2017.09.22

『コミック乱ツインズ』2017年10月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2017年10月号の紹介、後編であります。

『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 ついに最終回を迎えた本作。八犬士が、くノ一たちがこぞって死んでいく中、最後に残ったのは信乃と船虫のみ――伊賀甲賀珠の取り合い果たし合いも最終戦であります。

 と、実はこの戦いは原作にはない展開なのですが――しかし物語としては非常に盛り上がる良改変。この号と同時に発売された単行本第1巻に収められた第1話と読み比べれば、ニヤリとさせられる趣向があるのも嬉しいところであります。

 そして結末もまた、原作とは少々違った形なのですが、これがまたいい。原作のもの悲しさとは少々味わいを異にしながらも、よりドラマチックな、そして美しい結末となった本作――もう一つの『忍法八犬伝』として見事に完結したと感じます。
(詳しい紹介は、また単行本の方で)


『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)
 今回も続く将軍家慶の日光社参編。江戸からの、そして京からの刺客が次々と襲う中、ようやく日光にたどり着いた家慶一行ですが、しかし日光例大祭の場でもまた新たな魔手と、思わぬ大自然のトラブルが……

 というわけで、今回もまた、ほとんど鬼役の担当業務外で奮闘を余儀なくされる矢背蔵人介。家慶の父たる大御所・家斉派の送り込んだ刺客、そして朝廷方の静原冠者と、次々と息継ぐまもなく襲いかかるのですが――その刺客たちとの対決模様もさることながら、感心させられるのは、そこに至るまでのシチュエーション作りであります。

 江戸城にいる限りは、食事に毒でも漏られない限り――その時のために蔵人介のような鬼役がいるわけですが――命の危険に晒されることなどまずありえない将軍。その将軍を危機に陥らせるためにはどうすればよいか? この日光社参編は、道中ものの手法を用いて、あの手この手でそのシチュエーションを作り出しているのが実に面白いのです。

 そしてついに数十人、いや数人までに減じてしまった将軍一行。いよいよ物語はクライマックスであります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 四回の長きに渡り描かれてきた「鬼神転生」の章もついに完結。信長の血肉を与えられて復活した四人の武将の戦いもここに決着するのですが……

 秀吉を討たんとした長秀は返り討ちにあい、残るは秀吉・利家・氏郷となった鬼武将。己の子孫を残さんとする秀吉に目をつけられ、拉致された鈴鹿御前あやうし――という形で始まった今回。しかしその窮地は思わぬ急展開を見せ、そして最強の鬼武将・氏郷と激突する鬼切丸の少年。その戦いの行方を左右したものは……

 と、これまでの展開から考えると意外とあっさりと結末を迎えた感のあるこのエピソードですが、鬼武将たちの姿を、そして彼らと相対した鬼切丸の少年の姿を通じ、鬼とは何か、人間とは何かを描いてみせたのは、いかにも本作らしかったと言うべきでしょう。

 そして死闘の果て、鬼切丸の少年も愕然とするような信長鬼の「情」の存在が描かれる結末にも唸らされるのです(……が、冷静に考えればこれは以前にもあったような)。
 しかしまだ信長鬼を引っ張るのは、うーん……


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 「熾火」編も第3回、相変わらず刺客に襲われ続ける聡四郎ですが、ようやく今回の本題である吉原運上金にスポットが当たり、物語が動き出した感があります。
 危機感を強めた吉原の名主衆たちがついに動き出し――と、上田作品らしい展開になってきた今回ですが、今回特に印象に残るのは、紀伊国屋文左衛門が語る、彼の一連の行動の理由でしょう。

 本作に限らず、極めて世俗的な理由で動く敵――いや登場人物がほとんどの上田作品の中でも、数少ない大望を持っていたといえる紀文。
 聡四郎が状況に流され続ける一方で、紀文の姿は自らの道を自らの力で選び取ろうとする者として――その内容や手法に共感できるかは全く別として――ひときわ目立つのです。

 そして印象に残るといえば、紅さん、今回もチョイ役ではありますが、実に可愛らしいツンデレぶりで眼福です。


『コミック乱ツインズ』2017年10月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年10月号 [雑誌]


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2017.07.10

廣嶋玲子『妖怪の子預かります 4 半妖の子』 家族という存在の中の苦しみと救い

 廣島玲子によるちょっとダークな妖怪時代小説の本シリーズも、快調に巻を重ねて早くも第4作目。妖怪の子を預かることとなった少年・弥助を主人公とする本シリーズですが、今回彼の前に現れるのは、少々訳ありの少女――タイトルのとおり、妖怪と人間の血を引く少女なのであります。

 江戸の貧乏長屋に盲目の美青年、実は元・大妖怪の千弥とともに暮らす少年・弥助。
 かつてある事件がきっかけで妖怪の子預かり屋――その名のとおり、妖怪たちの子供を短期間預かる役目を務めることとなった彼は、それ以来、様々な事件に巻き込まれながらも、妖怪たちとの絆を深め、人間として少しずつ成長してきました。

 短編連作集的な性格の強かった前作では千弥の隠された過去が描かれるなど、弥助の出番は少な目だったのですが、本作においては妖怪の子預かり屋としての彼の姿を再びクローズアップ。
 千弥の宿敵の大妖怪・月夜公に仕える三匹の鼠の微笑ましい願い、憑き物付きの手鞠など、いかにも本作らしいユニークさがあったり、ドキッとするような重さのあるエピソードが描かれた先に始まるのが、本作のメイン――半妖の子の物語であります。

 ある日、人間姿の化けいたち・宗鉄が弥助のもとに連れてきた8歳の娘・みお。宗鉄と人間の女性の間に生まれたみおは、最近母親を亡くし、宗鉄との間に深い深い心の溝ができてしまったというのです。
 いえ、溝ができたのは宗鉄との間だけではありません。周囲の全てに対して心を閉ざしたみおは、両目のみが開いた白い仮面をかぶり、外そうとしないのであります。

