2019.05.18

山口貴由『衛府の七忍』第7巻 好青年・総司と、舌なき者らの声を聴く鬼と


 タイムスリップまで飛び出して、いよいよノってきた印象の『衛府の七忍』、第7巻をほとんど丸々使って描かれるのは、「魔剣豪鬼譚」沖田総司編――タイムスリップで元和の世に現れた総司の姿であります。新たな生き方を模索する総司の前に現れる柳生宗矩、そして新たな鬼との戦いの行方は……

 壬生狼として幕末の京で恐れられながらも、今は病を得て江戸で療養中の沖田総司。しかし突如愛刀・菊一文字とともに元和元年の江戸にタイムスリップした彼は、来て早々に旗本狩りを行う鬼と遭遇することになります。
 鬼の口から「今」が幕末ではないことを知り、行く当てもなく放浪する総司。今度は柳生宗矩と遭遇してしまった彼は、売り言葉に買い言葉で宗矩と刃を交えることとなります。

 宗矩の勝手な納得でその場はなんとか収まり、町道場に転がり込むこととなった総司。町道場といえば総司にとっては馴染みの場、そこで師範代となった彼は、道場の一人娘と結ばれ、新たな生を生きることを決めるのですが……


 前巻の後半から登場した沖田総司。江戸時代初期の物語に幕末の総司が!? という違和感がほとんどゼロなのは、変身ヒーローから巨大ロボットまで何でもありの世界観ゆえ――というのは確かですが、しかしそれ以上にその人物造形による点が大きいと感じます。

 そんな本作の総司を一言で表せば「イマドキの好青年」。敵とみれば全く容赦せずに冷徹に叩きのめすその姿は鬼より怖い壬生の狼そのものですが、しかしその性格は純粋で物怖じせず、そして良い意味で武士らしさを持たない実に気持ち良い青年であります。
 その物腰は柔らかく明るく(軽く)、女性に対しては紳士的。そして何かといえばモノローグで「土方さん、総司○○です」と語りかける姿は何とも微笑ましいものがあります。

 特にこの巻の冒頭、行き場をなくした総司が、河原で暮らす夜鷹たちの中に紛れ込んで彼女たちと仲良く言葉を交わす姿は、夜鷹を人間扱いしないこの時代の武士たちとは全く対照的な、彼の人物像を示す名場面でしょう。
 個人的には一つのエピソードがあまり長いのは苦手なのですが、この総司であればもっと長く見ていたい――という気分になるのであります。


 しかし、本作は総司の青春、いや凄春記ではなく、あくまでも「鬼」を巡る物語であります。
 このエピソードで登場する鬼は旗本狩りの鬼・霓鬼――その正体は刀剣御試役・谷衛成。あらゆる体勢から、あらゆる太刀で相手を斬る丹波流試刀術の達人である彼もまた、夜鷹たちから慕われる武士らしくない武士ですが――しかし皿を割っただけで無惨な仕置きを受けた少女・雀を御試の名目で斬らされた際に、鬼に変じた彼女とともに怨身し、「舌なき者らの声」を聴く鬼と化したのであります。

 あるいは人間として出会えば、肝胆相照らす仲になったかもしれない総司と衛成ですが、しかし夜鷹たちに対する幕府のあまりの非道に対して雀が行った報復が、今度は総司の――と、怨念が怨念を呼び、総司と衛成いや霓鬼はついに激突することに……(そして巻き込まれる宗矩)

 幕府の非道に対するのが衛府の鬼たちであるとすれば、彼らと敵対する者たちは、すなわち非道の手先――というのがこの『衛府の七忍』の基本フォーマットであります。
 しかし作品中作品ともいうべき「魔剣豪鬼譚」で描かれるのは、その衛府の鬼たちに対して、己の信念と戦う理由を持って戦う剣豪の姿。どちらが単純な悪というわけではなく、むしろどちらも正しい――その姿は、弱者の復讐譚というべき『衛府の七忍』の、ある種のバランス感覚、内側からの強烈なアンチテーゼとして感じられます。


 何はともあれ、どちらも負けて欲しくない戦いがここに始まったのですが――しかし少々気になるのは、総司の徳川家康とその元和偃武への、あまりに無邪気な信頼感であります。
 それは新選組隊士としてはある意味当然のものなのかもしれませんが、しかしそれこそが鬼を生み出していると知った時、総司はそこに「誠」を見出すことができるのか――霓鬼との決着以上に、その点が大いに気になるところなのです。


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2019.05.10

『王朝の陰謀 闇の四天王と黄金のドラゴン』 決戦! 大幻術 しかし……


 ツイ・ハークの判事ディーシリーズが帰ってきました。唐の則天武后の時代に実在した官僚・狄仁傑(判事ディー)が、皇帝から授かった無敵降龍杖を手に、奇怪な術師集団や、唐王朝に怨念を抱く妖術師一族に敢然と立ち向かう、伝奇ミステリ武侠アクション映画の最新作であります。

 日本で言えば大岡越前や遠山の金さん的な存在である狄仁傑。
 前作・前々作にあたる『王朝の陰謀 判事ディーと人体発火怪奇事件』『ライズ・オブ・シードラゴン 謎の鉄の爪』は、その彼の活躍を(題材としたロバート・ファン・ヒューリックのミステリをそのまた題材に)豪快な伝奇武侠アクションミステリ映画として甦らせたものであります。

 そして本作はその五年ぶりの続編――第二作の直後の物語であり、時系列的にはシリーズ二番目に当たる作品であります。

 ディーのトレードマークであり、万物を破壊する力を持つ降龍杖。前作の功績で皇帝からディーに与えられたこの杖が、手にした者に皇帝や皇族をも諫める力を持つという証でもあったことが、本作の発端となります。
 この降龍杖――というよりディーの存在は、王朝の権力を奪取することを狙う則天武后にとっては、目の上のたんこぶ。かくて彼女が、市井の異能者たちを集めた「異人組」に杖の奪還を命じたことから、壮絶な攻防戦が始まることになります。

