2017.04.10

吉川永青『裏関ヶ原』 それぞれの「関ヶ原」を戦った男たち

 関ヶ原の戦を題材とした短編集である本書は、「裏」のタイトルにふさわしく、関ヶ原に参戦しなかった者たちを描いたユニークな一冊。しかし実際に関ヶ原という場所に赴かずとも、彼らはそれぞれの「関ヶ原」を戦っていた……という視点で貫かれた、中身の濃い作品揃いであります。

 戦国時代の実質的な終わりを告げる最後の大戦というべき関ヶ原の戦。これまで無数の作品の題材とされてきたこの戦は、当然ながら、基本的には徳川家康と石田三成を中心に、「関ヶ原」という合戦場に集った者たちの戦いを描かれてきました。

 もちろん、作者も参加しているアンソロジー『決戦! 関ヶ原』のように、あれだけの大戦であれば参加する武将も多士済々、そこに集った者だけでいわばオールスターキャストであるわけですが、しかしそこに集わなかった者にもまた、それぞれのドラマがあります。
 本作はそんな6人の武将を主人公にした短編集。収録作と主人公は以下のとおりであります。

 かつて秀吉が理想としていた国を真に作り出すため、黒田如水が九州統一を目指す『幻の都』
 石田三成の隠れた苦悩を知り、彼に恩を受けた佐竹義宣が、三成と家康の間で義理を貫く『義理義理右京』
 昼行灯を装って生き延びてきた細川幽斎が大勝負に打って出る『細き川とて流れ途絶えず』
 これがラストチャンスと、己の命を懸けて成り上がりを賭ける化け札・真田昌幸の最後の勝負『背いてこその誠なれ』
 秀吉によって愛娘を惨殺された最上義光が、豊臣打倒のために謀将としての全力を発揮する『謀将の義』
 英雄の孫という立場に苦しみながらも三成に支えられてきた織田秀信が、己の義に殉じて岐阜城を守る『鷹の目』

 関ヶ原に参陣せずも「らしい」戦いを繰り広げた武将としては、九州切り取り放題を狙った如水と、上田城で徳川本隊を釘付けにして見せた昌幸が有名であり、二人は本書でも活躍しています。
 しかしそれだけではない、ある意味マイナーな人物にまで光を当て、多面的な視点で描いてみせたのが本書の魅力であります。
(ちなみに昌幸のエピソードは、同じ作者の長編『化け札』の完結編に位置づけられているのも面白いところ)


 そんな中で個人的に特に印象に残ったのは、『謀将の義』と『鷹の目』であります。

 前者の主人公・最上義光は、伊達政宗のライバルとして謀略を駆使した男、「狐」にも例えられてあまりイメージがよくない武将ですが、本作は彼を豊臣への怒りに燃える復讐鬼として描くのが実に面白い。
 秀吉により死を命じられた秀次の巻き添えを食い、無惨に処刑された上、畜生塚に葬られた愛娘の駒姫の復讐のため、己の培ってきた謀の技を以て家康を支え、動かす義光……という本作の視点には驚かされるとともに、義光はこれほど格好良い人物であったか! と驚かされた次第です。
(ちなみにしっかり本作でも鮭を食べる……だけでなく鮭も謀に活用するのが楽しい)

 そして後者は、かつて三法師として清洲会議に担ぎ出された信長の孫・信忠の子である織田秀信が主人公の物語ですが……正直に申し上げて、全く印象に残っていなかったこの人物の秘めたる想いと、三成の交誼を哀切に描く筆調に圧倒されました。
 その特異すぎる生まれと育ち故に、常に周囲の顔色を窺ってきた秀信。そんな彼のことを理解し慮ってきた三成と、さらにそんな身の上だからこそ三成の苦闘を理解することができた秀信と――

 三成への義から、祖父と父の城であった岐阜城に依り、死闘を繰り広げた彼が辿った孤独な末路は胸を突くものがありますが、それ以上に、彼が関ヶ原で破れ、そして静かに消えていくことの意味が語られることが、本書そのものの結末となっているのには、ただ唸らされるほかありません。
(本作のみ書き下ろしというのも納得)


 これまでなかなか紹介する機会のなかった作者の作品ですが、本書で示された視点と構成の妙、何よりも物語としての豊かさに、もっともっと取り上げていかねば……と思わされた一冊であります。


『裏関ヶ原』(吉川永青 講談社) Amazon
裏関ヶ原


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2017.03.26

山田秋太郎『墓場の七人』第2巻 出るも守るも続く地獄絵図

 七人の侍vsゾンビというコンセプトで度肝を抜いてくれた『墓場の七人』、待望の第2巻であります。生ける死者「屍人」から墓場村を守るために集められた七人の猛者。村に立て籠もった人々を守る七人ですが、しかし想像を絶する敵の能力と生態は彼らと村の人々を窮地に陥れることに――

 屍人に包囲された墓場村を救うため、用心棒を求めて各地に散った七人姉弟。末っ子の七平太も幾多の苦難を乗り越え、凄腕の剣士・一色を見つけて帰還、駆けつけた六人の用心棒とともに屍人の襲撃から村を救うことに成功します。

 集結した「墓場の七人」、その顔ぶれは――
 相手を百の肉片に挽くことからかつては百挽と呼ばれた男・一色
 この世の「腐れ」を好む剣呑極まりない体術使いの美女・邪魅羅
 僧侶にして医者でもある生真面目な青年・暮威
 華奢な美少年ながら、砂などの鉄分を自在に操る由利丸
 その由利丸とコンビを組む、大槍を持った寡黙な巨漢・百山
 金目の話に目がない商人にして、絡繰り使いの男・千両箱
 そして今なおその力を見せぬ壮漢・椿團十郎

