2019.05.21

「コミック乱ツインズ」2019年6月号


 元号が改まって最初の「コミック乱ツインズ」誌は、表紙と巻頭カラーが橋本孤蔵『鬼役』。その他、叶精作『はんなり半次郎』が連載再開、原秀則『桜桃小町』が最終回であります。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 新年早々、宿敵・紀伊国屋文左衛門の訪問を受けた聡四郎。後ろ盾の新井白石と袂を分かった不安、自分の振るった剣で多くの者が主家から放逐されたことなどを突かれた上、自分と組んで天下を取ろうなどと突拍子もない揺さぶりを受けるのですが――そんな紀文の精神攻撃の前に、彼が帰った後も悩みっぱなし。ジト目の紅さんのツッコミを受けるほどでありますす(このコマが妙におかしい)。

 その一方で紀文は、その聡四郎に敗れたおかげで尾張藩を追われた当のリストラ武士団の皆さんに資金投下して煽りを入れたり暗躍に余念がありません。聡四郎が悩みあぐねている間に、主役級の活躍ですが――その上田作品名物・使い捨て武士団に下された命というのは、次期将軍の暗殺であります。これはどうにも藪蛇感が漂う展開ですが――さて。


『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視&渡辺明)
 大橋家から失われた七冊の初代宗桂の棋譜を求めてはるばる長崎まで向かった宗桂と仲間たち。ようやく二冊まで手に入れた一行は更なる手掛かりを求めて長崎の古道具屋に辿り着くのですが――そこで待ち受けるは、インスマス面の店主による心理試験で……

 と、将棋要素は、心理試験に使われるのが異国の将棋の駒というくらいの今回。むしろ今回は長崎編のエピローグといったところで、旅の仲間たちが、楽しかった旅を終えてそれぞれ家に帰ってみれば、その家に縛られ、自分の行くべき道を自分で選ぶこともできない姿が印象に残ります。
 そんな中、ある意味一番家に縛られている宗桂が見つけたものは――というところで、次回から新展開の模様です。


『カムヤライド』(久正人)
 難波の湊に出現した国津神の前に立ちふさがり、相手の攻撃を受けて受けて受けまくるという心意気の末に国津神を粉砕した新ヒーロー、オトタチバナ・メタル。しかし戦いを終えた彼女に対し、不満げにモンコは突っかかっていって……
 と、早くも二大ヒーロー揃い踏みの今回、オトタチバナ・メタルとすれ違いざまにカムヤライドに変身するモンコの姿が非常に格好良いのですが、傍若無人なまでのオトタチバナのパワーの前に、文字通り彼も悶絶することになります。

 ヒーロー同士が誤解や立場の違いから衝突する、というのは特撮ヒーローものの一つの定番ですが、しかし気のせいか最近のモンコはいいとこなしの印象。そしてガチムチ女性がタイプだったらしいヤマトタケルは、その彼女に後ろから抱きつかれて――いや、この展開はさすがにない、という目に遭わされることになります。
 そして緊縛要員の彼のみならず、モンコまで縛られ、二人の運命は――というピンチなんだけど何だかコメントに困る展開で次回に続くのでした。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 今回は「かまいたち愛」編の後編――江戸でとある大店に用心棒として雇われた三人ですが、夏海が心惹かれた店の女中・おりんは、実は極悪非道な盗賊・かまいたちの首領の女で……。と、夏海にとってはショッキングな展開で終わった前回を受けて、今回はさらに重くハードな物語が展開します。

 おりんの口から、そのあまりに過酷な半生を聞かされた夏海。かまいたちにしばられた彼女を救うため、店を狙うかまいたちを倒し、おりんが愛する男と結ばれるのを助けようとする夏海ですが――しかし物語はここから二転三転していくことになります。
 薄幸の女・おりんを巡る幾人もの男。その中で彼女を真に愛していたのは誰か、そして彼女の選択は……

 本作名物の剣戟シーンは抑えめですが、クライマックスである人物が見せる「目」の表情が圧巻の今回。無常しかない結末ですが、これを見せられれば、これ以外のものはない――そう思わされるのであります。


 その他、今回最終回の『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)は、江戸を騒がす火付けの濡れ衣を着せられた友人の許婚を救うため、桃香が活躍するお話。絵は良いけれども何か物足りない――という作品の印象は変わらず、やはり「公儀隠密」という桃香の立ち位置が最後まですっきりしなかった印象は否めません。


「コミック乱ツインズ」2019年6月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年6月号[雑誌]


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2019.05.03

久正人『カムヤライド』第1巻 見参、古代日本の特撮ヒーロー


 ヤマト朝廷による統一が進む時代に復活した国津神を人の世から放逐するヒーローの活躍を描く特撮風味濃厚の古代変身アクション『カムヤライド』の第1巻であります。「コミック乱ツインズ」の紹介の中で毎回触れてきたので今更の感もありますが、作品単体として、一度きちんと紹介いたします。

 時は4世紀――ヤマト朝廷が畿内を中心として列島の支配を進めつつも、しかし周辺各地にはまつろわぬ者もいまだ多く、反乱が続発していた時代。そんな反乱の一つである九州を騒がす熊襲の王・カワカミタケルの討伐に向かうヤマトの皇子・オウスは、途中、奇妙な男・モンコと出会うことになります。

 自分が作った埴輪なるものを広めるために旅しているというモンコから、埴輪を手渡されたオウス。その出会いから一週間後、カワカミタケルと対峙したオウスは、常人とは思えぬ力を前に配下を皆殺しにされた末、異形の化け物と化した相手に襲われるのですが――その時、モンコの埴輪に触れた化け物は、粉々に吹き飛ぶのでした。
 そこに現れ、カワカミタケルは力を与えられて人の境をはみ出した存在・土蜘蛛と化したこと、彼に力を与えたのがこの地に眠る国津神であることを語るモンコ。そして姿を現した巨大な国津神を前に、モンコは足元の土を身にまとい、鎧姿の戦士へとその身を変えます。戦士――人と神の境で門を閉じる者・神逐人(カムヤライド)に!


