2018.09.17

「コミック乱ツインズ」2018年10月号


 今月の『コミック乱ツインズ』は、表紙が『軍鶏侍』、巻頭カラーが『勘定吟味役異聞』。特別読切等はなしの、ほぼ通常運転のラインナップです。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 上に述べたとおり巻頭カラーの本作ですが、主人公のチャンバラは今回なし。というより、今回のエピソードに関わる各勢力の思惑説明回という趣であります。シリーズ名物の上役から理不尽な命を下される(そして聡四郎を逆恨みする)役人も登場、文章で読むとさほどでもありませんが、絵でみるとかなり可哀想な印象が残ります(普通のおじさんなので)。

 さて、今回聡四郎の代りに活躍するのは、相模屋の職人頭の袖吉。これまでも何かと聡四郎をフォローしてきた袖吉ですが、今回は潜入・探索要員として寛永寺に潜入して重要な情報を掴むという大金星であります。すごいな江戸の人入れ屋……


『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)
 久々の登場となった印象のある本作ですが、面白いことに今回の主役は軍鶏侍こと岩倉源太夫ではなく、彼が家に作った道場に通う少年・大村圭二郎。父が横領で腹を切った過去を持ち、鬱屈した日々を追る彼は、ある日、淵で主のような巨大な鯉と出会って……

 と、少年の一夏の冒険を描く今回。周囲の人間とうまく係われずにいた圭二郎が大鯉と対峙する姿を、時に瑞々しく、時に荒々しく描く筆致の見事さは作者ならではのものと言うほかありません。
 師として、大人として、圭二郎を見守る源太夫の立ち位置も実に良く(厭らしい言い方をすれば、若い者に格好良く振舞いたいという読者の要望にも応えていて)、彼の命で圭二郎を扶ける老僕の権助のキャラクターも味わいがあり、良いものを読むことができました。


『カムヤライド』(久正人)
 出雲編の後編である今回は、出雲国主の叛乱に乗じて復活した国津神・高大殿(タカバルドン)との決着が描かれることとなります。
 真の姿を現した高大殿の前に、流石のモンコ=神逐人(カムヤライド)も追い詰められることになるのですが……
 変身ヒーローのピンチ描写では定番の、そして大いに燃えるマスク割れも出て、クライマックス感満点であります(ここでサラリとモンコのヒーロー意識を描いてくれるのもいい)。

 ここでカムヤライドの攻撃も通用しない強敵を前に、モンコが用意する対抗手段も意外かつユニークなのですが、盛り上がるのはそのためにモンコがヤマトタケルを対等の相棒として協力を求めるシーン。自分の王家の血にはそんな特別な力はない、と躊躇うヤマトタケルに対するモンコのセリフは、もう殺し文句としかいいようのないもので、大いに痺れます。
(この出雲編では、冒頭から「王家の血」の存在が様々な形で描かれていただけに、モンコがそれをバッサリと切り捨ててみせるのが、実にイイのです)

 そしてラストでは意外な(?)次回へのヒキも用意され、大いに気になるところであります。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 冒頭のセリフ「酷暑(あつ)い…」が全てを物語る、ひたすら暑い強烈な日差しの下で男たちが過剰に汗を流しながら繰り広げられる今回の主人公は、冒頭のセリフの主である海坂坐望。「仇討」の仇名のとおり、兄の仇を追って長きに渡る旅を続けている坐望ですが……

 川で流されていた少女を助けのがきっかけで、その父である髭浪人・左馬之助と出会った坐望。竜水一刀流の遣い手である左馬之助と語るうちに、かつて主命によって望まぬ人斬りを行い、藩を捨てたという彼の過去を知る坐望ですが、それは彼と無縁ではなく――というより予想通りの展開となります。
 そしてクライマックス、町のヤクザ同士の出入りの助っ人として対峙することとなる坐望と左馬之助。坐望の心の中に既に恨みはなく、左馬之助は坐望の過去を知らず――ただ金のためという理由で向き合う二人の姿は、武士の、用心棒という稼業の一つの姿を示しているようで実に哀しい。

 その哀しさを塗りつぶすかのように過剰にギラギラ照りつける日差しと、ダラダラ流れ続ける汗の描写も凄まじく、息詰まる、という表現がふさわしい今回のクライマックス。
 ラストでちょっと一息つけるものの、これはこれで気になる展開ではあります。


「コミック乱ツインズ」2018年10月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年10月号[雑誌]


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2018.09.14

和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第1巻 再び始まる物語 帰ってきた流浪人! 


 あの『るろうに剣心』の正真正銘の続編――北海道編の第1巻が発売されました。作中の時間軸では前作の5年後、現実世界では1999年の連載終了から18年の時を経て復活した本作が、本当に色々あって――…ようやく単行本の登場であります。

 幕末には人斬り抜刀斎として、そして明治には一人の流浪人として戦い続けた緋村剣心。その戦いは、抜刀斎の罪を償わせんとする者との激突を経て、剣心として闘いの生を全うすることを決意したことをもって終わりを告げ、薫と新しい家庭を築いたところで物語は完結したのですが……

 明治16年、小菅集治監から刑期を終えて出所した少年・長谷川悪太郎と井上阿爛。金もなく行くあてもない二人は、5年前に悪太郎が志々雄真実一派のアジトから持ち出した一本の刀を売り払おうとするも、謎の少女・旭にまとわりつかれた上に、残党に追われることになります。
 追い詰められた二人を救ったのは剣心――かくて神谷道場に引き取られた悪太郎は、明日郎と名乗り、阿爛とともに新たな暮らしに足を踏み出すことに……

 そんな『明日郎前科アリ』をプロローグとして始まった北海道編。この第1巻においては、前半に『明日郎前科アリ』前後編が、後半に北海道編第3話までが収録される形となっております。

