2017.02.10

長谷川明『戦国外道伝 ローカ=アローカ』第3巻 急展開、そして明かされた纐纈城の秘密

 戦国時代の日本に現れ、次々と人々を狩り集めていく纐纈城。この魔界の存在を討伐するため、武田信玄により集められた外道者たちの戦いを描く本作もこの巻で急展開、纐纈城と外道者たちの最終決戦が描かれるのですが――

 川中島に現れ、不死身の兵でもって戦場を蹂躙した纐纈城。その纐纈城攻めを決意した武田信玄により、地獄を見る目を持ち、地獄の牛頭馬頭を喰らう力を持つ加藤段蔵を筆頭に、異能を持つ外道者たちが集められることになります。
 その外道者の一人を求めて常陸に向かった段蔵たちは、猿神憑きの剣客・猿御膳、そして彼と虚ろ舟の蛮女との間に生まれた子供を巡り、纐纈城の使者と激突することに――

 という第2巻の展開を受けてまず描かれるのは、猿御前の子・前勝坊を巡る戦いの行方。あまりにも無垢で儚い蛮女と、異形の猿神憑きの間に生まれた彼は、果たして母と父――異界からやって来た人間と、異形と化した人間の、どちらに近いのか?
 戦いの末に描かれる、人間という存在、命の在り方に繋がるその答えは、殺伐とした展開が続く本作において、一つの「愛」の姿を描き出すことになります。

 そして続いて登場するのは、新たな外道者……いやむしろ、彼の存在があったからこそ外道者が集められることとなったという一人の剣豪。その名は草深甚四郎!
 この名を聞いて盛り上がるのは、剣豪ファン――それもかなり偏った方でしょう。本作でも描かれる、盥に張られた水に斬りつけることで、遙か遠くの相手を斬ったという逸話で知られる「実在の」剣豪であります。

 なるほど、剣豪としてこれほど異界に近い存在はあるまい……と大いに盛り上がるのですが、しかしこの辺りから物語は急展開。終焉に向かって爆走していくこととなります。

 物語冒頭から纐纈城との戦いに巻き込まれてきた小姓・五郎丸――成り行きから段蔵らとともに対纐纈城戦の一員となっていた彼が纐纈城の手に落ちたことから始まる、纐纈城による武田家急襲。
 思わぬ決戦の始まりに、纐纈城に乗り込むのは、段蔵と死者が見える少女・火車鬼、前勝坊と歩き巫女のふふぎ、そして城の実験部屋から脱走した行者・長谷川角行――

 と、あまりに急な展開に驚かされるのですが、これは作中でも何度かメタ的に言及されるように、作品の完結を急がざるを得ない状況になったということなのでしょう。しかし、いや実に勿体ない。
 どうも展開的には「纐纈城の七人」とも言うべきものになのではないかと思われただけに――そしてこうした物語の面白さは、メンバーが一人ずつ集まってくる過程にあるだけに――急展開が悔やまれてなりません。

 甚四郎はもちろんのこと、こちらも実在の人物である角行も、突然の登場ではあるもののビジュアル、設定(特に人穴、宗教者というキーワードは「纐纈城」としては実に気になります)ともに、非常に美味しいキャラクターであっただけに――


 しかし本作は、そんな状況の中であっても、描かれるべきものはきっちりと描いてみせた、ということだけは言えるでしょう。
 その描かれるべきものとは、纐纈城主、いや纐纈城の生みの親の正体、言い換えれば纐纈城は何故存在するのか……その謎解きであります。

 纐纈城に突入した者たちの前で語られる、纐纈城誕生の秘密。そこには、遙か過去、遙か遠くの地で、死から甦ったというある男の存在がありました。
 その男の名はここでは伏せさせていただきますが、あまりにも意外のようでいて、「纐纈城」とは決して無縁な人物ではない、と言えばわかる方にはわかるでしょうか。

 そして「彼」の存在が纐纈城を……纐纈城で繰り広げられる地獄を生む、その過程の凄惨さには、ただただ圧倒されるばかり。
 さらに「彼」と、その目で文字通りの「地獄」を見てきた段蔵との思わぬ共通点(そして同時にそれは前勝坊の存在とも重なる部分が)に思い至れば、ただただもう唸らされるほかありません。


 物語展開には残念な点は残ったものの、描かれるべきものは描かれた本作。あるいは性急な展開故に、その結末にも違和感は残るかもしれません。

 しかし、生と死、現世と地獄、生者と死体、誕生と死亡……と、相反するものが入り乱れ、しかしそのほとんどがわかり合えず擦れ違うままに終わるこの結末は、途方もない虚無感を漂わせつつも、本作に相応しいもののようにも感じられるのです。


『戦国外道伝 ローカ=アローカ』第3巻(長谷川明&佐藤将 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon
戦国外道伝 ローカ=アローカ(3)<完> (ヤンマガKCスペシャル)


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2017.01.24

入門者向け時代伝奇小説百選 古典(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選、古典でチョイスしたのは、基本的に戦前の作品を中心とした十作品。70年以上前の作品だからと言っても古臭さとは無縁の作品の数々、これぞ時代伝奇、と呼ぶべき定番の名作群です。
1.『神州纐纈城』
2.『鳴門秘帖』
3.『青蛙堂鬼談』
4.『丹下左膳』
5.『砂絵呪縛』

【古典】
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)【戦国】 Amazon
 記念すべき第一作目は、鬼才・国枝史郎の代表作にして時代伝奇小説史上に燦然と輝く作品であります。

