2017.11.15

入門者向け時代伝奇小説百選 中国もの

 入門者向け時代小説百選、ラストはちょっと趣向を変えて日本人作家による中国ものを紹介いたします。どの作品もユニークな趣向に満ちた快作揃いであります。
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)

96.『僕僕先生』(仁木英之) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 唐の時代、働きもせずに親の財産頼みで暮らす無気力な青年・王弁。ある日出会った美少女姿の仙人・僕僕に気に入られて弟子となった王弁は、彼女とともに旅に出ることになります。世界はおろか、天地を超えた世界で王弁が見たものは……

 実際に中国に残る説話を題材としつつも、それをニート青年とボクっ娘仙人という非常にキャッチーな内容に生まれ変わらせてみせた本作。現代の我々には馴染みが薄い神仙の世界をコミカルにアレンジしてみせた面白さもさることながら、旅の中で異郷の事物に触れた王弁が次第に成長していく姿も印象に残ります。
 作者の代表作にして、その後シリーズ化さえて10年以上に渡り書き続けられることとなったのも納得の名作です。

(その他おすすめ)
『薄妃の恋 僕僕先生』(仁木英之) Amazon
『千里伝』(仁木英之) Amazon


97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都) 【ミステリ】 Amazon
 デビュー以来、中国を舞台とした歴史ミステリを次々と発表してきた作者が、唐の則天武后の時代を舞台に描く連作ミステリです。

 則天武后の洛陽城に宦官として献上された怜悧な美少年・馮九郎と、天真爛漫な双子の妹・香連。九郎は複雑怪奇な権力闘争が繰り広げられる宮中で、次々と起きる奇怪な事件を持ち前の推理力で解決していくのですが、権力の魔手はやがて二人の周囲にも……

 探偵役が宦官という、ユニークな設定の本作。収録された物語が、いずれもミステリとして魅力的なのはもちろんですが、則天武后の存在が事件の数々に、そして主人公たちの動きに密接に関わってくるのが実に面白い。結末で明かされる、史実との意外なリンクにも見所であります。

(その他おすすめ)
『十八面の骰子』(森福都) Amazon
『漆黒泉』(森福都) Amazon


98.『琅邪の鬼』(丸山天寿) 【ミステリ】 Amazon
 中国史上初の皇帝である秦の始皇帝。本作は、その始皇帝の命で不老不死の研究を行った人物・徐福の弟子たちが奇怪な事件に挑む物語であります。

 徐福が住む港町・琅邪で次々と起きる怪事件。鬼に盗まれた家宝・甦って走る死体・連続する不可解な自死・一夜にして消失する屋敷・棺の中で成長する美女――超自然の鬼(幽霊)によるとしか思えない事件の数々に挑むのは、医術・易占・方術・房中術・剣術と、徐福の弟子たちはそれぞれの特技を活かして挑むことになります。

 とにかく起きる事件の異常さと、登場人物の個性が楽しい本作。本当に合理的に解けるのかと心配になるほどの謎を鮮やかに解き明かす人物の正体が明かされるラストも仰天必至の作品です。

(その他おすすめ)
『琅邪の虎』(丸山天寿) Amazon
『邯鄲の誓 始皇帝と戦った者たち』(丸山天寿) Amazon


99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬) 【ミステリ】 Amazon
 遙かな昔、黄帝が悪を滅するために地上に下したという「銀牌」。本作は、様々な時代に登場する銀牌を持つ者=銀牌侠たちが、江湖(官に対する民の世界)で起きる怪事件の数々に挑む武侠ミステリであります。

 本書に収録された四つの物語で描かれるのは、武術の奥義による殺人事件の謎。日本の剣豪小説同様、中国の武侠小説でも達人の奥義の存在と、それを如何に破るかというのは作品の大きな魅力ですが、本作ではそれがそのまま謎解きとなっているのが、実にユニークであります。

 そしてもう一つ、ラストの中編『悪銭滅身』の主人公が浪子燕青――「水滸伝」の豪傑百八星の一人なのにも注目。水滸伝ファンの作者らしい、気の利いた趣向です。

(その他おすすめ)
『もろこし紅游録』(秋梨惟喬) Amazon
『黄石斎真報』(秋梨惟喬) Amazon


100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州) 【児童】【怪奇・妖怪】 Amazon
 時代伝奇小説の遠い祖先とも言える中国四大奇書。その一つ「西遊記」の作者――とも言われる呉承恩を主人公とした奇譚です。

 父との旅の途中、みすぼらしい少女・玉策に出会って食べ物を恵もうとした作家志望の少年・承恩。しかし玉策の食べ物は何と書物――実は彼女は、泰山山頂の金篋から転がり落ちた、人の運命を見抜く力を持つ存在だったのです。
 玉策の力を狙う者たちを相手に、承恩は思わぬ冒険に巻き込まれることに……

 「西遊記」などの中国の古典を児童向けに(しかし大人も唸る完成度で)リライトしてきた作者。本作もやはり本格派かつ個性的な味わいを持った物語ですが、同時に物語の持つ力や意味を描くのが素晴らしい、「物語の物語」であります。

(その他おすすめ)
『封魔鬼譚』シリーズ(渡辺仙州) Amazon



今回紹介した本
僕僕先生 (新潮文庫)双子幻綺行―洛陽城推理譚琅邪の鬼 (講談社文庫)もろこし銀侠伝 (創元推理文庫)(P[わ]2-1)文学少年と書を喰う少女 (ポプラ文庫ピュアフル)


関連記事
 入門者向け時代伝奇小説百選

 「僕僕先生」
 「双子幻綺行 洛陽城推理譚」(その一) 事件に浮かぶ人の世の美と醜
 「琅邪の鬼」 徐福の弟子たち、怪事件に挑む
 「もろこし銀侠伝」(その一) 武侠世界ならではのミステリ
 渡辺仙州『文学少年と運命の書』 物語の力を描く物語

| | トラックバック (0)

2017.11.08

永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第18巻 物語の広がりと、情や心の広がりと

 発売からずいぶんと間が空いてしまい恐縮ですが、『猫絵十兵衛 御伽草紙』の第18巻の紹介であります。これだけの巻数を重ねてもなお絶好調の本作、今回は思いもよらぬ世界からの来訪者が登場する、世界観の広がりを感じさせる巻であります。

 常人には見えぬものを見る力を持つ猫絵描きの青年・十兵衛と、その相棒で元・猫仙人のニタのコンビを狂言回しに、市井で起きる猫絡みの事件・出来事を、ユーモラスかつ情感豊かに描く連作シリーズの本作。
 20巻近く巻数を重ねてくれば、数多くのサブレギュラーも登場してきたわけですが、この巻ではその一人(?)にまつわる意外極まりないエピソードが、巻頭に収録されています。

 そのエピソードとは「猫妖精」――これまで何度も登場してきた猫好きの老住職・奎安和尚が、ある晩尋ねてきた異人たちに出会って以来、人事不省の身になってしまったことから、この物語は始まります。
 ニタの見立てによれば和尚は何者かに魂が抜かれてしまったとのこと。そこに現れたかつての和尚の飼い猫であり、今は根子岳で暮らす異国から来た猫・縹は、その犯人に心当たりがある様子であります。

 果たして十兵衛とニタ、縹の前に現れる三人の異人。縹が目的だという異人の正体とは……!

