2017.09.18

吉川景都『鬼を飼う』第3巻 大人サイドと青年サイドで描く二つの奇獣譚

 昭和初期を舞台に、人知を超えた奇妙な生き物――奇獣を巡って繰り広げられる奇妙な物語も、はや3巻目。奇獣に魅入られたかのような帝大生・鷹名を中心とした物語は、時に静かに、時に激しく展開し、次第にその真実の顔を明らかにしていくことになります。

 東京は本郷で無愛想な主人・四王天と美少女・アリスが営む四王天鳥獣商を訪れたことがきっかけで、奇獣と関わり合うこととなった帝大生の鷹名と司。
 奇獣の引き起こす奇怪な事件に次々と巻き込まれる二人ですが、やがて四王天と司は、実は鷹名と奇獣の間のある因縁を知ることになります。

 一方、奇獣関連の事件を扱う特高の特殊部隊・夜叉は、東京で奇獣絡みの事件が続発していることに不審を抱く中で、思わぬ大物の登場に不覚を取ることに。
 一連の事件の背後で糸を引く何者かの影。真意を見せない四王天の謎めいた行動もあり、事態は一層混迷の度合いを深めることに……


 という状況を受けてのこの第3巻は、これまで同様、縦糸となる奇獣にまつわる陰謀の影を描きつつ、基本は1話完結のエピソードで展開していくことになるのですが――この巻においては、それがさらに二つの流れに分かれて描かれることになります。

 その一つは、四王天や夜叉のサイド、奇獣とは付き合いの深い彼らを中心としたシリアスな物語。これまでにも描かれてきた縦糸に近いエピソード――奇獣とその持ち主を時に襲い、時に監視する何者かの正体を追う彼ら、いわば大人サイドの物語が、こちらでは描かれることになります。

 そしてこの大人サイドで今回ついに登場することになるのは、一連の事件の背後に見え隠れしていた謎の軍人・宍戸の姿なのですが――これがまた強烈なキャラクター。
 私は金が大好きなだけと公言して憚らぬ一方で、奇獣の力を試すために、人の命を平然と犠牲にするこの男、飄々とした部分とひどく冷酷な部分を合わせ持った、曲者揃いの本作でもさらに油断のできぬ人物であります。

 この巻では、彼の行動と目的らしきものの一端が描かれるのですが――さてこれがこの先何に繋がっていくというのか。単に金儲けのためとは思えぬ彼の真意は何なのか、この先の物語を大きく左右することになることは間違いないでしょう。


 そしてその一方で描かれるのは、鷹名と司の――青年サイドの物語であります。
 四王天が不在の間に、奇獣絡みの事件の解決を任された鷹名と、彼をフォローする司。奇獣の能力に翻弄されながらも何とか一つ一つ事件を解決していく鷹名ですが、実はその背後には彼自身の秘密と、それを踏まえての四王天の思惑が……

 という裏の事情もあるものの、純粋に登場する奇獣の能力・生態と、奇獣たちに対する鷹名たちのリアクションが実に楽しいこちらのサイド。
 奇獣に対してはほとんど生き字引の四王天に比べれば頼りない二人ですが、しかしだからこそ正体不明の奇獣たちの能力と、奇獣が引き起こす騒動への打開策が一つ一つ明らかになっていく展開が、実に魅力的なのです。

 剣呑な奇獣の登場が多い大人サイドに比べれば、こちらに登場する奇獣は比較的おとなしめ。しかしそれだけにどこか呑気で、時にすっとぼけたような彼らの姿は、時に民俗的な味付けも含めて、作者の作風に非常に良くマッチしているという印象があります。(特に猫又とその飼い主……)

 またこちらは大人サイドでありますが、20年に一度、とある旧家に現れてはその家の男児を取っていく奇獣・アネサマのエピソードも実にイイ。
 変形の座敷童子譚とも言うべき設定自体はさまで珍しくはありませんが、人間のエゴと旧習の不気味さを描くきつつも、ある純粋な想いが招いた因縁の結末には、思わず涙がこぼれそうになりました。


 何はともあれ、派手な伝奇活劇と、時にコミカルで時に感動的な怪異譚と――大人サイドと青年サイドで対照的に描かれる二つの奇獣の物語が魅力的な本作。

 正直なところ、アクション描写については不満がなくもないのですが、ついに黒幕的存在も登場したいま、二つの物語がこの先どのように交わり、どのように展開していくのか――大いに楽しみであることは間違いありません。


『鬼を飼う』第3巻(吉川景都 少年画報社ヤングキングコミックス)


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2017.09.13

和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』 第一幕「明治十六年 神谷道場」

 ついに『るろうに剣心』が帰ってきました。18年前(!)の完結時からその構想が語られてきた北海道編――それがついに描かれる日が来たのです。お馴染みの面々に、昨年発表された前後編に登場した少年少女も加えて始まった物語は、ブランクを全く感じさせぬ、快調な滑り出しであります。

 雪白縁との死闘の果て、自らの贖罪の生の在り方を悟り、そして薫と結ばれてひとまずは戦いの生から退いた剣心。それから五年後、一子・剣路が生まれ、神谷活心流道場は盛況と、まずは穏やかな毎日であります。
 そんな中に転がり込んできたのが、共に前科一犯の少年・明日郎と阿爛――というのは昨年掲載された『明日郎前科アリ』で描かれた内容ですが、北海道編は、このエピソードを踏まえて始まることになります。

