2018.10.29

野口賢『幕末転生伝 新選組リベリオン』第2巻 新選組のかつての未来、現在という過去


 斎藤一の転生である(と思われる)現代の高校生・幸田ヒロユキが、幕末にタイムスリップして新選組の仲間たちとともに再び戦い始めるという極めてユニークな新選組漫画の第2巻であります。ヒロユキが戸惑いながら戦いを始める一方、彼と同時にタイムスリップしてしまった女性教師・奥山の運命は……

 超高校生級の空手の実力を持ちながらも、その力を持て余していたヒロユキ。ある日突然幕末にタイムスリップしてしまった彼は、かつて街角でやり合ったMMA使いの菊池――今は藤堂平助と名乗る彼から斎藤一と名を呼ばれることとなります。

 わけのわからぬまま、彦根鬼忍衆なる忍者たちとの文字通り真剣勝負に巻き込まれたヒロユキは、試衛館に集う若者たち――近藤・沖田・山南・原田・永倉らとともに鬼忍衆を撃退したのですが――その頃、八王子の山中にタイムスリップしていたのは、ヒロユキの担任の奥山先生。
 山賊に襲われても、大の男に一歩も引かぬ武術の腕で渡り合う彼女ですが、しかし記憶喪失にもなってしまったという状況下で、苦戦を強いられることになります。

 そんな彼女の窮地に現れたのは、坂本龍馬と名乗る男、そして八王子千人同心・井上源三郎。奥山先生を救った二人は、今この時代が幕末であることを語るのですが――彼女を一目で未来人と見抜いた源さんは何者なのか?(そして未来人云々の話に平然とついていっている龍馬も謎だらけですが……)


 と、この巻も冒頭から色々な意味で驚かされ展開の連続ですが、続いて描かれるのは――そしてこの巻のメインとも言える部分は――ヒロユキと沖田総司の対決。
 幕末に来た己にとって唯一の武器ともいうべき空手の鍛錬に励むヒロユキに対し、山南はその技を否定し、総司との無手での三本勝負を命じるのであります。

 言うまでもなく総司は剣士、無手での戦いについての記録は見たことがありませんが、しかし剣の達人が無手であっても強い、というのはそれなりに説得力がありますし――何よりも格好良い。かくて始まった三本勝負、沖田はこちらの期待通りと言うべきか、得意の突き技でヒロユキを圧倒することになります。

 この辺りのアクション描写は、少年ジャンプ時代から空手を題材とし、本人もかなりの腕だという作者ならでは、というべきですが――なにはともあれ、戦いの経験値という点では分が悪いヒロユキは総司に追い込まれることとなります。
 そんな彼に対し、その場に現れた近藤は、ヒロユキにある言葉をかけるのですが――いやはや、これが新選組漫画では空前絶後のアドバイス。というより、本作でなければ絶対出てこないもの凄いセリフであります。

 そもそも本作の近藤は、あの後世のイメージとは全く異なり、剣術はおろかスポーツにも疎そうな、むしろ将棋部にでもいそうな黒縁メガネの青年。
 そんなビジュアルの彼が、幕末の人間であれば絶対に言わないようなことを言うということは、彼もまた未来から来た人間なのだろうとは思いますが――しかしそれはここではまだ明かされず、その代わりに(?)描かれるのは、総司の「未来の記憶」であります。

 「かつて」病に倒れ、仲間たちからおいていかれることとなった「未来」の総司。そこで彼は引き留めようとする斎藤と立ち合おうとしていたのであります。いわば「現在」のヒロユキとの立ち合いは、その「未来」の再戦と言うべきもので――と、実に時制がややこしいのですが、しかしそのややこしさこそが、本作独自の魅力であることは言うまでもありません。

 副題にあるとおり、転生ものであると同時に、タイムスリップものである本作。ヒロユキの存在を見れば、(第1巻の紹介でも書いたとおり)どうやら幕末に倒れた新選組の面々が現代に一度転生し、そして幕末にタイムスリップして戻ってきているようなのですが――さて本作に登場する新選組隊士(になる面々)が全員そうであるのか?
 それはまだまだわかりませんが、この点こそが本作の物語の中核を為す秘密であることは間違いありません。


 そしてこの巻の終盤では、残る最後の試衛館組である土方が登場。薬屋と言いつつ、スパイか大泥棒のようなアクションを見せる彼が、第1巻に登場した勅諚を巡り、鬼忍衆と対決することになるのですが――さて本筋とも言うべきこの展開がどこに向かうのか。

 正直に申し上げれば、漫画的には――絵的にも構成的にも――どうかなあ、という部分が多々あるのですが、この唯一無二の物語がこの先どこに向かうかは、大いに気になるところではあります。


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2018.10.05

『忍者大戦 黒ノ巻』(その二) 忍者でバトルでミステリで


 本格ミステリ作家5人による忍者バトルアンソロジー『忍者大戦 黒ノ巻』の紹介の後編であります。いよいよ後半戦、こちらもこれまでに負けず劣らず、いやこれまで以上にユニークな物語が描かれることとなります。

『下忍 へちまの小六』(山田彩人)
 タイトルからして少々脱力ものの本作は、しかし本書の中で最も頼りなく、そして不気味な忍者が登場する物語であります。
 織田軍による二度目の伊賀攻めが間近に迫る中、偵察中に織田軍に追われることとなった風間十兵衛と配下の下忍たち。その中でも最も能なしの老忍(といっても三十過ぎなのですが)・へちまの小六を囮に脱出した一行ですが――生き延びたのは十兵衛と、何故か小六のみでありました。

 小六は植物の栽培が趣味で、作物を周囲に配ることから人気はあるものの、忍者としてはこれといった特技もない男。それにもかかわらず、これまでどんな困難な状況からも生還してきた小六に運の良さだけでは説明できないものを感じた十兵衛は、何とかその秘密を解き明かそうとします。
 ついに小六を罠にかけ、同じ伊賀忍びに襲わせることとした十兵衛。そして彼が知った真実とは……

