2017.11.17

『コミック乱ツインズ』2017年12月号(その二)

 2017年最後の『コミック乱ツインズ』の紹介の後編であります。今回は特別企画だけでなく、連載陣も相当に充実している印象があります。。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 前回、心を持たないかのような四人の刺客相手に辛うじて勝利を収めたものの、また危ない橋を渡ったと紅さんにむくれられた聡四郎。色々な意味で道場で剣を振るいたくなった彼は、弟弟子の大宮玄馬と立ち会うことになります。

 というわけで、ついに本格的に登場した玄馬との迫力ある立ち会いが見所の今回。聡四郎ほどではないにせよ確かな実力を持ちつつも、見事な体の関係で流派の跡を継げない玄馬を自らの下士として雇ったことで、剣の上では孤立無援だった聡四郎にも頼もしいサイドキックの誕生であります。
 一方、仕事の方ではうるさい白石にせっつかれて吉原御免状の在処を探りに行くことになった聡四郎の前に、何だかビジュアル的にレイヤーが違う刺客が現れて……と、いよいよ物語も佳境に入ってきました。

 しかし玄馬、紅さんの荒くれぶりに目尻を下げている聡四郎に呆れていましたが、君も後々相当な……(これは原作の話)


『鬼切丸伝』(楠桂)
 関ヶ原の戦での大谷吉継を主人公とするエピソードの後編であります。

 病魔に冒され、身は生きながらにして鬼と化しつつも、ただ盟友・三成への友情を頼りに人間に留まっていた吉継。その姿を前に、鬼切丸の少年も、その刃を振るうことを一端は止めることになります。
 しかし三成とともに臨んだ関ヶ原の戦で、小早川秀秋の思わぬ裏切りを受けた吉継は、無念のあまりついに鬼に変化し、無数の人を殺しながらも秀秋に迫るのですが……

 幼い頃から秀吉に振り回され、信長鬼にも匙を投げられる気弱な秀秋の姿も妙に印象に残る今回ですが、やはり面白いのは、鬼と人の間で揺れる吉継の姿と、その彼に対する鬼切丸の少年の態度であります。
 上で述べたように体は鬼となりかけた吉継を一度は見逃し、そして真に鬼と化した彼を容赦なく断罪し――そしてその果てに一つの「救済」を与える少年。随分と上から目線にも見えますが、それは神仏が人間に向けるそれと等しいものなのかもしれません。

 しかしその視線が向けられるのは、人を殺し人を喰らう鬼だけでなく、人を殺し天下を取る武士に対しても同様であります。
 本作の冒頭から通底する、鬼と人間、鬼と武士の間の(極めて近しい)関係性が、ここで改めて示されるのであります。


『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)
 半年の長きに渡り繰り広げられた日光社参編もついに今回で完結。将軍家慶が江戸を離れた隙に挙兵した大御所家斉との戦いも、ついに決着がつくことになります。

 江戸を掌握し、二千の兵で家慶が籠もる甲府城に攻め寄せた家斉派。この前代未聞の事態に、鬼役・蔵人介らも必死の籠城戦を繰り広げることになります。しかし一気に決着をつけるべく、家斉と結んだ静原冠者の女刺客・斧らが家慶を狙って……
 というわけで思わぬ「合戦」に加えて、アクロバティックな体術を操る刺客との剣戟も展開される今回なのですが、前回ほどではないにせよ、今回もこの一番良い剣戟シーンで作画が乱れるのが何とも……

 ラストにはきっちりいつもの鬼役の裏の勤めも描かれて日常(?)に回帰したところも含め、エピソードの完結編に相応しい盛りだくさんの内容だっただけに、終盤の画的な息切れが残念ではありました。


 次号はやまさき拓味と原秀則の新連載がスタート。再録企画も今後も続くとのことで、楽しみであります。


『コミック乱ツインズ』2017年12月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年 12 月号 [雑誌]


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2017.11.16

『コミック乱ツインズ』2017年12月号(その一)

 表記の上ではもう今年最後の号となったコミック乱ツインズ誌。表紙を飾るのは『仕掛人藤枝梅安』、そして特別企画として小島剛夕の『孤剣の狼 鎌鬼』が収録されています。

『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 単行本刊行に合わせてか、3号連続巻頭カラーの2回目となった今回は、「梅安初時雨」の中編。牛堀道場の跡目争いに巻き込まれ、江戸を売る羽目となった小杉さんと梅安の旅は続きます。

 小杉さんが後継者に指名されたのを不服に思い、闇討ちしてきた相手を斬ったものの、それが旗本のバカ息子であったことから、梅安とともに江戸を離れることになった小杉さん。しかし偶然から二人の居所が知れ、実に六人の刺客が二人に迫ることになります。偶然それを知って追いかけてきた彦さんも加えて、迎え撃とうとする梅安ですが……
 というわけで今回のクライマックスは三対六の死闘。それぞれの得意の技を繰り出しながらの疾走しながらの戦いは、さすがの迫力です。

 しかし今回印象に残ったのは、藤枝で過ごした少年時代を思い出す梅安の姿。かつて自分をこきつかった宿の者たちも、今の自分のことをわからないと複雑な表情を見せる梅安ですが――いや、確かに顔よりも首が太い今の体格になっては、と妙に納得であります


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 我が国独自の鉄道網構築のために奮闘する男たちを描いてきた本作、今回の中心となるのは、これまで幾度か描かれてきた明治の鉄道の最大の問題点であった狭軌から広軌への切り替えであります。

