2017.09.24

仁木英之『魔神航路 Z ゼウスとの決戦』 彼らの絆、最後の絆

 ギリシャ神話の世界に転生し、神々や英雄、そして魔神と融合してしまった若者たちが繰り広げる冒険を描いてきたシリーズもいよいよ最終巻。元の世界に戻るための鍵である金羊皮を手にするべく、コルキスに到着した一行を待つものは、最強の敵・ゼウスと……

 これまでの生活で密かに溜め込んできたコンプレックスを晴らすべく、融合したゼウスの力を振るう健史によってギリシャ神話の世界に転移してしまった信之たち6人。
 それぞれテューポーン、イアソン、ヘラクレス、ヒュラース、メディアと融合した彼らは、アルゴ船に集った英雄たちとともに、コルキスに向かうことになります。

 途中に待ち受ける魔物や古き神々、そしてゼウスの妨害を突破してコルキスに近づいた一行。しかし新たに仲間になったメディアの人間離れした強大な魔力に不審を抱いたヘラクレスと勇次が離脱、その一方でイアソンとメディアが結ばれ、賑やかなムードとなったアルゴ船ですが……


 というわけで、最終巻の主な舞台となるのは、この冒険の目的地であるコルキス。ヒロインの一人である海晴と融合したメディアの祖国であります。
 かつて祖国を追われた王子が、ゼウスの遣わした黄金の羊に乗って逃れたというコルキスの地。信之たちが求めるのは、その黄金の羊の皮なのですが――しかしその前に最強の番人が立ち塞がります。

 かつてメディアがその持てる魔力の限りを注ぎ込んで生み出したという炎の牛。かつてコルキスを滅ぼしかけたという無敵の存在を突破したとしても、その先には眠りを知らぬ黄金の龍が待ち構えます。
 そして金羊皮を求めるのは彼らだけではありません。この世界を超え、他の世界――信之や健史の世界をも支配すべく、ゼウスもまた、金羊皮を求めていたのであります。さらにその傍らには、ヘラクレスと勇次の姿までもが……

 ゼウスすら手を焼く炎の牛を、そしてその先の難関を突破することはできるのか。ゼウスに加えヘラクレスを打ち破ることはできるのか――そして金羊皮を目前とした時、意外な裏切りが彼らの繋がりを揺さぶることになるのです。


 これまで幾度も述べたように、ギリシャ神話のオールスター戦のようなアルゴ船の物語。その一方で、神話での彼らの冒険の結末(というよりもクライマックス)は、実は後味が良いものではありません。
 その大部分は、メディアの行動によるものなのですが――本作は、神話どおりの結末となりかねない要素を描きつつも、しかし全く異なる方向へと向かっていきます。

 それは神話とは異なるものの、しかしこれまでの物語を見ればなるほどあり得ないわけではない展開――そこで描かれ、問われるのは、その内容以上に、これまでの物語において培われてきた人と神、人と英雄、人と魔神の絆の存在であります。

 全く異なる世界に生まれ、そして全く異なる考えを、力を持って生きてきた彼ら。思わぬ運命に見舞われ、融合という形で行動を共にすることになりながら、彼らの間にはある種の絆が生まれてきました。
 その絆の形は、強さは、しかしそれぞれであります。どこまでも強く揺るがぬものもあれば、最初からぶつかり合いながらも決して切れないものもある。結びついていたものが裏切られることすらあります。

 そしてその絆の多様性――というよりも一筋縄ではいかなさ――は、同じ人と人でも同様であります。そもそもこの冒険のきっかけとなった健史のコンプレックス自体が、一見仲の良い友達同士であった信之たちと健史の間の溝にあったのですから。

 しかし本作は、その一筋縄ではいかない絆の中にこそ、か細くも一つの希望を見出します。
 絆は永遠ではないかもしれない。それどころか結びたくとも結べない絆もある。それでも、それでも新たな絆は生まれます。望んだ形と違うかもしれない、思いもよらぬ相手とかもしれなくとも……


 そんな人と他者との絆の姿を描いてきた本シリーズ。
 その題材がギリシャ神話であったのは、もちろん多士済々のアルゴ船という魅力的な題材はあれど、それ以前に、神も魔神もひどく「人間くさい」存在だからではないのか――物語の結末に至り、いまさらながらに感じた次第です。

 そして彼らの新たな絆に乾杯!
(信之はこれでいいのかな、いいんだろうな……)


『魔神航路 Z ゼウスとの決戦』(仁木英之 PHP文芸文庫) Amazon
魔神航路 Z (PHP文芸文庫)


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 仁木英之『魔神航路 3 英雄の結婚』 望まぬ力と想いを分かち合う相手と

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2017.09.08

仁木英之『魔神航路 3 英雄の結婚』 望まぬ力と想いを分かち合う相手と

 ギリシャ神話の世界に転移し、神々や英雄たちと融合してしまった現代の若者たちがアルゴ船に乗り込んで繰り広げる冒険を描く本シリーズも後半戦となります。彼らを阻む様々な魔物たちとの戦いの中で浮かび上がる、人間と神、人間と魔神、人間と英雄の結び付きの姿とは……

 オリンポス最強の神・ゼウスと融合した友人・健史により、ギリシャ神話の世界に転移させられた信之たち。魔神テューポーンと融合した信之をはじめ、いずれも神や英雄と融合してしまった彼らは、ゼウスの野望を阻むため、アルゴ船に乗り組み、黄金の羊の毛皮を求めてコルキスに向かいます。

