2018.10.20

木下昌輝『絵金、闇を塗る』 異能の絵師の一代記にして芸術奇譚、そして……


 天才的な才を持ちながらも、故あって表舞台から消え、今は土佐に残された芝居絵にその名を留めるのみの絵師・絵金。本作はその絵金――見るものをしてエロスとタナトスの迷宮に迷わせる魔性の絵を描いた男の物語であります。

 江戸末期に土佐に生まれ、服の上から相手の秘部を完璧に類推して描くという非凡極まりない才を幼少のうちから発揮した絵金。その才に目を付けた豪商・仁尾順蔵によって狩野派に送り込まれた彼は、江戸でわずか三年という異例の短期で修行を終了し、土佐に帰り、藩家老のお抱え絵師となります。

 しかし禁断の贋作に手を染めた咎により土佐から追放され、以降は町絵師として芝居絵などを手がけることになった絵金。
 そんな運命の変転も意に介さぬような彼の描く絵は、彼がどこにいようと何を描こうと、周囲の人々の中に潜む性への渇望を、あるいは死への欲望を掻き立て、破滅に向かわせることになります。そしてそんな人々の中には、歴史上に名を残す幾多の人物たちの名も……


 現在、土佐では年に一度の祭りの際に、町家でその芝居絵が飾られるという絵金。写真で目にするその芝居絵は、夜の灯りに照らされたものであったためか、どこか不吉な赤黒さをまとって感じられます。
 そして本作に描かれる絵金の存在にも、その不吉さはつきまとうことになります。

 初めて絵師としてその才を認められた少年時代。江戸でその破天荒な麒麟児ぶりを発揮した修業時代。地位に恵まれながら、不可解な事件に連座して追放されたお抱え絵師時代。そしてそれ以降、印象的な赤の色を多用した芝居絵を中心に描き続けた町絵師時代――本作はその絵金の生涯を、連作形式で描くことになります。。

 ところが、本作における絵金は、主人公であると同時に、むしろ狂言回しとしての性格を強く持つ存在でもあります。
 実のところ本作において、絵金の心の内が直接的に描かれる箇所はほとんど存在しないように感じられます。彼が何を想うのか――それはその奔放な言動に、そして何よりも彼の作品の中に、間接的に浮かび上がるばかりなのです。

 そんな本作においてもう一人の主役と言うべきは、絵金の絵に魅せられ、取り憑かれ、そして人生を狂わせた者たちであります。
 絵金を狩野派に送り込んだ仁尾、絵金の師である前村洞和、土佐の人斬り・岡田以蔵、若くして散った八代目市川團十郎、土佐勤王党の武市半平太、そして坂本龍馬。

 彼らは皆――特に彼が土佐を追われてから関わった者たちは――絵金とその絵に出会って以来、それまでとは全く異なる道を、それもひどく血腥い、死の匂いが濃厚に漂う道を歩むことになります。そしてそれは時に、この国の歴史に影響を与えたようにすら見えるのですが……

 その意味では、本作は一種の芸術奇譚とも言うべき物語ではあります。しかし本作の絵金は、超自然的な魔力を発揮して、人の心を操るような存在ではありません。
 彼はただ絵を描くのみ――人はただ、その絵の持つ深淵に飲み込まれ、そして新たな、いや本来の自分として生まれ変わるのです。そしてそんな人々が、歴史を動かし、時代を変えていく姿を、本作は描くのです。

 そしてそれは、時にひどく不気味で、忌まわしいことにも見えますが――しかし同時に、ひどく力強く、そして希望に満ちたものにすら感じられるものでもあります。

 絵金が学んだ画派――狩野派。言うまでもなく数百年の歴史を持ち、幕府お抱えとして江戸時代の絵の頂点にたつこの狩野派は、しかし決して新しい絵を描くことを許さず、ただ先人の模倣を以て事足れりとする存在として描かれます。
 それがどれだけ、自由な心を持つ絵師を、絵金を傷つけたか――それは作中でほとんどただ一度、絵金が火を噴くような激越な口調で語る言葉の中に現れます。。

 数百年に渡り、変わらぬ絵を描き続ける狩野派。それが本作において、同時に何を象徴するものであるかは言うまでもないでしょう。
 そう、絵金の絵は、変わらぬ絵を描く画派に挑んだもの。そしてその絵を見た者たちが、その狩野派が仕えた者たちが支配する、変わらぬ時代を変えてみせたのであれば――それは間接的に絵金が、絵金の絵が勝利したと言えるのではないでしょうか。


 性と死を異能の絵師の一代記であり、その絵に狂わされた者たちを描く芸術奇譚であり、そして時代に立ち向かい続けた者の勝利を描く勲でもある……本作はそんな物語であります。


『絵金、闇を塗る』(木下昌輝 集英社)

絵金、闇を塗る

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2018.10.17

「コミック乱ツインズ」2018年11月号


 月も半ばのお楽しみ、「コミック乱ツインズ」2018年11月号の紹介であります。今月の表紙は『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)、巻頭カラーは『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)――今回もまた、印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)
 単行本第1巻発売ということもあってか巻頭カラーの本作。今回中心となるのは、桃香と公儀のつなぎ役ともいうべき八丁堀同心・安達であります。

 ある日、安達の前に現れ、大胆不敵にも懐の物を掏ると宣言してみせた妖艶な女。その言葉を見事に実現してみせた女の正体は、かつて安達が説教して見逃してやった凄腕の女掏摸・薊のお駒でした。しかしお駒は十年以上前に江戸を離れ、上方で平和に暮らしていたはず。その彼女が何故突然江戸に現れ、安達を挑発してきたのか……
 という今回、お駒の謎の行動と、上方からやってきた掏摸一味の跳梁が結びついたとき――と、掏摸ならではの復讐譚となっていくのが実に面白いエピソードでした。

