2018.04.06

万城目学『とっぴんぱらりの風太郎』下巻 己の意志を貫き、思うがままに駆け抜けた男

 やることなすことうまくいかぬニート忍者・風太郎(ぷうたろう)の奮闘を描く物語もいよいよ佳境であります。万城目学お得意の関西を舞台としたちょっと不可思議な青春小説――の時代小説版かと思われた本作は、後半に至って大きな変貌を遂げ、凄絶なクライマックスを迎えることになります。

 伊賀で忍びとして過酷な修行を重ねながらも、ふとしたことから伊賀を追われ、京に出てきた風太郎。なにをやっても間が悪い風太郎はその日暮らしのニート生活、しかもひょうたんに住み着いた因心居士を名乗る奇怪なもののけに魅入られてしまう有様であります。
 それでも、因心居士の脅しもあってひょうたんを栽培することになったり、世間知らずの貴人を祇園祭に連れ出す仕事を請け負ったら刺客に襲われたりと、それなりに慌ただしい日々を送るようになった風太郎。

 そんな中、かつての上役に呼び出された風太郎は、他の忍びたちとともに、大坂城攻めに加わることになるのですが――しかしそこで風太郎は、戦の現実を前に心を深くすり減らすことになるのでした。
 確かに忍びは、彼が帰ることを望んでいた世界であります。しかし同時に彼のような人間にとってはあまりに残酷な世界であり――何よりも、彼はそこから再び突き放されることになります。

 時あたかも再び豊臣と徳川の戦が始まろうとする中、再び行き場を失った彼は、因心居士と高台院ねね、不思議な因縁で出会った二人からそれぞれ依頼されて大坂城本丸を目指すことになります。
 様々な因縁から行動を共にすることになってかつての伊賀の仲間たちと共に、ついにかつての世間知らずの貴人――秀頼と再会することとなった風太郎。そこである頼みを受けた彼の最後の決断は……


 と、時々剣呑ながら、どこか呑気でユーモラスな空気が漂う生活から一変、理不尽に人の命を奪い、奪われていく世界に放り込まれることとなった風太郎を描くこの下巻。
 その冒頭で、彼はそれまでの道のりが全てある意志によるものであり、そして自分は、利用尽くされた果てに弊履の如く捨てられる存在に過ぎなかったと知ることになります。

 それは厳しいことをいえば、ただ流されるままに生きてきた彼にとって、ある意味当然の帰結だったのかもしれません。
 しかしこの時代において、個人の意志にどれだけの力があるものでしょうか。個人が思うがままに生きることはできるのでしょうか?

 真面目に生きようとしても陥れられ、牙を剥けばさらに叩きのめされる。本作の登場人物は、程度の差こそあれ、誰もが己の意に反する運命に流され、傷ついているということができるでしょう。
 その中でひたすらマイペースに振る舞う因心居士ですら、風太郎を頼らねばならない因果に縛られているのですから……

 しかし物語の終盤において、風太郎は初めて自分自身の意志を持って立ち上がることになります。
 その向かう先が、ほとんど確実な死であっても、決して譲れないものがある。流されるわけにはいかない理由がある――そんな想いと共に、風太郎がかつての伊賀の仲間たちが命を的の大勝負に出る姿に、胸が熱くならないわけがありません。

 クライマックスで繰り広げられる大殺陣も、これが初時代小説とは思えぬ高いクオリティ。最後の最後の最後まで油断できぬ忍び同士の死闘が展開する終盤のマラソンバトルは、まさに一読巻を置く能わざる内容で、結末に至り、ようやく深く息をつくことができた――そんな作品であります。


 ……もちろん、前半の呑気な風太郎たちの姿を思えば、それは本当にそれしか道がなかったのかと、ひどく苦い味わいを残すものであります。
 それまで物語で描かれてきたものを思えば、ヒロイックな彼らの姿に、ある種の痛みと哀しみを覚えるのもまた事実です。

 しかしそれでもなお、巨大な力と力のぶつかり合う中で、確かに風太郎が己の意志を貫き、思うがままに駆け抜けたことを思えば、これ以外の結末はなかった、と言うほかありません。。

 誰もが知る戦の結末の裏で、決して変えられぬ史実の陰で、それをひっくり返すことをやってのける――それは流されるまま生きるしかなかった風太郎が見せた、強烈な自己主張というべきなのでしょう。
 そしてその姿は、時と場所を異にしつつも、実は彼とさして変わらぬ生を送る我々にとって、ひどく魅力的に感じられるものであります。


『とっぴんぱらりの風太郎』下巻(万城目学 文春文庫) Amazon
とっぴんぱらりの風太郎 下 ((文春文庫))


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2018.04.04

峰守ひろかず『帝都フォークロア・コレクターズ』 妖怪を追う者たちが見たモノ

 既に近代化の恩恵が隅々まで行き渡った大正時代――そんな中で妖怪伝承を集めるという奇妙な団体「彼誰会」に加わることとなった少女の目を通じて、妖怪にまつわる不可思議な事件の数々を描く連作集であります。

 今からほぼ百年前の大正6年(1917年)、勤め先を失って職探し中に見つけた、「彼誰会」なる団体の書記の採用試験に応募することとなった少女・白木静。
 まだ15歳と年若く、小柄だったことから初めは難色を示されたものの、ある身体的特徴に注目された静は一転採用されることになります。

 しかし採用されて初めて知った彼誰会の目的は、「百年使える妖怪事典の編纂」。
 そのために日本各地に残る妖怪伝承を集めているという彼誰会の調査に同行することとなった彼女は、訳がわかぬまま、石神射理也(いしがみいりや)、多津宮淡游(たつみやたんゆう)という二人の青年とともに、早速四国は徳島の山村に向かうのでした。

