2017.03.22

長谷川卓『嶽神伝 鬼哭』上巻 景虎出奔、山中の大乱戦

 戦国時代の関東甲信越から駿河までを舞台に、山の者・無坂の生き様を描く「嶽神伝」シリーズもこれで第三弾。時は流れ、老境に近づいた無坂たちは、またしても里の者――すなわち戦国大名たちの争いに巻き込まれ、強敵たちと死闘を繰り広げることとなります。

 家臣同士が領地を巡って争う状況に怒り、出奔した長尾景虎。彼がわずかな供を連れ、かつて縁のあった月草と真木備のもとに押し掛けたことから、たまたま彼らを訪ねていた無坂も行動を共にする羽目になります。
 やむを得ず景虎を案内することになった無坂たちですが……しかし景虎の出奔は、すぐに宿敵たる武田晴信の知るところに。

 景虎を暗殺する好機と見た武田家中では、透破の精鋭部隊である「かまきり」そして「かまり」を放ち、晴信の後を追跡。そして偶然彼らと遭遇した女ばかりの山の民・鳥谷衆は、真木備と無坂、そして長尾方に対する恨みから武田方に協力を申し出るのでした。
 さらに北条方も、この動きを察知した北条幻庵がやはり景虎を討たんと風魔小太郎ら風魔衆を連れて自ら出陣、その動きに巣雲衆の弥十たちが巻き込まれることに。

 そして長尾方も、山中から景虎を救い出すべく、「落とし」を生業とする山の者・南稜七ツ家に依頼、軒猿たちとともに景虎のもとに急行することになるのです。
 かくて、景虎と無坂たち、武田の透破・かまきり・かまり、北条の風魔衆、上杉の軒猿と七ツ家衆……実に四つの集団が、山中の聖地・龍穴を舞台に激しく激突することに――


 いやはや、これまでも幾度となく山の者と忍び、忍びと忍びの死闘を描いてきた本シリーズですが、今回ほどのスケールの戦いはこれが初めて。何しろここに登場するのは敵味方合わせて約60人、全員が戦うわけではないにせよ、ちょっとした合戦レベルであります。
 そしてその戦いの内容が凄まじい。誰が敵で誰が味方かもわからなくなるような状況の中、一対一、一対複数、複数対複数で繰り広げられるのは、本作ならではのリアルな手触りの、それでいて派手さも感じさせる見事なバトルであります。

 特に、今回登場する「かまり」の里の者たちは、「かまきり」の中でも危険すぎるために里に封じられていた遣い手たちというケレン味に溢れる設定が楽しい。
 その中でも四囲を血の海とする死人使いとして恐れられる四方津の技は、地に足の着いた設定ではありつつも(時代小説で用いられるのはかなり珍しいのですが)その二つ名の通りの内容で、本シリーズにしては珍しいほど凄惨な展開が強烈なインパクトを残します。

 その一方で、そもそもの発端である景虎のキャラクターも何とも楽しい。今回の騒動は、有名な景虎の高野山出奔をベースとしたものですが、戦国武将が領内不統一に起こって自分の家を捨てるという、何とも唖然とさせられるような事件も、ああこの人物なら……と感じさせられるものがあります。

 強引に月草たちのところに押しかけて居候し、山の自然の美しさに目を輝かせる彼の純粋といえば純粋、無神経といえば無神経、しかしそれでいて妙に魅力的な姿は、我々が知る景虎のイメージをさらに純化させ、そして独自性を与えていると言えるでしょう。
 本シリーズのもう一人の主人公たちとも言うべき戦国武将たちの見事な人物像は、本作でも健在なのです。


 さて、この上巻の後半で描かれるのは、武田家が狙う山の者の分断作戦であります。

 この物語の冒頭から、主に敵サイドとして登場することが多かった武田家。無坂をはじめとする山の者との長年の(ほぼ一方的な)確執を背景に、かまきりを束ねる春日弾正忠は、山の者を自らの手として使い、そして無坂への復讐のため、山の者の一部を味方につけるべく暗躍することになります。

 無坂を中心とした物語だけに、純粋な暮らしの姿がクローズアップされてきた山の者。しかし戦国の世にそれだけでは暮らしていけず、時に手を汚す者が出ることは、第一作の鳥谷衆を巡る事件でも明らかですが、それが山の者同士の戦いにまで繋がっていくとなれば別です。

 しかしこの局面を、意外な、いや、山の者クロニクルをこれまで読んできた人間にとっては納得の人間が収めることになるのですが……次の世代は既に育っているのだな、と思わされるこの展開は、頼もしくも、いささか寂しさも感じさせるところであります。
 無坂が自分の望む死に様について語る場面も含めて――


 しかしこの物語はまだ続きます。下巻においては戦国史に残る二つの合戦が描かれることになりますが……それはまた後ほど。


『嶽神伝 鬼哭』上巻(長谷川卓 講談社文庫) Amazon
嶽神伝 鬼哭 上 (講談社文庫)


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2017.03.18

平谷美樹『江戸城 御掃除之者!』 物と場所、そして想いを綺麗に磨くプロの技

 2,4,5,6月と文庫化も含めた新刊が並び、四社合同企画でプッシュされている平谷美樹の時代小説。その第1弾が本作……タイトルのとおり、江戸城の掃除を担当する御掃除之者たちの活躍をユーモアを交えて描く、作者らしい独創性に富んだな作品であります。

 御掃除之者とはまたあまりにストレートなネーミングですが、歴とした徳川幕府の役職。江戸城の御殿の清掃をメインに、その他物資の運搬なども行ったお役目であります。
 身分は御家人ですが、ランク的には黒鍬者と同じと言えば、失礼ながら下から数えた方が早いとわかるでしょう。