 ……というわけで、日本が誇る特撮変身ヒーローの世界を、古代を舞台に漫画の世界に巧みに移植してみせた本作。

 移植といっても、一歩間違えれば単なるもどきに終わりかねない特撮変身ヒーロー「風」キャラの漫画化ですが、しかし本作はまずデザインの時点で、最初のハードルをクリア(作者は近年スーパー戦隊もののデザインに参加しているので、ある意味当然かもしれませんが)。
 それだけでなく、変身直後の「俺の立つここが境界線だ!」や、国津神に必殺技を決めての「ここより人の世 神様立ち入り禁止だ」といった決め台詞の格好良さ、そしてその必殺技のギミックなど、ヒーローものとしてのフォーマットの存在が、実に「らしい」のが素晴らしいところであります。

 そしてそれらの要素が、ヤマトタケルという古代の超有名人の事績と結びつけて語られることによって、絶妙なバランスをもって一つの物語として成立している点にも注目すべきでしょう。
 一種(どころではなく)混沌とした世界観を、作者ならではのスタイリッシュな絵と、「史実」の事物を自身の作品世界に取り込む一種の伝奇センスによって、豪快に成立させてみせる――そんな作品構造は、実に作者らしいというほかありません。


 そしてそうした派手な部分だけでなく、唯一国津神を封印する力を持つ謎めいたモンコと対比される副主人公として、ヤマトタケルが配置されているのもまた巧みといえます。

 先に述べた通り、古代日本の最大のヒーローであるヤマトタケル。そのヒロイックな神話の内容とは裏腹に、本作の彼は、ヤマトの皇子という身分でありながら、いささか頼りない少年として登場します。
 しかし、そんな彼だからこそ、神話の怪物たちを前に、一人の人間として無力感を味わい、そしてその中で成長していく姿が、実にヒロイックに感じられます。既に完成されたヒーローであるモンコに対して、未完成のヤマトタケルもまた、異なる形のヒーローに感じられるのです。

 そう、本作はモンコとヤマトタケルと、虚実(?)二人の「ヒーロー」もの。古代という半ば神話というファンタジーのベールに包まれた世界を、特撮という現代のファンタジーと掛け合わせることによって、新たなヒーロー物語を生み出してみせたのが本作なのであります。


 そしてこの巻の終盤では、神話に登場するもう一人の「タケル」であるイズモタケルが登場。その物語が本作でどのようにアレンジされるのか――請うご期待であります。
(そして雑誌連載の方では、ヤマトタケルとは切っても切れないあの人物が、とんでもないアレンジで登場して……いやはや、どこまでいくのでしょうか)


『カムヤライド』第1巻(久正人 リイド社乱コミックス) Amazon
カムヤライド 1 (乱コミックス)

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2019.04.16

「コミック乱ツインズ」2019年5月号


 「コミック乱ツインズ」2019年5月号の表紙は山本康人『軍鶏侍』。そして巻頭カラーは、今号から連載再開、新章突入のかどたひろし『勘定吟味役異聞』であります。今回も、印象に残った作品を一つずつ紹介しましょう。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 というわけで今回から第四部『相剋の渦』に突入することとなった本作。第三部のラストで、間部越前守の密約の証を独断で焼き捨てたことで新井白石の怒りを買った水城聡四郎ですが、まあそれでもとりあえず身分は保障されているのは公務員のありがたいところであります。
 しかしそんな中で発生した、間部越前守襲撃事件。それにヒントを得た尾張藩主・徳川吉通は、実力で越前守を排除して自分が七代将軍の座に就こうと考え、そのために紀伊国屋文左衛門を動かすことになります。そしてそれが聡四郎に思わぬ影響を……

 と、第一回は間部越前守を襲う刺客たちと護衛の忍びの戦いは描かれたものの、主人公の殺陣はなし。しかし銃弾のような勢いで繰り出される棒手裏剣の描写などは、素晴らしい迫力であります。
 そして権力亡者たちが陰険な(あるいは浅はかな)企みを巡らせる一方で、聡四郎は着飾った紅さんと新年を祝ってめでたいムードですが――しかしそこでとんでもない年始回り(?)現れて、早くも波乱の雰囲気で続きます。


『いちげき』(松本次郎&永井義男)
 永井義男の『幕末一撃必殺隊』の漫画化である本作は、相楽総三率いる薩摩の御用盗に対して、勝海舟が秘密裏に集めた百姓たち「一撃必殺隊」が繰り広げるゲリラ戦を描く物語。
 これまで「コミック乱」誌の方で連載されていたものが今回から移籍、それも内容の方は、一撃必殺隊乾坤一擲の相良暗殺作戦という佳境からのスタートであります。