 桃香自身の出番はほとんどなかったのですが、これまであまりいい印象のなかった安達の人となりが見えたのも良かったかと思います(しかし、以前の子攫い回もそうですが、何気に本作はえぐい展開が多い……)


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 将軍の寵臣の座を巡る間部越前守と新井白石の暗闘が将軍家墓所選定を巡る裏取引捜査に繋がっていく一方で、尾張徳川家の吉通が不穏な動きを見せて――と、その双方の矢面に立たされることとなった水城聡四郎。今回は尾張家の刺客が水城家を襲い、ある意味上田作品定番の自宅襲撃回となります。

 この尾張の刺客団は、見るからにポンコツっぽい吉通のゴリ押しで派遣されたものですが、その吉通は紀伊国屋文左衛門に使嗾されているのですから二重に救いがありません。もちろん、襲われる聡四郎の方も白石の走狗であるわけで、なんとも切ないシチュエーションですが――しかしもちろんそんな事情とは関係なしに、繰り広げられる殺陣はダイナミックの一言。。
 勝手知ったる我が家とはいえ、これまで幾多の死闘を乗り越えてきた聡四郎が繰り出す実戦戦法の数々はむしろ痛快なほどで、敵の頭目相手に一放流の真髄を発揮するクライマックスもお見事であります。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 伊達家包囲網との対決も一段落ついたところで、今回はいよいよあの男――豊臣秀吉が本格登場。ページ数にして全体の2/3を占拠と、ほとんど主役扱いであります。
 既にこの時代、天下人となっている秀吉ですが、ビジュアル的には『信長の忍び』の時のものに泥鰌髭が生えた状態。というわけで貫禄はさっぱり――なのですが、芦名家との決戦前を控えた政宗もほとんど眼中にないような言動は、さすがと言うべきでしょうか。
(そして残り1/3を使ってデレデレしまくる嵐の前の静けさの政宗と愛姫)


『孤剣の狼』(小島剛夕)
 名作復活特別企画第七回は『孤剣の狼』シリーズの「仇討」。諸国放浪を続ける伊吹剣流の達人・ムサシを主人公とする連作シリーズの一編であります。
 旅先でムサシが出会った若侍。仇を追っているという彼は、しかし助太刀を依頼した浪人にタカられ続け、音を上げて逃げてきたのであります。今度はムサシに頼ろうとする若侍ですが、しかしムサシは若侍もまた、仇討ちを売り物にして暮らしていることを見抜き、相手にせずに去ってしまうのですが……

 武士道の華とも言うべき仇討ちを題材にしながらも、味気なく残酷なその「真実」を描いてみせる今回のエピソード。ドライな言動が多いムサシは、今回もまたドライに若侍を二度に渡って突き放すのですが――その果てに繰り広げられるクライマックスの決闘は、ほとんど全員腹に一物持った者の戦いで、何とも言えぬ後味が残ります。
(ちなみに本作の前のページに掲載されている連載記事の『実録江戸の真剣勝負』、今月の内容は宮本武蔵が指導した少年の仇討で、ちょっとおかしな気分に)


 その他、『用心棒稼業』(やまさき拓味)は、前回から一行に加わった少女・みかんを中心に据えた物語。クライマックスの殺陣は、本作にしてはちょっと漫画チックな動きも感じられるのですが、今回の内容には似合っているかもしれません。

 そして来月号は『鬼役』が巻頭カラーですが――新顔の作品はなし。そろそろ新しい風が欲しいところですが……


「コミック乱ツインズ」2018年11月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年11月号[雑誌]


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2018.10.13

赤神諒『大友の聖将』(その二) ただ大友家を救うためだけでなく


 大友家が崩壊に向かう中、ただ一人抵抗を続けた豪勇の士・柴田礼能(天徳寺リイノ)。「豊後のヘラクレス」と呼ばれた彼の波瀾万丈の生を描く物語の、後半の紹介であります。島津家久の猛攻の前に絶望と諦めに沈む大友家を、聖将は救い得るか!?

 悪鬼のような所業を繰り返した末、主君の側室を奪った咎で牢に繋がれながらも、奇跡的に赦され、信仰に身を捧げる道を選んだリイノ。静かに辺土で愛する人々と暮らしていた彼は、しかし主家の危機に、再び十文字槍を手に立ち上がることとなります。
 耳川の戦いでの島津家に対する惨敗以来、没落の一途を辿る大友家。次々と家臣たちが離反していく中、鑑連たっての命で復帰し、以来活躍してきたリイノは、宗麟から天徳寺の姓を賜るほどとなっていたのであります。

 それでも島津の勢いは止まらず、ついに秀吉に膝を屈し、援兵を乞うた宗麟。しかし豊臣方の援兵が遅れ、宗麟の丹生島城は他の城からも切り離され、孤立無援の状態に追い込まれてしまうのでした。
 この状況を打開すべく、愛息の久三、久三の朋輩で名門吉岡家の甚吉、旧友の武宮武蔵と決死の反撃に打って出んとするリイノですが――主君である宗麟が幾度となく不可解な中止命令を下し、丹生島城は更なる危機に陥ることになります。

 この絶対の危機においてもなお、宗麟を、大友家を守るべく戦い続けるリイノ。彼に残された最後の策とは……


 第一部において神の愛に目覚めたリイノ。以来二十年、武人としても人間としても大きく成長を遂げた彼は、まさしく聖人、いや聖将。その出自と過去、それとは裏腹の異数の出世により、周囲からは妬みの声も少なくないものの、しかしその武人としての活躍と高潔な人格から、彼は家中で絶大な支持を受けるようになります。

