2008.10.21

「絵巻水滸伝」 第七十四回「荒野」 群雄、荒野に激突す

 さて、おそらくこのブログでも最も需要が少ないであろうと思いつつもまだまだ続ける、今月の「絵巻水滸伝」感想であります。
 前回、招安の使者を追い返した梁山泊に迫るのは、官軍の大群また大群。今回の内容を一言で表せば、「戦(いくさ)」と言うほかありますまい。

 これまでも官軍をはじめ、様々な戦を繰り広げてきた梁山泊の面々ですが、それまでは、どこか個人と個人の戦いの拡大版といった印象がありました。つまりは、それだけ個人の能力が戦の結果に及ぼす割合が大きかったわけですが、今回は完全に軍と軍、兵と兵の激突、といった内容であります。

 この戦の中で中心となるのは、梁山泊側の九宮八卦陣と、官軍側の四門斗底の陣の激突。刻一刻と変わっていく戦況の中で、それぞれあたかも生きているかのごとく二つの陣が変化を見せ、そしてそれを攻め、守る将たちが激突する様は、これまでの本作にはあまりなかった、合戦ものとしての楽しさ、魅力があります。

 それにしても、今回の梁山泊は、これまでにない苦戦。
 これまで「絵巻水滸伝」の中で梁山泊が経験した一番苦しい戦いは、第一部終盤の大刀関勝戦だと思いますが、あの時は梁山泊の戦力が大幅に削がれていたのに対し、今の梁山泊は、百八人集結した直後の、いわば最も脂の乗りきった時期であります。そんな梁山泊が、意外や意外、正面からの対決で官軍相手にてこずらされるのでありますから、これはかなりの意外事です。
 この梁山泊苦戦の主たる要因となったのは、、官軍側の謎の軍師の存在あってのこと。結局今回は名前は明かされませんでしたが、今後の活躍(?)が楽しみです。

 そしてそんな総力戦の中で活躍する豪傑たちも、ほとんどオールスターキャスト。もちろん実際に数えたわけではありませんが、百八人のうち、九割とはいかないまでも八割は登場したのではないでしょうか。もちろん、これだけの数が登場すると、ほとんど名前だけの登場だけのキャラクターも多いのですが、それでも最大限にそれぞれの個性をアピールしてくれるのが本作の嬉しいところ。
 戦場だというのに自分のビジュアルの心配ばかりしている施恩、他の五虎将はシリアスに活躍しているのに索超と張り合って先陣争いをしている董平…そういうネタ的な描写のみならず、さりげないところで呼延灼と関勝、二人の武将の資質の違いをさらりと描いていたりして、油断できません。

 ついでにも一つキャラネタでいえば、コーエーの水滸伝ファン待望の馬万里が今回遂に登場。あまりに空気を読んだその活躍ぶりに全馬万里ファンが涙したのではないかと思います。正子絵の馬万里が見れなかったのは残念ですが…


 さて、一難去ってまた一難。何とか官軍を一度は撃退したものの、続いて梁山泊の前に現れたのは十人の節度使。招安を受けて官軍についた元賊徒という、ある意味彼らの合わせ鏡とも言える相手に対し、梁山泊が如何に戦うのか。期待して待ちたいと思います。


公式サイト
 キノトロープ/絵巻水滸伝


関連記事
 「絵巻水滸伝」 第七十一回「浪子」前編 痛快豪傑絵巻いよいよ再開!
 「絵巻水滸伝」 第七十一回「浪子」後編 盛り上がるキャラ描写
 「絵巻水滸伝」 第七十二回「泰山」 思いもよらぬ因縁の糸
 「絵巻水滸伝」 第七十三回「天意」 納得の行方は――

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.09.24

「絵巻水滸伝」 第七十三回「天意」 納得の行方は――

 月に一度のお楽しみ、「絵巻水滸伝」が更新されました。最新回では、朝廷が、梁山泊を招安、すなわち朝廷せんと働きかけて来ることになります。朝廷とは因縁浅からぬ者も多い梁山泊にとっては、晴天の霹靂ともいうべき出来事ですが…

 招安とは、大まかに言ってしまえば、朝廷が賊徒に対して身の安全と身分の保証と引き換えに投降し、国軍となるように求めること。朝廷にも賊にとっても、ずいぶんと虫のいい話に聞こえますが、それはすなわち、双方にとってメリットがあるということであります。
 歴史上も、このシステム(?)が適用されたケースは多いようですし、「絵巻水滸伝」でも、前回顔を見せた節度使は、これによって罪を許された者です。

 しかしながら、梁山泊の好漢たちが、今更こんなエサで動かされるわけがない。ましてや、元官軍組にとっては、成り行きもあったとはいえ、自ら失望して飛び出してきた古巣に、何故戻らねばならないのか、ということになります。

 さて、現代の読者の目から見て、水滸伝の原典には、ちょっと素直には納得出来ないような展開が何箇所もあります。この招安のくだりはその最たるもの、黙って梁山泊で楽しく暮らしていれば良かったものを、何ゆえわざわざ朝廷にこき使われ、揚げ句斃れていかねばならないのか…と思わなかった読者はいないのではないでしょうか。
 この「絵巻水滸伝」は、これまで原典の納得がいかない部分に、本作ならではの解答・改変を行うことで、水滸伝ファンの溜飲を下げてきましたが、さて、この招安をどう扱うのか…

 幸い(?)今回の招安は不発に終わりましたが、今後の展開の中で、どのように我々を納得させてくれるのか――それは、梁山泊の面々を納得させるのよりもある意味難しいかもしれません――大いに気になります。

 さて次回は、招安が決裂して高キュウ軍と梁山泊軍が正面衝突、梁山泊の二大軍師、呉用と朱武をも苦しめる官軍側の軍師が登場とのことですが――やはり、よそ様の水滸伝でも大活躍したあの人物が登場でしょうか。楽しみです。

 しかし、よそ様の水滸伝と言えば、「梁山泊は山賊だけど、“反乱軍”じゃないんだな」という台詞が、何とも痛烈な皮肉に見えてしまった…のは穿った見方かしら。


公式サイト
 キノトロープ/絵巻水滸伝


関連記事
 「絵巻水滸伝」 第七十一回「浪子」前編 痛快豪傑絵巻いよいよ再開!
 「絵巻水滸伝」 第七十一回「浪子」後編 盛り上がるキャラ描写
 「絵巻水滸伝」 第七十二回「泰山」 思いもよらぬ因縁の糸

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.08.27

「怪奇死人帳」 異界への索漠たる憧れ

 武士の次男坊・十次郎は、古書店で「死人帳」と題された鉄の表紙の本を手に入れる。そこには、死神の手により死の世界の秘密が記されていた。しかし、秘密を知った十次郎のもとに死神が現れ、彼を死の世界に連れ去ろうとする。必死に抵抗しようとする十次郎だが…

 今はかつてないほどの水木しげるブーム、というか水木先生が世の中に受け入れられている時期かと思いますが、助かるのは、なかなか読むことが出来なかった作品を、比較的手軽に読むことができることであります。
 水木先生の時代怪奇漫画たる本作「怪奇死人帳」もその一つ、以前は手に入れにくい(古本の価格的に)作品だったのが、文庫で読めるとはありがたい話です。

 さて、その本作を一言で表せば、やはり「怪作」と言うべきでしょうか。
 鍵がかけられた鉄の表紙の「死人帳」、その奥付の住所(冷静に考えればこれも何ですが…)に向かってみればそこには店どころか人の住居すらなく、十次郎が見たのは奇石と、その下の洞窟の石棺のみ…
 と、実に伝奇ホラーとして素晴らしい冒頭部分から、死人帳を取り戻しに来た死神が出現するあたりのムードは実にいいのですが、その死神と命を賭けた将棋勝負が始まる辺りから何だか雲行きが怪しく…

