2017.11.17

『コミック乱ツインズ』2017年12月号(その二)

 2017年最後の『コミック乱ツインズ』の紹介の後編であります。今回は特別企画だけでなく、連載陣も相当に充実している印象があります。。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 前回、心を持たないかのような四人の刺客相手に辛うじて勝利を収めたものの、また危ない橋を渡ったと紅さんにむくれられた聡四郎。色々な意味で道場で剣を振るいたくなった彼は、弟弟子の大宮玄馬と立ち会うことになります。

 というわけで、ついに本格的に登場した玄馬との迫力ある立ち会いが見所の今回。聡四郎ほどではないにせよ確かな実力を持ちつつも、見事な体の関係で流派の跡を継げない玄馬を自らの下士として雇ったことで、剣の上では孤立無援だった聡四郎にも頼もしいサイドキックの誕生であります。
 一方、仕事の方ではうるさい白石にせっつかれて吉原御免状の在処を探りに行くことになった聡四郎の前に、何だかビジュアル的にレイヤーが違う刺客が現れて……と、いよいよ物語も佳境に入ってきました。

 しかし玄馬、紅さんの荒くれぶりに目尻を下げている聡四郎に呆れていましたが、君も後々相当な……(これは原作の話)


『鬼切丸伝』(楠桂)
 関ヶ原の戦での大谷吉継を主人公とするエピソードの後編であります。

 病魔に冒され、身は生きながらにして鬼と化しつつも、ただ盟友・三成への友情を頼りに人間に留まっていた吉継。その姿を前に、鬼切丸の少年も、その刃を振るうことを一端は止めることになります。
 しかし三成とともに臨んだ関ヶ原の戦で、小早川秀秋の思わぬ裏切りを受けた吉継は、無念のあまりついに鬼に変化し、無数の人を殺しながらも秀秋に迫るのですが……

 幼い頃から秀吉に振り回され、信長鬼にも匙を投げられる気弱な秀秋の姿も妙に印象に残る今回ですが、やはり面白いのは、鬼と人の間で揺れる吉継の姿と、その彼に対する鬼切丸の少年の態度であります。
 上で述べたように体は鬼となりかけた吉継を一度は見逃し、そして真に鬼と化した彼を容赦なく断罪し――そしてその果てに一つの「救済」を与える少年。随分と上から目線にも見えますが、それは神仏が人間に向けるそれと等しいものなのかもしれません。

 しかしその視線が向けられるのは、人を殺し人を喰らう鬼だけでなく、人を殺し天下を取る武士に対しても同様であります。
 本作の冒頭から通底する、鬼と人間、鬼と武士の間の(極めて近しい)関係性が、ここで改めて示されるのであります。


『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)
 半年の長きに渡り繰り広げられた日光社参編もついに今回で完結。将軍家慶が江戸を離れた隙に挙兵した大御所家斉との戦いも、ついに決着がつくことになります。

 江戸を掌握し、二千の兵で家慶が籠もる甲府城に攻め寄せた家斉派。この前代未聞の事態に、鬼役・蔵人介らも必死の籠城戦を繰り広げることになります。しかし一気に決着をつけるべく、家斉と結んだ静原冠者の女刺客・斧らが家慶を狙って……
 というわけで思わぬ「合戦」に加えて、アクロバティックな体術を操る刺客との剣戟も展開される今回なのですが、前回ほどではないにせよ、今回もこの一番良い剣戟シーンで作画が乱れるのが何とも……

 ラストにはきっちりいつもの鬼役の裏の勤めも描かれて日常(?)に回帰したところも含め、エピソードの完結編に相応しい盛りだくさんの内容だっただけに、終盤の画的な息切れが残念ではありました。


 次号はやまさき拓味と原秀則の新連載がスタート。再録企画も今後も続くとのことで、楽しみであります。


『コミック乱ツインズ』2017年12月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年 12 月号 [雑誌]


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 『コミック乱ツインズ』 2017年3月号(その二)
 『コミック乱ツインズ』 2017年4月号(その一)
 『コミック乱ツインズ』 2017年4月号(その二)
 『コミック乱ツインズ』2017年5月号
 『コミック乱ツインズ』 2017年6月号
 『コミック乱ツインズ』2017年7月号
 『コミック乱ツインズ』2017年8月号
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 『コミック乱ツインズ』2017年9月号(その二)
 『コミック乱ツインズ』2017年10月号(その一)
 『コミック乱ツインズ』2017年10月号(その二)
 『コミック乱ツインズ』2017年11月号

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2017.11.07

入門者向け時代伝奇小説百選 児童文学

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は児童文学。大人の読者の目に止まることは少ないかもしれませんが、実は児童文学は時代伝奇小説の宝庫とも言える世界なのであります。
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

91.『天狗童子』(佐藤さとる) 【怪奇・妖怪】【鎌倉-室町】 Amazon
 「コロボックル」シリーズの生みの親が、室町時代後期の混乱の時代を背景に、天狗の世界を描く物語であります。

 ある晩、カラス天狗の九郎丸に笛を教えて欲しいと大天狗から頼まれた笛の名手の老人・与平。神通力の源である「カラス蓑」を外して人間の子供姿となった九郎丸と共に暮らすうちに情が移った与平は、カラス蓑を焼こうとするのですが失敗してしまいます。
 かくて大天狗のもとに連行された与平。そこで知らされた九郎丸の秘密とは……

 天狗の世界をユーモラスに描きつつ、その天狗と人間の温かい交流を描く本作。その一方で、終盤で語られる史実との意外なリンクにも驚かされます。
 後に結末部分を追加した完全版も執筆された名作です。


92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋) 【古代-平安】【鎌倉-室町】【戦国】【江戸】 Amazon
 特に動物を主人公とした作品を得意とする名手が、神通力を持った白狐を狂言回しに描く武士の世界の年代記であります。

