2019.06.21

森野きこり『妖怪の子預かります』第1巻 違和感皆無の漫画版

 ほぼ時を同じくして原作第8作が刊行された廣島玲子の人気妖怪時代小説シリーズ『妖怪の子預かります』――本作はその第1作を、『明治瓦斯燈妖夢抄 あかねや八雲』の森野きこりが漫画化した第1巻であります。

 故あって盲目の美青年・千弥と長屋で暮らす少年・弥助。ふとしたことから、森の中にあった石を割ってしまった彼は、突然烏天狗に捕らえられ、妖怪奉行所の奉行・月夜公の前に引き出されることになります。
 実は弥助が割った石こそは、妖怪たちの子を預かってきたうぶめが棲む石。しかし住処を壊されたうぶめはどこかへ消えてしまい、妖怪たちは怒り心頭というのであります。

 その罰として月夜公から、うぶめの代わりに妖怪たちの子を預かるよう命じられ、長屋に返された弥助。その晩から、弥助のもとには次から次へと奇怪な妖怪たちが現れ、子供をを預けていくことになります。
 子供といっても妖怪、奇怪な姿や能力を持つ彼らたちを前に、奮闘する弥助ですが……


 と、今となってみれば実に懐かしいあらすじの原作第1作を漫画化した本作。妖怪時代小説は数あれど、その中でも妖怪の子を預かって育てるという極めてユニークな設定は、今見ても新鮮であります。

 本作はその第1作を、原作に非常に忠実に漫画化。おしゃべりな梅の子や、人の血を餌にする百匹以上の小魚、人の髪を食らう鋏の精、さらには人語を解する巨大な鶏の卵まで――妖怪たちは伝承などに基づかないほぼ本作オリジナルながら、しかし実に面白くも不気味なその姿と生態は、存在感十分であります。

 そしてその妖怪の子たちを預かることになってしまった弥助は、過去のある体験がきっかけに、千弥以外の他人とはほとんど喋れないという少年。
 その彼が、子預かりで奮闘する中で、徐々に成長し、他者とのコミュニケーションに目覚めていく――というのは、ある種お約束ながら、その苦労が並みでないだけに説得力十分なのであります。


 さて、これらの点はもちろん原作由来ではありますが、本作はそれを、原作に忠実に、漫画として再現してみせます。いや、忠実というよりも、むしろ全く違和感なくと言うべきでしょうか。
 元々原作の挿絵はコミックタッチであり、本作もそれをベースとしたものではあるのですが――しかし本作はは、原作既読者をして「あれ、最初から漫画作品だったかしら?」と思わしめるほどの完成度。違和感仕事しろ、という言葉がありますが、本作はまさにそれであります。

 いかにも子供らしく活発さと可愛らしさを感じさせる弥助、彼を溺愛する(いかにもわけありの)盲目の超美形・千弥、そして数少ない人間のレギュラーである遊び人の久蔵――そしてもちろん妖怪たちに至るまで、この漫画版に登場するのは、まさしくファンが原作で親しんできた彼ら。
 上で述べたとおり、デザインは原作のものを踏まえているのだから当たり前――と思われるかもしれません。しかし漫画として作中で彼らが動き回っても、その違和感のなさは変わらない――というより、むしろより際だって感じられます。

 そしてそれはもちろん、この漫画版を担当する森野きこりの画の力によるところであることは言うまでもありません。
 人の世と妖の存在が重なり合うところに生まれる世界を描いた『あかねや八雲』の作者であるだけに、本作においても原作が本質的に持つほの暗さ、恐ろしさを漂わせつつ、漫画としての絵や動きの楽しさを見せてくれるのは、期待以上のコラボレーションであったと言うべきでしょう。


 こうなったら、人気キャラである二人の姫君が登場する原作第2作、千弥とあるキャラクターのあまりにエモすぎる過去が描かれる原作第3作も、ぜひ漫画化してほしい! ……などと、気が早すぎることすら考えさせられてしまうこの漫画版。

 まずは第1作のクライマックスである――様々な隠されていた真実が描かれるであろう――第2巻を楽しみに待ちたいと思います。


『妖怪の子預かります』第1巻(森野きこり&廣嶋玲子 マッグガーデンBLADE COMICS) Amazon
妖怪の子預かります 1 (BLADE COMICS)


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2019.05.27

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇5 集え! 「梁山泊」の下に!


 長きにわたった官軍との死闘もついに終わり、招安を受けることとなった梁山泊。しかし百八星全員がそれを良しとするはずもありません。散り散りとなった豪傑たちが一つに再び集う時は果たして来るのか――いよいよ『絵巻水滸伝 招安篇』大団円であります。

 梁山を舞台とした壮絶な死闘の末、辛うじて官軍と引き分ける形となった梁山泊軍。しかし戦いの最中に梁山は炎上し、彼らの帰るべき梁山泊は炎の中に消えることとなります。
 まさしく呉越同舟となって梁山泊を離れた両軍を待ち受けていたのは、朝廷が梁山泊を招安し、そして梁山泊がそれを受けたという知らせだったのですが……


 というわけで、ついに招安を受けることとなった梁山泊。もちろんこれは原典と同様の結果ではありますが、しかしそこに至るまでの経緯は全く異なります。

 原典では高キュウや童貫、そして節度使たちの軍を圧倒的な力の違いで散々に打ち破った後に招安を受けたのに対し、ギリギリまで追い詰められ、ついには帰る場所を失った末の苦渋の選択として招安を受けた本作。
 どちらの梁山泊が「強い」かといえばそれは原典かもしれませんが、しかしどちらが「らしい」かと言えば、それは本作ではないでしょうか。

