2017.05.09

入門者向け時代伝奇小説百選 SF

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回紹介するのはSF編。いずれもその作品ならではの独自の世界観を持つ、個性的な顔ぶれです。
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

36.『寛永無明剣』(光瀬龍)【江戸】【剣豪】 Amazon
 大坂の陣の残党を追う中、何故か柳生宗矩配下の襲撃を受けた北町奉行所同心・六波羅蜜たすく。一つの集落そのものを消し去り、幕府要人たちといつの間にかすり替わっているという謎の強大な敵の正体とは……

 と、歴史改変テーマの時代SFを数多く発表してきた作者の作品の中でも、完成度と意外性という点で屈指の本作。
 奇怪極まりない陰謀に巻き込まれた主人公の活躍だけでも、時代小説として実に面白いのですが、しかしそれだけに、中盤に物語の真の構図が明らかになるその瞬間の、一種の世界崩壊感覚は、本作ならではのものであります。

 そしてその先に待つのは、あまりにも途方もないスケールの秘密。まさに「無明」と呼ぶほかないその虚無感と悲哀は、作者ならではの味わいなのであります。

(その他おすすめ)
『多聞寺討伐』(光瀬龍) Amazon


37.『産霊山秘録』(半村良)【戦国】【江戸】【幕末-明治】 Amazon
 時代伝奇SF、いや伝奇SFの巨人とも言うべき作者の代表作である本作は、長き時の流れの中で、強大な超能力を持つ「ヒ」一族の興亡を連作形式で描く壮大な年代記であります。

 戦国時代に始まり、江戸時代、幕末、そして第二次大戦前後に至るまで……強大な異能を活かして、歴史を陰から動かしてきたヒの一族。高皇産霊尊を祖と仰ぐ彼ら一族の血を引くのは、明智光秀、南光坊天海、猿飛佐助、坂本竜馬、新選組……と錚々たる顔ぶれ。
 そんなヒの一族が如何に歴史に絡み、動かし、そして滅んでいくのかを描いた物語は、まさに伝奇ものの興趣横溢。最後にはアポロの月面着陸まで飛び出す奇想天外な展開には、ただ圧倒されるばかりなのです。

 そしてそんな物語の中に、生命とは、生きることとは何か、という問いかけを込めるのも作者ならではであります。


38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)【江戸】【ミステリ】 Amazon
 アニメ界の生きる伝説であり、同時にミステリ、ジュブナイルを中心に活躍してきた作者が描いたジャンルクロスオーバーの快作であります。

 22世紀の未来から、享保年間にやってきた五人の高校生+顧問の航時部。彼らは、江戸に到着早々、二つの密室殺人事件に巻き込まれることになります。それぞれ個性的な能力を持つ彼らは特技を活かして事件解決に乗り出すのですが――
 とくれば、未来人が科学知識を活かして江戸時代で事件捜査を行う一種の時代ミステリになると思われますが、その先に待ち受けているのは、様々なジャンルが入り混じり、謎が謎呼ぶ物語。

 「過去」と「未来」が交錯するその先に、思わぬ形で開く「現在」への風穴にはただ仰天、齢八十を超えてなお意気衰えぬ作者が現代の若者たちに送る、まさしく時代を超えた作品であります。

(その他おすすめ)
『戦国OSAKA夏の陣 未来S高校航時部レポート』 Amazon


39.『大帝の剣』(夢枕獏)【江戸】【剣豪】 Amazon
 伝奇バイオレンスで一世を風靡した作者が、時代伝奇小説に殴り込みをかけてきた、記念すべき大作であります。

 主人公は日本人離れした容姿と膂力を持ち、背中に大剣を背負った巨漢・万源九郎。その剣を頼りに諸国を放浪する彼が出会ったのは、奇怪な忍びに追われる豊臣家の娘・舞。しかし彼女の体には、異星からやってきた生命体・ランが宿っていたのであります。
 かくて源九郎の前に現れるのは、徳川・真田両派の忍びに切支丹の妖術師、宮本武蔵ら剣豪、そして不死身の宇宙生物たち……!

 無敵の剣豪が強敵と戦うのは定番ですが、その敵が宇宙人というのはコロンブスの卵。そしてそこに「大帝の剣」を含む三種の神器争奪戦が絡むのですから、面白くないはずがありません。終盤には人類の歴史にまで物語が展開していく実に作者らしい野放図で豪快な物語です。

(その他おすすめ)
『天海の秘宝』(夢枕獏) Amazon


40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)【幕末-明治】 Yahoo!ブックストア
 ハチャハチャSFを得意としながらも、同時に古典SF研究家として活動し、さらに明治時代を舞台としたSFを描いてきた作者。本作はその作者の明治SFの中心人物である実在のSF作家・押川春浪と、その弟子筋の若き小説家・鵜沢龍岳(こちらは架空の人物)を主人公とした短編集であります。

 明治時代の新聞の切り抜きを冒頭に掲げ、春浪自身が経験した、あるいは耳にした、この記事にまつわるエピソードを龍岳が聞くという聞くというスタイルの短編12篇を納めた本書は、いずれも現実と地続きの世界で起きながら、この世の者ならぬ存在がひょいと顔を出す、すこしふしぎな(まさにSF)物語ばかり。
 内容的にはあっさり目の作品も少なくないのですが、ポジでもネガでもない明治を、SFという観点から掘り起こしてみせたユニークな作品集です。

(その他おすすめ)
『火星人類の逆襲』(横田順彌) Amazon



今回紹介した本
寛永無明剣 (角川文庫)産霊山秘録 上の巻<産霊山秘録> (角川文庫)未来S高校航時部レポート TERA小屋探偵団 (講談社ノベルス)大帝の剣 1 (角川文庫)押川春浪回想譚 (ふしぎ文学館)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「寛永無明剣」 無明の敵、無明の心
 『未来S高校航時部レポート TERA小屋探偵団』 未来の少年少女が過去から現在に伝えるもの
 夢枕獏『大帝の剣 天魔望郷編』 15年ぶりの復活編
 「押川春浪回想譚」 地に足の着いたすこしふしぎの世界