 途中襲いかかる様々な魔物、そしてその背後に潜むゼウスの策謀を、コルキスのメディア王女と融合した海晴の力も借りつつ突破していくアルゴ船の一行。
 そんな彼らの行く手を今回阻むのは、ビザンティオンの地を阻むハルピュイアの群れに、海峡を阻む双黒石・シュムプレガデス――いずれも力押しだけではどうにもならない難所難敵であります。

 この難関を、ゼウスの未来を見たことで永遠にハルピュイアに啄まれる運命を背負わされた予言者ピネウス、さらにはこれまで海晴を通じて彼方から協力してくれていたメディアの力を借りて突破しようとする一行ですが、……


 神話において様々な困難に直面したアルゴ船。これまでのシリーズで描かれた女護が島レームノス島や伝説の巨人ギガス同様、今回のピネウスとハルピュイア、そしてシュムプレガデスも、それら神話で描かれた逸話であります。
 しかしこれらのキャラクターたちは、これまで同様に、本シリーズならではのアレンジを受けて物語に登場することになります。その中でも特に印象に残るのは、ピネウスとメディアの二人でしょう。

 望まぬ予言の力を持ったが故にゼウスに目をつけられ、理不尽な理由から死ぬに死ねぬ苦痛を味合わされるピネウス(彼の境遇はダイダロスのそれも入っていますが……)。生まれつきに魔法の力を持つ故に、実の家族からも疎んじられ、幽閉され利用されるメディア。

 神話において描かれたエピソードを膨らませることによって、現代の我々が読んで違和感ないものとなった彼らの物語。その中でも特に大きなアレンジとして感じられるのは、二人が、望まぬまま背負わされた大きすぎる力に悩んできたという点ではないでしょうか。

 神、魔神、英雄たちなど、人を遙かに超える力を持つ者たちが数多く存在するギリシャ神話の世界。しかしその力が何のためにあるのか、何のために使うのかという点で悩む者は、原典では少なかったように感じます。
 それに対して本作のピネウスとメディアの二人は、望まぬままにその力を得て、そしてその力の存在に悩むがゆえに、力に対して一種否定的な視点を持つ存在。その点において二人は神話に礎を置きながらも、神話から離れた視点を持つ存在と感じられます。

 そしてそれは、むしろ信之たちに近い立場と言えるかもしれませんが――しかし、その一方で、二人と信之たちとで大きく異なる点も存在します。
 それは信之たちの力が融合する相手あってこそであるのに対し、二人には(メディアには海晴が登場するまで)その力を、想いを分かち合う者がいなかった点であります。

 もちろん、それが両者の運命を分けたというのは残酷にすぎるでしょう。しかし、想いを同じくする者が人を、神も英雄もどれだけ強くするか、我々はこれまで見てきました。
 そして本作のラストにおいて、メディアは海晴とはまた異なる意味のパートナーを――本作の副題に示される形で――持つことになります。
 神話においては決して幸福のみをもたらさなかった結び付きですが、しかし本作においてはまた別の意味を持ってくれるのではないか、彼女たちの力の新たな意味が生まれるのではないか――そう期待したくなるのであります。

 もっとも、人と人(含む神々)が出会い、結びつくことは、ポジティブなものだけではありません。いよいよ結び付きを増していく信之やテューポーンは格別、未だに相手を理解し切れていない者、微妙な違いを感じる者たちもまた存在します。

 そして本作のラストにおいては、そのせいではないとはいえ、あの最強の英雄が一行から離脱(これも神話通りといえばそうなのですが)。
 果たして彼らの結び付きが神話に本当に何をもたらすことになるのか――それは続く最終巻が物語ることでしょう。


『魔神航路 3 英雄の結婚』(仁木英之 PHP文芸文庫) Amazon
魔神航路 3 (PHP文芸文庫)


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 仁木英之『魔神航路 2 伝説の巨人』 ギャップ萌えの魔神と古の神の信徒と

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2017.09.02

仁木英之『魔神航路 2 伝説の巨人』 ギャップ萌えの魔神と古の神の信徒と

 ギリシャ神話の世界に転移、神々や英雄と融合してしまった現代日本の若者たちの冒険を描く『魔神航路』の第2弾であります。思わぬ「敵」の登場によって水入りとなった航海も再び始まり、新たなる騒動と強敵に見えることになった彼らの運命は……

 久々に帰った故郷で、高校時代の仲間たちと再会したものの、天変地異によりギリシャ神話の世界に飛ばされてしまった信之。
 彼は魔神テューポーンと融合、その他の仲間たちも、それぞれ神話に名を残す神や英雄と融合してしまうことになります。

 元の世界に戻るべく、二つの世界の接点と思われるコルキスの黄金の羊の毛皮を求めてアルゴ船で航海に出た信之たち。しかしその前に現れた健史――別人のような人格に変貌し、そしてオリンポスの主神・ゼウスと融合した彼によって、信之とテューポーン、オルフェウスは元の世界に戻されることに……

 という前作ラストを受けて始まる本作。信之はともかく、テューポーンたちまで現代の日本へ転移してしまい、どうなることかと思いきや、これがあっさりと古代ギリシャに帰還するのですが――しかしこの展開が、物語の強烈なアクセントとなっているのです。
 信之とはタイムラグを以て現代の日本に飛び出してしまったテューポーンたち。何とか適応して生き延びてきた彼らは、現代の日本のアレコレを学習して帰ってきたのです。

 かくて、テューポーンが事あるごとに現代で目にしたもの――特に特撮やアニメの類――の知識を活かそうとすることで、色々と面白くもややこしい展開が繰り広げられることになります。
 ただでさえ魔神の魂と少女(?)の姿というギャップの塊のようなテューポーンが、うろ覚えの現代の知識を語り出すということでギャップの二段・三段重ねとなるのですから、振り回される信之たちももう大変なのです。

