2018.07.12

長池とも子『旅の唄うたい』シリーズ 時空を超えて描かれる人々の美しい「情」


 代表作『崑崙の珠』をはじめ、中国ものを得意とする作者が、古代中国を舞台に描くオムニバス形式の連作集――「旅の唄うたい」を名乗る謎めいた美青年・夜烏が、様々な時代と場所で、歴史に名を残す人々の生き様を見つめる物語であります。

 殷王朝末期から唐の玄宗皇帝の時代まで――約二千年にも及ぶ時の流れの中で変わらぬ姿を保ち、様々な場所に現れる旅の唄うたい・夜烏。
 時にはその性別すら変えて現れる彼は、歴史を大きく動かす運命にある人物の前に現れては、時にその行動を助け、時にその行動を止めんとして、歴史の裏側から関わっていくことになります。

 実は彼の正体は、天界の寧安宮に住まう狐祖師の弟子。
 野狐として修行を積む彼は師の命を受け、地上から戦乱をなくし平和をもたらすため、戦乱の原因を作る者たち、あるいはそれを止められる者たちに接触するのであります。
(ちなみに何故戦乱をなくそうとするかと言えば、野に住まう同族の狐たちが戦乱に巻き込まれるから、という理由が面白い)

 しかし人間の心は複雑怪奇、たとえ夜烏が「正しい」道を示したとしても、それに従う者は少なく、彼らは、彼女らはそれぞれの運命に殉じていく――そんな人間たちの姿を描く物語であります。

 さて、全4巻の本作は、それぞれ1話あるいは2話をかけて、その人物の物語を描いていくことになります。以下にその名と時代を挙げれば……
 則天武后(唐)
 王昭君(前漢)
 孫堅(後漢)
 妲己(殷)
 呂不韋(秦)
 始皇帝(秦)
 李斯と韓非(秦)
 司馬遷(前漢)
 呂后(前漢)
 卓文君と司馬相如(前漢)
 趙飛燕(前漢)
 徐庶(後漢)
 楊貴妃(唐)

 何とも豪華かつバラエティーに富んだ顔ぶれであります(その中でも女性が多いのは、これは少女漫画という媒体に依るところが大きいかもしれませんが)。

 そしてその中で描かれるのは、「史記」をはじめとする歴史書の記録、あるいはそれを題材とした「三国志演義」のような物語中の逸話を踏まえた物語。
 こうした表に現れた「史実」を忠実に踏まえつつも、本作は夜烏を狂言回しに、その裏側の表に見えないもの――言ってみれば人の「情」を浮き彫りにしていくのであります。

 その名前を見ただけでおわかりの方も多いかと思いますが、本作の主人公たちは、悲劇の運命を辿る者が少なくありません。
 その意味では決して明るい物語ではないのですが、その生き様に込められた想いは、彼らを絵空事の中の登場人物ではなく、どこか馴染み深く人間臭い存在として浮かび上がらせ、決してその読後感は悪くありません。

 また、歴史上では「悪人」とされている者たちにおいても、その悪を為すにやむを得ない理由、どうにもならない業、あるいは単純な悪人ではない「人」としての顔を描いてみせるのも、定番ではありますが実にいいのであります。(もっとも、この趣向のため、「悪女」を主人公とした物語は、似通った印象を受けてしまうきらいはあるのですが)

 また作者が三国志愛好家を自称するだけあって、三国志関連の二人を主人公とするエピソードはどちらも実に熱い。
 特に徐庶などは、侠客から軍師という彼の転身を曹操との因縁を理由に語りつつ、劉備(これがまた任侠の人的な描写が楽しい)との深く強い絆を感じさせる内容で、読んだ人間が皆徐庶ファンになるのでは――と言いたくなるほどの内容であります。


 しかし、そんな時空を超えた物語にも終わりは訪れます。時系列的には最も新しい、すなわちラストとなる楊貴妃の物語では、同時に夜烏の――そして幾度となく夜烏の前に現れて彼を妨害してきた謎の野狐精・吉祥の――秘められた過去が描かれることとなります。
 封印されていた夜烏の秘密自体は、そこまで意外性があるものではないかと感じますが、しかし特筆すべきは、そこで彼らが――人ならぬ狐たちが見せる「情」の姿でしょう。

 そしてさらに、夜烏を使役してきた狐祖師もまた、強く深い「情」の持ち主であったことを示す結末は実に切なく――本作がいつの時代にもいつの場所にも、そして誰の中にもある美しい「情」を描く物語であったと、改めて感じさせてくれるのです。


『旅の唄うたい』シリーズ(長池とも子 秋田書店プリンセス・コミックス全4巻) 第1巻『打猫』 Amazon/ 第2巻『豺狼』 Amazon/ 第3巻『日食』 Amazon/ 第4巻『傾国』 Amazon
旅の唄うたいシリーズ 1 (プリンセス・コミックス)旅の唄うたいシリーズ 2 (プリンセス・コミックス)旅の唄うたいシリーズ 3 (プリンセス・コミックス)傾国ー唐の楊貴妃ー―旅の唄うたいシリーズ4 (プリンセスコミックス 旅の唄うたいシリーズ 4)

| | トラックバック (0)

2018.07.10

仁木英之『師弟の祈り 僕僕先生 旅路の果てに』(その二) これが二人の旅路の終わり、そして始まり


 ついに迎えることとなった僕僕先生と王弁の旅路の果て、『僕僕先生』シリーズ最終巻の紹介の後編であります。

 世界の終わりが目前に迫る中、希望を捨てなかった者たちの戦いの末についに復活した(上に何かラブラブになってた)僕僕と王弁。
 しかしこれでも物語はまだまだ道半ばであります。人間と神仙の凄惨な戦いを終わらせるために、滅び行く世界を救うために――ここからが本当の、そして最後の旅。

 そもそも僕僕は何者で、何のために旅をしているのか? 前者についてはこれまでの物語で、そしてプリクウェルである『僕僕先生 零』でかなりの部分が判明しましたが――さて後者についてはどうであったか?
 マイペースに世界を旅する姿が当たり前になってしまい、そんな疑問はとうの昔に消えていましたが、ここに至り、それが大きくクローズアップされることになります。

