2019.01.04

野田サトル『ゴールデンカムイ』第16巻 人斬りとハラキリとテロリストと


 網走監獄での決戦で大きくその様相を変えつつも続く、アイヌの黄金を巡る戦い。潜伏する土方は幕末を引きずって生きるもう一人の男と対峙し、アシリパを追って樺太を行く杉元は思わぬ方法で自分たちの存在をアピールすることになります。そしてキロランケには意外な過去の存在が明らかに……

 網走監獄でのキロランケと尾形の思わぬ裏切りによって散り散りとなった一行。キロランケと尾形は、アシリパと白石を連れて北に向かい、その後を追う杉元と谷垣は、鶴見中尉と手を組み、鯉登・月島とともに行動することになります。
 一方、土方と永倉、牛山は北海道に残って潜伏することになり――というわけで、この巻の序盤では、網走以来大きな動きを見せていなかった土方たちの姿が描かれることになります。

 網走監獄の隠し部屋で見つけた手がかり――エトゥピリカの嘴を頼りに、根室で季節労働者として暮らす刺青囚人・土井新蔵こと人斬り用一郎のもとに向かう土方一行。
 しかし折悪しくというべきか、用一郎と彼に恨みを持つ者たちが送り込んだ刺客の間で始まった戦いに、一行も巻き込まれて……

 というわけで、新たに登場した刺青囚人は、かつて京都で天誅を繰り返していた攘夷派の人斬り浪人。つまり土方とは天敵の間柄であり――そして彼と同じく既に年老いた身であります。
 既に耄碌し、日常生活も覚束ない状態となった用一郎ですが、しかし一度覚醒すれば往年の人斬りぶりを発揮して――と、ナメてた××が、のパターンを地で行くような殺人兵器ぶりを見せる怪物。ここで彼と土方は、因縁の対決に及ぶことになりますが――しかし、土方が老いてなお大望に燃える一方で、用一郎は既に死に場所を探すだけの存在となっているのが哀しい。

 覚醒するや、目に映る周囲の景色が幕末のそれに変わっていく用一郎。漫画ならではの見事な表現ですが、しかしそれはすなわち、彼の目には既に現実が映ってはいないことを意味します。そんな彼と土方の対決の行方は歴然としているとも言えるのですが――しかし用一郎が生きてきた道程を否定することは、決して誰にもできないでしょう。
 本作の魅力である、陰影に富んだキャラクター描写が光るエピソードであります。


 しかし粛然たるムードを完膚なきまでに破壊してしまうのは、その後に描かれる杉元サイドの物語であります。

 ある事件がきっかけで、曲馬団・ヤマダ一座と出会った一行。ロシアで大評判だったという彼らが、樺太でも興業を行うと知った杉元は、ここで名前を上げればアシリパさんに自分の生存が伝わるはず! と、強引に曲馬団名物のハラキリショーに志願することになるのですが……(この辺りで既に色々おかしい)

 しかし、鯉登に思わぬ軽業の才があること(単なるギャグ描写かと思いきや……)を知ったヤマダ団長は、むしろ鯉登の方に執心、基本的に犬猿の仲の杉元と鯉登の間を余計にヒートアップさせることになります。
 一方、余った形の谷垣と月島は、バックダンサーである少女団に入れられて特訓を受ける羽目に……

 いやいやいや、何故そこでそうなる! と言いたくなる展開ですが、これまた本作の魅力である、テンポのよいドタバタと、ベタかつ豪快なギャグを交えて描かれてしまえば、もう面白がるしかありません。
 かくて増長の末、とんでもない秘技(with猿叫)を披露する鯉登、乙女衣装で涙する谷垣、傍観する月島、そしてとんでもない手違い(?)から公衆の面前で文字通りの真剣勝負を見せる杉元――前のエピソードでしみじみさせられたと思ったらこれだよ!

 いやはや、もはや脱線暴走大爆発、という感がありますが、これもまた『ゴールデンカムイ』という作品。無茶苦茶をやりながらも思わぬ着地を見せ、先の展開にきっちり繋がっていくのには、ただ脱帽であります。


 そしてこの巻の終盤では、一足先に北に向かったアシリパたちの姿が描かれるのですが――ここで明らかになる、全くもって意外というほかないキロランケの正体。
 得体の知れないながらも、レギュラー陣の中では常識人の部類に思われた彼が、ある意味一番の危険人物だった! というのにはシビレるほかありません。

 そしてアシリパたちを襲う新たな強敵を前に最近アシリパを見る目が色々と心配な尾形の本領発揮となるか――もはやこれまで以上に闇鍋状態の本作ですが、もうここまで来たら、どんどんこちらを振り回していただきたいものです。


『ゴールデンカムイ』第16巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) 

ゴールデンカムイ 16 (ヤングジャンプコミックス)

野田 サトル 集英社 2018-12-19
売り上げランキング : 90
by ヨメレバ

関連記事
 『ゴールデンカムイ』第1巻 開幕、蝦夷地の黄金争奪戦!
 『ゴールデンカムイ』第2巻 アイヌの人々と強大な敵たちと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第3巻 新たなる敵と古き妄執
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第4巻 彼らの狂気、彼らの人としての想い
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第5巻 マタギ、アイヌとともに立つ
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第6巻 殺人ホテルと宿場町の戦争と
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第7巻 不死の怪物とどこかで見たような男たちと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第8巻 超弩級の変態が導く三派大混戦
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第9巻 チームシャッフルと思わぬ恋バナと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第10巻 白石脱走大作戦と彼女の言葉と
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第11巻 蝮と雷が遺したもの
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第12巻 ドキッ! 男だらけの地獄絵図!?
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第13巻 潜入、網走監獄! そして死闘の始まりへ
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第14巻 網走監獄地獄変 そして新たに配置し直された役者たち
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第15巻 樺太編突入! ……でも変わらぬノリと味わい

| | トラックバック (0)

2018.12.30

このブログが選ぶ2018年ベストランキング(文庫書き下ろし編)

 今年も一年の締めくくり、一人で選んで一人で発表する、2018年のベストランキングであります。今回は2017年10月から2018年12月末発刊までの作品について、まずは文庫書き下ろし6作品を挙げたいと思います。

1.『おもいで影法師 九十九字ふしぎ屋商い中』(霜島けい 光文社文庫)
2.『百鬼一歌 都大路の首なし武者』(瀬川貴次 講談社タイガ)
3.『義経暗殺』(平谷美樹 双葉文庫)
4.『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』(阿部暁子 集英社文庫)
5.『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』(鳴神響一 幻冬舎文庫)
6.『勾玉の巫女と乱世の覇王』(高代亞樹 角川春樹事務所時代小説文庫)


