2018.07.16

「コミック乱ツインズ」2018年8月号

 今月の「コミック乱ツインズ」誌は、連載10周年記念で『そば屋幻庵』がスペシャルゲストを迎えて表紙&巻頭カラー。また、ラズウェル細木の『文明開化めし』が新連載となります。それでは、特に印象に残った作品を今回も一作ずつ紹介していきましょう。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 今月は『そば屋幻庵』と二作掲載の作者ですが、こちらはいつもながらがらりと作風を変えたアクションと政治劇が満載です。

 前回自分たちを(前田家の人間と間違えて)襲撃した刺客たちの正体が、尾張徳川家の人間だったことを知った聡四郎。しかし何故尾張が前田家を襲うのか――その謎が今回明かされることになります。その背後には聡四郎に表舞台を追われたはずのあの男が……
 一方、江戸城内では間部詮房と新井白石が相変わらず対立とも協調ともつかぬ微妙な関係。鍋松(徳川家継)の服喪の儀に関して、詮房に知恵を貸して恩を売る白石ですが――ここで聡四郎の前で白石がほとんど初めて人間臭さを見せるのが印象に残ります。

 そしてラスト、玄馬と離れて一人となった聡四郎を襲う刺客の群れ。逃れんと橋の上を走る聡四郎の前に現れた黒覆面黒装束の謎の剣士は、初対面と名乗りつつも何故か一放流のことを知っているのでした。「お主を倒すのは拙者だ」とツンデレっぽいことを言いながら助太刀してくれるその正体は……
 ツンデレといえば紅さんは名前のみの登場で残念ですが、名前のみの登場といえば、ついに今回、徳川吉宗の名が登場。顔は陰になっていて見えないのですが、果たしてどのような姿なのか――猛烈に気になります。


『カムヤライド』(久正人)
 出雲編中編の今回、中心となるのは謎の男・イズモタケル。出雲国主ホムツワケの叛乱の尖兵となった土蜘蛛たちを倒す力を持つ彼の正体は――ヤマトタケルの大ファンでした(本当)。
 ヤマトタケルに憧れ、偶然手に入れた土蜘蛛を倒す力を持つ剣を手に、捕らえられた人々を助けたいと熱っぽく語るイズモタケル。そんな彼を前に、ヤマト王家の者としてその名に鬱屈を抱えるヤマトタケルはその名を名乗ることができず……

 モンコが完成された人格に見えのに対し、人間味のある、成長代のあるキャラクターとして描かれるヤマトタケル。自分の実像を知らず、理想の人物として目標にするイズモタケルを前に揺れる彼の心の動きを、ホムツワケの高殿に急ぐ三人のシルエットに重ねて描く場面は、実に作者らしく格好良い名シーンであります。
 そしてカムヤライドしたモンコの前に現れた国津神の意外な正体は、そして彼らの戦いを見守る久々に登場した謎の旅人の動きは――次回出雲編完結です。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 伊達家包囲網に苦しむ伊達家に襲いかかる佐竹・芦名連合軍。この危機に、政宗の母・義姫が――という前回の引きを受けての今回、母が自分のために動いてくれたと浮かれる政宗の姿が微笑ましくも痛ましいのですが、如何にドシスコンであっても最上義光が譲るはずもありません。かえって(シスコンをこじらせた)義光が動き出し、思わぬことで景綱と義光の陰険……いや知将対決が勃発することになります。

 が、そこに義姫が割って入り――と、史実の時点でメチャクチャ漫画っぽいエピソードをこの作品は如何に料理するのか。ある意味これまでで一番の山場かもしれません。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 東海道は川崎宿にやってきた三人組が今回巻き込まれるのは、大店の娘の連続誘拐殺人事件。宿の米問屋の娘の警護に雇われた三人ですが、はたして娘は何者かに攫われ、百五十両の身代金の要求が届けられることに……

 凶悪な拐かしと、米問屋の父娘の軋轢を絡めて展開する職人芸的面白さの今回、ここのところ重めの話が続いていただけにホッとさせられる内容が嬉しいところです。
 そして基本的にカッコイイ担当だった坐望は、今回夏風邪を押して賭場に出かけてスッテンテンになった挙句風邪をこじらせるという実に微妙な役どころなのですが、それを吹き飛ばすようにクライマックスの乱闘でもんのすごくヒドい啖呵とともに登場(つられて夏海もスゴいことを)。静かな殺陣が多い本作には珍しく、豪快な「音」入りの剣戟を見せてくれました。


 そして『そば屋幻庵』のスペシャルゲストは――この人が良さそうで腰が低くてものわかりがいい人は誰!? という印象。今の読者はわかるのかしら、というのは野暮な心配ですね。


「コミック乱ツインズ」2018年8月号(リイド社) Amazon


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2018.06.22

山本巧次『軍艦探偵』 軍艦の上の日常、戦争の中の等身大の人間


 『八丁堀のおゆう』『明治鐵道探偵』と、これまでもユニークな時代ミステリを手がけてきた作者が次に手がけた題材は軍艦――軍艦に探偵といえば、軍事冒険小説的なものを感じさせますがさにあらず。軍艦上で起きる日常の謎をメインに扱った、実にユニークな連作集であります。

 アメリカとの開戦も目前に迫る中、短期現役士官制度に応募して海軍主計士官となった池崎幸一郎。戦艦榛名に配属された彼に、補給で運び込まれたはずの野菜の箱が一つ紛失したという報告が入ります。
 海軍ではお馴染みの銀蠅(食料盗難)かと思いきや、食料箱の総数には変化はない――とすれば一箱予定になかった箱が運び込まれたことになります。山本五十六連合艦隊司令長官の視察を控えたこの時期、万が一のことがあってはならぬと調査を始めた幸一郎がやがてたどり着いた真実とは……