 一種の能力バトルとも言うべき忍者ものにおいては、自分の能力は極力秘密にするというのが定番。しかしそもそもその秘密があるのかないのか――本作はそんな謎めいた、どこかすっとぼけた男の姿を描き出します。
 しかしその先にあるものは――ここでは書けませんが、最近時代ものでもしばしば見かけるアレかと思いきや、そこに一ひねりを加えたアイディアが面白くも恐ろしい。そしてそれが、下忍たちを弊履の如く使い捨てにする忍者という社会への、ある意味強烈な皮肉となっている点にも注目であります。


『幻獣 伊賀の忍び 風鬼雷神』(二階堂黎人)
 ラストに控えし作品は、ある意味本書で一番の問題作であります。

 まだ大坂に豊臣家があった頃、反徳川の動きを探るため、甲府に送り込まれた山嵐と桔梗の二人。しかし二人の連絡が途絶え、探索に向かった三人の忍びも消息を絶ち、江戸に届いた「<霧しぶく山><三つ首のオロチ><幻惑>」と記された血文字。服部半蔵はこれを受けて、風鬼と雷神の二人が派遣されるのでした。

 山嵐との間の赤子を育てていた桔梗から、探索に出かけた山嵐が真っ黒焦げの死体となって発見されたと聞かされた二人。藩の鍛錬所に潜入した風鬼は根来衆に襲撃され、昔から神隠しが相次ぐという霧谷山に向かった雷神は、恐るべき<三つ首のオロチ>の襲撃を受けることに……


 とにかく、手裏剣も効かぬ強靱かつ巨大な体に、口から業火を吐く三つの首を持つ怪物という、三つ首のオロチのインパクトが絶大な本作。忍者vs怪獣というのはある意味夢のカード、さらにそこに、ある者は骸となり、またある者は消息を絶った四人の忍びの謎が絡み、エンターテイメント度では本書でも屈指の作品と言えます。
 が、実際のところはまさしく大山鳴動して――といったところで、特撮時代劇では一作に一回はあったエピソードの小説化という印象。小説として見ても苦しいところも多く、正直なところどうなのかなあ――と思わざるを得ませんでした。


 以上5作品、参加した天祢涼の言によれば「忍者が戦って、ちょっとミステリ風味な短編を集めたアンソロジー」というコンセプトだったとのことですが、まさにそれを体現した作品揃い。
 それでいて様々な意味でこれだけバラエティに富んだ作品が揃うというのは、まさにアンソロジーの楽しさが現れていると言えるでしょう。

 個人的にはもう少し一冊として統一感を持たせた内容でもよいのかな、という印象もないではありませんが、この混沌とした楽しさもまた、一つの魅力と言うべきでしょうか。
 何よりも、普段時代小説とは縁遠い作家の方々が、こうして時代小説に挑戦して下さるというのが嬉しいことは言うまでもありません。

 9月には本書と対になる『忍者大戦 赤ノ巻』も刊行されたところ、もちろんそちらの方もご紹介させていただく予定です。


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2018.10.02

鳴神響一『仇花 おいらん若君 徳川竜之進』 二重の籠の鳥、滝夜叉姫に挑む


 吉原で評判の花魁が、実は尾張徳川家の御落胤だった! という大変なインパクトの設定に負けないドラマを描いてみせた『おいらん若君 徳川竜之進』の第二弾が早くも刊行されました。目撃したものは呪い殺されるという妖術使い・滝夜叉姫に竜之進と臣下たちが挑むことになります。

 八代将軍吉宗のライバルであった尾張藩主徳川宗春の嫡男として生まれながらも、藩内の争いに巻き込まれ、赤子のうちにくノ一・美咲と、四人の遣い手・成瀬四鬼によって救い出され、江戸に隠れ住むこととなった竜之進。
 執拗に竜之進を狙う御土居下衆の目を逃れ、吉原に潜んだ主従。そこで美咲はなんと竜之進を表向きは女――それも花魁として育てることで、周囲の目を欺くのでした。

 かくて決して男に靡かぬ花魁・篝火として吉原の名物となった竜之進。その一方で彼は密かに吉原を抜け出し、旗本の四男坊を名乗って太田直次郎(若き日の大田南畝)らとともに交遊する日々を送るようになります。
 そんな中で出くわした江戸を騒がす悪に、竜之進は四鬼破邪顕正の刃を振るうことに……


 というわけで、非常に盛りまくった主人公の設定に驚かされるのですが、しかしその設定を巧みに整理し、きっちり痛快娯楽時代小説として成立させているのが本シリーズ。
 今回竜之進と配下たちが挑むことになるのは、残暑の江戸の夜を騒がす謎の妖女・滝夜叉姫一味であります。

 滝夜叉姫といえば言うまでもなく平将門の娘にして、父の無念を晴らすために妖術使いとして暴れ回ったという女怪。
 その滝夜叉姫が、丑の日の晩になるたびに、谷中に現れると聞きつけた竜之進。しかも滝夜叉姫に出会った者は五寸釘を胸に刺されて死ぬため、避けるためにと成田山新勝寺のお札が飛ぶように売れている――といかにも胡散臭い話まで出てくれば、黙っていられるわけがありません。

 前作で知り合った田沼意次からの依頼もあり、滝夜叉姫の正体を追う竜之進。しかしその一方で、吉原では深夜に不審な小火が連続し、彼の周囲はにわかに騒がしくなって……


 その身の上のことを考えれば――そして美咲をはじめ周囲の者が口を酸っぱくして言うように――悪事に対して自ら乗り出す必要は全くない竜之進。
 それでも彼が世のため人のために飛び出していくのは、もちろん彼の周囲で事件が起こったから――という理由はありますが、それ以上に、性別を変えてまで自分自身を押し殺さなければならないという鬱屈から来ているというのが、面白くも切ないものがあります。