 そしてもう一つ、最大の謎が――何故、僕僕の旅の道連れが王弁だったのか。そしてその王弁とラブラブになったのか!?
 後の方はともかく(いや本当は大事なのですが)こうした物語を貫く謎――上で触れたように読者が気にかけていたもの、いなかったもの――全てに対し、本作においては答えが提示されることになります。


 ここで少々本作を離れ、作者の他の作品に目を向けてみることとしましょう。

 作者の大長編ファンタジー(大長編伝奇)――『千里伝』『くるすの残光』『魔神航路』を読めば、物語(の終盤)で主人公の前に立ちふさがる敵に、ある種の共通点があることに気付きます。
 それはその敵が神の強大な力を持ち、世界(の則)を己の思うとおりに変える――すなわち、世界を己の思うままに再編しようとすることであります。そしてその敵に対して、主人公はそれに対抗する力を持つ(味方につける)のですが――しかし彼自身はあくまでも人間に過ぎず、それ故に彼は苦しい闘いを強いられることになるのです。

 もちろんこの要素は、作品によってその程度が(その表に現れる度合いが)異なることは言うまでもありません。しかしその構図は、本作、『僕僕先生』にも通底している――それも、最も明確な形で――ことは明らかでしょう。
 そしてこの点こそは、作者の作品に通底する視点、そしてそこから生まれる魅力に繋がるものだと、私は改めて感じました。

 『僕僕先生』をはじめとする作者の長編ファンタジーにおいては、強大な神仙の力、超自然的な力が、この世界の一部としてある意味当然のように登場します。そのまさしく人知を超えた力の前には、人間など及ぶべくもありません。
 それは言い換えれば、その力を手にした者は、まさしく超人となるということですが――しかし作者は決してその力を手に入れて事足れり、とはしません。いやむしろ、こうした超人による救済を否定する形で物語は描かれていくと感じます。

 人間は、己を超える力を持つ者に屈するべきでもなければ、その力を得て他を圧するべきでもない。たとえ力を持たない存在であっても、いやそれだからこそ、人間は他者を受け入れ、共に生きていくことができる……
 当たり前のことかもしれません。ごく普通のことかもしれません。しかしその素晴らしさを――そしてこの『僕僕先生』という物語でそれを体現してきたのが誰か、我々は知っています。それこそが、全ての答えであることもまた。


 本作の結末で描かれるものは――さすがにこれ以外の結末はないと理解しつつも――やはり一抹の、いや大きな寂しさを感じさせるものであることは否めません。
(さらに言えば、ちょっと物語展開が激しすぎて、いささか急に感じる部分も少なくなかった印象があります) しかしそうであっても、本作は、本シリーズは、描くべきものを全て描き、その上で迎えるべき結末を迎えたと、自信を持っていうことができます。まさに大団円――僕僕と王弁の旅路の終わりと始まりがここにあります。

 そう、これは野暮と言うほかないと自分でもわかっているのですが――旅路の始まりであって欲しいと、僕は「祈り」たいと――本作を読み終えて心から感じた次第です。


『師弟の祈り 僕僕先生 旅路の果てに』(仁木英之 新潮社) Amazon
師弟の祈り 僕僕先生: 旅路の果てに


関連記事
 「僕僕先生」
 「薄妃の恋 僕僕先生」
 「胡蝶の失くし物 僕僕先生」
 「さびしい女神 僕僕先生」
 「先生の隠しごと 僕僕先生」 光と影の向こうの希望
 「鋼の魂 僕僕先生」 真の鋼人は何処に
 「童子の輪舞曲 僕僕先生」 短編で様々に切り取るシリーズの魅力
 『仙丹の契り 僕僕先生』 交わりよりも大きな意味を持つもの
 仁木英之『恋せよ魂魄 僕僕先生』 人を生かす者と殺す者の生の交わるところに
 仁木英之『神仙の告白 僕僕先生 旅路の果てに』 十年、十巻が積み上げてきたもの

 『僕僕先生 零』 逆サイドから見た人と神仙の物語
 仁木英之『王の厨房 僕僕先生 零』 飢えないこと、食べること、生きること

 『僕僕先生』第1巻 芳醇な世界像をさらに豊かで確かなものに
 大西実生子『僕僕先生』第2巻 胸躍る異郷の旅の思い出と憧れ
 大西実生子『僕僕先生』第3巻 世界の有り様、世界の広大さを描いて
 大西実生子『僕僕先生』第4巻 旅の終わりにその意味を問う

| | トラックバック (0)

2018.07.09

仁木英之『師弟の祈り 僕僕先生 旅路の果てに』(その一) 希望を失わぬ者たち、そして帰ってきた者たち


 ついに最終巻であります。ツンデレボクっ子仙人・僕僕先生と、元ニートで凡人の弟子・王弁の長きに渡る旅もこれにて完結――世界の再編を巡り神仙と人間が死闘を繰り広げ、世界が滅びに向かう中、王弁と僕僕はどこに消えたのか。そして世界の命運は――旅路の果てが描かれることになります。

 数々の出会いと別れを繰り返しながら、この天地を旅してきた僕僕と王弁。その彼らの旅の陰で仙界の、いや世界の再編を目論んできた仙人・王方平は、世界のバランスを守るために人間を一度滅ぼし、人界を作り直すことをついに宣言します。
 彼に同調する者、抗して人界につく者、様々な神仙・英雄が出現し、風雲急を告げる世界。しかし王弁はそんな動きの中で原因不明の眠りに陥った末、あわや闇落ちして世界を滅ぼしかねない存在に変貌。僕僕の奔走により、辛うじて己を取り戻した王弁が目覚めた場所は――現代の日本!?