 第2巻というかなり初期に描かれつつも、今なお人気の高い縹と奎安和尚のエピソード。長毛種でオッドアイという、この時代の日本には極めて珍しい姿であることから忌避されてきた縹と、彼を受け容れ愛する和尚との心の絆には、私も泣かされたものですが……
 その後日譚というべきエピソードを、この角度から持ってくるか! と、一読大いに驚かされました。

 なるほど、人語を解する異国から来た猫とくれば、この線があったか(よく見てみれば、尾も二又に分かれていない=猫又ではないのにまた感心)と、妖怪その他大好き人間としては納得かつ大喜びのこの展開。
 異国の妖というのは、以前も登場したことがありますが、今回は猫ということでより本作のカラーにあった存在なのも嬉しく、そんな相手のことも知り尽くしているニタの何でもアリっぷりもいいのであります。

 そしてもちろん、縹と和尚の間の絆に、変わるところが全くないのもグッとくるこのエピソード、本書の表紙を縹が飾るのも納得の好編であります。


 ……と、冒頭のエピソードばかり大きく取り上げてしまいましたが、もちろんその他にもユニークな物語が並びます。
 猫町長屋を守ることになった小さな地荒神が、猫たちと一緒に災いを払うために奮闘する「神の月猫」
 迷子になった猫を探してまじないを記す父子と猫の絆「まじない猫」
 とある村で村長の娘を狙う妖怪がニタを恐れていると知り、妖怪退治に乗り出した十兵衛たちが意外な真実を知る「歳除猫」
 戯作者の初風先生と愛猫の小春のある日を描く「小春 初風の一日」
 お人好しの椋鳥=地方からの出稼ぎの男と猫を助けるため、十兵衛と西浦さんが一肌脱ぐ「椋鳥猫」
 自分の描きたいものが見つからず苦しむ弟弟子に、十兵衛が与えた助言を描く「三ノ猫」

 今回も妖怪あり神さまあり、人情ありとバラエティに富んだ内容ですが、相変わらず高い水準というのは共通点であるのは間違いありません。

 そんな中、これらの物語の中で十兵衛たちが「情」を示す際の態度が、ある種博愛的であるのが個人的に嬉しい。

 例えば「歳除猫」で他の物語であれば退治されて終わりになりそうな妖の身になって怒る、「椋鳥猫」で田舎者の自分のためにと恐縮する男に「助けに国は関係ねぇぞ」とさらりと答えてみせる……
 人も出自も関係なく、分け隔てのなく示される十兵衛たちの「情」と「心」の存在が、何とも沁みるのです。


 海を越える物語の広がり、十兵衛たちの情と心の広がり――本書でもまだまだ広がる物語が、実に心地よい作品であります。


『猫絵十兵衛 御伽草紙』第18巻(永尾まる 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon
猫絵十兵衛 御伽草紙 十八 (ねこぱんちコミックス)


関連記事
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第1巻 猫と人の優しい距離感
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第2巻 健在、江戸のちょっと不思議でイイ話
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第3巻 猫そのものを描く魅力
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第4巻
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第5巻 猫のドラマと人のドラマ
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第6巻 猫かわいがりしない現実の描写
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第7巻 時代を超えた人と猫の交流
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第8巻 可愛くない猫の可愛らしさを描く筆
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第9巻 女性たちの活躍と猫たちの魅力と
 『猫絵十兵衛御伽草紙』第10巻 人間・猫・それ以外、それぞれの「情」
 『猫絵十兵衛御伽草紙』第11巻 ファンタスティックで地に足のついた人情・猫情
 『猫絵十兵衛 御伽草紙』第12巻 表に現れぬ人の、猫の心の美しさを描いて
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第14巻 人と猫股、男と女 それぞれの想い
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第15巻 この世界に寄り添い暮らす人と猫と妖と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第16巻 不思議系の物語と人情の機微と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第17巻 変わらぬ二人と少しずつ変わっていく人々と

| | トラックバック (0)

2017.11.01

入門者向け時代伝奇小説百選 幕末-明治(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、幕末-明治のその2は、箱館戦争から西南戦争という、武士たちの最後を飾る戦いを題材とした作品が並びます。

86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)


86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎) Amazon
 近年、幾つもの土方歳三を主人公とした作品を発表してきた作者が、極めてユニークな視点から箱館戦争を描くのが本作です。

 プロシア人ガルトネルが蝦夷共和国と結ぶこととなった土地の租借契約。その背後には、ロシア秘密警察工作員の恐るべき陰謀がありました。この契約に疑問を抱いた土方は、在野の軍学者、箱館政府に抗するレジスタンス戦士らと呉越同舟、陰謀を阻むたの戦いを挑むことに……

 実際に明治時代に大問題となったガルトネル事件を背景とした本作。その背後に国際的陰謀を描いてみせるのは如何にも作者らしい趣向ですが、それに挑む土方の武士としての美意識を持った人物像が実にいい。
 終盤の不可能ミッション的な展開も手に汗握る快作です。

(その他おすすめ)
『神威の矢 土方歳三蝦夷討伐奇譚』(富樫倫太郎) Amazon


87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 幕末最後の戦いというべき五稜郭の戦。本作はその戦の終わりから始まる新たな戦いを描く雄編です。

 五稜郭の戦に敗れ、敗残兵となった少年・志波新之介。新政府軍の追っ手や賞金稼ぎたちと死闘を繰り広げつつ、生き延びるための旅を続ける彼の前に現れるのは、和人の過酷な弾圧に苦しむアイヌの人々、そして大自然の化身たる蝦夷地の神々や妖魔たち。
 出会いと別れを繰り返しつつ、北へ、北へと向かう新之介を待つものは……