 しかしこれはほんの序の口――則天武后に取り入って国師の座に就こうとした異人組のリーダー・幻天道士が皇帝に拝謁し、宮殿の中で風雨を起こしてみせた時に、大異変が発生します。
 単なる彫像であったはずの宮殿の柱の龍――これが突然動き出すや、その鋭い牙と口からの炎で道士をはじめとして異人組に次々と襲いかかったのであります。

 皇帝の眼前でのこの怪異の捜査を命じられたディーは、事件を引き起こしたのが、天竺からやって来た強力な催眠術「移魂術」を操る瞻波伽なる民であることに気付きます。
 かつてその術で高祖を助け、封魔族の名を賜ったものの、謀叛の疑いをかけられて弾圧・追放された彼らの復讐の刃が皇帝と則天武后に向けられていることを知ったディー。

 二人を守るべく奔走するディーと仲間たちですが、しかし移魂術を打ち破ることができるのは、三蔵法師の弟子・ユエンツォー大師だけで……


 というわけで奇怪な術師たちとの対決がメインとなる本作ですが、開幕早々からシビれるのは、異人組の勢揃いシーンであります。
 四本の腕を持ち嵐を起こす幻天道士、幾つもの巨大なブーメラン刀を操る幻刀門の幽冥覇刀、火術を操る怪老婆・千手門の花火鬼夜、奇術と毒・暗器の遣い手である仙器門の妙手飛煙、影に潜んで襲いかかる女剣士(ツンデレ)・薊山符隠派の水月――名前も技もビジュアルもグッとくる連中が次々と登場する場面は、好きな人間にはたまらないものがあります。

 一方、封魔族の方は、個々のキャラクター性はさほどでもないものの(刺青を入れられて追放されたという設定故か、全員が奇怪な仮面とフードを身に着けているのがイイのですが)、幻術使いだけあって問答無用にド派手な技が次々と繰り出されるのが楽しい。
 というより終盤の大決戦は幻術合戦というよりもはや怪獣召喚大会(これがまた個性的なビジュアルの連中!)で、ツイ・ハークの趣味の大暴走を、今回もまた存分に楽しませていただきました。


 ……が、正直に申し上げて不満が残るのは、本作にミステリ要素が非常に少なかった点であります。
 もちろん前二作においても、ミステリというのは味付けに近い部分は多かったのですが、しかし全体の世界観を締める役割でディーの推理が用意されていたのに対し、本作は本当に申し訳程度という印象があります。(幻術というのは何でもありになってしまうだけに、ミステリとは元々非常に食い合わせが悪いのですが……)

 これは最初からミステリ抜きの伝奇武侠アクションファンタジーとして楽しめばよいのかもしれませんが、ラストの決戦でディー判事と仲間の活躍を期待していると――というのもあって、釈然としないものが残ります。
 こうして続編が――メインキャラは皆続投で――見られただけでも非常にありがたいのですが、しかしそれだけに勿体ないなあ、という気持ちは否めないのであります。

(ちなみにタイトルの「闇の四天王」はダブルミーニングだと思うのですが、全く「闇」ではないという――中国映画の邦題に今更何を、ではありますが)

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2019.05.09

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇4 立て好漢!! 明日なき総力戦!!


 第3巻の紹介から大きく間が空いてしまい恐縮ですが、『絵巻水滸伝』第2部「招安篇」の第4巻では、いよいよ梁山泊と官軍の死闘もクライマックス。孤立した梁山泊に追いつめられた好漢たちは生き延びることができるのか、果たしてこの戦いを終わらせる術とは……

 梁山泊の息の根を完全に止めるため、実に十三万の大軍を擁して襲いかかる官軍。その主力はかつて好漢たちとは同類であった節度使――宋を守る最後の砦というべき十人と、底知れぬ知謀を誇る聞煥章の攻撃の前に、梁山泊は主力というべき騎兵軍を対岸に釘付けにされることになります。
 その最中、頭領たる宋江が姿を消し、さらに水軍の船まで失われて、完全に孤立した梁山泊を陥とすべく、高キュウ率いる大海鰍船団が迫る……


 と、無敵を誇ってきた梁山泊が、これまでにないほど追いつめられるこの第4巻。前の巻の時点で大変だったことは間違いありませんが、しかし現在の梁山泊は、歩兵軍の好漢たちと、その他の――いわば技術職ともいうべき好漢たち、さらには老人や女子供といった非戦闘員のみが残された状況なのですから、窮地というも生ぬるい状況であります。
 そんな中に迫るのは(高キュウはともかく)三人の節度使の軍勢と、宋国最強の海鰍船団。戦力差だけみれば、もはや絶望的というほかないのですが――もちろん、ここからが梁山泊は強いのであります。

 迎え撃つすべもなく、敵船団の上陸を許してしまった梁山泊。しかしそこで本領発揮と言うべきか、内外から呼応しての奇襲という、我々の大好きな梁山泊流で大反撃を開始――敵の戦力を減らし、残された者たちを逃がし、分断された主力を迎えに行く一石三鳥の策を繰り出してくるのですからたまりません。

 しかもここで活躍する面子は、(特に地上で戦う面々は)地サツ星が大半。失礼ながらどうしても二線級のイメージがあったり、そもそも戦闘ではなく特殊技能で活躍するメンバーたちであります。
 しかしそんな彼らが、それぞれの特技や持ち味を発揮して、実に「らしい」活躍を見せてくれるのが本当に嬉しい。もとより、原典ではあまり活躍しなかった好漢一人一人を掘り下げてみせるのが『絵巻水滸伝』ですが、ここではそれが最も効果的に発揮された印象であります。(終盤の戦いで勝利のきっかけとなったのがあの二人という展開も泣かせます)

