2018.06.17

「コミック乱ツインズ」7月号(その一)


 早いもので号数の上ではもう今年も後半に突入した「コミック乱ツインズ7月号」。巻頭カラー&表紙を『鬼役』が飾り、シリーズ連載の『そば屋 幻庵』も久々に登場、小島剛夕の名作復活特別企画も掲載されています。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介しましょう。

『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)
 江戸で起きる子供たちの神隠しを題材とした「神隠し綺譚」の後編は、全編を通してのアクション編といった印象。人手不足を補うために子供たちを拐かしていた那珂藩に、やはり子供の頃に拐かされ、今はその手先となっていた男・清吉が、江戸で出会った女性・お律とその娘・お鈴のために改心、藩に殴り込みをかけることになります。

 その殴り込みの助っ人を買って出た桃香は、これまでの罪滅ぼしと、止めても聞かない清吉をフォローして、いかにも忍者らしい(?)火薬玉やらをフル装備で大暴れするのですが、しかしこの後、悲劇の連続。子供たちを救い出したはいいものの、清吉が、そして思いも寄らぬ人物までが――という容赦ない展開に驚かされます。
 さらに桃香も、子供たちを人質に取られて藩の追っ手の前にあわやの危機。もちろんそこは豪快な大逆転が待っているのですが――しかしそれにしてもこのような結末になるとは全く予想ができませんでした。

 結末に一抹の救いは残されているものの、これは明確に桃香の失態で、ちょっとどうなのかなあ――という印象は強くあります。


『薄墨主水地獄帖 狂気の夜』(小島剛夕)
 小島剛夕の名作復活特別企画第6弾は、薄墨主水の3回目の登場。この世の地獄をのぞいて歩くと嘯く主水が、今回も奇怪な人間模様に巻き込まれることになります。

 放浪の末に立ち寄ったとある城下町で、春の夜のそぞろ歩きを楽しんでいた主水。しかしそこで美しい女性・幾代と出会ったことがきっかけで、辻斬りに襲われることになります。実は辻斬りの正体はこの藩の若君・東吾、取り巻きとともに夜毎人々を殺めていた相手に刃を向ける主水ですが、家老が割って入ったことでその場は引くことになります。
 その後、宿を借りた寺で幾代と出会う主水。実は自分に横恋慕してきた東吾に夫を謀殺され、以後もつきまとわれ続けていた彼女は、夫の仇を取るためであればいかなる恥も辞さないと主水にその身を任せようとするのですが……

 冒頭の展開を見た時は、眠狂四郎の『悪女仇討』のような物語かと思いきや、手段は選ばぬものの、まずは貞女(といってもその手段には矛盾があるわけですが)であった幾代。作者の筆が浮き彫りにするそんなー彼女の美しさと危うさが印象に残ります。
 しかし本作はそれで終わらず、最後の最後に彼女のもう一つの表情を描くことになります。その表情を何と評すべきか――そこにも主水が求める地獄の一つがあったのかもしれません。

 それにしてもこれまで以上にキメキメの台詞を連発する主水。こういう皮肉めいた表現は本来は好きではありませんが、柴錬原作であったかと一瞬思うほどでありました。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 冒頭に述べたように、今回は『そば屋 
幻庵』も掲載している作者。しかしコミカルなあちらに比べて、こちらはあくまでもシリアスな展開が続きます。

 何者かに人違いで襲われたことを師匠に報告したら油断を説教されたり、白石から将軍家宣の墓所が増上寺となった裏のからくりを探れと無茶ぶりされたり、相変わらずの聡四郎。墓所の造営にかかる金の動きを知ろうと、久々に相模屋を訪れるのですが――はいお待ちかねの紅さんの登場であります。
 ここのところご無沙汰だったのにお冠の紅さん、あえて普通の武士に対するようなよそよそしい丁寧語を使ってくるのが、怒りの度合いと、それと背中合わせのいじらしさを感じさせるのですが――聡四郎の新たな傷を見て一転あんた馬鹿モードになるのもまた可愛らしいところです。

 しかしそれでももちろん戦わねばならない聡四郎、自分の「人違い」の裏に気付いた彼は、今度は玄馬をお供に再び襲撃してきた相手に大決闘。上田イズム溢れる言動を見せる刺客(ビジュアル的には普通のおじさんたちなのがまた哀愁漂います)を迫力の太刀で撃退して――さて敵の正体は、というところで次回に続きます。


 長くなりましたので次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」7月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年7月号 [雑誌]


関連記事
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年6月号

| | トラックバック (0)

2018.06.11

森みつ『カリガネ』 油断の出来ない二人が培った「絆」


 東北に覇を唱えた独眼竜こと伊達政宗と、柳生新陰流の礎を築いた柳生宗矩――あまり接点のないように感じられるこの二人は、実は親しく交流する間柄でした。本作はその史実を踏まえて描かれる二人の物語――戦国の終わり、泰平の始まりに生きた二人とその時代を描く、なかなかにユニークな作品です。

 秀吉の北条攻めの最中、ひとり陣を抜け出したところを野盗に襲われた伊達政宗。彼を救ったのは、そこに居合わせた凄腕の剣士・柳生又右衛門――後の宗矩でありました。
 しかしそこで宗矩が人を斬れないという弱みを見破り、それをネタに、将軍家指南役となった宗矩から情報を得ようと企む政宗。
 一方の宗矩も、主であり次の将軍である秀忠を支えるため、北の雄藩である伊達家の力を利用するべく動くのでした。

