2017.09.09

森田信吾『追儺伝セイジ』 剣豪漫画家が描く魔の姿

 時は幕末、町医者・伝宗斎の助手を務める青年・星次には、奇怪な式神を操り、魔を祓う力があった。その力で江戸を騒がす怪事件に挑む星次だが、彼の胸には巨大な手形のアザがあった。やがて彼の周囲に迫る魔手。それは彼の一族を殺し、彼にアザを背負わせた宿敵の仕業だった――

 剣豪漫画で知られる作者の数少ない時代怪異譚とも言うべき伝奇活劇――IKKI誌の創刊号から6回にわたり連載された作品であります。

 タイトルにある「追儺」とは、元は宮中で大晦日に行われた鬼払いの儀式。現代の節分の原型となったとも言われる風習ですが、ここでは転じて魔を祓う技と考えればよいでしょうか。
 そう、本作の主人公・星次は、北斗七星が刀身に刻まれた七星刀を片手に、様々な魔の気配を察知し、これを祓う力を持つ青年なのであります。

 普段は町の老医・伝宗斎の助手としてつき従う星次ですが、伝宗斎の手に負えぬ魔の力に苦しむ者を救うため、彼はその力で立ち向かう――というのが本作前半のスタイル。
 第1話では死霊に取り憑かれて奇怪な姿に変わり果てた商家の少女を救わんとし、第2話では何者かの呪詛から上方歌舞伎の名役者を守るため奔走し、第3話では奇怪な百鬼夜行の舞台となったさる大名家の謎に挑み――と、なかなか多彩な物語であります。

 そして後半は一転、彼の過去にまつわる伝奇活劇が展開。
 彼の故郷である星河村――陰陽師・賀茂氏の流れを汲む人々が暮らす地を十年前に襲った惨劇と、その村に隠された巨大な秘密を巡り、星次は一族と自らの敵と言うべき存在と対峙することになります。


 冒頭に述べたとおり、剣豪漫画家という印象が強い作者ですが、しかし本作で描かれる怪異の世界やそれに挑む星次の術の描写は想像以上の迫力であり、類作にはないビジュアルイメージに圧倒されます。

 特にインパクト満点なのは、星次が操る式神たちの存在。式神といえば、言うまでもなく陰陽師が操る使い魔、ビジュアル的には紙人形的なものが思い浮かびますが――本作に登場するそれは、完全に異形の妖物としかいいようのないモノ、なのであります。

 たとえば、星次が最もよく呼び出す提婆王子は、男性器と女性器と四足獣を溶け合わせたような姿ですし、空飛ぶ式神・赤王子も、脊椎動物の背骨から作られた無脊椎動物と言うべき異常な姿の怪物。
 ここで作者の大ファンであれば、あの作品を思い出すのではないでしょうか。そう、欧米人を触手と粘液まみれの本物の怪物として描いた怪作中の怪作『攘夷 幕末世界』を。

 確かに本作で描かれる妖魔の姿は、あの作品の延長線上にあるものであると言えます。
 しかしあちらが世界観そのものが尋常でないもの、むしろ正常なものが異常に見える世界であったのに対し、本作はあくまでも時代ものとして枠から大きく踏み出すものでなく、言い換えれば正常な世界の中の異物として描くことで、強烈な異界感を生み出している点に注目すべきでしょうか。

 その一方で、こうした直球の怪物だけでなく、光や影といったシルエットでのみ描かれる妖魔の姿なども印象に残りますし、冒頭、視界の隅で鬼の姿を捉えるという行為を「眼を使った遊び」と表現してみせるなど、インパクトだけでない、ツボを心得た描写に感心させられるのです。
(あるいは後者は何か原典がある可能性は大きいですが、しかし作者独特の台詞回しと相俟って、実に「らしい」のです)

 さらにまた、特に第1話・第2話で描かれたひねりを効かせた事件の真相――怪異の背後に潜む、怪異以上に恐ろしく悍ましい人間心理なども、実にイイのであります。


 正直なところ、伝奇ものとしては物語は比較的シンプルというか、そこまで意外性はないという点はありますが、しかし作者一流の描写によって、単行本一冊ながら、なかなかに満足度の高い本作。
 作者の時代怪異譚がこれ以降描かれていないのが何とも勿体なく感じられてしまう作品なのです。


『追儺伝セイジ』(森田信吾 小学館BIC COMICS IKKI) Amazon
追儺伝SEIJI(セイジ)

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2017.08.03

皆川亮二『海王ダンテ』第3巻 植民地の過酷な現実と、人々の融和の姿と

 超古代文明の力を秘めた本と魔導器を持つ若き英国海軍人、ダンテ・ホレイショ・ネルソンの冒険を描く本作、新たなるエピソードは英国の植民地たるアメリカを舞台とした冒険であります。英国陸軍と前首相の息子を護衛しての任務は次々と意外な方向に転がり、その中で彼が見たものとは……

 この世界を構成する分子を自らの意思で組替え、自分の体の一部を触媒に物理的な力に変える力を持つ古代の書『要素』と魔導器を持つ少年ダンテ。海軍に入隊した彼はインドで大冒険を繰り広げ、その功績もあって晴れて士官候補生に仲間入りであります。

 そんな彼らの次なる任務は、ボストン茶会事件の余波で揺れる新大陸アメリカに向かう英国陸軍の船団を、そして現地の視察を行う英国前首相ウィリアム・ピット――の同名の次男を護衛すること。
 わがままで世間知らずのウィリアム少年に手を焼きつつ、新たにジャックとトビーの二人の黒人水夫を仲間に迎えたダンテたちの船は、快調に新大陸に向かうのですが……

 しかしアメリカが目前となった頃、気さくだったジャックが豹変、ダンテの本を狙う死人海賊、海の最強の殺し屋オルカとしての正体を露わにします。
 そしてウィリアムを人質に船を占拠した彼が向かう先は、逃亡した黒人奴隷たちが作り上げた海岸の集落。しかしそこをフランス軍に扇動された先住民が襲撃し、さらにダンテたちを巻き込んでの大混戦の中、ウィリアムとトビーが行方不明となって……


