2018.08.31

長池とも子『中国ふしぎ夜話』 二人の仙人を通じて描く人間の儚さと強さ


 中国ものを得意とする作者が、二人の対照的な性格の仙人を狂言回しに描く中国ファンタジーの連作集――いずれも「それはまだ、光と闇が曖昧だった頃。」という言葉から始まる、人間の心の不思議さ、美しさを描いた物語の数々が収録されています。

 それはまだ、光と闇が曖昧だった頃。亡き父の遺言を果たすために旅をしていた青年・陶は、山で行き倒れになりかかっていたところに、一人の美しい容貌の仙人・趙青龍と出会います。しかし大の人間嫌いである青龍は陶を見捨てて去ろうとするのですが――陶のあまりのお人好しぶりに、やむなく助ける羽目になります。
 そして陶の旅の理由が、かつて親同士が約束を交わした許嫁と結婚するためだと知った青龍は、お前は人間を信じすぎだとあざ笑うのでした。

 それでも相手を信じる陶は、旅の途中に世話をしてくれた貧しくも美しい村娘に別れを告げ、相手の家に向かうのですが――果たして財産もないお前に興味はないと、父娘両方に冷たくあしらわれることになります。
 さすがに落ち込んだ陶に対し、見返すために科挙を受けろと命じる青龍ですが……

 という物語が第1巻の冒頭に収録された「黄金の石榴」。正直者が馬鹿を見るというのは、生きていれば嫌というほど見聞きするお話ですが、しかしそこに仙人が絡めばどうなるか――仙人が人間嫌いというのがややこしいのですが、そこには心温まるファンタジーが生まれることになります。
 ある意味定番の内容ではあるのですが、人間にとって本当に大切なものは何か、という問いかけと、その答えを美しく描き出す様は、やはりグッとくるのであります。


 そして第1巻の後半からは、この連作のもう一人の主人公・白石生が登場します。石を煮たものが大好物という風変わりな(そしていかにも神仙譚らしい)個性をもつ彼は、親友の青龍とは正反対で人懐っこい性格。人里近くに暮らし、様々な事件に好んで首を突っ込むという、仙人らしからぬ仙人です。
 そんな白石生が何故仙人となったのか、そしてどのように趙青龍と出会ったのかを描くのが、第2巻に収められた中編エピソード「瑠璃の月」であります。

 戦乱で親を失い、ただ一人の妹は何処かに金で買われ、天涯孤独となった石生を拾った仙人(その名は左慈!)。彼の推薦で仙人となるための学校の入学試験を受ける羽目になった石生は、全く術も教えられぬ状態で送り出され、大いに苦労することになります。
 そしてそこで出会ったのが天才と謳われる青龍。何から何まで正反対の二人は、しかし何となくウマが合い、不器用ながら友情を育んでいくかに見えたのですが――しかし二人の生まれがそれを阻むことになります。

 実は青龍は秦生まれ、一方石生はその秦に滅ぼされた韓の人間。秦の侵略がなければ家族を失うことはなかったと、理不尽を承知で石生は青龍に反発してしまうのですが……
 友情の脆さと得難さ、そして美しさを象徴する「瑠璃の月」という言葉。危なっかしくも瑞々しい青春を送り、やがてその言葉を地で行くように強い絆で結ばれる二人の姿が強く印象に残る好編です。


 そして最終巻の第3巻には、趙青龍の過去が描かれる「天より来る河」を収録。
 青龍が人間嫌いとなった理由、それはかつて愛した女性に手ひどく裏切られたため――というのは実は第1話で語られるのですが、彼が仙人を志す前の、まだごく普通の青年であった彼の過去の姿が描かれることになります。

 ということは結末は既に明かされているように思えるのですが――そこに一捻りを加えて、人間の生の儚さと、それにも屈することのない人間の愛の強さを描く物語は、これも定番ではありますがやはり素晴らしい。
 全3巻を通すと時系列が行き来するのが少々ややこしいのですが(第1巻の第1話第2話が時系列的に最新で「天より来る河」の前半が一番過去)、これも神仙譚らしく、一種の円環構造を成すと言うべきでしょうか。


 その他にも一話完結で時に美しく、時に微笑ましい物語を紡ぐ本作ですが、一つだけ個人的に残念だった点は、史実とのリンクがほとんどないことであります。
 もちろん、先に述べた「瑠璃の月」のような当時の社会情勢が関わる物語もあるものの、それ以外はいつかの時代、どこかの国が舞台で、以前紹介した同じ作者の『旅の唄うたい』シリーズが史実と密接に結びついた内容であったのに比べると、少々物足りないものを感じたのは事実であります。

 もっとも、史実をベースに物語を描けば、『旅の唄うたい』と同工異曲となるわけで、これはまあ、私のわがままではあります。

『中国ふしぎ夜話』(長池とも子 秋田書店プリンセス・コミックス全3巻) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon/ 第3巻 Amazon
中国ふしぎ夜話 1 黄金の石榴 (プリンセス・コミックス)中国ふしぎ夜話 2 瑠璃の月 (プリンセス・コミックス)中国ふしぎ夜話 3 天より来る河 (プリンセス・コミックス)

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2018.08.06

野口賢『幕末転生伝 新選組リベリオン』第1巻 転生+タイムスリップの新選組奇譚!?


