2017.02.02

皆川亮二『海王ダンテ』第2巻 いよいよ始まる異境の大冒険

 超古代文明の遺産である本と魔導器を手にした少年・ダンテ(実は若き日の○○○○)が繰り広げる奇想天外な冒険を描く海洋冒険伝奇漫画の第2巻であります。正式に英国海軍の士官候補生となったダンテが向かうのはインド。そこでじゃじゃ馬未亡人を連れ帰る任務に就いたダンテの前に思わぬ敵が――

 「生命」の書を巡る南極での冒険の最中に行動を共にした英国海軍の人々に惹かれ、自らも海軍を志願したダンテ。パトリックとダミアン、同年代の友人もできた彼の乗る船は、インドに向かうこととなります。
 航海の目的は、現地の大富豪と結婚したイギリス人女性・フランシス・ニズベット(ファニー)嬢を連れて帰ること。ヒンドゥー教の「サティー(寡婦殉死)」……夫が死んだ際に、妻がその亡骸と共に焼かれるという儀式から、彼女を救出することが目的なのですが――

 しかしそこで待ち受けるのは、執拗にファニーをサティーにかけようとする教徒たち。町中の人々を敵に回すこととなったダンテたちですが、ファニーまでイギリスに帰ることを拒み、ダンテは思わぬ苦闘を強いられることになります。

 さらに海からダンテたちの船に予想もしなかった脅威が迫ります。何と百年前に処刑されたはずの海賊キャプテン・キッドとその不死の兵たちが襲ってきたのであります。
 書を狙うゾンビ海賊を退け、そしてファニーを連れてダンテは無事帰還することができるのか――


 というわけで、設定の紹介編的な第1巻に続くこの巻では、いよいよ海に出た主人公が繰り広げる大冒険……という、実にワクワクさせられる展開。
 何しろ後の○○○○提督だけに、海に出るのは当然と言うべきかもしれませんが、そこで繰り広げられるのは、貴婦人(?)救出という古式ゆかしい冒険活劇に加え、死から甦った大海賊を向こうに回してのバトルなのですから、盛り上がらないはずがありません。

 ダンテの持つ書「要素」と魔導器の能力――この世界を構成する分子を自らの意志で組み替え、物理的な力に変えるという能力。
 これは彼の体の一部を触媒に使うとはいえほとんど万能であるだけに、主人公無双となるのでは、という不安もありましたが、それはもちろん杞憂。

 ダンテが海軍という組織に加わり、共に戦う仲間ができたことで、その能力を使うのにいい意味で制限がかかった(使わずに切り抜けることが可能となった)ことが、物語にとってはポジティブに作用していると感じます。

 そして興味深いのは今回の舞台。インドという(イギリスにとっての)異境は、この時代を舞台としたフィクションではしばしば登場しますが、サティーという風習を中心に据えているのが印象に残ります。

 実際にはこの当時は既に廃れかけていた風習とのことですが(そしてそれは作中でも語られるのですが)、何故周囲がそれに拘るのかという点で一ひねりあるのが面白い。
 そしてそれが、単純に現地の人々だけを、あるいは西洋人だけ悪人としない作劇に繋がっていくのも巧みであります。

 しかし何よりも面白いのは、救い出すべきファニー自身がサティーを望んでいるという設定でしょう。もちろん単なる自殺願望ではなく、そこには彼女なりの深い理由があるのですが……そこから逆にダンテとの心の絆が生まれるというのが、実にイイのです。
 実はサティーからヒロインを助けて……というのは、『八十日間世界一周』のオマージュではないかなあと思うのですが、しかし見事な換骨奪胎と言うべきでしょう。

 そしてこの巻のラストでダンテたちが取る行動も、如何にも少年らしい正義感と無鉄砲さがあって、実に爽快、痛快。さらにここで史実を見れば、思わずニヤニヤさせられてしまうのであります。

 この巻では登場しないのかな、と思わされたライバル・ナポリオもまたとんでもない形で登場、二人の微妙な距離感も楽しく、少年漫画の王道を往く冒険活劇として(作者の作品の中でも最も「冒険」の語が相応しい作品ではないでしょうか?)大いに楽しませていただきました。


 しかし「敵」が手にした力はある意味無尽蔵。ラストで登場する次なる敵は、ある意味海賊の元祖というべき存在だけに、一筋縄でいくはずもありません。
 ダンテが、ナポリオが、仲間たちがこの強敵に如何に立ち向かうのか、そして如何なる冒険が待ち受けているのか……第3巻が待ち遠しいのです。


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2017.02.01

宮川輝『買厄懸場帖 九頭竜 KUZURYU』第3巻 三人目の九頭竜が選んだ道

 石ノ森章太郎の原作漫画を宮川輝がアレンジする本作もこの第3巻でついに完結。母の仇を捜す買厄人・九頭竜の旅は思いも寄らぬ方向に進み、九頭の竜の前金物に秘められた莫大な黄金を巡る争いに巻き込まれることに。そして死闘の果てに彼を待つものとは――

 表の顔は薬売り=売薬人、そして裏の顔は金で厄介事を始末する買厄人・九頭竜。幼い頃に母を殺した下手人を追う彼は、母が残した前金物を手がかりに旅から旅を続ける中、ついに下手人の正体を知ることになります。
 それは自分を拾い、育て上げた養父とその仲間たち――謎の行者姿の一団。長きに渡りこの国の歴史の陰で戦いを繰り広げてきた二つの勢力の一つに属する彼らは、その軍資金として隠し金山から莫大な黄金を掘り出し、それに関わった者たちを皆殺しにしたというのであります。