 迫られて梁山に向かった者たちが、その地を望んで捨てて、それを迫った者たちへ帰順する――あの豪傑たちがその選択を容易に肯んぜるかといえば、それはやはり違和感が残ります。
 それを思えば、迫られて梁山を捨てた者たちが、苦渋の選択として招安を受ける方が、まだ梁山泊「らしい」――というのは牽強付会に過ぎるでしょうか。


 しかし、帰るところを失ったとはいえ、そのまま官軍に加わるのを良しとしない者たちがいるのもまた、当然であります。しかも本作においては、去りたい者は梁山泊軍を去ってよろしいと宋江が語った故に、仲間たちと袂を分かつ者たちが続出。
 当て所なく旅立った武松と魯智深、史進、裴宣、燕順。李師師のもとに転がり込んだ燕青。相変わらず二人で旅を続ける楊雄と石秀、故郷に帰った朱仝と雷横、かつての根城に帰った黄門山組……

 官軍を好まない者、束縛を嫌う者、他にやるべきことがある者――理由は様々ですが、それはそれで納得できる一方で、もちろん寂しさが残るのも事実であります。

 そして彼らを失った一方で、梁山泊の主力は東京の帝のもとに粛々と向かうのですが――しかし、あの高キュウが、彼らをただで済ますはずもありません。
 帝の閲兵にかこつけて豪傑たちを武装解除、兵とも切り離して宮城に誘い込み、一網打尽にして皆殺しにする。まさしく、行けば死の罠、いかねば天下の笑い者――そんな状態に追い込まれた豪傑たちの運命は……


 もちろん、その先に描かれるものをわざわざ述べる必要はないでしょう。ここではただ、梁山泊は失われたとしても、百八星の豪傑は「梁山泊」にあるのだと、そしてその絆は何者にも――そう、彼ら自身にも――断ち切ることはできないと、そう述べるだけで足ります。

 この招安で豪傑たちが失ったもの――それは決して小さくはありません。しかしそれでも失われないものを、いうなれば「梁山泊」の心意気というべきものを、本作はここで描き出すのであります。
 それが本作の「招安篇」の最大の収穫と言うべきではないでしょうか。

 しかしその一方で、招安を受けた梁山泊を待ち受けるのは、決して明るい道ではありません。各地で覇を唱える田虎・王慶・方臘ら叛徒たち。宋国を虎視眈々と狙う遼国。そして何よりも宮中に巣くう奸臣たち……
 そんな中で梁山泊の豪傑たちは生き延びることができるか。宋江はかつて見た滅びの運命を変えることができるのか。盧俊義は梁山泊の救い主となることができるのか。呉用の秘策は成就するのか。

 これまで以上に苦難の道を行く豪傑百八星の前にまず立ち塞がるのは遼国――「遼国篇」ももちろん近日中にご紹介いたします。


『絵巻水滸伝 第二部』招安篇5(正子公也&森下翠 アトリエ正子房) Amazon
絵巻水滸伝 第二部 第五巻 招安篇5


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 「絵巻水滸伝」第1巻 日本水滸伝一方の極、刊行開始
 「絵巻水滸伝」第2巻 正しきオレ水滸伝ここにあり
 「絵巻水滸伝」第3巻 彷徨える求道者・武松が往く
 「絵巻水滸伝」第四巻 宋江、群星を呼ぶ
 「絵巻水滸伝」第五巻 三覇大いに江州を騒がす
 「絵巻水滸伝」第六巻 海棠の華、翔る
 「絵巻水滸伝」第七巻 軍神独り行く
 「絵巻水滸伝」第八巻 巨星遂に墜つ
 「絵巻水滸伝」第九巻 武神、出陣す
 「絵巻水滸伝」第十巻 百八星、ここに集う!

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2019.05.17

室井大資『レイリ』第6巻 武田家滅亡の先に彼女が掴んだもの


 武田勝頼の嫡男・信勝の影武者となった少女の戦いを描く『レイリ』もいよいよ最終巻。信長の勢いに抗することができず、ついに武田家が滅亡に瀕する中、レイリを待つ運命とは、そしてその果てにレイリが選んだ道とは……

 戦に巻き込まれて家族を皆殺しにされた末に、岡部丹波守に拾われ、そして信勝の影武者となったレイリ。高天神城の戦いで援軍のない中戦い続ける丹波守を救いに向かったレイリは、しかし生き残りの城兵脱出を託され、丹波守と永遠の別れを告げることになります。
 その悲しみを背負いつつも、家族を失って以来取り憑かれていた死への誘惑を振り払ったレイリ。しかし信長の攻勢は続き、武田家最後の希望たる信勝の秘策も空しく、武田家の運命はもはや風前の灯火となります。

 そんな中、レイリを襲う最後の悲劇。影武者としての最後の勤めの末、土屋惣三の子を託されたレイリは、武田家を去るのですが……


 長篠の戦に巻き込まれて父母と弟を殺されたことをきっかけに、ひたすらに腕を磨き、戦って戦って戦い抜いた末に自らも死ぬことを長きに渡り望んできたレイリ。その想いは、信勝や惣三との生活、そして何よりも丹波守との別れによって、ようやくぬぐい去られました。
……しかし武田家を、彼女が影武者を務める信勝を待つ運命は、歴史が示すとおりであります。個人としては群を抜いた(あわや歴史を変えかねないほどの)戦闘力を持つレイリであったとしても、としても、できることには限りがあるのです。

 そう、彼女にできることはただ、信勝を――天才を自認する傲岸不遜な少年でありながらも、誰よりも繊細で、父の愛に飢えていた主を――辱める者を討つこと程度(このくだりの人間描写の真っ黒さは、さすがはこの原作者と言うべきでしょうか)。
 歴史の流れを変えることなどできるはずもなく、ただ親しい人々の死を見送ることだけ、せいぜいがただ一人の命を守ることくらいが、彼女にできることなのであります。