 かくて、徳川幕府が地盤を固めていく中、水面下で丁々発止とやり合う政宗と宗矩。しかし、豊臣家との大戦が迫る中、二人の運命もまた歴史に翻弄されることに……

 政宗といえば戦国時代の人、宗矩といえば江戸時代の人――なんとなくそんな印象がありますが、実はこの二人はわずか四歳違い。完全に同時代人であります。
 そして片や有力外様大名、片や将軍家指南役/大目付と、ある意味水と油の中の二人ですが、しかし共に秀忠を支え、個人的にも親しく行き来する仲であったというのは、何とも興味深い史実であります。

 もっとも、政宗が秀忠を支えたのも、その腹心たる宗矩に接近したのも、伊達家生き残りのため――と容易に想像できるところではあります。そして宗矩の方も、トップクラスの要注意人物として政宗に接していたであろうこともまた。
 本作もそのスタンスで描かれてはいるのですが――しかしこの二人のキャラクター、そしてそのやり取りが、なかなか味があるのです。

 小田原合戦以来の因縁である二人。お互いがお互いの腹の底を知り、そしてそれを利用しあうという、何ともドライな仲なのですが、しかし見方を変えれば二人は腹蔵なき関係。
 そんな二人がやり合う様は、信用できない連中ばかりの中で、唯一お互いを知り尽くした、ライバル同士のぶつかり合いにも似た潔さすら感じられます。
(もちろん、そのお互いが一番信用できない、油断できない相手なのですが……)

 本作で描かれる二人の青年期から晩年まで――大きな時代の境目をまたいで、単純な敵とも味方とも言い難い二人の、戦場での命のやり取りとはまた異なるやり取りを経た二人の関係性はなかなか興味深いところであります。

 しかしそんな強者二人も、時代の巨大なうねりの前には、大きく翻弄されることになります。
 戦国最後の戦い、泰平のための最後の試練とも言うべき大坂の陣――そこで二人は、それぞれの立場から、かつてのような自分ではいられぬほどの、歴史の荒波に晒されることになります。

 そしてその荒波は二人だけではなく、彼の周囲の人々――彼らの次の代を担うべき、松平忠輝、五百八姫、そして豊臣秀頼といった若者たちにも等しく、いや、より激しく襲いかかることになります。
 それはあるいは、この国を先頭に立って動かしてきた二人にとっては、耐え難い無力感を感じさせるものであったかもしれません。自分たちが苦しむよりも遥かに苦しいものとして感じられたかもしれません。

 しかしそれでも時は流れる。その先にも残るものがある。本作の終盤で描かれるものは、そんなことを感じさせます。
 本作のタイトルである「カリガネ」は、作品の結末に描かれる、最晩年の政宗が宗矩に送った和歌の一節。そこにあるのは、そんな残ったものの一つ――長く激しい時の中で培われた「絆」に他ならないのですから。

 単行本2巻とそれほど長くないこともあり、第1巻の宣伝で言われる「戦国ロビイスト漫画」という印象はそこまで強くないのですが――しかし他では得難いものを感じさせる作品ではあることは間違いないでしょう。

『カリガネ』(森みつ 新潮社BUNCH COMICS 全2巻) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
カリガネ 1 (BUNCH COMICS)カリガネ 2 (BUNCH COMICS)

| | トラックバック (0)

2018.05.31

モーリス・ルブラン『カリオストロ伯爵夫人』 最初の冒険で描かれたルパンのルパンたる部分

 美少女クラリスと将来を誓い合っていた20歳のラウール・ダンドレジー(ルパン)。「七本枝の燭台」を求める怪しげな一団と共にジョゼフィーヌ・バルサモなる美女を私刑にかけるのを救ったラウールは、名うての女盗賊だった彼女と激しい恋に落ち、共に冒険を繰り広げようになるが……

 『ルパン逮捕される』で初登場し、以後断片的に過去の物語が描かれてきたルパン。しかしその初登場から実に19年後に発表された本作において、彼がルパンとして立った最初の冒険が描かれることになります。
 いわば本作はアルセーヌ・ルパンのエピソード・ゼロを描く物語なのであります。
(そんな作品が描かれたのは、ルブランがルパンシリーズの掉尾を飾るために、最後と対応する最初の冒険を描いたものとでしょうか。その「最後の冒険」はそれからさらに先の発表になるのですが……)

 いずれにせよ、これまでルパンシリーズ(とシリーズ外の『女探偵ドロテ』)で語られた四つの謎の存在をさらりと作中で語るなど、ルパン・ユニバースの確立に一役買っている本作。そしてその謎というのが、かの伝説の怪人・カリオストロ伯爵ことジュゼッペ・バルサモ由来のもの、というのも、何とも嬉しいではありませんか。

 ルパンといえばミステリ、ピカレスクであると同時に、伝奇もの冒険ものとしての性格を色濃く持つ印象があります。
 本作で語られる七本枝の燭台の秘密も、フランス革命で命を落とした修道士が遺した莫大な財宝の在処を示すものとして、伝奇色濃厚。当然、ルパン最初の冒険も、伝奇活劇になるかと思われるのですが……

 しかし、むしろ恋愛ものと呼びたくなる内容なのが、本作の面白いところでしょう。
(もちろん、終盤に明かされる宝の在処は、伝奇性とロマンチシズム濃厚で実に素晴らしいのですが)

 その恋愛の相手というのが、本作のタイトルロールであるジョセフィーヌ(ジョジーヌ)・バルサモ。上で述べたカリオストロ伯爵の娘を称する人物であり、数十年変わらぬ美貌を持つという妖艶な美女です。

 そもそも本作の冒頭で語られるのは、若きラウール(ルパン)が美少女クラリスと恋に落ち、彼女との結婚を夢見る姿。
 しかし男爵の娘である彼女に対し、ラウールは無位無冠の青年、当然ながら結婚に激しく反対する父親の弱みを握るべくその周囲を探ってみれば、彼はボーマニャンなる怪人物の配下として、七本枝の燭台の秘密を追っていて――という展開になります。

