2019.01.15

「コミック乱ツインズ」2019年2月号


 今年初の「コミック乱ツインズ」誌、2019年2月号であります。表紙は『用心棒稼業』、巻頭カラーは『そば屋幻庵』――今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『そば屋幻庵』(かどたひろし&梶研吾)
 というわけで、『勘定吟味役異聞』がお休みの間、三号連続で掲載の本作。ある晩、幻庵の屋台の隣にやってきた天ぷら屋兄弟の屋台。旨いそば屋の横で商いすると天ぷら屋も繁盛すると商売を始めた二人ですが、やって来た客たちは天ぷら蕎麦にして食べ始め、幻庵の蕎麦の味つけが天ぷらに合わないと文句を付け始めて……

 もちろんこの騒動には黒幕が、というわけなのですが、それに対する幻庵の親爺こと玄太郎の切り返しが実にいい。「もう食べる前から旨いに決まっている!!」という登場人物の台詞に、心から共感であります。


『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視&渡辺明)
 今回から新展開、本家から失われた初代・大橋宗桂の棋譜集を求めて、長崎に向かった宗桂。追いかけてきた平賀源内の口利きで、その棋譜集の今の持ち主であるオランダ商館長・イサークと対面した宗桂ですが、イサークは将棋勝負で勝てば返してやると……

 というわけで、ゲーム漫画ではある意味お馴染みの展開の今回。表紙で薔薇の花を手にしているイサークを見て感じた悪い予感通り、彼がオネエで宗桂の体を狙ってくる――という展開は本当にどうかと思いましたが、イサークの意外な強豪っぷりは、漫画的な設定でなかなか楽しい。
 何よりも、将棋に慣れていないというイサークが要求した八方桂(桂馬が前だけでなく八方向に桂馬飛びできる)という特殊なルールを活かしたバトルは、本作ならではの新鮮な面白さがあり、これなら源内も満足(?)。


『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 「梅安迷い箸」の後編。料理茶屋での梅安の仕掛けを目撃しながらも、偽りの証言で結果的に梅安を救った女中・おとき。彼女の口を封じるか迷った梅安は、医者の方の仕事で、彼女の弟を治療することになるのですが……
 と、完璧に針のムシロの状況のおとき。すでに梅安の方は彼女を見逃すことに決めていたわけですが、そうとは知らぬ彼女にはもう同情するほかありません。(自分と)梅安のことを邪魔する奴は殺すマンとなった彦さんも久々に裏の住人っぽい顔をしているし。

 結末は梅安の私的制裁ではないか――という気もしますが、梅安・おとき・彦さんの微妙な(?)すれ違いがなかなか面白くもほろ苦いエピソードでした。


『カムヤライド』(久正人)
 連載1周年の今回も、主人公はヤマトタケル状態、謎の男・ウズメとの死闘の最中に彼が思い出すのは、熊襲平定軍の副官となった武人・ウナテのことであります。自分以外の皇子はほとんど皆敵の状態で、仲の悪い兄に仕えるウナテのことを疑っていたタケルですが……

 第1話で土蜘蛛と化したクマソタケルに惨殺された兵たちにこんなドラマが!? という印象ですが、しかしウズメの奥の手の前にはそんな感傷も効果なし。ひとまず水入りとなった戦いですが、タケルにはまだ秘められた力が――?
 ウズメの求めるものも仄めかされましたが、これはもしかして巨大ヒーローものにもなるのでは、と妄想を逞しくしてしまうのでした。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 今回の主人公は、本誌の表紙を飾った仇討浪人の海坂坐望。兄の仇を討ち、その遺児・みかんを連れて故郷に帰ってきた坐望ですが、そこはみかんにとっても故郷であります。
 彼女と別れ、実家に帰った坐望を待っていたのは、彼とは絵のタッチまで違うぼんやりした顔立ちの妹婿。既に居場所はなくなった実家に背を向けて旅に出ようとする坐望ですが、義弟の思わぬ噂を聞きつけて……

 片田舎が舞台となることが多い印象の本作ですが、久々に賑やかな町の風情が描かれる(坐望の若き日の放蕩ぶりがうかがわれるのが愉快。張り合おうとする雷音も)今回。しかしそこでも待ち受けるのは憂き世のしがらみと悪党であります。降りしきる雪の中、無音で繰り広げられる大殺陣の最中、終始憂い顔の坐望の姿が印象に残るエピソードでした。

 物語的にはあまり生かされているとは思えなかったみかんも今回で退場か、と思われましたが――しかし彼女の存在は、全てをなくした坐望にとっては一つの希望と考えるべきなのでしょう。


「コミック乱ツインズ」2019年2月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年2月号 [雑誌]


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2019.01.10

横田順彌『火星人類の逆襲』 押川春浪と天狗倶楽部、火星人と対決す!

 大河ドラマに登場したことでにわかに注目を集めることとなった明治の熱血冒険科学小説家・押川春浪と、彼を中心に集まったバンカラ書生集団・天狗倶楽部。その彼らが、何と帝都東京を襲撃した火星人類に戦いを挑んでいた――本作はそんな奇想天外痛快無比な明治SFであります。

 明治43年の暮れに、千里眼の持ち主・御船千鶴子が予知した光景。それは真っ赤に染まった帝都東京の姿でありました。その不吉な光景が何を意味するのかわからぬまま――翌年の夏、大森海岸に宇宙からの物体が落下したことから全てが始まります。

 海に沈んだその物体からやがて現れたのは、タコのような怪物と、その怪物が操る巨大な歩行戦闘機械。それは13年前にロンドンを襲撃した火星人類の再来でありました。
 大森海岸に上陸した火星人類に対し、かつてロンドンで人類を救ったウィルスを以て攻撃する帝国陸軍。しかしウィルスは効かないどころかかえって火星人類を活発化させ、多大な犠牲をもたらす結果となるのでした。

 行く先々に繁茂する奇怪な赤い植物――火星草とともに、行動範囲を火星人類。その高熱光線と触手で、街を、人々を、軍隊を薙ぎ払う戦闘機械に対しては、かの乃木大将率いる帝国陸軍の精鋭も敗走するのみ。
 そしてさらに悪いことに、この混乱に乗じて、ロシアが南下を開始。もはや風前の灯火となった帝都の、いや日本の運命――いや、日本には押川春浪が、天狗倶楽部がいる!