 一色と邪魅羅以外は第1巻ラストが初登場というのは、集結過程をじっくり見せるのが定番の「○○の七人」ものからすれば異色ですが、しかし彼らの外連味の効きまくったビジュアルと能力を見れば、それも小さい拘りと思わされるほどの、堂々たる顔ぶれであります。


 さて、こうして集結した墓場の七人の任務は、十日のあいだ村を守ること。かつて行われた最大の合戦地(関ヶ原?)の死者を祀るために公儀によって作られたこの村を守るため、十日の後には公儀の援兵が到着するというのであります。
 しかしバリケードに隠れて守りを固めようとしてもそうもいかず……というのはゾンビものの定番。ほとんど休む間もなく村に襲撃を仕掛けてきた桁外れの巨体を持つ屍人「がしゃどくろ」の攻撃で防壁を破壊された村は、外敵に対して丸裸も同然。

 早くも総力戦を強いられることとなった墓場村ですが、しかし村人が手にする武器はありません(なるほど、時代背景を考えれば尤もな話ではあります)。
 ここで一色たちが藁をも掴む思いで頼ることとなったのは、物語の冒頭に登場した悪旗本が集めていた(のを邪魅羅がちょろまかして隠した)武器。そしてその中には、一色の家に代々伝わる退魔の刀が――

 かくて隠し場所に向かうのは、一色・邪魅羅・千両箱と七平太の二人の姉。しかし隠し場所は遠く、そこまでは無数の屍人が蠢く地を横断することになります。
 一方、村に残ることとなった七平太は、がしゃどくろの死体を調査した暮威から、屍人にまつわる恐るべき事実を知ることに――


 非力な人々が暮らす村を守るために戦うというのも「七人」ものの定番ですが、しかし守るだけの戦い、それも数もわからなければ文字通り不死身の体を持つ相手を向こうに回しての戦いは、一歩間違えれば単調になりかねぬものであります。
 本作はそこに十日間というタイムリミットを設けるとともに、一色たちが一度村を離れなければならない状況を設定することで、幾重にも捻った展開を用意してくれるのが嬉しいところです。

 しかしもちろん、村を出るも守るも、そこにあるのは屍人が蠢く地獄絵図。
 特に墓場村を襲った危機は、これまたゾンビものでは定番のものなのですが、しかし江戸時代の人間がそれを知るはずもないことから、惨劇が広がっていくというのが、なかなかいい。


 この先どれだけの惨劇が待つのか、そして素直に十日後に戦いは終わるのか……そして七人は生き残ることができるのか。
 まだまだ先の読めぬゾンビ時代劇のたどり着く先に期待であります。


『墓場の七人』第2巻(山田秋太郎 集英社画楽コミックス) Amazon
墓場の七人 2 (画楽コミックス愛蔵版コミックス)


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2017.03.20

『コミック乱ツインズ』 2017年4月号(その二)

 『コミック乱ツインズ』4月号の掲載作品の紹介の後編であります。今回も印象に残った作品を一つずつ取り上げます。

『エイトドッグス 忍法発見伝』(山口譲司&山田風太郎)
 木は森に、の例えの如く、現八が用心棒を務める吉原西田屋に隠れることとなった村雨姫と信乃。しかし敵もさるもの、半蔵配下のくノ一のうち、椿と牡丹が遊女志願を装って西田屋に現れます。
 現八はこれを単身迎え撃つことに――

 といってもここで繰り広げられるのは閨の中での睦み合い。しかしそれが武器を取っての殺し合い以上に凄惨なものとなりえるのは、忍法帖読者であればよくご存知でしょう。
 かくて今回繰り広げられるのは、椿の「忍法天女貝」、現八の「忍法蔭武者」、牡丹の「忍法袈裟御前」と、いずれ劣らぬ忍法合戦。詳細は書くと色々とマズいので省きますが、この辺りの描写は、まさにこの作画者のためにあったかのように感じられます。

 そして壮絶な戦いの果てに倒れる現八。原作を読んだ時は男としてあまりに恐ろしすぎる運命に慄然とさせられたこのくだり、あまり真正面から描くと、ギャグになってしまう恐れもありますが……
 しかし本作においては、前回語られたように村雨姫にいいところを見せるために戦いながらも、決して彼女には見せられない姿で死んでいくという悲しさを漂わせた画となっているのに、何とも唸らされた次第です。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 時代と場所を次々と変えて描かれる本作ですが、今回のエピソードは前回から続き、本能寺の変の最中からスタート。蘭丸を失った悲しみから鬼と化した信長は、変を生き残り(と言ってよいものか?)自我を失うことなく、怨みと怒りを漲らせながら、光秀とその血族に襲いかかることになります。
 それを阻むべく信長の後を追う、鬼斬丸の少年ですが、さしもの彼も鬼と化した信長には苦戦を強いられて――

 これまではどんな人物であっても、一度鬼と化せば理性を失い、人間を襲ってその血肉を喰らうしかない姿が描かれてきた本作。そんな中で、言動はまさしく「鬼」のそれであっても、明確に己の意志で動く信長はさすがというべきでしょうか。
 そして生前の彼を、この世に鬼を呼び込む怪物と見て弑逆に走った光秀もまた、その本質を正しく見抜いていたと言えますが……しかしそんな彼であっても、信長に家族が襲われるという煩悶から鬼となりかけるというのが哀しい。