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2017.04.11

松尾清貴『真田十勇士 7 大坂の陣・下』 そして英雄の物語から人間の歴史へ

 ついに決着の時がやってきました。真田幸村と彼に仕える勇士たちの戦いを、真田対「天下」という切り口で描いてきたこのシリーズも、いよいよ本書で完結。大坂夏の陣を舞台に、次々と猛将・勇将たちが散ってく中、明らかとなる驚愕の真実とは――

 天下との、そして百地三太夫との戦いの末に全てを喪い、最後に残された武士としての意地を胸に、大坂城に入った幸村。
 豊臣家の存続を最優先にして勝つ気のない大坂城の首脳陣を尻目に、幸村とその子・大助、そして勇士たちは、あの真田丸で徳川軍相手に大活躍を繰り広げることになります。

 しかしその一方で勇士の一人が大坂城を捨て蓄電、そしてまた一人が大助を守って命を落とすことに。
 その下手人である怪僧・天海は討ったものの、彼の自らの死を覚悟していたような態度と、そして百地三太夫の依代でありながらも、彼の野望――現世と曼荼羅世界(神仏の存在する異界)の合一を否定するような天海の末期の言葉に、幸村たちは釈然としない想いを抱くことになります。

 しかしそんな出来事を経ても、そして豊臣方と徳川方の不本意な休戦を経ても、なおも彼らの戦いは続きます。ある者は豊臣家存続を勝ち取るために、ある者は死に場所を求めるために、そしてまたある者は、武士としての最後の意地を示すために。
 そして始まった大坂夏の陣。後藤又兵衛が、薄田隼人が、木村重成が、それぞれの命を散らす中、幸村と勇士たちも、それぞれの最後の戦いに踏み出すことになるのですが――


 前編に当たる第6巻同様、基本的に史実をベースに展開していくこの最終巻。
 そこで描かれる物語は、我々のよく知る歴史をなぞったものではありますが、しかしこれまでのシリーズがそうであったように、平明な表現で、しかしフッと歴史の「真実」を掘り下げてくる、本作の魅力は変わることがありません。
 特に、後藤又兵衛が最期を迎えた道明寺での戦において、彼が突出した(あるいは幸村たちが遅れた)理由について、これまでになくシンプルでありながら、しかし説得力十分の回答を示しているのは印象に残ります。

 しかしもちろん、その中で最も強く印象に残るのは、最後の戦いに赴く勇士たちの姿であります。

 これまでの巻の紹介で繰り返し述べてきたように、それぞれその理由と背景は異なるものの、それぞれの形で「人間」であること、「自分」であることを否定され、奪われてきた勇士たち。
 本作は、そのまさに人間性を否定する「天下」と人間の対決を描いてきた物語でした。そしてここで示される彼らの戦う理由は、彼らがそれぞれに自分自身が失ったものを(人生の最後の最後において)取り戻したことを示すが故に、感動的なのであります。

 そしてそれは、彼らの主である幸村にとっても変わることはないのですが――


 しかし、しかし物語を読み進める中、一つの疑問が頭の中で大きくなっていくことになります。この作品における最大の敵、天下の名の下に人間を、個人を否定する存在の象徴である百地三太夫は、この戦いのどこに潜んでいるのか……と。

 物語の核心中の核心となるため、ここでそれをはっきりと述べることはできません。しかし全ての結末において、その理由は明確に、そして意外な形で明らかになるとだけは述べることができます。
 そしてそれは、一つの物語の、英雄たちが超常の敵に立ち向かう戦いの否定であるとも――

 それはこの物語をここまで読んできた者にとって、必ずしも望ましい結末ではないかもしれません。
 しかし、物語を、そしてその中で生まれるここではないどこかを否定することで、初めて歴史が、生きた人間が織りなすそれが生まれるのだとすれば、それはこの上ない人間の勝利だということができるでしょう、

 物語を否定することを以て物語を終え、そしてそれによって作品のテーマを完結してみせる……一種メタフィクション的な、人を食った仕掛けではあります。
 そしてそれは単なる否定にのみ終わるものではありません。そこにあるのは、幸村と勇士たちが求めたもの、取り返そうとしてきたものの先にある、一つの希望の姿でもあるのですから。


 しかしこの物語を愛するからこそ、結末において呼びかけたくなるのもまた事実。お前は本当にそれでよかったのか……と。その答えはもちろんわかってはいるのですが――


『真田十勇士 7 大坂の陣・下』(松尾清貴 理論社) Amazon
真田十勇士〈7〉大坂の陣〈下〉


関連記事
 松尾清貴『真田十勇士 1 忍術使い』(その一) 容赦なき勇士たちの過去
 松尾清貴『真田十勇士 1 忍術使い』(その二) 人間を、自分を勝ち取るための戦い
 松尾清貴『真田十勇士 2 淀城の怪』 伝奇活劇の果ての人間性回復
 松尾清貴『真田十勇士 3 天下人の死』 開戦、天下vs真田!
 松尾清貴『真田十勇士 4 信州戦争』 激闘上田城、そしてもう一つの決戦
 松尾清貴『真田十勇士 5 九度山小景』 寄る辺なき者たちと小さな希望と
 松尾清貴『真田十勇士 6 大坂の陣・上』 決戦、自分が自分であるために

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2017.04.02

入門者向け時代伝奇小説百選 怪奇・妖怪(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回はある意味この百選のキモである怪奇・妖怪ものの紹介(その一)であります。

26.『おそろし 三島屋変調百物語事始』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)

26.『おそろし 三島屋変調百物語事始』(宮部みゆき)【江戸】 Amazon
 数多くのジャンルで活躍する作者が得意とする時代怪談の名品、数年前に波瑠主演でNHKドラマ化された作品です。
 ある事件が原因で心を閉ざし、叔父夫婦の営む三島屋に預けられた少女・おちか。彼女はふとしたことから、様々な人々が持ち込む不思議な話の聞き役を務めることに――

