2017.11.19

山本巧次 『開化鐵道探偵』 端正な明治ものにしてミステリ、しかし

 ユニークな時代ミステリ『八丁堀のおゆう』シリーズで人気を博した作者が、本来のホームグラウンドというべき鉄道の世界を――それも、明治初期の創成期を舞台に、鉄道工事の妨害工作に挑む元八丁堀同心の活躍を描く作品であります。

 明治12年、京都ー大津間の鉄道建設が佳境にさしかかる中、難所・逢坂山トンネルの工事現場で続発する、測量結果の改竄や落石事故などの不審な出来事。
 政治的にも微妙な状況の中、あるいは妨害工作かと事態を重くみた鉄道局長にして長州五傑の一人・井上勝は、技手見習の小野寺に命じて、元八丁堀同心の草壁賢吾を探偵役に招こうとします。

 八丁堀では切れ者として知られ、その才を評価する者も多いにもかかわらず、新政府からは距離をおいて市井に暮らす草壁。
 しかし井上の熱意に押された彼は、小野寺を助手に、逢坂山の工事現場に向かうのですが――待ち受けていたのは、工事を請け負う藤田商店の社員が鉄道から転落死したという知らせでした。

 早速これが事故ではなく殺人であることを見抜いた草壁ですが、犯人が何者で、何故殺人を犯したかは五里霧中の状態。
 工事現場では線路工夫たちとトンネル工事の鉱夫たちが対立し、さらに鉄道工事に批判的な地元住民との軋轢が強まる中、なおも不審な事件は続き、さらなる殺人までもが……


 そんな本作の印象を表せば、ミステリとしても明治ものとしても、「端正」という一言であります。
 『八丁堀のおゆう』が、タイムスリップで現代と江戸の二重生活を送るヒロインという意表を突いた内容であったのに対し、本作は、あくまでもこの明治初期の鉄道を取り巻く状況を丹念に語り、そしてそこで起きる事件の姿を丁寧に描きます。

 特にミステリ面については、事件の内容もトリックも飛び抜けて意外なものではないのですが、そのいずれもが実にフェアと言うべきもの。
 「名探偵 皆を集めてさてと言い」を地で行くクライマックスで一つ一つ解き明かされていくる真相も、どれも納得がいくものであったと思います。

 また、時代ものとしても、西南戦争直後の、勢力が衰えた薩摩が巻き返しを図っている時期、そして諸外国の影響や干渉下から何とか日本が逃れようとしている時期という時代背景が物語と密接に関わっているのが嬉しい。
 このご時世には受けそうなくすぐりもあり、まず時代ミステリとしてはよくできた作品であると言ってもよいかと思います。


 ……が、残念ながらそれが物語として面白いかといえば、素直に頷けるわけではないと、個人的には感じます。

 物語設定的にはやむを得ないとはいえ、物語がほとんど工事現場とその周辺のみで展開するために、物語に広がりと起伏が感じにくい(ラスト近くまで事件ー聞き込みの繰り返しに見えてしまう)のがまず大きな点ではありますが、キャラクターに魅力を感じにくいのも残念なところであります。

 高官であるにもかかわらず現場で工夫に混じって体を動かす井上勝や、無愛想で強面ながら人間味のある外国人機関手はなかなか面白いのですが、主人公たる草壁がそれほど強烈なキャラクターではないのがつらい。(彼が新政府に出仕しない理由は非常に面白いのですが……)
 助手の小野寺がお供以上の存在感がないのも苦しく、その他の登場人物も、少々数が多すぎるのではないか――という印象があります。


 と、結果としてかなり厳しい評価をすることとなってしまいましたが、先に述べたとおり、光る部分も数多いのは間違いないことでもある本作。

 まだまだ明治期の鉄道は興味深い題材だらけの宝の山であるはず。本作の魅力を踏まえた、更なる作品を楽しみにしたいと思います。

『開化鐵道探偵』(山本巧次 東京創元社ミステリ・フロンティア) Amazon
開化鐵道探偵 (ミステリ・フロンティア)


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 山本巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう』 前代未聞の時代ミステリ!?

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2017.11.15

入門者向け時代伝奇小説百選 中国もの

 入門者向け時代小説百選、ラストはちょっと趣向を変えて日本人作家による中国ものを紹介いたします。どの作品もユニークな趣向に満ちた快作揃いであります。
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)

96.『僕僕先生』(仁木英之) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 唐の時代、働きもせずに親の財産頼みで暮らす無気力な青年・王弁。ある日出会った美少女姿の仙人・僕僕に気に入られて弟子となった王弁は、彼女とともに旅に出ることになります。世界はおろか、天地を超えた世界で王弁が見たものは……

 実際に中国に残る説話を題材としつつも、それをニート青年とボクっ娘仙人という非常にキャッチーな内容に生まれ変わらせてみせた本作。現代の我々には馴染みが薄い神仙の世界をコミカルにアレンジしてみせた面白さもさることながら、旅の中で異郷の事物に触れた王弁が次第に成長していく姿も印象に残ります。
 作者の代表作にして、その後シリーズ化さえて10年以上に渡り書き続けられることとなったのも納得の名作です。

(その他おすすめ)
『薄妃の恋 僕僕先生』(仁木英之) Amazon
『千里伝』(仁木英之) Amazon


97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都) 【ミステリ】 Amazon
 デビュー以来、中国を舞台とした歴史ミステリを次々と発表してきた作者が、唐の則天武后の時代を舞台に描く連作ミステリです。

 則天武后の洛陽城に宦官として献上された怜悧な美少年・馮九郎と、天真爛漫な双子の妹・香連。九郎は複雑怪奇な権力闘争が繰り広げられる宮中で、次々と起きる奇怪な事件を持ち前の推理力で解決していくのですが、権力の魔手はやがて二人の周囲にも……

 探偵役が宦官という、ユニークな設定の本作。収録された物語が、いずれもミステリとして魅力的なのはもちろんですが、則天武后の存在が事件の数々に、そして主人公たちの動きに密接に関わってくるのが実に面白い。結末で明かされる、史実との意外なリンクにも見所であります。

