2018.07.18

廣嶋玲子『妖怪の子預かります 6 猫の姫、狩りをする』 恐ろしくも美しき妖猫姫の活躍


 妖怪の子供専門の子預かり屋になってしまった少年・弥助を主人公とする妖怪時代小説シリーズ、絶好調の第6弾であります。しかし本作では弥助は脇に回り、意外なキャラクターが主役を務めることになります。それは王蜜の君――美しき妖猫族の姫が人間界で巻き込まれた(首を突っ込んだ)事件とは……

 子供の世話に苦労するのは人間も妖も同じ、時には誰かの手を借りたくなるもの――というわけで今日も今日とて妖怪の子預かり屋として奮闘する弥助。すっかり妖たちの間では有名人となった彼の周囲には、時に大妖クラスの妖が現れることがあります。
 その一人が王蜜の君――見かけは美しい少女ながら、気まぐれで騒動好き、そして何よりも悪人の魂をコレクションするのが趣味という、剣呑極まりない猫妖の姫であります。

 これまでも時折弥助と同居人の元・大妖の千弥の前に現れていた王蜜の君ですが、今回は、配下の猫(妖)たちが人の側にいたがることに興味を抱き、人とはそれほどに良いものかと、猫に化けて人間界に現れることに。
 そして彼女が強引に押し掛けたのは――そう、弥助の長屋。千弥には猛烈に嫌な顔をされても一向に構うことなく、猫生活をエンジョイする王蜜の君ですが、しかしその頃、江戸では猫にまつわる悍ましい事件が続発していたのであります。

 それは猫首なる呪い。猫塚に猫四匹の首を捧げれば、何でも望みを叶えることができる。憎い憎い相手を破滅させることも――そんな、はじめは町の片隅で囁かれていた噂が、やがて町中に広がり、ついには猫首の呪いによる犠牲者が出るようになのであります。
 しかしそんな状況を――いや、その生贄とされるのが猫という状況を――猫の守り手たる王蜜の君が見逃せるはずもありません。

 かくて、王蜜の君は、一連の事件を引き起こした者を捕らえ、裁きを与えるべく「狩り」に乗り出すことに……


 個性的な妖が幾人も登場する本シリーズですが、その中でも私が個人的に最も注目していたのが、今回の主役・王蜜の君でした。いえ、単に自分が猫好きだからというのではなく――(これは以前にも何度か申し上げたかもしれませんが)彼女にはモチーフとなったと思われるキャラクターがいるからなのです。

 作者の比較的初期の作品に、『鬼が辻にあやかしあり』という児童文学のシリーズがあります。江戸の魔所・鬼が辻に潜む強大な妖が、人間の訴えに応えて、凶悪な悪人たちを退治するという物語なのですが――しかしこの妖は別に正義の味方ではなく、その目当ては悪人の魂。悪人の魂を集め、愛でることこそが、この妖――妖猫の姫・白蜜の君の目的なのです。

 そう、明言されているわけではありませんが、本作の王蜜の君のモチーフとなっているのは、間違いなく白蜜の君(何しろ本作で王蜜の君が猫に化ける時の名は「白蜜」なのですから……)。
 惜しくも3作しか発表されていない『鬼が辻にあやかしあり』ですが、その児童文学らしからぬ(そして実に作者らしい)ホラーぶりが大好きだっただけに、本シリーズに王蜜の君が登場した時には、私は小躍りしたくなったくらいなのであります。


 と、個人的な話が長くなってしまいましたが、とにかく主役を張るだけのポテンシャルは十二分に備えている王蜜の君。
 「猫」に対する我々人間のイメージ――可愛らしさ、しなやかさ、気ままさ、残酷さ、神秘性などなど――を何百倍にも凝縮したような彼女の存在は実に魅力的であります。いや彼女だけでなく、本作に幾匹となく登場する猫たちもまた……

 そして猫たちが魅力的であればあるほど、その猫たちを虐げ、傷つける人間たちの身勝手さ、非道さには、怒りを覚えざるを得ません。この辺りは人間の負の側面を描くに存分に筆の冴えを見せる作者ならではというべきでしょう。
 ラストに明かされる、ある意味実に皮肉で、そして悍ましい猫首の呪いの真実にもまた、その負の側面はこれでもかと込められているのであります

 しかしご安心を。全ては因果応報、そんな人間たちに罰を下し、悪人を狩る存在が、本作にはいるのですから……


 そしてラストには、前作の主役であり、めでたく華蛇族の姫君と結ばれた久蔵のその後の姿を描く前作と本作共通の後日譚が収められているのも嬉しいところ。
 既に第7弾の刊行も決まっているとのことですが、まだまだ面白くも恐ろしく、魅力的な妖と人の物語を楽しませていただけそうです。


『妖怪の子預かります 6 猫の姫、狩りをする』(廣嶋玲子 創元推理文庫) Amazon
猫の姫、狩りをする (妖怪の子預かります6) (創元推理文庫)


関連記事
 廣嶋玲子『妖怪の子預かります』 「純粋な」妖怪たちとの絆の先に
 廣嶋玲子『妖怪の子預かります 2 うそつきの娘』 地獄の中の出会いと別れ
 廣嶋玲子『妖怪の子預かります 3 妖たちの四季』 大き過ぎる想いが生み出すもの
 廣嶋玲子『妖怪の子預かります 4 半妖の子』 家族という存在の中の苦しみと救い
 廣嶋玲子『妖怪の子預かります 5 妖怪姫、婿をとる』 新たな子預かり屋(?)愛のために大奮闘!

| | トラックバック (0)

2018.07.16

「コミック乱ツインズ」2018年8月号

 今月の「コミック乱ツインズ」誌は、連載10周年記念で『そば屋幻庵』がスペシャルゲストを迎えて表紙&巻頭カラー。また、ラズウェル細木の『文明開化めし』が新連載となります。それでは、特に印象に残った作品を今回も一作ずつ紹介していきましょう。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 今月は『そば屋幻庵』と二作掲載の作者ですが、こちらはいつもながらがらりと作風を変えたアクションと政治劇が満載です。