 というユニークな設定で描かれる全5話構成の本作は、題名のとおり真剣に恐ろしい物語揃いの怪談集。しかしそんな恐ろしい物語に聞き手として、時には当事者として向き合うことにより、おちかの心が少しずつ癒され、前に向かって歩き出す姿には、作者の作品に通底する人間という存在の強さが感じられます。
 副題通りの百話目指し、今なお書き継がれているシリーズであります。

(その他おすすめ)
『あんじゅう 三島屋変調百物語事続』(宮部みゆき) Amazon
『あやし』(宮部みゆき) Amazon


27.『しゃばけ』(畠中恵)【江戸】【ミステリ】 Amazon
 大店・長崎屋の若だんな・一太郎は生まれついての虚弱体質で、過保護な兄やの佐助と仁吉に口うるさく構われる毎日。しかし若だんなは妖を見る力の持ち主、実は大妖の佐助と仁吉とともに、次々と奇怪な事件に巻き込まれて――という妖怪時代小説の代名詞と言うべきシリーズの第1弾です。

 人間と妖のユーモラスで賑やかな騒動を描くいわゆる妖怪時代小説のスタイルを作ったとも言える本作は、しかし同時に、ミステリ性も濃厚な物語。
 続発する奇怪な殺人事件に巻き込まれた若だんなが解き明かすのは、この世界観だからこそ成立する奇怪なロジック。そしてその先には、苦い人間社会の現実が――

 連作スタイルで今なお続くシリーズを貫く魅力は、この第1弾の時点から健在なのです。

(その他おすすめ)
『ゆめつげ』(畠中恵) Amazon
『つくもがみ貸します』(畠中恵) Amazon


28.『巷説百物語』(京極夏彦)【江戸】【ミステリ】 Amazon
 妖怪といえばこの人、な作者の代表作の一つであり、幾度も映像化・漫画化されてきた本作。しかし作者の作品らしく一筋縄ではいかない妖怪時代小説であります。

 戯作者志望の青年・百介が旅先で出会った謎めいた男・御行の又市。一癖も二癖もある面々と組む彼の稼業は、表沙汰にできない面倒事の解決や悪党への復讐を請け負うことでありました。
 妖怪の仕業にしか見えない不可解な事件を引き起こし、その陰に隠れて仕掛けを行う本作は、作者が愛してやまない必殺シリーズmeets妖怪的味わいの連作集です。

 百鬼夜行シリーズ(京極堂もの)とは表裏一体とも言える本作は、その後も後日譚・前日譚と数多く書き継がれ、更なる続編が待たれるシリーズです。

(その他おすすめ)
『続巷説百物語』(京極夏彦) Amazon


29.『一鬼夜行』(小松エメル)【幕末・明治】 Amazon
 妖怪時代小説の旗手の一人である作者のデビュー作にして代表作、明治の東京を舞台にした賑やかでほろ苦い妖怪活劇です。

 ある晩、空から古道具屋を営む青年・喜蔵の前に落ちてきた自称大妖怪の少年・小春。百鬼夜行からこぼれ落ちたという小春が居候を決め込んで以来、様々な妖怪沙汰に巻き込まれる喜蔵ですが――

 小生意気な小春と、妖怪も恐れる閻魔顔の喜蔵の凸凹コンビが活躍する本作、人間と妖怪のバディものは定番ですが、ここまで二人のやり取りが楽しい作品は他にはありません。
 その一方で、それぞれ孤独を抱えた人と妖が寄り添い、絆を深める人情ものとしても魅力的な本作。今なおシリーズが書き継がれているのも納得です。

(その他おすすめ)
『夢追い月 蘭学塾幻幽堂青春記』(小松エメル) Amazon


30.『のっぺら あやかし同心捕物控』(霜島ケイ)【江戸】 Amazon
 『封殺鬼』シリーズなど伝奇アクションで90年代から活躍してきた作者の初時代小説は、とんでもなくユニークな妖怪ものであります。
 主人公の千太郎は江戸町奉行所の敏腕同心。腕が立ち、正義感に溢れて情に厚い、江戸っ子の人気者なのですが……何と彼はのっぺらぼう。あやかしを退治する同心ではなく、あやかしが同心なのです。

 しかし本作はパラレルワールドものではありません。江戸にのっぺらぼうがいたらどうなるか……本作は丹念に描写を積み重ねることでその難題(?)をクリアするのです。
 そしてもちろん、千太郎が挑む事件も奇っ怪極まりないものばかり。人間が、妖が引き起こす怪事件に挑む千太郎の姿は、「男は顔じゃない」と思わせてくれるのであります。


今回紹介した本
おそろし 三島屋変調百物語事始 (角川文庫)しゃばけ (新潮文庫)巷説百物語 (角川文庫)(P[こ]3-1)一鬼夜行 (ポプラ文庫ピュアフル)のっぺら あやかし同心捕物控え (モノノケ文庫)


関連記事
 「おそろし 三島屋変調百物語事始」 歪みからの解放のための物語
 「一鬼夜行」 おかしな二人の絆が語るもの
 「のっぺら あやかし同心捕物控」 正真正銘、のっぺらぼう同心見参!

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2017.03.29

宮島礼吏『もののて 江戸忍稼業』第3巻 二人を命がけで立たせたもの

 左右の手が逆についた異形の青年忍者・皆焼と、医師志望の少女・おこたの冒険を描く物語の最終巻であります。思わぬ成り行きから、しかし己の誇りを賭けて名門の貴公子と決闘を繰り広げることとなった皆焼。そしてついに明かされる彼の過去、彼が忍びとなった理由とは……

 皆焼の属する飛騨望月衆に加わり、その初仕事として、皆焼と二人で駆け落ちの夫婦を装って錠前を売ることになったおこた。しかしその仕事場所は、かつておこたが暮らしていた町でありました。
 そこで素性がバレてしまったおこたは、彼女を嫁に望んでいた名門・織田家の八男・長雄のもとに連れ戻されることになります。

 しかし自分の、そしておこたの仕事をあざ笑った長雄に対し、刀を手に対峙する皆焼ですが……相手は武芸の修練を積んだ侍、そして手にした得物も名刀・圧し切りとくれば相手が悪すぎる。
 正面から打ち合った皆焼のなまくら刀はへし折れ、自身も無数の傷を負う皆焼。しかしそれでも決して倒れず、なおも刀を交える彼の姿を見かねたおこたも、一つの決意を固めるのですが――