 詰め襟学生服に銀髪の生真面目な射理也と、着流しに女物のソフト帽をかぶった軽薄な淡游。全く正反対の二人と、現地で妖怪にまつわる伝承を聞いて回る静は、「コナキジジとゴギャナキ」なる妖怪に父を殺されたという少年と出会うのですが……


 妖怪などその手の話が好きな人間にとってはある意味身近に感じられる民俗学。しかしそれが日本で成立したのはごく最近であります。
 それまでは、民俗学に欠かせぬ調査手法であるフィールドワークも、一般の人々には耳慣れぬものであったに違いありません。

 本作は言ってみれば、そんな民俗学の黎明期に奔走したフィールドワーカーたちを主人公とした物語ですが――当然と言うべきか(?)、本作で描かれるのは、伝承の聞き取りで終わるような平穏無事な調査ではありません。

 四国では人々を襲うという「コナキジジとゴギャナキ」と対決し、伊豆では海から来る「みんつち様」と遭遇。紀州沖の孤島では奇怪な神を祀る人々の前に窮地に陥り、そして人助けのために都心で神隠しを追う……
 何故か伝承どころではなく実際に妖怪がいるとしか思えない事件に巻き込まれ、必死に事態収拾のために奔走する静たち三人の姿が、本作では基本ユーモラスに、時にシリアスに描かれることになります。

 この辺りの展開は、静・射理也・淡游の個性がそれぞれきちんと立っているところもあり――そしてそれがそれぞれのエピソードに陰に陽に絡んでいくこともあり――、キャラクターものとして実に楽しい内容。
 そして妖怪ものとしても、それぞれの事件で彼らが遭遇したものが、やがて彼誰会を私費で主催する「先生」の研究成果に結びついていく――というのは、お約束ですが、やはりニヤリとさせられます。
(「先生」の正体がわかり易すぎるのは、まあ仕方ないとして)

 物語の基調が賑やかでありつつも、失われゆくモノたちへの哀惜を感じさせてくれるのも、こうした世界が好きな人間にとっては嬉しいところであります。


 しかしながら物語の内容的には、正直なところ不満もあります。
 物語が地に足のついた展開のようでいて、意外な方向に転がっていくのは、これは構いません、というより大歓迎ですが――その転がり方が今ひとつ、という印象が強くあるのです。

 幽霊ならぬ妖怪の正体見たり――というのはともかく、それが地に足の着いたものではなく、そして奇想天外なものでもない。実は○○でした、の中身がベタ過ぎるといえばいいでしょうか……
 もちろんこれは全部のエピソードがそうではないのですが、特に後半2話は、登場する悪人の描写がちょっと驚くほど類型的で、妖怪の存在以上に、悪い意味で浮世離れした内容になってしまった――そんな印象があります。

 舞台設定やキャラクターなど、なかなか好みの作品であっただけに、このあたりは本当に勿体なかった、という印象が残った次第です。


『帝都フォークロア・コレクターズ』(峰守ひろかず KADOKAWAメディアワークス文庫) Amazon
帝都フォークロア・コレクターズ (メディアワークス文庫)

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2018.04.01

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇3 絶体絶命、分断された梁山泊!

 web連載の方では最終章「方臘篇」も佳境でどんどんファンの心を折ってくる『絵巻水滸伝』第二部ですが、単行本刊行がスタートしたその序章「招安篇」も、早くもクライマックス。官軍の総攻撃を前に、約束の地・梁山泊から分断されてしまった百八人の豪傑たちの運命は……

 東京を騒がせたことをきっかけに行われることとなった梁山泊への招安。しかしそれは奸臣たちの罠――招安を梁山泊が蹴ったことを契機に、官軍の総力を結集した攻撃が始まることになります。
 しかし攻めてくるのが童貫や高キュウであれば恐るに足らず――と言いたいところですが、そこに現れたのは大宋国各地から集結した十節度使!

 かつては梁山泊同様の賊徒であったものが、招安を受けて官軍に下った節度使たち。いわば梁山泊にとっては同類であり先輩とも言うべき、文字通り一騎当千の猛将は、宋国四天王の一人・聞探花こと聞煥章の計の下に、梁山泊に襲いかかることになります。
 その攻撃の前に後手後手に回ってしまった梁山泊。しかしその反撃がついに始まることに……


 というわけで、この巻の冒頭で描かれるのは梁山泊勢による済州攻め。官軍を束ねる童貫が駐留する済州を落とし、童貫を討てばこの戦いは終わる――そう読んで主力を投入した梁山泊は、得意の奇計で瞬く間に済州を奪ったかに見えたのですが、しかしここからが本当の戦い、本当の地獄が始まることになります。

 既に童貫は済州を脱出してその姿はなく、逆に済州に押し込められることとなった宋江以下の梁山泊軍。そして主力不在の梁山泊は、思わぬ官軍の策によって、水軍の戦力を一気に失うことになります。
 分断された梁山泊軍に襲いかかる節度使軍。さらに、方臘に備えていたはずの宋国水軍の主力・金陵水軍を率いて高キュウまでもが襲いかかり、梁山泊は絶体絶命の窮地に陥ることになります。

 それでももちろん、梁山泊の豪傑たちがそうそう簡単に屈するはずがありません。
 節度使たちの重囲から脱出し、梁山泊に帰還せんとする林冲や呼延灼、関勝。ほとんど船が失われた状況においてゲリラ戦を仕掛ける李俊、張横、阮三兄弟。そして梁山泊を守るべく動き出す盧俊義と呉用。

 いずれも持てる力を尽くす豪傑たちですが、しかし圧倒的な物量と配下の犠牲を厭わぬ官軍の攻撃を前に、彼らの反抗も虚しく……


 前巻の紹介でも述べましたが、原典ではほとんどボーナスステージのようなノリで梁山泊軍が大暴れした節度使や童貫・高キュウとの戦い。
 しかし本作においては敵もさるもの――どころではなく、梁山泊軍は危機また危機の連続。このまま梁山泊が負けてしまうのではないか、という勢いの戦いが、この第3巻丸々一冊を費やして描かれることになります。

