2017.11.20

森美夏『八雲百怪』第3巻 還ってきた者と異郷の鬼と

 大塚英志の民俗学三部作の一つが、実に9年ぶりに復活しました。あの小泉八雲を主人公に、明治の世から失われてゆく古きもの――妖怪や神、異界の姿を描く連作シリーズの最新巻の登場であります。この巻でもまた、思いも寄らぬ奇怪な事件に巻き込まれる八雲が、その隻眼で見るものは……

 幼い頃に片目の視力を失い、この世のものならぬものを見る力を持つラフカディオ・ハーン。
 流浪の果て、古きものたちが息づく日本にたどり着き、小泉八雲の名で日本人となった彼は、次々と奇怪な事件に巻き込まれ、その中で常人ならざる者たちと関わりを持っていくことになります。

 額に第三の目を持つ押し掛け弟子の会津八一。普段は目を包帯で覆い、この世と異界を繋ぐ門を封じて回る怪人・甲賀三郎。はじめは三郎と行動を共にし、今は八雲邸に住み着いた生き人形のキクリ様――
 いずれも異界を見る力を持つ者たちとともに、八雲は新しい時代にはあってはならないモノとして消されていく者たちの目撃者となるのです。


 そんな基本設定で展開する本作ですが、この第3巻の前半に収録されているのは、おそらくは単行本のページ数の関係で収録されてこなかったと思われる、9年前に雑誌連載されたエピソード「狢」であります。

 娘を亡くして以来、学校に出てこなくなった同僚の様子を見に行くことになった八雲。男の屋敷には、のっぺらぼうが出没するらしいと聞かされて興味を持ち、キクリさまと共に男の元を訪れた八雲は、果たしてそこでのっぺらぼうと対面することになります。
 古から伝わるという秘術により、遺骨から愛娘を蘇らせたという男。しかし蘇った娘はのっぺらぼうだったのであります。

 一方、変人科学者の土玉が、のっぺらぼうの子供たちを集めていることを知り、彼を脅しつけて、どこからのっぺらぼうがやって来たかを聞き出す三郎。
 子供の親たちが、いずれも何処からか現れた巨大な「鬼」と出会い、その手ほどきによって子供たちを蘇らせたと知った三郎は、鬼を追った末に、同僚の男に監禁された八雲とキクリさまの前に現れるのですが……

 八雲の『怪談』によって広く人口に膾炙することとなったのっぺらぼう=狢。夜道でのっぺらぼうと出会った男が、逃げていった先で出会った夜泣きそば屋にこれを語るも、そば屋の顔も――というお話であります。

 本作はこれを巧みに換骨奪胎し(ちゃんと本物の(?)のっぺらぼうのそば屋も登場するのが楽しい)、新たな物語を生み出しているのですが――いやはや、いつもながら驚かされるのは、伝奇三題噺と言いたくなるような組み合わせの妙であります。

 のっぺらぼうと、○○の秘術と、○○○○○○○○○○の怪物と――未読の方の興を削がないように伏せ字にさせていただきましたが、よくもまあ、この三者を組み合わせたものだと感嘆させられます。
(実は後二者については先駆がないわけではありませんが、本作はさらにその先というか根元に踏み込むわけで……)

 物語的に、娘を蘇らせた男の真実については容易に予想できてしまうのですが、それをきっかけに、異郷の鬼がその真の姿を現すという展開は予想の遙か上を行くもの。
 さらにそこに物語作者としての八雲が絡むことにより、不可思議で、そして何とも切ない余韻が残るのも見事と言うほかありません。

 そして物語的には今回は脇役だった三郎――これまで冷然と異界の門を処分してきた彼が、どこか同情や哀惜めいたものをうかがわせるのも印象に残ります。
 それと同時に、彼が物語の前に「敗北」する姿も……


 そして後半に収録された「隘勇線」は、これまたとんでもない組み合わせが猛威を振るうエピソード。あの八甲田山死の行軍の背後には、伝説のコロポックルの存在があり、さらにそこに日露戦争に備えた軍の極秘の計画が……という展開には、良い意味で開いた口が塞がりません。

 その一方で、八雲の前には台湾からやってきた原住民の少年(伊能嘉矩絡みというのにニヤリ)が現れ、彼もまたコロポックルを求める旅に出ることに――ということになるのですが、この巻に収録されているのはエピソードの途中まで。

 何とも気を持たせる展開ですが、幸い来月には第4巻の刊行が予定されているところ、これまで待たされた分、存分に楽しませていただこうと思います。

『八雲百怪』第3巻(森美夏&大塚英志 角川書店) Amazon
八雲百怪 3 (単行本コミックス)


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2017.11.15

入門者向け時代伝奇小説百選 中国もの

 入門者向け時代小説百選、ラストはちょっと趣向を変えて日本人作家による中国ものを紹介いたします。どの作品もユニークな趣向に満ちた快作揃いであります。
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)

96.『僕僕先生』(仁木英之) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 唐の時代、働きもせずに親の財産頼みで暮らす無気力な青年・王弁。ある日出会った美少女姿の仙人・僕僕に気に入られて弟子となった王弁は、彼女とともに旅に出ることになります。世界はおろか、天地を超えた世界で王弁が見たものは……

 実際に中国に残る説話を題材としつつも、それをニート青年とボクっ娘仙人という非常にキャッチーな内容に生まれ変わらせてみせた本作。現代の我々には馴染みが薄い神仙の世界をコミカルにアレンジしてみせた面白さもさることながら、旅の中で異郷の事物に触れた王弁が次第に成長していく姿も印象に残ります。
 作者の代表作にして、その後シリーズ化さえて10年以上に渡り書き続けられることとなったのも納得の名作です。

(その他おすすめ)
『薄妃の恋 僕僕先生』(仁木英之) Amazon
『千里伝』(仁木英之) Amazon


97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都) 【ミステリ】 Amazon
 デビュー以来、中国を舞台とした歴史ミステリを次々と発表してきた作者が、唐の則天武后の時代を舞台に描く連作ミステリです。

 則天武后の洛陽城に宦官として献上された怜悧な美少年・馮九郎と、天真爛漫な双子の妹・香連。九郎は複雑怪奇な権力闘争が繰り広げられる宮中で、次々と起きる奇怪な事件を持ち前の推理力で解決していくのですが、権力の魔手はやがて二人の周囲にも……