 人でごった返した金杉橋の上で、白昼堂々相良たちを襲撃する一撃必殺隊。降りしきる雨の中、柄袋をつけたままだったり、手がかじかんでそれを外せなかったりと、相手が混乱する中で襲いかかるという超実戦派のバトルが面白いのですが――その一方で、無数の庶民が巻き添えを食らって無惨に死んでいく描写がきっちりと描かれるのが凄まじい。
 テロvsカウンターテロの泥沼の戦いの行方は――いきなりクライマックスであります。


『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)
 妻と子二人とともに平和に暮らしていた「軍鶏侍」こと岩倉源太夫の前に現れたおかしな浪人・武尾福太郎。源太夫の秘剣「蹴殺し」を見たいという武尾は、源太夫の長子・市蔵を拐かしてまで立ち会いを望んで……

 というわけで、今回は秘剣に取り憑かれた男の物語の後編。作品冒頭からその存在が語られながらも、ついぞ使われず仕舞いだった「蹴殺し」については、武尾ならずとも気になるところでしたが――今回ついにその一端が明かされることになります。
 その剣理たるや、なるほど! と感心させられるものでありましたし、養子である市蔵を巡る源太夫の老僕の怖い思惑なども面白いのですが、しかしいかにも温厚篤実な人格者然とした源太夫に対して、あまりにも武尾のビジュアルが――というのが前回から気になったところ。

 ちょっと残酷すぎるのではないかなあ、と見当違いなところが気になってしまった次第です。


『カムヤライド』(久正人)
 百済からの交易船に化けて難波に現れた新たな国津神に立ち向かうヤマトの黒盾隊。さしもの黒盾隊も「神」を前にしては分が悪い――という時に隊長のオトタチバナ(!)が切り札として鋼の鎧に魂を遷し、新たな戦士が……

 という衝撃の展開となった今回、何が衝撃ってどう見てもメタルヒーローなその外見(と名前)もさることながら、ファイティングスタイルが回避を一切拒否、全て受けて受けて受けまくるという、板垣恵介のキャラみたいなのには、驚くというより困惑であります。
 もっとも、結局は定番通り(?)目が光って光線剣でシルエットになってフィニッシュなのですが――それはともかく、旧き土の力で国津神を封じるカムヤライドに対して、黒金で国津神に抗するというのは、これはこれで平仄のあった考え方になっているのが、これはさすがと言うべきでしょう。

 今回はほとんど驚き(というかツッコミ)役だったモンコですが、果たして新たな戦士の登場に、彼は何を想うのか――いよいよ盛り上がってきました。


「コミック乱ツインズ」2019年5月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年5月号 [雑誌]


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2019.04.14

響ワタル『琉球のユウナ』第3巻 ややこしい琉球の、ややこしい人間関係


 15世紀の琉球、後に伝説の王となる尚真王・真加戸の若き日を題材に、不可思議な力を持つ朱色の髪の少女・ユウナの成長を描く『琉球のユウナ』の第3巻であります。互いに惹かれ合いながらも、何かと邪魔が入るユウナと真加戸の前に現れた新たなるキャラクターとは、そしてユウナの想いの行方は……

 その力のために忌避されてきた自分を受け入れてくれた真加戸に思慕の念を抱くユウナと、若き王としての孤独感を受け止めてくれたユウナに惹かれる真加戸と――ほとんど両思い状態の二人の前に現れた思わぬ障害。
 それは、真加戸の父である第二尚氏の初代王によって王位を簒奪された、先代王家・第一尚氏の生き残りを名乗る男・ティダでありました。

 ユウナと同じ、いや彼女を遙かに上回る力を持つ謎の男・白澤とともに、第二尚氏への復讐を企むティダの手に落ちたユウナ。決して悪人ではないにもかかわらず、しかし真加戸とは決して相容れないティダを前にして、彼女の心は千千に乱れることになります。

 ティダの手からは、真加戸とシーサーたちの奮闘によって救い出されたユウナですが――しかし相変わらずコミュ障気味の彼女は、妙に意識してしまって真加戸との間もぎこちなくなるばかり。
 そんなところに、真加戸の許嫁だという破天荒な先王の娘・居仁が登場し、いよいよますますユウナの気まずさは増すことになります。

 そんな中で明らかになる琉球の聖地・琉球開闢七御嶽の異変。御嶽の力が失われたことは、すなわち王家にその資格がないとされかねない状況で、御嶽のことを調べようとするユウナは、思わぬ形でティダと再会することに……


 (薩摩に攻められるまでは)平和な王国というイメージがあるものの、決してそんなことはない琉球王国。
 真加戸が王の座を次いだ第二尚氏は、第一尚氏の王位を簒奪したものであり、そして真加戸自身、先王であった叔父を結果として追い落とす形で王となったものであり――古今東西を問わず、何処の国でも変わらぬ、権力を巡る争いがそこにあります。

 そしてそんな第二尚氏の王国も決して一枚岩ではなく、なおも王に服さぬ諸侯たちの存在が――と、これはいずれもこれまでの物語で描かれてきたことではありますが、いずれも若い二人の微笑ましさとは対極にあるような、血なまぐさく生々しい状況であることは間違いありません。
 そしてその状況を象徴するように、第二尚氏の真加戸、第一尚氏のティダに加えて真加戸に追われた先王の娘・居仁まで登場して――と、この巻ではそんな琉球のややこしい状況が、そのまま人間関係に落とし込まれたような展開が描かれることになります。

