2017.06.19

『コミック乱ツインズ』2017年7月号

 コンビニ等で見かけると、もう月も半ばだな――という気分になる『コミック乱ツインズ』、今月号の表紙は連載第100回の『そば屋幻庵』であります。今回も、個人的に印象に残った作品を紹介していきましょう。

『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 今日も今日とて日本の鉄道の能力向上のために奮闘する島と雨宮。輸送力増強のため列車の最高速度を引き上げたいと悩む島の前に現れた老人は、「日本の鉄道のハンディキャップ」の存在を指摘します。そのハンディキャップとは何か。意外な正体を見せたその老人の提案に対し、島はどう答えるのか……

 困難に挑む技術開発史という側面と、そこに関わる人々による一種の人情話という側面を持つ本作ですが、今回はさらに歴史ものとしての側面がクローズアップされます。
 それが今回登場する謎の老人の存在なのですが――現在の呼び名から正体はすぐに推測できるものの、「彼」と鉄道がすぐには結びつかない組み合わせなのが実に面白い。

 彼が語る日本鉄道のハンディキャップの正体も納得ですが、その打開策に対する島のリアクションも、もっともといえばもっとも。とはいえ具体的な解決策が示せたわけではないので、それはこの先に期待でしょうか。
 オチもやりすぎ感はあるものの、やはりニヤリとできる内容であります。


『すしいち!』(小川悦司)
 前々回、江ノ島で婚約した鯛介とおりんの祝言が描かれる今回。しかしむしろ中心になるのは、鯛介の愛弟子であり、ともに菜の花寿司を支えてきた蛤吉であります。自分の存在が二人の邪魔になると、店を辞める決意を密かに固めた彼が、祝言にあたって望んだのは、客へのふるまい寿司を握ること……

 というわけで蛤吉の成長が語られるのですが、ここで彼が握る寿司が、これまで作中で鯛介が握ったものという趣向が面白い。これまで見せた技(料理)が再び――というのは、漫画のクライマックスとして定番のパターンの一つですが、それを主人公ではなく蛤吉が行うのが、受け継がれる技の存在を示すようで印象に残ります。

 そしてタイトルの「すしいち」という言葉の意味も語られ、誌面には特に言及はなかったものの、ほとんど最終回のような……と思いきや、作者のツイートによれば、やはりひとまずの最終回とのこと。まずは綺麗な結末であったと思います。


『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 いよいよ最強の八犬士・親兵衛と最後の八犬士・荘助が登場してクライマックスも近づいた感のある本作。服部屋敷に囚われた村雨姫を救うため、犬士たちの作戦が始まることになります。

 正面から殴り込んだ(また殴り込みか、的なことを言われているのには笑いましたが)親兵衛が半蔵とくノ一を相手にし、さらに大角の忍法で村雨と瓜二つになった信乃と荘助が陽動、その間に大角が村雨を救い出す……と、彼らにしては珍しい連携を見せるのは、もちろん村雨の存在あってこそ。
 特に剽悍無比な親兵衛が、村雨から亡き兄に代わって慕われた過去を胸に強敵に挑む展開は、やはり大いに盛り上がります。

 くノ一たちを血祭りにあげつつも半蔵の刃に深手を負い、地に伏した彼が最後に発動した忍法こそは、あの――というわけで、まだまだ盛り上がります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 前回、ようやく倒されたかと思いきや、今回も堂々登場する信長鬼。実は時系列的には今回の方が先なのですが――今回描かれるのは、死を目前とした信長麾下の武将たちのもとを、信長鬼が訪れる姿であります。
 丹羽長秀、蒲生氏郷、豊臣秀吉、前田利家――死を間際にして無念の想いを抱えた彼らの前に現れた信長。彼は自らの「鬼の肉」を彼らに与え、死して後に鬼に転生することを唆したのであります。そして関が原を目前に信長鬼が倒されたことが契機となったように、彼らは鬼と化して復活を……

 と、転生バトルロイヤルものの序章といった趣の今回。まさか本作でこのような展開が――と驚かされましたが、しかしその手があったか! という気もいたします。丹羽長秀だけ他の人物とは異なる時期に亡くなっているのですが、復活のトリガーが信長鬼の死ということで、設定上の整合性が取れているのにも感心です。


 次号は『勘定吟味役異聞』が新章に突入。今号に続き、かどたひろし大活躍であります。


『コミック乱ツインズ』2017年7月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年7月号 [雑誌]


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 『コミック乱ツインズ』2017年5月号
 『コミック乱ツインズ』 2017年6月号

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2017.06.17

上田秀人『茜の茶碗 裏用心棒譚』 盗を以って盗に易う大勝負

 これまで幕府や諸藩の政治の世界で繰り広げられる暗闘を中心に描いてきた作者。しかし本作は盗賊たちの用心棒を主人公とした白浪ものと、異色作に感じられますが――しかしそれでいて、その奥に広がるのは作者ならではの作品世界という、ユニークな作品であります。

 近頃江戸を騒がす盗賊たちに共通する、凄腕の見張り役の存在。その正体は本作の主人公・小宮山一之臣――その腕の冴えと、謙虚で無欲、真面目な人柄から、たちまち江戸の盗賊たちの間でなくてはならない存在となった彼には、しかしある悲願があったのです。

 実は相馬中村藩で一番の剣の遣い手であった小宮山。しかし藩から将軍下賜の茜の茶碗が盗まれたことで、彼の運命は大きく狂わされたのであります。
 将軍下賜の品といえば、大名にとっては将軍本人にも等しい存在。それがこともあろうに盗まれるとは、それが露呈すれば藩の存続の危機――というわけで、小宮山に白羽の矢が立ったのです。

 浪人という形で藩を離れ、茶碗の行方を追うことになった小宮山。しかし藩からは金も人も与えられず途方に暮れた彼は、盗賊のことは盗賊とばかりに盗賊の仲間に加わり、そのネットワークを通じて茶碗を探すことにしたのであります。
 しかしそれでも茶碗は見つからぬままに時間だけが過ぎていく中、次なる難事が中村藩に襲いかかることになります。それはすなわち、彼にも無理難題が降りかかるということで……