 今回のゲストキャラ、そして物語の中心人物の一人であるウィリアム少年は、絵に描いたような高慢ちきで我が儘の、皆川作品ではお馴染みの造形のキャラクター。
 なるほど、今回は彼が冒険の中で、ダンテたちと触れ合ううちに成長していく物語なのだな――と思いきや、それは当たってはいたものの、こちらの想像を超える形で描かれることになります。

 何しろアメリカ到着早々に始まるのが、黒人奴隷と先住民の戦い。さらにそこに英国軍まで加わって……という展開には、思わず天を仰ぎたくなりました。そこまで容赦ない展開を描くのか、と。

 そう、冒頭で触れたとおり、この時代のアメリカは英国の植民地。そしてそれは先住民の住む地を追い、そして黒人奴隷を牛馬の如く使って得られたものであります。
 ダンテも知らなかったその現実(「現在」のことは『要素』も知らず、ダンテが自分で学ぶしかないという設定がまた見事)を、しかしお説教ぽくならずに如何に描くか? その難題に対し、本作はダンテの、オルカの、そしてウィリアムズの姿を通じて、過酷な現実を生々しく描き出すのです。(後半に描かれる奴隷の闇市に関するエピソードはただ絶句……)

 しかし本作はそれだけでは終わりません。これまで人間という存在が根源的に持つ邪悪さを描きつつも、それに対峙する人間一人ひとりが持つ善き心を描いてきた皆川作品――その構図は、本作においても健在なのです。

 刻一刻と状況が変わっていく中、立ち位置を変えていくキャラクターたち。その一人ひとりが対立を超え、少しずつ歩み寄っていく姿を、本作は丹念に、自然に、それでいてエモーショナルに描き出します。
 特にクライマックスのナポリオとの対決は、ダンテの能力ゆえのピンチの打開に、人々の融和の姿を重ねて見せるという展開に、ただ唸らされるばかりなのです。

 もっともここで、ナポリオが「便利な敵」という一種の装置になってしまった印象は否めませんが、この点は、この時代とそこに生きる人々を描く狂言回しとして、ナポリオが(そしてダンテも)機能していると見るべきかもしれません。
 このあたりの展開は、あるいは本作の今後の方向性を示しているのかもしれない……というのは穿った見方かもしれませんが。


 何はともあれ――この巻を読み終えた後、その後の史実を紐解いてみれば、そこに我々はある事実を見出すことになります。

 ネルソン率いる英国艦隊がナポレオンの海軍に決戦を挑んだトラファルガー海戦時の英国首相の名が、ウィリアム・ピット――俗に言う小ピットであったことを。
 そして彼が、その生涯を通じて、奴隷貿易廃止のために尽力したことを。

 その背後に、彼の少年時代の経験があったとしたら――それはセンチメンタルではありますが、幸福な妄想でしょう。


『海王ダンテ』第3巻(皆川亮二&泉福朗 小学館ゲッサン少年サンデーコミックス) Amazon
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2017.08.01

牧秀彦『月華の神剣 壬生狼慕情』 神剣が映し出す幕末剣士伝

 剣豪ヒーローが活躍する物語を得意とする作者が手がける新シリーズは、「常勝の御太刀」と呼ばれる神剣を巡る幕末もの。神剣が原因で父を殺され、京に向かうことになった青年・祝井信吾が、新選組の面々とともに歴史のうねりに巻き込まれることになります。

 神官の家に生まれながらも、修行そっちのけで剣術三昧の日々を送っていた信吾。時はペリーの黒船が来航してから十年、江戸と京の間で不穏な空気が漂う中、彼の父が守る神社には、何やら曰くありげな武士たちが次々と訪れるのですが……

 そんなある日、神社を訪れた武士の一団によって信吾の父が無残にも斬殺されるという事件が起きます。犯人の狙いは、神社で守られてきた大太刀の強奪――信吾は今際の際の父から、隠されていた大太刀を守り、しかるべき人物に託すことを命じられるのでした。

 誰に託すあてもなく江戸に向かい、行き倒れかかった信吾を救った若き剣士たちの一団。彼ら試衛館の剣士たちが、浪士組として京に向かうのに同行する道を選んだことで、信吾は思わぬ戦いに巻き込まれることに……


 タイトルに掲げられている「神剣」とは、「常勝の御太刀」と呼ばれる伝説の刀。無銘のその三尺の太刀は、古くは源義経に、その後は北条時宗、新田義貞、織田信長、豊臣秀吉、そして徳川家康と、とんでもない面々に授けられたという太刀であります。
 それを手にした者は、あらゆる戦いに勝ち、天下を取ることができるという伝説の太刀は、いつしか田舎神社に納められていたのですが――この激動の幕末に再び世に出ることになって、というのが本作の基本設定であります。

 ……と書けば、それこそ作者がスタッフに加わっていたアニメ『幕末機関説いろはにほへと』のような伝奇活劇のようですが、その辺りの要素は、実のところかなり抑え目。
 むしろ本作は、神剣伝説を背景に、そして信吾を狂言回しに、幕末の複雑怪奇な政治の力学と、その渦中に巻き込まれた剣士たちの姿を描くのが目的ではないかと――そんな印象を受けます。


 そしてそれこで最初に描かれるのが、近藤・土方・沖田……そして芹沢ら、新選組の面々なのであります。

 清河八郎(本作においては信吾と旧知の人物であり、そして神剣を狙う奸物として描かれるのですが)の献策により結成された浪士隊に加わり、武士として一旗上げるために京に上った近藤たち。
 縁あって彼らと行動を共にすることとなった信吾は、やがて彼らが近藤派と芹沢派に分かれ、ついには刀を以て対峙するまさにその真ん中に立つこととなるのです。