 途方に暮れた宗鉄からみおを預かったものの、自分に対しても心を開かず、逃げ隠れしてしまうみおに手を焼く弥助。しかしその間も弥助のもとに預けられる妖怪の子たちと触れ合ううちに、みおも少しずつ弥助に心を開いていくのですが……


 毎回、可愛らしい妖怪の子たちが繰り広げる騒動をユーモラスに描きつつも、それと同時に、読んでいるこちらの心にいつまでも残るような、重く、恐ろしく、苦い物語をも描いてきた本シリーズ。
 今回もその苦みは健在なのですが――それを生み出すものは、もちろんみおの境遇にほかなりません。

 妖怪と人間という種族を超えた愛の結晶を授かりつつも、しかしその娘が妖怪の血と姿を引くのではないかと恐れ続け、心を病んだみおの母。
 母に愛されず、そしてその原因となった父を憎み――誰が悪いわけでもない、ほんのわずかの掛け違いで、どうしようもなくすれ違ってしまったみおと両親の姿は、「家族」という普遍的な存在を背景にしているだけに、幾度もこちらの心に突き刺さるのであります。

 そしてそれは、終盤に登場する、みおのネガともいえる存在、あるいはあり得たかもしれない彼女の未来の姿と対比されることで、より鮮烈に感じられるのです
(さらにいえば、ここでみおと家族の姿に仮託されるものが、現代社会でしばしば見られるものであることに、児童文学者として活躍してきた作者の視点を感じた次第)


 はたしてみおと宗鉄は救われるのか、いや、弥助はみおを救うことができるのか――その答えはここで書くまでもないことではありますが、微笑ましく、何よりもキャラクターたちの個性がよく表れた結末は、必見であります。

 と思いきや、ラストには思わぬ人物の口から次作への引きが飛び出し、まだまだ広がる本シリーズ。冬に登場予定の次作がまた楽しみなのです。


『妖怪の子預かります 4 半妖の子』(廣嶋玲子 創元推理文庫) Amazon
半妖の子 (妖怪の子預かります4) (創元推理文庫)


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2017.07.06

『決戦! 新選組』(その一)

 一つの合戦を舞台に、そこに参加した様々な武将たちの姿を一人一作で描く『決戦!』シリーズ。非常にユニークな試みだけに、戦国時代以外でもいけるのではないか、と考えていたところに登場したのが本書――幕末最強の戦闘集団たる新選組を題材とした一冊であります。

 これまでのシリーズとは異なり、一つの合戦ではなく(池田屋や鳥羽伏見でも面白かったとは思いますが)、「新選組」という組織とそこに集った人々の姿を、芹沢暗殺から五稜郭まで、時代を追って描く本書。
 趣向がいささか異なるためか、登板する作家もニューフェイスが含まれているのも魅力的なところ、ここでは一作ずつ紹介していくこととしましょう。

『鬼火』(葉室麟)
 決戦シリーズのほぼ常連である作者による本作の主人公は沖田総司、描かれる事件は芹沢鴨暗殺――ある意味鉄板の組み合わせですが、しかし沖田にある過去を設定することで、彼の不安定な胸のうちを描き出します。
 それは沖田が幼い頃、見ず知らずの浪人に性的に暴行されていたという過去――その経験から心を凍てつかせ、うわべだけの喜怒哀楽を見せるようになった彼の心は、芹沢との出会いで大きく動いていくこととなるのです。

 沖田と芹沢という、ある意味水と油の二人は、実はそれだけに描かれることが多い組み合わせではあります。
 そんな中で本作は、それぞれに胸の内に深い屈託を抱えた――芹沢もまた、単純粗暴なだけの男としては描かれない――人物として描くことにより、互いを補い合い、求め合う存在として二人を描き出すことになります。

 しかしその果てに待つものが何であるかは、史実が示すとおり。そしてその時に沖田の胸に去来するものは――ある意味鉄板の内容ではありますが、それだけに作者の職人芸的うまさが光る作品であります。


『戦いを避ける』(門井慶喜)
 新選組の名を一躍高めた池田屋事件。本作はその事件での局長・近藤勇の姿を描きます――非常に個性的な角度から。

 不逞浪士を追い、市中を探索する中、池田屋で不逞浪士たちを発見した近藤。しかし近藤の心中にあるのは困惑と焦燥――まさか自分の方が「当たり」を掴むと思わなかった近藤は、別働隊が早く到着するよう、出来る限り戦いを引き延ばそうとするのであります。
 しかしそのいわば片八百長を仕掛けた理由は決して怯懦などからではなく、周平のため――そう、養子とした周平に手柄を立てさせるためだったのであります。

 近藤に見込まれてその養子となった周平。しかしその後何故か養子を取り消され、天寿を全うしてしまった(?)ことから、フィクションの世界でも芳しくない扱いの周平ですが、本作の周平は、これまでとは一風異なる人物として描かれます。
 さらにそこに、周平が板倉周防守の落胤だった説を絡めることで、近藤の深謀遠慮を浮かび上がらせる本作。しかし――だからこそ、ラストに描かれる悲喜劇のインパクトが強烈に浮かび上がるのです。

 ただ、個人的にはちょっと文体が苦手というのが正直なところではあります。


『足りぬ月』(小松エメル)
 個人的には、最近の作家で新選組で隊士個人を主人公とした短編集とくれば、真っ先に名を挙げたくなる作者の作品。藤堂平助を主人公に、油小路の決闘を描いた本作は、その期待に十二分に応える作品であります。

 津藩藤堂家の落胤とも言われる藤堂。しかし本作においては冒頭から、そこに彼の生き方を決定するような痛烈な裏切りと偽りを描き出します。以来、自分が世に出るためのいわば踏み台となる相手を探し求めて生きてきた藤堂。山南、近藤、伊東――次々と相手を乗り換えてきた彼が最期に見たものとは……