 探偵役が宦官という、ユニークな設定の本作。収録された物語が、いずれもミステリとして魅力的なのはもちろんですが、則天武后の存在が事件の数々に、そして主人公たちの動きに密接に関わってくるのが実に面白い。結末で明かされる、史実との意外なリンクにも見所であります。

(その他おすすめ)
『十八面の骰子』(森福都) Amazon
『漆黒泉』(森福都) Amazon


98.『琅邪の鬼』(丸山天寿) 【ミステリ】 Amazon
 中国史上初の皇帝である秦の始皇帝。本作は、その始皇帝の命で不老不死の研究を行った人物・徐福の弟子たちが奇怪な事件に挑む物語であります。

 徐福が住む港町・琅邪で次々と起きる怪事件。鬼に盗まれた家宝・甦って走る死体・連続する不可解な自死・一夜にして消失する屋敷・棺の中で成長する美女――超自然の鬼(幽霊)によるとしか思えない事件の数々に挑むのは、医術・易占・方術・房中術・剣術と、徐福の弟子たちはそれぞれの特技を活かして挑むことになります。

 とにかく起きる事件の異常さと、登場人物の個性が楽しい本作。本当に合理的に解けるのかと心配になるほどの謎を鮮やかに解き明かす人物の正体が明かされるラストも仰天必至の作品です。

(その他おすすめ)
『琅邪の虎』(丸山天寿) Amazon
『邯鄲の誓 始皇帝と戦った者たち』(丸山天寿) Amazon


99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬) 【ミステリ】 Amazon
 遙かな昔、黄帝が悪を滅するために地上に下したという「銀牌」。本作は、様々な時代に登場する銀牌を持つ者=銀牌侠たちが、江湖(官に対する民の世界)で起きる怪事件の数々に挑む武侠ミステリであります。

 本書に収録された四つの物語で描かれるのは、武術の奥義による殺人事件の謎。日本の剣豪小説同様、中国の武侠小説でも達人の奥義の存在と、それを如何に破るかというのは作品の大きな魅力ですが、本作ではそれがそのまま謎解きとなっているのが、実にユニークであります。

 そしてもう一つ、ラストの中編『悪銭滅身』の主人公が浪子燕青――「水滸伝」の豪傑百八星の一人なのにも注目。水滸伝ファンの作者らしい、気の利いた趣向です。

(その他おすすめ)
『もろこし紅游録』(秋梨惟喬) Amazon
『黄石斎真報』(秋梨惟喬) Amazon


100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州) 【児童】【怪奇・妖怪】 Amazon
 時代伝奇小説の遠い祖先とも言える中国四大奇書。その一つ「西遊記」の作者――とも言われる呉承恩を主人公とした奇譚です。

 父との旅の途中、みすぼらしい少女・玉策に出会って食べ物を恵もうとした作家志望の少年・承恩。しかし玉策の食べ物は何と書物――実は彼女は、泰山山頂の金篋から転がり落ちた、人の運命を見抜く力を持つ存在だったのです。
 玉策の力を狙う者たちを相手に、承恩は思わぬ冒険に巻き込まれることに……

 「西遊記」などの中国の古典を児童向けに(しかし大人も唸る完成度で)リライトしてきた作者。本作もやはり本格派かつ個性的な味わいを持った物語ですが、同時に物語の持つ力や意味を描くのが素晴らしい、「物語の物語」であります。

(その他おすすめ)
『封魔鬼譚』シリーズ(渡辺仙州) Amazon



今回紹介した本
僕僕先生 (新潮文庫)双子幻綺行―洛陽城推理譚琅邪の鬼 (講談社文庫)もろこし銀侠伝 (創元推理文庫)(P[わ]2-1)文学少年と書を喰う少女 (ポプラ文庫ピュアフル)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「僕僕先生」
 「双子幻綺行 洛陽城推理譚」(その一) 事件に浮かぶ人の世の美と醜
 「琅邪の鬼」 徐福の弟子たち、怪事件に挑む
 「もろこし銀侠伝」(その一) 武侠世界ならではのミステリ
 渡辺仙州『文学少年と運命の書』 物語の力を描く物語

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2017.10.25

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇2 強敵襲来、宋国十節度使!

 書籍化がスタートした『絵巻水滸伝』第二部、その第1章というべき「招安篇」の第2巻であります。一時の平安を楽しんでいた梁山泊に対して行われた朝廷からの招安。しかし交渉は決裂し、童貫率いる官軍三万が梁山泊を襲うことになります。それに対し、オールスターで当たる梁山泊ですが……

 天子のお膝元、東京での元宵節の灯籠祭りで梁山泊一党が騒動を引き起こしたことをきっかけに――そしてさらに朝廷内の暗闘も絡んで――降って湧いたように行われた梁山泊への招安。
 しかし高キュウらの陰謀もあり、当然というべきか招安の交渉は決裂し、いよいよ朝廷軍の攻撃が始まることになります。

 その朝廷軍の総大将は四奸の一人・童貫――権謀術数に長けた宦官にして武人という怪人物。
 彼の率いる三万の大軍が四門斗底陣で挑めば、迎え撃つ梁山泊軍は九宮八卦陣で迎え撃ち……

 と、この辺りは原典ではほとんど梁山泊の一人いや百八人舞台、ひたすら派手に豪傑たちが暴れ回る展開だったのですが――本作では官軍側も決して一方的に押されるばかりではありません。
 しかしそれでも梁山泊軍は強い。次々と襲いかかる官軍を蹴散らし、ついに童貫に猛追するかに見えたその時――梁山泊の四方から突如として現れたのは十の軍団!