 どれだけ美しく着飾ろうとも、どれだけ多くの者に求められようとも、やはり花魁は籠の鳥――尾張徳川家の身分を隠して生きることを強いられる竜之進は、二重の意味で籠の鳥ということができるのではないでしょうか。
 だとすれば、彼が悪に命を懸けて挑むのは、この籠から飛び出すための行為の代替となのかもしれません。

 そしてこれはあまり詳しく書くわけにはいかないのですが、まさにこの点において本作の敵と竜之進は好一対とも言うべき関係にあるのがまた、実に面白いのであります。


 と、大いに楽しませていただきつつも、本作にはいささか気になる点もあります。

 吉原が巻き込まれるという要素はあるものの、前作に比べると、彼自身の事件とするにはいささか関係が薄いと感じられるのがその一つ。
 もっともこれは、上で述べたように実はあまり大きな要素ではないのかもしれませんが、それでも彼が戦う必然性がもう一つあってもよかったと――前作がそうであっただけに――感じます。

 そしてそれ以上に引っかかるのは、江戸の夜を騒がす怪事に竜之進が首を突っ込み、さらにそこに田沼意次の依頼が――という物語展開が、前作とほとんど同様に感じられる点。
 火付けの手口にもどこか既視感があり、本作ならではの魅力という点からすると、一歩引いた印象があります。

 そんなこともあり、そろそろ本シリーズならではの事件と敵が――すなわち、尾張徳川家が絡む事件、母の仇である御土居下衆との戦いが見たいというのが正直なところではあります。
 インパクトに満ちた設定を120パーセント活かした物語の展開に期待いたします。


『仇花 おいらん若君 徳川竜之進』(鳴神響一 双葉文庫) Amazon
仇花-おいらん若君 徳川竜之進(2) (双葉文庫)


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2018.09.28

『猫絵十兵衛御伽草紙 代筆版』 三者三様の豪華なトリビュート企画


 今月発売の「ねこぱんち」誌12周年号に、『猫絵十兵衛御伽草紙 代筆版』というトリビュート企画が掲載されています。『しろねこ荘のタカコ姐さん』の胡原おみ、『江の島ワイキキ食堂』の岡井ハルコ、『品川宿猫語り』のにしだかなの三氏がそれぞれ『猫絵十兵衛』を描くユニークな企画であります。

 「ねこぱんち」誌でも最古参の一つであり、看板作品である永尾まるの『猫絵十兵衛御伽草紙』。
 ところが今回の企画は、「作者不在!? 慌てた版元は、江戸で名うての代筆屋を三名呼び寄せた…」という設定――作者不在というのはちょっとドキッとさせられますが(そのためか、今回永尾まるによる作品の掲載はなし)、三者三様の作品を読むことができるのは、実に新鮮で楽しいものです。

 以下、一作品ずつ簡単に紹介しましょう。

「迷い猫」の巻(胡原おみ)
 『しろねこ荘のタカコ姐さん』が今号で完結の作者による作品は、同作の登場猫であるリクが江戸時代にタイムスリップしてしまうという、ある意味クロスオーバー作品。
 西浦さんのところに文字通り転がり込んだリクをニタと十兵衛が元の時代に返すために奔走することになります。

 そんな本作ではニタが西浦さんの前で口を利くという「おや?」という場面もあるのですが、そもそもの設定からして番外編ということで、気楽に楽しむべきなのでしょう。
 ちなみに本作、三作品の中では最も原作に忠実な絵柄で、特に原作の名物ともいうべき江戸の町を行き交う物売りの口上などの描き文字などもそっくりなのに感心であります。


「猫田楽がやって来た」の巻(岡井ハルコ)
 百代が十兵衛の長屋に落っこちてきたおかげで、十兵衛お気に入りの机が壊れて――という場面から始まる本作は、その混乱の最中に長屋を訪れた猫田楽社中が、さらに賑やかな騒動を起こすお話であります。

 十兵衛に助けられた常陸の猫王のお礼に舞を献上しに来たというこの三猫組、最初の二匹はよかったものの、最後の一匹・参太は落ちこぼれ。木の葉を花に変えるはずが、何故かハサミが、三ツ目入道が、牛が――とミスにしても不思議なものに変えてしまうのでした。
 自分には才能がないとその場を飛び出した参太に対し、「そのテの話が嫌いじゃねぇから」というちょっとニヤリとさせられるような理由で十兵衛とニタがいつものように一肌脱ぐ――という趣向ですが、愉快なのは参太の術の正体であります。

 いや流石にそれは強引では――と思わなくもないのですが、何ともすっとぼけた内容は、これはこれで猫絵十兵衛らしい楽しさだと思います。


「猫のみち」の巻(にしだかな)
 原作のサブレギュラーである猫又の雪白が暮らす伊勢屋を舞台とした本作、その伊勢屋に勤めるやはりサブレギュラーの徳二の同輩の小僧・喜作が偶然ねこの道に迷い込んでしまい、人間姿で舞っていたニタを目撃してしまい――という場面から始まるお話であります。

 すっかりニタに魅せられてしまった喜作は、仕事も上の空で、周囲から心配されたり気味悪がられたり――なのですが、その「憑かれた」というほかない喜作の描写が実にいい。
 見ためはごく普通のままに平然と暮らしていながらも、その行動は普通ではなく、目は明らかに現世のものを見ていない――という彼の描写は、異界を見て帰ってきた人間の姿として、非常に説得力が感じられるのです。

 原作でもしばしば異界や異界の者と人間の交流は描かれますが、どこかで明確に一線が画されている(あるいは人間はあくまでもこちら側にいて、向こう側の者がやって来る)印象があります。
 本作はそれが逆にこちら側の人間があちら側への一線を踏み出そうとしてしまう点が非常に面白く、この点だけでも、原作者以外の作家の手による作品が描かれた意味があると思います。