 ここで描かれるものは、細部は異なれど原典から大まかな展開は変えてこなかった本作のこれまでの流れからは、大きく外れたようにも思えます。
 これは今にして思えば、「水滸伝」という物語をより説得力ある物語として描くための構成として、大きな意味があることがわかるのですが――しかしそれはもう少し先の話。今はただ、本当にファンにとっては胃が痛い展開が続きます。

 しかしその一方で、戦場で軍として正面からの戦いで力を発揮する姿よりも、圧倒的な敵に知恵と度胸で挑む姿の方が、より梁山泊の豪傑らしい――そんな想いも確かにあります。
 特にこの巻の後半、絶望的な状況から奇策で反撃を挑む水軍勢の姿は、これぞ梁山泊と言うべき、実に「らしい」ものであると言うべきでしょう。

 しかしその反撃も封じられてしまうのが、本作の恐ろしいところなのですが……


 果たして宋江と呉用の最後の策が功を奏するのか、果たして豪傑たちの勝利の歌は響くのか――まだまだ目が離せない展開が続きます。

『絵巻水滸伝 第二部』招安篇3(正子公也&森下翠 アトリエ正子房) Amazon
絵巻水滸伝 第二部 招安篇3


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 正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇2 強敵襲来、宋国十節度使!

 「絵巻水滸伝」第1巻 日本水滸伝一方の極、刊行開始
 「絵巻水滸伝」第2巻 正しきオレ水滸伝ここにあり
 「絵巻水滸伝」第3巻 彷徨える求道者・武松が往く
 「絵巻水滸伝」第四巻 宋江、群星を呼ぶ
 「絵巻水滸伝」第五巻 三覇大いに江州を騒がす
 「絵巻水滸伝」第六巻 海棠の華、翔る
 「絵巻水滸伝」第七巻 軍神独り行く
 「絵巻水滸伝」第八巻 巨星遂に墜つ
 「絵巻水滸伝」第九巻 武神、出陣す
 「絵巻水滸伝」第十巻 百八星、ここに集う!

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2018.03.24

舞台『江戸は燃えているか』 メチャクチャ楽しいでは終わらない勝と西郷の替玉騒動

 西郷隆盛率いる官軍が迫る江戸。西郷は幕府側の代表である勝海舟と極秘裏に会談を望むが、気が小さい勝は会談は無理だと逃げ出してしまう。このままでは江戸が戦火に包まれてしまうと悩む勝家の人々は、勝に似ているという庭師の平次を身代わりに立て、西郷と会談させてしまおうとするのだが……

 新橋演舞場でこの3月に上演されている三谷幸喜の舞台『江戸は燃えているか』を観劇しました。江戸無血開城――勝海舟と西郷隆盛の会談によって江戸を舞台にした新政府軍と旧幕軍の全面戦争が回避された、この幕末史に残る出来事の裏側で起きていた(かもしれない)騒動を描いたコメディであります。

 三谷作品で勝海舟というと、やはり思い出すのは『新選組!』で野田秀樹が演じた勝海舟――べらんめえ口調でどこか人を食ったような人物、新選組に対しては決して好意的とは言えなかったものの、大局を見据えた一個の人物と描かれていた勝を思い出します。
 が、本作の勝は、べらんめえ口調こそ共通なものの、およそ逆――喧嘩っ早いが気が小さく、自意識過剰で調子に乗りやすい女好きという人物。なるほど、史実の勝を見ているとそういう側面も確かにあるように思えるのが面白いところですが、何はともあれ、面倒な男であります。

 その面倒な勝を演じるのが中村獅童ですが――これが実にはまり役。上に述べたような、江戸っ子の困った面を集めたような、大きな子供のようなキャラクターを、ほとんど最初っから最後までハイテンションで演じていて、これがもう実に楽しく、芸達者ぶりをには最後まで感心させられました。。
 その勝が逃げ出した後、金につられて勝の替玉を務める平次は松岡昌宏。『必殺仕事人』をはじめとして(そういえば獅童とは『必殺仕事人2013』で競演していました)時代劇にはそれなりに出ていることもあり、安定の存在感であります。

 その他、そもそもこの替玉を言い出した勝の娘・ゆめを松岡茉優、勝の妹婿・村上俊五郎を田中圭、西郷隆盛(ともう一人)を藤本隆宏、さらに勝家の女中頭・かねを高田聖子というキャスティングで、この手のキャラでは水を得た魚のような高田聖子をはじめ、皆熱演ぶりを堪能させていただきました。


 さて、お話の方は、急に事前交渉にやってくるという西郷から逃げ出した勝に代わり、平次が身代わりとなって西郷を応対――するんだけれども当然うまくいくはずがない。俊五郎やゆめ、かねが必死になってフォローするのを、事情を知らない勝家の他の人物が引っ掻き回していく――というのが一幕の展開。
 そして二幕では、何とか西郷との交渉を終わらせてほっと一息――と思いきや、やっぱり西郷と会うと言い出した勝に対し、ゆめたちが今度は西郷の替玉をこしらえて対面させるということになって……

 と、いやもうありとあらゆる手で笑わせにくる内容に、劇場は大盛り上がり、「新橋演舞場史上、もっとも笑えるコメディ」というスローガンも納得の内容でした。

 パンフレットによれば、懐かしのバラエティ番組『コメディーお江戸でござる』の舞台パートを意識したとのことで、言われてみればいかにもありそうな内容ではあります。 とはいえ江戸無血開城という大事件、様々なフィクションの題材にもなっているそれを扱った本作は、確たる史実を背景にしているだけに、ある種その反動からのおかしみというものが強烈に感じられました。
(劇中、勝と西郷の実にしょうもない(?)、しかし史実である、ある共通点がネタにされていたのも楽しい)