 という、あまりに気になりすぎる引きで終わった前作から一年半。ようやく手にすることができた最終巻は、これまでの王弁と僕僕の旅の集大成と言うべき内容となっています。

 何しろキャラクターの顔ぶれは、あの人物からこの人物まで、これまで王弁と僕僕が出会った相手は全て登場したのではないかと言いたくなるほど――もう二度と会えないと思った者たちも含めて――ほとんど網羅した状態。
 そして舞台の方も、王弁と僕僕が旅した世界各地、いや星々の彼方の世界まで、次から次へと登場するのですから懐かしかったり驚かされたり……

 いや、驚かされると言えば、前作のラストそして本作の冒頭に、あの『福毛』(短編集『童子の輪舞曲』所収)の世界が登場することにこそまず驚くべきでしょう。
 現代日本を舞台に、王弁を思わせる主人公・康介と、僕僕を思わせる彼の妻(!)香織の愛と別れを描いたこの作品は、一体どこが『僕僕先生』なのか、と読者を大いに混乱させたシリーズ最大の問題作なのですから。

 その真相がついにここで、王弁と康介の対面を通じて明かされることになるのですが――ちょっと複雑な気分にはなるものの――それはなるほど、と頷けるものであります。
 しかし本作においてはその真相もプロローグに過ぎません。そして真相が明らかになったからと言って、事態が好転したわけではないことは、王弁を追って現れる者たちの言葉からも明らかです。

 王弁と僕僕が消えた後、王方平をはじめとする神仙たちはついに人間を一掃すべく行動を開始。天変地異を用いて地上を蹂躙し、数多くの命が一瞬のうちに失われていくことになります。
 しかし人間側もこれに抗すべく、妖人・貂が生み出した人工神仙とも言うべき存在を戦線に投入。激化する戦いは、これまで人間と神仙の間に存在していた結びつきを完全に断ち切り、憎しみが支配する戦いの中で、全てが滅びに向かうことになるのですが……

 しかし、それでも希望を失わない者たちがいます。王弁と僕僕の旅をもっともよく知る「薄」幸の美女が、人間と神仙の境を越えて深い友情を結んだ少年たちが、異国の王とそのおかしな兄が、元宝捜し人とその家族たち、そして鋼の巨神が――自分の愛する者たちを守るために、戦い続けているのですから。
 そして彼らの声に応えるように、ついに僕僕と王弁が復活――!

 って、復活したはいいものの、会う人会う人にツッコまれるほど、二人の関係は目に見えて変化。デレた! 先生がデレた! という二人の姿を、ここで笑うべきか喜ぶべきか?
 世界の滅びの瀬戸際で、読んでいるこちらも思わぬことで悩まされますが、ここは二人の姿を評するに、登場人物が良い言葉を使っています。すなわち「尊い」と……


 しかしこれでも物語はまだまだ道半ばであります。人間と神仙の凄惨な戦いを終わらせるために、滅び行く世界を救うために――ここからが本当の、そして最後の旅なのであります。

 そして――ついつい勢いに乗って長くなりすぎました。次回に続きます。


『師弟の祈り 僕僕先生 旅路の果てに』(仁木英之 新潮社) Amazon
師弟の祈り 僕僕先生: 旅路の果てに


関連記事
 「僕僕先生」
 「薄妃の恋 僕僕先生」
 「胡蝶の失くし物 僕僕先生」
 「さびしい女神 僕僕先生」
 「先生の隠しごと 僕僕先生」 光と影の向こうの希望
 「鋼の魂 僕僕先生」 真の鋼人は何処に
 「童子の輪舞曲 僕僕先生」 短編で様々に切り取るシリーズの魅力
 『仙丹の契り 僕僕先生』 交わりよりも大きな意味を持つもの
 仁木英之『恋せよ魂魄 僕僕先生』 人を生かす者と殺す者の生の交わるところに
 仁木英之『神仙の告白 僕僕先生 旅路の果てに』 十年、十巻が積み上げてきたもの

 『僕僕先生 零』 逆サイドから見た人と神仙の物語
 仁木英之『王の厨房 僕僕先生 零』 飢えないこと、食べること、生きること

 『僕僕先生』第1巻 芳醇な世界像をさらに豊かで確かなものに
 大西実生子『僕僕先生』第2巻 胸躍る異郷の旅の思い出と憧れ
 大西実生子『僕僕先生』第3巻 世界の有り様、世界の広大さを描いて
 大西実生子『僕僕先生』第4巻 旅の終わりにその意味を問う

| | トラックバック (0)

2018.07.02

にわのまこと『変身忍者嵐Χ』第2巻 なぜだ?! 新たなる驚愕の敵


 大の特撮ファンである作者による『変身忍者嵐』のリメイク――それも関ヶ原の戦を背景に描く意欲作の待望の続巻であります。第二次上田城の戦を舞台に暗躍する化身忍者マシラ。その秘術に翻弄される徳川秀忠と真田幸村の運命は……。そして物語は新章に突入することになります。

 父が生み出した化身忍者の法という巨大な過ちを償うため、自ら改造手術を受けた青年忍者ハヤテ。獣に化けるのではなく、人の心を持って身が変わる――変身忍者嵐となった彼は、化身忍者を操って天下を狙う血車党を滅ぼすため、孤独な戦いを繰り広げます。

 折しも徳川家康と石田三成の決戦が目前となった中、先を急ぐ秀忠を狙う化身忍者ハンザキを倒し、秀忠を救ったハヤテの次なる戦場は上田城。そこで暗躍する化身忍者マシラは、幼い頃から真田昌幸・幸村父子に可愛がられてきた少年・佐助の姿で現れ、上田城合戦の最中に昌幸を襲撃、その奇怪な術で昌幸を自らの操り人形にしてしまうのでした。
 そして上田城におびき寄せた秀忠の軍に襲いかかる真田の兵――いや、マシラの術に操られる死人の群れ。血車党の陰謀を粉砕するため、ハヤテは嵐に変身するのですが……


 というわけで、この巻の前半で展開されるのは、第1巻に引き続いて描かれるマシラとの戦い。石ノ森章太郎の漫画版でも冒頭に登場したマシラですが、本作のマシラはその怪力と刃を通さぬ鋼の肉体に加え、死人までも操るというかなり強豪であります。
 そのマシラと嵐の対決を本作はスピーディーに、そして迫力十分に描くのですが――しかしそれ以上に印象的なのは、戦いが終わった後に語られる佐助の想い。非常にウェットなこのくだりは、実に「らしい」ドラマとして(この悲しい過去が、マシラの弱点に繋がるという展開も定番ながらうまい)――そして戦国時代を舞台とする本作ならではのものと感じられます。


 そして上田城合戦は終わりを告げるのですが、もちろんこの戦いがほんの前哨戦に過ぎないことを我々は知っています。この巻の後半ではついに関ヶ原の戦が開戦し、東軍と西軍が全面衝突を繰り広げることになるのですが――そこにとんでもない新たな敵が登場いたします。