 レールの幅の切り替えに伴い、新たな、日本独自の機関車開発を目指す島。そのために彼は大ベテランの技術者・森に機関車設計を依頼するのですが――補佐につけられた雨宮は、既存の機関車の延長線上のものを開発しようとする森に厳しい言葉を向けます。
 その言葉に応え、奮起した森はついに斬新な機関車を設計するのですが……

 これまでも鉄道を巡る理想と現実、上層と現場のせめぎ合いを描いてきた本作。それがついに表面化してしまった印象の今回のエピソードですが――明らかに現場の人間でありつつも、誰よりも島の理想を理解してきた雨宮の想いはどこに向かうのか。なかなか盛り上がってきました。


『孤剣の狼 鎌鬼』(小島剛夕)
 冒頭に述べたとおり、名作復活特別企画として掲載された本作は、実に約50年前に発表された連作シリーズの一編であります。

 伊吹剣流の達人である放浪の素浪人・ムサシが今回戦うことになるのは、ある城下町で満月になるたびに現れては人々をむごたらしく殺していく謎の怪人。
 奇怪な面をつけ、鋭い鎌を用いて武士や町人、男や女を問わず殺していく怪人の前に、ムサシもあわやというところまで追い詰められるのですが……

 鴉の群れとともに夜の闇に紛れて現れる怪人の不気味さ、義侠心ではなく自分の剣の宣伝のために怪人に挑むムサシなど、独特の乾いたハードさが印象に残る本作。
 しかし何よりも目に焼き付くのは、そのアクション描写の見事さでしょう。都合二度描かれるムサシと怪人の対決シーンは、スピーディーかつダイナミックな(それでいて非常にわかりやすい)動きを見せ、特にラストのアクロバティックな殺陣の画には惚れ惚れとさせられます。

 次回も同じ小島剛夕作品、それも未単行本化作品ということで期待しております。
(しかし何故今この作品の、それも怪人の正体が結構な危険球のこの回を――という印象は否めないのですが)


 充実の今号、長くなってしまったので次回に続きます。


『コミック乱ツインズ』2017年12月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年 12 月号 [雑誌]


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2017.11.14

小松エメル『一鬼夜行 鬼姫と流れる星々』 天狗たちの戦いの先の謎と恋情

 絶好調の『一鬼夜行』シリーズ、待望の第9弾の登場であります。妖怪の力を失い妖怪相談処を開いた猫又鬼・小春と、彼を居候させている小道具屋の若主人・喜蔵の凸凹コンビが今回巻き込まれるのは天下一の天狗を決める大バトル。しかしそこにはなんと、喜蔵の妹である深雪が絡んでいたのであります。

 宿敵・猫又の長者との死闘の末、妖怪としての力の大半をなくした小春。喜蔵の営む荻の屋に居候することになった小春は、勝手に妖怪相談処を開業し、おかげで喜蔵は妖怪が持ち込むおかしな事件に次々と巻き込まれることになって……
 という設定で、前作から始まった第二部。相変わらず力を失ったまま、それでも生意気さと大食らいは相変わらずの小春は、今回も元気に喜蔵を振り回しては、その度に彼の閻魔顔に睨まれてビビる毎日であります。

 そんなある日、妖怪相談処に現れたのは、若い天狗の疾風。近々開かれる天下一の天狗を決める大会で優勝を目指す疾風は、かつて大妖怪として知られた小春に弟子入りしたいというのです。
 持ち上げられて有頂天になった小春は弟子入りを許可、早速役に立つのか立たないのかわからない特訓を開始するのですが……

 その一方で、荻の屋に居着いた付喪神たちの意味深な会話に気付いた二人。探ってみれば、最近しばしば家を空けている喜蔵の妹・深雪が、常人とは思えぬ力を発揮して街中で人助けを繰り返しているではありませんか。
 思い起こせば以前の事件で、小春の宿敵である裏山の天狗・花信と、何やら「契約」を交わした深雪。その内容が気が気ではない喜蔵ですが、深雪は何も話そうとしません。

 そして訪れる天狗の大会の日、疾風の身内として大会に招かれた喜蔵と小春が見たのは、真の力を発揮する疾風と――それ以上の恐るべき力で次々とライバルを倒していく、意外すぎる人物。
 さらに天狗面を被った「異端の者」までもが乱入し、事態はいよいよ複雑怪奇なものとなっていきます。

 果たしてこの大会の裏に何があるのか。そして意外な人物の力の正体と思惑は。全ての鍵を握るのは、疾風や異端の者が狙う花信と思われたのですが……


 と、今回も快調に展開していく本作。謎めいた過去の情景に始まり、喜蔵と小春のテンポが良すぎて楽しすぎるいがみ合い(本当に何度吹き出したことか)が展開したと思えば、やがて物語は大いに曇らされる真実を語り、そしてその先に切なくも感動的な結末が――というスタイルは、今回も健在です。

 内容的には、いくつかの物語が連作的に描かれた前作に比べると、物語の大半が天下一天狗会(?)で展開する本作はかなりシンプルな印象も受ける(登場するレギュラー陣も喜蔵・小春・深雪・綾子と最小限)のですが、そこで展開する内容は、濃厚、の一言。
 舞台が舞台だけに次々と描かれる派手なバトルもさることながら、それと密接に絡み合いながら語られる、過去から続く骨肉の争いと因縁には、ただ圧倒されるばかりなのであります。

 そして何よりも驚かされるのは、その先で明かされるある真実なのですが――妖怪ものだからこそ成立する、一種の叙述トリックとすらいえるそれは、本作をして「ミステリ」と呼ぶのに躊躇わせるものではありません。