 前回自分たちを(前田家の人間と間違えて)襲撃した刺客たちの正体が、尾張徳川家の人間だったことを知った聡四郎。しかし何故尾張が前田家を襲うのか――その謎が今回明かされることになります。その背後には聡四郎に表舞台を追われたはずのあの男が……
 一方、江戸城内では間部詮房と新井白石が相変わらず対立とも協調ともつかぬ微妙な関係。鍋松(徳川家継)の服喪の儀に関して、詮房に知恵を貸して恩を売る白石ですが――ここで聡四郎の前で白石がほとんど初めて人間臭さを見せるのが印象に残ります。

 そしてラスト、玄馬と離れて一人となった聡四郎を襲う刺客の群れ。逃れんと橋の上を走る聡四郎の前に現れた黒覆面黒装束の謎の剣士は、初対面と名乗りつつも何故か一放流のことを知っているのでした。「お主を倒すのは拙者だ」とツンデレっぽいことを言いながら助太刀してくれるその正体は……
 ツンデレといえば紅さんは名前のみの登場で残念ですが、名前のみの登場といえば、ついに今回、徳川吉宗の名が登場。顔は陰になっていて見えないのですが、果たしてどのような姿なのか――猛烈に気になります。


『カムヤライド』(久正人)
 出雲編中編の今回、中心となるのは謎の男・イズモタケル。出雲国主ホムツワケの叛乱の尖兵となった土蜘蛛たちを倒す力を持つ彼の正体は――ヤマトタケルの大ファンでした(本当)。
 ヤマトタケルに憧れ、偶然手に入れた土蜘蛛を倒す力を持つ剣を手に、捕らえられた人々を助けたいと熱っぽく語るイズモタケル。そんな彼を前に、ヤマト王家の者としてその名に鬱屈を抱えるヤマトタケルはその名を名乗ることができず……

 モンコが完成された人格に見えのに対し、人間味のある、成長代のあるキャラクターとして描かれるヤマトタケル。自分の実像を知らず、理想の人物として目標にするイズモタケルを前に揺れる彼の心の動きを、ホムツワケの高殿に急ぐ三人のシルエットに重ねて描く場面は、実に作者らしく格好良い名シーンであります。
 そしてカムヤライドしたモンコの前に現れた国津神の意外な正体は、そして彼らの戦いを見守る久々に登場した謎の旅人の動きは――次回出雲編完結です。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 伊達家包囲網に苦しむ伊達家に襲いかかる佐竹・芦名連合軍。この危機に、政宗の母・義姫が――という前回の引きを受けての今回、母が自分のために動いてくれたと浮かれる政宗の姿が微笑ましくも痛ましいのですが、如何にドシスコンであっても最上義光が譲るはずもありません。かえって(シスコンをこじらせた)義光が動き出し、思わぬことで景綱と義光の陰険……いや知将対決が勃発することになります。

 が、そこに義姫が割って入り――と、史実の時点でメチャクチャ漫画っぽいエピソードをこの作品は如何に料理するのか。ある意味これまでで一番の山場かもしれません。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 東海道は川崎宿にやってきた三人組が今回巻き込まれるのは、大店の娘の連続誘拐殺人事件。宿の米問屋の娘の警護に雇われた三人ですが、はたして娘は何者かに攫われ、百五十両の身代金の要求が届けられることに……

 凶悪な拐かしと、米問屋の父娘の軋轢を絡めて展開する職人芸的面白さの今回、ここのところ重めの話が続いていただけにホッとさせられる内容が嬉しいところです。
 そして基本的にカッコイイ担当だった坐望は、今回夏風邪を押して賭場に出かけてスッテンテンになった挙句風邪をこじらせるという実に微妙な役どころなのですが、それを吹き飛ばすようにクライマックスの乱闘でもんのすごくヒドい啖呵とともに登場(つられて夏海もスゴいことを)。静かな殺陣が多い本作には珍しく、豪快な「音」入りの剣戟を見せてくれました。


 そして『そば屋幻庵』のスペシャルゲストは――この人が良さそうで腰が低くてものわかりがいい人は誰!? という印象。今の読者はわかるのかしら、というのは野暮な心配ですね。


「コミック乱ツインズ」2018年8月号(リイド社) Amazon


関連記事
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年6月号
 「コミック乱ツインズ」7月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」7月号(その二)

| | トラックバック (0)

2018.06.29

速水時貞『蝶撫の忍』第2巻 さらなる昆虫忍者登場 頂上決戦勃発寸前!?


 覇王の首を巡り、昆虫を模した能力を持つ忍びたちが激突する忍者アクションの第2巻であります。思いも寄らぬ裏切りの前に捕らえられた覇王の首を守る甲賀のくノ一・鱗に
迫る、恐るべき伊賀の拷問。そしてついに姿を現した甲賀と伊賀、それぞれの最強メンバーの動きは……

 幼い頃から甲賀で過酷極まりない修行を重ねた末、生まれついての鋭敏な指先の感覚を極限まで研ぎ澄まし、「蝶」の生態を模した忍法を会得した鱗。やがて織田信長のもとに刺客として送り込まれた彼女は信長に信頼され、彼が本能寺で最期を遂げるまで行動を共にすることになります。
 そして覇王の首を守るため、甲賀に逆らって姿を消した鱗。京の色街に隠れた彼女ですが、甲賀の追っ手はそこにも迫り、客として訪れていた伊賀のDT忍び・斑猫の半坐を巻き込んで激しい戦いが始まることになります。

 死闘の末に辛うじて逃れる二人ですが、しかしその前には鱗の師を含む最強の面々・甲賀十忍衆が出現。その一番手の忍法から辛うじて逃れた鱗の一瞬の隙を突いたのは何と半坐――彼こそは伊賀の頭領・服部半蔵の弟子であり、鱗を捕らえるために接近したのであります。
 半蔵の手により「数珠髭の間」なるおぞましい拷問部屋に送り込まれる鱗。一方、鱗を奪回せんとする十忍衆は伊賀に迫るのですが……


 誰が敵で誰が味方か、油断できないのは戦国の――そして忍者のならい。特に本作のように、昆虫の能力を模した超絶の忍法を用いる忍者たちが跳梁する物語であればなおさらですが――しかしそれでもさすがに驚かされたのは第1巻ラストの半坐の裏切りです。
 確かに伊賀の忍びではあるものの、直情径行でお人好し、DTで美女に弱いという、ある意味非常にわかりやすい人物に見えた彼の行動は、誰一人として信用できぬ本作という物語の一つの象徴とすら感じられるのであります。
(それでもまあ、その直後に――となるのですが、それもまた彼らしい)