 火星人類の出現当初から、その科学知識と義侠心、そして何より野次馬根性から、火星人類の動向を追っていた春浪と天狗倶楽部。火星人類の猛攻により幾度も窮地に陥りながらも、彼らは火星人類に一矢報いるべく、独自の活動を開始するのでありました。

 そしてついに帝都に侵入した火星人類の戦闘機械に対して、意外極まりない迎撃作戦を計画する春浪たち。そして天狗倶楽部の総力を挙げた作戦が展開するのとほぼ時を同じくして、火星人類の意外な秘密が明らかになっていくこととなります。
 果たして最後に帝都に響くのは、火星人類の奇怪な咆哮か、天狗倶楽部勝利の雄叫びか? 奇絶! 怪絶また壮絶!!


 ……と、紹介しているこちらがだんだん熱にやられておかしなテンションになっていく本作ですが、その熱源が、押川春浪と天狗倶楽部にあることは言うまでもありません。

 『海底軍艦』をはじめとする軍事冒険科学小説を次々と発表するとともに、冒険小説雑誌「冒険世界」主筆として活動し、青少年に絶大な影響力を有した春浪と、彼を中心とするアマチュアスポーツ団体にしてバンカラ書生集団・天狗倶楽部。
 元々大の野球ファンであった春浪をはじめ、早稲田大学応援団の虎髭野次将軍こと吉岡信敬ら様々な人々が集まった彼らは、時に野球や相撲に興じ、時に無茶な冒険旅行に出か、そして終わった後は大宴会を開き――そんな豪快かつ愉快な活動を行う面々が、こともあろうに火星人類に立ち向かってしまうのですから面白くないはずがありません。

 そもそも火星人類とは何かいえば、これがあのHGウェルズの古典『宇宙戦争』の火星人。火星人といえばタコ型という印象を残したあの火星人が、再び(本作においては『宇宙戦争』は史実なのであります)地球に、それも日本に来襲したのであります。
 実は『宇宙戦争』のパロディ・パスティーシュは少なくないのですがしかしその中でも一際異彩を放ち、そして何よりも面白いのが本作であることは間違いありません。

 それは火星人類と対決するのが実在の、それもキャラが立ちまくった春浪と天狗倶楽部であることに依るところが大であるのは言うまでもありません。そしてまた、予兆→異変→拡大→蹂躙→反撃という、侵略SFというか怪獣映画的な文法を踏まえた手に汗握る展開(いや原典がその元祖の一つなわけですが)も大きな魅力であります。

 しかしそれだけでなく、本作は火星人類の正体と目的について、原典を踏まえつつも新たな解釈を加えている点が素晴らしい。終盤で描かれる意外な真実は、本作をして古典SFの優れた返歌たらしめているのです。
 そしてそれを受け、ラストで春浪が語る言葉は、戦いの先の一つの希望を語るものとして、胸に響くのであります。


 実在の快男児たちをいきいきと描いた痛快な明治小説として、そして古典SFの巧みな再生として――30年前の作品でありながら、全く古びたところのない本作。
 続編である『人外魔境の秘密』、ある意味副読本ともいうべきノンフィクション『快男児押川春浪 日本SFの祖』ともども、ぜひこれを期に復活していただきたい作品です。


『火星人類の逆襲』(横田順彌 新潮文庫) Amazon


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2019.01.08

輪渡颯介『別れの霊祠 溝猫長屋 祠の怪』 今度こそ一件落着? 四人組最後の事件!?


 長屋の祠に詣でたことで、幽霊が分かるようになってしまった四人の子供。しかし祠にいた霊が成仏し、子供たちも奉公に出て一件落着かと思いきや、まだまだ騒動が――というわけで、これで本当に完結(?)の『溝猫長屋祠之怪』の最終巻であります。

 かつて長屋で亡くなった少女・お多恵の霊を祀っていた祠。この祠に詣でた子供は幽霊と出会うようになってしまうのですが――今年その番が回ってきた忠次、銀太、新七、留吉の四人組は、何故かそれぞれ幽霊を「嗅ぐ」「聞く」「見る」(そして全く感じない――かと思えば最後にまとめてくる)と分担してしまうのでした。
 しかしそれもお多恵殺しの犯人が捕まったことで彼女の霊も成仏し、怪異もなくなって……

 という前作を受けて始まる本作ですが――祠の霊もいなくなり、四人もそれぞれ長屋を出て奉公することになって、これでもう幽霊騒動から卒業――かと思えば、もちろん(?)そうは問屋が卸しません。

 徐々に力は弱まっていったものの、まだ怪異を感じてしまう四人組。しかしそれどころではない、とんでもない事件が勃発することになります。そう、これまで散々四人を振り回してきたトラブルメーカーの(自称)箱入り娘・お紺に縁談が、それも二件も持ち上がったのです!
 どちらもお紺の実家と同じ質屋の、それも次男坊。しかし一方の杢太郎は強面で無愛想、そしてもう一方の文次郎はイケメンで愛想よし。これは既に勝負あった――ように見えますが、しかしそれはそれで「あの」お紺の夫となるのも災難ではあります。