 さらに、十次郎が新たに就くこととなったお城のお花番というのが、これが人喰いの怪奇植物をはじめとして奇怪な花の咲き誇る毒草園の番人、さらにそこにはホーソーンの「ラッパチーニの娘」めいた美しくも哀しい毒娘が! となると、十次郎同様、読んでいるこちらも状況のあまりの変転ぶりに、己の意志を失ったかのようにただついていくのがやっと、と大袈裟に言えばそんな気分になります(この辺り、私は未読なのですが、本作のオリジナルである貸本漫画「死人妖棋帳」はどうなのでしょうね)。

 しかしそんなそれぞれの構成要素自体は実に面白いのが本作の不可思議な魅力で、それが終盤に混然一体となって溶け合い、一種の悟りめいた境地にたどり着くのには、他では味わえぬ妙味がありますし――結末で十次郎が感じる、異界への索漠とした憧れの念などを見ると、ああやはり水木作品だなあ、と感じさせられます。


 ちなみに本作、絵的には非常につげ義春タッチなのですが、発表時期的に、つげ先生が水木先生のアシスタントに入った直後くらいと思われるので、これはまあそういうことなのでしょう(してみると、本作の味わいの何割かはつげ先生のおかげなのかしら…)。


「怪奇死人帳」(水木しげる ちくま文庫「妖怪たちの物語」) Amazon

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.08.21

「絵巻水滸伝」 第七十二回「泰山」 思いもよらぬ因縁の糸

 もう四半世紀前(!)になってしまうのですが、1983年に公開された「水滸伝」という映画があります。長大な原作のうち、燕青を主役として、泰山奉納相撲のエピソードを取り出してアレンジした作品は、今見ればたぶん…な出来だと思うのですが、昔の私にとってはずいぶんと面白い映画に思えて、これが水滸伝にはまるきっかけだったように思います。
 さて今月の「絵巻水滸伝」は、この泰山編。やはり燕青が主役となって、奉納相撲で無敵の男・任原と対決するエピソードなのですが…ちょっと意外なアレンジがほどこされていました。

 前回のエピソードからそのまま続いて、東京を飛び出してきた燕青と李逵が、梁山泊にも帰らずに放浪の果てにたどり着いたのが奉納相撲で沸く泰山。この奉納相撲で優勝した者は、罪を赦されて軍に採用されるということで、各地から腕に覚えの無頼漢たちが集まってきたこの泰山で、燕青は様々な男たちと出会うことになります。

 原典では、割合あっさり目のこのエピソード、燕青が奉納相撲に飛び入りして任原を倒し、李逵が大暴れしてその場は滅茶苦茶に…という筋自体は変わらないのですが、そこに絡んでくるのが、この先の物語で登場するキャラクターたちというのが面白い。
 元盗賊ながら今は官軍の十節度使として、梁山泊討伐に現れる王煥と項元鎮。四寇の一として梁山泊と激戦を繰り広げる田虎軍の孫安・崔埜・文仲容(唐斌は?)――
 ここでこの連中が出てくるか! という印象で、思わぬところで因縁の糸を張り巡らせてくるセンスは、「水滸伝」物語を知り尽くした上で再構成する作者ならではのものだな、と嬉しくなります。
 原典の七十一回以降のエピソードは、とかく戦争の連続で、「水滸伝」の最大の魅力であろう、登場人物の生き生きとした活躍、そして登場人物同士の因縁が、それ以前に比べて薄い部分もあるのですが、その辺りを補強しよう、ということなのでしょう。

 まあ、そのあおりを食ったような形で、肝心の任原がほとんど目立ちませんでしたが…(原典と違って生き残ったようなのでまあよいかもしれません)。
 とはいえ、梁山泊で相撲と言ったらこの人、のはずなのに原典ではほとんど無視されていたあの豪傑が思わぬ活躍をみせたりと、その辺りもうまいなあ、と思ってしまうのですが。


 さて、第一部の終盤からこの第二部の序盤に至るまで、ほとんど主人公扱いの燕青でしたが、そこでの描写は、梁山泊の他の豪傑ともまた違う、自由を求める男、という印象。今回の泰山編も、その想いゆえの放浪といったところですが、今回のラストに彼の主人である盧俊義と再会して、ひとまずは己の居場所に戻った様子で、何となく安心いたしました。
 次回タイトルは「招安」、今後の物語に凄まじく大きな影響を与える出来事が起きることになりますが、さてこの「絵巻水滸伝」の豪傑たちは如何に反応を見せるのか…ここ何回かは比較的のんびりしたエピソードが続いただけに気になるところです。


公式サイト
 キノトロープ/絵巻水滸伝


関連記事
 「絵巻水滸伝」 第七十一回「浪子」前編 痛快豪傑絵巻いよいよ再開!
 「絵巻水滸伝」 第七十一回「浪子」後編 盛り上がるキャラ描写

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.08.19

「戦国妖狐」第1巻 人と闇が隣り合う時代に

 時は戦国、自称武芸者の真介は、人間好きの妖狐・たまと、人間嫌いの仙道・迅火の姉弟と出会う。世直しの旅の最中という二人に興味を持った真介だが、退魔の僧兵団・断怪衆に改造された少女・灼岩を助けたことから、一行は断怪衆との対決を余儀なくされるのだった。

 主に少年画報社で活躍している水上悟志先生の初時代コミックは、人と人外のもの・闇(かたわら)が隣り合って存在していた時代を舞台に、人間好きの闇と、闇になることを目指す人間嫌いの青年の姉弟を主人公とした伝奇活劇であります。

 その絵柄にふさわしいどこか暢気な雰囲気と、シビアでシリアスなドラマ描写を併せ持つのが水上作品の特徴の一つかと思いますが、本作は舞台が死と隣り合わせの戦国時代ということもあってか、相当にシリアス寄りの作品。人が人を、人が闇を、闇が人を殺す時代において、それぞれの想いを胸に生きようとする人々の姿が描かれます。
(それでも城パンチとか、ずいぶんすっとぼけたネタもありますけどね)

 物語的には、この第一巻のラストでようやくテーマが見えてきたというところでしょうか、迅火やこまの過去など、まだまだわからぬ部分も多いのですが、しかしそれはこれからのお楽しみというべきなのでしょう。
 人と闇が隣り合って存在していた時代だからこそ、人とは何か、人と闇の違いは何なのか、より明確に描けるということはあるのでしょう。迅火たちの旅路は、おそらくはそれを証明するものになるだろうと――そう感じているところです。


 ちなみに、水上作品で仙道というと、どうしても思い出してしまうのは「散人左道」。あちらは現代を舞台とした作品ですが、迅火の師匠・黒月斎は、明らかに「散人左道」の左道黒月真君を思い起こさせますし、迅火のオッドアイは妖精眼なのでしょう。
 さらにいえば、黒月斎が、迅火が完成させようとしている精霊転化の発展系の術は、やはり「散人左道」に登場したあの秘術でしょうし…その意味でも今後が気になる作品です。


「戦国妖狐」第1巻(水上悟志 マッグガーデンブレイドコミックス) Amazon
戦国妖狐(1) (BLADE COMICS)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.08.15

「北神伝綺」 抹殺されたものたちの物語

 かつて柳田国男に破門されながらも、柳田の元で裏仕事に携わる異貌の男、兵藤北神。柳田の民俗学が近代国家日本の中で発展していく中で切り捨ててきた闇の部分・山の民にまつわる奇怪な事件に、次々と巻き込まれていく北神だが、彼もまた山の民の血を引く者だった。時代が大きく揺れ動く中、北神自身の運命もまた変転してゆく…

 「木島日記」「八雲百夜」とともに大塚英志の偽史三部作を成す、その第一作がその「北神伝綺」であります
 あの柳田国男の元弟子であり、その柳田の依頼で動く一種の始末屋的存在である異端の民俗学者・兵藤北神を主人公とした本作は、賢治・夢二・晴雨・甘粕・出口・乱歩など実在の人物が次々と登場するユニークなストーリーに、森美夏の蠱惑的な絵の力もあって、今なお色あせない魅力を持つ作品となっています。

