2019.05.21

「コミック乱ツインズ」2019年6月号


 元号が改まって最初の「コミック乱ツインズ」誌は、表紙と巻頭カラーが橋本孤蔵『鬼役』。その他、叶精作『はんなり半次郎』が連載再開、原秀則『桜桃小町』が最終回であります。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 新年早々、宿敵・紀伊国屋文左衛門の訪問を受けた聡四郎。後ろ盾の新井白石と袂を分かった不安、自分の振るった剣で多くの者が主家から放逐されたことなどを突かれた上、自分と組んで天下を取ろうなどと突拍子もない揺さぶりを受けるのですが――そんな紀文の精神攻撃の前に、彼が帰った後も悩みっぱなし。ジト目の紅さんのツッコミを受けるほどでありますす(このコマが妙におかしい)。

 その一方で紀文は、その聡四郎に敗れたおかげで尾張藩を追われた当のリストラ武士団の皆さんに資金投下して煽りを入れたり暗躍に余念がありません。聡四郎が悩みあぐねている間に、主役級の活躍ですが――その上田作品名物・使い捨て武士団に下された命というのは、次期将軍の暗殺であります。これはどうにも藪蛇感が漂う展開ですが――さて。


『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視&渡辺明)
 大橋家から失われた七冊の初代宗桂の棋譜を求めてはるばる長崎まで向かった宗桂と仲間たち。ようやく二冊まで手に入れた一行は更なる手掛かりを求めて長崎の古道具屋に辿り着くのですが――そこで待ち受けるは、インスマス面の店主による心理試験で……

 と、将棋要素は、心理試験に使われるのが異国の将棋の駒というくらいの今回。むしろ今回は長崎編のエピローグといったところで、旅の仲間たちが、楽しかった旅を終えてそれぞれ家に帰ってみれば、その家に縛られ、自分の行くべき道を自分で選ぶこともできない姿が印象に残ります。
 そんな中、ある意味一番家に縛られている宗桂が見つけたものは――というところで、次回から新展開の模様です。


『カムヤライド』(久正人)
 難波の湊に出現した国津神の前に立ちふさがり、相手の攻撃を受けて受けて受けまくるという心意気の末に国津神を粉砕した新ヒーロー、オトタチバナ・メタル。しかし戦いを終えた彼女に対し、不満げにモンコは突っかかっていって……
 と、早くも二大ヒーロー揃い踏みの今回、オトタチバナ・メタルとすれ違いざまにカムヤライドに変身するモンコの姿が非常に格好良いのですが、傍若無人なまでのオトタチバナのパワーの前に、文字通り彼も悶絶することになります。

 ヒーロー同士が誤解や立場の違いから衝突する、というのは特撮ヒーローものの一つの定番ですが、しかし気のせいか最近のモンコはいいとこなしの印象。そしてガチムチ女性がタイプだったらしいヤマトタケルは、その彼女に後ろから抱きつかれて――いや、この展開はさすがにない、という目に遭わされることになります。
 そして緊縛要員の彼のみならず、モンコまで縛られ、二人の運命は――というピンチなんだけど何だかコメントに困る展開で次回に続くのでした。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 今回は「かまいたち愛」編の後編――江戸でとある大店に用心棒として雇われた三人ですが、夏海が心惹かれた店の女中・おりんは、実は極悪非道な盗賊・かまいたちの首領の女で……。と、夏海にとってはショッキングな展開で終わった前回を受けて、今回はさらに重くハードな物語が展開します。

 おりんの口から、そのあまりに過酷な半生を聞かされた夏海。かまいたちにしばられた彼女を救うため、店を狙うかまいたちを倒し、おりんが愛する男と結ばれるのを助けようとする夏海ですが――しかし物語はここから二転三転していくことになります。
 薄幸の女・おりんを巡る幾人もの男。その中で彼女を真に愛していたのは誰か、そして彼女の選択は……

 本作名物の剣戟シーンは抑えめですが、クライマックスである人物が見せる「目」の表情が圧巻の今回。無常しかない結末ですが、これを見せられれば、これ以外のものはない――そう思わされるのであります。


 その他、今回最終回の『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)は、江戸を騒がす火付けの濡れ衣を着せられた友人の許婚を救うため、桃香が活躍するお話。絵は良いけれども何か物足りない――という作品の印象は変わらず、やはり「公儀隠密」という桃香の立ち位置が最後まですっきりしなかった印象は否めません。


「コミック乱ツインズ」2019年6月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年6月号[雑誌]


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2019.05.18

山口貴由『衛府の七忍』第7巻 好青年・総司と、舌なき者らの声を聴く鬼と


 タイムスリップまで飛び出して、いよいよノってきた印象の『衛府の七忍』、第7巻をほとんど丸々使って描かれるのは、「魔剣豪鬼譚」沖田総司編――タイムスリップで元和の世に現れた総司の姿であります。新たな生き方を模索する総司の前に現れる柳生宗矩、そして新たな鬼との戦いの行方は……

 壬生狼として幕末の京で恐れられながらも、今は病を得て江戸で療養中の沖田総司。しかし突如愛刀・菊一文字とともに元和元年の江戸にタイムスリップした彼は、来て早々に旗本狩りを行う鬼と遭遇することになります。
 鬼の口から「今」が幕末ではないことを知り、行く当てもなく放浪する総司。今度は柳生宗矩と遭遇してしまった彼は、売り言葉に買い言葉で宗矩と刃を交えることとなります。