 その他、『10DANCE』の井上佐藤のイラスト寄稿1Pもありと豪華なこの企画。今度はぜひ、一冊丸ごとやって欲しい――などと言いたくなるような楽しい内容でありました。


「ねこぱんち」No.145 12周年号 (にゃんCOMI廉価版コミック) Amazon
ねこぱんち No.145 12周年号 (にゃんCOMI廉価版コミック)


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 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第2巻 健在、江戸のちょっと不思議でイイ話
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第3巻 猫そのものを描く魅力
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 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第5巻 猫のドラマと人のドラマ
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第6巻 猫かわいがりしない現実の描写
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第7巻 時代を超えた人と猫の交流
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第8巻 可愛くない猫の可愛らしさを描く筆
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第9巻 女性たちの活躍と猫たちの魅力と
 『猫絵十兵衛御伽草紙』第10巻 人間・猫・それ以外、それぞれの「情」
 『猫絵十兵衛御伽草紙』第11巻 ファンタスティックで地に足のついた人情・猫情
 『猫絵十兵衛 御伽草紙』第12巻 表に現れぬ人の、猫の心の美しさを描いて
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第14巻 人と猫股、男と女 それぞれの想い
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第15巻 この世界に寄り添い暮らす人と猫と妖と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第16巻 不思議系の物語と人情の機微と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第17巻 変わらぬ二人と少しずつ変わっていく人々と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第18巻 物語の広がりと、情や心の広がりと
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第19巻 らしさを積み重ねた個性豊かな人と猫の物語

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2018.09.27

野田サトル『ゴールデンカムイ』第15巻 樺太編突入! ……でも変わらぬノリと味わい


 狂瀾の網走監獄決戦から一転、全く予想もしない展開を迎えた『ゴールデンカムイ』、連れ去られたアシリパを追う杉元と谷垣は、鶴見一派と手を組み、月島軍曹と鯉登音之進とともに呉越同舟で樺太に向かうことになります。しかしそこでも変t――刺青囚人の影が!?

 アイヌの黄金の行方を知るアシリパの父・ウィルクを巡り、杉元・土方・鶴見・犬童の四派が激突することとなった網走監獄。血で血を洗う死闘の末、ようやく巡り会ったウィルクは杉元の前で尾形に射殺され、杉元も脳に銃弾を受けることになります。
 尾形とともに暗躍していたキロランケは、アシリパと白石を連れて樺太へ逃亡。不死身の本領発揮で復活した杉元は、これまで敵だった鶴見と手を組んで、すぐにアシリパたちを追うべく旅立ちます。

 かくて杉元、谷垣、月島、鯉登、さらにチカパシと犬のリュウの面々は、樺太に足を踏み入れ、アシリパの手がかりを知る樺太アイヌの少女と出会うのですが……


 というわけで、この巻から樺太を舞台とした物語に突入した本作。これまで一貫して杉元の相棒だったアシリパが消え、その代わりになんかスゴい(変な)面子が――という展開にはさすがに面食らいましたが、しかし物語のノリは相変わらず。そして何とここでも、刺青囚人との出会いが待ち受けていたのであります。

 ここで登場する囚人の名は、岩息舞治――日本人離れした体格と、過剰にキラキラと澄んだ瞳を持つ彼は、拳での会話を異常に好むいわばバトルマニア。網走監獄ではあの牛山と互角以上の戦いを繰り広げたというのですから本物であります。
 色々あって半裸の肉肉しいロシア人たちが夜毎繰り広げる4対4の肉弾戦・スチェンカに参加する羽目になった杉元たちは、この強敵と激突することになるのですが――激闘の果に杉元がロマンのように(言いすぎ)大暴走、さらにウルヴァリンまで乱入してきて(本当)、岩息と谷垣たちが逃げ込んだ先は……

 だからなぜ、突然ここでロシア式蒸し風呂バーニャが登場して、全裸の男たちがカメラ目線で入ることになるのか――舞台は変われどこの辺りの暴走、いや通常運転ぶりは全く変わらずであります。
 しかし、その先で繰り広げられる杉元と岩息の再戦の中で、杉元の秘めた怒りの対象とその理由が描かれることになります。それこそは無茶苦茶をやりながらも、同時に登場人物の心情をきっちりと掘り下げてきた本作らしい内容で――全くもって油断できない作品であると何度目かの再確認をさせられた次第です。


 そしてそんな本作のシリアス面が一気に噴出したのが、この巻のラスト2話で展開された月島軍曹の過去編であります。
 トップ以下変態だらけの鶴見一派の中でも数少ない常識人であり、要所要所で渋い仕事ぶりを見せてきながらも、それ故に一歩引いた印象のあった月島。作中で下の名前が一度も登場しない(スチェンカのポスター調のタイトル絵で、他のキャラがフルネームが書かれていても上の名前だけの)辺り、その地味さの表れだなあ、と思っていたら……

 月島の背負った過去と鶴見とのある種の絆をを描くこのエピソードにおいて、その下の名前が使われないことにまできっちりとドラマに回収してくるとは! いやはや、脱帽であります。
 このエピソード、短い中で二転三転する物語展開もさることながら、まだまともだった頃の鶴見の姿と、しかしそれでも彼の本質が恐るべき謀略家である点を浮き彫りにしてみせ、さらに杉元とのニアミスまで描いてしまうのですから唸るほかありません。

 この巻の表紙が月島であるのを見たときは密かに驚きましたが、いや確かに彼が表紙になるのも納得であります。


 と、杉元サイドを中心に描きながらも、その随所で杉元とアシリパの絆を描いてくれるのも嬉しいこの第15巻。トドの脂身なみに脂っこい味付けの部分も少なくありませんが、この盛りだくさんぶりは、やはりクセになる美味しさであることは間違いありません。