 そしてそんな二人の婿候補に、何故か色々な形で関わってしまう四人組。夢で屋根の上に立つ不気味な女を目撃した忠次、姿なき白粉の匂いを嗅ぐ新七、行く先々で不思議な声から助言を受ける留吉――銀太だけはまあ関係なさそうですが、彼は彼で「幸運を呼ぶ」観音像にまつわる事件に巻き込まれたりと、相変わらずであります。
 そして騒動の果てに明らかになる恐るべき因縁とは……


 というわけで繰り返しになりますが、お多恵ちゃんの霊も成仏して、幽霊を感じる能力もなくなったはずの四人組。これでめでたくシリーズも終了か――と思いきや、最後の最後に爆弾を落とすのが本作であります。

 四人組が長屋を出ただけでなく、長屋の猫たちもあちこちに貰われ(そして唯一の犬も姿を消し)、ついでに古宮先生も手習所を辞め、おまけにお紺に縁談が――と、完全に終了ムード。
 しかしそのほとんどがおかしな方向に転がり、そして一見無関係に見えた事件の数々が繋がった末に真実が――というのは、本シリーズ、というより作者の作品ならではの醍醐味というべきでしょう。

 そしてそれを彩るのは真剣に怖い怪異の数々。今回は四人組がそれぞれ奉公に出たことで怪異が分散してしまったのは痛し痒しですが、しかしそれによって、ある意味怪異が同時多発的に現れるようになるというのは、これはこれで今までになかった新鮮な見せ方です。
 そしてその怪異がまた、実に厭な、というより忌まわしい感じなのがイイのであります。

 もっとも、普通とは別の意味で人間が一番怖いのが本シリーズ。今回描かれるのは完全に洒落にならない事件の数々、特に今回の悪役はシリーズでも相当の外道なのですが――まあ、そんな連中が古宮先生に、ち○こ切りの竜にどんな目に合わされるかも本シリーズのお楽しみなので、それはそれで……


 一番怖かった怪異が、あれっというような扱いで終わったり、ある意味オールマイティーなキャラクターが登場して四人組の存在がちょっと薄くなったりという点はあるものの、本シリーズらしい結末はやはり楽しく、満足できる幕切れでした。
 もちろん第二シリーズが始まっても大歓迎なのですが、まずは怪異に笑いに、最後の最後まで楽しませてくれたシリーズに感謝であります。


『別れの霊祠 溝猫長屋 祠の怪』(輪渡颯介 講談社) Amazon
別れの霊祠 溝猫長屋 祠之怪

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2018.12.23

「コミック乱ツインズ」2019年1月号(その二)


 2019年最初の「コミック乱ツインズ」誌の掲載作品の紹介、その二であります。

『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視&渡辺明)
 宗桂の従姉妹であり、自身も名うての棋士であるお香が縁日で出会ったおかしな男。天才浄瑠璃作家・鬼外を名乗るこの男に口説かれ、南蛮渡来の櫛を渡されたお香ですが、その話を聞いた宗桂は、突然鬼外に会いたいと言い出します。
 鬼外にあることを尋ねる宗桂と、それに対してお香を賭けた将棋を挑む鬼外。しかし意外なことに、素人に見えた鬼外の早指しは宗桂を圧倒して……

 これまで単発エピソードが続いていたものが、今回一気に物語が動き出した印象の本作。自称天才で面長で新しいもの好きの浄瑠璃作家でもある鬼外さんとくれば、これはもうあの人しかいないわけですが、なるほど考えてみれば宗桂たちとは同時代人であります。その彼が宗桂を追い詰めるのも(そしてそのカラクリも)実にらしく楽しいところであります。
 しかし今回のクライマックスは、将棋指しがルールなどに変化のない将棋のない世界にしがみついていると嘲笑う鬼外に対して、宗桂が己が将棋に拘り続ける理由を語る場面でしょう。普段は飄々とした、穏やかな宗桂が将棋において見せる異様な迫力――その理由の一端が語られるこの場面は、物語において大きな意味を持つといえるでしょう。

 そしてラストにはちょっと伝奇的な趣向も待ち受けていて、どうやら物語はこの謎を追って広がっていく様子。物語はここまでがプロローグといったところでしょうか、これからの展開が楽しみであります。


『カムヤライド』(久正人)
 出雲に出現した強敵を倒し、イズモタケルを救ったモンコとヤマトタケル。ようやくこれで一息か、と思いきや、その前には皆殺しにされた大和の軍勢と、手を下したと思しき謎の旅人が……
 というわけで第1話以来、久々に顔を合わせた3人。この謎の旅人ことウズメこそは、各地で国津神を覚醒させている「敵」――異形の腕を武器とするウズメにヤマトタケルは一蹴され、カムヤライドに変身したモンコも追い詰められることになります。そして今回のかなりの部分で、この二人の息詰まる死闘が描かれるのですが――しかしこの戦いは、もはやモンコ一人のものではありません。

 いまやモンコの頼もしい相棒、いやもう一人の主人公となった彼の活躍が今回も小気味よく描かれた末に、一気に形勢逆転か、というところで次回に続きますが――さてどうなることか。
 敵の目的の一端も明かされた中、いよいよ佳境に入った印象であります。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 元鬼輪番・夏海と彼の同鬼の友・流一道の戦いを描く物語の後編――鬼となるために人を捨てざるを得なかった男の悲しい宿命が描かれます。

 旅の途中に訪れた林田藩で、かつての親友であり、今は鬼輪番の草として潜入している一道と遭遇してしまった夏海。一騎打ちの末に敗れた夏海を見逃して去る一道ですが、しかしそのために鬼輪番の制裁を受け、何も知らない妻と子、義父を殺されてしまうのでした。
 一方、林田藩を脱出するために、夏海の用心棒を買って出た終活と坐望。裏道を行く一行ですが、決意を固めた一道率いる鬼輪番の群れに追いつめられることに……