 平安時代末期、人間に興味を持って仙人に弟子入りした末、人間に変身する力を得た狐の白狐魔丸。人の世を見るために旅立った彼は、源平の合戦を目撃することになります。
 以来、蒙古襲来、南北朝動乱、信長の天下布武、島原の乱、赤穂浪士討ち入りと、白狐魔丸は時代を超え、武士たちの戦いの姿を目撃することに……

 神通力はあるものの、あくまでも獣の純粋な精神を持つ白狐魔丸。そんな彼にとって、食べるためでなく、相手を殺そう戦う人間の姿は不可解に映ります。そんな外側の視点から人間の歴史を相対化してみせる、壮大なシリーズです。

(その他おすすめ)
『くのいち小桜忍法帖』シリーズ(斉藤洋) Amazon


93.『鬼の橋』(伊藤遊) 【怪奇・妖怪】【古代-平安】 Amazon
 妹が井戸に落ちて死んだのを自分のせいと悔やみ続ける少年・小野篁。その井戸から冥府に繋がる橋に迷い込んだ彼は、死してなお都を守る坂上田村麻呂に救われます。
 現世に戻ってからのある日、片方の角が折れた鬼・非天丸や、父が造った橋に執着する少女・阿子那と出会った篁は、やがて二人とともに鬼を巡る事件に巻き込まれていくことに……

 六道珍皇寺の井戸から冥府に降り、閻魔に仕えたという伝説を持つ篁。その少年時代を描く本作は、彼をはじめそれぞれ孤独感を抱えた者たちが出会い寄り添う姿を通じて、孤独を乗り越える希望の姿を、「橋を渡る」ことを象徴に描き出します。
 比較的寡作ではあるものの、心に残る作品を発表してきた作者ならではの名品です。

(その他おすすめ)
『えんの松原』(伊藤遊) Amazon


94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子) 【SF】【戦国】 Amazon
 児童向けの歴史ものを数多く発表してきた作者の代表作、遙かな時を超える時代ファンタジー大活劇であります。

 戦国時代、忍者の城・八剣城が謎の魔物たちに滅ぼされて十年――捨て丸と名前を変えて生き延びた八剣城の姫・花百姫は、かつて八剣城に仕えた最強の八忍剣らを集め、再び各地を襲う魔物たちに戦いを挑むことになります。
 戦いの最中、幾度となく時空を超える花百姫と仲間たち。自らの命を削りつつも戦い続ける花百姫が知った戦いの真実とは……

 かつて児童文学の主流であった時代活劇を現代に見事に甦らせただけでなく、主人公を少女とすることで、さらに情感豊かな物語を展開してみせた本作。時代や世代を超えて生まれる絆の姿も感動的な大作です。

(その他おすすめ)
『うばかわ姫』(越水利江子) Amazon
『神州天馬侠』(吉川英治) Amazon


95.『送り人の娘』(廣嶋玲子) 【怪奇・妖怪】【古代-平安】 Amazon
 死んだ者の魂を黄泉に送る「送り人」の後継者として育てられた少女・伊予。ある日、死んだ狼を甦らせた伊予は、若き征服者として恐れられながらも、病的なまでに死を恐れる猛日王にその力を狙われることになります。
 甦った狼、実は妖魔の女王・闇真に守られて逃避行を続ける伊予。やがて彼女は、かつて猛日王に滅ぼされた自分たちの一族に課せられた宿命を知ることに……

 児童文学の枠の中で、人間の邪悪さや世界の歪み、そしてそれと対比する形で人間が持つ愛や希望の姿を描いてきた作者。
 本作も日本神話を踏まえた古代ファンタジーの形を取りつつ、生と死を巡る人の愛と欲望、そしてその先の救済の姿を丹念に描き出した、作者ならではの作品です。


(その他おすすめ)
『妖怪の子預かります』シリーズ(廣嶋玲子) Amazon
『鬼ヶ辻にあやかしあり』シリーズ(廣嶋玲子) Amazon



今回紹介した本
天狗童子 (講談社文庫)源平の風 (白狐魔記 1)鬼の橋 (福音館文庫 物語)忍剣花百姫伝(一)めざめよ鬼神の剣 (ポプラ文庫ピュアフル)送り人の娘 (角川文庫)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「天狗童子 本朝奇談」 異界からの乱世への眼差し
 「白狐魔記 源平の風」 狐の瞳にうつるもの
 「鬼の橋」 孤独と悩みの橋の向こうに
 「忍剣花百姫伝 1 めざめよ鬼神の剣」 全力疾走の戦国ファンタジー開幕!
 「送り人の娘」 人と神々の愛憎と生死

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2017.10.29

入門者向け時代伝奇小説百選 幕末-明治(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選も、いよいよ最後の時代に突入。幕末から明治にかけてを舞台とする作品であります。

81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)

81.『でんでら国』(平谷美樹) Amazon
 時代小説レビュー以来、ユニークな作品を次々と発表してきた作者が、老人たちと武士が繰り広げる攻防戦を描いた快作が本作です。

 棄老の習慣があると言われる大平村。しかしその実、村を離れて山中に入った老人たちは、彼らだけの国「でんでら国」を作り、村の暮らしをも支えていたのでした。
 ところが村の豊かさに目を付けた藩が探索のために役人を派遣。あの手この手で老人たちはこれに抵抗するものの、いよいよでんでら国に危機が……

 でんでら国というユニークな舞台設定に見られる奇想、武士たちに決して屈しない老人たちの姿に表される気骨、そしてその先にある相互理解の姿を描く希望――作者の作品の魅力が凝縮された集大成とも言うべき作品です。

(その他おすすめ)
『貸し物屋お庸』シリーズ(平谷美樹) Amazon
『ゴミソの鐵次 調伏覚書』シリーズ(平谷美樹) Amazon


82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰) Amazon
 絵を描くことだけが楽しみの孤独な武士・外川市五郎が出会った少女・桂香。心を閉ざしていた彼女と絵を通じて心を通わせた市五郎は、やがて二人で「現絵」――死者があの世で楽しく暮らす姿を描き、後生を祈る供養絵を描くようになります。
 厳しい現実を忘れさせる供養絵で人々の心を和ませる二人ですが、しかし悪政に苦しむ人々が一揆を計画していることを知って……