 しかしその彼を以てしても、大友家の危機を救うのは容易いものではありません。
 島津の猛攻や大友家中の不和は言うまでもないことながら、彼を最も苦しめることになるのは、気まぐれで感情的な宗麟の存在。そして彼の過去からの因縁が全く思わぬ形で――読んでいて思わず天を仰ぎたくなるような形で――彼を、そして彼の子供たちの世代をも苦しめることになるのです。

 実は第二部の面白さは、まさにこのリイノの周囲の人々の存在――彼を頼り、助け、悩ませる人々の存在にあると感じられます。
 リイノ自身は、既に人間としても武人としても、完成した存在であります。しかしもちろん、誰もが彼のようになれるわけではありません。過ちを犯し、悩み、惑う――そんな彼らの存在が、本作を超人的な英雄の活躍する神話ではなく、我々人間の生きる世界の物語として成立させているのです。

 その中で最も印象に残るのは、宗麟の存在でしょう。実のところ、本作におけるリイノの最大の敵はこの宗麟ではないかと思えるほど、彼はリイノの足を引っ張りまくるキャラクターであります。それも意図して、ほとんと尋常ではない執念を以て……
 その姿にはこちらも大いにヒートさせられるのですが――しかし、彼もまた一人の人間として悩める存在であったことに気づく時に、彼を見る目も変わることになります。

 名門に生まれ、己の理想まであと一歩となりながらも、思わぬところで躓き、転落の一途を辿る――もはや自分自身ではどうにもならない、時代や社会に翻弄された末に無力感に苛まれ、深い諦念に沈んだ宗麟。
 そんな彼の姿は――立場は一見大きく異なれど――実は第一部の治右衛門と重なるものであると、やがて我々が気付かされます。そしてまたそれは、現代の我々にとっても、どこか他人事と感じられないものがあるとも。

 さらに言えば、そんな他人事ではない感覚は、次の世代――久三や甚吉たちの姿からも感じられます。親の世代が勝手に背負い込んだ負債に苦しめられ、ただそこから逃れるためにもがくしかない――そんな彼らの姿もまた、我々には馴染み深いものでしょう。


 そう、本作において描かれるのは、大友家を救わんとする戦いだけではありません。ここに描かれるのは、人間の誇りと信念を賭けた戦い――時代や社会に翻弄される人々に対し、この生には価値があることを示すための戦い。かつてそれを先人たちから教えられた一人の男が、他の人々にそれを伝えるための戦いなのであります。

 だからこそ本作は、キリスト教を題材とし、大友家の興亡というある意味局地的な史実を用いつつも、それに留まらないさらに大きな普遍的な感動を与えてくれるのだと感じます。
 時代に負けることなく、人間としての生を全うせんとした人間を描く物語として……


『大友の聖将』(赤神諒 角川春樹事務所)

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2018.10.12

赤神諒『大友の聖将』(その一) 悪鬼から聖将へ――戦国レ・ミゼラブル!


 デビュー作『大友二階崩れ』でいきなり歴史小説シーンに躍り出た作者の第二作は、やはり大友家を題材とした本作。大友家と島津家の決戦――豊薩合戦の丹生島城の戦いを題材に、悪鬼から聖者へと生まれ変わった一人の男を描く、戦国レ・ミゼラブルとも言うべき入魂の作品であります。

 島津家の猛攻の前に追いつめられ、次々と配下も離反していった晩年の大友宗麟。本作の主人公・天徳寺リイノ(柴田礼能)は、最後まで宗麟に仕えたキリシタン武将であり、宣教師たちから「豊後のヘラクレス」と呼ばれたという逸話を持つ人物であります。
 しかしその前半生はほとんど記録が残っていないリイノ。本作はその前半生を自由に描きつつ、一人の男の魂が救済に至るまでを、そしてその男が同時代に生きた人々をも救う姿を描く物語なのです。


 丹生島城の戦いから20年前――不幸な生い立ちながら自慢の武芸の腕で名を挙げ、大友の勇将・戸次鑑連に仕官を許された柴田治右衛門。さらに上を望む彼は、大友宗麟の近習となり、宗麟の正室とも誼を通じるなど、順調に出世していくのですが――しかし彼の中にあるものは、己の力のみを恃み、目的のためであれば敵はおろか味方を害しても恥じぬ、悪鬼のような心だったのであります。

 そんな彼が唯一人間らしい気持ちとなることが出来るのは、愛する女性・マリアの傍らのみ。しかし彼女は宗麟の側室――露見すれば共に命はない秘密の関係を、治右衛門は朋輩を殺し、周囲を裏切ってまで守らんとするのでした。
 そして治右衛門を兄のように慕う青年を斬り、二人を見守ってきたイエズス会の司祭トルレスの教会に火を放ってまで、マリアを連れて豊後から逃れんとした治右衛門。しかし彼は幾多の犠牲を出した末、マリアと引き離されて捕縛されることになります。

 城の牢に放り込まれ、変わり者の牢番以外話し相手もいない孤独の中で、死の恐怖に怯える治右衛門。そんな彼の前に、戸次鑑連とトルレスが現れるのですが……


 物語冒頭、丹生島城の戦いの中で語られる颯爽たる聖将の姿が想像できぬほど、人間として下の下の姿を見せる第一部――本作前半のリイノ=治右衛門。上の者には諂い、下の者は見下し、同輩は追い落として、敵を嘲りながら殺す――打算と悪意に満ちたその人生は、どう見ても憎むべき悪役のそれ、であります。
 しかしそんな彼でもマリアに対する愛だけは本物、身重の身となった彼女と生きるためにあらゆる手段を(すなわち悪事を)用いて逃れようとするのですが――しかし最後には彼女も見捨てて逃げようとするその姿は、もはや目を背けたくなるほど無様であるとすら言えるでしょう。

