2018.04.21

平谷美樹『江戸城 御掃除之者! 玉を磨く』 役人たちの矜持と意地を見よ!


 今年に入ってからわずか数ヶ月の間に『義経暗殺』『鍬ヶ崎心中』と力作を送り出してきた作者の次なる作品は、江戸城の掃除を担当する御掃除之者たちを描くユーモア時代小説の第3弾。今回もまた、御掃除者たちが思いも寄らぬ厄介事に巻き込まれては奮闘を繰り広げることになります。

 江戸城の掃除を担当する御家人・江戸城御掃除之者を束ねる組頭の一人である山野小左衛門。自分たちの地味な仕事にプライドを持ち、日々掃除に精を出してきた彼と配下たちですが、最近はおかしな事件に巻き込まれてばかりなのが悩みの種であります。
 どの事件も掃除に関わるものではありますが、どう考えても本来業務外の――それでも断るに断れない――仕事を押しつけられ、時に文字通り命懸けで奔走する羽目になったり、時に将軍吉宗と対面したりと、小左衛門たちの毎日はまことに波瀾万丈なのです。。

 そして今回彼らが巻き込まれる最初の案件は、江戸町奉行所――大岡忠相から持ち込まれたもの。生前、勝手方勘定衆として務め、役目を離れた後に大量のゴミを集めた末に亡くなった旗本・小野忠兵衛の屋敷の掃除を依頼されたのです。
 いかに掃除とはいえ、旗本屋敷の掃除は明らかに担当外。とはいえ、今をときめく江戸町奉行から持ち込まれた案件を断るわけにはいかない――と、小左衛門たちは芥屋敷の片付けに駆り出されるのでした。

 しかし奉行所からの依頼が、ただの掃除であるはずがありません。忠兵衛が役を離れた後も勘定衆時代の上役が彼の面倒を見ていたこと、禄に見合わぬ茶道楽に耽っていたことから、小左衛門たちは忠兵衛がある秘密を隠していたのではないかと考えるのですが……

 そんな第一話「小野忠兵衛様御屋敷御掃除の事」は、何ともタイムリーに感じられるエピソード。忠兵衛は上役の秘密をどこに隠したのか? あるいはそんな秘密などなく、忠兵衛は単に曖昧になっただけなのか? 次から次へと変わる状況に、小左衛門らは頭を悩ますことになります。
 そのミステリとしての面白さ、そして複雑な状況に頭を悩ます小左衛門を支える配下たちの暖かさと、見所は様々ですが、しかし何よりも印象に残るのは、全てが明かされた後に小左衛門が忠相にぶつける言葉でしょう。

 自分たち役人だって人間だ、勝手に上の意志を忖度させられた責任まで押しつけられて、そうそう黙ってられるものか!
 ……とまでは言わないまでも、そんな想いが込められた言葉は、我々現代の勤め人にとって、いやこの社会に生きる者にとって、何とも痛快に感じられるのであります。


 そして前後編的性格の、残る二話――「戸山御屋敷御掃除の事」「寛永寺双子堂御掃除合戦の事」も実に楽しいエピソードです。
 前者では小左衛門たちが戸山の尾張藩下屋敷に掃除指南に出向き、後者では江戸城の掃除担当の座を賭けて民間の相似業者と掃除勝負に挑むのですが――しかしその双方の背後に潜むのは尾張徳川家の思惑なのです。

 これまで管轄外の仕事ばかり押しつけられ、何とか解決してきた小左衛門たちを、こともあろうに尾張家は吉宗直属の凄腕隠密集団と誤認。その化けの皮を剥がし、恥をかかせんと尾張の隠密・御土居下組を用いて小左衛門たちを狙ってきたのであります。
 もちろんこれは勘違い以外の何者でもないのですが、勝手に疑心暗鬼に陥った尾張家は、小左衛門たちの一挙手一投足に警戒し、驚かされる羽目に……

 いやはや、ごくごく普通の人間が大物と誤解されて、周囲に振り回されたり振り回したり――というのはコメディのパターンの一つですが、それが本作ではエスカレートした末に、普通の掃除人vs忍者の攻防戦にまで展開してしまうのが実に楽しい。
 しかもそれだけに終わらずに、行政のアウトソーシングという問題を扱ったり(そしてそれに対する吉宗の回答も素晴らしい)、本シリーズの背骨ともいうべき、小左衛門の二人の息子を巡る面倒な状況が絡んできたりと、一ひねりも二ひねりもある展開を、最後まで楽しませていただきました。

 特に後者は、ようやく長男が心を開いて御掃除者見習いとなった一方で、次男の方は相変わらず父の仕事を嫌って反抗期、兄弟同士も微妙な空気に――と何とも身につまされる人も多そうな展開。

 それが今回も動きがあるのですが――いやはや、雨降って地固まるとはなかなかいかないものです。
 果たしてこの先、小左衛門たちを如何なる厄介事が待ち受けているのか。そして二人の子供との関係は――小左衛門には申し訳ありませんが、彼の奮闘ぶりが楽しくて仕方ないシリーズであります。


『江戸城 御掃除之者! 玉を磨く』(平谷美樹 角川文庫) Amazon
江戸城 御掃除之者! 玉を磨く (角川文庫)


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2018.04.19

「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その二)


 今月の「コミック乱ツインズ」誌の紹介のその二であります。

『薄墨主水地獄帖』(小島剛夕)
 「地獄の入り口を探し求める男」薄墨主水が諸国で出会う事件を描く連作シリーズ、今回は第3話「無明逆手斬り」を収録。

 とある港町に夜更けに辿り着いた主水が、早速町の豪商・唐津屋のもとに忍び込んだ盗賊・七助と出会い、見逃してやったと思えば、無頼たちにあわや落花狼藉に遭わされかけていた娘・富由を救うために立ち回りを演じて、と冒頭からスピーディーな展開の今回。
 唐津屋の客人となっている父を訪ねて来たものの追い返され、襲われることとなった富由のため、主水の命で再度忍び込んだ七助がそこで見たものは……