 人が鬼を生み、鬼が鬼を生む地獄絵図の中、人がどうなっても構わぬと明言しつつも、その行動が結果的に人を救うことになる少年の皮肉も、これまで以上に印象的に映ります。
 そして物語はさらに続くことに――


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 父・輝宗を殺され、怒りに逸るままに力押しを仕掛けて失敗した政宗。今回はそんな彼が己を取り戻すまでが描かれることとなります。

 悲しみのあまりとはいえ、景綱ですら止められぬほどに我を忘れて暴走する政宗。その怒りは、必死に彼を止めようとする愛姫にまで向けられ……と、姫に刀を向ける姿にはさすがに引きますが、しかし何となく「ああ、政宗だからなあ……」と納得してしまうのがちょっと可笑しい。

 もちろんこの辺りの描写にふんだんにギャグが散りばめられていることもあるのですが、変にフォローが入らない方が、かえって人物への好感を失わないものだな、と再確認しました。


 その他もう一つの新連載は『よりそうゴハン』(鈴木あつむ)。長屋に妻と暮らす絵師が料理をする姿を通じて描く人情もののようですが、展開はベタながら、今回の料理である焼き大根、確かにおいしそうでありました。


『コミック乱ツインズ』2017年4月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年4月号 [雑誌]


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2017.03.14

柳広司『ザビエルの首』 その聖人が追い求めたもの

 この日本にキリスト教を伝えた者として、知らぬ者とていないであろうフランシスコ・ザビエル。本作は、そのザビエルの首に導かれて過去に意識を飛ばした現代人を探偵役とし、ザビエルがその生涯で出会った数々の事件の謎を解くという趣向の、奇想天外な連作時代ミステリであります。

 スペイン・バスク地方に生まれ、パリでイグナチウス・ロヨラとともにイエズス会を創設、インドのゴアでの布教を経て、戦国時代の我が国を訪れた聖人ザビエル。
 その後、中国で客死したザビエルの遺体は腐敗することがなかったと言われますが……そのザビエルの首が鹿児島で発見されたことから、この物語は始まることになります。

 オカルト雑誌からザビエルの首の取材を依頼され、九州まで出向くことになったフリーライターの片瀬修平。しかしミイラ化したその首と視線を合わせた時、如何なることか彼の意識は時を飛び越え、来日したばかりのザビエルの従者の体に宿ることに。
 そしてその彼とザビエルが宗論のために招かれた寺で、ザビエルのもう一人の従者がダイイングメッセージを残して殺害され、修平は探偵役としてその謎を解くことに……


 この第1話「顕現――1549」に始まる本作。過去の時代の有名人が、探偵役として自分が巻き込まれた事件を解決する、いわゆる有名人探偵ものは実は作者の最も得意とするところですが、本作はその系譜にあることは間違いありません。

 しかし本作の趣向はあまりにもトリッキーです。修平の意識が過去に飛び、その時代の人間に宿るというだけでも驚かされますが、全4話で構成される本作では、修平は毎回別々の人物に宿ることになるのですから。
 いや何よりも、本作はそれぞれのエピソードによって時代が異なり……それも過去へ過去へと向かっていくのです。

 インドはゴアの教会で、野心家の司教代理が奇怪な黄金の蛇に咬まれ、毒殺される「黄金のゴア――1542」
 パリでロヨラと理想を追うザビエルが学んでいた講師が殺され、その犯人と目されたザビエルの従者も彼の眼前で死を遂げる「パリの悪魔――1533」
 故郷のバスクはザビエル城で迫り来るスペイン軍を迎撃するための策が惨劇を招く「友の首と語る王――1514」

 いわばこの全4話で描かれるのは、我々が知るザビエルという人物の、ルーツを遡る旅なのであります。


 そんな本作ですが、正直なところ、短編連作ということもあってか、個々の謎は、いささか小粒という印象があります。

 確かに、日本と西洋の文化の違いが思わぬ形で事件を複雑化させる第1話、人間の心の動きを巧みに活かしたトリックの第2話、主人公が別人の視点で物語を俯瞰するという構造が思わぬ効果を上げる第3話と、それぞれにユニークな試みがあるのですが……一般的なミステリという点のみを期待すれば、いささかの不満は残るのではないか、という印象があるのです。

 しかし本作には、全編を貫く巨大な謎が存在します。
 それはもちろん、何故修平がザビエルに招かれるように過去の時代に飛び、探偵役を務めることとなったのか……その謎であります。

 これは少々内容の核心に触れるところですが、本作で描かれる事件には、いずれも共通点があることにはすぐに気が付きます。その共通点とは「神」の存在――神なかりせば、これらの事件は起きなかったと、そう言うことができるのではないか? と。

 しかし、本作はその終盤において、さらにその奥にある共通点を描き出します。そしてそれは、先に述べた巨大な謎の答えとも直結してくるものなのです。
 その内容をここで述べることはできませんが、本作において描かれてきた事件の見え方が大きく異なってくるものである、と述べることは許されるでしょう。そしてそれは、ザビエル自身の生そのものを描き出すものであることも。
(個人的には、修平がザビエルその人ではなく、周囲の人間に憑依しなければならなかった理由に唸らされた次第です)


 もちろん、この終盤の展開が、あまりにSF的あるいはオカルト的であると、拒否反応を示す方がいるであろうことは想像できます。
 確かに観念的に落としてきたという印象は否めませんがが――しかし、物語構造そのものが大きな仕掛けとして機能する本作は、歴史ミステリとしてやはり魅力的に感じられるのです。