 「魁先生」の渾名からか、直情径行な若者として、あるいは原田や永倉、沖田らと若者同士の交流が描かれることが多い藤堂。しかし本作は、そんな彼を、上に這い上がろうとひたすらにあがく青年として描き出します。
 一歩間違えれば嫌悪感を招きかねないその姿も、しかしその根底にあるものを我々が知っていることで、むしろ彼の深い喪失感を際立たせるのであります。

 冒頭で触れたように近年は新選組隊士個人にスポットを当てた作品で活躍する作者らしい好編。そちらの作品群と繋がる世界観を感じさせる内容も嬉しいところであります。

 残り三編は次回紹介いたします。


『決戦! 新選組』(葉室麟ほか 講談社) Amazon
決戦!新選組


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 『決戦! 関ヶ原』(その二) 勝者と敗者の間に
 『決戦! 関ヶ原』(その三) 関ヶ原という多様性
 『決戦! 大坂城』(その一) 豪華競作アンソロジー再び
 『決戦! 大坂城』(その二) 「らしさ」横溢の名品たち
 『決戦! 大坂城』(その三) 中心の見えぬ戦いの果てに
 『決戦! 本能寺』(その一) 武田の心と織田の血を繋ぐ者
 『決戦! 本能寺』(その二) 死線に燃え尽きた者と復讐の情にのたうつ者
 『決戦! 本能寺』(その三) 平和と文化を愛する者と戦いと争乱を好む者
 『決戦! 川中島』(その一) 決戦の場で「戦う者」たち
 『決戦! 川中島』(その二) 奇想と戦いの果てに待つもの
 『決戦! 桶狭間』(その一)
 『決戦! 桶狭間』(その二)

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2017.06.30

入門者向け時代伝奇小説百選 古代-平安(その二)

51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)


 入門者向け時代伝奇小説百選、平安ものの後編であります。

51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 突然人の命を奪う鬼撃病が流行し、怪異が頻発する都。この事態を収めるべく奔走する齢84歳の晴明は、自分が少年となった夢を見て以降、徐々に若返り、陰陽師の力を失っていきます。
 自分が夢の中で光源氏と一体化してしまったことを知る晴明。さらに現実世界と、「源氏物語」の物語世界が入り交じるような出来事が次々と起こって……

 平安の有名人・安倍晴明。そして平安を代表する物語「源氏物語」――本作はその両者を組み合わせるという趣向のみならず、現実が物語と混淆し、侵食されていくという、一種の物語の怪を描きます。しかしそこに、政略の道具とされてきた二人の女性が、自分の物語を取り戻す様が重ね合わされることで、本作の物語は深みを増します。
 ユニークな伝奇物語であるだけでなく、同時に物語の力を様々な側面から描く快作です。


52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 独特の美意識に貫かれた伝奇物語を発表してきた作者が、日本最初の物語と日本最大の物語の奇妙な交錯を描く作品であります。

 自らの物語の書き出しに悩むある女性が手にした秘巻「かがやく月の宮」。かぐや姫の物語を記したそれは、しかし巷間に知られた竹取物語とは似て非なる物語を語ることになります。
 そして徐々に明らかになっていくかぐや姫の正体。仙道書「抱朴子」に記された玉女とは、波斯で月狂外道に崇められた月の女神とは……

 海を越えて展開する幻妖華麗な世界と同時に、その根底にある深い「孤独」の存在を描いてきた作者。本作はその孤独を、日輪に比されるこの国の帝のそれとして描き、日と月の出会いの先に、奇妙な救いを描き出します。 さらにそこから新たな物語の誕生が生まれるのも面白い、作者ならではの奇想に満ちた物語です。


53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 少女向けの平安伝奇を中心に活躍してきた作者が一般読者向けに描く本作は、実に作者らしいコミカルでエキセントリックな物語であるります。
 タイトルの「ばけもの好む中将」とは、左近衛中将宣能のこと。右大臣の御曹司にして容姿端麗な彼は、しかし怪異が好きでたまらず、わざわざ探しに出かけてしまう奇人であります。

 そんな宣能と、何故か彼に気に入られてしまった中流貴族の青年・宗孝。二人が怪異を求めて繰り広げる珍騒動は、作者が自家薬籠中とする平安コメディの楽しさに満ちています。
 その一方で、「怪異」の中に浮かび上がる人間模様もまた興味深い。特に各エピソードに絡む宗孝の十二人の(!)姉のキャラクターは、歴史の表舞台には現れない当時の女性たちの姿を掘り下げることで、本作に可笑しさに留まらない味わいを与えているのです。

(その他おすすめ)
『暗夜鬼譚 春宵白梅花』(瀬川貴次) Amazon


54.『風神秘抄』(荻原規子) 【児童文学】 Amazon
 古代を舞台とした「勾玉三部作」の作者が、その先の平安末期を舞台に描くボーイミーツガールの物語です。

 平治の乱に敗れ、一人生き残った源義平の郎党・草十郎。笛のみを友に生きてきた彼は、自分の笛と共鳴する舞を見せる白拍子の少女・糸世と出会い、惹かれ合うようになります。
 時空さえ歪めるほど自分たちの笛と舞の力で、幼い源頼朝の運命を変えようとする草十郎。しかしその力に後白河法皇が目をつけて……

 文字通り時空を超えるファンタジーであると同時に、実在の人物を配置した歴史ものでもある本作。その中では、神の世界と人の世界の合間で、自分の価値と居場所を求めて彷徨う少年少女の姿を描き出されることになります。
 草十郎にまとわりつくカラス、鳥彦王のキャラクターも魅力的で、重たくも明るく、微笑ましさすら感じさせる快作です。