 身分は低く、もちろん薄給で、来る日も来る日も(しかも世襲で)掃除……というのはなかなか厳しいものですが、しかしどんな仕事もそうであるように、彼らの仕事にもまた、それぞれにやりがいと誇りがあります。
 そして本作で描かれるのは、そんな仕事に日々奮闘する男たちの姿なのです。

 本作の主人公は、御掃除之者組頭(例えれば係長クラス?)の山野小左衛門。全部で三つある江戸城御掃除之者の組の一つをまとめ、家に帰れば妻と二人の息子が待っている(でも色々と肩身が狭い)人物であります。

 その小左衛門が、ある日上司から命じられたのは、何と大奥の掃除。もちろん大奥は男子禁制、普段は内部の女性たちが掃除しているわけですが、何年も局に篭もり、ゴミを溜め込んでいるという御年寄の部屋を掃除して欲しいという依頼があったのであります。
 かくて腹心の六人の部下……いずれも一芸に秀でた膳兵衛・浩三朗・金吾とその弟子たち庄輔・新之介・謙助を連れ、大奥に乗り込んだ小左衛門。しかしそこで待ち受けていたのは、何としても部屋を掃除させまいとする女中たちの防衛戦で――


 そんな奇想天外な第1話「音羽殿の局御掃除の事」をはじめとして、本作は全3話で構成されています。
 採薬使からの依頼で、長崎からやってきた将軍の象……の糞を運ぶことになった小左衛門たちが思わぬ危機に巻き込まれる第2話「象道中御掃除の事」。
 そして第1話を受けて、今度はあの人物の亡魂が徘徊するという大奥の開かずの間の掃除をすることになった小左衛門たちの奮闘が描かれる第3話「御殿向 開かずの間御掃除の事 『亡魂あり』」。

 いずれも本作でなければお目にかかれないような、常に凡手を嫌う作者らしい個性的なエピソード揃いであります。

 そして、どんなシリアスな内容でも、どこかにユーモアが感じられる作者の作品らしく、小左衛門と仲間たちのやりとりに、ユルくすっとぼけた味わいがあるのが楽しい。
 特に何故か手製の水鉄砲を毎回持ってくる金吾、同じく手製の御掃除人形(いわば江戸時代版ルンバ)を持ってくる浩三朗とのやりとりは実におかしいのであります(特に第3話には思わず吹き出しました)


 しかしもちろん、本作で描かれるのは面白おかしい物語だけではありません。
 先に述べたとおり、幕府の役人の中では下の方の彼らは、それだけに世間の風の厳しさを知る身の上。特に小左衛門の息子たちは、御掃除之者を継ぐのを嫌い、そんな役目に汲々とする父に白い目を向けてくるのですから、何とも身につまされるものがあります。

 そして彼らが掃除しようとする相手・モノにも、それぞれの事情があります。
 溜め込まれたゴミ、そしてそのゴミが溜め込まれた場所……そこには単なるモノ、単なる場所があるだけではなく、簡単には捨てられない想いも篭もっているのですから。

 それを理解し、そしてその上できっちりと綺麗に磨いてみせるのがプロの矜持というもの。特に、自分たちも色々と溜め込んでいる身であればなおさらであります。
 だからこそ本作で描かれる小左衛門たちの掃除は、単に物理的だけでなく、精神的に周囲を美しく変えていくものとなります。そしてそんな実に小気味よい小左衛門の掃除は、読んでいる我々たちの心もまた、爽やかに元気付けてくれるのです。

 しかし残念ながらそんな小左衛門の掃除の素晴らしさを、まだまだ彼の息子たちはわかってくれないようではあります。
 それでもいつかはわかって欲しい、そしてもちろん、その日が訪れるまで小左衛門たちの活躍をもっともっと読んでみたい……そんな気持ちになる作品です。


 ちなみに第2話は作者の『採薬使佐平次 将軍の象』の外伝。本作にも顔を出す佐平次が、象を守って格好良く活躍している間に、こんな事件が……というファン必見の内容であります。


『江戸城 御掃除之者!』(平谷美樹 角川文庫) Amazon
江戸城 御掃除之者! (角川文庫)


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2017.03.12

入門者向け時代伝奇小説百選 忍者もの(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、忍者ものの紹介の後編は、忍者ものに新風を吹き込む5作品を取り上げます。
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

21.『風魔』(宮本昌孝) 【戦国】【江戸】 Amazon
 後世にその名を知られた忍者の一人である風魔小太郎。本作は、颯爽とした男たちの物語を描いたら右に出る者がいない作者による痛快無比な忍者活劇であります。

 小田原の北条家に仕え、常人離れした巨躯と技で恐れられたという小太郎。本作はその逸話を踏まえつつ、しかしその後の物語を描き出します。
 何しろ本作においては北条家は早々に滅亡。野に放たれた小太郎は、豊臣と徳川が天下を巡って暗闘を繰り広げる中、自由のための戦いを繰り広げるのです。

 戦国が終わり、戦いの中に暮らしてきた者たちの生きる場がなくなっていく中、果たして小太郎たちはどこに向かうのか? 誰に縛られることなく、そして誰を傷つけることなく生き抜く彼の姿が本作の最大の魅力です。


22.『忍びの森』(武内涼) 【戦国】【怪異・妖怪】 Amazon
 発表した作品の大半が忍者ものという、当代切っての忍者作家のデビュー作である本作は、もちろん忍者もの……それも忍者vs妖怪のトーナメントバトルという、極め付きにユニークな作品であります。

 信長に滅ぼされた伊賀から脱出した八人の忍者。脱出の途中、彼らが一夜の宿を借りた山中の廃寺こそは、強大な力を持つ五体の妖怪が封じられた地だったのです。
 空間歪曲により寺から出られなくなった八人は、持てる力の全てを振り絞って文字通り決死の戦いに挑むことになります。