 捕らえた人間の生き血を絞って美しい真紅の布を染めるという纐纈城。富士山麓に潜むその伝説の城を巡り、業病に犯された仮面の城主、若侍、殺人鬼、面作りの美女、薬師、剣聖、聖者……
 様々な人々が織りなす物語は、血腥く恐ろしいものではありますが、しかしその中で描かれる人間の業は、不思議な荘厳さ、美しさを持ちます。

 実は未完ではありますが、それが瑕疵になるどころかむしろ魅力にすらなる本作。今なお語り継がれ、消えては復活する、まさしく不滅の名作であります。

(その他おすすめ)
『八ヶ嶽の魔神』(国枝史郎) Amazon


2.『鳴門秘帖』(吉川英治)【江戸】 Amazon
 国民的作家・吉川英治は、その作家活動の初期に幾つもの優れた伝奇小説を残しています。その中でも代表作と言うべきは、外界と隔絶された阿波国を舞台に、阿波蜂須賀家の謀叛の秘密を巡る冒険が繰り広げられる本作であります。

 水際だった美青年ぶりを見せる主人公・法月弦之丞をはじめとして、怪剣士・お十夜孫兵衛、海千山千の女掏摸・見返りお綱など、個性的で魅力的な面々が入り乱れての大活劇は、まさしく伝奇ものの醍醐味を結集したというべき物語。
 そして、波瀾万丈の活劇に留まらず、その中で登場人物たちの情を細やかに描き出してみせるのは、さすがは、と言うべきでしょう。

(その他おすすめ)
『神州天馬侠』(吉川英治) Amazon
『江戸城心中』(吉川英治) Amazon


3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)【怪奇・妖怪】【江戸】【幕末・明治】 Amazon
 捕物帳第一号たる『半七捕物帳』の作者である岡本綺堂は、同時に稀代の怪談の名手でもあります。本作はその綺堂怪談の代表作――ある雪の夜に好事家たちが集まっての怪談会というスタイルで語られる、十二の怪談が収められた怪談集なのです。

 利根の河岸に立つ座頭の復讐、夜ごと目を光らせる猿の面、男を狂わせる吸血の美少女……「第○の男(女)は語る」という形で語り起こされる怪談の数々は、舞台も時代も内容もそれぞれ全く異なりつつも、どれも興趣に富んだ名品揃い。
 背後の因縁全てを語らず、怪異という現象そのものを取り出して並べてみせるその語り口は、全く古びることのないものとして、今なおこちらの心を捕らえ、震わせるのです。

(その他おすすめ)
『三浦老人昔話』(岡本綺堂) Amazon
『影を踏まれた女』(岡本綺堂) Amazon


4.『丹下左膳』(林不忘)【剣豪】【江戸】 Amazon
 隻眼隻腕の怪剣士、丹下左膳。元々は「新版大岡政談」(現『丹下左膳 乾雲坤竜の巻』)に敵役として登場した彼は、しかしそのキャラクターが大受けして続編ではヒーローとなった変わり種であります。

 ここでオススメするのは、その続編たる『こけ猿の巻』『日光の巻』。その特異な風貌はそのままに、より人間臭い存在となった左膳は、莫大な財宝の在処を秘めたこけ猿の壷争奪戦や柳生家の御家騒動という物語を、カラリと明るい陽性のものに変えてしまうパワーを持っています。
 何よりもスラップスティック・コメディ調の味付けが、到底戦前の作品とは思えぬモダンな空気を漂わせていて、これはもう他の作者・他の作品では味わえぬ妙味なのです。


5.『砂絵呪縛』(土師清二) Amazon
 第六代将軍擁立を巡り、柳沢吉保の配下・柳影組と、水戸光圀を後ろ盾とする間部詮房の組織する天目党の暗闘を描く本作は、典型的な時代活劇のようでいて、ある一点でもってそこから大きく踏み出してみせた作品であります。

 その一点とは、この二つの勢力の争いに割って入る浪人・森尾重四郎の存在。
 時代小説には決して珍しくはないニヒルな人斬り剣士である彼は、しかし、そのニヒルである理由……行動原理や主義主張というものが全く見えない(それでいて決して木偶人形でもない)、極めてユニークな存在なのです。

 オールドファッションな物語を描きつつ、真に虚無的な存在を織り交ぜることで、今なお「新しい」作品であります。



今回紹介した本
神州纐纈城 (大衆文学館)鳴門秘帖(一) (吉川英治歴史時代文庫)青蛙堂鬼談 - 岡本綺堂読物集二 (中公文庫)丹下左膳(一)(新潮文庫)砂絵呪縛(上) 文庫コレクション (大衆文学館)


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2017.01.22

東村アキコ『雪花の虎』第4巻 去りゆく兄と、ライバルとの(とんでもない)出会いと

 今年の大河ドラマは女城主の物語ですが、それは本作の方が先んじている……というのは大げさではありますが、しかし着実に面白い女謙信物語、早くも第4巻に突入であります。互いを支え合い、想い合っているにも関わらず、周囲の思惑から対峙することとなった景虎と晴景の運命は――

 武将として初陣以来圧倒的な力を振るい、長尾家の当主たる兄・晴景を支えるために奮闘してきた景虎。しかし皮肉にもその強さが柔弱な晴景に不満を抱く国人衆を惹きつけ、越後は晴景派と景虎派に二分されることとなります。
 かくて描かれるのは、この戦国時代には無数に存在した、血を分けた者同士が国を、家を巡って争う騒動――

 ということには簡単にはならないのが本作。これが男同士であればわかりませんが、本作の晴景と景虎は、互いを害する気などない兄妹なのですから。
 とはいえ、時に主君の思惑などは無視して突き進むのが(戦国時代の)家臣というもの。下の者が暴発して暗殺などの手段に走らぬよう、晴景は形だけの挙兵をすることになります。