 抜け忍キャラには定番中の定番である、追っ手となったかつての親友との対決。しかし今回は、互いがあまりに壮絶かつ悲惨な過去を背負っており(いやもう過去のエピソードには絶句)、そしてその中で培われた友情が全く薄れていないのが、悲壮感をより際だたせます。
 しかしそんな辛い戦いの中でも決して夏海を見捨てないのが今の友。本作の見所であるクライマックスの大殺陣で描かれる、暗闇を舞台にした三人対多数の戦いは見応え十分ですが……

 一度鬼となった人はどうすれば人に戻ることができるのか。これしか道はなかったのか。予想通りの結末ではありますが、やはり胸に刺さるものがあります。


 その他、『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)は、仕掛けの瞬間を目撃されてしまった梅安を巡るエピソードの前編。自分の裏の顔を目撃されたとて、全く無関係の女性を殺すことを躊躇う梅安に対し、梅安さんのためなら――と相手を付け狙う彦さんには、こう、なんだかヤンデレめいた香りが……

「コミック乱ツインズ」2019年1月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年1月号[雑誌]


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2018.12.17

渡辺仙州『三国志博奕伝』 三国志+死のギャンブル=!?


 児童書の中国もので活躍しながらも、マニアックなまでに丹念な原典への目配り等で、個人的に以前から注目していた渡辺仙州。その作者のおそらくは初の一般向け作品は、極め付きにユニークな作品――何しろ『三国志』を題材に、大の博奕嫌いの呉の文官が、死のギャンブルに挑むというのですから!

 既に劉備も孔明も、曹操も亡き後の三国時代の呉で皇太子の孫和に仕える文官の韋昭を目下悩ませているのは、巷での博奕の流行。自身でも『博奕論』なる博奕の批判書を著すくらいの博奕嫌いの韋昭ですが、呉の国民性によるものか、一向に博奕の流行は収まらないのであります。

 そんなある日、孫和の友人で無類の博奕好きの青年・蔡穎を諫めるため、街の博奕場・福福楼に足を踏み入れた韋昭。そこで彼は、借金のカタに売られた少女を助けるため、楼の老板(主人)・徐の言葉を受けてゲーム勝負をすることになるのですが――それが災難の始まりでした。
 実は全ては韋昭を勝負の場に引っ張り込むための策略。韋昭が持つという博奕の力・奕力(イーリー)を狙う徐は、呪術で奇怪な博奕場を作ると、韋昭の対戦相手として、ある英雄を呪術で復活させるのでした。その名は――呂布!

 かくて伝説の英雄を向こうに回した韋昭は、蔡穎、そして少女――実は徐によって蘇った董卓の孫娘・董白とともに、命懸けのゲーム勝負をする羽目に……


 いやはや、どこから驚くべきか、と言いたくなるほどの本作ですが、まず驚くべきは、その主人公のチョイスでしょう。

 何しろ本作の主人公は、韋昭――と言ってすぐにわかるのはよほどのマニアでしょう(かく言う私も調べるまでわからず)――『三国志』、それも演義ではなく歴史書の方のそれに登場する呉の文官。
 文官ながら、その最期に至るまで実直、剛直ぶりを以て知られた人物であった彼は、『三国志』の呉書の原型となった歴史書『呉書』を編纂した人物であります。

 そんな彼が主人公に選ばれたのは、それは先に述べたとおり、彼が博奕批判の書を著したためかと思いますが、いずれにしても意表を突く人選であることは間違いありません。(そして蔡穎も董白も、もちろん実在の人物であります)

 そして次に驚かされるのは、その彼が挑むことになるのが、死のゲーム、死のギャンブルであること。
 負けたら金ではなく自分の体の一部や、甚だしきは命を持って行かれるギャンブルというのは、これはもうギャンブル漫画では定番ですが、それをここで、このキャラクターがやるのか! と、仰天させられます。

 それも登場するゲームは全て本作のオリジナル。様々なイベントが待ち受けるゲーム盤の中に実際に入り込んで、相手とバトルを繰り広げる「侠客棋」。手にした五枚の札で(自分たちが頭に乗れるほどの)巨大な蟋蟀をカードで操りバトルする「闘蟋牌」。そして木火土金水の五行相克をルールにしたカードゲーム「五行牌」。
 創意を凝らしたゲーム内容と、そこで繰り広げられる駆け引きの面白さは、ゲームマニアでもある作者ならではと感じさせられます。

 そして最後の驚きは、そのゲームで韋昭と対決するのが、呂布、董卓、そして××と、いずれも死した三国志の登場人物――それも一筋縄ではいかない曲者ばかり。
 全くもって先が読めない内容はむしろ奇書と言いたくなるほどですが、それでいて古典の記述を踏まえつつ、丹念に世界観と人物像を構築して描かれる物語は、作者の面目躍如たるものがあると言うべきでしょう。


 と、作者のファンはもちろんのこと、初めて作品に触れる方にも楽しい本作なのですが、気になってしまったのは、作中のゲームがオリジナルであるために、そのルールに馴染むまでに時間がかかってしまうことと、展開がいささか――時に敵側に、時に見方側に――都合良く見えてしまうことであります。
 この辺りはギャンブルものとしては結構残念なところで、そのキャラクターがよく表れたプレイヤー同士の駆け引きは面白いだけに、勿体ない印象は否めません。(そして最終戦の展開もちょっと……)

 こうした点を踏まえてなお、マニアックな舞台・題材・人物を用意しつつ、それを物語や背景となる史実に巧みに絡めて、きっちりエンターテイメントを描いてみせた本作が、期待通りの内容であったことは間違いありません。
 本作を期に、この先も作者一流の中国奇譚、中国伝奇、中国エンターテイメントが描かれていくことを、期待する次第です。