 「宋国に十人の節度使あり。武勇をもって、賊寇夷狄を圧殺す」――その大半が元緑林の豪傑たち、招安を受けて官軍となった猛将たちが、梁山泊撃滅のために大宋国各地から集結したのであります。

その名も――
 老風流王煥
 薬師叙京
 鉄筆王文徳
 梅大郎梅展
 飛天虎張開
 あだ名なき韓存保
 李風水李従吉
 千手項元鎮
 西北風荊忠
 ラン路虎楊温

 一人一万、合わせて十万の大軍で梁山泊を包囲する節度使軍。そして童貫の傍らで計を巡らせる軍師は、呼延灼・関勝・韓存保とともに宋国四天王と並び称された男、聞煥章……
 官軍の総力を結集した布陣に、さしもの豪傑たちも梁山泊への撤退がやっとの状況で、かつてない危機を迎えることになります。


 原典でいえば第76回から第78回にかけての内容となる今回。しかし上で述べたとおり、童貫軍は原典ではあっさりと敗れ、十節度使もそれよりはマシ、という程度の扱いで敗退することとなります。
 しかし本作――原典の足りない部分を補い、より魅力的なキャラクターと物語を生み出してきた本作において、それが彼らに対しても及ぶとは! と驚くほかありません。

 たとえば十節度使は、原典では渾名なしだったものが、上で挙げたように本作ではなかなかに格好良い渾名を設定(「あだ名なき」というのもシビれます)。
 しかしそれが単なる創作ではなく、例えば王煥であれば彼を主人公とした劇から、楊温であれば彼を主人公とする小説からと、その多くに由来があるのもまた心憎いところであります。

 そう、彼ら十節度使の多くは、それぞれに元代や明代の講談や小説にルーツを持つキャラクター。いわば梁山泊の豪傑たちにとっては先輩あるいは同輩とも言うべき存在で、梁山泊がそうであるように、彼らもまた一種のオールスターチームなのであります。
 その来歴を踏まえた上でのこの趣向は、さすがは本作ならでは――と何度目かわからないような感心をしてしまった次第であります。


 しかしその十節度使を敵に回した梁山泊にとっては、感心しているどころではありません。着々と田虎篇への伏線も張られる中、物語はどこに向かっていくのか……
 まだまだ招安篇は前半戦であります。


 ちなみにこの招安篇の第1巻と第2巻の表紙は、これまでに描かれた百八星のイラストのコラージュ。
 これはこれで群星感があって良いのですが、やっぱり書き下ろしを見たかったな――という気持ちは正直なところあります
(と思いきや、第一部の単行本(十巻本)でも、確か書き下ろし表紙はなかったのですが……)


『絵巻水滸伝 第二部』招安篇2(正子公也&森下翠 アトリエ正子房) Amazon
絵巻水滸伝 第二部 招安篇2


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 「絵巻水滸伝」第1巻 日本水滸伝一方の極、刊行開始
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 「絵巻水滸伝」第五巻 三覇大いに江州を騒がす
 「絵巻水滸伝」第六巻 海棠の華、翔る
 「絵巻水滸伝」第七巻 軍神独り行く
 「絵巻水滸伝」第八巻 巨星遂に墜つ
 「絵巻水滸伝」第九巻 武神、出陣す
 「絵巻水滸伝」第十巻 百八星、ここに集う!

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2017.10.24

室井大資『レイリ』第4巻 死にたがりの彼女の、犬死にが許されぬ戦い

 武田勝頼の嫡男・信勝の影武者にして、戦の中で死ぬことを夢見る少女・レイリが戦国の荒波を駆ける物語も第4巻。彼女にとっては命の恩人である岡部丹波守が高天神城で徳川軍に重囲される中、ただ一人、彼女は高天神城に向かうことに……

 織田からと思しき刺客が信勝を襲撃するなど、日増しに高まる武田家と織田家の緊張。
 影武者として、土屋惣三とともに信勝を守り抜いたレイリですが、その信勝と勝頼は、高天神城を巡り意見を対立させることになります。

 徳川軍に包囲された高天神城から送られた書状――救援を要請する主将・岡部丹波守からのものと、救援を断る副将・横田甚五郎からのもの、その二つを前に救援を送るべきか否かで意見が分かれた信勝と勝頼。
 その結果、高天神城への援兵は見送られることに……


 という展開を受けて始まるこの第4巻。恩人であり唯一の肉親にも等しい岡部丹波守の身を案じるレイリですが、、援兵見送りがある意味戦略的判断によって城側に伝えられていなかったことを知った彼女は、怒りを募らせることになります。
(このくだりで登場する真田昌幸の小才子ぶりが妙におかしい)

 勝頼とのわだかまりを抱えた信勝がそれどころではないのに見切りをつけ、惣三の制止を振り切って(何しろ斬ると言われれば本望な子であるからして)ただ一人レイリは高天神城へ……。
 というわけで、史実を踏まえつつも、ここから物語は一気に飛躍することになります。

 しかし、十重二十重に徳川軍に囲まれた城にそもそも彼女が入ることができるのか。そしていくら剣を取ってはほぼ最強の腕前とはいえ、彼女一人、合戦の場で彼女にできることはあるのか。――道場破りではあるまいし。
 その答えが一つ一つ示されていくこの先の展開が、この巻の白眉であります。

 本作の最大の特徴であるレイリの「死にたがり」という性格。それは言い換えれば「命知らず」ということでもあります。
 そしてその命知らずがしでかすことが、時に掟や道理、建前や理屈にがんじがらめに縛られた世界を打ち砕き、新たな答えを示すこともまた、あるのでしょう。

 正直なところ、これまで本作には、人物描写などは面白いものの、物語のエネルギーとしてはどこに向かうのかが今ひとつわからなかったのですが――なるほどこういう方向だったのか、と今更ながらにこの展開には感じ入りました。

 そしてその中で、彼女が信勝の影武者であるという要素も見事に活かされるとくれば、これまでの自分の不明を恥じるしかありません。(さらにそれを受けての守将たちの決断がまた泣かせる)
 さらにそこに、本作の細やかな描写――特に人物の表情で見せる感情表現が加われば鬼に金棒であります。

 特に再会したレイリと岡部丹波守のやり取りは、一つ一つのコマが(表情が)見所と呼びたくなってしまうようなクオリティ。
 ある「作戦」のために自ら望んで死地に赴くレイリにかけた丹波守の言葉に見せた彼女の表情などは、屈指の名場面というべきでしょう。


 死にたがりであった彼女にとっては、ある意味最良の戦場とも言うべきこれからの戦い。しかしここからは、決して彼女一人が死んで終わるものではない戦い、犬死には許されない戦いであります。
 我々はこの先の合戦の行方を史実として知っていますが――しかし、史実に決して残らない彼女の戦いの結末は、まだ誰も知りません。

 それを早く知りたい――そういう思いが高まる本作、いよいよ佳境に入ったと言うべきでしょう。


『レイリ』第4巻(室井大資&岩明均 秋田書店少年チャンピオン・コミックス・エクストラ) Amazon
レイリ 第4巻 (少年チャンピオン・コミックスエクストラ)


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2017.10.19

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇1 帰ってきた最も面白い水滸伝!