 そんな二人の計らいにより、すべてが丸く収まるかに見えたこの対立ですが、しかし思わぬ悲劇が――


 景虎を主人公として中心に置きつつも、同時に彼女が属する、彼女を支え、彼女が支える家族という存在をこれまで陰に日に描いてきた本作。この巻の前半においては、その構図に一つの結末が描かれることになります。
 そしてそこで、ある意味景虎以上に存在感を以て描かれるのが晴景であります。

 謙信を描く従来の物語では、暗君として描かれてきた印象のある晴景ですが、本作の晴景は、冒頭から一貫して、それとはひと味違う描かれ方をされてきました。

 武将としては力不足であり、景虎には様々な点で遠く及ばぬものの、それでも血の通った一個の人間として、時に景虎以上に親しみのある存在であった晴景。
 その彼がついに表舞台を退く姿には、何ともやるせなく、「現実」の苦さを感じさせるのですが……しかし同時に、一つの小さな希望、赦しという名のそれをさらりと描いてみせるのが、また心憎いところであります。

(それにしても、傷は最小限となったとはいえ、辛い選択を強いられた景虎に対して、特大のフラグを立てる宗謙よう……!)


 さて、何はともあれ新たなステージに入った物語ですが、この巻の後半で描かれるのは、景虎の終生のライバルというべき武田晴信の存在であります。

 彼女とは異なる形とはいえ、骨肉の争いを経て当主となった晴信。この時点では村上義清を相手に、生涯初の敗北(戸石崩れ)を喫した彼ではありますが、それでも景虎にとっては最も警戒すべき存在であることは言うまでもありません。
 かくて、北信濃にしばらく残り、戦の傷を癒しているという晴信という男を探るため、ごくわずかの手勢を連れ、「女装」して偵察に向かう景虎ですが――

 というわけで、かなり重く、またそれなりに史実に沿った形であった前半部分に対し、後半の物語は思わぬハジけ方をすることになります。
 ある意味、本作が始まった時から最も気になっていた、景虎と晴信の対峙。それが全く思わぬ形で――いや、もしかしてこれやるのかな、本当にやるのかな……やっぱりやった! 的な展開で描いてみせるのですから、やはり本作は面白い。

 この辺りを、えいやっとやってしまうのは、本作の、本作の作者の良い意味での軽さというべきでしょう。真面目な方は眉を顰めるかもしれませんが、本作の設定であればこれはアリ、というよりやるべき展開でしょう。
 もっとも、これがこの先どう物語に、歴史に絡んでくるのか、さっぱりわからないのも事実ですが……


 何はともあれ、いよいよ戦うべき外敵としての武田晴信が現れた本作。
 景虎の影武者(候補の青年)・シロとその妹・麦という新キャラの存在も楽しく、特にほとんど景虎のファン……というより信者な麦のキャラクターなど、本作ならではのもので、この先の展開も楽しみになるというものです。


『雪花の虎』第4巻(東村アキコ 小学館ビッグコミックススペシャル) Amazon
雪花の虎 4 (ビッグコミックススペシャル)


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2017.01.21

ほおのきソラ『戦国ヴァンプ』第3巻 吸血鬼を狩る者、その名は……

 タイムスリップした女子高生が織田信長と出会って……まではよくある話。しかしその信長が吸血鬼になってしまってさあ大変、色々と奇想天外な物語も早くも第3巻であります。この巻では信長を吸血鬼とした三好長慶の子供たちが次々と何者かに暗殺されていくのですが、その犯人は――

 戦国時代にタイムスリップしたところを、吸血鬼の王たる三好長慶に庇護された女子高生・ひさき。そのひさきと出会ったことがきっかけで、刺客に襲われて瀕死となった信長が、長慶の手で吸血鬼として復活することになります。
 吸血鬼として手にした瞬間移動能力により、桶狭間で今川義元を討った信長ですが、藤吉郎が吸血鬼の宿敵の人狼に襲われて人狼化、利家も深手を負って信長によって吸血鬼化という混沌とした状態に。

 さらにひさきは長慶により行方不明中の松永久秀の名を与えられ(!)、そして彼女の幼なじみであり、一緒にタイムスリップしてしまった歴史オタクの少年・はじめは、暗殺された松平元康と瓜二つだったことからその替え玉となって――

 と、こうしてまとめてみると本当に大変な状況ですが、この巻ではさらに混沌とした状況になっていくことになります。

 長慶の子、実は長慶を三好一族に迎え入れた元長の子である義興、三好実休、安宅冬康、十河一存ら(この辺り、史実を知っていると本当にややこしい……)を何者かが襲撃。やはり吸血鬼である一存、実休が次々と討たれてしまうのです。

 その刺客、無精髭がダンディな謎の男の正体は、分かる人には一目瞭然ですが真の松永久秀。
 魔物ハンターの一族(!)の出身ながら、弟の長頼ともども長慶に惹かれ、仕えてきたはずの男が一体何故……ということで、にわかに血なまぐさい状況となるひさきの周囲なのですが――

 しかしそんな状況下で男どもがやらかすのがひさき争奪戦というのがある意味すごい。信長が、長頼が、元康(はじめ)が、彼女(久秀と書くとさらに大変)を巡って争うのには、君たち中学生か! と突っ込みたくなりますが、ひさき自身がそんな彼らをと一喝するのが妙におかしい。
 「すぐ好きとか嫌いとか今そういう時代じゃない!! 戦国時代ですよ!」という彼女のセリフは、全くもってごもっとも! と頷くしかないのであります。