 しかし――本作の真の魅力は、泣かせどころは、これらを全て飲み込んで展開した物語の、そのまた先にあります。

 本作のタイトルロール(鬼姫)であり、作中で幾つもの謎めいた言動を見せる深雪。
 これまでの物語ではその性格もあって一歩引いた立ち位置のことが多かった彼女は、本作においてその真情を明かすことになります。

 果たして本作の、さらに言えばこれまでの彼女の行動の陰に如何なる想いがあったのか――それが明かされた時の衝撃たるや、ただ天を仰いで嘆息することしかできません。
 そしてその直前の描写を読み返せば、もう胸が潰れるような想いに襲われるのです。

 妖怪ものであり、ミステリでもあった本作。しかしその真実の姿は、紛れもない「恋愛小説」であった――そう申し上げるほかありません。


 果たして本作で語られた真実が、この先物語に如何なる影響を与えるのか――それはもちろん現時点ではわかりませんが(早く続編を!)、これまでよりももっともっと、本シリーズがこの先どこに向かうのか、どのような結末を迎えるのか、気になって仕方がなくなったことだけは間違いないのです。


『一鬼夜行 鬼姫と流れる星々』(小松エメル ポプラ文庫ピュアフル) Amazon
一鬼夜行 鬼姫と流れる星々 (ポプラ文庫ピュアフル)


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2017.11.07

入門者向け時代伝奇小説百選 児童文学

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は児童文学。大人の読者の目に止まることは少ないかもしれませんが、実は児童文学は時代伝奇小説の宝庫とも言える世界なのであります。
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

91.『天狗童子』(佐藤さとる) 【怪奇・妖怪】【鎌倉-室町】 Amazon
 「コロボックル」シリーズの生みの親が、室町時代後期の混乱の時代を背景に、天狗の世界を描く物語であります。

 ある晩、カラス天狗の九郎丸に笛を教えて欲しいと大天狗から頼まれた笛の名手の老人・与平。神通力の源である「カラス蓑」を外して人間の子供姿となった九郎丸と共に暮らすうちに情が移った与平は、カラス蓑を焼こうとするのですが失敗してしまいます。
 かくて大天狗のもとに連行された与平。そこで知らされた九郎丸の秘密とは……

 天狗の世界をユーモラスに描きつつ、その天狗と人間の温かい交流を描く本作。その一方で、終盤で語られる史実との意外なリンクにも驚かされます。
 後に結末部分を追加した完全版も執筆された名作です。


92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋) 【古代-平安】【鎌倉-室町】【戦国】【江戸】 Amazon
 特に動物を主人公とした作品を得意とする名手が、神通力を持った白狐を狂言回しに描く武士の世界の年代記であります。

 平安時代末期、人間に興味を持って仙人に弟子入りした末、人間に変身する力を得た狐の白狐魔丸。人の世を見るために旅立った彼は、源平の合戦を目撃することになります。
 以来、蒙古襲来、南北朝動乱、信長の天下布武、島原の乱、赤穂浪士討ち入りと、白狐魔丸は時代を超え、武士たちの戦いの姿を目撃することに……

 神通力はあるものの、あくまでも獣の純粋な精神を持つ白狐魔丸。そんな彼にとって、食べるためでなく、相手を殺そう戦う人間の姿は不可解に映ります。そんな外側の視点から人間の歴史を相対化してみせる、壮大なシリーズです。

(その他おすすめ)
『くのいち小桜忍法帖』シリーズ(斉藤洋) Amazon


93.『鬼の橋』(伊藤遊) 【怪奇・妖怪】【古代-平安】 Amazon
 妹が井戸に落ちて死んだのを自分のせいと悔やみ続ける少年・小野篁。その井戸から冥府に繋がる橋に迷い込んだ彼は、死してなお都を守る坂上田村麻呂に救われます。
 現世に戻ってからのある日、片方の角が折れた鬼・非天丸や、父が造った橋に執着する少女・阿子那と出会った篁は、やがて二人とともに鬼を巡る事件に巻き込まれていくことに……

 六道珍皇寺の井戸から冥府に降り、閻魔に仕えたという伝説を持つ篁。その少年時代を描く本作は、彼をはじめそれぞれ孤独感を抱えた者たちが出会い寄り添う姿を通じて、孤独を乗り越える希望の姿を、「橋を渡る」ことを象徴に描き出します。
 比較的寡作ではあるものの、心に残る作品を発表してきた作者ならではの名品です。

(その他おすすめ)
『えんの松原』(伊藤遊) Amazon


94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子) 【SF】【戦国】 Amazon
 児童向けの歴史ものを数多く発表してきた作者の代表作、遙かな時を超える時代ファンタジー大活劇であります。

 戦国時代、忍者の城・八剣城が謎の魔物たちに滅ぼされて十年――捨て丸と名前を変えて生き延びた八剣城の姫・花百姫は、かつて八剣城に仕えた最強の八忍剣らを集め、再び各地を襲う魔物たちに戦いを挑むことになります。
 戦いの最中、幾度となく時空を超える花百姫と仲間たち。自らの命を削りつつも戦い続ける花百姫が知った戦いの真実とは……

 かつて児童文学の主流であった時代活劇を現代に見事に甦らせただけでなく、主人公を少女とすることで、さらに情感豊かな物語を展開してみせた本作。時代や世代を超えて生まれる絆の姿も感動的な大作です。