 第1位は、これは個人的には文庫書き下ろしにおける妖怪時代小説の一つの完成型ではないか、とすら思う作品。死んでぬりかべになった父を持つヒロインが奮闘する『九十九字ふしぎ屋商い中』シリーズの第3弾ですが、とにかく表題作が素晴らしい。
 妻を亡くしたばかりの隠居同心宅に現れる不思議な影法師。はじめは同心の妻の幽霊かと思われたその影は、しかしやがて様々な姿を見せ始めて――と、ちょっといい話と思いきやゾッとさせられて、そして意外な結末へ、と二転三転する物語には感心させられたり泣かされたり。作者は期間中、幻となっていた『あやかし同心捕物控』シリーズも再開し、いま脂が乗りきっているといえるでしょう。

 第2位は、平安ものを得意とする作者が鎌倉時代初期の京を舞台に、和歌マニアの青年と武芸の達人の少女を主人公に繰り広げるコミカルな時代奇譚の第2弾。今回はタイトル通りに奇怪な首なし武者事件に巻き込まれる二人ですが、その背後には哀しい真実が……
 と、個性的過ぎるキャラクターのドタバタ騒動で魅せるのはいつもながらの作者の得意技ですが、本作はそれに史実――この時代、この人々ならではの要素が加わり、新たな魅力を生み出しているのに感心です。

 そして第3位は、今年もバラエティ豊かな作品で八面六臂の活躍を見せた作者の作品の中でも、久々の義経ものである本作を。兄に疎まれ、奥州に逃げた源義経が、妻子とともに何者かに殺害された姿で発見されるというショッキングかつ何とも魅力的な導入部に始まり、その謎が奥州藤原氏の滅亡、そしてその先のある希望に繋がっていく物語は、『義経になった男』で時代小説デビューした作者の一つの到達点とも感じられます。
 ちなみに作者は今年(も)実にバラエティ豊かな作品を次々と発表。どの作品を採り上げるか非常に悩んだことを申し上げます。

 第4位は南北朝時代を背景に、副題通り吉野――南朝の姫君が、お忍びで向かった京で出会った義満と世阿弥とともに繰り広げる騒動を描く作品。今年も何かと話題だった室町時代ですが、本作はライト文芸的な人物配置や展開を見せつつも、混沌としたこの時代の姿、そしてその中でも希望を見いだそうとする若者たちの姿が爽快な作品です。
 個人的には作者の以前の作品を思わせるキャラクター造形が嬉しい――というのはさておき、作品のテーマを強く感じさせる表紙も印象に残ります。

 続く第5位は、期間中、ほとんど毎月、それもかなりバラエティに富んだ新作を刊行しつつ、水準以上の内容をキープするという活躍を見せた作者の、新たな代表作となるであろう作品。孤島に居合わせた六人の男女が次々と奇怪な手段で殺される――という、クローズドサークルものど真ん中のミステリである(本作が時代小説レーベルではないことに注目)と同時に、時代ものとしてもきっちりと成立させてみせた快作です。

 そして最後に、本作がデビューした作者のフレッシュな伝奇活劇を。いまだ混沌とした戦国時代を舞台に、長き眠りから目覚めた「神」と、その巫女に選ばれた少女を巡り、一人の少年が冒険を繰り広げる様は、時代伝奇小説の王道を行く魅力があります。
 その一方で、神の意外な正体や目的、そして張り巡らされた伏線の扱いなど、これがデビュー作とは思えぬ堂々たる作品で、今後の活躍が楽しみであります。


 ちなみにもう一つ、本年印象に残ったのは、本格ミステリ作家たちが忍者(の戦い)をテーマに描いたアンソロジー『忍者大戦』。『黒ノ巻』『赤ノ巻』と二冊刊行された内容は、正直なところ玉石混淆の部分もあるのですが、しかし時代小説初挑戦の作家も多い中で描かれる物語は、それだけに魅力的で、ユニークな企画として印象に残りました。

 と、振り返ってみれば、図らずも平安・鎌倉・室町・戦国・江戸と散らばったラインナップになりました。保守的なイメージの強い文庫書き下ろし時代小説ですが、その実、多様性に溢れていることの一つの証――と申し上げては牽強付会に過ぎるでしょうか?


おもいで影法師: 九十九字ふしぎ屋 商い中 (光文社時代小説文庫)

霜島 けい 光文社 2017-10-11
売り上げランキング : 38694
by ヨメレバ
百鬼一歌 都大路の首なし武者 (講談社タイガ)

瀬川 貴次 講談社 2018-07-20
売り上げランキング : 102866
by ヨメレバ
義経暗殺 (双葉文庫)

平谷 美樹 双葉社 2018-02-15
売り上げランキング : 350944
by ヨメレバ
室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君 (集英社文庫)

阿部 暁子 集英社 2018-01-19
売り上げランキング : 60988
by ヨメレバ
猿島六人殺し 多田文治郎推理帖 (幻冬舎文庫)

鳴神 響一 幻冬舎 2017-12-06
売り上げランキング : 84204
by ヨメレバ
勾玉の巫女と乱世の覇王 (時代小説文庫)

高代 亞樹 角川春樹事務所 2018-03-13
売り上げランキング : 774499
by ヨメレバ

関連記事
 霜島けい『おもいで影法師 九十九字ふしぎ屋 商い中』 これぞ妖怪時代小説の完成形!?
 瀬川貴次『百鬼一歌 都大路の首なし武者』 怪異が浮き彫りにする史実の爪痕
 平谷美樹『義経暗殺』(その一) 英雄の死の陰に潜むホワイダニット
 平谷美樹『義経暗殺』(その二) 天才探偵が見た奥州藤原氏の最期と希望
 阿部暁子『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』 現実を受け止めた先の未来
 鳴神響一『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』 本格ミステリにして時代小説、の快作
 高代亞樹『勾玉の巫女と乱世の覇王』 復活した神の望みと少年の求めたもの

 このブログが選ぶ2017年ベストランキング(文庫書き下ろし編)

| | トラックバック (0)

2018.12.13

鳴神響一『江戸萬古の瑞雲 多田文治郎推理帖』 芸術家の精神と世俗なるものの衝突の果てに


 江戸の文化人にして名探偵・多田文治郎が怪事件に挑むシリーズの第三弾であります。今回文治郎が挑むのは、萬古焼の祖である実在の陶物師(陶芸家)・沼波弄山が主催する宴席の最中で起きた殺人事件。果たして被害者は何故殺されたのか、そして事件の背後にあるものは……