 この辺りのシチュエーションは、よく考えてみれば(韓流・華流のドラマではお馴染みの)歴史ロマンスの定番中の定番であります。
 しかし本作においては、純情すぎる、そして不安定な力を持ったユウナを中心に置くことで、不思議なバランス感を生み出しているのが面白いところでしょう。

 とはいえ、そんな状況の中でユウナに何ができるのか――というところで、琉球開闢七御嶽の存在が描かれるのもまた面白い。少年漫画であれば、一カ所ずつ巡って番人を倒していく展開になりそうですが、もちろんそうなるはずもなく、本作では思わぬ形でユウナと絡んでいくことになるのですが……


 この巻から登場する居仁も、単純な恋敵などではなく、むしろ真加戸を実力でぶちのめして自由になろうとする男前だったり、琉球音楽史上伝説の人物・赤犬子が思わぬ形で登場したりと、新キャラクターたちの造形も楽しい本作『琉球のユウナ』。
 決して馴染み深い題材というわけではありませんが、それだけに、このややこしい状況を、如何にユウナと真加戸が乗り越えるのかが楽しみになる――そんな物語であります。


『琉球のユウナ』第3巻(響ワタル 白泉社花とゆめコミックス) Amazon
琉球のユウナ 3 (花とゆめCOMICS)


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2019.03.30

『決戦! 賤ヶ岳』(その一) 賤ヶ岳の戦の、その先の屈託


 おなじみ『決戦!』シリーズの第7弾は『決戦! 賤ヶ岳』。ある合戦に参陣した武将たちを、各作家が一人ずつ描く本シリーズですが、今回は少々他とは異なる趣向があります。それは本書に収録されている全7作品が、敵味方それぞれの武将ではなく、賤ヶ岳七本槍たちを主人公としていることであります。

 信長の後継者を巡り、羽柴秀吉軍と柴田勝家軍が激突し、結果として秀吉の天下を招くこととなった賤ヶ岳の戦。ある意味これも天下分け目の戦いではありますが、しかし秀吉と勝家が直接対決したわけではなく、規模も(シリーズの他の戦に比べれば)大きくない一戦であります。
 はっきり言えばスターが少ない賤ヶ岳の戦を、このシリーズでいかに描くかと思えば、それが冒頭に述べたとおり、いわゆる賤ヶ岳の七本槍――この戦で奮闘した秀吉麾下の加藤清正・糟屋武則・脇坂安治・片桐且元・福島正則・平野長泰・加藤嘉明の七人をそれぞれ主人公にして描くというのは、これは実に面白い趣向でしょう。

 といっても七本槍のうち、(武将として)後世によく知られるのは清正・正則・嘉明くらい。その辺りをどう描くのか――と思えば、これもまた、それぞれに趣向を凝らした内容となっているのが実に面白い。以下、本書の中で特に印象に残った作品を紹介しましょう。


『糟屋助右衛門の武功』(簑輪諒):糟屋武則
 別所家の家臣であった兄と袂を分かつ形で織田家に仕えたものの、周囲からは外様で寝返りものと陰口を叩かれてきた助右衛門(武則)。そんな彼にとって武功を挙げるまたとない機会が、賤ヶ岳の戦でありました。
 しかし七本槍に数えられたものの、逆に正則や清正に比べれて自分の限界が見えてしまった助右衛門は、武将としての立身をあきらめてしまうのですが……

 上に述べたとおり、同じ七本槍といっても、その内実は、そしてその後の境遇も大きく異なる彼ら七人。本書では、賤ヶ岳の戦そのものだけでなく、その後の彼らの姿を――その抱えた屈託を描く作品が少なくないのですが、本作はその中でも最も心に残った作品であります。

 成果さえ挙げれば未来が開けると思い詰めていたものが、いざ挙げてみればその行き着く先が見えてしまった――戦国武将ならずとも何とも身につまされるシチュエーションですが、本作はそこで終わりません。
 本作はそんないわば等身大の悩みを抱えた武則の姿を描きつつも、しかしそこでは終わりません。再び魂を燃やし、再起してみせる姿を力強く描いてみせることで――たとえその結果がどうであろうとも――大きな感動を呼ぶのであります。


『しつこい男』(吉川永青):脇坂安治
 その空気を読まないしつこさと、それと裏腹の微妙な実力のために、かねてより朋輩から、いや時には主君の秀吉からも嘲られてきた安治。
 賤ヶ岳七本槍と呼ばれたものの、その後の致命的な失策で秀吉に勘気を被り、いてもいなくてもいい男とまで秀吉に言われてしまった安治は、腹を括って伊賀上野城を寡兵で攻めるのですが……

 関ヶ原で西軍につきながらも、戦場で小早川ともども寝返って友軍を攻めたことで歴史に名を残る安治。そんな何ともしまらない彼を、さらにしまらない姿で描いてしまうのですから、本作は容赦がありません。
 こういう○○人衆の中ではありがちな「数合わせ」呼ばわりによって、ついに堪忍袋の緒を切らした安治。その行き着く先は――いやはや、これはこれで一個の武士と言うべきでしょうか、結末が妙なカタルシスを呼ぶ一編であります。
(そして、先に紹介した『糟屋助右衛門の武功』の結末とも奇妙な対応を見せるのが何とも……)


