2017.09.22

『コミック乱ツインズ』2017年10月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2017年10月号の紹介、後編であります。

『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 ついに最終回を迎えた本作。八犬士が、くノ一たちがこぞって死んでいく中、最後に残ったのは信乃と船虫のみ――伊賀甲賀珠の取り合い果たし合いも最終戦であります。

 と、実はこの戦いは原作にはない展開なのですが――しかし物語としては非常に盛り上がる良改変。この号と同時に発売された単行本第1巻に収められた第1話と読み比べれば、ニヤリとさせられる趣向があるのも嬉しいところであります。

 そして結末もまた、原作とは少々違った形なのですが、これがまたいい。原作のもの悲しさとは少々味わいを異にしながらも、よりドラマチックな、そして美しい結末となった本作――もう一つの『忍法八犬伝』として見事に完結したと感じます。
(詳しい紹介は、また単行本の方で)


『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)
 今回も続く将軍家慶の日光社参編。江戸からの、そして京からの刺客が次々と襲う中、ようやく日光にたどり着いた家慶一行ですが、しかし日光例大祭の場でもまた新たな魔手と、思わぬ大自然のトラブルが……

 というわけで、今回もまた、ほとんど鬼役の担当業務外で奮闘を余儀なくされる矢背蔵人介。家慶の父たる大御所・家斉派の送り込んだ刺客、そして朝廷方の静原冠者と、次々と息継ぐまもなく襲いかかるのですが――その刺客たちとの対決模様もさることながら、感心させられるのは、そこに至るまでのシチュエーション作りであります。

 江戸城にいる限りは、食事に毒でも漏られない限り――その時のために蔵人介のような鬼役がいるわけですが――命の危険に晒されることなどまずありえない将軍。その将軍を危機に陥らせるためにはどうすればよいか? この日光社参編は、道中ものの手法を用いて、あの手この手でそのシチュエーションを作り出しているのが実に面白いのです。

 そしてついに数十人、いや数人までに減じてしまった将軍一行。いよいよ物語はクライマックスであります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 四回の長きに渡り描かれてきた「鬼神転生」の章もついに完結。信長の血肉を与えられて復活した四人の武将の戦いもここに決着するのですが……

 秀吉を討たんとした長秀は返り討ちにあい、残るは秀吉・利家・氏郷となった鬼武将。己の子孫を残さんとする秀吉に目をつけられ、拉致された鈴鹿御前あやうし――という形で始まった今回。しかしその窮地は思わぬ急展開を見せ、そして最強の鬼武将・氏郷と激突する鬼切丸の少年。その戦いの行方を左右したものは……

 と、これまでの展開から考えると意外とあっさりと結末を迎えた感のあるこのエピソードですが、鬼武将たちの姿を、そして彼らと相対した鬼切丸の少年の姿を通じ、鬼とは何か、人間とは何かを描いてみせたのは、いかにも本作らしかったと言うべきでしょう。

 そして死闘の果て、鬼切丸の少年も愕然とするような信長鬼の「情」の存在が描かれる結末にも唸らされるのです(……が、冷静に考えればこれは以前にもあったような)。
 しかしまだ信長鬼を引っ張るのは、うーん……


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 「熾火」編も第3回、相変わらず刺客に襲われ続ける聡四郎ですが、ようやく今回の本題である吉原運上金にスポットが当たり、物語が動き出した感があります。
 危機感を強めた吉原の名主衆たちがついに動き出し――と、上田作品らしい展開になってきた今回ですが、今回特に印象に残るのは、紀伊国屋文左衛門が語る、彼の一連の行動の理由でしょう。

 本作に限らず、極めて世俗的な理由で動く敵――いや登場人物がほとんどの上田作品の中でも、数少ない大望を持っていたといえる紀文。
 聡四郎が状況に流され続ける一方で、紀文の姿は自らの道を自らの力で選び取ろうとする者として――その内容や手法に共感できるかは全く別として――ひときわ目立つのです。

 そして印象に残るといえば、紅さん、今回もチョイ役ではありますが、実に可愛らしいツンデレぶりで眼福です。


『コミック乱ツインズ』2017年10月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年10月号 [雑誌]


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2017.09.21

『コミック乱ツインズ』2017年10月号(その一)

 素晴らしいタッチのかどたひろし『勘定吟味役異聞』を中心に、『軍鶏侍』『仕掛人藤枝梅安』『鬼役』と原作付き作品四作品の主人公が配された、えらく男臭い表紙の「コミック乱ツインズ」2017年10月号。内容の方もこの四作品を中心に素晴らしい充実ぶりであります。

 以下、印象に残った作品を一作ずつ紹介いたします。

『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 来月単行本第1巻・第2巻が同時発売することとなった武村版梅安は巻頭カラー。小杉十五郎の初登場編である「梅安蟻地獄」の後編であります。