 その意味では、最後の策が遅効性の毒として宿敵を滅びに追いやった信勝の方が、大きく歴史を動かしたと言えるでしょう。
 その策が動き出す場面の背後で、勝頼と信勝が初めて通じ合うイメージが描かれるのがまた泣かせるのですが……


 しかし――それでは彼女は結局何もできなかったのでしょうか。武田家で彼女が送った時間は無意味だったのでしょうか? その答えが否であることは、この最終巻を読めば瞭然でしょう。
 それは一つには、武田家を滅亡に追いやった者への復讐の完遂であることは間違いありません。しかしある意味伝奇的なその復讐以上に、本作において大きな意味を持つものが、物語の最後に描かれるのであります。

 かつて親の側を離れないように、という意味を込めて名付けられたレイリ(零里)。その名の通り――と言ってよいかはわかりませんが、彼女は親の死に囚われ、そして第二の生を、武田信勝という勝手には脱げない他人の仮面をかぶって送ることとなりました。
 いわば一カ所に己を縛り、縛られていた彼女が、そこから解放されて選んだ道は――それを象徴する彼女の言葉、ラストシーンに描かれたものは、決して明るいものではなかったこの物語に、素晴らしく爽やかな風を吹かせてくれたのです。


 全6巻という、決して多くはない分量の本作。しかしそこでは、歴史の中に生きた人間、生きる人間、生きていく人間の姿を、豊かに描かれました。
 そしてその中で彼女が掴んだもの――一言で表せば「自由」の姿は、最後まで物語を読み通した我々の胸を熱くしてくれるのであります。


『レイリ』第6巻(室井大資&岩明均 秋田書店少年チャンピオン・コミックス・エクストラ) Amazon
レイリ(6)(少年チャンピオン・コミックス・エクストラ)


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2019.05.15

百地元『黒狼』第2巻 「馬賊」原田左之助、本格始動?


 あの新選組の原田左之助が、上野戦争から40年後にタイムスリップ、中国大陸で大馬賊・張作霖と出会って――という奇想天外な大活劇『黒狼』待望の第2巻であります。紆余曲折の果てに作霖の下で馬賊に加わった左之助ですが、しかしまだ見習い扱い。そんな中で始まった敵との戦いの中で左之助は……

 上野寛永寺で新政府軍と死闘を繰り広げた末、壮絶に散った――と思いきや、意識を取り戻してみれば40年後の満州にいた原田左之助。
 そこで訳が分からぬまま、伝説の宝玉「龍の瞳」の欠片争奪戦に巻き込まれた左之助は、なりゆきで欠片の一つを飲み込んだことから、満州に覇を唱える大馬賊・張作霖に拾われることになります。

 その破天荒な暴れぶりを気に入ったのか、左之助を馬賊に加えた作霖。左之助もまた、今の日本には未練はないと、不思議なカリスマを持つ作霖一党に身を投じるのですが――しかし馬賊は超身分社会、まだまだ見習いの左之助は、彼を快く思わない幹部にこき使われる羽目に……

 というわけでついに本格的に始まった左之助の馬賊生活――なのですが、見習いの彼がやることといえば馬の世話や雑用ばかり。
 それでも、元々が中間出身の上に規律が厳格だった新選組にいたためか(?)、意外にも早々に見習い生活に馴染む左之助ですが、しかしいざ戦いにという時に加われないのは、彼にとっては苦痛でしかありません。

 折しも作霖のライバルであり、左之助とも因縁がある大馬賊・金寿山の一党が、作林の武器庫を襲撃。やりたい放題の狼藉を働いたことで、ついに作霖は全面対決を決意することになります。
 しかし、そこに加わることを許されない左之助。そんな彼に、作霖配下の小隊長・トカゲは、戦いに加わる手段があることを語ります。しかしそれは文字通り決死の任務で……


 と、左之助を通じて、前半は馬賊の普段の(?)生活を描き、そして後半は馬賊流の苛烈な戦いを描く第2巻。その落差には驚くほどですが――しかしその両方にきっちりと違和感なく適応してみせるのが、左之助という男であります。
 いやもちろん、それはあくまでも「左之助」という人物に我々が抱くイメージに過ぎないのですが、しかしそのイメージを忠実に、いやそれ以上に魅力的に描いているのですから、それに文句があろうはずがありません。

 特にこの巻のクライマックス、「ナニ物めずらしくもねぇ 要は○○だろ」(○○は敢えて伏せさせていただきます)と平然と死地に踏み込んでいく姿には、こちらはもうニコニコするしかないのであります。
 それでこそ左之助、と……

 そしてそんな左之助が、その美しい容貌とは裏腹に――あるいはそれに相応しく――冷酷非情な作霖にある表情を浮かべさせるのも、また痛快・爽快なのです。


 しかしここで白状すれば終盤のある描写には、ちょっと引くものがあったのも事実であります
 これは全く個人的な趣味の問題ではありますが、実は第1巻の時点で、非常に苦手だったあるある台詞。よりによってこの巻ではそれがよりクローズアップされ、その上、終盤では何だか想像を絶する展開に繋がっていくのですから、いやもうこれは一体――と大いに混乱させられました。

 しかし――そこからさらにひっくり返し、汚濁の極みから至純の愛の形を描いてみせるのが、本作の凄まじいところであります。
 ここに至るまでの数々の悪趣味な描写は、このためであったか!? と舌を巻くようなこの展開は、あたかも美と醜の間を行き来し、その間に君臨する作霖のよう――というのはさすがに言い過ぎかと思いますが、些かならず唸らされた次第です。
(犬と猫の違いがもう少しはっきり描かれてもよかったような気もしますが、それはそれで……)


 何はともあれ、並行して描かれる直情な左之助の活躍と、複雑な作霖の暗躍の姿が何ともユニークな本作。伝奇的な題材のみならず、この先の展開が気になる物語なのであります。


『黒狼』第2巻(百地元 講談社アフタヌーンKC) Amazon
黒狼(2) (アフタヌーンKC)

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2019.05.09

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇4 立て好漢!! 明日なき総力戦!!


