2018.05.20

「コミック乱ツインズ」2018年6月号


 今月の「コミック乱ツインズ」誌は、表紙&巻頭カラーが『用心棒稼業』(やまさき拓味)。レギュラー陣に加え、『はんなり半次郎』(叶精作)、『粧 天七捕物控』(樹生ナト)が掲載されています。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 先月に続いて鬼輪こと夏海が主人公の今回は、前後編の後編とも言うべき内容です。
 旅の途中、とある窯元の一家に厄介になった夏海。彼らのもとで生まれて初めて心の安らぎを得た彼は、用心棒稼業を抜けて彼らと暮らすことを選ぶのですが――鬼輪番としての過去が彼を縛ることになります。

 夏海の設定を考えれば(いささか意地の悪いことを言えば)この先どうなるかは二つに一つ――という予想が当たってしまう今回。そういう意味では意外性はありませんが、夏海の血塗られた過去と、悲しみに沈む心を象徴するように、雨の夜(今回もあえて描きにくそうなシチュエーション……)に展開する剣戟が実に素晴らしい。
 駆けつけた坐望と雷音の「用心棒」としての啖呵も実に格好良く印象に残ります。

 それにしても最終ページに「終」とあるのが気になりますが……

『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)
 隠密(トラブルシューター)の裏の顔を持つ漢方医・桃香を主人公とした本作、今回の題材は子供ばかりを狙った人攫い。彼女の顔見知りの母子家庭の娘が、人攫いに遭いながらも何故か戻された一件から、桃香は事件の背後の闇に迫るのですが――その闇があまりにも深く、非道なものなのに仰天します。
 この世界のどこかで起きているある出来事を時代劇に翻案したかのような展開はほとんど類例がなく、驚かされます。

 一方、娘を攫った犯人が人間の心を蘇らせる様を(色っぽいシーンを入れつつ)巧みに描いた上で、ラストに桃香の心意気を見せるのも心憎い。前後編の前編ですが、後編で幸せな結末となることを祈ります。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 今回から原作第3巻『秋霜の撃』に突入した本作。六代将軍家宣が没し、後ろ盾を失ったことで一気に江戸城内での地位が低下した新井白石と、新たな権力者となった間部越前守の狐と狸の化かし合いが始まります。
 その一方、白石がそんな状態であるだけに自分も微妙な立場となった聡四郎は、人違いで謎の武士たちの襲撃を受けるもこれを撃退。しかし相手の流派は柳生新陰流で……

 と第1回から不穏な空気しかない新展開ですが、聡四郎を完全に喰っているのは、白石のくどいビジュアルと俗物感溢れる暗躍ぶり(キャラのビジュアル化の巧みさは、本当にこの漫画版の収穫だと思います)。
 そんな暑苦しくもジメジメした展開の中で、聡四郎を想って愁いに沈んだり笑ったりと百面相を見せる紅さんはまさに一服の清涼剤であります。

『鬼切丸伝』(楠桂)
 今回はぐっと時代は下って江戸時代前期、尾張での切支丹迫害(おそらくは濃尾崩れ)を描くエピソードの前編。幕府や大名により切支丹が無残に拷問され、処刑されていく中、その怨念から切支丹の鬼が生まれることになります。
 切支丹であれ鬼を滅することができるのは鬼切丸のみ――のはずが、その慈愛と赦しで鬼になりかけた者を救った伴天連と出会った鬼切丸の少年。それから数十年後、再び切支丹の鬼と対峙した少年は、その鬼を滅する盲目の尼僧・華蓮尼と出会うこととなります。

 鬼が生まれる理由もその力も様々であれば、その鬼と対する者も様々であることを描いてきた本作。今回は日本の鬼除けの札も通じない(以前は日本の鬼に切支丹の祈りは通じませんでしたが)弾圧された切支丹の怨念が生んだ鬼が登場しますが、それでも斬ることができるのが鬼切丸の恐ろしさであります。
 しかし今回の中心となるのは、少年と華蓮尼の対話でしょう。己の母もまた尼僧であったことから、その尼僧に複雑な感情を抱く少年に対し、彼の鬼を斬るのみの生をも許すと告げる華蓮ですが……

 しかし鬼から人々を救った尼僧の正体は、金髪碧眼の少女――頭巾で金髪を、目を閉じて碧眼を隠してきた(これはこれで豪快だなあ)彼女は、役人に囚われることに……
 禁忌に産まれたと語る尼僧の過去――は何となく予想がつきますが、さて彼女がどのような運命を辿ることになるのか? いつものことながら後編を読むのが怖い作品です。

 その他、今号では『カムヤライド』(久正人)、『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)が印象に残ったところです。

「コミック乱ツインズ」2018年6月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年6月号 [雑誌]

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2018.04.21

平谷美樹『江戸城 御掃除之者! 玉を磨く』 役人たちの矜持と意地を見よ!


 今年に入ってからわずか数ヶ月の間に『義経暗殺』『鍬ヶ崎心中』と力作を送り出してきた作者の次なる作品は、江戸城の掃除を担当する御掃除之者たちを描くユーモア時代小説の第3弾。今回もまた、御掃除者たちが思いも寄らぬ厄介事に巻き込まれては奮闘を繰り広げることになります。

 江戸城の掃除を担当する御家人・江戸城御掃除之者を束ねる組頭の一人である山野小左衛門。自分たちの地味な仕事にプライドを持ち、日々掃除に精を出してきた彼と配下たちですが、最近はおかしな事件に巻き込まれてばかりなのが悩みの種であります。
 どの事件も掃除に関わるものではありますが、どう考えても本来業務外の――それでも断るに断れない――仕事を押しつけられ、時に文字通り命懸けで奔走する羽目になったり、時に将軍吉宗と対面したりと、小左衛門たちの毎日はまことに波瀾万丈なのです。。