 赤べこで、偶然旭と再会した明日郎。旭が属する、志々雄一派とも異なる謎の組織の男と激突した明日郎は、暴走の末に剣心に取り押さえられるのですが――そこで男が残した一枚の写真を見つけます。
 函館で撮られたと思しいその写真に写っていたのは、一人の男。しかしその男が、西南戦争で死んだはずの薫の父・越路郎であったことから、事態は一気に動き出すことになります。

 写真の真偽を確かめるため、北海道に向かうことになった剣心と薫、剣路と、明日郎・阿爛・旭。しかしその頃、函館山では、山頂に立て籠もり警官隊を全滅させた謎の敵に、ただ一人、斎藤一が挑もうと……

 そんな第1話の北海道編ですが、実は剣心たちが海を渡るのは第3話、すなわちこの巻のラストであります。先に述べたように、北海道編本編はこの巻の後半からの収録のためではありますが、しかしこの部分だけでも、『るろうに剣心』の続編の始まりとして、大いに盛り上がるのです。

 そう、続く第2話で登場するのは、新たなる謎の敵。警官隊のみならず完全武装の軍隊までわずか四人(実質三人)で戦闘不能にしてのけたその敵の名は「剣客兵器」!
 その形象は剣客、その本質は兵器という名乗りも格好いいこの四人、正体目的は全く不明ながら、その外連が効き過ぎたビジュアルといい武器といい技といい、紛れもなく『るろうに剣心』の敵。この巻ではその一人と斎藤一との激突が始まったところですが、この先の展開には期待大であります。

 そしてそれとはまた別の意味で本作らしい――そして個人的にはより強く印象に残った――のが、第3話で描かれる、弥彦と剣心の再度の立ち会いです。
 この二人の立ち会いは以前にも描かれ、その時は剣心が弥彦に逆刃刀を譲るという結果になったわけですが――今回はその逆、弥彦が剣心に逆刃刀を返すこととなります。

 剣心から弥彦への逆刃刀の継承という展開は、幕末の剣術から開化の剣道への変化という意味も込めて実に良い展開だと感じていたのですが、それがここで再び剣心の手に逆刃刀が返ってしまったのは、正直に申し上げれば残念なところではあります。
 そもそも前作では新たな時代の象徴であった弥彦。その彼が、さらに新たな時代の人間である明日郎たちに押し出されたように、半ば退場する形となったのには、なんとも言えぬ哀しさがあります(身も蓋もないことを言えば、この先登場しそうな前作キャラも加えれば、味方側のキャラが多すぎるのですが)。

 しかしここで描かれる、再度の立ち会いの末に弥彦が失ったもの、手に入れたものの姿は、その見せ方のうまさもあって実に感動的であり――彼にとってのモラトリアムの終わりという印象があります。
 これはこれで一つの時代の終焉――というのが大袈裟であれば、時代の移り変わりを感じさせてくれるものがあります。少年少女時代に前作を読んでいた読者には、胸に迫るものがあるのでは、というのは言い過ぎかもしれませんが……


 何はともあれ、新たな物語の幕は上がりました。かくなる上は、二度と物語が中断することがないよう祈りつつ、新たな時代に向かう、新たな時代に生きる者たちの姿が如何に描かれるのか――それを胸躍らせながら待つのみであります。


『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第1巻(和月伸宏 集英社ジャンプコミックス) Amazon
るろうに剣心─明治剣客浪漫譚・北海道編─ 1 (ジャンプコミックス)


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2018.08.26

山田秋太郎『墓場の七人』第3巻 急転直下の決着!? それでも繋がっていくもの


 墓場村を守るために集められた七人と、生ける死者・屍人たちの死闘もこの第3巻で急転直下決着。墓場村が待ちわびていた公儀の援兵があろうことか住人皆殺しを宣言するという絶望的な状況の下で、最後の戦いが繰り広げられることとなります。そしてその先に一色と七平太を待つ運命とは……

 屍人から墓場村を守るため、七平太ら村長の子供たちによって集められた、一色・邪魅羅・暮威・由利丸・百山・千両箱・椿團十郎ら七人の猛者。緒戦で屍人を蹴散らしたものの、次なる刺客・がしゃどくろ戦で戦力を消耗した一色たちは、墓場村の住人とともに戦うため、隠された武器を探すために村を離れることになります。
 しかしその間に、屍人の恐るべき秘密――屍人に噛まれた者もまた屍人になるという現象により、村人が次々と屍人になっていくことに……

 という絶体絶命の状態から始まった第3巻。自分の肉親や親しい者たちがゾンビに、というのは定番の展開ではありますが、しかし人間の感情としてそれを乗り越えるのは至難の業であります。
 一体どうやってこの窮地を――と思いきや、これまで唯一その能力を明かしていなかった椿團十郎がとんでもない花道を見せてくれるのにひっくり返ったのですが、さてここからが急展開の連続であります。

 この修羅場に、突如墓場村に現れた公儀からの使者を名乗る男・赤舌。そもそもこの墓場村は幕府の直轄、七人の任務も公儀の援兵が到着する十日後までに村を守ることだったのですが――しかし赤舌は村の鏖殺を宣言、しかもこの事態は村長が招いたこととまで言い放つのでした。
 生き延びたければ二日後に村長の首を差し出せと言い残して一端姿を消した赤舌。この事態に村は真っ二つに割れ、村を守るはずの一色も牢に入れられるという、最悪の展開になってしまうのであります。


 これもゾンビものの定番である、閉鎖空間での立て籠もりからの、人間同士の不信と対立。いずれ必ず描かれるであろうと思っておりましたし、また、これまた定番で公儀の援兵というのも絶対怪しいと思っていたところ、こう組み合わせてくるか、と感心させられます。
 ここで普通のゾンビものであれば、あるいは村長が――ということにもなりかねませんが、しかし本作はあくまでもゾンビに屈せず真っ正面から戦いを挑む者たちの物語。この絶体絶命の状況から、一色との絆によって大きく成長を遂げた七平太の下、墓場の七人と村人たちは一致団結して決戦に臨むことになります。

