでそうなる! と言いたくなる展開ですが、これまた本作の魅力である、テンポのよいドタバタと、ベタかつ豪快なギャグを交えて描かれてしまえば、もう面白がるしかありません。
 かくて増長の末、とんでもない秘技(with猿叫)を披露する鯉登、乙女衣装で涙する谷垣、傍観する月島、そしてとんでもない手違い(?)から公衆の面前で文字通りの真剣勝負を見せる杉元――前のエピソードでしみじみさせられたと思ったらこれだよ!

 いやはや、もはや脱線暴走大爆発、という感がありますが、これもまた『ゴールデンカムイ』という作品。無茶苦茶をやりながらも思わぬ着地を見せ、先の展開にきっちり繋がっていくのには、ただ脱帽であります。


 そしてこの巻の終盤では、一足先に北に向かったアシリパたちの姿が描かれるのですが――ここで明らかになる、全くもって意外というほかないキロランケの正体。
 得体の知れないながらも、レギュラー陣の中では常識人の部類に思われた彼が、ある意味一番の危険人物だった! というのにはシビレるほかありません。

 そしてアシリパたちを襲う新たな強敵を前に最近アシリパを見る目が色々と心配な尾形の本領発揮となるか――もはやこれまで以上に闇鍋状態の本作ですが、もうここまで来たら、どんどんこちらを振り回していただきたいものです。


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 野田サトル『ゴールデンカムイ』第9巻 チームシャッフルと思わぬ恋バナと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第10巻 白石脱走大作戦と彼女の言葉と
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第11巻 蝮と雷が遺したもの
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第12巻 ドキッ! 男だらけの地獄絵図!?
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第13巻 潜入、網走監獄! そして死闘の始まりへ
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第14巻 網走監獄地獄変 そして新たに配置し直された役者たち
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第15巻 樺太編突入! ……でも変わらぬノリと味わい

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2018.12.30

このブログが選ぶ2018年ベストランキング(文庫書き下ろし編)

 今年も一年の締めくくり、一人で選んで一人で発表する、2018年のベストランキングであります。今回は2017年10月から2018年12月末発刊までの作品について、まずは文庫書き下ろし6作品を挙げたいと思います。

1.『おもいで影法師 九十九字ふしぎ屋商い中』(霜島けい 光文社文庫)
2.『百鬼一歌 都大路の首なし武者』(瀬川貴次 講談社タイガ)
3.『義経暗殺』(平谷美樹 双葉文庫)
4.『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』(阿部暁子 集英社文庫)
5.『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』(鳴神響一 幻冬舎文庫)
6.『勾玉の巫女と乱世の覇王』(高代亞樹 角川春樹事務所時代小説文庫)


 第1位は、これは個人的には文庫書き下ろしにおける妖怪時代小説の一つの完成型ではないか、とすら思う作品。死んでぬりかべになった父を持つヒロインが奮闘する『九十九字ふしぎ屋商い中』シリーズの第3弾ですが、とにかく表題作が素晴らしい。
 妻を亡くしたばかりの隠居同心宅に現れる不思議な影法師。はじめは同心の妻の幽霊かと思われたその影は、しかしやがて様々な姿を見せ始めて――と、ちょっといい話と思いきやゾッとさせられて、そして意外な結末へ、と二転三転する物語には感心させられたり泣かされたり。作者は期間中、幻となっていた『あやかし同心捕物控』シリーズも再開し、いま脂が乗りきっているといえるでしょう。

 第2位は、平安ものを得意とする作者が鎌倉時代初期の京を舞台に、和歌マニアの青年と武芸の達人の少女を主人公に繰り広げるコミカルな時代奇譚の第2弾。今回はタイトル通りに奇怪な首なし武者事件に巻き込まれる二人ですが、その背後には哀しい真実が……
 と、個性的過ぎるキャラクターのドタバタ騒動で魅せるのはいつもながらの作者の得意技ですが、本作はそれに史実――この時代、この人々ならではの要素が加わり、新たな魅力を生み出しているのに感心です。

 そして第3位は、今年もバラエティ豊かな作品で八面六臂の活躍を見せた作者の作品の中でも、久々の義経ものである本作を。兄に疎まれ、奥州に逃げた源義経が、妻子とともに何者かに殺害された姿で発見されるというショッキングかつ何とも魅力的な導入部に始まり、その謎が奥州藤原氏の滅亡、そしてその先のある希望に繋がっていく物語は、『義経になった男』で時代小説デビューした作者の一つの到達点とも感じられます。
 ちなみに作者は今年(も)実にバラエティ豊かな作品を次々と発表。どの作品を採り上げるか非常に悩んだことを申し上げます。