 宗矩の勝手な納得でその場はなんとか収まり、町道場に転がり込むこととなった総司。町道場といえば総司にとっては馴染みの場、そこで師範代となった彼は、道場の一人娘と結ばれ、新たな生を生きることを決めるのですが……


 前巻の後半から登場した沖田総司。江戸時代初期の物語に幕末の総司が!? という違和感がほとんどゼロなのは、変身ヒーローから巨大ロボットまで何でもありの世界観ゆえ――というのは確かですが、しかしそれ以上にその人物造形による点が大きいと感じます。

 そんな本作の総司を一言で表せば「イマドキの好青年」。敵とみれば全く容赦せずに冷徹に叩きのめすその姿は鬼より怖い壬生の狼そのものですが、しかしその性格は純粋で物怖じせず、そして良い意味で武士らしさを持たない実に気持ち良い青年であります。
 その物腰は柔らかく明るく(軽く)、女性に対しては紳士的。そして何かといえばモノローグで「土方さん、総司○○です」と語りかける姿は何とも微笑ましいものがあります。

 特にこの巻の冒頭、行き場をなくした総司が、河原で暮らす夜鷹たちの中に紛れ込んで彼女たちと仲良く言葉を交わす姿は、夜鷹を人間扱いしないこの時代の武士たちとは全く対照的な、彼の人物像を示す名場面でしょう。
 個人的には一つのエピソードがあまり長いのは苦手なのですが、この総司であればもっと長く見ていたい――という気分になるのであります。


 しかし、本作は総司の青春、いや凄春記ではなく、あくまでも「鬼」を巡る物語であります。
 このエピソードで登場する鬼は旗本狩りの鬼・霓鬼――その正体は刀剣御試役・谷衛成。あらゆる体勢から、あらゆる太刀で相手を斬る丹波流試刀術の達人である彼もまた、夜鷹たちから慕われる武士らしくない武士ですが――しかし皿を割っただけで無惨な仕置きを受けた少女・雀を御試の名目で斬らされた際に、鬼に変じた彼女とともに怨身し、「舌なき者らの声」を聴く鬼と化したのであります。

 あるいは人間として出会えば、肝胆相照らす仲になったかもしれない総司と衛成ですが、しかし夜鷹たちに対する幕府のあまりの非道に対して雀が行った報復が、今度は総司の――と、怨念が怨念を呼び、総司と衛成いや霓鬼はついに激突することに……(そして巻き込まれる宗矩)

 幕府の非道に対するのが衛府の鬼たちであるとすれば、彼らと敵対する者たちは、すなわち非道の手先――というのがこの『衛府の七忍』の基本フォーマットであります。
 しかし作品中作品ともいうべき「魔剣豪鬼譚」で描かれるのは、その衛府の鬼たちに対して、己の信念と戦う理由を持って戦う剣豪の姿。どちらが単純な悪というわけではなく、むしろどちらも正しい――その姿は、弱者の復讐譚というべき『衛府の七忍』の、ある種のバランス感覚、内側からの強烈なアンチテーゼとして感じられます。


 何はともあれ、どちらも負けて欲しくない戦いがここに始まったのですが――しかし少々気になるのは、総司の徳川家康とその元和偃武への、あまりに無邪気な信頼感であります。
 それは新選組隊士としてはある意味当然のものなのかもしれませんが、しかしそれこそが鬼を生み出していると知った時、総司はそこに「誠」を見出すことができるのか――霓鬼との決着以上に、その点が大いに気になるところなのです。


『衛府の七忍』第7巻(山口貴由 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon
衛府の七忍 7 (チャンピオンREDコミックス)


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2019.04.16

「コミック乱ツインズ」2019年5月号


 「コミック乱ツインズ」2019年5月号の表紙は山本康人『軍鶏侍』。そして巻頭カラーは、今号から連載再開、新章突入のかどたひろし『勘定吟味役異聞』であります。今回も、印象に残った作品を一つずつ紹介しましょう。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 というわけで今回から第四部『相剋の渦』に突入することとなった本作。第三部のラストで、間部越前守の密約の証を独断で焼き捨てたことで新井白石の怒りを買った水城聡四郎ですが、まあそれでもとりあえず身分は保障されているのは公務員のありがたいところであります。
 しかしそんな中で発生した、間部越前守襲撃事件。それにヒントを得た尾張藩主・徳川吉通は、実力で越前守を排除して自分が七代将軍の座に就こうと考え、そのために紀伊国屋文左衛門を動かすことになります。そしてそれが聡四郎に思わぬ影響を……

 と、第一回は間部越前守を襲う刺客たちと護衛の忍びの戦いは描かれたものの、主人公の殺陣はなし。しかし銃弾のような勢いで繰り出される棒手裏剣の描写などは、素晴らしい迫力であります。
 そして権力亡者たちが陰険な(あるいは浅はかな)企みを巡らせる一方で、聡四郎は着飾った紅さんと新年を祝ってめでたいムードですが――しかしそこでとんでもない年始回り(?)現れて、早くも波乱の雰囲気で続きます。


『いちげき』(松本次郎&永井義男)
 永井義男の『幕末一撃必殺隊』の漫画化である本作は、相楽総三率いる薩摩の御用盗に対して、勝海舟が秘密裏に集めた百姓たち「一撃必殺隊」が繰り広げるゲリラ戦を描く物語。
 これまで「コミック乱」誌の方で連載されていたものが今回から移籍、それも内容の方は、一撃必殺隊乾坤一擲の相良暗殺作戦という佳境からのスタートであります。

