2018.05.23

横田順彌『時の幻影館 秘聞 七幻想探偵譚』 明治の科学小説家が出会う七つの怪事件


 明治SF研究の第一人者である作者による明治ものSFの中でも中核をなす、鵜沢龍岳ものの第一弾――昨年同じシリーズの長編『星影の伝説』と合本で復刊した全七話の短編集であります。新進科学小説作家である龍岳とその師たる押川春浪が次々と出会う、奇怪で不思議な事件の真相とは……

 明治時代に発表されたSFの研究から始まり、その中心人物とも言うべき押川春浪と周囲の人々の伝記執筆、さらには明治文化の研究といった活動を行っている作者。
 しかし作者の本分はあくまでもSF小説であり、この両者が結びついて明治時代を舞台としたSFが発表されたのは、むしろ当然の成り行きというべきでしょう。

 その第一作『火星人類の逆襲』は一大冒険スペクタクルというべき大活劇でしたが、続く本作は、それとは打って変わった、どこか静謐さすら感じさせる、奇妙な味わいのSF幻想譚を集めた作品集であります。

 科学小説家を志し、念願かなって斯界の第一人者・押川春浪に認められ、彼が主筆を務める「冒険世界」誌の連載作家となった青年・鵜沢龍岳。
 ある日、春浪からとある村で起きた奇妙な事件――ギリシア人の未亡人の住む屋敷が不審火で全焼した事件の調査を依頼された彼は、そこで春浪の友人である警視庁の刑事・黒岩四郎と、その妹・時子と出会い、行動を共にすることになります。

 目の不自由な老婆と、生まれつき目の見えない孤児の少年と暮らしていたという婦人。少年の目が手術で回復するという矢先、不審火で婦人と老婆もろとも焼け落ちた屋敷の跡からは、数多くの蛇の死体が……

 という記念すべき第一話『蛇』に始まる本シリーズ。そこで共通するのは春浪・龍岳・時子・黒岩の四人、そして春浪が主催するバンカラ書生団体「天狗倶楽部」の面々が、科学では説明のつかないような事件に遭遇することであります。

 数々の女性を毒牙にかけてきた男が蠍に刺し殺され、高い鳥居の上に放置された姿で発見される『縄』
 畝傍の乗組員を名乗る男が海の上で暴行されかけた女性の前に現れ、彼女を救って消える『霧』
 隕石が落ちて以来、病人がいなくなり、人付き合いが悪くなった村に向かった龍岳が不思議な女性と出会う『馬』
 突然龍岳と友人・荒井の前に現れた何者かに追われる男。その男が荒井の妹が事故に遭う歴史を変えたと語る『夢』
 日本人初の飛行実験中、突如飛行士が取り乱して墜落する瞬間、一人の少年のみが飛行士と何者かの格闘を目撃する『空』
 事故で沈没した潜水艦の艦長の上官が、自宅で頭が内部から弾け飛ぶという奇怪な死を遂げる『心』

 いずれも実に「そそる」内容ばかりですが、しかし本作の最大の特徴は、それぞれの物語の結末にあるかもしれません。

 作者が単行本のあとがきで、どの作品も「起承転結」ならぬ「起承転迷」もしくは「起承転?」となっていると語るように、どの作品も、一応は結末で謎は解けるのですが――しかしその真相が常識では計り知れないものであったり、更なる謎を呼ぶものであったり、何とも後を引くものなのであります。
 作中で春浪が(ある意味身も蓋もないことながら)「これは科学小説、いや神秘小説の世界だ」と語るような結末を迎える本作は、まさに副題にあるように「幻想探偵譚」と評すべきものでしょう。

 もっとも、この趣向は、一歩間違えれば「こんな不思議なことがありました」という単なるエクスキューズを語って終わりになりかねない点があるのもまた事実。
 特に『縄』のオチは、は、いくら明治時代が舞台の作品でも――と、何度読んでも(悪い意味で)唖然とさせられるものがあります。

 もちろんそれだけでなく、例えば『空』は飛行機という当時最先端の科学と、一種の祟りという取り合わせの妙が素晴らしい作品。
 さらにその怪異を目撃するのが少年時代の村山槐多というのもまた、登場人物のほとんどが実在の人物という本シリーズの特徴を最大限に活かした点で、何とも心憎いところであります。

 本作が全体を通じて、いずれも一種プリミティブなSF的アイディアに依っている点は好き嫌いが分かれるでしょう。しかし全体を貫く落ち着いた、ある種品のある文章には、何とも得難い味わいがあり、読んでいて不思議な安らぎを感じるのもまた事実であります。

 今回の合本は短編集3冊と長編3作を合わせて全3巻としたもの。近日中に本作と合本の長編『星影の伝説』、そして残る作品もご紹介したいと思います。

『時の幻影館 秘聞 七幻想探偵譚』(横田順彌 柏書房『時の幻影館・星影の伝説』所収) Amazon
時の幻影館・星影の伝説 (横田順彌明治小説コレクション)

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2018.05.20

「コミック乱ツインズ」2018年6月号


 今月の「コミック乱ツインズ」誌は、表紙&巻頭カラーが『用心棒稼業』(やまさき拓味)。レギュラー陣に加え、『はんなり半次郎』(叶精作)、『粧 天七捕物控』(樹生ナト)が掲載されています。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 先月に続いて鬼輪こと夏海が主人公の今回は、前後編の後編とも言うべき内容です。
 旅の途中、とある窯元の一家に厄介になった夏海。彼らのもとで生まれて初めて心の安らぎを得た彼は、用心棒稼業を抜けて彼らと暮らすことを選ぶのですが――鬼輪番としての過去が彼を縛ることになります。