 しかしそんなことに感心している間に、鱗は鬼畜エロ漫画みたいな拷問部屋に放り込まれ、色々な意味で風前の灯火。そこから思わぬ――というかやっぱりな救い主によって助け出されたものの、彼女たちを襲うのは今度は伊賀最強の忍びたち――伊賀忍十座。
 面をつけて忍忍言ってる半蔵とその弟、ニョホニョホ笑う「番犬」と、ちょっとどうかと思う面子ではありますが、言うまでもなくその実力は折り紙付きであります、

 そしてもちろん甲賀十忍衆も黙っているはずもなく、ここに鱗と覇王の首を巡り、甲賀対伊賀の頂上決戦が勃発寸前に――いやはや、忍者好きとしてはたまらない展開です。


 何しろこれまで繰り返し述べてきたように、本作に登場する忍者たちは、敵も味方も、甲賀も伊賀も、いずれも昆虫の能力をモチーフとした忍法使いたち。
 蝶、斑猫、華潜、螻蛄、蟻地獄、さらには御器噛まで――モチーフである程度能力の想像がつくものいれば、全くつかないものまで様々ですが、驚くべき「実在の」昆虫たちの能力に基づいた忍法の数々は、問答無用の説得力を持ちます。

 第1巻同様、この巻でも忍者たちが忍法を放つたびに、毎回1ページ近くを使って忍法解説=昆虫の能力解説が行われるのですが、これがお約束とはいえ実に楽しい。
 異能の忍者のトーナメントバトルの始祖というべき山田風太郎の忍法帖においては、しばしば医学知識に基づいた忍法解説が描かれてきました。これが物語に実にもっともらしい説得力を与えていたことを思えば、本作はその直径――実に「忍者もの」らしい「忍者もの」であると言えるのかもしれません。


 さて、秀吉についた甲賀と、家康に仕える伊賀と――本作で描かれる忍者たちによる覇王の首争奪戦は、そのまま信長の後継者争いにまでつながっていくことになります。
 そんな巨大な歴史の流れの中の戦い、権力者同士の天下を巡る争いの中で、ちっぽけな虫の存在などは、まさしく竜車に向かう蟷螂の斧――ただ踏みつぶされるだけしかないのかもしれません。

 しかし一寸の虫にも五分の魂という言葉もあります。甲賀と伊賀の最強メンバー同士のバトルもさることながら、鱗が、半坐が、この先どんな意地を見せてくれるのか、大いに期待したいと感じさせられるのです。

『蝶撫の忍』第2巻(速水時貞&村田真哉 スクウェア・エニックスガンガンコミックスJOKER) Amazon
蝶撫の忍(2) (ガンガンコミックスJOKER)


関連記事
 速水時貞『蝶撫の忍』第1巻 昆虫の力持つ忍者たちの死闘開幕

| | トラックバック (0)

2018.06.18

「コミック乱ツインズ」7月号(その二)


 「コミック乱ツインズ」誌の今月号、7月号の紹介の後編であります。

『カムヤライド』(久正人)
 スタイリッシュなあらすじページも格好いい本作、今回は出雲編の前編。前回、瀬戸内海に現れた巨大触手型国津神にヤマトタケルが脱がされたりと苦戦の末、かろうじて勝利したモンコとタケル。どうやら水中では全く浮力が生じないなど謎だらけのモンコですが、しかし彼も何故自分がカムヤライドできるのか、そして自分が何者なのか、一年より前の記憶はないと語ります。
(今回の冒頭、意識を失ったモンコの悪夢の形でその過去らしきものが断片的に描かれますが――やはり改造手術が?)

 それはさておき、自分の伯父に当たる出雲の国主・ホムツワケが乱を起こしたと聞き、大和への帰還よりも出雲に急ぐことを選ぶタケル。それはなにも伯父への情などではなく、かつてホムツワケが出雲に追われたように、皇子でも油断できぬ魑魅魍魎の宮中で自分の座を守るための必死の行動なのですが……
 普段は相棒(というかヒロインというか)的立ち位置で明るいタケルの心の陰影を描くように、文字通り陰影を効かせまくったモノトーンの中に浮かび上がるモンコとタケルの姿が強く印象に残ります。

 と、出雲にたどり着いてみれば、やはりと言うべきかそこは土蜘蛛たちが蠢く地。しかしそこで二人を制止して土蜘蛛と戦おうとする男が登場。その名は――イズモタケル! 敵か味方か第二(第三?)のタケル、という心憎いヒキであります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 鬼支丹編の後編である今回描かれるのは、前編で処刑された切支丹が変じた鬼を、祈りの力で消滅させたのがきっかけで正体がばれてしまった尼僧――実は金髪碧眼の盲目の少女・華蓮尼が歩む苦難の道であります。

 彼女を棄教させようと、その前で偽装棄教していた村人たちに無惨な拷問を行う尾張藩主。華蓮の悲しみと苦しみを知りながらも、俺は人間は救わない、華蓮も鬼になれば斬ってやると嘯く鬼切丸の少年ですが……
 それでも屈することなき華蓮と、彼女のために死にゆく村人たち。しかしその死が皮肉な形で(藩の側ではむしろ慈悲を与えたつもりなのがまたキツい)辱められた時、巨大な怨念の鬼が出現、少年の出番となるのですが――しかしそこでもまた、少年は華蓮のもたらした奇跡を目にすることになります。

 華蓮の出自も含めて、正直なところ内容的には予想の範囲内であった今回。その辺りは少々勿体なく感じましたが、無意識のうちに華蓮に母を重ねていた少年の心の揺れが描かれる終盤の展開はやはり面白いところです。
 しかしこの『鬼切丸伝』、本誌連載は今号まで。7月より「pixivコミック」にて移籍というのは実に残念であります。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 ちゃんと続いていて一安心の本作、三人の過去回も一巡して、今回は通常の(?)エピソードですが――しかしただでは終わらないのが、らしいところであります。