 さて、古くからの大塚ファン、というか「摩陀羅」シリーズファンにとってはお馴染みの話ではありますが、「摩陀羅転生編」の登場人物の養父として当初語られた北神の設定は、柳田國男が自ら封じた民俗学の暗黒面「邪学」を継承する人物というもので、何と言うか今にしてみればずいぶんと香ばしいものだったのですが――
 しかしその民俗学の暗黒面が、本作においては意外な、しかし実に興味深い形で描き出されているのです。

 本作の中心となる存在――それは民俗学が科学として成立するために、そして何よりも近代国家において存在していくために不要だった研究成果。伝承の中に現れる、日本人のもう一つのルーツたる山の民であります。
 彼らこそは、明治以降、日本という国家がその一体性を高め、国民国家としての性格を強めていく中で排除されてきたもの(の象徴)として、本来であればそれを掬い上げるべき民俗学から捨て去られ、抹殺された存在。なるほど、これこそはまさしく「民俗学の暗黒面」「封印された民俗学」と呼ぶに相応しい存在でありましょう。


 日本という国は考えてみれば実に不思議な存在で、近世以前には存在しなかった近代国家という存在が、誕生してわずか百年にも満たない期間で瞬く間に成長した(そして一度弾けた)ことになります。
 その急速過ぎる成長の中で殺され、消され、忘れ去られたものたちの存在を、偽りと断じられた歴史の中で、あるいは終わらない昭和の中で描き出すのが大塚作品の一つのスタイルですが、その思想とメカニズムを、本作は、伝奇コミックの姿を借りて極めてロジカルに提示してみせたと言えるでしょう。

 その点からも、この不思議な国家がさらに生み出した虚構の国家である満州国を舞台とした「満州編」が見たかった…とつくづく思う次第です。


「北神伝綺」(森美夏&大塚英志 角川コミックス・エース 全2巻) 上巻 Amazon/下巻 Amazon
北神伝綺 (上) (角川コミックス・エース)北神伝綺  (下) 角川コミックス・エース 125-2


関連記事
 「木島日記」(小説版) あってはならない物語

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.07.24

「絵巻水滸伝」 第七十一回「浪子」後編 盛り上がるキャラ描写

 先月から第二部の連載が開始された「絵巻水滸伝」、どうやら第二部は毎月掲載らしく(あくまでもらしい、ですが)、先日第二部第二回目の更新分が掲載されました。まずは欣快の至りです。
 今回の掲載は、第七十一回「浪子」の後編。大胆不敵というか何も考えていないというか、東京の元宵節に潜入した宋江たちのその後が描かれますが、当然ただで終わるわけもなく…

 章題の「浪子」の一人である浪子燕青の手引きで、首尾良く皇帝の馴染みである傾城の美姫・李師師の元に潜り込んだ宋江一行は、そこでもう一人の「浪子」である徽宗皇帝と接近遭遇するのですが、その間に梁山泊の豪傑連中が大人しくしているわけもなく――
 という内容の今回、かなり原典に近い内容となっていますが、やはり楽しいのは、本作ならではの、個々のキャラクターの個性的な描写でしょう。
 宋江たちが李師師のところに行っている間に、穆弘と史進は飲んだくれて街中で謀叛の歌を高歌放吟、もちろん官軍に見つかってたちまちのうちに大騒ぎ(そういえばこの二人、土地の長者のどら息子という共通点があるのでした)。この辺りの豪快さも水滸伝の大きな魅力と感じる私にとっては、何とも楽しい展開です。
 一方、痛飲の後に史進らの大騒動が起きても、「出番か」と飄然と立ち上がる魯智深は、同じ飲んだくれでも実に格好良く、こういうところで個性を表してしまうのが何ともうまいと感心します。

 格好よいと言えば、何とここで梁山泊最強の騎兵軍五虎将が全員登場(いつの間にか五虎将入りしている董平さんはさすがだと思います)。まさに千両役者の揃い踏み、第二部開始早々のサービスに、ファンとしては否応なしに盛り上がってしまいます(と、その一方で、全員官軍出身である五虎将が、ザルに等しい祖国の守りに複雑な感情を抱くシーンが挿入されているのがまたうまい)。

 と、キャラクター描写は大いに盛り上がった今回ですが、しかしお話の方は、あまり進展がなかったというか、最初から最後まで騒動に終始してしまったというか…ちょっと物足りない印象。
 特に、二人の浪子がほとんどニアミスで終ってしまったのが何とも残念であります(まあ、今回のエピソードは後々に効いてくるのですが…)


 さて、梁山泊勢は無事に東京から逃れたと思いきや、ただ二人はぐれてしまったのは李逵と燕青。次回、一部の水滸伝ファン(というか私)にとってはかなり思い入れがある泰山奉納相撲編が今から楽しみです。


公式サイト
 キノトロープ/絵巻水滸伝


関連記事
 「絵巻水滸伝」第1巻 日本水滸伝一方の極、刊行開始
 「絵巻水滸伝」第2巻 正しきオレ水滸伝ここにあり
 「絵巻水滸伝」第3巻 彷徨える求道者・武松が往く
 「絵巻水滸伝」第四巻 宋江、群星を呼ぶ
 「絵巻水滸伝」第五巻 三覇大いに江州を騒がす
 「絵巻水滸伝」第六巻 海棠の華、翔る
 「絵巻水滸伝」第七巻 軍神独り行く
 「絵巻水滸伝」第八巻 巨星遂に墜つ
 「絵巻水滸伝」第九巻 武神、出陣す
 「絵巻水滸伝」第十巻 百八星、ここに集う!
 「絵巻水滸伝」 第七十一回「浪子」前編 痛快豪傑絵巻いよいよ再開!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.06.28

「愛しの焔 ゆめまぼろしのごとく」第1巻 戦国メロドラマ開幕

 Webコミック連載第一回に一部で話題になった、明智光秀を主人公とした戦国メロドラマ(?)「愛しの焔」の単行本第一巻であります。以下、本編のネタバレがございますので要注意。

 時は天文十七年――己が身を寄せる斎藤道三が、娘の帰蝶を尾張のうつけ・織田信長に嫁がせることを知った光秀。幼い頃から共に育ち、また自分を慕ってきた帰蝶との別れを前にして、光秀が取った策は、帰蝶の侍女・蜜(ミツ)として輿入れに付いていくというもの(第一の「えーっ」)。
 しかしその女とは思えぬ度胸を見せられた信長は蜜に惚れ込み、こともあろうに新床の晩にミツの唇を奪ってしまうのでありました(第二の「えーっ」)! …と、この辺りでこれは私の読んではいけない漫画なのではないかと思いつつ、とりあえず第一回ラストまでは…と思って先を読んでみれば、二人が揉み合う中、はだけた光秀の着物から見えた膨らみは…明智光秀! 君は女!(第三の「えーっ」)

 いやはや、第一回から「えーっ」三連発、BLかと思いきや真っ当な(?)お話で、私としては安心しつつも、こういうやり方か! と膝を打った次第。
 萌えとかそういうもの抜きで、戦国武将が実は女だった、という話は、矢切止夫先生の「上杉謙信は女だった」に代表されるような上杉謙信ネタから、最近では織田信長や伊達政宗を女性にした作品も発表されていますが、明智光秀を女性にした作品は、ちょっとすぐには思いつかないような気がいたします。

 そして本作は光秀を女性にしただけではなく、その光秀に信長が惚れ、しかし光秀自身は道三のことを…(一見、百合ん百合んに見えた帰蝶との間柄が、道三を通して見るとまた違って見えてくるのがうまい)というドロドロ展開。物語の冒頭では、本能寺で信長と光秀が対峙するシーンが先取りして描かれますが、果たしてここに至るまでになにがあったのか…色々と気になります。