 人でごった返した金杉橋の上で、白昼堂々相良たちを襲撃する一撃必殺隊。降りしきる雨の中、柄袋をつけたままだったり、手がかじかんでそれを外せなかったりと、相手が混乱する中で襲いかかるという超実戦派のバトルが面白いのですが――その一方で、無数の庶民が巻き添えを食らって無惨に死んでいく描写がきっちりと描かれるのが凄まじい。
 テロvsカウンターテロの泥沼の戦いの行方は――いきなりクライマックスであります。


『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)
 妻と子二人とともに平和に暮らしていた「軍鶏侍」こと岩倉源太夫の前に現れたおかしな浪人・武尾福太郎。源太夫の秘剣「蹴殺し」を見たいという武尾は、源太夫の長子・市蔵を拐かしてまで立ち会いを望んで……

 というわけで、今回は秘剣に取り憑かれた男の物語の後編。作品冒頭からその存在が語られながらも、ついぞ使われず仕舞いだった「蹴殺し」については、武尾ならずとも気になるところでしたが――今回ついにその一端が明かされることになります。
 その剣理たるや、なるほど! と感心させられるものでありましたし、養子である市蔵を巡る源太夫の老僕の怖い思惑なども面白いのですが、しかしいかにも温厚篤実な人格者然とした源太夫に対して、あまりにも武尾のビジュアルが――というのが前回から気になったところ。

 ちょっと残酷すぎるのではないかなあ、と見当違いなところが気になってしまった次第です。


『カムヤライド』(久正人)
 百済からの交易船に化けて難波に現れた新たな国津神に立ち向かうヤマトの黒盾隊。さしもの黒盾隊も「神」を前にしては分が悪い――という時に隊長のオトタチバナ(!)が切り札として鋼の鎧に魂を遷し、新たな戦士が……

 という衝撃の展開となった今回、何が衝撃ってどう見てもメタルヒーローなその外見(と名前)もさることながら、ファイティングスタイルが回避を一切拒否、全て受けて受けて受けまくるという、板垣恵介のキャラみたいなのには、驚くというより困惑であります。
 もっとも、結局は定番通り(?)目が光って光線剣でシルエットになってフィニッシュなのですが――それはともかく、旧き土の力で国津神を封じるカムヤライドに対して、黒金で国津神に抗するというのは、これはこれで平仄のあった考え方になっているのが、これはさすがと言うべきでしょう。

 今回はほとんど驚き(というかツッコミ)役だったモンコですが、果たして新たな戦士の登場に、彼は何を想うのか――いよいよ盛り上がってきました。


「コミック乱ツインズ」2019年5月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年5月号 [雑誌]


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2019.04.12

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第1巻 ややこしい時代と世界を描く「漫画」の力


 発売と同時に第1巻を読み、紹介しようと思いつつも機会を逃し、ついに第2巻発売の日が来た『新九郎、奔る!』、今更ながらで大変恐縮ですが第1巻の紹介であります。伊勢新九郎――後の北条早雲の姿を、その少年時代、応仁の乱の直前から描こうという意欲作であります。

 元祖戦国大名とも言うべき存在である北条早雲。かつては一介の素浪人から身を起こしたと言われていましたが、今は室町幕府の政所(財政担当)執事・伊勢氏の支流の出身とされており――と言っても、正直なところ前半生はだいぶ馴染みのない人物であります。
 その北条早雲=伊勢新九郎を、1493年に彼が鎌倉公方の御所に討ちいることにより下克上の狼煙を上げた場面から描く本作は、すぐに時代を遡り、1466年の未だ元服前の新九郎(千代丸)の姿から描くことになります。

 政所執事・伊勢貞親の義弟を父に持ち、その父に呼ばれて京に上った新九郎。元服した兄・八郎や姉の伊都とともに暮らし始めた新九郎は、そこで幕府の政治の何たるかを目の当たりにすることになります。
 しかしそれに慣れる間もなく、足利義視排斥を狙った貞親が逆に排斥されるという文正の政変が勃発、新九郎の両親もそのあおりを受けて都落ちを余儀なくされるのでした。

 貞親の子・貞宗とともに京に残った新九郎は、細川勝元の近くに仕えることとなるのですが、今度は勝元と山名宗全の対立を目の当たりにすることになって……


 1467年に勃発した応仁の乱の、その前年から物語が展開していく本作。ここ数年、一種のブームとなった感のある応仁の乱、そして室町時代でありますが、しかしそれなり以上に興味を持つ人間でも、やはり非常にややこしい時代であることは間違いありません。

 その最大の理由は、言うまでもなく入り乱れまくった人間関係にあります。将軍の権威が失われつつあるこの時代、幕府を実質的に支える有力武家たちが林立そして対立するだけでなく、その諸家の中でも家督争いが頻発する状態であります。
 何しろその上の将軍からして、足利義視と義尚で争っていたわけですが――いずれにせよ、その争いが様々な形で入り乱れ、しかも時に敵味方が入れ替わるのですから、見ている方はたまったものではありません。

 ……が、たまったものではないのは、その時代を実際に生きた人間たちの方こそ。本作はそんなややこしい時代を、新九郎という少年の目を通じて、鮮やかにそして賑やかに、そして何よりも我々にとってもわかりやすく描いてみせるのです。