 第3巻の紹介から大きく間が空いてしまい恐縮ですが、『絵巻水滸伝』第2部「招安篇」の第4巻では、いよいよ梁山泊と官軍の死闘もクライマックス。孤立した梁山泊に追いつめられた好漢たちは生き延びることができるのか、果たしてこの戦いを終わらせる術とは……

 梁山泊の息の根を完全に止めるため、実に十三万の大軍を擁して襲いかかる官軍。その主力はかつて好漢たちとは同類であった節度使――宋を守る最後の砦というべき十人と、底知れぬ知謀を誇る聞煥章の攻撃の前に、梁山泊は主力というべき騎兵軍を対岸に釘付けにされることになります。
 その最中、頭領たる宋江が姿を消し、さらに水軍の船まで失われて、完全に孤立した梁山泊を陥とすべく、高キュウ率いる大海鰍船団が迫る……


 と、無敵を誇ってきた梁山泊が、これまでにないほど追いつめられるこの第4巻。前の巻の時点で大変だったことは間違いありませんが、しかし現在の梁山泊は、歩兵軍の好漢たちと、その他の――いわば技術職ともいうべき好漢たち、さらには老人や女子供といった非戦闘員のみが残された状況なのですから、窮地というも生ぬるい状況であります。
 そんな中に迫るのは(高キュウはともかく)三人の節度使の軍勢と、宋国最強の海鰍船団。戦力差だけみれば、もはや絶望的というほかないのですが――もちろん、ここからが梁山泊は強いのであります。

 迎え撃つすべもなく、敵船団の上陸を許してしまった梁山泊。しかしそこで本領発揮と言うべきか、内外から呼応しての奇襲という、我々の大好きな梁山泊流で大反撃を開始――敵の戦力を減らし、残された者たちを逃がし、分断された主力を迎えに行く一石三鳥の策を繰り出してくるのですからたまりません。

 しかもここで活躍する面子は、(特に地上で戦う面々は)地サツ星が大半。失礼ながらどうしても二線級のイメージがあったり、そもそも戦闘ではなく特殊技能で活躍するメンバーたちであります。
 しかしそんな彼らが、それぞれの特技や持ち味を発揮して、実に「らしい」活躍を見せてくれるのが本当に嬉しい。もとより、原典ではあまり活躍しなかった好漢一人一人を掘り下げてみせるのが『絵巻水滸伝』ですが、ここではそれが最も効果的に発揮された印象であります。(終盤の戦いで勝利のきっかけとなったのがあの二人という展開も泣かせます)

 そして、その性質上「外」での戦いが中心であり、攻め込まれることはほとんどなかった梁山泊において、百八星が全員――普段梁山泊に残る面々も含めて――一つの戦いに加わることは、これまでほぼなかったと言えます。
 そう考えてみると、この「招安篇」での総力戦は、ある意味夢のオールスター戦なのかもしれない――などとも考えてしまうのであります。


 しかし、喜ぶのはまだまだ早計に過ぎます。既に梁山に上陸した官軍は、力と数で全てを薙ぎ倒す勢いで聚義庁に迫り、そしてようやく梁山泊帰還の希望が見えた騎兵軍の前には、十節度使最後の一人・あだ名なき韓存保が立ちふさがります。

 特に韓存保は、本作においては呼延灼・関勝・聞煥章と並ぶ宋国四天王の一人であり、呼延灼とは無二の親友であったという設定。「あだ名なき」が示すように、地味ではありますが、しかし迷いなきその戦いぶりは、梁山泊を圧倒することになります。
 そんな韓存保と呼延灼の無骨な男と男同士の激突は、武器と武器、拳と拳を超えて、想いと想いとがぶつかり合う戦い。数々の死闘が繰り広げられたこの巻においても、屈指の名勝負であることは間違いありません。

 そんな戦いの果て、誰もが傷つき、倒れていく中、ついに轟音を上げて燃え落ちる梁山。全てが終わったかに見えた、まさにその時に現れた者たちは、果たして何を告げるのか……
 次巻、「招安篇」最終巻は、それほど間を空けずにご紹介する予定です。


『絵巻水滸伝 第二部』招安篇4(正子公也&森下翠 アトリエ正子房) Amazon
絵巻水滸伝 第二部 招安篇4


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2019.04.16

「コミック乱ツインズ」2019年5月号


 「コミック乱ツインズ」2019年5月号の表紙は山本康人『軍鶏侍』。そして巻頭カラーは、今号から連載再開、新章突入のかどたひろし『勘定吟味役異聞』であります。今回も、印象に残った作品を一つずつ紹介しましょう。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 というわけで今回から第四部『相剋の渦』に突入することとなった本作。第三部のラストで、間部越前守の密約の証を独断で焼き捨てたことで新井白石の怒りを買った水城聡四郎ですが、まあそれでもとりあえず身分は保障されているのは公務員のありがたいところであります。
 しかしそんな中で発生した、間部越前守襲撃事件。それにヒントを得た尾張藩主・徳川吉通は、実力で越前守を排除して自分が七代将軍の座に就こうと考え、そのために紀伊国屋文左衛門を動かすことになります。そしてそれが聡四郎に思わぬ影響を……