 しかし、現時点でどうにも気になってしまうのは、この光秀女性化に、物語の上での必然性が感じられないことであります。極端なことを言ってしまえば、別に光秀が男のままでも話は成立するのではないか、ということで、光秀を女とすることが、、史実に意外な(説得力のある)解釈を生んだり、歴史を動かす原動力になるとは、現時点ではさほど感じられないのです(上記の道三への想い、というのはありますが、これだけではちょっと弱い)。

 もちろん、これはやはりまだ第一巻の段階で言うのは時期尚早かもしれません。少なくとも絵柄、描写力の点では、これが初単行本化作品とは思えないほどに安定しておりますし、一風変わった戦国メロドラマとして読む分には全く問題はありませんので――
 この先、本作ならではの説得力ある、新たな光秀像が描かれることを期待いたします。


「愛しの焔 ゆめまぼろしのごとく」第1巻(もとむらえり ソフトバンククリエイティブFlex Comix) Amazon
愛しの焔~ゆめまぼろしのごとく~1 (Flex Comix―フレア)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.06.23

「忍法十番勝負」(その一) 十番勝負の幕上がる

 堀江卓先生の「矢車剣之助」刊行記念、というのは強引に過ぎますが、よく考えてみればきちんと紹介していなかったのが、選ばれた十人の漫画家による伝説の連作企画「忍法十番勝負」。
 大坂の陣直前、大阪城の抜け穴を記した絵図面を巡って、徳川方と大坂方それぞれの忍びが死闘を繰り広げる本作をいま改めて読み返してみれば、これがまた――当たり前のことながら――実に面白い。そこで本作を今日から三回に分けて紹介したいと思います。

一番勝負 堀江卓
 事の発端となる一番勝負は、大坂城建築を担った大工たちが集められた夕月村から、彼らの命とも言うべき大坂城抜け穴の絵図面が奪われる場面から始まります。奪ったのは、ペスト菌を持つネズミを操る怪忍者(日本にペストが伝来したのは明治時代とか言わない)、追うのは一匹狼のはぐれ忍者――大坂城一番乗りを目指し、徳川方の各大名が血眼で絵図面を求める中、十番勝負の幕が上がる、というわけです。
 と、その争奪戦だけでも一番勝負としては十分なのに、贅沢なことにそれだけでは終わらないのが本作。物語は、絵図面を求める大名の一人、かの坂崎出羽守を巻き込んでの、伝奇的な一大陰謀にまで展開するのですから面白い。単なる幕開けの一編では終わらない、という堀江先生の意気込みが感じられるようではありませんか。
 絵柄的にも「矢車剣之助」の後期に見られるような、シャープな中に暖かみが感じられる本作。アクション・アイディア・ビジュアルと、堀江先生の魅力がよく表れた佳品かと思います。


二番勝負 藤子不二雄A
 お次は、もしかするともっとも有名な忍者漫画かもしれない「忍者ハットリくん」の生みの親、藤子不二雄A先生。一番勝負で世に出た絵図面を巡り、甲賀ねむり組と真田忍党六法師、そしてその絵図面を足がかりに侍として世に出ようとする風来忍者の兄弟が死闘を繰り広げます。
 藤子不二雄としても、より陰影の強いビジュアルを得意とするA先生ですが、本作でもそれは遺憾なく発揮され、それぞれ「風」「雨」「雪」と題された各章において、その名の通りの自然現象が印象的な画で描き出されてています。特に雪の場面などは、白抜きのコマ全てに、霏霏として雪が降っているかのように見えるほどの素晴らしい画面作りに唸らされます。
 「風」「雨」「雪」――それぞれの場面に共通する寂寥感・孤独感が、明日なき忍者たちの死闘と相まって、強く印象に残ります。ねむり組の怪忍者の素顔なども、怪奇ものを得意としたA先生のカラーがよく出ているかと思います。


三番勝負 松本あきら(松本零士)
 良くも悪くも今ではすっかり宇宙戦艦と銀河鉄道の先生になった感のある松本零士先生ですが、こちらでは今となっては非常に珍しい忍者アクションを見ることができます。
 主人公は、偶然絵図面を手に入れてしまった大平忍者の若き頭首。乱世の中で独立独歩を守っていた彼らが、絵図面のために伊賀と甲賀の争奪戦に巻き込まれることになります。
 その名の通り平和を愛し、自由と独立を尊ぶ大平忍者の姿は、松本キャラの多くに見られる心意気というものが感じられますが、その彼らが伊賀・甲賀の忍者たちと演じる忍法合戦は壮絶の一言。最後の最後に驚くべき秘密を明らかにする大平忍者の爺の覚悟にも驚かされますが、その他キャラクターとしても、甲賀の頭領・陽炎魔のミュータントめいた奇怪な相貌と、伊賀の頭領・服部半蔵の颯爽たる男ぶりの良さが印象に残ります。彼らもまた、松本キャラの一員と言うべきでしょうか。


 次回に続きます。


「忍法十番勝負」(石ノ森章太郎ほか 秋田文庫) Amazon

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.06.14

「絵巻水滸伝」 第七十一回「浪子」前編 痛快豪傑絵巻いよいよ再開!

 怒濤の第一部完結から早八ヶ月…「絵巻水滸伝」の第二部が、昨日からWebサイト上での連載が開始されました。
 期待と不安と共に第二部の連載開始を待ち続けていた身としては、実に、実に嬉しい知らせであります。

 「絵巻水滸伝」についてはこのブログでもこれまで第一部全十巻を紹介してきましたが、もう一度ここで紹介すれば…
 「絵巻水滸伝」とは、文:森下翠、絵:正子公也のコンビによるリライト版「水滸伝」。「文」においては、原典にあった矛盾点や理不尽な部分を解消しつつ、人物やストーリーの魅力を最大限に引き出した追加・再構成を行い、そして「絵」においては、英雄画を描かせれば当代随一の筆でもって、原典の数多い登場人物たちの個性を極限まで引き出し――私も大の水滸伝ファン、これまでも様々な水滸伝を読んできましたが、その中でもおよそ最上級の作品と断言できます。

 さて、第一部は梁山泊に豪傑一百零八人が集結したところまでが描かれましたが、第二部の舞台はその数年後から。いよいよ荒廃の進む大宋国を、梁山泊目指して旅する三人の少年が出会うという、本作オリジナルの場面から、物語が始まります。
 ちょっと気が早いですが次世代の物語を予感させる三人の前に現れたのは、この第七十一回のタイトルの由来(の一人)であろう浪子燕青。第一部のラストでもほとんど主役級のフィーチャーだった燕青ですが、今回も実においしい登場シーンであります。

 そして舞台は移り梁山泊。燕青と三人の少年たちが、東京に献上される灯籠を奪ってきたことから、ほとんどその場の勢いで、宋江らは東京の元宵節の灯籠祭見物に出かけることになって…と、ここからは原典にあった宋江の東京行となります。
 この東京でのエピソードは、原典をお読みの方であればよくご存じの通り、後半の物語で大きな意味を持ってくるもの。わずか数行の出番に過ぎないながら、実に「らしい」言動を見せてくれる好漢たちの姿にニンマリとしていたところで、燕青の前に、もう一人の「浪子」の寵愛甚だしい傾城の美姫・李師師が登場したところで、後編に続く、ということと相成ります。


 さて、いよいよ始まった第二部ですが、原典通りの展開であれば、この後梁山泊は、大遼国と対決し、そして王慶・田虎・方臘と死闘を繰り広げることになります。
 この、いわゆる「征四寇」の物語は、正直なところ一百零八人が集結するまでに比べると、いささか精彩に欠けるというのが正直なところで――そして何よりもファンにとってはあまりに悲しい展開もあって――、きちんと描かれることの少ない部分ではあります。
 しかしながらこれまでも我々ファンの期待に応えつつ、それ以上のものを見せてきてくれた本作。第一部でも今後の展開に関する伏線が散見されておりましたし、何よりも、この先の物語を面白くしたいという気持ちは、森下&正子両氏こそが、最も強く持っているであろうことを考えるに、私は全く心配していません。