 しかし敵方には、かつて一色の両親を殺し、村を滅ぼした「傷の男」――屍人の将とも言うべき謎の存在が。かくて戦いは、赤舌と彼の配下の三人の鬼佗番、そして傷の男と、一色たちのバトルへと展開することに……


 と、大いに盛り上がるのですが、ここからの最終決戦がわずか3回で描かれてしまうのが非常に勿体ない。当然ながら――とはあまり言いたくないのですが――一つ一つの戦い、一人一人の見せ場はかなり切り詰められた形となってしまい、戦いの果てに散っていく猛者たちのインパクトが薄れてしまうのが、何とも残念であります。
(これくらいあっさりしていた方が「らしい」、というのはさすがに無理があるでしょう)

 もちろんラスト1話前に、一色に関するとんでもない真実が明かされるという展開は悪くありませんし、そこから七平太に「襷」が渡され、屍人には決してできない、人間だからこそできる勝利の形に繋いでいくという展開も実にいいと思います。
 その意味では本作は、きっちりと描くべき
を描いてはいるのですが――やはり駆け足故の描写不足は否めません。

 もちろんこのような形になるには色々と事情もあるのだとは思いますが、随所に光るものがあっただけに、あと1巻あれば――感じてしまった次第であります。


 ちなみに残念といえば、この第3巻は電子書籍のみの刊行。私個人としては電子書籍中心で作品にアクセスしているので、それはそれでいいのですが、しかし発売日の情報がほとんど全く伝わってこないのには弱りました。
(第3巻の紹介に間が空いてしまったのは、そういう事情が――というのはもちろん言い訳なのですが)


『墓場の七人』第3巻(山田秋太郎 ヤングジャンプコミックスDIGITAL) Amazon
墓場の七人 3 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)


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2018.08.17

「コミック乱ツインズ」2018年9月号

 お盆ということでか今月は少々早い発売であった「コミック乱ツインズ」誌の2018年9月号。表紙は『仕掛人藤枝梅安』、新連載は星野泰視『宗桂 飛翔の譜』であります。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介していきましょう。

『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視 監修:渡辺明)
 『哲也 雀聖と呼ばれた男』の星野泰視による新連載は、江戸時代に実在した将棋名人・九代目大橋宗桂の若き日の活躍を描く物語であります。

 1775年、十数年前から「名人」が空位となっている時代。亀戸の将棋会所を営む桔梗屋に敗れた不良侍・田沼勝助が、家宝の大小を奪われる場面から物語は始まります。
 初段の免状を笠に着て、対局相手に高額の対局料を要求するという博打めいたやり口の桔梗屋から刀を取り戻すため、茶屋で出会った若い侍の大小を盗んだ勝助。その大小をカタに再戦を望む勝助ですが、彼を追ってきた侍が代わって桔梗屋と対局することに……

 と、言うまでもなくこの若侍こそが大橋宗桂。素人をカモにする悪徳勝負師を主人公が叩き潰すというのは、ある意味ゲームものの第一話の定番と言えますが、今回はラストに宗桂が勝負を行った本当の理由がほのめかされるのが興味を引きます。
 ちなみに田沼勝助は、かの田沼意次の三男。後世に事績はほとんど残っていない人物ですが、それだけに今後の物語への絡み方も楽しみなところです。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 宿敵たちの陰謀で尾張徳川家に狙われることとなった聡四郎。橋の上でただ一人、多数の刺客に狙われるという窮地に、謎の覆面の助っ人が現れ――というところから始まる今回、冒頭からこれでもかと派手な血闘が描かれることになります。
 己に勝るとも劣らない剣士の出現に、敢えて一放流の奥義を見せる聡四郎と、それに応えて自らも一伝流なる剣の秘技を見せる謎の男。二人の今後の対決が早くも気になるところですが――しかしその因縁は、師・入江無手斎の代から続くものであることが判明します。

 かつて廻国修行の最中、浅山一伝斎なる剣客と幾度となく試合を行った無手斎。いずれも僅差で無手斎が勝負を収めたものの、いつしか一伝斎は剣士ではなく剣鬼と化し、無手斎の前に現れて……
 こうしたエピソードは剣豪ものであればさまで珍しいものではありませんが、一種の官僚ものとも言うべき本作に絡んでくると、途端に異彩を放ちます。あの無手斎までもが恐れる一伝流に対し、紅さんのためにも一歩も引かず戦うと決めた聡四郎――いよいよこの章も佳境に突入でしょうか。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 政宗最大の危機とも言うべき、伊達家包囲網と最上義光との対決。そんな中で政宗の母であり、義光の妹である義姫は、戦を止めるために単身戦場のど真ん中に乗り込んで――と、漫画みたいな(漫画です)前回ラストから始まる今回は、なんと主人公の一人である政宗不在で進むことになります。

 もちろんその代わりとして物語の中心にいるのは義姫。無茶苦茶のようでいて意外としたたかな行動を見せる彼女の姿を、振り回される周囲の人々も含めて浮かび上がらせ、その先に彼女が動いたただ一つの理由を描くのは、もう名人の技と言いたくなるような印象であります。
 そんな中で、義光の口から真に恐るべき相手――豊臣秀吉の名を出して今後に繋げるのも巧みなところ。……秀吉? かつて描かれた(というか今も描かれている)秀吉は、やたら体が頑丈で、奥さんの料理が殺人級の人物でしたが、さて。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 あてどなく旅を続ける浪人三人組の物語、今回は終活こと雷音大作の主役回。御炭納戸役を辞して炭焼きとなった旧友を十年ぶりに訪ねてみれば、その旧友は……
 というわけで、今回は暴利を貪る御炭奉行と炭問屋から、炭焼きたちが焼いた備長炭を守るために戦う三人組。正直に申し上げて今回の悪役の類型ぶりはちょっと驚くほどなのですが、その悪役たちに対して怒りを爆発させる雷音の表情は衝撃的ですらあります。