 これまで妖と人間が共存する世界でのコミカルな物語を得意としてきた作者。本作もその要素はありますが、むしろ中心となるのは、人の世界の重い現実の姿であります。
 物語を「イイ話」で終わらせることなく、一歩進めて重い現実を描き、さらにそれを乗り越える希望の存在を描いた名品です。


(その他おすすめ)
『もぐら屋化物語』シリーズ(澤見彰) Amazon


83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎) Amazon
 アウトローと呼ばれる男たちの生き様を数多く描いてきた作者による、町火消にして大侠客として知られた新門辰五郎の一代記であります。

 幼い頃に両親を火事で失い、町火消の頭に引き取られて火消として活躍する辰五郎。やがて町火消の頂点=江戸最高の「侠」となった彼の前には、綺羅星のような男たち――忠治、次郎長、海舟、慶喜、さらには座頭の市らが現れ、ともに幕末の激動に挑んでいくのであります。

 いずれも一廉の人物である侠たちが出会いと別れを繰り返すという点で、「水滸伝」を冠するに相応しい本作。
 どんな道を歩もうとも決して己の節を曲げず、己の心意気を貫いた者たちの姿が堪らない、作者の江戸水滸伝三部作のラストを飾る快作です。

(その他おすすめ)
『天保水滸伝』(柳蒼二郎) Amazon
『明暦水滸伝』(柳蒼二郎) Amazon


84.『完四郎広目手控』(高橋克彦) 【ミステリ】 Amazon
 ミステリ、歴史、ホラー、浮世絵など、作者がこれまで扱ってきた題材のある意味集大成と言うべきユニークな連作集であります。

 主人公・香冶完四郎は名門の生まれで腕も頭も人並み外れた青年ですが、今は「広目屋」――今でいう広告代理店の藤岡屋の居候。そんな彼が、相棒の仮名垣魯文とともに様々な江戸の噂の裏に潜む謎を解き、金儲けに、人助けに、悪人退治にと活躍するのが本作の基本スタイルです。

 広目屋というユニークな題材と、虚実入り乱れた登場人物が賑やかに絡む本作。
 毎回の完四郎の快刀乱麻の謎解きと、それを活かした金儲けも楽しいのですが、終盤に描かれるある歴史上の大事件を前に、金儲け抜きで奔走する彼らの心意気も感動的であります。


85.『カムイの剣』(矢野徹) 【忍者】 Amazon
 りんたろう監督によるアニメ版を記憶している方も多いであろう、奇想天外な大冒険活劇であります。

 謎の敵に母と姉を殺されて公儀御庭番首領・天海に拾われ、忍びとして育てられた和人とアイヌの混血の少年・次郎。やがて父の形見の「カムイの剣」に巨大な秘密が秘められていることを知った彼は、抜忍となって海を超えることになります。
 キャプテン・キッドの遺した財宝を巡る冒険の末、次郎は、幕末史を陰から動かしていくことに……

 日本はおろかカムチャツカから北米まで、海を越えて展開する気宇壮大な物語である本作。同時に、周囲から虐げられ過酷な運命に翻弄されながらも、一歩一歩成長していく次郎の姿が感動的な不朽の名作であります。



今回紹介した本
[まとめ買い] でんでら国ヤマユリワラシ ―遠野供養絵異聞― (ハヤカワ文庫JA)慶応水滸伝 (中公文庫)完四郎広目手控 (集英社文庫)カムイの剣 1巻+2巻 合本版 (角川文庫)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 『でんでら国』(その一) 痛快なる老人vs侍の攻防戦
 澤見彰『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』 現の悲しみから踏み出す意思と希望
 『慶応水滸伝』(その一) 侠だ。侠の所業だ!
 高橋克彦『完四郎広目手控』 江戸の広告代理店、謎を追う

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2017.10.20

『コミック乱ツインズ』2017年11月号

 「コミック乱ツインズ」11月号の表紙&巻頭カラーは、単行本第1巻・第2巻が同時発売となった『仕掛人藤枝梅安』。作家こそ違え、「コミック乱ツインズ」の顔が帰ってきたという気持ちもいたします。今回も、特に印象に残った作品を取り上げて紹介します。

『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 今回から「梅安初時雨」がスタート。浪々の身の上であった小杉さんを迎え入れ、厚遇してくれた老道場主が、死の間際に小杉さんを後継者に指名したことで起きる波乱に、梅安も巻き込まれることになります。

 逆恨みして襲ってきた旗本のバカ息子たちを討ち漏らしたことから窮地に陥った小杉さん。ちょうど、大坂の白子屋菊右衛門から招かれていた梅安は、江戸を売る小杉さんに同道することに。しかし思わぬことから二人の行き先が旗本たちにばれて……
 と、本作ならではの好漢っぷりを見せつつも、早速(?)不幸な目に遭う小杉さんが印象に残る今回。白子屋の名も登場し、この先の展開がいよいよ気になります。


『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)
 まだまだまだ続く将軍家慶日光社参編――というよりついに家慶と大御所家斉との全面戦争編に突入した感がある本作。
 将軍復位を狙い、家慶が日光に向かっている間に江戸をほぼ占拠し、西の刺客・静原冠者と結んで家慶の命を狙う家斉派との戦いはいよいよヒートアップすることになります。

 繰り返される襲撃の前に分断された家斉一行は甲府城に籠城することを決断。甲府勤番衆を味方につけ、甲府城の防備を進め、さらにギリギリまで日和見を続けていた水野忠邦を援軍として動かすことに成功するのですが……

 しかしこの盛り上がりに対し、作画が所々大荒れ(ほとんど下書き状態)なのは何としたことか。一種の演出かとも思いましたが、しかしそのわりには妙なところで入るのも不思議で、折この辺りは素直に残念、と言うべきなのでしょう。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 最近は戦国時代末期を中心として展開する本作、今回はついに関ヶ原の戦。そして今回鬼と化すのは大谷吉継であります。