 冒頭で作者の(文庫書き下ろしの)作品は政治の世界が中心と述べましたが、その中でも何シリーズか、アウトローに近い人々を中心に据えたものがあります。
 『闕所物奉行裏帳合』、『妾屋昼兵衛女帳面』、『日雇い浪人生活録』……実は私の好きな作品ばかりであります。

 これらの作品に共通するのは、市井に近い、すなわち政治の世界から見れば「下」の位置に暮らしつつ、「上」の横暴にも負けず、したたかに生きてやろうという人々の姿でしょう。
 無理難題を押しつけるばかりの上司に振り回される(我々にとっては非常に身につまされる)主人公が多い上田作品ですが、そんな状況でも自分自身の牙を失わず、人と人との繋がりを武器に立ち向かう彼らの存在は、一つの希望として感じられるのです。

 そして本作の主人公・小宮山も、その系譜に属するものと言えます。

 直接に命じられたわけではないとはいえ藩命のために盗賊に身を落とす――まさか白浪ものでも主人公が上司の横暴に振り回されるとは思いませんでした――という境遇にありながらも、それでも真っ直ぐに己の道を行く。
 そんな彼の姿は、作中でも語られるように裏稼業の世界では珍しい清冽なものであり、そしてそれだからこそ、彼の周囲には(様々な欲得も絡むものの)仲間たちが集うのでしょう。


 もちろん、彼のしていることは悪事には違いありません。雇われる盗賊は、いずれも殺さず犯さず金を盗むだけの者ばかりとはいえ、盗まれた者の運命は大きく狂わされるのですから。
 そして本作はその罪の重さ、因果応報の姿をも描き出すのですが――しかし物語後半で、更なる「悪」を描き、それに盗みを以て鉄槌を下すことで、物語に痛快な印象を与えます。

 己の所業を顧みず、その結果をより立場の弱い人間に押しつけ、自分は逃げようとする――そんな行為は、確かに盗みに比べれば、その直接的被害は小さいかもしれません。
 しかしそれを為政者が行えば、その害はその下にいる者、下にある世界全てを傷つけ、腐らせる――それは古今東西変わらない真実でしょう。何よりも本作においては、主人公自身がその最大の犠牲者なのであります。

 そんな小宮山が、クライマックスで仲間たちとともに挑む大勝負は、政を私する者に対して、財を私する者が挑んだと言えるでしょう。
 暴を以って暴に易うのではなく、盗を以って盗に易う――それは確かに無益であり、有害なことかもしれませんが、しかしそこには追いつめられた者たちの牙の、最後の煌めきがあると、私は感じます。

 そしてまだまだ、彼らの牙が向けられるべき相手は存在するとも……


『茜の茶碗 裏用心棒譚』(上田秀人 徳間書店) Amazon
茜の茶碗: 裏用心棒譚 (文芸書)

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2017.06.07

入門者向け時代伝奇小説百選 古代-平安(その一)

 ここからは作品の舞台となる時代ごとに作品を取り上げます。まずは古代から奈良時代、平安時代にかけての作品の前半です。

46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)


46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫) Amazon
 とてつもなくキャッチーなタイトルの本作は、そのタイトルどおりの内容に驚愕必至の作品。
 赤壁の戦いで大敗を喫した曹操が諸葛孔明に匹敵する奇門遁甲の遣い手として白羽の矢を立てた相手――それは邪馬台国の女王・卑弥呼だった! という内容の本作ですが、架空戦記的な内容ではなく、あったかもしれない要素を丁寧に積み上げて、世紀の対決にきっちりと必然性を持たせていくのが実に面白いのです。

 そして物語に負けず劣らず魅力的なのは、この時代の倭国の姿であります。大陸や半島から流れてきた人々が原始的都市国家を作り、そこに土着の人々が結びつく――そんな形で生まれた混沌とした世界は、統一王朝を目指す中原と対比されることにより、国とは、民族とはなにかいう見事な問いかけにもなっているのです。

 ラストの孔明のとんでもない行動も必見!

(その他おすすめ)
『倭国本土決戦』(町井登志夫) Amazon
『シャクチ』(荒山徹) Amazon


47.『いまはむかし』(安澄加奈) Amazon
 実家に馴染めず都を飛び出した末、代々の(!)かぐや姫を守ってきた二人の「月守」の民と出会った弥吹と朝香。かぐや姫がもたらす莫大な富と不死を狙う者たちにより一族を滅ぼされ、彼女の五つの宝を封印するという彼らに同行することにした弥吹たちの見たものは……

 竹取物語の意外すぎる「真実」を伝奇色豊かに描く本作。その物語そのものも魅力的ですが、見逃せないのは、少年少女の成長の姿であります。
 旅の途中、それぞれの目的で宝を求める人々との出会う中で、自分たちだけが必ずしも正しいわけではないことを知らされつつも、なお真っ直ぐに進もうという彼らの姿は実に美しく感動的なのです。

 そして「物語を語ること」を愛する弥吹がその旅の果てに知る物語の力とは――日本最古の物語・竹取物語に込められた希望を浮かび上がらせる、良質の児童文学です。


48.『玉藻の前』(岡本綺堂) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 インド・中国の王朝を騒がせた末に日本に現れ、玉藻前と名乗って朝廷に入り込むも正体を見顕され、那須で殺生石と化した九尾の狐の伝説。本作はその伝説を踏まえつつ、全く新しい魅力を与えた物語です。

 幼馴染として仲睦まじく暮らしながら、ある事件がきっかけで人が変わったようになり、玉藻の前として都に出た少女・藻と、玉藻に抗する安倍泰親の弟子となった千枝松。本作は、数奇な運命に引き裂かれつつも惹かれ合う、この二人を中心に展開します。
 そんな設定の本作は、保元の乱の前史的な性格を持った伝奇物語でありつつも、切ない味わいを濃厚に湛えた悲恋ものとしての新たな魅力を与えたのです。