 タイトルの「無明」とは、上で述べた富由を救った際、相手を斬ったものの目潰しを受けて一時的に失明した主水を指したもの。その主水が、襲い来る唐津屋の刺客に対して、敢えて不利を晒し、逆手抜刀術で挑む場面が本作のクライマックスとなっています。
 が、悪役の陰謀が妙に大仕掛けすぎること、何よりも非情の浪人である(ように見える)主水が、口では色々言いつつも盗賊を子分にしたり薄幸の娘のために一肌脱ぐというのは、ちょっと普通の時代劇ヒーローになってしまったかな――という印象があるのが勿体ないところではあります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 これまでしばらく戦国時代を舞台としてきた本作ですが、今回は一気に時代は遡り、鬼切丸の少年が生まれてさほど経っていない平安時代を舞台としたエピソード。題材となるのは、かの絶世の美女の末路を題材とした卒塔婆小町であります。

 かつて絶世の美女として知られた小野小町。数多の貴族から想いを寄せられながらも決して靡くことのなかった小町は、その一人である深草少将に百夜通ってくることができれば心に従うと語るも、彼はその百夜目に彼女のもとに向かう途中、息絶えてしまうことに。
 無念の少将の怨念は小町を老いても死ねぬ体に変え、やがて彼女は仏僧の説法も効かぬ鬼女と化すことに……

 と、「卒塔婆小町」と各地の鬼婆伝説をミックスしたかのような内容の今回。妙にその両者がしっくりとはまり、違和感がないのも面白いのですが、鬼小町の真実が語られるクライマックスの一捻りもいい。
 本作の一つの見どころは、鬼と人間の複雑な有り様に触れた少年が最後に残す言葉とその表情だと感じますが、今回は人の色恋沙汰に踏み込んでしまった彼のやってられるか感が溢れていて、ちょっとイイ話ながら微笑ましい印象もある、不思議な余韻が残ります。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 老年・壮年・青年の三人の浪人が、用心棒稼業を続けながら、それぞれの目的を果たすため諸国を放浪する姿を描く本作。これまで過去2回では「終活」こと雷音大作、「仇討」こと海坂坐望の過去を踏まえたエピソードが描かれましたが、今回はある意味最も気になる男「鬼輪」の主役回となります。
 かつて御公儀探索方鬼輪番の一人でありながら、嫌気がさしてその役目を捨て、気ままな用心棒旅を送っている青年、「鬼輪」こと夏海。スリにあった角兵衛獅子の少女のために、もらったばかりの用心棒代を全て渡してしまうほどのお人好しの彼ですが、しかし鬼輪番たちは「鬼」たることを辞めた彼を見逃すことなく、海上を行く船の上で夏海と大作・坐望に襲いかかることに……

 作者のデビュー作である小池一夫原作の『鬼輪番』を連想させる(というかそのまま)のワードの登場で大いに気になっていた「鬼輪」が、やはり鬼輪番、それもいわゆる抜け忍であったことが明かされた今回。その名前は夏海と、作者単独クレジットの『鬼輪番NEO』の主人公と同じなのもグッとくるところであります(もっともあちらとは出生も舞台となる時代も異なる様子)。
 そのためと言うべきか、お話的にはラストの一捻りも含め、いわゆる抜け忍もののパターンを踏まえた内容ではありますが、暗い過去に似合わぬ夏海の明るいキャラクターと、二人の仲間との絆が印象に残ります。

 そして本作の最大の見どころであるクライマックスの大立ち回りの描写ですが、今回は鬼輪番たちとの海中での死闘を、1ページ2コマを4ページ連続するという手法で描いてみせるのが素晴らしい。海中ゆえ戦いの様子がよく見えないという、一歩間違えれば漫画としては致命的になりかねない手法が、かえって戦いの厳しさと激しい動きを感じさせるのにはただ唸るばかりであります。


 次号はその『用心棒稼業』が巻頭カラー。カラーでどのような画を見せてくれるのか、今から楽しみであります。


「コミック乱ツインズ」2018年5月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年5月号 [雑誌]


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2018.04.18

「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その一)


 今月の「コミック乱ツインズ」誌の巻頭カラーは、ついに「熾火」編が完結の『勘定吟味役異聞』。その他、レギュラー陣に加えて小島剛夕の名作再録シリーズで『薄墨主水地獄帖』が掲載されています。今回も印象に残った作品を一作ずつ紹介いたします。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 上で述べたように、原作第2巻『熾火』をベースとした物語も今回でついに完結。吉原の公許を取り消すべく、神君御免状を求めて吉原に殴り込んだ聡四郎と玄馬は忘八の群れを蹴散らし、ついに最強の敵剣士・山形と聡四郎の一騎打ちに……

 というわけで大いに盛り上がったままラストに突入した今回ですが、冒頭を除けば対話がメインの展開。それゆえバトルの連続の前回に比べれば大人しい展開にも見えますが、遊女の砦を束ねる「君がてて」――当代甚右衛門の気構えが印象に残ります。(そしてもう一つ、甚右衛門の言葉で忘八たちが正気(?)に返っていく描写も面白い)
 しかし結局吉原の扱いは――というところで後半急展開、新井白石の後ろ盾であった家宣が亡くなるという激動の一方で、今回の一件の黒幕たちの暗躍は続き、そして更なる波乱の種が、という見事なヒキで、次号からの新章、原作第3巻『秋霜の撃』に続きます。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 日本に鉄道を根付かせるために奔走してきた男たちを描いてきた本作も、まことに残念なことに今号で完結。道半ばで鉄道院を去ることとなった島安次郎の跡を継ぐ者はやはり……