 若き日より秀吉を支えてきたものの、しかし業病によってその面貌が「鬼」の如きものに変わった吉継。自分を忌避する周囲の者たちに激しい怨念を抱いた彼は、ついにその身を鬼と変えるのですが――しかし彼をあくまでも人間に繋ぎとめる者がありました。それは彼の親友・石田三成で……
 というわけで、身は鬼と化したものの、心は人間のままという状態となった吉継と対峙した鬼切丸の少年。彼は背三成のために人間として関が原に向かうという吉継の行方を見届けることを決意するのです。

 と、鬼と人間の狭間で揺れる者たちの姿を描いてきた本作らしい切り口で関ヶ原を描く今回のエピソード。おそらくは前後編となるのではないかと思いますが、どう決着をつけてくれるのか、楽しみであります。
 ……が、今回の吉継の描写は、数年前に問題になった某ゲームの初期設定とさして変わらないわけで、その点は引っかからない、と言えば嘘になります。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 今回は『そば屋幻庵』と同時掲載となった本作。幕府財政立て直しのために吉原に手を入れることを決意した新井白石と、彼を守る聡四郎に対し、吉原名主衆が送った刺客たちが襲いかかる――という今回は、ストーリーの展開より、とにかくアクション重視で魅せるエピソードであります。

 浪人(刀)、鳶(手鉤)、僧侶(錫杖)、町娘(簪(暗器))と、それぞれ異なる得物を手にした四人を同時に敵に回し、しかも戦いはド素人の白石を守りながら、如何に生き延びるか――ギリギリの状況で展開されるこの戦いは見応え十分(刺客たちの顔が、眼だけ光ったシルエットとして描かれているのもまた印象的)。ラストには謎の強敵まで登場するという心憎い展開であります。

 そんな苦闘をくぐり抜けた聡四郎の前に、無手斎の道場で現れたのはあの男――あ、こういうビジュアルになるのかと思いつつ、原作読者としては今後の活躍が楽しみになる引きであります。
 そして本当に毎回言っていて恐縮なのですが、短い出番で喜怒哀楽をはっきりと見せまくる紅さんは今回も素敵でした。


 ……そういえば今回、『軍鶏侍』は掲載されていなかったのですね。


『コミック乱ツインズ』2017年11月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年11月号 [雑誌]


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2017.10.11

ほおのきソラ『戦国ヴァンプ』第5巻  急転直下、物語の行方は……

 現代からタイムスリップした女子高生・ひさきが出会った織田信長は吸血鬼だった――という奇想天外歴史漫画もいよいよクライマックス。入れ替わり、一人二役と史実との対応も混沌としてきた中、信長たちの運命を操るある悪意の存在とは……

 幼馴染みのはじめとともに戦国時代にタイムスリップし、吸血鬼の王たる三好長慶に庇護されたことから、思わぬ運命に投げ込まれることになったひさき。
 成り行きから長慶の股肱であった松永久秀と名乗ることとなった彼女は、彼女にぞっこんの信長とともに戦乱を収めようとするのですが、その最中、密かに惹かれ合っていた松永長頼は戦火に消えることに……

 という展開の本作、ここでネタバレまじりにこの巻冒頭の人物関係を整理すれば――
・ひさき→松永久秀
・織田信長(吸血鬼)
・豊臣秀吉(人狼)
・はじめ→徳川家康(本物は死亡)
・三好長慶→果心居士(死を装って改名)
・松永久秀(吸血鬼ハンター)
・松永長頼→明智光秀(死を装って改名)
と、何とも大変な状況であります。

 果心と真・久秀を除けば全ての矢印がひさきに向いているこの状況、ひさきの動向で天下の行方が決まる! と言いたいところですが、しかし意外な人物が、登場人物ほとんど全ての運命を左右していくことになります。
 その名は三好義継――吸血鬼と人間の間の子であり、真・久秀に一族を全て殺された三好一族の一人。彼は、復讐のため吸血鬼に関わる者たち――特に信長を苦しめるために、密かに暗躍を始めることになるのです。


 ここから物語は急展開、またたく間に信長の将軍義昭擁立から信長包囲網、浅井家滅亡から比叡山焼き討ち、そして本能寺へ――と歴史は突き進んでいくことになります。
 そもそも本作のスタートは1559年の信長上洛、この巻の冒頭で光秀(実は長頼)が信長に仕官して本能寺とくれば、1567年頃から1582年まで約15年間を一気に辿ったことなりますが――まあこの辺りは、異分子の闖入によって歴史の流れが加速したと思いましょう。
(吸血鬼だから年取らない、ということもあるかもしれませんが……)

 その辺りは目を瞑るとして、個人的に大いに引っかかってしまったのは、上で述べたように、この歴史の流れの大半が、ほとんどただ一人の登場人物――三好義継の手によって操られたという点であります。
 いや、違和感を感じたのは義継だから、というわけではなく、たった一人の思惑によって登場人物たちが右往左往し、歴史が動かされていったため。それが(厳しい言い方をすれば)物語の都合によるものを濃厚に感じさせるとすれば、なおさらであります。

 さらに言ってしまえばこの歴史の中で、主人公たるひさきの存在が、争いの火種役以上のものになっていないのが口惜しい。
 もちろん、これまでの物語で彼女は彼女なりの決意を固めてはいるのですが、しかしこの急展開の中ではその結果が見えない――また厳しいことを言えば、何も成長していないのが残念なのです(というか終盤の出番は……)。


 本能寺とくればわかるように、本作はこの第5巻にて完結。しかし上で触れたように、物語の流れはかなり性急であります。
 この辺りの事情はわかりませんが、これだけ急がなければ、あるいはこの辺りの印象は大きく変わったかもしれません。
 何はともあれ、前の巻まではその歴史アレンジぶりがなかなか楽しかっただけに(服部半蔵や濃姫など、味のあるキャラもいただけに)、この最終巻の展開は、何とも勿体なく感じられた次第です。