 思ったよりも長くなったため、次回に続きます。


『決戦! 賤ヶ岳』(天野純希ほか 講談社) Amazon
決戦!賤ヶ岳


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2019.03.29

東村アキコ『雪花の虎』第7巻 終結、第一次川中島の戦 そして新たなイケメン四人衆


 女長尾景虎(上杉謙信)伝『雪花の虎』第7巻は、いよいよ川中島の戦がスタート――しかしなかなか直接対決に至らぬ中で、景虎は自分なりに川中島で戦う理由を見いだすことになります。そして物語は新たなる舞台へ……

 最愛の兄・晴景を失いながらも、長尾家を背負って戦い続ける景虎。その姿は、混沌の戦国の中で敗軍の将たちを惹きつけていくことになります。その一人、村上義清の求めに応じて、景虎はついに武田晴信と川中島で対峙することとなります。

 というわけで、謙信と信玄といえばこの戦い、というべき川中島。しかしこの巻で描かれるのは、12年にわたって都合5回繰り広げられた戦いの、最初の1回であります。
 この戦いにおいては晴信は景虎側の動きを窺い、積極的には動かぬ籠城戦を選択、結果として引き分けとなったのですが――本作はその背後に、一つのドラマを描くことになります。

 景虎が自分に面影の似た青年・シロを影武者に立て、密かに兵を二手に分けた奇襲をかけんとすれば、晴信はこれを見抜いて牽制を仕掛ける――そんな戦いの末に、数週間に及ぶ膠着状態に陥った戦線。もちろん合戦ではこうした状況も珍しくありませんが――しかしそれが景虎にダメージを与えます。
 そう、若い女性であれば避けられない現象でもって。

 月に一度の体調の不良に苦しみ、シロを残して戦場を離れることとなった景虎。その途中、弱った彼女が出会ったのは、川中島近くの善光寺の門前の薬屋の娘でありました。
 彼女から、善光寺が女性のための寺、この時代には珍しい女性の参拝を拒まぬ寺であったことを知った景虎は、一つの決意を固めることになります。

 女性のための寺であれば、当然、その門前には女性が集まることになる。いわば女性のための一種のアジールである善光寺が武田方の手に落ちれば、そのアジールは喪われることでしょう。
 それを守るため、景虎は戦うことを決意したのであります。

 もちろんこれは本作ならではの一つの極端な見方ではあります(もっとも、川中島が善光寺を巡る戦いでもあったというのは、本作のみの視点ではありませんが)。しかし本作であれば、本作の景虎であれば、こう決意しなければおかしい――それもまた、間違いのないことでしょう。
 自分自身のために戦う理由を見つけた景虎の川中島は、これからも続いていくのであります。
(ちなみに、ここでシロが思わぬ人物の前身であることが語られるのですが、これはさすがに吃驚)


 しかし、ここで景虎の物語は、新たな舞台に移ることになります。その舞台とは京都――位階の叙任御礼のために上洛することになった彼女の姿を描く、京都上洛編がここから始まることになります。
 そしてそこに登場するのは新たなイケメン――それも四人! 足利義藤(義輝)、近衛晴嗣(前久)、細川藤孝、進士藤延――都を追われ、朽木谷に暮らす将軍と、彼と志を一にする貴族、そして将軍の忠実な家臣であります。

 体育会系の義藤、いかにも育ちの良さげな晴嗣、優美な藤孝に忠実かつ温厚な藤延。いやはや、それぞれにタイプの異なる四人の美形の設定には驚いた――というのはさておき、後世から見ればとんでもないメンバーですが、しかし彼らがここに存在したことも、景虎と交誼を結ぶこともまた史実であります。

 景虎というと、越後のみが活動範囲であったような印象がありますが、それを巧みにひっくり返した上に、「中央」の動きと絡めてくる――それも実に本作らしい形で――とは、着眼点の面白さに唸らされます。


 そしてこの四人の中で、もっとも虎と縁を結ぶことになりそうな、意味ありげな描写が為されているのが進士藤延であります。

 正直に申し上げれば、この人物のことはこれまで知らなかったのですが――作中で義藤たちのために料理を作る描写が多かったのも道理、進士家は、代々将軍の食膳を司る家とのこと。
 なるほどそれで――と納得しつつ、これも作中でちらりと描かれたように、彼は決してただの料理人ではない、歴とした武士でもあります。

 藤延については、とんでもない奇説があるようですがそれは今はさておき、この先、この一風変わった武士が景虎といかに絡むことになるのか――京都上洛編、早くも気になる展開であります。


『雪花の虎』第7巻(東村アキコ 小学館ビッグコミックス) Amazon
雪花の虎 (7) (ビッグコミックススペシャル)


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2019.03.25

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第14章の4『強請(上)』 第14章の5『強請(中)』 第14章の6『強請(下)』


 これまでほぼ毎週お送りしてきた北の美少女陰陽師が江戸を騒がす怪異に挑む『百夜・百鬼夜行帖』シリーズの紹介も、ついに最新話に追いつきました。旗本・土井勇三郎から百夜への依頼、それは強請を止めること――あまりに不可解な謎と真実が、シリーズ初の上中下編で描かれることになります。

『強請』(上)(中)(下)
 これまで再三にわたり百夜の腕を試してきた旗本・土井勇三郎。旗本・御家人専門のトラブルシューターともいうべき彼が、何故百夜に接触してきたのか――その真実がついに明かされることになります。

