2018.12.13

鳴神響一『江戸萬古の瑞雲 多田文治郎推理帖』 芸術家の精神と世俗なるものの衝突の果てに


 江戸の文化人にして名探偵・多田文治郎が怪事件に挑むシリーズの第三弾であります。今回文治郎が挑むのは、萬古焼の祖である実在の陶物師(陶芸家)・沼波弄山が主催する宴席の最中で起きた殺人事件。果たして被害者は何故殺されたのか、そして事件の背後にあるものは……

 猿島六人殺し、祝儀能殺人事件と難事件を次々と解決してきた書家にして戯作者・多田文治郎(後の沢田東江)。これまでの事件で縁があった幕府目付役・稲生下野守から宴席に誘われた文治郎は、新年早々、上野池之端の料理茶屋に足を運ぶことになります。
 将軍家御数寄屋御用を務める江戸随一の陶物師・沼波弄山が主催するその宴席で振る舞われるのは、普茶料理――大皿や大鉢に盛られた精進料理を各人が取り分けて食べるという、当時では極めて珍しい形式の料理であります。

 富裕な旗本たち、そして後に名高い浮世絵師や戯作者、蘭方医となる人々とともに料理を堪能し、その席で踊り子たちの芸を楽しむ文次郎ですが、その最中に客の一人である二丸留守居役・河原田内膳が具合を悪くして席を立つことになります。
 その後も宴席は続くもの、いつまで経っても帰ってこない内膳。それもそのはず、内膳は厠小屋の中で、首に長火箸を突き刺された死体となっていたのですから!

 その場で下野守から事件捜査を依頼された文治郎は、宴席に参加していた杉田玄白の協力で、内膳が何らかの毒を盛られて体調を崩し、そのために厠に立ったところで待ち構えていた何者かに襲われたと目星をつけます。
 しかし宴席に参加していた者には完全なアリバイがあり、別の建屋で控えていた供の者たちの動きは細かくは把握できない状況。そもそも、何故内膳が狙われたのか、狙われたとすれば、始まるまで席が決まっていなかった宴席で、どうやって毒を盛ったのか?

 五里霧中の謎に対し、文治郎は旧友で下野守の部下でもある徒目付の甚五左衛門、江戸に出てきた相州の漁師の娘・お涼ら、お馴染みの面々の手を借りて、内膳、そして弄山の周囲を探索していくことになるのですが……


 孤島にいた者全てが犠牲者となった連続殺人、能が演じられる最中の客席での殺人に続いて本作が描くのは、江戸では珍しい形式の宴席の最中に発生した殺人事件。
 前作同様、あまりにもセンセーショナルな第1作に比べると非常に地味(という表現はいかがなものかと思いますが)ではありますが、文治郎の丹念な調査と推理によって、徐々に謎の全貌が明らかになっていくというスタイルは、本シリーズらしい真面目さを感じさせます。

 特に、膳で一人ひとり料理が出される普通の宴席とは異なり、自分たちで料理を取り分ける普茶料理というシチュエーションを使った謎の設定は本作ならではのもので、トリック自体は軽いものの、その背後に様々な人間心理が働くという構図は悪くありません。

 しかし本作ならではという要素は、むしろ何よりも物語の背景となる萬古焼という芸術の世界ではないでしょうか。
 もともと桑名の商人でありながら焼き物の世界に惹かれ、自分でも窯を開いた弄山。いわば旦那芸であったそれを一個の芸術にまで高めたのは、弄山の芸術家としてのセンスであることはもちろんのこと、それを支えた彼の精神性であると、本作は感じさせます。

 そしてその精神性は、彼一人ではなく、芸術家と呼ばれる者、何かを新たに生み出す者に共通のものといえるでしょう。それは人間の自由な精神性の発露とも言うべきものですが――しかし、それは同時に、その自由さ故に、世俗的なるものと衝突し、歪められかねないものでもあります。
 思えば本シリーズで描かれる事件の背後に通底するのは、そのような構図であったと感じられます(ちなみに本作、特に解説されていないものの、件の宴席に参加した町人たちが、いずれも著名な文化人としての顔を持つのが実に面白い)。

 だとすればこうした事件を解決するのは、職業探偵ではなく、自身もまた芸術家である――それでいて世俗にも片足を置いている――文治郎でなければならなかったと言うことができるのではないでしょうか。


 もちろんこれは私の深読みのしすぎかもしれませんし、そうだとすれば、時代ミステリとしても、一種の芸術小説としても、もっともっと踏み込んでほしかった、という印象はかなり強いのですが――しかし本シリーズが、本シリーズならではの独自の世界観を構築しつつあるのも、また事実と感じられるところであります。


『江戸萬古の瑞雲 多田文治郎推理帖』(鳴神響一 幻冬舎文庫)

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2018.11.29

DOUBLE-S『イサック』第5巻 和平の道、そして新たなる戦いの道へ


 欧州に渡った日本人銃士の活躍を描く本作も、もう第5巻――しかし欧州を揺るがす戦いはまだまだ続き、イサックの苦闘も終わることがありません。宿敵との激突も束の間、イサックはプリンツ・ハインリッヒとともに和解の道を探ることになるのですが、それは同時に新たな戦いの始まりでもあります。

 アルフォンソ王太子の死という意外な展開により、終結に向かうローゼンハイム市防衛戦。しかしプリンツが囚われの身となり、イサックは未だ癒えぬ右肩の傷の痛みを堪えて救出に向かうことになります。
 その前に立ち塞がるのはイサックの宿敵であり、彼が戦う理由であるロレンツォ。伊サックは捨て身の攻撃でロレンツォを追い詰めるのですが……