 ここで描かれる黎明期の新選組の面々は、ある意味鉄板の人物造形なのですが、それだけに親しみが持てるのも事実。そして悪役として描かれることが多い芹沢も、単純粗暴なわけではなく、様々な屈託を抱えた人物として描かれるのも好感が持てます。

 そして芹沢はともかく、近藤たちは信吾と負けず劣らずピュアな存在として描かれるのですが――それが幕末という混沌、そしてより直接的には神剣という存在を前にやがて変わっていくのは、ある意味それが世の必然とはいえ、何とも苦く物悲しいものをこちらの胸に残します。


 と、異色の幕末剣士列伝としてユニークな本作ですが、第1弾である本作の時点では、まだ少々薄味という印象は否めません。
 それは信吾のキャラクターが、良くも悪くもまだニュートラルな点によることが大きいかと思いますが(その他、名のある人物の去就がさらりと流されてしまうのも勿体ない)、これから物語の中で彼が成長していくことによって、そこは変わっていくのでしょうか。

 いきなり新選組という有名人集団との出会いと別れを描いたその次に、果たして誰が来るのか――その点も気になるところではあります。


『月華の神剣 壬生狼慕情』(牧秀彦 角川文庫) Amazon
月華の神剣 壬生狼慕情 (角川文庫)

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2017.07.26

物集高音『大東京三十五区 夭都七事件』 古今の帝都を騒がす怪事件ふたたび

 昭和初期を舞台に、お調子者の書生が持ち込む奇っ怪な事件を、居ながらにして解決してしまう「縁側探偵」のご隠居の名推理を描く連作短編シリーズの第2弾であります。今回も、今昔の帝都を騒がす七つの奇怪な事件が描かれることに……

 時は東京都区部が三十五区となった昭和7年、早稲田大学に席を置きながら、怪しげな事件を嗅ぎつけてはそれを扇情的な記事に仕立てては小銭を稼ぐ不良書生の阿閉万、通称「ちょろ万」が本シリーズの狂言回し。
 そしてそんな彼がかき集めてくる怪事件の数々を――起きた場所はおろか、起きた時代も全く異なるものも含めて――縁側に居ながらにして解き明かしてしまうのが、彼の下宿の家主であるご隠居・玄翁先生こと間直瀬玄蕃であります。

 今日も今日とて、明治の浅草で起きた無惨かつ不可解な事件の存在を嗅ぎつけてきたちょろ万に対し、玄翁先生はこともなげにその謎を解き明かして……


 と、ここでシリーズ第1弾たる『冥都七事件』の読者であれば首を傾げることでしょう。同作のラストにおいてご隠居は何処かへ姿を消したのでは――と。
 しかし本作の第1話であっさりとご隠居は帰還。あまりにあっけらかんとした展開にはさすがに驚かされましたが、それはそれで本シリーズらしい……と言えるかもしれません。

 そして登場人物の方も、ちょろ万と玄翁先生のほか、前作にも登場した鋼鉄の女性記者・諸井レステエフ尚子に加え、もとは箱根の温泉宿の女中、今はご隠居の店子の少女・臼井はなといった新キャラが登場、シリーズものとしては順調にパワーアップしている感があります。


 さて、そんな本作で描かれるのは、前作同様、東京の各地で起きる事件の数々であります。

 明治10年の浅草で模型の富士の上に観音様が現れた直後に、見世物小屋に首無し死体が降る「死骸、天ヨリ雨ル」
 芝高輪の天神坂を騒がす、夜ごと髑髏が跳び回る怪異「坂ヲ跳ネ往クサレコウベ」
 麻布の新婚家庭で結婚祝いに送られた夫人の肖像が、日に日に醜く年老いていく「画美人、老ユルノ怪」
 若かりし日の間直瀬玄蕃の眼前で、雛人形を奪って逃走した男が日本橋の上で消える「橋ヨリ消エタル男」
 内藤新宿の閻魔堂で一人の少年が妹の眼前から姿を消し、脱衣婆に喰われたと騒ぎになる「子ヲ喰ラフ脱衣婆」
 大正11年の上野に展示された平和塔に、一夜にして奇怪な血塗れの記号が描かれる「血塗ラレシ平和ノ塔」
 駒込の青果市場に自転車で通う老農夫の後を、荒縄が執拗に追いかけては消える「追ヒ縋ル妖ノ荒縄」

 いずれもミステリというより怪談話めいたな事件ですが、それを現場に足を運ばず――それどころか、既に述べたように過去に起きた事件もあるわけで――解決してみせる縁側探偵の推理には、今回も痺れさせられます。
 そしてまた、謎が解けたと思いきや……という、良い意味の(?)後味の悪さが残るエピソードが多いのも、実に好みであります。

 そんな本作の中で個人的にベストを挙げれば、「画美人、老ユルノ怪」でしょうか。
 扱われているのが老いていく絵という、直球の絵画怪談的現象を描いた上で、考えられる解を一つ一つ潰しつつも、たった一つの手がかりから、見事に合理的な解を導いてみせるが、何とも痺れるのです。

 そしてその上で、事件の背後に人間の心の中の黒々とした部分を描き、さらに追い打ちをかけるようにゾッとする結末を用意しているのは、お見事と言うほかありません。
(実はこの作品のみ、探偵役がご隠居ではなく、ちょろ万の恩師である大学教授というのも面白い)


 こうしたミステリとしての魅力に加えて、今回もポンポンとテンポのよい擬古的な文体といい、その中で描かれる当時の風俗描写の巧みさといい、実に楽しい作品なのですが……
 一点だけ不満点を挙げれば、本作には前作にあったような、巨大な仕掛けが存在しないことでしょうか。

 もちろんそれはあくまでもおまけの仕掛けであったのかもしれませんが、人間、一度贅沢に慣れてしまうと、今度はそれがないと不満に感じてしまうのは仕方のないところでもあるでしょう。

 厳しい言い方をすれば、普通の続編になってしまった――という印象は残ってしまったところではあります。


『大東京三十五区 夭都七事件』(物集高音 祥伝社文庫) Amazon
夭都七事件―大東京三十五区 (祥伝社文庫)