 と、第一回は間部越前守を襲う刺客たちと護衛の忍びの戦いは描かれたものの、主人公の殺陣はなし。しかし銃弾のような勢いで繰り出される棒手裏剣の描写などは、素晴らしい迫力であります。
 そして権力亡者たちが陰険な(あるいは浅はかな)企みを巡らせる一方で、聡四郎は着飾った紅さんと新年を祝ってめでたいムードですが――しかしそこでとんでもない年始回り(?)現れて、早くも波乱の雰囲気で続きます。


『いちげき』(松本次郎&永井義男)
 永井義男の『幕末一撃必殺隊』の漫画化である本作は、相楽総三率いる薩摩の御用盗に対して、勝海舟が秘密裏に集めた百姓たち「一撃必殺隊」が繰り広げるゲリラ戦を描く物語。
 これまで「コミック乱」誌の方で連載されていたものが今回から移籍、それも内容の方は、一撃必殺隊乾坤一擲の相良暗殺作戦という佳境からのスタートであります。

 人でごった返した金杉橋の上で、白昼堂々相良たちを襲撃する一撃必殺隊。降りしきる雨の中、柄袋をつけたままだったり、手がかじかんでそれを外せなかったりと、相手が混乱する中で襲いかかるという超実戦派のバトルが面白いのですが――その一方で、無数の庶民が巻き添えを食らって無惨に死んでいく描写がきっちりと描かれるのが凄まじい。
 テロvsカウンターテロの泥沼の戦いの行方は――いきなりクライマックスであります。


『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)
 妻と子二人とともに平和に暮らしていた「軍鶏侍」こと岩倉源太夫の前に現れたおかしな浪人・武尾福太郎。源太夫の秘剣「蹴殺し」を見たいという武尾は、源太夫の長子・市蔵を拐かしてまで立ち会いを望んで……

 というわけで、今回は秘剣に取り憑かれた男の物語の後編。作品冒頭からその存在が語られながらも、ついぞ使われず仕舞いだった「蹴殺し」については、武尾ならずとも気になるところでしたが――今回ついにその一端が明かされることになります。
 その剣理たるや、なるほど! と感心させられるものでありましたし、養子である市蔵を巡る源太夫の老僕の怖い思惑なども面白いのですが、しかしいかにも温厚篤実な人格者然とした源太夫に対して、あまりにも武尾のビジュアルが――というのが前回から気になったところ。

 ちょっと残酷すぎるのではないかなあ、と見当違いなところが気になってしまった次第です。


『カムヤライド』(久正人)
 百済からの交易船に化けて難波に現れた新たな国津神に立ち向かうヤマトの黒盾隊。さしもの黒盾隊も「神」を前にしては分が悪い――という時に隊長のオトタチバナ(!)が切り札として鋼の鎧に魂を遷し、新たな戦士が……

 という衝撃の展開となった今回、何が衝撃ってどう見てもメタルヒーローなその外見(と名前)もさることながら、ファイティングスタイルが回避を一切拒否、全て受けて受けて受けまくるという、板垣恵介のキャラみたいなのには、驚くというより困惑であります。
 もっとも、結局は定番通り(?)目が光って光線剣でシルエットになってフィニッシュなのですが――それはともかく、旧き土の力で国津神を封じるカムヤライドに対して、黒金で国津神に抗するというのは、これはこれで平仄のあった考え方になっているのが、これはさすがと言うべきでしょう。

 今回はほとんど驚き(というかツッコミ)役だったモンコですが、果たして新たな戦士の登場に、彼は何を想うのか――いよいよ盛り上がってきました。


「コミック乱ツインズ」2019年5月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年5月号 [雑誌]


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2019.03.03

まわれぎみ『響銅猫見聞録』  人と猫を繋ぐ道具と涙


 おかしな商人が奇妙な対価と引き替えに、不思議なアイテムを貸して/譲ってくれる――そんなスタイルの作品はしばしば見かけますが、本作もその一つ。しかしユニークなのは、その商人が人間大の猫であって、貸してくれる道具も猫にまつわるものであること。ちょっと不思議で暖かい連作であります。

 時は大正――夜毎家に現れては呼びかけてくる謎の女性に心を惹かれていた小説家の行人先生。そんな彼の前に現れたのは、旧知の道具屋・響銅であります。
 道具屋といっても並の者ではありません。響銅は人間大で二本の足で歩き、人間の言葉を喋る赤銅色の猫。彼は気ままな旅を続けながら、悩める人間に様々な道具を貸し出しているのであります。客の涙を対価に……

 響銅から相手の心の内を聞くことができる「筒抜けの猫」を借りた行人は、ついに幻の美女の真実を知るのですが、その正体は……

 そんな第1話から始まる本作は、「ねこぱんち」「世にも奇妙なねこぱんち」誌を中心に掲載されていた連作シリーズ。物語展開は基本的に第1話と同じで、悩める者の前に現れた響銅が貸し出した道具が不思議な奇跡を起こし、そして客の流した涙を響銅が代価として回収していく――というものであります。
 その意味では物語のスタイルはほぼ固定されているのですが、しかし登場する猫道具が、毎回毎回、バラエティに富んだ内容なのが楽しいところであります。

 例えば、怠け猫を特訓するために響銅が貸し出した「言霊になった猫」を燃料にして動くという「荒魂水滴」。
 言霊になった猫って? というこちらの疑問を、なるほどと思わせる仕掛けも面白い上に、そのビジュアルも実に可愛らしく、漫画ならではの楽しさを味わわせてくれる秀逸な道具であります。

 もちろんそのほかにも不思議で、そして夢のある道具が登場するのですが――それだけでなく、それを借りる人間側の事情、そしてまた涙を流す理由も、それぞれに趣向に富んでいるのが、本作の最大の魅力でしょう。