 『明日郎前科アリ』で志々雄一派の残党に加わり、明日郎に接近してきた少女・旭。実は元々残党の人間ではなく、謎の組織(?)の命を受けて潜入していた彼女ですが――そこから抜けようと組織の人間と言い争っていたところに割って入ったのが、偶然居合わせた明日郎であります。
 当然ただですむはずもなく、警官も集まる大騒動となったところに駆けつけた剣心。志々雄の愛刀・無限刃に突き動かされるように襲いかかる明日郎に対し、剣心は久々にあの刀を手にすることになります。

 そんな騒動の末、神谷道場に迎え入れられることとなった旭。そして混乱の中、組織の人間が落としていった封筒に入っていたのは、既に死んだと思われていたある人物が写った写真でありました。
 その裏に記された「北海道 函館」の文字を手がかりに、剣心たちは北海道に渡ることを決意することになります。

 そしてその函館では、警察の一団を全滅させた「逆賊」に対し、軍隊が投入され……


 と、早くも色々と盛り上がる連載第1回。賑やかで平和な神谷道場の様子、新顔である明日郎たちの活躍(?)、久々の剣心の飛天御剣流に、ラストにはあの男も登場……と、実に「うまい」としか言いようのない展開であります。

 何よりも嬉しいのは、剣心・薫・弥彦が、それぞれに時を重ねながらも、しかし全くあの頃と変わらぬ姿で――それはもちろんビジュアルだけでなく、キャラクター性も含めて――登場してくれたことでしょう。
 彼らに再び会えるのは嬉しい、しかしあの頃と全く変わってしまっていたら――という不安は、かつての愛読者が誰もが一度は抱いたかと思いますが、全くの杞憂でした。

 もっとも、一つだけひっかかったのは、暴走する明日郎に対して、剣心が弥彦から逆刃刀を受け取って立ち向かったことですが――逆刃刀の継承は、過去から現在、そして未来への時代の流れを象徴するものであった(と思われる)だけに、これは少々残念。
 もっともこれは、過去の亡霊は過去の人間が相手をするということだと考えるべきでしょう。何よりも第1話に剣心の活躍が描かれないわけにはいかないですし!

 閑話休題、そんな懐かしさだけではなく、もちろん新たな物語ならではの要素も実に気になるものばかりであります。
 旭を縛ってきた(どうにも後ろ暗いとしか思えない)謎の組織、軍隊まで投入されるような巨大な敵、そして何よりも、全く予想もしなかった形で登場したあの人物……
(特に最後の要素は、まだこの膨らませ方があったか、と感心)


 何はともあれ、物語は動き始めました。
 自分の作品には極めて誠実な作者のこと、本当に色々あってハッピーエンドを迎えた物語を再び語り始めることには、相当悩まれたのではないかと思いますが――しかしそれでも新たな物語が始まったということは、それが安易な続編ではなく、かつての、そしてこれからの読者を決して失望させないものとなることの証とも感じます。

 そしてそこで描かれるものは、間違いなく、重い過去を背負い、苦しい現在を生きつつも、輝く未来を目指すことを止めない人々の姿であると――僕は信じています。


 ちなみにこの北海道編に合わせて、作者の公私にわたるパートナーである黒碕薫による小説『るろうに剣心 神谷道場物語』が掲載される模様。
 今回描かれたのは剣心と薫の婚礼で起きた大騒動ですが、あるキャラの滅多にないような側面が見られてなかなか愉快な内容でした。

 本編では描けなかったようなエピソードを拾っていく内容となるのではないかと思いますが、剣心たちの意外な素顔を描く物語として、こちらも大いに楽しみにしております。

『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』(和月伸宏 ジャンプSQ 2017年10月号) Amazon
ジャンプSQ.(ジャンプスクエア) 2017年 10 月号 [雑誌]


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2017.09.12

横山光輝『魔界衆』 滅びゆく超人たちと切なる祈り

 大坂夏の陣を生き延びた真田幸村は、豊臣家再興のため、飛騨に住まう伝説の「魔界衆」を探し出し、助力を得ようとしていた。その動きを察知した南光坊天海は配下の忍者集団を派遣、魔界衆の根絶を目論む。幸村との接触で外界に興味を持った若き魔界衆を待つ運命は……

 横山光輝の時代伝奇SF――そのおどろおどろしいタイトルと裏腹に、ある意味作者らしい一種の無常感・寂寥感を感じさせる物語であります。

 大坂の陣で死んでおらず、猿飛佐助・霧隠才蔵とともに生き延びていた幸村。何者かを探し、諸国をさすらう彼らの目的こそは、伝説の一族・魔界衆でありました。
 外界から隔絶された飛騨の山中に潜み、テレパシーなど常人を超えた能力を持つという彼らを味方につければ、豊臣家再興も夢ではないというのです。

 そして偶然魔界衆の赤子を見つけたことで、首尾よく魔界衆の里に入り込んだ幸村。しかしこの地に住み着いて以来、一族以外の人間との接触を禁じてきたという魔界衆の長は幸村の依頼を拒絶するのですが――兵馬ら魔界衆の若者たちは外界に興味を抱き、幸村とともに里を出て見聞を広めることになるのでした。

 一方、家康のブレーンである南光坊天海は、配下の忍者・九鬼一族に幸村抹殺を命じたものの、幸村が魔界衆と接触したことを知り、憂慮を深めます。
 九鬼一族の秘術と、魔界衆と同等の力を持つ天海によって追い詰められていく兵馬たち。さらに天海は魔界衆の里にもその手を伸ばすことに……