 激流を下る小舟の上での殺陣といういつもながらに趣向を凝らした戦いの末、悪役を叩き潰した雷音の決め台詞も、ちょっとそれはいかがなものかしらと思わないでもありませんが、これはこれでインパクト十分で良し、であります。


「コミック乱ツインズ」2018年9月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年9月号 [雑誌]


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2018.08.02

横田順彌『惜別の祝宴』 帝都に迫る鱗を持つ影 明治SFシリーズ大団円


 横田順彌による長編明治SFシリーズ三部作の三作目――明治末年の帝都を舞台に、皮膚が鱗状になって死んだ少年の謎を調査することとなった鵜沢龍岳たちが、やがて創造を絶する存在の跳梁を知る、ラストに相応しいスケールを誇る、オールスターキャストの物語であります。

 かつて龍岳たちも事件の調査で訪れたことのある貧民窟で急死した少年。死の直前に何者かの施術を受けていたという少年が、体の皮膚に鱗が発生した奇怪な姿と化していたことを知った押川春浪と鵜沢龍岳は、遺体の調査を始めることになります。
 一方、持病の悪化で余命幾ばくもない河岡潮風の前に現れた漢方医を名乗る男は、潮風の治療と引き換えに、自分の計画に協力するよう求めます。しかし計画の内容を一切語らぬ相手に不信感を抱いた潮風はこれを拒絶するのですが――彼の妻・静乃は、その男から人間のものとは思えぬ宇宙磁気を感じるのでした。

 そして少年の死体が大学病院で検査された過程で、少年と同様の鱗が、数年前に暗殺された伊藤博文と実行犯の安重根、そして大逆事件で処刑された管野スガの体にも発生していたことが判明。さらに龍岳たちは、その鱗が乃木希典大将にも現れていることを知ることになります。
 事件の探索を続ける春浪と龍岳たちですが、なおも怪事件は続きます。明治帝の体調が悪化する中、侍医に入り込んだ正体不明の男は何者なのか、市井の変人発明家の大発明とは何か? やがて一見無関係に見えた要素は一つにまとまり、あまりにも意外な真相が浮かび上がることになるのです。


 これまで少女の連続神隠し、病院から姿を消した少年の謎と(もちろんその背後に壮大なSF的真相があるものの)長編でも比較的静かな内容が描かれてきたこのシリーズ。
 しかし掉尾を飾る本作においては大盤振る舞い、爬虫類のように皮膚が変化した死体の発見という常識では考えられない奇怪な事件が発生し、その背後に、何やら暗躍する二人の男が――という幕開けから大いに興味をそそられます。

 さらにそれが伊藤博文暗殺や大逆事件にまで繋がり、そして乃木大将までもが意外な役割を果たすことに――と、伝奇風味も濃厚なのがたまりません。内容の波瀾万丈さでいえば、別世界の(?)明治SFである『火星人類の逆襲』にも並ぶかもしれません。
(冒頭で謎の男の一人が「皇帝陛下」のことを口の端に上らせる時点で、ははぁ、これは時代的に○○○が絡んでいるのだな、と思わせるミスリードもいい)

 さらに冒頭に述べたように本作はオールスターキャスト――龍岳・春浪・時子・黒岩刑事や天狗倶楽部の面々はもちろんのこと、これまでのシリーズに登場したキャラクターが、(もちろん全てとはいかないものの)脇役に至るまで登場してくれるのは嬉しいところであります。
 特に第1作『星影の伝説』のヒロイン・静乃は、その驚くべき正体と能力を生かして本作では中心人物の一人となり、事件の真相に迫る大活躍。第2作『水晶の涙雫』のヒロイン・雪枝も、特殊能力はないものの、要所要所で存在感を発揮しています。

 何よりも本作の題名にある「祝宴」が指すもの(の一つ)は、黒岩刑事と雪枝の、そして龍岳と時子の結婚式。三部作の大団円にまことにふさわしい結末であります。
 作中にも何度も描かれるように、本作は明治帝の崩御直前の物語であり、言い換えれば明治時代の終了を目前とした物語。それは同時に、この明治SFシリーズの終わりを意味しているのですが――それをむしろ新しい時代の幕開けとして、笑顔で送ってくれたのもまた、ファンへの何よりの贈り物と言うべきでしょう。

 もっともまた細かいことを言えば、内容的に偶然が重なりすぎる(作中で自己言及があるほど)点、終盤の○○○○の告白にはちょっと無理があると思われる点(その出自であればそのような体にはならないのでは等)があるのも事実ですが……
 しかしここはまず、波瀾万丈のSFミステリとして、そして明治SFシリーズの暖かい終幕として、本作を素直に楽しむべきなのでしょう。初版時に一度読んではいるのですが、再びの別れを、笑顔で迎えることができたのは、やはり有り難いことであります。


 と、実はもう一作品、SF色はないためにシリーズの番外編とも言うべき長編(今回の復刊からも漏れる形となった)『冒険秘録 菊花大作戦』があるのですが――こちらもまた近日中にご紹介したいと思います。


『惜別の祝宴』(横田順彌 柏書房『風の月光館・惜別の祝宴』所収) Amazon
風の月光館・惜別の祝宴 (横田順彌明治小説コレクション)


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 横田順彌『風の月光館 新・秘聞七幻想探偵譚』 晩年の春浪を描く明治のキャラクター小説!?