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2018.08.31

長池とも子『中国ふしぎ夜話』 二人の仙人を通じて描く人間の儚さと強さ


 中国ものを得意とする作者が、二人の対照的な性格の仙人を狂言回しに描く中国ファンタジーの連作集――いずれも「それはまだ、光と闇が曖昧だった頃。」という言葉から始まる、人間の心の不思議さ、美しさを描いた物語の数々が収録されています。

 それはまだ、光と闇が曖昧だった頃。亡き父の遺言を果たすために旅をしていた青年・陶は、山で行き倒れになりかかっていたところに、一人の美しい容貌の仙人・趙青龍と出会います。しかし大の人間嫌いである青龍は陶を見捨てて去ろうとするのですが――陶のあまりのお人好しぶりに、やむなく助ける羽目になります。
 そして陶の旅の理由が、かつて親同士が約束を交わした許嫁と結婚するためだと知った青龍は、お前は人間を信じすぎだとあざ笑うのでした。

 それでも相手を信じる陶は、旅の途中に世話をしてくれた貧しくも美しい村娘に別れを告げ、相手の家に向かうのですが――果たして財産もないお前に興味はないと、父娘両方に冷たくあしらわれることになります。
 さすがに落ち込んだ陶に対し、見返すために科挙を受けろと命じる青龍ですが……

 という物語が第1巻の冒頭に収録された「黄金の石榴」。正直者が馬鹿を見るというのは、生きていれば嫌というほど見聞きするお話ですが、しかしそこに仙人が絡めばどうなるか――仙人が人間嫌いというのがややこしいのですが、そこには心温まるファンタジーが生まれることになります。
 ある意味定番の内容ではあるのですが、人間にとって本当に大切なものは何か、という問いかけと、その答えを美しく描き出す様は、やはりグッとくるのであります。


 そして第1巻の後半からは、この連作のもう一人の主人公・白石生が登場します。石を煮たものが大好物という風変わりな(そしていかにも神仙譚らしい)個性をもつ彼は、親友の青龍とは正反対で人懐っこい性格。人里近くに暮らし、様々な事件に好んで首を突っ込むという、仙人らしからぬ仙人です。
 そんな白石生が何故仙人となったのか、そしてどのように趙青龍と出会ったのかを描くのが、第2巻に収められた中編エピソード「瑠璃の月」であります。

 戦乱で親を失い、ただ一人の妹は何処かに金で買われ、天涯孤独となった石生を拾った仙人(その名は左慈!)。彼の推薦で仙人となるための学校の入学試験を受ける羽目になった石生は、全く術も教えられぬ状態で送り出され、大いに苦労することになります。
 そしてそこで出会ったのが天才と謳われる青龍。何から何まで正反対の二人は、しかし何となくウマが合い、不器用ながら友情を育んでいくかに見えたのですが――しかし二人の生まれがそれを阻むことになります。

 実は青龍は秦生まれ、一方石生はその秦に滅ぼされた韓の人間。秦の侵略がなければ家族を失うことはなかったと、理不尽を承知で石生は青龍に反発してしまうのですが……
 友情の脆さと得難さ、そして美しさを象徴する「瑠璃の月」という言葉。危なっかしくも瑞々しい青春を送り、やがてその言葉を地で行くように強い絆で結ばれる二人の姿が強く印象に残る好編です。


 そして最終巻の第3巻には、趙青龍の過去が描かれる「天より来る河」を収録。
 青龍が人間嫌いとなった理由、それはかつて愛した女性に手ひどく裏切られたため――というのは実は第1話で語られるのですが、彼が仙人を志す前の、まだごく普通の青年であった彼の過去の姿が描かれることになります。

 ということは結末は既に明かされているように思えるのですが――そこに一捻りを加えて、人間の生の儚さと、それにも屈することのない人間の愛の強さを描く物語は、これも定番ではありますがやはり素晴らしい。
 全3巻を通すと時系列が行き来するのが少々ややこしいのですが(第1巻の第1話第2話が時系列的に最新で「天より来る河」の前半が一番過去)、これも神仙譚らしく、一種の円環構造を成すと言うべきでしょうか。


 その他にも一話完結で時に美しく、時に微笑ましい物語を紡ぐ本作ですが、一つだけ個人的に残念だった点は、史実とのリンクがほとんどないことであります。
 もちろん、先に述べた「瑠璃の月」のような当時の社会情勢が関わる物語もあるものの、それ以外はいつかの時代、どこかの国が舞台で、以前紹介した同じ作者の『旅の唄うたい』シリーズが史実と密接に結びついた内容であったのに比べると、少々物足りないものを感じたのは事実であります。

 もっとも、史実をベースに物語を描けば、『旅の唄うたい』と同工異曲となるわけで、これはまあ、私のわがままではあります。

『中国ふしぎ夜話』(長池とも子 秋田書店プリンセス・コミックス全3巻) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon/ 第3巻 Amazon
中国ふしぎ夜話 1 黄金の石榴 (プリンセス・コミックス)中国ふしぎ夜話 2 瑠璃の月 (プリンセス・コミックス)中国ふしぎ夜話 3 天より来る河 (プリンセス・コミックス)

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2018.08.06

野口賢『幕末転生伝 新選組リベリオン』第1巻 転生+タイムスリップの新選組奇譚!?