 旅の途中、とある藩で追っ手に追われていた若侍・春之進を救った三人組。悪家老の暴政によって財政が逼迫した藩の窮状を江戸に訴え出ようとする春之進に雇われた三人は、多勢で襲いかかる家老の手の者から逃れるべく戦いを繰り広げるのですが……
 今回も、夜、雨の降りしきる山道という、特殊なシチュエーションで繰り広げられる殺陣が印象的な本作。一歩間違えれば漫画ではなく絵物語になりそうなところを巧みに踏みとどまり、無音の剣戟を展開するのはお見事であります。

 中盤で先の展開が読めてしまうといえばその通りですし、ラストはもう用心棒の仕事から外れているように思えますが、それでも納得してしまうのは、この描写力と、これまで培われてきたキャラクター像があってのことと納得であります。
(リアリストの海坂、人情肌の雷音、理想主義の夏海というのはやはりよいバランスだと、今更ながらに感心)


 その他、今月号では『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』単行本第2巻発売記念として、2Pの特別ショートマンガが掲載されているのが嬉しいところ。
 連載も終わり、寿司屋で静かに酒を酌み交わす島と雨宮の会話の中で、作品内外の雨宮のルーツが語られる番外編を楽しませていただきました。


「コミック乱ツインズ」7月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年7月号 [雑誌]


関連記事
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年6月号

| | トラックバック (0)

2018.05.20

「コミック乱ツインズ」2018年6月号


 今月の「コミック乱ツインズ」誌は、表紙&巻頭カラーが『用心棒稼業』(やまさき拓味)。レギュラー陣に加え、『はんなり半次郎』(叶精作)、『粧 天七捕物控』(樹生ナト)が掲載されています。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 先月に続いて鬼輪こと夏海が主人公の今回は、前後編の後編とも言うべき内容です。
 旅の途中、とある窯元の一家に厄介になった夏海。彼らのもとで生まれて初めて心の安らぎを得た彼は、用心棒稼業を抜けて彼らと暮らすことを選ぶのですが――鬼輪番としての過去が彼を縛ることになります。

 夏海の設定を考えれば(いささか意地の悪いことを言えば)この先どうなるかは二つに一つ――という予想が当たってしまう今回。そういう意味では意外性はありませんが、夏海の血塗られた過去と、悲しみに沈む心を象徴するように、雨の夜(今回もあえて描きにくそうなシチュエーション……)に展開する剣戟が実に素晴らしい。
 駆けつけた坐望と雷音の「用心棒」としての啖呵も実に格好良く印象に残ります。

 それにしても最終ページに「終」とあるのが気になりますが……

『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)
 隠密(トラブルシューター)の裏の顔を持つ漢方医・桃香を主人公とした本作、今回の題材は子供ばかりを狙った人攫い。彼女の顔見知りの母子家庭の娘が、人攫いに遭いながらも何故か戻された一件から、桃香は事件の背後の闇に迫るのですが――その闇があまりにも深く、非道なものなのに仰天します。
 この世界のどこかで起きているある出来事を時代劇に翻案したかのような展開はほとんど類例がなく、驚かされます。

 一方、娘を攫った犯人が人間の心を蘇らせる様を(色っぽいシーンを入れつつ)巧みに描いた上で、ラストに桃香の心意気を見せるのも心憎い。前後編の前編ですが、後編で幸せな結末となることを祈ります。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 今回から原作第3巻『秋霜の撃』に突入した本作。六代将軍家宣が没し、後ろ盾を失ったことで一気に江戸城内での地位が低下した新井白石と、新たな権力者となった間部越前守の狐と狸の化かし合いが始まります。
 その一方、白石がそんな状態であるだけに自分も微妙な立場となった聡四郎は、人違いで謎の武士たちの襲撃を受けるもこれを撃退。しかし相手の流派は柳生新陰流で……

 と第1回から不穏な空気しかない新展開ですが、聡四郎を完全に喰っているのは、白石のくどいビジュアルと俗物感溢れる暗躍ぶり(キャラのビジュアル化の巧みさは、本当にこの漫画版の収穫だと思います)。
 そんな暑苦しくもジメジメした展開の中で、聡四郎を想って愁いに沈んだり笑ったりと百面相を見せる紅さんはまさに一服の清涼剤であります。

『鬼切丸伝』(楠桂)
 今回はぐっと時代は下って江戸時代前期、尾張での切支丹迫害(おそらくは濃尾崩れ)を描くエピソードの前編。幕府や大名により切支丹が無残に拷問され、処刑されていく中、その怨念から切支丹の鬼が生まれることになります。
 切支丹であれ鬼を滅することができるのは鬼切丸のみ――のはずが、その慈愛と赦しで鬼になりかけた者を救った伴天連と出会った鬼切丸の少年。それから数十年後、再び切支丹の鬼と対峙した少年は、その鬼を滅する盲目の尼僧・華蓮尼と出会うこととなります。

 鬼が生まれる理由もその力も様々であれば、その鬼と対する者も様々であることを描いてきた本作。今回は日本の鬼除けの札も通じない(以前は日本の鬼に切支丹の祈りは通じませんでしたが)弾圧された切支丹の怨念が生んだ鬼が登場しますが、それでも斬ることができるのが鬼切丸の恐ろしさであります。
 しかし今回の中心となるのは、少年と華蓮尼の対話でしょう。己の母もまた尼僧であったことから、その尼僧に複雑な感情を抱く少年に対し、彼の鬼を斬るのみの生をも許すと告げる華蓮ですが……

 しかし鬼から人々を救った尼僧の正体は、金髪碧眼の少女――頭巾で金髪を、目を閉じて碧眼を隠してきた(これはこれで豪快だなあ)彼女は、役人に囚われることに……
 禁忌に産まれたと語る尼僧の過去――は何となく予想がつきますが、さて彼女がどのような運命を辿ることになるのか? いつものことながら後編を読むのが怖い作品です。

 その他、今号では『カムヤライド』(久正人)、『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)が印象に残ったところです。

「コミック乱ツインズ」2018年6月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年6月号 [雑誌]

関連記事
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その二)

| | トラックバック (0)

2018.04.21

平谷美樹『江戸城 御掃除之者! 玉を磨く』 役人たちの矜持と意地を見よ!