 歴史ものでも転生を題材としたものは既に珍しくはありませんが、その波がついに新選組にも来たか――とサブタイトルを見て思わされた本作。しかし主人公は現代の高校生ではあるものの、どうやら色々と捻った内容である様子。誰がどのように転生したのか、大いに気になる作品です。

 超高校生級の空手の実力を持ちながらも、トラブルを起こして今は空手を離れ、定時制高校に通う幸田ヒロユキ。
 ある晩、以前叩きのめしたチンピラが担ぎ出してきたMMA(総合格闘技)の実力者・菊池洋平とストリートファイトを繰り広げた彼は、一晩留置場で過ごした末に、罰として担任教師・奥山から神田川のドブさらいのボランティアを命じられるのでした。

 不承不承掃除を始めようとしたヒロユキですが、気がつけば昼だったはずの周囲は夜となり、何よりもコンクリート製だった水道橋が木造の橋に。さらに着物姿の娘・ユキに助けを求められたヒロユキは、彼女を追いかけてきたサムライの格好をした連中と戦う羽目になります。
 訳の分からぬまま、素手で日本刀と戦うことになったヒロユキ。そこに駆けつけたのはあの菊池――いまは藤堂平助(!)と名乗る彼は、サムライを撃退し、今が幕末であること、自分はヒロユキよりも2年前の時点に飛ばされたことを語るのでした。

 ユキが持つ勅諚を狙って襲ってきたというサムライ――水戸天狗党の男たち。しかし彼らを撃退したのも束の間、次いで奇怪な風体と術を使う忍者――彦根鬼忍衆が襲いかかります。
 さらに鬼忍衆の魔の手は、小石川の試衛館道場をも襲撃。試衛館の近藤勇らと合流したヒロユキたちは、襲いかかる忍者と対峙するのですが……


 冒頭に述べたとおり、現代の高校生が主人公ということで、てっきり彼が幕末に転生して新選組隊士の体に入るのかと思いきや、体ごと幕末に転移したことで「?」となった本作。
 これはむしろ転生ものというよりタイムスリップものでは――(事実、連載初回は「幕末時空旅行反逆譚」と冠されていた模様)と感じさせられるのですが、物語が進んでいくに連れて、本作がどうやら確かに転生ものらしい、ということが見えてきます。

 忍者と命がけの戦いを繰り広げる中、近藤たちから「斎藤一」と呼ばれるヒロユキ。その言葉に応えるように、彼の中には、出会ったはずもない近藤たちの記憶がかすかに浮かぶことになります。
 経験していない記憶、別の名前で呼びかける人々――この物語は、ヒロユキが斎藤一に転生するのではなく、斎藤一がヒロユキに転生していた(彼の前世であった)ようなのです。

 そして彼以外の試衛館組――先に触れた菊池以外の面々も、どうもこの時代の人間ではない印象(特に近藤はどう見ても文系の眼鏡少年)。あるいは彼らもまた、同様に新選組隊士が転生し、そしてこの時代にタイムスリップしてきたのだとすれば、これは面白いことになりそうであります。
 今では転生ものといえば、現代の人間が過去や異世界に転生するものですが、かつてのそれは、過去や異世界の人間が現代に転生してきたものが大半であった印象があります。本作はかつてのそれにさらにタイムスリップという要素を加えたのだとすれば、類作はほとんどないと言ってよいでしょう。

 いや、作中で近藤の妻・つねが、斉藤に対して「今度は勝ちましょう ○○○○に」(敢えて伏せます)と語りかけるところを見れば、さらにややこしいことにもなりそうなのですが……


 以前、冲方丁原作でやはり変格の新選組ものである『サンクチュアリ』を発表している作者。あちらは惜しくも中途で物語が終わっていますが、さて本作はどうなるのか――この巻ではまだ顔を出していない試衛館組の土方と源さんのキャラクターも含め、なかなかに気になるところであります。


『幕末転生伝 新選組リベリオン』第1巻(野口賢 秋田書店ヤングチャンピオン・コミックス) Amazon
新選組リベリオン(1)(ヤングチャンピオン・コミックス)


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2018.07.30

鳴神響一『飛行船月光号殺人事件 謎ニモマケズ』 名探偵・宮沢賢治、空の密室に挑む


 最近は時代ミステリに変形の警察ものと、特にミステリで八面六臂の活躍を見せる作者の新作は、宮沢賢治を主人公とした『謎ニモマケズ』シリーズの第2弾。前作とは大きく趣を変え、空の密室――霞ヶ浦と鹿児島間を往復する飛行船を舞台に展開する連続殺人事件に、賢治が挑むことになります。

 昭和5年(1930年)、父親の勧めで本邦初の大型旅客飛行船・月光号の記念飛行に搭乗することとなった賢治。医者・官僚・記者・華族・歌手・財界人――各界の男女が搭乗する月光号に乗り込んだ賢治は、美しい医学生・薫子と親しくなり、楽しい空の旅が始まったと思われたのですが……

 しかし離陸から数時間後、乗客の一人・一色子爵が、自室で血塗れの刺殺死体となって発見。しかもその部屋は施錠され、完全な密室となっていたのであります。
 さらにいつの間にかその場に残されていた「ハーデース」を名乗る斬奸状と、悪魔のタロットカード。遺体の発見現場に居合わせ、そしてギリシャ神話やタロットの知識を持っていたことから、賢治は月光号の船長から捜査への協力を依頼されることになります。

 しかし密室殺人のトリックは見破ったものの、乗客の中に紛れた犯人は依然として正体不明。そして更なる殺人事件が発生、その場にも斬奸状とタロットカードが残されていたのであります。果たして犯人の正体は、そしてその目的は――やがて賢治と乗客たちは、事件の背後の思わぬ因縁と哀しい想いを知ることに……


 冒頭に述べたとおり、『謎ニモマケズ 名探偵・宮沢賢治』に続くシリーズ第2弾である本作。といっても舞台設定は前作(大正9年)の10年後ということで物語内容的にはほとんど繋がりはなく(ほんのわずか言及されるのみ)、独立した物語として楽しむことができます。
 何よりも、前作がジャンル的には冒険小説であったのに対し、今回はストレートな探偵小説。前作あれこれ言っていた私も大喜びなのですが――これが本当に舞台といい内容といい、ここまでやってくれるのか! と言いたくなるような趣向を凝らした内容なのが嬉しすぎるところであります。