 第4位は南北朝時代を背景に、副題通り吉野――南朝の姫君が、お忍びで向かった京で出会った義満と世阿弥とともに繰り広げる騒動を描く作品。今年も何かと話題だった室町時代ですが、本作はライト文芸的な人物配置や展開を見せつつも、混沌としたこの時代の姿、そしてその中でも希望を見いだそうとする若者たちの姿が爽快な作品です。
 個人的には作者の以前の作品を思わせるキャラクター造形が嬉しい――というのはさておき、作品のテーマを強く感じさせる表紙も印象に残ります。

 続く第5位は、期間中、ほとんど毎月、それもかなりバラエティに富んだ新作を刊行しつつ、水準以上の内容をキープするという活躍を見せた作者の、新たな代表作となるであろう作品。孤島に居合わせた六人の男女が次々と奇怪な手段で殺される――という、クローズドサークルものど真ん中のミステリである(本作が時代小説レーベルではないことに注目)と同時に、時代ものとしてもきっちりと成立させてみせた快作です。

 そして最後に、本作がデビューした作者のフレッシュな伝奇活劇を。いまだ混沌とした戦国時代を舞台に、長き眠りから目覚めた「神」と、その巫女に選ばれた少女を巡り、一人の少年が冒険を繰り広げる様は、時代伝奇小説の王道を行く魅力があります。
 その一方で、神の意外な正体や目的、そして張り巡らされた伏線の扱いなど、これがデビュー作とは思えぬ堂々たる作品で、今後の活躍が楽しみであります。


 ちなみにもう一つ、本年印象に残ったのは、本格ミステリ作家たちが忍者(の戦い)をテーマに描いたアンソロジー『忍者大戦』。『黒ノ巻』『赤ノ巻』と二冊刊行された内容は、正直なところ玉石混淆の部分もあるのですが、しかし時代小説初挑戦の作家も多い中で描かれる物語は、それだけに魅力的で、ユニークな企画として印象に残りました。

 と、振り返ってみれば、図らずも平安・鎌倉・室町・戦国・江戸と散らばったラインナップになりました。保守的なイメージの強い文庫書き下ろし時代小説ですが、その実、多様性に溢れていることの一つの証――と申し上げては牽強付会に過ぎるでしょうか?


おもいで影法師: 九十九字ふしぎ屋 商い中 (光文社時代小説文庫)

霜島 けい 光文社 2017-10-11
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百鬼一歌 都大路の首なし武者 (講談社タイガ)

瀬川 貴次 講談社 2018-07-20
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義経暗殺 (双葉文庫)

平谷 美樹 双葉社 2018-02-15
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室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君 (集英社文庫)

阿部 暁子 集英社 2018-01-19
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猿島六人殺し 多田文治郎推理帖 (幻冬舎文庫)

鳴神 響一 幻冬舎 2017-12-06
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勾玉の巫女と乱世の覇王 (時代小説文庫)

高代 亞樹 角川春樹事務所 2018-03-13
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 鳴神響一『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』 本格ミステリにして時代小説、の快作
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 このブログが選ぶ2017年ベストランキング(文庫書き下ろし編)

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2018.12.13

鳴神響一『江戸萬古の瑞雲 多田文治郎推理帖』 芸術家の精神と世俗なるものの衝突の果てに


 江戸の文化人にして名探偵・多田文治郎が怪事件に挑むシリーズの第三弾であります。今回文治郎が挑むのは、萬古焼の祖である実在の陶物師(陶芸家)・沼波弄山が主催する宴席の最中で起きた殺人事件。果たして被害者は何故殺されたのか、そして事件の背後にあるものは……

 猿島六人殺し、祝儀能殺人事件と難事件を次々と解決してきた書家にして戯作者・多田文治郎(後の沢田東江)。これまでの事件で縁があった幕府目付役・稲生下野守から宴席に誘われた文治郎は、新年早々、上野池之端の料理茶屋に足を運ぶことになります。
 将軍家御数寄屋御用を務める江戸随一の陶物師・沼波弄山が主催するその宴席で振る舞われるのは、普茶料理――大皿や大鉢に盛られた精進料理を各人が取り分けて食べるという、当時では極めて珍しい形式の料理であります。

 富裕な旗本たち、そして後に名高い浮世絵師や戯作者、蘭方医となる人々とともに料理を堪能し、その席で踊り子たちの芸を楽しむ文次郎ですが、その最中に客の一人である二丸留守居役・河原田内膳が具合を悪くして席を立つことになります。
 その後も宴席は続くもの、いつまで経っても帰ってこない内膳。それもそのはず、内膳は厠小屋の中で、首に長火箸を突き刺された死体となっていたのですから!