 猿島六人殺し、祝儀能殺人事件と難事件を次々と解決してきた書家にして戯作者・多田文治郎(後の沢田東江)。これまでの事件で縁があった幕府目付役・稲生下野守から宴席に誘われた文治郎は、新年早々、上野池之端の料理茶屋に足を運ぶことになります。
 将軍家御数寄屋御用を務める江戸随一の陶物師・沼波弄山が主催するその宴席で振る舞われるのは、普茶料理――大皿や大鉢に盛られた精進料理を各人が取り分けて食べるという、当時では極めて珍しい形式の料理であります。

 富裕な旗本たち、そして後に名高い浮世絵師や戯作者、蘭方医となる人々とともに料理を堪能し、その席で踊り子たちの芸を楽しむ文次郎ですが、その最中に客の一人である二丸留守居役・河原田内膳が具合を悪くして席を立つことになります。
 その後も宴席は続くもの、いつまで経っても帰ってこない内膳。それもそのはず、内膳は厠小屋の中で、首に長火箸を突き刺された死体となっていたのですから!

 その場で下野守から事件捜査を依頼された文治郎は、宴席に参加していた杉田玄白の協力で、内膳が何らかの毒を盛られて体調を崩し、そのために厠に立ったところで待ち構えていた何者かに襲われたと目星をつけます。
 しかし宴席に参加していた者には完全なアリバイがあり、別の建屋で控えていた供の者たちの動きは細かくは把握できない状況。そもそも、何故内膳が狙われたのか、狙われたとすれば、始まるまで席が決まっていなかった宴席で、どうやって毒を盛ったのか?

 五里霧中の謎に対し、文治郎は旧友で下野守の部下でもある徒目付の甚五左衛門、江戸に出てきた相州の漁師の娘・お涼ら、お馴染みの面々の手を借りて、内膳、そして弄山の周囲を探索していくことになるのですが……


 孤島にいた者全てが犠牲者となった連続殺人、能が演じられる最中の客席での殺人に続いて本作が描くのは、江戸では珍しい形式の宴席の最中に発生した殺人事件。
 前作同様、あまりにもセンセーショナルな第1作に比べると非常に地味(という表現はいかがなものかと思いますが)ではありますが、文治郎の丹念な調査と推理によって、徐々に謎の全貌が明らかになっていくというスタイルは、本シリーズらしい真面目さを感じさせます。

 特に、膳で一人ひとり料理が出される普通の宴席とは異なり、自分たちで料理を取り分ける普茶料理というシチュエーションを使った謎の設定は本作ならではのもので、トリック自体は軽いものの、その背後に様々な人間心理が働くという構図は悪くありません。

 しかし本作ならではという要素は、むしろ何よりも物語の背景となる萬古焼という芸術の世界ではないでしょうか。
 もともと桑名の商人でありながら焼き物の世界に惹かれ、自分でも窯を開いた弄山。いわば旦那芸であったそれを一個の芸術にまで高めたのは、弄山の芸術家としてのセンスであることはもちろんのこと、それを支えた彼の精神性であると、本作は感じさせます。

 そしてその精神性は、彼一人ではなく、芸術家と呼ばれる者、何かを新たに生み出す者に共通のものといえるでしょう。それは人間の自由な精神性の発露とも言うべきものですが――しかし、それは同時に、その自由さ故に、世俗的なるものと衝突し、歪められかねないものでもあります。
 思えば本シリーズで描かれる事件の背後に通底するのは、そのような構図であったと感じられます(ちなみに本作、特に解説されていないものの、件の宴席に参加した町人たちが、いずれも著名な文化人としての顔を持つのが実に面白い)。

 だとすればこうした事件を解決するのは、職業探偵ではなく、自身もまた芸術家である――それでいて世俗にも片足を置いている――文治郎でなければならなかったと言うことができるのではないでしょうか。


 もちろんこれは私の深読みのしすぎかもしれませんし、そうだとすれば、時代ミステリとしても、一種の芸術小説としても、もっともっと踏み込んでほしかった、という印象はかなり強いのですが――しかし本シリーズが、本シリーズならではの独自の世界観を構築しつつあるのも、また事実と感じられるところであります。


『江戸萬古の瑞雲 多田文治郎推理帖』(鳴神響一 幻冬舎文庫)

関連記事
 鳴神響一『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』 本格ミステリにして時代小説、の快作
 鳴神響一『能舞台の赤光 多田文治郎推理帖』 江戸の名探偵、巨大な密室の中の「舞台」に挑む

| | トラックバック (0)

2018.11.28

鳴神響一『鬼船の城塞 南海の泥棒島』 帰ってきた海洋冒険時代小説!


 鎖国下の江戸時代、大海で暴れ回った海賊衆・阿蘭党の活躍を描いた『鬼船の城塞』が帰ってきました。エスパニア海軍との激闘の傷跡も癒えぬ阿蘭党の前に一隻の無人の南蛮船が現れたことをきっかけに、南海を舞台に新たな冒険の幕が開くことになります。

 「鬼船」と呼ばれた赤い巨船を操り、船乗りたちから恐れられた海賊・阿蘭党。彼らは館島(現在の父島)を根城に、寛保の世までその命脈を保ってきた戦国時代の後北条水軍の残党であります。
 その阿蘭党に、任の最中に襲撃を受け、部下を皆殺しにされて捕らえられたのが、元・鉄砲玉薬奉行・鏑木信之介。その武芸の腕を認められて賓客となった彼は、館島で暮らすうちに、阿蘭党の人々と少しずつ絆を育んでいくことになります。

 やがて島を狙って襲来したエスパニア海軍に対し、信之介は阿蘭党と協力して立ち向かうことに――というのが、前作に当たる『鬼船の城塞』の物語であります。

 言うまでもなく鎖国によって日本人が海外に渡航することがなかった江戸時代。それ故に江戸時代を舞台とした海洋ものはほとんどなかった中、前作は非常にユニークかつ新鮮な作品として印象に残っています。
 そしてその待望の続編が本作なのですが――冒頭で語られるのは、エスパニア海軍との決戦の影響の大きさであります。

 エスパニア海軍撃退の代償として、彼らの象徴たる鬼船を失った阿蘭党。しかし単に海賊稼業だけでなく、海の向こうから物資を手に入れることによって命脈を保ってきた彼らにとって、それはあまりに大きな打撃を与もたらすことになりました。
 海賊に出ることはおろか、食料や生活必需品、医薬品や武具に至るまで、本土からの物資を手に入れる手段を失った阿蘭党。しかしもはや小早船しか残っていない今、彼らは館島に閉じ込められたも同然なのであります。