 と、クライマックスのような展開で始まったこの巻ですが、あっさりとロレンツォは身を引き、イサックはプリンツを奪還。しかし窮地はいまだ終わらず、スピノラ(二代目)率いる追っ手が、二人を追い詰めることとなります。
 ローゼンハイム市も目前の場所まで辿り着いた二人ですが、辛うじて戦いを終えた市側にはスピノラ軍と再び戦端を開く余裕などありません。自力で市にたどり着くしかない絶体絶命の窮地の中、飛び出してきたゼッタのために全力で引き金を引くイサック。しかし二人が三人になっても状況は変わらず――まさに危機また危機であります。

 が、ここからがまたシビれる展開。傷ついたイサックの代わりにゼッタが込めた銃を手に、イサックが狙うのはスピノラ。イサックの腕であればスピノラを確実に殺せるものの、そうすればスピノラの配下が襲いかかり、イサックたちは、そしてローゼンハイム市も皆殺しとなるのは必定であります。
 イサックが撃てばスピノラもイサックも全員死ぬ。スピノラが退けば誰も死ぬことなく戦いは終わる――ある意味メキシカン・スタンドオフ的ですが、たった一発の銃弾が、たった一人の決断が全員の運命を変えるというのは、これは実に本作らしいシチュエーションと言うべきでしょう。

 文字通り皆の命を賭けた勝負の結末は――これは言うまでもないかと思いますが、それでも緊迫感に満ち満ちた名場面であることは間違いありません。


 そして一時の平穏を得るイサックたちですが――しかし厳しいことを言ってしまえば、彼らの戦いは局地戦も局地戦に過ぎません。彼らの戦いはより大きな戦いのごく一部――後に三十年戦争と呼ばれるカトリックとプロテスタントの戦いは、まだ始まったばかりなのであります。
 その戦いの最前線に立たされているのはプリンツであり、プリンツの兄。その兄を支えるため、そして母からの頼みもあって、プリンツはカトリック側との和平交渉のため、バイエルン公国に向かうことになります。

 しかしそこは既に敵地。プリンツと、当然同行するイサック、そして商人への偽装のためについてきたハンスとゼッタの一行は、途中検問に引っかかって窮地に陥るのですが――そこに現れた謎めいた甲冑の騎士こそは、エリザベート・フォン・クラーエンシュタイン男爵。
 エリザベート? そう、彼女はプリンツの従姉妹である姫男爵。彼女の協力もあって、無事に和平のための最初の会談を行うプリンツですが、しかしこれはいわば担当者レベルの合意に過ぎません。この先、本当に責任者同士の合意に繋げていくためには、どれだけの難関が待ち受けていることでしょうか。

 その苦難を予感させるように、再びカトリック側についたロレンツォがプロテスタント側を苦しめているとの報が入り、そして病で余命幾ばくもなかったオーパが、ゼッタをイサックに託して逝くことに……

 恩と復讐に一意専心する迷いのなさこそがその強さの源である(と作中で語られるのですが、なるほどと感心)イサックにとって、ゼッタを引き受けたことは、あるいは重荷にはならないのかもしれませんが――しかしいかにも彼の行く手は前途多難と言うほかありません。

 彼の、ゼッタの、プリンツの運命がどこに向かうのか――正直なところ馴染みの薄い歴史の世界だけに、先がわからなくもあり、そしてそれが楽しみでもあります。


『イサック』第5巻(DOUBLE-S&真刈信二 講談社アフタヌーンKC)

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2018.11.21

『忍者大戦 赤ノ巻』(その二) 時代小説ファンとミステリファンに橋を架ける作品集


 本格ミステリ作家たちによる忍者バトルアンソロジー『忍者大戦』の第二弾、『赤ノ巻』の紹介の後編であります。引き続き、収録作品を一作ずつ紹介いたします。

『月に告げる』(羽純未雪)
 信長に見初められ、側に侍ることとなった伏屋家の養女・清夜。口が利けない彼女は、召し出されるまで屋敷の奥の離れで侍女とともに静かに暮らしていたのですが――見張りと侍女が離れたほんのわずかな時間に、離れは血がしぶき、無惨に切り刻まれたモノが転がる地獄絵図と化していたのでした。
 実はその惨劇の背後に潜んでいたのは伊賀でも屈指の腕利きの女忍・紫乃。織田軍の侵攻により大切な人々を奪われた彼女が目論む復讐の行方は……

 本作は、この『忍者大戦』でも数少ない女忍を主人公とした物語。本書でも幾度か題材(遠景)となっている天正伊賀の乱に端を発する復讐譚ですが――それが全く思わぬ形で始まるのが面白く、その先の物語をより印象的なものにしていると感じます。
 とはいえ、紫乃の前に立ち塞がる敵の正体がすぐわかってしまうのは残念なところで、途中で語られる信長○○説の処理が至極あっさりしているのも勿体ないところではあります。


『素破の権謀 紅城奇譚外伝』(鳥飼否宇) 難攻不落の市房城を攻略せんとする梟雄・鷹生龍久に、自分ならば籠城した軍勢を城から誘き出してみせると語った元根来衆の素破・田中無尽斎。自らを含め僅か三人の手勢で向かった無尽斎は、底なし沼と広い堀に囲まれた城に巧みに忍び込むのですが……

 戦国の九州を舞台としたゴシック・ミステリともいうべき『紅城奇譚』――紅城に拠る鷹生龍政とその一族が、次々と奇怪な事件に巻き込まれていく姿を描いた物語の「外伝」と冠された本作は、その鷹生家の龍久に仕える素破を主人公とする物語。
 詳細を述べるわけにはいきませんが、次から次へと策を巡らせ、市房家を陥れていく無尽斎の姿には、一種のケイパーノベルの味わいがあります。

 ただ作中、*をつけて「好事家のための忍術解説」がこまめに入るのは、物語のテンポを削がずにトリックを解説する手段として面白いのですが、やりすぎに感じる方もいるのではないかな、という印象。
 また、ある意味本作の肝ともいうべき『紅城奇譚』との関連については――外伝は後に読んだ方がよいかな、とだけ申し上げます。