 そして、その性質上「外」での戦いが中心であり、攻め込まれることはほとんどなかった梁山泊において、百八星が全員――普段梁山泊に残る面々も含めて――一つの戦いに加わることは、これまでほぼなかったと言えます。
 そう考えてみると、この「招安篇」での総力戦は、ある意味夢のオールスター戦なのかもしれない――などとも考えてしまうのであります。


 しかし、喜ぶのはまだまだ早計に過ぎます。既に梁山に上陸した官軍は、力と数で全てを薙ぎ倒す勢いで聚義庁に迫り、そしてようやく梁山泊帰還の希望が見えた騎兵軍の前には、十節度使最後の一人・あだ名なき韓存保が立ちふさがります。

 特に韓存保は、本作においては呼延灼・関勝・聞煥章と並ぶ宋国四天王の一人であり、呼延灼とは無二の親友であったという設定。「あだ名なき」が示すように、地味ではありますが、しかし迷いなきその戦いぶりは、梁山泊を圧倒することになります。
 そんな韓存保と呼延灼の無骨な男と男同士の激突は、武器と武器、拳と拳を超えて、想いと想いとがぶつかり合う戦い。数々の死闘が繰り広げられたこの巻においても、屈指の名勝負であることは間違いありません。

 そんな戦いの果て、誰もが傷つき、倒れていく中、ついに轟音を上げて燃え落ちる梁山。全てが終わったかに見えた、まさにその時に現れた者たちは、果たして何を告げるのか……
 次巻、「招安篇」最終巻は、それほど間を空けずにご紹介する予定です。


『絵巻水滸伝 第二部』招安篇4(正子公也&森下翠 アトリエ正子房) Amazon
絵巻水滸伝 第二部 招安篇4


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 正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇3 絶体絶命、分断された梁山泊!

 「絵巻水滸伝」第1巻 日本水滸伝一方の極、刊行開始
 「絵巻水滸伝」第2巻 正しきオレ水滸伝ここにあり
 「絵巻水滸伝」第3巻 彷徨える求道者・武松が往く
 「絵巻水滸伝」第四巻 宋江、群星を呼ぶ
 「絵巻水滸伝」第五巻 三覇大いに江州を騒がす
 「絵巻水滸伝」第六巻 海棠の華、翔る
 「絵巻水滸伝」第七巻 軍神独り行く
 「絵巻水滸伝」第八巻 巨星遂に墜つ
 「絵巻水滸伝」第九巻 武神、出陣す
 「絵巻水滸伝」第十巻 百八星、ここに集う!

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2019.05.04

大塚已愛『鬼憑き十兵衛』 少年復讐鬼とおかしな鬼の、直球ど真ん中の時代伝奇小説


 日本ファンタジーノベル大賞受賞作であり、直球ど真ん中の時代伝奇小説――松山主水の息子・十兵衛が美貌の鬼の力を借りて繰り広げる仇討ちが、やがて思いもよらぬ壮大かつ壮絶な妖戦へと展開していく、キャラ良しストーリー良しの快作であります。

 寛永12年、傷を受けて療養中のところを暗殺された、細川忠利の剣術指南役・松山主水大吉。しかしその直後、下手人の浪人たちを次々と討ち果たしていく、獣じみた動きの影がありました。
 影の正体は、主水の弟子であり、そして彼が山の民の女性との間に作った子・十兵衛――今際の際の父からその真実を知らされた十兵衛は、怒りに燃えて暗殺者たちを全滅させるものの、自らも瀕死の重傷を負うのでした。

 しかし、死闘の場である廃寺に残されていた干からびた僧の死体に十兵衛の血がかかった時、驚くべきことが起きます。
 実はその死体と思われたものこそは、力を封じられ倒れていた強大な鬼。人間離れした美貌を持つ大悲と名乗る鬼は、十兵衛の血で復活できた礼にと彼の傷を治し、彼が死ぬまで憑くと言い出すではありませんか。

 人の血肉を喰らうことにより相手の記憶を読む大悲の力によって、暗殺者たちの記憶を辿り、関係者を次々と暗殺していく十兵衛。
 しかし十兵衛は、やがて父の死が単なる兵法上の遺恨によるものではなく、背後に細川家で隠然たる力を振るう「御方さま」なる存在が潜むと知ることになります。

 さらに潜伏していた山中で、相討ちになったような人々の奇怪な死体と、彼らが運んでいた長持ちの中に入れられていたと思しき金髪碧眼の少女に出くわした十兵衛。
 顔に傷をつけられ、声を失ったその異国の少女を余計なお荷物と知りつつも助け、紅絹と名付けた十兵衛は、彼女を故郷に帰すことを誓うのですが、紅絹の存在は彼自身の復讐行にも絡むことに……


 と、復讐ありバディあり御家騒動ありボーイミーツガールありと盛りだくさんの本作。
 まず事の発端が松山主水――実在の人物でありながら、その二階堂流平法・心の一方など奇怪な逸話には事欠かない剣士――の暗殺という「史実」の時点でニッコリとさせられますが、その先の物語も、一切出し惜しみなしの波瀾万丈としかいいようのない展開なのに目を奪われます。

 そしてそれに加えて、その物語で暴れ回る主人公二人のキャラクターが実に楽しいのであります。
 山の民に育てられ、師(実は父)に剣を叩き込まれた復讐鬼という、ほとんど外の世界を知らない戦闘マシンのような存在ながら、妙に素直で純情なところを持つ十兵衛。
 見かけは絶世の美形ながら、人間を遙かに超える生命力と魔力を持つ鬼であり、それでいて妙に人なつっこい大悲。
(己の影を操って死人を喰らう力を持ちながらも、本当の好物は年月を経た器物(に宿る魂)というのもまた実に愉快なのです)

 人間と人外のバディものというのは珍しくはありませんが、しかし本作の二人は――特に「鬼」とは裏腹な大悲の飄々としたキャラがあって――その噛み合い方、いや噛み合わなさが、決して明るくはない物語を彩るアクセントとして機能しているのであります。