 夏海の設定を考えれば(いささか意地の悪いことを言えば)この先どうなるかは二つに一つ――という予想が当たってしまう今回。そういう意味では意外性はありませんが、夏海の血塗られた過去と、悲しみに沈む心を象徴するように、雨の夜(今回もあえて描きにくそうなシチュエーション……)に展開する剣戟が実に素晴らしい。
 駆けつけた坐望と雷音の「用心棒」としての啖呵も実に格好良く印象に残ります。

 それにしても最終ページに「終」とあるのが気になりますが……

『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)
 隠密(トラブルシューター)の裏の顔を持つ漢方医・桃香を主人公とした本作、今回の題材は子供ばかりを狙った人攫い。彼女の顔見知りの母子家庭の娘が、人攫いに遭いながらも何故か戻された一件から、桃香は事件の背後の闇に迫るのですが――その闇があまりにも深く、非道なものなのに仰天します。
 この世界のどこかで起きているある出来事を時代劇に翻案したかのような展開はほとんど類例がなく、驚かされます。

 一方、娘を攫った犯人が人間の心を蘇らせる様を(色っぽいシーンを入れつつ)巧みに描いた上で、ラストに桃香の心意気を見せるのも心憎い。前後編の前編ですが、後編で幸せな結末となることを祈ります。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 今回から原作第3巻『秋霜の撃』に突入した本作。六代将軍家宣が没し、後ろ盾を失ったことで一気に江戸城内での地位が低下した新井白石と、新たな権力者となった間部越前守の狐と狸の化かし合いが始まります。
 その一方、白石がそんな状態であるだけに自分も微妙な立場となった聡四郎は、人違いで謎の武士たちの襲撃を受けるもこれを撃退。しかし相手の流派は柳生新陰流で……

 と第1回から不穏な空気しかない新展開ですが、聡四郎を完全に喰っているのは、白石のくどいビジュアルと俗物感溢れる暗躍ぶり(キャラのビジュアル化の巧みさは、本当にこの漫画版の収穫だと思います)。
 そんな暑苦しくもジメジメした展開の中で、聡四郎を想って愁いに沈んだり笑ったりと百面相を見せる紅さんはまさに一服の清涼剤であります。

『鬼切丸伝』(楠桂)
 今回はぐっと時代は下って江戸時代前期、尾張での切支丹迫害(おそらくは濃尾崩れ)を描くエピソードの前編。幕府や大名により切支丹が無残に拷問され、処刑されていく中、その怨念から切支丹の鬼が生まれることになります。
 切支丹であれ鬼を滅することができるのは鬼切丸のみ――のはずが、その慈愛と赦しで鬼になりかけた者を救った伴天連と出会った鬼切丸の少年。それから数十年後、再び切支丹の鬼と対峙した少年は、その鬼を滅する盲目の尼僧・華蓮尼と出会うこととなります。

 鬼が生まれる理由もその力も様々であれば、その鬼と対する者も様々であることを描いてきた本作。今回は日本の鬼除けの札も通じない(以前は日本の鬼に切支丹の祈りは通じませんでしたが)弾圧された切支丹の怨念が生んだ鬼が登場しますが、それでも斬ることができるのが鬼切丸の恐ろしさであります。
 しかし今回の中心となるのは、少年と華蓮尼の対話でしょう。己の母もまた尼僧であったことから、その尼僧に複雑な感情を抱く少年に対し、彼の鬼を斬るのみの生をも許すと告げる華蓮ですが……

 しかし鬼から人々を救った尼僧の正体は、金髪碧眼の少女――頭巾で金髪を、目を閉じて碧眼を隠してきた(これはこれで豪快だなあ)彼女は、役人に囚われることに……
 禁忌に産まれたと語る尼僧の過去――は何となく予想がつきますが、さて彼女がどのような運命を辿ることになるのか? いつものことながら後編を読むのが怖い作品です。

 その他、今号では『カムヤライド』(久正人)、『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)が印象に残ったところです。

「コミック乱ツインズ」2018年6月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年6月号 [雑誌]

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2018.05.15

渡千枝『黒き海 月の裏』第1-2巻 千里眼少女を襲う運命の荒波


 ホラー漫画で活躍してきた作者が、大正時代を舞台に、千里眼の少女と彼女を取り巻く人々の辿る数奇な運命を描いた異色のサスペンスロマン――細谷正充の『少女マンガ歴史・時代ロマン決定版全100作ガイド』で取り上げられた名作の一つであります。

 大正時代の熱海で、芸者の母と暮らす少女・夕里。彼女は生まれつきほとんど盲目ながら、幼いころから人には見えぬものが見え、透視や未来予知すら行う千里眼の持ち主でありました。
 ある日、その力がきっかけで大病院の娘・環とその兄・隆太郎、そして貿易商の息子・俊樹と知り合い、友人となる夕里ですが、母は身分違いだといい顔をせず――特に隆太郎と環に近づくことを強く禁じるのでした。

 しかしその母が、殺人の疑いをかけられ、何故か抗弁もせずに牢に繋がれたことから、母を助けるために念写を使うこととなった夕里。さらに病に倒れた母を救うため、超能力に強い興味を持つ隆太郎の手引きで夕里は東京に出るのですが――そこで彼女は何者かに命を狙われることになります。
 ついには誘拐されて横浜のカフェに売り飛ばされる夕里。しかしそこでも優しさを失わず生きる彼女に、周囲の人々は心を開いていくことになります。

 やがて隆太郎と再会する夕里ですが、しかし彼は以前と打って変わってよそよそしい態度を見せることに。そして環は俊樹に気遣われる夕里に複雑な感情を抱くようになります。
 そんな中、幼い頃から悩まされてきた幻覚――ひたひたと迫る真っ黒な海と廃墟と化した街――がいよいよ強くなるのを感じた夕里は、ついには荒れ果てた街の写真を念写するのですが……