 鉄道院技監(現代のものから類推すればナンバー2)の立場に就きながらも、悲願である鉄道広軌化は政争に巻き込まれて遅々と進まない状況の安次郎。ついに鉄道院を飛び出すこととなった安次郎の背中を見てきた息子・秀雄は、ある決断を下すことになります。
 そして安次郎が抜けた後も現場で活躍してきた雨宮も、安次郎のもう一つの悲願の実現を期に――というわけで、常に物語の中心に在った二人のエンジニールの退場を以て、物語は幕を下ろすことになります。

 役人にして技術者であった安次郎と、機関手にして職人であった雨宮と――鉄道という絆で深く結ばれつつも、必ずしも同じ道を行くとは限らなかった二人の姿は、最終回においても変わることはありません。それは悲しくもありつつも、時代が前に進む原動力として、必要なことだったのでしょう。
 彼らの意思を三人目のエンジニールが受け継ぐという結末は、ある意味予想できるところではありますが、しかしその後の歴史を考えれば、やはり感慨深いものがあります。本誌においては異色作ではありますが、内容豊かな作品であったと感じます。


『カムヤライド』(久正人)
 快調に展開する古代変身ヒーローアクションも早くも第4回。今回の物語は菟狭(宇佐)から瀬戸内へ、海上を舞台に描かれることになります。天孫降臨の地・高千穂で国津神覚醒の謎の一端を見たモンコとヤマトタケル。その時の戦いでモンコから神弓・弟彦公を与えられたヤマトタケルは絶好調、冒頭から菟狭の国津神を弟彦公で一蹴して……

 というわけでタケルのドヤ顔がたっぷりと拝める今回。開幕緊縛要員だったくせに! というのはさておき、そうそううまくいくことはないわけで――というわけで「国津神」の意外な正体も面白い展開であります。
 ただ、まだ第4回の時点で言うのもいかがと思いますが、バトル中心の物語展開は、毎回あっと言う間に読み終わってしまうのが少々食い足りないところではあります。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 ついに動き出した伯父・最上義光によって形成された伊達包囲網。色々な意味で厄介な相手を迎えて、政宗は――という今回。最初の戦いはあっさりと終わり、まずはジャブの応酬と言ったところですが、正直なところ(関東・中部の争いに比べれば)馴染みが薄い東北での争いを、ギャグをきっちり交えて描写してみせるのはいつもながら感心します。
 そんな大きな話の一方で、義光の妹であり、政宗の母である義姫が病んでいく様を重ねていくのも、らしいところでしょう。

 そして作者のファンとしては、一コマだけ(それもイメージとして)この時代の天下人たるあの人物が登場するのも、今後の展開を予感させて大いに楽しみなところです。
(しかし包囲網といえばやっぱり信長包囲網が連想されるなあ――と思いきや、思い切り作中で言及されるのも可笑しい)


 長くなりましたので次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2018年5月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年5月号 [雑誌]


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2018.04.03

山口貴由『衛府の七忍』第5巻 武蔵、二人の「父」との対峙の果てに

 昨年末の『このマンガがすごい! 2018』にランクイン(僭越ながら私も一票投じさせていただきました)し、これまで以上に勢いに乗る『衛府の七忍』。その第5巻で描かれるのは、鬼を斬る者・宮本武蔵編の後半と、そして六人目の怨身忍者・霧鬼編の開幕であります。

 大坂城から落ち延びながらも、落ち武者狩りの無惨に遭い、怨身忍者と化した明石全登の娘・レジイナ。フンガー・ざます・ガンスな感じの三人の供とともに人外と化した彼女に、幾人もの武者を血祭りに上げられた薩摩は、一人の武芸者に望みを託します。
 それこそが宮本武蔵――神童・佐々木小次郎を倒したばかりの彼は、荒っぽすぎる薩摩のぼっけ者たちの試しを難なく乗り越え、相応しい者に絶大な力を与える拡充具足をまとい、チェスト精神で鬼たちに挑むことに……

 というテンションの高すぎる前巻を受けて描かれるのは、武蔵と三人の従者、レジイナ、そして復活した魔人・明石全登との三番勝負。
 武蔵に勝るとも劣らぬ人外の存在との対決は、第4巻とはまた別の意味でのテンションの高さを貫いてみせた名勝負揃いであります。
(特に武蔵が拡充具足を赤sy――いや、石火憑着するシーンはケレン味溢れる名場面!)

 ……が、ここで武蔵の前に立ち塞がる真の敵がもう一人います。その敵の名は、宮本無二――十手術の使い手であり、武蔵の父であります。
 幼い頃から武蔵を辻に立たせ、命を的に銭を稼ぐ毎日を送らせてきた無二。その武蔵の少年時代の描写は決して多くはありませんが、彼が虐待というも生ぬるい扱いをくぐり抜けてきたことは想像に難くありません。

 いま最強の敵・明石全登――十字架を戴き、己の娘の死をも寿いでみせるこの父を前にした時、武蔵が同時に相手にするのは、「十字」を手に、己の息子の「死」を望む「父」の姿。
 この戦いは、既に最強の剣士となったはずの彼が、己の原点を乗り越え、なおも先に進むためのものであった――そう言えるのかもしれません。

 そして個人的に興味深かったのは、明石全登が武蔵を武芸人と呼び、武将からは一段低い存在と見られている点であります。
 無二が剣を既に無用のものと見ていた事も合わせれば、あるいは武蔵もまた、この先の時代に身の置き所のないまつろわざる者であったのかもしれませんが――しかしこの物語の結末において、彼はそれとは正反対の道を歩むことになります。

 「鬼」を斬る者の元祖とも言うべき大吉備津彦命――すなわち桃太郎。伝説の二人の剣豪を率いる彼が、武蔵を「鬼哭隊」に迎えることを暗示して――すなわち魔剣豪の誕生を描いて、この章は終わることになります。


 そして再び主人公は怨身忍者、真正の六番目であろう霧鬼の登場となるのですが――しかしこの章のタイトルは、再びこちらの度肝を抜いてくることになります。その名は――「人間城ブロッケン」!