 しかしそれだけでなく、本作の真に優れた点は、作中に溢れるガジェットと、スケール感の巧みな制御にあると感じます。
 実のところ、伝奇もので物語のスケールを大きくすることは(大風呂敷を広げることによって)さまで難しくはないのでしょう。しかしそれを物語の構成要素と物語展開に見合った形で描こうとすれば、話はまた別であり――それを出来ている作品こそが、優れた伝奇小説と呼ばれるのではないでしょうか。

 本作は、松山主水の死から始まり、そこから、大悲の登場や紅絹との出会い、そして黒幕の正体と陰謀――と、物語のスケールは加速度的に広がり、そして内容も現実を(まさしく「ファンタジーノベル」の名にふさわしく)離れていくことになります。
 しかしその流れは同時に、物語の構成要素と破綻を来すことなく、首尾一貫した十兵衛自身の――彼の戦いと成長の――物語として成立しているのであります。本作は作者のデビュー作とのことですが、それでこのクオリティとは――と驚くほかありません。


 正直なところ、大悲の存在など序の口の、中盤以降の波瀾万丈な展開故に、物語の内容に触れられないのが残念なのですが、しかし本作の面白さには太鼓判を押すことができる――そして作者のこの先の作品が楽しみになる、そんな作品であります。

(そして読み終わった後、ぜひ裏表紙に目を向けていただければ――と思います)


『鬼憑き十兵衛』(大塚已愛 新潮社) Amazon
鬼憑き十兵衛

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2019.04.16

「コミック乱ツインズ」2019年5月号


 「コミック乱ツインズ」2019年5月号の表紙は山本康人『軍鶏侍』。そして巻頭カラーは、今号から連載再開、新章突入のかどたひろし『勘定吟味役異聞』であります。今回も、印象に残った作品を一つずつ紹介しましょう。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 というわけで今回から第四部『相剋の渦』に突入することとなった本作。第三部のラストで、間部越前守の密約の証を独断で焼き捨てたことで新井白石の怒りを買った水城聡四郎ですが、まあそれでもとりあえず身分は保障されているのは公務員のありがたいところであります。
 しかしそんな中で発生した、間部越前守襲撃事件。それにヒントを得た尾張藩主・徳川吉通は、実力で越前守を排除して自分が七代将軍の座に就こうと考え、そのために紀伊国屋文左衛門を動かすことになります。そしてそれが聡四郎に思わぬ影響を……

 と、第一回は間部越前守を襲う刺客たちと護衛の忍びの戦いは描かれたものの、主人公の殺陣はなし。しかし銃弾のような勢いで繰り出される棒手裏剣の描写などは、素晴らしい迫力であります。
 そして権力亡者たちが陰険な(あるいは浅はかな)企みを巡らせる一方で、聡四郎は着飾った紅さんと新年を祝ってめでたいムードですが――しかしそこでとんでもない年始回り(?)現れて、早くも波乱の雰囲気で続きます。


『いちげき』(松本次郎&永井義男)
 永井義男の『幕末一撃必殺隊』の漫画化である本作は、相楽総三率いる薩摩の御用盗に対して、勝海舟が秘密裏に集めた百姓たち「一撃必殺隊」が繰り広げるゲリラ戦を描く物語。
 これまで「コミック乱」誌の方で連載されていたものが今回から移籍、それも内容の方は、一撃必殺隊乾坤一擲の相良暗殺作戦という佳境からのスタートであります。

 人でごった返した金杉橋の上で、白昼堂々相良たちを襲撃する一撃必殺隊。降りしきる雨の中、柄袋をつけたままだったり、手がかじかんでそれを外せなかったりと、相手が混乱する中で襲いかかるという超実戦派のバトルが面白いのですが――その一方で、無数の庶民が巻き添えを食らって無惨に死んでいく描写がきっちりと描かれるのが凄まじい。
 テロvsカウンターテロの泥沼の戦いの行方は――いきなりクライマックスであります。


『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)
 妻と子二人とともに平和に暮らしていた「軍鶏侍」こと岩倉源太夫の前に現れたおかしな浪人・武尾福太郎。源太夫の秘剣「蹴殺し」を見たいという武尾は、源太夫の長子・市蔵を拐かしてまで立ち会いを望んで……

 というわけで、今回は秘剣に取り憑かれた男の物語の後編。作品冒頭からその存在が語られながらも、ついぞ使われず仕舞いだった「蹴殺し」については、武尾ならずとも気になるところでしたが――今回ついにその一端が明かされることになります。
 その剣理たるや、なるほど! と感心させられるものでありましたし、養子である市蔵を巡る源太夫の老僕の怖い思惑なども面白いのですが、しかしいかにも温厚篤実な人格者然とした源太夫に対して、あまりにも武尾のビジュアルが――というのが前回から気になったところ。

 ちょっと残酷すぎるのではないかなあ、と見当違いなところが気になってしまった次第です。


『カムヤライド』(久正人)
 百済からの交易船に化けて難波に現れた新たな国津神に立ち向かうヤマトの黒盾隊。さしもの黒盾隊も「神」を前にしては分が悪い――という時に隊長のオトタチバナ(!)が切り札として鋼の鎧に魂を遷し、新たな戦士が……

 という衝撃の展開となった今回、何が衝撃ってどう見てもメタルヒーローなその外見(と名前)もさることながら、ファイティングスタイルが回避を一切拒否、全て受けて受けて受けまくるという、板垣恵介のキャラみたいなのには、驚くというより困惑であります。
 もっとも、結局は定番通り(?)目が光って光線剣でシルエットになってフィニッシュなのですが――それはともかく、旧き土の力で国津神を封じるカムヤライドに対して、黒金で国津神に抗するというのは、これはこれで平仄のあった考え方になっているのが、これはさすがと言うべきでしょう。

 今回はほとんど驚き(というかツッコミ)役だったモンコですが、果たして新たな戦士の登場に、彼は何を想うのか――いよいよ盛り上がってきました。


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コミック乱ツインズ 2019年5月号 [雑誌]