 そしてその黄金の隠し場所が記されたのが、全部で九枚存在する前金物。九頭竜は残る仇を追い、真実を確かめるため、残りの前金物を追うのですが……その前に現れたのは、武田家の残党・天涯法師率いる一団。そして行者たちの配下である謎の女・蛇姫でありました。
 かくて九頭竜の旅は、復讐行から、思わぬ三つ巴の秘宝争奪戦へと変わることに――


 これまで描写の少々の違いこそあれ、原作をほぼ忠実に追ってきた本作。この最終巻で描かれるのは、その原作の中盤から終盤からの物語なのですが……物語が進むにつれ、その内容は、やはり原作を踏まえつつも、しかし大きくその方向性を変えていくこととなります。

 九頭竜とその配下、天涯法師一味、そして行者たちと蛇姫……三派が各地で繰り広げる壮絶な血闘の数々。その最中で変わっていく九頭竜と蛇姫の関係性。そして訪れる別れと秘宝の真実――
 その多くは原作通りでありながら、本作が迎えるのは、ある意味原作とは正反対の結末。冷静に考えれば原作では曖昧なままであった部分に答えを示したのはさておき、全く異なる結末の味わいには、原作ファンからは賛否が分かれるかもしれません。

 ……が、私はこの結末を大いに気に入っています。


 以前にも紹介していますが、本作は、実はさいとう・たかをによるリライト『買厄人九頭竜』に続く二番目のリライト。その意味では、本作の九頭竜は、三人目の九頭竜と言うことができるでしょう。
 そして過去の二人の九頭竜は、出会う真実はほぼ同じだったとしても、その選んだ道、辿った運命は、また大きく異なるものでした。

 その結末について詳細に述べることは避けますが、一人目の九頭竜はその運命に飲み込まれ(あるいは殉じ)、二人目の九頭竜はその運命を投げ出した……そう表することができるのではないかと思います。
 それに対して本作の九頭竜、三人目の九頭竜は、その運命を自ら切り開いたと言うべきでしょうか。己を苦しめ、翻弄してきた運命の真実を知ってもなお、それを受け止め、そして前向きに歩き出す――それが本作の九頭竜の選んだ道なのです。

 繰り返しになりますが、この結末に違和感を感じる方はいても不思議ではありません。しかしあくまでも本作は三人目の九頭竜の物語であり、ようやく「九頭竜」は未来を手にしたのだと――最終回、あまりにも意外なゲスト(カメオ)の登場を通じて、私は感じられたのです。
(そして、原作終盤では薄れがちであった「買厄人」という要素を思わぬ形で甦らせたラストも心憎い)


 「邀撃」で描かれる天涯法師とその息子の辿る結末、「逮夜」冒頭で描かれる卑小な人間に対する自然の巨大さなど、描写の面でも印象に残り、唸らされることも少なくなかった本作。
 まずは大団円を迎えた作品として、私は満足しております。


『買厄懸場帖 九頭竜 KUZURYU』第3巻(宮川輝&石ノ森章太郎 リイド社SPコミックス) Amazon
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2017.01.28

宮島礼吏『もののて 江戸忍稼業』第2巻 二人の成すべき仕事の意味

 左右の手が逆についた逆手の青年、実は飛騨望月衆の忍びである皆焼と、ある事件から彼と知り合った医師志望の少女・おこたの冒険を描くユニークな忍者ものの続巻であります。望月衆に加わることとなったおこたは皆焼と珍妙な任務に就くのですが、それが思わぬ事件を引き起こすことに……

 医師になることを夢見て中山道を旅する途中のおこたが、悪辣な賊に襲われた際に出会った皆焼。彼は、周囲の人間たちが「もののて」と呼んで一様に嫌悪し、疎外する逆手の持ち主でありました。
 しかし彼の逆手を恐れぬどころか、それに惹かれたおこたが助けを求めたことがきっかけで、(貸しを背負わされた)おこたは彼と旅することになります。

 そして二人が辿り着いた望月衆の里では、皆それぞれに泰平の世の忍びとしてのお仕事(金儲け)に勤しむ毎日。そしてその一員となることを望んだおこたですが――


 というわけでおこたの初仕事となるわけですが、その内容がとんでもない。
 錠前屋からの依頼を受けて、とある町で錠前を売ることとなったおこたは、周囲から引き離されないように互いを手鎖で結んで駆け落ちをする夫婦という触れ込みで、その錠前の頑丈さを宣伝(ステマ)することになったのであります。

 そしてもちろん(?)その相手役は皆焼。かくて四六時中手鎖に繋がれた二人の共同生活が始まることに――
 とくれば、何と言いますか、未成年向けの『剣鬼喇嘛仏』的なエロコメ展開になりそうですが(そして実際のところ結構そういう感じでもあるのですが)、しかし物語は思わぬ方向に転がっていくことになります。

 実は二人が夫婦生活を始めた大田の町は、かつておこたが暮らしていた場所。針子として幽閉同然の暮らしを送っていた彼女は、しかし名門の若君・長雄に見初められ、輿入れすることとなっていたのであります。
 しかし医者になるという夢を諦められなかったおこた。その後の彼女はこれまで描かれたとおりですが、ここで長雄に見つけ出され連れ戻されることになってしまったのです。

 剣の達人である長雄によって手鎖を斬られ、連れ戻されるおこた。彼女の夢に全く理解を示さぬ長雄に、おこたは大切にしていた医学書を燃やされ、そして皆焼も己の忍びとしての役目を嘲られ、ついに剣を以って長雄に対峙することに――