(その他おすすめ)
『十八面の骰子』(森福都) Amazon
『漆黒泉』(森福都) Amazon


98.『琅邪の鬼』(丸山天寿) 【ミステリ】 Amazon
 中国史上初の皇帝である秦の始皇帝。本作は、その始皇帝の命で不老不死の研究を行った人物・徐福の弟子たちが奇怪な事件に挑む物語であります。

 徐福が住む港町・琅邪で次々と起きる怪事件。鬼に盗まれた家宝・甦って走る死体・連続する不可解な自死・一夜にして消失する屋敷・棺の中で成長する美女――超自然の鬼(幽霊)によるとしか思えない事件の数々に挑むのは、医術・易占・方術・房中術・剣術と、徐福の弟子たちはそれぞれの特技を活かして挑むことになります。

 とにかく起きる事件の異常さと、登場人物の個性が楽しい本作。本当に合理的に解けるのかと心配になるほどの謎を鮮やかに解き明かす人物の正体が明かされるラストも仰天必至の作品です。

(その他おすすめ)
『琅邪の虎』(丸山天寿) Amazon
『邯鄲の誓 始皇帝と戦った者たち』(丸山天寿) Amazon


99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬) 【ミステリ】 Amazon
 遙かな昔、黄帝が悪を滅するために地上に下したという「銀牌」。本作は、様々な時代に登場する銀牌を持つ者=銀牌侠たちが、江湖(官に対する民の世界)で起きる怪事件の数々に挑む武侠ミステリであります。

 本書に収録された四つの物語で描かれるのは、武術の奥義による殺人事件の謎。日本の剣豪小説同様、中国の武侠小説でも達人の奥義の存在と、それを如何に破るかというのは作品の大きな魅力ですが、本作ではそれがそのまま謎解きとなっているのが、実にユニークであります。

 そしてもう一つ、ラストの中編『悪銭滅身』の主人公が浪子燕青――「水滸伝」の豪傑百八星の一人なのにも注目。水滸伝ファンの作者らしい、気の利いた趣向です。

(その他おすすめ)
『もろこし紅游録』(秋梨惟喬) Amazon
『黄石斎真報』(秋梨惟喬) Amazon


100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州) 【児童】【怪奇・妖怪】 Amazon
 時代伝奇小説の遠い祖先とも言える中国四大奇書。その一つ「西遊記」の作者――とも言われる呉承恩を主人公とした奇譚です。

 父との旅の途中、みすぼらしい少女・玉策に出会って食べ物を恵もうとした作家志望の少年・承恩。しかし玉策の食べ物は何と書物――実は彼女は、泰山山頂の金篋から転がり落ちた、人の運命を見抜く力を持つ存在だったのです。
 玉策の力を狙う者たちを相手に、承恩は思わぬ冒険に巻き込まれることに……

 「西遊記」などの中国の古典を児童向けに(しかし大人も唸る完成度で)リライトしてきた作者。本作もやはり本格派かつ個性的な味わいを持った物語ですが、同時に物語の持つ力や意味を描くのが素晴らしい、「物語の物語」であります。

(その他おすすめ)
『封魔鬼譚』シリーズ(渡辺仙州) Amazon



今回紹介した本
僕僕先生 (新潮文庫)双子幻綺行―洛陽城推理譚琅邪の鬼 (講談社文庫)もろこし銀侠伝 (創元推理文庫)(P[わ]2-1)文学少年と書を喰う少女 (ポプラ文庫ピュアフル)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「僕僕先生」
 「双子幻綺行 洛陽城推理譚」(その一) 事件に浮かぶ人の世の美と醜
 「琅邪の鬼」 徐福の弟子たち、怪事件に挑む
 「もろこし銀侠伝」(その一) 武侠世界ならではのミステリ
 渡辺仙州『文学少年と運命の書』 物語の力を描く物語

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2017.11.06

『伊賀の影丸』 「若葉城の巻」(その二) 乾いたハードさに貫かれた死闘の中で

  忍者漫画の金字塔ともいうべき『伊賀の影丸』の最初のエピソード「若葉城の巻」の紹介の後編であります。超人と超人的人間と、二つの忍者の死闘を描いたこのエピソードですが、そこにはどうしても触れないわけにはいかない話題があります。

 それは、忍者ものとしてのある作品との類似性――前回紹介した甲賀七人衆の能力をご覧いただければ察しがつくのではないかと思いますが、山田風太郎の『甲賀忍法帖』との類似性であります。

 本作の3年前に発表された忍法帖シリーズの第1作である『甲賀忍法帖』。その中には、周囲の風景に同化して襲いかかる、口からの液体を蜘蛛糸のように操る、不死身の肉体で再生するといった忍者たちが登場します。
 それだけでなく、不死身の邪鬼の能力によって、変装能力を持つ忍者、口から武器を吐く忍者(本作の場合この両者は同一人なのですが)が倒されるというシチュエーションも、ほとんど同一のものがあるのには、さすがに驚かされるところであります。

 と、この辺りはどう考えても今であれば色々とややこしいことになるのではないかと思いますが――当時と今の感覚の違いというものはあるのではないかと思いますし、この点について、これ以上ここで触れるのは本意ではありません。

 それよりもここで触れたいのは、こうした類似性はあるものの、物語から受ける印象が全く異なる点であります。
 もちろん、本作ではそれ以外の物語設定や展開が全く異なることを考えれば、それはむしろ当然であるかもしれません。しかしそれ以上に本作は、忍者ものとして、影丸のキャラクター設定から生まれるハードさを色濃く感じさせるのであります。

 忍者同士のトーナメントバトルを描く作品である本作。しかし影丸はその中でヒーローとして存在するキャラクターであり、敵も味方も次々と死んでいく中で唯一生き残る、生き残らざるを得ない存在です。
 死によって退場していく敵味方の中でただ一人残される影丸――そんな彼は、ある意味邪鬼に並ぶ不死者といえるかもしれませんが、所詮は悪役として、敗北して退場せざるを得ない邪鬼よりも、さらに強い孤独を背負っていると感じさせられるのであります。