 和製マカロニウェスタンと言うべき壮絶なガンアクションが次から次へと展開される本作。それと同時に描かれる蝦夷地の神秘は、どこか消えゆく古きものへの哀惜の念を感じさせます。
 一つの時代の終焉を激しく、哀しく描いた物語です。

(その他おすすめ)
『地の果ての獄』(山田風太郎) Amazon


88.『警視庁草紙』(山田風太郎) 【ミステリ】 Amazon
 作者にとって忍法帖と並び称されるのが、明治ものと呼ばれる伝奇小説群。本作はその記念すべき第一作であります。

 川路大警視をトップに新政府に設立された警視庁。その鼻を明かすため、元同心・千羽兵四郎ら江戸町奉行所の残党たちは、市井の怪事件をネタに知恵比べを挑むことに……

 漱石・露伴・鴎外・円朝・鉄舟・次郎長など、豪華かつ意外な顔ぶれが、正史の合間を縫って次々と登場し物語を彩る本作。そんな明治もの全体に共通する意外史的趣向に加え、ミステリとしても超一級のエピソードが並びます。
 そしてそれと同時に、江戸の生き残りと言うべき人々の痛快な反撃の姿を通じて明治以降の日本に対する異議申し立てを描いてみせた名作であります。

(その他おすすめ)
『明治断頭台』(山田風太郎) Amazon
『参議暗殺』(翔田寛) Amazon


89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄) 【ミステリ】 Amazon
 北辰一刀流の達人にして、維新後は写真師として暮らす元幕臣・志村悠之介。西南戦争勃発直前、西郷隆盛の顔写真を撮るという依頼を受けた彼は、一人鹿児島に潜入することになります。
 そこで彼を待つのは、西郷の写真を撮らせようとする者と、撮らせまいとする者――いずれも曰くありげな者たちの間で繰り広げられる暗闘に巻き込まれた悠之介の運命は……

 文庫書き下ろし時代小説界で大活躍中の作者が最初期に発表した三部作の第一作である本作。
 知られているようで謎に包まれている西郷の「素顔」を、写真という最先端の機器を通じて描くという趣向もさることながら、その物語を敗者や弱者の視点から描いてみせるという、実に作者らしさに満ちた物語です。


(その他おすすめ)
『鹿鳴館盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄) Amazon
『黒牛と妖怪』(風野真知雄) Amazon


90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健) Amazon
 西南戦争終盤、警視隊の藤田五郎をはじめ曲者揃いのメンバーとともに、西郷を救出せよという密命を下された村田経芳。
 しかしメンバー集合前に隊長が何者かに暗殺され、それ以降も次々と彼らを危機が襲うことになります。誰が味方で誰が敵か、そしてこの依頼の背後に何があるのか。銃豪と剣豪が旅の果てに見たものは……

 期待の新星のデビュー作である本作は、優れた時代伝奇冒険小説というべき作品。
 後に初の国産小銃である村田銃を開発する「銃豪」村田経芳を主人公として、いわゆる不可能ミッションものの王道を行くような物語を描くと同時に、その中で、時代の境目に生きる人々が抱えた複雑な屈託と、その解放を描いてみせるのが印象に残ります。



今回紹介した本
箱館売ります(上) - 土方歳三 蝦夷血風録 (中公文庫)旋風伝 レラ=シウ(1)警視庁草紙 上  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介 (角川文庫)明治剣狼伝―西郷暗殺指令 (時代小説文庫)


関連記事
 入門者向け時代伝奇小説百選

 富樫倫太郎『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』上巻 箱館に迫る異国の大陰謀
 「西郷盗撮 剣豪写真師志村悠之介 明治秘帳」 写真の中の叫びと希望
 新美健『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』 銃豪・剣豪たちの屈託の果てに

| | トラックバック (0)

2017.10.22

鳴海丈『王子の狐 あやかし小町大江戸怪異事件帳』 ついに完成した事件と妖怪の関係性

 妖怪・煙羅の力を借りる美少女・お光と、北町奉行所の切れ者同心・和泉京之介が、様々な怪事件に挑むシリーズもこれで4作目。今回も3つの事件が収録されている本作ですが、今回はシリーズの根幹に関わりかねない大きな秘密が明かされることに……

 消息を絶った兄を探すために江戸に出てくる途中、「おえんちゃん」こと「煙羅」に取り憑かれ、その力で人助けをしてきたお光。
 ある事件がきっかけで出会ったお光と京之介は、これまでも力を合わせて数々の妖怪絡みの怪事件を解決してきました。

 その中で互いに憎からず思うようになったものの、奥手な二人はなかなか言い出せず――という構図もそのままに、今回も次々と不可思議な事件に二人は巻き込まれることになります。

 旧暦とはいえ九月の晩にわずか半刻で男が凍死し、男の弟分夫婦と出会った京之介がある疑惑を抱く『雪の別れ』
 長女が亡くなったばかりの加賀屋で番頭が何者かに階段で突き落とされたの背後の意外な真相をお光が解き明かす『加賀屋の娘』
 殺した相手の右目を抉ることから「隻眼天狗」と呼ばれる凶悪な辻斬りを追う京之介が、王子稲荷で恐るべきその正体を知る「王子の狐」

 正直なところ、どのエピソードも、ある意味オールドファッションな捕物帖であります。事件の真相が解き明かされてみれば、ちょっと拍子抜けするようなものもなくはありません。
 少々内容を割ることになってしまい恐縮ですが、実のところこれらの事件は、妖怪が登場しなくても成立する内容なのですから……

 しかし本作は、そこに妖怪を絡めることで、事件の複雑さ、ややこしさを幾重に増してみせるのが実に面白い。(というより妖怪を絡めることから逆算しての事件のシンプルさなのでしょう)
 ある意味極めて現世的な人間の悪意や欲望が引き起こした事件に、超常的な存在が絡むことで、事件はより解決困難なものとなり、新たな被害が生まれていく――本作の物語にはそんな構図があります。

 事件そのものは妖怪なしでも成立するが、しかし妖怪が絡むことで物語がより興趣に満ちたものとなる――もちろんその構図はこれまでのシリーズでも同様ではあります。しかし本作においては、その塩梅が実に良く、本シリーズ――というより妖怪時代小説として、一種の完成形となったのではないかとすら感じられるのです。