 山田章博『BEAST OF EAST』等、以後様々な作品にも影響を与えた本作。九尾の狐の物語に新たな生命を吹き込むこととなった名作です。

(その他おすすめ)
『小坂部姫』(岡本綺堂) Amazon


49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 劇画界の超大物原作者による本作は、鬼と化した少女を主人公としたオールスター活劇であります。

 父・藤原秀郷を訪ねる旅の途中、鬼に襲われて鬼の毒をその身に受けた少女・茨木。不老不死となり、徐々に鬼と化していく彼女は、藤原純友、安倍晴明、渡辺綱、坂田金時等々、様々な人々と出会うことになります。そんな中、藤原一門による鬼騒動に巻き込まれた茨木の運命は……

 平安時代と言っても三百数十年ありますが、本作は不老不死の少女を狂言回しにすることにより、長い時間を背景とした豪華キャストの物語を可能としたのが実に面白い。
 しかしそれ以上に、「人ならぬ鬼」と、権力の妄執に憑かれた「人の中の鬼」を描くことで、鬼とは、裏返せば人間とは何かという、普遍的かつ重いテーマを描いてみせるのに、さすがは……と感心させられるのです。


50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 平安ものといえば欠かすわけにはいかないのが『陰陽師』シリーズ。誕生30周年を経てなおも色あせない魅力を持つ本シリーズは、安倍晴明の知名度を一気に上げた陰陽師ブームの牽引役であり、常に第一線にある作品です。

 その中で初心者の方にどれか一冊ということであれば、ぜひ挙げたいのが本作。元々は短編の『金輪』を長編化した本作は、恋に破れた怨念から鬼と化した女性と、安倍晴明・源博雅コンビの対峙を描く中で主人公二人の人物像について一から語り起こす、総集編的味わいがあります。

 もちろんそれだけでなく、晴明と博雅がそれぞれに実に「らしい」活躍を見せ、内容の上でも代表作といって遜色ない本作。
 特に人の心の哀れを強く感じさせる物語の中で、晴明にも負けぬ力を持つ、もう一人の主人公としての存在感を発揮する博雅の活躍に注目です。

(その他おすすめ)
『陰陽師 瀧夜叉姫』(夢枕獏) Amazon



今回紹介した本
諸葛孔明対卑弥呼 (PHP文芸文庫)(P[あ]6-1)いまはむかし (ポプラ文庫ピュアフル (P[あ]6-1))玉藻の前夢源氏剣祭文【全】 (ミューノベル)陰陽師生成り姫 (文春文庫)


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 諸葛孔明対卑弥呼
 「いまはむかし 竹取異聞」 異聞に込められた現実を乗り越える力
 玉藻の前
 夢源氏剣祭文
 

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2017.06.06

武内涼『暗殺者、野風』 力持てる弱者と強者の交錯に浮かぶもの

 「この時代小説がすごい!」で第1位を獲得した『妖草師』をはじめ、独自の視点から活劇要素の強い時代小説中心に発表してきた作者の最新作は、凄まじいまでのスピード感の大活劇。美少女暗殺者が上杉謙信暗殺のために川中島で繰り広げる死闘を通じ、戦いの意味を問いかける物語であります。

 1561年、武田信玄と上杉謙信、両雄が一触即発の状況となっていた頃――はるか昔より、武士たちの依頼で暗殺を行うのと引き替えに中立を守ってきた「杖立ての森、隠り水の里」に現れた武田の軍師・山本勘助。
 謙信暗殺を望む彼の依頼に答えて里が送り出したのはまだ十代の美少女・野風――彼女こそは、目にも止まらぬ速度で長巻を振るう、里で一二を争う刺客であったのです。

 弟分の蟹丸、薬師の甚内とチームを組み、謙信への接近を狙う野風。しかし武田方の不穏の動きを察知した上杉方は、刺客狩りでその名を知られた用心棒集団・多聞衆に警護を依頼するのでした。
 多聞衆の警護をかいくぐり、謙信に迫る野風。しかしある理由で集中力を乱した彼女は謙信襲撃を失敗、多聞衆と上杉の忍び・軒猿の追撃を受けることになります。

 そしてそれと同時期に、隠れ水の里でも大きな異変が発生。多くのものを失った野風は、復讐のため、自分が自分であるために謙信たちを討つべく、今まさに両軍の激突が始まった川中島に単身突入するのですが……


 洋の東西を問わず、様々な作品に登場する戦闘美少女――というより少女暗殺者。これは、ビジュアル的に映えるから――という理由はさておき、本来であれば殺人という世界とは最も遠いものと思われる少女を暗殺者とすることで、そこから生まれる意外性とドラマ性が好まれたということでしょう。

 その意味では本作のタイトルロールである野風は、まさしくその狙いどおりのキャラクターと言うべきかもしれません。
 武士たちの争いをきっかけに家族と故郷を奪われ、ただ一つ残された己の才でもって、武士を討つ刺客と化した彼女は、戦国という時代の生んだ混沌と矛盾を体現したような存在なのですから。

 そしてそんな彼女は、同時に、これまで作者の作品の多くに登場してきた「力持てる弱者」とでも言うべき者の一人でもあります。
 個人では群を抜いた力を持ちつつも、その時代の、その社会の支配層に虐げられる集団に属する人々――作者の得意とする忍者ものの忍者はもちろんのこと、権力者の手から自由であるために暗殺を生業とする野風たちは、そんな強くとも弱い存在なのです。

 しかし本作はそんな彼女たちと対峙する「強者」――すなわち武士を、単純に悪とすることも、略奪者とすることもありません(もちろん、そうした者も存在はするのですが)。
 本作に登場する武士たちの多くは、周囲に犠牲を生みつつも、自分たちの身をすり減らしつつも、やむにやまれぬ理由を――理想を、過去を、情念を背負って戦う者として描かれるのです。