(その他おすすめ)
『あまねく神竜住まう国』(荻原規子) Amazon


55.『花月秘拳行』(火坂雅志) Amazon
 後に大河ドラマ原作をも手がけた作者のデビュー作――平安末期を舞台とした奇想天外な拳法アクションであります。
 漂泊の歌人として歌枕を訪ねて陸奥へ旅立った西行。しかし実は彼は藤原貴族の間に連綿と伝えられてきた伝説の秘拳「明月五拳」の達人。もうひとつの秘拳「暗花十二拳」の謎を求める彼の行く手には、恐るべき強敵たちの姿が……

 西行といえば人造人間製造など、逸話には事欠かない人物。しかし本作は、その彼に歌人としての要素を踏まえつつ、拳法の達人というキャラクターを与えたのが素晴らしい。
 さらに、暗花十二拳を大和朝廷に怨みを持つまつろわぬ民の末裔に伝わる拳法と設定したのも見事。秘術比べの域を超え、歴史の陰に隠された怨念の系譜を浮かび上がらせることで、本作は優れた伝奇ものとして成立しているのです。


(その他おすすめ)
『人造記』(東郷隆) Amazon
『宿神』(夢枕獏) Amazon



今回紹介した本
安倍晴明あやかし鬼譚 (徳間文庫)かがやく月の宮ばけもの好む中将―平安不思議めぐり (集英社文庫)風神秘抄【上下合本版】 (徳間文庫)花月秘拳行 (角川文庫)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「安倍晴明あやかし鬼譚」(その一) 晴明と紫式部、取り合わせの妙を超えるもの
 「かがやく月の宮」 奇想と孤独に満ちた秘巻竹取物語
 「ばけもの好む中将 平安不思議めぐり」 怪異という多様性を求めて
 荻原規子『風神秘抄』上巻 歌舞音曲が結びつけた二人の向かう先に
 「花月秘拳行」 衝撃のデビュー作!?

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2017.06.13

平谷美樹『でんでら国』(小学館文庫)の解説を担当いたしました

 約一年ぶりのお仕事の報告であります。今月6日に小学館文庫から発売された平谷美樹『でんでら国』の解説を担当いたしました。2015年に単行本で発売された作品が、上下巻で文庫化されたものです(解説は下巻に収録)。幕末の東北を舞台に、老人と武士が繰り広げる攻防戦を描いた快作であります。

 東北の小藩・外館藩の外れに位置する大平村。そこでは60歳になった老人は村を離れ、御山参りに行くという風習がありました。御山参りと言いつつも帰ってきた者のいないその風習を、周囲の村の者たちは棄老、すなわち姥捨と見做して嫌悪していたのですが……

 しかしそこには大きな秘密がありました。実は老人たちは、山の中で老人たちだけの国を作り、そこで自給自足、助け合いの平和な暮らしを送っていたのであります。
 その国の名は「でんでら国」――そしてでんでら国の老人たちは、自分たち自身だけではなく、大平村の人々の助けにもなっていたのであります。

 しかし財政難にあえぐ藩が大平村の豊かさに目をつけたことから、老人たちの桃源郷に危機が迫ります。
 別段廻役(犯罪捜査を役目とする役人)の探索が迫り、徐々に追い詰められていくでんでら国の人々。しかし武士たちの苛斂誅求を逃れてここまで作り上げてきた楽園を、奪うことしか知らない武士に明け渡すわけにはいきません。

 かくて老人たちは、知恵を絞ったあの手この手の作戦で、武士たちを迎え撃つことに……


 『でんでら国』を読んで以来、一体何度このあらすじを書いただろう――と個人的に感慨深くなってしまうのですが(初読時のブログと、『この時代小説がすごい!』2016年版、今回の解説とこの記事で計4回!)、しかし書くたびにワクワクする気持ちが湧いてくるのもまた事実であります。
 元々大ファンの作家の作品なのは間違いありませんが、しかしそれでもどれだけこの作品がが好きなのか――と可笑しくなったりもしますが、それだけ魅力に富んだ作品であることは間違いありません。

 弱い者たちが知恵と勇気で強い者たちを打ち破る痛快さがその理由の最たるものかもしれませんが、それだけではなく、でんでら国というシステムの独創性や、そこに関わる人々のドラマの豊かさ、そしてどんでん返しの連続のストーリー展開の面白さ――本作の魅力は多岐に渡っており、読む人によって異なる魅力を感じるのではないかとも感じます。

 そうした作品には、当然ながら書くべきことは様々にあります。この点について掘り下げるべきだろうか、あの作品にも触れておくべきだろうか……
 色々と悩みましたが、本作はこの数ヶ月に渡って開催されたKADOKAWA・徳間書店・大和書房・小学館の四社合同企画のラストを飾るということで、本作自体の解説であると同時に、一種総論的な内容とさせていただきました。


 私は初読時から、本作はある意味最も作者らしい作品であると考えています。それは、「奇想」と「気骨」と「希望」という作者の作品に通底する三つの要素が、最も色濃く表れていると感じられたからにほかなりません。
 老人たちの桃源郷たる「でんでら国」という奇想天外な舞台設定の「奇想」、武士という支配階層に一歩も引かず立ち向かう老人たちの「気骨」、そして攻防戦の先に浮かび上がる和解の「希望」――その三つの要素が。

 この三つの要素については、このブログ以外でも事あるごとに触れてきたことでもあり、繰り返すべきかは悩ましいところではありました。。
 しかし上で述べたようなタイミングということもあり、平谷作品の一種の総括として、そしてこの企画などをきっかけに初めて作者の作品に触れた方への水先案内として、敢えて取り上げさせていただいた次第です。


 いやはや、色々と書いてしまいましたが、解説の解説というのは野暮の極みであります。
 私の解説などは抜きにしても、心からお勧めできる名作だけに、この機会にぜひご一読を(既に単行本でご覧になっている方も再読を)お願いする次第であります。


『でんでら国』(平谷美樹 小学館文庫全2巻) 上巻 Amazon/ 下巻 Amazon
でんでら国 上 (小学館文庫)でんでら国 下 (小学館文庫)