 そしてそのボーマニャン一派と対立していたのがジョジーヌ。成り行きから彼女を救ったラウールはクラリスのことはコロッと忘れ、ジョジーヌの盗賊稼業を助けつつ、彼女との愛に溺れることになるのです。
 ルパンといえば、数々のヒロインに惹かれ、愛し合った男という印象もあります。しかし本作のルパンはその片鱗を見せつつも、年齢も盗賊としての経験も悪党としての器も遙かに上の、文字通り美魔女に翻弄されるのが、いかにも若さを感じさせて微笑ましい(?)ではありませんか。

 その一方で面白いのは、ジョジーヌの側も単なる打算や色欲だけでなく、真剣にルパンを愛してしまうことであります。
 そんな二人が互いに互いを求め合い、翻弄し合い、やがて敵として激しく憎み合うという、その関係性の複雑さが、本作の面白さのかなりの部分を占めていると感じます。

 しかし本作はそんなルパンの若さだけを描くものではありません。本作では同時に、ルパンのルパンたる部分――人から物を盗む悪党でありながらも、決して超えてはならない(と彼が自身に誓った)一線の姿を描き出すのですから。

 それは言ってみれば徒に人を傷つけないこと――人を殺さず、拷問などはもってのほか。あくまでも怪盗「紳士」、それがアルセーヌ・ルパンであると、本作は描くのです。その一線を越えた存在――そう、ジョジーヌの姿と対比することによって。
 たとえどれだけ愛し合おうと、強く惹かれようと、平然と一線を越える相手は愛せない。許せない。ある意味それも若さ故かもしれませんが――しかしそれこそが我々のよく知るルパンの姿であり、彼の魅力の一つであることは間違いありません。

 なるほど本作はルパンのエピソード・ゼロであると、感じさせられた次第であり――そしてそれを描いた物語を巧みに織り上げてみせたルブランの手腕にも、改めて感心させられるのです。

『カリオストロ伯爵夫人』(モーリス・ルブラン ハヤカワ・ミステリ文庫) Amazon
カリオストロ伯爵夫人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

関連記事
 岩崎陽子『ルパン・エチュード』第2巻 天使と女神の間に立つラウールとルパン

| | トラックバック (0)

2018.05.21

道雪葵『女子漫画編集者と蔦屋さん』 逆ハーレム? 江戸の出版界の変人たち


 お仕事ものというべきか、有名人ギャグというべきか――なんと現代の漫画編集者の女性が江戸時代にタイムスリップ、出版社の元祖ともいうべき蔦屋の下で、様々な浮世絵師・戯作者たちと賑やかな毎日を繰り広げるという四コマ漫画であります。

 祖父の家で、漫画の原点ともいうべき黄表紙を手にした途端、江戸時代にタイムスリップしてしまった女子漫画編集者の千代子。そこで当時飛ぶ鳥を落とす勢いの出版人・蔦屋重三郎と出会った彼女は、なりゆきから彼の店で働くことになります。
 現代でも過去でも変わらぬ(?)編集者の仕事をこなすなかで、後世に名を残す文化人たちと出会う千代子ですが、彼らはいずれもイケメンながらどこかヘンで……

 と、問答無用でタイムスリップした現代の女子編集者(同人経験アリの腐女子)が、江戸の出版界に飛び込んで――というと真面目な(?)お仕事もの、あるいは逆ハーレムものに見えるかもしれませんが、本作の眼目は登場する文化人のエキセントリックなキャラクターであります。

 何しろ、メインキャラたちがこんな調子なのですから――
蔦屋重三郎:人の心に無頓着な根っからの商売人
喜多川歌麿:重三郎にベッタリのオネエ浮世絵師
葛飾北斎:仕事に打ち込むと周囲が見えない浮世絵馬鹿
東洲斎写楽:常に能面を被った超引っ込み思案
曲亭馬琴:上から目線の俺様ドS
山東京伝:何事も体験してみないと気が済まない天然

 いずれもタイプの異なるイケメンなのはお約束ですが、こんな面子とラブい展開になるはずもなく、唯一の現代人かつ常識人である千代子が、彼らの行動にツッコミを入れる――というのが、毎回の定番であります。

 しかし上で述べた文化人たちのキャラクターは、本作独自のキャラ付けも多いものの、しかしその背景となっているのはきっちりと史実通りなのが、本作の最大の魅力であります。
(たとえば馬琴が蔦屋に奉公する前に、武士が商家に奉公できるかとわざわざ名を変えたエピソードなど)。

 また作中で取り上げられる(ネタにされる)作品も、馬琴の「尽用而二分狂言」や京伝の「江戸生艶気樺焼」など、もちろん実在の作品。
 江戸の黄表紙のユニークさ――というよりぶっ飛び具合は、時にネット上で話題になることもありますが、本作でも漫画らしくデフォルメされているものの、描かれる内容はなるほど原典通り。そこに千代子がツッコミを入れることで、さらにおかしみが増してくる、その塩梅も実に良いのであります。

 細かいことを言えば、黄表紙を漫画の先祖として強調するあまり、馬琴や京伝が現代でいう漫画業界の人間のような描写になっている点は気にならないでもありません。
 また馬琴が手代になった時期と京伝が手鎖くらった時期は逆ではないかな、など史実の上でのツッコミもありますが、それはさすがに野暮というものでしょう。

 基本的に(これ大事)史実を踏まえつつ、ギャグでデフォルメすることでその人物の存在やその作品の楽しさ、意義を描いてみせるというのは、これはやはり愛があって初めて為せるものであることは、間違いないのですから……