 しかし終盤に至り、本作は史実に向かって一気に収斂していくことになります。
 正直に申し上げて、この辺りの展開はいささか身も蓋もなさというか、これまでの騒動は何だったのかしら――という印象を受けたのですが、しかしその後に待ち受けるラストの意外な展開によって、この辺りは全て計算の上だったのかな、と考えを改めました。

 歴史は、その前面に立つ英雄たちのものなのか、はたまたその陰に隠れた無数の名もない庶民たちのものなのか?
 その問いかけに対して、後者の姿を中心に描きつつも、最後にガラリとひっくり返して、ある意味「正しい歴史」に変えてみせる本作。その結末は、それ自体「正しい歴史」に対する皮肉の意味を持つのではないか……と。

 もちろんこれは深読みのしすぎかもしれませんし(そもそも女性キャラのステロタイプな描き方をみるに、本作はそもそも庶民に好意的でない気もします)、ラストの展開もあまりうまく機能していない気もしますが――メチャクチャに楽しい、では終わらないのもまた、本作の味わいと言うべきでしょうか。

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2018.03.14

万城目学『とっぴんぱらりの風太郎』上巻 プータロー忍者、流されまくる

 関西を舞台とした奇想天外な作品を次々と発表としてきた作者の、初の時代小説(を今頃になって紹介)であります。大坂の陣直前の京大坂を舞台に、失業忍者が奇怪なもののけと権力者たちの思惑に翻弄される姿を描く、ユニークな忍者ものです。

 幼い頃から伊賀で忍びとして育てられ、訓練で上野城の天守に潜入することになった風太郎と仲間の黒弓。
 しかし首尾良く天守に忍び込んだものの、途中壁に傷を付けたことなどから藤堂高虎の怒りを買い、二人は死を偽装してその場を逃れ、京に出ることになります。

 商才のあった黒弓と異なり、取り柄のない風太郎は、流されるままに日雇い暮らし。そんな中、かつての世話役・義左衛門からの頼みでひょうたん屋・瓢六に行くことになった風太郎ですが――その晩、因心居士を名乗る奇怪な老人が彼の前に現れます。

 居士の奇怪な術の前にきりきり舞いさせられた末、瓢六に届け物をすることになった風太郎ですが、黒弓のしくじりで失敗。
 今度は娘の姿で現れ、「ひょうたんを育てて、儂を大坂の果心居士のもとへ連れていけ」と告げる因心居士に反発しながらも、風太郎は成り行きからひょうたんを育てることになります。

 そして瓢六の依頼で高台寺に使いに出た風太郎は、そこでかつての仲間であり、今は大坂城に女中として潜入する常世と再会。
 そして彼女を通じて、ひさご様なる世間知らずの貴人を祇園祭に案内することとなった彼と黒弓は、そこで更なる騒動に巻き込まれることに……


 二年に渡り連載された大長編である本作。その前半部であるこの上巻では、かなりのボリュームを割いて、風太郎が周囲の状況に翻弄されるまま貧乏くじを引かされ、次から次へと面倒事を背負い込む姿を描きます。

 伊賀を追い出され、怪人・因心居士に取り憑かれ、貴人の護衛で死にそうになり、再び伊賀勢に引っ張りこまれて大坂冬の陣に参戦し――と書くと、何やら真っ当な忍者ものの主人公のようですが、凄いのはこれらの展開に、ほとんど全く風太郎の意思が働いていないこと。
 いや全くというのは大げさにしても、あるいは成り行きで、あるいは強いられて(あるいは疫病神の黒弓のおかげで)向かった先で騒動に巻き込まれる彼の姿を追っていくうちに、あれよあれよと物語が進んでいく様は、こちらまで因心居士の術にかけられたような気分になります。

 この、野心を抱いた若者が、都で妖しげな怪人に翻弄され、成り行きで歴史的事件に巻き込まれていく――というスタイルは、司馬遼太郎の『妖怪』を思い出しますが、そちらに比べて本作は(少なくともこの上巻の時点では)どこかすっとぼけた印象を受けるのは、作者流の人物造形の妙があるためでしょうか。

 そもそも風太郎は、「ふうたろう」ではなく「ぷうたろう」と読むことから察せられるように、戦国時代のプータローというべき青年。
 そこそこの夢はあるものの、そのために何か努力するでもなく、ただその日を生きることだけに追われるその姿には、奇妙な親近感が感じられます。(特に社会情勢に疎く、周囲の状況の変化に慌ててばかりのところは他人に思えない……)

 この辺りの人物造形、そしてユーモアとシビアさの絶妙なブレンドは作者ならではと言うべきかと思いますが、しかし物語が進むにつれ、現代を舞台にした物語では絶対描かれない展開が描かれることとなります。
 それは合戦――人が人を殺し、人の命が呆気なく消えていく場に、風太郎は放り込まれることになるのです。

 忍びとして無数の死を目にし、いざとなれば自分の手を汚すことも(あるいは他者を犠牲にすることも)躊躇わない風太郎。しかしそんな彼に対して、初めての合戦の場は大きな衝撃を与えます。
 覚悟も腕もない敵兵を殺す――それはまだいい。作戦のために民の家を焼き、兵ですらない庶民を殺す。面子のために味方を見殺しにし、体面のために味方を殺す……

 そんな戦の現実を前に、さしもの風太郎も、深刻な衝撃を受けるのですが――さて、その先で、風太郎は立ち直ることができるのか。彼は自分の意思で戦うことができるのか。彼の巻き込まれた事件の真実は、そして大坂城に執心する因心居士の正体とは?