 そんな阿蘭党始まって以来の苦境の中、島に漂着した無人の南蛮船。小早船に毛が生えたようなこの船であっても今の彼らにとっては天の助け――限りなく小さい可能性に賭けて、本土への航海に乗り出すことになったのは、阿蘭党の頭領である兵庫、南蛮仕込みの航海術を持つ儀右衛門、そして信之介。
 さらに無理やり乗り込んできた兵庫の妹・伊世や豪傑武士・荘十郎を加えて出向した一行を、激しい嵐が襲います。

 帆と舵を失い、運を天に任せて漂流する一行がたどり着いたのは南洋の緑溢れる美しい島。そこは南蛮人からラドロネス(泥棒)島と呼ばれる地だったのですが……


 というわけで、今回の物語の舞台となるのはサブタイトル通り南海の泥棒島。阿蘭党がいわば海賊島の住人であることを思えば、何やら似つかわしい名前に思えますが――しかしこの名前には事情があります。
 作中では明確にはされていませんが、本作から遡ること約200年前、マゼランがこの島々を「発見」した際に、船の積荷を島の原住民に奪われたことから付けられたのが、この名前。しかしこれはマゼランたちの方が先に食料を強奪したとも言われており、その後の収奪の歴史を鑑みれば、さもありなんという印象があります。

 そう、その後この島々はエスパニアの植民地として収奪され、元々の住民たちは強制的にキリスト教に改宗させられた上に、外部から持ち込まれた疫病によってその数を減らしていくこととなりました。
 信之介たちが漂着したのは、まさしくこのような時代。そしてその島で密かに隠れ住む誇り高き現地の人々と交流した信之介たちは、島に来襲するエスパニア船に対し、戦いを挑むことになるのであります。

 が、その戦力差は前作で繰り広げられた戦いよりも更に上。そもそも信之介たちにはもはや軍船はなく、そして戦えるメンバーもわずか数人という状況なのですが――その絶望的な戦力差をどうするか、それが本作のクライマックスの見所となります。


 終盤にはそんな盛り上がりをみせる本作ですが、全体と通してみたスケール感では前作にはかなり譲るところがあり、温度があまり高くない文体も相まって、かなりおとなしい印象を受けるというのが正直なところ。そんなこともあって、前作の続編というより、後日譚という印象があります。

 その意味では、まだまだもっと先に行くことができるシリーズなのではないかと思いますが――しかし本作を以て、シリーズが再起動したのは、やはり喜ばしいことです。
 前作においては阿蘭党と共に戦ったものの、いまだ自分の在り方に悩む信之介が、ついに居場所を見つけたこともあり――これからの信之介と阿蘭党の活躍に期待したいところであります。


『鬼船の城塞 南海の泥棒島』(鳴神響一 角川春樹事務所時代小説文庫)

関連記事
 鳴神響一『鬼船の城塞』 江戸の海に戦う男たち!

| | トラックバック (0)

2018.11.27

永山涼太『八幡宮のかまいたち 江戸南町奉行・あやかし同心犯科帳』 しまらない二人が挑む「怪異」の意味


 弁慶の亡霊に鬼火、かまいたちに置いてけぼりと、江戸を騒がす「怪異」に挑む者たちを描く本作は、タイトルを見れば一見伝奇捕物帖のようですが――しかし主人公は悩めるおっさんと若者のバディ。そんなしまらない二人が、ままならぬ世の不条理に挑む、何ともユニークで味わい深い連作であります。

 「とりもちの栄次郎」の異名を持ち、若くして隠密廻りになりながらも、やりすぎて周囲から疎まれ、妻にも逃げられた北町奉行所同心・望月栄次郎。江戸を騒がす盗賊一味を追いつめたものの頭目を逃し、謹慎処分となった彼は、好奇心から永代橋のたもとに弁慶の亡霊が出るという噂を確かめに行くのですが――そこで一人の青年武士とぶつかることになります。

 その青年の名は筒井十兵衛――直心影流の名門・団野道場でも有数の使い手であり、名奉行・筒井伊賀守の三男である彼は、父から命を受け、釈然としないながらも亡霊の正体を探りに来ていたのであります。
 互いに胸に鬱屈を抱えた者同士、些細なことから争いとなった二人ですが、場数の違いから叩きのめされたのは十兵衛の方。弁慶の亡霊の正体は成り行きから解き明かされたものの、遺恨を残した二人は、深夜の回向院で立ち会いを約するのでした。

 そして始まった二人の対決。しかしその最中に、パチパチという音とともに不気味な炎が出現して……


 というわけで、本作の主役を務めるのは、公私ともどもドロップアウト寸前の中年と、自分の将来に希望を見いだせず空回りする青年という、なかなか身につまされる設定の二人。

 狙った相手から離れないことから「とりもち」と呼ばれていたものが、役目から外されて町会所見廻となった末に「餅搗き」と呼ばれるようになった栄次郎。弁慶の幽霊の探索を命じられたものの勝手がわからず、橋のたもとの茶店で餅ばかり食べていたために「餅食い」と呼ばれてしまった十兵衛。
 共に餅にまつわるしまらない渾名を付けられてしまった二人が、なりゆきから「永代橋の弁慶」「回向院の鬼火」「八幡宮のかまいたち」「深川の置いてけぼり」といった江戸を騒がす怪事件に立ち向かう姿が、本作では描かれることになります。

 はじめは斬り合いを始めるほど仲が悪かった二人が、同じ謎に挑み、同じものを見る中で、やがて互いの距離を縮め、無二の相棒となっていく――そんな定番をきっちり押さえた展開は、バディもののファンであれば必ずや琴線に触れるはず。
 特に、上に述べたように、二人がある意味世の正道から外れかけた人物だけに、彼らの絆と、そして彼らが事件の最中で出会う人々に向ける眼差しは、強く印象に残るのです。


 そしてそんな二人の存在は、本作で描かれる「怪異」の正体とも、強く関わっていくことになります。

 あまり詳細に触れるわけにはいきませんが、本作で描かれる「怪異」は、いずれも人間が、人間の心が――そしてそんな人々を生み出すこの世の在り方が生み出したもの。
 そうして生まれた「怪異」は、常の法で裁くことはできません。仮に裁くことができたとしても、それは真の解決にならず、新たな「怪異」を生み出すことになりかねないのですから。