 血車党の気配を察し、関ヶ原に急ぐハヤテに襲いかかる黒い影。宙を舞い、異形の剣を操る敵の名は、化身忍者・暁闇。コウモリの化身忍者と思しいその姿は――イ、イ○ル?
 ことは躇錯剣にからむ可能性があるゆえ、詳しくは申し上げませんが、その姿はどうみても三人組でイザ! な悪魔剣士の一人――を彷彿とさせるデザイン(ちなみに銃の使い手でもあります)。まずは夢の対決と申し上げるべきでしょうか……

 何はともあれ、暁闇の腕前に苦戦するハヤテですが、しかし相手は本気で殺し合うつもりはない様子。というより、ハヤテは普通の化身忍者とは異なる気配を感じるのですが――それもそのはず、暁闇は血車党に使役される○○○○だった! とこれまた仰天の展開であります。

 第1巻の紹介でも触れたかと思いますが、本作はどれだけそれっぽく見えようとも、あくまでも石ノ森章太郎の漫画版のリメイク。それゆえ、東映のTV版を直には使えない(はずな)のですが――だとすればこうだ! とばかりに投入されてきたこの大ネタ、今後の展開も期待できそうなものだけに、個人的には大喜びであります。

 さて、そうこうしているうちに関ヶ原の戦は佳境に入り、東軍西軍の勢いは伯仲。ここで合戦の帰趨を決めたのは、ある人物の行動だったわけですが――それを背景に再び激突するハヤテと暁闇、そして暗躍するもう一人の化身忍者、というところでこの巻は幕となります。


 と、前巻に続き、ある意味期待通りの内容を大いに楽しませていただいたこの第2巻。
 第1巻から登場のタツマキ、カスミに続き、当然と言うべきかツムジも登場し、暁闇や大谷吉継、徳川家康と関わり、密かにドラマを引っ張っていく役割を果たすのも面白いところであります。
(この辺り、鉄面皮かつ積極的に武将たちの戦いには関わらない立場にあるハヤテの存在を、補うようにも感じられます)

 ただ残念なのは、第1巻の刊行からこの第2巻まで、約一年かかっている――言い換えればこの巻の収録分が一年かけて発表されている――ことであります。
 物語のテンポ自体は決して悪くないだけに、このペースは何とも歯がゆい。おそらくは、いや間違いなく関ヶ原の戦の先も物語が続いてくであろうことを思えば、スピードアップをお願いしたいと強く願うところです。

『変身忍者嵐Χ』第2巻(にわのまこと&石ノ森章太郎 リイド社SPコミックス) Amazon
変身忍者嵐X(カイ) 2 (SPコミックス)


関連記事
 にわのまこと『変身忍者嵐Χ』第1巻 新たなる嵐、見たかった嵐、見参!

| | トラックバック (0)

2018.06.26

野田サトル『ゴールデンカムイ』第14巻 網走監獄地獄変 そして新たに配置し直された役者たち


 放送中のアニメも大人気のようでめでたい『ゴールデンカムイ』ですが、原作漫画の方はこの巻で大きな区切りを迎えることになります。全ての始まりとなったのっぺら坊を巡り、網走監獄に全ての役者が集結して繰り広げられる一大血戦――その先に待ち受ける意外すぎる展開とは?

 アシリパの父・ウイルクではないかと疑われるのっぺら坊を求めて手を組み、網走監獄への旅を続けてきた杉元一派と土方一派。しかし網走監獄は、鬼の典獄・犬童によって要塞同然に防備を固められた場所であります。

 土方に内通していた看守・門倉の手引きや、白石の活躍で何とか内部に潜入した杉元・アシリパ・白石たちですが、しかし見つけたのっぺら坊は偽物。
 さらに土方が不審な動きを見せる一方、鶴見中尉の北鎮部隊が水雷艇を持ち出して監獄に対して攻撃開始!

 かくて杉元・土方・鶴見・犬童の四派の思惑が入り乱れたバトルロイヤルが始まることに……

 というわけで、この巻の8割方を占めるのは、死闘に次ぐ死闘の数々。そもそも網走監獄自体が入るも地獄・出るも地獄の要塞と化していたところに、日露戦争帰りのガチの軍隊――それも半ば狂人が指揮する――数十名が乗り込んでくるのですから、ただで済むわけがありません。
 さらに乱戦の中で収監された700名の凶悪犯が解き放たれたとくれば、そこで展開するのはまさしく血で血を洗う地獄絵図以外にないのであります。

 そしてその中で繰り広げられるのは、杉元vs二階堂、土方vs犬童という因縁の対決。
 特に後者は、長きにわたり捕らえられてきた男と、その男に執着し続ける男という数十年に渡る怨念の激突に留まらず、さらに明治という時代の構図まで重なるのがグッときます。この巻の表紙が、この対決時の土方なのも頷けます。

 さらに彼らの他のレギュラー陣にも、皆それぞれの出番があり――特に出番は少ないながらも強烈なインパクトを見せた○○○先生に拍手――これだけの混戦を見事に捌いてみせる作者の手腕には瞠目するほかありません。


 そして戦いに次ぐ戦いの末、ついに対面する杉元と真ののっぺら坊。はたしてその正体は――なのですが、それを知った杉元が、アシリパのためにぶつける言葉がたまらない。

 目的のためであれば全く躊躇することがない土方。もはや戦い自体が自己目的と化しているかにも見える鶴見。
 望むと望まざるとにかかわらず、すでに修羅の世界に踏み込んでしまった連中は仕方がない。しかし、アシリパだけは、彼女だけはそうなってはならない――そう叫ぶ杉元の言葉は、彼もまた敵に対しては狂的な闘志をむき出しにする一種の怪物だけに、強く胸に刺さるのです。

(そしてそんな好青年と狂戦士の二面性を持った杉元のキャラクター像は、混沌とした本作の主人公にふさわしいと再確認させられます)


 しかし恐るべきクライマックスは、その直後に訪れます。杉元に真実を語ろうとするのっぺら坊――その二人を襲う凶弾。それを放った者、この乱戦の中で巧妙に身を潜め、機を窺っていた者とは……
 あまりといえばあまりの急展開に驚かされる中、怒濤の勢いで動いていく事態。ある者は捕らわれ、ある者は逃れ、ある者は深く傷つき――ここに至り、物語の人物配置図はほとんど全てリセットされ、新たに配置し直されることになるのであります。