 いやはや、ここで登場するであろう霧鬼は、本作の怨身忍者たちのモチーフである『エクゾスカル零』に登場するヒーローの一人・武葬憲兵霧。その霧は巨大武者・舞六剣を連れていたことを思えばその登場はむしろ必然、何ら不思議ではありませんが――時代ものの方でむしろカタカナになるネーミングセンスに脱帽であります。

 ……閑話休題、この人間城ブロッケンこそは、かつて武田信玄が三方ヶ原で後の天下人・家康を敗走させしめた武田の奥の手――信玄をその頭部に収める巨大ロボット。
 「人は城、人は石垣、人は堀」は言うまでもなく信玄の名言ですが、この世界においてその言葉の意味はこれであったか! とあまりのセンスオブワンダーぶりに震えるほかありません。

 しかし信玄の死とともにブロッケンは失われ、ただその起動に必要となる軍配のみが、諏訪家に残されるのみ。そしてその諏訪家の現当主・諏訪頼水が、ある娘を見初めたことから物語が動き出すことになります。そしてその娘の素性とは……
 いやはや、これまで数々のまつろわぬ民――徳川政権下で抑圧されることとなる社会集団の人々を描いてきた本作ですが、今度はこの人々か! と驚くほかありません。

 しかし物語の方はまだ始まったばかり、頼水とこの娘――てやが引き起こした波乱に巻き込まれるであろう少年・ツムグがこの先如何なる運命を辿ることになるのか?
 そしていまだ姿を見せぬ霧鬼、そしてブロッケンが如何なる形で登場することになるのか。一山越えてもう一山、先が見えぬ本作ですが、もちろんそれは望むところであります。


『衛府の七忍』第5巻(山口貴由 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon
衛府の七忍 5 (チャンピオンREDコミックス)


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2018.04.01

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇3 絶体絶命、分断された梁山泊!

 web連載の方では最終章「方臘篇」も佳境でどんどんファンの心を折ってくる『絵巻水滸伝』第二部ですが、単行本刊行がスタートしたその序章「招安篇」も、早くもクライマックス。官軍の総攻撃を前に、約束の地・梁山泊から分断されてしまった百八人の豪傑たちの運命は……

 東京を騒がせたことをきっかけに行われることとなった梁山泊への招安。しかしそれは奸臣たちの罠――招安を梁山泊が蹴ったことを契機に、官軍の総力を結集した攻撃が始まることになります。
 しかし攻めてくるのが童貫や高キュウであれば恐るに足らず――と言いたいところですが、そこに現れたのは大宋国各地から集結した十節度使!

 かつては梁山泊同様の賊徒であったものが、招安を受けて官軍に下った節度使たち。いわば梁山泊にとっては同類であり先輩とも言うべき、文字通り一騎当千の猛将は、宋国四天王の一人・聞探花こと聞煥章の計の下に、梁山泊に襲いかかることになります。
 その攻撃の前に後手後手に回ってしまった梁山泊。しかしその反撃がついに始まることに……


 というわけで、この巻の冒頭で描かれるのは梁山泊勢による済州攻め。官軍を束ねる童貫が駐留する済州を落とし、童貫を討てばこの戦いは終わる――そう読んで主力を投入した梁山泊は、得意の奇計で瞬く間に済州を奪ったかに見えたのですが、しかしここからが本当の戦い、本当の地獄が始まることになります。

 既に童貫は済州を脱出してその姿はなく、逆に済州に押し込められることとなった宋江以下の梁山泊軍。そして主力不在の梁山泊は、思わぬ官軍の策によって、水軍の戦力を一気に失うことになります。
 分断された梁山泊軍に襲いかかる節度使軍。さらに、方臘に備えていたはずの宋国水軍の主力・金陵水軍を率いて高キュウまでもが襲いかかり、梁山泊は絶体絶命の窮地に陥ることになります。

 それでももちろん、梁山泊の豪傑たちがそうそう簡単に屈するはずがありません。
 節度使たちの重囲から脱出し、梁山泊に帰還せんとする林冲や呼延灼、関勝。ほとんど船が失われた状況においてゲリラ戦を仕掛ける李俊、張横、阮三兄弟。そして梁山泊を守るべく動き出す盧俊義と呉用。

 いずれも持てる力を尽くす豪傑たちですが、しかし圧倒的な物量と配下の犠牲を厭わぬ官軍の攻撃を前に、彼らの反抗も虚しく……


 前巻の紹介でも述べましたが、原典ではほとんどボーナスステージのようなノリで梁山泊軍が大暴れした節度使や童貫・高キュウとの戦い。
 しかし本作においては敵もさるもの――どころではなく、梁山泊軍は危機また危機の連続。このまま梁山泊が負けてしまうのではないか、という勢いの戦いが、この第3巻丸々一冊を費やして描かれることになります。

 ここで描かれるものは、細部は異なれど原典から大まかな展開は変えてこなかった本作のこれまでの流れからは、大きく外れたようにも思えます。
 これは今にして思えば、「水滸伝」という物語をより説得力ある物語として描くための構成として、大きな意味があることがわかるのですが――しかしそれはもう少し先の話。今はただ、本当にファンにとっては胃が痛い展開が続きます。

 しかしその一方で、戦場で軍として正面からの戦いで力を発揮する姿よりも、圧倒的な敵に知恵と度胸で挑む姿の方が、より梁山泊の豪傑らしい――そんな想いも確かにあります。
 特にこの巻の後半、絶望的な状況から奇策で反撃を挑む水軍勢の姿は、これぞ梁山泊と言うべき、実に「らしい」ものであると言うべきでしょう。