 そして健史を除けばただ一人、信之たちアルゴ船のメンバーとは離れた――というより彼らの目的地のコルキスにいる――海晴も、融合したコルキスの王女にして強力な魔法使いであるメディアのパワーで助っ人参戦するのであります。……20歳にもなって魔女っ子コスで。(一応理屈はあるのですが)

 この辺りは好き嫌いが分かれるかもしれませんが、僕としては、せっかく(?)現代人が転移してきているのだから、これくらいはむしろあってしかるべき、という印象です。
 テューポーンと信之の絆がより強まっていくことを、いささか変則的な形で描くという意味づけもあり、何よりも非常に楽しいではありませんか。


 が、もちろん彼らの旅は、楽しいことばかりではありません。この巻のメインとなる冒険では、彼らは相対する二つの国家と、そしてその両者から弾圧される古き神の信徒たちの戦いに巻き込まれることになるのですから。

 突如現れた伝説の巨人――ギガス族の生き残りを辛くも退け、港町キュジコスに辿り着いた一行。隣国ペラスドイとは一触即発状態のキュジコスで歓待される一行ですが、しかしキュジコス王宮を守る武官・ダリアヌスには隠れた大望があったのです。

 ゼウスらに敗れたティーターン神の一人であり、その信徒も激しい弾圧を受けてきた女神・レアー。その信徒である彼は、レアーの子たるギガスを密かに育て、意思を通じていたのであります。
 そして密通を重ねていたキュジコス王の妃のためにも、二つの国を向こうに回して立とうとするダリアヌなのですが……

 本作の陰の主役とも言うべき存在が、このダリアヌ。その行動は一種のテロリズムというべきなのかもしれませんが、しかし理不尽な弾圧を受けてきた民の出身である彼の想いは、簡単に悪と断じることなどできない多面性があります。
 また、王妃との密通も、王に捨てられた彼女に対するむしろ純愛とも言うべきものであり――単純な反逆者としては描かれてはいないのです。

 そして人の身ながら強大な神の力を手にしたという点で、彼は信之たちの鏡像ともいうべき存在なのですが――そんな彼とやむを得ず対決することとなる信之、というシチュエーションはいかにも作者らしい展開といえるでしょう(弾圧された神の信徒の戦いという点で『くるすの残光』にも重なるものが)。
 ここでで描かれる、明るいばかりでも楽しいばかりでもない――そして便利な神々の力でも解決できぬ――何処の世界でも変わらぬ人間の生のままならなさは、強く心に残るのであります。

 そんな苦いものを味わいつつも、なおも続くアルゴ船の旅。全4巻の物語は、いよいよ後半戦に突入することになりますが――それはまた後ほど。


『魔神航路 2 伝説の巨人』(仁木英之 PHP文芸文庫) Amazon
魔神航路 2 伝説の巨人 (PHP文芸文庫)


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2017.08.30

野田サトル『ゴールデンカムイ』第11巻 蝮と雷が遺したもの

 やはりというべきか、まさかのというべきか、アニメ化が決定した『ゴールデンカムイ』。しかし物語はまだまだ刺青人皮争奪戦の真っ最中――呉越同舟となった杉元勢と土方勢の珍道中は続き、その一方で鶴見勢は新たな囚人と対決することになります。

 思わぬ成り行きから手を組むことになったものの、白石捕縛などのアクシデントから一部メンバーを入れ替え、二手に分かれた杉元勢と土方勢。現在杉元と行動を共にしているのは、アシリパ、白石、尾形の(見かけは)比較的常識派のメンバーであります。
 白石救出のために大きく道を逸れた杉元たちは、鶴見勢の追っ手を撒くと同時に、噂を耳にした釧路にいるという囚人を追うために、旅を続けることになります。

 その一方、複製人皮を手にした鶴見と二階堂、月島、鯉登の面々は小樽に向かいますが――そこで登場するのが今回のメイン、稲妻強盗と蝮のお銀のカップルであります。
 韋駄天の如き脚力を持つ強盗殺人犯・坂本慶一郎と、千枚通しを得物に次々と旅人を殺してきた凶悪犯・蝮のお銀――凶悪だからこそ惹かれ合った二人は、ここ蝦夷地において、明治のボニー&クライドとも言うべき暴れっぷりを見せていたのです。

 ちなみにこの二人、作中では「実在した」と語られていますが、少なくとも慶一郎の方は、ほぼ間違いなく、稲妻強盗(稲妻小僧とも)と呼ばれ、樺戸集治監から脱獄した経歴を持つ坂本慶次郎のもじり。
 蝮のお銀の方は明確なモデルが見つからなかったのですが――あるいは明治期に毒婦として知られた蝮のお政なのでしょうか。

 閑話休題、小樽で賭場荒らしを目論むカップルは、土方勢についた元・日泥一家の用心棒を味方に引き入れ、刺青人皮があるという賭場を狙うのですが――しかしそれは鶴見勢の罠。
 待ち構えていた鶴見たちの攻撃を受ける慶次郎らですが、賭場が油問屋で開かれていたことから、油を周囲に巻いて鶴見たちの動きを封じ、脱出を狙うことに……

 と、どちらが主役かわからなくなるような両者の戦いは、どちらもそれぞれのメンバーが持つ能力をフルに活用しての展開が見所。
 特に月島-二階堂-鯉登-鶴見と、鶴見勢が流れるような連携で慶一郎を追い詰めるくだりは、変態軍団の印象が強い彼らの地力というものを感じさせられます(その一方で、油を撒かれて真顔で滑り落ちる彼らの姿が異常におかしい)。