 そしてそれと同時に、影丸は敵を倒し、自分が生き残るためには全く容赦しない人物として描かれます。
 特に彼が姫宮村に潜入するくだりでは、自らが窮地から逃れるために(当人がそれを望んだとしても)人の死体を使ったり、村の小屋に火をつけたりと、その行動はかなりヒドい。それはヒーローである以前に公儀隠密である彼としてはむしろ当然なのかもしれませんが、やはりどこか一線超えた印象があるのは否めません。

 いずれにせよ、本作、特にこのエピソードで描かれるものは、忍者たちが己の技術を競い合う他に生きる意味を持てない山風忍法帖の虚しさや、歴史や社会体制と密接に結びついた状況から生まれる白土作品の残酷さとは全く異なる――むしろ乾いた非情さというものを感じさせる、独自のハードさなのであります。
(上記の類似性があるからこそ、よりそれが際立つ、というのはもちろん牽強付会にもほどがありますが……)

 そしてこの辺りの感情移入を排除するかのようなハードさ(の中で繰り広げられる潰し合い)というのは、本作の、このエピソードのみのものではなく、横山作品(特にバビル2世)においてしばしば底流に流れているものではないか、とまで言ってしまえば、いささか脱線したお話になってしまいますが……


 冒頭のエピソードからいきなり結論を書いてしまった印象もありますが、この辺りは、シリーズとしての格好が固まる以前だったからこそ感じられるものもあることでしょう。
 この印象が大きく異なることになるのかどうか……その点も含めて、この先、影丸の各話を取り上げていくのが自分でも楽しみになっているところです。


 ちなみに増援陣が今ひとつ目立たない中、後半の影丸の相棒となる彦三が、糸目の垂れ目という横光漫画の兄貴キャラビジュアルも相まって異常に格好良く見えるのですが――地面に突き立てた刃を蹴り上げるという得意技は、これはこれでちょっとギリギリ感ありますね。


『原作愛蔵版 伊賀の影丸』第1巻(横山光輝 講談社KCデラックス) Amazon
原作愛蔵版 伊賀の影丸 第1巻 若葉城の秘密 (1) (KCデラックス)

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2017.11.05

『伊賀の影丸』 「若葉城の巻」(その一) 超人「的」忍者vs超人忍者

 忍者漫画の原型の一つとも言うべき名作『伊賀の影丸』。今回からしばらく、その各章(○○の巻)を紹介したいと思います。まずは記念すべきファーストエピソード「若葉城の巻」――若葉城の秘密を巡り、影丸とその永遠のライバル・阿魔野邪鬼が早くも激突するエピソードであります。

 時は江戸時代前期、公儀隠密総帥・5代目服部半蔵の下で、様々な陰謀に立ち向かう若きエース・影丸の活躍を描くこの『伊賀の影丸』。昭和36年から41年まで連載された本作の冒頭を飾るのが、この「若葉城の巻」であります。

 将軍(この時点では家光?)が御成りになることになった若葉城。しかし若葉城主・若葉右近には将軍家に対する謀反の疑いがあり、それを探りに向かった公儀隠密たちが姿を次々と消したことから、新たに影丸が送り込まれることとなります。
 若葉藩到着早々、影丸を襲う常識では計り知れぬ特殊な肉体を持つ忍者たち。彼ら甲賀七人衆に苦戦する影丸は、途中増援に駆けつけた仲間たちと共に戦うものの、不死身の体を持つ七人衆のリーダー・阿魔野邪鬼に幾度も苦しめられることになります。

 邪鬼をはじめとする七人衆の秘密を探るため、彼らの故郷である姫宮村に向かう影丸。その間にも若葉城の普請は進み、いよいよ将軍御成りは目前に迫るのですが……


 というわけで、若葉城主の企みを探るという目的はあるものの、基本的なストーリーとしては影丸ら公儀隠密と甲賀七人衆のトーナメントバトルという、極めてシンプルな内容となっているこのエピソード。

 その中で見事なのは、影丸ら今までの忍者漫画の中で一般的であった忍者、すなわち手裏剣やマキビシなどの忍具と体術で戦う隠密と、甲賀七人衆ら人外の域まで達するような特異な肉体を持つ忍者と――その両者の戦いを、少年漫画のフォーマット上で描いたことではないでしょうか。
(もちろん、特異な肉体を持つ忍者という点では、この数年前に登場した同じ名前の主人公を持つ作品、白土三平『忍者武芸帳』の影一族がいるわけですが、あちらは貸本の長編漫画の登場人物ということで……)

 ここで甲賀七人衆のメンバーと能力を見てみましょう。
阿魔野邪鬼:殺されても再生する不死身の肉体を持つ
十兵衛:カメレオンのように周囲の景色に体色を同化させる
くも丸:口から強烈な粘性を持つ唾を吐く
犬丸:強力な嗅覚を持ち、犬を操る
五郎兵衛:刃も弾く非常に硬い肉体を持つ
半太夫:分身と催眠術を得意とし、相手を自決に追い込む
半助:水中に長時間潜ることができる
 いずれも忍者というよりも超能力者と言ってもいいようなレベルの存在――いわば超人であります。

 そんな彼らと、常人を凌ぐとはいえあくまでも超人「的」な人間(影丸の切り札である木の葉隠れの術も、あくまでも「技術」のレベル)との対決を描くことで、本作はヒーローものとしての側面と、忍法バトルの側面を両方持たせることに成功したといえるのではないでしょうか。

 もっともこのバトル、七人衆が残り二名となった中盤以降でスピード感がガクンと落ち、舞台が若葉藩を離れてしまうのには違和感は否めませんし、影丸の仲間たちのキャラクター性もそれほど高くないため、やられ役としての印象が強いのも残念なのですが……)


 しかし――こうした点以上に、このエピソードを語る上でどうしても触れないわけにはいかない点があるのですが、それについては長くなりますので次回に続きます。


『原作愛蔵版 伊賀の影丸』第1巻(横山光輝 講談社KCデラックス) Amazon
原作愛蔵版 伊賀の影丸 第1巻 若葉城の秘密 (1) (KCデラックス)

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2017.11.01

入門者向け時代伝奇小説百選 幕末-明治(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、幕末-明治のその2は、箱館戦争から西南戦争という、武士たちの最後を飾る戦いを題材とした作品が並びます。