 ちなみに本作の舞台は寛政年間(1790年代初頭)。寛政といえば松平定信によって出版界が規制された寛政の改革ですが、本作のラストエピソードでこの改革が登場人物たちに与えた影響もきっちり描かれることとなります。
 もっともそれも笑い飛ばすのが本作、ラストは本当にギリギリのひどい(ほめ言葉)オチで終わるのですが……

 もちろんこの後もまだまだ元気な江戸の出版人。ここで終わるなんてもったいない、まだまだ愉快でパワフルな彼らの姿を見せてもらいたいところであります。

『女子漫画編集者と蔦屋さん』(道雪葵 一迅社ZERO-SUMコミックス) Amazon
女子漫画編集者と蔦屋さん (ZERO-SUMコミックス)

| | トラックバック (0)

2018.05.17

宮本昌孝『武者始め』 将の将たる者たちの第一歩


 宮本昌孝といえば、戦国時代を舞台にした稀有壮大かつ爽快な作品の数々が浮かびますが、本作は戦国時代を舞台としつつも、後世に名を残す七人の戦国武将の「武者始め」を描いたユニークな、しかし作者らしい短編集であります。

 「武者始め」という言葉はあまり馴染みがありませんが、武者が武者としてデビューすること、とでも評すればよいでしょうか。それであれば初陣とイコールではないか、という気もいたしますが、しかし必ずしもそうではないのが本書の面白いところであります。
 そして本書のテーマはその「武者始め」――以下に各話の内容を簡単にご紹介しましょう。

 烏梅(梅の燻製)好きの伊勢新九郎が、様々な勢力の思惑が入り乱れる今川家の家督争いに、快刀乱麻を断つが如き活躍を見せる『烏梅新九郎』
 幼い頃から賢しらぶると父・信虎に疎まれ、老臣にも侮られる武田太郎晴信が、股肱たちとともに鮮やかな初陣を飾る『さかしら太郎』
 幼い頃に寺に入れられ、そこで武将としての英才教育を受けた長尾虎千代が、父亡き後の越後で恐るべき早熟ぶりを見せる『いくさごっこ虎』
 赤子の頃から癇が強く実母に疎まれた織田吉法師が、乳母となった池田恒興の母・徳に支えられて新たな一歩を踏み出す『母恋い吉法師』
 上洛した信長の前に現れ、その窮地を救った持萩中納言こと日吉。やんごとなき血を引くとも言われながらも猿の如き醜貌を持つ日吉の企みを描く『やんごとなし日吉』
 今川家の人質の身からの解放を目指すためには体が資本と、自らの手で薬を作る松平次郎三郎元信の奮闘『薬研次郎三郎』
 生まれつきの醜貌で「ぶさいく」と呼ばれ、上杉・豊臣と次々と人質になりながらもその才知で運命を切り開く真田弁丸の姿を描く『ぶさいく弁丸』

 いずれも年少期の物語ということで、タイトルに付されているのは幼名ですが、それが誰のことかは、申し上げるだけ野暮でしょう。
 そしてその中で描かれるのは史実と、我々もよく知る逸話に基づいたものですが――しかし「武者始め」に視点を集約することで、これまでとは一風変わったものとして映るのが本書の魅力でしょう。

 何よりも、先に述べた通り、必ずしも武者始め=初陣とは限らないのが面白い。
 単なる武士であればその二つはイコールかもしれませんが、ここに登場するのはいずれも将――それも将の将と呼ぶに相応しい者たちであります。そんな彼らの武者始めは、必ずしも得物を手に戦うだけとは限りません。

 本書における「武者始め」とは、武士が己の目的のために初めてその命を賭けた時――そう表することができるでしょう。人生最初の好機に、あるいは窮地に、己の才を活かし、その将の将としての一歩を踏み出した瞬間を、本作は鮮やかに描き出すのです。


 そんな本書で個人的に印象に残った作品を挙げれば、『母恋い吉法師』『やんごとなし日吉』『ぶさいく弁丸』でしょうか。

 『母恋い吉法師』は、その気性の激しさから母・土田御前に疎まれながらも母の愛を求めていた吉法師の姿の切なさもさることながら、面白いのはそこでもう一人の母の存在として池田恒興の母を置き、実母と乳母の争いを重ね合わせてみせることでしょう。
 ラストに語られるもう一つの「武者始め」の存在に唸らされる作品であります。

 また『やんごとなし日吉』は本書の中では最も伝奇性の強い一編。桶狭間前の信長の上洛を背景に、謎めいた動きを見せる持萩中納言とその弟――日吉と小一郎の暗躍ぶりが面白く、ちょっとしたピカレスクもの的雰囲気すらあるのですが……
 最後の最後に、驚かされたり苦笑させられたりのどんでん返しが用意されているのも心憎いところです。

 そして『ぶさいく弁丸』は、後世にヒーローとして知られるあの武将が、実はぶさいくだった、という切り口だけで驚かされますが、その彼がほとんどギャグ漫画のようなノリで名だたる武将たちの心を掴んでいく姿が楽しく、かつどこか心温まるものを感じさせるのが魅力であります。。


 本書に収録された7編は、さすがに短編ということもあり、少々食い足りない部分はないでもありません。作品によっては、もっともっとこの先を読みたい――そう感じたものもあります。
 とはいえ、その史実に対するユニークな切り口と同時に、男たちの爽快かつ痛快な活躍ぶりを描くその内容は、まさしく宮本節。この作者ならではの戦国世界を堪能できる一冊であることは間違いありません。