『怨讐の峠』(黒田研二)
 かつては周囲に一目置かれた腕前だったが、織田軍に眼前で最愛の妻を殺されて以来、無気力に生きてきた下忍・音吉。ある日上がった召集の狼煙に何ごとかと駆けつけれみれば、その場にいたのは服部正成――本能寺の変の発生に、三河へと逃れる家康の警護を求めていたのであります。
 自分には無縁の話と無視しようとしたものの、妻を殺した武士の首元にあった髑髏の形の痣が家康にもあることを知った音吉。彼は仇を他の者に討たせるわけにはいかないと、家康を護衛することを決意するのですが……

 本書の掉尾を飾るのは、これも天正伊賀の乱によって運命を狂わされた忍びの物語。伊賀忍者の功績として史上名高い神君伊賀越え秘話ともいうべき作品なのですが、これが幾重にも捻りが加えられた内容なのであります。
 突然服部半蔵に、つまり家康に頼られていい迷惑なはずが、思わぬことから仇と判明した家康を護る――護った上で自分が殺す――ことを決意した主人公の皮肉な立場がまず面白いのですが、そんな状況下で家康に襲いかかる敵との死闘の様も見所です。

 特にクライマックスは戦場、シチュエーションともちょっと珍しいもので、そんな中で殺したい相手を命がけで護るという音吉の苦闘ぶりが際だつのですが――しかし真のクライマックスはその先にあります。
 思わぬ形で明らかになった真実と、さらにその先にあったものとは――いやはや、その度胸といい狸ぶりといい、天下を取る人間は違う、と嘆息するほかありません。この先の物語も見てみたい、と思わされる結末であります。


 以上、忍者ものとしてもミステリとしても、前作『黒ノ巻』以上に粒よりの印象もある全6編。この巻もまた、極めてユニークな企画ながら、それだけに実に読み応えのあるアンソロジーであったと思います。
 是非また、このような時代小説ファンとミステリファンの双方を楽しませてくれる――そして双方に橋をかけてくれるようなアンソロジーを刊行してほしいと、切に願う次第です。


『忍者大戦 赤ノ巻』(光文社文庫)

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2018.11.13

須垣りつ『あやかし長屋の猫とごはん』 少年を広い世界に導くおかしな面々


 この夏に誕生した二見書房のキャラクター文芸レーベル・二見サラ文庫の第2弾ラインナップとして刊行された本作――仇討ちのために江戸に出てきた少年武士を主人公に、「あやかし」「猫」「ごはん」と鉄板の題材3つを贅沢に(?)盛り合わせた、妖怪あり人情ありのお話であります。

 不正を発見した父を殺して逃げた相手を追い、小瀬木藩から江戸にやってきた13歳の少年・大浜秀介。しかし路銀が尽きて行き倒れ寸前となり、もはやこれまでと腹を切ろうとしたその時、彼の前に純白の子猫が現れます。
 寿命が尽きた時に秀介に弔ってもらい、猫又になった今、彼に恩を返すために現れたという猫・まんじゅう(という名前)に導かれ、秀介はまんじゅうの元飼い主が大家を務める長屋を訪ね、成り行きからその住人の一人となるのでした。

 しかしその長屋は、幽霊やら妖怪やらが出没することから、つけられたあだ名が「あやかし長屋」。そんな長屋で秀介は、まんじゅうや隣人の少年職人・弥吉に助けられ、長屋の、江戸の住人として少しずつ馴染んでいくのでした。
 そんなある日、両国で憎き父の仇を見つけた秀介。まんじゅうの止めるのにもかかわらず、単身仇を追った秀介の選択は……


 冒頭に述べたとおり、ライト文芸、いや文庫書き下ろし時代小説鉄板の題材3つをタイトルに掲げた本作。
 なるほど主人公・秀介の住む長屋は妖怪や幽霊が現れるあやかしスポット、彼を助けるのは猫(又。しかし概念的には猫又というより猫の幽霊では――という気も)、そして作中では秀介が様々な江戸の食べ物を口にして――と看板に偽りなしであります。

 その題材通りと言うべきか、非常に気軽に読める本作。深みや重みという点では食い足りない方はいるかと思いますが、こうして楽しくサラっと読める作品も、当然のことながらあってよいと思います。


 しかし本作ならではの魅力もしっかりとあることは言うまでもありません。
 個人的に感心したのは、主人公である秀介が地方の小藩出身の、まだ元服もしていない少年として設定されている点であります。

 特に時代小説にあまり馴染みがない――というよりその舞台となる江戸の文化風物の知識が多くない――方向けの作品として、地方から初めて江戸に出てきた「世間知らず」の人物を主人公として、読者と主人公の視点をできるだけ近づけるのは、これは一つの定番と言えます。
 その意味では本作もそれに則っていることは間違いありませんが、しかしそれだけではありません。本作の秀介はまだ年若く、知識というだけでなく、人としての機微にまだ疎いという、いわば二重に世間知らずの存在なのであります。

 さらに父の仇討ちという武士としてある意味究極の目的を背負ったことで、非常に「堅い」キャラとなっているわけで、そんな(厳しい言い方をすれば)非常に狭い世界に生きていたキャラクターが、一歩一歩人情を、武士以外の世界を知って成長していく様が、本作の魅力と言えるのではないでしょうか。

 しかし秀介を導くのが、ものわかりのいい大人たちであったりすると、何だか説教臭くなりかねないところではあります。
 そこを本作では彼とほとんど同い年ながら、江戸の町人として苦労を重ねてきた弥吉や、見かけは卑怯なくらいに可愛いのに妙に分別臭い(元は享年17歳の老猫なので)まんじゅうという、ちょっとイレギュラーな面々がその役を務めるというのも、また巧みと感じます。