『戦国ヴァンプ』第5巻(ほおのきソラ 講談社KCx(ARIA)) Amazon
戦国ヴァンプ(5) (KCx)


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2017.10.04

畠中恵『とるとだす』 若だんな、妙薬を求めて奔走す

 シリーズ第1作刊行から既に16年を経つつも、なおも快調の『しゃばけ』シリーズの最新作であります。突如人事不省の身になってしまった長崎屋の主・藤兵衛を救うため、若だんなこと一太郎と妖たちが、江戸の町を奔走することになります。

 これまで同様、短編集でありつつも、全体で一つの物語を構成する本作。その発端となるのが冒頭のエピソードにして表題作の『とるとだす』であります。
 ある日、お馴染み寛朝和尚の広徳寺に集められた薬種屋の主人たち。その中には、藤兵衛と一太郎も含まれていたのですが――何やら集まった薬種屋たちの間に険悪なムードが漂う中、藤兵衛が倒れてしまいます。

 医者でも、いや年経りた妖である兄やたちでも手の施しようのない状態となってしまった父に驚き悲しむ若だんな。しかし父を救うには、その身に何が起きたのかを知る必要があります。
 そのために、広徳寺に集まった薬種屋たちを向こうに回して推理を巡らせる若だんなと妖たち。そして明らかになった真相は、何とも切ないもので……


 そんな物語を皮切りに、本作ではなかなか快復しない藤兵衛を救うための手段を求める一太郎たちの懸命の努力が描かれることになります――が、そこに数々の妖が絡んで事件や騒動が勃発するのは言うまでもありません。

 第2話『しんのいみ』は、自分が見たこともない町にいることに気付いた若だんな、という謎めいた状況から始まる物語。
 留まっているうちに徐々に記憶が失われていくというその町があるのは、どうやら江戸の沖に現れた蜃気楼の中らしいと知る若だんなですが、そこから脱出するためには、この世界の主を見つけ、その正体を告げる必要があるというのですが……

 作中に秘められた謎の答えは比較的早い段階で気付くのですが、幻の町というシチュエーションと、そこに暮らす者たちの秘めた想いが印象に残るエピソードであります。

 続く第3話『ばけねこつき』では、とある染物屋が一太郎に縁談を持ち込むという不可解な事件(?)から物語がスタート。
 そもそも一太郎には既に許嫁がいるのはファンにはご存じのとおりですが、染物屋の娘は化け猫憑きの噂を立てられて縁談を立て続けに断られている状態。持参金代わりに秘伝の薬をつけるので、妖と縁が深い(らしい)若旦那にもらってほしいというのです。

 もちろん断ったものの、この一件が瓦版に書き立てられ、ややこしくなってく状況。
 事態を収めるべく、背後の事情を探り始めた一太郎が解き明かした真相が浮き彫りにする、人間の心が時に嵌まる陥穽の存在が強く印象に残ります

 そして題名だけでギョッとさせられる第4話『長崎屋の主が死んだ』は、シリーズには比較的珍しい、人に仇なす凶悪な妖との対決を描く一編であります。
 ある日突然長崎屋に現れ、長崎屋の主は死ななければならないと告げた、骸骨のような異形――狂骨。寛朝の護符の力で一度は撃退したものの、野放しにはできたないと追う若だんなたちの耳には、狂骨の犠牲者と思われる噂が次々と飛び込んでくるのでした。

 一見全くバラバラに見える犠牲者たちにどのような繋がりがあるのか。狂骨は彼らにどのような怨みを持つのか。そして狂骨の正体は――
 背筋の凍るような怨霊の跳梁を描きつつも、しかしその陰にあるのは、世の理不尽に為すすべもなかった人間の哀しい涙。事件を解決しても割り切れないものが残る、本作で最も印象的なエピソードであります。

 そしてラストの『ふろうふし』では、大黒様から、少彦名ならば藤兵衛を救う解毒薬が作れるのではないかと聞いた若だんなが常世の国に向かうも、着いたのはなんと――という物語。
 そのすっとぼけた展開は面白いのですが、一太郎の出会った神仙たちの正体をはじめとして、作中に登場する名前を使った仕掛けが、本シリーズにしてはわかりやすすぎるのが残念なところでした(特に若だんなが出会った「一寸法師」の正体など……)


 と、駆け足で紹介しましたが、今回もまた、コミカルなキャラクターたちのやりとりとユニークなシチュエーション、そしてミステリ要素とほろ苦い味付けを存分に楽しませていただきました。
 ラストのエピソードのキレが今ひとつだったこと、また藤兵衛を救うという目的が後ろにいくにつれ薄れてきたことなど、少々残念な点はあるのですが、それでもラストまで一気に読まされる、読まずにはいられない物語りであるのは、さすがというほかないのであります。


『とるとだす』(畠中恵 新潮社) Amazon
とるとだす


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2017.09.22

『コミック乱ツインズ』2017年10月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2017年10月号の紹介、後編であります。

『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 ついに最終回を迎えた本作。八犬士が、くノ一たちがこぞって死んでいく中、最後に残ったのは信乃と船虫のみ――伊賀甲賀珠の取り合い果たし合いも最終戦であります。

 と、実はこの戦いは原作にはない展開なのですが――しかし物語としては非常に盛り上がる良改変。この号と同時に発売された単行本第1巻に収められた第1話と読み比べれば、ニヤリとさせられる趣向があるのも嬉しいところであります。

 そして結末もまた、原作とは少々違った形なのですが、これがまたいい。原作のもの悲しさとは少々味わいを異にしながらも、よりドラマチックな、そして美しい結末となった本作――もう一つの『忍法八犬伝』として見事に完結したと感じます。
(詳しい紹介は、また単行本の方で)


『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)
 今回も続く将軍家慶の日光社参編。江戸からの、そして京からの刺客が次々と襲う中、ようやく日光にたどり着いた家慶一行ですが、しかし日光例大祭の場でもまた新たな魔手と、思わぬ大自然のトラブルが……