 その代表となるのが、野風のターゲットたる謙信と、彼を守る多聞衆、その中でも頭領の静馬と、メンバーの中では若手の鬼小島弥太郎(!)であります。
 戦いと殺戮に明け暮れた父を忌避しつつも、戦いを終えるために戦いを続ける謙信。刺客に妻子を討たれて以来、刺客狩りにその生を費やす静馬。そして彼らを理想の武士と仰ぎ見つつも、野放図な明るさと優しさを持った弥太郎――彼らの存在は、本作が暗殺者と武士との、弱者と強者との戦いに留まるものではないことを示しているのです。

 だとすれば、本作で描かれるものとは何なのか――それは一つには、たとえ戦いを忌避し、嫌悪しつつも、それぞれに生きる理由を持ち、それ故にぶつかり合わざるを得ない人間存在の悲哀と、彼らにそれを強いる時代の残酷ではないでしょうか。
 彼女の標的となる存在、彼女を阻む存在が人間的であればあるほど、そして彼女が人間離れした活躍を見せるほど――そこには逆説的に彼女の、そして戦いの場に集う人々の人間性が浮き彫りとなるのです。


 しかし、本作はそれと同時に、一つの希望をも描き出します。たとえ人間がぶつかり合い、傷つけあう存在であったとしても――それでも、それでも人と人は時に分かり合い、支え合うことができるかもしれないという。
 本作はそれを描き出すからこそ、人間性と時代性が生む悲しみと無数の死を描きつつも、決して苦さ重さだけでなく、爽やかですらある後味を残してくれるのです。

 それは、これまで作者が描いてきたものの、その先を描いたものなのではないか――デビュー以来作者の作品を追い続けてきた者として、そう感じるのです。


『暗殺者、野風』(武内涼 KADOKAWA) Amazon
暗殺者、野風

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2017.05.23

玉井雪雄『怨ノ介 Fの佩刀人』第2巻 復讐の果てに待つ「システム」の姿

 親友と信じていた男に全てを奪われた男・怨ノ介が、人の命を食らう魔刀の化身である美少女とともに繰り広げる、復讐と魔刀狩りの物語の完結編であります。怨敵の潜む地にたどり着いた怨ノ介を待っていた意外な真実――日本刀の起源にまつわる怨念のメカニズムと対峙することとなった怨ノ介の運命は?

 かつてはとある藩の藩主でありながら、親友と信じていた男・多々羅玄地に欺かれて身分を、国を、全てを奪われた末に無残に年老いた怨ノ介。
 死を目前とした時、美しい少女が憑いた謎の刀・不破刀を手にした彼は、怨念により「冥府魔刀」と化した刀とその持ち主を斬ることと引き換えに一時的に若さを取り戻し、その力で以って玄地を追う旅に出ることになります。

 そんな本作の第2巻で描かれるのは、玄地が故郷である津軽に潜むことを知り、決着を着けるために一路北に向かう怨ノ介の姿。
 しかしもちろん、その途中の旅も平穏無事で済むわけがありません。病で倒れたところを不破刀を盗まれ、上意討ちで揺れるさる藩の暗部に巻き込まれ、強者を求めて悪事を働く破天荒な男に絡まれ――と、トラブルの連続であります。

 そんな単発エピソードの連続である前半を経て、後半では、いよいよ怨ノ介と玄地の対峙が描かれることになるのですが――しかし、そこで物語は、思いもよらぬ姿を見せることになります。

 津軽に入る直前、津軽の巌鬼山神社に魔刀を封じるという月山鍛冶の一団と出会い、彼らが奉じる全ての刀鍛冶の祖・鬼王丸こそが多々羅玄地であることを知った怨ノ介。
 しかし神社で彼を待っていたのは、「多々羅玄地」と、不破刀と瓜二つの姿を持つ玄地の娘――ここに至り、物語は怨ノ介個人の復讐行から、日本刀の起源に、そしてそこから始まる恐るべき怨念と復讐の連鎖を語るものへと変貌していくのであります。


 全てを奪われた男の復讐行というのは、古今東西の物語に幾度も現れるモチーフであり、時代劇においても数多く描かれてきたことは言うまでもありません。
 本作もその系譜に属するものではありますが――しかし本作は、その物語のためのガジェットと思われた魔刀の存在に光を当てることで、ある種の歴史ものとしての真の顔を見せることになります。

 そもそも本作において、(一種メタな視点での)最初の、最大の疑問は、何故怨ノ介が老人として登場するのか――言い換えれば、復讐に着手するまでに長いブランクがあるのか、ということでした。
 それはもちろん、怨ノ介が不破刀を手に魔刀使いと戦い、相手の命を奪うための理由付けではあるのですが、しかし本作は怨ノ介が「玄地」と対峙するクライマックスにおいて、長き時間に渡る怨念の存在を、全く意外な形で繰り返し、裏返して見せるのです。

 この壮大などんでん返しは、ぜひ実際にご覧いただきたいのですが、ここで浮かび上がるのは、一種の「システム」とでも言うべきもの。連載時に本作を追ってきた身であっても、その凄まじい構図は、圧巻と言うほかありません。

 そしてそれを踏まえて読み返してみれば、改めて様々な発見がある物語であります。
 たとえば、このクライマックスに至るまでの単発エピソードの多くにおいて描かれてきたのは、形こそ違え「システム」に囚われ、磨り潰されていく者たちであったこと。そしてそれだからこそ、本作のラストを飾る人物は「彼」であるべきことなど……


 わずか2巻という分量にもかかわらず、その中でジャンルの定型を超えた物語を描いてみせた本作。この作者ならではの、精緻な、そして壮大な物語であります。


『怨ノ介 Fの佩刀人』第2巻 (玉井雪雄 リイド社SPコミックス) Amazon
怨ノ介 Fの佩刀人 2 (SPコミックス)