 更なる意外な展開が待ち受ける下巻は近日中に紹介いたします。


『とっぴんぱらりの風太郎』上巻(万城目学 文春文庫) Amazon
とっぴんぱらりの風太郎 上 (文春文庫)

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2018.01.28

都戸利津『嘘解きレトリック』第6-8巻 探偵の正体、少女の想いの正体

 人の嘘を聞き分ける能力を持つ少女・鹿乃子と貧乏探偵・祝左右馬のコンビによる昭和探偵物語もいよいよ佳境であります。物語の焦点はいよいよ左右馬の周辺に移っていくことになります。

 左右馬の助手を勤めるうちに、己の能力を少しずつ肯定的に受け止めることができるようになった鹿乃子。しかしそんなある日、左右馬が殺人事件の容疑者として捕らえられることになります。
 何者かの手紙に呼び出され、とある旅館に泊まった左右馬。しかし何事も起きず旅館を出たその直後に、彼が泊まっていた部屋から死体が発見されたというのですが……

 というわけで第7巻のメインとなるのは、鹿乃子が左右馬の濡れ衣を晴らすために奔走するエピソード。探偵不在の状態で助手が探偵役を務める――というのは探偵もののシリーズでは定番ではありますが、今回驚かされるのは、前巻に登場した「史郎」が鹿乃子の協力者となることでしょう。

 とある名家の跡取りを探す中で、跡取りを騙って現れた「史郎」。人当たりのよい美青年ながら、得体の知れぬところを持つ彼は、何と鹿乃子が嘘を見抜くことができることを知っており、そして協力を申し出たのです。
 彼の思惑はどこにあるのか、何故鹿乃子の力を知っているのか。そして何より二人は事件の謎を暴き、左右馬を救えるのか?

 ミステリとしては小粒ながらトリックも面白く、そしてラストの左右馬と鹿乃子のやりとりが楽しくも温かいものなのが実にいいのですが――しかしそれ以上にラストで「史郎」が語る、彼と鹿乃子のある共通点に度肝を抜かれるエピソードであります。


 そして続く第7巻から第8巻にかけては、先の事件が自分の実家に絡んでいたこと、そしてその企てに「史郎」自身が絡んでいたことを知った左右馬が、「史郎」の正体を知るため、兄・篤嗣を訪ねることになります。

 左右馬の実家が実は大富豪というのは、ある意味お約束、そして彼が家を出た理由と篤嗣との確執も予想できるものではあります。そして実家で事件が、というのも定番ですが――しかし面白いのは、それが篤嗣の妻・澄子にまつわる事件であることでしょう。
 澄子に近づき、告白といってもよいような言葉をかける若い男。しかし鹿乃子はその言葉に嘘を感じ取ります。その真実を追って、左右馬と鹿乃子は、篤嗣や澄子が参加する園遊会に紛れ込むことになるのです。

 周囲からは「おかめ」「家柄だけが取り柄」と揶揄される澄子。篤嗣もまた彼女に対してそっけなく振る舞うのですが――ここで澄子の事件が進展していくにつれ、彼の「真実」をも明らかになるという構成が巧みの一言。
 特に澄子に対する篤嗣の「家柄以外を望むのはおこがましい」という言葉が、全く意味を変えて浮かび上がる結末には、驚かされたりニッコリさせられたり、であります。


 さて、こうして左右馬自身の事件もひとまず落着したのですが――しかし第8巻の後半では、思わぬ波乱が鹿乃子と左右馬を(特に鹿乃子を)襲うことになります。

 ある日、二人の事務所に突然転がり込んできた美女・レイコ。事務所に居候することになった彼女はその美貌と明るさでたちまち周囲を引きつけるのですが、しかし鹿乃子の耳に聞こえるその言葉は嘘だらけなのです。
 そして鹿乃子も、レイコの「左右馬先生が結婚したらどうする?」の言葉に鹿乃子は動揺しまくる羽目に……(その言葉に、左右馬が誰かと結婚する夢を見てしまった翌朝の鹿乃子の表情が絶品!)

 しかしこのレイコのちょっと意地悪な言葉は、実は彼女自身に向けられた言葉であって――と、レイコの正体を追う左右馬と鹿乃子がたどり着いたその真実が実に切ない(人によってはその真実には一発で気付くかもしれませんが……)

 しかしそのその残酷な真実を前に、ただ嘘をつき続けるしかなかったレイコに対する左右馬の言葉が、これまた素晴らしいのです。
 そこで語られるのは、人は何故嘘をつくのか、つかなければならないのかという、人が嘘をつくことの意味。そしてそれは、本作で描かれてきた嘘と真実の数々をここに来てもう一度見つめ直すことにほかなりません。

 レイコが最後に選んだ道と、そこに込められた真実と嘘を浮かび上がらせる、本作ならではの、本作でなければ描けない結末も本当に素晴らしいのですが――しかしラストでこれまた本作ならではの形で爆弾が大爆発!
 鹿乃子が知ってしまった「嘘」が、この先彼女に何をもたらすのか――おそらくは残り2巻、その結末が、もう楽しみで楽しみでならないのであります。

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2018.01.26

皆川亮二『海王ダンテ』第4巻 新章突入、新大陸で始まる三つ巴の戦い

 超古代の「書」の力によって異能を発揮する英国海軍の若き士官ダンテことホレイショ・ネルソンの活躍を描く海洋伝奇活劇ももう第4巻。この巻からは舞台をオーストラリアに移し、ナポリオ率いるフランス軍や死の眠りから覚めた海賊女王との戦いが始まります。