 しかしこのエピソードの真の見所は、その構成の妙と結末でしょう。
 この戦いが繰り広げられていた頃に杉元たちが何をしていたかと言えば、森林の中を彷徨いながら、白石が蝮に噛まれたり、伝説の大蛇に出くわしたりという珍道中。その一方で、愛なき家庭環境から生みだされたと言うべき、尾形の凄惨な過去の所業も描かれるのですが……

 一見無関係に見えるこれらのエピソードも、蝮と雷にまつわるアイヌ神話をアシリパに語らせることで慶一郎とお銀の深い繋がりを暗示。
 そして二人が遺したものが尾形の境遇と重ね合わされるような形で描かれる結末は、人間性というものの淵源に想いを馳せらずにはいられない、本作において屈指の感動的な場面となっているのです。


 ……が、その余韻を次の回で完膚なきまでにぶち壊すのもまた本作らしい展開。
 これまで物語に登場してきた変態の中でも群を抜く変態、全年齢向けのこのブログではその詳細を語ることが憚られる超弩級の変態・姉畑支遁の登場で、物語は一気に怪しい雲行きとなります。

 刺青囚人の一人であり、次々と凶行を繰り返す支遁。ようやく杉元たちと合流したものの、その支遁に銃を奪われ、濡れ衣を着せられた谷垣のためにも、後を追う杉元とアシリパという場面で次巻に続くのですが……
 いやはや、ここまで先が見たいような見たくないような展開は本作でも初めてなのであります。


『ゴールデンカムイ』第11巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
ゴールデンカムイ 11 (ヤングジャンプコミックス)


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 野田サトル『ゴールデンカムイ』第10巻 白石脱走大作戦と彼女の言葉と

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2017.08.27

仁木英之『魔神航路 肩乗りテューポーンと英雄船』 おかしなアルゴノーツ、冒険に旅立つ

 半年ぶりに故郷に帰り、高校時代の旧友たちと再会した信之。早速海に出た信之たち7人はそこで天変地異に遭遇し、気がつけば神々と人間が共存するギリシャ神話の世界に転移していた。しかも強大な(はずの)魔神テューポーンと融合してしまった信之は、仲間と元の世界へ戻る道を探し始めるが……

 思うところあって仁木英之作品を再読していますが、まだ紹介していなかった作品を。
 代表作『僕僕先生』をはじめ、日本や中国などアジア圏を題材とする作品が多い作者が、古代ギリシャ――それも神話の世界を舞台として描くシリーズの開幕編であります。

 と、神話の世界といっても、主人公となるのは現代の大学生・信之とその仲間たち。高校を卒業して、進学・就職とそれぞれの道を歩んでいた旧友たちが再会とくれば、ほろ苦い青春ドラマが始まりそうですが――そして本作にももちろんその要素はあるのですが――さにあらず。
 仲間の船で海に出た彼らは、沖合で巨大な雷の巨人に遭遇、気を失って目覚めてみれば、そこは古代ギリシャだった、という展開なのであります。

 とくれば流行の転生もののようですが、しかしちゃんと実体を持ってこの世界にやってきた信之。しかしその代わり(?)彼は、テューポーン――大地の女神ガイアの子にしてデウスの宿敵である強大なる魔神――と融合してしまっていたのであります。
 が、この思わぬ合体事故のためか、テューポーンは本来の姿とはまったく異なるお子様の姿に変異し、力もそれなりのレベルに。魔神どころかほとんどお荷物のテューポーンを道案内に、ほとんど見知らぬ世界に足を踏み出す羽目になる信之ですが……


 というわけで、人間とそれ以外のバディものでもある本作ですが、面白いのは、その状態となっているのが主人公一人ではなく、同時に難に遭った仲間たちも同様である点です。
 格闘家を目指す勇次にはヘラクレスが、漁師の望にはイアソンが、双子の真奈・里奈にはヒュラース(ヘラクレスの従者)が――それぞれ融合した状態。そんな彼らと再会した信之たちは、やがてゼウスの力が込められたというコルキスの黄金の羊の毛皮を求めて旅立つことになるのです。

 ……とくれば、ギリシャ神話好きの方であれば、「あれか!」と思われることでしょう。そう、本作の題材となっているのは、ギリシャ神話の中でもオールスターキャストの冒険活劇、アルゴノーツの物語であります。

 テッサリアの王の子でありながら王位を奪われたイアソンが、王位返還のための条件である黄金の羊の毛皮を求めて、数十名の英雄たちとともに乗り組んだアルゴ船。本作はその冒険譚をなぞって描かれるのです。
(航海がヘラの加護によるものだったり、ヒドラが出現したりと、むしろ『アルゴ探検隊の大冒険』がベースかも……)

 とはいえ、もちろん本作は神話のノベライズではありません。メンバーは大幅に整理されて、上に挙げた英雄たちの他には、テセウス、オルフェウス、北風の神の子であるカライスとゼテスといった面々のみになっているのです
 もちろん、それでも非常に豪華なメンバーであることは間違いありませんが……

 そしてまた、最大のイレギュラーとして、神話ではここに加わっているはずもないテューポーンと、何よりも信之たち現代人が加わっているのですから、神話においても波乱万丈であったこの冒険行が、ただで済むわけはありません。
 かくて本作の後半で描かれるレームノス島――美しい女性たちだけで構成された島での冒険も、原典と大きく異なり、より凄惨なものとなっていくことになります。

 そしてこれらの冒険の背後で糸を引くのは、テューポーンの宿敵であり、オリンポス十二神の主神たるゼウス――そして彼と融合した信之の親友・健史。
 ゼウスは何を企むのか、そして別人のように変貌し、上から目線となった健史に何が起きたのか?