 そして今回彼らが巻き込まれる最初の案件は、江戸町奉行所――大岡忠相から持ち込まれたもの。生前、勝手方勘定衆として務め、役目を離れた後に大量のゴミを集めた末に亡くなった旗本・小野忠兵衛の屋敷の掃除を依頼されたのです。
 いかに掃除とはいえ、旗本屋敷の掃除は明らかに担当外。とはいえ、今をときめく江戸町奉行から持ち込まれた案件を断るわけにはいかない――と、小左衛門たちは芥屋敷の片付けに駆り出されるのでした。

 しかし奉行所からの依頼が、ただの掃除であるはずがありません。忠兵衛が役を離れた後も勘定衆時代の上役が彼の面倒を見ていたこと、禄に見合わぬ茶道楽に耽っていたことから、小左衛門たちは忠兵衛がある秘密を隠していたのではないかと考えるのですが……

 そんな第一話「小野忠兵衛様御屋敷御掃除の事」は、何ともタイムリーに感じられるエピソード。忠兵衛は上役の秘密をどこに隠したのか? あるいはそんな秘密などなく、忠兵衛は単に曖昧になっただけなのか? 次から次へと変わる状況に、小左衛門らは頭を悩ますことになります。
 そのミステリとしての面白さ、そして複雑な状況に頭を悩ます小左衛門を支える配下たちの暖かさと、見所は様々ですが、しかし何よりも印象に残るのは、全てが明かされた後に小左衛門が忠相にぶつける言葉でしょう。

 自分たち役人だって人間だ、勝手に上の意志を忖度させられた責任まで押しつけられて、そうそう黙ってられるものか!
 ……とまでは言わないまでも、そんな想いが込められた言葉は、我々現代の勤め人にとって、いやこの社会に生きる者にとって、何とも痛快に感じられるのであります。


 そして前後編的性格の、残る二話――「戸山御屋敷御掃除の事」「寛永寺双子堂御掃除合戦の事」も実に楽しいエピソードです。
 前者では小左衛門たちが戸山の尾張藩下屋敷に掃除指南に出向き、後者では江戸城の掃除担当の座を賭けて民間の相似業者と掃除勝負に挑むのですが――しかしその双方の背後に潜むのは尾張徳川家の思惑なのです。

 これまで管轄外の仕事ばかり押しつけられ、何とか解決してきた小左衛門たちを、こともあろうに尾張家は吉宗直属の凄腕隠密集団と誤認。その化けの皮を剥がし、恥をかかせんと尾張の隠密・御土居下組を用いて小左衛門たちを狙ってきたのであります。
 もちろんこれは勘違い以外の何者でもないのですが、勝手に疑心暗鬼に陥った尾張家は、小左衛門たちの一挙手一投足に警戒し、驚かされる羽目に……

 いやはや、ごくごく普通の人間が大物と誤解されて、周囲に振り回されたり振り回したり――というのはコメディのパターンの一つですが、それが本作ではエスカレートした末に、普通の掃除人vs忍者の攻防戦にまで展開してしまうのが実に楽しい。
 しかもそれだけに終わらずに、行政のアウトソーシングという問題を扱ったり(そしてそれに対する吉宗の回答も素晴らしい)、本シリーズの背骨ともいうべき、小左衛門の二人の息子を巡る面倒な状況が絡んできたりと、一ひねりも二ひねりもある展開を、最後まで楽しませていただきました。

 特に後者は、ようやく長男が心を開いて御掃除者見習いとなった一方で、次男の方は相変わらず父の仕事を嫌って反抗期、兄弟同士も微妙な空気に――と何とも身につまされる人も多そうな展開。

 それが今回も動きがあるのですが――いやはや、雨降って地固まるとはなかなかいかないものです。
 果たしてこの先、小左衛門たちを如何なる厄介事が待ち受けているのか。そして二人の子供との関係は――小左衛門には申し訳ありませんが、彼の奮闘ぶりが楽しくて仕方ないシリーズであります。


『江戸城 御掃除之者! 玉を磨く』(平谷美樹 角川文庫) Amazon
江戸城 御掃除之者! 玉を磨く (角川文庫)


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2018.04.18

「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その一)


 今月の「コミック乱ツインズ」誌の巻頭カラーは、ついに「熾火」編が完結の『勘定吟味役異聞』。その他、レギュラー陣に加えて小島剛夕の名作再録シリーズで『薄墨主水地獄帖』が掲載されています。今回も印象に残った作品を一作ずつ紹介いたします。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 上で述べたように、原作第2巻『熾火』をベースとした物語も今回でついに完結。吉原の公許を取り消すべく、神君御免状を求めて吉原に殴り込んだ聡四郎と玄馬は忘八の群れを蹴散らし、ついに最強の敵剣士・山形と聡四郎の一騎打ちに……

 というわけで大いに盛り上がったままラストに突入した今回ですが、冒頭を除けば対話がメインの展開。それゆえバトルの連続の前回に比べれば大人しい展開にも見えますが、遊女の砦を束ねる「君がてて」――当代甚右衛門の気構えが印象に残ります。(そしてもう一つ、甚右衛門の言葉で忘八たちが正気(?)に返っていく描写も面白い)
 しかし結局吉原の扱いは――というところで後半急展開、新井白石の後ろ盾であった家宣が亡くなるという激動の一方で、今回の一件の黒幕たちの暗躍は続き、そして更なる波乱の種が、という見事なヒキで、次号からの新章、原作第3巻『秋霜の撃』に続きます。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 日本に鉄道を根付かせるために奔走してきた男たちを描いてきた本作も、まことに残念なことに今号で完結。道半ばで鉄道院を去ることとなった島安次郎の跡を継ぐ者はやはり……