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2017.07.14

『決戦! 忠臣蔵』(その二)

 『決戦!』シリーズ中でも異色の一冊、赤穂浪士の討ち入りを描く『決戦! 忠臣蔵』の紹介の後編であります。

『与五郎の妻』(諸田玲子)
 磯貝十郎左衛門の「妻」を主人公とし、昨年、『忠臣蔵の恋』のタイトルでNHKドラマ化された『四十八人目の忠臣』の作者が、今度は(?)神崎与五郎の妻――その前妻・ゆいを主人公とした物語であります。

 かつて津山藩森家の家臣であった与五郎のもとに嫁ぎながら、藩が一度改易となった際に藩を離れた彼から離縁され、今は藩の江戸作事奉行の妻としてくらすゆい。
 そんなある日、出入りの商人が、扇の行商人から託されたと持ってきた扇に、かつての夫の影を感じ、彼女は大きな戸惑いを覚えます。藩を離れた後は浅野家に仕え、今は新たな家庭を築いていたはずの与五郎が何故――と。

 心は千々に乱れる中、一度だけと彼の呼びかけに応えて与五郎のもとに向かいながらも、面と向かっては彼の不実を詰ってしまうゆい。しかし与五郎が何のために行商人に身をやつしていたか知った彼女は……

 赤穂浪士の中でも人気者の一人・神崎与五郎は、実は浅野家の前にも主家を取り潰されていたという、興味深い史実(もっとも、彼がその際に森家を離れたかは諸説あるようですが)を踏まえた本作。
 それだけでも実に興味深いのですが、そこに彼の元妻を絡めることで、討ち入りの完全に外側からの――しかし全く無縁ではない――視点を設定してみせた点に唸らされます。

 今の家庭とかつての夫との間で揺れるヒロインの心理を丹念に描くのはこの作者ならではですが、男の目から見ると損な役回りの現在の夫が器の大きさを見せる結末もよく、ラスト一行の爽やかさは見事としか言いようがありません。


 その他の作品――『鬼の影』(葉室麟)は、山科隠棲時代の大石内蔵助を描いた作品。クライマックス堀部安兵衛との「対決」シーンが印象に残りますが、いささか淡白な印象ではあります。
 一方、『妻の一分』(朝井まかて)は、同じく大石が題材ながら、その妻――を、飼い犬視点で描くという飛び道具的内容。語り手だけでなく、聞き手の側の仕掛けもユニークです。

 『首無し幽霊』(夢枕獏)は赤穂浪士討ち入りよりもはるか後の時代の物語。以前、作者の別の短編にも登場した謎の知恵者・遊斎が、ある男のもとに出没する幽霊の謎を描くこれまたユニークな作品であります。
 もっとも、オチは別の作品でも読んだことがあるような……

 そしてラストの『笹の雪』(山本一力)は、こちらも外の目から忠臣蔵を描いた一編。討ち入りを終えて凱旋した浪士たちを迎えた泉岳寺の修行僧の目から、壮挙の直後の浪士たちの生の姿が描かれることになります。
 決してドラマチックではなく、むしろ淡々とした筆致で描かれる物語は作者らしい印象ですが、浪士たちが「義士」となる結末は、本書の掉尾を飾るにふさわしいと言えるでしょう。


 以上七編、概要をご覧いただければお気づきのように、人物一人に一作というわけではなく(変則的とはいえ大石は二作品の主役)、また吉良サイドは(これまた変則的な作品を含めても)二作品のみと、これまでの『決戦!』シリーズとは大きく異なる形式となっています。

 これは『冥土の契り』以外は雑誌掲載という点にもよるのかもしれませんが、ユニークな形式が呼び物のシリーズであっただけに、残念な点ではあります。
 もちろん、当代一流の作家たちの新作が集められたテーマアンソロジーとしては魅力的なのですが……しかし厳しいことをいえば、『決戦!』でなくともよかったのでは、という印象は否めないところです。


『決戦! 忠臣蔵』(葉室麟ほか 講談社) Amazon
決戦!忠臣蔵


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 『決戦! 本能寺』(その一) 武田の心と織田の血を繋ぐ者
 『決戦! 本能寺』(その二) 死線に燃え尽きた者と復讐の情にのたうつ者
 『決戦! 本能寺』(その三) 平和と文化を愛する者と戦いと争乱を好む者
 『決戦! 川中島』(その一) 決戦の場で「戦う者」たち
 『決戦! 川中島』(その二) 奇想と戦いの果てに待つもの
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 『決戦! 新選組』(その二)

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2017.07.02

三好昌子『京の縁結び 縁見屋の娘』 巨大な因果因縁を描く時代奇譚

 毎回ユニークな作品が輩出されてきた『このミステリーがすごい!』大賞で優秀賞を獲得した本作は、ミステリというよりも時代伝奇、時代奇譚と言うべき物語。代々娘が26歳で亡くなるという家に生まれたヒロインが、不思議な修験者とともに自分たちを縛る運命と対峙することになります。

 天明年間の京都、口入れ屋「縁見屋」で、父とともに忙しくも平和な日々を送っていたの一人娘・お輪には、一つの悩みがありました。
 それは「縁見屋の娘は祟りで男子を産まずに26歳で死ぬ」という噂――いや、現に曾祖母も、祖母も、何よりも母も26歳で亡くなっていた彼女にとって、次第に近づいてくるその時は、噂では済まされない問題だったのです。

 そんな中、店を訪ねてきたのが、帰燕を名乗る旅の修験者。代々の因縁があるために、通りすがりの僧や旅人に手厚く世話を焼く縁見屋では、彼を歓待するのですが――しかしお輪は、帰燕に不思議に惹きつけられるものを感じることになります。

 曾祖父が残した地蔵と火伏の神を祀る火伏堂の堂守となった帰燕と触れ合ううち、彼への想いを募らせていくお輪。
 しかし堂に隠されていた曾祖父の遺した天狗の秘図面なる宝物が見つかったことをきっかけに、彼女と帰燕の運命は大きく動いていくことに……