 その場で下野守から事件捜査を依頼された文治郎は、宴席に参加していた杉田玄白の協力で、内膳が何らかの毒を盛られて体調を崩し、そのために厠に立ったところで待ち構えていた何者かに襲われたと目星をつけます。
 しかし宴席に参加していた者には完全なアリバイがあり、別の建屋で控えていた供の者たちの動きは細かくは把握できない状況。そもそも、何故内膳が狙われたのか、狙われたとすれば、始まるまで席が決まっていなかった宴席で、どうやって毒を盛ったのか?

 五里霧中の謎に対し、文治郎は旧友で下野守の部下でもある徒目付の甚五左衛門、江戸に出てきた相州の漁師の娘・お涼ら、お馴染みの面々の手を借りて、内膳、そして弄山の周囲を探索していくことになるのですが……


 孤島にいた者全てが犠牲者となった連続殺人、能が演じられる最中の客席での殺人に続いて本作が描くのは、江戸では珍しい形式の宴席の最中に発生した殺人事件。
 前作同様、あまりにもセンセーショナルな第1作に比べると非常に地味(という表現はいかがなものかと思いますが)ではありますが、文治郎の丹念な調査と推理によって、徐々に謎の全貌が明らかになっていくというスタイルは、本シリーズらしい真面目さを感じさせます。

 特に、膳で一人ひとり料理が出される普通の宴席とは異なり、自分たちで料理を取り分ける普茶料理というシチュエーションを使った謎の設定は本作ならではのもので、トリック自体は軽いものの、その背後に様々な人間心理が働くという構図は悪くありません。

 しかし本作ならではという要素は、むしろ何よりも物語の背景となる萬古焼という芸術の世界ではないでしょうか。
 もともと桑名の商人でありながら焼き物の世界に惹かれ、自分でも窯を開いた弄山。いわば旦那芸であったそれを一個の芸術にまで高めたのは、弄山の芸術家としてのセンスであることはもちろんのこと、それを支えた彼の精神性であると、本作は感じさせます。

 そしてその精神性は、彼一人ではなく、芸術家と呼ばれる者、何かを新たに生み出す者に共通のものといえるでしょう。それは人間の自由な精神性の発露とも言うべきものですが――しかし、それは同時に、その自由さ故に、世俗的なるものと衝突し、歪められかねないものでもあります。
 思えば本シリーズで描かれる事件の背後に通底するのは、そのような構図であったと感じられます(ちなみに本作、特に解説されていないものの、件の宴席に参加した町人たちが、いずれも著名な文化人としての顔を持つのが実に面白い)。

 だとすればこうした事件を解決するのは、職業探偵ではなく、自身もまた芸術家である――それでいて世俗にも片足を置いている――文治郎でなければならなかったと言うことができるのではないでしょうか。


 もちろんこれは私の深読みのしすぎかもしれませんし、そうだとすれば、時代ミステリとしても、一種の芸術小説としても、もっともっと踏み込んでほしかった、という印象はかなり強いのですが――しかし本シリーズが、本シリーズならではの独自の世界観を構築しつつあるのも、また事実と感じられるところであります。


『江戸萬古の瑞雲 多田文治郎推理帖』(鳴神響一 幻冬舎文庫)

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2018.11.28

鳴神響一『鬼船の城塞 南海の泥棒島』 帰ってきた海洋冒険時代小説!