 鉄道院技監(現代のものから類推すればナンバー2)の立場に就きながらも、悲願である鉄道広軌化は政争に巻き込まれて遅々と進まない状況の安次郎。ついに鉄道院を飛び出すこととなった安次郎の背中を見てきた息子・秀雄は、ある決断を下すことになります。
 そして安次郎が抜けた後も現場で活躍してきた雨宮も、安次郎のもう一つの悲願の実現を期に――というわけで、常に物語の中心に在った二人のエンジニールの退場を以て、物語は幕を下ろすことになります。

 役人にして技術者であった安次郎と、機関手にして職人であった雨宮と――鉄道という絆で深く結ばれつつも、必ずしも同じ道を行くとは限らなかった二人の姿は、最終回においても変わることはありません。それは悲しくもありつつも、時代が前に進む原動力として、必要なことだったのでしょう。
 彼らの意思を三人目のエンジニールが受け継ぐという結末は、ある意味予想できるところではありますが、しかしその後の歴史を考えれば、やはり感慨深いものがあります。本誌においては異色作ではありますが、内容豊かな作品であったと感じます。


『カムヤライド』(久正人)
 快調に展開する古代変身ヒーローアクションも早くも第4回。今回の物語は菟狭(宇佐)から瀬戸内へ、海上を舞台に描かれることになります。天孫降臨の地・高千穂で国津神覚醒の謎の一端を見たモンコとヤマトタケル。その時の戦いでモンコから神弓・弟彦公を与えられたヤマトタケルは絶好調、冒頭から菟狭の国津神を弟彦公で一蹴して……

 というわけでタケルのドヤ顔がたっぷりと拝める今回。開幕緊縛要員だったくせに! というのはさておき、そうそううまくいくことはないわけで――というわけで「国津神」の意外な正体も面白い展開であります。
 ただ、まだ第4回の時点で言うのもいかがと思いますが、バトル中心の物語展開は、毎回あっと言う間に読み終わってしまうのが少々食い足りないところではあります。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 ついに動き出した伯父・最上義光によって形成された伊達包囲網。色々な意味で厄介な相手を迎えて、政宗は――という今回。最初の戦いはあっさりと終わり、まずはジャブの応酬と言ったところですが、正直なところ(関東・中部の争いに比べれば)馴染みが薄い東北での争いを、ギャグをきっちり交えて描写してみせるのはいつもながら感心します。
 そんな大きな話の一方で、義光の妹であり、政宗の母である義姫が病んでいく様を重ねていくのも、らしいところでしょう。

 そして作者のファンとしては、一コマだけ(それもイメージとして)この時代の天下人たるあの人物が登場するのも、今後の展開を予感させて大いに楽しみなところです。
(しかし包囲網といえばやっぱり信長包囲網が連想されるなあ――と思いきや、思い切り作中で言及されるのも可笑しい)


 長くなりましたので次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2018年5月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年5月号 [雑誌]


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2018.04.16

平谷美樹『義経暗殺』(その二) 天才探偵が見た奥州藤原氏の最期と希望


 平谷美樹が源義経の死と奥州藤原氏の滅亡を題材に、極めて個性的な切り口から描く時代ミステリ『義経暗殺』の紹介の後編であります。本作の主人公・清原実俊のユニークで魅力的なキャラクターとは……

 実は本作の探偵役・実俊は、史実では「吾妻鏡」にその名が見える人物。藤原氏を滅ぼした後の頼朝の前に、弟とともに現れて奥州を案内し、そしてそのまま鎌倉の御家人となったと言われている人物です。
 作者の作品では、先に挙げた『義経になった男』の終盤でもある重要な役割を果たしているのですが――しかし本作の実俊は、史実や過去の作品に比べて、遙かにインパクトのある、いやアクの強い男として描かれます。

 身分としては大帳所(文書庫)の司という中級の文官に過ぎない実俊ですが、一度見たものは決して忘れずにそらんじてみせるほどの記憶力と、わずからデータからたちまちのうちに全体像を解き明かしてみせる推理力で、周囲からは一目も二目も置かれている男。
 が、そんな彼は極度の人付き合いの下手さを誇る――要するに極めて傲岸不遜な人物でもあります。何しろ自分の直属の上司どころか、奥州の支配者である藤原一族、泰衡に対しても呼び捨てなのですから筋金入りです。

 当然のことながら行く先々で要らぬ騒動を起こす彼のフォローに奔走するのは、彼の忠実な従者である葛丸。実俊の口の悪さにも負けず、社会性ゼロの主を時に押さえ、時に引っ張り回す葛丸は、実は故あって男装の少女――というのも面白い。
 実は葛丸は密かに実俊を……なのですが、激ニブの実俊は全く気づかないというのも、お約束ながら実に楽しいところであります。

 そしてこの二人に、口先だけで腕っ節はからっきしの兄とは正反対の、武人で常識人の検非違使・実昌も加えたトリオの姿は、重くなりがちな物語に明るい色彩を加える効果を挙げています。


 しかし、実俊は、天才型探偵にありがちなエキセントリックな人物としてのみ描かれているのではありません。
 彼のその傲岸不遜さは、(本人はほとんど全く自覚していませんが)彼の内面を守るための態度、滅多にいない心惹かれた者を失うことを恐れる彼の心の表れなのであります。

 そしてそんな彼がかつてその感情を覚えた相手、そして新たに覚えることとなる相手が誰であるか――その彼の心の動きもまた、本作の重要な要素であります。
 それはもちろん、主人公の内面の成長という大きなドラマであるのですが――しかしそれに留まらず。本作の謎を解き明かした先にある史実、すなわち奥州藤原氏の滅びにおいて彼が何を見て、何を想うかに密接に関わってくるのですから。

