2017.04.25

劇団ヘロヘロQカムパニー『犬神家の一族』 関智一の金田一だからこそできたもの

 先週末、劇団ヘロヘロQカムパニーの『犬神家の一族』を観劇してきました。言うまでもなく横溝正史の金田一耕助もの、かつて市川崑の映画版が大ヒットした、あるいは最も有名な金田一耕助もの……その原作を見事に舞台化した作品であります。

 これまで座長の関智一を金田一耕助役として、『八つ墓村』『悪魔が来りて笛を吹く』『獄門島』と上演してきた劇団ヘロヘロQカムパニー(以下、「ヘロQ」)。残念ながら私はこれらの作品は観ていない……というよりヘロQ自体これが二度目の観劇なのですが、以前観た『魔界転生』がかなりの完成度だっただけに、期待を寄せていました。

 そしてまず結論を申し上げれば、これがかなりの完成度。決して短くはない原作を、3時間弱という上演時間の中でテンポよく消化し、過不足なく再現して見せてくれた快作であります。

 犬神佐兵衛翁の臨終の場面と、金田一のもとに依頼が届く場面を同じ舞台上で見せるという、いかにも演劇的な演出で始まる本作。
 その後のヒロイン珠世受難に代表されるような映像の投影を多用したケレン味たっぷりの演出も楽しいのですが、金田一役の関智一をはじめとする出演陣の演技もいい。

 私でも知っているようなメジャー声優の方々がメインを固めている舞台でしたが、声の演技とはまた異なる演技というものを、堪能させていただきました。
(特に三石琴乃は、登場してもしばらく気付かず驚かされました)

 その中でも関智一の金田一は、飄々とした浮き世離れした面と、明るい人懐っこさを感じさせる面がうまく同居しており、はまり役という印象。
 基本的にラストまで謎に振り回される(舞台の構造としては謎の整理役というべき)役どころながら、いるだけで不思議な安心感と好感を感じさせるのは、さすがは座長と言うべきでしょうか。


 それ以上に感心させられたのは、市川崑の映画版では省略された原作の要素の多くを、きっちりと再現している点です。
 その最たるものは、犬神家での第二の殺人のトリック(経緯)を省略せずに描いている点と、第三の殺人の犯行手段と見立ての説明でしょう。その他にも、クライマックスのある人物の逃走劇や、その人物が正体を隠していた理由なども、丹念に拾って再現しているのには、大いに好感が持てます。

 その一方で面白いのは、本作が映画版を思わせる演出を随所に取り込んでいる点でしょう。
 音楽や、特に佐清のマスクと喋りに代表されるキャラクターのビジュアルや芝居、さらにはとにかく走り回る金田一(目の前の通路を使うというのでそんな場面があったかな、と思いきや……)など、原作の展開と併存させる形で、使用しているのであります。

 原作への拘りからすると、この辺りは一見奇妙に見えるかもしれません。しかし『犬神家の一族』という物語のパブリックイメージの大半を形作っている映画版のそれに寄せることで、それしか知らない、あるいはパロディ等でしか本作を知らない方も入り込みやすい舞台を目指しているのではないか……という印象を私は受けました。
(この辺りは、『魔界転生』でも感じたところです)


 そして何よりも印象に残るのが、ラストシーンであります。本作のラストにおいては、やはり映画版を踏まえつつも、金田一と珠世の会話を通じ、物語の構造を――物語の中心となるある人物の想いを浮かび上がらせつつも、そこからの解放と未来への希望を明確に描き出すのです。

 金田一が、固陋な因習の、閉鎖的な共同体の破壊者であるというのは、しばしば言われるところではあります。

 本作はその構造を踏まえつつも、ラストシーンにおいてそれらを生み出したものの存在を浮き彫りにし、そしてそこからの解放を支える者としての金田一を描き出すことで、原作の描いていたものを、より明確に描いてみせたと言えるでしょう。
 そしてそれは、関智一の金田一だからこそできたもの……というように感じられます。


 さすがにラストの推理シーンは(事件の構造のためでもあるのですが)そこまでの快調なテンポが落ちる点、章立てながら休憩なしという点など、引っかかる部分が皆無ではないのですが――
 しかしそれを補ってあまりある舞台であった本作。これまでの作品も、そしてこれからの金田一ものも観てみたいと感じさせられた作品であります。


関連サイト
 公式ブログ

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2017.04.24

霜月かいり『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 乙女幻遊奇』 丹翡の目から見た懐かしき好漢・悪党たち

 本編第二期に外伝の映像化と、この先の展開も楽しみな『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』。本作にはそれらの映像作品だけでなく、周辺作品にも気になるものが幾つも存在します。その一つがこの『乙女幻遊奇』……霜月かいりの美麗な絵により、「乙女」の視点から描かれた物語です。

 大悪人・蔑天骸により兄を討たれ、先祖代々守護してきた天刑劍を奪われた少女・丹翡。彼女が謎多き美青年・朱鳥こと凜雪鴉、そして西の果てから来た風来坊・殤不患と出会ったことから、この東離劍遊紀という物語は始まります。
 そして本作はその丹翡……すなわち乙女の視点から再構成された物語なのです。

 本来であれば、聖地から外の世界に出ることなく、天刑劍を守って暮らしたであろう丹翡。その彼女のお人好しぶり、世間知らずぶりは、本編でもしばしば描写されていました。
 そんな彼女の目に、海千山千の好漢・悪党が、彼らと共に繰り広げてきた冒険の数々がどのように映るものか……それはなかなか興味深いものであります。