 忍者の鍛え抜かれた忍術が勝つか、妖怪の奇怪な妖術が勝つか? 敵の能力の正体もわからぬ中、果たして人間に勝利はあるのか……空前絶後の忍者活劇であります。

(その他おすすめ)
『戦都の陰陽師』(武内涼) Amazon


23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎) 【戦国】【怪異・妖怪】 Amazon
 映画化された『完全なる首長竜の日』になど、SF作家・ミステリ作家として知られる作者は、同時に奇想に富んだ時代小説の書き手でもあります。

 川中島の戦で召喚され、多大な死をもたらしたという兇神・御左口神。武田の歩き巫女・小梅は、謎の忍者・加藤段蔵に襲われたことをきっかけに、自分がこの兇神と深い関わりを持つことを知ります。
 武田の武士・武藤喜兵衛(後の真田昌幸)とともに、小梅は兇神を狙う段蔵の野望に挑むことに……

 初時代小説である『忍び外伝』も驚くべきSF的展開を披露した作者ですが、本作も実は時代小説にとどまらない内容の作品。果たして御左口神の正体とは……これは「あの世界」の物語だったのか!? と驚愕必至であります。

(その他おすすめ)
『忍び外伝』(乾緑郎) Amazon


24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道龍一朗) 【戦国】 Amazon
 忍者が活躍した戦国時代において、一際奇怪な存在として知られる飛び加藤こと加藤段蔵。本作はその段蔵を、悪人ならぬ悪忍として描いたピカレスクロマンであります。

 伊賀と甲賀の秘技を極めながらも、その双方を敵に回し、自分自身の力のみで戦国を渡り歩く段蔵。一向一揆で揺れる北陸を次の仕事場に選んだ段蔵は、朝倉家に潜り込むことになります。
 そこで段蔵の前に現れるのは、名うての武将、武芸者、そして忍者たち。そして段蔵にも隠された過去と目的が――

 強大な力を持つ者たちを向こうに回して暴れ回る段蔵の活躍が善悪を超えた痛快さを生み出す本作。ラストで明かされる、思わず唖然とさせられるほどの豪快な真実に驚け!

(その他おすすめ)
『乱世疾走 禁中御庭者綺譚』(海道龍一朗) Amazon


25.『嶽神』(長谷川卓) 【戦国】 Amazon
 奉行所ものなどでも活躍する作者の原点が、「山の民」ものというべき作品群――里の人々とは異なる独自の掟と生活様式を持ち、山中の自然と共に暮らす人々の活躍を描く物語であります。

 そして本作はその代表ともいうべき作品。掟を破って追放された山の民・多十が、武田勝頼の遺児と、一族を虐殺された金堀衆の少女を連れ、逃避行に復讐に宝探しにと奮闘する大活劇です。
 殺戮のプロとも言うべき追っ手の忍者集団を向こうに回し、母なる大自然を武器として戦いを挑む多十。山の民殺法とも言うべき技の数々は、本作ならではの豪快な魅力に溢れています。

 様々な欲望が剥き出しとなる戦国に、ただ信義のために命を賭ける多十の姿も熱い名品です。

(その他おすすめ)
『嶽神伝』シリーズ(長谷川卓) Amazon


今回紹介した本
風魔(上) (祥伝社文庫)忍びの森 (角川文庫)塞の巫女 甲州忍び秘伝 (朝日文庫)悪忍 加藤段蔵無頼伝(双葉文庫)嶽神(上) 白銀渡り (講談社文庫)


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 「風魔」 小太郎が往く自由の中道
 「忍びの森」 忍びと妖怪、八対五
 「忍び秘伝」 兇神と人、悪意と善意
 「悪忍 加藤段蔵無頼伝」 無頼の悪党、戦国を行く

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2017.03.07

廣嶋玲子『狐霊の檻』 少女同士の絆、人と自然の絆

 私利私欲にまみれた人々に囚われた少女の姿をした狐の精霊・あぐりこと、彼女を世話することとなった少女・千代の絆を描く物語――2008年に第14回児童文学ファンタジー大賞奨励賞を受賞した作品『あぐりこ』をベースとした作品であります。

 過去のいつか、この国のどこか……身寄りをなくし、人買いに売られた少女・千代が迎えられたのは、富と権力をほしいままにする阿豪家の屋敷。そこで屋敷の離れに住まう幼い少女・あぐりこの世話を命じられた千代ですが、しかしあぐりこには思わぬ秘密がありました。

 実はあぐりこは狐の精霊……幼い外見にもかかわらず長き年月を生きてきた存在であり、そして90年前、この阿豪家の先祖に裏切られ、封印されてきたのです。
 幸を呼ぶあぐりこの持つ力により、以来富み栄えてきた阿豪家。しかし自由を奪われたあぐりこの怒りは激しく、その身から放つ瘴気により阿豪家の人々は病み衰え、子も生まれなくなっていく状態にありました。

 そんな中で、自分があぐりこを宥めるためにこの家に連れてこられたことを知った千代は、あぐりこに深く同情し、あぐりこも彼女にだけは心を開いていくことになります。
 やがてこの屋敷から脱出するために準備を始める二人。しかし千代の動きに不審を抱いた阿豪家の者は――


 作者は、人間と妖の関わりを描きつつ、時に妖以上に残酷で恐ろしい人間の陰の部分を浮かび上がらせる物語を得意としてきました。
 『鵺の家』『妖怪の子預かります』など、最近発表が続いている一般向け作品においても、本作のような児童文学においても、その方向性は変わることはありません。

 人間が、幸をもたらしてくれる人ならぬ存在と出会い、その恩恵を受けつつも、やがて欲を募らせ、そのために幸を逃す……そんな物語は、古今東西を問わず存在します。
 しかし本作で描かれるのは、その幸を永遠に享受するために相手を裏切り、自由を奪い続ける人間の醜い欲望の姿であります。