 アメリカ大陸での冒険から数年、中尉に昇進したダンテは、4年前に発見された新大陸オーストラリアへ、流罪人の護送と航路の調査を行うという新たな任務を与えられます。

 航海にはオーストラリアを発見したキャプテン・ジェームズ・クックその人も加わり、無事目的地に到着したダンテたち。しかしそこではナポリオらフランスが一足先に上陸し、石油採掘基地を建設して傍若無人に振る舞っていたのであります。
 さらにナポリオの兄・ジョゼによって甦ったスカンディナビアの女王アルビダがダンテを襲撃。前巻に登場したオルカの助っ人で辛うじて難を逃れたダンテとクックですが、ナポリオを野放しにできるはずもなく……


 南極、インド、アメリカときて、今度はオーストラリアと、世界の全大陸を制覇する勢いの本作。アメリカ編では小ピットがゲストキャラとして登場しましたが、今回は日本ではさらに有名なクック船長が登場するのが、まず嬉しいところであります。

 このクック船長、いわゆる史実上の業績については作中で解説されていますが、初登場シーンなどで、陽気で身分に拘らない自由な人物という、本作ならではのキャラクターを見せてくれるのがまず楽しい。
 その一方で、彼は、自らの発見がオーストラリアを害する結果になりかねないことに対して、強い責任感と罪の意識を抱く人物としても描かれます。それが、ダンテのメンターにしてバディ役として行動する理由となっているのも巧みなところでしょう。

 そしてバディと言えばもう一人、前巻で強烈な印象を残した自由人、不死者の青年海賊・オルカが、助っ人として実に格好良いところを見せてくれるのも、これまた嬉しいところであります。

 さらに今回の敵の一人であるアルビダも、かつて深く動物たちを愛し、そして自由を求めて国を捨て海に出たという生前の記憶を強く残した、単純な悪役とは言えない造形となっているのが印象に残るところです。
(にしても、本来ラスボス格でありながら、復活させた海賊たちに振り回されるジョゼが実に可笑しい)

 もちろんアクションの方も、ダンテの操る書の力や、ナポリオのオーバーテクノロジーはもちろんのこと、動物を自在に操る能力を持つアルビダの大暴れもあり、皆川作品ならではのダイナミックなビジュアルが続出。この巻も、これまで同様の楽しさがある、と言いたいところですが……


 しかし少々引っかかったのは、ナポリオとフランス軍の存在であります。

 作中で互いに呆れ、嘆くように、ダンテが行く先々に現れては、悪事を行っているナポリオ。
 この宿命のライバル同士の対決が物語の太い柱である以上、それは当然の展開なのかもしれませんが――しかしこうも続くとさすがにどうかという印象はあります。

 しかしそれ以上に引っかかるのは、(少なくとも現時点においては)植民地主義の強い負の側面を、ほとんどフランス側に押しつけているように感じられる点であります。
 あるいはそれは、ダンテが主人公でありナポリオが悪役という、描写の都合であるかもしれませんが――しかしイギリス側も何ら変わることはなかったのもまた史実でしょう。

 もちろんイギリス側にも非があることは、これまでも何度も描写されているところではあり、特に今回ダンテは強い反省の弁を口にするのですが、さてそれが実を持ったものとしてこの先描かれるのかどうか。
 この物語の時点から十数年後に始まるイギリスの入植が、オーストラリアに何をもたらしたのかを考えれば、いささか複雑な想いに駆られるところであります。


 もちろん、このオーストラリア編はまだ半ば。この先に何が描かれるか、ダンテやクックの想いが、物語をどこに導くのかはわかりません。
 それがこれまで同様、人の善性と希望を感じさせるものであることを祈りつつ、第5巻を待ちたいと思います。

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2018.01.17

都戸利津『嘘解きレトリック』第3-5巻 人の中の嘘と本当を受け止める少女の成長

 昭和初期を舞台に、人の嘘を聞き分ける能力を持つ少女・鹿乃子と貧乏探偵・左右馬のコンビが様々な事件の中の嘘を解いていく連作シリーズの第3巻から第5巻の紹介であります。左右馬とともに様々な人々と出会う中、鹿乃子にも変化が……

 人の言葉の中の嘘を聞き分ける力故に、周囲から嫌悪の目に晒されてきた鹿乃子。両親に迷惑をかけまいと九十九夜町に出てきた彼女が出会ったのは、貧乏だが驚くべき洞察力を持つ青年・祝左右馬でした。
 成り行きから一緒に事件を解決した鹿乃子は、自分の能力を知り、そしてそれを自然に受け容れてくれた左右馬の助手として探偵事務所に住み込むことになるのでした。

 というわけで、鹿乃子が左右馬を助けて難事件を次々と解決していく姿を描く本作――と言いたいところですが、二人が真面目に事件に挑むエピソードが少ないのが、むしろちょっと楽しい。

 何しろ左右馬は貧乏のくせに大の怠け者で、その月の家賃さえ払えれば後は働きたくないという男。そのため、偶に来た依頼にも(家賃を払った後は)露骨にイヤな顔をするという困った人物なのであります。
 それゆえ、二人が巻き込まれる事件も、いきおい「日常の謎」的なものが多くなるのですが――しかしそれが本作の緩やかで温かいムードとよく似合います。


 が、そんな二人が珍しく大事件に挑むことになるのが、第3巻に収録された長編「人形殺人事件」であります。

 両親を亡くし、人里離れた屋敷で、自分の成長に合わせて作られた人形たちと暮らす少女。その屋敷の女中が崖から落ちて死んだのですが――彼女は死の直前、人形を殺してしまったと怯えていたのでした。
 家賃が払えず夜逃げの途中、左右馬の親友の姉で雑誌記者の雅と出くわしたことから、彼女の助手として屋敷を訪れた二人は、そこで事件の真相を追うことに……

 と、人里離れた屋敷・奇怪な風習・謎の美少女と、ザ・探偵小説的なこのエピソード。
 正直なところ事件自体はかなり豪腕な真相なのですが、それを嘘を見抜くはずの鹿乃子の能力が逆にミスリードするという展開が実に面白いのです(そして左右馬が気付く真相の伏線がまたフェアなのが素晴らしい)。

 そして何よりも、事件を解決した後に明かされる真相を生み出した巨大な「嘘」と、そこから救済の姿が、実に本作らしい清々しさなのであります。(特にラスト1ページに描かれた嘘からの解放の美しさ!)