 そして本作における、人間の悪意と妖怪の跳梁の一種の相補関係は、裏返せば京之介とお光の関係に対応するものであることは言うまでもないでしょう。


 ……が、本シリーズのややこしいのは、もう一人、人ならざる力を操るヒロイン・長谷部透流が登場する点にあります。
 男装の美少女という、実に作者らしいキャラクターである透流。彼女は娘陰陽師として妖怪を使役し、人の世に仇なす魔を祓ってきたスーパーヒロインであります。

 主人公たるお光が彼女自身は普通の少女であり、基本的に事件に受動的に関わるのに対し、能動的に事件に絡んでいく透流は、出番こそ少なめなものの、非常に目立つ存在です。
 先に述べた相補関係は京之介と透流でも成り立つわけで(まあ二人の間に恋愛感情は全くないのですが)、一歩間違えればお光の存在を完全に食いかねないキャラクターなのです。

 その点がこれまで大いにひっかかっていたのですが――しかし本作のラストで明かされるお光にまつわるある秘密が、その構図を一変させることになります。
 その秘密の内容をここで明かすことはできませんが、なるほど、これであれば、お光は透流であれ誰であれ、決して他の人間で替えることのできない存在であり、そして京之介と対になるべき存在である――そう納得することができます。

 この秘密がこの先、どのように物語に作用していくのか――それは伝奇的な意味でも気になるのですが、何よりも本作でついに完成した、本シリーズならではの事件と妖怪の関係性の点で、大いに気になるところなのです。


『王子の狐 あやかし小町大江戸怪異事件帳』(鳴海丈 廣済堂文庫) Amazon


関連記事
 鳴海丈『あやかし小町 大江戸怪異事件帳』 アップデートされた原点のアイディア
 鳴海丈『鬼砲 あやかし小町 大江戸怪異事件帳』 さらにバラエティに富む怪異捕物帳
 鳴海丈『廻り地蔵 あやかし小町大江戸怪異事件帳』 怪異に負けぬ捕物帖を目指して

| | トラックバック (0)

2017.10.18

入門者向け時代伝奇小説百選 江戸(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、江戸もののその二は、フレッシュで個性的な作品を中心に取り上げます。

76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

76.『退屈姫君伝』(米村圭伍) Amazon
 ユーモラスかつスケールの大きな時代小説を描けば右に出る者がいない作者の代表作、好奇心旺盛な姫君の活躍を描くシリーズの開幕編です。
 陸奥の大藩から讃岐の小藩・風見藩に嫁いだ、めだか姫。夫がお国入りして暇を持て余し、謎解きをしたり町をぶらついたりといった日々を過ごす姫は、田沼意次が風見藩と実家を狙っていることを知り、俄然張り切ることに……

 作者お得意のですます調で繰り広げられるユーモラスでペーソス溢れる物語が、あれよあれよという間にスケールアップしていく、実に作者らしいスケール感の本作。
 冒頭で述べたとおり「退屈姫君」シリーズの第一作でもあり、また作者の他の作品とのリンクも魅力の一つです。

(その他おすすめ)
『風流冷飯伝』(米村圭伍) Amazon


77.『未来記の番人』(築山桂) 【忍者】 Amazon
 大坂を舞台に、したたかな商人たちの姿や、爽やかな青春群像を描いてきた作者が、聖徳太子の予言書「未来記」を題材に描く活劇です。
 大坂四天王寺に隠されていると言われる未来記奪取を命じられた、南光坊天海直属の忍び・千里丸。千里眼の異能を持つ彼は、そこで初めて自分と同様に異能を持つ少女・紅羽と出会うのですが……

 この二人を中心に、様々な思惑を秘めた様々な人々が繰り広げる未来記争奪戦を描く本作。その内容は、まさに伝奇ものの醍醐味に満ちたものであります。
 しかし本作は同時に、その戦いの中の人々の姿を丹念に描くことにより、歴史の激流の中で人が生きることの意味を問いかけるのです。作者ならではの佳品というべきでしょう。

(その他おすすめ)
『緒方洪庵浪華の事件帳』シリーズ(築山桂) Amazon
『浪華の翔風』(築山桂) Amazon


78.『燦』シリーズ(あさのあつこ) Amazon
 瑞々しい少年たちの姿を描く児童文学と、人の心の陰影を鮮やかに描く時代小説を平行して描いてきた作者が、その両者を巧みに融合させたのが本作です。

 田鶴藩の筆頭家老の家に生まれ、藩主の次男・圭寿に幼い頃から仕えてきた吉倉伊月。しかしある日彼らの前に、かつて藩に滅ぼされた神波一族の生き残りの少年・燦が現れます。
 突然藩主を継ぐことになった圭寿を支える伊月と、彼らと奇妙な因縁に結ばれた燦。三人の少年は、やがて藩を簒奪せんとする勢力、そして藩が隠してきた闇と対峙することになるのですが……

 三人の少年たちの戦いと成長と同時に、彼らと関わる女性たちの姿も巧みに描き出す本作。ラストに待ち受ける驚愕の真相も必見です。


79.『荒神』(宮部みゆき) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 時代小説においても人情ものからミステリ、ホラーなど様々な作品を発表してきた作者が、何と怪獣ものに挑んだ傑作であります。

 ある晩、北東北の山村が一夜にして壊滅。その山村が敵対する二つの藩の境目にあったことから緊張が高まる中、その犯人である謎の怪物が出現、次々と被害を増やしていくことになります。
 両藩の対応が遅れる中、事件に巻き込まれた人々は、生き残るために、あるいは怪物を倒すために、それぞれ必死の戦いを繰り広げることに……

 怪獣映画のフォーマットを時代小説に見事に落とし込んでみせた本作。怪物の存在感の見事さもさることながら、理不尽な事態に翻弄されながらも決して屈しない人々の姿が熱い感動を呼びます。


80.『鬼船の城塞』(鳴神響一) Amazon
 日本では比較的数少ない海洋時代小説。本作はその最新の成果というべき冒険活劇であります。

 日本近海で目撃が相次ぐ謎の赤い巨船「鬼船」。御用中にこの鬼船に遭遇した鏑木信之介は、鬼船を操る海賊・阿蘭党に一人捕らわれることになります。
 彼らの賓客として遇される中、徐々に彼らの存在を理解していく真之介。しかし鬼船を遙かに上回る巨大なイスパニアの軍艦が出現したことから、事態は大きく動き出すことに……