『ザビエルの首』(柳広司 講談社文庫) Amazon
ザビエルの首 (講談社文庫)

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2017.03.09

山田秋太郎『墓場の七人』第1巻 屍人に挑む男と少年の生きざま

 別に専門家になったわけではないのですが、結果的にゾンビ時代劇の大半を取り上げているのではないかという気もするこのブログ。それだけゾンビ時代劇が増えているということかと思いますが、その中に新たな作品が加わりました。ありそうでなかった、七人の侍vsゾンビという作品が……

 突如として甦った生ける死者・屍人の群れの襲撃を受けた墓場村から、助っ人を探すという使命を背負って脱出した子供の一人・七平太。しかし彼は、町でトラブルに巻き込まれ、悪旗本の屋敷の牢に捕らわれの身に。
 そこで出会ったのは、腕は立つものの、あまりの残忍さで恐れられる人斬り――斬った相手の肉体を百の肉片に挽くことから百挽と呼ばれる男。初めは七平太を相手にしていなかった百挽ですが、しかし七平太が探しているのが屍人相手の用心棒であることを知り、そして旗本を前に必死の気迫を示した彼を認めて用心棒となることを肯います。かくて旗本屋敷を脱出した七平太と百挽改め一色は、墓場村への道を急ぐのですが――


 というわけで、冒頭にも述べたとおり、一言で表せば「七人の侍vsゾンビ」というシチュエーションの本作。考えてみれば野武士をゾンビに入れ替えたわけですが、しかしこれはコロンブスの卵というべきでしょう。決して少なくないゾンビ時代劇、そして七人の侍をベースとした「○○の七人」もの(?)にも、この趣向はほとんど初ではないかと思います。

 しかし本作は、野武士をゾンビに単純に代えただけの作品ではありません。その本作ならではの要素の一つ……それは一色と屍人の因縁であります。

 子供の頃、七平太同様、村を屍人の群れに襲われた一色。両親に隠されて辛うじてその場は助かったものの、村は全滅、そして屍人を率いる謎の男の前に、彼も深手を負わされたのであります。
 以来、屍人を追って旅しながらもその行方もわからず、彼は己の無力さを味わう中で荒れ、堕ち、人斬り「百挽」として恐れられるようになって――

 と、「○○の七人」ものは、あくまでも雇われただけの七人が、弱き者を守るために命を張るのが良いのであって、敵との因縁があるのはいかがなものか……という向きはあるかと思いますが、ここはどん底まで堕ちた男の復活劇であると見るべきでしょう(そもそも七人ものの最新作からして……)。


 そしてもう一つ、本作は少年の成長物語としての要素を持っています。

 用心棒を呼ぶために村から送り出された七平太。それは裏を返せば、彼自身にその場に残って戦うだけの力がないことにほかなりません。
 そして旅に出た先でもあっさりと捕らえられ、生と死ギリギリの選択を迫られることになるのですが……それでも屈しない彼の心が、一色を動かし、そして屍人との戦いを大きく動かしていくことになるのです。

 この第1巻のラスト、ついに村を襲った屍人の群れに、一度は絶望しかけた彼が、折れた刀を手に叫ぶ言葉……それは「七人」の雇い主として、真に敵と戦う者としてまことに相応しく熱い言葉。
 そしてその言葉に応えて……! というラストシーンには、こちらもただただ燃えるほかないのであります。


 もっとも、このラストシーンには、えっいきなり!? という印象を持つ方もいるかもしれませんが、私としては、いや、ここまで来たらこれしかなかろう、と答えるほかありません。

 男の復活劇と少年の成長物語――いわば二人の生きざまの発露が交錯した時に生まれた奇跡が、如何にして死者との戦いに道を切り開いていくのか。
 実は連載の方は次回で完結という状況、おそらくは本作は全3巻程度になるのではないかと思いますが、最後まで一気呵成に駆け抜けて欲しいと思います。


 それにしても中盤で一色が見せたとんでもなくメタな技(?)、漫画的には最強ではないでしょうか……いやすげえ。


『墓場の七人』第1巻(山田秋太郎 集英社画楽コミックス) Amazon
墓場の七人 1 (画楽コミックス愛蔵版コミックス)

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2017.03.06

横山仁『幕末ゾンビ』第3巻 死闘決着! 人のみが持つ力

 突如現れたゾンビにより大混乱となった戊辰戦争の最中、将軍・慶喜を守り北へ向かう永倉新八らの死闘もクライマックス。ゾンビの襲撃に、そして薩摩の追撃の前に次々と味方が倒れる中、なおも闘志を失わない新八は、真の敵の存在を知ることに……

 慶喜を守ってからくも大坂を脱出し、幕府逆転の秘策が眠る蝦夷地へ向かう永倉・原田・大石・市村ら新選組を中心とするメンバー。
 しかし無限に進化を続け、次々と仲間を増やすゾンビたちの前に原田は半ゾンビと化し、さらに薩摩が放った刺客・村田経芳により大石が討たれることに……


 と、地を駆け空を飛び、雨からも感染するゾンビのみならず、同じ人間をも敵に回すこととなった永倉。
 いや、元々敵は人間だったところにゾンビが乱入してきたのですがそれはさておき、こんな非常時でも追跡を諦めぬだけに、相手もただ者ではありません。

 村田経芳といえば、薩摩一の射撃の名手として知られ、後に日本初の国産小銃を開発した銃の申し子。鳥羽・伏見から東北まで、戊辰戦争で活躍した人物ですので、ここで登場するのは史実にも適っているのですが……