 本作の作者は、幻の(賞は決定したものの刊行されなかった)第2回招き猫文庫時代小説新人賞の受賞者。本作は新作ではありますが、そう言われてみると、あのレーベルの香りが――初心者にも優しく読みやすい時代ものという方向性が――強く漂っている印象があります。

 そんな理由もあって、大いに応援したくなる作者と本作。この先も本作のように、ライトでキャッチーで、それだからこそ新しい読者を惹きつけ、時代小説読者の裾野を広げるような作品を発表していただきたいものです。

『あやかし長屋の猫とごはん』(須垣りつ 二見サラ文庫)

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2018.10.20

木下昌輝『絵金、闇を塗る』 異能の絵師の一代記にして芸術奇譚、そして……


 天才的な才を持ちながらも、故あって表舞台から消え、今は土佐に残された芝居絵にその名を留めるのみの絵師・絵金。本作はその絵金――見るものをしてエロスとタナトスの迷宮に迷わせる魔性の絵を描いた男の物語であります。

 江戸末期に土佐に生まれ、服の上から相手の秘部を完璧に類推して描くという非凡極まりない才を幼少のうちから発揮した絵金。その才に目を付けた豪商・仁尾順蔵によって狩野派に送り込まれた彼は、江戸でわずか三年という異例の短期で修行を終了し、土佐に帰り、藩家老のお抱え絵師となります。

 しかし禁断の贋作に手を染めた咎により土佐から追放され、以降は町絵師として芝居絵などを手がけることになった絵金。
 そんな運命の変転も意に介さぬような彼の描く絵は、彼がどこにいようと何を描こうと、周囲の人々の中に潜む性への渇望を、あるいは死への欲望を掻き立て、破滅に向かわせることになります。そしてそんな人々の中には、歴史上に名を残す幾多の人物たちの名も……


 現在、土佐では年に一度の祭りの際に、町家でその芝居絵が飾られるという絵金。写真で目にするその芝居絵は、夜の灯りに照らされたものであったためか、どこか不吉な赤黒さをまとって感じられます。
 そして本作に描かれる絵金の存在にも、その不吉さはつきまとうことになります。

 初めて絵師としてその才を認められた少年時代。江戸でその破天荒な麒麟児ぶりを発揮した修業時代。地位に恵まれながら、不可解な事件に連座して追放されたお抱え絵師時代。そしてそれ以降、印象的な赤の色を多用した芝居絵を中心に描き続けた町絵師時代――本作はその絵金の生涯を、連作形式で描くことになります。。

 ところが、本作における絵金は、主人公であると同時に、むしろ狂言回しとしての性格を強く持つ存在でもあります。
 実のところ本作において、絵金の心の内が直接的に描かれる箇所はほとんど存在しないように感じられます。彼が何を想うのか――それはその奔放な言動に、そして何よりも彼の作品の中に、間接的に浮かび上がるばかりなのです。

 そんな本作においてもう一人の主役と言うべきは、絵金の絵に魅せられ、取り憑かれ、そして人生を狂わせた者たちであります。
 絵金を狩野派に送り込んだ仁尾、絵金の師である前村洞和、土佐の人斬り・岡田以蔵、若くして散った八代目市川團十郎、土佐勤王党の武市半平太、そして坂本龍馬。

 彼らは皆――特に彼が土佐を追われてから関わった者たちは――絵金とその絵に出会って以来、それまでとは全く異なる道を、それもひどく血腥い、死の匂いが濃厚に漂う道を歩むことになります。そしてそれは時に、この国の歴史に影響を与えたようにすら見えるのですが……

 その意味では、本作は一種の芸術奇譚とも言うべき物語ではあります。しかし本作の絵金は、超自然的な魔力を発揮して、人の心を操るような存在ではありません。
 彼はただ絵を描くのみ――人はただ、その絵の持つ深淵に飲み込まれ、そして新たな、いや本来の自分として生まれ変わるのです。そしてそんな人々が、歴史を動かし、時代を変えていく姿を、本作は描くのです。

 そしてそれは、時にひどく不気味で、忌まわしいことにも見えますが――しかし同時に、ひどく力強く、そして希望に満ちたものにすら感じられるものでもあります。

 絵金が学んだ画派――狩野派。言うまでもなく数百年の歴史を持ち、幕府お抱えとして江戸時代の絵の頂点にたつこの狩野派は、しかし決して新しい絵を描くことを許さず、ただ先人の模倣を以て事足れりとする存在として描かれます。
 それがどれだけ、自由な心を持つ絵師を、絵金を傷つけたか――それは作中でほとんどただ一度、絵金が火を噴くような激越な口調で語る言葉の中に現れます。。

 数百年に渡り、変わらぬ絵を描き続ける狩野派。それが本作において、同時に何を象徴するものであるかは言うまでもないでしょう。
 そう、絵金の絵は、変わらぬ絵を描く画派に挑んだもの。そしてその絵を見た者たちが、その狩野派が仕えた者たちが支配する、変わらぬ時代を変えてみせたのであれば――それは間接的に絵金が、絵金の絵が勝利したと言えるのではないでしょうか。


 性と死を異能の絵師の一代記であり、その絵に狂わされた者たちを描く芸術奇譚であり、そして時代に立ち向かい続けた者の勝利を描く勲でもある……本作はそんな物語であります。


『絵金、闇を塗る』(木下昌輝 集英社)

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2018.10.17

「コミック乱ツインズ」2018年11月号


 月も半ばのお楽しみ、「コミック乱ツインズ」2018年11月号の紹介であります。今月の表紙は『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)、巻頭カラーは『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)――今回もまた、印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)
 単行本第1巻発売ということもあってか巻頭カラーの本作。今回中心となるのは、桃香と公儀のつなぎ役ともいうべき八丁堀同心・安達であります。