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2019.04.03

吉川景都『鬼を飼う』第5巻 奇獣争奪戦の中の彼の血の意味


 昭和初期を舞台に、奇妙な姿と奇怪な能力を持つ奇獣たちを巡る物語『鬼を飼う』も巻を重ねて第5巻。奇獣を惹きつける血の持ち主である帝大生・鷹名をはじめとする人々を巻き込んで展開する事件は、いよいよ混沌とした様相を呈することになります。

 奇獣商の男・四王天と、彼が連れる少女姿の奇獣・アリスに出会ったことで、にわかに奇獣絡みの事件に巻き込まれるようになった鷹名。
 しかし身辺が騒然となってきたのは四王天も同じ――明らかに人間の手による奇獣騒動の続発に何者かの影を感じた彼は、自分をマークしてきた特高の特殊部隊と手を組むことになります。

 そして事態に対処するには手数が必要と考えた四王天は、密かに鷹名に奇獣商になるための試験を受けさせるのですが、それが思わぬ騒動に発展。その中で自分の血にまつわる宿命を知った鷹名は……


 はじめは奇獣にまつわる市井の人情ホラー連作的な味わいのあった本作。しかし物語が進むに連れて世界観は次々と広がり、前の巻辺りから、「奇獣の兵器利用」を巡る暗闘に、物語の中心が完全に移った印象があります。
 しかし物語がこれほどスケールアップすると、鷹名の出番はなくなってくる――ということはないのが本作の面白さであります。この巻においては、以前語られた鷹名の出生の秘密が、再びクローズアップされることになるのですから。

 かつて水の神(と信じられたモノ)を祀る一族に生まれ、神の贄として育てられてきた鷹名。ある事件から一族は鷹名を残して滅びましたが、代々神の贄となってきた一族の末裔である彼は、奇獣を惹きつける「鬼飼血統」と呼ばれる血を持っていたのであります。
 四王天により水の神は滅ぼされ、鷹名は宿命から解放されたかに見えましたが――しかし同じ水の奇獣・アリスと宿命的に引き寄せ合う彼は、アリスが傷を負わされた際に暴走。その結果起きた大騒動は前の巻で描かれましたが、それを受けてこの巻では、彼の鬼飼血統の真実が、さらに掘り下げられて描かれることになります。

 と、かなり深刻かつ重い展開の中でも、元々天然気味だった鷹名は相変わらずなのが実に愉快なのですが――この落差は本作全体を貫く、一種の魅力と言ってよいでしょう――そこで一端が描かれた彼の力は、物語の本筋ともいうべきある奇獣争奪戦に大きな意味を持つことがここで明らかになります。

 四王天がその存在を知ると目され、一連の事件の背後で糸を引く怪軍人・宍戸が追い求める伝説の奇獣「ナンバー04」。奇獣を食らい、奇獣のあるところに現れ、そしてけた外れの殺傷力を持つというこの「ナンバー04」を御することができれば――それがどのような意味を持つかは明らかでしょう。

 本作で描かれてきた奇獣にまつわるルールの一つ、「奇獣を操る魔法はない」――その例外を巡り、この先の物語は展開していくのでしょう。


 その一方で、以前登場したイイ女を目指しながら徹しきれない人情家の(元)女給の竜江や、彼女に奇獣を与えた奇矯な(元)富豪など、一度限りかと思われたキャラクターが再登場し、物語を賑やかにしてくれるのが嬉しい。
 先に述べたとおり、市井を舞台とした連作という側面もある本作ですが、それが伝奇的な展開と結びつくことで、お互いの持ち味をより引き出しているように感じられます。
(というより、個人的には純粋に竜江さんのエピソードが好きだったので再登場は実に嬉しいのです)

 そしてその二つの流れのある意味接点であり、本作随一の(?)一般人である鷹名の友人・司を巡り、ちょっと気になる展開を描いて終わるこの第5巻。
 正直に申し上げれば、本作がこれほどまでにスケールアップし、独自の伝奇世界を作り上げていくとは、物語を読み始めた時には思っていなかったのですが――いまや、最も目が離せない伝奇漫画の一つになっていると感じられます。


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 吉川景都『鬼を飼う』第4巻 鷹名を待つ試練と彼を見守る者

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2019.04.01

西條奈加『雨上がり月霞む夜』 雨月物語を生んだ怪異と友情


 怪談文学、いや江戸文学史上に重要な位置を占める上田秋成の『雨月物語』。本作『雨上がり月霞む夜』は、その雨月物語誕生秘話とも言うべき物語であります。秋成とその親友・雨月、そして兎の妖という、おかしな二人と一匹によって語られる真実の物語とは……

 おそらくは怪異怪談を愛する方であれば、一度は読んでいるであろう『雨月物語』――「白峯」「菊花の約」「浅茅が宿」「夢応の鯉魚」「仏法僧」「吉備津の釜」「蛇性の婬」「青頭巾」「貧福論」の全9話からなる怪談集であります。
 この雨月物語は、描かれる怪異の真に迫った恐ろしさや奇怪さもさることながら、怪異のための怪異を描くのではなく、それが人間の心理に深く根ざしたものである点で、豊かな味わいを持つ文学であります。

 さて、その作者・上田秋成は、もともとは大坂堂島の紙問屋・嶋屋を営んでいた歴とした商人。しかし元々あまり商売が得意でなかったところに、大火で焼け出されて店を失い、その結果、医師として、そして国文学者、作家としての道を歩き始めたというのは、これは歴とした史実です。
 そして本作は、その秋成が焼け出されて避難していた頃を舞台とした物語であります。

 家を失い、幼なじみの雨月が暮らす香具波志庵に転がり込んだ秋成。人嫌いの風流人ながら、秋成には優しい顔を見せる雨月は、しかし妖を見る力を持つ人物でもありました。
 ある晩出会った兎の妖を連れ帰った雨月。その時から秋成は、様々な怪異に巻き込まれることになるのです。