 密室ものといえば本格ミステリの花ですが、本作はそれを動く密室――それも空を飛ぶ飛行船として設定。
 前年のツェッペリン伯爵号の来日を受けて日本でも旅客飛行船の気運が高まり、月光号の記念飛行が――というのはフィクションだと思いますが、当時としては最先端のテクノロジーであり、かつ優雅な印象がある飛行船というのは、ミステリの現場として実に良いではありませんか。

 そしてその空飛ぶ密室の中で起きる事件も、密室の中の密室での殺人に始まり、衆人環視の中での殺人、さらには人間の仕業とは思えぬものまで様々。そこにタロットカードによる見立ての要素まで加わるのですからたまりません。
 その博学と論理的思考が理由で、賢治が巻き込まれ方の探偵となるのも面白く、また本作での経験が、賢治のあの名作に繋がっていくという趣向も、定番ではありますが楽しいところです。


 しかし本格ミステリゆえ、残念ながらここで物語の詳細に触れるわけにはいきません。それ故、終盤に待ち受ける急転直下の、そして大ドンデン返しの連続の展開に触れること(おそらくはモチーフになったであろう作品ももちろんのこと)ができないのが何とも苦しいのですが……
 この展開はアリなのかという気持ち半分、これしかないかという気持ち半分の謎解きは実に楽しく、普段生真面目な印象のある作者の、意外な豪腕ぶりがうかがえたのは大きな収穫でした。

 しかし、これは実に作者らしいと感じさせられたのは、本作で描かれた事件の背後に潜むもの、そしてそれを生み出したものと許すものに対する鋭い視線の在り方であります。
 終盤において賢治が珍しく怒りを露わにする相手こそは、本作における真の悪なのであり――そしてそれはまた、決して滅びることなく、我々の周囲にも蟠っているものなのでしょう。そしてまた、本作の年代設定にも、ある意図を感じるのも、決して考えすぎではないのではないかと感じるのです。
(さらに言えば、その存在が賢治のある行動へのエクスキューズとなっているのもまた、賛否はあるかもしれませんが、ミステリの構造として面白いところです)


 さて、本作で描かれるのは賢治のほぼ晩年の姿であります。この先であれ、はたまた時代を遡るのであれ――名探偵・宮沢賢治の姿をまだ見てみたいと感じるところです。


『飛行船月光号殺人事件 謎ニモマケズ』(鳴神響一 祥伝社文庫) Amazon
飛行船月光号殺人事件 謎ニモマケズ (祥伝社文庫)


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2018.07.29

中原裕『江戸っ子エド公』 金髪忍者は有名人の子孫!?


 徳川家康に仕え、外交顧問として活躍した三浦按針ことウィリアム・アダムズ。その子孫が八代将軍吉宗が治める日本に来日し、忍術修行に勤しむという、極めてユニークな連作時代漫画であります。

 漂流の末、戦国時代末期の日本にたどり着き、徳川家康と出会ってその外交顧問として三浦按針の名を与えられたウィリアム・アダムズ。
 本作の主人公は、その子孫であるエドワード・アダムズ――通称エド。日本の忍者に憧れて来日し、忍術修行のために江戸に暮らすこととなった彼は、その人目につく金髪の姿も意に介することなく、今日も忍術修行と称して騒ぎを起こす毎日であります。

 そんな中、番町皿屋敷の伝説のある旗本邸で、主が腰元・お涼を手篭めにしようとして返り討ちにされるという事件が発生。しかし井戸に身を投げたお涼は忽然と姿を消し、数日後に幽霊となって井戸から現れたというのであります。
 事件に興味を抱き、調査に向かったエドは、そこで出会った屋敷の井戸番の老人・伊助の秘密を見抜き、彼とともに、お涼を救うために活躍を繰り広げることに……


 この第1話に続き、エドと伊助、お涼、そして大岡忠相らが、江戸を騒がす奇怪な事件に遭遇する姿を描く本作。
 全8話で構成される物語の中で、この後もエドは次々と事件と謎に挑み、さらに終盤では、お涼のあまりにも意外な出生の秘密、さらには三浦按針が残した秘宝などが描かれるなど、バラエティ豊かな物語が展開されることになります。

 特に個人的に面白かったのは、自らを「月光西照権現」と名乗り、徳川家への恨みを語る家康の亡霊を描く第2話や、見たものはたちどころに命を奪われるという奇怪な石神の探索に向かったエドと伊助が、自分たちの分身と出会う第6話であります。
 どちらもトリック自体はさほど入り組んだものではないのですが、第2話は背後にあの有名な巷説を絡めて一気に伝奇度が上がったり(そしてそれを思わぬ形で裏書きしてしまうオチが楽しい)、第6話はちょっと唐突な展開に見えたものに「ドッペルゲンガー」が絡んで一気に時代ものとして重くなるのが、実にいいのであります。


 それにしても、江戸時代もど真ん中の将軍吉宗の時代に、金髪のイギリス人が江戸で忍術修行、という本作の基本設定は、それこそが肝ではあるものの、ずいぶん豪快なアイディアだと驚かされたのですが……
 しかしそこに、「三浦按針の一族は、子々孫々まで厚遇せよ」という家康の遺訓があったという設定を用意して、風穴を開けてしまうのが何とも痛快でいい。そして吉宗自身もそういう話を大いに面白がりそう、というイメージをうまく使っているのも面白いところです。

 そしてそのエド(ちなみに母国での彼の学問の師はアイザック・ニュートン!)自身も、いわゆる日本かぶれの面白外国人的な造形ではあるものの、しかし極めて陽性かつ素直で正義感の強い人物として描かれており、好感の持てるキャラクター像であります。