 近頃、数十人にも及ぶ旗本・御家人を強請る謎の人物。<やまそう>と名乗る小僧を手足に使い、被害者の過去のスキャンダルをネタに強請をかけるという謎の人物は、神出鬼没の亡魂でもなければ知らないような秘密を知っているというのです。
 そう、土井が家老の村島たちを使って悪霊憑きを探し、そして悪霊を祓う力を持つ百夜の腕を確かめていたのは、悪霊憑きとしか思えぬこの相手を見つけ、滅ぼさんとしていたためだったのであります。

 村島の言葉にまだ裏があることを感じながらも<やまそう>の後を追い、彼が末吉という名の子供であり、背後に<和尚さま>なる人物がいることを知った百夜。しかし末吉の周囲には悪霊の痕跡はなく、悪霊憑きというのは勘違いかと思われたのですが……
 そんな中、向こうから百夜のもとに乗り込んできた末吉。百夜の身の回りの者に犠牲を出したくなければ、この一件から手を引けという<和尚さま>の言葉を伝える末吉ですが、もちろんそれで百夜が引き下がるわけがありません。

 仲間たちとともに調べを続け、強請のネタに関するある事実から、ついに敵の正体を知った百夜。しかしその正体故に、如何にこの件を収めるか百夜が悩んでいる間に、土井は配下の武士を使い、強硬手段に出ることに……


 比較的ストレートなタイトルが多かったこの章ですが、しかしこの三話以上のものはないでしょう。「強請」――直球ですが、まさにその強請が本作の中心であることは、上に述べてきたとおりであります。そしてそれが百夜と彼女の稼業にどのように結びつくかも。

 正直なところ、その強請の張本人については、比較的早い段階で正体が察せられるところではあります。しかしその「状態」はさすがに予想外であり――そしてそれだからこそ百夜には手の打ちようがない、という状況設定には、唸らされました。
 これまで本シリーズの複数話構成のエピソードでは、派手なバトルが展開することが通例でした。今回ももちろん、ラストでは大殺陣が展開されるのですが――しかしそこで描かれるのは、これまでとは一風異なる、捻った展開であることは間違いありません。


 本シリーズの主人公・百夜は、もちろん悪霊を祓い、悩める人間を救うヒーローであります。しかし彼女の価値判断の基準は、決して世間の――いや正確に申し上げれば、世の権力者たちのそれとは大きく異なります。
 それは東北という彼女の出身や、この世ならぬ世界を活動の舞台とするという理由があるかもしれません。しかしそれが何であるにせよ、今回のエピソードは――なかんずくラストの展開は、ある意味極めて百夜らしい、本シリーズらしい内容であると感じます。

 今回の結末に、釈然としないものを感じる向きもあるかもしれませんが――しかしその違和感こそが逆に本シリーズの独自性を証明する、極めてユニークなエピソードでありました。
(それにしても<やまそう>、彼だけで一大伝奇小説が描けてしまいそうな、実にユニークなキャラクターであります)


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『強請(上)』 Amazon/ 『強請(中)』 Amazon/ 『強請(下)』 Amazon
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 『鯉と富士 修法師百夜まじない帖』 怪異の向こうの「誰」と「何故」

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2019.03.24

「コミック乱ツインズ」2019年4月号


 一号間が開いてしまいましたが、「コミック乱ツインズ」4月号の紹介であります。今月の表紙はどどんと大きな海老天が目印の『そば屋幻庵』、巻頭カラーは『宗桂 飛翔の譜』。今回も、印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『土忍記 砂塵と血風』(小島剛夕)
 小島剛夕の名作を再録する「名作復活特別企画」第八回は、前号にも掲載された『土忍記』シリーズの一編。刺客に追われながら諸国をさすらう抜け忍たちの姿を描く短編集であります。
 風と砂塵の中、とある村にやってきた旅の侍・平八。破落戸に襲われていた土地の豪農の娘・八重を助けた平八は、請われて彼女の屋敷に滞在することになります。
 父を亡くした後、隣の土地の郷士に嫌がらせを受け続けている八重と土地の者を助けるため、荒れ果てた地の開墾を始める平八。八重に慕われる平八に、彼女に仕える青年・助次郎は敵意を燃やすのですが……

 流れ者が苦しむ弱者を救い、また去って行くという定型に忠実な本作。タイトルのとおり、アクションシーンのバックに吹いている風の激しさ、厳しさが印象に残る物語であります。
 が、内容的にはちょっと驚くくらいストレートで、実はこちらの方が抜け忍なのでは――と思った方が本当にただの人間だったのはちょっと吃驚。いや、こちらが勝手に深読みしただけなのですが……


『カムヤライド』(久正人)
 今号から新章突入の本作、国津神を覚醒させる男・ウズメと対決したものの傷を負わされ、取り逃がしてしまったモンコとヤマトタケルは難波を訪れることになります。
 折しも湊には百済からの交易船が到着し、ヤマトの精鋭部隊・黒盾隊が警備を行っていたのですが――そこに出現したのは毒霧と強靱なハサミを操る国津神。さしもの黒盾隊も苦戦する中、現れた彼らのお頭の力とは……

 というわけで、いきなり登場したごっつい連中・黒盾隊。その名の通り、巨大な盾を用いたアクションがユニークなチームなのですが――しかしそんな彼らでも国津神には敵わない、という時に現れた彼らの隊長は、腹筋シックスパックの女傑、その名はオトタチバナ……!!!
 いつかは登場するだろうと思っていた人物ですが、あまりに意外なビジュアルに驚いていれば、ラストにはさらなる驚きが。「魂遷(ダウン)」なるかけ声の下に巨大な盾の中から現れたその姿は、メタルヒーロー……?(何となく女バトルコップを連想)