 という第1話の内容が示すように、軍艦上で起きたささいな、しかし奇妙な出来事をきっかけに、その謎を追うことになった幸一郎が意外な真実を解き明かす、というスタイルで(終盤を除けば)展開していく本作。
 そこあるのは華々しい戦いでも複雑怪奇な陰謀もなく、真相を知ればなんだと苦笑してしまいそうな「事件」ばかりであります。

 そもそも主計士官というのは、会社で言えば総務と経理の役目――つまり基本的に事務方。軍艦や海軍という言葉から受ける格好良くも華々しい――あるいは厳しく危険だらけのイメージとは遠いところにいる存在です。
 タイトルの軍艦探偵も、配属される先々の艦で事件に巻き込まれ、仕方なくそれを解決してきた幸一郎に対して冷やかしまじりに与えられた渾名のようなもので、もちろん公式の任務ではないのですから。

 しかし、それだからこそ本作は実に面白い。上で挙げたような一般的な(?)イメージとはほど遠いところで展開する本作ですが、しかし冷静に考えてみれば、軍艦だからといって、そして太平洋戦争中だからといって(少なくとも戦争初期は)四六時中戦闘しているというわけではありません。
 いやむしろそれ以外の時間が多かったはずであり、そして軍艦という空間の中に数多くの人間が日々を送っていれば、そこに「日常」が生まれることは当然でしょう。

 そんな軍艦上の日常という、史実の上でも物語の上でも我々とは縁遠い、しかし確かにかつて存在したものを、本作はミステリという視点から切り取ってみせた作品なのです。
 そしてそこに浮かび上がるのは、決して格好良くはない(そして同時に悲劇ばかりではない)等身大の人間たちの姿であります。軍艦探偵という二つ名は持ちつつも、やはりそんな人間の一人である幸一郎だからこそ気付くことのできる真実が、ここにはあります。

 しかしそんな日常も、戦況の変化とはもちろん無縁ではありません。そして一種の極限状況に近づいていくにつれて、人間性の表れ方も変わっていくことになります。
 本作のラスト2話で描かれるのは、そんなもう一つの現実の姿――そこで幸一郎は、これまで幸運にも出会わずに済んできたものの一つを突きつけられることになります。そしてそれを解決するには、彼をしても長い時間を必要としたのですが……


 そんな、ミステリとしても一種の歴史小説としても楽しめる本作ですが、しかし個人的には幾つかすっきりしない点もあります。

 その一つは本作に登場する軍艦――全六話に一隻ずつ登場する軍艦の半分が、架空のものであることです。
 もちろん同型艦は存在するかと思いますし、確たる資料と根拠をもって作中でも描かれているはずですが――しかし、本作のように明確な史実を踏まえた作品、その史実の中の人間を描く作品であれば、その舞台となる軍艦もまた、全て実在のものであって欲しかったと感じるのです。

 そしてもう一つ――それは、幸一郎がその中で生きてきた戦争の姿が――言い換えれば幸一郎がその戦争とどう向き合ってきたかが、ラスト近くまでほとんど伝わってこなかったように感じられる点です。

 確かに海軍は陸軍と違い、直接敵と向き合い戦う機会は少ないでしょう(そしてそれが作中ではっきりとある機能を果たしているのですが)。しかしそれでもどこかに敵は――彼らと同じ人間は存在し、それと彼らは戦っているのであります。
 本作はそれを描く作品ではない(というより意識して慎重に避けている印象)のかもしれませんが――戦争の中の日常を、人間を描く作品であったとすれば、その点も描いて欲しかったと感じます。幸一郎の身の回りの世界だけでなく、その先の人間の姿も……

 もちろんこれは個人的な拘りに過ぎないのではありますが。


『軍艦探偵』(山本巧次 ハルキ文庫) Amazon
軍艦探偵 (ハルキ文庫)

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2018.06.21

横田順彌『水晶の涙雫』 消えた少年と南極からの友が繋ぐ想い


 明治の科学小説作家・押川春浪と鵜沢龍岳師弟、そして彼らを取り巻く人々が不可思議な事件に挑む明治SFシリーズ――その長編第2弾であります。白瀬大尉の南極探検を背景に、長きにわたり意識不明だった少年の行方不明事件が、様々な波紋を呼び、奇妙で暖かい物語を描き出します。

 白瀬大尉の南極探検隊が、惜しくも志半ばで帰国を余儀なくされた明治44年――東京帝国大学附属病院の特別病室から姿を消した少年・白鳥義彦。
 勤め先の金を横領して追いつめられた父の無理心中に巻き込まれ、半年以上にわたって意識不明の状態であった彼は、しかし本来であれば息を引き取ってもおかしくないところが、不可思議にも生き続けていたのであります。

 だからといって、衰弱しきった病院を抜け出せるほど急に回復するするはずもありません。しかし病院側は義彦少年の状態に目を付けて人体実験紛いの治療を行っていたため表沙汰にするわけにもいかず、ただ残された母親・雪枝のみが心を痛める状況となっていたのでした。

 そんな状況とも知らず、春浪の友人・阿部天風は、雪枝が妻の遠縁であったのをきっかけに、雪枝の夫の事件に関心を抱いて調査を続けた結果、その死に不審な点があることに気付きます。
 もしそれが偽装された殺人事件であれば、本職の出番――と警視庁の黒岩刑事に協力を依頼する龍岳たちですが、しかし正義感の強いの黒岩にしては、珍しく消極的な態度をみせます。

 実は町を彷徨っていた義彦と偶然出会い、密かに匿っていた黒岩。義彦が黒岩に語った驚くべき真実とは、そして黒岩が守らなければならない秘密とは……


 冒頭に述べたように春浪と龍岳を中心にする本シリーズですが、その中で龍岳と相思相愛の女学生・時子と、その兄の黒岩刑事もまた、彼らとともに活躍するレギュラーであります。
 そして実は、今回主人公同然の位置を占めるのが、この黒岩刑事なのです。