 だとすればそれを鎮められるのは、この世を法で治める側の人間にありつつも、「怪異」に関わる人々と同じく、この世のままならなさの前にもがき苦しみ、それでいてこの世を諦めきることもできない者たちでしょう。
 そしてそれは、栄次郎と十兵衛の二人しかいないのであります。
(ただこの二人の――特に栄次郎の視線というか主義主張がえらく保守的に見えてしまうのは、少々、いやかなり気になるところではあります)


 誰が名付けたか、いつの間にか世間に広まった「物怪憑物改方」の名に振り回される二人。しかしこの世において「怪異」が如何なる意味を持つか、如何なる役割を持たせるべきか知った時、二人は胸を張ってその名を受け容れることになります。

 そう、物怪憑物改方 妖同心の活躍はまだ始まったばかり。二人がいかなる「怪異」と出会い、そこに人の世の何を見るのか――この先の物語も見てみたくなる作品であります。


『八幡宮のかまいたち 江戸南町奉行・あやかし同心犯科帳』(永山涼太 ポプラ文庫)

| | トラックバック (0)

2018.10.29

野口賢『幕末転生伝 新選組リベリオン』第2巻 新選組のかつての未来、現在という過去


 斎藤一の転生である(と思われる)現代の高校生・幸田ヒロユキが、幕末にタイムスリップして新選組の仲間たちとともに再び戦い始めるという極めてユニークな新選組漫画の第2巻であります。ヒロユキが戸惑いながら戦いを始める一方、彼と同時にタイムスリップしてしまった女性教師・奥山の運命は……

 超高校生級の空手の実力を持ちながらも、その力を持て余していたヒロユキ。ある日突然幕末にタイムスリップしてしまった彼は、かつて街角でやり合ったMMA使いの菊池――今は藤堂平助と名乗る彼から斎藤一と名を呼ばれることとなります。

 わけのわからぬまま、彦根鬼忍衆なる忍者たちとの文字通り真剣勝負に巻き込まれたヒロユキは、試衛館に集う若者たち――近藤・沖田・山南・原田・永倉らとともに鬼忍衆を撃退したのですが――その頃、八王子の山中にタイムスリップしていたのは、ヒロユキの担任の奥山先生。
 山賊に襲われても、大の男に一歩も引かぬ武術の腕で渡り合う彼女ですが、しかし記憶喪失にもなってしまったという状況下で、苦戦を強いられることになります。

 そんな彼女の窮地に現れたのは、坂本龍馬と名乗る男、そして八王子千人同心・井上源三郎。奥山先生を救った二人は、今この時代が幕末であることを語るのですが――彼女を一目で未来人と見抜いた源さんは何者なのか?(そして未来人云々の話に平然とついていっている龍馬も謎だらけですが……)


 と、この巻も冒頭から色々な意味で驚かされ展開の連続ですが、続いて描かれるのは――そしてこの巻のメインとも言える部分は――ヒロユキと沖田総司の対決。
 幕末に来た己にとって唯一の武器ともいうべき空手の鍛錬に励むヒロユキに対し、山南はその技を否定し、総司との無手での三本勝負を命じるのであります。

 言うまでもなく総司は剣士、無手での戦いについての記録は見たことがありませんが、しかし剣の達人が無手であっても強い、というのはそれなりに説得力がありますし――何よりも格好良い。かくて始まった三本勝負、沖田はこちらの期待通りと言うべきか、得意の突き技でヒロユキを圧倒することになります。

 この辺りのアクション描写は、少年ジャンプ時代から空手を題材とし、本人もかなりの腕だという作者ならでは、というべきですが――なにはともあれ、戦いの経験値という点では分が悪いヒロユキは総司に追い込まれることとなります。
 そんな彼に対し、その場に現れた近藤は、ヒロユキにある言葉をかけるのですが――いやはや、これが新選組漫画では空前絶後のアドバイス。というより、本作でなければ絶対出てこないもの凄いセリフであります。

 そもそも本作の近藤は、あの後世のイメージとは全く異なり、剣術はおろかスポーツにも疎そうな、むしろ将棋部にでもいそうな黒縁メガネの青年。
 そんなビジュアルの彼が、幕末の人間であれば絶対に言わないようなことを言うということは、彼もまた未来から来た人間なのだろうとは思いますが――しかしそれはここではまだ明かされず、その代わりに(?)描かれるのは、総司の「未来の記憶」であります。

 「かつて」病に倒れ、仲間たちからおいていかれることとなった「未来」の総司。そこで彼は引き留めようとする斎藤と立ち合おうとしていたのであります。いわば「現在」のヒロユキとの立ち合いは、その「未来」の再戦と言うべきもので――と、実に時制がややこしいのですが、しかしそのややこしさこそが、本作独自の魅力であることは言うまでもありません。

 副題にあるとおり、転生ものであると同時に、タイムスリップものである本作。ヒロユキの存在を見れば、(第1巻の紹介でも書いたとおり)どうやら幕末に倒れた新選組の面々が現代に一度転生し、そして幕末にタイムスリップして戻ってきているようなのですが――さて本作に登場する新選組隊士(になる面々)が全員そうであるのか?
 それはまだまだわかりませんが、この点こそが本作の物語の中核を為す秘密であることは間違いありません。


 そしてこの巻の終盤では、残る最後の試衛館組である土方が登場。薬屋と言いつつ、スパイか大泥棒のようなアクションを見せる彼が、第1巻に登場した勅諚を巡り、鬼忍衆と対決することになるのですが――さて本筋とも言うべきこの展開がどこに向かうのか。

 正直に申し上げれば、漫画的には――絵的にも構成的にも――どうかなあ、という部分が多々あるのですが、この唯一無二の物語がこの先どこに向かうかは、大いに気になるところではあります。


『幕末転生伝 新選組リベリオン』第2巻(野口賢 秋田書店ヤングチャンピオン・コミックス)

幕末転生伝新選組リベリオン 2 (ヤングチャンピオンコミックス)

野口賢 秋田書店 2018-10-19
売り上げランキング : 15073
by ヨメレバ

関連記事
 野口賢『幕末転生伝 新選組リベリオン』第1巻 転生+タイムスリップの新選組奇譚!?

| | トラックバック (0)

2018.10.05

『忍者大戦 黒ノ巻』(その二) 忍者でバトルでミステリで


 本格ミステリ作家5人による忍者バトルアンソロジー『忍者大戦 黒ノ巻』の紹介の後編であります。いよいよ後半戦、こちらもこれまでに負けず劣らず、いやこれまで以上にユニークな物語が描かれることとなります。