 ひねくれた言い方をしてしまえば、まだ黄金の在処を示す刺青人皮が全て揃っていないこの状況で物語が終わるわけはないとは思っていましたが、しかしこう来るか! と悔しさ三割、嬉しさ七割で唸るほかありません。

 そして新たな――これまた意外すぎるチーム編成で、物語は次の局面に突入することになります。更なる北の地で、いかなる物語が描かれることになるのか。そしていかなる秘密が明かされるのことになるのか……
 まだまだまだ、この作品には振り回されることになりそうですが――それがまた、たまらなく嬉しいのであります。


 ……あっ、ラストにはウルヴァリンが乱入!?(嘘は言っておりません)


『ゴールデンカムイ』第14巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
ゴールデンカムイ 14 (ヤングジャンプコミックス)


関連記事
 『ゴールデンカムイ』第1巻 開幕、蝦夷地の黄金争奪戦!
 『ゴールデンカムイ』第2巻 アイヌの人々と強大な敵たちと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第3巻 新たなる敵と古き妄執
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第4巻 彼らの狂気、彼らの人としての想い
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第5巻 マタギ、アイヌとともに立つ
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第6巻 殺人ホテルと宿場町の戦争と
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第7巻 不死の怪物とどこかで見たような男たちと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第8巻 超弩級の変態が導く三派大混戦
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第9巻 チームシャッフルと思わぬ恋バナと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第10巻 白石脱走大作戦と彼女の言葉と
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第11巻 蝮と雷が遺したもの
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第12巻 ドキッ! 男だらけの地獄絵図!?
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第13巻 潜入、網走監獄! そして死闘の始まりへ

| | トラックバック (0)

2018.06.13

鳴神響一『能舞台の赤光 多田文治郎推理帖』 江戸の名探偵、巨大な密室の中の「舞台」に挑む


 時代小説でユニークなクローズド・サークルを展開した『猿島六人殺し』から約半年――多田文治郎が帰ってきました。今回殺害されたのはただ一人――しかし大大名の催した能が演じられる中、その観客が殺されたというのですから、江戸の名探偵が出馬するに相応しいと言うべき事件であります。

 あの陰惨な猿島の事件から数ヶ月後――故あって事件の際に出会った公儀目付役・稲生正英の屋敷を訪れることとなった文治郎。そこで黒田左少将継高が催す猿楽見物に誘われた文治郎は、二つ返事で正英に同行することになります。
 47万石の大大名、それも能好きで知られる継高が開催するだけあって、当日演じられた五番能は素晴らしいものばかり。能好きの文治郎も大いに楽しんだのですが――しかし最後に演じられた、シテと四人のワキが乱舞する『酒瓶猩々』の最中に事件が発生していたのです。

 当日は武士だけでなく町人たちも招かれていたこの能会。その一人、札差の上州屋が、会の終了後に死体となって発見されたのであります。
 黒田家が正英に検分を依頼したことがきっかけで、これに同行することとなった文治郎。彼の観察眼により、上州屋が毒を塗った細い刃物で刺されたことがすぐに判明したのですが――犯人は如何にして上州屋に近づき、周囲から気付かれることなく殺害してのけたのか。

 いやそもそも、何故上州屋が殺されなければならなかったのか? 正英の依頼により、友人で正英の部下である宮本五郎左衛門と共に事件解明のために調査を開始した文治郎は、上州屋には人から恨まれる理由を十分持った人物だと知ることになります。
 しかしどうすれば能の最中に上州屋を殺すことができるのか、肝心のそれがわかりません。調査と推理の末、文治郎は容疑者を絞り込むのですが、しかし彼には確たるアリバイが……

 孤島で六人が次々と奇怪な死を遂げていくという前作に比べれば、いささか事件の内容は地味に見えるかもしれない本作。しかし一つの謎をじっくりと追いかけるその内容の密度の濃さは、前作に勝るとも劣らないものがあります。

 劇場という場は、収容人数が多い(上に人の出入りがある)こと、そして場が暗いことが多いこと、そして何よりもその「舞台」としてのドラマチックさから、古今のミステリで事件の現場となることが少なくない印象があります。
 本作ももちろんその系譜にある作品、能という幽玄の世界が展開する一方で、世俗の極みというべき醜い殺人が行われるという、その取り合わせの面白さにまず魅せられます。

 そして本作で事件の現場となるのは、大名家の中に作られた能舞台(ちなみに黒田継高が大の能好きだったというのは史実であります)という、いわば巨大な密室の中の「舞台」という趣向が楽しい。
 大名家が客を招いて行う能会という、まず不審者が入り込めるはずもない場。そんな密室の中で、どうすれば人一人に近づき、殺し、逃げることができるのか? 本作もまた、変形の密室ミステリと呼ぶべきでしょう。

 ……が、実のところ、本作のトリックは、ミステリ慣れした方であれば、その詳細はわからないまでも、ここが怪しいとすぐに感づくものであるかもしれません。
 この辺り、時代小説ではなく一般レーベルとして(すなわちミステリ小説として)刊行されている本作としてはいかがなものかな、と意地悪なことを感じないでもありません。

 しかし本作の場合、それが能という題材と綺麗に結びつき、一定以上の必然性を持って描かれるのが素晴らしい。
 特に(これは作品の性質上、触れるのにかなり神経を使うのですが)、ある人物のアリバイを描くのに、「この手があったか!」という理由を設定してみせるのには、唸るしかありません。

 そして本作ならではの人物配置と、それが生み出すドラマも含めて、本作はまさしく能楽ミステリと呼ぶに相応しい内容の作品であると言うことができると思います。

 上では意地の悪いことも申し上げましたが、ミステリ味のある時代小説ではなく、時代小説の世界を舞台としたミステリとして成立している――別の表現を使えば、謎が謎を描くためのものとして機能している本作。

 こうした作品を文庫書き下ろし時代小説的なペースで刊行するのは難しいのではないかと思いますが――しかし早くも次の作品が楽しみになってしまうのであります。

『能舞台の赤光 多田文治郎推理帖』(鳴神響一 幻冬舎文庫) Amazon
能舞台の赤光 多田文治郎推理帖 (幻冬舎文庫)

関連記事
 鳴神響一『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』 本格ミステリにして時代小説、の快作

| | トラックバック (0)

2018.06.07

七穂美也子『むしめづる姫異聞 王朝スキャンダル』 姫君は帝を救う昆虫探偵!?