 そう、本作は義経の死の謎を描く時代ミステリと同時に、奥州藤原氏の、そして彼らが築いた平泉という理想郷の滅びを描く歴史小説でもあります。
 その滅びに際して、藤原氏の人々が何を想い、何を遺したのか? それは先に挙げた作者の作品においても描かれてきたところですが、本作はそこに実俊という探偵――冷静な目と心によって真実を見つめ、解き明かし、語る存在を通すことにより、より鮮明に浮き彫りにすることに成功しているのです。


 文庫の折り込み広告に記された本作の紹介文には「熱い思いが落涙を呼ぶ」という一節があります。
 正直なところ、これを最初目にした時には、こういった作品にまで泣かせを求めるのか――といささか鼻白んだものですが、しかし実際に本作を結末まで読んでみれば、なるほどこれは間違っていない、と想いを改めました。

 義経の死に始まる奥州戦争。その結果、 「出羽、陸奥国は、俘囚の国よとさげすまれ、常に搾取されるばかりとなる。百年、二百年、千年たってもそれは変わらぬであろう」
という作中の言葉は現実のものとなるのですが――しかしそれでもなお、その先に何かを遺すべく生きた人々がいた……
 それが胸を打たないはずがあるでしょうか。

 一人の英雄の死は、悲劇の物語としていつまでも語り継がれ、その背後の無数の死は忘れ去られていく。しかしそれでも、決して忘れられないものがある。消え去らないものがある……
 本作は興趣に富んだ時代ミステリの名編であると同時に、そんな想いを込めた希望の物語――やはり作者ならではの、作者でしか描けない物語であると強く感じた次第です。


『義経暗殺』(平谷美樹 双葉文庫) Amazon
義経暗殺 (双葉文庫)


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 「藪の奥 眠る義経秘宝」 秘宝が導く人間への、文化への希望

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2018.04.15

平谷美樹『義経暗殺』(その一) 英雄の死の陰に潜むホワイダニット


 兄に疎まれて奥州平泉に逃れた末、藤原泰衡に攻められて自刃したという悲劇の英雄・源義経。これまで幾度も義経と奥州藤原氏を題材としてきた作者が新たに描くのは、その義経が実は何者かに殺されていた、という意外な設定の時代ミステリであります。

 義経の影武者となった蝦夷の青年の目から源平合戦と奥州合戦を描く『義経になった男』(作者の歴史時代小説デビュー作でもあります)、かのシュリーマンが幕末に密かに来日して平泉に眠るという秘宝を追う『藪の奥 眠る義経秘宝』……

 東北を舞台とした作品が多い作者にとって、義経と奥州藤原氏は馴染み深い、というより扱う必然がある題材と言うべきかもしれません。
 そこに新たに加わったのが本作――タイトルの時点で非常にインパクトがありますが、内容の方はそれに負けない見事な作品。紛れもなく時代ミステリの名品であります。

 時は1189年、2年前に平泉に逃げ込んだ義経が、妻子を道連れに自害していたのが発見されたことから、物語は始まります。
 その状況に不審を抱いた藤原泰衡は、博覧強記にして記憶力抜群で知られる官吏・清原実俊に調査を依頼。かつて義経とはある縁のあった実俊は、現場を検分してたちどころに不自然な点を発見、これは他殺であると断じるのでした。

 兄・頼朝との対立の果てに、平泉に身を寄せた義経。庇護者であった藤原秀衡も義経が現れてからほどなく没し、藤原氏は鎌倉の求め通り義経を討たんとする泰衡・国衡と、義経を奉じて鎌倉と戦おうとする忠衡らに分かれ、いつ爆発してもおかしくない状態であります。
 さらに平泉には無数の鎌倉の間者も入り込んでいる状況で、ある意味、義経がいつ殺されてもおかしくはない状況だったのですが――しかし、だとしたら彼は何故自刃を装わされなければならなかったのか?

 これが鎌倉の刺客や、泰衡らの仕業であれば、堂々と義経を殺せばよい。しかしそうしなかったのは何故なのか?
 その矛盾に悩む実俊ですが、その一方で義経の家来である常陸坊海尊が義経の死と前後して姿を消し、平泉に残された武蔵坊弁慶らも不穏の動きを見せます。

 わずかな糸口から謎を追う中、意外極まりないもう一つの殺人の存在を知る実俊。そしてついに実俊がたどり着いた真実――事件の真犯人とその動機とは……


 と、意外な発端から、この時代と場所ならではのシチュエーションをもって、きっちりと時代ミステリを成立させてみせた本作。
 時代ミステリには有名人探偵ものというべき作品がありますが、さしずめ本作は有名人被害者ものと言うべきでしょうか。誰もが知る義経の悲劇的な死の真実、という趣向の見事さにまず唸らされます。
(ちなみに主人公の実俊はもちろんのこと、本作の登場人物のほとんどは実在の人物であります)

 何しろ義経の周囲は容疑者だらけ。義経を奥州百年の平和を乱す存在として除こうとしていた泰衡を筆頭に、嫡男でありながら母が蝦夷であったために家督を継げず複雑なものを抱えた国衡、対鎌倉の旗印となるべき義経が煮え切らない態度なのに不満を抱いていた忠衡……
 そんな複雑な状況(この辺りの各人の立ち位置は史実のそれを踏まえたものではあります)が、それがそのまま容疑者としての動機にスライドしていくのが面白い。

 そして何よりも、犯人探しに留まらず、その犯行の動機を――特に自害を装わせた点を問うというのが本作の最大の特徴と言えるでしょう。
 その不自然さについては上で述べたとおりですが、それでは何故、義経は自害という形で殺されたのか? そこにあるのは変形のホワイダニットとも言うべき謎であり、時代ミステリとしての本作の面白さをさらに高めているのであります。