 鎖国下の江戸時代、大海で暴れ回った海賊衆・阿蘭党の活躍を描いた『鬼船の城塞』が帰ってきました。エスパニア海軍との激闘の傷跡も癒えぬ阿蘭党の前に一隻の無人の南蛮船が現れたことをきっかけに、南海を舞台に新たな冒険の幕が開くことになります。

 「鬼船」と呼ばれた赤い巨船を操り、船乗りたちから恐れられた海賊・阿蘭党。彼らは館島(現在の父島)を根城に、寛保の世までその命脈を保ってきた戦国時代の後北条水軍の残党であります。
 その阿蘭党に、任の最中に襲撃を受け、部下を皆殺しにされて捕らえられたのが、元・鉄砲玉薬奉行・鏑木信之介。その武芸の腕を認められて賓客となった彼は、館島で暮らすうちに、阿蘭党の人々と少しずつ絆を育んでいくことになります。

 やがて島を狙って襲来したエスパニア海軍に対し、信之介は阿蘭党と協力して立ち向かうことに――というのが、前作に当たる『鬼船の城塞』の物語であります。

 言うまでもなく鎖国によって日本人が海外に渡航することがなかった江戸時代。それ故に江戸時代を舞台とした海洋ものはほとんどなかった中、前作は非常にユニークかつ新鮮な作品として印象に残っています。
 そしてその待望の続編が本作なのですが――冒頭で語られるのは、エスパニア海軍との決戦の影響の大きさであります。

 エスパニア海軍撃退の代償として、彼らの象徴たる鬼船を失った阿蘭党。しかし単に海賊稼業だけでなく、海の向こうから物資を手に入れることによって命脈を保ってきた彼らにとって、それはあまりに大きな打撃を与もたらすことになりました。
 海賊に出ることはおろか、食料や生活必需品、医薬品や武具に至るまで、本土からの物資を手に入れる手段を失った阿蘭党。しかしもはや小早船しか残っていない今、彼らは館島に閉じ込められたも同然なのであります。

 そんな阿蘭党始まって以来の苦境の中、島に漂着した無人の南蛮船。小早船に毛が生えたようなこの船であっても今の彼らにとっては天の助け――限りなく小さい可能性に賭けて、本土への航海に乗り出すことになったのは、阿蘭党の頭領である兵庫、南蛮仕込みの航海術を持つ儀右衛門、そして信之介。
 さらに無理やり乗り込んできた兵庫の妹・伊世や豪傑武士・荘十郎を加えて出向した一行を、激しい嵐が襲います。

 帆と舵を失い、運を天に任せて漂流する一行がたどり着いたのは南洋の緑溢れる美しい島。そこは南蛮人からラドロネス(泥棒)島と呼ばれる地だったのですが……


 というわけで、今回の物語の舞台となるのはサブタイトル通り南海の泥棒島。阿蘭党がいわば海賊島の住人であることを思えば、何やら似つかわしい名前に思えますが――しかしこの名前には事情があります。
 作中では明確にはされていませんが、本作から遡ること約200年前、マゼランがこの島々を「発見」した際に、船の積荷を島の原住民に奪われたことから付けられたのが、この名前。しかしこれはマゼランたちの方が先に食料を強奪したとも言われており、その後の収奪の歴史を鑑みれば、さもありなんという印象があります。

 そう、その後この島々はエスパニアの植民地として収奪され、元々の住民たちは強制的にキリスト教に改宗させられた上に、外部から持ち込まれた疫病によってその数を減らしていくこととなりました。
 信之介たちが漂着したのは、まさしくこのような時代。そしてその島で密かに隠れ住む誇り高き現地の人々と交流した信之介たちは、島に来襲するエスパニア船に対し、戦いを挑むことになるのであります。

 が、その戦力差は前作で繰り広げられた戦いよりも更に上。そもそも信之介たちにはもはや軍船はなく、そして戦えるメンバーもわずか数人という状況なのですが――その絶望的な戦力差をどうするか、それが本作のクライマックスの見所となります。


 終盤にはそんな盛り上がりをみせる本作ですが、全体と通してみたスケール感では前作にはかなり譲るところがあり、温度があまり高くない文体も相まって、かなりおとなしい印象を受けるというのが正直なところ。そんなこともあって、前作の続編というより、後日譚という印象があります。

 その意味では、まだまだもっと先に行くことができるシリーズなのではないかと思いますが――しかし本作を以て、シリーズが再起動したのは、やはり喜ばしいことです。
 前作においては阿蘭党と共に戦ったものの、いまだ自分の在り方に悩む信之介が、ついに居場所を見つけたこともあり――これからの信之介と阿蘭党の活躍に期待したいところであります。


『鬼船の城塞 南海の泥棒島』(鳴神響一 角川春樹事務所時代小説文庫)