 「紅蓮白峯」「菊女の約」「浅時が宿」「夢応の金鯉」「修羅の時」「磯良の来訪」「邪性の隠」「紺頭巾」「幸福論」――0本作を構成する9つの怪異譚。これらが、そのタイトルや内容において、雨月物語のパロディとなっているのは一目瞭然でしょう。
 いや、パロディというのは正確ではないかもしれません。本作においては、この秋成が経験した物語こそが真実であり、雨月物語の原型である――そんな趣向なのですから。


 歴史上の文学者を主人公とした物語において、その物語の内容が――主人公自身が経験した出来事が――その代表作誕生のきっかけとなるという作品は、決して珍しくはありません。本作も、そんな作品の一つであります。
 もちろん雨月物語を知らずとも、十分独立した物語として本作を楽しむことはできますが、雨月物語を読んでいれば、あの人物が、あのシチュエーションが、あの怪異が――見事な本歌取りとして描かれるのを、存分に楽しむことができるでしょう。

 そんな一種のエピソードゼロとしても、本作は実に楽しいのですが――しかし決定的にユニークな作品としているのは、雨月の存在であります。
 秋成の幼い頃からの親友であり、今でも彼の頼もしくも優しい友人として、彼の近くに在る雨月。妖の世界に通じるというその力も含めて、彼が本作のもう一人の主人公であると申し上げても間違いないでしょう。

 しかし、ここで秋成の事績を知る方であれば、首を傾げるのではないでしょうか。いや、そうでなくとも、作中でほとんど冒頭から幾度となく描かれる雨月の言動から、そして作中のある描写から、これはもしかして○○ものでは――と感じる方も多いのではないでしょうか。
 私もかなり早い段階からそう感じたのですが――しかし終盤で描かれる真実は、その予想を遙かに超えて、意外な方向に展開していくことになるのです。

 そう、本作で、本作の終盤で描かれるのは、上田秋成という人物が抱いてきたある想いの真実であります。
 今でこそ、雨月物語の作者として千歳に名を残す秋成ですが、しかし彼は決して作家として順風満帆な人生を歩んだわけではありません。いやむしろそれとは正反対に、そこに至るまでかなりの遠回りをした人物といえます。

 本作で怪異と平行して幾度も描かれてきたのは、そんな秋成の自意識。作家となることを、作家であることを望みながらも、そんな自分の姿を否定する秋成の姿に、共感を覚える方も少なくないかもしれません。
 そんな秋成の背中を押したのは何であったか、本作の経験を、雨月物語として昇華させた原動力はなんであったのか――本作はそれを時に恐ろしく、時に可笑しく、そして時に美しく描き出すのです。秋成と雨月の友情を通じて。


 本作を読んだ後、『雨月物語』の題を見たとき、これまでと違う感慨と、嬉しさとも哀しみともつかぬ不思議な感情を味わう――そんな物語であります。


『雨上がり月霞む夜』(西條奈加 中央公論新社) Amazon
雨上がり月霞む夜 (単行本)

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2019.03.16

『お江戸ねこぱんち 藤まつり編』


 定番の江戸猫漫画アンソロジーの最新号『お江戸ねこぱんち 藤まつり編』であります。その名に相応しく、華やかで爽やかな作品を数多く収録した一冊です。今回も、印象に残った作品を一作ずつ紹介しましょう。

『ねこ神社』(つるんづマリー)
 神主が亡くなって寂れてしまい、猫が集まるばかりの神社。神主に育てられた大工の青年と、病気の父を抱えながらも職を失った娘の二人は、神社に人を集めるため祭りを企画して……
 という本作、ページ数は少なくお話もシンプルなのですが、作者の線の太い、良い意味で漫画的な絵が物語の明るいムードによく似合います。特に娘が特技の剣舞を見せる場面、クライマックスの大騒動など、この絵柄と展開がマッチして、何とも楽しい気分にさせられる作品です。


『平賀源内の猫』(栗城祥子)
 今号で最もページ数の多かった本作は、それも納得の力作。源内と彼の身の回りの世話に雇われた少女、そして帯電体質の猫という二人と一匹が、実在の様々な人物に絡むシリーズですが――今回中心となる人物の一人は源内自身なのであります。

 大名たちの間で流行する菓子勝負。それぞれが菓子を作って持ち寄り、優劣をつける――というまことに太平の世らしいイベントですが、当然ながら家臣たちはそれに振り回されることになります。
 かつて源内が仕えていた松平頼恭の下で、後輩の藩医・池田玄丈が苦労しているのを知った源内は、勝負の審判探し、そして砂糖探しにと一肌脱ぐのですが、勝負は思わぬ方向に転がることに……

 高松藩の藩士でありながら、藩を飛び出した源内が、頼恭の怒りを買い、奉公構を出された(=他の藩に仕官することを禁じられた)というのは有名なエピソードですが、今回はその後日談ともいうべき物語。
 しかしこれまでも、題材を一つだけでなく、二つ三つと組み合わせてさらにユニークな物語を描いてきた本作らしく、そこに先に述べた大名同士の菓子勝負、さらに○○○の誕生秘話まで絡めてしまうのですから、感心するほかありません。

 源内と頼恭の、ある意味一触即発の対面から、源内に彼自身の生きる道を語らせる展開もよく(そしてその後、頼恭のある申し出に対する答えにもシビれる!)、完成度の高い作品です。
(それにしても本誌、史実に絡んだ作品が本作くらいしかないのがちょっと寂しい)


『姫様は猫忍者』(芋畑サリー・キタキ滝)
 亡くなった母が、猫に生まれ変わったと信じ込んでいるさる武家の姫様。しかし彼女はそれだけでなく、夜な夜な件の猫と一緒に、忍び姿で町に忍び出て……
 と、無茶に無茶を重ねたような設定ですが、絵柄の可愛らしさ(特に眉毛が特徴的な姫様がカワイイ)で読んでしまう一編。