 1998年からweb連載が開始、今なお書き継がれている『絵巻水滸伝』――私の信じるところでは、原典ベースの水滸伝リライトで最も面白い作品の、第二部の書籍化がついにスタートしました。梁山泊に集結した百八人の豪傑のその後が、ここに再び語られることになります。

 絵・正子公也、文・森下翠という担当で描かれてきたこの『絵巻水滸伝』。「絵巻」という語からもわかるように、言うなれば本作は絵物語――文章に挿絵が付されたというより、文章と挿絵が対等な作品であります。

 最近は戦国武将のイラストでも知られる正子公也の美麗かつ独自の解釈の加えられた挿絵と、原典をきっちりと踏まえ押さえつつも、そこに欠けた部分・矛盾した部分を巧みに補った森下翠の文章。
 その二つが絶妙に絡み合った本作は、現在進行中の、いやこれまで日本で書かれた水滸伝リライトの中でも、ほとんどベストに近い内容のものであると、連載開始時から私は確信しているところです。

 さて、原典の120回本でいえば第71回まで、梁山泊に百八人の豪傑が集結するまでを描いた第一部は約10年前に完結し、全10巻で書籍化&電子書籍化されていますが(なお、今後書籍版が全20巻に再編集の上、再版されるとのこと)、今回刊行されるのはその続き、第71回からの「招安」篇全5巻であります。

 招安とは、簡単に言えば国が賊の過去の罪を許し、帰順させて軍に編入すること。国から見れば討伐のための様々なコストを省いた上に精強な軍を手に入れることができ、賊からすれば身の安全と職を手に入れられるという、ある意味win-winの関係であります。
 後者が「自由」を失うことを除けば――

 この第二部のベースとなっている原典の第72回以降は、招安を受けて帰順した梁山泊が、宋国のために遼国や叛徒たちを討ち平らげる物語。
 フルメンバーの豪傑たちが並み居る敵を蹴散らしていくのは、それなりに痛快ではありますが――しかし(戦争続きでかえって平板という構成上の問題点はさておき)大前提として、豪傑たちが招安を受け、国の下についてしまったという点で、ファンにとっては評価が厳しくなってしまうのは無理もない話でしょう。


 その招安を、本作はどのように描くのか――それはまだ先の話で、今回取り上げる第1巻に収録されているのは、原典の第72回から第75回までに当たる部分。
 東京に潜入した宋江たちが李師師と出会い、李逵と燕青が偽宋江を退治し、燕青が泰山奉納相撲で任原を破り、朝廷の使者の高慢さに怒った豪傑たちによって招安が決裂し……というくだりであります。

 このとおり、招安を巡る物語としてはまだ冒頭、第二部の特色とも言うべき大規模な戦争もまだ描かれていないのですが――しかしもちろん、それでも本書は面白い。
 ここで描かれているのは、いわば梁山泊が最も梁山泊であった頃。百八人の豪傑たちが梁山泊に集い、好き勝手に暮らしていた頃なのですから。

 そんな彼らの生き生きとした姿(その描写も『絵巻水滸伝』の大きな魅力であります)だけでも楽しいのですが、そこにさらに本作ならではの捻りが随所に入るのがたまらない。
 梁山泊で相撲といえばこの人、でありながら泰山相撲で出番がなかったあの好漢のエピソードが用意されていたり、その泰山相撲の中で今後重要な役割を果たすキャラクターが登場していたり……

 そのまま読んで面白いのはもちろんのこと、水滸伝ファンであればあるほど楽しい、そんな仕掛けが本書には仕掛けられています。

 正直なことを申し上げれば、この118頁で1944円という価格は決して安いものではないかもしれません。しかし、フルカラーということを考えればこれはやむなしといったところでしょうか(サイズ、想定とも邦訳アメコミを連想していただければよいかと思います)。
 何よりも本書は、豪傑たちの鮮やかな活躍を、手に取って「読み」「見る」楽しみを与えてくれるのですから……


 ちなみにこの第1巻には、招安篇に登場するキャラクターや用語等の紹介、地図等が収録された小冊子も付録となっており、これもまた嬉しいところであります。
 まずは全5巻、豪傑たちが朝廷との対峙の果に何を掴むのか、見届けたいと思います。


『絵巻水滸伝 第二部』招安篇1(正子公也&森下翠 アトリエ正子房) Amazon
絵巻水滸伝 第二部 招安篇1(付録小冊子付)


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2017.10.18

入門者向け時代伝奇小説百選 江戸(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、江戸もののその二は、フレッシュで個性的な作品を中心に取り上げます。

76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

76.『退屈姫君伝』(米村圭伍) Amazon
 ユーモラスかつスケールの大きな時代小説を描けば右に出る者がいない作者の代表作、好奇心旺盛な姫君の活躍を描くシリーズの開幕編です。
 陸奥の大藩から讃岐の小藩・風見藩に嫁いだ、めだか姫。夫がお国入りして暇を持て余し、謎解きをしたり町をぶらついたりといった日々を過ごす姫は、田沼意次が風見藩と実家を狙っていることを知り、俄然張り切ることに……

 作者お得意のですます調で繰り広げられるユーモラスでペーソス溢れる物語が、あれよあれよという間にスケールアップしていく、実に作者らしいスケール感の本作。
 冒頭で述べたとおり「退屈姫君」シリーズの第一作でもあり、また作者の他の作品とのリンクも魅力の一つです。