 美しい心と容姿を持ちながらも、貧しくハンディキャップを背負った少女が、苦境に負けず強く生きる――というのはロマンスの一つの定番。
 本作もその一つと言うべきですが――しかしむしろ、その内容と展開には、懐かしの大映ドラマ的な味わいを感じさせる、波瀾万丈過ぎるものがあります。

 幼くして父を失い、母は濡れ衣で投獄されてさらに結核となり、金策のためにカジノに行けばそこで火事に巻き込まれることに。
 さらに執拗につきまとう悪徳探偵に誘拐されて横浜のカフェに売られ、千里眼を見せ物にすることになり、そこでも殺人事件と横領事件に巻き込まれて拉致監禁される羽目に……

 と、次から次へと苦難と不幸に襲われる夕里。そんな彼女の支えになるのが隆太郎と俊樹、そして環たちなのですが――(大体予想がつくように)やがてその中で三角四角と愛憎が入り乱れ、夕里はさらに苦しむことになります。
 その苦しみの何割かは、彼女と母を次々と苦しめ、夕里の命すら狙う隆太郎と環の祖母によるものなのです、しかし何故に夕里はそこまで敵視されなければならないのか……

 この辺り、何となく先の展開は予想できるものの、物語の浮き沈みの激しさと登場人物の運命の触れ幅の大きさを前にすれば、こちらはもう感情を鷲掴みにされ、そして思い切り振り回されるほかありません。(ここまで振り回されればむしろ快感に!)

 そしてそんな物語を引っ張り、動かし、アクセントとなっているのが、夕里の千里眼であることは言うまでもありません。人の未来を見通し(死期を悟り)、隠された物を見通し、遙か離れた地の出来事を知る――そんな千里眼の力は、目の見えない夕里にとって強い武器とも言えます。
 しかしそれは同時に周囲に知られてはならない秘密であり、盲目以上のハンディキャップでもあります。千里眼の女性がその能力の真贋を疑われて命を絶ったのも記憶に新しい中、彼女が千里眼だと知られれば、周囲の好奇の目に晒され、より不幸な目に遭うことは容易に想像できるのですから。

 そしてサスペンス色、ミステリ色の強い本作においては、彼女の能力は、普通であればわからぬことを明るみに出して物語を引っ張っていくものであり、そして同時に知ってはならぬことを知ることで新たなドラマを生み出すものでもあります。
 この千里眼という本作ならではの特色を様々に生かすことで、物語はより予測できない方向に転がり、否応なしに盛り上がるのであります。

 しかし――その物語の先に待つものは何であるのか、その答えこそが「黒き海」なのでしょう。
 夕里が予知したそのビジョンが何を指すのか、それは時代背景を考えれば容易に察せられるところですが――さてそのカタストロフを前に、彼女は、周囲の人々はどのような運命をたどるのか。更なる波乱が待つ後半2巻も近日中にご紹介いたします。

『黒き海 月の裏』(渡千枝 ぶんか社まんがグリム童話) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
黒き海 月の裏 (1) (まんがグリム童話)黒き海 月の裏 (2) (まんがグリム童話)

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2018.04.19

「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その二)


 今月の「コミック乱ツインズ」誌の紹介のその二であります。

『薄墨主水地獄帖』(小島剛夕)
 「地獄の入り口を探し求める男」薄墨主水が諸国で出会う事件を描く連作シリーズ、今回は第3話「無明逆手斬り」を収録。

 とある港町に夜更けに辿り着いた主水が、早速町の豪商・唐津屋のもとに忍び込んだ盗賊・七助と出会い、見逃してやったと思えば、無頼たちにあわや落花狼藉に遭わされかけていた娘・富由を救うために立ち回りを演じて、と冒頭からスピーディーな展開の今回。
 唐津屋の客人となっている父を訪ねて来たものの追い返され、襲われることとなった富由のため、主水の命で再度忍び込んだ七助がそこで見たものは……

 タイトルの「無明」とは、上で述べた富由を救った際、相手を斬ったものの目潰しを受けて一時的に失明した主水を指したもの。その主水が、襲い来る唐津屋の刺客に対して、敢えて不利を晒し、逆手抜刀術で挑む場面が本作のクライマックスとなっています。
 が、悪役の陰謀が妙に大仕掛けすぎること、何よりも非情の浪人である(ように見える)主水が、口では色々言いつつも盗賊を子分にしたり薄幸の娘のために一肌脱ぐというのは、ちょっと普通の時代劇ヒーローになってしまったかな――という印象があるのが勿体ないところではあります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 これまでしばらく戦国時代を舞台としてきた本作ですが、今回は一気に時代は遡り、鬼切丸の少年が生まれてさほど経っていない平安時代を舞台としたエピソード。題材となるのは、かの絶世の美女の末路を題材とした卒塔婆小町であります。

 かつて絶世の美女として知られた小野小町。数多の貴族から想いを寄せられながらも決して靡くことのなかった小町は、その一人である深草少将に百夜通ってくることができれば心に従うと語るも、彼はその百夜目に彼女のもとに向かう途中、息絶えてしまうことに。
 無念の少将の怨念は小町を老いても死ねぬ体に変え、やがて彼女は仏僧の説法も効かぬ鬼女と化すことに……