86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)


86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎) Amazon
 近年、幾つもの土方歳三を主人公とした作品を発表してきた作者が、極めてユニークな視点から箱館戦争を描くのが本作です。

 プロシア人ガルトネルが蝦夷共和国と結ぶこととなった土地の租借契約。その背後には、ロシア秘密警察工作員の恐るべき陰謀がありました。この契約に疑問を抱いた土方は、在野の軍学者、箱館政府に抗するレジスタンス戦士らと呉越同舟、陰謀を阻むたの戦いを挑むことに……

 実際に明治時代に大問題となったガルトネル事件を背景とした本作。その背後に国際的陰謀を描いてみせるのは如何にも作者らしい趣向ですが、それに挑む土方の武士としての美意識を持った人物像が実にいい。
 終盤の不可能ミッション的な展開も手に汗握る快作です。

(その他おすすめ)
『神威の矢 土方歳三蝦夷討伐奇譚』(富樫倫太郎) Amazon


87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 幕末最後の戦いというべき五稜郭の戦。本作はその戦の終わりから始まる新たな戦いを描く雄編です。

 五稜郭の戦に敗れ、敗残兵となった少年・志波新之介。新政府軍の追っ手や賞金稼ぎたちと死闘を繰り広げつつ、生き延びるための旅を続ける彼の前に現れるのは、和人の過酷な弾圧に苦しむアイヌの人々、そして大自然の化身たる蝦夷地の神々や妖魔たち。
 出会いと別れを繰り返しつつ、北へ、北へと向かう新之介を待つものは……

 和製マカロニウェスタンと言うべき壮絶なガンアクションが次から次へと展開される本作。それと同時に描かれる蝦夷地の神秘は、どこか消えゆく古きものへの哀惜の念を感じさせます。
 一つの時代の終焉を激しく、哀しく描いた物語です。

(その他おすすめ)
『地の果ての獄』(山田風太郎) Amazon


88.『警視庁草紙』(山田風太郎) 【ミステリ】 Amazon
 作者にとって忍法帖と並び称されるのが、明治ものと呼ばれる伝奇小説群。本作はその記念すべき第一作であります。

 川路大警視をトップに新政府に設立された警視庁。その鼻を明かすため、元同心・千羽兵四郎ら江戸町奉行所の残党たちは、市井の怪事件をネタに知恵比べを挑むことに……

 漱石・露伴・鴎外・円朝・鉄舟・次郎長など、豪華かつ意外な顔ぶれが、正史の合間を縫って次々と登場し物語を彩る本作。そんな明治もの全体に共通する意外史的趣向に加え、ミステリとしても超一級のエピソードが並びます。
 そしてそれと同時に、江戸の生き残りと言うべき人々の痛快な反撃の姿を通じて明治以降の日本に対する異議申し立てを描いてみせた名作であります。

(その他おすすめ)
『明治断頭台』(山田風太郎) Amazon
『参議暗殺』(翔田寛) Amazon


89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄) 【ミステリ】 Amazon
 北辰一刀流の達人にして、維新後は写真師として暮らす元幕臣・志村悠之介。西南戦争勃発直前、西郷隆盛の顔写真を撮るという依頼を受けた彼は、一人鹿児島に潜入することになります。
 そこで彼を待つのは、西郷の写真を撮らせようとする者と、撮らせまいとする者――いずれも曰くありげな者たちの間で繰り広げられる暗闘に巻き込まれた悠之介の運命は……

 文庫書き下ろし時代小説界で大活躍中の作者が最初期に発表した三部作の第一作である本作。
 知られているようで謎に包まれている西郷の「素顔」を、写真という最先端の機器を通じて描くという趣向もさることながら、その物語を敗者や弱者の視点から描いてみせるという、実に作者らしさに満ちた物語です。


(その他おすすめ)
『鹿鳴館盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄) Amazon
『黒牛と妖怪』(風野真知雄) Amazon


90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健) Amazon
 西南戦争終盤、警視隊の藤田五郎をはじめ曲者揃いのメンバーとともに、西郷を救出せよという密命を下された村田経芳。
 しかしメンバー集合前に隊長が何者かに暗殺され、それ以降も次々と彼らを危機が襲うことになります。誰が味方で誰が敵か、そしてこの依頼の背後に何があるのか。銃豪と剣豪が旅の果てに見たものは……

 期待の新星のデビュー作である本作は、優れた時代伝奇冒険小説というべき作品。
 後に初の国産小銃である村田銃を開発する「銃豪」村田経芳を主人公として、いわゆる不可能ミッションものの王道を行くような物語を描くと同時に、その中で、時代の境目に生きる人々が抱えた複雑な屈託と、その解放を描いてみせるのが印象に残ります。



今回紹介した本
箱館売ります(上) - 土方歳三 蝦夷血風録 (中公文庫)旋風伝 レラ=シウ(1)警視庁草紙 上  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介 (角川文庫)明治剣狼伝―西郷暗殺指令 (時代小説文庫)


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 富樫倫太郎『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』上巻 箱館に迫る異国の大陰謀
 「西郷盗撮 剣豪写真師志村悠之介 明治秘帳」 写真の中の叫びと希望
 新美健『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』 銃豪・剣豪たちの屈託の果てに

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2017.10.29

入門者向け時代伝奇小説百選 幕末-明治(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選も、いよいよ最後の時代に突入。幕末から明治にかけてを舞台とする作品であります。

81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)

81.『でんでら国』(平谷美樹) Amazon
 時代小説レビュー以来、ユニークな作品を次々と発表してきた作者が、老人たちと武士が繰り広げる攻防戦を描いた快作が本作です。

 棄老の習慣があると言われる大平村。しかしその実、村を離れて山中に入った老人たちは、彼らだけの国「でんでら国」を作り、村の暮らしをも支えていたのでした。
 ところが村の豊かさに目を付けた藩が探索のために役人を派遣。あの手この手で老人たちはこれに抵抗するものの、いよいよでんでら国に危機が……

 でんでら国というユニークな舞台設定に見られる奇想、武士たちに決して屈しない老人たちの姿に表される気骨、そしてその先にある相互理解の姿を描く希望――作者の作品の魅力が凝縮された集大成とも言うべき作品です。