 もちろん、自らの幸を求めるのは人間にとって当然の性ではあります。そして一度得た幸を手放したくないと考えるのもまた。
 しかし、そのために他者を犠牲にすることは許されるのか……という『オメラスから歩み去る人々』的なジレンマに本作が向かわず、千代が一貫してあぐりこの味方であり続けるのは、物語を単純化しているように見えるかもしれません。

 しかし千代にあぐりこの世話を命じた阿豪家の次男・平八郎のように、このジレンマに揺れる存在も描かれていることを思えば、むしろそれは千代の、年端のいかぬ少女ならではの純粋な想い……子供だからこそ抱ける想いによる、純粋な理非の判断によるものと考えるべきでしょう。

 そう、本作で描かれるのは、少女同士の純粋な想いが生み出す絆……人と妖、いや人と自然が最も幸せな形で結びついた姿であり、それは私利私欲からは生まれない、人の心の善き部分から生まれるものであること、そしてその尊さを、本作は強く謳い上げているのです。


 人外の存在を利用して富み栄える一族と、呪いを避けるための道具として迎えられた少女というシチュエーションは、作者の『鵺の家』と重なる部分が非常に大きいようにも思えます。
 また、終盤の展開が、新事実の連続でいささか目まぐるしい点も、少々気になるところではあります。

 しかし人間の悍ましい負の心を容赦無くえぐり出してみせ、そしてその容赦無い描写を通じて、それにも負けぬ人間の美しさ、強さを描き出してみせた本作は、やはり作者ならではの魅力に満ちていることは間違いありません。
 残酷で美しいお伽話とも言うべき物語であります。


『狐霊の檻』(廣嶋玲子 小峰書店Sunnyside Books) Amazon
狐霊の檻 (Sunnyside Books)


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2017.02.10

長谷川明『戦国外道伝 ローカ=アローカ』第3巻 急展開、そして明かされた纐纈城の秘密

 戦国時代の日本に現れ、次々と人々を狩り集めていく纐纈城。この魔界の存在を討伐するため、武田信玄により集められた外道者たちの戦いを描く本作もこの巻で急展開、纐纈城と外道者たちの最終決戦が描かれるのですが――

 川中島に現れ、不死身の兵でもって戦場を蹂躙した纐纈城。その纐纈城攻めを決意した武田信玄により、地獄を見る目を持ち、地獄の牛頭馬頭を喰らう力を持つ加藤段蔵を筆頭に、異能を持つ外道者たちが集められることになります。
 その外道者の一人を求めて常陸に向かった段蔵たちは、猿神憑きの剣客・猿御膳、そして彼と虚ろ舟の蛮女との間に生まれた子供を巡り、纐纈城の使者と激突することに――

 という第2巻の展開を受けてまず描かれるのは、猿御前の子・前勝坊を巡る戦いの行方。あまりにも無垢で儚い蛮女と、異形の猿神憑きの間に生まれた彼は、果たして母と父――異界からやって来た人間と、異形と化した人間の、どちらに近いのか?
 戦いの末に描かれる、人間という存在、命の在り方に繋がるその答えは、殺伐とした展開が続く本作において、一つの「愛」の姿を描き出すことになります。

 そして続いて登場するのは、新たな外道者……いやむしろ、彼の存在があったからこそ外道者が集められることとなったという一人の剣豪。その名は草深甚四郎!
 この名を聞いて盛り上がるのは、剣豪ファン――それもかなり偏った方でしょう。本作でも描かれる、盥に張られた水に斬りつけることで、遙か遠くの相手を斬ったという逸話で知られる「実在の」剣豪であります。

 なるほど、剣豪としてこれほど異界に近い存在はあるまい……と大いに盛り上がるのですが、しかしこの辺りから物語は急展開。終焉に向かって爆走していくこととなります。

 物語冒頭から纐纈城との戦いに巻き込まれてきた小姓・五郎丸――成り行きから段蔵らとともに対纐纈城戦の一員となっていた彼が纐纈城の手に落ちたことから始まる、纐纈城による武田家急襲。
 思わぬ決戦の始まりに、纐纈城に乗り込むのは、段蔵と死者が見える少女・火車鬼、前勝坊と歩き巫女のふふぎ、そして城の実験部屋から脱走した行者・長谷川角行――

 と、あまりに急な展開に驚かされるのですが、これは作中でも何度かメタ的に言及されるように、作品の完結を急がざるを得ない状況になったということなのでしょう。しかし、いや実に勿体ない。
 どうも展開的には「纐纈城の七人」とも言うべきものになのではないかと思われただけに――そしてこうした物語の面白さは、メンバーが一人ずつ集まってくる過程にあるだけに――急展開が悔やまれてなりません。

 甚四郎はもちろんのこと、こちらも実在の人物である角行も、突然の登場ではあるもののビジュアル、設定(特に人穴、宗教者というキーワードは「纐纈城」としては実に気になります)ともに、非常に美味しいキャラクターであっただけに――


 しかし本作は、そんな状況の中であっても、描かれるべきものはきっちりと描いてみせた、ということだけは言えるでしょう。
 その描かれるべきものとは、纐纈城主、いや纐纈城の生みの親の正体、言い換えれば纐纈城は何故存在するのか……その謎解きであります。

 纐纈城に突入した者たちの前で語られる、纐纈城誕生の秘密。そこには、遙か過去、遙か遠くの地で、死から甦ったというある男の存在がありました。
 その男の名はここでは伏せさせていただきますが、あまりにも意外のようでいて、「纐纈城」とは決して無縁な人物ではない、と言えばわかる方にはわかるでしょうか。

 そして「彼」の存在が纐纈城を……纐纈城で繰り広げられる地獄を生む、その過程の凄惨さには、ただただ圧倒されるばかり。
 さらに「彼」と、その目で文字通りの「地獄」を見てきた段蔵との思わぬ共通点(そして同時にそれは前勝坊の存在とも重なる部分が)に思い至れば、ただただもう唸らされるほかありません。