 ほとんど不意打ちのような連載開始(公式ブログの方では香港旅行記が掲載されていますしな)には大いに驚かされましたが、これからこの先、もっともっと我々を嬉しく驚かせてくれることでしょう。あとは、この痛快豪傑絵巻の次回の更新が少しでも早いことを祈るのみ、です。


公式サイト
 キノトロープ/絵巻水滸伝


関連記事
 「絵巻水滸伝」第1巻 日本水滸伝一方の極、刊行開始
 「絵巻水滸伝」第2巻 正しきオレ水滸伝ここにあり
 「絵巻水滸伝」第3巻 彷徨える求道者・武松が往く
 「絵巻水滸伝」第四巻 宋江、群星を呼ぶ
 「絵巻水滸伝」第五巻 三覇大いに江州を騒がす
 「絵巻水滸伝」第六巻 海棠の華、翔る
 「絵巻水滸伝」第七巻 軍神独り行く
 「絵巻水滸伝」第八巻 巨星遂に墜つ
 「絵巻水滸伝」第九巻 武神、出陣す
 「絵巻水滸伝」第十巻 百八星、ここに集う!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.06.11

「ひきずり香之介 狐落し 序之章」 秘剣、業を斬る

 京の町を、鞘をひきずりつつ往く浪人・愛州香之介。かつては陰流の達人として知られた彼は、狐憑きとなった妻を斬ったことを悔い、妻に憑いた狐を探しさすらい続けていたのだった。己の中の秘めた欲望から野狐に取り憑かれた女性たちに、香之介の秘剣が閃く。

 「○○△△之介 ××斬り」などといえば、最近の文庫書き下ろし時代小説のタイトルのパターンの一つ。本作もタイトルだけ見ればその一つかと思いそうですが、しかし本作は時代漫画であって、そして主人公が相手にするのは人間の悪党ではなく、人に憑いて害をなす狐、であります。
 まさしく本作は「現にあったものかなかったものか定かではない話」、まことに私好みの作品でありました。

 恥ずかしながら、作者の正木秀尚氏の作品を読むのはこれが初めてなのですが、その絵柄は一見時代劇離れしているようでいて、それでいて京の街並みと、そこに生きる人々の姿を、時にクールに、時に情感豊かに描き出していて、大いに好感が持てます。

 そしてその画と密接に結びついて、本作の最大の魅力となっているのは、作中で描かれる女性たちの「業」の姿ではないでしょうか。
 本作で描かれるのは、人間、それも女性にに憑いて害を為す野狐の跳梁と、それに対する香之介の活躍(といっても香之介氏、どこか一本抜けているのですが…それはさておき)ではありますが、その中で圧倒的なインパクトをもって迫ってくるのが、内に秘められた業の存在なのです。

 本作に登場する怪異は、もちろん女性たちに憑いた野狐が引き起こすものではありますが、しかしその野狐が引き出すのは、いずれもその宿主の中に元々在った、秘めたる昏い欲望。
 その女性が元々持つもの、さらに言ってしまえばその女性の女性たる所以が、野狐の力を借りて迸る様は、圧倒的に生臭く――しかし同時に美しく、感じられます(特に、剣道場を一人守る女性を描いた「お多江の段」は圧巻!)。
 そしてそれは、上に述べた作者の筆の冴えに依るところ大でありましょう。個人的には、妖怪退治ものとしてみれば、狐を封じる和歌にもう少しケレン味を持たせて欲しかった、というのはありますが、それを補って余りあるものが、本作にはあります。


 なお、本作は掲載誌「刃」が休刊となったために、ひとまずの完結。香之介の因縁にも一応の終止符が打たれたのですが、題名に「序之章」とあるとおり、まだまだ物語は続けられるでしょう。新たに背負った因縁とともに、香之介が野狐と、女性の業と対決する姿を、いつかまた見ることができることを祈ります。


「ひきずり香之介 狐落し 序之章」(正木秀尚 小池書院キングシリーズ刃コミックス) Amazon

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.06.10

「栞と紙魚子の百物語」 胃之頭町化物コンクール

 たくさん出ているようで思ったより出ていないような――そんな印象もこのシリーズらしい「栞と紙魚子」シリーズの六冊目であります(実は前の巻が刊行されたのが三年前と知って少々驚きました)。
 つい先だってまで「ネムキ」誌に掲載されていた分まで、相変わらずのゆるゆるで、それでいて非常に魅力的な物語が全七話収録されています。

 連作ホラーシリーズらしく、次から次へと新しい住人が登場する胃之頭町ですが、今回も妙な面子がぞろぞろ登場。奇怪な妖怪本を封じる本の狩人から、サービスシーンも悩ましい麗しの美女神、まるで伝奇ものに登場しそうな美形転校生…まあ色々と誇張も混じっていますが、とにかく賑やかで大変よろしい。
 これまでのシリーズファンにとっても、おさげをほどいた紙魚子が活躍(?)したり、段先生ご夫妻のなれそめが語られるなど、興味深いエピソードが多く収録されています。

 ラストのエピソードなど、ちょっとゆるすぎないかな…ちょっとパワーが衰えてきたかな、という印象もなきにしもあらずですが、冷静に考えれば、パワーに満ちあふれた本シリーズというのも逆に想像不能。このくらいのペースで丁度いいのかもしれません。

 さて、そろそろうちのサイトに関係のある話題に持っていけば、本書に収録されたエピソードの中でも、私が最も楽しく読んだのは「栞と紙魚子物怪録」。鋭い方であればすぐに気付かれるかと思いますが、あの「稲生物怪録」のパロディというか何というか…であります。

 「稲生物怪録」とは、今の広島県三次市で江戸時代の寛延年間に実際に起こったと言われる怪奇事件の記録。
 少年武士・稲生平太郎が、好奇心で魔所と呼ばれる山に出かけたのをきっかけに、稲生家において実に一月の間連続した怪異を克明に綴ったこの物語は、稲垣足穂先生をはじめとして様々な作家の手により取り上げられてきましたが、さて諸星先生の手にかかると…

 平太郎の剛胆ぶりに業を煮やしたもののけの総大将・山ン本五郎左衛門が、時空を超えて各地に助っ人を求めたのに巻き込まれた栞と紙魚子。こともあろうに胃之頭地区のもののけ代表ということにされてしまった二人は、江戸時代の平太郎の前に送り込まれる羽目に。
しかも、すったもんだの挙げ句、何故か栞は平太郎に化けて物怪たちの出現を待つことになって…

 剛胆というより天然というべき平太郎や、総大将の割りに微妙にセコい五郎左衛門など、原典の登場人物たちに、如何にも本作らしいアレンジがなされているのも楽しいのですが、何よりも、困った困ったといいつつも、普段が普段なだけに結構状況に適応してしまっている栞と紙魚子の姿が実に愉快であります。
 そしてクライマックス、ほとんど反則に近いシチュエーションで第三の助っ人が登場するシーンには、爆笑させていただきました。

 考えてみれば、彼女たちの日常こそが「物怪録」そのもの。なるほど相性が良いのも道理…というのはこじつけですが、どちらも、怪奇なるものに対するある種の親しみに溢れているのは間違いない話。
 「稲生物怪録」は、残念ながら三十日で幕となってしまいましたが、「栞と紙魚子」の物語は、まだまだこの先も、ゆるく何となく続いていくことでしょう。胃之頭町のもののけたちとの再会を楽しみにしつつ、こちらものんびりと待つことにしましょう。