 それでも――そんな憎むべき、あるいは無惨な治右衛門の姿に、どこか頷けるものを感じてしまうのも、また事実であります。
 国人の庶子として生まれたことすら父に知られず放り出され、貧困の中で母と弟を失い、幼い頃から野伏に加わって生きてきた治右衛門。そんな彼が世界は悪に満ちていると信じ、周囲の愛を拒絶して悪に生きようとしても、それは同意はできなくとも理解できることではないか――と。

 しかし本作においては、そんな彼の想いに対し、二人の人物がはっきりと否定してみせるのであります。トルレスは心からの愛を込めて優しく、そして鑑連は心からの叱咤激励を込めて力強く――それでも、この世界には必ず愛が存在すると。それでも、悪を前にして自らも悪に染まってはならないと。
 この言葉だけを見れば綺麗事に過ぎない、と感じるかもしれません。しかし本作において、治右衛門がどん底に落ちていく姿を、どん底に落ちざるを得なかった姿を見れば――それでも、と彼に語りかける二人の言葉は、強い赦しと救済の言葉として胸に迫るのです。


 そして悪鬼から、聖将に生まれ変わった・柴田治右衛門いや柴田礼能。しかし物語は聖将の誕生を描いてまだ半ばに過ぎません。
 後半、第二部に描かれるのはいよいよ丹生島城を巡る決戦、その中で彼は数々の悪意と悪因縁に晒されることとなるのですが――果たして彼は大友家を、そして自らの愛する人々を救うことができるのか。

 第二部については次回ご紹介いたします。


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2018.10.11

山口貴由『衛府の七忍』第6巻 あの惨劇を描く作者の矜持


 ついに六人目の怨身忍者の物語が始まり、いよいよ物語も後半戦か、と思わせる『衛府の七忍』。しかしその一方で彼らの強敵となるであろう魔剣豪たちの物語も平行して描かれることとなり、ますます何が飛び出すかわからない状態であります。何しろこの巻で登場するのは、あの壬生の狼なのですから……

 と、表紙の時点で彼の正体は明らかですが、彼の出番はこの巻の後半1/3頃から。そこまで描かれるのは、第六の怨身忍者・霧鬼の物語なのですが――これがまた凄まじく重くいものを突きつける物語なのであります。

 かつて武田信玄の切り札として、三方原で徳川家康を惨敗させしめた巨大兵器――人間城ブロッケン。この人間城起動の鍵となる軍配を持つ若き大名・諏訪頼水は、今は主なき巨人を復活させ、家康への下克上を目論むのですが――その頼水が、一人の少女を見初めたことから、悲劇は始まります。

 その少女・てやは、かつて壬辰倭乱において日本軍が戦利品として連れ帰った「異民」の子孫。てやを連れ去る際、頼水がてやの主一家を皆殺しにしたことがきっかけで、てやの幼なじみであるツムグたち異民と、倭人の百姓たちの間に、これまで以上に険悪な空気が生まれることになるのでした。

 そしててやを巫女として、人間城を復活させんとする頼水ですが――しかし軍配を手にしたてやはその身に思わぬ存在を宿すことになり、頼水のコントロールを受けずに起動する人間城。
 その人間城が引き起こした数々の厄災が、異民たちと倭人たちの、諏訪家の武士たちとの間で、恐るべき惨劇を招くことに……


 山の民、ヤクザ、蝦夷、琉球の民、切支丹と、これまで虐げられた少数の民の中に顕現してきた怨身忍者の力。次なる民は――と思いきや、ついに彼らを描くのか! と驚かされると同時に不安にもなったこの霧鬼編。
 この難しい題材を如何に描くのかと思いきや、ヤンキーもの調(『パッチギ!』的と言うべきか)のテイストで日朝の若者たちの姿を描いてみせるのは、これは作者ならではのセンスというべきかと思いますが――しかしその先に待っていたのは、本作の約300年後に現実に起きたあの悲劇、いや惨劇をなぞるかのような展開であります。

 ここまで描いてしまうのか、描いてくれるのか!? と唸らされるこの展開、描くには相当の覚悟がいったのではないかと思うのですが――作者が単行本あとがきに参考文献の一つとして『九月、東京の路上で』を挙げていること、そしてその後に掲げられた作者の矜持を見れば、作者の心からの想いが、ここには込められていると思うべきでしょう。

 そして全ての想いを込めて誕生した第六の怨身忍者・霧鬼=ツムグと、拡充具足・無明をまとった頼水(恥ずかしながら、ここに至るまで頼水が伊良子清玄のスターシステムと気づきませんでした)。
 異民として生まれ、軋轢に晒されながらもなおも希望を失わぬ少年と、下克上を目指しながらも、「下」の民のさらに下を作って恥じぬ男と――その対決の行方は言うまでもありません。

 正直なことを言えば、わずか四話のうちにあまりに様々な要素を盛り込んだために、そのそれぞれがいささか消化不良のきらいがあり、展開が唐突に感じられる部分はあるのですが、しかし作者の心意気の前には、それは贅沢の言い過ぎというものかもしれません。


 そして次なる章は再び敵方となるべき魔剣豪鬼譚となるのですが――新たなる魔剣豪、その名は沖田総司! ……はい?