 ここで描かれるその一端は、まさしく作者の作品にしばしば登場する、超越者とその力に溺れる者のそれなのですが、さて彼らとの対決――というところで水入りとなってしまうのは、いささか残念ではあります。
 が、まだ冒険は始まったばかりであることを考えれば、この展開も妥当というべきでしょう。

 この後の、彼らおかしなアルゴノーツたちの冒険――現代から転移した最後の一人であり、アルゴノーツの物語のヒロインであるメディアと融合した信之の幼馴染・海晴との再会も描かれる次巻も、近日中にご紹介の予定です。


『魔神航路 肩乗りテューポーンと英雄船』(仁木英之 PHP文芸文庫) Amazon
魔神航路 (PHP文芸文庫)

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2017.08.10

入門者向け時代伝奇小説百選 鎌倉-室町

 初心者向け時代伝奇小説、今回は日本の中世である鎌倉・室町時代。特に室町は最近人気だけに要チェックです。
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子) 【ミステリ】 Amazon
 鎌倉時代の京を舞台に、「新古今和歌集」の歌人・藤原定家と、藤原頼長の孫・長覚が古今伝授の謎に挑む時代ミステリであります。
 古今伝授は「古今和歌集」の解釈に纏わる秘伝ですが、本作で描かれるのは、その中に隠された天下を動かす大秘事。父から古今伝授を受けるための三つの御題を出された定家がその謎に挑み、そこに様々な陰謀が絡むことになるのですが……
 ここで定家はむしろワトソン役で、美貌で頭脳明晰、しかし毒舌の長覚がホームズ役なのが面白い。時に極めて重い物語の中で、二人のやり取りは一服の清涼剤ともなっています。

 政の中心が鎌倉に移ったことで見落とされがちな、この時代の京の政争を背景とするという着眼点も見事な作品であります。

(その他おすすめ)
『華やかなる弔歌 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子) Amazon
『月蝕 在原業平歌解き譚』(篠綾子) Amazon


57.『彷徨える帝』(安部龍太郎) Amazon
 南北朝時代の終結後、天皇位が北朝方に独占されることに反発して吉野などに潜伏した南朝の遺臣――いわゆる後南朝は、時代伝奇ものにしばしば登場する存在です。
 本作はその後南朝方と幕府方が、幕府を崩壊させるほどの呪力を持つという三つの能面を求めて暗闘を繰り広げる物語であります。

 この能面が、真言立川流との関係でも知られる後醍醐天皇ゆかりの品というのもグッと来ますが、舞台が将軍義教の時代というのも実に面白い。
 ある意味極めて現実的な存在たる義教と、伝奇的な存在の後醍醐天皇を絡めることで、本作は剣戟あり、謎解きありの伝奇活劇としての面白さに加え、一種の国家論、天皇論にまで踏み込んだ骨太の物語として成立しているのです。

(その他おすすめ)
『妖櫻記』(皆川博子) Amazon
『吉野太平記』(武内涼) Amazon


58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 混沌・殺伐・荒廃という恐ろしい印象の強い室町時代。本作は、それとは一風異なる室町時代の姿を、妖術師と使用人のカップルを主人公に描く物語です。

 南都(奈良)で金貸しを営む青年・楠葉西忍こと天竺ムスル。その名が示すように異国人の血を引く彼には、妖術師としての顔がありました。そのムスルに、借金のカタとして仕えることになった少女・葉月は、風変わりな彼に振り回されて……

 「主人と使用人」もの――有能ながらも風変わりな主人と、彼に振り回されながらも惹かれていく使用人の少女というスタイルを踏まえた本作。
 それだけでなく、「墓所の法理」など、この時代ならではの要素を巧みに絡めて展開する、極めてユニークにして微笑ましくも楽しい作品であります。


59.『妖怪』(司馬遼太郎) Amazon
 室町時代の混沌の極みであり、そして続く戦国時代の扉を開いた応仁の乱。最近一躍脚光を浴びたその乱の前夜とも言うべき時代を描く作品です。

 熊野から京に出てきた足利義教の落胤を自称する青年・源四郎。そこで彼は、八代将軍義政を巡る正室・日野富子と側室・今参りの局の対立に巻き込まれることになります。それぞれ幻術師を味方につけた二人の争いの中で翻弄される源四郎の運命は……

 どこかユーモラスな筆致で、源四郎の運命の変転と、奇妙な幻術師たちの暗躍を描く本作。しかしそこから浮かび上がるのは、この時代の騒然とした空気そのもの。「妖怪」のように掴みどころのない運命に流されていく人々の姿が印象に残る、何とも不思議な感触の物語であります。


60.『ぬばたま一休』(朝松健) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 最近にわかに脚光を浴びている室町時代ですが、この20年ほど、伝奇という切り口で室町を描いてきたのが朝松健であり、その作品の多くで活躍するのが、一休宗純であります。

 とんち坊主として知られてきた一休。しかし作者は彼を、優れた禅僧にして明式杖術の達人、そして諧謔味と反骨精神に富んだ人物として、その生涯を通じて様々な姿で描き出します。

 悍ましい妖怪、妖術師の陰謀、奇怪な事件――室町の闇が凝ったようなモノたちに対するヒーローとして活躍してきた一休。
 その冒険は長編短編多岐に渡りますが、シリーズタイトルを冠した本書は、バラエティに富んだその作品世界の入門編にふさわしい短編集。室町の闇を集めた宝石箱のような一冊であります。

(その他おすすめ)
『一休破軍行』(朝松健) Amazon
『金閣寺の首』(朝松健) Amazon



今回紹介した本
藤原定家●謎合秘帖 幻の神器 (角川文庫)彷徨える帝〈上〉 (角川文庫)南都あやかし帖 ~君よ知るや、ファールスの地~ (メディアワークス文庫)新装版 妖怪(上) (講談社文庫)完本・ぬばたま一休


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 『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(その一) 定家、古今伝授に挑む
 『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(その二) もう一つの政の世界の闇
 仲町六絵『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』 室町の混沌と豊穣を行く青年妖術師
 「ぬばたま一休」 100冊の成果、室町伝奇の精華

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2017.08.02

にわのまこと『変身忍者嵐Χ』第1巻 新たなる嵐、見たかった嵐、見参!