 と、幸村と手を組んだ魔界衆vs天海配下の忍者団の死闘が繰り広げられるアクション時代劇――と思いきや、それとは一風異なった物語展開を辿ることになる本作。
 何しろ、物語序盤は幸村視点で物語は進むものの、中盤以降はほぼ完全に彼の存在はフェードアウト、物語は完全に兵馬たち魔界衆が、天海率いる幕府の力に次第に追い詰められていく様を描いていくのですから。

 確かに本作には、いかにも横山時代劇らしいバトル要素もふんだんにあります。
 不死身の巨人を操る秘術、近づいたものを絡め取る「布とりで」(どこかで聞いたことがある……)などの忍法を操る九鬼一族に対し、兵馬らはテレパシーによる連携と常人離れした身体能力、そして一族に伝わる「神器」の力で激しい戦いを繰り広げるのですから。

 しかしその戦いは、それ自体が目的となるトーナメントバトル的なものでは決してありません。その戦いは、あくまでも物語を描くための手段にとどまるのであります。
 それではその物語とは何か? それは人間以上の力を持つ者たちが、その力故に運命に翻弄された末、多数者から弾圧され、滅ぼされていく物語――それであります。

 実は横山作品には(それが主題であるか否かはさておき)こうした構図の物語が決して少なくはありません。『闇の土鬼』の血風党、『地球ナンバーV7』の超能力者たち、あるいは『その名は101』のバビル2世……
 本作の魔界衆もまた、その力故に幸村のような人間に利用され(そうになり)、そして徳川幕府に追い詰められていく者たちなのであります。

 そう、ここにあるのは、横光漫画のトーナメントバトルにある非情さとは似て非なる、無常さとも言いたくなる味わいであり、人間存在に対するシニカルな視点なのです。


 正直に申し上げて、それ故本作は、どこか味気ないものを感じさせるのも事実なのですが――しかし、ラストで語られる本作のタイトルの本当の意味には、作者が人間という存在に賭けたある種の希望を、切なる祈りを感じさせます。
 そしてそれが本作独自の魅力であることは間違いありません。


 それにしても、魔界衆が『マーズ』の異星人のような置き土産を残さなくてよかった、というのは、もちろん蛇足であります。


『魔界衆』(横山光輝 講談社漫画文庫 全2巻) 上巻 Amazon/ 下巻 Amazon
横山光輝時代傑作選 魔界衆(上) (講談社漫画文庫)横山光輝時代傑作選 魔界衆(下) (講談社漫画文庫)

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2017.09.07

横山光輝『仮面の忍者赤影』第1巻 TV版から独立した忍法合戦の面白さ

 ゆえあってしばらく横山光輝の時代漫画を少しずつ取り上げていきたいと思います。今回はTV特撮番組で大人気となった『仮面の忍者赤影』の漫画版、TV版の金目教編に当たる部分であります。

 時は元亀2年(1571年)、近江の国・江南地方で金目教が流行。この動きに不穏なものを感じた木下藤吉郎の配下・竹中半兵衛は飛騨から腕利きの忍びを呼び寄せた……
 という設定はTV版と同じ、というより本作がTV版の原作という位置づけのため、ある意味当然ではあります。しかしこの漫画版と「あの」TV版でどの程度共通点があるのか――と思えば、これがかなりの部分は共通しているのです。

 味方側は赤影と青影のみと少々寂しいところですが(青影のキャラクターも、赤影より少し年下というところで、対等の口ぶり)、敵方の幻妖斎と霞谷七人衆は健在。
 TV版は鬼念坊・蟇法師・傀儡甚内・悪童子・闇姫・朧一貫・夢堂一ツ目だったものが、こちらでは朧一貫、鬼念坊、悪童子、土蜘蛛、夢堂典膳、ガマ法師、傀儡陣内と、闇姫と土蜘蛛が入れ替わり、夢堂一ツ目と典膳の異同はあるものの(ただし典膳も隻眼)、思った以上の結果であります。

 やっぱり闇姫は伊上キャラなのかなあ……というのはさておき、横山忍者漫画には非常に珍しい「怪獣」――ガマ法師の大ガマが登場するのは興味深いところではあります(しかもTV版ではいつの間にかフェードアウトした蟇法師、漫画版では大ガマを失ってもかなり強い!)
 もっとも、それ以外の超兵器の数々はさすがに登場せず、金目像もある意味「合理的」な仕掛けとなっているのは、これは仕方ないと言うべきだとは思いますが……


 と、TV版との異同ばかり注目してしまいましたが、本作は独立した一個の漫画として読んでも、流石というべきか実に面白いのであります。
 冷静に考えると話の内容はほとんど最初から最後まで忍者同士の忍法合戦、舞台となるエリアもかなり狭いのですが、しかしその忍法合戦が、もう名人芸とでも言いたくなるような呼吸で成り立っているのです。

 一切謎の技で攻撃してくる敵の(技の)正体を如何に割り出すか、そしてその上で如何に現在の状況を生かしつつ反撃を行うか。
 こうしてみるといわゆる能力バトルのパターンですが、それをスピーディーかつダイナミックに展開していく様は、このジャンルの先駆――というより教科書のような完成度であります。