 しかし本作の魅力はそれだけに留まりません。主人公のキャラクターもまた、なかなかに魅力的なのです。
 それは――長くなりますので、次回に続きます。


『義経暗殺』(平谷美樹 双葉文庫) Amazon
義経暗殺 (双葉文庫)


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2018.03.28

原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第11巻 小さな戦の大きな大きな意味

 巻数は二桁に突入したものの、まだまだ信長の向かう先は遠く長い本作。父・信秀を失った彼の新たなる戦いの始まりがここで描かれることになります。その戦いの相手とは、そしてその行方は……

 父・信秀(の影武者)を亡くし織田家の当主となった信長。しかし母と弟をはじめとして、織田家中は今川という大敵を前にしてもバラバラの状況であります。
 そんな貴様らが父を殺した! と父の葬儀で親族列席者一同に豪快に末香を叩きつけた信長は、早くも動き出した裏切り者を相手に戦いを挑むことになります。

 その相手とは、山口教吉――鳴海城主・山口教継の子であり、父ともども早々に今川に寝返って尾張を切り取らんと企む男であります。

 今川家の戦いの最初の一歩として山口家討伐を決意した信長は、その教吉が籠もる桜中村城に向かうものの、彼の手勢は小姓と馬回り合わせて八百、かたや山口勢は千五百。
 およそ二倍の戦力差があっても信長軍は意気軒昂、命知らずの若者たちとともに奇策で臨む信長の戦いの行方は……


 というわけで、この巻で描かれるのは赤塚の戦い――と言われても何? という印象の相当にマイナーな戦ですが、これは信長が信秀亡き後、織田家の当主となって初の戦いといわれる一戦であります。
 信長と、その出陣を見て打って出た教吉が城近くの赤塚で激突したこの戦、史実に残るところではかなりグダグダの戦いだったらしく、結果としては引き分けに終わったと記録されていますが――しかし本作はあまりにも地味なこの戦を、実に「らしい」形で盛り上げて描きます。

 何しろ、本作の信長には、ある意味彼以上にイキのいい若い連中がつき従っています。
 物語の始まりから信長についてきた者、途中の冒険から加わった者と実に様々ですが、いつの間にかその顔ぶれも多士済々。正直誰が誰かという感じにもなってきましたが――それはともかく、見開きで描かれた信長と仲間たちの勢ぞろいのビジュアルは、実にテンションが上がるものがあります。

 そしてそんな中でもとびきり目立っているのが、前巻のラストに登場した少年・孫太。
 信秀の影武者の子だった父亡き後自分たちも殺されると焦っていたところに現れた信長が、殺すどころか父を丁寧に弔い、百姓の自分を家来に加えてくれたことで、彼のテンションは常にMAXであります。

 とんでもない脚力を持つ彼は、ことあるごとに信長の傍らで跳ね回るのですが、そんな彼をライバル視する槍使いの犬千代の意気も軒昂で――と、この犬千代は言うまでもなく後の前田利家、だとすれば百姓出身の孫太は、と考えさせられるのも楽しいところであります。

 何はともあれ、そんな健康優良不良少年の群れを率いる信長が、さらにいかにも彼らしい悪戯めいた策(そのビジュアルがまた妙に可笑しい)をもって暴れ回るのですから、ただで済むはずもありません。
 結果としては史実どおりの引き分けですが、ここに描かれたものは、信長らしさ横溢の横綱相撲と言うべきでしょう。

 ……というかこの戦、ひげ船長のようなあからさまにおかしなキャラはほとんどいないにもかかわらず、登場人物のテンションが異常に高く、その状態が最後まで続くのが、これまた「らしい」ところという印象です。


 確かに、形としては小競り合いに近い戦いであります。この規模の戦にほぼ一巻かけて、この先どうするのだろう――という印象も正直なところあります。

 しかし逆に言えばそれで一冊保たせてしまうのが作者の技というもの。そして何よりも、作中で信長が仲間たちに告げるように、これこそが信長たちと今川とのいくさの始まりであります。
 そうだとすれば、史実の上では小さなこの戦も、大きな大きな意味を持つと見るべきなのでしょう。

 そしてその信長たちの次なるターゲットは、清洲城の実権を握る坂井大膳。作中では、顔面に物ぶつけられてばかりという印象の男ですが、この巻のラストで登場した姿は微妙に大物感があります。

 さて、うつけ者として巧妙に他者の目を眩ましつつ、信長はいかに清洲城を取るのか――本当のいくさを始めたいくさの子の活躍を楽しみにしたいと思います。


『いくさの子 織田三郎信長伝』第11巻(原哲夫&北原星望 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon
いくさの子 ~織田三郎信長伝~ 11 (ゼノンコミックス)


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2018.03.22

『隠密剣士』(漫画版) 夢の取り合わせの漫画版、しかし……

 昭和30年代後半に絶大な人気を博し、忍者ものブームの一端を担うことになったTV時代劇『隠密剣士』の漫画版。『矢車剣之助』をはじめとする時代漫画の名手・堀江卓による、ある意味夢の取り合わせの一作です。

 昭和32年から2年半という長期に渡り放映され、その後も主演や主役を変えて製作された『隠密剣士』。隠密剣士・秋草新太郎こと将軍家斉の異母兄・松平信千代が、得意の柳生新陰流を武器に、公儀隠密として、悪事を企む忍者集団と戦う物語であります。
 本作は昭和33年に「週刊少年マガジン」に連載された作品――TV版の第三部「忍法伊賀十忍」をベースとした内容となっています。