 と、「卒塔婆小町」と各地の鬼婆伝説をミックスしたかのような内容の今回。妙にその両者がしっくりとはまり、違和感がないのも面白いのですが、鬼小町の真実が語られるクライマックスの一捻りもいい。
 本作の一つの見どころは、鬼と人間の複雑な有り様に触れた少年が最後に残す言葉とその表情だと感じますが、今回は人の色恋沙汰に踏み込んでしまった彼のやってられるか感が溢れていて、ちょっとイイ話ながら微笑ましい印象もある、不思議な余韻が残ります。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 老年・壮年・青年の三人の浪人が、用心棒稼業を続けながら、それぞれの目的を果たすため諸国を放浪する姿を描く本作。これまで過去2回では「終活」こと雷音大作、「仇討」こと海坂坐望の過去を踏まえたエピソードが描かれましたが、今回はある意味最も気になる男「鬼輪」の主役回となります。
 かつて御公儀探索方鬼輪番の一人でありながら、嫌気がさしてその役目を捨て、気ままな用心棒旅を送っている青年、「鬼輪」こと夏海。スリにあった角兵衛獅子の少女のために、もらったばかりの用心棒代を全て渡してしまうほどのお人好しの彼ですが、しかし鬼輪番たちは「鬼」たることを辞めた彼を見逃すことなく、海上を行く船の上で夏海と大作・坐望に襲いかかることに……

 作者のデビュー作である小池一夫原作の『鬼輪番』を連想させる(というかそのまま)のワードの登場で大いに気になっていた「鬼輪」が、やはり鬼輪番、それもいわゆる抜け忍であったことが明かされた今回。その名前は夏海と、作者単独クレジットの『鬼輪番NEO』の主人公と同じなのもグッとくるところであります(もっともあちらとは出生も舞台となる時代も異なる様子)。
 そのためと言うべきか、お話的にはラストの一捻りも含め、いわゆる抜け忍もののパターンを踏まえた内容ではありますが、暗い過去に似合わぬ夏海の明るいキャラクターと、二人の仲間との絆が印象に残ります。

 そして本作の最大の見どころであるクライマックスの大立ち回りの描写ですが、今回は鬼輪番たちとの海中での死闘を、1ページ2コマを4ページ連続するという手法で描いてみせるのが素晴らしい。海中ゆえ戦いの様子がよく見えないという、一歩間違えれば漫画としては致命的になりかねない手法が、かえって戦いの厳しさと激しい動きを感じさせるのにはただ唸るばかりであります。


 次号はその『用心棒稼業』が巻頭カラー。カラーでどのような画を見せてくれるのか、今から楽しみであります。


「コミック乱ツインズ」2018年5月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年5月号 [雑誌]


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2018.04.03

山口貴由『衛府の七忍』第5巻 武蔵、二人の「父」との対峙の果てに

 昨年末の『このマンガがすごい! 2018』にランクイン(僭越ながら私も一票投じさせていただきました)し、これまで以上に勢いに乗る『衛府の七忍』。その第5巻で描かれるのは、鬼を斬る者・宮本武蔵編の後半と、そして六人目の怨身忍者・霧鬼編の開幕であります。

 大坂城から落ち延びながらも、落ち武者狩りの無惨に遭い、怨身忍者と化した明石全登の娘・レジイナ。フンガー・ざます・ガンスな感じの三人の供とともに人外と化した彼女に、幾人もの武者を血祭りに上げられた薩摩は、一人の武芸者に望みを託します。
 それこそが宮本武蔵――神童・佐々木小次郎を倒したばかりの彼は、荒っぽすぎる薩摩のぼっけ者たちの試しを難なく乗り越え、相応しい者に絶大な力を与える拡充具足をまとい、チェスト精神で鬼たちに挑むことに……

 というテンションの高すぎる前巻を受けて描かれるのは、武蔵と三人の従者、レジイナ、そして復活した魔人・明石全登との三番勝負。
 武蔵に勝るとも劣らぬ人外の存在との対決は、第4巻とはまた別の意味でのテンションの高さを貫いてみせた名勝負揃いであります。
(特に武蔵が拡充具足を赤sy――いや、石火憑着するシーンはケレン味溢れる名場面!)

 ……が、ここで武蔵の前に立ち塞がる真の敵がもう一人います。その敵の名は、宮本無二――十手術の使い手であり、武蔵の父であります。
 幼い頃から武蔵を辻に立たせ、命を的に銭を稼ぐ毎日を送らせてきた無二。その武蔵の少年時代の描写は決して多くはありませんが、彼が虐待というも生ぬるい扱いをくぐり抜けてきたことは想像に難くありません。

 いま最強の敵・明石全登――十字架を戴き、己の娘の死をも寿いでみせるこの父を前にした時、武蔵が同時に相手にするのは、「十字」を手に、己の息子の「死」を望む「父」の姿。
 この戦いは、既に最強の剣士となったはずの彼が、己の原点を乗り越え、なおも先に進むためのものであった――そう言えるのかもしれません。

 そして個人的に興味深かったのは、明石全登が武蔵を武芸人と呼び、武将からは一段低い存在と見られている点であります。
 無二が剣を既に無用のものと見ていた事も合わせれば、あるいは武蔵もまた、この先の時代に身の置き所のないまつろわざる者であったのかもしれませんが――しかしこの物語の結末において、彼はそれとは正反対の道を歩むことになります。

 「鬼」を斬る者の元祖とも言うべき大吉備津彦命――すなわち桃太郎。伝説の二人の剣豪を率いる彼が、武蔵を「鬼哭隊」に迎えることを暗示して――すなわち魔剣豪の誕生を描いて、この章は終わることになります。


 そして再び主人公は怨身忍者、真正の六番目であろう霧鬼の登場となるのですが――しかしこの章のタイトルは、再びこちらの度肝を抜いてくることになります。その名は――「人間城ブロッケン」!