 しかしその反撃も封じられてしまうのが、本作の恐ろしいところなのですが……


 果たして宋江と呉用の最後の策が功を奏するのか、果たして豪傑たちの勝利の歌は響くのか――まだまだ目が離せない展開が続きます。

『絵巻水滸伝 第二部』招安篇3(正子公也&森下翠 アトリエ正子房) Amazon
絵巻水滸伝 第二部 招安篇3


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 「絵巻水滸伝」第1巻 日本水滸伝一方の極、刊行開始
 「絵巻水滸伝」第2巻 正しきオレ水滸伝ここにあり
 「絵巻水滸伝」第3巻 彷徨える求道者・武松が往く
 「絵巻水滸伝」第四巻 宋江、群星を呼ぶ
 「絵巻水滸伝」第五巻 三覇大いに江州を騒がす
 「絵巻水滸伝」第六巻 海棠の華、翔る
 「絵巻水滸伝」第七巻 軍神独り行く
 「絵巻水滸伝」第八巻 巨星遂に墜つ
 「絵巻水滸伝」第九巻 武神、出陣す
 「絵巻水滸伝」第十巻 百八星、ここに集う!

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2018.03.30

DOUBLE-S『イサック』第3巻 語られた過去と現在の死闘

 17世紀ヨーロッパの三十年戦争の渦中に現れた日本人「銃士」イサックの戦いを描く本作も、第3巻に入りいよいよ佳境。これまで謎に包まれていた彼の過去――何故彼が故国を離れ、はるばるヨーロッパにやってきたかが語られることとなります。そして更なる窮地に陥った彼と仲間たちの運命は……

 1620年、プロテスタントとカトリックが激突する最前線である神聖ローマ帝国はフックスブルク城に現れた日本人青年・イサック。その長大な火縄銃でスペイン軍を率いるスピノラ将軍を狙撃した彼は、城の窮地を救ってみせるのでした。
 さらにスペイン王太子アルフォンソ率いる一万五千の大軍を撃退するなど、イサックはフックスブルク城を守ってきたプリンツ・ハインリッヒとともに獅子奮迅の活躍を繰り広げることになります。

 今度はハインリッヒとともにローゼンハイム市防衛に向かったイサックですが――そこで彼を待ち受けていたのは、スピノラの名を継いだ将軍の弟の側についた、もう一人の日本人銃士・ロレンツォ。
 イサックと同じ銃を持ち、勝るとも劣らぬ銃の腕を持つロレンツォによって狙撃されたイサックは、人事不省に陥ることに……


 というわけで、いよいよイサック個人の物語が語られることとなったこの第3巻。
 ここで語られるイサックの本名は猪左久、そしてロレンツォの本名は錬蔵――二人は、かつては共に堺の鉄砲鍛冶筆頭の下で一二を争う兄弟だったのであります。

 師が大御所家康の命によって作った二丁の兄弟銃の一丁を奪い、師を殺して海を渡った錬蔵。その錬蔵から銃を取り返して家康に献上し、人質として捕らえられた師の娘・しほりを救い出すために、残された銃を手に、猪左久もまた海を渡ったというのです。

 ハインリッヒに対し、自分の行動原理を「恩」と「仇討ち」であると語ったイサックですが――なるほど、この過去をみれば、まさしくその二つのためにイサックはここまでやってきたことがわかります。
 これまで痛快な活躍を見せつつも、あくまでもこのヨーロッパでは余所者の助っ人であったイサック。ここで旅の目的であるロレンツォが敵に回ったことで、イサックがいまこの場所で戦う理由ができたことは、物語の構造からしても大きな意味を持つと感じます。

 もっとも、もうしほりさんの方は手遅れではないのかなあ――と素朴に感じてしまうのですが、それはさておき。


 さて、こうして語られたイサックの過去ですが、現在の危機が去ったわけではありません。

 新スピノラ率いるスペイン軍は市を重囲し、そこから脱出しようも攻撃しようにも、顔を出した瞬間にロレンツォによって狙撃される――攻撃も防御も退却もならず、じりじりと追い詰められていく状況。
 これを打開すべく、片腕が効かない状態でハインリッヒとともに打って出たイサックは、銃だけでなく、刀においても見事な腕前を見せるのですが……

 危機また危機の展開から、一瞬の好機を掴んで脱し、そして奇策でもって逆転を狙う――この辺りの波乱万丈の展開は、こうした合戦ものならではの面白さであることは間違いありません。
 イサックやロレンツォの銃撃の描写だけでなく、兵士たちが入り乱れる白兵戦をも巧みに描く作者の画の力もあって、冷静に考えればあまり物語は進んでいないにもかかわらず、物語は盛り上がりっぱなしであります。


 もっとも、ここでイサックの過去が描かれると、彼の超人的活躍に少々リアリティが感じられなくなってくるのは痛し痒しという印象もあります。

 特に終盤に登場する○○○は、日本の合戦で使われたケースはあまりないように記憶しておりますが、それをここまで的確に使うのは、イサックの言うような理由では無理ではないかとも感じられます。
 この辺りにあまりあれこれ言うのは野暮なのかもしれませんが……


 何はともあれ、ローゼンハイム市攻防戦もいよいよ大詰め。ここに来て再び現れたアルフォンソ王太子の存在は、イサックたちにとって吉と出るか凶と出るか――そしてイサックとロレンツォの戦いに決着はつくのか。
 意外な(?)助っ人の登場とともに、次巻に続きます。


『イサック』第3巻(DOUBLE-S&真刈信二 講談社アフタヌーンKC) Amazon
イサック(3) (アフタヌーンコミックス)


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2018.03.28

原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第11巻 小さな戦の大きな大きな意味

 巻数は二桁に突入したものの、まだまだ信長の向かう先は遠く長い本作。父・信秀を失った彼の新たなる戦いの始まりがここで描かれることになります。その戦いの相手とは、そしてその行方は……