 そう、この章の主人公は正真正銘、あの新選組の沖田総司。すでに幕府が瓦解に向かう中、江戸で静養していた総司がいかなる理由にか江戸時代初期にタイムスリップしてしまうのであります!
 ……もはや新選組にタイムスリップというのも珍しくない印象もありますが、しかしそれだけで作品一つ成り立つような大ネタ。それをさらりと使ってしまう本作のパワーにはただ圧倒されるしかありません。

 しかしネタ的な面白さだけでは決してない本作。ここで描かれる総司の姿は、如何にも壬生狼らしい剣呑極まりない(冒頭、見舞いに来た永倉・原田とのやりとりは傑作)剣士ながら、しかし同時に若者らしい純粋さ、真っ直ぐさを持つ、実に好もしい青年として描かれるのが、強く目を惹きます。

 そんな総司が、この先如何なる経験を経て、魔剣豪と呼ばれるようになるのか――この巻のラストでは思わぬ夢の対決も飛び出し、この先の総司の凄春が気になって気になって仕方ない、そんな新章であります。


『衛府の七忍』第6巻(山口貴由 秋田書店チャンピオンREDコミックス)


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2018.10.02

鳴神響一『仇花 おいらん若君 徳川竜之進』 二重の籠の鳥、滝夜叉姫に挑む


 吉原で評判の花魁が、実は尾張徳川家の御落胤だった! という大変なインパクトの設定に負けないドラマを描いてみせた『おいらん若君 徳川竜之進』の第二弾が早くも刊行されました。目撃したものは呪い殺されるという妖術使い・滝夜叉姫に竜之進と臣下たちが挑むことになります。

 八代将軍吉宗のライバルであった尾張藩主徳川宗春の嫡男として生まれながらも、藩内の争いに巻き込まれ、赤子のうちにくノ一・美咲と、四人の遣い手・成瀬四鬼によって救い出され、江戸に隠れ住むこととなった竜之進。
 執拗に竜之進を狙う御土居下衆の目を逃れ、吉原に潜んだ主従。そこで美咲はなんと竜之進を表向きは女――それも花魁として育てることで、周囲の目を欺くのでした。

 かくて決して男に靡かぬ花魁・篝火として吉原の名物となった竜之進。その一方で彼は密かに吉原を抜け出し、旗本の四男坊を名乗って太田直次郎(若き日の大田南畝)らとともに交遊する日々を送るようになります。
 そんな中で出くわした江戸を騒がす悪に、竜之進は四鬼破邪顕正の刃を振るうことに……


 というわけで、非常に盛りまくった主人公の設定に驚かされるのですが、しかしその設定を巧みに整理し、きっちり痛快娯楽時代小説として成立させているのが本シリーズ。
 今回竜之進と配下たちが挑むことになるのは、残暑の江戸の夜を騒がす謎の妖女・滝夜叉姫一味であります。

 滝夜叉姫といえば言うまでもなく平将門の娘にして、父の無念を晴らすために妖術使いとして暴れ回ったという女怪。
 その滝夜叉姫が、丑の日の晩になるたびに、谷中に現れると聞きつけた竜之進。しかも滝夜叉姫に出会った者は五寸釘を胸に刺されて死ぬため、避けるためにと成田山新勝寺のお札が飛ぶように売れている――といかにも胡散臭い話まで出てくれば、黙っていられるわけがありません。

 前作で知り合った田沼意次からの依頼もあり、滝夜叉姫の正体を追う竜之進。しかしその一方で、吉原では深夜に不審な小火が連続し、彼の周囲はにわかに騒がしくなって……


 その身の上のことを考えれば――そして美咲をはじめ周囲の者が口を酸っぱくして言うように――悪事に対して自ら乗り出す必要は全くない竜之進。
 それでも彼が世のため人のために飛び出していくのは、もちろん彼の周囲で事件が起こったから――という理由はありますが、それ以上に、性別を変えてまで自分自身を押し殺さなければならないという鬱屈から来ているというのが、面白くも切ないものがあります。

 どれだけ美しく着飾ろうとも、どれだけ多くの者に求められようとも、やはり花魁は籠の鳥――尾張徳川家の身分を隠して生きることを強いられる竜之進は、二重の意味で籠の鳥ということができるのではないでしょうか。
 だとすれば、彼が悪に命を懸けて挑むのは、この籠から飛び出すための行為の代替となのかもしれません。

 そしてこれはあまり詳しく書くわけにはいかないのですが、まさにこの点において本作の敵と竜之進は好一対とも言うべき関係にあるのがまた、実に面白いのであります。


 と、大いに楽しませていただきつつも、本作にはいささか気になる点もあります。

 吉原が巻き込まれるという要素はあるものの、前作に比べると、彼自身の事件とするにはいささか関係が薄いと感じられるのがその一つ。
 もっともこれは、上で述べたように実はあまり大きな要素ではないのかもしれませんが、それでも彼が戦う必然性がもう一つあってもよかったと――前作がそうであっただけに――感じます。

 そしてそれ以上に引っかかるのは、江戸の夜を騒がす怪事に竜之進が首を突っ込み、さらにそこに田沼意次の依頼が――という物語展開が、前作とほとんど同様に感じられる点。
 火付けの手口にもどこか既視感があり、本作ならではの魅力という点からすると、一歩引いた印象があります。

 そんなこともあり、そろそろ本シリーズならではの事件と敵が――すなわち、尾張徳川家が絡む事件、母の仇である御土居下衆との戦いが見たいというのが正直なところではあります。
 インパクトに満ちた設定を120パーセント活かした物語の展開に期待いたします。


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仇花-おいらん若君 徳川竜之進(2) (双葉文庫)


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2018.09.22

木下昌輝『宇喜多の楽土』 運命に逆らい続けた人間が掴んだ夢のかたち


 梟雄・宇喜多直家の姿を思いも寄らぬ角度から描き出した鮮烈なデビュー作『宇喜多の捨て嫁』から6年――その直家の子・秀家の生涯を描く物語であります。父とは全く異なるかに見える生を送る心優しき貴公子が父から託されたものとは、そしてその実現に全てを賭けた彼が得たものとは……

 身内であれ恩人であれ、自分の目的のためであれば容赦なくその命を奪う怪物として恐れられ、その罪の証のように業病を得た奇怪な人物として描かれた『宇喜多の捨て嫁』の直家。本作の物語は、その直家が秀家に後事を託して逝ったことから始まります。
 直家が秀家に託したもの、それは直家が着手した海岸の干拓事業――土地を失った流民のために新たな土地を、楽土を生み出すという父の意外な望みを知った秀家は、わずか11歳で家督を継ぎ、楽土建設を目指すことを決意するのであります。