 しかし本作の村田は、不気味な能面に顔を隠し、超人的な射撃スキルによって永倉を追いつめるスナイパーとして登場。いや、たとえ距離を詰めたとしても、短銃でも恐るべき戦闘力を発揮する一種の怪物であります。
 そんな相手に刀一丁で挑む永倉も永倉ですが、ゾンビまでもが乱入する中で繰り広げる二人の死闘(日本刀と小銃でメキシカン・スタンドオフをやるとは!)は、この巻前半の名場面といえるでしょう。


 しかし、二人の戦いが激しければ激しいほど、そして名勝負というべきものに昇華されていくほど、一つの想いが強くなっていくことになります。ここまでゾンビ禍が広がる中で、人間同士がこんな戦いを続ける必要があるのか……と。

 その想いを受けるかのように、この巻の後半では、物語は大きな転換を迎えることとなります。
 村田との死闘の末、この戦いを終えるために、ある選択を決意する永倉、そして慶喜。そんな彼らに合流した勝海舟は、このゾンビ禍の真実を語ることになります。ゾンビの跳梁を終わらせる手段と、そして何より、ゾンビが出現した理由を――

 この辺り、どう考えても絶望しかない戦いを終わらせるには(物語的には)なるほどこの手しかないかと思いますし、真の敵の存在も、これまで伏線が張られていたことを考えれば納得なのですが……しかし前半までに比べれば、急激に物語が進みすぎた印象はあります。
(あの老人の文字通り決死の決意も有耶無耶になった感がありますし、そういえば沖田と土方はどこへ……)

 この辺り、予定よりも早く物語を完結させる必要が生じたのだろうなあ……と邪推してしまうのですが、もう本当に八方塞がりな状況が続いていただけに、そしてそれでもブチ抜いて見せるであろう面子が揃っていただけに、勿体ないという印象は否めません。


 しかしそれでも、限られた時間の中で、本作は描くべきは描いてみせた、というのもまた正直な印象であります。

 ついに正体を現した真の敵の猛攻に始まり、それに対して「人間として」挑む永倉たちの大反撃、そしてゾンビとは異なる形で死後の生を生きてきたあの男との決着ときて、そして! という感じのラストまで――
 個人的には「悪いのは全部○○」という展開は好みではありませんが、ええい、ここまで来たからにはやってしまえ! という勢いには、愛すべきものを感じます。

 ゾンビとの死闘を通じ、人の果てなき底力を描いてみせた『戦国ゾンビ』。それに対し、本作はその先の、人のみが持つ心が生む、一つの可能性を描いてみせた……と表すのは、綺麗すぎるでしょうか。


 それにしても……徳川幕府の影の守護者の活躍、見てみたかった。


『幕末ゾンビ』第3巻(横山仁 幻冬舎バーズコミックス) Amazon
幕末ゾンビ  (3) (バーズコミックス)


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2017.02.23

『コミック乱ツインズ』 2017年3月号(その二)

 『コミック乱ツインズ』3月号の感想の続きであります。

『勘定吟味役異聞 破斬』(かどたひろし&上田秀人)
 今回は『そば屋幻庵』と同時掲載となった本作ですが、絵・物語ともその影響は感じられぬ確かなもの。いよいよクライマックス目前であります。

 新井白石からの催促が厳しく迫る中、柳沢・荻原サイドからの縁談という干渉を受けることとなった聡四郎。刺客だけでなく、こうした搦め手の攻撃というのが実に上田作品的ですが、追いつめられた聡四郎は、自らの身を囮に勝負を決意することになります。
 そして訪れた道場で待っていた師が聡四郎に語るのは……という今回、上田作品名物の師匠の説教が描かれるのですが、そこでの描写、具体的には聡四郎と対峙した師の放つ圧力の描写が素晴らしい。

 内容的にも聡四郎が己にとって真に大事なもの、剣を振るう理由を悟るというシーンだけに、重みのある描写は嬉しくなってしまいます。嬉しいといえば、聡四郎の頼もしい配下、いや仲間となる玄馬の初登場も嬉しいところであります。


『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 道節一世一代の香具師忍法により窮地を脱したかに見えた村雨姫と信乃。しかし服部忍軍の外縛陣がなおも迫った時、現れたのは……葭原は西田屋の遊女たちを連れた女郎屋の用心棒・現八でありました。
 姫と信乃を遊女の中に隠すという奇策でその場を脱出したものの、しかし服部のくノ一もまた葭原に――

 というわけで今回は嵐の前の静けさ的な会ではあったのですが、敵味方で美女美少女が入り乱れるのはこの作者らしい華やかな画面造りで印象に残ります。
 が、今回の最大の見所は、信乃、現八、そして合流した角太郎が、既に散った三人を偲びつつも、彼らを含めた自分たちが何のために戦うか再確認するシーンでしょう。

 忠義のために戦った祖先とは違い、ただ一人の女人にいいところを見せるためだけに戦う……その心意気が泣かせるのであります。


『怨ノ介 Fの佩刀人』(玉井雪雄)
 自分の国を奪った男・多々羅玄地への復讐のために旅を続けてきた怨ノ介の物語も今回で最終回。自分の仇は既に亡く、その名を継いだ当代の玄地と対決というのは、ちょっと最後の対決として盛り上がらないのでは……と前回思いましたが、しかしそれこそが本作の恐ろしさ。
 既に怨念を晴らすための、そして生み出すための一種のシステムと化した多々羅玄地「たち」に対して、復仇という概念は意味はないのですから――