 もちろん、こうした構造ゆえ、基本的な内容は本編のそれをなぞる以上のものはないわけですが(尤も、後半にはオリジナル妖魔も登場する本作独自のエピソードもあるのですが)、それはファンにとってはむしろ望むところでしょう。
 凜雪鴉が、殤不患が、捲殘雲が、あるいは殺無生や刑亥が、丹翡の目から見ることによって、おなじみの、それでいてこれまでとは少しだけ違う姿で見えてくるのですから――
(狩雲霄のみほとんど登場しないのは、凜雪鴉を除けば彼のみ真の顔を隠していたからでしょうか)

 そしてそれを描くのが霜月かいりとくれば、これはもう言うことなし。いや、個人的な趣味を言えば、殤不患はもう少しむさく……いや男臭く描いて欲しかったところですが、それはさておき、原作の賑やかですらある美形キャラの群舞を描くのに、これほど適任はおりますまい。
 そして、決して強くはない者が、傷つきながらも強くあろうとする姿、そしてその傍らに在る者が不器用に手をさしのべる姿は、実に作者の作品らしいと感じるのです。

 ただし、原作に強烈に漂っていた武侠ものの香り――己の腕と剣のみを頼りに江湖を渡り、冒険に命を燃やす連中の心意気とでも言うべきものが、やはりほとんど感じられないのは、これもまた本作の構造上全く仕方ないところですが、やはり少々残念ではあります。


 こうした点を踏まえて考えれば、やはり一種のファンアイテムであることは否めませんが……しかし本編終了から半年が過ぎ、少々寂しくなってきた頃に、またあの連中に会えるというのはやはり嬉しいもの。
 新作までの飢えを和らげる作品として、気軽に楽しめる一冊ではあります。

 そしてこの世界のビジュアルとは相性抜群の作者とは、新作の時にも何らかの形で関わって欲しいとも、強く感じた次第です。


『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 乙女幻遊奇』(霜月かいり&Thunderbolt Fantasy Project 秋田書店プリンセス・コミックスDX) Amazon
Thunderbolt Fantasy東離劍遊紀 乙女幻遊奇 (プリンセス・コミックスDX)


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2017.04.19

『コミック乱ツインズ』2017年5月号

 今月も『コミック乱ツインズ』の時期となりました。今月号は、『そば屋幻庵』と『小平太の刃』が掲載されているほかは、レギュラー陣が並びますが、しかしそれが相変わらず粒ぞろい。今回も印象に残った作品を紹介いたします。

『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 明治時代、鉄道の黎明期に命を賭ける男たちを描く本作は今回から新エピソードに突入。島安次郎の懸命の説得に、国鉄に移籍した凄腕機関士・雨宮が、島の依頼で碓氷峠の視察に向かうことになります。

 碓氷峠といえば、その急勾配でつい最近まで知られた難所。現代ですらそうなのですから、蒸気機関車が運行されていたこの時代、その苦労はどれほどほどのものだったか……
 と、事故が相次ぐこの峠で奮闘する人々が登場する今回。雨宮が見せるプロの技が実にいいのですが、むしろ今回の主役はそんな現地の人々と感じさせられます。

 時代が明治、題材が鉄道と、本誌では異色の作品と感じてきましたが、一種の職人ものとして読めば全く違和感がないと、今更ながらに気付かされました。


『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 「梅安晦日蕎麦」の後編。彦次郎が、恩のある田中屋に依頼され、仕掛けることとなった容貌魁偉な武士・石川。その彼を尾行した梅安は、真の事情を知ることになって――
 と、腕利きの武士相手のの仕掛けを頼まれてみれば、その実、彼こそは……という展開は、この前に描かれたエピソード「後は知らない」と重なる点が大きくてどうかなあと思うのですが、これは原作もこうなので仕方がありません。

 しかしその点に目を瞑れば、魁偉な容貌を持つ者が必ずしも凶悪ではなく、優しげな容貌を持つ者が必ずしも善良ではないという物語は、梅安たち仕掛人という裏の「顔」を持つ者たちと重なるのはやはり面白い。
 そしてこの点で、男たちの顔を過剰なほどの迫力で描く作画者の作風とは、今回のエピソードはなかなかマッチしていたと感じます。
(その一方で、一件落着してから呑気に年越し蕎麦をすする二人の表情も微笑ましくていい)


『鬼切丸伝』(楠桂)
 まだまだ続く信長鬼編。今回のエピソードは明智光秀の娘・珠(細川ガラシャ)を主役とした前編であります。
 本能寺の変で鬼と化し、自らを討った光秀とその血族に祟る信長。血肉のある鬼というより、ほとんど悪霊と化した感のある信長は、最後に残された珠に執拗につきまとい、苦しめることに――

 というわけで、冷静に考えれば前々回のラストで鬼になったばかりなのに、何だかえらいしつこい印象のある信長ですが、さすがに魔王と呼ばれただけあって、鬼切丸の少年も、久々登場の鈴鹿御前も、なかなか決定打を繰り出せないのがもどかしい。
 そんな中、口では否定しても少しずつ珠を、人間を守る方向に心を動かしつつある少年の「人間にしかできぬ御技で呪いに打ち勝て!!」という至極真っ当な言葉に感心してみれば、それが事態を悪化させるとは――