 仕掛けの相手である宗伯と見間違えたことで梅安と知り合うこととなった小杉。一方、梅安の仕掛け相手であった伊豆屋長兵衛は宗伯の兄であったことから、協力することとなった二人ですが、相手の側も小杉を返り討ちしようと刺客を放って……
 というわけで梅安・彦次郎・小杉揃い踏みとなった今回。本作では彦さんがかなり若く描かれているだけに、正直小杉さんとの違いはどうなるのかな……と思いましたが、三人が揃って見ると、彦さんはタレ目で細眉のイケメン、小杉さんは眉の太い正統派熱血漢という描き分けで一安心(?)であります。

 などというのはさておき、今回のハイライトは、橋の上で梅安が長兵衛を仕掛けるシーンでしょう。ダイナミックな動きからの針の一撃を描いた見開きシーンは、まさに武村版ならではのものであると感じます。


『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)
 連載第2回となった今回は最初のエピソード「軍鶏侍」の後編。園瀬藩内の暗闘に巻き込まれた隠居侍・岩倉源太夫が、江戸の藩主のもとに家老の行状を記した告発状を届けることになって――というわけで、当然ながら源太夫の前に刺客が立ちふさがることになるのですが、ここで一捻りがあります。

 家老方に雇われた、いかにもなビジュアルの三人の刺客――と思いきや、仲間割れからそのうちの年長の一人が残る二人を斬殺! 実はこの刺客と源太夫の間にはある因縁が……
 と、この辺りは定番の展開ではありますが、しかし既に老境に近づいた源太夫たちの姿をしみじみと描く筆致はさすがと言うべきでしょう。
 物語を終えてのもの悲しくもどこか爽やかな後味も、この描写あってのこと。隠居侍が再起する物語として、相応しいファーストエピソードであったかと思います。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 今回からは幻の豪華列車を巡るエピソード。鉄道技術者として活躍し、九州鉄道の社長を務めた仙石貢が、物語の中心となります。

 ある日、島と雨宮のもとに仙石から舞い込んできた依頼。それは仙石が九州鉄道の社長時代にアメリカに発注した豪華車両のお披露目運転でした。
 輸送力増強のために奔走する島から見れば、豪華列車は仙石が趣味で買ったような代物。そんなものをごり押しで、しかも高速で走らせようとする仙石に反発する島ですが……

 前編で状況の説明と事件の発生を描き、後編でその背後の事情や解決を描くスタイルが定着してきた本作。その点からすれば、次回のキーとなるのは、「豪華さ」と「スピード」の両立を追求する仙石の真意であることは間違いありません。
 主人公が島であることを考えれば、何となくその先はわかるように思えますが――さて。


 以下、次回に続きます。


『コミック乱ツインズ』2017年10月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年10月号 [雑誌]


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2017.09.18

吉川景都『鬼を飼う』第3巻 大人サイドと青年サイドで描く二つの奇獣譚

 昭和初期を舞台に、人知を超えた奇妙な生き物――奇獣を巡って繰り広げられる奇妙な物語も、はや3巻目。奇獣に魅入られたかのような帝大生・鷹名を中心とした物語は、時に静かに、時に激しく展開し、次第にその真実の顔を明らかにしていくことになります。

 東京は本郷で無愛想な主人・四王天と美少女・アリスが営む四王天鳥獣商を訪れたことがきっかけで、奇獣と関わり合うこととなった帝大生の鷹名と司。
 奇獣の引き起こす奇怪な事件に次々と巻き込まれる二人ですが、やがて四王天と司は、実は鷹名と奇獣の間のある因縁を知ることになります。

 一方、奇獣関連の事件を扱う特高の特殊部隊・夜叉は、東京で奇獣絡みの事件が続発していることに不審を抱く中で、思わぬ大物の登場に不覚を取ることに。
 一連の事件の背後で糸を引く何者かの影。真意を見せない四王天の謎めいた行動もあり、事態は一層混迷の度合いを深めることに……


 という状況を受けてのこの第3巻は、これまで同様、縦糸となる奇獣にまつわる陰謀の影を描きつつ、基本は1話完結のエピソードで展開していくことになるのですが――この巻においては、それがさらに二つの流れに分かれて描かれることになります。

 その一つは、四王天や夜叉のサイド、奇獣とは付き合いの深い彼らを中心としたシリアスな物語。これまでにも描かれてきた縦糸に近いエピソード――奇獣とその持ち主を時に襲い、時に監視する何者かの正体を追う彼ら、いわば大人サイドの物語が、こちらでは描かれることになります。

 そしてこの大人サイドで今回ついに登場することになるのは、一連の事件の背後に見え隠れしていた謎の軍人・宍戸の姿なのですが――これがまた強烈なキャラクター。
 私は金が大好きなだけと公言して憚らぬ一方で、奇獣の力を試すために、人の命を平然と犠牲にするこの男、飄々とした部分とひどく冷酷な部分を合わせ持った、曲者揃いの本作でもさらに油断のできぬ人物であります。

 この巻では、彼の行動と目的らしきものの一端が描かれるのですが――さてこれがこの先何に繋がっていくというのか。単に金儲けのためとは思えぬ彼の真意は何なのか、この先の物語を大きく左右することになることは間違いないでしょう。