 また、姫様の警護役ながらいつも一服盛られて出し抜かれる忍びの存在も楽しく(そして存外人がいいのもいい)、そんな彼だけが思わぬ真実(?)を知ってしまうオチも愉快なのです。


『江戸の足元』(鈴木伸彦)
 江戸の町でたくましく生きる片目のヤクザ猫。彼がある日出会った子猫は、せっかく手に入れた魚を井戸の中に落としていて――と、完全に猫の視点から描かれる、ちょっと児童書めいた味わいの作品です。

 もちろん物語は、なぜ子猫が井戸の中に魚を投げ込んでいるのか、という謎を中心に描かれるのですが――猫好きとしては考えるだけで胸が痛む真実を、しかし幸せな結末に変えてみせる本作。甘いと甘いのですが、何ともホッとさせられる結末には笑顔になります。


『日暮れて』(下総國生)
 読者層ゆえでしょう、ほとんどの作品の主人公が女性(もしくは猫)の今号にあって、くたびれた中年の浪人が主人公という異色作。活動資金を盗んで蓄電した男・船井を追う志士の一団が、妻と娘のもとに船井が戻ってくるのを待ち伏せるも――という非常にシブいシチュエーションの物語であります。

 主人公の鉄三郎は志士の一人ながら、全てに疲れ果てて、どこか投げやりで飄々とした態度で生きる男。そんな鉄三郎と、追っ手に怯える生活に疲れた船井の妻、父が残した言葉を無心に信じる娘の関係性が絡み合う姿は、完全に時代劇画と言っても通じる内容です。

 ちょっと絵が荒れ気味なのが気になりますが、船井が娘に残した言葉の奇妙な内容も印象に残る、得難い個性の作品です。


『お江戸ねこぱんち 藤まつり編』(少年画報社にゃんCOMI廉価版コミック) Amazon
お江戸ねこぱんち 藤まつり編 (にゃんCOMI廉価版コミック)


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2019.02.27

『決戦! 設楽原 武田軍vs織田・徳川軍』(その三)


 『決戦!』シリーズ第8弾、『決戦! 設楽原』の紹介の最終回です。今回取り上げるのはいずれも実力派による注目の二作品。それぞれちょっと意外な人物が主役となります。

『淵瀬は廻る』(箕輪諒):朝比奈泰勝
 この戦において主を逃すために壮絶な討ち死にを遂げた武田の名将たち。その一人、武田四天王・内藤昌豊を討ったのは、織田でも徳川でもない、何と今川の将であったことを、恥ずかしながら私は知りませんでした。
 それが本作の主人公・朝比奈泰勝――あの剛勇・朝比奈(三郎)義秀の子孫が、今川家に仕えていたとも知りませんでしたが、その泰勝の主が「あの」今川氏真であったとは、事実は小説より奇なりと言うほかありません。

 「あの」氏真――桶狭間に父・義元を討たれ、その後の混乱を立て直すことができずに家臣は次々と離反、戦国大名としての今川家を一代で滅ぼした末、はじめは北条家、ついで何と徳川家康を頼ったという氏真。歌や蹴鞠に耽溺していたと言われ、典型的な愚将として描かれることの多い人物であります。

 しかし本作の氏真は、こうしたイメージよりも、はるかに陰影に富んだ存在として描かれることになります。
 完全に敗北者であるにもかかわらず、「再起のために奮闘している自分」像にすがり、現実から目を背ける氏真。その姿は愚かとも情けないともいうしかありませんが――しかし同時にその姿は、日々窮屈な現実の中で生きている我々にとって、どこかしら親近感を感じさせるものですらあります。

 本作の主人公は、そんな主の姿を純粋に憂い、今川家再興のために徳川軍に参陣して戦功を挙げようとする泰勝であります。しかし本作は同時に、そんな泰勝を白眼視し、不信感すら抱く氏真を、陰の主人公として描いていると言ってもよいでしょう。

 本作の題名の「淵瀬」とは、古今集の「世の中は なにか常なる飛鳥川 昨日の淵ぞ今日は瀬になる」――世の中の有為転変の習いをさすもの。そのように、今は不遇の氏真も、いつか必ず雄飛の日が来ると信じる泰勝ですが、さてそれは本当に来たのか。
 それは歴史が示すとおり、と言いたいところですが――しかし本作はそこに、もう一つの鮮やかで美しい「真実」を示してみせます。

 確たる史実を踏まえつつも、そこに人間の生の想いを乗せることにより、意外なドラマと感動を生み出してみせる――大げさに言えば、自分はこんな歴史小説が読みたかった、とすら感じさせられた一編です。


『表裏比興の者たち』(赤神諒):真田昌輝
 本書の掉尾を飾るのは、やはり設楽原の戦で勝頼を逃がすために戦場に散った武田方の武将の一人――あの真田昌幸の兄であり、本作においては信玄に仕えて右眼左眼と昌幸と並び称されたと語られる昌輝であります。
 が、本作の昌輝は、何とも意外かつ個性的な人物造形。何しろ彼が愛するのは女と酒と博打――武田の名将はどこへやら、絵に描いたような放蕩無頼の男なのですから。
 そしてその昌輝が、昌幸とともにこの戦いで巡らせる一計が、戦の中で巧みに敵を誘導し、武田家をかき乱す君側の奸を討たせてしまおうというのですからとんでもない。
 しかしそれにとどまらず、昌輝には昌幸も知らない真の狙いがありました。敵を誘導するのは同じ、しかし討たせる相手は……

 大友三部作で鮮烈なデビューを飾った作者。その題材のユニークさに目を向けられがちですが、しかしそこで描かれるものは決してお堅い史実のみではなく、中心にあるのは、血の通った人間である武将たちが、歴史や運命の巨大なうねりの中で、悩み、迷いながら懸命に生きる姿であると言えます。
 そして本作で描かれる真田昌輝――いや真田三兄弟も、そんな血の通った人間なのです。