 いやはや、前半である意味いかにも本作らしい、可笑しくも世知辛い「仕事」を巡るコミカルな騒動が展開されていたと思えば、後半で意外にもシリアスかつ重い方向へ展開していったこの巻。
 しかしこの前半と後半には、「仕事」――己のなすべきことに対する、皆焼とおこたの矜持が描かれるという共通点があります。

 大きな戦闘力を持ちつつも、その能力はほとんど必要とされず、事務や営業といった能力を持った面々に比べて低く見られている皆焼。皆焼への借金を返すため、そして自分自身の手で金を稼ぎ、未来の夢である医者を目指すおこた。

 その来し方、そして目指すところは全く異なりますが、しかし二人に共通するのは、それでも己の任せられた任務を最後までやり遂げようとする心であります。
 それは様々な重荷を背負ってきた二人にとって、自分自身の足で立ち、生きていくことと同義なのですから――

 そして二人の前に立ちふさがる長雄は、そんな二人が仕事に向ける想いを理解しない、できない存在として描かれます。
 織田信長の孫(しかも実在の人物)という立場にある長雄にとって、忍びなどは顧みる価値もない存在。そして彼がおこたに向ける想いは本物ではあるものの、しかしそれはあくまでも一方的なもの……彼女の夢もまた、彼にとっては無価値なものでしかないのです。

 もっとも、彼もまた、一族の名が一人歩きする中で、己の居場所と価値を求めてあがく人間であります。(その中で自分を一個の人間として見てくれたおこたを見初めたという設定がまたうまい)
 そこには同情の余地があるのですが、しかし、二人にとっては、物語設定以上に、乗り越えるべき相手として描かれていることは間違いありません。


 脳天気でアバウトなようでいて、その実、意外と骨っぽく、しっかりとしたものを内包している……そんな、主人公たる皆焼同様のものを持つ本作の在り方が見えてきた今、続きが気になる作品です(この巻がまた、イイところで引いていて……)


『もののて 江戸忍稼業』第2巻(宮島礼吏 週刊マガジンKC) Amazon
もののて(2) (講談社コミックス)


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2017.01.15

物集高音『大東京三十五区 冥都七事件』 縁側探偵が解く「過去」と「現在」

 日本の首都である東京都区部=二十三区。その二十三区が現状とほぼ同じ範囲となったのは、昭和7年……当時は三十五区という形でした。本作はその前年から始まる連作短編集、下宿の大家と不良書生という異色のコンビが、「過去」と「現在」に渡り東京を騒がせる怪事件に挑むユニークなミステリです。

 本作の主人公の一人は、早稲田大学の学生・阿閉万。学生とは名ばかりで、落語や探偵小説など、様々なことにちょろっと手をつけてはすぐに投げ出すことからついたあだ名が「ちょろ万」という、まずうだつのあがらない青年であります。
 その阿閉青年が目下血道を上げているのは、明治時代の奇談の蒐集。明治の新聞記事から奇妙な事件を取り上げて一冊にまとめようという目論見なのです。

 そんな彼が今回見つけたのは、明治13年に起きたという品川東海寺での怪事件を記した記事。東海寺の七不思議の一つ、切れば血が出るという血出の松が台風で倒れて暫く経ったある晩、警邏の巡査が、按摩がその松を何かに憑かれたように揉み療治していたのを見つけたというのであります。

 さて、阿閉青年がこの記事のことを語って聞かせた相手というのが、彼の下宿「玄虚館」の大家・玄翁先生こと間直瀬玄蕃老人。
 真っ白い総髪に長い山羊髭と仙人めいた風体で博覧強記、こうした奇聞珍聞も大好物の玄翁先生は、阿閉青年を相手にこの事件の謎解きを始めるのですが――

 というのが第一話「老松ヲ揉ムル按摩」の物語。阿閉青年が仕入れてきた様々な奇談怪談に対し、玄翁先生が屋敷の縁側に座り、青年をこき使って手に入れた情報を元に真相を推理してみせる……という、安楽椅子探偵ならぬ縁側探偵というべきスタイルであります。

 しかしこの縁側探偵、単純に空間的な距離のみならず、物語の時点から数十年前という時間的な距離まであるという状況からの推理なのが実に面白い。
 しかもこの第一話の題材となっているのが(本作においてはアレンジした形で描かれていますが)吉村昭や葉室麟の作品の題材ともなったあの事件というのにも唸らされるところであります(しかも……)。


 本作はそんな二人が挑む全七話を収録。
 荏原郡の医師の家にバラバラと石が降り、窓を破って中にまで飛び込んできたという「天狗礫、雨リ来ル」
 三ノ輪で産婆の家の前の夜泣き石が咽び泣いたことを探る中で思わぬ事件が露呈する「暗夜ニ咽ブ祟リ石」
 明治34年、花見で賑やかな向島に作られた迷路の中から二人の花魁が忽然と消えた「花ノ堤ノ迷途ニテ」
 根岸の小川で、見知らぬ子供が橋が落ちると騒いだ直後、川の水が増量し橋が流された「橋ヲ墜セル小サ子」
 明治末、開業したばかりの王子電車が飛鳥山近くで花電車の幽霊電車に幾度も目撃された「偽電車、イザ参ル」
 東京三十五区の誕生記念式典の最中、天に「凶」の字が浮かんだ騒動の背後に、思わぬ犯人の姿が浮かぶ「天ニ凶、寿グベシ」