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2018.11.25

山本風碧『平安とりかえ物語 居眠り姫と凶相の皇子』 自分が自分らしく生きるための冒険


 これは『とりかえばや物語』という大先輩があるため(?)でしょうか、現代のYA層向けの平安ものでは異性装ネタがしばしば描かれる印象があるのですが、本作もその一つ。星に魅せられ、男装して陰陽寮に入り込んだ姫君が、思わぬ運命の出会いをしたことから繰り広げられる大騒動を描く物語です。

 大納言家の姫として生まれながらも、歌や色恋には全く興味を示さず、求婚者から逃げるために庭の池に飛び込むほど無駄にアクティブな少女・小夜。星空に魅せられるあまり夜更かしをしてばかりの彼女は、昼は居眠りばかりという毎日であります。

 そんな彼女が数年前に出会ったのは、凶星の下に生まれたために、父親をはじめ周囲から疎まれる少年・千尋。しかし彼の瞳の中に素晴らしく輝く運命の星を視た小夜の言葉に千尋は勇気づけられ、小夜もまた、陰陽寮に入りたいという夢を、千尋から励まされれることになります。
 しかしもちろん彼女が陰陽寮に入れるはずもなく、空しく時は流れたのですが――数年前に千尋のもとに彼女を誘い、今も彼女が読み解いた星空を宿曜勘文として利用している宿曜師・賀茂信明が、おかしな話を持ちかけてくるのでした。

 病弱のため出仕もままならない息子の身代わりに、小夜に陰陽寮に入らないかと持ちかけてきた信明。彼の言葉に乗り、小夜は療養と称して家を出ると、髪をばっさりと切って男に扮し、陰陽寮に入ることになります。
 そこでも天文観測に明け暮れ、居眠りばかりしていたところが、それがきっかけでさる貴人と出会い、その運命を占うよう求められた小夜。その貴人とは誰であろう千尋、彼こそは帝の第一皇子だったのであります……


 というわけで、異性装だけでなく、運命の再会、正体を明かせない秘密の恋など、定番要素を様々に盛り込んだ本作。女の子向けの小説らしく、甘々の場面も非常に多く、何ともこそばゆい気分にしばしばなるのですが――しかしこれがなかなかに面白いのであります。

 そもそも本作では、大納言の姫が男装して陰陽寮に入ったり、廃位寸前とはいえ皇子に気に入られて個人的に召し抱えられたりと、豪快な展開が多いように見えるかもしれません。しかしそれはそれなりに、大きな嘘を成り立たせるロジックが用意されているのが楽しい。
 もちろんそれでも無理な部分は残るのですが――それが実は一つの伏線になっていたりして、物語構成がなかなか良くできていると感心させられます。


 しかしそれ以上に魅力的なのは、主人公とその相手役、小夜と千尋の人物像でしょう。
 かたや星に魅せられ、生まれつき宿曜の才を持つ姫、かたや生まれた時から不吉の子と呼ばれ忌避されてきた皇子。二人に共通するのは、望んだわけでもない境遇に縛られ、自分らしく生きることを――大げさに言えば、人間らしく生きることを許されない暮らしを送ってきたことであります。

 そんな二人が、自分の存在を認め、自分らしく生きる支えとなってくれる相手と出会い、互いを求め合う姿は――思い切りコミカルに、そしてちょっぴり切なく味付けはされているものの――実に魅力的に感じられるのであります。

 そしてもう一人、そんな二人の出会いのきっかけを作り、その後も二人に何かとかかわっていく信明の存在も実に面白い。
 美形で才能に溢れた陰陽師(宿曜師)という、これまた定番のキャラクターに見える信明ですが、しかし小夜の才を利用して金を稼いだり、貴族(の家の女性たち)に取り入っていたりと、何かと油断できない顔を見せる人物であります。

 そんな彼の姿は、ある種極めて純粋な若者二人とは対照的な、小狡い大人として映るのですが――それでとどまらないのが、これも本作らしい捻りの効かせ方と言うべきでしょう。
 終盤に明かされる彼の真の想いは、その大人なりの生きることのままならなさを描き出していて、物語に陰影を与えているのであります。


 一見荒唐無稽なファンタジーのようでいて、丹念に物語を構築し、その中で読者に身近で、切実な想いを抱えたキャラクターたちの姿を浮かび上がらせる本作。
 宿曜道という、本作ならではのガジェットの使い方も面白く、なかなか良くできた作品であると言ってもよいと思います。


『平安とりかえ物語 居眠り姫と凶相の皇子』(山本風碧 KADOKAWAビーズログ文庫)

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2018.11.20

『忍者大戦 赤ノ巻』(その一) 再びの忍者ミステリアンソロジー


 本格ミステリ作家たちによる忍者バトル――そんなユニーク極まりないコンセプトのアンソロジー『忍者大戦』の第2弾であります。数少ない例外を除けば、忍者ものはおろか時代ものは初挑戦の執筆陣が、何を生み出すか――それを楽しみに、今回も一作ずつ収録作品を紹介いたします。

『殺人刀』(鏑木蓮)
 宮沢賢治を主人公とする歴史ミステリ『イーハトーブ探偵』をこれまでに発表している作者ですが、本作は一種の剣豪ものの味わいもある忍者ミステリというべき作品です。

 京の公家方から柳生新陰流に叩きつけられた挑戦状。絶対不敗を義務づけられた柳生を陰から守るために呼び出されたのは、密かに育成された新陰流「印」と呼ばれる苦人・集人・滅人・道人の四人であります。
 殺さずに内部を傷つける「くじき」により、試合の際に相手が実力を発揮できないようにしてのける彼らは、これまで同様に仕掛けるのですが――しかし相手が死体となって発見され、仕掛けた道人は柳生の名を辱めたと仲間たちから追われることに……