(その他おすすめ)
『うばかわ姫』(越水利江子) Amazon
『神州天馬侠』(吉川英治) Amazon


95.『送り人の娘』(廣嶋玲子) 【怪奇・妖怪】【古代-平安】 Amazon
 死んだ者の魂を黄泉に送る「送り人」の後継者として育てられた少女・伊予。ある日、死んだ狼を甦らせた伊予は、若き征服者として恐れられながらも、病的なまでに死を恐れる猛日王にその力を狙われることになります。
 甦った狼、実は妖魔の女王・闇真に守られて逃避行を続ける伊予。やがて彼女は、かつて猛日王に滅ぼされた自分たちの一族に課せられた宿命を知ることに……

 児童文学の枠の中で、人間の邪悪さや世界の歪み、そしてそれと対比する形で人間が持つ愛や希望の姿を描いてきた作者。
 本作も日本神話を踏まえた古代ファンタジーの形を取りつつ、生と死を巡る人の愛と欲望、そしてその先の救済の姿を丹念に描き出した、作者ならではの作品です。


(その他おすすめ)
『妖怪の子預かります』シリーズ(廣嶋玲子) Amazon
『鬼ヶ辻にあやかしあり』シリーズ(廣嶋玲子) Amazon



今回紹介した本
天狗童子 (講談社文庫)源平の風 (白狐魔記 1)鬼の橋 (福音館文庫 物語)忍剣花百姫伝(一)めざめよ鬼神の剣 (ポプラ文庫ピュアフル)送り人の娘 (角川文庫)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「天狗童子 本朝奇談」 異界からの乱世への眼差し
 「白狐魔記 源平の風」 狐の瞳にうつるもの
 「鬼の橋」 孤独と悩みの橋の向こうに
 「忍剣花百姫伝 1 めざめよ鬼神の剣」 全力疾走の戦国ファンタジー開幕!
 「送り人の娘」 人と神々の愛憎と生死

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2017.11.06

『伊賀の影丸』 「若葉城の巻」(その二) 乾いたハードさに貫かれた死闘の中で

  忍者漫画の金字塔ともいうべき『伊賀の影丸』の最初のエピソード「若葉城の巻」の紹介の後編であります。超人と超人的人間と、二つの忍者の死闘を描いたこのエピソードですが、そこにはどうしても触れないわけにはいかない話題があります。

 それは、忍者ものとしてのある作品との類似性――前回紹介した甲賀七人衆の能力をご覧いただければ察しがつくのではないかと思いますが、山田風太郎の『甲賀忍法帖』との類似性であります。

 本作の3年前に発表された忍法帖シリーズの第1作である『甲賀忍法帖』。その中には、周囲の風景に同化して襲いかかる、口からの液体を蜘蛛糸のように操る、不死身の肉体で再生するといった忍者たちが登場します。
 それだけでなく、不死身の邪鬼の能力によって、変装能力を持つ忍者、口から武器を吐く忍者(本作の場合この両者は同一人なのですが)が倒されるというシチュエーションも、ほとんど同一のものがあるのには、さすがに驚かされるところであります。

 と、この辺りはどう考えても今であれば色々とややこしいことになるのではないかと思いますが――当時と今の感覚の違いというものはあるのではないかと思いますし、この点について、これ以上ここで触れるのは本意ではありません。

 それよりもここで触れたいのは、こうした類似性はあるものの、物語から受ける印象が全く異なる点であります。
 もちろん、本作ではそれ以外の物語設定や展開が全く異なることを考えれば、それはむしろ当然であるかもしれません。しかしそれ以上に本作は、忍者ものとして、影丸のキャラクター設定から生まれるハードさを色濃く感じさせるのであります。

 忍者同士のトーナメントバトルを描く作品である本作。しかし影丸はその中でヒーローとして存在するキャラクターであり、敵も味方も次々と死んでいく中で唯一生き残る、生き残らざるを得ない存在です。
 死によって退場していく敵味方の中でただ一人残される影丸――そんな彼は、ある意味邪鬼に並ぶ不死者といえるかもしれませんが、所詮は悪役として、敗北して退場せざるを得ない邪鬼よりも、さらに強い孤独を背負っていると感じさせられるのであります。

 そしてそれと同時に、影丸は敵を倒し、自分が生き残るためには全く容赦しない人物として描かれます。
 特に彼が姫宮村に潜入するくだりでは、自らが窮地から逃れるために(当人がそれを望んだとしても)人の死体を使ったり、村の小屋に火をつけたりと、その行動はかなりヒドい。それはヒーローである以前に公儀隠密である彼としてはむしろ当然なのかもしれませんが、やはりどこか一線超えた印象があるのは否めません。

 いずれにせよ、本作、特にこのエピソードで描かれるものは、忍者たちが己の技術を競い合う他に生きる意味を持てない山風忍法帖の虚しさや、歴史や社会体制と密接に結びついた状況から生まれる白土作品の残酷さとは全く異なる――むしろ乾いた非情さというものを感じさせる、独自のハードさなのであります。
(上記の類似性があるからこそ、よりそれが際立つ、というのはもちろん牽強付会にもほどがありますが……)

 そしてこの辺りの感情移入を排除するかのようなハードさ(の中で繰り広げられる潰し合い)というのは、本作の、このエピソードのみのものではなく、横山作品(特にバビル2世)においてしばしば底流に流れているものではないか、とまで言ってしまえば、いささか脱線したお話になってしまいますが……


 冒頭のエピソードからいきなり結論を書いてしまった印象もありますが、この辺りは、シリーズとしての格好が固まる以前だったからこそ感じられるものもあることでしょう。
 この印象が大きく異なることになるのかどうか……その点も含めて、この先、影丸の各話を取り上げていくのが自分でも楽しみになっているところです。