 そしてその一方で描かれるのは、鷹名と司の――青年サイドの物語であります。
 四王天が不在の間に、奇獣絡みの事件の解決を任された鷹名と、彼をフォローする司。奇獣の能力に翻弄されながらも何とか一つ一つ事件を解決していく鷹名ですが、実はその背後には彼自身の秘密と、それを踏まえての四王天の思惑が……

 という裏の事情もあるものの、純粋に登場する奇獣の能力・生態と、奇獣たちに対する鷹名たちのリアクションが実に楽しいこちらのサイド。
 奇獣に対してはほとんど生き字引の四王天に比べれば頼りない二人ですが、しかしだからこそ正体不明の奇獣たちの能力と、奇獣が引き起こす騒動への打開策が一つ一つ明らかになっていく展開が、実に魅力的なのです。

 剣呑な奇獣の登場が多い大人サイドに比べれば、こちらに登場する奇獣は比較的おとなしめ。しかしそれだけにどこか呑気で、時にすっとぼけたような彼らの姿は、時に民俗的な味付けも含めて、作者の作風に非常に良くマッチしているという印象があります。(特に猫又とその飼い主……)

 またこちらは大人サイドでありますが、20年に一度、とある旧家に現れてはその家の男児を取っていく奇獣・アネサマのエピソードも実にイイ。
 変形の座敷童子譚とも言うべき設定自体はさまで珍しくはありませんが、人間のエゴと旧習の不気味さを描くきつつも、ある純粋な想いが招いた因縁の結末には、思わず涙がこぼれそうになりました。


 何はともあれ、派手な伝奇活劇と、時にコミカルで時に感動的な怪異譚と――大人サイドと青年サイドで対照的に描かれる二つの奇獣の物語が魅力的な本作。

 正直なところ、アクション描写については不満がなくもないのですが、ついに黒幕的存在も登場したいま、二つの物語がこの先どのように交わり、どのように展開していくのか――大いに楽しみであることは間違いありません。


『鬼を飼う』第3巻(吉川景都 少年画報社ヤングキングコミックス)


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2017.09.03

漫画版『鬼船の城塞』連載開始! +

 『コミック乱』誌の10月号から、菊地昭夫を作画担当として、鳴神響一の『鬼船の城塞』の漫画化がスタートしました。気宇壮大な海洋冒険活劇の漫画化、そして何よりも作者にとって初の漫画化とあって、ファンとしては大いに気になる作品であります。

 この『鬼船の城塞』は、第6回角川春樹小説賞を受賞した『私が愛したサムライの娘』に次ぐ、作者のメジャーデビュー第2作目。
 時は江戸時代中期の寛保年間、煙硝探索の命を受けて伊豆諸島近海を回っていた鉄砲玉薬奉行・鏑木信之介が、謎の「鬼船」に遭遇したことから、この物語は始まります。

 信之介の乗る船に突っ込んできた鬼船の正体は、阿蘭党を名乗る海賊たちが乗る巨船。容赦なく彼の下役を屠っていく阿蘭党に対して正々堂々の一騎打ちを望んだ信之介は、阿蘭党の巨漢・鵜飼荘十郎を向こうに回して決死の戦いを繰り広げることに……
 と、40ページの大ボリュームで描かれたこの第1回は、物語のプロローグとも言うべき部分。

 原作では冒頭に、日本近海で「鬼船」の目撃が相次ぐことが語られていたように記憶していますが、この漫画版ではほとんど前置きなしに鬼船を出現させることで大きなインパクトを与え、そしてそのまま阿蘭党の凶行に雪崩れ込むという、勢い重視の内容となっている印象です。
 この辺りはもちろん、漫画というメディアの特性を踏まえたものでしょう。

 恥ずかしながら作画者の作品はこれまで読んだことがなかったのですが、その全容を容易に窺わせない鬼船の不気味さ、そして剽悍な阿蘭党の姿などを見事にビジュアル化しているという印象です。
 何より、今回のクライマックスとも言える信之介と荘十郎の決闘シーンもかなりの迫力であります。

 そして個人的には何より嬉しいのは、それでいて劇画的なだけでなく、キャラクターのビジュアルが良い意味で適度に漫画的な点。
 凜々しい信之介はもちろんのこと、阿蘭党の大将たる梶原兵庫の長髪美形っぷり、そしてまだ名前も登場していないヒロインの美しさと、外連味あふれる物語には似合ったキャラたちには好感が持てます。

 冒頭に述べたように、物語はまだまだプロローグ、本作の最大の魅力たる物語のスケールはこれからどんどんと広がっていくわけですが――この第1話であれば、まずはその点も安心して見ていられるのではないかと感じます。


 なお、前号でも大いに話題となったレジェンド作家・植木金矢の新作が、この10月号にも掲載されています。
 『真贋巌流島』と題された本作は、一乗寺下り松の決闘を経て道に迷う武蔵が、巌流島で佐々木小次郎との決闘に臨むも――という内容。

 記録に残る小次郎の経歴と年齢の矛盾を巧みに物語に取り入れつつ、老達人との決闘を経て兵法の道の先に歩みを進める武蔵の姿を描く端正な画が印象に残る作品で、こちらも必見であります。


『鬼船の城塞』(菊地昭夫&鳴神響一 『コミック乱』2017年10月号) Amazon
コミック乱 2017年10月号 [雑誌]