 幼い頃に両親を失い、苦労に苦労を重ねながら時子を育ててきた黒岩。それだけに人情家で正義感が強く、絵に描いたような「良い刑事さん」である彼は、シリーズを現実サイドから支える名脇役であります。
 その黒岩が今回は妹にすら明かせない秘密を抱えて孤軍奮闘。しかも恋愛方面については妹に完全に先を越されていた彼に、ついにロマンスが! と、完全に主人公ポジションで活躍してくれるという、長らくシリーズを見てきた読者にとっては何とも嬉しい展開なのです。

 さてその物語の方は、義彦少年の失踪(そして彼の抱える秘密)と、その父の「自殺」を巡る謎とが交錯しつつ展開していくことになりますが、そこに登場人物たちが、それぞれの事情や思惑を抱えて関わっていくのも面白い。
 上で述べたように皆とは別行動を取る黒岩。黒岩に疑いを抱きつつ雪枝のために事件を追う龍岳や時子たち。自分を何かと助けてくれる黒岩に支えられながら義彦を捜す(まさかその黒岩が義彦と一緒にいるとは知らない)雪枝。さらにはかねてから義彦に目を付けてきたという陸軍の特務部隊の軍人とその手下まで……

 数々の登場人物が、それぞれに掴んだ真実を手に、少しずつ謎に近づいていく――実は真実そのものはさほど複雑なものではないのですが、しかし人間関係をシャッフルすることで。よく見ると結構地味な話を盛り上げていくのには感心いたします。

 そして本作の、本シリーズのキモとも言うべきSF的ガジェットですが――今回も懐かしさを感じさせる(すなわち古典的な)アイディアを用いつつ、それを巧みにドラマに絡めていくのが嬉しいところ。
(そしてそこに絡むのが、前作のハレー彗星接近と並ぶ一大科学イベントである白瀬大尉の南極探検という趣向もうまい)

 前作などに比べるとかなり早い段階で秘密が明かされるのですが、それを一人背負ってしまった黒岩の苦闘が、上に述べたように物語の大きな要素となり、それがラストに繋がっていくという展開も実にいいのです。
 実に本シリーズらしく、優しくも暖かい、そしてちょっと粋な結末には、誰もが顔がほころぶのではないでしょうか。


 しかしさすがにラストの吉岡信敬はさすがにやりすぎではないかなあ――というより有能にもほどがあります。恐ろしいなあ早稲田大学応援団。

『水晶の涙雫』(横田順彌 柏書房『夢の陽炎館・水晶の涙雫』所収) Amazon
夢の陽炎館・水晶の涙雫 (横田順彌明治小説コレクション)


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2018.06.18

「コミック乱ツインズ」7月号(その二)


 「コミック乱ツインズ」誌の今月号、7月号の紹介の後編であります。

『カムヤライド』(久正人)
 スタイリッシュなあらすじページも格好いい本作、今回は出雲編の前編。前回、瀬戸内海に現れた巨大触手型国津神にヤマトタケルが脱がされたりと苦戦の末、かろうじて勝利したモンコとタケル。どうやら水中では全く浮力が生じないなど謎だらけのモンコですが、しかし彼も何故自分がカムヤライドできるのか、そして自分が何者なのか、一年より前の記憶はないと語ります。
(今回の冒頭、意識を失ったモンコの悪夢の形でその過去らしきものが断片的に描かれますが――やはり改造手術が?)

 それはさておき、自分の伯父に当たる出雲の国主・ホムツワケが乱を起こしたと聞き、大和への帰還よりも出雲に急ぐことを選ぶタケル。それはなにも伯父への情などではなく、かつてホムツワケが出雲に追われたように、皇子でも油断できぬ魑魅魍魎の宮中で自分の座を守るための必死の行動なのですが……
 普段は相棒(というかヒロインというか)的立ち位置で明るいタケルの心の陰影を描くように、文字通り陰影を効かせまくったモノトーンの中に浮かび上がるモンコとタケルの姿が強く印象に残ります。

 と、出雲にたどり着いてみれば、やはりと言うべきかそこは土蜘蛛たちが蠢く地。しかしそこで二人を制止して土蜘蛛と戦おうとする男が登場。その名は――イズモタケル! 敵か味方か第二(第三?)のタケル、という心憎いヒキであります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 鬼支丹編の後編である今回描かれるのは、前編で処刑された切支丹が変じた鬼を、祈りの力で消滅させたのがきっかけで正体がばれてしまった尼僧――実は金髪碧眼の盲目の少女・華蓮尼が歩む苦難の道であります。

 彼女を棄教させようと、その前で偽装棄教していた村人たちに無惨な拷問を行う尾張藩主。華蓮の悲しみと苦しみを知りながらも、俺は人間は救わない、華蓮も鬼になれば斬ってやると嘯く鬼切丸の少年ですが……
 それでも屈することなき華蓮と、彼女のために死にゆく村人たち。しかしその死が皮肉な形で(藩の側ではむしろ慈悲を与えたつもりなのがまたキツい)辱められた時、巨大な怨念の鬼が出現、少年の出番となるのですが――しかしそこでもまた、少年は華蓮のもたらした奇跡を目にすることになります。

 華蓮の出自も含めて、正直なところ内容的には予想の範囲内であった今回。その辺りは少々勿体なく感じましたが、無意識のうちに華蓮に母を重ねていた少年の心の揺れが描かれる終盤の展開はやはり面白いところです。
 しかしこの『鬼切丸伝』、本誌連載は今号まで。7月より「pixivコミック」にて移籍というのは実に残念であります。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 ちゃんと続いていて一安心の本作、三人の過去回も一巡して、今回は通常の(?)エピソードですが――しかしただでは終わらないのが、らしいところであります。