 しかし宿敵・毛利との戦いは熾烈さ・陰湿さを増す上に、宇喜多の後ろ盾であった信長は本能寺に消え、新たな天下人となった秀吉への臣従を強いられる秀家。
 さらに、土地を召し上げ、代わりに禄米を支給しようとする彼の政策――宛行は、旧来の家臣の猛反発を受け、家中を二分する騒動に発展することになります。

 若き日に弱みを握られた秀吉からは過酷な軍役を課され、その秀吉亡き後には家康の専横に直面し――楽土建設の願いと、愛する豪姫の存在を支えに苦難の道を歩む秀家は、やがて関ヶ原の戦に臨むことになります。
 しかしその結果は完敗。敗軍の将として命を捨てようとした秀家が、その時目にしたものとは……


 本作の前日譚に当たる『宇喜多の捨て嫁』(両作の世界観が共通であることは、冒頭で明確に示されています)だけでなく、史実の上でも強烈なインパクトを持つ直家。その父に比べると、正直なところ、秀家の来歴はかなりおとなしく映ります。

 幼くして家を継ぎ、秀吉からは養女の豪姫を妻として与えられ、次代のエリートの一人として豊臣家を支えた秀家。その結果、家康らと対峙し関ヶ原で敗走、それでも生き延びた末に八丈島に流刑になる――なるほど波瀾万丈ではあります。
 しかし豊臣政権の閣僚としても関ヶ原に参加した将としても、その活躍は何故かあまり印象に残りません。大坂の陣に参加することも、大名に復帰することもなく、文字通り流されるまま生涯を終えた――そんな印象すらあります。

 しかし本作は、それが流れに乗ったものなどではないことを――それどころか、その流れに逆らい続けた人生であったことを描き出します。そしてその秀家の行動の根底にあったのは、彼自身の優しさと、それを実現せんとする強い決意であったことを。。

 流民の生きる土地を作りたい、落ち武者狩りに捕らえられた男を救いたい、友のために仇討ちに臨む男を助けたい……
 いずれも戦国大名としてみれば優しい、というより甘い彼の行動は、しかしその結果から逃げない(逃げられない、と言った方がよいものもありますが)その姿を通して見たときに、静かな感動を呼びます。

 民のためを考え、平和を夢見る戦国大名――それはフィクションにはしばしば登場するものの、しかし同時に、極めて胡散臭い、現実感の感じられない存在であることがほとんどであります。
 しかし本作はそんな戦国大名の姿を、優しさとは正反対の人生を送った、いや送らざるを得なかった父から譲られた楽土という「夢」を追い続けた秀家の姿を通じて、見事に現実感のあるものとして描き出したと言えます。


 残念ながら、『宇喜多の捨て嫁』の強烈なインパクトと構成の妙と比べると、秀家の生涯を真っ正面から描いた本作は、いささか素直すぎる印象があります(さらに厳しいことをいえば、そのインパクトあってこその本作の感動とも言えるかもしれません)。
 またキャラクターの個性の点でも、ある意味直家以上の怪物ともいえる宇喜多左京亮に比べると――この左京亮、ある意味実に作者らしい「怪物に作り替えられた人間」として印象に残ります――大人しすぎると言えます。

 それでもなお、いやそれだからこそ、結末で――史実(巷説?)を巧みにアレンジして描かれる――彼の選択の姿は、より鮮明に心に残るのであります。
 怪物ならぬ人間の身で、夢のために運命の流れに逆らい続けた男の誇り高い姿として……


『宇喜多の楽土』(木下昌輝 文藝春秋) Amazon
宇喜多の楽土


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2018.08.30

都戸利津『嘘解きレトリック』第9-10巻 「嘘」を解き明かした先の二人の「真実」


 嘘を「聞く」能力を持つ少女・鹿乃子と、頭は切れるが金はない探偵・祝左右馬のコンビが繰り広げてきたレトロ探偵譚もついに完結であります。左右馬への恋心を自覚した鹿乃子を狙う謎の男・史郎の影。誘拐された鹿乃子を左右馬は救うことができるのか、そして鹿乃子の想いのゆくえは……

 周囲からは忌避されてきた力を持つ鹿乃子を受け入れ、そして生きる道を示してくれた左右馬。彼への想いが、助手から探偵へのそれだけではないことに気付いてしまった鹿乃子の心は、千々に乱れることになります。
 第9巻で描かれるのは、そんな彼女を襲う思わぬ事件――かつて左右馬に降りかかった冤罪事件の関連で現場に向かうことになった二人ですが、その途中、一瞬の隙をついて鹿乃子は誘拐されてしまうのであります。

 その犯人こそは「史郎」――かつて名家の跡取り探しの一件でその名を名乗って現れ、また件の冤罪事件では別の名で鹿乃子の助っ人役を買って出るなど、何かと二人の前に現れる怪しげな美青年であります。
 そして鹿乃子にとっては大いに気になることに、彼もまた嘘を聞く能力を持っている、いや「いた」人物。そして彼が鹿乃子たちに付きまとう理由が、ここで明かされることになります。

 子供時代、捨て子として名前もなくその日を暮らしてきた「史郎」。しかしその能力を知った男・武上に拾われた彼は、翡翠様なる霊能力者に扮して、武上の指示するまま、人の秘密を握り、利用して生きてきたのであります。
 しかしある日その能力は消え、武上も姿を消して再び孤独の身の上となった「史郎」。探していた武上の所在をようやく掴んだ彼は、鹿乃子の能力を使って、武上にあることを問おうとしていたのですが……