 物語展開には残念な点は残ったものの、描かれるべきものは描かれた本作。あるいは性急な展開故に、その結末にも違和感は残るかもしれません。

 しかし、生と死、現世と地獄、生者と死体、誕生と死亡……と、相反するものが入り乱れ、しかしそのほとんどがわかり合えず擦れ違うままに終わるこの結末は、途方もない虚無感を漂わせつつも、本作に相応しいもののようにも感じられるのです。


『戦国外道伝 ローカ=アローカ』第3巻(長谷川明&佐藤将 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon
戦国外道伝 ローカ=アローカ(3)<完> (ヤンマガKCスペシャル)


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2017.01.24

入門者向け時代伝奇小説百選 古典(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選、古典でチョイスしたのは、基本的に戦前の作品を中心とした十作品。70年以上前の作品だからと言っても古臭さとは無縁の作品の数々、これぞ時代伝奇、と呼ぶべき定番の名作群です。
1.『神州纐纈城』
2.『鳴門秘帖』
3.『青蛙堂鬼談』
4.『丹下左膳』
5.『砂絵呪縛』

【古典】
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)【戦国】 Amazon
 記念すべき第一作目は、鬼才・国枝史郎の代表作にして時代伝奇小説史上に燦然と輝く作品であります。

 捕らえた人間の生き血を絞って美しい真紅の布を染めるという纐纈城。富士山麓に潜むその伝説の城を巡り、業病に犯された仮面の城主、若侍、殺人鬼、面作りの美女、薬師、剣聖、聖者……
 様々な人々が織りなす物語は、血腥く恐ろしいものではありますが、しかしその中で描かれる人間の業は、不思議な荘厳さ、美しさを持ちます。

 実は未完ではありますが、それが瑕疵になるどころかむしろ魅力にすらなる本作。今なお語り継がれ、消えては復活する、まさしく不滅の名作であります。

(その他おすすめ)
『八ヶ嶽の魔神』(国枝史郎) Amazon


2.『鳴門秘帖』(吉川英治)【江戸】 Amazon
 国民的作家・吉川英治は、その作家活動の初期に幾つもの優れた伝奇小説を残しています。その中でも代表作と言うべきは、外界と隔絶された阿波国を舞台に、阿波蜂須賀家の謀叛の秘密を巡る冒険が繰り広げられる本作であります。

 水際だった美青年ぶりを見せる主人公・法月弦之丞をはじめとして、怪剣士・お十夜孫兵衛、海千山千の女掏摸・見返りお綱など、個性的で魅力的な面々が入り乱れての大活劇は、まさしく伝奇ものの醍醐味を結集したというべき物語。
 そして、波瀾万丈の活劇に留まらず、その中で登場人物たちの情を細やかに描き出してみせるのは、さすがは、と言うべきでしょう。

(その他おすすめ)
『神州天馬侠』(吉川英治) Amazon
『江戸城心中』(吉川英治) Amazon


3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)【怪奇・妖怪】【江戸】【幕末・明治】 Amazon
 捕物帳第一号たる『半七捕物帳』の作者である岡本綺堂は、同時に稀代の怪談の名手でもあります。本作はその綺堂怪談の代表作――ある雪の夜に好事家たちが集まっての怪談会というスタイルで語られる、十二の怪談が収められた怪談集なのです。

 利根の河岸に立つ座頭の復讐、夜ごと目を光らせる猿の面、男を狂わせる吸血の美少女……「第○の男(女)は語る」という形で語り起こされる怪談の数々は、舞台も時代も内容もそれぞれ全く異なりつつも、どれも興趣に富んだ名品揃い。
 背後の因縁全てを語らず、怪異という現象そのものを取り出して並べてみせるその語り口は、全く古びることのないものとして、今なおこちらの心を捕らえ、震わせるのです。

(その他おすすめ)
『三浦老人昔話』(岡本綺堂) Amazon
『影を踏まれた女』(岡本綺堂) Amazon


4.『丹下左膳』(林不忘)【剣豪】【江戸】 Amazon
 隻眼隻腕の怪剣士、丹下左膳。元々は「新版大岡政談」(現『丹下左膳 乾雲坤竜の巻』)に敵役として登場した彼は、しかしそのキャラクターが大受けして続編ではヒーローとなった変わり種であります。

 ここでオススメするのは、その続編たる『こけ猿の巻』『日光の巻』。その特異な風貌はそのままに、より人間臭い存在となった左膳は、莫大な財宝の在処を秘めたこけ猿の壷争奪戦や柳生家の御家騒動という物語を、カラリと明るい陽性のものに変えてしまうパワーを持っています。
 何よりもスラップスティック・コメディ調の味付けが、到底戦前の作品とは思えぬモダンな空気を漂わせていて、これはもう他の作者・他の作品では味わえぬ妙味なのです。


5.『砂絵呪縛』(土師清二) Amazon
 第六代将軍擁立を巡り、柳沢吉保の配下・柳影組と、水戸光圀を後ろ盾とする間部詮房の組織する天目党の暗闘を描く本作は、典型的な時代活劇のようでいて、ある一点でもってそこから大きく踏み出してみせた作品であります。

 その一点とは、この二つの勢力の争いに割って入る浪人・森尾重四郎の存在。
 時代小説には決して珍しくはないニヒルな人斬り剣士である彼は、しかし、そのニヒルである理由……行動原理や主義主張というものが全く見えない(それでいて決して木偶人形でもない)、極めてユニークな存在なのです。

 オールドファッションな物語を描きつつ、真に虚無的な存在を織り交ぜることで、今なお「新しい」作品であります。



今回紹介した本
神州纐纈城 (大衆文学館)鳴門秘帖(一) (吉川英治歴史時代文庫)青蛙堂鬼談 - 岡本綺堂読物集二 (中公文庫)丹下左膳(一)(新潮文庫)砂絵呪縛(上) 文庫コレクション (大衆文学館)