 旅の途中、とある藩で追っ手に追われていた若侍・春之進を救った三人組。悪家老の暴政によって財政が逼迫した藩の窮状を江戸に訴え出ようとする春之進に雇われた三人は、多勢で襲いかかる家老の手の者から逃れるべく戦いを繰り広げるのですが……
 今回も、夜、雨の降りしきる山道という、特殊なシチュエーションで繰り広げられる殺陣が印象的な本作。一歩間違えれば漫画ではなく絵物語になりそうなところを巧みに踏みとどまり、無音の剣戟を展開するのはお見事であります。

 中盤で先の展開が読めてしまうといえばその通りですし、ラストはもう用心棒の仕事から外れているように思えますが、それでも納得してしまうのは、この描写力と、これまで培われてきたキャラクター像があってのことと納得であります。
(リアリストの海坂、人情肌の雷音、理想主義の夏海というのはやはりよいバランスだと、今更ながらに感心)


 その他、今月号では『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』単行本第2巻発売記念として、2Pの特別ショートマンガが掲載されているのが嬉しいところ。
 連載も終わり、寿司屋で静かに酒を酌み交わす島と雨宮の会話の中で、作品内外の雨宮のルーツが語られる番外編を楽しませていただきました。


「コミック乱ツインズ」7月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年7月号 [雑誌]


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2018.06.15

横田順彌『夢の陽炎館 続・秘聞七幻想探偵譚』 明治のリアルが描く不思議の数々


 先だって復刊された横田順彌の明治SF連作の第二弾――日本SFの祖・押川春浪と、その弟子である青年科学小説家・鵜沢龍岳が次々と遭遇する不思議な事件を描く、全七話の連作短編集であります。

 『海底軍艦』をはじめとする熱血科学冒険小説家として、雑誌「冒険世界」の主筆として、そしてバンカラ書生団体・天狗倶楽部の中心人物として活躍する春浪。その春浪に見出されて科学小説家として成長著しい好青年・龍岳。
 さらに二人の友人である警視庁刑事・黒岩と、その妹で龍岳とは憎からず想い合う女学生・時子の四人を中心に展開していく本シリーズは、「幻想探偵譚」と角書されるに相応しい内容の連作であります。

 ここで描かれるのは、いずれも明治の世を舞台とした、登場人物たちも出来事も社会風俗も、明治のリアルを丹念に拾い上げた物語。
 しかしその中で描かれるのは、明治の常識や科学では計り知れない――いや、現代のそれらを以てしても摩訶不思議な、説明のつかない奇怪奇妙な事件たちなのであります。以下に述べるような……

『夜』映画館で発見された首を刺された死体。一人の女性が容疑者と目されたものの、彼女にはアリバイがあった。しかし事件を捜査していた刑事が何者かに殺害され……
『命』ふとしたことから日露戦争の脱走兵と知り合った龍岳たち。彼は旅順攻略前に、宙に銀の球体が浮かび、兵士たちに光線を照射していたと語るが。
『絆』自分の乗った漁船が徐々に浸水していくという夢に夜な夜な悩まされる男。催眠療法により沈没船から救い出される夢を見て完治したかに思われた男だが……
『幻』博覧会に展示されていた発明品の兜を被った途端意識を失った龍岳。目覚めた時に違和感を感じる龍岳だが、実は彼は日露戦争で日本が敗れた世界に迷い込んでいた。
『愛』醜聞に巻き込まれて死んだある女性の絵から、夜な夜な幽霊が抜け出すという現場を目撃した龍岳たち。その中で画家の倉田白洋だけは幽霊の出現する理由を看破して……
『犬』弓館小鰐の友人が、西洋から珍しい犬を連れ帰った。それと時同じくして、素っ裸の変態が女性を襲うという事件が発生、龍岳たちはその思わぬ正体を知る。
『情』女性のマネキン制作に度を超した情熱を注ぐ青年と出会った龍岳。その青年がやがて生み出したものとは……

 これらの物語は、いずれも本シリーズらしい、どこか懐かしさを感じさせる――古典的なSFアイディアを踏まえた――不思議の数々。完全にその謎が解かれるわけではなく、どこかすっきりとしない後味を残すところが、また実に「らしい」味わいであります。

 その味わいといい、同時代人のリアルを描いた(と見紛う)文章といい、岡本綺堂の怪談をどこか彷彿とさせるところがある……
 というのは少々褒めすぎで、前作同様にいささか評価に困る作品も幾つかあるのですが、しかし一度その世界に浸ってしまえば、ひどく心地よい、そして龍岳や春浪たちとともに冒険してみたくなる、そんな作品集であります。

 そんな中で個人的にベストだったのは『命』であります。
 旅順要塞攻略直前に宙に浮かぶ銀色の球体が兵士たちに光を浴びせ、その後戦死したのは、皆その光を浴びた者だった――という戦争怪談的な内容だけでも十分不気味でありますが、その後の展開も実に恐ろしい。

 球体を目撃した男がその光景を、そしてさらなる恐るべき「真実」を記したという原稿を預かった春浪たちですが、しかし彼らの周囲にも現れ、怪現象を起こす謎の物体。
 さらに男が残した幾つかの数字の羅列――西暦と思しき数字と、別の数字が組み合わさったその意味が暗示される(そして現代に生きる我々はそれが「真実」であると知っている!)結末の不気味な後味は絶品であります。

 実は本作は、ある有名な古典SFテーマを題材としているのですが、作中で描かれる怪異の無機質さ・理不尽さといい、それを引き起こしたモノの描写といい、UFOホラーの佳品と評してよいのではないかと思います。

 と、自分の好みの作品ばかり大きく取り上げてしまいましたが、おそらくは人それぞれに琴線に触れる作品があるであろう本書。随分と久々に読み返しましたが、今読み返しても様々な発見のある一冊であります。

 本作とカップリングで復刊された長編『水晶の涙雫』、そして残るもう一冊の作品集も、近日中にご紹介したいと思います。

『夢の陽炎館 続・秘聞七幻想探偵譚』(横田順彌 柏書房『夢の陽炎館・水晶の涙雫』所収) Amazon
夢の陽炎館・水晶の涙雫 (横田順彌明治小説コレクション)