 デビュー以来、通常の時代小説の枠に収まらない作品を次々発表してきた作者らしく、壮大なスケールの本作。散りばめられた謎や秘密の面白さはもちろんのこと、迫真の海洋描写、操船描写が物語を大いに盛り上げる快作です。

(その他おすすめ)
『私が愛したサムライの娘』(鳴神響一) Amazon
『海狼伝』(白石一郎) Amazon



今回紹介した本
退屈姫君伝未来記の番人 (PHP文芸文庫)燦〈1〉風の刃 (文春文庫)荒神 (新潮文庫)鬼船の城塞 (ハルキ文庫 な 13-3 時代小説文庫)


関連記事
 入門者向け時代伝奇小説百選

 「退屈姫君伝」 めだか姫、初の御目見得
 『未来記の番人』 予言の書争奪戦の中に浮かぶ救いの姿
 「燦 1 風の刃」
 『荒神』 怪獣の猛威と人間の善意と
 鳴神響一『鬼船の城塞』 江戸の海に戦う男たち

| | トラックバック (0)

2017.10.14

仁木英之『くるすの残光 最後の審判』の解説を担当しました

 この12日に発売された仁木英之『くるすの残光 最後の審判』の解説を担当させていただきました。神の力を授けられた切支丹の聖騎士たちと、南光坊天海率いる幕府の切支丹討伐部隊・閻羅衆との最後の戦いが描かれる、シリーズ第5巻にして完結編の文庫化であります。

 島原の乱で討たれ、神の力を秘めた七つの聖遺物を奪われた天草四郎。四郎に異能を与えられ、彼の復活を目指す切支丹の聖騎士たちは、江戸に潜伏して聖遺物奪還を目指すものの、その前に怪僧・南光坊天海が立ち塞がります。
 聖遺物を様々な者に与え、その力で切支丹を滅ぼさんとする天海。かくて、植木職人見習いに身をやつす少年・寅太郎をはじめとする聖騎士たちは、江戸をはじめとする各地で、聖遺物の力を操る者たちと激闘を繰り広げることになります。

 切支丹のみならず、この国の古き神々をも平らげんとする天海との戦いは、山の民や海の民らをも巻き込み、多大な犠牲を払った末に聖騎士たちが勝利を手にしたかに見えたのですが……
 しかし天海が姿を消した後も閻羅衆による弾圧は続き、切支丹たちは解放されるどころか追い詰められる一方。思わぬことから周囲に正体が露見してしまい、追われる身となった寅太郎たちに手を差し伸べたのは、あの由井正雪でした。

 自らも聖遺物を持ち、そして幕府の手からこぼれ落ちる者を救おうとする意思を持つ正雪とともに戦うことになる寅太郎を待つ運命は……


 というわけで、大団円に相応しい展開が次から次へと描かれる本作。シリーズ最終巻ということで、シリーズの総括として解説を書かせていただきました。
 しかしそれだけでなく、作者の作品全体、特に『僕僕先生』『千里伝』『魔神航路』といった作者のファンタジー活劇に通底するものについても触れております。

 その内容についてはこれ以上ここでは書きませんが、これまであまり指摘されたことはない点ではないかなあ――と自画自賛しております。
 そしてもう一つ、本作が伝奇時代小説である意味、作者が伝奇時代小説を書く意味についても、触れさせていただいております。

 ぜひ、お手にとってご覧いただければと思います。


 さて――ここでもう一点、このブログにおいては述べなければならないことがあります。
 実はこのブログでも以前に(単行本刊行時に)本作を取り上げているのですが、その際には、かなり厳しい評価をしておりました。

 実は今回解説を担当させていただくに当たり、その時のことがいささか気になっていたのですが――再読してみれば、これが僕の読みの甘さであったことがはっきりとわかり、これはこれで頭を抱えることに……
 もちろん、その時のブログの文章を修正したりはいたしませんが、こうして解説の機会を与えていただいたことにより、本作の魅力をしっかりと再確認することができて本当に良かった、と思います。

 解説(に限らずこのブログの文章もですが)を書く時には、もちろんあらかじめある程度の先の見通しを持っているわけですが、しかしそれでも実際に文章を書いているうちに、改めて自分の中から湧いてくるものがある……
 それは自分の考えが言語化されたということであり、これまで何度も経験してきたところですが、今回改めてその素晴らしさを再確認した次第です。


 そんな言い訳と自己満足はさておき、この文庫化を機会に、改めて『くるすの残光』の、作者の時代伝奇小説の魅力に触れてくださる方が増えれば――そして少しでもそのお手伝いができれば――これに勝る喜びはありません。
 どうぞよろしくお願いいたします。


『くるすの残光 最後の審判』(仁木英之 祥伝社文庫) Amazon
くるすの残光 最後の審判 (祥伝社文庫)


関連記事
 「くるすの残光 天草忍法伝」 辿り着いた希望の種
 「くるすの残光 月の聖槍」 時代から外れた異人たち
 「くるすの残光 いえす再臨」 激突する神の子と神の子
 『くるすの残光 天の庭』 神と人間、歴史と世界の先の救い
 仁木英之『くるすの残光 最後の審判』 そして残った最後の希望、しかし……

| | トラックバック (0)

2017.10.02

入門者向け時代伝奇小説百選 戦国(その二)

 入門者向け伝奇時代小説百選の戦国ものその二であります。今回は戦国ものの中でも近年の作品、フレッシュな魅力に溢れる作品を紹介いたします。

66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)


66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希) Amazon
 次世代の歴史小説家の中で先頭集団を行く作者のデビュー作である本作は、安土桃山時代の京を舞台にロック魂が炸裂する、破天荒な作品であります。

 流れ流れて芸能の中心地・京の五条河原に集った四人の若者。既成の音楽に飽き足らない四人は、型破りな演奏と言動で一気に民衆の支持を集めるものの、やがて武士による芸人への締め付けが強まっていくこととなります。さらに豊臣秀次と石田三成の政争に巻き込まれることとなった彼らは……

 いわゆるバンドものの基本を踏まえつつ、それをこの時代ならではの物語として見事に再生してみせた本作。新しい芸能と古い時代のせめぎ合いの中に自由な精神への希望を描く爽快な作品です。