『下忍 へちまの小六』(山田彩人)
 タイトルからして少々脱力ものの本作は、しかし本書の中で最も頼りなく、そして不気味な忍者が登場する物語であります。
 織田軍による二度目の伊賀攻めが間近に迫る中、偵察中に織田軍に追われることとなった風間十兵衛と配下の下忍たち。その中でも最も能なしの老忍(といっても三十過ぎなのですが)・へちまの小六を囮に脱出した一行ですが――生き延びたのは十兵衛と、何故か小六のみでありました。

 小六は植物の栽培が趣味で、作物を周囲に配ることから人気はあるものの、忍者としてはこれといった特技もない男。それにもかかわらず、これまでどんな困難な状況からも生還してきた小六に運の良さだけでは説明できないものを感じた十兵衛は、何とかその秘密を解き明かそうとします。
 ついに小六を罠にかけ、同じ伊賀忍びに襲わせることとした十兵衛。そして彼が知った真実とは……

 一種の能力バトルとも言うべき忍者ものにおいては、自分の能力は極力秘密にするというのが定番。しかしそもそもその秘密があるのかないのか――本作はそんな謎めいた、どこかすっとぼけた男の姿を描き出します。
 しかしその先にあるものは――ここでは書けませんが、最近時代ものでもしばしば見かけるアレかと思いきや、そこに一ひねりを加えたアイディアが面白くも恐ろしい。そしてそれが、下忍たちを弊履の如く使い捨てにする忍者という社会への、ある意味強烈な皮肉となっている点にも注目であります。


『幻獣 伊賀の忍び 風鬼雷神』(二階堂黎人)
 ラストに控えし作品は、ある意味本書で一番の問題作であります。

 まだ大坂に豊臣家があった頃、反徳川の動きを探るため、甲府に送り込まれた山嵐と桔梗の二人。しかし二人の連絡が途絶え、探索に向かった三人の忍びも消息を絶ち、江戸に届いた「<霧しぶく山><三つ首のオロチ><幻惑>」と記された血文字。服部半蔵はこれを受けて、風鬼と雷神の二人が派遣されるのでした。

 山嵐との間の赤子を育てていた桔梗から、探索に出かけた山嵐が真っ黒焦げの死体となって発見されたと聞かされた二人。藩の鍛錬所に潜入した風鬼は根来衆に襲撃され、昔から神隠しが相次ぐという霧谷山に向かった雷神は、恐るべき<三つ首のオロチ>の襲撃を受けることに……


 とにかく、手裏剣も効かぬ強靱かつ巨大な体に、口から業火を吐く三つの首を持つ怪物という、三つ首のオロチのインパクトが絶大な本作。忍者vs怪獣というのはある意味夢のカード、さらにそこに、ある者は骸となり、またある者は消息を絶った四人の忍びの謎が絡み、エンターテイメント度では本書でも屈指の作品と言えます。
 が、実際のところはまさしく大山鳴動して――といったところで、特撮時代劇では一作に一回はあったエピソードの小説化という印象。小説として見ても苦しいところも多く、正直なところどうなのかなあ――と思わざるを得ませんでした。


 以上5作品、参加した天祢涼の言によれば「忍者が戦って、ちょっとミステリ風味な短編を集めたアンソロジー」というコンセプトだったとのことですが、まさにそれを体現した作品揃い。
 それでいて様々な意味でこれだけバラエティに富んだ作品が揃うというのは、まさにアンソロジーの楽しさが現れていると言えるでしょう。

 個人的にはもう少し一冊として統一感を持たせた内容でもよいのかな、という印象もないではありませんが、この混沌とした楽しさもまた、一つの魅力と言うべきでしょうか。
 何よりも、普段時代小説とは縁遠い作家の方々が、こうして時代小説に挑戦して下さるというのが嬉しいことは言うまでもありません。

 9月には本書と対になる『忍者大戦 赤ノ巻』も刊行されたところ、もちろんそちらの方もご紹介させていただく予定です。


『忍者大戦 黒ノ巻』(光文社文庫) Amazon
忍者大戦 黒ノ巻 (光文社時代小説文庫)

| | トラックバック (0)

2018.10.02

鳴神響一『仇花 おいらん若君 徳川竜之進』 二重の籠の鳥、滝夜叉姫に挑む


 吉原で評判の花魁が、実は尾張徳川家の御落胤だった! という大変なインパクトの設定に負けないドラマを描いてみせた『おいらん若君 徳川竜之進』の第二弾が早くも刊行されました。目撃したものは呪い殺されるという妖術使い・滝夜叉姫に竜之進と臣下たちが挑むことになります。

 八代将軍吉宗のライバルであった尾張藩主徳川宗春の嫡男として生まれながらも、藩内の争いに巻き込まれ、赤子のうちにくノ一・美咲と、四人の遣い手・成瀬四鬼によって救い出され、江戸に隠れ住むこととなった竜之進。
 執拗に竜之進を狙う御土居下衆の目を逃れ、吉原に潜んだ主従。そこで美咲はなんと竜之進を表向きは女――それも花魁として育てることで、周囲の目を欺くのでした。

 かくて決して男に靡かぬ花魁・篝火として吉原の名物となった竜之進。その一方で彼は密かに吉原を抜け出し、旗本の四男坊を名乗って太田直次郎(若き日の大田南畝)らとともに交遊する日々を送るようになります。
 そんな中で出くわした江戸を騒がす悪に、竜之進は四鬼破邪顕正の刃を振るうことに……


 というわけで、非常に盛りまくった主人公の設定に驚かされるのですが、しかしその設定を巧みに整理し、きっちり痛快娯楽時代小説として成立させているのが本シリーズ。
 今回竜之進と配下たちが挑むことになるのは、残暑の江戸の夜を騒がす謎の妖女・滝夜叉姫一味であります。

 滝夜叉姫といえば言うまでもなく平将門の娘にして、父の無念を晴らすために妖術使いとして暴れ回ったという女怪。
 その滝夜叉姫が、丑の日の晩になるたびに、谷中に現れると聞きつけた竜之進。しかも滝夜叉姫に出会った者は五寸釘を胸に刺されて死ぬため、避けるためにと成田山新勝寺のお札が飛ぶように売れている――といかにも胡散臭い話まで出てくれば、黙っていられるわけがありません。

 前作で知り合った田沼意次からの依頼もあり、滝夜叉姫の正体を追う竜之進。しかしその一方で、吉原では深夜に不審な小火が連続し、彼の周囲はにわかに騒がしくなって……


 その身の上のことを考えれば――そして美咲をはじめ周囲の者が口を酸っぱくして言うように――悪事に対して自ら乗り出す必要は全くない竜之進。
 それでも彼が世のため人のために飛び出していくのは、もちろん彼の周囲で事件が起こったから――という理由はありますが、それ以上に、性別を変えてまで自分自身を押し殺さなければならないという鬱屈から来ているというのが、面白くも切ないものがあります。