 いやはや、ここで登場するであろう霧鬼は、本作の怨身忍者たちのモチーフである『エクゾスカル零』に登場するヒーローの一人・武葬憲兵霧。その霧は巨大武者・舞六剣を連れていたことを思えばその登場はむしろ必然、何ら不思議ではありませんが――時代ものの方でむしろカタカナになるネーミングセンスに脱帽であります。

 ……閑話休題、この人間城ブロッケンこそは、かつて武田信玄が三方ヶ原で後の天下人・家康を敗走させしめた武田の奥の手――信玄をその頭部に収める巨大ロボット。
 「人は城、人は石垣、人は堀」は言うまでもなく信玄の名言ですが、この世界においてその言葉の意味はこれであったか! とあまりのセンスオブワンダーぶりに震えるほかありません。

 しかし信玄の死とともにブロッケンは失われ、ただその起動に必要となる軍配のみが、諏訪家に残されるのみ。そしてその諏訪家の現当主・諏訪頼水が、ある娘を見初めたことから物語が動き出すことになります。そしてその娘の素性とは……
 いやはや、これまで数々のまつろわぬ民――徳川政権下で抑圧されることとなる社会集団の人々を描いてきた本作ですが、今度はこの人々か! と驚くほかありません。

 しかし物語の方はまだ始まったばかり、頼水とこの娘――てやが引き起こした波乱に巻き込まれるであろう少年・ツムグがこの先如何なる運命を辿ることになるのか?
 そしていまだ姿を見せぬ霧鬼、そしてブロッケンが如何なる形で登場することになるのか。一山越えてもう一山、先が見えぬ本作ですが、もちろんそれは望むところであります。


『衛府の七忍』第5巻(山口貴由 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon
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2018.03.25

山田睦月『コランタン号の航海 フィドラーズ・グリーン』 インドから最後の戦いへ、最後の航海へ

 彼岸と此岸の狭間を行くイギリス海軍コランタン号の冒険もこの第4部でいよいよ完結。秘宝・ガンガーの封じ珠を奪った宿敵ベシャール大佐を追ってインドに辿り着いたコランタン号ですが、想像以上の混沌たる状況にルパートは戸惑うばかり。そして冒険の果てに、ついに最大の敵と対峙したコランタン号は……

 かつてイギリスの手によってインドから持ち出された謎の秘宝・ガンガーの封じ珠を追ってロンドンからアフリカ、そしてついにインドに向かうこととなったコランタン号。
 到着早々、上空に女神の幻影を見るなど驚かされるルパートですが、さらに身分が高い夫が死んだ後、妻が焼身自殺する「サティー」の風習を知り、大いに戸惑うことになります。

 そのサティーを止めため、ウダル王国に向かうコランタン号ですが、逆にサティーを利用せんとしていたのがベシャール大佐。身内の思わぬ裏切りもあり、封じ珠の継承者であるアルジュンを奪われたコランタン号は、彼の故郷・ベナレスに急ぐことになります。
 しかしそこで起きた衝撃的な出来事により、事態は全く予想もしなかった方向に……


 19世紀のイギリスの海外進出の象徴ともいうべき国・インド。まさにその時代(の始まり)を描く本作において、インドが舞台となるのはある意味当然かもしれません。
 しかしそのインドは、イギリスに暮らしていたルパートにとっては異世界とも言うべき世界。風物も、文化も、社会制度も――全てが異質な世界に、ルパートは大きく戸惑うことになります。

 その最たるものが、本作の鍵ともなるサティーの風習でしょう。妻が夫に殉死するというその文化を、他国の目で見て一方的に批判することはできませんが――そして前作の経験からそうした見方の理不尽を知るルパートにとってはなおさら――しかしやはり大きな違和感があるのは否めません。

 そしてそのサティーは、かつてコランタン号のある人物の運命を大きく変え、さらにベシャール大佐が己の目的のために利用せんとするもの。
 それを思えば、この風習はインドという世界の異質さだけでなく、本作で繰り返し書かれてきた彼岸と此岸の境目をも象徴するものでもあるのではないか、というのはいささか牽強付会かもしれませんが……


 しかし本作は終盤において、このインドでの物語から驚くべき形の飛躍を見せ、最終決戦に突入することになります。

 それがどこに向けての飛躍であり、決戦の地で何が待ち受けているのか――それをはっきりと書くのはさすがに躊躇われるのですが、本シリーズの舞台となっているのがナポレオン戦争である、と申し上げれば十分ではないでしょうか。
 いや本当に、最終作の本作の舞台はインドなのに、どうやってこの戦争に繋げていくのだろう――と思いきや、こうきたか! と仰天必至の展開であります。

 しかし一歩間違えれば突然すぎるこの展開も、コランタン号が如何なる船であるか、ガンガーの封じ珠が如何なる力を持つものか、そしてルパートがその旅の中で如何なるものを見てきたのか――それを考えれば、十分に納得できるものでしょう。


 そしてこの最終決戦の果てに、物語は一つの結末を迎えることになります。そう、コランタン号の航海は、ここに終わりを迎えることになるのです。
 その別れもまた、いささか突然の印象もあり、そして何よりもあまりにも寂しいものなのですが――しかしそれもまた、これまでの物語を思い返せば、納得のいくものではあります。

 そしてそれはルパートにとっても一つの旅の終わりでもあります。すなわち、彼が常に抱いてきた「ここではないどこか」への憧れに対して、どう向き合うかの一つの答えが、ここに示されることになります。
 そしてそれを見れば、これは別れというよりも、新たな旅の始まりなのだと感じられます。一時は彼岸と此岸に分かれつつも、やがては「フィドラーズ・グリーン」――船乗りたちが死後向かう楽園で再び出会うまでの旅路の……


 ブルターニュ・ロンドン・アフリカ・インド――世界各地を、いやこの世ならざる地も含めて展開してきた本作。海洋冒険物語として、伝奇活劇として、一人の青年の成長物語として――素晴らしい作品であったと、改めて感じます。

 今はただ、ルパートたちのその後の冒険を夢見ていたいと、感じているところなのです。


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2018.03.19

「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その一)