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2017.05.22

風野真知雄『歌川国芳猫づくし』 老いたる国芳を通して描かれたもの

 近年では猫を得意とした浮世絵師としてすっかり知名度が上がった感がある歌川国芳。当然、フィクションへの登場回数も高まっているのですが、本作はその中でもなかなかユニークかつ内容豊かな作品。国芳が巻き込まれた様々な事件を通じて、晩年の彼の姿を描く連作であります。

 様々なスタイルの作品を意欲的に書き続けている作者ですが、その中で最も大きなウェイトを占めるのは、江戸の町を舞台にユーモアとペーソス溢れるタッチで描かれるライトミステリであります。本作も当然、その路線に属するもの……と思いきや、それは半分当たり、半分はずれというべきでしょうか。

 まず本作の基本設定を見てみれば、舞台となるのは黒船が来航した嘉永6、7年――国芳の生涯から考えれば晩年というべき時期。
 本作の国芳は既に浮世絵師として確たる名を挙げ、多くの弟子を抱えつつも、病気の妻を抱え、そして何よりも自分自身の絵師としての衰えぬ熱意から、今も絵を描き続ける毎日を送る人物として描かれます。

 体力など自らの衰えを認め、自分がこの世を去る日が遠くないことを予感しつつも、なおも血気盛んで極めて人間臭い、そして相変わらず猫大好きの国芳。本作は、そんな彼の周囲で起きた事件を描く7つの物語から構成されています。

 消えた猫の一匹を探すうちに、国芳の身近な人物の思わぬ秘密が浮かび上がる「下手の横好き」
 かつて描いた金魚の船頭の絵を執拗に欲しがる男に国芳が振り回される「金魚の船頭さん」
 ある日家に転がり込んできた北斎の娘・お栄を巡る切ない物語「高い塔の女」
 持病があると国芳を避ける義母と、国芳の間の複雑な想いを描く「病人だらけ」
 若き日の芳年と円朝が夜毎の下駄の足音に悩まされる姿を描く「からんころん」
 殺人事件に出くわした国芳と広重が思わぬ形で探偵対決することとなる「江ノ島比べ」
 自殺した八代目団十郎の幽霊騒ぎの中で、絵師と役者、それぞれの業が描かれる「団十郎の幽霊」

 ご覧いただければおわかりかと思いますが、ここで描かれる七つの物語は、いずれも「事件」と「謎」が描かれるものの、いわゆるミステリのそれとは少々異なる趣を持ちます。
 事件性が小さい、あるいは「日常の謎」的な内容がほとんどなこともありますが、実は本作で重点が置かれているのは、謎解きではありません(必ずしも国芳が謎を解くわけでもなく、ましてや謎が完全に解けないエピソードすらあります)。本作において描かれるのは、これらの事件と謎を前にして様々な感慨を抱く、老いたる国芳の姿なのですから。

 いかにも江戸っ子らしく喧嘩と火事を愛し、御政道に逆らうような作品を幾つも描いてきた鼻っ柱の強さを持つ国芳。その一方で、自分の周囲にお上の手の者がうろつけば心配になり、義母との複雑な関係に悩んだり、若い女弟子に鼻の下を伸ばしたりと人間としての弱さを同時に持つ人物として、彼は描かれることになります。
 絵師として、人間として、男として……そのゴールが近づく彼の姿を、本作は、一風変わった事件と謎を通じて浮き彫りにするのであります。

 そこに漂うのは、先に述べたとおり、作者ならではのユーモアとペーソス。その二つを味付けに、国芳だけでなく、この世に生きる人間たち全てがついついやってしまう愚行を、ついつい見せてしまう弱さを、作者は優しく描き出すのです。
 そんな作者のまなざしは、作者が得意とするライトミステリにおいて描かれるそれと寸分も違うことはありません。半分当たり、半分外れというのはこうした意味においてのものなのであります。


 国芳という人間臭い男を中心に、お栄や広重、芳年や円朝といった実在の人物、そしてその他の架空の人物を通じて、この時代の空気を描き出す。それと同時に、いつの時代にも変わらぬ人間の世界のほろ苦さと暖かさを描く……
 そしてそれに加え、おそらくは作者自身の姿にも重なり合う、芸術家の業、誇り、そして喜びをも描き出す本作。歴史作家としての作者の地力を感じさせてくれる一冊であります。


『歌川国芳猫づくし』(風野真知雄 文春文庫) Amazon
歌川国芳猫づくし (文春文庫)

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2017.05.18

『コミック乱ツインズ』 2017年6月号

 私は本や雑誌の発売日で日にちや曜日をカウントしてしまうところがあるのですが、この雑誌が出れば月も半ば、『コミック乱ツインズ』誌の6月号であります。巻頭カラーは叶精作『はんなり半次郎』、橋本孤蔵『鬼役』が連載四周年とのことですが、ここでは個人的に印象に残った作品を取り上げます。

『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 死闘の末、四つの珠を取り戻したものの、犬士も残すところわずか四人。しかも村雨姫までもが半蔵側の手に落ちたところで、最強の犬士・犬江親兵衛登場! となった本作。
 いかにも作者らしいイケメンの親兵衛は、最強の名に相応しい破天荒な力の持ち主(もっとも、やはり姫の前では形無しなのですが)。しかし彼をしても、姫が捕らえられてはその力を存分に振るえず――

 という状況で、さらに敵側の奸策により、八珠献上の日が一気に前倒しとなり、絶体絶命となった里見家。しかしここで大角の忍法により信乃が思わぬ人物に姿を変え、そしてついに最後の犬士・犬川荘助登場……と、物語はガンガン盛り上がっていきます。
 ラストページなど、テンションが一気に上がるのですが、さて次回の犬士の活躍は如何に……いよいよクライマックスであります。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 碓氷峠編の後編となる今回、島の説得で国鉄に移籍した凄腕機関士・雨宮が視察に向かったのは、急勾配で知られる日本一の難所・碓氷峠。そこで昔ながらの蒸気機関車で峠を越えることを誇りとする機関手・山村とその息子に雨宮は出会うのですが……