 どれだけ美しく着飾ろうとも、どれだけ多くの者に求められようとも、やはり花魁は籠の鳥――尾張徳川家の身分を隠して生きることを強いられる竜之進は、二重の意味で籠の鳥ということができるのではないでしょうか。
 だとすれば、彼が悪に命を懸けて挑むのは、この籠から飛び出すための行為の代替となのかもしれません。

 そしてこれはあまり詳しく書くわけにはいかないのですが、まさにこの点において本作の敵と竜之進は好一対とも言うべき関係にあるのがまた、実に面白いのであります。


 と、大いに楽しませていただきつつも、本作にはいささか気になる点もあります。

 吉原が巻き込まれるという要素はあるものの、前作に比べると、彼自身の事件とするにはいささか関係が薄いと感じられるのがその一つ。
 もっともこれは、上で述べたように実はあまり大きな要素ではないのかもしれませんが、それでも彼が戦う必然性がもう一つあってもよかったと――前作がそうであっただけに――感じます。

 そしてそれ以上に引っかかるのは、江戸の夜を騒がす怪事に竜之進が首を突っ込み、さらにそこに田沼意次の依頼が――という物語展開が、前作とほとんど同様に感じられる点。
 火付けの手口にもどこか既視感があり、本作ならではの魅力という点からすると、一歩引いた印象があります。

 そんなこともあり、そろそろ本シリーズならではの事件と敵が――すなわち、尾張徳川家が絡む事件、母の仇である御土居下衆との戦いが見たいというのが正直なところではあります。
 インパクトに満ちた設定を120パーセント活かした物語の展開に期待いたします。


『仇花 おいらん若君 徳川竜之進』(鳴神響一 双葉文庫) Amazon
仇花-おいらん若君 徳川竜之進(2) (双葉文庫)


関連記事
 鳴神響一『天命 おいらん若君徳川竜之進』 意表を突いた題材に負けない物語とキャラクター

| | トラックバック (0)

2018.09.28

『猫絵十兵衛御伽草紙 代筆版』 三者三様の豪華なトリビュート企画


 今月発売の「ねこぱんち」誌12周年号に、『猫絵十兵衛御伽草紙 代筆版』というトリビュート企画が掲載されています。『しろねこ荘のタカコ姐さん』の胡原おみ、『江の島ワイキキ食堂』の岡井ハルコ、『品川宿猫語り』のにしだかなの三氏がそれぞれ『猫絵十兵衛』を描くユニークな企画であります。

 「ねこぱんち」誌でも最古参の一つであり、看板作品である永尾まるの『猫絵十兵衛御伽草紙』。
 ところが今回の企画は、「作者不在!? 慌てた版元は、江戸で名うての代筆屋を三名呼び寄せた…」という設定――作者不在というのはちょっとドキッとさせられますが(そのためか、今回永尾まるによる作品の掲載はなし)、三者三様の作品を読むことができるのは、実に新鮮で楽しいものです。

 以下、一作品ずつ簡単に紹介しましょう。

「迷い猫」の巻(胡原おみ)
 『しろねこ荘のタカコ姐さん』が今号で完結の作者による作品は、同作の登場猫であるリクが江戸時代にタイムスリップしてしまうという、ある意味クロスオーバー作品。
 西浦さんのところに文字通り転がり込んだリクをニタと十兵衛が元の時代に返すために奔走することになります。

 そんな本作ではニタが西浦さんの前で口を利くという「おや?」という場面もあるのですが、そもそもの設定からして番外編ということで、気楽に楽しむべきなのでしょう。
 ちなみに本作、三作品の中では最も原作に忠実な絵柄で、特に原作の名物ともいうべき江戸の町を行き交う物売りの口上などの描き文字などもそっくりなのに感心であります。


「猫田楽がやって来た」の巻(岡井ハルコ)
 百代が十兵衛の長屋に落っこちてきたおかげで、十兵衛お気に入りの机が壊れて――という場面から始まる本作は、その混乱の最中に長屋を訪れた猫田楽社中が、さらに賑やかな騒動を起こすお話であります。

 十兵衛に助けられた常陸の猫王のお礼に舞を献上しに来たというこの三猫組、最初の二匹はよかったものの、最後の一匹・参太は落ちこぼれ。木の葉を花に変えるはずが、何故かハサミが、三ツ目入道が、牛が――とミスにしても不思議なものに変えてしまうのでした。
 自分には才能がないとその場を飛び出した参太に対し、「そのテの話が嫌いじゃねぇから」というちょっとニヤリとさせられるような理由で十兵衛とニタがいつものように一肌脱ぐ――という趣向ですが、愉快なのは参太の術の正体であります。

 いや流石にそれは強引では――と思わなくもないのですが、何ともすっとぼけた内容は、これはこれで猫絵十兵衛らしい楽しさだと思います。


「猫のみち」の巻(にしだかな)
 原作のサブレギュラーである猫又の雪白が暮らす伊勢屋を舞台とした本作、その伊勢屋に勤めるやはりサブレギュラーの徳二の同輩の小僧・喜作が偶然ねこの道に迷い込んでしまい、人間姿で舞っていたニタを目撃してしまい――という場面から始まるお話であります。

 すっかりニタに魅せられてしまった喜作は、仕事も上の空で、周囲から心配されたり気味悪がられたり――なのですが、その「憑かれた」というほかない喜作の描写が実にいい。
 見ためはごく普通のままに平然と暮らしていながらも、その行動は普通ではなく、目は明らかに現世のものを見ていない――という彼の描写は、異界を見て帰ってきた人間の姿として、非常に説得力が感じられるのです。

 原作でもしばしば異界や異界の者と人間の交流は描かれますが、どこかで明確に一線が画されている(あるいは人間はあくまでもこちら側にいて、向こう側の者がやって来る)印象があります。
 本作はそれが逆にこちら側の人間があちら側への一線を踏み出そうとしてしまう点が非常に面白く、この点だけでも、原作者以外の作家の手による作品が描かれた意味があると思います。


 その他、『10DANCE』の井上佐藤のイラスト寄稿1Pもありと豪華なこの企画。今度はぜひ、一冊丸ごとやって欲しい――などと言いたくなるような楽しい内容でありました。


「ねこぱんち」No.145 12周年号 (にゃんCOMI廉価版コミック) Amazon
ねこぱんち No.145 12周年号 (にゃんCOMI廉価版コミック)