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2018.06.08

渡千枝『黒き海 月の裏』第3-4巻 運命の悪意に抗する人間の善意


 大正時代、千里眼を持つ盲目の少女・夕里が辿る数奇な運命を描く物語の後半であります。運命に翻弄される夕里と周囲の人々の運命は、そして迫り来る黒き波の脅威に対して為すすべはあるのか……

 熱海に生まれ、芸者の母に育てられた盲目の少女・夕里。生まれつき千里眼の力が備わっていたものの、その力を隠していた彼女は、様々な出来事がきっかけで大病院の娘・榊原環とその兄・隆太郎、そして貿易商の息子・寿樹にその力を明かし、親交を深めていくことになります。

 しかし彼女の周囲に蠢く怪しげな人物――彼女の周囲を探り、その命さえも奪おうとした悪徳探偵を送り込んだのは、夕里が密かに心を寄せる隆太郎の祖母でありました。
 果たして夕里と榊原家の間に何があるのか? 隆太郎からも突然別れを告げられ、傷心の夕里を、次々と過酷な運命が襲いかかることになるのですが……

 というわけでこの先においても次々と試練に直面する夕里。しかしこの後半で夕里以上に運命の荒波に巻き込まれるのは、夕里の親友であり、しかし彼女とは対照的に何不自由なく暮らしてきた令嬢の環であります。
 同じ年の夕里とは分け隔てない付き合いをしながらも、その実、隆太郎や寿樹が夕里に心を寄せるのに嫉妬と反発の念を抱いていた環。そんな中、彼女は自分の身の上にまつわる恐るべき真実を知ることになります。

 自分を自分たらしめていたものを根底から否定され、自棄になって家を飛び出した環。海に落ちかけたところを湯治に来ていた男・間垣に救われ、彼と恋に落ちるのですが――間垣が本作における悪役顔(目が細く陰険で頬がこけている)の時点で推して図るべしであります。

 少女漫画――というよりレディコミ的な陥穽に落ちた彼女を救うために奔走する夕里ですが、激しい反発に遭い、却って千里眼を失う羽目に。そして間垣の暗躍により、次々と忌まわしい秘密が明らかにされていくのであります。

 正直に申し上げれば、人物配置的にこうなるのでは、とある程度は予想できたものの、やはり実際に目にしてみれば辛いこの展開。運命の悪意に人々が翻弄される姿は、ドラマチックと言えばドラマチックですが、やはり胸が塞がる想いがいたします。

 しかし本作は、決して運命の悪意の勝利を謳う物語ではありません。それに抗する人間の善意の存在――時に悪意の前に傾き、揺らぎながらも、それでも他者を慮り、その力になろうとする人々の存在をも本作は描くのであります。
 その代表が夕里であることは言うまでもありませんし、寿樹や隆太郎ら男性陣も同様ですが――さらに夕里がかつて売り飛ばされた(!)横浜のカフェの人々など、ごく普通の人々の善意の存在が描かれるのも嬉しいところであります。

 そんな人々の中で何よりも印象に残るのは、そのカフェで千里眼ショーに出演していた自称超能力者の雪ノ介でしょう。
 かつては夕里同様千里眼を持ちながらもいつしかそれを失い、ペテンでそれを補ってきたという実に胡散臭い人物である雪ノ介。しかし彼は千里眼の、そして何よりも人生の先輩として夕里を、そして環や若者たちを支える頼もしい人物でもあります。

 世間の表と裏を行き来しつつも、決して裏に染まることなく、軽口と憎まれ口を叩きながらも夕里たちを助ける――そんな何とも味のある雪ノ介のような人物がいることで、本作の物語は大きくその奥行きを広げてみせたと感じます。

 そして、そんな人々と運命の対決のクライマックスが、破滅のビジョンとして作中に幾度となく現れる「黒き波」との対峙であることは言うまでもありません。そして本作の舞台が大正であることを考えればその正体は、そしてその結末は明らかでしょう。
 しかし史実という運命の結末の陰には、決してそれに屈しなかった者たち、自分の愛する者たちを守った人々の存在があることもまた、言うまでもないことであります。

 本作のタイトルにある「黒き波」とは、いずれ訪れるであろう苦難を、「月の裏」とは、常人には決して窺いしれない存在――運命を指すのではないかと想像します。
 しかしそれを前にしても人間は、人間の善意は屈せずに輝き続ける――本作は波瀾万丈のサスペンスを通じてそれを謳い上げる、美しい物語であります。

『黒き海 月の裏』第3-4巻(渡千枝 ぶんか社まんがグリム童話) 第3巻 Amazon/ 第4巻 Amazon
黒き海 月の裏 (3) (まんがグリム童話)黒き海 月の裏 (4) (まんがグリム童話)

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2018.06.04

吉川景都『鬼を飼う』第4巻 鷹名を待つ試練と彼を見守る者


 この世のものならざる奇妙な能力と姿を持つ存在「奇獣」――帝大生・鷹名を中心に、奇獣を巡り展開してきた本作もいよいよ佳境に入ってきました。奇獣に惹かれる者、奇獣を商う者、奇獣を利用せんとする者――様々な人々の思惑が幾重にも絡みあった先に、ついに己の力を知った鷹名は……

 奇獣商・四王天と不思議な少女(実は奇獣)・アリスと出会ったことをきっかけに、これまで次々と奇獣にまつわる事件に親友の司とともに巻き込まれてきた鷹名。
 実は奇獣を強く惹きつける血を持つという、鷹名自身も知らない(封印されていた)秘密を知った四王天は鷹名を奇獣商にするべく画策し、一方、司はその秘密を胸に秘めて親友を見守ることになります。