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2018.11.27

永山涼太『八幡宮のかまいたち 江戸南町奉行・あやかし同心犯科帳』 しまらない二人が挑む「怪異」の意味


 弁慶の亡霊に鬼火、かまいたちに置いてけぼりと、江戸を騒がす「怪異」に挑む者たちを描く本作は、タイトルを見れば一見伝奇捕物帖のようですが――しかし主人公は悩めるおっさんと若者のバディ。そんなしまらない二人が、ままならぬ世の不条理に挑む、何ともユニークで味わい深い連作であります。

 「とりもちの栄次郎」の異名を持ち、若くして隠密廻りになりながらも、やりすぎて周囲から疎まれ、妻にも逃げられた北町奉行所同心・望月栄次郎。江戸を騒がす盗賊一味を追いつめたものの頭目を逃し、謹慎処分となった彼は、好奇心から永代橋のたもとに弁慶の亡霊が出るという噂を確かめに行くのですが――そこで一人の青年武士とぶつかることになります。

 その青年の名は筒井十兵衛――直心影流の名門・団野道場でも有数の使い手であり、名奉行・筒井伊賀守の三男である彼は、父から命を受け、釈然としないながらも亡霊の正体を探りに来ていたのであります。
 互いに胸に鬱屈を抱えた者同士、些細なことから争いとなった二人ですが、場数の違いから叩きのめされたのは十兵衛の方。弁慶の亡霊の正体は成り行きから解き明かされたものの、遺恨を残した二人は、深夜の回向院で立ち会いを約するのでした。

 そして始まった二人の対決。しかしその最中に、パチパチという音とともに不気味な炎が出現して……


 というわけで、本作の主役を務めるのは、公私ともどもドロップアウト寸前の中年と、自分の将来に希望を見いだせず空回りする青年という、なかなか身につまされる設定の二人。

 狙った相手から離れないことから「とりもち」と呼ばれていたものが、役目から外されて町会所見廻となった末に「餅搗き」と呼ばれるようになった栄次郎。弁慶の幽霊の探索を命じられたものの勝手がわからず、橋のたもとの茶店で餅ばかり食べていたために「餅食い」と呼ばれてしまった十兵衛。
 共に餅にまつわるしまらない渾名を付けられてしまった二人が、なりゆきから「永代橋の弁慶」「回向院の鬼火」「八幡宮のかまいたち」「深川の置いてけぼり」といった江戸を騒がす怪事件に立ち向かう姿が、本作では描かれることになります。

 はじめは斬り合いを始めるほど仲が悪かった二人が、同じ謎に挑み、同じものを見る中で、やがて互いの距離を縮め、無二の相棒となっていく――そんな定番をきっちり押さえた展開は、バディもののファンであれば必ずや琴線に触れるはず。
 特に、上に述べたように、二人がある意味世の正道から外れかけた人物だけに、彼らの絆と、そして彼らが事件の最中で出会う人々に向ける眼差しは、強く印象に残るのです。


 そしてそんな二人の存在は、本作で描かれる「怪異」の正体とも、強く関わっていくことになります。

 あまり詳細に触れるわけにはいきませんが、本作で描かれる「怪異」は、いずれも人間が、人間の心が――そしてそんな人々を生み出すこの世の在り方が生み出したもの。
 そうして生まれた「怪異」は、常の法で裁くことはできません。仮に裁くことができたとしても、それは真の解決にならず、新たな「怪異」を生み出すことになりかねないのですから。

 だとすればそれを鎮められるのは、この世を法で治める側の人間にありつつも、「怪異」に関わる人々と同じく、この世のままならなさの前にもがき苦しみ、それでいてこの世を諦めきることもできない者たちでしょう。
 そしてそれは、栄次郎と十兵衛の二人しかいないのであります。
(ただこの二人の――特に栄次郎の視線というか主義主張がえらく保守的に見えてしまうのは、少々、いやかなり気になるところではあります)


 誰が名付けたか、いつの間にか世間に広まった「物怪憑物改方」の名に振り回される二人。しかしこの世において「怪異」が如何なる意味を持つか、如何なる役割を持たせるべきか知った時、二人は胸を張ってその名を受け容れることになります。

 そう、物怪憑物改方 妖同心の活躍はまだ始まったばかり。二人がいかなる「怪異」と出会い、そこに人の世の何を見るのか――この先の物語も見てみたくなる作品であります。


『八幡宮のかまいたち 江戸南町奉行・あやかし同心犯科帳』(永山涼太 ポプラ文庫)

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