 鉄道という題材を扱いつつも、職人肌の雨宮を主人公の一人とすることで、一種の職人もの、人情ものとして成立している本作ですが、今回描かれる山村を巡る物語はまさにその味わいに満ちたエピソードであります。
 かつて愛妻を峠の列車事故で失いながらも、その妻の魂が見守ってくれると信じて蒸気機関車を走らせる彼にとって、島が計画する電気化は到底受け入れられないもの。しかし息子までもが、電気化に賛成してしまう彼の姿は、時代の流れというもので切り捨てられないものがあります。

 その彼の想いを誰よりも理解しつつも一つの選択を迫る雨宮と、彼らの前に現れる小さな奇蹟と……もの悲しい物語ではありますが、結末に描かれる小さな希望の姿が、その悲しみを癒してくれるのです。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 長かった信長鬼編も(おそらく)今回でラスト。といっても今回の主役は、前回同様、細川珠……そう、細川ガラシャであります。
 自分を討った光秀の血族を苦しめた末に根絶やしにすべく、最後の生き残りである珠のもとに出没し、彼女を鬼に変えんとする信長鬼。辛うじて踏みとどまってきた彼女も、ある事件がきっかけで鬼となりかけて――

 細川忠興に嫁ぎ、彼から深く愛されつつも、その一種偏執的な愛情に苦しみ、キリスト教に救いを求めた珠。この夫婦については、夫からお前はまるで蛇のようだと言われて「鬼の妻には蛇が相応しいでしょう」と答えたという有名な逸話がありますが、本作においては、その「鬼」という言葉に、重い意味が加わることとなります。
 何しろ本作の忠興は、点のように異様に小さい瞳孔という、明らかにヤバげな人物。むしろこちらが蛇なのでは……というこちらの印象は、しかし見事に裏切られることとなります。人であろうと鬼であろうと変わらぬ愛を描き出すことによって。

 しかし鬼の運命はなおも彼女に迫ります。。これも有名なその最期の時、ガラシャを襲ったあまりにも無惨な変化の前に、彼女もついに……と思われた時、さらに意外な展開が描かれることとなります。
 今回もラストで少年が見せる、驚愕と悲しみ、決意と様々な感情が入り混じった表情……それはかつての冷然とした表情とは全く異なるものであります。鬼に抗する人が見せた一つの奇蹟を前に、彼の心は変わっていくのか? 大いに気になるところです。


 そのほか、『勘定吟味役異聞 破斬』(かどたひろし&上田秀人)は今回で最終回。前回の一大剣戟の末、辛うじて勝利を掴んだ聡四郎を待つ者は……ツンデレの恋人、ではなくて続編。再来月から次なる物語が開始とのことで、実にめでたいことであります。

 また、『はんなり半次郎』は、相変わらずの叶節。いくら何でもあれは自分が怪我するのではないでしょうか。どうでもいいですが。


『コミック乱ツインズ』2017年6月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年6月号 [雑誌]


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2017.05.17

鳴神響一『影の火盗犯科帳 3 伊豆国の牢獄』 「常世の国」に潜む悪を討て

 火付盗賊改役にして、甲賀忍び・影火盗組を配下とする山岡景之の活躍を描くシリーズ第3弾であります。江戸から消えた数多くの男女の行方を追う影火盗組が知った驚くべき陰謀。邪悪な企てを粉砕すべく死闘を繰り広げた影火盗組ですが、真の悪の正体は――

 年明け早々、江戸で流れる奇妙な噂を耳にした景之。出入りの豆腐屋、菓子屋の女将、うどん屋の娘……一見共通点の全くない人々が、同じ「常世の国」という言葉を残して姿を消したというのであります。
 探索に当たった影火盗組の面々が掴んだのは、様々な理由で人生に絶望した人々の前に謎の僧侶が現れ、何処かへ誘っていたという事実。早速、影火盗組の雄四郎と渚は、駆け落ち者を装って僧侶を誘き出し、「常世の国」に向かう船に乗り込むのですが、その先には恐るべき罠が。

 孤立無援の戦いを強いられることとなった雄四郎と渚を救うべく、後を追う光之進ら影火盗組。一方、江戸に残った景之は、側用人・大岡忠光から、大名や旗本に対し、法外に「安い」利息で金を貸す謎の商人の正体を追うことになるのですが、二つの事件は思わぬ形で交差して――


 火付盗賊改を主役に据えた作品は数多くある中で、独自の内容の魅力を持つ本シリーズ。それは、三つの要素から成り立っていると言えます。
 ほとんど伝奇的と言ってよいような大仕掛けの怪事件。忍び集団である影火盗組のメンバーのキャラ描写。そして法で裁けぬ悪に対し爆発する景之の怒り……本シリーズでなければお目にかかれないようなこれらの要素は、本作でも健在であります。

 まず第一の要素については、これはサブタイトルの時点である程度見えてしまうのですが、なかなか普通の火盗もの、奉行所ものでは登場しないような大掛かりな悪事に驚かされます。社会から身を隠すことを望む人間を食い物にする外道たち……という、それほど珍しくはないシチュエーションから、このような展開に持って行くとは、と感心しました。
 そしてその陰謀を粉砕するために影火盗組が繰り広げる戦いが、忍びならではのものでありつつも、しかし同時にきっちり派手な内容であるのも楽しいのです

 そして第二の要素として、本作で描かれるのは、影火盗組の若手・雄四郎のドラマであります。まだまだ術も心構えも他のメンバーに比べれば一枚劣る雄四郎が、光之進らへの劣等感を抱え、悩み苦しむ姿が、悪との戦いと平行して描かれていくことになります。
 まだまだ若いだけに弱さと悩みを抱えた雄四郎。彼の存在は、江戸の安寧のために活動する忍びといういかにもヒーロー然とした影火盗組が、決して超人ではなく、我々同様の人間であることを描き出す効果を挙げていると感じます。