(その他おすすめ)
『風流冷飯伝』(米村圭伍) Amazon


77.『未来記の番人』(築山桂) 【忍者】 Amazon
 大坂を舞台に、したたかな商人たちの姿や、爽やかな青春群像を描いてきた作者が、聖徳太子の予言書「未来記」を題材に描く活劇です。
 大坂四天王寺に隠されていると言われる未来記奪取を命じられた、南光坊天海直属の忍び・千里丸。千里眼の異能を持つ彼は、そこで初めて自分と同様に異能を持つ少女・紅羽と出会うのですが……

 この二人を中心に、様々な思惑を秘めた様々な人々が繰り広げる未来記争奪戦を描く本作。その内容は、まさに伝奇ものの醍醐味に満ちたものであります。
 しかし本作は同時に、その戦いの中の人々の姿を丹念に描くことにより、歴史の激流の中で人が生きることの意味を問いかけるのです。作者ならではの佳品というべきでしょう。

(その他おすすめ)
『緒方洪庵浪華の事件帳』シリーズ(築山桂) Amazon
『浪華の翔風』(築山桂) Amazon


78.『燦』シリーズ(あさのあつこ) Amazon
 瑞々しい少年たちの姿を描く児童文学と、人の心の陰影を鮮やかに描く時代小説を平行して描いてきた作者が、その両者を巧みに融合させたのが本作です。

 田鶴藩の筆頭家老の家に生まれ、藩主の次男・圭寿に幼い頃から仕えてきた吉倉伊月。しかしある日彼らの前に、かつて藩に滅ぼされた神波一族の生き残りの少年・燦が現れます。
 突然藩主を継ぐことになった圭寿を支える伊月と、彼らと奇妙な因縁に結ばれた燦。三人の少年は、やがて藩を簒奪せんとする勢力、そして藩が隠してきた闇と対峙することになるのですが……

 三人の少年たちの戦いと成長と同時に、彼らと関わる女性たちの姿も巧みに描き出す本作。ラストに待ち受ける驚愕の真相も必見です。


79.『荒神』(宮部みゆき) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 時代小説においても人情ものからミステリ、ホラーなど様々な作品を発表してきた作者が、何と怪獣ものに挑んだ傑作であります。

 ある晩、北東北の山村が一夜にして壊滅。その山村が敵対する二つの藩の境目にあったことから緊張が高まる中、その犯人である謎の怪物が出現、次々と被害を増やしていくことになります。
 両藩の対応が遅れる中、事件に巻き込まれた人々は、生き残るために、あるいは怪物を倒すために、それぞれ必死の戦いを繰り広げることに……

 怪獣映画のフォーマットを時代小説に見事に落とし込んでみせた本作。怪物の存在感の見事さもさることながら、理不尽な事態に翻弄されながらも決して屈しない人々の姿が熱い感動を呼びます。


80.『鬼船の城塞』(鳴神響一) Amazon
 日本では比較的数少ない海洋時代小説。本作はその最新の成果というべき冒険活劇であります。

 日本近海で目撃が相次ぐ謎の赤い巨船「鬼船」。御用中にこの鬼船に遭遇した鏑木信之介は、鬼船を操る海賊・阿蘭党に一人捕らわれることになります。
 彼らの賓客として遇される中、徐々に彼らの存在を理解していく真之介。しかし鬼船を遙かに上回る巨大なイスパニアの軍艦が出現したことから、事態は大きく動き出すことに……

 デビュー以来、通常の時代小説の枠に収まらない作品を次々発表してきた作者らしく、壮大なスケールの本作。散りばめられた謎や秘密の面白さはもちろんのこと、迫真の海洋描写、操船描写が物語を大いに盛り上げる快作です。

(その他おすすめ)
『私が愛したサムライの娘』(鳴神響一) Amazon
『海狼伝』(白石一郎) Amazon



今回紹介した本
退屈姫君伝未来記の番人 (PHP文芸文庫)燦〈1〉風の刃 (文春文庫)荒神 (新潮文庫)鬼船の城塞 (ハルキ文庫 な 13-3 時代小説文庫)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「退屈姫君伝」 めだか姫、初の御目見得
 『未来記の番人』 予言の書争奪戦の中に浮かぶ救いの姿
 「燦 1 風の刃」
 『荒神』 怪獣の猛威と人間の善意と
 鳴神響一『鬼船の城塞』 江戸の海に戦う男たち

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2017.10.09

入門者向け時代伝奇小説百選 江戸(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は本丸ともいうべき江戸時代を舞台とした作品のその一であります。

71.『蛍丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)


71.『蛍丸伝奇』(えとう乱星) 【剣豪】 Amazon
 最近の名刀ブームで俄かに知名度の上がった名刀・蛍丸。本作はその蛍丸を巡り、幾多の剣豪たちが激突する物語です。

 勤王の象徴である螢丸を所望した後水尾上皇の動きを警戒する幕府。上皇を抑えるために西国に向かうことになったのは、沢庵和尚の弟子であり、上皇の異母弟である青年僧・化龍でした。しかし彼の前には、柳生一門、宮本武蔵、そして松山主水がそれぞれの思惑を秘めて立ち塞がることに……

 名刀を巡る剣豪バトルロイヤルが展開される本作。しかしそれと同時に、そこでは化龍をはじめとする登場人物たちが抱えた哀しみの存在と、その浄化をも描き出します。派手な伝奇活劇と、切なく暖かい群像劇を得意とする作者ならではの作品です。


72.『吉原御免状』(隆慶一郎) 【剣豪】 Amazon
 その作家としての活動期間の短さにもかかわらず、今なお多くの読者を魅了して止まぬ作者のデビュー作であります。
 宮本武蔵に育てられ、師の遺言に従って吉原に現れた好青年・松永誠一郎。彼はそこで吉原に隠された神君家康の御免状を狙う柳生一門と対峙することになります。そしてそれはやがて彼自身の出生の秘密にも関わっていくことに……

 吉原に秘められた秘密、幕府と天皇家の激しい暗闘と、娯楽性の高さは言うまでもないことながら、無縁・公界など網野善彦の歴史学の成果をも取り込んだ、一種アカデミックな伝奇世界を作り出した本作。
 その一方で、一人の無垢な青年の成長を描く青春小説としても第一級の作品であります。

(その他おすすめ)
『かくれさと苦界行』(隆慶一郎) Amazon
『死ぬことと見つけたり』(隆慶一郎) Amazon


73.『かげろう絵図』(松本清張) 【ミステリ】 Amazon
 言うまでもなく社会派ミステリの巨匠である作者が天保期を舞台に、権力に群がる人々の姿を描いた大作です。