「栞と紙魚子の百物語」(諸星大二郎 朝日新聞出版眠れぬ夜の奇妙な話コミックス) Amazon


関連記事
 栞と紙魚子 何かが街にやって来る

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.06.07

「諸怪志異 鬼市」「燕見鬼」 唐と宋、怪奇と伝奇

 だいぶ以前に紹介した諸星大二郎先生の「諸怪志異」シリーズの第三、四巻が、この「鬼市」と「燕見鬼」であります。
 では何故、全巻合わせて紹介しなかったかと言えば、本シリーズが、前半二冊と後半二冊で、その性格を大いに異にしているから、なのです。

 もともとこのシリーズは、中国を舞台とした怪奇譚・幻想譚による短編オムニバススタイル。狂言回し的存在は幾つかのエピソードに登場するものの、基本的に個々の関連はなく、独立した物語として構成されていました。
 が、今回紹介する二冊は、それと少しく異なり、主人公が設定された、そしてストーリーの大半が連続した一つの物語として、成立しているのです。

 主人公となるのは、四巻のタイトルともなっている青年剣士・燕見鬼。その名の通り、「見鬼」(幽霊や妖怪など、この世ならぬものを見る才を持つ者)であり、前二巻に登場した狂言回し的存在の子供・阿鬼の成長した姿であります。
 前二巻では、見鬼の力こそあるものの、まだまだ未熟で道師・五行先生の後ろについて回るばかりだった阿鬼が、空飛ぶ剣を自在に操る凛々しい美青年として大活躍。
 物語は、第三巻の前半では、見鬼が様々な怪異に立ち向かう、一種のゴーストハントもの的内容ですが、第三巻の後半以降では、怪奇というよりもむしろ明確に伝奇もののスタイルを取ることになります。

 時は北宋末期…皇帝が中央で享楽に耽る一方、地方では民の不満が高まり、それに乗じて不穏な動きが見え隠れする時代。そんな中、見鬼は師たる五行先生の命により、ある書物を胸に、江南地方に向かうこととなります。
 その書物の名は「推背図」、見鬼が江南で出会う人物の名は呂師嚢――とくれば、お好きな方はアッ、と驚いてくれるのではないでしょうか。
 「推背図」とは唐代に記されたと言われる今なお謎多き予言書。そして呂師嚢は、「水滸伝」最後の戦いである方臘の乱において方臘軍の一員として登場する人物。つまり本作は、ここに来て唐代の予言書と宋代の一大伝奇絵巻を結びつけた、壮大な伝奇物語としての片鱗を示すことになるのです。
(ちなみに「水滸伝」関連では、梁山泊の豪傑・武松の有名な虎退治のエピソードが、実に本作らしいアレンジで描かれています)

 が…まことに残念なのは、物語がいよいよ盛り上がろうというところで途絶してしまっているところ。方臘の乱に推背図がいかなる意味を持つのか、その中で燕見鬼の、五行先生の果たす役割は…と盛り上げておいて、ポイと放り出されたのには、なまじ伝奇ファン、水滸伝ファンには興味深い内容だっただけに、呆然といたしました。

 もちろん、それ以前に、これまでの短編オムニバススタイルが良かった、という方はいるかと思いますし、私としてもそうした思いがないとは言いません。
 しかし――狡いことを言うようですが――前二巻もこの二巻も、どちらのスタイルもそれぞれ面白く、また魅力的であることだけは間違いありません。
 そしてまた、短編怪異譚が、やがて長編伝奇物語に変化していくというのは、そのまま中国における物語スタイルの変化につながるものがあるように感じられるのも、興味深いことです。


「諸怪志異 鬼市」(諸星大二郎 双葉社アクションコミックス) Amazon
「諸怪志異 燕見鬼」(諸星大二郎 双葉社アクションコミックス) Amazon


関連記事
 「諸怪志異 異界録」「壺中天」 諸星版志怪譚の味わい

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.05.23

「ふたり道三」 凄まじくも美しい戦国の「絆」

 刀鍛冶・おどろ丸は、赤松家の依頼で刀を打った際に、松波庄五郎という男と交誼を結ぶ。庄五郎の導きで美濃に身を寄せたおどろ丸は、そこで武将として頭角を現していくが、勢力抗争の中で肉親を失ってしまう。以来、梟雄への道をひた走るおどろ丸改め長井新左衛門尉だが、その前に好男子・松波庄九郎が現れる。その庄九郎こそは、彼と強い縁で結ばれた男だった…

 斎藤道三という人物から我々が受ける印象というのは、やはりあまりポジティブなものがありません。一介の油売りから身を起こしたというのは立志伝的ですが、しかし道三の場合は、その後の行動の印象から、戦国時代の下克上――この場合は没義道とほぼ同義で使われますが――の象徴のように思われているのが現実です。
 多くのフィクションでも、このイメージに基づいて道三像は描かれていますが、しかし、爽快かつ雄大な時代伝奇小説を描かせたら当節右に出るものがいない作者が道三を書かいたらどうなるか? その答えは、既存の道三像を踏まえつつも、希望に満ちた爽快極まりないドラマでありました。

 そんな離れ業を可能としたのが、近年の主流的学説という、道三二人説。すなわち、道三の業績として伝えられるのは、彼一人ではなく、父の代からのものと合わさってのものという説ですが、本作はそれを単純に採用するだけでなく、それを踏まえて更なる伝奇的ストーリーを生み出しています。

 その中心となるのが、新左衛門尉の前身が、後鳥羽上皇の怨念を継ぐ櫂扇派の刀鍛冶だったという設定。歴史が動く時、常にその刀があったと言われる櫂扇の刀を巡る因縁と宿業の物語は、冒頭から結末に至るまで、本作を貫く縦糸の一つとして描かれていくこととなります。
 しかし、この櫂扇が象徴するものは、歴史を動かす怨念が籠められた血、つまり死だけではありません。それと似ているようで全く異なるもの…歴史を紡いでいく人々の血、すなわち絆をも、同時に象徴しているのです。

 道三を評する時、決まって用いられる「梟雄」という言葉を、本作においては、覇業のためであれば父を、子を斬ることのできる性根を持つものとして描いています。
 この無情極まりない概念を、本作が「斎藤道三」の中にどのように具現化させるか――それはここでは述べませんが、そこで描かれる凄まじくも美しい「絆」の形と宿業からの解放の姿には、必ずや胸打たれることと思います。

 もちろんこの道三の血の因縁については、本作の長大な内容の一部であり、その他にも本作を構成する要素は様々に――そして実にドラマチックに、エキサイティングに――存在しています。実に個性的な数多くの人物が活躍する群像劇(特に、女として、妻として、母として強烈な業を持った新左衛門尉の妻・関の方の人物像は強く印象に残ります)としても、豪傑や忍者たちが活躍する時代活劇としても、そしてもちろんこれまで通りの道三の国盗り物語としても、本作を読むことは可能ですし、事実そのように企図されていることは間違いありません。

 しかし私は、あえて「ふたり道三」という題材を選んだところに、そしてその道三を櫂扇の太刀を受け継ぐ者と設定したところに、作者の、人間という存在に、そしてその人間の絆が生み出す歴史に対する希望というものを感じるのです。
 そしてその希望こそが、宮本作品を貫く爽快感の源ではないかと――今更ながらに感じる次第です。


「ふたり道三」(宮本昌孝 新潮文庫全三巻) 上巻 Amazon/中巻 Amazon/下巻 Amazon

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.05.18

「長嶋十勇士」 真田一党、現代に出現す

 王貞治が一本足打法を編み出す際に日本刀を用いて特訓を行ったというエピソードにも端的に見られるように、剣術とバッティングの動きに我々はどうも類似性を見出すようです。そのためか、野球と剣術を結びつけたフィクション作品も珍しくないのですが、今日紹介するのはその中でも珍品の部類に入るであろう作品。今をときめく宮本昌孝先生が二十年近く前に発表された作品であります。

 かつての栄光も空しく、今は万年最下位の大洋ホエールズの監督として野球ファンから失笑を罵声を浴びている長嶋茂雄。阪神との試合の後、一人天王寺界隈を彷徨っていた彼が出くわしたのは、何と大坂夏の陣の最中に現代にタイムスリップしてしまった真田幸村と真田十勇士でありました。幸村たちに好感を抱いた長嶋は彼らを匿い、恩義を感じた幸村と十勇士は、長嶋のために野球選手となることを申し出ます。超絶の身体能力を持つ真田九勇士(幸村はコーチ)の活躍で王貞治率いる巨人と激しいペナントレース争いを演じる大洋ですが、しかし巨人の背後には、真田と戦っているうちに共にタイムスリップしてきた柳生宗矩と服部半蔵ら伊賀忍群の姿が――かくて優勝をかけた最終戦、壮絶な秘術争いの結末は!