 今年に入ってからわずか数ヶ月の間に『義経暗殺』『鍬ヶ崎心中』と力作を送り出してきた作者の次なる作品は、江戸城の掃除を担当する御掃除之者たちを描くユーモア時代小説の第3弾。今回もまた、御掃除者たちが思いも寄らぬ厄介事に巻き込まれては奮闘を繰り広げることになります。

 江戸城の掃除を担当する御家人・江戸城御掃除之者を束ねる組頭の一人である山野小左衛門。自分たちの地味な仕事にプライドを持ち、日々掃除に精を出してきた彼と配下たちですが、最近はおかしな事件に巻き込まれてばかりなのが悩みの種であります。
 どの事件も掃除に関わるものではありますが、どう考えても本来業務外の――それでも断るに断れない――仕事を押しつけられ、時に文字通り命懸けで奔走する羽目になったり、時に将軍吉宗と対面したりと、小左衛門たちの毎日はまことに波瀾万丈なのです。。

 そして今回彼らが巻き込まれる最初の案件は、江戸町奉行所――大岡忠相から持ち込まれたもの。生前、勝手方勘定衆として務め、役目を離れた後に大量のゴミを集めた末に亡くなった旗本・小野忠兵衛の屋敷の掃除を依頼されたのです。
 いかに掃除とはいえ、旗本屋敷の掃除は明らかに担当外。とはいえ、今をときめく江戸町奉行から持ち込まれた案件を断るわけにはいかない――と、小左衛門たちは芥屋敷の片付けに駆り出されるのでした。

 しかし奉行所からの依頼が、ただの掃除であるはずがありません。忠兵衛が役を離れた後も勘定衆時代の上役が彼の面倒を見ていたこと、禄に見合わぬ茶道楽に耽っていたことから、小左衛門たちは忠兵衛がある秘密を隠していたのではないかと考えるのですが……

 そんな第一話「小野忠兵衛様御屋敷御掃除の事」は、何ともタイムリーに感じられるエピソード。忠兵衛は上役の秘密をどこに隠したのか? あるいはそんな秘密などなく、忠兵衛は単に曖昧になっただけなのか? 次から次へと変わる状況に、小左衛門らは頭を悩ますことになります。
 そのミステリとしての面白さ、そして複雑な状況に頭を悩ます小左衛門を支える配下たちの暖かさと、見所は様々ですが、しかし何よりも印象に残るのは、全てが明かされた後に小左衛門が忠相にぶつける言葉でしょう。

 自分たち役人だって人間だ、勝手に上の意志を忖度させられた責任まで押しつけられて、そうそう黙ってられるものか!
 ……とまでは言わないまでも、そんな想いが込められた言葉は、我々現代の勤め人にとって、いやこの社会に生きる者にとって、何とも痛快に感じられるのであります。


 そして前後編的性格の、残る二話――「戸山御屋敷御掃除の事」「寛永寺双子堂御掃除合戦の事」も実に楽しいエピソードです。
 前者では小左衛門たちが戸山の尾張藩下屋敷に掃除指南に出向き、後者では江戸城の掃除担当の座を賭けて民間の相似業者と掃除勝負に挑むのですが――しかしその双方の背後に潜むのは尾張徳川家の思惑なのです。

 これまで管轄外の仕事ばかり押しつけられ、何とか解決してきた小左衛門たちを、こともあろうに尾張家は吉宗直属の凄腕隠密集団と誤認。その化けの皮を剥がし、恥をかかせんと尾張の隠密・御土居下組を用いて小左衛門たちを狙ってきたのであります。
 もちろんこれは勘違い以外の何者でもないのですが、勝手に疑心暗鬼に陥った尾張家は、小左衛門たちの一挙手一投足に警戒し、驚かされる羽目に……

 いやはや、ごくごく普通の人間が大物と誤解されて、周囲に振り回されたり振り回したり――というのはコメディのパターンの一つですが、それが本作ではエスカレートした末に、普通の掃除人vs忍者の攻防戦にまで展開してしまうのが実に楽しい。
 しかもそれだけに終わらずに、行政のアウトソーシングという問題を扱ったり(そしてそれに対する吉宗の回答も素晴らしい)、本シリーズの背骨ともいうべき、小左衛門の二人の息子を巡る面倒な状況が絡んできたりと、一ひねりも二ひねりもある展開を、最後まで楽しませていただきました。

 特に後者は、ようやく長男が心を開いて御掃除者見習いとなった一方で、次男の方は相変わらず父の仕事を嫌って反抗期、兄弟同士も微妙な空気に――と何とも身につまされる人も多そうな展開。

 それが今回も動きがあるのですが――いやはや、雨降って地固まるとはなかなかいかないものです。
 果たしてこの先、小左衛門たちを如何なる厄介事が待ち受けているのか。そして二人の子供との関係は――小左衛門には申し訳ありませんが、彼の奮闘ぶりが楽しくて仕方ないシリーズであります。


『江戸城 御掃除之者! 玉を磨く』(平谷美樹 角川文庫) Amazon
江戸城 御掃除之者! 玉を磨く (角川文庫)


関連記事
 平谷美樹『江戸城 御掃除之者!』 物と場所、そして想いを綺麗に磨くプロの技
 平谷美樹『江戸城 御掃除之者! 地を掃う』 掃除のプロ、再び謎と怪事件に挑む!?

| | トラックバック (0)

2018.04.18

「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その一)


 今月の「コミック乱ツインズ」誌の巻頭カラーは、ついに「熾火」編が完結の『勘定吟味役異聞』。その他、レギュラー陣に加えて小島剛夕の名作再録シリーズで『薄墨主水地獄帖』が掲載されています。今回も印象に残った作品を一作ずつ紹介いたします。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 上で述べたように、原作第2巻『熾火』をベースとした物語も今回でついに完結。吉原の公許を取り消すべく、神君御免状を求めて吉原に殴り込んだ聡四郎と玄馬は忘八の群れを蹴散らし、ついに最強の敵剣士・山形と聡四郎の一騎打ちに……