 この辺りに見られるように、ある意味一番腹が据わっているのは彼女というのがなんとも面白い本作。
 この三好三兄弟が次々と討たれ、長慶が、義興が姿を消す(本作においては死んではおらず、また別の名で現れることがほのめかされているのがまた興味深いのですが)中、せめて三好家を支えるために久秀としてできることをしようとする彼女の姿には、それなりに好感が持てます。
(そしてそれをはじめが歴史オタの知識でバックアップするというのも楽しい)

 ただし、三好家が中心となっているこの物語展開に、信長たちを絡ませるのが史実云々以前にかなり苦しくなっていると感じられるのもまた事実。
 もう信長は置いておいて、三好家と松永久秀・長頼を中心にした物語の方が面白いのではないかな、という印象も、正直なところありますあります(この巻の三分の一近くを、彼らの過去を中心とした番外編が占めているのもまたそれを強めます)。

 この辺りは色々と盛り沢山という本作の特徴が、ちょっとネガティブな方向に転んでしまったという印象は否めないのですが……しかし史実においても、久秀と信長の運命が交わる時は遠くはありません。
 そこに至るまでにひさきが何を見ることになるのか、信長がどのような道を歩むことになるのか。

 物語が奇想天外であればあるほど、史実をこう料理してきたか、とニヤニヤさせられる……いささかひねくれた見方ではありますが、そんな楽しさがある作品であります。

(しかし、この巻の時点で史実ではすでに桶狭間から4,5年経っているわけで、すでに女子高生と呼ぶには苦しくなっているのには……目を瞑りましょう)


『戦国ヴァンプ』第3巻(ほおのきソラ 講談社KCx(ARIA)) Amazon
戦国ヴァンプ(3) (KCx)


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2017.01.17

『コミック乱ツインズ』 2017年2月号

 リイド社の『コミック乱ツインズ』誌の2月号は、新連載が池田邦彦『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』、連続企画の池波正太郎時代劇スペシャルは原秀則『恋文』という、なかなか意外性のある内容。今回も、印象に残った作品を一作品ずつ紹介していきたいと思います。

池波正太郎 時代劇スペシャル『恋文』(原秀則&篁千夏&池波正太郎)
 というわけで毎回作品と、それ以上に作画者のチョイスに驚かされる企画ですが、今回はその中でも最大クラスの驚きでしょう。ラブコメ・恋愛ものを得意としてきた原秀則が初めて時代漫画を描くのですから。

 ある日、想いを寄せていた足袋問屋の娘・おそのから付け文を受け取った丁子屋奉公人の音松。親の縁談を嫌がり、自分を連れて逃げて欲しいという内容に、待ち合わせ場所に向かった音松ですが、しかしいつまでも彼女はこない。
 それもそのはず、その付け文は、店の同僚とその仲間が音松をからかうために書いた偽物。しかし、真に受けた音松が店の掛取り金を持ち逃げしていたことから、思わぬ惨劇が……

 という前半から、後半のおそのの復讐劇と大きく動いていく物語を、作画者はこれが初時代漫画とは思えぬ達者な筆致で描写。特にキャラクター一人ひとりのデザイン、そして浮かべる表情が実に「らしい」のに感心させられます。
 特に絶品なのは、後半の主人公となるおそのの描写。思わぬ運命の変転に巻き込まれた彼女、無口な箱入り娘に過ぎなかった彼女が見せる思わぬ強さ、怖さ、逞しさを、浮かべる表情一つ一つの変化で浮かび上がらせるのには、お見事としか言いようがありません。


『エイトドッグス  忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 トーナメントバトルの華ともいうべき敵味方のリスト(死亡者に×印がつく)が表紙でいよいよテンションがあがる忍法合戦。そのリストから里見方・服部方二名づつが消え、八玉も二つまでが村雨姫の手に戻ったものの、まだまだ圧倒的に不利な状況。
 追い詰められた村雨姫の前に現れたのは、胡散臭い香具師の男と、娘姿の美青年で――

 というわけで登場した当代の犬山道節と犬塚信乃ですが、他の八犬士同様、この二人もお家に対する忠義心は薬にしたくともない奴らですが……いや、彼らにないのはあくまでも「お家に対する」忠義心。再び村雨姫を追い詰める服部忍軍の外縛陣に対し、道節が立ち上がることとなります。

 ここで驚かされるのは原作では無名だった道節の忍法に名前が付いた点で……というのはさておき、これは原作どおりの名セリフとともに道節が必死の働きを見せるシーンは、彼がなんともすっとぼけた表情だけに、大いにインパクトがあったところです。


『怨ノ介 Fの佩刀人』(玉井雪雄)
 武士として仇討をするため、不破刀と別れを告げた末、ついに怨敵・多々羅玄地の潜む巌鬼山神社に到着した怨ノ介。その前に現れたのは、不破刀とは瓜二つの少女――当代の玄地の娘でありました。
 父に代わり仇討ちを受けて立つという娘とは戦うことができず逃げ出した怨ノ介の前に現れたのは、以前出会った無頼漢・倦雲で……

 というわけでクライマックスも目前となった本作、前回描かれた日本刀そもそもの由来にまつわる物語……伝説の刀鍛冶・鬼王丸の物語が再び思わぬ形でクローズアップされ、怨ノ介と多々羅玄地の因縁に繋がっていくのには驚かされますが、しかし真に驚かされるのはその先にある、玄地の真実。
 何故彼が怨ノ介の家を滅ぼしたのか……一見通俗的な時代劇めいた御家騒動に見えたその背後にあった真実の無常さ、異常さを何と評すべきでしょうか。

 というわけでここに来て一気に物語の構図が逆転したのにはただただ絶句させられますが、それだけに最後に描かれる当代玄地の姿はちょっと残念なところ。……いや、それもこの異常な「機関」が生み出したものというべきでしょうか。この永久継続の地獄にいかに怨ノ介が挑むのか。結末が楽しみです。
(そして今回もさらりと深いことを呟く倦雲がまたイイのです)