 設楽原の戦が繰り広げられる陰で謀計を巡らせ、己の想いの赴くまま、自由に生き延びようとした昌輝。しかし冒頭に述べたとおり、彼が最終的に選んだのは、戦場での最期でありました。
 そこにあるのは、表裏比興の者であっても裏切れない一つの想い――ある史実の陰に隠された人の心を克明に浮かび上がらせてみせた好編であります。


 これまでの『決戦!』シリーズに比べると、大きく執筆陣が入れ替わった印象のある本書。冒頭を飾った宮本昌孝を除けば、ほとんどが数年以内にデビューを飾った新鋭揃いで――執筆陣の半数近くが「決戦! 小説大賞」を受賞していることもあり――非常にフレッシュな印象があります。

 私個人としてはこのラインナップは大歓迎ですし、成功していると感じます。ぜひ次なる『決戦!』でも、本書の方向性を踏まえた執筆陣の参戦を期待したいところであります。


『決戦! 設楽原 武田軍vs織田・徳川軍』(宮本昌孝ほか 講談社) Amazon
決戦!設楽原 武田軍vs.織田・徳川軍


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2019.02.07

川瀬夏菜『鬼の往き路人の戻り路』第2巻 「鬼」と「人」の関係の先に


 鬼退治で知られる源頼光と渡辺綱をはじめとする四天王が、人と鬼の狭間で迷う人々に手をさしのべるユニークなマンガの第2巻、完結編であります。この巻で描かれるのは、頼光や四天王が退治したことで知られる妖怪の数々ですが――しかしいずれも一筋縄ではいかないアレンジが施されております。

 酒呑童子や茨木童子といった鬼と戦い、退治したことで知られる源頼光と渡辺綱・坂田金時・卜部季武・碓井貞光の四天王。
 本作は、異能を持ち、周囲から疎まれた過去を持つ彼らが、同様の悩みを持つ者を救い、心をなくした鬼となることを防ごうとする姿を、綱を中心として描いてきました。

 第1巻では彼らの「鬼退治」――鬼童丸・茨木童子・酒呑童子とのエピソードが描かれましたが、伝説では、彼らが鬼以外の妖怪たちとも対峙したことが伝えられています。
 というわけでこの巻に登場するのは、土蜘蛛・滝夜叉姫・姑獲鳥・鵺と、(最後以外は)いずれもニヤリとできる顔ぶれ。そんな相手と頼光&四天王の対決が、よりバリエーション豊かに描かれることになります。

 時系列的には明示されていませんが、この巻で描かれるのは、第1巻の内容の前後に挿入されるべき、いわば拾遺編という内容。
 第1巻では頼光と綱が中心となり、他の四天王の描写が少なめだったのですが、『土蜘蛛』では金時、『滝夜叉姫』では貞光、『姑獲鳥』では季武(そして『鵺』では頼光と綱)と、一話ずつ主役エピソードを設定することで、四天王全員に光が当たる形となっているのが嬉しいところです。

 直接頼光とは繋がりのない『鵺』を除けば、いずれも伝説や物語(滝夜叉姫は大宅光圀だろうと思いきや、神楽では季武と貞光が対決したのですね)を踏まえたこれらのエピソードですが、物語の前半部分――四天王たちと「鬼」たちが対峙するまでは基本的に原典を踏まえた内容。
 しかしその先、四天王が彼らと如何に対峙するか、決着をつけるかについては、原典から大きく踏み出して、本作ならではのものとなっているのは、第1巻と同様であります。


 さて、そんな中で個人的に印象に残ったのは、『滝夜叉姫』と『姑獲鳥』であります。

 前者は、近頃宮中を生霊で騒がす美しき妖術使いの滝夜叉姫に、頼光の蜘蛛切りの太刀を奪われた季武とともに、綱と貞光が姫を追って幻の屋敷に入り込む物語。
 幻を見破る目の力が災いして(現実の姿と幻が重なって混乱するという説明が面白い)力が出せない綱に代わり、貞光が姫と一対一で対決することになります。

 実は本作の貞光は力自慢の美少女という、ある意味原点から最も離れた設定ですが、そんな彼女と滝夜叉姫の対決は、大きすぎる力を持って生まれた女性と、大きすぎるものを背負わされ、力を求めた女性という構図となっているのが興味深いところであります。
 そして何のために力を用いるかによって、人は鬼と化すのか、人に留まるのかが決まるという本作ならではの設定が活きてくるのもいい。ちょうどその中間で立ち止まってしまった姫の悲しみが漂う、ちょっと苦い結末も印象的なエピソードです。

 一方の『姑獲鳥』は、『今昔物語集』で季武が川で姑獲鳥と出会い、赤子を託されてそのまま平然と川を渡ったというエピソードを踏まえつつ、その先を描く物語。
 ……なのですが、そんな季武に姑獲鳥がベタ惚れしてしまい、猛烈なアタックを食らってしまうという、ある意味少女漫画らしい展開のお話ながら、そこに季武自身の力を絡めることで、一捻りが効いた内容となっているのが面白い。

 というのも、実は季武の力は、その声で他者を魅了するというもの。その力を抑えるために、彼は自分の声や姿を変え、女の姿で暮らしているのですが――そんな彼にとって、自分に無条件の好意をぶつけてくる姑獲鳥は、迷惑以上に嫌悪感を感じさせる存在なのであります。
 ここで描かれるのは、「力」の在り方もさることながら、「心」の在り方。本作で描かれる鬼の存在が、力に溺れた末に心を失った人であることを考えれば、これもまた、本作らしい人と鬼の関係性の物語と言うことができるでしょう。


 さて、そんな最終巻の結末に収録されている4ページの掌編が『羅城門の鬼』。羅城門の鬼は、綱が片腕を落としたと伝えられる鬼ですが、しかし彼が片腕を落としたといえば他にも――と、原典の時点ですでにややこしい関係性を巧みに活かして、「人」と「鬼」の間の一つの希望の物語として成立させてるのが素晴らしい。
 本作のエピローグとして、まことにふさわしい物語であります。


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