(その他おすすめ)
『貸し物屋お庸』シリーズ(平谷美樹) Amazon
『ゴミソの鐵次 調伏覚書』シリーズ(平谷美樹) Amazon


82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰) Amazon
 絵を描くことだけが楽しみの孤独な武士・外川市五郎が出会った少女・桂香。心を閉ざしていた彼女と絵を通じて心を通わせた市五郎は、やがて二人で「現絵」――死者があの世で楽しく暮らす姿を描き、後生を祈る供養絵を描くようになります。
 厳しい現実を忘れさせる供養絵で人々の心を和ませる二人ですが、しかし悪政に苦しむ人々が一揆を計画していることを知って……

 これまで妖と人間が共存する世界でのコミカルな物語を得意としてきた作者。本作もその要素はありますが、むしろ中心となるのは、人の世界の重い現実の姿であります。
 物語を「イイ話」で終わらせることなく、一歩進めて重い現実を描き、さらにそれを乗り越える希望の存在を描いた名品です。


(その他おすすめ)
『もぐら屋化物語』シリーズ(澤見彰) Amazon


83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎) Amazon
 アウトローと呼ばれる男たちの生き様を数多く描いてきた作者による、町火消にして大侠客として知られた新門辰五郎の一代記であります。

 幼い頃に両親を火事で失い、町火消の頭に引き取られて火消として活躍する辰五郎。やがて町火消の頂点=江戸最高の「侠」となった彼の前には、綺羅星のような男たち――忠治、次郎長、海舟、慶喜、さらには座頭の市らが現れ、ともに幕末の激動に挑んでいくのであります。

 いずれも一廉の人物である侠たちが出会いと別れを繰り返すという点で、「水滸伝」を冠するに相応しい本作。
 どんな道を歩もうとも決して己の節を曲げず、己の心意気を貫いた者たちの姿が堪らない、作者の江戸水滸伝三部作のラストを飾る快作です。

(その他おすすめ)
『天保水滸伝』(柳蒼二郎) Amazon
『明暦水滸伝』(柳蒼二郎) Amazon


84.『完四郎広目手控』(高橋克彦) 【ミステリ】 Amazon
 ミステリ、歴史、ホラー、浮世絵など、作者がこれまで扱ってきた題材のある意味集大成と言うべきユニークな連作集であります。

 主人公・香冶完四郎は名門の生まれで腕も頭も人並み外れた青年ですが、今は「広目屋」――今でいう広告代理店の藤岡屋の居候。そんな彼が、相棒の仮名垣魯文とともに様々な江戸の噂の裏に潜む謎を解き、金儲けに、人助けに、悪人退治にと活躍するのが本作の基本スタイルです。

 広目屋というユニークな題材と、虚実入り乱れた登場人物が賑やかに絡む本作。
 毎回の完四郎の快刀乱麻の謎解きと、それを活かした金儲けも楽しいのですが、終盤に描かれるある歴史上の大事件を前に、金儲け抜きで奔走する彼らの心意気も感動的であります。


85.『カムイの剣』(矢野徹) 【忍者】 Amazon
 りんたろう監督によるアニメ版を記憶している方も多いであろう、奇想天外な大冒険活劇であります。

 謎の敵に母と姉を殺されて公儀御庭番首領・天海に拾われ、忍びとして育てられた和人とアイヌの混血の少年・次郎。やがて父の形見の「カムイの剣」に巨大な秘密が秘められていることを知った彼は、抜忍となって海を超えることになります。
 キャプテン・キッドの遺した財宝を巡る冒険の末、次郎は、幕末史を陰から動かしていくことに……

 日本はおろかカムチャツカから北米まで、海を越えて展開する気宇壮大な物語である本作。同時に、周囲から虐げられ過酷な運命に翻弄されながらも、一歩一歩成長していく次郎の姿が感動的な不朽の名作であります。



今回紹介した本
[まとめ買い] でんでら国ヤマユリワラシ ―遠野供養絵異聞― (ハヤカワ文庫JA)慶応水滸伝 (中公文庫)完四郎広目手控 (集英社文庫)カムイの剣 1巻+2巻 合本版 (角川文庫)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 『でんでら国』(その一) 痛快なる老人vs侍の攻防戦
 澤見彰『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』 現の悲しみから踏み出す意思と希望
 『慶応水滸伝』(その一) 侠だ。侠の所業だ!
 高橋克彦『完四郎広目手控』 江戸の広告代理店、謎を追う

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2017.10.26

若林不二吾『風雲ライオン丸』 第三の、時代劇画としての風雲ライオン丸

 漫画版『風雲ライオン丸』は、先日紹介した一峰大二版だけではありません。本作はうしおそうじが若林不二吾のペンネームで執筆した作品――TV版の設定・ストーリーを踏まえつつ、繊細かつ迫力あるタッチで描かれた、もう一つの漫画版であります。

 現在ではピープロ社長として語られることがほとんどであるものの(かく言う私もこちらの知識しかなかったのですが)、元々は漫画家として大活躍していたうしおそうじ。
 本作はそのうしおそうじが自らの手で自作を漫画化した作品であります。

 連載媒体はサンケイ新聞、一回一ページという新聞連載漫画にはままある形態ですが、しかし本作のような内容の作品をこの形で描けるのか……? という疑問は、本作を前にすれば愚問であることがわかります。
 毎回一ページをフルに使ってテンポ良く物語を展開させると思えば、時に思い切った大ゴマで決めてみせる。緩急自在に描かれる物語は、今読んでみても実に面白いのであります。

 そして繊細で、かつきっちりと細部まで描き込まれた絵柄は、太い描線の一峰作品とは全く異なる味わい。
 変身ヒーローものである以上に、時代劇画としての空気を色濃く漂わせる画は、こういうコミカライズが見たかった、という気持ちにさせられます。


