2018.05.13

夏乃あゆみ『暁の闇』第4-5巻 過去と対峙し、乗り越えた先の結末


 その才気で知られながらも、故あって朝廷を追われた悲劇の皇子と、幼い頃の才を失い、皇子と再会することで力を取り戻した陰陽師の姿を描く平安ファンタジーのラスト2巻であります。現世・幽世双方において朝廷に不穏な空気が漂う中、封印された二つの真実がついに明らかにされることに……

 かつて宮中で乱行に及び、一度は流刑に処され、今は洛外で逼塞する惟喬親王。ふとしたことから親王の屋敷を訪れた陰陽師の青年・加茂依亨は、その出会いをきっかけにかつての力の一端を取り戻し、親王の復権を願う人々の一人として動くことを決意します。

 その一環として疫神調伏を行うことになった依亨は、奇怪な双子陰陽師の妨害に遭って術が暴走。親王の力により、辛うじて己を取り戻すことに成功します。
 そして依亨らの奔走もあって、ついに宮中に返り咲くこととなった親王。しかし今上帝を背後から操る左大臣一派は親王を除くために暗躍し、一方、その左大臣に追われて比叡山に上った最延法親王も、親王を支えつつも何ごとかを企む様子であります。

 そんな中、疫神調伏妨害の証拠を掴んだ親王たちに対し、ついに実力行使に出る左大臣一派。さらに法親王も延暦寺の僧兵を動かす混乱の中、宮中から「鏡」が消えるという変事が発生することになります。
 鏡の消失ことは大異変の前触れであることを知り、自分自身の力が暴走することも構わず、鏡を取り戻そうと異界に赴く依亨。そしてついに親王と依亨、二人の封印された過去が明らかになるのですが……


 史実では皇位を継ぐことができず、隠棲のうちにその生涯を終えたという惟喬親王。本作はその親王をモチーフにして(と述べる理由は後述)、その復権を巡る人々の動きを、政治の世界と陰陽道の世界――すなわち此岸と彼岸の双方に軸足を置いて描く物語であります。
 その構造はこの終盤においても変わることなく、そのそれぞれを代表するとも言うべき二人の主人公――親王と依亨は、それぞれの前に立ち塞がる試練と対峙し、そして同時に、自分たちが封印してきた/されてきた過去に向き合うことになります。

 物語冒頭から仄めかされてきた二人の秘められた過去――宮中で忌まわしい乱行に及び、それがために廃太子され、配流という厳しい罰を受けた親王。幼い頃は強大な霊力を持ち、将来を嘱望されていたのが、いつしかその力を全て失ってしまった依亨。
 本作は、共にこうした過去を背負った二人が出会い、支え合い、成長していく物語と言うことができますが――だとすれば、その結末はその過去を乗り越えた先にあるのはむしろ当然でしょう。

 もちろんそれには大きな痛みを伴うことになります。知らなければ苦しむこともなかった過去、知ったとしてももう取り戻せない過去――その過去と向き合わなければならないのですから。
 それでもなお、その痛みを受け入れつつも過去を乗り越え、その先に進む二人の姿を描く結末は、哀しくも清々しいものを感じさせてくれます。


 と、それなりに盛り上がった本作ですが、個人的にどうしても残念な点が二つ。

 一つは、結局左大臣が全ての悪事の源ということで収まってしまったこと――それ自体はさておき、左大臣が親王と対峙するには魅力のない悪役のための悪役であったのがもったいない。
 おかげで終盤は親王側の一方的な勝ち戦的ムードもあり(まさかあのキャラまでも味方になるとは……)、逆転のカタルシスに欠けた点は否めません。

 そしてもう一つは、ラストで親王が○○したことで、完全に歴史が変わってしまったことであります。
 これは物語の流れ的にこれ以外の結末はないことは早い段階で予想できましたが、やっぱり歴史上の人物の名を使うのであれば、もうちょっと――というのは、完全に僕の趣味の問題ではあるかもしれませんが。


『暁の闇』第4-5巻(夏乃あゆみ&かわい有美子 マッグガーデンコミックアヴァルス) 第4巻 Amazon/ 第5巻 Amazon
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2018.05.10

鳴神響一『天命 おいらん若君徳川竜之進』 意表を突いた題材に負けない物語とキャラクター


 一作一作、趣向を凝らした作品を送り出してく作者の最新作は、いわゆる若様もの。故あって外で育てられた尾張徳川家の若君が主人公なのですが――タイトルにあるように、若君の表の顔は吉原の花魁。とんでもない設定に驚かされますが、しかしその時点で作者の術中にはまっているのであります。

 将軍吉宗と対立した末に隠居に追い込まれた尾張七代・宗春と侍女との間に生まれた男子・竜之進。しかし何者かの手によって母は殺され、竜之進のみ、くノ一の美咲に救い出されることになります。
 密かに竜之進を庇護していた尾張の付家老・成瀬隼人正は、尾張にいては竜之進の身が危ないと、美咲と配下の四人の遣い手・甲賀四鬼とともに江戸に出すことになります。

 そして吉原に潜んだ竜之進主従。それから17年、吉原の女郎屋の一つの主に収まった美咲はそれぞれ使用人に収まった四鬼とともに竜之進を育て上げ、美丈夫に育った彼は吉原一の花魁・篝火として江戸の評判に……