 しかしそれでは本当に怨ノ介の戦いに意味はないのか、という想いに、見事に応えてみせたクライマックスが実にいい。さらにそこから、数々の魔刀の中で何故怨ノ介の持つ不破刀のみが女性の姿を持つのかという、「言われてみれば……」という謎にきっちり答えを出してみせるのも泣かせます。

 なるほど彼にはこういう役割があったのね、という結末も微笑ましく、まずは大団円というべきでしょう。


『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 前髪立ちの少年・久馬を守る豪剣士・又蔵相手の仕掛のはずが、又蔵が自害してしまい……という「後は知らない」の後編。

 意外な展開から、真相を知った梅安たちの仕掛けが描かれることとなりますが、印象に残るのは、梅安と彦次郎、久馬と又蔵、そして悪人たちといった登場人物たちの感情の起伏の大きさであります。
 特に久馬と又蔵の絆、二人の武士としての矜持は、テンションの高い画風ならではのインパクトと言うべきでしょう。

 それを受け止める梅安の、姿はゴツいけれども口調は妙に丁寧なところも含めて、好みが分かれるところかもしれませんが、私はこの作者の「梅安」として、さらに突き詰めてもらいたいと感じているところです。


『コミック乱ツインズ』2017年3月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年3月号 [雑誌]


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2017.02.20

入門者向け時代伝奇小説百選 忍者もの(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は剣豪に並び伝奇ものの華である忍者を主人公とした作品の紹介。古今の名作のうち、5作品をまず紹介いたします。
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)

16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎) 【江戸】 Amazon
 忍者もの一番手は、忍者といえばこの方、という山田風太郎の忍法帖の第1作であります。

 家光か忠長か、徳川三代将軍を決するためのゲームの駒として選ばれた甲賀卍谷と伊賀鍔隠れ、各十名の死闘を描いた本作は、奇怪極まりない――それでいて医学的合理性を備えた――忍者たちのトーナメントバトルという、忍法帖の一つのスタイルを作った記念すべき作品。
 しかし本作が千載に名を残すのは、忍者たちの忍法合戦の面白さもさることながら、その非人間的な戦いの中で、権力者たちに翻弄される甲賀と伊賀の恋人たちの姿をも描き出した点でしょう。

 近年、『バジリスク』のタイトルで漫画化・アニメ化され、今なお愛されている不滅の名作であります。

(その他おすすめ)
『信玄忍法帖』(山田風太郎) Amazon
『忍者月影抄』(山田風太郎) Amazon


17.『赤い影法師』(柴田錬三郎) 【江戸】【剣豪】 Amazon
 柴錬が昭和30年代の忍者ブームに参戦した本作は、実に作者らしい、剣豪ものの側面も色濃く持つ作品であります。

 三代将軍家光の御前で行われたという寛永御前試合。この十番勝負に出場した二十人の武芸者たちの死闘が本作の縦糸ですが、横糸となるのは、その勝者を襲って拝領の太刀を奪う謎の忍者の存在であります。
 その正体は、伝説の忍者「影」の娘と、服部半蔵の間に生まれた若き天才忍者「若影」。ただ己の腕のみを頼みとし、強者との戦いの中にのみ己の存在を見出す彼の姿は、いかにも柴錬らしい独特の乾いた美意識に貫かれています。

 ちなみに本作には、大坂の陣を生き延び隠棲している真田幸村と猿飛佐助も登場。そのカッコ良さはファン必見です。

(その他おすすめ)
『猿飛佐助 真田十勇士』(柴田錬三郎) Amazon


18.『風神の門』(司馬遼太郎) 【戦国】 Amazon
 その活動初期に伝奇的な作品を発表していた司馬遼太郎。本作は忍者ブームに発表された、天才忍者・霧隠才蔵の活躍を描く長編です。

 徳川と豊臣の決戦が迫る中、どちらにつくでもなく飄々と暮らす才蔵。ある時、人違いから襲撃を受けた彼は、それがきっかけで東西の忍者たちの暗闘の世界に巻き込まれることになります。
 そんな中、才蔵はかつては宿敵であった猿飛佐助の主君・幸村と出会い、己の主と仰ぐのですが――

 才蔵を己の技を売って生きる自由闊達な男と設定し、痛快な活躍を描く本作ですが、そんな彼の自由は孤独と背中合わせ。自由であることの光と陰を背負った彼の姿は、同時に極めて現代的であり、だからこそ魅力的なのです。

(その他おすすめ)
『梟の城』(司馬遼太郎) Amazon


19.『真田十勇士』(全5巻)(笹沢左保) 【戦国】 Amazon
 大河ドラマの題材にもなり、今なお人気の真田幸村と、その配下・十勇士。そんな十勇士を描いた中でも決定版が本作です。

 智将・真田幸村一の臣である猿飛佐助が、幸村の股肱の臣たるべき勇士を求めて諸国を巡る発端から、十勇士集結、豊臣・徳川の開戦、そして凄絶な決戦からその結末に至るまでを描いた本作。
 設定自体は極めてオーソドックスではありますが、しかし十勇士たちをはじめとするキャラクターの個性、そして物語展開は、名手ならでは、というべきさすがの内容。何よりも、十勇士たち一人一人が背負った過去、あるいは彼らが出会う事件それぞれが、みな実に伝奇色濃厚で、さながら戦国意外史の感すらある作品です。