 というわけで、今回もまた、ほとんど鬼役の担当業務外で奮闘を余儀なくされる矢背蔵人介。家慶の父たる大御所・家斉派の送り込んだ刺客、そして朝廷方の静原冠者と、次々と息継ぐまもなく襲いかかるのですが――その刺客たちとの対決模様もさることながら、感心させられるのは、そこに至るまでのシチュエーション作りであります。

 江戸城にいる限りは、食事に毒でも漏られない限り――その時のために蔵人介のような鬼役がいるわけですが――命の危険に晒されることなどまずありえない将軍。その将軍を危機に陥らせるためにはどうすればよいか? この日光社参編は、道中ものの手法を用いて、あの手この手でそのシチュエーションを作り出しているのが実に面白いのです。

 そしてついに数十人、いや数人までに減じてしまった将軍一行。いよいよ物語はクライマックスであります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 四回の長きに渡り描かれてきた「鬼神転生」の章もついに完結。信長の血肉を与えられて復活した四人の武将の戦いもここに決着するのですが……

 秀吉を討たんとした長秀は返り討ちにあい、残るは秀吉・利家・氏郷となった鬼武将。己の子孫を残さんとする秀吉に目をつけられ、拉致された鈴鹿御前あやうし――という形で始まった今回。しかしその窮地は思わぬ急展開を見せ、そして最強の鬼武将・氏郷と激突する鬼切丸の少年。その戦いの行方を左右したものは……

 と、これまでの展開から考えると意外とあっさりと結末を迎えた感のあるこのエピソードですが、鬼武将たちの姿を、そして彼らと相対した鬼切丸の少年の姿を通じ、鬼とは何か、人間とは何かを描いてみせたのは、いかにも本作らしかったと言うべきでしょう。

 そして死闘の果て、鬼切丸の少年も愕然とするような信長鬼の「情」の存在が描かれる結末にも唸らされるのです(……が、冷静に考えればこれは以前にもあったような)。
 しかしまだ信長鬼を引っ張るのは、うーん……


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 「熾火」編も第3回、相変わらず刺客に襲われ続ける聡四郎ですが、ようやく今回の本題である吉原運上金にスポットが当たり、物語が動き出した感があります。
 危機感を強めた吉原の名主衆たちがついに動き出し――と、上田作品らしい展開になってきた今回ですが、今回特に印象に残るのは、紀伊国屋文左衛門が語る、彼の一連の行動の理由でしょう。

 本作に限らず、極めて世俗的な理由で動く敵――いや登場人物がほとんどの上田作品の中でも、数少ない大望を持っていたといえる紀文。
 聡四郎が状況に流され続ける一方で、紀文の姿は自らの道を自らの力で選び取ろうとする者として――その内容や手法に共感できるかは全く別として――ひときわ目立つのです。

 そして印象に残るといえば、紅さん、今回もチョイ役ではありますが、実に可愛らしいツンデレぶりで眼福です。


『コミック乱ツインズ』2017年10月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年10月号 [雑誌]


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2017.07.10

廣嶋玲子『妖怪の子預かります 4 半妖の子』 家族という存在の中の苦しみと救い

 廣島玲子によるちょっとダークな妖怪時代小説の本シリーズも、快調に巻を重ねて早くも第4作目。妖怪の子を預かることとなった少年・弥助を主人公とする本シリーズですが、今回彼の前に現れるのは、少々訳ありの少女――タイトルのとおり、妖怪と人間の血を引く少女なのであります。

 江戸の貧乏長屋に盲目の美青年、実は元・大妖怪の千弥とともに暮らす少年・弥助。
 かつてある事件がきっかけで妖怪の子預かり屋――その名のとおり、妖怪たちの子供を短期間預かる役目を務めることとなった彼は、それ以来、様々な事件に巻き込まれながらも、妖怪たちとの絆を深め、人間として少しずつ成長してきました。

 短編連作集的な性格の強かった前作では千弥の隠された過去が描かれるなど、弥助の出番は少な目だったのですが、本作においては妖怪の子預かり屋としての彼の姿を再びクローズアップ。
 千弥の宿敵の大妖怪・月夜公に仕える三匹の鼠の微笑ましい願い、憑き物付きの手鞠など、いかにも本作らしいユニークさがあったり、ドキッとするような重さのあるエピソードが描かれた先に始まるのが、本作のメイン――半妖の子の物語であります。

 ある日、人間姿の化けいたち・宗鉄が弥助のもとに連れてきた8歳の娘・みお。宗鉄と人間の女性の間に生まれたみおは、最近母親を亡くし、宗鉄との間に深い深い心の溝ができてしまったというのです。
 いえ、溝ができたのは宗鉄との間だけではありません。周囲の全てに対して心を閉ざしたみおは、両目のみが開いた白い仮面をかぶり、外そうとしないのであります。

 途方に暮れた宗鉄からみおを預かったものの、自分に対しても心を開かず、逃げ隠れしてしまうみおに手を焼く弥助。しかしその間も弥助のもとに預けられる妖怪の子たちと触れ合ううちに、みおも少しずつ弥助に心を開いていくのですが……


 毎回、可愛らしい妖怪の子たちが繰り広げる騒動をユーモラスに描きつつも、それと同時に、読んでいるこちらの心にいつまでも残るような、重く、恐ろしく、苦い物語をも描いてきた本シリーズ。
 今回もその苦みは健在なのですが――それを生み出すものは、もちろんみおの境遇にほかなりません。

 妖怪と人間という種族を超えた愛の結晶を授かりつつも、しかしその娘が妖怪の血と姿を引くのではないかと恐れ続け、心を病んだみおの母。
 母に愛されず、そしてその原因となった父を憎み――誰が悪いわけでもない、ほんのわずかの掛け違いで、どうしようもなくすれ違ってしまったみおと両親の姿は、「家族」という普遍的な存在を背景にしているだけに、幾度もこちらの心に突き刺さるのであります。