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 「砂絵呪縛」 というよりも森尾重四郎という男について

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2017.01.22

東村アキコ『雪花の虎』第4巻 去りゆく兄と、ライバルとの(とんでもない)出会いと

 今年の大河ドラマは女城主の物語ですが、それは本作の方が先んじている……というのは大げさではありますが、しかし着実に面白い女謙信物語、早くも第4巻に突入であります。互いを支え合い、想い合っているにも関わらず、周囲の思惑から対峙することとなった景虎と晴景の運命は――

 武将として初陣以来圧倒的な力を振るい、長尾家の当主たる兄・晴景を支えるために奮闘してきた景虎。しかし皮肉にもその強さが柔弱な晴景に不満を抱く国人衆を惹きつけ、越後は晴景派と景虎派に二分されることとなります。
 かくて描かれるのは、この戦国時代には無数に存在した、血を分けた者同士が国を、家を巡って争う騒動――

 ということには簡単にはならないのが本作。これが男同士であればわかりませんが、本作の晴景と景虎は、互いを害する気などない兄妹なのですから。
 とはいえ、時に主君の思惑などは無視して突き進むのが(戦国時代の)家臣というもの。下の者が暴発して暗殺などの手段に走らぬよう、晴景は形だけの挙兵をすることになります。

 そんな二人の計らいにより、すべてが丸く収まるかに見えたこの対立ですが、しかし思わぬ悲劇が――


 景虎を主人公として中心に置きつつも、同時に彼女が属する、彼女を支え、彼女が支える家族という存在をこれまで陰に日に描いてきた本作。この巻の前半においては、その構図に一つの結末が描かれることになります。
 そしてそこで、ある意味景虎以上に存在感を以て描かれるのが晴景であります。

 謙信を描く従来の物語では、暗君として描かれてきた印象のある晴景ですが、本作の晴景は、冒頭から一貫して、それとはひと味違う描かれ方をされてきました。

 武将としては力不足であり、景虎には様々な点で遠く及ばぬものの、それでも血の通った一個の人間として、時に景虎以上に親しみのある存在であった晴景。
 その彼がついに表舞台を退く姿には、何ともやるせなく、「現実」の苦さを感じさせるのですが……しかし同時に、一つの小さな希望、赦しという名のそれをさらりと描いてみせるのが、また心憎いところであります。

(それにしても、傷は最小限となったとはいえ、辛い選択を強いられた景虎に対して、特大のフラグを立てる宗謙よう……!)


 さて、何はともあれ新たなステージに入った物語ですが、この巻の後半で描かれるのは、景虎の終生のライバルというべき武田晴信の存在であります。

 彼女とは異なる形とはいえ、骨肉の争いを経て当主となった晴信。この時点では村上義清を相手に、生涯初の敗北(戸石崩れ)を喫した彼ではありますが、それでも景虎にとっては最も警戒すべき存在であることは言うまでもありません。
 かくて、北信濃にしばらく残り、戦の傷を癒しているという晴信という男を探るため、ごくわずかの手勢を連れ、「女装」して偵察に向かう景虎ですが――

 というわけで、かなり重く、またそれなりに史実に沿った形であった前半部分に対し、後半の物語は思わぬハジけ方をすることになります。
 ある意味、本作が始まった時から最も気になっていた、景虎と晴信の対峙。それが全く思わぬ形で――いや、もしかしてこれやるのかな、本当にやるのかな……やっぱりやった! 的な展開で描いてみせるのですから、やはり本作は面白い。

 この辺りを、えいやっとやってしまうのは、本作の、本作の作者の良い意味での軽さというべきでしょう。真面目な方は眉を顰めるかもしれませんが、本作の設定であればこれはアリ、というよりやるべき展開でしょう。
 もっとも、これがこの先どう物語に、歴史に絡んでくるのか、さっぱりわからないのも事実ですが……


 何はともあれ、いよいよ戦うべき外敵としての武田晴信が現れた本作。
 景虎の影武者(候補の青年)・シロとその妹・麦という新キャラの存在も楽しく、特にほとんど景虎のファン……というより信者な麦のキャラクターなど、本作ならではのもので、この先の展開も楽しみになるというものです。


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2017.01.21

ほおのきソラ『戦国ヴァンプ』第3巻 吸血鬼を狩る者、その名は……

 タイムスリップした女子高生が織田信長と出会って……まではよくある話。しかしその信長が吸血鬼になってしまってさあ大変、色々と奇想天外な物語も早くも第3巻であります。この巻では信長を吸血鬼とした三好長慶の子供たちが次々と何者かに暗殺されていくのですが、その犯人は――

 戦国時代にタイムスリップしたところを、吸血鬼の王たる三好長慶に庇護された女子高生・ひさき。そのひさきと出会ったことがきっかけで、刺客に襲われて瀕死となった信長が、長慶の手で吸血鬼として復活することになります。
 吸血鬼として手にした瞬間移動能力により、桶狭間で今川義元を討った信長ですが、藤吉郎が吸血鬼の宿敵の人狼に襲われて人狼化、利家も深手を負って信長によって吸血鬼化という混沌とした状態に。

 さらにひさきは長慶により行方不明中の松永久秀の名を与えられ(!)、そして彼女の幼なじみであり、一緒にタイムスリップしてしまった歴史オタクの少年・はじめは、暗殺された松平元康と瓜二つだったことからその替え玉となって――

 と、こうしてまとめてみると本当に大変な状況ですが、この巻ではさらに混沌とした状況になっていくことになります。

 長慶の子、実は長慶を三好一族に迎え入れた元長の子である義興、三好実休、安宅冬康、十河一存ら(この辺り、史実を知っていると本当にややこしい……)を何者かが襲撃。やはり吸血鬼である一存、実休が次々と討たれてしまうのです。