 京に赴く老中・松平定信を暗殺せんとする尾張藩に雇われ、定信の命を狙う百々地源九郎率いる百々地十忍。
 これに対して定信を守るのは隠密剣士・秋草新太郎と、霧の遁兵衛率いる伊賀同心たち。かくて東海道を舞台に、百々地十忍との攻防戦が繰り広げられることに……

 というわけで、定信暗殺を狙う忍者集団との対決というシンプルな筋書きながら、道中もの――すなわち舞台が次々と変わっていくという特徴を生かして、様々なアクションが繰り広げられていく本作。
 宿場町、山の中、海辺といったフィールドで展開されるのは、剣士対忍者、忍者対忍者、剣士対剣士の派手なバトルであります。

 忍者といっても、怪人的ではなく、ある意味常識の範囲内(?)の存在ではありますが、それだけに本作で描かれるのは地に足の着いた攻防戦、知恵比べなのが面白い。
 そしてその面白さを支えるのが、堀江卓の筆力に依るところが大きいことは言うまでもありません。

 柔らかいタッチのコミカルな絵柄から、劇画調の絵まで様々に描いてきた作者ですが、本作は後者に近い絵柄。デフォルメを交えつつもシャープなタッチで描かれた新太郎や忍者たちの縦横無尽かつスピーディな戦いは、今読んでも遜色を感じないものであります。
 特に終盤登場する最後の強敵・日暮兄弟との対決は、身の丈ほどの長剣を地面に突き刺して待ちかまえるという敵の異形の剣法もインパクト十分で、大いに盛り上がります。


 ……が、お話の方は、今見るとかなり厳しい、というのが正直なところ。そもそも源九郎以外の十人衆が全くアカン(最初十一人だったのが、冒頭にいきなり粛正されて十人になったり)というのもありますが、その他のキャラがかなり困った存在なのです。

 本作の一応のヒロインは、新太郎に化けた源九郎(戦いの合間に、手で新太郎の顔に触っただけで型取りするという技は面白い)に父を殺され、新太郎を犯人と思いこんだ少女・おつる。
 先を急ぐ本物の新太郎を殺人犯と役人に告げ、面倒なことになるという展開は定番ですが――しかし再登場した時には、新型火薬でそこら中をバンバン爆破!

 何事かと思えば、父は花火師の玉屋だった、という設定ですが、知らぬ事とはいえ源九郎と組んで定信の船を大爆破するのはいかがなものか……

 しかしそれ以上に破壊的なのは、忍者たちの戦いに巻き込まれる――というより加わる二人の子供であります。主人公のいわばサイドキックとして子供が登場するのはこれも定番ですが、本作でも五郎という子供が新太郎の押し掛け弟子となります。
 しかし問題はその五郎の親友の小六。偶然、十人衆が伊賀同心を狙う暗殺帳を拾った彼はいきなり忍者になると言い出し、次に登場した時には百々地の仲間に――一体何があった!?

 その唐突さと百々地党の人材不足にまず驚かされますが、とんでもないのはラストで彼が果たす役割で――さすがに詳細は伏せますが、お前は忍者を何と思っているのだ!? 源九郎もそれでいいの? という展開で、目が点になること請け合いであります。


 なお、併録の忍者漫画『忍者サブ』は、『隠密剣士』とほぼ同時期に「中二時代」に連載された作品。
 服部半蔵の息子の青年忍者サブを主人公に、将軍の娘・月姫を狙う天草の残党・片貝忍者と対決する前半、甲武信が岳の測量隊を次々と殺害する謎の怪物「黒い風の使い」に挑む後半から構成されています。

 内容的にはかなりシンプルではありますが、特に後半は同じ秘密を追う甲賀忍者が登場したり、敵方には敵方の事情があることを知ったサブとその甲賀者が下すある決断の内容など、なかなか読ませる本作。
 正直なところ、作品単体としての出来ではこちらの方が上では――という印象もあったりするのです。


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隠密剣士

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2018.03.19

「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その一)

 「コミック乱ツインズ」最新号は、表紙が『軍鶏侍』と非常に渋いのに対して、巻頭カラーは華やかな『桜桃小町』という、ある意味、本誌のバラエティ豊かさを表していると言えるような内容。そんな本誌から、今回も印象に残った作品を1つずつ紹介いたします。

『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)
 表の顔は腕利きの漢方医、裏の顔は公儀隠密というヒロイン・桃香の活躍を描く本作は二ヶ月ぶりの登場。冒頭で述べたように巻頭カラーであります。

 今回登場するゲストキャラクターは、薩摩から江戸へやって来た女剣士・鹿屋桐葉。ふとしたことが縁で桐葉と知り合った桃香は、剣術指南役の家に生まれたために女であることを殺さねばならない彼女に、自分と重なるものを見出します。
 そんな中、薩摩藩を挑発した(蘇鉄に葵の簪が――というあれ)公儀隠密が何者かに殺害される事件が発生。桃香は桐葉の仕業ではと探索を始めるのですが……

 普段は隠密稼業を嫌う桃香が珍しく率先して探索に挑む今回。彼女とある意味同じ存在であり、そして対極にある存在である桐葉が(作者らしい美女ぶりも相まって)印象に残ります。
 真の敵は登場した瞬間にわかってしまいますし、そのわかりやすい悪役ぶりもどうかと思いますが、桐葉の想いと行動を強く肯定してみせる桃香の姿は実に良いと思います。


『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)
 姦夫姦婦を斬って逐電した藩随一の剣の使い手・立川彦蔵と軍鶏侍・岩倉源太夫の対決編の後編。彦蔵に姉を斬られながらもなお彼を尊敬する若侍を通じて描かれる彦蔵の人物像と、その沈着なビジュアルが印象に残りますが――その彦蔵の前妻を後添えに迎えたという妙な因縁を背負いつつ、泰然と決闘に臨む源太夫も人物といえば人物。