 そしてそれは、終盤に登場する、みおのネガともいえる存在、あるいはあり得たかもしれない彼女の未来の姿と対比されることで、より鮮烈に感じられるのです
(さらにいえば、ここでみおと家族の姿に仮託されるものが、現代社会でしばしば見られるものであることに、児童文学者として活躍してきた作者の視点を感じた次第)


 はたしてみおと宗鉄は救われるのか、いや、弥助はみおを救うことができるのか――その答えはここで書くまでもないことではありますが、微笑ましく、何よりもキャラクターたちの個性がよく表れた結末は、必見であります。

 と思いきや、ラストには思わぬ人物の口から次作への引きが飛び出し、まだまだ広がる本シリーズ。冬に登場予定の次作がまた楽しみなのです。


『妖怪の子預かります 4 半妖の子』(廣嶋玲子 創元推理文庫) Amazon
半妖の子 (妖怪の子預かります4) (創元推理文庫)


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2017.07.06

『決戦! 新選組』(その一)

 一つの合戦を舞台に、そこに参加した様々な武将たちの姿を一人一作で描く『決戦!』シリーズ。非常にユニークな試みだけに、戦国時代以外でもいけるのではないか、と考えていたところに登場したのが本書――幕末最強の戦闘集団たる新選組を題材とした一冊であります。

 これまでのシリーズとは異なり、一つの合戦ではなく(池田屋や鳥羽伏見でも面白かったとは思いますが)、「新選組」という組織とそこに集った人々の姿を、芹沢暗殺から五稜郭まで、時代を追って描く本書。
 趣向がいささか異なるためか、登板する作家もニューフェイスが含まれているのも魅力的なところ、ここでは一作ずつ紹介していくこととしましょう。

『鬼火』(葉室麟)
 決戦シリーズのほぼ常連である作者による本作の主人公は沖田総司、描かれる事件は芹沢鴨暗殺――ある意味鉄板の組み合わせですが、しかし沖田にある過去を設定することで、彼の不安定な胸のうちを描き出します。
 それは沖田が幼い頃、見ず知らずの浪人に性的に暴行されていたという過去――その経験から心を凍てつかせ、うわべだけの喜怒哀楽を見せるようになった彼の心は、芹沢との出会いで大きく動いていくこととなるのです。

 沖田と芹沢という、ある意味水と油の二人は、実はそれだけに描かれることが多い組み合わせではあります。
 そんな中で本作は、それぞれに胸の内に深い屈託を抱えた――芹沢もまた、単純粗暴なだけの男としては描かれない――人物として描くことにより、互いを補い合い、求め合う存在として二人を描き出すことになります。

 しかしその果てに待つものが何であるかは、史実が示すとおり。そしてその時に沖田の胸に去来するものは――ある意味鉄板の内容ではありますが、それだけに作者の職人芸的うまさが光る作品であります。


『戦いを避ける』(門井慶喜)
 新選組の名を一躍高めた池田屋事件。本作はその事件での局長・近藤勇の姿を描きます――非常に個性的な角度から。

 不逞浪士を追い、市中を探索する中、池田屋で不逞浪士たちを発見した近藤。しかし近藤の心中にあるのは困惑と焦燥――まさか自分の方が「当たり」を掴むと思わなかった近藤は、別働隊が早く到着するよう、出来る限り戦いを引き延ばそうとするのであります。
 しかしそのいわば片八百長を仕掛けた理由は決して怯懦などからではなく、周平のため――そう、養子とした周平に手柄を立てさせるためだったのであります。

 近藤に見込まれてその養子となった周平。しかしその後何故か養子を取り消され、天寿を全うしてしまった(?)ことから、フィクションの世界でも芳しくない扱いの周平ですが、本作の周平は、これまでとは一風異なる人物として描かれます。
 さらにそこに、周平が板倉周防守の落胤だった説を絡めることで、近藤の深謀遠慮を浮かび上がらせる本作。しかし――だからこそ、ラストに描かれる悲喜劇のインパクトが強烈に浮かび上がるのです。

 ただ、個人的にはちょっと文体が苦手というのが正直なところではあります。


『足りぬ月』(小松エメル)
 個人的には、最近の作家で新選組で隊士個人を主人公とした短編集とくれば、真っ先に名を挙げたくなる作者の作品。藤堂平助を主人公に、油小路の決闘を描いた本作は、その期待に十二分に応える作品であります。

 津藩藤堂家の落胤とも言われる藤堂。しかし本作においては冒頭から、そこに彼の生き方を決定するような痛烈な裏切りと偽りを描き出します。以来、自分が世に出るためのいわば踏み台となる相手を探し求めて生きてきた藤堂。山南、近藤、伊東――次々と相手を乗り換えてきた彼が最期に見たものとは……

 「魁先生」の渾名からか、直情径行な若者として、あるいは原田や永倉、沖田らと若者同士の交流が描かれることが多い藤堂。しかし本作は、そんな彼を、上に這い上がろうとひたすらにあがく青年として描き出します。
 一歩間違えれば嫌悪感を招きかねないその姿も、しかしその根底にあるものを我々が知っていることで、むしろ彼の深い喪失感を際立たせるのであります。

 冒頭で触れたように近年は新選組隊士個人にスポットを当てた作品で活躍する作者らしい好編。そちらの作品群と繋がる世界観を感じさせる内容も嬉しいところであります。

 残り三編は次回紹介いたします。


『決戦! 新選組』(葉室麟ほか 講談社) Amazon
決戦!新選組


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 『決戦! 大坂城』(その三) 中心の見えぬ戦いの果てに
 『決戦! 本能寺』(その一) 武田の心と織田の血を繋ぐ者
 『決戦! 本能寺』(その二) 死線に燃え尽きた者と復讐の情にのたうつ者
 『決戦! 本能寺』(その三) 平和と文化を愛する者と戦いと争乱を好む者
 『決戦! 川中島』(その一) 決戦の場で「戦う者」たち
 『決戦! 川中島』(その二) 奇想と戦いの果てに待つもの
 『決戦! 桶狭間』(その一)
 『決戦! 桶狭間』(その二)