 とはいえ、作中で描かれる事件はかなりシビアなものばかり。身分の差や社会制度による理不尽、権力の裏側に関わるため塗りつぶされた秘密など――この時代ならではのものが、本作では次々と描かれることになります。
 そしてそんな理不尽に対して、様々な意味で外側の人間としてエドが見せる想いの発露――そしてそれは多くの場合、現代の我々の視点とも重なるわけですが――が、実は本作の最大の魅力、見どころであると言っても過言ではないと感じるのであります。
(そしてそれは必ずしも「正しい」ものとは言えず、現実を知らぬ理想的なものに過ぎないこともあるのですが、そこにきちんと別の視点がぶつけられるのもいいのです)


 実のところ、エドは思ったほど活躍せず、むしろ師匠に当たる伊助の方が活躍している印象もあるのですが、そこはまあ、修行中の身ということで……

 単行本全1巻と、分量自体は多くないのですが、なかなかに面白い物語であることは間違いない作品であります。


『江戸っ子エド公』(中原裕&高橋遠州 小学館ビッグコミックス) Amazon
江戸っ子エド公

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2018.07.12

長池とも子『旅の唄うたい』シリーズ 時空を超えて描かれる人々の美しい「情」


 代表作『崑崙の珠』をはじめ、中国ものを得意とする作者が、古代中国を舞台に描くオムニバス形式の連作集――「旅の唄うたい」を名乗る謎めいた美青年・夜烏が、様々な時代と場所で、歴史に名を残す人々の生き様を見つめる物語であります。

 殷王朝末期から唐の玄宗皇帝の時代まで――約二千年にも及ぶ時の流れの中で変わらぬ姿を保ち、様々な場所に現れる旅の唄うたい・夜烏。
 時にはその性別すら変えて現れる彼は、歴史を大きく動かす運命にある人物の前に現れては、時にその行動を助け、時にその行動を止めんとして、歴史の裏側から関わっていくことになります。

 実は彼の正体は、天界の寧安宮に住まう狐祖師の弟子。
 野狐として修行を積む彼は師の命を受け、地上から戦乱をなくし平和をもたらすため、戦乱の原因を作る者たち、あるいはそれを止められる者たちに接触するのであります。
(ちなみに何故戦乱をなくそうとするかと言えば、野に住まう同族の狐たちが戦乱に巻き込まれるから、という理由が面白い)

 しかし人間の心は複雑怪奇、たとえ夜烏が「正しい」道を示したとしても、それに従う者は少なく、彼らは、彼女らはそれぞれの運命に殉じていく――そんな人間たちの姿を描く物語であります。

 さて、全4巻の本作は、それぞれ1話あるいは2話をかけて、その人物の物語を描いていくことになります。以下にその名と時代を挙げれば……
 則天武后(唐)
 王昭君(前漢)
 孫堅(後漢)
 妲己(殷)
 呂不韋(秦)
 始皇帝(秦)
 李斯と韓非(秦)
 司馬遷(前漢)
 呂后(前漢)
 卓文君と司馬相如(前漢)
 趙飛燕(前漢)
 徐庶(後漢)
 楊貴妃(唐)

 何とも豪華かつバラエティーに富んだ顔ぶれであります(その中でも女性が多いのは、これは少女漫画という媒体に依るところが大きいかもしれませんが)。

 そしてその中で描かれるのは、「史記」をはじめとする歴史書の記録、あるいはそれを題材とした「三国志演義」のような物語中の逸話を踏まえた物語。
 こうした表に現れた「史実」を忠実に踏まえつつも、本作は夜烏を狂言回しに、その裏側の表に見えないもの――言ってみれば人の「情」を浮き彫りにしていくのであります。

 その名前を見ただけでおわかりの方も多いかと思いますが、本作の主人公たちは、悲劇の運命を辿る者が少なくありません。
 その意味では決して明るい物語ではないのですが、その生き様に込められた想いは、彼らを絵空事の中の登場人物ではなく、どこか馴染み深く人間臭い存在として浮かび上がらせ、決してその読後感は悪くありません。

 また、歴史上では「悪人」とされている者たちにおいても、その悪を為すにやむを得ない理由、どうにもならない業、あるいは単純な悪人ではない「人」としての顔を描いてみせるのも、定番ではありますが実にいいのであります。(もっとも、この趣向のため、「悪女」を主人公とした物語は、似通った印象を受けてしまうきらいはあるのですが)

 また作者が三国志愛好家を自称するだけあって、三国志関連の二人を主人公とするエピソードはどちらも実に熱い。
 特に徐庶などは、侠客から軍師という彼の転身を曹操との因縁を理由に語りつつ、劉備(これがまた任侠の人的な描写が楽しい)との深く強い絆を感じさせる内容で、読んだ人間が皆徐庶ファンになるのでは――と言いたくなるほどの内容であります。


 しかし、そんな時空を超えた物語にも終わりは訪れます。時系列的には最も新しい、すなわちラストとなる楊貴妃の物語では、同時に夜烏の――そして幾度となく夜烏の前に現れて彼を妨害してきた謎の野狐精・吉祥の――秘められた過去が描かれることとなります。
 封印されていた夜烏の秘密自体は、そこまで意外性があるものではないかと感じますが、しかし特筆すべきは、そこで彼らが――人ならぬ狐たちが見せる「情」の姿でしょう。

 そしてさらに、夜烏を使役してきた狐祖師もまた、強く深い「情」の持ち主であったことを示す結末は実に切なく――本作がいつの時代にもいつの場所にも、そして誰の中にもある美しい「情」を描く物語であったと、改めて感じさせてくれるのです。


『旅の唄うたい』シリーズ(長池とも子 秋田書店プリンセス・コミックス全4巻) 第1巻『打猫』 Amazon/ 第2巻『豺狼』 Amazon/ 第3巻『日食』 Amazon/ 第4巻『傾国』 Amazon
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2018.07.10