 第一話のように明治時代の事件もあれば、物語の時点でリアルタイムともいえる昭和初期の事件もありと様々ですが、共通するのは、超常現象としか思えないような事件の数々に対し、きっちりと合理的な解決がつけてみせるミステリとしての面白さであります。

 特に「花ノ堤ノ迷途ニテ」は、人体消失トリックをフェアな形で解き明かす同時に、背後にその時代ならではの事情を織り交ぜるのが見事で、本作で個人的に最も好きな一編。
 また「橋ヲ墜セル小サ子」も、到底人間の手では不可能としか思えない怪事に対して鮮やかな解決が提示されつつも、しかし……と不気味な後味が残るのも面白く、こちらも本作を代表する作品と言えるでしょう。

 もっとも中には少々強引と思えるものもあるのですが、衒学趣味の強い玄翁先生と「現代っ子」の阿閉青年という全く毛色の違う主人公二人のやり取りの面白さと、地の文の講談風の独特の語りによって、それも物語の一部として何となく受け入れられる……
 というのは少々強引かもしれませんが、本作ならではの魅力というものが、確かにあることは間違いありません。


 そして……本作にはもう一つの仕掛けがあります。その内容をここで語ること自体がルール違反となりかねませんが、ここで描かれるのは、「過去」と「現在」が入り乱れる本作だからこそできる、意味がある大仕掛と言うことは許されるでしょう。個人的には直球ストライクの趣向であります。

 しかし気になるのは結末のその先ですが……本作はあと二冊続編が刊行されているのでご安心を。そちらも近々紹介の予定です。


『大東京三十五区 冥都七事件』(物集高音 祥伝社文庫) Amazon
大東京三十五区 冥都七事件 (祥伝社文庫)

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2017.01.06

魅月乱『鵺天妖四十八景』第1巻 トリックスターが語る残酷なおとぎ話

 人間と妖が共存する時代を舞台に、とある村で畏れ崇められる正体不明の存在「鵺天」を狂言回しに展開する和風ダークファンタジーであります。この第1巻は連作短編スタイルの全4話から構成されております。

 とある村の外れの祠で祀られる存在・鵺天。鳥の仮面をつけた男の姿で現れ、人の肉を、魂を食らうと畏怖される鵺天は、同時に彼の求めるものを与えれば、望みを叶えてくれるという存在でもありました。
 しかしその求めるものとは、人々にとってはかけがえのないもので――

 第1話「暗澹たる眇 全き光彩」で描かれるのは、そんな鵺天の祟りを受け、顔が醜く変わった少年と、眼病を患った少女の物語であります。
 顔の醜さとその由来から、他の村人たちに忌避される少年。そんな中、村外れで一人暮らす少女だけは、眼がほとんど見えないが故に少年の優しい心を知り、二人は交流を深めていくのでした。

 しかし少女の眼がますます悪くなっていき、まもなく失明すると知った少年は、唯一の友から、人骨が薬となると聞かされます。
 やがて村の墓が何者かに暴かれ、その犯人として捕らえられる少年。村人たちに吊し上げられた少年が、鵺天に望んだものとその代償とは――

 醜い外見と美しい心を持つ者が、その外見を見ることができず、それ故に正しい判断を下すことができる相手と巡り会う……という物語は、古今東西を問わず存在します。

 この第1話もその一つではありますが、もちろん類話と大きく異なるのは鵺天の存在。少年と少女が不幸な運命にどんどん追いつめられた末に、鵺天が二人に、周囲の者たちに何をもたらすのか――
 あまりに容赦ない展開の末に、思わぬ光が描かれるラストは、「残酷なおとぎ話」とも言うべき本作の、一つの典型を提示していると言えます。


 そして続く物語も、なかなかに容赦のない設定と展開の連続であります。
 親を人間に殺され、鵺天に村の人間の皆殺しを願う狸の娘と、狸のために親が亡くなったと怨む人間の男が思わぬ関係を築く「長閑ろかな橋」
 夫を亡くし女手一つで幼子を育てる中、正体不明の化物の子を孕み、生んだ女性の恐怖と悩みを描く「無用の嬰児」
 制外の民を集め妖のための家畜としている美貌の妖に嫁として望まれた大食らいの娘が、鵺天の力を借りてその運命から逃れようとする前後編「件百鬼の射干」

 あらすじを見れば、どれも皆、なかなかにどぎつい内容ですが……しかし、それが実際に読んでみれば、悪趣味に過ぎることなく、独特の、それも悪くない味わいのものとして読むことができるのは、やはり鵺天という大きな捻りがあるからにほかなりません。

 強大な神通力を持ち、人間を容赦なく食らう鵺天。その姿は一種の祟り神であり、一見、人間と、他者とわかりあえぬ怪物に見えるかもしれません。
 しかし作中で描かれるその姿は、決して人の、他者の情理を理解しない存在ではなく、むしろそれに皮肉な態度で接し、周囲を振り回す一種のトリックスターともいうべきものなのです。

 悲劇惨劇以外の結末が考えられない物語の中に、その皮肉な妖が紛れ込んだとき、何が起きるか……その意外さこそが本作の魅力と言ってもよいでしょう。

 物語の結末がイイ話方向に振れすぎているきらいはありますが、これはまあ、悲惨な物語を意外な方向に持っていけば、そうした結末となるのはむしろ当然と言うべきかもしれません。