 もちろん、状況が状況だけに、説明の台詞などは非常に多かったりもするのですが、しかしその印象を和らげ、物語をスムーズに展開してみせる本作の武器は、その「漫画」らしさにあります。
 例えば物語の序盤、京に出てきたばかりの新九郎に、父が現在の状況を説明する場面で、いきなり画面上からスクリーン(?)が降りてきたり、登場人物同士の会話の中に「武家のリアル」「ウィンウィンの関係」といった言葉が普通に出てきたり……

 生真面目な方は顔をしかめるかもしれませんが、それが実際に目にしてみれば、するりと入ってくる、許容できてしまうのは、漫画家としての作者の力というほかありません。
 この融通無碍な「漫画らしさ」は、本作に始まったわけではなく、作者の作品であればお馴染みのものではありますが――それが実に鮮やかに、効果的に感じられるのは、先に述べたとおりのややこしい物語世界だからこそなのでしょう。

 そしてもう一つ魅力的なのが、人物描写の巧みさであります。この巻の後半、新九郎が近く接することになる細川勝元は、応仁の乱の中心人物の一人。謀略渦巻く幕府の中枢にいたこともあり、あまりよいイメージをもたれない人物であります。
 本作の勝元のビジュアルも、いかにも怜悧で、常に目が笑っていない人物として描かれるのですが――その勝元がフッと人間味を見せる場面が印象的なのです。

 そして彼のライバルともいうべき山名宗全も、いかにもというビジュアルながら、しかし人間味の感じられる描写で――決して怪物ではない、血の通った人間たちの描写が、より我々を物語に引き込んでくれるのす。


 正直なところ、作者と歴史漫画は今一つ結びつかなかったのですが(『ヤマトタケルの冒険』は、まあ……)、これほどまでに合うとは、と嬉しい驚きの『新九郎、奔る!』。
 この巻で描かれるのは応仁の乱の前夜まで、いよいよ始まる未曾有の乱を、本作が漫画として如何に描くか――期待するほかありません。


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2019.04.03

吉川景都『鬼を飼う』第5巻 奇獣争奪戦の中の彼の血の意味


 昭和初期を舞台に、奇妙な姿と奇怪な能力を持つ奇獣たちを巡る物語『鬼を飼う』も巻を重ねて第5巻。奇獣を惹きつける血の持ち主である帝大生・鷹名をはじめとする人々を巻き込んで展開する事件は、いよいよ混沌とした様相を呈することになります。

 奇獣商の男・四王天と、彼が連れる少女姿の奇獣・アリスに出会ったことで、にわかに奇獣絡みの事件に巻き込まれるようになった鷹名。
 しかし身辺が騒然となってきたのは四王天も同じ――明らかに人間の手による奇獣騒動の続発に何者かの影を感じた彼は、自分をマークしてきた特高の特殊部隊と手を組むことになります。

 そして事態に対処するには手数が必要と考えた四王天は、密かに鷹名に奇獣商になるための試験を受けさせるのですが、それが思わぬ騒動に発展。その中で自分の血にまつわる宿命を知った鷹名は……


 はじめは奇獣にまつわる市井の人情ホラー連作的な味わいのあった本作。しかし物語が進むに連れて世界観は次々と広がり、前の巻辺りから、「奇獣の兵器利用」を巡る暗闘に、物語の中心が完全に移った印象があります。
 しかし物語がこれほどスケールアップすると、鷹名の出番はなくなってくる――ということはないのが本作の面白さであります。この巻においては、以前語られた鷹名の出生の秘密が、再びクローズアップされることになるのですから。

 かつて水の神(と信じられたモノ)を祀る一族に生まれ、神の贄として育てられてきた鷹名。ある事件から一族は鷹名を残して滅びましたが、代々神の贄となってきた一族の末裔である彼は、奇獣を惹きつける「鬼飼血統」と呼ばれる血を持っていたのであります。
 四王天により水の神は滅ぼされ、鷹名は宿命から解放されたかに見えましたが――しかし同じ水の奇獣・アリスと宿命的に引き寄せ合う彼は、アリスが傷を負わされた際に暴走。その結果起きた大騒動は前の巻で描かれましたが、それを受けてこの巻では、彼の鬼飼血統の真実が、さらに掘り下げられて描かれることになります。

 と、かなり深刻かつ重い展開の中でも、元々天然気味だった鷹名は相変わらずなのが実に愉快なのですが――この落差は本作全体を貫く、一種の魅力と言ってよいでしょう――そこで一端が描かれた彼の力は、物語の本筋ともいうべきある奇獣争奪戦に大きな意味を持つことがここで明らかになります。

 四王天がその存在を知ると目され、一連の事件の背後で糸を引く怪軍人・宍戸が追い求める伝説の奇獣「ナンバー04」。奇獣を食らい、奇獣のあるところに現れ、そしてけた外れの殺傷力を持つというこの「ナンバー04」を御することができれば――それがどのような意味を持つかは明らかでしょう。