『武者始め』(宮本昌孝 祥伝社) Amazon
武者始め

| | トラックバック (0)

2018.04.27

魅月乱『鵺天妖四十八景』第2巻(その二) 悲しみの物語から生まれ変わった先に


 人の肉を、魂を喰らい、代わりにその望みを叶えるという仮面の妖・鵺天を中心に語られる和風ダークファンタジー第2巻の紹介の後編であります。この巻の後半に収められた前後編の最終話「美しい人々」において、ついに鵺天の過去が語られることに……

 今は強大な力を持つ妖として人々から、妖から恐れられる鵺天。しかし彼にはかつて、人間の少年であった頃がありました。

 予言を生業とする「姫神」であった母から、その座を継ぐために幼い頃から娘として生きることを強いられ、女の名前を与えられた少年「つぐみ」。
 母からは厳しく躾けられ、周囲から好奇の目を向けられ、自分に自分に価値がないと思い込むようになった彼は、ある日、美しい女の妖・鵺と出会うことになります。

 人を喰らうと周囲からは忌避されつつも、ざっかけない性格の鵺と触れ合う中で、善悪の価値判断は自分自身で行うべきこと、そして己の生きる道もまた、自分自身で選ぶべきことを学んだつぐみ。
 そして彼は母の前で男に戻ることを宣言して虎次と名を改め、彼の決意は(母を除く)周囲にも受け入れられたかに見えたのですが――しかしほどなくして、彼は自分自身に刻み込まれた、あまりに無残な真実を知ることになります。

 そして彼の家を襲う更なる悲劇。完全に心が壊れてしまった母を前に、再び道を選ぶこととなる虎次/つぐみ。しかしそんな彼の決意も、最後の悲劇の前に脆くも……


 いわゆる毒親による児童虐待とも言うべき題材に、飢饉による極限状態という時代ものならではのシチュエーションを重ねて描かれるこのエピソード。
 当然ながらと言うべきか、ここで描かれるのは地獄に地獄を重ね合わせたような物語。これまで狂言回し的な存在として、様々な地獄絵巻を見つめてきた鵺天ですが、その過去は、目を覆わんばかりの哀しみに彩られたものとして描かれるのであります。

 しかしそこで描かれるのはただ哀しく、無惨な物語だけではありません。このエピソードで鵺天の過去とともに描かれるのは、「美しい人としての営み」とは何か、という問いかけなのですから。
 それは言い換えれば、望ましい生き方とは何か、この世は生きるに足る場所なのか? という問いかけであり――このエピソードは、その答えを描く物語でもあります。

 そしてその問いは、振り返ってみれば本作の全てのエピソードにおいて、陰に陽に様々な形を以て描かれていたものであると、今更ながらに気付かされます。

 それぞれに事情はあれど、決して生きやすいばかりではないこの世界。人間も妖も、生きる者も死んだ者も、美しいものも醜いものも――全てが入り混じりながら存在しているこの世界で起きる物事を、鵺天は見つめ、介入してきました。
 そんな彼の行動はひどく皮肉で、独善的なものであります。しかし同時にそこには、美しく生きることへの、ある種の決意と憧憬とも言うべきものが感じられたのも、また事実でしょう。

 気紛れに数多くの死を生み出しつつも、同時に善き者を救い、生を繋ぐ。そんな謎めいた鵺天の行動原理が、ここで描かれるあまりに大きな悲劇によって生み出されたものだとすれば――それ自体が、本作で描かれてきたこの世界に溢れる皮肉の一つと言えるでしょう。
 しかしそれは同時に、大いなる救いでもあります。そして物語の結末において、彼にそれを与えたものの正体を鵺天が語ることによって、この悲しみの物語は、素晴らしく美しい物語へと、鮮やかに生まれ変わることになります。つぐみが、鵺天へと生まれ変わったように……


 本作において「妖」は、「あやかし」ではなく「およずれ」と呼ばれ(読まれ)ます。
 「およずれ」とは「他を惑わす言葉、妖言」の意。――なるほど、本作は鵺天の妖言によって惑わされた人と妖の姿をどきつい色彩で描く物語でありました。

 しかし本作はそれだけに留まりません。その物語は同時に、その妖言によって生まれた真実の美しさをも描くものであった――それはあまりに美しすぎる結論かもしれませんが、しかし私の正直な想いでもあります。

『鵺天妖四十八景』第2巻(魅月乱 秋田書店プリンセスコミックス) Amazon
鵺天妖四十八景 2 (プリンセスコミックス)


関連記事
 魅月乱『鵺天妖四十八景』第1巻 トリックスターが語る残酷なおとぎ話

| | トラックバック (0)

2018.04.26

魅月乱『鵺天妖四十八景』第2巻(その一) 死なずの妖が知った真実の愛


 人の肉を喰らい、人の望みを叶える仮面の妖・鵺天(ぬえてん)を狂言回しに、人間と妖(およずれ)が共存する世界で繰り広げられる複雑怪奇な愛と哀しみの物語を描く連作時代ファンタジー漫画の続編、完結巻であります。様々な悲喜劇の中で浮かび上がる人と妖の姿とは……

 いつかの時代、どこかの場所のとある村外れの祠に祀られる、鳥の面をつけた長身痩躯の男・鵺天――「俺ぁただバカみてぇに生きてるだけで何者でもねぇぜ」と嘯く彼は、しかし人を食らう妖。
 そして同時に求めるものを与えれば、望みを叶えてくれるという彼は、村の人間たちの畏れと敬意を同時に受けている存在なのであります。