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2018.07.27

横田順彌『風の月光館 新・秘聞七幻想探偵譚』 晩年の春浪を描く明治のキャラクター小説!?


 先日、長編『惜別の祝宴』とともに復刊された横田順彌の明治SF連作「秘聞 七幻想探偵譚」の第三弾にしてラストの作品であります。本書では、春浪の晩年に近い明治末期を舞台とした物語が描かれることに……

 日本SFの祖・押川春浪と、その愛弟子である青年科学小説家・鵜沢龍岳、そして彼の恋人の女学生・黒岩時子とその兄で警視庁刑事の四郎を主人公とした連作集である本書。これまで同様、全7話の奇譚・怪異譚・幻想譚で構成されています。
 以下に簡単に本書の収録作品を紹介しましょう。

『骨』 浅草の演芸館で米国人が見世物にしていた類人猿「アダム」。航時機で過去から連れてきたと称するアダムの姿は、ジャワ原人に酷似していた。
『恩』 不治の病の母のために、病に効くという猫の肉を食べさせたいという吉岡信敬の友人。一計を案じ、牛肉を猫と偽って食べさせた龍岳たちだが、病が治ってしまい……
『福』 何一つ不自由ない家に暮らしながら、突然失踪した娘。楽琵琶を弾くという彼女を探す龍岳たちは、失踪前に恵比寿のような顔の太った男と会っていたことを知る。
『奇』 巾着切りの指がへし折られるという事件が続発、その元締めも元妻の家で変死を遂げた。元締めは妊娠した元妻に暴力を振るい、流産させていたというが……
『妖』 男と女の声色を使い分けて暮らすという飛田穂洲の隣家の男。二重人格と思われた男は、「妻」との間に子が出来たと語るが。
『虚』 神木を切り倒して以来、かまいたちが頻発するという神社。調査に向かった龍岳は、被害者の少年たちが奇怪なものを目撃していたのを知る。
『雅』 神経衰弱の春浪を養生させるため、等々力での静養を勧めた龍岳。春浪を驚かせて治そうと、天女出現の芝居を打つ龍岳たちだが……


 以上7編、正直に申し上げれば、全2冊以上に、ちょっと扱いに困る作品が多いという印象があります。
 物語で描かれた事件が、(全て)解決されることなく結末を無迎える――というのは、これは短編怪奇小説などでお馴染みの趣向であり、この点はどうということもありません。そうではなく、ここで描かれる怪異や謎が、さすがにちょっと――と言いたくなるような、素材そのままの生煮え感があるのです。

 もちろんこれは個人の趣味嗜好によるところが大であることは間違いありません。私は本書でもある意味最もSF的な「理」が描かれる(ほのめかされる)『奇』と『虚』が一番好印象でしたが、その他の作品が良かった、という方ももちろんいらっしゃるでしょうから……

 ちなみに上記に挙げた2編のうち、特に『奇』は、アイディア的には類作がないわけではありませんが、その明治の日本ならではのシチュエーションを活かした面白さ不気味さにおいて屈指の作品。
 まずSFホラーの佳品といっても差し支えないと、(両極端の感想で恐縮ですが)感じます。


 しかし、厳しいことを言いつつも、結局本書を貪るように一気読みしてしまったのは、これはもう作者の術中にはまったとしか言いようがありません。
 明治の(庶民の)世界の描写の巧みさ、登場人物たちの面白さ、親しみやすさ――特に後者は、これまで短編14編・長編2編の蓄積があるとはいえ、やはり巧みの一言で、明治を舞台とした一種のキャラクター小説として、確かに成立していると言えます。

 そしてそんな本書の見所の一つが、冒頭でも触れた晩年に近い春浪の姿であります。その詳細はここでは触れませんが、『冒険世界』誌の編集を辞して『武侠世界』誌の立ち上げに向かった当時の春浪の姿が、本書に収録された7編を読めば、自然に伝わってくるのです。
 もちろんそれは文字通りのバックグラウンドストーリーであって、ラストの『雅』を除けば、ほとんど直接的に物語に絡んでくることはないのですが――本作がSF小説、幻想小説である以前に明治小説であり、春浪とその仲間たちを描く小説であるとすれば、その試みについて大いに成功していると言えるでしょう。

 本書にカップリングされた長編最終作『惜別の祝宴』についても、近日中にご紹介いたします。


『風の月光館 新・秘聞七幻想探偵譚』(横田順彌 柏書房『風の月光館・惜別の祝宴』所収) Amazon
風の月光館・惜別の祝宴 (横田順彌明治小説コレクション)


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2018.07.16

「コミック乱ツインズ」2018年8月号

 今月の「コミック乱ツインズ」誌は、連載10周年記念で『そば屋幻庵』がスペシャルゲストを迎えて表紙&巻頭カラー。また、ラズウェル細木の『文明開化めし』が新連載となります。それでは、特に印象に残った作品を今回も一作ずつ紹介していきましょう。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 今月は『そば屋幻庵』と二作掲載の作者ですが、こちらはいつもながらがらりと作風を変えたアクションと政治劇が満載です。

 前回自分たちを(前田家の人間と間違えて)襲撃した刺客たちの正体が、尾張徳川家の人間だったことを知った聡四郎。しかし何故尾張が前田家を襲うのか――その謎が今回明かされることになります。その背後には聡四郎に表舞台を追われたはずのあの男が……
 一方、江戸城内では間部詮房と新井白石が相変わらず対立とも協調ともつかぬ微妙な関係。鍋松(徳川家継)の服喪の儀に関して、詮房に知恵を貸して恩を売る白石ですが――ここで聡四郎の前で白石がほとんど初めて人間臭さを見せるのが印象に残ります。