 というわけで大いに盛り上がったままラストに突入した今回ですが、冒頭を除けば対話がメインの展開。それゆえバトルの連続の前回に比べれば大人しい展開にも見えますが、遊女の砦を束ねる「君がてて」――当代甚右衛門の気構えが印象に残ります。(そしてもう一つ、甚右衛門の言葉で忘八たちが正気(?)に返っていく描写も面白い)
 しかし結局吉原の扱いは――というところで後半急展開、新井白石の後ろ盾であった家宣が亡くなるという激動の一方で、今回の一件の黒幕たちの暗躍は続き、そして更なる波乱の種が、という見事なヒキで、次号からの新章、原作第3巻『秋霜の撃』に続きます。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 日本に鉄道を根付かせるために奔走してきた男たちを描いてきた本作も、まことに残念なことに今号で完結。道半ばで鉄道院を去ることとなった島安次郎の跡を継ぐ者はやはり……

 鉄道院技監(現代のものから類推すればナンバー2)の立場に就きながらも、悲願である鉄道広軌化は政争に巻き込まれて遅々と進まない状況の安次郎。ついに鉄道院を飛び出すこととなった安次郎の背中を見てきた息子・秀雄は、ある決断を下すことになります。
 そして安次郎が抜けた後も現場で活躍してきた雨宮も、安次郎のもう一つの悲願の実現を期に――というわけで、常に物語の中心に在った二人のエンジニールの退場を以て、物語は幕を下ろすことになります。

 役人にして技術者であった安次郎と、機関手にして職人であった雨宮と――鉄道という絆で深く結ばれつつも、必ずしも同じ道を行くとは限らなかった二人の姿は、最終回においても変わることはありません。それは悲しくもありつつも、時代が前に進む原動力として、必要なことだったのでしょう。
 彼らの意思を三人目のエンジニールが受け継ぐという結末は、ある意味予想できるところではありますが、しかしその後の歴史を考えれば、やはり感慨深いものがあります。本誌においては異色作ではありますが、内容豊かな作品であったと感じます。


『カムヤライド』(久正人)
 快調に展開する古代変身ヒーローアクションも早くも第4回。今回の物語は菟狭(宇佐)から瀬戸内へ、海上を舞台に描かれることになります。天孫降臨の地・高千穂で国津神覚醒の謎の一端を見たモンコとヤマトタケル。その時の戦いでモンコから神弓・弟彦公を与えられたヤマトタケルは絶好調、冒頭から菟狭の国津神を弟彦公で一蹴して……

 というわけでタケルのドヤ顔がたっぷりと拝める今回。開幕緊縛要員だったくせに! というのはさておき、そうそううまくいくことはないわけで――というわけで「国津神」の意外な正体も面白い展開であります。
 ただ、まだ第4回の時点で言うのもいかがと思いますが、バトル中心の物語展開は、毎回あっと言う間に読み終わってしまうのが少々食い足りないところではあります。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 ついに動き出した伯父・最上義光によって形成された伊達包囲網。色々な意味で厄介な相手を迎えて、政宗は――という今回。最初の戦いはあっさりと終わり、まずはジャブの応酬と言ったところですが、正直なところ(関東・中部の争いに比べれば)馴染みが薄い東北での争いを、ギャグをきっちり交えて描写してみせるのはいつもながら感心します。
 そんな大きな話の一方で、義光の妹であり、政宗の母である義姫が病んでいく様を重ねていくのも、らしいところでしょう。

 そして作者のファンとしては、一コマだけ(それもイメージとして)この時代の天下人たるあの人物が登場するのも、今後の展開を予感させて大いに楽しみなところです。
(しかし包囲網といえばやっぱり信長包囲網が連想されるなあ――と思いきや、思い切り作中で言及されるのも可笑しい)


 長くなりましたので次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2018年5月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年5月号 [雑誌]


関連記事
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その二)

| | トラックバック (0)

2018.04.16

平谷美樹『義経暗殺』(その二) 天才探偵が見た奥州藤原氏の最期と希望


 平谷美樹が源義経の死と奥州藤原氏の滅亡を題材に、極めて個性的な切り口から描く時代ミステリ『義経暗殺』の紹介の後編であります。本作の主人公・清原実俊のユニークで魅力的なキャラクターとは……

 実は本作の探偵役・実俊は、史実では「吾妻鏡」にその名が見える人物。藤原氏を滅ぼした後の頼朝の前に、弟とともに現れて奥州を案内し、そしてそのまま鎌倉の御家人となったと言われている人物です。
 作者の作品では、先に挙げた『義経になった男』の終盤でもある重要な役割を果たしているのですが――しかし本作の実俊は、史実や過去の作品に比べて、遙かにインパクトのある、いやアクの強い男として描かれます。

 身分としては大帳所(文書庫)の司という中級の文官に過ぎない実俊ですが、一度見たものは決して忘れずにそらんじてみせるほどの記憶力と、わずからデータからたちまちのうちに全体像を解き明かしてみせる推理力で、周囲からは一目も二目も置かれている男。
 が、そんな彼は極度の人付き合いの下手さを誇る――要するに極めて傲岸不遜な人物でもあります。何しろ自分の直属の上司どころか、奥州の支配者である藤原一族、泰衡に対しても呼び捨てなのですから筋金入りです。

 当然のことながら行く先々で要らぬ騒動を起こす彼のフォローに奔走するのは、彼の忠実な従者である葛丸。実俊の口の悪さにも負けず、社会性ゼロの主を時に押さえ、時に引っ張り回す葛丸は、実は故あって男装の少女――というのも面白い。
 実は葛丸は密かに実俊を……なのですが、激ニブの実俊は全く気づかないというのも、お約束ながら実に楽しいところであります。

 そしてこの二人に、口先だけで腕っ節はからっきしの兄とは正反対の、武人で常識人の検非違使・実昌も加えたトリオの姿は、重くなりがちな物語に明るい色彩を加える効果を挙げています。


 しかし、実俊は、天才型探偵にありがちなエキセントリックな人物としてのみ描かれているのではありません。
 彼のその傲岸不遜さは、(本人はほとんど全く自覚していませんが)彼の内面を守るための態度、滅多にいない心惹かれた者を失うことを恐れる彼の心の表れなのであります。