 本作で描かれてきた奇獣にまつわるルールの一つ、「奇獣を操る魔法はない」――その例外を巡り、この先の物語は展開していくのでしょう。


 その一方で、以前登場したイイ女を目指しながら徹しきれない人情家の(元)女給の竜江や、彼女に奇獣を与えた奇矯な(元)富豪など、一度限りかと思われたキャラクターが再登場し、物語を賑やかにしてくれるのが嬉しい。
 先に述べたとおり、市井を舞台とした連作という側面もある本作ですが、それが伝奇的な展開と結びつくことで、お互いの持ち味をより引き出しているように感じられます。
(というより、個人的には純粋に竜江さんのエピソードが好きだったので再登場は実に嬉しいのです)

 そしてその二つの流れのある意味接点であり、本作随一の(?)一般人である鷹名の友人・司を巡り、ちょっと気になる展開を描いて終わるこの第5巻。
 正直に申し上げれば、本作がこれほどまでにスケールアップし、独自の伝奇世界を作り上げていくとは、物語を読み始めた時には思っていなかったのですが――いまや、最も目が離せない伝奇漫画の一つになっていると感じられます。


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2019.03.30

『決戦! 賤ヶ岳』(その一) 賤ヶ岳の戦の、その先の屈託


 おなじみ『決戦!』シリーズの第7弾は『決戦! 賤ヶ岳』。ある合戦に参陣した武将たちを、各作家が一人ずつ描く本シリーズですが、今回は少々他とは異なる趣向があります。それは本書に収録されている全7作品が、敵味方それぞれの武将ではなく、賤ヶ岳七本槍たちを主人公としていることであります。

 信長の後継者を巡り、羽柴秀吉軍と柴田勝家軍が激突し、結果として秀吉の天下を招くこととなった賤ヶ岳の戦。ある意味これも天下分け目の戦いではありますが、しかし秀吉と勝家が直接対決したわけではなく、規模も(シリーズの他の戦に比べれば)大きくない一戦であります。
 はっきり言えばスターが少ない賤ヶ岳の戦を、このシリーズでいかに描くかと思えば、それが冒頭に述べたとおり、いわゆる賤ヶ岳の七本槍――この戦で奮闘した秀吉麾下の加藤清正・糟屋武則・脇坂安治・片桐且元・福島正則・平野長泰・加藤嘉明の七人をそれぞれ主人公にして描くというのは、これは実に面白い趣向でしょう。

 といっても七本槍のうち、(武将として)後世によく知られるのは清正・正則・嘉明くらい。その辺りをどう描くのか――と思えば、これもまた、それぞれに趣向を凝らした内容となっているのが実に面白い。以下、本書の中で特に印象に残った作品を紹介しましょう。


『糟屋助右衛門の武功』(簑輪諒):糟屋武則
 別所家の家臣であった兄と袂を分かつ形で織田家に仕えたものの、周囲からは外様で寝返りものと陰口を叩かれてきた助右衛門(武則)。そんな彼にとって武功を挙げるまたとない機会が、賤ヶ岳の戦でありました。
 しかし七本槍に数えられたものの、逆に正則や清正に比べれて自分の限界が見えてしまった助右衛門は、武将としての立身をあきらめてしまうのですが……

 上に述べたとおり、同じ七本槍といっても、その内実は、そしてその後の境遇も大きく異なる彼ら七人。本書では、賤ヶ岳の戦そのものだけでなく、その後の彼らの姿を――その抱えた屈託を描く作品が少なくないのですが、本作はその中でも最も心に残った作品であります。

 成果さえ挙げれば未来が開けると思い詰めていたものが、いざ挙げてみればその行き着く先が見えてしまった――戦国武将ならずとも何とも身につまされるシチュエーションですが、本作はそこで終わりません。
 本作はそんないわば等身大の悩みを抱えた武則の姿を描きつつも、しかしそこでは終わりません。再び魂を燃やし、再起してみせる姿を力強く描いてみせることで――たとえその結果がどうであろうとも――大きな感動を呼ぶのであります。


『しつこい男』(吉川永青):脇坂安治
 その空気を読まないしつこさと、それと裏腹の微妙な実力のために、かねてより朋輩から、いや時には主君の秀吉からも嘲られてきた安治。
 賤ヶ岳七本槍と呼ばれたものの、その後の致命的な失策で秀吉に勘気を被り、いてもいなくてもいい男とまで秀吉に言われてしまった安治は、腹を括って伊賀上野城を寡兵で攻めるのですが……

 関ヶ原で西軍につきながらも、戦場で小早川ともども寝返って友軍を攻めたことで歴史に名を残る安治。そんな何ともしまらない彼を、さらにしまらない姿で描いてしまうのですから、本作は容赦がありません。
 こういう○○人衆の中ではありがちな「数合わせ」呼ばわりによって、ついに堪忍袋の緒を切らした安治。その行き着く先は――いやはや、これはこれで一個の武士と言うべきでしょうか、結末が妙なカタルシスを呼ぶ一編であります。
(そして、先に紹介した『糟屋助右衛門の武功』の結末とも奇妙な対応を見せるのが何とも……)


 思ったよりも長くなったため、次回に続きます。


『決戦! 賤ヶ岳』(天野純希ほか 講談社) Amazon
決戦!賤ヶ岳


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2019.03.24

「コミック乱ツインズ」2019年4月号


 一号間が開いてしまいましたが、「コミック乱ツインズ」4月号の紹介であります。今月の表紙はどどんと大きな海老天が目印の『そば屋幻庵』、巻頭カラーは『宗桂 飛翔の譜』。今回も、印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『土忍記 砂塵と血風』(小島剛夕)
 小島剛夕の名作を再録する「名作復活特別企画」第八回は、前号にも掲載された『土忍記』シリーズの一編。刺客に追われながら諸国をさすらう抜け忍たちの姿を描く短編集であります。
 風と砂塵の中、とある村にやってきた旅の侍・平八。破落戸に襲われていた土地の豪農の娘・八重を助けた平八は、請われて彼女の屋敷に滞在することになります。
 父を亡くした後、隣の土地の郷士に嫌がらせを受け続けている八重と土地の者を助けるため、荒れ果てた地の開墾を始める平八。八重に慕われる平八に、彼女に仕える青年・助次郎は敵意を燃やすのですが……