 第2巻の紹介では、皆焼とおこたが長雄を前に屈せず立つ理由を、己の仕事に対する「矜持」ゆえと述べましたが、しかしここで描かれたものは、それ以上に深く、重いものでありました。

 この巻の冒頭で挿入されるおこたの過去話は、彼女があれほど旅に憧れ、そして皆焼に惹かれる理由として、深く頷けるもの。
 長く孤独に生きてきた者にとって、自分以外の他者の存在が、自分をとりまく世界の存在が、どれほど暖かく、嬉しいものであるか……そしてそれを他者が力ずくで奪うことが、どれだけ腹立たしいことであるか。

 当たり前といえば当たり前のその想いのために、そしてそんな自分自身を貫くために、そんな相手を守るために、二人は命を賭けて立つのであります。


 そしてその想いは、皆焼の壮絶な過去を目の当たりにすることにより、より一層こちらの心に強く焼き付くことになります。

 幼いころからその腕のために、差別され、好奇の目に晒され、石もて逐われてきた皆焼。傷つき飢え、瀕死の彼がたどり着いたのは、目も見えず耳も聞こえない老人と、病で瀕死の少年が暮らす小屋でした。
 老人が気づかぬのをよいことに少年の食事を奪い、そして少年が死んでいくのを見殺しにした皆焼。そして少年になり代わって老人の下で、彼は一時の平和を得ることになります。

 しかしその彼を追って山賊が老人の小屋を襲ったことで、再び彼の運命は激しく動くことになります。そして老人を守るためについに刀を手にした皆焼に、老人はある真実を語るのですが――


 いやはや、皆焼の手とそれに対する周囲の反応という基本設定の部分だけでも驚かされた本作ですが、しかしこの過去編でのあまりの容赦のなさには、これまで以上に驚かされました。
 何もここまで描かなくとも……と言いたくなるほど、皆焼を追い詰め苦しめる描写と展開の連続は、ほとんど連載漫画ということを考慮に入れていないようにも感じられる構成も相まって、強烈なインパクトを残します。
(どうやらこの過去編は雑誌連載ではなく、web連載のようですが……)

 しかしそれだけに、その先にあった真実はそれまでの苦さに倍する感動を我々に与えてくれます。。
 そしてその真実が生み出したものこそが、その後の皆焼の生涯を、この巻の冒頭での彼の行動を決めることになるのであります。


 冒頭で触れたように、残念ながら本作はこの第3巻で完結となります。本作の最大の特徴であり、そして最大の謎であった皆焼の手の正体は明かされぬまま、物語は一つの結末を迎えることとなります。
(柳生十兵衛もまた……という描写があっただけにこの辺りは実にもったいない)

 それは本当に残念でならないのですが、しかし皆焼の過去とおこたの過去が描かれ、そしてそこから生まれた二人の願いが、二人の想いが結びつき、一つとなったことは、それはそれで一つの美しい結末であったと感じます。

 もちろん、その先の物語が描かれることがあれば、それに勝る喜びはないのですが――


『もののて 江戸忍稼業』第3巻 (宮島礼吏 週刊マガジンKC) Amazon
もののて(3)<完> (講談社コミックス)


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 宮島礼吏『もののて 江戸忍稼業』第2巻 二人の成すべき仕事の意味

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2017.03.12

入門者向け時代伝奇小説百選 忍者もの(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、忍者ものの紹介の後編は、忍者ものに新風を吹き込む5作品を取り上げます。
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

21.『風魔』(宮本昌孝) 【戦国】【江戸】 Amazon
 後世にその名を知られた忍者の一人である風魔小太郎。本作は、颯爽とした男たちの物語を描いたら右に出る者がいない作者による痛快無比な忍者活劇であります。

 小田原の北条家に仕え、常人離れした巨躯と技で恐れられたという小太郎。本作はその逸話を踏まえつつ、しかしその後の物語を描き出します。
 何しろ本作においては北条家は早々に滅亡。野に放たれた小太郎は、豊臣と徳川が天下を巡って暗闘を繰り広げる中、自由のための戦いを繰り広げるのです。

 戦国が終わり、戦いの中に暮らしてきた者たちの生きる場がなくなっていく中、果たして小太郎たちはどこに向かうのか? 誰に縛られることなく、そして誰を傷つけることなく生き抜く彼の姿が本作の最大の魅力です。


22.『忍びの森』(武内涼) 【戦国】【怪異・妖怪】 Amazon
 発表した作品の大半が忍者ものという、当代切っての忍者作家のデビュー作である本作は、もちろん忍者もの……それも忍者vs妖怪のトーナメントバトルという、極め付きにユニークな作品であります。

 信長に滅ぼされた伊賀から脱出した八人の忍者。脱出の途中、彼らが一夜の宿を借りた山中の廃寺こそは、強大な力を持つ五体の妖怪が封じられた地だったのです。
 空間歪曲により寺から出られなくなった八人は、持てる力の全てを振り絞って文字通り決死の戦いに挑むことになります。

 忍者の鍛え抜かれた忍術が勝つか、妖怪の奇怪な妖術が勝つか? 敵の能力の正体もわからぬ中、果たして人間に勝利はあるのか……空前絶後の忍者活劇であります。

(その他おすすめ)
『戦都の陰陽師』(武内涼) Amazon


23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎) 【戦国】【怪異・妖怪】 Amazon
 映画化された『完全なる首長竜の日』になど、SF作家・ミステリ作家として知られる作者は、同時に奇想に富んだ時代小説の書き手でもあります。

 川中島の戦で召喚され、多大な死をもたらしたという兇神・御左口神。武田の歩き巫女・小梅は、謎の忍者・加藤段蔵に襲われたことをきっかけに、自分がこの兇神と深い関わりを持つことを知ります。
 武田の武士・武藤喜兵衛(後の真田昌幸)とともに、小梅は兇神を狙う段蔵の野望に挑むことに……