 その他、新連載の『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)は、鉄道黎明期の私鉄という非常にユニークな題材の物語ですが、個人的にはちょっと登場人物の思考についていけないものがあった……という印象。
 また『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治)は、原作の「後は知らない」の漫画化。依頼の金額の大きさから標的の強さを悟り、闘志を燃やす梅安というのは、この作画者ならではのビジュアルだなあ……と感心いたしました。


『コミック乱ツインズ』2017年2月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年 02 月号 [雑誌]


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2017.01.11

畠中恵『おおあたり』 嬉しくも苦い大当たりの味

 『しゃばけ』シリーズも昨年末で15周年、そして本作で15作目……その記念すべき作品であります。「兄や達の心配も絶好調」という公式サイトの言葉はちょっとどうかと思いますが、しかし今回もやっぱり病弱な若だんなを中心に、そ今回は様々な「大当たり」をテーマに、5つの物語が描かれるます。

 今日も今日とて病弱の若だんな。しかし何とか自分の父の、店の仕事を手伝うべく頑張ろうとするものの、兄や達は若だんなを心配して過保護にするばかり。
 そんな中、若だんなの周囲でおかしな事件、妖絡みの事件が起きて……

 というのが本シリーズの大まかなシチュエーションですが、本作も基本的には同様の展開。しかしここしばらくの作品に通じるスタイルとして、一冊を貫くモチーフ、テーマが設定されています。
 それがタイトルともなっている「大当たり」なのですが……もちろん、その意味するところは様々であり、それが収録作品のバラエティに繋がっていることも言うまでもありません。

 第一話『おおあたり』で描かれるのは、若だんなの親友・栄吉の大当たりであります。
 菓子屋の跡取りとして生まれながら、菓子作りの腕は壊滅的な栄吉。そんな彼にも許嫁ができ、店を継ぐために他の店で修行中だったのですが、甘味ではなくあられを作ってみたらこれが美味いと大当たり。しかしこれがきっかけで、色々と面倒な出来事が――

 作る菓子のあまりの不味さが、最近ではほとんどネタ的な扱いをされていた(実は本作のラストでそれは最高潮に達するのですが)栄吉。その彼が、目指すところとは少々ずれているとはいえ、ようやく大当たりを掴んだとくれば、これは喜ぶべきことでしょう。
 しかし、それが喜びだけではなく――いやそれどころかむしろ逆のものを――連れてくるという展開に表れているのは、決して甘いばかりではない本シリーズの一つの側面。冒頭からガツンと重い一発を食らわされた印象であります。


 以降、第二話以降も、様々な形の、決して嬉しいばかりではない「大当たり」が描かれていくことになります。

 獏が化けた落語家・場久が高座で語った大当たりの悪夢――何者かに追われる男の夢が現実を侵食するように、彼や日限の親分が何者かに追われる『長崎屋の怪談』
 貧乏神の金次が偶然手に入れた富くじの引札が三百両の大当たり、それに周囲の人々が群がってきた上に、実はその引札に偽物疑惑までもが持ち上がる『はてはて』
 幼い若だんなの守役として子供姿で遣わされた仁吉と佐助が、ギクシャクしながらも事件に巻き込まれた若だんなを救うため協力する過去の物語『あいしょう』
 長崎屋の客人を接待するため、猫股が持ってきた怪しげな秘薬を飲んで頑張ろうとする若だんなと、その供に誰がついていくかで妖たちが大騒動を引き起こす『暁を覚えず』

 正直なところ、「あいしょう」のみはどの辺りが「大当たり」かわかりづらく、本書の中では異彩を放っているのですが、ここは若だんなと兄やたち、兄やたちと長崎屋の妖たちの出会いを描くエピソード0的性格の番外編と考えるべきでしょうか。

 それはさておき、本作で様々な形で現れる「大当たり」――一見めでたいものと感じられる言葉が、様々な意味をもって物語に現れ、人と妖を振り回していく様に満ちている賑やかさ・楽しさ、そして皮肉さ・苦さは、このシリーズの味わい、魅力をこれ以上なく浮かび上がらせていると感じます。


 15周年を迎えても作中時間の流れ方は緩やかである本シリーズ。それでも着実に時が流れていることは、シリーズに登場する若者たち――若だんな、栄吉、松之助の三人を見ればわかります。
 本作においてはそれぞれの形で時間の流れを経験し、体現した若だんなたちですが、この先彼らがどのようにこの先の時を過ごしていくのか。

 変わらないのが良いのか、変わっていくのが良いのか……そんなことを感じさせる本作の内容は、一つの節目の年、節目の作品に、あるいはふさわしいものと言うべきかもしれません。


『おおあたり』(畠中恵 新潮社) Amazon
おおあたり


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 『すえずえ』 若だんなと妖怪たちの行く末に
 畠中恵『なりたい』 今の自分ではない何かへ、という願い

 『えどさがし』(その一) 旅の果てに彼が見出したもの
 『えどさがし』(その二) 旅の先に彼が探すもの
 「しゃばけ読本」 シリーズそのまま、楽しい一冊

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2017.01.04

『決戦! 桶狭間』(その二)

 「決戦!」シリーズ第5弾、織田信長と今川義元の決戦に関わった人々を通して戦の前後を描く『決戦! 桶狭間』の紹介の後編であります。

『義元の首』(木下昌輝)
 戦国時代の大事件直前の24時間を描く『戦国24時 さいごの刻』において、義元の最期にまつわる奇譚を描いた作者。その作者による本作は、義元の死に大混乱となった今川家中でほとんど唯一その威を見せた男・岡部五郎兵衛元信を主人公とする作品です。