 その刺客、無精髭がダンディな謎の男の正体は、分かる人には一目瞭然ですが真の松永久秀。
 魔物ハンターの一族(!)の出身ながら、弟の長頼ともども長慶に惹かれ、仕えてきたはずの男が一体何故……ということで、にわかに血なまぐさい状況となるひさきの周囲なのですが――

 しかしそんな状況下で男どもがやらかすのがひさき争奪戦というのがある意味すごい。信長が、長頼が、元康(はじめ)が、彼女(久秀と書くとさらに大変)を巡って争うのには、君たち中学生か! と突っ込みたくなりますが、ひさき自身がそんな彼らをと一喝するのが妙におかしい。
 「すぐ好きとか嫌いとか今そういう時代じゃない!! 戦国時代ですよ!」という彼女のセリフは、全くもってごもっとも! と頷くしかないのであります。

 この辺りに見られるように、ある意味一番腹が据わっているのは彼女というのがなんとも面白い本作。
 この三好三兄弟が次々と討たれ、長慶が、義興が姿を消す(本作においては死んではおらず、また別の名で現れることがほのめかされているのがまた興味深いのですが)中、せめて三好家を支えるために久秀としてできることをしようとする彼女の姿には、それなりに好感が持てます。
(そしてそれをはじめが歴史オタの知識でバックアップするというのも楽しい)

 ただし、三好家が中心となっているこの物語展開に、信長たちを絡ませるのが史実云々以前にかなり苦しくなっていると感じられるのもまた事実。
 もう信長は置いておいて、三好家と松永久秀・長頼を中心にした物語の方が面白いのではないかな、という印象も、正直なところありますあります(この巻の三分の一近くを、彼らの過去を中心とした番外編が占めているのもまたそれを強めます)。

 この辺りは色々と盛り沢山という本作の特徴が、ちょっとネガティブな方向に転んでしまったという印象は否めないのですが……しかし史実においても、久秀と信長の運命が交わる時は遠くはありません。
 そこに至るまでにひさきが何を見ることになるのか、信長がどのような道を歩むことになるのか。

 物語が奇想天外であればあるほど、史実をこう料理してきたか、とニヤニヤさせられる……いささかひねくれた見方ではありますが、そんな楽しさがある作品であります。

(しかし、この巻の時点で史実ではすでに桶狭間から4,5年経っているわけで、すでに女子高生と呼ぶには苦しくなっているのには……目を瞑りましょう)


『戦国ヴァンプ』第3巻(ほおのきソラ 講談社KCx(ARIA)) Amazon
戦国ヴァンプ(3) (KCx)


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2017.01.17

『コミック乱ツインズ』 2017年2月号

 リイド社の『コミック乱ツインズ』誌の2月号は、新連載が池田邦彦『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』、連続企画の池波正太郎時代劇スペシャルは原秀則『恋文』という、なかなか意外性のある内容。今回も、印象に残った作品を一作品ずつ紹介していきたいと思います。

池波正太郎 時代劇スペシャル『恋文』(原秀則&篁千夏&池波正太郎)
 というわけで毎回作品と、それ以上に作画者のチョイスに驚かされる企画ですが、今回はその中でも最大クラスの驚きでしょう。ラブコメ・恋愛ものを得意としてきた原秀則が初めて時代漫画を描くのですから。

 ある日、想いを寄せていた足袋問屋の娘・おそのから付け文を受け取った丁子屋奉公人の音松。親の縁談を嫌がり、自分を連れて逃げて欲しいという内容に、待ち合わせ場所に向かった音松ですが、しかしいつまでも彼女はこない。
 それもそのはず、その付け文は、店の同僚とその仲間が音松をからかうために書いた偽物。しかし、真に受けた音松が店の掛取り金を持ち逃げしていたことから、思わぬ惨劇が……

 という前半から、後半のおそのの復讐劇と大きく動いていく物語を、作画者はこれが初時代漫画とは思えぬ達者な筆致で描写。特にキャラクター一人ひとりのデザイン、そして浮かべる表情が実に「らしい」のに感心させられます。
 特に絶品なのは、後半の主人公となるおそのの描写。思わぬ運命の変転に巻き込まれた彼女、無口な箱入り娘に過ぎなかった彼女が見せる思わぬ強さ、怖さ、逞しさを、浮かべる表情一つ一つの変化で浮かび上がらせるのには、お見事としか言いようがありません。


『エイトドッグス  忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 トーナメントバトルの華ともいうべき敵味方のリスト(死亡者に×印がつく)が表紙でいよいよテンションがあがる忍法合戦。そのリストから里見方・服部方二名づつが消え、八玉も二つまでが村雨姫の手に戻ったものの、まだまだ圧倒的に不利な状況。
 追い詰められた村雨姫の前に現れたのは、胡散臭い香具師の男と、娘姿の美青年で――

 というわけで登場した当代の犬山道節と犬塚信乃ですが、他の八犬士同様、この二人もお家に対する忠義心は薬にしたくともない奴らですが……いや、彼らにないのはあくまでも「お家に対する」忠義心。再び村雨姫を追い詰める服部忍軍の外縛陣に対し、道節が立ち上がることとなります。

 ここで驚かされるのは原作では無名だった道節の忍法に名前が付いた点で……というのはさておき、これは原作どおりの名セリフとともに道節が必死の働きを見せるシーンは、彼がなんともすっとぼけた表情だけに、大いにインパクトがあったところです。


『怨ノ介 Fの佩刀人』(玉井雪雄)
 武士として仇討をするため、不破刀と別れを告げた末、ついに怨敵・多々羅玄地の潜む巌鬼山神社に到着した怨ノ介。その前に現れたのは、不破刀とは瓜二つの少女――当代の玄地の娘でありました。
 父に代わり仇討ちを受けて立つという娘とは戦うことができず逃げ出した怨ノ介の前に現れたのは、以前出会った無頼漢・倦雲で……