 大御所家斉や大奥と結び、権勢をほしいままにする中野石翁。寺社奉行・脇坂淡路守が大奥の腐敗を暴かんとする中、淡路守派の旗本の甥・島田新之助もこの暗闘に巻き込まれていくことになります。敵味方を問わず次々と犠牲者が出る中、新之助が見たものは……

 政治を牛耳る巨悪という如何にも作者らしい題材を描きつつも(下山事件を思わせる展開も……)、単純な善悪の戦いに留まらず、人々の現世的な欲望の世界を描いた本作。
 ヒーローの立場にありつつも、超然とした視点から人々の右往左往する様を見る新之助の存在が強く印象に残ります。


74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人) Amazon
 いまや文庫書き下ろし時代小説界の代表選手の一人となった作者のデビュー作にして、作者の魅力が色濃く現れた快作です。

 八代将軍吉宗の時代、将軍嗣子・家重暗殺の企みに巻き込まれた南町同心・三田村元八郎。その功績を買われて抜擢された彼は、将軍宣下を巡る陰謀を探るため、京に向かうことに。暗闘が帝の身辺にも及ぶ中、元八郎の宝蔵院一刀流が唸る……!

 その作品の多くで、権力を巡る幕閣たちの暗闘と、それに巻き込まれた剣の達人の苦闘、そしてその背後の伝奇的秘密を描いてきた作者。そんな特徴は、第一作である本作の時点で、はっきりと現れています。
 巨大な権力を前にしても己を失わない主人公の活躍が爽快な名作です。

(その他おすすめ)
『幻影の天守閣』(上田秀人) Amazon
『奥右筆秘帳』シリーズ(上田秀人) Amazon


75.『魔岩伝説』(荒山徹) Amazon
 日本と朝鮮の交流史を背景に、奇想天外な作品を次々に発表してきた作者。その作者の魅力が最もストレートに現れた作品です。

 50年ぶりの朝鮮通信使来日を控えた頃、対馬藩江戸屋敷に出現した怪人。この騒動に巻き込まれたことから、若き日の遠山景元は、朝鮮の美少女・春香とともに海を越え、通信使に秘められた秘密を追うことになります。しかし二人の後を追い、若き日の鳥居耀蔵、剣豪・柳生卍兵衛も朝鮮に向かうことに……

 徳川幕府と李氏朝鮮の間に隠された巨大すぎる秘密の存在を朝鮮妖術を絡めつつ描く本作。本作はそんな伝奇活劇と同時に、権力に屈せぬ人々の姿、そして戦いの中で成長する青年の姿を描いていきます。美しいラストも必見!

(その他おすすめ)
『高麗秘帖』(荒山徹) Amazon
『鳳凰の黙示録』(荒山徹) Amazon



今回紹介した本
螢丸伝奇吉原御免状 (新潮文庫)かげろう絵図〈上〉 (文春文庫)将軍家見聞役 元八郎 一  竜門の衛<新装版> (徳間文庫)魔岩伝説 (祥伝社文庫)


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 「蛍丸伝奇」 勤王の名刀と鎮魂の象徴と
 青春小説として 「吉原御免状」再読
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 「魔岩伝説」 荒山作品ここにあり! の快作

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2017.10.02

入門者向け時代伝奇小説百選 戦国(その二)

 入門者向け伝奇時代小説百選の戦国ものその二であります。今回は戦国ものの中でも近年の作品、フレッシュな魅力に溢れる作品を紹介いたします。

66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)


66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希) Amazon
 次世代の歴史小説家の中で先頭集団を行く作者のデビュー作である本作は、安土桃山時代の京を舞台にロック魂が炸裂する、破天荒な作品であります。

 流れ流れて芸能の中心地・京の五条河原に集った四人の若者。既成の音楽に飽き足らない四人は、型破りな演奏と言動で一気に民衆の支持を集めるものの、やがて武士による芸人への締め付けが強まっていくこととなります。さらに豊臣秀次と石田三成の政争に巻き込まれることとなった彼らは……

 いわゆるバンドものの基本を踏まえつつ、それをこの時代ならではの物語として見事に再生してみせた本作。新しい芸能と古い時代のせめぎ合いの中に自由な精神への希望を描く爽快な作品です。

(その他おすすめ)
『青嵐の譜』(天野純希) Amazon
『風吹く谷の守人』(天野純希) Amazon


67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男) 【忍者】 Amazon
 作者のシリーズキャラクターである肥満体の暗号師・蒼海と、隻腕の少年忍者・友海の凸凹コンビが、日本消滅の危機に挑む奇想天外な物語であります。

 家康と三成の間の対立が深まる中で流行する手まり歌。天下分け目の大戦に太閤秀吉が甦るという奇怪なその歌の秘密を求めて様々な勢力の間で繰り広げられる暗闘に、蒼海と友海は巻き込まれることになります。
 そして死闘の末、大坂城で開催される暗号競会「太閤の復活祭」。そこで明かされる恐るべき秘事とは――

 時代伝奇小説数ある中でも、破天荒さと意外性では屈指の本作。バトルと暗号解読がこれでもかと散りばめられた末に明かされるスケールの大きすぎる真相は必見であります。


(その他おすすめ)
『官兵衛の陰謀 忍者八門』(中見利男) Amazon


68.『覇王の贄』(矢野隆) 【剣豪】 Amazon
 天下統一を目前とした覇王・信長が配下の武将たちに下した命。自慢の武芸者・新免無二斎を一対一で殺せる者を連れてこいという信長に対し、六人の武将たちは、悩みつつもそれぞれ「贄」を選ぶことに……

 無双の強さを誇る無二斎を倒せる者はいるのか? そして信長の真意はどこにあるのか? 本作で描かれるのは、無二斎と武芸者たちの決闘はもちろんのこと、信長と配下の武将たちの心理戦であります。
 デビュー以来ほぼ一貫して、命を賭けた戦いと、その中で己の生の意味を見いだす者たちを描いてきた作者。その作者が、武芸者たちと武将たちと、二重のバトルを通じて武将たちの生き様を浮き彫りにしてみせた名品です。