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 『でんでら国』(その一) 痛快なる老人vs侍の攻防戦
 『でんでら国』(その二) 奇想と反骨と希望の物語

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2017.06.11

平山夢明『大江戸怪談 どたんばたん』 帰ってきた江戸の怪談地獄絵図

 かつて実話怪談界を震撼させた平山夢明、久々の時代怪談集であります。以前竹書房から刊行された『大江戸怪談草紙 井戸端婢子』収録作の一部再録と、雑誌連載及び書き下ろしで構成された、全33話の怪談集です。

 ここしばらく実話怪談とはご無沙汰している私ですが、かつて平山夢明がデルモンテ平山として活躍していたころは、大いに作者の怪談に震え上がらされたものでした。
 そんな中刊行された『井戸端婢子』は、平山実話怪談のテイストを濃厚に漂わせた時代怪談集として、大いに楽しませていただいたものの、その後続編はなく、残念に感じていたのですが……

 再録が1/3程度とはいえ、ここにこうして平山時代怪談が復活したのは欣快至極。陰惨なグロ怪談あり、狂気に満ちた人間地獄あり、ちょっとすっぽぬけたような奇談あり……
 巻頭の作者の言では、杉浦日向子の『百物語』に幾度も言及していますが、怖さ面白さという点ではそちらに並びつつ、作者でなければ描けないような世界がここには展開されています。


 短編怪談集のため紹介が難しいところですが、特に印象に残った作品は以下の四作でした。

『地獄畳』:賭場の借金で追い詰められた男が狙った按摩の隠し金のおぞましい隠し場所は……
 とにかく、登場人物がほとんど全員ろくでなしという恐ろしい作品。その上でラストに描かれる怪異のインパクトも凄まじい。

『魂呼びの井戸』:死にかけた人間を生き返らせると評判の長屋の井戸に、ある晩、瀕死の娘を連れて現れた女が現れるが……
 平山作品でしばしば描かれる、人間の半ば無意識の無関心さ、残酷さを浮き彫りにする一編。それだけに身近な嫌悪感があります。

『木の顔』:吝嗇な主人にこき使われていた鬱憤を、木に浮かび出た顔を虐め抜くことで晴らしていた少女が見たものは……
 こちらも人間の残酷さを容赦なく描き切った物語。一種の因果応報譚と言えるのかもしれませんが、しかしそれをもたらしたものを考えれば複雑な気持ちにならざるを得ません。

『しゃぼん』:辛い奉公を続ける少女に、不思議なシャボン玉を見せてくれた女。ある日変わり果てた姿で少女の前に現れた女が、シャボン玉の中に見せたものは。
 どこかノスタルジックで、そして物悲しい物語を描きつつ――ラストで読者を突き落とすその非情ぶりに愕然とさせられます。


 その他、これは『井戸端婢子』に収録されていた『肉豆腐』と『人独楽』も、相変わらず厭な厭な味わいで、あっという間に読める分量ながら、しかし読み応えは相当のものがある一冊であります。

 個人的には、平山怪談の――いや平山作品の基底に流れる、人を虐げる世の不条理に対する静かな、そして激しい怒りというべきものが、少々薄いような気もしましたが、その辺りは感じ方かもしれません。
(その意味からも『魂呼びの井戸』は、やはり出色と感じます)

 何はともあれ、ここに復活した平山時代怪談。今度は途切れることなく、書き継がれていくことを期待する次第です。


『大江戸怪談 どたんばたん』(平山夢明 講談社文庫) Amazon
大江戸怪談 どたんばたん(土壇場譚) (講談社文庫)


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 「大江戸怪談草紙 井戸端婢子」 大江戸「超」怖い話のお目見え

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2017.05.30

入門者向け時代伝奇小説百選 ミステリ

 今回の入門者向け時代伝奇小説百選はミステリ。物語の根幹に巨大な謎が設定されることの多い時代伝奇は、実はミステリとはかなり相性が良いのです。

41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)


41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子) 【古代-平安】 Amazon
 日本最大の物語と言うべき源氏物語。本作はその作者・紫式部を探偵役として、源氏物語そのものにまつわる謎を解き明かす、極めてユニークな物語です。

 本作で描かれるのは、大きく分けて宮中でおきた猫の行方不明事件と、題名のみが現代に残されている「かかやく日の宮」の帖消失の謎。片や日常の謎、片や源氏物語そのものに関わる謎と、その趣は大きく異なりますが、どちらの事件もミステリとして興趣に富んでいるだけでなく、特に後者は歴史上の謎を解くという意味での歴史ミステリとして、高い完成度となっているのです。

 そして本作は、「物語ることの意味」「物語の力」を描く物語でもあります。源氏物語を通じて紫式部が抱いた喜び、怒り、決意……本作は物語作家としての彼女の姿を通じ、稀有の物語の誕生とそれを通じた彼女の生き様を描く優れた物語でもあるのです。

(その他おすすめ)
『白の祝宴 逸文紫式部日記』(森谷明子) Amazon


42.『義元謀殺』(鈴木英治) 【戦国】 Amazon
 文庫書き下ろし時代小説の第一人者であると同時に、戦国時代を舞台としたミステリ/サスペンス色の強い物語を送り出してきた作者のデビュー作は、戦国時代を大きく変えたあの戦いの裏面を描く物語です。

 尾張攻めを目前とした駿府で次々と惨殺されていく今川家の家臣たち。義元の馬廻で剣の達人の宗十郎と、その親友で敏腕目付けの勘左衛門は、事件の背後にかつて義元の命で謀殺された山口家の存在を疑うことになります。彼らの懸念どおり事件を実行していたのは山口家の残党。しかしその背後には、更なる闇が……