 本作は、そんな彼が出会った人間たち、あるいは妖たちの姿を、少々どぎつい味付けで描く一話完結の連作漫画。この第2巻には、全4回3話の物語が収録されています。

 その最初のエピソード「残滓を抱く脳食い鳥」は、妖の脳を食うことで人の姿になり、死んでも生き返る力を得たシジュウカラの妖・楸の物語であります。

 女性に恋しては振られ、その度に自害しては生き返る――という暮らし(?)を送っていた彼は、ある日、男に騙されて毒殺された娘の死骸と出会い、彼女に一目惚れして……
 というあらすじの時点で不穏極まりないこの物語。もちろん娘は死体ゆえ意思も心もなく(亡霊は体の近くに留まっているものの、それは楸には見えず、鵺天にしか見えないというのがまた面白い)、それゆえどれだけ楸が愛を語ってもそれは一方通行にすぎません。

 そして何よりも、死んでも生き返ることができる楸には、死ぬということが、その恐ろしさがわからない。だからこそ死体を愛せるのかもしれませんが、しかし決して彼は娘の生前の想いを理解できない――その皮肉を本作は痛烈に描き出します。

 しかしその深い溝の――人と妖、生と死の間の深い溝の――存在を、ある出来事を(それがまた実に本作らしいどぎつさなのですが)きっかけに楸も知ることになります。
 しかし気付いたとしても決して超えられぬその溝を彼は超えることができるのか――その先に、我々は一つの奇跡を目にするのであります。

 人の心を、愛を知らぬ男が、ふとしたことをきっかけに無償の愛の存在を知り、生まれ変わる――そうした物語はこれまで無数に描かれてきました。本作もその一つではありますが――その中でも極めて奇怪で、そしてだからこそ感動的な物語、本作だからこそ描ける物語であります。


 続く第2話「たゆらなる娑婆っ気」は、男性に依存しなければ生きていけない娘に惚れ込まれ、生活を共にすることになった絵師の男を主人公とする物語。
 出会った直後に酔って転んで両足を折った絵師は、娘に世話されて日々を送るようになるものの、実はその足は娘が――と、いわば『ミザリー』の変奏曲的な物語なのですが、しかし一つ決定的に異なる点があります。

 それは、男の側も実は自分の才能に限界を感じており、奇怪な形とはいえ、娘に必要とされる生活を自ら選んでしまうということであります。
 現代の言葉で言えば共依存の一種というべきでしょうか――そんな地獄めいた人間関係が、ここでは描かれるのです。

 しかしそんな中で、ある理由から一部始終を見ていた鵺天と出会ったことで、男は真実を知ることになります。
 それでもなお娘を信じようとする彼に、鵺天が告げるさらなる真実がまた実にキツいのですが――しかし、男の目を覚まさせるのがその真実ではなく、別の現実であった、というのが更に刺さります。

 果たして男が、娘が本当に望んでいたものは何だったのか? そして二人はそれを手に入れることができたのか?
 一見ハッピーエンドのようでいて、どうにもならない不思議な味が舌に残るような結末――おそらくは鵺天も予見できなかったような――も含め、おぞましくも皮肉で、そして等身大の人間の姿を描いた物語として印象に残ります。
(ただ一つ、これは前話も含めて、悪役が悪役のための悪役になってしまった感があるのだけは残念)


 興が乗って長くなってしまったため、次回に続きます。


『鵺天妖四十八景』第2巻(魅月乱 秋田書店プリンセスコミックス) Amazon
鵺天妖四十八景 2 (プリンセスコミックス)


関連記事
 魅月乱『鵺天妖四十八景』第1巻 トリックスターが語る残酷なおとぎ話

| | トラックバック (0)

2018.04.24

みもり『しゃばけ』第1巻 漫画で甦る人気シリーズの原点


 2001年の第1作刊行以来、ほぼ年1冊ペースで刊行されている『しゃばけ』シリーズ。昨年はミュージカル化されるなど全く勢いに衰えを見せないこのシリーズの、記念すべき第1作が漫画化されました。担当するのは、以前に原作者の未単行本化作品『八百万』の漫画化を担当しているみもりであります。

 江戸有数の薬種問屋の若だんな・一太郎は、子供の頃から身体が弱くて少しのことで寝込み、そのたびに過保護な兄やの仁吉と佐助を騒がせる毎日。
 しかしそんな彼には一つの秘密があります。大妖を祖母に持つ彼は妖怪を見る力を持ち、実は強力な妖である仁吉と佐助をはじめ、様々な妖怪たちが若だんなの周囲には集まってきていたのであります。

 何はともあれ、そんな妖たちに囲まれて賑やかな毎日を送る一太郎は、ある晩何を思ったか一人こっそりと外出するのですが――なんとそこで人殺しを目撃してしまうのでした。
 妖怪たちの助けで何とか犯人から逃れることはできたものの、もしかすると犯人に顔を見られているかもしれない。若だんなを守るため、妖怪たちは犯人の手がかりを探るべく、町に飛び出していくのですが……


 というわけで本作は、冒頭に述べたとおり原作第1弾の『しゃばけ』を極めて忠実に漫画化した作品。分量的には原作の四分の一辺りまでが、この第1巻には収録されています。
 その意味では原作ファンにとっては既にお馴染みの内容であり、新味はないのですが――しかしやはり、漫画として画が付くのは非常に大きな変化として感じられます。

 小説を読みながら頭の中で想像していたものと、こうして漫画としてビジュアル化されたものと――ある部分は重なり、ある部分は異なるのは、まず当たり前ではありますが、しかし本作からはほとんど違和感が感じられないのが嬉しい。
 特に冒頭のナイトシーンなど、江戸時代の暗闇を暗闇として描きつつ、なおその奥に存在するモノを感じさせる仕上がりと言えるのではないでしょうか。