 桶狭間の戦いをテーマとした本書ですが、本作の始まりはその約四半世紀前の花倉の乱……今川家の家督相続を巡り、梅岳承芳(後の義元)と玄広恵探が戦い、後者が討たれた御家騒動であります。
 義父に逆らい、一度は玄広恵探の側についた五郎兵衛。しかし時既に遅く玄広恵探は敗死寸前、彼の忠義心を気に入ったという一人の老忍者に誘われた五郎兵衛は、玄広恵探から末期の頼みとして、今川家を滅ぼさぬため、梅岳承芳に仕えるよう告げられて――

 というのが本作の前半部、そして後半部において、描かれるのが、桶狭間の戦いとその後の五郎兵衛の活躍。
 五郎兵衛が後世に名を残した最大の所以は、義元が討たれた後にも織田方を相手に鳴海城で奮闘を続け、ついに開城と引き換えに義元の首を取り返したという事績であります。本作はその五郎兵衛の原動力に、前半で描かれた玄広恵探の遺命の存在を描き出すのです。

 クライマックスの五郎兵衛の決断のきっかけに、義元と信長の隠れた共通点を絡めてみせるのも心憎く、また老忍者の正体と彼の語る来歴など、一つの物語以上の広がりが感じられるのも巧みなところで、まずは本書において最も印象に残った作品です。
(桶狭間の戦いの背後に、尾張の熱田神宮の神人と三河の一向宗門徒の対決を見る視点も、これだけで一作品描けそうなほどであります)


『漸く、見えた。』(花村萬月)
 そしてラストに収録されたのは、極めつけの問題作にして怪作であります。
 本作は、主人公たる今川義元の一人称で綴られる物語なのですが……しかし本作で描かれる義元の姿は、桶狭間で討たれた首、なのです。

 毛利新助に討たれて首を取られ、信長の前に引き据えられた義元の首。その首は自分を睨めつける信長を仔細に観察し、そして自分が討たれる直前を回想してその情景を述懐するのであります。

 その中で浮かび上がるのは、彼が領土拡張に明け暮れ、ついには天下を目指すまでとなった原動力、いや動機であるところの彼のコンプレックス。
 極めて切実で、そして(失礼ながら)誠に滑稽なコンプレックス……そこから思わぬ形で解放されることとなった義元の目に漸く見えたものの美しさと解放感は、グロテスクな物語の結末に不思議な感動をもたらしてくれます。

 ちなみに本作、冒頭から結末に至るまで、読点はあれど句点は一度もない、すなわち一文で成り立っているというユニークな構成。少々強引なところもありますが、本作の特異な内容にマッチした文章ではあると言えるでしょう。


 残る二作品の一つ、『覇舞謡』(冲方丁)は信長を主人公とした作品ですが、「決戦!」シリーズでのこの作者の作品に共通する、主人公の内面描写で展開していくスタイルによる一種の体温の低さが、いささか逆効果となっている印象。
 もう一つの毛利新介が主人公の『首ひとつ』(矢野隆)は、義元の首を取った男が我武者羅に死闘を繰り広げる姿を描いた、実に作者らしい作品ではありますが、それだけで終わってしまったのが勿体ないところであります(義元像があまりにも旧来のものであったのも残念)。


 以上、今回も駆け足の紹介となりましたが、桶狭間の戦い自体、後世に与えた影響は計り知れないものがあるものの、一つの戦としてはある意味局地戦レベルであった故か、このシリーズのスタイルとはちょっと相性が良くなかったかもしれない、という印象があります。
 もちろん、それと個々の作品の個性と完成度はまた別の話であり、これまで縷々述べてきたように、大いに楽しませていただいたのですが――

 次回は『決戦! 関ヶ原2』とのこと、シリーズの原点に返った舞台で何が描かれるか、こちらにも期待したいと思います。


『決戦! 桶狭間』(冲方丁、花村萬月ほか 講談社) Amazon
決戦!桶狭間


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 『決戦! 川中島』(その二) 奇想と戦いの果てに待つもの

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2016.12.28

廣嶋玲子『妖怪の子預かります 3 妖たちの四季』 大き過ぎる想いが生み出すもの

 ふとしたことから妖怪たちの子供の預かり屋となってしまった人間の少年・弥助を描くシリーズも、好評を反映してかかなりのペースで刊行され、もう第3弾。この巻では弥助はちょっと脇に回り、彼を取り巻く妖怪や人間たちを主役とした短編集といったスタイルで物語は展開します。

 妖怪たちの子を預る妖怪・うぶめの住処を壊したため、罰としてうぶめの代わりに子預かり屋となり、その努力が認められて正式に子預かり屋となった弥助。
 引っ込み思案だった性格も妖怪相手にはだいぶ改善され、前作ではあまりにも哀しく辛い事件もあったものの、養い親である元大妖怪の千弥に見守られ(というか溺愛され)、元気に暮らしております。

 と、そんな弥助と千弥が、夏も近い時期に花見に誘われて……というのが第一話「桜の森に花惑う」。前作で登場した、人間の魂大好きの妖猫姫・王蜜の君の持つ異界の山に咲き乱れる桜見物に行くことになった二人ですが、そんな彼らの後を人間の若者・久蔵がついてきてしまって――

 と、第一話の主人公の一人は、弥助たちに何かとちょっかいを出してくる脳天気な久蔵が主人公。どうしようもないドラ息子で弥助からは毛嫌いされながらも、根は善人の久蔵が、どんなおっかない目に遭わされるのかと思いきや……なんとそこで彼を待っていたのは思わぬロマンス。
 あまりに意外な組み合わせに(特に久蔵の身の上が)心配になりつつも、何とも微笑ましく、思わずニヤニヤしてしまいたくなるような甘い甘い展開が楽しい物語です。