 この国の魔はこの国の神仏にしか滅せぬという概念には「えっ!?」という気分になりましたが(『神の名は』『神GAKARI』は……<それは別の作品)、そろそろ信長とも決着をつけていただきたいところです。


『勘定吟味役異聞 破斬』(かどたひろし&上田秀人)
 ついに残すところあと2回となった本作ですが、今回はラス前にふさわしい大殺陣というべき展開の連続。敵の本拠とも言うべき金吹き替え所に乗り込んだ聡四郎を待つのは、紀伊国屋文左衛門が雇った11人の殺し屋……というわけで、ケレン味溢れる殺陣が連続するのが実にいい。

 同じ号に掲載された『そば屋幻庵』が静とすればこちらは激しい動、これくらい方向性が異なれば気持ちがいいほどですが、さてその戦いも思わぬ形で妨害を受けて、さあどうなる次号! というところで終わるのは、お約束とはいえ、やはり盛り上がるところであります。


『コミック乱ツインズ』2017年5月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年 05 月号 [雑誌]


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2017.04.15

フカキショウコ『鬼与力あやかし控』 内与力、裁けぬ悪を斬る

 古今東西、いつの世も尽きないのは法では裁けない悪人の存在。しかし悪人がいればそれを倒すヒーローもいる……というわけで、表で裁けぬ悪を、妖怪になぞらえて始末する町奉行所の内与力を主人公とした連作シリーズであります。

 江戸南町奉行として江戸の治安を守る根岸鎮衛。その彼が、様々な怪異譚を含む珍談奇談を記した随筆『耳袋』の著者であることをご存じの方も多いでしょう。
 本作の主人公は、その根岸の内与力・鬼山……役人とは思えぬような傾いたなりの優男で、市井で怪事件があれば全て妖怪の仕業にしてほったらかしにしてしまうことで、奉行所内で悪名を轟かせている人物であります。

 しかし昼行灯は仮の姿、真の彼は奉行の指示の下、表だって裁けぬ悪を得意の二階堂平法で始末し、妖怪の仕業として収めていたのです。江戸を騒がす猟奇事件の数々……いずれも美女が無惨に犠牲になった事件の陰に潜む悪に、鬼山の秘剣・心の一方が唸ることに――


 というわけで、タイトルを見れば与力が妖怪退治をする伝奇もののようですが、その実は仕事人ものの本作。
 奉行所の役人が実は……というのは、これは中村主水からの定番ではありますが(ちなみに本作を読みながら森田信吾の『必殺!! 闇千家死末帖』を思い出したのですが、原作者が同じでした)、本作のユニークな点は、主人公が内与力という点でしょう。

 内与力とは、奉行所付きではなく、町奉行個人に仕える与力のこと。奉行所付きの与力がほとんど世襲であり、一応任期のある町奉行にとって必ずしも扱いやすい存在ではなかったことから、いわば秘書官的な立場で任命されたものであります。
 つまり根っからの奉行所の役人としては少々毛色の違う存在であることが、設定上ある程度許され、そして奉行に近しいところにいる存在が内与力。なるほど、本作の鬼山に相応しい立場でしょう。

 尤も、内与力という立場にしては、月代も剃らぬ鬼山はいかがなものか、という印象はあるのですが、この辺りは主人公の記号というべきでしょうか――
 と、この点に限らず、時代ものとしては少々乱暴な描写も散見される本作なのですが、その辺りは無知から来るものではなく、ある程度割り切ったものとなっていることが、作中の描写からは伺えるのもなかなか楽しい。

 例えば終盤、鬼山が井戸の水を浴びて独り言ちるシーンなどは、当時の井戸を踏まえての内容にニヤリとさせられますし、そのほかにも、無茶をやっているようで、舞台設定を踏まえたガジェットが使われているのが、なかなか面白いのです。

 この辺りはおそらく原作者の白川晶の功績ではないかと思いますが、画を担当するフカキショウコの方の功績は、まず毎回登場する美しいゲストヒロインの存在でしょう。
 尤も、本作においては彼女たちはかなりの確率で大変に非道い目に遭うのですが、その美麗な絵柄は、陰惨なイメージを和らげるのに一役買っていたと感じます。


 というわけで、基本的に一話完結ということもあり、エピソード的にはそれほど膨らみはないものの、まずは肩の凝らずに楽しめる痛快時代劇と言うべき本作なのですが……

 しかしいただけないのは、本作の特色である、悪人たちを妖怪になぞらえるという趣向が、ほとんど機能していないように思える点であります。
 この辺り、ベースとなるのが、必ずしも妖怪談集ではない「耳袋」なだけに苦しいところもあったのだろうと思いますが、しかし結局は普通の仕事人ものになってしまっていたのは、何とも残念ではあります。


 ちなみに本作の作者コンビには、『戦国武将列伝』にシリーズ連載されていた『戦女 バテレンお彩』という作品もあるのですが、こちらは未だに単行本化されていない作品。こちらもいつかまとめて読めるようになることをと願う次第です。


『鬼与力あやかし控』(フカキショウコ&白川晶 朝日新聞出版朝日コミックス) Amazon
鬼与力あやかし控 (朝日コミックス)

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2017.04.14

崗田屋愉一『大江戸国芳よしづくし』 豪傑絵師が描いた英雄

 今なお人気を誇る浮世絵師・歌川国芳。その国芳の若き日の姿を、国芳の壮年期を舞台とした『ひらひら 国芳一門浮世譚』の崗田屋愉一(岡田屋鉄蔵)が描いた連作漫画であります。なかなか芽が出ずに苦しむ国芳が、裕福な商人・遠州屋佐吉ら、刎頸の友との交わりの中で見たものとは……