 そしてラスト、玄馬と離れて一人となった聡四郎を襲う刺客の群れ。逃れんと橋の上を走る聡四郎の前に現れた黒覆面黒装束の謎の剣士は、初対面と名乗りつつも何故か一放流のことを知っているのでした。「お主を倒すのは拙者だ」とツンデレっぽいことを言いながら助太刀してくれるその正体は……
 ツンデレといえば紅さんは名前のみの登場で残念ですが、名前のみの登場といえば、ついに今回、徳川吉宗の名が登場。顔は陰になっていて見えないのですが、果たしてどのような姿なのか――猛烈に気になります。


『カムヤライド』(久正人)
 出雲編中編の今回、中心となるのは謎の男・イズモタケル。出雲国主ホムツワケの叛乱の尖兵となった土蜘蛛たちを倒す力を持つ彼の正体は――ヤマトタケルの大ファンでした(本当)。
 ヤマトタケルに憧れ、偶然手に入れた土蜘蛛を倒す力を持つ剣を手に、捕らえられた人々を助けたいと熱っぽく語るイズモタケル。そんな彼を前に、ヤマト王家の者としてその名に鬱屈を抱えるヤマトタケルはその名を名乗ることができず……

 モンコが完成された人格に見えのに対し、人間味のある、成長代のあるキャラクターとして描かれるヤマトタケル。自分の実像を知らず、理想の人物として目標にするイズモタケルを前に揺れる彼の心の動きを、ホムツワケの高殿に急ぐ三人のシルエットに重ねて描く場面は、実に作者らしく格好良い名シーンであります。
 そしてカムヤライドしたモンコの前に現れた国津神の意外な正体は、そして彼らの戦いを見守る久々に登場した謎の旅人の動きは――次回出雲編完結です。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 伊達家包囲網に苦しむ伊達家に襲いかかる佐竹・芦名連合軍。この危機に、政宗の母・義姫が――という前回の引きを受けての今回、母が自分のために動いてくれたと浮かれる政宗の姿が微笑ましくも痛ましいのですが、如何にドシスコンであっても最上義光が譲るはずもありません。かえって(シスコンをこじらせた)義光が動き出し、思わぬことで景綱と義光の陰険……いや知将対決が勃発することになります。

 が、そこに義姫が割って入り――と、史実の時点でメチャクチャ漫画っぽいエピソードをこの作品は如何に料理するのか。ある意味これまでで一番の山場かもしれません。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 東海道は川崎宿にやってきた三人組が今回巻き込まれるのは、大店の娘の連続誘拐殺人事件。宿の米問屋の娘の警護に雇われた三人ですが、はたして娘は何者かに攫われ、百五十両の身代金の要求が届けられることに……

 凶悪な拐かしと、米問屋の父娘の軋轢を絡めて展開する職人芸的面白さの今回、ここのところ重めの話が続いていただけにホッとさせられる内容が嬉しいところです。
 そして基本的にカッコイイ担当だった坐望は、今回夏風邪を押して賭場に出かけてスッテンテンになった挙句風邪をこじらせるという実に微妙な役どころなのですが、それを吹き飛ばすようにクライマックスの乱闘でもんのすごくヒドい啖呵とともに登場(つられて夏海もスゴいことを)。静かな殺陣が多い本作には珍しく、豪快な「音」入りの剣戟を見せてくれました。


 そして『そば屋幻庵』のスペシャルゲストは――この人が良さそうで腰が低くてものわかりがいい人は誰!? という印象。今の読者はわかるのかしら、というのは野暮な心配ですね。


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2018.06.22

山本巧次『軍艦探偵』 軍艦の上の日常、戦争の中の等身大の人間


 『八丁堀のおゆう』『明治鐵道探偵』と、これまでもユニークな時代ミステリを手がけてきた作者が次に手がけた題材は軍艦――軍艦に探偵といえば、軍事冒険小説的なものを感じさせますがさにあらず。軍艦上で起きる日常の謎をメインに扱った、実にユニークな連作集であります。

 アメリカとの開戦も目前に迫る中、短期現役士官制度に応募して海軍主計士官となった池崎幸一郎。戦艦榛名に配属された彼に、補給で運び込まれたはずの野菜の箱が一つ紛失したという報告が入ります。
 海軍ではお馴染みの銀蠅(食料盗難)かと思いきや、食料箱の総数には変化はない――とすれば一箱予定になかった箱が運び込まれたことになります。山本五十六連合艦隊司令長官の視察を控えたこの時期、万が一のことがあってはならぬと調査を始めた幸一郎がやがてたどり着いた真実とは……

 という第1話の内容が示すように、軍艦上で起きたささいな、しかし奇妙な出来事をきっかけに、その謎を追うことになった幸一郎が意外な真実を解き明かす、というスタイルで(終盤を除けば)展開していく本作。
 そこあるのは華々しい戦いでも複雑怪奇な陰謀もなく、真相を知ればなんだと苦笑してしまいそうな「事件」ばかりであります。

 そもそも主計士官というのは、会社で言えば総務と経理の役目――つまり基本的に事務方。軍艦や海軍という言葉から受ける格好良くも華々しい――あるいは厳しく危険だらけのイメージとは遠いところにいる存在です。
 タイトルの軍艦探偵も、配属される先々の艦で事件に巻き込まれ、仕方なくそれを解決してきた幸一郎に対して冷やかしまじりに与えられた渾名のようなもので、もちろん公式の任務ではないのですから。

 しかし、それだからこそ本作は実に面白い。上で挙げたような一般的な(?)イメージとはほど遠いところで展開する本作ですが、しかし冷静に考えてみれば、軍艦だからといって、そして太平洋戦争中だからといって(少なくとも戦争初期は)四六時中戦闘しているというわけではありません。
 いやむしろそれ以外の時間が多かったはずであり、そして軍艦という空間の中に数多くの人間が日々を送っていれば、そこに「日常」が生まれることは当然でしょう。