 ある日、安達の前に現れ、大胆不敵にも懐の物を掏ると宣言してみせた妖艶な女。その言葉を見事に実現してみせた女の正体は、かつて安達が説教して見逃してやった凄腕の女掏摸・薊のお駒でした。しかしお駒は十年以上前に江戸を離れ、上方で平和に暮らしていたはず。その彼女が何故突然江戸に現れ、安達を挑発してきたのか……
 という今回、お駒の謎の行動と、上方からやってきた掏摸一味の跳梁が結びついたとき――と、掏摸ならではの復讐譚となっていくのが実に面白いエピソードでした。

 桃香自身の出番はほとんどなかったのですが、これまであまりいい印象のなかった安達の人となりが見えたのも良かったかと思います(しかし、以前の子攫い回もそうですが、何気に本作はえぐい展開が多い……)


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 将軍の寵臣の座を巡る間部越前守と新井白石の暗闘が将軍家墓所選定を巡る裏取引捜査に繋がっていく一方で、尾張徳川家の吉通が不穏な動きを見せて――と、その双方の矢面に立たされることとなった水城聡四郎。今回は尾張家の刺客が水城家を襲い、ある意味上田作品定番の自宅襲撃回となります。

 この尾張の刺客団は、見るからにポンコツっぽい吉通のゴリ押しで派遣されたものですが、その吉通は紀伊国屋文左衛門に使嗾されているのですから二重に救いがありません。もちろん、襲われる聡四郎の方も白石の走狗であるわけで、なんとも切ないシチュエーションですが――しかしもちろんそんな事情とは関係なしに、繰り広げられる殺陣はダイナミックの一言。。
 勝手知ったる我が家とはいえ、これまで幾多の死闘を乗り越えてきた聡四郎が繰り出す実戦戦法の数々はむしろ痛快なほどで、敵の頭目相手に一放流の真髄を発揮するクライマックスもお見事であります。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 伊達家包囲網との対決も一段落ついたところで、今回はいよいよあの男――豊臣秀吉が本格登場。ページ数にして全体の2/3を占拠と、ほとんど主役扱いであります。
 既にこの時代、天下人となっている秀吉ですが、ビジュアル的には『信長の忍び』の時のものに泥鰌髭が生えた状態。というわけで貫禄はさっぱり――なのですが、芦名家との決戦前を控えた政宗もほとんど眼中にないような言動は、さすがと言うべきでしょうか。
(そして残り1/3を使ってデレデレしまくる嵐の前の静けさの政宗と愛姫)


『孤剣の狼』(小島剛夕)
 名作復活特別企画第七回は『孤剣の狼』シリーズの「仇討」。諸国放浪を続ける伊吹剣流の達人・ムサシを主人公とする連作シリーズの一編であります。
 旅先でムサシが出会った若侍。仇を追っているという彼は、しかし助太刀を依頼した浪人にタカられ続け、音を上げて逃げてきたのであります。今度はムサシに頼ろうとする若侍ですが、しかしムサシは若侍もまた、仇討ちを売り物にして暮らしていることを見抜き、相手にせずに去ってしまうのですが……

 武士道の華とも言うべき仇討ちを題材にしながらも、味気なく残酷なその「真実」を描いてみせる今回のエピソード。ドライな言動が多いムサシは、今回もまたドライに若侍を二度に渡って突き放すのですが――その果てに繰り広げられるクライマックスの決闘は、ほとんど全員腹に一物持った者の戦いで、何とも言えぬ後味が残ります。
(ちなみに本作の前のページに掲載されている連載記事の『実録江戸の真剣勝負』、今月の内容は宮本武蔵が指導した少年の仇討で、ちょっとおかしな気分に)


 その他、『用心棒稼業』(やまさき拓味)は、前回から一行に加わった少女・みかんを中心に据えた物語。クライマックスの殺陣は、本作にしてはちょっと漫画チックな動きも感じられるのですが、今回の内容には似合っているかもしれません。

 そして来月号は『鬼役』が巻頭カラーですが――新顔の作品はなし。そろそろ新しい風が欲しいところですが……


「コミック乱ツインズ」2018年11月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年11月号[雑誌]


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2018.10.13

赤神諒『大友の聖将』(その二) ただ大友家を救うためだけでなく


 大友家が崩壊に向かう中、ただ一人抵抗を続けた豪勇の士・柴田礼能(天徳寺リイノ)。「豊後のヘラクレス」と呼ばれた彼の波瀾万丈の生を描く物語の、後半の紹介であります。島津家久の猛攻の前に絶望と諦めに沈む大友家を、聖将は救い得るか!?

 悪鬼のような所業を繰り返した末、主君の側室を奪った咎で牢に繋がれながらも、奇跡的に赦され、信仰に身を捧げる道を選んだリイノ。静かに辺土で愛する人々と暮らしていた彼は、しかし主家の危機に、再び十文字槍を手に立ち上がることとなります。
 耳川の戦いでの島津家に対する惨敗以来、没落の一途を辿る大友家。次々と家臣たちが離反していく中、鑑連たっての命で復帰し、以来活躍してきたリイノは、宗麟から天徳寺の姓を賜るほどとなっていたのであります。

 それでも島津の勢いは止まらず、ついに秀吉に膝を屈し、援兵を乞うた宗麟。しかし豊臣方の援兵が遅れ、宗麟の丹生島城は他の城からも切り離され、孤立無援の状態に追い込まれてしまうのでした。
 この状況を打開すべく、愛息の久三、久三の朋輩で名門吉岡家の甚吉、旧友の武宮武蔵と決死の反撃に打って出んとするリイノですが――主君である宗麟が幾度となく不可解な中止命令を下し、丹生島城は更なる危機に陥ることになります。