 時に豪快で奇抜な、時に滑稽で可愛さすら感じさせる画風で、この数年、幾度も展覧会が開かれている国芳。武者絵や妖怪、猫など、題材も実に好みのものばかりで、私も大好きな浮世絵師であります。
 冒頭に述べた作者の『ひらひら』は、人気絵師となった国芳と弟子たちの姿を描いた作品ですが、本作は国芳の駆け出し時代を描いた作品。『ひらひら』が完成度の高い作品だっただけに、本作も期待してしまったのですが、果たして期待を上回る作品なのでした。

 豊国一門という名門の絵師でありながら、豪快な画風と奔放な性格から一門のはぐれ者となり、兄弟子の国貞に水を開けられっぱなしの若き国芳。そんな彼が、全くの偶然から裕福な商人・佐吉と出会ったことをきっかけに、運命が動き始めることになります。
 国芳の絵に惚れ込み、何かと援助するようになった佐吉。佐吉の伝手で今をときめく七世市川團十郎と対面した国芳は、ある使いを頼まれることになるのですが……

 大きく分けて二つのエピソードから成る本作の前半は、この團十郎の秘めたる過去にまつわる物語であります。
 幼くして團十郎の名を継ぎ、色悪として名を挙げ、後に「歌舞伎十八番」を撰した團十郎。思わぬ悲劇がきっかけで、この役者の中の役者ともいうべき彼の過去に触れてしまった国芳は、一芸を貫く者の矜持と悲しみに触れることになるのです。

 物語的には比較的ストレートな内容ではあるのですが、作者ならではの端正で、それでいて勢いと色気のある絵柄で描かれる團十郎は実に格好良く、それだけでも満足できそうなこのエピソード。
 しかしそれ以上に、あくまでも「團十郎」であることを貫く彼の「素顔」を描いてみせた国芳の画が、これもストレートながら泣かせるのであります。


 と言いつつ、個人的に大いに興奮し、そして泣かされたのは、後半部であります。
 佐吉よりも前から国芳とつるんでいた親友の一人・次郎吉の姿を描くこのエピソード、次郎吉という名から察せられるとおり、彼こそがあの……なのですが、ここからこれまた思わぬ形で国芳の絵の世界に繋がっていくのです。
(ここから先、内容に踏み込むことをお許し下さい)

 かつて二世を契った遊女・吉野を病で亡くした次郎吉。彼女の父に借金を背負わせ、苦界に身を沈めたきっかけを作った悪徳役人が、今度はその妹・梅を狙っていると知った次郎吉は、自ら借金を肩代わりしてすっぱり返してみせるのですが……その後から、江戸の夜を騒がせるあの義賊。
 ふとしたことから次郎吉がその正体ではないかと考えた梅に相談され、国芳と佐吉、そして国芳と次郎吉といつもつるんでいた悪友の金さん(!)は、次郎吉を救うために奔走するのですが――

 フィクションの世界では大の人気者だけに、様々な形で描かれてきた「次郎吉」。その彼が「金さん」とともに登場するのも、実はそれほど珍しいことではないのですが……そこに国芳が絡むのは、これが始めてではないでしょうか。

 しかしそんな伝奇ファン垂涎の取り合わせは、あくまでも本作を形作る枠。本作の魅力は、そんな彼らを繋ぐ厚い熱い友情と反骨心、そして希望の姿なのですから。
 その象徴としてラストに登場するのが、反骨の英雄たちの物語、国芳の名を一気に高めた物語の英雄を描いたあの作品なのですから……国芳ファン、そしてあの物語のファンとして、感涙にむせぶほかないではありませんか!

 冷静に考えれば、芸道もので、主人公の代表作の成立秘話が描かれるというのは定番中の定番なのですが、しかしそんなことも頭からすっ飛ぶほどの、見事な物語を見せていただきました、と心から感謝であります(史実の彼は……などと野暮なことは言わない)。


 というわけで期待以上の感動を与えてくれた本作なのですが、一つだけ残念なのは、本作がこの一冊で完結という扱いなことであります。
 まだまだ国芳の絵師人生は始まったばかり、この先の彼の姿ももっともっと見てみたい……読み終えたいま、そんな想いに駆られているのです。


『大江戸国芳よしづくし』(崗田屋愉一 日本文芸社ニチブンコミックス) Amazon
大江戸国芳よしづくし (ニチブンコミックス)


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2017.04.10

吉川永青『裏関ヶ原』 それぞれの「関ヶ原」を戦った男たち

 関ヶ原の戦を題材とした短編集である本書は、「裏」のタイトルにふさわしく、関ヶ原に参戦しなかった者たちを描いたユニークな一冊。しかし実際に関ヶ原という場所に赴かずとも、彼らはそれぞれの「関ヶ原」を戦っていた……という視点で貫かれた、中身の濃い作品揃いであります。

 戦国時代の実質的な終わりを告げる最後の大戦というべき関ヶ原の戦。これまで無数の作品の題材とされてきたこの戦は、当然ながら、基本的には徳川家康と石田三成を中心に、「関ヶ原」という合戦場に集った者たちの戦いを描かれてきました。