仁木英之『師弟の祈り 僕僕先生 旅路の果てに』(その二) これが二人の旅路の終わり、そして始まり


 ついに迎えることとなった僕僕先生と王弁の旅路の果て、『僕僕先生』シリーズ最終巻の紹介の後編であります。

 世界の終わりが目前に迫る中、希望を捨てなかった者たちの戦いの末についに復活した(上に何かラブラブになってた)僕僕と王弁。
 しかしこれでも物語はまだまだ道半ばであります。人間と神仙の凄惨な戦いを終わらせるために、滅び行く世界を救うために――ここからが本当の、そして最後の旅。

 そもそも僕僕は何者で、何のために旅をしているのか? 前者についてはこれまでの物語で、そしてプリクウェルである『僕僕先生 零』でかなりの部分が判明しましたが――さて後者についてはどうであったか?
 マイペースに世界を旅する姿が当たり前になってしまい、そんな疑問はとうの昔に消えていましたが、ここに至り、それが大きくクローズアップされることになります。

 そしてもう一つ、最大の謎が――何故、僕僕の旅の道連れが王弁だったのか。そしてその王弁とラブラブになったのか!?
 後の方はともかく(いや本当は大事なのですが)こうした物語を貫く謎――上で触れたように読者が気にかけていたもの、いなかったもの――全てに対し、本作においては答えが提示されることになります。


 ここで少々本作を離れ、作者の他の作品に目を向けてみることとしましょう。

 作者の大長編ファンタジー(大長編伝奇)――『千里伝』『くるすの残光』『魔神航路』を読めば、物語(の終盤)で主人公の前に立ちふさがる敵に、ある種の共通点があることに気付きます。
 それはその敵が神の強大な力を持ち、世界(の則)を己の思うとおりに変える――すなわち、世界を己の思うままに再編しようとすることであります。そしてその敵に対して、主人公はそれに対抗する力を持つ(味方につける)のですが――しかし彼自身はあくまでも人間に過ぎず、それ故に彼は苦しい闘いを強いられることになるのです。

 もちろんこの要素は、作品によってその程度が(その表に現れる度合いが)異なることは言うまでもありません。しかしその構図は、本作、『僕僕先生』にも通底している――それも、最も明確な形で――ことは明らかでしょう。
 そしてこの点こそは、作者の作品に通底する視点、そしてそこから生まれる魅力に繋がるものだと、私は改めて感じました。

 『僕僕先生』をはじめとする作者の長編ファンタジーにおいては、強大な神仙の力、超自然的な力が、この世界の一部としてある意味当然のように登場します。そのまさしく人知を超えた力の前には、人間など及ぶべくもありません。
 それは言い換えれば、その力を手にした者は、まさしく超人となるということですが――しかし作者は決してその力を手に入れて事足れり、とはしません。いやむしろ、こうした超人による救済を否定する形で物語は描かれていくと感じます。

 人間は、己を超える力を持つ者に屈するべきでもなければ、その力を得て他を圧するべきでもない。たとえ力を持たない存在であっても、いやそれだからこそ、人間は他者を受け入れ、共に生きていくことができる……
 当たり前のことかもしれません。ごく普通のことかもしれません。しかしその素晴らしさを――そしてこの『僕僕先生』という物語でそれを体現してきたのが誰か、我々は知っています。それこそが、全ての答えであることもまた。


 本作の結末で描かれるものは――さすがにこれ以外の結末はないと理解しつつも――やはり一抹の、いや大きな寂しさを感じさせるものであることは否めません。
(さらに言えば、ちょっと物語展開が激しすぎて、いささか急に感じる部分も少なくなかった印象があります) しかしそうであっても、本作は、本シリーズは、描くべきものを全て描き、その上で迎えるべき結末を迎えたと、自信を持っていうことができます。まさに大団円――僕僕と王弁の旅路の終わりと始まりがここにあります。

 そう、これは野暮と言うほかないと自分でもわかっているのですが――旅路の始まりであって欲しいと、僕は「祈り」たいと――本作を読み終えて心から感じた次第です。


『師弟の祈り 僕僕先生 旅路の果てに』(仁木英之 新潮社) Amazon
師弟の祈り 僕僕先生: 旅路の果てに


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 「鋼の魂 僕僕先生」 真の鋼人は何処に
 「童子の輪舞曲 僕僕先生」 短編で様々に切り取るシリーズの魅力
 『仙丹の契り 僕僕先生』 交わりよりも大きな意味を持つもの
 仁木英之『恋せよ魂魄 僕僕先生』 人を生かす者と殺す者の生の交わるところに
 仁木英之『神仙の告白 僕僕先生 旅路の果てに』 十年、十巻が積み上げてきたもの

 『僕僕先生 零』 逆サイドから見た人と神仙の物語
 仁木英之『王の厨房 僕僕先生 零』 飢えないこと、食べること、生きること

 『僕僕先生』第1巻 芳醇な世界像をさらに豊かで確かなものに
 大西実生子『僕僕先生』第2巻 胸躍る異郷の旅の思い出と憧れ
 大西実生子『僕僕先生』第3巻 世界の有り様、世界の広大さを描いて
 大西実生子『僕僕先生』第4巻 旅の終わりにその意味を問う

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2018.07.09

仁木英之『師弟の祈り 僕僕先生 旅路の果てに』(その一) 希望を失わぬ者たち、そして帰ってきた者たち


 ついに最終巻であります。ツンデレボクっ子仙人・僕僕先生と、元ニートで凡人の弟子・王弁の長きに渡る旅もこれにて完結――世界の再編を巡り神仙と人間が死闘を繰り広げ、世界が滅びに向かう中、王弁と僕僕はどこに消えたのか。そして世界の命運は――旅路の果てが描かれることになります。

 数々の出会いと別れを繰り返しながら、この天地を旅してきた僕僕と王弁。その彼らの旅の陰で仙界の、いや世界の再編を目論んできた仙人・王方平は、世界のバランスを守るために人間を一度滅ぼし、人界を作り直すことをついに宣言します。
 彼に同調する者、抗して人界につく者、様々な神仙・英雄が出現し、風雲急を告げる世界。しかし王弁はそんな動きの中で原因不明の眠りに陥った末、あわや闇落ちして世界を滅ぼしかねない存在に変貌。僕僕の奔走により、辛うじて己を取り戻した王弁が目覚めた場所は――現代の日本!?