 この絶対の危機においてもなお、宗麟を、大友家を守るべく戦い続けるリイノ。彼に残された最後の策とは……


 第一部において神の愛に目覚めたリイノ。以来二十年、武人としても人間としても大きく成長を遂げた彼は、まさしく聖人、いや聖将。その出自と過去、それとは裏腹の異数の出世により、周囲からは妬みの声も少なくないものの、しかしその武人としての活躍と高潔な人格から、彼は家中で絶大な支持を受けるようになります。

 しかしその彼を以てしても、大友家の危機を救うのは容易いものではありません。
 島津の猛攻や大友家中の不和は言うまでもないことながら、彼を最も苦しめることになるのは、気まぐれで感情的な宗麟の存在。そして彼の過去からの因縁が全く思わぬ形で――読んでいて思わず天を仰ぎたくなるような形で――彼を、そして彼の子供たちの世代をも苦しめることになるのです。

 実は第二部の面白さは、まさにこのリイノの周囲の人々の存在――彼を頼り、助け、悩ませる人々の存在にあると感じられます。
 リイノ自身は、既に人間としても武人としても、完成した存在であります。しかしもちろん、誰もが彼のようになれるわけではありません。過ちを犯し、悩み、惑う――そんな彼らの存在が、本作を超人的な英雄の活躍する神話ではなく、我々人間の生きる世界の物語として成立させているのです。

 その中で最も印象に残るのは、宗麟の存在でしょう。実のところ、本作におけるリイノの最大の敵はこの宗麟ではないかと思えるほど、彼はリイノの足を引っ張りまくるキャラクターであります。それも意図して、ほとんと尋常ではない執念を以て……
 その姿にはこちらも大いにヒートさせられるのですが――しかし、彼もまた一人の人間として悩める存在であったことに気づく時に、彼を見る目も変わることになります。

 名門に生まれ、己の理想まであと一歩となりながらも、思わぬところで躓き、転落の一途を辿る――もはや自分自身ではどうにもならない、時代や社会に翻弄された末に無力感に苛まれ、深い諦念に沈んだ宗麟。
 そんな彼の姿は――立場は一見大きく異なれど――実は第一部の治右衛門と重なるものであると、やがて我々が気付かされます。そしてまたそれは、現代の我々にとっても、どこか他人事と感じられないものがあるとも。

 さらに言えば、そんな他人事ではない感覚は、次の世代――久三や甚吉たちの姿からも感じられます。親の世代が勝手に背負い込んだ負債に苦しめられ、ただそこから逃れるためにもがくしかない――そんな彼らの姿もまた、我々には馴染み深いものでしょう。


 そう、本作において描かれるのは、大友家を救わんとする戦いだけではありません。ここに描かれるのは、人間の誇りと信念を賭けた戦い――時代や社会に翻弄される人々に対し、この生には価値があることを示すための戦い。かつてそれを先人たちから教えられた一人の男が、他の人々にそれを伝えるための戦いなのであります。

 だからこそ本作は、キリスト教を題材とし、大友家の興亡というある意味局地的な史実を用いつつも、それに留まらないさらに大きな普遍的な感動を与えてくれるのだと感じます。
 時代に負けることなく、人間としての生を全うせんとした人間を描く物語として……


『大友の聖将』(赤神諒 角川春樹事務所)

赤神諒 角川春樹事務所 2018-07-12
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2018.10.12

赤神諒『大友の聖将』(その一) 悪鬼から聖将へ――戦国レ・ミゼラブル!


 デビュー作『大友二階崩れ』でいきなり歴史小説シーンに躍り出た作者の第二作は、やはり大友家を題材とした本作。大友家と島津家の決戦――豊薩合戦の丹生島城の戦いを題材に、悪鬼から聖者へと生まれ変わった一人の男を描く、戦国レ・ミゼラブルとも言うべき入魂の作品であります。

 島津家の猛攻の前に追いつめられ、次々と配下も離反していった晩年の大友宗麟。本作の主人公・天徳寺リイノ(柴田礼能)は、最後まで宗麟に仕えたキリシタン武将であり、宣教師たちから「豊後のヘラクレス」と呼ばれたという逸話を持つ人物であります。
 しかしその前半生はほとんど記録が残っていないリイノ。本作はその前半生を自由に描きつつ、一人の男の魂が救済に至るまでを、そしてその男が同時代に生きた人々をも救う姿を描く物語なのです。


 丹生島城の戦いから20年前――不幸な生い立ちながら自慢の武芸の腕で名を挙げ、大友の勇将・戸次鑑連に仕官を許された柴田治右衛門。さらに上を望む彼は、大友宗麟の近習となり、宗麟の正室とも誼を通じるなど、順調に出世していくのですが――しかし彼の中にあるものは、己の力のみを恃み、目的のためであれば敵はおろか味方を害しても恥じぬ、悪鬼のような心だったのであります。

 そんな彼が唯一人間らしい気持ちとなることが出来るのは、愛する女性・マリアの傍らのみ。しかし彼女は宗麟の側室――露見すれば共に命はない秘密の関係を、治右衛門は朋輩を殺し、周囲を裏切ってまで守らんとするのでした。
 そして治右衛門を兄のように慕う青年を斬り、二人を見守ってきたイエズス会の司祭トルレスの教会に火を放ってまで、マリアを連れて豊後から逃れんとした治右衛門。しかし彼は幾多の犠牲を出した末、マリアと引き離されて捕縛されることになります。