 冒頭で述べたとおり、ミステリというにはだいぶ異なる内容の本作。確かに物語を貫く謎は存在するものの、それは解き明かされる対象というよりも、人々の運命を(すなわち物語を)支配する巨大な因縁として存在しているのであります。

 しかし、そのような内容でありつつも、本作が優秀賞を獲得したのは、おそらくはその完成度の高さゆえでしょう。

 なぜ縁見屋の娘は26歳で亡くなるのか。天狗の秘図面とはどこからもたらされたのか。謎めいた帰燕とは何者なのか。そしてお輪は悪因縁から解放されるのか……
 物語を構成する数々の謎と登場人物たち、どの要素も無駄になることなく精緻に組み上げられて相互に作用しあい、やがてそこに一つの巨大な因縁の姿が浮かび上がる。

 終盤にはしっかりと派手なクライマックスが(それも史実を踏まえたものが)用意され、おそらくはこれが作者のデビュー作とは思えない隙のなさであります。一点を除いては……


 そう、本作は大いに私好みの作品ではあったのですが、しかし実は本作にはノれない部分も少なくなった――というのも正直なところであります。

 それは一つには、私が前世からの因縁という題材や、人を魂の器とみなすという考え方にはあまりポジティブな印象を持てないということがあるのですが、それは個人的な好みの問題。
 それ以上に気になったのは、ある意味本作の根幹を成す、お輪の帰燕への想いに共感できなかった――というより説得力を感じられなかったという点につきます。

 まさしく帰燕とは運命的な結びつきを持ち、それゆえに激しく惹かれ惹かれる関係となるお輪。しかし、彼女が帰燕に惹かれる理由が、その運命以外には存在しないように見えてしまうのはいかがなものか。
(いや、確かに帰燕はイケメンで有能な人物ではありますが、しかしそれで人によっては引くほどの惹かれぶりとなるものかどうか)

 あるいはこの点も、先に述べた前世等々に対する好みの問題と繋がってくるのかもしれませんが……


 冒頭に述べたように、本作が巨大な因果因縁を描いた伝奇物語――というより時代奇譚としては実に完成度が高く、楽しめる作品であることは間違いありません。
 それだけに、この点だけはどうにも惜しいと感じてしまった次第であります。


『京の縁結び 縁見屋の娘』(三好昌子 宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ) Amazon
【2017年・第15回『このミステリーがすごい!大賞』優秀賞受賞作】 縁見屋の娘 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

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2017.07.01

松尾清貴『真田十勇士』 「嘘」を軸に描くもう一つの真田十勇士

 昨年から今年にかけて全7巻刊行され、児童書とは思えぬ伝奇性とドラマ性で驚かせてくれた松尾清貴版『真田十勇士』。本作はその作者によるもう一つの真田十勇士――2014年に初演され、2016年に再演と映画化が行われたマキノノゾミ版十勇士のノベライゼーションであります。

 14年前、関ヶ原に向かう徳川勢を信州上田で散々悩ませ、紀州九度山村に流刑となった真田幸村。天下の智将として知られ、今なお崇敬を集める幸村は、しかしその実は凡庸な男、周囲の期待を負担に思い続けるままに年を重ねてきた男に過ぎなかったのです。
 そんな中、幸村の前に現れた、大名の御落胤と騙って諸国を荒らしてきた男・猿飛佐助。自分の「正体」を包み隠さず語った幸村に興味を抱いた佐助は、幸村を名将として担ぎ上げ、天下に名を挙げることを目論みます。

 同じ忍びの里で生まれ育ち、共に抜忍となった霧隠才蔵とその子分の三好清海・伊佐。幸村にただ一人仕えてきた海野六郎。さらに望月六郎、筧十蔵、由利鎌之助、根津甚八、真田大介と、幸村の下に集った十人の勇士。
 折しも、幸村を大坂城に迎えるために密かに淀殿が九度山を訪れ、ついに大坂城入りを決断した幸村を操り、佐助は真田丸で大活躍するのですが……


 あの英雄・真田幸村が、実はいかにも名将然とした外見だけの凡人、その背後に控える猿飛佐助が操っていた……というユニークなアイディアの本作。
 白状すれば、恥ずかしながら舞台版・映画版ともに未見の私ですが、このアイディアと基本的な物語展開は、そちらとも共通する模様であります。

 本来であれば、少なくとも舞台版を観てからこの小説版を取り上げるべきかもしれませんが、あえて小説版から取り上げるのは、冒頭で触れたとおり、本作の作者である松尾清貴の同名の別作品(本当にややこしいとは思います)の大ファンだったというのが理由の一つなのですが……
 しかしそれだけでなく、本作がノベライゼーションという域を越えて、一つの小説として、完成度が高い作品だから、というのが最大の理由であります。


 先に述べたように、本作の最大の特徴である、幸村の「嘘」。本作はその幸村と佐助の、いわば共犯関係を中心に展開していく物語ですが――しかし「嘘」をついているのは、幸村だけではありません。
 彼に仕える十勇士や、さらには淀殿やその他の人々に至るまで、本作の登場人物の多くが、それぞれの「嘘」を抱えているのであります。

 それは時に自分の経歴を、人となりを偽るものであります。そしてまた時に自分の気持ちを、望みを偽るものであります。それは他人を偽り、傷つけるものであれば、自分を偽り、傷つけるものでもあります。
 こうでありたい、こうでありたくない――人が自分自身に、周囲との関係性に抱くイメージとのギャップを埋めるために用いる方便が嘘であるとすれば、本作の登場人物の大半が嘘をついていると言えるでしょう。

 そんな本作の物語は、当然と言うべきか、こうした登場人物たちの心中を掘り下げて描いていくこととなります。そしてそれは、舞台や映画に比して、小説というメディアにおいてアドバンテージがある手法でしょう。
 かくて本作は、血沸き肉躍る戦国アクションであると同時に、戦国の世をさすらってきた人々の群像劇を描く一個の小説として、独立した魅力を生み出しているのです。