 いやいやいやそれはおかしい、と思われるかもしれません。いや、尾張家の御落胤が吉原で育つのはいいとして、何故女装、しかも花魁に!? と驚き怪しむのが当然でしょう。
 しかし我々がそう考えるということは、竜之進を狙う者たちも同様に考えるということ。まさか徳川の血を引く若君が花魁に身をやつし、しかも吉原にその人ありと知られるような目立つ存在になるはずがない、と。

 そう、木は森の中に隠せと申しますが、これはそれを地で行く――いやむしろ目の前に隠すべきものを晒してみせるという驚くべき奇計なのであります。
 もちろん、まさか実は男の竜之進/篝火が客と同衾するはずもなく(花魁だからこそその我が侭が許されるという設定がうまい)、しかしそれこそ高嶺の花よ、とさらに評判になっていたのであります。

 しかし如何に己の身を案じた末の策とはいえ、青春真っ盛りの若者が、女に身をやつして酔客の相手が面白いはずもありません。
 かくて竜之進は暇を見ては吉原を抜け出して旗本の四男坊を名乗り、馴染みの居酒屋で貧乏御家人の太田直次郎(そう、若き日のあの人物です)や瓦版屋のお侠な少女・楓とともに、様々な事件に首を突っ込むことに……


 という基本設定の本シリーズ、その第1作で竜之進が挑むのは、彼がその二つの顔――吉原での顔と外の顔のそれぞれで聞きつけた、怪しげな事件であります。

 その一つ目は、楓が聞き込んできた天狗騒動。夜毎に江戸に天狗が現れ、怪しげな歌を歌って踊り回るというのであります。
 そしてもう一つは、吉原で、遠州から買われてきた娘たちが、家族と音信不通になってしまったという出来事。いかに篭の鳥とはいえ、手紙のやり取りはできるはずが、里からの返事が来なくなったというのです。

 一見全く関係のないこの二つの出来事。しかし天狗たちが歌の中で賄賂を取る者を批判し、そして娘たちがみな遠州相良出身であったことから、その背後にある人物の存在が浮かび上がることになります。
 そしてそこから事件は思わぬ方向に転がり、悪の姿が浮き彫りになっていくのですが――この辺りの史実との絡ませ方が実に作者らしい、とまず感心いたします。

 これまで縷々述べてきたように、かなり意表を突いた設定の本作ですが、しかしその背後にあるのは、あくまでも確たる史実であり、描かれる事件もそこから生まれたもの。
 この史実の生かし方と距離感、緩急をつけた物語の付け方――題材としてはある意味定番、これまでで最も「文庫書き下ろし時代小説」的な本作ですが、しかしその中でも作者らしさは薄れることはない、と感じました。


 しかしそれ以上に嬉しいのは、竜之進の人物像――彼が悪に挑む、その理由であります。
 そこにはもちろん、若者らしい正義感や好奇心、冒険心というものはあるでしょう。しかしそれだけではありません。彼にはそれ以上に、吉原に暮らす遊女たちへの強い共感があるのです。

 金で売り買いされ、吉原に縛り付けられる遊女たち。もちろん竜之進の場合、その事情は大きく異なりますが、しかし吉原に縛り付けられ、表舞台に立てぬ身という点では彼も同様であります。
 だからこそ、竜之進は彼女たちを傷つける者を、利用する者たちを許さない。単なる(と敢えて言いましょう)正義の味方ではなく、吉原の女性たちの代弁者として破邪顕正の刃を振るう男――それがまた、花魁としての自分を活かした剣法なのも実にいい。

 意表を突いた題材に負けない物語とキャラクターを備えた物語――また一つ、先が楽しみなシリーズの開幕であります。


『天命 おいらん若君徳川竜之進』(鳴神響一 双葉文庫) Amazon
天命-おいらん若君 徳川竜之進(1) (双葉文庫)

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2018.04.25

鳴神響一『謎ニモマケズ 名探偵・宮沢賢治』 賢治、国際謀略に挑む!?


 昨年末から時代本格ミステリ、現代を舞台とした警察ものとバラエティに富んだ作品を送り出してきた作者の新作は、大正時代を舞台とした冒険活劇――それも、あの宮沢賢治が、国際的な謀略事件に巻き込まれ、美しき令嬢を守るために活躍する奇想天外な物語であります。

 時は大正九年(1920)――盛岡高等農林学校を卒業したばかりの宮沢賢治は、花巻の正教会で、ロシア語の師であるペトロフ司祭が仮面の大男に殺害されるのを目撃することになります。
 一度は犯人と誤認されて逮捕されたものの、何とか釈放され、恩師の依頼で遠野に鉱物調査に向かうこととなった賢治。偶然、正教会の寺男が、知人である佐々木喜善を頼ると知った賢治は、自分も喜善のもとを訪れるのですが――そこで彼が出会ったのは、柳田国男と、美しい異国の令嬢でした。

 柳田の知人である外国公使の娘だという令嬢――エルマとの出会いに胸ときめかせる賢治ですが、しかしその周囲にはあの仮面の大男が出没。ついにはエルマが大男に攫われ、賢治は彼女を追って遠野の山中に分け入ることになります。
 果たして大男たちの正体とは、柳田国男たちが関わる計画とは。そして何故エルマは狙われるのか? いつしか賢治は国際的な陰謀に巻き込まれることに……