 歴史ものでも転生を題材としたものは既に珍しくはありませんが、その波がついに新選組にも来たか――とサブタイトルを見て思わされた本作。しかし主人公は現代の高校生ではあるものの、どうやら色々と捻った内容である様子。誰がどのように転生したのか、大いに気になる作品です。

 超高校生級の空手の実力を持ちながらも、トラブルを起こして今は空手を離れ、定時制高校に通う幸田ヒロユキ。
 ある晩、以前叩きのめしたチンピラが担ぎ出してきたMMA(総合格闘技)の実力者・菊池洋平とストリートファイトを繰り広げた彼は、一晩留置場で過ごした末に、罰として担任教師・奥山から神田川のドブさらいのボランティアを命じられるのでした。

 不承不承掃除を始めようとしたヒロユキですが、気がつけば昼だったはずの周囲は夜となり、何よりもコンクリート製だった水道橋が木造の橋に。さらに着物姿の娘・ユキに助けを求められたヒロユキは、彼女を追いかけてきたサムライの格好をした連中と戦う羽目になります。
 訳の分からぬまま、素手で日本刀と戦うことになったヒロユキ。そこに駆けつけたのはあの菊池――いまは藤堂平助(!)と名乗る彼は、サムライを撃退し、今が幕末であること、自分はヒロユキよりも2年前の時点に飛ばされたことを語るのでした。

 ユキが持つ勅諚を狙って襲ってきたというサムライ――水戸天狗党の男たち。しかし彼らを撃退したのも束の間、次いで奇怪な風体と術を使う忍者――彦根鬼忍衆が襲いかかります。
 さらに鬼忍衆の魔の手は、小石川の試衛館道場をも襲撃。試衛館の近藤勇らと合流したヒロユキたちは、襲いかかる忍者と対峙するのですが……


 冒頭に述べたとおり、現代の高校生が主人公ということで、てっきり彼が幕末に転生して新選組隊士の体に入るのかと思いきや、体ごと幕末に転移したことで「?」となった本作。
 これはむしろ転生ものというよりタイムスリップものでは――(事実、連載初回は「幕末時空旅行反逆譚」と冠されていた模様)と感じさせられるのですが、物語が進んでいくに連れて、本作がどうやら確かに転生ものらしい、ということが見えてきます。

 忍者と命がけの戦いを繰り広げる中、近藤たちから「斎藤一」と呼ばれるヒロユキ。その言葉に応えるように、彼の中には、出会ったはずもない近藤たちの記憶がかすかに浮かぶことになります。
 経験していない記憶、別の名前で呼びかける人々――この物語は、ヒロユキが斎藤一に転生するのではなく、斎藤一がヒロユキに転生していた(彼の前世であった)ようなのです。

 そして彼以外の試衛館組――先に触れた菊池以外の面々も、どうもこの時代の人間ではない印象(特に近藤はどう見ても文系の眼鏡少年)。あるいは彼らもまた、同様に新選組隊士が転生し、そしてこの時代にタイムスリップしてきたのだとすれば、これは面白いことになりそうであります。
 今では転生ものといえば、現代の人間が過去や異世界に転生するものですが、かつてのそれは、過去や異世界の人間が現代に転生してきたものが大半であった印象があります。本作はかつてのそれにさらにタイムスリップという要素を加えたのだとすれば、類作はほとんどないと言ってよいでしょう。

 いや、作中で近藤の妻・つねが、斉藤に対して「今度は勝ちましょう ○○○○に」(敢えて伏せます)と語りかけるところを見れば、さらにややこしいことにもなりそうなのですが……


 以前、冲方丁原作でやはり変格の新選組ものである『サンクチュアリ』を発表している作者。あちらは惜しくも中途で物語が終わっていますが、さて本作はどうなるのか――この巻ではまだ顔を出していない試衛館組の土方と源さんのキャラクターも含め、なかなかに気になるところであります。


『幕末転生伝 新選組リベリオン』第1巻(野口賢 秋田書店ヤングチャンピオン・コミックス) Amazon
新選組リベリオン(1)(ヤングチャンピオン・コミックス)


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2018.07.30

鳴神響一『飛行船月光号殺人事件 謎ニモマケズ』 名探偵・宮沢賢治、空の密室に挑む


 最近は時代ミステリに変形の警察ものと、特にミステリで八面六臂の活躍を見せる作者の新作は、宮沢賢治を主人公とした『謎ニモマケズ』シリーズの第2弾。前作とは大きく趣を変え、空の密室――霞ヶ浦と鹿児島間を往復する飛行船を舞台に展開する連続殺人事件に、賢治が挑むことになります。

 昭和5年(1930年)、父親の勧めで本邦初の大型旅客飛行船・月光号の記念飛行に搭乗することとなった賢治。医者・官僚・記者・華族・歌手・財界人――各界の男女が搭乗する月光号に乗り込んだ賢治は、美しい医学生・薫子と親しくなり、楽しい空の旅が始まったと思われたのですが……

 しかし離陸から数時間後、乗客の一人・一色子爵が、自室で血塗れの刺殺死体となって発見。しかもその部屋は施錠され、完全な密室となっていたのであります。
 さらにいつの間にかその場に残されていた「ハーデース」を名乗る斬奸状と、悪魔のタロットカード。遺体の発見現場に居合わせ、そしてギリシャ神話やタロットの知識を持っていたことから、賢治は月光号の船長から捜査への協力を依頼されることになります。

 しかし密室殺人のトリックは見破ったものの、乗客の中に紛れた犯人は依然として正体不明。そして更なる殺人事件が発生、その場にも斬奸状とタロットカードが残されていたのであります。果たして犯人の正体は、そしてその目的は――やがて賢治と乗客たちは、事件の背後の思わぬ因縁と哀しい想いを知ることに……


 冒頭に述べたとおり、『謎ニモマケズ 名探偵・宮沢賢治』に続くシリーズ第2弾である本作。といっても舞台設定は前作(大正9年)の10年後ということで物語内容的にはほとんど繋がりはなく(ほんのわずか言及されるのみ)、独立した物語として楽しむことができます。
 何よりも、前作がジャンル的には冒険小説であったのに対し、今回はストレートな探偵小説。前作あれこれ言っていた私も大喜びなのですが――これが本当に舞台といい内容といい、ここまでやってくれるのか! と言いたくなるような趣向を凝らした内容なのが嬉しすぎるところであります。