 そしてそんな本作は、先に述べた作者のもう一つの『真田十勇士』とはもちろん全く異なる内容であるものの、その一方で大きな共通点があると感じられます。
 それは自分自身を見失った者たちによる、人間性の回復――あちらでは超常的な伝奇物語との対比で描かれていたそれが、本作においては「嘘」を軸に描いていたと言うべきでしょうか。

 手法や内容は違えど、そこで描かれるものは、英雄物語の背後で悩み、苦しみ、そして立ち上がる人間たちの力強さなのです。


 正直なところ、そのシビアなドラマ性の印象が強いあまり、(おそらくは舞台版から存在する、この物語の肝である)ラストの大どんでん返しに、逆に違和感がないわけではないのですが――それは些細なことでしょう。
 ノベライゼーションという枠を超え、松尾清貴によるもう一つの『真田十勇士』として、本作は十分以上に魅力的なのですから。


『真田十勇士』(松尾清貴 小学館文庫) Amazon
真田十勇士 (小学館文庫)


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 松尾清貴『真田十勇士 3 天下人の死』 開戦、天下vs真田!
 松尾清貴『真田十勇士 4 信州戦争』 激闘上田城、そしてもう一つの決戦
 松尾清貴『真田十勇士 5 九度山小景』 寄る辺なき者たちと小さな希望と
 松尾清貴『真田十勇士 6 大坂の陣・上』 決戦、自分が自分であるために
 松尾清貴『真田十勇士 7 大坂の陣・下』 そして英雄の物語から人間の歴史へ

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2017.06.12

室井大資&岩明均『レイリ』第3巻 レイリの初陣、信勝の初陣

 岩明均が原作を担当ということで話題を集めた異色の戦国漫画の第3巻であります。落ち武者狩りに家族を惨殺され、腕を磨き、いつか戦いの中で死ぬことを夢見る少女・レイリが、武田信勝の影武者として選ばれたことで、思わぬ戦いに巻き込まれることになります。

 かつて家族を皆殺しにされた際に命を救われた岡部丹波守の下で腕を磨き、普通の男では到底及ばぬほどの腕となったレイリ。
 そんな彼女をも遥かに上回る力を見せた武田家の重臣・土屋惣三にスカウトされたレイリは、武田家当主・勝頼の長子・信勝の影武者となるよう命じられることになります。

 奇しくも信勝とは瓜二つの相貌のレイリは、他の影武者候補とともに訓練を受けるのですが……

 と、この第3巻で描かれるのは、いきなり彼女たち影武者の出番ともいうべき事態。そう、何者かの刺客が、信勝を襲撃したのであります。
 先ほどまで談笑していた影武者の一人があっけない最期を遂げ、動揺を隠せなかったものの(滅びゆく武田家という重荷を背負わされ、死という逃げ道も塞がれた姿が切ない)、自分を囮に刺客をおびき寄せ、一網打尽にする策を立てた信勝。

 あえて襲撃を誘い、惣三とレイリで迎え撃つ作戦は見事当たったと思いきや、刺客団の数は想像を遙かに超え、レイリは思わぬ形で初陣を経験することになるのです。


 そう、ここで描かれるのはレイリの初陣。これまで味方の雑兵などとは立ち会ってきた彼女ですが、それはもちろん訓練にすぎず、実際の刃を手にしての殺し合いは、これが初めてなのであります。
 そんな命のやり取りの場に立った彼女は――意外にというべきか、全く気負うことも恐れることもなく、惣三とともに刺客を次々と斬り倒す活躍を見せます。

 このくだりは、正直に申し上げればいささか拍子抜けの感もあるのですが、刺客をあらかた片付けた後でその弱さを罵り、そしていつか自分が斬り死ぬことを夢見るという壊れぶりを見せる彼女であれば、むしろこの程度で心を動かすまでもないと言うべきなのでしょうか。


 そして後半に描かれるのは、ある意味信勝の初陣とでも言うべき展開。徳川軍が武田家の要衝たる高天神城を攻める中、城から甲府館に送られた二つの書状を前に、信勝と勝頼が対峙することとなります。

 書状の一つは、城の主将たる岡部丹波守から送られた、救援の要請。そしてもう一つは、城の副将から送られた、救援を断る書状――同じ城に籠もりながら、全く正反対の判断を記した二つの書状に悩む勝頼と諸将に対し、信勝は己の分析を語るのであります。

 ここで示されるのは、武田家を周到に張り巡らせた策で滅ぼさんとする織田信長の存在と、その罠を見抜いてみせる信勝の才――そしてその信勝に極めて複雑な感情を見せる勝頼の姿であります。

 偉大すぎる父・信玄にコンプレックスを抱く勝頼というのはしばしば見られる構図ではありますが、一説によれば、その信玄から、信勝が成人するまでの後見を命じられていたという勝頼。
 言い換えれば、それは彼が、父から信勝成人までの繋ぎと見做されていたということであり、内心穏やかであるはずがありません。

 そんな尋常の親子とは全く異なる関係にある勝頼と信勝の捻れた関係性を丹念に描きつつ、同時に、長篠の大敗後に武田家が置かれた状況を示す――この辺りの描写の濃さは、前半の大殺陣以上に、本作の魅力と言うべきとも感じます。


 もっとも、こうした内容を描くには、いささかテンポがゆったりし過ぎているのでは――という印象があるのも事実。第1巻を手にした際も同じ印象を受けましたが、月刊連載の物語としては、このペースは少々厳しいように感じます。
 これはもちろん、丁寧な描写とは表裏の関係にあるのですが……

 宿敵ともいうべき信長も(これがまた印象的なビジュアルで)登場し、いよいよレイリと信勝の戦いも本格化していくであろう中で、どれだけ物語に引きつけてくれるのか、気になるところであります。


『レイリ』第3巻(室井大資&岩明均 秋田書店少年チャンピオン・コミックス・エクストラ) Amazon
レイリ 第3巻 (少年チャンピオン・コミックスエクストラ)