 「名探偵・宮沢賢治」という副題を持つ本作。それを見れば、宮沢賢治が探偵役のミステリだな、と万人が思うところでしょう。
 しかし宮沢賢治が探偵役の作品というのはこれまでもいくつか存在しており、後発の本作はいささか不利なのでは――などとも一瞬思いましたが、それはなかった、と言うべきでしょう。いやそもそも、本作はミステリと言うより、ほぼ完全に冒険活劇なのですから。

 本作の舞台となるのは、上で述べたとおり1920年。賢治の年譜を辿れば、まだ農林学校を卒業したばかりの彼が、将来の夢と家業という現実の間に挟まれていた時代――まだ将来の作家/詩人としての顔を完全に見せるに至っていない時代と知れます。
 しかしこの時代は同時に、全世界を巻き込んだ最初の世界大戦が数年前に終結し、その傷跡がまだ生々しく各地に残された――いやあるいは広がりつつあった時期にほかなりません。

 本来であればそうした動きとはほとんど無縁のはずの東北に暮らす賢治が、海の向こうの巨大な歴史の動きに巻き込まれていく――そんな構図のダイナミズムは、デビュー以来、多くの作品で、海を越えるスケールの大きな物語を描いてきた作者ならではのものと言えるでしょう。


 ただ――個人的には少々残念に感じる部分がないわけではありません。それは、あまりにも賢治が巻き込まれただけに見えてしまう点であります。

 もちろん、まだ何者でもない賢治があたふたしている間に状況がどんどん変わり、のっぴきならない方向に向かっていく――というのは、完全に巻き込まれ型サスペンスの呼吸で、これはこれで実に楽しい展開ではあります。
 しかし、もう少し賢治ならではの部分があってもよかったのではないか、その後の彼の事績と結びつくような部分がもっと強調されても良かったのではないかな、と感じてしまったのが正直なところなのです。

 もちろん、彼とエルマの交流と、そしてそれがもたらすクライマックスの展開は、賢治あってのものであることは間違いありません。
 しかし同時にそれは、些か厳しいことを申し上げれば、賢治に近いパーソナリティーの人物でもこの物語は成立するようにも感じられてしまったのです。

 先に述べたように、マクロな時代背景と物語の結びつきの妙や、巻き込まれ型サスペンスとしての物語展開の楽しさといった点は大きいのですが――しかし有名人主人公ものという構造から見れば、もったいないと感じられる部分は確かにある作品であります。


 もう一つ、やはり本作の賢治は「名探偵」という以前に「探偵」的な活動を行わない――というのは、やはり引っかかるところではあります。
 これはむしろ一種の宣伝戦略の結果と思われ、触れるのも野暮ですが、しかしスルーするのもまた不誠実かと思い、あえて蛇足として書かせていただく次第です。

『謎ニモマケズ 名探偵・宮沢賢治』(鳴神響一 祥伝社文庫) Amazon
謎ニモマケズ 名探偵・宮沢賢治 (祥伝社文庫)

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2018.03.27

野田サトル『ゴールデンカムイ』第13巻 潜入、網走監獄! そして死闘の始まりへ

 いよいよアニメ放送開始目前の『ゴールデンカムイ』、原作の方も一大クライマックスに突入であります。物語の始まりともいうべきのっぺら坊の元に向かう杉元・土方連合チームの前に立ち塞がるのは、網走監獄を預かる犬童典獄。果たして潜入作戦の行方はいかに……

 何だかものすごい変態脱獄囚の刺青人皮を手に入れつつ、目的地である網走監獄に向かう一行。果たして本当にのっぺら坊はアシリパの父・ウイルクなのか――それを確かめようとする一行ですが、その前に屈斜路湖畔で新たな刺青囚人が立ち塞がることになります。

 盲目の盗賊団を率いる自らも盲目のガンマン・都丹庵士。超感覚で闇から忍び寄るドント・ブリーズ男に対するはほとんどフルメンバーの杉元一派ですが――よりにもよって全員男だらけの温泉大会状態。
 フルメンバーというよりフルフロンタルの状況でいかに強敵と戦うか――というサスペンスと、屈強な男のハダカ(あとキノコ)が乱舞するナニっぷりの共存は、いかにも本作らしい展開であります。

 そしてその混沌の中で、インカラマッから裏切り者と指摘されたキロランケ、そのインカラマッと結ばれた谷垣、三人の関係をクローズアップしてみせるのも、また巧みとしか言いようがありません。


 が、この冒頭の展開もほんのジャブ代わり、この巻のメインとなるのが網走監獄潜入作戦であることは間違いありません。
 白石が脱獄王としての本領を発揮してのこの作戦に力を合わせる杉元チームと土方チーム。さらに内部からの意外な(?)協力者の参加もあり、いよいよ潜入開始であります。

 杉元・アシリパ・白石・庵士というメンバーでの潜入(と、ここで完全にギャグのタイミングでプチ波乱を入れてくるセンスもすごい)は無事成功し、ついにのっぺら坊と対面するアシリパ。
 しかし――ここからがこの網走監獄編の本当の始まりとも言うべき展開。のっぺら坊の意外な反応に始まり、幾人もの登場人物たちが秘め隠していた思惑を露わにして動き始めたことで、一気に状況はひっくり返ることになります。