 流れ者が苦しむ弱者を救い、また去って行くという定型に忠実な本作。タイトルのとおり、アクションシーンのバックに吹いている風の激しさ、厳しさが印象に残る物語であります。
 が、内容的にはちょっと驚くくらいストレートで、実はこちらの方が抜け忍なのでは――と思った方が本当にただの人間だったのはちょっと吃驚。いや、こちらが勝手に深読みしただけなのですが……


『カムヤライド』(久正人)
 今号から新章突入の本作、国津神を覚醒させる男・ウズメと対決したものの傷を負わされ、取り逃がしてしまったモンコとヤマトタケルは難波を訪れることになります。
 折しも湊には百済からの交易船が到着し、ヤマトの精鋭部隊・黒盾隊が警備を行っていたのですが――そこに出現したのは毒霧と強靱なハサミを操る国津神。さしもの黒盾隊も苦戦する中、現れた彼らのお頭の力とは……

 というわけで、いきなり登場したごっつい連中・黒盾隊。その名の通り、巨大な盾を用いたアクションがユニークなチームなのですが――しかしそんな彼らでも国津神には敵わない、という時に現れた彼らの隊長は、腹筋シックスパックの女傑、その名はオトタチバナ……!!!
 いつかは登場するだろうと思っていた人物ですが、あまりに意外なビジュアルに驚いていれば、ラストにはさらなる驚きが。「魂遷(ダウン)」なるかけ声の下に巨大な盾の中から現れたその姿は、メタルヒーロー……?(何となく女バトルコップを連想)

 ついに登場した第二の変身能力者。ヤマトに属する彼女は味方なのか、そして一体何者なのか――大いに気になるヒキであります。
(ただし、絵はちょっと荒れ気味だった印象が……)


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 前号から続くエピソード「雲助の楽」の後編である今回、とある宿場の雲助・楽と出会った用心棒三人組とみかんですが、楽は自分の息子とその嫁、お腹の子供を面白半分に殺した大名を殺すために雲助となった男だったのです。
 その楽の想いに共鳴し、命を捨てて大名行列を襲おうとする雲助たち、そして彼らに雇われた三人組――というわけで、この後編で描かれるのは、楽と雲助たちの復讐戦の有様であります。

 いかに雲助たちが多数とはいえ、相手は鉄砲隊も備えて完全武装した、いわば軍隊。三人組の助太刀があったとしても、普通であれば到底敵うはずもないのですが――しかし降りしきる雪の中、文字通り決死の覚悟で襲いかかる楽と雲助たちの姿は壮絶の一言、さしもの三人組も一歩譲った感があります。
 そしてその復讐戦の中心はいうまでもなく楽――普段は実に「いい」顔つきの中年男性である彼が、鎌一丁片手に大名行列に阿修羅の如く突っ込む様はただただ凄まじく、クライマックスの5ページ余りは、自分が何を見ているのかわからなくなるほどのドドドド迫力でありました。

 雷音のしみじみとした述懐もどこか空々しく聞こえる、ただただ凄まじい、怒濤の如き回でありました。


 さて、次号からは『勘定吟味役異聞』が再開。これは以前からの予定通りですが、「コミック乱」の方で連載されていた『いちげき』が移籍というのはちょっと吃驚であります。


「コミック乱ツインズ」2019年4月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年 04 月号 [雑誌]


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 「コミック乱ツインズ」2019年2月号

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2019.03.18

操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その一) 谷津矢車・神家正成


 歴史時代小説界で気を吐く実力派集団・操觚の会。本書『伝奇無双 「秘宝」』は、その操觚の会によるオリジナルアンソロジーであります。もちろん、「伝奇」「秘宝」とくればこのブログが黙っていられるわけがなく、掲載作品全九作を、一つずつ紹介させていただく次第です。

『ソハヤの記憶』(谷津矢車)
 源平の合戦から十年後、ある理由から妖を討つ力を持つ霊刀を打つため、回国修行を続ける青年・典太。しかし旅の途中に彼が訪れた村は、霊刀によって滅ぼされかかっていたのでした。
 かつて坂上田村麻呂が佩いていた霊刀・騒早(ソハヤノツルギ)――ひとりでに飛び回り、敵を斬り殺すというこの剣の封印を村の領主が解いたために、騒早は次々と村人を襲い、その命を奪っているというのであります。

 そこで出会った妖を視る力と霊刀を持つ武士・平佐兵衛とともに、騒早と対決することになった典太。しかし想像を遙かに超えて強大な騒早を前に、兵衛までもが敗れ……

 アンソロジーの一番手は、本書で最年少にして、次々と意欲作を繰り出す作者が描く、霊刀を巡る物語。刀で典太といえば――そう、あの刀匠の若き日の物語であります。
 元々伝奇的要素が少なくない作品を描いてきた作者ですが、人ならざる魔、そしてその存在がある程度当たり前に受け入れられる時代を描くのはおそらくこれが初めて。それだけにどのような物語を描くのか、興味津々でしたが――妖刀に挑むのが、決してヒーロー然とした人物ではないのが、作者らしい面白さであります。