 ついに登場した第二の変身能力者。ヤマトに属する彼女は味方なのか、そして一体何者なのか――大いに気になるヒキであります。
(ただし、絵はちょっと荒れ気味だった印象が……)


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 前号から続くエピソード「雲助の楽」の後編である今回、とある宿場の雲助・楽と出会った用心棒三人組とみかんですが、楽は自分の息子とその嫁、お腹の子供を面白半分に殺した大名を殺すために雲助となった男だったのです。
 その楽の想いに共鳴し、命を捨てて大名行列を襲おうとする雲助たち、そして彼らに雇われた三人組――というわけで、この後編で描かれるのは、楽と雲助たちの復讐戦の有様であります。

 いかに雲助たちが多数とはいえ、相手は鉄砲隊も備えて完全武装した、いわば軍隊。三人組の助太刀があったとしても、普通であれば到底敵うはずもないのですが――しかし降りしきる雪の中、文字通り決死の覚悟で襲いかかる楽と雲助たちの姿は壮絶の一言、さしもの三人組も一歩譲った感があります。
 そしてその復讐戦の中心はいうまでもなく楽――普段は実に「いい」顔つきの中年男性である彼が、鎌一丁片手に大名行列に阿修羅の如く突っ込む様はただただ凄まじく、クライマックスの5ページ余りは、自分が何を見ているのかわからなくなるほどのドドドド迫力でありました。

 雷音のしみじみとした述懐もどこか空々しく聞こえる、ただただ凄まじい、怒濤の如き回でありました。


 さて、次号からは『勘定吟味役異聞』が再開。これは以前からの予定通りですが、「コミック乱」の方で連載されていた『いちげき』が移籍というのはちょっと吃驚であります。


「コミック乱ツインズ」2019年4月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年 04 月号 [雑誌]


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 「コミック乱ツインズ」2019年2月号

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2019.03.20

操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その三) 誉田龍一・鈴木英治・芦辺拓


 操觚の会のアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』の紹介もいよいよ佳境の第三回であります。

『三十九里を突っ走れ!』(誉田龍一)
 操觚の会の切り込み隊長というべき存在であり、イベントでは名司会ぶりを発揮する作者の作品は、戦国時代を舞台としたロードノベル。人並み優れた体格と武術の腕を持ち、数々の手柄を挙げながらも、禄高が引き合わないと主家を飛び出して文無し状態の男・与吉が、秘宝を巡る冒険を繰り広げます。

 茶店で破落戸どもを叩きのめしたのがきっかけで、源左と名乗る男に声をかけられた与吉。越前と近江の国境から、信長と対立する石山本願寺まで、あるものを輸送する源左たちの護衛をして欲しいという依頼を、与吉は二つ返事で引き受けるのでした。
 かくて道中三十九里を往くこととなった与吉と源左一行。しかし秘宝を巡り、山賊が、織田方の侍が、そして妖魔が彼らの行く先々に現れて……

 と、破天荒なタフガイ・与吉の暴れっぷりが痛快な本作。源左との凸凹コンビぶりもなかなか楽しいのですが、結末に描かれるある事実には、なるほど、と納得であります。
 その一方で少々残念なのは、妖魔たちが今一つ個性に乏しく、「強い敵」以上の存在となっていないことでしょうか。秘宝の正体とも絡めて、もう少しインパクトを持たせても良かったのでは――という印象はあります。


『享禄三年の異常気象』(鈴木英治)
 季節はずれの雪や花どころか、魚が降るなどと異様な天候が相次ぐ享禄三年の駿河国。そこで侍に出世することを夢見て戦に出ていた工藤平一郎は、空から何百枚もの明銭が降ってきたという噂を耳にするのでした。
 銭の雨の下にいたのは、自分と同姓同名の相手を討ったばかりの侍だったというのですが――その直後の戦で兜首を取った平一郎が知ったのは、何とその相手が自分と同姓同名であったという事実でした。

 そして次の戦でも、そのまた次の戦でも、自分と同姓同名の相手と戦う羽目になる平一郎。いつか自分の頭上にも銭の雨が降るのではないかと恐れる平一郎ですが……

 文庫書き下ろし時代小説家として既に大ベテランの域に入る作者ですが、江戸ものだけでなく、戦国ものも得意とするところであります。というより作者のデビュー作は、本作と同じ駿河国は今川家を舞台とする伝奇色濃厚なミステリ『義元謀殺』なのですが――しかしそんな作者の作品の中でも、本作ほど奇妙な作品はないでしょう。
 いかにも作者らしい、どこかのんびりとしたムードの文章で描かれる、何とも理不尽極まりない現象。その先に待つ、あまりにも身も蓋もない真実には、ただただ天を仰ぐほかありません。


『ちせが眼鏡をかけた由来 江戸少女奇譚の内』(芦辺拓)
 奇想に満ちた本格ミステリで大活躍する一方で、かねてより伝奇チャンバラへの愛を語ってやまなかった作者。当然本作は――と思いきや、こちらで来ましたか、と言いたくなる作者の趣味の幅広さを窺わせる一編であります。

 九戸南武家に仕える学者・江波戸鳩里斎の娘・ちせ。学問に熱中するあまり近視気味の彼女は、捻挫した父に代わり、自領内に秘蔵された古の財宝を捜し出せとの藩主からの命に挑むことになります。
 財宝が眠るという落人村に向かったちせ。しかしそこでは読本を手にした人々が宝を探し回り、さらに読本を題材にした芝居の一座まで出ているではありませんか。そんな中、父が殿から託された金属板に記された十六の文字の謎を解き明かしたちせですが……