 初時代小説である『忍び外伝』も驚くべきSF的展開を披露した作者ですが、本作も実は時代小説にとどまらない内容の作品。果たして御左口神の正体とは……これは「あの世界」の物語だったのか!? と驚愕必至であります。

(その他おすすめ)
『忍び外伝』(乾緑郎) Amazon


24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道龍一朗) 【戦国】 Amazon
 忍者が活躍した戦国時代において、一際奇怪な存在として知られる飛び加藤こと加藤段蔵。本作はその段蔵を、悪人ならぬ悪忍として描いたピカレスクロマンであります。

 伊賀と甲賀の秘技を極めながらも、その双方を敵に回し、自分自身の力のみで戦国を渡り歩く段蔵。一向一揆で揺れる北陸を次の仕事場に選んだ段蔵は、朝倉家に潜り込むことになります。
 そこで段蔵の前に現れるのは、名うての武将、武芸者、そして忍者たち。そして段蔵にも隠された過去と目的が――

 強大な力を持つ者たちを向こうに回して暴れ回る段蔵の活躍が善悪を超えた痛快さを生み出す本作。ラストで明かされる、思わず唖然とさせられるほどの豪快な真実に驚け!

(その他おすすめ)
『乱世疾走 禁中御庭者綺譚』(海道龍一朗) Amazon


25.『嶽神』(長谷川卓) 【戦国】 Amazon
 奉行所ものなどでも活躍する作者の原点が、「山の民」ものというべき作品群――里の人々とは異なる独自の掟と生活様式を持ち、山中の自然と共に暮らす人々の活躍を描く物語であります。

 そして本作はその代表ともいうべき作品。掟を破って追放された山の民・多十が、武田勝頼の遺児と、一族を虐殺された金堀衆の少女を連れ、逃避行に復讐に宝探しにと奮闘する大活劇です。
 殺戮のプロとも言うべき追っ手の忍者集団を向こうに回し、母なる大自然を武器として戦いを挑む多十。山の民殺法とも言うべき技の数々は、本作ならではの豪快な魅力に溢れています。

 様々な欲望が剥き出しとなる戦国に、ただ信義のために命を賭ける多十の姿も熱い名品です。

(その他おすすめ)
『嶽神伝』シリーズ(長谷川卓) Amazon


今回紹介した本
風魔(上) (祥伝社文庫)忍びの森 (角川文庫)塞の巫女 甲州忍び秘伝 (朝日文庫)悪忍 加藤段蔵無頼伝(双葉文庫)嶽神(上) 白銀渡り (講談社文庫)


関連記事
 「風魔」 小太郎が往く自由の中道
 「忍びの森」 忍びと妖怪、八対五
 「忍び秘伝」 兇神と人、悪意と善意
 「悪忍 加藤段蔵無頼伝」 無頼の悪党、戦国を行く

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2017.03.10

松尾清貴『真田十勇士 6 大坂の陣・上』 決戦、自分が自分であるために

 これまで奇想天外な形で描かれてきた天下対真田の戦いも、ついに最終決戦に突入。守るべき土地を失い、全てを失ったかに見えた場から立ち上がった真田幸村と勇士たちの真の戦いが始まることになります。その決戦の場は、言うまでもなく大坂の陣……この巻で描かれるのはその冬の陣であります。

 上田城の戦を優位に進めながらも関ヶ原で西軍が敗れたことで上田の地を失い、そして荼枳尼天の力を手に完全復活した百地三太夫に敗れたことで白鳥明神の加護を失い……二重の意味で守るべきものを失った幸村。
 しかし、以来十数年にわたり九度山に逼塞を余儀なくされた彼に従う者たちも確かに存在します。

 佐助、才蔵、清海、伊佐、六郎、小助、十蔵、甚八、鎌之助……いずれもそれぞれの形で自分自身を奪われ、そして幸村の下でそれを再び見出してきた者たちであります。
 そして幸村もまた、自分に残された最後のものを抱いて、最後の戦いに臨むことになります。それは己の戦う理由、信念、矜持、縁等々……言い換えれば「自分が自分であること、そしてために必要なもの」であります。

 全てを喪い、それでも残ったもの……自分が自分であるために、確かな絆を持った者たち同士大坂城に入った幸村と九人の勇士。彼らが拠る場は、言うまでもなく彼ら自身の城、真田丸――


 というわけで始まった大坂冬の陣ですが、その内容としては、基本的に史実に沿ったものが描かれることになります。

 もちろん、織田有楽斎の子であり、父以上に不可解な行動を取った左門(頼長)や、大坂に入城しながらも徳川と内通して討たれた南条忠成(元忠)など、面白い人物ながらマイナーな人物にもスポットが当たるのはなかなかに面白いなところであります
 また、木村重成の颯爽としつつもどこか歪みを感じさせるキャラ造形の妙(そしてそこに絡む本シリーズならではの驚くべき伏線!)にも唸らされるところですが、「今のところは」戦いの流れそのものは、史実から大きく離れたものではありません。

 しかしそれが物語としての面白さや緊迫感をいささかも減じるものではないのは、これまで本作で描かれてきた合戦と変わるところではありません。
 たとえ経緯と結果は史実通りであれど、その中で暴れ回るのが、これまでに「人生」を積み重ねてきたキャラクターたちだからこその盛り上がりが、ここには確かにあるのです。

 しかし個人的にその中で最も印象に残ったのは、ある意味人生の積み重ねと最も遠いところにある二人のキャラクター――真田大助と由利鎌之助であります。

 九度山で生まれ、もちろんこれが初陣となる大助。記憶力や学習能力というものを持たず、常に今この時しかない鎌之助。前巻において不思議な、どこかもの悲しい絆で結ばれた主従であり、親友であり、兄弟であり……そしてそのどちらでもない二人。
 そんな二人が、真田丸攻防戦で繰り広げる戦いは、生涯「最初」の戦場となるだけに、他の登場人物とはまた異なる緊迫感と、ある種の初々しさに満ちています。

 そしてその戦いの果てに二人の間に生まれたもの、手にしたものは……それはここでは書けませんが、これまで本シリーズを、少なくとも前巻を読んだ人間は、必ずや天を仰いで「嗚呼!」と嘆じたくなる、そんな名場面であります。