20.『妻は、くノ一』シリーズ(全10巻)(風野真知雄) 【江戸】 Amazon
 市川染五郎と瀧本美織主演でドラマ化もされた作者の代表作にして、一味も二味も違うユニークな忍者活劇であります。

 たった一月の新婚生活の後に姿を消した妻・織江を追って江戸にやってきた、ちょっと変わり者の平戸藩士・雙星彦馬。
 実は織江は藩を探る公儀のくノ一、任務で彦馬に近づいたのですが、そうと知らず彦馬は彼女を探す毎日。そして彦馬を愛してしまった織江も、やがて抜け忍となることを決意して――

 彦馬が出会う市井の事件の謎解きを縦糸に、織江が忍びとして繰り広げる苦闘を横糸に、濃厚な伝奇風味を隠し味とした本作。愛し合うカップルの苦難に満ちた冒険が、どこかユーモラスで、そして暖かい、作者ならではの筆致で描かれる名品です。

(その他おすすめ)
『消えた十手 若さま同心徳川竜之助』(風野真知雄) Amazon
『私が愛したサムライの娘』(鳴神響一) Amazon


今回紹介した本
甲賀忍法帖  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)赤い影法師 (新潮文庫)風神の門 (上) (新潮文庫)真田十勇士 巻の一 (光文社文庫)妻は、くノ一 (角川文庫)


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 「風神の門」上巻 自由人、才蔵がゆく
 「風神の門」下巻 自由児の孤独とそれを乗り越えるもの
 「妻は、くノ一」 純愛カップルの行方や如何に!?

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2017.02.08

山本巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 千両富くじ根津の夢』 科学捜査でも解き明かせぬ思い

 現代と江戸時代で二重生活を送るヒロイン・おゆうが江戸の名探偵となって活躍する本シリーズもこれで第3弾。今回彼女が挑むのは、数年前に姿を消し、今また江戸に現れた伝説の盗人ですが……しかし事件は根津の寺院で行われる富くじにも関わり、思わぬ様相を呈することになるのであります。

 祖母が残した家の中に江戸時代に繋がるタイムトンネルを見つけたことから、現代と江戸時代を行き来するようになった元OL関口優佳=おゆう。
 現代の分析オタクの友人・宇田川の力を借りた科学捜査で、南町奉行所の定町廻り同心・鵜飼伝三郎を助けて難事件を次々解決してきた彼女は、今では伝三郎に十手を預けられるほどであります。

 そんなおゆうが近所の長屋のおかみさんから頼まれたのは、女と一緒にいるところを見られて以来行方不明の彼女の亭主・猪之吉探し。やむなく引き受けたものの、しかしすぐに彼女はそれどころではない事件に巻き込まれることになります。

 さる大店の呉服商で起きた蔵破り……その鮮やかな手口は、数年前に江戸を荒らし回り、忽然と姿を消した伝説の盗賊・疾風の文蔵のそれを思わせるもの。
 内輪揉めの末に仲間一人の死体を残して消えて以来、消息不明だった文蔵が帰ってきたのだとすれば大事と、伝三郎や源七親分、さらに文蔵を執拗に追ってきた老岡っ引き・茂三とともに事件を追うおゆうですが――

 さっそく宇田川の助けを借りて呉服商の蔵破りの真相を解き明かしたおゆうですが、しかしその過程で、彼女は行方不明の猪之吉の指紋が、蔵の鍵から見つかったことを知ることになります。
 指紋のことは伝三郎に明かせぬまま、猪之吉の行方を追うおゆうは、金物細工師だった猪之吉が、賞金千両と評判の根津明昌院の富くじに関わっているらしいことを知るのですが――


 既に3作目ともなれば、設定もキャラクター配置もすっかりお馴染みのものとなった本作。
 そのため……というべきか、タイムトラベルという設定にあまり新味はなくなってきたのは痛し痒しかもしれませんが、しかし捕物帖としての面白さは、これまで以上に増してきた印象があります。

 伝説の盗人による蔵破りを縦糸に、行方不明の職人探しを横糸に、一見関係のなさそうな出来事が、人物が思わぬ繋がりを見せ、そして恐るべき事件の全貌を明らかにする――
 定番と言えば定番ですが、物語が始まって以来、刻一刻と様相を変えていく事件像に、適度に配置されたサスペンスと、時代ミステリとして、最後の最後まで楽しませていただきました。

 もちろん、おゆうの(というか宇田川の?)科学捜査は健在で、今回も事件の核心に迫る手がかりを次々と明らかにしていくのですが……しかし面白いのは、その科学捜査でも、そしてそれを活かすおゆうの推理でも解き明かせないものがあることでしょう。
 それは人の心の内……人が心の中に秘めた思いの存在であります。

 おゆうたちの活躍により、ひとまずの解決を見た事件。
 しかしさらにその先――事件に関わった人々の心の内が明かされていくことにより、どんでん返しのように、見えていたものが変わっていく終盤は、おゆうの謎解き以上に強く印象に残ります。

 特にある人物の述懐により、ある意味おゆうにとっては他人事であったこの江戸という時代、江戸という世界が一気にその姿を変えていく展開など、本作ならではの味付けで、感心させられました。


 もっとも、未だにおゆうに対して心の内を明かさない人物は、彼女の一番近くにいるのですが――
 しかしこれは前作の紹介でも触れましたが、おゆうの秘密が彼にバレたところで、対して問題になるように見えないのはやはり大きな弱点と感じます(そしてその逆もまた同様なのですが)。