 戦国最大の逆転劇である桶狭間の戦。本作はその運命の時をゴールに設定しつつ、どんでん返しの連続の、一種倒叙もの的な味わいすらあるミステリとして成立させた逸品であります。最後の最後まで先が読めず、誰も信用できない、サスペンスフルな名作です。

(その他おすすめ)
『血の城』(鈴木英治) Amazon


43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍) 【剣豪】【江戸】 Amazon
 歴史上の事件の「真実」をユニークな視点から解き明かす作品を得意とする作者が、名だたる剣豪たちの秘剣の「真実」を解き明かす連作であります。
 それだけでも興味津々な設定ですが、主人公となるのはかの剣豪・柳生十兵衛と、手裏剣の達人・毛利玄達(男装の麗人)。この凸凹コンビが探偵役だというのですからつまらないわけがありません。

 本作の題材となるのは、塚原卜伝の無手勝流、草深甚十郎の水鏡、小笠原源信斎の八寸ののべかね、そして柳生十兵衛(!?)の月影と、名だたる剣豪の名だたる秘剣。いずれもその名が高まるのと比例して、神秘的ですらある逸話がついて回るようになったその秘剣の虚像と実像を、本作は見事に解き明かしていくのです。

 十兵衛と玄達のキャラクターも楽しく、剣豪ファンにも大いにお薦めできる作品です。

(その他おすすめ)
『柳生十兵衛秘剣考 水月之抄』(高井忍) Amazon
『名刀月影伝』(高井忍) Amazon


44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる) 【幕末-明治】【児童文学】 Amazon / Amazon
 自称名探偵・夢水清志郎が活躍する児童向けミステリ『名探偵夢水清志郎事件ノート』シリーズの登場人物の先祖的キャラが活躍する外伝であります。

 幕末の長崎出島に住み着いていた謎の男・夢水清志郎左右衛門。出島で事件を解決した彼は、ふらりと江戸に出ると、徳利長屋に住み着いて探偵稼業を始め……という本作、前半は呑気な事件が多いのですが、終盤にガラリとシリアスかつ驚天動地の展開を迎えることとなります。
 江戸を舞台に激突寸前の新政府軍と幕府軍。これ以上の時代の犠牲を防ぐべく、清志郎左右衛門は勝と西郷を前に、江戸城を消すというトリックを仕掛けるのですから――

 時代劇パロディ的な作品でありつつも、人を幸せにしない時代において、「事件を、みんなが幸せになるように解決する」べく挑む主人公を描く本作。子供も大人も必読の名作です。


45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介) 【幕末-明治】 Amazon
 『大富豪同心』をはじめとするユニークな作品で活躍する作者による伝奇ミステリの問題作であります。

 旅先で看取った青年の末期の言葉を携え、モウリョウの伝説が残る上州の火嘗村を訪れた渡世人の三次郎。そこで彼を待ち受けるのは、猟奇的な事件の数々。関わりねえ事件に巻き込まれた三次郎の運命は――
 と、奇怪な伝説や因習の残る僻地の謎と、それに挑む寡黙な渡世人という、どこかで見たような内容満載の本作。しかし本作はそこに濃厚な怪奇性と、きっちり本格ミステリとしての合理的謎解きを用意することで、さらに独特の世界を生み出しているのが何とも心憎いのです。

 そして本作のもう一つの特徴は、作中の人物がミステリのお約束に突っ込みを入れるメタフィクション的な言及。路線的に前作に当たる『猫魔地獄のわらべ歌』ほど強烈ではありませんが、後を引く味わいであります。



今回紹介した本
千年の黙 異本源氏物語 (創元推理文庫)義元謀殺 上 (ハルキ文庫 す 2-25 時代小説文庫)柳生十兵衛秘剣考ギヤマン壺の謎<名探偵夢水清志郎事件ノート外伝> (講談社文庫)徳利長屋の怪<名探偵夢水清志郎事件ノート外伝> (講談社文庫)股旅探偵 上州呪い村 (講談社文庫)


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 「ギヤマン壺の謎 名探偵夢水清志郎事件ノート外伝」 名探偵幕末にあらわる
 「徳利長屋の怪 名探偵夢水清志郎事件ノート外伝」 時代に挑む大仕掛け
 『股旅探偵 上州呪い村』 時代もの+本格ミステリ+メタの衝撃再び?

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2017.05.29

『草紙屋薬楽堂ふしぎ始末 絆の煙草入れ』 彼女の仲間たち、彼女たちの絆

 この春から初夏にかけ四社合同フェア展開中の平谷美樹、三社目の作品は草紙屋を舞台とした時代ミステリの第二弾です。頭の回転と鼻っ柱の強さは随一の新米戯作者・鉢野金魚と、残念イケメンの先輩戯作者の本能寺無念を中心としたメンバーに、今回意外な実在の人物が加わることになります。

 江戸の娯楽書専門店・草紙屋の一つ、薬楽堂にたむろっている面々が、江戸で起きるあやかしの仕業としか思えぬ怪事件の数々に挑む本シリーズ。
 今回も、娘幽霊にドッペルゲンガー、幽霊寺と様々な怪異が描かれるのですが、その謎を解いて戯作のネタにしてやろうという怖いもの知らずの金魚を探偵役に、何故か幽霊を異常に怖がる無念を助手役に据えて展開する物語の楽しさは健在であります。

 そして物語だけでなく、金魚&無念コンビをはじめとするキャラクターの面白さも、もちろん本シリーズの大きな魅力であります。
 海千山千で油断のならぬ大旦那に、木刀を持つといきなりキレる番頭、元御庭番の読売屋等々、一癖も二癖もある面々が集う薬楽堂ですが――さらに今回そこに、実在の人物、それも極めてユニークな人物が加わることになります。