(その他おすすめ)
『青嵐の譜』(天野純希) Amazon
『風吹く谷の守人』(天野純希) Amazon


67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男) 【忍者】 Amazon
 作者のシリーズキャラクターである肥満体の暗号師・蒼海と、隻腕の少年忍者・友海の凸凹コンビが、日本消滅の危機に挑む奇想天外な物語であります。

 家康と三成の間の対立が深まる中で流行する手まり歌。天下分け目の大戦に太閤秀吉が甦るという奇怪なその歌の秘密を求めて様々な勢力の間で繰り広げられる暗闘に、蒼海と友海は巻き込まれることになります。
 そして死闘の末、大坂城で開催される暗号競会「太閤の復活祭」。そこで明かされる恐るべき秘事とは――

 時代伝奇小説数ある中でも、破天荒さと意外性では屈指の本作。バトルと暗号解読がこれでもかと散りばめられた末に明かされるスケールの大きすぎる真相は必見であります。


(その他おすすめ)
『官兵衛の陰謀 忍者八門』(中見利男) Amazon


68.『覇王の贄』(矢野隆) 【剣豪】 Amazon
 天下統一を目前とした覇王・信長が配下の武将たちに下した命。自慢の武芸者・新免無二斎を一対一で殺せる者を連れてこいという信長に対し、六人の武将たちは、悩みつつもそれぞれ「贄」を選ぶことに……

 無双の強さを誇る無二斎を倒せる者はいるのか? そして信長の真意はどこにあるのか? 本作で描かれるのは、無二斎と武芸者たちの決闘はもちろんのこと、信長と配下の武将たちの心理戦であります。
 デビュー以来ほぼ一貫して、命を賭けた戦いと、その中で己の生の意味を見いだす者たちを描いてきた作者。その作者が、武芸者たちと武将たちと、二重のバトルを通じて武将たちの生き様を浮き彫りにしてみせた名品です。

(その他おすすめ)
『蛇衆』(矢野隆) Amazon


69.『三人孫市』(谷津矢車) Amazon
 デビュー以来「二十代最強の歴史作家」と呼ばれてきた作者が、鉄砲術でその名を轟かせた雑賀孫市を、タイトルのとおり三人の、それも血の繋がった三兄弟として描き出した物語であります。
 体は弱いものの鉄砲用兵に精通した長男・義方、鉄砲と金砕棒を自在に操る剛勇の次男・重秀、無口無表情ながら凄腕の狙撃手である三男・重朝。この三兄弟を擁することで無双の傭兵集団となった雑賀衆は、やがて信長の軍と対峙することになるのですが……

 同じ孫市の名を得ながらも、三人三様の道を選んだ兄弟たち。意外性に富んだ物語の面白さのみならず、作者の作品に通底するする「個」と「時代」の相剋を、より先鋭化して描いてみせた名品です。

(その他おすすめ)
『曽呂利!』(谷津矢車) Amazon


70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴) 【忍者】【児童文学】 Amazon
 いつの時代も衰えぬ人気を持つ真田幸村と十勇士。本作はその十勇士を描く、最も新しく、最も独創的な物語であります。

 上田の地を守るため、天下人の間で独自の戦いを続ける真田幸村と十勇士。彼らはその戦いの中で、天下人たちの背後に潜む存在を知ります。その名は百地三太夫――荼枳尼天の法を用い、時空を超えた力を振るう三太夫に対し十勇士は戦いを挑むのですが……

 そんな壮大な伝奇活劇を展開させつつ、本作は「天下」という概念を「人間」個人の存在を否定するものとして描写。天下を窺う三太夫との戦いは、人間性を否定された過去を持つ十勇士たちにとって人間性回復の戦いでもある――そんな構図の独創性に唸らされるのです。

(その他おすすめ)
『真田十勇士(小学館文庫版)』(松尾清貴) Amazon



今回紹介した本
桃山ビート・トライブ (集英社文庫)秀吉の暗号 太閤の復活祭〈一〉 (ハルキ文庫 な 7-3)覇王の贄(にえ)三人孫市真田十勇士〈1〉忍術使い


関連記事
 入門者向け時代伝奇小説百選

 「桃山ビート・トライブ」 うますぎるのが玉に瑕?
 「秀吉の暗号 太閤の復活祭」第1巻 恐るべき暗号トーナメント
 矢野隆『覇王の贄』 二重のバトルが描き出す信長とその時代
 谷津矢車『三人孫市』 三人の「個」と「時代」の対峙の姿
 松尾清貴『真田十勇士 1 忍術使い』(その一) 容赦なき勇士たちの過去

| | トラックバック (0)

2017.09.24

仁木英之『魔神航路 Z ゼウスとの決戦』 彼らの絆、最後の絆

 ギリシャ神話の世界に転生し、神々や英雄、そして魔神と融合してしまった若者たちが繰り広げる冒険を描いてきたシリーズもいよいよ最終巻。元の世界に戻るための鍵である金羊皮を手にするべく、コルキスに到着した一行を待つものは、最強の敵・ゼウスと……

 これまでの生活で密かに溜め込んできたコンプレックスを晴らすべく、融合したゼウスの力を振るう健史によってギリシャ神話の世界に転移してしまった信之たち6人。
 それぞれテューポーン、イアソン、ヘラクレス、ヒュラース、メディアと融合した彼らは、アルゴ船に集った英雄たちとともに、コルキスに向かうことになります。

 途中に待ち受ける魔物や古き神々、そしてゼウスの妨害を突破してコルキスに近づいた一行。しかし新たに仲間になったメディアの人間離れした強大な魔力に不審を抱いたヘラクレスと勇次が離脱、その一方でイアソンとメディアが結ばれ、賑やかなムードとなったアルゴ船ですが……


 というわけで、最終巻の主な舞台となるのは、この冒険の目的地であるコルキス。ヒロインの一人である海晴と融合したメディアの祖国であります。
 かつて祖国を追われた王子が、ゼウスの遣わした黄金の羊に乗って逃れたというコルキスの地。信之たちが求めるのは、その黄金の羊の皮なのですが――しかしその前に最強の番人が立ち塞がります。

 かつてメディアがその持てる魔力の限りを注ぎ込んで生み出したという炎の牛。かつてコルキスを滅ぼしかけたという無敵の存在を突破したとしても、その先には眠りを知らぬ黄金の龍が待ち構えます。
 そして金羊皮を求めるのは彼らだけではありません。この世界を超え、他の世界――信之や健史の世界をも支配すべく、ゼウスもまた、金羊皮を求めていたのであります。さらにその傍らには、ヘラクレスと勇次の姿までもが……