 という、あまりに気になりすぎる引きで終わった前作から一年半。ようやく手にすることができた最終巻は、これまでの王弁と僕僕の旅の集大成と言うべき内容となっています。

 何しろキャラクターの顔ぶれは、あの人物からこの人物まで、これまで王弁と僕僕が出会った相手は全て登場したのではないかと言いたくなるほど――もう二度と会えないと思った者たちも含めて――ほとんど網羅した状態。
 そして舞台の方も、王弁と僕僕が旅した世界各地、いや星々の彼方の世界まで、次から次へと登場するのですから懐かしかったり驚かされたり……

 いや、驚かされると言えば、前作のラストそして本作の冒頭に、あの『福毛』(短編集『童子の輪舞曲』所収)の世界が登場することにこそまず驚くべきでしょう。
 現代日本を舞台に、王弁を思わせる主人公・康介と、僕僕を思わせる彼の妻(!)香織の愛と別れを描いたこの作品は、一体どこが『僕僕先生』なのか、と読者を大いに混乱させたシリーズ最大の問題作なのですから。

 その真相がついにここで、王弁と康介の対面を通じて明かされることになるのですが――ちょっと複雑な気分にはなるものの――それはなるほど、と頷けるものであります。
 しかし本作においてはその真相もプロローグに過ぎません。そして真相が明らかになったからと言って、事態が好転したわけではないことは、王弁を追って現れる者たちの言葉からも明らかです。

 王弁と僕僕が消えた後、王方平をはじめとする神仙たちはついに人間を一掃すべく行動を開始。天変地異を用いて地上を蹂躙し、数多くの命が一瞬のうちに失われていくことになります。
 しかし人間側もこれに抗すべく、妖人・貂が生み出した人工神仙とも言うべき存在を戦線に投入。激化する戦いは、これまで人間と神仙の間に存在していた結びつきを完全に断ち切り、憎しみが支配する戦いの中で、全てが滅びに向かうことになるのですが……

 しかし、それでも希望を失わない者たちがいます。王弁と僕僕の旅をもっともよく知る「薄」幸の美女が、人間と神仙の境を越えて深い友情を結んだ少年たちが、異国の王とそのおかしな兄が、元宝捜し人とその家族たち、そして鋼の巨神が――自分の愛する者たちを守るために、戦い続けているのですから。
 そして彼らの声に応えるように、ついに僕僕と王弁が復活――!

 って、復活したはいいものの、会う人会う人にツッコまれるほど、二人の関係は目に見えて変化。デレた! 先生がデレた! という二人の姿を、ここで笑うべきか喜ぶべきか?
 世界の滅びの瀬戸際で、読んでいるこちらも思わぬことで悩まされますが、ここは二人の姿を評するに、登場人物が良い言葉を使っています。すなわち「尊い」と……


 しかしこれでも物語はまだまだ道半ばであります。人間と神仙の凄惨な戦いを終わらせるために、滅び行く世界を救うために――ここからが本当の、そして最後の旅なのであります。

 そして――ついつい勢いに乗って長くなりすぎました。次回に続きます。


『師弟の祈り 僕僕先生 旅路の果てに』(仁木英之 新潮社) Amazon
師弟の祈り 僕僕先生: 旅路の果てに


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 仁木英之『神仙の告白 僕僕先生 旅路の果てに』 十年、十巻が積み上げてきたもの

 『僕僕先生 零』 逆サイドから見た人と神仙の物語
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2018.07.02

にわのまこと『変身忍者嵐Χ』第2巻 なぜだ?! 新たなる驚愕の敵


 大の特撮ファンである作者による『変身忍者嵐』のリメイク――それも関ヶ原の戦を背景に描く意欲作の待望の続巻であります。第二次上田城の戦を舞台に暗躍する化身忍者マシラ。その秘術に翻弄される徳川秀忠と真田幸村の運命は……。そして物語は新章に突入することになります。

 父が生み出した化身忍者の法という巨大な過ちを償うため、自ら改造手術を受けた青年忍者ハヤテ。獣に化けるのではなく、人の心を持って身が変わる――変身忍者嵐となった彼は、化身忍者を操って天下を狙う血車党を滅ぼすため、孤独な戦いを繰り広げます。

 折しも徳川家康と石田三成の決戦が目前となった中、先を急ぐ秀忠を狙う化身忍者ハンザキを倒し、秀忠を救ったハヤテの次なる戦場は上田城。そこで暗躍する化身忍者マシラは、幼い頃から真田昌幸・幸村父子に可愛がられてきた少年・佐助の姿で現れ、上田城合戦の最中に昌幸を襲撃、その奇怪な術で昌幸を自らの操り人形にしてしまうのでした。
 そして上田城におびき寄せた秀忠の軍に襲いかかる真田の兵――いや、マシラの術に操られる死人の群れ。血車党の陰謀を粉砕するため、ハヤテは嵐に変身するのですが……


 というわけで、この巻の前半で展開されるのは、第1巻に引き続いて描かれるマシラとの戦い。石ノ森章太郎の漫画版でも冒頭に登場したマシラですが、本作のマシラはその怪力と刃を通さぬ鋼の肉体に加え、死人までも操るというかなり強豪であります。
 そのマシラと嵐の対決を本作はスピーディーに、そして迫力十分に描くのですが――しかしそれ以上に印象的なのは、戦いが終わった後に語られる佐助の想い。非常にウェットなこのくだりは、実に「らしい」ドラマとして(この悲しい過去が、マシラの弱点に繋がるという展開も定番ながらうまい)――そして戦国時代を舞台とする本作ならではのものと感じられます。