 もちろん、作者も参加しているアンソロジー『決戦! 関ヶ原』のように、あれだけの大戦であれば参加する武将も多士済々、そこに集った者だけでいわばオールスターキャストであるわけですが、しかしそこに集わなかった者にもまた、それぞれのドラマがあります。
 本作はそんな6人の武将を主人公にした短編集。収録作と主人公は以下のとおりであります。

 かつて秀吉が理想としていた国を真に作り出すため、黒田如水が九州統一を目指す『幻の都』
 石田三成の隠れた苦悩を知り、彼に恩を受けた佐竹義宣が、三成と家康の間で義理を貫く『義理義理右京』
 昼行灯を装って生き延びてきた細川幽斎が大勝負に打って出る『細き川とて流れ途絶えず』
 これがラストチャンスと、己の命を懸けて成り上がりを賭ける化け札・真田昌幸の最後の勝負『背いてこその誠なれ』
 秀吉によって愛娘を惨殺された最上義光が、豊臣打倒のために謀将としての全力を発揮する『謀将の義』
 英雄の孫という立場に苦しみながらも三成に支えられてきた織田秀信が、己の義に殉じて岐阜城を守る『鷹の目』

 関ヶ原に参陣せずも「らしい」戦いを繰り広げた武将としては、九州切り取り放題を狙った如水と、上田城で徳川本隊を釘付けにして見せた昌幸が有名であり、二人は本書でも活躍しています。
 しかしそれだけではない、ある意味マイナーな人物にまで光を当て、多面的な視点で描いてみせたのが本書の魅力であります。
(ちなみに昌幸のエピソードは、同じ作者の長編『化け札』の完結編に位置づけられているのも面白いところ)


 そんな中で個人的に特に印象に残ったのは、『謀将の義』と『鷹の目』であります。

 前者の主人公・最上義光は、伊達政宗のライバルとして謀略を駆使した男、「狐」にも例えられてあまりイメージがよくない武将ですが、本作は彼を豊臣への怒りに燃える復讐鬼として描くのが実に面白い。
 秀吉により死を命じられた秀次の巻き添えを食い、無惨に処刑された上、畜生塚に葬られた愛娘の駒姫の復讐のため、己の培ってきた謀の技を以て家康を支え、動かす義光……という本作の視点には驚かされるとともに、義光はこれほど格好良い人物であったか! と驚かされた次第です。
(ちなみにしっかり本作でも鮭を食べる……だけでなく鮭も謀に活用するのが楽しい)

 そして後者は、かつて三法師として清洲会議に担ぎ出された信長の孫・信忠の子である織田秀信が主人公の物語ですが……正直に申し上げて、全く印象に残っていなかったこの人物の秘めたる想いと、三成の交誼を哀切に描く筆調に圧倒されました。
 その特異すぎる生まれと育ち故に、常に周囲の顔色を窺ってきた秀信。そんな彼のことを理解し慮ってきた三成と、さらにそんな身の上だからこそ三成の苦闘を理解することができた秀信と――

 三成への義から、祖父と父の城であった岐阜城に依り、死闘を繰り広げた彼が辿った孤独な末路は胸を突くものがありますが、それ以上に、彼が関ヶ原で破れ、そして静かに消えていくことの意味が語られることが、本書そのものの結末となっているのには、ただ唸らされるほかありません。
(本作のみ書き下ろしというのも納得)


 これまでなかなか紹介する機会のなかった作者の作品ですが、本書で示された視点と構成の妙、何よりも物語としての豊かさに、もっともっと取り上げていかねば……と思わされた一冊であります。


『裏関ヶ原』(吉川永青 講談社) Amazon
裏関ヶ原


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2017.04.06

久保田香里『青き竜の伝説』 絶対的な存在などない世界で

 2001年に創設されて以来、「小学校高学年から読め、冒険心に満ち溢れた長編小説」を輩出してきた岩崎書店のジュニア冒険小説大賞。その第3回大賞を受賞した本作は、一人の少年を通じて、古代を舞台に、人と人、人と精霊の関わりを描くファンタジーであります。

 遙かな昔、山と谷に囲まれた遠見の村で暮らす少年・あかるは、西国からやって来た倭国の皇子・一鷹の一行と出会います。
 一行を村に迎え入れたあかるですが、倭の将軍であり一鷹の祖父・大彦は、兵を率いて村を占拠。あかるは、幼なじみの新米巫女・更羽とともに、一つの伝説を頼りに辛くも村から逃がれることになります。

 その伝説とは、偉大な力を持つ湖の巫女と、湖の精霊である青き竜・みずちの物語。強大な力で悪しきものを押し流すというみずちの力を求め、巫女がいるという那見の国を目指す二人ですが、しかしようやく辿り着いたその国は姿を変えていて――


 東征を続ける倭の軍勢と、精霊を崇める土着の人々という題材を見れば、その両者の対立を描く物語だと想像できる本作。その想像は全くの外れではありませんが、しかし本作は決してそれのみに終わる物語ではありません。

 倭を撃退するためにあかると更羽が頼った那見の国。しかし二人の見たその国は(倭が単純な悪ではないのと同様)決して聖なる国というわけではなく、むしろある側面においては倭と全く変わらないものであることが描かれることとなります。

 そしてまた、あかるが出会った初めての倭国人である一鷹もまた、単純な侵略者としては決して描かれません。
 東征軍に皇子として戴かれながらも、その実、お飾りでしかない自分の立場に屈託を抱えた一人の少年であった一鷹。そして彼は、その想いを抱えつつ、あかると少年同士共鳴する姿が描かれるのです。