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2017.08.31

たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』第8巻 戦いの理由、それぞれの理由

 ついにアニメ化も決定した『アンゴルモア 元寇合戦記』の最新巻であります。刀伊祓とともに蒙古軍を辛くも撃退した迅三郎たち。しかしこれより対馬に襲い来るのは蒙古軍の大軍――そしてその敵の側にも、それぞれの事情があることが描かれることになります。

 蒙古軍の猛襲を前に撤退を余儀なくされ、遥かな昔から海の向こうの敵に備えてきた刀伊祓の人々と手を組み、金田城に篭ることとなった迅三郎たち流人衆と宗家の人々。
 流人の一人・白石の裏切りにより窮地に陥りつつも、ウリヤンエデイ率いる蒙古軍を撃退した迅三郎たちですが、しかし微かな希望を打ち砕くように、そこに蒙古軍の本隊が……

 というところに来て、一旦時と場所を変え、この巻の4割近くの分量を割いて描かれるのは、なんと敵方である蒙古軍の一翼を担う高麗軍の物語。
 以前、迅三郎たちに息子を討ち取られた高麗軍大将・金方慶の回想として語られるそれは、同時に彼らを送り出した高麗王・諶(忠烈王)の物語でもあります。

 30年にも渡る戦いの末、蒙古に屈した高麗の王として、父がフビライの宮廷で辱めを受けていた無念から、蒙古における高麗の地位を上げるんと心に誓った諶。そのために彼は皇帝の娘婿の座を狙い、皇帝の親衛隊に加わることになります。
 そこでフビライが諶にぶつけたのは、娘が欲しければ武功をたてよという言葉。そのために、彼は蒙古に抵抗してきた三別抄(高麗の武力集団)を蒙古軍とともに滅ぼし、日本へ軍を派遣することに……

 侵略した国を次々と傘下に収め、そしてその国の兵を以って他の国を攻撃させる――この蒙古の基本政策によって、日本侵略の主力となった高麗。その史実を、本作は諶の変貌を通じて描き出します。

 はじめは気弱な部分も持ちつつも、祖国の地位向上という理想を燃やしていた一人の青年が、その理想へと向かう中で、自分にとっての「祖国」の意味を違えていく。その姿を愚かと笑うことは容易いかもしれません。
(たどたどしくも自分の言葉で語っていた諶が、やがて流暢にフビライへの忠誠を叫ぶようになる姿が実に象徴的)

 しかし金方慶が嘆じるように、三十年間かけて「多くが死に多くが灰となり何も残らなかった」虚しさから逃れるために足掻いてきた者たちが、ようやくそれを叶えるための術を見つけたとしたら……
 それが他者を、いや同胞をも踏みつけにするものであったとしても、その術に手を伸ばすことの是非を、ここですぐに言葉にするのは困難と感じます。


 しかし、それに対して明確に「否」と答えることができるのは、少なくともその彼らにまさに踏みつけに――昨日の彼らと同様の存在に――されようとしている者たちでしょう。
 そしてそれこそが本作の主人公・迅三郎と、彼が行動を共にする人々であることは言うまでもありません、

 絶望的な戦力差の前に逃亡する者も現れ、ついに当初の半数となった流人衆。そんな中でもなおも対馬に残り、戦い続けようとする迅三郎ですが――しかしその彼が戦う意味はかつてと今で異なってきたことが、この巻の終盤で語られることになります。
 かつては戦のために戦を求めていた彼が、ここで見つけた戦以外のための戦。その答えは、上で述べた高麗王の戦に対する、強烈なアンチテーゼと感じられます。

 もっともそれは、この戦いに勝って、いや生き延びてこそ言えること。
 頼りとしてきたか細い希望の糸が切れたことも知らぬまま、決戦に望む迅三郎たちの運命は――まだまだ対馬の戦いは続くのであります。


『アンゴルモア 元寇合戦記』第8巻(たかぎ七彦 カドカワコミックス・エース) Amazon
アンゴルモア 元寇合戦記 第8巻 (角川コミックス・エース)


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2017.08.25

山口貴由『衛府の七忍』第4巻 怨身忍者も魔剣豪も食らうもの

 天下を力で支配する徳川家康に挑むまつろわぬ民たちの化身・怨身忍者の戦いを描く本作も、この巻において五人目の怨身忍者が誕生。このペースでいけば七人集結も遠くないことでは――と思いきや、この巻のメインとなるのは、彼らの敵となるべき剣豪の物語であります。その名は魔剣豪・宮本武蔵……

 琉球に逃れた豊臣秀頼の馬廻り衆である隻腕の青年・犬養幻之介(ゲンノスキ)。そこでニライカナイの戦士を名乗る刺青の青年・猛丸(タケル)と出会った彼は、タケルとの語らいの中で、不思議な安らぎを覚えることになります。
 しかしそこに秀頼を出迎えんと島津義弘率いる島津武者たちが上陸。秀頼の命でタケルら琉球の人々を撫で切りにせんとした彼らを前に、ゲンノスキは、あえてタケルを「犬」と呼ぶことで守ろうとするのですが……