 その人物とは只野真葛――女性国学者にして文学者、あるいは思想家、そして『赤蝦夷風説考』の工藤平助の娘であります。
 この真葛の事績についてここで詳しくは述べませんが、幼い頃から「女の本(手本)になるべし」と思い定め、和文・和歌・書に通じた才女であり、その著作も一種の政治・哲学論から随筆、奇談集に至るまで、多岐に渡ったという、実に興味深い人物であります。

 そして何よりも、あの偏屈で知られる曲亭馬琴が「男魂ある者にてその才優れたり」と認めたというのですから驚かされるではありませんか。
 もっとも色々あって後に(実に馬琴らしい形で)絶交状態となるのですが、本作においてはその直後、仙台から江戸にやって来た真葛の姿が描かれることになります。

 大旦那と旧知の間柄であった縁で薬楽堂に現れた真葛。その著作で示されるように、この世の諸相について独自の見解を持つ彼女は、薬楽堂に持ち込まれる事件について、怪異の存在を否定しません。
 ……ということは、金魚とは正反対の立場だということであります。ともに鋭い観察眼と頭の回転の速さを持ち、そして当時の男社会にも屈しない強い心を持つ女性でありつつも、その立場が異なることによって眞葛が一種のライバル探偵役として存在しているのが、実にユニークなのです。

 しかし本作は、眞葛を単純なライバルとしてのみ描くものではありません。これは作品の核心にも関わるところですので詳しくは書けないのですが、本作は、上で触れた彼女の背景を踏まえつつ、その彼女だからこそありえる物語展開を用意しているのですから。
 そしてその中で描かれるのは、あるいはありえるかもしれない金魚の未来の姿なのかもしれません。溢れんばかりの才能を持ちながらも、男社会の壁に突き当り、立ち止まるを得なかった女性の姿の。


 しかし本作において、金魚はそんな眞葛を軽々と超える姿を見せてみせます。それは
彼女の若さゆえの、経験不足ゆえの怖いもの知らずのパワーゆえなのかもしれません。しかしそれだけではないと私は感じます。
 何故ならば、金魚は一人ではないのですから。彼女の周囲には、無念が、薬楽堂の仲間たちがいる。薬楽堂に集う連中は、誰かが躓けば誰かが支え、誰かが道に迷いそうになれば誰かが引っ張り戻す――本作の後半二話で描かれているのは、そんな薬楽堂の姿なのです。
(さらに言ってしまえば、そんな彼らだからこそ、眞葛という実在の人物を前にしても、金魚と仲間たちの存在感は負けないのでしょう)

 だからこそ本シリーズのタイトルには、『草紙屋薬楽堂』と冠されているのではないか、というのはいささか牽強付会にすぎるかもしれませんが、しかし少なくともそこには確かな「絆」があると感じるのです。


 怪異にしか見えぬ事件の謎を解き明かす物語だけでなく、薬楽堂に集う仲間たちの姿もまた魅力的な本作。実在の人物が大きく関わることで物語世界も広がり、この先のシリーズの展開も楽しみになるではありませんか。


『草紙屋薬楽堂ふしぎ始末 絆の煙草入れ』(平谷美樹 だいわ文庫) Amazon
草紙屋薬楽堂ふしぎ始末 絆の煙草入れ (だいわ文庫 I 335-2)


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2017.05.28

長谷川卓『嶽神伝 鬼哭』下巻 二つの合戦と別れの時

 山の者サーガとも言うべき作者の物語の集大成、『嶽神伝』シリーズの最新巻の下巻であります。平穏な暮らしを望みつつも、これまでに培われた人の縁により里の争いに巻き込まれていく無坂。この巻においても、彼は戦国史に残る二つの合戦の目撃者となるのですが……

 山の者として暮らしながらも、武田・北条・上杉・今川と、数々の戦国大名に関わり、幾多の合戦や争いに関わってきた無坂。
 上巻においては、長尾景虎の出奔騒動に巻き込まれ、景虎暗殺のために送り込まれた武田の忍びたちと、彼は死闘を繰り広げることとなりました。

 さらに、山の者の分断を図る武田家の陰謀とも対峙することとなった無坂ですが、面白いのは決して彼は武田家を敵とするのではなく、むしろその一部とは深い繋がりを持っていることでしょう。
 そもそも『嶽神伝』という物語自体、彼が後の諏訪御寮人を救ったことから始まった物語であるわけですが、もう一人彼とは関わりの深い山本勘助が、この下巻では大きな役割を果たすこととなります。

 不具に近い体ながら、その頭脳でもって武田晴信の腹心として活躍してきた勘助。彼はその物事に拘らぬユニークなキャラクターで、無坂をはじめとする山の者とも親しく交流してきました。
 実際のところ、武田の忍びと幾多の死闘を繰り広げてきた無坂が、彼らと全面戦争にならずに済んでいるのは、勘助の存在あってのことなのですが――今回無坂は、その勘助の供として、今川による織田攻めに同行することとなります。

 その戦が、桶狭間で如何なる結果を迎えたのか――それをここで申し上げるまでもありませんが、その結果は、ある意味今川家以上に勘助に大きな衝撃を与えることになります。そう、彼は今川の大勝を全く疑わなかったのですから……
 軍配者にとって致命的ともいえるこの読み違えに自らの老いを感じ取った勘助は、やがて、かねてから予感めいたものを持っていた、自分の死に場所となる戦場を見つけだすことになります。

 その戦場とは川中島。己の最期の力を振り絞る勘助の戦いを見届けることとなった無坂は……


 こうして見てみると勘助に振り回された感のある今回の無坂ですが、本シリーズの勘助は、それだけ大きな存在であったと言うべきでしょう。様々な戦国武将と接点を持ってきた無坂ですが、その中でも勘助は彼にとっては一種の同志ともいうべき存在だったのですから。
 その勘助とともに無坂が川中島で繰り広げる死闘は、本作のクライマックス。人と人の命が渦となってぶつかり合うような戦場での戦いは、これまで描かれてきた忍びたちや野生の獣たちとの戦いとは全く異なる、異様な迫力を持ってこちらに迫ってくるのです。