 …という内容の作品があったんです。本当に。
 私も雑誌掲載時にちらっと目にしたきりで、今回ようやくきちんと読むことができたのですが(コピーを見せて下さったH氏に心から御礼申し上げます)、いやはや、ある意味期待通りの内容です。

 内容的には、80年の長嶋解任劇の後、巨人に戻ることができず大洋ホエールズの監督に就任したというifの世界のお話(本作発表は90年ですので、93年に監督再任される前ですね)ですが、それはまあ小さいこと。五味先生の名作「一刀斎は背番号6」では伊藤一刀斎(しかもこれは子孫)一人の活躍でしたが、本作では真田十勇士(-霧隠才蔵)の九人が大洋ナインとして大暴れ。何せ立川文庫の荒唐無稽なパワーそのままに活躍するのですから、一流アスリートとはいえ普通の野球選手がかなうわけはない。
(十勇士の中でただ一人、霧隠才蔵のみはナインに加わっていないのですが、彼は忍び稼業に嫌気がさして俳優に転向。その名も市雷蔵として「忍びの者」なる映画に主演しております…)
 しかし巨人側には、王監督に家康の姿を見た(名付けて王御所)宗矩と半蔵が味方して、馬鹿馬鹿しくも何となく懐かしい忍術の数々で真田勢を苦しめるのが愉快。特に僕らの知将・柳生宗矩は、最終戦に(この世界では巨人入りした)荒木大輔を投入、時代小説ファンであればアッと驚く作戦で真田勢を窮地に陥れてくれます。

 …何となく、いまだに単行本に収録されていない理由もわかるような気がしますが、本作は宮本先生にとっては、まだ出世作たる「剣豪将軍義輝」を発表する数年前、「もしかして時代劇」「旗本花咲男」など、時代小説作家の方向性を強めつつも、パロディ・コメディ色の強い作品を執筆していた頃の作品。そう考えれば、取り立てておかしな作品というわけではないかと思います(…いややっぱりどうかなあ)。
 正直なところ、ネタもののわりにちょっとページ数が多かったのか、十勇士たちの活躍を描くにいささか冗長に感じる部分がないでもないのですが、それでも良い意味で稚気溢れる内容は理屈抜きで楽しく、パロディ作家としての宮本先生のスキルというものを感じさせてくれます。


 ちなみにそもそも真田一党と宗矩・半蔵らがタイムスリップしてしまった原因は、淀君のあまりに甲高い叫び声が時空を揺るがしたためという設定なのですが、甲高い声といえばやはり…というわけで、ラストでは驚天動地のオチが待ち受けております。
 色々な意味で素晴らしい本作、いつか皆さんの目にも入る日を私は心から楽しみにしているのですが…どうかなあ。


「長嶋十勇士」(宮本昌孝 「小説奇想天外」11号掲載)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.05.11

「御庭番 明楽伊織」第2巻 明楽正継、大暴走

 いま最も先が楽しみな時代コミックの一つである「御庭番 明楽伊織」の第二巻であります。
 今にして思えばおとなしめだった第一巻ですが、この第二巻では一気に物語がブースト。全く予想外の、しかし凄まじく面白い方向に物語は展開しています。

 この巻の開幕早々、暴れまくるのは何と伊織の兄・明楽正継。連載開始当初は、立ち位置的に(そして「明楽と孫蔵」との繋がり的に)「ああ敵に惨殺されちゃうのね」と思いこんでいたのですが、あに図らんや、されるどころか惨殺する側に回るとは…
 第一巻ラストで意味ありげに登場、尾張柳生の剣士たちと密談を始めた正継兄は、何と幕府の秘事を記した文書を餌に取引を開始。幕府への忠義はと相手に問われれば――
「忠義など仮名手本(忠臣蔵)舞台の上の絵空事!!! 莫迦貝は儒者どもに喰らわせておけッ 俺は自分の意志へ忠義する!!!」
 …莫迦貝がどこから出てきたかわかりませんが、とにかくすごい勢いです。
 そして首尾よく取引を成立させたと思いきや、渡すはずの文書を巻き上げて逃走、怒り心頭に達した尾張柳生をさらに嘲弄しまくった末に、短銃を持った相手を含めて五名の剣士をたった一人、それも無手の状態から一人残らず惨殺!
「お母ちゃんにいわれただろ? “ゴハン食べてる時はベチャクチャしゃべらずに黙ってハシ動かしなさい”ってな!」
「銃に手をかけたら何より先に引き金引くのが宇宙の常識!!」

 お母ちゃんと宇宙の両極端を同時に持ち出されては、もう逆らえません。脱帽です。

 と、第二巻のほぼ1/3を正継兄が占領した一方で、主人公である伊織の方は、連載当初の迷える状態から脱し、あっさりと孫蔵にもリベンジ。パワーアップの理由が、師匠により封印されていた本来の力を発揮したから、というのはどうかと思いますし(まあ、森田作品の主人公に地道な修行シーンは似合いませんが…)、あまりにも人間ができすぎてしまった感もあるのですが、一瞬の死闘を経た後の、孫蔵との心の交流はなかなか味わい深く、また、ちょっと「明楽と孫蔵」で見せてくれた気楽な二人の距離感的なものも垣間見せてくれたのは嬉しいところです。

 この他にも、この巻ではちょっとした描写に深い味わいを感じさせる場面が――例えば、芸者の付き人の男衆がちょっとした伊織の動きから彼の達した域を悟る場面や、伊織が宿場のやくざ相手に暴風の如く暴れ回る傍らで平然と談笑する老武芸者たちの姿など――あり、単なる勢い任せではない、深みと美学を感じさせるものが本作にはあります。


 さて、いかにパワーアップしたとて伊織の進む道はまだ見えず、いつタイトル通りとなるのかもわからない状況。その一方で、正継の方は婆琉披(バルバ)忍衆なる配下を集め、なにやら更なる陰謀を(まさか蝦夷地で地上に残った最後の神を甦らせるわけではありますまいが)巡らす最中であります。共に「龍と変容て歴史の闇の彼方に去る」ことが運命づけられた男たちの死闘の行方や如何に…
 連載も休載が少なくなく、雑誌自体ナニではありますが、物語のポテンシャルを使い切って、最後の最後まで物語が描かれ尽くされることを祈る次第です。


「御庭番 明楽伊織」(森田信吾 角川書店チャージコミックス) Amazon

関連記事
 「御庭番 明楽伊織」第一巻 明楽伊織、モラトリアムにもがく

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.04.16

「寛永無明剣」 無明の敵、無明の心

 北町奉行所の同心・六波羅蜜たすくは、大坂の陣の残党を追う中で、不可解にも柳生宗矩配下の柳生剣士たちの襲撃を受ける。その背後に巨大な陰謀の影を感じたたすくは捜査を開始するが、さらに奇怪な術を操る一団までもが登場し、たすくに迫る。そして遂にたすくが知った真実――それは人類そのものの存亡に関わる巨大な秘密であった。

 光瀬龍先生の時代小説については、当方でも何度か取り上げているところですが、その中でも一、二を争うくらい好きな作品が本作(と「夕ばえ作戦」)であります。

 北町同心、その実は松平伊豆守の腹心の部下を主人公とした本作は、人間一人はおろか集落そのものをもたやすく葬り去り、そして幕府要人たちといつの間にかすり替わっているという、姿無き強大な敵との戦いをサスペンスフルに描いて、時代小説としても非常に面白いのですが、しかし、それだけにとどまらないのはもちろんのこと。