 そして本作に登場するその他の国も、その他の登場人物も、また同様に様々な側面を持つ存在として描かれることとなります。
 完全に善の国もなければ、完全に悪の国もない。完全な善人もいなければ、完全な悪人もいない。現実世界を見回せばごく当たり前の真実ではありますが、本作はその真実を、様々な角度から浮き彫りにしてみせるのです。

 そんな物語の中で、偉大な精霊であるみずちは、ある意味最もニュートラルな存在と言えるかもしれません。しかしクライマックスで描かれるそのみずちの存在もまた、決して万能の神などではないことが浮き彫りとなるのです。
(その点からすれば、作中でみずちが無人格的存在として描かれるのは正しい、と感じます)


 みずちを含め、絶対的な存在などない世界。それはこの物語に単純な価値判断の基準などなく、そして単純に敵を倒せば、味方を救えばめでたしめでたしとなるわけではない、ということを意味します。
 戦って勝てば良しというのであればどれだけ楽であったか……あかるは、そんな困難に直面しつつも、自らにできることを模索していくこととなります。

 そしてその模索の先に、彼がたどり着いたもの――それは決して百点満点のものではなく、一抹の苦みを伴うものあるといえるでしょう。
 しかしその結末以上に、そこに至るまでの過程にこそ、大きな意味と価値がある……本作のラストで描かれる人々の姿は、それを何よりも雄弁に物語るものなのです。
(そしてそこに、少年の成長と、人間の発展を重ね合わせて見ることは容易いでしょう)


 遙かな古代を舞台とした冒険ファンタジーを展開しつつ、その中に陰影に富んだ世界の、人々の姿を……そしてその中から生まれる希望の姿を描いてみせる。
 大賞もむべなるかな、と言うべき佳品です。


『青き竜の伝説』(久保田香里 岩崎書店) Amazon
青き竜の伝説

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2017.04.02

入門者向け時代伝奇小説百選 怪奇・妖怪(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回はある意味この百選のキモである怪奇・妖怪ものの紹介(その一)であります。

26.『おそろし 三島屋変調百物語事始』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)

26.『おそろし 三島屋変調百物語事始』(宮部みゆき)【江戸】 Amazon
 数多くのジャンルで活躍する作者が得意とする時代怪談の名品、数年前に波瑠主演でNHKドラマ化された作品です。
 ある事件が原因で心を閉ざし、叔父夫婦の営む三島屋に預けられた少女・おちか。彼女はふとしたことから、様々な人々が持ち込む不思議な話の聞き役を務めることに――

 というユニークな設定で描かれる全5話構成の本作は、題名のとおり真剣に恐ろしい物語揃いの怪談集。しかしそんな恐ろしい物語に聞き手として、時には当事者として向き合うことにより、おちかの心が少しずつ癒され、前に向かって歩き出す姿には、作者の作品に通底する人間という存在の強さが感じられます。
 副題通りの百話目指し、今なお書き継がれているシリーズであります。

(その他おすすめ)
『あんじゅう 三島屋変調百物語事続』(宮部みゆき) Amazon
『あやし』(宮部みゆき) Amazon


27.『しゃばけ』(畠中恵)【江戸】【ミステリ】 Amazon
 大店・長崎屋の若だんな・一太郎は生まれついての虚弱体質で、過保護な兄やの佐助と仁吉に口うるさく構われる毎日。しかし若だんなは妖を見る力の持ち主、実は大妖の佐助と仁吉とともに、次々と奇怪な事件に巻き込まれて――という妖怪時代小説の代名詞と言うべきシリーズの第1弾です。

 人間と妖のユーモラスで賑やかな騒動を描くいわゆる妖怪時代小説のスタイルを作ったとも言える本作は、しかし同時に、ミステリ性も濃厚な物語。
 続発する奇怪な殺人事件に巻き込まれた若だんなが解き明かすのは、この世界観だからこそ成立する奇怪なロジック。そしてその先には、苦い人間社会の現実が――

 連作スタイルで今なお続くシリーズを貫く魅力は、この第1弾の時点から健在なのです。

(その他おすすめ)
『ゆめつげ』(畠中恵) Amazon
『つくもがみ貸します』(畠中恵) Amazon


28.『巷説百物語』(京極夏彦)【江戸】【ミステリ】 Amazon
 妖怪といえばこの人、な作者の代表作の一つであり、幾度も映像化・漫画化されてきた本作。しかし作者の作品らしく一筋縄ではいかない妖怪時代小説であります。

 戯作者志望の青年・百介が旅先で出会った謎めいた男・御行の又市。一癖も二癖もある面々と組む彼の稼業は、表沙汰にできない面倒事の解決や悪党への復讐を請け負うことでありました。
 妖怪の仕業にしか見えない不可解な事件を引き起こし、その陰に隠れて仕掛けを行う本作は、作者が愛してやまない必殺シリーズmeets妖怪的味わいの連作集です。

 百鬼夜行シリーズ(京極堂もの)とは表裏一体とも言える本作は、その後も後日譚・前日譚と数多く書き継がれ、更なる続編が待たれるシリーズです。

(その他おすすめ)
『続巷説百物語』(京極夏彦) Amazon


29.『一鬼夜行』(小松エメル)【幕末・明治】 Amazon
 妖怪時代小説の旗手の一人である作者のデビュー作にして代表作、明治の東京を舞台にした賑やかでほろ苦い妖怪活劇です。