 さて、そんな本作ですが、先に述べたようなスタイルの連載であるためTV版の忠実な漫画化とは当然いきません。必然的にダイジェストとなります。

 現在、角川書店版の『快傑ライオン丸』第2巻に収録されている前半部分は、TV版の第1話(ネズマ)と第3話(ドカゲ)の物語のミックスに第2話の豹馬登場を絡めてライオン丸誕生を描く内容。
 同じく『風雲ライオン丸』に収録の後半は、第11話(ザグロ)の物語をベースに豹馬の死を描き、並行して第15話のゾリラが最強怪人として開発される様が描かれ、そこから一気に最終話に突入――という展開です。

 これを見ればわかるように、ライオン丸登場までを非常に丹念に描くのが本作の特徴の一つであります。
 開幕しばらく描かれるのは、TV版第1話で描かれた獅子丸の兄・弾影之進の苦闘と敗北。実に獅子丸の登場は開幕20ページほどを過ぎてからというペースなのですから(志乃・三吉兄弟と出会うのは影之進の方が先)。

 そしてライオン丸登場は70ページを過ぎた頃(これまた変身はブラックジャガー(本作ではジャガーマン)の方が早い)。
 上に述べた連載形式のことを思えば、実に二ヶ月以上経ってからの変身というのはずいぶんと思い切ったものですが、そこに至るまでの丹念な描写の積み重ねが、大きなカタルシスを呼ぶのであります。

 そして後半はTV版の内容を踏まえつつも、かなりの部分でオリジナルの展開を用意しているのが嬉しいところです。
 特に、豹馬を斃した後、相棒のズクを獅子丸に倒されて本拠に逃げ帰ったザグロ(ここでアグダーに愛想を尽かされて放置されるのがおかしい)が、怪人軍団を率いて獅子丸に挑むも、アグダーから謀反人扱いされて――というオリジナル展開が面白い。

 一方でその後のゾリラやアグダーとの決戦以降は驚くほど駆け足なのが残念ですが、TV版とは異なるアグダーの真の狙いや、志乃と三吉の父の行方を絡めての結末は悪くありません。特に最終回、一ページぶち抜きで描かれる志乃の美しい姿は強く印象に残ります。


 そんなわけで、総じて『風雲ライオン丸』という物語を再構成して、時代劇画として再構成してみせたという印象の強い本作。
 『風雲ライオン丸』という作品の様々などぎつさを巧みに薄めつつ、しかしその美しく迫力ある画で補ってみせた、第三の『風雲ライオン丸』として満足できる作品です。

 もっとも、この漫画版でも錠之助の印象は薄く、豹馬と立ち会って片目を潰されるという展開は面白いものの、やはり突然出てきた正体不明の男、という印象は否めないのが残念なところ。
 TV版とは異なり、最終決戦に参加できたのが救いですが……(ちなみにこの時、何故か両目が揃っている)


 ちなみに、本作、冒頭のマントルゴッドとアグダーの会話の中で、マントル一族が虫の生命力と人間の知恵を混ぜ合わせて(誰が?)生まれた存在と語られているのが興味深い。
 また、獅子丸のポンチョが母の形見で、ライオン丸もポンチョの導きが作用しているように感じられる描写もあり、サラリと気になる内容が盛り込まれている作品でもあります。

『風雲ライオン丸』(若林不二吾&うしおそうじ カドカワデジタルコミックス『快傑ライオン丸』第2巻・『風雲ライオン丸』所収)
快傑ライオン丸(2) (カドカワデジタルコミックス)風雲ライオン丸 (カドカワデジタルコミックス)


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2017.10.21

山口譲司『エイトドッグス 忍法八犬伝』第2巻 見事完結、もう一つの忍法八犬伝

 山口譲司が山田風太郎の『忍法八犬伝』を漫画化した本作も、この第2巻で完結。服部半蔵配下の八人のくノ一に奪われた里見家の秘宝・伏姫の八玉奪還のため立ち上がった当代の八犬士たちの戦いがついに決着することになります。

 本多正信と結ぶ服部半蔵の命により、里見家から八玉を奪い、偽物にすり替えた八人のくノ一。この八玉は将軍秀忠の嫡男・竹千代に献上を約束したもの、紛失したとあればただではすまされません。
 そんな里見家お取り潰しの危機に、甲賀で修行した(経験もある)当代の八犬士はお家のため――ではなく、密かに恋い慕う当主の奥方・村雨姫のために立ち上がり、伊賀のくノ一たちと忍法勝負を繰り広げることに……

 という本作、第1巻では乞食の小文吾、盗賊の毛野、香具師の道節が、くノ一らとの死闘の末に壮絶に散っていったものの、まだ八玉の大半は敵の手中にある状態。
 そしてくノ一たちに追われた村雨姫と女(装)芸人の信乃は、吉原の女衒の現八に匿われて吉原に潜り込むことに――と、いきなりトリッキーな展開から始まることになります。

 そして軍学者の角太郎、六法者の親兵衛、女歌舞伎の振付師の荘助と、残る八犬士たちもこれまた正道を外れたような連中。そんな連中が、腕利きのくノ一たち――それも幕府の最高権力者をバックにした――にいかにに立ち向かうか、というお話の面白さは、もちろん原作の時点で保証済みであります。

 そこで本作ならではの魅力は、といえば、やはり作者ならではの絵――はっきり言ってしまえば作者の絵のエロティシズムによるところが大であることは間違いありません。
 特にこの間の冒頭に収められた現八と二人のくノ一の「対戦」は、山風忍法帖ではある意味おなじみのシチュエーションではありますが、それを正面から絵にしてみせるのは、これはもうこの作者ならではでしょう。
(単行本では、思わずドキリとするような描き下ろしページがあるのも印象的)

 その一方で、たった一人の、それも目の前にいても決して手の届かぬ女性のために、無頼放題に生きてきた八犬士たちが散っていくというロマンチシズム、リリシズムもしっかりと描き出されているのもいい。
 第1巻冒頭のあるキャラクターのモノローグが、この巻のラストに繋がり、そして原作でも印象的だった結末の文章が引用されて終わるその美しさは、強く心に残るのです。