 「コミック乱ツインズ」最新号は、表紙が『軍鶏侍』と非常に渋いのに対して、巻頭カラーは華やかな『桜桃小町』という、ある意味、本誌のバラエティ豊かさを表していると言えるような内容。そんな本誌から、今回も印象に残った作品を1つずつ紹介いたします。

『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)
 表の顔は腕利きの漢方医、裏の顔は公儀隠密というヒロイン・桃香の活躍を描く本作は二ヶ月ぶりの登場。冒頭で述べたように巻頭カラーであります。

 今回登場するゲストキャラクターは、薩摩から江戸へやって来た女剣士・鹿屋桐葉。ふとしたことが縁で桐葉と知り合った桃香は、剣術指南役の家に生まれたために女であることを殺さねばならない彼女に、自分と重なるものを見出します。
 そんな中、薩摩藩を挑発した(蘇鉄に葵の簪が――というあれ)公儀隠密が何者かに殺害される事件が発生。桃香は桐葉の仕業ではと探索を始めるのですが……

 普段は隠密稼業を嫌う桃香が珍しく率先して探索に挑む今回。彼女とある意味同じ存在であり、そして対極にある存在である桐葉が(作者らしい美女ぶりも相まって)印象に残ります。
 真の敵は登場した瞬間にわかってしまいますし、そのわかりやすい悪役ぶりもどうかと思いますが、桐葉の想いと行動を強く肯定してみせる桃香の姿は実に良いと思います。


『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)
 姦夫姦婦を斬って逐電した藩随一の剣の使い手・立川彦蔵と軍鶏侍・岩倉源太夫の対決編の後編。彦蔵に姉を斬られながらもなお彼を尊敬する若侍を通じて描かれる彦蔵の人物像と、その沈着なビジュアルが印象に残りますが――その彦蔵の前妻を後添えに迎えたという妙な因縁を背負いつつ、泰然と決闘に臨む源太夫も人物といえば人物。

 冷静に考えれば非常に武士道残酷物語なシチュエーションをそう感じさせないのは、この二人の人物に依るところが大ですが――しかし決闘が始まってみればこれが壮絶の一言。
 決して綺麗ではない、いや血塗れで泥臭い斬り合いの有様を軍鶏の戦いに例えて語る源太夫ですが、それは自分の腕を自嘲するものでありつつも、それ以上に彦蔵を讃えるものでしょう。

 一抹の救いがある結末も良い今回のエピソードですが――しかし静かに源太夫を送り出し、この結末を受け入れる新妻のあまりによくできた人物っぷりが、個人的にはむしろ不気味な印象があります。(そもそも、前回語った内容が全然当たってなかったのが……)


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 原作第2巻『熾火』編もいよいよクライマックス。一気に決着をつけるべく、吉原は三浦屋に正面から乗り込んだ聡四郎と玄馬に迫るのは、命知らずの忘八衆――しかもその数、数十人!
 というわけで最初から最後まで一大チャンバラが繰り広げられる今回、以前も描かれたように死兵と化した忘八たちを、顔に紗をかけて目だけ光らせるビジュアルで描くセンスが光ります。

 そんな忘八たちが、思わぬことがきっかけで人間性を見せてしまうという皮肉さも面白いのですが、しかし彼らはあくまでも前座、真の敵は長髪・襟巻きのビジュアルも強烈な人斬り牢人・山形であります(ちなみに常に不敵な山形が、上記の忘八たちを前に慌てる場面がちょっと可笑しい)。

 玄馬の助太刀を断って一対一の決闘に臨む聡四郎、ラストの見開きページの画がまた実にイイのですが、さてその決着は――次回ラストであります。


『カムヤライド』(久正人)
 第3回まで来て好調さは変わらぬ古代変身ヒーローアクション、今回は日向編の後編。全てを変えた天孫降臨の地・高千穂で、異形の国津神と対決するモンコ=カムヤライドとヤマトタケルの運命は――というわけで、ほとんど全編にわたりアクションまたアクションであります。
 見開きコピー二連続という大胆なページ使いから、カムヤライドの神速ぶりを描く冒頭のテクニックにまず驚かされますが、それすら上回る国津神の早さと、それにより、タケルの出番を用意してみせる構成もまた巧み。

 本当にほぼ全編バトルのため、ほとんど物語に展開はなし――と思いきや、ラストに落とされるとんでもない爆弾も素晴らしく、まだまだ先の読めない作品であります。


 今回も長くなってしまいました。次回に続きます。


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コミック乱ツインズ 2018年4月号 [雑誌]


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2018.03.10

山田睦月『コランタン号の航海 アホウドリの庭』 アフリカで見た苦い真実と希望の光

 ナポレオン戦争を背景に、彼岸と此岸の間を行く英国海軍所属のコランタン号の冒険を描くシリーズの第3部は、アフリカを舞台とした物語であります。宿敵ベシャール大佐を追うコランタン号が戦いの最中に立ち寄ることとなった村。そこでルパートたちを待つものとは……

 ロンドン橋を破壊し、ロンドンを壊滅させようとしたベシャール大佐の陰謀を阻んだものの、その中で強大な力を持つというインドの秘宝「ガンガーの封じ珠」を奪われたコランタン号。

 かつてルパートによって水底の国から救い出されたアンリ、そして封じ珠の持ち主の一族であるアルジュンを新たに加え、コランタン号はアフリカに向かったベシャールの船を追うことになります。
 激しい海戦を繰り広げながらも、ベシャールを取り逃がすこととなったコランタン号。そればかりか戦闘中にメリーウェザー艦長が頭を打って人事不省となり、治療のために上陸を余儀なくされるのでした。