 しかしそれもそのはず、本作の直前まで作者が連載していたのは忍者漫画の金字塔『伊賀の影丸』。
 忍者もののフォーマットを少年漫画に落とし込んだ同作は、終盤は比較的そのフォーマットから離れた内容になっていくのですが、本作ではそこで練り上げられたものを踏まえた上で、忍者同士のバトルを生き生きと描いているのが実に良いのです。

 それでいて、幻妖斎の背後の黒幕に実在の人物を配置することで、きっちりと時代ものとしての目配せもなされているのが、また心憎いのであります(もっとも、この人物の進退は史実とは異なるのですが)。


 どうしてもTV版と比較してしまうものの、しかし忍者ものとしての骨組みと肉付けをしっかりと生かすことで、独自の面白さを描いて見せた本作。
 この辺り、赤影という作品の魅力がどこにあるのか――という点にも関わってくるようにも思いますが、何はともあれ今読んで見ても十分面白い作品であったことを再確認できたのは収穫であります。


『仮面の忍者赤影』第1巻(横山光輝 秋田文庫) Amazon
仮面の忍者赤影 (1) (秋田文庫)


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2017.08.25

山口貴由『衛府の七忍』第4巻 怨身忍者も魔剣豪も食らうもの

 天下を力で支配する徳川家康に挑むまつろわぬ民たちの化身・怨身忍者の戦いを描く本作も、この巻において五人目の怨身忍者が誕生。このペースでいけば七人集結も遠くないことでは――と思いきや、この巻のメインとなるのは、彼らの敵となるべき剣豪の物語であります。その名は魔剣豪・宮本武蔵……

 琉球に逃れた豊臣秀頼の馬廻り衆である隻腕の青年・犬養幻之介(ゲンノスキ)。そこでニライカナイの戦士を名乗る刺青の青年・猛丸(タケル)と出会った彼は、タケルとの語らいの中で、不思議な安らぎを覚えることになります。
 しかしそこに秀頼を出迎えんと島津義弘率いる島津武者たちが上陸。秀頼の命でタケルら琉球の人々を撫で切りにせんとした彼らを前に、ゲンノスキは、あえてタケルを「犬」と呼ぶことで守ろうとするのですが……

 この巻の冒頭にラスト一話が収められている霹鬼編の主人公であるタケルとゲンノスキ。スターシステムが採用されている本作において、ゲンノスキの原典は言うまでもなく『シグルイ』の藤木源之助ですが、しかし彼が同作で辿った運命を思えば、不安にならざるをえません。
 本作においてもその運命は繰り返されるのか――そんな我々の不安は、しかし予想もしなかった形で裏切られることになります。

 犬として秀頼に飼われた末、狂気に満ちた薩摩武者たちの蛮行の犠牲となったタケル。その仇を討つため、ただ一人、ゲンノスキが薩摩武者に挑んだ時、起きた奇蹟とは……
 本作らしく、どこまでも悍ましく、しかし美しい、怨身というその奇蹟。そこから生まれたものは、ゲンノスキとタケルの想いが生み出した自由の化身と言うべきでしょう。

 ここに源之助の魂は救われた――と評するのはもちろん言いすぎなのですが、しかし『シグルイ』の読者としては、ゲンノスキが身分の檻から解かれたことは、嬉しすぎる読者サービスであることは間違いありません。


 そして続いて描かれるのは、第六の怨身忍者の物語と思いきや、タイトルすら変えて描かれる新たな物語――その名を『魔剣豪鬼譚』。主人公となるのは、その名を千載に残すことを望み、できないと言われればやらずにはおれぬ虎の如き男・宮本武蔵――言うまでもなく、あの剣豪であります。

 作者で武蔵といえば、この物語のタイトルの原典である『魔剣豪画劇』にも登場した人物。あちらでは悍ましい狂気を湛えた人物として描かれていたのに対し、本作の武蔵は、少なくとも見かけは精悍を絵に描いたような偉丈夫、むしろイケメンであります。

 しかし己の前に立ち塞がるものに対しては一切の加減はせぬその言動はまさしく魔剣豪。腕試しに襲いかかる薩摩武者たちを容赦なく叩き潰し、お忍びの薩摩藩主・家久(忠恒)との立ち会いでも、一切加減せずトドメを刺さんとするその姿は、全く別の意味で身分の檻から自由な男と言うべきでしょうか。

 そんな彼が薩摩からの懇請で挑むことになったのは、新たなる怨身忍者――吸血鬼・狼男・人造人間(っぽい外見)の三人を従えた、切支丹の姫君(明石全登の遺児!)・明石レジイナが怨身した雹鬼。
 薩摩の武者たちすら及ばぬ不死身の魔性に、武蔵の剣は及ぶのか……


 というこの武蔵の物語、なるほど無敵の怨身忍者に対するにはこれだけのキャラクターでなくては、と言いたくなるような濃さ。この巻に収録された武蔵を主人公とする四話は、ひたすら彼のキャラクターの積み上げに費やされたと言ってもよいでしょう。

 が――実を言えば、そんな彼のキャラクターも完全に食っているのが、薩摩のぼっけ者たちのチェストっぷり。いや武蔵編だけでなく、冒頭の霹鬼編も含め、この巻を通じて彼らの大暴走はこちらの脳に強烈に突き刺さります。

「おいは恥ずかしか! 生きておられんごっ!」(切腹)
「チェスト関ヶ原」(サムズアップしながら)
「誤チェストにごわす」「チェストん前 名前訊くんは女々か?」「名案にごつ」
「おはんの名は?」「名を申せ!」「もう言わんで良か!」