 この巻の冒頭にラスト一話が収められている霹鬼編の主人公であるタケルとゲンノスキ。スターシステムが採用されている本作において、ゲンノスキの原典は言うまでもなく『シグルイ』の藤木源之助ですが、しかし彼が同作で辿った運命を思えば、不安にならざるをえません。
 本作においてもその運命は繰り返されるのか――そんな我々の不安は、しかし予想もしなかった形で裏切られることになります。

 犬として秀頼に飼われた末、狂気に満ちた薩摩武者たちの蛮行の犠牲となったタケル。その仇を討つため、ただ一人、ゲンノスキが薩摩武者に挑んだ時、起きた奇蹟とは……
 本作らしく、どこまでも悍ましく、しかし美しい、怨身というその奇蹟。そこから生まれたものは、ゲンノスキとタケルの想いが生み出した自由の化身と言うべきでしょう。

 ここに源之助の魂は救われた――と評するのはもちろん言いすぎなのですが、しかし『シグルイ』の読者としては、ゲンノスキが身分の檻から解かれたことは、嬉しすぎる読者サービスであることは間違いありません。


 そして続いて描かれるのは、第六の怨身忍者の物語と思いきや、タイトルすら変えて描かれる新たな物語――その名を『魔剣豪鬼譚』。主人公となるのは、その名を千載に残すことを望み、できないと言われればやらずにはおれぬ虎の如き男・宮本武蔵――言うまでもなく、あの剣豪であります。

 作者で武蔵といえば、この物語のタイトルの原典である『魔剣豪画劇』にも登場した人物。あちらでは悍ましい狂気を湛えた人物として描かれていたのに対し、本作の武蔵は、少なくとも見かけは精悍を絵に描いたような偉丈夫、むしろイケメンであります。

 しかし己の前に立ち塞がるものに対しては一切の加減はせぬその言動はまさしく魔剣豪。腕試しに襲いかかる薩摩武者たちを容赦なく叩き潰し、お忍びの薩摩藩主・家久(忠恒)との立ち会いでも、一切加減せずトドメを刺さんとするその姿は、全く別の意味で身分の檻から自由な男と言うべきでしょうか。

 そんな彼が薩摩からの懇請で挑むことになったのは、新たなる怨身忍者――吸血鬼・狼男・人造人間(っぽい外見)の三人を従えた、切支丹の姫君(明石全登の遺児!)・明石レジイナが怨身した雹鬼。
 薩摩の武者たちすら及ばぬ不死身の魔性に、武蔵の剣は及ぶのか……


 というこの武蔵の物語、なるほど無敵の怨身忍者に対するにはこれだけのキャラクターでなくては、と言いたくなるような濃さ。この巻に収録された武蔵を主人公とする四話は、ひたすら彼のキャラクターの積み上げに費やされたと言ってもよいでしょう。

 が――実を言えば、そんな彼のキャラクターも完全に食っているのが、薩摩のぼっけ者たちのチェストっぷり。いや武蔵編だけでなく、冒頭の霹鬼編も含め、この巻を通じて彼らの大暴走はこちらの脳に強烈に突き刺さります。

「おいは恥ずかしか! 生きておられんごっ!」(切腹)
「チェスト関ヶ原」(サムズアップしながら)
「誤チェストにごわす」「チェストん前 名前訊くんは女々か?」「名案にごつ」
「おはんの名は?」「名を申せ!」「もう言わんで良か!」

 文字面だけで危険な香りが漂うチェストっぷりにやられたのか、武蔵までも「チェストとは”知恵捨て”と心得たり」と言い出す始末。

 正直に申し上げて、『悟空道』の時のようなオーバーヒートぶりを感じてしまい、不安ではあるのですが、しかしこのテンションの高さも本作の魅力。
 チェストはさておき、怨身忍者たちを食いかねない武蔵の物語がどこまで行くのか、まずは見届けましょう。


『衛府の七忍』第4巻(山口貴由 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon
衛府の七忍(4)(チャンピオンREDコミックス)


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2017.08.21

紗久楽さわ『あだうち 江戸猫文庫』 ブレイクした作者の原点たる作品集

 つい最近『百と卍』でブレイクした紗久楽さわの、デビュー当初から今に至るまでの作品を収録した一冊であります。私は『百と卍』は未読ではありますが、本書に収録された作品が「お江戸ねこぱんち」誌に掲載された頃から大いに気になる作家だっただけに、今回の短編集刊行は実に嬉しいところです。

 全8編が収録されている本書ですが、「おとなのねこぱんち」誌掲載の2作品を除けば、いずれも「お江戸ねこぱんち」誌に掲載されていた作品。一番古い作品が2010年発表、最新は2017年ですから、実に7年間に渡る作者の歩みが収録されていることになります。