 五味康祐の柳生ものを彷彿とさせる味わいの本作は、懐かしの三年殺しを思わせる秘技「くじき」の存在を中核とした物語。殺さないはずの技で相手が死んだのは何故か、そして主人公・道人が狙われることとなったのは何故か――二つの謎を巡り、物語は展開していくことになります。
 その真相がちょっとバタバタしてしまった印象はあるものの、剣豪ファンには有名な史実と繋がっていくラストがユニークです。


『忍喰い』(吉田恭教)
 地獄のような飢饉の中で育ち、軒猿の里に拾われた源蔵。腕利きの忍びとなった彼は、くノ一の桔梗と結ばれたものの、彼を敵視する小頭に度重なる嫌がらせを受け、ついに彼を殺害、出奔することになります。
 そして越中に草として入っている桔梗の元に急ぐ源蔵ですが、彼を追うのは抜け忍狩りを専門とする謎の忍・忍喰い。これまで幾多の忍を葬ってきた敵と死闘を繰り広げた末、源蔵を待っていたのは……

 自由を求めて抜け忍となった源蔵と、追っ手の死闘が次々と繰り広げられる本作。源蔵も敵も必殺の忍術を操るものの、しかしそれはあくまでも人間技の範疇で、リアルな忍者たちの姿を描いた本作は、最も忍者同士のバトルが緻密に描かれた、ある意味最も本書のタイトルに相応しい作品かもしれません。
 残念ながら本作の謎ともいうべき部分についてはすぐに察しがついてしまうのですが、その果てに描かれるもの――地獄に生きた非情の忍びが最後に見せたもの、人間としての心情が切ない。それを以て瞑すべし、と言うべきでしょうか。


『虎と風魔と真田昌幸』(小島正樹)
 かつて懇意だった北条家の家臣から真田家に預けられた美女・さゆきを、上杉家まで送り届けることとなった出浦盛清。重臣からの側室の求めを断って逆恨みされ、風魔に狙われる彼女を守るため、盛清は伊賀の凄腕・横山甚吾らを雇い旅に出ることになります。
 しかし途中の宿で護衛役の一人の牢人が毒殺され、さらに峠で迫る風魔六人衆の一人・三久羅道順が。風魔との決戦の前に、なんと甚吾はさゆりを「消し」てみせるのですが……

 歴史もの、忍者もの、そしてミステリ――この三つの要素がきっちりと絡み合った本作は、個人的には本書でベストの作品と言ってよいのではないかと感じます。

 本作の舞台となる天正13年は、沼田の帰属を巡り、かつて従属した北条家そして徳川家と手を切って、上杉家に接近していた、第一次上田合戦が起きた年。本作はその時期に一人の女性を設定することで、他の大名家と非常に危ういバランスの間で綱渡りしてきた真田家の姿を浮かび上がらせます。
 そんな中で活躍するのは、本作のタイトルのトップに冠された「虎」こと伊賀の横山甚吾。信長に故郷を滅ぼされたものの、その代わりに自由を手に入れたフリーランスの忍者という設定の彼は、本作のような史実の合間に描かれる物語で活躍するのに相応しい、非情の忍びにして快男児とも言うべきキャラクターとなっています。

 そしてミステリ――一行のうちで唯一毒を見抜くことができない人物が、衆人環視の状況で狙われたように毒殺された謎、そして何よりも決戦目前の人間消失トリックと、本作を彩る二つの謎が、物語と有機的に結びついているのも心憎いところであります。
 結末のすっとぼけたようなオチも面白く、是非ともこの奇妙な三題噺の続編を読んでみたい――そう思わされる一編です。

 後半三作品は次回ご紹介いたします。


『忍者大戦 赤ノ巻』(光文社文庫)

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2018.11.19

山本 巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう ドローン江戸を翔ぶ』ついにあの男が参戦!? 大波乱の捜査網


 現代の元OL・関口優佳がタイムトンネルで江戸に渡り、十手持ちのおゆうとして難事件に挑むシリーズの第5弾ですが、今回はタイトルの時点でいきなり強烈すぎるインパクト。しかもついにあの男までもが江戸に向かい、さらにおゆうにもライバルが現れと、何かと波乱含みの展開であります。

 祖母が遺した家に江戸時代へのタイムトンネルがあったことから、現代と江戸時代で二重生活を送ることになったおゆう(優佳)。持ち前の推理力と、友人の分析オタク・宇田川の科学分析によって、南町奉行所の同心・鵜飼伝三郎を助けて難事件を解決していく彼女ですが、なかなか伝三郎との仲は進展せず――というのが、本シリーズの基本設定であります。

 さて、本作でおゆうが挑むことになるのは、連続する蔵破り。引き込み役を用意して鍵を開けさせるという用意周到な手口ながら、盗むものはごく小さな、しかし値打ちもの一つのみという、謎めいた盗賊であります。
 それでも相手の手口を読んだ伝三郎は、多勢を率いて待ち構えたものの、しかし常人離れした身のこなしで屋根の上を走り、軽々と道を飛び越えてしまう盗賊によって、まんまと出し抜かれてしまうのでした。

 このままでは伝三郎の立場がないと、おゆうは現代に戻り、蔵の錠前を宇田川のラボに持ち込むのですが――いつもであればラボに籠もりっきりの宇田川が、今回は俺も捜査に加わると、おゆうについて江戸時代に来てしまったからさあ大変。
 とりあえず格好はそれらしく見繕ったものの、宇田川は現代から様々なアイテムを持ち込むものだからおゆうも冷や汗ダラダラであります。ついには、屋根の上を駆ける盗賊を追うため、宇田川はとんでもないものを持ち出して……