 タイトルでは「妖」と書いて「およずれ」と読ませる本作。
 その「およずれ」本来の意味は、「他を惑わすことば、妖言」――周囲を惑わし、思わぬ結末をもたらす鵺天は、なるほどその言葉に相応しい存在かもしれません。

 彼自身の過去にも何やら因縁があるようですが、その辺りも含め、この先もトリックスターとして、大いに物語を、読者を惑わして欲しいものです。


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2017.01.03

『決戦! 桶狭間』(その一)

 一つの合戦をテーマに、その合戦に関わった人々一人一人を主人公として様々な作家が競作するアンソロジー「決戦!」シリーズ。私も毎回楽しませていただいていますが、今回のテーマは「桶狭間の戦い」。今回も直球ど真ん中から思いもよらぬ変化球まで、バラエティ豊かな作品が並んでおります。

 今回もまた、特に印象に残った作品を一つずつ紹介していきましょう。

『いのちがけ』(砂原浩太朗)
 前回の「決戦!」から開始された公募制度「決戦! 小説大賞」を今回受賞したのはこの作品。テーマは前田利家ですが、しかし物語の中心となるのは、その利家の家臣・村井長頼というユニークな作品です。

 信長の腹心、あるいはそれ以上の存在として知られる利家ですが、本書のテーマである桶狭間の戦いの際には、信長の同朋衆を斬ったことを咎められて浪人……出仕停止となっていたのもよく知られた話でしょう。
 そしてある意味そのとばっちりを受けたのが利家付きの長頼。利家とともに浪々の暮らしを送る彼は、かつての主家に危急存亡の秋が迫っていることを知るのですが――

 あえて利家という有名人ではなく、その家臣という視点から、利家を、そして利家と信長の家臣の絆を描く……それもその中で利家浪人の真実をも描くのが心憎い本作。
 物語的にはかなり地味な内容なのですが、利家主従が寄宿する郷士の娘も絡めて皮肉な味わいを生み出しているのも面白く、これがデビュー作とは思えぬ達者な作品です。


『わが気をつがんや』(富樫倫太郎)
 桶狭間の時点では人質として今川家の下にいた松平元康。その彼が義元の敗死の混乱の最中に今川家の軛から脱し、後の徳川家康となったことを考えれば、この戦はその後の日本の歴史を変えたとも言えるでしょう。
 その元康、人質といっても義元の下で厚遇され、義元を支えた太原雪斎の弟子という説もありますが……本作はその説をベースとした物語です。

 幼い頃から俊英ぶりを顕した元康を見込み、学問を、軍略を教えこむ雪斎。彼は自分の、義元の亡き後、氏真の軍配者として元康を育て上げようとしていたのであります。
 そう、本作は作者の人気シリーズのタイトルをもじれば『義元の軍配者』なのです(幼い元康と雪斎のやり取りが、小太郎と早雲のそれと重なる形で描かれているのにニヤリ)。

 ……と言いたいところですが、本作はその軍配者にならなかった男の物語。そもそも本作で描かれる氏真は、これがまた無能というより実に厭な厭な奴(これがまた実に作者らしいキャラ)であり、主君と仰ぐに足りない人物なのですから。
 既に雪斎は亡く、義元は討たれた今、氏真の下で今川家を支えていくのか。それとも……雪斎が最期に遺した「我が気をつがんや」という言葉を元康が自分流に受け止める結末が印象に残ります。


『非足の人』(宮本昌孝)
 その元康に見限られた氏真を中心に、敗者たる今川家の人々を描く本作。氏真といえば、父が築いた今川氏の栄光を一代で潰し、無能の代名詞のように描かれることがほとんどの人物ですが、その彼がほとんど唯一得意としたのが蹴鞠というのは、よく知られた話でしょう。

 実は名目上とはいえ、桶狭間の時点では今川家の家督を相続していた氏。
 しかし織田家との決戦――いや、織田家を揉み潰して天下に乗り出そうという時期に、自分の立場を顧みず蹴鞠に耽溺する氏真に苛立ちを募らせる者が家中に少なくないのも無理はない話でしょう(その筆頭として登場するが井伊直盛なのがタイムリーで楽しい)。

 そこで本作において、氏真を出陣させ、周囲を納得させるために警護役を買って出るのがあの武田信虎というのが実に面白い。言うまでもなくこの時点では子の晴信に追放され、今川家の客分となっていた信虎ですが、なるほどその信虎をこう使うとは……と唸らさられるばかり。
 そして義元が討たれた後の大混乱の最中、信虎らは氏真を守り、本陣であった沓掛城から決死の撤退をするのですが――

 蹴鞠においては「上足」(名手)であった氏真が、決死の場において思わぬ力を示すラストには感動してよいのか呆れるべきなのか……氏真以外の登場人物が多いため焦点がぼやけたきらいもありますが、ドラマチックな展開は作者ならではでしょう。


 明日に続きます。


『決戦! 桶狭間』(冲方丁、花村萬月ほか 講談社) Amazon
決戦!桶狭間


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2016.12.14

森川楓子『国芳猫草子 おひなとおこま』 一人と一匹、謎を追う?