 冷静に考えれば非常に武士道残酷物語なシチュエーションをそう感じさせないのは、この二人の人物に依るところが大ですが――しかし決闘が始まってみればこれが壮絶の一言。
 決して綺麗ではない、いや血塗れで泥臭い斬り合いの有様を軍鶏の戦いに例えて語る源太夫ですが、それは自分の腕を自嘲するものでありつつも、それ以上に彦蔵を讃えるものでしょう。

 一抹の救いがある結末も良い今回のエピソードですが――しかし静かに源太夫を送り出し、この結末を受け入れる新妻のあまりによくできた人物っぷりが、個人的にはむしろ不気味な印象があります。(そもそも、前回語った内容が全然当たってなかったのが……)


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 原作第2巻『熾火』編もいよいよクライマックス。一気に決着をつけるべく、吉原は三浦屋に正面から乗り込んだ聡四郎と玄馬に迫るのは、命知らずの忘八衆――しかもその数、数十人!
 というわけで最初から最後まで一大チャンバラが繰り広げられる今回、以前も描かれたように死兵と化した忘八たちを、顔に紗をかけて目だけ光らせるビジュアルで描くセンスが光ります。

 そんな忘八たちが、思わぬことがきっかけで人間性を見せてしまうという皮肉さも面白いのですが、しかし彼らはあくまでも前座、真の敵は長髪・襟巻きのビジュアルも強烈な人斬り牢人・山形であります(ちなみに常に不敵な山形が、上記の忘八たちを前に慌てる場面がちょっと可笑しい)。

 玄馬の助太刀を断って一対一の決闘に臨む聡四郎、ラストの見開きページの画がまた実にイイのですが、さてその決着は――次回ラストであります。


『カムヤライド』(久正人)
 第3回まで来て好調さは変わらぬ古代変身ヒーローアクション、今回は日向編の後編。全てを変えた天孫降臨の地・高千穂で、異形の国津神と対決するモンコ=カムヤライドとヤマトタケルの運命は――というわけで、ほとんど全編にわたりアクションまたアクションであります。
 見開きコピー二連続という大胆なページ使いから、カムヤライドの神速ぶりを描く冒頭のテクニックにまず驚かされますが、それすら上回る国津神の早さと、それにより、タケルの出番を用意してみせる構成もまた巧み。

 本当にほぼ全編バトルのため、ほとんど物語に展開はなし――と思いきや、ラストに落とされるとんでもない爆弾も素晴らしく、まだまだ先の読めない作品であります。


 今回も長くなってしまいました。次回に続きます。


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コミック乱ツインズ 2018年4月号 [雑誌]


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2018.03.11

平谷美樹『鍬ヶ崎心中』に推薦の言葉を寄せました

この7日に発売された平谷美樹『鍬ヶ崎心中』に推薦の言葉を寄せさせていただきました。戊辰戦争中の盛岡藩宮古を舞台に、鍬ヶ崎遊郭の女郎と元盛岡藩士の二人の運命の交錯を描く物語――地方と庶民の立場からの物語を数多く描いてきた作者ならではの、一味も二味も異なる幕末ものであります。

 明治元年、盛岡藩有数の貿易港・宮古湾を望む鍬ヶ崎遊郭――その遊郭の妓楼・東雲楼でも最年長の女郎・千代菊が、楼を訪れた足の悪い若い侍・七戸和麿に出会ったことから、この物語は始まります。

 蝦夷地に向かう途中の榎本武揚の依頼で東雲楼の隠し部屋に滞在するという和麿の、身の回りの世話を名乗り出た千代菊。
 形としては和麿に身請けされることとなった千代菊ですが、しかし彼は千代菊に指一本触れることなく、宮古湾の見張りと鍬ヶ崎の絵図面作りで日々を費やすのでした。

 そんな和麿との関係に大いに戸惑いながらも、彼に追い出されれば行く当てはないと、必死に関わりを持とうとする千代菊。
 やがて和麿の過去と彼が失ったものを知り、彼に惹かれるようになっていく千代菊ですが、宮古湾に迫る戦の嵐を前に、和麿は……


 物語の舞台となる宮古――今でいう岩手県宮古市の名前を聞いて、すぐにあああそこか、とわかる方は、残念ながら多くはないでしょう。

 いや、箱館戦争、あるいは鳥羽・伏見以降の土方歳三についてよく知る方であれば、ある戦のことを思い浮かべるかもしれません。
 それは宮古湾海戦――箱館に拠る旧幕府軍が、宮古湾に寄港した新政府の装甲艦・甲鉄を奪取するために奇襲攻撃を仕掛けた、幕末史でも有数の海戦であります。

 敵艦に接舷して斬り込むアボルダージュという作戦内容の派手さ、そして生き残りの新選組隊士たちが参加していたことから、フィクションの題材となることも少なくないこの海戦。
 しかし本作は(その海戦を描く場面はありますし、そして登場する土方も実に「らしい」のですが)派手さ・勇猛さとは大きく異なる切り口から物語を描くことになります。

 それは本作の主人公が、一介の女郎に過ぎない千代菊と、武士としては既にドロップアウトしたも同然の和麿である点からも明確でしょう。

 既に実家よりも長い時間を遊郭で過ごし、天下国家の激動とは無縁に、ただ自由になる日のみを夢見る千代菊。若者の熱血のままに藩を飛び出して旧幕軍に身を投じながらも、不具の身となって厄介払いのような形で遊郭に置かれた和麿。
 新政府軍のような新たな時代への希望も、旧幕府軍のような滅びの美学もない――そんな二人の、いわば地べたからの視点から、物語は綴られていくのです。