 父・信秀(の影武者)を亡くし織田家の当主となった信長。しかし母と弟をはじめとして、織田家中は今川という大敵を前にしてもバラバラの状況であります。
 そんな貴様らが父を殺した! と父の葬儀で親族列席者一同に豪快に末香を叩きつけた信長は、早くも動き出した裏切り者を相手に戦いを挑むことになります。

 その相手とは、山口教吉――鳴海城主・山口教継の子であり、父ともども早々に今川に寝返って尾張を切り取らんと企む男であります。

 今川家の戦いの最初の一歩として山口家討伐を決意した信長は、その教吉が籠もる桜中村城に向かうものの、彼の手勢は小姓と馬回り合わせて八百、かたや山口勢は千五百。
 およそ二倍の戦力差があっても信長軍は意気軒昂、命知らずの若者たちとともに奇策で臨む信長の戦いの行方は……


 というわけで、この巻で描かれるのは赤塚の戦い――と言われても何? という印象の相当にマイナーな戦ですが、これは信長が信秀亡き後、織田家の当主となって初の戦いといわれる一戦であります。
 信長と、その出陣を見て打って出た教吉が城近くの赤塚で激突したこの戦、史実に残るところではかなりグダグダの戦いだったらしく、結果としては引き分けに終わったと記録されていますが――しかし本作はあまりにも地味なこの戦を、実に「らしい」形で盛り上げて描きます。

 何しろ、本作の信長には、ある意味彼以上にイキのいい若い連中がつき従っています。
 物語の始まりから信長についてきた者、途中の冒険から加わった者と実に様々ですが、いつの間にかその顔ぶれも多士済々。正直誰が誰かという感じにもなってきましたが――それはともかく、見開きで描かれた信長と仲間たちの勢ぞろいのビジュアルは、実にテンションが上がるものがあります。

 そしてそんな中でもとびきり目立っているのが、前巻のラストに登場した少年・孫太。
 信秀の影武者の子だった父亡き後自分たちも殺されると焦っていたところに現れた信長が、殺すどころか父を丁寧に弔い、百姓の自分を家来に加えてくれたことで、彼のテンションは常にMAXであります。

 とんでもない脚力を持つ彼は、ことあるごとに信長の傍らで跳ね回るのですが、そんな彼をライバル視する槍使いの犬千代の意気も軒昂で――と、この犬千代は言うまでもなく後の前田利家、だとすれば百姓出身の孫太は、と考えさせられるのも楽しいところであります。

 何はともあれ、そんな健康優良不良少年の群れを率いる信長が、さらにいかにも彼らしい悪戯めいた策(そのビジュアルがまた妙に可笑しい)をもって暴れ回るのですから、ただで済むはずもありません。
 結果としては史実どおりの引き分けですが、ここに描かれたものは、信長らしさ横溢の横綱相撲と言うべきでしょう。

 ……というかこの戦、ひげ船長のようなあからさまにおかしなキャラはほとんどいないにもかかわらず、登場人物のテンションが異常に高く、その状態が最後まで続くのが、これまた「らしい」ところという印象です。


 確かに、形としては小競り合いに近い戦いであります。この規模の戦にほぼ一巻かけて、この先どうするのだろう――という印象も正直なところあります。

 しかし逆に言えばそれで一冊保たせてしまうのが作者の技というもの。そして何よりも、作中で信長が仲間たちに告げるように、これこそが信長たちと今川とのいくさの始まりであります。
 そうだとすれば、史実の上では小さなこの戦も、大きな大きな意味を持つと見るべきなのでしょう。

 そしてその信長たちの次なるターゲットは、清洲城の実権を握る坂井大膳。作中では、顔面に物ぶつけられてばかりという印象の男ですが、この巻のラストで登場した姿は微妙に大物感があります。

 さて、うつけ者として巧妙に他者の目を眩ましつつ、信長はいかに清洲城を取るのか――本当のいくさを始めたいくさの子の活躍を楽しみにしたいと思います。


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2018.03.24

舞台『江戸は燃えているか』 メチャクチャ楽しいでは終わらない勝と西郷の替玉騒動

 西郷隆盛率いる官軍が迫る江戸。西郷は幕府側の代表である勝海舟と極秘裏に会談を望むが、気が小さい勝は会談は無理だと逃げ出してしまう。このままでは江戸が戦火に包まれてしまうと悩む勝家の人々は、勝に似ているという庭師の平次を身代わりに立て、西郷と会談させてしまおうとするのだが……

 新橋演舞場でこの3月に上演されている三谷幸喜の舞台『江戸は燃えているか』を観劇しました。江戸無血開城――勝海舟と西郷隆盛の会談によって江戸を舞台にした新政府軍と旧幕軍の全面戦争が回避された、この幕末史に残る出来事の裏側で起きていた(かもしれない)騒動を描いたコメディであります。

 三谷作品で勝海舟というと、やはり思い出すのは『新選組!』で野田秀樹が演じた勝海舟――べらんめえ口調でどこか人を食ったような人物、新選組に対しては決して好意的とは言えなかったものの、大局を見据えた一個の人物と描かれていた勝を思い出します。
 が、本作の勝は、べらんめえ口調こそ共通なものの、およそ逆――喧嘩っ早いが気が小さく、自意識過剰で調子に乗りやすい女好きという人物。なるほど、史実の勝を見ているとそういう側面も確かにあるように思えるのが面白いところですが、何はともあれ、面倒な男であります。

 その面倒な勝を演じるのが中村獅童ですが――これが実にはまり役。上に述べたような、江戸っ子の困った面を集めたような、大きな子供のようなキャラクターを、ほとんど最初っから最後までハイテンションで演じていて、これがもう実に楽しく、芸達者ぶりをには最後まで感心させられました。。
 その勝が逃げ出した後、金につられて勝の替玉を務める平次は松岡昌宏。『必殺仕事人』をはじめとして(そういえば獅童とは『必殺仕事人2013』で競演していました)時代劇にはそれなりに出ていることもあり、安定の存在感であります。