 そしてキャラクターデザインの方も、漫画的なディフォルメは為されてはいるものの、如何にも育ちの良さそうな若だんなや、美形の仁吉とゴツい佐助といったいつもの面々はまず違和感なし。
 何より妖怪たちも、可愛らしい鈴彦姫にどこか抜けた野寺坊と獺、そして何よりも(かなり色男になった気もしますが)その動きも楽しい屏風のぞきと、原作のイメージどおりの賑やかさが嬉しいところであります。

 そしてシリーズのマスコットとも言うべき鳴家たちも、柴田ゆうの挿絵にアレンジを加えつつも、「おっさん顔なのに何故かカワイイ」をしっかりと成立させていて、私は悪くないと思います。
 この辺りのセンスは、長年ファンタジー/ホラー漫画を手がけている作画者ならではのセンスと言うべきかと思います。


 ただ――これは理不尽を承知で申し上げれば――原作に比べて違和感がない、というのは、逆に言えば原作を超えていないということでもあります。
 また、原作のストーリーを忠実に再現しているとはいえ、物語展開がスロースタートで、盛り上がりに欠けているように感じられるのもまた事実です(この巻に収められているのは起承転結の「起」の部分であるだけなおさら)。

 その意味では、原作既読者にとっては、いささか訴求力が薄いようにも感じられるのですが……

 しかし冒頭に述べたとおり、『しゃばけ』シリーズも開幕してからもう20年近くが経過し、原作は膨大な量になっているのは事実。その高い山を前に、シリーズに興味を持った方が最初に手に取る一冊としては、本作は大きな意味を持つかと思います。
 そして何だかんだ言いつつも、私も懐かしさ半分、新鮮さ半分で本作を楽しんだのは間違いない話であります(何しろ、原作を読んだのは相当以前のこともあり……)。

 刊行ペースがかなりかかりそうなのだけが残念ではありますが、妖怪時代小説の草分けの魅力を、この先もしっかりと味わわせていただくつもりです。


『しゃばけ』第1巻(みもり&畠中恵 新潮社バンチコミックス) Amazon
しゃばけ (1) (BUNCH COMICS)


関連記事
 しゃばけ
 『しゃばけ漫画 仁吉の巻』『しゃばけ漫画 佐助の巻』 しゃばけ世界を広げるアンソロジー

| | トラックバック (0)

2018.04.06

万城目学『とっぴんぱらりの風太郎』下巻 己の意志を貫き、思うがままに駆け抜けた男

 やることなすことうまくいかぬニート忍者・風太郎(ぷうたろう)の奮闘を描く物語もいよいよ佳境であります。万城目学お得意の関西を舞台としたちょっと不可思議な青春小説――の時代小説版かと思われた本作は、後半に至って大きな変貌を遂げ、凄絶なクライマックスを迎えることになります。

 伊賀で忍びとして過酷な修行を重ねながらも、ふとしたことから伊賀を追われ、京に出てきた風太郎。なにをやっても間が悪い風太郎はその日暮らしのニート生活、しかもひょうたんに住み着いた因心居士を名乗る奇怪なもののけに魅入られてしまう有様であります。
 それでも、因心居士の脅しもあってひょうたんを栽培することになったり、世間知らずの貴人を祇園祭に連れ出す仕事を請け負ったら刺客に襲われたりと、それなりに慌ただしい日々を送るようになった風太郎。

 そんな中、かつての上役に呼び出された風太郎は、他の忍びたちとともに、大坂城攻めに加わることになるのですが――しかしそこで風太郎は、戦の現実を前に心を深くすり減らすことになるのでした。
 確かに忍びは、彼が帰ることを望んでいた世界であります。しかし同時に彼のような人間にとってはあまりに残酷な世界であり――何よりも、彼はそこから再び突き放されることになります。

 時あたかも再び豊臣と徳川の戦が始まろうとする中、再び行き場を失った彼は、因心居士と高台院ねね、不思議な因縁で出会った二人からそれぞれ依頼されて大坂城本丸を目指すことになります。
 様々な因縁から行動を共にすることになってかつての伊賀の仲間たちと共に、ついにかつての世間知らずの貴人――秀頼と再会することとなった風太郎。そこである頼みを受けた彼の最後の決断は……


 と、時々剣呑ながら、どこか呑気でユーモラスな空気が漂う生活から一変、理不尽に人の命を奪い、奪われていく世界に放り込まれることとなった風太郎を描くこの下巻。
 その冒頭で、彼はそれまでの道のりが全てある意志によるものであり、そして自分は、利用尽くされた果てに弊履の如く捨てられる存在に過ぎなかったと知ることになります。

 それは厳しいことをいえば、ただ流されるままに生きてきた彼にとって、ある意味当然の帰結だったのかもしれません。
 しかしこの時代において、個人の意志にどれだけの力があるものでしょうか。個人が思うがままに生きることはできるのでしょうか?