 あのにわのまことが、あの石ノ森章太郎の『変身忍者嵐』をベースに新たな嵐の世界を描く、ファンであれば見逃せない作品の第1巻であります。舞台を戦国時代に移して描かれる本作、まだ序章とも言うべき印象ながら、ファンの期待を裏切らない内容です。

 時は1600年、徳川家康と石田三成が、関ヶ原で激突を目前としていた頃――徳川軍本隊を率いて西へ向かう徳川秀忠の前に現れた正体不明の青年・風のハヤテ。
 優れた忍びの技を持ちながら過去の記憶を持たず、しかし自分と同じく父の存在に屈託を抱えるらしいハヤテに、秀忠は不思議な親しみを覚えるのでした。

 そしてその晩、徳川の陣に現れた奇怪な怪物。人間から巨大なオオサンショウオに変化したその怪物――化身忍者ハンザキは、秀忠を攫うと徳川の陣から脱出。追いすがる伊賀忍者・タツマキの攻撃をものともせず、その目的を達したかに見えたのですが……
 その場に現れた謎の鳥人が二人を救い、深手を負いつつもハンザキを撃退、そして鳥人は、二人の前でハヤテの姿に戻るのでした。

 秀忠とタツマキの命で、ハヤテの看護に当たるカスミ。目を覚ましたハヤテは、同時に自分が何者であるか、自分の身に何が起きたのかを思い出します。
 そんなハヤテを再び襲撃するハンザキ。記憶を取り戻したハヤテは、父から授けられた愛刀を手に印を結び……「変身忍者嵐見参!」


 という最初のエピソードは、嵐ファンであれば感涙ものの格好良さ。
 設定、登場人物は石ノ森章太郎の漫画版をベースとしているものの(骸骨丸でではなく骨餓身丸が登場)、原作のデザインを踏まえつつも、作者らしいスタイルでリライトされた嵐は、実に精悍でいいのです。(嵐のデザインは、特にその大きな目など、一歩間違えるとかなり気の抜けた印象になるので……)

 しかし何よりも盛り上がるのは、その初変身シーンであります。

 襲いかかるハンザキと下忍たちを前に、すっくと立って印を結ぶハヤテ。その脳裏によぎるのは父の言葉――ケダモノに化けるのではなく、人の心を持って身が変わる。そう、化身忍者ではなく、変身忍者! 
 そして「吹けよ嵐、嵐、嵐!」のかけ声とともに天空高く舞い、地に降り立つや高々と天に刀を掲げ、名乗る姿の格好良さ!。

 そう来たか! と膝を打ちたくなるような解釈(鬼十とハヤテは風一族の出身で、そこから「風を超えて嵐となれ」という嵐のネーミングもいい)からの、雷鳴をバックの秘剣影うつしも見事で、見たかった嵐、理想の嵐を見せていただいた気持ちであります。

 ちなみにここで、変身の口上も秘剣影写しも、石ノ森章太郎の漫画版には登場してないのでは……と半可通的にイヤラシイ感想も頭によぎったのですが、大丈夫。

 確かに少年マガジン版には登場していませんが(「忍法影うつし」は登場)、希望の友版には登場しております。
 この辺り、うまく配慮(?)しつつ、一番嵐らしさを感じさせる、そして何よりも格好良い嵐を描いているのは、ヒーローマニアの作者らしい描写と感心いたします。


 と、ビジュアルや演出にばかり触れてしまいましたが、本作の最大の特徴かつ相違点が舞台設定であることは間違いありません。

 (明確に年代が登場したのは少年マガジン版のみであったものの)江戸時代前期を舞台としてきた原作に対して、本作の舞台は関ヶ原の戦と、戦国時代末期。
 しかも最初のエピソードから秀忠ら実在の有名人たちが登場と、史実とはほとんど関わってこなかった原作に比して大きくそのスタンスを変えてきた印象があります。

 その意図が、意味が奈辺にあるかこの時点ではまだわかりませんが、これまで人知れず行われてきた嵐と血車党の戦いが、本作においては、表の歴史と大きく関わる形で展開していくことは間違いないでしょう。
 そして泰平の時代ではなく、戦乱の時代を舞台とすることで、その規模と内容も激しくなることも……

 この第1巻に収録された後半のエピソードでは、この時に秀忠ら徳川軍と戦い、散々に翻弄してみせた真田昌幸・幸村父子が登場。
 そこに化身忍者マシラ(ちなみハンザキ、マシラともに少年マガジン版の第1話に登場した化身忍者)が忍び寄り、いかなる史実との絡みが生じることになるのか……早くも波乱含みの展開となります。

 その中で新たな嵐が如何なる活躍を見せるのか……期待に胸躍るではありませんか。


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 「変身忍者嵐」 放映リストほか

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2017.07.13

『決戦! 忠臣蔵』(その一)