 さらにそこにタイミングを見計らっていた鶴見中尉の北鎮部隊が、犬童の策の裏をかいた意外な手段で突入を開始。
 杉元・土方・鶴見・犬童――四つの勢力がぶつかり合う死闘に突入する、その巨大な混沌の直前でこの巻は幕となります。


 というわけで、おそらくは物語も中盤(?)のクライマックスに突入した本作。いまだ刺青人皮は全ては集まっておらず、これまでに散りばめられた伏線もまだ残ったままですが、しかし全ての勢力が結集してのこの網走監獄での戦いが、今後の物語の流れを大きく変えていくことは間違いありません。

 そしてその網走監獄突入前に、インカラマッや谷垣、さらには尾形がフラグめいたものを立てているのも気になるところ(いや、写真館のエピソードも入れれば全員候補かもしれませんが)。
 特に以前からフラグを立て続けている上に相変わらず怪しげな動きを見せるインカラマッの運命は本当に変わるのか、谷垣のボタンパワーに期待したいところであります。

 そしてもう一つ、前巻でいささか唐突に登場した感のある石川啄木は、この巻でも出番は少ないものの、ある意味期待通りのダメ人間っぷりを発揮。
 しかしその言葉の中には土方の今後の策のヒントが含まれているようで、こちらも大いに気になってしまうのです。
(個人的には、啄木が釧路新聞社の記者として登場したことで、今が1908年と判明したことが大きいのですが……)


『ゴールデンカムイ』第13巻 (野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
ゴールデンカムイ 13 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)


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2018.03.15

夏乃あゆみ『暁の闇』第3巻 青年陰陽師を襲う二つの試練

 平安時代前期、帝の第一皇子に生まれながらも皇位に就くことのなかった悲劇の皇子・惟喬親王を中心に、宮中の権力争いに巻き込まれた若者たちの姿を描く物語の続巻であります。ついに宮中に返り咲くことを決意した親王をもり立てるべく動く人々の中、若き陰陽師・賀茂依亨も己の力を尽くすことに……

 過去のある事件が元で廃太子となり、逼塞していた龍の宮こと惟喬親王。偶然そこを訪れた依亨は、親王と対面した時に巨大な龍を幻視し、失われていた自分の霊力が蘇ったのを知ります。
 孤独な親王に心酔し、その力になることを望む依亨は、親王派の三位中将や頭中将とともに、その復権に尽力するのですが――その前に立ち塞がるのは、宮中で権勢を誇る左大臣一派であります。

 折しも、陰陽寮や神祇官が都への痘瘡神の接近を予言。これを奇貨として少しでも親王方の力を見せんとする中将たちに命じられ、疫神調伏を行うことになった依亨。
 衆人環視の下で調伏に挑むも、疫神の力と奇怪な幻視に苦しむ彼は、辛うじてその場は収めたものの力を暴走させてしまい、腕には奇怪な鱗が生じて……


 と、政治の世界と陰陽道の世界が交錯する本作らしい展開で始まったこの第3巻。儀式での術比べというのは陰陽師ものでは定番のシチュエーションでありますが、ここで描かれる疫神(?)の姿が、端正な不気味さとでも言うべきものがあって実にいい。

 絵柄的に決して派手ではない、むしろ抑え気味の静けさを感じさせる本作ですが、それだけにこうした異界の描写に不思議なリアリティと迫力が感じられるのであります。
(その結果、依亨の腕から生じた鱗の描写も、生理的に実に厭な感じなのがイイ)

 そして、この危機を親王の力を借りて何とか克服した依亨ですが、新たな、予想だにしなかったような危機が彼を襲うことになります。

 それは女装して宮中の女房たちに口コミで親王の無実(と左大臣の陰謀)を訴えること――と、それまでの耽美な世界から一気にノリとベクトルの異なる展開には正直なところ驚かされましたが、これはこれである意味説得力のある作戦かもしれません。
 何しろ政治の世界で恐るべきは人の噂。そしての時代、女御に仕える女房たちの口は、その源にして伝達手段だったのですから……

 だからといって女装させられるというのは、依亨がいいように中将連に振り回されている感もありますが、これも手駒の少ない親王方ならではの苦労――と見ておきましょう。


 と、そんな依亨の苦闘を文字通り高見の見物をしているのは、左大臣方の謎の双子陰陽師・右記と左記。
 何やら左大臣に雇われただけとは思えぬ怪しげな雰囲気を漂わせるこの二人、何と素顔は中年というのは少々意外でしたが、この先、依亨の強敵になることは間違いないでしょう。

 あとがきなどを読むに、必ずしも史実に即した物語ではない(というより大きく外れそうな)本作ですが、残すところは後2巻、物語の向かう先を虚心に楽しむこととします。


『暁の闇』第3巻(夏乃あゆみ&かわい有美子 マッグガーデンコミックアヴァルス) Amazon
暁の闇 3 (コミックアヴァルス)


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2018.02.23

永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第19巻 らしさを積み重ねた個性豊かな人と猫の物語

 連載開始から10年以上を数え、そして単行本も20巻目前の『猫絵十兵衛 御伽草紙』。その最新巻である本書は、久々にピンで表紙に登場した猫姿のニタが目印であります。

 猫絵師の十兵衛と元猫仙人のニタのコンビを時に中心人物として、時に狂言回しとして、市井で起きる様々な猫絡みの事件・出来事を描いてきた本作。
 今回も毎回一話完結のエピソードが七話収められていますが、何と言っても注目すべきは、巻頭に収められた異色作中の異色作「時翔け猫」でしょう。