 そして続く第4巻・第5巻は日常の謎を描く短編エピソードが主体で、コミカルさとハートウォーミングさのブレンドも絶妙な、キャラクターものとしても楽しいお話揃い。
 その一方で、孤島での殺人事件や、老婦人の生き別れの孫探しといった、比較的ストレートなミステリもキッチリ用意されているのも心憎いところであります。

 しかし、そんなバラエティに富んだ物語に共通するのは、人の心の中の嘘と本当の存在――そしてそれを受け止め、人を信じることの意味を鹿乃子が学んでいく姿であります。

 嘘を見抜く能力があるということは、本当を知ることができるのイコールではありません。そしてその能力があるからといって、相手を信じられるわけでもありません。
 それは事件に対する鹿乃子の能力の位置づけにも当てはまるものですが――同時に事件に挑む中で、そのことを知り、向き合うことによって鹿乃子が少しずつ成長していく姿が、本作の最大の魅力であると感じます。

 そしてそんな鹿乃子の成長譚の集大成が、第5巻に収録された、彼女の母との再会のエピソードであります。

 冒頭に述べたように、両親のためにも家を出た鹿乃子ですが、それは彼女が親を捨てたわけでも、その逆でもありません。
 むしろ互いを思うが故の行動だったのですが――しかしもしその想いが嘘であったら、それを知ってしまったらという悩みが、両者の間に、微妙な距離を開けていたのです。

 しかしこのエピソードにおいて、鹿乃子が、その母親が知ったものは――それを巧みに導く左右馬の存在もまた実にいい――ここで鹿乃子の物語は一区切りと言ってよいのではないかとも思います。


 その一方、第5巻のラストでは、鹿乃子の能力に気付いているらしい謎の美青年「史郎」が登場。果たして彼の正体は――と、一つの大きな物語としても、この先が気になるところです。


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2018.01.11

都戸利津『嘘解きレトリック』第1-2巻 嘘を知ること、人の内面を知ること

 先日このブログでご紹介した『少女マンガ歴史・時代ロマン 決定版全100作ガイド』で知ることができた作品――昭和初年を舞台に、他人の嘘を聞き分ける能力を持った少女と、頭は極めて切れるが貧乏な探偵のコンビが様々な事件に挑む、人情味の強いミステリであります。

 幼い頃から、他人が嘘をついた時にその声が固くぶれて聞こえるという不思議な能力を持ち、そのために周囲から忌避されてきた少女・浦部鹿乃子。他者が自分に向ける嫌悪の視線と、それによって母親が傷つくことに耐えきれなかった彼女は、生まれ故郷を出て九十九夜町に出て来るのでした。
 しかし職も行く宛もなく、行き倒れてしまった彼女を助けたのは、町で探偵事務所を開く貧乏探偵の祝左右馬。彼の行きつけの和食屋に連れて行かれた鹿乃子は、成り行きから、店の子供の行方不明事件を左右馬とともに追うことになって……

 というエピソードから始まる本作ですが、その最大の特徴が、他人の嘘を聞き分けることができる鹿乃子の能力の存在であることは言うまでもありません。
(ちなみに彼女がこの能力を発揮する時、その嘘の言葉のフキダシの色に、斑になったようなエフェクトがかかるという漫画ならではの描写となっているのがまず楽しい)

 事件捜査の上で、誰が嘘をついているかを聞き分けることができるというのは、もちろん大きな武器であることは間違いありません。しかしそれは同時に、(主に作品の構造的な点で)一歩間違えれば諸刃の剣となりかねないものでもあります。
 何故ならば、まさしく直感的に相手の嘘を見抜くことができるのであれば、そこに推理の余地はなくなってしまうのですから。

 しかしもちろん、本作にはそこに大きな工夫があります。これは第2話で左右馬によって明確に示されるのですが、この能力は隠れた真実がわかるのではなく、発言者の嘘の意識がわかる――すなわち、思い込みや勘違いでも、相手が嘘だと思っていないことは嘘とわからない――ものに過ぎないのであります。
 つまりこの力は謎を解く上で大きなヒントになることはもちろんですが、しかしそれには大きな制限と、解釈の余地があるのです。そこに本来の意味での名探偵である左右馬の活躍の余地があり、さらに左右馬と鹿乃子がコンビを組む意義があるのです。

 そしてそれ以上に、この制限には大きな意味があります。鹿乃子が嘘を聞き分けることができるということは、決してそれ以上でもそれ以下でもなく――彼女はある意味表層に出ている部分のみを感知しているだけであり、その内面、言い換えれば相手がなぜ嘘をついているのかまではわからないのです。
 そしてまた、その嘘が相手にとって、そして周囲の人間にとってどんな意味を持つかも……


 実に本作でミステリとして側面と並んで大きく描かれるのは、こうした能力を持ったことから他人以上にナイーブな心を抱えることとなった鹿乃子の成長物語であります。

 人が嘘をつくこととそれを知ることは、言い換えれば他者の心に触れ、そして自分の心の内面と向き合うことであります。
 誰かの嘘を暴くことは、自分や人の心身を守ることに繋がることが多いのはもちろんですが――しかしそれは必ずしも正しい行為となるわけではありません。幼い頃の彼女がそうしてしまったように、嘘を暴くことが誰かを傷つけることも少なくないのですから。

 そんな嘘と、そしてそれを知ってしまう自分自身とどう向き合うか――探偵という隠された物事を暴き、それと対峙する役割は、その営為と極めて似たものであり、彼女が左右馬の探偵助手を務めることは、同時に彼女がそれを身につける道筋にほかならないのです。
 そしてそれが本作がミステリである意味の一つなのでしょう。