 様々な合戦を舞台に一作家一人で描く「決戦!」シリーズの中でも本書は異色の内容。ある意味江戸時代で最も有名な合戦である「忠臣蔵」の世界を題材とした一冊であります。全7作品のうち、特に印象に残った作品を一作ずつ取り上げます。

『冥土の契り』(長浦京)
 四十七士の中でも豪の者として知られる不破数右衛門。しかし彼は松の廊下の刃傷の時点では藩を放逐されて一足先に(?)浪々の身の上の人物でもありました。本作はその彼が何故赤穂浪士の決起に加わったかを描く物語です。

 藩を放逐されて以来、商品の輸送を警護する番手元締めを生業としていた数右衛門。そんなある日、彼の前に白い霞のような異形が出没するようになります。
 時に直接、時に人の口を借りて数右衛門に語りかけてくるその異形の正体は、浅野内匠頭の亡霊――特に恩義も恨みもない、しかし松の廊下で吉良上野介を討てなかったことには不甲斐なさを感じていた相手が自分の前に現れたことに数右衛門は激しく戸惑います。

 亡霊の望みは当然ながらというべきか、自分の仇討ち。実際に刀を振るったことも少ない浪士たちの中で、危険な生業を送っていたことから自分を選んだ旧主の勝手な言い草に反発する数右衛門ですが、ある事件をきっかけに亡霊と約束を交わすことに……

 冒頭に述べたように、浪士の中では少々ユニークな立ち位置であった数右衛門。放逐されていたにも関わらず討ち入りに参加した彼は、ある意味義士の鑑とも言うべき存在かもしれませんが、本作はそこに彼を討ち入りに導く奇妙な物語を描くことになります。
 しかしここで違和感を感じさせないのは、数右衛門の視点から、彼の心の変化を丹念に描いてみせていることでしょう。終盤で描かれるある真実も、物語にある種の深みを感じさせます。

 それにしても本作の「番手元締め」、中国のヒョウ(金+票)局のような存在で非常に興味深いのですが、実際にこの時代この仕事がこう呼ばれていたのでしょうか。


『雪の橋』(梶よう子)
 一つの合戦に参加した者を、勝者敗者問わず主人公とする「決戦!」シリーズですが、本書では少々残念なことに吉良サイドの視点で描かれた作品は本作のみ(正確にはもう一作あるのですが。吉良方で数少ない剣の達人、主を守って散った清水一学を主人公とした物語であります。

 百姓の子から上野介に取り立てられ、以来必死に武士たらんと励んできた一学。国元では領民に身近に接する「赤馬の殿さま」として慕われる上野介に一心に仕え、上野介夫妻からも可愛がられてきた彼は、故郷の幼馴染を妻に迎える日を目前としていたのですが……
 しかし、松の廊下の刃傷が全てを狂わせることになります。幕府の勝手な裁きにより理不尽な世評を立てられ、追い詰められていく主を守る一学。しかしついに餓狼の如き浪士たちが屋敷に乱入、一学は決死の戦いを挑むことになるのです。

 最近は流石に少なくなってきましたが、これまで長きに渡り、一方的に悪役として描かれてきた吉良上野介。その上野介を守る吉良家の人々も、義士たちの「敵」程度の扱いがほとんどだったわけですが――本作は、一学と吉良家の人々を、あくまでもごく普通の人々、思わぬ理不尽な運命に翻弄され、命を奪われる者として描きます。

 タイトルの「雪の橋」は、忠臣蔵クライマックスの討ち入りシーンでしばしば登場する吉良邸の池の橋であると同時に、一学が上野介の妻から与えられ、許嫁に送った櫛の意匠。
 いわば一学に、吉良家にも存在し、奪われることとなった平穏な、ごく普通の日常の象徴であります。

 それを奪おうとする浪士たちへの怒りも凄まじい本作、「これが仇討ちだというのか!」という、終盤の登場人物の叫びがするどく突き刺さります。
 ラスト一行に記されたものを何と受け止めるべきか……深い切なさと哀しみが残ります。


 少々長くなってしまったので次回に続きます。


『決戦! 忠臣蔵』(葉室麟ほか 講談社) Amazon
決戦!忠臣蔵


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2017.06.05

鳴神響一『天の女王』(その二) サムライたちの戦う理由!

 実在の日本人武士コンビが、17世紀のスペインで国家を揺るがす陰謀に挑む大活劇たる物語の紹介の後編であります。本作の根底にある精神性とそれを生み出すもの、それは――

 それは、本作の二人の主人公が経験してきたもの、背負ってきたものに由来するものであります。

 遣欧使節という立場でバチカンをはじめとする欧州を訪れた二人。支倉常長の秘書役であった外記、ある事情から日本を捨てバチカンを目指した嘉兵衛――それぞれにバチカンに、キリスト教に希望を抱いてきた彼らは、その後の経験から深い幻滅を抱き、今は剣が頼りの無頼の身の上というのは、先に述べたとおりであります。

 無頼――そう、彼らはまさしく頼るもの、仕えるもの無き身の上。
 日本という故国を捨て、この時代の欧州の二大権力である王と教会のどちらに仕えるわけでもない二人の戦う理由は、洋の東西を問わず武士の根幹にあるもの――忠誠心、あるいは名誉などではありえないのであります。

 それでは二人が戦う理由は、単に金のため、身過ぎ世過ぎのためだけにすぎないのでしょうか?
 もちろんその答えは否、であります。二人が戦う理由は、もっと大きく、根源的なもの――たとえば「義」、たとえば「自由」、たとえば「愛」。そんな人間の善き心に根ざしたものなのですから。