 この第一話と、弥助大好きの子供妖怪・津弓と梅吉の他愛ない意地の張り合いが妖怪奉行・月夜公の屋敷で大騒動を引き起こす第二話「真夏の夜に子妖集う」と、コミカルなエピソードが続き、本作はこの方向性で行くのかな、と思いきや、正反対のベクトルなのが第三話「紅葉の下に風解かれ」であります。

 弥助のことを母のように姉のように何くれとなく気遣う兎の妖・玉雪。小妖ながら彼女が立派な栗林がある山を持っているのは何故か、彼女の過去とともに語られるのですが――ここで描かれるのは、ある意味実に作者らしい、悍ましくも恐ろしく、しかし切なくも暖かい物語なのであります。

 凶悪な妖に襲われた子供を捜して彷徨う玉雪が山で出会った少年。たった一人孤独に暮らす彼には、周囲の人間を次々と不幸にしていく力があったのです。
 果たしてその力の源は何なのか。少年を救うべく奔走する玉雪が見たものは、凄まじくも哀しい因縁と愛の姿でありました。

 時に容赦なくこの世界の、そこに生きる者の負の側面をえぐり出し、読者の前に突きつけてみせる作者の作品。
 しかしそこにあるのは、悪趣味に、面白半分に恐怖を扱うのではなく、その中にどうにもならぬ人の業と、大き過ぎる想いが生み出した悲しみを見つめ、そしてその中に小さな希望を見出そうという姿勢であります。

 この第三話も、もちろんその系譜に属するもの。玉雪の物語がより大きな物語に重なる結末も美しく、個人的には本作の中で最も好きな物語です。

 そして大きすぎる想いのすれ違いが生み出した悲劇といえば、第四話「冬の空に月は欠け」を忘れるわけにはいきません。このエピソードで描かれるのは、千弥と月夜公の過去――かつては無二の親友であった二人の出会いと決別を描く物語なのですから。

 共に妖の世界で屈指の力と美しさを持ち、それ故に他者を拒絶し孤独に生きてきた二人。そんなある意味似たもの同士であった二人が如何にして互いを認め合い、己にとって欠くべからざる存在として想い合うようになったのか。
 そしてその二人が何故激しく憎み合い、その果てに千弥は己の力の源たる眼を捨て、月夜公は癒えぬ傷を負うことになったのか――

 ここで描かれるのは、他者が決して及ばぬほどの力を持ちながらも、それ故に大きすぎる哀しみを背負う者たちの姿であり、そしてそこに秘められた美しい真情の姿であります。
 人とはかけ離れた妖の妖たる存在にも、人にも負けぬ想いがある……それは哀しくも、一つの救いでもあるように感じられるのです。


 そんな千弥の唯一の救いである弥助が、こともあろうに彼のことを忘れてしまうという大変な物語であるラストの「忘れじの花菓子」が、ちょっとあっさりしすぎた内容なのが少々勿体ないのですが、本作がシリーズの、そして作者の魅力が一杯に詰まった作品集であることは間違いありません。
 まだまだシリーズは続くとのこと、この先も大いに期待できそうです。


『妖怪の子預かります 3 妖たちの四季』(廣嶋玲子 創元推理文庫) Amazon
妖たちの四季 (妖怪の子預かります3) (創元推理文庫)


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2016.12.26

畠中恵『まことの華姫』 真実の先の明日

 毎回ユニークな設定とキャラクター、そしてミステリ味を効かせた物語で楽しませてくれる作者による本作は、これまでにない主人公(?)像が印象に残る物語であります。何しろ両国の見世物小屋で、声色使いの芸人が操る美少女人形なのですから。

 両国といえば江戸時代の一大歓楽街、様々な娯楽が集まり、日夜を問わず賑やかな場所ですが、そこで近頃評判なのが、元人形師の芸人・月草。
 故あって人形師を辞めた彼は、自分の作品である華姫とともに流れ流れて両国にたどり着き、そこで姫様人形のお華を操りながら一人二役の話芸を売り物にしていたのであります。

 しかし人気を集めていたのはむしろお華そのもの。「お華追い」なぞというおっかけ連中まで登場するほどのその美しさと、それと裏腹の毒舌ぶりもさることながら、彼女は「真実」を見通すという評判があったのです。
 かつて両国にあったという、有徳の僧が掘ったという井戸。水面に姿を映した者に真実を見せるという伝説のあったその井戸の水の凝ったものが、お華の両の瞳だというのです。

 と、それは実は月草の売り口上、お華はあくまでも人形に過ぎないのですが、しかしいつの世も迷える人は尽きないもの。そんな人々がお華の語るという真実を求めてやってきた挙句、月草とお華は様々な事件に巻き込まれ、探偵役を務めることに……というのが、本作の基本スタイルであります。

 その物語の冒頭に登場するのは、両国一帯を縄張りとする(つまりは月草が世話になっている)地回りの娘・お夏。
 川に身投げした姉の死は父が原因でないかと疑う彼女は、お華に真実を問うのですが、いつの間にやらお華と月草は、お夏に振り回されるまま、お夏の姉の死の真相を追うことに――

 という第一話「まことの華姫」に始まる本作は全五話で構成されています。
 七年前の火事で行方不明となった二人の子供を探す古着屋の元締め夫婦の前に十人もの子供が名乗りを上げる「十人いた」
 自分が店を継いだために家を飛び出した親友にして義兄を探して西国からやってきた若旦那の問いが思わぬ騒動を生む「西国からの客」
 お華が密かに高額で真を語るという噂が立ったことをきっかけに、旗本の側室にまつわる騒動に巻き込まれる「夢買い」
 人形師時代の元許嫁が夫殺しの嫌疑をかけられたという知らせに、月草が必死に遠国で起きた事件の真相を追う「昔から来た死」