 そして最後の要素ですが……火盗改役として現場に出張ることはあっても、配下に比べれば一歩引いた立場となる景之。しかし彼には、彼にしかできない戦いがあります。
 それは、将軍自ら声をかけられた火盗改役としての彼の立場を使っての戦い……それは時に政治的な腹の探り合いの場合もありますが、しかしラストではそんな配慮を抜きしての怒りを見せてくれるのがいい。

 もちろん、怒り任せに相手を叩き斬るような無法を行うわけではありませんが、しかし本作においては、景之の座右の銘と言うべき言葉が、思わぬ形で、しかしこの相手なればこそという形で相手の心を折るという展開で、思わず唸らされた次第です。


 と、そんな本作ならではの物語を楽しませていただいた一方で、いささか残念な点も二つほどあります。

 一つは、物語の派手さと入り組み具合に押されてか、雄四郎の物語が食い足りない印象であった点。もちろん彼の悩みが簡単に解決するものではないのは明らかですが、もう少し前に進ませてあげても良かったのでは……とは感じます。

 そしてもう一つは、シリーズ第三弾の本作が、「三部作完結編」とアナウンスされていること。いよいよ本シリーズならではのスタイルを確立してきたところで、ここで全体の完結ということであれば、それは大いに勿体ないと感じます。
 景之と影火盗組の更なる活躍を期待したい、まだまだ食い足りない……と言うほかありません。


『影の火盗犯科帳 3 伊豆国の牢獄』(鳴神響一 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
影の火盗犯科帳(三) (ハルキ文庫 な 13-5)


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2017.05.09

入門者向け時代伝奇小説百選 SF

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回紹介するのはSF編。いずれもその作品ならではの独自の世界観を持つ、個性的な顔ぶれです。
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

36.『寛永無明剣』(光瀬龍)【江戸】【剣豪】 Amazon
 大坂の陣の残党を追う中、何故か柳生宗矩配下の襲撃を受けた北町奉行所同心・六波羅蜜たすく。一つの集落そのものを消し去り、幕府要人たちといつの間にかすり替わっているという謎の強大な敵の正体とは……

 と、歴史改変テーマの時代SFを数多く発表してきた作者の作品の中でも、完成度と意外性という点で屈指の本作。
 奇怪極まりない陰謀に巻き込まれた主人公の活躍だけでも、時代小説として実に面白いのですが、しかしそれだけに、中盤に物語の真の構図が明らかになるその瞬間の、一種の世界崩壊感覚は、本作ならではのものであります。

 そしてその先に待つのは、あまりにも途方もないスケールの秘密。まさに「無明」と呼ぶほかないその虚無感と悲哀は、作者ならではの味わいなのであります。

(その他おすすめ)
『多聞寺討伐』(光瀬龍) Amazon


37.『産霊山秘録』(半村良)【戦国】【江戸】【幕末-明治】 Amazon
 時代伝奇SF、いや伝奇SFの巨人とも言うべき作者の代表作である本作は、長き時の流れの中で、強大な超能力を持つ「ヒ」一族の興亡を連作形式で描く壮大な年代記であります。

 戦国時代に始まり、江戸時代、幕末、そして第二次大戦前後に至るまで……強大な異能を活かして、歴史を陰から動かしてきたヒの一族。高皇産霊尊を祖と仰ぐ彼ら一族の血を引くのは、明智光秀、南光坊天海、猿飛佐助、坂本竜馬、新選組……と錚々たる顔ぶれ。
 そんなヒの一族が如何に歴史に絡み、動かし、そして滅んでいくのかを描いた物語は、まさに伝奇ものの興趣横溢。最後にはアポロの月面着陸まで飛び出す奇想天外な展開には、ただ圧倒されるばかりなのです。

 そしてそんな物語の中に、生命とは、生きることとは何か、という問いかけを込めるのも作者ならではであります。


38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)【江戸】【ミステリ】 Amazon
 アニメ界の生きる伝説であり、同時にミステリ、ジュブナイルを中心に活躍してきた作者が描いたジャンルクロスオーバーの快作であります。

 22世紀の未来から、享保年間にやってきた五人の高校生+顧問の航時部。彼らは、江戸に到着早々、二つの密室殺人事件に巻き込まれることになります。それぞれ個性的な能力を持つ彼らは特技を活かして事件解決に乗り出すのですが――
 とくれば、未来人が科学知識を活かして江戸時代で事件捜査を行う一種の時代ミステリになると思われますが、その先に待ち受けているのは、様々なジャンルが入り混じり、謎が謎呼ぶ物語。

 「過去」と「未来」が交錯するその先に、思わぬ形で開く「現在」への風穴にはただ仰天、齢八十を超えてなお意気衰えぬ作者が現代の若者たちに送る、まさしく時代を超えた作品であります。

(その他おすすめ)
『戦国OSAKA夏の陣 未来S高校航時部レポート』 Amazon


39.『大帝の剣』(夢枕獏)【江戸】【剣豪】 Amazon
 伝奇バイオレンスで一世を風靡した作者が、時代伝奇小説に殴り込みをかけてきた、記念すべき大作であります。

 主人公は日本人離れした容姿と膂力を持ち、背中に大剣を背負った巨漢・万源九郎。その剣を頼りに諸国を放浪する彼が出会ったのは、奇怪な忍びに追われる豊臣家の娘・舞。しかし彼女の体には、異星からやってきた生命体・ランが宿っていたのであります。
 かくて源九郎の前に現れるのは、徳川・真田両派の忍びに切支丹の妖術師、宮本武蔵ら剣豪、そして不死身の宇宙生物たち……!