 第6回『このミステリーがすごい!』大賞隠し玉作家による、なかなかにユニークな時代活劇であります。ひょんなことから猫の言葉がわかるようになった歌川国芳の押しかけ弟子の少女が、国芳の飼い猫とともに怪事件の謎を追う物語です。

 タイトルの「おひな」は本作の主人公、鰹節問屋の娘ですが今をときめく国芳の絵に一目惚れ、周囲の反対を押し切って押しかけ弟子となった少女であります。
 しかしこのおひな、弟子にはなったものの絵の才能はからっきし。それでも何とか師匠と一門の力になりたいと、子守と猫守に奔走する毎日なのでした。

 そんなある日、自分以外には懐かない国芳の娘・とりの子守に出たおひなは、何者かに当て身を喰らわされて失神。気がつけばとりは攫われた後でありました。
 自分の責任だと心を痛めた彼女はとりを探して奔走しますが、もちろんただの少女に何ができるわけもありません。と、そんな彼女の前に現れたのは、彼女の兄弟子の一人の友人を名乗る薬師の男。盲人なのか目を隠したその男の怪しさも気にならず、彼が差し出す「耳が良くなる」という薬を飲んだおひなですが――

 確かに普通では聴くことができないものを聴くことができるようになったおひな。しかしその薬は単に耳を良くするのではなく、「猫の言葉が理解できるようにする」ものだったのであります!
 それだけでなく猫と会話までできるようになったおひなは、本作のもう一人(?)の主人公――国芳の家に飼われていた美しい雌猫・おこまの協力を得ると、猫のネットワークを使ってとりの行方を追うのでした。

しかし事態はいよいよ複雑な様相を呈することになります。
 いつの間にか国芳のもとに帰されてきたとり。とりを追って入り込んだ大名屋敷の姫君に気に入られて飼い猫になってしまったおこま。しかしその屋敷では凄惨な殺人事件が発生、一方、突然姿を見せなくなった国芳門下の天才少年・周三郎にもとんでもない秘密が――


 相変わらずの猫人気によるものか、小説・漫画・映像を問わず、結構な点数が発表されている猫時代劇。そしてそこにしばしば登場してくるのは、自身が大の猫好きとして知られ、猫を描いた作品も多い国芳であります。

 その意味で本作は鉄板とも言える組み合わせですが、国芳はむしろ一歩退いて――しかし彼と一門のいかにも江戸っ子らしい明るさと賑やかさも本作の魅力の一つでしょう――その弟子の少女を主人公にしたのが工夫でしょう。
 しかも彼女はなりゆきとはいえ猫と会話する力を持ち、その力で猫から手がかりを集めるという、一種の異能探偵ものとなっているのも楽しい作品であります。
(自分の能力で集めた証拠でいかに周囲を納得させるかで悩むのも、定番ですが楽しい)

 その一方で、タイトルロールの一匹であるおこまが、あっさり国芳の家を離れて大名屋敷を選んでしまったりという妙なリアリティのある描写などをはじめ、猫サイドも楽しく、まずはこの辺りを期待された方にとってはなかなか楽しい作品と言えるかと思います。


 が、「このミス」という言葉に期待して本作を読むと、うーんと悪い意味で唸らされてしまうというのが正直なところであります。

 物語の中心となるのは、国芳の娘の誘拐事件と、大名屋敷での首なし殺人事件ですが、前者はすぐに真相が明かされるのはいいとして(ちょっとした捻りはありますし)、後者については、あまりに定番通りの展開なのを何と評すべきか。
 上で触れたおひなの探偵要素もあまり活かされておらず、厳しい言い方になりますが、この辺りはいささか中途半端な印象は否めません。

 もっとも、これはやられた! と唸らされた点も確かにあります。
 少々物語の核心に触れかねませんが、天才少年絵師・周三郎にまつわるある伝説と、本作の事件を絡め、思わぬ形で事件の核心に迫らせるのは、これはミステリとしてよりもむしろ時代ものとしてお見事、と感心いたしました。

(その活かし方について、普通の猫にこういうことができるのかな、と科学的な観点から思わされましたが、そこはさすがに野暮というものでしょう)


 色々と食い足りない部分はありますが、確かに光るところはある作品……そう申し上げるべきでしょうか。


『国芳猫草子 おひなとおこま』(森川楓子 宝島社文庫) Amazon
国芳猫草子 おひなとおこま (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

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2016.12.08

松尾清貴『真田十勇士 5 九度山小景』 寄る辺なき者たちと小さな希望と

 天下に挑む真田幸村と勇士たちの戦いを描いてきたシリーズ第5弾の舞台となるのは、サブタイトルのとおり九度山。関ヶ原で西軍が敗れ、守るべき地を奪われて九度山に幽閉されることとなった幸村の胸に去来するものは……そして幸村の前に、もう一人の勇士(?)が姿を現すこととなります。

 上田城の戦ではさんざんに徳川の本隊を翻弄し、結果として家康の天下取りを阻んでみせた幸村。しかしその直後に行われたもう一つの合戦……ついに現世に復活した百地三太夫との対決には完全な敗北を喫した幸村は、失意のままに九度山に流刑となるのでした。

 というわけで、三太夫との決戦を描いた第一章を除けば、本作の物語は、ほとんど九度山において展開することとなります。
 関ヶ原から大坂の陣に至るまでの十数年間を九度山で過ごすこととなった幸村。この期間、ほとんど外界から隔離されることとなった彼には、少なくとも史実の上では、父・昌幸の死を除けばさしたる出来事もなく、語るべきこともほとんどないように見えますが――

 しかし本作ではその一種空白の日々を送る幸村の姿を描き出します。淡々と容赦なく、もの悲しくもどこか美しく。


 本シリーズ独自の概念として描かれてきた、「真田」と「天下」の対峙。それは言い換えれば、真田が依って立つ故地、武士が守り受け継ぐべき「一所」と、それを否定し均質化した末の概念ともいうべき「天下」の対決であったと言えます。
 それ故に「天下分け目」の関ヶ原ではなく、あくまでも真田の一所たる信州上田に籠もった幸村ですが……その結果、彼は守るべき「一所」を失ったのであります。