 城の牢に放り込まれ、変わり者の牢番以外話し相手もいない孤独の中で、死の恐怖に怯える治右衛門。そんな彼の前に、戸次鑑連とトルレスが現れるのですが……


 物語冒頭、丹生島城の戦いの中で語られる颯爽たる聖将の姿が想像できぬほど、人間として下の下の姿を見せる第一部――本作前半のリイノ=治右衛門。上の者には諂い、下の者は見下し、同輩は追い落として、敵を嘲りながら殺す――打算と悪意に満ちたその人生は、どう見ても憎むべき悪役のそれ、であります。
 しかしそんな彼でもマリアに対する愛だけは本物、身重の身となった彼女と生きるためにあらゆる手段を(すなわち悪事を)用いて逃れようとするのですが――しかし最後には彼女も見捨てて逃げようとするその姿は、もはや目を背けたくなるほど無様であるとすら言えるでしょう。

 それでも――そんな憎むべき、あるいは無惨な治右衛門の姿に、どこか頷けるものを感じてしまうのも、また事実であります。
 国人の庶子として生まれたことすら父に知られず放り出され、貧困の中で母と弟を失い、幼い頃から野伏に加わって生きてきた治右衛門。そんな彼が世界は悪に満ちていると信じ、周囲の愛を拒絶して悪に生きようとしても、それは同意はできなくとも理解できることではないか――と。

 しかし本作においては、そんな彼の想いに対し、二人の人物がはっきりと否定してみせるのであります。トルレスは心からの愛を込めて優しく、そして鑑連は心からの叱咤激励を込めて力強く――それでも、この世界には必ず愛が存在すると。それでも、悪を前にして自らも悪に染まってはならないと。
 この言葉だけを見れば綺麗事に過ぎない、と感じるかもしれません。しかし本作において、治右衛門がどん底に落ちていく姿を、どん底に落ちざるを得なかった姿を見れば――それでも、と彼に語りかける二人の言葉は、強い赦しと救済の言葉として胸に迫るのです。


 そして悪鬼から、聖将に生まれ変わった・柴田治右衛門いや柴田礼能。しかし物語は聖将の誕生を描いてまだ半ばに過ぎません。
 後半、第二部に描かれるのはいよいよ丹生島城を巡る決戦、その中で彼は数々の悪意と悪因縁に晒されることとなるのですが――果たして彼は大友家を、そして自らの愛する人々を救うことができるのか。

 第二部については次回ご紹介いたします。


『大友の聖将』(赤神諒 角川春樹事務所)

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2018.10.11

山口貴由『衛府の七忍』第6巻 あの惨劇を描く作者の矜持


 ついに六人目の怨身忍者の物語が始まり、いよいよ物語も後半戦か、と思わせる『衛府の七忍』。しかしその一方で彼らの強敵となるであろう魔剣豪たちの物語も平行して描かれることとなり、ますます何が飛び出すかわからない状態であります。何しろこの巻で登場するのは、あの壬生の狼なのですから……

 と、表紙の時点で彼の正体は明らかですが、彼の出番はこの巻の後半1/3頃から。そこまで描かれるのは、第六の怨身忍者・霧鬼の物語なのですが――これがまた凄まじく重くいものを突きつける物語なのであります。

 かつて武田信玄の切り札として、三方原で徳川家康を惨敗させしめた巨大兵器――人間城ブロッケン。この人間城起動の鍵となる軍配を持つ若き大名・諏訪頼水は、今は主なき巨人を復活させ、家康への下克上を目論むのですが――その頼水が、一人の少女を見初めたことから、悲劇は始まります。

 その少女・てやは、かつて壬辰倭乱において日本軍が戦利品として連れ帰った「異民」の子孫。てやを連れ去る際、頼水がてやの主一家を皆殺しにしたことがきっかけで、てやの幼なじみであるツムグたち異民と、倭人の百姓たちの間に、これまで以上に険悪な空気が生まれることになるのでした。

 そしててやを巫女として、人間城を復活させんとする頼水ですが――しかし軍配を手にしたてやはその身に思わぬ存在を宿すことになり、頼水のコントロールを受けずに起動する人間城。
 その人間城が引き起こした数々の厄災が、異民たちと倭人たちの、諏訪家の武士たちとの間で、恐るべき惨劇を招くことに……


 山の民、ヤクザ、蝦夷、琉球の民、切支丹と、これまで虐げられた少数の民の中に顕現してきた怨身忍者の力。次なる民は――と思いきや、ついに彼らを描くのか! と驚かされると同時に不安にもなったこの霧鬼編。
 この難しい題材を如何に描くのかと思いきや、ヤンキーもの調(『パッチギ!』的と言うべきか)のテイストで日朝の若者たちの姿を描いてみせるのは、これは作者ならではのセンスというべきかと思いますが――しかしその先に待っていたのは、本作の約300年後に現実に起きたあの悲劇、いや惨劇をなぞるかのような展開であります。

 ここまで描いてしまうのか、描いてくれるのか!? と唸らされるこの展開、描くには相当の覚悟がいったのではないかと思うのですが――作者が単行本あとがきに参考文献の一つとして『九月、東京の路上で』を挙げていること、そしてその後に掲げられた作者の矜持を見れば、作者の心からの想いが、ここには込められていると思うべきでしょう。

 そして全ての想いを込めて誕生した第六の怨身忍者・霧鬼=ツムグと、拡充具足・無明をまとった頼水(恥ずかしながら、ここに至るまで頼水が伊良子清玄のスターシステムと気づきませんでした)。
 異民として生まれ、軋轢に晒されながらもなおも希望を失わぬ少年と、下克上を目指しながらも、「下」の民のさらに下を作って恥じぬ男と――その対決の行方は言うまでもありません。

 正直なことを言えば、わずか四話のうちにあまりに様々な要素を盛り込んだために、そのそれぞれがいささか消化不良のきらいがあり、展開が唐突に感じられる部分はあるのですが、しかし作者の心意気の前には、それは贅沢の言い過ぎというものかもしれません。


 そして次なる章は再び敵方となるべき魔剣豪鬼譚となるのですが――新たなる魔剣豪、その名は沖田総司! ……はい?