 文字面だけで危険な香りが漂うチェストっぷりにやられたのか、武蔵までも「チェストとは”知恵捨て”と心得たり」と言い出す始末。

 正直に申し上げて、『悟空道』の時のようなオーバーヒートぶりを感じてしまい、不安ではあるのですが、しかしこのテンションの高さも本作の魅力。
 チェストはさておき、怨身忍者たちを食いかねない武蔵の物語がどこまで行くのか、まずは見届けましょう。


『衛府の七忍』第4巻(山口貴由 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon
衛府の七忍(4)(チャンピオンREDコミックス)


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2017.08.17

『コミック乱ツインズ』2017年9月号(その二)

 「乱ツインズ」誌9月号の紹介、後半戦であります。

『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 今回から『梅安蟻地獄』がスタート。往診の帰りに凄まじい殺気を放つ侍に襲われ、背後を探る梅安。自分が人違いで襲われたことを知った彼は、その相手が山崎宗伯なる男であること、そして町人姿のその兄が伊豆屋長兵衛という豪商であることを探り出します。

 そしていかなる因縁か、自分に対して長兵衛の仕掛けの依頼が回ってきたことをきっかけに、宗伯を狙う侍に接近する梅安。そして侍の名は……

 というわけで、彦次郎に並ぶ梅安の親友かつ「仕事」仲間となる小杉十五郎がついに登場。どこか哀しげな目をした好漢といった印象のその姿は、いかにもこの作画者らしいビジュアルであります。
 しかし本作の場合、ちょっと彦さんとかぶってるような気もするのですが――何はともあれ、この先の彼の活躍に期待であります。


『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 来月再来月と単行本が連続刊行される本作、里見の八犬士と服部のくノ一の死闘もいよいよ決着間近であります。
 里見家が八玉を将軍に献上する時――すなわち里見家取り潰しの時が間近に迫る中、本多佐渡守邸では、半蔵やくノ一たちを巻き込んで、歌舞伎踊りの一座による乱痴気騒ぎが繰り広げられて……

 と、ある意味非常に本作らしいバトルステージで行われる最後の戦い。己の忍法を繰り出し、そして己の命を燃やす角太郎に、壮助に、さしもの服部半蔵も追い詰められることになります。
 ちなみに本作の半蔵には原作とも史実とも異なる展開が待っているのですが、しかしその一方で原作以上に奮戦したイメージがあるのが面白いところであります。すっとぼけた八犬士との対比でしょうか。

 そして残るは敵味方一人ずつ。最後の戦いの行方は……


『鬼切丸伝』(楠桂)
 信長鬼の血肉を喰らって死後に鬼と化した武将たちの死闘が描かれる鬼神転生編も三話目。各地で暴走する鬼たちに戦いを挑んだ鈴鹿と鬼切丸の少年ですが、通常の鬼とは大きく異なる力と妄念を持つ鬼四天王に大苦戦して……

 と、今回描かれるのは、鬼切丸の少年vs丹羽長秀、鈴鹿vs豊臣秀吉・前田利家のバトル。死してなお秀吉に従う利家、秀吉に強い怨恨を抱く長秀、女人に自分の子を生ませることに執着する秀吉――と、最後だけベクトルが異なりますが、しかし鬼と化しても、いや化したからこそ生前の執着が剥き出しとなった彼らの姿は、これまでの鬼以上に印象に残ります。

 その中でも最もインパクトがあるのはやはり秀吉。こともあろうに鈴鹿の着物を引っぺがし、何だか別の作品みたいな台詞を吐いて襲いかかりますが――しかし彼女も鬼の中の鬼。
 鬼同士の壮絶な潰し合いの前には、さすがに少年の影も霞みがちですが、さてこの潰し合い、どこまで続くのか……


 その他、『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)は、今月も伊達軍vsと佐竹義重らの連合軍の死闘が続く中、景綱が一世一代の(?)大活躍。
 また、『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)は、こちらもまだまだ家慶の日光社参の大行列が続き、次々と騒動が勃発。その中で八瀬童子の猿彦、八王子千人同心の松岡と、これまで物語に登場したキャラクターが再登場して主人公を支えるのも、盛り上がります。


 と、いつにも増して読みどころの多いこの9月号でありました。


『コミック乱ツインズ』2017年9月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年9月号 [雑誌]


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2017.08.16

『コミック乱ツインズ』2017年9月号(その一)

 「乱ツインズ」誌9月号は、野口卓原作の『軍鶏侍』が連載スタート。表紙は季節感とは無縁の『鬼役』が飾りますが、その隅に、『勘定吟味役異聞』のヒロイン・紅さんがスイカを手にニッコリしているカットが配されているのが夏らしくて愉快であります。今回も印象に残った作品を取り上げます。

『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)
 というわけで新連載の本作は、原作者のデビュー作にして、現在第6作まで刊行されている出世作の漫画化。
 原作は南国の架空の小藩・園瀬藩を舞台に、秘剣「蹴殺し」を会得した隠居剣士・岩倉源太夫が活躍する連作シリーズですが、12月号で池波正太郎の『元禄一刀流』を見事に漫画化した山本康人が作画を担当しています。