 そしてそんな彼がかつてその感情を覚えた相手、そして新たに覚えることとなる相手が誰であるか――その彼の心の動きもまた、本作の重要な要素であります。
 それはもちろん、主人公の内面の成長という大きなドラマであるのですが――しかしそれに留まらず。本作の謎を解き明かした先にある史実、すなわち奥州藤原氏の滅びにおいて彼が何を見て、何を想うかに密接に関わってくるのですから。

 そう、本作は義経の死の謎を描く時代ミステリと同時に、奥州藤原氏の、そして彼らが築いた平泉という理想郷の滅びを描く歴史小説でもあります。
 その滅びに際して、藤原氏の人々が何を想い、何を遺したのか? それは先に挙げた作者の作品においても描かれてきたところですが、本作はそこに実俊という探偵――冷静な目と心によって真実を見つめ、解き明かし、語る存在を通すことにより、より鮮明に浮き彫りにすることに成功しているのです。


 文庫の折り込み広告に記された本作の紹介文には「熱い思いが落涙を呼ぶ」という一節があります。
 正直なところ、これを最初目にした時には、こういった作品にまで泣かせを求めるのか――といささか鼻白んだものですが、しかし実際に本作を結末まで読んでみれば、なるほどこれは間違っていない、と想いを改めました。

 義経の死に始まる奥州戦争。その結果、 「出羽、陸奥国は、俘囚の国よとさげすまれ、常に搾取されるばかりとなる。百年、二百年、千年たってもそれは変わらぬであろう」
という作中の言葉は現実のものとなるのですが――しかしそれでもなお、その先に何かを遺すべく生きた人々がいた……
 それが胸を打たないはずがあるでしょうか。

 一人の英雄の死は、悲劇の物語としていつまでも語り継がれ、その背後の無数の死は忘れ去られていく。しかしそれでも、決して忘れられないものがある。消え去らないものがある……
 本作は興趣に富んだ時代ミステリの名編であると同時に、そんな想いを込めた希望の物語――やはり作者ならではの、作者でしか描けない物語であると強く感じた次第です。


『義経暗殺』(平谷美樹 双葉文庫) Amazon
義経暗殺 (双葉文庫)


関連記事
 「義経になった男 1 三人の義経」 義経たちと奥州平泉の精神と
 「義経になった男 2 壇ノ浦」 平家滅亡の先の真実
 「義経になった男 3 義経北行」 二つの呪いがもたらすもの
 「義経になった男 4 奥州合戦」 そして呪いと夢の果てに

 「藪の奥 眠る義経秘宝」 秘宝が導く人間への、文化への希望

| | トラックバック (0)

2018.04.15

平谷美樹『義経暗殺』(その一) 英雄の死の陰に潜むホワイダニット


 兄に疎まれて奥州平泉に逃れた末、藤原泰衡に攻められて自刃したという悲劇の英雄・源義経。これまで幾度も義経と奥州藤原氏を題材としてきた作者が新たに描くのは、その義経が実は何者かに殺されていた、という意外な設定の時代ミステリであります。

 義経の影武者となった蝦夷の青年の目から源平合戦と奥州合戦を描く『義経になった男』(作者の歴史時代小説デビュー作でもあります)、かのシュリーマンが幕末に密かに来日して平泉に眠るという秘宝を追う『藪の奥 眠る義経秘宝』……

 東北を舞台とした作品が多い作者にとって、義経と奥州藤原氏は馴染み深い、というより扱う必然がある題材と言うべきかもしれません。
 そこに新たに加わったのが本作――タイトルの時点で非常にインパクトがありますが、内容の方はそれに負けない見事な作品。紛れもなく時代ミステリの名品であります。

 時は1189年、2年前に平泉に逃げ込んだ義経が、妻子を道連れに自害していたのが発見されたことから、物語は始まります。
 その状況に不審を抱いた藤原泰衡は、博覧強記にして記憶力抜群で知られる官吏・清原実俊に調査を依頼。かつて義経とはある縁のあった実俊は、現場を検分してたちどころに不自然な点を発見、これは他殺であると断じるのでした。

 兄・頼朝との対立の果てに、平泉に身を寄せた義経。庇護者であった藤原秀衡も義経が現れてからほどなく没し、藤原氏は鎌倉の求め通り義経を討たんとする泰衡・国衡と、義経を奉じて鎌倉と戦おうとする忠衡らに分かれ、いつ爆発してもおかしくない状態であります。
 さらに平泉には無数の鎌倉の間者も入り込んでいる状況で、ある意味、義経がいつ殺されてもおかしくはない状況だったのですが――しかし、だとしたら彼は何故自刃を装わされなければならなかったのか?

 これが鎌倉の刺客や、泰衡らの仕業であれば、堂々と義経を殺せばよい。しかしそうしなかったのは何故なのか?
 その矛盾に悩む実俊ですが、その一方で義経の家来である常陸坊海尊が義経の死と前後して姿を消し、平泉に残された武蔵坊弁慶らも不穏の動きを見せます。

 わずかな糸口から謎を追う中、意外極まりないもう一つの殺人の存在を知る実俊。そしてついに実俊がたどり着いた真実――事件の真犯人とその動機とは……


 と、意外な発端から、この時代と場所ならではのシチュエーションをもって、きっちりと時代ミステリを成立させてみせた本作。
 時代ミステリには有名人探偵ものというべき作品がありますが、さしずめ本作は有名人被害者ものと言うべきでしょうか。誰もが知る義経の悲劇的な死の真実、という趣向の見事さにまず唸らされます。
(ちなみに主人公の実俊はもちろんのこと、本作の登場人物のほとんどは実在の人物であります)

 何しろ義経の周囲は容疑者だらけ。義経を奥州百年の平和を乱す存在として除こうとしていた泰衡を筆頭に、嫡男でありながら母が蝦夷であったために家督を継げず複雑なものを抱えた国衡、対鎌倉の旗印となるべき義経が煮え切らない態度なのに不満を抱いていた忠衡……
 そんな複雑な状況(この辺りの各人の立ち位置は史実のそれを踏まえたものではあります)が、それがそのまま容疑者としての動機にスライドしていくのが面白い。