 そう、この章の主人公は正真正銘、あの新選組の沖田総司。すでに幕府が瓦解に向かう中、江戸で静養していた総司がいかなる理由にか江戸時代初期にタイムスリップしてしまうのであります!
 ……もはや新選組にタイムスリップというのも珍しくない印象もありますが、しかしそれだけで作品一つ成り立つような大ネタ。それをさらりと使ってしまう本作のパワーにはただ圧倒されるしかありません。

 しかしネタ的な面白さだけでは決してない本作。ここで描かれる総司の姿は、如何にも壬生狼らしい剣呑極まりない(冒頭、見舞いに来た永倉・原田とのやりとりは傑作)剣士ながら、しかし同時に若者らしい純粋さ、真っ直ぐさを持つ、実に好もしい青年として描かれるのが、強く目を惹きます。

 そんな総司が、この先如何なる経験を経て、魔剣豪と呼ばれるようになるのか――この巻のラストでは思わぬ夢の対決も飛び出し、この先の総司の凄春が気になって気になって仕方ない、そんな新章であります。


『衛府の七忍』第6巻(山口貴由 秋田書店チャンピオンREDコミックス)


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2018.10.02

鳴神響一『仇花 おいらん若君 徳川竜之進』 二重の籠の鳥、滝夜叉姫に挑む


 吉原で評判の花魁が、実は尾張徳川家の御落胤だった! という大変なインパクトの設定に負けないドラマを描いてみせた『おいらん若君 徳川竜之進』の第二弾が早くも刊行されました。目撃したものは呪い殺されるという妖術使い・滝夜叉姫に竜之進と臣下たちが挑むことになります。

 八代将軍吉宗のライバルであった尾張藩主徳川宗春の嫡男として生まれながらも、藩内の争いに巻き込まれ、赤子のうちにくノ一・美咲と、四人の遣い手・成瀬四鬼によって救い出され、江戸に隠れ住むこととなった竜之進。
 執拗に竜之進を狙う御土居下衆の目を逃れ、吉原に潜んだ主従。そこで美咲はなんと竜之進を表向きは女――それも花魁として育てることで、周囲の目を欺くのでした。

 かくて決して男に靡かぬ花魁・篝火として吉原の名物となった竜之進。その一方で彼は密かに吉原を抜け出し、旗本の四男坊を名乗って太田直次郎(若き日の大田南畝)らとともに交遊する日々を送るようになります。
 そんな中で出くわした江戸を騒がす悪に、竜之進は四鬼破邪顕正の刃を振るうことに……


 というわけで、非常に盛りまくった主人公の設定に驚かされるのですが、しかしその設定を巧みに整理し、きっちり痛快娯楽時代小説として成立させているのが本シリーズ。
 今回竜之進と配下たちが挑むことになるのは、残暑の江戸の夜を騒がす謎の妖女・滝夜叉姫一味であります。

 滝夜叉姫といえば言うまでもなく平将門の娘にして、父の無念を晴らすために妖術使いとして暴れ回ったという女怪。
 その滝夜叉姫が、丑の日の晩になるたびに、谷中に現れると聞きつけた竜之進。しかも滝夜叉姫に出会った者は五寸釘を胸に刺されて死ぬため、避けるためにと成田山新勝寺のお札が飛ぶように売れている――といかにも胡散臭い話まで出てくれば、黙っていられるわけがありません。

 前作で知り合った田沼意次からの依頼もあり、滝夜叉姫の正体を追う竜之進。しかしその一方で、吉原では深夜に不審な小火が連続し、彼の周囲はにわかに騒がしくなって……


 その身の上のことを考えれば――そして美咲をはじめ周囲の者が口を酸っぱくして言うように――悪事に対して自ら乗り出す必要は全くない竜之進。
 それでも彼が世のため人のために飛び出していくのは、もちろん彼の周囲で事件が起こったから――という理由はありますが、それ以上に、性別を変えてまで自分自身を押し殺さなければならないという鬱屈から来ているというのが、面白くも切ないものがあります。

 どれだけ美しく着飾ろうとも、どれだけ多くの者に求められようとも、やはり花魁は籠の鳥――尾張徳川家の身分を隠して生きることを強いられる竜之進は、二重の意味で籠の鳥ということができるのではないでしょうか。
 だとすれば、彼が悪に命を懸けて挑むのは、この籠から飛び出すための行為の代替となのかもしれません。

 そしてこれはあまり詳しく書くわけにはいかないのですが、まさにこの点において本作の敵と竜之進は好一対とも言うべき関係にあるのがまた、実に面白いのであります。


 と、大いに楽しませていただきつつも、本作にはいささか気になる点もあります。

 吉原が巻き込まれるという要素はあるものの、前作に比べると、彼自身の事件とするにはいささか関係が薄いと感じられるのがその一つ。
 もっともこれは、上で述べたように実はあまり大きな要素ではないのかもしれませんが、それでも彼が戦う必然性がもう一つあってもよかったと――前作がそうであっただけに――感じます。

 そしてそれ以上に引っかかるのは、江戸の夜を騒がす怪事に竜之進が首を突っ込み、さらにそこに田沼意次の依頼が――という物語展開が、前作とほとんど同様に感じられる点。
 火付けの手口にもどこか既視感があり、本作ならではの魅力という点からすると、一歩引いた印象があります。

 そんなこともあり、そろそろ本シリーズならではの事件と敵が――すなわち、尾張徳川家が絡む事件、母の仇である御土居下衆との戦いが見たいというのが正直なところではあります。
 インパクトに満ちた設定を120パーセント活かした物語の展開に期待いたします。


『仇花 おいらん若君 徳川竜之進』(鳴神響一 双葉文庫) Amazon
仇花-おいらん若君 徳川竜之進(2) (双葉文庫)


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