 密室ものといえば本格ミステリの花ですが、本作はそれを動く密室――それも空を飛ぶ飛行船として設定。
 前年のツェッペリン伯爵号の来日を受けて日本でも旅客飛行船の気運が高まり、月光号の記念飛行が――というのはフィクションだと思いますが、当時としては最先端のテクノロジーであり、かつ優雅な印象がある飛行船というのは、ミステリの現場として実に良いではありませんか。

 そしてその空飛ぶ密室の中で起きる事件も、密室の中の密室での殺人に始まり、衆人環視の中での殺人、さらには人間の仕業とは思えぬものまで様々。そこにタロットカードによる見立ての要素まで加わるのですからたまりません。
 その博学と論理的思考が理由で、賢治が巻き込まれ方の探偵となるのも面白く、また本作での経験が、賢治のあの名作に繋がっていくという趣向も、定番ではありますが楽しいところです。


 しかし本格ミステリゆえ、残念ながらここで物語の詳細に触れるわけにはいきません。それ故、終盤に待ち受ける急転直下の、そして大ドンデン返しの連続の展開に触れること(おそらくはモチーフになったであろう作品ももちろんのこと)ができないのが何とも苦しいのですが……
 この展開はアリなのかという気持ち半分、これしかないかという気持ち半分の謎解きは実に楽しく、普段生真面目な印象のある作者の、意外な豪腕ぶりがうかがえたのは大きな収穫でした。

 しかし、これは実に作者らしいと感じさせられたのは、本作で描かれた事件の背後に潜むもの、そしてそれを生み出したものと許すものに対する鋭い視線の在り方であります。
 終盤において賢治が珍しく怒りを露わにする相手こそは、本作における真の悪なのであり――そしてそれはまた、決して滅びることなく、我々の周囲にも蟠っているものなのでしょう。そしてまた、本作の年代設定にも、ある意図を感じるのも、決して考えすぎではないのではないかと感じるのです。
(さらに言えば、その存在が賢治のある行動へのエクスキューズとなっているのもまた、賛否はあるかもしれませんが、ミステリの構造として面白いところです)


 さて、本作で描かれるのは賢治のほぼ晩年の姿であります。この先であれ、はたまた時代を遡るのであれ――名探偵・宮沢賢治の姿をまだ見てみたいと感じるところです。


『飛行船月光号殺人事件 謎ニモマケズ』(鳴神響一 祥伝社文庫) Amazon
飛行船月光号殺人事件 謎ニモマケズ (祥伝社文庫)


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2018.07.29

中原裕『江戸っ子エド公』 金髪忍者は有名人の子孫!?


 徳川家康に仕え、外交顧問として活躍した三浦按針ことウィリアム・アダムズ。その子孫が八代将軍吉宗が治める日本に来日し、忍術修行に勤しむという、極めてユニークな連作時代漫画であります。

 漂流の末、戦国時代末期の日本にたどり着き、徳川家康と出会ってその外交顧問として三浦按針の名を与えられたウィリアム・アダムズ。
 本作の主人公は、その子孫であるエドワード・アダムズ――通称エド。日本の忍者に憧れて来日し、忍術修行のために江戸に暮らすこととなった彼は、その人目につく金髪の姿も意に介することなく、今日も忍術修行と称して騒ぎを起こす毎日であります。

 そんな中、番町皿屋敷の伝説のある旗本邸で、主が腰元・お涼を手篭めにしようとして返り討ちにされるという事件が発生。しかし井戸に身を投げたお涼は忽然と姿を消し、数日後に幽霊となって井戸から現れたというのであります。
 事件に興味を抱き、調査に向かったエドは、そこで出会った屋敷の井戸番の老人・伊助の秘密を見抜き、彼とともに、お涼を救うために活躍を繰り広げることに……


 この第1話に続き、エドと伊助、お涼、そして大岡忠相らが、江戸を騒がす奇怪な事件に遭遇する姿を描く本作。
 全8話で構成される物語の中で、この後もエドは次々と事件と謎に挑み、さらに終盤では、お涼のあまりにも意外な出生の秘密、さらには三浦按針が残した秘宝などが描かれるなど、バラエティ豊かな物語が展開されることになります。

 特に個人的に面白かったのは、自らを「月光西照権現」と名乗り、徳川家への恨みを語る家康の亡霊を描く第2話や、見たものはたちどころに命を奪われるという奇怪な石神の探索に向かったエドと伊助が、自分たちの分身と出会う第6話であります。
 どちらもトリック自体はさほど入り組んだものではないのですが、第2話は背後にあの有名な巷説を絡めて一気に伝奇度が上がったり(そしてそれを思わぬ形で裏書きしてしまうオチが楽しい)、第6話はちょっと唐突な展開に見えたものに「ドッペルゲンガー」が絡んで一気に時代ものとして重くなるのが、実にいいのであります。


 それにしても、江戸時代もど真ん中の将軍吉宗の時代に、金髪のイギリス人が江戸で忍術修行、という本作の基本設定は、それこそが肝ではあるものの、ずいぶん豪快なアイディアだと驚かされたのですが……
 しかしそこに、「三浦按針の一族は、子々孫々まで厚遇せよ」という家康の遺訓があったという設定を用意して、風穴を開けてしまうのが何とも痛快でいい。そして吉宗自身もそういう話を大いに面白がりそう、というイメージをうまく使っているのも面白いところです。

 そしてそのエド(ちなみに母国での彼の学問の師はアイザック・ニュートン!)自身も、いわゆる日本かぶれの面白外国人的な造形ではあるものの、しかし極めて陽性かつ素直で正義感の強い人物として描かれており、好感の持てるキャラクター像であります。

 とはいえ、作中で描かれる事件はかなりシビアなものばかり。身分の差や社会制度による理不尽、権力の裏側に関わるため塗りつぶされた秘密など――この時代ならではのものが、本作では次々と描かれることになります。
 そしてそんな理不尽に対して、様々な意味で外側の人間としてエドが見せる想いの発露――そしてそれは多くの場合、現代の我々の視点とも重なるわけですが――が、実は本作の最大の魅力、見どころであると言っても過言ではないと感じるのであります。
(そしてそれは必ずしも「正しい」ものとは言えず、現実を知らぬ理想的なものに過ぎないこともあるのですが、そこにきちんと別の視点がぶつけられるのもいいのです)