 無敵の剣豪が強敵と戦うのは定番ですが、その敵が宇宙人というのはコロンブスの卵。そしてそこに「大帝の剣」を含む三種の神器争奪戦が絡むのですから、面白くないはずがありません。終盤には人類の歴史にまで物語が展開していく実に作者らしい野放図で豪快な物語です。

(その他おすすめ)
『天海の秘宝』(夢枕獏) Amazon


40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)【幕末-明治】 Yahoo!ブックストア
 ハチャハチャSFを得意としながらも、同時に古典SF研究家として活動し、さらに明治時代を舞台としたSFを描いてきた作者。本作はその作者の明治SFの中心人物である実在のSF作家・押川春浪と、その弟子筋の若き小説家・鵜沢龍岳(こちらは架空の人物)を主人公とした短編集であります。

 明治時代の新聞の切り抜きを冒頭に掲げ、春浪自身が経験した、あるいは耳にした、この記事にまつわるエピソードを龍岳が聞くという聞くというスタイルの短編12篇を納めた本書は、いずれも現実と地続きの世界で起きながら、この世の者ならぬ存在がひょいと顔を出す、すこしふしぎな(まさにSF)物語ばかり。
 内容的にはあっさり目の作品も少なくないのですが、ポジでもネガでもない明治を、SFという観点から掘り起こしてみせたユニークな作品集です。

(その他おすすめ)
『火星人類の逆襲』(横田順彌) Amazon



今回紹介した本
寛永無明剣 (角川文庫)産霊山秘録 上の巻<産霊山秘録> (角川文庫)未来S高校航時部レポート TERA小屋探偵団 (講談社ノベルス)大帝の剣 1 (角川文庫)押川春浪回想譚 (ふしぎ文学館)


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 「寛永無明剣」 無明の敵、無明の心
 『未来S高校航時部レポート TERA小屋探偵団』 未来の少年少女が過去から現在に伝えるもの
 夢枕獏『大帝の剣 天魔望郷編』 15年ぶりの復活編
 「押川春浪回想譚」 地に足の着いたすこしふしぎの世界

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2017.05.03

原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第10巻 内憂外患に豪快に挑め!

 ついに単行本も二桁の大台に乗った本作。しかしまだまだ信長の目指すところは遠いどころか、内憂外患で尾張の命運は風前の灯火であります。迫る今川軍をいかに退けるか、そして乱れに乱れた織田家をいかに治めるか……そしてこの巻では、あの有名な逸話が本作らしい豪快さで描かれることになります。

 大洋での大冒険を終え、尾張に帰ってきた信長を待っていたもの。それはいよいよ尾張侵攻に乗り出さんとする今川義元と、父・信秀亡き後の家督を狙って動き出した弟・信勝と土田御前……すなわち尾張を巡る内憂外患であります。
 こんな状況にも動じぬ信長は、尾張の情勢視察に美濃の斎藤道三から送り込まれた明智光秀とともに、迫る今川軍に挑むのですが――


 その底抜けのカリスマと行動力で次々と不可能を可能にしていく信長ですが、絶対的な戦力差を、物量の違いをひっくり返すのはさすがに難しい。
 しかも国境を任せられた山口教継・教吉父子は、密かに今川家と内通を……と、これまた大変な状況ですが、しかしそれでもどうにかしてしまうのが、本作の信長の信長たる所以であります。

 光秀からあるものを借り受けた信長は、それを用いて一世一代の大芝居。山口父子に対しても、お前の心底はわかっていると言わんばかりに、しかし人を食った形で一睨み効かせるという、何とも豪快かつ爽快な形でこの危機を切り抜けるのであります。
 この辺り、冷静に考えると意外と小技を効かせた対応なのですが、それをそれと感じさせないのが作者の画の力。そしてもう一つ、敵方の見届け人として思わぬ男が登場したことが、かなりのアクセントとなっていることもあるでしょう。

 その男、義元の懐刀と呼ばれるその男の名は……岡部元信!
 なるほど、義元が今川家を継ぐ時から彼を支え、そして(ある意味ネタバレになりますが)その彼が討たれた後も、味方が総崩れになる中でただ一人織田軍に立ち向かい、痛撃を与えたこの人物ほど、懐刀と呼ぶに相応しい人物はいないでしょう。

 しかし本作の元信は、これがまた何とも人を食った男。飄々とした態度を崩さず、美しい娘を供に連れ、そして彼女といちゃつきながらも(本作に珍しいエロシーン)、不敵な眼差しを隠さない、これはこれで男の中の男というべきキャラクターなのであります。


 そんな将来の好敵手に見つめられつつも、意気揚々と引き上げてきた信長の次の相手は、家督を狙って暗躍を続ける織田家の魑魅魍魎ども。
 父・信秀の(影武者の)死に乗じて動き出した連中に、父の理想を汚されてなるものか! と決意を固めた信長のいわば宣戦布告が、葬儀の場で繰り広げられるのです。
(ちなみにここで語られる信秀の理想は、現代人の目から見た理想像過ぎてちょっと……)

 信長が父の葬儀で如何なる行動をとったか……これを知らない方は少ないでしょう。葬儀の場に相応しくない傾いた形で現れるや、祭壇に抹香を投げつけたというアレであります。
 ある意味、いかにも信長らしい逸話ですが、それを本作は如何に描いたか? 傾いた形は当然のこと、抹香も投げつけるのですが、その相手は、そして投げ方は……

 いやはや、これは是非実際にビジュアルで見ていただきたいのですが、なるほど本作であればこれくらいはやるだろう、というほかないビジュアルインパクト。
 凄すぎて笑ってしまうというのは、作者の作品にはままあることですが、今回ほどそれが当てはまる展開はない、としか言いようがありません。
(ビジュアルといえば、デカすぎる柴田勝家のインパクトも凄まじい)

 そして絵に描いたようなドヤ顔を見せる信長がその直後に向かうのは、もう一つの葬儀。その相手が誰かは伏せますが、こういう泣かせるシーンをさらりと入れてくるから、本作は好きなのであります。


 決戦の時まであと10年、まだまだ長い時間ではありますが、さてその間にどれだけ信長の豪快な大暴れが見られるのか。
 そしてそのエピソードをどう本作流に料理してくれるのか……ある意味油断のならない作品であります。

『いくさの子 織田三郎信長伝』第10巻(原哲夫&北原星望 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon
いくさの子 ~織田三郎信長伝~ 10 (ゼノンコミックス)

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