 というわけでタイトルの状況となるわけですが、いやはや、ここまで豪快に現代科学を持ち込まれると、逆に爽快ですらあります(江戸時代人は空などそうそう見上げないから大丈夫、というエクスキューズも楽しい)。
 そして楽しいといえば、宇田川本人の出馬。これまではほとんどラボに引き籠もり状態で、おゆうが持ち込むアイテムの分析のみを行っていた彼が、今回色々あってラボに居にくくなったことからそこを出て――と思ったら江戸時代にまで乗り込んでくるとは、これはほとんど禁じ手の展開ではありませんか。

 しかも科学分析だけでなく、使用する技術もアイテムもおゆう以上、観察力も彼女に負けず劣らず――と、一歩間違えれば主人公を食いかねない宇田川の存在感が面白い。
 しかし基本的にものぐさなので、自分の興味のあることしかやらない、という一種の縛りが設定されているのもいいのですが、普段のだらしない格好から着替えてみれば実は! というお約束展開も楽しい。突然現れた謎のイケメンに、伝三郎がやきもきさせられてしまうのですから、読者にとっては笑いを堪えられません。

 いや、本作でやきもきさせられるのは、むしろおゆうの方かもしれません。何しろ、本作では伝三郎の知り合いだという女髪結い・お多津が登場。様々な場所に入り込み、噂にもよく接するという職業柄を生かして、伝三郎のために様々な情報を掴んでくる上に、美人というのですから、落ち着いていられるはずもありません。
 かくて事件の謎だけでなく、人間関係もややこしく入り乱れていくことになるのですが……


 と、実は事件の謎(盗賊の正体)そのものは、さほど意外ではない――ある分析結果が判明した時点で気付く方も多いでしょう――のですが、そのフーダニットだけでなく、その先のホワイダニットは正直想定外。
 ここであの史実に繋がってくるか! という驚きもあり、またある歴史上の有名人の存在も仄めかされて、時代ミステリとしての趣向も十分であります。

 そしてラストではおっと思わされるような描写もあり、この先の色々な進展も気になってしまう本シリーズ。正直なところ、伝三郎の方のドラマが進展させようがないのが気になるところですが、そこがおゆうのドラマとうまく絡ませられれば、とんでもない作品になるのではないか――という気もいたします。
 本作くらいまで書いてしまえばもう怖いものなし、次回作でどこまで行ってくれるのか、実に楽しみなのです。


『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう ドローン江戸を翔ぶ』(山本巧次 宝島社文庫『このミス』大賞シリーズ)

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2018.11.15

柳広司『吾輩はシャーロック・ホームズである』 ホームズになった男が見た世界


 夏目漱石がロンドンに留学していた時期は、奇しくもと言うべきか、シャーロック・ホームズの活躍していた時期と重なっています。それ故、漱石が登場するパスティーシュも幾つかありますが――本作はその中でも最もユニークな作品でしょう。何しろ、漱石自身がホームズになってしまうのですから!

 ホームズが遠方の捜査でベーカー街を留守にしていた時に、ワトスンの前に現れた奇妙な日本人・ナツメ。
 留学中に神経衰弱に陥り、ついには自分のことをシャーロック・ホームズだと思いこんでしまったという彼の治療を依頼されたホームズは、ワトスンにナツメの行動につきあって欲しいと頼んでくるのでした。

 ホームズの真似をして、しかし結果は頓珍漢な推理を繰り広げるナツメに辟易しつつも、彼をホームズとして扱って共に行動するワトスン。
 そんな中、著名な霊媒師の降霊会に参加することになった二人は、ナツメが密かに想いを寄せる美女――かのアイリーン・アドラーの妹であるキャスリーンや、旧知の記者(元病院の助手)スタンフォドと出会うことになります。

 そして彼女たちとともに降霊会に参加したワトスンとナツメですが――真っ暗闇の中で奇怪な現象が次々と起こる中、当の霊媒師が何者かに毒殺されるという事件が発生。隣同士で手を繋ぐしきたりの降霊会の最中に、誰が、どうやって霊媒師を殺したのか。そして何のために?
 勇躍推理を始めたナツメと彼に振り回されるワトスン、二人の捜査はやがてロンドン塔を騒がす魔女騒動に繋がっていくことになるのですが……


 冒頭に述べたような理由で、山田風太郎や島田荘司によって描かれているホームズと漱石の共演。本作もそうした作品の一つなのですが――タイトルの「吾輩は」というワードは、漱石の代表作を指している=本作に漱石が登場しているという意味だろうと思ってみれば、いやはや、本当にタイトル通りの作品だったとは!

 ロンドン留学中の夏目漱石が神経衰弱に陥って大いに苦しんだのは有名な話ですが、本作はそのエピソードを大胆に活用、気晴らしにホームズ譚を読むことを勧められた漱石が、自分がホームズになったと思い込んでしまうというのは、これは空前絶後のアイディアというべきでしょう。
 しかもそれが他の作品のようにホームズ顔負けの推理力を発揮するのではなく、いわゆるホームズもどきものの定番どおり、ホームズの真似をして全然見当違いの推理をするのも、実に可笑しいのであります。(もちろんそれだけではないのですが……)

 そしてホームズの「あの女性」であるアイリーン・アドラーのその後が語られたり、ホームズとワトスンを出会わせて以来登場の機会がなかったスタンフォード(本作ではスタンフォド)が登場したりと、ホームズ譚としても面白い試みがなされているのも目を引きます。
 個人的には、作中の出来事としての『最後の事件』『空き屋の冒険』の発生年と、作品としてのそれらの発表年のズレがガジェットの一つとして使われている――それゆえホームズの不在がさほど不自然に思われない――
というのにも感心いたしました。


 しかし本作は、面白可笑しいパスティーシュだけではないということが、やがて明らかになることになります。
 物語の核心に触れるためにここでは詳述はできませんが、この事件の背後にあるもの、事件を引き起こしたのは、この当時に海外で起きたある出来事であり――そしてそれはやがて、当時のイギリスの、そして白人社会の矛盾と闇を容赦なくえぐり出していくのであります。