(その他おすすめ)
『蛇衆』(矢野隆) Amazon


69.『三人孫市』(谷津矢車) Amazon
 デビュー以来「二十代最強の歴史作家」と呼ばれてきた作者が、鉄砲術でその名を轟かせた雑賀孫市を、タイトルのとおり三人の、それも血の繋がった三兄弟として描き出した物語であります。
 体は弱いものの鉄砲用兵に精通した長男・義方、鉄砲と金砕棒を自在に操る剛勇の次男・重秀、無口無表情ながら凄腕の狙撃手である三男・重朝。この三兄弟を擁することで無双の傭兵集団となった雑賀衆は、やがて信長の軍と対峙することになるのですが……

 同じ孫市の名を得ながらも、三人三様の道を選んだ兄弟たち。意外性に富んだ物語の面白さのみならず、作者の作品に通底するする「個」と「時代」の相剋を、より先鋭化して描いてみせた名品です。

(その他おすすめ)
『曽呂利!』(谷津矢車) Amazon


70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴) 【忍者】【児童文学】 Amazon
 いつの時代も衰えぬ人気を持つ真田幸村と十勇士。本作はその十勇士を描く、最も新しく、最も独創的な物語であります。

 上田の地を守るため、天下人の間で独自の戦いを続ける真田幸村と十勇士。彼らはその戦いの中で、天下人たちの背後に潜む存在を知ります。その名は百地三太夫――荼枳尼天の法を用い、時空を超えた力を振るう三太夫に対し十勇士は戦いを挑むのですが……

 そんな壮大な伝奇活劇を展開させつつ、本作は「天下」という概念を「人間」個人の存在を否定するものとして描写。天下を窺う三太夫との戦いは、人間性を否定された過去を持つ十勇士たちにとって人間性回復の戦いでもある――そんな構図の独創性に唸らされるのです。

(その他おすすめ)
『真田十勇士(小学館文庫版)』(松尾清貴) Amazon



今回紹介した本
桃山ビート・トライブ (集英社文庫)秀吉の暗号 太閤の復活祭〈一〉 (ハルキ文庫 な 7-3)覇王の贄(にえ)三人孫市真田十勇士〈1〉忍術使い


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 「桃山ビート・トライブ」 うますぎるのが玉に瑕?
 「秀吉の暗号 太閤の復活祭」第1巻 恐るべき暗号トーナメント
 矢野隆『覇王の贄』 二重のバトルが描き出す信長とその時代
 谷津矢車『三人孫市』 三人の「個」と「時代」の対峙の姿
 松尾清貴『真田十勇士 1 忍術使い』(その一) 容赦なき勇士たちの過去

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2017.09.25

入門者向け時代伝奇小説百選 戦国(その一)

 入門者向け伝奇時代小説百選、今回は戦国ものその一。戦国ものといえば歴史時代小説の花形の一つ、バラエティに富んだ作品が並びます。

61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)


61.『魔海風雲録』(都筑道夫) 【忍者】 Amazon
 ミステリを中心に様々なジャンルで活躍してきた才人のデビュー作たる本作は、玩具箱をひっくり返したような賑やかな大冒険活劇であります。

 主人公は真田大助――退屈な日常を嫌って九度山を飛び出した彼を待ち受けるのは、秘宝の謎を秘めるという魔鏡の争奪戦。奇怪な山大名・紅面夜叉と卒塔婆弾正、異形の忍者・佐助、非情の密偵・才蔵、豪傑、海賊、南蛮人――個性の固まりのような連中が繰り広げる物語は、木曾の山中に始まってあれよあれよという間に駿府に飛び出し、果ては大海原へと、止まる間もなく突き進んでいくのです。

 古き革袋に新しき酒、を地で行くような、痛快かつ洒脱な味わいの快作です。


62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝) 【剣豪】 Amazon
 壮大かつ爽快な物語を描けば右に出るもののない作者の代表作にして、作者に最も愛されたであろう英雄の一代記です。

 タイトルの義輝は言うまでもなく室町第13代将軍・足利義輝。若くして松永久秀らに討たれた悲運の将軍にして、その最期の瞬間まで、塚原卜伝から伝授を受けた剣を降るい続けたまさしく剣豪将軍であります。

 その義輝を、本作は混沌の世を終息させるという青雲の志を抱いた快男児として活写。将軍とは思えぬフットワークで活躍する義輝と頼もしい仲間たちの、戦乱あり決闘あり、友情あり恋ありの波瀾万丈の青春は、結末こそ悲劇であるものの、悲しみに留まらぬ爽やかな後味を残すのです。
 そして物語は『海王』へ……

(その他おすすめ)
『海王』(宮本昌孝) Amazon
『ドナ・ビボラの爪』(宮本昌孝) Amazon


63.『信長の棺』(加藤廣) Amazon
 今なお謎多き信長の最期を描いた本作は、「信長公記」の著者・太田牛一を主人公としたユニークな作品です。

 上洛の直前、信長からある品を託された牛一。しかし信長は本能寺に消え、牛一も心ならずも秀吉に仕えることになります。時は流れ老いた牛一は、信長の伝記執筆、そして信長の遺体探しに着手するのですが……

 戦国史上最大の謎である本能寺の変。本作はそれに対し、ある意味信長を最もよく知る男である牛一を探偵役に据えたのが実に面白い。
 秀吉の出自など、伝奇的興趣も満点なのに加え、さらに牛一の冒険行を通じ、執筆者の矜持、そして一人の男が自分の生を意味を見つめ直す姿を織り込んでみせるのにも味わい深いものがあります。

(その他おすすめ)
『空白の桶狭間』(加藤廣) Amazon


64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 常人にはできぬ悪事を三つも成したと信長に評された戦国の梟雄・松永弾正久秀。その久秀を、歴史幻想小説の雄が描いた本作は、もちろんただの作品ではありません。
 本作での松永久秀は、波斯渡りの暗殺術を操る美貌の妖人。敬愛する兄弟子・斎藤道三(!)と、それぞれこの国の東と西を奪うことを誓って世に出た久秀は、奇怪な術で天下を窺うのであります。