 ゼウスすら手を焼く炎の牛を、そしてその先の難関を突破することはできるのか。ゼウスに加えヘラクレスを打ち破ることはできるのか――そして金羊皮を目前とした時、意外な裏切りが彼らの繋がりを揺さぶることになるのです。


 これまで幾度も述べたように、ギリシャ神話のオールスター戦のようなアルゴ船の物語。その一方で、神話での彼らの冒険の結末(というよりもクライマックス)は、実は後味が良いものではありません。
 その大部分は、メディアの行動によるものなのですが――本作は、神話どおりの結末となりかねない要素を描きつつも、しかし全く異なる方向へと向かっていきます。

 それは神話とは異なるものの、しかしこれまでの物語を見ればなるほどあり得ないわけではない展開――そこで描かれ、問われるのは、その内容以上に、これまでの物語において培われてきた人と神、人と英雄、人と魔神の絆の存在であります。

 全く異なる世界に生まれ、そして全く異なる考えを、力を持って生きてきた彼ら。思わぬ運命に見舞われ、融合という形で行動を共にすることになりながら、彼らの間にはある種の絆が生まれてきました。
 その絆の形は、強さは、しかしそれぞれであります。どこまでも強く揺るがぬものもあれば、最初からぶつかり合いながらも決して切れないものもある。結びついていたものが裏切られることすらあります。

 そしてその絆の多様性――というよりも一筋縄ではいかなさ――は、同じ人と人でも同様であります。そもそもこの冒険のきっかけとなった健史のコンプレックス自体が、一見仲の良い友達同士であった信之たちと健史の間の溝にあったのですから。

 しかし本作は、その一筋縄ではいかない絆の中にこそ、か細くも一つの希望を見出します。
 絆は永遠ではないかもしれない。それどころか結びたくとも結べない絆もある。それでも、それでも新たな絆は生まれます。望んだ形と違うかもしれない、思いもよらぬ相手とかもしれなくとも……


 そんな人と他者との絆の姿を描いてきた本シリーズ。
 その題材がギリシャ神話であったのは、もちろん多士済々のアルゴ船という魅力的な題材はあれど、それ以前に、神も魔神もひどく「人間くさい」存在だからではないのか――物語の結末に至り、いまさらながらに感じた次第です。

 そして彼らの新たな絆に乾杯!
(信之はこれでいいのかな、いいんだろうな……)


『魔神航路 Z ゼウスとの決戦』(仁木英之 PHP文芸文庫) Amazon
魔神航路 Z (PHP文芸文庫)


関連記事
 仁木英之『魔神航路 肩乗りテューポーンと英雄船』 おかしなアルゴノーツ、冒険に旅立つ
 仁木英之『魔神航路 2 伝説の巨人』 ギャップ萌えの魔神と古の神の信徒と
 仁木英之『魔神航路 3 英雄の結婚』 望まぬ力と想いを分かち合う相手と

| | トラックバック (0)

2017.09.08

仁木英之『魔神航路 3 英雄の結婚』 望まぬ力と想いを分かち合う相手と

 ギリシャ神話の世界に転移し、神々や英雄たちと融合してしまった現代の若者たちがアルゴ船に乗り込んで繰り広げる冒険を描く本シリーズも後半戦となります。彼らを阻む様々な魔物たちとの戦いの中で浮かび上がる、人間と神、人間と魔神、人間と英雄の結び付きの姿とは……

 オリンポス最強の神・ゼウスと融合した友人・健史により、ギリシャ神話の世界に転移させられた信之たち。魔神テューポーンと融合した信之をはじめ、いずれも神や英雄と融合してしまった彼らは、ゼウスの野望を阻むため、アルゴ船に乗り組み、黄金の羊の毛皮を求めてコルキスに向かいます。

 途中襲いかかる様々な魔物、そしてその背後に潜むゼウスの策謀を、コルキスのメディア王女と融合した海晴の力も借りつつ突破していくアルゴ船の一行。
 そんな彼らの行く手を今回阻むのは、ビザンティオンの地を阻むハルピュイアの群れに、海峡を阻む双黒石・シュムプレガデス――いずれも力押しだけではどうにもならない難所難敵であります。

 この難関を、ゼウスの未来を見たことで永遠にハルピュイアに啄まれる運命を背負わされた予言者ピネウス、さらにはこれまで海晴を通じて彼方から協力してくれていたメディアの力を借りて突破しようとする一行ですが、……


 神話において様々な困難に直面したアルゴ船。これまでのシリーズで描かれた女護が島レームノス島や伝説の巨人ギガス同様、今回のピネウスとハルピュイア、そしてシュムプレガデスも、それら神話で描かれた逸話であります。
 しかしこれらのキャラクターたちは、これまで同様に、本シリーズならではのアレンジを受けて物語に登場することになります。その中でも特に印象に残るのは、ピネウスとメディアの二人でしょう。

 望まぬ予言の力を持ったが故にゼウスに目をつけられ、理不尽な理由から死ぬに死ねぬ苦痛を味合わされるピネウス(彼の境遇はダイダロスのそれも入っていますが……)。生まれつきに魔法の力を持つ故に、実の家族からも疎んじられ、幽閉され利用されるメディア。

 神話において描かれたエピソードを膨らませることによって、現代の我々が読んで違和感ないものとなった彼らの物語。その中でも特に大きなアレンジとして感じられるのは、二人が、望まぬまま背負わされた大きすぎる力に悩んできたという点ではないでしょうか。

 神、魔神、英雄たちなど、人を遙かに超える力を持つ者たちが数多く存在するギリシャ神話の世界。しかしその力が何のためにあるのか、何のために使うのかという点で悩む者は、原典では少なかったように感じます。
 それに対して本作のピネウスとメディアの二人は、望まぬままにその力を得て、そしてその力の存在に悩むがゆえに、力に対して一種否定的な視点を持つ存在。その点において二人は神話に礎を置きながらも、神話から離れた視点を持つ存在と感じられます。

 そしてそれは、むしろ信之たちに近い立場と言えるかもしれませんが――しかし、その一方で、二人と信之たちとで大きく異なる点も存在します。
 それは信之たちの力が融合する相手あってこそであるのに対し、二人には(メディアには海晴が登場するまで)その力を、想いを分かち合う者がいなかった点であります。