 実のところ、エドは思ったほど活躍せず、むしろ師匠に当たる伊助の方が活躍している印象もあるのですが、そこはまあ、修行中の身ということで……

 単行本全1巻と、分量自体は多くないのですが、なかなかに面白い物語であることは間違いない作品であります。


『江戸っ子エド公』(中原裕&高橋遠州 小学館ビッグコミックス) Amazon
江戸っ子エド公

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2018.07.12

長池とも子『旅の唄うたい』シリーズ 時空を超えて描かれる人々の美しい「情」


 代表作『崑崙の珠』をはじめ、中国ものを得意とする作者が、古代中国を舞台に描くオムニバス形式の連作集――「旅の唄うたい」を名乗る謎めいた美青年・夜烏が、様々な時代と場所で、歴史に名を残す人々の生き様を見つめる物語であります。

 殷王朝末期から唐の玄宗皇帝の時代まで――約二千年にも及ぶ時の流れの中で変わらぬ姿を保ち、様々な場所に現れる旅の唄うたい・夜烏。
 時にはその性別すら変えて現れる彼は、歴史を大きく動かす運命にある人物の前に現れては、時にその行動を助け、時にその行動を止めんとして、歴史の裏側から関わっていくことになります。

 実は彼の正体は、天界の寧安宮に住まう狐祖師の弟子。
 野狐として修行を積む彼は師の命を受け、地上から戦乱をなくし平和をもたらすため、戦乱の原因を作る者たち、あるいはそれを止められる者たちに接触するのであります。
(ちなみに何故戦乱をなくそうとするかと言えば、野に住まう同族の狐たちが戦乱に巻き込まれるから、という理由が面白い)

 しかし人間の心は複雑怪奇、たとえ夜烏が「正しい」道を示したとしても、それに従う者は少なく、彼らは、彼女らはそれぞれの運命に殉じていく――そんな人間たちの姿を描く物語であります。

 さて、全4巻の本作は、それぞれ1話あるいは2話をかけて、その人物の物語を描いていくことになります。以下にその名と時代を挙げれば……
 則天武后(唐)
 王昭君(前漢)
 孫堅(後漢)
 妲己(殷)
 呂不韋(秦)
 始皇帝(秦)
 李斯と韓非(秦)
 司馬遷(前漢)
 呂后(前漢)
 卓文君と司馬相如(前漢)
 趙飛燕(前漢)
 徐庶(後漢)
 楊貴妃(唐)

 何とも豪華かつバラエティーに富んだ顔ぶれであります(その中でも女性が多いのは、これは少女漫画という媒体に依るところが大きいかもしれませんが)。

 そしてその中で描かれるのは、「史記」をはじめとする歴史書の記録、あるいはそれを題材とした「三国志演義」のような物語中の逸話を踏まえた物語。
 こうした表に現れた「史実」を忠実に踏まえつつも、本作は夜烏を狂言回しに、その裏側の表に見えないもの――言ってみれば人の「情」を浮き彫りにしていくのであります。

 その名前を見ただけでおわかりの方も多いかと思いますが、本作の主人公たちは、悲劇の運命を辿る者が少なくありません。
 その意味では決して明るい物語ではないのですが、その生き様に込められた想いは、彼らを絵空事の中の登場人物ではなく、どこか馴染み深く人間臭い存在として浮かび上がらせ、決してその読後感は悪くありません。

 また、歴史上では「悪人」とされている者たちにおいても、その悪を為すにやむを得ない理由、どうにもならない業、あるいは単純な悪人ではない「人」としての顔を描いてみせるのも、定番ではありますが実にいいのであります。(もっとも、この趣向のため、「悪女」を主人公とした物語は、似通った印象を受けてしまうきらいはあるのですが)

 また作者が三国志愛好家を自称するだけあって、三国志関連の二人を主人公とするエピソードはどちらも実に熱い。
 特に徐庶などは、侠客から軍師という彼の転身を曹操との因縁を理由に語りつつ、劉備(これがまた任侠の人的な描写が楽しい)との深く強い絆を感じさせる内容で、読んだ人間が皆徐庶ファンになるのでは――と言いたくなるほどの内容であります。


 しかし、そんな時空を超えた物語にも終わりは訪れます。時系列的には最も新しい、すなわちラストとなる楊貴妃の物語では、同時に夜烏の――そして幾度となく夜烏の前に現れて彼を妨害してきた謎の野狐精・吉祥の――秘められた過去が描かれることとなります。
 封印されていた夜烏の秘密自体は、そこまで意外性があるものではないかと感じますが、しかし特筆すべきは、そこで彼らが――人ならぬ狐たちが見せる「情」の姿でしょう。

 そしてさらに、夜烏を使役してきた狐祖師もまた、強く深い「情」の持ち主であったことを示す結末は実に切なく――本作がいつの時代にもいつの場所にも、そして誰の中にもある美しい「情」を描く物語であったと、改めて感じさせてくれるのです。


『旅の唄うたい』シリーズ(長池とも子 秋田書店プリンセス・コミックス全4巻) 第1巻『打猫』 Amazon/ 第2巻『豺狼』 Amazon/ 第3巻『日食』 Amazon/ 第4巻『傾国』 Amazon
旅の唄うたいシリーズ 1 (プリンセス・コミックス)旅の唄うたいシリーズ 2 (プリンセス・コミックス)旅の唄うたいシリーズ 3 (プリンセス・コミックス)傾国ー唐の楊貴妃ー―旅の唄うたいシリーズ4 (プリンセスコミックス 旅の唄うたいシリーズ 4)

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