 ある晩、空から古道具屋を営む青年・喜蔵の前に落ちてきた自称大妖怪の少年・小春。百鬼夜行からこぼれ落ちたという小春が居候を決め込んで以来、様々な妖怪沙汰に巻き込まれる喜蔵ですが――

 小生意気な小春と、妖怪も恐れる閻魔顔の喜蔵の凸凹コンビが活躍する本作、人間と妖怪のバディものは定番ですが、ここまで二人のやり取りが楽しい作品は他にはありません。
 その一方で、それぞれ孤独を抱えた人と妖が寄り添い、絆を深める人情ものとしても魅力的な本作。今なおシリーズが書き継がれているのも納得です。

(その他おすすめ)
『夢追い月 蘭学塾幻幽堂青春記』(小松エメル) Amazon


30.『のっぺら あやかし同心捕物控』(霜島ケイ)【江戸】 Amazon
 『封殺鬼』シリーズなど伝奇アクションで90年代から活躍してきた作者の初時代小説は、とんでもなくユニークな妖怪ものであります。
 主人公の千太郎は江戸町奉行所の敏腕同心。腕が立ち、正義感に溢れて情に厚い、江戸っ子の人気者なのですが……何と彼はのっぺらぼう。あやかしを退治する同心ではなく、あやかしが同心なのです。

 しかし本作はパラレルワールドものではありません。江戸にのっぺらぼうがいたらどうなるか……本作は丹念に描写を積み重ねることでその難題(?)をクリアするのです。
 そしてもちろん、千太郎が挑む事件も奇っ怪極まりないものばかり。人間が、妖が引き起こす怪事件に挑む千太郎の姿は、「男は顔じゃない」と思わせてくれるのであります。


今回紹介した本
おそろし 三島屋変調百物語事始 (角川文庫)しゃばけ (新潮文庫)巷説百物語 (角川文庫)(P[こ]3-1)一鬼夜行 (ポプラ文庫ピュアフル)のっぺら あやかし同心捕物控え (モノノケ文庫)


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2017.04.01

たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』第5-7巻 彼らの「一所」を巡る戦い

 気がつけばだいぶ間を置いてしまいましたが、『アンゴルモア』単行本第5巻から第7巻の紹介であります。元軍の猛攻に追い立てられる対馬の人々は、長きに渡りこの地に潜んできた「刀伊祓」と合流。この3巻では、彼らと蒙古の将・ウリヤンエデイの軍との死闘が描かれることになります。

 流刑となった対馬で、蒙古軍の襲来に巻き込まれることとなった義経流の遣い手の元御家人・朽井迅三郎。成り行きから流人仲間とともに対馬の宗家の姫君・輝日姫を支えて戦う迅三郎ですが、衆寡敵せず、犠牲を最小限にして撤退を続けるのがやっとの状況であります。
 そんな中、迅三郎が輝日に伴われて対面したのは、彼女の曾祖父でもある、生きていた安徳帝で――

 と、伝奇ファン的に大いに盛り上がる展開で始まった第5巻ですが、ここで帝が刀伊祓に勅を下し、宗家の残党と刀伊祓が手を組む、という展開がまたたまりません。
 はるか以前に九州を襲った刀伊の再来に備えるため、密かにこの地に潜んで生きてきた刀伊祓。その彼らが、いま海の向こうから襲来した元軍に挑むというのですから――

 そして第5巻の後半で刀伊祓のリーダー・長嶺判官の出迎えを受けた迅三郎たちは、彼らの山城である金田城に依るのですが……しかしそこに来襲するは、一見温厚な外見の中に得体の知れぬものを感じさせる蒙古の王族にして千戸将軍・ウリヤンエデイ。

 金田城に依る兵は百数十名、対する蒙古軍は一千強……古くからの地の利を持つ者が勝つか、はたまた十倍近い兵力を持つ者が勝つか? ここから描かれる一進一退の攻防には、まさしく本作の醍醐味に溢れているのですが――
 しかしここから第6巻、そして第7巻にかけて、その合戦の面白さと平行して描かれるのは、本作のもう一つの魅力……鎌倉時代という時代、そして戦という極限状況の中で浮き彫りとなる人間の姿であります。


 迅三郎と同じ元武士の流人であり、馬上打物を得意とする武人・白石和久。一癖も二癖もある流人たちの中で、数少ない常識人に見えた彼ですが、しかし彼は蒙古軍と内通し、金田城に敵を導き入れることになります。

 自国が侵略される中、敵国に通じ、自分は生き延びようとする……最も唾棄すべき裏切りを見せる白石。
 しかし本作で描かれるのは、その彼が何故裏切りを選んだのか、選ばなければならなかったのかの過程であり、そしてそもそも彼が何故流人となったのかという過去であります。そしてそれは言い換えれば、彼が何故戦うかの理由にほかなりません。

 正直なところ、本作の蒙古軍については、ほとんど単純に侵略者としての姿が描かれている(それは全く正しくはあるのですが)のに食い足りない部分はありました。襲ってくるのが、感情移入できない憎むべき敵としてのみ描かれているという点で。
 その点を、この白石の物語は大いに補ってくれたという印象があります。

 しかし、ここで白石の背負ってきたものを見れば、一つの疑問が浮かびます。それでは、迅三郎の戦う理由は何なのだろう……と。

 もちろんそれは、自分が生き延びるためのそれであることは間違いありません。しかし、比較的似たような境遇にあった白石と彼と、大きく道を違えることとなった原因は何だったのか?
 その答えの一端と思われるものが、第7巻において描かれることとなります。