 何しろこのエピソードの主人公は、現代の中学生・あやめ。親と進路のことで喧嘩して家を飛び出し、近所の猫石神社で怪我をした猫を見つけ、追いかけるうちに意識を失ってしまった彼女が、意識を取り戻した時に見たものは……

 というわけで、まさかのタイムスリップもののこのエピソード、当然というべきかあやめは十兵衛とニタと出会うことになるのですが――しかしあくまでも二人は脇役で、あやめと接することになるのは、サブレギュラーである蜆売りの少年・松吉とその家族なのが、何ともユニークなところであります。

 なるほど、以前も松吉たちは、猫石神社絡みのエピソードに登場したキャラクターではあります。
 しかしそれ以上に、自分の将来に、自分がどのように生きていくか悩むあやめと交流するのが――ある種浮世離れした十兵衛やニタではなく――彼女と同年代であり、そして既に一家を背負って働く松吉という構造が、実に巧みなところと感じさせられます。

 ある意味タイムスリップもののお約束とも言うべき結末も美しく、異色作ながら本作らしい好編であります。


 もちろん、その他のエピソードもいつもながらのクオリティの高さですが、幾つか特に印象に残った作品を挙げれば、まず「産婆猫」でしょうか。

 前話の「いちご猫」で登場した産婆の弟子の少女・子路を主人公とした本作は、ひょんなことから猫の御方様の子を取り上げる羽目になるというお話。
 神や獣など異類の者のお産を人間が助ける物語は民話にしばしば登場する印象がありますが、本作の見事な点は、子路が産婆としては未だ見習いであり、しかし少しでも早く立派な産婆になろうと努力する少女であることでしょう。

 ここに物語は人間に化けた猫のお産というファンタジーと、命を救うために奮闘する少女の成長譚が見事に結び付くことになり、これも実に本作らしい味わいの物語が生み出されているのです。

 そしてまた、ファンタジーだけではないのも本作の魅力であります。陰険で横暴な夫に虐げられ、ついに耐えかねて可愛がっていた猫とともに家を出た女性を描く『事解猫』は、本作を通じても非常に現実的な、重い題材を扱っていることが印象に残ります。

 もちろん、重い・辛いだけでなく、そこに人の強さと猫との絆を絡め、力強く希望に満ちた物語に仕上げてみせるのもまた本作ならでは。
 時にコミカルな描写を交えつつ描かれるこのエピソードにあるのは、そんな人の、女性の強さとそれに対するエールであることは言うまでもありません。


 冒頭に述べたように、一話完結のエピソードを積み重ね、積み重ねて(本書に収録されたところまでで実に128話!)きた本作。
 それでもなお、この巻に見られるように、それぞれに個性的で内容豊かな、本作ならではの人と猫の物語が描き継がれていることは、読者として大きな驚きであり、喜びであります。

 この巻に収められたものだけでなく、この先も描き継がれていくに違いない、本作らしい物語の数々が今から楽しみになる――そんな一冊であります。


『猫絵十兵衛 御伽草紙』第19巻(永尾まる 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon
猫絵十兵衛 御伽草紙 十九 (ねこぱんちコミックス)


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 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第16巻 不思議系の物語と人情の機微と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第17巻 変わらぬ二人と少しずつ変わっていく人々と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第18巻 物語の広がりと、情や心の広がりと

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2018.02.13

『幕末 暗殺!』(その二) 暗殺者たちそれぞれの肖像

 操觚の会による暗殺事件をテーマとした幕末アンソロジー収録作品紹介の続きであります。

『欺きの士道』(新美健)――清河八郎暗殺
 周囲の人間たちを様々に巻き込んだ末、幕府を手玉に取って浪士組を結成した清河八郎。彼が佐々木只三郎によって斬られたのは史実が示すとおりですが、本作はそこに至るまでの只三郎の視点を通じて、清河という人物の姿を浮かび上がらせます。
 実兄である会津藩士・手代木直右衛門に呼び出されて八郎暗殺の始末を命じられた只三郎。北辰一刀流の免許皆伝でもあり、極めて慎重な清河を討つために、その周囲を探る只三郎は、幕府の浪士取締出役を務めながらも実は会津の隠密でもある自分と、清河のある共通点をやがて知ることになるのです。

 ある意味幕末一のトリックスターであったとも言える清河八郎。庄内藩の郷士の三男坊に生まれながら、その弁舌と行動力によって各藩の士のみならず、山岡鉄太郎のような幕臣までも心酔させた彼は何者であったのか……
 獲物を狙う暗殺者たる只三郎の目から丹念に描き出されるのは、周囲を欺き続けて作り出したその巨大な虚像というべきものであり、そして自分自身それに囚われてしまった八郎の姿なのであります。

 「武士」という核を得られず、何者にもなれなかった八郎。デビュー作『明治剣狼伝』で西郷暗殺を題材とし、幕末の、武士の時代の終幕を描いた作者ならではの、逆説的な「武士」の物語であります。