 一方、東京では奇獣絡みの事件が次々と発生し、四王天や特高の秘密部隊を翻弄するのですが――それらの陰で糸を引いていたのは、奉天に潜み、奇獣の軍事利用を企む陸軍将校・宍戸なる怪人物。
 四王天や鷹名たちにも目を付けた宍戸の真の狙いは何か、そして四王天の目論みの行方は……


 そんな前巻の展開を受けたこの第4巻のメインとなるのは、四王天によって、本人も知らぬ間に奇獣商になるための試験を受けることとなった鷹名を巡る物語であります。

 人知を遙かに超え、時に(いやしばしば)人の命を危険に晒すほどの異能を持つ奇獣。そんな奇獣を商う者が、常人であるはずもありません。
 確かに、四王天をはじめとして、これまで作中に登場した奇獣商とその関係者は、いずれもただ者ではない連中ばかり(今回も妙なキャラが……)。しかしその血を除けばごく普通の青年である鷹名にその任が勤まるのか――?

 それでも四王天の企みは着々と進み、鷹名はいつの間にか最終試験に挑むことになるのですが――そこで思わぬアクシデントが発生、鷹名の運命を大きく変えることになるのであります。

 その一方、大陸では、これまで東京で次々と奇獣事件に巻き込まれ、神経衰弱気味の新聞記者・天久が、一連の事件の正体を探ろうと孤軍奮闘する姿が描かれることになります。
 奉天に暮らす貧しい姉弟と知り合った彼は、その繋がりから奇獣の存在に近づき、奉天の奇獣商の存在を知るのですが――これがまた、妖艶な美女というその外見に似合わぬ危険極まりない妖人。

 彼女こそは宍戸の真意を知り、彼に奇獣を与えてきた存在――その意味ではいきなり当たりを引き当てた天久ですが、しかし凶悪な奇獣を前に危機に陥ることに……


 と、鷹名を中心としつつも、これまで同様様々な視点から展開することになるこの第4巻。そこで描かれるのは危険な奇獣を巡る、これまで以上にシリアスな伝奇的な物語が中心であります。

 しかしその一方で、緊迫した物語の合間にも、どこかほのぼのとした、ある種ユルい雰囲気も漂うのが、また本作らしいところでしょう。
 それはあるいは、日常ものやエッセイ漫画を得意とする作者の作風に依るものかもしれませんが――しかし一見本筋の流れとは水と油に見えるそれは、物語に日常の空気を吹き込むことで、奇獣たちの非日常性をより強めるものとして、効果を上げています。

 それはまた、異形の奇獣が跳梁し、そしてその奇獣に様々な形で囚われた人々が数多く登場する物語の中でも、ごく普通の人間の存在が忘れ去られていないということでもあります。
 そしてその普通の人間の代表が、司であることは言うまでもありません。

 何の特殊な能力もなく、ただ鷹名の友人であったというだけで一連の事件に巻き込まれることとなった司。しかし彼は、ただ鷹名の友人であるというだけで、事件の渦中に飛び込み、奇獣と対峙してきました。
 そんな彼の存在がなければ、とうに鷹名は「向こう側」の者となっていたかもしれませんし、少なくとも本作は、今とはずいぶん違った雰囲気の物語となっていたのではないでしょうか。

 ごく普通の人間がいるということが、鷹名にとって、物語にとって、そして我々にとってどれだけ救いとなるか――鷹名が試練の果てに新たな一歩を踏み出し、物語が佳境に入ったと思われる今、改めて再確認させられたところであります。


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2018.06.01

横田順彌『星影の伝説』 ハレー彗星輝く夜の怪事と愛


 横田順彌の明治SFの中でも中核を成す鵜沢龍岳ものの最初の長編――明治末期に世を騒がしたハレー彗星接近を背景に、頻発する少女誘拐事件と、遙か過去に滅んだ古代王朝の謎に、龍岳と押川春浪、黒岩四郎と時子といったお馴染みの面々が挑むSFミステリであります。

 夜空にくっきりとその姿を現したハレー彗星が日本中を、いや世界中を騒がした明治43年。その騒動の陰では、東京では若い娘が次々と失踪し、数日後に腑抜けのようになって帰ってくるという、奇怪な神隠し事件が頻発していたのであります。

 ついには龍岳が想いを寄せる黒岩時子の友人も被害にあったことから、彼は事件の調査に協力することになります。
 その矢先、下宿のおかみから、以前のハレー彗星接近の際にも同様の神隠しがあったと聞かされた龍岳は、当時を知る老人から、過去の出来事を聞かされることになります。

 一方、大谷探検隊が持ち帰った資料を元に、遙か昔に砂漠に消えた幻の王朝を研究しているという吉川老人に「冒険世界」の原稿を依頼していた春浪は、老人が突然呆け、さらに資料が行方不明になったと知らされます。
 その埋め草にと神隠しに関する原稿を依頼されたのが、科学小説家志望の美女・榊原静乃。それに協力することとなった春浪の友人・河岡潮風は、彼女に強く惹かれるようになります。

 その後も神隠しの調査と、失われた吉川老人の資料探しを続ける龍岳たちですが――何故か彼らが取材に向かった証人たちは、ある者は人事不省となり、ある者は不可解な死を遂げ、次々と姿を消していくことになります。
 しかしそれでも過去から現在まで続く神隠し事件の背後に、同じ顔をした一人の女性の存在があることを知った龍岳たち。そしてかつて同様の神隠しが起きたという信州に向かった潮風が手に入れた秘仏の顔は、ある人物と瓜二つで……

 冒頭に述べたとおり、鵜沢龍岳シリーズ初の長編である本作。
 短編集であった『時の幻影館』とは異なり、長編の特性を活かしてじっくりと状況と人物の描写を積み上げ、展開していく物語は、シリーズのカラーとも言える、どこか物哀しい静謐さというものを色濃く感じさせます。