 以下、駆け足となりますが、収録作品を紹介いたします。

 『あだうち』は、主の親の仇を50年待ち続けて年老いた男を描く物語。中間であった彼は、身分を超えた友情で結ばれた主と、その弟とともに旅を続けていたものの、主は病で倒れ、さらに弟も仇討ちを止めることを望んで……
 そんな過去を抱える彼の前に現れた者とは、彼の悔恨と執念を洗い流すものとは――互いが相手を想い合いながらもすれ違う悲しみを描いた上で、それが昇華される姿を美しく描いてみせた本作は、表題作に相応しい作品と言って間違いないでしょう。
(そして初読時に色々と考えさせられた主の弟の言葉は、やっぱり……)

 続く『にゃんだかとってもいい日和』は、若い夫婦と猫の騒々しくも温かい日常を描く掌編。
 また『とらとらとら』は、「傾城反魂香」を題材に、なかなか芽が出ずに悩む国芳門下の若き絵師と、恋に恋する年頃の大店の少女の触れ合いを瑞々しく描く物語。文句を言いながらも二人のために骨折りするイケメン手代がイイ味を出しています。

 『しばふね』は、雪見舟に乗った二人の青年の他愛もないやり取りに、思うに任せぬ青春の切ないアレコレを交えて描かれる物語。
 青年の一人が妙に猫に絡まれるという、その理由がまた可笑しくも切ないのです(そしてあとがきを読んで、二人の名前に納得)。

 『かがやくひのみや』は、己を捨てた母を探す旅の途中、おかしな縁から宿場町の女郎屋に一夜の宿を借りた青年僧と、彼の前に現れた子を孕んだ天真爛漫な遊女の物語。
 内容的にはある程度予測できるものの、それでも親を探す子と、子を待つ親の想いが胸を打つのは、作者の時に柔らかさを強く感じさせる絵柄ならではでしょう。結末で描かれる一つの奇蹟が、この上なく美しく感じられる名品です。

 また、妻子を置いて江戸勤番となった青年武士を主人公とする『ふるさと戀し』は、彼の先輩藩士たちの呑気な暮らしぶりがまず楽しい一編。
 そしてその空気に馴染めずにいた青年の前に、やはり勤番であった父を知るという若衆が現れたことから、いつも明るく振る舞っていた父の心中を彼が知り、それが彼を――というのが泣かせるのです。

 あとがきによれば「江戸版『綿の国星』」という『きんととととと』は、なるほど猫耳少女のととが主人公の物語。
 猫でありながら生まれつき人の姿に変じることができる(ただしサイズは猫大で、人間の目には猫にしか見えない)彼女の冒険が、姉猫のきんととの目を通じて微笑ましく描かれます。

 そしてラストの『にゃんだかとっても江戸日和』は、題名から察せられるように『にゃんだかとってもいい日和』の7年後の続編。
 作中でもそれだけの時間が経ったものか、子供が生まれた夫婦と年老いた猫の日常が、温かく描き出される掌編ですが、お歯黒いうこの時代の当然を、違和感なく漫画の絵としてアレンジしているのにも感心します。


 以上、非常に駆け足で紹介しましたが、江戸時代の風俗や古典芸能等を踏まえつつも、時にシャープな線で、時に柔らかい線で描かれる物語の数々は、何度読んでも、何時読んでも魅力的に感じられます。
(ただ、ディフォルメされた猫のビジュアルには違和感があるかもしれません)

 冒頭に述べたとおり、ブレイクした作者の原点として(ちなみに匂わせる以外はBL要素はありません)、是非ご覧いただきたい逸品揃いであります。


『あだうち 江戸猫文庫』(紗久楽さわ 少年画報社ねこぱんちコミックスねこの奇本) Amazon
あだうち 江戸猫文庫 (ねこぱんちコミックス ねこの奇本)

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2017.08.17

『コミック乱ツインズ』2017年9月号(その二)

 「乱ツインズ」誌9月号の紹介、後半戦であります。

『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 今回から『梅安蟻地獄』がスタート。往診の帰りに凄まじい殺気を放つ侍に襲われ、背後を探る梅安。自分が人違いで襲われたことを知った彼は、その相手が山崎宗伯なる男であること、そして町人姿のその兄が伊豆屋長兵衛という豪商であることを探り出します。

 そしていかなる因縁か、自分に対して長兵衛の仕掛けの依頼が回ってきたことをきっかけに、宗伯を狙う侍に接近する梅安。そして侍の名は……

 というわけで、彦次郎に並ぶ梅安の親友かつ「仕事」仲間となる小杉十五郎がついに登場。どこか哀しげな目をした好漢といった印象のその姿は、いかにもこの作画者らしいビジュアルであります。
 しかし本作の場合、ちょっと彦さんとかぶってるような気もするのですが――何はともあれ、この先の彼の活躍に期待であります。


『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 来月再来月と単行本が連続刊行される本作、里見の八犬士と服部のくノ一の死闘もいよいよ決着間近であります。
 里見家が八玉を将軍に献上する時――すなわち里見家取り潰しの時が間近に迫る中、本多佐渡守邸では、半蔵やくノ一たちを巻き込んで、歌舞伎踊りの一座による乱痴気騒ぎが繰り広げられて……