 中盤を過ぎで、敵の正体、さらにその目的が明らかになっていく際の、一種の世界崩壊感覚とでも申しましょうか…確たるものと信じ込んでいた世界が、実は舞台の書割にすぎなかった、とでも評すべきすさまじいどんでん返しには、レーベルや作者からある程度の内容の予測をしていても、やはり驚かされます。
 もちろん、その衝撃も、書割という表現が失礼にあたるくらい、時代小説として良くできているからこそではありますが…

 そして――たすくが知ることとなった事件の背後に潜む真実の、圧倒的という言葉も空しくなるほど途方もないスケールと、それでいて一片の詩情すら感じさせる虚無感と悲哀は、まさに光瀬節。
 「無明」と言うほかない運命を変えるために襲い来る敵を、迎え撃つたすくの心もまた「無明」。まさに「寛永無明剣」とはこのことであったか! と唸らされると同時に、ラストに描かれる人と人との当たり前の繋がりの一つが――敵の正体を考えれば皮肉ですらあるのですが――小さいながらも希望の灯火のように感じられたことです。

 正直なところ、本作をネタバレせずに紹介するのは、魅力の半分以上を伝えることができないようにも思いますが、未読の方に、この途方もない衝撃を味わっていただくために、隔靴掻痒の思いを堪えて記す次第です。


 ちなみに――ムネノラー的には本作の宗矩の活躍は必見であります。何と言っても人類の命運を背負った戦士!(本当)
 だというのに、ラストバトルがほとんど一軒家プロレスなのは何とも…ある意味期待通りと評すべき乎。いや○○なんですけどね。

「寛永無明剣」(光瀬龍 ハルキ文庫) Amazon

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.04.11

「風の陰陽師 2 ねむり姫」 陰謀と別れの数々

 都に降った黒い雪、それはさらなる凶事の前触れだった。妖魔の跳梁、そして都を覆いつくす暗雲…さらに晴明が密かに慕う咲耶子姫までもが謎の術師・藤原黒主の術中に陥ってしまう。眠り続ける姫を救うため、彼女の夢の中に飛び込んだ晴明だが、そこで待ち受けていたのは宿敵・蘆屋道満だった。

 少年晴明の冒険記「風の陰陽師」の第二巻で描かれるのは、都に混乱を招かんとする怪人・藤原黒主の陰謀の数々と、晴明が経験する別れの数々であります。
 第一巻は、晴明伝説から様々なエピソードが引用・モディファイされていましたが、今回はほとんど全てオリジナルの展開。晴明も、まだ学生ながら陰陽師としての活動を始めており、第一巻よりも成熟した人物として描かれている分、大仕掛けなエピソードに力点を置いて、物語が展開していきます。
 その内容も、黒主が呼び出した妖魔「闇の嫗」とそれが生みだした「闇の孕み子」の跳梁、帝に見初められたことが元で次々と奇怪な術に襲われる咲耶子姫の救出、そして母の故郷・信太の森で勃発した跡目相続争いと、大きなエピソードが連続して、あるいは平行して進行。始まりから結末まで、まず一気に楽しめる内容でした。

 その一方で、キャラクター面を見れば、陰陽両面を持った存在として、第一巻ではある意味もっとも人間くさい人物として描かれていた賀茂忠行が、今回は本当の悪役になってしまったのが少々残念なところ。
 もっとも、その忠行の子であり晴明の兄貴分である保憲と、そして晴明への復仇に燃える道満という、陰陽双方向で晴明に対置される二人が、いい具合に味のあるキャラクターに育ちつつあり、優等生的な晴明に対してよいアクセントになっていたかと思います。

 さて、物語のラストで、心の拠り所であった者たちを失うこととなった晴明。後見人である忠行は敵側につき、さらに物語の途中では超大物妖魔までも顔を見せており、晴明のこれからの道も、まだまだ険しいことでしょう。
 物語の最後の最後には、この時代の超有名人の名前も出てきて、この先の展開への期待が、否応なしに高まるところです。


「風の陰陽師 2 ねむり姫」(三田村信行 ポプラ社) Amazon

関連記事
 「風の陰陽師 1 きつね童子」 陰陽併せ持つ登場人物たちの魅力

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.07

「神変卍飛脚」 クロスオーバーな超忍者伝

 残念ながら今ではほとんど一般の方からは忘れ去られているけれども、個人的には非常に気になるという作家が何人かいるのですが、宮崎惇もその一人です。
 日本SF黎明期から活動してきた氏には、SF+時代劇、ファンタジー+時代劇という、今ではさほど珍しくないクロスオーバー的な作品の先駆とも言うべき作品が多いのですが、この短編「神変卍飛脚」もその一つであります。

 武田勝頼が、その死の直前に真田昌幸に遺したという甲州金の謎を巡り、猿飛佐助・風魔小太郎・服部半蔵の三人の忍者が鎬を削る本作は、ごく普通に忍者ものの時代伝奇小説として読んでも水準に楽しい作品。時代もの・忍者もののノンフィクションもものした作者らしく、忍者の操る術や、使う忍具の数々の解説も描き込まれています。

 しかしそうした「普通の忍者もの」的ディテールは、むしろ本作の特異性を浮かび上がらせるための前フリとでも言うべきもの。本作の眼目は、そんな真っ当な忍者たちの及びもつかぬ超絶の能力を発揮する、三人の超忍者の姿にあります。
 瞬く間に己をそして他者を遠隔地に移動させる佐助、手を触れずして周囲のものを自在に動かし破壊する小太郎、相手の心に浮かんだことを己の掌中にあるが如く読みとる半蔵…
 これらの能力は、言うまでもなく様々な小説や漫画でお馴染みのものですが、それがいざ時代小説の中で、それもお馴染みの忍者たちの能力として描かれると――上記の通り普通の忍者ものの枠がきっちりと描かれているだけに――なかなかにインパクトがあります。

 冒頭に述べたように、こうしたクロスオーバー自体は今ではさして珍しくありませんが、一種のコロンブスの卵と呼ぶべき作品であります。

 惜しむらくは、短編であるためか――個人的には本作、長編化の構想もあったのではないかと想像するのですが――終盤が些か慌ただしく、これで終わり? という印象もあるのですが、そういった点を含めてもなお、愛すべき作品と思っている次第です。
(ラストに記された、三人の能力の源についての文章が、またプリミティブな楽しさがあってよいのです)


「神変卍飛脚」(宮崎惇 大陸文庫「日本妖忍列伝」所収) Amazon

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.02.21

「風の陰陽師 1 きつね童子」 陰陽併せ持つ登場人物たちの魅力

 幼くして父を失った安倍晴明は、実は母が信太の森の狐であったと知り、母を慕って京を飛び出す。様々な冒険の果てに陰陽の術を会得して京に戻り、正式に陰陽寮で学び始めた晴明は、ある日、主の前での術比べを命じられる。その相手は旅の最中で知り合った野心家の陰陽師・蘆屋道満だった…

 さすがに一頃に比べるとずいぶん作品点数は減ってきましたが、やはり安倍晴明は今でも平安ものにおいて人気者であることは間違いありません。この「風の陰陽師」シリーズの第一巻「きつね童子」もその一つ。
 レーベルこそ児童文学ではありますが、ストーリーのひねりといい人物描写といい、子供だけでなく、(晴明ファンの)大人が読んでも十分に楽しめる作品となっています。

 この第一巻で描かれるのは、晴明の生い立ちから、彼が陰陽師として初の「公的な」活躍をみせるまでのエピソード。
 晴明の生まれといえば、かの「信太狐」の物語をご存じの方も多いかと思いますが、本作でもタイトルに表れている通り、晴明は人間の