 第1話は、藩内で対立する家老派と中老派の暗闘に巻き込まれながらも、政の世界に嫌気がさして逃げていた主人公が、自分の隠居の背後にあるある事情を知り、ついに剣士として立つことを決意して――という展開。
 どう見ても家老派が悪人だったり、よくいえば親しみやすい、厳しくいえば既視感のある物語という印象ですが、家老の爬虫類的な厭らしさを感じさせる描写などはさすがに巧みなで、今回は名前のみ登場の秘剣「蹴殺し」が如何に描かれるか、次回も期待です。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 新展開第2話の今回は、敵サイドの描写にが印象に残る展開。吉原に潜み、荻原重秀の意向を受けて新井白石の命を狙わんとする紀伊国屋文左衛門、白石に御用金下賜を阻まれ、その走狗と見て聡四郎の命を狙う本多家、そしてそれらの動きの背後に潜んで糸を引く柳沢吉保――と、相変わらずの聡四郎の四面楚歌っぷりが際立ちます。

 そのおかげで(?)、奉行所の同心に絡まれるわ、刺客に襲われるわ、紅さんにむくれられるわと大変な聡四郎ですが、紅さん以外には脅しつけたり煽ったりとふてぶてしく対応しているのを見ると、彼も成長しているのだなあ――と思わされるのでした。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 北海道編の後編。広大な北海道に新たな、理想の鉄道を敷設するために視察に訪れた島と雨宮。そこで鉄道に激しい敵意を燃やし、列車強盗を繰り返す少女率いる先住民たちと雨宮は出会うことになります。

 そして今回は、先住民の殲滅を狙う地元の鉄道員たちが、島が同乗する列車を囮に彼女たちを誘き寄せようと企みを巡らせることに。それに気付いた雨宮は、一か八かの行動に出るものの、それが意外な結果を招くことになるのですが……

 各地の鉄道を訪れた雨宮が、現地の鉄道員たちとの軋轢を経験しつつ、その優れた運転の腕でトラブルを切り抜け、鉄道の明日に道を繋げていく――というパターンが生まれつつあるように感じられる本作。しかしこの北海道編で描かれるものは、一つのトラブルを解決したとしても、大勢を変えることは到底出来ぬほど、根深い問題であります。

 そんな中で描かれる結末は、さすがに理想的に過ぎるようにも感じますが――その一方で、島に対する雨宮の「自分でも気付かないうちに北海道を特別視していませんか?」という言葉、すなわち島の中にも北海道を「未開の地」、自分たちが好きなように扱える地と見なしている部分があるという指摘には唸らされるのであります。


 長くなりましたので、次回に続きます。


『コミック乱ツインズ』2017年9月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年9月号 [雑誌]


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2017.08.14

山村竜也『幕末武士の京都グルメ日記 「伊庭八郎征西日記」を読む』 泰平と動乱の境目に立っていた青年の姿

 幕末に勇名を馳せた剣客・伊庭八郎の京都行きの日記全文を書き下し文で収録し、解説を付した、タイトルにも負けないユニークな新書であります。その内容そのものもさることながら、『新選組!』などの時代考証で知られる著者による詳細な解説が、面白さや興趣を幾倍にも増してくれる一冊です。

 最近では岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』などでも知られる「伊庭の小天狗」こと伊庭八郎。その彼の日記に、グルメなどという言葉を付すとは――と、本書の題名だけを見て憤慨される方もいるかもしれません。
 が、実はこの題名は正鵠を射たもの。実はこの「征西日記」、勇ましい題名とは裏腹の内容で、一部で有名な日記なのです。

 この日記は、元治元年(1864年)に時の将軍家茂が上洛した際、その一行に随行した八郎が、その年の1月から6月まで163日間分を記したもの。
 この家茂上洛は、基本的に無事に終わったイベント。それゆえこの日記に記されているのも、八郎ら随行の侍たちの勤務ぶりと、毎日の食事や、非番の時に出かけた場所など、ある意味「普通」の内容にすぎません。

 ……が、それが実に面白い。(上洛という特殊事態とはいえ)ここに記されているのは、この当時の幕臣の日常的な勤務や生活の状況であり、それが垣間見られるだけでも、歴史好きには相当興味深いものです。

 しかしそれにも増して面白いのは、それ以外の部分であります。
 もちろん八郎らしく(?)、勤務の傍ら、毎日のように剣術の稽古に参加していたことも記されているのですが、この日記で圧倒的に目に付くのは、彼がうまいものを食べ、暇さえあれば観光地に出かける姿なのですから。

 好物の鰻やお汁粉に舌鼓を打ち(八郎は甘いもの好きでもあったのが窺われるのがまた楽しい)、お馴染みの観光地を巡り――ここで描かれるのは、後の剣士としての活躍とは裏腹の、我々とほとんど全く変わらない、等身大の人間像。そしてそれがまた、実に微笑ましく、魅力的に観じられるのです。


 そして、そんな等身大の八郎の日記を楽しむのを助け、そしてその楽しさを大いに増しているのが、著者による解説であります。

 日記というものは――この八郎の日記に限らず――その人物の日常を記すもの。それはその人物にとっては当たり前のことであり、特別なことでもなければ、内容にわざわざ説明が付すようなものではありません。
 しかし、彼にとって当たり前でも、記されているのは約150年も前の出来事。さらに八郎の周囲の人間関係なども、我々がその内容を知る由もありません。

 その当たり前だけにスルーされていることの一つ一つを、本書は拾い上げ、解説してみせるのです。日記に登場する言葉は何を指しているのか。姓のみ、名のみ登場する人物は何者なのか……
 時に別の記録と照合しつつ、丹念に解説することで、我々はいささかの違和感なく、まるで昨日記されたもののように八郎の日記を、彼の生活を楽しむことができるのです。