 と、ある意味非常に本作らしいバトルステージで行われる最後の戦い。己の忍法を繰り出し、そして己の命を燃やす角太郎に、壮助に、さしもの服部半蔵も追い詰められることになります。
 ちなみに本作の半蔵には原作とも史実とも異なる展開が待っているのですが、しかしその一方で原作以上に奮戦したイメージがあるのが面白いところであります。すっとぼけた八犬士との対比でしょうか。

 そして残るは敵味方一人ずつ。最後の戦いの行方は……


『鬼切丸伝』(楠桂)
 信長鬼の血肉を喰らって死後に鬼と化した武将たちの死闘が描かれる鬼神転生編も三話目。各地で暴走する鬼たちに戦いを挑んだ鈴鹿と鬼切丸の少年ですが、通常の鬼とは大きく異なる力と妄念を持つ鬼四天王に大苦戦して……

 と、今回描かれるのは、鬼切丸の少年vs丹羽長秀、鈴鹿vs豊臣秀吉・前田利家のバトル。死してなお秀吉に従う利家、秀吉に強い怨恨を抱く長秀、女人に自分の子を生ませることに執着する秀吉――と、最後だけベクトルが異なりますが、しかし鬼と化しても、いや化したからこそ生前の執着が剥き出しとなった彼らの姿は、これまでの鬼以上に印象に残ります。

 その中でも最もインパクトがあるのはやはり秀吉。こともあろうに鈴鹿の着物を引っぺがし、何だか別の作品みたいな台詞を吐いて襲いかかりますが――しかし彼女も鬼の中の鬼。
 鬼同士の壮絶な潰し合いの前には、さすがに少年の影も霞みがちですが、さてこの潰し合い、どこまで続くのか……


 その他、『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)は、今月も伊達軍vsと佐竹義重らの連合軍の死闘が続く中、景綱が一世一代の(?)大活躍。
 また、『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)は、こちらもまだまだ家慶の日光社参の大行列が続き、次々と騒動が勃発。その中で八瀬童子の猿彦、八王子千人同心の松岡と、これまで物語に登場したキャラクターが再登場して主人公を支えるのも、盛り上がります。


 と、いつにも増して読みどころの多いこの9月号でありました。


『コミック乱ツインズ』2017年9月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年9月号 [雑誌]


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2017.08.16

『コミック乱ツインズ』2017年9月号(その一)

 「乱ツインズ」誌9月号は、野口卓原作の『軍鶏侍』が連載スタート。表紙は季節感とは無縁の『鬼役』が飾りますが、その隅に、『勘定吟味役異聞』のヒロイン・紅さんがスイカを手にニッコリしているカットが配されているのが夏らしくて愉快であります。今回も印象に残った作品を取り上げます。

『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)
 というわけで新連載の本作は、原作者のデビュー作にして、現在第6作まで刊行されている出世作の漫画化。
 原作は南国の架空の小藩・園瀬藩を舞台に、秘剣「蹴殺し」を会得した隠居剣士・岩倉源太夫が活躍する連作シリーズですが、12月号で池波正太郎の『元禄一刀流』を見事に漫画化した山本康人が作画を担当しています。

 第1話は、藩内で対立する家老派と中老派の暗闘に巻き込まれながらも、政の世界に嫌気がさして逃げていた主人公が、自分の隠居の背後にあるある事情を知り、ついに剣士として立つことを決意して――という展開。
 どう見ても家老派が悪人だったり、よくいえば親しみやすい、厳しくいえば既視感のある物語という印象ですが、家老の爬虫類的な厭らしさを感じさせる描写などはさすがに巧みなで、今回は名前のみ登場の秘剣「蹴殺し」が如何に描かれるか、次回も期待です。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 新展開第2話の今回は、敵サイドの描写にが印象に残る展開。吉原に潜み、荻原重秀の意向を受けて新井白石の命を狙わんとする紀伊国屋文左衛門、白石に御用金下賜を阻まれ、その走狗と見て聡四郎の命を狙う本多家、そしてそれらの動きの背後に潜んで糸を引く柳沢吉保――と、相変わらずの聡四郎の四面楚歌っぷりが際立ちます。

 そのおかげで(?)、奉行所の同心に絡まれるわ、刺客に襲われるわ、紅さんにむくれられるわと大変な聡四郎ですが、紅さん以外には脅しつけたり煽ったりとふてぶてしく対応しているのを見ると、彼も成長しているのだなあ――と思わされるのでした。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 北海道編の後編。広大な北海道に新たな、理想の鉄道を敷設するために視察に訪れた島と雨宮。そこで鉄道に激しい敵意を燃やし、列車強盗を繰り返す少女率いる先住民たちと雨宮は出会うことになります。

 そして今回は、先住民の殲滅を狙う地元の鉄道員たちが、島が同乗する列車を囮に彼女たちを誘き寄せようと企みを巡らせることに。それに気付いた雨宮は、一か八かの行動に出るものの、それが意外な結果を招くことになるのですが……

 各地の鉄道を訪れた雨宮が、現地の鉄道員たちとの軋轢を経験しつつ、その優れた運転の腕でトラブルを切り抜け、鉄道の明日に道を繋げていく――というパターンが生まれつつあるように感じられる本作。しかしこの北海道編で描かれるものは、一つのトラブルを解決したとしても、大勢を変えることは到底出来ぬほど、根深い問題であります。