 義経流を会得するため、厳しい修行を続けていた幼い日の迅三郎。その命がけの修行の中で彼が知ったのは、人間のみならず、おそらくはあらゆる生き物に備わる想い――「一所懸命」でありました。
 そしてその言葉は、奇しくも第5巻の冒頭で、安徳帝が口にした言葉でもあります。

 既に家族を、帰るべき場所を失った迅三郎。その彼が、縁もゆかりもない対馬のために戦うとすれば、それはおそらくは今この時いる場所こそが、彼にとっての「一所」ということなのでしょう。
 かつて存在した場所、ここではないどこかではなく――


 以前から登場した元側の義経流の使い手も再び登場し、まだまだ波乱が続きそうなこの物語。蒙古が対馬を去るまであと四日……しかし金田城に迫るのはこれまでとは比べ物にならぬほどの大軍であります。
 迅三郎の、対馬の人々の一所を巡る戦いはまだまだ続くのであります。


『アンゴルモア 元寇合戦記』第5-7巻(たかぎ七彦 カドカワコミックス・エース) 第5巻 Amazon/ 第6巻 Amazon/第7巻 Amazon
アンゴルモア 元寇合戦記(5)<アンゴルモア 元寇合戦記> (角川コミックス・エース)アンゴルモア 元寇合戦記(6)<アンゴルモア 元寇合戦記> (角川コミックス・エース)アンゴルモア 元寇合戦記(7)<アンゴルモア 元寇合戦記> (角川コミックス・エース)

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2017.03.20

『コミック乱ツインズ』 2017年4月号(その二)

 『コミック乱ツインズ』4月号の掲載作品の紹介の後編であります。今回も印象に残った作品を一つずつ取り上げます。

『エイトドッグス 忍法発見伝』(山口譲司&山田風太郎)
 木は森に、の例えの如く、現八が用心棒を務める吉原西田屋に隠れることとなった村雨姫と信乃。しかし敵もさるもの、半蔵配下のくノ一のうち、椿と牡丹が遊女志願を装って西田屋に現れます。
 現八はこれを単身迎え撃つことに――

 といってもここで繰り広げられるのは閨の中での睦み合い。しかしそれが武器を取っての殺し合い以上に凄惨なものとなりえるのは、忍法帖読者であればよくご存知でしょう。
 かくて今回繰り広げられるのは、椿の「忍法天女貝」、現八の「忍法蔭武者」、牡丹の「忍法袈裟御前」と、いずれ劣らぬ忍法合戦。詳細は書くと色々とマズいので省きますが、この辺りの描写は、まさにこの作画者のためにあったかのように感じられます。

 そして壮絶な戦いの果てに倒れる現八。原作を読んだ時は男としてあまりに恐ろしすぎる運命に慄然とさせられたこのくだり、あまり真正面から描くと、ギャグになってしまう恐れもありますが……
 しかし本作においては、前回語られたように村雨姫にいいところを見せるために戦いながらも、決して彼女には見せられない姿で死んでいくという悲しさを漂わせた画となっているのに、何とも唸らされた次第です。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 時代と場所を次々と変えて描かれる本作ですが、今回のエピソードは前回から続き、本能寺の変の最中からスタート。蘭丸を失った悲しみから鬼と化した信長は、変を生き残り(と言ってよいものか?)自我を失うことなく、怨みと怒りを漲らせながら、光秀とその血族に襲いかかることになります。
 それを阻むべく信長の後を追う、鬼斬丸の少年ですが、さしもの彼も鬼と化した信長には苦戦を強いられて――

 これまではどんな人物であっても、一度鬼と化せば理性を失い、人間を襲ってその血肉を喰らうしかない姿が描かれてきた本作。そんな中で、言動はまさしく「鬼」のそれであっても、明確に己の意志で動く信長はさすがというべきでしょうか。
 そして生前の彼を、この世に鬼を呼び込む怪物と見て弑逆に走った光秀もまた、その本質を正しく見抜いていたと言えますが……しかしそんな彼であっても、信長に家族が襲われるという煩悶から鬼となりかけるというのが哀しい。

 人が鬼を生み、鬼が鬼を生む地獄絵図の中、人がどうなっても構わぬと明言しつつも、その行動が結果的に人を救うことになる少年の皮肉も、これまで以上に印象的に映ります。
 そして物語はさらに続くことに――


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 父・輝宗を殺され、怒りに逸るままに力押しを仕掛けて失敗した政宗。今回はそんな彼が己を取り戻すまでが描かれることとなります。

 悲しみのあまりとはいえ、景綱ですら止められぬほどに我を忘れて暴走する政宗。その怒りは、必死に彼を止めようとする愛姫にまで向けられ……と、姫に刀を向ける姿にはさすがに引きますが、しかし何となく「ああ、政宗だからなあ……」と納得してしまうのがちょっと可笑しい。

 もちろんこの辺りの描写にふんだんにギャグが散りばめられていることもあるのですが、変にフォローが入らない方が、かえって人物への好感を失わないものだな、と再確認しました。


 その他もう一つの新連載は『よりそうゴハン』(鈴木あつむ)。長屋に妻と暮らす絵師が料理をする姿を通じて描く人情もののようですが、展開はベタながら、今回の料理である焼き大根、確かにおいしそうでありました。


『コミック乱ツインズ』2017年4月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年4月号 [雑誌]


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