『血腥き風』(鈴木英治)――佐久間象山暗殺
 幕末に横行した暗殺の象徴と言うべきいわゆる幕末四大人斬り――その中でもある意味最も大物を餌食にしたのは、本作の主人公である「人斬り彦斎」こと河上彦斎でしょう。

 師にして友であった宮部鼎蔵が池田屋で5討たれたと知り、手を下したという新選組の土方を討つべく、京に向かう彦斎。しかし彼は正面から土方に事の理非を問い、新選組は命じられて池田屋を襲ったに過ぎないことを悟ることになります。
 そしてその黒幕が佐久間象山という噂を聞いた彼は、今度は象山のもとを訪れて……

 「人斬り」と呼ばれながらも、実は記録上に残った人斬りは佐久間象山のみという彦斎。その陰には記録に残らない暗殺も様々あったのかもしれませんが、本作に描かれる彦斎は「闇討ちのような卑怯な真似は、俺は決してせぬ」と語る人物。
 その記録通りの彦斎像を描くことがユニークな視点に繋がるというのも皮肉な話ですが――ではなぜその彦斎が象山を斬ったのか。本作はそこに本作の彦斎像ならではの答えを用意してみせるのであります。

 脇役ではありつつも、実に格好良い土方のキャラクターも印象に残る作品であります。


『天が遣わせし男』(誉田龍一)――坂本龍馬暗殺
 本書の題材となった暗殺事件において、最も有名なものであろう近江屋での坂本龍馬暗殺。陰謀論めいたものも含めて諸説ある中でも、佐々木只三郎以下見廻組実行説が、現在では定説と言えるのでしょう。
 本作はその説に基づく作品ですが、只三郎ではなく、その指揮下で龍馬を斬ったと言われる桂早之助であるのが、実に興味深いところであります。

 京都所司代同心の家に生まれながらも、小太刀の達人として名を挙げて将軍家茂の上覧試合では講武所の猛者を次々と打ち破り、やがて見廻組に編入されたという早之助。小太刀の使い手(二刀流とも)と言われた彼は、なるほど狭い屋内での斬り合いには向いた男だったのでしょう。
 本作のクライマックスはもちろんその早之助による龍馬暗殺なのですが――しかし斬られる龍馬の方はほとんど遠景として留まり、あくまでも早之助の物語として、彼の出自や暗殺に至るまでが描かれるのが面白い。

 下級武士の生まれながら、武士の表芸たる剣術で見廻組に抜擢された早之助。早之助が本作で見せるのは、動乱の時代において何とか頭角を出そうとする野心であり、そして幕臣の集団である見廻組の一員として京を守ろうとする誇りであり、そして寺田屋で捕方を殺した龍馬での敵意でありと――実に生々しい感情であります。

 新選組など一部の例外を除き、人間の生々しい感情を持って描かれることの少ない印象のある幕府側ですが、それだけに本作の視点は実に新鮮に感じられます。そしてそんな「人間」だからこそ、「英雄」を斬れたのかもしれない――そうも感じられるのであります。


 もう一回続きます。


『幕末 暗殺!』(谷津矢車・早見俊・新美健・鈴木英治・誉田龍一・秋山香乃・神家正成 中央公論新社) Amazon
幕末 暗殺! (単行本)

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2018.02.09

中村理恵『天の破片』 半人前陰陽師と還ってきた偉大なるご先祖様!?

 かの大陰陽師・安倍晴明――の子孫であり卜占の天才として「指神子」と呼ばれた安倍泰親――の従兄弟で半人前の陰陽師・安倍時晴が、復活した晴明に振り回されつつ陰陽師として奮闘する姿を描く、ちょっとコミカルな平安ホラー漫画であります。

 時は12世紀、安倍晴明の子孫でありながなら、術もうろおぼえでビビりの時晴。ある荒れ屋敷に出没するというもののけの祓いを依頼された時晴ですが、もたもたしている間に何者かによって呼び出されたのは――何と彼の祖先である晴明その人だったではありませんか。
 実は晴明を呼び出したのは、陰陽道マニアの少女・瑠璃。父に先立たれ、継母に疎んじられる彼女は、父の屋敷で密かに召鬼の術を行ったというのであります。

 かくて久々の現世を満喫する晴明に振り回される羽目になってしまった時晴。しかし瑠璃の術が平安京に開けた結界の穴から、様々な悪しきものが入り込んできて……


 「有名人の子孫」もの、とでも呼べばいいのかもしれませんが、有名人の子孫でありながらもぱっとしない主人公が、祖先の教え(あるいは本作のように祖先本人)に出会って才能を開花させ、活躍する――というスタイルの物語があります。

 本作はまさにそんな物語なのですが、しかし、そのご先祖様本人が全く自重しないのが面白い。
 本作の晴明はオレ様的な長髪美形、どうやら肉体も完全に復活しているのか、普通の人間のような姿で宮中に出入りしたり瑠璃にカッコいいところを見せたりとやりたい放題であります。

 こうなると時晴はすっかり食われてしまいかねないのですが――しかし未熟ながらに真っ直ぐな心を持つ時晴の熱意、そしてなんだかんだで子孫に優しい晴明の導きで、怪事件を解決していくというのが、本作の楽しいところなのです。

 本作は全3話+1話――復活した晴明と時晴が瑠璃の継母に憑いた鬼と対峙する第1話、女官となった瑠璃が仕える女御の背中に憑いた人面蜘蛛の怪を描く第2話、そして何者かに憑かれたように夜毎都を彷徨う瑠璃を救うため時晴たちが奔走する第3話(そして現代を舞台に晴明が時晴の子孫を助ける書き下ろし番外編)という構成。