 己を己たらしめる一所を失い、さりとて天下に身を寄せることもできず、いわば幽閉されながらもさすらい人となった幸村。そんな彼の姿を、本作はあるキャラクターを通じて描き出します。
 それは由利鎌之助……後世に言う真田十勇士の一人、そして本シリーズにおいては最後にその名が登場した勇士となります。

 その名が、と書いたのは、彼の姿自体は以前に登場していたからにほかなりません。かつて三成が家康暗殺を狙った際に才蔵の前に現れて死闘を繰り広げた鎌使いの少年……それが彼だったのです。
 今また、徳川の刺客として幸村の前に現れた少年。彼は名前もなければ記憶も感情もない、そして成長もなく年をとることもない、永遠の少年……ただその刹那に鎖鎌を振るい、殺戮を繰り返すのみの存在だったのです。
(そして終盤で語られるその正体には、全てが周到に張り巡らされた伏線として機能する本シリーズの凄みを再確認させられます)

 しかしその少年の中に幽かな人間性を認め――あるいは期待して――「由利鎌之助」の名を与え、家族として遇する幸村。そしてその幸村と鎌之助は、奇妙な相似形を描くように感じられるのです。

 もちろん、姿形は人であれど、その内面は常人とは遙かに異なる異形とも言うべき鎌之助と幸村は、全く異なる存在ではあります。
 しかし名前も記憶も持たない、すなわち過去も未来もなく、ただその瞬間にここに在るしかない鎌之助。それに対して一所を奪われてただ九度山で朽ち果てるしかない幸村。この二人にどれほどの違いがあるのか? 

 ともに寄る辺をもたず、それでいて終生一箇所にに囚われたさすらい人として、彼らは等しい存在なのではないか……本作はそれを容赦なく描き出すのです。


 しかし本作は同時に彼らの姿を通じ、小さな疑問を描き出します。人間の守るべきものは本当に「一所」のみであったのか。そしてそれを持たぬ者・失った者は、本当にこの世において寄る辺ない存在なのか……と。

 その答えを握るのは、彼らの周りに集った人々――勇士たちであります。
 一人一人が寄る辺を失い、一度は人たることを否定されてきた勇士たち。そんな彼らが今なお幸村の下に在るのは何故か。そして殺戮機械ともいうべき鎌之助が、幸村らとの暮らしの中で静謐を保っているのは何故なのか。

 今は幽かにしか見えないその答えこそは、おそらくは家康による、そして三太夫による「天下」が始まろうとする今、最後の希望となるのではないでしょうか。
 しかし最後の決戦はもはや目前。果たしてそれまでに彼らがそれを知ることはできるのか――


『真田十勇士 5 九度山小景』(松尾清貴 理論社) Amazon
九度山小景―真田十勇士5


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2016.12.06

三好輝『憂国のモリアーティ』第1巻 悪を倒すための悪、モリアーティ!?

 「モリアーティ」といえば、言うまでもなくシャーロック・ホームズのライバル。犯罪界のナポレオンと呼ばれ、聖典はもちろんのこと、様々なパスティーシュでホームズと死闘を繰り広げてきた相手ですが……そのモリアーティを、階級社会を憎む一種の革命家として描くピカレスク物語であります。

 病がちな弟のルイスと二人、モリアーティ伯爵家の養子となった主人公。しかし彼を迎え入れた長男のアルバート以外、彼の両親と弟のウィリアムをはじめとする人々は、世間体のみを気にし、陰では事ある毎に二人を虐待する毎日でありました。
 しかし、極めて優れた知性を持ち、大英帝国を貫く階級制度を悪と断じてこれを打破しようとする主人公に共鳴したアルバートは、彼と共謀して自分たち以外の家族を殺害してモリアーティ家を継ぎ、主人公はウィリアムの名を手に入れることとなります。

 かくて腐敗した社会を変えるべく動き出した三人のジェームズ・モリアーティ。ウィリアムはダラム大学で若くして教鞭を執る傍ら、「悪」に罰を与える犯罪相談役として、仲間たちを率いて動き出すことに――


 というわけで、本作は「ホームズの敵役」(ちなみに冒頭は(おそらく)ライヘンバッハでの決闘シーン)というモリアーティのイメージを根底から覆す作品であります。
 自らは手を汚すことなく人間を動かし、様々な「悪」を為す。その部分は踏まえつつも本作のモリアーティの行動原理は、より大きな「悪」――命に優劣をつけ差別を生む階級制度を打ち砕くためだというのですから!

 有名な悪人キャラが、実は伝えられるような人物ではなく、何らかの理由により実像がねじ曲げられたものだった……というのは時代伝奇ものではしばしばあるスタイルですが、しかしまさかこのキャラが、と思わされた時点で、この作品はある程度成功しているのでしょう。

 それもモリアーティが三人兄弟であったり、「ジェームズ・モリアーティ」と復姓である点や主人公の勤務先、もちろんモランやポーロックといった配下の存在まで、聖典から拾える要素を丹念に拾い上げ、目先の意外さのみに頼ったわけではない点に好感が持てます。


 が、その一方でモリアーティの言動にあまり魅力を感じられないのは、(少なくともこの第1巻の時点では)彼の行動が、厳しい言い方をすれば単なる仕事人レベルに見えてしまう点であります。