 個人的な思い出で恐縮ですが、そこで思い出すのは、30年近く前に本作を初めて読んだ際に、その味わいがどうにも地味すぎると感じてしまったことです。
 これはもちろん私が悪く、本作の前年に発表された明治SFの第1作『火星人類の逆襲』が、あまりに痛快なSF冒険大活劇であっただけに、こちらにもそのノリを期待してしまったのですが――その時は、ほぼ正反対の作風で面食らったのであります。

 しかし今、冷静な目で読み返してみれば、もちろん本作には本作の魅力があることに気付きます。
 他の作品同様、本作もSF的なアイディアとしてはプリミティブなものがあるのですが――しかしクライマックスに向けて様々な要素を絡み合わせ、じわりじわりと物語を盛り上げていく様が実にいい。

 特に中盤、龍岳たちが事件の謎を探る中で、手掛かりを握る人々が次々と不可解な形で証言不能となり、あるいは手掛かりが消失していくくだりは、一種ホラーめいた味わいにゾクゾクさせられます。
 物語自体が静かに、(当時の)日常的空気の中で展開していく中で、唐突に挿入される理不尽な出来事の数々。その両者のギャップが大きいだけに、それが強烈に印象に残るのであります。

 そしてもちろん、本作の魅力はそれだけでなく、結末に待ち受ける、美しくも何ともほろ苦い、「人間」の情の姿がその最たるものであることは言うまでもないのですが……

 初版から約30年ぶりに復活した明治SFの佳品である本作。作者の明治ものの持つ良き部分が凝縮されたような作品であったと、今更ながらに感じます。
 そしてこの鵜沢龍岳ものの長編は三部作――本作に続く『水晶の涙』『惜別の宴』も、残る短編集二作と合わせていずれご紹介いたします。

『星影の伝説』(横田順彌 柏書房『時の幻影館・星影の伝説』所収) Amazon
時の幻影館・星影の伝説 (横田順彌明治小説コレクション)

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2018.05.30

輪渡颯介『物の怪斬り  溝猫長屋 祠之怪』 ついに大団円!? 江戸と江ノ島、二元中継の大騒動


 長屋にある祠に詣でたことで、「幽霊が分かる」力を得てしまった四人の子供たちと、彼らを見守る大人たちが繰り広げる面白恐ろしい大騒動もいよいよこれで大団円(?)。旗本屋敷の恐るべき物の怪騒動に巻き込まれ、江戸を離れることになった四人を待ち受ける運命は、そして物の怪の正体とは……

 かつて長屋で起きた事件で命を落とした少女・お多恵を祀る祠がある溝猫長屋。
 毎年、その祠に詣でた子供は幽霊が分かる力を得てしまうというのですが、しかし今年順番が回ってきた忠次、銀太、新七、留吉の四人組は、それぞれ幽霊を「嗅ぐ」「聞く」「見る」(と「何もわからない」)と分担して感じてしまうという、ややこしい状態になってしまいます。

 そんな四人と、口やかましい長屋の大家さん、岡っ引きの弥之助親分、寺子屋の先生(実は超ドSの腕利き剣士)蓮十郎といった大人たちが騒動を繰り広げてきた本シリーズですが――本作では、その蓮十郎がきっかけで、大事件が発生することになります。

 剣術道場を開いていた頃の門人であり、旗本の次男である市之丞から、屋敷に出る物の怪退治を依頼された蓮十郎。二つ返事で引き受けた蓮十郎ですが、霊感はないため、四人組を屋敷に連れて行くことになります。
 しかし屋敷に着く前に、その強力過ぎる力は子供たちにはっきりとわかってしまう状態。これは危険過ぎると子供たちを返した蓮十郎ですが――時既に遅し、だったのです。

 蓮十郎の前にも何人も存在した、物の怪に挑んだ者たち。しかし屋敷で物の怪の気配を感じた者たちは、いずれも数日のうちに死を遂げていたのです。そしてそれを避けるには、江戸を離れるしかない……
 そんな時、トラブルメーカーの自称箱入り娘・お紺が江ノ島見物に出かけると知った長屋の大人たちは、彼女を追いかける形で、急遽四人組を旅に送り出すことになります。

 自分が生き残り、そして子供たちを救うためには物の怪を倒すしかないと決意を固め、弥之助とその子分で「○○○切り」と恐ろしい二つ名を持つ竜を助っ人に、夜毎現れる物の怪に挑む蓮十郎。
 そして子供たちは子供たちで、お紺が聞きつけてきた怪談話に巻き込まれ、旅先でも幽霊に出くわすことに……

 というわけで、江戸パートと江ノ島道中パートと、二元中継で展開することとなった本作。冒に述べたように特異なルールが設定されているだけに、一歩間違えればルーチンとなりかねない本シリーズですが、前作同様、意表をついた構成であります。
 そのおかげで本作では、子供たちが旅先で出くわす幽霊たちとその因縁を描くお馴染みの面白恐い怪談と、大人たちがこれまでにない真っ向勝負に挑む物の怪退治と、二つの異なった味わいの物語を、同時に楽しむことができるのです。

 もちろん本作において、子供たちと大人たち、それぞれの立場からの物語は一体不可分のものではあります。しかしそれをこうして切り分けてみせることで、お互いの持ち味を殺すことなく、より魅力を増した形で描いてみせたのには感心するほかありません。
(もちろんこれもまた、一回限りの一種の飛び道具ではありますが……)

 しかし本作の面白さは、こうした構成の妙に留まりません。本シリーズに限らず、デビュー以来の作者の作品で一貫するのは、怪異の正体と物語展開を結ぶ伏線――因果因縁と申し上げてもいいですが――の妙であることは、ファンであればよくご存知のとおり。
 そしてそれは本作においても遺憾なく、いやシリーズ最大の形で発揮されることになります。