 そしてこの巻ではあまり表に出なかったとはいえ、史実の背後で蠢く奇怪な魔の影は、戦いを静かに、そして確実に侵していくことになります。

 戦いの後に幸村の前に現れた南光坊天海が取った行動は、そして彼が残した言葉は何を意味するのか。
 そしてそれと繋がっていくであろう、冒頭で描かれたある人物の行動は何を意味するのか――

 ここに来て未だ全貌が見えず、しかしそれが顕わになった時、とてつもないものが描かれるのではないか……そんな期待を抱いてしまう松尾版『真田十勇士』。
 天下対真田、天下対人間の戦いの向かう先は……いよいよ次巻完結であります。


『真田十勇士 6 大坂の陣・上』(松尾清貴 理論社) Amazon
真田十勇士〈6〉大坂の陣〈上〉


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2017.02.26

みなと菫『夜露姫』 自分らしくあるための戦い

 平安時代を舞台に、濡れ衣を着せられて亡くなった父の無念を晴らすため、盗賊団に加わった姫君の活躍を描く痛快な物語……講談社児童文学新人賞佳作を受賞した作者のデビュー作であります。

 後三条帝の御代、笛の名手として知られ、帝からも引き立てを受けた中納言。その娘で15歳の晶子姫は、帝と対立する左大臣の息子で色好みの蔵人の少将からの求婚を手ひどくはねのけるのですが、その直後に彼女の運命は大きく変転することになります。

 帝から預かっていた名笛・黒鵜……その名笛が屋敷から忽然と消え失せ、帝への叛意までも疑われてしまった中納言。心労から寝付いた彼は、たちまちのうちに儚くなってしまったのです。
 後ろ盾もなくなり、瞬く間に没落した晶子。この世に生きる望みを失った彼女は、ある晩出会った盗賊・狭霧丸の正体を知ったのがきっかけに、さらわれてしまうのでした。

 神出鬼没の盗賊として、鬼とも恐れられた大盗・狭霧丸。しかし彼の素顔を知り、そして彼を通じて外の世界で暮らす人々……貧富の差に苦しみながらも必死に生きる人々の存在を知った彼女は、自分も盗賊になることを望みます。
 晶子……昼の世界の水晶から、夜の闇に輝く夜露へと名を変えた彼女は、やがて狭霧丸一味にとって、そして狭霧丸にとってもなくてはならない存在となっていくのですが――


 没落の姫君が、苦難の末に奪われたものを取り戻し、そして優しく頼もしい伴侶を得る……そんな貴種流離譚は古今東西に数え切れぬほどそれこそ本作の舞台である平安時代においても語られています。
 本作もそんな典型的な作品に見えるかもしれません。しかし本作の主人公・晶子/夜露は、「普通の」姫君とは異なり、自ら盗賊となって活躍するという、いそうでいなかったタイプのヒロインとして描かれるのです。

 幼い頃から男の子に混じって遊び、姫君としては少々、いやかなりおてんばに育った晶子。そのパワフルさは、無理矢理言い寄ってきた少将に対して硯を振り上げる冒頭にもよく現れていますが……しかし彼女の魅力は、そして主人公たる所以は、彼女がおてんばで、活動的であるからだけではありません。

 それは彼女の心の中にあるもの、そして不幸な境遇に陥りながらも、いやそれだからこそ彼女を奮い立たせた想い――それは真に自由でありたいという想い、「自分は自分」でいたいという想いなのです。

 生まれながらに高い身分にあり、衣食住に悩むこともなく、いつか素敵な殿方と恋をして結ばれることを夢見る……いささかステロタイプではありますが、我々の頭のなかにある平安時代の姫君像は、だいたいこのようなものでしょう。

 それはもしかしたら一つの理想であるかもしれません。そう思う気持ちは決して否定しませんが……しかしそれは時代や社会が決めた一つの枠、もっときつい言い方をしてしまえば、檻であるとも言えます。

 もちろんそれは平安時代に特有のものではあります。しかし、人に嵌める枠、人を閉じこめる檻は、いつの時代も、どの世界にも存在します。もちろんこの時、この場所にも。
 そしてそれを良しとはせず、周囲からは道見られようとも、自分は自分らしくありたいと思う者もまた――


 本作にはファンタジー要素はほとんどありません(せいぜい、自在に姿を消す狭霧丸の術くらいでしょう)。しかしドキドキハラハラの冒険の末に、正義が勝ち悪が滅びる、そしてヒロインは幸せを手に入れるという内容は、やはりファンタジー――お伽話と言ってよいかもしれません。

 しかし、お伽話だからこそ描ける理想が、その理想の尊さがあります。それは一方で、時代によって様々に変化していくものでしょう。
 そして本作は、平安時代を舞台にしつつも、この時代だからこそ生まれ、そしてこの時代だからこそ読まれるべきお伽話であると感じます。

 平安の世に、悲運に負けることなく活躍する盗賊姫の物語は、現代の日本で、自分らしくありたいと願う女の子たちへのエールなのであります。

 まだまだ荒削りな部分もありますが、しかし作者のこの先の活躍が楽しみになる、素敵な児童文学であります。


『夜露姫』(みなと菫 講談社) Amazon
夜露姫

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2017.02.02

皆川亮二『海王ダンテ』第2巻 いよいよ始まる異境の大冒険

 超古代文明の遺産である本と魔導器を手にした少年・ダンテ(実は若き日の○○○○)が繰り広げる奇想天外な冒険を描く海洋冒険伝奇漫画の第2巻であります。正式に英国海軍の士官候補生となったダンテが向かうのはインド。そこでじゃじゃ馬未亡人を連れ帰る任務に就いたダンテの前に思わぬ敵が――

 「生命」の書を巡る南極での冒険の最中に行動を共にした英国海軍の人々に惹かれ、自らも海軍を志願したダンテ。パトリックとダミアン、同年代の友人もできた彼の乗る船は、インドに向かうこととなります。
 航海の目的は、現地の大富豪と結婚したイギリス人女性・フランシス・ニズベット(ファニー)嬢を連れて帰ること。ヒンドゥー教の「サティー(寡婦殉死)」……夫が死んだ際に、妻がその亡骸と共に焼かれるという儀式から、彼女を救出することが目的なのですが――