 特に、心にわだかまりがある人が落とす木の実を見る力を持った孤独な少女が、響銅からその実を割る道具を借りてみれば、そこから出てきたのは……という「虚噛人形」、とある学生寮で昔から名誉監事を務める猫・小杜さんの秘密を探る学生が不思議な毛糸玉の力で知った真実「追懐解きの玉」など、物語の内容と道具の力、そしてその中に浮かび上がる人と猫との結び付き――と、なかなか完成度の高いファンタジーと言えます。

 もっとも、最初のうちは明らかにこの世の者ならぬ存在である響銅を、周囲がごく普通に受け入れているのに違和感を感じたり、舞台が大正の割にはあまり「らしさ」がなかったり――という点がひっかかりはしました。
 しかし前者については物語をラストまで読めば、その理由は何となく察せられますし、後者については、この手の作品ではちょっと珍しい、シベリア出兵を題材にした――それも想像以上にスケールの大きな幻想譚「幽結びの井筒」があったりと、すぐにそんなことは忘れて、存分に猫幻想の世界を楽しませていただいた次第です。


 さて、そんな物語の狂言回しとなるのが響銅ですが――ある意味このような作品の定番と言うべきか、謎だらけであった彼自身のことも、物語が進むにつれて少しずつ明らかになっていくことになります。
 貸出の対価である、人の涙が凝って生まれる不思議な結晶・猫想石を集めていること。その猫想石とは対照的に人の心の歪みが生み出す極界石を集める、彼とは同業者の猫・秘色の存在。そしてその秘色が響銅のことを、「先生」を隠したと恨んでいること……

 基本的には一話完結のエピソード故に、大きく動き出すのは物語終盤なのですが、そこで語られる響銅と秘色、そして「先生」の真実も、これまでに語られてきた物語同様、人と猫の関わりを、どこかもの悲しく、そしてどこまでも暖かく描くという点では、全く変わることはないのです。


 本作のタイトルである『響銅猫見聞録』。これは、第1話に登場した行成先生が、響銅の体験を小説としてまとめたそのタイトル――すなわち本作イコールその小説という趣向――なのですが、結末に至り、そこにもう一つの意味があったことに気付かされるのもまた、唸らされるほかありません。

 単行本全2巻と決して長い物語ではありませんが、端正な人と猫のファンタジーが幾つも集められた本作。本作自体がまるで猫想石の結晶のような――というのはいささかセンチメンタルな表現かもしれませんが、美しい物語であることは、間違いないのであります。


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響銅猫見聞録 壱 (壱巻) (ねこぱんちコミックス ねこの奇本)響銅猫見聞録 弐 (ねこぱんちコミックス ねこの奇本)

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2019.02.25

『決戦! 設楽原 武田軍vs織田・徳川軍』(その一)


 様々な合戦を、豪華作家陣がそこに参陣した武将一人ひとりを主人公に描くアンソロジー『決戦!』シリーズの第8弾は『決戦! 設楽原』。設楽原? と一瞬思うかもしれませんが、これはいわゆる長篠の戦い――副題にあるとおり、武田軍と織田・徳川連合軍の文字通り決戦を描いた一冊であります。

 以下、収録作品を一つずつ取り上げます。

『麒麟児殺し』(宮本昌孝):徳川信康
 徳川家康の長子であり後々まで家康の信頼厚かったことがうかがわれる徳川信康。その信康と設楽原の戦いというのは今ひとつ結びつかない印象ですが、そこに参戦していたのは事実。しかしそれ以上に彼とこの戦いを繋ぐのは、大賀弥四郎事件によってでしょう。

 本作における信康は、武勇もさることながら、その鋭い知恵の冴え、若いに似合わぬ腹芸の使いよう、そして何よりも配下や周囲を慮る人物の大きさと、言うことなしの英傑。作者は颯爽たる英雄たちを描かせれば右に出る者のない作家ですが、本作の信康もまた、確かに作者の主人公であります。
 そんな信康が知ったのは、実母・瀬名の近くに仕える弥四郎の不穏な動き。勝頼の三河侵攻と呼応して岡崎に武田軍を引き込もうとした弥四郎の動きを、水際立った動きで防いで見せる信康ですが……

 本書の主題である設楽原の戦いの引き金となった勝頼の三河侵攻の、そのまた引き金となったとも言われる大賀弥四郎事件。その意味ではこの事件を描く本作は、本書の巻頭に置かれるにふさわしいと言えるでしょう。
 しかし本作はそこで終わりません。本作のタイトルの意味は――それは残念ながら、史実が証明するところであります。颯爽たる英雄を描きつつも、その英雄が小人たちによって悲劇的な最期を遂げるのもまた、作者の作品にはまま見られること。それが歴史と言ってしまえばそれまでですが、何とも物悲しく、口惜しいことであります。


『ならば決戦を』(佐藤巖太郎):武田勝頼
 設楽原での決戦は、言うまでもなく信長がこの地に誘き寄せて起きたものではありますが、しかし直接の引き金を引いたのは勝頼の決断であることは間違いありません、本作で描かれるのは、その勝頼が決戦を決断する姿であります。

 元々は後継者の資格がなかったものが、兄の死によりその座につけられ、信玄へのコンプレックスと諸将との反目から、無理な拡大路線を続けた――という人物像が定番の勝頼。
 本作もそれを踏まえたものではあるのですが、三人称と勝頼の一人称を交互に用いるという変則的なスタイルを通じて浮かび上がるのは、愚将のイメージからは遠い、等身大の勝頼の姿であります。

 この決戦の判断について、甚だしきは、勝頼と側近が、父の代からの宿将たちを一掃するために無謀な戦を仕掛けた、などという説もまま見かけます。しかし、本作の勝頼の判断は、失敗ではあるもののある意味ごく真っ当であり――それだけに、その後の結末が身につまされるものがあります。