 妖の存在に触れたために運命を狂わせ、そしてそのことに強い怨念を抱える典太。その彼の屈託が、刀、そして刀造りを通じて浮き彫りになっていく様は、デビュー作以来、己の技を武器に世の中に挑んでいくアーティストたちの姿を幾度となく描いてきた作者ならでは――というのは牽強付会に過ぎるでしょうか。


『朝鮮の秘宝』(神家正成)
 まだミステリ作家としての印象が強いものの、しかし操觚の会に参加していることからわかるとおり、歴史時代小説への志向も強い作者。本作はその作者が強く感心を寄せる題材の一つである、朝鮮を扱った意外な秘宝物語であります。

 時は将軍吉宗の時代。病気の息子を救うため、時には後ろ暗い仕事にまで手を染めていた亀尾忠三郎は、名古屋の地に泊まる朝鮮通信使の一行から「秘宝」を奪うという、危険な仕事を引き受けることになります。

 同じように集められた仲間たちとともに通信師の宿に忍び込み、首尾良く秘宝の入った長持を奪った忠三郎。しかし彼はその場に居合わせた童に足を掴まれ、そのまま隠れ家まで連れ帰る羽目になります。
 しかしようやく隠れ家に帰ったと思えば、突然その場を襲撃する黒装束の一団。次々と仲間が倒されていく上に朝鮮の剣士までもが乱入し、大混乱となった中を何とか逃れた忠三郎は、一味の一人であった狐目の男とともに、奪われた秘宝と童を追うのですが……

 金のために盗賊に加わった男――という主人公の設定もなかなかユニークな本作ですが、物語はその先二転三転、次々と思わぬ事態が発生し、息もつかせぬ勢いで展開していくことになります。
 問題の秘宝の正体も二段構えで面白いのですが――何よりも驚かされたのは、ある登場人物の正体。ここでこの人物を持ってくるか、と驚かされると同時に、それが秘宝の正体と結びついた末に生まれる、爽やかな結末が印象に残ります。
(印象に残るといえば、大混戦の中で焙烙玉が炸裂した場面のリアリティは、これは作者ならではないでしょうか)


 次回に続きます。

『伝奇無双 「秘宝」』(戯作舎文庫) Amazon
伝奇無双「秘宝」 操觚の会書き下ろしアンソロジー (戯作舎文庫)


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2019.02.26

『決戦! 設楽原 武田軍vs織田・徳川軍』(その二)


 『決戦!』シリーズ第8弾、『決戦! 設楽原』の紹介の第二回であります。今回は武田方と織田方、それぞれで戦い、鉄砲によって運命が分かれた二人を描く作品を取り上げます。

『くれないの言』(武川佑):山県昌景
 いま武田ものといえばこの人、と言いたくなる作者は、時に超自然的な描写を用いて、ある意味それと対極にあるような剛直な武士たちの世界を描き出します。
 本作もそんな作品――武田四天王の一人であり、赤備えで知られた最強の将を悩ませる、ある人物の死後の言葉が大きな意味を持つ物語です。

 敗れるのを覚悟の上の決戦に挑むことになった昌景を悩ませる「四郎勝頼、弑すべし」の言葉。それは、亡き信玄の位牌を高野山に納めに行った際、そこに現れた信玄が命じた言葉でありました。
 しかしそれは昌景にとっては二度目の主君殺しを意味する言葉――かつて信玄の嫡男・義信が、昌景の兄と結んで謀反を起こそうとしていたのを密告し、結果として義信を死に追いやった過去を持つ彼にとって、あまりに残酷な命というほかありません。

 が――物語は、昌景が同じ四天王の馬場信春、内藤昌豊らにこの秘事を語ったところから思わぬ(本当に!)方向に展開。設楽原の決戦へと突入していくことになります。

 前回述べましたが、設楽原の戦いで最も印象に残る武将は、絶望的な戦いの中で勝頼を守る形で死んでいった武田の名将たちであることは間違いないでしょう。
 昌景もその一人ですが、しかし上に述べたように、勝頼に対して屈託を抱える昌景が、どのようにしてその死地に向かったのか――本作はその転回を、信玄の言葉を軸に鮮やかに描いてみせるのです。
(その一方で、昌景と勝頼のある共通項を抉ってみせる一文には脱帽であります)

 さらにその先に待つもの――将たる者の宿命を描く、結末のある会話も、強烈に印象に残る作品です。


『佐々の鉄炮戦』(山口昌志):佐々成政
 設楽原――というより長篠の戦といえば、すなわち鉄砲、という印象がまず浮かびます。さすがに三段撃ちは巷説とのことで、本書にも登場しませんが、しかしそれでも鉄砲の存在がこの戦を決したのは間違いありません。
 が、ここで鉄砲隊を率いたのは誰か、というのは案外印象に残っていないのではないように感じますが――本作の主人公は、その鉄砲隊を率いた武将の一人・佐々成政であります。