 もっとも今回、その辺りもほんの少し変化の兆しが見えるのですが……これが今後の物語にどう影響するのか。こちらも気になるところではあります。


『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 千両富くじ根津の夢』(山本巧次 宝島社文庫『このミス』大賞シリーズ) Amazon
大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 千両富くじ根津の夢 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)


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2017.02.07

入門者向け時代伝奇小説百選 剣豪もの

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は剣豪もの五作を紹介いたします。時代ものの華である剣豪たちを主人公に据えた作品たちであります。
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

11.『柳生非情剣』(隆慶一郎) Amazon
 様々な剣豪を輩出し、そしてそれ自体が徳川幕府を支えた隠密集団として描かれることが少なくない柳生一族。本作はそんな柳生像の定着に大きな役割を果たした作者による短編集であります。

 十兵衛、友矩、宗冬、連也斎……これまでも様々な作家の題材となってきた綺羅星の如き名剣士たちですが、隆慶作品においては敵役・悪役として描かれることの多い面々。そんな彼らを主人公とした短編を集めた本書は、剣と同時に権――すなわち政治に生きた特異な一族の姿を浮かび上がらせます。

 どの作品も、剣豪小説としての興趣はもちろんのこと、等身大の人間として剣との、権との関わり合いに悩む剣士の生きざまが描き出されている名作揃いであります。

(その他おすすめ)
『秘剣・柳生連也斎』(五味康祐) Amazon


12.『駿河城御前試合』(南條範夫) Amazon
 山口貴由の『シグルイ』をはじめ、平田弘史や森秀樹といった錚々たる顔ぶれが漫画化している名作であります。

 暗愚の駿河大納言徳川忠直が己が城中で開催した十番の真剣勝負を描いた本作は、残酷時代小説で一世を風靡した作者ならではの武士道残酷物語であると同時に、剣豪ものとしても超一級の作品。
 片腕の剣士vs盲目の剣士、マゾヒスト剣士や奇怪なガマ剣法…個性豊かな剣士たちとその武術が炸裂する十番勝負+αで構成される本作は、その一番一番が剣豪小説としての魅力に充ち満ちているのです。

 そして、死闘の先で剣士たちが得たものは……剣とは、武士とは何なのか、剣豪小説の根底に立ち返って考えさせられる作品であります。


13.『魔界転生』(山田風太郎) Amazon
 映画、漫画、舞台とこれまで様々なメディアで取り上げられ、そして今もせがわまさきが『十』のタイトルで漫画化中の大名作です。

 島原の乱の首謀者・森宗意軒が編み出した「魔界転生」なる忍法によって死から甦った宮本武蔵、宝蔵院胤舜、柳生宗矩ら、名剣士たち。彼ら転生衆に挑むのは、剣侠・柳生十兵衛――ここで描かれるのは、時代や立場の違いから成立するはずもなかった夢のオールスター戦であります。

 そして本作の中で再生しているのは剣士たちだけではありません。その剣士たちを描いてきた講談・小説――本作は、それらの内容を巧みに換骨奪胎し、生まれ変わらせた物語。剣豪ものというジャンルそのものを伝奇化したとも言うべき作品であります。

(その他おすすめ)
『柳生忍法帖』(山田風太郎) Amazon
『宮本武蔵』(吉川英治) Amazon


14.『幽剣抄』(菊地秀行) Amazon
 剣豪と怪異とは水と油の関係のようにも思えますが、しかしその両者を見事に結びつけた時代ホラー短編集であります。

 本作に収録された作品は、「剣」という共通点を持ちつつも、様々な時代・様々な人々・様々な怪異を題材とした、バラエティに富んだ怪異譚揃い。
 しかしその中で共通するのは、剣という武士にとっての日常と、怪異という非日常の狭間で鮮明に浮かび上がる人の明暗様々な心の姿であります。。

 本シリーズは、『追跡者』『腹切り同心』『妻の背中の男』と全四冊刊行されておりますが、いずれもデビュー以来、怪奇とチャンバラを愛し続けてきた作者ならではの、ジャンルへの深い愛と理解が伝わってくる名品揃いであります。

(その他おすすめ)
『妖藩記』(菊地秀行) Amazon
『妖伝! からくり師蘭剣』(菊地秀行) Amazon


15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人) Amazon
 今や時代小説界のメインストリームとなった文庫書き下ろし時代小説、その代表選手の一人である作者が描いた剣豪ものであります。

 ある日飄然と吉原に現れ、遊女屋の居候となった謎の青年・織江緋之介が、次々と襲い来る謎の刺客たちと死闘を繰り広げる本作。複雑な過去を背負って市井に暮らす青年剣士というのは文庫書き下ろしでは定番の主人公ですが、しかしやがて明らかになる緋之介の正体と過去は、本作を飛び抜けて面白い剣豪ものとして成立させるのです。

 彼を巡る三人の薄幸の美女の存在も味わい深い本作は、その後全7巻のシリーズに発展することとなりますが、緋之介が人間として、武士として成長していく姿を描く青春ものの味わいも強い名品です。

(その他おすすめ)
『闕所物奉行裏帳合 御免状始末』(上田秀人) Amazon


今回紹介した本
新装版 柳生非情剣 (講談社文庫)駿河城御前試合 (徳間文庫)魔界転生 上  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)幽剣抄<幽剣抄> (角川文庫)悲恋の太刀: 織江緋之介見参 一 〈新装版〉 (徳間文庫)


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 上田秀人『織江緋之介見参 一 悲恋の太刀』(新装版) 若き日の剣士と美女の物語

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