 しかしそこで待ち受けるのは、執拗にファニーをサティーにかけようとする教徒たち。町中の人々を敵に回すこととなったダンテたちですが、ファニーまでイギリスに帰ることを拒み、ダンテは思わぬ苦闘を強いられることになります。

 さらに海からダンテたちの船に予想もしなかった脅威が迫ります。何と百年前に処刑されたはずの海賊キャプテン・キッドとその不死の兵たちが襲ってきたのであります。
 書を狙うゾンビ海賊を退け、そしてファニーを連れてダンテは無事帰還することができるのか――


 というわけで、設定の紹介編的な第1巻に続くこの巻では、いよいよ海に出た主人公が繰り広げる大冒険……という、実にワクワクさせられる展開。
 何しろ後の○○○○提督だけに、海に出るのは当然と言うべきかもしれませんが、そこで繰り広げられるのは、貴婦人(?)救出という古式ゆかしい冒険活劇に加え、死から甦った大海賊を向こうに回してのバトルなのですから、盛り上がらないはずがありません。

 ダンテの持つ書「要素」と魔導器の能力――この世界を構成する分子を自らの意志で組み替え、物理的な力に変えるという能力。
 これは彼の体の一部を触媒に使うとはいえほとんど万能であるだけに、主人公無双となるのでは、という不安もありましたが、それはもちろん杞憂。

 ダンテが海軍という組織に加わり、共に戦う仲間ができたことで、その能力を使うのにいい意味で制限がかかった(使わずに切り抜けることが可能となった)ことが、物語にとってはポジティブに作用していると感じます。

 そして興味深いのは今回の舞台。インドという(イギリスにとっての)異境は、この時代を舞台としたフィクションではしばしば登場しますが、サティーという風習を中心に据えているのが印象に残ります。

 実際にはこの当時は既に廃れかけていた風習とのことですが(そしてそれは作中でも語られるのですが)、何故周囲がそれに拘るのかという点で一ひねりあるのが面白い。
 そしてそれが、単純に現地の人々だけを、あるいは西洋人だけ悪人としない作劇に繋がっていくのも巧みであります。

 しかし何よりも面白いのは、救い出すべきファニー自身がサティーを望んでいるという設定でしょう。もちろん単なる自殺願望ではなく、そこには彼女なりの深い理由があるのですが……そこから逆にダンテとの心の絆が生まれるというのが、実にイイのです。
 実はサティーからヒロインを助けて……というのは、『八十日間世界一周』のオマージュではないかなあと思うのですが、しかし見事な換骨奪胎と言うべきでしょう。

 そしてこの巻のラストでダンテたちが取る行動も、如何にも少年らしい正義感と無鉄砲さがあって、実に爽快、痛快。さらにここで史実を見れば、思わずニヤニヤさせられてしまうのであります。

 この巻では登場しないのかな、と思わされたライバル・ナポリオもまたとんでもない形で登場、二人の微妙な距離感も楽しく、少年漫画の王道を往く冒険活劇として(作者の作品の中でも最も「冒険」の語が相応しい作品ではないでしょうか?)大いに楽しませていただきました。


 しかし「敵」が手にした力はある意味無尽蔵。ラストで登場する次なる敵は、ある意味海賊の元祖というべき存在だけに、一筋縄でいくはずもありません。
 ダンテが、ナポリオが、仲間たちがこの強敵に如何に立ち向かうのか、そして如何なる冒険が待ち受けているのか……第3巻が待ち遠しいのです。


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2017.02.01

宮川輝『買厄懸場帖 九頭竜 KUZURYU』第3巻 三人目の九頭竜が選んだ道

 石ノ森章太郎の原作漫画を宮川輝がアレンジする本作もこの第3巻でついに完結。母の仇を捜す買厄人・九頭竜の旅は思いも寄らぬ方向に進み、九頭の竜の前金物に秘められた莫大な黄金を巡る争いに巻き込まれることに。そして死闘の果てに彼を待つものとは――

 表の顔は薬売り=売薬人、そして裏の顔は金で厄介事を始末する買厄人・九頭竜。幼い頃に母を殺した下手人を追う彼は、母が残した前金物を手がかりに旅から旅を続ける中、ついに下手人の正体を知ることになります。
 それは自分を拾い、育て上げた養父とその仲間たち――謎の行者姿の一団。長きに渡りこの国の歴史の陰で戦いを繰り広げてきた二つの勢力の一つに属する彼らは、その軍資金として隠し金山から莫大な黄金を掘り出し、それに関わった者たちを皆殺しにしたというのであります。

 そしてその黄金の隠し場所が記されたのが、全部で九枚存在する前金物。九頭竜は残る仇を追い、真実を確かめるため、残りの前金物を追うのですが……その前に現れたのは、武田家の残党・天涯法師率いる一団。そして行者たちの配下である謎の女・蛇姫でありました。
 かくて九頭竜の旅は、復讐行から、思わぬ三つ巴の秘宝争奪戦へと変わることに――


 これまで描写の少々の違いこそあれ、原作をほぼ忠実に追ってきた本作。この最終巻で描かれるのは、その原作の中盤から終盤からの物語なのですが……物語が進むにつれ、その内容は、やはり原作を踏まえつつも、しかし大きくその方向性を変えていくこととなります。

 九頭竜とその配下、天涯法師一味、そして行者たちと蛇姫……三派が各地で繰り広げる壮絶な血闘の数々。その最中で変わっていく九頭竜と蛇姫の関係性。そして訪れる別れと秘宝の真実――
 その多くは原作通りでありながら、本作が迎えるのは、ある意味原作とは正反対の結末。冷静に考えれば原作では曖昧なままであった部分に答えを示したのはさておき、全く異なる結末の味わいには、原作ファンからは賛否が分かれるかもしれません。