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2017.06.07

入門者向け時代伝奇小説百選 古代-平安(その一)

 ここからは作品の舞台となる時代ごとに作品を取り上げます。まずは古代から奈良時代、平安時代にかけての作品の前半です。

46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)


46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫) Amazon
 とてつもなくキャッチーなタイトルの本作は、そのタイトルどおりの内容に驚愕必至の作品。
 赤壁の戦いで大敗を喫した曹操が諸葛孔明に匹敵する奇門遁甲の遣い手として白羽の矢を立てた相手――それは邪馬台国の女王・卑弥呼だった! という内容の本作ですが、架空戦記的な内容ではなく、あったかもしれない要素を丁寧に積み上げて、世紀の対決にきっちりと必然性を持たせていくのが実に面白いのです。

 そして物語に負けず劣らず魅力的なのは、この時代の倭国の姿であります。大陸や半島から流れてきた人々が原始的都市国家を作り、そこに土着の人々が結びつく――そんな形で生まれた混沌とした世界は、統一王朝を目指す中原と対比されることにより、国とは、民族とはなにかいう見事な問いかけにもなっているのです。

 ラストの孔明のとんでもない行動も必見!

(その他おすすめ)
『倭国本土決戦』(町井登志夫) Amazon
『シャクチ』(荒山徹) Amazon


47.『いまはむかし』(安澄加奈) Amazon
 実家に馴染めず都を飛び出した末、代々の(!)かぐや姫を守ってきた二人の「月守」の民と出会った弥吹と朝香。かぐや姫がもたらす莫大な富と不死を狙う者たちにより一族を滅ぼされ、彼女の五つの宝を封印するという彼らに同行することにした弥吹たちの見たものは……

 竹取物語の意外すぎる「真実」を伝奇色豊かに描く本作。その物語そのものも魅力的ですが、見逃せないのは、少年少女の成長の姿であります。
 旅の途中、それぞれの目的で宝を求める人々との出会う中で、自分たちだけが必ずしも正しいわけではないことを知らされつつも、なお真っ直ぐに進もうという彼らの姿は実に美しく感動的なのです。

 そして「物語を語ること」を愛する弥吹がその旅の果てに知る物語の力とは――日本最古の物語・竹取物語に込められた希望を浮かび上がらせる、良質の児童文学です。


48.『玉藻の前』(岡本綺堂) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 インド・中国の王朝を騒がせた末に日本に現れ、玉藻前と名乗って朝廷に入り込むも正体を見顕され、那須で殺生石と化した九尾の狐の伝説。本作はその伝説を踏まえつつ、全く新しい魅力を与えた物語です。

 幼馴染として仲睦まじく暮らしながら、ある事件がきっかけで人が変わったようになり、玉藻の前として都に出た少女・藻と、玉藻に抗する安倍泰親の弟子となった千枝松。本作は、数奇な運命に引き裂かれつつも惹かれ合う、この二人を中心に展開します。
 そんな設定の本作は、保元の乱の前史的な性格を持った伝奇物語でありつつも、切ない味わいを濃厚に湛えた悲恋ものとしての新たな魅力を与えたのです。

 山田章博『BEAST OF EAST』等、以後様々な作品にも影響を与えた本作。九尾の狐の物語に新たな生命を吹き込むこととなった名作です。

(その他おすすめ)
『小坂部姫』(岡本綺堂) Amazon


49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 劇画界の超大物原作者による本作は、鬼と化した少女を主人公としたオールスター活劇であります。

 父・藤原秀郷を訪ねる旅の途中、鬼に襲われて鬼の毒をその身に受けた少女・茨木。不老不死となり、徐々に鬼と化していく彼女は、藤原純友、安倍晴明、渡辺綱、坂田金時等々、様々な人々と出会うことになります。そんな中、藤原一門による鬼騒動に巻き込まれた茨木の運命は……

 平安時代と言っても三百数十年ありますが、本作は不老不死の少女を狂言回しにすることにより、長い時間を背景とした豪華キャストの物語を可能としたのが実に面白い。
 しかしそれ以上に、「人ならぬ鬼」と、権力の妄執に憑かれた「人の中の鬼」を描くことで、鬼とは、裏返せば人間とは何かという、普遍的かつ重いテーマを描いてみせるのに、さすがは……と感心させられるのです。


50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 平安ものといえば欠かすわけにはいかないのが『陰陽師』シリーズ。誕生30周年を経てなおも色あせない魅力を持つ本シリーズは、安倍晴明の知名度を一気に上げた陰陽師ブームの牽引役であり、常に第一線にある作品です。

 その中で初心者の方にどれか一冊ということであれば、ぜひ挙げたいのが本作。元々は短編の『金輪』を長編化した本作は、恋に破れた怨念から鬼と化した女性と、安倍晴明・源博雅コンビの対峙を描く中で主人公二人の人物像について一から語り起こす、総集編的味わいがあります。

 もちろんそれだけでなく、晴明と博雅がそれぞれに実に「らしい」活躍を見せ、内容の上でも代表作といって遜色ない本作。
 特に人の心の哀れを強く感じさせる物語の中で、晴明にも負けぬ力を持つ、もう一人の主人公としての存在感を発揮する博雅の活躍に注目です。

(その他おすすめ)
『陰陽師 瀧夜叉姫』(夢枕獏) Amazon



今回紹介した本
諸葛孔明対卑弥呼 (PHP文芸文庫)(P[あ]6-1)いまはむかし (ポプラ文庫ピュアフル (P[あ]6-1))玉藻の前夢源氏剣祭文【全】 (ミューノベル)陰陽師生成り姫 (文春文庫)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 諸葛孔明対卑弥呼
 「いまはむかし 竹取異聞」 異聞に込められた現実を乗り越える力
 玉藻の前
 夢源氏剣祭文
 