関連記事
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第1巻 猫と人の優しい距離感
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第2巻 健在、江戸のちょっと不思議でイイ話
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第3巻 猫そのものを描く魅力
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第4巻
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第5巻 猫のドラマと人のドラマ
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第6巻 猫かわいがりしない現実の描写
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第7巻 時代を超えた人と猫の交流
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第8巻 可愛くない猫の可愛らしさを描く筆
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第9巻 女性たちの活躍と猫たちの魅力と
 『猫絵十兵衛御伽草紙』第10巻 人間・猫・それ以外、それぞれの「情」
 『猫絵十兵衛御伽草紙』第11巻 ファンタスティックで地に足のついた人情・猫情
 『猫絵十兵衛 御伽草紙』第12巻 表に現れぬ人の、猫の心の美しさを描いて
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第14巻 人と猫股、男と女 それぞれの想い
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第15巻 この世界に寄り添い暮らす人と猫と妖と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第16巻 不思議系の物語と人情の機微と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第17巻 変わらぬ二人と少しずつ変わっていく人々と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第18巻 物語の広がりと、情や心の広がりと
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第19巻 らしさを積み重ねた個性豊かな人と猫の物語

| | トラックバック (0)

2018.09.27

野田サトル『ゴールデンカムイ』第15巻 樺太編突入! ……でも変わらぬノリと味わい


 狂瀾の網走監獄決戦から一転、全く予想もしない展開を迎えた『ゴールデンカムイ』、連れ去られたアシリパを追う杉元と谷垣は、鶴見一派と手を組み、月島軍曹と鯉登音之進とともに呉越同舟で樺太に向かうことになります。しかしそこでも変t――刺青囚人の影が!?

 アイヌの黄金の行方を知るアシリパの父・ウィルクを巡り、杉元・土方・鶴見・犬童の四派が激突することとなった網走監獄。血で血を洗う死闘の末、ようやく巡り会ったウィルクは杉元の前で尾形に射殺され、杉元も脳に銃弾を受けることになります。
 尾形とともに暗躍していたキロランケは、アシリパと白石を連れて樺太へ逃亡。不死身の本領発揮で復活した杉元は、これまで敵だった鶴見と手を組んで、すぐにアシリパたちを追うべく旅立ちます。

 かくて杉元、谷垣、月島、鯉登、さらにチカパシと犬のリュウの面々は、樺太に足を踏み入れ、アシリパの手がかりを知る樺太アイヌの少女と出会うのですが……


 というわけで、この巻から樺太を舞台とした物語に突入した本作。これまで一貫して杉元の相棒だったアシリパが消え、その代わりになんかスゴい(変な)面子が――という展開にはさすがに面食らいましたが、しかし物語のノリは相変わらず。そして何とここでも、刺青囚人との出会いが待ち受けていたのであります。

 ここで登場する囚人の名は、岩息舞治――日本人離れした体格と、過剰にキラキラと澄んだ瞳を持つ彼は、拳での会話を異常に好むいわばバトルマニア。網走監獄ではあの牛山と互角以上の戦いを繰り広げたというのですから本物であります。
 色々あって半裸の肉肉しいロシア人たちが夜毎繰り広げる4対4の肉弾戦・スチェンカに参加する羽目になった杉元たちは、この強敵と激突することになるのですが――激闘の果に杉元がロマンのように(言いすぎ)大暴走、さらにウルヴァリンまで乱入してきて(本当)、岩息と谷垣たちが逃げ込んだ先は……

 だからなぜ、突然ここでロシア式蒸し風呂バーニャが登場して、全裸の男たちがカメラ目線で入ることになるのか――舞台は変われどこの辺りの暴走、いや通常運転ぶりは全く変わらずであります。
 しかし、その先で繰り広げられる杉元と岩息の再戦の中で、杉元の秘めた怒りの対象とその理由が描かれることになります。それこそは無茶苦茶をやりながらも、同時に登場人物の心情をきっちりと掘り下げてきた本作らしい内容で――全くもって油断できない作品であると何度目かの再確認をさせられた次第です。


 そしてそんな本作のシリアス面が一気に噴出したのが、この巻のラスト2話で展開された月島軍曹の過去編であります。
 トップ以下変態だらけの鶴見一派の中でも数少ない常識人であり、要所要所で渋い仕事ぶりを見せてきながらも、それ故に一歩引いた印象のあった月島。作中で下の名前が一度も登場しない(スチェンカのポスター調のタイトル絵で、他のキャラがフルネームが書かれていても上の名前だけの)辺り、その地味さの表れだなあ、と思っていたら……

 月島の背負った過去と鶴見とのある種の絆をを描くこのエピソードにおいて、その下の名前が使われないことにまできっちりとドラマに回収してくるとは! いやはや、脱帽であります。
 このエピソード、短い中で二転三転する物語展開もさることながら、まだまともだった頃の鶴見の姿と、しかしそれでも彼の本質が恐るべき謀略家である点を浮き彫りにしてみせ、さらに杉元とのニアミスまで描いてしまうのですから唸るほかありません。

 この巻の表紙が月島であるのを見たときは密かに驚きましたが、いや確かに彼が表紙になるのも納得であります。


 と、杉元サイドを中心に描きながらも、その随所で杉元とアシリパの絆を描いてくれるのも嬉しいこの第15巻。トドの脂身なみに脂っこい味付けの部分も少なくありませんが、この盛りだくさんぶりは、やはりクセになる美味しさであることは間違いありません。


『ゴールデンカムイ』第15巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
ゴールデンカムイ 15 アニメDVD同梱版 (ヤングジャンプコミックス)


関連記事
 『ゴールデンカムイ』第1巻 開幕、蝦夷地の黄金争奪戦!
 『ゴールデンカムイ』第2巻 アイヌの人々と強大な敵たちと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第3巻 新たなる敵と古き妄執
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第4巻 彼らの狂気、彼らの人としての想い
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第5巻 マタギ、アイヌとともに立つ
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第6巻 殺人ホテルと宿場町の戦争と
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第7巻 不死の怪物とどこかで見たような男たちと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第8巻 超弩級の変態が導く三派大混戦
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第9巻 チームシャッフルと思わぬ恋バナと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第10巻 白石脱走大作戦と彼女の言葉と
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第11巻 蝮と雷が遺したもの
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第12巻 ドキッ! 男だらけの地獄絵図!?
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第13巻 潜入、網走監獄! そして死闘の始まりへ
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第14巻 網走監獄地獄変 そして新たに配置し直された役者たち

| | トラックバック (0)

より以前の記事一覧