 というわけで、少女探偵もの、少女活劇に対しても強い興味を示す作者が、江戸時代を舞台にそれを描いてみせた本作。実は本書でも数は多くない「宝探し」という王道の題材を用いつつ、そこに暗号ミステリの要素を投入してみせるのも、また作者らしいところであります。
 しかし本作の魅力は、彼女を非力な少女として侮る大の男どもに対して、知恵と勇気で互角以上に渡り合うちせの姿であります。副題を見れば、シリーズ化への意欲が窺われる本作。ぜひ、江戸の眼鏡っ娘少女探偵の活躍を見てみたいものです。


 長くなりましたが、次回で紹介は最終回であります。


『伝奇無双 「秘宝」』(戯作舎文庫) Amazon
伝奇無双「秘宝」 操觚の会書き下ろしアンソロジー (戯作舎文庫)


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 『幕末 暗殺!』(その三) 暗殺を描き、その先にある現在を問う

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2019.03.19

操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その二) 早見俊・秋山香乃・新美健


 気鋭の歴史時代小説家集団・操觚の会のアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』の収録作品紹介、その二であります。

『帰雲の童』(早見俊)
 戦国時代末期、一夜にして山崩れに消えた帰雲城。仕官を願ってきた元高山藩の山林奉行・大槻から城に眠る莫大な財宝の噂を聞いた柳沢保明は、配下の山師・山鹿に探索を命じるのでした。
 高山の百姓たちから、山中に一人暮らす少年・与助が山の神の城の在処を知ると聞き出した大槻と山鹿。与助の案内で山中に踏み込んでいった彼らの一行は、しかし一人また一人と、無惨な死を遂げていくことに……

 大地震によって城一つが山に飲まれたというインパクト、そして現代に至るまでその正確な位置が不明のままであり、おまけに城には埋蔵金が――と存在自体が実に伝奇的な帰雲城。
 本作はその伝説の城を題材としつつも、秘宝を求める者たちが次々と惨殺されていく――という、ホラーめいた展開が印象に残ります。

 正直なところ、タイトルといい冒頭の文章といい、どう見ても怪しいのは一人なのですが――そこから一ひねりして本当に恐ろしいものの存在を描く物語は、定番ではあるものの、因縁譚めいた複雑な後味を残します。


『ヤマトタケルノミコト 予言の章』(秋山香乃)
 本書の中でも最も過去の時代を舞台とすることは、そのタイトルからも明らかな本作。誰もが知る神話の時代の英雄ヤマトタケル――しかし本作はいささか意外な角度から、その英雄にアプローチしていくことになります。

 ヤマトを支配するスメラギの皇子として、兵や民衆から絶大な支持を受ける黒皇子ことオオウス。しかしスメラギは自分の後継者たる日嗣皇子として、オオウスの弟・オウスを選び出します。
 その矢先に平和だったヤマトに魔物が現れ、さらにうち続く異常な日照り。周囲から疑いの目を向けられるようになったオウスに、二人の兄である神官クシツヌは意外な言葉を告げます。オウスこそはヤマトを救う英雄であり、そのためにはオオウスを殺さねばならないと……

 クマソの王・タケルを討ち、その名を取ってヤマトタケルと名乗った英雄。その本来の名が、小碓尊であることを知る方も多いでしょう。そして神話は、彼の兄として大碓皇子、そして櫛角別王がいたことを語ります。
 言うまでもなく、本作のオウスたち三兄弟はこれをモチーフにしたもの。それだけに、物語の方も神話をなぞったものになるとばかり思いきや……

 しかしここで展開されるのは、三人の母が残した予言に翻弄される三人の若者たちの姿。予言を成就させ、ヤマトを、人を救う王を生み出すためには、愛する者を贄として差し出さねばならない――そんな運命に悩み苦しむ彼らの姿は、神話の英雄とはほど遠い、しかしだからこそ我々と等しい人間として、魅力的に感じられるのです。

 「神話」という「現実」を踏まえつつ、それを新たに解釈した「物語」を描く――本作もまた、見事に「伝奇」と言えるでしょう。


『妖説<鉄炮記>』(新美健)
 「砲術師の家宝とは、どのようなものであるか?」そんな不可思議な問いかけで始まる本作は、ある晩、人里離れた洞穴で山伏と浪人との間の問答を綴った物語。
 天狗とも噂される山伏と、破門され諸国を放浪する砲術師の浪人の間で交わされる問答は、やがて恐るべき「妖銃」を巡る物語へと変貌していくことになります。

 本書にも既に登場している「妖刀」。しかし「妖銃」なる言葉はほとんど全く聞いたことがありません。それは何故なのか――歴史の陰に蠢く奇怪な銃を巡る秘史を語りつつ、同時に鉄砲という武器の持つ本質的な異質さを語る本作は、まさしくもう一つの「鉄砲記」と言うべき物語なのです。

 デビュー作『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』において、銃を武器とする者たちの視点から武士の時代の神話的終焉を描いた作者ならではの、悪夢めいた奇談であります。


 次回に続きます。


『伝奇無双 「秘宝」』(戯作舎文庫) Amazon
伝奇無双「秘宝」 操觚の会書き下ろしアンソロジー (戯作舎文庫)


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