 これまで様々な形で二人の前に現れ、そして何事かを企む姿が描かれてきた「史郎」。しかし単純な悪人でも愉快犯でもないその行動には、何とも不可解なものがありました。
 ここで語られることとなったその動機は、実に本作らしい、ある意味非常に人間臭いものであり――そしてやはり嘘と真実の在処を問いかけるものでありました。

 しかしその嘘と真実は、これまでのように人間の心の中のものだけではありません。それはむしろより大きなもの、ある人間の存在にとっての嘘と真実なのであります。
 自分は誰なのか、自分は何をしたらいいのか――それを見失った「史郎」は、あるいは鹿乃子がそうなったかもしれない姿、もう一人の鹿乃子と言ってもよいかもしれません。

 そしてその運命を分かつことになったのが、左右馬の存在なのでしょう。ここにおいて物語は、もう一人の鹿乃子の姿を通じて、鹿乃子と左右馬の間の強い絆を、再びはっきり描き出すのであります。


 さて、この「史郎」のエピソードは第9巻の冒頭から最終第10巻の冒頭まで。それ以降は、再び二人とその周囲の、ある意味「小さな」物語が描かれることになります。
 この辺り、最終巻全体が物語のエピローグのようにも感じられるところですが――しかしこの巻の後半で2話にわたって描かれる左右馬の過去の物語は、重要な意味を持つと言えます。

 孤独だった子供時代から学生時代に至るまで、その勘と推理力の鋭さから、時に周囲に利用され、時に誤解されてきた左右馬。
 それが今の彼の飄々とした態度と生き様を生んだとも言えるのですが――それは同時に、彼もまた、鹿乃子と同様の悩みを抱えてきた人間であるということにほかならないでしょう。(そしてこれは、だいぶ以前に描かれた鹿乃子の予感が正しかったことを示すものでもあります)

 もちろん、鹿乃子と左右馬の縁を、そして二人がこれまで築き上げてきたものを、こうした共通点のみに帰するのは正しくないかもしれません。しかし鹿乃子にとって左右馬がそうであったように、左右馬にとっても鹿乃子の存在が救いであったという「真実」は、物語の結末において大きな意味を持つと感じられます。


 そして最終話、鹿乃子の心に深く突き刺さった過去の棘から彼女が解放されるエピソードをもって、物語は終わりを告げます。
 その先、最後の最後に描かれる二人の姿は、ある意味ひどくあっさりしたものにも思えるかもしれませんが――しかしこれ以上の説明もドラマも不要でしょう。

 最後のコマで語られた「真実」――この物語の結末にふさわしい、美しく嬉しい「その真実」こそが全てなのですから。優れたミステリにして人間の「真実」を描いた名編の完結であります。

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2018.08.24

篠原烏童『明日は死ぬのにいい日だ』 天狗と山賊と――風変わりな二人が結んだ友情

 嵐の後、とある宿場町の浜に流れ着いたネイティブ・アメリカンの青年。地元の山賊の頭領・力王丸と宿の名主の娘・おいとに助けられた青年は「天狗」と呼ばれ、力王丸と行動を共にする。しかし謎の「白い幽霊」と彼を追う八州廻りの出現により、力王丸たちの周囲はにわかに騒がしくなって……

 作者の作品には時代ものも幾つか含まれますが、本作はその一つ。時代劇にネイティブ・アメリカンを持ち込むというユニークなアイディアと、彼を取り巻く人間群像が魅力の作品であります。

 物語の舞台は19世紀初頭の、江戸から遠くない宿場町。そして物語の中心となるのは、近くの山を根城とする山賊(といっても不良少年グループに毛が生えたような印象)を率いる青年・力王丸と、背が高いのがコンプレックスの娘・おいと、そして彼らに「天狗」と呼ばれるネイティブ・アメリカンの青年の三人であります。

 白人の友に裏切られて故郷を奪われ、自らは売り飛ばされて船に乗せられた天狗。嵐の晩に日本近海にやってきた彼は、守護鳥の導きで難破寸前に海に身を投じ、一人生き残ることになります。
 言葉が通じぬためそんな事情は知らないながらも、天狗の実直さを信じた力王丸は、持ち前の気っぷの良さもあって彼を自分たちの仲間に入れ、成り行きから半ば仲間のようになったおいとも、二人に惹かれていくようになるのでした。

 が、それとほぼ時を同じくして、町の周囲で目撃されるようになった「白い幽霊」。その正体は、ある目的を持ってこの浜にやって来た白人と見紛う姿の青年・雅丸だったのですが――彼は力王丸と意外な関係を持つことが明らかになります。
 しかし雅丸を切支丹と睨んで執拗に追う八州廻りが現れ、狩り立てられる力王丸の一党。さらにおいとの両親も思わぬ形でこの一件に関わっていたことから、彼女も力王丸と行動を共にすることになります。

 そんな中、天狗は雅丸の姿にかつての忌まわしい記憶を蘇らせるのですが……


 ネイティブ・アメリカンと行動を共にした作家、ナンシー・ウッドの著作のタイトルで知られるようになった「今日は死ぬのにいい日だ」という言葉。ネイティブ・アメリカンの死生観を表す言葉として印象的なこの言葉が、本作のタイトルのモチーフであることは言うまでもありません。
 しかし何故「今日」ではなく「明日」なのか――それは作中で明確に描かれるためにここでは伏せますが、そこにあるのは、友を信じる若者たちの清々しい心意気であり――その姿を描くことこそが、本作の主題であると言っても良いでしょう。