 その他、そもそもこの替玉を言い出した勝の娘・ゆめを松岡茉優、勝の妹婿・村上俊五郎を田中圭、西郷隆盛(ともう一人)を藤本隆宏、さらに勝家の女中頭・かねを高田聖子というキャスティングで、この手のキャラでは水を得た魚のような高田聖子をはじめ、皆熱演ぶりを堪能させていただきました。


 さて、お話の方は、急に事前交渉にやってくるという西郷から逃げ出した勝に代わり、平次が身代わりとなって西郷を応対――するんだけれども当然うまくいくはずがない。俊五郎やゆめ、かねが必死になってフォローするのを、事情を知らない勝家の他の人物が引っ掻き回していく――というのが一幕の展開。
 そして二幕では、何とか西郷との交渉を終わらせてほっと一息――と思いきや、やっぱり西郷と会うと言い出した勝に対し、ゆめたちが今度は西郷の替玉をこしらえて対面させるということになって……

 と、いやもうありとあらゆる手で笑わせにくる内容に、劇場は大盛り上がり、「新橋演舞場史上、もっとも笑えるコメディ」というスローガンも納得の内容でした。

 パンフレットによれば、懐かしのバラエティ番組『コメディーお江戸でござる』の舞台パートを意識したとのことで、言われてみればいかにもありそうな内容ではあります。 とはいえ江戸無血開城という大事件、様々なフィクションの題材にもなっているそれを扱った本作は、確たる史実を背景にしているだけに、ある種その反動からのおかしみというものが強烈に感じられました。
(劇中、勝と西郷の実にしょうもない(?)、しかし史実である、ある共通点がネタにされていたのも楽しい)


 しかし終盤に至り、本作は史実に向かって一気に収斂していくことになります。
 正直に申し上げて、この辺りの展開はいささか身も蓋もなさというか、これまでの騒動は何だったのかしら――という印象を受けたのですが、しかしその後に待ち受けるラストの意外な展開によって、この辺りは全て計算の上だったのかな、と考えを改めました。

 歴史は、その前面に立つ英雄たちのものなのか、はたまたその陰に隠れた無数の名もない庶民たちのものなのか?
 その問いかけに対して、後者の姿を中心に描きつつも、最後にガラリとひっくり返して、ある意味「正しい歴史」に変えてみせる本作。その結末は、それ自体「正しい歴史」に対する皮肉の意味を持つのではないか……と。

 もちろんこれは深読みのしすぎかもしれませんし(そもそも女性キャラのステロタイプな描き方をみるに、本作はそもそも庶民に好意的でない気もします)、ラストの展開もあまりうまく機能していない気もしますが――メチャクチャに楽しい、では終わらないのもまた、本作の味わいと言うべきでしょうか。

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2018.03.22

『隠密剣士』(漫画版) 夢の取り合わせの漫画版、しかし……

 昭和30年代後半に絶大な人気を博し、忍者ものブームの一端を担うことになったTV時代劇『隠密剣士』の漫画版。『矢車剣之助』をはじめとする時代漫画の名手・堀江卓による、ある意味夢の取り合わせの一作です。

 昭和32年から2年半という長期に渡り放映され、その後も主演や主役を変えて製作された『隠密剣士』。隠密剣士・秋草新太郎こと将軍家斉の異母兄・松平信千代が、得意の柳生新陰流を武器に、公儀隠密として、悪事を企む忍者集団と戦う物語であります。
 本作は昭和33年に「週刊少年マガジン」に連載された作品――TV版の第三部「忍法伊賀十忍」をベースとした内容となっています。

 京に赴く老中・松平定信を暗殺せんとする尾張藩に雇われ、定信の命を狙う百々地源九郎率いる百々地十忍。
 これに対して定信を守るのは隠密剣士・秋草新太郎と、霧の遁兵衛率いる伊賀同心たち。かくて東海道を舞台に、百々地十忍との攻防戦が繰り広げられることに……

 というわけで、定信暗殺を狙う忍者集団との対決というシンプルな筋書きながら、道中もの――すなわち舞台が次々と変わっていくという特徴を生かして、様々なアクションが繰り広げられていく本作。
 宿場町、山の中、海辺といったフィールドで展開されるのは、剣士対忍者、忍者対忍者、剣士対剣士の派手なバトルであります。

 忍者といっても、怪人的ではなく、ある意味常識の範囲内(?)の存在ではありますが、それだけに本作で描かれるのは地に足の着いた攻防戦、知恵比べなのが面白い。
 そしてその面白さを支えるのが、堀江卓の筆力に依るところが大きいことは言うまでもありません。

 柔らかいタッチのコミカルな絵柄から、劇画調の絵まで様々に描いてきた作者ですが、本作は後者に近い絵柄。デフォルメを交えつつもシャープなタッチで描かれた新太郎や忍者たちの縦横無尽かつスピーディな戦いは、今読んでも遜色を感じないものであります。
 特に終盤登場する最後の強敵・日暮兄弟との対決は、身の丈ほどの長剣を地面に突き刺して待ちかまえるという敵の異形の剣法もインパクト十分で、大いに盛り上がります。


 ……が、お話の方は、今見るとかなり厳しい、というのが正直なところ。そもそも源九郎以外の十人衆が全くアカン(最初十一人だったのが、冒頭にいきなり粛正されて十人になったり)というのもありますが、その他のキャラがかなり困った存在なのです。

 本作の一応のヒロインは、新太郎に化けた源九郎(戦いの合間に、手で新太郎の顔に触っただけで型取りするという技は面白い)に父を殺され、新太郎を犯人と思いこんだ少女・おつる。
 先を急ぐ本物の新太郎を殺人犯と役人に告げ、面倒なことになるという展開は定番ですが――しかし再登場した時には、新型火薬でそこら中をバンバン爆破!