 初めは無人と思われた上陸地でしたが、そこで隠れるように暮らしていた祈祷師ロクワリアを指導者とする人々と遭遇することとなったルパート一行。
 歓迎とよそよそしさの入り交じった態度を見せる人々に戸惑うルパートたちですが、ある事件がきっかけに思わぬ窮地に陥ることになります。

 果たしてこの地に秘められた真実とは何なのか、そしてそれを知ったルパートは……


 単行本一冊分と、分量的には中編というべきこのエピソード。大作であったロンドン編、そしてラストとなるインド編の間ということもあって、地味な印象を受けなくもありませんが――しかしここで待ち受けるものは、これまでの物語同様、ルパートにとって大きな意味を持つものであります。

 アフリカに上陸したルパートたちが出会った集落の人々。善良で、どこか神秘的という――こういう表現はよろしくないかとおもいますが――いかにもな原住民的に描かれる彼らですが、しかし思わぬどんでん返しがクライマックスに待ち受けます。
(真実が明らかになるシーンには掛け値なしに仰天いたしました)

 それが何であるか、興を削がないようにここでは詳しく述べませんが、その真実は意外でありつつも、この時代の史実を踏まえた、確かにあり得るもの。そしてそれだけでなく、ルパートの依って立つもの・彼が信じてきたものを揺さぶり、そして同時に目を逸らしてきたものをつきつける――それはそんな意味を持つのであります。

 これまでの物語にも描かれてきたように、舞台となる19世紀初頭は航海技術等の発展により、ヨーロッパ人の行動範囲が飛躍的に広がり、アフリカに、アジアにまで広がっていった時代。
 それは彼らにとっては輝かしき時代の幕開けですが――その繁栄の陰にあったのは、収奪や搾取、侵略であったことも否めません。
(本シリーズ後半のキーアイテムとなるガンガーの封じ珠もそうしてもたらされた物なのですから……)

 そして、ルパートたちが正義の戦いと信じるナポレオンとの戦いも、結局は海外の領地の奪い合いに繋がっていくものだとしたら――それはルパートにとっては、厳しい真実というほかないでしょう。

 しかしその真実に打ちのめされながらも、なおもルパートがある人物に答えた言葉は実に彼らしく、そして人間と人間の間の可能性を信じる、希望に満ちたものであるのが嬉しい。
 そしてその答えは、これまで彼がコランタン号に乗って経験してきたものが導いたものであることは言うまでもありません。


 神秘的なものが当たり前のように登場する物語の中に、極めて現実的な、そして苦い真実を投入し、しかしその先に人の心の中の希望の光を見せる……
 物語全体のクライマックスを前に世界観を掘り下げると同時に、主人公の成長を丹念に描く、実に本シリーズらしい中身の濃い物語であります。

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2018.03.02

山田睦月『コランタン号の航海 ロンドン・ヴィジョナリーズ』 魔都ロンドンに彼岸と此岸の境を見る

 ナポレオン戦争を背景に、彼岸と此岸の間を行くイギリス海軍コランタン号と、新任士官のルパートの活躍を描く物語の第2部であります。フランスでの任務を終え、イギリスに帰還したコランタン号とルパートを待つものはロンドン壊滅の陰謀――物語は核心に近づいていくことになります。

 死者の海に沈む伝説の都イスからカンベール伯アンリを救出したコランタン号。海軍省の召還を受けて上陸したルパートは、そこで身を寄せた伯父の家を飛び出したアンリ、そして彼の友達だという下町っ子のベッツィとアルジュンに出会います。
 折しもロンドンでは動物磁気を操るというメスマー主義者が跳梁し、ロンドン橋を中心に不穏な空気が高まる中、橋で不思議な女性の幻影を見るルパート。

 さらにコランタンの水兵の強制徴募に協力する海賊たちの幽霊(!)が暴走するなど、続発する奇怪な事件は、やがてアンリの伯父の家に隠されていたインドの秘宝「ガンガーの封じ珠」に収斂することになります。
 ついに暴動が勃発する中、ロンドン壊滅を目論む仇敵に戦いを挑むルパートとアンリ、アルジュン。そしてその中でついにコランタン号が――!


 前作『水底の子供』の航海描写・艦船描写があまりに魅力的だったために、ロンドンが舞台――つまり船上シーンはあまりないと知った時には、正直なところ少々ガッカリさせられた本作。
 しかしもちろんそれは早合点に過ぎるというもの。物語は海上から地上――それも魔都ロンドンを舞台にすることで、よりスケールアップ、ホラー的にも伝奇的にも大きな盛り上がりを見せ、そして世界観も大きく広がっていくのですから。

 前作のクライマックスで明かされた本シリーズの基本設定――それは、コランタン号が「あちら側」が絡む事件に対して派遣される特殊戦力であり、そして目下イギリスが死闘を繰り広げるナポレオンが、「あちら側」にも手を伸ばそうとしている、という「事実」でした。
 なるほどナポレオンとオカルトの関わりは(フィクションでは)しばしば描かれるところではありますが、なるほど、古怪な世界ではイギリスも負けるはずがないわいと、この設定を知った時にはニンマリさせられたものです。(本作で登場する海軍省の秘密部署の描写も、実にそれらしくて楽しい)

 そしてそんな設定を踏まえて、今回の物語の中心となるのが、そのイギリスの首都・ロンドン――それも、そのロンドンの陸と水を繋ぎ、そして二つの世界を結ぶロンドン橋というのには大いに納得。
 さらにそこにメスメリズムやインドの秘宝まで絡むという大盤振る舞いなのですから、盛り上がらないわけがないのであります。