 美しい容姿と高い身分でありながら、化粧もせず、毛虫をこよなく愛する風変わりな姫――「むしめづる姫君」。『堤中納言物語』に登場するこの姫君のエピソードをベースに、ちょっと打たれ弱い帝のため――いや天下万民のため、姫君が虫にまつわる様々な謎を解き明かすユニークな物語であります。

 幼い頃の病のため、髪が悉く白く変わってしまったことから「白銀の宮」と陰で呼ばれる時の帝。その異貌から、そして母君に殺人の疑いがかけられたことから、人々から疎まれ、宮中に味方もほとんどいない彼は、内裏をそぞろ歩いていた時に、奇妙な人物と出会います。

 こともあろうに内裏に市井の子供たちとともに忍び込み、虫取りをしている男装の少女――彼女こそは、「むしめづる姫君」と異名を取る大納言の娘・愛姫。
 見目麗しい容姿でありながら化粧もせず眉毛も手入れしないまま、高貴の身分の姫君でありながら人前に顔を晒し、何よりも人々が忌み嫌う毛虫などの虫を好んで可愛がるという、当時の常識からすれば桁外れの少女であります。

 しかし、この相手が帝とわかっても全く物怖じせず、むしろ帝をこき使ってしまうような愛姫に強く惹かれるようになった帝。
 宮中の権力者である左大臣からは退位の圧力をかけられ、入内した女御からは見向きもされず、すっかり自虐的になっていた帝は、何とか愛姫の心を掴むべく奮闘することになります。

 しかし愛姫は全く入内に興味を示さず、それどころか都で次々と起こる怪事件に、帝自身の身も危うくなる始末。そんな中、愛姫は虫にまつわる知識を用いて怪異の謎を解き、事件を解決していく……

 冒頭に述べたように『堤中納言物語』に登場する「むしめづる姫君」。本作はその原典の設定をきっちりと取り込みながらも、相手役に帝を設定し、さらに一種の科学ミステリとしての趣向を盛り込むという、何とも贅沢で実にユニークな趣向の作品であります。
 特に、探偵役がむしめづる姫君こと愛姫であるのが面白い。これは冷静に考えると相当意外な(意外すぎる)取り合わせですが――しかし実際に読んでみると違和感を全く感じないのが面白いところです。

 もちろんその印象は、作中で描かれる事件がいずれも虫絡み、あるいは虫が手掛かりとなるものであることに依ることは言うまでもありません。
 しかしそれ以上に、愛姫には昆虫観察で培った観察眼と、常識や因習に囚われない自由で合理的な精神を持つことがその理由として描かれていることが大きいと感じます。

 舞台となる平安時代は、「縁起」が人々の、特に貴族たちの生活を支配していた時代。彼らは占いの結果や、日常の出来事から様々な兆しを読み取り、その結果に従い暮らしてきたわけですが――その是非はさておき、そこで合理的な思考というものが生まれにくいことは当然の成り行きでしょう。
 そんな中で、一種規格外の思考回路を持つ愛姫が探偵役を務めるのは、むしろ当然なのかもしれない――そう感じさせられるのです。

 そして時にそれ以上に印象に残るのは、そんな彼女の存在が、彼女の相棒かつ依頼人とも言うべき帝に対する、大いなる救いとなっていることであります。

 先ほど「縁起」と申しましたが、当時は常ならざるもの、規格外のものは、すなわち縁起が悪いものでありました。それだからこそ、常ならざる白髪を持つ帝は、周囲から忌避されるのです。
 しかし同じ規格外の存在でありながら、愛姫はそんな世間の「常識」に縛られない、屈しない存在として敢然と自分の意思を貫き、生きている――それは、その「常識」に縛られ、「縁起」でもない存在とされて日陰者とされた帝にとって、どれだけ眩しい存在であることでしょうか。

 そんな相手が自分を苦しめる事件を解決してくれたら、しかも超美少女であったら――これは確かに惚れない方がおかしいのですが、まあそちらの方面がそうそううまくいかないのもお約束。
 毎回、帝が必死にアプローチしても、全く愛姫の方は振り向いてくれず、ガックリ――というパターンもまた、微笑ましいのであります。
(ちなみに本作はほとんどの部分で帝視点で物語が描かれいるのが、愛姫の超然とした存在感をさらに強めているのも面白い)

 それでも愛姫と出会うことで少しずつ自分の殻を破り、ヘタレ脱却を目指す帝。彼の想いが超然とした姫君に通じる日は来るのか――なろうことなら、その後の物語を読んでみたいものです。

『むしめづる姫異聞 王朝スキャンダル』(七穂美也子 集英社コバルト文庫) Amazon
むしめづる姫異聞 ―王朝スキャンダル― (集英社コバルト文庫)

| | トラックバック (0)

2018.05.13

夏乃あゆみ『暁の闇』第4-5巻 過去と対峙し、乗り越えた先の結末


 その才気で知られながらも、故あって朝廷を追われた悲劇の皇子と、幼い頃の才を失い、皇子と再会することで力を取り戻した陰陽師の姿を描く平安ファンタジーのラスト2巻であります。現世・幽世双方において朝廷に不穏な空気が漂う中、封印された二つの真実がついに明らかにされることに……

 かつて宮中で乱行に及び、一度は流刑に処され、今は洛外で逼塞する惟喬親王。ふとしたことから親王の屋敷を訪れた陰陽師の青年・加茂依亨は、その出会いをきっかけにかつての力の一端を取り戻し、親王の復権を願う人々の一人として動くことを決意します。

 その一環として疫神調伏を行うことになった依亨は、奇怪な双子陰陽師の妨害に遭って術が暴走。親王の力により、辛うじて己を取り戻すことに成功します。
 そして依亨らの奔走もあって、ついに宮中に返り咲くこととなった親王。しかし今上帝を背後から操る左大臣一派は親王を除くために暗躍し、一方、その左大臣に追われて比叡山に上った最延法親王も、親王を支えつつも何ごとかを企む様子であります。