 というわけでクライマックスも目前となった本作、前回描かれた日本刀そもそもの由来にまつわる物語……伝説の刀鍛冶・鬼王丸の物語が再び思わぬ形でクローズアップされ、怨ノ介と多々羅玄地の因縁に繋がっていくのには驚かされますが、しかし真に驚かされるのはその先にある、玄地の真実。
 何故彼が怨ノ介の家を滅ぼしたのか……一見通俗的な時代劇めいた御家騒動に見えたその背後にあった真実の無常さ、異常さを何と評すべきでしょうか。

 というわけでここに来て一気に物語の構図が逆転したのにはただただ絶句させられますが、それだけに最後に描かれる当代玄地の姿はちょっと残念なところ。……いや、それもこの異常な「機関」が生み出したものというべきでしょうか。この永久継続の地獄にいかに怨ノ介が挑むのか。結末が楽しみです。
(そして今回もさらりと深いことを呟く倦雲がまたイイのです)

 その他、新連載の『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)は、鉄道黎明期の私鉄という非常にユニークな題材の物語ですが、個人的にはちょっと登場人物の思考についていけないものがあった……という印象。
 また『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治)は、原作の「後は知らない」の漫画化。依頼の金額の大きさから標的の強さを悟り、闘志を燃やす梅安というのは、この作画者ならではのビジュアルだなあ……と感心いたしました。


『コミック乱ツインズ』2017年2月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年 02 月号 [雑誌]


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2017.01.11

畠中恵『おおあたり』 嬉しくも苦い大当たりの味

 『しゃばけ』シリーズも昨年末で15周年、そして本作で15作目……その記念すべき作品であります。「兄や達の心配も絶好調」という公式サイトの言葉はちょっとどうかと思いますが、しかし今回もやっぱり病弱な若だんなを中心に、そ今回は様々な「大当たり」をテーマに、5つの物語が描かれるます。

 今日も今日とて病弱の若だんな。しかし何とか自分の父の、店の仕事を手伝うべく頑張ろうとするものの、兄や達は若だんなを心配して過保護にするばかり。
 そんな中、若だんなの周囲でおかしな事件、妖絡みの事件が起きて……

 というのが本シリーズの大まかなシチュエーションですが、本作も基本的には同様の展開。しかしここしばらくの作品に通じるスタイルとして、一冊を貫くモチーフ、テーマが設定されています。
 それがタイトルともなっている「大当たり」なのですが……もちろん、その意味するところは様々であり、それが収録作品のバラエティに繋がっていることも言うまでもありません。

 第一話『おおあたり』で描かれるのは、若だんなの親友・栄吉の大当たりであります。
 菓子屋の跡取りとして生まれながら、菓子作りの腕は壊滅的な栄吉。そんな彼にも許嫁ができ、店を継ぐために他の店で修行中だったのですが、甘味ではなくあられを作ってみたらこれが美味いと大当たり。しかしこれがきっかけで、色々と面倒な出来事が――

 作る菓子のあまりの不味さが、最近ではほとんどネタ的な扱いをされていた(実は本作のラストでそれは最高潮に達するのですが)栄吉。その彼が、目指すところとは少々ずれているとはいえ、ようやく大当たりを掴んだとくれば、これは喜ぶべきことでしょう。
 しかし、それが喜びだけではなく――いやそれどころかむしろ逆のものを――連れてくるという展開に表れているのは、決して甘いばかりではない本シリーズの一つの側面。冒頭からガツンと重い一発を食らわされた印象であります。


 以降、第二話以降も、様々な形の、決して嬉しいばかりではない「大当たり」が描かれていくことになります。

 獏が化けた落語家・場久が高座で語った大当たりの悪夢――何者かに追われる男の夢が現実を侵食するように、彼や日限の親分が何者かに追われる『長崎屋の怪談』
 貧乏神の金次が偶然手に入れた富くじの引札が三百両の大当たり、それに周囲の人々が群がってきた上に、実はその引札に偽物疑惑までもが持ち上がる『はてはて』
 幼い若だんなの守役として子供姿で遣わされた仁吉と佐助が、ギクシャクしながらも事件に巻き込まれた若だんなを救うため協力する過去の物語『あいしょう』
 長崎屋の客人を接待するため、猫股が持ってきた怪しげな秘薬を飲んで頑張ろうとする若だんなと、その供に誰がついていくかで妖たちが大騒動を引き起こす『暁を覚えず』

 正直なところ、「あいしょう」のみはどの辺りが「大当たり」かわかりづらく、本書の中では異彩を放っているのですが、ここは若だんなと兄やたち、兄やたちと長崎屋の妖たちの出会いを描くエピソード0的性格の番外編と考えるべきでしょうか。

 それはさておき、本作で様々な形で現れる「大当たり」――一見めでたいものと感じられる言葉が、様々な意味をもって物語に現れ、人と妖を振り回していく様に満ちている賑やかさ・楽しさ、そして皮肉さ・苦さは、このシリーズの味わい、魅力をこれ以上なく浮かび上がらせていると感じます。


 15周年を迎えても作中時間の流れ方は緩やかである本シリーズ。それでも着実に時が流れていることは、シリーズに登場する若者たち――若だんな、栄吉、松之助の三人を見ればわかります。
 本作においてはそれぞれの形で時間の流れを経験し、体現した若だんなたちですが、この先彼らがどのようにこの先の時を過ごしていくのか。

 変わらないのが良いのか、変わっていくのが良いのか……そんなことを感じさせる本作の内容は、一つの節目の年、節目の作品に、あるいはふさわしいものと言うべきかもしれません。


『おおあたり』(畠中恵 新潮社) Amazon
おおあたり


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