 しかし本作でそれに勝るとも劣らぬ魅力を放つのは、主人公たるルパート自身の物語であります。

 産業革命に乗じて財を成した家に生まれ、それ故に孤独に、そして夢や不思議を否定して「現実的に」生きることを余儀なくさせられてきたルパート。そんな彼が、不思議の固まりのようなコランタン号に配属されるギャップがまた面白いのですが、しかしルパートにとっては笑い事ではありません。
 ついには科学の力でもって不思議を為すかのようなメスメリズムに惹かれていくルパートですが、しかし再び本物の異界に足を踏み入れた彼が悟ったものとは……

 ここで描かれるのは、一人の青年の成長の姿であるのはもちろんのこと、人は何故「ここではないどこか」を求めるのか――その一つの答えであります。
 彼岸の事物が当たり前のように描かれる物語だからこそ描けるその答えの見事さと、それを踏まえてなお現実の世界に生きようとする人間の姿に、大いに心を打たれる名場面。個人的には本作の中でも最も好きなシーンであります。


 全8巻のうち3巻というかなりのウェイトを占め、そして物語の折り返し地点でもある本作。
 確かにコランタン号の出番は少なく、海洋ものとしての要素は少ないのですが(しかし「強制徴募」というちょっと驚かされるようなシステムを幽霊海賊と絡めて描くのは本作ならではですし、第2巻ラストの艦長の台詞は最高に盛り上がる!)、このシリーズならではの中身の濃い物語であることは間違いないところであります。

 そして次なる舞台はまた意外な場所なのですが――それはまた近日中。

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2018.02.25

山田睦月『コランタン号の航海 水底の子供』 海洋冒険もの+伝奇時代ホラーの快作、出撃!

 ナポレオン戦争のただ中、コランタン号に着任した青年士官ルパート・マードック。しかし海軍きっての曰く付きの艦で彼を待つのは怪人と怪現象の数々だった。そんな中、20年前の革命を逃げ延びた貴族救出の指令を受け、フランス沿岸に向かうコランタン号。そこは伝説の都が眠る死者の海だった……

 昨年末の刊行以来、ずっと参考にさせていただいている『少女マンガ歴史・時代ロマン決定版全100作ガイド』(細谷正充 河出書房新社)。実はその中でも最も気になっていたのが本作でした。何しろ、海洋冒険もの+伝奇時代ホラーだというのですから、気にならないわけがないではありませんか。
 そしてようやく手に取ったシリーズ第1弾の本作は、期待を大きく上回る素晴らしい作品でした。

 物語の舞台は1811年――欧州を席巻したナポレオンがトラファルガーで敗北した後、帝位に返り咲き、各地で激戦を繰り広げている時代。そして様々な技術が大きく発展し、欧州各国が世界各地に版図を広げていた時代。
 そんな頃に、主人公たるルパート青年がコランタン号に着任する場面から物語は始まります。

 チームもの、部隊ものでは、新任の主人公が新たな環境と個性豊かな仲間たちと出会い、戸惑いながらも成長していく――というのが定番ですが、本作もそれを踏まえた展開。
 なのですが、その彼を待ちかまえている艦と、そこに集う面々が個性豊かどころではない面白さなのであります。

 何しろコランタン号は20年近く前に現艦長が拿捕した幽霊船。そのためか、コランタン号はポルターガイスト現象が当たり前のように起き、見たこともないような猿や奇怪な仮面を被った呪医が闊歩する、とんでもない艦だったのであります。
 当然、そこに集う面々も、気のいいながらも一癖も二癖もある強者揃い。ごくごく常識的な人間であるルパートは、大いに振り回されることになるのですが、その姿がまず楽しいのであります。

 それなりに経験を積んできた彼にとっても異界と言うほかないコランタン号ですが、しかし我々現代の読者にしてみれば、そもそも19世紀の帆船と海軍そのものが異界のようなもの。そのいわば二重の異界を、ルパートの目を通じて、本作は丹念に描写していきます。
 そしてそれを通じて本作が成し遂げているのは、海洋冒険ものという、かつては娯楽の花形であったジャンルのいわば再発見でしょう。その古くて新しい題材の新鮮さ、面白さだけでも本作の個性は際立っているのですが――しかしそれだけに終わりません。

 そう、本作は冒頭で述べたとおり、海洋冒険ものにして伝奇時代ホラー。それもこれまた個性的かつスケールの大きなものなのですから……


 今回のコランタン号の任務は、フランス革命の際、暴徒が迫る館から忽然と姿を消したというカンペール伯救出。その向かう先はフランスはフィニステール地方――死者の海と呼ばれる地であります。
 しかしその地こそは、かつて王女ダユーの下で悪徳と虚栄の限りを尽くし、ついには海の底に沈んだという伝説のイス王国(日本では有名ゲームの題材となったあのイースであります)があったと伝えられる地。

 そもそもそのダユーを諫めたというキリスト教の聖人から名を取っているコランタン号にとっては因縁極まりないその地で、ルパートはナポレオンの懐刀である妖人ベシャール大佐の罠に落ち、海底の都に迷い込むことになります。
 そしてそこで彼を待っていたのは、本作の副題にあるとおりの……

 というわけで、何ともそそられる展開が続くのですが、たまらないのはクライマックスの海戦で姿を現す、コランタン号の真の姿。
 その意外さと格好良さが描かれるこのシーンは、漫画ならではの迫力と説得力に満ちた名場面。これこそは海洋冒険ものと伝奇ホラーという本作の二つの特色を象徴するものと言うべきでしょう。


 そんな物語を描く一方で、ルパート青年の成長物語としても読める本作。
 心の奥底では不思議な世界に憧れつつも、少年時代の経験からそれを否定してしまうルパート青年を通じて、彼岸と此岸にあるものの存在と人との接し方を静かに描く点も大いに好感が持てます。

 全8巻、4部構成の物語はまだ始まったばかり、近々に残る物語も紹介させていただきます。

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