 そんな中、疫神調伏妨害の証拠を掴んだ親王たちに対し、ついに実力行使に出る左大臣一派。さらに法親王も延暦寺の僧兵を動かす混乱の中、宮中から「鏡」が消えるという変事が発生することになります。
 鏡の消失ことは大異変の前触れであることを知り、自分自身の力が暴走することも構わず、鏡を取り戻そうと異界に赴く依亨。そしてついに親王と依亨、二人の封印された過去が明らかになるのですが……


 史実では皇位を継ぐことができず、隠棲のうちにその生涯を終えたという惟喬親王。本作はその親王をモチーフにして(と述べる理由は後述)、その復権を巡る人々の動きを、政治の世界と陰陽道の世界――すなわち此岸と彼岸の双方に軸足を置いて描く物語であります。
 その構造はこの終盤においても変わることなく、そのそれぞれを代表するとも言うべき二人の主人公――親王と依亨は、それぞれの前に立ち塞がる試練と対峙し、そして同時に、自分たちが封印してきた/されてきた過去に向き合うことになります。

 物語冒頭から仄めかされてきた二人の秘められた過去――宮中で忌まわしい乱行に及び、それがために廃太子され、配流という厳しい罰を受けた親王。幼い頃は強大な霊力を持ち、将来を嘱望されていたのが、いつしかその力を全て失ってしまった依亨。
 本作は、共にこうした過去を背負った二人が出会い、支え合い、成長していく物語と言うことができますが――だとすれば、その結末はその過去を乗り越えた先にあるのはむしろ当然でしょう。

 もちろんそれには大きな痛みを伴うことになります。知らなければ苦しむこともなかった過去、知ったとしてももう取り戻せない過去――その過去と向き合わなければならないのですから。
 それでもなお、その痛みを受け入れつつも過去を乗り越え、その先に進む二人の姿を描く結末は、哀しくも清々しいものを感じさせてくれます。


 と、それなりに盛り上がった本作ですが、個人的にどうしても残念な点が二つ。

 一つは、結局左大臣が全ての悪事の源ということで収まってしまったこと――それ自体はさておき、左大臣が親王と対峙するには魅力のない悪役のための悪役であったのがもったいない。
 おかげで終盤は親王側の一方的な勝ち戦的ムードもあり(まさかあのキャラまでも味方になるとは……)、逆転のカタルシスに欠けた点は否めません。

 そしてもう一つは、ラストで親王が○○したことで、完全に歴史が変わってしまったことであります。
 これは物語の流れ的にこれ以外の結末はないことは早い段階で予想できましたが、やっぱり歴史上の人物の名を使うのであれば、もうちょっと――というのは、完全に僕の趣味の問題ではあるかもしれませんが。


『暁の闇』第4-5巻(夏乃あゆみ&かわい有美子 マッグガーデンコミックアヴァルス) 第4巻 Amazon/ 第5巻 Amazon
暁の闇(4) (ブレイドコミックス)暁の闇(5) (アヴァルスコミックス)


関連記事
 夏乃あゆみ『暁の闇』第1-2巻 伝説の廃皇子を巡る群像劇にして陰陽師もの
 夏乃あゆみ『暁の闇』第3巻 青年陰陽師を襲う二つの試練

| | トラックバック (0)

2018.05.10

鳴神響一『天命 おいらん若君徳川竜之進』 意表を突いた題材に負けない物語とキャラクター


 一作一作、趣向を凝らした作品を送り出してく作者の最新作は、いわゆる若様もの。故あって外で育てられた尾張徳川家の若君が主人公なのですが――タイトルにあるように、若君の表の顔は吉原の花魁。とんでもない設定に驚かされますが、しかしその時点で作者の術中にはまっているのであります。

 将軍吉宗と対立した末に隠居に追い込まれた尾張七代・宗春と侍女との間に生まれた男子・竜之進。しかし何者かの手によって母は殺され、竜之進のみ、くノ一の美咲に救い出されることになります。
 密かに竜之進を庇護していた尾張の付家老・成瀬隼人正は、尾張にいては竜之進の身が危ないと、美咲と配下の四人の遣い手・甲賀四鬼とともに江戸に出すことになります。

 そして吉原に潜んだ竜之進主従。それから17年、吉原の女郎屋の一つの主に収まった美咲はそれぞれ使用人に収まった四鬼とともに竜之進を育て上げ、美丈夫に育った彼は吉原一の花魁・篝火として江戸の評判に……

 いやいやいやそれはおかしい、と思われるかもしれません。いや、尾張家の御落胤が吉原で育つのはいいとして、何故女装、しかも花魁に!? と驚き怪しむのが当然でしょう。
 しかし我々がそう考えるということは、竜之進を狙う者たちも同様に考えるということ。まさか徳川の血を引く若君が花魁に身をやつし、しかも吉原にその人ありと知られるような目立つ存在になるはずがない、と。

 そう、木は森の中に隠せと申しますが、これはそれを地で行く――いやむしろ目の前に隠すべきものを晒してみせるという驚くべき奇計なのであります。
 もちろん、まさか実は男の竜之進/篝火が客と同衾するはずもなく(花魁だからこそその我が侭が許されるという設定がうまい)、しかしそれこそ高嶺の花よ、とさらに評判になっていたのであります。

 しかし如何に己の身を案じた末の策とはいえ、青春真っ盛りの若者が、女に身をやつして酔客の相手が面白いはずもありません。
 かくて竜之進は暇を見ては吉原を抜け出して旗本の四男坊を名乗り、馴染みの居酒屋で貧乏御家人の太田直次郎(そう、若き日のあの人物です)や瓦版屋のお侠な少女・楓とともに、様々な事件に首を突っ込むことに……


 という基本設定の本シリーズ、その第1作で竜之進が挑むのは、彼がその二つの顔――吉原での顔と外の顔のそれぞれで聞きつけた、怪しげな事件であります。

 その一つ目は、楓が聞き込んできた天狗騒動。夜毎に江戸に天狗が現れ、怪しげな歌を歌って踊り回るというのであります。
 そしてもう一つは、吉原で、遠州から買われてきた娘たちが、家族と音信不通になってしまったという出来事。いかに篭の鳥とはいえ、手紙のやり取りはできるはずが、里からの返事が来なくなったというのです。

 一見全く関係のないこの二つの出来事。しかし天狗たちが歌の中で賄賂を取る者を批判し、そして娘たちがみな遠州相良出身であったことから、その背後にある人物の存在が浮かび上がることになります。
 そしてそこから事件は思わぬ方向に転がり、悪の姿が浮き彫りになっていくのですが――この辺りの史実との絡ませ方が実に作者らしい、とまず感心いたします。