 何事かと思えば、父は花火師の玉屋だった、という設定ですが、知らぬ事とはいえ源九郎と組んで定信の船を大爆破するのはいかがなものか……

 しかしそれ以上に破壊的なのは、忍者たちの戦いに巻き込まれる――というより加わる二人の子供であります。主人公のいわばサイドキックとして子供が登場するのはこれも定番ですが、本作でも五郎という子供が新太郎の押し掛け弟子となります。
 しかし問題はその五郎の親友の小六。偶然、十人衆が伊賀同心を狙う暗殺帳を拾った彼はいきなり忍者になると言い出し、次に登場した時には百々地の仲間に――一体何があった!?

 その唐突さと百々地党の人材不足にまず驚かされますが、とんでもないのはラストで彼が果たす役割で――さすがに詳細は伏せますが、お前は忍者を何と思っているのだ!? 源九郎もそれでいいの? という展開で、目が点になること請け合いであります。


 なお、併録の忍者漫画『忍者サブ』は、『隠密剣士』とほぼ同時期に「中二時代」に連載された作品。
 服部半蔵の息子の青年忍者サブを主人公に、将軍の娘・月姫を狙う天草の残党・片貝忍者と対決する前半、甲武信が岳の測量隊を次々と殺害する謎の怪物「黒い風の使い」に挑む後半から構成されています。

 内容的にはかなりシンプルではありますが、特に後半は同じ秘密を追う甲賀忍者が登場したり、敵方には敵方の事情があることを知ったサブとその甲賀者が下すある決断の内容など、なかなか読ませる本作。
 正直なところ、作品単体としての出来ではこちらの方が上では――という印象もあったりするのです。


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隠密剣士

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2018.03.20

「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2018年4月号の紹介の後編であります。

『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 ドイツ留学からようやく帰ってきた島安次郎。しかし日本の鉄道は前途多難、今日も雨宮運転手の力を借りつつ奔走する島ですが、しかしここで彼には全く予想もつかぬ事態が起きることになります。
 それは第一次世界大戦――島にとっては恩人とも言うべきドイツと日本が開戦、中国で日本軍に敗れたドイツ人捕虜の護送を鉄道で行うことになった島は、その中に留学時代の友を見つけることになります。そして吹雪の中を走る鉄道にトラブルが発生した時、島の選択は……

 鉄道にかける島の熱意、そしてその途上に起きる鉄道でのトラブルを解決する雨宮の活躍を中心に描かれてきた本作。今回もそのフォーマットを踏まえたものですが――しかし戦争という切り口を本作で、このような切り口で描くか、となかなか意外な展開に驚かされます。
 ある種の民族性を強調するのはあまり好みではありませんし、理想的に過ぎると言えばそうかもしれませんが、しかしクライマックスで描かれる島の想いもまた真実でしょう。苦い現実の中の希望という、ある意味本作らしい結末であります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 宇和島の牛鬼編の後編である今回、中心となるのは犬神使いのなつが遺した双子の八重と甚壱――特に八重。幼い頃から人の死期などを視る力を持った八重は、なつの使役していた三匹の犬神を受け継ぎ、憑かれたように宇和島城に向かうことになるのですが……
 その宇和島城で繰り広げられるのは、牛鬼による虐殺の宴。ついにその正体を表した牛鬼に、八重と甚壱、そして鬼切丸の少年が挑むことになります。

 と、今回はほとんど脇役の少年ですが、犬神に襲いかかられて、なつの犬神を斬るわけにはいかないと焦りの表情を浮かべたり、双子の姿から、短い生を生きる人から人へ受け継がれるものに想いを馳せたりと、なかなか人間臭い顔を見せているのが印象に残ります。

 ただ残念だったのは、「子を守って命を落とした母/母から受け継がれた命を繋いでいく子供」と、「子供を失って鬼と化した者」という面白い対比があまり物語中で機能していなかった点であります。
 共に仇討ちのために力を振るうという共通点を持つ両者を分かつものがなんであったのか――それは上に述べたとおりだと思うのですが、牛鬼が弱すぎたせいもあってそれがぼやけてしまったのはもったいなく感じました。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 今回もほとんど完全に芦名家メインの本作。佐竹家の次男から芦名家の新当主となった義広の姿が描かれるのですが――いかにもお家乗っ取りのように見えて、実は彼には彼なりの事情と想いが、と持っていくのがいい。
(……というより、それを引き出すのが小杉山御台とのわちゃわちゃというのが実に微笑ましい。)

 この辺りの呼吸は、作者の漫画ではお馴染みのものではありますが、やはりさすがは――と感じさせられます。


『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 「闇の大川橋」の中編、御用聞き・豊治郎が殺された現場に居合わせたために、刺客たちの襲撃を受けて窮地に陥った梅安(どれだけゴツくでも、複数の相手に真正面から襲われると危ない、というのは当たり前ですが面白い)。
 彦さんの家に転がり込んだ梅安は、嬉しそうに二人で一つの布団にくるまって(当然のようにそれは提案する梅安)――というのはさておき、自分が襲われたこと自体よりも、豊治郎を助けただけで襲われた、すなわち人助けもできない世の中になったことになったことに憤る姿が、強く印象に残ります。

 予想通りのビジュアルだったおくらもお目見えして、次回いよいよ決着であります。

 ……にしても、これは全くの偶然なのですが、今回の悪役の名前、連呼されるとドキドキするなあ。


 次号は『用心棒稼業』(やまさき拓味)、『小平太の刃』(山口正人)が登場とのこと。連載陣が充実しすぎてフルメンバーが揃わないという、贅沢過ぎる悩みも感じられます。


『コミック乱ツインズ』2018年4月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年4月号 [雑誌]


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