 ちなみに増援陣が今ひとつ目立たない中、後半の影丸の相棒となる彦三が、糸目の垂れ目という横光漫画の兄貴キャラビジュアルも相まって異常に格好良く見えるのですが――地面に突き立てた刃を蹴り上げるという得意技は、これはこれでちょっとギリギリ感ありますね。


『原作愛蔵版 伊賀の影丸』第1巻(横山光輝 講談社KCデラックス) Amazon
原作愛蔵版 伊賀の影丸 第1巻 若葉城の秘密 (1) (KCデラックス)

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2017.11.05

『伊賀の影丸』 「若葉城の巻」(その一) 超人「的」忍者vs超人忍者

 忍者漫画の原型の一つとも言うべき名作『伊賀の影丸』。今回からしばらく、その各章(○○の巻)を紹介したいと思います。まずは記念すべきファーストエピソード「若葉城の巻」――若葉城の秘密を巡り、影丸とその永遠のライバル・阿魔野邪鬼が早くも激突するエピソードであります。

 時は江戸時代前期、公儀隠密総帥・5代目服部半蔵の下で、様々な陰謀に立ち向かう若きエース・影丸の活躍を描くこの『伊賀の影丸』。昭和36年から41年まで連載された本作の冒頭を飾るのが、この「若葉城の巻」であります。

 将軍(この時点では家光?)が御成りになることになった若葉城。しかし若葉城主・若葉右近には将軍家に対する謀反の疑いがあり、それを探りに向かった公儀隠密たちが姿を次々と消したことから、新たに影丸が送り込まれることとなります。
 若葉藩到着早々、影丸を襲う常識では計り知れぬ特殊な肉体を持つ忍者たち。彼ら甲賀七人衆に苦戦する影丸は、途中増援に駆けつけた仲間たちと共に戦うものの、不死身の体を持つ七人衆のリーダー・阿魔野邪鬼に幾度も苦しめられることになります。

 邪鬼をはじめとする七人衆の秘密を探るため、彼らの故郷である姫宮村に向かう影丸。その間にも若葉城の普請は進み、いよいよ将軍御成りは目前に迫るのですが……


 というわけで、若葉城主の企みを探るという目的はあるものの、基本的なストーリーとしては影丸ら公儀隠密と甲賀七人衆のトーナメントバトルという、極めてシンプルな内容となっているこのエピソード。

 その中で見事なのは、影丸ら今までの忍者漫画の中で一般的であった忍者、すなわち手裏剣やマキビシなどの忍具と体術で戦う隠密と、甲賀七人衆ら人外の域まで達するような特異な肉体を持つ忍者と――その両者の戦いを、少年漫画のフォーマット上で描いたことではないでしょうか。
(もちろん、特異な肉体を持つ忍者という点では、この数年前に登場した同じ名前の主人公を持つ作品、白土三平『忍者武芸帳』の影一族がいるわけですが、あちらは貸本の長編漫画の登場人物ということで……)

 ここで甲賀七人衆のメンバーと能力を見てみましょう。
阿魔野邪鬼:殺されても再生する不死身の肉体を持つ
十兵衛:カメレオンのように周囲の景色に体色を同化させる
くも丸:口から強烈な粘性を持つ唾を吐く
犬丸:強力な嗅覚を持ち、犬を操る
五郎兵衛:刃も弾く非常に硬い肉体を持つ
半太夫:分身と催眠術を得意とし、相手を自決に追い込む
半助:水中に長時間潜ることができる
 いずれも忍者というよりも超能力者と言ってもいいようなレベルの存在――いわば超人であります。

 そんな彼らと、常人を凌ぐとはいえあくまでも超人「的」な人間(影丸の切り札である木の葉隠れの術も、あくまでも「技術」のレベル)との対決を描くことで、本作はヒーローものとしての側面と、忍法バトルの側面を両方持たせることに成功したといえるのではないでしょうか。

 もっともこのバトル、七人衆が残り二名となった中盤以降でスピード感がガクンと落ち、舞台が若葉藩を離れてしまうのには違和感は否めませんし、影丸の仲間たちのキャラクター性もそれほど高くないため、やられ役としての印象が強いのも残念なのですが……)


 しかし――こうした点以上に、このエピソードを語る上でどうしても触れないわけにはいかない点があるのですが、それについては長くなりますので次回に続きます。


『原作愛蔵版 伊賀の影丸』第1巻(横山光輝 講談社KCデラックス) Amazon
原作愛蔵版 伊賀の影丸 第1巻 若葉城の秘密 (1) (KCデラックス)

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2017.10.28

風野真知雄『女が、さむらい 最後の鑑定』 意外すぎる最終決戦!?