 そんな軍艦上の日常という、史実の上でも物語の上でも我々とは縁遠い、しかし確かにかつて存在したものを、本作はミステリという視点から切り取ってみせた作品なのです。
 そしてそこに浮かび上がるのは、決して格好良くはない(そして同時に悲劇ばかりではない)等身大の人間たちの姿であります。軍艦探偵という二つ名は持ちつつも、やはりそんな人間の一人である幸一郎だからこそ気付くことのできる真実が、ここにはあります。

 しかしそんな日常も、戦況の変化とはもちろん無縁ではありません。そして一種の極限状況に近づいていくにつれて、人間性の表れ方も変わっていくことになります。
 本作のラスト2話で描かれるのは、そんなもう一つの現実の姿――そこで幸一郎は、これまで幸運にも出会わずに済んできたものの一つを突きつけられることになります。そしてそれを解決するには、彼をしても長い時間を必要としたのですが……


 そんな、ミステリとしても一種の歴史小説としても楽しめる本作ですが、しかし個人的には幾つかすっきりしない点もあります。

 その一つは本作に登場する軍艦――全六話に一隻ずつ登場する軍艦の半分が、架空のものであることです。
 もちろん同型艦は存在するかと思いますし、確たる資料と根拠をもって作中でも描かれているはずですが――しかし、本作のように明確な史実を踏まえた作品、その史実の中の人間を描く作品であれば、その舞台となる軍艦もまた、全て実在のものであって欲しかったと感じるのです。

 そしてもう一つ――それは、幸一郎がその中で生きてきた戦争の姿が――言い換えれば幸一郎がその戦争とどう向き合ってきたかが、ラスト近くまでほとんど伝わってこなかったように感じられる点です。

 確かに海軍は陸軍と違い、直接敵と向き合い戦う機会は少ないでしょう(そしてそれが作中ではっきりとある機能を果たしているのですが)。しかしそれでもどこかに敵は――彼らと同じ人間は存在し、それと彼らは戦っているのであります。
 本作はそれを描く作品ではない(というより意識して慎重に避けている印象)のかもしれませんが――戦争の中の日常を、人間を描く作品であったとすれば、その点も描いて欲しかったと感じます。幸一郎の身の回りの世界だけでなく、その先の人間の姿も……

 もちろんこれは個人的な拘りに過ぎないのではありますが。


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軍艦探偵 (ハルキ文庫)

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2018.06.21

横田順彌『水晶の涙雫』 消えた少年と南極からの友が繋ぐ想い


 明治の科学小説作家・押川春浪と鵜沢龍岳師弟、そして彼らを取り巻く人々が不可思議な事件に挑む明治SFシリーズ――その長編第2弾であります。白瀬大尉の南極探検を背景に、長きにわたり意識不明だった少年の行方不明事件が、様々な波紋を呼び、奇妙で暖かい物語を描き出します。

 白瀬大尉の南極探検隊が、惜しくも志半ばで帰国を余儀なくされた明治44年――東京帝国大学附属病院の特別病室から姿を消した少年・白鳥義彦。
 勤め先の金を横領して追いつめられた父の無理心中に巻き込まれ、半年以上にわたって意識不明の状態であった彼は、しかし本来であれば息を引き取ってもおかしくないところが、不可思議にも生き続けていたのであります。

 だからといって、衰弱しきった病院を抜け出せるほど急に回復するするはずもありません。しかし病院側は義彦少年の状態に目を付けて人体実験紛いの治療を行っていたため表沙汰にするわけにもいかず、ただ残された母親・雪枝のみが心を痛める状況となっていたのでした。

 そんな状況とも知らず、春浪の友人・阿部天風は、雪枝が妻の遠縁であったのをきっかけに、雪枝の夫の事件に関心を抱いて調査を続けた結果、その死に不審な点があることに気付きます。
 もしそれが偽装された殺人事件であれば、本職の出番――と警視庁の黒岩刑事に協力を依頼する龍岳たちですが、しかし正義感の強いの黒岩にしては、珍しく消極的な態度をみせます。

 実は町を彷徨っていた義彦と偶然出会い、密かに匿っていた黒岩。義彦が黒岩に語った驚くべき真実とは、そして黒岩が守らなければならない秘密とは……


 冒頭に述べたように春浪と龍岳を中心にする本シリーズですが、その中で龍岳と相思相愛の女学生・時子と、その兄の黒岩刑事もまた、彼らとともに活躍するレギュラーであります。
 そして実は、今回主人公同然の位置を占めるのが、この黒岩刑事なのです。

 幼い頃に両親を失い、苦労に苦労を重ねながら時子を育ててきた黒岩。それだけに人情家で正義感が強く、絵に描いたような「良い刑事さん」である彼は、シリーズを現実サイドから支える名脇役であります。
 その黒岩が今回は妹にすら明かせない秘密を抱えて孤軍奮闘。しかも恋愛方面については妹に完全に先を越されていた彼に、ついにロマンスが! と、完全に主人公ポジションで活躍してくれるという、長らくシリーズを見てきた読者にとっては何とも嬉しい展開なのです。

 さてその物語の方は、義彦少年の失踪(そして彼の抱える秘密)と、その父の「自殺」を巡る謎とが交錯しつつ展開していくことになりますが、そこに登場人物たちが、それぞれの事情や思惑を抱えて関わっていくのも面白い。
 上で述べたように皆とは別行動を取る黒岩。黒岩に疑いを抱きつつ雪枝のために事件を追う龍岳や時子たち。自分を何かと助けてくれる黒岩に支えられながら義彦を捜す(まさかその黒岩が義彦と一緒にいるとは知らない)雪枝。さらにはかねてから義彦に目を付けてきたという陸軍の特務部隊の軍人とその手下まで……