 そんな中で描かれる結末は、さすがに理想的に過ぎるようにも感じますが――その一方で、島に対する雨宮の「自分でも気付かないうちに北海道を特別視していませんか?」という言葉、すなわち島の中にも北海道を「未開の地」、自分たちが好きなように扱える地と見なしている部分があるという指摘には唸らされるのであります。


 長くなりましたので、次回に続きます。


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コミック乱ツインズ 2017年9月号 [雑誌]


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2017.08.07

辻真先『あじあ号、吼えろ!』 人々の怒りの叫びに込められたもの

 アニメ界のレジェンドにして小説家としても活躍を続け、そして大の鉄道マニアである作者が、ソ連軍の侵攻の始まった終戦直前の満州を舞台に、南満州鉄道の伝説の超特急・あじあ号で必死の逃避行を試みる人々の姿を描いた、鉄道冒険小説の白眉であります。

 あじあ号とは、戦前の日本の満州経営の中心となった南満州鉄道、通称満鉄のシンボルとも言うべき存在――大連から哈爾浜までの千キロ弱を12時間余りで走破したという超特急であります。
 その無骨かつどこか未来的な印象すらある機関車の独特の流線型のフォルムは、鉄道には明るくない私でも知っているほどですが――本作はそのあじあ号と、そこに乗り合わせた人々が繰り広げる危機また危機の大冒険行を描いた物語なのです。

 日本軍の劣勢が囁かれる中、国策映画撮影のために満州に渡った売れっ子俳優の神住。哈爾浜で彼を待っていたのは、二年前に引退したものの、今回の撮影のために特別に復活することとなったあじあ号でした。
 神住と彼の付き人のほか、そのあじあ号に乗ることになったのは、神住に強引についてきた高級料亭の芸者、甘粕正彦の愛人だという満映女優とその付き人、銃の名手の青年新聞記者、満鉄の生き字引の機関士に、元マタギの運転士。さらに豪快な関東軍の脱走兵もどさくさで加わるのですが……

 しかしそこに飛び込んできたのは、ソ連軍の侵攻開始の報。急遽あじあ号で哈爾浜から脱出した一行ですが、しかしあじあ号の運行を指示する関東軍は幾度も不可解な動きを見せます。
 そして途中、厳戒態勢の基地からあじあ号に積み込まれた謎の積み荷。積み荷の正体を知るらしい軍医と少年兵、さらにあの川島芳子までも乗り込んだあじあ号は、一路大連を目指すのですが――しかしその間も幾度となくロシア軍や中国ゲリラが襲いかかります。

 行く先々に現れるゲリラに情報を流しているのは誰なのか。関東軍の不可解な動きの理由は、そして彼らがひた隠す積み荷の正体とは。何よりも、超特急に命を賭けて逃避行を続ける12人を待つ運命は……


 作者が『駅馬車』を意識したという本作。なるほど、それぞれに事情を抱えた人々が一つ乗り物に乗り合わせ、そこでドラマが展開していくというスタイルは、共通するものがあります。

 しかし本作が『駅馬車』と決定的に異なるのは、言うまでもなくその舞台背景――太平洋戦争終結直前、ソ連軍の参戦により大陸での日本の敗勢が決定的となった、まさにその時という設定であります。
 単にある場所からある場所に移動するだけでなく、座していればほぼ確実に死かそれに等しい運命が待つ状況下。そこからの必死の逃避行――それが本作に、これ以上ないほどの緊迫感を与えているのです。

 そして何よりも、必ずしも軍人だけではない――いやむしろ民間人が大半というキャラクター配置は、この状況を生み出した戦争に対するキャラクターたちの立ち位置に、行動に、大きな影響を及ぼすことになります。

 そしてそれはある意味必然的に、戦争という巨大な理不尽、いやそれを自らの意志でもたらすものたちへの巨大な怒りを込めて描かれます。
 しかし決してお説教臭くも、イデオロギー的でもなく、ただ、必死の逃走劇という極限状態に追い込まれた人々の怒りの叫びという形でもって……


 もちろん本作は、ジャンルで言えば、あくまでも――それも、如何にも作者らしいサービス精神満点の、ミステリ味すら巧みに織り込まれた――戦争冒険小説であります。
 特に、冒頭から結末に至るまで、物語に登場する要素の一つたりとて無駄のない構成、そしてそれが生み出す見せ場の数々には、ただただ興奮させられるほかありません。

 それでもなお、興奮と痛快さの奥に、鋭い痛みと深い苦みが残るのは、この「怒り」の力によるものであることは、間違いないでしょう。

 血沸き肉躍るエンターテイメントでありつつ、同時に戦争とそこに群がる人々の愚かさ、醜さを描く。言葉にすればよくあるようで、しかしとてつもなく難しいそれを成し遂げてみせた――それも失われた超特急への愛情をたっぷりと効かせた上で――超一級の物語であります。


 それにしても、ヒロインの名前の由来はやはり……


『あじあ号、吼えろ!』(辻真先 徳間文庫) Amazon
あじあ号、吼えろ! (徳間文庫)


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