 そして上田城合戦は終わりを告げるのですが、もちろんこの戦いがほんの前哨戦に過ぎないことを我々は知っています。この巻の後半ではついに関ヶ原の戦が開戦し、東軍と西軍が全面衝突を繰り広げることになるのですが――そこにとんでもない新たな敵が登場いたします。

 血車党の気配を察し、関ヶ原に急ぐハヤテに襲いかかる黒い影。宙を舞い、異形の剣を操る敵の名は、化身忍者・暁闇。コウモリの化身忍者と思しいその姿は――イ、イ○ル?
 ことは躇錯剣にからむ可能性があるゆえ、詳しくは申し上げませんが、その姿はどうみても三人組でイザ! な悪魔剣士の一人――を彷彿とさせるデザイン(ちなみに銃の使い手でもあります)。まずは夢の対決と申し上げるべきでしょうか……

 何はともあれ、暁闇の腕前に苦戦するハヤテですが、しかし相手は本気で殺し合うつもりはない様子。というより、ハヤテは普通の化身忍者とは異なる気配を感じるのですが――それもそのはず、暁闇は血車党に使役される○○○○だった! とこれまた仰天の展開であります。

 第1巻の紹介でも触れたかと思いますが、本作はどれだけそれっぽく見えようとも、あくまでも石ノ森章太郎の漫画版のリメイク。それゆえ、東映のTV版を直には使えない(はずな)のですが――だとすればこうだ! とばかりに投入されてきたこの大ネタ、今後の展開も期待できそうなものだけに、個人的には大喜びであります。

 さて、そうこうしているうちに関ヶ原の戦は佳境に入り、東軍西軍の勢いは伯仲。ここで合戦の帰趨を決めたのは、ある人物の行動だったわけですが――それを背景に再び激突するハヤテと暁闇、そして暗躍するもう一人の化身忍者、というところでこの巻は幕となります。


 と、前巻に続き、ある意味期待通りの内容を大いに楽しませていただいたこの第2巻。
 第1巻から登場のタツマキ、カスミに続き、当然と言うべきかツムジも登場し、暁闇や大谷吉継、徳川家康と関わり、密かにドラマを引っ張っていく役割を果たすのも面白いところであります。
(この辺り、鉄面皮かつ積極的に武将たちの戦いには関わらない立場にあるハヤテの存在を、補うようにも感じられます)

 ただ残念なのは、第1巻の刊行からこの第2巻まで、約一年かかっている――言い換えればこの巻の収録分が一年かけて発表されている――ことであります。
 物語のテンポ自体は決して悪くないだけに、このペースは何とも歯がゆい。おそらくは、いや間違いなく関ヶ原の戦の先も物語が続いてくであろうことを思えば、スピードアップをお願いしたいと強く願うところです。

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2018.06.26

野田サトル『ゴールデンカムイ』第14巻 網走監獄地獄変 そして新たに配置し直された役者たち


 放送中のアニメも大人気のようでめでたい『ゴールデンカムイ』ですが、原作漫画の方はこの巻で大きな区切りを迎えることになります。全ての始まりとなったのっぺら坊を巡り、網走監獄に全ての役者が集結して繰り広げられる一大血戦――その先に待ち受ける意外すぎる展開とは?

 アシリパの父・ウイルクではないかと疑われるのっぺら坊を求めて手を組み、網走監獄への旅を続けてきた杉元一派と土方一派。しかし網走監獄は、鬼の典獄・犬童によって要塞同然に防備を固められた場所であります。

 土方に内通していた看守・門倉の手引きや、白石の活躍で何とか内部に潜入した杉元・アシリパ・白石たちですが、しかし見つけたのっぺら坊は偽物。
 さらに土方が不審な動きを見せる一方、鶴見中尉の北鎮部隊が水雷艇を持ち出して監獄に対して攻撃開始!

 かくて杉元・土方・鶴見・犬童の四派の思惑が入り乱れたバトルロイヤルが始まることに……

 というわけで、この巻の8割方を占めるのは、死闘に次ぐ死闘の数々。そもそも網走監獄自体が入るも地獄・出るも地獄の要塞と化していたところに、日露戦争帰りのガチの軍隊――それも半ば狂人が指揮する――数十名が乗り込んでくるのですから、ただで済むわけがありません。
 さらに乱戦の中で収監された700名の凶悪犯が解き放たれたとくれば、そこで展開するのはまさしく血で血を洗う地獄絵図以外にないのであります。

 そしてその中で繰り広げられるのは、杉元vs二階堂、土方vs犬童という因縁の対決。
 特に後者は、長きにわたり捕らえられてきた男と、その男に執着し続ける男という数十年に渡る怨念の激突に留まらず、さらに明治という時代の構図まで重なるのがグッときます。この巻の表紙が、この対決時の土方なのも頷けます。

 さらに彼らの他のレギュラー陣にも、皆それぞれの出番があり――特に出番は少ないながらも強烈なインパクトを見せた○○○先生に拍手――これだけの混戦を見事に捌いてみせる作者の手腕には瞠目するほかありません。


 そして戦いに次ぐ戦いの末、ついに対面する杉元と真ののっぺら坊。はたしてその正体は――なのですが、それを知った杉元が、アシリパのためにぶつける言葉がたまらない。

 目的のためであれば全く躊躇することがない土方。もはや戦い自体が自己目的と化しているかにも見える鶴見。
 望むと望まざるとにかかわらず、すでに修羅の世界に踏み込んでしまった連中は仕方がない。しかし、アシリパだけは、彼女だけはそうなってはならない――そう叫ぶ杉元の言葉は、彼もまた敵に対しては狂的な闘志をむき出しにする一種の怪物だけに、強く胸に刺さるのです。

(そしてそんな好青年と狂戦士の二面性を持った杉元のキャラクター像は、混沌とした本作の主人公にふさわしいと再確認させられます)