 その内容はもちろん伏せますが、シリーズを展開する上でいずれ必ず描かれるだろうと予想されていたものを、このような形で描いてみせるとは――と唸らされること必至の展開であることだけは、請け合いであります。
(そして真相を知ったある人物のリアクションが、実にグッとくるのです)

 ことほどさように、本作はまさしくクライマックスに相応しい内容なのですが――しかしそれはそれでファンにとっては不安になってしまうのもまた事実であります。それが描かれる時は、シリーズが完結する時ではないか――と。

 それは正直なところわかりませんが、結末を見れば幾らでも続けることはできる気もするのもまた事実(新たにレギュラーになりそうなキャラも登場したことですし……)
 いずれまた、子供も大人も賑やかな溝猫長屋の連中に再会できることを期待したい――そんな気持ちになれる、最後の最後まで面白恐ろしい快作であります。

『物の怪斬り  溝猫長屋 祠之怪』(輪渡颯介 講談社) Amazon
物の怪斬り 溝猫長屋 祠之怪

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2018.05.23

横田順彌『時の幻影館 秘聞 七幻想探偵譚』 明治の科学小説家が出会う七つの怪事件


 明治SF研究の第一人者である作者による明治ものSFの中でも中核をなす、鵜沢龍岳ものの第一弾――昨年同じシリーズの長編『星影の伝説』と合本で復刊した全七話の短編集であります。新進科学小説作家である龍岳とその師たる押川春浪が次々と出会う、奇怪で不思議な事件の真相とは……

 明治時代に発表されたSFの研究から始まり、その中心人物とも言うべき押川春浪と周囲の人々の伝記執筆、さらには明治文化の研究といった活動を行っている作者。
 しかし作者の本分はあくまでもSF小説であり、この両者が結びついて明治時代を舞台としたSFが発表されたのは、むしろ当然の成り行きというべきでしょう。

 その第一作『火星人類の逆襲』は一大冒険スペクタクルというべき大活劇でしたが、続く本作は、それとは打って変わった、どこか静謐さすら感じさせる、奇妙な味わいのSF幻想譚を集めた作品集であります。

 科学小説家を志し、念願かなって斯界の第一人者・押川春浪に認められ、彼が主筆を務める「冒険世界」誌の連載作家となった青年・鵜沢龍岳。
 ある日、春浪からとある村で起きた奇妙な事件――ギリシア人の未亡人の住む屋敷が不審火で全焼した事件の調査を依頼された彼は、そこで春浪の友人である警視庁の刑事・黒岩四郎と、その妹・時子と出会い、行動を共にすることになります。

 目の不自由な老婆と、生まれつき目の見えない孤児の少年と暮らしていたという婦人。少年の目が手術で回復するという矢先、不審火で婦人と老婆もろとも焼け落ちた屋敷の跡からは、数多くの蛇の死体が……

 という記念すべき第一話『蛇』に始まる本シリーズ。そこで共通するのは春浪・龍岳・時子・黒岩の四人、そして春浪が主催するバンカラ書生団体「天狗倶楽部」の面々が、科学では説明のつかないような事件に遭遇することであります。

 数々の女性を毒牙にかけてきた男が蠍に刺し殺され、高い鳥居の上に放置された姿で発見される『縄』
 畝傍の乗組員を名乗る男が海の上で暴行されかけた女性の前に現れ、彼女を救って消える『霧』
 隕石が落ちて以来、病人がいなくなり、人付き合いが悪くなった村に向かった龍岳が不思議な女性と出会う『馬』
 突然龍岳と友人・荒井の前に現れた何者かに追われる男。その男が荒井の妹が事故に遭う歴史を変えたと語る『夢』
 日本人初の飛行実験中、突如飛行士が取り乱して墜落する瞬間、一人の少年のみが飛行士と何者かの格闘を目撃する『空』
 事故で沈没した潜水艦の艦長の上官が、自宅で頭が内部から弾け飛ぶという奇怪な死を遂げる『心』

 いずれも実に「そそる」内容ばかりですが、しかし本作の最大の特徴は、それぞれの物語の結末にあるかもしれません。

 作者が単行本のあとがきで、どの作品も「起承転結」ならぬ「起承転迷」もしくは「起承転?」となっていると語るように、どの作品も、一応は結末で謎は解けるのですが――しかしその真相が常識では計り知れないものであったり、更なる謎を呼ぶものであったり、何とも後を引くものなのであります。
 作中で春浪が(ある意味身も蓋もないことながら)「これは科学小説、いや神秘小説の世界だ」と語るような結末を迎える本作は、まさに副題にあるように「幻想探偵譚」と評すべきものでしょう。

 もっとも、この趣向は、一歩間違えれば「こんな不思議なことがありました」という単なるエクスキューズを語って終わりになりかねない点があるのもまた事実。
 特に『縄』のオチは、は、いくら明治時代が舞台の作品でも――と、何度読んでも(悪い意味で)唖然とさせられるものがあります。

 もちろんそれだけでなく、例えば『空』は飛行機という当時最先端の科学と、一種の祟りという取り合わせの妙が素晴らしい作品。
 さらにその怪異を目撃するのが少年時代の村山槐多というのもまた、登場人物のほとんどが実在の人物という本シリーズの特徴を最大限に活かした点で、何とも心憎いところであります。

 本作が全体を通じて、いずれも一種プリミティブなSF的アイディアに依っている点は好き嫌いが分かれるでしょう。しかし全体を貫く落ち着いた、ある種品のある文章には、何とも得難い味わいがあり、読んでいて不思議な安らぎを感じるのもまた事実であります。

 今回の合本は短編集3冊と長編3作を合わせて全3巻としたもの。近日中に本作と合本の長編『星影の伝説』、そして残る作品もご紹介したいと思います。

『時の幻影館 秘聞 七幻想探偵譚』(横田順彌 柏書房『時の幻影館・星影の伝説』所収) Amazon
時の幻影館・星影の伝説 (横田順彌明治小説コレクション)

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