 どの作品も、コミカルなキャラクターと、日常の謎的な不可思議な事件、そして楽しいばかりではない後味の残る展開と、いかにも作者らしい味わいの物語揃いであります。


 さて、そんな本作の最大の特長がお華の存在にあることは言うまでもありませんが、しかしお華は作者の他の作品のように、妖などではなく、あくまでも月草が操り声色で喋らせる人形――その謳い文句に言うような真を見通す力を持つ不可思議な存在ではありません。
(作中のお客さん同様、その路線を望む方が多いのもわかりますが……)

 しかしここで描かれるのは、そんな人形でしかないお華にすがってでも真実を知りたいと切望する――仮にお華が真に神通力を持っていたとしても、人形に真実を尋ねるという行為自体おかしなものであるわけで――人々の姿であります。
 そして彼らは結局、物語の中で真実を掴むのですが……しかしそれは同時に、その向こうにある苦い現実に直面することを意味します。

 こう見ると本作はひどく味気ない作品にもなりかねません。しかしもちろんそうはならないのは、上で触れたキャラや物語運びの巧みさはもちろんのこと、その苦味の中に、一抹の希望が織り交ぜられているからであります。

 真実は、もしかすると望んだとおりのものではないかもしれない。しかしそれを知って初めて、人は明日に足を進めることができる――
 そう、お華の語りから人々が得るものは真実だけではありません。真実の向こうの明日こそを、人々は真に得ているのであります。


 そしてそれは、お華を操る月草も例外ではありません。本作の結末で明日を手にした月草が、お華とともに何を語るのか。その先の物語もぜひ読みたいものです。


『まことの華姫』(畠中恵 KADOKAWA) Amazon
まことの華姫

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2016.12.19

『コミック乱ツインズ』2017年1月号(その一)

 今年最後の(号数で言えば来年最初の)、そして創刊14周年の『コミック乱ツインズ』誌の紹介であります。恒例の池波正太郎原作作品は大島やすいちの『江戸怪盗記』、ゲスト読み切りは速水螺旋人の『鬼と兵隊』と、この雑誌らしいバラエティの豊かさであります。今回も、特に印象に残った作品を紹介しましょう。

『勘定吟味役異聞 破斬』(かどたひろし&上田秀人)
 父親の商売敵に捕らえられ、あわや落花狼藉のヒロイン・紅を救うべく走る聡四郎は……という緊迫の展開。
 ですが、その結末がいささかすっきりしない上に(原作でもそうだったかしらん)、後半は静かな展開が続くのが、個人的には少々残念な印象であります。

 にしても、怒りに任せて自分から破落戸を叩き斬りに行く主人公や、敵方の豪快な策略など、最近の原作者の作品ではあまり見られない展開で、妙なところで感心してしまいました。


『鬼と兵隊』(速水螺旋人)
 冒頭で紹介した今回の特別読み切りですが、ミリタリー漫画家がどのような作品を……と思いきや、本作もやはりミリタリーもの、しかし何ともゆるくて暢気な味わいの物語です。

 第二次大戦中の中国大陸で、「鬼(おばけ)」に出会ってしまった一人の日本兵。何故か日本軍の砦に行きたいというおばけに対し、彼は自分もおばけだと偽って連れて行くことになります。
 砦に着くや、おばけを捕まえたと大声を上げる兵隊ですが、仲間たちが見たのは――

 という本作、何故おばけが砦にやってきたか、という理由が何ともおかしくもちょっと哀しいのですが、オチも含めて何とも微笑ましい感触。これが時代劇か、いやもはやこの時代の物語も時代劇なのだ、などと堅いことを言うことなく楽しみたい作品です。
 ちなみに本作のベースとなっているのは中国の怪奇小説集『捜神記』の「売鬼」という物語。前半は意外なくらい原典を活かした内容となっており、こちらを知っていると楽しさも倍増であります。


『怨ノ介 Fの佩刀人』(玉井雪雄)
 怨敵・多々羅玄地を北へ北へ追ってきた怨ノ介の旅も、出羽国月山に到着。そこで彼は何者かに追われる刀鍛冶の男と同行することになるのですが、男が持っていた舞草刀も魔刀の一つでありました。
 その男に関わるなという不破刀の言葉も聞かず、逆にこれからは武士の仇討ちだからと不破刀(の魔女)と別れを告げる怨ノ介。そして再び現れた刀鍛冶の追っ手と対峙した彼が知る意外な真実とは――

 これまでのどこかゆるい雰囲気とは一転、ほとんどシリアス一辺倒の今回。初めて不破刀を手にした時にはてんで素人だった怨ノ介も、既にいっぱしの剣士として行動することになるのですが……しかし物語は、彼の復讐譚を超えた域に踏み込んでいく様子を見せます。
 刀鍛冶の男が語る伝説の刀鍛冶・鬼王丸――鬼と刀の物語は何を意味するのか。鬼とは、魔刀とは何なのか。一方でその問いかけは、怨ノ介自身の物語にも深く繋がっていくこととなります。

 朧気ながら敵の真実、巨大な怨念の姿が見えてきたようにも思えますが、果たして魔女と別れた怨ノ介はこの怨念に打ち勝つことができるのか。クライマックスは目前でしょうか。


 またもや長くなってしまいましたので、二回に分けたいと思います。


『コミック乱ツインズ』2017年1月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年1月号 [雑誌]


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