 女剣士と元御庭番のカップルが、村正をはじめとする数々の刀剣絡みの事件に挑むシリーズもいよいよ最終巻。彗星が江戸湾に落下したことから物語は急展開、異様な姿に変貌していく世界を舞台に、意外すぎる真の敵との最後の戦いが描かれることになります。

 男が頼りなく、女が逞しくなってきた江戸時代――村正を巡る事件で足の自由を失って刀鑑定屋となった御庭番・猫神創四郎と出会い、ともに様々な事件を解決することとなった北辰一刀流筆頭の女剣士・秋月七緒。

 そんな二人の前には、様々な者の手を転々とする月光村正、ねずみ村正、淫ら村正の三本の村正が、幾度となく現れることになります。
 徳川家に仇なすと妖刀と言われる村正の中でも特別な意味を持つと思われるこの三本に将軍家慶が異常な執着を見せるようになったことから、事態は大きく動き出すことに……

 無気力で「そうせい様」などと陰口を叩かれていたのがある日突然一変、自ら御庭番頭領を粛正して奇怪な術を操る忍びたちとともに村正探索に乗り出した家慶。
 さらに、天空を不気味な色に染め、江戸湾に落下した彗星と呼応するように、その忍びたちに斬られたはずの二人――尾張徳川家の若さまとその剣の師が復活、一路江戸城を目指すではありませんか。

 一方、七緒と創四郎も、虎徹という「聞いたこともない」刀を持ち込んできた男が現れたのをきっかけに、何かとてつもない変事が起き始めたことを察知。
 来るべき危機に対抗する力を持つという七本の村正を集めようとする二人がやがて知ることとなる恐るべき敵の正体と、この世界の真実とは……


 いやはや、前作のラストで急展開を予感させた本シリーズですが、最終巻で描かれるのは、まさしく想像を絶するとしか言いようのない、とんでもないにもほどがある超展開の連続。
 その内容を申し上げれば大きく興を削ぎかねないため、敢えて伏せたままとさせていただきますが、シリーズ開始時点の時点でこの展開を予測できたのは間違いなく作者のみ(いや失礼を承知で申し上げれば作者も予測していなかったのでは……)と言うほかない凄まじさであります。

 しかしその一方で、本作のムード自体はこれまでのシリーズと、いやこれまでの作者の作品と変わらぬ、どこか緩くユーモラスなものなのが実に面白い。
 まさしく世界崩壊の危機にある状況においてもどこか暢気で緊張感のないキャラクターたち(特に創四郎の母と姉)の存在感は、好き嫌いはあるかもしれませんが、その盛大なギャップが実に作者らしいと私は気に入っています。

 実のところ、本作の題材や趣向自体は決して前例のないものではないのですが、このギャップから生まれる衝撃と違和感は、唯一無二のものであると言えるのではないでしょうか。


 もっとも、やはり色々と困ったところがあるのも(山のように)また事実。

 中盤以降は時代小説としては完全にコースアウトとしか言えない展開になる――一応エクスキューズも用意されているのですが――のは、個人的には残念ではあるものの、好みの範疇かと思います。
 しかしいくら○○○でも、この時代にこの言葉はないだろうという言葉が出てきたり、比較的重要な人物がいきなり登場したり(その逆にあっさり退場する人物が)、色々と粗い点が見られるのは、非常に残念であります。

 さらにいえば、真の敵にあからさまに現実のモデルがいるのも、作者らしからぬ悪い意味での生々しさという印象があります。
(もっともこの敵に将軍が○○されることを思えば、作者らしい皮肉ととれなくもありませんが……)

 いずれにせよ、本作で描かれるのがインパクト絶大な内容であるからこそ、時代小説として足元をしっかりと固めて欲しかった――と、これは大いに勿体なく感じたところであります。


 とはいうものの、作者がこれだけのビッグネームとなってもそれに安住せず、様々な冒険をしてくれるのは、個人的には大歓迎であります。

 正直に申し上げて、真面目な読者の方は怒り出しても不思議ではない内容ですが――本作は作者でなければ書けなかった作品であることは、間違いないことでもあります。


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女が、さむらい 最後の鑑定 (角川文庫)


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2017.10.25

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇2 強敵襲来、宋国十節度使!

 書籍化がスタートした『絵巻水滸伝』第二部、その第1章というべき「招安篇」の第2巻であります。一時の平安を楽しんでいた梁山泊に対して行われた朝廷からの招安。しかし交渉は決裂し、童貫率いる官軍三万が梁山泊を襲うことになります。それに対し、オールスターで当たる梁山泊ですが……

 天子のお膝元、東京での元宵節の灯籠祭りで梁山泊一党が騒動を引き起こしたことをきっかけに――そしてさらに朝廷内の暗闘も絡んで――降って湧いたように行われた梁山泊への招安。
 しかし高キュウらの陰謀もあり、当然というべきか招安の交渉は決裂し、いよいよ朝廷軍の攻撃が始まることになります。

 その朝廷軍の総大将は四奸の一人・童貫――権謀術数に長けた宦官にして武人という怪人物。
 彼の率いる三万の大軍が四門斗底陣で挑めば、迎え撃つ梁山泊軍は九宮八卦陣で迎え撃ち……

 と、この辺りは原典ではほとんど梁山泊の一人いや百八人舞台、ひたすら派手に豪傑たちが暴れ回る展開だったのですが――本作では官軍側も決して一方的に押されるばかりではありません。
 しかしそれでも梁山泊軍は強い。次々と襲いかかる官軍を蹴散らし、ついに童貫に猛追するかに見えたその時――梁山泊の四方から突如として現れたのは十の軍団!