 真面目に生きようとしても陥れられ、牙を剥けばさらに叩きのめされる。本作の登場人物は、程度の差こそあれ、誰もが己の意に反する運命に流され、傷ついているということができるでしょう。
 その中でひたすらマイペースに振る舞う因心居士ですら、風太郎を頼らねばならない因果に縛られているのですから……

 しかし物語の終盤において、風太郎は初めて自分自身の意志を持って立ち上がることになります。
 その向かう先が、ほとんど確実な死であっても、決して譲れないものがある。流されるわけにはいかない理由がある――そんな想いと共に、風太郎がかつての伊賀の仲間たちが命を的の大勝負に出る姿に、胸が熱くならないわけがありません。

 クライマックスで繰り広げられる大殺陣も、これが初時代小説とは思えぬ高いクオリティ。最後の最後の最後まで油断できぬ忍び同士の死闘が展開する終盤のマラソンバトルは、まさに一読巻を置く能わざる内容で、結末に至り、ようやく深く息をつくことができた――そんな作品であります。


 ……もちろん、前半の呑気な風太郎たちの姿を思えば、それは本当にそれしか道がなかったのかと、ひどく苦い味わいを残すものであります。
 それまで物語で描かれてきたものを思えば、ヒロイックな彼らの姿に、ある種の痛みと哀しみを覚えるのもまた事実です。

 しかしそれでもなお、巨大な力と力のぶつかり合う中で、確かに風太郎が己の意志を貫き、思うがままに駆け抜けたことを思えば、これ以外の結末はなかった、と言うほかありません。。

 誰もが知る戦の結末の裏で、決して変えられぬ史実の陰で、それをひっくり返すことをやってのける――それは流されるまま生きるしかなかった風太郎が見せた、強烈な自己主張というべきなのでしょう。
 そしてその姿は、時と場所を異にしつつも、実は彼とさして変わらぬ生を送る我々にとって、ひどく魅力的に感じられるものであります。


『とっぴんぱらりの風太郎』下巻(万城目学 文春文庫) Amazon
とっぴんぱらりの風太郎 下 ((文春文庫))


関連記事
 万城目学『とっぴんぱらりの風太郎』上巻 プータロー忍者、流されまくる

| | トラックバック (0)

2018.04.04

峰守ひろかず『帝都フォークロア・コレクターズ』 妖怪を追う者たちが見たモノ

 既に近代化の恩恵が隅々まで行き渡った大正時代――そんな中で妖怪伝承を集めるという奇妙な団体「彼誰会」に加わることとなった少女の目を通じて、妖怪にまつわる不可思議な事件の数々を描く連作集であります。

 今からほぼ百年前の大正6年(1917年)、勤め先を失って職探し中に見つけた、「彼誰会」なる団体の書記の採用試験に応募することとなった少女・白木静。
 まだ15歳と年若く、小柄だったことから初めは難色を示されたものの、ある身体的特徴に注目された静は一転採用されることになります。

 しかし採用されて初めて知った彼誰会の目的は、「百年使える妖怪事典の編纂」。
 そのために日本各地に残る妖怪伝承を集めているという彼誰会の調査に同行することとなった彼女は、訳がわかぬまま、石神射理也(いしがみいりや)、多津宮淡游(たつみやたんゆう)という二人の青年とともに、早速四国は徳島の山村に向かうのでした。

 詰め襟学生服に銀髪の生真面目な射理也と、着流しに女物のソフト帽をかぶった軽薄な淡游。全く正反対の二人と、現地で妖怪にまつわる伝承を聞いて回る静は、「コナキジジとゴギャナキ」なる妖怪に父を殺されたという少年と出会うのですが……


 妖怪などその手の話が好きな人間にとってはある意味身近に感じられる民俗学。しかしそれが日本で成立したのはごく最近であります。
 それまでは、民俗学に欠かせぬ調査手法であるフィールドワークも、一般の人々には耳慣れぬものであったに違いありません。

 本作は言ってみれば、そんな民俗学の黎明期に奔走したフィールドワーカーたちを主人公とした物語ですが――当然と言うべきか(?)、本作で描かれるのは、伝承の聞き取りで終わるような平穏無事な調査ではありません。

 四国では人々を襲うという「コナキジジとゴギャナキ」と対決し、伊豆では海から来る「みんつち様」と遭遇。紀州沖の孤島では奇怪な神を祀る人々の前に窮地に陥り、そして人助けのために都心で神隠しを追う……
 何故か伝承どころではなく実際に妖怪がいるとしか思えない事件に巻き込まれ、必死に事態収拾のために奔走する静たち三人の姿が、本作では基本ユーモラスに、時にシリアスに描かれることになります。

 この辺りの展開は、静・射理也・淡游の個性がそれぞれきちんと立っているところもあり――そしてそれがそれぞれのエピソードに陰に陽に絡んでいくこともあり――、キャラクターものとして実に楽しい内容。
 そして妖怪ものとしても、それぞれの事件で彼らが遭遇したものが、やがて彼誰会を私費で主催する「先生」の研究成果に結びついていく――というのは、お約束ですが、やはりニヤリとさせられます。
(「先生」の正体がわかり易すぎるのは、まあ仕方ないとして)

 物語の基調が賑やかでありつつも、失われゆくモノたちへの哀惜を感じさせてくれるのも、こうした世界が好きな人間にとっては嬉しいところであります。


 しかしながら物語の内容的には、正直なところ不満もあります。
 物語が地に足のついた展開のようでいて、意外な方向に転がっていくのは、これは構いません、というより大歓迎ですが――その転がり方が今ひとつ、という印象が強くあるのです。

 幽霊ならぬ妖怪の正体見たり――というのはともかく、それが地に足の着いたものではなく、そして奇想天外なものでもない。実は○○でした、の中身がベタ過ぎるといえばいいでしょうか……
 もちろんこれは全部のエピソードがそうではないのですが、特に後半2話は、登場する悪人の描写がちょっと驚くほど類型的で、妖怪の存在以上に、悪い意味で浮世離れした内容になってしまった――そんな印象があります。

 舞台設定やキャラクターなど、なかなか好みの作品であっただけに、このあたりは本当に勿体なかった、という印象が残った次第です。


『帝都フォークロア・コレクターズ』(峰守ひろかず KADOKAWAメディアワークス文庫) Amazon
帝都フォークロア・コレクターズ (メディアワークス文庫)

| | トラックバック (0)

より以前の記事一覧