『けもの道』(砂原浩太朗):酒井忠次
 どちらかというと壮絶な最期を遂げた武田軍の武将の方が印象に残る設楽原の戦いですが、それに対して織田・徳川軍で最も印象に残る武将は、酒井忠次ではないでしょうか。
 本隊が設楽原で武田軍と激突する中、別働隊を率いて夜の山を越え、長篠城を囲む鳶ヶ巣山の砦を奇襲、さらに武田軍の退路までも断つという活躍を見せた忠次。情報が漏れることを恐れた信長に献策を一旦撥ね付けられながらも、後に密かに決行を命じられたという逸話も含めて、実にドラマチックです。

 本作はその忠次の奇襲を巡る意外譚。土地の者に道案内を依頼した忠次の前に現れたのは、何と女性――武田軍に夫を殺された敵討ちのために協力を申し出た杣だったのであります。夜目が利くという彼女の先導で、忠次たちは危険極まりない夜の山道を行くことになるのですが……
 という本作で描かれるのは、奇襲そのものではなく、そこに至るまでの山中行。道案内が女性という設定も面白いのですが、何よりも素晴らしいのは、その山中行の描写そのものであります。

 夜の山が刻一刻と姿を変えていく様、そしてそれに対して人間たちがある意味合戦以上に命がけで挑んでいく様――その描写は、合戦以上に強く印象に残ります。
 途中のある展開が(ある意味お約束に感じられて)ちょっと引っかかったのですが、それも終盤の一文で納得であります。


 長くなりますので数回に分かれます。


『決戦! 設楽原 武田軍vs織田・徳川軍』(宮本昌孝ほか 講談社) Amazon
決戦!設楽原 武田軍vs.織田・徳川軍


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2019.02.05

三好昌子『京の縁結び 縁見屋と運命の子』 再び始まる因果因縁の物語


 『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞を受賞した『京の縁結び 縁見屋の娘』の続編――前作のクライマックスから十数年後を舞台に、奇怪な黒い法師に付け狙われる少女・貴和が、縁見屋の息子・燕児とともに、自分たちにまつわる因縁と謎を追う姿が描かれることになります。

 代々男子が生まれず、娘も26歳で亡くなるという奇怪な因縁が伝わる口入れ屋・縁見屋。その娘・お輪が、謎の修験者・帰燕と出会ったことにより、縁見屋の過去に隠された秘密を知り、因縁から開放される様を描いた『縁見屋の娘』――その前作のクライマックス、天明の大火の五年後から、本作は始まることになります。

 母と家路に急ぐ途中、子供をよこせという奇怪な黒い笠の法師に遭遇し、母に庇われて神社に逃げ込んだ5歳の貴和。貴和はそこで出会った不思議な子供・燕児に助けられてその場は逃れることができたのですが――しかしその翌日、彼女の母は絵師の夫と貴和を残し、何処かへ姿を消してしまったのでした。

 それから12年後、貴和は幼馴染である町の薬種問屋「白香堂」の娘・雪乃付きの小間使いに雇わるのですが――そこで燕児と再会することになります。
 実は縁見屋の長男であり、医者を目指して白香堂で学んでいた燕児。しかし数年前、病に倒れた母・お輪の命を救うために火伏堂に詣でた彼は、そこで出会った何者かとの約束で、言葉を一切発しないようになっていたのであります。

 その頃、京では若者が突然倒れ、そのまま命を失うという奇怪な病が相次ぎ、白香堂はその対応に追われることになります。そして病を治すと評判の祈祷師・鞍馬法師こそは、幼い頃に貴和を襲ったあの黒い笠の法師だったのであります。
 さらに、京に出没する辻斬りの濡れ衣を着せられて捕らえられてしまった貴和の父。彼女はその騒動の中で、自分が父とは血が繋がっていないことを知ることになります。

 母はどこに消えたのか、父は何故濡れ衣を着せられたのか。黒い笠の法師は何を求めているのか。そして自分は何者なのか――燕児とともに謎を追う貴和が知った真実とは……


 冒頭に述べたとおり、縁見屋とその娘を巡る奇怪な因果因縁譚であった前作。その内容についてここで詳細には述べませんが、因縁が一つの終わりを迎えた結末からは、続編の登場は正直なところ予想外ではありました。
 果たしてあの結末から、どのような続編が描けるのか――その疑問とともに手に取った本作ですが、なるほどこういう形になるのか、という印象であります。

 縁見屋とは無縁の少女を主人公としつつも、彼女と運命を共にする少年として、縁見屋の息子を設定するというのがまず面白いところですが、やがて明らかになる事件の真相が、本作独自の物語でありつつも、やはり密接に前作と繋がったものであるのに感心させられました。
 内容的には続編というより後日譚と評すべきかもしれませんが、前作に縛られすぎることなく(特に前作のヒロインがそれなりに重要な役どころでありつつも、あくまでも遠景にとどまるのがいい)、それでいて前作読者にはニヤリとできる要素を散りばめつつ、新たな物語を作り出してみせたのは大いに評価できるところです。

 特に主人公を巡る非常に入り組んだ因縁の糸が一つ一つ解けていく終盤の展開は面白く、前作のラストのような史実と結びついたある種派手なクライマックスが待ち受けているわけではないのですが、十分満足できました。


 しかし残念なのは、後半の真実が語られる部分のほとんどが、謎解きというよりも、当事者の口からの説明となっている点であります。
 完全に人知を超える因果因縁の世界の物語であるだけに、人間の頭で謎が解けるものではないのもわかりますが、○○は××だった、という説明が続くのは、物語の構成としてどうなのかな――という印象は、正直なところ強くあります。