 言葉にすれば当たり前のようでいて、これがどれだけ難しいことか……


 それにしても八郎が戊辰戦争に参加し、その命を散らしたのはこのわずか5年後。ここに記された日常の姿と、5年後の非常の姿と、どちらが本当の彼の姿だったのか……本書を読んでみれば、つくづく考えさせられます。
 あるいはこの日記に描かれているのは、泰平の江戸時代と、動乱の幕末の境目に立っていた八郎の、一人の青年武士の姿と言うべきかもしれません。

 そしてそれを象徴するように感じられるのが、日記の終盤に記された、ある出来事であります。

 江戸に帰還途中の八郎のもとに飛び込んできた報せ――それは、幕末ファンであれば知らぬものとてない、ある超有名な事件の発生を告げるものであります。
 それまで「幕末」らしさとはほとんど無縁な、平和な日常を記したこの日記。そこに唐突にこの事件の報が飛び込み、そして八郎をも巻き込んでいく様は、まさしく「事実は小説より奇なり」と言うほかありません。

 が、この事件が彼にとってはほとんどニアミス状態で終わるのが、また「らしい」ところでなのですが……

 しかしここは、この日記があくまでも泰平を楽しむ伊庭八郎の姿を描いて終わってくれることに、感謝すべきなのかもしれません。
 本書の中の伊庭八郎は、いつまでも平穏な日常を楽しむ、一人の青年としての姿を留めているのですから。


『幕末武士の京都グルメ日記 「伊庭八郎征西日記」を読む』(山村竜也 幻冬舎新書) Amazon
幕末武士の京都グルメ日記 「伊庭八郎征西日記」を読む (幻冬舎新書)

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2017.08.05

輪渡颯介『溝猫長屋 優しき悪霊』 犠牲者の、死んだ後のホワイダニット!?

 時代怪談ミステリの第一人者、輪渡颯介の新シリーズ、早くも第二弾の登場です。「幽霊がわかる」ようになってしまう長屋の祠にお参りした四人の悪ガキたちの行く先々に現れる幽霊の男。現れるたびにその男が告げる人間の名前に込められた意味とは……

 やたらとたむろしている猫が溝に入り込んでいることから「溝猫長屋」の異名を持つ裏長屋。ある一点を除けばごく普通のこの長屋に住む忠次、銀太、新七、留吉の四人が、しきたりに従って長屋の祠に詣でたのがすべての物語の始まることとなります。
 実はかつて長屋で非業の死を遂げた少女を祀るこの祠は、詣でれば幽霊がわかるようになってしまうという曰く付き。しかもそれは、「嗅覚」「聴覚」「視覚」の形で、その時によって別々の子供に訪れるのです。

 かくて、おかしな形で幽霊と関わり合うこととなった四人は、それがきっかけでとある事件を解決することになり、まずはめでたしだったのですが――彼らがその後おとなしくしているはずもありません。

 寺子屋に建て替えの話が出たのをきっかけに、その間の仮移転先になる仏具屋・丸亀屋の空き店を訪れ、そこでかくれんぼを始める四人。しかしその最中、忠次は目の前でみるみるうちに腐っていく男の幽霊に遭遇し、一方で留吉は、幽霊が「おとじろう」と告げるのを耳にするのでした。

 そしてその直後に店の裏手から発見されたのは、その幽霊として現れた男・儀助の死体。丸亀屋の娘の婿になるはずだった彼は、半年前に行方不明になっていたのです。
 そして次の婿候補の名が「乙次郎」だったこと、そして乙次郎も行方不明となったことを知った子供たちは……


 これまで(本来であれば)恐ろしい幽霊騒動を、たっぷりのユーモアと、ひねりの効いたミステリ味で描いてきた作者。もちろん本作においても、その味わいは健在です。

 そんな中でも何よりも特徴的なのは、幽霊が現れるたびに、子供たちが一人一人、別々の三つの感覚で幽霊を感じ取ってしまう点であることは間違いないでしょう。
 一度に全て感じてしまうのではなく、ある時は幽霊の姿を、ある時は幽霊の声を、またある時は幽霊(というか死体)の臭いを……子供たちがバラバラに感じ取ることで、恐ろしい状況が、何やらややこしい状況に一変してしまうのが楽しい。何しろ幽霊までも困惑してしまうのですから……

 しかもこの遭遇がローテーション性(一度ある感覚に当たれば、同じ感覚はそれ以降回ってこない)だったり、今回も子どもたちの中で銀太だけ、毎回どの感覚にも当たらない(幽霊を感じられない)仲間外れ状態だったりというお約束が今回も健在なのが、実に愉快なのです。


 しかし本作の面白さはそれにとどまりません。本作の最大の魅力は、幾度も子供たちの前に現れる儀助の幽霊の行動――現れる度に別々の人間の名前を口にする、その行動の謎にあるのです。

 幽霊が誰かの名前を口にする――怪談話ではしばしば見られるこのシチュエーションですが、その内容は文字通りダイイングメッセージ、すなわち自分を殺した犯人の名を告げるのが一つの典型でしょう。
 しかしそうだとしたら、毎回違う人物の名前が出るのに平仄が合わない。実は儀助が告げる名前には、ある共通点があり、警告としての意味があるのですが――しかしそうだとすれば、なぜそんな回りくどい行動を取るのか? 自分を殺した下手人の名を告げれば、一度に解決するはずなのに……