 もちろん、この二人の間にある隔たりが、決して小さなものではないことも言うまでもありません。
 遊郭の中での「今」しか見つめてこなかった千代菊と、「過去」の戦とそこで失われたものたちに囚われた和麿と――そこにあるのは単に女郎と武士というだけではない、遥かに運命的なものすら感じさせる断絶であります。

 そんな二人の運命の先に何があるのか――それは是非実際に作品をご覧いただきたいのですが、そこにあるのは、作者がこれまでの作品の中で弛まず、様々な形で描いてきた「未来」への希望である、と申し上げることは許されるでしょう。
 つい先日完結した、作中でも言及される盛岡藩家老・楢山佐渡を主人公とした大作『柳は萌ゆる』とはある意味対極にある本作。しかしそこに通底するものは、極めて近い――そんなことも感じさせられました。


 さて、冒頭に触れた推薦の言葉ですが、なんと3月10日の「岩手日報」の第一面に掲載されたとのこと。

 これは全く偶然の上に私事ですが、両親をはじめ一族親戚が岩手県出身(さらに言えば私は宮古市の病院生まれ――もっともすぐに関東に出てきたのですが)の身としては、非常に驚き、かつ嬉しく感じた次第です。


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鍬ヶ崎心中

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2018.03.07

樹なつみ『一の食卓』第6巻 第一部完、二人の未来の行方は

 築地外国人居留地のパン屋・フェリパン舎を舞台に、パン職人の少女・明と藤田五郎(斎藤一)が出会う数々の事件を描いた本作は、残念ながらこの第6巻でひとまず幕。フェリパン舎を襲った危機に、明の下した決断は……

 と言いつつ、この巻の前半で描かれるのは再び過去編――江戸から京に向かった一が、試衛館の面々と再会し、新選組に加わる姿を描くエピソードであります。
(前置きなく始まったので、前の巻がどう終わったか、思わず読み返すことに――というのはさておき)

 貧乏御家人と思い込んでいた実家・山口家が実は会津藩の「草」であり、会津藩が京都守護職を任じられたことを機に、父から新たな草となることを命じられた一。
 その事実に激しく反発しつつも、愛する女性を殺した旗本たちを斬り捨てたことで江戸にいられなくなった彼は、斎藤一を名乗り京に向かうことに……

 というのが以前描かれた江戸編の内容でしたが、今回の京都編はそれに続く物語。会津藩の草として、時に人斬りも辞さぬ活動を続けていた一は、京に残った浪士組監視のため、同じく草の佐伯又八郎とともに潜入することになります。
 浪士組に接近早々、無頼の空気を漂わせる芹沢鴨と出会った一。そしてその直後、総司や新八、左之助ら懐かしい面々と出会った一ですが、歳三だけはよそよそしい顔を見せるのでした。

 江戸を発つ前、一に厳しくも温かい言葉を投げかけた歳三。その歳三の真意は――というわけで、早くもダブルスパイを務めることになった一の姿を通じて、プレ新選組の誕生と、それ以上に鴨という男の姿を描いてみせるこの京都編。
 その鴨像は、一をはじめとして、本作で描かれる新選組隊士たち同様、従来のイメージを大きく外れるものではありません。しかしその上で光るものを見せてくれるのが、本作流であります。

 このエピソードにおいては、一と鴨をどうしようもない流れの中で「世間の鼻つまみ」となってしまったという共通点を持つ者として描くのですが――その二人の間に、やはり同様の立場にある鴨の妾のお梅を立たせることによって、何とも言えぬ苦味を残す物語を描き出しているのが印象に残ります。
(そしてその中で、本作においては一と対照的な存在として描かれている総司のキャラを立たせるのも巧い)


 そして後半は再び物語は現在(明治)に戻り、描かれるのは、外務省主催の天長節の大晩餐会のエピソードであります。日本の威信をかけて行われるこの晩餐会の総料理長に選ばれたフェリックス。しかし彼は馬車に轢かれそうになった明を庇って腕を骨折してしまうのでした。
 自分のせいだと責任を感じた明は、晩餐会でのフェリの片腕となるべく、ある行動に出ることになります。しかしその晩餐会の陰ではある陰謀が進行していることを知った一は……

 と、冒頭に述べた通り、一応のラストとなるこのエピソードは、分量的にはわずか2回と少ないのですが、舞台の大きさや明の背負うものという点ではこれまでの展開を受けた締めくくりに相応しいものとも言える内容。
 これまで女性ながらもパン職人として奮闘してきた彼女が――というのは、厳しい見方をしてしまえば一種の後退と言えなくもありませんが、しかしこれはこれでわかりやすい覚悟の現れと言うべきでしょう。

 そしてそれを受けて、一が大きく心を動かすというのもそれなりに納得がいくところであります。
 どうやら時尾さんが存在しないらしい(としか思えない)本作において、女性については色々と背負ってしまった一が、明に感服以上の感情を抱くかはまだわかりませんが……


 この数巻の印象を正直に申し上げれば、グルメと新選組の両立はかなり苦しかった――というより、過去編のインパクトが本編を食ってしまった印象は否めない本作。

 しかし徐々に語られていく一の過去が、現在において奮闘する明によって明るさを取り戻していくというスタイルはやはり魅力的であっただけに、ここでひとまず幕というのは何とも勿体なく感じられるところです。
(ラストエピソードのタイミングを、廃藩置県――彼が仕えてきた会津藩の消滅に置いているのも面白かっただけに)

 次回作は既に新作にスタートしているだけに、第二部はあったとしても当分先のことになるかと思いますが――明が、一が、この先の未来に向かっていく姿を見たいと強く感じるのです。

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