 大きな悪を倒すために自らも悪になるというのは良いのですが、その過程でやっていることはあくまでも悪人――それもかなり俗物の、自分の行動を得意がってベラベラと喋ってしまう手合いの――退治レベルに留まっているのが現状。
 それなりに黒いところは窺わせるものの、現時点ではモリアーティがちょっとダーティな正義の味方、一種の自警団に見えてしまうのは、何とも勿体なく感じられます。

 もちろんそれこそが狙い、本作のモリアーティはそういうキャラだ、というのであればそれはそれでありかと思いますが、モリアーティというビッグネームを用いるのであれば、もっと踏み込んだ「悪」の姿を見せてほしい……そう感じます。


 そこで気になるのは、彼のライバルとなることが運命づけられているホームズの存在であります。モリアーティが悪を倒すための悪であるとすれば、果たしてホームズは何者なのか?
 単純にモリアーティの敵=貴族の味方となるのか、あるいはモリアーティの思想とは異なる形で悪を倒そうとする存在なのか。はたまた単なる愉快犯的探偵なのか――

 一つだけ言えるのは、モリアーティの目指す悪の何たるかを客観的に評価することができるのは、ホームズの存在あってこそであろうということ。
 第1巻の時点から先々のことを言うのも恐縮ですが、ホームズの前で彼の悪がどのような形で意義付けられるか……それが楽しみに感じられます。


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2016.12.02

宮島礼吏『もののて 江戸忍稼業』第1巻 開幕、逆手の忍びの一大アクション

 「もののけ」ならぬ「もののて」の噂が飛び交う江戸時代の中山道街道筋を皮切りに展開する、何ともユニークな忍者漫画の第1巻であります。旅の少女が出会った長袖の青年の正体とは……(物語の展開に触れることになりますのでご注意下さい)

 襲われた者の身に、巨大な爪の跡を残すと恐れられる「もののて」。医者を目指して諸国を見聞中の少女・おこたは、中山道を旅する中でその怪物の噂を耳にします。
 その彼女がある宿場で目にしたのは、土地の悪党どもに雇われ、容赦なく借金の取り立てを行う長袖の青年・皆焼。その態度に反感を抱いたおこたですが、そこで長袖に隠されていた彼の手を目にすることになります。何とその手は右と左が逆……右腕に左手が、左腕に右手が、それぞれ外側を向いてついていたのであります。

 そしてその晩泊まっていた宿が悪党たちに襲われ、囚われの身となったおこたは、彼らの根城で皆焼に再会することとなります。
 周囲の人間からは異形と忌避され、恐れられる皆焼の逆手。しかしその手を恐れるどころか好きだと言うおこたに心を動かされた皆焼は――


 という第1話の本作、核心に触れてしまえば皆焼の正体こそは「もののて」……正確にはもののてと恐れられる人間。その逆手に幾本もの刃を手にした彼は、通常の剣術の理法などは一切無視した、五体すべてを用いた攻撃を操る忍だったのであります。
(その何本もの刃の攻撃の跡が、獣の爪のように見えるというのが面白い)

 街道沿いの賊を内偵するという任務を受けていた皆焼はおこたの依頼に応えて賊を鎮圧、依頼の費用返済のために彼と行動を共にする羽目になった彼女とともに、街道の行く先々で騒動を引き起こす……というのが、この第1巻の主な物語であります。


 そんな本作の最大の特徴は、言うまでもなく、本作のタイトルでもある皆焼の逆手。その異形が行く先々で人々から差別され、嫌悪されるというのは、いささか危険球で、なかなかに思い切った設定だとは思いますが……それはともかく、ビジュアル的なインパクトは満点。
 見慣れたものが逆についているというのはそれだけで強烈な印象を与えるものだ、ということを今更ながらに知りましたが(作画もかなり大変なのでは……)、もちろんインパクトだけではありません。

 上に述べたとおり、常識離れした剣術(と果たして呼んでよいものか?)を操る皆焼。なるほど、通常の剣術使いが左利きの相手と対峙するだけでも相当苦労すると聞いたことがありますが、これはその比ではありません。
 そしてそんな腕から繰り出される常識外れのアクションが実に面白い。剣を剣とも思わぬその技は、その逆手によるものだけでなく、忍のそれとしてある種の説得力と意外性を持っていますし、何よりも絵として漫画として、実に映えるのであります。

 また、そんな皆焼の逆手をおこたのみが美しいと感じ、それが二人を結ぶ絆となるというのは、これはお約束かもしれませんが、やはり美しい設定でしょう。
 第三話のラスト、戦いを終えて疲れ果てた皆焼に膝枕をしたおこたが、そっと皆焼の手と指を絡め合う場面は、本作ならではの無上の美しさがある……というのはいささか大げさかもしれませんが、この第1巻で一番こちらの胸を打ったことは間違いありません。


 もちろん、これはある程度意図的なものかと思いますし、野暮を承知で申し上げれば、考証的には非常にアバウトであります。また、現代の用語が色々と使われていることには(考証云々よりも純粋に滑っている感があって)やはり違和感はあります。
 こうした点はあるものの、むしろ本作の場合は、上に述べたような長所を伸ばしていくうことこそが重要な作品でしょう。

 第1巻で描かれた物語はおそらく序章、終盤で登場した皆焼の職場、彼の仲間たちがこれからどのように彼に、おこたに絡んでいくことになるのか。忍者アクションとしてはこれからが本番なのでしょうから――


『もののて 江戸忍稼業』第1巻(宮島礼吏 週刊マガジンKC) Amazon
もののて(1) (週刊少年マガジンコミックス)

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