 単行本1巻分ということもあり、分量自体は多くはありませんが、人の心の闇の部分にスポットを当てつつも、時晴の善良さや晴明の頼もしさもあり、明るいムードで楽しめる作品です。

 特に第2話からは、冒頭で触れた指神子――安倍泰親も登場。才を鼻にかけ、時晴を見下しては何かとちょっかいを出すライバルキャラとして(しかし目の前の晴明を晴明と気付かないのが可笑しい)、話をかき回すのも賑やかでイイ。
 瑠璃に気のある時晴に当てつけるために彼女を口説こうとするも、彼女の方は……というお約束も楽しいところです。

 ちなみに泰親は(そしてまったく驚いたことに時晴も)実在の人物ですが、本作にはそのほかに藤原頼長も登場いたします。
 物語の時点では権勢の絶頂期ですが、彼が後にどうなったかは歴史が示すとおり。その辺りを踏まえつつ、世の儚さに繋げていくという語り口も悪くありません。


 ……という本作、短編連作というスタイルでもあり、壮大さや深みを求める向きには正直おすすめしませんが――ちょっと変わった平安ものが読みたい、肩の凝らない陰陽師ものが読みたいという方は、手にとっていただいてもよいのではないかと思います。
 現在はKindle Unlimitedで読むことができるのもありがたいところであります。


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2018.02.07

夏乃あゆみ『暁の闇』第1-2巻 伝説の廃皇子を巡る群像劇にして陰陽師もの

 帝の第一皇子でありながらも、皇位に就くことなく、隠者として生涯を終えた惟喬親王。本作はその惟喬親王に心酔する若き陰陽師をはじめとする若者たちが、宮中の権力の闇と対峙する、なかなかにユニークな平安漫画であります。

 陰陽道の名門に生まれ、幼い頃からその才能を顕し、将来を嘱望されていた青年・賀茂依亨。しかしその陰陽道の才はいつしか失われ、貴族の使い走りのような暮らしを送るようになった彼の運命は、小野を訪れたことで大きく変わることになります。
 ある貴族に遣わされて向かった小野で、とある屋敷に迷い込んだ依亨。そこである部屋に踏み込んだ時、彼は巨大な龍と出くわしたのであります。

 ――が、それは彼の見た幻であったか、そこにいたのは先の東宮であり、今は廃太子して小野に隠棲する惟喬親王。親王はやはり幼い頃からその天賦の才を謳われながらも、ある事件を引き起こして流罪となり、赦されて都に戻ったものの、訪れる人のない屋敷に暮らしていたのであります。
 しかしその聡明で拘らぬ人柄に触れた依亨は親王に心酔、彼に認められ、仕えることを望むのでした。

 そして親王と出会ったのがきっかけであったか、それ以来かつての霊力を取り戻し、陰陽師として頭角を現していく依亨。彼は親王の腹心である武人・三位中将源由朔、宮中にその人ありと知られる頭中将藤原冬智らとともに、親王の復帰を助けようとするのですが……


 冒頭でも触れたように、文徳天皇の第一皇子でありながらも、権勢著しい藤原良房の娘が新たに皇子(清和天皇)を生んだことから遠ざけられ、皇位に就くことができなかったとも言われる惟喬親王。
 隠棲した先で杣人たちに技を教え木地師の祖と呼ばれるようになった、歌人・在原業平と親交があった等、様々な逸話が残されているものの、やはり歴史に埋もれた人物と言えるでしょう。

 本作は、その惟喬親王を物語の中心に据えた物語であり――少なくとも今回ご紹介する第2巻までの時点では――親王を再び世に出そうと望む者たちの姿が描かれることになります。

 しかしそんな者たちも、決して一枚岩ではありません。
 親王と接したことで力を取り戻し、その力を親王のために振るいたいと望む依亨。かつて妹が親王に寵愛され、自らも親王を深く敬愛しながらも、流罪の時に見捨てたと罪の意識を持つ由朔。そして左大臣に押される一族が浮き上がるために親王に近づいた(らしい)冬智――その思うところは様々であります。

 そして、その動きは敵と味方とを問わず、幾重にも波紋を呼び、次々と広がっていく――そんな宮廷劇が、本作の大きな魅力と感じられます。

 それに加えて、力を取り戻した依亨が対峙する通り神――傀儡に憑き、凶事を予言する妖神の奇怪な姿や、依亨を取り込まんとする左大臣邸に仕掛けられた強力な結界など、いわゆる「陰陽師もの」としての要素もまた、本作の魅力と言えるでしょう。

 そしてこの二つの魅力を繋ぐところにいるのが、親王の存在であります。
 本作は、依亨が親王と出会い、失った力が甦る場面から始まりました。しかしそれは何故なのか――いやそもそも、何故依亨の力は失われたのか。

 それはまだ語られませんが、おそらくはその答えに最も近いところにいる者は、また親王なのでしょう。
 第2巻で親王が垣間見せた異形の闇。それは間違いなく、未だその内容も理由も語られることのない「あの事件」と繋がるものであり――そしてそれはおそらくは、依亨とも無縁のものではないのではないかと、そう感じさせられます。