 そして何よりも、犯人探しに留まらず、その犯行の動機を――特に自害を装わせた点を問うというのが本作の最大の特徴と言えるでしょう。
 その不自然さについては上で述べたとおりですが、それでは何故、義経は自害という形で殺されたのか? そこにあるのは変形のホワイダニットとも言うべき謎であり、時代ミステリとしての本作の面白さをさらに高めているのであります。


 しかし本作の魅力はそれだけに留まりません。主人公のキャラクターもまた、なかなかに魅力的なのです。
 それは――長くなりますので、次回に続きます。


『義経暗殺』(平谷美樹 双葉文庫) Amazon
義経暗殺 (双葉文庫)


関連記事
 「義経になった男 1 三人の義経」 義経たちと奥州平泉の精神と
 「義経になった男 2 壇ノ浦」 平家滅亡の先の真実
 「義経になった男 3 義経北行」 二つの呪いがもたらすもの
 「義経になった男 4 奥州合戦」 そして呪いと夢の果てに

 「藪の奥 眠る義経秘宝」 秘宝が導く人間への、文化への希望

| | トラックバック (0)

2018.03.28

原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第11巻 小さな戦の大きな大きな意味

 巻数は二桁に突入したものの、まだまだ信長の向かう先は遠く長い本作。父・信秀を失った彼の新たなる戦いの始まりがここで描かれることになります。その戦いの相手とは、そしてその行方は……

 父・信秀(の影武者)を亡くし織田家の当主となった信長。しかし母と弟をはじめとして、織田家中は今川という大敵を前にしてもバラバラの状況であります。
 そんな貴様らが父を殺した! と父の葬儀で親族列席者一同に豪快に末香を叩きつけた信長は、早くも動き出した裏切り者を相手に戦いを挑むことになります。

 その相手とは、山口教吉――鳴海城主・山口教継の子であり、父ともども早々に今川に寝返って尾張を切り取らんと企む男であります。

 今川家の戦いの最初の一歩として山口家討伐を決意した信長は、その教吉が籠もる桜中村城に向かうものの、彼の手勢は小姓と馬回り合わせて八百、かたや山口勢は千五百。
 およそ二倍の戦力差があっても信長軍は意気軒昂、命知らずの若者たちとともに奇策で臨む信長の戦いの行方は……


 というわけで、この巻で描かれるのは赤塚の戦い――と言われても何? という印象の相当にマイナーな戦ですが、これは信長が信秀亡き後、織田家の当主となって初の戦いといわれる一戦であります。
 信長と、その出陣を見て打って出た教吉が城近くの赤塚で激突したこの戦、史実に残るところではかなりグダグダの戦いだったらしく、結果としては引き分けに終わったと記録されていますが――しかし本作はあまりにも地味なこの戦を、実に「らしい」形で盛り上げて描きます。

 何しろ、本作の信長には、ある意味彼以上にイキのいい若い連中がつき従っています。
 物語の始まりから信長についてきた者、途中の冒険から加わった者と実に様々ですが、いつの間にかその顔ぶれも多士済々。正直誰が誰かという感じにもなってきましたが――それはともかく、見開きで描かれた信長と仲間たちの勢ぞろいのビジュアルは、実にテンションが上がるものがあります。

 そしてそんな中でもとびきり目立っているのが、前巻のラストに登場した少年・孫太。
 信秀の影武者の子だった父亡き後自分たちも殺されると焦っていたところに現れた信長が、殺すどころか父を丁寧に弔い、百姓の自分を家来に加えてくれたことで、彼のテンションは常にMAXであります。

 とんでもない脚力を持つ彼は、ことあるごとに信長の傍らで跳ね回るのですが、そんな彼をライバル視する槍使いの犬千代の意気も軒昂で――と、この犬千代は言うまでもなく後の前田利家、だとすれば百姓出身の孫太は、と考えさせられるのも楽しいところであります。

 何はともあれ、そんな健康優良不良少年の群れを率いる信長が、さらにいかにも彼らしい悪戯めいた策(そのビジュアルがまた妙に可笑しい)をもって暴れ回るのですから、ただで済むはずもありません。
 結果としては史実どおりの引き分けですが、ここに描かれたものは、信長らしさ横溢の横綱相撲と言うべきでしょう。

 ……というかこの戦、ひげ船長のようなあからさまにおかしなキャラはほとんどいないにもかかわらず、登場人物のテンションが異常に高く、その状態が最後まで続くのが、これまた「らしい」ところという印象です。


 確かに、形としては小競り合いに近い戦いであります。この規模の戦にほぼ一巻かけて、この先どうするのだろう――という印象も正直なところあります。

 しかし逆に言えばそれで一冊保たせてしまうのが作者の技というもの。そして何よりも、作中で信長が仲間たちに告げるように、これこそが信長たちと今川とのいくさの始まりであります。
 そうだとすれば、史実の上では小さなこの戦も、大きな大きな意味を持つと見るべきなのでしょう。

 そしてその信長たちの次なるターゲットは、清洲城の実権を握る坂井大膳。作中では、顔面に物ぶつけられてばかりという印象の男ですが、この巻のラストで登場した姿は微妙に大物感があります。

 さて、うつけ者として巧妙に他者の目を眩ましつつ、信長はいかに清洲城を取るのか――本当のいくさを始めたいくさの子の活躍を楽しみにしたいと思います。


『いくさの子 織田三郎信長伝』第11巻(原哲夫&北原星望 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon
いくさの子 ~織田三郎信長伝~ 11 (ゼノンコミックス)


関連記事
 「いくさの子 織田三郎信長伝」第1巻
 「いくさの子 織田三郎信長伝」第2巻 あまりにも原哲夫な…
 「いくさの子 織田三郎信長伝」第3巻 父と子の涙!
 「いくさの子 織田三郎信長伝」第4巻 風雲児、海へ!
 「いくさの子 織田三郎信長伝」第5巻 意外なヒロインと伝説の宝と
 『いくさの子 織田三郎信長伝』第6巻 立ちすぎたキャラクターの善し悪し
 原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第7巻 加速する現代の講談
 原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第8巻 さらばひげ船長! そして新たなる戦いへ
 原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第9巻 内憂外患、嵐の前の静けさ?
 原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第10巻 内憂外患に豪快に挑め!

| | トラックバック (0)

より以前の記事一覧