 数々の登場人物が、それぞれに掴んだ真実を手に、少しずつ謎に近づいていく――実は真実そのものはさほど複雑なものではないのですが、しかし人間関係をシャッフルすることで。よく見ると結構地味な話を盛り上げていくのには感心いたします。

 そして本作の、本シリーズのキモとも言うべきSF的ガジェットですが――今回も懐かしさを感じさせる(すなわち古典的な)アイディアを用いつつ、それを巧みにドラマに絡めていくのが嬉しいところ。
(そしてそこに絡むのが、前作のハレー彗星接近と並ぶ一大科学イベントである白瀬大尉の南極探検という趣向もうまい)

 前作などに比べるとかなり早い段階で秘密が明かされるのですが、それを一人背負ってしまった黒岩の苦闘が、上に述べたように物語の大きな要素となり、それがラストに繋がっていくという展開も実にいいのです。
 実に本シリーズらしく、優しくも暖かい、そしてちょっと粋な結末には、誰もが顔がほころぶのではないでしょうか。


 しかしさすがにラストの吉岡信敬はさすがにやりすぎではないかなあ――というより有能にもほどがあります。恐ろしいなあ早稲田大学応援団。

『水晶の涙雫』(横田順彌 柏書房『夢の陽炎館・水晶の涙雫』所収) Amazon
夢の陽炎館・水晶の涙雫 (横田順彌明治小説コレクション)


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2018.06.18

「コミック乱ツインズ」7月号(その二)


 「コミック乱ツインズ」誌の今月号、7月号の紹介の後編であります。

『カムヤライド』(久正人)
 スタイリッシュなあらすじページも格好いい本作、今回は出雲編の前編。前回、瀬戸内海に現れた巨大触手型国津神にヤマトタケルが脱がされたりと苦戦の末、かろうじて勝利したモンコとタケル。どうやら水中では全く浮力が生じないなど謎だらけのモンコですが、しかし彼も何故自分がカムヤライドできるのか、そして自分が何者なのか、一年より前の記憶はないと語ります。
(今回の冒頭、意識を失ったモンコの悪夢の形でその過去らしきものが断片的に描かれますが――やはり改造手術が?)

 それはさておき、自分の伯父に当たる出雲の国主・ホムツワケが乱を起こしたと聞き、大和への帰還よりも出雲に急ぐことを選ぶタケル。それはなにも伯父への情などではなく、かつてホムツワケが出雲に追われたように、皇子でも油断できぬ魑魅魍魎の宮中で自分の座を守るための必死の行動なのですが……
 普段は相棒(というかヒロインというか)的立ち位置で明るいタケルの心の陰影を描くように、文字通り陰影を効かせまくったモノトーンの中に浮かび上がるモンコとタケルの姿が強く印象に残ります。

 と、出雲にたどり着いてみれば、やはりと言うべきかそこは土蜘蛛たちが蠢く地。しかしそこで二人を制止して土蜘蛛と戦おうとする男が登場。その名は――イズモタケル! 敵か味方か第二(第三?)のタケル、という心憎いヒキであります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 鬼支丹編の後編である今回描かれるのは、前編で処刑された切支丹が変じた鬼を、祈りの力で消滅させたのがきっかけで正体がばれてしまった尼僧――実は金髪碧眼の盲目の少女・華蓮尼が歩む苦難の道であります。

 彼女を棄教させようと、その前で偽装棄教していた村人たちに無惨な拷問を行う尾張藩主。華蓮の悲しみと苦しみを知りながらも、俺は人間は救わない、華蓮も鬼になれば斬ってやると嘯く鬼切丸の少年ですが……
 それでも屈することなき華蓮と、彼女のために死にゆく村人たち。しかしその死が皮肉な形で(藩の側ではむしろ慈悲を与えたつもりなのがまたキツい)辱められた時、巨大な怨念の鬼が出現、少年の出番となるのですが――しかしそこでもまた、少年は華蓮のもたらした奇跡を目にすることになります。

 華蓮の出自も含めて、正直なところ内容的には予想の範囲内であった今回。その辺りは少々勿体なく感じましたが、無意識のうちに華蓮に母を重ねていた少年の心の揺れが描かれる終盤の展開はやはり面白いところです。
 しかしこの『鬼切丸伝』、本誌連載は今号まで。7月より「pixivコミック」にて移籍というのは実に残念であります。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 ちゃんと続いていて一安心の本作、三人の過去回も一巡して、今回は通常の(?)エピソードですが――しかしただでは終わらないのが、らしいところであります。

 旅の途中、とある藩で追っ手に追われていた若侍・春之進を救った三人組。悪家老の暴政によって財政が逼迫した藩の窮状を江戸に訴え出ようとする春之進に雇われた三人は、多勢で襲いかかる家老の手の者から逃れるべく戦いを繰り広げるのですが……
 今回も、夜、雨の降りしきる山道という、特殊なシチュエーションで繰り広げられる殺陣が印象的な本作。一歩間違えれば漫画ではなく絵物語になりそうなところを巧みに踏みとどまり、無音の剣戟を展開するのはお見事であります。

 中盤で先の展開が読めてしまうといえばその通りですし、ラストはもう用心棒の仕事から外れているように思えますが、それでも納得してしまうのは、この描写力と、これまで培われてきたキャラクター像があってのことと納得であります。
(リアリストの海坂、人情肌の雷音、理想主義の夏海というのはやはりよいバランスだと、今更ながらに感心)


 その他、今月号では『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』単行本第2巻発売記念として、2Pの特別ショートマンガが掲載されているのが嬉しいところ。
 連載も終わり、寿司屋で静かに酒を酌み交わす島と雨宮の会話の中で、作品内外の雨宮のルーツが語られる番外編を楽しませていただきました。


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