 そしてその矛先は、ホームズ譚の現実の生みの親であるコナン・ドイル自身にも向けられることになるのですが――作中でワトスン=ドイルであると、非常にインパクトのある形で指摘が行われるのも印象に残ります――これはドイルの事績を見れば、なるほどと頷けるところであります。
 またその視点が、まさしくそんな白人たちの世界である国際社会の中の、日本の在り方に悩んでいた漱石が本作に登場する必然性、漱石が主人公である理由にまで――漱石の作品を巧みに引用しつつ――繋がっていくに至っては、感嘆するほかありません。


 ユニークなホームズ譚であると同時に有名人探偵ものであり、そしてそれを通じて当時の社会の様相を鋭く剔抉してみせる――これまで様々な有名人探偵ものを送り出してきた作者ならではの作品であります。

『吾輩はシャーロック・ホームズである』(柳広司 角川文庫)

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2018.11.07

陸秋槎『元年春之祭』 彼女たちが挑む謎、彼女たちを縛るもの


 若手中国人作家による、作中に二度の読者への挑戦状が織り込まれた本格ミステリとして、そして何よりも前漢時代の中国を舞台として時代ミステリとして話題となった作品であります。山中の名家で起きた連続殺人に挑む天才少女を待ち受ける真実とは……

 時は武帝の下で漢(前漢)が栄華の絶頂を極めた天漢元年(紀元前100年)、長安の富豪の娘・於陵葵が、楚の山中に住まう観家を訪ねたことから物語は始まります。
 かつて楚に仕えて祭祀を司りながら、今は山中で古えの教えを守って暮らす観家。古礼に並々ならぬ関心を寄せる葵は、忠実な従僕の少女・小休を連れ、春の祭儀を目前としたこの地を訪れたのであります。

 そこで観家当主の末娘・観露申と出会った葵。才気煥発で広く世を旅してきた葵と、人は良いが世間知らずの露申は、正反対の性格ながらたちまち親しくなるのですが――しかしそこに思わぬ事件が起きます。
 この祭りのために長安から帰省していた露申の叔母が何者かに――それも周囲に人の目があった場所で――殺害されたのであります。

 若年ながら多くの知識を持ち、鋭い観察眼を持つことを見込んで、この一件の調べを露申の父から任された葵。露申を助手代わりに調査を始める葵ですが、しかしほどなくして第二の犠牲者がダイイングメッセージを残して殺害され、さらにまた……

 次々と観家に関わる人々を襲う姿なき魔手はどうやって犯行を行い、そしてその動機は何なのか。四年前に起きた観家の前当主一家惨殺事件との関係は。調査と対立の末、葵と露申は、犯人の恐るべき、そして深い想いを知ることになるのであります。


 古からのしきたりに縛られた旧家で起こる連続殺人という、実に古典的かつ魅力的なシチュエーションに、暴君のケのある天才少女探偵が世間知らずのお嬢様と忠実な召使いの少女を振り回すという、ある意味実に今らしい構図の本作。
 そのスタイルは、一種日本の新本格ミステリ的と言ってよいほどで――その衒学的な中国史の知識の連打をさて置けば、日本の読者にとってはむしろ親しみ易さを感じさせるのではないでしょうか。
(というのは、作者が日本のミステリファンであるため、むしろ当然の仕儀なのかもしれませんが……)

 しかしそのフェアで端正に描かれたミステリとしての部分、様々な中国古典の引用が(訳文抜きで)乱れ飛ぶ衒学味など、本作を構成する数々のユニークな要素の中で、何よりも強烈に印象に残るのは、実にヒロインたちの関係性であります。
 強烈なキャラクターの葵を中心に、露甲や小休といった若い女の子たちがわちゃわちゃと入り乱れる様は、ある種の趣味を持った方にはおそらく非常に魅力的であるはず。さらにその関係性は後半に至って全く意外な方向に変質し、とてつもない泥沼ぶりを見せてくれるのですからなおさらであります。

 しかしあるいはこの葵の暴君ぶりに、その知識に裏付けされた突拍子もない視点に、反感を覚える方も少なくないかもしれません。
 そして本作の他の女性キャラのほとんどが――そしてそれは同時代の女性たちも同様だったはずですが――家というものに縛られているのに対し、供を連れて気ままに旅する彼女の姿はあまりに異質にも感じられます。

 しかし本作においては冒頭からさりげなく、そして物語が進むにつれてはっきりと、葵もまた古からの理不尽なしきたりに縛られた存在であることを、明確に描くことになります。
 そして彼女が自由奔放に振る舞えば振る舞うほど、冷徹な論理を振りかざせば振りかざすほど、彼女を縛るものの大きさ、重さはより鮮明なものとして感じられるのです。

 ……先に述べたとおり、本作はミステリであると同時に、様々な顔をを持つ作品であります。それゆえに、どこに魅力を感じるかは人それぞれかもしれません。しかし私はまさにこの点――彼女を、彼女たちを縛るものの大きさと、それに必死に挑む彼女たちの姿を描いた点に魅力を感じます。
 それは本作がこの時代を舞台にして初めて描けるもの、すなわち、本作をして時代ミステリたらしめている根幹なのですから。
(そしてその構図を、現代の隣国の人々に重ねて見るのはさすがに牽強付会が過ぎるかもしれませんが)


 邦訳ではオミットされていますが、本作の原題に付された副題は「巫女主義殺人事件」。何とも奇妙なものを感じさせるこの副題が、どれだけ本作の内容を忠実に反映したものであるか――本作を最後まで読み通した時、痛切なまでに胸に突き刺さるのです。


『元年春之祭』(陸秋槎 ハヤカワ・ミステリ)

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