 ……実は本作、物語の基本的な流れ自体は原作とはほぼ同じであるものの、全2巻というボリュームもあってか、細部はかなりアレンジ(省略や取捨選択)が為されているというのは、第1巻の紹介時に触れたとおりであります。
 特にこの第2巻の終盤、残った3人の犬士が乾坤一擲の大勝負に出るクライマックスなど、シチュエーションは重なるものの、細部は全く似て非なるものとなっている状況。それゆえ冷静になって読んでみると、かぶき踊りの女たちの存在や服部半蔵の処理など、いささか無理がある点は否めません。

 しかしそれでも本作が紛うかたなき『忍法八犬伝』として感じられるのは、上に述べたような点で、本作が押さえるべきを押さえ、そして見たいものを見せてくれたから――そう感じます。

 本作のラストバトル、原作とは全く異なる最後の八犬士と最後のくノ一の対決など、ちょっぴり元祖八犬伝の芳流閣の決闘を連想させるシチュエーションである上に、本作の冒頭の対決シーンをもなぞらえていて、実に心憎いのであります。
(漫画的には、このラストバトルの方がより盛り上がる――というのは言いすぎでしょうか)


 何はともあれ、原作の大筋は踏まえつつも大胆なアレンジを加え、それでいてツボを心得た描写できっちりと『忍法八犬伝』のコミカライズを成立してみせた本作。
 ぜひ、次なる山風忍法帖を――と期待してしまうのであります。


『エイトドッグス 忍法八犬伝』第2巻(山口譲司 リイド社SPコミックス) Amazon
エイトドッグス 忍法八犬伝 2 (SPコミックス)


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2017.10.18

入門者向け時代伝奇小説百選 江戸(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、江戸もののその二は、フレッシュで個性的な作品を中心に取り上げます。

76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

76.『退屈姫君伝』(米村圭伍) Amazon
 ユーモラスかつスケールの大きな時代小説を描けば右に出る者がいない作者の代表作、好奇心旺盛な姫君の活躍を描くシリーズの開幕編です。
 陸奥の大藩から讃岐の小藩・風見藩に嫁いだ、めだか姫。夫がお国入りして暇を持て余し、謎解きをしたり町をぶらついたりといった日々を過ごす姫は、田沼意次が風見藩と実家を狙っていることを知り、俄然張り切ることに……

 作者お得意のですます調で繰り広げられるユーモラスでペーソス溢れる物語が、あれよあれよという間にスケールアップしていく、実に作者らしいスケール感の本作。
 冒頭で述べたとおり「退屈姫君」シリーズの第一作でもあり、また作者の他の作品とのリンクも魅力の一つです。

(その他おすすめ)
『風流冷飯伝』(米村圭伍) Amazon


77.『未来記の番人』(築山桂) 【忍者】 Amazon
 大坂を舞台に、したたかな商人たちの姿や、爽やかな青春群像を描いてきた作者が、聖徳太子の予言書「未来記」を題材に描く活劇です。
 大坂四天王寺に隠されていると言われる未来記奪取を命じられた、南光坊天海直属の忍び・千里丸。千里眼の異能を持つ彼は、そこで初めて自分と同様に異能を持つ少女・紅羽と出会うのですが……

 この二人を中心に、様々な思惑を秘めた様々な人々が繰り広げる未来記争奪戦を描く本作。その内容は、まさに伝奇ものの醍醐味に満ちたものであります。
 しかし本作は同時に、その戦いの中の人々の姿を丹念に描くことにより、歴史の激流の中で人が生きることの意味を問いかけるのです。作者ならではの佳品というべきでしょう。

(その他おすすめ)
『緒方洪庵浪華の事件帳』シリーズ(築山桂) Amazon
『浪華の翔風』(築山桂) Amazon


78.『燦』シリーズ(あさのあつこ) Amazon
 瑞々しい少年たちの姿を描く児童文学と、人の心の陰影を鮮やかに描く時代小説を平行して描いてきた作者が、その両者を巧みに融合させたのが本作です。

 田鶴藩の筆頭家老の家に生まれ、藩主の次男・圭寿に幼い頃から仕えてきた吉倉伊月。しかしある日彼らの前に、かつて藩に滅ぼされた神波一族の生き残りの少年・燦が現れます。
 突然藩主を継ぐことになった圭寿を支える伊月と、彼らと奇妙な因縁に結ばれた燦。三人の少年は、やがて藩を簒奪せんとする勢力、そして藩が隠してきた闇と対峙することになるのですが……

 三人の少年たちの戦いと成長と同時に、彼らと関わる女性たちの姿も巧みに描き出す本作。ラストに待ち受ける驚愕の真相も必見です。


79.『荒神』(宮部みゆき) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 時代小説においても人情ものからミステリ、ホラーなど様々な作品を発表してきた作者が、何と怪獣ものに挑んだ傑作であります。

 ある晩、北東北の山村が一夜にして壊滅。その山村が敵対する二つの藩の境目にあったことから緊張が高まる中、その犯人である謎の怪物が出現、次々と被害を増やしていくことになります。
 両藩の対応が遅れる中、事件に巻き込まれた人々は、生き残るために、あるいは怪物を倒すために、それぞれ必死の戦いを繰り広げることに……

 怪獣映画のフォーマットを時代小説に見事に落とし込んでみせた本作。怪物の存在感の見事さもさることながら、理不尽な事態に翻弄されながらも決して屈しない人々の姿が熱い感動を呼びます。


80.『鬼船の城塞』(鳴神響一) Amazon
 日本では比較的数少ない海洋時代小説。本作はその最新の成果というべき冒険活劇であります。

 日本近海で目撃が相次ぐ謎の赤い巨船「鬼船」。御用中にこの鬼船に遭遇した鏑木信之介は、鬼船を操る海賊・阿蘭党に一人捕らわれることになります。
 彼らの賓客として遇される中、徐々に彼らの存在を理解していく真之介。しかし鬼船を遙かに上回る巨大なイスパニアの軍艦が出現したことから、事態は大きく動き出すことに……

 デビュー以来、通常の時代小説の枠に収まらない作品を次々発表してきた作者らしく、壮大なスケールの本作。散りばめられた謎や秘密の面白さはもちろんのこと、迫真の海洋描写、操船描写が物語を大いに盛り上げる快作です。