 かねてより鉄砲に親しみ、対武田戦の勝利の鍵として、真っ先に鉄砲に注目していた成政。そんな彼にとって、この戦はある意味晴れ舞台だったのですが――しかし周囲の武将たちは彼とはほとんど正反対の立場だったのです。
 特に同じく鉄砲隊を任され、成政の黒母衣と並ぶ赤母衣を率いた前田利家などは、こんなものは戦ではないと不満を隠さないほど。この差から浮かび上がるのは、成政と他の武将たちの意識の違い――鉄砲が戦を変えると信じる成政の視点から見た合戦、いや銃撃戦の姿は、ありそうでなかった設楽原の物語として感じられます。

 正直なところ地味な印象もある成政ですが、この戦の前年、長島一向一揆との戦いで失った長男の存在が、様々な形で「今」の成政に絡んでくるのが印象に残ります。
 そしてまた、その後の成政を知っていると、ここで戦が変わったことが彼にとって本当に幸せであったかと、考えさせられるのですが……


 大変恐縮ですが、次回に続きます。


『決戦! 設楽原 武田軍vs織田・徳川軍』(宮本昌孝ほか 講談社) Amazon
決戦!設楽原 武田軍vs.織田・徳川軍


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2019.02.18

山本周五郎『秘文鞍馬経』 秘巻争奪戦を通じて描く人と人の間の希望


 没後50年のためか、昨年から次々と刊行されている山本周五郎作品。その中には、これまでほとんどお目にかかることのできなかったレアものも含まれているのは有り難い話です。本作はその一つ、信玄の秘宝の在処を記した秘文を巡り、少年武士と男勝りの姫君が繰り広げる冒険を描く児童文学であります。

 武田家が天目山で滅んだ際、追っ手と相打ちとなって死んだ三人の落ち武者。彼らが手にしていたものこそ、信玄が己の亡骸とともに諏訪湖に沈めるよう命じた巨額の財宝の在処を示す五巻の巻物だったのでした。
 それから時は流れ、関ヶ原の戦で家康が三成を破った直後――落ち武者たちの死に際に居合わせた郷士の子・高市児次郎と家来の猟師の子・伝太は、山賊に追われているという美少女・小菊を救い、屋敷に案内することになります。

 ところがその晩、屋敷から抜け出し、密かに落ち武者たちを葬った塚へ向かった小菊の姿がありました。実は彼女の正体は家康の長子・信康の子――すなわち家康の孫娘であり、男菊との異名を持つ菊姫。
 児次郎と伝太の会話から、塚の下に五巻の秘文があると知った彼女と配下は、巻物を狙って塚を掘り返したのであります。

 ただちに追いかけ、五巻のうち二巻は取り戻したものの、残りは菊姫に持ち去られた児次郎。折りよく父のもとを訪れていた僧・閑雪(その正体は何と○○○○)とともに、児次郎と伝太は菊姫を追って旅に出ることになります。
 しかし剣の達人であったはずが、旅の途中の徳川兵との真剣勝負の中で身動き一つできなかった児次郎は、己を恥じて修行のために一人姿を消すのでした。

 その後も秘文を巡って続く閑雪一派と、菊姫をはじめとする徳川方との丁々発止の戦い。果たして児次郎はどこへ消えたのか、秘文が示す財宝の在処はどこなのか。そして財宝を最後に手にする者は……


 戦前――昭和14年から15年にかけて、「六年生」という雑誌に連載された本作。つまりは児童文学ですが、しかしこれが現代の、しかも大人の目で見ても十分以上に面白い作品であります。

 何しろ物語は伝奇時代小説の王道である宝探し、それも敵味方の手に別れた巻物争奪戦――と、この頃からこのシチュエーションはあったのかと感心しますが、そこに関ヶ原の戦の後、いよいよ天下を掌中に収めんとする家康と、反徳川勢力の暗闘が絡むのですから、面白くないわけがないのであります。
 本作が発表されたのは、直木賞を受賞(辞退)する数年前――作者にとってはまだまだキャリアの初期の頃ではありますが、人物描写といい、物語展開といい、そして剣戟描写といい、丹念に描かれたその内容は、さすがというべきでしょうか。


 しかし個人的に一番感心させられたのは、本作で重要な位置を占める菊姫のキャラクターであります。
 上で述べたとおり、家康の孫娘である菊姫。しかしその行動は男まさりとかじゃじゃ馬という域ではなく、男装して刀を振るったり、秘文奪取のための陰謀を巡らすなど、財宝争奪戦における徳川方の代表選手とも言うべき存在なのです。

 いわばヒロインにしてライバル。本作の主人公である児次郎が優等生型のキャラ――といっても決して完全なキャラなどではなく、彼の修行すなわち成長が、本作の大きな要素となっているのですが――である一方で、菊姫の造形は、実に個性的で、今見ても新鮮なキャラクターに感じられます。

 しかしヒロインがライバル――財宝争奪戦を巡る宿敵であるということは、二人が戦いの果てにすれ違うしかないということを意味しているのでしょうか?
 その答えはここでは記しませんが――ついに五巻の秘文が揃った時に、それは明らかになるとだけ述べておきましょう。そしてその答えは、戦乱うち続くこの時代において一つの希望というべき、爽快さを感じさせるものであるとも……


 波瀾万丈の時代伝奇小説であると同時に、個性豊かな登場人物の人間模様を、そして人と人との間の希望の姿をも描いてみせる――小品ではあるかもしれませんが、作者の力を感じさせる物語であります。

『秘文鞍馬経』(山本周五郎 河出文庫) Amazon
秘文鞍馬経 (河出文庫)

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