 ミステリには、ある人物の行動の理由を解き明かすホワイダニットというスタイルがあります。ほとんどの場合、それは犯人の反抗理由なのですが――本作の場合、何と犠牲者の、それも犠牲になった後の行動のホワイダニットだったとは。
 これは間違いなく、怪談ミステリというスタイルでなければ描けない内容であります。

 正直なところ、犯人の正体自体は、容易に予想がつくところではあります。しかしこの変化球のホワイダニットにより、物語に意外性と、新たな興趣が生まれているのは間違いありません。


 そして今回もまた、厳しくも温かく子供たちを見守る大人たちが、事件を丸く収めるために奔走するのですが――怖っ! この人たちの方がよっぽど怖い……
 四人の子どもたちを引きずり回す自称箱入り娘のお紺も含め、幽霊や悪人とは別のベクトルでおっかない大人たちの「活躍」にも肝を冷やすことになる、何とも最後の最後までユニークな作品です。


『優しき悪霊 溝猫長屋 祠之怪』(輪渡颯介 講談社) Amazon
優しき悪霊 溝猫長屋 祠之怪


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2017.07.17

『コミック乱ツインズ』2017年8月号

 今月の『コミック乱ツインズ』誌は、表紙&巻頭カラーが、単行本第1・2巻が発売されたばかりの『勘定吟味役異聞』。今回も印象に残った作品を一作品ずつ取り上げましょう。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 というわけで新章突入の本作は、原作の第2巻『熾火』の漫画化となる模様。

 死闘の末、勘定奉行・荻原重秀と紀伊国屋文左衛門を追い落とすことに成功したかに見えた水城聡四郎ですが、結局重秀は奉行の座を退いたのみで健在。彼が手にしたものはわずか五十石の加増のみ、周囲からは新井白石の走狗と見做され、その白石からはもっと働けと責められるという理不尽な扱いを受けることになります。
 そんな中、名門・本多家に多額の金が下賜されていることを知った聡四郎ですが、その背後にはあの柳沢吉保が……

 というわけで新章第1回はまだプロローグといった印象ですが、大物の登場で物語は早くも波乱の予感であります。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 徳川慶喜相手に、「自らの手で日本の鉄道を世界一にする」と宣言した島安次郎。相棒(?)の凄腕機関手・雨宮とともに、その世界一を目指すために彼が向かった先は――最新鋭のアメリカ製機関車が走る北の大地・北海道! というわけで、こちらも新章スタート。これまで同様、雨宮が現地の鉄道の関係者とやりあって……という展開になりますが、さらりと雨宮が凄腕ぶりを見せてくれるのが楽しい。

 しかし底意地の悪さでは洒落にならない現地の機関手の妨害であわや列車から振り落とされかけた彼は、さらに列車強盗にまで出くわして……と災難続きであります。
 その強盗たちの正体が○○○というのはベタといえばベタかもしれませんがやはり面白い。さてこの出会いが、この先どう物語に作用するか、楽しみであります。


『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 クライマックス目前となった本作、冒頭で描かれるのは、前回繰り広げられた犬江親兵衛と服部半蔵の死闘の行方。孤軍奮闘の末に半蔵に深手を負わされた親兵衛の最後の忍法・地屏風が炸裂! と、原作で受けたイメージ以上に壮絶なその効果に驚きますが、彼がそれを会得するに至ったエピソードは省かれてしまったのは、猛烈に残念……

 それはさておき、死闘の末に八玉のうちの二つを取り戻し、残るは二人のくノ一が持つ二つの玉。しかし半蔵は外縛陣ならぬ内縛陣で二人を閉じこめ、時間切れで里見家お取り潰しを狙います。
 しかし、人の顔を別人に変える術を持つ大角は己の顔にそれを施し、そしてついに最後の八犬士・荘助の素顔(そういえばイケメンだった)を見せ……と、物語は本多佐渡守邸に収斂し始めました。

 あと数刻でお取り潰しという状況下でも決して希望を失わず、「諦めてはいけません 彼らを信じるのです 里見(わたしたち)の八犬士を!!」と語る村雨姫の周囲に、これまで散っていった者たちも含めた八犬士の姿が描かれるという、最高に盛り上がるラストで、次回に続きます。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 信長鬼の蒔いた鬼の種により、生前強い因縁を残して死んだ武将たちが鬼に転生! とまさかの転生バトルロイヤルもの展開に突入した本作ですが、いよいよ今回からバトルスタートいたします。

 子孫を残すという妄念に取り憑かれ、次々と女たちを襲う秀吉鬼と鈴鹿御前が対峙、鬼切丸の少年の方は、その秀吉を討たんとする長秀鬼と対決するという状況で両者は合流。武将鬼の意外な強さに苦戦する御前と少年ですが、さらにそこに第三の鬼が……と、いきなりの激戦であります。
 秀吉鬼の目的や悍ましい行動等、単独で題材にしても面白かったのでは……という印象がある今回のエピソード。その意味では少々勿体ない印象もありますが、甦った者たちの目的が単一ではなく、それどころか相争うことになるのが、実に面白いところです。

 人としての妄念を貫いた末に、鬼の本能すら上回ってしまった戦国武将たち。果たしてこのバトルロイヤルの終わりはどこにあるのか……次回以降も気になるところです。


『コミック乱ツインズ』2017年8月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年8月号 [雑誌]


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