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2017.06.30

入門者向け時代伝奇小説百選 古代-平安(その二)

51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)


 入門者向け時代伝奇小説百選、平安ものの後編であります。

51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 突然人の命を奪う鬼撃病が流行し、怪異が頻発する都。この事態を収めるべく奔走する齢84歳の晴明は、自分が少年となった夢を見て以降、徐々に若返り、陰陽師の力を失っていきます。
 自分が夢の中で光源氏と一体化してしまったことを知る晴明。さらに現実世界と、「源氏物語」の物語世界が入り交じるような出来事が次々と起こって……

 平安の有名人・安倍晴明。そして平安を代表する物語「源氏物語」――本作はその両者を組み合わせるという趣向のみならず、現実が物語と混淆し、侵食されていくという、一種の物語の怪を描きます。しかしそこに、政略の道具とされてきた二人の女性が、自分の物語を取り戻す様が重ね合わされることで、本作の物語は深みを増します。
 ユニークな伝奇物語であるだけでなく、同時に物語の力を様々な側面から描く快作です。


52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 独特の美意識に貫かれた伝奇物語を発表してきた作者が、日本最初の物語と日本最大の物語の奇妙な交錯を描く作品であります。

 自らの物語の書き出しに悩むある女性が手にした秘巻「かがやく月の宮」。かぐや姫の物語を記したそれは、しかし巷間に知られた竹取物語とは似て非なる物語を語ることになります。
 そして徐々に明らかになっていくかぐや姫の正体。仙道書「抱朴子」に記された玉女とは、波斯で月狂外道に崇められた月の女神とは……

 海を越えて展開する幻妖華麗な世界と同時に、その根底にある深い「孤独」の存在を描いてきた作者。本作はその孤独を、日輪に比されるこの国の帝のそれとして描き、日と月の出会いの先に、奇妙な救いを描き出します。 さらにそこから新たな物語の誕生が生まれるのも面白い、作者ならではの奇想に満ちた物語です。


53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 少女向けの平安伝奇を中心に活躍してきた作者が一般読者向けに描く本作は、実に作者らしいコミカルでエキセントリックな物語であるります。
 タイトルの「ばけもの好む中将」とは、左近衛中将宣能のこと。右大臣の御曹司にして容姿端麗な彼は、しかし怪異が好きでたまらず、わざわざ探しに出かけてしまう奇人であります。

 そんな宣能と、何故か彼に気に入られてしまった中流貴族の青年・宗孝。二人が怪異を求めて繰り広げる珍騒動は、作者が自家薬籠中とする平安コメディの楽しさに満ちています。
 その一方で、「怪異」の中に浮かび上がる人間模様もまた興味深い。特に各エピソードに絡む宗孝の十二人の(!)姉のキャラクターは、歴史の表舞台には現れない当時の女性たちの姿を掘り下げることで、本作に可笑しさに留まらない味わいを与えているのです。

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『暗夜鬼譚 春宵白梅花』(瀬川貴次) Amazon


54.『風神秘抄』(荻原規子) 【児童文学】 Amazon
 古代を舞台とした「勾玉三部作」の作者が、その先の平安末期を舞台に描くボーイミーツガールの物語です。

 平治の乱に敗れ、一人生き残った源義平の郎党・草十郎。笛のみを友に生きてきた彼は、自分の笛と共鳴する舞を見せる白拍子の少女・糸世と出会い、惹かれ合うようになります。
 時空さえ歪めるほど自分たちの笛と舞の力で、幼い源頼朝の運命を変えようとする草十郎。しかしその力に後白河法皇が目をつけて……

 文字通り時空を超えるファンタジーであると同時に、実在の人物を配置した歴史ものでもある本作。その中では、神の世界と人の世界の合間で、自分の価値と居場所を求めて彷徨う少年少女の姿を描き出されることになります。
 草十郎にまとわりつくカラス、鳥彦王のキャラクターも魅力的で、重たくも明るく、微笑ましさすら感じさせる快作です。

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『あまねく神竜住まう国』(荻原規子) Amazon


55.『花月秘拳行』(火坂雅志) Amazon
 後に大河ドラマ原作をも手がけた作者のデビュー作――平安末期を舞台とした奇想天外な拳法アクションであります。
 漂泊の歌人として歌枕を訪ねて陸奥へ旅立った西行。しかし実は彼は藤原貴族の間に連綿と伝えられてきた伝説の秘拳「明月五拳」の達人。もうひとつの秘拳「暗花十二拳」の謎を求める彼の行く手には、恐るべき強敵たちの姿が……

 西行といえば人造人間製造など、逸話には事欠かない人物。しかし本作は、その彼に歌人としての要素を踏まえつつ、拳法の達人というキャラクターを与えたのが素晴らしい。
 さらに、暗花十二拳を大和朝廷に怨みを持つまつろわぬ民の末裔に伝わる拳法と設定したのも見事。秘術比べの域を超え、歴史の陰に隠された怨念の系譜を浮かび上がらせることで、本作は優れた伝奇ものとして成立しているのです。


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今回紹介した本
安倍晴明あやかし鬼譚 (徳間文庫)かがやく月の宮ばけもの好む中将―平安不思議めぐり (集英社文庫)風神秘抄【上下合本版】 (徳間文庫)花月秘拳行 (角川文庫)


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 「安倍晴明あやかし鬼譚」(その一) 晴明と紫式部、取り合わせの妙を超えるもの
 「かがやく月の宮」 奇想と孤独に満ちた秘巻竹取物語
 「ばけもの好む中将 平安不思議めぐり」 怪異という多様性を求めて
 荻原規子『風神秘抄』上巻 歌舞音曲が結びつけた二人の向かう先に
 「花月秘拳行」 衝撃のデビュー作!?

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