 「宋国に十人の節度使あり。武勇をもって、賊寇夷狄を圧殺す」――その大半が元緑林の豪傑たち、招安を受けて官軍となった猛将たちが、梁山泊撃滅のために大宋国各地から集結したのであります。

その名も――
 老風流王煥
 薬師叙京
 鉄筆王文徳
 梅大郎梅展
 飛天虎張開
 あだ名なき韓存保
 李風水李従吉
 千手項元鎮
 西北風荊忠
 ラン路虎楊温

 一人一万、合わせて十万の大軍で梁山泊を包囲する節度使軍。そして童貫の傍らで計を巡らせる軍師は、呼延灼・関勝・韓存保とともに宋国四天王と並び称された男、聞煥章……
 官軍の総力を結集した布陣に、さしもの豪傑たちも梁山泊への撤退がやっとの状況で、かつてない危機を迎えることになります。


 原典でいえば第76回から第78回にかけての内容となる今回。しかし上で述べたとおり、童貫軍は原典ではあっさりと敗れ、十節度使もそれよりはマシ、という程度の扱いで敗退することとなります。
 しかし本作――原典の足りない部分を補い、より魅力的なキャラクターと物語を生み出してきた本作において、それが彼らに対しても及ぶとは! と驚くほかありません。

 たとえば十節度使は、原典では渾名なしだったものが、上で挙げたように本作ではなかなかに格好良い渾名を設定(「あだ名なき」というのもシビれます)。
 しかしそれが単なる創作ではなく、例えば王煥であれば彼を主人公とした劇から、楊温であれば彼を主人公とする小説からと、その多くに由来があるのもまた心憎いところであります。

 そう、彼ら十節度使の多くは、それぞれに元代や明代の講談や小説にルーツを持つキャラクター。いわば梁山泊の豪傑たちにとっては先輩あるいは同輩とも言うべき存在で、梁山泊がそうであるように、彼らもまた一種のオールスターチームなのであります。
 その来歴を踏まえた上でのこの趣向は、さすがは本作ならでは――と何度目かわからないような感心をしてしまった次第であります。


 しかしその十節度使を敵に回した梁山泊にとっては、感心しているどころではありません。着々と田虎篇への伏線も張られる中、物語はどこに向かっていくのか……
 まだまだ招安篇は前半戦であります。


 ちなみにこの招安篇の第1巻と第2巻の表紙は、これまでに描かれた百八星のイラストのコラージュ。
 これはこれで群星感があって良いのですが、やっぱり書き下ろしを見たかったな――という気持ちは正直なところあります
(と思いきや、第一部の単行本(十巻本)でも、確か書き下ろし表紙はなかったのですが……)


『絵巻水滸伝 第二部』招安篇2(正子公也&森下翠 アトリエ正子房) Amazon
絵巻水滸伝 第二部 招安篇2


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 「絵巻水滸伝」第2巻 正しきオレ水滸伝ここにあり
 「絵巻水滸伝」第3巻 彷徨える求道者・武松が往く
 「絵巻水滸伝」第四巻 宋江、群星を呼ぶ
 「絵巻水滸伝」第五巻 三覇大いに江州を騒がす
 「絵巻水滸伝」第六巻 海棠の華、翔る
 「絵巻水滸伝」第七巻 軍神独り行く
 「絵巻水滸伝」第八巻 巨星遂に墜つ
 「絵巻水滸伝」第九巻 武神、出陣す
 「絵巻水滸伝」第十巻 百八星、ここに集う!

関連サイト
 公式サイト
 公式ブログ

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2017.10.22

鳴海丈『王子の狐 あやかし小町大江戸怪異事件帳』 ついに完成した事件と妖怪の関係性

 妖怪・煙羅の力を借りる美少女・お光と、北町奉行所の切れ者同心・和泉京之介が、様々な怪事件に挑むシリーズもこれで4作目。今回も3つの事件が収録されている本作ですが、今回はシリーズの根幹に関わりかねない大きな秘密が明かされることに……

 消息を絶った兄を探すために江戸に出てくる途中、「おえんちゃん」こと「煙羅」に取り憑かれ、その力で人助けをしてきたお光。
 ある事件がきっかけで出会ったお光と京之介は、これまでも力を合わせて数々の妖怪絡みの怪事件を解決してきました。

 その中で互いに憎からず思うようになったものの、奥手な二人はなかなか言い出せず――という構図もそのままに、今回も次々と不可思議な事件に二人は巻き込まれることになります。

 旧暦とはいえ九月の晩にわずか半刻で男が凍死し、男の弟分夫婦と出会った京之介がある疑惑を抱く『雪の別れ』
 長女が亡くなったばかりの加賀屋で番頭が何者かに階段で突き落とされたの背後の意外な真相をお光が解き明かす『加賀屋の娘』
 殺した相手の右目を抉ることから「隻眼天狗」と呼ばれる凶悪な辻斬りを追う京之介が、王子稲荷で恐るべきその正体を知る「王子の狐」

 正直なところ、どのエピソードも、ある意味オールドファッションな捕物帖であります。事件の真相が解き明かされてみれば、ちょっと拍子抜けするようなものもなくはありません。
 少々内容を割ることになってしまい恐縮ですが、実のところこれらの事件は、妖怪が登場しなくても成立する内容なのですから……

 しかし本作は、そこに妖怪を絡めることで、事件の複雑さ、ややこしさを幾重に増してみせるのが実に面白い。(というより妖怪を絡めることから逆算しての事件のシンプルさなのでしょう)
 ある意味極めて現世的な人間の悪意や欲望が引き起こした事件に、超常的な存在が絡むことで、事件はより解決困難なものとなり、新たな被害が生まれていく――本作の物語にはそんな構図があります。

 事件そのものは妖怪なしでも成立するが、しかし妖怪が絡むことで物語がより興趣に満ちたものとなる――もちろんその構図はこれまでのシリーズでも同様ではあります。しかし本作においては、その塩梅が実に良く、本シリーズ――というより妖怪時代小説として、一種の完成形となったのではないかとすら感じられるのです。