 もちろん、それが両者の運命を分けたというのは残酷にすぎるでしょう。しかし、想いを同じくする者が人を、神も英雄もどれだけ強くするか、我々はこれまで見てきました。
 そして本作のラストにおいて、メディアは海晴とはまた異なる意味のパートナーを――本作の副題に示される形で――持つことになります。
 神話においては決して幸福のみをもたらさなかった結び付きですが、しかし本作においてはまた別の意味を持ってくれるのではないか、彼女たちの力の新たな意味が生まれるのではないか――そう期待したくなるのであります。

 もっとも、人と人(含む神々)が出会い、結びつくことは、ポジティブなものだけではありません。いよいよ結び付きを増していく信之やテューポーンは格別、未だに相手を理解し切れていない者、微妙な違いを感じる者たちもまた存在します。

 そして本作のラストにおいては、そのせいではないとはいえ、あの最強の英雄が一行から離脱(これも神話通りといえばそうなのですが)。
 果たして彼らの結び付きが神話に本当に何をもたらすことになるのか――それは続く最終巻が物語ることでしょう。


『魔神航路 3 英雄の結婚』(仁木英之 PHP文芸文庫) Amazon
魔神航路 3 (PHP文芸文庫)


関連記事
 仁木英之『魔神航路 肩乗りテューポーンと英雄船』 おかしなアルゴノーツ、冒険に旅立つ
 仁木英之『魔神航路 2 伝説の巨人』 ギャップ萌えの魔神と古の神の信徒と

| | トラックバック (0)

2017.09.02

仁木英之『魔神航路 2 伝説の巨人』 ギャップ萌えの魔神と古の神の信徒と

 ギリシャ神話の世界に転移、神々や英雄と融合してしまった現代日本の若者たちの冒険を描く『魔神航路』の第2弾であります。思わぬ「敵」の登場によって水入りとなった航海も再び始まり、新たなる騒動と強敵に見えることになった彼らの運命は……

 久々に帰った故郷で、高校時代の仲間たちと再会したものの、天変地異によりギリシャ神話の世界に飛ばされてしまった信之。
 彼は魔神テューポーンと融合、その他の仲間たちも、それぞれ神話に名を残す神や英雄と融合してしまうことになります。

 元の世界に戻るべく、二つの世界の接点と思われるコルキスの黄金の羊の毛皮を求めてアルゴ船で航海に出た信之たち。しかしその前に現れた健史――別人のような人格に変貌し、そしてオリンポスの主神・ゼウスと融合した彼によって、信之とテューポーン、オルフェウスは元の世界に戻されることに……

 という前作ラストを受けて始まる本作。信之はともかく、テューポーンたちまで現代の日本へ転移してしまい、どうなることかと思いきや、これがあっさりと古代ギリシャに帰還するのですが――しかしこの展開が、物語の強烈なアクセントとなっているのです。
 信之とはタイムラグを以て現代の日本に飛び出してしまったテューポーンたち。何とか適応して生き延びてきた彼らは、現代の日本のアレコレを学習して帰ってきたのです。

 かくて、テューポーンが事あるごとに現代で目にしたもの――特に特撮やアニメの類――の知識を活かそうとすることで、色々と面白くもややこしい展開が繰り広げられることになります。
 ただでさえ魔神の魂と少女(?)の姿というギャップの塊のようなテューポーンが、うろ覚えの現代の知識を語り出すということでギャップの二段・三段重ねとなるのですから、振り回される信之たちももう大変なのです。

 そして健史を除けばただ一人、信之たちアルゴ船のメンバーとは離れた――というより彼らの目的地のコルキスにいる――海晴も、融合したコルキスの王女にして強力な魔法使いであるメディアのパワーで助っ人参戦するのであります。……20歳にもなって魔女っ子コスで。(一応理屈はあるのですが)

 この辺りは好き嫌いが分かれるかもしれませんが、僕としては、せっかく(?)現代人が転移してきているのだから、これくらいはむしろあってしかるべき、という印象です。
 テューポーンと信之の絆がより強まっていくことを、いささか変則的な形で描くという意味づけもあり、何よりも非常に楽しいではありませんか。


 が、もちろん彼らの旅は、楽しいことばかりではありません。この巻のメインとなる冒険では、彼らは相対する二つの国家と、そしてその両者から弾圧される古き神の信徒たちの戦いに巻き込まれることになるのですから。

 突如現れた伝説の巨人――ギガス族の生き残りを辛くも退け、港町キュジコスに辿り着いた一行。隣国ペラスドイとは一触即発状態のキュジコスで歓待される一行ですが、しかしキュジコス王宮を守る武官・ダリアヌスには隠れた大望があったのです。

 ゼウスらに敗れたティーターン神の一人であり、その信徒も激しい弾圧を受けてきた女神・レアー。その信徒である彼は、レアーの子たるギガスを密かに育て、意思を通じていたのであります。
 そして密通を重ねていたキュジコス王の妃のためにも、二つの国を向こうに回して立とうとするダリアヌなのですが……

 本作の陰の主役とも言うべき存在が、このダリアヌ。その行動は一種のテロリズムというべきなのかもしれませんが、しかし理不尽な弾圧を受けてきた民の出身である彼の想いは、簡単に悪と断じることなどできない多面性があります。
 また、王妃との密通も、王に捨てられた彼女に対するむしろ純愛とも言うべきものであり――単純な反逆者としては描かれてはいないのです。

 そして人の身ながら強大な神の力を手にしたという点で、彼は信之たちの鏡像ともいうべき存在なのですが――そんな彼とやむを得ず対決することとなる信之、というシチュエーションはいかにも作者らしい展開といえるでしょう(弾圧された神の信徒の戦いという点で『くるすの残光』にも重なるものが)。
 ここでで描かれる、明るいばかりでも楽しいばかりでもない――そして便利な神々の力でも解決できぬ――何処の世界でも変わらぬ人間の生のままならなさは、強く心に残るのであります。

 そんな苦いものを味わいつつも、なおも続くアルゴ船の旅。全4巻の物語は、いよいよ後半戦に突入することになりますが――それはまた後ほど。


『魔神航路 2 伝説の巨人』(仁木英之 PHP文芸文庫) Amazon
魔神航路 2 伝説の巨人 (PHP文芸文庫)


関連記事
 仁木英之『魔神航路 肩乗りテューポーンと英雄船』 おかしなアルゴノーツ、冒険に旅立つ

| | トラックバック (0)

より以前の記事一覧