 宮中の群像劇として、謎多き陰陽師ものとして、他では得難いものを感じさせる本作。
 あえて言えば、親王以外が皆架空の人物である(と思われる)ことだけが残念ですが、それが小さなものと感じられる、そんな大きさを感じさせる物語になると期待できます。

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2018.02.06

永尾まる「まるのみ永尾まる」 ファン必見、三つの物語が待つ一冊

 「ねこぱんち」とその系列誌でエースとして活躍する永尾まる。その永尾まるの作品集として「まるのみ永尾まる」以来実に10年ぶり(!)に刊行された増刊――「江戸人情・猫咄傑作選&妖怪物語」と題して『猫絵十兵衛御伽草紙』の傑作選と、2つの単行本未収録作品を収録した一冊であります。

 というわけで、本書に収録されているのは『猫又と上手に暮らす法。』3編と『飛び耳茶話』3編、そして『猫絵十兵衛御伽草紙』6編の全12編。

 巻頭の『猫又と上手に暮らす法。』は、2010年に「OYATUねこぱんち」でスタートして以来、最近では「世にも奇妙なねこぱんち」誌に登場している現代もの。故あって猫又の一夜と同居することになった人間の少女・咲耶を主人公とするシリーズです。
 好奇心旺盛な咲耶と、イケメンの青年に变化するツンデレの一夜のコンビが楽しいシリーズですが、猫漫画というよりも妖怪漫画としての要素が強いのも本作の魅力。

 今回収録されたエピソードは、山からやってきたアナグマが引き起こす騒動、癇癪を起こして家出した一夜を追って魔所を行く咲耶の奮闘、そして古墳で肝試ししていた最中に本物に出会ってしまった咲耶の友達を救う一夜の活躍と、賑やかなエピソード揃いですが、登場する妖怪たちの描写はどれもなかなかに恐ろしい。
 特に2話目のエピソードで咲耶が踏み込む魔所のビジュアルは、実質的には一コマのみの描写ながら実に恐ろしげで、『猫絵十兵衛』にも幾度か登場していますが、このあたりの異界描写は、実は作者の最も得意とするところでは――という印象もあります。(3話目に登場する魔物たちも実におっかない)


 そして『飛び首茶話』は、「江戸ぱんち」誌に掲載された、そのタイトル通りに飛び首を主人公とした連作。初出時は「猫絵十兵衛異聞」と冠されていましたが、おそらくは同じ世界、同じ時代の別の話でしょう。
 飛び首とは、抜け首、飛頭蛮、落頭民などとも呼ばれる、ろくろ首の原型とも言われる妖怪。夜になると首だけが外れ、耳を翼として飛び回るという、あまり夜道に会いたくない妖怪ですが――作者のお気に入りらしく、『ななし奇聞』でも可愛らしい役どころで登場した妖怪であります。

 本作の飛び首・シノリもまだ年端もいかない少女で、人間の父と落頭民の母の間に生まれたハーフ(ただし体質は母親譲り)。山中で両親と暮らしていたものの、父が、そして母が相次いで行方不明となり、街に出てきて浮浪者のように暮らしていた――というなかなかハードな設定ではあります。
 そんな中で、何故か家に無数の付喪神や妖怪を住まわせている縫箔屋(裁縫師)の老人・将護と出会った彼女が、彼に弟子入りして――という設定で、ハートウォーミングな物語が展開していくことになります。

 上で触れたように、恐ろしいものは恐ろしく、人間とは相容れない存在として描く作者ですが(本作の1話めでも、シノリを攫おうとする魔物の描写がかなり不気味)、その一方で、人間と接する世界に暮らす連中の描写も巧みであるのは言うまでもないお話。
 本作においても、シノリをはじめとして、将護の家に住まう連中は実に人間臭く、「妖怪もの」として楽しめる作品であることは間違いありません。


 そして『猫絵十兵衛御伽草紙』は、作中にしばしば登場するサブレギュラーの二人――猫好きでさばけた性格の老僧・奎安和尚と、木匠を目指す生真面目な少女・信夫の二人を中心とするエピソードが収録されています。

 信夫が依頼を受けた猫と月の欄間が思わぬ奇瑞を起こす「観月猫」、奎安和尚と愛猫・縹の強い結びつきを描く「縹色の猫」、不思議な傀儡芝居を見せる少女と奇妙な猫妖を描く「山猫いたち」、火事で片方が焼け落ちた狛猫のために信夫が腕を振るう「石猫」、破れ寺を再建しようと奮闘する猫又が奎安に弟子入りする「猫和尚の修行」、猫の浮き彫りの入った衝立のために信夫が猫相手に奮闘する「衝立猫」――

 どのエピソードも単行本に収録済のため、ここでは細かく紹介しませんが、どれも本作らしい水準以上の作品揃い。
 特に「縹色の猫」は、和尚と縹の交流はもちろんのこと、本作では比較的珍しい派手なアクションと術描写(そして格好いい西浦さん)、ニタと十兵衛のいちゃつきと、本作全体を通じてのベストエピソードであると今更ながらに確認した次第です。


 以上、それぞれ魅力的な三作品を堪能できる本書、ファンであれば必読なのですが――個人的には『猫又と上手に暮らす法。』はそろそろ単行本化していただけないかなあ、とも思ってしまったところではあります。

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