 そしてもう一点、これは完全に個人の趣味の問題ではありますが、前作同様大きな意味を持つ生まれ変わりの概念は、個人の人格や人生を上書きしているようでやはり好きになれないところであります。
 実はこの点は前作以上に強く感じられたところで、主人公像などは前作よりも共感できただけに、残念に感じられた次第です。


『京の縁結び 縁見屋と運命の子』(三好昌子 宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ) Amazon
京の縁結び 縁見屋と運命の子 (宝島社文庫 「このミス」大賞シリーズ)


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2018.12.31

このブログが選ぶ2018年ベストランキング(単行本編)

 今年の締めくくり、一人で選んで一人で発表する2018年のベストランキング、大晦日の今日は単行本編であります。2017年10月から2018年12月末発刊までの作品について6作品挙げます。

1.『童の神』(今村翔吾 角川春樹事務所)
2.『敗れども負けず』(武内涼 新潮社)
3.『大友の聖将』(赤神諒 角川春樹事務所)
4.『虎の牙』(武川佑 講談社)
5.『さよ 十二歳の刺客』(森川成美 くもん出版)
6.『恋の川、春の町』(風野真知雄 KADOKAWA


 第1位は角川春樹小説賞受賞に輝き、そして直木賞候補ともなった作品。平安時代を舞台に、鬼や土蜘蛛と呼ばれたまつろわぬ者たち「童」の戦いを描く大作であります。
 本作で繰り広げられる安倍晴明や頼光四天王、袴垂といった平安オールスター戦の楽しさはもちろんですが、何より胸を打つのは、自由を――自分たちが人間として認められることを求めて戦う童たちの姿であります。痛快なエンターテイメントであると同時に、胸を打つ「反逆」と「希望」の物語で。

 第2位は、昨年辺りから伝奇ものと並行して優れた歴史小説を描いてきた作者の収穫。上杉憲政、板額、貞暁――戦いには敗れたものの、人生において決して負けなかった者たちの姿を描く短編集であります。
 各話それぞれに趣向を凝らした物語が展開するのはもちろんのこと、そこに通底する、人間として望ましい生き様とは何かを希求する視点が実に作者らしい、内容豊かな名品です。

 そして第3位は、大友ものを中心とした戦国ものを引っさげて彗星のように現れた作者の快作。悪鬼のような前半生を送りながらも、周囲の人々の叱咤と愛によって改心し、聖人として落日の大友家を支えた「豊後のヘラクレス」の戦いを描く、戦国レ・ミゼラブルとも言うべき作品です。
 まさしく孤軍奮闘を繰り広げる主人公が、運命の理不尽に屈しかけた周囲の人々の魂を救うクライマックスには、ただ感涙であります。

 そして第4位は、これまた昨年から歴史小説シーン活躍を始めた新鋭のデビュー作。武田信虎という、これまで悪役として描かれがちだった人物の前半生を描く物語は、戦国時代の「武士」というものの姿を浮き彫りにして目が離せません。
 そして何よりも、その物語の主人公になるのが、信虎の異母弟である山の民――それも山の神の呪いを受けた青年――という伝奇味が横溢しているのも嬉しいところです。

 第5位は児童文学から。義経に一門を滅ぼされ、奇跡的に生き延びて奥州に暮らす平家の姫君が、落ち延びてきた義経を狙う姿を描くスリリングな物語であります。
 平家を単なる奢れる敗者として描かない視点も新鮮ですが、陰影に富んだ義経の姿を知って揺れる少女の心を通じて、人間性への一つの希望を描き出すのが嬉しい。大人にも読んでいただきたい佳品です。

 そして第6位は、文庫書き下ろしで大活躍してきた作者が、恋川春町の最後の日々を描いた連作。戯作者としての、そして男としてのエゴとプライドに溺れ、のたうち回る主人公の姿は、一種私小説的な凄みさえ感じさせますが――しかし何よりも注目すべきは、権力に対する戯作者の意地と矜持を描いてみせたことでしょう。
 デビュー以来常に弱者の側に立って笑いとペーソスに満ちた物語を描いてきた作者の、一つの到達点というべき作品です。


 さて、そのほかに強く印象に残った一冊として、操觚の会によるアンソロジー『幕末 暗殺!』を挙げておきます。書き下ろしのテーマアンソロジー自体は珍しくありませんが、本書はタイトル通り、幕末史を彩った暗殺を題材としているのが面白い。
 奇想天外な幕末裏面史として、そして本年も大活躍した歴史時代小説家たちの豪華な作品集として大いに楽しめる一冊です。


 というわけで、駆け足となりましたが、今年の一年をベストの形で振り返りました。もちろんあくまでもこれは私のベスト――決して同じ内容の人はいないであろうベストですが、これをきっかけに、この二日間採り上げた作品に興味を持っていただければ幸いです。

 それでは、来年も様々な、素晴らしい作品に出会えることを祈りつつ……


童の神

今村翔吾 角川春樹事務所 2018-09-28
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敗れども負けず

武内 涼 新潮社 2018-03-22
売り上げランキング : 60452
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大友の聖将

赤神諒 角川春樹事務所 2018-07-12
売り上げランキング : 101634
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虎の牙

武川 佑 講談社 2017-10-18
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さよ 十二歳の刺客 (くもんの児童文学)

槙 えびし,森川 成美 くもん出版 2018-11-03
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恋の川、春の町

風野 真知雄 KADOKAWA 2018-06-01
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 赤神諒『大友の聖将』(その一) 悪鬼から聖将へ――戦国レ・ミゼラブル!
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 風野真知雄『恋の川、春の町』 現代の戯作者が描く、江戸の戯作者の矜持と怒り

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