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2017.05.30

入門者向け時代伝奇小説百選 ミステリ

 今回の入門者向け時代伝奇小説百選はミステリ。物語の根幹に巨大な謎が設定されることの多い時代伝奇は、実はミステリとはかなり相性が良いのです。

41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)


41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子) 【古代-平安】 Amazon
 日本最大の物語と言うべき源氏物語。本作はその作者・紫式部を探偵役として、源氏物語そのものにまつわる謎を解き明かす、極めてユニークな物語です。

 本作で描かれるのは、大きく分けて宮中でおきた猫の行方不明事件と、題名のみが現代に残されている「かかやく日の宮」の帖消失の謎。片や日常の謎、片や源氏物語そのものに関わる謎と、その趣は大きく異なりますが、どちらの事件もミステリとして興趣に富んでいるだけでなく、特に後者は歴史上の謎を解くという意味での歴史ミステリとして、高い完成度となっているのです。

 そして本作は、「物語ることの意味」「物語の力」を描く物語でもあります。源氏物語を通じて紫式部が抱いた喜び、怒り、決意……本作は物語作家としての彼女の姿を通じ、稀有の物語の誕生とそれを通じた彼女の生き様を描く優れた物語でもあるのです。

(その他おすすめ)
『白の祝宴 逸文紫式部日記』(森谷明子) Amazon


42.『義元謀殺』(鈴木英治) 【戦国】 Amazon
 文庫書き下ろし時代小説の第一人者であると同時に、戦国時代を舞台としたミステリ/サスペンス色の強い物語を送り出してきた作者のデビュー作は、戦国時代を大きく変えたあの戦いの裏面を描く物語です。

 尾張攻めを目前とした駿府で次々と惨殺されていく今川家の家臣たち。義元の馬廻で剣の達人の宗十郎と、その親友で敏腕目付けの勘左衛門は、事件の背後にかつて義元の命で謀殺された山口家の存在を疑うことになります。彼らの懸念どおり事件を実行していたのは山口家の残党。しかしその背後には、更なる闇が……

 戦国最大の逆転劇である桶狭間の戦。本作はその運命の時をゴールに設定しつつ、どんでん返しの連続の、一種倒叙もの的な味わいすらあるミステリとして成立させた逸品であります。最後の最後まで先が読めず、誰も信用できない、サスペンスフルな名作です。

(その他おすすめ)
『血の城』(鈴木英治) Amazon


43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍) 【剣豪】【江戸】 Amazon
 歴史上の事件の「真実」をユニークな視点から解き明かす作品を得意とする作者が、名だたる剣豪たちの秘剣の「真実」を解き明かす連作であります。
 それだけでも興味津々な設定ですが、主人公となるのはかの剣豪・柳生十兵衛と、手裏剣の達人・毛利玄達(男装の麗人)。この凸凹コンビが探偵役だというのですからつまらないわけがありません。

 本作の題材となるのは、塚原卜伝の無手勝流、草深甚十郎の水鏡、小笠原源信斎の八寸ののべかね、そして柳生十兵衛(!?)の月影と、名だたる剣豪の名だたる秘剣。いずれもその名が高まるのと比例して、神秘的ですらある逸話がついて回るようになったその秘剣の虚像と実像を、本作は見事に解き明かしていくのです。

 十兵衛と玄達のキャラクターも楽しく、剣豪ファンにも大いにお薦めできる作品です。

(その他おすすめ)
『柳生十兵衛秘剣考 水月之抄』(高井忍) Amazon
『名刀月影伝』(高井忍) Amazon


44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる) 【幕末-明治】【児童文学】 Amazon / Amazon
 自称名探偵・夢水清志郎が活躍する児童向けミステリ『名探偵夢水清志郎事件ノート』シリーズの登場人物の先祖的キャラが活躍する外伝であります。

 幕末の長崎出島に住み着いていた謎の男・夢水清志郎左右衛門。出島で事件を解決した彼は、ふらりと江戸に出ると、徳利長屋に住み着いて探偵稼業を始め……という本作、前半は呑気な事件が多いのですが、終盤にガラリとシリアスかつ驚天動地の展開を迎えることとなります。
 江戸を舞台に激突寸前の新政府軍と幕府軍。これ以上の時代の犠牲を防ぐべく、清志郎左右衛門は勝と西郷を前に、江戸城を消すというトリックを仕掛けるのですから――

 時代劇パロディ的な作品でありつつも、人を幸せにしない時代において、「事件を、みんなが幸せになるように解決する」べく挑む主人公を描く本作。子供も大人も必読の名作です。


45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介) 【幕末-明治】 Amazon
 『大富豪同心』をはじめとするユニークな作品で活躍する作者による伝奇ミステリの問題作であります。

 旅先で看取った青年の末期の言葉を携え、モウリョウの伝説が残る上州の火嘗村を訪れた渡世人の三次郎。そこで彼を待ち受けるのは、猟奇的な事件の数々。関わりねえ事件に巻き込まれた三次郎の運命は――
 と、奇怪な伝説や因習の残る僻地の謎と、それに挑む寡黙な渡世人という、どこかで見たような内容満載の本作。しかし本作はそこに濃厚な怪奇性と、きっちり本格ミステリとしての合理的謎解きを用意することで、さらに独特の世界を生み出しているのが何とも心憎いのです。

 そして本作のもう一つの特徴は、作中の人物がミステリのお約束に突っ込みを入れるメタフィクション的な言及。路線的に前作に当たる『猫魔地獄のわらべ歌』ほど強烈ではありませんが、後を引く味わいであります。



今回紹介した本
千年の黙 異本源氏物語 (創元推理文庫)義元謀殺 上 (ハルキ文庫 す 2-25 時代小説文庫)柳生十兵衛秘剣考ギヤマン壺の謎<名探偵夢水清志郎事件ノート外伝> (講談社文庫)徳利長屋の怪<名探偵夢水清志郎事件ノート外伝> (講談社文庫)股旅探偵 上州呪い村 (講談社文庫)


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 『股旅探偵 上州呪い村』 時代もの+本格ミステリ+メタの衝撃再び?

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