 とはいえ、上巻に比べると、この下巻はいささかおとなしめの展開であることは否めません。特に作中で描かれるタイムスパンがかなり長いこともあって、いささか駆け足の印象すらあるのですが――しかし個々の場面場面はしみじみと味わい深いものがあるのは、無坂という人物の存在感あってのことでしょう。

 そしてその無坂も年を重ね、本作の結末においては、なんと還暦を迎えることとなります。
 思えば長い時を無坂とともに暮らしてきたものだ――という気分にもなってしまいますが、本作の結末で描かれるある光景は、その時の中で次代を担う若者たちが育ち(『嶽神』に繋がっていく描写にはニヤリ)、そして長きに渡る怨讐もやがては洗い流されていくことの象徴として、静かな感動を生みます。

 そしてこうした積み重ねの先に、無坂にとっての「その時」が、それも遠からぬうちに訪れることでしょう。
 果たしてそれがどのような形で描かれることとなるのか、それはわかりませんが、その中で、嶽神という存在の一つの形が浮かび上がることになるのではないか――今はそう感じているところです。


『嶽神伝 鬼哭』下巻(長谷川卓 講談社文庫) Amazon
嶽神伝 鬼哭 下 (講談社文庫)


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2017.05.16

誉田龍一『将軍を蹴った男 松平清武江戸奮闘記』 民のため、将軍を動かす男!

 市井に暮らすあの人物が実は大変な身分の……というのは古今東西不滅のパターン。本作はそれを踏まえつつも、将軍を蹴った男――六代将軍家宣の弟であり、八代将軍候補となったともいわれる松平清武を主人公に据えたユニークな作品です。

 私がそうなので言ってしまいますが、松平清武という人物を知っていた方は、相当少ないのではないでしょうか。
 この清武は上州館林藩主、そして三代家光の孫にして六代家宣の実弟という実在の人物。直系男子という将軍位に極めて近い位置におり、冒頭で述べたように、七代家継が危篤となった際、家宣の御台であった天英院から八代将軍に推されたともいわれている人物であります。

 実際にはそうならなかったのは、一つには彼がこの時既に五十代であったこと、そしてもう一つは(これが大きいと思われますが)、彼が家臣の越智家に育てられてその家督を継ぎ、またその後に館林藩主となったという経歴があったと言われています。
 これはこれで尤もな話かもしれませんが、しかし本作はそこに独自の、そしてよりドラマチックな理由を描いてみせるのです。


 館林藩主でありながら、江戸では裏長屋に暮らす浪人・清さんとして暮らす清武。ある理由からこのような二重生活を送っていた彼は、天英院から呼び出され、八代将軍候補になるよう頼まれます。
 しかし将軍という望んでも得られぬ地位を、自らの任に非ずと蹴ってしまった清武。それには彼が市井に暮らす理由と同じ、ある過去の出来事があって――

 と、歴とした殿様が市井に暮らしているという設定にまずひっくり返るのですが(まあ、同じレーベルの別の作家の作品では、その兄の家宣が市井で暮らしているのですが)、しかしそこが本作の設定の巧みな点。

 彼が治める館林藩は、実は一度は廃され、彼の代になって再興された藩。館林城も、一度は廃されたのを、彼が再建したものであります。
 しかしそのために重税を化したことで領民の反発を招いた清武は、百姓一揆と江戸屋敷への強訴を起こされてしまったのであります(これは史実)。これは言うなれば藩主失格の烙印を押されたようなものでしょう。

 そしてその過去が、本作の彼をして市井にその身を暮らさせ、そして将軍位を辞退させたのであります。藩主失格の自分が、天下を統べることができるわけがない、それよりも市井に暮らし、庶民の目を持って共に暮らしたい……と。

 そんな彼の設定自体、十分にユニークですが、しかしさらに面白いのはここから。
 その将軍を蹴った彼に手を差し伸べ、自分のブレーンとなることを願ったのは、何と八代将軍吉宗その人。紀州から江戸にほとんど単身乗り込むこととなった彼は、幕政改革のために、清武のようなこれまでにない視点を持つ人物を求めていたのです。

 かくて将軍を蹴った男は将軍と組んで、市井に起きる様々な事件をきっかけに、幕政の改革に取り組んでいく……というのが本作の基本スタイルであります。


 先に述べたとおり、御連枝の殿様が、それも結構な年齢の(彼の正体を知らない町の人々からは「清爺」と呼ばれたりする)人物が市井に暮らし、しかも将軍のいわばご意見番として活躍するというのは、ある意味ファンタジーにファンタジーを重ねたような物語に思えるかもしれません。
(その将軍自身が、フィクションの世界では市井をうろついていたおかげで違和感が少ない……というのはさておき)

 確かに見かけはそうかもしれません。しかし本作ではそこにある種の共感と好感を感じさせるのは、その根底に、藩政での失敗という彼の悔恨と、そこから生まれた庶民への思いやりがあるからではないでしょうか。
 実は本作の第2話は、その彼の過去の失敗にダイレクトに繋がるエピソード。かつて自分が生み出したのと同じような立場の人間と出会った彼が、かつてと同じ運命を繰り返させないため奔走し、将軍をも動かす……そんな清武の人物像が、実にイイのであります。

 そう、彼は将軍を蹴った男であるだけではありません。彼は過去の悔恨を糧にして、庶民のために将軍を動かす男となったのであります。これは、ある意味将軍以上に大きな男と言えるのではないでしょうか?


 そんな清武と、まだ三十代でやり手の若手然とした吉宗の対比も面白い本作。まだまだ様々なドラマが生み出せそうな、そんな物語の開幕であります。


『将軍を蹴った男 松平清武江戸奮闘記』(誉田龍一 コスミック・時代文庫) Amazon
将軍を蹴った男―松平清武江戸奮闘記 (コスミック・時代文庫)

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