 そしてそんな本作をより感動的なものとしているのは、そんな鹿乃子を信じ、見守り、導く左右馬の存在にあることは間違いありません。

 貧乏でセコく、金に汚い左右馬でありますが、彼は深い洞察力を持つ有能な探偵であり――そして何よりも、人間として非常に温かい心を持つ人物です。
 そんな彼の存在が、悩める鹿乃子を優しく受け止める姿にはこちらまで嬉しくなってしまうのですが――それが人間の数々の嘘を描きつつも、本作の読後感を極めて爽快で暖かく、感動的なものとしているのであります。

 実は私が現時点で読んでいるのは単行本が第9巻まで出ているうちの第2巻まで。ほんの序盤の段階でこのように結論めいたことを申し上げるのは恐縮ですが――この印象に嘘はないと、これは自身を持って言うことができるのです。


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2017.12.25

三好昌子『京の絵草紙屋満天堂 空蟬の夢』 絡み合う人情と伝奇サスペンス

 『縁見屋の娘』で第15回『このミステリーがすごい! 大賞』優秀賞を受賞した作者の第二作――過去を捨て名を捨て、今は京で戯作者として暮らす男が、迫る過去の影から己と己の大切な者を守るために奔走する、伝奇風味も漂う時代サスペンスの佳品です。

 諸国を彷徨った末、京に辿り着いた月夜乃行馬。そこで懇意となった絵草紙屋・満天堂から京の案内本の執筆を頼まれた行馬は、挿絵師として京で一番の人気を誇る女絵師・冬芽に引き合わされることになります。
 目を引くような美貌を持ちながらも、人を寄せ付けぬ雰囲気を持つ冬芽に気圧されながらも、少しずつ打ち解けていく行馬。今度は絵草紙の執筆を依頼された行馬は、再び冬芽と組むことになりますが、やがて彼女の抱えた重い過去と現在を知るのでした。

 そんな中で行馬は、自分を尋ねてきたかつて国元で同じ役目についていた親友から、同じ役目についていた者たちが、次々と何者かに殺害されていると告げられます。
 かつて藩命で無数の命を奪った行馬たち。仲間の殺害はその時の恨みによるものではないかと考えた行馬ですが、やがて一連の事件には、いや彼の過去には大きを秘密が隠されていたことを知ることに……


 前作と同じく京を舞台とした作品、そして人情ものとしての性格を色濃く持ちつつも、同時にそれとは大きく異なる顔を――前作は伝奇ファンタジー、本作はサスペンス・ミステリ――持つ本作。
 その前者――人情ものの要素の中心となるのは、絵草紙屋を舞台に交錯する、行馬と冬芽を中心とする人々の姿であります。

 上で述べたように、刀を振るって数多の人を殺めた過去を持つ行馬と、道ならぬ恋に溺れ、今なおその残り火に苦しむ冬芽。
 その歩んできた道は全く異なりますが――しかしともに深い孤独と傷を抱え、今この時の平穏がかりそめのものでしかないと悟っている点で、二人は大きな共通点を持ちます。

 本作の主題の一つは、この二人の魂が次第に距離を縮め、そして傷を癒やしていく姿であり――それを時に静かに、時に真剣にに、あるいは時に賑やかに見守る周囲の人々の姿なのです(特に、妻に逃げられてアル中になった彫師の存在がなかなか面白い)。
 そしてそんな物語の中でも、個人的に特に印象に残ったのは冬芽の造形であります。

 運命のいたずらとはいえ、女性として、人間として大きな過ちを犯した冬芽。その傷を押し殺しながらも絵師として大成し、しかしその絵師としての未来も長くはないということに内心恐れおののく……
 自立した強い女性としての顔と、脆く弱い女性としての顔――そんな相反するものを抱えた彼女の姿は、ひどく生々しいものではありますが、しかしそれだからこそ非常に魅力的に感じられるのです。

 そしてそんな彼女の人間らしさが、半ば彼岸に踏み出しかけていた行馬を繋ぎとめるという構図もいい。
 特に決戦を前に、行馬が冬芽に残そうとした「もの」など、その内容もさることながらその形(そこに彫師の存在が大きな意味を持つのも巧い!)、そしてそれが必要になる理由ともども、実に泣かせるのです。


 そして、人情ものの部分が冬芽に代表されるとすれば、サスペンスの部分を代表するのは、もちろん行馬を巡る物語であります。
 過去に所属した場で犯した罪とその復讐、そしてそこに隠された秘密と陰謀という展開は、時代ものに限らずある種普遍的なものではありますが、そこに本作は「般若刀」というキーアイテムを設定しているのが面白い。

 かつて名匠が主のために打ちながらも、「斬れない刀」であったために怒りを買い、その刀で殺されたという曰くを持つ般若刀。
 以来、その刃に血を吸わせることを禁じられ、しかし行馬によって無数の血を吸うこととなった(「斬れない刀」を用いるための刀術が編み出されたという設定も、また非常に面白い)この刀は、様々な形で本作の中心に位置することになるのです。

 そしてそこに実は伝奇的な秘密が存在し、それがまた本作の人間ドラマと思わぬところで絡み合って――というのも実に面白い。
 尤も、この辺りは少々風呂敷を広げすぎたきらいもあって(特にその謎解きが少々反則気味だったこともあり)、個人的には大歓迎ながら少々さじ加減を誤ったかな、という点はあるかもしれません。


 そんなマイナス面はあるものの、物語の二つの側面が溶け合う様が実に魅力的な本作。
 正直に申し上げて、第一作を遙かに上回る完成度であり――作者には、このスタイルをさらに洗練させた作品をこの先も書いていって欲しいと、心より感じた次第です。


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