 しかし恐るべきクライマックスは、その直後に訪れます。杉元に真実を語ろうとするのっぺら坊――その二人を襲う凶弾。それを放った者、この乱戦の中で巧妙に身を潜め、機を窺っていた者とは……
 あまりといえばあまりの急展開に驚かされる中、怒濤の勢いで動いていく事態。ある者は捕らわれ、ある者は逃れ、ある者は深く傷つき――ここに至り、物語の人物配置図はほとんど全てリセットされ、新たに配置し直されることになるのであります。

 ひねくれた言い方をしてしまえば、まだ黄金の在処を示す刺青人皮が全て揃っていないこの状況で物語が終わるわけはないとは思っていましたが、しかしこう来るか! と悔しさ三割、嬉しさ七割で唸るほかありません。

 そして新たな――これまた意外すぎるチーム編成で、物語は次の局面に突入することになります。更なる北の地で、いかなる物語が描かれることになるのか。そしていかなる秘密が明かされるのことになるのか……
 まだまだまだ、この作品には振り回されることになりそうですが――それがまた、たまらなく嬉しいのであります。


 ……あっ、ラストにはウルヴァリンが乱入!?(嘘は言っておりません)


『ゴールデンカムイ』第14巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
ゴールデンカムイ 14 (ヤングジャンプコミックス)


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2018.06.13

鳴神響一『能舞台の赤光 多田文治郎推理帖』 江戸の名探偵、巨大な密室の中の「舞台」に挑む


 時代小説でユニークなクローズド・サークルを展開した『猿島六人殺し』から約半年――多田文治郎が帰ってきました。今回殺害されたのはただ一人――しかし大大名の催した能が演じられる中、その観客が殺されたというのですから、江戸の名探偵が出馬するに相応しいと言うべき事件であります。

 あの陰惨な猿島の事件から数ヶ月後――故あって事件の際に出会った公儀目付役・稲生正英の屋敷を訪れることとなった文治郎。そこで黒田左少将継高が催す猿楽見物に誘われた文治郎は、二つ返事で正英に同行することになります。
 47万石の大大名、それも能好きで知られる継高が開催するだけあって、当日演じられた五番能は素晴らしいものばかり。能好きの文治郎も大いに楽しんだのですが――しかし最後に演じられた、シテと四人のワキが乱舞する『酒瓶猩々』の最中に事件が発生していたのです。

 当日は武士だけでなく町人たちも招かれていたこの能会。その一人、札差の上州屋が、会の終了後に死体となって発見されたのであります。
 黒田家が正英に検分を依頼したことがきっかけで、これに同行することとなった文治郎。彼の観察眼により、上州屋が毒を塗った細い刃物で刺されたことがすぐに判明したのですが――犯人は如何にして上州屋に近づき、周囲から気付かれることなく殺害してのけたのか。

 いやそもそも、何故上州屋が殺されなければならなかったのか? 正英の依頼により、友人で正英の部下である宮本五郎左衛門と共に事件解明のために調査を開始した文治郎は、上州屋には人から恨まれる理由を十分持った人物だと知ることになります。
 しかしどうすれば能の最中に上州屋を殺すことができるのか、肝心のそれがわかりません。調査と推理の末、文治郎は容疑者を絞り込むのですが、しかし彼には確たるアリバイが……

 孤島で六人が次々と奇怪な死を遂げていくという前作に比べれば、いささか事件の内容は地味に見えるかもしれない本作。しかし一つの謎をじっくりと追いかけるその内容の密度の濃さは、前作に勝るとも劣らないものがあります。

 劇場という場は、収容人数が多い(上に人の出入りがある)こと、そして場が暗いことが多いこと、そして何よりもその「舞台」としてのドラマチックさから、古今のミステリで事件の現場となることが少なくない印象があります。
 本作ももちろんその系譜にある作品、能という幽玄の世界が展開する一方で、世俗の極みというべき醜い殺人が行われるという、その取り合わせの面白さにまず魅せられます。

 そして本作で事件の現場となるのは、大名家の中に作られた能舞台(ちなみに黒田継高が大の能好きだったというのは史実であります)という、いわば巨大な密室の中の「舞台」という趣向が楽しい。
 大名家が客を招いて行う能会という、まず不審者が入り込めるはずもない場。そんな密室の中で、どうすれば人一人に近づき、殺し、逃げることができるのか? 本作もまた、変形の密室ミステリと呼ぶべきでしょう。

 ……が、実のところ、本作のトリックは、ミステリ慣れした方であれば、その詳細はわからないまでも、ここが怪しいとすぐに感づくものであるかもしれません。
 この辺り、時代小説ではなく一般レーベルとして(すなわちミステリ小説として)刊行されている本作としてはいかがなものかな、と意地悪なことを感じないでもありません。

 しかし本作の場合、それが能という題材と綺麗に結びつき、一定以上の必然性を持って描かれるのが素晴らしい。
 特に(これは作品の性質上、触れるのにかなり神経を使うのですが)、ある人物のアリバイを描くのに、「この手があったか!」という理由を設定してみせるのには、唸るしかありません。

 そして本作ならではの人物配置と、それが生み出すドラマも含めて、本作はまさしく能楽ミステリと呼ぶに相応しい内容の作品であると言うことができると思います。

 上では意地の悪いことも申し上げましたが、ミステリ味のある時代小説ではなく、時代小説の世界を舞台としたミステリとして成立している――別の表現を使えば、謎が謎を描くためのものとして機能している本作。

 こうした作品を文庫書き下ろし時代小説的なペースで刊行するのは難しいのではないかと思いますが――しかし早くも次の作品が楽しみになってしまうのであります。

『能舞台の赤光 多田文治郎推理帖』(鳴神響一 幻冬舎文庫) Amazon
能舞台の赤光 多田文治郎推理帖 (幻冬舎文庫)

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