 これまで縷々述べてきたように、かなり意表を突いた設定の本作ですが、しかしその背後にあるのは、あくまでも確たる史実であり、描かれる事件もそこから生まれたもの。
 この史実の生かし方と距離感、緩急をつけた物語の付け方――題材としてはある意味定番、これまでで最も「文庫書き下ろし時代小説」的な本作ですが、しかしその中でも作者らしさは薄れることはない、と感じました。


 しかしそれ以上に嬉しいのは、竜之進の人物像――彼が悪に挑む、その理由であります。
 そこにはもちろん、若者らしい正義感や好奇心、冒険心というものはあるでしょう。しかしそれだけではありません。彼にはそれ以上に、吉原に暮らす遊女たちへの強い共感があるのです。

 金で売り買いされ、吉原に縛り付けられる遊女たち。もちろん竜之進の場合、その事情は大きく異なりますが、しかし吉原に縛り付けられ、表舞台に立てぬ身という点では彼も同様であります。
 だからこそ、竜之進は彼女たちを傷つける者を、利用する者たちを許さない。単なる(と敢えて言いましょう)正義の味方ではなく、吉原の女性たちの代弁者として破邪顕正の刃を振るう男――それがまた、花魁としての自分を活かした剣法なのも実にいい。

 意表を突いた題材に負けない物語とキャラクターを備えた物語――また一つ、先が楽しみなシリーズの開幕であります。


『天命 おいらん若君徳川竜之進』(鳴神響一 双葉文庫) Amazon
天命-おいらん若君 徳川竜之進(1) (双葉文庫)

| | トラックバック (0)

2018.04.25

鳴神響一『謎ニモマケズ 名探偵・宮沢賢治』 賢治、国際謀略に挑む!?


 昨年末から時代本格ミステリ、現代を舞台とした警察ものとバラエティに富んだ作品を送り出してきた作者の新作は、大正時代を舞台とした冒険活劇――それも、あの宮沢賢治が、国際的な謀略事件に巻き込まれ、美しき令嬢を守るために活躍する奇想天外な物語であります。

 時は大正九年(1920)――盛岡高等農林学校を卒業したばかりの宮沢賢治は、花巻の正教会で、ロシア語の師であるペトロフ司祭が仮面の大男に殺害されるのを目撃することになります。
 一度は犯人と誤認されて逮捕されたものの、何とか釈放され、恩師の依頼で遠野に鉱物調査に向かうこととなった賢治。偶然、正教会の寺男が、知人である佐々木喜善を頼ると知った賢治は、自分も喜善のもとを訪れるのですが――そこで彼が出会ったのは、柳田国男と、美しい異国の令嬢でした。

 柳田の知人である外国公使の娘だという令嬢――エルマとの出会いに胸ときめかせる賢治ですが、しかしその周囲にはあの仮面の大男が出没。ついにはエルマが大男に攫われ、賢治は彼女を追って遠野の山中に分け入ることになります。
 果たして大男たちの正体とは、柳田国男たちが関わる計画とは。そして何故エルマは狙われるのか? いつしか賢治は国際的な陰謀に巻き込まれることに……


 「名探偵・宮沢賢治」という副題を持つ本作。それを見れば、宮沢賢治が探偵役のミステリだな、と万人が思うところでしょう。
 しかし宮沢賢治が探偵役の作品というのはこれまでもいくつか存在しており、後発の本作はいささか不利なのでは――などとも一瞬思いましたが、それはなかった、と言うべきでしょう。いやそもそも、本作はミステリと言うより、ほぼ完全に冒険活劇なのですから。

 本作の舞台となるのは、上で述べたとおり1920年。賢治の年譜を辿れば、まだ農林学校を卒業したばかりの彼が、将来の夢と家業という現実の間に挟まれていた時代――まだ将来の作家/詩人としての顔を完全に見せるに至っていない時代と知れます。
 しかしこの時代は同時に、全世界を巻き込んだ最初の世界大戦が数年前に終結し、その傷跡がまだ生々しく各地に残された――いやあるいは広がりつつあった時期にほかなりません。

 本来であればそうした動きとはほとんど無縁のはずの東北に暮らす賢治が、海の向こうの巨大な歴史の動きに巻き込まれていく――そんな構図のダイナミズムは、デビュー以来、多くの作品で、海を越えるスケールの大きな物語を描いてきた作者ならではのものと言えるでしょう。


 ただ――個人的には少々残念に感じる部分がないわけではありません。それは、あまりにも賢治が巻き込まれただけに見えてしまう点であります。

 もちろん、まだ何者でもない賢治があたふたしている間に状況がどんどん変わり、のっぴきならない方向に向かっていく――というのは、完全に巻き込まれ型サスペンスの呼吸で、これはこれで実に楽しい展開ではあります。
 しかし、もう少し賢治ならではの部分があってもよかったのではないか、その後の彼の事績と結びつくような部分がもっと強調されても良かったのではないかな、と感じてしまったのが正直なところなのです。

 もちろん、彼とエルマの交流と、そしてそれがもたらすクライマックスの展開は、賢治あってのものであることは間違いありません。
 しかし同時にそれは、些か厳しいことを申し上げれば、賢治に近いパーソナリティーの人物でもこの物語は成立するようにも感じられてしまったのです。

 先に述べたように、マクロな時代背景と物語の結びつきの妙や、巻き込まれ型サスペンスとしての物語展開の楽しさといった点は大きいのですが――しかし有名人主人公ものという構造から見れば、もったいないと感じられる部分は確かにある作品であります。


 もう一つ、やはり本作の賢治は「名探偵」という以前に「探偵」的な活動を行わない――というのは、やはり引っかかるところではあります。
 これはむしろ一種の宣伝戦略の結果と思われ、触れるのも野暮ですが、しかしスルーするのもまた不誠実かと思い、あえて蛇足として書かせていただく次第です。

『謎ニモマケズ 名探偵・宮沢賢治』(鳴神響一 祥伝社文庫) Amazon
謎ニモマケズ 名探偵・宮沢賢治 (祥伝社文庫)

| | トラックバック (0)

より以前の記事一覧