 ……が、私はこの結末を大いに気に入っています。


 以前にも紹介していますが、本作は、実はさいとう・たかをによるリライト『買厄人九頭竜』に続く二番目のリライト。その意味では、本作の九頭竜は、三人目の九頭竜と言うことができるでしょう。
 そして過去の二人の九頭竜は、出会う真実はほぼ同じだったとしても、その選んだ道、辿った運命は、また大きく異なるものでした。

 その結末について詳細に述べることは避けますが、一人目の九頭竜はその運命に飲み込まれ(あるいは殉じ)、二人目の九頭竜はその運命を投げ出した……そう表することができるのではないかと思います。
 それに対して本作の九頭竜、三人目の九頭竜は、その運命を自ら切り開いたと言うべきでしょうか。己を苦しめ、翻弄してきた運命の真実を知ってもなお、それを受け止め、そして前向きに歩き出す――それが本作の九頭竜の選んだ道なのです。

 繰り返しになりますが、この結末に違和感を感じる方はいても不思議ではありません。しかしあくまでも本作は三人目の九頭竜の物語であり、ようやく「九頭竜」は未来を手にしたのだと――最終回、あまりにも意外なゲスト(カメオ)の登場を通じて、私は感じられたのです。
(そして、原作終盤では薄れがちであった「買厄人」という要素を思わぬ形で甦らせたラストも心憎い)


 「邀撃」で描かれる天涯法師とその息子の辿る結末、「逮夜」冒頭で描かれる卑小な人間に対する自然の巨大さなど、描写の面でも印象に残り、唸らされることも少なくなかった本作。
 まずは大団円を迎えた作品として、私は満足しております。


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2017.01.28

宮島礼吏『もののて 江戸忍稼業』第2巻 二人の成すべき仕事の意味

 左右の手が逆についた逆手の青年、実は飛騨望月衆の忍びである皆焼と、ある事件から彼と知り合った医師志望の少女・おこたの冒険を描くユニークな忍者ものの続巻であります。望月衆に加わることとなったおこたは皆焼と珍妙な任務に就くのですが、それが思わぬ事件を引き起こすことに……

 医師になることを夢見て中山道を旅する途中のおこたが、悪辣な賊に襲われた際に出会った皆焼。彼は、周囲の人間たちが「もののて」と呼んで一様に嫌悪し、疎外する逆手の持ち主でありました。
 しかし彼の逆手を恐れぬどころか、それに惹かれたおこたが助けを求めたことがきっかけで、(貸しを背負わされた)おこたは彼と旅することになります。

 そして二人が辿り着いた望月衆の里では、皆それぞれに泰平の世の忍びとしてのお仕事(金儲け)に勤しむ毎日。そしてその一員となることを望んだおこたですが――


 というわけでおこたの初仕事となるわけですが、その内容がとんでもない。
 錠前屋からの依頼を受けて、とある町で錠前を売ることとなったおこたは、周囲から引き離されないように互いを手鎖で結んで駆け落ちをする夫婦という触れ込みで、その錠前の頑丈さを宣伝(ステマ)することになったのであります。

 そしてもちろん(?)その相手役は皆焼。かくて四六時中手鎖に繋がれた二人の共同生活が始まることに――
 とくれば、何と言いますか、未成年向けの『剣鬼喇嘛仏』的なエロコメ展開になりそうですが(そして実際のところ結構そういう感じでもあるのですが)、しかし物語は思わぬ方向に転がっていくことになります。

 実は二人が夫婦生活を始めた大田の町は、かつておこたが暮らしていた場所。針子として幽閉同然の暮らしを送っていた彼女は、しかし名門の若君・長雄に見初められ、輿入れすることとなっていたのであります。
 しかし医者になるという夢を諦められなかったおこた。その後の彼女はこれまで描かれたとおりですが、ここで長雄に見つけ出され連れ戻されることになってしまったのです。

 剣の達人である長雄によって手鎖を斬られ、連れ戻されるおこた。彼女の夢に全く理解を示さぬ長雄に、おこたは大切にしていた医学書を燃やされ、そして皆焼も己の忍びとしての役目を嘲られ、ついに剣を以って長雄に対峙することに――


 いやはや、前半である意味いかにも本作らしい、可笑しくも世知辛い「仕事」を巡るコミカルな騒動が展開されていたと思えば、後半で意外にもシリアスかつ重い方向へ展開していったこの巻。
 しかしこの前半と後半には、「仕事」――己のなすべきことに対する、皆焼とおこたの矜持が描かれるという共通点があります。

 大きな戦闘力を持ちつつも、その能力はほとんど必要とされず、事務や営業といった能力を持った面々に比べて低く見られている皆焼。皆焼への借金を返すため、そして自分自身の手で金を稼ぎ、未来の夢である医者を目指すおこた。

 その来し方、そして目指すところは全く異なりますが、しかし二人に共通するのは、それでも己の任せられた任務を最後までやり遂げようとする心であります。
 それは様々な重荷を背負ってきた二人にとって、自分自身の足で立ち、生きていくことと同義なのですから――

 そして二人の前に立ちふさがる長雄は、そんな二人が仕事に向ける想いを理解しない、できない存在として描かれます。
 織田信長の孫(しかも実在の人物)という立場にある長雄にとって、忍びなどは顧みる価値もない存在。そして彼がおこたに向ける想いは本物ではあるものの、しかしそれはあくまでも一方的なもの……彼女の夢もまた、彼にとっては無価値なものでしかないのです。

 もっとも、彼もまた、一族の名が一人歩きする中で、己の居場所と価値を求めてあがく人間であります。(その中で自分を一個の人間として見てくれたおこたを見初めたという設定がまたうまい)
 そこには同情の余地があるのですが、しかし、二人にとっては、物語設定以上に、乗り越えるべき相手として描かれていることは間違いありません。


 脳天気でアバウトなようでいて、その実、意外と骨っぽく、しっかりとしたものを内包している……そんな、主人公たる皆焼同様のものを持つ本作の在り方が見えてきた今、続きが気になる作品です(この巻がまた、イイところで引いていて……)


『もののて 江戸忍稼業』第2巻(宮島礼吏 週刊マガジンKC) Amazon
もののて(2) (講談社コミックス)


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