(その他おすすめ)
『私が愛したサムライの娘』(鳴神響一) Amazon
『海狼伝』(白石一郎) Amazon



今回紹介した本
退屈姫君伝未来記の番人 (PHP文芸文庫)燦〈1〉風の刃 (文春文庫)荒神 (新潮文庫)鬼船の城塞 (ハルキ文庫 な 13-3 時代小説文庫)


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 「退屈姫君伝」 めだか姫、初の御目見得
 『未来記の番人』 予言の書争奪戦の中に浮かぶ救いの姿
 「燦 1 風の刃」
 『荒神』 怪獣の猛威と人間の善意と
 鳴神響一『鬼船の城塞』 江戸の海に戦う男たち

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2017.10.09

入門者向け時代伝奇小説百選 江戸(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は本丸ともいうべき江戸時代を舞台とした作品のその一であります。

71.『蛍丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)


71.『蛍丸伝奇』(えとう乱星) 【剣豪】 Amazon
 最近の名刀ブームで俄かに知名度の上がった名刀・蛍丸。本作はその蛍丸を巡り、幾多の剣豪たちが激突する物語です。

 勤王の象徴である螢丸を所望した後水尾上皇の動きを警戒する幕府。上皇を抑えるために西国に向かうことになったのは、沢庵和尚の弟子であり、上皇の異母弟である青年僧・化龍でした。しかし彼の前には、柳生一門、宮本武蔵、そして松山主水がそれぞれの思惑を秘めて立ち塞がることに……

 名刀を巡る剣豪バトルロイヤルが展開される本作。しかしそれと同時に、そこでは化龍をはじめとする登場人物たちが抱えた哀しみの存在と、その浄化をも描き出します。派手な伝奇活劇と、切なく暖かい群像劇を得意とする作者ならではの作品です。


72.『吉原御免状』(隆慶一郎) 【剣豪】 Amazon
 その作家としての活動期間の短さにもかかわらず、今なお多くの読者を魅了して止まぬ作者のデビュー作であります。
 宮本武蔵に育てられ、師の遺言に従って吉原に現れた好青年・松永誠一郎。彼はそこで吉原に隠された神君家康の御免状を狙う柳生一門と対峙することになります。そしてそれはやがて彼自身の出生の秘密にも関わっていくことに……

 吉原に秘められた秘密、幕府と天皇家の激しい暗闘と、娯楽性の高さは言うまでもないことながら、無縁・公界など網野善彦の歴史学の成果をも取り込んだ、一種アカデミックな伝奇世界を作り出した本作。
 その一方で、一人の無垢な青年の成長を描く青春小説としても第一級の作品であります。

(その他おすすめ)
『かくれさと苦界行』(隆慶一郎) Amazon
『死ぬことと見つけたり』(隆慶一郎) Amazon


73.『かげろう絵図』(松本清張) 【ミステリ】 Amazon
 言うまでもなく社会派ミステリの巨匠である作者が天保期を舞台に、権力に群がる人々の姿を描いた大作です。

 大御所家斉や大奥と結び、権勢をほしいままにする中野石翁。寺社奉行・脇坂淡路守が大奥の腐敗を暴かんとする中、淡路守派の旗本の甥・島田新之助もこの暗闘に巻き込まれていくことになります。敵味方を問わず次々と犠牲者が出る中、新之助が見たものは……

 政治を牛耳る巨悪という如何にも作者らしい題材を描きつつも(下山事件を思わせる展開も……)、単純な善悪の戦いに留まらず、人々の現世的な欲望の世界を描いた本作。
 ヒーローの立場にありつつも、超然とした視点から人々の右往左往する様を見る新之助の存在が強く印象に残ります。


74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人) Amazon
 いまや文庫書き下ろし時代小説界の代表選手の一人となった作者のデビュー作にして、作者の魅力が色濃く現れた快作です。

 八代将軍吉宗の時代、将軍嗣子・家重暗殺の企みに巻き込まれた南町同心・三田村元八郎。その功績を買われて抜擢された彼は、将軍宣下を巡る陰謀を探るため、京に向かうことに。暗闘が帝の身辺にも及ぶ中、元八郎の宝蔵院一刀流が唸る……!

 その作品の多くで、権力を巡る幕閣たちの暗闘と、それに巻き込まれた剣の達人の苦闘、そしてその背後の伝奇的秘密を描いてきた作者。そんな特徴は、第一作である本作の時点で、はっきりと現れています。
 巨大な権力を前にしても己を失わない主人公の活躍が爽快な名作です。

(その他おすすめ)
『幻影の天守閣』(上田秀人) Amazon
『奥右筆秘帳』シリーズ(上田秀人) Amazon


75.『魔岩伝説』(荒山徹) Amazon
 日本と朝鮮の交流史を背景に、奇想天外な作品を次々に発表してきた作者。その作者の魅力が最もストレートに現れた作品です。

 50年ぶりの朝鮮通信使来日を控えた頃、対馬藩江戸屋敷に出現した怪人。この騒動に巻き込まれたことから、若き日の遠山景元は、朝鮮の美少女・春香とともに海を越え、通信使に秘められた秘密を追うことになります。しかし二人の後を追い、若き日の鳥居耀蔵、剣豪・柳生卍兵衛も朝鮮に向かうことに……

 徳川幕府と李氏朝鮮の間に隠された巨大すぎる秘密の存在を朝鮮妖術を絡めつつ描く本作。本作はそんな伝奇活劇と同時に、権力に屈せぬ人々の姿、そして戦いの中で成長する青年の姿を描いていきます。美しいラストも必見!

(その他おすすめ)
『高麗秘帖』(荒山徹) Amazon
『鳳凰の黙示録』(荒山徹) Amazon



今回紹介した本
螢丸伝奇吉原御免状 (新潮文庫)かげろう絵図〈上〉 (文春文庫)将軍家見聞役 元八郎 一  竜門の衛<新装版> (徳間文庫)魔岩伝説 (祥伝社文庫)


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 「蛍丸伝奇」 勤王の名刀と鎮魂の象徴と
 青春小説として 「吉原御免状」再読
 松本清張『かげろう絵図』上巻 大奥と市井、二つの世界を結ぶ陰謀
 「魔岩伝説」 荒山作品ここにあり! の快作

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