 それは一見、ひどく陳腐な絵空事に見えるかもしれません。しかし本作に登場する敵と対峙する時、彼らの戦う理由は、むしろひどく身近なものとしてすら、感じられるのです。

 己の利益を貪り、己が権力を手にする――そのために戦争を招く。そのために邪魔となる王族をその座から追う。そのために人の秘密を暴き立て、強請りたてる。
 あるいは、単なる自分の好悪を絶対的な善悪の基準にすり替え、人間の自由な魂の発露である芸術を型に押し込め、あまつさえそれを以て人を害さんとする……

 本作で二人のサムライが、そしてルシアやベラスケスやタティアナが対峙するのは、そんな、いつの時代にも普遍的な、いや今この時も世界各地で吹き出している人間社会の悪しき側面なのであります。
 だからこそ彼らの冒険には、絵空事とは思えない重みがある。だからこそ彼らの冒険を応援したくなる……本作はそんな物語なのです。


 その本作のプロローグとエピローグは、現代を舞台とした、ちょっとしたサスペンスとなっています。
 ここでは、本編の物語の由来が語られることになるのですが――しかしそれだけはなく、本編で描かれた人間性の輝かしい勝利が決して一過性のものではなく、連綿と受け継がれてきたことを同時に語るのが何よりも嬉しい。

 そんなプロローグとエピローグを含め、本作が与えてくれるものは、スケールの大きな伝奇活劇の楽しさはもちろんのこと、それと同時に、「勇気」「希望」「元気」――いま我々が決して忘れてはならないものであります。

 物語の枠を超え、人が人として生きる上で大切なものを示してくれる――そんな本作を、現時点での作者の最高傑作であると、自信を持って言いたいと思います。


『天の女王』(鳴神響一 エイチアンドアイ) Amazon
天の女王

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2017.06.04

鳴神響一『天の女王』(その一) 欧州に駆けるサムライたち

 デビュー以来、スケールの大きな時代小説を次々と発表し、そしてスペインとフラメンコをこよなく愛する作者が、その持てる力を全て注ぎ込んだかのような快作であります。17世紀前半のスペインを舞台に、日本のサムライたちが、自由と愛のためにその刃をふるう、奇想天外かつ痛快な冒険活劇です。

 時は1623年、舞台はフェリペ4世の治世下のスペイン(エスパーニャ)。そして主人公は日本人武士・小寺外記と瀧野嘉兵衛の二人――というと、何故この時代のスペインに日本のサムライがいるのかと不思議に思う方も多いでしょう。この二人が、実在の人物とくればなおさらであります。
 実はこの二人は、あの支倉常長の慶長遣欧使節団の一員。その中でも日本に帰国せず、欧州に残留したと言われている人物であります。

 しかしその使節団もこの物語から10年近くも前のこと――希望に胸を膨らませて欧州に残った二人は、それぞれその希望に裏切られ、今は金と引き替えにその刀を振るう、いわば裏稼業で口を糊する毎日。
 そんな中、とある依頼で要人の命を救い、王と謁見したことがきっかけで、二人はイザベル王妃から極秘の使命を託されることになります。

 ルイ13世の妹であり、フランスからスペインに嫁いだ王妃。しかし彼女は、ある重大な過去の秘密が隠された宝石箱をバチカンの司教に奪われ、脅しを受けていたのであります。
 その秘密が明るみに出れば、フランスとスペインの間で戦端が開かれかねぬ宝物を奪還すべく、外記と嘉兵衛、そして王妃の侍女ルシアは、海賊が横行する海を越え、バチカンを目指すことに……

 一方、ルシアの兄であり、後世に大画家として名を残すことになるベラスケスは、思わぬことから、マドリードの夜に浮き名を流す歌姫・タティアナと、フェリペ王との仲立ちをする羽目になります。
 さらに王の命で、彼はタティアナをモデルに「無原罪の御宿り」の聖母マリア像を描くことになるのですが――その彼に近づくのは苛烈で知られる異端審問所の長官。王と異端審問所の板挟みになり、ベラスケスは苦しむことになります。

 そして一見関係の内容に見えた外記・嘉兵衛たちの冒険とベラスケスの受難は意外な形で結びつき、やがて明らかになるのは、戦争を望み、王をその座から追おうという者たちの邪悪な陰謀。
 そしてタティアナ――実はかつて嘉兵衛と愛し合った彼女が陰謀の生贄とされることを知り、サムライと芸術家たちは、一世一代の大勝負を挑むことに……


 これまで伝奇色が濃厚な作品を発表してきた作者の作品。しかし本作は伝奇は伝奇でも、西洋の伝奇小説――アレクサンドル・デュマの作品を彷彿とさせるような題材と展開の、胸躍る冒険活劇が描き出されることになります。
 特に中盤、外記と嘉兵衛、ルシアが王妃の秘密奪還のために奮闘する展開は、かの『三銃士』の、王妃の首飾りのくだりを連想させるのですが――もちろんここには本作ならではの、作者ならではの、魅力と趣向が存分に用意されているのです。

 その最たるものが、主人公コンビの存在にあることは言うまでもありません。
 女好きで陽気な外記と、寡黙で金に目がない嘉兵衛――どちらも一癖も二癖もある曲者ながら、それぞれ武術は達人クラスの二人。そんなコンビが西洋の剣士や悪漢を相手に、地中海海上やバチカンの地下迷宮等、めまぐるしく変わる舞台の中で活躍を繰り広げるのですから、これはもう、つまらないわけがないのであります。

 しかし本作は、ニッポン男児が海外で活躍してバンザイ、という趣向の作品ではありません。むしろそれとは――そして『三銃士』などの作品とは――対極にある精神性を抱えた物語であるとも言えます。


 それは――長くなりますので次回に続きます。


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天の女王

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