 そして本作における、人間の悪意と妖怪の跳梁の一種の相補関係は、裏返せば京之介とお光の関係に対応するものであることは言うまでもないでしょう。


 ……が、本シリーズのややこしいのは、もう一人、人ならざる力を操るヒロイン・長谷部透流が登場する点にあります。
 男装の美少女という、実に作者らしいキャラクターである透流。彼女は娘陰陽師として妖怪を使役し、人の世に仇なす魔を祓ってきたスーパーヒロインであります。

 主人公たるお光が彼女自身は普通の少女であり、基本的に事件に受動的に関わるのに対し、能動的に事件に絡んでいく透流は、出番こそ少なめなものの、非常に目立つ存在です。
 先に述べた相補関係は京之介と透流でも成り立つわけで(まあ二人の間に恋愛感情は全くないのですが)、一歩間違えればお光の存在を完全に食いかねないキャラクターなのです。

 その点がこれまで大いにひっかかっていたのですが――しかし本作のラストで明かされるお光にまつわるある秘密が、その構図を一変させることになります。
 その秘密の内容をここで明かすことはできませんが、なるほど、これであれば、お光は透流であれ誰であれ、決して他の人間で替えることのできない存在であり、そして京之介と対になるべき存在である――そう納得することができます。

 この秘密がこの先、どのように物語に作用していくのか――それは伝奇的な意味でも気になるのですが、何よりも本作でついに完成した、本シリーズならではの事件と妖怪の関係性の点で、大いに気になるところなのです。


『王子の狐 あやかし小町大江戸怪異事件帳』(鳴海丈 廣済堂文庫) Amazon


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2017.10.21

山口譲司『エイトドッグス 忍法八犬伝』第2巻 見事完結、もう一つの忍法八犬伝

 山口譲司が山田風太郎の『忍法八犬伝』を漫画化した本作も、この第2巻で完結。服部半蔵配下の八人のくノ一に奪われた里見家の秘宝・伏姫の八玉奪還のため立ち上がった当代の八犬士たちの戦いがついに決着することになります。

 本多正信と結ぶ服部半蔵の命により、里見家から八玉を奪い、偽物にすり替えた八人のくノ一。この八玉は将軍秀忠の嫡男・竹千代に献上を約束したもの、紛失したとあればただではすまされません。
 そんな里見家お取り潰しの危機に、甲賀で修行した(経験もある)当代の八犬士はお家のため――ではなく、密かに恋い慕う当主の奥方・村雨姫のために立ち上がり、伊賀のくノ一たちと忍法勝負を繰り広げることに……

 という本作、第1巻では乞食の小文吾、盗賊の毛野、香具師の道節が、くノ一らとの死闘の末に壮絶に散っていったものの、まだ八玉の大半は敵の手中にある状態。
 そしてくノ一たちに追われた村雨姫と女(装)芸人の信乃は、吉原の女衒の現八に匿われて吉原に潜り込むことに――と、いきなりトリッキーな展開から始まることになります。

 そして軍学者の角太郎、六法者の親兵衛、女歌舞伎の振付師の荘助と、残る八犬士たちもこれまた正道を外れたような連中。そんな連中が、腕利きのくノ一たち――それも幕府の最高権力者をバックにした――にいかにに立ち向かうか、というお話の面白さは、もちろん原作の時点で保証済みであります。

 そこで本作ならではの魅力は、といえば、やはり作者ならではの絵――はっきり言ってしまえば作者の絵のエロティシズムによるところが大であることは間違いありません。
 特にこの間の冒頭に収められた現八と二人のくノ一の「対戦」は、山風忍法帖ではある意味おなじみのシチュエーションではありますが、それを正面から絵にしてみせるのは、これはもうこの作者ならではでしょう。
(単行本では、思わずドキリとするような描き下ろしページがあるのも印象的)

 その一方で、たった一人の、それも目の前にいても決して手の届かぬ女性のために、無頼放題に生きてきた八犬士たちが散っていくというロマンチシズム、リリシズムもしっかりと描き出されているのもいい。
 第1巻冒頭のあるキャラクターのモノローグが、この巻のラストに繋がり、そして原作でも印象的だった結末の文章が引用されて終わるその美しさは、強く心に残るのです。


 ……実は本作、物語の基本的な流れ自体は原作とはほぼ同じであるものの、全2巻というボリュームもあってか、細部はかなりアレンジ(省略や取捨選択)が為されているというのは、第1巻の紹介時に触れたとおりであります。
 特にこの第2巻の終盤、残った3人の犬士が乾坤一擲の大勝負に出るクライマックスなど、シチュエーションは重なるものの、細部は全く似て非なるものとなっている状況。それゆえ冷静になって読んでみると、かぶき踊りの女たちの存在や服部半蔵の処理など、いささか無理がある点は否めません。

 しかしそれでも本作が紛うかたなき『忍法八犬伝』として感じられるのは、上に述べたような点で、本作が押さえるべきを押さえ、そして見たいものを見せてくれたから――そう感じます。

 本作のラストバトル、原作とは全く異なる最後の八犬士と最後のくノ一の対決など、ちょっぴり元祖八犬伝の芳流閣の決闘を連想させるシチュエーションである上に、本作の冒頭の対決シーンをもなぞらえていて、実に心憎いのであります。
(漫画的には、このラストバトルの方がより盛り上がる――というのは言いすぎでしょうか)


 何はともあれ、原作の大筋は踏まえつつも大胆なアレンジを加え、それでいてツボを心得た描写できっちりと『忍法八犬伝』のコミカライズを成立してみせた本作。
 ぜひ、次なる山風忍法帖を――と期待してしまうのであります。


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