 戦国奇譚に、作者お得意の海を越えた幻想趣味をたっぷりと振りかけてみせた本作。様々な事件の背後に蠢く久秀を描くその伝奇・幻想味の豊かさはもちろんのこと、輝く日輪たる信長に憧れつつも、しかし遂に光及ぶことのない明けの明星たる久秀の哀しみを描く筆に胸を打たれます。

(その他おすすめ)
『天王船』(宇月原晴明) Amazon


65.『太閤暗殺』(岡田秀文) 【ミステリ】 Amazon
 重厚な歴史小説のみならず、奇想天外な趣向の歴史ミステリの名手として名を高めた作者。その奇才の原点ともいえる作品です。

 本作で描かれるのは、タイトルのとおり太閤秀吉暗殺の企て。そしてその実行犯となるのが、生きていた石川五右衛門だというのですからたまりません。
 しかしもちろん厳重に警戒された秀吉暗殺は至難の業。果たしてその難事を如何に成し遂げるか、という一種の不可能ミッションものとしても非常に面白いのですが、何よりも本作の最大の魅力はそのミステリ性です。

 何故、太閤が暗殺されなくてはならなかったのか――ラストに明かされる「真犯人」の姿には、ただ愕然とさせられるのです。

(その他おすすめ)
『本能寺六夜物語』(岡田秀文) Amazon
『秀頼、西へ』(岡田秀文) Amazon



今回紹介した本
魔海風雲録 (光文社文庫)剣豪将軍義輝 上 鳳雛ノ太刀<新装版> (徳間文庫)信長の棺〈上〉 (文春文庫)黎明に叛くもの (中公文庫)太閤暗殺 (双葉文庫)

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 「剣豪将軍義輝」 爽快、剣豪将軍の青春期
 加藤廣『信長の棺』 信長終焉の真実と記述者の解放と
 太閤暗殺

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2017.09.09

森田信吾『追儺伝セイジ』 剣豪漫画家が描く魔の姿

 時は幕末、町医者・伝宗斎の助手を務める青年・星次には、奇怪な式神を操り、魔を祓う力があった。その力で江戸を騒がす怪事件に挑む星次だが、彼の胸には巨大な手形のアザがあった。やがて彼の周囲に迫る魔手。それは彼の一族を殺し、彼にアザを背負わせた宿敵の仕業だった――

 剣豪漫画で知られる作者の数少ない時代怪異譚とも言うべき伝奇活劇――IKKI誌の創刊号から6回にわたり連載された作品であります。

 タイトルにある「追儺」とは、元は宮中で大晦日に行われた鬼払いの儀式。現代の節分の原型となったとも言われる風習ですが、ここでは転じて魔を祓う技と考えればよいでしょうか。
 そう、本作の主人公・星次は、北斗七星が刀身に刻まれた七星刀を片手に、様々な魔の気配を察知し、これを祓う力を持つ青年なのであります。

 普段は町の老医・伝宗斎の助手としてつき従う星次ですが、伝宗斎の手に負えぬ魔の力に苦しむ者を救うため、彼はその力で立ち向かう――というのが本作前半のスタイル。
 第1話では死霊に取り憑かれて奇怪な姿に変わり果てた商家の少女を救わんとし、第2話では何者かの呪詛から上方歌舞伎の名役者を守るため奔走し、第3話では奇怪な百鬼夜行の舞台となったさる大名家の謎に挑み――と、なかなか多彩な物語であります。

 そして後半は一転、彼の過去にまつわる伝奇活劇が展開。
 彼の故郷である星河村――陰陽師・賀茂氏の流れを汲む人々が暮らす地を十年前に襲った惨劇と、その村に隠された巨大な秘密を巡り、星次は一族と自らの敵と言うべき存在と対峙することになります。


 冒頭に述べたとおり、剣豪漫画家という印象が強い作者ですが、しかし本作で描かれる怪異の世界やそれに挑む星次の術の描写は想像以上の迫力であり、類作にはないビジュアルイメージに圧倒されます。

 特にインパクト満点なのは、星次が操る式神たちの存在。式神といえば、言うまでもなく陰陽師が操る使い魔、ビジュアル的には紙人形的なものが思い浮かびますが――本作に登場するそれは、完全に異形の妖物としかいいようのないモノ、なのであります。

 たとえば、星次が最もよく呼び出す提婆王子は、男性器と女性器と四足獣を溶け合わせたような姿ですし、空飛ぶ式神・赤王子も、脊椎動物の背骨から作られた無脊椎動物と言うべき異常な姿の怪物。
 ここで作者の大ファンであれば、あの作品を思い出すのではないでしょうか。そう、欧米人を触手と粘液まみれの本物の怪物として描いた怪作中の怪作『攘夷 幕末世界』を。

 確かに本作で描かれる妖魔の姿は、あの作品の延長線上にあるものであると言えます。
 しかしあちらが世界観そのものが尋常でないもの、むしろ正常なものが異常に見える世界であったのに対し、本作はあくまでも時代ものとして枠から大きく踏み出すものでなく、言い換えれば正常な世界の中の異物として描くことで、強烈な異界感を生み出している点に注目すべきでしょうか。

 その一方で、こうした直球の怪物だけでなく、光や影といったシルエットでのみ描かれる妖魔の姿なども印象に残りますし、冒頭、視界の隅で鬼の姿を捉えるという行為を「眼を使った遊び」と表現してみせるなど、インパクトだけでない、ツボを心得た描写に感心させられるのです。
(あるいは後者は何か原典がある可能性は大きいですが、しかし作者独特の台詞回しと相俟って、実に「らしい」のです)

 さらにまた、特に第1話・第2話で描かれたひねりを効かせた事件の真相――怪異の背後に潜む、怪異以上に恐ろしく悍ましい人間心理なども、実にイイのであります。


 正直なところ、伝奇ものとしては物語は比較的シンプルというか、そこまで意外性はないという点はありますが、しかし作者一流の描写によって、単行本一冊ながら、なかなかに満足度の高い本作。
 作者の時代怪異譚がこれ以降描かれていないのが何とも勿体なく感じられてしまう作品なのです。


『追儺伝セイジ』(森田信吾 小学館BIC COMICS IKKI) Amazon
追儺伝SEIJI(セイジ)

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