 本作の登場人物たちは、ほとんど皆(自覚があるかないかを問わず)何らかの秘密や過去を背負った者たち。力王丸や天狗だけでなく、雅丸やおいとたちも――皆それぞれに、重いものを背負って生きているのであります。
 自分自身ではどうしようもないような巡り合わせや運命の悪戯で、そんな重荷を背負わされた人々は、苦しみながら生きるしかないのでしょうか? 本作はそれが否であることを、力王丸と天狗、人種や国籍や言葉の壁も関係ない二人の姿を中心に、高らかに謳い上げるのであります。


 単行本全3巻と分量的にはさほど多くないこと、そして――これはこれで大いに感心させられるところではあるのですが――一見無関係に見えた登場人物のほとんど全員(天狗も含めて!)が、実は一つの因縁で繋がっていた、という展開など、どうかなあと思うところはあります。
 しかし重い物語にも負けない登場人物たちの明るさとバイタリティ(これを体現する作者の絵柄も実にいい)には得難い魅力があります。

 何かと不自由な時代を舞台にするからこそ描ける、自由の物語――爽快な後味の、愛すべき作品であります。


『明日は死ぬのにいい日だ』(篠原烏童 秋田書店プリンセスコミックスデラックス全3巻) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon/ 第3巻 Amazon
明日は死ぬのにいい日だ 1 (PRINCESS COMICS DX)明日は死ぬのにいい日だ 2 (プリンセスコミックスデラックス)明日は死ぬのにいい日だ 3 (PRINCESS COMICS DX)

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2018.08.23

芝村涼也『穢王 討魔戦記』 天保篇第一部完 恐るべき敵との決戦の果てに……


 鬼を狩る者たち・討魔衆と、奇怪な異能を持つ鬼たちの死闘を描く『討魔戦記』も、本作を以て天保篇第一部完結。前作で被った大きな痛手を癒やす間もなく、奇怪な人魂が引き起こす事件を追う討魔衆は、鬼たちの背後に潜んでいた恐るべき敵との決戦に挑むことになります。

 七年に一度現れては奇怪な「子」を産む「母」鬼との死闘の末、精鋭集団である二つの小組の一つである弐の小組が壊滅し、その戦力がほぼ半分になるという大打撃を受けた討魔衆。その結果、一亮の所属する余の小組も、戦力として駆り出されることとなります。
 そんな中、気分転換に両国の川開きに出かけた一亮と早雪、健作と桔梗ですが、一亮が奇怪な気配を感じた直後に原因不明の将棋倒しが発生、その中で早雪が神隠しに遭って姿を消してしまうのでした。

 鬼たちの力を増幅する力を持つ早雪が姿を消したことで懸念と疑惑が広がる討魔衆。果たして江戸では奇怪な人魂が人々を襲い、溺れ死にさせるという事件が続発することになります。
 壱の小組が出動して事件を追うものの、それをあざ笑うように次々と出没する人魂たち。その騒動は、一連の怪事件を追ってきた老同心・小磯を引き寄せるのでした。

 そして早雪の処遇も定まらぬまま、決戦を決断する討魔衆。穢王なる謎の敵との死闘の行方は……


 ある日突然、人間が異能と残虐性を露わにして他の人間たちを襲う現象「芽吹き」。それによって生まれる鬼たちと討魔衆の戦いを、鬼を察知する力を持つ少年・一亮と、鬼や討魔衆の存在を知らぬまま事件を追う町奉行所の同心・小磯の視点を中心に本シリーズは描いてきました。
 第四作であり、冒頭に述べたとおり第一部完結編である本作においても、その基本構成は変わることがありません。

 市中で起こる事故とも偶然の連続とも見える人死にの背後で暗躍する鬼たちと、その鬼異能を見破り、倒さんとする討魔衆の戦い――そこにはもちろん伝奇ものらしい派手さはあるものの、同時に極めてリアルな手触りとなっているのが、本作らしいというところであります。
 特に鬼が引き起こす怪現象の奇怪な内容と、その手がかりや規則性、正体や弱点を見破るまでの丹念な積み重ねは、これまで怪異と日常性を巧みに縒り合わせて物語を(も)描いてきた、作者ならではの魅力と言うべきでしょう。

 本作においてはその怪現象は、人間を襲う奇怪な人魂の怪なのですが――日常の中にふと入り込んでくる怪異の描写が丹念に行われれば行われるほど、その恐ろしさと不可思議さ、そしてそれと両立する奇妙な現実感は際立つのであります。


 しかし――ここで厳しいことを言えば、本作の内容は、これまでの物語と大きく異なるものではない、という印象もあります。
 確かにこれまでになく強大であり、そして自分の意志を明確に持つ敵・穢王の存在が、本作の特色ではあるものの、その意図が討魔衆に(そして読者にも)伝わることはなく、結局謎のままで終わってしまうことで、物語にあまり前進が感じられず、もどかしさのみが残るように感じられるのです。

 そしてこのもどかしさはそもそも、一亮と小磯、あるいは討魔衆の上層部、さらに言えば鬼も――それぞれの勢力が持つ情報と意図が作中でほとんど交錯しないことにより、読者に与えられる情報も極めて限定的になっている点に起因しているように感じられます。
(さらに言えば、一亮があまり自分の感情を表さないキャラクターなのも大きいと感じます)
 もちろんそれこそが本シリーズの特色であり、特に一亮と小磯という対照的な視点から物語を描くことが、物語を盛り上げてきたのは間違いないのですが……

 確かに、物語には謎があってしかるべきですが、四作かけてほとんど謎が謎のままとなっている印象で、個々のエピソードやディテールは面白いのですから、そろそろ大きく動き出して欲しい――それが正直な気持ちであります。


 冒頭に述べたとおり、本作は天保篇第一部完結編とのこと。天保篇ということは別の時代も描かれるのか、第一部ということは第二部も当然あるのか――それはまだわかりませんが、物語が大きく動き出した時、本シリーズの全貌が明らかになるのでしょう。
 その時が少しでも早く来ることを期待したいと思います。


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